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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

論文提出者氏名 清水 拓

論 文 題 目 日本石炭産業の技術的到達点における生産職場の研究
-1990 年代の太平洋炭砿の採炭現場を事例として-
審査要旨
本論文は、日本石炭産業の最終局面における生産職場の相貌を、自然・装置・人間の三項関係という図式
を用いて説明することを目的としている。具体的には、1990 年代の釧路太平洋炭砿での採炭現場を事例に、
資料調査、聞き取り調査、入坑見学から収集した資料とデータを駆使して、詳細に記述し、各作業場面で求め
られる労働者の技能に言及しつつ、炭鉱の生産職場における労働を考察している。全体として、重厚なモノグ
ラフとなっている。
日本の石炭産業では「安全に、完全に、そして安価に採掘する」を目標に、20 世紀をとおして抜本的な技術
革新が展開され、ついに 1990 年代には、完全な機械化採炭が実現した。そこでは、設備一式が「採炭プラン
ト」と呼ばれる装置化にまで到達し、いわゆる鶴嘴での採炭は高度成長期にすでに完全に姿を消し、地上の製
造工場同じ装置産業的様相を呈するに至った。太平洋炭砿は 2002 年に閉山し、産業としては終焉したが、高
度採炭技術の海外移転事業として現在まで継続している。
本論文は3部構成をとり、第1部「本論の課題と視角」は3章からなる。第1章「石炭産業の生産点への(再)
注目」では、石炭産業到達点での装置化された採炭現場への着眼が、産業の衰退局面とも相まって社会科学
研究において見過ごされてきたこと、さらに坑内労働ゆえの観察の困難さを伴うことを明示したうえで、本論の
問題の所在が示されている。つづく第2章「生産職場における自然・装置・人間の三項関係」は、熟練・技能に
関する先行研究を整理したうえで、本論の分析において、熟練・技能を生産との関連でとらえる枠組みを採用
する方針が提示される。そのうえで、第3章「太平洋炭砿の生産職場史」において、対象とする太平洋炭砿の
生産職場での装置化の歴史を概観する。同炭鉱では 1950 年代から作業工程ごとに機械化が試みられ、1960
年代の自走枠の導入によって、他炭鉱に先んじて「採炭プラント」へと転じていた。それに呼応して労務管理と
労働態様の変更がなされた。この過程を丁寧に再現することで、本論での舞台が整えられた。
第2部「1990 年代の採炭現場」は、本論の中核であり、4章からなる。まず第4章「採炭現場のレイアウト」で
は、地下空間での採炭現場が、石炭が産出されるまでの一連の工程として詳述される。この現場での作業を担
うのが、第5章「採炭員の労働態様と職歴」で取り上げる採炭チームである。ここでは生産性と保安の両面をみ
すえたチーム編成を、各採炭員のランクや資格、職歴から観察する。採炭チームでは、自律的な現場管理・運
営が図られ、OJT によって労働者が習得し、その結果、労働者が「自律的な多能工」へと変貌する。本章ではこ
の様が、文書資料と経験者へのヒアリングデータを用いて描出される。
つづく第6章「採炭現場の定常作業」と第7章「採炭現場の非定常作業」では、作業現場が活写される。前者
では採炭現場の定常作業場面に焦点をあて、同一職種である「採炭」においても配置箇所により従事する作
業が多様であること、後者では、非定常的に発生する事態に直面した際に、重筋的作業にもとづいた手工的
な技能と、自然の微細な変化に対する固有の感度が求められること、が詳述される。
第3部「日本石炭産業の技術的到達点における生産職場の相貌」では、第2部で描出された 1990 年代、す
なわち日本石炭産業の技術的到達点における生産職場での労働を、自然・装置・人間の三項関係の枠組み
を用いて分析する。結論として、炭鉱労働の特徴として3点、すなわち第1に「装置を作動させる作業」と「装置
を作動させるための作業」からなっていること、第2に、前者「装置を作動させる作業」は「装置を介した人間の
自然への働きかけ」であり、後者「作動させるための作業」は、依然として、人間が装置を介さずに直接自然に
働きかける作業であること、第3に、それゆえ前者では装置従属的な技能が、後者では手工的な技能と「ヤマを
見る」技能とが求められ、それらが現場経験のなかで習得されること、を指摘している。
氏名 清水 拓
審査委員会は、組織論、技術史、労働社会学、日本経済史、理論社会学、ライフコース社会学を専門とする
5 名の委員で構成し、それぞれの視点から本論文を学術的に評価し、課題を共有した。そこでは、本論は、石
炭産業において地下空間で展開される労働・作業を事実ベースで可視化することに成功しており、研究が欠
如していた同産業の 1980 年代以降の動向を整理している点で価値があること、同時に、炭鉱という特殊な事
例を研究対象としながら、自然や装置との深い関わりから労働の営みを捉え直そうという意欲的な試みであり、
今後、本論の視点は、AI をめぐる産業など現代の中核的産業への応用可能性を有している点が高く、評価さ
れた。
他方、社会学研究としては、相互行為に関する観察・記述が不足している点への懸念が示された。具体的
には、労働現場での営みが、働く人びとをめぐる(職場以外での)多様な人間関係とどう絡み合っているのか、
危険性が高く、きわめて限定的なコミュニケーション条件下での作業の根底にある信頼関係がどのように構築
されるのか等の側面については、さらなる考察が求められる。
また本論の説明枠組みである自然・装置・人間の三項関係については、精緻化にむけて2つの論点、第一
に、労働の対象物である「自然」の再考として、地下の採掘現場で労働者が抱く「どうしようもない不安」のリアリ
ティを描出することが有効であることと、加工対象としての「自然」と分析的概念としての「自然」の識別が必要で
あることが提示された。第二に、自然-装置・人間、自然・装置-人間など、三者の均衡関係・不均衡関係の
動態を詳細に検討する必要性が指摘された。
本論は、上記のとおりいくつかの課題が残されているものの、先行研究の整理や事例紹介の舞台設定も整
っており、採炭現場のディテールも非常に読み応えがあり、当初の目的は十分に達成できている。とりわ
け現場の採炭技術の精確な理解に基づいて、労働者の技能そのものに着目して記述・考察している点
は、従来の産業社会学では、労務管理や人間関係に傾注せざるを得なかった職場史研究に、重要な一
石を投じるものである。具体的には、本論文の熟練概念に関する知見は重要な発見があり、特に技術
革新が進んだ現代の採炭現場の技能のあり方とその形成についての詳細な記述は、労働社会学、
経営史への大きな貢献といえる。今後、既存研究の熟練概念との理論的接合をおこなうことによ
って、学界にさらなる貢献が可能となると期待される。
以上から、審査委員会として慎重に審査した結果、本論文は学位「博士(文学)」(早稲田大学)を授与
するに値する論文であると判断する。

公開審査会開催日 2022 年 3 月 28 日
審査委員資格 所属機関名称・資格 氏名 専門分野 博士学位

主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 嶋﨑 尚子 ライフコース社会学

審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 竹中 均 理論社会学 博士(大阪大学)

審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 山田 真茂留 組織論

審査委員 明治大学経営学部・教授 山下 充 労働社会学 博士(早稲田大学)

審査委員 東洋大学経済学部・教授 島西 智輝 日本経済史 博士(慶應義塾大学)

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