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木村有希 肉食と屠畜の社会史

① なぜこのテーマを選んだのか
 大学に入学して農林水産業について学ぶ過程で、肉を生産するために必要なコストの高さを知
り、食料問題に関心を持ちながら肉を食べる己に気持ち悪さを覚えるようになった。その一方で、肉
を食べている時間は私にとって大変幸せなものであり、高価な牛肉を焼いて食べることを自分への
ご褒美にしているほどだ。肉を食べる自分に嫌気が差すが肉は食べたい。この自己矛盾を心理の
面から食肉について考えることで解決できないかと考え、食肉をテーマに選んだ。
② 授業の要旨
 授業ではドイツの食肉生産の歴史と比較して日本の食肉生産量の変化の特徴を深めた。肉を
食べられることがヨーロッパにおける上流階層の証だった一方、日本においては 1960 年初期まで
白米がその役割を果たしていたため、食肉水準が急上昇したのは高度成長期からである。そもそ
も日本において肉食が解禁されたのは明治以降であり、現在の日本における肉食は西洋文化の
受容から始まったと言えるだろう。しかし、明治以前に肉を食べる文化が全くなかったわけではなく
薬食いという名目で猪や鹿などの獣肉は食べられていた。屠畜が差別と結びついているのはいの
ちを屠る行為へのタブー意識からと言えるだろう。また、近年盛んになった動物愛護運動および動
物福祉の考え方についても触れた。
③ それを受けて
 私は授業を受けてまず、食肉に対するタブーの原因について考えたいと思った。タブーができた
きっかけの一説は肉の禁止が適応の結果とする説である。しかし、人間の消化器官や犬歯は肉を
食べるようにできている。肉食が禁止されている文化がある地域の分布にも相関性は見られない。
よって、人間心理の気まぐれからできた文化的伝統に従った結果、という考え方のほうが説明をつ
けられるだろう。衛生管理が進んだ近代においては肉を食べることによる食中毒や感染症のリスク
は減少傾向にあり、ますますその側面は強くなっていると思われる。
 では、罪の意識についてはどうだろうか。ほとんどの部族社会で狩人が殺した動物のために何ら
かの儀式を行うことから、命を奪い死体を食べるという行為に罪悪感を覚えるのは肉の生産が消
費者と切り離された結果ではなさそうだ。もともと人間のグループの中には命をいただくという行
為に後ろめたさを覚える人が一定数おり、儀式は彼らに対する心理的なケアを担っていたのではな
いだろうか。都市住民は命を奪うという行為から切り離された。その結果、命を奪うことに向き合う
のではなく、目を逸らし、隠す方に流れていってしまう。おそらく、部族社会と異なり向き合った際に
受けられる心理的ケアが希薄だからだろう。
現代の都市に住む我々が屠殺に抱く居心地の悪さも、文化的伝統によるものなのだろうか。私は
同じ肉食でも狩猟採集民族の狩りに対しては、野蛮といった印象を受けることはあっても屠殺のよ
うなむごさを感じたことはない。このことについて、友人と違和感の原因を議論したところ、友人は
畜産業を「一方的な蹂躙」と表現していた。食べられるためだけに生まれ、管理され、殺される命は、
狩りの標的になった動物とは違い逃げ場がない。家畜は殺され食べられる運命から逃げられない
という事実はとても残酷に映る。また、気持ち悪さの原因が屠殺に至るまでの家畜の生育環境が
自然状態にないからという可能性にも至った。工場畜産の経営は利潤の追求が第一にある他の
産業と変わらない。近代における大量生産・大量消費のサイクルに生命までもが組み込まれること
に対する違和感もあるのではないだろうか。
 最後に、動物愛護運動に携わる人々についてまとめる。彼らのバイブルはピーター・シンガーの
「動物の権利」であると言われている。彼の基本的な考え方はベンサムの言う苦しむ能力のある生
命の範囲を動物にまで拡大し、動物の生命も人間の生命と同じように尊重しなければならない、と
いったものである。私の目にはこの意見はあまりにも極端に映った。実際の活動家もこの意見に全
面的に賛同した人ばかりではないだろう。しかし、あまりにも狭く劣悪な養鶏場の環境や、凄惨な動
物実験が明るみに出たのは彼らの活動の結果であり、家畜の待遇の向上や不必要な動物実験を
減らそうという考え方には私も賛成である。
④ レポート作成を通じて学んだこと
このレポート作成を通して、現代人の肉を食べるという行為に対するハードルの原因を深め、自分
の中で整理することができた。また、動物の権利運動を行なっている人の考え方を知ることもできた
今はコロナウイルス感染症の影響で中止しているが、京都中央市場の屠殺見学に行き、実際に見
た上で自分の肉食に対する意識と向き合い直したい。

【参考文献】
ハロルド・ハーツォク『ぼくらはそれでも肉を食う』柏書房、2011
シンガー『動物の解放』人文書院、2011

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