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⾦融システム

アジア経済論
2021年5⽉11⽇

1
⾦融システムの問題
l アジア新興国では⾦融⾃由化が進み、⼈為的な
低⾦利政策からの転換が進む⼀⽅で、⾦融機関
の審査・監視能⼒が未発達にとどまり、⾦融規
制・監督体制の整備が遅れた。
l この結果、情報⾮対称性の問題が悪化し、⾦融
仲介機能を阻害、資⾦配分を歪める。さらに、
信⽤収縮や銀⾏取り付けでアジア通貨危機を深
刻化

2
銀⾏貸出⾦利・融資額の決定
貸出⾦利

銀⾏の
資⾦供給曲線

r*

企業の
資⾦需要曲線

l 融資額

3
利潤関数と最⼤化条件
• 銀⾏利潤関数と利益最⼤化条件

π B = rl − C(l,rd ) ⎫

1 2 ⎬ ⇒ l = r − rd
!!!!! = rl −( l + rd l)⎪
! 2 ⎭
• 企業利潤関数と利益最⼤化条件

π F = AF(K )− rl ⎫
1 ⎪
!!!!! = AK 2 − rl ⎪ ⇒ ⎧r = A
⎬ ⎨
!!!!! = A l − rl ⎪ ⎩ 2 l

!!!!!!!!!![K = l] ⎭ *資本減耗は考慮しない 4
企業の⽣産関数
Y
A
MPK =
! 2 l
Y = AF(K )
!= A l

K=l

5
銀⾏の費⽤関数
C
1 2
C = l + rd l
! 2

dC
= l + rd
! dl

6
資⾦供給・需要曲線のシフト
貸出⾦利
預⾦⾦利低下
r

銀⾏の
資⾦供給曲線

r1
⽣産性上昇
r2

企業の
資⾦需要曲線

l1 l2 l 融資額

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⼈為的な低⾦利政策
l アジアは発展初期の段階で、企業投資を促進さ
せる観点から⾦利に上限規制を設け、銀⾏の貸
出⾦利を低く抑制。同時に預⾦⾦利も低く抑え
ることで銀⾏の利ざやを確保し(超過利潤=レ
ントの発⽣)、経営を安定
l こうした低⾦利政策の下では、資⾦の超過需要
が発⽣。政府は、戦略産業に優先的に資⾦を配
分する統制的な信⽤割当を実施

8
⼈為的低⾦利政策の効果
• ⾃由⾦利下では、
貸出⾦利
市場均衡⾦利はrf、
資⾦供給曲線
資⾦需給量はE、企
a 業利潤は acrf
• ⾦利上限がrc に設定
されると資⾦供給
b

rf c
資⾦需要曲線 量は S に低下し、 S
rc
d
Dの超過需要。企業
利潤はabd rc に増加
⇒企業の投資促
S E D
融資額

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低⾦利政策の問題点
l 銀⾏はレントの発⽣で、経営規律が弱まる
l 低⾦利に加え、⾼インフレによって実質⾦利が
マイナスになると貯蓄を抑制し、⾦融システム
の発展を阻害
l 低⾦利下で収益性の低い事業やゾンビ企業を温

l 政府の資⾦配分への介⼊が縁故融資や汚職の原
因に

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⾦融⾃由化の落とし⽳
l 銀⾏の審査・監視能⼒が未発達で企業の情報開⽰が不⼗
分であると、資⾦の貸し⼿と借り⼿の間に「情報の⾮対
称性」
l 債務不履⾏のリスクの⾼い企業がもっぱら借⼊れを求め
る「逆選択」や、借⼊れ企業がリスクの⾼いプロジェク
トを実⾏しようとする「モラルハザード」によって、資
⾦供給曲線が反転し、信⽤割当が⾏われる
l 縁故融資や不動産融資が横⾏し、⾦融⾃由化によって必
ずしも資⾦配分の効率化につながらない
l そうした状況下、危機前のアジアでは、過剰流動性によ
る銀⾏の資⾦調達コスト(預⾦⾦利)の低下や楽観的期
待形成(e.g.,不動産の担保価値を過⼤評価)を反映して、
過剰融資を惹起

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利⼦率と返済確率
返済確率
P(r)

好景気や
p 担保価値の上昇で
シフト

!Ρ(r) = p − r

利⼦率
r
12
利潤関数と最⼤化条件
l 銀⾏利潤関数と最⼤化条件(資⾦供給曲線)
π B = Ρ(r)rl − C(l,rd ) ⎫ ⎧l = −r 2 + pr − rd
⎪ ⎪
1 2 ⎬⇒ ⎨ p 2 p2
!!!!! = (p − r)rl −( l + rd l)⎪ ⎪= −(r − ) + − rd
! 2 ⎭ ⎩ 2 4

l 企業利潤関数と最⼤化条件(資⾦需要曲線)
π F = AF(K )− rl ⎫
1 ⎪
!!!!! = AK 2 − rl ⎪ ⇒ ⎧l = A
⎬ ⎨
!!!!! = A l − rl ⎪ ⎩ 2 l

!!!!!!!!!![K = l] ⎭
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均衡利⼦率
(資⾦供給曲線上で利潤最⼤化する利⼦率)

!
1 "
𝜋 = 𝑝 − 𝑟 𝑟𝑙 − 𝑙 + 𝑟# 𝑙
2
= 𝑝 − 𝑟 𝑟 −𝑟 " + 𝑝𝑟 − 𝑟#
1
− −𝑟 " + 𝑝𝑟 − 𝑟# " + 𝑟# −𝑟 " + 𝑝𝑟 − 𝑟#
2
1
= 𝑝 − 𝑟 𝑟 − −𝑟 " + 𝑝𝑟 − 𝑟# − 𝑟# −𝑟 " + 𝑝𝑟 − 𝑟#
2
1
= −𝑟 " + 𝑝𝑟 − 𝑟# "
2
!
𝑑𝜋
= −𝑟 " + 𝑝𝑟 − 𝑟# 𝑝 − 2𝑟 = 0
𝑑𝑟
𝑝
➡𝑟 =
2

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資⾦供給曲線反転と信⽤割当
r
超過需要の発⽣で信⽤割当が⾏われ、
縁故融資や不動産融資が増加、
資⾦配分に歪み

資⾦供給曲線

p 2 p2
l = −(r − ) + − rd
! 2 4
p A
=r
!2 !2 l
資⾦需要曲線

p2 l
− rd
! 4 超過需要

15
資⾦供給曲線のシフト
①返済確率の上昇と
資⾦供給曲線 預⾦⾦利の低下で
r
② 資⾦供給曲線が
① 右⽅シフト、過剰融資
p 2 p2
l = −(r − ) + − rd を惹起
! 2 4
②バブル崩壊や
通貨危機発⽣で
左⽅シフト、
信⽤収縮が発⽣
p A
=r
!2 !2 l
資⾦需要曲線

p2 l
− rd ①過剰融資
! 4
→②信⽤収縮
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「逆選択」による返済確率の低下
【設定】
l 企業Aの事業(低リスク)
850万円の投資で、確実に1000万円の収⼊
l 企業Bの事業(⾼リスク)
850万円の投資で、成功すれば1100万円の収⼊が
あり、失敗すれば収⼊はゼロ。成功の確率は1/2。
l AとBはともに⾃⼰資⾦は50万円で、銀⾏から800万
円を借⼊れ。⾦利は10%と20%の2種類を仮定。
l 銀⾏は、AとBの区別ができず(情報⾮対称性)、
借⼊れを希望する企業に対して貸出を⾏う

17
⾦利10%の場合

出所︓細野・渡部「グラフィック⾦融論」(新世社) 18
⾦利20%の場合

出所︓細野・渡部「グラフィック⾦融論」(新世社) 19
⾦利引き上げの効果
l ⾦利が10%ならば、AもBも借⼊れを⾏う。返済
確率の期待値は、1/2*100+1/2*50=75%
l ⾦利が20%に上昇すると、Aは借⼊れを⾏わず、
B(銀⾏収益が低い)のみが借⼊れを⾏う。返
済確率は50%
l 仮に情報の⾮対称性がなければ(銀⾏がAとBの
区別をできれば)、銀⾏にとって望ましいAに
貸出を⾏う。情報の⾮対称性によって、銀⾏に
とって望ましくないBへの貸出のみが可能(逆
選択)。
l 返済確率は、⾦利引き上げによって低下

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⾦利(%) A・低リスク B・低リスク C・⾼リスク D・⾼リスク 返済確率
(100%) (100%) (50%) (25%) 期待値
30〜40 ◯ 25%
20〜30 ◯ ◯ 37%
10〜20 ◯ ◯ ◯ 58%
0〜10 ◯ ◯ ◯ ◯ *69%

○印は、借り⼊れ実⾏を意味する
* 0.25×100+0.25*100+0.25*50+0.25*25 = 68.75 (均等借⼊れを仮定)

返済確率
%
69
58

37

25

10 20 30 40 ⾦利%
21
モラルハザード

出所︓細野・渡部「グラフィック⾦融論」(新世社) 22
情報⾮対称性と過剰融資
l 情報⾮対称性によって逆選択・モラルハザード
が⽣じると、⾼リスク企業に貸出が⾏われ、銀
⾏の資産内容が劣化。さらに、返済確率が利⼦
率の減少関数となり、資⾦供給曲線が反転し、
信⽤割当が⾏われる
l 情報⾮対称性がなければ、銀⾏は低リスク企業
に貸出を⾏い、資産内容の劣化がない。返済確
率は利⼦率の減少関数とならず、資⾦供給曲線
の反転と信⽤割当はない

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つづき
l 信⽤割当が⾏われている状況で縁故融資が横⾏
すると、資⾦需要がある企業全体に占める割合
よりも多くの⾼リスク企業に貸出が⾏われ、銀
⾏の資産内容がさらに劣化する危険がある
l バブルによる不動産担保価値の上昇、権⼒者と
癒着した「取り巻き資本家(crony
capitalist)」の債務に対する政府の「暗黙の保
証」によって返済確率が上昇し、過剰融資を惹

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⾦融規制・監督の役割
l ⾦融規制・監督体制の整備によって情報の⾮対
称性を軽減し、資⾦配分の歪みの是正や銀⾏破
綻を予防。例えば、
ü 財務諸表の統⼀的な会計基準を設け、企業情報
の適切な開⽰(ディスクロージャー)を促す
ü 預⾦保険制度(銀⾏が破綻した場合に預⾦者の
預⾦を保護)の整備により、取り付け(信⽤不
安による預⾦の⼀⻫引き出し)を予防
ü ⾃⼰資本規制により銀⾏の⾃⼰資本に下限を設
け、銀⾏経営の安定性を確保
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銀⾏取り付け
l 銀⾏は、預⾦の予想引き出し額に相当する流動
性資産を保有することで、預⾦引き出し要求に
対応(企業への⻑期貸出しなどの⾮流動性資産
は収益率が⾼いため、その割合が⼤きいほど銀
⾏収益にはプラス)
l 預⾦者が銀⾏経営に不安を抱き、⼀⻫に預⾦引
出しに殺到することで、銀⾏が保有する流動性
資産の合計を上回る⾦額の預⾦引出し要求が発
⽣すると、引き出し要求に応じることができ
ず、銀⾏取り付が発⽣。

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銀⾏バランスシート

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コーポレート・ガバナンス
l 株式会社では、所有と⽀配が分離。
l 多数の株主を持つ⼤企業の場合、所有者である株主
(依頼⼈、プリンシパル)の代理⼈(エージェン
ト)として経営に当たっている経営者が、実質上企
業を⽀配して、経営者の私的利益を優先し、株主利
益を毀損するリスクがある。
l 株主と経営者の利害対⽴をエージェンシー問題とい
う。株主と経営者の情報⾮対称性が⼤きいほど深刻
になる。
l エージェンシー問題を軽減するための内部モニタリ
ング(経営の監督を⾏う取締役会の強化・社外取締
役導⼊)や経営者報酬システム(ストックオプショ
ン導⼊による経営者報酬と株主利益のリンク)を
コーポレート・ガバナンスという
28
アジアのコーポレートガバナンス問題
l アジア企業の多くは、家族⽀配型企業。所有者であ
る創業者⼀族が上位の企業の⽀配株主となり、その
企業が下位の企業の⼤株主となるピラミッド型の⽀
配構造によって、企業グループ全体を実質的に⽀配
l 株主(所有者)と経営者(エージェント)の間の利
害対⽴は⽣じないが、⽀配株主(所有者)と外部投
資家(少数株主や銀⾏などの債権者)の間で対⽴
(⼀族の私的利益のための会社財産の利⽤・グルー
プ内企業間取引で、企業価値を毀損)
l 過剰融資の裏には、タイ・インドネシアの家族⽀配
型企業や韓国の財閥による採算を度外視した事業多
⾓化と借⼊れの増⼤があった。
29
家族⽀配型企業の⽀配構造
家族A
60% 40%

企業1 企業2
30% 20% 30%

企業1.1 企業1.2 企業2.1 企業2.2

企業 企業 企業 企業 企業 企業 企業 企業
1.1.1 1.1.2 1.2.1 1.2.2 2.1.1 2.1.2 2.2.1 2.2.2

出所︓花崎正晴「コーポレート・ガバナンス」岩波新書
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危機後の銀⾏再編
l 危機後の銀⾏経営の再建や不良債権処理の過程で、
アジア新興国の銀⾏再編が進展
l この結果、①合併・統合によって上位⾏の集約が進
み、経営規模が拡⼤、②外国銀⾏による地場銀⾏の
買収・資本参加が進み、外国銀⾏のプレゼンスが向
上、③クレジットカード・住宅ローンなどの個⼈向
けローンへの外銀の参⼊が拡⼤
l 銀⾏経営の健全性向上(⾃⼰資本⽐率・利益率の上
昇)
l また、⾦融規制・監督体制の整備が進展
l 他⽅、韓国では4⼤財閥の寡占が強まり、タイ・イ
ンドネシアでは家族⽀配型企業が事業の選択と集中
によって存続
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復習のポイント
• ⼈為的低⾦利政策の特徴と問題点は何か
• ⾦融⾃由化の落とし⽳は何か
• 資⾦供給曲線の反転と信⽤割当はなぜ起きるの

• 逆選択とモラルハザードとは何か
• 情報⾮対称性と過剰融資の関係
• ⾦融規制・監督の役割
• アジアのコーポレート・ガバナンス問題

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