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要論

不安・ストレス・レジリエンス

中央大学法学部 宮崎伸一

1
ストレスの発見
• 今でこそストレスの概念は、 (漠然とした形ではあるが)広く
一般に行きわたっているが、19世紀末までは、ストレスの現
象は知られていなかった。
• ストレスの現象を最初に発見したのは、ア
メリカの生理学者・W.B.キャノン(
1881~1945)で、彼はオリの中に入れられ
たネコがイヌに吠えられると、心拍数増大
、血圧上昇、呼吸数増大、瞳孔散大、脳、
筋肉の血管拡張、足の裏の発汗、胃腸運
動低下などの現象が生じ、血中にアドレナ
リンが増加していることを発見した。
• キャノンはこの現象を「ストレス」と名付け
た。 犬に吠えられている猫

2
ストレスとストレッサー
ストレスとは
• ストレスは、自己に危機をもたらすような刺激があったとき、
それに打ち勝とうとして起こるホルモン系、自律神経系を中
心とした緊張を高める体内の反応で、困難を乗り切るための
生理現象である。
ストレッサーとは
• ストレスをもたらす外部の刺激をストレッサー(ストレス作因)
という。
• ストレッサーは、精神的ストレッサーばかりでなく、物理的スト
レッサー(低温、高温、放射線など)、化学的ストレッサー(薬
物、毒など)、生物学的ストレッサー(細菌感染など)もストレ
スをもたらす。
しかし日常会話では、ストレッサーとストレスを合わせて「ストレ
ス」という場合が多い。

3
セリエの研究

• ストレスの研究を発展させ、ストレスが病気の原因になること
を証明したのは、カナダの生理学者・H.セリエ(1907~1982)
である。

• H.セリエ(1907~1982 カナダ)はネズミに無理な力や寒さなどのストレ
ッサーを長く与え続けると、胃・十二指腸潰瘍、副腎皮質の肥大(副腎
皮質ホルモン=ストレスホルモンの分泌亢進)、脾臓・胸腺の萎縮(免
疫力の低下)がみられることを示した。
• また、ストレッサーの種類によらず、ストレス刺激が加わってからの持続
時間により、共通のストレス反応が起こることを提案した。(次図参照)

4
セリエによるストレスの3つの段階
①急性反応(一時的に身体機能が落ちるが、抗ストレスホルモンによって
抵抗力が高まる)が生じる警告期
②ストレス刺激が持続すると初期に比べ生体に抵抗力が出来た抵抗期
③さらに長くストレス刺激が続くと生体の抵抗力が落ち,疲弊期となり、
最悪の場合死をもたらす。

新宿メンタルクリニックホームページより
5
実際、ストレスが続くと
• 危機を解決できない状況が続くと、気分がうっとうしくなるだ
けでなく、こころやからだの病気を引き起こす。
• こころの病気としては各種のストレス障害(ノイローゼ)、うつ
病などが引き起こされる。
• からだの病気としては胃・十二指腸潰瘍、過敏性大腸症候
群、高血圧症、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、気管支喘息、ア
トピー性皮膚炎、じんま疹、、円形脱毛症、頭痛、めまい、月
経異常、陰茎勃起障害など多くの心身症が引き起こされる。
• またストレスは免疫機構を弱め、すべての病気にかかりやす
くなり、癌にもなりやすくなる。

6
神経症性障害、ストレス関連障害、身体表現性障害
• 環境上のストレスがあると、多かれ少なかれ人の精神はそれに反応する。
• ストレスに敏感な人は小さなストレスで精神に変化が生じる。ストレスにう
まく対応できる人でもストレスが大きければ、精神にストレス性変化をもた
らす。
• 性格上の特徴により神経症性障害になりやすい人がいる。神経過敏で気
にしやすい人、完全主義的で過度に几帳面な人、精神的に未熟で自己中
心的な人、自信がなく依存的な人などが、神経症性障害になりやすい。
• 不当に職を奪われたり、大災害で生命の危機にさらされたり、肉親を失っ
たりした場合などは、たいていの人が不調感を感じるが、不調の程度が大
きかったり、長く続いたりするとストレス関連障害と診断される。
• 症状は、社会や文化の影響を受ける傾向があり、一般に文化の遅れたと
ころでは、外向演出型(解離性障害)が多く、文化の進んだところでは、内
向苦悶型(不安抑うつ障害、無気力、閉じこもり)が多い。
• 以下スライドにてやや詳細に説明する。

7
恐怖症性不安障害
• 恐怖とは、対象がはっきりしている強い不安をいう。
• ある限定された状況にのみ不安恐怖感を感じ、不安感、恐
怖感、動悸、呼吸困難感、めまい、振え、死ぬのではないか
との恐怖感など様々な症状が出現する。
• 広場恐怖‥この場合の「広場」とは、安全な場所に逃げるこ
とがすぐには困難な場所や状況を広く指す。
• 社会恐怖(対人恐怖)‥比較的小集団の中で、他の人々か
ら注目されることを恐れる。
• 特定の恐怖症‥高所恐怖、動物恐怖、閉所恐怖、暗闇恐怖
、飛行恐怖等きわめて限定された状況への恐怖である。
• 疾病恐怖‥感染症(性行為感染症も含む)、放射線などへの
恐怖である。
8
対象が特定できない不安障害1
パニック障害、パニック発作
以下の症状のうち4つ以上が突然発現し、10分以内に頂点に達する。
状況には限定されず、そのため最初に経験する発作は予知できない。しかし、同じ状
況で反復して起こるので次第に発作が起きる状況を避けようとする。

1)動悸、心悸亢進、心拍数の増加
2)発汗
3)身震いまたは震え
4)息切れ感または息苦しさ
5)窒息感
6)胸痛または胸部不快感
7)嘔気または腹部の不快感
8)めまい感、ふらつく感じ、頭が軽くなる感じ、または気が遠くなる感じ
9)現実感喪失、離人症状
10)コントロールを失うことに対する、または気が狂うことに対する恐怖
11)死ぬことに対する恐怖
12)異常感覚(感覚麻痺またはうずき感)
13)冷感または熱感

9
対象が特定できない不安障害2
全般性不安障害・混合性不安抑うつ障害
全般性不安障害
数か月以上連続してほぼ毎日以下の症状を呈する。
• 心配‥将来への気がかり、イライラ感、集中困難
• 運動性緊張‥そわそわした落ち着きなさ、筋緊張性頭痛、振戦、身震い、くつろげ
ないこと
• 自律神経性過活動‥頭のふらつき、発汗、頻脈あるいは呼吸促迫、心窩部不快、
めまい、口渇
混合性不安抑うつ障害
不安症状と抑うつ症状がともに存在するが、両者とも「不安障害」あるいは「うつ病」
の診断をするほど重くない状態。
・ 自律神経症状(振戦、動悸、口渇、激しい胃の動きなど)は間歇的にせよ必ず存在
する。
・少しわかりにくい障害だが、臨床的には多く存在する。

10
適応障害
• 重大な生活上の変化(人事異動、転職、転校
、転居、移住など)やストレスの多い生活上の
出来事(強い精神的苦痛や重い身体の病気)
により、不眠、不安、抑うつなど種々の症状
が発生し、新しい環境に適応困難になった状
態をいう。
• 発症は新しい環境になってから1か月以内で
あり、6か月を超えない。6か月を超える場合
は、その時の病像により診断名を変更する。
11
急性ストレス反応
• 大きな事故や肉親の死などの重度のストレスにより、種々
の症状を示し、数日以内で治まるストレス関連障害を急性ス
トレス反応と呼ぶ。
• ここで見られる症状は、意識野の狭窄(周囲の状況がうまく
把握でない)、注意の狭小化、刺激を理解できないことや、今
いる場所、時間などが理解できない状態が初期にみられるこ
とが多く、その後、不安、抑うつ、激怒、絶望、過活動、引きこ
もりなどのうち、一部の症状がみられる。
• それらの症状も通常3日以内に消失する。場合によっては健
忘を残す。

12
心的外傷後ストレス障害(PTSD:
Post-Traumatic Stress Disorder)
• 戦争、地震、テロなど破局的な出来事により起こり、その出
来事の終息後も長期間症状が持続する状態。
• 米国でベトナム帰還兵や強姦被害者が長期間にわたり精神
的後遺症を示すことが社会的に問題となったことが契機にこ
の診断名ができた。
1)再体験‥外傷的出来事に関する不快で苦痛な記憶がフラ
ッシュバック(侵入的回想)や夢の形でよみがえる。
2)回避‥出来事について考えたり話したり感情を起こすのを
極力避けようとしたり、外傷を思い出させる活動・場所・人物を
避けようとする。
3)麻痺‥無感覚状態(アンヘドニア)、他人との間に壁ができ
たような感じ
4)覚醒亢進状態‥不眠、強い驚愕反応、不安、抑うつ
13
解離性障害
• 身体運動や身体感覚などの統合された随意的コントロールが損なわれ、ある一
部の機能だけが解離して喪失するストレス関連障害をいう。意識の下に隠れてい
る潜在的な心理機転により、自己に都合の悪い状況が起こると、そのストレス状
況から逃避するため、無意識のうちに主に身体運動や身体感覚の障害として症
状が発現する。心因性の障害であるから、症状が固定せず周囲の状況により動
揺することが多い。
• 症状により解離性健忘(強いストレスのあった出来事を健忘してしまう)、解離性
遁走(強いストレスの後、ふらりと無断で旅に出て、旅行中はまとまった行動をと
るが、帰ってきて旅行中のことを総て健忘している)、解離性昏迷(意志の発動が
できなくなり、外界の刺激に反応せず黙りこくる)、解離性運動障害(腰が立たなく
なったり、歩けなくなる。解離性発声障害など)、解離性けいれん、解離性知覚脱
出(シビレたり、皮膚感覚がなくなる)、多重人格障害(2つ以上の別の人格が同
一個人に代わる代わる出現する)、トランス(一時的に意識が変容し夢の世界に
入る)などに分類されている。
• 未熟で顕示性の強い人がかかりやすいが、普通の人でもストレスが強ければ
発症する場合がある。驚いて腰を抜かして立てなくなるのも、解離性障害の一種
である。 14
身体表現性障害
• 健康への不安から、実際には健康な自分の
体が病におかされているのではないかと、必
要以上に気する神経症性障害である。主観
的な健康不安が強いため、医師に客観的検
査データを示されても納得せず、転々と医療
機関をわたり歩くことがある。
• ストレスにより生ずる疼痛など身体感覚の
障害も身体表現性障害に含まれる

15
公衆衛生の危機
以下3枚のスライドは、重村淳:「2019年新型コロナウイルス(2019-nCoV*
)に対する日本での反応:メンタルヘルスへの影響と高リスク集団」による

新型コロナウイルス(COVID-19)は、日本においても深刻な公
衆衛生危機となっている。
・CBRNE(chemical, biological, radiological, nuclear, high-
yield explosives化学・生物・放射線物質・核・高性能爆発物)に
よる緊急事態は「特殊災害」とも呼ばれ、従来の災害と比べて、
はるかに大きな社会的混乱を及ぼすことが知られている。
日本におけるCBRNE災害
* 「2019-nCoV」は正式名であ
1945 広島・長崎への原爆投下
る「COVID-19」と決定されるまで
1995 松本サリン事件・地下鉄サリン事件 の暫定的な新型コロナウイルス
2009 新型インフルエンザパンデミック 名称である
2011 福島第一原子力発電所事故
16
CBRNEがもたらす社会と個人への影響
ー過剰な恐怖感と不確実性への不耐性 ー

社会への影響 個人への影響
• 報道の過熱、噂・デマの横 • 不眠・怒り・(脅威物質にさ
行 らされていなくても)病気へ
• 被害者への差別・中傷・いじ の不安
め • 健康リスク行動(飲酒量・喫
• 特定の集団(政府・科学者) 煙量の増加、閉じこもりな
への責任転嫁(スケープゴ ど)
ート化) • 精神障害(心的外傷後スト
レス障害、不安障害、うつ
病、身体表現性障害など)

17
被害を受ける可能性の高い集団
•検疫対象者および感染者・その家族・同僚
•中華系の人々
•既存の精神的・身体的疾患を持つ者
•医療関係者、支援者。特に、患者・感染者と
直接働く看護師・医師
⇒事態が及ぼすメンタルヘルスへの影響の深
刻さを知り、高リスク集団を保護して尊厳と人権
を守ることが重要
18
精神医学におけるレジリアンスの概念

レジリアンスとは‥病気や変化、または不幸か
ら素早く回復する能力、あるいは浮力
(The American Heritage College Dictionary 1995)

19
こどもの成長過程とレジリエンス
• 周産期に問題を抱えたハワイ諸島の一つの
島の子ども698人の追跡調査(Werner EE ら
1982年)
1)201名は身体面あるいは知的面に問題が
あった。(「脆弱」vulnerable)
2)約230名は健康な成人に成長した。(「レジ
リアンス」resilience)
⇒環境に恵まれない、トラウマを負った子ども
たちを逆境を乗り越えられえるように導ける。
20
戦争帰還兵とレジリアンス

• ベトナム戦争中に撃墜されて、6~8年間も
捕虜として、拷問や独房への収容など極度の
ストレスを受けながらも、うつ病やPTSDを発
症しなかった750人の男性パイロットについて
の研究から、これらの強いストレスに耐え抜
いた人の心理的特徴、すなわちレジリアンス
として、10の項目が明らかになった。 (次の
スライド)

21
不遇な体験とレジリエンス
669名の歴史的に著名な人(政治家、思想家、芸術家など)の
調査で、
• 31歳までに両親のいずれかを失う 61%
• 26歳までに両親のいずれかを失う 52%
• 21歳までに両親のいずれかを失う 45%

フランクリン・ルーズベルト
1882年 ニューヨーク州生まれ
1913年 上院議員
1920年 副大統領候補になるも落選し、政界から引退
1921年 ポリオに罹患、以後車椅子生活
1928年 ニューヨーク知事
1933年 32代アメリカ大統領に就任(-1945年まで、最長記録)
22
心理的レジリアンス因子
1)楽観主義 6)自分の役割モデルを
2)利他主義 持っている
3)確固とした道徳的な基 7)他人との社会的サポ
盤を有している ートを有している
4)信仰心や霊的なものを 8)恐怖を直視できる
信じている 9)使命感を有している
5)ユーモアがある 10)何らかのトレーニング
を受けている

Southwickら Annu Rev Clin Psychol 2005 (1) 255-291


23
スポーツの効用
スポーツは何故ストレスを解消し、病気を予防するのか
• スポーツを始めても、副腎皮質ホルモン、アドレナリン、ノ
ルアドレナリンなどのホルモンが分泌され、交感神経が緊張
し脈拍が早くなり小動脈が収縮して血圧が上昇し、血中脂肪
や血糖が上昇する。この変化は精神的ストレスの変化と同じ
である。
• しかしスポーツの場合は、糖分や脂肪などは運動により消費
されてあとに残らない。また脳の過剰な緊張と覚醒も、身体
運動による疲労のため、緊張と覚醒がやわらぎ、夜間良眠
できるようになる。
• また運動を継続すると、安静時に脈拍が下がるなど副交感
神経優位の状態になり、気持ちが落ち着き、イライラすること
なく、休養が十分とれる状態になる。自律神経も安定し心身
の健康に寄与する。
24
自律訓練法
・1932年にドイツの精神医学者シュルツにより発案された
方法
・手足の筋肉の筋緊張を抜き、ゆっくり深呼吸しながら、「手
足が重くなった」「胸が暖かくなった」「額がすずしくなった」と
自己暗示をかけ、次第に無我の気持の良い境地に至り、スト
レスを解消する。
・この方法の原理は、ストレスによる精神緊張があると手足
の筋肉に知らずのうちに力がはいり、呼吸も速くなる生理現
象の逆をいき、筋緊張を抜き、ゆっくり深呼吸することにより、
逆向性に精神緊張を解消するものである。

25
宗教的・非宗教的方法
・宗教的なもの
・非宗教的なもの(ヨーガ・マインドフルネス
など)
⇒別の講義で扱う。

26
健康要論

発達障害

1
発達障害
発達障害とは‥幼い時から症状がみられ,生育・成長
の過程で,「生きにくさ」が変化して行くもの
例:
①自閉症スペクトラム障害(ASD:Autism Spectrum
Disorder)
②注意欠陥・多動性障害(ADHD)
③学習障害(LD)

2
発達障害者の数(単位:人)
厚労省の調査をもとに総務省が作成
患者調査(推計値) 精神保健福祉資料調査
(平成26年10月のある1日に (平成25年6月の1か月に
医療機関に通院・入院した数) 手帳を申請した数)
発達障害者総数 195,000 1,418
自閉症等 144,000 1,259
注意欠陥多動性障 51,000 159

参考 精神疾患総数392.5万人,統合失調症77.3万人,血管性認知
症14.4万人,アルツハイマー型認知症53.4万人(平成26年患者調査

ASDを持つと思われる学生の頻度

・ある年,ある学部の新
入生全員を対象とした
Autism Spectrum
Quotient (AQ)の調査
結果
・自閉症スペクトラム障
害の可能性の高い学
生が7.0%

4
こころの理論の課題
サリーとアン

5
小児・児童期の • 幼稚園のころ,公園で小鳥が死んでいた
ことがある.(中略)他の子供たちは泣い
ASDの例 ていた.「どうしようか‥‥?」一人の女
の子がいうのと同時に,私は素早く小鳥
(空気が読めない) を掌の上に乗せて,ベンチで雑談してい
る母の所へ持って行った.
• (中略)私は,「これ,食べよう」と言った.
「え?」「お父さん,焼き鳥好きだから,今
日,これを焼いて食べよう」(中略)
• 母は懸命に,「いい,小鳥さんは小さくて
,かわいいでしょ?あっちでお墓を作って
,皆でお花をお供えしてあげようね」と言
い,結局その通りになったが,私には理
解できなかった.
• 皆口をそろえて小鳥がかわいそうだと言
いながら,泣きじゃくってその辺の花の茎
を引きちぎって殺している.
学童期のASDの例
(字義通りにとらえる)
• 小学校に入ったばかりの時,体育の時間
,男子が取っ組み合いのけんかをして騒
ぎになったことがあった.
• 「誰か先生を呼んできて!」「誰か止めて
!」悲鳴があがり,そうか,止めるのかと
思った私は,そばにあった用具入れをあ
け,中にあったスコップを取り出して暴れ
る男子のところに走っていき,その頭を殴
った.
• 周囲は絶叫に包まれ,男子は頭を押さえ
てその場にすっ転んだ.頭を押さえたま
ま動きが止まったのを見て,もう一人の
男子の活動を止めようと思い,そちらにも
スコップを振り上げると,(後略)

7
成人期のASDの例
(対人関係の障害・二次障害)
• 34歳女性
• 美術大学を卒業後,一般企業に就職するが,仕事
のスピードが遅く,周囲ともうまくいかなかった.そ
の後人形制作や教室を運営し,収入は少ないが,
障害年金も受給して生活が成り立ってる.
• 検査結果(全検査IQ102)からは,全体として知的
能力は平均に位置するが,群指数のばらつきが大
きかった.
• 言語理解120>知覚統合103>処理速度86>作
動記憶76
• アスペルガー指数は高かった. AQ38/50
• 言語機能は高いが,検査時の様子から相手の反
応をみながら自己の言動を調節することが苦手で
あることが伺えた.そのため,周囲もなぜ本人が仕
事ができないのかを理解しにくい,と思われた.
• 作動記憶,処理速度が低いため,仕事上のミスも
多くなると思われた.
• 自尊心の低下,抑うつ感情などの二次的障害が慢
性化していた.
認知特性
得意 不得意
• 事実的 • 概念的
• 視覚(ただし表情を読む • 聴覚(ワーキングメモリー
ことは苦手) の障害が疑われている)
• パターン化 • 応用
• デジタル • アナログ
• 記憶 • ファジー
• 正確 • 中枢性統合(全体の見通
• 百科事典 し,重み付け)
• 般化
行動特性
• こだわり,興味・関心のかたより
・ 「あるべき」にしばられる.
・ 疲れていても決められたことをやろうとする.
・ 夢中になるとやりすぎる.
・ 一つ一つはできそうでもたくさん集まるとできなくな
ることがわからない.
・ Savan 症候群
• 感覚過敏,パニックになりやすい
• 動作のぎごちなさ(粗大運動が苦手)
社会性の障害

• 孤立群・受動群
他者への関心が低いので,社会的問題行動は起こさな
い.むしろ詐欺や性犯罪に巻き込まれやすい.
• 積極・奇異群
自分の要求や関心にしたがって行動する.相手の感情
や反応に無関心でストーカーになりやすい.
• 形式ばった尊大群
傲慢な態度で規則・正論・倫理観を押し付ける.権利意
識も強い.日常的にトラブルを起こし孤立しやすい.
コミュニケーションの障害

・話し言葉が理解できない.
・字義通りに捉える.
・ユーモア,比喩が理解できない.
・メタコミュニケーションが苦手.
・状況の意味が理解できない.
・心の理論の障害(相手に心があることがわからな
い)⇒5歳頃(義務教育が始まる頃)の課題
・想像上の遊び(ごっこあそび)ができない.
・友人ができにくい,仲間に対する興味がない.
ASD症例(男性社会人)
26歳 会社員 男性
高校卒業と同時に電機メーカーに正社員として入社した.上
司に対しても臆せず問題の指摘や提言を行う積極性が買われ
て,入社5年目より主任になった.
後輩の指導のためにコンピュータ端末の操作法のマニュアル
を自ら作り,好評を博した.
シフト制のため職場の人たちと職場外で付き合うことは少ない
が,主任になってからは,仕事明けに後輩たちと食事にいくこと
がある.

13
ASD症例(女性社会人)
28歳 会社員 女性
中学生の頃までは大人しくて目立たなかった.女の子たちが
グループを作っていても,一緒に行動することが自分の肌に合
わないと感じていた.仲のよい友達はいたが,出かけるときは
現地集合で,他のグループが途中で待ち合わせて集合場所ま
で一緒に行くのを不合理だと考えていた.
高校の時にある漫画家のファンになり,その作家のファンが
運営しているSNSに毎晩熱中し,それらを通じた知り合いもで
きた.
地元の大学を卒業し,親の知り合いの紹介で小さな会社の事
務をやっている.仕事は几帳面にこなすため信頼されている.
14
Savant症候群
-Stephen Wiltshire 2005東京-

15
サヴァン症候群2
山下清1922-1971

・3歳の頃に罹患した消化器疾患の
後遺症として知的障害,言語障害が
残る.
・12歳時,学校の勉強について行け
ず,八幡学園(千葉県市川市)に入
居.
・「ちぎり紙細工」に没頭し,顧問の精
神科医の式場隆三郎の目に留まる.
16歳で銀座で個展.
・徴兵検査を嫌い18歳から42歳まで
放浪.
・49歳時脳出血のため死亡 16
ADHD(注意欠陥多動性障害)の特徴
こども 成人
多動性 ・落ち着いて座っていることが難しい ・落ち着かない感じ
・遊びにおとなしく参加できない ・貧乏ゆすりなど,目的のな
・過度におしゃべりをする い動き

衝動性 ・質問が終わらないうちに答えてしまう ・思ったことをすぐに口にして


・順番を待つのが難しい しまう
・他の人がしていることをさえぎってしまう ・衝動買いをしてしまう

不注意 ・勉強などで不注意な間違いをする ・ケアレスミスをする


・課題や遊びの活動で注意が集中できない ・忘れ物,なくし物が多い
・興味のあることには集中しすぎる. ・約束を守れない,間に合わ
・話を聞いていないようにみえる ない
・課題や活動を順序だてて行うことが難しい ・時間管理が苦手
・同じことを繰り返すのが苦手 ・仕事や作業を順序だてて行
・必要なものをなくしてしまう,忘れっぽい うことが苦手
・片付けるのが苦手 17
成人ADHDの受診に至る4つの場合
(岩波明ら,精神科治療学2017年12月)

• ①幼少時から問題行動が目立ち,治療歴があって
そのまま治療が継続している.
• ②幼少時から不適応があったが,問題視されずに,
大人になってから初めてADHDを疑われた.
• ③幼少時から特性はみられたが特に困ることはなく
,進学,就職,昇進が転機となって課題が表面化し
た.
• ④抑うつ,不安など,他の主訴で来院してADHDと
診断された.
ADHDの治療戦略
(岩波明ら,精神科治療学2017年12月他)

①心理教育 自分の行動特性を理解する.関
係者(家族,職場)にも理解をしてもらう.
②環境調整 注意力を保ちやすい空間配置や
音響対策.スマートフォンのスケジュラー機能
やアラーム機能を利用する.
③薬物療法
④二次障害‥ADHDであることにより,社会的
にうまくいかず,抑うつや引きこもりになる
健康要論

気分障害

1
気分障害とは
• 気分(感情)と欲動の障害*を主徴とする原因不明
の疾患。
• 「気分障害」は、従来は「躁うつ病」と呼ばれてきたが
、この名称は躁の状態とうつの状態の両者を持つ疾
患とされやすいため、より広い概念を包括するものと
して「気分障害」という用語が用いられている。
• 従って、気分障害には、うつ病、躁病、双極性障害(
=躁うつ病)が含まれる。
*「気分」「感情」「欲動」については次のスライドで説明する

2
「感情」、 「情動」 、「欲動」、「気分」とは
• 「感情」、 「情動」 、「欲動」、「気分」はよく似た意味に使われていて区別
が判然としないが、本講義では、「新版精神医学事典」(1993年、弘文社
123頁)を参考に以下のように考えることとする。
• 感情‥「快-不快」を基調とした状態をいい、英語では一般的には
feeling が使われ、精神医学では、affectやemotionが使われる。情動や
気分も含めた総括的なもの
• 情動‥喜び、悲しみ、怒り、怖れなど、反応性に急激に生じ、身体的随伴
現象を伴う一過性の強い感情。精神医学ではやはりaffectやemotionが
使われる。
• 欲動‥生命や生活の維持に必要な行動を促す内的な力。身体的欲動(
食欲、睡眠欲、性欲など)と精神的欲動(欲望など)がある。motivation,
driveが使われる。
• 気分‥ゆううつな気分、楽しい気分など、特別な対象を持たず、非反応
性に生じる持続的な感情の状態。 moodが使われる。

3
気分障害の患者数

• 総患者数
• 経年変化
• 男女比
• 年齢別患者数

4
気分障害の歴史
●躁状態、うつ状態の記載はヒポクラテス
(Hippocrates、ギリシャ時代の人、紀元前460
年頃 - 紀元前370年頃、「医学の祖」といわれ
る)の医典にもみられ、黒胆汁病melancholia
と名付けられていた。
●ずっと時代は下り、1899年、クレペリン(Emil
Kraepelin)が 「 躁うつ病 Das manisch-
depressive Irresein 」として疾患概念を確立し
た。これによれば、
• 感情と欲動の高揚と抑制を主徴候とし、
• 周期的に躁状態、あるいはうつ状態を繰り
返し、
• その病相期と病相期の間はほぼ正常な精
神状態に戻り、
• 予後良好で痴呆に陥ることはない。
ことが特徴である。
Melancholia(Albrecht Dürer
1514による)

5
現在の精神科診断分類
国際的な疾病の診断基準として、ICD10とDSM5があ
る。
• ICD-10:International Statistical Classification of
Diseases and Related Health Problems(疾病及
び関連保健問題の国際統計分類第10版)は、世界
保健機関(WHO)が作成した分類
• DSM5:Diagnostic and Statistical Manual of
Mental Disorders(精神障害の診断と統計マニュア
ル第5版)は、米国精神医学会が作成した診断基準

6
気分障害(ICD10による)

7
気分障害の発症の要因(1)
遺伝素因
• 双極型障害の方が単極型うつ病よりも遺伝の関与
が大きい
• 単一の遺伝子ではなく多因子による
• 双生児の一致率

一致率 一卵性双生児 二卵性双生児


双極性障害 60-70% 15%
単極型うつ病 40% 10-20%

8
気質・性格・人格
人間の持続的な精神機能には、知・情・意の3側面
があるが、
• 情意面の特徴を「性格」という。
• 性格を構成する先天的な特性を「気質」というが、こ
れは活動性と感情面の様々な特性から成り立つ。
• 「気質」に、しつけ・教育・環境などの後天的要素が
加わって「性格」が形成される。
• 後天的要素は、主に意志・意欲の特性を形成する。
• 「人格(パーソナリティ)」は性格と同義である。
9
気分障害の発症の要因(2)
うつ病になりやすい性格
• 循環気質(クレッチマー Kretschmer, E.1921) ‥社交的、善
良、親切、温厚、明朗、ユーモア、活発、激しやすい、寡黙、
平静、陰うつ、気が弱い
• 執着性格(下田光造1941、1950)‥熱中性、凝り性、徹底性
、几帳面、責任感旺盛
• メランコリー親和型(テレンバッハ Tellenbach, H.1960) ‥
几帳面、堅実、綿密、勤勉、強い責任感、仕事の虫、誠実、
律儀、世話好き、権威と序列の尊重、世俗的な良心性

新版精神医学事典(1993 弘文堂)による

10
気分障害の発症の要因(3)
状況(1)-個人・家族に関する出来事-
現代臨床精神医学2013による

• 近親者・友人の死亡・別離
• 子女の結婚・遊学 「空巣(からのす)症候群」
• 病気・事故
• 家庭内不和
• 結婚・妊娠・出産「産後うつ病」・月経・更年期
• 転居 「引っ越しうつ病」
• 家屋・財産などの喪失
• 定年
• 家庭の経済問題

11
気分障害の発症の要因(4)
状況(2)-職場に関する出来事-
現代臨床精神医学2013による
• 職務の移動(昇進「昇進うつ病」、配置転換、転職、左遷、退
職、定年
• 職務内容の変化
• 職務上の失敗
• 目標達成による急激な負担軽減 「荷下ろしうつ病」
• 過労
• 病気による欠勤と再出勤

12
気分障害1 躁病
• 特徴‥高揚した気分、身体的、精神的活動量と速度の増大
• 重症度により以下の①②③に特徴づけられる

①軽躁病‥軽度の躁病
②精神病症状を伴わない躁病
• 気分は自分の置かれている状況にふさわしくない程に高揚する
• 活動の過多、談話促迫(話したくて仕方がない)、睡眠欲求の減少
• 社会的抑制を失い、注意が保持できず転導する
• 自尊心が肥大し、誇大的、過度に楽観的になる
• 色彩が美しく見え、聴覚が過敏になる
• 実現不可能な計画に熱中
• 浪費、好色、おどけ
③精神病症状を伴う躁病
上記②がさらに重篤になり、観念奔逸(かんねんほんいつ:考えが次々と浮かぶが
全体としてまとまりのない状態)、誇大妄想、被害妄想などを伴う

13
気分障害2 双極性感情障害(躁うつ病)

• 躁病のエピソードが少なくとも2回、あるいは
躁病およびうつ病のエピソードを合わせて少
なくとも2回繰り返すもの(躁病エピソードだ
けを繰り返すものは実際には稀である)

14
うつ病(1)

• 抑うつ気分、興味と喜びの喪失、易疲労性(少しだけ頑張っ
た後でもひどく疲労感を感じること)が典型的な3症状であ
る。その他の症状として以下のものがある
• ①集中力と注意力の低下
• ②自己評価と自信の低下
• ③罪責感と無価値観
• ④将来に対する希望のない悲観的見方
• ⑤自傷あるいは自殺の観念や行為
• ⑥睡眠障害
• ⑦食欲不振

15
うつ病(2)
①軽症うつ病
• 典型的な症状のうち少なくとも2つ、およびその他の症状のうち少なくとも
2つが存在
• いかなる症状も著しい程度であってはならない
• 最短でも2週間持続
• 日常の仕事や社会活動を続けるのに幾分困難を感じるが、完全に機能
できなくなるまでのことはない
②中等症うつ病
• 典型的な症状のうち少なくとも2つ、およびその他の症状のうち少なくとも
3つが存在
• 一部の症状が著しい程度になるか、全般的で広汎な症状が出現する
• 最短でも2週間持続
• 日常の仕事や社会活動を続けるのにかなり困難を感じる

16
うつ病(3)
③精神症状を伴わない重症うつ病
• 典型的な症状の3つすべて、およびその他の症状のうち少なくとも4つが存

• そのうちのいくつかが重症 自殺の危険が大きい
• 激越(不安、焦燥、苦悶などの感情障害)や精神運動抑制が強い場合はそ
れだけで重症といえる
• 最短でも2週間持続、ただし、症状がきわめて重く急激な場合は2週間未満
でもよい
• 日常のごく限られた活動を除き、仕事や社会活動はできない。
• 2回目以降のエピソードの場合は反復性うつ病性障害に診断が移行する
④精神症状を伴う重症うつ病
• 前にあげた③に加え、妄想(貧困妄想、罪業妄想、心気妄想)、幻覚(非難
・中傷の内容の幻聴、異臭等の幻嗅など)を認めるもの
• 2回目以降のエピソードの場合は反復性うつ病性障害に診断が移行する

17
うつ病(4)
⑤反復性うつ病性障害
• ①~④にあげたうつ病エピソードが反復し、躁病のエ
ピソードを欠くもの
• 軽症、中等症、重症に分けられ、さらに「現在寛解状
態にあるもの」というカテゴリーも含む
• 各エピソードは通常3か月から12か月続き、エピソー
ド間は通常完全に回復する
• 重症度の如何にかかわらずストレスフルな生活上の
できごとによって誘発され、文化圏にかかわらず女
性が男性の2倍多い

18
うつ病(5)
⑥持続性気分障害
• 軽躁病あるいは軽症うつ病の診断にも該当しないが、
何年にもわたって持続し、主観的な苦悩と無力感をも
たらす
• 文化圏にかかわらず女性が男性の2倍多い
• 気分循環症(持続的な気分の不安定さを特徴とする。
双極性感情障害や反復性うつ病の診断基準をみたす
ほど重篤でない)、気分変調症(慢性的な抑うつ気分を
特徴とする。軽症うつ病や反復性うつ病の診断基準を
満たすほど重篤でない)が代表例として含まれる

19
気分障害の病態生理

*BDNF機能低下と
神経可塑性仮説:
BDNF(脳由来神経
栄養因子)は神経細
胞の形態学的変化を
改善させる

*神経細胞の形態
学的変化:樹状突起
萎縮、スパインの退
縮、神経新生の低下

20
モノアミン仮説

• モノアミン欠乏説‥抗うつ薬が神経 ノルアド ドパミン セロトニン


細胞間のシナプスのモノアミン量を レナリ
増加させることにより抗うつ効果を示 ン
す、との仮説からうつ病ではモノアミ 主作用 興奮・覚 快楽・動機付 感情の安定
ンが欠乏している、との説 醒 け・認知機 化・衝動抑制・
能・運動調節 身体機能調
• 受容体感受性亢進仮説‥抗うつ薬 節・睡眠
の慢性使用により受容体数の低下(
down regulation) が起こる。うつ病 不足時 意欲低 興味の喪失・ 緊張・過敏・不
下・無気 アンヘドニア 安・焦燥
では受容体感受性が亢進している、 力 (快楽の喪
との仮説。 失)・認知機
• 細胞内情報伝達系の異常‥細胞内 能障害・パー
キンソン症候
のcAMPの増加が何らかの影響が 群
ある、との仮説
• 神経可塑性仮説‥抗うつ薬はモノア 過剰時 興奮・躁 精神病症状 セロトニン症
状態 候群(錯乱・筋
ミン系を介してBNDFを増加させる、 けいれん・発
との仮説 熱・発汗・下
痢)

21
健康要論

気分障害2

22
症例(中等症)
• 1か月ほど前より仕事が忙しくなり、残業が多くなった。2週
間前より胸部圧迫感、身体倦怠感を感じるようになって内科
を受診したが、検査結果に異状はなく、気のせいだといわれ
た。
• 依然体調不良が続き、仕事がうまく進まないため残業がさら
に多くなり、1週間前から朝起きれなくなって会社を休みがち
になり、産業医の診察を受けたところ精神科の受診をすすめ
られ、受診した。
• 精神科受診時には、上記症状に加え、意欲の低下、判断力
の低下がみられた。うつ病と診断され、休養の指示と抗うつ
薬を中心とする薬が処方された。
• その後症状は徐々に回復して2か月後に復職をした。
23
症例(重症)

• 大卒後、仕事一筋で働いていた。真面目で几帳面、完全主
義で正義感も強く、周囲からも信頼されていた。
• 家庭よりも仕事中心の生活で残業も多く、家族や会社の同
僚から働き過ぎを心配する声もあったが、「大丈夫、心配な
い」といって働き続けた。
• ある朝から起きるのがつらくなり、出勤するのが億劫になっ
てきたが、それでも休むことはしなかった。
• 次第に上司や仲間と話すときに言葉に詰まったり汗が出て
頭がボーっとするようになり、以前のように酒を飲んだり、好
物を食べてもおいしいと感じなくなった。

24
症例(重症、続き)

• 夜中に目が覚め、将来のこと、仕事のことなど、心配なこと
が次々と浮かんできて、熟睡できないまま、朝を迎える日々
が続いた。
• 心配した妻や上司の勧めで、精神科を受診し、うつ病と診断
されて、医師より2か月間の自宅療養を勧められた。
• 本人は「皆に迷惑をかけて申し訳ない」と自分を責め、「明日
は会社に行く」と主張した。また、「自分は生きている資格が
ない」などといい、希死念慮が伺われた。
• そこで、医師より入院治療の必要性が説明され、本人は同
意しなかったものの、妻が入院を希望したため、精神科病棟
に入院となった。

25
症例(出産後うつ)
・短大卒業後就職して1年後くらいから、何をする
にも嫌になり、気分が沈んでしまい、1ヶ月ほど入
院した。退院後しばらくは精神科に通院していた。
・25歳時、結婚が近づき、希望に満ちていたのに
何をするにも嫌になった。結婚式はかろうじて出
来たが、愚痴ばかり夫にこぼして申し訳ないと思
い、過去の事を思い出してくよくよして、朝起きる
とまた1日が始まるのかと考え気が重くなる日々を
送っていたため、精神科の通院を再開した。
・28歳時に長男が生まれたが、育児に自信がなく、
毎朝憂鬱で何もできず、いっそのこと死んでしま
いたいと思う日が続いたため、精神科に入院した
(1ヶ月)。
26
症例(空巣症候群)
• 20代で結婚して2児を出産した後は主婦として子育
てを生きがいにしていた。
• 1年前(50代後半)長女が結婚して家を出て、3か
月前には長男が大学を卒業して就職し、地元から
遠隔の地に住むことになり、定年退職をしている夫
と2人暮らしとなった。
• 2か月前より、食欲不振、意欲の低下、不眠が出現
し、家事がほとんどできなくなったため、精神科を受
診した。

27
「未熟型うつ病」(新しいタイプのうつ病)

• 従来型のうつ病は、循環気質、執着気質、メランコリー親和
型気質などのパーソナリティーを背景に、ストレスとなる誘因
や状況が加わって発症すると考えられていた。
・ 最近は、人格の未熟さを背景に、以下の特徴を持つうつ病
がみられるようなり、 「未熟型うつ病」 といわれる。
①依存的、わがまま、自己中心的な性格傾向があり、欲求不満耐性が
低い
②他責的で、自省に乏しく、他人の言動に傷つきやすい。
③困難な状況になると回避する傾向があり、ゆううつ、意欲低下などのう
つ症状を呈する。
④好ましいことがあれば抑うつ感が消失し、行動的になる。

28
症例(未熟型うつ病)
• 一人娘で過保護に育てられ、ちょっと気に入らないことがあ
ると、家族に八つ当たりをすることがあった。短大卒業後、4
回転職し、今はある企業で秘書部に所属している。
• 本当は客室乗務員になりたかった彼女にとって、今の業務
は事務的なことばかりで、「自分が本当にやりたい仕事とは
違う」と悩んでいた。
• あるとき上司から厳しく叱責され、「私はいじめられている」と
思い込み、次第に仕事をする意欲がなくなっていった。
• 気分の落ち込み、倦怠感、不安感、頭重感、肩こりを感じ、
家族や知人には、「会社の人たちは私のこの苦しい気持ちを
わかってくれない」と言うようになり、時々欠勤するようになっ
た。

29
症例(未熟型うつ病、続き)
• そんなとき、インターネットで「うつ病診断サイト」と見つけ、そ
こに書かれていたうつ病の説明が、自分の症状にぴったり当
てはまる、と思った。
• そこで、自ら精神科を受診し、「自分はうつ病なので3か月間
休養の診断書を書いてほしい」と半ば強引に医師に診断書
を書いてもらい会社に提出した。
• その結果、診断書通り3か月間の病気休暇に入ったが、気が
合う友人からの食事の誘いには応じ、趣味のテニスは続け
ていた。また、気分転換のためと考え、友人と5日間ハワイに
出かけたりしていた。
• しかし、復職の時期が近づくと再び憂うつな気分になり、倦怠
感、不安感、頭重感、肩こりが出現したため、再度、「うつ病」
の診断書を書いてもらい、休職を続けたが、結局会社に居づ
らくなって退職した。 30
うつ病の治療法
・ 薬物療法
・ 認知行動療法
・ 電気けいれん療法
・ 反復経頭蓋磁気刺激法
・ 高照度光療法

31
抗うつ薬(1)
• 1950年代 抗結核薬(iproniazide)で治療中の患者
で気分高揚が出現
• IproniazideがMAO(モノアミン酸化酵素*)阻害作用
があることが明らかになり、多数の薬が開発
*モノアミンとはセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン、ア
ドレナリンなどの神経伝達物質が含まれる。
• MAO阻害薬がチラミン*の分解も阻害するため、急
激な血圧上昇をきたす。
*チラミンはチーズ、ワイン、ビールなどに含まれるアミンで
ノルアドレナリン↑⇒血圧↑
• MAOI(モノアミン酸化酵素阻害薬)の衰退
32
抗うつ薬(2)
• 1952年 chlorpromazine*が統合失調症に有効(合
成薬による精神科薬物療法の始まり)
• * chlorpromazineは麻酔薬promethazineの中枢神経抑制
作用を強めたもの
• 1956年 chlorpromazine に似た化学構造を持つ
imipramineの抗うつ作用の発見
• Imipramineにノルアドレナリン、セロトニン、ドパミン
の増強効果があることが発見される
• 各神経伝達物質の増強効果のある薬の開発が進

33
わが国で使用可能な抗うつ薬1
三環系(第一世代) 四環系
• イミプラミン(トフラニール) • マプロチリン(ルジオミール)
• クロミプラミン(アナフラニール) • ミアンセリン(テトラミド)
• アミトリプチリン(トリプタノール) • セチプチリン(テシプール)
• トリミプラミン(スルモンチール) その他
• ノルトリプチリン(ノリトレン) • トラゾドン(レスリン,デジレ
三環系(第二世代) ル)
• アモキサピン(アモキサン) • スルピリド(ドグマチール)
• ロフェプラミン(アンプリット)
• ドスレピン(プロチアデン)

34
わが国で使用可能な抗うつ薬2
SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬
• フルボキサミン(ルボックス)
• パロキセチン(パキシル)
• セルトラリン(ジェイゾロフト)
• エスシタロプラム(レクサプロ)
SNRI:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬
• ミルナシプラン(トレドミン)
• デュロキセチン(サインバルタ)
NaSSA:ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬
• ミルタザピン(リフレックス)

35
副作用からみた抗うつ薬のプロフィール
薬剤名 過鎮静 不安・焦燥
アミトリプチリン +++ -
イミプラミン + ++
三環系 クロミプラミン + +
ノルトリプチリン + +
アモキサピン + ++
マプリチリン ++ -
ミアンセリン ++ -
四環系+α
トラゾドン ++ -
フルボキサミン - +
SSRI パロキセチン - ++
セルトラリン - ++
ミルナシプラン - ++
SNRI
デュオキセチン - ++
NaSSA ミルタザピン ++ - 36
患者アンケートによるつらい副作用
• 眠気 21.5%
• だるさ 11.0%
• 胃部不快 9.5%
• 便秘 8.5%
• めまい 8.4%
• 口の渇き 7.3%
• 体重増加 5.4%
(渡邊衡一郎他 臨床精神薬理 2008による)

37
薬物療法には限界がある

1剤目 2剤目 3剤目 4剤目

38
認知行動療法とは
・治療法の着眼‥人間の情動反応(=気分・行動)は
認知(=情報処理のプロセス=ものの見方や受け
取り方)の影響を受ける
・方法‥ストレスを感じたときの認知に働きかける
・期待される効果‥心的負担の軽減、問題解決の手
助けをする
*頭の中で考えを書き換える方法ではなく、体験(=
実生活での確認)を通して気づきを広げていく。

39
否定されることによる悪い循環

能力が
失敗
下がる

投げ出す! 認められない

自己肯定感
下がる 不満!
自分が信頼できない

別にいいや!
自信なくなる
逃避

40
ほめられることによる良い循環
能力が
良いこと
上がる

がんばろう! 認められる

自己肯定感
上がる
うれしい!
自分を信頼できる

がんばる もっと
自信がつく 認められたい

41
コラム法
~バランスの良い考えを身につけるために~
状況 会社で私を残して事務職のみんなが上司と食事に行った
気分 いらいら(70%)、あせり(65%)、悲しい(80%)

自動思考 ○自分は嫌われている(80%)
(ホットな思考に○ 仲間外れにされている(80%)
(確信度%) 自分は仕事の遅いダメな人間だ(70%)
根拠 食事に行けず残業していた。
仕事が進まない。
反証 他の事務職の同僚も何人か残業をしていた。
確かに仕事はぎりぎりで忙しかった。
バランス思考・プラン 仕事は締め切りもあり忙しかったので、私に気を使ったの
ではないか(50%)
信頼されているからこそ仕事が多いのだ(65%)
心の変化 いらいら(40%)、あせり(30%)、悲しい(25%)、やる気
(20%) 42
電気けいれん療法
• ヒポクラテス(B.C.460頃~ B.C.370)‥けい
れんが起これば、メランコリーは止む
• 1935年 Ladislas Meduna(ハンガリー)がカ
ルジアゾールけいれん療法を発表
• 1938年 ローマ大学のUgo CerlettiとLucio
Biniが電気けいれん療法を始める。後年ノー
ベル賞にノミネートされた(受賞はせず)。
• 1939年 日本で初の電気けいれん療法
43
電気けいれん療法の実際
• 電極を頭部の左右のこめかみの部分の皮膚
にあてて、通電する
• 通電量 100Ⅴ、50~60Hzの交流電流を数
秒通電。
• 前処置 無麻酔⇒静脈麻酔
• 施行回数 週2~3回、計10回程度
• 適応疾患 うつ病、躁病、統合失調症
• 有害事象 脊椎圧迫骨折、記憶障害
44
修正型電気けいれん療法
• 目的 脊椎圧迫骨折の防止、記憶障害の軽

• 1950年代 修正型電気けいれん療法(全身
麻酔と筋弛緩)
• 1976年 矩形波電流を使用した機器の開発
• 1980年代 日本に普及
• 米国Somatics社のパルス波治療機器(サイ
マトロン)が薬事輸入許可
45
経頭蓋磁気刺激法の原理
• TMS(transcranial
magnetic stimulation)はフ
ァラデーの電磁誘導の原理
を応用して、大脳皮質を局
所的に電気刺激する方法
である
• TMSを数百回以上繰り返
すことで(rTMS:repetitive
https://tokyo- TMS)刺激終了後も刺激効
brain.clinic/tms/1470
果が持続する。

46
経頭蓋磁気刺激法のうつ病への応用
• 背外側前頭前野(DLP
FC)は判断・意欲・興味
をつかさどるが、扁桃
体の機能(不安、悲し
み、自己嫌悪、恐怖)も
コントロールしている
• ⇒左側のDLPFCを高
頻度で刺激して活性化 https://ota-
し、二次的に偏桃体の clin.com/agingcure/tms/

活動を鎮静化する 47
経頭蓋磁気刺激法の実際

https://yomidr.yomiuri
.co.jp/article/2018070
2-OYTET50037/

48
高照度光療法
• 高照度(数千ルクス以上の照度)の
人工光によって網膜細胞を刺激する
方法
①生体リズムの調整
網膜⇒視交叉上核(体内時計の調節
)⇒松果体⇒メラトニンの調節
②食欲の調整
網膜⇒内側視床下部(満腹中枢)
⇒外側視床下野(摂食中枢)
③気分の調整
網膜⇒縫線核(気分調節)セロトニン
の分泌
• 効果‥うつ病、冬季うつ病、過眠(日
中の眠気、起床困難、長時間睡眠)
、炭水化物飢餓(一日中チョコレート
を手放せない、夜間にパン、ご飯、 https://dime.jp/genre/759653/
菓子類を食べてしまう)
49
光照度Lux
100000 屋外(快晴)
屋外(曇り空)
10000
光照射器 2000-10000
1000 コンビニ照明
家庭用照明
100
夜間照明
10

0 キャンドルライト 50
健康要論

統合失調症

1
「精神疾患」は「5疾病」の一つ
• 5疾病とは‥広範かつ継続的な医療の提供が必要
と認められる疾病(医療法第30条の4第2項第4号)
• 精神疾患は第6次医療計画(平成25年~平成29年)で追加
された
• 5疾病の具体的な考え方として
• 患者数が多く国民に広く関わるもの
• 死亡者数が多いなど政策的に重点が置かれるもの
• 症状の経過に基づくきめ細やかな対応が必要なもの
• 医療機関の機能に応じた対応や連携が必要なもの
• 5疾病は、がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病及
び精神疾患とする(医療法施行規則第30条の28) 2
5大疾患患者の年次推移
万人

患者調査をもと
に福岡市医師会
が作成
4
5
健康要論

統合失調症(本論)

6
統合失調症

7
「統合失調症」の名称の変遷

• Kraepelin, E. 思春期に発病して慢性に経過し、最後には痴呆(人格荒
廃)に至るものを「早発性痴呆dementia praecox」と名付ける(1893年)

• Bleuler, E. 経過よりもその時の精神症状の特徴から「精神分裂病
Schizophrenie (schizo=分裂、phrenia=精神)」と名付ける(1911年)

• 1993年 当事者の家族の団体(家族会)が日本精神神経学会に病名の
変更を要望

• 2002年8月 統合失調症に変更を決定。厚労省も認可。

8
統合失調症の疫学
・ 発生率 0.7%
・ 有病率0.46%
・ 男女比 ほほ差なし
・ 地域、文化での差はほとんどな
い。
• 発病時期は思春期が多く、大多
数が30歳以前に発症。女性の方
が発症が遅め。
• 日本では、入院者18.7万人、
外来者数6.6万人、総患者数
79.5万人 (2008年)

9
統合失調症の遺伝要因

10
統合失調症の症状
• 思考の障害
• 思考内容の障害‥妄想(後述する)
• 思考形式の障害‥連合弛緩、滅裂思考、思考途絶

• 感覚の障害
• 幻覚(後述する)
• 自我の障害
• 考想伝播、作為体験、考想吹入、考想奪取

• 感情の障害
• 感情鈍麻
• 自閉

• 意欲・行動の障害
• 能動性・自発性の低下
• 独語・空笑

11
幻覚
• 外部の刺激なしに起こる知覚 「対象なき知覚」
• 統合失調症では、幻聴(幻声)が多い。
• 内容は、自分の悪口、自分の行為をなぞる、命令す
る、など様々。
• 幻視、幻嗅もあるが、他の器質的疾患が原因の場
合がある。

12
一次妄想
妄想 思考内容の異常であり、誤った観念に関して確信を持っており、訂正ができな
いこと。
一次妄想 心理的になぜそのような思考が起こるのかを説明できないもの。統合失
調症に特異性が高いといわれている。
• 妄想気分‥周囲の世界が何となく変わってしまったように感じ、今にも大きな事
件が起こりそうで不安になること「夕焼けがいつもと違って不気味に見える、何か
悪いことが起こりそうだ」
• 妄想知覚‥正常な知覚に特別な意味づけがされること「隣の犬が吠えたので父
が死んだことがわかった」
• 妄想着想‥何らかのきっかけがなく突然ある考えが浮かんできてそのまま確信さ
れること「自分は天皇の子だ」

13
二次妄想
• 患者の異常体験(幻聴や幻覚など)、感情変
調(躁状態やうつ状態)、人格特徴、状況に関
連して、その出現が心理学的に了解が可能
な妄想。
• 内容に応じて、被害妄想、関係妄想、誇大妄
想などがある。統合失調症に限らず出現する

14
陰性症状
• 思考の貧困
• 感情鈍麻・平板化
• 非社交性・社会的引きこもり(自閉)
• 意欲・発動性の減少(無為)
• 注意力・集中力の低下:学業成績の低下など
に反映される

15
統合失調症の3病型

• 破瓜型
• 緊張型
• 妄想型

16
統合失調症の病型(1)破瓜型
• 10代後半から20代前半の発症。
• 緩徐に進行する。
• だらしなさが目立ち、生活リズムが乱れる。
• 人を避け、引きこもりがちになる。
• 幻覚や妄想は断片的で体系化されない。
• 人格水準の低下が目立つ。

17
統合失調症の病型(2)緊張型
• 発症は破瓜型より少し遅い。
• 不眠、感情不安定などの前兆が数日続いた
後に、急激な精神運動興奮と昏迷を呈する。
• 全身状態の悪化がみられることがある(脱水、
栄養障害など)ので、入院治療が原則である。
• 薬物療法に良く反応し、短期間で回復する。
• 再発が多い。

18
統合失調症の病型(3)妄想型
• 発症はもっとも遅い。
• 被害妄想が主体で体系化している。
• 妄想以外の症状は目立たず、気が付かれな
いことも多い。
• 人格水準の低下に至ることは少ない。

19
症例1(妄想型)
女性、地方の大学教育学部を卒業後、小学
校教諭を1年したが退職し、以後職を転々と
した。28才の時、某県の教員試験に合格し、
郷里を離れ小学校教諭として勤務したが、何
処に行っても監視され、常に尾行されるよう
に感じた。アパートにいても両方の部屋から
覗かれ、いつもプライバシーを侵害されるよう
に感じた。そのためこの地には居られないと
思い、上京して教員試験を受け合格し、その
地の小学校に勤務した。
20
症例1(妄想型)続き
上京しても尾行は相変わらず続き、東京の人は勘
が鋭く自分のこころがいつも見透かされているよう
に感じた。勤務はしていたが、監視、尾行から逃れ
られずに疲れ果て、アパートにいるのは怖いと校長
先生宅に逃げ込み、翌日校長先生に付き添われ、
精神科を受診した。 入院治療を8ヶ月受け、尾行、
監視、思考伝播などの病的体験は全く消失し、完全
寛解して教諭として職場に復帰した。その後は、き
ちんと規則的に通院、服薬し、20年以上再発せず
小学校教諭を続けている。
21
症例2(破瓜型)
• 男性、高校時代までは友達もいて、皆と変わりなく
生活していたが、大学2年の頃から部屋に閉じこも
りがちになり、人を避けるようになり、授業にもほと
んど出席しなくなった。
• 生活もだらしなくなり何もせずゴロゴロして過ごし、、
顔も洗わず入浴も嫌がり着替えもほとんどせず、体
が臭くなっても平気でいるようになった。
• 「通行人が自分の噂をする」「誰かに部屋を覗かれ
る」などと訴えるので、家族が付き添い精神科を受
診させた。10ヶ月間入院したところ、噂が聞こえる、
覗かれるなどの病的体験は軽快し落ち着いたので、
意欲は不十分であったが退院した。
22
症例2(破瓜型)続き
退院後は授業が面白くないと通学せず、父親の店
を手伝ったが、間もなく寝坊しては手伝いに行かなく
なり、再び部屋に閉じこもるようになった。
薬も飲まなくなり、自分の噂をされる等と訴えはじ
めたので、再入院した。
1年後軽快して退院したが、自宅で前回と同様にし
て再発し、再々入院した。
入院後5年になるが、作業療法にも出るのを嫌が
り、意欲減退したまま無為な生活を送っている。

23
症例3(緊張型)
• 男性、高校卒後、公務員として勤務、口数は少なく地味で真
面目に勤務していた。
• 21才のとき職場で突然「殺される」と大声を出して興奮し、精
神病院に入院した。「お前は犯罪者だ。殺してやる」と聞こえ
怖くなって大声を出したという。
• 入院1ヶ月半で寛解退院、発病前の状態に戻り、職場復帰し
て普通に勤務した。
• 通院、服薬を続けたが、しばらくすると服薬を忘れることが多
く、服薬しなくなると再発を繰り返した。
• 現在36才になるが、この15年間で5回の入退院を繰り返し
ている。再発はいつも興奮か昏迷、いずれも入院期間は1ヶ
月程度、退院すると平常に戻り職場復帰して普通に勤務して
いる。

24
統合失調症の成因

25
統合失調症の生物学的仮説
• ドーパミン仮説‥(次のスライド参照)
• 神経発達仮説‥神経細胞の選択、移動の段
階での胎児脳の発達異常
• 神経変性説‥脳画像研究で、統合失調症の
患者の脳は機能的、構造的に異常が認めら
れる。

26
脳内の4つのドーパミン経路
a)黒質線条体経路(黒質
→基底核)錐体外路系
の一部で運動に関与
b)中脳辺縁系経路(中脳
→側坐核)陽性症状、
a 快楽、多幸感に関与
b c c)中脳皮質系経路(中脳
→辺縁系皮質)陰性症
d 状、認知症状に関係
d)漏斗下垂体経路(視床
下部→下垂体前葉)プ
ロラクチンの分泌
27
統合失調症の治療

・隔離(病院を共同体の端に設置)
・薬物療法
・心理社会的治療(認知行動療法、社会生活技能訓練、作業療
法、家族教育)
・脱施設・コミュニティケア(デイケア、就労・居住の支援)
・早期発見・早期治療

28
薬物療法
• 1952年 クロルプロマジンの発見(薬物療法
の始まり)
• 1963年 抗精神病薬のドーパミンD2 受容体
遮断作用の発見→多くの薬ができる(第1世
代抗精神病薬)
• 1984年 リスペリドンの合成(第2世代抗精神
病薬の時代へ)

29
抗精神病薬の薬理作用
・ドパミンD2阻害 抗幻覚妄想作用。錐体外路
症状(EPS)。高プロラクチン血症(乳汁分泌、
無月経、射精不能)。
・アドレナリンα1阻害 立ちくらみ、眠気
・コリン(ムスカリン)M3阻害 口渇、便秘、尿閉
・ヒスタミンH1阻害 眠気、体重増加
・セロトニン5HT2阻害 EPSの軽減

30
第1世代抗精神病薬
• 利点
• 強力な抗精神病作用(幻覚、妄想などの陽性症状を軽減)
• 精神運動興奮の沈静作用
• ⇒退院の道を開いた。
• 欠点
• 陰性症状にはあまり効果がない。
• 認知機能障害を増悪させる。
• 有害事象(錐体外路症状、遅発性ジスキネジア、高プロラク
チン血症)の出現
• ⇒社会復帰には遠い

31
第2世代抗精神病薬
• 錐体外路症状が出にくい(線条体に投射するドーパ
ミン神経の抑制解除)
• 陰性症状や認知機能障害に有効(前頭前野や海馬
でドーパミンの放出が亢進)
• 新たな有害事象(肥満、糖代謝異常、脂質代謝異
常)が出現。

32
現在の薬物療法
• 初発エピソードの70%以上に有効。再発を繰
り返すと60%以下になる。
• 適正量を使用し、多剤併用は避ける
• 症状が軽快、消失しても原則として薬物療法
は中止しない
• 持効性注射剤の使用も考慮
• 難治性統合失調症の治療薬クロザリルを厳
重な管理下のもとに投与
33
健康要論

精神障害者の処遇

1
精神医学の関連領域
• 社会精神医学‥精神障害に対する社会、文化などの役割を研
究する
• 司法精神医学 forensic psychiatry‥精神障害に関連した法
の問題や精神鑑定を研究する。基礎分野として犯罪行為の素
因などを研究する犯罪生物学がある。
• 精神保健・精神衛生‥精神的健康の保持・増進を研究する。
• 病跡学‥芸術家やその作品について精神医学的に研究する。
現代臨床精神医学改訂第12版(金原出版)p5より

2
精神障害者への処遇の歴史
精神障害が他の身体障害とは異なった目で一般人から見られてきたのは、
①精神障害の原因が不可解
②精神障害者の行為に対する社会防衛
ギリシャ・ローマ時代
身体科との区別は小さい‥隔離、呪術、瀉血
中世‥キリスト教の影響による「魔女狩り」、収容
魔女信仰‥一般大衆の搾取による貧困、ペスト
流行(13世紀~14世紀)による社会不安、キリスト
教の厳しい戒律⇒異端者(多くは精神障害者)を
scapegoatに利用
収容‥治療法がないため、名ばかりの精神病院
に収容
ピネル(1745-1826)による「鎖からの解放」(1793
年パリ・ビセードル病院、1795年サンペトリエール
病院)。
近代‥マラリア療法(1917年)などの身体療法が始
まる。ナチスによる25万人の精神病者の抹殺(
1939年Aktion)。 優生保護法(1948年-1996年)
現代‥1950年代~薬物療法、脱施設化。

3
日本の精神障害者の処遇の変遷(1)
• 養老律令(718年)‥廃疾者(中等度の精神の障害を持つもので、現在で
いう知的障害者を含む)は、流罪以下の犯罪は罰金刑に減じ、篤疾者(
とくしつしゃ:重度の精神の障害を持つもので、現在でいう統合失調症者
が含まれる)は、反逆、殺人を犯しても刑を減じる。獄舎内の処遇におい
ても、篤疾者には刑具を用いてはならない。
• 11世紀 後三条天皇(平安時代、藤原頼道と対峙)の皇女桂子内親王が
興奮状態となり、京都岩倉大雲寺に籠り湧水を毎日浴びて快復したこと
から、以来岩倉に精神病者と家族が全国から集まるようになり、一種の
コロニーを形成。
• 御定書百箇条(1742年)‥徳川吉宗による「公事方御定書」に「乱心」に
よる殺人が「死罪⇒親元への留置き」になるなど、精神障害者の犯罪に
ついて減免の可能性が記されている。

4
我が国の精神障害者の処遇の変遷(2)
1873年 「路上ノ癲狂者アレバ、之ヲ取押エ警部ノ指揮ヲ受ク」(太政官発
令)
治安を目的とした精神障害者の収容の法的裏付けの始まり
1875年 日本初の公立精神病院の設立(京都)
1879年 東京府立癲狂院(後の都立松沢病院)の設立
1883年 相馬事件

5
相馬事件

旧中村藩(現・福島県)主 相馬誠胤(そうまともたね)は、
24歳で緊張病型分裂病とおもわれる精神変調にかかり、
自宅に監禁されたり東京府癲狂院に入院したりし、1892年
(明治25)白宅で糖尿病で死去した。 1883年ごろから、錦
織剛清ら旧藩士の一部は、殿様の病気とは御家の財産を
のっとろうとする家族の陰謀だとして訴えを起こしていた。
最終的には錦織が誣告(虚偽申告)で有罪となった。
6
我が国の精神障害者の処遇の変遷(3)
1900年 精神病者監護法
・日本における精神障害者の強制
処遇の始まり
・精神病院が少なく、多くは私宅監

・「我邦十何万ノ精神病者ハ実ニ
此病ヲ受ケタルノ不幸ノ外ニ、此
邦ニ生マレタルノ不幸ヲ重ヌルモ
ノト云フベシ」(呉秀三1918)
1919年 精神病院法
公共の責任で精神病院を設立
1950年 精神衛生法
私宅監置の廃止。措置入院の設

7
我が国の精神障害者の処遇の変遷(4)
1964年 ライシャワー事件(精神障害者が在日米国大使ワイシャワーに傷害
を負わせる)
⇒1965年 精神衛生法の一部改正
・ 緊急措置入院制度
・ 通院医療費公費負担制度
・ 保健所*の精神衛生相談、訪問指導
・ 精神衛生センター**を設置
(保健所*、精神衛生センター**は次ページに再度記載)
1983年 宇都宮病院事件(患者への虐待)
⇒1987年 精神保健法に名称変更
患者の人権尊重のためのガイドライン、任意入院制度の導入,社会復帰の促進
1995年 精神保健福祉法に名称変更
患者の社会復帰の促進、地域生活支援センター,手帳制度
2001年 附属池田小事件
2005年 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に
関する法律(略称医療観察法)の施行 (精神保健福祉法は残っている)
8
我が国の精神障害者の処遇の変遷(5)
2001年 附属池田小事件
2004年 「精神保健福祉の改革ビジョン」
10年間で約30万床のうち7万床を削減
2005年 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に
関する法律(略称医療観察法)の施行 (精神保健福祉法は残っている)
2006年 障害者自立支援法施行
「精神病院」→「精神科病院」に呼称変更
2009年 「精神保健医療福祉の更なる改革に向けて」
社会的入院7万6000人を退院に向ける
2013年 精神保健福祉法改正
保護者制度が削除され,「家族等」が医療保護入院の同意者になる

9
「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」に基づく入院形態について

1 措置入院/緊急措置入院(法第29条/法第29条の2)
• 【対象】 入院させなければ自傷他害のおそれのある精神障害者
• 【要件等】 精神保健指定医2名の診断の結果が一致した場合に都道府県知事
が措置
• (緊急措置入院は、急速な入院の必要性があることが条件で、指定医の診察は
1名で足りるが、入院期間 は72時間以内に制限される。)
2 医療保護入院(法第33条)
• 【対象】 入院を必要とする精神障害者で、自傷他害のおそれはないが、任意入
院を行う状態にない者
• 【要件等】 精神保健指定医の診察及び保護者(又は扶養義務者)の同意が必要
3 応急入院(法第33条の4)
• 【対象】 入院を必要とする精神障害者で、任意入院を行う状態になく、急速を要し
、保護者の同意が得られない者
• 【要件等】 精神保健指定医の診察が必要であり、入院期間は72時間以内に制
限される。
4 任意入院(法第22条の3)
• 【対象】 入院を必要とする精神障害者で、入院について、本人の同意がある者
10
地域精神保健福祉活動の推進

精神保健福祉センターと保健所は、市町村や関係機関と連携
して地域精神保健福祉活動を推進する

・2016年より、「入院医療中心から ・自殺対策
地域生活中心へ」 ・災害支援
・精神障害者の人権 ・ひきこもり・発達障害対策
・精神障害にも対応した地域包括 ・アルコール・薬物・ギャンブ
ケアシステムの構築 ル等の依存症対策
・多様な精神疾患等に対応できる ・アウトリーチ活動
医療連携体制

精神保健福祉センターと保健所 | e-ヘルスネット(厚生労働省)
(mhlw.go.jp)

11
精神保健福祉センター
精神保健福祉法第6条に規定された都道府県(指定
都市)の精神保健福祉に関する技術的中核機関

・1965年の精神衛生法改正 精神保健福祉センターの業務
に「精神衛生センター」(任意 1. 企画立案
設置)として規定 2. 技術指導及び技術援助
・1987年の精神保健法への 3. 人材育成
改正によって「精神保健セン 4. 普及啓発
ター」に名称変更 5. 調査研究
・1995年の「精神保健及び精 6. 精神保健福祉相談
神障害者福祉に関する法律 7. 組織育成
(精神保健福祉法)」への改 8. 精神医療審査会の審査に関
正によって「精神保健福祉セ する事務
ンター」に名称変更 9. 自立支援医療(精神通院医
・2002年、名称や組織が弾 療)及び精神障害者保健福
力化、都道府県(指定都市) 祉手帳の判定
に必置 精神保健福祉センターと保健所 | e-ヘルスネット(厚生 12
労働省) (mhlw.go.jp)
保健所
・1937年の旧保健所法によって、 ・1965年の精神衛生法改正によっ
保健衛生国策の最前線の機構とし て、地域における精神衛生行政
て整備 の第一線と位置づけ
・第2次世界大戦により壊滅状態 ・精神障害者の早期治療の促進
・1947年の新保健所法によって、 並びに精神障害者の社会復帰及
保健指導業務・予防対策と管内地 び自立と社会経済活動への参加
域の保健衛生に関する行政事務 の促進
を合わせて実施する機関として現 ・地域住民の精神的健康の保持
在の保健所が発足 増進を図るための諸活動を行う
・1994年の地域保健法によって、 ー「保健所及び市町村における精
保健所は地域保健対策の広域的・ 神保健福祉業務運営要領」(2012
専門的・技術的推進のための拠点 年3月30日一部改正)ー
に位置づけ ・訪問指導、入院等関係事務も行

精神保健福祉センターと保健所 | e-ヘルスネット
(厚生労働省) (mhlw.go.jp)
13
医療観察法
正式名称:心神喪失等の状態で重大な他害行為を行
った者の医療及び観察に関する法律(H17年7月施行)

第1条:この法律は、心神喪失等の状態で重大な他害
行為を行った者に対し、その適切な処遇を決定するた
めの手続等を定めることにより、継続的かつ適切な医
療並びにその確保のために必要な観察及び指導を行
うことによって、その病状の改善及びこれに伴う同様
の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促
進することを目的とする。
14
15
16
医療観察法における対象者(患者)の疾病性・医療反
応性の考え方

疾病性‥心神喪失等の状態の原因とな ★医療の可能性のないところでは、
った精神障害と同様の精神障害を有す 社会復帰の促進もあり得ない。
る 「退院の許可の申立時において、
治療反応性‥精神障害を改善するため 対象者は、人格障害と診断され、統
に医療が必要 合失調症及び感情障害圏の障害に
社会復帰要因‥同様の行為を行うこと 罹患している可能性はなく、人格障
なく社会復帰するための要因を評価 害についての治療反応性は極めて
低いことが認められ、ひいては医療
観察法による医療必要性は存しな
いといわざるを得ない。処遇の終了
時間軸による評価を行う を認めるべきである。」(東京高決平
①過去の衝動行為の状況・原因・背 成18年8月4日東高刑時報57巻1-
景・動機の理解 12号35頁)
②対象行為時の精神状態
③鑑定時(現在)の評価
④治療状況から予測される将来の
状況
17
指定入院医療機関による医療
(1)入院による医療 ○信頼関係の構築
裁判所の入院決定を受けた者は,指定 綿密なオリエンテーション
入院医療機関(厚生労働大臣が指定す 同意に基づく治療
る。)に入院して,この制度に基づく専 隔離・拘束をしない。
門的な医療を受けることになる。 ○治療動機の誘導
(2)退院又は入院継続 司法精神療法(対象行為の振り返
指定入院医療機関の管理者は, り等)
1)入院継続の必要がある場合、6月 内省グループ
ごとに入院継続の確認の申立て ○疾患教育
2)入院継続が不要の場合、直ちに 心理社会教育
退院の許可の申立てをしなければなら ○認知行動療法
ない。 怒りのマネージメント
・ 対象者又はその保護者若しくは弁護 問題解決技法
士である付添人は,いつでも,退院の
許可又は医療の終了の申立てをするこ
とができる。

18
医療観察法の入院者(主病名別) H26.12.31
主病名 男 女 合計
F0 症状性を含む器質性精神障害 8 1 9
F1 精神作用物質使用 40 7 47
F2 統合失調症、統合失調型障害、妄想性障害 501 145 646
F3 気分障害 16 22 38
F4 神経症性障害 2 3 5
F5 生理的障害および身体的要因に関連した症候群 0 1 1
F6 成人のパーソナリティ障害 4 2 6
F7 精神遅滞 5 3 8
F8 心理的発達の障害 11 0 11
F9 小児期・青年期の行動障害、その他 1 0 1
合計 588 184 772
19
地域社会における処遇と治療終了の目安

・裁判所の通院決定又は退院許可決定 治療終了の目安
を受けた者は,原則として3年間,指定 ・症状が改善し、後期通院において一定
通院医療機関による入院によらない医 期間病状の再発がみられない。
療を受けるとともに,その期間中,継続 ・処遇終了後、継続的な治療(通院、訪
的な医療を確保することを目的として, 問看護等)が安定して実施できる。
保護観察所による精神保健観察に付さ ・処遇終了後、服薬管理、金銭管理等の
れる。 社会生活能力が確保されている。
・保護観察所に社会復帰調整官が置か ・処遇終了後、安定した治療を継続でき
れ,生活環境の調査及び調整,精神保 るための環境整備、支援体制が確立して
健観察の実施,関係機関相互の連携 いる。
確保の事務に従事している。 ・緊急時の介入方法についても地域にお
ける支援体制が確立している。

20
健康要論

精神鑑定とDNA鑑定

1
鑑定・精神鑑定とは
鑑定‥‥裁判官・検察官などの法律関係者が
事件を扱う過程で、法律以外の領域の専門
的な知識、経験、技能などを必要とする場合
に、それぞれの専門家に援助を求めること。

精神鑑定‥‥裁判官・検察官などの法律関係
者が取り扱う人々の精神状態について、精神
医学者などの判断を求める時に行わせる専
門的作業。
2
刑事事件の過程と精神鑑定
1.起訴前鑑定‥検察官が依頼し、起訴をするのが適当かどう
かを判断する材料にする
・簡易精神鑑定 裁判官の許可を得ずに行われる。1回の面接
(通常1~2時間)で行う。精神衛生診断とも呼ばれる。
・嘱託精神鑑定 刑事訴訟法に基づき、裁判官から鑑定留置状
を得て行われる。通常2~3カ月程度かけて行う。

2.公判中の鑑定‥裁判官が依頼(公判鑑定)。時期を変えて、
何人かの鑑定人に依頼することもある。
・検察側、弁護側から裁判官に鑑定を依頼することもある。ま
た、それぞれが独自に精神鑑定を依頼することもあるが、こ
の場合は「意見書」として提出される。
3
心神喪失と心神耗弱
・ 刑法第39条
1.心神喪失者ノ行為ハコレヲ罰セズ
2.心神耗弱者ノ行為ハソノ刑ヲ減軽ス
・ 刑法41条 十四歳に満たないものの行為は、罰しない

・(高裁判決平成20年3月10日)
責任能力には「事物の理非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)」と、
「その弁識に従って行動する能力(行動制御能力)」があり、精神障害に
より、事理弁識能力または行動制御能力を欠いた状態を、心神喪失とい
い、その能力が著しく減退した状態を、心神耗弱という。
・(大審院昭和6年12月3日第1刑事部判決、刑集10巻;682、1931)
心神喪失と心神耗弱とはいずれも精神障害の態様に属するものなりとい
えども、その程度を異にするものにして、すなわち前者は精神の障害により
事物の理非善悪を弁識する能力(弁識能力)なく、または、この弁識に従っ
て行動する能力(制御能力)なき状態を指称し、後者は精神の障害いまだ上
述の能力を欠如する程度に達せざるも、その能力著しく減退せる状態を指
称するものなりとす。
4
精神障害に関わる不可知論・可知論
• 不可知論‥精神障害が人の意志や行動の決定過
程(弁識・制御能力)にどのように影響するかを判定
することができない、とする立場。
⇒この立場だと、統合失調症ならば常に責任無能力
となる。

・ 可知論‥弁識・制御能力は、証明がある程度可能
なものであり、精神医学的診断だけでなく、個々の
事例で判断すべきという立場。
⇒統合失調症でも責任能力が認められる場合があ
る。

5
可知論の判例
• 統合失調症を患う被告人が好意を寄せる女性の家族5名に
ついての殺人と2名の殺人未遂事件を巡る1984年最高裁の
判決

「被告人が犯行当時精神分裂病に罹患していたからといっ
て、そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態であったと
されるものではなく、その責任能力の有無・程度は、被告人の
犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様を総
合して判断すべきである」

6
法的判断と医学的判断
• 精神鑑定を行うか否かは、裁判官の裁量であり、裁
判官は精神鑑定を行うことなく責任能力を判断して
もよく、さらに精神鑑定の結果にも拘束されない(判
例1)。
• しかし、専門家たる精神科医の意見が鑑定等として
証拠となっている場合には、鑑定人の意見を十分に
尊重すべきである(判例2)。

7
判例1
• 被告人は窃盗・覚せい剤取締法違反による前科・前歴があ
り、覚せい剤精神病の診断で精神科病院に入院歴あり。
• 被告人は犯行時に幻覚があった旨述べており、第二審にお
いて2つの精神鑑定が行われ、それぞれ心神喪失、心神耗
弱という鑑定意見が提出された。
• しかし、裁判所はどちらの鑑定意見も採用せず、犯行時(窃
盗)幻覚があったという被告人の主張は疑わしいとして、完
全責任能力と判断し懲役1年2か月の判決を下した。
• これに対して弁護人は、鑑定結果を否定して被告人の刑事
責任能力を肯定したことは重大な事実誤認であるとして上告
したが、最高裁判所は上告を棄却した(昭和58年9月13日最
高裁判所第三小法廷)。

8
判例2
• 幻覚妄想に左右されて殺人を犯した被告人が、第一審では心神喪失とし
た鑑定書に従って無罪、第二審では、別の鑑定人が提出した鑑定書でも
心神喪失としたにもかかわらず、同審では、この両者の鑑定をいずれも
採用せずに心神耗弱として、懲役3年を言い渡した。
• 最高裁判所第二小法廷平成20年4月25日判決では原判決を破棄して東
京高等裁判所に差し戻している。
• 「生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的
要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断が臨床精神医
学の本分であることにかんがみれば、専門家たる精神科医の意見が鑑
定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが
生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得な
い合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して
認定すべきものである」。

9
心神喪失・心神耗弱と認定された者の年次変化
我が国では検察官が責任能力を判断して起訴あるいは不起訴とする裁量
権を大幅に認めている。平成24年に検察庁において心神喪失を理由に不起
訴処分に付された被疑者は590人であったが、同年に第一審において心神
喪失を理由に無罪とされた者はわずかに3人であった(犯罪白書による)。

10
精神医学的診断
• 責任能力判定においては、被鑑定人の判断
能力の障害は、精神の障害であることが必要。
単に、「犯行時は頭の中が真っ白になっていた」「興奮してい
て何も覚えていない」では、精神の障害という要件を満たさな
い。
• 精神医学的診断は、ICD-10(国際疾病分類
第10版、WHO)やDSM-5(精神障害の診断
と分類の手引き、第5版、米国精神医学会)
などの、国際的な診断基準に基づいた診断
を行う。
11
ICD10 国際疾病分類第10版(1992)
F00-F99 精神および行動の障害

• F00-F09 (F0) 症状性を含む器 • F50-F59 (F5) 生理的障害および身


質性精神障害 体的要因に関連した行動症候群

• F10-F19 (F1) 精神作用物質使 • F60-F69 (F6) 成人のパーソナリテ


ィおよび行動の障害
用による精神および行動の障害
• F70-F79 (F7) 精神遅滞
• F20-F29 (F2) 統合失調症,統合
失調型障害および妄想性障害 • F80-F89 (F8) 心理的発達の障害

• F30-F39 (F3) 気分[感情]障害 • F90-F98 (F9) 小児<児童>期およ


び青年期に通常発症する行動およ
び情緒の障害
• F40-F48 (F4) 神経症性障害,ス
トレス関連障害および身体表現
性障害

12
心理学的要素分析
• 犯行前
①動機の了解可能性/不能性
②犯行の計画性
③行為の意味・性質、反道徳性、違法性の認識
④自らの精神の状態の理解、病識、精神障害による免責可能
性の認識
・ 犯行時
⑤犯行の人格異質性
⑥犯行の一貫性・合目的性
・ 犯行後
⑦犯行後の自己防衛・危険回避的行動
13
心理検査
①知能検査 知的な能力や適応の効率
②質問紙による性格検査 意識レベルでのパーソナリ
ティーを知る
③投影法による性格検査 無意識のレベルでのパー
ソナリティーを知る
以上の各項目からそれぞれ1から数個ずつ選択し、全
体では数個から10数個になる

14
バウムテスト
法学部学生(気分変調を伴ったステューデントアパシー)

A-1 新入生健診時
A-2 2回生の春期健診時
A-3 3回生の春期健診時

15
バウムテスト
刑事精神鑑定の例

30歳男性

対象行為 身代金
目当ての幼女誘拐、
殺害

「自分の家の中に別
の自分がいてこっ
ちをみている(自己
像幻視)」
「自分が自分でない
感じ(離人症)」
16
DNA鑑定

17
DNA鑑定の始まり
法科学鑑定研究所のホームページより
1989年、イギリスで少女強姦殺
人事件
前歴のある容疑者の採血が行わ
れ、 DNA鑑定がなされた。
被害者の膣内に残されたDNAと
血液DNAが「一致」した。
1989年10月、容疑者は少女強姦
殺人容疑で逮捕され、裁判の
結果、有罪の判決を受けた。
この事件は、世界に於ける証拠
物件DNA鑑定の先駆けとなっ
た。

18
DNAは何処にあるか
・核のない赤血球と血小
板の例外を除く、総ての細
胞の中にある。

・同一個体の総ての体細
胞(生殖細胞以外、ヒトでは
全60兆個)の中に、原則と
して同一のDNAがある。

・細胞の中をみると、ヒト
の場合、細胞核内に約30
億塩基対の染色体DNAが
ある。
・ミトコンドリアに16569
塩基対の環状DNAがある。
19
DNAの何処を調べるか

DNA塩基配列に個人差が存在する領域を比較

①第6染色体上にあるHLA(Human Leukocyte Antigen:ヒト


白血球型抗原)
②ミトコンドリアDNA DNA複製の際の転写ミスに対する修復
機構が万全でなく変異が起こりやすい。母親と同一のものが
子に受け継がれるので母子鑑定に有効
③遺伝情報をもたない反復配列が存在する領域

20
ミトコンドリアDNA鑑定
★ネアンデルタール人;西欧と中近東に3万年前頃
まで生息していた。
現代の西洋人の祖先と考えられていたが、1997年にネア
ンデルタール人の遺骨のミトコンドリアDNAの塩基配列が解析
され、現人類と比較した結果、ネアンデルタール人類は絶滅し
子孫は現存しないことがわかった。
★アイスマン;1991年にアルプスの氷河で発見され
た5000B.C.の人のミイラ。
現存のヨーロッパ人、1300人を調査したところ、13人がア
イスマンのミトコンドリアDNAと合致した。

21
DNA多形解析
①DNAの検体を収集する(微量、陳旧化した試料から
でも検査可能)
②多形領域をPCR法で増幅させる。
③必要により制限酵素で切断して取り出し、電気泳動
像により反復配列長の違いを判定する。
③単独の検査でも識別率が高く、部位の違う領域の
検査の検査を組み合わせれば識別率はさらに上が
る。

22
PCR法

23
鑑定の例

24
鑑定の例(続き)
繰り返し数 A B C D E
18 ○
19 ○
23 ○ ○
25 ○
26 ○
27 ○ ○
29 ○
39 ○

25
STR(short tandem repeat)のキット

26
足利事件(1)
知恵蔵2011(北健一 ジャーナリスト)より

• 1990年5月12日、栃木県足利市のパチンコ店で行方不明と
なった女児(当時4歳)が、翌日、パチンコ店近くの渡良瀬川
の河川敷で死体で発見された事件。
• 犯人のものと推定される体液が付いた女児の半そで下着も
付近の川の中で見つかり、わいせつ目的の誘拐・殺人事件
とされた。
• 91年6月、県警は菅家さんが捨てたゴミ袋から体液の付い
たティッシュペーパーを発見。警察庁科学警察研究所(科警
研)にDNA鑑定を依頼し、科警研は同年11月、菅家さんと犯
人のDNAの型が一致したとする鑑定書をまとめた。これを受
けて県警は、12月1日、菅家さんを任意同行し、深夜に及ぶ
尋問の末、犯行を認める「自白」を引き出し、21日、わいせつ
目的誘拐と殺人、死体遺棄の容疑で逮捕した。
27
足利事件(2)
DNA再鑑定と再審まで

• (一審)菅家さんの体液と被害者の下着に付着していた体液
のD1S80のDNA型は、16,26型で一致した。
• (控訴審)DNA型は、18,30型であるが、一致している。
• (再審請求時)菅家さんの毛髪を用いたDNA鑑定では、DN
A型は、18,29型であり、不一致。裁判所が2人の鑑定人に
下着の体液付着部位の周囲を試料として提供し、1人には
STRとY-STR、もう一人にはD1S80,Y-STR,ミトコンドリア
DNAを調査させ、菅家さんとは異なっているを明らかにした。
• 再審決定

28
健康要論

貧困者の健康

1
貧困とは
• 貧困とは‥「教育、仕事、食料、保健医療、飲料水、
住居、エネルギーなど最も基本的な物・サービスを手
に入れられない状態のこと」(国連開発計画
UNDP:United Nations Development Programme)
http://www.undp.or.jp/arborescence/tfop/top.html
• 絶対的貧困とは‥それ以下の収入では、最低限の栄
養、衣類、住まいのニーズが満たされなくなるというレ
ベルを「国際貧困ライン」といい、その金額は1日1.9米
ドルである(2015年、世界銀行による)。7億人(世界
の人口の約10%)いると推定
https://www.worldbank.org/ja/news/feature/2014/01/
08/open-data-poverty

2
相対的貧困
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/17/backdata/01-02-01-18.html

• 相対的貧困‥等価可処分
所得の中央値の半分未満
に当たる人。金額は下図参
照(2015年)
• 注目して欲しいグラフは
• ①「相対的貧困率」(青● )
2015年では15.7%
• ②「子ども17歳以下の貧困
率」(オレンジ■)2015年で
は13.9%
• ③「子どもがいる現役世帯
のうち大人が一人の世帯」
(オレンジ〇)2015年では
50.8%
https://cfc.or.jp/archives/column/2019/03/01/23762/ 3
ホームレス(日本の現状と取り組み)
• ホームレスとは‥都市公園、河川、道路、駅舎その他の施
設を故なく起居の場所として日常生活を営んでいる者
(ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法:平成十
四年八月七日法律第百五号 最終改正:平成二四年六月二七
日法律第四六号)

• 実数調査法‥市区町村による巡回での目視調査
• 調査時‥平成26年1月(冬)
男6,929人、女266人、不明313人、計7206人

4
ホームレスの実数

5
ホームレス数が多い都道府県 大阪府1,864 人、東京都
1,768 人、神奈川県1,324 人 6
7
山谷

8
歴史
• 江戸時代よりも前に、民家が3軒
あったことが由来とも言われてい
る。
• 徳川家康は、都市政策の一環と
して、山谷に被差別部落民の
人々を集住させていた。犯罪者の
処刑などを行う小塚原刑場が山
谷の北部にあり、部落民が屍の
片づけなどを行っていた。
• 江戸時代中期になると、町人足
役(労役の一種で、清掃や町の整
備などを行う)が必要となり、日雇
労働者が山谷周辺に集まってき 武州豊島郡千住小塚原の地蔵菩薩
て、木賃宿が登場(米代や薪代を
払って自炊して泊まる宿)

9
明治~高度成長期の山谷
• 明治期になっても、山谷には多く
の人が集まってきて、日雇労働
者の街、山谷が形成されていっ
た。
• 戦後、行き場を失った人たちのた
めにテントの仮宿泊施設が山谷
につくられ、バラック、本建築へと
再建された。
• これらの施設は民間に払い下げ
られ、これが現在の山谷にある
簡易旅館となる。(当時は東京都
民生局委託施設「厚生館」と呼ば
れており、現在でも「民生旅館」
や「厚生館」という名前の宿泊施
設があるのはこの名残である)。
• 日本は高度経済成長期を迎え、
この頃には山谷は都内随一の寄
せ場に発展した(写真)。
10
山谷騒動
• 昭和34年以降、山谷の日雇
労働者たちが度々交番を襲
撃し、警察と衝突を繰り返した
(山谷騒動)。
• 山谷騒動の原因には、手配
師による労働搾取や社会から
の偏見や差別に対する不満
などがあった。
• 東京オリンピック(昭和39年10
月)の舞台裏では、路上生活
者が排除され、山谷騒動はこ
うした日本が高度経済成長を
遂げる過程で生じた矛盾や軋
轢が爆発したもの。

11
高齢化する山谷

• 居住者の高齢化
にともない、かつ
ては喧嘩や仕事
で怪我をしたとか
いう人が多かった
が、いまでは、高
血圧など高齢に
伴う循環器系の
疾患や関節系の
疾患が多くなった。

12
山谷を支える山友会

13
寿町
• 面積 約300m平方の四角
形で 0.06平方Km
• 戦後米軍に接収されたが、
昭和29年に無人の草原地
帯として返還された。
• 昭和31年から当時需要の
多かった日雇い労働者の
ための簡易宿泊所(ドヤ)
が一気に建設され、町はほ
ぼ純粋なドヤ街となった。
• ドヤの数 約120軒
• 人口 約6500人、うち生保
受給者は8割前後

14
寿町の変遷
• 日雇い労働が減少し、それだけで食べていけ
る人はごく一部。
日雇い求人数(寿労働センター扱い)
1987年20万人、1993年5万3千人、1999年3万6千人
• 老人、障害者、病人、失業者が増える。
• 「社会からの落ちこぼれ」といった、一種の偏
見が残った。

15
ことぶき共同診療所設立の経緯
• 平成8年(1996年)開設(開設者田中俊夫)。
• 当時、寿町の人たちは一般医療機関にかかりにくかった。
• そのため、医療の中断も多く、平均寿命が短かかった。
• 住民が気軽に受診ができる「敷居の低い診療所」、精神科
を中心とするが、とりあえず一次診療は診る「都会の無医
村の医療」を目指した。
• 平成24年11月調査 総患者数 934人
• 精神科的疾患を持つもの 834人
• うち精神科重複診断がなされたもの 98人(98人のうち4人
は3重複診断)
• 精神科疾患数合計 936人

16
男女別年齢別患者分布
(平成24年11月、 n=936)
350 332
女 300
6% 250 225
200
154
150
112
100 70
男 50
16 24

94% 0

17
患者数と疾患の経年変化
1000
900
800
その他
700
認知症
600
気分障害
500
神経症
400
統合失調症
300
覚醒剤
200
アルコール
100
0
2000 2004 2008 2012

18
受診者の年齢階層の変化
0.4
0.35
0.3
0.25
0.2
0.15 2006
2012
0.1
0.05
0

19
診療所の役割
• ドヤの住人にとって「敷居の低い」診療所
ドヤ街住人の約14%が通院
初診、中断後再受診者はほとんどが行政からの紹介
• 寿町ドヤ街「治療共同体」の中心
DOTS(Directly Observed Treatment Short-course;服薬を直接確認するシ
ステム)の施行
アルク(アルコール依存症者リハビリ通所施設)1970年代~
住人の高齢化に伴い、訪問看護、訪問ヘルパー施設が増えている。
・全国区のセーフティネット
他地区で職、住居を失った者を受けいれる。
野宿者一時宿泊所「はまかぜ」平成6年~
触法者が受診者の1割以上(44名/300名、平成12年)

20
21
ホームレスへの取り組み
(ハウジングファーストについて)
森川:精神科治療学34(10)1159-1164,2019

• ホームレスが中間施設を経ずに、無条件にア
パートを得ることを支援するプログラム
• 1992年アメリカで始まった.当時全米でホー
ムレス数10万人。
• ⇒アパート定着率が向上
• (理由)自尊心の向上

22
ベーシックインカム(フィンランドでの実験)
• すべての人に無条件で一定の
額のお金を給付する制度

(実験)
• ①失業手当受給者(対照群)
• ②同額を職を探す条件なしに
給付された者(給付群)

(結果)
• 健康状態について、「良好」ま
た「非常に良好」と回答した割
合‥給付群は56%、対照群で
は46%
• ストレスが強いと感じている
割合‥給付群は17%、対照群
は25%
• 就労日数、収入は変わらず

23
要論

公害

1
日本の主な公害

2
水俣病

赤:水俣市、青:葦北郡、薄黄
色:その他の熊本県

以下多くのスライドは以
下より引用
https://www.pref.niigata
.lg.jp/uploaded/attachm
ent/212530.pdf

3
水俣病の経過1
• 1932年 日本窒素肥料株式会社(のちのチッソ)水俣工場がアルデヒド
・合成酢酸設備が稼働させ、工場排水を水俣湾へ放流開始
• 1942年 水俣町月浦に初の水俣病患者が発生(1972年の熊本大学の
カルテ調査で確認)
• 1949年 水俣町が市制を施行し水俣市となる(人口42270人)
• 1951年 まてがた・月の浦海岸で貝類が減少。水俣湾内クロダイ・スズ
キなどが浮上し海藻類が減少。湯堂などでボラが獲れなくなる。猫が踊
り、海鳥やカラスが舞い落ちる現象がみられる
• 1953年 水俣市出月の5歳11か月の女児が水俣病を発症。公式確認
第1号患者
• 1956年 チッソ附属病院の細川一医師が「原因不明の神経疾患児が続
発」と水俣保健所に報告(水俣病発生に公式確認)
・ 1956年 熊本大学医学部が「水俣病の原因は伝染病ではなく、ある種
の重金属が疑われ、チッソの工場排水がもっとも疑われる」と発表

4
水俣病の経過2
• 1957年 水俣奇病罹災者互助会(のちの水俣病患者家族互助会)結成
• 1957年 厚生省は「水俣湾内特定地域の魚介類がすべて有毒化している
明らかな根拠は認められない」として食品衛生法は適用できないとした。
• 1958年 チッソが工場排水の経路を変更し、水俣湾河口へ放流。
• 1959年 熊本大学が水俣病の原因として有機水銀説を発表。
• 1959年 第1次漁民闘争が始まる。
• 1959年 清浦雷作東工大教授、新聞紙上で「有機水銀説は慎重に扱うべ
き」との見解を発表。
• 1959年 大島竹冶日本化学工業協会理事が、有機水銀説を否定し、「爆
薬説」を発表。
• 1959年 チッソ附属病院の細川一医師が、チッソの工場排水の投与によ
り猫が水俣病を発症することを確認(猫400号実験、次のスライド)
• 1959年 厚生省食品衛生調査会が「水俣病の主因は有機水銀である」と
答申。厚生省は即日調査会を解散。
• 1959年 水俣病患者家族互助会が調停案を受諾。見舞金として月額成人
10万円、未成年3万円

5
猫小屋

6
水俣病の経過3
• 1968年 チッソ水俣工場がアセチレン法アセトアルデヒド製造設備を停
止。
• 1968年 水俣病はチッソ水俣工場の排水に含まれるメチル水銀が原因
である、と政府が公式見解を発表(水俣病を公害に認定)
• 1973年 熊本地裁が、総額9億3000万円の支払いをチッソに命じる(第1
次訴訟)。双方控訴せず。1人当たりの慰謝料1600万~1800万円、他に
医療費、介護費、年金、葬祭費等。
• 1977年 環境庁が水俣病認定基準を制定(内容は次のスライド)
• 1978年 チッソが株式上場を停止。
• 1985年 第2次訴訟確定、原告5人のうち4人を水俣病と認定。認容額
600~1000万円。
• 1988年 最高裁にて、吉岡喜一チッソ元社長と西田栄一元工場長に業
務上過失致死罪にて執行猶予付きの有罪判決(確定)。
• 1995年 政府は、原告だけでなく合計で1万人を超える水俣病被害者に
対して,国,熊本県,チッソが補償(一時金,医療費,療養手当)をするこ
とを決定(いわゆる「95年政治解決」)。
• 1997年 水俣市漁協が漁業を再開。

7
水俣病認定基準(1977年環境庁)
①感覚障害
②運動失調
③平衡機能障害
④求心性視野狭窄
⑤中枢性眼科障害
⑥中枢性聴力障害
⑦その他
• 上記のうちの複数の症状が認められるもの

8
水俣病の経過4
2004年 政治解決を拒否し裁判を続
けていた水俣病関西訴訟の原告が
最高裁で勝訴。チッソ以外に国・熊本
県も加害者であることが確定。1977
年の環境庁の判断条件を否定し、認
定条件を緩和。
2009年 水俣病被害者の救済及び
水俣病問題の解決に関する特別措
置法 (内容)対象者にはその症状に
応じ、関係事業者からの一時金支給
、水俣病被害者手帳の交付による医
療費・療養手当等支給。
(期間及び対象者数)平成22年(
2010)5月1日から平成24年(2012)
7月31日まで受け付け、熊本・鹿児
島の両県あわせて45,933人が申請
し、36,361人が対象となった。
9
水銀の種類

10
11
メチル水銀の摂取

12
メチル水銀の脳・胎盤への移行

13
脳で障害を受けやすい部分

• 物を見る中枢である後頭葉にある鳥
距野 (図-1)
• 音を聞く中枢のある側頭葉の聴覚中
枢(図-2)
• 身体全体の感覚の中枢である後中
心回(図- 3)
• 体のバランスを保つ小脳皮質(図-5)
• 運動中枢である前中心回(図 -4)、
前頭葉 (図-6)。

14
毛髪メチル水銀濃度の目安

• 「耐容摂取量」とは十分な安全性を考慮して決められた値でこれを超え
ない限り影響はないと考えられる量。
* 胎児影響が疑われる母親の最小値《11ppm》を基準にして、十分な安
全性を考慮して算出(厚生労働省, 2005年)。
**国立水俣病総合研究センターの全国調査(2000-2004年)
15
水俣病の症状(主要症候)
水俣病は、有機水銀(メチル水銀化合物)に汚染された魚介類を、反復、継続して摂
食するこ とによって起きる中毒性の神経系疾患(後天性水俣病)
・四肢末梢優位の感覚障害(手足の先端にいくほど、強くしびれた り、痛覚などの感
覚が低下する)
・小脳性運動失調(秩序だった手足の運動ができない)
・構音障害 (言葉がうまく話せない)
・求心性視野狭窄(筒を通して見るように視野の周りが見えない)
・中枢性聴力障害
・中枢性眼球運動障害、
・中枢性平衡障害
・振戦(ふるえ)

感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、聴力障害のすべての症状を揃えた症例を
ハン ターラッセル症候群と呼び、メチル水銀中毒の典型的症例とされている
重症者では、狂躁状態、意識障害を示し、死に至る場合(急性劇症型)もある。

16
主要症候を揃えた典型的なハンターラッセル症候群
の症例や急性劇症型の症例は多くない

• 被害者の大多数は症候の揃わない、いわゆる不全型であり
外見からは健康な人と見分けがつきにくい
• 自覚症状としては、手足・口周囲のしびれ感、疲れやすい、
物忘れ、めまい、転びやすい、こむら返り 、力が入らない、
耳鳴り、言葉が出ない、匂いや味がわからない、目が見えに
くいなど多様な症状がある
• 比較的特異な求心性視野狭窄を除き、水俣病にみられる運
動失調、聴力障害などは いずれも他の疾病にもみられる神
経症状であるため、 その症候がメチル水銀によるものかどう
かは判別しにくい
• ⇒認定基準が変わる

17
胎児性水俣病

• 病因‥メチル水銀化合物は血液胎盤関門を容易に通過する
ため、メチル水銀化合物を蓄積した魚介類を食した母親から
胎盤を介して胎児の脳が障害を受け、その結果、生まれな
がらにして水俣病を発症する.
• 胎児の脆弱性‥母体には臨床症状を示すほどには至らな
かった量のメチル水銀でも、胎児はメチル水銀の排泄が悪く
、敏感であることから中枢神経が強い障害を受ける
• 症状‥知能障害、発育障害、言語障害、歩行障害、姿態変
形など脳性麻痺様の症状

18
新潟水俣病

19
新潟水俣病1
• 1959年頃より,昭和電工鹿瀬工場のアセチレンの製造量が
増え,阿賀野川にメチル水銀を含む工場排水の量も増えた
• 1965年1月,アセトアルデヒド生産の拠点を山口県徳山市に
移転し,同年中にアセトアルデヒドのプラントは廃棄
• 1965年、阿賀野川河口の農民が有機水銀中毒様の症状で
新潟大学病院に入院.頭髪から水銀が検出され水俣病と診
断され、同大学はこれを公表した.
• 昭和電工は工場内施設を焼却してメチル水銀排出の隠蔽を
はかり、通産省も鹿瀬工場からのメチル水銀の流出は無か
ったとした。

20
新潟水俣病2
• 1966年新潟県衛生部は工
場排水口の海苔から水銀を
検出し、昭和電工鹿瀬工場
原因説は確定的となった。
• 1967年新潟水俣病患者は
昭和電工を相手に訴訟をお
こした。
• 1971年新潟地裁は、新潟水
俣病は昭和電工鹿瀬工場が
排出したメチル水銀が原因
であると認め、昭和電工に加
害責任があるとする患者側
勝訴の判決を下した。
• 1972年4月、5,000万円の補
償額で妥結
21
足尾鉱山鉱毒事件と田中正造

22
足尾鉱山鉱毒事件1
足尾鉱毒事件田中正造記念館 (npo-tanakashozo.com)を主に参照した

• 1884年頃から足尾銅山精練所から出る煙害により、周辺の山々は不毛
の荒地となり、1890年渡良瀬川の洪水によってその流域の農地が被害
を受けた。
• 1890年,東京帝国大学農科大学教授古在由直が,鉱毒被害農民の依
頼により初めて被害原因を科学的に分析し,河水中から銅の化合物を検
出した(結果は1892年〈足尾銅山鉱毒研究〉として《農学会会報》16号に
発表)。
• 1896年には2回渡良瀬川が洪水を起こし、下流の村々では鉱業停止の
声が高まり、農民達は1897年2度にわたって大挙上京し、時の農商務大
臣榎本武揚(1894年1月22日 - 1897年3月22日在職)に訴え,榎本は鉱
毒調査委員会を設置した.

23
足尾鉱山鉱毒事件2
足尾鉱毒事件田中正造記念館 (npo-tanakashozo.com)を主に参照した

• 国は、古河鉱業に対し鉱毒予防工事命令を出すが、その後
鉱害は出ていないものとし、相次ぐ被害を訴える農民達の声
を聞かず、彼らを凶徒聚集罪などで検挙 (1900年2月)。
• 1901年(明治34年)12月、議員を辞していた田中正造が、議
会の開会式に臨もうとする明治天皇の馬車に古河鉱業の足
尾銅山鉱毒問題の解決を直訴しようとした。
• 1907年、国は、鉱毒を隠蔽するため渡良瀬川が利根川と合
流する地点に存在した谷中村を廃村にし、その跡に巨大な
遊水池(渡良瀬遊水地)を造った。

24
渡良瀬遊水地
• 1918年,利根川,渡良瀬川などの河水調節および洪水防止,足尾銅山
鉱毒問題の解決手段として,赤麻沼や石川沼などの沼地,谷中村の村
域を含む面積約 33km2の遊水池がつくられた。洪水調節のほか,農業・
工業用水などに利用される。
• 谷中村の約 380戸の村民は那須郡や北海道などに移住した。
• 本州最大級のアシを主体とした湿地となり,沿岸はよしずの産地となる
• 2012年ラムサール条約*に登録
*ラムサール条約 1971年イランのラムサールRamsarで採択。湿地の生態系を
保全し,適正な利用を進めるのが目的。日本は1980年に加盟

(ブリタニカ国際大百科事典,デジタル大辞泉より)

25
足尾鉱山鉱毒事件3
• 渡良瀬川から直接農業用水を取水していた群馬県山田郡毛
里田村(現太田市毛里田「もりた」)とその周辺では、大正期
以降、逆に鉱毒被害が増加したと言われる。1971年には毛
里田で収穫された米からカドミウムが検出され出荷が停止さ
れた。
• 1973年までに足尾の銅は掘りつくされて閉山、公害は減少
した。ただし、精錬所の操業は1980年まで続き、鉱毒はその
後も流されたとされる。
• 1980年に廃坑を利用した観光施設となる。
• 2011年に発生した東日本大震災の影響で、渡良瀬川下流
から基準値を超える鉛が検出される。

26
田中正造11841-1913
以下 足尾鉱毒事件田中正造記念館 (npo-tanakashozo.com)を主に参照した

• 1841年下野国安蘇郡小中村(栃木県佐野市小中町)に生まれる。父は名主役富
蔵、母サキ、
• 少年期赤尾小四郎塾で学ぶ。
• 1857年17歳で父の割元昇進に伴い小中村名主に選ばれる。
• 1864年主家六角家改革運動に挺身,獄に投ぜられる。1869年(明治2年)出獄。
• 1870年江刺県(岩手県)の下級官吏として花輪分局に勤務。
• 1871年上役暗殺の嫌疑を受け投獄され、1875年年無罪釈放され郷里に帰る。
• 1877年ごろより民権運動に志し、1879年『栃木新聞』を創刊、編集長となる
• 1880年栃木県会議員に当選、1886年よりは県会議長,以後1890年まで務める
• 1884年栃木県令三島通庸の道路開発に反対し逮捕される。

27
田中正造2
• 1890年第1回総選挙で栃木3区より衆議院議員に当選、以後1901年議員辞職
まで毎回当選、立憲改進党に所属する。
• 1891年第2議会で足尾銅山鉱毒問題につき政府に質問書を提出し、政府の責任
を追及する。
• 1896年8月渡良瀬川に大洪水が起り、鉱毒被害は深刻化する。
• 1896年10月被害地の中央に位置する群馬県邑楽郡渡瀬(わたらせ)村(館林市
)の雲竜寺に鉱毒事務所を設け、足尾銅山鉱業停止請願運動を呼びかける
• 正造の活動もあって新聞や演説会など、鉱毒事件に対する世論が厳しくなり、政
府は1897年足尾銅山鉱毒事件調査委員会を設置して古河鉱山に鉱毒予防命令
をだす。
• しかし鉱毒被害はいっそう深刻となり,被害民は3回にわたり大挙請願行動(押出
し)を行う

28
田中正造3
• 1900年2月、被害民の第四回押出しに対し憲兵・警察は群馬県川俣において大
弾圧を加え百名ちかい指導者を逮捕する(川俣事件)。
• 同年,正造は川俣事件被告弁護団を組織し、その救援にあたったが、同年11月
の公判廷で検事論告に憤り大欠伸をして官吏侮辱罪に問われ、のちに40日間
の重禁錮、罰金5円の実刑に処せられる。
• 1901年10月、議会・政党に絶望し、議員を辞職。同年12月、議会開院式帰途の
明治天皇に直訴する。
• 1902年3月内閣に再び鉱毒調査委員会が設置され、この調査会で鉱毒処理の
ために栃木県下都賀郡谷中村(藤岡町)の貯水池化計画が浮上し、栃木県会も
これに賛成する。
• 正造はこれを鉱毒問題を治水問題にすりかえるものとして、1904年7月谷中村
問題に専念するため同村に寄留、以後、この問題に専念、演説・パンフレット・ビ
ラなどにより社会に訴える。

29
田中正造4
• 1907年6月、土地収用法適用により
谷中残留民16戸の家屋強制破壊に
立ち会う.その後も水村谷中に残留
民とともに「自治村谷中村の復活」を
唱えて抵抗をつづける.
• 1913年9月4日、渡良瀬川沿岸の足
利郡吾妻村(佐野市)で倒れ、同所で
胃癌のため没した。73歳。佐野市惣
宗寺ほか四ヵ所に分骨埋葬されてい
る。
• 晩年は内村鑑三の影響を受けてキリ
スト教に深く学ぶとともに、真の治水
とは何かを求めて河川調査を行い自
然と人間の共生に思索をこらし、また
鉱毒事件をつうじて人権と自治の思
想を深めた。1903年以来、陸海軍全
廃・無戦の思想も一貫していた。
30
要論

認知症

1
高齢社会

• 高齢者とは‥65歳以上
• WHOによる高齢化の定義
65歳以上が人口の7%超→高齢化社会 aging society
65歳以上が人口の14%超→高齢社会 aged society

2
3
平均寿命と健康寿命

健康寿命とは平均寿命から寝たきり
や認知症など介護状態の期間を差
し引いた期間(WHO)

4
*MCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)とは、認知機能(記憶、決定、理由づけ、実行等)のう
ち1つの機能に問題が生じているが、日常生活には支障がない状態をいう
*日常生活自立度Ⅱとは、日常生活に支障をきたすような症状・行動や意思疎通の困難さが見られても、
誰かが注意していれば自立できる状態をいう
*2025年には認知症患者数が840万人とする研究もある 5
認知症とは

• 一旦正常なレベルまで発達した知能が正常以下レベルにまで
低下し、社会生活に支障をきたすようになった状態
• 認知機能の障害以外にも、身体機能の障害、精神症状・行動
異常がみられる。

6
有病率

7
8
認知症の簡単なスクリーニング方法
改訂長谷川式簡易知能評価スケールHDS-R

9
認知症の危険因子近藤1990による

• 性・年齢・同胞
女子(ただし高齢者)、高齢、高い母年齢
• 家族歴
近親者のアルツハイマー病、近親者のダウン症、
白血病、指掌紋異常
• 既往歴
頭部外傷、甲状腺疾患、歯牙喪失
• 心理的・社会的特徴
低い教育歴、不活発な精神生活・社会参加

10
主な認知症性疾患
痴呆→認知症 (2004年12月)と呼称変更
1.アルツハイマー型認知症 2.2.2 中枢神経系統萎縮症(遺伝性)
2.非アルツハイマー型認知症 2.2.2.1 ハンチントン舞踏病
2.1 非アルツハイマー型変性認知症 2.2.2.2 脊髄小脳変性症、歯状核赤
2.1.1 レビー小体型認知症 核淡蒼核ルイ体萎縮症
2.1.2. ピック病(前頭側頭型認知症) 2.3 血管性認知症
2.2 その他の中枢神経変性疾患に伴 2.4 身体疾患に伴う認知症疾患
う認知症 2.4.1 中枢神経感染症
2.2.1 錐体外路障害および異常運動 2.4.1.1 プリオン病(CJDなど)
2.2.1.1 パーキンソン病 2.4.1.2 エイズ脳症
2.2.1.2 進行性核上麻痺 2.4.1.3 進行麻痺、脳炎
2.2.1.3 皮質基底核変性症 2.4.2 その他
2.2.1.4 パーキンソニズム・認知症 頭部外傷、脳腫瘍、中毒性疾患、代謝
症候群 疾患、内分泌疾患

11
12
アルツハイマー型認知症の経過
1)初期(~2年)
もの忘れ、見当識障害が目立ってくるが、社会的機能はほ
ぼ保たれている。海馬の病変が主。
2)中期(2年~10年)
記憶障害、見当識障害顕著。着衣失行、構成失行(一定
の図を書いたり、積み木で構築が出来ない)、視空間失認
(空間の一部が認識できない)、錐体外路症状(動作がぎこ
ちなくなる)などがみられる。側頭・頭頂葉の病変が加わる。
3)末期(10年以降)
排泄を含め日常生活が全面介助となり、不穏・興奮・徘徊
のため、家庭での介護が困難。さらに高度になると、言語も
ほとんど失われ、歩行も困難になって寝たきりとなる。大脳
に広汎な病変が出現。

13
認知症治療の流れ

14
認知症治療薬1
アセチルコリンエステラーゼ阻害薬
• アルツハイマー病やレヴィー小体型認知症の脳では、アセチ
ルコリンという神経伝達物質が減少している.
• アセチルコリンエステラーゼ阻害薬はアセチルコリンが分解
されないように働く
• 現在認可されているのは、3種類
①アリセプト 1999年に発売され、認知症の薬としては最も
古い.2014年からはレヴィー小体型認知症の治療薬としても認
可されている
②レミニール 2011年発売
③イクセロンパッチとリバスタッチ(会社が違うだけで同じ薬)
2011年発売の貼り薬
http://www.wakayama-
med.ac.jp/med/dementia/ninchisyou/medicine.html 15
認知症治療薬2
NMDA受容体拮抗薬
• NMDA受容体は,グルタミン酸という神経伝達物質の受容
体.
• アルツハイマー病では脳の中でグルタミン酸の働きが乱れ、
神経細胞が障害されたり神経の情報が障害されたりする.
• NMDA受容体拮抗薬は,グルタミンの働きを抑えることによ
り、神経伝達を整えたり、神経細胞を保護する
• 現在は1種類のみ.イライラを抑える働きもある
• メマリー 2011年発売

• http://www.wakayama-
med.ac.jp/med/dementia/ninchisyou/medicine.html
16
認知症治療薬「レカネマブ」
• アルツハイマー病ではアミロイド
βが蓄積し,脳の神経細胞が壊
れ、認知機能が低下(アミロイド
仮説)。
• レカネマブをアミロイドβに結合さ
せて、免疫細胞が分解する(抗
体医薬)。
• 「レカネマブ」を投与された患者
は、偽の薬を投与された患者と
比べて、1年半後の認知機能の
低下がおよそ27%抑えられ、症
エーザイは、アメリカでの薬の価格 状の進行そのものを緩やかにす
を1人あたり平均で年間2万6500ドル る効果が示された(2022)
、日本円にしておよそ350万円(1月7 • 2023年1月6日、「レカネマブ」は
日時点)に設定(2週間に1回の投与 FDA(アメリカ食品医薬品局)に
を1年間続けた場合)
MCI治療薬として承認された。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/sci_cul/2023/01/sto
ry/alzheimer/ 17
レカネマブの効果

レカネマブの安全性と有効性は、臨床第3相試験「クラリティ(Clarity) AD 試験」で得られた、1,795
人分のデータに基づいています。
この臨床試験では、2週間に1度、18ヶ月間にわたるレカネマブの投与により、プラセボ(レカネマブの投
与なし)と比べて、脳の中に溜まっていたアミロイドβが顕著に減少(左)
さらに記憶、見当識、判断力と問題解決能力、地域社会活動、家庭生活および趣味・関心、介護状況を含
む全般臨床症状(CDR-SBという指標で評価)の悪化が27%抑制(中)。これは、症状の進行をおよそ
7.5カ月遅らせる効果に相当します。
また、衣服の着脱や食事、地域活動への参加など、自立して生活する能力(ADCS MCI-ADLという指標で
評価)についても、プラセボと比べて37%の臨床的有効性が認められました(図1・右)。

18
アルツハイマー病の新しい治療薬(前編)レカネマブについて | 国立長寿医療研究センター (ncgg.go.jp)
レカネマブの副作用

19
アルツハイマー病の新しい治療薬(前編)レカネマブについて | 国立長寿医療研究センター (ncgg.go.jp)
健康要論
感染症
中央大学法学部
宮崎伸一

1
感染とは

• 感染‥病原体が定着して増殖することをいう。しか
し、感染しただけでは発症するとは限らない。
• 不顕性感染‥感染があるにもかかわらず、症状が
あらわれない場合。
• 発症‥感染して、症状があらわれた場合。
• 感染症の原因が病原微生物であることが解明さ
れたのは19世紀末。

2
主な病原体の大きさと構造

大幸薬品ホー
ムページより
https://www.sei
rogan.co.jp/fun
/infection-
control/infectio
n/dengerous_p
athogen.html 3
感染経路 • 接触感染‥手、ドアノブ、手すり、スイ
ッチ、ボタン等病原体を含む物を介し
て主に口から体内に侵入する。入念
な手洗いが有効
主な感染経路‥接触(経口)感染、飛沫 • 飛沫感染‥咳、くしゃみや会話によっ
感染、空気感染(飛沫核感染)の3つ て飛んだつばやしぶき(飛沫)に含ま
れる病原体を吸入する。飛沫は直径
0.005mm以上の大きさで、水分を含
むため、届く範囲は感染源から1~
2m程度。そのため、感染源から距離
をとることが有効。
• 空気感染(飛沫核感染)‥飛沫に含
まれる水分が蒸発した直径0.005mm
以下の粒子を飛沫核といい、空間に
浮遊して広範囲に広がる。病原体は
埃と共に浮遊し、これらを吸入するこ
とで伝播する。
☆空気感染をするか否かは、感染速度と規模
から推察されているのが現状である。新型コロ
ナウイルスは空気感染をしないといわれてい
たが、最近の知見ではヒトが閉鎖空間に密集
した状況では空気感染が起こる恐れも否定で
大幸薬品ホームページより一部改変 きないので、換気が重要である。
https://www.seirogan.co.jp/fun/infection-
control/infection/disease.html 4
感染症の病原菌の同定
• ある菌がある感染症の原因菌であることを証明する(病原性
の証明)には以下の「コッホ*の原則」を満たさなければなら
ない。
* Robert Koch ドイツの医学者 1843-1910

・コッホの原則
①ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
②その微生物を分離できること
③分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気
を起こせること
④その病巣部から同じ微生物が分離されること

5
感染症の治療法
• 対症療法
• ワクチン療法
• 血清療法(抗体療法)
• 薬物療法
*対症療法‥症状を軽減し、患者の自然回復力を待つ方法。

6
ワクチン療法
• ワクチン免疫とは;病原菌の不活性化菌(死菌)または弱毒生菌またはその
抗原物質を、宿主の生体内に入れ、その病原体の抗体を宿主を発病させ
ずに作り、免疫を得ること。
• *1881年、パスツール(フランス1822~1895)が炭疸(炭疽菌Bacillus
anthracisによる感染症)のワクチン免疫に成功。但し炭疽に関しては、現在
は有効な抗生物質がある。

• ワクチンの種類:
• 注射生ワクチン‥麻疹(はしか)風疹(三日ばしか)混合、水痘、BCG(結
核)、おたふくかぜ
• 経口生ワクチン‥ロタ
• 不活化ワクチン‥季節性インフルエンザ、日本脳炎、ヒブ(インフルエンザ
菌b型)、小児用肺炎球菌、B型肝炎、4種混合(DPT-IPV:ジフテリア・百日
せき・破傷風・ポリオ)
• 抗原ワクチン‥百日咳

• *摂取間隔‥注射生ワクチン接種後に注射生ワクチンを接種する場合の
み27日以上空ける。他の組み合わせは接種間隔に制限はない(2020年10
月1日から)。
7
予防接種法1948年
• 伝染の恐れがある疾病の発生・蔓延を予防するために定められた法律
• 予防接種の対象となる疾患や、接種の対象となる年齢、予防接種の実施法を規定
• 定期接種‥一定の年齢で接種。公費負担(一部自己負担あり)
• 【A類疾病】(1)ジフテリア、(2)百日せき、(3)破傷風、(4)急性灰白髄炎(ポリオ)
(1)~(4)については「四種混合ワクチン」(DPT-IPV)、(5)麻しん、(6)風しん(5)
(6)については、「MR(麻しん風しん混合)ワクチン」、(7)日本脳炎、(8)結核、(9)
Hib(ヒブ)感染症、(10)小児の肺炎球菌感染症、(11)ヒトパピローマウイルス感染
症、(12)水痘、(13)B型肝炎(14)ロタウイルス感染症
• 【B類疾病】(15)インフルエンザ、(16)高齢者の肺炎球菌感染症
• 任意接種‥自己負担
流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、水痘、黄熱、ロタウイルス、B型肝炎、破傷風、成
人用ジフテリア、A型肝炎、狂犬病、ワイル

8
血清療法(抗体療法)

• 1889年、北里柴三郎(写真)が破
傷風菌の培養に成功し、血清療
法を完成。

• 血清療法‥病原菌の出した毒素
を他の動物に接種し、その毒素
の抗体をその動物に作らせる。
作られた抗毒素抗体は血清中に
あるので、その血清ごと感染者
の血中に投与することにより、病
原体の出した毒素を中和する治
療法。
• 現在も破傷風、マムシ毒、ハブ毒
などの治療に使われている。
9
薬物療法
• 1928年フレミング*がアオカビからペニシリンを発見(抗
生物質の始まり)
*Alexander Fleming:イギリスの医師、1881- 1955

• 抗生物質とは‥微生物が産生し、ほかの微生物など生
体細胞の増殖や機能を阻害する物質。現在では化学
合成によるものもある。図参照

• 抗菌薬(抗生剤、抗細菌薬)の作用機序
①細菌の一番外側にある細胞壁を破壊する。
ヒトの細胞には細胞壁がないので作用しない。
②細菌の増殖に必要なたんぱく質の合成を阻害。
細菌と人の細胞ではたんぱく質の作り方が異なるの
でヒトの細胞には作用しない。

• 抗ウイルス薬‥ウイルスは、ヒトの体内にある細胞に
自分の遺伝子を入れ、ヒトの細胞の力を借りて遺伝子
を増やし、その細胞を壊してそこから出ていき、また別
の細胞に侵入して増殖することを繰り返す。従って抗ウ
フレミングの実験:黄色ブドウ球菌を植菌したシャーレ
イルス薬には以下の2つの作用機序が考えられる。
の数か所にアオカビの培養液を染み込ませた小さなデ
• ①ウイルスが細胞に付着するのを防ぐ ィスクを置くと、ディスクの周囲には黄色ブドウ球菌が
②細胞内でウイルスが増えるのを阻害する 増殖せず透明な寒天のままである。

10
コロナウイルス感染症の基礎

11
ヒトに感染するコロナウイルス
ヒトに感染するコロナウイルスは以下の4カテゴリーに分
けられ、計7種である。
1.風邪のコロナウイルス 4種
2.重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)
3.中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)
4.新型コロナウイルス(SARS-CoV2)

12
☆SARSは日本での感染者はいなかった。現在世界中でも感染者はいない
☆MERSは2015年に韓国の病院で起こった感染拡大では、中東帰りの1人の感
染者から186人へ伝播した。日本での感染例はないが、世界では現在でも感染
例がある。
国立感研究所2020.01.10 https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-
coronavirus.html
13
• 直径約100nmの球形
コロナウイルスのウイル • エンベロープ(被膜)の中に
ス学的特徴 Nucleocapsid蛋白(N)に巻きつ
いたプラス鎖の一本鎖RNAのゲ
ノムがある。
• ウイルスゲノムの大きさはRNA
ウイルスの中では最大サイズの
30kbである。
• エンベロープ表面にはSpike蛋白
(S)、Envelope蛋白(E)、
Membrane蛋白(M)が配置され
ている
• Spikeが宿主細胞受容体と結合
する。
電子顕微鏡像
国立感染症研究所2020.01.10を一部改変
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-
coronavirus.html
14
感染症法での取扱い
•SARS-CoV、MERS-CoV、 • SARS-CoV2(新型コロナウイル
SARS-CoV2(新型コロナウイル ス)は、感染症法において5類感
ス)は、感染症法において2類感 染症2023年5月8日から)に分類
染症に分類されており、以下の された.
処置が取られる。 • ①発症日を0日として5日間経過
①感染者は感染症指定医療機 し、かつ、症状が軽快後24時間
関へ入院し、陰圧管理された病室で 経過するまでは、外出を控えるこ
治療を受ける。 とが推奨(強要・自粛ではない)
②同時に疫学調査が行われ、感 • ②発症の2日前から発症後10日
染経路や接触者が特定される。 間程度まで他の人に感染させる
可能性がある。

国立感染症研究所2020.01.10
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html

15
4 新型コロナウイルス感染症
COVID-19(1)
• 2019. 12. 8 中国湖北省武漢市にて初発例
• 2019. 12. 26 中西医総合病院が非定型肺炎4人の発生を中国
CDCに報告
• 2019. 12.26 李文亮医師(眼科医)が同僚にコロナウィルス肺炎
のアウトブレイクを警告。自身は2020. 2. 7にCOVID-19で死亡。
享年34歳。
• 2019. 12. 31 武漢市の保健局が44例のウイルス性肺炎の発生
をWHOに報告
• 2020. 1.1 華南海鮮卸売市場を閉鎖
• 2020. 1.7 病原体を同定 後にSARS-CoV-2と命名される
• 2020. 1. 15 日本の初発例(武漢市から帰国した男性)
• 2020. 1. 17 ゲノムの配列が公開
• 2020. 1. 下旬 ウイルスの単離に成功
日経サイエンス2020年5月号p27-36
16
4 新型コロナウイルス感染症
COVID-19(2)
• 2020. 1. 23 武漢市ロックダウン
• 2020. 1. 28 武漢市からの旅行客を乗せたバスの運転手が発症(日本における
初のヒト-ヒト感染)
• 2020. 1. 29 日本政府によるチャーター便で武漢市より206人が帰国
• 2020. 1. 30 WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態PHEIC *
(Public Health Emergency of International Concern)宣言。
この時点で感染者7800人、感染者の発生国18か国
• 2020. 2. 1 日本政府がCOVID-19を指定感染症に指定
• 2020. 2. 3 ダイヤモンドプリンセス号が横浜に停泊
• 2020. 2. 13 日本で初の死者

• *PHEICとは、WHOが定める国際保健規則(IHR)における次のような事態をいう。
(1) 疾病の国際的拡大により、他国に公衆の保健上の危険をもたらすと認められる事態
(2) 緊急に国際的対策の調整が必要な事態

日経サイエンス2020年5月号p27-36

17
4 新型コロナウイルス感染症
COVID-19(3)
• 2020. 2. 17 中国CDC (CDC: Centers for Disease Control and Prevention疾
病管理予防センター)が疫学調査を報告
• 2020. 2. 19 神戸大岩田健太郎教授がダイヤモンドプリンセス号から動画を発

• 2020. 2. 29 米国で初の死者(ワシントン州)
• 2020. 3. 4 米国カリフォルニア州で初の死者。同州が非常事態宣言。
• 2020. 3. 7 米国ニューヨーク州が非常事態宣言。世界の感染者が10万人を突
破。米国17人の死者。
• 2020. 3. 10 中国の医師グループによる症例報告。552病院、1099症例
• 2020. 3. 11 WHOがパンデミック*宣言。
感染者10万人以上、国・地域100か所

*pandemic:同一感染症が短期間に世界的に発生することをいうが、具体的な要件は決まってい
ない。
*2009年にメキシコで端を発した新型インフルエンザの流行時もパンデミックが宣言された。

日経サイエンス2020年5月号p27-36

18
症状の経過と予後への影響因子

• 感染しても症状が出ない人もいる(割合はわ
からない)
• 発症した人を100人とすると、
• 81人‥発熱、咳など通常の風の症状を呈し
たのち7日前後で回復
• 14人‥肺炎、呼吸困難など、重症となり入院
するが回復する
• 3人‥重篤な呼吸不全を呈するが回復する
• 2人‥死亡
• 高齢、基礎疾患がリスクファクター

日経サイエンス2020年5月号p32-33より
19
感染症(後編)

20
天然痘(1)
【歴史】
• 数千年前にインドで始まり、以後アジア、ヨーロッパ、アフリカ
に広がった。
• 日本には6世紀に流入し、天平・平安時代に流行。
974年「死者が満ちあふれた」(蜻蛉日記)
・ 江戸時代にも将軍家斉の子女を含め、多数の病死者。
・ 1790年 久留米藩の緒方春朔(おがたしゅんさく)が種痘法
(ワクチン療法)を開発。
・ 1798年 ジェンナー(イギリス)が種痘法を発表。
・ 1976年 日本で種痘が中止(1956年以降に国内での発生
がないため)
・ 1977年 ソマリアで発症。以降発症なし
・ 1980年 WHOが天然痘絶滅宣言

21
天然痘(2)
【特徴】
• 天然痘ウイルス(Poxvirus variolae)によるウイルス疾患
• 感染経路は、飛沫感染や、患者の皮膚病変との接触や患者
の衣類や寝具などからの接触感染。
• 12日間(7~16日)の潜伏期の後、高熱、頭痛、四肢の痛み、
腰痛に始まり、いったん解熱したあと皮膚に発疹(紅斑→丘
疹→水疱→膿疱→結痂(かさぶた)と移行する。
• 伝染力が強く死亡率は極めて高い(20~50%)。
• ヒトにしか感染しない。

22
ペスト(1)
• ペスト菌(Yersinia pestis1894年北里柴三郎が発見)感染に起因する全身性の
感染症.
• げっ歯類を保菌宿主とし,主にネズミノミ属のノミによって伝播される.ペスト菌感
染動物を感染源とする直接感染もある.
• 肺ペスト患者から排出された気道分泌液により,ヒトーヒト間で飛沫感染する場
合がある.
• 潜伏期間は通常1〜7日.感染ルートや臨床像によって腺ペスト,肺ペスト,およ
び敗血症型ペストに分けられる.
• 治療薬として,フルオロキノロン系,アミノグリコシド系もしくはテトラサイクリン系
の抗菌薬が使用され,その投薬期間は10〜14日間である.
• 適切な抗菌薬による治療が行われなかった場合,30%以上の患者が死亡する.
• 肺ペストの場合はさらに死亡率は高まる.
• 抗生物質の発見前には全世界的な大流行が幾度か記録されており,特にヨーロ
ッパでは黒死病として古くから恐れられてきた.1665年ロンドンでペストが大流行
したが、翌年の大火事でネズミが大量に死亡したため消褪。
• 近年の流行は,アフリカ,南米で報告がある.北米やアジアでも散発事例が報告
されている
23
ペスト(2)
臨床症状
1)腺ペスト
ノミによる吸血や,感染した動物(死亡個体を含む)との接触により傷口や粘膜から感染する。
感染成立後,ペスト菌は感染部位の所属リンパ節へ移行する。通例3~7日の潜伏期の後,リ
ンパ節の腫脹に加え,発熱,頭痛,悪寒,倦怠感などの全身性の症状が現れる。
2)敗血症型ペスト
腺ペストの状態で,適切な治療が行われなかった場合,リンパ流,血流を介してペスト菌が全身
播種し,敗血症型ペストに移行する場合もある。通例,発症後3~4日経過後に急激なショック
症状,昏睡,手足の壊死,紫斑など敗血症を呈し2~3日以内に死亡する。
3)肺ペスト
最も危険なタイプである。腺ペスト末期,敗血症型ペストの経過中に肺に菌が侵入して肺炎を
続発する場合がある。このとき肺では,肺胞が壊れており,患者はペスト菌を含んだ気道分泌
液(血痰など)を排出するようになる。この患者が感染源となり,ヒト-ヒト間で飛沫感染が起こる
。経気道感染の場合の潜伏期間は通例2~3日であるが,肺ペスト発病後は通常24時間以内
に死亡する。臨床症状としては,強烈な頭痛,嘔吐,40℃前後の高熱,急激な呼吸困難,鮮紅
色の泡立った血痰を伴う重篤な肺炎像を示す。

24
ペスト(3)
近年の流行
• WHOによれば, 2004-2015年の12年間で,全世界で56,734名の患者
が発生し,死亡者数は4,651名(死亡率 8.2%)であったとされる。これら
患者の86%(48,699名)は,マダガスカル(19,122名),コンゴ民主共和
国(14,175名),タンザニア(6,448名)を含むアフリカ諸国である。
• 我が国においても,過去に大規模な流行があったことが記録されている
。1899年にペストが日本に侵入してから1926年までの27年間に大小の
流行が起こり,感染例2,905名(内,死亡例2,420名 )が報告された。他
方,1927年以降,国内感染例の報告はないことから,現在では国内での
ペスト菌感染の可能性は極めて低いと考えられている。

25
ハンセン病(らい病)1

【歴史①】
• 顔や手足が醜く変形するため人々から嫌悪されてきた。
• 旧約聖書(レビ記)では、汚れ者として追放するよう定められ
ており、社会から追放され人里はなれた山中での生活を余
儀なくされていた。
• 中世ヨーロッパでは、市民権を剥奪されたハンセン病患者
は郊外のキリスト教慈善療養施設(ラザロ・ハウス)に隔離さ
れた。
• 日本でも、古代から忌まわしい業病とされ、中世には前世の
悪行による天刑病といわれ、社会から締め出され悲惨な放
浪生活を余儀なくされていた。

26
ハンセン病(らい病)2

【歴史②】
• 明治40年に制定された法律第11号により、浮浪ハンセン
病患者は公立療養所に収容されるようになった。昭和6年
に「らい予防法」が制定され、軍国主義下の祖国浄化のもと
に、総てのハンセン病患者が国立療養所に強制収容され、
断種手術まで強要する事態が発生した。
• 1943年、アメリカで治療薬プロミンが開発され、ハンセン病
は早期発見すれば直る病気となり、世界の趨勢は早期発見、
早期治療に重点をおく外来通院治療に変わっていた。
• しかし日本では、昭和28年(1953年)に改正されたらい予
防法でも、半強制収容、許可のない外出禁止など時代遅れ
の隔離収容が中心とされ、ようやく平成8年、先進国では類
をみない悪法は廃止された。

27
ハンセン病(らい病)3

【病気の説明】
• らい病菌(Mycobacterium leprae)による細菌感染症である。
1873年にハンセンが病原菌を発見している。
• 患者の皮膚病変や鼻汁が感染源で、不衛生な環境の中で、
体質上、らい病菌に免疫力が弱い人の皮膚の傷や、鼻や喉
から感染すると推定されている。
• 発病すると末梢神経が冒され、知覚麻痺、運動麻痺などが
生じ、皮膚の結節、手足の変形などがおこり外見が醜悪にな
る。
• 感染力が弱く普通の状況ではほとんど感染、発病することは
ない。療養所の職員に感染し発病した例は皆無である。
• 現在では有効な抗菌剤があり、早期に治療すれば治癒する。

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らい患者に関わった医師
神谷美恵子(1)
• 1914(大正3)年1月12日 岡山
市で誕生。小中学校時代をジュ
ネーブで過ごす
• 1934(昭和9)年 全生病院(現
在の多磨全生園:東京都東村山
市)を訪れる。「なぜ私たちでなく
あなたが」
• 1935(昭和10)年 津田英学塾
卒、コロンビア大学に留学。
• 1941(昭和16)年東京女子医専
に入学。

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らい患者に関わった医師
神谷美恵子(2)
• 1945(昭和20)年 女子医専を
卒業し、東大精神科に入局
• 1957(昭和32)年 長島愛生園*
で患者の精神症状の調査開始
• *長島愛生園は1930年に瀬戸内海
の離島岡山県長島に開設された国
立稜代所。1931年には、東村山の
全生病院の患者のうち81名が移動
させられた
• 1965(昭和40)年 長島愛生園
の精神科医長に就任
• 1979(昭和54)年10月 心不全
のため、65歳で死去した

30
結核(1)

【歴史】
• 4千年前から結核が出現。過密な都市の栄養状態の悪い貧
民が多く罹患し、多くの病死者を出した。ローマ時代にはあり
ふれた病気となり、その後も流行が持続した。ハンセン氏病
が流行すると結核は減小したが、ハンセン氏病の流行が終
息した15世紀頃より再び流行した。
• 日本では1947年まで死亡率のトップを占めてきたが、その
後BCG(ワクチン)の普及や抗生剤の発明により、1950年
頃より患者は激減した。

31
結核2

【病気の説明】
• 結核菌(Mycobacterium tuberculosis)による細菌疾患で、主
に肺に感染し、咳、喀痰により気道感染する。慢性的に進行
し全身に感染は広がり、体力、抵抗力が消耗して、かってはと
くに働き盛りの若年者が罹患し死亡した。
• 抗菌剤の発明により患者は激減したが、最近、結核患者は増
加傾向にあり、厚生省は再興伝染病として注意を促している。
• 結核菌は1882年コッホにより発見された。

32
結核(3)

①若い世代で集団感染が増加②重症化例の増加③高齢
者の増加④社会的弱者の増加⑤多剤耐性菌の出現

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発疹チフス(1)

【歴史】
• 15世紀頃よりヨーロッパで主として軍隊で流行。
• ナポレオンは1812年、50万人の兵士を率いてロシア征服
をめざしたところ、発疹チフスと赤痢が発生し、次々と兵士が
死亡、ロシアに入った時は13万人の兵力に減り退却した。
翌1813年、再び50万人の兵士を率いたが、発疹チフスの
ため半数の兵士が病死し撤退を余儀なくされている。
• 日本では明治41年(1908年)刑務所で初めて患者が発生
したのが最初の記録であり、以後たびたび流行し、第2次大
戦後に大流行した。

34
発疹チフス(2)

【病気の説明】
• 発疹チフス(Rickettsia prowazekii)は、シラミにより伝達され
るリケッチアを病原体とする感染症で、高熱の後、発疹(バラ
色疹)が現れ、それが出血疹になる。
• 軍隊など非衛生環境下で多数が密集生活する場合に流行
しやすい。
• かって死亡率は10~30%であったが、現在では抗菌剤によ
り予後良好となった。

35
コレラ(1)

【歴史】
• 古来よりインド・ガンジス川流域の風土病であったが、19世
紀初期にガンジス川・デルタから広まり、1817年にベンガ
ル地方に流行した。
• その後コレラは未感染集団に感染し、カルカッタなどで数週
間のうちに5千人の英国兵がコレラで死亡したという。1826
年にはペルシャ、ロシア南部に伝染し、モスクワでは死亡率
50%を超え市民はパニックになった。ポーランド、ドイツ、イ
ギリスへと進み、1849年にアイルランドでは、何十万人もの
死亡者を出したとされる。船員等によりメキシコ、北米など世
界へ伝染した。
• 日本では明治10年以来たびたび流行し、明治36年、40年に
は大流行した。

36
コレラ(2)

【病気の説明】
• コレラ菌(Bibrio chokerae)による細菌疾患で、海水、魚貝
類等に菌は宿り、水や食物から経口感染する。
• 腸内で繁殖し強い毒素を出し、米のとぎ汁様の、激しい下痢
によって、脱水状態となり全身衰弱する。多くは発熱をみな
い。
• 昔は死亡率は50%を超えたが、現在の先進国では点滴治
療などにより3%以下である。
• 最近の日本では主に海外帰国者などに散発的に発症してい
るが、たまに国内居住者が発症している。
• 現在、東南アジア、アフリカ、中南米に風土病的に存続して
いる。アジア型とエルトール型があり、アジア型の方が症状
が激しく、致死率が高い。

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ポリオ1

【歴史】
• 18世紀末ころよりヨーロッパにて小規模に発症していたが、
1916年にアメリカで大流行し、その年だけで2万7千人が
罹患し、6千人が死亡した。
• 多くは裕福で清潔な家庭の子供が発病し、片足に麻痺を残
すことがあるので、恐れられていた。
• その後も各地で流行したが、1950年代にワクチンができて
以来、終息に向かっている。

38
ポリオ(2)

【病気の説明】
• ポリオは、ウイルスを病原体とし、主として食物等から経口
的に消化管にはいり、神経系に伝染する。
• 高熱、けいれん等の後、麻痺が生じ、後遺症として四肢に麻
痺を残すことがある。
• 人間にしか感染せず、WHOではポリオの絶滅を目標に活
動している。

39
インフルエンザ

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インフルエンザウイルスの種類
A型 B型 C型
変異 しやすい しにくい しにくい
新型ができる
感染 ヒト、鳥 ヒト ヒト
流行 毎年 散発的 大きな流行は
時に爆発的 ない
分類 ウイルス表面の 山形系統 亜科はない
抗原により多く ビクトリア系統の
の亜科がある 2系統

症状 細菌性の感染を 症状は軽い ほとんどが乳


併発するので高 希に脳症 児期に感染し
齢者は注意。 免疫ができる
41
A型インフルエンザの特徴
• インフルエンザの遺伝
子はRNAで変異を起こ
しやすい。
• ヘマグルチニン16種、
ノイラミニダーゼ9種類
と多様

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これまでに流行したインフルエンザ
• 1918~9年 スペイン風邪
4000~5000万人が死亡 H1N1
• 1957~8年 アジア風邪
• 100万人以上死亡 中国 H2N2
• 1968~9年 香港風邪
75万人死亡 H3N2
・ 2009年 新型インフルエンザ
14286人死亡、世界中に広がる A(H1N1)pnd09

43
• ヒトの抗原と鳥の抗原は
異なるが、豚は両方に感
新型インフルエンザ 受性あり⇒豚の中で組み
換えが起こる可能性

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風邪とインフルエンザの違い
かぜ インフルエンザ
初期症状 鼻、咽の渇き、くしゃみ 発熱、悪寒、関節痛
熱 微熱 38℃以上が3日以上
鼻汁、鼻閉 初期より著しい 後期から
咽頭 やや充血 充血、扁桃腫脹
全身痛、筋肉痛、関節痛 ない 高度
倦怠感 ないか軽度 高度
結膜 充血する場合もある 充血
合併症 まれ 気管支炎、肺炎、脳症
病原菌 ライノ、アデノ、コロナ、RS, インフルエンザA,B
パラインフルエンザ、イン (感染後10日間は感染力
フルエンザC がある)

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インフルエンザの予防と治療
予防
・ 手洗い、うがい
・ 部屋を暖かくし加湿器などで湿度を上げておく
・ マスクの使用
• インフルエンザ・ワクチンの接種
治療
・ 抗インフルエンザウイルス剤
(ウイルスの増殖を抑えるので48時間以内に投与する)
・ 対症療法(脱水防止など)
・ インフルエンザ患者への解熱剤の投与は、インフルエンザウ
イルスの増殖を助け病気の回復を遅らせる。
• 抗生物質は無効である。

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