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これまでの範囲の分析と、チャプター5,6 で表現されたフランケンシュタインの人物像

英語領域専攻 3 回 201140 田中汰樹

範囲p189~204

1、作中における月の象徴的な描写

今回の範囲をまとめるにあたり、月の描写が度々ある かれるシーンを以下の表にまとめた。

ことに気づき、読み直す意味も兼ねて、月が象徴的に描

回数 出来事等 所感、読み取れること
1 怪物を作っているとき 月は女性のシンボル(ギリシア神話)出
産の象徴か
2 月の光が動き出した怪物を照らした時 月と怪物の登場
3 ジュスティーヌの処刑が決まった時
4 月が怪物の道を照らす
5 月が食量を照らす
6 新月を怪物が発見する 怪物に感覚が身についていく
7 小屋生活中、月や星の明かりで食料を探す
8 月夜の美しい描写 怪物支店での美しい世界
9 水面に反射した自分を見て希望をなくす (月は平等に照らしている?)
10 月が照らす美しい景色を見て悲しむ怪物 自分との対比か
11~ 月が沈むまで待ち、放火 時間経過も読み取れる。シェイクスピア
14 のマクベスでもダンカン王が殺されたの
は月が沈んでからだった。
15 女性の怪物を作っている 出産行為
16 月明りに照らされ怪物登場。脅迫の場面 月と怪物の登場
17 月が昇ったタイミングでフが岸から出る
18 月が隠れたとき、残骸を捨てる。 犯罪行為は月のないときに
19 月が隠れている。フは流されていく。 行く先の不透明さを表しているのか
20 月が昇らぬ暗い晩、クレルヴァルの死体 犯罪の示唆
21 月が少し傾いたころ(情景描写) 怪物登場の予感
22 エリザベートを殺した怪物を照らす。 月と怪物の登場
23 先の内容なので省略

2、作中での描写、今回の範囲での描写とその効果 れている。例えば、怪物を制作している場面ではこのよ

作中ではフランケンシュタインが怪物を作る場面や怪 うに描写されている。

物が登場する場面において、月や月明りが効果的に描か
One secret which I alone possessed was the hope to 私ほど惨めな生き物はいなかった。

which I had dedicated myself; and the moon gazed on my 人間の歴史上、これほど恐ろしい出来事は他にありませ

midnight labours, while, with unrelaxed and breathless ん。

eagerness, I pursued nature to her hiding places. この場面では、フランケンは自分の不幸を他人、ある

私だけが持っている秘密は、私が身を捧げた希望であ いは全人類と比較している。このような言動がほかにな

った。月が私の真夜中の労働を見つめながら、私は落ち いか探したところ、ジュスティーヌが処刑された折にも

着きのない、息苦しいほどの熱心さで、自然の隠れ家を 似たような表現が見られた。

追い求めたのである。 The tortures of the accused did not equal mine; she was

ここでは月明りが不気味な雰囲気を表現していると共 sustained by innocence, but the fangs of remorse tore my

に、生命を作り出すという行為(≒出産)に月が焦点を bosom, and would not forego their hold.

当てている。Labour という言葉は分娩という意味があ 被告の苦しみも、私の苦しみとは比べ物にならない。被

るのに加え、月はギリシア神話において女性の象徴であ 告はじぶんに罪がないことで支えられたが、呵責の牙が

る。 私の胸を引き裂き、ずたずたにしてもなお飽き足りない

今回の範囲 189 頁から 204 頁の間にも月が象徴的に のだ。

描かれる場面が 2 度あった。一度目は出ていた月が陰り このように、フランケンシュタインは自信を他人と比

始めたという描写である。月の照らすときに怪物が現れ 較し、誰よりも苦しんでいると主張する場面がある。彼

るという描写が頻繁に描かれていると同時に、月が隠れ 自身が自分を悲観的にとらえる性格だという事を読み取

たときは犯罪行為(殺人や遺棄)が行われているので陰 ることができた。しかし、こういう性格であると一言で

るという表現によってこれから何か悪いことが起こるの 終わらせるにはあまりにも自己中心的な性格ではないだ

ではないかという不安感を読者に持たせるようになって ろうか。一旦、フランケンシュタインがそもそも正常な

いる。 人間であるかどうかを疑ってみたい。

二度目の場面は、エリザベートが殺害され、怪物が薄 上記のことから私が真っ先に思い出したのは前回の講

ら笑いをしているところである。ここまで読んできて、 義で示されたすべてはフランケンシュタインの妄言説で

月が怪物の道や食料を照らしたことから、月は怪物にと ある。被害妄想や罪の意識、妄想とするならば、怪物に

って味方になるような存在、母のような存在としている 見張られていると思い込んでいることなどを仮定とする

のではないかと考えていた。 と客観的に統合失調症の可能性を考えることができる。

この小説は基本的には主人公の一人語りや手紙を中心

3、フランケンシュタインの人物像 としているので、(現時点で)
「このような経験があった

チャプター5,6 の中で一つ気になった箇所がある。 のだ」というようなセリフでこの物語が締めくくられた

それはフランケンが自身の不幸を嘆く場面である。 としたらこの説は現実味を帯びることになるだろう。

A fiend had snatched from me every hope

of future happiness: no creature had ever been so

miserable as I was; so

frightful an event is single in the history of man.

悪魔が私から将来の幸福の希望をすべて奪い去ったの

です。

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