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net/publication/313739931

Development of an Electric Powered Wheelchair to Encourage the Growth of


Children with Disabilities

Article in Biomechanisms · January 2010


DOI: 10.3951/biomechanisms.20.99

CITATION READS

1 103

5 authors, including:

Misato Nihei Takenobu Inoue


The University of Tokyo National Rehabilitation Center for Persons with Disabilities
102 PUBLICATIONS 250 CITATIONS 136 PUBLICATIONS 550 CITATIONS

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99

(9)

重度障害児の発達を促す電動車いすの開発

二瓶美里 1†,木下悟朗2,酒井美園3,佐藤春彦4,井上剛伸5

1
東京大学大学院,2元法政大学大学院,3埼玉医科大学総合医療センター
4
北里大学,5国立障害者リハビリテーションセンター研究所

要旨 健常児と比較してさまざまな機会が制限される,車いすを使用する障害児の発達を促すこ
とを目的とし,「二足歩行」と同等の身体感覚が得られる電動車いすの試作機を開発した.開発
した試作機は,目線の上昇を実現する半立位機構,上肢の到達域拡大を実現する下肢による操作
系,動的なバランス保持のための筋活動を活性化するための座面動揺機能を有する.健常被験者
による試作機の試用評価から,システムが基本的な要求機能を満たしていることを確認した.ま
た,対象児による試用評価を実施した.その結果,健常児と同様の目線高さや下肢操作による車
いすの駆動,座面動揺による筋活動の活性化,上腕や手首位置による作業域の拡大が認められ,
要求機能を満たしていることが確認できた.また,開発した電動車いすにより発達促進の可能性
が示唆された.
キーワード:移動支援,発達,障害児,機器開発

歩行補助つえなどの移動支援機器がある.近年,障
1 .はじめに 害児用の電動車いすも多く市販されるようになっ
た.また,ボタン式や小型ジョイスティックなど
日本では 18 歳未満の身体障害児数は 93,100 人 様々な操作系の開発により操作方法の選択肢が充実
(平成 18 年)と推計され,そのうち肢体不自由は約 し,重度障害児でも能動的な移動手段を手に入れる
1)
5 割(50,100 人)を占めている .また,1・2 級の ことが容易になった2,3) .それにより,電動車いす
身体障害(肢体不自由)を有する障害児は,39,900 によって幼少期に能動的な移動を獲得することが,
人(身体障害児の 79.7 %)であり,重度の割合が 種々の機能発達に影響を与えることが明らかになっ
高いことが分かる.重度障害児の多くは,身体機能 てきた4~6) .また,海外においては生後数ヶ月とい
の制限によって日常生活での自発的な活動が限られ う幼児期の早い段階で,障害児に電動車いすの利用
てしまう.これに伴い,自分の意思の実現や感情表 を試みる取り組みも見られ,これによる発達の促進
現なども限られ,さらに情緒,パーソナリティ,社 も報告されている7) .したがって,電動車いすの利
会性などの全体的な発達も大きく制限される可能性 用は障害児の発達を促すことに大きな効果があると
がある.そのため,活動の可能性は身体的な障害に 言える.
よるもの以上に縮小されてしまう.特にその中でも 本研究では,これまで副次的な効果として捉えて
移動活動は大きな意味を持つ. きた障害児の発達に対して,積極的に障害児の発達
移動活動を補助する機器として車いす,歩行器, を促す電動車いすの開発を行うことを目的とする.
100 バイオメカニズム 20 ──身体機能の補助と向上──

図2 移動機能と発達

図1 発達と機能の相乗効果
単体で起こるものではなく,複合的な連鎖反応によ
具体的には,まず,二足歩行が困難な障害児の総合 って相乗効果的に全体的機能の発達が起こることを
的な発達を促すために,最も環境に対する適応変化 示している.
の大きい子ども(乳幼児)の二足歩行に移行する期 また,発達には適切な時期・段階(発達段階)
間に着目し,その期間に起こる適応変化を調べ,発 で,適切な量・質の変化や刺激が必要である.さら
達に必要な要件を抽出する.次に,それらの要件を に,自らの自発的な活動である能動的な活動は,受
満たす機器を適用すれば発達を促すことができると 動的な活動と比較し,それによって与えられた環境
いう仮説を設け,電動車いすの概念設計および試作 変化や刺激がより発達を促すのに重要であるといわ
機を作製する.さらに,抽出した発達に関する要件 れている.
項目の評価および試乗評価による発達促進の可能性
2.3 乳幼児の移動形態
について述べる.
発達に重要な要素を調べるために,成長・発達が
2 .障害児の発達を促す電動車いすの要件8) 最も盛んな乳幼児期の移動形態に着目し検討を行っ
た.図 2 に乳幼児の発達段階における発達の関係を
2.1 乳 幼児の発達に基づく電動車いすの要件
示す.
の抽出方法
乳幼児期の移動形態は,身体成長に伴って短期間
本研究では発達を促すために必要な電動車いすの に劇的に変化する.身体の発達は乳児期では骨格,
要件を知るために,まず,人間の発達に関する検討 神経系,感覚器官の発達,幼児期では平衡器官の発
を行い,それに基づき発達に必要な要素の解釈と仮 達が加わる.
説を生成する.次に,発達を促す機器の要件とそれ 一方,移動形態は大きく分けると這いずり─四つ
によって期待される効果をまとめる. 這い─掴まり立ち─二足歩行の順序で変化し,この
過程で適切な時期・段階に能動的な様々な活動・刺
2.2 発達の定義
激を獲得し,発達の相乗効果を発揮させている.ま
発達とは,時間の経過に従って個人が身体的,知 た,それに関連して認知機能においては,乳児期で
的,精神的,社会的に変化すること,個人を取り巻 は知覚・記憶,幼児期では言語・知覚・概念・記憶
9)
く環境に対する適応変化を行うことを言う .発達 の発達がある.さらにパーソナリティや社会性の発
心理学における全体発達の分類から発達機能を解釈 達においては,乳児期では情緒・コミュニケーショ
すれば,図 1 に示すように,発達は移動機能,認知 ン,幼児期では探究心・自我の発達・社会性・情緒
機能,個人社会の 3 つの機能からなり,これらの発 の分化・言語コミュニケーションなどが行われる.
達は互いに複雑に作用しあい,各機能の発達はそれ
( 9 ) 重度障害児の発達を促す電動車いすの開発 101


(b)上肢の到達域の拡大:作業性の向上
(c)下肢による移動:下肢の制御,上肢の自由な活

(d)動的なバランス制御:前庭器官,体性感覚,
視覚等の入力とそれに対する姿勢保持の為の筋
活動(出力)の増進

3 .障害児の発達を促す電動車いすの概念
設計
図3 発達を促す電動車いす移動の概念図

3.1 電動車いすの開発手法
2.4 障害児の発達を促す電動車いすの要件
発達を促す電動車いすを開発するにあたり,その
本研究ではこれらの移動形態の変化のうち,最も コンセプトに合う 1 名の児童を対象として,具体的
変化が著しい「四つ這い」と「二足歩行」に着目し な機能を決定することにした.これは,重度障害児
た.ここで,乳幼児の移動形態の変化と,それに対 の身体状況や生活状況は個人差が大きいため,すべ
応させた電動車いすによる移動の概念図を図 3 に示 ての障害児に合う機器を製作することが難しく,す
す.乳幼児の歩行獲得に関してみれば,単純に移動 べての対象者のニーズに対応することは難しいため
するだけであれば「四つ這い」で十分に行うことが である.ここでは,まず発達を促す電動車いすの要
できる.ところが,乳幼児は難易度が高くバランス 件と障害児の身体状況や生活状況から具体的な要求
も不安定な「二足歩行」へと移行させていく.それ を抽出し概念設計を行い,それを基に開発・評価を
により,「四つ這い」にはない機能である目線の上 行うこととした.この概念設計から利用効果の評価
昇や上肢の自由を獲得し,さらに発達に必要な要 までの一連の開発プロセスで進めるこの手法は,ユ
素・環境変化を獲得しているといえる.つまり,こ ーザ数が少ないが機器利用の効果があると考えられ
の時期に情報・刺激の増加,上肢の自由な活動と作 るオーファンテクノロジの開発に有効であるといわ
業性の向上,下肢の制御,筋活動の活発化などが集 れている10) .また,開発コンセプトでは乳幼児(児
中する. 童福祉法においては乳児期 1 歳未満,幼児期 1 歳か
一方,電動車いすについては,単純な移動という ら小学校に就学するまでの子ども)の移動形態に着
点では発達に効果があると前述した.しかし,一般 目しているが,障害児は運動機能の制限により環境
的に健常児と比べ目線が低く,主に上肢を用いて移 への関わりに制限があることが発達に影響を与えて
動を行い,また身体のバランスを崩すことも殆んど いることを考慮し,およそ乳幼児から児童期を本研
ない.これらの機能を,乳幼児の移動形態と対応さ 究における対象年齢とした.
せると,車いすの機能は乳幼児の移動形態の「四つ
3.2 対象児の身体状況と生活状況
這い」と同等の状態にあると考えた.
そこで,障害児の発達をより一層に促すためには 表 1 に対象者の身体状況と生活状況を示す.対象
「二足歩行」と同様の環境との関わりを実現すべき 者は 11 歳の男児で,重度脳性マヒである.開発当
と考えた.以上をもとに,下記に発達を促す電動車 初は 9 歳であり,身長や手足が伸びる成長期であっ
いすの要件とそれによって期待される効果をまとめ た.ADL(Activities of Daily Living)は全介助で
る. あり,自立移動は困難である.右上下肢は随意運動
(a)目線の上昇:視界の拡大による情報・刺激の増 が可能である.立位姿勢をとることは足関節の拘
102 バイオメカニズム 20 ──身体機能の補助と向上──

表1 対象者の身体状況と生活状況

図4 概念設計図

きる.そこで,本システムでも上肢による作業が可
能な座位姿勢と下肢による操作を採用することと
縮・変形により困難である.また,自立座位は難し し,大腿部を傾斜させて座る姿勢(以後,半立位姿
く,日常生活は座位保持装置を用いている. 勢と記す)が取れる図 4 に示す座面を提案した.こ
日常生活の介助は主に両親が行っている.外出を れは,対象者が下肢の変形等により下肢での体重支
好み,散歩に連れ出してもらうことが多い.室内で 持が難しく,立位姿勢をとることが困難であったこ
は普段,臥位姿勢で過ごすことが多い.玩具や音の と,股関節の屈曲位に合わせてバックサポートと座
でるものが好きで,興味や声かけに対し右上肢・下 面を設定しているため,体幹を直立にしようと背も
肢を動かすことがある. たれを起こすと座面が前傾してしまい,すべり落ち
ることから,現在の姿勢で座位と同様に骨盤で体重
3.3 概念設計
支持を行い,なおかつ要求を満たす姿勢とした.そ
2.4 節で示した発達を促す電動車いすの 4 つの要 の際,健常男性が座位姿勢を保つことができる大腿
件を満たし,対象児の身体状況や生活状況に応じた 傾斜角度(股関節伸展角度:約 135
[°],座面後部
機能(要求機能)を具体化する.図 4 に概念設計図 長さは 150
[mm])を参考に原寸あわせを行うこと
を示す. とした.
3.3.1 目線の上昇 3.3.3 下肢による移動
「二足歩行」と同様の「目線の上昇」を実現する 「二足歩行」を行うためには,主に下肢で移動を
ために,座面の高さおよび座位姿勢を検討した.対 制御することが必要であり,そのためには下肢の随
象児(当時 10 歳)と同じ健常男児の全国平均身長 意的かつ協調的な運動が重要である.対象者の左下
は 139[cm],座高 75.1[cm]である.そのため,対 肢は麻痺等により随意的運動が困難である.しか
象児の身長 125.5[cm],座高 80[cm]が対象児と同 し,一方で右下肢は動作の巧緻性には欠くものの,
年代の子どもの目線に近づけるよう考慮し,座面高 随意運動が可能であり,右下肢での車いすの何らか
さを 650[mm]とした.また,体幹の成長に応じた の操作の可能性が見受けられた.そこで,下肢入力
目線位置の変化は,頭部位置の調節機能で対応する インタフェースとして三次元の方位角センサを用
こととした. い,随意的な下肢動作を角度変化として捉えること
3.3.2 上肢の到達域の拡大 とした.
一般的に電動車いすは手指を用いて操作すること 3.3.4 動的なバランス制御
が多いが,二足歩行を始める幼児は下肢による移動 健常者は歩行する際に姿勢が崩れることを防ぐた
を取得すると,上肢や手指を作業に用いることがで めに筋活動を行うことで安定した姿勢を保つ.言い
( 9 ) 重度障害児の発達を促す電動車いすの開発 103

換えれば,「二足歩行」では姿勢を崩すことで移動 持する構造とした.
を可能にしている.その際に,前庭器官や体性感覚 4.1.2 座面動揺装置
等からの入力と,それに伴う姿勢保持のための筋活 ここでは,動揺角と周波数を二足歩行時における
動を随時行っている.しかし,対象者は介助用車い 骨 盤 の 左 右 の 動 作 と 周 期 を 基 に 決 定 し,振 幅 角
すにより移動するため歩行に必要なバランス制御を 5.4
[°],周波数最大 1.0
[Hz]で 0.1 ~ 1.0
[Hz]ま
行う必要がなく,かつ座位保持装置により安定した で設定可能とした.図 5
(図中 B)に示すように座
深い座位となり上体の運動も少なくなる.そのた 面の下部側面に AC サーボモータを配し,図 6 に示
め,健常者の歩行時と比較すると感覚器官からの刺 すようにリンク機構によって座面を左右に動揺させ
激・情報が乏しく,また下肢だけではなく上体にお る装置(てこクランク機構)の設計を行った.座面
いても筋活動が少なくなると考えられる.そこで, の振幅角は 5
[°]~6
[°]
,座面の動揺角はサイン波
移動時に合わせて体幹を左右へリズミカルに傾斜さ に近い動作を示す.また,作動タイミングは電動車
せる座面動揺装置を設けることで感覚器官への入力 いすが駆動している間,座面が動揺するようにシス
と筋活動の増進を図ることとした. テムを構築した.
4.1.3 チルト機能と調整機能
4 .開発した発達を促す電動車いす 上記の 3 つの機構・装置に加え,車いすを使用す
る際に,より搭乗者の快適性・安全性を高めるた
4.1 全体システム
め,チルト機能と各部の調整機能を設けた.チルト
概念設計に基づき半立位座面,座面動揺装置,下 機能は試用の際に,対象者が休憩姿勢を取れるよう
肢入力インタフェースの 3 つの構造・システムを提 に,座面が水平から 45
[°]まで後傾できるよう製作
案し,これらを実現する電動車いすを試作した.試 した.調整機能は,対象者の身体成長に伴う姿勢の
作機を図 5 に示す.基本となる電動車いすは松永製
作所製 MD-KID を用いた.全体設計では電動車い
表2 試作機の試用
すの走行の安定性を考慮し,搭乗者の体重心とベー
スの電動車いすの重心の合成重心が前輪キャスタと
後輪の中間に近づくように全体設計を行った.各部
仕様を表 2 に示す.
4.1.1 半立位座面
半立位姿勢が取れる座面である半立位座面は図 5
(図中 A)に示すような二分割された座面から構成
されており,座面後部で骨盤を座面前部で大腿を支

ロットエンド
座位保持装置 座面下部支柱

半立位座面
継ぎ手
制御コントローラ
A
C

動揺装置
動揺モータ 偏心回転中心

図5 全体システム 図6 クランク機構
104 バイオメカニズム 20 ──身体機能の補助と向上──

上体

方位角センサー
右下肢

左下肢

図7 下肢動作の計測

図 8 システムアルゴリズム 図9 システムの構成
変化に対応し,より快適な座面を形成できるように
各部の長さ・角度の調整が可能なように設計した. 設けた.
調整の幅は,成人男性でも着座が可能なように,各 4.2.3 制御システム
部に必要な長さを設定した.また背にあたる部分に 図 9 にシステム構成を示す.方位角センサからの
体幹保持機能が付いたバックサポートを設置して, 入力信号は,RS232C を介して車いす後方に設置し
搭乗者の姿勢が安定するようにした. たノートパソコンに送信される.駆動部の制御は,
モータコントローラを介し,左右駆動輪を作動させ
4.2 操作システム
る.また,動揺装置についてもモータコントローラ
4.2.1 下肢入力インタフェース を介して作動させる.
対象者の日常生活から下肢による操作方法を検討
し,下肢動作の計測とそれに基づく制御システムを 5 .試用実験と評価
構築した.
5.1 基本性能の評価
対象者は日常生活において玩具などを用いて遊ぶ
が,これらの使い方・遊び方は保護者から教わるよ (1)評価項目と方法
りも,むしろ自らの経験によって学習・発展させて 健常者(成人女性 20 代,身長 152
[cm]
,体重 45
いく場合が多いと,保護者からの意見を得た.そこ [kg])による試作機の試乗を行い,基本性能と安
で,本機器の操作も最初は簡単な入力・操作方法を 全性の確認を行った.評価項目は①半立位座面の着
用いて操作できるようにし,使用状況に応じて複数 座機能,②下肢入力インタフェースによる操作機
の入力・高度な操作方法へと展開させるのが最適と 能,③座面動揺機能である.
考えた.その初期段階として,最も単純な一つの入 (2)評価結果および考察
力で前進と停止のみを行う操作方法を提案した. ①半立位座面は各部に設けた調整機能により成人
4.2.2 下肢動作の計測と認識 の健常者でも着座することが可能であることが確認
下肢動作の計測は,図 7 に示すように対象者の右 できた.また,②下肢入力インタフェースも健常者
大腿部に三次元方位角センサ(3D-BIRD)を取り の下肢の動作で操作できることが確認できた.しか
付けて行った.電動車いすへの指令は,図 8 に示す し,③座面動揺装置は 0.6
[Hz]以上の周波数で動
ように,対象者が入力動作を行うと前進し,設定時 作させると,搭乗者の頭部のズレが大きくなってし
間 T が経過すると停止するアルゴリズムとした. まい身体的負荷が過大になることが分かった.また
その際,下肢動作を行うことで計測された角度デー 0.5
[Hz]以下の動作でも,揺れを十分に体感できる
タ(θ azimuth, elevation, roll)に対して,単位時 との搭乗者からの回答を得た.これは動揺装置の回
間当たりに一定量の角度変化が生じた場合のみに下 転軸が座面の下 150
[mm]の位置にあり,また搭乗
肢動作が入力されたと認識するように閾値 θth を 者の体幹が固定されているため,高い周波数の動揺
( 9 ) 重度障害児の発達を促す電動車いすの開発 105

に姿勢制御が対応できず,頭部のズレが大きくなっ
てしまったと考えられる.
よって対象児での試用実験では 0.5[Hz]以下の
動揺で動作させ試用と機能の評価を行うこととし
た.また,試用に際し,車いすの後方に緊急停止ス
イッチを設置して介助者がすぐに車いすを停止でき
るよう安全対策を施した.

5.2 対象児による試用

5.2.1 試用方法 図 10 発達を促す電動車いすの試用


対象児が着座できるように座面各部の調整を行っ
た.座面の適合では,対象児の座面の圧分布を計測 表3 試用の結果と反応

し,褥創等のリスクを軽減できるように,圧力分散
した座面に成型した.試用の様子を図 10 に示す.
試用走行は体育館の広いスペースで行い,20 分
間の試用を 2 回行った.試用に際して対象児に口頭
での操作方法の説明はほとんど行わず,最初の数分
間に下肢動作を誘発する問いかけを行った.
なお,調査および実験においては保護者へ内容を
十分に説明し,理解と同意を得たうえで実施した.
5.2.2 試用結果
表 3 に使用時の対象児の結果と反応をまとめる.
試用前半では断続的にしか移動が行えず,受動的に
移動しているか能動的に移動しているか区別がつい
ていないようであった.試用の中盤から徐々に使い
方を学習し始め,下肢を振るタイミングを計るよう
にして,連続的な移動が行えるようになった.また
保護者の呼びかけ(こっちにおいで等)に反応して (1)認識率
下肢を振り前進しており,自らの意思で能動的に移 129 回の足の振りに対して 98 回正常に認識およ
動しているように見受けられた. び駆動していることが確認でき,認識率は 76 %で
対象児の反応は喜びの表情・表現を見せており, あ っ た.連 続 的 な 動 作 を 1 動 作 と 数 え る と,約
移動とそれに伴う変化を楽しんでいた.また上肢を 90 %を認識していることが確認できた.
口に当てて喜びを表現しており,上肢を自由に利用 (2)操作理解度
していることを確認できた. 表 4 に動作回数と操作の理解をまとめる.40 分
の実験時間で 25 回継続した移動を行うことができ
5.3 機能評価
ており,十分に操作方法を理解していることを確認
5.3.1 「下肢による移動」の評価 できた.また,対象児は駆動停止後にすぐに再び下
システムが下肢の動作を正確に捉えているか(認 肢を振ることも確認できた.
識率),操作方法が対象児にとって適切であるか これらより,「下肢による移動」を行うことがで
(操作理解度)の 2 点において評価を行った. き,要求機能を満たしていると確認できた.
106 バイオメカニズム 20 ──身体機能の補助と向上──

表4 動作回数と操作の理解

5.3.2 「上肢の到達域の拡大」
「目線の上昇」の評価
半立位座面によって「上肢の到達域の拡大」と
「目線の上昇」が達成できているか評価実験を行っ
た.
(1)上肢の到達域の拡大 図 11 上肢到達域の評価

実験は対象児の上肢の関節各部にマーカを取り付
け,動作をビデオカメラで定点観測し,画像から到 表5 上肢の到達域計測の結果

達域の解析を行った.評価指標として,日常で使う
介助用車いすと同様の姿勢・状態(チルト角 30[°])
での到達域と試作機の試用実験での姿勢・状態(チ
ルト角 20[°])での到達域とを比較した.図 11 に [s]
,高域遮断フィルタを 60
[Hz]でデータを処理
示した解析結果では,黒線が手首の軌跡を表してい した.その後,処理データの絶対値を取り全波整流
る.ここでは,車いすの車輪に垂直に取り付けたマ した後に積分値を求め,計測時間で除算して単位時
ーカを原点として,水平を Y 軸,鉛直軸を Z 軸と 間当たりの筋活動として算出した.
した.また,バックサポートフレームに取り付けた 評価実験では普段の姿勢,仰臥位(仰向け)での
マーカ 2 点の延長線を体幹軸 Z´ とし,それに垂直 筋電図を採取し,同様に静止座位の時と座面を動揺
な軸を Y´ とした.表 5 に上肢到達域に関する結果 させた時の筋電を計測・処理し,各々の単位時間当
を示す.体幹軸 Y´ と肩峰─手首のなす角を η とし, たりの筋活動を算出して比較を行うこととした.比
η の最大値(ηmax)と最小値(ηmin)の差から, 較には,仰臥位での筋活動を基準にし,それぞれの
チルト角 20°の方が拡大していることが分かる.ま 周波数での筋活動との相対比を計算して評価を行っ
た,Y 軸での対象児の手首の移動量はチルト 20 た.図 12 に各周波数での左右腹直筋の仰臥位に対
[°]の ほ う が 145[mm]前 方 に , Z 軸 で は 43 する静止座位(図中 static)および動揺時における
[mm]上方に拡大していることを確認した.これに 筋活動の相対比の比較結果を示す.左右腹直筋とも
より,「上肢の到達域」が拡大していることを確認 に,動揺周波数が高くなるにつれて筋活動も増加し
できた. ていることが分かった.また,静止座位にくらべ,
(2)目線の上昇 動揺することで筋活動が増えていることが分かっ
「目線の上昇」は対象児の頭部位置を計測し,同 た.
様に介助用車いすと比較した結果,200[mm]上昇 5.3.4 試用評価のまとめと考察
しており,要求機能を満たしていた. 発達を促す機能として,「目線の上昇」,「上肢の
5.3.3 「動的なバランス制御」の評価 到達域の拡大」
,「動的なバランス制御」
,「下肢によ
座面動揺装置によって「動的なバランス制御」を る操作」を付加して製作した発達を促す電動車いす
満たしているか,対象児の筋活動を筋電図で捉える の試用評価を行った.試用評価の結果および考察を
評価実験を行った.対象児の左右の腹筋・背筋の 6 次にまとめる.
点の皮膚表面に電極を貼り付け,筋電計を用いてサ ・40 分の試用評価から,対象児が開発した車いす
ンプリング周波数 1 k[Hz]で計測し時定数を 0.03 の連続した駆動と,駆動させるための下肢操作方
( 9 ) 重度障害児の発達を促す電動車いすの開発 107

6 .開発した電動車いすによる発達促進の
可能性

6.1 発達に関する考察

本研究では発達が最も盛んな乳幼児期の移動形態
に着目し,発達を促す電動車いすの提案と開発を行
った.本章では本研究で確認した児童期の対象児に
図 12 筋電位の比較
よる試用評価の結果について,2.4 に示した電動車
法を理解でしていることを確認した. いすの要件と期待される効果がもたらす身体(運
・下肢動作の計測結果から,認識率は 76 %(連続 動)機能,認知機能,情緒・社会性・パーソナリテ
動作を考慮すると 90 %)であった.また,操作 ィの各機能における発達の可能性を考察しまとめ
方法の理解度も継続した移動や駆動停止後直後の る.
下肢動作が見られたことから,十分理解している
6.2 移動に関係する各機能の発達
ものと分かった.
本システムでは,下肢動作によって前進のみを行 (1)身体(運動)機能
う機能としたが,下肢操作の可能性を見いだせたこ 下肢操作インタフェース・半立位座面によって,
とから,左右操作についても同様に下肢動作から抽 下肢の制御・上肢の自由な活動・姿勢保持のための
出するシステムへの展開が期待できる.そのため 筋活動の増進が認められた.これは,既存の電動車
に,下肢動作の特徴的な動作を捉えられる認識シス いすでは実現できない運動であり,身体機能の発達
テムが必要であることが分かった. に関与するものであると捉えることができる.
・上肢到達域の拡大は,上肢の動きや手首の位置か (2)認知機能
ら,開発した機器のチルト角 20[°]の方がチルト ピアジェの発達段階モデル11) によれば 7 歳から
角 30[°]に比べ上肢到達域が大きいことが確認で 11 歳は「具体的操作期」に該当し,この時期は具
きた. 体物を使った思考を展開する時期である.そのため
半立位姿勢によって,上肢到達域の拡大は確認で 上肢を解放することで具体物と相互作用がとれるよ
きたが,下肢を動かすことで姿勢のずれも確認され うにすることは,認知機能の発達を促すと考えられ
た.そのため,長時間でも姿勢が保てる座位保持装 る.また,学習は認識形成(発達)の一局面である
置が必要であることが分かった. と捉えると,対象児が試用評価中に獲得した電動車
・動的なバランス制御については,左右腹直筋にお いすの操作と自分自身および車いすの運動は経験の
いて,周波数が高くなるにつれ筋活動が増加して 結果によって得られた学習であり,それらは認知発
いることが確認できた. 達に関与するものであると考えられる.
試用評価では,動揺周波数を 0.3[Hz]に設定し (3)情緒・社会性・パーソナリティ
たが,より二足歩行に近い動揺が行えるよう,回転 目標(人物)を認識しその人物の方へ近づき自分
中心を骨盤位置に近づくように改良し,高い周波数 の意思で移動することが実現したということは,自
でも頭部の揺れが小さくなるように設計する必要が 立性やコミュニケーションの発達を促す可能性を示
あることが分かった. 唆している.

6.3 開発した電動車いすによる発達の可能性

本研究で実施した機能評価および試乗評価によ
108 バイオメカニズム 20 ──身体機能の補助と向上──

り,運動機能,認知機能,情緒・社会性・パーソナ 本研究では,電動車いすの開発および評価を 1 名
リティの各機能における発達の可能性が示唆され の対象者で行った.そのため,全ての障害児の発達
た.各機能の相互関係を考察すると,下肢の動作に を促すものではないが,これまで注目されてこなか
より電動車いすが作動し,身体が動くことを知覚・ った総合的な発達を考慮した電動車いすの開発とそ
認知するとともに認識した目標へ近づくことが可能 の評価については,応用が可能であると考える.
であることを理解する.その動作や喜びが次の動作
を生み出し自発的な活動を促すと考えることができ 謝辞

る.この一連の流れは,各機能における発達の複合 本研究にご協力頂いた対象児とその家族に感謝の
的な連鎖反応によって,相乗効果的に全体的機能の 意を表す.また,乳幼児の認知発達について福井大
発達が起こるものであると解釈することができる. 学生命科学複合研究教育センター特命助教武澤友広
氏に助言を頂いた.ここに記して謝意を表する.本
7 .まとめ 研究の一部は,科研費「基盤研究A 20240058」の
支援を受けて行われた.
本研究では,身体機能の制限によりさまざまな発
達が制限される重度障害児の発達を促す電動車いす 参考文献

の開発を行うことを目的とし,試作機の開発を行っ 1) 平 成 18 年 身 体 障 害 児 ・ 者 実 態 調 査 結 果 http://www.
mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/index.html,厚
た.発達を促す電動車いすの要件として,二足歩行 生労働省社会・援護局傷害保健福祉部企画課(2008).
がもたらす心身への影響を分析し,「目線の上昇」 2) Rosalind H., Patsy A., David P., Children with mobility
problems, Wheelchair Users and Postural Seating: A
「上肢の到達域の拡大」「下肢による操作」「動的な Clinical Approach, 155-170, Churchill Livingstone
バランス制御」の 4 つの機能を抽出した.これらの (1998).
3) Kenneth M. Jaffe, Childhood Powered Mobility: Devel-
要求機能を実現するシステムとして,半立位座面, opmental, Technical and Clinical Perspectives, Proceed-
座面動揺装置,下肢入力インタフェースを提案し, ings of the RESNA First Northwest Regional Confer-
ence(1987).
試作機を製作した. 4) Habasevich JR, Waldera KE, A developmental
健常被験者による試作機の基本機能評価から,開 approach to functional positioning for young children,
Proc. of the RESNA 97 Annual Conference, 163-165
発したシステムが要求機能および仕様を満たしてい (1997).
ることを確認した.次に,障害児を対象者とした試 5) 井上剛伸,山内繁,数藤康雄,廣瀬秀行,塚田敦史,石
濱,二瓶美里,QOL の構成要因に基づいた頭部操作式
乗評価および各機能の評価を行い,目線の上昇を確 電 動 車 い す の 開 発,日 本 生 活 支 援 工 学 会 誌,Vol. 1,
認できた.また,上肢動作の計測実験から上肢到達 No. 1, 42-49(2002).
6) 高塩純一,口分田政夫,内山伊知郎,Joseph J. Campos,
域が拡大していることを確認した.座面動揺装置に David Anderson, 姿勢制御・粗大運動機能に障害をもっ
よる筋活動の活性化においても,周波数に応じた筋 た子どものための機器開発,ベビーサイエンス,vol. 6,
16-23(2006).
電位が見られることが確認できた.下肢インタフェ 7) Lisbeth Nilsson, PerNyberg, Single-switch control ver-
ースの操作方法については,対象児は短期間に操作 sus powered wheelchair for training cause-effect rela-
tionships: case studies, Technology and Disability,
方法を学習し,使用可能であることを確認した. Vol. 11, 35-38(1999).
さらに,試用評価結果から身体機能,認知機能, 8) 木下悟朗,酒井美園,中村嘉宏,井上剛伸,重度障害児
の発達を促す電動車いすの開発,福祉工学シンポジウム
情緒・社会性・パーソナリティのそれぞれにおいて 講演論文集,43-33(2006).
発達の可能性が見られ,環境への働きかけを自らの 9) 東洋,繁多進,田島信元,発達心理学ハンドブック,福
村出版(1992).
意思で行い,能動的な移動をしていると解釈でき 10) 井上剛伸,重度障害者を対象とした福祉機器開発,設計
た.これによって,これまで副次的な効果として捉 工学,Vol. 36,No. 2(2001).
11) J ピアジェ,ピアジェに学ぶ認知発達の科学,北大路書
えてきた発達に対して,積極的に障害児の発達を促 房(2009).
す電動車いすの開発の可能性が示唆された.
( 9 ) 重度障害児の発達を促す電動車いすの開発 109

Development of an Electric Powered Wheelchair to


Encourage the Growth of Children with Disabilities
Misato NIHEI1†, Goro KINOSHITA2, Misono SAKAI3,
Haruhiko SATO4, Takenobu INOUE5

1
The University of Tokyo, 2graduate of Hosei University, 3Saitama Medical Center,
4
Kitasato University, 5Research Institute, National Rehabilitation Center for the Persons with Disabilities

Abstract Using an electric powered wheelchair for children with severe disabilities at an early stage has
been described as beneficial for developing their mobility. However, their scope of potential is limited
compared with healthy children because when they move using a powered wheelchair, their line of sight is
lower, their arms are required for the operation and their body never masters the ability to balance. The
purpose of this study is to develop a powered wheelchair for children with severe disabilities to encourage
their development. A new powered wheelchair with a body sensation equal to “two-legged locomotion”
was thus produced. The developed prototype function is equipped with “A half standing positioning mech-
anism,” “An operation system with lower limbs” and “A swaying seat function.” The basic system function
was evaluated by a healthy participant, while the required functions were evaluated by a participant child.
Consequently, it was confirmed that a line of sight equivalent in height to that of a healthy child was
achieved by the half standing position mechanism, the drive of the wheelchair and the workspace expan-
sion of the upper arm by the lower limb operation system and the activation of muscle activity by the
swaying seat. Accordingly, it was suggested that the powered wheelchair developed showed the potential
to encourage child development.
Key Words: Mobility, Children with disabilities, Development

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