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人 工 飼 料 養 蚕 の 展 望

蚕 糸 試 験 場 生 理 部 長 伊 藤 智 夫

I. 人工飼料研究の沿革
人工飼料で蚕を飼うことはずっと以前から試みられてきているが,特に最近の人工飼料研究の・内容は膨
大なものとなっている。昭和の初期の頃では,例えば当時の満邦産の大豆を蚕に利用するという発想に基
づいて行なわれたこともあった。また,蚕の栄養化学的な発展を期待して,あるいは年間飼育して蚕育種効
果を挙げんとして,あるいは養蚕の工業化をめざさんとして,人工飼料問題が採りあげられた経緯があった。
昭和 35 年に人工飼料による蚕の全齢飼育を報ずる論文が公表されたこともあって,この年が現在の
人工飼料研究の発展を招来したスタートの年のように言われているが,それ以前の研究の蓄積があったこ
とは否定できない。この頃の入工飼料育の試みにおいては,人工飼料に課せられた目標は蚕の栄養研究の
飛躍的前進にあるという点だけは,研究者の間でほほ共通していたようであるが,その中にあって,特に蚕
の栄養要求の解析と桑葉葉質問題の解決への傾斜を強調するもの,桑生葉より優秀な飼料を作ることを
重視するもの,不時の災害における桑の代用ないし養蚕経営合理化を想定するものなど,いろいろな思惑が
あったのも事実である。
の作柄安定の基本
養蚕作柄に影響する要因の主なるものは,養蚕を行なう立場からみれ 1 ま,飼 4 斗と環境の二つであると
考えられる。
研究者によっては,栄養,病気感染,飼育環境を挙げるものもあ り,あるいは違作には蚕が病死する場合と
繭が軽い場合とがあるので,一つには病気を防ぎ,さらに桑作りを良くすることの重要さを指摘するものもあ
る。これらはそれぞれの要因の把え方の観点の違いに他ならないものと思う。しかし病気感染は広義の環
境の問題として把えればよいし,また栄養と飼料とは深い関連をもつとはいうものの,作柄と関係するのは
正常な栄養状態を維持するための飼料のあり方なのである。これ以外に,蚕品種や蚕種の良否も無視でき
ないのである。
飼料……桑作り(葉質,蚕の栄養),給桑法,萎凋防止,齢期別の扱い,など。
環境……温度,湿度,気流,明暗,病原の有無など。消毒,補温,気流調整,飼育施設その・他。
(2)従来の蚕の栄養学
従来は,蚕においては栄養の問題と飼料の問題とが混然としていた。蚕の栄養が論じられると きでも,桑
葉葉質が中,L?問題となる場合が多かった。いわ 1 ま,条件の異なる桑葉を用いた飼育試験を通じて,葉質問
題が論じられていた。
桑葉の発育の違い,桑品種の違い,日照の程度,仕立法の違い,土質や施肥内容の違い,季節 の違い,
貯桑の有無,等々の条件が,桑葉成分に対していかに影響するか,あるいは桑葉成分の蚕による消化利用
はどうであるか,蚕体内における物質代謝はどうなっているか,などの研究が主要なものであった。
しかし葉質問題は依然として未解決であった。春蚕期の葉質はなぜ良好なのか,なぜ夏秋蚕期

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-よりすぐれているか,という点への解明の努力も行なわれた。しかし蚕にとって真に必要な栄養成
分は何なのか,蚕に対し何らかの成長促進因子が存在するのだろうか,に関しては,不明であ
った。
(の新しい蚕の栄養学の確立
蚕が成長し発育するためには,栄養素を摂取しなければならない。蚕にとって必要な栄養素の 種類は何
なのか,必要でない栄養素は何なのか,必要な量はどれだけか,などを明らかにすることを,栄養要求を解
明すると言っている。栄養要求の解明のためには,まさに人工飼料の採用が必要であった。
一見したところ,昆虫には限られた食物しか摂っていない種類が多く,それでよく育つものだ と思う。蚕は
桑だけで育つし,モンシロチ』ウはキャベツを加害して成育する。あるいは,木 材,羊毛,動物屍体を食物と
するものもいる。1 種の昆虫が何でも食べるという例は余り多くはなく,程度の違いはあるが,それぞれの昆
虫の対象 となる食物には限りがある。したがって人工飼料の調製も必ずしも容易ではなく,特に植物
を加害する昆虫においてその調製が困難であっ
た。
第 1 表は蚕の栄養要求を示したものであるが,蚕に必要な栄養素の種類は,他の昆虫の場合と非常に
よく似ているし,また一部を除いては,高等動物の栄養要求とも共通したところが多い。

第 1 表蚕に必要な栄養素の主なるもの
(アミノ酸)
アノレギニ (脂質) (ビタミン)
ン ステロール コリン
ヒスチジン β ーシトステロール イノシトール
イソロイシン カンペステロー ル ニコチン酸
ロイシン /ぐントテン酸
コレステローノレ

蚕が体内で多量の絹蛋白を合成する原因は,その食物たる桑と,桑を食べる蚕の両方の側にある
と考えてよい。他の植物葉に比べて桑葉の蛋白含量は高いこと(25%以上)がその要因のーつであ
るが,桑葉を食害する昆虫が蚕なみの繭を作るということはなく,多量の絹蛋白を生合成す るも
うーつの要因が蚕の側にあることも明白である。

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また,蚕の栄養要求を桑葉がよく満足しているというーつの例を,ビタミンについて示してみ る
と第 2 表のようであり,桑葉には蚕の必要量が存在していることがわかる。その他の栄養成分 に
ついても同様であり,桑葉は蚕の栄養にとって有効なものであることが改めて認識される。
第 2 表蚕のビタミン量的要求量と桑葉のビタミン含量との比較

ビタミン 必

桑葉中含量
ひ rig ノ g 乾物)

ビオチン 少
コりン 量
0.2-0.3 930-1550 4000 69-9

一 ー 一 nJVn Vn UO 八 U ( U に J 亡 」
(mg ノ g 乾 物) 9 16-35 43-50 13-21 6.7
イノシ「ール
ナイアシン
0.5

」つ」

ピりドキシン
パントテン酸
八リ
ヴ 1 1l

リボフラビン

チアミン
栄養要求に関する知見は,従来なかった全く新しいものである。これにより,以後は蚕の栄養 学と蚕の飼
料学とを分離することができるようになった。ただし,両者が相互に密接に関連していることはもちろんである。
四人工飼料による蚕飼育
第 3 表には,初めて全齢人工飼料育が行なわれたときの飼料組成を 2 例示した。飼育経過日数 は著し
く延長したし,減蚕も多く,繭は小さく,またときには 5 眠蚕の出現もあったが,とにかく全齢飼育に成功した
わけである。このときの飼料の特徴は桑葉粉末を多量に含んでいたことである。また当時は蚕の栄養要求に
関する知識が全く欠けており,いまでは当然加えておかなけれ ばならないはずの栄養素も加えられてはいな
かった。
第 3 表昭和 35 年の最初の全齢人工飼料育における飼料組成
>力。((プ町、1 「方。(「具、
し g ノ I k g ノ

桑葉粉末 5.0 桑葉粉末 J 5.0


福田・松田・須藤(196 の 伊藤・田中(196 の
粉糖

1.5 ‘ レイショ澱 1.5


澱薦

キナコ 1.0
1.0
1.0
粉 薦
生大豆粉末
糖 2.0
1.5

脱脂凍豆腐
添 (48)

防蒸
腐溜

15m
蒸溜水 15m1
飼料組成の改善は,一つには栄養要求の解明の進展に伴って,一つには試行錯誤の形をとりつつ 積
極的に進められた。最初の頃は人工飼料育の飼育成績をいかに桑葉育のそれに近づけるかにカ点が
おかれたが,現在では低価格で効率の高い飼料をめざす方向の努カが続けられている。
非常に多くの飼育試験も行なわれたし,現在では人工飼料育に何らの不安も感じない。ただ し,人工
飼料育における違作対策が講じられている限りのこ とであって,作柄安定の問題は桑葉育の場合と同様,慎
重に対処する必要がある。
蚕の無菌飼育も人工飼料の開発があってはじめて成功した技術である。最初は,三角フラスコ や試験管
が,次いで大型のボックスやビニールアイソレーターが使用された。最近では部屋全体 を無菌状態にし,飼
育が行なわれている。無菌条件下では,蚕が病気にかかることがなく,また 飼料が腐ることもなく,給餌回数
も少なくて,いわば無人的に飼育を行なうことができる。
(5)人工飼料の実用化
人工飼料に関する研究のスタートにおいて,何か桑葉と違う別の飼料を開発してそれを実用化 しようとい
う意図よりも,葉質問題をさらに掘り下げるため,蚕の栄養を詳しく調べるためとい うような,むしろ研究問題
として採り上げられたという経緯がある。生産者あるいは行政のサイドから,入工飼料開発の要請があったわ
けではなかった。
しかしながら基礎研究の進展に伴って,飼料そのものが改良され,飼育成績が向上してくるに 及び,人工
飼料実用化問題が正式に採り上げられることになった。この間の経緯はいろいろであ ったが,現在は少なく
とも稚蚕人工飼料育の実用化が進められつつある。

z.人工飼料の組成,改善,調製
(1) 人工飼料の種類
栄養試験に用いられたものまで含めると,いままでに何百種類,何千種類もの飼料が作られ,テストされ
てきている。その中で,桑葉粉末を含む人工飼料,桑葉粉末を含まない人工飼料という区別がなされてきた
こともあるし,また桑葉粉末を含まない飼料は,準合成飼料と呼ばれてもいる。さらに,より純度の高い物質
を含む場合に,合成飼料と言うこともあるし,窒素源がアミ ノ酸のみの場合では,アミノ酸飼料と呼ばれてい
る。合成飼料やアミノ酸飼料は,主として栄養研究用のものであり,実用性を有してはいない。
ところで,人工飼料をどのように呼ぶか,区分するかは,重要な事柄ではない。要は,いかな る組成内容の
飼料を準備するかであり,これは蚕の要求性に合致していなければならない。一般 に,稚蚕期の飼料は蚕の
食性を考慮して調合するのが望ましく,壮蚕期の飼料,とくに 5 齢期用飼料は絹糸腺の発達を考慮する必要
がある。
すなわち,現状では稚蚕用飼料には,若干量の桑葉粉末を加える必要があるが,蚕の経過に伴ってその
添加量をへらし,壮蚕用飼料には桑葉粉末を加えない代わりに,蛋白給源となる大豆粉 末を多く加えると
いう考え方が妥当のようである。また第 4 表は 1 齢用,2-4 齢用,5 齢用の各々の準合成飼料の調製を
試みたときの組成であり,この時の小規模飼育もうまくいったのであ るが,ここでも成長に伴って蛋白給源が
多く加えてある。とくに大豆には蚕の摂食阻害物質が含まれているので留意を要する。
各齢ことに異なる組成の飼料を使うのか,大きく稚蚕用と壮蚕用とに分けるだけでよいのか, などは今後
の検討事項であろう。第 5 表に示した組成は 1 一 3 齢用飼料の 1 例であり,第 6 表の組成は 5 齢用飼
料の 1 例である 0 このいずれについても第 4 表の準合成飼料に比べると組成が簡

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第4表 齢期別の準合成飼料

物 質 スター グロウ プロ
ター
(1 齢
アー
(2 一 4
デュー
サー
用) 齢用) (5 齢用)

バレイショ蹴
粉 一 n〕一 0》 一 n】一 0〕
10
蔵糖
伊藤ら( 1974)
「上 11 一―上 1

ブドウ糖第 5 表用いた人工飼料の
組成(48 共試飼料) 1
脱脂大豆粉末大
βー 30
========================================
40
豆 油
物 質
シトステロール
( g )
乾 物 3
=====================一 ― ー一-ー一 ―-,-
飼 料 3
0
0.5 0.5
無機塩混合
乾燥桑葉粉末 ス 3.5 3.5
物 KZHP04
澱粉(トウモロコ テ 1
シ)アスコルビン酸 ロ 2
薦 セルロース粉末 ー 34
糖 寒 天 ル
15
脱 無 1
脂 クエン酸 機 2 0.5
大 ソルピン酸 塩 34 0.2
豆 モリン 混15 0.1 0.5
粉 (合計) 合 2.
末 ビタミン B 群 物 0.5
精 セ 0.2
製 防腐剤 ル 0.2
大 蒸溜水 ロ(109. 0.5
豆 ー

大 ス

粉 25
末 7.5
寒天 8
アスコルビン
酸 3
クエン酸 6

(合計)ビタ
ミン B 群 防 1
.
腐剤(ソルビ 5
ン酸,プロピ 0.2
オン酸, 3
クロラムフエ
ニコーノレ)
水分 1
5

7
.
5
1
4
(108.7)
添加
添加

乾物飼料 1
に対し 2.57m1
蚕糸試験場(1973)

(50)

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