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こうまん へんけん じょう

高慢と偏見(上)
オースティン
おび 芙佐 やく
小尾芙佐訳
Title: PRIDE AND PREJUDICE
1813
Author: Jane Austen
め じ
目  次

こうまん へんけん じょう


高慢と偏見(上)

©Fusa Obi 2011


ちゅうい
◎ご注意
ほん さくひん ぜんぶ いちぶ むだん ふくせい てんさい かいざん こうしゅう そうしん ゆうしょう むしょう ほん
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だいさんしゃ じょうと きん
第三者に譲渡することを禁じます。
こじん りよう もくてき いがい ふくせい とう いほう こうい だいさんしゃ じょうと ちょさく けん ほう た かんれん ほう しょばつ
個人利用の目的以外での複製等の違法行為、もしくは第三者へ譲渡をしますと著作権法、その他関連法によって処罰
されます。
こうまん
へんけん じょう
高慢と偏見(上)
   1

どくしん せいねん ばくだい ざいさん つま ひつよう せけん みと ま


 独身の青年で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だというのが、おしなべて世間の認める真

実である。
せいねん きんりん とうにん きもち かんが かた しゅうへん いえ
 そうした青年が、はじめて近隣のひととなったとき、ご当人の気持だとか考え方などにはおかまいなく、周辺の家
こころ や しんじつ せいねん むすめ
のひとびとの心にしっかり焼きついているのはこの真実であり、その青年は、とうぜんわが娘たちのいずれかのもの
かんが
になると考える。
だんな ひ おくがた はな やしき
「ねえねえ、旦那さま」とある日のこと、ミスタ・ベネットに奥方が話しかけた。「ネザーフィールド屋敷にとうと
か て き
う借り手がついたって、お聞きになりまして?」
き こた
 聞いてはいないよと、ミスタ・ベネットは答える。
おくがた い おく み おし
「それがついたんですって」と奥方は言う。「いましがたロングの奥さまが見えて、教えてくださったんですの」
むごん
 ミスタ・ベネットは無言である。
か て し おくがた
「借り手をお知りになりたくないんですの?」奥方はじれったそうにわめく。
はな き ぶん いぞん
「あなたが話したいというなら、聞く分には異存はないがね」
 きっかけはこれでじゅうぶんである。
おく はなし やしき か えいこく ほくぶ す
「それが、こうなんですのよ、ロングの奥さまのお話では、ネザーフィールド屋敷を借りたのは、英国の北部に住む
シ ェ イ ズ
ざいさん か せいねん げつようび よん とう だ りっぱ よん りん ばしゃ やしき したみ
たいそうな財産家の青年なんですって。月曜日に四頭立てのご立派な四輪馬車であのお屋敷を下見にいらしたとか。
き い へんじ くがつ に じゅうきゅう にち
それであそこがたいそう気に入って、ミスタ・モリスにすぐさまお返事したそうですのよ。九月二十九日のミカエル
さい まえ うつ らいしゅう めしつかい なん にん
祭の前までには移ってこられるとか。来週には召使たちが何人もやってくるそうですわ」
せいねん なまえ
「青年の名前は?」
「ビングリー」
けっこん ひと もの
「結婚しているのか、独り者か?」
ひと もの ひと もの かねもち とし よん ご せん しゅうにゅう
「まっ! 独り者にきまってるじゃありませんか! 独り者でたいそうなお金持、なんと年に四、五千ポンドの収入
むすめ はなし
があるんだそうですよ。うちの娘たちには、なんとすばらしいお話でしょうねえ!」
むすめ かんけい
「どうして? うちの娘たちになんの関係があるんだね?」
だんな おくがた こた せいねん むすめ
「まあ、旦那さま」と奥方は答える。「そんな、じれったいことをおっしゃって! その青年がうちの娘のだれかと
けっこん おも
結婚してくれればいいと思ってますのよ、それぐらいおわかりでしょ」
こし お つ したごころ
「ここに腰を落ち着けるについては、そういう下心があるのかね?」
したごころ   ぐさ むすめ こい
「下心ですって! ばかなことを、よくもそんな言い草が! うちの娘たちのだれかと恋におちるということもおお
かんが ほう こ あいさつ うかが
いに考えられますわ。そういうわけですから、その方が越していらしたらすぐにでも、ご挨拶に伺ってくださいまし
な」
たず りゆう むすめ い むすめ
「訪ねる理由がありませんね。あなたと娘たちが行けばよろしい、いや、娘たちだけやるのもいい、そのほうがいい
むすめ びじん
かもしれないな、だってあなたは娘のだれにもひけをとらないほどの美人だから、ミスタ・ビングリーは、だれより

もあなたに惚れてしまうかもしれん」
じょう ず
うえ しゅ むかし きりょう い
「まあ、そんなお 上 手をおっしゃって。そりゃたしかに、このわたしも昔はまあ器量よしだなんて言われましたけ
いば むすめ ご にん そだ あ じぶん きりょう
ど、いまじゃ威張れるほどのことはありませんわよ。娘を五人も育て上げるとなれば、自分の器量なんぞかまっちゃ
いられませんものねえ」
ふじん きりょう も あ
「そういったご婦人は、そもそもかまうような器量を持ち合わせてはいないのさ」
こ たず
「とにかく、あなた、ミスタ・ビングリーが越しておいでになったら、きっとお訪ねしてくださいましよ」
う あ
「それは、しかとは請け合いかねる」
むすめ かんが むすめ けっこん
「娘たちのことを考えてくださいましな。娘のひとりが結婚できるかもしれないんですよ。サー・ウィリアム・ルー
ふさい たず しんらい みむ
カスだって、そのためにわざわざご夫妻でお訪ねになるそうですわ、ふだんは、新来のひとたちなんぞ見向きもしな
うかが おんな たず
いというのに。あなたにもいらしていただきますよ、あなたがまず伺わなければ、女のわたしたちがのこのこお訪ね
するわけにはいかないんですから」
かた かた かんげい いち
「まったくお堅いことですなあ。ミスタ・ビングリーは、あなた方だって歓迎してくれますよ。なんならわたしが一
もろ て
ふで か も むすめ けっこん しょ て
筆書くから、それを持っていってはどうかな、うちの娘はよりどりみどり、どれでも結婚してくださるなら、 諸 手を
あ だい さんせい とくべつ すいせん じ そ
挙げて大賛成とね。もっともかわいいリジー(エリザベス)のことは特別に推薦の辞を添えておこう」
むすめ
「どうぞ、そんなことはなさらないでくださいましな。リジーには、ほかの娘よりいいところなんかこれっぽっちも
はんぶん きりょう はんぶん あいきょう
ありませんわよ。ジェインの半分も器量よしではないし。リディアの半分も愛嬌がありません。それなのにいつもあ
ひい き
こ 贔 屓
の子を 贔 屓なさるんですから」
あたい
すいしょう あたい こた
「どいつもたいして推賞に 価 するようなところはないからねえ」とミスタ・ベネットは答えた。「どれもこれも、
む ち もうまい
むすめ どうよう むち こうむ 昧 しまい あたま き
よその娘たちとご同様、無知 蒙 昧 ときている。だがリジーは、ほかの姉妹よりどうやら頭が切れるようだ」
あ いじ
だんな こ あ い 苛
「まあ、旦那さま、わが子を、よくもそう悪しざまに言えますわね。わたしを 苛 めてよろこんでおいでなのね。わた
き や
きや
しの気病みなどおかまいなしなんだわ」
ごかい きや けいい はら ふる とも
「そりゃ誤解というものだ。あなたの気病みにはおおいに敬意を払っていますよ。わたしの古き友だもの。ともかく
に じゅう ねん きず しんけい きづか ことば き
この二十年というもの、傷つきやすい神経を気遣うあなたの言葉を聞かされつづけてきましたからねえ」
くる
「ああ! わたしがどれほど苦しんでいるか、おわかりになっていないのね」
こくふく ねんしゅう よん せん わか おとこ きんじょ こ みとど
「いや、いずれそれを克服してだな、年収四千ポンドの若い男がぞろぞろとご近所に越してくるのを見届けられるよ
ねが
う願っていますよ」
に じゅう にん こ たず
「そんなひとたちが二十人越してきたって、あなたが訪ねてくださらなきゃ、なんにもならないんです」
み に じゅう にん たず
「まあ、見ていてごらん、二十人もあらわれたら、かたっぱしから訪ねていってやるから」
かいぎゃく こんこう
えいり さいき しんらつ 諧 謔 こっき しん き びみょう こんこう か もの
 ミスタ・ベネットは、鋭利なる才気、辛辣なる 諧 謔 、克己心、気まぐれなどが微妙に 混 淆 している変わり者な
に じゅう さん ねん なが とも く せいかく おくがた はか おくがた
ので、二十三年の長きにわたって共に暮らしていても、その性格は奥方には測りかねた。かたや奥方のひととなりを
せつめい むずか りかい りょく そまつ ちしき とぼ ぎ ふじん ふまん
説明するのはさほど難しくはない。理解力はお粗末、知識は乏しく、むら気なご婦人である。なにか不満があると、
かたづ
じぶん しんけい や ふあん しょうがい だい じぎょう むすめ よめ 慰
自分は神経を病んでいるのではないかと不安になる。その生涯をかけた大事業は、娘たちを 嫁 けることであり、慰
きんりん い   うわさ こうかん
めはといえば、近隣のひとたちと行き来して噂の交換をすることであった。

   2

たず れんちゅう たず き
 ミスタ・ベネットは、はやばやとミスタ・ビングリーを訪ねた連中のひとりだった。もともと訪ねる気はあったけ
おくがた さいご い   は ほうもん
れども、奥方には最後までわたしは行かんぞと言い張っていたのである。だからミスタ・ビングリーを訪問したその
ひ ゆうがた おくがた ぞん じじつ つぎ かたち あ じじょ
日の夕方まで、奥方はそのことをまったくご存じなかった。その事実は次のような形で明かされた。次女のエリザベ
ぼうし かざ み い
スが帽子にせっせと飾りをつけているのを見て、ミスタ・ベネットはだしぬけにこう言ったのである。
し ぼうし き い
「ビングリー氏がその帽子を気に入ってくれるといいがねえ、リジー」
せんぽう この し ははおや はらだ い たず
「先方のお好みなんて、知りようがないじゃありませんか」リジーの母親は腹立たしげに言った。「どうせお訪ねす
ることもないんですから」
かあ わす い ぶとう かい あ
「でもお母さま、お忘れじゃない」とエリザベスが言った。「舞踏会ではお会いするでしょ。ロングのおばさまが、
しょうかい
紹介してくださるっておっしゃったもの」
めい ご
しょうかい しん めい お てまえがって
「あのひとが紹介するなんて信じられないわ。あちらには 姪 御がふたりもいるのよ。あんなに手前勝手で、うわっつ

らばかりのひと、当てにはしていませんよ」
おも い たよ
「わたしもそう思うよ」とミスタ・ベネットが言った。「あのひとを頼りにしないのはなによりだ」
こた がまん むすめ こごと い
 ミセス・ベネットは、お答えあそばさなかった。だが我慢しきれずに娘のひとりに小言を言いはじめた。
ねが せき しんけい きづか しんけい
「お願いだから、その咳はやめてちょうだい! わたしの神経をすこしは気遣ってくれたらどうなの。神経がずたず
たになるわ」

せき えんりょ ちちおや い ま わる で
「キティ(キャサリン)の咳は遠慮がないからね」とキティの父親が言う。「しかも間の悪いときに出るときてい
る」
おもしろ せき いらだ い
「面白くて咳してるわけじゃないわよ」とキティが苛立たしそうに言う。
ぶとう かい よてい
「つぎの舞踏会の予定はいつかね、リジー?」
に しゅうかん ご
「あしたから二週間後」
ははおや さけ おく ぜんじつ かえ しょうかい
「そう、そうだわよ」と母親は叫んだ。「ロングの奥さまは、その前日まで帰ってこないのよ。だから、紹介するな
じぶん ちか
んて、あのひとにできるはずないじゃありませんか、だってご自分がまだお近づきになってもいないのに」
せんて ぶ し おくがた しょうかい
「それじゃあ、あなたのほうが先手を打てばいい、ビングリー氏をロングの奥方に紹介したらどうだ」
だんな ほう し あ
「めっそうもない、旦那さま、めっそうもございませんよ、こちらはまだあの方とお知り合いになってもいないの
しょうかい じょうだん
に、ご紹介できるわけがないじゃありませんか。ご冗談はよしてくださいな」
しんちょう けいふく に しゅうかん し あ し に しゅうかん ひと
「あなたの慎重さには敬服するね。たしかに二週間ばかりのお知り合いじゃ知れたものだ。二週間ぐらいで、その人
ぶつ み しょうかい しょうかい
物を見きわめるのはむりだろうな。しかしこちらが紹介しなくても、どうせほかのだれかが紹介するさ。そうす
おくがた めい ご みこ しょうかい ろう と
りゃ、ロングの奥方とその姪御たちにも見込みはあるというものだ。したがってだよ、あなたが紹介の労を取らない
と しんせつ かんしゃ
というなら、このわたしが取ろうかね、きっとご親切にと感謝してもらえるだろう」
むすめ ちちおや み い
 娘たちは父親をまじまじと見つめた。ミセス・ベネットは、こう言っただけである。「ばかばかしい、ばかばかし
いったら!」
りき こわだか い しょうかい れいぎ さほう
「なにをそう力んでいるんです?」とミスタ・ベネットは声高に言った。「つまりあなたは、紹介という礼儀作法
おも しゃかい つうねん い さんどう 思
を、それを重んじる社会通念をばかばかしいと言うのかね? そいつはまったく賛同できませんな。きみはどう思
た ち
ものごと ふか かんが せいしつ ぶあつ しょもつ よ ぬ が じょう つく
う、メアリ? なにしろきみは、物事を深く考える性質だし、分厚い書物も読んで、抜き書き帖など作っているよう
だから」
さと
さい さと い い
 メアリは、この際おおいに 聡 いことを言いたかったが、さて、どう言えばよいものやらわからなかった。
かんが し はなし
「ではメアリが考えをまとめているあいだに、ビングリー氏の話にもどろうか」
し おおごえ は あ
「ビングリー氏なんぞ、もうけっこうです」とミセス・ベネットは大声を張り上げた。
はや い
「そりゃすまなかったね。それならそうと、どうしてもっと早く言ってくれなかったのかね? けさそれがわかって
たず たず 以
いたら、あそこを訪ねることもなかったのに。まったくあいにくなことだったね。しかしじっさい訪ねてしまった以
じょう ちか
上は、近づきになったわけだしなあ」
ふじん おどろ ねら どお おくがた おどろ た お かんき
 ご婦人たちの驚きたるや、まさにミスタ・ベネットの狙い通り。奥方の驚きは、おそらく他を圧していた。歓喜の
だい あらし おも い
大嵐がおさまると、ミセス・ベネットは、わたしははなからこうなると思っていたなどと言いだした。
おも だんな さいご と ふ おも
「まあなんて思いやりがおありなんでしょう、旦那さま! でも最後にはあなたを説き伏せられると思っていました
むすめ こころ あい ちか きかい
わ。だって娘たちを心から愛していらっしゃるのに、こんなお近づきの機会をおろそかにするはずがありませんもの

い ひとこと
ね。まあ、なんてうれしいんでしょう! でもおふざけがすぎますわ、きょうお出でになったのに、いままで一言も
おっしゃらなかったなんてねえ」
おも せき い い おくがた うちょうてん
「さあ、キティ、思うぞんぶん咳をおし」とミスタ・ベネットは言った。そう言いながら、奥方の有頂天ぶりにどっ
つか おぼ へや で
と疲れを覚えて部屋を出た。
ちち とびら し い ちち
「なんてすばらしいお父さまなんでしょうねえ」扉が閉まると、ミセス・ベネットは言った。「どうやってお父さま
おん むく い おん とし まいにち あたら ちか
のご恩に報いることができるやら、それを言うなら、わたしのご恩にもよ。この年になるとね、毎日新しいお近づき
いと
らく かた くろう いや
をこしらえるのは、そう楽じゃないのよ。でもあなた方のためなら、どんな苦労も 厭 いませんよ。リディアや、あな
としした つぎ ぶとう かい おど
たはいちばん年下だけれど、次の舞踏会でビングリーさまはきっとあなたと踊ってくださるわ」
じしん い しんぱい とし か
「あのさ!」リディアは自信たっぷりに言いはなった。「あたし、心配なんかしてないわよ。年はいちばん下だけ
せ たか
ど、背はいちばん高いんだもの」
よる ほうもん かえ よそう あ ごさん まね
 その夜は、ミスタ・ビングリーがいったいいつ訪問のお返しをなさるかしらと予想し合ったり、午餐にお招きする
ひ き す
日をいつにするか決めたりして過ごしたのであった。

   3

ご にん むすめ かせい たの じんぶつ ぞう ふくん と


 ミセス・ベネットは、五人の娘に加勢を頼み、ミスタ・ビングリーの人物像について夫君に問いただしてみたが、
まんぞく じょうほう ひ だ て つか せ た たんとうちょくにゅう き かま
満足な情報は引き出せなかった。みんながさまざまな手を使って攻め立ててみた。単刀直入に訊く、それとなく鎌を
い せ ふくん
かける、あてずっぽうを言ってみる。だがどう攻めてみても、夫君はうまくはぐらかしてしまう。そんなわけで、と
りんじん う う ちしき まんぞく え ほうこく
うとう隣人のレディ・ルーカスの受け売りの知識で満足せざるを得なかった。レディ・ルーカスのご報告は、まこと
この おっと せいねん き め わか たんせい こうだんし
に好ましいものだった。夫のサー・ウィリアム・ルーカスは、青年をいたくお気に召したという。若く端正な好男子
きだ か むら しゅうかい どう つぎ ぶとう かい なかま たいせい ひ つ
で、すこぶる気立てもよく、加うるに、村の集会堂での次の舞踏会には、お仲間を大勢引き連れてくるという。これ
ぶとう す こい いち ほ かくじつ
ほどよろこばしいことはないではないか! 舞踏が好きとあれば、それが恋におちる一歩であることは確実である。
こころ い きたい たか
そこでミスタ・ビングリーの心を射とめようというひとびとの期待ががぜん高まった。
むすめ やしき しあわ く みとど
「うちの娘のだれでもいいから、ネザーフィールド屋敷で幸せに暮らせるようになるのを見届けることさえできた
ふくん い むすめ おな りょうえん めぐ い
ら」とミセス・ベネットは夫君に言った。「そしてほかの娘たちも同じように良縁に恵まれれば、言うことなしです
わねえ」
すう にち ご か へんれい ほうもん しょさい じゅうぶん はな
 数日後、ミスタ・ビングリーは、ベネット家に返礼の訪問をし、ミスタ・ベネットの書斎で十分ほど話しこんで
びじん き れいじょう いちもく あ きたい ちちおや あ
いった。美人だとかねてより聞いていた令嬢たちに一目会えればと期待していたのだけれども、父親に会えただけ
れいじょう こううん めぐ に かい まど こんいろ がいとう き
だった。もっとも令嬢たちは、わずかながら幸運に恵まれた。二階の窓から、ミスタ・ビングリーが紺色の外套を着
くろ うま の すがた み
て黒い馬に乗ってくる姿を見ることができたからである。
ごさん かい しょうたい じょう おく いっか しゅふ しゅわん み
 午餐会の招待状がただちに送られた。そしてミセス・ベネットが、一家の主婦としての手腕の見せどころと、すで
こんだて かんが へんしょ とど えんき
に献立も考えていたところに、ミスタ・ビングリーから返書が届き、これを延期しなければならなくなった。よんど
うんぬん
ようじ よくじつ い しょうたい おう うん つた
ころない用事で翌日ロンドンに行かねばならず、したがってせっかくのご招待なれど応じられない 云 々 と伝えてきた
けいかく くる き
のである。ミセス・ベネットの計画はすっかり狂ってしまった。ハートフォードシャーに来たばかりだというのに、
もど ようじ けんとう あお
すぐにロンドンに戻らねばならぬとは、いったいどんな用事なのか見当もつかない。そこで、ひょっとしたらこの青
ねん かたがた と こし す やしき お つ
年は、いつも方々を飛びまわっていて、腰を据えるべきネザーフィールド屋敷に落ち着いてはいないのではあるまい
けねん わ ぶとう かい ひ つ なかま さそ い
かという懸念がふっと湧いた。舞踏会に引き連れてくるお仲間を誘いにロンドンへ行ったのではないかと、レディ・
い ふあん しず
ルーカスが言いだして、ミセス・ベネットの不安をいささかなりと鎮めてくれた。そうしてまもなく、ミスタ・ビン
ふじん じゅう に にん しんし なな にん ぶとう かい ひ つ うわさ ひろ れいじょう ふじん かず おお
グリーは、婦人十二人、紳士七人を舞踏会に引き連れてくるという噂が広がった。ご令嬢たちは、ご婦人の数の多さ
なげ ぶとう かい ぜんじつ うわさ ひ つ ろく にん あね
を嘆いていたが、舞踏会前日の噂によれば、ミスタ・ビングリーがロンドンから引き連れてくるのはたった六人、姉
いとこ
いもうと ご にん じゅうけい いち にん むね いっこう しゅうかい どう ひろま はい そう
妹五人と従兄一人だということでほっと胸をなでおろした。いざそのご一行が集会堂の広間に入ってきたときは、総
ぜい ご にん いもうと に にん としうえ いもうと ふくん いち にん わか とのがた いち にん
勢五人、妹二人と、年上のほうの妹の夫君が一人、そして若い殿方が一人だった。
おも だ
きだ しんし しか せいねん ひとず めん た きど
 ミスタ・ビングリーは、気立てのよさそうな、いかにも紳士然とした青年である。人好きのする 面 立ちで気取りが
たいど いもうと じょうりゅう しゃかい ふんいき ただよ ゆうが ふじん ぎてい
なく、態度もおおらかだった。そのふたりの妹たちは、上流社会の雰囲気を漂わす優雅な婦人だった。義弟にあたる
がいけん しんし いっぽう ゆうじん どうどう ちょうしん からだ 軀 たんせい
ミスタ・ハースト、これは外見だけはいかにも紳士、一方友人のミスタ・ダーシーは、堂々とした長身の体軀、端正
おもだ きひん ものごし しんし せいねん ご ふん ご ねんしゅう いち まん うわさ
な面立ちの気品ある物腰の紳士である。そしてこの青年があらわれた五分後に、年収は一万ポンドという噂がたちま
じ もく
しつない まんざ みみ め せいねん あつ しんし かた こう せいねん だんげん ふじん かた
ち室内にひろまり、満座の耳 目 をこの青年に集めてしまった。紳士方は、なかなか好青年であると断言し、ご婦人方
よし だんし い よる なか す さん 嘆 てき ご かれ
は、ミスタ・ビングリーよりずっと美男子だと言いはなち、夜の半ばを過ぎるまでは讃嘆の的であったが、その後彼
はなも たいど め けいせい いっぺん こうまん な
の鼻持ちならぬ態度がいやでも目につくようになり、形勢は一変したのである。たいそう高慢で、並みいるひとびと
こ けん ぼうだい
みくだ たの 沽 けん たいど れきぜん しゅう 厖 だい しさん
を見下し、楽しむのは沽 券 にかかわるという態度が歴然としていた。ダービシャー州にいくら 厖 大 な資産があろう
あたい
よ きむずか ゆうじん ひかく あたい わる いんしょう ぬぐ さ
とも、ひとを寄せつけぬその気難しさ、友人と比較するにも 価 しないという悪い印象はいかんせん拭い去ることが
できなかった。
じょさい
ぶとう かい あつ おも ちか かいかつ 如 さい きゅう
 ミスタ・ビングリーのほうは、舞踏会に集まった主だったひとびととすぐに近づきになった。快活で 如 才 なく、休
おど ぶとう かい お ざんねん つぎ
みなく踊り、舞踏会がはやばやと終わってしまうと、ひどく残念がって、次はぜひネザーフィールドでやりましょう
おの
い せいらい きだ じ ゆうじん ちが
と言った。こうした生来の気立てのよさは 自 ずからあらわれるものである。あの友人とはなんという違いであろう。
ゆうじん いち ど いちど おど ふじん
あの友人ミスタ・ダーシーは、ミセス・ハーストと一度、ミス・ビングリーと一度踊ったにすぎず、ほかのご婦人に
ひ あ ていちょう じたい ひろま ある つ ばなし
引き合わせようとしても丁重に辞退し、あとは、広間をぶらぶらと歩きまわり、お連れのひとびとにときどき話しか
ひょうか き こうまん うえ ふゆかい じんぶつ にど
けるだけであった。ひとびとの評価は、これで決まった。高慢この上なし、きわめて不愉快な人物、もう二度とあら
はげ
おも れつ はんかん だ ふ
われないでくれとだれしもが思った。なかでももっとも 烈 しい反感を抱いたのはミセス・ベネットである。その振る

ま き め うえ むすめ むし およ いか しんとう はっ
舞いのいっさいがお気に召さなかった上に、わが娘のひとりが無視されるに及んで怒り心頭に発したのである。
しんし かた かず ふそく に ど ぶとう と のこ
 エリザベス・ベネットは、紳士方の数が不足していたために、二度の舞踏のあいだ、ひとり取り残されていた。そ
た かれ か
のあいだ、ミスタ・ダーシーがエリザベスのすぐそばに立っていたので、彼とミスタ・ビングリーとのあいだに交わ
かいわ き みみ はい ぶとう き め すう ぶん くわ
された会話が聞くともなしに耳に入った。舞踏の切れ目の数分のあいだに、きみもぜひ加わりたまえとビングリーが
さそ
誘いにきたのである。
き い おど たいくつ かお た
「来たまえよ、ダーシー」とビングリーは言った。「ぜひ踊りたまえ。きみがいかにも退屈だという顔をして立って
み おど
いるのは見るにしのびないよ。踊ったほうがいい」
した あいて おど し ぶとう かい
「まっぴらごめんだね。かくべつ親しい相手でなければ踊りたくないのはきみも知っているだろう。こんな舞踏会は
たま た
たま いもうと あいて おど あいて こた じょせい
堪 らないなあ。きみの妹さんたちにはお相手がいるし、踊る相手として堪えられるような女性はほかにだれひとりい
ないじゃないか」
この むずか おおごえ こんや たいせい びじょ
「まったくそう好みが難しくてはかなわないね」とビングリーは大声をあげた。「いまだかつて今夜ほど大勢の美女
であ だんげん なみなみ びじょ なん にん
に出会ったことはないと断言していいね、並々ならぬ美女が何人もいるじゃないか」
ゆいいつ うつく じょせい おど か ちょうじょ み
「きみは、ここで唯一美しい女性と踊っているからね」とミスタ・ダーシーは、ベネット家の長女を見た。
ぜっせい びじょ いもうと
「ああ! あのひとは絶世の美女だよ! だが、あのひとの妹のひとりが、きみのすぐうしろにすわっているじゃな
きだ あいて たの いもうと
いか、あのひともとてもきれいだよ、それに気立てもよさそうだ。ぼくのお相手のミス・ベネットに頼んで、妹さん
しょうかい
を紹介してもらおう」
ふ いっしゅん み しせん あ め ひや
「どれなの?」ダーシーは、うしろを振りむき、一瞬エリザベスを見、視線が合うや、ついと目をそらして冷やかに
い おど あいて びじょ だんせい むし
言いはなった。「まあまあかな。だが踊りの相手をしたいほどの美女じゃあないね。ほかの男性に無視されているご
れいじょう はく きぶん あいて えがお たの
令嬢に箔をつけてやるような気分じゃない。お相手のところにもどって、せいぜいその笑顔を楽しみたまえ、ぼくの
じかん むだ
そばにいては時間の無駄だよ」
とも ちゅうこく したが ば たい こうい てき
 ビングリーは友の忠告に従った。ダーシーもその場をはなれた。エリザベスにはミスタ・ダーシーに対して好意的
い かんじょう のこ はなし みうち もの ゆうじん ふ ばか
とは言えない感情が残った。そしてこの話を身内の者や友人たちに触れまわった。なにしろエリザベスは、馬鹿げた
おもしろ かっぱつ ようき せいかく も ぬし
ことを面白がる活発で陽気な性格の持ち主なのである。
よる か ゆかい す ちょうじょ
 その夜は、ベネット家のひとびとにとっておおむね愉快に過ぎていった。ミセス・ベネットは、長女のジェインが
いっこう ほ み に ど おど
ネザーフィールドのご一行に褒めちぎられているのを見ていた。ミスタ・ビングリーは二度もジェインと踊り、その
ねんご
いもうと かのじょ こん あつか う ははおや おな はは
妹たちからも彼女は 懇 ろな扱いを受けた。ジェインも母親と同じようによろこんでいたが、そのよろこびようは母
おや つつ まんぞく かん さん じょ じぶん きんりん さい
親より慎ましかった。エリザベスにはジェインの満足が感じられた。三女のメアリは、自分がこの近隣でもっとも才
げい ひい じょう つた みみ き よん じょ すえ むすめ
芸に秀でたお嬢さんだとミス・ビングリーに伝えられているのをその耳で聞いた。四女キャサリンと末娘のリディア
さいわ あいて ことか ぶとう かい ゆいいつ たいせつ に にん おも
は幸いお相手には事欠かなかった。それだけが、舞踏会では唯一大切なことだと、この二人は思いこんでいた。した
いっか じぶん いちばん じょうりゅう ぞく じゅうにん むら いさ た もど
がって一家はロングボーンへ、自分たちが一番上流に属する住人である村へと勇んで立ち戻ったのである。ミスタ・
お しょもつ とき た わす じん きたい
ベネットはまだ起きていた。書物があれば時の経つのも忘れているご仁だが、さしあたりは、すばらしい期待をかき
よる な ゆ こうき しん も しんらい せいねん たい おくがた きたい
たてたこの夜の成り行きにおおいに好奇心を燃やしていた。できればこの新来の青年に対する奥方の期待がまったく
おも ぎゃく はなし き はめ
はずれてくれればよいと思っていたが、ほどなく、それとはまったく逆な話を聞かされる羽目になった。
だんな へや はい い たの よる
「ああ! 旦那さま」ミセス・ベネットは部屋に入るなり言った。「なんと楽しい夜だったんでしょう、そりゃすば
ぶとう かい い しょうさん てき くら かん
らしい舞踏会でしたわよ。お出でになればよかったのに。ジェインは称賛の的、まったく比べるものなしという感じ
きりょう くち うつく
でしたわ。なんて器量よしだろうって、みなさん、口をそろえておっしゃって。ビングリーさまも、たいそう美しい

おも むすめ に ど おど かんが ほう
とお思いになったようで、あの娘と二度も踊ってくださいましたのよ。考えてもごらんなさいまし、あの方、ほんと
に ど おど に ど もう こ ほう
うに二度も踊られたんですよ。二度も申し込まれたのは、あそこではジェインだけですよ。あの方ね、まずルーカス
じょう もう こ じょう た み
のお嬢さまに申し込まれたんですの。あのお嬢さまがごいっしょに立たれるのを見て、わたし、ほんとうにやきもき
ほう あいて ほ おも ほ
しましてよ。でもあの方、お相手をお褒めにはならなかったと思うわ。そりゃ、だれだって褒めるのはむりですも
おど かんしん れいじょう
の。それから、ジェインが踊っているところをごらんになって、たいそう感心なすったらしいの。そこであの令嬢は
たず しょうかい に どめ に きょく もう こ さん どめ に
だれかとお尋ねになり紹介しておもらいになって、二度目の二曲は、ジェインに申し込まれたんですわ。三度目の二
きょく じょう よん どめ に きょく ご どめ に きょく
曲は、キングのお嬢さま、四度目の二曲は、マライア・ルーカス、そして五度目の二曲はまたジェインでしたのよ、
ろく どめ に きょく さいご おど
それから六度目の二曲はリジー、そして最後の踊りのブーランジェ」
じん きもち さっ ふくん いらだ さけ はんぶん おど
「そのご仁がわたしの気持を察してくれていたらなあ」と夫君は苛立たしそうに叫んだ。「その半分も踊らなかった
くじ
たの おど あいて はなし さいしょ おど あしくび 挫
だろうに! 頼む、踊りの相手の話はもうたくさんだ。ああ! 最初の踊りで足首でも 挫 いてくれりゃよかったの
に!」
ほう き い び
「まあっ!」とミセス・ベネットはつづける。「わたしは、あの方がとても気に入りましたわ。そりゃとびきりの美
だんし いもうと かた かん ふじん ゆうが め もの はいけん
男子でいらっしゃる! 妹さん方も感じのいいご婦人ですわ。あれほど優雅なお召し物はこれまで拝見したこともご
いしょう
ざいませんよ。ミセス・ハーストのご衣裳のレースといったら──」
おくがた うつく いしょう こうしゃく めん い
 ここでふたたび奥方はさえぎられた。ミスタ・ベネットは美しいご衣裳の講釈などご免こうむると言った。そこで
おくがた わだい か おどろ ぶさほう にがにが たしょう こちょう 交
奥方はしょうことなしに話題を変え、ミスタ・ダーシーの驚くべき無作法を、いかにも苦々しげに、多少の誇張も交
かた だ
えて語り出した。
だいじょうぶ おくがた い そ おとこ この あ こま
「でも大丈夫ですわよ」と奥方は言い添えた。「あの男の好みに合わないからといって、リジーはいっこうに困りま
いや にく おとこ きげん かち ごうまん 思
せんもの。あんなに嫌みで憎たらしい男はいないんですから、ご機嫌をとる価値もありゃしません。そりゃ傲慢で思
あ おとこ がまん じぶん えら もの かお ほ
い上がりもはなはだしい、あんな男は我慢なりません! 自分ほど偉い者はいないという顔をして、あちらこちら歩
おど あいて びじょ
きまわっているんですのよ! 踊りの相手をしたいほどの美女でなし、だなんて! あなたがあそこにいてくだすっ
おとこ だいきら
たら、いつものようにぴしりとやりこめていただけましたのにねえ。わたし、あんな男は大嫌い」

   4

に にん ほ ひか
 ジェインとエリザベスが二人きりになったとき、いままでミスタ・ビングリーを褒めるのは控えていたジェイン
けいあい じぶん きもち いもうと かた
は、ビングリーを敬愛してやまない自分の気持を妹に語ったのである。
わか とのがた ほう い かしこ き かいかつ
「若い殿方はこうあるべきという、そのままの方ね」とジェインは言った。「賢くて、気さくで、快活でいらっしゃ
ものごし み ほう あ れいぎ ただ
るの。あれほどすばらしい物腰が身についた方にお会いしたことはないわ──とてもおおらかで、礼儀正しくていらっ
しゃる!」
びなん こ おう わか だんせい びなん こ じんぶつ かんぺき
「それに美男子」とエリザベスが応じる。「若い男性は美男子にこしたことはないわね。それでその人物は完璧とい
うことになるのよ」
ほう に どめ もう こ き い おも
「あの方に二度目を申し込まれたときは、ほんとうにうれしかったわ。それほど気に入っていただけるなんて思いも
よらなかったもの」
おも あね おお ちが
「ほんとう? わたしは、そうなるだろうって思っていたけどな。そこがわたしとお姉さまの大きな違い。あなたは
ほ おどろ ほう あね いちど さる
ひとに褒められると、いつもびっくりするけれど。わたしはぜんぜん驚かないわよ。あの方がお姉さまにもう一度申
こ とうぜん じょせい ご ばい うつく み き に
し込むのはしごく当然でしょ? あそこにいた女性のだれより、あなたが五倍も美しく見えたに決まってるもの。二
ど もう こ かん す
度も申し込まれたからといって、ありがたがることないわよ。まあ、たしかにとても感じのいいひとだから、好きに
ゆる す あね
なっても許してあげる。もっとおばかなひとたちだって好きになっていたお姉さまだもの」
「リジーちゃんたら!」
す けってん め
「あらら! あなたというひとは、だれでもすぐ好きになっちゃうじゃないの。ひとの欠点というものがまったく目
はい よ この わるぐち い
に入らないんだから。この世のものはすべてよきもの、好ましいものなのよ。あなたがひとの悪口を言うの、わた

し、聞いたことがないもの」
かるがる わる い おも くち
「どんなひとでも軽々しく悪く言うのはいやなの。でもいつも思ったままを口にしているだけなのよ」
ふんべつ
ふしぎ りっぱ ぶん べつ も おろ
「そうなのよねえ。そこがとっても不思議なのよ。立派な 分 別 をお持ちなのに、ひとの愚かしさやくだらなさは、
み かんだい
まったく見えなくなっちゃうんだもの! 寛大なふりをするひとは、そこらじゅうにいるわ──そんなひとなら、ざら
め したごころ こうへい むし
にお目にかかれる。でもなんの下心もなく、ひけらかすつもりもなく、ひたすら公平無私なひとなんてめったにいな
たにん せいかく み わる くち
いわよ──他人の性格のよいところだけを見て、なんでもよいほうによいほうにとって、悪いところはぜったい口にし
かた いもうと す
ないなんて──あなたぐらいのものだわね。だからあのお方の妹たちまで、あなたは好きなんじゃない? あのひとた
たいど かた だい ちが
ちの態度ときたら、あのお方とは大違いだけど」
み はな かた いもうと
「そりゃそう見えるでしょうね。はじめのうちは。でもお話ししてみれば、とてもいい方たちなのよ。妹さんのミ
あに す かじ き ほう
ス・ビングリーは、お兄さまとごいっしょにお住まいになって、家事の切りまわしをなさるんですって。あの方、ご
きんじょ とも おも
近所になったら、きっとすばらしいお友だちになれると思うわ」
おも き ぶとう かい かのじょ ふ ま
 エリザベスにはとてもそうは思えなかったけれども、だまって聞いていた。舞踏会での彼女たちの振る舞いときた
こうかん きもち あね するど かんさつ りょく しん つよ しょうしょう
ら、そもそもひとに好感をあたえたいという気持がなかった。姉のジェインより鋭い観察力があり、芯が強く、少々
せじ さゆう はんだん りょく も あね ことば みと き
のお世辞などにぜったい左右されない判断力を持つエリザベスは、姉の言葉を認める気はさらさらなかった。ビング
しまい はな しゅくじょ きげん あいそ き かいかつ ふ
リー姉妹はたしかに華やかな淑女たちである。ご機嫌なときには愛想もないではないし、その気になれば快活に振る
うぬぼ
ま こうまん うぬぼ つよ きりょう ぜんりょう せい じょがっこう きょういく
舞うこともできるのだが。なんとも高慢で自惚れが強い。まあまあ器量もよいし、ロンドンの全寮制の女学校で教育
う に まん しさん ぶん ふそうおう ぜいたく みぶん たか
も受け、それぞれに二万ポンドの資産があり、いささか分不相応な贅沢もし、身分の高いひとびととのおつきあいも
てん みずか たか ひょうか たにん みくだ しかく ほくぶ な
ある。したがってあらゆる点で自らを高く評価し、他人を見下す資格はあるわけだった。なにしろ北部では名だたる
いちぞく あに じぶん う つ とみ あきな じじつ わす さ げんざい きょうぐう
一族である。兄や自分たちが受け継いだ富は商いによってもたらされたという事実は忘れ去られ、現在の境遇のほう
ふか かれ きおく きざ
がより深く彼らの記憶に刻みつけられていた。
じゅう まん ちか しさん ちちおや せいしき そうぞく ちちおや かおく しき か もと
 ミスタ・ビングリーは、十万ポンド近い資産を父親から正式に相続していた。父親は、いずれは家屋敷を買い求め
こころ せいぜん かな おな いこう ち さだ
る心づもりであったが、生前にはそれが叶わなかった。ミスタ・ビングリーも同じ意向で、いずれの地に定めようか
かんが ごうそう かおく しき じしょ ない しゅりょう けん か い
と、あれこれ考えることもあった。だがいまこうして豪壮な家屋敷とその地所内の狩猟権を借り入れたとなれば、そ
のんき きしつ し とうしゅ かおく しき もんだい つぎ だい さきおく
の呑気な気質をよく知るひとたちは、このご当主は、家屋敷の問題は次の代に先送りして、おそらくネザーフィール
のこ じんせい す かんが
ドで残りの人生を過ごすのではあるまいかと考えた。
いもうと あに かおく しき しょゆう ねが やしき
 ミスタ・ビングリーの妹たちは、兄にぜひとも家屋敷を所有してもらいたいと願ってはいた。だがこうして屋敷を
か み お つ いもうと しょくたく しゅじん やく
借りて身を落ち着けることになったにしても、妹のミス・ビングリーは、食卓で主人役をつとめることにやぶさかで
しさん じょうりゅう かいきゅう しんし けっこん あね か い やしき じぶん
はなかったし、また資産はないが上流階級である紳士と結婚した姉のミセス・ハーストは、借り入れた屋敷が自分の
み な
い じっか み 做 おも すす
意にかなうものであれば、実家と見做してもよいとは思っていた。ミスタ・ビングリーがたまたまひとに薦められ
やしき み き せいねん たっ に ねん た やしき ないがい はん じかん
て、ネザーフィールド屋敷を見る気になったときは、成年に達して二年も経っていなかった。屋敷の内外を半時間ほ
なが りっち じょうけん おも ひろま き い しょゆう しゃ ほ まんぞく
ど眺めたあげく、立地条件や主だった広間がたいそう気に入り、所有者が褒めあげるところにすっかり満足し、その
ば か そっけつ
場で借りたいと即決してしまったのである。
せいかく たいしょう てき とも かた ゆうじょう むす めいろう 闊
 ビングリーとダーシーは、性格はまったく対照的だが、共に堅い友情で結ばれていた。ビングリーは、その明朗闊
たち すなお した せいしつ せいかく せいはんたい
達で素直なひととなりからダーシーに慕われていた。こうした性質はダーシーそのひとの性格とは正反対だが、ダー
おのれ せいかく まんぞく ゆうじょう ぜったい しん
シーは己の性格についてはどうやら満足しているようだった。ダーシーのゆるぎない友情に、ビングリーは絶対の信
よりゆき はんだん ひょうか はんだん りょく はんだん
頼をおき、その判断をおおいに評価していた。判断力においてはダーシーのほうがまさっていた。ビングリーの判断
りょく おと ずのう めいせき ごうまん ひか め
力が劣っているわけではないが、ダーシーのほうが頭脳は明晰だった。ダーシーは傲慢ではあるが、控え目、そして
きむずか ものごし れいぎ ただ ひや てん ゆうじん
気難しかった。その物腰は、礼儀正しいとはいえ、冷やかで、よそよそしかった。その点では、友人のビングリーの

ぶん す ふかい かん
ほうにおおいに分があった。ビングリーはどこにあらわれても、ひとから好かれ、ダーシーはたえずひとに不快感を
あたえていた。
ぶとう かい か ことば せいかく
 メリトンの舞踏会について、ビングリーとダーシーが交わした言葉には、それぞれの性格がよくあらわれている。
たの うつく じょせい あ い
ビングリーは、あれほど楽しいひとびとや美しい女性たちに会ったことはいまだかつてないと言った。だれもがとて
しんせつ きづか しめ かくしき かたくる した 思
も親切に気遣いを示し、格式ばったところや堅苦しさもなく、あそこにいただれともすぐに親しくなれたように思
てんし うつく およ い
う。ミス・ジェイン・ベネットについては、天使といえどもあの美しさには及ばないだろうと言った。ダーシーはと
め うば うつく ゆうが れんちゅう あつ い き かんきょう じんぶつ
いうと、目を奪われるような美しさも優雅さもない連中の集まりだと言い切った。感興のわく人物はひとりとしてお
きくば たの かん じんぶつ うつく おも え
らず、まただれひとり気配りや楽しさを感じさせる人物はいない。ミス・ベネットはたしかに美しいと思うが、笑み

をふりまくばかりだと言った。
いもうと とお ほ き い
 ミセス・ハーストとその妹は、まったくその通りとうなずいたものの──それでもミス・ベネットを褒め、気に入っ
い こころ じょう ふふく い
たと言い、心やさしいお嬢さまだからおつきあいをしても不服はないと言った。こうしてミス・ベネットは、ビング
しまい こころ じょう みと あに き さきざき
リー姉妹に心やさしいお嬢さまであると認められたので、兄のビングリーはそれを聞きながら、これで先々ミス・ベ
おも した こうにん おも
ネットを思いのままに慕うことは公認されたと思ったのである。

   5

すこ ある か かくべつ した いっか す
 ロングボーンから少し歩いたところに、ベネット家のひとびとが格別親しくしている一家が住んでいた。それは
いぜん す しょうばいにん しんだい きず しちょう しょく 就
サー・ウィリアム・ルーカス、以前はメリトンに住み、商売人としてかなりの身代を築いたが、のちに市長職に就
ナ イ ト
こくおう ささ おん しゃ じ くんしゃく し くらい さづ みぶん さい み
き、国王に捧げた恩謝の辞により勲爵士の位を授けられた。そのためこれまでの身分との差異を、おそらく身にしみ
かん しょうばい ちい しじょう まち じゅうらい す いやけ しょうばい み ひ す
て感じたのであろう。商売にも、小さな市場町にある従来の住まいにも嫌気がさしたため、商売から身を引き、住ま
ひ はら いち はん やしき かぞく うつ やしき ご
いも引き払い、メリトンから一キロ半ほどはなれたさる屋敷に家族とともに移ったのである。屋敷は、その後ルーカ
そう な じぶん ちい おも こころ たの じぎょう かいほう
ス荘と名づけられ、そこでは自分の地位の重みを心ゆくまで楽しむことができた。事業からも解放されたサー・ルー
せけん せんねん しゃくい え いきようよう けっ み
カスは、世間のひとびととのつきあいに専念するようになった。爵位を得て意気揚々としていたが、決してひとを見
ねんご
くだ こん こころづか しめ せいらい き
下すことはなかった。それどころかだれにでもいっそう 懇 ろな心遣いを示した。生来のひとあたりのよさ、気さく
しんせつ せいかく きゅうでん しゃくい じゅよ しき のち ものごし ゆうが
で親切な性格にくわえ、セント・ジェームズ宮殿における爵位授与式の後は、その物腰はいっそう優雅になった。
ふじん ひとよ あたま きちょう
 夫人のレディ・ルーカスはたいそうなお人好しで、頭がよすぎるということもなく、ミセス・ベネットには貴重な
りんじん しじょ すう にん ちょうじょ しりょ ふか そうめい に じゅう なな れいじょう した とも
隣人である。子女も数人いる。長女は思慮深く聡明な、二十七になるかという令嬢で、エリザベスの親しい友だっ
た。
か しまい か しまい あ ぶとう かい はなし おも か
 ルーカス家の姉妹とベネット家の姉妹は、ぜひとも会って舞踏会の話をしなければと思った。そこでルーカス家の
しまい ぶとう かい よくじつ いけん こうかん おとず
姉妹は舞踏会の翌日、意見の交換をするためさっそくロングボーンを訪れたのである。
さいさき
こう さき こころ せじ い
「ゆうべは、 幸 先 のよかったことね、シャーロット」とミセス・ベネットが心にもないお世辞を言った。「ビング
あいて
リーさまがまっさきにあなたのお相手をなさいましたもの」
に ばんめ あいて き め
「ええ。でもどうやら二番目のお相手のほうがお気に召したようでしたわ」
ほう に ど おど き
「ああ! ジェインのことね──なにしろあの方、二度もジェインと踊られましたものね。これはもうジェインがお気
め おも こみみ
に召したとしか思えないわね──たしかにそうですとも──それについてちょっと小耳にはさんだのだけれど──でもよ
くわからないの──ロビンソンさまがどうしたとか」
ほう はな き
「あの方とロビンソンさまが話していらしたことを、わたくしが聞いてしまいましたの、たぶんそのことでしょう。
はな ぶとう かい き い
わたくし、お話ししませんでしたかしら。ロビンソンさまが、このメリトンの舞踏会は気に入りましたか、とビング
たず びじん たいせい おも
リーさまにお尋ねになったんですの。それから、ここには美人が大勢いると思いませんか、さてこのなかでだれがい
びじん き しつもん こた
ちばんの美人でしょうかとお訊きになりましたの。その質問に、ビングリーさまはすかさずお答えになりましたわ──
いろん
ああ、それはなんといってもミス・ベネットですよって、それについては異論はないでしょうって」
「これはこれは! ずいぶんとはっきりおっしゃったものね──まるでいまにも──でもまあ、そうおっしゃったから
といって、どうということはないのかもしれないけれど」
みみ みみ
「わたしが耳にしたことは、あなたが耳にしたことよりずっとまともだったわ、イライザ(エリザベス)」とシャー
い い みみ か ねう だい ちが
ロットが言った。「ダーシーさまが言ったことなど、耳を貸す値打ちもないわよ。ビングリーさまとは大違い──かわ
いそうな、イライザ!──まあまあかな、だなんて」
い ふ ふんがい いや
「どうかリジーにそんなことを言わないでちょうだい。あれほど踏みつけにされたら、憤慨するだけよ。あんな嫌み
す めいわく おく さくや はな はん じかん
なひとに好きになられたら、とんだ迷惑だわね。ロングの奥さまが昨夜話してくださったけど、あのひと、半時間も
ひとこと くち
そばにすわっていたのに一言も口をきかなかったそうなの」
かあ おも ちが  い
「ほんとうなの、お母さま? なにかの思い違いじゃなくて?」とジェインが言った。「ダーシーさまが、おばさま
はな み
に話しかけていらっしゃるのを、わたし、はっきりと見ましたもの」
おく がまん やしき き め
「ええ──それはね、ロングの奥さまがとうとう我慢しきれなくなって、ネザーフィールド屋敷はお気に召しましたか
たず こた はな めいわく
とお尋ねになったからなのよ、だからあちらも答えないわけにはいかなかった──でも話しかけられてしごく迷惑とい
かお
う顔をしていたらしいわ」
いもうと い い した かた
「ビングリーさまの妹さんが言ってらしたけど」とジェインが言った。「親しい方たちのあいだでなければ、あまり
はなし した かた き はな
お話しなさらないんですって。親しい方たちとは、とても気さくにお話しなさるそうよ」
しん き ほう おく はな
「そんなこと、とても信じられませんよ。ほんとうにそんなに気さくな方なら、ロングの奥さまにだって話しかけた
さっ かれ じそんしん くち い
はずだわ。でもそこのところは、察しはつくわね。彼は自尊心ではちきれそうだって、だれもが口をそろえて言って
おく じかよう よん りん ばしゃ も かし ばしゃ ぶとう かい
いるもの。つまりね、ロングの奥さまが自家用の四輪馬車をお持ちでなくて、貸馬車で舞踏会にいらしたのを、きっ

とだれかに聞いたんだわね」
はな い
「ダーシーさまが、ロングのおばさまに話しかけなくてもいいじゃありませんの」とシャーロットが言った。「でも
おど
イライザとは踊っていただきたかったわ」
いちど きかい ははおや い おど
「もう一度機会があってもね、リジー」と母親は言った。「わたしだったら、あんなひととは踊らないわね」
ははうえ おど やくそく おも
「あのねえ、お母上、あのひととはぜったい踊らないって、お約束できると思うわ」
ほう こうまん き い ほう き
「あの方の高慢は、わたくし、ちっとも気になりませんわ」とシャーロットが言った。「ほかの方なら気になること
ほう ばあい りゆう めいもん いえがら しさん
はありますけど、あの方の場合はそれなりの理由がおありですもの。名門のお家柄、資産もおありになるし、いいこ
りっぱ わか しんし じぶん たか ひょうか とうぜん くち い
とずくめのご立派な若い紳士が、ご自分を高く評価なさるのは当然ですわ。わたくしの口から言うのもおこがましい
ほう こうまん しかく
んですけれど、あの方は、高慢であっていい資格がおありです」
おう こうまん ゆる じそんしん きず
「たしかにそうよね」とエリザベスが応じた。「あのひとが高慢なのはいくらでも許せるわ、わたしの自尊心を傷つ
けないかぎり」
こうまん じぶん こうさつ ただ つねづね じふ くち だ じゃくてん 思
「高慢というのはね」と自分の考察は正しいと常々自負しているメアリが口を出した。「だれにでもある弱点だと思
た ち
よ いろいろ しょもつ じゃくてん にんげん こうまん せいしつ
うの。わたしがこれまで読んだ色々な書物によると、たしかにだれにでもある弱点で、人間は高慢になりやすい性質
とくべつ ししつ ほんもの おも こ
なのね。なにか特別な資質のようなものがあるとすると、それが本物だろうと思い込みだろうと、そのためにたいて
うぬぼ かんじょう こころ はぐく きょえい しん じそんしん ちが おな いみ つか
いのひとが自惚れという感情を心に育んでしまうのね。虚栄心と自尊心は違うものなのよ、よく同じ意味に使われて
きょえい しん じそんしん たか じそんしん じぶん み
いるけど。虚栄心はなくとも自尊心の高いひとはいるわ。自尊心というのは、わたしたちが自分をどう見るかという
きょえい しん たにん じぶん み
ことだし、虚栄心というのは他人に自分をどう見てもらいたいかということでしょ」
だい かねもち あね しょうねん さけ だい
「ぼくがダーシーさんみたいな大金持なら」と姉たちについてきたルーカス少年が叫んだ。「大いばりだけどなあ。
フォックスハウンド
りょうけん か ぶどう しゅ まいにち いち ほん の
猟犬 をいっぱい飼うし、葡萄酒も毎日一本は飲んでやるな」
だい さけの い み
「それじゃ、大酒飲みになってしまいますよ」とミセス・ベネットが言った。「そんなところを、このわたしが見つ
びん
びん と あ
けたら、すぐに 壜 を取り上げますからね」
しょうねん こうぎ   は しまい
 少年は、そんなことはしないでくださいと抗議した。いいえやりますよとミセス・ベネットは言い張り、姉妹たち
ひ あ   あ 
が引き上げるまで言い合いはつづいた。

   6
ふじん かた ふじん かた あいさつ さんじょう たい せんぽう
 ロングボーンのご婦人方はほどなく、ネザーフィールドのご婦人方のもとにご挨拶に参上した。これに対して先方
さほう どお とうれい ほうもん あね いもうと か
からも作法通りの答礼のご訪問があった。姉のミセス・ハーストと妹のミス・ビングリーは、ベネット家のジェイン
かん おうたい こうかん ははおや はなも じんぶつ いもうと はな あいて
の感じのよい応対に好感をおぼえるようになった。母親は鼻持ちならぬ人物だし、妹たちのほうは話し相手にもなら
した いこう つた こうい だいぎ
ないが、ジェインとエリザベスには親しくおつきあいしたいという意向が伝えられた。このご好意をジェインは大喜
う い に にん たい たかびしゃ たいど き あね
びで受け入れた。だがエリザベスは、この二人がだれに対しても高飛車な態度をとるのに気づいており、姉のジェイ
れいがい おも に にん す しめ
ンもその例外ではないだろうと思ったので、どうしてもこの二人を好きにはなれなかった。もっともジェインに示さ
こうい ていど あに しょうさん えいきょう てん いみ
れた好意はその程度のものだが、おそらく兄の称賛の影響だろうという点に意味があった。ミスタ・ビングリーが、
み と
がお あ みほ め あき しょたいめん
顔を合わせるたびにジェインに見惚れているのは、だれの目にも明らかだった。そして初対面のときからミスタ・ビ
だ こうい こいごころ か め
ングリーに抱いていたジェインの好意が、どうやら恋心のようなものに変わってきているのは、エリザベスの目には
あき せけん し ないしん
明らかだった。だがそれが世間に知られることはなさそうだと、エリザベスは内心ほっとしていた。なにしろジェイ
せんさく
も きもち ちんちゃく ものごし ほが ふ ま と 鑿 す め
ンは、燃えあがる気持を、沈着な物腰といつもながらの朗らかな振る舞いに溶けこませて、 穿 鑿 好きなひとびとの目
じぶん まも しんゆう はな
から自分を守っていた。エリザベスは、親友のミス・シャーロット・ルーカスにこのことを話した。
くら
ゆかい こた せけん め まばゆ ようじん
「それは愉快だわねえ」とシャーロットは答えた。「そんなふうに世間の目を 眩 ませるなんて。でもあまり用心しす
じょせい じぶん あいじょう こうみょう あいて かく あいて
ぎると、かえってまずいこともあるんじゃないかしら。女性が、自分の愛情を巧妙に相手にも隠そうとすれば、相手
こころ いと きかい のが せけん し なぐさ
の心を射止める機会を逃してしまうかもしれない。そして世間に知られていないことが、せめてもの慰めということ
うぬぼ
こいごころ かんしゃ きもち うぬぼ 危
になりかねないわ。そもそも恋心には、感謝の気持や自惚れといったものがあるのよ。それをないがしろにしては危
けん ひ あいて こた
険ね。きっかけはひとさまざまよ──ちょっと惹かれるというのもよくあることだし、でも相手が応えてくれなけれ
こい おも じょせい じゅっちゅうはっく じぶん かん いじょう あいじょう あいて み
ば、恋におちるひとなんてそうはいないと思うわ。女性は、十中八九は、自分が感じている以上の愛情を相手に見せ
あね す いじょう きもち
るほうがいいのよ。ビングリーさまは、ぜったいあなたのお姉さまが好きよ。でもそれ以上の気持にはならないかも
あね ほう きもち あとお
しれない、お姉さまがあの方の気持を後押しなさらないかぎりは」
せいしつ たい きもち
「でもジェインの性質としてできるかぎりのことはしているわよ。ビングリーさまに対するジェインの気持がわたし
かれ まぬ
にはわかるのに、彼にそれがわからないとしたら、よほど間抜けなのよ」
せいしつ ぞん
「いいこと、イライザ、ビングリーさまは、ジェインの性質をあなたほどにはご存じないのよ」
じょせい だんせい す きもち かく あいて き
「でも女性が男性をとても好きになって、その気持を隠そうとしなければ、相手は気づくはずだわ」
き あ なん ど あ
「たぶん気づくわよ、ジェインとたびたび会っていればね。でもビングリーさまとジェインは、何度も会っているけ
に にん なん じかん す たいせい あつ ぶとう かい あ に にん
れど、二人だけで何時間も過ごすわけじゃないでしょ。それもいつも大勢集まる舞踏会で会うわけだから、二人だけ
はな ほう かんしん ひ さん じゅう ふん じかん
でずっと話しているわけにはいかないのよ。だからジェインは、あの方の関心を惹きつけられる三十分という時間を
じょうず つか さいだい こうか ほう いと 思
上手に使って最大の効果をあげなければいけないわ。そうやってあの方をしっかり射止めたら、あとはゆっくりと思
こい
うように恋におちればいいのよ」
かた こた りょうえん え
「そういうやり方もなかなかけっこうね」とエリザベスは答えた。「良縁を得たいというただそれだけのためなら、
かねもち おっと おっと て い おも
それでもいいわよ。もしわたしが、お金持の夫を、まあどんな夫でもいいけど、ぜったい手に入れようと思うなら、
かた はいしゃく きもち ちが したごころ うご
きっとそのやり方を拝借するわよ。でもそれはジェインの気持とは違うわねえ。あのひとは、下心があって動くひと
じぶん きもち ふか かくしん きもち むり
じゃないの。それにまだ、自分の気持の深さにも確信があるわけじゃないし、その気持が無理のないものかどうかと
じしん し あ に しゅうかん ぶとう かい よん かい おど やしき ひる
いう自信もない。知り合ってからほんの二週間よ。メリトンの舞踏会で四回踊って。ビングリーさまのお屋敷では昼
かん いち ど あ かれ よん ど しょくじ あね かれ ひとがら
間に一度だけ会って、だから彼とは四度お食事をごいっしょしただけでしょ。これだけじゃ、お姉さまに彼の人柄が
わかるわけないじゃないの」
ちが ほう しょくじ あいて しょくよく おうせい
「それは違うわよ。そりゃジェインがあの方とただお食事しただけなら、相手の食欲が旺盛かどうかわかるだけかも
よん ばん す よん ばん おも
しれない。でも四晩もごいっしょに過ごしたのよ──四晩もあればじゅうぶんにわかると思うわ」
よん ばん す
「そうね。あの四晩で、ふたりともトランプはコマースよりヴァンタンのほうが好きだということがわかったのはた
かんじん ひとがら おも
しかね。でも肝心な人柄が、よくわかったとは思えないな」
い せいこう こころ いの けっこん
「とにかく」とシャーロットが言った。「ジェインの成功を心からお祈りしていてよ。もしあした結婚なさるとして
しあわ おも じゅう に かげつ あいて せいかく し うえ けっこん
も、きっとじゅうぶんにお幸せになると思うわ、十二カ月かけてお相手の性格を知りつくした上で結婚したってそれ
おな けっこん しあわ うん あいて せいかく せいかく
は同じことよ。結婚の幸せなんてまったく運ですもの。おたがい相手の性格がよくわかっていても、もともと性格が
に こうふく けっこん せい
よく似ていたとしても、それでいっそう幸福になるなんてことはぜったいないわよ。結婚したあとに、だんだんに性
かく ちが で いっしょう とも あいて けってん し
格の違いが出てきて、おたがいにいがみあうものなのよ。一生を共にするひとなら、相手の欠点はできるだけ知らな
いほうがいいわね」
おもしろ い ただ い ただ
「面白いこと言うのね、シャーロット。でもそれは正しいとは言えないわ。あなただって、正しくないことはわかっ
じぶん
ているんでしょ、自分じゃぜったいそんなことはしないくせに」
あね かんしん かんさつ いそが じぶん じしん
 エリザベスは、ミスタ・ビングリーが姉にどれほど関心があるのか観察するのに忙しく、自分自身がビングリーの
ゆうじん きょうみ たいしょう つゆ し うつく
友人の興味の対象になっているとは露ほども知らなかった。ミスタ・ダーシーは、はじめのうちはエリザベスが美し
みと ぶとう かい み め しょうさん いろ つぎ あ
いと認めようとはしなかった。舞踏会でエリザベスを見るその目に称賛の色はなかった。次に会ったときは、エリザ
じょせい きりょう い おのれ ゆうじん めいげん
ベスのあらさがしをするだけだった。だが、あの女性はとても器量よしとは言えないと己や友人たちに明言したその
くろ ひとみ み うつく ひょうじょう かお なみ ちせい てき き
すぐあとに、エリザベスの黒い瞳が見せる美しい表情から、その顔が並はずれて知性的であることに気づいたのであ
い かん
のこ 憾 はっけん びてん み すがた かんぜん きんせい
る。遺 憾 ながら、この発見につづいて、ほかにもいくつかの美点が見つかった。エリザベスの姿は完全に均整がとれ
きび め み い ようし みりょく てき
ているかというと、ダーシーの厳しい目で見ればそうは言えないものの、そのすらりとした容姿が魅力的であるのは
みと ものごし じょうりゅう しゃかい だんげん ようき かいかつ ふ ま
認めざるをえない。そして物腰は上流社会のものではないと断言したにもかかわらず、その陽気で快活な振る舞いに
み し よし あいて こうかん
はすっかり魅せられていた。こんなことをエリザベスは知る由もない。なにしろどこにいようと相手に好感をあたえ
だんせい じぶん おど びじん おも だんせい め
ないようにしている男性、そして自分を踊ってみたいほどの美人ではないと思っている男性としか、エリザベスの目
うつ
には映らなかった。
し おも はなし れんちゅう はなし
 ダーシーはエリザベスのことをもっと知りたいと思いはじめ、話のきっかけをつかむために、ほかの連中と話をし
よ うご ちゅうい ひ
ているエリザベスのそばに寄っていった。その動きはエリザベスの注意を惹いた。それはサー・ウィリアム・ルーカ
やしき まね たいせい きゃく あつ
スの屋敷に招かれたときのことで、そこには大勢の客が集まっていた。
い たいさ
「ダーシーさまって、いったいどういうつもりかしら?」とエリザベスはシャーロットに言った。「フォスター大佐
はなし   みみ た
とわたしの話に聞き耳を立てているなんて」
しつもん こた
「その質問はダーシーさましか答えられないわ」
いちど こんたん い す
「もう一度あんなことをしたら、あなたの魂胆はわかっているって言ってやるわ。あのひと、あらさがしが好きそう
め ずうずう で こわ
な目つきしてるでしょ。こっちが図々しく出ないと、あのひとがだんだん怖くなりそう」
ちか はな ようす
 そのあとすぐにダーシーが近づいてきたが、いっこうに話しかける様子もないので、シャーロットは、さっきのよ
そそのか
い 唆 ちょうはつ
うに言っておやりなさいよとエリザベスを 唆 した。エリザベスはたちまち挑発されて、くるりとダーシーのほうに
む なお
向き直った。
ねが しかた じょうず おも
「ねえ、ダーシーさま、さっきのわたくしのお願いの仕方、とても上手だったとお思いになりませんでしたか? メ
ぶとう かい ひら たいさ
リトンで舞踏会を開いてくださいませとフォスター大佐におねだりしていたんですけど」
いき ふじん はなし は き 
「たいそうな意気ごみでしたね。しかしご婦人はそういう話になると、おおいに張り切りますからね」
てきび
「わたくしたちに手厳しいんですのね」
ばん い ようい
「こんどはこのひとがおねだりされる番ですわ」とシャーロットが言った。「わたくし、ピアノの用意をしてくる
ねが
わ、イライザ、あとはお願いね」
うた
とも へん まえ ひ 唱 おと
「あなたって、友だちのくせに変なひと! だってだれの前でもかまわずにわたしに弾かせて 唱 わせるんだもの。音
らく さいのう うぬぼ とも み い
楽の才能があるとわたしが自惚れていれば、あなたはかけがえのないお友だちでしょうけど、実を言えばこのわた
めいしゅ えんそう ひ き な かた まえ
し、どちらかといえば、名手の演奏を日ごろから聞き馴れていらっしゃる方たちの前にはすわりたくないのよ」だが
あいて ひ さ けはい い
相手はいっこうに引き下がる気配がないので、エリザベスはこう言った。「いいわ。どうしてもやれというならやり
ことわざ
まがお み ふる ことわざ そん
ますわよ」それから真顔になってダーシーをちらりと見た。「古い 諺 がありますの、ここのみなさんはようくご存
かゆ
ぐち かゆ ことわざ ぐち は き
じなんですけれど──『むだ口たたかず 粥 ふいてさませ』という諺ですの──わたくしもむだ口たたかず、張り切って
うた
唱いましょう」
うた みごと い たの に きょく うた
 エリザベスのピアノと歌は、お見事とは言いかねるものの、けっこう楽しめた。二曲ほど唱いおわると、もっと
うた
唱ってというひとたちの求めに応じる間もなく、妹のメアリがさっさとピアノの前にすわった。メアリは家族のなか
ぶきりょう
ではただひとり不器量な娘だったので、学問や芸事に精進して、いつもその成果を披露したがっていた。
ひぼん さいのう
 メアリは非凡な才能も美的感性も持ち合わせてはいなかった。褒めてもらいたい一心で稽古に励んではいるが、技
りょう

がぶちこわしになるだろう。のんびりとしていて気どらないエリザベスは、腕のほどはメアリの半分にも及ばない
ちょうしゅう たの
が、聴衆をおおいに楽しませることができた。長い協奏曲を弾きおわったメアリは、妹たちの求めに応じてスコット
ランドとアイルランドの歌曲を弾き、称賛と感謝の拍手を浴びて満足していた。その妹たちは、部屋のあちら側で

ルーカス家の姉妹や数人の士官とともに夢中で踊っていた。
しまい すう にん

 ミスタ・ダーシーは、会話というものをいっさい排除したこうした夕べの過ごし方におかんむりの様子で、むっつ

りと立ったままなにやら考えこんでおり、サー・ウィリアム・ルーカスが近くにいるのも、サー・ウィリアムのほう
こえ
から声をかけられるまでは気づかなかった。
わか れんちゅう
「若い連中にはまことに楽しい集まりですなあ、ダーシー君! 舞踏ほどいいものはない。上品な上流社会のもっと
せんれん
も洗練された趣向と言えましょうな」
しゅこう い
もと

むすめ

おも あ
量をひけらかすような思い上がった態度が目につき、これからいくら高度な技量を身につけようと、これではすべて
びてき

かきょく

かいわ

かんが

たの
しかん


かんせい
おう

はじ

あつ
たいど

も あ

しょうさん
がくもん

むちゅう

かんしゃ
げいごと

なが

おど
いもうと

はくしゅ

はいじょ
しょうじん

きょうそうきょく

くん
はじ

まんぞく

ぶとう
こうど

ゆう

ちか
せいか

ぎりょう

うで


まえ

ひろう

いっしん

かた
いもうと

いもうと
けいこ

もと

じょうひん
はげ

はんぶん

へや
おう

ようす

じょうりゅう しゃかい
かぞく

およ

がわ
わざ

じょうひん い しゃかい たの つよ
「たしかにそうですね──それにあまり上品とは言えない社会でもおおいに楽しめるという強みがありますね。どんな
やばん じん おど
野蛮人でも踊れますから」
びしょう ゆうじん たの おど おど
 サー・ウィリアムは微笑するだけである。「ご友人は楽しく踊っておられるようだ」ビングリーが踊りにくわわる

み ま ことば みち たつじん
のを見て、ちょっと間をおいてから言葉をついだ。「あなたもさぞやこの道の達人でおられるのでしょうな、ダー
くん
シー君」
おど おも
「メリトンで踊ったわたしをごらんになったと思いますが」
はいけん たの きゅうでん ぶとう かい おど
「ええ、むろん、拝見しましたが、おおいに楽しみましたよ。セント・ジェームズ宮殿の舞踏会でもよく踊られるの
でしょうな?」
いち ど
「一度たりとも」
あらわ
おど ば けいい ひょう かた かんが
「踊るのは、あの場にふさわしい敬意の 表 し方だとはお考えにならんのですか?」
けいい はら
「そういう敬意は、払わずにすむならごめんこうむります」

「ロンドンにお住まいがおありだそうだが」
えしゃく どうい しめ
 ダーシーは会釈して同意を示す。
きょ かま かんが じょうりゅう しゃかい こころ ひ
「わたしもロンドンに居を構えようかと考えたこともありましたよ──上流社会には心が惹かれますからな。だがロン
くうき かない けんこう ふあん
ドンの空気が家内の健康によいものか不安でしてね」
へんとう きたい くち あいて へんとう き
 サー・ウィリアムは返答を期待して口をつぐんだが、この相手には返答する気がなかった。ちょうどそのときエリ
ちか き に にん と も おも
ザベスがこちらに近づいてくるのに気づいたサー・ウィリアムは、この二人のあいだを取り持つことを思いつき、エ
こえ くん おど くん わか しゅくじょ
リザベスに声をかけた。「おや、イライザ君、どうして踊らないのかな? ダーシー君、この若い淑女をあなたにふ
あいて しょうかい ことわ びじょ め まえ い
さわしいお相手としてご紹介しましょう。よもやお断りにはなりますまいな、こんな美女を目の前にして」そう言う
て と て あいて おどろ て
とエリザベスの手を取り、その手をミスタ・ダーシーにあずけようとした。相手はたいそう驚いたものの、その手を
いな
と いな み ひ ろうばい ようす い
取ることに 否 やはなかったが、エリザベスのほうがさっと身を引き、狼狽した様子でサー・ウィリアムに言った。
おど あいて ねが
「だっておじさま、わたくし、踊るつもりはまったくございませんの。お相手をお願いするためにこちらにまいった
おも
なんてお思いにならないでくださいませね」
て と こうえい よく ていちょう もう で むな けっ
 ミスタ・ダーシーは、お手を取る光栄に浴したいといとも丁重に申し出たが、それも空しかった。エリザベスの決
しん せっとく けつい ゆ
心はかたかった。サー・ウィリアムの説得にもエリザベスの決意はいささかも揺るがなかった。
おど たくみ くん おど すがた たの ことわ
「きみはたいそう踊りが巧いじゃないか、イライザ君、きみの踊る姿を楽しみにしておるこのわたしに断るとはひど
しんし ぶとう この はん じかん め たの
いねえ。ここにおられる紳士は、ふだんは舞踏を好まれぬようだが、半時間ぐらいなら、われわれの目を楽しませて
いぞん
くれることにご異存はないはずだよ」
れいぎ ただ わら
「ダーシーさまって、ほんとうに礼儀正しくていらっしゃいますのね」とエリザベスはにっこり笑ってみせた。
さそ あいて かんが くん しんし の き ふしぎ
「そうとも──だが誘いの相手を考えればだね、イライザ君、この紳士が乗り気になるのも不思議はない。これほどの
あいて ことわ もの
相手を断る者がいるだろうか?」
ひょうじょう せ む ば た さ て ていこう
 エリザベスは、いたずらっぽい表情をして、くるりと背を向けその場を立ち去った。こんな手ごわい抵抗にあって
たい ひょうか さ み おも かんが
も、エリザベスに対するダーシーの評価は下がらなかった。いささか満ちたりた思いでエリザベスのことを考えてい
ちか こえ
ると、近づいてきたミス・ビングリーに声をかけられた。
かんが
「あなたが考えていらっしゃることぐらいわかってよ」
むり
「それは無理でしょう」
たま
かんが く ひ く ひ れんちゅう よる す たま
「きっとこう考えていらしたのよ、来る日も来る日もこんなふうに──こんな連中と──夜を過ごすんじゃ 堪 らないっ
どうかん おもしろ おおさわ
て。あたくしもまったく同感。こんなにうんざりしたことってないわ! 面白くもないのに、この大騒ぎ。つまらな
れんちゅう たか れんちゅう こくひょう うかが
い連中のくせにお高くとまっているのよ! この連中を酷評してくださるなら、よろこんで伺いますわよ!」
そうぼう
すいりょう こころ たの うるわ きみ うつく そう ひとみ ゆえつ
「その推量はおおはずれだな。ぼくは心ゆくまで楽しんでいる。麗しの君の美しき 双 眸 がもたらす愉悦にひたってい
たんですから」
おもて
め あいて めん そそ おも じょせい
 ミス・ビングリーはすぐさまその目を相手の 面 にひたと注ぎ、そのような想いをかきたてたその女性はいったい
き い おそ こた
どなたか、ぜひともお聞かせあそばせと言った。ミスタ・ダーシーは、恐れげもなく答えた。
「ミス・エリザベス・ベネット」
がえ い
「ミス・エリザベス・ベネット!」ミス・ビングリーはおうむ返しに言った。「これはびっくりだわ。いったいいつ
かのじょ き め いわ もう あ
から彼女がお気に召しましたの? それで、いつお祝いを申し上げればいいのかしら?」
たず おも じょせい くうそう と さんび こい こい しゅんじ けっこん
「きっとそうお尋ねがあると思っていた。女性の空想はまっしぐらに飛ぶ。賛美から恋へ、恋から瞬時に結婚へ。あ
いわ い おも
なたがお祝いを言ってくれるだろうと思っていましたよ」
か あ
しんけん かんが き ぎぼ
「あらあら、それほど真剣に考えていらっしゃるなら、これはもうすっかり決まりですのね。すばらしいお義母さま
ぎぼ す
がおできになるわけだし、そのお義母さまももちろんペンバリーにお住まいになるのね」
へいぜん   なが たいぜん たいど
 ミス・ビングリーがこうやっていくらからかおうと、ダーシーは平然と聞き流していた。その泰然とした態度に、
や ゆ
い やゆ ことば つづ
ミス・ビングリーはこれならなにを言ってもかまうまいと、揶揄の言葉はえんえんと続いたのである。

   7

しさん とし に せん しゅうにゅう あ じしょ だい ぶぶん し むすめ ふうん


 ミスタ・ベネットの資産は、年に二千ポンドの収入が上がる地所がその大部分を占めている。娘たちにとって不運
げん し
だんし そうぞく じん きり 嗣 そうぞく ほう ぼうけい だんし そうぞく
なことには、男子の相続人がいないため、 限 嗣相続の法により傍系の男子がそれを相続することになっていた。ミセ
ざいさん げんざい きょうぐう おっと しさん うしな おぎな た
ス・ベネットの財産は、現在の境遇であればじゅうぶんなものだが、夫の資産が失われれば、それを補うに足るほど
ちちおや じむ べんごし むすめ のこ よん せん
のものではない。ミセス・ベネットの父親は、メリトンの事務弁護士で、娘に遺したのは四千ポンドにすぎなかっ
た。
いもうと おとうと いもうと し けっこん あね
 ミセス・ベネットには妹と弟がひとりずついる。妹はフィリップス氏なるひとと結婚したが、フィリップスは、姉
いもうと ちちおや しょき つと じんぶつ ちちおや しごと ひ つ おとうと す しょうにん
妹の父親の書記を務めていた人物で、父親の仕事を引き継いでいた。弟のほうはロンドンに住み、商人としてかなり
せいこう
の成功をおさめていた。
むら いち はん か わか じょせい つごう きょり
 ロングボーンの村は、メリトンまでわずか一キロ半、ベネット家の若い女性たちにはたいそう都合のよい距離で
しゅう さん よん かい おば きげん うかが で ふくしょく てん た よ した
あった。週に三、四回は叔母さまのご機嫌伺いにメリトンへ出かけていき、とちゅう服飾店に立ち寄るのである。下
しまい ひんぱん で あね くら あたま
のほうの姉妹ふたり、キティとリディアはことに頻繁に出かけていった。姉たちに比べると、ふたりの頭はからっぽ
おもしろ さんぽ ひるま ひま よる しょくたく わだい ひさげ
で、ほかになにも面白いことがないときには、メリトンまでのお散歩は、昼間の暇つぶしと、夜の食卓での話題を提
きょう か いなか めあたら はなし
供するには欠かせぬものであった。おしなべて田舎というものは、目新しい話などそうそうあるわけもないが、ふた
おば はなし たね しい しみん ぐん れんたい きんぺん ちゅうりゅう
りはいつもこの叔母から話の種を仕入れてくる。さしあたりは、市民軍の連隊が近辺に駐留することになったために
わだい か しあわ れんたい ふゆ ちゅうりゅう よてい ほんぶ
話題にはこと欠かず、ふたりは幸せいっぱいというわけだった。連隊は冬まで駐留する予定で、メリトンが本部に
なった。
おば たず きょうみぶか わだい ほうふ しい
 キティとリディアのふたりは叔母のミセス・フィリップスを訪ねては、まことに興味深い話題を豊富に仕入れてく
しかん なまえ えんこ かんけい ちしき しゅくはく さき あ
るようになった。士官の名前や縁故関係などが、ふたりの知識にくわえられた。やがてその宿泊先も明かされ、とう
しかん かお おじ しかん ほうもん めい
とう士官たちと顔なじみになった。叔父のミスタ・フィリップスは士官たちをすべて訪問し、姪たちにいまだかつて
こうふく みなもと しかん はなし ばくだい
ない幸福の源をもたらすことになった。ふたりのあいだでは士官の話でもちきりだった。ミスタ・ビングリーの莫大
しさん ははおや かっき わだい め した ぱ れんたい きしゅ ぐんぷく いろ み
な資産という、母親を活気づけるあの話題も、ふたりの目には、下っ端の連隊旗手の軍服にくらべても色あせて見え
た。
あさ しかん はなし むすめ みみ か つめ い
 ある朝のこと、士官たちの話をべらべらとまくしたてる娘たちに耳を貸していたミスタ・ベネットは、冷たく言い
はなった。
おろ むすめ まえまえ うたが
「どうやらきみたちは、このあたりでもっとも愚かな娘たちのようだな。前々からそうではないかと疑っていたが、
かくしん
やっと確信がもてたよ」
  かえ かお たいい すてき
 キティはうろたえて、なにも言い返さなかった。だがリディアは、けろりとした顔で、カーター大尉みたいな素敵
あさ い あ はな
なひとはいない、あすの朝、ロンドンに行くそうだから、きょうのうちに会えたらいいな、などと話しつづけた。
い じぶん むすめ おろ もの あつか こ
「まあ、とんでもないことを」とミセス・ベネットが言った。「ご自分の娘を愚か者扱いなさって。よその子をけな
し こ おや
すならいざ知らず、わが子をけなす親はいませんわよ」
こ おろ おや しょうち
「わが子が愚かなら、親としてはふだんからそれを承知していたいものだ」
こ かしこ
「そうですわね──でもおあいにくさま、うちの子はみんなとても賢いわ」
いけん く ちが いけん てん いっち
「ありがたいことに、それだけだな、わたしたちの意見が食い違うのは。わたしらの意見は、あらゆる点で一致して
おも した むすめ ばか いけん ちが
いると思っていたが、うちの下の娘ふたりが、とほうもない馬鹿だということについては、どうやら意見が違うよう
だね」
ふんべつ そな
だんな わか むすめ おや ぶん べつ ぐ おも とし
「あのねえ、旦那さま、若い娘たちに、親のような 分 別 が 具 わっていると思っちゃいけませんわ。わたしたちの年
しょうこう かんが い えいこく ぐん ぐんじん
ごろになれば、将校さんのことなんか考えないようになりますわよ。そう言えばわたしだって、英国軍の軍人さんが
ひい き
贔 屓 こころ おくそこ きもち ねんしゅう ご ろく せん わか
ご 贔 屓だったころもあったわ──いまもまだ心の奥底にはそんな気持がありますわ。年収五、六千ポンドもある若く
いき たいさ むすめ しょもう もう よる
て粋な大佐が、うちの娘を所望なさったら、わたし、いやとは申しませんよ。いつぞやの夜、サー・ウィリアムのお
やしき あ たいさ ぐんぷく にあ すてき
屋敷でお会いしたフォスター大佐、そりゃ軍服がお似合いになって素敵でしたわねえ」
かあ さけ おば はなし たいさ たいい さいしょ ちゅうりゅう
「お母さま」とリディアが叫んだ。「叔母さまのお話だと、フォスター大佐とカーター大尉は、最初に駐留なさった
ライブラリー
い い ちか しょ 舗
ときにはよく行っていたミス・ワトソンのところへはもう行かないんですってよ、近ごろはクラークの 書舗 でよ

くお見かけするんですって」
ふみ
あ ぶん たずさ じゅうぼく しゅつげん へんじ
 ミセス・ベネットは、ミス・ジェイン・ベネット宛ての 文 を携えた従僕の出現で、その返事をさえぎられた。それ
やしき き じゅうぼく へんじ ぶん も かえ よし め
はネザーフィールド屋敷から来たもので、従僕はご返事の文を持ち帰る由であった。ミセス・ベネットの目がらんら
かがや よ こえ
んと輝き、ジェインがそれを読むあいだ、しきりに声をかける。
ふみ
ぶん よう とのがた
「ねえ、ジェイン、どなたの 文 なの? どんなご用なの? あの殿方、なんとおっしゃっているの? ねえ、ジェイ
はな
ン、さっさと話してちょうだいよ、はやく、はやく」
い ぶんめん よ あ
「ミス・ビングリーからよ」とジェインは言うと、文面を読み上げた。

『ジェインさま
あなた
きじょ きょう わたし しょくじ きもち わたし いち
 もし貴女が、今日私とルイザとごいっしょにお食事してくださるお気持がなかったら、ルイザと私はこのさき一
いさかい
せい にく なか おんな いち にち がお いさかい
生、憎みあう仲になるかもしれませんの。女ふたりが一日じゅう顔をつきあわせていたら、しまいにはきっと 諍 に
ふみ
ぶん よ しだい あに とのがた しょうこう
なりますもの。この 文 をお読みになり次第、すぐにいらしてくださいませ。兄と殿方は、将校さんたちとごいっしょ
しょくじ よてい
にお食事の予定です。
かしこ 
キャロライン・ビングリー』

しょうこう しょくじ おおごえ おば おし


「将校さんたちとお食事ですって!」とリディアが大声をあげた。「叔母さまったら、そんなことはなにも教えてく
れなかったのに」
しょくじ うん わる い
「よそでお食事なんて、運の悪いこと」とミセス・ベネットが言った。
ばしゃ つか い
「馬車を使ってもいいかしら」とジェインが言った。
うま い あめ あめ と
「いいえ、だめ、馬で行くほうがいいわ、だって雨になりそうだもの。雨になればどうしたってお泊まりということ
になりますからね」
めいあん い おく はなし
「それは名案だわねえ」とエリザベスが言った。「あちらが送ろうとおっしゃらなければの話だけど」
シ ェ イ ズ
とのがた よん りん ばしゃ い おっと
「まあ! だって殿方のみなさんは、ビングリーさまの四輪馬車でメリトンに行きなさるでしょうし。ハーストご夫
つま じぶん ばしゃ
妻に、ご自分の馬車はないし」
コ ー チ
おおがた よん りん ばしゃ い
「わたしはうちの大型四輪馬車で行くほうがいいわ」
ちち うま おも のうじょう ひつよう だんな
「でもねえ、お父さまには、あなたにまわす馬がないと思うわ。農場のほうで必要なんですよね、旦那さま、そう
じゃありませんこと?」
ばしゃ つか のうじょう つか おお
「馬車に使うより農場で使うほうが多くてね」
ちち ばしゃ つか よてい い かあ おも つぼ
「でもきょう、お父さまが馬車をお使いになる予定なら」とエリザベスが言った。「お母さまの思う壺ね」
ちちおや くち ばしゃ つか い
 そこでエリザベスは、父親の口からきょうは馬車を使うことになっているとむりやり言わせたので、ジェインはや
ば せ の い ははおや とぐち おく あくてんこう
むなく馬の背に乗って行くことになった。母親は、ジェインを戸口まで送っていき、にこにこしながら悪天候をあれ
はげ
よげん ははおや ねが かな い あめ れつ ふ だ よん にん いもうと
これと予言してみせた。母親の願いは叶えられた。ジェインがさほど行かぬうちに雨が 烈 しく降り出した。四人の妹
あね み あん ははおや だい よろこ あめ いち ばん お
たちは姉の身を案じたが、母親は大喜びである。雨は一晩じゅうこやみなく降りつづき、これではよもやジェインも
かえ
帰ることはできないだろう。
みょうあん あめ ふ じぶん てがら い
「ほんとにわたしの妙案だったわねえ!」とミセス・ベネットは、雨を降らせたのはすべて自分の手柄だと言いたげ
い よくあさ かのじょ じぶん だい せいこう
に、くりかえしそう言った。しかしながら翌朝になるまでは、さすがの彼女も、自分のもくろみが大成功であったこ
き ちょうしょく お じゅうぼく あ つぎ
とには気づかなかったのである。朝食がまだ終わらぬうちに、ネザーフィールドの従僕が、エリザベス宛ての次のよ
ふみ
ぶん とど
うな 文 を届けにきた。

『リジーちゃん
お きぶん わる きのう あめ しんせつ とも
 けさ起きてみたらとても気分が悪いの、昨日の雨でずぶぬれになったせいでしょう。親切なわたしのお友だちは、
いえ かえ せんせい み
ちゃんとよくなるまで家に帰ってはいけないとおっしゃいます。それにジョーンズ先生に診てもらうようにともおっ
せんせい おうしん きた みみ はい おどろ のど いた ずつう
しゃるの──ですから、先生が往診に来られたことがそちらの耳に入っても驚かないようにね──喉が痛むのと頭痛が
しんぱい
するほかは、かくべつ心配することはありません。
 かしこ』

よ ま い むすめ びょうき おも
「やれやれ」とミスタ・ベネットは、エリザベスが読みおわるのを待ってこう言った。「たとえ娘の病気が重くな
し さしず くん き ひ ほんもう
り、あげくに死んだとしてもだ、あなたの指図で、ビングリー君の気を惹こうとしたのだから、本望だろう」
こ し にんげん かぜ ひ し
「まっ! あの子が死ぬわけがないじゃありませんか。人間、ちょっとばかり風邪を引いたぐらいで死にゃしませ
ねんご
こん せわ やっかい じょうでき ばしゃ
ん。きっと 懇 ろにお世話していただけますわ。あちらにずっとご厄介になれれば上出来ですわよ。馬車があれば、
みま
見舞いにいってやりますのに」
しんぱい ばしゃ あね あ い けっしん じょうば ふえて ある
 エリザベスはひどく心配で、馬車がなくとも姉に会いに行こうと決心した。乗馬は不得手なので、歩いていくほか
せんげん
はない。そしてそうすることを宣言した。
もの し ははおや さけ どろ どう ある
「あなたときたら、なんて物知らずなの」と母親が叫んだ。「あんな泥んこ道を歩いていくなんて! あちらにたど

りついたときにはきっと見られたものじゃないわ」
あ へいき あ
「ジェインに会うためなら平気ですったら──ジェインに会えればそれでいいの」
い ちちおや い うま
「きみはこう言いたいのかい、リジー」と父親は言った。「馬をまわしてくれないかと?」
ちが ある いや い もくてき きょり もんだい ご あし
「違いますってば。歩くのが嫌だとは言っていません。目的があれば、距離なんか問題じゃないわ。ほんの五キロ足
ゆうしょく かえ
らずですもの。お夕食までには帰ってきます」
あね しんせつ かんしん い い かんじょう う しょうどう り
「お姉さまのご親切には感心するわ」とメアリが言った。「でもわたしに言わせれば、感情から生まれる衝動は、理
せい みちび ほね お ひつよう み
性に導かれるべきよ。どうせ骨を折るなら、それがどれだけ必要とされているか、ちゃんと見きわめなくちゃだめ
よ」
い い いもうと
「あたしたち、メリトンまでいっしょに行くわよ」とキティとリディアが言った。エリザベスは妹たちがついてくる
しょうち さん にん むすめ そろ いえ しゅっぱつ
ことを承知し、こうして三人の娘は揃って家を出発した。
いそ ある い たいい い あ
「うんと急げば」と歩きながら、リディアが言った。「カーター大尉がどっかに行かないうちにちょっと会えるかも
しれない」
わか いもうと しかん ふじん と やど む ある
 メリトンで別れたふたりの妹は、ある士官夫人が泊まっている宿に向かった。エリザベスはそのままひとり歩きつ
あし はや ぼくそう ち つぎつぎ よこぎ しがらみ ふ だん の こ みず と えつ
づけ、足どりを早めて牧草地を次々に横切り、柵にそなえられた踏み段を乗り越え、水たまりをひょいひょい跳び越
くるぶし
やしき み くるぶし いた くつした どろ ある
え、屋敷が見えるところまでようやくたどりついたときには、 踝 は痛むし、靴下は泥まみれ、せっせと歩いてきた
かお こうちょう
ために顔は紅潮していた。

ちょうさん ま とお みな かお そろ すがた
 エリザベスは朝餐の間に通されたが、そこにはジェインのほかは皆が顔を揃えていた。あらわれたエリザベスの姿
み おどろ ようす はや ご どろ どう ある
を見ると、みんなたいそう驚いた様子だった。こんな早くに五キロもの泥んこ道をたったひとりで歩いてきたとは、
しん じぶん けいべつ
ミセス・ハーストとミス・ビングリーにとってはほとんど信じがたいことだった。こんな自分をさぞや軽蔑している
おも ていちょう むか しまい あに くん たいど たん
だろうとエリザベスは思った。だがいとも丁重に迎えてはいただいた。そしてビングリー姉妹の兄君の態度には、単
ぎれい かん かいかつ くち ひら
なる儀礼ではないものが感じられた。快活でやさしかった。ミスタ・ダーシーはほとんど口を開かず、ミスタ・ハー
ほ て
ひとこと くち とお みち ある あか ほて かお いろ
ストは一言も口をきかなかった。ダーシーは、遠い道のりを歩いてきたために赤く火照っているエリザベスの顔の色
み と
みほ いっぽう とお ある は けんめい き いっぽう
に見惚れる一方で、これほど遠くまでひとりで歩いてきたことが果たして賢明だったのか気になった。一方ハースト
もくぜん ちょうしょく かんが
は、目前の朝食のことしか考えていなかった。
あね ようだい たず へんじ よる ねむ
 姉の容態についてエリザベスはあれこれ尋ねたが、返事ははかばかしくなかった。ミス・ベネットは、夜はよく眠
お こうねつ へや で あね あんない
れず、起きていても高熱のために部屋から出るのはむりだというのである。エリザベスはすぐに姉のところに案内し
いっぽう かぞく おどろ めいわく おそ き
てもらえたのでうれしかった。一方ジェインは、家族を驚かせて迷惑をかけるのを恐れ、だれかにぜひ来てほしいと
ぶん か さ ひか すがた み ばなし
文に書くのは差し控えていただけに、エリザベスの姿を見るとたいそうよろこんだ。だが、いまはまだあまり話ので
じょうたい で しんせつ かん
きる状態ではなく、ミス・ビングリーがふたりをおいて出ていったあとも、とても親切にしていただいているのと感
しゃ ことば い つ そ
謝の言葉をつぶやいただけだった。エリザベスはなにも言わず、そばに付き添っていた。
ちょうしょく しまい へや きづか しめ み
 朝食がすむとビングリー姉妹が部屋にやってきた。そしてジェインにやさしい気遣いを示してくれるのを見ると、
あん じょう
かのじょ す おうしん いし びょうにん しんさつ あん じょう かぜ ひ
エリザベスもなんだか彼女たちが好きになった。往診の医師が病人を診察してくれたが、 案 の 定 ひどい風邪を引い
ようじょう い びょうにん ねどこ あんせい い みずぐすり
たということで、せいぜい養生させるようにと言った。それから病人には寝床で安静にしているように言い、水薬を
ちょうざい やくそく かえ ねつ あ ずつう はげ いし ちゅうこく
調剤しましょうと約束して帰っていった。熱が上がって頭痛も烈しくなったために、ジェインは医師の忠告におとな
したが かたとき しまい かお み
しく従った。エリザベスは片時もジェインのそばをはなれなかったし、ビングリー姉妹も、ちょくちょく顔を見せ
とのがた ふざい
た。殿方がみなご不在とあって、じつはほかになにもすることがなかったのである。
とけい さん じ う かえ おも こころ つ ばしゃ
 時計が三時を打ったとき、エリザベスはもう帰らねばと思い、心ならずもそう告げた。ミス・ビングリーが、馬車
だ い こうい あま おも いもうと かえ
を出しましょうと言ったので、エリザベスはせっかくのご好意に甘んじようと思った。ところが妹が帰ってしまうと
し こころぼそ ようす み ばしゃ おも とど
知ったジェインがたいそう心細がっている様子を見たミス・ビングリーは、馬車をすすめるのを思い止まり、もうし
と え だい よろこ もう で おう
ばらくネザーフィールドに留まってはいかがとすすめざるを得なかった。エリザベスは、大喜びでその申し出に応じ
じゅうぼく つか むね つた きが いふく も かえ
た。従僕がさっそくロングボーンに遣わされてその旨を伝え、着替えの衣服を持ち帰ったのであった。

   8

ご じ ふじん めし が へや で ろく じはん ばんさん よ しほう


 五時になるとご婦人ふたりはお召し替えのため部屋から出ていき、六時半に、エリザベスは晩餐に呼ばれた。四方
ねんご かんば
あ ていちょう しつもん こん きづか かおる かえ
から浴びせられる丁重な質問、なかでもミスタ・ビングリーの 懇 ろな気遣いがうれしかったが、あまり 芳 しい返
こと ようだい かいほう む しまい き
事はできなかった。ジェインの容態は快方に向かっているわけではない。ビングリー姉妹はそれを聞くと、なんてお
やまい
わる かぜ こわ やまい なん ど
いたわしいこと、悪い風邪はほんとうに怖い、そんな 病 はほんとうにごめんだわと何度もくりかえしたが、そのあ
そし かお め まえ むし たいど み しまい たい
とはもう素知らぬ顔だった。エリザベスは目の前にいないジェインをまったく無視する態度を見ると、この姉妹に対
けんお かん こころ たの おも よみがえ
する嫌悪感を心ゆくまで楽しもうという思いが甦ってきた。
いちざ あに くん こころ ゆる ゆいいつ じんぶつ ようだい あん きもち み
 一座のなかで兄君だけが、心を許せる唯一の人物だった。ジェインの容態を案ずる気持がありありと見え、エリザ
み な
よ こころくば じゃま しゃ み 做 けねん
ベスに寄せる心配りもたいそううれしく、だれからもとんだ邪魔者と見做されているのではないかという懸念も、そ
うす き
のおかげで薄らいだ。ミスタ・ビングリーのほかは、だれもエリザベスのことなどほとんど気にもかけてはいない。
むちゅう あね に せき なら
ミス・ビングリーはダーシーに夢中だし、姉のミセス・ハーストも似たようなものだった。エリザベスと席を並べる
たいだ じんぶつ た の い
ミスタ・ハーストは怠惰な人物で、ただ食べて飲んでカードをするために生きているようなひとだった。エリザベス
こうしんりょう にこ りょうり たんぱく りょうり す はな
が香辛料をきかせた煮込み料理より淡白な料理が好きだとわかると、もう話しかけようともしなかった。
しょくじ お もど へや で
 食事が終わると、エリザベスはすぐさまジェインのもとに戻った。ミス・ビングリーは、エリザベスが部屋を出て
うぬぼ
みとど わるぐち なら ぎょうぎ わる うぬぼ つよ なまいき
いくのを見届けると、さっそく悪口を並べはじめた。まったくお行儀の悪いこと、自惚れが強くて生意気だわ。まと
かいわ しな しゅみ わる きりょう わる あね おな いけん
もに会話もできないし品もない、趣味も悪いし器量も悪い。姉のミセス・ハーストも同じ意見で、さらにこうつけく
わえた。
よう とりえ けんきゃく たし すがた わす
「要するに、なんの取柄もないってことね、健脚なのは確かだけど。けさのあの姿ときたらとうてい忘れられない
すがた
わ。ほんとにぶざまな姿だったわねえ」
へいき かお く あね じょう
「まったくよ、ルイザ。とても平気な顔はしていられなかったわ。そもそもここに来るのがばかげているのよ。姉上
お ぐし
かぜ めし かのじょ のはら はし ひつよう ご かみ ふ みだ
さまがお風邪をお召しになったからといって、彼女が野原を走ってくる必要があるかしら? 御 髪 を振り乱してね
え!」
した み すそ ろく どろ つ
「そうよ、それにあの下のスカート。あなた、見たでしょ。裾が六インチもどっぷり泥に浸かったのよ、ぜったいそ
うわがわ すそ ひ ぱ  かく まるみ
うよ。上側のスカートの裾を引っ張って隠そうとしたんでしょうけど、丸見えだったわ」
びょうしゃ せいかく い き
「きみの描写はいかにも正確なんだろうけどね、ルイザ」とビングリーが言った。「ぼくはなにも気づかなかった
はい りっぱ み よご
よ。ミス・エリザベス・ベネットがけさここに入ってきたときには、びっくりするほど立派に見えたよ。汚れたス
め はい
カートなんて、目に入らなかった」
き い いもうと
「あなたはお気づきになりましたわよね、ダーシーさま、ぜったいに」とミス・ビングリーが言った。「お妹さま
さら
しゅうたい さらし
が、あんな醜態を 晒 すのをごらんになるのはおいやでしょ」
「それはごめんですとも」
くるぶし
ご ろく なな くるぶし どろ う
「五キロだって、六キロだって、七キロだって、とにかく、 踝 まで泥に埋めて、それもひとりで、たったひとりで
ある かんが いや ひと じりつ しん み 思
歩いてくるなんて! いったいなにを考えているのかしら? 嫌みで独りよがりな自立心を見せつけるためとしか思
さほう いなかもの
えないわ、お作法なんておかまいなしの田舎者よ」
わざ
あね じょう たい あいじょう ぎょう ほほえ い
「姉上に対する愛情のなせる 業 だよ、なんとも微笑ましいじゃないか」とビングリーが言った。
しんぱい こえ い ぼうけん
「あたくし、心配ですのよ、ダーシーさま」とミス・ビングリーが、声をひそめて言った。「あのひとのこんな冒険
ほ うつく そうぼう そこ
は、あなたが褒めていらした美しき双眸を損なったんじゃございませんこと」
こた ある うつく そうぼう かがや
「それどころか」とダーシーは答えた。「歩いてきたせいか、美しき双眸はきらきらと輝いていた」このあとしばし
ちんもく くち ひら
沈黙がおちたが、ミセス・ハーストがふたたび口を開いた。
かたづ
こうかん ほう じょう よめ
「ジェイン・ベネットはとても好感がもてる方だわ、ほんとうにやさしいお嬢さま、よいところにお 嫁 きになれば
おも りょうしん みうち みぶん ひく もち
いいとつくづく思うわ。でもあのご両親ではねえ、それにお身内も身分の低いひとたちだし、とてもそんなことは望
めないわね」
おじ じむ べんごし
「たしか叔父さまがメリトンで事務弁護士をしているんじゃない」
しょうにん まち ちか す おじ
「そうよ、それにもうひとり、あの商人の町のチープサイドの近くに住んでいる叔父さまがいるのよ」
いもうと い わら
「まあ、すばらしい」と妹が言い、ふたりはげらげらと笑った。
う おじ おおごえ い ひとがら
「チープサイドを埋めつくすほどの叔父さんがいたって」とビングリーが大声で言った。「あのひとたちの人柄のよ

さが減ることはないさ」
みぶん たか だんせい けっこん きかい へ おう
「しかし身分の高い男性と結婚する機会はいちじるしく減るだろう」とダーシーが応じた。
たい い いもうと こころ さんい しめ
 これに対してビングリーはなにも言わなかった。だが妹たちは心からそれに賛意を示し、それからしばらくのあい
ゆうじん みぶん いや しんぞく たね にぎ だんしょう
だ、友人の身分の卑しい親族たちを種に賑やかに談笑したのである。

きもち と もど しまい ばんさん ま た へや こ
 やがてやさしい気持を取り戻したビングリー姉妹は、晩餐の間を立ってジェインの部屋へおもむき、コーヒーに呼
つ そ ようだい おそ
ばれるまでそばに付き添っていた。ジェインの容態がはかばかしくないので、エリザベスは遅くまでそばをはなれる
し た
き ねむ たの かいか
気にはなれなかった。ようやくジェインが眠ってほっとすると、楽しくはなくとも、とにかく階下におりていくのが
れいぎ おも きゃくま はい さいちゅう なかま はい
礼儀ではないかと思った。客間に入っていくと、みなはトランプのルーをやっている最中で、さっそく仲間に入るよ
さそ たか か きん しょうぶ おも あね ねむ
うに誘われた。きっと高い賭け金で勝負をしているのだろうと思ったから、姉が眠っているあいだ、しばらくここで
ほん よ ていちょう じたい み
本でも読むつもりですと丁重に辞退した。ミスタ・ハーストはびっくりしたようにエリザベスを見つめた。
どくしょ す かれ い か
「きみはトランプより読書のほうが好きなの」と彼は言った。「変わったひとだねえ」
い けいべつ ねっしん
「ミス・イライザ・ベネットは」とミス・ビングリーが言った。「トランプなんて軽蔑してらっしゃるのよ。ご熱心
どくしょ か きょうみ
な読書家で、ほかのことには興味がおありにならないの」
ほ ことば ひにく ぞん こわだか
「お褒めのお言葉か、皮肉か存じませんけれど、どちらもいただくいわれがありませんわ」とエリザベスは声高に
い ねっしん どくしょ か たの
言った。「ご熱心な読書家でもありませんし、わたくしだって、ほかにもいろいろと楽しみはありますわ」
あね じょう かんびょう い よろこ
「姉上の看病もよろこんでしておられますね」とビングリーが言った。「すっかりよくなられれば、喜びもひとしお
でしょう」
こころ れい い すう さつ しょもつ ちか
 エリザベスはミスタ・ビングリーに心から礼を言った。そして数冊の書物がのっているテーブルに近づいた。ミス
べつ しょもつ も もう で としょ しつ
タ・ビングリーが、もっと別の書物をお持ちしましょうかとすかさず申し出た。図書室にあるものならなんなりと。
めいよ ぞうしょ おお がんらい なま もの た
「あなたのためにも、そしてぼくの名誉のためにも、蔵書がもっと多ければよかったな。元来が怠け者でしてね、多
ぞうしょ め とお
くもない蔵書にもぜんぶ目を通してはいないんですよ」
へや ほん まんぞく あんしん
 エリザベスは、このお部屋にある本でじゅうぶん満足ですと、ビングリーを安心させた。
い ちち ぞうしょ すく ず
「びっくりよね」とミス・ビングリーが言った。「父の蔵書がこれほど少ないなんて。ペンバリーにはすばらしい図
しょ しつ
書室がおありになるのよね、ダーシーさま!」
こた せんぞ だい あつ
「それはすばらしいはずですね」とダーシーは答えた。「なにしろ先祖代々集めてきたものだから」
じぶん ふ ほん か
「それにご自分だって増やしていらっしゃるでしょ、いつもご本ばかりお買いになっていらっしゃるんですもの」
ないがし
さっこん いえ だいだい としょ しつ ふうちょう りかい
「昨今のように家代々の図書室を 蔑 ろにする風潮は理解できませんね」
ないがし やしき うつく そ ないがし
「蔑ろにするなんて! ダーシーさまなら、あのすばらしいお屋敷に美しさを添えるようなものはなにひとつ蔑ろに
やかた
あに だ やしき かん はんぶん うつく
はなさいませんわよね。ねえ、お兄さまがお建てになるお屋敷が、せめてあのペンバリーのお 館 の半分でも美しけ
ればいいのにねえ」
ねが
「ぼくもそう願いたいね」
じしょ きんじょ もと てほん び
「地所もあのご近所にお求めなさいませよ、そしてペンバリーをお手本になさってちょうだい。ダービシャーほど美
とち
しい土地は、このイギリスのどこにもありませんもの」
う か
「よろこんでそうするよ。ダーシーが売ってくれるならペンバリーを買ってもいい」
じつげん はな あに
「あたくしは、実現できることをお話ししているのよ、お兄さま」
やしき まね ほんもの か て と ばや
「だってね、キャロライン、ペンバリーのような屋敷がほしいなら、真似をするより、本物を買うほうが手っ取り早
いじゃないか」
もくぜん き と ほん しょうしょう るす ほん
 エリザベスは目前のやりとりにすっかり気を取られ、本のほうは少々お留守になっていた。やがてその本をわきに
お ちか いもうと はい
押しやると、カード・テーブルのほうに近づき、ミスタ・ビングリーと妹のミセス・ハーストのあいだに入ってゲー
ゆくえ みまも
ムの行方を見守った。
はる せ の い
「ミス・ダーシーは春からこちら、ずいぶんとお背が伸びたんじゃありません?」とミス・ビングリーが言った。
「あたくしぐらいになるかしら?」
せたけ たか
「そのうちなるでしょう。いまのところは、ミス・エリザベス・ベネットほどの背丈かな、それよりちょっと高いか
もしれない」
あ じょう め きりょう
「ぜひまたお会いしたいわ! あんなにすてきなお嬢さま、お目にかかったことがないんですもの。あのご器量とあ
さほう とし きょうよう み みごと はじ
のお作法! あんなお年で教養をすっかり身につけていらっしゃるわ! ピアノも見事にお弾きになるし」
おどろ い じょう きょうよう み にんたい りょく
「まったく驚くよなあ」とビングリーが言った。「いまのお嬢さんたちには、教養を身につける忍耐力があるんだね
え、みながみなそうだろう」
じょう きょうよう み あに
「いまどきのお嬢さんがみんな教養を身につけているって! お兄さま、それはどういうこと?」
ついたて
さいしき 衝 りつ そうしょく こぶくろ あ
「ああ、だれもかれもだよ。みんながテーブルに彩色したり、 衝 立 の装飾をしたり、小袋を編んだりするじゃない
じょう じょう はなし じょう
か。そういうことができないお嬢さんというのはまずいないだろう。まずお嬢さんの話になると、そのお嬢さんには
きょうよう はなし
たいそう教養がおありになるというような話になるからね」
いっぱん きょうよう い あ い つう
「一般に教養と言われているものを、いまきみは挙げてみせたがね」とダーシーが言った。「それはまったくその通
こぶくろ あ ついたて そうしょく ていど じょせい たいせい きょうよう
りだ。小袋を編むとか、衝立の装飾をする程度の女性は大勢いるが、そんなものが教養ということになっている。だ
ちか じょう かた ひょうか さんせい きょうよう み じょせい
が近ごろのお嬢さん方についてのきみのその評価にはとても賛成できないね。ほんものの教養を身につけている女性
い かん
のこ 憾 し あ ろく にん
は、遺 憾 ながら、ぼくの知り合いのなかにも六人ほどしかいないからなあ」
おも い
「あたくしもそう思うわ」とミス・ビングリーが言った。
くち きょうよう じょせい きょうよう
「それでは」とエリザベスが口をはさんだ。「あなたが教養ある女性とおっしゃるとき、その教養にはとてもたくさ
ふく
んのものが含まれているのですね?」
ふく
「そう。いろいろなものが含まれていますよ」
ちゅうじつ ほさ やく さけ ひい
「ええ、そうですとも」と忠実な補佐役のミス・ビングリーが叫んだ。「ふつうのひとよりはるかに秀でていなけれ
きょうよう じょせい い じょせい おんがく うた かいが ぶとう ふらんすご ご ご いた
ば、教養ある女性とは言えないのよ。女性は、音楽、歌、絵画、舞踏、フランス語、ドイツ語、イタリア語に至るま
かんぺき み うえ ふんいき ある かた こえ よくよう はなし
で完璧に身につけていなければならないわ。その上に、そのひとのもつ雰囲気とか、歩き方とか、声の抑揚とか、話
かた ことば えら かた きわ かんぺき きょうよう い き
し方とか、言葉の選び方とかにも、なにか際だつものがないと、完璧な教養とは言い切れないのよ」
み うえ
「そうしたものをすべて身につけていなければいけない」とダーシーがつけくわえる。「その上にさらに、さまざま
しょもつ よ しこう りょく みが み み
な書物を読むことによって思考力を磨き、さらに実のあるものを身につけなければいけない」
きょうよう じょせい ろく にん し ほう ぞん
「教養ある女性はたった六人しか知らないとおっしゃるのもむりはありませんわね。そんな方をひとりでもご存じ
ふしぎ い
だったら不思議なくらいですもの」とエリザベスが言った。
どうせい てきび じょせい そんざい うたが
「あなたは同性には手厳しいんですね、そういう女性の存在を疑うとは」
じょせい め さいのう しゅみ きんべん ゆうが
「そんな女性にお目にかかったことがありませんもの、いまおっしゃったような、そんな才能や趣味や勤勉さや優雅
あ ほう
さを合わせもつような方には」
こえ あ うたが くち おんな
 ミセス・ハーストとミス・ビングリーが、いっせいに声を上げ、そんな疑いを口にするなんてひどい、そういう女
せい たいせい し こうせい で せいしゅく せい
性なら大勢知っていると攻勢に出た。するとミスタ・ハーストがご静粛にとふたりを制し、トランプもそっちのけで
にがにが もんく い はなし そうそう へや で
と苦々しげに文句を言った。そこでこの話もけりがつき、エリザベスは早々に部屋を出た。
おとし
とびら し い じぶん じょせい 貶
「イライザ・ベネットというひとは」とミス・ビングリーは、扉が閉まるなり言った。「自分たち女性を 貶 めてみ
いせい と い おんな なさ だんせい
せて異性に取り入ろうというたぐいの女だわね。情けないことに、たくさんの男性がそれにひっかかるのよ。あたく
い いや しゅれん そまつ てくだ
しに言わせれば、卑しい手練、お粗末な手管なのに」
あ い とう こた ふじん いせい き ひ
「まさしくね」ミス・ビングリーが当てつけて言った当のダーシーが答えた。「ご婦人がときどき異性の気を惹くた
もち てくだ いや こうみょう か ひ いや
めに用いる手管はどれも卑しいものですよ。まあ巧妙な駆け引きというようなものはなんであれ卑しむべきものだ」
ねら へんとう かえ はなし う き
 ミス・ビングリーは、狙った返答が返ってこなかったので、この話は打ち切りにした。
すがた あね ようだい おも つた
 エリザベスがふたたび姿をあらわしたのは、姉の容態が思わしくないので、ほうってはおけないと伝えるためだっ
せんせい よ い いもうと いなか いしゃ みた しんよう
た。ビングリーは、すぐにジョーンズ先生を呼びにやりなさいと言ったが、妹たちは、田舎医者の見立ては信用なら
こうみょう いしゃ さま き いそ つか だ い
ない、高名なお医者様に来ていただくようロンドンに急ぎの使いを出したほうがいいと言った。エリザベスはこれに
どうい もう で いぞん
ついては同意するつもりはなかったけれども、ミスタ・ビングリーの申し出には異存はなかった。それで、ジェイン
ようだい かいふく きざ よくじつ はや せんせい よ はなし お つ
の容態にまったく回復の兆しがなかったら、翌日早めにジョーンズ先生を呼ぶということに話は落ち着いた。ビング
ふあん いもうと き おも い やしょく にじゅうしょう らく
リーはひどく不安そうだった。妹たちもたいそう気が重いと言った。そうはいうものの、夜食のあとには二重唱を楽
ねんご
う はら あに びょうにん いもうと こん せわ じょちゅう あたま めい
しんで憂さを払っていた。兄のほうは、ご病人とその妹さんを 懇 ろにお世話するようにと女中頭に命ずるほかに、
きもち しず ほうほう み
気持を鎮める方法は見つからなかった。

   9

よる つ そ あさ ようだい たず
 エリザベスはその夜はほとんどジェインに付き添っていたが、朝になると、ミスタ・ビングリーが容態を尋ねるた
じょちゅう しまい じょうひん こま づか あね ようだい かいほう
めによこした女中や、しばらくあとにやってきた姉妹づきの上品なふたりの小間使いのそれぞれに、姉の容態が快方
む きっぽう つた はは ようす み さき
に向かっているという吉報を伝えることができた。そうはいうものの、母にジェインの様子を見てもらい、この先ど
ふみ
はんだん おも ぶん とど たの ぶん とどけ
うすればよいか判断してもらいたいと思ったのでロングボーンに 文 を届けてくれるよう頼んだ。ただちに文は届けら
ねが かな した むすめ ひ つ ちょうさん
れ、エリザベスの願いはすぐさま叶えられた。ミセス・ベネットは、さっそく下のふたりの娘を引き連れて、朝餐が
やしき
すんだばかりのネザーフィールド屋敷にやってきたのである。
びょうじょう おも ひたん ちが ゆうりょ ようだい
 ジェインの病状が重いとあれば、ミセス・ベネットも悲嘆にくれたに違いないが、憂慮するほどの容態ではないと
み あんど かいふく おも かいふく
見るや、すっかり安堵し、いっそすぐに回復しないほうがよいとさえ思った。回復すれば、おそらくすぐにもネザー
た さ いえ つ かえ たの
フィールドを立ち去らなければならない。だからジェインが家に連れて帰ってといくら頼んでも、ミセス・ベネット
みみ か おな いし うご いけん
は耳を貸そうとはしなかった。同じころにやってきた医師も、すぐに動かさぬほうがよいという意見だった。みなは

まくら はは さん にん むすめ ちょうさん ま あんない
ジェインの枕もとにしばらくすわっていたが、ミス・ビングリーがあらわれ、母と三人の娘を朝餐の間に案内した。
むか じょう あん
ミスタ・ビングリーがみなを迎え、お嬢さまはお案じなさったほどのことはなかったでしょうとミセス・ベネットに

言った。
あん とお こた ぐあい わる
「それが案じておりました通りでございまして」というのがミセス・ベネットの答えだった。「だいぶ具合が悪うご
うご せんせい うご
ざいますので、動かすのはむりでございましょう。ジョーンズ先生もいまは動かしてはいけないとおっしゃいまし
こうい あま
て。いましばらく、こちらさまのご好意に甘んじなければならないのでございますよ」
うご さけ いもうと だん みみ か
「動かすなどとは!」とビングリーが叫んだ。「めっそうもありません。妹も断じて耳を貸しますまい」
あんしん おく ひや ていねい い
「ご安心あそばして、奥さま」とミス・ビングリーは、冷やかながら丁寧に言った。「あたくしどもにいらっしゃる
せわ
あいだは、できるかぎりのお世話をさせていただきますわ」
お れい の
 ミセス・ベネットは、惜しみなく礼を述べた。
しんせつ とも
「ほんとうにねえ」とミセス・ベネットはつけくわえた。「こんなにご親切なお友だちがおいでにならなかったら、
むすめ かぜ つら わが
娘はどうなっておりましたことやら。だってひどい風邪でございましてねえ、たいそう辛いはずですのに、じっと我
慢 きもち むすめ
慢しておりますの。ふだんからあんなふうでございましてね、気持もいつもそりゃやさしいんですの。ほかの娘たち
もう あし およ きれい へや
にもしじゅう申しておりますのよ、あなたたちはジェインの足もとにも及ばないって。こちら、綺麗なお部屋ですわ
じゃり どう なが やしき
ねえ、ビングリーさま、あの砂利道のあたりの眺めのよろしいこと。このネザーフィールドのようなお屋敷は、この
ひ はら かんが ねが ちんたい けいやく みじか
あたりにはほかにございませんのよ。すぐに引き払うなんてお考えにならないよう願いますわ、賃貸の契約は短いの
でしょうが」
い ひ うえ
「ぼくはなにをやるにもせっかちなんです」とミスタ・ビングリーは言った。「ですからネザーフィールドを引き上
き ごぶ で とうぶん こし す
げようと決めたら、五分で出ていきますよ。しかし当分はここに腰を据えるつもりでいます」
ほう おも い
「そういう方だろうと思っていましたわ」とエリザベスが言った。
せいかく おおごえ い む
「ぼくの性格がもうわかるのですか?」とビングリーは大声で言いながら、エリザベスのほうを向いた。
「ええ! そう──ようくわかりますわ」
ほ ことば う と みぬ なさ
「それはお褒めの言葉と受け取っていいのかな。しかしそうやすやすと見抜かれるとは、情けないなあ」
ふくざつ おくふか せいかく せいかく りっぱ
「たまたまですけれどね。もっと複雑で奥深い性格のほうが、あなたのような性格よりご立派ということではありま
せんけど」
の ほう ず
ははおや さけ ばしょ がら の ほう ず ものい いえ ゆる もと
「リジー」と母親が叫んだ。「場所柄をわきまえなさい。そんな野 放 図な物言いは家では許されてもよそさまでは許
されませんよ」
し ことば にんげん せいかく けんきゅう か
「知らなかったなあ」とビングリーがすかさず言葉をついだ。「あなたが、人間の性格の研究家だったとは。さぞや
おもしろ けんきゅう
面白い研究でしょう」
ふくざつ せいかく おもしろ ふくざつ せいかく すく りてん
「はい。でも複雑な性格がいちばん面白いんです。複雑な性格には少なくともそういう利点がありますわ」
いなか くち けんきゅう たいしょう すく いなか
「田舎では」とダーシーが口をはさむ。「だいたいそういう研究の対象は少ないでしょう。このあたりの田舎では、
こうさい あいて ひじょう かぎ か
交際する相手も非常に限られているし、変わりばえもしない」
にんげん じたい か にんげん あたら み
「でも人間自体がどんどん変わっていくんです、つまりひとりひとりの人間のなかに、いつもなにか新しいものが見
つかるんです」
いなか ことば
「ええ、そうなんでございますよ」このあたりの田舎では、というダーシーの言葉にいきりたったミセス・ベネット
さけ いなか おな へんか
が叫んだ。「田舎でも、ロンドンと同じように、変化というものはあるんでございますよ」
いちざ もの おどろ み むごん かお あいて
 一座の者たちは驚いた。ダーシーはミセス・ベネットをちらりと見てから、無言で顔をそむけた。ぜったいに相手
い ま おも ず の
を言い負かしたと思いこんだミセス・ベネットは、ますます図に乗った。

い いなか りべん ほぐ みせ おおやけ
「言わせていただけるなら、ロンドンが田舎よりもおおいに利便があるというのは解せませんわ、そりゃお店だの公
ども たてもの いなか す ごこち
共の建物などはたくさんございましょうけどね。田舎のほうがずっと住み心地がよろしいんじゃございませんこと、
ビングリーさま?」
いなか い おも こた どう
「田舎におりますと、どこへも行きたくないと思いますが」とビングリーは答えた。「ロンドンにおりましても、同
きもち ちょうしょ しあわ
じような気持になりますね。それぞれに長所がありますから。どちらにいても幸せでいられます」
せいかく ほう み
「はいはい──それはつまりあなたさまが、まともなご性格の方だからですわ。でもあちらさまは」とダーシーを見
いなか と た おも
て、「田舎など取るに足りないとお思いのようですわね」
かあ おも ちが  ははおや ことば かお あか
「あらいやだ、それはお母さまの思い違いよ」とエリザベスは母親の言葉に顔を赤らめた。「ダーシーさまをまった
ごかい いなか しゅるい にんげん であ きかい
く誤解しているわ。田舎ではロンドンのように、いろいろな種類の人間に出会う機会がないとおっしゃっただけじゃ
ないの、それはたしかなことでしょ」
いなか にんげん い きんじょ たいせい
「そりゃそうよ、だれも、田舎にもいろいろな人間がいるとは言っていませんよ。でも、このご近所で大勢のひとと
であ きかい きんじょ ひろ に じゅう よん
出会う機会がないというのはどうかしら、これほどご近所づきあいの広いところはほかにはありませんよ。二十四も
かぞく しょくじ
のご家族とお食事をごいっしょするようなおつきあいをしていますもの」
きもち おも わら いもうと おも
 エリザベスの気持をひとえに思いやって、ビングリーは笑いをこらえた。妹のほうはそれほどの思いやりはなく、
いみ え う み ははおや きもち
意味ありげな笑みを浮かべてダーシーをじっと見つめた。エリザベスは、母親の気持をなんとかそらすことはできま
かんが じぶん るす なかよ こ たず
いかと考え、自分の留守のあいだに仲良しのシャーロット・ルーカスがロングボーンに来なかったかと尋ねてみた。
ちち み きもち ほう
「ええ、きのう、お父さまとごいっしょに見えたわよ。サー・ウィリアム・ルーカスは、気持のいい方ですわね、ビ
じょうりゅう しゃかい かた しな き
ングリーさま──そうじゃありません? まさに上流社会のお方ですわ! そりゃお品がよろしくて、気さくでいらし
じょさい
如 さい はな れいぎ ただ
て! だれとでも 如 才 なくお話しになる。あれこそ、礼儀正しいというものですわね。ふんぞりかえって、ぜったい
くち ほう
お口もきかないような方は、ものごとをはきちがえておいでなんですわ」
しょくじ
「シャーロットはうちでお食事していったのかしら?」
かえ   は つく てつだ たく
「いいえ、どうしても帰ると言い張って。ミンス・パイを作るお手伝いでもあったんじゃないの。宅ではね、ビング
ようじ めしつかい むすめ そだ
リーさま、そんな用事はいつも召使がいたしますわ。うちの娘は、そんなふうには育ててはおりませんから。でもみ
かんが か じょう かた きだ
なさん、それぞれにお考えがおありですものね。それにルーカス家のお嬢さま方は、みなさんとても気立てのよいお
じょう びじん き どく べつ ぶきりょう おも
嬢さまなんですよ。美人じゃないのがちょっとお気の毒! 別にシャーロットがたいそう不器量だなんて思ってはお

むすめ なか
りませんけど。でもうちの娘たちとはかくべつ仲がよろしいんですの」
きだ じょう い
「とても気立てのよさそうなお嬢さんですね」とビングリーが言った。
きりょう わる みと じ
「ええ、ええ! そりゃもう。でもご器量が悪いのは認めないわけにはいきませんわねえ。レディ・ルーカスがご自
ぶん くち びじん うらや こ じまん
分の口からしじゅうそうおっしゃって、うちのジェインが美人だと羨ましがっていますもの。わが子の自慢はしたく
きりょう
ないんですけど、でもジェインはたしかに──あれほどの器量よしはそうざらにはいませんわ。みなさんがそうおっ
おや よくめ じゅう ご おとうと
しゃいます。親の欲目でしょうかしら。ジェインがほんの十五のときですが、ロンドンにおりますわたくしの弟の
たく しんし あ ほう
ガーディナーの宅で、さる紳士にお会いしたことがございましてね、その方がジェインにすっかりのぼせておしまい
かえ まえ ほう けっこん もう こ おとうと つ あ もう
になって。わたくしどもが帰る前には、きっとその方から結婚の申し込みがあるはずだなんて、弟の連れ合いが申し
おさな おも し
ましてね。でもありませんでしたけど。きっと幼すぎるとお思いになったんですよ。それでもジェインのことを詩に
うつく し
なさいましてね、そりゃ美しい詩でしたの」

こい い おも ことわ だい
「それでその恋もおしまいでした」とエリザベスがこらえきれずに言った。「そうやって想いを断ってきたひとは大
いきお こいごころ た き しさく さいしょ はっけん
勢いたんでしょうね。恋心を断ち切るには詩作がいいと最初に発見したのはだれだったかしら?」
かて
し こい かて い
「詩は『恋の 糧 』とやら、じゃありませんでしたかね」とダーシーが言った。
し かて こい つよ けんこう こい つよ ようぶん
「詩が糧になるような恋は、きっと強くて、健康なすばらしい恋なんですわ。もともと強いものは、なんでも養分に
ソ ネ ッ ト
よわ じゅう よん こう し か
してしまいますもの。でもそれがもともとか弱いものなら、どんなにすばらしい十四行詩でも、それを枯らしてしま
いますわ」
びしょう う つづ いちざ ちんもく ははおや おろ
 ダーシーは微笑を浮かべただけだった。そしてそのあとに続いた一座の沈黙に、エリザベスは、母親がさらに愚か
くちばし き き はな おも おも みじか ちんもく
しいことを口走るのではないかと気が気ではなかった。なにか話そうと思うのになにも思いつかない。だが短い沈黙
しんせつ れい の
のあとに、ミセス・ベネットが、ジェインに親切にしてくださったお礼をミスタ・ビングリーにくどくどと述べはじ
ねんご
めいわく わ い こん おうたい いもうと
め、リジーまでご迷惑をおかけしてと詫びを言った。ミスタ・ビングリーはたいそう 懇 ろに応対し、妹のミス・ビ
ば あいさつ しむ やく もと き
ングリーにも、その場にふさわしい挨拶をさせようと仕向けた。ミス・ビングリーはその役を素気なくこなしたが、
まんぞく ばしゃ ようい めい すえ むすめ
ミセス・ベネットはそれで満足し、それからすぐに馬車の用意を命じた。するとこれをきっかけに、末娘のリディア
した むすめ き はな あ ゆい
がしゃしゃりでた。下のふたりの娘は、ここに来たときからずっとなにやらひそひそ話し合っていたのだが、その結
はて ぶとう かい ひら あ やくそく
果、こんどはネザーフィールドでぜひ舞踏会を開きましょうとはじめて会ったとき約束したミスタ・ビングリーに、
もんく い
リディアが文句を言うことになったのである。
じゅう ご さい の ざか けんこう むすめ はだ いろ あいきょう かお ははおや だい き
 リディアは十五歳、伸び盛りの健康な娘で、肌の色つやもよく、愛嬌のある顔つきをしている。母親の大のお気に
はい かわい としは ひとまえ だ てんば うぬぼ つよ おじ いえ
入りで、可愛いがるあまり年端のゆかぬころから人前に出していた。お転婆でもともと自惚れも強いが、叔父の家の
おい ゆうしょく じしん くったく ものごし ひ あつ しかん にんき しゃ
美味しい夕食やリディア自身の屈託のない物腰に惹かれて集まってくる士官たちの人気者になり、ますますつけあが
ぶとう かい けん も だ やくそく おも
るばかりだった。したがってリディアは、ミスタ・ビングリーにいきなり舞踏会の件を持ち出して、その約束を思い
だ やく やくそく まも てんか はじ
出させる役にはうってつけだった。お約束を守らなかったら、天下に恥をさらすことになりますわ、とリディアはつ
わす ふいう たい こた ははおや みみ こころよ
けくわえることも忘れなかった。この不意打ちに対するビングリーの答えは、母親の耳にも快いかぎりだった。
やくそく かなら まも あね じょう かいふく ぶとう かい ひ き あね じょう
「約束は必ず守りますとも。あなたの姉上がすっかり快復なさったら、あなたが舞踏会の日を決めてください。姉上
びょうき ぶとう かい
がご病気のあいだは、あなたも舞踏会どころではないでしょうからね」
けっこう こた ま
 リディアはそれで結構ですと答えた。「ええ、そうね!──ジェインがよくなるまで待つほうがいいわ、そのころに
たいい く ぶとう かい ひら まい
は、カーター大尉もまたメリトンに来るし。あなたが舞踏会を開いてくださったら、こんどは、あのひとたちにも舞
踏会 ひら い ひら わら しゃ たいさ い
踏会を開くように言ってやるわ。開かなかったら笑い者ですよって、フォスター大佐にも言ってやるわね」
むすめ かえ ま じぶん
 こうしてミセス・ベネットとその娘たちは帰っていった。エリザベスはすぐにジェインのもとに舞いもどり、自分
ひょうじょう
みうち ふ ま ひょう じょう ふじん
とその身内の振る舞いについての 評 定 は、ふたりのご婦人とミスタ・ダーシーにまかせることにした。しかしな
そうぼう
うつく そう ひとみ ひ
がら、ミス・ビングリーに、〈美しき 双 眸 〉についてさんざん冷やかされたにもかかわらず、ダーシーは、エリザベ
がわ
スをこきおろす側になんとしてもくわわろうとはしなかった。

    10

ひ ぜんじつ か す じょじょ かいほう む びょうにん


 この日も前日と変わりなくうち過ぎた。ミセス・ハーストとミス・ビングリーは、徐々に快方に向かっている病人
ひる すう じかん す よる きゃくま ざ
のそばで昼の数時間を過ごした。夜にはエリザベスも、客間におりていき、みなの座にくわわった。だがトランプの
したた
つか えんたく てがみ 認
ルーに使う円卓はあらわれなかった。ミスタ・ダーシーは手紙を 認 めており、ミス・ビングリーがかたわらにす
すす ぐあい みまも いもうと つた なん ど くち じゃま
わってその進み具合を見守り、妹さんによろしくお伝えになってと何度も口をはさんではダーシーの邪魔をしてい
なが
た。ミスタ・ハーストとミスタ・ビングリーはトランプのピケットをやっており、ミセス・ハーストはそれを眺めて
いた。
とげ 繡 て うご あいて たの じょうず ひっせき
 エリザベスは刺繡の手を動かしながら、ダーシーとそのお相手のやりとりをおおいに楽しんでいた。お上手な筆跡
くだり そろ ながなが が ほ
とか、行がきれいに揃っているとか、長々とお書きになるとか、ミス・ビングリーがひっきりなしに褒めちぎるの
もと き う なが き りょうしゃ たい じぶん ひょうか
を、ダーシーが素気なく受け流すというまことにちぐはぐなやりとりを聞いていると、この両者に対する自分の評価
てきちゅう
がまさに的中しているのがわかった。
いもうと てがみ よろこ
「お妹さんは、こんなお手紙をおもらいになったら、さぞかしお喜びでしょうね!」
むごん
 ダーシーは無言だった。
はや が
「ずいぶん早くお書きになるのね」
「そんなことはありませんよ。むしろのろいほうだ」
いち ねん てがみ が よう む てがみ
「一年のあいだには、さぞかしどっさりお手紙をお書きになるんでしょ! ご用向きのお手紙なんかも! あたくし
てがみ かんが
なんか、手紙と考えるだけでもぞっとするわ!」
てがみ か
「そりゃよかった、手紙を書くめぐりあわせになったのが、あなたじゃなくて、ぼくだったのは」
あ いもうと つた
「とてもお会いしたいとお妹さんにお伝えくださいね」
おお
おっしゃ とお か
「 仰 せの通り、すでにそう書きましたよ」
鵞 つか ごこち わる けず けず
「その鵞ペン、使い心地が悪いんじゃありませんこと。あたくしがきれいに削ってさしあげてよ。ペンをきれいに削
とくい
るのはお得意ですのよ」
じぶん
「ありがとう──でもいつも自分でやりますから」
もじ そろ
「どうすればそんなに文字がきれいに揃うのかしら?」
むごん
 ダーシーは無言だった。
じょうたつ うかが が しょう たく うつく えがら
「ハープがたいそうご上達なさったと伺ってよろこんでいますとお書きになって、それから、小卓の美しい絵柄には
だい よろこ つた
大喜びしていますって、ミス・グラントリーのものよりずっとすばらしいって、そうお伝えになってね」
ほ ことば つぎ ま か よち
「そのお褒めの言葉は次まで待っていただけませんか? それまで書く余地がもうありません」
いちがつ め なが てがみ
「あら、かまいませんことよ。どうせ一月にお目にかかるんですもの。でもいつもこんなにすばらしい長いお手紙を
いもうと が
お妹さんにお書きになるの、ダーシーさま?」
なが はか
「だいたい長いんですね。でもいつもすばらしいかどうか、ぼくには測りかねるな」
み なが てがみ きがる が ほう か かた じょうず
「あたくしの見たところ、長いお手紙を気軽にお書きになる方は書き方もお上手ですのよ」
せじ つうよう あに おおごえ い かれ き
「そんなお世辞は、ダーシーには通用しない、キャロライン」と兄のビングリーが大声で言った。「だって彼は、気
けい か ことば しら あ
軽に書いているわけじゃないんだ。しちめんどうな言葉をいろいろと調べ上げるんだよ。そうだろう、ダーシー?」
りゅうぎ ちが
「ぼくの流儀は、きみとはだいぶ違うね」
おおごえ は あ あに かげん か かた てがみ
「あら!」とミス・ビングリーが大声を張り上げる。「お兄さまときたら、そりゃもういい加減な書き方なの。手紙
もじ はんぶん よ
の文字の半分はインクのしみで読めないのよ」
かんが わ か てがみ
「考えがどんどん湧いてくるから、それをぜんぶ書いていくひまがないのさ──ということは、ぼくの手紙は、ときど
あいて いみ つう
き相手にさっぱり意味が通じないことがあるんだね」
けんそん ひなん ほこさき にぶ い
「そんなに謙遜なさると、非難の矛先が鈍りますわ、ビングリーさま」とエリザベスが言った。
けんそん い たにん いけん む とみ
「謙遜をしてみせるなんて、ひとをたぶらかすのもいいところだ」とダーシーが言った。「それは他人の意見に無頓
ぎ かんせつ てき じまん
着ということだし、そしてときには間接的な自慢にもなる」
けんそん い
「このぼくのささやかな謙遜を、いったいそのどちらだと言うんだい?」
かんせつ てき じまん じぶん ぶんめん けってん じまん ぶんめん かんが
「間接的な自慢だね──なにしろ自分の文面の欠点をおおいに自慢しているわけだ、だって文面がまずいのは、考えが
わ か い けってん
どんどん湧いてくるせいだと、それをうまく書きあらわすひまがないだけだと言っているじゃないか。そうした欠点
あたい
ほ すく こうりょ あたい おも
は褒めたものとはいえないにしても、少なくともすこぶる考慮に 価 するものだときみは思っている。なにごとも
のうりょく とうにん じまん ふかんぜん
さっさとやってのける能力を、ご当人は自慢するが、やったことが不完全でもだいたいがおかまいなしなんだよ。き
い ひ あ き ごぶ で
みはけさミセス・ベネットにこう言った。もしネザーフィールドを引き上げようと決めたら、五分で出ていってみせ
おのれ たい いっしゅ さんじ いっしゅ じこ らいさん ようじ
るとね。これは己に対する一種の賛辞、一種の自己礼賛なんだろう──しかしやらねばならない用事をほうりだして、
あたい
じぶん にんげん とく で しょうさん あたい
自分にも、ほかの人間にもなんの得にもならないのに、さっさと出ていくということがそれほど称賛に 価 すること
かね?」
いな
いな おおごえ あ あさ よる おぼ
「 否 だ」とビングリーが大声を上げた。「まったくかなわないなあ、朝のたわごとを夜まで覚えていられては。それ
ちか い じぶん い しんじつ しゅんかん しん すく
に誓って言うが、自分について言ったことは真実なんだ、いまこの瞬間にもそう信じている。したがって少なくとも
ふじん まえ めだ せいきゅう せいかく ひろう
ぼくは、ご婦人たちの前で目立ちたいがために、いたずらに性急な性格をわけもなくご披露したわけじゃないんだ」
しん で にんげん
「まあきみは、そう信じていたんだろう。だがぼくは、きみがそんなふうにさっさと出ていくようなせっかちな人間
おも こうどう かぎ ば じょうきょう さゆう
だとは思っていない。きみの行動は、まあ、きみだけには限らないんだが、まったくその場の状況に左右されるんだ
うま とも い らいしゅう
よ。きみが馬にまたがろうとしたところに、友だちがこう言うとする。『ビングリー、来週までここにいてくれたま
た さ
え』するときみはおそらくそうするね、おそらくそのまま立ち去りはしないだろう──さらにもうひとこと、あとひと
つき のこ い
月残ってくれたまえと言われれば、そうするかもしれない」
おおごえ い じぶん せいかく せい
「つまりこうおっしゃっているわけですね」とエリザベスが大声で言った。「ビングリーさまは、ご自分の性格を正
ひょうか せいかく しめ
しく評価していらっしゃらない。かわりにあなたがビングリーさまの性格のよさを示してさしあげたんですのね」
い ゆうじん   ぐさ きしょう しめ う
「これはなんともありがたい」とビングリーが言った。「友人の言い草を、ぼくの気性のよさを示すものだと受け
かれ けっ い かいしゃく
とってくださるとは。でも彼は決してそんなつもりで言ったわけじゃない、あなたがよいように解釈しているだけで

ばあい あいて たの は た さ かれ き
はないかしら。だってこの場合は、ぼくが相手の頼みをにべもなく撥ねつけてさっさと立ち去るほうが、彼のお気に

召すわけだもの」
さいしょ はんだん けいそつ いちど き か かんが
「するとダーシーさまは、最初の判断が軽率であっても、一度決めたら変えないほうがいいとお考えなんでしょう
か?」
せつめい せつめい
「ぼくにはどうもはっきりと説明できないから、そこはダーシーに説明してもらいましょう」
いけん かんが せつめい い じれい
「あなたがぼくの意見だと考えるものを説明しろとおっしゃるが、ぼくはそうは言ってはいない。だがこの事例があ
い とお いえ もど しゅったつ ひの たの ゆうじん たん
なたの言う通りだとしてですよ、ミス・ベネット、家に戻ってくれ、出立を日延べしてくれと頼んだ友人は、単にそ
しか
のぞ しか りゆう しめ
う望んでいるだけで、 然 るべき理由を示しているわけじゃないんです」
あたい
ゆうじん せっとく こころよ きがる おう み ひょうか あたい
「友人の説得に快く──気軽に──応じるというのは、あなたから見ると、評価するには 価 しないことなんですね」
りゆう せっとく おう そうほう けいそつ まぬか
「理由もないのに説得に応ずるのは、双方ともに軽率のそしりを免れないということですよ」
ゆうじょう おも えいきょう りょく かんが たの
「あなたは、友情や思いやりのもつ影響力をなにひとつお考えにはならないようですわね、ダーシーさま。頼まれた
たい あいじょう しか りゆう しめ こころよ おう きもち
ひとに対する愛情があるなら、然るべき理由が示されなくとも、快く応じる気持になるんじゃないかしら。わたくし
そうてい じれい い
はなにも、あなたがビングリーさまについて想定なさった事例をとやかく言うつもりはありませんわ。ビングリーさ
たいど せいひ ろん じょうきょう お あづ
まの態度の正否を論ずるのは、そういう状況がじっさいに起こるまでお預けにしたほうがいいかもしれませんわね。
ゆうじん どうし じゅうよう けつい か あいて たの ばあい
でもふつう友人同士のあいだで、そのどちらかが、さほど重要でもない決意を変えるように相手から頼まれた場合、
りゆう たの
かんたん
理由もきかずに簡単にその頼みに応じるのはいけないことだと、あなたはお思いなんでしょうか?」
もんだい ろん
「その問題を論ずるなら、その頼みの重要性の度合い、同様に友人としての親密さの度合いというものも見きわめる
ことが、賢明ではないだろうか?」
けんめい

「ぜひとも頼むよ」とビングリーが叫んだ。「たがいの身の 丈 や体格を忘れずに、こういう話は聞こうじゃないか。

あなたは気づいていないでしょうが、ミス・ベネット、議論には、身の丈と体格というものがおおいに影響するんで
す。もしダーシーが、これほどの長身でなかったら、ぼくはいまの敬意の半分も払いはしませんよ。はっきり言いま

いるときの、それから手持ち無沙汰の日曜日の夜の彼ときたらなあ」
いあつ
すが、ダーシーほど威圧感をおぼえる人間はいませんね、まあ、時と場合にもよりけりですが。ことに自分の屋敷に

びしょう
 ミスタ・ダーシーは微笑したけれども、エリザベスには、彼が不機嫌なのが感じられた。だから笑いを抑えた。ミ

ス・ビングリーは、ダーシーが受けた侮辱にいきりたち、こんな馬鹿げたことを言う兄を 詰 った。
いと
「きみの意図はわかっているよ、ビングリー」ダーシーは言った。「議論が嫌いだから、これで打ち切りにしたいと
いうんだね」
ぎろん
かん
たの

ても ぶさた
たの


おう

ちょうしん
さけ
じゅうよう せい

にんげん

にちようび

ぶじょく

くちげんか
どあ

よる かれ
どうよう

ぎろん


たけ
たけ

かれ
ゆうじん

たいかく

とき

ふきげん

ばか
み たけ

けいい

ばあい

ぎろん
わす
おも

しんみつ

たいかく

はんぶん

きら
かん
はら


どあ

あに
なじ
つめ
はなし き

わら

う き
えいきょう

じぶん

おさ

へや

やしき


「たぶんそうさ。議論といったって、口喧嘩みたいなものだもの。きみもミス・ベネットも、ぼくがこの部屋から出
ぎろん あづ かんしゃ ぎろん
ていくまで議論はお預けということにしてくれれば、おおいに感謝するよ。ぼくのことはそのあとでおおいに議論し
てくれたまえ」
い てがみ か
「わたくしはそれでかまいませんわ」とエリザベスは言った。「ダーシーさまはお手紙を書いておしまいになったほ
うがよろしいわ」
じょげん したが てがみ か
 ミスタ・ダーシーはその助言に従って手紙を書きおえることにした。
てがみ か おんがく き い
 手紙を書きおえたダーシーは、ミス・ビングリーとエリザベスに、なにか音楽を聞かせてほしいと言った。ミス・
ちか さき ごえ あいて ていちょう
ビングリーは、つかつかとピアノに近づき、どうぞお先にとエリザベスにひとまず声をかけ、相手が丁重に、かつ
じたい まえ
きっぱり辞退するとさっさとピアノの前にすわった。
うた
いもうと 唱 うた うえ
 ミセス・ハーストが、妹といっしょに 唱 った。ふたりが唱っているあいだ、エリザベスは、ピアノの上にのってい
がくふ ひら み め じぶん そそ き
る楽譜をあれこれ開いて見ていたが、ミスタ・ダーシーの目がしばしば自分に注がれるのに気づかぬわけにはいかな
じぶん みぶん たか しょうさん まと おも じぶん きら
かった。自分がこれほど身分の高いひとの称賛の的になるとは思いもよらない。かといって自分のことを嫌っている
み きみょう はなし み かれ はんだん きじゅん
から見ているというのもさらに奇妙な話である。それでもこうしてちらちら見られているのは、彼の判断の規準によ
ふ らち
じぶん ふ らち にんげん おも こう
ると、ここにいるだれよりも自分におかしなところがあり、不 埒 な人間だと思われているからかもしれない。そう考
こころ いた す みと
えても心は痛まなかった。どうせ好きでもないひとだから、認めていただかなくてもけっこうだった。
かきょく うた ようき みんよう きぶん か
 ミス・ビングリーは、イタリアの歌曲をいくつか唱いおえたあと、陽気なスコットランド民謡で気分を変えた。す

るとミスタ・ダーシーがエリザベスのそばにやってきてこう言った。
おど おど きかい
「ひとつ踊ってみませんか、ミス・ベネット、リールを踊るせっかくの機会ですから」
ほほえ こた だま
 エリザベスは微笑むばかりで答えなかった。ダーシーはエリザベスが黙っているので、ちょっとびっくりしたよう
しつもん
に質問をくりかえした。
き こた まよ
「あら! 聞こえていましたわ。でもどうお答えしようかと迷っていましたの。きっとあなたは、わたくしから〈は
へんじ ひ だ この けいべつ たの
い〉という返事を引き出して、わたくしの好みを軽蔑なさって楽しむおつもりだったんでしょう。でもわたくしはい
たの けいべつ て ひ ほう
つもそういったもくろみをひっくりかえしてやるのが楽しみなんですの。軽蔑しようと手ぐすね引いている方をから
たの もう あ おど
かうのがなによりの楽しみなんです。ですから、わたくし、こう申し上げましょう、リールなんてちっとも踊りたく
けいべつ
ありません──さあ、軽蔑なさるならなさいませ」
もう
「むろん、むりにとは申しません」
あいて はら た おも かれ ていねい へんとう とうわく ふ ま
 相手が腹を立てるだろうと思っていたエリザベスは、彼の丁寧な返答に当惑した。だがエリザベスの振る舞いには
あい ちゃめ け あいて おこ むずか み
愛らしさと茶目っ気がいりまじっているので、どんな相手でも怒らせるのは難しい。ましてダーシーはこれほど魅せ
さら
じょせい であ かのじょ みぶん ひく えんじゃ じぶん きけん さらし
られた女性に出会ったことがなかった。彼女に身分の低い縁者さえいなければ、自分はまさに危険に 晒 されていると
ほんき おも
ダーシーは本気で思っていた。
なか あや しっと しん しんゆう
 ミス・ビングリーは、どうやらふたりの仲が怪しいとにらんだらしく、嫉妬心をかきたてられていた。親友である
かいふく いっしん ねが きもち お はら  きもち はくしゃ
ジェインの快復を一心に願う気持に、エリザベスを追い払いたいという気持が拍車をかけたのである。
けっこん しあわ せいかつ かんが かのじょ
 もしおふたりが結婚なさったらとか、そうなったらお幸せな生活を考えなくてはとか、彼女はダーシーをしきりに
あお
あふ きら しむ
煽 ってエリザベスを嫌わせようと仕向けた。
よくじつ はやし さんぽ い はなし はれ
 翌日、林のなかをダーシーといっしょに散歩しながらミス・ビングリーはこう言った。「このけっこうなお話が晴
か あ
じつげん ぎぼ ほう くち つつし
れて実現するときには、あなたのお義母さまになられる方に、お口をお慎みになるほうがおためですよと、それとな
しょうこう お もと むすめ みも ただ
くおっしゃることね。それがうまくいったら、将校たちを追いまわしている下の娘たちの身持ちも正してさしあげて
うぬぼ
びみょう もんだい い おく ほう うぬぼ なま い
くださいね。それからとても微妙な問題で言いにくいんですけれど、あなたの奥さまになる方の自惚れというか生意
き ちゅうい
気というか、そのあたりを注意してさしあげるようになさいませ」
かてい こうふく かん じょげん
「ぼくの家庭の幸福に関して、ほかになにか助言はありますか?」
おじ おば ふさい しょうぞう が かいが しつ
「ええ、ありますとも!──あのひとの叔父さま叔母さまにあたるフィリップスご夫妻の肖像画をペンバリーの絵画室
かざ はんじ おおおじ とな おな しょくしゅ
にお飾りになったらいかが。判事でいらっしゃるあなたの大伯父さまのお隣りに。おふたりは同じ職種でいらっしゃ
う も しごと かく ちが しょうぞう が えが うつく
るし、ただ受け持つお仕事の格がお違いになるだけ。エリザベスの肖像画は描かせてはだめよ、だって、あの美しき
そうぼう えが がか
双眸をちゃんと描ける画家なんていませんでしょ?」
ひょうじょう とら ようい いろ かたち まつげ うつく うつ
「たしかにあの表情を捉えるのは容易ではないな、だがあの色と形、それから睫毛はひときわ美しい、あれを写すこ
とならできるかもしれない」
べつ こみち であ
 ちょうどそのとき、ふたりは別の小道からやってきたミセス・ハーストとエリザベスにばったり出会った。
さんぽ し はなし き
「あなたたちもお散歩なさるなんて知らなかったわ」とミス・ビングリーは、話が聞こえはしなかったかと、いささ
あわ い
か慌てて言った。
いじわる こた さんぽ で い
「あなたときたら、ほんとうに意地悪だわねえ」とミセス・ハーストが答えた。「お散歩に出るとも言わずにいなく
なってしまうんですもの」
あ うで のこ ある だ こみち
 それからミスタ・ダーシーの空いているほうの腕をとると、エリザベスをひとりあとに残して歩き出した。小道の
ぶ しつけ
はば さん にん なら ふ しつけ ふ ま き い
幅は三人が並ぶといっぱいだった。ミスタ・ダーシーは、ふたりの不 躾 な振る舞いに気づき、すかさずこう言っ
た。
みち ある せま なみきみち い
「この道は、みんなで歩くには狭いですね。並木道のほうに行きましょう」
すこ おも ほが こた
 だがエリザベスは、みなといっしょにいたいとは少しも思わなかったので、朗らかに答えた。
さん にん そろ こうず よん にん め
「いえいえ、どうぞそのままで。三人お揃いのところはとてもすてき、めったにない構図ですもの。四人目がくわ
びがく ちょうわ そこ
わっては、『ピクチャレスク美学』の調和が損なわれますわ。ではごきげんよう」
げんき か いち にち に にち いえ かえ おも
 そうしてエリザベスは元気よく駈けだした。あと一日か二日で家に帰れるかもしれないと思うとうれしくてたまら
ある ゆうがた に じかん じぶん へや で い かいふく
ず、そこらじゅうを歩きまわった。ジェインは、夕方の二時間ほどは自分の部屋から出てみたいと言うほどの快復ぶ
りだった。

    11

ふじん かた しょくじ きゃくま せき うつ へや か あ さむ


 ご婦人方が、食事をすませて客間に席を移すと、エリザベスはジェインの部屋に駈け上がり、寒くないようジェイ
あつぎ きゃくま むか
ンに厚着をさせてから、いっしょに客間におりてきた。ミス・ビングリーとミセス・ハーストがジェインを迎え、
くちぐち よろこ ことば の しんし かた きゃくま あいそ ふ ま しまい
口々に喜びの言葉を述べた。紳士方が客間にあらわれるまでのあいだ、これほど愛想よく振る舞う姉妹をエリザベス
み かのじょ かいわ ぶとう かい おんがく かい はな
は見たことがない。彼女たちの会話はすこぶるはずんだ。舞踏会や音楽会のことなどことこまかに話してきかせ、そ
いつわ はな ちじん
のときどきの逸話などもおもしろおかしく話し、知人をさかんにこきおろしてみせた。
しんし かた はい しゅきゃく め む
 だが紳士方が入ってくると、もはや主客はジェインではない。ミス・ビングリーの目は、たちまちダーシーに向け
あいて すう ほ すす はな む ていちょう かいふく
られ、相手が数歩も進まぬうちになにやら話しかけている。ダーシーはといえば、ジェインに向かって丁重に快復の
いわ の かる えしゃく い きしょく
祝いを述べた。ミスタ・ハーストもジェインに軽く会釈し、ほんとうによかったと言った。あふれんばかりの喜色を
た情景をただただうれしく眺めていた。
ちゃ
しんじょう


あいさつ
浮かべ、真情をこめて挨拶したのはビングリーだった。心の底からよろこび、こまやかな気配りを示した。部屋が変
からだ
さわ
さわ
わったために体に 障 ってはいけないと、最初の三十分というものは、暖炉にせっせと薪を積み上げていた。そして彼
きぼう とびら
の希望でジェインは、扉からいちばんはなれた暖炉のわきに席を移した。ビングリーはジェインのかたわらにすわ
り、ほかのだれともほとんど話をしなかった。エリザベスは、向かいの隅のほうで刺繡の手を動かしながら、そうし
じょうけい

 お茶を飲みおわると、ミスタ・ハーストが義妹にカード・テーブルを出すようそれとなく合図したが──無駄だっ
た。ミス・ビングリーはダーシーがトランプを好まぬということを内々に聞いていたのである。だからミスタ・ハー
ようせい
ストのあからさまな要請も撥ねつけられてしまった。トランプをやりたいひとはだれもいませんものと、ミス・ビン

グリーは言った。これについてだれもが口を閉ざしているのは、ミス・ビングリーの言葉を容認しているようだっ
た。したがってハーストはなにもすることがなく、ソファに寝そべって眠るほかはなかった。ダーシーは書物を取り

上げた。ミス・ビングリーもそれに 倣 った。ミセス・ハーストは、腕輪や指輪をしきりにいじりまわしながら、とき
あに
どき兄とジェインの会話にくちばしをはさんだ。
かいわ
なが




はなし

なら

さいしょ

くち
ぎまい


さん じゅう ふん

だんろ

この
こころ そこ

せき



うつ

ないない

うでわ
だんろ

すみ

ねむ

ゆびわ
とげ
たきぎ

ことば
きくば


つ あ

あいず

ようにん
うご
しめ

しょもつ
むだ
へや


へん

かれ

ほん よ ちゅうい ほん すす ぐあい む
 ミス・ビングリーは本を読んでいるとはいうものの、注意はもっぱらミスタ・ダーシーの本の進み具合に向けられ
しつもん よ ほん はなし ひ こみ
ていて、たえず質問をしたり、ダーシーが読んでいる本をのぞきこんだりした。だがあいにくダーシーを話に引き込
あいて しつもん こた ほん よ よ
むことができない。相手は質問に答えると、さっさと本を読みつづける。ミス・ビングリーは、ダーシーが読んでい
あくび
ほん だい に かん ほん えら よ み はい おお あくび
る本の第二巻だからとその本を選んだにすぎないから、それを読もうにも身が入らず、もううんざりして大きな欠伸
よる す たの どくしょ たの
をした。「こうして夜を過ごすのは楽しいこと! 読書ほど楽しいものはぜったいないわねえ。ほかのものじゃすぐ
たいくつ じぶん いえ も りっぱ としょ しつ ふこう
に退屈してしまうもの! 自分の家を持てても、立派な図書室がなかったら不幸よねえ」
こた もの あくび ほん おもしろ
 だれも答える者はいなかった。そこでミス・ビングリーはもうひとつ欠伸をして本をほうりだすと、なにか面白い
へや み あに ぶとう かい はなし き こう
ことはないかと部屋を見まわした。兄が、ジェインに舞踏会の話をしているのを聞きつけると、やにわにそちらに向
きなおった。
あに ほんき ぶとう かい ひら ちゅうい もう あ けっ
「あのねえ、お兄さま、本気でネザーフィールドで舞踏会を開くおつもり? ご注意申し上げておくけど、それを決
まえ いこう うかが ほう おも ちが 
める前に、みなさまのご意向を伺ったほうがよくってよ。ここにおいでの方のなかには、あたくしの思い違いかもし
ぶとう かい たの ごうもん おも ほう
れないけれど、舞踏会は楽しいどころか拷問だとお思いの方がいらっしゃるらしいから」
い おおごえ い まえ ね
「ダーシーのことを言っているのなら」とビングリーは大声で言った。「はじまる前にさっさと寝ていただいてけっ
ぶとう かい き ようい
こう。舞踏会のことはもうほとんど決めたんだよ。ニコルズがホワイト・スープをたっぷり用意してくれたら、さっ
しょうたい じょう おく
そく招待状を送るつもりなんだ」
ぶとう かい しゅこう か たの こた
「舞踏会もいろいろと趣向を変えたら、もっと楽しくなるでしょうに」とミス・ビングリーは答えた。「たいていの
ぶとう かい すす かた たいくつ おど かいわ ちゅうしん あつ
舞踏会の進め方ときたら、うんざりするほど退屈だわ。踊るかわりに会話を中心にしたら、もっとまともなお集まり
になるでしょうね」
ぶとう かい い
「おおいにまともになるだろうがね、キャロライン、それじゃ舞踏会とは言えないだろう」
こた た あ へや ある すがた ふ
 ミス・ビングリーは答えず、やおら立ち上がると部屋のなかをぐるぐると歩きはじめた。その姿はたおやかで、歩
かた ゆうが めあ どくしょ ぼっとう おも
き方も優雅だった。だがお目当てのダーシーは、もっぱら読書に没頭している。思うようにならぬミス・ビングリー
けっしん む い
は、もうひとふんばりと決心し、エリザベスのほうを向いてこう言った。
なら へや ある なが おな しせい
「ミス・イライザ・ベネット、さあ、あたくしに倣ってお部屋をまわって歩きましょう。長いこと同じ姿勢ですわっ
きぶん
ていたあとには、きっと気分がせいせいしてよ」
おどろ ことば おう しんせつ ほんらい もくてき
 エリザベスは驚いたが、すぐさまその言葉に応じた。そこでミス・ビングリーのこうしたご親切の本来の目的がか
かお あ かれ おな
なった。ミスタ・ダーシーが顔を上げたのである。彼もエリザベスと同じように、ミス・ビングリーのあたりでなに
き ひ けはい き むいしき ほん と
やらこちらの気を惹くような気配があるのに気づいて無意識に本を閉じたのだ。ごいっしょにいかがというミス・ビ
さそ へや ある
ングリーのお誘いがすかさずあったが、ダーシーは、おふたりがいっしょに部屋を歩きまわるについては、ふたつの
どうき おも じぶん じゃま い じたい
動機があると思われるし、そのどちらも、自分がくわわれば邪魔になるだけだからと言って辞退した。「いったいど
かのじょ いみ し ほう いみ
ういうことかしら?」彼女はその意味をぜひとも知りたかったので、あなたにはあの方のおっしゃる意味がおわかり
たず
かしらとエリザベスに尋ねた。
こた てきび
「いっこうに」というのがエリザベスの答えだった。「でもきっと、わたくしたちに手厳しいことをおっしゃるおつ
くじ
ほう ねら 挫 たず
もりよ、だからあの方の狙いを 挫 くには、なにもお尋ねしないのがいちばんだわ」
らくたん こま ふた どうき
 ところがミス・ビングリーは、なんであれミスタ・ダーシーを落胆させては困るので、二つの動機とはなにかぜひ
せつめい せま
説明していただきましょうと迫った。
せつめい え い かた
「説明するにやぶさかではありませんよ」とダーシーは、きっかけを得るとすぐに言った。「あなた方おふたりは、
こよい す ほうほう えら しんらい なか はな あ
今宵を過ごすのにこのような方法を選んだ、なぜならおふたりはおたがいに信頼しあう仲、ふたりだけで話し合わな
ひみつ かた ようし ある ほんりょう はっき ひと め どうき
ければならない秘密がある、またあなた方の容姿は、歩くことによってその本領を発揮する──一つ目の動機なら、ぼ
じゃま しゃ ふた め どうき だんろ かた かんしょう
くはまったく邪魔者だし、二つ目の動機なら、ぼくは暖炉のそばにすわっているほうが、あなた方をたっぷりと観賞
できるというものです」
さけ き
「まあ! ひどい!」とミス・ビングリーが叫んだ。「こんなひどいこと、はじめて聞いたわ。こんなことおっしゃ

ほう こ
る方を、どうやって懲らしめようかしら?」
いじ
しお かんたん い 苛
「ほんとうにお仕置きしたいというなら、こんな簡単なことはないわ」とエリザベスは言った。「だれだって 苛 めた
こ かんたん わら した
り、懲らしめたりするのは簡単よ。からかうのよ──笑ってやるのよ。お親しいのだから、どうすればよいかおわかり
でしょ」
した ものしず せいかく ちんちゃく
「そんなことわかるわけないわ。いくらお親しくしていても、そんなこと、わからないわよ。物静かな性格や、沈着
れいせい たいど わら
冷静な態度をからかえとおっしゃるの! だめ、だめ──そんなことをしてもびくともなさらないわよ。それに笑うと
わ け
りゆう わら わら だいぎ
いったって、理由もなく笑ったりして、かえってこちらが笑われるのはごめんだわ。ダーシーさまはきっと大喜びな
さるでしょうけど」
おおごえ は あ
「ダーシーさまには、からかうところがないんですって!」とエリザベスは大声を張り上げた。「それはまたたいそ
つよ いの し あ
うな強みですこと。でもそんなひと、めったにいないように祈ります。だってそんなお知り合いばかりだったら、
わら だいす
がっくりしちゃうわ。わたくし、ひとをからかって笑うのが大好きなんですもの」
い か りっぱ かしこ にんげん
「ミス・ビングリーは」とダーシーは言った。「ぼくを買いかぶりすぎている。どれほど立派な賢い人間でも、い
りっぱ かしこ ふ ま い がい にんげん
や、どれほど立派な賢い振る舞いでも、からかうのがなによりの生き甲斐だという人間にかかっては、いくらでもか
ざいりょう
らかう材料になりますよ」
こた じぶん おも りっぱ
「たしかに」とエリザベスは答えた。「そういうひとはいますわね、でも自分がそうだとは思いません。立派なこと
かしこ けっ わら おろ き むじゅん で
や賢いことは決して笑いものにはしませんから。愚かしいこと、くだらないこと、気まぐれな矛盾だらけのことに出
あ たの わら
会うと楽しくなるのはたしかですけど。そういうものならいつだって笑ってやります。でもそういうものは、あなた
むえん
とはまったく無縁ですわ」
むえん にんげん たくばつ ちせい ちょうしょう まと よわ
「いやだれでも無縁ではありえない。しかし人間だれしも、卓抜な知性でさえ嘲笑の的にされかねない弱さがある、

ぼくはそうならないように気をつけてきたつもりです」
きょえい しん じそんしん
「虚栄心とか自尊心とかいうような」
きょえい しん よわ じそんしん たくえつ ししつ も ぬし つね とうぎょ
「そう、虚栄心はたしかに弱さですね。しかし自尊心は──ほんとうに卓越した資質の持ち主なら、常に統御できるも
のでしょう」
え かく かお
 エリザベスは笑みを隠すために顔をそむけた。
じんぶつ しけん お い けっか
「ダーシーさまの人物試験は終わったのね」とミス・ビングリーが言った。「それで結果のほうはいかが?」
けってん じぶん みと
「ダーシーさまには欠点がおありになりません。ご自分でもはっきりそうお認めになっていますもの」
い い けってん ちせい けつじょ
「いや」とダーシーは言った。「そんなことは言っていない。ぼくにだって欠点はいくつもあるが、知性の欠如によ
おも きしょう う あ じゅうじゅん か せけん わた
るものではないと思いたいですね。気性のほうはとうてい請け合えませんが。いささか従順さに欠ける、世間を渡る
うえ しょうしょう ふつごう たにん おろ ふどうとく こうい わす い わす じしん よく
上では少々不都合です。他人の愚かさや不道徳な行為は、忘れろと言われてもすぐには忘れられない、ぼく自身に浴
ぶじょく わす きもち ゆ
びせられた侮辱も忘れられない。ぼくの気持は、はたからいくら揺さぶられようと、むやみにふらつきはしません。
きしょう いか たにん たい ひょうか うしな ひさし
ぼくの気性は、おそらく、いわゆる怒りっぽいというやつですね。他人に対するよい評価もいったん失われたら、永
ひさ うしな
久に失われるんです」
かげ
けってん おおごえ い しゅうねんぶか いか せいかく かげ
「それはたしかに欠点ですわね」とエリザベスが大声で言った。「執念深い怒りというものは、性格の 翳 りですね。
けってん えら けってん わら しんぱい
でもよい欠点をお選びになったわ。そういう欠点はわたくしも笑えませんもの。ご心配なく」
にんげん きしょう とくしゅ あく なが けいこう さいこう きょういく う こくふく なま
「人間の気性というものには、ある特殊な悪に流れる傾向がある、最高の教育を受けても克服することのできない生
らい けってん おも
来の欠点というものがあると、ぼくは思いますね」
けってん にんげん にく けいこう
「そしてあなたの欠点は、あらゆる人間を憎む傾向があるということですのね」
けってん にんげん ごかい けいこう ほほえ
「そしてあなたの欠点は、あらゆる人間をわざと誤解する傾向があるということですね」とダーシーは微笑みながら

言った。
おんがく じぶん かいわ あ あ おおごえ は あ
「さあ、音楽にしましょうよ」自分にはどうでもいい会話に飽き飽きしたミス・ビングリーが、大声を張り上げた。
だんな お
「ルイザ、旦那さまを起こしてもいいわよね」
あね いぞん ふた あ かんが おも
 姉はまったく異存はなく、ピアノの蓋が開けられた。ダーシーは、しばし考えたのち、それもよろしかろうと思っ
かんしん も きけん かん
た。エリザベスに関心を持ちすぎている危険を感じはじめていたのである。

    12

ふみ したた
あね はな あ すえ はは あ ぶん 認 ひ ばしゃ たよ
 姉と話し合った末に、エリザベスはよくあさ母宛てに 文 を 認 め、その日のうちに馬車をさしむけてくれるよう頼
せわ いち しゅうかん つぎ かようび
んだ。だがミセス・ベネットは、ジェインがお世話になってからちょうど一週間になる次の火曜日まで、ふたりとも
やしき たいざい あ まえ いさ むか
ネザーフィールド屋敷に滞在するものと当てこんでいたので、その前となると、どうも勇んでふたりを迎えるという
かんば
き へんじ かおる すく いっこく はや いえ かえ ねが
気になれなかった。したがって返事は 芳 しくなく、少なくとも一刻も早く家に帰りたいエリザベスの願いもすぐに
かな かようび ばしゃ か
は叶えられそうになかった。火曜日までは馬車をまわすことはたぶんできないと、ミセス・ベネットは書いてきた。
ついしん いもうと たいざい の しょ
そして追伸として、もしビングリーさまとお妹さまが、滞在を延ばすようにとおっしゃるなら、ぜひそうなさいと書
そ いじょう たいざい の もうとう だい いち さそ う きづか
き添えてあった。だがエリザベスは、これ以上滞在を延ばすつもりは毛頭ないし、第一そんな誘いを受ける気遣いは
たま
おも ぎゃく ずうずう ちょう とうりゅう おも たま ばしゃ
まずあるまいと思った。逆に図々しく長逗留をしていると思われては 堪 らないと、ミスタ・ビングリーの馬車をすぐ
か せ た ひ さ とうしょ けいかく つた ばしゃ
にでも借りるようにジェインを急き立てた。そしてこの日ネザーフィールドを去るという当初の計画を伝えて馬車の
けん たの
件を頼んだのである。
つた しんぱい こえ あ あした ま
 このことが伝えられると、ひとしきりほうぼうから心配の声が上がり、せめて明日まで待ってはどうかとしきりに
きもち うご しゅっぱつ よくじつ の しゅったつ の
すすめるので、ジェインの気持も動き、出発は翌日まで延ばされた。ところがミス・ビングリーは、出立を延ばすよ
く いもうと しっと きら きもち よ あいじょう
うにすすめたことをすぐに悔やんだ。ジェインの妹を嫉妬し嫌う気持が、ジェインに寄せる愛情をもしのいでいたか
らである。
しまい はや かえ き かな かいふく
 ミスタ・ビングリーは、姉妹がこれほど早く帰ってしまうのを聞いてひどく悲しみ、じゅうぶんに快復していない
しゅったつ からだ こた せっとく おも
のに出立するのはまだ体に応えるだろうと説得をくりかえしたけれども、ジェインは、いったんこうと思ったら、
いし ま
ぜったい意志を曲げなかった。
し なが
 ミスタ・ダーシーにとって、これはよろこばしい知らせだった──エリザベスは、ネザーフィールドに長くいすぎ
よそう いじょう かのじょ みりょく ひ うえ ぶれい たい
た。そのため予想以上に彼女の魅力に惹きつけられてしまった──その上ミス・ビングリーが、エリザベスに無礼な態
ど かれ たい つね みょう しんちょう ふ ま けんめい
度をとるばかりか、彼に対しても常になく妙にからんでくる。そこでダーシーは、ここは慎重に振る舞おうと賢明に
おもて
かんが さん び じょう めん けっこん きたい いだ
も考えた。エリザベスへの讃美の情が 面 にあらわれぬように、エリザベスに結婚の期待を抱かせぬようにしなけれ
かんが すこ さいご ひ かれ げんどう あいて きたい つよ
ばならない。そんな考えが少しでもあれば、最後の日の彼の言動は、相手の期待をいよいよ強めさせるか、あるいは
う くだ さゆう おも おも どようび しゅうじつ
打ち砕くか、それを左右する重みをもつことになるだろうと思っていた。したがってダーシーは、土曜日は終日エリ
くち はん じかん しょもつ
ザベスとはろくに口をきかず、半時間ほどふたりきりになったときも、ひたすら書物にかじりついて、エリザベスの
かお み
顔を見ようともしなかった。
にちようび あさ れいはい おおかた もの わか
 日曜日の朝の礼拝のあと、大方の者にとってはよろこばしい別れのときがやってきた。ミス・ビングリーは、ジェ
あいじょう しめ わか
インにはあふれんばかりの愛情を示し、エリザベスにもがぜんやさしくなった。そして別れるとき、ジェインには、
あ たの い かのじょ ほうよう
ロングボーンでもネザーフィールドでも、お会いするのが楽しみだわと言って、たいそうやさしく彼女を抱擁し、エ
あくしゅ はればれ かお わか あいさつ
リザベスとは握手さえした。エリザベスは、晴々とした顔でみなに別れの挨拶をした。
きたく ははおや かんげい むすめ かえ
 帰宅してみると、母親はそれほど歓迎してくれなかった。ミセス・ベネットは、娘たちがはやばやと帰ってきたの
おどろ めいわく ちが あん かぜ
に驚き、あちらにたいそうなご迷惑をおかけしたに違いないと案じ、ジェインの風邪はきっとまたぶりかえすだろう
い ちちおや きしょく う きたく こころ かぞく
と言った。だが父親は、喜色こそ浮かべなかったものの、ふたりの帰宅を心からよろこんでいた。このふたりが家族
だんらん
そんざい かん かぞく かお あ よる だん 欒
のなかではかけがえのない存在だとつくづく感じていたのである。家族が顔を合わせる夜の 団 欒 は、ジェインとエリ
か かっき むいみ
ザベスを欠いてはまるで活気がなく、ほとんど無意味だった。
あいか わせい がく べんきょう にんげん せい けんきゅう ぼっとう さいきん こころ のこ あたら ぶんしょう ぬ が
 メアリは相変わらず、和声学の勉強や人間性の研究に没頭していた。そして最近心に残った新しい文章の抜き書き
ふるくさ どうとく ろん かん あたら こうさつ ひろう べつ
だの、古臭い道徳論に関する新しい考察などをご披露してくれた。キャサリンとリディアは、それとはまったく別の
わだい ていきょう まえ すいようび れんたい できごと うわさ
話題を提供してくれた。この前の水曜日からこちら、連隊ではいろいろな出来事があり、さまざまな噂がささやかれ
むち
おじ さいきん しかん すう にん しょくじ まね にとうへい むち う けい しょ たいさ
ている。フィリップス叔父が最近、士官を数人食事に招いた、二等兵が 笞 打ちの刑に処せられた、フォスター大佐が
けっこん うわさ
いよいよ結婚するという噂はどうもほんとうらしいなどなど。

    13

よくあさ ちょうしょく せき おくがた はな ごさん ちそう ようい


「ねえ、きみ」とミスタ・ベネットは、翌朝の朝食の席で奥方に話しかけた。「きょうの午餐にはご馳走を用意させ
かぞく きゃく おも
てあるといいんだが。というのも、家族のほかに客がひとりくわわると思うのでね」

い けんとう
「いったいどなたですの? いったいどなたがお出でになるやら、さっぱり見当もつきませんが、シャーロット・
よ じょう しょくじ
ルーカスが寄るぐらいかしら、あのお嬢さんならうちのふだんのお食事でじゅうぶんですよ。あちらさまじゃ、うち
ちそう で
のようなご馳走はそうちょくちょく出ませんもの」
じんぶつ しんし きゃく
「その人物というのは、紳士でね、しかもはじめての客なんだ」
め ひか しんし きゃく き
 ミセス・ベネットの目がきらりと光った。「紳士で、はじめてのお客さま! それならビングリーさまに決まって

いるわね。まあジェイン──あなたったら、そんなことおくびにも出さないで! ビングリーさまがいらっしゃるなん
きょう さかな て はい
て、こんなうれしいことはないわ。でも──どうしよう! あいにくなんですのよ! 今日はお魚が手に入らないの
な い
に。さあ、リディアや、ベルを鳴らしてちょうだい。ヒルにさっそく言いつけておかなきゃ」
し い いち ど あ
「ビングリー氏ではないんだよ」とミスタ・ベネットは言った。「このわたしも、これまでに一度も会ったことのな
じんぶつ
い人物だ」

おどろ おくがた ご にん むすめ しつもん あ えつ い
 これにはみんな驚いた。奥方と五人の娘たちからいっせいに質問を浴びせられて、ミスタ・ベネットは悦に入って
いる。

じ せつめい つき まえ しょじょう う と
 みなをしばらく焦らしたあとで、ミスタ・ベネットはこう説明した。「ひと月前のことだが、この書状を受け取っ
に しゅうかん まえ へんしょ おく びみょう もんだい そうきゅう はいりょ かんじん おも い
てね、二週間ほど前に返書を送った。いささか微妙な問題なので、早急の配慮が肝心だと思ったからだ。じつを言う
おい くん し いえ お で
と、わたしの甥のコリンズ君からなんだよ。わたしが死んだあかつきには、いつでもあなたたちをこの家から追い出
じんぶつ
せる人物だ」
おくがた えんぎ にく おとこ はな
「まあっ! そんな」と奥方がわめいた。「縁起でもないことを。そんな憎たらしい男のことなんかお話しにならな
ざいさん じぶん むすめ そうぞく とおえん だんし て わた
いでくださいな。あなたの財産が、ご自分の娘たちには相続できなくて、遠縁の男子の手に渡ってしまうなんて、こ
むじょう ほう むかし て う
んな無情な法がありますか。わたしがあなたなら、とうの昔になんとか手を打っていましたわ」
きり 嗣 そうぞく ほう ははおや と いぜん
 ジェインとエリザベスは、限嗣相続法がどういうものか、母親に説いてきかせた。これについては以前からたびた
せつめい ははおや なっとく か ざいさん かぞく ご にん むすめ
び説明はしてきたのだが、母親を納得させるのはとうていむりだった。ベネット家の財産を家族である五人の娘から
むご
と あ おとこ て わた ひど しう ははおや くちぎたな ののし
取り上げ、そんなどうでもいい男の手に渡してしまうというなんとも 酷 い仕打ちを母親は口汚く罵りつづけるばかり
だったのである。
ふとう はなし い そうぞく
「まったく不当な話だね」とミスタ・ベネットは言った。「しかしどうあがいたところで、ロングボーンを相続する
つみ くん まぬか しょじょう よ
という罪をコリンズ君に免れさせるわけにはいかんのだよ。だがこの書状をいま読んできかせるから、そうすれば、
かれ おも の しんじょう こころ すこ やわ
彼が思いのたけを述べているその心情に、あなたの心も少しは和らぐのではないだろうかね」
やわ てがみ
「いいえ、和らぐものですか。そもそもあなたに手紙をよこすなんてずうずうしいじゃありませんか、おまけにそん
じつ なかたが
ぜんにん み みうち だいきら ちちおや なか 違
なふうに善人ぶるなんて。そんな 実 のない身内なんて大嫌いです。父親はあなたとずうっと 仲 違 いをしていたんで
むすこ
すから、息子だってそうすればいいんですよ」
とが
あたり こ りょうしん とが かん き
「まあね、その辺のところは、子としていささかの良心の 咎 めを感じているようだよ。まあ聞きなさい」

しゅう こうがい
『ケント州ウェスタハム郊外ハンスフォード
じゅうがつ じゅう ご にち
 十月十五日
はいけい
 拝啓
かくしつ
あなた さま けいあい な ちち 確 と わたし た こころ いた ちち うしな ふこう
 貴方様と敬愛する亡き父のあいだの 確 執 につきましては、私は絶えず心を痛めてまいりました。父を失う不幸に
あ かくしつ かいしょう ねが わたし じしん ぎしん か
遭ってからはこの確執をばなんとか解消したいと願うことしきりでありましたが、ここしばらくは私自身疑心に駆ら
きもち おさ もう なが ぼうふ ふわ じんぶつ
れるところもあり、その気持を抑えてまいりました。と申しますのは、長らく亡父と不和であった人物と、それがだ
しんこう むす こじん れい たい ふけい はたら おそ
れであろうと、親交を結ぶというのは、故人の霊に対して不敬を働くことになるのではあるまいかと恐れたからであ
おくがた ことば もんだい たい わたし き
ります──「ほうらごらん、奥方」とミスタ・ベネットは言葉をはさんだ──しかしながら、この問題に対する私の気
じ かた もう ふっかつ さい せいしょく ろく じゅにん こううん
持はようやくいま固まったのであります。と申しますのも、復活祭に聖職禄を受任し、幸運にもルイス・ド・バーグ
きょう みぼうじん れいふじん かっか ご えんじょ たまわ めいよ よく
卿の未亡人であらせられるキャサリン・ド・バーグ令夫人閣下の御援助を賜るという名誉に浴したのでございます。
お じひ わたし ほん きょうく ぼくし じゅうしょく にんめい
その惜しみないお慈悲をもちまして、私めは、本教区の牧師という重職に任命されたのであります。まずはド・バー
れいふじん たい しんじん けいい み しょ えいこく こっきょう かい さだ かずかず てんれい ぎしき とどこお
グ令夫人に対し、深甚なる敬意をもって身を処し、ついで英国国教会により定められました数々の典礼、儀式を滞り
すいこう わたし つと こころえ せいしょく しゃ ちから およ かぎ かてい へいわ めぐみ
なく遂行するのが私の務めと心得ております。さらに聖職者といたしまして力の及ぶ限りのすべての家庭に平和の恵
い しんとう わたし ぎむ こころえ しだい りゆう よ わたし
みを行きわたらせ、浸透させるのが私めの義務と心得ている次第でございます。これらの理由に拠り、私めがかかる
ぜんい もう で しゅしょう こころが じふ わたし
善意の申し出をなすことは、まことに殊勝なる心掛けとひそかに自負するものであります。さすれば、私めがロング
かおく しき つぎ きり 嗣 そうぞく しゃ じじょう あなた さま おおめ み
ボーンの家屋敷の次なる限嗣相続者であるという事情は、貴方様におかれましては大目に見てくだされたく、そして
えだ
オ リ ー ブ の 枝
わかい こば ぞん き かたさま あい ご れいじょう かた きもち わたし きず
また和解のしるしをば拒まれることはあるまいと存じております。貴方様の愛すべき御令嬢方のお気持を私めが傷つ
ゆうりょ しゃざい きかい あた ぞん さきざき
けること、ただただ憂慮するほかなく、それにつきまして謝罪の機会をお与えいただきたく存じます。先々のことと
あい な しか
あい な ご れいじょう かた しか つぐな ようい かた やくそく もう あ
は 相 成りますが、御令嬢方に 然 るべき償いをさせていただく用意があることをここに堅くお約束申し上げるものであ
きた
わたし ご そんか むか ご いぞん き じゅういちがつ じゅう はち にち げつようび ごご よん じ ご みこと たく さんじょう
ります。私めを御尊家にお迎えくださることに御異存なくば、 来 る十一月十八日月曜日午後四時に御尊宅に参上つか
ご かぞく みなみなさま はいび さかえ よく じしゅう どようび ご そんか ご こうい あま たいざい
まつり、御家族の皆々様に拝眉の栄に浴したく、なお次週の土曜日まで、御尊家の御好意に甘んじ滞在することかな
むじょう よろこ ぞん にってい わたし ふつごう れいふじん
わば無上の喜びと存じます。この日程につきましては、私めにはなんらの不都合はなく、またキャサリン令夫人にお
だいり ぼくし にちようび れいはい は わたし ときおり にちようび るす
かれましても、代理の牧師をばたて日曜日の礼拝を果たさせるとなれば、私めが時折日曜日に留守をいたしまして
なにとぞ
ご いぞん なに そつ ご おくさま ご れいじょう かた みなみなさま つた
も、なんらの御異存はないのでございます。 何 卒 、御奥様、御令嬢方の皆々様にくれぐれもよろしくお伝えくださり
ねが あ
まするよう願い上げます。
ご そんか こう おお いの とも
御尊家に幸多かれと祈る友 
ウィリアム・コリンズ』

よん じ しんぜん しんし こ しょじょう い


「したがって四時には、この親善紳士がお越しになる」とミスタ・ベネットは、書状をたたみながら言った。「どう
りょうしん てき れいぎ ただ わかもの や きちょう ちき まちが
やら、はなはだ良心的な礼儀正しい若者のようだね。それにわが家にとっては貴重な知己であることは間違いない
さいど ほうもん ゆる
ね、レディ・キャサリンが再度の訪問をお許しくださるならばだが」
ふんべつ
むすめ み あん ぶん べつ むすめ つぐな
「でもうちの娘たちの身を案じてくださるところなどは、なかなか 分 別 のあるひとですわね。それに娘たちに償いを
ほう きもち みず まね
しようというおつもりなら、わたしも、この方のお気持に水をさすような真似はしませんわ」
つぐな い ほうほう
「でもわたしたちのために償うといっても」とジェインが言った。「どんな方法があるのか、とてもわからないけれ
きもち りっぱ
ど、そのお気持があるだけでも立派なものだわ」
てい
たい じんぶつ じんじょう ふくじゅう たい もと きょうく
 エリザベスは、レディ・キャサリンに対するこの人物の尋常ならざる服従の 態 と、求められるならいつなりと教区
ねんご
みん せんれい ほどこ こんれい ぎ つかさど まいそう と おこな こん いし きょうたん
民に洗礼を施し、婚礼の儀を司り、埋葬を取り行おうというまことに 懇 ろなるご意志のほどにも驚嘆した。
か もの い ひとがら か
「きっと変わり者だわね」とエリザベスは言った。「人柄はよくわからないけど。この書きっぷりもなんだかごたい
きり 嗣 そうぞく そうぞく じん わ
そうなもったいをつけているし。それに限嗣相続の相続人であることをお詫びしたいというのは、いったいどういう
じたい りょうしき ちち
ことかしら? できれば辞退しようというわけでもなさそうだし。このひとって、良識のあるひとでしょうか、お父
さま?」
おも ぎゃく ちが ぶんめん ひくつ そんだい
「いいや。そうは思わないね。きっとその逆に違いないぞ。この文面には卑屈さと尊大さがいりまじっている。こい
まちが たの あ ま どお
つは間違いなく楽しめるぞ。会うのが待ち遠しいね」
ぶんしょう てん み い てがみ けってん えだ ひょうげん ちん
「文章という点から見ると」とメアリが言った。「この手紙には欠点はなさそうだわ。オリーブの枝なんて表現は陳
くさ つか
腐だけど、それでもうまく使っているわね」
いとこ
てがみ か じんぶつ きょうみ わ じゅうけい しょうこう ひいろ ぐんぷく き
 キティとリディアは、手紙にもそれを書いた人物にもまるで興味が湧かなかった。従兄が将校の緋色の軍服を着て
いろ ふく とのがた なん しゅうかん
くるということはまずありえない。ほかのどんな色の服の殿方とのおつきあいももう何週間もなかった。ミセス・ベ
てがみ てきい う れいせい しんし むか こころ
ネットはというと、ミスタ・コリンズのこの手紙のおかげでほとんど敵意は失せ、かなり冷静にこの紳士を迎える心
じゅんび ふくん むすめ おどろ
の準備ができていたから、これには夫君も娘たちも驚いたのである。
よてい どお ていこく かぞく そうで ていちょう でむか う
 ミスタ・コリンズは、予定通り定刻きっかりにあらわれ、家族総出の丁重なるお出迎えを受けた。ミスタ・ベネッ
ぐち ふじん かた ま しゃべ
トは、やはりあまり口をきかなかった。だがご婦人方は、待ちかねていたように喋りだし、ミスタ・コリンズのほう
た ち
うなが はな くちかず すく だま せいしつ
は、促されなければ話さないというふうでもなく、口数少なく黙りこんでいる性質でもないようだった。いかめしい
かおだ ちょうしん せいねん に じゅう ご さい きまじめ かたひじ たいど ものごし けいしき こし
顔立ちの長身の青年、二十五歳だった。生真面目な肩肘はった態度、物腰ははなはだ形式ばっていた。腰をおろすや
む うつく じょう かた そろ あいそ じょう
いなや、ミセス・ベネットに向かって、このようなお美しいお嬢さま方がお揃いとは、とお愛想をふりまき、お嬢さ
ほう びぼう うわさ き うわさ じじつ およ し い
ま方の美貌のお噂はとくと聞いておりましたが、いまここでその噂は事実に及ばぬことを知りましたなどと言った。
かたづ
じょう かた りょうえん めぐ よめ まちが
そしてこうつけくわえた、お嬢さま方はやがてはご良縁に恵まれてお 嫁 きになること間違いなしですなと。このお
せじ   て もの しゅみ あ せじ さか だい よろこ おう
世辞は、聞き手のある者たちの趣味には合わなかったが、お世辞には逆らえないミセス・ベネットは、大喜びで応じ
た。
こころ ねが せいかつ こま
「ほんとにおやさしいんですのねえ。そうであればよいと心から願っておりますのよ。さもないと生活に困ることに
きみょう と き
なってしまいますもの。まったく奇妙な取り決めがあるものですわねえ」
かおく しき きり 嗣 そうぞく
「こちらの家屋敷の限嗣相続のことをおっしゃっているのでしょうね」
あわ じょう なげ
「ええ、ええ! さようでございますとも。うちの哀れな嬢やたちにとっては嘆かわしいことでございましょ。あな
せきにん もう よ うん
たさまに責任があるなどと、ゆめゆめ申してはおりませんよ。こういうことは、この世の運というものでございます
きり 嗣 そうぞく かおく しき
ものねえ。いよいよ限嗣相続ということになりましたら、この家屋敷はいったいどうなるんでございましょうか」
い と こ
うつく いとこ きゅうきょう おく もんだい
「わたしの美しい従姉妹たちの窮境についてはようくわかっておりますですよ、奥さま。その問題につきましては、
もう あ あつ せいきゅう おも さ ひか
いろいろ申し上げてもよろしいのですが、厚かましい、性急なとお思いになられてはと差し控えております。しかし
れいじょう かた ほ うかが もう あ
ながら、ご令嬢方には、みなさまをお褒めするためにお伺いしたのであるとはっきり申し上げましょう。さしあたり
いじょう もう ふか
これ以上のことは申しませんが、おつきあいを深めたあかつきには──」
ごさん ようい ととの こえ はなし れいじょう え う かお み あ
 そのとき、午餐の用意が整いましたとの声がかかり、話がさえぎられた。ご令嬢たちは笑みを浮かべて顔を見合わ

ほ れいじょう げんかん ま しょくどう
せた。ミスタ・コリンズからお褒めをいただいたのは、ご令嬢たちだけではなかった。玄関の間、食堂、そしてそこ
かぐ ちょうど しさい なが ほ あ たい しょうさん
にある家具調度などが、仔細に眺められ、褒め上げられた。そしてあらゆるものに対するミスタ・コリンズの称賛
じぶん みらい しょゆう ぶつ み ちが くや こころ
は、それらすべてを自分の未来の所有物として見ているに違いないという悔しさがなければ、ミセス・ベネットの心
うご しょくじ しょうさん あ りょうり すぐ うでまえ じ
を動かしていたであろう。食事になれば、これまたおおいに称賛が浴びせられた。そしてこの料理の優れた腕前の持
おも うつく いとこ おし い
ち主は、美しい従姉妹のうちのどなたか、ぜひとも教えていただきたいと言った。ところがこれはたちまちミセス・
はんげき たく うで りょうり じん やと よゆう むすめ ちゅうぼう はい ま
ベネットの反撃にあった。宅でも腕のよい料理人を雇うぐらいの余裕はございますし、娘たちに厨房に入るような真
はげ さわ
に れつ くちょう こうぎ き さわ もう しつれい もう あ
似はさせませんと 烈 しい口調で抗議されたのである。お気に 障 ることを申して失礼申し上げたとミスタ・コリンズは
ひらあやま
ひら しゃ こえ やわ べつ きぶん がい い
平 謝 りだった。ミセス・ベネットは声を和らげ、別に気分を害したわけではございませんよときっぱり言った。だ
じゅう ご ふん あやま
がそれから十五分ばかりというもの、ミスタ・コリンズは謝りつづけていた。

    14

しょくじ くち めしつかい ひ さ きゃくじん はなし


 食事のあいだ、ミスタ・ベネットはほとんど口をきかなかった。だが召使たちが引き下がると、そろそろ客人と話
パトロネス
しおどき おも かれ ひご しゃ めぐ み かれ ばか い
をする潮時だと思った。したがって、どうやら彼が 庇護者に恵まれているらしいと見て、彼が馬鹿なことを言いそう
わだい と あ かれ たい はいりょ かいてき く こころ くば
な話題を取り上げたのである。レディ・キャサリン・ド・バーグの彼に対するご配慮、快適な暮らしに心を配ってく
しんせつ なみなみ いじょう てきせつ わだい えら
ださるご親切は、並々ならぬものであるようだった。ミスタ・ベネットとしてはこれ以上適切な話題は選べなかった
ゆうべん くち しょうさん わだい
であろう。ミスタ・コリンズはたちまち雄弁になり、レディ・キャサリンを口をきわめて称賛した。この話題となる
ものごし おもおも ひょうじょう
と、ふだんのしかつめらしい物腰がいよいよ重々しいものになった。そしていとももったいぶった表情で、これほど
こうき かた ふ ま み だんげん
高貴なお方のあのようなお振る舞いはいまだかつて見たことがないと断言した──レディ・キャサリンのあのおやさし
けんきょ ふ ま じぶん み あじ まえ せっきょう えいよ
さと謙虚なお振る舞いを、自分は身にしみて味わっている。すでにレディ・キャサリンの前で説教をする栄誉にあず
に ど せっきょう ほ ことば たまわ に ど かん ばんさん
かったが、二度の説教に、もったいなくもお褒めのお言葉を賜っている。また二度にわたり、ロージングズ館の晩餐
まね せんしゅう どようび にんずう た めし
にお招きいただき、またつい先週の土曜日には、トランプのカドリールの人数が足りないからとお召しがあった。レ
み な
じぶん し おお こうまん み 做 じぶん め
ディ・キャサリンは、自分の知る多くのひとびとからは、高慢であると見做されているが、自分の目にはおやさしさ
うつ みぶん たか とのがた はな おな じぶん はな きんりん しゃこう
ばかりが映る。身分の高い殿方と話されるのと同じように、自分ともお話しくださる。近隣とのご社交にくわわるこ
はんたい に しゅうかん きょうく あ しんるい えんじゃ たず おおめ み しんちょう あいて
とも反対はされず、二週間ほど教区を空けて親類縁者を訪ねるようなことも大目に見てくださる。また慎重に相手を
ろうおく
えら はや けっこん き じょげん いち ど 陋 や
選び、できるだけ早く結婚するようにと気さくに助言してくださったこともある。また一度などは、わが 陋 屋 をばご
ほうもん じぶん かいしゅう ほ ことば ちょうだい
訪問くださり、自分がなしたるさまざまな改修についてもお褒めのお言葉を頂戴し、またありがたいことにおんみず
おお
じょげん たまわ に かい しょう へや とだな たな いた なん まい と おっしゃ
から助言を賜り、二階の小部屋の戸棚に棚板を何枚か取りつけるがよろしかろうと 仰 せられた。
りっぱ しんせつ かた い かん
「それはまあ、ご立派でご親切なお方でございますわねえ」とミセス・ベネットは言った。「きっとたいそう感じの
ふじん きふじん い かた ほう ちか
よいご婦人でしょうね。貴婦人と言われる方たちがみんなその方のようだとよいんですがねえ。あなたのお近くにお

住まいなんですの?」
ろうおく
陋 や た しきち す かん ようち こみち
「わたくしの 陋 屋 が建っております敷地は、レディ・キャサリンのお住まいであるロージングズ館のご用地とは小道
へだ
をひとつ隔てているばかりですよ」
かた みぼうじん かぞく
「そのお方は未亡人だとおっしゃいましたわね? ご家族はおいでなのかしら?」
れいじょう かん こうだい りょうち じょ そうぞく じん
「ご令嬢がおひとり、ロージングズ館と広大なるご領地の女相続人であらせられます」
あたま ふ おおごえ は あ れいじょう あたり むすめ
「まあ!」とミセス・ベネットは頭を振りながら大声を張り上げた。「するとそのご令嬢は、この辺の娘たちなんぞ
めぐ れいじょう ほう うつく ほう
よりはずっと恵まれていらっしゃるのね。それでそのご令嬢は、どんな方ですの? お美しい方ですか?」
じょう しん うつく もう
「それはそれはすばらしいお嬢さまでございますよ。真の美しさということから申しますと、ミス・ド・バーグは、
まさ
びぼう じょせい ゆう もう かお りつ
いかなる美貌の女性よりもはるかに 優 っていると、レディ・キャサリンおんみずから申されております。そのお顔立
い かん
れいじょう こうき ちすじ のこ 憾 びょうじゃく
ちには、このご令嬢の高貴なるお血筋がよくあらわれております。遺 憾 ながら、ご病弱でいらっしゃるために、さま
さいげい みが りっぱ じょうたつ じょう きょういく かか
ざまな才芸を磨くことがなりません、さもなくば、どれもご立派に上達されたはず。お嬢さまの教育係りでいらっ
うけたまわ
ふじん うけたまわ ほう す き
しゃるご婦人からそのように 承 りました。この方はいまもごいっしょに住まわれております。ですがたいそう気
フ ェ ー ト ン
だ じょう ひ こがた けい よん りん ばしゃ の せったく
立てのよいお嬢さまでございましてね、ときどき、ポニーに引かせた小型の軽四輪馬車にお乗りあそばして、拙宅の
まえ き かよ
前などを気さくに通っていかれます」
ほう おうきゅう えっけん おうきゅう しこう きふじん かた めいかん なまえ
「その方はもう王宮の謁見はおすみになったのですか? 王宮に伺候なさった貴婦人方の名鑑にお名前はなかったよ
うですが」
びょうじゃく ざんねん す ひ
「ご病弱であらせられるので、残念ながらロンドンにお住まいにはなれぬのです。それで、わたくしは、ある日レ
もう あ えいこく きゅうてい かがや こうさい うば
ディ・キャサリンにこう申し上げたのでございますよ。英国の宮廷は、もっとも輝かしき光彩を奪われましたねと。
おくがた よろこ ようす きかい とら ふじん かた よろこ
奥方さまはたいそうお喜びのご様子でございました。あらゆる機会を捉えては、ご婦人方がいつもお喜びになるよう
ここち さんじ ささ しあわ そうぞう いちど
なこうした心地よい賛辞を捧げることのできるわたくしの幸せをご想像ください。わたくしは一度ならずレディ・
もう あ おくがた かわい じょう う こうしゃく ふじん さいこう くらい じょう
キャサリンに申し上げました、奥方さまの可愛いお嬢さまこそ、生まれながらの公爵夫人、この最高の位は、お嬢さ
しゃかい てき おも じょう くらい しゃかい てき おも ま
まに社会的な重みをあたえるのではなく、お嬢さまによって、その位が社会的な重みを増すことになりましょうと。
さんじ よろこ
こうしたちょっとした賛辞にも、レディ・キャサリンはたいそうお喜びになられます。わたくしはレディ・キャサリ
こころくば こころが
ンにはことにそのような心配りをすべきものと心掛けておりますです」
かんが い ここち さんじ の さいのう こう
「それはまっとうな考えだな」とミスタ・ベネットは言った。「そのように心地よい賛辞を述べる才能があるとは幸
たず あいて みみ こころよ こころづか とういそくみょう はっ
せなことだ。そこでお尋ねしたいのは、相手の耳に快いそのような心遣いは、当意即妙に発せられるものか、あるい
じぜん けんきゅう たまもの
は事前の研究の賜ものなのかな?」
ば じょうきょう おう しぜん う つか
「だいたいは、その場の情況に応じて自然に浮かんでまいります。ときどきはふだんでも使えるようなちょっとした
じょうひん ほ ことば かんが くふう たの くふう めだ き
お上品な褒め言葉を考えたり、工夫したりして楽しむこともございますが、工夫のあとが目立たぬよう気をつけてお
ります」
たが
よそう てきちゅう おい きたい 違 こっけい じんぶつ かれ
 ミスタ・ベネットの予想はぴたりと的中した。この甥は、期待に 違 わず滑稽きわまりない人物だった。彼はコリン
はなし たの かお まじめ しせん おく
ズの話をおおいに楽しんだが、顔はあくまでもくそ真面目に、ときおりエリザベスにちらりと視線を送るほかは、こ
たの こころ あじ
の楽しみをひとり心ゆくまで味わっていた。
ちゃ たの きゃく きゃく
 しかしお茶になるころには、こうしたひそかな楽しみももうたくさんだった。ミスタ・ベネットは客をさっさと客
かん あんない ちゃ お ふじん ほん よ うなが
間に案内し、お茶が終わると、こんどはご婦人たちに本を読んでやってはいただけまいかと促した。ミスタ・コリン
こころよ おう も だ ほん み じゅんかい としょかん か おも
ズは、快くそれに応じたが、持ち出された本を見ると(どうみてもそれは巡回図書館から借りたものだった)、思わ
み しりぞ ゆる こ わたし しょうせつ よ ことわ み
ず身を退いて許しを乞い、私めは小説は読みませんのでときっぱりと断った。キティはまじまじとコリンズを見つ
おどろ こえ しょもつ なん さつ も だ しあん なか
め、リディアは驚きの声をあげた。ほかの書物が何冊か持ち出され、しばらく思案したミスタ・コリンズは、その中
あくび
わか ふじん せっきょう しゅう えら だ ほん ひら あくび
からフォーダイスの『若き婦人のための説教集』を選び出した。その本が開かれるとリディアは欠伸をし、コリンズ
たんちょう さん ぺえじ よ すす かれ しゃべ
がしかつめらしく、しごく単調に三頁も読み進まぬうちに、彼などそっちのけで喋りだした。
かあ し おじ げなん はら ばこ
「ねえ、お母さま、知ってる、フィリップス叔父さまがね、下男のリチャードをお払い箱にしたんですってよ、で
たいさ かれ やと おば どようび い さんぽ
も、フォスター大佐が彼を雇うらしいの。叔母さまが土曜日にそう言ってた。あしたメリトンまでお散歩して、その
き もど き
こと、もっと聞いてくるわ。それからミスタ・ディニーがロンドンからいつ戻ってくるのか訊いてくるわね」
うえ あね くち つつし りっぷく
 リディアは、上のふたりの姉から、口を慎みなさいとたしなめられた。ミスタ・コリンズは、たいそうなご立腹
ほん お い わか ふじん かた じょせい か ま
で、本をわきに置くなりこう言った。「若いご婦人方は、たとえ、それが女性のために書かれたものであろうと、真
めんぼく ないよう しょもつ きょうみ しめ しょうじき もう おどろ わか ふじん
面目な内容の書物にはほとんど興味を示さないのでございますよ。正直申せば、これには驚かされます──若いご婦人
いとこ
かた きょうくん み ゆうえき ほん おさな じゅうまい むりじ
方にとってこれほど教訓に満ちた有益な本はほかにないのです。しかしまあ、幼い従妹に無理強いするのはやめるこ
とにいたしますよ」
バックギャモン つかまつ
む あいて つかまつ もう で ちょうせん
 そしてミスタ・ベネットのほうを向くと、 すごろく のお相手を 仕 りたいと申し出た。ミスタ・ベネットは挑戦
おう けんめい はんだん むすめ たの い
に応じ、なかなか賢明な判断でしたな、娘どもはくだらぬことを楽しんでおればよろしい、と言った。ミセス・ベ
むすめ しつれい ていちょう わ ほん よ にど まね
ネットと娘たちは、リディアの失礼を丁重に詫び、本をお読みいただけるなら、二度とこのような真似はさせません
やくそく おさな じゅうまい あくい だ ふ ま ぶじょく
と約束したけれども、ミスタ・コリンズは、幼い従妹にはなんの悪意も抱いてはおりませんし、あの振る舞いを侮辱
かん はら た い あんしん とも べつ
だと感じて腹を立てているわけでもありませんと言って、みなを安心させると、ミスタ・ベネットと共に別のテーブ
こし お つ ようい
ルに腰を落ち着け、バックギャモンの用意にとりかかった。

    15
しりょ ふんべつ と にんげん せいらい けっかん きょういく せけん ほせい
 ミスタ・コリンズは、思慮分別に富む人間ではなく、この生来の欠陥は、教育や世間とのつきあいによって補正さ
りんしょく
じんせい たいはん むがく しわ 嗇 ちちおや す だいがく せき お
れることもなかった。人生の大半を、無学で 吝 嗇 な父親のもとで過ごしてきた。大学のひとつに籍を置いてはいた
ひつよう ねんげん しゅうりょう そつぎょう ご たす こうゆう かんけい きず ちちおや
が、必要とされる年限をぶじ修了したにすぎず、卒業後に助けとなる交友関係を築くこともなかった。父親はひたす
うぬぼ
ふくじゅう し そだ おさな ひくつ たいど み ぐどん あたま う だ うぬぼ よ
ら服従を強いて育てたため、幼いころから卑屈な態度が身についてしまったが、愚鈍な頭が生み出した自惚れと、世
おご
かん ぼっこうしょう く とし わか おも て ゆた おご ひくつ うしな
間と没交渉の暮らしと、年若くして思いがけず手にした豊かさがもたらした 驕 りとがあいまって卑屈さは失われて
せいしょく ろく くうせき こううん ちぐう え
いった。ハンスフォードの聖職禄が空席となったとき、幸運にもレディ・キャサリン・ド・バーグの知遇を得たので
パトロネス
こうき みぶん たい けいい おのれ ひご しゃ あが まつ きもち おのれ たい かだい ひょうか
ある。レディ・キャサリンの高貴な身分に対する敬意、己の 庇護者として崇め奉る気持に、己に対する過大評価と、
つい
せいしょく しゃ いしん きょうく ぼくし けんげん じかく ま あ こうまん つい
聖職者としての威信と教区牧師としての権限の自覚などといったものが混じり合い、いまのコリンズを、高慢と 追
じゅう
従 そんだい けんきょ こんこう じんぶつ した あ
従 と尊大と謙虚とが混淆する人物に仕立て上げていた。
りっぱ じゅうきょ しゅうにゅう み つぎ けっこん かんが いっか
 立派な住居もあり、たっぷりした収入もある身となって、次は結婚を考えるようになった。ロングボーンの一家と
わかい もと み い はなよめ めあ か むすめ せけん ひょうばん どお きだ
の和解を求めたのも、実を言えば花嫁目当てのことだった。ベネット家の娘たちが、世間の評判通りの気立てのよい
びじん つま むか かんが むすめ ちちおや しさん
美人ならば、そのうちのひとりを妻に迎えたいと考えたのである。コリンズとしてはこれが──娘たちの父親の資産を
しょくざい
そうぞく たい つみ 贖 ざい つみ じぶん
相続することに対する罪ほろぼし── 贖 罪 のつもりだった。これこそ、罪ほろぼしにはまことにうってつけの、自分
よくとく かんよう めいあん おも
としては、欲得なしのたいそう寛容な名案であると思っていた。
けいかく むすめ あ か ちょうじょ びぼう み かくしん つよ
 この計画は、娘たちに会ったのちも変わらなかった。長女のミス・ベネットの美貌を見て確信は強まり、なんであ
ちょうよう じょ まも かれ かた しんねん ゆ さいしょ よる つま
れ長幼の序を守るべきだという彼の堅い信念を揺るぎないものにした。最初の夜にミス・ベネットを妻とすることに
き よくあさ けいかく か ちょうしょく まえ じゅう ご ふん さ む はなし
決めた。だが翌朝にはその計画を変えることになった。朝食前の十五分ほど、ミセス・ベネットと差し向かいで話を
ぼくし かん はなし ぼくし かん じょ しゅじん み きぼう も だ
した。牧師館の話からはじまり、牧師館の女主人はロングボーンで見つけたいという希望がとうぜん持ち出される
まんめん え う かれ ちから かれ こころ き ひとこと ちゅう
と、ミセス・ベネットは満面の笑みを浮かべて彼を力づけたものの、彼が心に決めていたジェインについては一言注
い した むすめ じぶん くち い へんじ
意をあたえた──下の娘たちについては、自分の口からはなんとも言えないし──はっきりしたお返事はできないが──
せんやく はなし き ちょうじょ ことわ すじ おも
先約があるという話は聞いていない──ただ長女のジェインについてはちょっとお断りしておくのが筋だと思うが、ど
ちかぢか こんやく
うやら近々婚約することになるかもしれない。
たん か こころ き
 ミスタ・コリンズとしては、単にジェインをエリザベスに替えればよいだけで──すぐさま心は決まった──ミセ
だんろ ひ ねんれい びぼう つぎ
ス・ベネットが暖炉の火をかきたてているあいだにそうなった。エリザベスは、年齢も美貌もジェインの次だったの
ひ つ とうぜん
で、そのあとを引き継いで当然だった。
ほの
仄 ことば う と むすめ そうばん けっこん
 ミセス・ベネットは、それとなく 仄 めかされたコリンズの言葉をありがたく受け止め、娘ふたりが早晩結婚するこ
かくしん ぜんじつ くち い おも おとこ だい き い
とになると確信した。前日には口にするのも忌まわしいと思われた男が、いまやミセス・ベネットの大のお気に入り
となったのである。
い わす のぞ しまい い
 リディアは、メリトンへ行くことを忘れてはいなかった。メアリを除いたほかの姉妹たちも、いっしょに行くこと
ぜ ひ いえ お だ しょさい ひと じ ねが
にした。そこでコリンズを是が非でも家から追い出して書斎を独り占めしたいと願っていたミスタ・ベネットは、メ
むすめ つ そ たの ちょうしょく しょ
リトンまで娘たちに付き添っていってくれるようコリンズに頼んだのである。なにしろコリンズは朝食がすむと、書
とき おもてむ ぞうしょ こうか おおばん に お ほん と く
斎までのこのことついてきて、表向きは蔵書のなかでも高価な大判の二つ折り本と取り組むはずだったが、じつのと
や ていえん あいて はな
ころは、ハンスフォードのわが家や庭園のことなど、ミスタ・ベネットを相手にえんえんと話しつづけた。おかげで
せいひつ
せい 謐 みだ はめ ほんらい しょさい つね あんのん せいひつ ほしょう
ミスタ・ベネットはおおいに 静 謐 を乱される羽目となった。本来は書斎にいれば常に安穏と静謐が保証されていた。
やしき へや ぐれつ き であ かくご しょさい のが
この屋敷のほかの部屋で愚劣さや気まぐれに出会うのは覚悟しているが、書斎だけはそういうものから逃れていられ
つねづね い さんぽ で むすめ どうこう
るからね、とエリザベスには常々そう言っていた。したがってミスタ・ベネットは、散歩に出る娘たちに同行してい
ていちょう ねが もう あ しょもつ よ ある
ただきたいとさっそくコリンズに丁重にお願い申し上げたのである。コリンズにしても、書物を読むより歩くほうが
とくい おおばん しょもつ きき と しょさい で
はるかに得意であったので、大判の書物を嬉々として閉じると書斎を出ていった。
い と こ あんばい
どう たいど はなし いとこ れいぎ ただ こた 按 はい
 道々コリンズはもったいぶった態度でつまらぬ話をつづけ、従姉妹たちはそれに礼儀正しく応えるという 按 配 で、
いっこう はい した むすめ かんしん め
そうこうするうちに一行はメリトンに入った。下のふたりの娘たちの関心は、もはやコリンズにはなかった。その目
しかん すがた さが とお みせ かざ まど なら しゃれ ぼうし しんちゃく ち
は、たちまち士官たちの姿を探して通りをさまよい、店の飾り窓に並んだ洒落た帽子か、新着のモスリン地でもなけ
むすめ しせん と もど
れば、娘たちの視線を取り戻すことはできなかった。
しまい め み せいねん ひ しんし しか せいねん つう
 だがやがて姉妹たちの目は、はじめて見かけるひとりの青年に惹きつけられた。いかにも紳士然とした青年で、通
む がわ しかん つ だ ある しかん きちゃく
りの向こう側をひとりの士官と連れ立って歩いていた。士官というのは、ロンドンから帰着したかどうかリディアが
たし かれ とお む しまい む えしゃく しまい
わざわざ確かめにやってきたミスタ・ディニーで、彼は通りの向こうから姉妹に向かって会釈をした。姉妹たちはみ
みし じんぶつ いき ふうさい み おも たし
な、見知らぬ人物の粋な風采に魅せられ、いったいどこのどなただろうと思い、キティとリディアが、確かめてくる
い む みせ ほ とお わた ほどう うん ひ
と言いだし、向かいの店に欲しいものがあるようなふりをして通りを渡り、歩道にたどりついたところで運よく引き
かえ しんし であ しまい こえ ゆる え
返してきたふたりの紳士にばったり出会うことになった。ミスタ・ディニーのほうから姉妹に声をかけ、お許しを得
ゆうじん しょうかい い ぜんじつ とも た もど さいわ おな れんたい ちゃくにん
れば友人のミスタ・ウイッカムを紹介したいと言った。前日ロンドンより共に立ち戻ったが、幸い同じ連隊に着任し
かれ か い ぐんぷく き うえ
たのだという。彼ならそうあってしかるべきだろう。欠けているものと言えば軍服だけ、それを着せればこの上なく
みりょく てき せいねん しあ ちが ようし もんく びなん よう
魅力的な青年に仕上がるに違いなかった。その容姿は文句のつけようがない。美男というもののほとんどあらゆる要
そな
もと ぐ 凜 ようぼう きんせい すがた がた じつ こころよ はな かた しょうかい しんし き
素を 具 えていた。凜々しい容貌、均整のとれた姿形、実に快い話し方。紹介がすむと、その紳士のほうから気さくに
はな き れいぎ ただ ひか め ば た はなし ばてい
話しかけてきた──気さくとはいえ礼儀正しく、控え目だった。その場に立ったまま話がはずんでいると、馬蹄のひび
き み うま の とお か しんし しまい すがた き
きが聞こえ、見ると、馬に乗ったダーシーとビングリーが通りを駈けてきた。ふたりの紳士は姉妹たちの姿に気づ
ちか ていちょう あいさつ おも はなし あいて おも
き、まっすぐ近づいてくると、いつものように丁重に挨拶をした。ビングリーが主に話をしたが、相手は主にジェイ
みま うかが い い
ンだった。そしてこれからあなたのお見舞いに伺うつもりでロングボーンへ行くところでしたと言う。ミスタ・ダー
かる あたま さ はなし うら め そそ つと かれ め み ち
シーは、軽く頭を下げてその話を裏づけ、目はエリザベスに注がぬよう努めていたが、そのとき彼の目が、かの見知
しんし くぎ かお みあ ひょうじょう み
らぬ紳士にふいに釘づけになった。エリザベスは、そのふたりが顔を見合わせたときの表情をたまたま見てしまい、
はんのう おどろ かおいろ か いっぽう ま さお いっぽう ま か
そのときのふたりの反応にはたいそう驚いた。ふたりともさっと顔色が変わり、一方は真っ青に、一方は真っ赤に

ま ぼうし えん て こた
なったのである。ミスタ・ウイッカムはちょっと間をおいてから帽子の縁に手をやった──それに応えてミスタ・ダー
み かが けんとう
シーはわずかに身を屈めた。いったいこれはどういうことだろう? まったく見当もつかない。エリザベスはこのわ
し おも
けをぜひとも知りたいと思った。
ば じょうけい き ようす み わか つ ゆうじん はし
 やがてミスタ・ビングリーは、その場の情景に気づいた様子も見せず、すぐに別れを告げると、友人とともに走り

去った。
わか ふじん かた か げんかん まえ ある
 ミスタ・ディニーとミスタ・ウイッカムは、若いご婦人方といっしょにフィリップス家の玄関の前まで歩いてくる
えしゃく よ こんがん きゃくま まど 押
と、そこで会釈をした。ミス・リディアがぜひ寄ってくださいと懇願しても、ミセス・フィリップスが客間の窓を押
あ おおごえ おうえん い
し上げて、大声でリディアの応援をしても、ふたりはそのまま行ってしまった。
だい よろこ めい むか うえ いえ るす
 ミセス・フィリップスはいつも大喜びで姪たちを迎えた。上のふたりはこのところ家を留守にしていたので、こと
だい かんげい かえ い
のほか大歓迎だった。あなたたちがとつぜん帰ってきたのにはほんとうにびっくりしたわ、としきりに言った。それ
か ばしゃ むか おこな であ せんせい やっきょく こぞう か
もベネット家の馬車は迎えにも行っていないし、たまたま出会ったジョーンズ先生の薬局の小僧から、ベネット家の
しまい かえ みずぐすり とど ひつよう はなし き
ご姉妹はもうお帰りになったので、ネザーフィールドへはもう水薬を届けにいく必要はないという話を聞かなかった
かえ し しょうかい
ら、帰ってきたのを知らずにいるところだったとまくしたてた。ここでジェインにミスタ・コリンズを紹介され、ミ
かれ あいさつ ていちょう むか
セス・フィリップスもようやく彼に挨拶をした。ミセス・フィリップスは、それはそれは丁重にコリンズを迎えた
ていちょう ものごし あいさつ かえ めんしき とつぜん じゃま しつれい じゅうじゅう わ
が、コリンズは、それをもしのぐ丁重な物腰で挨拶を返し、面識もないのに突然お邪魔する失礼を重々詫びたもの
しょうかい ろう れいじょう えんせき しつれい ゆる こころ
の、いま紹介の労をとってくれた令嬢とは縁戚になるので、その失礼もお許しいただけるのではないかと心ひそかに
おも い たび れいぎ さほう いた
思っていたと言った。ミセス・フィリップスは、こうした度はずれた礼儀作法にすっかり痛みいっていたものの、あ
じんぶつ こうふん ぎみ しつもん あ しょたいめん じんぶつ いじょう
の人物、つまりミスタ・ウイッカムについて興奮気味の質問が浴びせられたために、初対面のこの人物をこれ以上
かんさつ じんぶつ めい し
じっくり観察するひまがなかった。もっともあの人物については、姪たちがすでに知っていること、つまりミスタ・
つ しゅう れんたい ちゅうい ふにん し
ディニーがロンドンから連れてきたひとで、××州の連隊に中尉として赴任したということぐらいしか知らなかった。
いち じかん とお おこな き すがた なが すがた とお
この一時間ほど、通りを行ったり来たりしているウイッカムの姿を眺めていたそうだが、いままたその姿が通りにあ
おば おな なが ざんねん まど そと とお
らわれたら、キティとリディアも叔母と同じようにそれを眺めたことだろう。残念ながら、窓の外を通っていくのは
しかん まぬ き い れんちゅう なん
わずかな士官ばかり、ウイッカムにくらべれば、「間抜けで気に入らない連中」ということになった。そのうちの何
にん よくじつ か しょくじ とも いっか よる き
人かは翌日フィリップス家で食事を共にすることになっているそうだが、ロングボーンの一家があすの夜こちらに来
おじ
だい ねが
るなら、叔父さまにお願いしてミスタ・ウイッカムを訪ねてもらい、食事に招待しましょうと言った。これにはみな
たず しょくじ しょうたい い

さんせい たの さつ あ ぬる
大賛成だったので、ミセス・フィリップスは、それじゃあ楽しくにぎやかに札当てゲームでもやって、そのあとは温
いとま
やしょく い たの ていあん だい よろこ おば ひま つ
かなお夜食にしましょうと言った。こうした楽しい提案にみんな大喜びして、うきうきしながら叔母に 暇 を告げ
へや で わ ことば の き づか およ
た。ミスタ・コリンズが、部屋を出るときにくどくどとお詫びの言葉を述べると、そんなお気遣いには及びません
ばか ていねい あいさつ かえ
わ、とこれまた馬鹿丁寧なご挨拶が返ってきた。
いえじ しんし み ふ ま はな
 家路をたどりながら、エリザベスはジェインに、さっきのふたりの紳士のあいだに見られた振る舞いについて話し
わる そうほう べんご
てみた。だがどちらかが悪いということなら、ジェインもどちらかを、あるいは双方を弁護したかもしれないが、そ
ふ ま いみ いもうと どうよう せつめい
のような振る舞いの意味は、妹同様に説明することはできなかった。
いえ もど たいど れいぎ さほう ほ あ
 ミスタ・コリンズは家に戻ると、ミセス・フィリップスの態度や礼儀作法を褒め上げてミセス・ベネットをおおい
れいじょう べつ じょうひん ふじん め
によろこばせた。レディ・キャサリンとそのご令嬢を別とすれば、あれほど上品なご婦人にお目にかかったことはな
ていちょう むか めんしき じぶん あした しょうたい ふく
い。まことに丁重にお迎えくださったばかりか、これまで面識すらなかった自分までも明日のご招待にちゃんと含め
えんせき じんせい はいりょ
てくださった。まあ縁戚ということもありましょうが、それにしても、これまでの人生にこれほどのご配慮にあず

かったことはございませんとミスタ・コリンズは言った。

    16

むすめ おば か やくそく はんたい で せわ ふさい いちや のこ


 娘たちが叔母と交わした約束についてはなんの反対も出なかったし、お世話になっているベネット夫妻を一夜残し

で こころぐる ことば は よん とう だ のりあい ばしゃ
て出かけるのはまことに心苦しいというミスタ・コリンズの言葉もきっぱりと撥ねつけられ、四頭立ての乗合馬車が
い と こ
ころあい じかん ご にん いとこ はこ むすめ きゃくま はい
頃合いの時間にコリンズと五人の従姉妹たちをメリトンに運んでいった。娘たちは客間に入っていき、ミスタ・ウ
おじ しょうたい おう いえ き き だい よろこ
イッカムが叔父の招待に応じてすでにこの家に来ていると聞いて大喜びだった。
つた せき お つ み へや
 このことが伝えられたあと、それぞれが席に落ち着くと、ミスタ・コリンズはゆっくりとあたりを見まわし、部屋
ひろ かぐ ちょうど かんしん かん なつ よう ちい ちょうさん しつ ここち
の広さや家具調度にいたく感心したそぶりで、これはもうロージングズ館の夏用の小さな朝餐室にいるような心地で
い ひかく かんげき もの かん
ございますなどと言った。そのように比較されても、はじめはだれも感激する者はいなかったが、ロージングズ館が
やしき も ぬし し かず きゃくま ようす 聞
どういうお屋敷で、その持ち主がどなたかということを知り、レディ・キャサリンの数ある客間のひとつの様子を聞
はち ひゃく き およ
かされ、そこにあるマントルピースだけでも八百ポンドもしたと聞くに及んで、ミセス・フィリップスは、さきほど
さんじ み かん じょちゅう あたま へや ひかく はら た
の賛辞のありがたみが身にしみた。そういうことならロージングズ館の女中頭の部屋と比較されても腹は立つまいと
おも
思ったのである。
かた かん そうれい せつめい はなし だっせん
 コリンズは、レディ・キャサリンというお方とそのお館の壮麗さをつぶさに説明するのだが、ときどき話は脱線し
ろうおく
陋 や じまん ちか おこな かいしゅう もよう しんし かた じょうきげん はな
て、おのが 陋 屋 の自慢となり、近ごろ行われている改修の模様など、ほかの紳士方があらわれるまでは上機嫌で話し
かれ うえ ねっしん   て き
つづけた。彼はミセス・フィリップスがこの上ない熱心な聞き手であることに気づいたが、ミセス・フィリップスの
ふいちょう
はなし き あいて ひょうか たか きんじょ 吹 聴
ほうは、話を聞くうちに相手への評価はますます高まったようで、さっそくご近所にこのことを 吹 聴 してまわるつ
いとこ
れいじょう かた じゅうけい はなし みみ はい おも
もりになっていた。ご令嬢方は、従兄の話など、耳に入るはずもなく、ピアノでもあればいいのにと思ったり、マン
うえ なら じぶん か え とうき しょざい
トルピースの上に並んでいる自分たちが買って絵つけをした陶器などを所在なくいじりまわすほかにすることもな
しんし かた にゅうらい ま じかん なが かん しんし かた きゃくま はい
く、紳士方のご入来を待つ時間がいやに長く感じられた。だがそれもようやくけりがついた。紳士方が客間に入って
はい すがた み きのう あ いんしょう
きたのだ。ミスタ・ウイッカムが入ってくる姿を見たエリザベスは、昨日会ったときのすばらしい印象も、それから
も いんしょう じぶん き おも き しゅう しかん そう
ずっと持ちつづけていた印象も、自分の気まぐれな思いこみではなかったことに気づいた。××州の士官たちは、総じ
しんし りっぱ ふうさい え ぬ れんちゅう まね
て紳士らしい立派な風采のひとたちで、そのなかでも選り抜きの連中がここに招かれているのだが、ミスタ・ウイッ
ひとがら ようぼう ふうさい ある かた かれ かれ
カムは、人柄、容貌、風采、歩き方にいたるまで、彼らをはるかにしのいでいた。いや、その彼らにしても、ポート
にお はい かお おお やぼ おじ
ワインの匂いをぷんぷんさせながら入ってきた顔の大きい野暮くさいフィリップス叔父よりははるかにましだった。
じょせい め そそ しあわ だんせい
 ミスタ・ウイッカムは、ほとんどあらゆる女性の目が注がれるという幸せな男性であり、エリザベスは、ウイッカ
じぶん とな しあわ じょせい かれ き たいど はな こよい あめ
ムがついに自分の隣りにすわったという幸せな女性だった。彼は気さくな態度ですぐに話しかけてきた。今宵は雨で
うき わだい はな こうしゃ て くうそ
すねえとか、雨季がはじまるのでしょうかといった話題なのに、こういう話し巧者の手にかかると、およそ空疎な、
きょう
たいくつ ちんぷ はなし きょう ふか かんしん
およそ退屈な、およそ陳腐な話がこうも 興 が深くなるものかと、エリザベスは感心した。
しかん かじん ちゅうもく あつ きょうそう あいて
 ミスタ・ウイッカムやほかの士官たちのような、佳人の注目を集める競争相手があらわれては、さすがのミスタ・
と た そんざい な は わか ふじん ひと
コリンズも、取るに足らぬ存在に成り果てたようである。若いご婦人たちにとっては、もはやなきに等しかった。
はなし しんせつ   て かのじょ た きくば
もっとも、ときどきミセス・フィリップスがコリンズの話の親切な聞き手になってくれ、彼女の絶えまない気配りに
ちょうだい
よってコーヒーやマフィンをふんだんに頂戴していた。
だ せき
 カード・テーブルが出されると、コリンズは、さっそくホイストの席について、ミセス・フィリップスのこうした
しんせつ むく
ご親切に報いることにした。
し い じょうたつ
「このゲームはあまりよく知りませんが」とコリンズは言った。「ゆくゆくは上達いたしましょう、なにしろ、わた
たちば じょう さんか かんしゃ い
くしの立場上──」ミセス・フィリップスは、ゲームに参加してくれたことにはたいそう感謝したが、そんな言いわけ

など聞いているひまはなかった。
かこ だい よろこ むか
 ミスタ・ウイッカムはホイストにはくわわらず、エリザベスとリディアが囲んでいるテーブルに大喜びで迎えられ
しゃべ と どくせん さつ あ
た。はじめは、喋りだしたら止まらないリディアが、ウイッカムを独占してしまいそうだったが、なにしろ札当て
だいす むちゅう か きん は か かんせい あ め いろ
ゲームも大好きだったから、たちまちゲームに夢中になり、賭け金を張ったり、勝って喚声を上げたりと、目の色を
か とのがた め む
変えていたので、これという殿方に目を向けるひまもなかった。ミスタ・ウイッカムは、ゲームのほうはほどほどに
あいて はなし はなし みみ
お相手をしていればよかったので、エリザベスとゆっくり話をすることができた。エリザベスはよろこんで話に耳を
かたむ じぶん き こうゆう かんけい わだい
傾けていたが、自分がとりわけ聞きたいこと、つまりミスタ・ダーシーとの交友関係は話題にのぼらないだろうと
おも かれ なまえ も だ ゆうき こうき しん おも み
思っていた。かといってこちらから彼の名前を持ち出す勇気はなかった。だがその好奇心が思いがけなく満たされる
はなし も だ
ことになった。ウイッカムのほうからその話を持ち出したのである。ネザーフィールドはメリトンとはどれほどはな
たず こた え し たいざい
れているのですかとまず尋ね、その答えを得ると、ためらいがちに、ダーシー氏はどれくらいそちらにご滞在ですか
たず
と尋ねた。
つき い はなし ほう
「ひと月ほどですわ」とエリザベスは言った。そして話をほかにそらせまいと、こうつけくわえた。「あの方は、
だい じぬし うかが
ダービシャーの大地主だと伺いましたけど」
こた りょうち こうだい ねんしゅう いち まん てん
「ええ」とウイッカムは答えた。「あそこの領地は広大なものですよ。年収はゆうに一万ポンドはあります。その点
かくじつ おし にんげん おさな かぞく
については、ぼくほど確実なことをお教えできる人間はほかにはいませんよ──なにしろ幼いころから、あの家族とは
とくべつ かんけい
特別な関係にありましてね」
おも おどろ かお
 エリザベスは思わず驚いた顔になった。
あ れいたん たいど
「びっくりなさるでしょうね、ミス・ベネット、きのうぼくらが会ったときの冷淡な態度をおそらくごらんになった
し ぞん
でしょうから。あなたはダーシー氏のことはよくご存じなんですか?」
ごき つよ おな やしき よん にち
「もうたくさんというくらいに」とエリザベスは語気を強めた。「同じお屋敷で四日もごいっしょしましたのよ。と
ふゆかい ほう
ても不愉快な方ですわね」
し ゆかい ふゆかい い い
「ダーシー氏が愉快か、不愉快か、ぼくが言うわけにはいきません」とウイッカムが言った。「ぼくには、そういう
はんだん くだ しかく なが し こうへい はんだん
判断を下す資格がないんですよ。なにしろ長いつきあいでよく知りすぎていますから、公平な判断ができません。ど
かたよ
みかた へん いけん せけん おどろ
うしても見方が 偏 るんです。しかしあなたのそういったご意見は、世間のひとたちを驚かせるでしょうね──おそら
てきび みうち
くほかでは、それほど手厳しいことはおっしゃらないんでしょうが。ここは、あなたのお身内ばかりですからね」
いえ たく おな い い
「この家だって、よそのお宅だって、同じことを言いますわ。まさかネザーフィールドでは言いませんけど。ハート
ほう きら もの こうまん たいど
フォードシャーでも、あの方、すっかり嫌われ者です。みんな、あの高慢な態度にはうんざりしていますわ。あのひ

とをよく言うひとなんてだれもいないでしょうね」

ま い かれ かだい ひょうか
「ぼくとしてもですねえ」とウイッカムは、ちょっと間をおいてから言った。「彼にしろ、だれにしろ、過大に評価
どうじょう おとこ かぎ
されないからといって、同情するふりはしません。もっともあの男に限っては、そういうことはめったにないでしょ
くら け お
せけん かれ ざいさん たか みぶん め まばゆ ごうまん いあつ てき たいど けお かれ じしん
う。世間は、彼の財産や高い身分に目を 眩 まされる、あるいは傲慢で威圧的な態度に気圧される、だから彼自身がこ
み おも み
う見てほしいと思うようにしか見ませんからね」
みじか きむずか ほう おも き ふ
「短いおつきあいですけど、ずいぶん気難しい方だと思いますわ」そう聞いてウイッカムはかぶりを振っただけだっ
た。
とうりゅう
「それで」とウイッカムは、もう一度話をする機会がめぐってきたときにそう言った。「彼はこの土地に、しばらく
いちど はなし きかい い かれ とち

逗留するつもりなんでしょうか」
ぞん
しゅう
「さあ、存じません。でも、ネザーフィールドでは、お帰りになるという話は聞かなかったわ。あなたがせっかく××
かえ はなし き

えら ほう ちか きもち か ねが
州をお選びになったのに、あの方が近くにいるからと、お気持が変わることがないように願いますわ」
し お はら あ さ かれ
「いや! とんでもない──ぼくがダーシー氏に追い払われてたまるものですか。ぼくに会うのを避けたいなら、彼が
で なか よ かれ かお あ くつう
出ていくべきだな。ぼくらは、仲が好いわけじゃなく、彼と顔を合わせるのはいつもどうも苦痛ですが、こちらに
かれ さ りゆう せけん む い ふとう あつか う
は、彼を避ける理由はまったくない、それは世間に向かってはっきりと言えますよ。きわめて不当な扱いを受けたと
おも かれ にんげん むねん ちちうえ せんだい し
いう思いはありますし、彼がああいう人間であるということは、なんとも無念ですね。父上である先代のダーシー氏
りっぱ ほう しんらい みかた とうしゅ し かお あ
はね、ミス・ベネット、たいそう立派な方で、もっとも信頼のおける味方でした。当主のダーシー氏と顔を合わせれ
こじん かずかず あたた おも で よみがえ こころ いた たい かれ しう
ば、故人の数々の温かい思い出がまざまざと甦って心が痛むばかりです。ぼくに対する彼の仕打ちときたらけしから
かれ ゆる おも かれ な ちちうえ きたい そむ ちちうえ めいせい
んものだった。ですが、彼のことはなにもかも許せると思っています。ただ彼が亡き父上の期待に背き、父上の名声
けが
きたな ゆる
を 汚 したことだけは許せませんよ」
はなし きょうみ いっしん みみ かたむ びみょう
 エリザベスはこの話にいよいよ興味をかきたてられ、一心に耳を傾けていたけれど、なにしろことが微妙なので、
しつもん
さらなる質問ははばかられた。
きんりん しゃこう かい せけん ばなし わだい てん
 ミスタ・ウイッカムは、メリトンのこと、その近隣のこと、社交界のことなどの世間話に話題を転じた。これまで
いんぎん
みき き い ようす しゃこう かい おだ 慇 懃 くちょう
に見聞きしたことはおおいに気に入った様子で、とりわけ社交界については、穏やかながら、いかにも 慇 懃 な口調で

こう言った。
えら つね こうりゅう しゃこう かい じょうりゅう しゃこう かい
「ぼくにここを選ばせたのは、常に交流のある社交界、上流の社交界があることでした」とウイッカムはつけくわえ
しゅう れんたい ふにん おも どうき ゆうめい は ほま たか れんたい
た。「××州の連隊に赴任したのも、それが主な動機でしたね。ここはもっとも勇名を馳せた誉れ高き連隊ですから。
ゆうじん げんざい しゅくしゃ え りっぱ ちじん ねつれつ かんげい き
友人のディニーから、現在の宿舎のことや、メリトンで得た立派な知人たちやその熱烈な歓迎ぶりなど聞いていたの
はや
きもち いっ しゃこう かい ひつよう しつい
で、いよいよ気持が 逸 りましてね。社交界は、ぼくにとってぜひとも必要なものなんですよ。なにしろぼくは失意の
にんげん こどく た しょく しゃこう かい ぐんたい せいかつ のぞ
人間ですから、孤独には耐えられない。ぼくにとって職と社交界はなくてはならぬものです。軍隊生活は望むところ
げんざい じょうきょう おも てきとう せんたく せいしょく てん
ではありませんが、現在の情況を思えば、それが適当な選択だろうということになったんです。聖職こそがぼくの天
ぎょ い
しょく そだ わだい しんし ご い
職のはずでした──そうなるべく育てられましたからね、もしいま話題にしていた紳士の 御 意にかないさえすれば、
りっぱ せいしょく ろく
いまごろは、立派な聖職禄をいただいていたはずなんですよ」
「ほんとうに!」
せんだい し さいこう せいしょく ろく じゅよ けん も じき せいしょく ろく いぞう
「そうなんです──先代のダーシー氏は、最高の聖職禄授与権を持っておられて、次期の聖職禄をぼくに遺贈してくだ
な おや かわい しんせつ かんしゃ
さったのですよ。ぼくの名づけ親でして、ぼくをたいそう可愛がってくださいました。そのご親切には感謝しきれま
のこ じじつ おも せいしょく ろく そら
せん。ぼくにじゅうぶんなものを遺してくださるおつもりで、事実そうしたと思っておられたのに、いざ聖職禄が空
い にんげん
位になると、それはよその人間にあたえられてしまったんですよ」
おおごえ あ せんだい のこ
「なんてこと!」とエリザベスは大声を上げた。「どうしてそんなことになったんですの? なんでまた先代のご遺
げん むし ほう うった きゅうさい もと
言が無視されたのですか? なぜ法に訴えて救済をお求めにならなかったのですか?」
もんごん
ゆいごん しょ ぶん げん あいまい ひょうげん ほう うった か みこ しんぎ おも にんげん
「遺言書の 文 言 に曖昧な表現がありましてね、法に訴えてもとうてい勝つ見込みがなかった。信義を重んじる人間な
ゆいごん しんい うたが し うたが たん じょうけん すいきょ
ら、遺言の真意を疑うことはできなかったでしょうが、ダーシー氏は疑ったんです──つまり単に条件つきの推挙とし
あつか ろうひ か むふんべつ にんげん い せいしょく ろく ようきゅう
て扱うこととして、ぼくが、浪費家で無分別な人間だからと、まあ、なんとでも言えますがね、聖職禄を要求するす
けんり うしな しゅちょう せいしょく ろく に ねん まえ くうい じゅにん ねんれい
べての権利を失ったと主張したんです。じっさい聖職禄は二年前に空位になって、ぼくもそれを受任できる年齢に
にんげん けんり うしな しかた
なっていたんですが、けっきょくほかの人間にあたえられてしまいました。権利を失っても仕方がないようなことを
た ち
おぼ ぜんご みさかい せいしつ かれ
しでかした覚えはありません。ぼくは、かっとなりやすく、前後の見境がなくなる性質なので、おそらく彼のことを
い ほんにん めん む えんりょ い
とやかく言ったかもしれない、本人に面と向かって遠慮なくものを言ったかもしれない。でもそれよりひどいことを
おぼ
にく
した覚えはまったくないんですよ。要するに、ぼくらはまったく違う種類の人間なんですね。そしてあの男はぼくを
よう ちが しゅるい にんげん おとこ

憎んでいるんです」
おおやけ
おおやけ きゅうだん
「なんてひどい── 公 に糾弾してしかるべきだわ」
き ちちうえ おも で しょう
「まあいつかは、そういうことになるでしょう──しかしぼくのほうからそうする気はありません。父上の思い出が消
かれ こうぜん はんこう しょうたい ばくろ
えないかぎり、彼に公然と反抗して、その正体を暴露することなどできませんよ」
きもち かんぷく い き 凜 み
 エリザベスはそのような気持に感服し、そう言い切ったウイッカムがますます凜々しく見えたのである。

どうき ま い
「でもその動機というのはなんだったのかしら?」としばし間をおいてからエリザベスは言った。「どうしてそんな
ざんこく きもち
残酷なことをする気持になれたんでしょう?」
たい ぞうお たしょう たい しっと ま ちちうえ し
「ぼくに対するあくなき憎悪ですね──まあ多少はぼくに対する嫉妬も混じっていたでしょう。父上のダーシー氏がぼ
かわい むすこ おおめ み ちちうえ なみなみ あいじょう
くをあれほど可愛がらなかったら、息子もぼくを大目に見たかもしれない。ところが父上は並々ならぬ愛情をぼくに
さわ
そそ おさな かれ き さわ おも は あ 耐
注いでくださったので、それが幼いころから彼の気に 障 っていたのだと思いますよ。ああいう張り合いにはとても耐
ひい き
む ちちうえ 贔 屓 た
えられなかった──つまりぼくにしばしば向けられる父上のご 贔 屓といいますかね、そういうものに耐えられなかっ
たんですね」
かれ おも す あく
「彼がそれほどひどいひとだとは思いもよらなかったわ──どうしても好きになれませんでしたけど、そこまで悪いひ
さげす
おも おも ふく
ととは思いませんでした──ふだんからまわりのひとたちを 蔑 んでいるとは思っていましたけど、そんなあくどい復
讐 ふとう しう はくじょう おも
讐、そんな不当な仕打ちをするひとだなんて、それほど薄情なひとだなんて思いもよらなかったわ!」
かんが ことば い
 とはいうものの、しばし考えこんでから、エリザベスはこう言葉をついだ。「そう言えば、いつかネザーフィール
ほう とくとく い おも だ にく にく とお しゅうねんぶか きしょう
ドで、あの方が得々と言ってらしたのを思い出すわ。いったん憎んだら憎み通す、とても執念深い気性だとか。さぞ
おそ せいかく
や恐ろしい性格なんでしょうね」
くち い こた こうへい め み
「それは、ぼくの口からは言えませんね」とウイッカムは答えた。「とても公平な目で見ることはできませんから」
ものおも しず おおごえ い な こ みうち どうぜん ちちおや
 エリザベスはふたたび物思いに沈み、しばらくしてから大声で言った。「名づけ子を、身内同然のひとを、父親の
き い め あ わか ほう
お気に入りをそんなひどい目に遭わせるなんて!」──できるならこうつけくわえたかった。「あなたのような若い方
かお み きだ いちもく ほう い おさな
を、そのお顔つきを見れば気立てのよさは一目でわかるような方を」──だがこう言うだけにとどめた──「幼いころ
とも ほう みぢか ほう
からお友だちだった方を、そしてあなたのおっしゃるように、いちばん身近だった方を!」
おな きょうく おな やしき う おさな す
「ぼくたちは同じ教区の同じ屋敷うちで生まれたんですよ、幼いころからほとんどいつもいっしょに過ごしました。
いつく
おな やしき す あそ おな おや 慈 う ちち おじ じょう
同じ屋敷に住み、いっしょに遊び、同じように親の 慈 しみを受けました。ぼくの父もはじめは、あなたの叔父上の
りっぱ せいこう しょくぎょう せんだい し やく りつ
ミスタ・フィリップスが立派に成功をおさめておられるような職業についたんですが、先代のダーシー氏のお役に立
なげう
擲 ざいさん かんり しょうがい ささ みぢか しんらい
ちたいとすべてを 擲 ってペンバリーの財産管理に生涯を捧げたんですよ。そしてもっとも身近な、もっとも信頼の
とも せんだい きわ たか ひょうか せんだい ちち いよく てき ざいさん かんり
おける友として先代から極めて高い評価をいただいておりました。先代は、ぼくの父の意欲的な財産管理にはたいそ
かんしゃ ちち し ちょくぜん ぼくし すいせん やくそく かわい
う感謝されて、父が死ぬ直前に、ぼくを牧師に推薦すると約束なさったんです。ぼくが可愛かったからでしょうが、
ちち たい かんしゃ きもち
父に対する感謝の気持もあったんでしょうね」
へん はなし さけ ごんごどうだん じそんしん
「変な話だわ!」とエリザベスは叫んだ。「ほんとうに言語道断よ──ダーシーさまにはあれほどの自尊心がおありな
りふじん しう ふしぎ りゆう
のに、あなたにそんな理不尽な仕打ちをなさったなんて不思議だわ! たとえもっともな理由があったとしても、そ
ひれつ まね じそんしん つよ ひれつ こうい い
んな卑劣な真似をするほど自尊心が強すぎなければよかったんですね。まったく卑劣な行為としか言えませんもの
ね」
あき こた おとこ こうどう じそんしん い
「まったく呆れかえるばかりです」とウイッカムは答えた。「なにしろあの男の行動はすべて自尊心に行きつきます
おとこ じそんしん さいりょう とも じそんしん かんじょう おとこ ぜんこう
からね。あの男にとって自尊心はほとんど最良の友なんですよ。自尊心がほかのどんな感情よりも、あの男を善行に
ちか げんこう しゅび いっかん にんげん たい ふ ま じそん
近づけるわけですよ。だけど言行が首尾一貫している人間なんていませんよ。それにぼくに対する振る舞いは、自尊
しん つよ しょうどう はっ
心をしのぐ強い衝動から発していましたからね」
い じそんしん じぶん やく た
「そんな忌まわしい自尊心が、ご自分の役に立ったことがあるのかしら?」
かんだい ふと ぱら きん お かんたい こさく じん
「ええ。そのおかげで、しばしば寛大になり、太っ腹になり、金を惜しげもなくあたえ、ひとびとを歓待し、小作人
えんじょ ひんみん きゅうさい いちもん ほこ こ ほこ
たちに援助をし、貧民を救済することもあるわけですよ。一門の誇り、子としての誇りがそれをさせてきた、なにし
ちちうえ ほこ かめい よご せけん しんぼう そむ かん けんせい うしな
ろ父上を誇りとしていますからね。家名を汚さぬこと、世間の信望に背かぬこと、ペンバリー館の権勢を失わぬこ
いち ず
かれ いち と もくひょう あに じふ あに あいじょう いもうと しん
と、それが彼の 一 途な目標なんですね。それにまた兄としての自負もありましてね、兄らしい愛情をもって、妹の親
み こうけんにん つと いもうとおも あに せけん ほ みみ はい
身な後見人を務めています。たいそう妹思いの兄だと世間から褒めそやされているのが、そのうちにお耳に入るで
しょう」
いもうと じょう
「妹さんのミス・ダーシーは、どんなお嬢さまですか?」
ふ きだ じょう い か もの わる
 ウイッカムはかぶりを振った。「そう、気立てのよいお嬢さんだと言いたいのですがねえ。ダーシー家の者を悪く
い こころぐる あに に じょう きぐらい たか こ
言うのはどうも心苦しい。ですが、兄にたいそうよく似たお嬢さんで、それはそれは気位が高くていらっしゃる。子
きょう じぶん きだ こ あそ あいて
供の時分は気立てのよいやさしい子で、ぼくにもそりゃなついてくれまして、しじゅう遊び相手になったものです
じゅう ご じゅう ろく うつく れいじょう ゆた きょうよう
よ。しかしいまじゃ、どうということもありません。たしか十五か十六か、美しいご令嬢ですよ、それに豊かな教養
み ちちうえ な す ふじん つ そ きょういく
も身についているし、お父上が亡くなられてからはずっとロンドン住まいです。さるご婦人が付き添って教育にあ
たっておられますよ」
なん ど だま わだい も だ わだい もど
 何度も黙りこんだり、ほかの話題を持ち出したりしてみたものの、けっきょくエリザベスははじめの話題に戻らず
にはいられなかった。
ほう した ひとがら
「あの方が、ビングリーさまと親しくしていらっしゃるなんてびっくりですわね! お人柄のよさそうなビングリー
ほう
さまが、そしてほんとうにおやさしいビングリーさまが、そんな方とよくおつきあいになっていらっしゃるわ。いっ
き あ ぞん
たいどこが気が合うのかしら? ビングリーさまをご存じでしょう?」
「いっこうに」
かん すてき ほう じんぶつ ぞん
「それはおやさしくて感じのよい素敵な方ですわ。ダーシーさまがどんな人物かご存じないはずはないでしょうに」
し し かお み あいて かお み あたま わる
「おそらく知らないんでしょう。ダーシー氏は、いい顔を見せたい相手には、いい顔を見せる。頭は悪くありません
かち あいて おも き はな あいて しゃかい てき ちい どうとう れん
からね。そうする価値のある相手だと思えば、気さくな話し相手にもなれる。社会的な地位がまったく同等である連
ちゅう はい ちい おと れんちゅう せっ にんげん じそんしん
中のなかに入れば、地位の劣った連中に接するときとはうってかわった人間になるんですよ。自尊心はどこまでもつ
かねもち れんちゅう あいて かんよう こうせい せいじつ どうり しそう ただ
いてまわりますがね。だが金持連中を相手にするときは、寛容で、公正で、誠実で、道理をわきまえ、志操正しく、
あいそ にんげん ざいさん しゃかい てき ちい たしょう しんしゃく
おそらく愛想もいい人間になるんです、財産や社会的地位を多少斟酌するというわけですよ」
ご ひら あつ
 その後まもなくホイストのゲームもお開きとなり、みながこちらのテーブルのまわりに集まってきた。ミスタ・コ
じゅうまい わ しゅび
リンズは、従妹のエリザベスとミセス・フィリップスのあいだに割りこんだ。ゲームの首尾についてミセス・フィ
しつもん しょうぶ だい ま こた
リップスからコリンズに質問があった。勝負はおもわしくなく、大負けでしたとコリンズは答えた。ミセス・フィ
き どく きづか しめ きん
リップスがそれはお気の毒にと気遣いを示すと、コリンズは、いやいや、たいしたことではありませんよ、金などく
き づか むよう こた
だらぬものですから、お気遣いはご無用でございますよ、といかにもしかつめらしく答えた。
こころえ おく い うん
「よく心得ておりますですよ、奥さま」とコリンズは言った。「カード・テーブルにつきますときは、だれしも運に
か き うしな ご き も
まかせて勝ってやろうという気になるものでございますよ。さいわいわたくしめは、失った五シリングに気を揉むよ
きょうぐう さる もの おお おも
うな境遇にはございません。このようなことを申せる者はそう多くはあるまいと思いますが、これもひとえにレ
ひつよう
ディ・キャサリン・ド・バーグのおかげでございまして、つまらぬことにくよくよする必要がまったくないのでござ
いますよ」
ことば みみ む かんさつ
 その言葉を耳にしたミスタ・ウイッカムがはっとしたようにそちらを向いた。ミスタ・コリンズをしばし観察した
こごえ しんせき か した き
のち、小声でエリザベスに、あなたのご親戚はド・バーグ家とお親しいのですかと訊いた。
こた さいきん せいしょく ろく
「レディ・キャサリン・ド・バーグは」とエリザベスは答えた。「ごく最近、あのひとに聖職禄をおあたえになった
ほう め し なが
んです。ミスタ・コリンズが、どうやってその方に目をかけられるようになったかは知りませんけど、長いおつきあ
いというわけではないんですよ」
しまい ぞん
「レディ・キャサリン・ド・バーグとレディ・アン・ダーシーがご姉妹だということは、むろんご存じなんでしょう
とうしゅ し おば じょう
ね。したがってレディ・キャサリンは、当主のダーシー氏の叔母上にあたるわけです」
ぞん しんせき し ほう な
「いいえ、まったく存じませんでした。レディ・キャサリンのご親戚のことなんかなにも知りません。その方のお名
まえ おととい き
前も一昨日まで聞いたことがありませんでしたもの」
じょう ばくだい ざいさん そうぞく じょう じゅうけい し
「お嬢さまのミス・ド・バーグは、莫大な財産を相続なさるはずですが、このお嬢さまとその従兄であるダーシー氏
そうほう りょうち ひと うわさ
とは、いずれ双方の領地を一つにするというもっぱらの噂ですよ」
き かお おも き どく あたま う
 これを聞いたエリザベスの顔が思わずほころんだ。お気の毒なミス・ビングリーのことが頭に浮かんだからであ
み ふ ま かずかず むな いもうと 示
る。ミスタ・ダーシーに見せたあのおやさしい振る舞いの数々も空しかったというわけか。妹のミス・ダーシーに示
あいじょう ささ さんじ かれ じょせい あいて き
してみせた愛情や、ミスタ・ダーシーに捧げた賛辞も、彼がすでにほかの女性を相手に決めているのであれば、すべ
むな とろう かえ
ては空しく、徒労に帰したというわけである。
じょう ほ ばなし き
「ミスタ・コリンズは、レディ・キャサリンとお嬢さまをべた褒めでしたのよ。でもあれこれ話を聞いてみると、あ
かんしゃ かんげき ほう おも ちが  だい おんじん
のひと、感謝感激のあまり、どうやらその方を思い違いしているんじゃないかしら。そりゃ大恩人でしょうけど、と
きぐらい たか ごうまん ほう
ても気位の高い傲慢な方ですわよね」
きぐらい たか ごうまん そうとう おも こた なん ねん あ
「たしかに気位の高さも傲慢ぶりも相当なものだと思いますよ」とウイッカムは答えた。「もう何年もお会いしてい
す たいど たかびしゃ ごうまん 思
ませんが、ぜったい好きにはなれなかったなあ、その態度ときたら高飛車で傲慢そのものでしたからね。たいそう思
おもんばか
ふか かしこ せけん ひょうばん おも たか みぶん ざいさん
慮深く賢いひとだという世間の評判ですが。そう思わせるのも、ひとつには高い身分と財産のおかげ、ひとつにはそ
けんぺい わざ
けん え たいど おい こうまん ぎょう かれ じぶん しんるい えんじゃ そろ だい いち きゅう ちのう
の 権 柄 ずくな態度のおかげ、あとは甥の高慢のなせる 業 かな。なにしろ彼は自分の親類縁者は揃って第一級の知能
も ぬし おも にんげん
の持ち主だと思いこんでいる人間ですからね」
やしょく あいて
 エリザベスは、相手がしごくもっともな解釈をしたことを認め、たがいに心ゆくまで話をつづけたが、そのうちに
かいしゃく みと こころ はなし

で ひら かんしん ふじん かた
夜食が出てトランプはお開きとなり、ミスタ・ウイッカムの関心をほかのご婦人方にもおすそわけすることにした。
しょくじ かい そうぞう はなし たいど こうかん
ミセス・フィリップスの食事会の騒々しさのなかでは話もろくにできないが、ウイッカムの態度はだれからも好感を
はなし たく みみ かたむ じょうひん きと あたま
もたれた。話は巧みでだれの耳も傾けさせた。なにをやるにも上品だった。帰途についたエリザベスの頭のなかはウ
いえ かれ はな
イッカムのことでいっぱいだった。家にたどりつくまで、ミスタ・ウイッカムのことや、彼が話してくれたことのほ
かんが みち なまえ も だ きかい
かはなにも考えられなかった。しかし道々ウイッカムの名前を持ち出す機会はまったくなかった。リディアとミス
だま さつ あ じぶん
タ・コリンズがいっときも黙ってはいなかったからである。リディアは、もう札当てゲームのことばかり、自分が
うしな か しゃべ ふさい じつ れいぎ ただ ほう
失ったチップと勝ちとったチップのことを喋りつづけ、ミスタ・コリンズは、フィリップス夫妻は実に礼儀正しい方
の じぶん ま おも う あ やしょく たく なら りょうり かぞ あ
だと述べ、自分はホイストで負けたことなどなんとも思っていないと請け合い、夜食の卓に並んだ料理を数え上げた
じぶん いとこ わ もう わ しゃべ ばしゃ
り、自分が従姉妹たちのあいだに割りこんで申しわけないとくりかえし詫びたりとえんえん喋りつづけたが、馬車が
やしき まえ とま はな
ロングボーン屋敷の前に停まるまでにはとうてい話しきれるものではなかった。

    17

よくじつ か はなし つた おどろ ようす しんぱい


 エリザベスは翌日、ミスタ・ウイッカムと交わした話をジェインに伝えた。ジェインは、驚いた様子で心配そうに
あたい
みみ かたむ いけい あたい じんぶつ しん
耳を傾けていた。ミスタ・ダーシーが、ミスタ・ビングリーの畏敬にまったく 価 しない人物だとはとても信じられ
こう せいねん ことば うたが せいかく
ないし、そうかといってウイッカムのような好青年の言葉を疑うのは、ジェインの性格としてはできなかった。また
むじょう しう う おも きず こころ
ウイッカムがそのような無情な仕打ちをほんとうに受けたと思うと、傷つきやすい心がゆらいだ。それゆえふたりと
かんが こうどう べんご せつめい ぐうぜん ごかい
もいいひとだと考えて、それぞれの行動を弁護するほかはなく、どうしても説明のしようのないことは、偶然か誤解
のせいにした。
い まど けんとう
「おふたりとも」とジェインは言った。「なにかに惑わされておいでなのよ、それがどういうものか、まるで見当も
りがい かんけい ほう じじつ ま つた
つかないけれど。利害関係にあるひとたちが、あの方たちに事実を曲げて伝えているのかもしれないわね。つまり、
ひ とお りゆう じじょう
じっさいはどちらにも非はないのにおたがいを遠ざけることになっているのよ、その理由や事情については、わたし
すいそく
たちには推測のしようがないわ」
もんだい かか りがい かんけい しゃ べんご
「たしかにそうよね。でもね、ジェイン、この問題に関わっているかもしれない利害関係者たちをどう弁護するつも
み けっぱく わるもの
り? まずそのひとたちの身の潔白をはっきりさせないと、だれかを悪者にしなければならないわよ」
わら わら いけん か
「笑いたければいくらでも笑っていいけれど、それでもわたしの意見を変えるわけにはいかないわ。ねえ、リジー
おめい き かんが ちち き
ちゃん、このことがダーシーさまにどんな汚名を着せることになるか、しっかりお考えなさいな。お父さまのお気に
はい ちち せいしょく ろく やくそく しう
入りだったひとに、お父さまが聖職禄をあたえようと約束なさったひとに、そんな仕打ちをするなんて。そんなこと
にんじょう じぶん ひょうばん だいじ ほう
ありえないわ。人情というものがあるひとなら、自分の評判を大事にする方なら、そんなことはできるはずがない
した とも だま
わ。ダーシーさまととても親しいお友だちまでが騙されているというの? ああ! それはないわよ!」
だま しん ばなし
「わたしなら、ビングリーさまが騙されているというほうがずっと信じやすいわ。ミスタ・ウイッカムが、ゆうべ話
じぶん かこ つく ばなし しん なまえ じじつ
してくれたご自分の過去のいきさつが、ぜんぶ作り話だなんて信じられない。ひとの名前も、事実も、みんなすらす
で 噓 はんろん だい いち かお しんけん
らと出てきたわ。これが噓だというなら、ダーシーさまに反論してもらいましょうよ。第一あのお顔は真剣そのもの
だったわ」
むずか やっかい もんだい かんが
「たしかに難しい──厄介な問題ね。どう考えればいいのかしら?」
ことば かんが
「お言葉ですが──どう考えるべきかははっきりわかっていましてよ」
いち てん かくしん かんが だま
 だがジェインはただ一点については確信をもって考えることができた──それは、ミスタ・ビングリーが、もし騙さ
もんだい あき くる
れているのだとすると、この問題が明らかになったあかつきにいちばん苦しむのはミスタ・ビングリーだということ
だった。
う こ かげ はなし わだい み いえ はい
 こうして植え込みの陰で話をしていたふたりは、たったいま話題にしていたひとたちが見えたので家に入るように
よ いもうと なが ま ぶとう かい つぎ かようび やしき
と呼ばれた。ミスタ・ビングリーとその妹たちが、長らく待たれていた舞踏会を次の火曜日ネザーフィールド屋敷で
ひら こ つた ふじん した とも あ
開くのでぜひお越しをとわざわざ伝えにきたのである。ご婦人ふたりは親しい友にふたたび会えてとてもうれしい、
わか
たず
あのときお別れしてから一年も経ったような気がする、あれからいったいどうしていらっしゃったのなどとしきりに
いち ねん た き

かぞく みむ さ
尋ねた。だがほかの家族にはほとんど見向きもせず、ミセス・ベネットはできるかぎり避けるようにして、エリザベ
はな もの こえ さん にん た さ ふじん あに くん おどろ
スにもあまり話しかけず、ほかの者には声もかけなかった。三人はすぐに立ち去った。ご婦人ふたりは兄君を驚かす
いきお た あ ていねい あいさつ い かえ
ほどの勢いで立ち上がり、ミセス・ベネットのご丁寧なご挨拶などまっぴらだと言わんばかりのあわただしさで帰っ
ていった。
やしき ぶとう かい ひら か じょせい だい
 ネザーフィールド屋敷でいよいよ舞踏会が開かれるとあって、ベネット家の女性たちは大はりきりである。ミセ
ひょう
ぶとう かい ちょうじょ けいい ひょう ひら う と けいしき てき しょうたい じょう とどけ
ス・ベネットは、この舞踏会は長女ジェインに敬意を 表 して開かれるものと受け取り、それも形式的な招待状が届
こ しょうたい まんえつ
けられたのではなく、ミスタ・ビングリーがじきじきお越しになってのご招待であったから、たいそうご満悦だっ
とも す よる あに くん こころづか う しあわ いちや こころ えが
た。ジェインは、ふたりの友といっしょに過ごせる夜を、その兄君のやさしい心遣いを受ける幸せな一夜を心に描い
こころ おど ひょうじょう ふ ま かんさつ うら
た。エリザベスはミスタ・ウイッカムと心ゆくまで踊り、ミスタ・ダーシーの表情や振る舞いをとっくり観察して裏
え たの きたい たの できごと かぎ とくてい
づけを得ようと楽しみにしていた。キティとリディアが期待する楽しみは、ひとつの出来事に限らず、また特定のひ
かぎ いちや はんぶん おど
ととも限らなかった。というのも、ふたりともエリザベスのように、一夜の半分はミスタ・ウイッカムと踊るつもり
まんぞく あいて かぎ ぶとう かい ぶとう かい
でいるが、ふたりを満足させてくれる相手はなにもミスタ・ウイッカムに限らない。舞踏会はとにもかくにも舞踏会
ぶとう かい いや かぞく い しまつ
なのだ。そしてメアリまでが、舞踏会は嫌ではない、などと家族にきっぱり言う始末だった。
にち ちゅう じかん じゆう い ゆう あつ
「わたし、日中の時間が自由になれば」とメアリは言った。「それでじゅうぶん。夕べのお集まりにときどきくわわ
ぎせい てき こうい おも しゃこう ぎむ あ
るのが、犠牲的な行為だとは思わないわ。ご社交は、わたしたちみんなの義務ですもの。わたしだって、空いている
じかん きば あそ のぞ おも
時間は、だれしも気晴らしをしたり遊んだりするのが望ましいと思っているわ」
たかぶ
きもち のぼる むだぐち
 このときエリザベスの気持はたいそう 昂 っていたから、ミスタ・コリンズにはなるべく無駄口はきくまいとして
しょうたい う う よる ぶとう
いたのに、ついつい、ミスタ・ビングリーの招待をお受けするおつもりですかとか、もしお受けするなら、夜の舞踏
かんが き あいて おんな
にくわわってもよいとお考えですかなどと訊いてしまったのである。ところが、相手はまったくためらいもせず、女
せい あいて おど だいしきょう ふきょう か けねん い
性を相手に踊っても、大司教やレディ・キャサリン・ド・バーグのご不興を買う懸念はまったくないと言ったので、
おどろ
エリザベスはいささか驚いた。
ことわ い しんぼう あつ せいねん みぶん たか かたがた まね もよお
「お断りしておきますが」とミスタ・コリンズは言った。「信望厚い青年が身分の高い方々をお招きして催すこのよ
ぶとう かい がい おも みずか おど いぞん
うな舞踏会が害あるものだとは、わたくしは思っておりません。さらにわたくし自ら踊ることにはまったく異存はあ
い と こ
ふし うるわ いとこ て えいよ
りませんので、その節はわが麗しの従姉妹たちの手をとる栄誉にあずからせていただきましょう。そして、ミス・エ
きかい もう さいしょ に きょく あいて もう
リザベス、この機会に申しますが、最初の二曲はぜひともあなたのお相手をさせていただきますよ。こう申したから
いとこ
じゅうまい なっとく おも けっ れい か
といって、わが従妹ジェインはじゅうぶん納得されると思いますので、決して礼を欠くことにはならぬでしょう」
き き さいしょ に きょく あいて
 エリザベスはこれを聞いてまんまとしてやられたような気がした。最初の二曲は、ウイッカムにお相手をしてもら
じぶん はんぶん しつもん うらめ で
うつもりだったのだ。それがこともあろうにミスタ・コリンズとは! 自分のからかい半分の質問がとんだ裏目に出
たの じぶん たの しょうしょう さき の
てしまった。だがもういたしかたなしである。ミスタ・ウイッカムの楽しみと自分の楽しみが、少々先に延びるのは
いんぎん
しかた もう で こころよ しょうち 慇 懃 もう で うら
仕方ないとして、エリザベスはミスタ・コリンズの申し出をなんとか快く承知した。だがこうした 慇 懃 な申し出の裏
き きぶん あたま う きぐ
にはなにかありそうな気がして、とてもよろこぶ気分にはなれなかった。まず頭に浮かんだのはこんな危惧である。
ぼくし かん じょ しゅじん じょせい きゃくじん かん
ハンスフォードの牧師館の女主人にふさわしい女性として、そしてしかるべき客人がいないときの、ロージングズ館
かこ あいて じょせい じぶん しまい えら だ
のカドリールのテーブルを囲むお相手にふさわしい女性として、この自分が姉妹のなかから選び出されたのではなか
きぐ じぶん たい いんぎん ふ ま み およ じょうだん
ろうかという危惧である。ミスタ・コリンズが自分に対してますます慇懃に振る舞うさまを見るに及び、そして冗談
じょうず ようき せじ き およ きぐ かくしん か
がお上手だとか陽気だとかしきりにお世辞をふりまくのを聞くに及んで、この危惧はたちまち確信に変わった。そし
じぶん みりょく けっか う まんぞく おどろ あき ははおや
て自分の魅力がこのような結果を生んだことに、満足するどころか驚き呆れているところに、やがて母親から、ふた
ほの
けっこん 仄
りの結婚ということにでもなれば、これほどめでたいことはないというようなことを 仄 めかされた。だがエリザベス
はげ
い れつ こうろん しょうち ほの そし
は、ここでなにか言えば、 烈 しい口論がはじまることはじゅうぶん承知していたので、そんな仄めかしには素知らぬ
かお もう こ かぎ もう こ
顔をすることにした。ミスタ・コリンズがそんな申し込みをするとは限らないのだし、まあそんな申し込みがじっさ
おや あらそ せん
いにあるまでは、いたずらに親と争っても詮ないことである。
やしき ひら ぶとう かい はなし したく か した むすめ
 ネザーフィールド屋敷で開かれる舞踏会の話だの、そのための支度だのがなかったら、ベネット家の下の娘たち
みじ まいにち す ちが しょうたい ひ ぶとう かい とうじつ あめ お
は、きっと惨めな毎日を過ごしたに違いない。ご招待のあった日から舞踏会当日まで雨が降りつづき、メリトンまで
いち ど さんぽ で おば しかん あ うわさばなし き ぶとう かい は くつ
一度も散歩に出かけられなかった。叔母にも士官たちにも会えず、噂話も聞けなかった。舞踏会に履く靴のリボンを
か ひとで しまつ てんこう にんたい りょく ため き
買うのも人手をわずらわせる始末だった。エリザベスでさえこの天候には忍耐力を試されているような気がしていた
ちが ふか きかい あづ かようび ひらく
に違いない。なにしろミスタ・ウイッカムとおつきあいを深める機会がお預けになっていたからである。火曜日に開
ぶとう かい きんようび どようび にちようび げつようび た
かれる舞踏会がなければ、キティやリディアはこんな金曜日、土曜日、日曜日、月曜日を耐えられなかったであろ
う。

    18

やしき きゃくま はい い あか ぐんぷく すがた む めざ すがた


 エリザベスは、ネザーフィールド屋敷の客間に入って行き、赤い軍服姿の群れのなかに目指すひとの姿がないこと
き こ けねん つゆ う
にいちはやく気づいたが、ミスタ・ウイッカムがもしや来ないのではないかという懸念は、それまでは露ほども浮か
あ おも ほんらい き き みじま
ばなかった。かならず会えると思っていたので、本来気づくはずのことも気づかなかったのである。身仕舞いにはふ
ねん い と こころ こよい か
だんより念を入れ、まだしっかりとは捕らえていないウイッカムの心も、今宵のうちにはかならず勝ちとれるものと
しん は き おそ ぎねん わ か とうしゅ まい
信じ、張り切っていた。だがたちまち恐ろしい疑念が湧いてきた。ビングリー家のご当主は、ミスタ・ダーシーに舞
踏会 たの しょうたい しかん じょがい じじつ
踏会を楽しんでもらおうと、招待する士官のなかからウイッカムをわざわざ除外したのではあるまいか。しかし事実
ゆうじん と こた けっせき つ
はそうではなかった。友人のミスタ・ディニーが、リディアのしつこい問いに答えて、ウイッカムの欠席を告げたの
はなし しょよう ぜんじつ い もど
である。その話によれば、ウイッカムは所用のため前日にロンドンに行かねばならず、まだ戻ってきていないとい
いみ びしょう う
う。意味ありげな微笑を浮かべたミスタ・ディニーはこうつけくわえた。
しょよう おも しんし かお あ
「所用のためここをはなれたとは思えないな、ほんとうはここにおられるさる紳士と顔を合わせたくなかったのでは
ありませんかね」
はなし ぶぶん き き じぶん さいしょ 推
 ミスタ・ディニーの話のこの部分は、リディアには聞こえなかったが、エリザベスには聞こえた。自分の最初の推
はか ただ けっせき せきにん かくしん たい ふかい かん め
測が正しく、やはりダーシーは、ウイッカムの欠席に責任があるのだと確信すると、ダーシーに対する不快感は、目
つの いんぎん
まえ しつぼう つの ちか 慇 懃 あいさつ れいぎ ただ こた
前の失望によってますます 募 り、このあとすぐに近づいてきたダーシーの 慇 懃 なご挨拶に礼儀正しく答えることす
め む かんよう ふ ま た たい ぶじょく
らできなかった。ダーシーに目を向け、寛容に振る舞い、耐えしのぶことは、ウイッカムに対する侮辱だった。ダー
くち こころ き ふきげん かお ば
シーとはぜったい口をきくまいと心に決め、かなり不機嫌な顔のままその場をはなれた。それからミスタ・ビング
ひい き
はな きもち 贔 屓 はら た
リーと話すあいだも、気持はおさまらなかった。やみくもにダーシーを 贔 屓するビングリーに腹が立ってしかたがな
かった。
た ち
ふきげん せいしつ こよい きたい う くだ
 だがエリザベスは、いつまでも不機嫌でいられる性質ではない。今宵の期待はことごとく打ち砕かれてしまった
いち しゅうかん あ しんゆう じぶん なげ
が、いつまでもくよくよしてはいなかった。一週間も会っていなかった親友のシャーロット・ルーカスに自分の嘆き
いとこ
う あ わだい じゅうけい ふうが げんどう てん じゅうけい ゆび
をすっかり打ち明けてしまうと、すぐに話題を従兄の風変わりな言動に転じ、あのひとがそうよと従兄を指さして
め む さいしょ に きょく おど くつう よみがえ くぎょう
シャーロットの目を向けさせた。しかし最初の二曲をコリンズと踊るとまたもや苦痛が甦った。それはまさに苦行
へた きくば い まちが
だった。ミスタ・コリンズは下手なくせにもったいぶっていて、気配りをするどころか言いわけばかり、よく間違え
まちが き きら あいて くつじょく みじ あじ に
るくせに間違いに気づかず、エリザベスは嫌いな相手からこうむる屈辱と惨めさをたっぷり味わわせてもらった。二
きょく おど かれ かいほう しゅんかん
曲を踊って彼から解放された瞬間のうれしさはたとえようもなかった。
つぎ しかん おど わだい す き き
 次はある士官と踊ったが、ウイッカムのことを話題にし、だれにも好かれているらしいことを聞くと、とたんに気
ぶん そうかい おど お もど はな
分が爽快になった。踊りが終わると、またシャーロット・ルーカスのところに戻って話しこんでいた。するとふいに
ちか つぎ おど あいて て かる くち
ミスタ・ダーシーが近づいてきて、次の踊りのお相手をと、エリザベスの手をとり軽く口づけをしたので、エリザベ
ぎょうてん おも しょうち ば のこ
スはびっくり仰天し、思わず承知してしまった。ミスタ・ダーシーはその場をさっさとはなれていき、ひとり残され
じぶん はらだ なぐさ
たエリザベスは、うろたえた自分が腹立たしくてならなかった。シャーロットが慰めてくれた。
あいて かた
「お相手してみれば、とてもいい方だってわかるんじゃないかしら」
さいなん にく き にんげん
「まさか! そんなことになったら、とんでもない災難だわ。憎んでやると決めた人間が、いいひとだなんて! そ
ふきつ い
んな不吉なこと言わないでよ」
おど さいかい ちか て もと いそ みみ
 だが踊りが再開し、近づいてきたダーシーがエリザベスの手を求めたとき、シャーロットは急いでエリザベスの耳
ちゅうこく ばか まね
もとで忠告せずにはいられなかった。くれぐれも馬鹿な真似はしないようにね、ウイッカムにのぼせているからと
じゅう ばい みぶん たか とのがた きげん そこ こた おど れつ なら
いって、十倍も身分の高い殿方のご機嫌を損ねないようにねと。エリザベスは答えず、踊りの列に並んだが、ミス
む あ じぶん いち おも おどろ み しゅうい ひょうじょう どう
タ・ダーシーと向かい合っている自分の位置の重みにあらためて驚き、これを見ている周囲のひとびとの表情にも同
おどろ よ ひとこと くち ちんもく に きょく おど
じような驚きを読みとった。しばらくはおたがいに一言も口をきかなかった。この沈黙が二曲の踊りのあいだずっと
つづ き じぶん ちんもく やぶ こころ き かれ し くち ひら
続くような気がしたが、はじめのうちは自分から沈黙は破るまいと心に決めていた。だが、彼に強いて口を開かせる
おお くつう おも おど いけん じゅつ
のは、さらに大きな苦痛をあたえることになるのではないかとふと思いついたので、踊りについてさもない意見を述
かれ こた だま すう ふん はな
べてみた。彼はそれに答え、また黙りこんだ。数分してふたたびエリザベスのほうから話しかけた。
はな ばん おど はなし
「こんどは、あなたがなにかお話しになる番ですわ、ダーシーさま。わたくしは、踊りの話をしましたから、こんど
へや ひろ おど にんずう
はあなたが、このお部屋の広さとか、踊るひとたちの人数とか、なにかおっしゃらなくちゃいけませんわ」
びしょう のぞ はな い
 ダーシーは微笑し、あなたがお望みならなんでもお話ししましょうと言った。
こた うちわ ぶとう かい
「うれしいこと。さしあたり、そのお答えでよしとしておきましょう。たぶんそのうちに、内輪の舞踏会のほうが、
こうかい ぶとう かい たの もう あ だま
公開の舞踏会よりずっと楽しいと申し上げるかもしれませんけど、いまは黙っていましょう」
おど さほう はなし
「するとあなたは踊るときの作法だから話をされるのですね?」
すこ はなし はん じかん ひとこと くち へん
「ときには。少しはお話もしませんとね。半時間もごいっしょしていて一言も口をきかないなんて変でしょう。でも
ぐち
ひとによっては、あまり口をきかずにすむようにしてさしあげませんとね」
じぶん きもち かんが きもち く
「それは、ご自分のお気持を考えてのことですか、それともぼくの気持を汲んでのことなんでしょうか?」
りょうほう こた せいかく に き
「両方よ」とエリザベスはいたずらっぽく答えた。「だって、わたくしたち、性格がとても似ているような気がする
た ち
にがて かもく せいしつ はな へや
んですもの。どちらもおつきあいが苦手だし、寡黙な性質だし、もし話すとしたら、このお部屋にいるひとたちを
おどろ ししそんそん かた はなばな はな
あっと驚かせるような、子々孫々まで語りつがれるような華々しいことでなければ話したくありませんものね」
せいかく   あらわ おも い い
「それはあなたの性格をぴったり言い表しているとは思えませんね」とダーシーは言った。「そうかと言ってぼくの
せいかく   あらわ くち い せいかく じんぶつ びょうしゃ
性格をどれほど言い表しているかは、ぼくの口からは言えません。あなたは、正確な人物描写をしたおつもりでしょ
うが」
じんぶつ びょうしゃ でき じぶん もう
「人物描写の出来ばえを自分からとやかくは申せませんわ」
かれ こた おど れつ はじ だま
 彼は答えなかった。そして踊りながら列の端にたどりつくまで、ふたりはまた黙りこんでいたが、ダーシーはそこ
いもうと かた い たず こた ゆうわく
で、あなたや妹さん方は、メリトンにはよく行かれるのですかと尋ねた。エリザベスはそうですと答えたが、誘惑に
さか おも き あ ほう ちか
逆らえず思わず訊いてしまった。「せんだってあちらでお会いしたときは、ちょうどある方とお近づきになったとこ
ろでしたのよ」
てきめん おもて
こうか てきめん めん ごうがん ひょうじょう かれ い おのれ
 効果は 覿 面 だった。その 面 に傲岸な表情がくろぐろとひろがったが、彼はなにも言わなかった。エリザベスは己
き よわ まじな いじょう と つ くち ひら
の気の弱さを呪いながらも、それ以上問い詰めることはできなかった。とうとうダーシーのほうが口を開き、ぎごち
くちょう い
ない口調でこう言った。
くん ひとあ おとこ ゆうじん ゆうじょう ながつづ
「ウイッカム君は、たいそう人当たりのいい男だから友人もすぐにできます──ただし友情が長続きするかというと、
こころ
それは心もとないですね」
うと
ほう き どく うと ごき つよ いち
「あの方は、お気の毒なことにあなたから 疎 んじられているそうですね」とエリザベスは語気を強めた。「それで一
せい くる
生苦しまれることになったとか」
こた わだい か ようす
 ダーシーはなにも答えず、話題を変えたいような様子だった。まさにそのとき、サー・ウィリアム・ルーカスがふ
ちか おど れつ よこぎ へや む がわ い
たりの近くにやってきた。踊りの列を横切って部屋の向こう側に行こうとしていたのである。だがミスタ・ダーシー
き た ど ふかぶか いちれい おど あいて ほ
に気づくと、立ち止まって深々と一礼し、その踊りぶりとその相手を褒めそやした。
たの ぶとう はいけん
「たいそう楽しませていただいておりますよ、あなた。このようなすばらしい舞踏はめったに拝見できませんから
じょうりゅう しゃかい かた いちもくりょうぜん もう あいて
ね。上流社会のお方だということは一目瞭然ですな。こう申してはなんですが、お相手もあなたにひけはとりませ
たの なん ど
ん。このような楽しみは何度でもくりかえしていただきたいものです、ことにどうやらめでたいことがね、イライザ
きみ
君(とジェインとビングリーのほうにちらりと目をやり)、実現しそうですからな。そうなれば、さぞやおめでたつ
づきということになるでしょうな! ここはダーシー君にもぜひお願いしておきましょう。だがこれ以上お邪魔はい
わか ふじん
たしますまい。若いご婦人とのうっとりするような会話を妨げては申しわけありませんからな。あの輝く目がわたし
とが
とが
めを 咎 めておりますぞ」
あいさつ さいご
 この挨拶の最後のほうを、ダーシーはほとんど聞いていなかった。ただ自分の友ビングリーに関するサー・ウィリ
げんきゅう つよ
アム・ルーカスの言及に強い衝撃を受けた様子で、その目は真剣な表情を浮かべ、いっしょに踊っているビングリー
とジェインのほうにひたと向けられていた。だがすぐに気を取り直すと、エリザベスのほうに向き直ってこう言っ
た。
「サー・ウィリアムに邪魔をされて、なにを話していたか忘れてしまいました」
はな
じゃま

「なにかお話ししていたわけではありませんわ。サー・ウィリアムだって、別に話すこともないふたりの邪魔はでき
ませんものね。おたがいに、話題を二、三、持ち出してみましたけれど、長続きしませんでしたし、これからなにを
はな
お話しすればよいか見当もつきません」
しょもつ はなし
けんとう

しょうげき

わだい

に さん
ようす

びしょう
はな

も だ

くん

かいわ


さまた

わす
じつげん

しんけん

と なお
ねが

もう

ひょうじょう
じぶん

ながつづ
べつ
とも

はな
おど
かん

む なお
いじょう

かがや め

じゃま
じゃま

「書物の話はいかがです?」とダーシーは微笑しながら言った。
しょもつ おな ほん よ おも かんそう ちが おも
「書物──ああ! だめだめ。わたくしたち、同じ本はぜったい読んでいないと思うし、感想だって違うと思うわ」
ざんねん すく わだい こと いけん だ
「それは残念ですね。しかしかりにそうだとしても、少なくとも話題はあるじゃありませんか。異なる意見を出しあ
えばいい」
ぶとう かい ほん はなし あたま
「いいえ──舞踏会でご本の話なんてできません。いつも頭のなかはほかのことでいっぱいですもの」
ば め まえ かんが うたが い
「こういう場では、いつも目の前のことしか考えられない──というわけですか?」とダーシーは、疑わしそうに言っ
た。
じぶん い こた おも わだい とお
「ええ、いつも」エリザベスは自分がなにを言っているかわからずにそう答えた。思いはこの話題から遠くはなれた
おも ひょう さけ
ところにさまよいだしていたのである。だがほどなくその思いが表におどりだし、エリザベスはいきなり叫んだ。
おぼ じぶん けっ ゆる いちど しょう
「あなたがいつかこうおっしゃったのを覚えていますわ、ダーシーさま、自分は決してひとを許さない、一度生じた
てきい け てきい しょう ようじん
敵意は、どうしても消すことができないと。ですからあなたは、敵意が生じないようとても用心していらっしゃるん
ですわね」

「そうです」とダーシーはきっぱりと言った。
へんけん め くも けっ
「そして偏見で目を曇らせるようなことは決してなさいませんわね」
「そうありたいものです」
じぶん いけん ま ほう てきせつ はんだん くだ ひつよう ふかけつ
「ご自分の意見をぜったい曲げようとしない方は、まずはじめに適切な判断を下すことが必要不可欠ですわ」
たず しつもん
「お尋ねしますが、どういうおつもりでこんな質問をなさるのですか?」
せいかく せつめい い せつめい
「ただあなたのご性格を説明するためですわ」とエリザベスは、ことさらさりげなく言った。「なんとか説明しよう
としていますの」
「それでうまくいきましたか?」
ふ すこ ちが はなし き
 エリザベスはかぶりを振った。「それが少しもうまくいきません。あなたについて、いろいろと違う話を聞かされ
まよ
るので、ますます迷ってしまいます」
おもおも い かん ふうひょう
「そうでしょうとも」とダーシーは重々しく言った。「ぼくに関する風評はほんとうにさまざまでしょうから。でき
せいかく せつめい と
ればですね、ミス・ベネット、いまぼくの性格を説明なさるのは止めていただきたいですね。どちらにとっても、
めいよ
きっと名誉なことにはなりませんから」
せいかく み にど きかい
「でもいまここであなたの性格をはっきり見きわめないと、二度とそんな機会はないかもしれませんもの」
たの さまた ひや こた いじょう
「ぼくはあなたの楽しみを妨げるつもりはありません」とダーシーは冷やかに答えた。エリザベスはそれ以上なにも
い に きょく め おど むごん わか み おも どあ
言わず、ふたりは二曲目を踊りおわると、無言のまま別れた。満たされぬ思いはどちらにもあったが、その度合いは
おな むね つよ ひ おも
同じではなかった。ダーシーの胸のうちには、エリザベスにかなり強く惹かれる思いがあったので、エリザベスをす
ゆる いか じんぶつ む
ぐに許してしまい、怒りはすべてもうひとりの人物に向けられたのである。
わか ちか いんぎんぶれい ひょうじょう う
 ミスタ・ダーシーと別れてまもなく、ミス・ビングリーが近づいてきた。そして慇懃無礼な表情を浮かべてエリザ
はな
ベスに話しかけた。
ねつ あ
「ねえ、ミス・イライザ、あなた、ジョージ・ウイッカムにたいそうお熱を上げていらっしゃるそうね! あなたの
あね はな しつもん
お姉さまがウイッカムのことをいろいろ話してくださって、さんざん質問されてしまったわ。それでね、あのひと
しゃべ かんじん い わす き せんだい
が、あなたにいろいろと喋ったくせに肝心なことを言い忘れているのに気づいたの。あのひと、先代のダーシーさま
しつじ むすこ とも ちゅうこく い
の執事だったウイッカムの息子なのよ。でもお友だちとして忠告しておきますけど、あのひとの言うことをそっくり
しんよう れいこく しう
信用なさってはだめよ。だってダーシーさまがあのひとに冷酷な仕打ちをなさったなんて、まったくのでたらめです
じじつ ぎゃく
もの。事実はその逆、ダーシーさまはいつもジョージ・ウイッカムによくしてあげたのに、あのひとは、ダーシーさ
い しう くわ し ひなん
まにそりゃ忌まわしい仕打ちをしたのよ。詳しいことは知らないけれど、ダーシーさまには非難されるいわれはまっ
し ほう なまえ みみ
たくないの。それは、あたくし、ようく知っていてよ、それにあの方が、ジョージ・ウイッカムという名前は耳にす
た あに しかん しょうたい のぞ
るのも耐えられないということもね。それで兄は、士官たちをご招待するのに、ウイッカムを除くわけにもいかなく
こま かお み だい たす とち ちか
て困っていたの。あちらが顔を見せなかったので大助かりだったわ。そもそもあのひとがこの土地に近づくなんて
ずうずう あつ きた き どく だいす かた ざいじょう
図々しいのよ、よくも厚かましく来られたものだわ。お気の毒にね、ミス・イライザ、あなたが大好きなお方の罪状
うじ す じょう
き し もと せい かんが
をお聞かせしてしまって。でもあのひとの 氏 素 性 を考えれば、せいぜいこんなところだわね」
はなし つみ うじすじょう ふんぜん い
「あなたのお話だと、あのひとの罪は氏素性ということになるようね」とエリザベスは憤然と言った。「だってあな
ひなん せんだい しつじ むすこ
たが非難しているのはあのひとが先代のダーシーさまの執事の息子だという、ただそれだけのことですもの。でもそ
じぶん はな
のことなら、あのひとはご自分から話してくださったわ」
しつれい もう あ せっかい しんせつ
「これは失礼申し上げましたわ。お節介なことをしてごめんあそばせ。ご親切のつもりでしたのに」ミス・ビング
すすき わら う
リーは薄ら笑いを浮かべてはなれていった。
ひ ぼう
しつれい じょ おも ひれつ そし そし どうよう けんとう ちが
「失礼な女!」とエリザベスは思った。「こんな卑劣きわまる誹 謗 でわたしを動揺させようなんて見当違いよ。これ
じじつ し あくい あね すがた さぐ
でようくわかったわ、あなたはあえて事実を知ろうとしない、そしてダーシーの悪意もね」エリザベスは姉の姿を探
おな しつもん み た えがお かがや しあわ
した。ジェインも、同じことをビングリーにあれこれと質問したはずだった。満ち足りた笑顔に輝くばかりの幸せそ
ひょうじょう う むか こよい な ゆ こころ まんぞく ようす
うな表情を浮かべてエリザベスを迎えたジェインは、今宵の成り行きに心から満足している様子だった。エリザベス
あね きもち く しあわ おも しゅんかん
はそんな姉の気持をすぐに汲みとり、ジェインがいまにも幸せをつかもうとしているのだと思うと、その瞬間ウイッ
たい けねん かれ てき たい いきどお た き う
カムに対する懸念も、彼の敵どもに対する憤りも、その他のもろもろがたちどころに消え失せてしまった。
はや おし あね ま えがお
「ミスタ・ウイッカムのことでなにかわかったことがあったら早く教えて」とエリザベスは、姉に負けない笑顔で訊
ひ と
たの たにん おも だ ゆる
いた。「でもたぶんあまり楽しくて、他人のことなど思い出すどころじゃなかったでしょ。それだったら許してあげ
てもいいわ」
こた わす うかが
「ううん」とジェインは答えた。「忘れるものですか。でもたいしたことはなにも伺えなかったの。ビングリーさま
なかたが いきさつ
み うえ ぞん なか 違 けい ぬき
は、あのひとの身の上をすっかりご存じではないし。それにダーシーさまと 仲 違 いするようになった 経 緯 について
ぞん ゆうじん おこな ほうせい せいじつ しんぎ あつ ほしょう
はなにもご存じないのよ。でも友人の行いの方正なこと、誠実で信義に厚いことは保証なさるでしょうね。ミスタ・
あたい
はいりょ あたい おとこ ざんねん
ウイッカムはダーシーさまの配慮にはまったく 価 しない男だとおっしゃったわ。残念ながら、ビングリーさまやお
いもうと はなし けっ そんけい りっぱ せいねん
妹さんのお話によると、ミスタ・ウイッカムは決して尊敬できるような立派な青年ではないようね。どうやらとても
うと
むふんべつ うと しかた
無分別なひとで、ダーシーさまから 疎 まれても仕方のないひとらしいわ」
ちょくせつ ぞん
「ビングリーさまはミスタ・ウイッカムのことは直接ご存じなの?」
あ いち ど あ
「いいえ、このあいだメリトンで会うまでは、一度もお会いになったことがないんですって」
せつめい う う なっとく せいしょく ろく
「それじゃビングリーさまの説明は、ダーシーさまの受け売りね。それで納得よ。でも、聖職禄について、なにか
おっしゃらなかった?」
いち ど はなし き くわ じじょう おも だ
「ダーシーさまから一度ならずそのお話は聞いたそうだけれど、詳しい事情についてはよく思い出せないんですっ
じょうけん おく
て。とにかくあれは、条件つきで贈られることになっていたそうよ」
せいじつ ほう うたが こころ い ほう ほしょう
「ビングリーさまが誠実な方なのは疑わないけれど」とエリザベスは心から言った。「でもあの方の保証だけではど
なっとく ゆうじん べんめい りっぱ はなし
うしても納得できないのよ。ビングリーさまが友人のためになさった弁明はとてもご立派だけれど、とにかくこの話
ぶぶん ぞん くち き
のある部分についてまったくご存じないし、そのほかのことも、ダーシーさまの口から聞かされたことですもの、こ
しんし かんが か
のふたりの紳士については、これまでのわたしの考えは変わらないわ」
たの わだい か いけん そうい
 それからエリザベスは、おたがいにとって楽しい話題に変えることにした。それなら意見の相違はないだろうから
こうい ひか め しあわ きたい
だ。ミスタ・ビングリーが好意をもっていてくださるらしいという、ジェインの控え目ながら幸せそうな期待をとて
おも はなし みみ かたむ じしん ふか い せい 励
もうれしく思いながらジェインの話に耳を傾け、ジェインがますます自信を深めるようなことを言って精いっぱい励
とう なかま ざ
ました。そこに当のミスタ・ビングリーがあらわれて仲間にくわわったので、エリザベスは座をはずしてミス・ルー
い あいて たの かのじょ しつもん こた
カスのところへ行った。さっきのお相手とは楽しかったかという彼女の質問に答えるいとまもないうちに、ミスタ・
ちか こううん じゅうだい はっけん おお はな
コリンズが近づいてきて、幸運にもたったいまたいそう重大な発見をしましたと、大はしゃぎで話しだした。
パトロネス
ぐうぜん い へや ひご しゃ
「ほんの偶然なのですが」とコリンズは言った。「この部屋に、わたくしの 庇護者であられるレディ・キャサリンの
きんしん ほう はっけん しんし やしき じょ しゅじん やく つと れいじょう む
近親の方がおいでになるのを発見しましてね。その紳士が、このお屋敷の女主人役を務めておられるご令嬢に向かっ
いとこ
じゅうまい ははうえ なまえ くち
て、お従妹にあたるミス・ド・バーグとその母上であるレディ・キャサリンのお名前を口になさっているのをたまた
こみみ おどろ ぐうぜん ぶとう かい
ま小耳にはさんだのです。なんと驚くべき偶然でありましょうか! この舞踏会で、レディ・キャサリン・ド・バー
おい ご ひょう
おい ご ほう あ おも ほう けいい ひょう きかい
グのたぶん 甥 御さまにあたる方とお会いするなどと、だれが思いますでしょうか! その方に敬意を 表 する機会を
いっ はっけん かんしゃ きわ あいさつ さん
逸せぬうちに、かかる発見がなされたことは感謝の極みでございますよ。これからご挨拶に参じるつもりですが、ご
あいさつ おく ゆる おも えんせき し さる
挨拶が遅れたことはお許しいただけるものと思っておりますよ。ご縁戚であられることをまったく知らなかったと申
あ わ
し上げてお詫びせねばなりません」
しょうかい あいさつ
「まさかどなたのご紹介もなくダーシーさまにじきじきご挨拶なさるおつもりではないでしょうね?」
はや あいさつ もう あ わ おも
「そのつもりです。もっと早くにご挨拶申し上げなかったことをお詫びしようと思っているのです。たしかにレ
おい ご きのう なな にち まえ よる げんき
ディ・キャサリンの甥御さまでいらっしゃいますよ。昨日から七日前の夜は、レディ・キャサリンはたいそうお元気
つた
であらせられたとお伝えいたしましょう」
と けんめい せっとく しょうかい あいさつ
 エリザベスはそのようなことはお止めなさいと懸命に説得しようとした。ミスタ・ダーシーは、ご紹介もなく挨拶
にんげん おば じょう たい けいい う と な な ぶれい おも
するような人間は、叔母上に対する敬意と受け取るどころか、馴れ馴れしい無礼なやつだとお思いになるはず、おた
あいさつ ひつよう ひつよう みぶん たか こえ
がいここで挨拶する必要などさらさらないが、必要とあれば、まず身分の高いミスタ・ダーシーのほうから声をかけ
すじ みみ かたむ じぶん いし ま もうとう
るのが筋なのだと。ミスタ・コリンズは耳を傾けていたものの、自分の意志を曲げるつもりは毛頭なく、エリザベス
はな ま こた
が話しおえるのを待ってこう答えた。
じぶん りかい はんい はんだん りょく も
「ミス・エリザベスよ、あなたは、ご自分の理解できる範囲なら、すべてについてすぐれた判断力をお持ちですが、
へいしん と れいぎ さほう せいしょく しゃ りっ れいぎ さほう おお ちが おし おも
平信徒のあいだの礼儀作法と聖職者を律する礼儀作法のあいだには大きな違いがあることをお教えしたいと思いま
もう あ せいしょく もの そんげん てん くに こうい ほう
す。あえて申し上げるならば、聖職にたずさわる者は、尊厳という点におきましては、この国のもっとも高位な方に
ひけん かんが けんきょ たいど まも さい
比肩するものと考えております──ただしそれにふさわしい謙虚な態度が守られねばなりませんが。それゆえこの際わ
りょうしん めい したが ゆる ぎむ こころえ は
たくしが良心の命ずるところに従うことはお許しください。それが、わたくしの義務と心得るものを果たすことにな
ないがし
きちょう じょげん ようしゃ ねが ばあい
るのです。あなたの貴重なる助言を 蔑 ろにすることをなにとぞご容赦願いますよ。ほかの場合でありますれば、あ
じょげん みちび とうめん もんだい せいひ はんだん わか ふじん
なたの助言はわたくしのよき導きとなりましょうが、当面の問題の正否を判断するのは、あなたのような若いご婦人
う きょういく にちじょう けいけん かんが てきにん おも い こし お
より、受けた教育と日常の経験とを考えれば、わたくしのほうが適任だと思いますね」そう言いおわると、腰を折っ
いちれい た む ば じゅうけい でかた う と
て一礼し、ミスタ・ダーシーに立ち向かうべくその場をはなれていった。従兄の出方がどう受け取られるか、エリザ
うやうや
みまも はな おどろ ようす れきぜん じゅうけい きょう あたま さ
ベスはじっと見守っていたが、話しかけられたダーシーの驚く様子は歴然としていた。従兄は、 恭 しく頭を下げた
はな ことば き き き じゅうけい くちびる うご わ
のち話しはじめた。言葉こそ聞こえなかったものの、ぜんぶ聞こえたような気がした。従兄の唇の動きで〈お詫び〉
ことば よ じゅうけい ひと
とか〈ハンスフォード〉とか〈レディ・キャサリン・ド・バーグ〉などという言葉が読みとれた。従兄がああいう人
たま
ぶつ おのれ ばか かげん み たま ふしん
物に己の馬鹿さ加減をさらけだしているのを見るのは 堪 らない。ミスタ・ダーシーは、いかにも不審げにコリンズを
なが くち ひら きかい ひや たいど う こた
眺め、ようやく口を開く機会をあたえられると、冷やかな態度で受け答えをしていた。だがミスタ・コリンズはひる
けはい はな さいど ながなが べんぜつ けいべつ ひょうじょう ろこつ
む気配もなくふたたび話しだし、その再度の長々しい弁舌に、ミスタ・ダーシーの軽蔑の表情はいよいよ露骨になっ
み あいて はな かる えしゃく ば
たように見えた。相手が話しおわると、ミスタ・ダーシーは軽く会釈するなり、さっさとその場をはなれていった。
もど
そこでミスタ・コリンズはエリザベスのもとに戻ってきた。
おうたい ふまん い あいさつ もう あ
「あちらさまのご応対に不満などあろうはずがございませんよ」とコリンズは言った。「ご挨拶申し上げたことをた
よろこ ようす ていちょう あいさつ たまわ ほ ことば ちょうだい
いそうお喜びのご様子でした。それは丁重なご挨拶を賜りました。しかもこんなお褒めのお言葉まで頂戴しました
みぬ ちから も ふそうおう もの おんこ たまわ ほう
よ、レディ・キャサリンはひとを見抜く力をお持ちで、不相応な者に恩顧を賜るようなことはぜったいなさらぬ方で
おお
おっしゃ りっぱ かんが めんぼく
あると 仰 せになりました。まことにご立派なお考えをおもちです。まあわたくしとしてはおおいに面目をほどこしま
した」
うえ おもしろ あね ちゅうい
 エリザベスは、この上面白いこともなさそうだったので、姉とミスタ・ビングリーのほうにもっぱら注意をもどし
かんさつ つぎつぎ たの おも う おな しあわ きもち
た。ふたりを観察していると次々に楽しい思いが浮かび、たぶんジェインと同じくらい幸せな気持になれた。そして
あいじょう むす けっこん しあわ つつ やしき く すがた め まえ う
まことの愛情で結ばれた結婚だけがもたらす幸せに包まれてこの屋敷で暮らすジェインの姿が目の前に浮かんだ。い
いもうと す ははおや おな かんが
ざそうなれば、ビングリーのあの妹たちでも好きになれそうだった。母親もどうやら同じことを考えているようなの
しゃべ き たま ちか やしょく せき
で、とめどないお喋りを聞かされては堪らないと、なるべく近づかないようにした。ところがお夜食の席についてみ
ははおや とな せき ふうん うら ははおや とな
ると、母親とはひとりおいて隣りの席だったので、なんという不運かと恨めしかった。母親が、隣りのおひと(レ
あいて けっこん さか
ディ・ルーカス)を相手に、ジェインはもうすぐビングリーさまと結婚することになるかもしれないなどと盛んにま
き おも わだい かっき
くしたてているのを聞くと、エリザベスはいたたまれぬ思いだった。ミセス・ベネットはこの話題にすっかり活気づ
つか し こんいん りてん かぞ あいて みりょく わか とのがた
き、疲れも知らぬげにその婚姻のもたらす利点を数えあげている。お相手はあのような魅力ある若い殿方、しかもた
ゆえん
かねもち うえ ご す まんえつ ゆえん
いそうなお金持、その上わずか五キロのところにお住まいがあるということが、まずはご満悦である所以。さらには
いもうと き い あんしん けっこん ま のぞ
ふたりのお妹さんがジェインを気に入っているのもひと安心、あちらさまだってきっとこの結婚を待ち望んでいるに
そうい みぶん たか ほう けっこん した いもうと かねもち とのがた
相違ない。さらにジェインがこのような身分の高い方と結婚することになれば、下の妹たちも、お金持の殿方にめぐ
きかい さいご じぶん とし どくしん むすめ あね て ゆだ
りあえる機会もあるはず。最後にもうひとつ、自分もこの歳で独身の娘たちをその姉の手に委ねることができるのは
しゃこう かい でい ひつよう きょうぐう
ありがたい、そうなれば社交界にしげしげと出入りする必要もなくなるだろう。こういう境遇になったことはよろこ
ばあい れいぎ
ぶべきで、こういう場合そうするのが礼儀というものだ。そうはいってもこのミセス・ベネット、いくつになろうと
いえ あんのん たく おな こううん ま
家にひきこもって安穏としていられるようなおひとではないのである。お宅さまにもじきに同じような幸運が舞いこ
はげ はなし きかい
みますよと、レディ・ルーカスを励まして、ミセス・ベネットは話をしめくくったけれども、そんな機会などあるは
たか くく
ないしん こう くく
ずはないと内心は 高 を 括 っていた。
ふいちょう
ははおや はなし どりょく むな じぶん しあわ 吹 聴
 エリザベスは母親のとめどない話をさえぎろうとしたが、その努力も空しく、自分の幸せを 吹 聴 するなら、ひと
き こごえ   き はなし む みみ はい
さまに聞こえぬよう小声でと言い聞かせてもむだだった。おおよその話が向かいのミスタ・ダーシーの耳に入ってい
き き ははおや い ぎゃく むすめ しか
るのがわかるので、エリザベスは気が気ではなかった。母親は、くだらないことをお言いでないと逆に娘を叱りつけ
るだけだった。
きが き 召
「ダーシーさまがなんだというの、ねえ、どうしてあのひとに気兼ねしなくちゃならないの? あのひとのお気に召
い ぎり
さないことは言わないなんて義理は、これっぽっちもありませんよ」
さわ
ねが ははうえ こごえ はな き さわ い とく
「お願いだから、お母上、もっと小声で話して。ダーシーさまの気に 障 るようなことを言って、なんの得があるとい
ともだち き わる
うの? そんなことをすれば、お友達のビングリーさまだって気を悪くなさるわよ」
とうとう
い   め ははおや あいか き じぶん きたい 滔
 だがなにを言っても効き目はなかった。母親は、相変わらず聞こえよがしに自分の期待を 滔 々 とまくしたてた。エ
は はらだ かお あか め
リザベスは恥ずかしさと腹立たしさのあまり、顔はますます赤くなった。目はどうしてもちらちらとダーシーのほう
み けねん かくしん か かなら ははおや み ちゅう
にいってしまうが、見るたびに懸念は確信に変わるのだ。ダーシーは、必ずしも母親のほうを見てはいないのに、注
おもて
い ははおや そそ あき めん はらだ けいべつ ひょうじょう おも ま
意はいつも母親に注がれているのは明らかだった。その 面 は、腹立たしげな軽蔑の表情から、思いつめたような真
けん ひょうじょう じょじょ か
剣な表情へと徐々に変わっていった。
はなし たね つ すそわ
 だがミセス・ベネットも、ようよう話の種が尽きた。レディ・ルーカスは、お裾分けにあずかれそうもないめでた
あくび
はなし き あくび なま ひや せい ちそう こころ しょうみ
い話をさんざん聞かされ欠伸ばかりしていたのが、これでようやく生ハムと冷製チキンのご馳走を心ゆくまで賞味で
いき へいあん なが つづ しょくじ うた はなし
きることになった。エリザベスもほっとひと息ついた。だがその平安も長くは続かなかった。食事がすむと歌の話に
うた さいな
たの まえ うた き め はい くつじょく かん 苛
なり、頼まれもしないのにみなの前で 唱 う気になっているメアリが目に入り、エリザベスはまたもや屈辱感に 苛 ま
めくば めがお こんがん あいきょう いち きょく はば ひっし むな
れた。しきりに目配せをしたり、目顔で懇願したりして、ご愛嬌の一曲を阻もうと必死になった──だがそれも空し
あね ゆうりょ き じぶん うた ひろう
かった。メアリには姉の憂慮をわかろうとする気がなかった。自分の歌をご披露できるのがただうれしく、さっさと
うた そそ め くつう さいな しんぼう すう せつ うた み
唱いだした。メアリに注がれたエリザベスの目は、苦痛に苛まれていた。辛抱しながら数節を唱いつづけるのを見
まも うた お しんぼう むく いちざ かんしゃ ことば いち
守っていたが、歌が終わってもその辛抱は報われなかった。一座のひとびとの感謝の言葉に、ひょっとするともう一
しょもう ま
きょく しょ もち おも さん じゅうびょう ま うた
曲 所 望 されているのではないかと思いこんだメアリは、三十秒ほど間をおいてから、またもや唱いだしたのである。
りきりょう ば ひろう せいりょう うた かた
メアリの力量はこのような場でご披露するほどのものではない。声量もなく、唱い方もわざとらしい。エリザベスは
たま た み はな
堪らなかった。ジェインはいかに耐えているかと見てみると、なにごともないようにビングリーと話しこんでいる。
しまい み あざけ めくば か み ゆうりょ いろ めん う
ビングリー姉妹を見ると、嘲るような目配せを交わしている。ダーシーはと見ると、なぜか憂慮の色を面に浮かべた
ちちおや み いち ばん うた と めがお
ままだった。エリザベスは父親のほうを見て、メアリが一晩じゅう唱いつづけないようにどうか止めてやってと目顔
こんがん ちちおや いみ き に きょく め うた こえ
で懇願した。父親はその意味に気づき、二曲目を唱いおわったメアリに声をかけた。
ながなが たの ふじん かた ねが
「それでもうじゅうぶん。長々と楽しませてもらったよ。こんどはほかのご婦人方にお願いしようじゃないか」
き どうよう いろ み ちち
 メアリは聞こえないふりをしていたが、いささか動揺の色が見えた。エリザベスはメアリがかわいそうになり、父
おや こころ   かた ざんねん おも きづか うらめ で く ふじん
親の心ない言い方を残念に思い、せっかくの気遣いが裏目に出てしまったのが悔やまれた。ともあれほかのご婦人の
うた しょもう
歌が所望された。
うた い しょもう おう いち きょく ひろう
「わたくし、唱うことができますれば」とミスタ・コリンズが言った。「ご所望に応じよろこんで一曲ご披露いたし
おんがく じゅんけつ ごらく かんが ぼくし しょく りょうりつ
ますのですが。音楽というものは、まことに純潔なる娯楽と考えておりますから、牧師という職とは両立しうるもの
かんが おお じかん おんがく ささ
と考えます。だからといって、多くの時間を音楽に捧げてよろしいというわけではございません。なすべきことはほ
きょうく ぼくし しごと じゅう ぶん いち ぜい
かにもいろいろございます。教区牧師の仕事はたくさんありまして。なによりもまず十分の一税のとりきめがござい
きょうかい えき ひご しゃ ふまん のこ きょう くみん ごうい せっきょう
ます、教会に益となるよう、そして庇護者にご不満を残さぬよう教区民との合意をとりつけねばなりません。説教の
そうこう か のこ じかん きょうく かずかず ぎむ は もう
草稿も書かねばなりません。そういたしますと残る時間は、教区での数々の義務を果たすにはじゅうぶんとは申せま
ぼくし かん つね かいてき ひごろ てい しゅうぜん ふかけつ
せん。また牧師館を常に快適なものにしておくためには、日頃の手入れや修繕も不可欠でございます。そしてまた、
ぼくし たい しゅうにん あ おん かたがた たい ていちょう ゆうわ てき
牧師たるもの、すべてのひとびとに対して、ことに就任に当たりご恩をこうむった方々に対しては、丁重に宥和的な
おろそ
たいど せっ だいじ かんが ぎむ うと いちぞく
態度で接することが大事と考えております。こうした義務は 疎 かにしてはなりませんのです。また、そのご一族に
かたがた たい けいい あらわ おこた む いちれい
つながる方々に対しても、敬意を表すことを怠るようではいけません」コリンズはミスタ・ダーシーに向かって一礼
えんぜつ へや たいはん き だい おんせい は あ たいせい
し、演説のしめくくりとしたが、部屋の大半のひとたちに聞こえるような大音声を張り上げていたので、大勢のひと
め みは たいせい くちもと くしょう おもしろ もの
びとが目を見張った。大勢のひとびとが口元をゆがめて苦笑した。だがミスタ・ベネットほど面白がっていた者はい
いっぽう おくがた りっぱ い ほんき ほ わか
なかったであろう。一方奥方のほうは、ご立派なことをお言いだことと本気でコリンズを褒め、若いのによくできた
かしこ みみ
ひとね、なかなか賢いひとだわねとレディ・ルーカスの耳もとでささやいた。
ほんしょう
いっか もう あ こよい じぶん ほん せい いきご
 一家が申し合わせて、今宵こそ自分の 本 性 をさらけだしてみせようと意気込んでいたとしても、これほどいきい
やくがら えん みごと えん おも
きとそれぞれの役柄を演じ、しかもこれほど見事に演じきることはありえないだろうと、エリザベスには思われた。
えん み みお かれ
ミスタ・ビングリーが、こうして演じられた見もののいくつかを見落としたのは、彼にとってもジェインにとっても
さいわ ぐこう もくげき よ きもち ゆ
幸いだった。そしてビングリーが、たとえこうした愚行を目撃したとしても、ジェインに寄せる気持が揺らぐような
しあわ おも いもうと じぶん きんしん ぐろう きかい
ひとではないことも幸せだと思った。だがその妹たちとミスタ・ダーシーに、自分の近親を愚弄させる機会をあたえ
むねん あんもく ぶべつ しまい ぶれい ちょうしょう
てしまったのはかえすがえすも無念だった。ミスタ・ダーシーの暗黙の侮蔑か、あの姉妹の無礼きわまる嘲笑か、ど
た き
ちらが耐えがたいか、エリザベスは決めかねていた。
たの 閉
 このあとはエリザベスにとって楽しいことはなにひとつなかった。しつこくまとわりつくミスタ・コリンズには閉
ぐち かれ おど と ふ かのじょ
口した。彼はふたたび踊ってくれるようエリザベスを説き伏せることはできなかったが、彼女のほうはこれでもうほ
とのがた おど ふじん おど こんがん
かの殿方と踊ることもできなくなった。ほかのご婦人と踊ってはいかがですかとミスタ・コリンズに懇願し、なんな
へや わか ふじん しょうかい むだ じぶん おど かんしん
らこの部屋にいる若いご婦人をご紹介しましょうとすすめても無駄だった。自分は踊ることにはまったく関心がな
じぶん おも もくてき き い こま きくば こよい
い、自分の主な目的は、あなたに気に入られるよう細やかな気配りをすることにある、したがって今宵はずっとあな
かんじん い い いぎ とな しんゆう
たのおそばにいることが肝心だと言うのである。そう言われては異議の唱えようがない。親友のミス・ルーカスが、
しんせつ はな あいて たす
ちょくちょくそばにやってきて、親切にコリンズの話し相手をしてくれたので、エリザベスはおおいに助かった。
いと
ちゅうもく あ いや すく まぬか かれ
 ミスタ・ダーシーからさらなる注目を浴びるという 厭 わしさは少なくとも免れることができた。もっとも彼はまっ
しょざい た はなし ちか よ
たく所在なげにエリザベスのすぐそばに立っていることはあったが、話をするほど近くに寄ってはこなかった。これ
も だ おも つうかい
はおそらくミスタ・ウイッカムのことを持ち出したせいだろうと思うと痛快だった。
いっこう じきょ さいご かくさく た さ うま
 ロングボーンの一行が辞去したのはいちばん最後だった。ミセス・ベネットの画策で、みなが立ち去ったあと、馬
しゃ とうちゃく じゅう ご ふん ま いっこう か じぶん
車の到着を十五分ほど待つことになったのである。そのおかげで、一行はビングリー家のあるひとたちが自分たちに
はや かえ こころ ねが み はめ いもうと つか
早く帰ってほしいと心から願っているさまを見る羽目になった。つまりミセス・ハーストとその妹は、たいそう疲れ
ぐち くち ひら いっこく じぶん ねが ようす
たと愚痴をこぼすほかには口を開こうとせず、一刻もはやく自分たちだけになりたいと願っている様子がありありと

み はなし つく は いちざ おもくる くうき なが
見えた。話のきっかけを作ろうとするミセス・ベネットを撥ねつけ、そのために一座に重苦しい空気が流れ、ミス
いもうと ゆうが ていちょう きゃく ほ ながなが
タ・ビングリーとその妹たちの優雅なおもてなしや、いとも丁重なる客のあしらいなどを褒めそやすコリンズの長々
べんぜつ おもくる お はら むごん おな
しい弁舌もその重苦しさを追い払うことはできなかった。ダーシーはまったく無言だった。ミスタ・ベネットも同じ
ちんもく まも じょうけい こころ たの
く沈黙を守り、この情景を心ゆくまで楽しんでいた。ミスタ・ビングリーとジェインは、みなとはちょっとはなれた
なら
た はな 倣 ちんもく
ところに立ってなにやら話しこんでいた。エリザベスも、ミセス・ハーストやミス・ビングリーに 倣 ってじっと沈黙
おお あくび
まも つか つか さけ だい あくび
を守っていた。リディアでさえ疲れきっていて、ときおり、「ほんとに疲れちゃったあ!」と叫んでは 大 欠伸をする
ばかりだった。
じきょ た あ ちかぢか そろ
 ようやく辞去するときがきて、みなが立ち上がると、ミセス・ベネットは、近々みなさまお揃いでぜひロングボー
こ ていねい とく しょうたい じょう さ あ
ンへお越しくださいましとご丁寧にくりかえした。そして特にミスタ・ビングリーには、招待状など差し上げるよう
ぎょうぎょう や しょくたく こ かぞく いちどう しあわ ぞん
な仰々しいことはいたしませんが、いつでもわが家の食卓にお越しいただければ、家族一同たいそう幸せに存じます
い あした で もど
と言った。ビングリーはたいそうよろこび、明日はちょっとロンドンまで出かけねばなりませんが、戻りましたなら
たず ふた へんじ やくそく
ば、さっそくお訪ねいたしましょうと二つ返事で約束した。
こころ まんぞく はなよめ ぞうよ ざいさん やくじょう あたら ばしゃ こんれい いしょう じゅんび じかん こう
 ミセス・ベネットは心から満足した。そして花嫁の贈与財産の約定や新しい馬車や婚礼衣裳などの準備の時間を考
こし い
さん よん かげつ むすめ かなら やしき こし い
えても、三、四カ月のあいだには、娘は、必ずこのネザーフィールド屋敷に 輿 入れしているはずだと、よろこばしい
かくしん むね だ じきょ むすめ けっこん おな 確
確信を胸に抱いて辞去したのである。もうひとりの娘をミスタ・コリンズと結婚させることについても同じように確
しん けっこん よろこ かん こども
信があり、ジェインの結婚ほどではないが、まずまずの喜びを感じていた。エリザベスはほかの子供たちにくらべる
かわい こ あいて えんぐみ こ
と、いちばん可愛げのない子だった。このお相手も縁組もあの子にはもったいないぐらいのものだが、ミスタ・ビン
やしき くら せいさい か
グリーとネザーフィールド屋敷に比べれば生彩を欠いていた。

    19

よくじつ あら ひとまく せいしき けっこん もう こ たまもの


 翌日ロングボーンでは新たな一幕がはじまった。ミスタ・コリンズが、正式な結婚の申し込みをしたのである。賜
ひま きげん つぎ どようび いっこく ゆうよ じっこう うつ おも かれ ばあい おく
暇の期限は次の土曜日までだったので、一刻の猶予もなく実行に移そうと思った彼は、こういう場合にも臆すること
し にんげん ようだん せいしき てじゅん かんが つかまつ き したが いぎ ただ ば のぞ ちょうしょく
を知らぬ人間だったから、この用談の正式な手順と考えられる仕来たりに従い、威儀を正してその場に臨んだ。朝食
ご み ははおや む き だ
後すぐに、ミセス・ベネットとエリザベスとキティがいっしょにいるのを見つけると、母親に向かってこう切り出し
た。
おく あさ うつく じょう はなし ぞん と
「奥さま、朝のうちにお美しいエリザベスお嬢さまとふたりだけでお話をいたしたく存じますので、よろしくお取り
けい ねが
計らいのほどお願いできませんでしょうか?」
おどろ かお こうちょう はや そくざ こた
 エリザベスが驚きのあまり、さっと顔を紅潮させるより早く、ミセス・ベネットは即座にこう答えた。
いぞん
「おやまあ! ええ──ようございますとも。リジーもきっとよろこびますわ。異存のあろうはずはございませんと
に かい い とげ 繡 どうぐ かた へや で ははおや
も。さあ、キティ、二階へお行き」刺繡の道具をすばやく片づけるとさっさと部屋を出ていこうとする母親を、エリ
おおごえ よ と
ザベスは大声で呼び止めた。
かあ い ねが い ゆる き こま
「お母さま、行かないで。お願いだから行かないで。コリンズさんは許してくださるわ。ひとに聞かれては困るよう
はなし で
なお話がわたしにあるはずないでしょう。わたしのほうが出ていきます」

い い こま かお
「だめ、だめ、リジー、ばかなことをお言いでない。ちゃんとここにお出でなさい」エリザベスが困りきった顔をし
に だ み
て、いまにも逃げ出しそうなのを見てとると、ミセス・ベネットはこうつけくわえた。「リジー、あなたはここにい
はなし き
て、コリンズさんのお話をしっかり聞くんですよ」
さしず そむ かんが はなし
 エリザベスはこうした指図に背くつもりはなかった──ちょっと考えてみれば、おとなしく、さっさと話をすませる
けんめい き すわ くつう こうき しん ゆ うご きもち お かく
のがもっとも賢明だと気づいたので、ふたたび座りなおし、苦痛と好奇心のあいだで揺れ動く気持を押し隠すために
とげ 繡 はげ へや で
せっせと刺繡に励んだ。ミセス・ベネットとキティが部屋を出ていくと、ミスタ・コリンズはさっそくとりかかっ
た。
あだ
けんきょ たいど きゅう びてん
「そうですとも、ミス・エリザベス、あなたのその謙虚な態度は、あなたに 仇 をなすどころか、むしろほかの美点を
ひ た はんこう め かわい うつ
引き立てます。こうしたささやかな反抗がなかったならば、あなたはわたくしの目にこれほど可愛く映らなかったで
きゅうこん りっぱ はは くん ゆる せいらい つつし ふか
しょう。この求婚についてはあなたのご立派な母君のお許しもたしかにいただきました。あなたの生来の慎み深さが
ほんしん いつわ はなし しゅい こころくば
本心を偽るかもしれませんが、わたくしの話の主意はきちんとおわかりのはずです。わたくしのこれまでの心配りは
おも ちが  いえ あし ふ い
じゅうぶんすぎるものでしたから、思い違いはなさいますまい。この家に足を踏み入れるとすぐに、わたくしはあな
しょうらい はんりょ き さい かんじょう お なが わが わす まえ けっこん りゆう はな
たを将来の伴侶と決めました。しかしこの際、感情に押し流され我を忘れる前に、わたくしの結婚の理由をお話しし
つま えら まい りゆう
ておいたほうがよいでしょう──さらに、妻を選ぶためにハートフォードシャーに参りましたその理由も」
きんげん かんじょう お なが わが わす かんが おも
 謹厳そのもののミスタ・コリンズが、感情に押し流されて我を忘れることもあるのかと考えるとエリザベスは思わ
ふ だ はなし あいて おも きかい いっ
ず吹き出しそうになり、おかげでせっかく話がとぎれたのに、もうけっこうですと相手を思いとどまらせる機会を逸
はな
してしまったものだから、コリンズはそのまま話しつづけた。
けっこん りゆう だい いち あんらく きょうぐう ぼくし
「わたくしが結婚する理由はいくつかありますが、まず第一は、安楽な境遇にある(わたくしのような)牧師は、そ
きょうく けっこん もはん しめ ただ おも だい に けっこん
の教区において結婚の模範を示すのが正しいことだと思っておるからであります。第二に、結婚によってわたくしは
こうふく しん だい さん まえ もう あ
いよいよ幸福になるだろうと信じるからであります。第三に、もっと前に申し上げるべきでしたが、これは、わたく
パトロネス
ひご しゃ よ ひじょう こうき きふじん とくべつ じょげん
しがもったいなくも 庇護者とお呼びする非常に高貴な貴婦人の特別のご助言とおはからいによるものなのです。この
もんだい に ど いけん たまわ たず
問題につきましては、二度もご意見を賜りました(お尋ねしたわけでもないのにでございますよ!)。そしてわたく
しゅったつ まえ どようび よる しょうぶ あいま れいじょう
しがハンスフォードを出立する前の土曜日の夜──カドリールの勝負の合間、ミセス・ジェンキンソンがご令嬢のミ
おお
あし だい ぐあい おっしゃ けっこん
ス・ド・バーグの足台の具合をたしかめているあいだに、こう 仰 せられたのです。『コリンズさん、あなたは結婚す
ぼくし けっこん えら きょうよう おんな
べきですね。あなたのような牧師は、結婚すべきです。ふさわしいひとを選びなさい。わたくしのために教養ある女
せい えら じしん じょうりゅう う かっぱつ はたら おさむ
性を選びなさい。そしてあなた自身のためには、上流の生まれでなくとも、活発でよく働くひとがいい、わずかな収
いり じょうず ちゅうこく はや じょせい さが だ 
入で上手にやりくりできるひとがいい。これがわたくしの忠告です。できるだけ早くそういう女性を探し出してハン
いとこ
つ あ うるわ じゅうまい
スフォードに連れておいでなさい、そうしたらわたくしのほうから会いにいきます』ついでながら、麗しのわが従妹
もう あ ゆる かくべつ ひ た
よ、こう申し上げることをお許しいただきますが、レディ・キャサリン・ド・バーグのこうした格別のお引き立てと
しんせつ りてん けっ ちい おも あ
ご親切は、わたくしのさしだせる利点のなかでは、決して小さくないものと思っております。お会いになればわかり
いこう ことば い きち かいかつ う い
ますが、レディ・キャサリンのご威光はなんとも言葉では言いあらわせませぬ。あなたの機知と快活さも、受け入れ
かしこ
おも みぶん たか かた ごぜん おそ かしこ し
ていただけるものと思っております。とりわけ、身分の高いあのお方の御前で、あなたが恐れ 畏 まり、それらの資
しつ やわ けっこん たい この みとお
質が和らげられるならば。結婚に対するわたくしの好ましい見通しというものはだいたいかくのごときものです。さ
きんざい あいて さが かんが りゆう はな
てあとは、わたくしが近在ではなく、ロングボーンで相手を探そうと考えた理由をお話しするだけです、わたくしの
きんりん きだ わか ふじん たいせい もう そんぷ
近隣にも気立てのよい若いご婦人が大勢おられるのはたしかですが。じつを申せば、わたくしが、あなたのご尊父の
しご すえ なが ぞんめい おも ざいさん ひ つ れいじょう
死後(いや、末長くご存命であろうとは思いますが)、この財産を引き継ぐことになっておりますゆえ、そのご令嬢
めと
つま めと かな できごと さき もう あ
たちのなかから妻を 娶 り、悲しい出来事のさなかにも──いや、先ほども申し上げたとおり、そのようなことはこの
さき すう ねん お とうけ かた うしな すく
先数年は起こりえないでしょうが──ご当家のみなさま方の失われるものが、なるたけ少なくすむようにせねば、わた
じしん なっとく どうき うるわ じゅうまい たい
くし自身も納得できないでしょう。これがわたくしの動機なのです、麗しのわが従妹よ、それによってわたくしに対
ひょうか さ おも ねつれつ あいじょう あつ ことば つた
するあなたの評価が下がるとは思いません。あとはただ、わたくしの熱烈なる愛情を熱き言葉でお伝えするのみで
ざいさん かんしん ちちうえ たね ようきゅう
す。財産などは、わたくしのまったく関心のないところでして、お父上には、その種のことについてはいかなる要求
もう あ むり ぞん ははうえ な
もいたすつもりはございません。たとえ申し上げても無理であることはよく存じております。お母上が亡くなられる
し ぶ
とし よん ぶん りまわ こうさい せん ぶん う つ ぜん ざいさん
まではあなたのものとはならないあの年四分の利回りの公債千ポンド分が、あなたの受け継ぐ全財産だということも
しょうち もんだい もう あ けっこん
承知しておりますよ。したがいまして、その問題につきましては、なにも申し上げません。そして結婚したあかつき
くち きょうりょう ひなん ことば も やくそく
にも、わたくしの口から狭量な非難の言葉が洩れることはないとはっきりお約束いたします」
いじょう しゃべ
 これ以上コリンズに喋らせておくわけにはいかない。
き はや こえ は あ へんじ
「ずいぶんお気のお早いことですね」とエリザベスは声を張り上げた。「わたしがまだお返事もしていないことをお
わす いじょう じかん むだ へんじ ほ きょうしゅく
忘れですわ。これ以上時間を無駄にしないためにもお返事をさせてください。いろいろとお褒めをいただいて恐縮で
けっこん もう こ こうえい おも じたい もう あ
す。結婚の申し込みをしていただいた光栄はありがたいと思いますけれど、ご辞退申し上げるほかはございません」
せんこく しょうち て ふ こた わか ふじん
「そんなことは先刻承知しておりますよ」とミスタ・コリンズは、おもむろに手を振って答えた。「若いご婦人は、
とのがた けっこん もう こ ないしん しょうだく おもてむ ことわ なら
殿方からの結婚の申し込みには、内心では承諾するつもりでも、表向きはまず断るのが習わしだとか。そしてときに
きょぜつ に ど さん ど ことば けっ 落
は、その拒絶が、二度、三度とくりかえされるとか。したがいましてわたくしは、いまのあなたのお言葉に決して落
きも とお さいだん まえ みちび しん
胆はいたしませんし、遠からずあなたを祭壇の前に導けるものと信じておりますよ」
ちか もう おおごえ は あ ことわ きたい いじょう
「誓って申しますけど」とエリザベスは大声を張り上げた。「はっきりお断りしたのに、まだ期待なさるなんて異常
わか ふじん かた ちが わか ふじん ち
です。あなたがおっしゃるような若いご婦人方とわたしは違います(ほんとうにそんな若いご婦人がいるかどうか知
じぶん しあわ さいど もう こ か ゆうき ほんき ことわ
りませんけど)、自分の幸せを、再度の申し込みに賭けるような勇気はありません。わたしは本気でお断りしている
しあわ しあわ
のです。あなたはわたしを幸せにすることはできません。そうしてわたしはあなたをぜったいに幸せにできません。
ゆうじん あ たちば てん ふむ
いえ、ご友人のレディ・キャサリンがわたしにお会いになったら、わたしがそういう立場には、あらゆる点で不向き
おも
であることがぜったいおわかりになると思います」
おも げんしゅく かお
「たとえレディ・キャサリンがそうお思いになっても」とミスタ・コリンズはいやに厳粛な顔になった。「あなたを
みと おも やくそく おくがた はいえつ
まったくお認めにならないとはとうてい思えません。これはお約束いたしますが、こんど奥方さまに拝謁するときに

けんきょ かけい き も  た りっぱ ししつ かずかず たた はな もう あ
は、あなたの謙虚さ、家計の切り盛りに長けていることなど、立派な資質の数々を讃えてお話し申し上げましょう」
ねが ほ じぶん じぶん き
「お願いですから、コリンズさん、わたしをいくら褒めてくださってもむだですわ。自分のことは自分で決めさせて
い しん しあわ ゆうふく いの
ください。どうかわたしの言うことを信じてください。どうぞあなたがお幸せに裕福になられますようにと祈ってい
て こば すえ なが しあわ せつ ねが
ます、わたしがあなたの手を拒むことによって、あなたが末長くお幸せでいられるよう切に願っておりますわ。わた
けっこん もう こ かぞく たい こま きもち み いえ
しに結婚の申し込みをなさったんですもの、わたしの家族に対する細やかなお気持も満たされたはずです。この家の
あるじ
ぬし し かおく しき じぶん せ
主 が死んでロングボーンの家屋敷があなたのものになるときも、ご自分をお責めになることはなにもないでしょ
もんだい けっちゃく かんが い
う。したがってこの問題は、決着がついたものとお考えになってよろしいんですわ」エリザベスはこう言いおえると
た あ へや で い
立ち上がり、すぐにも部屋を出ていきたかったが、ミスタ・コリンズがこう言った。
もんだい はな こうえい よく いろ へんじ いただ おも
「こんどまたこの問題についてお話しできる光栄に浴するときは、いまよりさらに色よいお返事を頂けるものと思っ
むご
ひど へんじ うら きもち きゅうこん
ております。さしあたっては、あなたの 酷 いお返事をお恨みする気持はさらさらございません、はじめて求婚された
じょせい がわ う い かんれい こころえ じょせい ほそ
とき、女性の側はひとまず受け入れぬのが慣例であると心得ております。そしておそらくあなたは、女性としての細
こころづか きゅうこん はげ おも
やかなお心遣いをもちまして、こうしてわたくしの求婚を励ましておられるのだと思っております」
ほう
「まあ、コリンズさん、ほんとうにあなたという方がまったくわからないわ」とエリザベスは、ちょっとうわずった
こえ い い はげ う と きょぜつ
声で言った。「これまでわたしが言ったことを、励ましと受け取るなら、こちらが拒絶していることをあなたにはっ
なっとく い
きり納得していただくにはどう言えばよいのでしょうか」
きゅうこん きょぜつ たん なら じゅうまい かんが
「こちらの求婚をひとまず拒絶なさったのは、単なる習わしにすぎないのだと、わが従妹よ、わたくしはそう考えさ
しん りゆう かんたん もう さ て 受
せていただきますよ。そう信じる理由は、簡単に申せばこういうことです。わたくしの差しのべた手が、あなたが受
い ふさわ おも さ だ  けっこん せいかつ 以
け入れるに相応しくないものとはわたくしには思えません。つまり、わたくしめが差し出しうる結婚生活は、これ以
じょう のぞ おも みぶん か えんこ
上望ましいものはないと思われるからです。わたくしの身分、ド・バーグ家とのご縁故、そしてあなたとわたくしの
えんせき かんけい ゆうり じょうけん てん かんが
縁戚関係は、あなたにとっておおいに有利な条件です。この点をじっくりとお考えになるべきではないでしょうか。
そな
みりょく ぐ さき けっこん もう こ かくしょう じ
あなたはさまざまな魅力を 具 えておいでですが、この先結婚の申し込みがあるという確証はありません。あなたの持
さんい かん
きん のこ 憾 しょうがく あい きだ びてん とばり
参金は遺 憾 ながらあまりにも少額でありますからして、あなたの愛らしさ、気立てのよさなどの美点もおそらくは帳
け きょぜつ ほんい じょうりゅう しゃかい ふじん かた かんしゅう
消しとなりましょう。したがいまして、あなたの拒絶はあくまでも本意ではなく、上流社会のご婦人方の慣習になら
あいまい へんじ こいごころ つの さんだん おも
い、曖昧なご返事で、こちらの恋心を募らせようという算段ではないかと思うわけでございます」
ことわ りっぱ とのがた くる さく ろう ゆうが ふじん かた まね
「お断りしておきますが、わたしは、ご立派な殿方を苦しめるような策を弄する優雅なご婦人方の真似をしているわ
しんけん ほ もの けっこん もう こ
けではありません。わたしが真剣だということをむしろ褒めていただきたいわ。わたしのような者に結婚の申し込み
かんしゃ かんしゃ う
をしていただいたことは、いくら感謝しても感謝しきれるものではありませんけど、それをお受けすることはどうし
きもち う ゆる い
てもできません。わたしの気持がどうしてもお受けすることを許しません。もっとはっきり言いましょうか? わた
なや じょうりゅう しゃかい じょせい かんが しんそこ しんじつ もう うえ
しが、あなたを悩ましている上流社会の女性だなどとはゆめゆめお考えになりませんように、心底から真実を申し上
りせい おんな かんが
げている理性ある女だとお考えください」
みりょく てき かた おおぎょう ちょうし さけ すぐ りょうしん かく いし
「なんとも魅力的なお方だ!」とコリンズは、いやに大仰な調子で叫んだ。「あなたの優れたご両親の確たるご意志
けっこん もう こ みと かなら う しん
のもとにわたくしの結婚の申し込みが認められれば、あなたには必ずやお受けいただけるものと信じておりますよ」

ごうじょう わが お とお にんげん いじょう こた き むごん へや で
 このように強情に我を押し通す人間に、エリザベスはこれ以上答える気にもなれず、無言のまますぐに部屋を出
じぶん きょぜつ あいて じぶん き
た。自分がいくら拒絶したところで、相手がそれを自分の気をそそるためだとうれしがっているのでは、これはもう
ちちおや たす もと おも ちちおや たいど ことわ
父親に助けを求めるほかはないとエリザベスは思った。父親なら、きっぱりした態度で断るだろう、さすがのコリン
ちちおや げんどう じょうりゅう しゃかい じょせい おも びたい かんちが
ズも父親の言動を、上流社会の女性の思わせぶりな媚態と勘違いするはずはないだろう。

    20


きゅうこん じょうしゅび こころ あじ げんかん ま ある
 ミスタ・コリンズは、求婚が上首尾にいったことを心ゆくまで味わうひまはなかった。玄関の間をぶらぶら歩きま
はなし お ま とびら あ で じ
わりながら、ふたりの話が終わるのを待ちかまえていたミセス・ベネットは、扉を開けて出てきたエリザベスが、自
ぶん とお に かい あ みとど ちょうしょく しつ はい いじょう
分のわきをさっさと通りすぎて二階へ上がっていくのを見届けるや、すぐさま朝食室に入っていき、これまで以上に
ちか あいだがら ひ く じぶん こころ いわ
近しい間柄になれる日がちかぢか来ることを、コリンズと自分のために心から祝ったのである。ミスタ・コリンズも
おな だい よろこ いわ ことば かえ はな あ しょうさい かた けっか まんぞく
同じように大喜びで、祝いの言葉を返し、話し合いの詳細について語りはじめ、この結果についてはじゅうぶん満足
いとこ
じゅうまい きょぜつ ことば せいらい つつ わ で い
している、従妹のきっぱりとした拒絶の言葉も、はにかみやら生来の慎ましさから湧いて出たものだろうと言った。
き ぎょうてん むすめ けっこん もう こ こば あいて き
 しかしこれを聞いたミセス・ベネットはびっくり仰天した。娘が結婚の申し込みを拒んだのは、相手の気をそそる
おな まんぞく しん
ためだというなら、ミスタ・コリンズと同じように満足しただろうが、そんなことはとうてい信じられないので、ど

うしてもこう言わずにはいられなかった。
い い
「でもね、コリンズさん」とミセス・ベネットは言った。「リジーにはきつく言ってきかせますよ。わたしからさっ
い ごうじょう おろ むすめ じぶん りがい
そく言ってやります。あれはほんとうに強情で愚かな娘ですの、自分の利害というものがわからないんですから。で
もわたしがきっとわからせてやります」
くち もう おく おおごえ い じょう きょう
「口をはさんで申しわけありませんが、奥さま」とミスタ・コリンズが大声で言った。「もしお嬢さまが、まこと強
じょう おろ ちい つま は
情で愚かだといたしますと、わたくしのような地位にあるものの妻に果たしてふさわしいものでしょうか。わたくし
けっこん せいかつ とうぜん こうふく もと じょう きゅうこん
といたしましては、結婚生活には当然幸福を求めますので。したがいましてお嬢さまがわたくしの求婚をほんとうに
じたい う い むりじ
辞退したいとおっしゃるのであれば、わたくしを受け入れるように無理強いなさらぬほうがよいでしょう。そのよう
せいかく けっかん こうふく こうけん
な性格の欠陥がおありなら、わたくしの幸福に貢献してはいただけないでしょうから」
ごかい おどろ い もんだい
「まあ、それはとんだ誤解というものですわ」と驚いたミセス・ベネットは言った。「リジーは、こうした問題につ

ごうじょう せいかく むすめ だんな い
いて強情なだけです。ほかのことでしたら、ごくごく性格のよい娘なんですのよ。いますぐ旦那さまのところに行っ
むすめ せっとく
てまいりますわ、そうすればすぐにもあの娘を説得できますとも」
こた ふくん は さん おおごえ あ しょさい
 ミセス・ベネットはコリンズに答えるひまもあたえず、すぐさま夫君のもとへ馳せ参じ、大声を上げながら書斎に
はい
入っていった。
だんな き けっこん
「ああ! 旦那さま、すぐに来ていただかないと。たいへんなことになっちゃって。コリンズさんと結婚するように
せっとく こ ほう けっこん   は
リジーを説得してくださいましな、だってあの子ったら、ぜったいあの方と結婚しないと言い張っているんですよ。
はや
早くいらしてくださらないと、あちらの気が変わって、あの子をもらっていただけなくなるわ」
おくがた
 ミスタ・ベネットは奥方が入ってくるのを見て、読んでいた書物から目を上げ、その目を平然と奥方の顔に注いだ
はなし き
が、話を聞いても表情はまったく変わらなかった。
ひょうじょう


「どうもあなたの言っていることが理解しかねるんだよ」奥方の話が終わるとミスタ・ベネットはそう言った。
「いったいなんの話かね?」
はなし

「コリンズさんとリジーのことですよ。リジーったら、コリンズさんと結婚するつもりはないときっぱりお断りした
んですよ、あげくにコリンズさんまで、リジーとは結婚しないと言いだす始末で」
「それでこのわたしにどうしろというのかね? どう見ても見込みはなさそうだが」


「あの子をここに呼ぼうじゃないか。わたしの意見を聞かせてやろう」
 ミセス・ベネットは鈴を鳴らし、エリザベスが書斎に呼ばれた。

「どうぞリジーに言ってやってくださいましな。コリンズさんと結婚せよと、言ってきかせてくださいまし」

すず

「ここにおいで」とあらわれた娘に向かってミスタ・ベネットは大声を張り上げた。「大事な用事があって呼んだの
くん

けっこん
はい

むすめ

りかい

もう こ
き か

いけん

しょさい

けっこん


おくがた

みこ
しょもつ

はなし

けっこん

おおごえ

けっこん

しまつ

は あ


だいじ
へいぜん

ようじ
おくがた

こた
かお

ことわ


そそ

だよ。コリンズ君がきみに結婚の申し込みをしたそうだが。ほんとうかい?」エリザベスはそうですと答えた。「な
けっこん もう こ ことわ
るほど──それでその結婚の申し込みを、きみは断ったそうだね?」
「そうです」
もんだい はは くん う い おくがた
「なるほど。さあ、そこで問題だ。きみの母君は、きみがそれを受けるようにと言っている。そうなんだね、奥方」
う にど こ あ
「ええ、お受けしなければ、わたしは二度とこの子には会いません」
ふこう きろ た きょう にち りょうしん いっぽう あか
「きみは不幸な岐路に立っているわけだな、エリザベス。今日という日から、きみは、両親のどちらか一方とは赤の
たにん くん けっこん はは くん にど あ
他人にならなければならないわけだ。きみがコリンズ君と結婚しなければ、母君は二度ときみには会わないそうだ。
くん けっこん にど あ
そしてわたしは、きみがコリンズ君と結婚したら、きみには二度と会わないからね」
けつろん で おも え も とい
 エリザベスは、のっけからこのような結論が出たことに思わず笑みを洩らした。だがミセス・ベネットは、この問
だい ふくん じぶん さんせい おも ろうばい
題については夫君も自分に賛成するものと思いこんでいたから、ひどく狼狽した。
けっこん こ せっとく
「そんなことをおっしゃって、いったいどういうおつもりですの? あのひとと結婚せよとこの子をかならず説得す
やくそく
るとお約束してくださったじゃありませんか」
ふくん こた ねが ふた とうめん もんだい はん
「いいかい」と夫君は答えた。「ささやかな願いが二つほどあるんだがね。まず当面の問題については、わたしに判
だん じゆう だい に しょさい すみ あか
断の自由をあたえてもらいたい。第二に、わたしの書斎についてなんだがね。できるだけ速やかにここをわたしに明
けわたしてもらえるとありがたい」
ふくん しつぼう かんじん
 だが、夫君には失望させられたとはいえ、ミセス・ベネットは肝心なところはまだあきらめてはいなかった。なだ
おど せ みかた
めすかしたり、脅したりと、エリザベスをくりかえし攻めたてた。ジェインをなんとか味方につけようとしてみた
くちだ ひか ことわ とう ははおや こうせい ま
が、ジェインは、口出しは控えたいと、やんわりと断った。そして当のエリザベスは、母親の攻勢に、ときには真っ
むこう はんぶん おう たいど か けっしん ゆ
向から、ときにはふざけ半分に応じた。だが態度はそのときどきに変わっても、決心が揺らぐことはなかった。
な ゆ ひと ものおも じぶん たちば じしん
 いっぽうミスタ・コリンズは、この成り行きについて独り物思いにふけっていた。自分の立場には自信があったの

じゅうまい じぶん こば ほぐ じそんしん きず つうよう かん
で、従妹がどうして自分を拒んだのか解せなかった。だから自尊心は傷ついてもほかにはなんら痛痒を感じなかっ
たい あいじょう くうそう ごうじょう おろ むすめ ははおや ひなん むすめ 思
た。エリザベスに対する愛情などまったくの空想にすぎない。強情で愚かな娘だと母親に非難されるような娘だと思
みれん
えば、なんの未練もなかった。

かぞく おおさわ あそ げんかん ま
 こうして家族が大騒ぎをしているところへ、シャーロット・ルーカスが遊びにやってきた。玄関の間でリディアに
であ と こえ はな おもしろ き
ばったりと出会うと、リディアは飛びついてきて、声をひそめるようにして話しかけた。「面白いところに来たわ
おおさわ おも けっこん もう
よ、だってうちは大騒ぎなんだから! けさ、いったいなにがあったと思う? コリンズさんがリジーに結婚の申し
こ き
込みをしたんだけど、リジーにその気はないんだって」
こた おな はな さん にん
 シャーロットがほとんど答えるいとまもないうちに、こんどはキティがやってきて、同じことを話した。三人が
そろ ちょうしょく しつ はい ひと おな はなし も だ かのじょ どうじょう もと
揃って朝食室に入っていくと、独りでいたミセス・ベネットが同じようにその話を持ち出して、彼女の同情を求め、
しんゆう かぞく きぼう そ せっとく こんがん ねが
あなたの親友のリジーを、家族の希望に沿うように説得してちょうだいと懇願した。「どうぞお願い、ミス・ルーカ
あいせつ くちょう みかた ちから か
ス」ミセス・ベネットは哀切な口調でこうつけくわえた。「だれもわたしの味方をしてくれない、だれも力を貸して
ひど
ひど しう う あわ しんけい きづか
くれないの、こんなに 酷 い仕打ちを受けているのに、わたしの哀れな神経のことなど、だれも気遣ってはくれないの
よ」
はい こた
 そこにジェインとエリザベスが入ってきたので、シャーロットはそれに答えずにすんだ。
ほんにん き ことば じぶん つう
「ほら、ご本人が来ましたよ」とミセス・ベネットは言葉をつぐ。「あんなにけろりとして、自分のわがままさえ通
とお し かお い
れば、わたしたちが遠いヨークにいるとでもいうように知らん顔してるんだから。でも言っておきますけどね、ミ
けっこん もう こ ことわ しょうがい けっこん
ス・リジー、こんなふうに結婚の申し込みをかたっぱしからお断りするようじゃ、生涯結婚なんてできませんからね
ちち な やしな やしな
──お父さまが亡くなったあと、あなたをいったいだれが養ってくれるというの。このわたしが養うわけにはいかない
い きょう にち おやこ えん き しょさい い
のよ、だから言っておきますよ。今日という日からあなたとは親子の縁を切ります。さいぜんお書斎でそう言ったわ
くち い じっこう おやふこう こ はなし
よね。もうこんりんざいあなたとは口をききません。言ったことはちゃんと実行しますからね。親不孝な子と話をし
たの はなし たの おも
ても、楽しいことなんかありゃしませんよ。わたしはね、だれと話をしても楽しいと思ったことなんかないんです。
しんけい や にんげん じぶん はなし き にが
わたしみたいに神経を病んでいる人間は、自分から話をしたいという気にはなれないものなの。わたしがどんなに苦
くる ぐち もの どうじょう
しんでいるかだれにもわかりゃしない。いつだってひとりで苦しんでいる。愚痴をこぼさない者は、だれにも同情し
てもらえないのよ」
つの
むすめ ははおや かんじょう ほんりゅう だま き せっとく こころ ははおや いらだ つの
 娘たちは母親の感情の奔流を黙って聞いていた。説得を試みても、なだめてみても、母親の苛立ちは 募 るばかりだ
こころえ ば
と心得ていたからである。それゆえミセス・ベネットは、ミスタ・コリンズがその場にくわわるまでは、だれにもさ
はな どうどう たいど へや はい
えぎられることなく話しつづけた。ミスタ・コリンズはいつになく堂々とした態度で部屋に入ってきた。ミセス・ベ
き むすめ い
ネットはそれに気づくと娘たちに言った。
くち と はなし
「さあ、いいこと、みんな、しっかり口を閉じていなさい。コリンズさんとちょっとお話がありますからね」
へや で き 聞
 エリザベスはおとなしく部屋から出ていき、ジェインとキティがそのあとにつづいたが、リディアは聞けるだけ聞
ば ふ ていちょう あいさつ ひ と じ
いてやろうと、その場に踏みとどまった。シャーロットは、まずミスタ・コリンズの丁重な挨拶で引き止められ、自
ぶん かぞく しさい たず ば と しょうしょう こうき しん わ まどべ
分のことや家族のことなど仔細に尋ねられたので、ひとまずその場に留まった。そのあとは少々好奇心が湧き、窓辺
あゆ き た あわ こえ き はなし せつ
まで歩みより、聞こえぬようなふりをして立っていた。哀れっぽい声で、ミセス・ベネットが聞こえよがしに話を切

り出した。「ああ! コリンズさん!」
おく こた はなし う き
「これはこれは、奥さま」とコリンズは答え、「このお話は、これでもう打ち切りといたしましょう。だからといっ
あき ふきょう ことば じょう ふ ま はら た
てわたくしは」とコリンズは明らかに不興げに言葉をつづける。「お嬢さまの振る舞いに腹を立てているわけではご
さ うんめい かんじゅ ぼくし つと わか ばってき
ざいませんよ。避けえぬ運命を甘受するのは、われら牧師の務めであります。若くして抜擢されたわたくしのように
ひじょう こううん ぼくし とくべつ ぎむ あきら おも うるわ じゅうまい て
非常に幸運な牧師の特別の義務であります。わたくしは諦めようと思います。たとえわが麗しの従妹がその手をわた
ゆだ しょうらい こうふく うたが かげ かん いじょう あきら え 拒
くしに委ねてくださろうと、わたくしの将来の幸福に疑いの影がさしたと感じる以上諦めざるを得ないでしょう。拒
こうふく ねう み さ あきら さいぜん
まれた幸福の値打ちが、われわれの見るところ、下がりはじめたときこそ、諦めることが最善であると、わたくしは
かん おく しゅじん いこう
かねがね感じておりました。どうか、奥さま、わたくしめになりかわりあなたさまやご主人さまのご威光をもちまし
じょう せっとく ねが じょう きゅうこん と さ かぞく かる
てお嬢さまを説得していただくようお願いもせず、こうしてお嬢さまへの求婚を取り下げましたことを、ご家族を軽
ねが もう あ くち じょう くち
んじたというふうにおとりになりませんようにお願い申し上げます。あなたさまのお口からではなくお嬢さまのお口
きゃっか ことば うかが ふ ま この きょうしゅく
からじかに却下とのお言葉をお伺いするようなわたくしの振る舞いは好ましからざるものであったと恐縮しておりま
にんげん あやま おか おも
す。しかしわれわれ人間は、だれしも過ちを犯すものでございます。このたびのことは、すべてはよかれと思いいた
もくてき み きだ はんりょ え
したことです。わたくしめの目的は、わが身のために気立てのよい伴侶を得ることでございましたが、それもあなた
ふ らち
いっか たい はいりょ ふ ま ふ らち おも
さまご一家に対するしかるべき配慮があったればこそでございます。もしわたくしの振る舞いを不 埒 であるとお思い
じゅうじゅう わ もう あ
でしたら、ここで重々お詫び申し上げます」

    21

けっこん もう こ ろんぎ おおづ むか ともな き


 ミスタ・コリンズの結婚申し込みについての論議はここでほぼ大詰めを迎え、エリザベスとしてはこれに伴う気ま
おも ははおや ふきげん あ た じしん き
ずい思いと、そして母親の不機嫌な当てつけをときどき耐えさえすればよかった。そしてミスタ・コリンズ自身の気
じ かたくな
き らくたん さ けはい 頑 たいど ふきげん ちんもく
持はというと、気まずさでもなく落胆でもなく、エリザベスを避ける気配もなかったが、 頑 な態度と不機嫌な沈黙
か い が
きもち あらわ はな かい かぶと
だけはその気持をよく表していた。エリザベスにはほとんど話しかけることもなく、ふだんからよくしている甲斐甲

斐 きくば ひ む はなし みみ かたむ
斐しい気配りも、その日は、すべてミス・ルーカスに向けられることになり、その話に耳を傾けるミス・ルーカスの
れいぎ か しんゆう さい たす
礼儀のよさに、ベネット家のひとびとはみな、ことにその親友は、この際おおいに助けられたのである。
やまい
よくじつ ふ きげん しんけい やまい けんあく
 翌日になってもミセス・ベネットの不機嫌も、神経の 病 もよくはならなかった。ミスタ・コリンズもまた険悪な
いか
じそんしん かか いか たいざい き あ きたい
自尊心を抱えていた。エリザベスは、それほどお 怒 りなら滞在をさっさと切り上げるだろうと期待したが、ミスタ・
さわ いとま
いか ほんらい けいかく さわ どようび ひま まえまえ けっ
コリンズの怒りは、本来の計画にはいささかの 障 りにもならないようだった。土曜日にお 暇 することは前々から決
どようび たいざい
まっていたことであり、その土曜日まではなにはともあれ滞在するつもりでいたのである。
ちょうしょく ご むすめ もど たず で
 朝食後、娘たちは、ミスタ・ウイッカムが戻ったかどうか尋ねるためにメリトンまで出かけていき、ミスタ・ウ
あ ぶとう かい こ ふまん
イッカムに会ったら、なぜネザーフィールドの舞踏会に来なかったのかと不満をぶつけるつもりだった。メリトンの
まち はい であ おば いえ おく
町に入るとすぐにミスタ・ウイッカムにばったり出会い、そのまま叔母の家まで送ってもらった。そこで、ウイッカ
こうかい むねん しんぱい はなし と か ぶとう
ムの後悔やら無念やら、そしてみなの心配やらの話がさかんに飛び交った。だがウイッカムはエリザベスには、舞踏
かい けっせき はくじょう
会にはわざと欠席したのだと白状した。
じつ い とき ちか し あ
「実はですね」とウイッカムは言った。「その時が近づくにつれ、ダーシー氏には会わないほうがよいのではないか
おも おな へや なん じかん た れんちゅう
と思いましてね。同じ部屋で何時間もいっしょにいるのは、とても耐えられるものじゃないし、まわりの連中は、そ
じょうけい み いじょう ふゆかい
んな情景を見せられたら、わたし以上に不愉快でしょうからね」
じせいしん かんぷく かえ しかん
 エリザベスは、その自制心にはいたく感服した。帰りはウイッカムともうひとりの士官がみなをロングボーンまで
おく なら ある かれ
送ってくれることになり、ウイッカムはずっとエリザベスと並んで歩いていたので、このことについては彼とたっぷ
ねんご
はな あ こん ほ あ じかん いえ おく
り話し合うこともでき、おたがいを 懇 ろに褒め合う時間もできたのだった。ウイッカムがみなを家まで送ってくれ
に じゅう りてん じぶん よ かれ こうい かん かれ りょうしん ひ あ
たことには、二重の利点があった。自分に寄せられた彼の好意がしみじみ感じられたし、彼を両親に引き合わせるの
ぜっこう きかい
に絶好の機会にもなったからである。
いえ もど いち つう てがみ とど き
 家に戻るとすぐに、一通の手紙がジェインのもとに届けられた。それはネザーフィールドから来たもので、すぐに
ふう あ こ じょうひん こうたく し いち まい はい うつく の じょせい ひっせき ぶん
封が開けられた。なかには、小ぶりの上品な光沢紙が一枚入っており、美しい伸びやかな女性の筆跡でびっしりと文
じ か よ ひょうじょう か ねっしん よ かえ
字が書きこまれていた。読みすすむジェインの表情が変わり、あるくだりを熱心に読み返しているのにエリザベスは
き き と なお てがみ かいかつ はなし わ
気づいた。ジェインはすぐに気を取り直したように手紙をしまいこむと、いつものように快活に話の輪にくわわろう
てがみ き あたま き
とした。だがエリザベスは手紙のことが気にかかり、ウイッカムのことさえ頭から消えてしまった。ウイッカムとそ
つ かえ めくば お に かい あ へや
の連れが帰ってしまうと、ジェインがすぐに目配せをしたので、あとを追って二階に上がっていった。ふたりの部屋
はい てがみ と だ い
に入ると、ジェインがあの手紙を取り出してこう言った。
ないよう
「キャロライン・ビングリーからなの。ほんとうにびっくりする内容だったわ。みなさん、もうネザーフィールドを
ひ あ む もど い
引き上げて、ロンドンに向かっていらっしゃるころよ。こちらに戻ってくるおつもりはないんですって。なんと言っ

てきたか、まあ聞いてちょうだい」
おお こえ よ あに したが い きょう
 ジェインは大きな声ではじめから読みだした。兄に従ってまっすぐロンドンに行くことになったこと、今日はグロ
がい ぎけい やしき しょくじ か しんゆう
ヴナー街にある義兄のハーストの屋敷で食事をするつもりであること。そのあとにはこう書かれていた。『親友であ
わか ざんねん しょうじき もう おも のこ
るあなたとお別れするのは残念ですが、正直に申しますと、ハートフォードシャーに思い残すことはほかになにもあ
たの ひ く こころま
りません。でもいつかまた、これまでのような楽しいおつきあいができる日が来るものと心待ちにしております。そ
したた
おも 認 てがみ おりおり か べつり くつう やわ
れまでは、おたがいに思いのたけを 認 めた手紙を折々交わしさえすれば、別離の苦痛も和らげられるのではないで
こころ ねが おおぎょう ひょうげん ふしん おもも
しょうか。ぜひそうしてくださるよう心から願っております』こうした大仰な表現を、エリザベスは不信の面持ちで
ひや き ひ あ おどろ べつ かな しまい
冷やかに聞いていた。とつぜんの引き上げには驚かされたが、別に悲しむようなことではなかった。ビングリー姉妹
がネザーフィールドにいなくとも、ミスタ・ビングリーがここにいられないというわけではない。ジェインは、ビン
しまい たの す さび
グリー姉妹とおつきあいがなくなっても、ミスタ・ビングリーと楽しいひとときを過ごせるなら、そんな淋しさもす
わす
ぐに忘れてしまうだろう。
い とも た まえ あ
「あいにくだったわね」エリザベスはしばらくしてから言った。「お友だちがロンドンに発つ前にお会いできなく
こころま さき たの おも はや とも
て。でもミス・ビングリーが心待ちにしている先の楽しみが、思いがけなく早くやってくるかもしれないわね。お友
たの しまい した かんけい
だちとしての楽しいおつきあいが、こんどは姉妹というもっと親しい関係になるかもしれないでしょ? あのふたり

だっていつまでもビングリーさまをロンドンに引きとめておくわけにはいかないだろうし」
ふゆ もど か よ
「この冬はハートフォードシャーにはだれも戻らないって、キャロラインははっきり書いているのよ。読んであげる
わ──
あに きのう た ようじ さん よん にち かた もう
『兄は昨日発つときに、ロンドンでの用事は三、四日で片づくだろうと申しておりましたが、それくらいではとても
かた わび
まい いそ もど ひつよう あに わび
片づきそうもありませんし、それにいったんロンドンに参りましたら、急いで戻る必要もありませんので、兄が 侘 し
ひま とき す わたし あに お まい ち
いホテルで暇な時を過ごすことのないように、私たちも兄のあとを追ってロンドンへ参ることにいたしました。お知

あ たいせい かた ふゆ す い さい
り合いの大勢の方たちが、この冬をロンドンで過ごすためにすでにあちらにお出でになっていらっしゃいますの。最
あい とも なかま むり ねが
愛の友であるあなたも、そのお仲間になってくださればうれしいのですが、それは無理なお願いでしょうね。ハート
きせつ か たの み
フォードシャーのクリスマスが、この季節のいつもと変わらぬ楽しさに満ちあふれたものでありますように。そして
わたし と あ さん にん とのがた さび う あ
私たちがあなたから取り上げてしまった三人の殿方のいない淋しさを埋め合わせるような、たくさんのすばらしいお
あいて いの
相手があらわれますようにお祈りしております』
い ふゆ もど
 これではっきりしたでしょ」とジェインが言った。「ビングリーさまはもうこの冬はお戻りにならないのよ」
じょう いこう
「それがビングリー嬢の意向だということだけははっきりしているわね」
おも いこう き おも とお ほう
「なんでそう思うの? これはビングリーさまのご意向に決まっているわ。なんでも思う通りになさる方ですもの。
し きず よ こも
でもあなたはすべてを知っているわけじゃないわね。わたしがとても傷ついたくだりを読んであげます。あなたに隠
すつもりはないから。
いもうと あ み もう あ わたし
『ダーシーさまは、お妹さまにとても会いたがっていらっしゃいます。実を申し上げると、私たちも、ダーシーさま
おな ほう いちど め おも うつく
と同じようにあの方にもう一度お目にかかりたいと思っておりますの。ジョージアナ・ダーシーは、美しさといい、
たしな
しな すぐ 嗜 かずかず もの ほう わたし こころ
品のよさといい、優れた 嗜 みの数々といい、だれもかなう者はおりませんわ。そしてあの方がルイザや私の心によ
あ ね
あいじょう しょうらい ほう わたし ぎし かんが たいせつ おも
びさます愛情も、将来あの方が私たちの義姉になるかもしれないと考えますと、さらに大切なものに思われてまいり
わたし きもち いぜん はな おぼ ち はな
ますの。こうした私の気持を、以前にお話ししたかどうか覚えておりませんが、この地を離れるにあたり、このこと
う あ りふじん おも あに まえまえ
はどうしても打ち明けずにはいられません。あなたはこれを理不尽なこととはお思いにならないでしょう。兄は前々
した した きかい
からミス・ダーシーをとてもお慕いしておりますが、これからは、もっと親しくおつきあいできる機会がたびたびあ
ひい き め
しんぞく かたがた えんぐみ みうち どうよう のぞ いもうと 贔 屓目 い
るでしょうし、あちらのご親族の方々も、この縁組をこちらの身内同様に望んでおいでですの。妹の 贔 屓目が言わせ
あに じょせい こころ ひ しゅうい
るのではありませんが、兄のチャールズは、どのような女性の心も惹きつけることができるひとです。周囲はすべて
むす さんせい さまた しんあい おお こう
この結びつきには賛成ですし、これを妨げるものはなにもないのですから、親愛なるジェイン、多くのひとびとの幸
ほしょう よろこ ま のぞ わたし まちが
せを保証してくれる慶びごとをひたすら待ち望む私は間違っているでしょうか?』
おも よ い
 このくだりをどう思う、リジーちゃん?」と読みおわったジェインが言った。「こんなにはっきりしていることは
しまい おも のぞ だんげん
ないでしょ? キャロラインはわたしと姉妹になるなんて思ってもいないし、望んでもいないと、きっぱり断言して
あに む かんしん かくしん
いるじゃないの。お兄さまはわたしに無関心だとはっきり確信しているし、ことによるとわたしのビングリーさまに
たい きもち き しんせつ ちゅうこく
対する気持にうすうす気づいて、おあきらめあそばせとご親切に忠告してくださっているんじゃないかしら? ほか
かんが かた
にどんな考え方があって?」
いけん ちが き
「ええ、あるわよ。わたしの意見はまったく違うの。聞きたい?」

「ぜひ聞きたいわ」
ふたこと み こと
に こと さん こと あに こい し
「 二 言 、三 言 ですむわよ。ミス・ビングリーは、お兄さまがあなたに恋をしているのを知っているけど、あのひと
あに けっこん ひ と お
はお兄さまをミス・ダーシーと結婚させたい。だからロンドンに引き止めておこうと、あとを追ったんだわ、そして
あに かんしん おも
兄はあなたに関心はないと、あなたに思いこませようとしているのよ」

 ジェインはかぶりを振った。
しん み
「ねえ、ジェイン、わたしを信じるのよ。あなたとビングリーさまがいっしょにいるところを見たら、だれだってあ
ほう あいじょう うたが うたが ばか
の方があなたに愛情をよせていることは疑えないはずよ。ミス・ビングリーだって疑えないわ。馬鹿じゃないもの。
あいじょう はんぶん かのじょ しめ こんれい いしょう ちゅうもん
もしダーシーさまが、あの愛情の半分でも彼女に示したら、あのひと、すぐに婚礼のお衣裳を注文しているわよ。で
たい け
もんだい み かねもち だい か
も問題はこういうことなの。あのひとたちから見れば、わたしたちはお金持でもないし、ご 大 家でもないということ
あに けっこん えんぐみ せいりつ えんせき せき
よ。あのひとはミス・ダーシーとお兄さまをなんとか結婚させようとしている、縁組がひとつ成立してそこに縁戚関
がかり う つぎ えんぐみ ようい せいりつ めいあん じゃま
係が生まれれば、次なる縁組は容易に成立するかもしれない。まったく名案だわね。ミス・ド・バーグが邪魔しなけ
せいこう たいせつ たいせつ あに ほ かのじょ
れば、きっと成功するわ。でもね、大切な大切なジェイン、兄はミス・ダーシーを褒めそやしているなんて、彼女が
い ほう きもち かようび すこ か
言ったとしてもよ、あの方のあなたへの気持が、火曜日からこちらほんの少しでも変わったなんてありえないし、そ
す とも す
もそもミス・ビングリーが、ジェインを好きになってはだめ、あたくしのお友だちのミス・ダーシーを好きになりな
あに と ふ ほんき かんが
さい、なんてお兄さまを説き伏せられるなんて、本気で考えられないでしょ」
かんが こた せつめい き らく
「ミス・ビングリーのことを、あなたのように考えられれば」とジェインが答えた。「あなたの説明で、気が楽にな
かんが こんぽん まちが たにん かた
るかもしれない。でもあなたの考えは根本が間違っているわ。キャロラインは他人を騙せるひとじゃないもの。この
ばあい かんが おも ちが 
場合考えられるのは、あのひとがなにか思い違いをしているということね」
あね きやす かんが い なっとく
「そうよね。お姉さまにはそんな気休めしか考えられないのね。わたしの言うことじゃ納得できないんだもの。どう
おも ちが  しん ぎり は
ぞ、あのひとが思い違いしているんだって信じていらっしゃい。それであのひとに義理は果たしたのだから、もうや
きもきすることはないわよ」
い しまい とも けっこん
「でもねえ、リジーちゃん、かりにあなたの言うとおりだとしてもよ、姉妹やお友だちがみんな、ほかのひとと結婚
のぞ ほう けっこん しあわ
することを望んでいるという方と結婚して、わたしは幸せになれるかしら?」
じぶん き い かんが しまい い ぎゃく
「それはあなたが自分で決めることよ」とエリザベスは言った。「じっくり考えてみて、あのふたりの姉妹の意に逆
つら ほう おくさま しあわ おお い ことわ
らう辛さのほうが、あの方の奥様になる幸せより大きいと言うなら、ビングリーさまにはきっぱりとお断りなさい
よ」
い え う い はん
「どうしてそんなことが言えるの?」ジェインはうっすらと笑みを浮かべて言った。「わかっているはずでしょ、反
たい かな ご ひ
対されるのはとても悲しいけれど、わたしは、後に引くつもりはないわ」
あね たちば どうじょう
「そうこなくちゃ。だからね、お姉さまの立場に同情はできないの」
ふゆ もど かんが ひつよう ろく かげつ
「でもビングリーさまがこの冬、お戻りにならないのなら、どうするか考える必要もないわね。六カ月のあいだに

は、いろいろなことが起きるでしょうから!」
もど かんが いっしゅう
 ミスタ・ビングリーがもはや戻らないという考えを、エリザベスは一蹴した。それはミス・キャロライン・ビング
じぶんがって がんぼう こうみょう つた どくりつどっぽ
リーの自分勝手な願望のあらわれにすぎず、それがあからさまに、あるいは巧妙に伝えられたにしても、独立独歩の
せいねん しんし きもち さゆう しん
青年紳士の気持を左右するとは、エリザベスにはとうてい信じられなかった。
もんだい たい じぶん きもち つよ うった こうか
 そしてこの問題に対する自分の気持をジェインに強く訴えたが、うれしいことにその効果はすぐにあらわれた。
う しず じょじょ きぼう あいじょう ふか じしん まれ
ジェインは打ち沈むこともなく、徐々に希望をもちはじめた。ビングリーの愛情の深さに自信がもてず、ときどき希
もち うす かれ もど じぶん ねが こた おも
望が薄らぐことはあっても、彼はきっとネザーフィールドに戻ってきて、自分の願いに応えてくれるだろうと思うよ
うになった。
そうだん ははおや いっか ひ あ じじつ つた ご
 ふたりで相談し、母親にはビングリー一家がロンドンに引き上げた事実だけを伝え、ミスタ・ビングリーのその後
こうどう みみ い いちぶ じじつ ゆうりょ
の行動については耳に入れないことにした。だがそうした一部の事実でさえも、ミセス・ベネットはおおいに憂慮
した ひ あ ふ
し、みなさんとせっかく親しくおつきあいできるようになったのに、引き上げておしまいになったのは、まことに不
うん なげ ひたん もど
運であると嘆いた。だがしばらく悲嘆にくれたあとは、ビングリーさまはまたじきにお戻りになって、ロングボーン
しょくじ じぶん なぐさ うちわ しょくじ まね
でごいっしょにお食事していただけるだろうと自分を慰め、そればかりか、内輪のお食事にお招きしてあるけれど、
に とお だい
そのときは二通りのフルコースでおもてなししましょうと大はりきりであった。

    22
か か しょくじ まね ひ
 ベネット家のひとびとは、ルーカス家に食事に招かれていた。その日もほとんどミス・シャーロット・ルーカス
しんせつ はなし みみ かたむ お れい い
が、ご親切にもミスタ・コリンズの話に耳を傾けてくれていた。エリザベスは、折りをみてお礼を言った。「おかげ
きげん かんしゃ やく た
で、あのひと、それはご機嫌がいいの。ほんとうに感謝しきれないくらいよ」シャーロットは、お役に立ててうれし
すこ じかん さ え こた こうい てき へんじ
いわ、少しばかり時間を割いただけなのに、たくさん得るものもあったのよと答えた。それはたいそう好意的な返事
しんせつ ふ ま おも およ
だったが、シャーロットの親切な振る舞いは、じつはエリザベスが思いもよらぬところにまで及んでいた。それは、
きゅうこん ねら じぶん む かれ さいど もう こ
なんと、ミスタ・コリンズの求婚の狙いを自分に向けさせ、彼がエリザベスに再度の申し込みをしないようにするた
もくさん よる わか けいせい ゆうぼう み
めだった。それがシャーロットの目算だったのである。その夜コリンズと別れたときは、形勢はかなり有望に見えた
さ せいこう まちが
ので、これでコリンズがハートフォードシャーをすぐに去りさえしなければ、成功はほぼ間違いなしとシャーロット
ふ じょうねつ いこじ きしつ おも いた よくあさ しゅび
は踏んでいた。ところがコリンズの情熱と意固地な気質までには思い至らなかった。翌朝コリンズは首尾よくロング
い と こ
やしき ぬ だ あしもと み な だ か はし いとこ き
ボーンの屋敷を抜け出し、シャーロットの足元に身を投げ出すべくルーカス家へと走ったのである。従姉妹たちに気
かれ ひっし で み じぶん ちが せいこう あき
づかれまいと彼は必死だった。出ていくところを見られれば、自分のもくろみはばれるに違いない。成功が明らかに
し じぶん き ひ み だいじょうぶ
なるまでは、このもくろみを知られたくない。自分の気を惹くようなシャーロットのそぶりも見えたし、大丈夫だと
おも すいようび よき じたい けいけん じしん そうしつ む
は思っていたものの、水曜日のあの予期せぬ事態を経験したあとでは、かなり自信を喪失していた。ところが向かっ
さき かれ おも むか う に かい まど む
た先で彼は思いもかけぬお迎えを受けたのである。シャーロットは二階の窓から、こちらに向かってやってくるコリ
すがた み こみち ぐうぜん であ そと と だ
ンズの姿を見つけると、小道で偶然出会ったふりをしようと、すぐさま外に飛び出した。よもやそこにあふれるよう
あい こくはく ま よそう
な愛の告白が待ちかまえていようとは、シャーロットも予想だにしなかったが。
とうとう
滔 べんぜつ お のぞ かたち き
 ミスタ・コリンズの 滔 々 たる弁舌が終わるまでのしばしのあいだに、すべてがふたりの望みにかなう形で決まった
いえ はい じぶん せかいいち しあわ しゃ ひ き
のである。家のなかに入ると、コリンズは、自分が世界一の幸せ者になれる日をすぐにも決めてほしいとシャーロッ
しりぞ
こんがん もう で て ふ 斥 なら あいて きもち
トに懇願した。こうした申し出は、ひとまず手を振って 斥 けるのが習わしだが、シャーロットは、相手の気持をい
もてあそ
ろう き かれ せいらい ぐどん きゅうあい じょせい
たずらに 弄 ぶ気にもなれなかった。なにしろ彼の生来の愚鈍さのおかげで、その求愛は、女性ならいついつまでも
つづ おも みりょく かん しょたい も
続いてほしいと思わせるような魅力を感じさせなかったからである。シャーロットは、ただ所帯を持ちたいという
たんたん がんぼう う い はや じつげん
淡々とした願望からコリンズを受け入れたのであり、それがいくら早く実現しようが、いっこうにかまわなかった。
どうい もと かいだく
 サー・ウィリアム・ルーカスとレディ・ルーカスはさっそく同意を求められ、すぐさま快諾をあたえた。ミスタ・
げんざい きょうぐう おも ざいさん わ むすめ ねが えんぐみ
コリンズの現在の境遇を思えば、わずかな財産しか分けてやれないわが娘にはまことに願ってもない縁組であり、そ
うえ ざいさん なん ねん
の上コリンズの財産もゆくゆくはかなりのものになるはずであった。レディ・ルーカスはすぐさまあと何年ミスタ・
い ねっしん むなざんよう
ベネットが生きているだろうかと、たいそう熱心に胸算用をはじめた。そしてサー・ウィリアムも、ミスタ・コリン
ざいさん そうぞく きゅうでん しこう かくげん
ズがロングボーンの財産を相続したあかつきには、ふたりをさっそくセント・ジェームズ宮殿に伺候させようと確言
よう かずや けいじ きんき いもうと よそう いち に ねん はや しゃ
した。要するにルーカス一家はこぞってこの慶事に欣喜したのである。妹たちは、予想していたより一、二年早く社
交界 で きたい おとうと し どくしん ふあん かいほう
交界に出られるだろうと期待し、弟たちは、シャーロットが死ぬまで独身でいるのではないかという不安から解放さ
じしん れいせい もくてき たっ かんが じかん かんが けっか まんぞく
れた。シャーロット自身はかなり冷静だった。すでに目的は達し、考える時間もあった。考えた結果、おおむね満足
こた で かしこ この じんぶつ かれ たいくつ
のゆく答えが出た。ミスタ・コリンズはたしかに賢くもなく好ましい人物でもない。彼とのつきあいは退屈きわまり
じぶん よ あいじょう げんそう そうい かれ じぶん おっと だんせい けっこん せいかつ あこが
ないし、自分に寄せる愛情も幻想に相違ない。だがそれでも彼は自分の夫になる。男性や結婚生活に憧れているわけ
けっこん もくひょう きょうよう ゆた ざいさん わか じょせい
ではないけれど、結婚こそがシャーロットの目標だった。教養は豊かでもわずかな財産しかもたぬ若い女性にとっ
かて
けっこん ゆいいつ は せいかつ かて しあわ ふたし う まぬか
て、結婚は唯一ひとに恥じることのない生活の 糧 であり、幸せになれるかどうかは不確かにしても、飢えを免れる
この しゅだん しゅだん て い に じゅう なな とし けっ うつく
もっとも好ましい手段なのである。その手段をいまシャーロットは手に入れた。二十七という歳になり、決して美し
い こううん み かん けん き おも
いとは言えないシャーロットは、その幸運を身にしみて感じていた。この件について、もっとも気が重いのは、エリ
いぶか
おどろ かのじょ ゆうじょう だいじ いぶか
ザベス・ベネットを驚かせることだった。彼女の友情はなによりも大事なものだった。エリザベスは 訝 るだろう
なじ
つめ ちが なじ じぶん けつい ゆ はんたい き
し、おそらく 詰 るに違いない。たとえ詰られても自分の決意は揺るがないけれども、エリザベスの反対にあえば、気
じ きず じぶん つた こころ き ごさん
持は傷つくだろう。このことは自分からエリザベスに伝えようと心に決め、それゆえコリンズには、午餐にロング
もど けいい かぞく も ねん お ひみつ
ボーンに戻っても、この経緯については家族のだれにも洩らさないようにと念を押した。コリンズは、むろん秘密は
まも かた やくそく まも くろう なが か あ
守りますと堅く約束したものの、これを守るにはひと苦労した。コリンズが長いあいだ家を空けていたので、みなの
こうき しん
好奇心ははちきれそうになり、家に戻るや、待っていたとばかり、あからさまな質問を四方から浴びせられ、それを
はぐらかすにはかなりの手管を要した。おまけに首尾よくいった自分の恋をみなに公表したくてうずうずしていたか

まことにうれしいと述べた。
きもち
ら、その気持を抑えるのも並大抵ではなかった。
よくじつ そうちょう
おさ

しゅったつ
 翌日は早朝に出立するためどなたにもお会いできないというわけで、ご婦人方が寝室に引きとる前に別れの挨拶が

交わされた。ミセス・ベネットは、いとも丁重にご用の向きがあればいつなりとロングボーンにお越しいただければ

おく

言っていただけるよう願っておりましたのです。できるだけ早くお言葉に甘えるつもりでございますよ」
おどろ

「これはこれは、奥さま」とコリンズは答えた。「そのようにお招きいただくとはありがたいことで、なにしろそう

 これにはみなが驚いた。そうすぐに戻ってきてもらいたくないミスタ・ベネットは、すかさずこう言った。
「しかしそんなことをしてはレディ・キャサリンに反対される危険がありはしませんかね? 親類などはほうってお

くがよろしい、あなたの 庇護者のご機嫌を損じては一大事ですぞ」
「これはこれは」とミスタ・コリンズは答えた。「そのようなご親切なご忠告、ありがたき幸せですが、わたくしめ
おくがた どうい
ねが
てくだ

パトロネス
ひご
なみたいてい

しゃ

じゅう
いえ

よう

だいじ
もど

きげん
もど


こた

こた

ていちょう

そん

しゅび

よう

はんたい

いち だいじ

はや

きけん
じぶん

まね

しんせつ
ことば
こい

ふじん

あま

ちゅうこく

あんど
かた
しつもん

こうひょう

しんしつ
しほう

しあわ

しんるい
まえ


わか あいさつ

は、奥方さまのご同意なしに重大事を決めはいたしませんので、どうぞご安堵ください」
ようじん ふきょう か まね
「用心するにこしたことはありませんぞ。レディ・キャサリンのご不興を買うような真似はあえてなさらぬがよい。
きくん や おとず きげん そこ
貴君がわが家をふたたび訪れることが、レディ・キャサリンのご機嫌を損ねるようであれば、まあ、それはおおいに
いえ きぶん がい かんが
ありうることだが、家でおとなしくしておられるがいいでしょう。それでこちらが気分を害するなどと考えるのはご
むよう
無用ですな」
ねんご
こん はいりょ いた たいざい ちゅう
「いやはや、そのような 懇 ろなるご配慮、まことに痛みいります。ハートフォードシャー滞在中のあなたさまのお
したた
こころづか かずかず なら ことば たい かんしゃ きもち さっそく しょじょう 認 おく もう あ
心遣いの数々、並びにこのお言葉に対しましてのわたくしめの感謝の気持をば早速書状に 認 めお送り申し上げま
うるわ いとこ ちか あ あいさつ
す。わが麗しの従姉妹たちには、近いうちにまたお会いできることでもあり、ご挨拶をするまでもありますまいが、
いとこ
じゅうまい けんこう しあわ きねん
従妹エリザベスはもとよりのこと、みなさまのご健康とお幸せをいまここに祈念するものでございます」
ふじん かた れいぎ ただ あいさつ たいしゅつ もど し おどろ
 ご婦人方は、礼儀正しく挨拶をして退出したが、コリンズがすぐに戻ってくるつもりだと知ってみんな驚いた。ミ
した むすめ きゅうこん きたい くど
セス・ベネットは、コリンズが、下の娘のだれかに求婚するつもりなのだと期待した。メアリなら、口説かれればそ
き のうりょく たか ひょうか けんじつ かんが
の気になっていたかもしれない。メアリはほかのだれよりもコリンズの能力を高く評価していたし、その堅実な考え
なら
ほう かんめい う じぶん かしこ い じぶん 倣 しょもつ よ じこ けんさん はげ こう
方にしばしば感銘も受けた。自分ほど賢いとは言えないけれども、自分に 倣 って書物を読み、自己研鑽に励めば、好
おっと おも よくあさ のぞ う くだ ちょうしょく ご
ましい夫になるだろうと思っていた。だが翌朝になると、こうした望みはすべて打ち砕かれてしまった。朝食後すぐ
あいて ぜんじつ できごと かた
にミス・ルーカスがやってきて、エリザベスを相手に前日の出来事を語ったのである。
こい おも ぎねん
 ミスタ・コリンズはひょっとしたらシャーロットに恋をしていると思いこんでいるのではないかという疑念が、こ
に にち むね う き ひ まね
の二日のあいだにエリザベスの胸に浮かんだことはあったが、シャーロットにはコリンズの気を惹くような真似は、
たしな
じぶん どうよう おも おどろ たいへん 嗜 け ひ
自分同様できるはずはないと思っていた。だからエリザベスの驚きようといったら大変なもので、 嗜 みなど消し飛
おも おおごえ さけ こんやく
んでしまうほど、思わず大声で叫んでいた。「コリンズさんと婚約したって! ああ、シャーロット、まさか、そん
なことありえない!」
ごと しだい はな へいせい おもも たも ひなん あ
 事の次第を話すあいだ、平静な面持ちを保っていたシャーロットだが、これほどあからさまな非難を浴びせられる
かお いっしゅん どうよう はし かくご うえ き と なお しず こた
と、その顔に一瞬動揺が走った。だがそれも覚悟の上のことだったので、すぐに気を取り直して静かに答えた。
おどろ き どく ふ じょせい こう
「どうしてそんなに驚くの、イライザ? コリンズさんが、お気の毒に、あなたに振られたからといって、女性に好
い い
意をもたれることなどありえないと言うの?」
れいせい けんめい きもち お つ しんせき どうし
 だがエリザベスもようやく冷静になり、懸命に気持を落ち着かせ、わたしたちが親戚同士になるのは、たいそうよ
こころ しあわ いの くちょう い
ろこばしい、心からお幸せを祈るわとかなりしっかりした口調で言うことができた。
きもち こた おどろ あ まえ おどろ
「あなたの気持はわかるわ」とシャーロットは答えた。「あなたが驚くのは当たり前よ、そりゃ驚くわよね。だって
さいきん けっこん ねが かんが
つい最近、コリンズさんは、あなたとの結婚を願っていたんですものね。でもあとでこのことをじっくり考えてくれ
さんせい おも ゆめみ おとめ
れば、わたしがしたことに賛成してくれると思うわ。わたしって、夢見る乙女じゃないのよ。ぜったいそうじゃない
もと いごこち かてい せいかく えんせき みぶん かんが かれ
の。わたしが求めているのは居心地のいい家庭だけなの。コリンズさんの性格や縁戚や身分などを考えると、彼とで
ふいちょう
けっこん せいかつ 吹 聴 ていど しあわ みこ おも
も、たいていのひとが結婚生活について 吹 聴 する程度には、幸せになれる見込みはあると思うの」
しず まちが こた ちんもく
 エリザベスは静かに「間違いなしよ」と答えた。しばらくぎごちない沈黙があり、それからふたりはみなのところ
もど ながい かえ き かんが
に戻った。シャーロットは長居はせずに帰っていき、エリザベスはひとりになっていま聞いたことをじっくり考え
ふ にあ けっこん ばなし う い なが じかん さん にち ふた きゅうこん
た。まったく不似合いなこの結婚話を受け入れるまでには長い時間がかかった。たった三日のあいだに、二つの求婚
きじん きゅうこん う い じじつ
をしたというミスタ・コリンズの奇人ぶりも、その求婚が受け入れられたという事実にくらべればさほどのことでは
けっこん たい かんが かた じぶん ちが まえまえ かん
なかった。シャーロットの結婚に対する考え方が、自分とはまったく違うということは前々から感じてはいたけれど
なげう
げんじつ せぞく てき りえき ゆうせん じぶん ほんい 擲 おも
も、いざ現実のこととなったとき、シャーロットが世俗的な利益を優先し、自分の本意を 擲 ってしまうとは思いも
し つま くつじょく てき すがた とも みずか はずかし ひんかく
よらなかった。コリンズ氏の妻シャーロットとは、なんという屈辱的な姿であろうか! 友が自らを辱め、その品格
おとし
貶 くつう とも みずか えら うんめい しあわ え
を 貶 めたという苦痛にくわえて、友は自ら選んだ運命のもとでは、ほどほどの幸せすら得られるはずはないという
せつ かくしん こころ わ
切ない確信がエリザベスの心に湧いたのである。

    23

ははおや しまい き かんが


 エリザベスは、母親や姉妹たちのそばにすわって、さっきシャーロットから聞かされたことを考えながら、このこ
はな まよ たの
とをみなに話してよいものかどうか迷っていると、そこへサー・ウィリアム・ルーカスがシャーロットに頼まれて、
こんやく か つ ていちょう あいさつ りょうけ こんご えんせき まんぞく い
婚約のことをベネット家に告げにきたのである。丁重な挨拶ののち、両家が今後縁戚となることにおおいに満足の意
あらわ
ひょう しだい あき き もの おどろ しん
を 表 し、ことの次第を明らかにした。聞く者たちは驚いたばかりか、まず信じようとしなかった。ミセス・ベネッ
れいぎ さほう わす おも ちが    は ぶさほう
トは礼儀作法も忘れて、それはまったくの思い違いでいらっしゃいましょうとしつこく言い張ったし、いつも無作法
かる そうぞう
で軽はずみなリディアは、騒々しくわめきちらした。
おどろ つく ばなし けっこん
「驚いたわ! サー・ウィリアム、どうしてそんな作り話をなさるの? コリンズさんは、リジーと結婚したいの
よ」
いか た ば の き きゅうてい さんじょう
 かかるあしらいに怒りもせず耐え、この場をぶじ乗り切らせたのは、さすが宮廷に参上したことのあるサー・ウィ
み れいぎ さほう たまもの しつれい しょうしんしょうめい じじつ い あいて ぶれい
リアムの身についた礼儀作法の賜ものである。失礼ながらこれは正真正銘の事実ですと言いながら、相手の無礼きわ
げんこう かんよう ていちょう みみ かたむ
まる言行にも、まことに寛容かつ丁重に耳を傾けていた。
た じたい すく だ じぶん つと かん おも き
 エリザベスは、このような耐えがたい事態からサー・ウィリアムを救い出すのは自分の務めだと感じ、思い切って
くち ひら いちぶしじゅう き あ はなし うら
口を開き、さきほどシャーロットから一部始終を聞かされたと明かしてサー・ウィリアムの話を裏づけたのである。
ははおや しまい こうぎ こえ と こころ
そして母親や姉妹たちの抗議の声をなんとか止めさせようと、サー・ウィリアムに、心からおめでとうございますと
なら
い 倣 しあわ えんぐみ ひとがら
言い──ジェインもすぐさまそれに 倣 った──これほどお幸せなご縁組はありませんねとか、コリンズさんはお人柄も
りっぱ ちか
ご立派ですしとか、ハンスフォードとロンドンはお近くでけっこうですわねとか、べらべらとまくしたてた。
おどろ くちかず すく きゃくじん おく だ
 ミセス・ベネットは、サー・ウィリアムがいるあいだはあまりの驚きに口数も少なかったが、客人を送り出すと、
おさ かんじょう すさ いきお ふ だ だい いち はなし しん だい に
抑えていた感情が凄まじい勢いで噴き出した。まず第一にこんな話は信じられないといきまき、第二にミスタ・コリ
だま き   は だい さん しあわ だんげん だい よん
ンズは騙されたに決まっていると言い張り、第三にあのふたりはぜったい幸せにはなれるはずがないと断言し、第四
えんぐみ き ほしょう ぜんたい みわた けつろん みちび で
にこんな縁組はこわれるに決まっていると保証した。だがこうして全体を見渡したところで、ふたつの結論が導き出
ちゃばん えん ちょうほんにん じぶん め
された。ひとつは、この茶番を演じさせた張本人はエリザベスであること、もうひとつは、自分はみなからひどい目
あ ひ
に遭わされたということだった。ミセス・ベネットは、その日はずっとこのふたつのことをくどくどくりかえしてい
なぐさ   め ひ つい いか
た。どう慰めようと、なだめようと効き目はなかった。その日は遂に怒りがおさまることはなかった。エリザベスの
かお こごと あ いち しゅうかん ぶれい くち
顔に小言を浴びせなくなるのに一週間かかり、サー・ウィリアムとレディ・ルーカスに無礼な口をきかなくなるのに
いち かげつ ふさい むすめ ゆる き すうかげつ
一カ月かかり、夫妻の娘シャーロットをすっかり許す気になるまで数カ月かかった。
おお
きぶん おだ けいけん ゆかい おっしゃ
 ミスタ・ベネットのご気分は、このときはたいそう穏やかであった。このような経験はなかなか愉快であったと 仰
りょうしき こ おも おくがた どうよう おろ
せられた。かなり良識のある子だとかねがね思っていたシャーロット・ルーカスが、うちの奥方同様に愚かで、うち
すえ むすめ ばか し まんぞく い
の末娘をうわまわる馬鹿だと知って、おおいに満足であるとも言った。
こんやく すこ おどろ う あ おどろ しあわ
 ジェインは、この婚約には少し驚いたと打ち明けた。でも驚いたことはさておき、あのふたりにはぜひ幸せになっ
い しあわ と ふかのう
てもらいたいと言った。幸せになるなんてありえないとジェインを説きつけるのはエリザベスにも不可能だった。キ
うらや おも ぼくし はなし
ティとリディアはシャーロットが羨ましいとは思わなかった。ミスタ・コリンズはたかが牧師である。こんな話は、
うわさはなし
せいぜいメリトンでささやかれる噂話のたぐいにすぎなかった。
むすめ りょうえん え よろこ かえ まんぞく かん
 レディ・ルーカスは、娘が良縁を得たという喜びを、ミセス・ベネットにそのままお返しできる満足感をたっぷり
あじ しあわ い ひんぱん 訪
と味わわずにはいられなかった。わたくし、とても幸せですのよと言うために、ふだんより頻繁にロングボーンを訪
むか ふきげん かお いじ わる   ぐさ しあわ きぶん だいな
れた。もっともそれを迎えるミセス・ベネットの不機嫌な顔や意地の悪い言い草には、幸せな気分も台無しになって
いたかもしれない。
きが もんだい ふ
 エリザベスとシャーロットはおたがいに気兼ねしあい、この問題に触れまいとしていた。ふたりのあいだにはもう
にど ほんもの しんらい かんけい う かくしん しつぼう よ
二度と本物の信頼関係は生まれないだろうとエリザベスは確信した。シャーロットに失望したために、ジェインに寄
あいじょう ふか じゅんしん せんさい こころ みと じぶん きもち ゆ けっ おも
せる愛情はますます深まり、ジェインの純真で繊細な心を認める自分の気持が揺らぐことは決してないだろうと思っ
あね しあわ けねん きもち にち つの ひ あ いち しゅうかん た
た。そして姉の幸せを懸念する気持は日ましに募っていった。ビングリーが引き上げてからはや一週間が経つのに、
もど し
戻るという知らせはいっこうになかったのである。
てがみ へんじ か たよ
 ジェインは、ミス・ビングリーの手紙にはやばやと返事を書いていたので、そろそろあちらから便りがありそうな
ゆびお かぞ ま やくそく どお かようび ちち あ れいじょう
ものと指折り数えて待っていた。ミスタ・コリンズからは約束通り、火曜日に父宛ての礼状がとどいた。それには、
うやうや
か じゅう に かげつ せわ きょう かんしゃ ことば か つら けん
ベネット家に十二カ月も世話になったとでもいうような 恭 しい感謝の言葉が書き連ねてあった。そしてあの件につ
とうとう
りょうしん かしゃく 滔 の かわい りんじん あいじょう かくとく しあわ
いての良心の呵責を 滔 々 と述べたのち、みなさまの可愛らしいご隣人であるミス・ルーカスの愛情を獲得した幸せを
したた
かんき もんごん 認 こ さそ かじつ こころよ おう
歓喜あふれる文言で 認 め、ロングボーンへぜひまたお越しをというお誘いに過日快く応じたのは、ひとえにミス・
あ たの に しゅうかん ご げつようび さいど うかが
ルーカスに会える楽しみがあるがゆえであり、ついては二週間後の月曜日に再度お伺いするつもりである。なぜなら
けっこん こころ さんどう はや しき あ おお
レディ・キャサリンが、この結婚については心からご賛同くだされ、できるだけ早く式を挙げるようにと仰せられる
あい せかいいち しあわ しゃ ひ いち にち はや き
ゆえとつけくわえ、わが愛するシャーロットもわたくしを世界一の幸せ者にしてくれる日を一日も早く決めることに
いぞん しん か
異存はあるまいと信じていると書きそえてあった。
もど
 ミスタ・コリンズがハートフォードシャーに戻ってきても、ミセス・ベネットにはもううれしくもなんともなかっ
ふくん おな もんく やしき たいざい と
た。それどころか、夫君と同じように、文句たらたらである。ルーカスの屋敷に滞在せず、ロングボーンに泊まると
はなし めいわく せんばん めんどう うえ からだ ぐあい きゃく
はまったくおかしな話、まったくもって迷惑千万、面倒なことこの上なし。体の具合がはかばかしくないときに客を
たま
むか たま こい おとこ ふゆかい かぎ
迎えるのは 堪 らない。まして恋をしている男など不愉快なこと限りなしである。こういったところが、ミセス・ベ
く ごと
く げん もど ふあん く ごと
ネットの繰り 言 であったが、ミスタ・ビングリーがいつまでも戻らず、たいそう不安になるときは、こんな繰り言も
さすがになりをひそめた。
もんだい こころ おだ しょうそく とど
 この問題についてはジェインもエリザベスも、心は穏やかではなかった。ミスタ・ビングリーの消息が届かぬま

ひ た ふゆ い うわさ
ま、いたずらに日が経っていき、この冬はもうネザーフィールドにはお出でにはならないという噂ばかりがメリトン
うわさ ふんげき うわさ ね は 噓
にひろまっていた。この噂に、ミセス・ベネットはおおいに憤激し、そんな噂はまったく根も葉もない噓だときっぱ
ひてい
り否定した。
けねん きもち ひ いもうと あに
 エリザベスでさえ、懸念しはじめた──ミスタ・ビングリーの気持が冷えたというのではなく──あの妹たちが、兄
ひ と せいこう けねん しあわ う くだ
をまんまと引き止めておくことに成功したのではないかという懸念である。ジェインの幸せを打ち砕くような、そし
こいびと せっそう うたが かんが みと あたま う
てジェインの恋人の節操を疑うようなそんな考えは認めたくもないが、それがくりかえし頭に浮かんでくるのはどう
ふにんじょう しまい こうあつ てき ゆうじん どりょく
しようもなかった。あの不人情なビングリー姉妹とあの高圧的な友人ミスタ・ダーシーのたゆまぬ努力にくわえ、ミ
くじ
みりょく かんらく まえ あい ちから 挫
ス・ダーシーの魅力とロンドンの歓楽の前には、ミスタ・ビングリーの愛の力も 挫 けてしまったのではないかとエリ
ふあん
ザベスは不安になった。
じょうたい ふあん おお
 ジェインにしても、このようなあやふやな状態におかれている不安は、むろんエリザベスよりずっと大きかった。
むね かく もんだい ふ
だがほんとうの胸のうちは隠しておきたかったから、エリザベスとのあいだでも、この問題に触れることはなかっ
こま きづか か ははおや あさ ゆう  はなし も だ ほう い ま
た。だがこうした細やかな気遣いを欠いた母親は、朝な夕なビングリーの話を持ち出しては、あの方のお出でが待ち
もてあそ
とお い うえ む ほう もど ろう
遠しくてたまらないと言い、その上ジェインに向かって、あの方がこのままお戻りでないなら、おまえは 弄 ばれた
おも つ しまつ ぼうげん おだ う
のだと思いなさいなどと詰めよる始末である。ジェインがこうした暴言をなんとか穏やかに受けとめられたのは、ひ
おんわ せいかく
とえに温和な性格のおかげだった。
に しゅうかん ご げつようび もど さいしょ ほうもん 歓
 ミスタ・コリンズはきっちり二週間後の月曜日に戻ってきたが、ロングボーンでは、最初の訪問のときのような歓
まち しあわ ひつよう か
待はなかった。だが幸せではちきれそうなコリンズに、おもてなしの必要もなかった。ベネット家のひとびとにとっ
さいわ きゅうあい しごと いそが あいて まいにち
て幸いだったのは、コリンズが求愛というお仕事に忙しく、しじゅうお相手をせずにすんだことである。毎日ほとん
じかん か す か もの ゆか もど
どの時間がルーカス家で過ごされ、ときにはベネット家の者がみな床につこうというころにロングボーンに戻ってき
るす もう わ
て、留守をして申しわけなかったと詫びるのがやっとというていたらくだった。
あわ じょうたい えんぐみ すこ ふ
 ミセス・ベネットは、いかにも哀れな状態だった。この縁組について少しでも触れられようものなら、たちまちひ
ふ きげん い さきざき いやおう わだい みみ はい かお み いや
どく不機嫌になる。なにしろ行く先々で否応なくこの話題が耳に入ってくる。シャーロットの顔など見るのも嫌だ。
やしき そうぞく じん おも かのじょ み め しっと ぞうお も あ たず むすめ
この屋敷の相続人だと思うと、彼女を見る目は嫉妬と憎悪で燃え上がる。シャーロットが訪ねてくるたびに、あの娘
やしき しょゆう しゃ ひ ま き
はこの屋敷の所有者となる日を待ちこがれているのだと決めつけた。そしてミスタ・コリンズになにかささやいてい
み やしき はなし き し
るシャーロットを見ると、ロングボーンの屋敷の話をしているのだと気をまわし、ミスタ・ベネットが死んだらさっ
じぶん むすめ やしき お だ さんだん ちが おも あら
そく自分や娘たちをこの屋敷から追い出す算段をしているに違いないと思った。だから、こうしたことを洗いざらい
ふくん む うった
夫君に向かって訴えた。
だんな い いえ じょ しゅじん
「ねえ、旦那さま」とミセス・ベネットは言った。「シャーロット・ルーカスがこの家の女主人になるなんて、この
むすめ お だ むすめ あとがま い はじ なが かんが
わたしがあの娘に追い出されるなんて、あの娘がわたしの後釜にすわるのを生き恥さらして眺めているなんて、考え
いや
るのも嫌ですわ」
ひかん およ あか きぼう ながい
「まあまあ、そう悲観するには及ばないよ。もっと明るい希望をもとうじゃないか。このわたしがだれよりも長生き
かんが
するかもしれないと考えたらどうですか」
なぐさ こた く ごと
 ミセス・ベネットにとって、それはさほど慰めにはならなかった。だからそれには答えず、繰り言をつづけた。
ざいさん た きり 嗣 そうぞく ほう き
「あのふたりがうちの財産をぜんぶわがものにするなんて耐えられません。限嗣相続法なんてものさえなければ、気
になることはなにもないんですけれどね」

「なにが気にならないというのかね?」
「なにもかもですよ」
むかんかく じょうたい かんしゃ
「それじゃ、あなたがそういう無感覚な状態にならずにすむことに感謝しないとね」
かんしゃ きり 嗣 そうぞく ほう むすめ かおく しき と あ
「感謝するわけがないじゃありませんか、あんな限嗣相続法なんてものに。娘たちからさっさと家屋敷を取り上げる
き し
なんて、まったく気が知れませんよ。それがみんなミスタ・コリンズのものになるなんて! よりによってなんであ
て わた
んなひとの手に渡さなきゃならないんでしょう?」
かんが い
「そのわけは、あなたが考えてくれたまえ」とミスタ・ベネットは言った。

    24

てがみ とど ぎもん き さ ぼうとう いっか ふゆ


 ミス・ビングリーの手紙が届き、すべての疑問が消え去った。まず冒頭に、ビングリー一家がこの冬をロンドンで
いとま
す けいい しる いなか さ あ ゆうじん かた あいさつ ひま
過ごすことになった経緯が記され、田舎を去るに当たってハートフォードシャーの友人方にご挨拶する 暇 がなかっ
あに く むす
たことを、兄が悔やんでいると結んであった。
のぞ た た さいご よ あいじょう か て
 望みは断たれた、いっさい断たれた。ジェインは最後までなんとか読みおえたが、いかにも愛情ありげな書き手の
ことば なぐさ おおかた さんじ う
言葉のほかは、ジェインの慰めになるようなものはほとんどなかった。大方が、ミス・ダーシーへの賛辞で埋められ
る る
みりょく るる の しんみつ とくとく しる
ていた。ミス・ダーシーのさまざまな魅力がふたたび縷々と述べられ、ますます親密になったことが得々と記され、
まえ てがみ つた ねが かな か あに
この前の手紙でお伝えした願いがいよいよ叶いそうですとさえ書いてあった。それにまた、兄がミスタ・ダーシーの
やしき せわ の あたら かぐ い けいかく
お屋敷にお世話になっているとうれしそうに述べ、ミスタ・ダーシーは新しい家具をお入れになる計画がおありです
てがみ
の、などとうきうきした調子で報告していた。
ちょうし ほうこく

しゅし つた ふんまん おも き
 手紙のおおよその趣旨をジェインから伝えられたエリザベスは、憤懣やるかたない思いでそれを聞いていた。その
こころ あね たい けねん れんちゅう たい いか こうさく あに した
心には、姉に対する懸念と、ほかの連中に対する怒りが交錯していた。兄はミス・ダーシーを慕っているというミ
しゅちょう あたま しんよう す
ス・ビングリーの主張は頭から信用しなかった。ミスタ・ビングリーはほんとうにジェインが好きなのだということ
しん うたが おも きらく いし はくじゃく
は、いまも信じて疑わなかった。ミスタ・ビングリーはいいひとだと思ってきたが、こうもお気楽で意志薄弱なとこ
み いか おぼ けいべつ はらぐろ みうち い
ろを見せられると、怒りを覚えずにはいられないし、軽蔑もしたくなる。いまや、そのために腹黒い身内どもの言い
れんちゅう き じしん しあわ ぎせい じしん しあわ ぎせい
なりになって、連中の気まぐれのために自身の幸せを犠牲にしている。まあビングリー自身の幸せを犠牲にするだけ
す あね ま ぞ かれ
なら、どうとでも好きなようにすればいい。だが姉のジェインまでが巻き添えにされている、それぐらいのことは彼
き よう かんが しかた もんだい けっきょく かんが むだ
も気づいているはずなのだ。要するにこれはいくら考えても仕方のない問題で、結局考えるのは無駄ということであ
かんが あいじょう さ
る。でもほかのことはなにも考えられない。ビングリーの愛情はほんとうに冷めてしまったのか、それともダーシー
かんしょう おさ しぼ き みす
の干渉によって抑えつけられているのか、そもそもジェインの思慕に気づいているのか、それとも見過ごしてしまっ
たい みかた か
たのか、そのいずれかによって、ビングリーに対するエリザベスの見方はおおいに変わってくるが、それでジェイン
じょうきょう か じぶん こころ へいわ むしば か
のおかれた情況が変わるわけではないし、自分の心の平和が蝕まれたことにも変わりはなかった。
いち にち に にち た じぶん きもち おも き う あ
 一日、二日と経つうちに、ジェインも自分の気持を思い切ってエリザベスに打ち明けることができるようになっ
あるじ
ははおや やしき おも ながなが で
た。だが母親のミセス・ベネットが、ネザーフィールド屋敷とその 主 について長々とかきくどいて出ていったあと

は、さすがのジェインもこう言わずにはいられなかった。
かあ じぶん おさ ほう ひなん
「ああ! お母さまも、もっとご自分を抑えてくださればいいのに。あの方のことを非難なさるたびに、わたしがど
つら おも なげ
んなに辛い思いをするか、ちっともわかってくださらない。でも嘆くのはよしましょう。こんなことがいつまでもつ
ほう わす もとどお
づくわけはないもの。あの方のこともそのうちに忘れられるし、そうしたら、みんな元通りになるわね」
きづか うたが め あね む い
 エリザベスは、気遣わしそうに疑いの目を姉に向けたが、なにも言わなかった。
うたが 頰 じょうき さけ うたが
「疑っているのね」とジェインはかすかに頰を上気させて叫んだ。「疑うなんておかしいわ。ビングリーさまはわた
し あ ほう おも で のこ まれ
しのお知り合いのなかでいちばんやさしい方だった、そんな思い出は残るかもしれない、でもそれだけのことよ。希
もち ふあん ほう せ りゆう くる
望ももたないし、不安もないの、あの方を責める理由はなにもない。ああ、ありがたいことね! その苦しみだけは
すこ じかん た た なお
ないんですもの。だから少し時間が経てば、かならず立ち直ってみせるわ」
ごき つよ ひと
 さらに語気を強めてジェインはつけくわえた。「でもよかった、だってこれはわたしの独りよがりだったんだし、
きず じぶん きず
傷ついたのは自分だけ、だれも傷つけてはいないんですもの」
おおごえ あ むしん
「ああ、ジェインったら!」とエリザベスは大声を上げた。「あなたって、ひとがよすぎるのよ。やさしくて無心な
てんし い ねう ち
ところは、ほんとうに天使みたい。ああ、なんて言ったらいいのかしら。いままで、あなたのほんとうの値打ちを知
き ふか あい き
らなかったような気がする、そこまで深くあなたを愛していなかったような気がする」
じぶん ねう やっき   は いもうと あたた おも ぎゃく ほ
 ジェインは、自分にはそんなすばらしい値打ちはないと躍起になって言い張り、妹の温かな思いやりを逆に褒めあ
げたのである。
い あね せけん りっぱ
「やめてよ」とエリザベスは言った。「そんなのおかしい。お姉さまというひとはね、世間のひとたちはみんな立派
おも たにん わる い きず かんぺき おも
だと思いたいのよ、わたしが他人を悪く言うと傷つくのよ。わたしはね、あなたこそ完璧だと思いたいだけ、ところ
ひてい で まね だいじょうぶ ばんぶつ じひ とっけん 侵
があなたはそれを否定する。わたしは、出すぎた真似はしないから大丈夫よ、万物に慈悲をたれるあなたの特権を侵
しんぱい だいじょうぶ あい たつ
したりしないから、どうぞご心配なく。大丈夫よ。わたしがほんとうに愛しているひとはほんのひとにぎりなの、立
つの
は おも すく せけん し し ふまん つの にんげん せいかく むじゅん
派だと思えるひとはもっと少ない。世間を知れば知るほど不満が 募 るばかりよ。人間の性格なんて矛盾だらけという
おも ひ お つよ いっけん びてん りょうしき おも しんよう さいきん
思いが日を追うごとに強まるの、一見して美点や良識だと思えるものだって、ほとんど信用ならない。最近、そのい
れい ふた であ ひと い ひと けっこん りかい かんが
い例に二つ出会ったわ。一つは言わないでおく。もう一つはシャーロットの結婚よ。あれは理解できない。どう考え
りかい
ても理解できないわよ!」
きもち かんが じぶん ふこう
「ねえ、リジーちゃん、そんな気持になってはだめよ。そんなふうに考えていたら、自分を不幸にしてしまうだけだ
たちば せいかく ちが おも しゃかい てき ちい
わ。あなたは、ひとそれぞれの立場や性格の違いを思いやってあげないんだもの。コリンズさんの社会的な地位をお
かんが しんちょう けんじつ せいかく かんが だい かぞく
考えなさいな、それからシャーロットの慎重で堅実な性格を考えてごらんなさい。あのひとのところは大家族なの
ざいさん かんが えんぐみ
よ、財産のことを考えれば、これはシャーロットにふさわしい縁組じゃないかしら。あのひとはきっと、わたしたち
いとこ
じゅうけい こうい そんけい かん しん
の従兄に好意や尊敬といったものを感じているのかもしれない、みんなのためにそう信じてあげましょうよ」
あね まんぞく しん しん
「お姉さまが満足なさるなら、なんでも信じましてよ。でも信じたからといって、だれのためにもならないわよ。
じゅうけい そんけい い かのじょ はんだん りょく にぶ おも
シャーロットがあの従兄をほんとうに尊敬していると言われても、わたしは彼女の判断力が鈍ったと思うだけだし、
うぬぼ
かのじょ あたま おも うぬぼ
いまじゃ彼女の頭がどうかしちゃったと思っているけど。あのねえ、ジェイン、コリンズさんというひとは、自惚れ
つよ そんだい どりょう せま おろ もの だんせい
が強くて尊大で、度量の狭い愚か者よ。あなたにも、わたしにもそれはわかっているじゃないの。それにあんな男性
けっこん じょせい かんが かた にんげん かん あいて
と結婚するような女性は、まともな考え方をする人間じゃないって、あなただって感じているはずだわ。たとえ相手
べんご にんげん せっそう せいれん ことば
がシャーロット・ルーカスでも弁護することはないのよ。たったひとりの人間のために、節操とか清廉という言葉の
いみ ま じこ ほんい しりょ ふんべつ きけん どんかん こうふく
意味を曲げてしまってはだめ、自己本位なことが思慮分別で、危険に鈍感であれば幸福がつかめるなんて、あなた
おも
だって、わたしだって、思ってはならないのよ」
ことば きび こた しあわ み
「あのふたりに、あなたの言葉は厳しすぎるわね」とジェインは答えた。「ふたりがともに幸せになるのを見れば、
ほの
はなし 仄 ふた
あなたにもわかるでしょう。でももうこの話はたくさん。あなた、いまさっきなにやら 仄 めかしていたわね。二つの
じつれい であ い さ ねが
実例に出会ったとか言ったでしょ。あなたがなにを指しているのかわかるけれど、でもお願いだから、リジーちゃ
ほう ひなん みそこ い くる じょせい こい きず
ん、あの方を非難したり、見損なったなどと言って、わたしを苦しめないでね。わたしたち女性は、故意に傷つけら
かんが げんき わか ようじんぶか しゅうい き くば
れたなんてあさはかなことを考えてはいけないわ。元気な若いひとが、いつもとても用心深く周囲に気を配るなんて
かんが じぶん うぬぼ おも ちが  おんな ほ
考えちゃいけないのよ。たいていは自分たちの自惚れのせいでとんだ思い違いをするんだわ。女って、褒められれば

すぐにいい気になってしまうものだから」
おとこ おんな き しむ
「そして男は、女がいい気になるように仕向けるわけね」
しむ ゆる そうぞう したごころ せけん
「わざと仕向けるとすれば、とても許せない。でもみんながあれこれ想像するような下心なんて世間にそうざらにあ
おも
るものじゃないと思うわ」
こうどう したごころ い い
「ミスタ・ビングリーの行動のどこかに、そんな下心がひそんでいたとは言っていないわよ」とエリザベスは言っ
わる たにん ふこう おも まちが お たにん
た。「でも悪いことをしようとか、他人を不幸にしようとか思わなくても、間違いは起こるかもしれないし、他人を
ふこう しりょ たにん きもち たい おも けつだん りょく
不幸にするかもしれない。思慮のなさ、他人の気持に対する思いやりのなさ、決断力のなさというものが、そういう
ひ お
ことを引き起こすんだわ」
「それであなたは、このことをそのうちのどれかのせいにするわけね?」
さわ
さいご けつだん りょく いじょう い き さわ
「ええ、そう。この最後の決断力のなさのせいにするわ。でもこれ以上言うと、きっとあなたの気に 障 るわ、あなた
そんけい わるぐち い いじょう い
が尊敬しているひとたちの悪口を言うことになるから。わたしにもうこれ以上言わせないで」
しまい ほう こうどう さゆう い
「すると、あのご姉妹があの方の行動を左右していると、どうしても言いたいのね」
ほう とも ちから あ
「そう、あの方のお友だちと力を合わせて」
しん しまい きもち うご あに
「そんなこと、信じられないわ。どうしてあのご姉妹が、ビングリーさまの気持を動かそうとするの? お兄さまの
しあわ ねが こころ よ じょせい ほう しあわ
幸せをひたすら願っているだけだわ。ビングリーさまがわたしに心を寄せているのなら、ほかの女性があの方を幸せ
にはできないでしょう」
あね みかた まちが かれ しあわ ねが
「お姉さまのそもそもの見方が間違っているのよ。あのひとたちは、彼の幸せのほかに、願っていることがたくさん
かれ とみ ふ しゃかい てき ちい たか のぞ りっぱ しんぞく
あるのかもしれないわ。彼が富を増やし、社会的な地位を高めることを望んでいるのかもしれない。ご立派な親族
かね じそんしん じょう けっこん
や、お金も自尊心もあるお嬢さまと結婚してもらいたいのかもしれないのよ」
しまい あに けっこん のぞ こた
「あのご姉妹が、お兄さまとミス・ダーシーの結婚を望んでいるのはたしかだわ」とジェインは答えた。「でもそれ
かんが きもち う
は、あなたが考えているより、もっとやさしい気持から生まれたものじゃないかしら。だってミス・ダーシーのこと
とも いぜん し す
は、わたしとお友だちになるずっと以前からよく知っていらっしゃるんだし、ミス・ダーシーのほうが好きだといっ
ふしぎ のぞ あに のぞ さか おも
ても不思議はないわ。でもあのひとたちの望みがどうであろうと、お兄さまの望みに逆らうなんてとても思えない。
はんたい りゆう きょうだい かって まね おも あに
よほど反対すべき理由がないかぎり、いくら兄妹でもそんな勝手な真似をしようとは思わないでしょう? お兄さま
あいじょう しん なか さ まね
がわたしに愛情をもっていると、あのひとたちがほんとうに信じていたら、わたしたちの仲を裂くような真似はする
きもち
はずないわ。ビングリーさまのお気持がほんとうにそうなら、そんなことうまくいくはずないもの。あなたは、そん
あいじょう かって そうぞう みち まちが い くる
な愛情があると勝手に想像して、だれしもが道にはずれた間違ったことをすると言ってわたしを苦しめるのね。そん
かんが くる きもち ごかい は
なことを考えてわたしを苦しめないでちょうだい。わたしはビングリーさまのお気持を誤解していたことを恥ずかし
おも と た ほう いもうと わる おも くら
いとは思っていないの。そんなことは取るに足りないこと、あの方や妹さんたちを悪く思うことに比べたらなんでも
ほう かんが じぶん なっとく
ないことよ。とにかくわたしは、いい方に考えたいの、自分に納得がいくように」
ねが さか いご な くち
 エリザベスも、ジェインのこうした願いには逆らえなかった。以後ふたりのあいだでミスタ・ビングリーの名が口
にされることはめったになくなった。
もど ふしん おも ぐち もど りゆう
 ミセス・ベネットはいまだにビングリーが戻ってこないのを不審に思い、愚痴をこぼしていた。戻らない理由につ

まいにち せつめい   き ふ お
いては、エリザベスが毎日のようにはっきり説明し、言い聞かせているのに、なかなか腑に落ちないらしい。エリザ
じぶん しん ははおや なっとく くろう ひ
ベスは自分でも信じていないことを、母親に納得させるのに苦労した。つまりミスタ・ビングリーがジェインに惹か
つか ま こいごころ あ
れたのは、よくある束の間の恋心のようなもの、ジェインと会わなければ、それでおしまいというわけだと。そうか
とうざ ははおや なっとく けっきょく まいにち おな はなし はめ
もしれないわねえと、当座は母親も納得するものの、結局エリザベスは毎日同じ話をくりかえす羽目になる。ミセ
さいこう なぐさ なつ こ きたい
ス・ベネットの最高の慰めは、夏になればミスタ・ビングリーはきっとお越しになるはずという期待だった。
もんだい べつ とら かた ひ
 ミスタ・ベネットはというと、この問題は別の捕え方をしていた。「どうやら、リジー」とある日ミスタ・ベネッ
い あね じょう こいじ じゃま はい い わか むすめ けっこん つぎ
トは言った。「きみの姉上の恋路に邪魔が入ったようだね。おめでとうと言っておこう。若い娘が結婚の次にうれし
しつれん かんが たね なかま めいよ
がるのは、ときどき失恋することらしいからね。まあ、考えごとの種にはなるし、仲間うちでは名誉のしるしのよう
ばん く ぬ つら
なものがあたえられるわけか。きみの番はいつ来るんだね? いつまでもジェインに抜かれっぱなしじゃ辛いだろう
ばん しかん たいせい とち れいじょう かた しつれん
に。いまこそきみの番だぞ。メリトンには士官どのが大勢いるじゃないか、土地のご令嬢方をぜんぶ失恋させてくれ
あいて こう せいねん みごと ふ
るほどね。ウイッカムをきみのお相手にしたらどうだ。好青年だし、見事に振ってくれるだろう」
ちち この だんせい
「ありがとうございます、お父さま。でもわたしは、それほど好ましい男性でなくてもけっこうなの。みんながジェ
こううん
インの幸運にあやかれるわけじゃありませんもの」
い お ははうえ
「ごもっとも」とミスタ・ベネットは言った。「だがなにが起ころうと、きみにはおやさしい母上がついていて、ど
しんぱい むよう
うにかしてくださるから心配はご無用だ」
ふこう できごと いっか な くら かげ お 払
 ミスタ・ウイッカムとのつきあいは、このたびの不幸な出来事がロングボーンの一家に投げかけた暗い影を追い払
やくだ ひんぱん あ かずかず びてん はら
うのに、おおいに役立った。みなが頻繁に会うようになると、ウイッカムのこれまでの数々の美点に、だれにでも腹
くら せっ びてん き はなし
蔵なく接するという美点がさらにくわわった。エリザベスがこれまでに聞かされた話、つまりミスタ・ダーシーから
う せいしょく ろく けんり けんり かれ きょひ けいい し と
受けるべき聖職禄の権利、その権利を彼に拒否された経緯は、いまやだれもが知るところとなり、おおっぴらに取り
さた い まえまえ むし す おとこ とく
沙汰されるようになった。そしてそう言えば、ミスタ・ダーシーは前々から虫が好かない男だったと、だれしもが得
しん
心したのである。
はなし し しゃくりょう
 ジェインだけが、この話にはきっと、ハートフォードシャーのひとびとには知られていない、なんらかの酌量すべ
じじょう かんが つね めん み おんわ せいかく
き事情があるのではないかと考えていた。常にひとのよい面を見ようとするジェインの温和な性格が、これにはきっ
じじょう さいこう うなが はなし い ちが い
と事情があるのだとそのたびに再考を促し、その話にはおそらくなにか行き違いがあったのだろうとしきりに言うの
ごく あくにん き
だが──ほかのだれもが、ミスタ・ダーシーこそ極悪人だと決めつけたのである。

    25

いと
あい こくはく けいじ けいかく いち しゅうかん つい どようび あい
 ミスタ・コリンズは、愛の告白と慶事の計画に一週間を費やし、土曜日になると、 愛 しいシャーロットのもとをい
さ べつり つら はなよめ むか じゅんび お やわ
よいよ去ることになった。しかしながら別離の辛さも花嫁を迎える準備に追われることになれば和らぐことだろう、
おとず じぶん せかいいち しあわ しゃ ひ き
なにしろこんどハートフォードシャーを訪れるときには、自分を世界一の幸せ者にしてくれる日がすぐにも決まると
うやうや いとま ご い と こ
きたい こんきょ しんぞく そう か きょう ひま ご うるわ いとこ
期待できる根拠があったからである。ロングボーンの親族には相も変わらぬ 恭 しさで 暇 乞いをし、麗しい従姉妹
けんこう あんたい ねが ちちうえ ごじつ れいじょう おく やくそく
たちの健康と安泰を願い、その父上には後日礼状を送ると約束した。
げつようび す こうれい おとうと ふうふ むか だい
 ミセス・ベネットは月曜日には、クリスマスをロングボーンで過ごすことが恒例になっている弟夫婦を迎えて、大
よろこ おとうと しりょ ふか しんし しか じんぶつ せいかく きょうよう あね
喜びであった。弟のミスタ・ガーディナーは思慮深い、いかにも紳士然とした人物で、その性格も教養も姉のミセ
まさ なりわい
ゆう しょうばい なま ぎょう じぶん てんぽ み す じんぶつ
ス・ベネットよりはるかに 優 っていた。商売を 生 業 とし、自分の店舗が見えるところに住んでいるような人物が、
れいぎ ただ そうかい じんぶつ やしき ふじん かた しん そうい
これほど礼儀正しく爽快な人物であろうとは、ネザーフィールド屋敷のご婦人方には信じがたいに相違ない。ミセ
としした そうめい きひん
ス・ガーディナーは、ミセス・ベネットやミセス・フィリップスよりいくつか年下だが、やさしく、聡明で気品もあ
めい した うえ めい とくべつ あいじょう むす
り、ロングボーンの姪たちからたいそう慕われていた。ことに上のふたりの姪とは特別な愛情で結ばれていた。ふた
おば いえ と
りともロンドンにある叔母の家によく泊まりにいった。
か つ おく もの くば さいきん りゅうこう いふく かた はな
 ベネット家に着いたミセス・ガーディナーはさっそく贈り物をみなに配り、最近流行している衣服の型など話して
き お わきやく はなし き ばん うった
聞かせた。これが終わると、こんどは脇役にまわった。みなの話を聞く番だった。ミセス・ベネットには、訴えねば
ふへい ふまん やま まえ あ め あ むすめ
ならない不平不満が山とある。あなたにこの前会ってからこちら、みんな、とてもひどい目に遭わされた。娘ふたり
けっこん みの
は、せっかく結婚するところまでいったのに、けっきょくなにも実らなかった。
せ ことば
「ジェインは責められないわ」とミセス・ベネットは言葉をついだ。「だってジェインは、できることならビング
かんが
リーさまをものにしてたわよ。ところが、リジーときたら! ああ、あなた! まったく考えられない、いまごろは
ふじん こ ま へや
コリンズ夫人になっていたかもしれないのよ、あの子があんなにつむじ曲がりじゃなかったら。このお部屋でせっか
けっこん もう こ こ ことわ
く結婚の申し込みをしてくれたのに、あの子ったら、なんと、断ったのよ。そのおかげでレディ・ルーカスが、わた
じょう けっこん かおく しき げん 嗣 そうぞく ほう
しをさしおいてお嬢さんを結婚させることになって、このロングボーンの家屋敷は、けっきょく限嗣相続法のおかげ
しまつ か
でそっくりあちらさんのものになってしまう始末よ。ルーカス家のひとたちときたら、そりゃずるがしこいのよ、あ
て はい い
なた。手に入るものならなんでもいただくというんだから。こんなふうには言いたくはないんだけれど、じつはそう
さか むすめ きんじょ じぶん かんが しんけい
なのよ。うちのなかには、やたらに逆らう娘がいるし、ご近所はまず自分たちのことしか考えないし、おかげで神経
さわ
さわ みじ おも き りゅうこう なが
に 障 って惨めな思いをさせられているわ。こんなときにあなたたちが来てくれて、ほんとにありがたいわ。流行の長
そで はなし き
いお袖の話も聞かせてもらって、ほんとうによかった」
けん か てがみ し めい
 この件については、ジェインやエリザベスと交わした手紙ですでに知らされていたミセス・ガーディナーは、姪の
きもち おも ぎし はなし かる わだい てん
気持を思いやって、義姉の話は軽くあしらい、さっさと話題を転じた。
もんだい はな あ
 あとでエリザベスとふたりきりになると、ミセス・ガーディナーはこの問題をさらに話し合った。「ジェインには
にあ あいて い ざんねん
お似合いのお相手だったらしいわね」とミセス・ガーディナーは言った。「だめになって残念だわ。でもこういうこ
せいねん うつく じょう こい
とはよくあるのよ! そのビングリーさんのような青年は、美しいお嬢さんとほんのしばらく恋におちる、でもたま
あいて わす き こい
たまはなればなれになると、相手のことなどけろりと忘れてしまうのね。こういう気まぐれな恋はよくあることよ」
かんが なぐさ い なぐさ
「そう考えれば慰めになるのかもしれないけれど」とエリザベスは言った。「わたしたちの慰めにはならないわ。わ
どくりつ らく く ざいさん わか
たしたち、たまたまはなればなれになってるわけじゃないのよ。独立して楽に暮らせるだけの財産をもっている若い
だんせい すう にち まえ はげ こい じょせい わす みうち ゆうじん と ふ
男性が、ほんの数日前まで激しい恋におちていた女性を忘れなさいと、身内のひとや友人に説き伏せられるなんて、
そうしじゅうあることじゃないでしょ」
はげ こい つきなみ あいまい あ ひょうげん
「でもその〈激しい恋におちた〉というのがね、いかにも月並、いかにも曖昧、およそ当てにならない表現で、どう
さん じゅう ふん しょう かんじょう ひょうげん しんじつ ねつれつ あいじょう ひょうげん
もよくわからないわねえ。三十分のおつきあいで生じた感情を表現することもあるし、真実の熱烈な愛情を表現する
こいごころ はげ
こともあるし。ねえ、ビングリーさんの恋心はどれほど激しいものだったの?」
ねつ あ み め むちゅう
「あんなお熱の上げっぷりは見たことがないわ。まわりのひとたちには目もくれないで、ジェインに夢中だったの
あ めだ じぶん ひら ぶとう かい わか ふじん なん にん
よ。ふたりが会うたびに、それがますます目立っていったわ。ご自分が開いた舞踏会でも、若いご婦人たちを何人も
おこ いち ど おど さそ に ど はな へんじ
怒らせてしまったのよ、一度も踊りに誘わなかったんですもの。わたしだって、二度も話しかけたのにお返事もして
りっぱ ちょうこう れいぎ か こい
もらえなかったわ。これほど立派な徴候はないでしょ? まわりのものに礼儀を欠くのは、これこそ恋というもの
じゃなくて?」
ほう こいごころ ほんもの こま こ
「ええ、そうよね! その方の恋心は本物だったのね。かわいそうなジェイン! 困ったわね、あの子は、そういう
た ち
こくふく せいしつ わら
ことをすぐには克服できない性質だから。これがあなただったらよかったのにね、リジー。あなたなら、笑いとばし
つ せっとく かんきょう か
て、はい、おしまいだもの。いっしょにロンドンに連れていきたいけど、説得できるかしら? 環境が変わればいい
おも いえ すこ
かもしれないと思うの──家から少しはなれてみるのもいいかもしれない」
もう で しょうち おも
 エリザベスはこの申し出をたいそうよろこび、ジェインもよろこんで承知するのではないかと思った。
い わか とのがた おも
「そうねえ」とミセス・ガーディナーが言った。「その若い殿方のことを思うあまり、ジェインがためらわなければ
す べつ ちいき はんい
いいけれど。わたしたちの住んでいるところは、ロンドンでもまったく別の地域だし、おつきあいの範囲もまったく
ちが し
違うし、あなたも知っての通り、外出もあまりしないから、その方とばったり出会うようなことは恐らくないと思う
のよ、あちらからジェインに会いにこないかぎりはね」
「それはまったくありえないわ。いまは、お友達に監督されているんですもの。まさかあのダーシーさまが、ロンド
ンのあんなところにいるジェインを訪ねていくのをビングリーさまに許すはずがないわ! ねえ、叔母さまはどうお
おも かれ
思いになる? 彼だってグレイスチャーチ街のような場所はたぶん知っているでしょうけど、そこに一歩足を踏み入
さいご よご からだ
れたら最後、汚れた体をひと月かけて洗っても清めることはできないと思うんじゃないかしら。第一ビングリーさま
かれ
は、彼といっしょでなければぜったい腰を上げないわ」
「それならいいけれど。ふたりが出会わないですむといいわね。でもジェインは、妹さんとは文通しているんでしょ
う? だからジェインは妹さんを訪ねずにはいられないんじゃないかしら」
「あちらはおつきあいをいっさいやめると思うわ」
いもうと

 だがエリザベスは、こうした点や、ビングリーがジェインと会うことを止められているというさらに重大な点に確
しん ふあん
信はあったものの、不安になった。よく考えてみると、自分はふたりの関係はまったく望みがないとは思っていな
とお

つき

てん
がいしゅつ

たず
であ
たず

あら

こし

かんが
がい

おも
ともだち

きよ
かんとく

ばしょ

じぶん

ほう


ゆる

おも

かんけい

であ

いもうと

のぞ
ぶんつう
だい いち
おそ

おば

いち ほ

じゅうだい

おも
あし

てん
おも

ふ い

あいじょう よみがえ ゆうじん えいきょう りょく てんせい みりょく まえ むりょく


い。ミスタ・ビングリーの愛情が甦って、友人たちの影響力など、ジェインの天性の魅力の前には無力になることも
かくじつ おも
あるかもしれない、いや確実にありうると思うこともあった。
おば さそ おう いっか かんが
 ジェインは叔母の誘いによろこんで応じた。そのときはビングリー一家のことはあまり考えもしなかったが、た
あに じょう おな いえ く あに じょう であ けねん
だ、ミス・ビングリーはいまは兄上と同じ家で暮らしているわけではないので、兄上と出会う懸念もなく、ときたま
す おも
ミス・ビングリーといっしょに過ごせるかもしれないと思ってはいた。
ふさい いち しゅうかん たいざい か か しかん
 ガーディナー夫妻は、一週間ロングボーンに滞在した。フィリップス家やルーカス家のひとびと、士官たちなどと
れんじつ あ よてい ひ いち にち おとうと ふうふ こころ くだ
連日のように会い、予定のない日は一日もなかった。ミセス・ベネットは、弟夫婦のもてなしに心を砕いたので、ふ
かぞく しょくじ せき つら いち ど いえ きゃく しょうたい しかん
たりが、家族だけの食事の席に連なるということは一度たりとなかった。家に客を招待するときは、士官たちがいつ
くわ かなら はい
もそれに加わり、ミスタ・ウイッカムが必ずそのなかに入っていた。ミセス・ガーディナーはこんなとき、ウイッカ
ほ ふ ま ぎねん ようす かんさつ み
ムをやたらに褒めちぎるエリザベスの振る舞いに疑念をおぼえ、ふたりの様子をつぶさに観察した。見たところ、ふ
ほんき あい ようす み こうい だ あき しょうしょう き
たりが本気で愛しあっている様子は見えないが、おたがいに好意を抱いているのは明らかで、それが少々気がかり
さ まえ はな あ いろこい ふかい
だった。それでハートフォードシャーを去る前に、このことについてエリザベスと話し合い、色恋に深入りするのは
けいそつ   き おも
軽率だと言い聞かせようと思った。
みりょく べつ たの じんぶつ
 ミセス・ガーディナーにとってウイッカムは、そのさまざまな魅力とは別に、ある愉しみをわかちあえる人物だっ
じゅう ねん じゅう に ねん まえ けっこん まえ う そだ
た。十年か、いや十二年前になろうか、ミセス・ガーディナーは結婚する前に、ウイッカムが生まれ育ったという
ち なが す きょうつう ちじん たいせい
ダービシャーの地に、かなり長いあいだ住んでいたことがあった。したがって、共通の知人が大勢いた。ウイッカム
ご ねん まえ ちちうえ たかい のち かえ きゅうち さいしん
は、五年前、ダーシーの父上が他界された後は、ほとんど帰ることもなかったが、それでも旧知のひとびとの最新の
しょうそく し
消息などは、ミセス・ガーディナーよりはずっとよく知っていた。
かん み な せんだい し じんぼう し
 ミセス・ガーディナーはペンバリー館を見たことがあり、亡くなられた先代のダーシー氏の人望もよく知ってい
わだい つ きおく かん
た。そんなわけで、話題はいつまでも尽きなかった。ミセス・ガーディナーが記憶しているペンバリー館に、ウイッ
やかた
かん びょうしゃ かさ な せんだい ひとがら さんじ てい
カムのこまごまとした 館 の描写を重ねてみたり、亡き先代のお人柄に賛辞を呈するなどしてウイッカムをよろこば
じぶん たの おも あじ とうしゅ たい しう はなし およ
せ、自分も愉しい思いを味わった。当主であるミスタ・ダーシーのウイッカムに対する仕打ちに話が及ぶと、ミセ
ようしょう ひょうばん きおく
ス・ガーディナーは、ミスタ・ダーシーの幼少のころの評判など記憶をたどり、そういえばミスタ・フィッツウィリ
こうまん きむずか しょうねん ひょうばん き おぼ い
アム・ダーシーは、とても高慢ちきで、気難しい少年だったという評判を聞いた覚えがたしかにあると言った。

    26

ねんご
はな あ きかい とら こん ちゅうい
 ミセス・ガーディナーは、エリザベスとふたりで話し合える機会を捉えると、さっそく 懇 ろな注意をあたえた。
じぶん おも しょうじき つた ことば
自分の思うところを正直に伝え、さらにこう言葉をつづけた。
かしこ こ はんたい いじ こい まね
「あなたはとても賢い子ですものね、リジー、反対されたからといって、意地で恋をするような真似はしないわよ
い ようじん むちゅう
ね。だからはっきり言いますよ。あなたにはくれぐれも用心してほしいの。ウイッカムに夢中になったり、あのひと
むちゅう ざいさん かる
を夢中にさせたりするようなことはしないでね。おたがいに財産がなければ、それは軽はずみというものよ。あのひ
わる い かん せいねん も も もう ぶん
とを悪く言うつもりはないわ。とても感じのいい青年ですもの。持つべきものを持ってさえいれば、申し分のないお
ふんべつ
あいて おも げんじつ かんが ゆめ ぶん べつ
相手だと思うわ。でも現実を考えれば、夢にひたっていてはだめよ。あなたには 分 別 というものがあるのだから、そ
したが きたい ちち はんだん りょく りょうしき こうどう しん
れに従うことをみんなが期待していますよ。お父さまだって、あなたの判断力と良識ある行動を信じていらっしゃる
ちち しんらい うらぎ
はずだわ。お父さまの信頼を裏切らないようにね」
おば まじめ
「叔母さまったら、いやに真面目なのね」
まじめ き
「そうよ、あなたもちゃんと真面目に聞いてちょうだい」
おば しんぱい じぶん き ようじん
「それなら、叔母さま、ご心配なさらないで。自分のことはちゃんと気をつけるし、ウイッカムさんのことも用心し
こい と ちから
ます。わたしに恋なんかさせませんよ、わたしに止める力があるならばだけど」
「エリザベス、あなた、もうふざけているわね」
いちど   なお こい
「ごめんなさい。もう一度言い直します。いまのところ、わたしはウイッカムさんに恋なんかしていません。ええ、
かれ あ かん
ほんとうよ。でもね、彼って、いままで会ったひとのなかでも、ほんとうにいちばん感じのいいひとなの。だからも
す むふんべつ
しわたしをほんとうに好きになったら──いいえ、そうならないほうがいいのよね。それが無分別だということはよく
ちち しんらい
わかるわ。ああ! それにしてもあのにっくきダーシー! お父さまがわたしを信頼してくださるなんて、こんなに
ほこ うらぎ は ちち き
誇らしいことはないわ。それを裏切ったりしたら、恥ずかしいわね。でもお父さまは、ウイッカムさんがとてもお気
はい おば かな もう
に入りなの。とにかく、わたしのために叔母さまたちを悲しませるようなことがあったら、ほんとうに申しわけあり
わか こい ざいさん けっこん 突
ませんものね。でもいまどきの若いひとたちは、恋をすると、たとえおたがいに財産がなくとも、どんどん結婚に突
すす き かしこ ふ ま あや
き進んでいくのよ。わたしだって、その気にさせられれば、ほかのひとたちより賢く振る舞えるかどうか怪しいもの
きもち さか は けんめい おば やくそく
だわ。そういう気持に逆らうのが果たして賢明なのかどうかわからないな。だから、いま叔母さまにお約束できるの
けっ あせ じぶん あいて めあ はやがてん
は、決して焦らないということね。自分が相手のいちばんのお目当てだなんて、早合点しないようにするわ。あのひ
あ ものほ かお さいぜん
とと会うときも、物欲しそうな顔はしないつもり。とにかく、最善をつくします」
こ かあ 招
「あのひとが、ちょくちょくここに来ないようにするほうがいいかもしれないわね。まずお母さまに、あのひとを招
まち き お
待する気を起こさせてはだめよ」
こころえがお わら つつし けん
「このあいだは、うっかりやっちゃったけど」とエリザベスは、心得顔に笑った。「そうね、それは慎んだほうが賢
あか き こんしゅう しょうたい 叔
明ね。でも、あのひとはそうしじゅううちに来ているわけじゃないわ。今週、あのひとをたびたび招待したのは、叔
はは きゃく あいて ひつよう かあ おも ぞん
母さまのためなのよ。お客さまにはいつもお相手が必要だというお母さまの思いこみはご存じでしょ。でもこれから
めいよ しりょ ふんべつ こうどう おば やす
はほんとうに、わたしの名誉にかけても、じゅうぶんな思慮分別をもって行動します。さあ、叔母さま、これでご安
しん
心でしょ」
おば あんしん い ちゅうこく れい い わか
 叔母は安心したと言った。エリザベスは、いろいろご忠告くださってありがとうと礼を言い、ふたりは別れた。こ
しゅ
たね ちゅうこく あいて はら た けう れい
の 種 の忠告をして、相手が腹を立てなかったという、これは稀有な例である。
ふさい しゅったつ もど
 ミスタ・コリンズは、ガーディナー夫妻とジェインが出立してからまもなくハートフォードシャーに戻ってきた。
か とうりゅう めいわく けっこん さこ
だがこのたびはルーカス家に逗留したので、ミセス・ベネットもさほど迷惑はこうむらなかった。結婚もまぢかに迫
さ きょうち たっ しあわ
り、ミセス・ベネットも、これはもう避けえぬものとようやくあきらめの境地に達し、「おふたりが幸せになるよう
いの とげ くちょう もくようび こんれい ひ すいようび
祈っている」と棘のある口調でくりかえした。木曜日が婚礼の日となり、水曜日にミス・シャーロット・ルーカスが
ぶ しつけ
わか あいさつ あいさつ た あ ははおや ふしょうぶしょう ふ しつけ
お別れの挨拶にやってきた。挨拶がすんでシャーロットが立ち上がったとき、エリザベスは母親の不承不承の不 躾
あいさつ は おも じぶん こころ うご へや で お
な挨拶を恥ずかしく思いながら、自分はひどく心を動かされ、部屋を出ていくシャーロットのあとを追った。いっ
かいだん お い
しょに階段を下りながら、シャーロットが言った。
たよ
「たびたびお便りちょうだいね、イライザ」
「まかせておいて」
ねが あ
「それからもうひとつお願いがあるの。会いにきてくださる?」

「ハートフォードシャーでちょくちょく会えるじゃないの」
はな おも く やくそく
「しばらくはケントを離れられないと思うの。だから、ハンスフォードに来るって約束して」
たず たの おも ことわ
 あちらを訪ねても楽しいことはあるまいと思ったものの、エリザベスは断れなかった。
ちち さんがつ く
「お父さまとマライアが、三月に来ることになっているの」とシャーロットはつけくわえた。「そのときあなたも
き ちち かんげい だい かんげい
いっしょに来てほしいの。ほんとよ、イライザ、父やマライアも歓迎だけど、あなたは大歓迎だわ」
けっこんしき と おこな はなむこ はなよめ きょうかい む しゅったつ れい れい
 結婚式が執り行われた。花婿と花嫁は、教会からまっすぐケントに向けて出立し、そのあとは例によって例のごと
けっこん たね はなし はな さ とも たよ う と ぶんつう おな
く、みながこの結婚を種に話に花を咲かせた。エリザベスはさっそく友の便りを受け取った。文通はこれまでと同じ
ひんぱん きそくただ つづ こころ か
ように頻繁に規則正しく続けられた。ただし、いままでのように心おきなく書くことはできなかった。エリザベスは
したた
てがみ 認 こころ しんみつ かんけい お かん てがみ げん
手紙を 認 めるたびに、あの心やすらぐ親密な関係は終わってしまったのだとしみじみ感じた。手紙のやりとりを減
こころ てがみ か げんざい かこ ゆうじょう
らさぬよう心がけてはいたけれど、手紙を書くのは、いま現在のためではなく、過去の友情のためだった。だが
てがみ なん つう きょうみ よ かのじょ あたら かてい か
シャーロットのはじめの手紙の何通かはおおいに興味をそそられて読んだ。彼女が新しい家庭についてどう書いてく
き め かのじょ じしん しあわ い
るだろうか、レディ・キャサリンはお気に召しただろうか、彼女自身がいまはどれほど幸せだと言うだろうか、そう
こうき しん なん つう てがみ よ
したもろもろに好奇心をかきたてられずにはいられなかった。だが何通かの手紙を読みおわってみると、シャーロッ
かのじょ じしん よそう か おも せいかつ かいてき かこ
トは、彼女自身があらかじめ予想していたことをそのまま書いているように思われた。生活を快適にするものに囲ま
ようす たの か かのじょ じしん ほ か
れている様子が、いかにも楽しそうに書いてあった。彼女自身が褒めようがないことはなにひとつ書かれていなかっ
いえ かぐ ちょうど きんりん どうろ かのじょ この き
た。家も家具調度も近隣も道路も、すべてが彼女の好みにかなっていた。レディ・キャサリンはとてもおやさしい気
かた おおぎょう えが かん すがた りせい め わ
さくな方らしい。ミスタ・コリンズが大仰に描いてみせたハンスフォードとロージングズ館の姿が、理性の目で和ら
か し じぶん たず おも
げて書いてあった。このほかのことを知るには、自分があちらを訪ねるよりほかはあるまいと、エリザベスは思っ
た。
ぶじ つ みじか たよ とど つぎ たよ か しょうそく
 ジェインから、無事ロンドンに着いたという短い便りが届いた。次の便りには、ビングリー家のひとたちの消息が
か きたい
書いてあるだろうとエリザベスは期待した。
に つう め てがみ おも ま おも むく き てがみ
 二通目の手紙をじりじりする思いで待ったが、そうした思いは報われないものと決まっている。その手紙によれば
いち しゅうかん あ てがみ
ジェインは一週間ロンドンにいたのだが、そのあいだキャロラインに会うこともなく、手紙をもらうこともなかった
だ あ さいご てがみ てちが ゆくえ し
という。どうやらロングボーンから出したキャロライン宛ての最後の手紙が、なにかの手違いで行方知れずになった
かんが
ようだとジェインは考えていた。
おば か わたし きかい
『叔母さまは』とジェインは書いている。『あす、ロンドンのあちらのあたりにおでかけになります。私はこの機会
がい たず
にグロヴナー街をお訪ねするつもりです』
がい おとず あ ようす し
 ジェインは、グロヴナー街を訪れ、ミス・ビングリーに会ったときの様子をふたたび知らせてきた。『キャロライ
げんき み わたし あ く
ンはお元気そうには見えませんでした。でも私に会えてよかったと、たいそうよろこんで、ロンドンに来るのをなぜ
なじ
し つま わたし おも とお わたし さいご てがみ とどけ
知らせてくれなかったのかと 詰 られてしまいました。やっぱり私の思った通りでした。私の最後の手紙が、届かな
あに げんき たず げんき
かったのです。むろんお兄さまがお元気かどうかお尋ねしました。お元気だそうですが、ダーシーさまとごいっしょ
いそが あ いもうと うま
で、いろいろとお忙しいらしいの、だからほとんど会っていらっしゃらないそうです。ダーシーさまのお妹さまが午
い わたし あ
餐にお出でになるということでした。私もお会いしたかったのですが。キャロラインもミセス・ハーストもちょうど
いとま
で ひま ちか で
お出かけになるところだったので、すぐにお 暇 しました。いずれ近いうちにこちらにお出かけくださるでしょう』
てがみ よ ふ ぐうぜん
 エリザベスは、この手紙を読んでかぶりを振った。これではジェインがロンドンにいることは、偶然でもなけれ
みみ はい
ば、ミスタ・ビングリーの耳に入ることはないだろう。
よん しゅうかん た あ あ く
 四週間経っても、ジェインはまだミスタ・ビングリーに会えなかった。会えなくとも悔やんではいないとジェイン
じぶん   き つめ き
は自分に言い聞かせていた。だが、ミス・ビングリーの冷たいあしらいには、さすがのジェインも気づかずにはいら
おば いえ にち かのじょ ま く よる こ りゆう かのじょ かんが
れなかった。叔母の家で日ごと彼女を待ちわびて暮らし、夜になれば来られない理由を彼女にかわって考えるという
に しゅうかん す ま つか ま た よ たいど
二週間が過ぎたところで、ようよう待ちびとがあらわれたが、それもほんの束の間立ち寄っただけ、しかも態度まで
か じぶん あざむ ようす つて
すっかり変わっていたので、ジェインもいつまでも自分を欺いているわけにはいかなくなった。このときの様子を伝
てがみ きもち
えてきたジェインの手紙には、その気持がよくあらわれている。
わたし あい わたし こうい あざむ こくはく
『私の愛するリジーは、私がミス・キャロライン・ビングリーのみせかけの好意にまんまと欺かれていたと告白して
わたし はんだん ただ むね は あい いもうと
も、ほうら、ごらん、やっぱり私の判断は正しかったと胸を張ったりするひとではありませんよね。でも愛する妹
な ゆ ただ しょうめい たいど こう
よ、この成り行きは、たしかにあなたが正しかったことを証明しています。でもキャロラインのこれまでの態度を考
わたし しん うたが おな とうぜん き
えると、私があのひとを信じたのは、あなたがあのひとを疑ったのと同じように当然だった気がします、どうかこん
わたし ごうじょ おも わたし した りゆう けんとう
な私を強情っぱりめと思わないでくださいね。キャロラインが私と親しくしようとした理由は見当もつきませんが、
おな じょうきょう わたし まど きのう 訪
もしまた同じような情況になれば、私はきっとまた惑わされるでしょう。キャロラインは、昨日になってようやく訪
とい かえ き みじか はし が いち まい とど み ほんい
問のお返しに来ました。それまでのあいだ、短い走り書きの一枚も届けてはくれませんでした。見えたときも、本意
いちもく こ かたち あやま かい
でないことは一目でわかりました。これまで来られなかったことを、形だけちょっと謝っただけで、ぜひまた会いま
ひとこと い いぜん ひと か かえ
しょうとは一言も言わなかったし、以前とはまったく人が変わったようでしたから、あのひとが帰ったあと、もうこ
と けっしん せ き どく おも
れでおつきあいは止めようときっぱり決心しました。あのひとを責めずにはいられませんが、でも気の毒に思いま
わたし とも えら まちが した もと
す。そもそも私をお友だちに選んだのが間違いだったのです。はじめに親しいおつきあいを求めてきたのは、あちら
まちが き どく おも
だったということ、これは間違いありません。でもお気の毒です、だってすまないことをしたと思っていらっしゃる
あに み あん ちが いじょう
でしょうから。それもお兄さまの身を案ずるあまり、こういうことになったに違いありませんもの。これ以上くどく
せつめい ひつよう しんぱい ひつよう わたし
ど説明する必要はないわね。あちらがそんな心配をなさる必要はまったくなかったのは、私たちにはよくわかってい
しんぱい わたし たい ふ ま ようい なっとく あに
ますものね。でも、あちらがまだ心配しているとしたら、私に対する振る舞いも容易に納得できます。たいそうお兄
おも いもうと あに み あん とうぜん きもち
さま思いの妹さんが、なんであれ、お兄さまの身を案ずるのは当然ですし、やさしいお気持のあらわれですものね。
しんぱい ふしぎ わたし すこ かんしん
でもまだそんな心配をなさっているのが不思議でたまりません、だってビングリーさまが、私に少しでも関心がおあ
まえ あ ことば さっ
りになるなら、もうずっとずっと前にお会いできているはずです。キャロラインの言葉のはしばしから察すると、ビ
わたし ぞん あに いもうと
ングリーさまは、私がロンドンにいることはご存じのはずですもの。お兄さまはダーシーさまのお妹さん、ミス・
おも よ かのじょ じしん しん き わたし りかい
ダーシーに思いを寄せていると、どうやら彼女自身が信じたがっているような気がします。そこが私には理解できま
きび みかた き むね
せん。あえて厳しい見方をするならば、これには、なにかまやかしがあるような気がしてなりません。でもこんな胸
いた かんが お はら つと わたし しあわ あいじょう あい おじ おば
の痛むような考えはみんな追い払うよう努め、私を幸せにしてくれるもの、あなたの愛情と愛する叔父さまと叔母さ
か しんせつ かんが つと へんじ
まのいつに変わらぬご親切だけを考えるよう努めます。どうかすぐにお返事くださいね。キャロラインによると、ビ
にど もど やしき ひ はら はなし 確
ングリーさまはもう二度とネザーフィールドにはお戻りにならず、あのお屋敷は引き払うようなお話ですけれど、確
ふ とも
かなことはわかりません。このことについてはおたがいにもう触れないほうがよいでしょう。ハンスフォードのお友
たの しら
だちからとても楽しい報せがあったとか、ほんとうによかったですね。サー・ウィリアムとマライアとごいっしょ
たず たの す
に、ぜひあちらをお訪ねなさいね。あちらではきっと楽しく過ごせるはずです。
かしこ』

てがみ よ こころ いた いもうと あざむ おも


 この手紙を読んだエリザベスはちょっと心が痛んだものの、ジェインがもう、あの妹に欺かれることはないと思う
きぶん は あに よ きたい かんぜん き あ あい よみがえ ねが
と気分が晴れた。その兄に寄せた期待はこれで完全に消えた。会えば愛が甦ると願うことすらもうないだろう。ミス
じんかく かんが かんが ひょうか お かれ ばち いみ
タ・ビングリーの人格というものも考えれば考えるほどその評価は落ちていった。彼に罰をあたえる意味でも、そし
なぐさ いみ かれ いもうと けっこん
てジェインに慰めをあたえる意味でも、彼がほんとうにすぐにでもミスタ・ダーシーの妹と結婚すればよいのにと、
こころ ねが い けっこん
エリザベスは心から願った。ウイッカムが言っていたとおりなら、ミス・ダーシーとの結婚は、ミスタ・ビングリー
じぶん す かち おお おも し ちが
に、自分が捨てたものの価値の大きさを思い知らせるに違いないからである。
おり おば てがみ とど かん やくそく も だ ご けい
 折しも叔母のミセス・ガーディナーから手紙が届き、ウイッカムに関する約束をあらためて持ち出し、その後の経
か し い じぶん おば じじつ か おく
過を知らせるように言ってきた。エリザベスは、自分より叔母がよろこびそうな事実を書き送った。ウイッカムがエ
いんぎん
しめ あいじょう さ 慇 懃 こころくば もっか じょせい ねつ あ
リザベスにはっきりと示していた愛情はいまや冷め、 慇 懃 な心配りもなくなり、目下ほかの女性に熱を上げている。
ちゅういぶか かんさつ じじつ み くつう かん おば つた
エリザベスは注意深く観察していたので事実がよく見えたが、さほど苦痛も感じないで叔母にありのままを伝えるこ
こころ きず ざいさん じぶん えら あいて しん
とができた。心はちょっぴり傷ついたものの、こちらに財産があれば、自分こそがウイッカムの選ぶ相手だったと信
きょえい しん み むちゅう わか ふじん さいだい みりょく とつじょ ころ
じることで虚栄心は満たされた。ウイッカムがいま夢中になっている若いご婦人の最大の魅力は、突如転がりこんだ
いち まん

じぶん
けいざい
いさん
一万ポンドという遺産だったからである。だがウイッカムに対しては、シャーロットのときと比べると、いささか見
かた あま てき
方が甘くなり、経済的な自立を望んだウイッカムを非難する気はなかった。逆に、こうなるのはごく自然なことだと
おも
思われた。自分をあきらめるについて多少の葛藤があったに違いないと思えば、どちらにとっても妥当で賢明な行動
であったとすなおに認める気にもなり、心からウイッカムの幸せを望む気持にもなれた。
けいい
みと

 こうした経緯はすべて、ミセス・ガーディナーに伝えられた。そしていまの情況をことこまかに説明したのち、エ
リザベスはさらにこう綴った。

はげ じょうねつ
つづ

『いまにしてよくわかりますが、叔母さま、私は、それほど深い恋をしていたわけではなかったのです。もしほんと
じゅんすい
うに純粋で激しい情熱に身を焦がしていたのなら、いまはあのひとの名前を口にするのもいやでしょうし、あのひと
み わざわ
の身にありとあらゆる災いが降りかかるように祈るでしょう。でも私はあのひとに対してとてもやさしい気持になっ
あいて
ていますし、お相手のミス・キングにも温かな気持を感じています。憎しみなどどこにもありませんし、むしろとて
じょう
もいいお嬢さんだとさえ思っています。これでは、恋をしていたとは言えません。私の用心深さが効を奏したのです

じりつ

おも


のぞ

おば
たしょう

こころ

あたた
かっとう

わたし

いの

きもち
つた

こい
ひなん

かん
たい

ちが

しあわ

ふか こい
のぞ

わたし
なまえ

にく


おも

きもち
ぎゃく

くち
じょうきょう

たい

わたし ようじんぶか
くら

だとう

せつめい

こう
しぜん

そう
けんめい

きもち

こうどう

まん いち わたし くる こ こ おもしろ


ね。万が一私がミスタ・ウイッカムに狂おしいほど恋い焦がれていたら、まわりのひとたちにとってはさぞや面白い
じ もく
み べつ ちゅうもく なさ おも せけん みみ め あつ
見ものだったでしょうけれど、別にひとから注目されなくても情けないとは思いません。世間の耳 目 を集めるには、
だいしょう しはら わたし かれ こころ か
ときにはとてつもない代償を支払わなくてはならないのかもしれませんね。私よりキティとリディアが、彼の心変わ
う ぶ ぶ おとこ
むね いた うぶ わか びなん こ みにく おとこ おな た
りに、ひどく胸を痛めています。ふたりともまだ初心なので、若くて美男子でも、醜 男 と同じように、食べていく
ざいさん かこく げんじつ
ための財産がなければならないという過酷な現実がわかっていないのです』

    27

いっか いらい できごと たの


 ロングボーンの一家には、あれ以来たいした出来事もなく、楽しみといえば、メリトンまで、ときにはぬかるんだ
みち かんぷう ある いちがつ にがつ す さんがつ
道を、ときには寒風にさらされて歩いていくのがせいぜいで、こうして一月と二月が過ぎていった。三月にはエリザ
い ほんき かんが
ベスはハンスフォードへ行くことになっている。はじめのうちはさほど本気で考えてはいなかったが、シャーロット
けいかく ま しだい むね い おも
が、この計画を待ちわびているとわかると、エリザベスも次第に胸をときめかせ、ぜひ行ってみたいと思うように
あ きもち つよ たい
なった。シャーロットがいざいなくなってみると、ふたたび会いたいという気持が強くなり、ミスタ・コリンズに対
けんお うす けいかく めさき か ははおや いもうと あいて
する嫌悪は薄らいできた。この計画なら目先が変わっていい、なにしろ母親とつきあいにくい妹たちが相手では、わ
いえ いごこち い すこ きぶん か わる たび とちゅう ようす
が家も居心地がよいとは言えないし、少し気分を変えてみるのも悪くはない。それに旅の途中でジェインの様子もの
しゅったつ とき ちか いっこく ゆうよ お きぶん じゅんちょう すす
ぞいていける。つまりは出立の時が近づいてくると、もう一刻の猶予も惜しい気分だった。なにもかも順調に進み、
さいしょ あん とお はこ じじょ どうこう
シャーロットの最初の案の通りにすべてが運んだ。エリザベスはサー・ウィリアムとその次女マライアに同行するこ
いちや す あん うん けいかく きたい いじょう かんぺき
ととなった。ロンドンで一夜を過ごすという案まで運よくくわわって、計画は期待以上に完璧なものになった。
くつう ちちおや のこ さび ちが ちちおや
 ただひとつ苦痛だったのは、父親を残していくことだった。エリザベスがいなくなれば淋しがるに違いない父親
しゅったつ だん むすめ じたい てがみ てがみ
は、いざ出立という段になると、娘とはなれるという事態にどうしてもなじめず、かならず手紙をくれるよう、手紙
へんじ か かた やくそく しまつ
にはかならず返事は書くからと、堅く約束までする始末だった。
ねんご
わか なご こん なごり 惜
 エリザベスとミスタ・ウイッカムとの別れは、まことに和やかで、ウイッカムのほうがいっそう 懇 ろに名残を惜
べつ じょせい しゅうしん じぶん め こころ ひ じょせい み
しんだ。いまや別の女性にご執心とはいえ、はじめて自分の目にかない、心を惹かれた女性はエリザベスだった。身
うえ はなし みみ かたむ どうじょう じょせい
の上話にはじめて耳を傾けてくれ同情してくれたのもエリザベス、はじめてあこがれた女性がエリザベスだったこと
けっ わす わか あいさつ たび ぶじ いの
は決して忘れられなかった。ウイッカムは別れの挨拶をし、旅の無事を祈ってくれ、レディ・キャサリン・ド・バー
い おも だ れいふじん たい いけん
グについていつか言ったことを思い出させてくれ、令夫人やほかのすべてのひとたちに対するふたりの意見はきっと
いっち ちが い たいど しんそこ みりょう こころづか かのじょ
一致するに違いないと言ってくれたが、そうしたウイッカムの態度にはエリザベスを心底魅了する心遣いと彼女への
かんしん かん けっこん ひと み じぶん みりょく てき じんぶつ
関心が感じられた。結婚しようと、独り身であろうと、このひとは自分にとって、いつまでもやさしく魅力的な人物
みほん かのじょ かくしん わか
の見本であろうと彼女は確信しながら別れたのである。
よくじつ
 翌日からはじまった旅の道連れは、ウイッカムの魅力をいささかでも忘れさせてくれるようなひとたちではない。
サー・ウィリアム・ルーカスはもちろんのこと、その令嬢マライアも、陽気な娘だとはいえ、父親同様に頭はからっ
みみ かたむ
あたい
あたい
ぽ、耳を傾けるに 価 するような話はいっこうになく、さながら二頭立て四輪馬車のがらがらという車輪の音を聞い
ているようだった。エリザベスはばかばかしい話が大好きだが、サー・ウィリアムのばか話はこれまでにもうさんざ
き きゅうてい
ん聞かされていた。宮廷に伺候して勲爵士の授与式に臨んだ際にいかに 恐 懼したかという話ばかり。馬鹿丁寧な物
こし
腰もそのお話同様うんざりだった。
はなし どうよう

よん じゅう た
 たった四十キロ足らずの旅であり、おまけに早朝に出立したので、 午 ごろにはもうグレイスチャーチ街に到着し
おじ
た。ガーディナー叔父の屋敷の玄関に向かうと、ジェインが客間の窓から身を乗り出して馬車の到着を待ちかまえて
げんかん はい
いた。玄関を入ると、ジェインはもうそこにいてみんなを出迎えた。その顔を見つめたエリザベスは、ジェインがこ
か うつく
れまでと変わらず美しく血色もよいので安心した。階段の上には、小さな坊やや嬢やたちが集まっている。従姉に会
いっしん きゃくま
いたい一心で、客間で迎えるまで待ちきれないのだが、はにかみやさんの上に、十二カ月ぶりで会うものだから、階
か ゆうき
たび

むか
やしき

けっしょく
みちづ

しこう

たび

げんかん
はなし


ナ イ ト
くんしゃく


あんしん
はなし

じゅよ

そうちょう
しき

よろこ
みりょく

だいす

かいだん
れいじょう

のぞ

しゅったつ

でむか

うえ

しんせつ
さい

きゃくま

こころづか
とう

まど

ちい

ひる
うま
わす

ようき

きょう く
おそれ
シ ェ イ ズ
よん りん

かお

ぼう

うえ



むすめ


ばしゃ

の だ

じょう

じゅう に かげつ
はなし

はなし

ばしゃ

あつ
ちちおや

いち にち
とうちゃく


どうよう

しゃりん

ばか

がい


あたま

おと

ていねい

とうちゃく

いとこ
じゅうし

ゆかい

もの

かい

かい

下におりてくる勇気もなかったのだ。あたりには喜びと、親切な心遣いが満ちあふれていた。一日がたいそう愉快に
す にち ちゅう ある か もの よる しばい けんぶつ い
過ぎていった。日中はせわしく歩きまわってお買い物、夜は芝居見物に行った。
おば とな せき いちばん き しつもん こた おば くち
 エリザベスは叔母の隣りに席をとった。ジェインが一番の気がかりだった。こまかい質問に答えてくれる叔母の口
げんき ふ ま つと しず き おどろ
から、ジェインはいつも元気に振る舞うように努めてはいたけれど、沈みこんでいるときもあったと聞くと、驚くよ
こころ いた じょうたい なが つづ ねが とうぜん おば
りも心が痛んだ。そんな状態が長くは続かないようにと願うのは当然だった。ガーディナー叔母はまた、ミス・ビン
がい たず ようす かた なん ど はなし か
グリーがグレイスチャーチ街に訪ねてきたときの様子をつぶさに語り、そのあと何度かジェインと話を交わしたが、
ほんき こうさい い
どうやらジェインは本気でミス・ビングリーとの交際をあきらめたようだと言った。
おば こころが しんぼう ほ
 それからガーディナー叔母は、ウイッカムの心変わりにあったエリザベスをからかい、よく辛抱したわねえと褒め
てやった。
おば じょう
「でもねえ、エリザベス」と叔母はつけくわえた。「ミス・キングっていったいどんなお嬢さんなの? ウイッカム
かね めあ おも ざんねん
さんがお金目当てだと思うと、残念だわね」
おば かね めあ けっこん ふんべつ けっこん ちが
「まあ、叔母さまったら、お金目当ての結婚と、分別ある結婚と、そこにどんな違いがあるというの? どこまでが
ふんべつ かね めあ きょねん おば けっこん しんぱい
分別で、どこからがお金目当てなの? 去年のクリスマスには、叔母さまは、あのひとがわたしと結婚するのを心配
けっこん むふんべつ いち まん じさん きん
していらしたわ、そんな結婚は無分別だからって。それなのにいまは、ウイッカムさんがたった一万ポンドの持参金
じょう けっこん かね めあ かんが
つきのお嬢さんと結婚するのは、お金目当てだとお考えになりたいのね」
じょう おし かんが
「そのミス・キングがどういうお嬢さんか教えてくれれば、考えようもあるんだけど」
きだ じょう おも わる みあ
「とても気立てのいいお嬢さんだと思う。悪いところは見当たらないわね」
じょう そふ いさん う つ め
「でもそのお嬢さんがお祖父さまの遺産を受け継ぐまでは、ウイッカムさんは目もくれなかったんでしょ」
かね あいじょう もと
「そうよ──あたりまえでしょ? わたしにお金がないから、あのひとはわたしに愛情を求めてはならないというな
あい うえ おな まず じょせい   よ
ら、愛してもいない上に、わたしと同じように貧しい女性に言い寄るわけがないわ」
いさん そうぞく じょう   よ ふきんしん おも
「でも、遺産相続のすぐあとに、そのお嬢さんに言い寄るなんて不謹慎だと思うけど」
まず きょうぐう だんせい れいせつ よゆう かのじょ いや
「貧しい境遇におかれた男性は、礼節などにこだわっている余裕はないのよ。彼女が嫌がっているわけでもないの
いぎ とな ひつよう
に、なんでわたしたちが異議を唱える必要があって?」
じょう いや こうどう ただ
「そのお嬢さんが嫌がっていないからといって、ウイッカムさんの行動が正しいことにはならないのよ。それはその
じょう なに か じょうしき かんじょう
お嬢さんに何か欠けているものがあるということよ──常識とか感情とか」
おおごえ い よくば じょう
「まあ」とエリザベスは大声で言った。「なんとでもおっしゃってくださいな。ウイッカムは欲張りで、あのお嬢さ
ばか
んはお馬鹿さんだって」
おも なが す
「そうじゃないのよ、リジーちゃん、わたしはそんなふうには思いたくないの。ダービシャーに長いこと住んでいた
せいねん わる おも
青年を悪く思うのはいやなのよ」
す せいねん おも
「ああ! そういうことだったら、わたしはダービシャーに住んでいる青年なんかよくは思っていないし、ハート
す した とも に おも れんちゅう
フォードシャーに住んでいるその親しいお友だちだって、似たようなものだと思うわ。あの連中はみんなむかむかす
い れいぎ し じょうしき
るわ。ああ、やれやれね! わたしがあした行くところにも、いいところなんかまるでない、礼儀知らずで常識はず
だんせい あいて ばか おとこ
れの男性がいるのよ。つまりおつきあいできるお相手は、お馬鹿な男ばかりというわけだわ」
くち
しばい
つつし
「口を慎みなさい、リジー。その言い草は、まるで失恋したお嬢さんみたいだわ」
  ぐさ しつれん じょう

お きと まえ おも しあわ ま おじ おば なつ けいかく
 芝居が終わって帰途につく前に、エリザベスには思いがけない幸せが舞いこんだ。叔父と叔母がこの夏に計画して
たの たび い さそ
いる楽しい旅にいっしょに行かないかと誘われたのである。
い き い こすい ちほう
「どこまで行くかまだ決めてはいないのだけれど」とミセス・ガーディナーは言った。「でもたぶん湖水地方までは
い おも
行くと思うの」
さそ いち に おう
 エリザベスにとってこれほどうれしい誘いはなかった。だから一も二もなくよろこんで応じた。
おば うちょうてん さけ しあわ
「まあ、おやさしい叔母さま」エリザベスは有頂天になって叫んだ。「なんてうれしい。なんて幸せなんでしょう!
おば い かえ げんき しつぼう ゆううつ こすい ちほう いわやま くら おとこ
 叔母さまのおかげで生き返ったように元気になれるわ。さらば、失望よ、憂鬱よ。湖水地方の岩山に比べたら、男
ゆめ じかん す りょこう しゃ ちが
なんてなんでしょう? わあ! 夢のようなわくわくする時間が過ごせるのね! でもふつうの旅行者とは違って、
せいかく こた い み
なんでも正確に答えられるようにしましょうね。どこへ行ってきたか、ちゃんとわかるように──なにを見てきたか、
おも だ みずうみ やま かわ あたま ふうけい せつめい
ちゃんと思い出せるように。湖や山や川が、頭のなかでごっちゃにならないように。風景の説明をするときには、そ
ちほう   あらそ りょこう しゃ じぶん
れがその地方のどのあたりだったかということで言い争ったりしないように。たいていの旅行者がそうだけど、自分
かんどう むちゅう   て
たちの感動を夢中になってまくしたてて、聞き手をうんざりさせることのないようにしましょうね」

    28

よくじつ どうちゅう み めあたら きょうみ きぶん けんこう


 翌日の道中は、見るものすべてがエリザベスには目新しく興味をかきたてられた。気分もうきうきしていた。健康
ふあん ふ と げんき あ きた たび きたい よろこ つ みなもと
の不安など吹き飛ばすほど元気そうなジェインに会えたことと、北への旅の期待が、喜びの尽きせぬ源となっていた
からである。
ほん かいどう つう ほそみち はい め ぼくし かん さが かく ま
 本街道をはずれて、ハンスフォードに通じる細道に入ると、みなの目が、牧師館を探し、角を曲がるたびに、こん
み きたい かん ていえん かこ しがらみ みち かたがわ つら
どこそは見えるものと期待した。ロージングズ館の庭園を囲む柵が道の片側にえんえんと連なっている。エリザベス
じゅうにん き おも だ え も
は、そこの住人について聞いたことを思い出して笑みを洩らした。
つい ぼくし かん み みち む けいしゃ にわ た いえ りょくしょく もくさく げっけいじゅ かり
 遂に牧師館が見えてきた。道に向かってなだらかに傾斜している庭、そのなかに立つ家、緑色の木柵、月桂樹を刈
い がき もくてき ち とうちゃく つ とぐち
りこんだ生け垣、あらゆるものが、目的地に到着したことを告げていた。ミスタ・コリンズとシャーロットが戸口に
えがお ばしゃ いえ つう みじか じゃり どう てまえ ちい もん まえ とま
あらわれ、みなが笑顔でうなずきあううちに、馬車は、家に通じる短い砂利道の手前の小さな門の前で停まった。み
ばしゃ さいかい こおど とも
なはいっせいに馬車をおりて、再会をよろこびあった。ミセス・コリンズとなったシャーロットは小躍りしながら友
いとこ
じん むか こころ かんげい う き おも じゅうけい ものごし
人を迎えた。たいそう心のこもった歓迎を受けたエリザベスは、ほんとうに来てよかったと思った。従兄の物腰が、
けっこん か いちもくりょうぜん けいしき れいぎ さほう か
結婚してもまったく変わっていないのは一目瞭然だった。あの形式ばった礼儀作法は、いままでとまったく変わらな
もん ひ と かぞく しょうそく まんぞく たず
い。門のところでエリザベスをしばし引き止め、家族ひとりひとりの消息について満足がいくまであれこれ尋ねた。
ぬ こぎれい げんかん きゃく ちゅうい む いちどう いえ なか 招 い
ミスタ・コリンズは、それから抜かりなく小綺麗な玄関に客の注意を向けさせたのち、一同を家の中に招じ入れた。
ろうおく
きゃくま はい 陋 や こ かくしきば おおぎょう あいさつ つま
みなが客間に入るとすぐに、わが 陋 屋 へようこそお越しくださいましたと、またもや格式張った大仰な挨拶をし、妻
ちゃか きちょうめん
のすすめる茶菓を几帳面にくりかえしすすめた。
とくいまんめん あ かくご へや ひろ
 エリザベスは得意満面のミスタ・コリンズに会うだろうと覚悟はしていた。部屋のほどよい広さや、そのたたずま
かぐ ちょうど じまん む はな じぶん きょぜつ
いや、その家具調度を自慢するときは、わざわざエリザベスに向かって話しかけるので、自分を拒絶したエリザベス
うしな おお かん ねが おも
に失ったものの大きさを感じさせてやりたいと願っているのではないかと思わずにはいられなかった。なにもかもが
こぎれい かいてき み く ようす み き
小綺麗で快適そうに見えるけれど、悔やむ様子を見せてコリンズをよろこばせてやる気にはならない。それよりも、
きげん ふ ま ふしぎ おも なが
こんなひとといっしょにいて、これほど機嫌よく振る舞っていられるシャーロットを不思議な思いで眺めていた。ミ
いっさい つま は おも い
スタ・コリンズが一再ならず、妻にかなり恥ずかしい思いをさせるようなことを言うたびに、エリザベスはシャー
め む に ど とも かお あか み
ロットのほうについつい目を向けてしまう。二度ほど、友がかすかに顔を赤らめるのが見えたが、シャーロットはた
き しょっき たな ろ こうし へや かぐ ちょうど ほ たび はなし
いていは聞こえぬふりをしている。食器棚から炉格子にいたるまで部屋にある家具調度をことごとく褒め、旅の話を
できごと はな にわ さそ
し、ロンドンでの出来事など話してしまうと、ミスタ・コリンズが、庭をひとまわりしませんかとみなを誘った。
ひろびろ うつく ととの にわ かれ じしん てい にわ しごと むじょう たの
広々として美しく整えられた庭は、すべて彼自身が手入れしたものだった。庭仕事はコリンズの無上の楽しみのひと
そと うご けんこう すす かお い
つなのである。外で動きまわるのは健康にいいから、おおいに勧めているのよとすました顔で言うシャーロットにエ
かんしん じゅうおう しょうけい さき た ある ほ
リザベスは感心した。コリンズは縦横にめぐらされた小径を先に立って歩き、みなに褒めてもらいたいくせにその
いとま
ひま ふうけい うつく ゆび せつめい しほう
暇 はあたえず、風景の美しさなどはそっちのけで、あちらこちらと指さしてはことこまかに説明する。四方にひろ
はたけ かず い とお こだち なん ほん じゅもく し ていえん
がる畑の数も言えるし、いちばん遠くにある木立には何本の樹木があるかも知っていた。だがこの庭園にしても、こ
やかた
ちほう くに ほこ けいかん かん けいかん およ かん ぼくし かん まむ
の地方や国が誇る景観にしても、ロージングズ館の景観には及びもつかない。その 館 は、牧師館のほぼ真向かいに
こうだい ていえん こだち とぎ のぞ こだか おか かま げんだい ふう うつく
ある広大な庭園をかこむ木立が途切れるあたりから望むことができた。小高い丘にどっしりと構えた現代風の美しい
たてもの
建物だった。
ていえん む ふた ぼくそう ち あんない ようす ふじん かた
 ミスタ・コリンズは、庭園のさらに向こうにある二つの牧草地を案内したい様子だったが、ご婦人方はあいにく、
のこ しろ しもばしら ふ ある くつ とも
あたりに残る白い霜柱を踏んで歩けるような靴をはいていなかった。サー・ウィリアムがコリンズのお供をし、
いもうと いえ あんない おっと つ そ じゆう いえ み
シャーロットは妹やエリザベスに家のなかを案内した。夫の付き添いなしに、自由に家のなかを見せてまわれるのが
いえ つく つか がって ちょうわ
よほどうれしいらしい。家はこぢんまりしているが、しっかりした造りで使い勝手もよい。なにもかもが調和のとれ
かたち ととの てがら おも
たすっきりした形で整えられており、これはすべてシャーロットのお手柄だろうとエリザベスは思った。ミスタ・コ
そんざい わす ここち あき たの ようす み
リンズの存在を忘れれば、すべてがまことに心地よく、シャーロットがそれを明らかに楽しんでいる様子を見れば、
つま そんざい わす ちが おも
コリンズは妻からしばしばその存在を忘れられているに違いないとエリザベスは思った。
ち し ゆうしょく せき
 レディ・キャサリンがこの地にまだおられることは、エリザベスもすでに知っていた。夕食の席にはミスタ・コリ
はなし で
ンズもくわわってふたたびその話が出た。
つぎ にちようび きょうかい め こうえい よく
「はい、ミス・エリザベス、次の日曜日には教会で、レディ・キャサリン・ド・バーグにお目にかかる光栄に浴すこ
い こし ひく ほう
とでしょう。あらためて言うまでもなく、よろこんでいただけましょう。それはおやさしく、腰の低い方でいらっ
れいはい お め と こえ
しゃいますから、礼拝が終わりましたときに、かならずやお目に止まり、お声をかけていただけるでしょう。あなた
いもうと
かた とうけ たいざい しょうたい えいよ たまわ おも さい ぎまい とも 招
方が当家に滞在なさるあいだ、ご招待の栄誉を賜るかと思いますが、その際はあなたとわが 義妹 マライアも共にご招
まち まちが しゅう に ど
待くださることは間違いありますまい。うちのシャーロットにもそれはよくしてくださいます。週に二度は、ロージ
かん ごさん しょうばん けっ とほ いえ もど おくがた
ングズ館で午餐のお相伴にあずかっておりますが、決して徒歩で家に戻ることはございませんのですよ。奥方さまの
ばしゃ ようい せいかく もう おくがた ばしゃ いち だい
馬車を、わたくしどものためにかならずご用意くださいます。正確に申せば、奥方さまの馬車のうちの一台ですね、
すう だい も
数台お持ちでいらっしゃいますから」
りっぱ しりょ ふか ほう くち そ
「レディ・キャサリンは、とてもご立派で思慮深い方でいらっしゃるのよ」とシャーロットが口を添える。「それに
しんせつ とな
とてもご親切なお隣りさんでいらっしゃるわ」

とお い おくがた もう そんけい お
「まったくその通りだねえ、わたくしの言いたいのもまさにそこです。奥方さまはなんと申しましても尊敬措くあた
かた
わざるお方でございますよ」
よる うわさばなし てがみ し わだい はなし
 その夜は、ハートフォードシャーの噂話でもちきりで、すでに手紙で知らせたことがふたたび話題になった。話も
お へや ていど まんぞく かんが いえ
終わって部屋でひとりになったエリザベスは、シャーロットがどの程度満足しているのかあらためて考えてみた。家
あんない おうたい おっと げんどう た お つ たいど おも じゅんちょう
を案内するときのてきぱきとした応対ぶりや、夫の言動に耐えているときの落ち着いた態度を思うと、すべてが順調
みと じぶん たいざい ひ す
にいっていると認めないわけにはいかなかった。そして自分がここに滞在するあいだ、どのように日が過ぎていくの
かんが へいおん にちじょう いとな ちんにゅう かん にぎにぎ
だろうかということも考えた。平穏な日常の営み、ミスタ・コリンズのわずらわしい闖入、ロージングズ館の賑々し
まね かっぱつ そうぞう りょく おも
いお招き。あとは活発な想像力がたちまちこうした思いにけりをつけてくれた。
ひる
よくじつ うま じぶん へや さんぽ みじたく かいか ものおと
 翌日の 午 すぎ、エリザベスが自分の部屋で散歩のための身支度をしていると、階下でふいにあわただしい物音がし
いえ おおさわ みみ いきお かいだん か あ おおごえ
て、家じゅうが大騒ぎしているようだった。耳をすますと、だれかがものすごい勢いで階段を駈け上がりながら大声
よ こえ き とびら あ かいだん おど ば た いき はず さけ
で呼ぶ声が聞こえる。扉を開けると、階段の踊り場に立ったマライアが、はあはあ息を弾ませながらこう叫んだ。
はや しょくどう み おし いそ
「ねえねえ、イライザ! 早く食堂にいらっしゃいな、たいした見ものよ! なんだかは教えてあげない。急いで、

すぐに下りていらっしゃい」
き いじょう い こうき しん か
 エリザベスがなにを訊いてもむだだった。マライアがそれ以上はなにも言おうとしないので、好奇心に駆られたエ
フ ェ ー ト ン
しょうけい めん しょくどう か もん まえ こがた けい よん りん ばしゃ とま ばしゃ
リザベスはマライアとともに小径に面した食堂へ駈けこんだ。門の前に、小型の軽四輪馬車が停まっており、馬車に
ふじん の
はふたりの婦人が乗っていた。
おおごえ い ぶた にわ はい おも
「なんだ、あれだけ?」とエリザベスは大声で言った。「豚がぞろぞろお庭に入りこんだのかと思ったのに、レ
れいじょう
ディ・キャサリンとご令嬢だけじゃない!」
あいて かんちが ぎょうてん
「まあ! あなたったら」とマライアは、相手の勘違いに仰天した。「あれはレディ・キャサリンじゃないことよ。
ねんぱい ふじん せわ かか す こ
年配のご婦人はお世話係りのミセス・ジェンキンソン、あちらに住み込んでいらっしゃるの。もうひとりのほうがミ
み ちい ちい おも
ス・ド・バーグよ。ちゃんと見てごらんなさいよ。なんて小さいんでしょ。あんなにやせっぽちで小さいなんて思い
もしなかったわよねえ!」
かぜ そと た しつれい いえ なか いり
「こんなに風がひどいのに、シャーロットを外に立たせておくなんて、ずいぶん失礼じゃない。どうして家の中に入
らないの?」
はなし なか はい いえ なか い
「ああ! シャーロットの話だと、中にはめったに入らないんですってよ。ミス・ド・バーグが家の中にお入りにな
こうい
るなんて、とびきりのご好意なんですって」
よう す
よう こ き い い おも よわよわ きむずか
「あのご 容 子は気に入ったわ」とエリザベスは言ったが、ふとほかのことを思いついた。「弱々しくて気難しそう。
じょう ほう おくがた
そうね、あのお嬢さまならあの方にぴったり。うってつけの奥方になりましてよ」
もん た ふじん はなし か げんかん ぐち た
 ミスタ・コリンズとシャーロットは門のところに立ったまま、ふたりのご婦人と話を交わしている。玄関口に立っ
きょう く
もくぜん こうき そんざい おそれ 懼 かれ み あたま さ
たサー・ウィリアムは目前の高貴なる存在に 恐 懼し、ミス・ド・バーグが彼のほうを見るたびに頭を下げている、
ようす
その様子が、エリザベスにはたまらなくおかしかった。
はな ふじん かた ばしゃ はし さ  ふさい いえ もど
 とうとう話すこともなくなって、ご婦人方の馬車は走り去り、コリンズ夫妻は家に戻ってきた。ミスタ・コリンズ
すがた み こううん しゅく くち いえ
は、エリザベスとマライアの姿を見るや、ふたりのまたとない幸運を祝し、シャーロットの口から、この家のすべて
よくじつ かん ごさん まね つ
のひとたちが翌日ロージングズ館に午餐に招かれたことが告げられた。

    29

パトロネス
かん しょうたい たまわ こうよう かん ぜっちょう たっ おのれ ひご しゃ いこう
 ロージングズ館からご招待を賜ったことで、ミスタ・コリンズの昂揚感も絶頂に達した。己の 庇護者のご威光を、
いんぎん
きょうたん きゃくじん し じぶん ふうふ たい ひご しゃ 慇 懃 ふ ま おのれ いりょく しめ
驚嘆する客人たちに知らしめ、自分たち夫婦に対する庇護者の 慇 懃 なる振る舞いをごらんいただき己の威力を示すの
ねが きかい はや しょうさん
は、コリンズが願ってやまなかったことであり、その機会がこうも早くあたえられたのは、いくら称賛してもしきれ
けんじょう びとく たまもの
ないレディ・キャサリンの謙譲の美徳の賜ものであった。
しょうじき もう あ い おくがた にちようび かん ちゃ
「正直申し上げますと」とミスタ・コリンズは言った。「奥方さまが、日曜日にロージングズ館でお茶をいただきな
おお
いち ゆう す おっしゃ おどろ おくがた こころづか し
がら一夕を過ごすようにと 仰 せでしたら、これほど驚きはいたしません。奥方さまのおやさしいお心遣いを知ってお
さそ おも はいりょ
りますわたくしとしましては、いずれはお誘いがあるものと思っておりましたのでね。しかし、このようなご配慮は
よそう かた とうちゃく ご ごさん しょうたい かた ふく ぜんいん
だれが予想できましょうか? みなさま方がご到着後すぐに、午餐のご招待とは(しかもみなさま方も含めて全員を
そうぞう
でございますよ)だれが想像いたしますでしょうか!」
おどろ こた こうき かたがた さほう みぶん
「このようなことは、さほど驚きませんな」とサー・ウィリアムが答えた。「高貴な方々のお作法は、わたしも身分
がら きゅうてい こうき かたがた こうい めずら
柄よくわきまえておりますのでね。宮廷では、高貴な方々のこのようなご厚意は珍しいことではございませんよ」
ひ いち にち つぎ ひ かん ほうもん わだい にぎ
 その日一日、そして次の日も、もっぱらロージングズ館ご訪問の話題で賑わった。ミスタ・コリンズはみなにその
こころがま と ひろま めしつかい たいせい ぜい つ ちそう
心構えなどをくどくどと説き、あちらにはかくかくしかじかの広間があり、召使も大勢、その贅を尽くしたご馳走に
けっ おどろ ねんい ちゅうい
は決して驚かぬようにと念入りな注意をあたえた。
ふじん かた きが へや ひ あ い
 ご婦人方がお着替えのためそれぞれの部屋に引き上げるとき、コリンズはエリザベスにこう言った。
めし ぶつ しんぱい およ じしん れいじょう にあ ゆうが めし
「お召物のことは心配には及びません。レディ・キャサリンは、ご自身やご令嬢にお似合いになるような優雅なお召
ぶつ もと ても じょうとう めし
物をわたくしどもにはお求めにはなりません。お手持ちのなかでいちばん上等のものをお召しになればよろしい。そ
いじょう しんぱい およ めし ぶつ しっそ みくだ
れ以上のご心配には及びますまい。レディ・キャサリンは、お召物が質素だからとひとを見下したりはなさいませ
みぶん ちが この
ん。むしろ身分の違いをはっきりさせることをお好みになられます」
みじたく に ど さん ど へや はや はや
 みなが身支度するあいだ、ミスタ・コリンズは、二度も三度もそれぞれの部屋にやってきて、早く早くとせきたて
いと
ま いや おくがた
た。なにしろレディ・キャサリンは、待たされることをたいそうお 厭 いあそばすというのである。奥方さまについて
おそ してき かずかず く き しゃこう ふな
のこのような恐ろしい指摘の数々、そのごたいそうなお暮らしぶりなどを聞かされて、このようなご社交に不馴れな
おび
怯 かん うかが たの ちちおや
マライア・ルーカスはすっかり 怯 えてしまい、ロージングズ館に伺うのを楽しみにしてはいたものの、父親がセン
きゅうでん しこう おと ふあん
ト・ジェームズ宮殿に伺候したときにも劣らぬ不安でいっぱいになっていた。
てんき こうだい ていえん いち ここち ある ていえん うつく
 天気がよかったので、広大な庭園を一キロばかり心地よく歩いた。どこの庭園もそれなりの美しさがあり、それな
ちょうぼう あ うつく なが たの かんげき
りの眺望が開けているものである。エリザベスは、美しい眺めをたっぷり楽しんだものの、さぞや感激するだろうと
きたい こた かん ぜんめん なら まど かぞ
いうミスタ・コリンズの期待に応えるほどではなかった。館の前面に並ぶおびただしい窓をミスタ・コリンズが数え
ガラス
かん た さい がらす しゅっぴ
あげ、館が建てられた際にそこにはめこまれた硝子にはサー・ルイス・ド・バーグがたいそうな出費をなさったとい
はなし かんしん
う話をしてくれても、ちょっぴり感心したにすぎない。
げんかん かいだん のぼ ふあん つの へいせい み
 玄関の階段を上るとき、マライアの不安はいよいよ募るばかり、サー・ウィリアムでさえ、まったく平静とは見え
くじ そな
きりょく 挫 さいのう まれ み びとく ぐ
なかった。しかしエリザベスの気力は 挫 けなかった。レディ・キャサリンが、ずばぬけた才能と稀に見る美徳を 具 え
いけい じんぶつ き たん ざいさん ちい いげん そな じんぶつ
た畏敬すべき人物であるとは聞いていないし、単に財産と地位がもたらす威厳を具えただけの人物であるなら、かく
のぞ
おそ ば 臨 おも
べつ恐れおののくこともなくその場に 臨 めるだろうと思っていた。

むちゅう さ  め せんれん そうしょく うつく ちょうわ み げんかん ま いちどう めしつかい
 ミスタ・コリンズが夢中になって指し示す洗練された装飾や美しい調和を見せる玄関の間から、一同は召使たちに

みちび ひか ま とお れいじょう ま ひろま はい
導かれて控えの間を通り、レディ・キャサリンとそのご令嬢、そしてミセス・ジェンキンソンが待つ広間へと入って
きゃく むか れいふじん た あ おっと はな あ
いった。客を迎えるため令夫人がおもむろに立ち上がられる。ミセス・コリンズはあらかじめ夫と話し合い、みなを
しょうかい やく じぶん ひ う き おっと い おも わ かんしゃ ことば
紹介する役は自分が引き受けると決めておいたので、夫ならぜひとも言わねばと思うお詫びやら感謝の言葉などは
はぶ かたどお しょうかい おこな
いっさい省かれ、型通りの紹介が行われた。
きょう
きゅうでん しこう けいけん そうれい ふんいき おそれ
 サー・ウィリアムは、セント・ジェームズ宮殿に伺候した経験があるにもかかわらず、その壮麗なる雰囲気に 恐

懼 ふか あたま さ むごん ちゃくせき れいじょう しっしん おび
懼し、ただただ深く頭を下げるばかりで無言のまま着席した。その令嬢マライアは、失神せんばかりに脅えきって、
み いす こし ば ふんいき おく
どこを見てよいやらわからず、椅子のはしにおずおずと腰をおろした。エリザベスはこの場の雰囲気に臆することも
がんぜん さん にん ふじん れいせい かんさつ ちょうしん おおがら ふじん ほ ふか
なく、眼前の三人のご婦人を冷静に観察することができた。レディ・キャサリンは、長身の大柄な婦人で、彫りの深
かおだ びぼう おも ふんいき う と きゃく むか
いきりりとした顔立ちはさぞや美貌であったろうと思われた。その雰囲気に打ち解けたところはなく、客を迎えたと
きゃく みぶん ひく わす むごん あいて いあつ ものい
きも、客に身分の低さを忘れさせてはくれなかった。無言で相手を威圧するというのではないが、物言いはどこまで
たかびしゃ そんだい ことば おも だ ひ かんさつ
も高飛車、いかにも尊大で、ミスタ・ウイッカムの言葉がすぐに思い出された。この日観察しただけで、ミスタ・ウ
ことば どお じんぶつ かくしん
イッカムの言葉通りの人物だと確信した。
おも だ
かんさつ めん た た い ふ ま に
 レディ・キャサリンをつぶさに観察するとその 面 立ちと立ち居振る舞いが、どこかミスタ・ダーシーに似ているこ
きゃしゃ
き れいじょう め うつ はな おご こがら すがた どうよう おどろ
とにすぐ気づいたが、令嬢に目を移してみると、たいそう 華 奢 で小柄なその姿には、マライア同様エリザベスも驚い
すがた かお ははうえ に かお あおじろ びょうにん かおだ ぶきりょう
てしまった。姿も顔も母上に似たところはまったくなかった。顔は青白く病人のようだった。顔立ちは不器量という
きわ
さい こごえ はな
わけではないけれども、とりたてて 際 だったところもない。小声でミセス・ジェンキンソンに話しかけるほかは、ほ
くち ひら へいぼん ようす じんぶつ い
とんど口を開かなかった。ミセス・ジェンキンソンは、ごくごく平凡な様子の人物で、ミス・ド・バーグの言うこと
ついたて
みみ かたむ だんろ ひ め はい まえ 衝 りつ いち なお
に耳を傾けながら、暖炉の火が目に入らぬようにとミス・ド・バーグの前におかれた 衝 立 の位置を直したりしてい
る。
こし すう ふん た いちどう けいかん め まど ひと あんない
 腰をおろしてからほんの数分も経たぬうちに、一同、景観を愛でるために窓の一つに案内され、そこでミスタ・コ
ちょうぼう うつく ゆび おし けいかん め なつ
リンズが、眺望の美しさをいちいち指さしては教え、レディ・キャサリンからは、この景観を愛でるには夏のほうが
しんせつ してき
よろしいのですよというご親切なご指摘があった。
ごさん みごと い たいせい めしつかい ぎんき かずかず
 午餐はまことに見事なもので、ミスタ・コリンズが言っていたように、大勢の召使や銀器の数々があらわれた。ま
しょもう テーブル
どうよう よこく どお かれ おくがた ところ のぞむ ほんらい とうしゅ しょくたく げざ
た同様にミスタ・コリンズの予告通り、彼は、奥方さまのご 所 望 により、本来はご当主がすわるべき 食卓 の下座に
じんせい しふく かお にく き くち い りょうり 褒
すわり、わが人生にこれほどの至福はなしという顔をしていた。肉を切りわけ、口に入れ、さもうれしげに料理を褒
で りょうり ほ つ ほ
める。出てくる料理はどれもまずコリンズが褒め、次いでサー・ウィリアムが褒める。このころになるとさすがに
ごんじょう
き と なお むこ ことば げん じょう
サー・ウィリアムも気を取り直し、婿どのの言葉をそっくりそのまま 言 上 するものだから、レディ・キャサリンは
がまん かんしん れいふじん おお さんじ
よく我慢なさっていらっしゃるものだとエリザベスは感心した。ところが、令夫人はふたりのこの大げさな賛辞にど
まんえつ ようす めあたら りょうり たんせい しな びしょう しょくじ
うやらご満悦のご様子で、目新しい料理にふたりが嘆声をあげると、なんとも品よく微笑されるのである。食事のあ
かいわ はな ま せき
いだ、会話はまったくはずまなかった。エリザベスはきっかけがあれば話そうと待ちかまえていたが、席がシャー
きかい はなし みみ
ロットとミス・ド・バーグのあいだではその機会もなかった──シャーロットは、レディ・キャサリンの話にじっと耳
かたむ しょくじ はな
を傾けているし、ミス・ド・バーグは、食事のあいだエリザベスにはひとことも話しかけなかった。ミセス・ジェン
た みまも くち はい しんぱい りょうり め うえ
キンソンは、ミス・ド・バーグを絶えず見守り、わずかばかりしかお口に入らぬのが心配で、ほかのお料理も召し上
かげん わる あん はなし ようす
がれとしきりにすすめ、お加減が悪いのではと案じている。マライアは話をするなどとんでもないという様子だし、
とのがた た ほ いそが
殿方たちはせっせと食べては褒めるのに忙しかった。
きゃくま もど ふじん かた はなし うかが はこ
 客間に戻ったご婦人方は、レディ・キャサリンのお話を伺うほかにすることもなかった。コーヒーが運ばれてくる
れいふじん た ま はな いけん の さっ
まで、令夫人は絶え間なく話しつづけ、なにごとにもきっぱりとした意見を述べられ、察するところ、ふだんからご
じぶん はんだん ろんばく な ようす かてい ない もんだい つぎ つぎ
自分の判断が論駁されることには慣れていないご様子だった。シャーロットの家庭内のさまざまな問題を次から次へ
えんりょ   だ しょり お じょげん か しょう よ
と遠慮なく聞き出し、そのひとつひとつをいかに処理すべきか、惜しみなく助言をあたえ、コリンズ家のような小世
か きん
たい ひ し と か うし いえ 禽 せわ しかた おし
帯では、すべてにわたりいかに引き締めていくべきか説き、飼っている牛や家 禽 の世話の仕方まで教えてくださる。
さしず きかい きふじん め ささい みのが さと
ひとに指図する機会とあらばこの貴婦人の目はどんな些細なことも見逃さないのだとエリザベスは悟った。ミセス・
せっきょう あいま み かもん あいて おも
コリンズに説教する合間を見ては、マライアとエリザベスにもさまざまなご下問があったが、相手は主にエリザベス
かぞく し れいぎ ただ じょう
だった。エリザベスの家族のことはよく知らないが、たいそう礼儀正しいきれいなお嬢さまだと、ミセス・コリンズ
い お み む しつもん しまい なん にん あね
に言った。そして折りを見てはエリザベスに向かってこまごまと質問なさる。ご姉妹は何人なの、それはお姉さまな
いもうと しまい えんだん しまい きょういく う
の、それとも妹さん、ご姉妹のうちにご縁談はあるの、ご姉妹はおきれいかしら、教育はどちらでお受けになった
ちち ばしゃ も かあ きゅうせい しつれい しつもん
の、お父さまはどんな馬車をお持ちなの、お母さまの旧姓はなんとおっしゃるの。エリザベスは、なんて失礼な質問
おも お つ しつもん こた もう
だろうと思いながら、それでも落ち着いてその質問に答えた。するとレディ・キャサリンはこう申された。
ちちうえ ざいさん きり 嗣 そうぞく む
「お父上の財産は、コリンズさんが限嗣相続なさるのでしたね。あなたのためには」とシャーロットのほうを向い
だんし そうぞく じん ばあい ざいさん じょけい そうぞく りゆう
て、「よろしかったわね。それにしても、男子の相続人がいない場合、財産は女系が相続できないという理由がわた
いちもん ひつよう かんが
くしにはわかりませんね。サー・ルイス・ド・バーグ一門では、それが必要とは考えられませんでしたね。ところで
うた
ピアノやお歌はなさるの、ミス・ベネット?」
しょうしょう
「少々は」

「まあ! それでは──いつか聞かせていただきましょうね。わたくしどものピアノは、すばらしいものですよ、おそ
かくだん ひ しまい かた うた
らくそちらとは格段の──いつか弾いてごらんになるといいわ。ご姉妹方もピアノやお歌をなさるの?」
「ひとりだけは」
けいこ か じょう かた
「なぜみなさんがおやりにならないの? みなさん、お稽古なさらなくてはだめよ。ウェブ家のお嬢さま方はみなさ
おやご しゅうにゅう たく すく え えが
んおやりになっているわ、親御さんの収入は、お宅より少ないはずだけど。絵はお描きになるの?」
「いいえ、まるきり」
「まあ、どなたも?」
「だれひとり」
か きかい かあ まいとし はる かた れん
「変わっていらっしゃるのね。きっと機会がなかったのでしょう。お母さまが、毎年春にあなた方をロンドンにお連
せんせい
れになって、よい先生におつけになればよろしかったのに」
はは いぞん ちち きら
「母は異存はないでしょうが、父がロンドンを嫌いまして」
かてい きょうし
「家庭教師はもういないのね?」
かてい きょうし やと
「家庭教師は雇ったことがございません」
かてい きょうし ご にん じょう かてい きょうし たく いく
「まあ、家庭教師がいなかったの! よくまあそんなことが? 五人ものお嬢さんを家庭教師もつけずにお宅でお育
はなし き かた きょういく かあ
てになったなんて! そんなお話、聞いたこともありませんよ。あなた方の教育をなさるのに、お母さまはさだめし
くろう
ご苦労なすったでしょう」
こた ははおや おも くしょう
 そんなことはございませんときっぱり答えながら、エリザベスはあの母親を思い、苦笑せずにはいられなかった。
おし かた せわ かてい きょうし ほうにん
「それでは、だれが教えたの? だれがあなた方のお世話をしたの? 家庭教師がいないとなると、きっと放任され
ていたのね」
かてい べんきょう きもち ほうほう
「よそのご家庭とくらべれば、そうだったかもしれません。でも勉強したい気持があれば、その方法はいろいろとあ
ほん よ い ひつよう せんせい き
りました。まずふだんから本を読むようにと言われていましたし、どうしても必要な先生には来ていただいておりま
なま もの なま
した。でも怠けたい者は、いくらでも怠けられましたけど」
かてい きょうし つと かあ ぞん あ
「ああ、そりゃそうね。そうはさせないのが、家庭教師の務めですからね。お母さまを存じ上げていたら、ぜひとも
やと きょういく きりつ ただ こうか
お雇いなさいとおすすめしたのに。教育というものは、規律正しくやらないと効果があがらないというのが、わたく
じろん かてい きょうし かてい かてい きょうし
しの持論です。それができるのは家庭教師をおいてほかにはいませんよ。どれだけたくさんのご家庭に家庭教師をお
せわ おどろ わか かた じょうけん しごと せわ
世話したことか、驚くばかりですね。若い方たちによい条件のお仕事をお世話するのはうれしいことね。ミセス・
よん にん めい ご つと さき しょうかい せんじつ はなし で わか
ジェンキンソンの四人の姪御さんには、それはすばらしい勤め先をご紹介したのよ。先日も、たまたまお話に出た若
ほう たく しょうかい せんぽう き い きのう
い方をあるお宅にご紹介したら、先方にたいそう気に入っていただけたの。ねえ、ミセス・コリンズ、昨日レディ・
れい み はな たから
メトカーフがわざわざお礼に見えられたのよ、お話ししたかしら? ミス・ポープを宝ものだとおっしゃるの。『レ
ほう たから さづ
ディ・キャサリン』とあの方おっしゃったわ。『あなたはわたくしに宝ものをお授けくださいました』ですって。あ
いもうと かた しゃこう かい しゅつ
なたの妹さん方はもう社交界にお出になったの、ミス・ベネット?」
おくがた
「はい、奥方さま、みなが」
ご にん そろ に ばんめ じょう ゆい
「みなですって! 五人ともお揃いで? それはおかしいわねえ! あなたは二番目なんでしょう。いちばん上が結
こん した ほう で いもうと かた わか
婚しないうちに、下の方が出るなんて! 妹さん方は、ずいぶんお若いでしょうに?」
まつ いもうと じゅう ろく しゃこう かい で おさな いもうと つら
「はい、いちばん末の妹は十六になっておりません。社交界に出るには幼いかもしれませんね。でも妹たちには辛い
あね はや けっこん き けっこん みこ いもうと しゃこう かい たの
ことではないでしょうか、姉が早く結婚する気もなく、結婚の見込みもないからといって、妹たちに社交界の楽しみ
あじ すえ いもうと ちょうし おな わか たの けんり おも りゆう
を味わってはならぬというのは。末の妹にも、長姉と同じように、若さを楽しむ権利はあると思います。そんな理由
しゃこう かい で しまい どうし あいじょう こま こころづか う
で社交界に出られないなんておかしいですわ! そんなことでは姉妹同士の愛情や細やかな心遣いも生まれてはこな
おも
いと思います」
れいふじん もう わか とし
「これはこれは」と令夫人は申された。「お若いのに、はっきりとものをおっしゃること。あなた、お歳は?」
おお いもうと さん にん ほほえ い くち もう あ
「大きくなった妹が三人おりますので」とエリザベスは微笑みながら言った。「まさかわたくしの口から申し上げる
おも
とはお思いになりませんでしょう」
へんじ こば あっけ みくだ れいふじん たいど
 レディ・キャサリンは、返事を拒まれて呆気にとられたようだった。ひとを見下した令夫人の態度を、このように
かる にんげん じぶん おも
軽くあしらった人間は自分がはじめてではないかとエリザベスは思った。
に じゅう こ かく
「二十を超えてはいませんね──それなら隠すことはないでしょう」
に じゅう いち
「二十一にはなっておりません」
しんし かた いちざ ちゃ の も だ
 紳士方が一座にくわわり、お茶を飲みおわると、カード・テーブルが持ち出された。レディ・キャサリン、サー・
ふさい かこ
ウィリアム、そしてコリンズ夫妻がテーブルを囲んでカドリールをはじめた。ミス・ド・バーグがカシーノをやりた
い あいて こうえい よく
いと言うので、エリザベスとマライアは、ミセス・ジェンキンソンとともにそのお相手をする光栄に浴した。この
たいくつ かか ことば ひとこと はっ
テーブルは退屈きわまりなかった。ゲームに関わる言葉のほかは一言も発せられなかった。ミセス・ジェンキンソン
あつ さむ あか くら
が、お暑くはございませんか、お寒くはございませんか、明るすぎはしませんか、暗すぎはしませんかなどとミス・
しんぱい たず いっぽう にぎ
ド・バーグに心配そうに尋ねるのがせいぜいだった。もう一方のテーブルは、たいそう賑やかなことだった。レ
はなし あいて さん にん まちが してき じしん そうわ はな
ディ・キャサリンがもっぱら話をしている──お相手の三人の間違いを指摘したり、ご自身にまつわる挿話など話して
おお ひょう
おくがた おお さんい ひょう か おれい もう
おられる。ミスタ・コリンズは、奥方さまの 仰 せにはことごとく賛意を 表 し、チップを勝ちとるたびに御礼を申し
あ じぶん か おも きょうく わ もう あ くち
上げ、自分が勝ちすぎたと思うと恐懼してお詫びを申し上げる。サー・ウィリアムはあまり口をきかなかった。レ
はな そうわ かずかず こうき かたがた なまえ きおく たくわ
ディ・キャサリンが話してくださった挿話の数々と高貴な方々のお名前とをせっせと記憶に蓄えていたのである。
れいじょう たんのう ひら ばしゃ だ
 レディ・キャサリンとご令嬢がじゅうぶん堪能あそばされると、カード・ゲームはお開きとなり、馬車を出しま
おお もう で う ばしゃ ようい めい
しょうとミセス・コリンズに仰せがあり、お申し出をありがたく受けると、ただちに馬車の用意が命じられた。それ
いちどう だんろ かこ あつ あした てんき もよう き ことば はいちょう
から一同は、暖炉を囲むように集まって、明日の天気模様を決めるレディ・キャサリンのお言葉を拝聴した。こうし
うけたまわ コ ー チ
さしず うけたまわ おおがた よん りん ばしゃ とうちゃく つ かんしゃ じ ぞんぶん の
たお指図を 承 っているうちに、大型四輪馬車の到着が告げられ、ミスタ・コリンズからは感謝の辞が存分に述べ
ふかぶか こし お いちどう たいしゅつ ばしゃ はし だ
られ、サー・ウィリアムはいくたびも深々と腰を折り、かくして一同は退出したのである。馬車が走り出すやいな
じゅうけい こえ かん みき かんそう もと
や、エリザベスは従兄から声をかけられ、ロージングズ館で見聞きしたものについて感想を求められたが、シャー
え かんそう こうい てき かんそう の くろう ほ
ロットのために、エリザベスは、じっさいに得た感想よりやや好意的な感想を述べた。だがせっかく苦労して褒めた
まんぞく れいふじん らいさん いち て ひ う
つもりなのに、ミスタ・コリンズはいっこうに満足せず、令夫人礼賛をすぐさま一手に引き受けたのである。

    30


たいざい いち しゅうかん むすめ あんらく なま
 サー・ウィリアムがハンスフォードに滞在したのはわずか一週間であった。それでも、わが娘がきわめて安楽な生
かつ おく え ふくん りんじん めぐ かくしん
活を送り、なかなか得がたい夫君や隣人に恵まれていることを確信するにはじゅうぶんであった。サー・ウィリアム
ギ グ
たいざい ちゅう いち にち じぶん いち とう た に りん ばしゃ ぎふ の とち み
の滞在中、ミスタ・コリンズは、ほとんど一日じゅう自分の一頭立て二輪馬車に義父を乗せて、この土地を見せてま
いとこ
かえ いっか せいかつ もど かげ じゅうけい
わった。だがサー・ウィリアムが帰ってしまうと、一家はまたふだんの生活に戻り、お陰で、従兄ともこれまでのよ
かお あ ちょうしょく うま
うにたびたび顔を合わせずにすむようになったのが、エリザベスにはなによりだった。ミスタ・コリンズは朝食と午
にわ しごと みち めん じぶん しょさい どくしょ か もの まど そと なが じょせい
餐のあいだは、庭仕事をするか、道に面した自分の書斎で読書や書き物をしたり、窓の外を眺めたりしていた。女性
じんど へや いえ うらて めん しょくじ しつ いま つか
たちが陣取っている部屋は家の裏手に面している。シャーロットが食事室を居間として使わないのが、エリザベスに
ふしぎ ひろ なが おく へや つか ふか
は不思議だった。そちらのほうがほどよい広さだし、眺めもよかった。だがシャーロットが奥の部屋を使うのには深
りゆう き じぶん いごこち へや じんど
い理由があることにエリザベスはすぐ気づいた。もし自分たちが居心地のよい部屋に陣取っていたら、ミスタ・コリ
きょしつ かご すく まちが よ てがら
ンズが居室に籠もることははるかに少なくなるのは間違いない。この読みはシャーロットのお手柄だと、エリザベス
おも
は思った。
いえ うらて おく きゃくま こみち い   み ばしゃ とお
 家の裏手にあたる奥の客間からは、小道を行き来するものはなにも見えないので、どちらの馬車が通ったか、こと
フ ェ ー ト ン
こがた けい よん りん ばしゃ なん ど とお
にミス・ド・バーグの小型の軽四輪馬車が何度通ったかというようなことがわかるのは、すべてミスタ・コリンズの
ばしゃ まいにち とお ちゅうしん
おかげだった。馬車はほとんど毎日のように通るのに、ミスタ・コリンズはそのたびにご注進にやってくる。ミス・
ぼくし かん まえ ばしゃ と すう ぶん ばなし ばしゃ くだ
ド・バーグは、牧師館の前でよく馬車を停めたが、シャーロットと数分のあいだ話をするばかりで、馬車をお下りに
さそ おう
なりませんかという誘いに応じることはめったになかった。
かん おとず ひ かれ つま おっと どうはん ぎむ おも
 ミスタ・コリンズがロージングズ館を訪れない日はまずなかったし、彼の妻が、夫に同伴するのが義務と思わない
ひ おお じかん ぎせい
日はまずなかった。なぜそれほど多くの時間を犠牲にするのかエリザベスにはわからなかったが、レディ・キャサリ
じゆう さいりょう せいしょく ろく おも だ なっとく れいふじん こうらい
ンが自由に裁量できる聖職禄がほかにもあるらしいことを思い出して納得した。ときおり令夫人じきじきのご光来に
よく お れいふじん め へや くば ふさい く
浴することもあるが、そうした折りには、令夫人の目は部屋のすみずみにいたるまで配られた。夫妻の暮らしぶりを
しら はりしごと でき じょげん かぐ はいち
調べ、針仕事の出来ばえをごらんになり、こうしたほうがよいのではないかという助言があたえられた。家具の配置
しかた してき じょちゅう たいまん み だ かる しょくじ おう
の仕方がまずいと指摘され、女中の怠慢を見つけ出される。また軽い食事に応じられることがあっても、どうやらそ
あぶ
ようい ほね あぶ にく いえ おお してき
れは、ミセス・コリンズが用意した骨つきの 炙 り肉が、この家にしては大きすぎることをご指摘なさるためのようで
あった。
き みぶん とうと れいふじん しゅう ちあん はんじ はいめい
 エリザベスがほどなく気づいたのは、この身分の貴い令夫人は、州の治安判事を拝命しているわけではないのに、
じぶん きょうく かつどう てき ちあん はんじ きょうく ない できごと さいだい も
自分の教区ではたいそう活動的な治安判事であらせられ、教区内の出来事は細大漏らさずミスタ・コリンズによって
れいふじん も けんか むらびと ふまん むらびと びんぼう ぞこ むらびと
令夫人のもとに持ちこまれていることだった。喧嘩ばかりしている村人や不満をもつ村人、貧乏のどん底にある村人
き むら で あらそ かいけつ ふまん しず しか
がいると聞くと、レディ・キャサリンはわざわざ村までお出ましになり、争いを解決し、不満を鎮め、叱りつけて、
むら ゆうわ はんえい
村に融和と繁栄をもたらすのである。
かん まね しゅう に ど
 ロージングズ館のお招きは、週に二度ほどあった。サー・ウィリアムがいないことと、カード・テーブルがひとつ
のぞ まね さいしょ か たけ まね
になったことを除けば、こうしたお招きも最初のときとまったく変わらなかった。他家からのお招きはほとんどな
きんりん じゅうにん せいかつ すいじゅん そう か て とど
かった。近隣の住人の生活水準は総じて、コリンズ家には手の届かぬものだったからである。だがそのおかげでエリ
ふまん かいてき じかん す みず はん じかん たの
ザベスは、不満どころか、むしろ快適な時間を過ごすことができた。シャーロットと水いらずで半時間ほど楽しいお
しゃべ じき てんこう こがい さんさく たの ふさい
喋りもできるし、この時期にしては天候もよかったので、戸外の散策がじゅうぶん楽しめた。コリンズ夫妻がレ
しこう おこな かん ていえん わき えん と しょう
ディ・キャサリンのもとに伺候しているあいだ、たびたび行ったのは、ロージングズ館の庭園の脇を縁取っている小
もり こだち しょうけい き い
さな森で、そこには木立におおわれたすばらしい小径があり、ここがお気に入りなのはどうやらエリザベスぐらいの
せんさく
鑿 およ おも
ものらしく、レディ・キャサリンの 穿 鑿 のまなこもここまでは及ばないように思われた。
せいおん ひび さいしょ に しゅうかん す ふっかつ さい ちか まえ しゅう
 このような静穏な日々のうちに、最初の二週間はまたたくまに過ぎた。復活祭が近づき、その前の週には、ロージ
かん みうち たけ すく か おお できごと
ングズ館のお身内がくわわることになっており、他家とのおつきあいの少ないド・バーグ家ではこれも大きな出来事
ちが すう しゅうかん ご つ
に違いなかった。ミスタ・ダーシーが数週間後にここにやってくるということは、ここに着いてまもなくエリザベス
みみ はい ちき す おお かれ
の耳にも入っていた。エリザベスの知己のなかでも好きになれないひとはそう多くはないが、ともあれ彼があらわれ
かん あつ しんせん かんさつ たいしょう い
れば、ロージングズ館の集まりに、かなり新鮮な観察の対象がくわわるというものだし、レディ・キャサリンのご意
いとこ
むこう むす じゅうまい せっ ようす み
向で結ばれることになっている従妹ミス・ド・バーグにダーシーが接する様子を見れば、ミス・ビングリーのダー
めあ むな たの
シーお目当てのもくろみがいかに空しいものかよくわかるという楽しみもあるかもしれない。レディ・キャサリン
じょうきげん らいほう かた ひとがら ほ
は、しごく上機嫌でダーシーの来訪について語り、その人柄を褒めたたえたが、ダーシーがすでにミス・ルーカスと
あ し ふきげん ようす
もエリザベスともしばしば会っていたと知ると、たいそう不機嫌なご様子だった。
とうちゃく ぼくし かん し とうちゃく ま さき かくにん
 ミスタ・ダーシーの到着は、牧師館にもすぐに知れた。なにしろミスタ・コリンズは、その到着を真っ先に確認す
つう もんばん こや み あさ ある ばしゃ
るべく、ハンスフォード・レインに通じる門番小屋が見えるあたりを朝からずっと歩きまわっていたのである。馬車
ふかぶか
かん ていえん はい み ふか いちれい じゅうだい し とど
がロージングズ館の庭園に入っていくのを見るや 深 々 と一礼し、それからこの重大な知らせをいちはやく届けようと
や か よくあさ かん しこう あいさつ
わが家へ駈けもどった。翌朝コリンズははやばやとロージングズ館に伺候した。そこにはご挨拶しなければならない
おい ご ぼう
おい お おじ ぼう はくしゃく じなん
レディ・キャサリンのふたりの 甥 御がおられた。ミスタ・ダーシーは、叔父である 某 伯爵の次男であるフィッツウィ
たいさ ともな しんし つ かえ
リアム大佐を伴ってきたのである。ミスタ・コリンズが、このふたりの紳士をお連れして帰ってきたものだから、コ
か いちどう おどろ おっと しょさい みち よこぎ み
リンズ家の一同はたいそう驚いた。夫の書斎にいたシャーロットは、そのふたりが道を横切ってくるのを見るなり、
へや はし こうえい つ
みなのいる部屋に走っていき、なんとまあ光栄なことだわと告げて、こうつけくわえた。
れい い ほうもん
「あなたにお礼を言うべきかもしれないわね、イライザ、さっそくご訪問いただいたなんて。あなたがいなければ、
はや あいさつ み
ダーシーさまがこんなに早くご挨拶にお見えになるはずはないもの」
しりぞ ま
さんじ 斥 ま げんかん すず とうちゃく つ さん にん しんし へや
 エリザベスがこんな賛辞を 斥 ける間もないうちに、玄関の鈴がふたりの到着を告げ、ほどなく三人の紳士が部屋
はい さき た たいさ とし さん じゅう びなん こ ふうさい
に入ってきた。先に立ってあらわれたのはフィッツウィリアム大佐、歳のころは三十、美男子ではないが、風采とい
はな しんし み か
い話しぶりといい、まさしく紳士である。ミスタ・ダーシーは、ハートフォードシャーで見たときと変わらない。い
ひか め くちょう あいさつ おも はか お
つもどおりの控え目な口調でミセス・コリンズに挨拶をした。エリザベスをどう思っているかは測りかねたが、落ち
つ たいど いちれい むごん ひざ お えしゃく
着きはらった態度で一礼した。エリザベスは無言のまま、膝を折って会釈しただけである。
たいさ れいぎ ただ しんし き う と はなし たの はな
 フィッツウィリアム大佐は礼儀正しい紳士だが、とても気さくに打ち解けて話をはじめ、楽しそうにみなと話し
いとこ
かれ じゅうてい いえ にわ すこ かんそう の こし
た。だが彼の従弟は、この家と庭についてミセス・コリンズに少しばかり感想を述べたあとは、腰をおろしたまま、
はな じぶん ぶさほう き かぞく げんき
しばらくだれにも話しかけなかった。しばらくすると、自分の無作法に気づいたのか、家族のみなさんはお元気です
と ちょうし こた だま
かとエリザベスに問いかけた。エリザベスはふだんの調子でそれに答え、ちょっと黙りこんでからこうつけくわえ
た。
あね さん かげつ たいざい あ
「姉がここ三カ月ほどロンドンに滞在しておりますの。あちらでお会いにはなりませんでしたか?」
あ しょうち かれ ご な ゆ し
 会っていないことはじゅうぶん承知していたものの、彼がビングリーとジェインのその後の成り行きを知っていれ
おもて
めん きたい うん わる いち ど あ
ば、それが 面 にあらわれるのではないかと期待したのである。ミス・ベネットには運悪く一度もお会いしませんで
け しき
こた あいて ろうばい き しょく み おも はなし しんし
したよ、と答えた相手が、ちょっと狼狽の気 色 を見せたように思われた。だがこの話はそれでとぎれ、ふたりの紳士
かえ
はまもなく帰っていった。
    31

たいさ ものごし ぼくし かん しょうさん あ ふじん かた ほう


 フィッツウィリアム大佐の物腰は、牧師館のひとびとの称賛を浴び、ご婦人方はだれしも、この方がいればロージ
かん しょうたい たの きたい まね う すう にち ご
ングズ館のご招待もさだめし楽しいものになろうと期待した。とはいうもののお招きを受けたのは数日後だった。
かん
やかた
きゃくじん ぼくし かん むよう しんし かた とうちゃく ご いち しゅうかん た ふっかつ さい しゅくじつ
館 に客人がいれば、牧師館のひとびとは無用なのだろう。紳士方の到着後ほぼ一週間経った復活祭の祝日にようや
まね きょうかい で こんゆう く ごえ いち しゅうかん ぼくし
くお招きがあったが、それも教会を出るまぎわに、今夕来るようにとお声がかかった。この一週間というもの、牧師
かん もの れいじょう あ たいさ
館の者たちはレディ・キャサリンにもご令嬢にもほとんど会っていなかった。フィッツウィリアム大佐は、そのあい
に ど ぼくし かん おとず きょうかい あ
だ二度ほど牧師館を訪れているが、ミスタ・ダーシーとは教会で会っただけだった。
しょうたい う じこく さんじょう きゃくま いちざ
 ご招待はむろんよろこんでお受けし、しかるべき時刻に参上してレディ・キャサリンの客間にいる一座にくわわっ
れいふじん ていちょう いちどう むか きゃくじん かんげい あき
た。令夫人は丁重に一同を迎えたものの、客人がいないときほど歓迎されていないのは明らかだった。じっさいふた
おい お こころ うば ようす はなし
りの甥御にほとんど心を奪われておいでのご様子で、だれよりもこのふたり、ことにダーシーともっぱら話をされて
いた。
たいさ あ こころ かん
 フィッツウィリアム大佐は、エリザベスたちに会えたことを心からよろこんでいるようだった。ロージングズ館で
たいさ いきぬ うつく ゆうじん き
は、なにもかもが大佐にはうれしい息抜きで、とりわけミセス・コリンズの美しい友人エリザベスがたいそうお気に
はい ようす とな たび はなし にちじょう くれ
入りの様子だった。エリザベスの隣りにすわりこんで、ケントやハートフォードシャーのこと、旅の話、日常の暮ら
はなし あたら しょもつ おんがく はなし たの かた きゃくま はんぶん たの
しの話、新しい書物や音楽の話など、楽しそうに語りつづける。この客間で、この半分も楽しいことはこれまでな
おも ねつ かた あ
かったようにエリザベスには思われた。ふたりが熱っぽく語り合うさまが、ミスタ・ダーシーばかりか、レディ・
め ひ こうき しん う め そそ れいふじん こう
キャサリンの目も惹いた。好奇心を浮かべたダーシーの目がたびたびふたりに注がれた。しばらくすると令夫人も好
き しん ようす しめ ちゅうちょ こえ は あ もう
奇心をおぼえたご様子で、ダーシーよりはあからさまにそれを示された。躊躇せず声を張り上げてこう申されたので
ある。
い はなし
「あなた、いま、なんてお言いなの、フィッツウィリアム? なんのお話をしているの? ミス・ベネットとなんの
はなし き
お話? わたくしにも聞かせてちょうだい」
おんがく はなし おば こた かんねん い
「音楽の話をしているのですよ、叔母さま」答えぬわけにはいかぬと観念したフィッツウィリアムが言った。
おんがく はなし おお こえ はな す わだい
「まあ、音楽のお話なの! それならもっと大きな声で話してちょうだい。わたくしのなによりも好きな話題ですも
おんがく はなし なかま い こころ おんがく
の。音楽のお話なら、このわたくしをお仲間に入れなければだめよ。このイギリスにも、わたくしほど心から音楽を
そな
たの にんげん てんせい かんしょう りょく ぐ にんげん しょうじん
楽しむ人間はそういないし、天性の鑑賞力を 具 えた人間もいないでしょう。もっと精進していれば、このわたくしも
めいしゅ けんこう めいしゅ
名手になっていたはずですもの。それにうちのアンだって、健康であれば名手になっていたでしょうし、きっとすば
えんそう き じょうたつ
らしい演奏を聞かせてくれたはずよ。ところでジョージアナは上達したかしら、ダーシー?」
いもうと じょうたつ ほ
 ミスタ・ダーシーは、妹の上達ぶりを、さもいとおしそうに褒めたたえた。
じょうたつ もう こ つた
「それほど上達したとは、うれしいこと」とレディ・キャサリンは申された。「あの子にぜひこう伝えてちょうだ
けいこ はげ ぬ
い、お稽古に励まなければ、ひとに抜きんでることはできませんって」
しんぱい おば じょう こた いもうと じょげん ひつよう けいこ
「ご心配なく、叔母上」とダーシーは答えた。「妹にそのような助言は必要ないでしょう。稽古はしっかりしていま
すから」
ふみ
ぶん おく けっ おこた
「それはけっこうなこと。なにごともやりすぎるということはありませんからね。こんど 文 を送るときは、決して怠
か わか じょう かた い ふだん けいこ すぐ さいのう
けてはいけないと書いてやりましょう。若いお嬢さま方によく言うのだけれど、不断の稽古なくしては、優れた才能
の なん ど い けいこ けっ じょうたつ
も伸びませんよ。ミス・ベネットにも何度も言っているのだけれど、もっとお稽古しなければ、決して上達はしませ
も まいにち かよ い
んよ。ミセス・コリンズはピアノをお持ちでないけれど、毎日でもここにお通いなさいといつも言っているの、ミセ
へや ひ やしき じゃま
ス・ジェンキンソンの部屋にあるピアノならいくら弾いてもかまわないから。屋敷のあのあたりなら、だれの邪魔に
もなりませんからね」
ぶ しつけ へきえき
おば ふ しつけ ことば へきえき こた
 ミスタ・ダーシーは、叔母の不 躾 な言葉にいささか 辟 易 しているらしく、答えようとはしなかった。
の たいさ ひ やくそく
 コーヒーを飲みおわると、フィッツウィリアム大佐がエリザベスに、ピアノを弾いていただくお約束でしたねと
言った。エリザベスはさっさとピアノの前にすわった。フィッツウィリアム大佐はそのかたわらに椅子を引きよせ
た。レディ・キャサリンは歌の半ばまで聞くと、またしてもダーシーのほうに話しかけた。しばらくするとダーシー
おば

いもうと
まえ
は叔母の前をはなれ、ふだんのようにゆっくりとピアノのほうに近づき、美しい演奏者の顔がよく見える位置に腰を
おろした。エリザベスには彼の動きがよく見えたので、曲の区切りのいいところがくると、いたずらっぽい笑みを浮
かべてダーシーのほうを向いた。
こわ
「わたくしを怖がらせるおつもりですのね、ダーシーさま、そんなふうにもったいぶっていらっしゃるなんて。で

も、お妹さまがいくらお上手でも、わたくしはいっこうに平気です。もともと意地っ張りな性質なので、ひとさまに
おびや がまん
脅かされるなんて我慢なりません。威嚇なさればなさるほど、勇気が凜々とわいてきますわ」
おも ちが 
「それはあなたの思い違いだとは言いませんよ」とダーシーは答えた。「ぼくがあなたを脅かそうとしていると、あ

じぶん
おも
なたが思っているはずはありませんからね。あなたと親しくおつきあいしているうちにわかったことがあるんです。
こころ
あなたは心にもないことを口にしては楽しんでいますね」
 自分のことをこんなふうに言われたエリザベスは思わず笑いだし、フィッツウィリアム大佐に向かってこう言っ
いとこ

じょうず
うた

かれ

くち


なか

うご


いかく

たの
まえ

おも
した
きょく

へいき

わら
くぎ

こた
ちか

ゆうき 凜
うつく
たいさ

はな

えんそう

いじ ぱ
しゃ かお

おびや

たいさ
た ち
せいしつ


いす


いち


こし

じゅうてい い しん おし
た。「お従弟さまは、こんなひどいことをおっしゃって、わたくしの言うことはなにも信じるなとあなたに教えてい
ほんしょう
ほん せい あば ほう あ
らっしゃいますわ。わたくしの 本 性 をこれほどはっきり暴いてしまう方とこんなところでお会いするなんて、よほ
うん しんよう じんぶつ おも
ど運がありませんわね。だってここでは、まあまあ信用できる人物になりすまそうと思っていましたのに。ねえ、
き けってん はな
ダーシーさま、ハートフォードシャーで気づかれたわたくしの欠点を話しておしまいになるなんて、ほんとうにひど
かた い とくさく しかえ
い方──でも言わせていただきますけれど、これは得策ではありませんわね──なぜって、わたくし、だんぜん仕返し
き しんせき かた き はな
しようという気になって、ご親戚の方たちがお聞きになったらたまげるようなこと、お話ししてしまうかもしれませ
んわよ」
こわ えがお い
「怖くはありませんよ」ダーシーは笑顔で言った。
かれ せ き たいさ おおごえ い
「彼がどんなことで責められているのかぜひとも聞きたいものですね」とフィッツウィリアム大佐が大声で言った。
し おとこ ふ ま し
「知らないひとのあいだで、この男がどんなふうに振る舞うのか、ぜひ知りたいものだ」
はな おそ かくご
「それではお話ししますわ──でもとても恐ろしいことですから、お覚悟なさってくださいね。ハートフォードシャー
あ ぞん ぶとう かい ぶとう かい ほう
ではじめてお会いしたのは、ご存じでしょうけれど、舞踏会でしたわ──その舞踏会で、この方がなにをなさったとお
おも よん ど おど もう あ
思いになります? たった四度しか踊られませんでした! こんなことを申し上げてごめんなさい──でもほんとうな
ほう よん ど おど とのがた かず ふそく み なにびと
んです。この方は四度しか踊られませんでした、殿方の数が不足していたのに。わたくしの見たところでも、何人も
わか ふじん あいて ひてい
の若いご婦人がお相手がいなくてすわったままでした。ダーシーさま、このことは否定なさいませんでしょ?」
あつ ふじん つ めんしき ふじん
「あのときあそこに集まっていたご婦人のなかに、ぼくの連れのほかは、面識のあるご婦人がひとりもいませんでし
たからね」
ぶとう じょう しょうかい たいさ
「そうですわねえ。舞踏場では、どなたも紹介してはいただけませんものねえ。ええと、フィッツウィリアム大佐、
はじ ゆび さしず ま
つぎはなにを弾きましょうか? 指がお指図を待っております」
い しょうかい かんが か し
「たぶん」とダーシーが言った。「紹介していただいていれば、ぼくの考えも変わっていたかもしれませんね。知ら
ちか ふえて
ぬひとにこちらからお近づきになるのはどうも不得手です」
じゅうてい りゆう たず たいさ む はなし
「お従弟さまにその理由をお尋ねしませんこと?」とエリザベスはまたもや、フィッツウィリアム大佐に向かって話
しりょ ふか きょうよう とのがた じょうりゅう しゃかい とのがた し ちか
しかけた。「思慮深く教養もある殿方が、上流社会にいらっしゃる殿方が、知らないひとにこちらからお近づきにな
ふえて
るのは不得手だなどとなぜおっしゃるのでしょう?」
しつもん たいさ い かれ き こた かれ めんどう
「その質問なら」とフィッツウィリアム大佐は言った。「彼に訊かずともぼくに答えられる。彼はそういう面倒なこ
おとこ
とはしたがらない男です」
たね のうりょく か い めんしき きがる はなし
「ぼくにある種の能力が欠けているのはたしかですよ」とダーシーが言った。「面識のないひとと気軽に話をすると
のうりょく あいて はなし ちょうし あ あいて かんしん きょうみ
いう能力がね。相手の話に調子を合わせることができないし、相手の関心に興味があるようなふりもできない。そん
れんちゅう み
なふりをしている連中をよく見かけますが」
ゆび ふじん しょたいめん がっき うえ じょうず うご
「わたくしの指は、たいていのご婦人のように、初対面のこの楽器の上では上手に動きませんの」とエリザベスは
言った。「ふだんのような力強さも速さもありませんし、表現力も乏しいし。でもこれは自分の怠慢のせいだと思っ
ています──だってふだんから面倒なお稽古はしませんもの。自分の指が、ほかのお上手な方の指のように動かないと
おも
は思っていませんわ」

も、はじめてのものは苦手ということですね」
びしょう
 ダーシーは微笑した。「まったくあなたの言うとおりですね。あなたはぼくより時間の使い方が上手というわけ
えんそう き
だ。あなたの演奏を聞く光栄に浴した者は、あなたの演奏に不足があるとはだれも思わないでしょう。要はふたりと
にがて

 ここで、レディ・キャサリンの邪魔が入った。いったいなんのお話をしているのとお声がかかったのである。エリ
ザベスはすぐにまたピアノを弾きはじめた。レディ・キャサリンは近づいてきて、ほんのしばらく耳を傾けてから、
ダーシーに言った。

「ミス・ベネットは、ロンドンの先生についてもっとお稽古なされば、それなりに弾けるようになるわ。指の運びは

できて、すばらしい演奏ができるのに」
じょうず

じゅうまい
かんせい
とてもお上手、ただ感性となると、うちのアンにはかなわないわね。アンも体の具合さえよければ、もっとお稽古が
えんそう

 エリザベスは、従妹に対するこの賛辞にダーシーが心から同意するかどうか、その顔をじっと見つめていた。だが
こうえい

たい
ちからづよ

いめんどう

はじ
よく

じゃま

せんせい
はや

さんじ
もの
けいこ

はい

えんそう

こころ
けいこ
ひょうげん りょく

ふそく

どうい
じぶん
とぼ

ゆび

はなし

ちか

からだ ぐあい
じょうず

じかん

おも

はじ

かお
こえ
じぶん

ほう

つか かた
ゆび
たいまん


じょうず

みみ
よう

かたむ
うご

ゆび はこ

けいこ
おも

かお こい きざ みと たい
そのときも、そのあとにも、ダーシーの顔に恋の兆しらしきものは認められなかった。そしてミス・ド・バーグに対
ふ ま お ちから
するダーシーのこうした振る舞いから推して、これはミス・ビングリーを力づけることになりかねないとエリザベス
おも あに けっこん しんせき
は思った。もし兄がミス・ダーシーと結婚して、ダーシーと親戚ということになれば、ダーシーがミス・ビングリー
けっこん
とほんとうに結婚することもありうるのだ。
えんそう いけん の えんそう かんせい
 レディ・キャサリンは、エリザベスの演奏についてなおも意見を述べ、その演奏ぶりや感性についてあれこれとご
うけたまわ
きょうし たまわ しつれい つつし うけたまわ いえ おく れいふじん よん
教示を賜った。エリザベスは失礼にならぬよう慎んで 承 っていた。みなを家まで送りとどけるために令夫人の四
りん ばしゃ ようい しんし かた のぞ まえ
輪馬車の用意ができるまで、紳士方に望まれてエリザベスはピアノの前にすわっていた。

    32

よくあさ ようじ むら で へや のこ
 翌朝、ミセス・コリンズとマライアが用事で村へ出かけているあいだ、エリザベスはひとり部屋に残ってジェイン
てがみ か らいきゃく つ げんかん すず おと ばしゃ おと き
に手紙を書いていたが、来客を告げる玄関の鈴の音がして、はっとした。馬車の音は聞こえなかったものの、レ
おも せっかい しつもん あ か てがみ かた
ディ・キャサリンかもしれないと思い、お節介な質問を浴びせられてはかなわないと、書きかけの手紙をあわてて片
へや とびら ひら おどろ へや はい
づけていると、部屋の扉がふいに開き、なんと驚いたことにミスタ・ダーシーが、しかもたったひとりで部屋に入っ
てきたのである。
かれ み ようす ざいたく き べんかい ひれい 詫
 彼もエリザベスがひとりでいるのを見てびっくりした様子で、みなさんご在宅だと聞いたのでと弁解し、非礼を詫
びた。
こし かん かたがた ようす うかが そうほう ちんもく
 それからふたりは腰をおろし、エリザベスがロージングズ館の方々のご様子を伺ったあとは、そのまま双方が沈黙
さら しょう び
きけん さら わだい み あせ まゆ きゅう まえ
におちこむ危険に 晒 されそうだった。なんとか話題を見つけるのが 焦 眉の急となったが、さいわい、この前ハート
あ おも だ やしき ひ はら けいい
フォードシャーでダーシーに会ったときのことを思い出し、あのあとあわただしく屋敷を引き払った経緯について、
かれ い き おも
彼がなんと言うかぜひとも聞いてやろうと思った。
さくねん じゅういちがつ ひ はら
「昨年の十一月には、ほんとうにとつぜんネザーフィールドを引き払っておしまいになりましたわね、ダーシーさ
はや お さき た
ま! みなさんがあんなに早くあとを追っていらしたから、先にお発ちになったビングリーさまはさぞやびっくりな
きおく ただ まえ
さったりよろこばれたりしたんじゃないかしら。わたくしの記憶が正しければ、ビングリーさまは、たしかほんの前
び しゅっぱつ た いもうと かた げんき
日にご出発なさったばかりでしたものね。このたびロンドンをお発ちのときは、ビングリーさまも妹さん方もお元気
でいらっしゃいましたか」
げんき
「たいそう元気です──おかげさまで」

いじょう こた ま
 それ以上の答えはもらえないらしいことが、エリザベスにもわかった──だからちょっと間をおいてから、こうつけ
くわえた。
もど かんが
「ビングリーさまはもうネザーフィールドにお戻りになるお考えはないのですね?」
はなし き す じかん すく
「そういう話は聞いておりませんが、さきざきあそこで過ごす時間はずっと少なくなるかもしれませんね。ロンドン
ゆうじん たいせい ゆうじん ふ じき
には友人も大勢いますし、友人もつきあいもどんどん増えていく時期ですから」

い ひ はら きんりん もの
「ネザーフィールドにお出でになるおつもりがあまりないのでしたら、あそこは引き払われるのが、近隣の者にはあ
お つ かぞく す
りがたいかもしれません、そうすればあそこにずっと落ち着かれるご家族に住んでいただけますもの。でもビング
きんりん もの じぶん やしき か も
リーさまは近隣の者のためというより、ご自分のためにあのお屋敷をお借りになったんですものね。そのままお持ち
ひ はら ほう じゆう
になるか、引き払われるかは、あの方のご自由ですわね」
た ぶっけん ひ はら かれ い べつ おどろ
「他にいい物件があれば、あそこはすぐにでも引き払うと彼が言っても、別に驚きませんね」
へんじ いじょう はな あ ふあん はなし
 エリザベスは返事をしなかった。ミスタ・ビングリーについてこれ以上話し合うのが不安になったのだ。ほかに話
ゆだ
わだい み めんどう い
すことがなくなったので、話題を見つける面倒はダーシーに 委 ねることにした。
さっ はな だ  いごこち す し
 ダーシーはそれを察すると、すぐに話し出した。「こちらはたいそう居心地のよいお住まいですね。コリンズ氏が
ふにん て い
ハンスフォードに赴任するにあたって、レディ・キャサリンが、だいぶ手を入れたんでしょう」
おも れいふじん こころづか たまわ あいて おも
「そうだと思います。令夫人からお心遣いを賜る相手としては、あれほどありがたがるひとはいないと思いますわ」
し おくがた めぐ
「コリンズ氏は、よい奥方に恵まれたようですね」
ともだち かれ ひ う きとく おんな
「ええ、たしかに。コリンズさんのお友達はきっとよろこんでいますわよ。彼を引き受けようというそりゃ奇特な女
せい ひ う しあわ ともだち
性にめぐりあったんですもの、しかも引き受けたばかりか幸せにしてあげたんですもの。わたくしのお友達はたいそ
かしこ けっこん かしこ せんたく かくしん
う賢いひとですの──でもコリンズさんと結婚したことがもっとも賢い選択だったかどうかは、確信がありませんわ。
しあわ かんが えんぐみ
でもいまのところはとても幸せそうですし、ようく考えてみると、とてもよい縁組だったのかもしれません」
かぞく ゆうじん らく い   お つ
「ご家族やご友人と楽に行き来できるところに落ち着かれたのはよかったでしょうね」
らく い   はち じゅう
「ここが楽に行き来できるところだっておっしゃるんですか? 八十キロもありますわよ」
みち はち じゅう もんだい はんにち たび らく くだり
「よい道であれば八十キロぐらい問題ないでしょう? ほんの半日かそこらの旅ですもの。ええ、ぼくなら、楽に行
き い
き来できると言いますね」
きょり けっこん りてん かんが おおごえ あ
「その距離が結婚の利点のひとつになるなんて考えたこともありません」とエリザベスは大声を上げた。「ミセス・
とつ
よめ さき じっか ちか い
コリンズの 嫁 ぎ先が、実家に近いなんて、わたくしならぜったい言いません」
あいちゃく しょうこ すこ はな とお
「それはあなたがハートフォードシャーに愛着がある証拠ですよ。ロングボーンから少しでも離れたら、どこでも遠

くに見えるんでしょう」
はな かお え う え いみ き
 話しているダーシーの顔に笑みのようなものが浮かんだが、その笑みの意味がエリザベスにはわかるような気がし
かんが おも かのじょ かお あか こた
た。おそらくジェインとネザーフィールドのことを考えていると思ったのだろう、彼女は顔を赤らめてこう答えた。
おんな じっか ちか とつ い とお ちか そうたい てき
「女は実家から近いところに嫁ぐほうがいいと言っているんじゃありません。遠いとか近いとかいうのは相対的なも
じじょう さゆう たび ひよう しんぱい ざいさん きょり
ので、ひとそれぞれの事情に左右されるものですから。旅の費用など心配せずにすむほどの財産があれば、距離など
さわ
さわ いえ ばあい ふさい しゅうにゅう
なんの 障 りにもなりません。でもこの家の場合はそうじゃありませんわ。コリンズ夫妻にはかなりの収入があります
たび よゆう ゆうじん はんぶん みじか きょり じっか ちか
けれど、しじゅう旅ができるほどの余裕はありません──わたくしの友人は、いまの半分より短い距離でも、実家が近
い おも
いとは言わないと思います」
いす すこ ひ う とち しゅうちゃく
 ミスタ・ダーシーは、エリザベスのほうに椅子を少し引きよせた。「あなたは、生まれた土地にいつまでも執着す
るわけにはいきませんよ。あなただって、いつまでもロングボーンにいられるわけじゃありませんもの」
ことば おどろ かお ば くうき か き 椅
 その言葉にエリザベスは驚いたような顔をした。ミスタ・ダーシーはその場の空気が変わったことに気づいた。椅
こ しんぶん と あ め はし まえ れいせい い
子をうしろにずらせ、テーブルから新聞を取り上げ、ちらりと目を走らせ、前より冷静にこう言った。
き め
「ケントはお気に召しましたか?」
とち みじか れいせい もと き がいしゅつ もど
 それからこの土地について短いやりとりがあったが、どちらも冷静で素気なかった──そこへ外出から戻ったシャー
はい はなし お はな み
ロットとマライアが入ってきたので、話はそこで終わった。さしむかいで話していたふたりを見て、シャーロットた
おどろ じゃま べんかい すう ふん
ちは驚いた。ミスタ・ダーシーは、うっかりミス・ベネットのお邪魔をしてしまったと弁解し、さらに数分ほどす
ぐち かえ
わっていたが、だれにもあまり口をきかぬまま帰っていった。
かえ い
「これはいったいどういうことでしょう!」ダーシーが帰るとすぐにシャーロットが言った。「ねえ、イライザ、あ
ほう こい した たず
の方、きっとあなたに恋をしていらっしゃるのよ。さもなければ、こんなふうに親しく訪ねていらっしゃるはずがな
いわ」
かれ だま い きたい むな
 でも彼はほとんど黙りこんでいたわよとエリザベスが言ったので、シャーロットの期待も空しく、やはりそうでは

けつろん すいそく い
ないだろうという結論になった。あれやこれやみんなで推測したあげく、きっとなにもすることがないからお出でに
きせつ かんが かのう せい たか しゅりょう たの きせつ お
なったのだろう、いまの季節を考えるとその可能性が高いということになった。狩猟を楽しむ季節はもう終わってい
やかた
かん うち しょもつ だい しんし かた おくない
た。 館 の内にはレディ・キャサリンがおられ、書物とビリヤード台はあっても、紳士方はそうそう屋内にひきこ
ぼくし かん ちか さんさく かいてき じゅうにん たの
もっていられるものではない。牧師館が近くにあり、そこまでの散策は快適だし、そこの住人もなかなか楽しいひと
い と こ
いとこ さんぽ で まいにち あし む にち ちゅう
たちとあって、ふたりの従兄弟は散歩に出れば、ほとんど毎日のようについこちらに足が向いた。日中のさまざまな
じかん つ だ おば じょう とも
時間に、あるときはひとりで、あるときは連れ立って、またあるときは叔母上のお供をしてやってきた。フィッツ
たいさ じゅうにん たの め あき かれ
ウィリアム大佐が、ここの住人たちとのつきあいを楽しみにしているのは、だれの目にも明らかで、そのために彼の
にんき たか み おも き
人気はいっそう高まった。エリザベスは、フィッツウィリアムといっしょにいるときの満たされた思いに気づくと
じぶん よ さんじ き き い おも だ
き、自分に寄せられる賛辞を聞かされるとき、かつてのお気に入りであったジョージ・ウイッカムをいつも思い出し
たいさ ものごし こころ みりょう
ていた。もっともふたりをくらべると、フィッツウィリアム大佐の物腰にはウイッカムのようにひとの心を魅了する
たいさ はくしき うたが
やさしさこそなかったが、大佐がたいそう博識であることは疑いなかった。
ぼくし かん おとず りかい くる じゅうにん
 だがなぜミスタ・ダーシーがこれほどしげしげ牧師館を訪れるのか、だれしもが理解に苦しんだ。住人とのつきあ
たの おも じゅう ふんかん ひとこと くち くち ひら
いを楽しむためとは思われない、十分間、一言も口をきかず、ただすわっていることもしばしばである。口を開くと
はな はな ひつよう せま はなし たの れいぎ じょう くち ひらき
きは、話したいから話すのではなく、必要に迫られて話をする──楽しいからではなく、礼儀上やむをえぬから口を開
ひょうじょう み かんが
くのである。いきいきとした表情はめったに見られない。シャーロットは、ダーシーのことをどう考えればよいのか
たいさ ようす
わからなかった。フィッツウィリアム大佐がときどき、ぼんやりしているダーシーをからかうのは、ふだんとは様子
ちが しょうこ し ちが かれ
が違っているという証拠だが、ダーシーのことをよく知らないシャーロットにはどう違っているのかわからない。彼
わざ
か こい ぎょう こい あいて おも
の変わりようを恋のなせる 業 だと、その恋の相手はエリザベスだとどうしても思いたいシャーロットは、それをはっ
しんけん と く けっしん かん うかが おとず
きりさせることに真剣に取り組む決心をした。ロージングズ館に伺ったときも、ハンスフォードをダーシーが訪れた
かんさつ どりょく むく
ときも、いつもじっと観察したが、その努力はたいして報われなかった。たしかにミスタ・ダーシーはエリザベスを
み め う ひょうじょう さだ しんけん
しじゅう見てはいるのだが、その目に浮かぶ表情は定かではなかった。ひたむきで真剣なまなざしではあるが、そこ
しぼ じょう おも ほうしん み
に思慕の情があるようには思われなかったし、ときにはただ放心しているようにも見えた。
ほの
に ど す 仄
 二度ほどエリザベスに、ダーシーさまはきっとあなたがお好きなのよと 仄 めかしてみたが、エリザベスはそのたび
わら と あ しつぼう お きたい いだ 危
に笑って取り合わなかった。シャーロットは、けっきょくは失望に終わるかもしれない期待をいたずらに抱かせる危
けん さ わだい し だんねん いけん じぶん こい
険は避けようと、この話題を強いることは断念した。シャーロットの意見としては、ダーシーは自分に恋していると
おも かのじょ きら きもち き ぎもん よち
エリザベスが思えるなら、彼女のダーシーを嫌う気持も消えるだろうということに疑問の余地はなかったのである。
やくだ おも たいさ けっこん おも
 エリザベスのために役立とうと思うシャーロットは、いっそフィッツウィリアム大佐と結婚させたらと思うことも
たいさ きだ しんぷく たし しゃかい てき ちい けっこん
あった。大佐ほど気立てのよいひとはほかにいない。エリザベスに心服しているのは確かだし、社会的な地位も結婚
あいて のぞ りてん ちょうけ かずおお せいしょく
の相手としては望ましいものである。ただしこうした利点を帳消しにするのは、ミスタ・ダーシーには数多くの聖職
いとこ
ろく じゅよ けん じゅうけい
禄授与権があるのに、従兄のほうにはそれがないということだった。

    33

かん ていえん さんさく いちど であ


 エリザベスは、ロージングズ館の庭園を散策しているあいだに、一度ならずミスタ・ダーシーにばったり出会うこ
こ かれ ふうん
とがあった。ひとがだれも来ないようなところに、彼があらわれるというのはまったく不運なめぐりあわせだとエリ
おも であ にど き い
ザベスは思った。ここではじめて出会ったときは、二度とこのようなことがないように、ここはわたくしのお気に入
さんぽみち ことわ に ど きみょう に ど
りの散歩道なのですと、はっきり断っておいた。それが二度あるとしたら、じつに奇妙ではないか! それが二度あ
さん ど いじわる かれ みずか か くぎょう
り、しかも三度もあった。それはミスタ・ダーシーがわざと意地悪をしているようでもあり、彼が自らに課した苦行

おも さん ど かた あいさつ ま い
のようにも思われた。なぜなら三度とも、型どおりの挨拶のあと、ぎごちない間があり、そしてそのまま行きすぎ
ひ かえ かた なら ある おも かれ はなし
る、ところがわざわざ引き返してエリザベスと肩を並べて歩かねばならないと思うらしい。彼のほうはたいした話も
じぶん はな き あいて はなし みみ かたむ き さん どめ ぐうぜん であ
せず、エリザベスのほうも自分から話しかける気はなく、相手の話に耳を傾ける気もなかった。三度目に偶然出会っ
みゃくらく きみょう しつもん たいざい たの
たときは、なんの脈絡もない奇妙な質問をいくつかされてびっくりした──ハンスフォードの滞在は楽しいか、ひとり
さんぽ す ふさい しあわ おも しつもん かん はなし も で
の散歩が好きなのか、コリンズ夫妻を幸せだと思うかというような質問だった。そしてロージングズ館の話を持ち出
い き かのじょ かん と
し、あなたにはあそこのことがまだよくわかっていないと言い、こんどケントに来たときは、彼女があの館に泊まる
きたい ことば ふく かん たいさ
のを期待しているようだった。言葉のはしばしにそんな含みが感じられた。ことによるとフィッツウィリアム大佐の
あたま ふく かか おも
ことが頭にあるのだろうか? なにか含みがあるのだとすると、どうやらそのあたりに関わりがあるように思われ
き ぼくし かん む もくさく もん
た。それがいささか気になった。牧師館に向かいあう木柵の門までたどりついたときにはほっとした。
ひ さんぽ まえ てがみ よ げんき
 ある日のこと、エリザベスは散歩をしながら、ジェインからこの前とどいた手紙を読みかえし、ジェインに元気の
しあん けはい かん め あ
ないことがうかがえるいくつかのくだりについてあれこれ思案していた。そのときふとひとの気配を感じて目を上げ
たいさ てがみ
ると、そこにいたのはミスタ・ダーシーではなく、なんとフィッツウィリアム大佐だった。あわてて手紙をしまいこ
え う い
み、むりやり笑みを浮かべてこう言った。
さんぽ ぞん
「このあたりをお散歩なさるなんて存じませんでした」
ていえん かれ こた まいとし く
「この庭園はいつもひとめぐりすることにしているんですよ」と彼は答えた。「毎年ここに来るたびに、だいたいそ
さいご ぼくし かん よ さき ある
うしています、最後には牧師館に寄るつもりでしたが。あなたは、この先まだ歩かれますか?」
もど
「いいえ、ちょうど戻るところでした」
かのじょ む か なら ぼくし かん ある
 そこで彼女は向きを変え、ふたりは並んで牧師館のほうに歩きだした。
どようび た
「土曜日にはほんとうにケントをお発ちになりますの?」
の い かれ い かれ じぶん き
「ええ──ダーシーがまた延ばそうと言いださなければ。なにしろぼくは彼の言いなりですからね。彼は自分の気のむ
こと はこ
くままに事を運びます」
ほう じぶん おも こと はこ じぶん さいはい たの
「あの方は、ご自分の思うように事が運ばなくても、とにかくご自分が采配をふることが楽しいんですわね。ダー
じぶん い たの ほう し
シーさまほど、ご自分の意のままになさるのを楽しんでいらっしゃる方、ほかに知りません」

わが とお おとこ たいさ こた
「どこまでも我を通す男ですからね」とフィッツウィリアム大佐は答えた。「でもだれでもそんなものでしょう。た
かれ じぶん おも しゅだん めぐ かれ かねもち びんぼう
だ彼はだれよりも自分の思いどおりにできる手段に恵まれている。だって彼は金持で、ほかはたいていが貧乏です。
じっかん じなん つね じぶん きもち おさ た もの したが し
これは実感ですね。次男ともなると、常に自分の気持を抑えたり、他の者に従ったりすることを強いられますから
ね」
い はくしゃく じなん おも じぶん
「わたくしに言わせれば、伯爵さまのご次男なら、そんな思いはめったになさらないはずだわ。そもそも、ご自分の
きもち おさ た ほう したが けいけん かね い い
気持を抑えたり、他の方に従ったご経験がおありなのでしょうか? お金がないために、行きたいところにも行けな
ほ て はい
い、欲しいものも手に入らないというようなことが、おありでしたかしら?」
いた たね くろう
「これは痛いところをつかれましたね──たしかにその種の苦労はめったにしたことはありませんよ。しかし、もっと
じゅうだい もんだい きむ くろう じなん さん なん す
重大な問題となると、金がないがために苦労するかもしれない。次男三男ともなれば、好きだからというだけでその
あいて けっこん
相手と結婚するわけにもいきません」
ざいさん ふじん す もんだい おも
「財産のあるご婦人を好きになれば問題はないんだわ、たいていはそうなさると思いますけど」
せいかつ しゅっぴ きん たよ じなん
「われわれのような生活はいろいろと出費がかさむので、どうしても金に頼ることになりますね。ぼくのような次男
きん とんじゃく けっこん もの
で、金に頓着なく結婚できる者はそうそういませんね」
あ おも かんが 頰 ち き と
 これはわたしに当てつけているのかしら? とエリザベスは思った。そう考えると頰に血がのぼった。だが気を取
なお ほが い はくしゃく じなん ねだん あと と ちょうなん
り直して朗らかに言った。「あのう、伯爵さまのご次男のお値段って、ふつうどれくらいですの? 跡を取るご長男
ひんし じゅうびょう べつ ご まん
が瀕死の重病なら別ですけれど、ふつうはせいぜい五万ポンドというところかしら」
かれ おな ちょうし こた はなし だま はなし どう
 彼もエリザベスと同じ調子で答えたので、この話はこれきりになった。このまま黙りこんでいると、いまの話に動
ゆら おも ことば
揺しているのではないかと思われそうなので、エリザベスはすかさず言葉をついだ。
いとこ
じゅうてい つ じぶん おも にんげん
「お従弟さまがあなたをここにお連れになったのは、ご自分の思いどおりになる人間をそばにおきたいからでしょ
おも けっこん
う。思いどおりになるひとをいつもそばにおいておきたいのなら、結婚なさればよろしいのに。でも、いまのところ
いもうと
じぶん
はお妹さんが、そのかわりをなさっていらっしゃるのね、あの方がおひとりで面倒を見ていらっしゃるのだから、ご
ほう めんどう み

おも
自分の思いのままにおできになるわけだわ」
たいさ い はんぶん けんり
「いや」とフィッツウィリアム大佐は言った。「ミス・ダーシーのことなら、ぼくにも半分はその権利があるな。な
こうけん やく ひ う
にしろこのぼくも後見役を引き受けていますのでね」
まも
こうけん やく もり じょう せわ
「あら、ほんとうに? 後見役って、どんなことをなさるんですの? お 守 りしているお嬢さまがお世話をやかせる
とし じょう あつか むずか じょう
ようなことはありませんか? あのお年ごろのお嬢さまは、なかなか扱いが難しいものですし、しかもそのお嬢さま
はな か きしつ
が、ダーシー家の気質をお持ちだとすると、なんでもご自分の思いどおりになさりたいでしょうしね」
も じぶん おも

あいて じぶん み き やっかい たね


 話しながらエリザベスは、相手が自分をじっと見つめているのに気がついた。なぜミス・ダーシーが、厄介の種に
おも かれ と かえ み じぶん しんじつ ちか
なりそうだとお思いですかと彼がすぐさま問い返したところを見ると、自分がかなり真実に近いところをついたのだ
かくしん かのじょ き かえ い
とエリザベスは確信した。彼女は切り返すように言った。
しんぱい およ いもうと わる ひょうばん き すなお
「ご心配には及びませんわ。お妹さんの悪い評判などなにひとつ聞いたことがありませんもの、きっとたいそう素直
じょう し あ ふじん かた
なお嬢さまなんでしょうね。わたくしのお知り合いのさるご婦人方、ミセス・ハーストとミス・ビングリーは、たい
き い ほう ぞん
そう気に入っておいでですもの。たしかあの方たちをご存じだとおっしゃいましたわね」
たしょう し あにき こう しんし だい しんゆう
「多少は知っています。兄貴のほうは好紳士ですね──ダーシーの大の親友です」
もと き い しんせつ
「ああ! そうですわね」とエリザベスは素気なく言った。「ダーシーさまはビングリーさまにはとてもご親切です
ねんご
こん めんどう み
わ、それは 懇 ろにご面倒を見ておいでですもの」
めんどう み めんどう み ひつよう めんどう み
「面倒を見ているか! ダーシーなら、まあ、どうしても面倒を見る必要があるところは、面倒を見てやるでしょう
く とちゅう き かれ めんどう
ね。ここに来る途中でダーシーから聞きましたが、ビングリーは、彼にずいぶん面倒をかけたようですよ。いやい
い もう かれ めんどう じんぶつ き
や、こんなことを言っては、ビングリーに申しわけないかな、彼に面倒をかけた人物がビングリーだと決めつけては
すいそく
いけない。これはみんなぼくの推測ですからね」
「それはどういうことでしょう?」
いち けん せけん し のぞ ふじん かぞく みみ はい
「ダーシーはもちろんこの一件が世間に知られることは望んでいないでしょう。ましてそのご婦人の家族の耳に入っ
ふかい
ては、さだめし不快でしょうから」
もう あんしん
「だれにも申しませんからご安心ください」
かんが たし こんきょ はな
「そもそもそれがビングリーだと考える確かな根拠があるわけじゃないんです。ダーシーが話してくれたのはこうい
ちか めいわく かえり けいそつ けっこん はし とも すく さいわ
うことですから。つまり近ごろ、まわりの迷惑も顧みずたいそう軽率な結婚に走ろうとした友を救ったのは幸いだっ
い とうじしゃ なまえ くわ い めんどう おこし
たと言ったのです。当事者の名前はあがりませんでしたし、詳しいことはなにも言いませんでした。そんな面倒を起
せいねん い すいそく なつ
こしそうな青年と言えば、ビングリーかなとぼくが推測したにすぎません、この夏、あのふたりはずっといっしょで
したからね」
けっこん かんしょう りゆう はな
「ダーシーさまは、その結婚に干渉なさった理由をお話しになりましたか?」
あいて じょせい はんたい きょうりょく りゆう
「相手の女性については、反対するきわめて強力な理由があったようですよ」
なか ひ さ さく
「それでそのおふたりの仲を引き裂くために、どんな策をめぐらしたのでしょう?」
さく はな たいさ え う はな
「策については話してはくれませんでしたね」とフィッツウィリアム大佐は笑みを浮かべた。「いまお話ししたよう

なことを聞かせてくれただけですから」
むごん あゆ むね ふんど かのじょ ようす み
 エリザベスは無言で歩みつづけていたが、胸のうちは憤怒ではちきれそうだった。そんな彼女の様子をしばし見
まも たいさ かんが たず
守っていたフィッツウィリアム大佐は、なにをそう考えこんでいるのですかと尋ねた。
はなし かんが かのじょ い じゅうてい かた い そ
「いまお話しくださったことを考えています」と彼女は言った。「お従弟さまのなさり方は、わたくしの意に添いま
けんげん
せん。どうしてそんな権限がおありになるのでしょうか?」
かれ かんしょう い せっかい
「彼の干渉は要らざるお節介だというのですね?」
ゆうじん す あいて は じんぶつ き けんげん おも
「ご友人の好きなお相手が、果たしてふさわしい人物かどうか、ダーシーさまに決める権限はないと思います。それ
ゆうじん しあわ かって き さしず なっとく
にこうすればそのご友人が幸せになれると勝手に決めて指図までなさるなんて、どうしても納得がいきません。で
きもち しず   なお くわ じじょう し いっぽう てき ひなん ふこうへい
も」とエリザベスは気持を鎮めて言い直した。「詳しい事情も知らないのに一方的に非難しては不公平ですわね。そ
ふか あいじょう おも
のおふたりのあいだに深い愛情があったとは思えませんし」
かんが しぜん い かな とくいまんめん じゅうてい
「そう考えるのが自然ですかね」とフィッツウィリアムは言った。「だがそうなると悲しいかな、得意満面の従弟の
めんぼく
面目はいささかつぶされることになるなあ」
ちょうし かれ い ひとがら い おも
 おどけた調子で彼はこう言ったのだが、それがミスタ・ダーシーの人柄をよく言いあらわしていると思われ、エリ
れいせい こた おも とうとつ わだい か ぼくし かん つ はなし
ザベスはとても冷静には答えられまいと思い、唐突に話題を変えて牧師館に着くまであたりさわりのない話をつづけ
きゃくじん かえ じしつ き はなし かんが
た。客人が帰ったあとエリザベスはすぐさまひとり自室にひきこもり、さきほど聞いた話をじっくりと考えてみた。
ひ と
かんが たにん じぶん かか はなし おも
どう考えてもあれは他人ごとではない、自分に関わりをもつひとたちの話だと思った。ミスタ・ダーシーがこうした
ぜつだい えいきょう りょく およ じんぶつ よ ひ はなれ
絶大な影響力を及ぼせる人物が、この世にふたりいるはずはない。つまりミスタ・ビングリーをジェインから引き離
ほうさく こう かれ うたが ひ はな
す方策を講じたのは、まさしく彼だということをエリザベスはもはや疑わなかった。これまでは、ふたりを引き離す
かくさく しゅぼう しゃ おも かれ じしん きょえい しん みち あやま
べく画策した首謀者は、ミス・ビングリーだろうと思いこんでいた。しかし彼が自身の虚栄心のせいで道を誤ったの
かれ かくさく ちょうほんにん うたが かれ こうまん き くる
ではないにせよ、彼こそが画策の張本人だったことに疑いはない。彼の高慢と気まぐれがジェインを苦しめ、いまな
くる げんきょう かれ よ あいじょう ふか かんよう こころ も ぬし しあわ もと きぼう
お苦しめつづけている元凶なのだ。彼はこの世でもっとも愛情深い寛容な心の持ち主から幸せを求める希望をことご
うば かれ わざわ
とく奪ってしまった。しかも彼がもたらしたその災いがいつまでつづくのか、だれにもわからないのだ。
あいて ふじん はんたい きょうりょく りゆう たいさ ことば
「相手の婦人については反対するきわめて強力な理由があったのです」というのがフィッツウィリアム大佐の言葉
はんたい きょうりょく りゆう いなか べんごし おじ しょうばい おじ そんざい
だった。反対する強力な理由とはおそらく田舎弁護士である叔父と、ロンドンで商売をやっている叔父の存在であろ
う。
むね さけ はんたい りゆう うつく
「いったいジェインのどこに」とエリザベスは胸のうちで叫んだ。「反対する理由があるというの。あれほど美しく
そな
すぐ ちのう みが ちせい ぐ ゆうが ものごし こころ ひ ちち
やさしいひとなのに! 優れた知能や磨かれた知性を 具 え、その優雅な物腰はひとの心を惹きつけてやまない。お父

い い すこ か
さまだって、言いがかりをつけられる謂われはまったくない、少し変わったところはあるけれど、ダーシーさまなど
ま りきりょう りっぱ ひとがら およ ははおや かんが
に負けない力量はあるし、立派な人柄はダーシーさまなど及びもつかないはずだわ」たしかに母親のことを考える
じしん ゆ ははおや いぎ おも いみ おも
と、自信もちょっと揺らいだが、母親については、ミスタ・ダーシーの異議はさほど重い意味をもつとは思えなかっ
ゆうじん つま みうち りょうしき か しゃかい てき ちい ひく かれ じそんしん
た。友人の妻となるひとの身内が、良識を欠いていることより、社会的な地位の低さのほうが、彼の自尊心をいたく
きず まちが かれ ゆる じそんしん うえ
傷つけることは間違いない。彼は、こうした許しがたい自尊心にひきずりまわされ、その上にミスタ・ビングリーを
ぜ ひ いもうと けっこん あいて がんぼう さいご けつろん
是が非でも妹の結婚相手にしたいという願望にひきずりまわされているのだと、エリザベスは最後にそう結論したの
である。
たかぶ
もんだい かんが かんが きもち たかぶ なみだ ずつう ゆうこく ずつう
 この問題を考えれば考えるほど、気持は 昂 り、涙があふれ、ついには頭痛さえしてきた。夕刻になるにつれ頭痛
あ きもち じゅうけい
はいっそうひどくなり、ミスタ・ダーシーにはなんとしても会いたくないという気持もあり、従兄たちといっしょに
ちゃ 招 かん い けっしん きぶん わる
お茶に招ばれていたロージングズ館には行くまいと決心した。ミセス・コリンズは、いかにも気分の悪そうなエリザ
み むりじ おっと むり き や
ベスを見て無理強いはしなかったし、夫にも無理にすすめさせまいと気を遣ったが、ミスタ・コリンズは、エリザベ
いえ のこ ふきょう か けねん かく
スを家に残していっては、レディ・キャサリンのご不興を買うのではないかという懸念を隠すことができなかった。

    34

で いか
 みなが出かけてしまうと、エリザベスは、ミスタ・ダーシーへの怒りをいよいよかきたてようというつもりか、こ
き てがみ ねんい よ かえ しごと と ぶんめん ふまん
こケントにいるあいだにジェインから来た手紙をすべて念入りに読み返すという仕事に取りかかった。文面には不満
の かこ できごと む かえ なや うった
が述べられているわけではなく、過去の出来事を蒸し返すようなくだりもなく、いまの悩みを訴えているくだりもな
てがみ ぎょうかん も まえ あか やす こころ お つ なま
かった。しかしどの手紙にも、どの行間にも、ジェインの持ち前の明るさがなかった。安らかな心の落ち着きから生
そそ くも あか さいしょ よ
みだされ、すべてのひとたちにやさしく注がれてめったに曇ったことのないあの明るさがなかった。最初に読んだと
よ かえ ぶんしょう いっこう いち こう ふあん ふこう
きにはわからなかったが、こうしてじっくり読み返してみると文章の一行一行に不安がにじみでている。ひとを不幸
ふ らち
ぞこ とくとく ふ らち ふ ま おも あね くのう
のどん底におとしいれながら得々としているミスタ・ダーシーの不 埒 な振る舞いを思うにつけ、姉の苦悩がいっそう
かん かれ かん たいざい みょうごにち おも こころ なぐさ
ひしひしと感じられた。ただ彼がロージングズ館に滞在するのも明後日までと思うと、いささか心は慰められ、それ
ま に しゅうかん あ あね きぶん は おも
にも増してうれしいのは、あと二週間もたたぬうちにジェインに会えること、姉の気分が晴れるように、思いのたけ
そそ あね はげ
を注いで姉を励ませることだった。
いとこ
さ じゅうけい さ かんが
 ダーシーがケントを去るときは、その従兄もいっしょに去ってしまうのだと、エリザベスは考えた。でもフィッツ
たいさ ざいさん じょせい けっこん めいげん こうかん せいねん
ウィリアム大佐は、財産のない女性と結婚するつもりはないと明言していた。好感のもてる青年ではあっても、いな
しん いた
くなったあと心を痛めるほどではなかった。
もんだい げんかん すず な たいさ
 この問題にもけりがついたところで玄関の鈴が鳴り、エリザベスははっとして、もしやフィッツウィリアム大佐で
こころ さわ まえ ゆうがた おそ たず きぶん わる きづか
はないかとちょっと心が騒いだ。前にも夕方遅く訪ねてきたことがあり、こんどは気分の悪いわたしを気遣ってわざ
ようす み き おも きたい け きぶん ぎゃく しず おどろ
わざ様子を見に来たのではないかと思ったのだ。だがそんな期待はすぐに消しとび、気分は逆に沈みこんだ。驚いた
へや はい ようす みま ことば
ことになんとミスタ・ダーシーが部屋に入ってきたのである。なにやらそわそわした様子で、さっそく見舞いの言葉
の かげん たず い ていちょう ひや おうたい
を述べ、お加減がよくなられたかどうかお訪ねしてみたのだと言った。エリザベスは丁重だが冷やかに応対した。ミ
こし た あ へや ある
スタ・ダーシーはしばらく腰をおろしていたが、また立ち上がると部屋のなかをぐるぐると歩きはじめた。エリザベ
おどろ くち すう ぶん ちんもく こうふん ようす
スは驚いたが、ひとことも口はきかなかった。数分の沈黙がつづいたあと、ミスタ・ダーシーが興奮した様子で、や
あゆ かた
おらつかつかとエリザベスに歩みより、こう語りだした。
くる きもち おさ もう あ ゆる
「いたずらに苦しみました。でもだめでした。この気持はもう抑えられない。こう申し上げることを許してくださ
はげ おも あい
い、ぼくがどれほど激しくあなたを想い、愛しているかということを」
きょうがく め みは かお あか みみ うたが くち かのじょ
 エリザベスの驚愕はたとえようもなかった。目を見張り、顔を赤らめ、耳を疑い、口もきけなかった。その彼女の
ようす じしん え いだ かのじょ おも の
様子に自信を得たミスタ・ダーシーは、これまでずっと抱きつづけていた彼女への思いのたけをすぐさま述べはじめ
はな しぼ べつ つた きもち あいじょう もんだい
た。よどみなく話しはしたものの、こうした思慕とは別に、きちんと伝えておかねばならぬ気持があり、愛情の問題
きょう じ
かた おのれ 矜 じ かた ゆうべん みぶん ひく
について語るより、己の 矜 持について語るときはいっそう雄弁になった。エリザベスの身分の低さということ──そ
かもん ふめいよ かのじょ かてい じぶん きもち あいい もんだい かれ くる げん
れが家門の不名誉となること──彼女の家庭に自分の気持とは相入れない問題があることなど、それが彼の苦しみの原
いん きゅうこん はげ かた
因であったとはいえ、求婚にはふさわしからぬ激しさで語りつづけたのである。
むね ふか ね けんお かん じんぶつ あい こくはく こころ うご
 胸に深く根ざしている嫌悪感はあったが、このような人物の愛の告白にエリザベスも心を動かされずにはいられな
じぶん いし ゆ きょぜつ う あいて くつう おも
かった。自分の意志はいっときでも揺らいだわけではないが、こちらの拒絶によって受ける相手の苦痛を思いやる
き どく つづ みぶん うんぬん ことば はげ いか どうじょう
と、はじめは気の毒にもなった。しかし、そのあとに続いた身分云々の言葉には激しい怒りをかきたてられ、同情な
き う かれ はなし お じぶん おさ こた おも きもち しず かれ さい
どたちまち消え失せた。だが彼の話が終わったときには、自分を抑えて答えようと思い、気持を鎮めていた。彼は最
ご おさ おさ れんじょう はげ せつせつ の はなし お て う い こころ
後に、抑えようにも抑えきれぬ恋情の激しさを切々と述べて話を終えた。そしてどうかわが手を受け入れ、わが心に
むく い そ かれ い しょうだく しん め あき ふあん
報いたまえと言い添えた。彼がこう言ったとき、承諾をもらえるものと信じているのは目にも明らかだった。不安や
おもて
くのう かた めん じしん み いか
苦悩を語っていたのに、 面 には自信がみなぎっていた。そうしたさまを見るにつけ、エリザベスの怒りはいよいよ
つの あいて はな 頰 こうちょう い
募り、相手が話しおわると、頰を紅潮させてこう言った。
ばあい いろ へんじ いただ きもち かんしゃ よ なら
「このような場合には、たとえ色よいお返事ができませんでも、頂きましたお気持に感謝するのが世の習いでござい
おも とうぜん かんしゃ きもち れい もう あ
ましょうね。ありがたく思うのが当然ですわ。わたくしに感謝の気持がございますなら、いまお礼を申し上げるで
きもち たか ひょうか おも
しょう。でもそんな気持にはなれません──あなたに高い評価をいただこうと思ったことはありませんし、あなたも、
ひょうか くる
いやいやながらそんな評価をおあたえくださったのでしょう。わたくしがどなたにせよ苦しみをおあたえしていたな
しんがい し くる なが つづ ねが
んて心外です。でもこちらは知らずにしたことです。そんな苦しみが長く続かないよう願っていますわ。わたくしへ
あい みと はば かんじょう きもち
の愛を認めることをずっと阻んできたとおっしゃるそんな感情がおありなんですもの、わたくしがこうして気持をお
つた あい さ
伝えしたからには、わたくしへの愛なんてすぐに冷めてしまいますわ」
め そそ おどろ どうじ いか
 マントルピースによりかかり、その目をエリザベスに注いでいたミスタ・ダーシーは、驚きと同時に怒りをおぼえ
かのじょ ことば き がんめん そうはく こころ どうよう めん
ながら彼女の言葉を聞いたようだった。顔面は蒼白になり、心の動揺がその面のすみずみにまであらわれた。なんと
へいせい たも だいじょうぶ かくしん くち ひら ちんもく
か平静を保とうとあがき、もう大丈夫と確信がもてるまでは口を開こうとしなかった。その沈黙はエリザベスにとっ
た かれ れいせい くち き
ては耐えがたいものだった。彼はどうにか冷静になり、ようやく口を切った。
ぶ しつけ
いただ おも へんじ ふ しつけ きょぜつ きょう
「それが、ぼくが頂けるものと思っていたお返事なのですか! なにゆえに、これほど不 躾 に拒絶されるのか、教
えていただきたいものですね。いや、そんなことはどうでもいい」
たず こた じぶん いし そむ りせい そむ とくせい せ
「わたくしもお尋ねしたいことがあります」とエリザベスは答えた。「ご自分の意志に背き、理性に背き、徳性に背
す はな こころ きず はずかし
いてわたくしを好きになったなどと、わざわざお話しになったのは、わたくしの心を傷つけ辱めるためですわね。そ
ぶれい りゆう ぶれい りゆう
れはいったいなぜですか? これは、わたくしがご無礼をする理由にはなりませんか? でもご無礼をする理由なら
きら きょうみ まん いち
ほかにもあります。おわかりでしょう。わたくしがあなたを嫌いでないにしても、興味がないにしても、万が一あな
こうい よ あい あね こうふく えいきゅう うば
たに好意をよせているにしても、わたくしがこの世でいちばん愛している姉の幸福を、おそらく永久に奪ってしまっ
じんぶつ う い おも
た人物を、わたくしが受け入れるとでもお思いですか?」
ことば はっ かおいろ か かんじょう みだ き はなし
 エリザベスがこうした言葉を発すると、ミスタ・ダーシーの顔色が変わったが、感情の乱れはすぐさま消え、話を
みみ かたむ
さえぎろうともせず耳を傾けた。
うと
うと おも りゆう は やくわり どうき
「あなたを 疎 ましく思う理由はいくらでもありますわ。あのことであなたが果たした役割は、動機がなんであろう
ひれつ きょうりょう まぬか おも ひ さ ゆいいつ しゅだん
と、卑劣、狭量のそしりは免れないと思います。あれがふたりを引き裂く唯一の手段ではなかったとしても、あなた
しゅぼう しゃ ひてい ひてい なか さ かたほう うわき
が首謀者であったことは否定なさいませんわよね、否定できるはずがないわ。あのふたりの仲を裂き、片方は、浮気
しゃ き や うし ゆび いっぽう しつれん き どく せけん ものわら ひさん
者、気まぐれ屋と後ろ指をさされ、もう一方は、失恋してお気の毒にと世間の物笑いになり、ふたりともそれは悲惨
きょうぐう
な境遇におとされたんですものね」
ひといき あいて かいこん じょう うご へいぜん みみ かたむ ようす み すく いきどお
 エリザベスは一息つき、相手が悔恨の情に動かされることもなく平然と耳を傾けている様子を見て少なからぬ憤り
おぼ かれ おも はんろん おどろ え う かのじょ なが
を覚えた。彼のほうは、エリザベスの思わぬ反論に驚いて、笑みさえ浮かべて彼女を眺めていたのである。
じぶん ひてい いちど と つ
「ご自分のなさったことを否定できますか?」エリザベスはもう一度問い詰めた。
かれ へいせい よそお こた ゆうじん あね じょう ひ はな ちから つ
 すると彼は平静を装ってこう答えた。「友人をあなたの姉上から引き離そうと力を尽くしたことも、そしてそれが
じょうじゅ ひてい おも かれ じぶん いじょう しんみ かんが
成就したことをよろこんだのも、否定しようとは思いません。彼のことはいつも自分のこと以上に親身になって考え
ていますから」
ししん かれ ことば みみ か き ことば いみ めいはく かれ
 エリザベスは、私心はないという彼の言葉に耳を貸す気もなかったが、その言葉の意味はきわめて明白であり、彼
おんな いか
女の怒りはとてもおさまりそうになかった。
ことば きら りゆう
「でもこのことだけじゃありません」とエリザベスは言葉をついだ。「あなたが嫌いになった理由は。これよりだい
いぜん き たい みかた き なん かげつ まえ くわ
ぶ以前に聞いたことですが、あなたに対する見方はそれで決まりました。何カ月も前にウイッカムさんから詳しいお
はなし うかが ひとがら み もう ひら
話を伺って、あなたのお人柄が見えてきました。これについては、どう申し開きをなさいますか? ここでもそらぞ
ゆうじょう も だ じぶん べんご きょぎ ちんじゅつ
らしい友情を持ち出して、ご自分の弁護をなさるおつもりですか? それともどのような虚偽の陳述をして、ひとを
あざむ
欺くおつもりですか?」
しんし かんしん かお こうちょう へいせい か くちょう い
「あの紳士にいやに関心がおありなんですね」ダーシーは顔を紅潮させ、やや平静を欠いた口調でこう言った。
ほう ふこう し かんしん
「あの方のご不幸を知れば、どうして関心をもたずにいられましょう?」
ほう ふこう は す い かれ ふこう
「あの方のご不幸か!」ダーシーは吐き捨てるように言った。「そう、彼の不幸はたしかにたいそうなものだ」
しう いきお い かげ ほう びんぼう
「そしてあなたのひどい仕打ちも」とエリザベスは勢いこんで言った。「あなたのお陰で、あの方は貧乏になってし
びんぼう ほう ほんらい う と かずかず とっけん あた
まったんです、かなりの貧乏に。あなたは、あの方が本来受け取るべき数々の特権をお与えにならなかったんですも
しょうち うえ ほう じんせい さいりょう うば ほう どうぎ てき ほうてき
のね、なにもかもご承知の上で。あの方の人生の最良のときを奪っておしまいになった、あの方が道義的にも法的に
え じりつ きばん うば
も得られたはずの自立の基盤まで奪っておしまいになった。すべてはあなたのなさったことです! それなのにあな
ほう う ふとう しう き けいべつ ちょうしょう むく
たはあの方の受けた不当な仕打ちのことをお聞きになっても、軽蔑と嘲笑で報いるのですね」
さけ へや よこぎ たい みかた
「これが」とダーシーは叫びながら、部屋をつかつかと横切ってくる。「ぼくに対するあなたの見方なんですね。こ
くだ ひょうか せつめい すいそく したが
れがぼくに下したあなたの評価なんですね! きちんと説明してくださってありがとう。あなたの推測に従えば、ぼ
つみ おも かれ ことば た ど む なお しんけん さる
くの罪はたしかに重い。おそらくは」と彼は言葉をつぎ、立ち止まってエリザベスのほうに向き直った。「真剣な申
こ なが ちゅうちょ はんもん そっちょく う あ じそんしん きず
し込みをすることを長いあいだ躊躇させていたぼくの煩悶を率直に打ち明けて、あなたの自尊心を傷つけさえしなけ
つみ みのが はんもん お かく  むじょうけん じゅんすい あいじょう りせい じゅくりょ
れば、その罪も見逃されていたでしょう。もしぼくがこの煩悶を押し隠し、無条件の純粋な愛情と理性と熟慮をもっ
たくみ こと はこ しんらい てきび ひなん う
て巧く事を運び、あなたの信頼をかちえていれば、このような手厳しい非難も受けずにすんだかもしれない。だがな
じぶん いつわ い はな きもち は
んによらず自分を偽るのは忌むべきことだ。それにさっきお話ししたぼくの気持に恥じるところはまったくありませ
しぜん きもち みうち しゃかい てき ちい ひく
ん。ごく自然なまっとうな気持です。あなたの身内の社会的な地位の低さを、ぼくがよろこべるだろうか? ぼくよ
みぶん おと みうち ふ
りずっと身分の劣った身内が増えるのをぼくがよろこべるだろうか?」
いか わ かん ひっし れいせい はな つと
 エリザベスはふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。それでも必死に冷静になって話そうと努めた。
こくはく きもち どうよう おも おも ちが 
「あなたのこのような告白がわたしの気持を動揺させたとお思いでしたら、それは思い違いですわ、ダーシーさま。
しんし ふ ま ことわ こころぐる おも
ただ、あなたがもっと紳士らしく振る舞われたら、こちらはお断りするのを心苦しく思ったでしょうに」
ことば くち ことば
 ミスタ・ダーシーはこの言葉にぎくりとしたようだが、そのまま口をつぐんでいたので、エリザベスは言葉をつい
だ。
かれ
「どのようになさっても、さしだされたあなたの手を快くお受けする気にはなれません」
て こころよ う き

おどろ しめ かいぎ くつじょく かん ひょうじょう み


 彼はまたもやあらわな驚きを示した。そして懐疑と屈辱感のいりまじった表情で、エリザベスをじっと見すえた。
かのじょ ことば
彼女は言葉をついだ。
うぬぼ
ちか はじ め しゅんかん ごうまん うぬぼ
「あなたとお近づきになったそもそもの始めから、お目にかかったその瞬間から、あなたの傲慢さと自惚れと、ひと
きもち こうまん ふ ま こころ や
の気持などいっさいおかまいなしのわがままで高慢なお振る舞いは、しっかりとわたくしの心に焼きついて、あなた
ふまん つの いっぽう ご できごと たい ゆ けんお じょう いだ
への不満は募る一方でしたし、その後のさまざまな出来事は、あなたに対して揺るぎない嫌悪の情を抱かせました。
ちか つき た ほう けっこん おも
お近づきになってひと月も経たぬうちに、この方とだけは結婚すまいと思うようになりましたわ」
きもち じぶん きもち は ながなが じゃま
「もうじゅうぶんです。お気持ははっきりわかりました。いまはもう自分の気持を恥じるばかりです。長々とお邪魔
もう げんき しあわ いの
して申しわけありませんでした。これからもお元気でお幸せでおられるように祈ります」
い かれ へや で げんかん とびら ひら おと かれ た さ けはい
 そう言いおわると彼は部屋を出ていった。すぐに玄関の扉の開く音がして、彼の立ち去る気配がした。
こころ いたいた みだ きりょく たも こし
 エリザベスの心は痛々しいまでに乱れていた。どう気力を保てばよいのかわからず、じっさいふらふらになって腰
はん じかん な おも お
をおろし、それから半時間というもの泣きつづけた。ミスタ・ダーシーとのやりとりを思い起こし、それをひとつひ
かんが おどろ ま けっこん もう こ う
とつ考えてみると、驚きはいよいよ増すばかりだった。ミスタ・ダーシーから結婚の申し込みを受けたなんて! あ
なん かげつ じぶん こい けっこん さまた かずかず
のひとがこの何カ月ものあいだ自分に恋していたなんて! ミスタ・ビングリーとジェインの結婚を妨げたあの数々
しょうがい しょうがい かれ まえ どうよう た けっこん けつい こい もんもん
の障害、その障害は彼の前にも同様に立ちはだかっていたはずなのに、結婚を決意するほど恋に悶々としていたなん
しん じぶん し はげ あいじょう かれ こころ めば
て、ほんとうに信じられない! 自分の知らぬうちに、それほど激しい愛情を彼の心に芽生えさせていたとは、なん
いと
ゆかい かれ じそんしん いや じそんしん こいじ さまた はじし こくはく せいとう
と愉快ではないか。でも、彼の自尊心、 厭 わしい自尊心、ジェインの恋路を妨げたというあの恥知らずな告白、正当
か せいとう しゅちょう ゆる ずうずう はなし も だ
化できるはずはないのに、どこまでも正当だと主張する許しがたい図々しさ、ミスタ・ウイッカムの話を持ち出した
れいたん おうたい ざんこく しう ひてい たいど おも かれ あいじょう いっしゅん
ときの冷淡な応対、残酷な仕打ちを否定しようともしない態度などを思うと、彼の愛情によって一瞬でもかきたてら
れんびん き う
れた憐憫すらもたちまちのうちに消え失せてしまった。
こうふん しあん ばしゃ おと き かえ
 興奮さめやらぬまま、あれこれと思案するうちに、レディ・キャサリンの馬車の音が聞こえた。帰ってきたシャー
かんさつ め た じょうたい いそ じぶん へや ひ あ
ロットの観察の目に耐えられる状態ではないので、エリザベスは急いで自分の部屋に引き上げた。

    35

よくあさ め さ さくや め と あたま うずま おも のこ


 エリザベスが翌朝目を覚ますと、昨夜目を閉じるまで頭のなかに渦巻いていたさまざまな思いがそのまま残ってい
きのう できごと おどろ さ かんが はりしごと ねっちゅう き
た。昨日の出来事の驚きからまだ醒めてはいなかった。ほかになにも考えられなかったし、針仕事に熱中する気にも
ちょうしょく そと くうき す さんぽ おも た だいす さんぽ
なれなかったので、朝食をすませるとすぐに外の空気をたっぷり吸って散歩しようと思い立った。大好きなあの散歩
どう む おも だ あし と
道にまっすぐ向かったものの、あそこにはミスタ・ダーシーがときどきあらわれるのを思い出して足を止め、ロージ
かん ていえん はい しょうけい お しょうけい ほん かいどう ていえん
ングズ館の庭園には入らずに小径のほうに折れた。この小径は本街道からはずっとはなれていた。庭園をとりかこむ
もくさく しょうけい かたがわ つら ていえん つう もん とお
木柵が小径の片側に連なっている。エリザベスはやがて、庭園に通じるいくつかの門のひとつを通りすぎた。
しょうけい に ど さん ど おこな き せいりょう あさ くうき さそ もん まえ た ど
 この小径を二度三度と行ったり来たりしたのち、清涼な朝の空気に誘われて、いくつかの門の前で立ち止まっては
ていえん き ご しゅうかん た でんえん ふうけい へんか み そうしゅん じゅもく いろど
庭園をのぞきこんだ。ケントに来てからはや五週間が経ち、田園の風景にもだいぶ変化が見られ、早春の樹木を彩る
しんりょく にち こ ま ある ていえん えん こだち おとこ
新緑は日ごとにその濃さを増している。そのまま歩きつづけようとしたそのとき、庭園の縁にある木立のなかに、男
ひとかげ み む ある
のひとらしい人影がちらりと見えた。どうやらこちらに向かって歩いてくる。ミスタ・ダーシーだったらどうしよう
かのじょ あともど む ある じんぶつ すがた み
と、彼女はすぐさま後戻りしようとした。だがこちらに向かって歩いてくるその人物は、エリザベスの姿が見えると
ちか かのじょ なまえ よ いきお ある せ む じぶん
ころまで近づいており、彼女の名前を呼びながら勢いよく歩いてくる。エリザベスはすでに背を向けていたが、自分
なまえ よ
すす
の名前が呼ばれるのを聞き、その声がたしかにミスタ・ダーシーのものだとわかると、仕方なくふたたび門のほうに
き こえ しかた もん

もん て てがみ
進んだ。ミスタ・ダーシーもすでに門のところまでたどりついており、手にした手紙をさしだしたので、エリザベス
う と お つ こうまん ひょうじょう い あ おも
がついそれを受け取ると、落ち着きはらった高慢な表情でこう言った。「あなたにお会いできるかもしれないと思い
もり ある てがみ よ かる えしゃく
ながら、森のなかをずっと歩いていました。その手紙をお読みいただければありがたいのですが」──そして軽く会釈
きたい
をすると、ふたたび木立の中に入っていき、やがてその姿は見えなくなった。
こだち なか はい すがた み

むね はげ こうき しん か てがみ あ あてな か ふう


 期待に胸をときめかすはずもなく、エリザベスはただ激しい好奇心に駆られてその手紙を開けた。宛名を書いた封
し もじ つら に まい しょかんせん はい おどろ ふう し うら どうよう もじ
紙のあいだに、びっしりと文字を連ねた二枚の書簡箋が入っていたので、いよいよ驚いた──封紙の裏も同様に文字で
う しょうけい あゆ ぶんめん よ かん ごぜん はち じ しる
びっしり埋められている──小径を歩みながらエリザベスはその文面を読んだ。ロージングズ館にて、午前八時と記さ
ぶんめん つぎ
れている。文面は次のようなものであった。

あなた
しょじょう う と しんぱい むよう さくや きじょ ふかい おも しんじょう
『このような書状を受け取られたからといって心配はご無用です。昨夜貴女に不快な思いをさせたこちらの心情や、
したた
けっこん もう こ む きぐ 認
結婚の申し込みなどを蒸しかえされるのではないかと危惧されることはありません。これを 認 めるにあたって、あ
おとし
くつう もうとう わたし がんぼう の じぶん 貶
なたに苦痛をあたえるつもりは毛頭なく、また私の願望をくどくど述べたてて自分を 貶 めるつもりもありません。
たが しあわ いち けん いっこく はや わす こ しょじょう みと
お互いの幸せのためには、この一件は一刻も早く忘れるに越したことはありません。このような書状をあえて認め、
きじょ よ し わたし しんよう かいよう したが なに
貴女に読んでいただくというわずらわしさを強いるのは、私の信用にかかわることゆえとご海容ください。従って何
そつ いちどく たまわ せつ ねが きもち すす おも きじょ こうへい はんだん ゆだ
卒ご一読賜りますよう切に願うものであります。お気持は進まぬとは思いますが、ぜひとも貴女の公平な判断に委ね
たいのです。
あいこと
あい こと せいしつ じゅうよう せい み けっ あい ひと い ふた もんだい さくや きじょ わたし せめ
 まったく 相 異 なる性質の、重要性から見れば決して相等しいとは言えない二つの問題について、昨夜貴女は私の責
にん ついきゅう げんきゅう もんだい くん きじょ あね じょう かんじょう むし りょうしゃ なか ひ さ
任を追及されました。はじめに言及された問題は、ビングリー君と貴女の姉上の感情を無視し、両者の仲を引き裂い
わたし けんり ようきゅう むし めいよ にんじょう むし くん め
たということ──そしてもうひとつは、私がさまざまな権利の要求を無視し、名誉や人情を無視し、ウイッカム君の目
まえ こううん つぶ ゆうい ぜんと はめつ ようじ とも ちち め もの とうけ ひご
前の幸運を潰し、有為なる前途を破滅させたということです。わが幼時の友、わが父が目をかけた者、当家の庇護な
き まま
たよ もの せいねん ひご ねが せいちょう せいねん かって き 儘 ぜつえん ひどう つかまつ
くしては頼る者もない青年、ひたすら庇護を願いつつ成長した青年を勝手気 儘 に絶縁するなどはまことに非道なる仕
う つみ おも すう しゅうかん あい はぐく わか なか さ つみ どうじつ ろん
打ち、その罪の重さたるや、ほんの数週間の愛を育んだ若いふたりの仲を裂いた罪とは同日の論ではありません。し
けんせき
わたし どうき せつめい よ さくや おも ぞんぶん たまわ きび 譴 せめ こんご まぬか きたい
かし私の動機についての説明をお読みいただければ、昨夜思う存分賜った厳しい 譴 責 を、今後は免れるものと期待し
わたし じしん せきにん かんが しょうじゅつ きじょ ふかい ねん お し とうほう こころ
ております。私自身の責任と考えるところを詳述するにあたり、貴女にご不快の念を起こさせるやも知れぬ当方の心
じょう かた ゆる こ い い 以
情も語らねばなりませんが、それについてはひとえにお許しを乞うばかりです。言わねばならぬことは言う──これ以
じょう べんめい ぐ さんじょう とち わか ふじん
上の弁明は愚であります。ハートフォードシャーに参上してまもなく、ビングリーが、あの土地の若いご婦人のだれ
きじょ あね じょう こころ うば どうよう わたし き かれ あいじょう しんけん
よりも貴女の姉上に心を奪われていることは、ほかのひとびとと同様に私も気づきました。彼の愛情が真剣なもので
わたし きぐ ぶとう かい よる わたし こい かれ
はないかと私が危惧するようになったのは、ネザーフィールドの舞踏会の夜でした。それまでにも私は恋におちる彼
み きじょ あいて こうえい よく ぶとう かい くち
をたびたび見ています。貴女のお相手をする光栄に浴したあの舞踏会で、サー・ウィリアム・ルーカスがたまたま口
ことば あね じょう あいじょう ふか よ けっこん きたい
にされた言葉から、姉上によせるビングリーの愛情の深さは、世のひとびとにふたりの結婚を期待させるほどだとい
し きょう くち けっこん き はなし ひど みてい
うことをはじめて知ったのです。卿の口ぶりでは、結婚はすでに決まった話で、日取りだけが未定であるということ
わたし ゆうじん こうどう ちゅういぶか かんさつ けっか
でした。そのときから私は、友人の行動を注意深く観察するようになったのです。その結果、ビングリーがミス・ベ
よ れんじょう み ふか き わたし きじょ あね じょう ちゅういぶか
ネットに寄せる恋情は、これまで見たこともないほど深いものであるのに気づきました。私は貴女の姉上も注意深く
み ひょうじょう たいど くったく ほが あいそ ふ ま とく
見ておりました。その表情も態度も屈託がなく、いつも朗らかに愛想よく振る舞われていましたが、ビングリーに特
べつ こうい きざ いっこう み よる かんさつ けっか あね じょう
別な好意をよせているような兆しは一向に見えませんでした。あの夜じっくりと観察した結果、姉上は、ビングリー
あいじょう こころよ う い みずか きもち しめ あいじょう とも ふか
の愛情を快く受け入れてはおいでだが、自らの気持も示して、その愛情を共に深めようというおつもりはないのだと
かくしん いた あやま わたし あやま あね じょう
いう確信に至りました。これについてあなたが誤っていなければ、私が誤っていたのです。姉上のことはだれよりも
し きじょ わたし おも ちが  きじょ ただ わたし たん おも こ はん
知っておられる貴女ですから、これは私の思い違いだったのでしょう。もし貴女が正しく、私が単なる思い込みで判
だん あやま けっか あね じょう くる きじょ いか あね じょう
断を誤り、その結果姉上が苦しまれることになったのであれば、貴女のお怒りはごもっともです。しかしながら姉上
おだ ひょうじょう きょし み きだ こころ ようい うご
のあくまでも穏やかな表情や挙止を見れば、気立てはいくらやさしくても、その心は容易に動かしがたいものだと、
するど め かんさつ しゃ かくしん そうい わたし だんげん あね じょう む かんしん しん きもち
鋭い目をもつ観察者もそう確信したに相違ないと私はためらわず断言します。姉上が無関心であると信じたい気持は
わたし おのれ がんぼう けねん かんさつ め けつだん りょく にぶ あね じょう
ありましたが、ふだんの私は、己の願望や懸念ゆえに観察する目や決断力が鈍ることはぜったいありません。姉上が
む かんしん み わたし のぞ おも かくしん わたし しん
無関心に見えたのは、私がそう望んでいたからだとは思いません。なにものにもとらわれぬ確信をもって私はそう信
りせい て あね じょう む かんしん のぞ しんじつ しんじつ さくや わたし ばあい しょうがい
じた、理性に照らして姉上の無関心を望んだのが真実であるように、これもまた真実です。昨夜、私の場合、障害を
どがいし はげ れんじょう ちから ひつよう みと わたし けっこん はんたい りゆう たん
度外視するには激しい恋情の力が必要であったと認めましたが、私がふたりの結婚に反対だった理由は単にそれだけ
ゆうりょく えんせき わたし おお しょうがい
ではありません。有力な縁戚がいないということは、私にとってもビングリーにとってもさほど大きな障害ではあり
つよ はんぱつ おぼ げんいん そんざい わたし りょうにん おな
ませんでした。ただ強い反発を覚える原因がほかにありました──それはいまなお存在し、私たち両人にとっては同じ
ていど じゅうよう わたし ばあい もくぜん もんだい わす つと
程度に重要なことですが、私の場合は、目前の問題というわけではありませんでしたので、忘れようと努めていたの
りゆう てみじか つた きじょ ははかた みうち しゃかい てき
です。それらの理由については、手短かにではありますが、お伝えせねばなりません。貴女の母方のお身内の社会的
ちい この ははうえ れいせつ か ふ ま くら と
地位は、好ましくないにしても、母上のまったく礼節を欠いたお振る舞いに比べれば、取るにたらぬものです。そし
ははうえ きじょ さん にん いもうとかた おな ふ ま ちちうえ
て母上のみならず、貴女の三人の妹方にもほとんど同じような振る舞いが、そしてときとするとお父上にまで、それ
みう ゆる きじょ きもち きず こころ いた きじょ じしん みうち かたがた れい
が見受けられました。どうか許したまえ。貴女の気持を傷つけるのは心が痛みます。貴女ご自身、身内の方々の礼を
はた
しっ ふ ま きづか はじ き ふかい さっ みうち
失した振る舞いを気遣っておられるのに、このようなことを 端 から聞かされるご不快はさぞやと察しますが、お身内

おな ひなん う ふ ま きじょ あね じょう りょうしょ りょうしき きしょう そんけい お しょう
と同じ非難を受けぬよう振る舞っておられる貴女と姉上ご両所の良識と気性は尊敬措くあたわざるもの、まことに称
さん つた きじょ こころ やす ねが しょうしょう もう あ
賛さるべきものであるとお伝えして、貴女が心を安んじられるよう願っております。あと少々申し上げましょう。あ
さだ
ぶとう かい よる できごと かぞく たい わたし みかた てい ふこう むす こう
の舞踏会の夜の出来事から、ご家族のみなさんに対する私の見方は 定 まり、もっとも不幸な結びつきであると考えら
じたい とも すく いぜん かくさく こうどう いき わたし つよ
れる事態からわが友を救うために、以前から画策していた行動をとろうという意気ごみが私のなかでいよいよ強まっ
きおく おも よくじつ もど はつ
ていったのです。ご記憶のことと思いますが、ビングリーは、あの翌日、すぐに戻るつもりでネザーフィールドを発
む わたし えん やくわり せつめい いもうと ふあん わたし どうよう
ちロンドンに向かいました。私が演じた役割をここで説明いたします。ビングリーのふたりの妹の不安も、私同様ま
つの わたし きもち おな かれ
すます募っておりました。私たちの気持がたまたま同じだったことは、たがいにすぐわかりました。彼をあそこから
ひ はな いっこく ゆうよ きもち おな わたし かれ い
引き離すには一刻の猶予もならないという気持も同じでしたから、私たちは、すぐさまロンドンの彼のもとに行くこ
わざわい
き い わたし せんたく わざわい とも ちょくげん やくめ 躊
とを決めました。そしてロンドンへ行き、そこで私は、このような選択は 禍 のもとだとわが友に直言する役目を躊
躇 ひ う わたし けんめい かれ せっとく わたし ちゅうこく かれ けっしん にぶ おく
躇なく引き受けました。私は懸命に彼を説得しました。こうした私の忠告が、彼の決心を鈍らせた、あるいは遅らせ
きじょ あね じょう きもち わたし してき けっこん
たかもしれない、しかし、貴女の姉上にその気持がないことを私がためらうことなく指摘しなければ、この結婚を
さまた かれ きじょ あね じょう あいじょう ふか さ じぶん
けっきょく妨げることはできなかったでしょう。彼はそれまで、貴女の姉上が、その愛情の深さに差こそあれ、自分
た ち
あいじょう しんけん こた しん せいらい うちき せいしつ じ
の愛情には真剣に応えてくれるものと信じきっていましたから。だがビングリーは、生来まことに内気な性質で、自
ぶん はんだん わたし はんだん したが きみ おも ちが  なっとく むずか
分の判断より私の判断をよしとしていた。従って、君は思い違いをしていると納得させるのはそれほど難しいことで
なっとく もど せっとく
はありませんでした。それを納得させたとなると、ハートフォードシャーに戻るなと説得するのはわけのないことで
み せ けん かん じぶん こうどう いち てん ゆる
した。そうまでしたわが身を責めることはできません。ただこの件に関する自分の行動について、一点だけ許しがた
きじょ あね じょう たいざい かれ かく ひれつ こうい およ
いことがあります。それは、貴女の姉上がロンドンに滞在していることを彼に隠しとおすという卑劣な行為に及んだ
わたし じじつ し じしん し
ことです。私もミス・ビングリーも、その事実は知っていたのですが、ビングリー自身はいまもって知りません。ふ
であ わる けっか かれ こいごころ さ み
たりが出会っていても悪い結果にはならなかったのかもしれません。しかし彼の恋心が冷めきっていたようにも見え
あね じょう あ きけん しょう あや いんぺい
なかったので、姉上と会えばそこになんらかの危険が生じるのではないかと危ぶんだわけです。おそらくこの隠蔽、
ぎそう さくぼう わたし げんじつ おも
この偽装の策謀は、私としては、してはならぬことでした。だが現実にそうしてしまった、ただそれはよかれと思っ
けん いじょう い いじょう べんめい きじょ あね じょう
てしたことです。この件についてはもうこれ以上言うべきことはなく、これ以上弁明もいたしません。貴女の姉上の
きもち きず し わたし こうどう はし どうき きじょ
お気持を傷つけたにせよ、あくまでも知らずにしたことでした。私をそのような行動に走らせた動機は、貴女にはと
しょうふく ひ みと わたし し いち けん くん
うてい承服しがたいものでしょうが、いまもってその非を認めるすべを私は知りません。もう一件、ウイッカム君の
けんせき つまび
じんせい ふ ゆゆ けんせき かれ わたし いちぞく かんけい 詳 はんろん
人生を踏みにじったという由々しきご 譴 責 についてですが、彼と私一族との関係を 詳 らかにして反論とするのみで
かれ わたし いちじる ひなん わたし し
あります。彼が私を著しく非難していることについては、私のまったくあずかり知らぬところです。しかしこれから
の じじつ うたが よち しんらい た しょうにん よ あつ
述べようとする事実については、疑う余地のないまったく信頼に足る証人をひとりならず呼び集めることができま
くん じんかく こうけつ じんぶつ しそく じんぶつ ながねん かおく しき
す。ウイッカム君は、まことに人格高潔な人物の子息であります。その人物は、長年にわたりペンバリーの家屋敷と
もろ しょ りょうち かんり あ もの せきにん りっぱ は とうぜん ちち ろう むく
諸所にある領地の管理に当たってきた者ですが、その責任を立派に果たしてくれたために当然わが父はその労に報い
かんが ちち もの むすこ な おや め
たいと考えました、そして父はその者の息子、ジョージ・ウイッカムの名づけ親となり、たいそう目をかけてやった
ちち がくし ご けんぶりっじだいがく にゅうがく ちちおや つま ろうひ へき つね
のです。父は学資をあたえ、後にはケンブリッジ大学に入学させました。ウイッカムの父親は、妻の浪費癖のため常
まず むすこ しんし きょういく ほどこ ふかのう ようい えんじょ ちち
に貧しく、息子に紳士としての教育を施すことは不可能でしたから、これは容易ならぬ援助だったでしょう。父は、
ひとあ せいねん つ あ この ひじょう たか ひょうか せいしょく つ
この人当たりのよい青年との付き合いを好んだばかりか、非常に高く評価して、ゆくゆくは聖職に就かせようと、そ
ざいせい てき えんじょ かんが わたし じしん かれ たい いぜん べつ みかた じだらく
のための財政的な援助も考えていました。私自身は、彼に対してはずっと以前から別の見方をしていました。自堕落
せいこう せっそう けつじょ かれ さいあい とも わたし ちち さと ようじん おな とし
な性向──節操の欠如、そういったものを彼は最愛の友というべき私の父に悟らせまいと用心していましたが、同じ年
わかもの どうし むぼうび かれ み きかい たた ちち め わたし め のが
ごろの若者同士であれば、無防備の彼を見る機会は多々あり、父の目はごまかせても、私の目を逃れることはできま
きじょ くつう くつう わたし し よし
せんでした。ここでまた貴女に苦痛をあたえることになるでしょう──その苦痛がどれほどのものか、私は知る由もあ
ほんしょう
くん きじょ こころ めば かんじょう かれ ほん せい あき
りませんが。しかしウイッカム君が貴女の心に芽生えさせた感情がいかなるものであろうとも、彼の 本 性 を明らか
わたし きもち お あき え ぜんりょう
にしたい私の気持を押しとどめることはできません。むしろそれゆえにこそ明らかにせざるを得ないのです。善良な
わたし ちち ご ねん まえ たかい くん たい ちち あいじょう さいご か いしょ かれ
る私の父は、五年前に他界しました。ウイッカム君に対する父の愛情は最後まで変わらず、その遺書に彼のことはよ
たの わたし か ぼくし ゆる しょうしん はか せいしょく
ろしく頼むと私に書きのこしました。つまり牧師として許されるかぎりの昇進ができるよう計らってほしい、聖職に
つ か じゅよ けん かち せいしょく ろく くうせき しだい けんり かれ
就いたあかつきにはダーシー家が授与権をもつ価値ある聖職禄が空席になり次第、その権利を彼にあたえてやってほ
ないよう うえ いち せん いぞう かれ ちちおや わたし ちち しご たかい
しいという内容でした。その上一千ポンドが遺贈されました。彼の父親は、私の父の死後まもなく他界しました。こ
できごと はんとし くん しょじょう とど けっきょく せいしょく つ だんねん
うした出来事があってから半年もたたぬうちに、ウイッカム君から書状が届きました。結局聖職に就くことは断念し
りえき せいしょく ろく けんり い そうきゅう きんせん じょう えんじょ え おも
た、たいして利益にもならない聖職禄の権利は要らない、ただし早急に金銭上の援助を得たいと思っているが、どう
りふじん おも か おく ほうてい べんごし べんきょう ひよう
か理不尽だと思わないでほしいと書き送ってきました。法廷弁護士になる勉強をするつもりでいるが、その費用には
いち せん りそく た し か そ かれ しんけん しん
一千ポンドの利息ではとうてい足りないことを知ってほしいと書き添えてありました。彼が真剣であると信じるとい
ねが もう で おう
うより、そうあれかしと願っていましたが、いずれにせよ、その申し出にはよろこんで応じるつもりでした。ウイッ
くん せいしょく つ じんぶつ わたし し したが はなし へん かれ
カム君が聖職に就くべきではない人物であることを私は知っていたからです。従って話はすぐに片がつきました。彼
せいしょく ろく けんり え けんり ほうき さん せん きん 受
は、聖職禄の権利を得られるようになっても、その権利はすべて放棄することとし、かわりに、三千ポンドの金を受
と かんけい かいしょう み ふとど おとこ おも
け取ったのです。われわれの関係はこれですっぱり解消されたかに見えました。まったく不届きな男だと思っていた
まね でい ゆる かれ く
ので、ペンバリーへ招くこともなく、ロンドンでも出入りは許しませんでした。彼はだいたいロンドンで暮らしてい
くびき
おも ほうりつ まな たん こうじつ くびき と はな のち たいだ ほうらつ なま
たと思いますが、法律を学ぶというのは単なる口実にすぎず、あらゆる 軛 から解き放たれた後は、怠惰で放埒な生
かつ おく おも さん ねん しょうそく とだ かれ
活を送っていたと思います。ほぼ三年のあいだ消息はほとんど途絶えていました。しかしかつて彼にあたえられるは
ひっ
せいしょく ろく え ぼくし よ さ かれ せいしょく ろく じゅよ たの しょじょう く む
ずだった聖職禄を得た牧師が世を去ると、彼はその聖職禄の授与を頼むという書状をよこしました。暮らし向きが 逼
ぱく
さこ い おも ほうりつ もう がくもん とい
迫 していると言うのですが、さもありなんと思いました。法律はまったく儲からない学問であることがわかった、問
しか
だい せいしょく ろく ぼくし けっしん かた しか こうほ しゃ
題の聖職禄をあたえてくれるなら、牧師となる決心はしっかり固まっているというのです──ほかに 然 るべき候補者

じゅうじゅう しょうち きくん そんけい お ちちうえ いし わす もう
はいないことは重々承知だし、貴君の尊敬措くあたわざる父上の遺志をよもやお忘れではあるまいと申してきまし
しりぞ
わたし こんがん 斥 しつよう たんがん きょぜつ い きじょ わたし ひなん
た。私がこの懇願を 斥 け、執拗にくりかえされる嘆願をきっぱり拒絶したからと言って、貴女は私を非難はなさい
ひ ぼう
せいかつ お つ かれ いか すさ せけん たい わたし そし そし
ますまい。生活に追い詰められていた彼の怒りは凄まじいものでした──そのために世間に対し私を誹 謗 したであろ
うたが わたし めん む つうれつ ひなん あ いらい い   とだ
うことは疑いなく、私にも面と向かって痛烈な非難を浴びせたのです。それ以来、行き来はぷっつり途絶えました。
く わたし し さくなつ かれ かだい ようきゅう お
どんな暮らしをしていたか、私は知りません。ですが昨夏のこと、彼はふたたびわたしに過大な要求を押しつけてき
わたし じしん わす おも できごと ふ じょうきょう
ました。私自身忘れたいと思っているあの出来事にも、ここでは触れねばならぬでしょう。このような状況でなけれ
じじつ もう きじょ ひみつ まも しん じゅう さい としした
ば、だれにもさらけだしたくない事実です。かく申せば、貴女もきっと秘密を守ってくださると信じます。十歳年下
わたし いもうと はは おい あ たいさ わたし こうけん やく まか いち ねん まえ いもうと がっこう
の私の妹は、母の甥に当たるフィッツウィリアム大佐と私が後見役を任されていました。一年前に、妹は学校をはな
いもうと す かま さくなつ いもうと やしき と しき ふじん
れ、ロンドンに妹のための住まいが構えられました。そして昨夏、妹は屋敷を取り仕切る婦人、つまりミセス・ヤン
おもむ したごころ
グとともにラムズゲイトに赴きました。そしてそこにウイッカムがあらわれたのです、むろん下心があってのことで
かれ まえまえ し あ かのじょ ひとがら わたし
す。彼とミセス・ヤングは、前々から知り合いだったことがそこでわかりましたが、彼女の人柄には私たちもまんま
だま かのじょ もくにん ちからぞ いもうと と い いもうと あい
と騙されていたのです。彼女の黙認と力添えによって、ウイッカムは、妹のジョージアナに取り入った。妹の愛らし
むね こども かれ かわい きおく きざ じぶん こい おも
い胸には、子供のころ彼に可愛がってもらった記憶がしっかり刻まれていたために、自分が恋をしていると思いこま
か お やくそく じゅう ご さい いもうと
され、駆け落ちまで約束してしまったのです。わずか十五歳では、それもやむをえなかったということでしょう。妹
けいそつ こうい はな いもうと くち じじつ き つた さいわ か
の軽率な行為をお話ししましたが、妹の口からじかにその事実を聞いたということをお伝えできるのは幸いです。駆
お に にち まえ わたし おとず ちちおや そんけい
け落ちをするというその二日ほど前に、私はたまたまそこを訪れたのですが、ジョージアナは、父親のように尊敬し
あに かな おこ ふあん むね わたし う あ
ている兄を悲しませ、怒らせるのではないかという不安を胸にしまっておくことができず、すべてを私に打ち明けま
わたし きもち こうどう で さっ ねが いもうと めいよ きもち かんが せけん し
した。私がどのような気持で、いかなる行動に出たかお察し願います。妹の名誉と気持を考え、世間には知られぬよ
したた
くん しょじょう 認 ただ ち さ もう かい
うにしましたが、ウイッカム君には書状を 認 め、直ちにこの地を去るよう申しわたし、ミセス・ヤングもむろん解
やとい くん ねら さん まん いもうと ざいさん うたが わたし ふくしゅう
雇しました。ウイッカム君の狙いが三万ポンドある妹の財産であることは疑いようはありませんが、私に復讐したい
いな
がんぼう つよ どうき すいそく いな せいこう ふくしゅう かんぺき
という願望が強い動機になっていたのではないかという推測も 否 めません。これが成功していれば復讐は完璧だった
りょうにん かか ことがら ちゅうじつ の きじょ きょぎ しりぞ
でしょう。われわれ両人が関わった事柄のすべてをここに忠実に述べました。貴女がこれをすべて虚偽であると斥け
べつ くん かこく しう うんぬん こんご むざい ほうめん
るなら別ですが、そうでなければ、ウイッカム君にあたえた苛酷な仕打ち云々については、今後は無罪放免としてく
ねが かれ かたち きょげん きじょ みみ ふ し きじょ わたし
ださるよう願います。彼がいかなる形で、いかなる虚言を貴女の耳に吹きこんだか知りませんが、貴女は私たちのこ
ぞん かれ いと せいこう ふしぎ かれ ほんしょう み 抜
とをなにもご存じなかったわけですから、彼の意図がまんまと成功したのも不思議ではありません。彼の本性を見抜
きじょ ちから およ うたが き いっさい さくや はな
くのは、貴女の力も及ばないことでしょうし、疑う気にはならなかったでしょう。こうした一切をなぜ昨夜話してく
ふしぎ おも あ あ
れなかったのかとさだめし不思議に思われるでしょう。しかしあのときは、なにを明かせるか、明かすべきかという
はんだん きもち よゆう の しんじつ
ことを判断するだけの気持の余裕がありませんでした。これまで述べてきたすべてが真実であることは、フィッツ
たいさ しょうげん おも かれ きんしん した ちち ゆいごん
ウィリアム大佐に証言してもらいたいと思います。彼は近親であり、親しくつきあってもおり、いまもって父の遺言
しっこう しゃ けいい とうぜん くわ し わたし たい にく
の執行者のひとりでもありますから、これらの経緯についても当然詳しく知っています。私に対する憎しみのため、
わたし しゅちょう むいみ かんが わたし じゅうけい たいさ おな りゆう しんらい
私のこうした主張も無意味だとお考えだとしても、私の従兄であるフィッツウィリアム大佐まで同じ理由で信頼しな
かれ そうだん かのう せい おも しょじょう あさ
いというわけにはいかないでしょう。そして彼に相談なさる可能性もあるやと思い、この書状を朝のうちになんとし
きじょ て わた ねが
ても貴女の手にお渡ししたいと願っております。
さいご きじょ かみ しゅくふく
 最後にただひとこと、貴女に神の祝福がありますように。
はい
フィッツウィリアム・ダーシー拝』

げかん
(下巻へ)
せいさく こうぶんしゃ でんし しょてん ねん つき にち
制作/光文社電子書店  2013年4月30日

ほんぶん ちゅう きょう しゃかい じょうせい こと じじつ ひょうげん さべつ てき う と ひょうげん ばあい
◎本文中、今日の社会情勢と異なる事実や表現、あるいは差別的と受け取られかねない表現がある場合もあります
ちょしゃ さべつ てき いと さくひん か じだい てき はいけい こうりょ おおむ はっぴょう じ
が、著者に差別的意図のないこと、および作品が書かれた時代的背景を考慮し、概ね発表時のままといたしました。
どくしゃ みなさま りかい ねが
読者の皆様にご理解いただきますようお願いいたします。
こうぶんしゃ でんし しょてん
(光文社電子書店)

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