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第1日目 C会場 ― ④

『高瀬舟』文学模擬裁判による読みの深まり
被告人・喜助に焦点を当てて考える小説と模擬裁判の親和性
岡山理科大学 札埜和男
キィワード:『高瀬舟』、文学模擬裁判、小説、親和性、喜助

1.はじめに(経緯と目的) 想や高校教員の証言をもとに分析した。No.3 では
法の知識や法的思考力に留まらず、模擬裁判で人 「国語科における探究的な学びを実践していくにあ
間や社会という不条理な存在を深く考える姿勢を養 たっては、ゲストを活用しながらテクストに関連す
う模擬裁判を「国語的模擬裁判」、中でも文学作品 る事柄を教科横断的な視点で生徒に提供していくこ
を題材とした模擬裁判を「文学模擬裁判」と名付け とで、読みからイメージを想起しやすくなり、深く
る。小説を用いた札埜による文学模擬裁判の実践は 学ぶことに繋がると思われる。国語としての成果に
2016 年 3 月(京都教育大学附属高校での『高瀬舟』 ついてはまた別の機会に論じたい」(2020c p.115)
裁判)から 2021 年 4 月(東北インターナショナルハ と記した。本報告では、2020c の続きとして千葉東
イスクールでの『高瀬舟』裁判)の期間、計 10 回に 高校のデータ(2019 年 10~11 月実施。3 年生「現代
なる(内訳は『高瀬舟』裁判 5 回【京都教育大学附 文」4 クラス。延べ 51 時間)を使い小説と模擬裁判
属高校、千葉東高校、オンライン高校生模擬裁判選 には親和性があり、模擬裁判で小説の読みが深まる
(注 1)
手権 、仁川学院高校、東北インターナショナル というメカニズムを明らかにしたい。
ハイスクール】、『羅生門』裁判 4 回【岐阜県立関
高校、仁川学院高校、二度にわたる国立 O 大学「教 2.協同実践者の仮説とねらい
職実践演習」】、『こころ』裁判 1 回【関高校】)。 小説と模擬裁判には親和性があり、小説の読みを
実践で得たデータをもとに分析してまとめたのは 深める手段となり得るというのは、協同実践者の村
次の通りである。 上(千葉東高校)の仮説である。村上によれば、教
室で国語の時間に小説を読み合うことと、裁判で事
表1 これまでの実践のまとめ
件に関して多方面からストーリーを考えることは共
No タイトル 年 発表媒体
通する営みであるという。小説の場合は、書かれた
1 『羅生門』模擬裁判の 2020a 『国語科教育研究
作品は作者の手を離れると1つのテクストになり、
実践的研究 第 138 回 2020 年春
それをどう読むかは読者にかかっている。いろいろ
期大会(オンライ な可能性を示しつつ妥当を探っていく。国語の授業
ン)研究発表要旨 なのでどのような解釈であっても、なぜそのような
集』pp.113-115 解釈になるか説得力のある考えが求められる。一方、
2 「『羅生門』模擬裁判 2020b 『京都教育大学国 裁判で扱われる事件もさまざまな解釈をすることは
―小説を模擬裁判で 文学会誌』第四十八 可能である。ただ国語と違って、裁判の場合は裁判
読む」 号 pp.51-64 官を納得させる必要が出てくるので、おのずと多様
な解釈は1つに絞っていかねばならない。したがっ
3 「『高瀬舟』模擬裁判 2020c 『国語科教育研究
て多様な読みを説得力次第でそのまま併存させてい
の実践的研究」 第 139 回 2020 年秋
くのが小説の読み、1つに絞っていくのが模擬裁判
期大会(オンライ
の読みということになるが、多様な解釈を前提とし
ン)研究発表要旨
て行うところに親和性があるとする。小説の読みに
集』pp.113‐115 なくて裁判の読みに存在するのは「解釈の競い合い」
ということになる。
N0.1、2 では、小説を模擬裁判の形式で読解する 国語も裁判もことばで人間を理解し、人間存在に
ことは、読みが確かに深まるという学生・生徒の感 迫る点において親和性があるとする村上は、裁判と

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は不確かな存在である人間が発することばの表現を (1)読解(3 時間)
確かなものと信じて人間を見ていき、論を組み立て、 実践で村上は「語りの問題も含めて作品読解を通
人が人を裁くという「仕組み」であることに思い至 じてテーマをどう読むか」、「模擬裁判を通じて人
り、この仕組みを国語に使いたいと考えた。 を裁くこと」、「演技を通じて人物の心情(人の想
このように村上は、模擬裁判を国語の授業実践に い)」を考えるという三本柱を絡めながら『高瀬舟』
おいて作品をより深く理解し考察するのに有用な手 という作品とそこに描かれる「人間」に同時に迫っ
法として捉え直し、小説を題材として模擬裁判を行 ていくことを軸とした。『高瀬舟』のテーマとされ
うことで、より深く人物の心情に迫り、解釈の可能 る「安楽死」という読みに留めさせたくなく、多様
性を想像(創造)してしたいという思いがあった。 なテーマの可能性を想像できることに主眼を置いて
『高瀬舟』を採用した理由については次のように 授業を行った。そこで、読みの可能性を広げさせる
述べる。『高瀬舟』は多様なテーマの可能性を読者 こと、テキスト上の根拠を意識させること、人物の
に示唆し、深い読解に耐えうる表現の豊かさを持つ 理解を明確にさせることに重点を置いて、授業準備
作品である。国語としての丁寧なテキスト読解の延 ・指導を行った。順序としては、まず内容確認を行
長線上に見える、社会への不満を抱えながらも心の い、登場人物 4 名についてプロファイル化を行なっ
内に全てを飲み込み、自分の犯した罪を認め、与え た。その後医師、弁護士、大学教員(札埜)による
られた境遇を受け入れて生きていこうとする喜助の 授業が各 1 時間ずつ続くが、札埜(2020c)で報告済
姿や、その喜助の話を聞きながら、権威や法の定め みなので、ここでは省略する。
に対して、役人である立場を超えて疑問を投げかけ (2)報告者による演技指導(1 時間)
る庄兵衛の姿に、現代にも通じる社会的な問題とそ 演技指導に関しては村上が拘った点である。なぜ
こから生じる人間存在の葛藤を考えるのに最適な教 なら「小説と模擬裁判には親和性がある」という見
材といえる。この喜助という人間に迫ることを通じ 地から、演技は言葉の上で消化しきれないものを深
て、生徒たちは必然的に、社会的格差と貧困問題、 められる手段として捉えていた。人物をどれだけ理
生と死(安楽死)、人生の不条理さ等を考えていく 解して演技するか、シナリオ以上のものをどう表現
ことになる。そのような過程を通じ「この不条理な するか、それを繋ぐのが演技、ということである。
世界で自分はどう生きるか」ということを突きつけ その考えを受けて、札埜がクラスごとに実際の模擬
る葛藤に出会わせることを意図したのである。 裁判の会場で演技指導を行った。
(3)シナリオ作成授業(3 時間)
3.実践的研究の意義 札埜・村上が作成したシナリオをそのまま演じさ
小説と模擬裁判の親和性を明らかにする意義に せるのではなく、どこを作成させるかについては、
ついて 2 点記すと次のようになる。 彼らの国語的読解を模擬裁判に取り込むために、シ
① 改訂学習指導要領への対応という、現場に貢 ナリオの一部(検察と弁護の 3 つの主張のうち 3 つ
献する社会的意義を持つ。改訂学習指導要領では教 目の主張の箇所、それに伴う論告と弁論の箇所、喜
科横断型授業が打ち出されている。模擬裁判は従来 助の最終陳述)をカットした。そしてその内容を生
公民科、新しい科目でいうと「公共」で扱われる内 徒に考えさせることとした。
容である。小説を模擬裁判で読み解くことは自ずと (4)専門家の授業とシナリオ作成の関係
教科横断型の授業となる。また新科目として「論理 医師・弁護士・大学教員とシナリオ作成の関係に
国語」「文学国語」ができる。法という「理」と小 ついて述べる。村上によれば小説というフィクショ
説という「情」を掛け合わせる実践は「論理国語」 ンをリアルな裁判の題材に転換する難しさを克服す
でも「文学国語」でも不自然ではない。 るためには、専門家の授業が必要であるという。医
②小説と模擬裁判の親和性を明らかにすることで 師による授業は医学的知識が小説の内容からリアル
新しい読解の方法を切り拓きメソッド化、理論化へ に同意殺人か殺人かを判断する根拠として繋ぐ働き
と繋げる可能性を持つ点で学問的意義を持つ。 をしている。素人では本当に小説の方法で人が死ぬ
のかわからない上、喜助がどう対応したか、状況と
4.実践の方法・内容・相互の関係性 して適切に把握しなければならない場面である。医

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学的見地から同意の有無やリアルな根拠を考える際 殺人犯かもしれませんが、私が弟を思う気持ちは本
に必要な学びとなる。弁護士の授業は、裁判の流れ 当です。我々の中にある兄弟愛をどうか皆さんに伝
や演技者としての心情を含めてリアルさを学ぶこと えたいと思います。
で、小説の世界を裁判の形に落とし込んだ時にどう
リアルにできるか形式的なところで繋ぐ働きをして (11 月 18 日)教室でのシナリオ作りの時間
いる。大学教員(札埜)の授業は読解したものをど S:先生、喜助役をやっていて疑問に思うのですが、
うやって喜助の生きた「京都」の世界をイメージし シナリオの喜助は無罪を主張しますよね。でも本文
てリアルに落とし込めるか、文学的観点から補完す の喜助は弟殺しの罪を受け入れて島流しの刑を受
る働きをするという。演技指導には理解したことを 容しています。この矛盾をどう表現したらいいかわ
どう表現に繋げるか、人物像を保ちつつどうシナリ からないのです・・・
オに落とし込むかという役割がある。 村上:それはあなたが深く読み込んでいる(ゆえの)
これらの授業は全て小説と模擬裁判を繋げる部分 疑問だよね(注2)。
や繋げ方が違っており、それぞれ全体における位置
づけは異なるが、どれも必須であり、シナリオ作成 (11 月 21 日)模擬裁判当日
は俯瞰的な視点から 4 つの学びを統合する意味を持 S の最終陳述は次の通りであった。
つという。この授業構造は小説を模擬裁判で読み解 S:このような機会を下さり言いたいことが 2 つあり
く上で重要なメソッドとして普遍化できると考えら ます。1つ、庄兵衛さん、あなた様はなぜそちら(検
れる。 察側証人)にいらっしゃるのですか。なぜ私があな
た様に訴えられるんですか。おかしいじゃありませ
5.喜助役 S にみる国語としての成果 んか。2 つ、もうそうするよりも他仕方のない、ど
模擬裁判で読みが深まったことを証明する事実と うしようもなかった状況で弟を殺めてしまった。私
して、本報告では村上が国語としての成果が最も顕 はこの先どんな判決が下されたとしても全て神様
在化したとする5組の喜助役を演じた S に焦点を当 が与えた罰を甘んじて受け入れる覚悟です。
てて、録画データや授業中での発言をもとに検証し
ていく。時系列で S の発言を追っていく。 結局本番で S が演じた喜助は、無罪を強く主張し
ない、罪を甘んじて受け入れる「喜助」であった。
(11 月 14 日)札埜による演技指導が行われ喜助が 評議の結果は殺人罪で、11 年の懲役という判決であ
最終陳述を述べる場面 った。ゲスト講師の弁護士は事後解説で「今回は、
検察官の反対質問としてシナリオには次のように 弟に同意があったかどうか、死んだ弟の気持ちを考
あった。 える事件である。法廷は生身の人間を見る場。どん
検察官:何度も取り調べを受けて記憶を喚起しなが な喜助を演じるかによって判決が異なる。演じられ
ら、条理が立ち過ぎるほどまとまっていったという た喜助は“悟ってしまった喜助”、テキストに非常
ことは、フィクションも混じる可能性もありません に忠実な喜助だった」と講評した。
か? 注目すべきは、喜助 S が検察側証人として座って
いる庄兵衛に対して叫んだことばである。本文での
弁護人:異議あり!今のは検察官の意見です。 庄兵衛は高瀬舟で喜助を護送する際、喜助に心を寄
せる同心として描かれている。それは本文を読み込
札埜:半年かけて調べられた証言って信じられる? んだ上での叫びであった。フィクションであるシナ
人間の記憶って時間がたてばたつほど不確か。条理 リオに小説のリアルな読みが刻み込まれた瞬間でも
が立ちすぎてない? あったといえる。S はやったことを納得しつつも世
の中に対して思う所を全て吞み込んで処罰を受け入
札埜:当日まで待とうか?どっちでもええよ。 れる喜助を演じたのだが、これは葛藤を生かした村
S:(10 秒ほど迷って)やってみます。 上の意図した成果であった。
S:確かに他の人から見たらただ弟を殺しただけの

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6.分析 (注1)札埜研究室主催で龍谷大学犯罪学研究センター等の
S が葛藤して読みを深めていった要因として①庄 後援を受け、2020 年 8 月 9 日に第 1 回オンライン高校生模
兵衛を検察側証人にしたこと②演技として表現した 擬裁判選手権を開催した。東西 10 校が集い熱戦を繰り広げ
こと③葛藤させるシナリオの存在、があるといえる。 た。その時の教材が『高瀬舟』であった。
とりわけ、シナリオがあることで、自分の読みと (注2)このことばを聴いた瞬間に村上は「国語として成功
の食い違いが生じ、演じながらもその差を埋める必 した」と確信を持ったという。
要性が出てきたといえる。リハーサルでは「兄弟愛」 参考文献
というありきたりの主張を述べていた S が、罪を受 札埜和男編著(2021)『「総合的な探究の時間」に使える「文
容しているのに無罪を主張するシナリオ上の矛盾に 学模擬裁判」実践ブック 森鷗外『高瀬舟』を「国語的模擬
とまどい、最後には罪への受容を主張したことから、 裁判」で読み解く』公益社団法人日本教育公務員弘済会令和
その葛藤自体が自分の読みを明確にしていく過程と 2 年度日弘教本部奨励金助成・実践研究報告書
なったと思われる。「あなたはどちら側の人間なの (本要旨原稿は『京都教育大学国文学会誌』第四十九号
か」を問うた庄兵衛への発言は、当初は自分でもよ <2021 年 7 月刊行予定>に受理された拙稿をもとにした抄録
くわかっていない読みが、最終的には自分の読みと である)。
して深めていった結果であろう。
裁判という仕組みを小説の読みに活かしたいとい
う村上の目論見は的確であったといえる。小説読解
に人が人を裁く裁判という枠組みを利用したこと
で、読みが深まっていき、喜助への表面的な同情を
乗り越えて、彼の虚無感や諦観の底にあるものを読
み取る授業の仕組みになったと思われる。小説の持
つさまざまなテーマを演技者となることによって、
他人事ではなく当事者性を持ってどう判断していく
か、考えざるを得ない仕掛けが裁判という形式だっ
たのではなかろうか。

11 おわりに(成果と今後)
成果として、喜助役Sに焦点を当てることで、小
説と模擬裁判には親和性があり読みを深める手段と
なるという仮説を検証できたのではないかと考え
る。小説を模擬裁判で読み解くメソッドとしては 4
つのリアルな授業(「争点に関わる内容」「法律」
「フィールド」「演技」)が必要となることも明ら
かとなった。小説を読み解く際に小説をもとに作り
上げた(模擬裁判の)シナリオを本文と比べ読みし、
演じることを通じて、読みが一層深まり、虚構の世
界をリアルに感じ取ることができたといえるのでは
ないか。今後実践を積み重ねメソッドとして確立し
ていきたい。「文学をシナリオに落とし込む際作品
に忠実であろうとするが限界や削ぎ落されるものが
ある。評議の中で小説では重要性を帯びない箇所が
クローズアップされる」という批判もある。これら
を克服していく方法も課題であるといえる。

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