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「日本国憲法」第 16 回

第 16 回の目的
1. なぜ財産権が保障されているのか,財産権として保障される対象とは ⇒ 1.へ
2. 財産権が規制される根拠とは何か,規制に対する審査手法はなにか ⇒ 2.へ
3. 財産権が収用された場合の補償の要否の基準,正当な補償とは何か ⇒ 3.へ

1. 財産権の保障(29 条 1 項)
29 条 1 項:財産権は,これを侵してはならない
定義:財産権とは,財産的価値を有するすべての権利をいう。
Ex.所有権その他の物権,債権のほか著作権・特許権などの無体財産,鉱業権・漁業権などの
特別法上の権利
憲法上保障することの意味:
主観的権利として,個人が現に有する具体的な財産の権利を保障すること(現状保障)
と客観法たる制度的保障として,私有財産制度を保障すること(通説)
→主観的権利の側面:財産権の内容の事後法による変更の禁止(最大判昭 53・7・12)
制度的保障の側面:生産手段の私有を否定する社会主義体制への移行は憲法改正が
必要となる
〇森林法違憲判決(最大判昭 62・4・22)*2.(2)アも参照
憲法 29 条は,「私有財産制度を保障しているのみでなく,社会的経済的活動の基礎をなす国
民の個々の財産権につきこれを基本的人権として保障するとともに,社会全体の利益を考
慮して財産権に対し制約を加える必要性が増大するに至ったため,立法府は公共の福祉に
適合する限り財産権について規制を加えることができる,としている」

2. 財産権の規制(29 条 2 項)
29 条 2 項:財産権の内容は,公共の福祉に適合するように,法律でこれを定める
(1) 規制の法的根拠
「公共の福祉」
:自由国家的公共の福祉+社会国家的公共の福祉
法的根拠:29 条 2 項 に拠る(通説)
*地方自治体が定める条例は「法律」に含まれるのか?
通説:条例による財産権規制も可能
∵民主的な手続を経て成立したもの+地域の特性に応じた財産権規制が適切な場合もある
*奈良県ため池条例事件判決(最大判昭 38・6・26)
:必要かつ適切な場合には可能
「日本国憲法」第 16 回

(2) 審査方法
ア.森林法違憲判決(最大判昭 62・4・22/ 判例百選Ⅰ-96)
→財産権規制の合憲性に関する審査方法を初めて提示
・事案
生前贈与により森林を兄と共有していた者が,後に兄と不仲になり森林の分割請求を
求めたところ,持分価額 2 分の1以下の森林共有者に対して民法 256 条 1 項所定の共有物
分割請求権を制限する旧森林法 186 条が障害となっていた。そこで当該規定の合憲性を
争った。
・最高裁
財産権の位置づけ:私有財産制度+国民の個々の財産権を基本的人権として保障
財産権の制約:
「財産権の種類,性質等が多種多様」
→規制目的も積極的~消極的なものに至るまで多岐にわたる
「規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性
質及び制限の程度等を比較衡量して決すべき」⇒比較衡量で判断
比較衡量の場合:第一次的には立法府に委ねられる
裁判所は立法府の判断を尊重すべき(=立法裁量)
立法裁量の統制
規制目的:公共の福祉に合致しないことが明らかである or
規制手段:必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかで立法府の判断が合理
的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り,29 条 2 項に違反する
判断:共有物分割請求権は,近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移
行を可能ならしめるもの(共有の本質的属性)
⇒憲法上の財産権の制限である ⇒公共の福祉(29 条 2 項)に合致する必要がある
規制目的:「森林の細分化を防止することによって森林経営の安定を図り,ひいては森林
の保続培養と森林の生産力の増進を図り,もって国民経済の発展に資すること」
→「森林が共有であること」と「森林の共同経営」は直接関連するものとはいえない
∴合理的関連性があるとはいえない
規制手段:旧森林法 186 条は,紛争時に森林紛争の永続化を招く ∴合理的関連性なし
制約の程度:「同条所定の分割の禁止は,必要な限度を超える極めて厳格なもの」
代替手段の存在:民法 258 条(共有物分割の方法)に基づく現物分割で共有森林の細分化
を防ぐことができる ∴不必要な規制
⇒結論:旧森林法 186 条の「立法目的との関係において,合理性と必要性のいずれをも肯
定することのできないことが明らか」で立法府の「合理的裁量の範囲を超える」
「同条は,憲法 29 条 2 項に違反し,無効」で「民法 256 条 1 項本文の適用」あり

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「日本国憲法」第 16 回

イ.森林法違憲判決後の判例の展開 :証券取引法判決(最大判平 14・2・13/百選Ⅰ-97)


→比較衡量論はほぼ踏襲するものの,森林法違憲判決を先例として引用せず
*森林法違憲判決は特殊なもの?
∵森林法違憲判決は,法制度の内容として一定のものが憲法上要請され,立法裁量が限
定されると解された事案である
→既得権侵害の問題でも,体制選択という意味での制度的保障の問題でもない
⇒ その後の財産権の規制に関する一連の判決は, 証券取引法判決を引用
証券取引法判決(最大判平 14・2・13/百選Ⅰ-97)
事案:東証 2 部上場の X 社の主要株主である Y 社が, X 社株の 6 か月以内の短期売買によ
って 2018 万 3691 円の利益を上げた。X は,Y に対して,旧証券取引法 164 条 1 項に
基づき,短期売買差益の提供を請求した。下級審(1 審,2 審)は,X の請求を認容。
Y は,本件売買にインサイダー取引規制の一つである本件規定の適用はなく,そう
解されなければ憲法 29 条 1 項に違反すると主張した。
判旨:
財産権の制約:権利としての内在的制約,社会全体の利益を図るための立法府による外在
的制約を受ける。
財産権の種類,性質などは多種多様である。規制も種々の態様のものがあ
り得る。
→公共の福祉(29 条 2 項)による制約を受ける
審査基準:規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及
び制限の程度などを比較考量して判断すべき
あてはめ:本件規定は,一般投資家が不利益を受けることのないようにする+証券取引市
場の公平性や公正性を維持すること+証券取引市場への信頼を確保すること
=経済政策に基づく目的である
上場会社等の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不
当に利用することのないようにした
=経済政策に基づく目的を達成するためのものと解することができる
→目的が正当性を有し,公共の福祉に適合する
①本件規定は,インサイダー取引への誘因を排除しようとするものである。
個々の具体的な取引における秘密の不当利用や一般投資家の損害発生という
事実の有無の立証や認定が実際上困難である。その事実の有無を本件規定の
適用要件とすると,規定の目的を損なう結果になりかねない。
②本件規定には旧証券取引法 164 条 8 項に基づく適用除外条項もある
③上場会社等の役員又は主要株主が行う当該上場会社等の特定有価証券等の
売買取引を禁止するものではない+その役員又は主要株主に対し,一定期間
内に行われた取引から得た利益の提供を認めることによって当該利益の保持

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「日本国憲法」第 16 回

を制限するに過ぎない
→立法目的の手段として必要性又は合理性に欠けるものとはいえない
結論:本件規定は,公共の福祉に適合する制限を定めたものであって,憲法 29 条 2 項に違
反しない。

3. 損失補償(29 条 3 項)
29 条 3 項:私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために用ひることができる
(1) 根拠
① 29 条 1 項の財産権保障:収用前後を通じた財産価値の保障
② 14 条 1 項の平等原則:特定個人の犠牲のもとに社会全体が利益を得るのは平等
原則に反する。社会全体の負担の公平を図る。
典型例:道路や公園の建設などの公共事業のために土地等を一方的に取得する公共収用

(2) 補償の要否
形式・実質二分説 実質要件説
内容 侵害行為が広く一般人を対象としたもの 財産権の剥奪や本来の効用の発揮
か,特定人を対象としたものか(形式), を妨げる侵害は当然に補償が必要。
財産権侵害の強度が財産権の本質を侵害 その程度に至らない場合には,内在
するほど強度か(実質)の両方考慮 的制約か偶然的制約かで判断する

①奈良県ため池条例事件(最大判昭 38・6・26)
ため池の破壊や決壊をもたらすおそれのある堤とうの利用の禁止を定めた条例につい
て,「災害を未然に防止するという社会生活上の已むを得ない必要から来ることであっ
て,ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は何人も,公共の福祉のため,当
然にこれを受忍しなければならない責務を負う」

②河川附近地制限令事件(最大判昭 43・11・27)
河川の管理に支障のある事態の発生を事前に防止するために,所定の行為について知
事の許可が受けることが必要とされていた河川附近地制限令について「特定の人に対し,
特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえない」

「公共のために必要な制限によるものとはいえ,単に一般的に当然に受忍すべきもの
とされる制限の範囲をこえ,特別の犠牲を課したものとみる余地が全くないわけではな
い」。

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「日本国憲法」第 16 回

(3) 「公共のために用いる」の意味
特定の個人が受益者となる場合も公共の利益に仕える目的であれば良い

(4) 「正当な補償」の内容
完全補償説 相当補償説
内容 市場価格を基準として,収用的侵害 市場価格に基づき合理的に算出さ
の前後を通じて財産価値に変動を れた相当な額を要請する
生じさせないことを要請する

(5) 補償規定を欠く法令の効力
憲法上補償が必要であるのに法令に補償の根拠規定がない場合の法令の効力
→私人の裁判的救済を理由に,憲法 29 条 3 項を直接の根拠として損失補償を請求で
きる(29 条具体的権利説,直接効力説 /河川附近地制限令事件判決同旨)

(6) 「国家補償の谷間」
損失補償制度:国の適法行為により「私有財産」が侵害された場合の救済
国家賠償制度:国の違法行為により権利・利益が侵害された場合の救済
→両制度によりカバーされない「国家補償の谷間」問題 ex.予防接種禍
問題の所在:公益目的による非財産的法益(生命や健康)に 29 条をそのまま適用できない
大坂地裁判決(大阪地判昭 62・9・30)
:29 条の勿論解釈
東京高栽判決(東京高判平 4・12・18)
:国家賠償法説 *過失を広く認める

*補論:新型コロナウィルスワクチン接種によって健康被害が出た場合の補償について
補償制度:健康被害救済制度
補償要件:予防接種法による接種であること
新型コロナウィルスワクチン接種の場合:
→予防接種法上の「臨時接種」規定が適用されているため,健康被害救済制度による補
償対象である。
関連問題:製薬会社の責任を法的に追及できるのか?
→ワクチンを開発した製薬会社に生じる損害賠償責任について,国が責任を肩代わり
できる契約を製薬会社と締結できるという条文が創設されている(予防接種法附則
抄 6 条,2020 年 12 月 2 日成立)。製薬会社の責任はないという免責規定ではないと
解されるため,製薬会社への損害賠償請求訴訟の提訴自体は成立し得るが,国による
責任代位契約が行われている結果,賠償責任の成立という形での追及は困難である
と解される。

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「日本国憲法」第 16 回

〇主な参考文献(教科書の他に)
木下智史、2019、
「第 22 条」
『新・コンメンタール 憲法』
、木下智史・只野雅人編、日本評
論社、276-295。
巻美矢紀、2018、『憲法学読本』
、安西文雄・宍戸常寿・巻美矢紀、有斐閣、190-202。
東京リーガルマインド、2022、
『2023 年版 完全整理択一六法 憲法』
、東京リーガルマイン
ド、268-284。

>>>確認問題<<<
日本国憲法に規定する財産権に関するA~Dの記述のうち、最高裁判所の判例に照らして、
妥当なものを選んだ組合せはどれか。 <東京都特別区Ⅰ事務 平成 30 年 No.2>

A ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法、民法の保障す
る財産権の行使のらち外にあり、これらの行為を条例によって禁止、処罰しても憲法に抵触
せず、条例で定めても違憲ではないが、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者
は、その財産権の行使をほとんど全面的に禁止されることになるから、これによって生じた
損失は、憲法によって正当な補償をしなければならないとした。
B インサイダー取引の規制を定めた証券取引法は、証券取引市場の公平性、公正性を維持
するとともにこれに対する一般投資家の信頼を確保するという目的による規制を定めるも
のであるところ、その規制目的は正当であり、上場会社等の役員又は主要株主に対し、一定
期間内に行われた取引から得た利益の提供請求を認めることは、立法目的達成のための手
段として、必要性又は合理性に欠けることが明らかであるとはいえないのであるから、憲法
に違反するものではないとした。
C 森林法が共有森林につき持分価額 2 分の 1 以下の共有者に民法所定の分割請求権を
否定しているのは、森林の細分化を防止することによって森林経営の安定を図るとする森
林法の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれをも肯定することができ、この
点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲内であるというべきであるから、憲法に
違反するものではないとした。
D 財産上の犠牲が、公共のために必要な制限によるものとはいえ、単に一般的に当然に受
忍すべきものとされる制限の範囲をこえ、特別の犠牲を課したものである場合に、法令に損
失補償に関する規定がないからといって、あらゆる場合について一切の損失補償を全く否
定する趣旨とまでは解されず、直接憲法を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけ
ではないとした。

1 A B 2 A C
3 A D 4 B C 5 B D

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