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提出日:平成 27 年 7 月 1 日

修士論文要旨

2001134007 江連メイコ

英語イマージョンプログラムによる言語能力の形成が児童の自尊感情に及ぼす影響
~話すことによるコミュニケーション能力を中心に~

The Effects of an English Immersion Program on the Linguistic


Self-Efficacy of Primary School Students
~ Focusing on Oral Communication Abilities~

Ⅰ 問題と目的

文部科学省は、2020年の新学習指導要領全面実施に向けて、初等高学年の英語学習を、

初歩的な英語の運用能力を養うことを目的とした週3コマ程度の教科型とし、初等中学年

にも活動型の英語学習を週1~2コマ導入するとしている。一方で、国語科はじめ全教科

で説明、論述、討論などの言語活動を充実させ、高い英語コミュニケーション能力を持っ

た国際人として通用する人材の育成を進めている。英語コミュニケーション能力とは、

OECDのキー・コンピテンシーに基づいて考えると、省みて考える力を使いながら、英語

を相互作用的に使って他者とうまく関わり、同時に自己主張が上手にきる能力である。

Cummins(1980)は共有基底言語能力モデルを提唱し、言語能力を、BICS (Basic

Inter-personal Communicative Skill) という生活言語能力と、CALP (Cognitive/Academic

Language Proficiency) という学習言語能力とに分け、2 言語学習の場合、CALP は共有さ

れているとした。そして、重要なのは学校教育の中で CALP を育成することであると主張

した。つまり、第 1 言語である日本語の運用能力によって支えられる、思考力と表現力の

両方を備えた英語コミュニケーション能力の育成が必要となるのである。

「CALP は、数々の課題をこなすのに仮説を立てる、推論する、評価する、一般化する、

分類するといった認知力を必要」(宇都宮,2004)とするため、CALP の育成には、
「ある

事柄を検討する際に、根拠の明確性について疑問視する態度を持ち、かつ、探求心、柔軟

性、知的好奇心の態度を備えた省察を行うプロセス」
(武田ら,2011)であるクリティカルシ

ンキング力が必要だと考えられる。

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日本語と英語両方の CALP 育成を行い、バイリンガルを育てる方法の一つが、英語イマ

ージョンプログラムで、第 2 言語を使って一般教科を学習する方式をとる。このプログラ

ムは、先進的な教育方法であると考えるが、児童の自尊感情や自己効力感に与える影響に

ついての研究はされていない。自尊感情と学業との関連が深いことはいくつかの先行研究

から窺える(塩見,1996、富岡,2013a)。また、学業成績と自己効力感との関連が深いこ

とも、先行研究で明らかにされている(桜井,1987)。英語イマージョンプログラム実施校

(以下、イマージョン校)の児童にとっては、学業自己効力感の 1 つ「習熟課題に対する

自己効力感」
(大内,2003)の中に、言語的自己効力感が含まれることが考えられる。そこ

で、本研究では、児童の英語と日本語で話すことによるコミュニケーション能力に対する

効力感を「言語的効力感」とする。「言語的効力感」は、「英語 BICS(生活言語力),英語

CALP(学習言語能力),日本語 BICS,日本語 CALP それぞれに対し、自分はできるとい

う個人の確信」と定義する。

高いコミュニケーション能力をもつためには、ツールとしての言語スキルの他に、他者

とうまく関わることができるという社会的スキルを兼ね備えなくてはならない。本研究で

は、「人と関わろうとする意欲」を、他者とうまく関わるために相手に自分のことを伝えよ

うとする意欲と定義する。

本研究は、国際人として通用するためのコミュニュケーション能力のうち、話す能力に

焦点を当て、
「英語学習に対する意識」、「国語学習に対する意識」、「人と関わろうとする意

欲」、
「批判的思考態度」
、「批判的学習態度」および「自尊感情」の 6 つの要因が、
「言語的

効力感」にどのように影響しているか調査することを目的とする。

Ⅱ 研究方法

1.予備調査1

項目作成と確定を目的に、公立小学校 2 校(A 校、B 校)の高学年児童 124 名を調査

対象として、質問紙法による調査を 2014 年 12 月に実施した。質問紙の項目は、5 尺度

23 項目に設定した。結果として、言語能力を測る尺度がなく、英語イマージョンプログ

ラムの影響を測ることはできないという問題点があり、修正の必要があった。

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2.予備調査2

「言語的効力感」尺度項目の作成のため、①英語 BICS(生活言語)効力感、②英語 CALP

(学習言語)効力感、③日本語 BICS 効力感、④日本語 CALP 効力感の項目について、

イマージョン校の教員数名と検討した結果、CALP と BICS の特徴をとらえていること

が確認でき、内容的妥当性が確認できた。

3.予備調査3

項目の修正と検討を目的に、公立小学校 2 校(C 校、D 校)の高学年児童 208 名を調

査対象として、質問紙法による調査を 2015 年 2 月に実施した。質問紙の項目は 10 尺度

34 項目に設定した。それぞれの尺度を主成分分析した結果、1 因子構造であることが確

認できた。また、項目を減らすために 34 項目から自尊感情尺度 2 項目削除し、32 項目

にすることとした。

4. 本調査

英語イマージョンプログラムが児童の自尊感情に及ぼす影響を検討し、英語イマージ

ョンプログラム実施校の児童と非イマ―ジョン校の児童の比較検討を行うことを目的と

して、イマージョン校 1 校の高学年児童 203 名、公立の非イマージョン校 2 校(C 校、

D 校)の 5 年生児童 110 名、私立の非イマージョン校 1 校の 5 年生児童 91 名を対象に、

質問紙法による調査を 2015 年 3 月に実施した。質問紙の項目は、尺度を①英語学習に対

する意識、②国語学習に対する意識、③人と関わろうとする意欲、④批判的思考態度、

⑤批判的学習態度、⑥自尊感情、⑦英語 BICS 効力感、⑧英語 CALP 効力感、⑨日本語

BICS 効力感、⑩日本語 CALP 効力感の 10 尺度 32 項目に設定した。回答形式は、


「よく

当てはまる」
「まあまあ当てはまる」
「あまり当てはまらない」
「ぜんぜん当てはまらない」

(4 点~1 点)の4択式とした。

Ⅳ 結果

1.クリティカルシンキング力と学習言語効力感との関連

本研究では、クリティカルシンキング力、特に批判的思考態度が学習言語能力である

CALP の効力感に影響を及ぼしていることが確認された。イマージョン校では「批判的

思考態度」が「英語 CALP 効力感」にやや強い影響を及ぼしている一方、すべての校種

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「批判的思考態度」が「日本語 CALP 効力感」に正の有意な影響を与えており、
において、

校種による差は見られなかった。このことから、英語イマージョンプログラムを実施し

ても、「日本語 CALP 効力感」は非イマージョン校同様に育つことが確認できた。

2.イマージョン校における自尊感情と学習言語効力感との関連

本研究の結果、自尊感情と言語的効力感との間に関連があることが明らかになった。

自尊感情の高群と低群の差を検討した結果では、高群が低群に対し 4 つの言語効力感す

べてにおいて有意な差を示しており、自尊感情が高い児童は言語的効力感が高いことが

明らかになった。IBCS 効力感は、日英の両言語とも 0.1%水準で有意な差が見られた。

自尊感情の差を校種別に検討すると、イマージョン校と公立の非イマージョン校の間に

は有意な差はなかった。また、イマージョン校では自尊感情と英語 BICS 効力感との間に

やや高い相関があるのに対し、非イマージョン校では自尊感情と日本語 BICS 効力感との

間に比較的高い相関が見られた。

3.人と関わろうとする意欲と言語的効力感との関連

本研究では、人と関わろうとする意欲と言語的効力感の関係はあまり明確にならなか

った。イマージョン校では、人と関わろうとする意欲と言語効力感との間に弱い正の相

関が見られたが、学年や性別による有意な差はなかった。5 年生児童を対象とした、イマ

ージョン校と非イマ―ジョン校との比較を見ると、イマージョン校と私立の非イマ―ジ

ョン校の男女別相関に、共通点として、人と関わろうとする意欲と 4 つの言語的効力感

について、男子では全く相関が見られなかったのに対し、女子では 4 つの言語効力感す

べての間に有意な正の相関が見られた。一方、公立の非イマージョン校は、男女とも英

語効力感との相関がなく、日本語効力感との間でやや高い有意な正の相関が見られた。

4.イマージョン校における学業成績と学習言語効力感の関連

本研究では、イマージョン校において、英語成績の高群と低群の間に英語効力感 BICS

効力感、英語 CALP 効力感ともに 0.1%水準で有意な差が見られた。重回帰分析の結果、

Speaking & Listening の成績高群と低群では、どちらも「批判的思考態度」が「英語 CALP

効力感」に正の有意な影響を及ぼしていた。一方、イマージョン校における国語の学業

成績と日本語の学習言語効力感との間に、1%水準で弱い有意な相関が見られた。

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Ⅴ 考察

本研究では、英語イマージョンプログラムが児童の言語的効力感に及ぼす影響を検討し

てきた。調査対象校のイマージョン校では、英語と日本語両方の CALP に批判的思考態度

が大きく影響していることが確認された。このことから、クリティカルシンキング力の育

成をすることは、英語と日本語両方の CALP 形成によい影響を与えており、グローバル社

会に対応するコミュニケーション能力を培うために効果的であることが示唆された。一方

で、イマージョン校内においては、国語の成績や自尊感情の高低が日本語効力感に影響し

ないのに対し、英語の成績や自尊感情が低い児童は、その英語効力感も低いことが明らか

になった。それら児童の英語効力感を高めるために、楽しいと思える授業、自尊感情を高

めることのできる授業の工夫が必要である。

一方、非イマージョン校の児童生徒の英語 CALP は、2020 年実施予定の新学習指導要

領に従って小学 3 年生から週 1、2 時間の英語学習を始めると、高校生までにゆっくりと形

成されると考えられる。そのため、小学校では、英語に対する肯定的な意識を持つこと(英

語が楽しいと感じること)や自尊感情を育てることを意図しながら、BICS の形成を中心に

学習を進め、同時に第 1 言語である日本語でクリティカルシンキング力の育成をし、日本

語 CALP の形成を促すことが効果的であると考える。また、英語学習に対する意識を高め

るためには、児童生徒の成熟度及び興味・関心にあった教材の用意が不可欠であろう。そ

して、英語 BICS の形成に合わせ、それまで身につけた語彙や文法を使い、英語 CALP の

形成を意図したクリティカルシンキング力が求められる授業を徐々に進めていく必要があ

る。そうすれば、高校卒業までに、グローバル社会に対応した英語コミュニケーション能

力である「省みて考える力を使いながら、英語を相互作用的に使って他者とうまく関わり、

同時に自己主張が上手にきる力」のうち、「省みて考える力(クリティカルシンキング)を

使って、英語を相互作用的に使い、自己主張ができる力」を身につけることが可能になる

のではないだろうか。

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