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論 文

誘導加熱調理器近傍の加熱周波数磁界の測定と
人体誘導電流推定

非会員 鈴木 敬久∗ 正 員 多氣 昌生∗

Measurement of Magnetic Field From an Induction Heating Hob and Estimation of


Induced Current Density in Human Body
Yukihisa Suzuki∗ , Non-member, Masao Taki∗ , Member

Magnetic fields around induction heating hobs are measured and evaluated with regard to the compliance
with safety guidelines of human exposure. The magnetic flux density distributions are highly inhomoge-
neous and the maximum can exceed the reference levels of the guideline at the very proximity to the device.
The induced current densities in human body exposed to these magnetic fields are estimated by numerical
calculations by means of impedance method with an anatomical human model. The results indicate that
induced currents are sufficiently lower than the basic restriction of the ICNIRP guideline. It is shown that
the spatially peak incident field does not provide a relevant reference to compare with the reference level of
guideline because it is too conservative but spatially averaged incident magnetic field provides much more
relevant reference.

キーワード:磁界,誘導加熱,調理器,防護指針,誘導電流
Keywords: magnetic field, induction heating, safety guideline, induced current

洩する磁界は比較的小さく,また距離とともに急激に小さ
1. まえがき
くなる。
身の回りの電磁界による健康影響への関心が高まってい このような空間的に不均一な磁界に関する防護指針適合
る。電磁界の曝露による生体作用については多くの研究があ 性の評価は一般には困難である。国際非電離放射線防護委
り,科学的な根拠に基づく防護指針が示されている (1)∼(4) 。 員会 (ICNIRP) による防護指針 (1) の基本制限は,人体の頭
人体の電磁界への曝露はこれらの防護指針を満たすことが 部および体幹に誘導される電流密度で与えられる。人体組
望ましいとされている。 織内の誘導電流密度は測定できないので,この基本制限への
日常生活で使用する多くの家電製品は低周波および中間 適合性を直接に評価することはできない。そこで ICNIRP
(5) 防護指針では,一様な電磁界に人体の全身が曝される条件
周波 (<100 kHz) 磁界 の発生源となる。家庭内の電気製
品の中で,誘導加熱 (IH) 調理器は比較的強い磁界の発生源 を仮定して最大誘導電流密度を推定し,基本制限に対応す
の一つである。本論文では,IH 調理器から漏洩する磁界の る入射電界強度および入射磁束密度を参考レベルとして与
特徴を明らかにし,防護指針への適合性評価について考察 えている。
を行う。 基本制限から参考レベルを導く条件は人体と電磁界のカッ
IH 調理器は,20 – 60 kHz 程度の中間周波磁界 (5)
を発 プリングが最大となる条件である。このため,入射電磁界
生して金属製の調理用鍋に結合させ,渦電流損失で鍋を加 の最大値が参考レベルを超えなければ基本制限を満たして
熱する装置である。家庭用の IH 調理器でも 2 – 3 kW の大 いると考えることができるが,不均一電磁界の場合には,局
電力で用いるため,加熱コイル付近に発生する磁界は非常 所的に参考レベルを超える磁界が入射しても誘導電流密度
に強い。しかし,磁束の大部分は鍋に集まるので周囲に漏 が基本制限を超えるとはいえない。IH 調理器から発生する
磁界は非常に不均一である。したがって,ICNIRP の防護
∗ 東京都立大学大学院 指針への適合性を正しく評価するためには,人体組織内の
〒 192-0397 八王子市南大沢 1-1 誘導電流密度の評価が必要である。
Department of Electrical Engineering, Tokyo Metropolitan
University 本研究では,IH 調理器近傍の加熱周波数磁界の分布を測
1-1, Minami-ohsawa, Hachioji 192-0397 定し,その測定値を用いて IH 調理器の前に人体が立った

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表 1 測定対象とした IH 調理器と稼働条件
Table 1. Measured IH hobs and operating
conditions.
Max. Volt. Freq. Pot
Hob
power (V) (kHz) Material φ Thickness Volume
A 2kW 200 23 Iron 12 cm 1 mm 0.9 l
(3-layer)
B 2kW 200 61 Aluminum 15 cm 3 mm 1.4 l

ときに組織内に誘導される電流密度を推定する。このとき
の入射磁束密度および誘導電流密度と,ICNIRP の防護指
針の参考レベルおよび基本制限との関係について考察する。

2. 測定対象

市販の IH 調理器を測定対象とした。IH 調理器の多くは


20 kHz 付近の磁界を用いて鉄,鉄鋳物,ステンレスなどの
磁性体鍋を加熱する。最近,磁性体鍋だけでなくアルミニ
ウム製の鍋 (アルミ鍋) でも加熱できるオールメタル対応の
IH 調理器が市販されるようになった。アルミ鍋を加熱す
るには,60 kHz 付近の周波数の磁界が使われる。本研究で
は,磁性体鍋用の IH 調理器 (機種 A) と,アルミ鍋加熱時
のオールメタル対応 IH 調理器 (機種 B) を測定対象とした。
使用する鍋の直径が小さいほど漏洩磁界が大きくなる傾
向があるので,それぞれ推奨されている範囲で最小の直径
の鍋を用いた。
また,各調理器のヒーターのうち,オールメタル対応の
機器に合わせて,測定対象は 2kW のヒーターとした。対
象とした IH 調理器と測定時の稼働条件を表 1 に示す。
図 1 数値人体モデルおよび IH 調理器との
3. 磁束密度分布の測定方法 位置関係
Fig. 1. Human model and its position relative to
〈3・1〉 測定位置 測定対象空間は,IH 調理器の前に the IH hob.
人体が立って調理作業をする人体を含む空間とした。つま
り,調理器端面から奥行き 400 mm,幅 700 mm の範囲で,
床面から高さ 1800 mm までの直方体の空間を測定対象空 剖学的構造を含む数値人体モデルを用いた。ここでは米国
間とした。この空間内において,50 mm 間隔の格子点を測 ブルックス空軍基地研究所が公開している全身人体ボクセ
定点とした。 ルモデル (7) を使用した。
〈3・2〉 測 定 器 測定には電力中央研究所によって開 このモデルは身長 186 cm (体重約 105 kg) の米国人男性
発された 3 軸磁界プローブ (6) を使用した。センサは直径 であり,日本人の標準体型との相違が顕著である。そこで,
25 mm の直交 3 軸空芯コイルであり,磁束密度をベクトル このモデルのボクセルサイズ 3 mm を 2.5 mm に縮尺して
量として測定できる。測定周波数帯域は 25 Hz から 100 kHz 身長を 155 cm (体重約 60 kg) とし,日本人女性の体型に近
であり,校正により 180 kHz まで使用できる。 いモデルとした。
センサからの磁界波形信号は,増幅後データ収集カード 誘導電流密度分布を求めるための数値解析にはインピー
(コンテック ADA-16-32)で AD 変換し,ディジタルデー ダンス法 (8) (9) を用いた。本研究の計算モデルのように,形
タとして取り込んだ。50 mm 間隔の格子点での測定には, 状が複雑で電気定数が不均一なボクセルモデルでは,イン
木製の位置決めステージを用いた。 ピーダンス法による計算結果には,特にボクセル面に対し
て斜めの境界付近において,大きな誤差が含まれることが
4. 人体誘導電流密度の計算方法
知られており,ボクセル単位の誘導電流密度では,この誤
〈4・1〉 計算方法とモデル 誘導電流密度の分布およ 差は,空気との境界面で最大 30%程度となる (10) (11) 。しか
びその大きさは,人体の解剖学的構造による導電率の不均 し,このような境界面を除けば,十分な精度で計算できる
一によって影響を受ける。この影響を考慮するために,解 ことが示されている。このことから,本論文では,ボクセ

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IH 調理器による磁界と人体誘導電流

ル単位での計算結果は参考にとどめ,1 cm2 の断面での電 表 2 磁界波形の周波数スペクトルの相対振幅


流密度の平均値を考察の対象とする。ICNIRP による基本 Table 2. Spectral peaks of magnetic field and their
制限でも,微視的な電流密度でなく 1 cm2 の断面で平均し relative amplitudes.

た電流密度を制限している (1) 。これは,電流による生体へ Hob f 23.0 46.0 69.0 92.0 115 138
A (kHz)
の刺激作用の閾値は微視的な電流密度の値ではなく,組織
Relative 1 0.13 0.038 0.040 0.0048 0.014
を巨視的に流れる値で評価されているためである。 amplitude
〈4・2〉 人体モデルの位置 IH 調理器のテーブルトッ Hob f 20.3 40.6 61.0 81.3 102 122
プの高さは 800 mm とし,加熱コイル中心の正面で,人体 B (kHz)
Relative 0.044 0.015 1 0.016 0.016 0.0057
の最前面が IH 調理器端面から 50 mm の距離となる位置に amplitude
人体が立つことを想定した。この位置は,通常の調理位置
に比べてかなり近い位置である。数値人体モデルおよび IH
調理器の位置関係を図 1 に示す。

5. 結 果

〈5・1〉 周波数スペクトル 家庭用の IH 調理器では,


単相の商用電源を全波整流して得られる脈流を,加熱周
波数でスイッチングした電流によって加熱コイルを駆動
する。このため磁界波形は,加熱周波数の電流波形が周期
20 ms/16.7 ms (50 Hz/60 Hz) の 1/2 の周期波形で振幅変
調された波形となる。
表 2 に,機種 A およびアルミ鍋使用時の機種 B による
磁界波形の,加熱周波数付近におけるスペクトルピークの
周波数と,加熱周波数成分に対する相対振幅の大きさを示
す。本論文では加熱コイルを流れる電流による磁界のみを
考察の対象とし,商用電源周波数とその高調波の磁界成分
は除外している。このため,各周波数成分の振幅比は測定
位置によらない。ここでは紙面の都合上示さないが,磁界
波形のスペクトルでは,加熱周波数に大きなピークがあり,
それ以外に一定の周波数間隔で小さなピークが見られる。
機種 A は,加熱周波数が 23 kHz で,これが基本波となり,
その整数倍の周波数の高調波成分が存在する。第 2 高調波
の振幅は加熱周波数の振幅の 13%であり,比較的大きいが,
第 3 高調波以上は,いずれも加熱周波数成分の 4%以下であ
る。機種 B は,磁性体鍋を使用するときには 20 kHz 付近
で加熱し,アルミ鍋使用時には,第 3 高調波である 60 kHz (a) Y − z 平面 (b) z − x 平面 (c) x − y 平面
付近が加熱周波数となる。このため,発振源の周波数は磁
図 2 機種 A 周辺の加熱周波数 (23 kHz) の
性体鍋の加熱周波数である 20.3 kHz であり,磁界波形には 磁束密度空間分布の測定結果
その整数倍の周波数成分が含まれる。アルミ鍋使用時のス Fig. 2. Spatial distribution of magnetic flux den-
ペクトルは,加熱周波数である第 3 高調波 (61 kHz) のピー sity around device A at the heating frequency of
クが卓越し,それ以外の周波数成分の振幅は十分に小さい。 23 kHz.

ICNIRP の防護指針では,複数の周波数成分を持つ磁界
の参考レベルの評価に次式が用いられる (1) 。 機種 A では表 2 に挙げた周波数成分の相対振幅の総和が

65kHz 
10MHz 1.23 で,加熱周波数以外の成分が 23%加わることになる。
Bj Bj
+ ≤1 また,機種 B では総和が 1.10 であり,加熱周波数以外の
BL,j b
j=1Hz j>65kHz 成分による寄与は加熱周波数の寄与に対して 10%である。
ここで,Bj は周波数 j の磁束密度,BL,j はその周波 以下では,機種 A,B とも加熱周波数のみを検討の対象とす
数における磁束密度の参考レベル,b は公衆の曝露では る。これは,生体組織の導電率がこの周波数範囲で一定と
6.25 µT である。表 2 に含まれる周波数では,BL,j は b すれば,加熱周波数成分だけを考慮した誘導電流密度に対
と同じ 6.25 µT であるため,各周波数成分の防護指針適合 し,機種 A では 1.23 倍,機種 B では 1.1 倍すれば,他の
性評価への寄与は相対振幅だけで決まる。 周波数成分の寄与を加えた値とみなすことができるためで

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(a) (b) (c) (a) (b) (c)

図 3 機種 A(23 kHz) による誘導電流密度分布: 図4 機種 B (61 kHz) による誘導電流密度分布:


(a)x =125 mm,(b)y =350 mm (人体の正中面), (a)∼(c) は機種 A の場合 (図 3) と同様
(c)z =800 mm (調理器のテーブルトップの高さ) Fig. 4. Distribution of induced current density for
Fig. 3. Distribution of induced current density device B (61 kHz) in the same planes as in Fig.3.
for device A (23 kHz) in planes : (a)x =125 mm,
(b)y =350 mm, (c)z =800 mm.
表3 計算された誘導電流密度の最大値と
ICNIRP の基本制限との比較
ある。 Table 3. Comparison of maximum induced cur-
〈5・2〉 入射磁束密度分布 機種 A の近傍における,加 rent density to basic restriction (BR) of ICNIRP.

熱周波数 (23 kHz) の磁束密度の空間分布を図 2 (a)∼(c) に J Jmax ICNIRP


Hob f (Hz) Voxel peak 1cm2 ave. BR Jmax /BR
示す。図 2 (a) は x =0 mm の面(IH 調理器テーブルの前
(mA/m2 ) (mA/m2 ) (mA/m2 )
面に接する垂直面)における y − z 平面の分布図である。 A 23 kHZ 15.0 4.7 46 0.10
図 2 (b) は y =350 mm の面(加熱コイルの中心を通る垂 (intestine) (muscle)
B 61kHZ 23.0 7.2 122 0.06
直面)における z − x 平面の分布図である。また図 2 (c) は
(intestine) (muscle)
z =800 mm の面,つまり IH 調理器のテーブルトップを含
む水平面上の,x − y 平面の分布図である。
IH 調理器による磁界分布は加熱コイル周辺に集中した非 とがわかる。これは導電率の低い脂肪組織の層が体表面近
常に不均一な分布である。図 2 (b) に示す加熱コイル中心を くにあり,その内側に導電率の比較的高い筋肉の組織があ
含む垂直面内で,調理器端面の x =0 mm から,x =100 mm るためである。
まで遠ざかると,磁束密度が 1/10 程度の大きさになる。こ 導電率の異なる組織から構成されている不均一な人体内
のような磁界分布の特徴は機種 B でもほぼ同じである。 の誘導電流密度分布は,人体を均一の導電率と仮定した場
〈5・3〉 誘導電流密度の計算結果 ここではインピーダ 合よりも複雑になる。磁界による誘導電流密度分布の特徴
ンス法を用いて誘導電流密度を求めた。解剖学的人体モデル として,一般に外周に近いほど電流密度が大きい傾向があ
の解像度が 2.5 mm,磁界の空間分布の測定間隔が 50 mm る。しかし IH 調理器による磁界は,加熱コイルから離れ
であるため,磁束密度の測定値に対して双 3 次スプライン ると入射磁束密度が急激に小さくなるため,一様磁界が入
補間により磁界の空間分布の解像度を人体モデルの解像度 射する場合と違って,加熱コイル付近の電流密度が比較的
と一致させ,機種 A,機種 B の磁界による誘導電流密度を 大きく,それ以外の部分の電流密度は小さい。
計算した。計算で得られた電流密度分布を図 3 および図 4 機種 A および B について計算された頭部および体幹で
に示す。 の誘導電流密度の最大値を表 3 に示す。電流方向に垂直
図 3 において,(a) は x =125mm における y − z 平面の な 1 cm2 の断面内の平均値で評価した誘導電流密度の最大
電流密度分布,(b) は y =350 mm(人体の正中面かつ加熱 値は,機種 A,機種 B とも腹部の筋肉で生じ,それぞれ
コイルの中心を通る垂直面)における z − x 平面の電流密 4.7 mA/m2 ,7.2 mA/m2 であった。なお,ボクセルあたり
度分布,(c) は z =800 mm(電磁調理器のテーブルトップ の最大値も表 3 に示したが,これらは小腸に現れ,機種 A
と同じ高さ)における x − y 平面の電流密度分布をそれぞ と機種 B で,それぞれ 15 mA/m2 ,23 mA/m2 であった。
れ示している。図 4 に示す機種 B による誘導電流密度分布
6. 考 察
に関しても同様である。これらの図から,誘導電流は人体
の表面から少し内側の導電率の高い部分に集中しているこ 〈6・1〉 誘導電流密度の大きさの評価 ICNIRP 指針

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IH 調理器による磁界と人体誘導電流

の 23 kHz,61 kHz における基本制限は,1 cm2 平均の誘 表 4 23 kHz および 61 kHz における防護指針の


2
導電流密度で与えられ,それぞれ 46 mA/m , 122 mA/m 2 磁束密度に関する参考レベル
Table 4. Reference levels of magnetic flux density
である。表 3 に示した 1 cm2 平均の誘導電流密度は,機種
at 23 and 61 kHz.
A で 4.7 mA/m2 ,機種 B で 7.2mA/m2 であり,ICNIRP
f ICNIRP (1) MPHPT (2) ANSI/IEEE (4)
指針の基本制限に比べて十分に小さい。また,加熱周波数 23kHz 6.25 µT 91.5 µT 205 µT
以外の成分の寄与を考慮するために誘導電流密度の値を機 61kHz 6.25 µT 44.9 µT 205 µT
種 A では 1.23 倍,機種 B では 1.1 倍しても,これらの基
本制限に比べて十分に小さい値であった。なお,ICNIRP
波安全規格 (4) の磁束密度についての最大許容値を示す。
のガイドラインには述べられていないが,ICNIRP は基本
調理器の端面まで 50 mm の距離に人体が近づいた場合
制限が中枢神経での誘導電流密度を制限することを意図し
でも,入射磁束密度の最大値は総務省の防護指針値および
たものであり,その他の部位についてはより大きな電流密
ANSI/IEEE の規格値に比べると十分に小さい。これに対
度を許容できるとしている (12) 。計算された最大値は中枢神
し,ICNIRP 防護指針の参考レベルと比較すると,局所的
経ではなく筋肉で生じているため,防護指針に対する余裕
にはこれを上回る場合がある。しかし,表 3 に示すとおり
はさらに大きいと解釈することができる。
誘導電流密度の計算結果は,ICNIRP 防護指針の基本制限
誘導電流密度の 1 cm2 平均値はボクセル単位の最大値に
より十分に小さい。すなわち,測定対象とした IH 調理器
対して約 1/3 になっている。この比は入射磁界の不均一性
から発生する不均一な磁界に対しては,入射磁束密度が参
と不均一人体モデルの空間分解能に依存すると考えられる。
考レベルを上回っても,基本制限を超えることはなく,し
ボクセル単位での電流密度の最大値は主に小腸でみられ
たがって防護指針を超えないといえる。
た。使用した数値人体モデルでは,小腸の一部に空気(腸
〈6・3〉 入射磁束密度の空間平均値 ICNIRP 防護指
内のガス)が含まれている。最大値が見られるのはこの部
針 (1) には,
「参考レベルの値は,曝露された人体の全身で
分に接する部位である。導電率の小さな空気に接している
の空間的平均値を意味している」,という記述がある。しか
部分では電流密度分布に偏りが生じて局所的に電流密度が
し,空間的平均値の具体的な定義は記されていない。ここ
大きくなる傾向がある。また,このような極端な導電率の
では入射磁束密度の空間平均値と基本制限の対応について
不連続がある部位では,インピーダンス法による数値解析
考察する。
の誤差が大きくなる。このことから,ボクセルでの最大値
ICNIRP 防護指針では公衆の曝露に対し,基本制限の誘
は参考値とし,1 cm2 で平均した値で評価する必要がある。
導電流密度を 1 – 100 kHz で f /500 mA/m2 とし,磁束密
従来型の鉄鍋用の IH 調理器には測定対象とした 2 kW よ
度の参考レベルを 3 – 150 kHz で 6.25 µT としている。磁
り大きい 3 kW の製品もある。3 kW の機器は 2 kW に対
束密度の参考レベル BRL (µT) と電流密度の基本制限 JBR
して出力が 1.5 倍なので,磁束密度および誘導電流密度は
√ (mA/m2 ) の関係を
概略 1.5  1.23 倍になると推定される。このことから,
3 kW の加熱コイルの場合も,本測定結果と同様の磁界分 JBR = k0 BRL
布であれば,誘導電流密度は基本制限より十分に小さいと
と書くと,入射磁束密度から最大誘導電流密度への換算係数
推定される。
k0 は,3 – 100 kHz で,f /3125 (mA/m2 )/(µT) となる。
機種 B の入射磁束密度は,機種 A のそれよりも平均的
磁束密度の参考レベル BRL は,これに等しい均一な磁界
に小さいが,最大誘導電流密度は機種 A より大きい。これ
が,人体の断面積が最大となる向きに入射した場合に,人
は誘導電流密度がファラデーの法則により,入射磁界の周
体内の誘導電流密度の空間的最大値が基本制限 JBR に等し
波数に比例して大きくなるためである。つまり,機種 B の
くなる磁束密度として導かれている。
加熱周波数が 61 kHz であり,機種 A の加熱周波数 23 kHz
入射磁界が不均一な場合にはこの条件と異なるので,入
より高いという理由からこのような結果になる。但し,中
射磁束密度の最大値 Bmax から同じ換算係数を用いて
間周波数帯における基本制限は周波数に比例して緩和され
るため,基本制限に対する余裕は機種 B の方が大きい。 Jˆmax = k0 Bmax
〈6・2〉 参考レベルとの比較 IH 調理器から発生する
磁界は非常に不均一である。数値人体モデルの前面が調理 として誘導電流密度の最大値 Jˆmax を推定すると過大評価
器のテーブルトップ端面から 50 mm となる位置にモデルを になる。
置いたときに,モデルの占める空間における入射磁束密度 数値解析によって求めた IH 調理器による誘導電流密度
の最大値を求めると,機種 A では,16 µT,機種 B では, の最大値 Jmax と入射磁束密度 Bin の関係を同様の換算係
10 µT である。表 4 に,機種 A, 機種 B の加熱周波数である, 数 k を用いて,
23 kHz および 61 kHz における,ICNIRP 防護指針 (1) の
Jmax = kBin
磁束密度に関する参考レベル,わが国の総務省 (MPHPT)
による防護指針 (2) の磁界強度指針値,ANSI/IEEE の高周 とする。Bin として,入射磁束密度の最大値 Bmax を用い

電学論 A,125 巻 5 号,2005 年 431


表 5 入射磁束密度から電流密度への換算係数
Table 5. Conversion factor from incident magnetic
flux density (Bin ) to maximum induced current
density (Jmax ).
f Jmax Bin
Hob BR k0 † (mA/m2 ) (µT) k†† k0 /k
2
RL 1cm ave.
16 (max.) 0.29 25.4
23kHz (whole body)
A 46 mA/m2 7.36 4.7 3.0 (ave.) 1.57 4.7
6.25 µT (head & trunk)
2.0 (ave.) 2.35 3.1
図5 空間平均を考えるための簡易な (whole body)
人体ブロックモデル 10 (max.) 0.72 27.0
Fig. 5. A simple block model to average the 61kHz (whole body)
B 122 mA/m2 19.5 7.2 1.6 (ave.) 4.5 4.3
incident field.
6.25 µT (head & trunk)
1.0 (ave.) 7.2 2.7
(whole body)
た場合,k  k0 となり,参考レベルと比較すると過剰に † : k0 =basic restriction(BR)/reference level(RL) (mA/m2 /µT)
†† : k = Jmax /Bin (mA/m2 /µT)
安全側になる。これに対し,Bin として入射磁束密度の空
間平均値 Bave を用いれば,k を k0 に近づけることがで
き,ICNIRP 防護指針の参考レベルと比較するための,よ 界分布,および計算で仮定した調理器と人体の位置関係に
り適当な指標となることが期待できる。このことから,IC- 依存する。他の機器でも,また位置関係の条件がある程度
NIRP の防護指針や,総務省の電波防護指針の補助指針で 異なっても,参考レベルとの比較に入射磁界の全身平均値
は,Bmax ではなく,入射磁束密度の空間平均値 Bave を用 を用いることが妥当であることが期待できるが,それを確
いることによって,過大評価を緩和している。但し,k > k0 かめるためにはより多くの機器についてデータ収集を行う
となると,誘導電流密度を過小評価するので避ける必要が ことが必要である。
ある。すなわち,k0 /k > 1 であり,かつこの比が 1 に近い
7. む す び
ことが望ましい。
そこで,表 3 に示した 1 cm2 平均の誘導電流密度と入射 家庭用の誘導加熱調理器による磁界の人体曝露に関する
磁束密度の最大値および空間平均値の比 (= k) を求め,人 評価を行った。人体が誘導加熱調理器に 50 mm まで近づい
体が調理器に 50 mm の距離まで近づいたときの,実際に た状態では,入射磁束密度が局所的に ICNIRP 防護指針の
測定した機種 A,B についての k0 /k を求めた。ここで入射 参考レベルを超える場合があった。ICNIRP 防護指針では,
磁束密度の空間平均は,実用的に空間平均を求める場合を 磁束密度で表される参考レベルを超える場合は,本来の制
想定し,誘導電流の計算に使用している数値人体モデル内 限である基本制限を満たすことを確認する必要がある。本
への入射磁界でなく,図 5 に示すようなブロックで人体を 研究では,誘導電流密度を計算して基本制限と比較し,表
模擬した簡易なモデルへの入射磁界から求めた。 3 に示すように誘導電流密度が基本制限より十分に小さい
表 5 に,図 5 のブロック人体モデルへの入射磁束密度の ことを示した。すなわち,測定対象とした誘導加熱調理器
頭部および体幹での空間平均値,四肢も含めた全身での空 からの磁界は防護指針を満たしている。
間平均値とそれらに対する換算係数 k および ICNIRP の参 また,表 5 に示すように,本研究で対象とした調理器で
考レベルで仮定している換算係数 k0 の k に対する比 k0 /k は,参考レベルとの比較に入射磁束密度の最大値を用いる
を示す。 と基本制限に対して 25 倍以上の過大評価,すなわち過剰
測定対象とした機種 A,B については,Bin として最大入 に安全側の評価となることがわかった。すなわち,測定対
射磁束密度 Bmax を用いると,k0 /k の値はそれぞれ 25.4, 象とした調理器では,入射磁界の最大値が参考レベルの 25
27.0 となり,25 倍以上の過大評価になっていることがわ 倍程度以下であれば防護指針を満たす。また,参考レベル
かる。また,最も小さな評価値となる全身平均値を Bin と による評価には,入射磁束密度の最大値ではなく,全身の
して用いても,k0 /k の値はそれぞれ 3.1, 2.7 となり,基本 占める空間での入射磁束密度の平均値を用いることが適当
制限に対しては,3 倍程度安全側の評価であることがわか であるという結果を得た。
る。これらの結果より,IH 調理器の曝露評価を参考レベル 謝 辞
を用いて簡易に行う場合には,入射磁界の最大値を用いる 測定に使用した磁界プローブをご提供頂き,技術的な助
と過大評価となること,入射磁界の全身での空間平均値が 言を頂きました山崎健一博士(電力中央研究所)に深謝し
参考レベルと比較するための値としてより妥当であること ます。
が示された。但し,この結果は測定対象とした調理器の磁 (平成 16 年 7 月 9 日受付,平成 16 年 12 月 20 日再受付)

432 IEEJ Trans. FM, Vol.125, No.5, 2005


IH 調理器による磁界と人体誘導電流

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diofrequency electromagnetic fields, 3 kHz to 300 GHz”, 工学部原子力工学科卒業。2001 年同大学大学院
ANSI/IEEE C95.1-1999 (1999)
工学研究科博士後期課程修了,博士(工学)。現
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(2001) 部電子工学科卒。1981 年同博士課程修了,工博。
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calculate power deposition in biological bodies subjected to
time varying magnetic field”, IEEE Trans. Biomed. Eng.,
学,騒音制御工学の研究に従事。IEC TC106 国
Vol.35, pp.577–583 (1988) 内委員会委員長,日本学術会議電波科学研究連絡
( 9 ) K. Wake, T. Tanaka, M. Kawasumi, and M. Taki: “Induced 委員会副幹事,同 K 分科会委員長,電気学会「生
current density distributionin a human related to magne-
tophosphene”, T. IEE Japan, Vol.118-A, No.7/8, pp.806–811 体内物質・機能に対する磁気効果調査専門委員会」
(1998-7/8) (in Japanese) 委員長,国際非電離放射線防護委員会 (ICNIRP)
和氣加奈子・田中利幸・川澄正史・多氣昌生: 「磁気閃光知覚時の人体頭
委員,同物理・工学常置委員会委員長,他。平成 8 年度電子情報通信
部内における誘導電流密度分布」 ,電学論 A, 118, 7/8, pp.806–811
(1998-7/8) 学会論文賞,平成 15 年度総務大臣表彰電波功績賞。

電学論 A,125 巻 5 号,2005 年 433

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