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軍オタが魔法世界に転生したら、現代兵器で軍隊ハーレムを作っちゃいました!?

明鏡シスイ

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︻小説タイトル︼
 軍オタが魔法世界に転生したら、現代兵器で軍隊ハーレムを作っ
ちゃいました!?
︻Nコード︼

1
 N2872BW
︻作者名︼
 明鏡シスイ
︻あらすじ︼
 27歳童貞、元いじめられっ子で元引きこもりの金属加工会社員、
オレこと堀田葉太は、現代兵器大好きな軍オタであり、銃オタでも
あった。自前の金属加工技術を使ってハンドガンが作れないか夢想
していたオレは、逆恨みである日、殺されてしまう。だが︱︱目を
覚ますと赤ん坊の姿で魔法・魔術が存在する異世界に転生していた
!? マンガ好きでもあるオレは魔法を習得しようとするが、しか
し魔法・魔術の才能は﹃ほんの僅か﹄。その魔力では魔術師として
生きていくのは無理、と孤児院の主で育ての親の巨乳ウサ耳魔術師
エルに言われてしまう。だがそこは元日本下町の技術屋、その知能
と魔法加工技術と魔術道具を駆使し、現代兵器︱︱リボルバー、ア
サルトライフル、スナイパーライフルなどを作り出すことに! 銃
が暴発して指が吹っ飛んだりして、銀髪の犬耳幼なじみ︵巨乳予定︶
のスノーが心配のあまり抱きついてきてふがふが︵あいつはオレの
匂いが大好きらしい︶する中、とうとうオレはリボルバー﹃S&W
 M10﹄を作成し、初めての敵、魔物と対峙する︱︱。これは、
後の世において、その知能と独自の魔道具による軍事力で革命的と
ハーレム
も言われる英雄となり、自分だけの軍隊の力で世の中の人を救おう
とした1人の男になるかもしれない少年の物語︱︱
︵奴隷、ハーレム、流血ありの予定。人も死にます。苦手な方はご
注意下さい。ちなみに、主人公が手につけている婚姻腕輪は増えて
いく予定です。⋮⋮ハーレムなので︶﹃株式会社KADOKAWA
 富士見書房様より書籍化が決定しました﹄

2
プロローグ
プロローグ
 20××年、二月某日、冬。
ほったようた
 オレ、堀田葉太は今年で27歳。1人暮らし、年齢=彼女なし、
童貞、高校中退、元引きこもりだ。
 現在は東京都大田区で、金属加工工場で働いている。
﹁田中が亡くなったのも、こんな寒い日だったな⋮⋮﹂
 仕事が終わり、寒い帰宅路をトボトボ歩きながら、辛い過去をつ
い思い返す。

3
 オレが引きこもりだった高校時代︱︱それは、地獄と言い切って
も決して大げさではなかった。
 滑り止めのつもりがそこしか受からなかった底辺の私立高校で、
たなかこうじ
オレと友人の田中孝治は同じクラスのDQN3人にイジメを受けて
いた。
 オレたち2人とも痩せていて、弱気そうだから目を付けられたの
だろう。
 殴る、蹴るは当たり前。
 カツアゲ、タバコの火を腕に押し付ける根性焼き、DQN達の前
で自慰、便器の水を飲む&舐める︱︱上げたらきりがない。
 クラスメイトは巻き添えを恐れて、我関せずを貫く。
 担任はよけいな揉めごとは避けたくて見ないふり。
 オレと田中も、彼らに逆らう勇気を持てずただ黙ってイジメを受
け続けた。
 高校2年に進学すると、オレだけが彼らのイジメから解放された。
 クラスが変わったのだ。
 田中とDQN達が同じクラスで、オレだけが離れた形になる。
 彼らもわざわざクラスを跨いでまでイジメはしてこなかった。そ
の結果、矛先は田中に集中する。だが、オレは田中を助けようとは
思わなかった。
 イジメから解放されたことに、ただただ安堵の溜息をつく。
 オレは彼を生け贄に自分だけが助かろうとしたのだ。
 事件は2年の冬休み前に起きる。

4
 オレは元イジメられっ子ということで周囲から距離を取られ、い
つも1人で昼飯を食べていた。
 冬はトイレで食べるより、校舎裏の方が人気は少ない。だから最
近はずっと寒かったが外で弁当を食べていた。
 そこに田中とDQN達が集まっていた。
 田中は全裸で地面に正座させられ、全身を水で濡らし震えている。
 外に放置されていたバケツの水だったらしく、彼の体に枯葉が張
り付いていた。
 DQN達はそれが楽しいらしく大笑いし、スマホで撮影している。
 田中がオレに気付き、助けを求める視線を向けてきた。
 3人も視線に気が付き振り返る。
﹁何見てんだよ、ガリチビ!﹂
﹁文句あんのか? あぁッ!?﹂
 オレは彼らの声に怯えて、一目散に逃げ出してしまった。
 見捨ててしまった田中の絶望に染まった表情は、今だ鮮明に覚え
ている。
 きっと一生忘れられないだろう。
 その日の夜、田中は公園の滑り台で首を吊り自殺した。
 彼は遺書を残しており、3人にイジメられていたと告発。
 学校側はすぐに3人を無期停学処分とした。
 すぐに処分を下すことで、学校側は事件の早期収束を目論んだの

5
だ。
 学校側の狙い通り処分後は被害者、加害者同士の話し合いとなっ
た。
 話し合いは1ヶ月ほどで解決。
 加害者側が、被害者の両親に多額の謝罪金を支払うことで解決し
た。
 田中の自殺は地方の新聞欄に小さく乗って終わってしまった。
 オレはその年から、自宅に引き籠もった。
 田中を見捨てたせいで自殺した負い目︱︱それ以上に彼が居なく
なった今、停学開けDQN達の標的が自分になるのが怖くて部屋か
ら出られなくなったのだ。
 自分でも情けないほど腰抜け、軟弱な考え。しかし当時はどうし
ても部屋を出ることができなかった。
 結局、オレは高校を自主退学した。
 以来、オレはずっと部屋に引き籠もりゲーム、マンガ、アニメ、
モデルガン、現代兵器系などに嵌りのめり込む。
 特にモデルガン、現代兵器系に傾倒した。よく、本物のハンドガ
ンを手にあのDQN3人組を撃ち殺したり、戦車に乗って追い回す

6
夢想などをしたものだ。
 20歳になると、父親のツテで東京・大田区にある金属加工工場
の工員になるか、100万を手にして家を出るかと迫られる。
 100万は大金だ。しかし、せいぜい1年しか持たないだろう。
 選択肢はなかった︱︱
 だが結果としてはこれでよかった。あのまま引き籠もっていても、
親弟妹の負担になるだけで将来はない。
 両親的にも﹃東大合格間違いなし!﹄と教師から太鼓判を押され
るほど優秀な4つ下の弟がいるから、自分はお荷物にさえならなけ
ればどうでもよかったのだろう。
 実際、東京に引っ越し、1人暮らしを初めてから一度も連絡をも
らっていない。
 オレ的にも親に切り捨てられたのは身軽でよかった。
 周囲を気にせず趣味に没頭できる。
 なにより地元・山形から離れたお陰であのDQN3人組みと二度
と会うことはない。
 金属加工工場のオヤジさん達は厳しいが、理不尽な暴力は振るっ
てこない。仕事も丁寧に教えてくれる。
 あの地獄の高校生活と比べたら天と地の差だ。
 元々、オレは手先の器用さ、繊細さには自信があった。また期待
に応えようと努力したお陰でだいぶ技術も身についた。
 職人︱︱と呼ばれる彼らに比べたらまだまだ足下にも及ばないが。

7
 こうして高校時代の地獄を忘れるように仕事に没頭して約7年︱
︱だが、冬になり寒くなるたび田中のことを思い出す。
 オレにほんの少しでも勇気があれば、彼が自殺せずに済んだので
はないか、と。
 いつものコンビニで夕飯の弁当とお茶を買う。
﹁⋮⋮今更、善人ぶっても取り返しなんてつかないのに﹂
 陰鬱な溜息をつきながら、住宅街を歩く。
 自宅まで残り10メートルほどの距離で、通り道に不審者が立っ
ているのに気が付いた。
 街灯の光を嫌うように、ブロック塀に寄りかかっている。
 月明かりがあるお陰でぼんやりとたが、姿形を確認できた。
 パーカーをかぶり、下はジーンズ。寒くないのか、コートの類は
着ていない。俯いているせいで、顔は確認できないが、180セン
チ近くある背丈と骨格から男だと容易に判断できる。
 一本道のため今更背を向け引き返したら、逆に相手の神経を逆な
でする可能性がある。
 オレは絡まれないよう目を下に向け、相手からなるべく距離を取
りながら通り過ぎようとした。
﹁おい、ちィと待て⋮⋮﹂
﹁!?﹂
 声をかけられ、思わず立ち止まってしまう。

8
 男はまっすぐオレを目指して歩いてくる。
 街灯が照らす範囲に男が入ると、顔が確認できた。
 ぎょろぎょろとした瞳孔が合っていない目、血色の悪い肌、無精
髭、鼻にピアスを開け、首筋から頬にかけて入れ墨が掘られている。
 ずいぶん様変わりしたが、すぐに分かった。オレをイジメていた
そうまりょういち
DQN3人組み、リーダー格の1人だ。たしか名前は⋮⋮相馬亮一。
﹁てめぇのせいで俺の人生最低最悪に変わっちまったじゃねぇか。
アァッ! どうしてくれんだよ! クソが!﹂
﹁あ、ぅ、ぁ⋮⋮﹂
 男が歩み寄って来る度、吐き気を催す汚物のような匂いが鼻をつ
く。確かネットで合法ハーブを摂取していると、こんな匂いになる
と読んだことがある。
 相手は正常な状態ではない。今すぐにでも背を向け、逃げるべき
だ。
 しかし過去の地獄がフラッシュバックして、足が震えて動かない。
﹁田中、クソ! 堀田、クソ! てめぇらみたいなゴミが! 黙っ
て死んどけよ! クソが!﹂
 男が百円均一で買ったような安物の包丁を、パーカーのポケット
から取り出す。
﹁わぁぁああぁあぁッ!﹂
 恐怖が頂点に達して情けない悲鳴をあげてしまう。手にしてたコ
ンビニ袋を投げだし、背を向け全力で逃げ出す。
 勇敢に立ち向かい取り押さえるなどという発想は微塵も浮かばな

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い。
 ただひたすら悲鳴を上げ、逃げる。
 逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて︱︱公園へ飛び込む。
 だが、結局、追いつかれて後ろから突き飛ばされる。
 走っていた勢いもあり、砂場へと顔から倒れ込む。
 男はそのまま馬乗りになり、両手に握った包丁を迷いなく振り下
ろす。
﹁ぐがぁ⋮⋮ッ﹂
 刺された胸に血が﹃ブワーッ﹄と集まっていく感覚。
 痛みより、熱さが先に神経を刺激する。
﹁死ね! クソ! クソ! クソがああぁぁぁあぁあぁッ!!!﹂
 男は何度も、何度も、何度も雄叫びを上げ肋骨を砕く勢いで包丁
を叩き付けてくる。
 ある回数を境に自分の意識が急速に遠のくのを自覚した。
 女性の悲鳴の声も、水中越しに聞いているように遠い。
 目蓋が鉛のように重くなり、底が見えないほど深い穴に落ちてい
く感覚。
 最後に見た光景は、自分の返り血を浴びた男の狂気じみた顔だっ
た。
 テレビの画面が切れるように意識が途切れる。

10
プロローグ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
次回投稿は11月23日︵明日︶予定。暫くは毎日更新の予定です。
11
第1話 異世界に輪廻転生
 ゆっくりと水面に顔を出すように、堀田葉太は意識を取り戻しま
ぶたを開く。
︵⋮⋮ここは病院か?︶
 覚えている最後の記憶は、元イジメ主犯格の1人に、包丁で滅多
刺しにされた︱︱というものだ。
 病院に運ばれ、運良く一命を取り留めたのだと思ったが、どうも
そんな感じではない。
 ふかふかの真っ白なシーツの上に寝かせられているが、なぜか自
分の隣に赤ん坊が眠っているのだ。
︵赤ん坊と一緒に眠ると、傷の治りが早いとかっていう最新治療で

12
も実地している病院なのか?︶
 仮に100歩、いや、1万歩譲ってそういう治療があるとしても
だ。
 なぜ、隣で眠る赤ん坊の耳が犬耳なんだ。
 最初は作り物かと疑ったが、銀色の毛並みやぴくぴくと動く様子、
目の前にある存在感が本物だと訴える。
 もしかしたら突然変異や人体改造などによって生み出された子供
なのかもしれない。
 そんなことを考えていると1人の女性が覗きこんでくる。
﹁︱︱︱、︱︱︱、︱︱︱︱﹂
 日本語ではない。聞き覚えのない言語で話しかけてくる。
 だが、注目すべきは言語だけではない。
 彼女の容姿だ。
 歳は20代前半ほど。背丈は女性にしては高く、巨乳に分類でき
るほど胸もある。
 やや垂れ目だが、お陰で誰もが安堵するような穏和な表情の美女
だ。
 何より目を引くのは彼女の髪が薄いピンク色で、頭からウサギの
ような耳が生えているのだ。
 彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべ、ウサギ耳をパタパタと動かす。
 決して作り物には出せない、生の反応だ。
 彼女は腕を伸ばし、オレを抱きかかえる。

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︵嘘だろ! オレは一般的な成人男性としては少し小柄だが、女性
が楽に抱きかかえられるほど軽くないぞ!?︶
 だが、彼女は苦もなく抱きかかえ、あやすように体を揺すったり
もする。
﹃ウサギ耳の人外だから、気軽にかかえられるのかもしれない﹄と
疑ったりもしたが、すぐに正解を知ることができた。
︵な、なんじゃこりゃぁぁぁぁあッ!︶
 ウサギ耳の女性に抱えられる自分の姿が、うっすらと窓ガラスに
映る︱︱そこには女性に抱えられる黒髪の赤ん坊が映っていた。
﹁おぎゃぁぁ、おぎゃぁ!﹂
 口を動かし、声を出す。
 そこに映っているのは間違いなく、自分自身だった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 気持ちを落ち着かせるために幾ばくかの日数が経過した。
 色々、驚くべき事態が続いている。
 落ち着けオレ、クールになれ⋮⋮まず現状をひとつずつ確認しよ
う。
 元イジメッ子に刺されて目を覚ますと、自分は赤ん坊になってい

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た。
 大きな木のベッドに赤ん坊と一緒に寝かされている。
 隣に寝ている赤ん坊の髪は銀色で、耳がアニメやマンガに出てく
る獣キャラクターのような犬耳をしていた。
 よく部屋に様子を見に来る女性の耳も、人のものではない。ウサ
ギ耳だ。
 獣耳の人しかいないわけではなく、彼女の他に海外にいそうな胴
回りが太いおばちゃん達が入ってきて、赤ん坊のおしめを替えたり、
ミルクを飲ませたりしている。
 おばちゃん同士で会話をしているが英語でも、ロシア語でも、中
国語でもない。
﹁︱︱︱︱︱︱、︱︱︱﹂
﹁︱︱、︱︱﹂
 ウサギ耳女性が部屋に入ってくると、おばちゃん達と友好的な態
度で会話を始める。
 彼女は隣の犬耳赤ん坊を抱き上げた。
 頭に手を置く。
 その手が仄かに光り出す。
﹁︱︱! ︱︱、︱︱︱﹂
 女性は嬉しそうに喋り、相好を崩した。
 次はオレの番。
 同じように抱き上げられ、手のひらを頭に乗せられる。
﹁︱︱︱︱⋮⋮﹂
 オレの時は同情するように、可哀相な表情をされる。

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 理由が分からず、オレ自身どう反応していいか戸惑ってしまった。
﹁︱︱、︱︱︱︱﹂
﹁︱︱︱︱! ︱︱︱︱﹂
 ウサギ耳女性とおばちゃん達は会話をしながら部屋を出て行く。
 とにかく、自身が置かれている現状をもっと詳しく把握するため
にも彼女達の話している言語を理解する必要がある。
 だから、オレはひたすら彼女達の言葉に耳を傾け続けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 意識を取り戻してから、約1年後。
 文字を書いたり、読めたりはできないが彼女達が何を話している
のか理解できるようになってきた。
 赤ん坊になったお陰で脳みそが柔らかくなったからだろうか。
 渇いたスポンジが水を吸うように、聞いているだけで言葉を覚え
ていく。
 彼女達の言葉から、現在の状況を整理すると︱︱今、オレがいる
場所はアルジオ領ホードという小さな町の孤児院で育てられている。
 町の総人口も千人に満たない。
 本当に小さな町だ。
 アルジオ領、ホード︱︱どれも聞き覚えがない地名だ。
 外国に行けばあるのかもしれないが⋮⋮。

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 いくら海外でも犬耳やウサギ耳などをしている人は絶対にいない。
 どうやら自分はあの時、やはり殺されたようだ。
 そして地球とは別の異世界に、前世の記憶を所持したまま輪廻転
生︱︱生まれ変わってしまった。
 でなければ現状の説明がつかない。
 ウサギ耳女性は﹃エル﹄という名前らしい。この孤児院の立ち上
げた張本人だ。
 おばちゃん達からは﹃エル先生﹄と呼ばれ、慕われている。
 どうやらこの世界には、ウサギ耳だからといって差別する風習は
ないようだ。
 そんな彼女達の話を統合すると約2年前、自分は生まれてすぐ孤
児院の前に籠に入れられて捨てられていた。
 丁度同じ日、隣に寝ている犬耳の赤ん坊も一緒に捨てられていた
らしい。
︵2年前ってことは今、オレは2歳になるのか⋮⋮︶
 籠には﹃リュート﹄と刺繍された絹のハンカチが入れられていた。
 この﹃リュート﹄が自分の名前らしい。
 オレは諦観に近い感情に襲われる。
 知り合いがイジメられているのに目を反らし、自分が助かるため
の生け贄として捧げた。
 結果、田中を自殺に追い込む片棒を担いだ。
 その罪が廻り廻って、イジメ主犯格に殺され、生まれ変わったら
両親に捨てられ孤児になったのだ。

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 絵に描いたような因果応報。
 ⋮⋮だからこそ、オレは決意する。
︵この世界、この人生では強くなろう。勇気を持ち、七難八苦があ
ろうとも逃げ出さず、助けを求める人がいれば絶対に力を貸そう。
人助けをしよう。それが田中を見捨てて殺されたオレの罪滅ぼしだ
⋮⋮︶
 こうしてオレ、堀田葉太あらため︱︱リュートは自身の生き方を
決意した。
第1話 異世界に輪廻転生︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
次回投稿は11月24日︵明日︶予定。暫くは毎日更新の予定です。
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第2話 魔術液体金属
 オレ堀田葉太こと、この世界での﹃リュート﹄は3歳になった。
 ようやく問題なく歩き、喋れるようになる。
 外へ出て町の様子などを見て回りたかったが、孤児院の規則で禁
止されていた。
 1人で町に出ていいのは7歳になってからだ。
 外へ出て町に行くのは禁止されているが、孤児院内を歩き回る分
には問題ない。
 午前中、オレは決まって孤児院の大部屋でおこなわれているエル
先生の授業を受けた。
 エル先生は孤児院と町の子供達を集めて読み書き、算数、この世
界の歴史や一般常識などを教えている。

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 だから、おばちゃん達から先生と呼ばれ、慕われていたのだ。
︵算数はともかく、この世界で生きていくためにはまず読み書きや
一般常識を学ばないと︶
 授業を受ける子供は、小学校1年生ぐらいの年齢だ。
 3歳の子供は自分だけだったが、後ろの空いている席に座って静
かにしている限り追い出されることはない。
 算数︱︱足し算、引き算、かけ算、割り算はもちろん問題なし。
 外見年齢は3歳だが、中身は今年で30歳。
 高校中退だが、四則演算ぐらい身に付けている。
 文字の読み書きも頭がまだ柔らかいのか、生まれ変わった脳みそ
の出来がいいのか、両方の理由からなのか特別苦労せず覚えられた。
 歴史の授業では、この異世界ができた成り立ちを詳しく教えても
らった。
 全て話すと1日が終わるので、要約すると以下となる。
てんじんさま
 約10万年前︱︱天神様と呼ばれる神様が天上界と地上界のふた
つを作り出し、平和に統治していた。
しんぽう
 しかしある日、6大魔王が天神様が使う神法と呼ばれる秘法を盗
み出す。
しんぽう
 魔王達は神法を自分達にも扱えるよう魔法に劣化改造し、地上界
へと逃げ延びる。
 そして6大魔王は、魔法の力で地上界を征服してしまったのだ。

20
 しかし5大大陸に住む5種族の勇者達が立ち上がり、魔王から魔
法の秘法を盗み出す。そして自分達が扱えるように魔術へと改造し
た。
 そして、魔術と仲間の力によって6大魔王の内、5大魔王は倒し、
封印。
 今でも最後の魔王は、魔界大陸の奥深くで存命し息を潜めている
と伝えられている。
 だが、5種族の勇者達のお陰で再び地上界に平和がおとずれた。
 以上がこの世界ができた歴史だ。
 10万年って⋮⋮。前世の人類の歴史が始まったのが約700万
年前。それと比べれば大した時間ではないか⋮⋮。
ひとしゅぞく ようせいしゅ
 5種族の勇者達は、この世界を構成する人種︱︱人種族、妖精種
ぞく
じゅうじんしゅぞく まじんしゅぞく りゅうじんしゅぞく
族、獣人種族、魔人種族、竜人種族の計5種族からきている。
 人種族は、自分のような普通の人間だ。この世界でもっとも人口
が多い。
ようせいしゅぞく
 妖精種族は、エルフやドワーフ、妖精などを指す。
じゅうじんしゅぞく
 獣人種族は、エル先生のようなウサギ耳など、獣の容姿が顕著に
りゅうじんしゅぞく
出た種族を指す。 竜人種族は、人種族と姿形は似ているが頭に龍
の角が生えている。5種族中、もっともプライドが高い一族だ。
まじんしゅぞく まじん
 最後は魔人種族。この種族の分類は難しく、他4種族以外を魔人
しゅぞく
種族と呼ぶ場合もある。
 今でも5種族の勇者達は﹃5種族勇者﹄として親しまれ、童話や
英雄譚などの下地によく使われている。

21
 次に一般常識。
 歴史で学んだように魔王から盗み出した魔法を、地上大陸の種族
が扱えるように改造した魔術というものがこの世界には存在する。
 魔術を扱う者を、この世界では﹃魔術師﹄と呼ぶ。
 魔王を倒し封印した歴史的経緯から、魔術師の社会的地位は高い。
 もちろん魔術師にもピンキリ、ランクが存在する。
 ランクが高ければ、高いほど社会的影響力も増大する。
 以下がそのランキングになる。
 SSS級
 SSプラス級
 SS級
 SSマイナス級
 Sプラス級
 S級
 Sマイナス級
 Aプラス級
 A級
 Aマイナス級
 Bプラス級
 B級
 Bマイナス級

22
 Cプラス級
 C級
 Cマイナス級
 一般的才能の場合、Bプラス級が限界。
 A級は一握りの﹃天才﹄と呼ばれる者が入る場所だ。
 S級は﹃人外﹄﹃化け物﹄﹃怪物﹄と呼ばれる存在。
 SS級は魔王クラスと呼ばれる存在が入る場所。
しんぽう
 SSS級は神法、神術と呼ばれる神の領域。
 基本的に﹃魔術師としての才能がある﹄と呼ばれる子供達は、B
マイナス級以上の魔力を持っている。
 これは潜在的な魔力量で、外部から大雑把に感知できる。
 本人の努力と相性、工夫しだいでB級の魔力量しかないがA級、
S級に行く者だっているらしい。
 だがCプラス級の魔力を持っていて、Bマイナス級になった人材
は過去誰1人いない。つまり、通用する魔術を使うには、一定以上
の魔力が必要だということなのだろう。
 Bマイナス級以上の魔術師になれば仕事は選びたい放題、高給取
り、いわゆる勝ち組だ。
﹁生まれた時から勝ち組、負け組が明確に別れるなんて⋮⋮﹂
 しかも負け組判定を受けた者がBマイナス級以上の魔術師になっ
た例は歴史上存在しない。
 下克上は不可能という想像以上にシビアな世界だ。

23
 そのため王族や貴族、高貴な血族達は魔術師以外との婚姻を嫌う
傾向がある。
 魔術師の才能が高い者同士が結婚すると、より才能のある子供が
生まれてくる可能性が上がるためだ。だから古い血筋や高貴なほど
魔力量が基本的に高い。
 そして魔術は大きく分けて4種類が存在する。
 ?属性魔術
 ?無属性魔術
 ?回復魔術
 ?補助魔術
 属性魔術は、読んで字の如く、魔力を火などの属性魔素に変換し
操る魔術。
 無属性魔術は、属性魔術以外の攻撃魔法などで、魔力そのものを
操ったりするものを指す。
 回復魔法は、体内に作用し主に怪我などを治す魔術。ゲームなど
では白魔法と呼ばれていたものだ。
 補助魔術は、防御、移動補助などの攻撃以外の魔術を一括りで指
す。
 ちなみにエル先生の魔術師のランクは、Bプラス級。
 ただし攻撃魔術より、回復魔術の方が得意だ。
 そんなエル先生にオレは授業が終わると尋ねてみた。
﹁エル先生、聞きたいことがあるんですがいいでしょうか?﹂
﹁授業で分からないところがあったら、すぐに聞きに来るなんてリ

24
ュート君はまだ小さいのに頑張り屋さんですね﹂
 エル先生はほんわか幸せそうな笑みを浮かべて、頭を撫でてくる。
﹁授業で分からない所があったのではなく、ぼくには魔術師として
の才能があるのか確認してほしいんです﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
 撫でていた手が止まる。
 両親に﹃赤ちゃんってどこから来るの?﹄と尋ねた時のような気
まずい空気が流れた。
︵えっ、そんなまずいこと聞いたのか?︶
﹁その、あの、ですね⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮リュート君には魔術師とし
ての才能はありません﹂
 逡巡していたエル先生は、覚悟を決めると断言する。
﹁私が直接、リュート君がまだ赤ちゃんだったころに確認したので、
間違いありません﹂
︵赤ちゃんの頃、確認⋮⋮ああ、そうか! 赤ん坊の頃、抱き上げ
られて頭に手のひらを押し当てた後、悲しそうな顔をしたのはそう
いう理由だったのか!︶
 長年の疑問が解けた合点のいった表情を、彼女はショックを受け
たものと勘違いする。
 エル先生は膝を床に付き、目線を合わせると真剣な声音で話し聞
かせる。
﹁例え魔術師としての才能がなくても、決して嘆かないでください。

25
魔術師になることだけがこの世界の全てではありません。先生はこ
の孤児院で何人もの、多くの子供達を見てきました。リュート君と
同じように魔術師としての才能がなくても商人として大成した子や
職人として独り立ちした子なんかもいっぱいいます。大抵そういう
子は魔術師になる以上の幸せを見付けるものです。しかし、才能が
ないのに魔術師になるのを諦めきれず、現実と折り合いをつけられ
なくて不幸になった子達も何人も見てきました。リュート君は良い
子ですからないとは思いますが⋮⋮現実をちゃんと見据えて、身の
丈に合った人生設計を立ててくださいね﹂
 3歳児の子供に﹃才能がないから、現実と折り合いつけて、身の
丈に合った人生設計を立てて﹄なんて普通言うか?
 いや、それだけ魔術師の才能がないのに無茶をして身を破滅させ
る奴らが多いんだろうな。
﹁ちなみに⋮⋮これは興味本位なんですが、ぼくの魔力量は魔術師
のランクに当てはめるとどのくらいなんですか?﹂
﹁そうですね⋮⋮C級ぐらいですかね﹂
 C級、つまり下から2番目か。
 エル先生は遠慮せず、ばっさりと答える。
﹃魔術師を目指すのを諦めてくれればいい﹄という目論みもあるの
だろう。
 ここは子供らしく、大人の思惑に乗って返事をする。
﹁本当にぼく、才能がないんですね⋮⋮。ならエル先生の言うとお
り、魔術師以外の道を探したいと思います﹂
﹁いい返事ね。それじゃ先生、この後まだ用事があるから行くわね﹂
﹁質問に答えてくださって、ありがとうございます﹂

26
 エル先生は、立ち上がると最後に頭を撫で部屋を出て行く。
︵オレには魔術師の才能はないのか⋮⋮普通、こういう転生物語っ
て、主人公に魔術の才能があったり、小さい頃から鍛えて魔力量を
莫大にあげるとかじゃないのかよ︶
 前世ではイジメ主犯格に殺され、生まれ変わったら両親に捨てら
れ、さらに才能もないと断言される。まさに踏んだり蹴ったりだ。
︵人助けするのにも、自衛のためにも力を付けるのは必須だが、魔
術師になれないとこの世界ではキツイな⋮⋮もう少し大きくなった
ら剣術や拳法でも習うか?︶
 ないモノを妬み羨ましがってもしかたがない。
 オレは次善策に考えを廻らせる。
 しかし翌日の授業で、光明が差した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 一般常識の授業で、魔術道具について学んだ。
 魔力を持たない一般人でも魔術を使用する方法がある。
 それが﹃魔術道具﹄だ。
 魔術道具とは、魔術の力を付与した道具全般を指す。

27
 魔術の力で切れ味が増した剣、炎への耐性を得た鎧、風のように
足が速くなる靴など︱︱魔術道具は多種多様に存在する。
 当然、普通の武器より値段は高い。
 そんな魔術道具の説明で、実に興味深い代物があった。
﹃魔術液体金属﹄
 金属スライムと呼ばれる魔物を倒すと得られるアイテムだ。
 魔術液体金属は特殊な金属で、触れながら武具をイメージして魔
力を流すとそのモノの形になる︱︱という特性を持つ。
 メリットは少量なら持ち運びが楽で携帯しやすい。
 そのため暗殺者が好んで使っている魔術道具だ。
 デメリットは一度形を固定したら二度と魔術液体金属には戻らな
い。
 鮮明にイメージを描かないと、剣ならただのなまくらに、鎧は厚
さが均一でない上、サイズも合わない品物しかできない。
 使い所が限られ、扱いにくい上、値段は魔術道具のため高い。
 不人気商品の代名詞とも呼ばれる品物だ。
 脳裏に天啓にも似た電流が走る。
︵この魔術液体金属を使って銃︱︱ハンドガンが作れるんじゃない
か?︶
 この世界の冶金技術はそれほど高くないが、火縄銃ぐらいなら作
れるだろう。
 しかし火縄銃のような撃つ度、いちいち弾を込める﹃先込め式﹄
では意味が無い。

28
 この世界の魔術師と渡り合う日が来た時、現代兵器︱︱少なくて
もリボルバーぐらいは必要になる。
﹃この魔術液体金属なら部品を作り出し、組み立て現代兵器︱︱ハ
ンドガンを生み出すことが出来るのではないか?﹄とオレは思った
のだ。
 試してみる価値はおおいにある。
 すぐにでも購入してチャレンジしたいが、そんな資金は持ってい
ない。
 魔術の勉強も一切していないため、﹃魔力を流す﹄が文字通りた
だ魔力を流すだけなのかどうかも分からない。
︵別に魔術師になる必要はないけど、魔術について一通り勉強する
必要はあるな︶
 オレは赤ん坊のうちから﹃魔術師としての才能はない﹄と烙印を
押された。
 だが、オレはそんな魔術の勉強に取りかかる決意をする。
29
第2話 魔術液体金属︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
暫くは毎日更新の予定です。
30
第3話 魔術練習、見学
 リュート、3歳。
 歩いて、話を聞いて、理解できるようになりこの孤児院の状況も
大分把握できた。
じゅうじんしゅぞく
 この孤児院は獣人種族︵兎︶のエル先生が、個人的に開いている。
 彼女がなぜ孤児院を開いたのかは分からない。
 今、孤児院で暮らしている子供達は、自分を入れて18人。
 毎年2∼4人のペースで増えている。
 自分が生まれる前に起きた戦争時は、多い時に年10人程度増え
たこともあったらしい。

31
 孤児院というと毎日の食事にも事欠き、子供達の表情は暗いイメ
ージがある。だが、ここの経済状況は裕福ではないが、決して貧し
くはなかった。
 理由はエル先生が優秀な魔術師だからだ。
 小さな町のため医者がいない。
 代わりにエル先生が魔術で町の人達に治療をおこなっている。
 また子供達を集めて読み書き、算数、歴史、一般常識などの学校
︱︱というより、私塾を開いている。
 さらに魔術師として才能のある子供達に、基礎を教えたりもして
いる。
 町人達からの受けはよく女性陣がボランティアで、孤児院の手伝
いも率先してしてくれるほど良好な関係を築いている。
 彼女のお陰で上記の収入や寄付金などで、孤児達が食べるのに困
ることはなかった。
 だからといって子供達が何もしないわけではない。
 4歳は下の子の面倒を見るのが仕事で、5∼6歳は日中、文字書
きや算数、歴史、一般教養の勉強。終わったら、掃除洗濯︱︱料理
以外の雑用を担当する。
 7歳になると町の人々から簡単な仕事を受ける。
 畑の雑草取り、収穫の手伝い、麦の運び、孔雀鶏の面倒、店の掃
除などなど。
 そのお金は一部引いて残りは孤児院へと入れている。
 才覚のある者は、7歳の時点で孤児院を出る。
 行く先は商人の丁稚や職人の弟子、富裕層のメイド見習いなどだ。

32
 10歳までには孤児院を出て、仕事に就くのが暗黙の了解になっ
ている。
 オレは﹃魔術の才能なし﹄と早々に判断を下された。だが、別に
悲観はしていない。
﹃せっかくの異世界なのに、派手な魔術をぶっ放すチャンスがない
のは残念だな﹄程度だ。
 それに、魔術道具である魔術液体金属を使えばこの世界でも銃︱
︱ハンドガンを作れる可能性がある。だから、魔術液体金属でハン
ドガンを作り出せる程度には魔術を勉強するつもりだ。
 オレは文字書き等の授業と同じように、魔術の基礎授業にも遠慮
なく参加するようになった。
 本来、授業を受けられるようになる年齢は7歳。
 一般的にそれ以下の年齢で訓練をしても、まだ体ができあがって
いないため負担にしかならない︱︱と考えられている。
 文字書き等の授業は午前。
 昼を挟んで、午後から魔術師基礎授業が孤児院の裏庭でおこなわ
れる。
 オレは午後、裏庭の隅に移動して授業の様子を眺めた。
 エル先生がいたたまれない表情をしたが文字書き等の授業と同じ
で、騒がず静かにしているぶんには見逃してもらえる。
 エル先生の前に、魔術の基礎を学ぶ生徒達が並ぶ。
 孤児院出身の子が1人、町の子が2人︱︱計3人。

33
 上の世代が孤児院を出て魔術を正式に習う魔術学校へ進学したり、
才能を持つ者が稀なため授業人数は少ない。
 エル先生のかけ声のもと、まずは準備体操。
 建物の周りを走るランニング。
 筋トレ。
 休憩の後、格闘技の訓練。
 この世界の格闘技は打撃、投げ有り。
 レスリング+キックボクシングのような格闘技を教える。
 休憩の後、次は剣術。
 木刀を持ち、ひたすら素振り。
 のちに生徒同士やエル先生を相手に乱取りをする。
 先生曰く、才能のある魔術師ほど剣術、格闘技も一流。
 この訓練をちゃんとしておかないと、魔術師相手に魔術も使われ
ず素手や剣で倒される可能性もあるらしい。
 どうやら魔術師は意外と肉体派のようだ。
 再び、休憩。
 その後、いよいよ魔術の練習だ。
 まず最初は補助魔術である﹃肉体強化術﹄。
 魔力で体を覆い身体能力を向上させる魔術だ。
 肉体強化術が終わると、次は相手の攻撃魔術を防ぐ唯一の防御方
法︱︱抵抗陣を作る練習。
 このふたつが魔術師として必須技術。

34
 特に抵抗陣は危険だと本能が感じ取ったら、瞬時に展開できない
と実戦レベルでは使い物にならない。
 生徒達も命がかかっている防御魔術のため、みんな一生懸命練習
する。
 最後はいよいよ攻撃魔術。
 見学のオレが見つめている中、先生の指示に従い生徒達は初心者
用の基礎攻撃魔術の練習を始める。
フレイム・ランス!
﹁我が手に灯れ炎の槍! 炎槍﹂
 生徒のかけ声と共に、1メートルほどの炎の槍が生まれて虚空へ
と放たれる。
 数もひとつ、発現速度、速力、威力、大きさなどまだまだらしい。
 全員が魔力限界まで攻撃の練習をする。
 さらに来年からは、無詠唱魔術の練習が始まる。
 やりかたは︱︱どういった攻撃・形・威力にするかを明確に想像
して、通常の魔力の約2倍使って攻撃したい相手に強い感情をむけ
れば発動する。
 無詠唱魔術は通常の魔術方法に比べて出も遅ければ、威力も落ち
て、魔力の消費も多い。
 デメリットが満載の技術だ。しかし普通の魔術が使えない、声が
出せない状況などは多々ある。
 その時、無詠唱魔術を使えるかどうかで生死が分かれる。
 だからこれも必須科目になっている。
 これが魔術師基礎訓練の内容だ。

35
 裏庭の隅で講義を聞き、やり方を眺めていたお陰でだいたいの流
れは掴んだ。
 門前の小僧習わぬ経を読む︱︱ではないが。
 授業中、さっそく自分自身で練習を開始する。
 まずは抵抗陣から。
︵エル先生曰く、﹃魔力で壁を作るイメージ。相手の攻撃を拒絶、
抵抗する感情を込めると上手く作れる﹄だっけ?︶
 つまり、AT○ィールドですね、分かります。
﹁すっー、はぁー、すっー、はぁー﹂
 呼吸を繰り返し、目を閉じる。
 意識を集中して、エヴァン○リオン劇場版を思い出しイメージを
固める。
 まぶたを開き、叫んだ!
﹁AT○ィールド、全開!﹂
 目の前に薄く光り輝く菱形に広がる抵抗陣が出現する。
﹁おぉ! やった! できたぁぁ∼∼∼ぁぁッ﹂
 死神に魂を引っこ抜かれたような虚脱感。
 喜びの声は後半、間延びしてかすれて消える。
 イジメ主犯格に殺された時のように意識は、底なしの暗い穴へ落
ちていった。

36
 次に目を覚ましたら、子供部屋の布団で寝かされていた。
 幼なじみの銀髪少女、スノーから聞いた話では、オレが見よう見
まねで抵抗陣を作成。
 しかし加減も分からず一気に体内にある魔力を消費したせいで脱
糞し、白目で気絶してしまった。
 異変に気が付いたエル先生が、授業を中断し慌てて駆けつけてく
れた。
 汚れた下着やお尻などは、ボランティアのおばちゃん達が洗い、
着替えさせ布団に寝かせてもらったらしい。
 幼なじみにも怒られてしまう。
﹁だめでしょ、リュートくん先生にめいわくかけちゃ!﹂
﹁ごめん、ごめん。次は気を付けるよ﹂
 すでに対抗策は思いついている。
こんな過ちは二度と起こさない。
 オレが目を覚ましたと知ったエル先生に呼び出され、やんわりと
した口調で叱られた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 失敗、失敗☆
 中身は大人だが、外側は子供だから失敗しても許されるよね!
 オレは叱られても懲りずに魔術師基礎授業に参加した。

37
 エル先生や生徒達は、難しい顔をしたが相手はまだ3歳児。
 目くじらを立てて追い払うのも憚れる。
 もちろんオレだって何の対策も取らず参加しているわけではない。
 前回の失敗を踏まえ、すでにトイレで腸の中身をからっぽにして
きた。
 例え魔術に失敗しても、これで漏らさない。
 完璧だ。
 オレは決め顔を作りながら、再び特訓に参加する。
 肉体強化術をおこなう練習を眺める。
 町人の2人は、授業参加1年目同士。
 肉体強化術を行いながら、軽く手合わせをしている。
 エル先生は、今年から初参加の孤児院の子にかかりっきりになっ
ていた。
﹁もっと全身を満遍なく均一に魔力でおおってください。偏りがあ
ると無駄に消費して、すぐに魔力切れをおこしますよ﹂
﹁は、はい。頑張ります﹂
 初心者の生徒は、エル先生の指示に応えようと努力する。
 オレは2人のやりとりを眺めながら、エル先生のアドバイスを参
考に今度は肉体強化術を試してみる。
︵えっと⋮⋮﹃全身を満遍なく均一に魔力で包む﹄だったな︶
 つまり、ハ○ター×ハン○ーの念○力ですね、分かります。
﹁すっー、はぁー、すっー、はぁー﹂

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 呼吸を繰り返し、目を閉じる。
 意識を集中して、主人公が念○力に目覚めたマンガ回を思い出し
イメージを固める。
 まぶたを開き、叫んだ!
﹁はぁッ!﹂
 全身から沸騰した湯気のように魔力が溢れ出す。
 軽くジャンプしてみると、楽に身長の倍以上飛んだ。
﹁おぉ! これが肉体強化術の力か! 本当に体が強化されるんだ
なぁぁ∼∼∼ぁぁッ!?﹂
 再び死神に魂を引っこ抜かれたような虚脱感。
 喜びの声は後半、間延びしてかすれて消える。
 足に力が入らず、そのまま仰向けに倒れてしまった。
 次に目を覚ましたら、子供部屋の布団で寝かされていた。
 幼なじみの銀髪少女、スノーから聞いた話では、オレが見よう見
まねで肉体強化術を実行。
 しかし加減も分からず一気に体内にある魔力を消費したせいで気
絶、後ろに転倒、地面に埋まっていた石に後頭部をぶつけて派手に
出血、失禁、寝ゲロして喉を詰まらせ酸欠に陥っていたとのことだ。
 エル先生が異変に気付いて、慌てて駆け寄り救護しなければ死ん
でいたらしい。
 オレが目を覚ましたと知ったエル先生に呼び出され、ウサギ耳を
ピンと立たせた先生に大声で叱られる。

39
 初めて見るエル先生の本気の激怒。
 中身は30歳を過ぎているのに、オレは恐怖で震え上がってしま
った。
 これが普段、大人しい人を怒らせると怖いという原理か⋮⋮。
 二度目の妨害で、エル先生直々に魔術師基礎授業の参加不可を言
い渡された。
 さすがに二度も邪魔してしまったのはまずかった。
 読み書き等の授業だって邪魔をせず大人しくしているから参加を
許されていたのに⋮⋮。
 魔術師の勉強は暗礁に乗り上げてしまう。
第3話 魔術練習、見学︵後書き︶
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明日、11月26日、21時更新予定です。
40
第4話 リバーシ
 リュート、4歳。
 オランダのサッカー元代表のヨハン・クライフ曰く︱︱﹃まずボ
ールをコントロールする、それがすべての基盤だ。もしボールをコ
ントロールできないなら、ボールを追って走ることになる。それは
別のスポーツだ﹄
 と、言うわけでオレはいきなり魔術を使うのではなく、まず魔力
をコントロールする訓練から始めることにした。
 4歳になると下の子供達の面倒を見なければならない。
 逆に面倒さえ見ていれば後は何をしていても許される。
 面倒を見る子供は2∼3歳の男女、3人だ。

41
 彼・彼女達を、オレ達4歳の4人で面倒を見ないといけない。
 オレ達は自室︱︱2∼4歳が寝起きする﹃子供部屋﹄で年下の相
手をすることになっている。
 だがオレを除いた3人が女子のため、勝手に子供達の面倒を全て
見てくれる。
 お陰で魔力をコントロールする技術磨きに専念できる。
 オレは子供部屋の隅に陣取り、一般授業でエル先生が講義した内
容を思い出す。
 エル先生は﹃魔力﹄というモノが何なのか具体的に説明してくれ
た。
 魔力はその人物が持つ魂の器に入るエネルギーそのもの。
 体、精神を維持する魂の量は、種族に関係なくほとんど変わらな
い。
 魔力とは体や精神の維持に必要な分を除いた、魂の器に残ったエ
ネルギーの量を指す。
 魔力量は、種族によっても千差万別。
 湖のように大きかったり、洗面台ぐらいしかなかったり、コップ
1杯程度しかない場合もある。
 だから、魔力を根こそぎ使うと体や精神を維持するエネルギーが
不足して意識を失ってしまうのだ。
︵オレが気絶したのも、調子に乗って体や精神を維持するために必
要な魔力まで使ってしまったからか︶

42
 なら、まず自分の魔力総量を把握して、どれぐらい使ってもいい
のか限界値をはかる作業から始めよう。
 目を閉じ内側に意識を向ける。
 ぼんやりと温かな塊が胸の中心部にある気がする。
 その温かな光から右腕にゆっくりと少しずつ流すイメージ。光は
胸の中心部から、右腕に移動する。
 魔力を消費する感覚はなく、体に疲労や虚脱感もない。
 試しに右腕に集めた魔力を外部に放出してみる。
﹁うぉっ⋮⋮﹂
 光を半分程度、放出する。
 体が徹夜明けのように重くなった。
︵この光の塊そのものが使える魔力総量なのか︶
 恐らくその予想は当たっているだろう︱︱自身の直感が告げる。
 翌日。
﹃子供部屋﹄で、年下の面倒を少女達が見ている。
 オレはそれを横目に部屋の隅に座り、再び魔力コントロールの特
訓を開始した。
 目を閉じ、胸の中心にある温かな光の塊をまずは感じる。

43
 その温かな光から右腕にゆっくりと少しずつ魔力を流すイメージ。
 昨日はただ右腕に移動させるだけだったから気にしなかったが、
流れは真っ直ぐとは進まない。
 マウスで直線を描くように光の道は歪んでしまう。
 道の幅も波打っているように歪み、均一ではない。
︵このままだと送りたい箇所に素早く、想定した量を安定的に運ぶ
のは無理だな︶
 まずは流れを真っ直ぐ、幅も自分で調整できるようになろう。
 これができるようになれば必要量の魔力を、素早く必要な箇所に
送れるようになる。
 そこまで行けば、魔力をコントロールしていると言って差し支え
ないだろう。
 腕をまくり、気合いを入れ直す。
 だが、少女3人の抗議で、訓練は中断させられる。
﹁リュートくんもちゃんと下の子の面倒みなきゃダメでしょ﹂
 代表として注意してきたのは、スノーという少女だ。
 髪は銀髪のセミロング。
 肌は真っ白で、犬耳と尻尾が特徴的な少女だ。
 彼女は白狼族と呼ばれる北大陸の雪山に住む珍しい種族だ。
 彼女と自分は同じ日、仲良く一緒に孤児院の前に赤ん坊の時、捨
て置かれていた。

44
 この異世界では意外と赤ん坊を無断で置き去りにする親は殆どい
ない。
 この孤児院に来る子供達は両親が病気、事故、戦争等で死亡。
 経済的な理由、他孤児院がいっぱいになったためなどだ。
 残りの少女2人も、3歳の時に両親が病気と事故で亡くなり頼れ
る親戚もいないため引き取られた。
 同じ日に孤児院の前に捨てられ、赤ん坊の頃から同じベッドで寝
かされてきたオレとスノーは孤児院の中でも幼なじみ度が高い。
 そのせいで2人でペアを組ませられることが多かった。
 オレは愛想笑いを浮かべながら、言い訳する。
﹁そうしたいのは山々なんだけど、みんなのあやしかたが上手いか
らぼくの出番がなくてさ。だから邪魔にならないよう隅にでも座っ
てようかなっと思ったわけで⋮⋮﹂
 彼女達は子供をあやすのが本当に上手い。
 すでに子供達は気持ちよさそうに布団で眠っている。
 スノーは勝ち気な大きな瞳を、オレの顔へと寄せ要求を突き付け
てくる。
﹁だったら、スノー達のおままごとを手伝って。役が足りないの﹂
﹁おままごと?﹂
 視線を向けると、他2人の少女達が部屋の中心で座って待ってい
た。

45
﹁遊んでくれないと、先生にリュートくんがお仕事さぼってたって
言うから﹂
﹁別にサボってたわけじゃないんだけど⋮⋮わかったよ。一緒に遊
ぶよ﹂
 エル先生の名前を出されたらお手上げだ。
 魔力コントロールの特訓を中断して、重い腰を上げる。
﹁それでぼくはいったい何の役をやればいいの? お父さん、それ
とも旦那さんとか?﹂
﹁リュートくんはね、ペットのピンクスライム役ね﹂
﹁それ本当に必要か⋮⋮?﹂
 思わず素で返事をしてしまった。
 その日、オレは彼女達に解放されるまで、隅で﹃ぷるぷる﹄と言
い続けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ペット役をやってから3日連続で、彼女達のおままごとに付き合
わされた。
 その間にやった役は﹃白黒ウサギ﹄﹃長髭イタチ﹄﹃極楽オウム﹄
などのペット役だけ。

46
 一度、彼女達にペット役以外の役がやりたいと声をあげた。
 しかし素気なく却下される。
 彼女達がやるおままごとは、貴族のお嬢様ごっこだ。
 今、富裕層はペットを飼うのが流行っている。だから自分達にも
ペット役が必要なのだと力説された。
 前世の世界でも異世界でも、男が女子に口で勝てるはずがない。
 しかも相手は3人で数でも負けている。
 いくら精神年齢が30歳を過ぎていても、オレが彼女達に勝てる
道理はないのだ。
 だが、オレとて大人しく4歳の子供に顎で使われていたわけじゃ
ない。
 時間を見付けては孤児院近くの河原に行って、白く平べったい石
を拾い集めた。
 片面をインクで黒く塗り、陽に当てて乾燥。
 いらない木板をもらい、ナイフで8×8=64のマス目を彫り刻
む。
 4回目のおままごと。
 彼女達はいつものように、ペット役をするよう申し込んできた。
 今回はこちら側もある条件を出す。
﹁ぼくが︵前世の知識で︶作ったゲームで誰か1人でも勝てたら、
ペット役をやってあげるよ﹂
 ﹃リバーシ﹄を彼女達の前に突き出した。

47
﹁﹁﹁リバーシ?﹂﹂﹂
 少女達は声を合わせて首を傾げる。
 自作の盤とコマを使って、3人にリバーシのルールを説明した。
 日本人でリバーシの名前を知っていて、ルールが分からない人は
いないだろう。
 それぐらい単純で覚えやすい。
 だから、オレは数あるボードゲームの中でリバーシを選んだのだ。
 狙い通り、少女達もすぐにルールを覚えてくれた。
 まず1人目のチャレンジャーは、スノー。
 彼女はもちろん白を選ぶ。
﹁先行はスノーからでいいよ﹂
﹁リュートくんに勝って、今日は金色マルマル役をやってもらうん
だから﹂
 なんだよ、金色マルマルって⋮⋮。
 スノーは嬉々として黒を塗りつぶしていく。
 オレは最初、彼女に花を持たせるように黒い石を白く変えさせる。
﹁リュートくん、自分で作ったゲームなのによわーい﹂
 スノーは自身が優勢だと思いこみ、調子に乗った発言をする。
 得意気に犬耳をぴくぴく動かす。
﹁はっはっはっ。スノー、冗談を口にするならもっと面白いことを

48
言わないと。足し算も引き算もまだできないスノーに、このぼくが
知的遊戯で負けるとでも?﹂
﹁むぅー、やな感じ! だったらリュートくんが負けたら、金色マ
ルマル役の他に、スノーの命令をひとつ聞いてもらうからね!﹂
﹁望むところだ。もしぼくが勝ったら犬耳と尻尾を思う存分モフモ
フさせろよ﹂
﹁犬耳じゃなくて、狼! スノーは白狼族なんだから!﹂
﹁はいはい、約束忘れるなよ﹂
﹃ぷんぷん﹄と怒るスノーを宥め、盤面に目を落とす。彼女は相変
わらず考えなしに、黒コマを白へと変えていく。
 スノーは誤解している。
 リバーシとは最終的にもっとも多くコマの色を変えた者が勝者な
のだ。
 ゲーム途中のコマ数を誇っても意味はない。
 白石がある程度増えたところで反撃に転じる。
 隅を押さえて白石を黒に変えていく。
 隅を押さえているから、スノーは石の色をもう変えられない。
 盤面は一瞬で黒が優勢になる。
﹁うぅぅうぅ⋮⋮負けました﹂
﹁素直に負けを認めるとは潔し。でも、モフモフの件は忘れるなよ﹂
﹁わ、分かってるよ。⋮⋮夜、寝る時に触らせてあげる﹂
﹁お、おう﹂
 スノーは恥ずかしそうに、犬耳をぱたんと倒して上目遣いで同意
する。
 こちらが照れてしまうほど、しょげた彼女の姿は可愛らしかった。

49
︵なんかそんな言い方されると、ちょっとエッチな約束をしたよう
な気分になるよな⋮⋮︶
﹁どうしたのリュートくん。顔、赤いよ。風邪でも引いちゃった?﹂
﹁い、いやなんでもない。次の相手は誰?﹂
 汚れた考えを落とすように首を振り、勝負を挑む。
 視界の端でスノーが不機嫌そうに頬を膨らませる。
 その理由にオレは思い至らなかった。
︵さっきのリバーシで大人げなく勝ちすぎたせいか? だったら次
はもう少し手加減してやるか⋮⋮︶
 そんなことを考えながら残る人種族の2人の相手する。
 もちろんスノー同様、圧勝した。
 勝負後、スノー達はリバーシを貸して欲しいと要求してきた。
 強くなってオレを倒し、おままごとのペット役をやらせるためら
しい。
 心優しいオレは、快く敵に塩を送るようにリバーシを貸し出す。
 彼女達はおままごとそっちのけで、リバーシの練習を開始する。
 翌日も当然のようにスノー達はリバーシ勝負を挑んできた。
 練習してきただけありそこそこ腕は上がっていたが、敵ではない。
 リバーシをあえて選び作ったのは﹃ルールが覚えやすい﹄の他に、

50
オレがやりこんでいたからだ!
 引き籠もってた高校時代&一人暮らし中、遊ぶ友達もいなかった
ため時間を潰す時によく無料ボードゲームに熱中した。
 リバーシはその中でもやりこんだ方で、一時はコンピューター相
手では満足できなくなり公式試合に出ようかと真剣に考えたほどだ。
 結局、初対面の人と会うのが怖くて参加しなかったが⋮⋮。
 そんなオレに4歳児が少し練習した程度で勝てるはずもなく、ス
ノー達は惨敗を喫する。
 外見は子供だが、中身は今年で31歳!
 例えやりこんでいなかったとしても、子供に負けるほど弱くない
わ!
 ⋮⋮あれ、なぜだろう。目から水が溢れてきたぞ。
 さらに数日間は勝負を挑まれたが、軽く全勝。
 スノー達も実力差のあるオレと勝負するより、仲間内で遊ぶ方が
楽しいと気付き以後、挑んでこなくなった。
 子供達を寝かせた後は、スノー達は3人で交替しながらリバーシ
で遊んでいる。
 さらにリバーシは、オレ達より年齢が上の子供達にまで流行する。
 オレが作ったリバーシの盤、コマを真似して自分のを作り遊ぶ姿
をよく見掛けた。
 エル先生やボランティアのおばちゃん達も興味を示し、実際にや
って好評を博した。

51
 ルールが単純で一度覚えたら誰でも遊べるのがよかったのだろう。
 スノー達のペット役から解放されたオレは、あらためて魔力コン
トロールの訓練に励む。
 約30日ほどかかって魔力を糸のように細く、直線で素早く体中
に移動させる技術を身に付ける。
 慣れると意外と簡単だった。
 さらに訓練期間で気付いたことがいくつかある。
 ひとつは﹃魔力の塊から、魔力の欠片を引き離しても消えない﹄
ことだ。
 魔力の塊から、欠片を千切って右手人差し指まで移動する。
 次に中指、薬指、小指と順番に。
 体外に放出しない限り、魔力はどこへ移動させても決して消費し
たりしないのだ。
 この技術は体のある一部を一時的に強化したい場合に重宝する。
 例えば右腕を一時的に強化したい場合︱︱魔力の塊から3秒分だ
けを千切って右腕に移動。
 その魔力で右腕を包み込めばいい。
 もうひとつは﹃魔力で包む量が多ければ多いほど力が増大する﹄
だ。
 しかしその分、魔力消費量は高い。
 ほどほどに強化したい場合は、少しだけ魔力を使えばいい。

52
 魔術コントロールの訓練がある程度終わると、抵抗陣の研究&訓
練も開始した。
 抵抗陣も研究の結果、才能のある魔術師をマネて空中に展開する
と魔力を大量に消費することが分かった。
 例えば右腕を突き出し手のひらを起点に抵抗陣を作り出すと、た
だの空中に出すよりずっと魔力消費を押さえることができる。
 この事実を知ると、自分とBマイナス級以上の魔力を持つ人達と
の絶対的な魔力量の差に愕然とする。
 彼・彼女らはまったく気にせず肉体強化術や抵抗陣を使用してい
る。
 さらに攻撃魔術まで使えるのだから、才能差は歴然だ。
 禁止されている魔術師基礎授業の様子を思い出し愕然とする。
 才能という壁が圧倒的に違うことに。
 彼・彼女達ももちろん長時間の戦闘を想定して、魔力消費を抑え
た戦い方をしている。
 だが元々持っている魔力量が違うためこちらが爪先に蝋燭を灯す
ような節約をしているのに対して、彼・彼女達は﹃さっきのスーパ
ーより100円安いのを見付けた﹄と喜んでいるレベルだ。
﹃才能がない﹄と判断された者が、Bマイナス級以上の魔術師にな
れない理由がこれでよく分かる。
 魔力量が根本的に違うのだ。
 とりあえず手のひらを突き出せば、最小の魔力で抵抗陣を瞬時に
作り出せるぐらいにはなった。

53
 オレはこの研究と実験、練習で1年を使い切ってしまう。
第4話 リバーシ︵後書き︶
時間ができたので続きをアップします。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、11月26日、21時更新予定です。
54
第5話 商人との交渉
 リュート、5歳。
 午前中に、本格的に読み書きや計算、歴史、一般常識などを学ぶ
授業が始まる歳だ。
 だが、オレは3歳の時に勝手に授業に参加して、全て出来るよう
になっていた。
 そのためエル先生の補佐として、学習の遅れている子に付き添い
教える役割を与えられる。
 遅れている子の1人がオレと同い年のスノーだ。
 彼女は読み書きを覚えるのは早いが、算数の計算がどうも苦手ら
しい。

55
﹁左側のお皿にパンが5つ、右側のお皿にパンが12あります。で
は全部でいくつあるでしょうか?﹂
﹁え、えっと⋮⋮﹂
 白く小さな指を折り曲げ、計算する。
﹁じゅ、15?﹂
﹁外れ、正解は17だ﹂
﹁うぅ∼﹂
 5歳になり伸びた髪をポニーテールに結んでいる。
 犬耳が悲しそうに伏せた。
 スノーは両手を越える計算がまだ苦手らしい。
 オレは落ち込む彼女の頭を撫でながら、慰める。
﹁大丈夫、スノーがちゃんと計算できるまで付き合うから。それに
スノーなら足し算ぐらいすぐにできるようになるよ﹂
﹁ほんとう?﹂
﹁もちろん。だから、あんまり落ち込むな。それじゃ次の問題、出
すぞ。左側のお皿にパン3、右側のお皿にパンが5あります。では、
全部でパンはいくつあるでしょうか?﹂
﹁えっと、えっとね⋮⋮8!﹂
﹁正解! スノーは天才だな! 偉い偉い!﹂
﹁えへへへ﹂
 山本五十六曰く︱︱やってみせ、言って聞かせて、させてみて、
ほめてやらねば人は動かじ。学習の意欲を失わせることが、一番
よくない。

56
 と、立派な建前は置いておいて。
 本音はスノーを褒めると白い頬を、分かりやすいほど赤くする。
 尻尾もパタパタと嬉しそうに左右に揺れる。
 それが可愛くて、彼女をすぐ褒めてしまう癖がついてしまう。
﹁それじゃ次の問題、出すぞ﹂
﹁うん! ちゃんと足し算できるように頑張る﹂
 無邪気な満面の笑顔でスノーが告げる。
︵あぁ、可愛いな。前世のオレに妹か娘がいたらこんな風に可愛い
って思ったのかな︶
 実際に前世でいたのは弟で、結婚どころか恋人すら作れず殺され
てしまったが⋮⋮。
 オレはつい、もう一度スノーの頭を撫でてしまう。
 彼女は嫌がる素振りを見せず気持ちよさそうに眼を細めた。
 授業の補佐が終わると5、6歳の子供達は午後は掃除、洗濯、食
くじゃくにわとり
器洗い、孔雀鶏小屋の掃除などを手分けをして行う。
 手伝いが終わったら、残りは自由時間だ。
 自由時間になると、オレは男子部屋で魔術の節約コントロール練
習を続けた。
 練習に疲れたら、魔術液体金属を買うための資金調達を考える。
 今のところ有力なのが、マヨネーズ作りだ。

57
 この世界にはマヨネーズがない。
 ﹃マヨラー﹄という単語すら生み出したあの調味料なら、販売す
ればヒットは間違いないだろう。
 卵、酢、油はあるから作るのは難しくない。
 問題は先立つ金がないのだ。
 資金を稼ぐための資金がない⋮⋮まるで﹃金庫に入った鍵﹄だ。
 金庫を開けるためには鍵が必要で、その鍵は金庫の中︱︱という
話だ。
﹁いっそ町の食堂にマヨネーズのレシピを売ればいいのか?﹂
 だが、町に出ていい年齢は7歳から。
 お金を稼いでいい年齢も7歳。
 結局、後2年は大人しくしていないと駄目か⋮⋮。
 悶々としていると、意外な所から金儲けの話が舞い込んできた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 昼食後、スノーと一緒に薪拾いに行く途中で呼び止められる。
﹁リュート君、ちょうどよかった。今、呼びに行くところだったの﹂
﹁どうしたんですか、エル先生﹂

58
﹁実はリュート君に会いたいという方がいらっしゃっていて。応接
室に来てもらえるかしら?﹂
﹁まさか⋮⋮僕を捨てた両親か、親戚筋が迎えに来たんですか?﹂
﹁⋮⋮ッ﹂
 エル先生は気まずそうな顔をする。
 なぜかスノーまで泣きそうな表情になっていた。
 冷めているかもしれないが、オレは別にこの世界の産みの親に会
いたいとは少しも思っていない。
 まだ5年しか生きていないが、この世界はただ生きるだけでも大
変だ。
 それに両親にも、何か理由があったのだろう。
 だから別に恨んでいない。
 この転生世界で、オレに会いに来る人物はそれぐらいしか思い当
たらなかったから、ただの疑問として尋ねただけなんだが⋮⋮
 2人からそこまで同情的な態度を取られるとは予想しておらず、
反応に戸惑ってしまう。
 エル先生は大人として、誰より早く立ち直り口を開く。
﹁リュート君のご両親や親類の人が来たわけじゃないの。ごめんな
さい、変な誤解を与える言い方をして﹂
﹁大丈夫です。僕もただ気になったから聞いただけですから。別に
今更、両親に会いたいとも思ってませんし﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 スノーがなぜか俯き、悲しそうに耳と尻尾を垂らす。

59
﹁本当にごめんなさい。それでリュート君に会いに来たのは、先生
の知り合いの商人さんなの﹂
 商人がなぜ、オレに会いに来るんだ?
 まぁ、会って話せばすぐに分かるだろう。
﹁でも僕達、これから薪拾いに行かないと﹂
﹁薪はまだ少し余裕があるから、今日はいいわ。スノーちゃんは他
の子のお手伝いをしてもらえるかな?﹂
﹁わかりました、先生﹂
 スノーは素直に先生の指示に従い孤児院の中へと戻る。
 オレはスノーと別れ、先生と一緒に応接室へと向かった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 応接室には掃除をするため何度も入っている。
 簡素なテーブルに椅子が4脚。
 端に事務机がありインク壺などの文房具が整理整頓されている。
 たまに花瓶には、子供達が野原で積んできた野草の花が生けられ
ていることもある。
 すでに商人は椅子に座っていてお茶を飲んでいた。彼の前にはな
ぜかリバーシが置かれていた。

60
 リバーシは先生の私物だ。
 木盤のマス溝が綺麗で、石も形が揃っている。
 日頃の感謝をこめてオレを含めた孤児院の子供達で協力して作り、
プレゼントしたので出来が良い。見慣れているので一目で分かった。
 2人はすでに一戦交えたのか、白の勝利で盤面は埋まっていた。
 エル先生と一緒に、商人の正面に座る。
 商人は20代後半の男だ。
 茶色い髪を短く切りそろえ、髭も丁寧にそり落としている。
 とても清潔感がある。
 ビジネススーツを着せて、革張りのソファーに座らせたら﹃やり
手IT企業の若社長﹄と言った風貌だ。
 彼が握手を求めてくる。
﹁初めまして、リュート君。僕は商人をしているマルトンだ﹂
﹁リュートです。初めまして、マルトンさん﹂
﹁エル先生の言う通り、歳のわりにしっかりした受け答えをするん
だね﹂
︵そりゃ、実際の精神年齢は今年で32歳。多分貴方より年上です
から︶とは言わず、適当に子供らしく微笑みを返す。
 挨拶を済ませると、エル先生が話を進める。
﹁マルトンさんはさっきも話した通り、私の知り合いなの。それで

61
今日は町を通りかかったから挨拶をしに来てくれたんだけど、リュ
ート君の作った﹃リバーシ﹄を見て是非、話を聞きたいと仰って﹂
﹁はぁ﹂
 意味が分からず曖昧に返事をする。
 マルトンが笑顔で詳細を話し出す。
﹁本当はエル先生に挨拶をしに来ただけだったけど、他の子達がリ
バーシで遊んでいるのを見てね。﹃これは絶対に売れる!﹄と僕の
商人の勘に響いたんだ﹂
 そして商人は長々と何故売れるかの持論を展開する。
 要約すると︱︱馬車の移動の際、馬を操る側の御者台は忙しいが
中にいる人間はそうでもない。
 ただ揺られるだけの暇な時間は苦痛である。
 だが、リバーシならその間に気軽に遊べる。
 一応この世界にもチェスに似たゲームはあるがルールが複雑で、
主に遊んでいるのは上流階級の年配男性が教養として嗜んでいる程
度だ。
 しかしリバーシなら物珍しいのとルールが単純ですぐに覚えられ
る。
 貴族達にも絶対にうけると断言された。
 マルトンは開発者からリバーシの権利を買うため、オレを呼び出
したのだ。
 自分の中で咀嚼した話を吟味する。
 疑問が湧いたので尋ねた。

62
﹁ひとつ質問してもいいでしょうか?﹂
﹁なんだい、何でも聞いてくれ﹂
﹁どうして許可を取らず黙って作って販売しなかったんですか?﹂
 この世界に著作権は存在しない。
 アイデアを盗んだからといって、犯す法などないのだ。
 マルトンは微苦笑を浮かべて、両手を広げる。
﹁確かに我々商売人にとって騙し合いなどは日常茶飯事。だが、さ
すがに子供から盗んで荒稼ぎしたと分かったら同業者から叩かれ、
僕の商売人としての信用は大打撃を受ける。商売人が信用を失うと
いうことは破滅と同義だ﹂
 マルトンは一区切りつけ、微熱が篭もった目をエル先生へと向け
た。
﹁それにエル先生には事故で大怪我をした僕を、治癒魔術で助けて
もらった恩がある。そんな命の恩人の子を騙すマネなどできるはず
がない﹂
 オレはその理由に納得する。
 だが、決してこいつが恩だけでエル先生に熱い瞳を向けているわ
けではないのは、同じ男として分かる。
 エル先生は美人だし、性格も孤児院を開くほどの慈愛に満ちた女
性だ。
 胸もありスタイルだって抜群。
 こんな素晴らしい女性がいて惚れない男はいない。

63
 だが、こんないかにも﹃僕、女性には困っていないんですよね﹄
と言った風貌のリア充︵一方的な決め付け︶に娶られるのは我慢で
きん!
 先生にはもっと誠実そうで、浮気などせず、経済力もあり、人格
者で暴力も振るわない頼りになる人じゃないと絶対にダメだ。
 付き合うにしても、すぐにエッチなど言語道断。
 手を繋ぐのも許されない。
 最初はまずオレも一緒に参加してデートをさせる。
 そして相手と先生の相性を確認。
 もしここで一致しなければ不合格だ。
 お付き合いして1年目になったら、手を繋ぐことを許そう。
 もちろんオレが側にいる時だけだ。
 もしそれ以外で、先生と手を繋いだら別れさせる! 絶対にだ! 
 ︱︱と、オレは生まれて5年、生きてきて一番頭を回転させ﹃夫
候補がエル先生とお付き合した場合の歴史年表﹄を脳内でまとめあ
げた。
 まるで彼女の父親のような気分になる。
︵リバーシの件を断ると⋮⋮それを口実に何度も孤児院に来られて
エル先生との距離を縮められても面倒だな︶
 少しだけ迷い結論を出す。
﹁分かりました。リバーシの権利をお売りします﹂
﹁ありがとう! リュート君ならそう言ってくれると信じてたよ﹂
︵何度も足繁く通われて、エル先生と距離を縮められるのが厄介だ

64
から売り払うだけなんだが⋮⋮︶とは流石に口にはしない。
 マルトンは機嫌良く話を続ける。
﹁リュート君はリバーシの開発者ですが、まだ5歳。契約書の内容
確認とサインはエル先生にしていただいてもよろしいですか?﹂
﹁分かりました。確かに5歳の子供に任せるのはあれですもんね﹂
﹁リバーシ権利の譲渡金や契約内容は、商人の誇りに賭けて嘘偽り
ない適正価格、内容を提示させて頂きます。ですが、もし先生にご
不満があるならすぐに言ってください。2人で時間をかけて内容を
詰めていきましょう﹂
︵おいこら、誰がエル先生と2人っきりになるのを許した? あん
ま調子に乗るとケツに腕ツッコンで奥歯ガタガタいわすぞ!?︶
 大阪ヤクザのような台詞を胸中で絶叫する。
﹁いえ、心配はしてません。マルトンさんを信頼していますから﹂
 エル先生はふんわり柔らかな笑顔で答える。
﹁では近日中に金額と契約を書面におこしますね。それと︱︱もう
ひとつ、話をしてもよろしいでしょうか?﹂
 マルトンはエル先生に許可を求める。
 彼女は黙って頷いた。
︵僕達、結婚します! とか、言い出すんじゃないだろうな! そ
したら即戦争だ! 貴様のようなぽっと出のどこぞの馬の骨に渡す
ほどエル先生は安くないんだよ!︶

65
﹁リュートくんさえよければ、うちに弟子としてこないか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂
 予想とは違う答えに、理解が遅れる。
 その反応をマルトンは、降って湧いた幸運に驚いていると解釈し
たようだ。
 大人の余裕をたっぷり漂わせて続きを話し出す。
﹁エル先生とリバーシをしながら、君の話を聞いたんだ。小さい頃
から優秀で、この孤児院始まって以来の天才だって。最初は先生の
贔屓目もあるだろうな、と思っていたが実際話してみてそれ以上の
ものを感じた。君なら僕の下で10年も勉強すれば、商人の世界で
いい所まで行ける。だから、僕の弟子にならないか?﹂
﹁商人⋮⋮ですか﹂
﹁もちろん無理強いはしない。でも、リュート君にはその才能があ
る。僕が言うんだから間違いない﹂
 商人は自信満々に断言する。
 その言葉を聞いて、エル先生は三者面談時の母親のように心配そ
うな表情をする。
﹁確かマルトンさんのご専門は魔術道具関係ですよね? 実は⋮⋮
リュート君、昔から魔術に興味があるんですが才能はなくて。ソレ
が引き金になって危ない魔術道具に傾倒したりしないでしょうか⋮
⋮﹂
﹁大丈夫です。そこは僕がしっかりと手綱を握りますから。それに
僕もリュート君ぐらいの頃は魔術師に憧れまして。将来、﹃5種族

66
英雄のようになるんだ!﹄って鼻息を荒くしていたものです。才能
がなかったのですぐに挫折してしまいましたが。だけど諦めきれず、
こうして魔術道具関連の仕事に就いたんです。むしろ、そういう悔
しさが仕事を成功させる鍵だと僕は考えてます。むしろその話を聞
いて、僕はますますリュート君を弟子にしたくなりましたよ﹂
﹁マルトンさんは、魔術道具関係の専門なんですか?﹂
﹁そうだともリュート君。どうだい、商人に少しは興味が湧いたか
い?﹂
﹁だったら、﹃魔術液体金属﹄って取り扱ってますか!?﹂
 先程まで子供らしくない落ち着いた態度から一変。
 星が瞬くような瞳で、オレはテーブルから身を乗り出す。
 その変わりように先生とマルトンが顔を見合わせる。
﹁もちろん取り扱っているが⋮⋮﹂
﹁今回のリバーシの権利代で購入ってできませんか?﹂
﹁量によるね。どれぐらい欲しいんだい?﹂
﹁あればあっただけ﹂
﹁⋮⋮今、店にひと樽分はあるが、今回の権利代ではとても﹂
 マルトンは素早く、今回のリバーシの利益と魔術液体金属代を天
秤にかけて返答してくる。
 リバーシを発売すればすぐに他商人達にマネされる。
 著作権などない世界だからだ。
 なので売れるが、巨万の富を築くほどではないのだろう。
﹁ならリバーシの改良アイディアとマルトンさんが権利を独占する
方法を教えます。そのアイディア料を今回の契約書に上乗せしてく
ださい﹂

67
﹁リバーシの改良アイディアはともかく、独占できる方法などある
のか!?﹂
﹁はい、あります。まず著名な貴族か、小国の王族、上流階級者と
連絡を取ってください。リバーシ販売の純利益の一部を上納する代
わりに公印をリバーシ盤に焼き印するんです﹂
﹁公印を?﹂
﹁公印を押すことで、著名者の後ろ盾を示します。これで類似品は
作れても、贋作を作る輩は激減します。なにせ公印を偽造するのは
罪に問われますから﹂
 犯罪に手を染めてまで偽造するほど、割には合わない。
 しかも確認されたら一発で露見する危ない橋だ。
 手を出す商人などいないだろう。
﹁な、なるほどたしかにこれなら⋮⋮﹂
﹁他にもメリットがあります。著名人が使っているのを宣伝するん
です。そしたら一般の人々もこぞってマルトンさん製のリバーシを
買いますよ。有名な人が使っているなら信用できますし、何より自
分自身も同じ物を持ちたいと思うのが人の性ですから﹂
 早い話が﹃ブランドを作っては?﹄と話を持ちかけているのだ。
 ある著名人曰く︱︱﹃ブランドとは、何が﹃良いもの﹄なのか解
らない人達の代わりに、その選択の意思決定を代行するツールであ
る﹄
 この異世界では﹃ブランド﹄という概念が薄いようだが、浸透さ
せるのは難しくはない。
 オレは次にリバーシの改良点を提案する。

68
﹁まず馬車での移動向けに販売するなら荷物の邪魔にならないよう
板、コマとも布製にするべきです。板の布には黒糸でマス目を描き、
コマは白と黒を縫い合わせて表面にあまり鋭くない返し針をつけれ
ばいい﹂
﹁上流階級者のような金払いのいい層には、板を重厚にして足を付
けます。石も大理石から削りだした白・黒別々の単色を用意してい
かにも豪華な感じするんです﹂
﹁一般層向けは、板を2∼3センチぐらいの厚さにして真ん中から
切断。裏で金属の金具で止めて、折り畳めるようにします。これは
狭い家でも邪魔にならないようにするためです。また一般層向けの
場合は、コマの材料は木材に変更してください。石を揃えるより安
く済むし大量生産に向いてますから﹂
﹁また木材にすれば、コマを四角だけではなくハートやクラブ、星
などの形に加工して特別版、限定版として販売できます。さらに記
号だけではなくピンクスライムや白黒ウサギなどの動物型にするの
もありです。色も白黒だけではなく、赤白、ピンク白、青白など複
数作ってください。そうすればひと家庭にいくつものコマを売りつ
けることができます。他には袋に包み中を見えなくして、どれかに
シークレット版が入っているか分からなくして︱︱﹂
﹁ま、待ってくれ! 案をメモにまとめるから! 少し待ってくれ
!﹂
 マルトンは先程まであった大人の余裕など微塵もなく、慌てた様
子でメモとペン、インク壺を取り出す。

69
 エル先生の前なのに、先程あげられたアイディアを鼻息荒くメモ
していく。
 数分前とは逆転して、オレは目の色を変えてメモするマルトンを
大人の余裕をたっぷり漂わせながら待つ。
 やっぱりこの人では駄目だ。エル先生の相手になるのは紳士度が
足りない。
 区切りの良さそうなところでオレは声をかける。
﹁魔術液体金属代にはまだ足りませんか?﹂
﹁い、いや十分だ。この案が上手くいけば、むしろ先程のリバーシ
権利譲渡代は別途払わせていただくよ。リュート君も稼いだ金額全
部を自分で使ったのでは、立場がないだろ?﹂
﹁ありがとうございます。では、その代金はリバーシ独占方法、改
善アイディア料で相殺ということで﹂
 商人に下手な貸しを作ると後が怖い。
﹁なら、リバーシにかわる玩具アイディア料は別途請求しても問題
ありませんよね?﹂
﹁⋮⋮君は本当に5歳なのかい?﹂
 マルトンは自分の常識と知識を越えた存在を前にしたような、気
後れた表情で問う。
 一方、エル先生はオレのマシンガントークとマルトンの豹変にお
ろおろしているだけだった。
 そんな先生にフォローを入れながら、オレは彼と契約内容、金額、

70
魔術液体金属の引き渡し時期を嬉々として打ち合わせをする。
第5話 商人との交渉︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、11月27日、21時更新予定です。
71
第6話 スノーとの夜
商人のマルトンと話したその日の夜。
 オレは男子部屋で、同じ孤児院の男の子達に挟まれながら床に敷
いた布団で眠っていた。
︵⋮⋮ト⋮⋮くん︶
﹁ふがぁ﹂
 ペチペチと頬を叩かれる感覚や耳元に聞こえてくる微かな声音。
 どれも夢にしてはリアルな感触だ。
︵リ⋮⋮リュート、ん⋮⋮リュートくん︶
﹁ん⋮⋮がぁ!?﹂
︵しぃー! 大きな声出さないで。みんな起きちゃうでしょ︶

72
 夢ではなかった。
 まぶたを開くと、スノーが顔を覗きこんでいる。
 彼女の手は、オレが声を出さないように口元を押さえていた。
 孤児院にはいくつか規則がある。
 その中でもっとも重い罪のひとつが、男子・女子が夜互いの部屋
に忍び込むことだ。
 違反した場合、1日ご飯抜きになる。
 なのに優等生であるスノーが規則を破って、男子部屋に侵入して
くるなんて!
 オレは彼女がなぜ男部屋に侵入してまで会いに来たのか考える。
︵⋮⋮まさかスノーが夜ばい!?︶
 オレはアニメやラノベの鈍感系主人公ではない。
 生きた人間だ。
 確かに最近、彼女から憎からず想われているのを節々で感じてい
た。
 例えば頭を撫でると喜んだり、午後の仕事は大抵オレと一緒だっ
たり⋮⋮。
 オレだってスノーに惹かれる想いはあるが、異性に対するもので
はない。
 妹や娘に対する愛情に近い。
 だが将来的に大きくなり、それでもまだ互いに想い合っていたら
⋮⋮恋人や夫婦関係になるのも有りなのかも、とは思っている。

73
 しかしいくら何でも5歳で夜ばいは早すぎる! しかも女の子が、
男の子を襲うなんて!
 この歳で既成事実を作ろうとするなんて、スノー恐ろしい子!
 肉体は同じ5歳だが、精神年齢は32歳の年長者として﹃びしッ
!﹄とお説教をしなければいけないようだ。
 スノーは顔を近づけ耳元に囁いてくる。
︵うるさくしたらみんな起きちゃうから静かにしてね。分かった?︶
 コクコク。
 頷くと、スノーはオレの口元からゆっくり手を離した。
︵あのなスノー、オマエの気持ちは︱︱︶
︵しぃー! ここでお話ししたらみんな起きちゃうでしょ。付いて
来て︶
 オレはスノーの指示に従い、静かに男部屋を抜け出す。
 この世界に電気はない。ガス、水道などのインフラも存在しない。
 だから、夜になると目隠しされたように世界は暗くなる。
 オレはスノーと手を繋ぎ、彼女に導かれるまま歩き続ける。
 感覚として彼女が向かっている先が食堂だと分かった。
 窓から差し込む星明かり。
 光を求めて、オレ達は食堂の窓の側に座る。
 体育座りだ。
 昼間は暖かいが、夜はさすがに肌寒い。

74
 互いの温もりで暖を取るように肩を触れ合わせる。
 こちらの方が小声を聞き取り易いというのもあるが。
﹁それでどうして規則を破ってまでこんな所に連れてきたんだ﹂
﹁⋮⋮うん、あのねどうしてもリュートくんに聞きたいことがあっ
て﹂
 この程度の声量なら、まず部屋で眠る人達は起きないだろう。
 しかし、女子は男子に比べて成長が早いというが、まさかこの歳
でオレの気持ちを知りたがるとは⋮⋮。
 他にも歳の近い少女達がオレの側にいるから焦る気持ちは分かる
が、太陽が昇る頃まで待って欲しかった。
︵もてる男が辛いっていうのは本当だな︶
 オレは胸中で冗談っぽく前髪を弾くマネをする。
 スノーは暗い表情で尋ねてきた。
﹁あのね、リュートくんはお母さんやお父さんに会いたいと思う?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁だから、リュートくんは自分を捨てたお母さんやお父さんに会い
たいと思う?﹂
 あれ、これ、告白や﹃大好きなリュートくんの気持ちを知りたい
!﹄とかの甘酸っぱいイベントじゃなくね?
 むしろ、シリアスな相談だ。
 オレはスノーに対する邪な想像の謝罪を胸中でした後、気持ちを
切り替え彼女に問う。

75
﹁どうしてスノーはそんなことを訊くんだ?﹂
﹁⋮⋮今日、先生にリュートくんは﹃別に今更、会いたいと思って
いない﹄って言ったでしょ?﹂
 スノーは俯き、ぽつぽつと心情を告げる。
﹁スノーはお父さんとお母さんに会いたいよ。会って、どうしてス
ノーを捨てちゃったのか聞きたい。お父さんとお母さんと一緒に暮
らしたい⋮⋮そう思うスノーは変なの?﹂
 スノーとオレの境遇は似ている。
 同じ日に、一緒に孤児院に置き去りにされた。
 そのオレが﹃今更、両親と会いたいとは思っていない﹄と断言。
 自分が﹃会いたい﹄﹃できれば一緒に暮らしたい﹄という感情を
持つ方が間違いなのかと悩んでしまったのだろう。
 スノーには経験しなくていい悲しみを味わわせてしまった。
 オレが両親に会いたいと思わないのは、前世の記憶を引き継いだ
転生者だからだ。
 捨てた両親に会って理由を知り、仲直りして一緒に暮らすのは変
ではない。正常だ。むしろ異常なのはオレの方だ︱︱と説明するわ
けにもいかない。逆に心配させてしまうだろうから。
 ならば言葉ではなく、態度で示そう。
 オレは体育座りから足を崩し、胡座をかく。
﹁スノーちょっとこっちに来て﹂
﹁どうして?﹂

76
﹁いいから﹂
 やや強引にうながし、彼女を膝の上に座らせる。
 体格が近いためスノーに窮屈な思いをさせるが、オレの左胸に彼
女の耳を押し付けさせた。
﹁心臓の音、聞こえる?﹂
﹁⋮⋮うん、聞こえる。とくん、とくん、とくんって﹂
﹁人は心臓の音を聞くと安心するんだ。赤ちゃんの時にお母さんの
心臓音を聞いて育つからだって﹂
 奇しくも今のスノーは胎児のように丸まる。
 彼女は目をつぶり、体をオレに預けた。
﹁スノーが両親に会いたいって思うのは変じゃないよ。だから、気
にする必要はない﹂
﹁ほんとう?﹂
﹁ああ、本当だ。僕が両親に会いたいと思わないのは、探す手段が
ないからだ﹂
 人種族は5種族の中でもっとも人口が多い。
﹁唯一、手がかりがあるとしたら右肩の背にある星型の痣だけど、
まさかこれから会う人全員に見せて聞くわけにもいかないからな。
それに僕には魔術師としての才能はない。だから捨てた両親が引き
取りに戻ってくるとは考え辛い。だから、僕が生きているうちに両
親と再会することはないと割り切ってたんだ﹂
 オレはスノーを抱き締め頭を撫でながら話を続けた。
 彼女も拒絶する素振りを見せず耳を傾ける。

77
﹁でも、スノーは違う。僕と違って、スノーには魔術師としての才
能がある。それに白狼族は北大陸の雪山に住む少数種族。北へ行け
ば何か手がかりがあるかもしれない。なのに﹃今更、両親と会いた
いとは思っていない﹄なんて無神経に言っちゃってごめんな﹂
 子供を黙って捨てるのは珍しい。
 それがさらに魔術師の才能を持つ子供なら、よっぽどの理由があ
ったのだろう。
 嫌な言い方だが、魔術師になれば多額のお金が手に入る。
 例え貧しくても金の卵を手放す理由はない。
 どうしてもすぐにお金が欲しかったなら、子供のいない上流階級
に養女として出せばいいはずだ。
 例えば魔術師の才能があって孤児院に引き取られる理由のひとつ
として︱︱両親が死亡、親戚達の奪い合いが起き、結果子供は心に
傷を負ってしまいリハビリも兼ねてエル先生の元に引き取られた︱
︱という例などがある。
 他にも様々な理由で、魔術師の才能を持ちながら孤児院へ引き取
られる子供たちがいる。
﹁⋮⋮スノーの方こそごめんね。リュートくんの気持ちも考えずに
無神経なこと訊いちゃって﹂
﹁スノーが謝る必要はないよ。僕が悪いんだから﹂
﹁だったらスノーとリュートくん、どっちも悪いんだよ。おあいこ
だね﹂
﹁そうだな。おあいこかもな﹂
﹁お詫びにリュートくんにだけ、スノーの夢を教えてあげる﹂

78
 彼女はゆっくりと自身の夢を語り出す。
﹁スノーはね。大きくなったら魔術師になるの。そして、お父さん
とお母さんを捜しに北大陸に行くんだ。2人を見付けたら、どうし
てスノーを捨てたのか訊くの。もし仲直りできたら一緒のお家に3
人で住むんだ。これがスノーの夢﹂
﹁いい夢だな。スノーなら絶対に叶えられるよ﹂
 オレは一呼吸置いて、さらに続ける。
﹁⋮⋮でももし見付からなくても、両親と仲直りできなくてもスノ
ーには僕がいるし、エル先生や孤児院の子供達がいる。それだけは
忘れないでくれ﹂
﹁⋮⋮うん、ありがとうリュートくん﹂
 彼女を抱きしめる。スノーがこの世界で1人っきりではないと、
言葉だけではなく温もりで伝わるように。
﹁もうちょっとだけリュートくんの胸の音聞いてていい?﹂
﹁ああ、好きなだけ聞くといいよ﹂
 スノーはさらに心臓音を聞くため、胸に耳をこすりつけてくる。
 思いの外、こそばゆい。
 オレとスノーは星々の光を浴びながら、暫くのあいだ体を寄せ合
い続けた。
 ︱︱どれぐらい経っただろう。

79
 スノーの方から体を離す。
 彼女と一緒に部屋に戻る際、尋ねた。
﹁どうせなら今夜は一緒に寝てあげようか?﹂
﹁リュートくんのエッチ︱︱っ﹂
 ええっ、1年前まで一緒の布団で寝てたじゃないですかー。
 彼女は以後、振り向きもせず女子部屋へと戻る。
﹁やっぱり女の子はませてるな﹂
 精神年齢30路過ぎのおっさんの呟きは暗い廊下に溶けて消えた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 リュート、5歳。
 魔術道具を専門に扱う商人、マルトンは商業都市ツベルに店を構
えている。
 ツベルから防衛都市トルカス︵昔の大戦の名残で高い防壁を持つ
為そう呼ばれており、この辺りではツベルの次に栄えている都市だ︶
まで行き来するには幾つかのルートがある。
 一番人気の中央街道だと、片道10日ほどで辿り着く。
 もっとも人気がないのは、孤児院があるアルジオ領ホードという

80
町を通る街道だ。
 商業都市ツベルと防衛都市トルカスのほぼ中間地点にあるにもか
かわらず、森を迂回しないとホードにたどり着けない。
 さらにホードに行くとなると、迂回路を通るため余計に10日か
かる。つまりホードを通り都市から都市へ移動しようとすると20
日かかる計算だ。
 中央街道なら半分で辿り着くのに、わざわざここホードを通る人
々は多くない。
 だから町の人口は少なく、寂れているのだ。
 オレは商人のマルトンと会った初日に、急いで契約書を作らせサ
インした。
 出来るだけ早く魔術液体金属が欲しかったからだ。
 彼曰く、今から店に戻るまで約10日。
 準備に1日、運ぶの10日で計21日かかる。
 さらに不測の事態が起きるかもしれないから、プラス1∼2日は
様子をみて欲しいと頼まれた。
 前世のように注文すれば翌日に届くという世界ではない。
 オレは急かしたことを謝罪し、お礼を言った。
 マルトンと別れて21日、午後、昼過ぎ。
 彼の部下が魔術液体金属を孤児院に届けてくれる。
つのうま
 角馬︵額が盛り上がっており角の様に見える馬で、力がある為馬
車などに良く使われる︶が2頭引く馬車の中に中樽ひとつが運ばれ
て来た。

81
 それでもひとつ約250キロある。
 本当はあるだけの魔術液体金属が欲しかったが、本当にこの素材
でハンドガンが作れるかまだ分からない。
 それに高価なものである為、中樽ひとつ分だけ売ってもらった。
 それでも締めて金貨25枚程の価値があるらしい。
 エル先生の授業で貨幣の勉強もした。
 こちらの生活した体感を含めて、現代貨幣に置き換えると﹃1金
貨︵10万︶=10銀貨=100大銅貨=1000銅貨﹄ぐらいだ。
 1銅貨=100円の感覚だ。
 1日に必要な小麦の値段は、2銅貨︵1人1日分の小麦量:約1
kgとして︶。
ぶたいのしし
 豚猪の肉が約1kgで3銀貨︵3万円︶。
 安い葡萄酒が約1リットルで1大銅貨2銅貨︵1200円︶。
 金貨25枚は250万ぐらいの感覚だ。1リットルで約1銀貨︵
1万︶。
 さすが腐っても魔術道具。
 但し不人気であまり流通していない品の為、不良在庫として長期
保管されていたりした場合は、交渉すればもっと安くはなるだろう。
希少な物なので、価格はその時の状況次第で変動するのだ。
 ただこちらも提供したのは知識だけなのでその辺りには目をつぶ
る。
 部下が馬車から樽を降ろし、オレを呼ぶ。

82
﹁念のため中身が間違っていないか、確認してもらってもいいです
か?﹂
 手早く樽蓋を取る。
 中身は銀色の液体で満たされていた。
 見た目は水銀っぽく、樽を叩くと波紋が広がる。
 これが魔術液体金属か。
 本当に液体なんだな。
﹁問題ありません。運んでくださってありがとうございました﹂
﹁いえいえ、これが仕事ですから。旦那さまから﹃よろしく﹄とお
伝えするように、と﹂
﹁では、﹃我が儘を聞いてくださって誠にありがとうございます﹄
とお伝え下さい﹂
﹁分かりました。自分はこれで﹂
 部下は帽子を取り、頭を下げると馬車へと戻って行く。
 彼を見送り終えると、オレは肉体強化術で身体能力を向上させ樽
を男部屋へと運び込ぶ。
 午後の仕事をスノーと一緒に手早く終わらせて、待ちに待った魔
術液体金属の実験を開始する。
 男子部屋の隅に置いてある中樽を野外へ運び出す。
 実験場は魔術師基礎授業が終わって空いた裏庭だ。
 まず魔術液体金属に触れてみる。
 感触はひんやりしていた。

83
 すくうと水のように手のひらからこぼれ落ちる。
 水より重い感触。
 水銀を手で触ったらこんな感じなのかもしれない。
 早速、実験。
 樽に手を入れて頭にイメージを思い浮かべる。
 平べったい10センチの金属板だ。
 イメージを保ったまま、魔力を両手に移動させ放出する。
 手の中に感触が残る。
﹁おお、本当にできてる﹂
 引き上げると、10センチほどの金属板ができていた。
 ただし完成度が非常に悪い。
 表面は平らではなくぼこぼこで、厚さも均一ではない。
 形も長方形ではなく、歪んでしまっていた。
 板を拳で軽く叩く。
 強度は鉄ぐらいだろうか。
﹁確かに扱いが難しいな。もっと鮮明に感触や材質、厚さ、強度を
イメージ︱︱それこそ作りたい金属板が頭に存在するぐらい明確に
描く必要があるだろうな﹂
 イメージを明確化するトレーニングに時間をかけて武器や防具を
作るより、お金を払って買ったほうが手っ取り早い。
 不人気商品になるのも頷ける。
 しかし自分は元金属加工工場で約7年間も工員として働いてきた。

84
﹁⋮⋮昔を思い出せ。感覚を取り戻すんだ﹂
 金属板を脇に置く。
 息を吸い吐いて意識を集中し、再び魔術液体金属に両手を入れる。
 前世の自分は指先の感触だけで金属板の傷を1μm単位で発見で
きた。
 音を聞いただけでどこの金属部品に傷があるのか分かった。
 全て当時務めていた工場の職人達に何度も指導され、迷惑をかけ
ながら身に付けた技術だ。
 例え一度死んで肉体を失っても、技術は魂に刻み込まれている。
 再度、金属板を想像して魔力を流し込む。
 漠然とした塊を作るのではない。
 一度形を作り上げた後、削り、整え、表面を滑らかにするイメー
ジ。それを強く思い描き、液体金属内に魔力として流し込む。
 手の中に金属が生まれる感触。
 魔術液体金属から引き上げる。
﹁︱︱よっし! 成功だ!﹂
 表面は滑らかで、厚さも均一、形もキレイな長方形な10センチ
の金属板。
﹁魔術液体金属があれば本当に銃︱︱ハンドガンを作れるかもしれ
ない!﹂

85
 オレはこの世界に転生してから、一番胸がわくわくした。
第6話 スノーとの夜︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、11月28日、21時更新予定です。
86
第7話 銃器開発
 リュート、6歳。
 5歳の大半は魔術液体金属が届いた日から、実験と検証を繰り返
すことに費やした。
 魔術液体金属とは︱︱金属スライムと呼ばれる魔物から得られる
液体状の金属で、魔術道具として流通している。
 魔術液体金属は特殊な金属で、触れながら武具をイメージして魔
力を流すとそのモノの形になる︱︱という特性を持つ。
 メリットは少量なら持ち運びが楽で携帯しやすいことだ。
 そのため暗殺者が好んで良く使っているらしい。

87
 デメリットは、一度形を固定したら二度と魔術液体金属には戻ら
ないことだ。
 鮮明にイメージを描かないと、剣ならただのなまくらに、鎧は厚
さが均一でない上にサイズも合わない品物しかできない。
 使い所が限られ、扱いにくい上、値段は希少な魔術道具のため高
い。
 不人気商品の代名詞とも呼ばれる品物だ。
 そんな魔術液体金属を研究した結果、これが本当に素晴らしい素
材だということが分かった。
 まず強度は魔力を注いだ分だけ強固になる。
 紙一枚ほどの厚さなのに、鉄板以上の強度を持たせることも可能
だった。
 またバネを作る際、ピアノ線を棒に巻き付け、焼き入れして︱︱
などと手間はまったく必要としない。
 魔力液体金属に手を入れて、サイズと強度は魔力を注ぐ量で調整。
 引き上げれば、驚くほど高品質のバネが出来上がる。
 もし魔術液体金属を前世の現代社会に持ち帰れたら、材料工学の
根底を覆すだけでは収まらない。
 確実に新しい素材革命が起きるレベルだ。
 ある程度の期間があれば、下手すると宇宙エレベーターが完成す
るかもしれない。
 あまりの素晴らしさに興奮が押さえきれず、優秀な魔術師でもあ
るエル先生に話し聞かせたが、

88
﹁そう、なんですか⋮⋮﹂
﹃興味ない話をされても﹄というニュアンスがたっぷり乗った返答
を頂く。
 どれだけ魔術液体金属は不人気なんだよ⋮⋮。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 6歳になって、今までやっていた午前中の授業補佐に加え、午後
からは割り当ての雑務をこなす日々が続く。
 ちなみに、今ではリバーシや他玩具の一部売上金が、3ヶ月︵9
0日︶ごとに孤児院へ振り込まれている。
 最初、エル先生はこのお金はオレが受け取るべきだと主張した。
 だが、オレとしては当面は魔術液体金属さえ手に入れば満足だし、
それに孤児院の規則でお金を稼いでいい年齢は7歳からだ。
 今回のリバーシは例外として、今後の孤児院経営の足しにして欲
しいとやや強引に押し付けた。世話になっているせめてものお礼で
ある。
 孤児院にそれなりの額を寄付する形になったが、割り当てられた
労働が免除される等の特典はない。言えば考慮して貰えるのかもし
れないが、無論サボる気はない。

89
 他の子供達に悪影響を与えたり、後ろ指をさされないためにも今
まで通り仕事をこなし、ハンドガン作りは午後、仕事をきっちりと
片付け終えてから取りかかる。
 最初は、魔術液体金属でリボルバーのハンドガンその物を作り出
そうとしたが失敗した。
 魔術液体金属から引き上げたリボルバーはシリンダーが回らず、
バレル
銃身も細く、ライフリングなど笑ってしまうほど歪んでいた。
 イメージする部品・内部構造が多すぎて、魔力を注ぐ前に薄れて
しまう。
 結果としてこんな出来損ないができてしまったのだ。
 だから一度に丸ごと作り出すのは諦めて、部品から組み立てる計
画に変更する。
 前世の自分は軍オタで、特に現代兵器に傾倒していた。
 金属加工工場に勤めていたせいもあり、転生前に何度も﹃自分の
手で銃器を作れないか?﹄と夢想した。
 リボルバー、オートマチック、アサルトライフル等︱︱図面を眺
めながら、当時、務めていた工場の機械類と技術と照らし合わせ制
作は可能だと実感。
 1人部屋で酒を飲みながら、にやにやとするのが楽しみのひとつ
だった。
 魔術液体金属が手に入った今、前世の知識・技術力があればハン

90
ドガン制作も決して夢ではない。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレは中樽を抱えて、孤児院の裏庭へと運び出す。
 今、作ろうとしているのは﹃S&W M10﹄をモデルにしたリ
ボルバー。
 前世の日本警察にも正式採用されたこともある銃だ。
 なぜオートマチック︵連射が可能でトリガーを引くと空薬莢が出
てくる拳銃︶ではなく、西部劇などに出てくるリボルバーを作ろう
としているのか? それには理由がある。
﹃オートマチックは内部構造が難しすぎて、初めて作るのには向か
ない﹄
﹃リボルバーは部品点数が少なく、オートマチックに比べて作りや
すい﹄
﹃リボルバーは頑丈で、弾詰まりの心配もなく、メンテナンスも楽
︵だから滅多に銃を使わない日本警察向け︶﹄
 以上の三点から、初制作に適している。
 しかし、いくらオートマチックより内部構造が簡単で、部品点数
は少ないと言っても1、2日で作れる物ではない。
 なぜかと説明すると︱︱まず銃の歴史から説明しなければならな

91
くなる。
 銃を1から作成するということは、ある意味転生前の世界で人類
が得た技術の蓄積を、工夫を凝らすことによって、この世界にオレ
の手で再現するということだからだ。
 まず火薬︱︱﹃黒色火薬﹄。
 ちなみに歴史的な背景を言うと、﹃黒色火薬﹄はいつ・何処で発
明されたのか諸説あるが、現在の定説は、中国にて6∼9世紀頃に
発明されたと言うものだ。
 当時、中国の煉丹術師︵錬金術師とも言う︶が不老不死の妙薬の
研究を行っており、その過程で生み出されたものとも言われ、85
0年頃に記された﹃真元妙道要路﹄に火薬の製法が記されている。
 彼らの子孫は、その後13世紀半ば頃に、短い筒に火薬を詰めて
木や竹の先に取り付けるという﹃火槍﹄という武器を開発︵弾を発
射するものではなく、簡易型の火炎放射器・目潰しのようなもので
あったらしい︶。
 これが筒型火器の原点となる。
 さらに14紀頃、ヨーロッパで﹃タッチ・ホール式﹄の銃が作ら
れる。
 ﹃タッチ・ホール式﹄とは、 城壁を崩すなどの用途に使われて
いた大砲を小型化したもので、筒の奥に詰めた火薬に、筒に開けた
穴から点火し弾丸︵石や鉄︶を発射する方法で、最も原始的な銃だ。
 焼いた金属棒などを穴から火薬に押しつけて爆発させる為、﹃タ

92
ッチ・ホール式﹄と呼ばれている。
 それからほどなく1400年頃、銃の原形となる個人携帯火器﹃
アーケバス﹄が同じくヨーロッパで誕生。特徴は火縄で黒色火薬に
火をつける形に進化した事だ。
 アーケバスとは﹃フックが付いた筒﹄という意味のドイツ語﹃H
akenbuchse﹄を語源としている。
 この﹃アーケバス﹄をさらに改良してS字型の火縄留め︵火鋏︶
マッチロック
&引き金の役割をする部品を取り付けると、火縄銃のもっとも古い
タイプ、S型サーペンタインが出来上がる。
 銃身後方につけられたS字金具︵S字の中心点は銃身︶の右上端
に火種がつけ、S字の下の部分を手で持ち手前に引くことによって
︵引き金の役割︶、火種が銃身に近づき着火する形だ。
 同時に威力が上がった為に騎士たちの纏っていた金属製の鎧も無
意味になり、戦法・戦術も変化していく。
 15世紀に入ると、本格的な火器の時代に突入する。
 それ以前は鉄を円形に並べ、たがをはめて銃身を作っていた︵樽
の製法と同じなので、そのため樽=バレルと今でも呼ばれている︶
が︱︱その後15世紀に入り、﹃青銅﹄を型に流し込んで作る一体
バレル
鋳造で銃身が作られるようになった。

93
すず
 青銅は銅、錫の合金で、鉄に比べた利点としては融点が低く柔ら
かい等があげられ、低い技術力でも鋳造しやすい︵欠点としては同
じ理由で、摩耗しやすく曲がりやすい︶。
 だが16世紀になって鋼が製造できるようになり、炭素含有量の
異なる鋼と軟鋼を熱してリボン状の平板を鍛造︵叩く等で金属に圧
力を加えて加工する製法︶し、それを芯棒に巻き付けた後加熱溶接
して作られたダマスカス銃身が広まる︵複数種類の鋼を混ぜて鍛造
することによってダマスカス模様、つまり独特の木目状の模様が浮
かぶ。ちなみに日本刀にある文様もダマスカス模様の一種である︶。
 だが、欠点もあった。リボン状に鋼材が巻かれた巻き銃身の為、
一体成形されたものに比べ強度が弱く、無煙火薬が発明されて以降
は製造量が減少することになる。圧力に耐えきれず、銃身が壊れる
危険がある為だ。
 その後1856年、イギリスのヘンリー・ベッセマーが画期的な
﹃転炉﹄を考案し大量の熔鋼を生産できるようになる。ヘンリー・
せんてつ
ベッセマー製鋼法と言われ、融解した銑鉄︵高炉等で鉄鉱石を還元
して作られる鉄。多数の不純物を含む︶に空気を吹きつけて酸化化
学反応を起こし、不純物を除く︵焼いて取り除く︶ことによって鋼
を作る方法だ。
 その後様々な合金が作られた。
 火器の素材となるクロムモリブデン鋼︵鉄に僅かなクロムとモリ
ブデンを加えた合金。強度が高く、熱にも強い。自転車のフレーム
や航空機にも使用されている︶。
 そして、同じくステンレス鋼︵鉄にクロムを10.5%以上加え
た鋼。加工性と粘りがあり、耐食性がある為﹃ステンレス﹄と呼ば

94
れ多用されている︶。
 強度や防錆、粘り強さを調整できる鋼材が生産可能になったのだ。
 オレも現代兵器︱︱ハンドガンを作るなら黒色火薬ではなく、無
煙火薬のように威力のあるものを使用する予定だ。
 だから、ただの鋼では強度がまったく足りない。
 21世紀の銃身は殆どがクロムモリブデン鋼か、ステンレス鋼で
作られている。
 そのためには﹃転炉﹄を作り出さなければならない。
 はっきり言っていくら前世の記憶を持っていようとも、そこまで
今のオレが作り出すのはほぼ不可能だ。
 手間、時間、資金、人材︱︱上げたらきりがない。
 さらに素材が準備出来ても、必要な部品を作り出すための設備、
技術が必要になってくる。
 製造したいパーツのおおまかな形をしたブロックを鋳型でこしら
え、それをフライス盤やタレット旋盤などで削りだし成形する﹃削
ミーリング
り出し加工﹄は無理でも、鍛冶屋のようにひとつずつ鍛造する方法
もあるが︱︱
 さすがに金属加工工場に勤めていたオレでも、そんな技術は持っ
ていない。
 しかしそんな問題を解決してくれたのが魔術液体金属だ。

95
 頭の中でイメージして、魔力を流せばその通りに形になる。
 しかも魔力を注いだ分だけ強固になる。
 弾丸発射時の熱やガス圧力にもきっと耐えてくれるだろう。
 この異世界で、これほどハンドガン作りに適した材料は他にない。
 オレは前世で逃げ出したことを悔い、この転生世界では決して逃
げ出さず、困っている誰かがいたら助けようと決意した。
 しかし自分には魔術師としての才能がない。
 人助けどころか、近くにいる大切な人達を守る力すらなかった。
 だから力を模索した結果︱︱魔術液体金属を知り﹃ハンドガンを
作れないか?﹄と思い至った。
 だが、目的は自分としてもそれはそれで正しいと思うし良いのだ
が︱︱実際﹃ハンドガンを作れる﹄という事実を目の前にすると、
心が高揚してくる。前世では夢想するだけだったハンドガン作りに
取りかかれることに、つい興奮してしまうのだ。
 あちらで生きていた時は仕事が終わり自宅で酒を飲みながら、専
門書の図案や分解図を眺めたり、ネットでモデルガンを一から自作
する動画を眺めて羨ましがっていただけだった。
 法律的、資金的、時間的問題で妄想するしかなかったのだ。
 だが転生したこの世界には銃刀法違反で取り締まる法律はない。
 考えられる最高の材料も目の前にたっぷり鎮座している。
 夢想していた事が現実になったのだ。にやにやと笑みをこぼすな

96
︱︱というのが無理な相談だ。
 越えなければいけない問題は多々あるが、苦労を憂う不安より作
業ができる喜びの方が圧倒的に大きかった。
 オレは締まらない笑みを浮かべたまま樽の中に両腕を入れかき混
ぜる。
﹁それじゃさっそくハンドガン作りを始めますか。⋮⋮まずは試し
にシリンダーでも作ってみるかな﹂
 オレは目を閉じ、時間をかけシリンダーを脳内に浮かべた︱︱
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹃S&W M10﹄をモデルにしたリボルバー作りを始めて、半年
が経過した。
 今日も午前はエル先生の授業補佐、午後からは雑務を率先し終わ
らせる。
 孤児院の裏庭に大分減った中樽を持って移動した。
 毎日、この空いた自由時間中に少しずつ部品作りをしている。
バレル
 もっとも苦労したのが銃身にライフリングを刻む作業だ。
 ライフリングとは銃身の内側に刻まれた溝のことだ。
 弾丸に回転を与え安定し飛行させ、命中精度を上げるために必要

97
になる。
 このライフリングを刻む代表的な方法が2つある。
 ブローチと呼ばれるドリルのような切削工具を引き抜きライフリ
ングを刻む﹃ボタン法﹄。
 ライフリングが施された銃腔空間の形をした芯棒に、銃素材を被
せ外側から力を加えて形を作るコールドハンマー法。
 以上、2種類だ。
 オレは後者のコールドハンマー法を採用した。
 この方法は大量生産に向いているため、大手銃器メーカーの多く
が採用している。
 ライフリングを施す芯棒作りには多大な労力がかかる。だが一度
バレル
作ってしまえば魔術液体金属であればライフリングを施した銃身を
大量に作り出すことができる。
 そのため最初は手間でも、コールドハンマー法を採用したのだ。
 しかし想像以上に芯棒作りには苦労した。
 何度も調整したバージョンをいくつも作り、メモをして最適な出
来を探す作業を2ヶ月近く延々と繰り返した。
バレル
 だが、お陰で自身が納得できるライフリングの銃身を作ることに
成功する。
 これで芯棒を魔術液体金属に浸し、被さるようにイメージして魔
バレル
力を注げば高品質のライフリングが刻まれた銃身を安定して作り出

98
すことが出来るようになった。
 他にも沢山の苦労があった⋮⋮リボルバーは内部構造がオートマ
チックより単純︵笑︶と高をくくって、だがその後調整の難しさに
気づき試行錯誤を繰り返した後、シリンダーを狂い無く回転させ定
位置で止める構造をようやく再現。
ハンマー
 それから撃鉄に撃針、シアを作る。引き金がちゃんとシリンダー
ストップ、シアと噛み合うように調整しハンマー・ブロック、リバ
ウンドスライド、メイン・スプリングも作り出し組み込んだ。
 そして出来たのがこの試作品1号だ!
 黒一色の﹃S&W M10﹄リボルバー。
フロントサイトリア・サイト
 照星、照門も作ってある。グリップは木を使わず、編み目を入れ
トリガー・ガード
た金属製の滑り止めを作った。用心金、エジェクター・ロッド・シ
ュラウンド、エジェクター・ロッド、リコイル・シールドもちゃん
と作った。
 さらにシリンダー側面には必要なかったが、見映えとしてフルー
ト︵重量削減のため削られた溝︶も掘ってある。
 見た目はいかにも金属で重そうだが、魔術液体金属の特徴である
﹃魔力を注いだ分だけ強固になる﹄のお陰でモデルガンの﹃S&W
 M10﹄とほぼ同じか、軽いぐらいだ。
ハンマー
 空撃ちをするたび、カチカチと鳴る撃鉄と回るシリンダーの震動
が心地いい。
 このままだと自由時間が終わるまで、空撃ちしそうだ。
 気持ちを切り替え、課題に取りかかる。

99
 今日はいよいよ試射する。
 ここで問題になってくるのが弾だ。
 転生した異世界には黒色火薬も、無煙火薬も無い。
﹁確か無煙火薬の作り方って⋮⋮ニトロ類を混合して綿に浸して云
々かんぬんだっけ? うん、ハードルが高すぎる⋮⋮﹂
 また無煙火薬を例え作り出せたとしても、弾に詰めて撃てば弾丸
が出る︱︱というものでもはない。
 ハンドガンとライフルでは求められる燃焼スピードが違うのだ。
バレル
 ハンドガンの場合、銃身が短いため﹃弾丸が銃口を出る前に燃焼
を終えるような、速燃焼性発射薬﹄が求められる。だから現代のハ
パウダー
ンドガンの発射薬は、黒色火薬的粉末ではなく小さな粒状になって
いる。
 丸太と同じ質量の大量の割り箸へ同時に火を付けたら、どちらが
速く燃えるか?
 答えは当たり前だが、割り箸だ。
 割り箸の方が表面積が多いからだ。
パウダー
 発射薬も同じで、粒状の方が速く燃える。
 ただ爆発さえすればいいというものではない。
 考え出すと次々に出てくる問題︱︱だが、そんな問題を一気に解
決するのが魔力だ。

100
 魔術師は魔力を直接、火や水、風、雷、土などに変える。
 特に水や土などは、何も無い空間から生まれる。火や雷も、魔術
師自身が貯めた体のエネルギーを使用している訳では無い。質量保
存の法則を無視した現象のようにも思えるが、仕組みは解らないが
実際物質やエネルギーが生まれているのは確かだ︵何も無い空間か
らエネルギーが生まれる推論はいくつかは作れるが、どれが正しい
かは解らない︶。だが、どちらにしても魔術師に﹃得意な系統﹄が
あるということは、物質やエネルギーの創造にはイメージが大切な
のだろう。
 ならば弱いけれども﹃火﹄﹃水﹄﹃風﹄﹃土﹄の四元素魔術を扱
うことが出来、さらに実際に火薬を知っているオレであれば、魔力
で無煙火薬の代わりを創り出す事も可能なのではないだろうか。そ
う考え、学んだ魔力コントロールの技術で今まで試行錯誤を繰り返
して来た。
 基本的な所までは出来上がっている。後はイメージ力で、燃焼ス
ピードをコントロールすればいい。
パウダー カートリッジ
 発射薬を詰めていない弾薬は、シリンダーの調整が終わった時点
で時間を見繕って試作していた。
 最初はサイズが大きすぎてシリンダーに入らなかったり、逆に引
っかからず落ちたりした。
パウダー
 今では細かい調整記録も取り終えて、発射薬以外はほぼ問題ない
仕上がりになっている。
 調整記録の書かれたメモを確認して、右手だけを魔術液体金属の
中に入れる。
カートリッジ 9mm ケース
 弾薬を構成する部品︱︱サイズは38スペシャル。薬莢の内部に

101
魔力を込める。
パウダー
 発射薬の魔力は爆発、燃焼、破裂、無煙火薬をイメージして放出、
さらに圧縮し、固定静止させる。
 細心の魔力コントロールが必要だが、その修練は積んできている。
無事に固定化作業が終わり、思わず止めていた息を勢いよく吐き出
す。
ブレットコア
 その上からさらに弾芯で蓋をする。
 材質は鉛をイメージ。
ジャケット
 疑似鉛の上に被甲を薄く被せる。
プライマー
 お尻部分の雷管にも小爆発を引き起こす魔力を込めて、最後にそ
ブレット
の全部を弾丸で覆えば完成だ。
 右手を魔術液体金属から取り出す。
カートリッジ
 手のひらには前世で見覚えのある弾薬がひとつだけ作り出されて
いた。
 見た目は本物と変わらない。
﹁問題はちゃんと弾が出るかどうかだな﹂
カートリッジ
 さっそくリボルバーに弾薬を込める。
 シリンダーにも問題なく入った。
 捨てられていた煉瓦を拾って、適当な木箱の上に立てる。即席の
的だ。
 約9メートル離れ、構える。
 右手で握り、目一杯突きだし固定。
 左手はリボルバーと右手を下から支えるように添える。
 立射という基本的なハンドガンを撃つ構えだ。

102
 精神年齢は30過ぎだが、肉体はまだ6歳。
 衝撃に備えて肉体強化術で全身を強化しておく。
ハンマー
 撃鉄をおこし、息を吐き止める。
トリガー
 引鉄を人差し指で静かに絞った。
 バガン!
﹁ぐがァ⋮⋮ッ!?﹂
 発砲音ではない。
 暴発だ!
 リボルバーが内部から吹き飛ぶ。
 爆発に近かった右手は肉体強化術のお陰か、指が吹き飛びはしな
かった。
 親指と人差し指がギリギリ繋がっている程度で済む。
﹁吐き気をもよおすほど痛い︱︱ッ﹂
﹁な、なんですか今の大きな音は! ひぃ⋮⋮ッ!?﹂
 エル先生が暴発音に気が付いて、慌てて裏庭に駆けつける。
 オレの重傷を見て先生は小さく悲鳴をあげた。
 顔色は血の気を失ったように真っ青になる。
 今にも泣き出しそうな顔で駆け寄ると、すぐに傷の確認をする。

103
 重傷なのは右手、他にも傷がないか確かめた。
 命に関わるものではないと判断したのか、先生の顔色にやや赤み
が戻る。
 子供達も音に気が付き、姿を現したが先生が鋭い声で押し止めた。
﹁皆さんは、来てはいけません! 年上の子は、下の子をすぐ中へ
連れて行ってください!﹂
 鶴の一声で、子供達は孤児院へと引き返す。
﹁リュートくん! 貴方はいったい何をしたらこんなことになるん
ですか!﹂
 右手を押さえうずくまっているオレを先生は叱りながら、手をか
ざす。
ヒール
﹁手に灯れ癒しの光よ、治癒なる灯﹂
﹁⋮⋮おおぉ﹂
 さすが天下の魔術師Bプラス級。
 温かな光が手のひらから生まれると、吹き飛びかけていた指は磁
石で引き合うように繋がる。
 傷痕もまったく残らず、綺麗に完治した。
﹁ありがとうございます、先生﹂
﹁﹃ありがとう﹄じゃありませんよ! いったい何をしたらあんな
大怪我を負うんですか!﹂
﹁いえ、その新しい魔術道具を開発中でちょっと込める魔力が多す
ぎて⋮⋮﹂

104
 一からハンドガンの説明をしても長い上、理解させるのに時間が
かかる。
 説明を省いて適当に誤魔化した。
 エル先生は樽に入った魔術液体金属を一瞥する。
﹁⋮⋮リュート君が何を作っているのか知りませんが、みんなを騒
がせて、心配をかけたお説教をしますのでちょっと応接室まで来て
ください﹂
﹁わ、分かりました! 自分で歩きますから耳を引っ張らないでく
ださい!﹂
 エル先生はまるで昭和の母親のように、オレの耳を掴むとずるず
ると引き摺るように孤児院へと戻る。
 応接室に連れてこられ、床に正座。
 長い長い説教を聞かされる。
 もちろん、夕飯は無し。
 こってり絞られた後、騒ぎを起こしたお仕置きとして30日間の
実験禁止と罰則労働を命じられた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 暴発から30日後、実験解禁!

105
 前回の反省点は、罰則労働期間中に洗い出しを終えている。
ブレットコア
 リボルバーは暴発したが、地面に着弾した弾芯にはライフリング
がしっかりと刻まれていた。
バレル
 これはちゃんと弾が銃身を通って発射したことを示す。
パウダー
 問題は恐らく発射薬代わりの魔力量が多すぎ&炸裂のイメージ力
が強すぎたのが原因だ。
ケース
 黒色火薬時代、薬莢内部は火薬で満たされていた。
カートリッジ
 しかし無煙火薬の発明後、弾薬に必要な量は黒色火薬の半分にな
る。
 この空いたスペースを﹃エアー・スペース﹄と呼ぶ。
パウダー バッファ
 一般的に発射薬が発火した時、この空気層が緩衝となり、圧力が
一気に上昇するのを防いで弾丸の速度を一定にするという利点があ
る。
ケース パウダー
 本来の薬莢は専門家によって﹃適切な種類の発射薬を適切な量﹄
だけ入れてある。
カートリッジ ケース
 なのに素人が素人的判断で、弾薬のリロード︵薬莢の再利用︶で
パウダー
エアー・スペースも考えず発射薬の種類や量を選択、増量したらど
うなるのか?
 最悪の場合︱︱暴発だ。

106
 オレは半年以上、リボルバーを作るためにイメージ力を磨きに磨
いてきた。
 そのせいで込めるイメージ力も、魔力量も多すぎたのだ。
 新たにリボルバーを作り直し、魔力量とイメージ力を調整しつつ
パウダー
適切な発射薬量を見付けていこう。
 これからまた試行錯誤とメモ取りの時間が始まる。
第7話 銃器開発︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
2話、6話のタイトルが被っていたので6話タイトルを変更します。
正直、素で気づきませんでした。いや、マジで。
皆様のお陰で﹃軍オタ﹄が、日間ランキング1位になりました!
うおおおおお! まじですか、信じられない!? 記念にスクショ
を撮っちゃいました。本当にありがとうございます!
これからも頑張って更新するのでよろしくお願いします!
明日、11月29日、21時更新予定です。

107
第8話 戦闘開幕
 リュート、7歳。
 7歳になると、早い子は孤児院を出て商人の丁稚や職人へ弟子入
りしたり、メイド見習いとして奉公に出たりなどし始める。
 孤児院を出ない子供は、町で簡単な仕事してお金を稼ぐ。
 稼いだお金の一部を孤児院に入れ、それ以外は貯金する規則だ。
 貯めたお金は10歳で孤児院を巣立つ時の資金になる。
 貯金の管理は本人達にさせ、自立心や自己管理力などの成長を促
すことになっている。
 オレも7歳になり、将来の備え&孤児院のため町で働こうとした

108
がエル先生に止められた。
 すでにリバーシや他玩具で多額の資金を稼ぎ寄付してもらってい
る。
 これ以上、オレが稼いだら逆に他の子がやる気をなくす可能性が
あるし、働いてお金をさらに入れなくていいのではないか︱︱と。
 将来、オレが孤児院を巣立つ資金に関して、エル先生は振り込ま
れるリバーシや他の玩具等の権利譲渡代から規則通り一部を孤児院
に入れ、残りを貯金し続けていた。
 オレがまだ5歳だったのと金額が大きすぎるため、例外としてエ
ル先生が預かっていたらしい。
 7歳になり、自身で管理するようにと渡される。
 最初は渡したものを返してもらうなど恥ずかしくて固辞したが、
先生曰く﹃規則だから﹄と今度はオレが強引に押し切られてしまっ
た。
 本音を言えば渡りに船だ。
カートリッジ
 最近、弾薬を管理するための木箱やガンベルトが欲しかったとこ
ろだ。
 頭を下げお礼を告げ、ありがたく受け取った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

109
 転生したこの世界の1年は約360日で、30日を1ヶ月。
 12ヶ月で1年となる。年によってプラスマイナス前後するが、
だいたいこれが基本である。
 またオレが住んでいる妖人大陸には四季も存在し春、夏、秋、冬
がめぐってくる。
 多少違う点はあるが、暑いのは苦手なので、ここが熱帯気候とか
では無くて良かったと思う。
 暑い夏が過ぎ、秋口。
 最近のスケジュールは午前中、変わらずエル先生の授業補佐、午
後はリボルバーの練習と弾薬制作をおこなっている。
 スノーは魔術師の才能があるため午前はバイト、午後から魔術師
基礎授業に参加するようになった。
﹁リュートくん!﹂
 裏庭を通り試射場に向かう途中のオレに笑顔で手を振ってくる。
 生まれ変わって一番嬉しいのは、スノーのような可愛い幼なじみ
が出来たことだ。
 スノーが腰に巻いたガンベルトに差しているリボルバーを嫌そう
な目で見つめる。
﹁今日も魔術道具の実験に行くの?﹂
﹁実験は夏頃にほぼ終わったよ。今は練習が中心かな﹂

110
 暴発事件以降、彼女は魔術道具開発を中止するように言ってくる
ようになった。
 危険なことは止めて欲しいらしい。
 だが、あの暴発以降は、安全対策をバッチリしているから問題は
一度として起きていない。
 しかし、スノーは納得せず唇を可愛らしく尖らせる。
 オレはその言葉を適当に受け流す。
﹁よかったら今度、スノーにも触らせてやるよ。実際に撃ってみれ
ばこの魔術道具の凄さをきっと理解するから﹂
﹁いいよ。そんな危険な玩具、触りたくない。リュートくんもいい
加減、変な魔術道具作りなんて止めてよ﹂
あんなへま
﹁大丈夫だって、もう暴発はしないって。ちゃんと安全設計で作っ
てるから﹂
 スノーは腰に手を当て長い溜息をつく。
・・・
﹁とにかく気を付けてよね。わたしは側に先生がいるからいいけど、
リュートくんは違うんだから。あんまり無茶しちゃ駄目だよ﹂
﹁はいはい、分かってるって。それじゃスノーも授業がんばれよ﹂
 スノーは7歳になって、みんながいるところでは自分を﹃わたし﹄
と呼ぶようになった。
 オレと2人っきりになると、油断して名前呼びに戻ったりもする
が。⋮⋮それはそれで可愛いので良しとしよう。
 そこにエル先生が姿を現す。どうやら時間のようだ。
﹁それじゃ皆さん、魔術師基礎授業を始めますよ﹂

111
﹁また後でね、リュートくん。いってらっしゃい﹂
﹁また後でな﹂
 可愛い幼なじみに見送られる。
 オレは鼻の下を伸ばしながら、1人試射場へと向かった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 孤児院の裏庭を抜け10分ほど歩くと、川原に辿り着く。
 川を渡った反対側には、森の入り口がある。
 森には、基本的に子供達だけで入ってはいけない。
 なぜなら魔物が出るからだ。
 魔物は子供の柔らかな肉、内臓を好んで食べる。
 だが森から出てくることは滅多にない。
 ここらの魔物は森を出て、人を襲うほど凶暴なのがいないからだ。
 オレは川を渡らず、河下に沿って歩く。
 100mほど進んだ場所が試射場になる。
 川を挟んだ反対側。
 約30メートル先にある切り立った崖へ向けて射撃練習をしてい
る。
 崖は足で踏むと渇いた土がボロボロと落ちるほど軟らかく、跳弾

112
の心配もない。
 的は、拾った木の棒で直接崖に人型を描いている。
 雨や風などで崩れてもまた描き直せばいい。
 増水していなければ川はそこまで深くは無いので、身体強化術で
筋力を強化して浅い所を選べば、すぐに対岸に渡って戻って来るこ
とが出来る。
 この崖のお陰で土嚢を積んだりする必要がなく、手間が省けた。
 持ってきた荷物を隅に置く。
 特注で作った腰に巻いているガンベルトから﹃S&W M10﹄
リボルバーを取り出す。
カートリッジ
 安全対策のためシリンダーには1発の弾薬も入れていない。
 隅に置いた金属ケースに手を伸ばす。
 このケースも魔術液体金属で作った。
 中にはギッシリ木箱が入っている。
9mm プライマー
 蓋を開けると中には38スペシャルが、雷管を下に6×6列の3
6発収まっている。
 箱から6発取り出し、手早くシリンダーに入れる。
 さらに12発取り出し左ポケットに入れておく。
 リボルバーを手に、約30メートル先にある人型へ銃口を向ける。
ハンマー
 撃鉄を上げ、立射姿勢で頭部に狙いをつけ1発だけ発砲。
﹁くぅッ﹂

113
 魔力で再現した無煙火薬の跳ね上がる反動は、7歳の肉体にはや
はり堪える。
 魔力を引っ張り出し、薄く発砲に必要な部分︱︱足、腕、肩、背
中へめぐらし、肉体強化術による補助を得る。
 タン! タン! タン! タン! タン!
ハンマー
 1発撃つ度に、撃鉄を上げ、発砲を繰り返す。
 シリンダーに残っていた弾を全て的の頭部へ撃ち尽くした。
 先程に比べて衝撃はほとんどない。
 また肉体強化のお陰で反動を押さえられ、精密度も上がっている。
 シリンダーからエジェクターロッドで空薬莢を押し出し、手早く
次弾を装填する。
 狙いは再び的の頭部。
ハンマー トリガー
 次は撃鉄をいちいち上げず、引鉄を絞る。
 連続で発砲音が響いた。
 一回目に比べて、やはり弾がばらける。
 再度、手早く次弾を装填。
 肉体強化術と繰り返してきた練習のお陰で、次弾を素早く装填で
きるようになった。
 肉体強化術を一度解く。
 次の練習は早撃ちだ。

114
 ガンベルトにリボルバーを入れて、体から力を抜き自然体になる。
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱ふっ!﹂
 呼気と共に瞬時に肉体強化術で補助! 今度は目にも魔力を流す。
 視力、反射速度、動体視力が強化される。
 崖に描かれた人型の頭部へ向けて発砲。
 狙い違わず、吸い込まれるように弾丸が突き刺さる。
 肉体強化術を解除。
 リボルバーをガンベルトに戻す。
 再度、シリンダーから弾丸がなくなるまで早撃ちの練習を続けた。
 持ってきた弾を撃ち尽くすと、今度は弾薬作り。
 落ちた空薬莢を集める。
 空薬莢を手にして、持ってきた魔術液体金属に漬ける。
カートリッジ 9mm ケース
 弾薬を構成する部品︱︱サイズは38スペシャル。薬莢の内部に
魔力を込める。
パウダー
 発射薬の魔力は爆発、燃焼、破裂、無煙火薬をイメージして放出、
さらに圧縮し、固定静止させる。
ブレットコア
 その上からさらに弾芯で蓋をする。
 材質は鉛をイメージ。
ジャケット
 疑似鉛の上に被甲を薄く被せる。

115
プライマー
 お尻部分の雷管にも小爆発を引き起こす魔力を込めて、最後にそ
ブレット
の全部を弾丸で覆えば完成だ。
 今ある魔術液体金属が無くなれば、リバーシや他玩具の権利の残
代金が残っているので、商人のマルトンに頼めばまた送られてくる。
 だが、貴重なものなので、節約できるところはしておかないとい
けない。
リローディング
 薬莢を再利用しているのはその為だ。
 この弾薬作りは意外と手間で、神経を使う。
カートリッジ
 イメージを鮮明にしないとちゃんとした弾薬にならない。
 込める魔力量はたいしたことないが、多すぎても少なすぎても駄
目。
 ちゃんとした燃焼イメージを描かないと満足な威力を発揮しない。
 面倒でもここで作らないと、後は夜、孤児院でしか作れなくなる。
カートリッジ
 さすがに小さい子が側にいる場所で弾薬など作りたくない。
 万が一があっては遅いからだ。
 最後のひとつを作り終え、片付けを済ませる。
 タオルを河に浸し、絞ってから汗をぬぐう。
 一通り汗をふき終えると夕陽を浴びながら、減ったお腹を押さえ
帰路へとついた。
﹁そろそろ的だけじゃなく、実戦で使ってみるか。どれぐらいの威
力と効果があるのか確かめておきたいし﹂

116
 そのためにはエル先生に頼んで森に入る必要がある。
 森には魔物がいるからだ。
 実験相手には最適だ。
 だが、どうやって先生に許可をもらうかでオレは頭を悩ませた。
 エル先生は暴発の件で、魔術道具開発をあまり快く思っていない。
 しかし実戦の機会は意外な形で訪れた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 数日後︱︱午後、夕方近い時間。
カートリッジ
 いつものように川原でリボルバーの練習後、弾薬作りを終える。
カートリッジ
 安全対策のためシリンダーに弾薬が入っていないのを確かめてか
らガンベルトにしまう。
 金属製の弾薬ケースに隙間なく、充填を終えた木箱を入れて蓋に
手をかける。
﹁リュートくーん!﹂
 声をかけられ振り返ると、スノーがにこにこ笑いながら手を振り
河上から歩いてくる。
 夕飯が出来たのを知らせに来てくれだんだろう。

117
 スノーの背後で、何時の間に来てたのか町の子供達が河原で遊ん
でいた。
 オレも手を振り返す。
 彼女が辿り着く前に片付けを終わらせてしまおう。
﹃きゃぁぁッ!﹄
 片付けの手を複数の悲鳴が止める。
 慌てて振り返ると100m先の川上で遊んでいた子供達が、悲鳴
をあげ森に背を向け走り出していた。
 森の入り口からゴブリンが雪崩のように溢れ出す。
 数は15匹。
 チンパンジーから毛をなくし、頭を大きく、ボロを着せ顔を10
倍邪悪にした感じだ。
 手には弓矢、剣、斧、槍、ナイフ、楯、片手剣などを持っている。
 3頭身の体躯のくせに意外と足は速い。
 すでに3匹ほどが、川に足を踏み入れている。
 魔物の好物は子供の柔らかい肉だ。興奮しているのか、ゴブリン
のスピードは思ったより速い。
 このままの速度なら、孤児院にたどり着く前に子供達の何人かが
彼らに捕まり餌食になってしまうだろう。
﹁⋮⋮ッ!﹂

118
 オレはすぐさま肉体強化術で身体を補助!
 木箱の蓋を放り出し、シリンダーに6発込める。
 残りはポケットに逆さまにして、流し込んだ。
 準備を終え、足を強化し駆け出す。
 3、4歳の女の子が逃げる途中で転んで頭を打つ。
 その子の体の力が一瞬で全て抜け落ちるのが解る。
 気絶してしまったのだろう。
 スノーは子供に駆け寄り背後に隠した。
 気絶している少女をスノーが肉体強化術で抱きかかえ逃げるのは
可能だろう。
 しかしそれでは先に走り出した子供達に、ゴブリンが追いついて
しまう。
 彼女は両手を広げ、殺到するゴブリン相手に一歩も引かないと態
度で示した。
アイス・ソード
﹁我が手で踊れ氷りの剣! 氷剣!﹂
 彼女の呪文詠唱と共に1m×2本の氷剣が両手に生まれ、放たれ
る。
 狙い違わず、剣は向かって来た2匹のゴブリンに突き刺さる。だ
アイス・ソード
が、突き刺さる寸前、ゴブリンの1匹が氷剣とすれ違うように弓矢
を放つ。
 呪文詠唱後の僅かな隙。

119
 矢は真っ直ぐ彼女の胸へと飛ぶ。
 かわせば背後の子供に当たってしまう。
 反射的に抵抗陣を張れるほどの技術はまだ無い。
 強化されたオレの視界いっぱいに、スノーの絶望した顔が広がる。
 一瞬、前世で見捨ててしまった友人の表情と重なった。
 そんな黒い感情を振り払うようにオレは絶叫する。
﹁スノーぉおぉおぉッ!﹂
 一か八か、リボルバーを構える。
 立射姿勢。
 距離にして15m。
 狙うは飛んでくる矢。
 強化された動体視力、今までしてきた練習、いつもより短い距離
︱︱オレなら出来ると、自分に言い聞かせる。
 矢が進む未来位置を予測し、ぶれを押さえるため息を止める。
ハンマー トリガー
 撃鉄を上げ、引鉄に指をかけ静かに絞った。
 ダン!
 この異世界では聞き慣れない発砲音。

120
 弾丸は狙い違わず、矢を撃ち抜き砕く。
﹁よっしゃぁッ!﹂
 二度とやりたくない曲芸射撃を成功させ、思わず絶叫をあげてし
まう。
 運がよかったのは言うまでもない。
 初めて聞いた発砲音とオレの登場にゴブリン達の足が警戒して止
まる。
 その間、さらに脚力を強化してスノー達に追いつき、自身の背後
に隠した。
﹁りゅ、リュートくん、あ、あり︱︱﹂
﹁礼はいいから、スノーはその子を抱いてこの場から絶対に動くな
よ!﹂
﹁わ、分かった!﹂
 野生の動物は、背を向け逃げる獲物を本能的に追いかけてしまう。
 下手に刺激してゴブリン達に再度突撃されるのは避けたい。
 会話を打ち切り、足が止まっているゴブリン達へ立射姿勢で銃口
を向ける。
 近い順にゴブリンの頭部めがけて発砲。
 魔物とはいえ、人型の生物︱︱だが、スノー達を守るためまった
トリガー
く迷いなく引鉄を絞る。
 弾丸は吸い込まれるようにゴブリンの頭部を撃ち抜いた。

121
 映画やドラマのように派手な血しぶきはあがらない。
 糸が切れた人形のように膝を折り倒れるだけだ。
 今のリボルバーの威力では、頭部へ的確に撃ち込まないと1発で
ゴブリンを倒すことができない。
 残り4発の弾丸で4匹のゴブリンを屠った。
 残り8匹。
 ゴブリン達にとっては、一瞬で仲間が5匹も倒されたことになる。
 だがまだまだ数的には、ゴブリン達の方が圧倒的に上。
 彼らは殺気立ち、再び水しぶきをあげて突撃してくる。
﹃オオォオォォォォォオォォォォォォオォォッ!﹄
 肌を叩く雄叫びと殺意。
 オレは震えそうになる体を必死に叱咤し、無我夢中で手を動かす。
 シリンダーからエジェクターロッドで空薬莢を押し出し、手早く
次弾を装填。
 狙う優先順位は距離が近い奴と弓矢などの遠距離攻撃が可能な奴
だ。
 まず一番接近してきたボロボロの剣と木製の楯を持つゴブリンへ
向け発砲。
 ゴブリンはとっさに楯の内側に身を隠すが無駄だ。
 自動車のドアも貫通できる威力の前で、木製の楯など障害にもな

122
らない。
 弾丸は楽に楯を貫通し、ゴブリンの頭部を撃ち抜く。
 仲間を倒され、一瞬動きが止まるゴブリン達。それを視界に捉え
ながら、次の標的へと銃口を向ける。
﹁⋮⋮ッ﹂
 小さく息を吸い込む。
 次はこちらに弓矢で狙いを付けるゴブリンだ。
 強化した動体視力のお陰で、ゴブリン達の動きはスロー再生して
いるように遅かった。
 なのに自身の心臓音は、耳元で鳴っているように五月蠅く、速い。
 息を吐き出したいのを堪えて気持ちを落ち着かせながら練習通り
発砲。
 ゴブリンは矢を撃つ前に眉間を撃ち抜かれ、川に顔を浸した。
 オレは精密機械のようにゴブリンの頭部へ全弾を命中させていく。
 6発全部を撃ち尽くす。
 残るゴブリンは2匹。
 2匹は自分達の劣勢を悟ると、背を向け一目散に森へと逃げ帰っ
てしまう。

123
カートリッジ
 念のため、再びシリンダーに弾薬を充填。
 左ポケットにある残弾は2発だ。
︵もし8匹以上で押し寄せてきたら⋮⋮︶
 暫く様子を窺うが、増援を引き連れて戻ってくる気配は無い。
 オレは肉体強化術を解除して、大きく息をつく。
 戦闘開始から3分も経っていないはずなのに、玉の汗が額に浮か
ぶ。
 疲労感が濃いのは魔力を半分以上使ったからだけではない。
 初めての実戦で精神的に磨り減っているんだ。
ハンマー
 撃鉄を戻し、背後に庇っていたスノー達の様子を確かめるため振
り返った。
﹁スノー、怪我はないか? 痛いところとか!﹂
﹁リュートくん、怖かったよ! リュートくん⋮⋮ッ!﹂
 スノーはオレの名前を呼びながら抱きついてくる。
 背丈がほとんど変わらないせいで、彼女の顔が首筋に埋もれてく
すぐったい。
 スノーの名前に反して暖かな体温が体に染みこんでくる。
 彼女の無事に、自分でも想像以上に安堵していた。

124
 オレは愛しそうにスノーの頭を優しく何度も撫でる。
﹁スノーは偉いな。みんなを逃がすために、怖くても最後まで残っ
て⋮⋮本当に偉いよ﹂
 前世でオレができなかったことを、彼女は命がかかっている状況
で、しかも7歳でやってのけたのだ。
 心底、スノーを尊敬し讃える。
 だが、彼女は胸の中で首を振り泣き出すのを堪える声ではっきり
と告げた。
﹁リュートくんありがとう、スノー達を守ってくれて。ありがとう
⋮⋮﹂
 スノーの感謝の言葉。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 いくら彼女達を救っても、前世での事が無になるわけではないし、
罪が消えるわけではない。
 だが、その言葉を聞いて⋮⋮胸の底につかえ塞いでいた重しがほ
んの少しだけ、軽くなったような気がした。
﹁オレの方こそ⋮⋮ありがとう、スノー﹂
 オレはスノーをぎゅっと抱き締める。
 暖かい。
 生きてる。
 その事を実感し、指に力が篭もる。彼女の涙が、オレの頬に落ち

125
る。
 その後、先に逃げた子供達がエル先生に助けを求め、彼女が駆け
つけるまで。
 オレ達は、互いの温もりを確認し合うようにずっと抱き合い続け
ていた。
第8話 戦闘開幕︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、11月30日、21時更新予定です。
126
第9話 AK47
 リュート、7歳。
 ゴブリン撃退後、エル先生はオレ達の怪我の有無を確認。
 気絶した少女が転んだ拍子に切った傷だけだったので、エル先生
が治癒魔術であっという間に完治させる。
 その後先生はオレ達を連れて孤児院へ。
 町から自衛団を呼び、周囲を警戒させる。
 エル先生はその間、1人で森に入って逃走したゴブリン2匹を瞬
殺。
 軽く森を見て回り、他に脅威となる魔物がいないか探索し戻って
きた。

127
 ゴブリン以外、見あたらなかったらしい。
 その日の夜、町長の家で会議が開かれる。
 議題は今日の夕方に起きた﹃ゴブリン襲撃事件﹄についてだ。
 魔物が単独で町を襲うことはあったが、魔物が集団でというのは
初めてだった。
 第一、ゴブリンのような凶悪な魔物がこの森で発見されたことは
ない。
 町始まって以来の事件だ。
 村人の1人が冗談で﹃魔王でも復活しているのではないか?﹄と
言った。
 町長が不謹慎だと非難し、黙らせる。
 不幸中の幸い、オレとスノーの活躍で怪我人は出たが死者は無し。
 かなり幸運な結果だ。
 しかしそう何度も幸運は都合良く訪れはしない。
 会議の結果、約30日に一度、自衛団とエル先生が一緒になって
森を見て回り危険な魔物がいないか巡回する決まりになった。
 今夜は念のため自衛団が交替で町の周辺を警戒する。
 皆のオレとスノーへの感謝の言葉は、翌日に持ち越された。

128
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ゴブリン襲撃事件後、オレに対する評価が一転した。
 元々、町人達の間でオレはリバーシや他玩具開発でお金を稼ぎ、
孤児院始まって以来一番貢献しているが、一方でその資金を使って
妖しい魔術道具の研究をしている気味の悪い子供︱︱という悪評の
ほうが有名だったらしい。
 オレ個人としてはハンドガン作りに没頭していたため、悪評に全
く気付いていなかった。
 この事件をきっかけに﹃魔術師としての才能は無いが、それを補
ってあまりある魔術道具を開発した大天才﹄という評価に変わった
らしい。
 なんという手のひら返し⋮⋮。
 特に町長の手のひら返しが酷かった。
 スノーと一緒に助けた子が町長の孫娘で、彼女は助けてくれたオ
レに一目惚れ。
 町長を通して自分の婿になって欲しいと迫ってきた。
 町長も乗り気で、彼女と結婚して末永くこの町を守って欲しいと
言い出す。
 もちろんお断りした。

129
 この町は好きだが、一生守り続けるわけにはいかない。
 また褒められるのは嬉しいが、自分としては実戦を経験して反省
点のほうが多かった。
 練習では思い通り魔力コントロールできていたのに、実戦では雑
になってしまった。
 そのせいで無駄に魔力を消費してしまう。
 またリボルバーのリロード速度、弾数、火力不足を痛感する。
 数が少なかったからよかったものの、後数体多かったら、スノー
達を守りきれなかっただろう。
 今思い返しても背筋に冷たい汗が流れる。
 事件前は﹃S&W M10﹄リボルバーを元にマグナム弾が撃て
る﹃S&W M19コンバットマグナム﹄を試作するつもりだった。
 今は趣味に走っている場合ではないと目を覚まされた思いだ。
アサルトライフル
 M19は一時凍結して、オレは突撃銃制作に取りかかる決意をす
る。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 昼食を済ませると、男子部屋に戻る。

130
アサルトライフル
 試射場で突撃銃制作に必要な物を揃えるためだ。
 ゴブリン襲撃事件以降、町長が町の決まりとして子供達だけで河
原に行くのを禁止した。
 だが、オレだけは魔術道具開発のため許されている。
 やや過保護な傾向を持つエル先生は渋い顔をしていたが、結局ゴ
ブリンを倒したのはオレ自身なので黙認という形で許可を出す。
アサルトライフル
 まさか孤児院内で突撃銃を作る訳にもいかず、エル先生には申し
訳ないと思いつつも、毎日当番仕事が終わったら試射場に向かって
いた。
 今日も部屋の隅から、魔術液体金属が入った樽を取り出す。
 護身用のリボルバーには弾薬を装填し、ガンベルトから吊す。
9mm
 念のため金属製の弾薬ケースから38スペシャルがみっちり入っ
た木箱をひとつ手に取った。
 木箱を樽の上に乗せ、孤児院の裏庭を通って試射場を目指す。
 途中、裏庭を通るとすでに魔術師基礎授業を受ける生徒達が集ま
っていた。
 そのうちの1人、スノーがオレを見付けると尻尾を振りながら駆
け寄ってくる。
﹁リュートくん!﹂

131
 彼女は躊躇い無く抱きついて来る。
 手に持っていた樽と木箱を落としそうになった。
﹁スノー! 危ないから、突然抱きつくなっていつも言ってるだろ﹂
﹁うん、分かった。今度から気を付けるね﹂
﹁昨日も同じこと言ってたよな⋮⋮って、こら匂いを嗅ぐな、ふご
ふごするなよ。くすぐったいだろ﹂
﹁だってリュートくんの匂いとっても良い香りで落ち着くんだもん﹂
 スノーは制止を促しても耳を貸さず、首筋に顔を埋めて匂いを嗅
いでくる。
 彼女の犬耳やすべすべの頬、呼吸が本当にくすぐったい。
 スノーは北大陸に住む白狼族と呼ばれる少数種族の捨て子だ。
 イヌ科だけあって、匂いを嗅ぐのが好きらしい。
 最近はよくこうして抱きつかれて匂いを嗅がれている。
 オレは諦めの溜息をついて樽と木箱を脇に抱えて、スノーの頭を
やや乱暴に撫でる。
 彼女は嫌がるどころか、気持ちよさそうに﹃えへへへ﹄と微笑ん
だ。
 スノーの態度もゴブリン襲撃事件以降、ずいぶんと変わった。
 以前は一番仲が良い幼なじみという距離感で、たまに﹃あれ、こ
いつオレに惚れてるんじゃね?﹄という程度。
 しかし事件以降は、こんな風に積極的に好意を示すようになる。

132
 食事も絶対に隣同士で食べ、時間があればオレの側を決して離れ
ずどこへでも付いて来る。
 トイレにまで一緒に入ろうとした時はさすがに参った。
 ボディータッチの回数など数えるのが馬鹿らしくなるほど増大す
る。
 今みたいに抱きついてくるのは当たり前で、手を繋いだり腕に絡
んできたり、部屋でリボルバーのメンテをしていると後ろから首に
腕を回してきたりもする。
 その時もやっぱり匂いを嗅ぐ。
 スノーはオレの匂いが好き過ぎて︱︱女子部屋の女の子達から聞
いたのだが、破れて着られなくなったオレのシャツをもらった夜以
降、ずっと匂いを嗅ぎながら眠っているらしい。
﹃ふごふご﹄うるさいからなんとかして欲しいと、苦情が入ったほ
どだ。
 スノーに夜寝る時は匂いを嗅ぐの止めるよう説得すると、彼女は
この世の終わりのような顔で、犬耳をペタンと閉じ、尻尾をダラン
と垂らした。
 そんな彼女を見ていられず、﹃周囲に迷惑をかけないよう静か
に嗅げ﹄と妥協してしまった。
 どうしてもスノーに対しては甘くなる。
 これは勝手な推測だが︱︱元々スノーは、本人が自覚していなか
っただけで好意を抱いていた。
 それが事件を切っ掛けに、本人が自覚したのだろう。

133
 こんな可愛くて、性格もいい幼なじみが居て、惚れられているな
んて。
 この異世界に転生して心底良かったと思える。
 問題があるとすれば⋮⋮
﹁リュートくん、どこに行くの?﹂
﹁試射場に行って、新しい銃を作れるか実験するつもり﹂
﹁わたしも一緒に行っていい?﹂
﹁ダメに決まってるだろ。スノーはこれから魔術師基礎授業がある
んだから﹂
﹁うぅぅ、そうだけど⋮⋮﹂
 スノーはオレと一緒に居られるなら、簡単に優先事項を覆すよう
になってしまった。
 ちょっとだけ、アホの子化している。
﹁夕方まで試射場にいるから、授業が終わったら来いよ﹂
﹁⋮⋮分かった。試射場でまたリュートくんのリボルバー、撃たせ
てくれる?﹂
﹁もちろん。だからちゃんと授業がんばれよ﹂
 スノーは事件後、リボルバーに興味を持った。
 彼女が銃を怖がらなくなったため、オレはスノーに積極的に撃ち
方を教えるようにしている。魔力が切れた時など、いざという時の
護身用だ。
 将来的にはスノー専用の護身銃を作るつもりだ。

134
 エル先生が裏庭に顔を出す。
﹁それでは皆さん、これから魔術師の訓練を始めます﹂
﹁ほら、スノー。エル先生が始めるって﹂
﹁もうちょっと、もうちょっとだけふごふごさせて﹂
﹁駄目だって、みんな待ってるだろ。ほら、行った行った﹂
﹁うぅぅ⋮⋮リュートくんの意地悪﹂
 彼女は文句を言いながら名残惜しそうに体を離す。
﹁それじゃまた後でな。エル先生たちに迷惑かけるなよ﹂
﹁うん、また後でね﹂
﹁⋮⋮スノーくん、言動が合ってないぞ。手を離してくれ﹂
 スノーはシャツの裾をつまみ悪あがきする。
 指摘すると、いじけた表情をするが最後は笑顔で手を振り、エル
先生の元へと駆け足で戻る。
 オレは樽を持ち直し、試射場へと向かった。
 試射場へ着く。
 樽以外の荷物を邪魔にならないよう小脇に置いた。
 樽の蓋を開け、両手を入れる。ひやりとした金属の感触が皮膚に
広がる。
 その冷たさを味わいながら、改めてこれから作る銃のことを考え
る。

135
 これからオレが作ろうとしている銃は、ソビエト連邦が生んだ傑
アサルトライフル
作突撃銃の﹃AK47﹄だ。
︵AKMなど様々な改良バリエーションが存在するが、とりあえず
AK47と便宜上呼称する︶
アサルトライフル
 なぜ数ある突撃銃の中で、AK47を選んだかというと︱︱構造
が一番シンプルだからだ。
 しかも兎に角頑丈で、極寒の北極圏やアフリカの砂漠、東南アジ
アのジャングル地帯だろうが、ロクに手入れもせず泥水に浸かった
後でもバリバリ快調に撃ちまくれる。
 一説には水田に半年ほど埋められ、後に掘り起こされた錆びて汚
れきったAK47でも問題無く発砲できたという。それだけ汚れや
ジャム
サビに強く、600発/分という恐ろしいまでの火力、弾詰まりの
起きにくい構造、数十年メンテをしなくても発砲できるほどタフな
アサルトライフル
突撃銃なのだ。
 この利点から、前世の世界でもコピーが大量に作られ地球の隅々
に出回った。
 数ヶ国の国旗や紙幣にも形が描かれ、世界中のゲリラや反政府勢
力が手にして冷戦後の地政学的地図を描き変えた武器。
 この武器によって毎年何十万人もの人々の命が奪われていると言
われている。
 そのため﹃小さな大量破壊兵器﹄とも呼ばれていた。
アサルトライフル
 だからこそ、この未開発の異世界に最も適した突撃銃ともいえる。

136
 だが、問題がふたつある。
オートマチック
 ひとつは、構造がシンプルとはいえ自動式。
 弾薬が発射される際に生じるガスを使って、次弾を装填する方式
をガス利用式と呼ぶ。
 AK47の場合、銃身上にガスピストンを位置させた設計をして
いる。
 これをガス・オペレーテッド方式と呼ぶ。
 この方式がちゃんと動作するよう作れるかどうか⋮⋮。
 知識はあっても、実際やるのとは天と地も差があるとリボルバー
制作の時に嫌でも学んだ。
カートリッジ
 ふたつ目は、弾薬だ。
カートリッジ
 ライフルの弾薬は、ハンドガンと外見・中身共にまったく違う。
カートリッジ
 まず弾薬の外見は細長く、ワインボトルのように途中でくびれて
いる。
パウダー
 中身の発射薬はライフルのほうが、ハンドガンより燃焼スピード
が遅い︵時間にして1000分の何秒程度だが︶。
ケース バレル
 燃える速度が遅いと薬莢や銃身のなかの密閉空間で圧力が高まり、
速度・エネルギーも高い弾丸を発射することが出来る。
パウダー
 その発射薬を再現するのに、途方もない実験を繰り返す必要があ
った。

137
﹁まぁ、でもオレは完成形を知っている。答えを出すため試行錯誤
する必要が無い分、まだ楽だよな﹂
カートリッジ
 弾薬の設計は銃本体よりずっと複雑だ。
 弾道学の専門家の間でも活発に意見が交わされる。
パウダー
 弾丸の重さ、先端形状、発射薬を少し変えるだけでまったく違う
武器になってしまうほどだ。
﹁⋮⋮作り出すことが出来たら、頼もしい武器になるだろうな﹂
 オレは改めて軽く息を吐いて、目蓋を閉じる。
 リボルバー制作で培ったイメージ力を最大限引き出す。
﹁まず最初に作る部品は⋮⋮﹂
 そっと冷たい液体金属の中に手を入れた。
138
第9話 AK47︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月1日、21時更新予定です。
今回はいつもより短めなので、ついでにキャラクター紹介を追加し
ておきます。
139
現時点での主要人物紹介
■リュート
今作の主人公。人種族。
前世は日本生まれで、名前は堀田葉太。
27歳童貞、元いじめられっ子で元引きこもりの金属加工会社員。
逆恨みで殺され、異世界に転生する。
軍オタで、銃器好きの元日本下町の技術屋︱︱その技術、知識、魔
術道具を使って現代兵器であるハンドガンを作る。
■スノー
獣人種族、白狼族、魔術師の才能有り。
リュートと同じ日に孤児院に置き去りにされていた赤ん坊。
そのため孤児院内でもリュートとの幼なじみ度が尤も高い。
匂いフェチ。

140
■エル
獣人族、長耳兎族、魔術師Bプラス級。
リュート、スノーなどが住んでいる孤児院を私財を投じて設立、運
営している。
性格は温厚で、子煩悩。町人からの人望も厚い。怒らせると怖い。
子供達に文字書き、四則演算、魔術師の才能がある子供には魔術の
授業も教えている。
そのため皆からは﹃エル先生﹄と慕われている。
第10話 告白
 リュート、8歳。
 夏の山場が過ぎ、大分過ごしやすくなってきた午後。
 オレは荷物を抱えて、試射場へと訪れる。
 河原に荷物を下ろす。
 樽︵魔術液体金属︶、金属製ケース。
アサルトライフル
 突撃銃、AK47。
 金属ケースには2種類の木箱が入っている。
9mm
 ひとつは、腰からさげているリボルバーの38スペシャル。
9mm
 38スペシャル箱より大きいのが、AK47専用の7.62mm

141
×ロシアンショート︵実験弾︶だ。
 AK47はかなりの時間をかけたおかげで、詰めの段階を残して
ほぼ完成している。
 見た目は黒一色で、ストック︵銃の一番後ろにある肩にあてる部
分︶は木製ではなくメタルフレーム式。
バレル
 AK47で正確な射撃を狙うには銃身をなるべく眼の高さに合わ
きょくじゅうしょう ベ
せる必要がある。だが、ストックが曲銃床︵もしくは直銃床でも角
ンド
度が深いもの︶だと銃口を真っ直ぐ固定しにくい為、発射の反動で
アサルトライフル
銃口が跳ね上がってしまう。機関銃、突撃銃のフル・オートマチッ
クに近い連射をすると1発撃つたび銃身が跳ね上がり、そこでまた
弾丸が出ると︱︱たちまち空へ向け発砲することになる。
 だから反動による跳ね上げを極力小さくするため、AKMを参考
ベンド ちょくじゅう
に銃身を眼の高さ付近から肩の高さまで下げ、角度を浅くした直銃
しょう バレル
床にして、さらに微調整を施した︵つまり、銃身とストックが一直
線になるよう配置︶。
オートマチック
 また内部構造もちゃんと再現し、自動式を実現している。
 弾丸発射後、ガスボート︵ガスの取り込み口。弾丸が発射され銃
口近くに進むと、薬莢と弾丸に挟まれた銃身内が密閉空間となり、
高まった圧力によってガスが一部ガスポートに流れ込む︶から発射
ガスの一部を取り込んでガスシリンダーの中のガスピストンを後方
に押し、ターンボルト︵弾丸に接する部分︶とボルトキャリアー︵
ハンマー
ボルトを支える部分︶を後退させ撃鉄を起こす。

142
 ボルトキャリアーは後退しきるとリコイル・スプリングの力で戻
バナナマガジン チェンバー
って来て、弾倉から持ち上がって来た次弾を薬室へと押し込む︵ボ
ルト部分が弾1つ分以上後退するので、空間が出来て下から弾が持
ち上がる︶。
 苦労の末、ちゃんとガスオペレーテッド方式が作動した時は感動
で叫び声をあげてしまった。
 さらに自分で自分を褒めたいのは﹃セイフティ﹄﹃フルオートマ
チック﹄﹃セミオートマチック﹄の切り替えを組み込んでいる所だ。
トリガー
 セイフティをオンにした時、セレクター・レバーが引鉄を押さえ
トリガー
てしまうので、引鉄を動かすことができない。
 セミ・オートマチックの場合、セレクター・レバーはどこにも干
渉しない。
トリガー ハンマー
 すると引鉄を引くと、撃鉄は解放されるが、ある一定上がるとデ
ィスコネクター︵引き金に直付けされている小さな部品︶のフック
トリガー
に引っかかり動きを止めてしまう。そうなったら一度、引鉄を元の
位置に戻さないと、フックから抜け出すことが出来ない。
 さらにフル・オートマチックにした場合はセレクターレバーがデ
ィスコネクターを押さえつける。
ハンマー
 ディスコネクターが押さえつけられ、撃鉄はフックに引っかから
ない。
トリガー ハンマー
 そのため引鉄を戻さない限り、撃鉄は往復運動を繰り返し続ける
のだ。
レートリデューサー
 しかもフル・オートマチック用に緩速器もちゃんと追加しておい
た。
レートリデューサー
 この緩速器のお陰で、連射をしても適当な間隔が空き、射撃経験

143
の浅い射手でも狙いが狂いにくくなる効果がある。
 見た目は金属金属しているが、リボルバーの時のように魔術液体
金属しか使っていないため想像以上に軽く出来ている。
 精神年齢は30歳以上だが、体はまだ8歳。
 AK47︵試作品︶を持っていると中東などで戦う少年兵っぽい。
アサルトライフル
 もしAK47以外の突撃銃を作ろうと思ったら、制作は不可能だ
っただろう。
 前世の世界では技術力の低い国でも作れるほどシンプルな構造だ
ったからこそ、この異世界でも作ることができた。
 だがまだ完成ではない。
カートリッジ
 問題はやはり弾薬だ。
 本体作りと同時並行で試行錯誤を繰り返していたが、満足行く出
来にはほど遠い。
 一応、ガス・オペレーテッド方式により空薬莢が飛び出る。
 それもAK47だからだ。
カートリッジ パウダー カートリッジ
 メーカー品では無い安価な弾薬や湿気で発射薬が劣化した弾薬を
ジャム
撃っても、不発や弾詰まりを起こすことなく︵部品同士の組み合わ
せに余裕がある為︶ピストンが作動する。
 だがそれで満足する訳にはいかない。
 十全に力を発揮させるためにも、オレは時間をかけ最適な配分を
探した。
 薬莢の厚さ、発射薬量に燃焼イメージ、弾芯の材質などなど︱︱
どれもまだまだ未完成。

144
カートリッジ
 最近は特に本体がほぼ完成しているため、弾薬開発にほぼかかり
っきりになっている。
 オレは金属ケースから、蓋にラベルが貼ってある木箱を取り出す。
 箱ごとに試射結果を反映、改良した実験弾が詰まっている。
 1箱だけ取り出し、バナナ・マガジンに装填。
 安全装置を解除。
 セミ・オートマチックへ。
チェンバー
 コッキングハンドルを引き、薬室にまず弾を1発移動。
 肉体強化術で身体能力を向上。
 銃口を崖に描かれてある人型の的へ向ける。
 ダン!
 発砲。
﹁くッ︱︱!﹂
 空薬莢が空中を舞う。
 1発撃つだけで肩を強く突き飛ばされる反動に歯を食いしばる。
﹃S&W M10﹄リボルバーに比べて威力、反動、火薬燃焼音⋮
⋮どれも比べものにならない。
 手の中に残る感触を確かめながら、フル・オートマチックに切り
替える。
 気合いを入れ直し連射した。

145
 ダン! ダダダダダダダダダン!
 音もうるさいが、銃身が跳ね上がるのを押さえるのに苦労する。
 思わず肉体強化術の魔力値を一段上げてしまった。
 全弾、撃ち尽くす、体中がジンジンと痺れが残る。
﹁⋮⋮う∼ん、これもやっぱりダメだ。まだまだ燃焼スピードが速
すぎる﹂
 そのせいかどうか︱︱約30m先の的にばらけた弾痕が刻まれて
いる。
 AK47はアサルトライフルの中では、命中精度があまり良くな
い︵それでも100mで直径20センチぐらいにはまとまる︶。
 だが、それを引いてもこれはあまり良い結果ではない。
 実験弾の感想を細かくメモして、撃ち尽くした木箱に入れる。
 落ちた薬莢はもちろん拾って元入っていた木箱へ戻す。
カートリッジ
 次は隣の箱を取り出し、マガジンに弾薬を詰め込む。
 こうして準備した木箱を︵予備を除いて︶撃ち尽くし、細かく感
想を残す。
 準備した実験弾を撃ち尽くすと、次はリボルバーの練習に取りか
かる。
 今、この場でAK47用の実験弾は作らない。
 作るのは翌日になってからだ。

146
 試射場でメモを片手に照らし合わせながら制作する。
 なぜすぐに取りかからないかというと︱︱時間をかけ集中してや
らないと、メモ通りに改善した実験弾が作り出せないからだ。それ
だけで午後いっぱいの時間を使ってしまう。
 また将来的にAK47が完成したら、リボルバーの使用頻度は圧
倒的に下がるだろう。
 だが何時どこで役に立つか分からないから、練習を続けているの
だ。
 この世界を生きるため、出来る技術は多いにこしたことはない。
カートリッジ
 流れるようにシリンダーに6発の弾薬を詰め、立射する。
 次はガンベルトにさしたまま早撃ちの練習。
 こうしてオレはハンドガン用の木箱を2つ残し、全て撃ち尽くし
た。
 落とした薬莢を拾い集め、あらたに弾薬を作り直す。
 このように肉体年齢が8歳になったオレの1日は、
 午前、エル先生の授業補佐。
 午後、AK47用の実験弾試射orAK47用の実験弾制作。リ
ボルバーの練習︱︱といった感じだ。
9mm
 38スペシャルをほぼ作り終える頃に、スノーが試射場に顔を出
す。
﹁リュートくん、お待たせ!﹂
﹁だから、突然抱きつくのは危ないって言ってるだろ。あと匂いを

147
嗅ぐのは止めてくれ。汗臭いだろ?﹂
﹁そんなことないよ! 凄く良い匂いだよ! ふんふん﹂
﹁だからふがふがするなッ、くすぐったいだろ﹂
﹁えへへへ、ごめんね﹂
 いつの間にか恒例となったやりとりを交わす。
 オレは諦めの溜息をつき、スノーの頭を撫でてやる。
 彼女は幸せそうに目を閉じ、白い尻尾をぶんぶんと振った。
 スノーも今年で8歳。
 将来魔術師学校に進学するための資金稼ぎとして、去年の中頃か
ら彼女はバイトを始めていた。
 代表的なのが魔石作りだ。
 魔石とは︱︱魔力を溜めることができる石だ。
 これに約30日、一定時間、火をイメージしながら魔力を送り続
けると火属性の魔石となる。
 水をイメージすれば水属性に。
 雷をイメージすれば雷属性に。
 風をイメージすれば風属性に︱︱と、多用な魔石を作り出せる。
 火属性の魔石の魔力が切れたら、再び火をイメージしてまた約3
0日、一定時間、魔力を送れば再度充電される。
 魔力電池だと考えればいい。
 属性魔石、魔力再充電魔石︵属性魔石より値段は下がる︶は魔術
道具専門の商人に高値で売れる。

148
 そのお金の一部を孤児院に入れ、それ以外は貯金。
 再来年、入学する予定の魔術学校費用となる仕組みだ。
 午後はいつも通り、魔術師訓練。
 訓練が終わると、スノーは試射場に来てオレと一緒にリボルバー
の撃ち方を練習する。
 残した弾薬2箱は、スノーの分だ。
 最近のスノーの1日は、
 午前、魔石に魔力をこめるアルバイト。
 午後、魔術師訓練。リボルバー訓練︱︱という感じだ。
 スノーは筋がよくリボルバーのリロード、早撃ち、精密射撃など
すでにオレと同レベルに達している。
 魔術師としての才能もある。
 魔術師基礎授業を教えているエル先生曰く、スノーはとても覚え
がいいらしい。
 まず間違いなく魔術師Bプラス級になれる才覚を有しているとの
ことだった。
 オレはその話を聞いて、嫉妬よりも祝福する気持ちの方が圧倒的
に大きかった。
 スノーは一番親しい幼なじみだから、彼女が褒められると自分の
ことのように嬉しかったのだ。
 また最近は体の発育も凄い。

149
 抱きつかれるとCカップはある胸をシャツ越しに感じる。
 しかもまだまだ成長中で、来年の今頃はDを越えるのは確実だろ
う。
 今年の夏など目のやり場にこまるほどだった。
 スノーは北大陸に住む白狼一族のためか、夏場に弱い。
 そのせいで服装もラフになる。
 肌は真っ白だが健康的な太股、まだ産毛1本生えていないツルツ
ルの脇、うっすら汗で湿った小さなおヘソ、シャツの胸元から覗く
張りのある胸!
 何度、彼女に気付かれずに盗み見たか!
 今だってスノーに抱きつかれて、自分の体が熱くなるのを自覚す
る。
 頭を撫でるだけではなく、柔らかな体を隅々まで触りたいという
欲望が進行形で強くなる。
 だが相手はまだ8歳。
 オレ自身、肉体年齢は同じだが、中身は35歳の大人だ。
 欲望に負けて大切な幼なじみを傷つけるマネなどしない。
︵YES、ロリータ! NO、タッチ! オレは紳士だからスノー
が傷つくようなマネは絶対にしないぞ! ⋮⋮⋮⋮きっとしないぞ。
多分しないぞ︶
 理性を原動力に彼女に離れるよう声をかける。
﹁そ、それじゃ練習始めようぜ、ほらスノー離れて﹂

150
﹁もうちょっとだけ、ぎゅっとさせて﹂
﹁おふぅッ!﹂
 彼女はさらに腕に力を込めてくる。
 スノーの胸の感触が強くなった。
 反比例して腰が引ける。
 8歳という若い肉体が恨めしい。
 むらむらと湧き上がる衝動。
 今すぐ彼女を押し倒して、色々なことをしてしまいたい︱︱だが
感情が爆発するのを理性で押しとどめる。
 自分達はまだ8歳、いくらなんでも早すぎるし、刺激が強すぎる。
 オレは胸の感触に名残惜しさを心底感じながら、スノーを引き剥
がす。
﹁も、もういいだろ。これ以上、抱きついてたら練習時間がなくな
っちゃうぞ﹂
﹁リュートくんのけちんぼ﹂
﹁はいはい、ケチで結構。ほら、ガンベルト。シリンダーからだか
ら自分で入れろよ﹂
 スノーにガンベルトごと、リボルバーを渡す。
 彼女は慣れた手つきで、ベルトを締めリボルバーを握る。
9mm
 シリンダーを押し出し、木箱から6発の38スペシャルを手に取

151
り入れていく。
 肉体強化術で身体能力向上させ、崖に描かれた人型へ向け発砲。
 練習を開始する。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夕方になると片付けを終え、オレ達は孤児院へと手を繋ぎ帰宅し
た。
 スノーが川原を横手に歩きながら尋ねる。
﹁リュートくんは、10歳になったらどうするの?﹂
 こちらの世界には誕生日という概念がないが、一般的に15歳に
なれば成人、つまり一人前の大人として扱われる。
 10歳はその進路を決める大事な時期だ。
 上流階級者の子女達などは別だが、一般庶民は商人の丁稚、職人
の弟子など、実家に余裕があるなら進学したりする。
 孤児院内でオレたちと同い年なのは、オレとスノーを含めて全部
で4人。
 スノーは魔術師学校へ進学予定。
 スノーの友達である女子2人も、メイド見習いを希望し町の募集

152
掲示板からいくつかをピックアップ。手紙を出し返事待ちをしてい
る。
 オレだけが進路を決めずふらふらしている状態だ。
 幼なじみとして心配してくれているのだろう。
﹁やっぱり、マルトンさんのところに行って、玩具屋さんになるの
?﹂
﹁いや、それはない﹂
 実際はマルトンから商人にならないかと何度も話が来ているが、
全て断っている。
 目標がなければ前世の知識を元に玩具を売って暮らすのも悪くな
い、とは思う。
 しかし、オレには決めた生き方がある。
 秘密にしていたわけではないが、スノーやエル先生にもまだ話し
ていなかった。
 いい機会だから話そう。
 スノーには知っててもらいたい。
﹁僕は10歳になったら旅に出ようと思ってる。それで⋮⋮出来れ
ばだけど、困っている人や救いを求める人を助けたいんだ﹂
﹁どうしてそんなことするの?﹂
 前世で知り合いを自殺に追い込んだ贖罪のようなもの⋮⋮だとは
流石に言えない。

153
 誤魔化すのは心苦しいがそれらしい理由を口にする。
﹁去年、スノー達を助けただろ? あの時、誰かを助けることにや
り甲斐を感じたんだ﹂
﹁だったら、スノーもリュートくんと一緒に旅に出る!﹂
 スノーならそう言ってくると思ってた。
 オレは用意していた台詞を口にする。
﹁スノーは10歳になったら魔術師学校に進学するんだろ。そして、
立派な魔術師になって両親を捜しに北大陸へ行くのが夢じゃなかっ
たのか?﹂
﹁リュートくんと一緒なら、今からだって北大陸へ行けるよ﹂
 確かにスノーにもAK47を持たせれば、戦力は2倍。
 大抵の魔物や敵を相手にするのは難しくないだろう。
 だが、スノーには魔術師としての才能がある。
 しかも、エル先生から﹃Bプラス級間違いなし﹄と太鼓判を押さ
れている。
 もしかしたらその先も⋮⋮。
 そんな彼女の才能を潰すマネはしたくない。
 オレは素直にスノーへ気持ちを伝えた。
﹁僕もスノーと一緒にいられるのは嬉しいよ。けど、スノーには魔
術師としての才能がある。スノーの才能を食い潰してまで一緒にい
たくない。僕はスノーのお荷物になりたくないんだ﹂
﹁リュートくん⋮⋮﹂

154
 スノーは浮かんだ涙を指で拭う。
 彼女は足を止め手を離し、互いに向き直った。
 奇しくもそこは、彼女をゴブリンから庇い助けた場所だ。
 スノーは夕陽に照らされる以上に、喉元まで肌を赤く染める。
 彼女の瞳は悲しみではなく、熱い感情で潤んでいた。
 スノーは胸の前で手を組み、勇気を振り絞り声を出す。
﹁リュートくんにずっと⋮⋮お話ししたいことがあったの﹂
 夕陽が沈む河原。
 顔を赤くして震えながら、真っ直ぐ見つめてくる幼なじみ。
 漫画やラノベの鈍感系主人公じゃあるまいし、スノーの気持ちは
前から知っている。
 オレから言い出さなかったのは、彼女がまだ8歳の子供だからだ。
 しかし今、そのスノーから気持ちを伝えてようとしてくれている。
 生まれて8年。
 前世の記憶も足せば、35年。
 初めて女の子から告白される。
 もちろん返事は決まっている。﹃Yes!﹄しかない。
 スノーは夕陽を背に精一杯の勇気を振り絞る。

155
 彼女はありったけの気持ちを込めて、高らかに叫んだ。
﹁スノーを⋮⋮スノーをリュートくんの﹃せいどれい﹄にしてくだ
さい!﹂
﹁︱︱はああああああっぁぁあッ!!!?﹂
 予想の斜め上の斜め上発言に、思わずスノーに負けないほど絶叫
してしまう。
 スノーのアホの子レベルが想像以上に加速していた。
156
第10話 告白︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月2日、21時更新予定です。
第9話等の誤字脱字修正は、現在ちょっと忙しいので近日中に修正
したいと思います。ご指摘頂きましてありがとうございます!
157
第11話 スノー・前編
 わたし︱︱スノーは北大地に住む少数種族、白狼族の捨て子。
 1歳になるかならないかの頃、エル先生が切り盛りする孤児院の
前に置かれていたそうです。
 着ていた衣服に縫いつけられていた、﹃スノー﹄という名前は、
 恐らく捨てた両親が縫い付けてくれた名前。
 そして、わたしと同い年で捨てられた人種族の子。
 名前をリュート。

158
 最初、わたしはリュートくんのことを、こんなに好きではありま
せんでした。
 リュートくんは不思議な子で、わたし達が3歳の頃、子供部屋で
4歳のお姉さん達に遊んでもらっている時、彼は1人で勝手にエル
先生の授業を受けていました。
 後ろの席に座って教室にいる生徒の誰より静かに授業を受けるの
です。
 さらに彼は魔術に興味を持ち、魔術師基礎授業にも参加するよう
になりました。
 しかしリュートくんには魔術師としての才能はありません。
 既にエル先生はリュートくんにその事を断言していました。
 その時、彼は﹃魔術師以外の道を探します﹄と言ったはずなのに、
魔術の授業に参加していました。
 エル先生曰く、自分に魔術師としての才能がないと分かっていて
も努力しようとする子がいるそうです。
 特に男の子にその傾向は顕著だとか。
 中には現実を受け止めきれない子も居て、危険な魔術道具に手を
出して命を落とすこともある、とエル先生は良く言っていました。
 リュートくんの気持ちは分かるけど、魔力値が低い人が魔術を使
うのは大変危険です。

159
 魔力とは精神・肉体維持に必要な魂の余剰力。
 もし余剰力以上の魔力を消費すると最悪の場合、死んでしまいま
す。
 ですが相手はまだ3歳。
 言い聞かせてもまだ分からない年齢。
 だからエル先生は追い出さず、授業に参加するのを黙認したので
す。
 しかし問題はすぐに起きました。
 リュートくんは見よう見まねで魔術を使い出したのです。
 魔術師の才能が無いリュートくんは、すぐに魔力を枯渇させ気絶。
 エル先生が血相を変えて慌てて駆け寄りました。
 子供部屋に寝かされたリュートくんが目を覚ましたので、わたし
は彼に状況を話し聞かせ注意しました。
﹁だめでしょ、リュートくん先生にめいわくかけちゃ!﹂
﹁ごめん、ごめん。次は気を付けるよ﹂
 リュートくんはまったく反省せず、また授業に参加するつもりで
す。
 そして次の授業。
 リュートくんはまた魔術を勝手に使い気絶。
 今度は頭から血を流し、吐瀉物を喉に詰まらせて窒息寸前でした。
 もし先生が気付いて駆けつけなければ、彼は死んでいたでしょう。

160
 この事件を切っ掛けに温厚なエル先生も激怒。
 リュートくんが魔術師基礎授業に参加するのを禁止しました。
 授業参加を禁止した後、エル先生がウサギ耳を垂らしてわたしに
リュートくんの様子を聞きに来るようになりました。
 授業参加を禁止したせいで、リュートくんが変になっていないか、
と。
 たまに上から押さえつけると性格が暗くなったり、意欲が低下し
て、無気力になる子供がいるそうです。
 先生は今回の件で彼がそうなっていないか、心配しているのです。
 わたしが﹃いつもと変わらず元気です﹄と答えると、ほっとため
息。
 当時、エル先生がリュートくんについて悩んでいたのは、子供の
自分でもすぐに分かりました。
 今まで先生は多くの子供達の面倒をみてきたそうです。
 たまに常識を逸脱した子もいましたが、リュートくんはその中で
も飛び抜けてズレている。
 悪い言葉で表せば﹃異常﹄だと⋮⋮この時、先生は口を滑らせた
ように愚痴をわたしにこぼしました。
 だから、わたしはその頃リュートくんが嫌いでした。
 わたし達を拾って、無償で育ててくれているお母さんみたいなエ

161
ル先生を困らせるリュートくん。
 みんなの手を煩わせて、でも、子供みたいにまっすぐに突き進ん
でいくリュートくん。
 そんな彼と同じ日に捨てられていた赤ん坊︱︱というだけでリュ
ートくんの世話係にされ、リュートくんの隣にいるわたし。
 わたしは時折文句を言いながらも。
 でも、いつまでもこの毎日は続いていくのだろうな、と思ってい
ました。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 わたしとリュートくん、4歳。
 孤児院では4歳になると、子供部屋で2∼3歳の子の面倒をみる
のが仕事になります。
 なのにリュートくんは仕事を一切せず、部屋の隅で寝ているだけ
でした。
 わたしと一緒に子供達の面倒をみる4歳の女の子2人に、リュー
トくんに注意するようけしかけられます。
 一番彼と仲が良い幼なじみのわたしが注意すべきだと、彼女たち
は言うのです。
 わたしはまたリュートくんの世話係を押し付けられたのに憤慨し

162
ていました。
 それ以上に、エル先生や孤児院のみんなに迷惑をかける彼に痛い
目をみて欲しくて、つい意地悪をしてしまったのです。
﹁リュートくんもちゃんと下の子の面倒みなきゃダメでしょ﹂
﹁そうしたいのは山々なんだけど、みんなのあやし方が上手くてぼ
くの出番がなくてさ。だから邪魔にならないよう隅にでもいようか
なっと思ったわけで⋮⋮﹂
﹁だったら、スノー達のおままごとを手伝って。役が足りないの﹂
﹁おままごと?﹂
﹁遊んでくれないと、先生にリュートくんがお仕事さぼってたって
言うから﹂
﹁別にサボってたわけじゃないんだけど⋮⋮わかったよ。一緒に遊
ぶよ﹂
 先生の名前を出すと、彼は素直に従いました。
 ﹃エル先生言うことなら聞くんだ、ふーん﹄と、わたしは小さく
呟きました。
﹁それでぼくはいったい何の役をやればいいの? お父さん、それ
とも夫とか?﹂
﹁リュートくんはね、ペットのピンクスライム役ね﹂
﹁それ本当に必要か⋮⋮?﹂
 リュートくんは驚きの表情で聞き返します。
 わたしはペットの必要性を主張し、その日おままごとが終わるま
でずっとペットの役をしてもらいました。
 これで少しは反省して下の子達の面倒を見てくれると思ったら⋮⋮

163
﹁ぼくが作ったゲームで誰か一人でも勝てたら、ペットの役をやっ
てあげるよ﹂
 リュートくんは行動をあらためてお手伝いするわけでもなく、﹃
リバーシ﹄という自作ゲームと要求を突き付けてきたのです。
 ここ数日、何かこそこそしていると思ったら、玩具を作っていた
なんて⋮⋮。
 けど、このリバーシという玩具はルールがとても簡単で面白そう。
 だから、わたし達はリュートくんの提案に乗ってしまったのです。
 いくら自作した玩具とはいえば、こちらは3人。
 誰か1人ぐらい勝てるだろうと安易な予想によって。
 最初はわたしが挑戦しました。
 序盤、リュートくんの黒コマを調子よく白に変えます。
 彼はまるでわたしに黒コマを塗り潰させるようにコマを置きます。
 それが罠だと気付かず、わたしはあまりの歯ごたえのなさに軽口
を叩きました。
﹁リュートくん、自分で作ったゲームなのによわーい﹂
﹁はっはっはっ。スノー、ジョークを口にするならもっと面白いこ
とを言わないと。足し算も引き算もまだできないスノーに、このぼ
くが知的遊戯で負けるとでも?﹂
 上から目線の嫌味。

164
 けど、盤面はほぼ白色で黒は少ししかない。
 わたしはそれが負け惜しみだと判断しました。
﹁むぅー、やな感じ! だったらリュートくんが負けたら、金色マ
ルマル役の他に、スノーの命令をひとつ聞いてもらうからね!﹂
﹁望むところだ。もしぼくが勝ったら犬耳と尻尾を思う存分モフモ
フさせろよ﹂
﹁犬耳じゃなくて、狼! スノーは白狼族なんだから!﹂
﹁はいはい、約束忘れるなよ﹂
 リュートくんは軽く返事をしながら、一番端に黒コマを置きます。
︵あれ?︶
 白の絨緞を斜めに切り裂くようにコマがひっくり返り、黒が一列
を作りました。
 わたしは事態の急展開に対応を模索しますが、端の色を変えよう
にも置く場所が無い!
︵リュートくんは最初からこれを狙ってたんだ!︶
 狙いに遅まきながら気付くと、彼は獲物を罠にかけた猟師のよう
な笑みを浮かべていました。
 嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴!
 悔しくて逆転の手を狙いますが、端を押さえられ為す術もなく負
けてしまいます。

165
﹁うぅぅうぅ⋮⋮負けました﹂
﹁素直に負けを認めるとは潔し。でも、モフモフの件は忘れるなよ﹂
﹁わ、分かってるよ。⋮⋮夜、寝る時に触らせてあげる﹂
﹁お、おう﹂
 リュートくんは勝ち誇っていた顔を突然、赤く染めてそっぽを向
きました。
 顔が赤いので体調が悪いのかと心配になって、
﹁どうしたのリュートくん? 顔、赤いよ。風邪でも引いちゃった
?﹂
﹁い、いやなんでもない。次の相手は誰だ﹂
﹃負けた相手にもう興味は無い﹄と言いたげな態度で、他の2人に
向き直りました。
︵むぅ∼せっかく心配してあげたのに!︶
 わたしが頬を膨らませているのにも気付かず、彼は他の女の子と
楽しそうにリバーシで遊びます。
︵そりゃ意地悪ばっかりするわたしより、他の子と遊ぶ方が楽しい
のはわかるけど。露骨すぎるよ!︶
 リュートくんはわたしが怒っているに気付かず、他の2人と話で
盛り上がりながらリバーシを続けました。
︵やっぱり、わたしはリュートくんが嫌い。大嫌い!︶

166
 結局、誰1人リュートくんに勝てませんでした。
 わたし達はリバーシを借りて練習し、﹃打倒、リュートくん!﹄
を決意します。
 その日の夜、リュートくんは寝る前にわたしの耳と尻尾を撫でて
きました。
 数日後、﹃打倒、リュートくん!﹄はあっさり撤回。
 どれだけ練習しても誰1人、彼を追い詰めることすらできなかっ
たからです。
 接戦なら希望が持てますが、まるで歯が立たないのでは仕方あり
ません。
 だったら、実力が均衡しているわたし達で遊ぶほうが楽しい、と
いう結論に落ち着いたのです。
 リュートくんはそれで良かったようです。
 わたし達が子供達の面倒を見終わりリバーシで遊んでいると、リ
ュートくんは部屋の隅で目を瞑りジッと座り続けていました。
 そしてお布団の片付けなど、リュートくんが力仕事を引き受ける
ようになったお陰で、他2人も文句を言わなくなりました。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

167
 わたしとリュートくん、5歳。
 5歳になると読み書き、算数、歴史、一般常識の授業が始まりま
す。
 わたし達5、6歳の子供達は孤児院で一番大きなお部屋で机を並
べて勉強しました。
 でも、リュートくんだけは特別。
 彼は3歳の時点で全てを学び終えているのです。
 だから、エル先生の授業補佐にまわりました。
 主な仕事は教材の準備だったり、騒ぐ子の注意、学習が遅れてい
る子の面倒などをみることです。
 その学習の遅れている子というのが⋮⋮わたしです。
﹁左側のお皿にパンが5つ、右側のお皿にパンが12あります。で
は全部でいくつあるでしょうか?﹂
﹁え、えっと⋮⋮﹂
 指を折り曲げ計算。
﹁じゅ、15?﹂
﹁外れ、正解は17だ﹂
﹁うぅ∼﹂

168
 わたしは思わず机に突っ伏します。
 読み書きや歴史、一般常識の勉強は得意だけど、どうしても計算
が苦手なのです。
 最初の足し算で躓いてしまいました。
 同世代の子達はすでに引き算を学んでいるのに⋮⋮。
 今日もリュートくんは、わたしに教えてくれます。
 彼は意地悪ばかりをしてきたわたしに、迷惑な顔ひとつせず根気
よく付き合ってくれました。
 計算を間違え落ち込めば優しく、労るように慰めてくれます。
﹁大丈夫、スノーがちゃんと計算できるまで付き合うから。それに
スノーなら足し算ぐらいすぐにできるようになるよ﹂
﹁ほんとう?﹂
﹁もちろん。だから、あんまり落ち込むな。それじゃ次の問題、出
すぞ。左側のお皿にパン3、右側のお皿にパンが5あります。では、
全部でパンはいくつあるでしょうか?﹂
﹁えっと、えっとね⋮⋮8!﹂
﹁正解! スノーは天才だな! 偉い偉い!﹂
﹁えへへへ﹂
 簡単な計算ができただけで彼は自分のことのように喜び、褒めて
くれました。
 最初はエル先生に迷惑をかけ、自分勝手な子︱︱と思っていまし
たが、最近は嫌いではなくなりました。

169
 偏見のない目で彼を見られるようになって気付いたことがありま
す。
 リュートくんは確かに頭が良い。
 同時に好奇心や行動力が人一倍高いのだ、と。
 下手に頭が良くて、好奇心旺盛で、行動力が無駄にあるから興味
を持つと実行に移してしまうのでしょう。
 わたし達のような子供はそんなに積極的に動けないが、彼はやっ
てしまう。
 だから周囲の人達から誤解されてしまうのです。
 変な子供、おかしな子、子供らしくない︱︱と。
 たぶんリュートくんを分かってあげられるのは、世界でも幼なじ
みのわたししかいないでしょう。
﹃せめて、わたしぐらいは彼に優しくしてあげよう﹄と心に決めま
した。
 自分にしか興味がないリュートくんはわたしの思いやりに気付か
ず、無邪気に算数の続きを始めます。
﹁それじゃ次の問題、出すぞ﹂
﹁うん! ちゃんと足し算できるように頑張る﹂
 彼は嬉しそうに再びわたしの頭を撫でます。
 その手の感触は⋮⋮癖になってしまうほど気持ちよかったです。

170
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹃エル先生に迷惑をかけるリュートくんが嫌い﹄から、この時期﹃
同じ親に捨てられた幼なじみ同士だから大切にしてあげよう﹄とい
う傲慢な同情へと変化。
 さらにリュートくんに対して幼い恋心を抱くのもこの時期でした。
 きっかけは、わたしとリュートくんの2人で薪拾いに出かけよう
とした日︱︱
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁リュート君、ちょうどよかった。今、呼びに行くところだったの﹂
 わたし達の背を先生が呼び止めます。
﹁どうしたんですか、エル先生﹂
﹁実はリュート君に会いたいという方がいらっしゃっていて。応接
室に来てもらえるかしら?﹂
﹁まさか⋮⋮僕を捨てた両親か、親戚筋が迎えに来たんですか?﹂
﹁⋮⋮ッ﹂

171
 エル先生は不意に頬をぶたれたような表情で押し黙りました。
 わたしも先生の態度から、察しました。
 リュートくんが一番会いたい人が迎えに来たわけではない、と。
 先生は申し訳なさそうに口を開きます。
﹁リュート君のご両親や親類の人が来たわけじゃないの。ごめんな
さいね、変な誤解を与える言い方をして﹂
﹁大丈夫です。僕もただ気になったから聞いただけですから。別に
今更、両親に会いたいとも思ってませんし﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 わたしは思わず俯いてしまいます。
 リュートくんの気丈な態度を見ていられなかったからです。
 わたしとリュートくんは孤児院の前に捨てられた子供。
 孤児なら誰でも、両親に会いたいはず。エル先生は度々そう言っ
ていました。
 なのに彼は堂々とした態度を崩さず、逆にエル先生に気を遣いま
す。
 その姿を前にある可能性がよぎり、わたしは立ち眩みを覚えまし
た。
︵⋮⋮もしかして本当にお父さんやお母さんに会いたくないの?︶
 わたしは会いたい!
 会ってどうしてわたしを捨てたのか理由を知りたい。

172
 できるなら両親と一緒に暮らしたい。
 なのに同じ境遇のはずの彼は﹃今更、両親に会いたくない﹄と断
言。
 それだけ自分を捨てた両親を恨んでいるの?
 けど、そんな怨みを彼の口から聞いたこともなければ、思い当た
るようなこともありません。
︵自分を捨てたお父さんやお母さんに会いたいと思う方が変なの?
 わたしの方がおかしいの?︶
 考え出すと止まらず、頭の中がグルグルと回ってしまいます。
﹁︱︱スノーちゃんは他の子のお手伝いをしてもらえるかな?﹂
﹁わかりました、先生﹂
 エル先生の言葉に返事をして、わたしは部屋の掃除をしている子
達の元へ向かいました。
 リュートくんが誰に呼ばれたのか知ろうともせず、ただ自分のこ
とだけを考え続けたのです。
 その日の夜。
 エル先生すら寝てしまった深夜、男子部屋に無断で侵入。
 孤児院の規則で男女が夜、互いの部屋に行くのは禁止されていま
す。

173
 もっとも重い罪のひとつで違反した場合、1日ご飯抜きです。
 けれど危険を犯してでもリュートくんに尋ねなければいけない。
わたしはそう思いました。
 暗い男子部屋でリュートくんを探します。
 幸い自分は白狼族で人種族より夜目が利きます。
 すぐに眠るリュートくんを発見しました。
︵リュートくん、リュートくん︶
﹁ふがぁ﹂
 声をかけても起きないため頬を叩いたり、強めに肩を揺さぶりま
す。
 何度目かの声がけ、揺さぶりなどでリュートくんはようやく目を
覚まします。
﹁ん⋮⋮がぁ!?﹂
︵しぃー! 大きな声出さないで。みんな起きちゃうでしょ︶
 びっくりして慌てて彼の口元を押さえました。
 リュートくんは最初は状況が掴めていないらしく目を白黒させ、
それから数秒経って、何かを決意するように眉根を寄せました。
 わたしは完全に意識を取り戻した彼に、顔をさらに近づけ確認し
ます。
︵うるさくしたらみんな起きちゃうから静かにしてね。分かった?︶
︵コクコク︶

174
 リュートくんが頷くのを見て、ゆっくり口元から手を離します。
︵あのなスノー、オマエの気持ちは︱︱︶
︵しぃー! ここでお話ししたらみんな起きちゃうでしょ。付いて
来て︶
 わたしはリュートくんを布団から引っ張り出して、男子部屋から
連れ出しました。
 わたし達が向かった場所は食堂の窓の下。
 ここなら窓から星明かりが差し、彼の細かな表情が読み取れます。
 昼間は暖かいけど、夜は少しだけ肌寒く感じます。
 互いに暖を取るようにわたし達は肩を寄せ合いました。
 小声で話し合っても聞き取りやすいというメリットもあります。
 リュートくんがやや怒った声音で尋ねてきました。目が真剣です。
﹁それで、どうしてルールを破ってまでこんな所に連れてきたんだ﹂
﹁⋮⋮うん、あのねどうしてもリュートくんに聞きたいことがあっ
て﹂
 確かに深夜、寝ていたところを無理矢理起こして連れ出したのは
悪いと思いますが、そんな怖い顔をしなくてもいいのに⋮⋮。
 けど、怖がっていてもしかたありません。
 わたしは彼を連れ出した理由を説明しました。

175
﹁あのね、リュートくんはお母さんやお父さんに会いたいと思う?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁だから、リュートくんは自分を捨てたお母さんやお父さんに会い
たいと思う?﹂
 彼は毒気を抜かれたような表情で聞き返してきます。
﹁どうしてスノーはそんなことを訊くんだ?﹂
﹁⋮⋮今日、先生にリュートくんは﹃別に今更、会いたいと思って
いない﹄って言ったでしょ? スノーはお父さんとお母さんに会い
たいよ。会って、どうしてスノーを捨てちゃったのか聞きたい。お
父さんとお母さんと一緒に暮らしたい⋮⋮そう思うスノーは変なの
?﹂
 リュートくんは黙って話を聞いてくれました。
 そして体育座りから、膝を開き胡座をかきます。
﹁スノーちょっとこっちに来て﹂
﹁どうして?﹂
﹁いいから﹂
 やや強引に膝へ座らされて。
 リュートくんはわたしの頭を優しく抱き寄せ、わたしの耳を彼の
胸へと当てるようにします。
﹁心臓の音、聞こえる?﹂
﹁⋮⋮うん、聞こえる。とくん、とくん、とくんって﹂
﹁人は心臓の音を聞くと安心するんだ。赤ちゃんの時にお母さんの
心臓音を聞いて育つからだって﹂

176
 奇しくも、わたしは胎児のように体を丸めています。
 目をつぶり、そのまま体をリュートくんに預けます。
﹁スノーが両親に会いたいって思うのは変じゃないよ。だから、気
にする必要はない﹂
﹁ほんとう?﹂
﹁ああ、本当だ。僕が両親に会いたいと思わないのは、探す手段が
ないからだ﹂
 リュートくんは自身より年下に聞かせるような口調で話し出しま
す。
﹁唯一、手がかりがあるとしたら右肩の背にある星型の痣だけど、
まさかこれから会う人全員に見せて聞くわけにもいかないからな。
それに僕には魔術師としての才能はない。だから捨てた両親が引き
取りに戻ってくるとは考え辛い。だから、僕が生きているうちに両
親と再会することはないと割り切ってたんだ﹂
 リュートくんの言葉にわたしは息を飲みます。
﹁でも、スノーは違う。僕と違って、スノーには魔術師としての才
能がある。それに白狼族は北大陸の雪山に住む少数種族。北へ行け
ば何か手がかりがあるかもしれない。なのに﹃今更、両親と会いた
いとは思っていない﹄なんて無神経に言っちゃってごめんな﹂
 彼は心底申し訳なさそうに謝罪します。
 でも、わたしは判っていました。謝るのは自分の方だと。
 わたしは北大陸の白狼族と呼ばれる少数種族の捨て子です。
 白狼族の町か、村に行けば両親が都合良くいるかもしれません。

177
 少なくても重要な手がかりはきっとあるはずです。
 しかも自分には、魔術師としての才能があります。
 Bマイナス級以上の魔術師になれば働き口には困らず、金銭にも
苦労しません。
 反対にリュートくんは手がかりは少なく、魔術師としての才能も
ない。
 10歳になって孤児院を卒業して働きに出たら生きていくだけで
一苦労でしょう。
 リュートくんは両親に会いたくないわけではないのです。
 自分の現状から両親との再会が不可能に近いのを理解し、諦めて
いるのです。
 なのにわたしは身勝手な不安から、彼の折り合いをつけた心の傷
を掘り返させてしまった。
 自分の愚かさに胸が詰まりそうになります。
﹁⋮⋮スノーの方こそごめんね。リュートくんの気持ちも考えずに
無神経なこと訊いちゃって﹂
﹁スノーが謝る必要はないよ。僕が悪いんだから﹂
 わたしが悪いのに、彼は気を遣い笑って許してくれました。
﹁だったらスノーとリュートくん、どっちも悪いんだよ。おあいこ
だね﹂
﹁そうだな。おあいこかもな﹂
﹁お詫びにリュートくんにだけ、スノーの夢を教えてあげる﹂

178
 エル先生にも話してない、密かに抱いていた、わたしの夢。
﹁スノーはね。大きくなったら魔術師になるの。そして、お父さん
とお母さんを捜しに北大陸に行くんだ。二人を見付けたら、どうし
てスノーを捨てたのか訊くの。もし仲直りできたら、仲直りして一
緒のお家に三人で住むんだ。これがスノーの夢﹂
﹁いい夢だな。スノーなら絶対に叶えられるよ﹂
 リュートくんは一呼吸おいて、
﹁⋮⋮でももし見付からなくても、両親と仲直りできなくてもスノ
ーには僕がいるし、エル先生や孤児院のみんながいる。それだけは
忘れないでくれ﹂
﹁⋮⋮うん、ありがとうリュートくん﹂
 最後まで心配をしてくれる彼に涙が出そうになります。
 リュートくんの心臓音と自分のが重なりひとつになるような、そ
んな感覚を感じ、胸の奥が暖かくなります。
﹁もうちょっとだけリュートくんの胸の音聞いててもいい?﹂
﹁ああ、好きなだけ聞くといいよ﹂
 わたしは腕に力をこめて耳を押し当てます。
 リュートくんは苦笑を漏らし、父親か兄のように頭を優しく撫で
てくれます。
 四肢から一切の力が抜け、心の芯から彼に甘えてしまいます。

179
 この時、胸に小さな光が灯るのに、わたしは気づいたのです。
︵大きくなって立派な魔術師になったら、リュートくんを連れてお
父さんとお母さんを捜す旅に出よう。そしてお父さんとお母さんを
見付けたら、エル先生のように孤児院を作ろう。そこでみんな一緒
に暮らして、わたしがエル先生みたいに切り盛りして、リュートく
んは子供達に読み書きや算数を教えて⋮⋮みんな仲良くずっと暮ら
せたら、素敵だな︶
 わたしはリュートくんの温かな腕の中、新たな夢を想い描きます。
 大人や他の子供達に理解してもらえない幼なじみの面倒を、自分
が見てあげようと不相応に思ってしまったのです。
 ︱︱胸から耳を離し、それぞれの部屋にわたしたちは戻ります。
 リュートくんが別れ際に尋ねてきました。
﹁どうせなら今夜は一緒に寝てあげようか?﹂
﹁リュートくんのエッチ︱︱っ﹂
 もう男の子はすぐエッチなことを言うんだから!
 せっかくいい雰囲気だったのに︱︱とわたしは女子部屋に戻りな
がらぷんぷん怒ってしまいます。
﹁⋮⋮でも、ちょっと残念だったかな?﹂
 頬がカッと熱くなり、尻尾が知らずにぶんぶん揺れます。

180
 わたしは皆に気付かれないよう、急いで自分の布団へと潜り込み
ました。
 リュートくんがリバーシや他玩具の権利を商人さんに売って、莫
大な資金を稼いだのを知ったのは翌日のことでした。
第11話 スノー・前編︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月3日、21時更新予定です。
181
第12話 スノー・後編
 リュートくんはリバーシや他玩具の権利を売って、商人のマルト
ンさんから買い取った﹃魔術液体金属﹄と呼ばれる魔術道具に夢中
になっています。
 魔術液体金属︱︱それは金属スライムと呼ばれる魔物を倒すと得
られるアイテムだと、授業でならいました。
 魔術液体金属は魔力を帯びた金属で、触れながら頭で武具をイメ
ージして魔力を流すと、そのモノの形になる特性を持っています。
 使い所が限られ、扱いにくい上、値段は魔術道具のため高いらし
いです。

182
 不人気商品の代名詞とも呼ばれる品物。
 そんな物を大金を叩いて買ったのです。
 世間のリュートくんに対する評価は︱︱﹃変な子供﹄から﹃気味
の悪い子供﹄と、さらにマイナスになりました。
 彼は周りから距離を取られているのにも気付かず、嬉々として魔
術液体金属に手を入れて﹃あーでもない﹄﹃こーでもない﹄と変な
実験を繰り返しています。
 リュートくんは下手に頭が良くて、好奇心旺盛で、行動力が高い
から興味を持つと実行に移してしまう。前に思ったその通りでした。
 彼が何をしているのか分かりませんが⋮⋮わたしだけは幼なじみ
として、リュートくんのことを見守っていこうと、そう思いました。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 わたしとリュートくん、6歳。
 この年になってようやくリュートくんが何を作っているのか分か
りました。
﹃取ってがついた金属の筒?﹄のような物を作っているのを見て、
そのことを彼に尋ねると快く教えてくれたのです。

183
 これは﹃じゅう﹄という魔術道具だ、とリュートくんは言ってい
ました。
 彼はオリジナルの魔術道具を開発しようとしていたのです!
 さすがにわたしも呆れて、頭がクラクラしました。
 たしかにリュートくんは誰もが楽しめる玩具を作れます。
 しかし玩具と魔術道具はまったくの別物。
 玩具のブロックでお家を作れたからといって、本物のお城を一人
で建設しようと考えるひとはいません。
 独自の魔術道具を開発しようとしたら高度な素材や魔術知識、莫
大な資金、膨大な時間が必要になります。
 魔術道具を開発しようとして身を崩した魔術師や、財政が傾いた
国の話など山ほどあるのに⋮⋮。
 わたしより頭がいいリュートくんが知らないはずがありません。
 周囲の評価も﹃気味の悪い子供﹄から﹃魔術師の才能が無いのに
現実と向き合えない可哀相な子供﹄というものに変わってしまいま
した。
 本人は﹃最近、孤児院を手伝うおばさん達が、お菓子をくれたり
妙に優しい﹄と首をひねっていて、まったくそのことに気付いてい
ません。
 彼は相変わらず鈍感で、周囲の目も気にせず魔術道具開発に突き

184
進んでいます。
 そんなリュートくんが、作っていた﹃じゅう﹄で問題を起こした
のは、夏の初め頃でした。
 初夏。
 日差しが厳しくなり始めた日。
 わたしは種族的に暑い日が苦手です。
 午後、一通りの仕事を終わらせると、窓を開けた女子部屋の日陰
でごろごろしていました。
 他の女子はリバーシで遊んでたり、談笑していたり⋮⋮。
 そんな、よくある見慣れた景色。
 わたしも、うとうととまぶたを閉じそうになりました。
 バガン!
 睡魔に引き込まれそうになった時、外から落雷のような音が聞こ
えてきました。

185
 眠気は嘘みたいに霧散します。
﹃な、なんですか今の大きな音は! ひぃ⋮⋮ッ!?﹄
 続く、エル先生の悲鳴。
 わたし達が音が聞こえてきた裏庭に急行すると、うずくまるリュ
ートくんにエル先生が駆け寄っていました。
﹁⋮⋮ッ!?﹂
 わたし達は息を飲みます。
 リュートくんは苦しそうに手を押さえていましたが、口元には笑
みを浮かべていました。
 血が付着した顔と合わさってとてもちぐはぐな光景に思えます。
 気の弱い子は涙を流し、その場にへたりこむほどに。
 大きな音の発生源である魔術道具の残骸は、いまだに微かな煙を
のぼらせています。
﹁皆さん、来ては行けません! 年上の子は、下の子をすぐ中へ連
れて行ってください!﹂
 先生はわたし達に気付いて、すぐに指示を出します。
 みんなすぐ指示に従い、年上の子は下の子を孤児院内へと連れ帰
りました。
 わたしはリュートくんが心配でその場に残ろうとしましたが、年

186
上の女の子に無理矢理手を引かれて連れ戻されてしまいました。
 その日の夜。
 寝る前の僅かな時間、女子部屋の話題はリュートくん一色でした。
 事故の原因は魔術道具開発の実験中、魔術が暴走したせいらしい
です。
 リュートくんの怪我は、エル先生の治癒魔術のお陰で問題なし。
 そして今回の騒動の罰として、30日間の実験禁止と罰則労働を
申しつけられたそうです。
 わたしは彼女達の話を聞き流しながら、昔先生に教えてもらった
言葉を思い出しました。
﹃自分に魔術師としての才能が無いと分かっていても、努力しよう
とする子がいる。特に男の子に顕著で、中には現実を受け止めきれ
ず、危険な魔術道具に手を出して命を落とすこともある﹄
 もしかしたらリュートくんもそういう人なのかもしれません。
 もしそうだとしたら幼なじみとして、わたしがちゃんと彼を正し
い道に戻さないと!
 わたしは﹃リュートくんのため!﹄と見当違いの心配をして、リ
ュートくんを真人間にする誓いをたてました。

187
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 わたしとリュートくん、7歳。
 暑い夏が過ぎ、秋口。
 わたしは7歳になると、午後にエル先生が開く魔術師基礎授業に
参加するようになりました。
 最初は魔術の練習より、筋トレや体力作りのランニング、格闘技、
剣術の方が辛かったです。
 しかし半年も経つと体に染みこんだようにこなせるようになりま
した。
 今日も昼食後、孤児院の裏庭に集まり体を動かします。
 授業を受けるのは1年目が2人に、2年目が1人、半年はわたし
だけの計4人です。
 全員女の子で、みんな仲良く先生の授業を受けています。
 ある日授業が始まる前に、窓の外を眺めていると。
 荷物を抱えて裏庭を抜ける人影に気付きました。

188
﹁リュートくん!﹂
 手を振り声をかけると、彼は足を止めてくれました。
 リュートくんはごつい革ベルトをまき、右側に自作の魔術道具を
ぶら下げていました。
 手には小樽を抱え、上に金属製の箱を重ね持っています。
 孤児院の子供達は7歳になると、町に出て簡単な仕事をします。
 そのお金の一部を孤児院に納めて、残りは将来のため貯金する規
則になっているのです。
 本来、リュートくんも今の時間は働きに出なければいけませんが、
彼だけは先生から労働を禁じられていました。
 リュートくんは5歳にして、自作した﹃リバーシ﹄や他玩具の権
利を売り、かなりの金額を孤児院に入金しているのです。
 リュートくんの労働を禁じているのは、これ以上彼に稼がれると
他の子がやる気をなくしてしまうからだそうです。
 そのため彼は午前中はエル先生の授業を補佐、午後はあの危険な
自作魔術道具の実験を川原でしていました。
 わたしは彼の腰に提げられている魔術道具に対して、反射的に顔
をしかめてしまいます。
﹁今日も魔術道具の実験に行くの?﹂
﹁実験は夏頃にほぼお終い。今は練習が中心かな﹂
 魔術道具爆発事件以降、わたしは何度か魔術道具開発を止めて欲

189
しいと詰め寄りましたが、彼はのらりくらりと誤魔化し継続してい
ます。
 何度、腰に下げている魔術道具を無断で捨ててしまおうと思った
か⋮⋮。
 孤児院の規則に﹃他者の物品を勝手に弄らない、捨てない﹄があ
るからしないけど。
 わたしがこんなに心配してるのに、彼はのほほんとした笑顔で、
﹁よかったら今度、スノーにも触らせてやるよ。実際に撃ってみれ
ばこの魔術道具の凄さをきっと理解するから﹂
﹁いいよ。そんな危険な玩具、触りたくない。リュートくんもいい
加減、変な魔術道具作りなんて止めてよ﹂
あんなへま
﹁大丈夫だって、もう暴発はしないって。ちゃんと安全設計で作っ
てるから﹂
 人の気もしらないで⋮⋮。
﹁とにかく気を付けてよね。わたしは側に先生がいるからいいけど、
リュートくんは違うんだから。あんまり無茶しちゃ駄目だよ﹂
﹁はいはい、分かってるって。それじゃスノーも授業がんばれよ﹂
 ちょうどタイミング良く先生が姿を現し、皆に声をかけます。
﹁それじゃ皆さん、魔術師基礎授業を始めますよ﹂
﹁また後でね、リュートくん。いってらっしゃい﹂
﹁ああ、また後でな﹂
 リュートくんは再び川原へ向け歩き出します。

190
 わたしはその背を不安げな表情のままで見送りました。
 しかし、わたしの心配や周囲の悪評をリュートくんは、ある事件
を解決してすぐに一変させてしまいました。
 その事件とは⋮⋮
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ある日の午後、夕方。
 夕飯の準備が終わったため、わたしはリュートくんを呼びに行き
ました。
 彼がいる試射場と言われている場所は、孤児院の裏庭を抜け10
分ほど歩いて川原に辿り着いた後、川下に向かって100mほど進
んだ場所にあります。
 川原では町の子供達、数人が川遊びをしていました。
﹁もう遅いから、そろそろ帰りなさい﹂
﹃はーい!﹄
 元気に返事をしますが、子供達は帰宅する様子を見せません。
 リュートくんを呼んだ後、再度声をかけようと心に決めます。

191
﹁リュートくーん!﹂
 ちょうど片付けをしていた彼に声をかけ、手を振ります。
 彼は笑顔で手をあげ、再度片付けに戻りました。
 わたしを待たせないようにするためか、先程より手つきが早いで
す。
﹃きゃぁぁッ!﹄
﹁!?﹂
 背後からの悲鳴に驚き振り返ると、川原で遊んでいた子供達が一
斉に逃げ出していました。
 川を挟んだ反対側、森の入り口からゴブリンが雪崩のように溢れ
出て来たのです!
 数は15匹。
﹁そんな! 森にゴブリンがいるなんて聞いたことないよ!﹂
 だが、現実として目の前にいます。
 事実を否定しても意味はありません。
 わたしは混乱しかけた思考を無理矢理立て直します。
︵ゴブリンの足は想像以上に速い。このままだと子供達の何人かは
追いつかれちゃう。ここは魔術師見習いだけど、わたしがリュート
くんや子供達を守らないと!︶
 午後の魔術師基礎授業で限界近くまで魔力を使っていましたが、

192
休憩したお陰でそこそこ回復しています。
 エル先生が駆けつけるまでの時間稼ぎぐらいはできるはず!
 初めての実戦、殺し合い︱︱恐怖が無いと言えば嘘になりますが、
それ以上にみんなを守る力が自分にしかないという使命感がわたし
を突き動かします。
 覚悟を決めると同時に、子供の1人が逃走途中で転び動かなくな
りました。
 慌てて彼女に駆け寄ります。
︵転んだ拍子についた傷以外、外傷はなし。息もある、気絶してる
だけ︶
 ならば問題無し。
 彼女の治療をしている暇はないため背後に隠し、放置します。
 わたしは両腕を広げ、魔力を手のひらに集中。
アイス・ソード
﹁我が手で踊れ氷の剣! 氷剣!﹂
 両手に1本ずつ1mの氷の剣が魔力で生成されます。
 攻撃魔術の氷系基礎の魔術です。
 わたしはもっとも接近してきていた2匹のゴブリンにそれを投擲。
アイス・ソード
 氷剣は疾風の速さで、1本はボロボロの鎧を着てナイフを持った
ゴブリンに突き刺さります。

193
 もう1本は弓矢を構えていたゴブリンに刺さりました︱︱が、突
アイス・ソード
き刺さる寸前、氷剣とすれ違うように矢を放ったのです。
﹁⋮⋮あっ﹂
 矢はまっすぐ胸に吸い込まれるように飛んできます。
 まばたきもできない刹那︱︱
︵かわせば背後の子供に刺さる。訓練を始めて半年のわたしに反射
的に抵抗陣を作り出す技術はまだない︶
 瞬時に駆け抜ける思考。自身の死が、矢と共に近づいてきます。
 わたしは忘れていたのです。
 自分が相手を殺せるように、相手も自分を殺せるのを。
 ゴブリンは練習用の的ではないのです。
︵︱︱死にたくない! 死にたくない! わたしはまだ死にたくな
い!︶
 必死に胸中で叫びます。
 しかし矢は糸で結んでいるように真っ直ぐわたしの胸を目指し飛
んで来ます。
﹁スノーぉおぉおぉッ!﹂
 リュートくんの声も今は雲の向こう側から聞こえてくるように遠
く︱︱

194
 ダンッ!
 引き延ばされた意識を割る、聞き慣れない破裂音。
 同時にわたしを狙い飛んでいた矢が、中程で砕け明後日の方向へ
と飛び散ります。
﹁よっしゃぁ!﹂
 リュートくんが拳を固め歓喜の絶叫をあげるのが見えます。
 彼の絶叫と初めて聞く破裂音に、強襲してきたゴブリン達の足が
止まりました。
 わたしは死の危機から解放され、腰から力が抜けその場に座り込
んでしまいます。
 リュートくんがその隙に駆けつけ、わたしを守るようにゴブリン
達と対峙しました。
 わたしは彼の背に向けお礼を告げようとしましたが、
﹁りゅ、リュートくん、あ、あり︱︱﹂
﹁礼はいいから、スノーはその子を抱いてこの場から絶対に動くな
よ!﹂
﹁わ、分かった!﹂

195
 彼の指示に従い、気絶している子供を守るように抱き締めます。
 リュートくんは爆発事件を起こしたあの魔術道具をゴブリン達へ
と向けます。
 矢が砕けた時に鳴った爆発音を、再び魔術道具が奏でます。
 同時に一番近くにいたゴブリンの頭部に小さな穴が空き。
 ゴブリンは糸が切れた人形のように河へと倒れます。
 さらに4回、リュートくんは爆発音を鳴らします。
 一瞬で4匹のゴブリンが、同じように頭部に穴が空き倒れてしま
ったのです。
 これで残り8匹。
 けれども数的優位は、ゴブリン達の方が未だ圧倒に上。
 彼らは殺気立ち、再び水しぶきをあげて突撃して来ます。
﹃オオォオォォォォォオォォォォォォオォォッ!﹄
 肌を叩く雄叫びと殺意。
﹁ひぃッ⋮⋮﹂
 わたしは自身にしか聞こえない小さな悲鳴をあげてしまいます。
 なのにリュートくんはまるで百戦錬磨の勇者のように魔術道具を

196
冷静に弄り︱︱そして再び、魔術道具を殺到するゴブリン達へと向
けました。
 彫刻のように姿勢を崩さず、冷静にゴブリン達を瞬殺していきま
す。
 木製の楯を持ったゴブリンが楯の内側に隠れますが、リュートく
んが作り出した魔術道具は関係なく頭部に穴を開けます。
 約6秒もかからず8匹いたゴブリンを、2匹にするなんて!
 2匹は自分達の劣勢を悟ると、背を向け一目散に森へと逃げ帰っ
てしまいました。
 リュートくんは再び魔術道具を弄り、注意深くゴブリン達が逃げ
込んだ森の入り口を凝視します。
 どれだけの時間が過ぎたでしょうか。
 ⋮⋮ゴブリン達が戻ってくる気配はありません。
 リュートくんは肩から力を抜くと、慌てて振り返りました。
﹁スノー、怪我はないか? 痛いところとか!﹂
 先程まで百戦錬磨の勇者のように戦っていた気配は微塵もなく、
そこにはわたしをただ心配してくれている幼なじみがいました。
 それはわたしがよく知っているリュートくんでした。
﹁リュートくん、怖かったよ! リュートくん⋮⋮ッ!﹂

197
 わたしは気絶した子供を優しく地面に寝かせて、思わずリュート
くんに抱きついてしまいます。
 背丈が変わらないせいで、わたしは彼の首筋に顔を埋めます。
 リュートくんは涙で汚れるのも気にせず、頭を優しく何度も、何
度も撫でてくれました。
 リュートくんの腕の中はとっても落ち着きます。
 あの日の夜のように彼の体温に包まれて鼓動を聞くと、命の危機
や初戦闘の恐怖︱︱負の感情の全てが、春を迎えた雪のように溶け
て消えていきます。
︵ああ、そうか︱︱︶
 すとん、と地に足がつくように、わたしは確信します。
︵捨てられたわたしが、ずっと求めていたもの。わたしの帰るべき
場所⋮⋮それはリュートくんの腕の中なんだ︶
 自覚すると体が熱くなります。
 自分の全てが叫んでいます。
 自分は彼に会うために生まれて来たんだ︱︱と。
 これが﹃愛している﹄という感情なんだ。
 わたしは、くるおしいほど沸き上がってくる思いの中で、そう胸
の中で呟きます。

198
﹁スノーは偉いな。みんなを逃がすため、怖くても最後まで残って
⋮⋮本当に偉いよ﹂
 リュートくんは足を引っ張っただけのわたしを慰めてくれます。
 彼の優しさに胸が苦しいほど甘く締め付けられます。
 わたしは声を出さずにはいられませんでした。
﹁リュートくんもありがとう、スノー達を守ってくれて。ありがと
う⋮⋮﹂
 彼と向き合いお礼を告げます。
 リュートくんはなぜか少しだけ楽になったような微笑みを浮かべ
ました。
 その後、先に逃げた子供達がエル先生に助けを求め駆けつけるま
で︱︱わたし達は、互いの温もりを確認し合うように、ずっと抱き
合い続けました。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ゴブリン襲撃事件後、リュートくんの評価は一転しました。
 今までは﹃魔術師の才能が無いのに現実と向き合えない可哀相な
子供﹄だったのが、事件をきっかけに﹃魔術師としての才能は無い
が、それを補ってあまりある魔術道具を開発した大天才﹄に変わっ
たのです。

199
 リュートくんはそんな周囲の評価も気にせず、1人難しい顔で新
しい魔術道具開発を始めました。
 わたしは彼の相変わらずマイペースな性格に、ついつい微苦笑を
してしまいます。
 そして、わたしとリュートくんは8歳になったのです。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夏の山場が過ぎ、大分過ごしやすくなってきた午後。
 魔術師基礎授業を終えたわたしは、駆け足で試射場へと向かいま
す。
カートリッジ
 わたしの大好きな幼なじみは、小樽に手を入れ弾薬を作っている
最中です。
 その背に我慢しきれず抱きついてしまいます。
﹁リュートくん、お待たせ!﹂
﹁だから、突然抱きつくのは危ないから止めろって言ってるだろ。
あと匂いを嗅ぐのは止めてくれ。汗臭いだろ?﹂
﹁そんなことないよ! 凄く良い匂いだよ! ふんふん﹂
﹁だから嗅ぐなって、くすぐったいだろ﹂

200
﹁えへへへ、ごめんね﹂
 いつの間にか恒例となったやりとり。
 リュートくんは諦めの溜息をつきながらも、頭を優しく撫でてく
れます。
 その手はとても気持ちよく、知らないうちに尻尾が嬉しそうに左
右に振れます。
 そんなわたしをリュートくんは表情を二転三転させ抱き締めよう
としたり、しなかったりを繰り返します。
 最後に何かを振り切るように、彼の腕はわたしの肩を掴み引き剥
がそうとします。
﹁そ、それじゃ練習始めようぜ、ほらスノー離れて﹂
﹁もうちょっとだけ、ぎゅっとさせて﹂
﹁おふぅッ!﹂
 回した腕に力を込めると、リュートくんは奇妙な声をあげました。
﹁も、もういいだろ。これ以上、抱きついてたら練習時間がなくな
っちゃうぞ﹂
﹁リュートくんのけちんぼ﹂
﹁はいはい、ケチで結構。ほら、ガンベルト。シリンダーからだか
ら自分で入れろよ﹂
 ぶっきらぼうに腰に回していたガンベルトを渡されます。
 今まで付けていたので新鮮な汗の匂いが染みこんでいるだろうけ

201
ど、さすがに嗅ぐのははしたないかな、と思ってそのまま受け取り
ます。
 我慢、我慢と心の中で唱えながら慣れた手つきで体に巻き付けま
す。
 ゴブリン事件以降、わたしもリュートくんの作った魔術道具の操
作方法を練習するようになりました。
 彼も魔力が切れた時の護身用になればと、快く了承してくれてい
ます。
 リボルバーを取り出し、シリンダーを押し出し。
9mm
 残った木箱から6発の38スペシャルを手に取り押し込んでいき
ます。
 肉体強化術で身体能力を向上させ、崖に描かれた人型へ向け発砲。
 練習開始です。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夕方になると片付けを終え、わたし達は孤児院へと手を繋ぎ帰宅
します。
 つい、夕陽に照らされるリュートくんの横顔を盗み見てしまいま

202
す。
 孤児院の子供達は例外なく、10歳になると出て行かなければな
らない決まりです。
 わたしも、魔術師学校に進学予定です。
 わたしとリュートくんは共に8歳。
 そろそろ進路を考える年齢です。
︵リュートくんはどうするつもりなんだろう⋮⋮︶
 彼は時々、年齢不相応な遠い目をします。
 リュートくんが何を考えて何をしようとしているのか、一番距離
が近い幼なじみのわたしにも分かりません。
 だから時折、とても怖くなります。
 リュートくんは間違いなく、何かを成し遂げるでしょう。
 もしかしたら5種族勇者ですら足下に及ばない程の、きっと何か
凄いことをするのでしょう。
 7歳で魔術より強力な魔術道具を作り出してしまう才が、何より
の証拠です。
 そんな彼の側にわたしのような凡人が居続けるのは難しいでしょ
う。
﹃大好き﹄﹃愛している﹄という感情なら、誰にも負けないと自覚
しても。

203
 孤児院をこのまま出てしまったら、わたしとリュートくんの関係
はここで切れてしまいます。
 そして二度と交わらない気がしてならないのです︱︱彼の腕の中
こそがわたしの帰る場所なのに。
 そう考えただけで、体が裸で雪山に放り込まれたように冷たくな
ります。
 わたしは彼の側に居続けたい。
 どんな形でもいいから。
 我が儘を言うなら、わたしのお腹でリュートくんの血を次世代に
繋ぎたい。
 子供を産みたい。
 どんな繋がりより、たしかな絆を求める、白狼族としての本能。
 きっとわたしはその子を、自分自身以上に可愛がるでしょう。
﹁リュートくんは、10歳になったらどうするの?﹂
 わたしは意を決して彼に卒業後の進路を尋ねます。
﹁やっぱり、マルトンさんのところに行って、玩具屋さんになるの
?﹂
﹁いや、それはない﹂
 リュートくんは迷わず断言します。

204
﹁僕は10歳になったら旅に出ようと思ってる。それで⋮⋮出来れ
ばだけど、困っている人や救いを求める人を助けたいんだ﹂
﹁どうしてそんなことするの?﹂
 予想外の答えに思わず聞き返してしまう。
 彼は迷い︱︱口を開く。
﹁去年、スノー達を助けただろ? あの時、誰かを助けることにや
り甲斐を感じたんだ﹂
﹁だったら、スノーもリュートくんと一緒に旅に出る!﹂
﹁スノーは10歳になったら魔術師学校に進学するんだろ。そして、
立派な魔術師になって、両親を捜しに北大陸へ行くのが夢じゃなか
ったのか?﹂
﹁リュートくんと一緒なら今からだって北大陸へ行けるよ﹂
 愛しい彼の側にいられるなら、魔術師学校に進学などどうでもい
い。
 しかしわたしの言葉に、リュートくんはとても悲しそうな顔をし
ました。
﹁僕もスノーと一緒にいられるのは嬉しいよ。けど、スノーには魔
術師としての才能がある。スノーの才能を食い潰してまで一緒にい
たくない。僕はスノーのお荷物になりたくないんだ﹂
﹁リュートくん⋮⋮﹂
 悲しいけれど、彼の指摘は尤もです。

205
 いくら自分がリュートくんを好きだからと言って、彼の才能を食
い潰し、彼の足を引っ張る理由にはなりません。無理矢理一緒にい
てもらうだけでは、意味がないのです。
﹃大好き﹄﹃愛している﹄︱︱その感情だけでは、側に居続けられ
ない。
 せめて邪魔にならない程度の実力を付けるのは当然。
 そのためには、わたしは魔術師学校に進学するしかないのでしょ
う。
︵けど、リュートくんとこのまま離れ離れになったら⋮⋮︶
 再び襲ってくる恐怖。
 ただの幼なじみのまま別れてしまったら、二度とリュートくんと
出逢えないという怖れ。
︵そんなの嫌! わたしはずっとリュートくんの側にいたい!︶
 わたしは浮かんだ涙を指で拭い。
 足を止め手を離し、リュートくんと向き合います。
 奇しくもここは、あの時ゴブリンに襲われ、そして彼に助けられ
た場所。
 わたしは勇気を出して、ずっと伝えようとしていた気持ちを告げ
ます。
 手を胸の前で組み、勇気を振り絞り声を出します。

206
﹁リュートくんにずっと⋮⋮お話したいことがあったの﹂
 彼も察したのか真剣な表情で向き合ってくれる。
 わたしは精一杯勇気を振り絞り、ありったけの気持ちを込めて叫
んだ。
﹁スノーを⋮⋮スノーをリュートくんの﹃せいどれい﹄にしてくだ
さい!﹂
﹁︱︱はぁあぁぁぁあっぁぁあッ!!!?﹂
207
第12話 スノー・後編︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月4日、21時更新予定です。
初! 活動報告を書きました。
よかったら覗いて行ってください。
208
第13話 ブレスレット
 リュート、8歳。
﹁スノーを⋮⋮スノーをリュートくんの﹃せいどれい﹄にしてくだ
さい!﹂
 斜め上のさらに斜め上を行くスノーのアホの子発言に、オレは唖
然としてしまう。
 オレは痛み出す頭を押さえながら、彼女を問い詰めた。
﹁す、スノー、﹃せいどれい﹄の意味、分かってる? てか、どこ
でそんな言葉を覚えたんだ!?﹂
﹁もちろん分かってるよ。魔石を売る商人さんの中に奴隷も扱って

209
いる人がいて、その人に教えてもらったの。﹃せいどれい﹄になれ
ば一生、ご主人様の側にいないといけないって。わたしはずっとリ
ュートくんの側にいたいから、﹃せいどれい﹄になりたいの!﹂
︵おい、商人。8歳の子供になに教えてるんだよ⋮⋮。この世界に
はデリカシーとセクハラって概念がないのか?︶
 スノーに変な言葉を教えた商人を呪いながら、彼女に尋ねる。
﹁スノーの気持ちは嬉しいけど僕達まだ8歳だし、﹃性奴隷﹄とか
特殊な関係はちょっと⋮⋮。もっと普通に、恋人や夫婦になるって
選択肢はないの?﹂
﹁恋人⋮⋮夫婦⋮⋮﹂
 スノーは顔を曇らせ俯くが、すぐに顔をあげ気丈な微苦笑を作る。
﹁⋮⋮大丈夫、分かってるから。わたしがリュートくんに相応しい
子じゃないって。わたしはリュートくんの側にいられるだけで幸せ
だから。だから、気遣いとかしなくてもいいよ﹂
﹁ごめん、意味が分からないんだけど。なんでスノーが僕に相応し
くないんだ?﹂
﹁だって、リュートくんは7歳で魔術より凄い魔術道具を作っちゃ
う天才でしょ? そんな凄い人と恋人や夫婦になれるなんて、最初
から思ってないよ⋮⋮﹂
 ようやくスノーの考えを理解する。
 どうやら彼女の中でオレは想像以上に凄い人物になっているらし
い。

210
 そんな人が自分を好きなわけがない。
 でも一緒に居たいという葛藤を抱えていた。
 結果、恋人や夫婦ではなく﹃性奴隷﹄という結論を出したようだ。
︵いや、オレがスノーの好意に甘えて、ちゃんと気持ちを伝えなか
ったからか︶
﹃相手が8歳の子供だから﹄﹃選択肢は彼女にある﹄とか、それっ
ぽい建前でスノーに気持ちを伝えるのを逃げていた。
 自分の勘違いで振られるのが怖かった。
 だったら、彼女から告白されるまで待っていよう。
 それなら自分が傷つくことはない︱︱と。
 自分が前世で彼女いない歴=年齢だった理由がよく分かる。
 もう二度と困難から逃げないと誓ったはずなのに、気づけば生前
のように目の前の事から逃げて楽な道を選んでしまっていた。
 オレはスノーの不安を払拭するため、自分から勇気を出すことを
決意する。
 小樽を地面に置き蓋を開けた。
 残っている魔術液体金属に手を入れイメージ力を高める。
ブレスレット
 オレの手に2つの腕輪が作られた。
ブレスレット
 腕輪は黒色で、ただの﹃輪っか﹄というほど飾り気がない。

211
 時間がないため今はこれが限界だ。
ブレスレット
 オレは腕輪を手に、あらためてスノーと向き合う。
﹁スノー﹂
﹁は、はい!﹂
ブレスレット
 彼女の視線がオレの手にある腕輪に釘付けになる。
 この世界を救った5種族勇者の伝説。
ようせいしゅぞく
 そのひとつに、人種族勇者は妖精種族の勇者と一緒に妖人大陸の
ブレスレット
魔王退治に出かける前夜、恋人に腕輪をプレゼントした、というも
のがある。
 魔王を倒して戻ってきたら結婚して欲しいと、勇者は恋人に求婚
したのだ。
ブレスレット
 以降この世界では結婚に際して、異性に腕輪をプレゼントすると
ブレスレット
いう風習が出来た。そして腕輪をしていることが、結婚している又
は結婚を予定している相手がいる、ということを意味するようにな
った。
 前世の世界で言うところの結婚指輪だ。
ブレスレット
 オレは腕輪を手にスノーに求婚した。
﹁僕達はまだ8歳で子供だ。けど、僕はスノーが好きで、愛してい
る。誰にも渡したくない。だから⋮⋮僕と結婚してください﹂
﹁は⋮⋮はい。わたしも⋮⋮リュートくんが大好きです。愛してま

212
す﹂
 彼女は笑みを作るが、大きな瞳からはぽろぽろと真珠のような涙
がこぼれ落ちる。
ブレスレット
 オレはスノーの細い左腕をとり、腕輪を付ける。
ブレスレット
 スノーもオレの腕をとり腕輪を付けてくれた。
 そして、オレ達は夕陽に見守られながら初めての口づけを交わす。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁スノーちゃんとリュートくんが結婚ですか!?﹂
 その日の夜夕食を取り終えると、エル先生に時間を作ってもらい
婚約の報告をした。
 孤児院の応接室で2人並んで椅子に座り先生と向き合う。
 スノーは部屋に入ってからずっとオレの左腕に抱きついている。
尻尾は千切れるんじゃないかと不安になるほどぶんぶん揺れている。
﹁お2人の様子を見ていれば﹃いつかは﹄と思っていましたが、8
歳で結婚なんて⋮⋮﹂

213
 エル先生はまだ信じられないと目を白黒させる。
 この世界では、婚姻に年齢制限は無い。
 それでも8歳で結婚は早熟だろう。
﹁もちろんまだ僕達は8歳の子供なので、正式に結婚したわけでは
ブレス
ありません。一緒に暮らすこともまだ出来ませんし。だからこの腕
レット
輪は、あくまで婚約の証しです。スノーが魔術学校を卒業したら正
ブレスレット
式に腕輪を買って渡すつもりです。その時、僕達は15歳なのでち
ょうどいいかと﹂
 貴族などの世界では政略結婚が当たり前。
ブレスレット
 そのため子供に婚約の証として簡素な腕輪を左腕に付けさせる。
ブレスレット
 そして結婚の時に、新しい腕輪︵宝石を散りばめた豪華な物だ︶
と交換する。
ブレスレット ブレスレット
 一般庶民の場合は大抵婚約腕輪はなし、簡素な結婚腕輪を送りあ
ってお終い。
ブレスレット
 だが、そこそこ裕福な場合は婚約腕輪を送る風習もある。
 オレの場合、魔術液体金属という材料があったから自作してしま
った。
﹁なるほど。先生、驚いちゃいましたよ。まさか8歳で結婚するの
かと思っちゃいましたから﹂
﹁⋮⋮わたしとしてはリュートくんが作ってくれたこの腕輪を、結
婚腕輪にしてもいいんですけど﹂
﹁スノー、気持ちは嬉しいけど、それはあくまで即興で作った簡素
なものだから。15歳になるまでにちゃんとした腕輪を準備するか
ら、それまで待ってて欲しい﹂

214
﹁うん、分かった。リュートくんの言うことなら、なんでも聞くし
何年でも待つよ﹂
 スノーは心底幸せそうに﹃にへら﹄と笑う。
 先生が微苦笑しながら、尋ねてくる。
﹁ではリュートくんは、10歳になったらスノーさんと一緒に行く
つもりですか?﹂
 魔術学校の側には大きな街がある。
 そこで働きながら﹃スノーが卒業するまで生活するつもりなのか
?﹄と先生は思ったようだ。
﹁いえ、自分は彼女が学校を卒業するまで旅をしようと思ってます﹂
﹁旅ですか⋮⋮それはまた何で?﹂
 エル先生にもスノーと同じ言い訳を口にした。
 話を聞くと先生は胸の前で手を合わせる。
﹁困っている人達を魔術道具の力で助けたい、ですか。⋮⋮だった
ギルド レギオン
ら冒険者斡旋組合に所属して冒険者になり、軍団を立ち上げてはい
かがですか?﹂
レギオン
﹁軍団?﹂
﹁はい、冒険者は知ってますよね?﹂
 冒険者とはこの世界の職業のひとつだ。

215
ギルド
 冒険者斡旋組合に登録することで冒険者になれる。
 魔物退治、賞金稼ぎ、遺跡探索︱︱など、仕事内容は多岐に渡る。
 つまり何でも屋だ。
ギルド レギオン
﹁冒険者になって条件を満たすと冒険者斡旋組合から軍団を立ち上
レギオン
げる権利がもらえるんです。軍団には﹃ドラゴンしか倒さない﹄﹃
魔術師B級以上で貴族出身しか所属できない﹄﹃女性の冒険者しか
所属できない﹄など独自色を掲げているものもあるんですよ。だか
らリュートくんも冒険者になって、困っている人を助ける方針を掲
レギオン
げた軍団を作ったほうが、1人で旅をするよりもきっと多くの人を
救うことができますよ。有名になれば直接、助けを求める人が来ま
すから﹂
 先生の説明を聞き、顎に手を当てる。
レギオン
 確かに軍団を立ち上げるメリットは多々ありそうだ。
レギオン
 自分だけの軍団︱︱軍隊を作り、組織だって行動した方が多くの
人を救える。この世界は危険な所だから、1人で動くよりも、多人
数で行動した方が色々と安全だろう。
レギオン
 それに、スノーが魔術学校を卒業したら軍団に入って貰えば、ず
っと一緒に行動出来る。より強力な武器を開発して、オレがスノー
を守ることが出来る。
 うん、自分の軍隊を持つのは悪くない。
﹁もしその気があるなら、先生の双子の妹が冒険者をしているので
紹介状を書きますよ。彼女の下で冒険者の基礎を学ぶといいでしょ
う﹂
﹁先生に双子の妹さんなんていたんですね。初めて知りました﹂

216
﹁わたしも初耳です﹂
﹁魔術師ではありませんが、性格も優しく冒険心に溢れてるとても
良い子ですよ。小さい頃はお金が絡むと熱くなって失敗したりもし
ていましたが⋮⋮きっと大人になったから治っているでしょう。昔
は、室内で遊んでばかりの先生をよく外へ連れて行ってくれたりし
たものです﹂
 エル先生は嬉しそうに妹さんの話をする。
 先生の妹さんの下なら冒険者のイロハを学ぶ先生として、これ以
上考えられない人選だ。
レギオン
﹁冒険者になって自分の軍団を立ち上げたいと思います。なので妹
さんに紹介状を書いてくれますか?﹂
﹁分かりました、ではスノーちゃんが魔術師学校に進学する時まで
にお渡ししますね﹂
 オレとスノーは﹃ありがとうございます﹄と頭をさげる。
 先生は話題を変え、頬を赤く染めながら釘を刺す。
﹁婚約はおめでたいですが、2人はまだ8歳。お互い体はまだまだ
発育途中なんですから、間違っても、その、あの⋮⋮あれなことを
しないように。その点はスノーちゃんより、リュートくんが気を付
けてあげてくださいね﹂
﹁は、はい、分かりました。気を付けます﹂
﹁?﹂
 スノーだけが意味を理解せず首を傾げる。

217
﹁それから婚約したとはいえ、他の子達の前であまりハメを外さな
いように。節度を持った態度で過ごしてください。教育上あまりよ
くないですから﹂
﹁わかりました﹂
﹁それから︱︱﹂
﹁まだあるんですか!?﹂
﹁もちろんです。いいですか、リュートくん。スノーちゃんと婚約
したんですから、これからはあまり、他の女の子の胸やお尻などを
盗み見るマネはしないでくださいね。一夫多妻はありふれたことで
はありますが、軽い気持ちでああいったことはしないように﹂
 オレは真面目な表情で聞き返した。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮いやだな、先生。何を仰ってるの
かまったく分かりません﹂
﹁真面目な顔をして誤魔化そうとしても無駄ですよ。リュートくん
のエッチな目はばればれですから﹂
﹁今年の夏とか特にね。わたしとしてはわざとやってるのかと思っ
たよ﹂
﹁リュートくんは表面だけ紳士ぶろうとしていますが、女の子は男
性の目には敏感なんですよ。もう少し、隠れエッチな性格を治しま
しょうね﹂
 エル先生は指を一本立てて叱ってくる。
 うぉおぉぉッ! まさか盗み見ていたのが、バレていたのか!?
 思わず頭を抱えてしまった。
﹁そして最後にリュートくん、スノーちゃん、2人ともちゃんと幸

218
せになってくださいね﹂
 エル先生は本心から祝いの言葉を告げる。
 オレ達は声を重ねて﹃はい﹄と答えた。
第13話 ブレスレット︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月5日、21時更新予定です。
219
第14話 旅立ち
 リュート、9歳。
 夏半ば︱︱町の出入り口に孤児院の子供達、町の人々、出入りの
商人達が集まっていた。
 魔術師学校に進学するスノーの見送りだ。
 彼女の他にも、町の少女1人が魔術師学校近くの街に就職を決め
ていた。
 2人はその街へ向かう商人の馬車に乗せてもらう。
 もちろん相応の報酬は払っている。
 目的地の街まで約3ヶ月かかる馬車旅だ。

220
ようせいしゅぞく
 また魔術学校は、妖人大陸︵人種族と妖精種族がメインで住む大
陸。孤児院も妖人大陸にある︶の北にある。
 そのため雪が多く降り積もる。
 夏に出発するのは、本格的に雪が降り出す前に魔術師学校まで移
動する為だ。

﹁リュートくん、やっぱり一緒に魔術師学校に行かない? 冒険者
ルド
斡旋組合なら学校側の街にもあるし、生活費はわたしが稼いで養う
よ﹂
﹁養うって⋮⋮僕はヒモになるつもりはないよ﹂
 オレは呆れながら、胸に顔を埋めるスノーの頭を撫でる。
 この年、オレの身長も大分伸び、スノーとの差が出始めた。
﹁僕も町を出て落ち着いたらすぐ手紙を書くし、余裕ができたら会
いにいくから。スノーはちゃんと魔術師の勉強をするんだぞ﹂
﹁⋮⋮わたしも手紙書くし、時間を作って会いに行くから。絶対に﹂
﹁うん、その時は楽しみに待ってる﹂
﹁最後にふがふがさせて、これで当分新鮮なふがふがはできないか
ら﹂
 了承も得ず、スノーは人前で匂いを嗅ぎだす。
 オレは人目があるため、すぐに引き剥がした。
﹁人前で恥ずかしいから止めてくれ﹂
﹁あぅ、リュートくんの意地悪﹂

221
﹁お詫びといっちゃなんだけど、これ僕からのプレゼント﹂
 持ってきていた袋から、スノー専用のハンドガンとホルスターを
取り出し手渡す。
﹁これってリュートくんのリボルバーより小さい?﹂
﹃S&W M10 2インチ﹄リボルバーだ。
バレル
 銃身がオレの使っているのより明らかに短い。
 色は銀。
 リボルバーを吊り下げるホルダーは茶色の革色。
 特注品で、腰から下げるタイプではなく、肩から吊す﹃ショルダ
ーホルスター﹄だ。
 早撃ちには適さないが、スノーの場合はあくまで護身用。
 攻撃魔法が使えるようになったとしても、銃の方が詠唱が必要無
い分、小回りが利いて便利だろう。
 だから護身用に、秘匿性が高い﹃ショルダーホルスター﹄タイプ
を選択したのだ。
 また最近、さらにスノーの胸が成長している。
 胸の大きな女性が﹃ショルダーホルスター﹄を使用すると強調度
が高くなる。
 だから個人的趣味として選択した結果でもある。
バレル
﹁銃身が短い分、射程と命中率は下がるけど持ち運びには便利だろ。

222
あくまで護身用だからむやみやたらに使ったりするなよ﹂
 射程と命中率については、遠距離狙撃する訳じゃないから考慮す
る必要は殆ど無いと思うが、念のため注意しておく。
カートリッジ
 弾薬も特注の50発入った木箱2つを渡す。
 合計100発。
カートリッジ
 ちなみにスノーにも弾薬を作らせてみたが、一度として成功しな
かった。おそらくエル先生にも無理だろう。
パウダー カートリッジ
 発射薬のイメージができないうえ、弾薬諸々の厚さ、長さ、バラ
ンス︱︱どれも上手く作り出すことができなかったのだ。どうやら
この世界の知識しかない魔術師では、弾薬を創り出す事は出来ない
ようだ。
﹁ありがとう、リュートくん。大切に使うね﹂
﹁風邪や怪我には気を付けろよ。後、無茶だけはするな。スノーは
意外と後先考えず突っ走るところがあるから﹂
 ゴブリン事件の時がそうだ。
 彼女は涙を浮かべながら﹃分かってるよ﹄と微苦笑する。
 オレと入れ替わり、エル先生がスノーの前に立つ。
﹁スノーさんには魔術師としてBプラス級以上になれる才能があり
ます。ですが、決して傲らず謙虚に努力してください。いいですね
?﹂
﹁はい、分かりました﹂

223
﹁最後にスノーさん、あなたは決して1人ではありません。リュー
トくんもいれば、孤児院のみんなも、先生もいます。だからもし辛
いことがあったら無理をせず、この町に帰ってきてくださいね。な
ぜならこの町がスノーさんの故郷で、孤児院が実家なのですから﹂
﹁は⋮⋮ひ、分かりました。先生、ありがとうございました﹂
 スノーの堪えていた涙が、先生の言葉によって決壊する。
 彼女は周囲の目を気にせず、先生に抱きつき涙を流した。
 そんな彼女をエル先生がまるで本当の母親のように抱き締める。
 スノーが落ち着いたところでエル先生は彼女を離す。
 スノーは手に木箱とリボルバーを持ち、幌付きの馬車へと乗り込
む。
 すでに荷物はこの中に積み込み済みだ。
 商人が御者台から角馬へうながす。
 2頭の角馬はゆっくりと歩き出した。
﹁エル先生、みんな今までありがとう! リュートくん、絶対に手
紙ちょうだいね! 会いに来てね!﹂
 スノーは涙を流し、懸命に手を振る。
 先生や孤児院の子供達、そしてオレ自身も、馬車が見えなくなる
までずっと手を振り続けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

224
 スノーを見送った3日後、早朝。
 孤児院の出入り口に、1頭の角馬が繋がれていた。
 背には小樽が2つほど左右にバランスよく繋がっている。
 他にも荷物がいくつかぶら下がっていた。
﹁何もこんな朝早く出かけなくても⋮⋮﹂
﹁僕はスノーの時みたいな派手なのは苦手なので﹂
 オレは借りてきた角馬の背に、最後の荷物である完成したAK4
7を括り付ける。
 いつもの普段着の上に、買ったばかりのマントを羽織る。
 腰にはガンベルト。
カートリッジ
 すでに弾薬は全弾入れている。
 護身用にはリボルバーで十分だ。
 角馬は、町から片道10日の距離にある商業都市ツベルで返却す
る予定だ。
 スノーより荷物が多い。だが幌馬車と御者を雇うのは無駄遣い過
ぎる。
 そのため角馬を借りて、商業都市ツベルを目指す。
 ツベルほど大きい街であれば乗り合いの馬車が出ている。
 荷物分の割り増し料金を支払い約2ヶ月の旅をする予定だ。

225
 スノーが向かった魔術師学校は雪の多い北。
 一方、オレは正反対の南︱︱獣人大陸近くに目指す街があり、そ
こにエル先生の双子の妹が住んでいる。
 オレは彼女の元で冒険者としてのイロハを習う。
 そして約5年後。
レギオン
 人助けの軍団︱︱軍隊を創りあげて、魔術学校卒業したスノーと
合流するつもりだ。
 エル先生が1枚の封筒を差し出す。
﹁中に紹介状と妹の自宅住所が書いてありますので、決して無くさ
ないように﹂
﹁ありがとうございます。背負い袋の一番奥に入れておきますね﹂
 オレは背中から袋を下ろし、口をあけて受け取った封筒を仕舞う。
 エル先生はそんなオレを見て、懐かしそうに語り出す。
﹁⋮⋮実は、今だから言いますが。正直、わたしは最初リュートく
んが苦手だったんです﹂
﹁⋮⋮えっ、突然、衝撃的な発言をしないでくださいよ。僕って先
生に嫌われてたんですか?﹂
 封筒を仕舞い終え問い返す。
 彼女は微苦笑で手を振った。
﹁いえ違います。嫌いではなく、苦手なだけです。だってまだ3歳
なのに授業を大人しく聞いてたと思ったら、魔術師の授業に出て問

226
題を起こして、次はリバーシや玩具を作って沢山お金を稼いだりし
て⋮⋮。私が今まで見てきたどの子にも当てはまらないんですもの、
苦手にもなりますよ﹂
 確かに振り返って見ると、いくら前世の記憶を引き継いでいるか
らと言って、少々子供らしくないことをやりすぎてしまった。
 もしも自分の子供がオレみたいな奴だったら、と想像しただけで
肩の辺りが重くなる。
 今頃、エル先生に多大な迷惑をかけていたことに気付いた。
﹁ですが今ではリュートくんを誇りに思っています。ゴブリンを倒
すほどの魔術道具を作り出し、大金を稼いでも増長せず、将来は世
のため人のためにその力を使いたいなんて、普通考えませんよ﹂
﹁いえ、そんな⋮⋮。褒めるほどのことじゃありませんよ﹂
﹁いえ、本当に凄いことですよ。私は心からリュートくんの夢を応
援します。ですが︱︱﹂
 そしてエル先生は、スノーにそうしたようにオレをギュッと抱き
締める。
 まるで本当の母親のように、だ。
﹁スノーさんにも言いましたが、リュートくんも決して1人ではあ
りません。スノーさんもいれば、孤児院のみんなも、先生もいます。
だからもし辛いことがあったら無理をせず、この町に帰ってきてく
ださいね。なぜならこの町がリュートくんの故郷で、孤児院が実家
なのですから﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます。エル先生﹂

227
 これが早朝、先生以外の見送りを拒否した理由だ。
 精神年齢はすでに30歳を超えている。
 だが、胸からこみ上げてくる熱いものを堪えきる自信がなかった
からだ。
 前世の世界でも異世界でも、人前で涙を見せるのはやっぱり恥ず
かしい。
 オレはエル先生の胸から顔を離し、瞳を強く拭う。
 小鳥のさえずり、頬に当たる早朝の空気の冷たさ、周囲を漂う薄
い靄。太陽が昇り始め、空は澄んだ青色に染まっている。
 約9年と半年︱︱育った町から初めて出る日としては上々だろう。
﹁エル先生、長い間お世話になりました﹂
﹁妹によろしくね。落ち着いたら、また顔を出しに戻ってきてね。
音信不通は嫌ですよ﹂
﹁もちろんです。それに一度は絶対にスノーと一緒に結婚報告に来
ますから﹂
 これは旅立ちだが、二度と出会わない別れではない。
 だから、オレは元気よくエル先生へ声をかける。
﹁それじゃ行ってきます!﹂
﹁はい、行ってらっしゃい。体には気を付けるんですよ﹂
﹁はい!﹂

228
 頷き、そして歩き出す。
 角馬に乗り、手綱を引くとゆっくりと馬は前に進む。
 振り返り手を振ると、エル先生も目元を指で拭い、精一杯の笑顔
で振り返してくれた。
 こうしてオレ、堀田葉太改めリュートは、1人朝日を浴びながら
夢を叶える新たな第1歩を踏み出した。
                          <第1章
 終>
                  装備 :S&W M10︵
リボルバー︶
                  :AK47
︵アサルトライフル︶
次回
第2章 幼少期 冒険者編︱開幕︱

229
第14話 旅立ち︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月6日、21時更新予定です。
活動報告を書いたのでよかったら覗いていってください。
230
第15話 冒険者斡旋組合
 リュート、10歳。
 装備:S&W M10︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 アルジオ領ホードの孤児院を出て約2ヶ月。
 エル先生の妹であるアルさんがいる街、海運都市グレイに辿り着
く。
 この街は海運貿易で栄えており、孤児院がある町とは比べものに
ならないほど大きい。
 街を治めている貴族の屋敷を中心に街の真ん中には高級住宅街が
広がり、東は港、南は商店、北は一般的な庶民の住宅地、西は冒険

231
者関連が集まっている。
 街に着いたのが夕方で、荷物も多い。
 この状態でアルさんを尋ねるのはさすがに迷惑だろう。
 オレは西の冒険者区画で大銅貨5枚の中堅宿を取った。
 明日、起きたらアルさんの所へ向かうことにしたのだ。
 借りたのは、鎧戸有り、部屋の扉に鍵付き、ベッド、机、椅子が
ある簡素な部屋だ。前世でのビジネスホテルといったところか。
金目の物
 もっと安い宿もあったが、魔術液体金属があるため戸締まりがし
っかりしている方を選んだ。
 宿の隣にある飲み屋で食事を終え、さっさと戻り眠ることにする。
 護身用にリボルバーを枕の下に入れて横になる。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮やっぱ枕の下は無いな﹂
 根が小心者のため誤って暴発したら︱︱と考えてしまったらもう
駄目だった。疲れているのに眠りに落ちる気配がまったくない。
 オレは諦めてリボルバーを枕の下から取り出し、テーブルの上に
置いた。
 お陰で眠りはすぐに訪れる。
 結局、旅の疲れから翌日の昼近くまで眠ってしまった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

232
﹁アル? ああ、あのダメ獣人。その子は前の住人よ。あの子なら
借金の形に奴隷として売られたわ。行き先は魔物大陸だから、まず
生きては戻ってこられないでしょうね﹂
 エル先生の手紙に書いてあった住所を頼りにアルさんを尋ねた。
 場所はいかにもな裏路地。
 日があまり差さないせいか、どんよりと重く湿っている気がする。
濡れた洗濯物を1週間置いてたらキノコが生えそうな感じだ。
 道ばたには酔っぱらいが昼間から酒瓶を煽り、浮浪者がぶつぶつ
と壁に寄りかかりながら何かを呟いている。男と女の怒鳴り声が響
き、物が荒々しく倒れる音が続く。さらに前世でいうマフィア風の
集団が、ちらちらとこちらに視線を向けている。⋮⋮今にも拉致さ
れそうな空気だ。
 裏街道、スラム街、売春窟︱︱そういった裏社会の空気がプンプ
ンする。
 目的の建物を見つけて扉をノックすると、夜勤明けなのか眠そう
な人種族の色っぽい女性が顔を出す。
 ネグリジェ姿で、上に薄いカーディガンのようなものを羽織って
いる。
じゅうじんしゅぞく
 エル先生の妹だから、獣人種族では? と疑問を抱き尋ねると、
先程の返答が帰ってきたのだ。
﹁ここじゃ有名だったわよ。飲む、打つ、買うは当たり前、冒険者
仲間に借金してはよくトラブル起こす問題児。喧嘩っ早くて、弱い
物には強く、強い者には弱い。ほんと、ひどかったわよね﹂
﹁アルさんは女性ですよね。飲む、打つは分かりますが、買うって

233
⋮⋮﹂
﹁女の子好きなのよ。新人の女冒険者に親切な先輩を装って近づい
て、クエスト中に襲ってものにしたって酒場で自慢してたこともあ
るわ﹂
 女性なのに女好きって⋮⋮。
﹁冒険者の誰からもお金を借りられなくなると、危ない筋に手を出
してね。結局、ギャンブルで破産。返せなくて奴隷堕ちして魔物大
陸行きよ。でも、あいつ﹃自分には孤児院を経営する姉がいる! 
孤児院を卒業したガキ達が、大金を送ってるからその金を借りれば
借金なんてすぐに返せる。姉なら絶対に払ってくれるから!﹄って
騒いだのよ﹂
 魔物大陸︱︱いまだに5種族英雄でも倒せなかった魔王がいると
言われている大陸。魔王の影響のためか、他大陸とは段違いに魔物
の数・質とも高い。
 魔物大陸に行ったら、まず生きて戻れないのがこの世界の常識だ。
 そしてそれよりも重要なのは、エル先生の存在が話に出てきた所
だ。
﹁えぇっ、姉に借りるって、アルさんはそんなこと言ってたんです
か⋮⋮!?﹂
﹁有名よ、姉が私財を投じて、孤児院を営んでるって話。あいつ、
酔っぱらってよく話してたから。でもさすがにその筋の奴らも、天
神様みたいなお姉さんからお金は取り立てられない、むしろ、この
クズ獣人をこれ以上彼女や子供達の側に近づけさせないほうがいい
ってことで、奴隷に落として魔物大陸に送ったって話よ﹂

234
 その筋の人達にもクズ呼ばわりされる先生の妹って⋮⋮いや、確
かに話を聞く限りクズだけど。
﹁この世界には生きてちゃいけない、死んだ方が世のためって輩が
いるのよ。どんなつもりであいつに会いに来たか知らないけど、関
わらずに済んでよかったわね﹂
﹁ですね、運が良かったかも⋮⋮﹂
 エル先生の紹介だから尋ねてきたのだが、本当に弟子入りしなく
てよかった。
 弟子入りしたら搾取される未来しか見えない。
﹁お姉さんの孤児院を出た子供でしょ? だったら今の話、お姉さ
んにはしないほうがいいわよ。どんなクズでも、血を分けた家族だ
からね。魔物大陸に行ったなんて耳にしないほうがいい。知らない
方がいいことなんて、世の中いっぱいあるから﹂
﹁もちろんです。むしろ先生に出す手紙に、妹さんは遠いところに
旅立ったとでも書いておきますよ﹂
﹁物わかりのいい子はお姉さん好きよ﹂
 女性は苦笑して、くしゃくしゃとオレの髪を撫でた。
 ネグリジェ越しに胸がぷるぷる揺れるのを堪能したのは言うまで
もない。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

235
﹁さて、どうするか⋮⋮予定が大幅に狂ったぞ﹂
 オレは表通りに戻り腕を組む。
ようせいしゅぞく じゅうじんしゅぞく
 表通りは貿易の街だけあり妖精種族、獣人種族、人種族の姿が多
りゅうじんしゅぞく ま
い。そしてそれらに比べれば数は圧倒的に少ないが、竜人種族、魔
じんしゅぞく
人種族の人達も何人か見掛けた︵たぶん額に角が生えていたり、コ
まじんしゅぞく
ウモリの羽を生やしていたりしたから魔人種族だと思う︶。
 さらに、屋台や市場も人で賑わっている。
 子供達が小遣いを手に、甘い菓子の屋台に並ぶ姿は微笑ましい。
﹁エル先生の妹に冒険者として弟子入りするはずだったけど、どう
したもんか⋮⋮﹂
 選択肢は3つある。
 ?スノーの後を追って魔術師学校側の街で冒険者をやる。
 ?孤児院に戻る。
 ?この街で冒険者を始める。
 理想を言えば?だ。
 やはりオレも好きな人とは一緒にいたい。
 スノーには卒業したら会おうと言っていた訳だが、こうなったの
もある種運命かもしれないし、頼る人がいなくなった以上ここにい
ても仕方が無い。
 だが着いたばかりですぐに移動するのも精神的に辛い。
 車・電車・飛行機を知っている身からすると、馬車や徒歩での移
動は本当にしんどい。

236
﹁とりあえず?かな。この街で冒険者をやってみて、ある程度感触
を掴んだらスノーの所へ行くか﹂
 幸いリバーシのお陰で資金には大分余裕がある。
 倹約すれば数年暮らせるぐらいは持っている。
ギルド
 そうと決まれば早速、冒険者斡旋組合へ行くことにする。
 今居る場所は冒険者関連が集まった区内。
ギルド
 歩けばすぐに冒険者斡旋組合の建物が見えてくる。
ギルド
 冒険者斡旋組合の建物は、3階建ての木造だ。
 体育館ほどの大きさで、冒険者らしき人達がひっきりなしに出入
りしている。
ようせいしゅぞく じゅうじんしゅぞく
 人種族、妖精種族︵エルフやドワーフなど︶、獣人種族がメイン
りゅうじんしゅぞく まじんしゅぞく
で、竜人種族と魔人種族の姿は少ない。
 銃刀法などはもちろん無い世界のため、大型の剣を背中にさげた
獣人、長い槍を持つドワーフ、ローブを纏ったいかにもな魔術師、
フルアーマー姿の人種族らしき人物などが、外の掲示板に張り出さ
れている文章に真剣に見入っている。
 オレはその人混みを掻き分け中へと入る。
 中は銀行や市役所のようにカウンターが並び、一定の間隔で区切
られていた。
 その区切られた空間に受付嬢が座り、冒険者達と会話をしている。
﹁いらっしゃいませ。今日はどういった用件でしょうか?﹂

237
 田舎者のようにキョロキョロ中を見回していたオレに、民族衣装
っぽい衣服に袖を通し、頭に三角巾を結び、白いエプロンを腰に巻
いた女性が声をかけてくる。
ギルド
 冒険者斡旋組合で働く女性スタッフは皆、同じ恰好をしていた。
 彼女は案内係なのだろう。
﹁冒険者の登録をしたいのですが﹂
﹁でしたらこちらの用紙に記入をお願いします。失礼ですが、代筆
は必要ですか?﹂
﹁大丈夫です。読み書きはできますから﹂
﹁では、この札の番号が呼ばれましたら、カウンターまでお越し下
さい﹂
 木の札には﹃33﹄と焼き印が押されていた。
 案内された机は簡素なもので、銀行や郵便局のように2つ向かい
合わせ×6︱︱合計12個が等間隔で置かれている。
 渡された用紙に羽ペンとインク壺を使い、必要事項を記入してい
く。
 名前、年齢、出身地、種族、信仰する宗教、魔術師か否かその場
合のランク、前職、使用する基本的な武器、使用言語、使用文字等
々。
ギルド
 死亡、事故、病気に一切冒険者斡旋組合側は関与しない、さらに
冒険者登録料金に銀貨1枚が必要との但し書きもある。

238
 全て読み、問題無しに○を書く。
 約10分ほどかかって全てを埋めた。
 ちょうど声をかけられる。
﹁33番でお待ちのお客様、こちらにどうぞ﹂
 受付の女性がオレを呼ぶ。
まじんしゅぞく
 受付嬢は魔人種族らしく頭部から羊に似た角がくるりと生え、コ
ウモリのような羽を背負っている。
 年齢は20台前半。前世で例えるなら短大を卒業して、就職した
女性社員といった風体だ。
ギルド
 冒険者斡旋組合服がよく似合っている。
 オレは用紙を手に、足早に駆け寄った。
 用紙と﹃33﹄の木板をカウンターに出して、席に座る。
﹁よろしくお願いします﹂
﹁お預かりいたします。リュートさんですね。今日は冒険者登録で
問題ありませんでしょうか?﹂
﹁はい﹂
ギルド
﹁一応、冒険者斡旋組合に所属するのに年齢制限はありませんが、
病気、怪我、死亡事故、各種トラブルなど、全て本人の自己責任に
なってしまいますが、本当に冒険者に登録しても問題ありませんか
?﹂
 年齢制限は無いが、冒険者として登録するにはオレは若すぎると

239
言いたいのだ。
 周囲を見回しても同い年くらいの子供はいない。
 歳が近そうなのでも15歳ぐらいだろう。
﹁大丈夫です。問題ありません。なので手続きの方よろしくお願い
します﹂
﹁分かりました。それでは登録料、銀貨1枚になります﹂
 オレは取り出した革袋から銀貨1枚を取り出し、木でできた受け
皿に置く。
﹁それではあらためて、冒険者についてご説明させていただきます
ね。冒険者とは︱︱﹂
 受付女性が説明を始める。
 要約すると⋮⋮冒険者とは基本的には何でも屋である。
 また冒険者によって、得意分野が違ってくる。
 魔物退治専門なら ︱︱モンスターハンター
 遺跡、迷宮専門なら︱︱トレジャーハンター
 護衛任務専門なら ︱︱ガーディアン
 対魔術師専門なら ︱︱魔術師殺し
 対人戦専門なら  ︱︱傭兵、賞金首ハンター
 などなど、いくつもの種類がある。代表的なのがこの辺だが、さ
らに細かく専門分野が分かれている。
 冒険者はある意味、足の軽い専門家の集まりなのだ︵もちろんい

240
くつも専門分野をこなす冒険者もいる︶。
 冒険者のランクは︱︱
 レベル?
 レベル?
 レベル?
 レベル?
 レベル?
 5段階に分類される。
 初心者はレベル?。
 最高がレベル?。
﹁こちらがリュートさんの冒険者登録タグになります。タグに記さ
れている数字﹃?﹄が現在の冒険者レベルとなります﹂
 この薄い金属で出来たタグが、冒険者を示す資格票になる。
 大きさは前世の兵士が持っているドッグタグほど。
 名前、冒険者レベル、魔術の有無、信仰する宗教が、魔術によっ
て刻まれている。
 タグについて禁則事項も聞かされた。
 本人以外の使用禁止。
 貸し出し禁止。
 タグの売買禁止。
 偽造・勝手な内容変更禁止︵特殊な防止魔術が施され、本人確認
が行われるため偽造は不可能らしいが︶。

 盗難・紛失の場合、すぐさま使用不可にするので、すぐに冒険者

241
ルド
斡旋組合へ届けを出すこと。
 再発行する場合、面談と再発行料︵銀貨5枚︶がかかる。
 以上の決まり事に反する行為を行った場合、レベルの降格。
 最悪、ギルドから退会させられ二度と登録してもらえなくなる。
 また、もしクエスト中にタグを発見した場合、ギルドに持ち帰る
と謝礼金が出る。
 仕事を受ける方法は5パターン。
 ?募集掲示板から、仕事を選択し依頼を受ける。
 ?窓口で相談の上、仕事を選択する。
 ?依頼主から直接、依頼を受ける。
 ?ギルドから本人に直接、仕事を依頼する。
 ?その他︵突発的に依頼仕事に巻き込まれる等︶。
 レベル?の冒険者が、レベル?の仕事を請け負うことはできない。
 高レベル冒険者が受けたレベル?のクエストに、レベル?の冒険
者を同行させることも禁止されている。
 レベル?のクエストは高い報酬金が支払われるが、命にかかわる
極限状況が殆ど。足手まといを増やし、貴重なレベル?の人材を最
悪死亡させてしまうケースもあるため禁止されている。
 逆にレベル?の人が、レベル?の仕事を受けても問題なし。
 罰則は存在しない。
﹁ただし暗黙の了解として、そのような行為は眉を顰められるため

242
本当に必要な場合以外はしないことをお薦めします﹂
﹁本当に必要な場合って⋮⋮レベル?の人が、レベル?の仕事を受
ける必要がある場合ってどういうのでしょうか?﹂
﹁個人の繋がりなどでの依頼⋮⋮とかでしょうかね。レベル?だと
ちょっと極端で滅多に無いと思いますが、レベル?程度であれば、
空き時間があったから等の理由で仕事を受ける方もいらっしゃいま
す﹂
﹁レベルを上げる方法は、依頼をこなしその実力に応じてギルド側
が順次あげていきます。その判断基準は常に公平。種族差別は一切
ありません。5種族英雄の名に賭けて﹂
 5種族英雄達が魔王を封印した後、未だ全世界に跋扈する魔物退
治を弟子達に行わせた。
ギルド
 それが、冒険者斡旋組合の始まりだ。
ギルド
 そのため冒険者斡旋組合の看板には、5種族英雄のシルエットが
焼き印されている。
﹁ここまでの説明で分からなかった点などはありますか?﹂
レギオン
﹁分からない点じゃないんですが。将来的に軍団を立ち上げたくて。
創設条件があれば教えて頂いてもいいですか?﹂
﹁はい、もちろんです﹂
レギオン
 初心者なのに軍団を立ち上げたいという台詞に、受付嬢は嫌な顔
ひとつせず快活に答える。
 好感が持てる女性だ。
 こういう人が職場のマドンナとして冒険者達の憧れの的になり、
誰かと結婚して退職、皆から惜しまれつつ祝福されるんだろうな。

243
レギオン
 そんなことを考えていると、受付嬢が軍団創設条件を説明してく
れる。
レギオン
﹁軍団創設には、発起人としてレベル?×1人に加えてレベル?×
レギオン
2人以上の署名が必要になります。軍団を旗揚げした場合、毎年売
ギルド
り上げ金額によって、冒険者斡旋組合に一定額の税金を納めて頂き
ます﹂
﹁税金を納めるんですか?﹂
 意外な条件に思わず聞き返す。
﹁税金を納めて頂く代わりに優良クエストやご希望のクエストを優
先的に斡旋し、ご希望の人材を紹介させて頂いております﹂
 なるほど一応メリットはあるわけだ。
レギ
 もちろん税金の数字を誤魔化した場合、追加徴税があり最悪、軍
オン
団の権利を剥奪される。
レギオン ギルド
 最後に軍団の揉めごとには一切、冒険者斡旋組合は関知しないと
断言された。
﹁それでは最後に、クエストの紹介をさせて頂きます﹂
 いよいよ、冒険者らしくなってきた!
 説明によると、
 レベル?なら草むしり、引っ越しの手伝い、行方不明のペット捜
索、家庭教師のバイト︵これはやや高額︶︱︱基本金額、大銅貨5

244
枚∼銀貨1枚。
 完了すれば、1日の宿&食事には困らない。
 レベル?なら周辺の魔物退治︱︱基本金額、銀貨1∼3枚。
 レベル?なら遠出する必要があるものや、高レベルの魔物退治、
荷馬車の護衛など︱︱基本金額、銀貨5∼金貨1枚応相談。
 ここから預け金が発生する。
 仕事だけ受注して参加しないのを防ぐための制度だ。クエスト後
は返金される。
 またここまでが個人の仕事になる。
 レベル?なら仕事は要相談。金額も要相談。重要人物の警護や賞
金首の魔術師退治など。
 レベル?ならはぐれドラゴン×1、巨人族×1などの退治。
﹁レベル?、?になりますと個人ではなく、チームの評価となりま
す﹂
レギオン
﹁チームと軍団とでは何が違うんですか?﹂
レギオン レギオン
﹁まず軍団の場合、軍団名があります。チームは名前がなく、面識
のない不特定の冒険者達が一時的に集まる場合を指します﹂
 チームのメリットは人数制限がとくに無く、税金がかから無い等。
レギオン
 デメリットは軍団に回される美味しいクエストを依頼されにくい、
人材を引き抜かれても文句が言えない等。
レギオン
 軍団のメリットは、美味しいクエストを依頼されやすい、入団試
験を設けられるため一定水準の人材の確保ができる等。また退団条
件や軍規を作ることも出来、違反者にペナルティーを科す事も出来

245
ギルド
る。違反者が目に余る事をした場合、最悪冒険者斡旋組合からの追
放もありうるらしい。
ギルド
 デメリットは冒険者斡旋組合に税金を納める必要がある、一度入
るとなかなか抜け出せないため入団するのに二の足を踏む場合が多
い、等だ。
﹁リュートさんはレベル?のため、今受けられるクエストは﹃家庭
教師﹄﹃ペット探し﹄﹃買い物代行﹄﹃店番、手伝い﹄﹃土木工事
手伝い﹄﹃薬草取り﹄等ですがいかがですか?﹂
﹁できれば魔物と戦うクエストはありませんか?﹂
 口には出さないが、AK47︱︱現代兵器がどの程度この周辺に
住む魔物達に通用するかを試したい。
 勝手に戦うのもありだが、弾だってタダじゃない。
 できるならお金を稼ぎたいのが人情だ。
﹁リュートさんのような初心者はまずこういった簡単なクエストを
受け、慣れていくのが常道です。この業界は自信のある方ほど、無
理をして命を落とします。ここは無難に少しずつこなしていくのを
お薦めしますよ﹂
﹁もちろん分かります。ただ自分の力がどの程度通用するのか、今
後のためにも知っておきたいんです。だからレベル?で魔物退治で
きる仕事ってありませんか?﹂
 うるうると下から上目遣いで見上げる。
 子供の体だからこそできる姿勢だ。
 もし30歳過ぎのおっさんがこんなマネしたら、殴られても文句
は言えない。

246
﹁⋮⋮はぁ、分かりました。ですが、危ないと思ったらすぐに逃げ
てくださいね。命はひとつしかないんですから﹂
 受付嬢は悩んだ末に折れる。
 オレに釘を刺した後、1枚の書類を出す。
﹁レベル?の中でも危険度が高い仕事です。ガルガルという四つ足
歩行の魔物を1匹以上駆除してください。クエスト期限は無期限で
す﹂
 書類を読むとガルガルは肉食で、壁外で畑を耕す人や家畜を襲う
魔物らしい。
 報酬は1匹につき、銀貨1枚。
 高レベルの冒険者にとってガルガルはたいしたことがないモンス
ターだが、動きが素早く倒すのが手間らしい。
 その上報酬金は低いため、高レベル者はほとんど手を出さない。
 低レベル、とくにレベル?の冒険者にとっては動きが素早く、攻
撃を当てるのが難しい強敵だ。
 だから、このガルガルが倒せるか否かが、レベル?になれるかど
うかの基準となるようだ。
ギル
 倒した後は、その証として、尻尾を根本から切って冒険者斡旋組

合換金所へ持ち帰る必要がある。
 尻尾1本につき、銀貨1枚との交換だ。
 出現場所は南、西、北門を抜けた森沿いや畑の周り等。
 畑を耕す人や家畜を襲うためだ。

247
 また魔物を退治した後は、死体は埋めるか燃やすか等で処理する
必要があると言われた。
 放置すると死体をエサに、他の魔物が繁殖してしまうからだ。
まじゅつやくすい
 お勧めは魔術薬水での処理らしい。
ギルド
 冒険者斡旋組合お勧めの薬水を死体にかけると、この辺の魔物が
嫌がる匂いを発する為、魔物たちは死骸を食べない。
 また死体を分解する作用もある為、3日もすれば骨も残らない。
ギルド
 冒険者斡旋組合協賛店は、出て左隣に建っている。
まじゅつやくすい
 そこで魔術薬水を買うのを勧められる。
 タグを見せると他の道具屋より若干安くなるらしい。
﹁それじゃこの﹃ガルガル討伐﹄クエストをお願いします﹂
﹁⋮⋮では、タグをお貸し下さい﹂
 受付嬢が魔術道具らしき羽ペンでタグに書き込んでいく。
 返却されたのを見ると、名前などが書かれている場所の裏に、ク
エストの受注内容等が刻まれていた。
﹁ではお気を付けてください。本当に無理だと判断したら、すぐに
逃げてくださいね﹂
﹁ありがとうございます! 精一杯がんばります﹂
 そしてオレは初めてクエストを受注した。
248
第15話 冒険者斡旋組合︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月7日、21時更新予定です。
249
第16話 初クエスト
ギルド
 冒険者斡旋組合からクエストを受注すると、魔物払いの薬水を買
ギルド
うために左隣にある冒険者斡旋組合協賛の道具店に入る。
 店の広さはコンビニほど。
 壁際に赤、青、黄色、紫などの液体が入った瓶や、薬草の束、大
きさの異なる様々な石等が置いてある。それぞれの値札の数字はま
ちまちで、中にはただの石にしか見えないのに高額な値段が張って
あったりするものもある。
 一通り見て回り、それから入り口側のカウンターに座る女性に、
薬水がどこにあるか尋ねる。
 女性は笑顔で正面の棚から、ひとつの瓶を手に取る。

250
 250mlほどの青い瓶だ。
 値段を見ると、銀貨1枚だ。
︵高!? 高すぎるだろ! 魔術液体金属より高いじゃないか!︶
 声に出しそうになるのを堪える。
 だが、少量を死体にかければいいと女性に説明を受け納得する。
ならこの一瓶でもすぐには使い切らないだろう。
 代金を払って薬水を購入し、道具店の女性に、ナイフがどこに売
っているか尋ねる。
 銃があるので剣はいらないが、さすがにナイフは必要だ。
ギルド
 正面にある武器・防具店が冒険者斡旋組合協賛店だと、教えても
らう。
 お礼を言って、店を出て武器・防具店に移動する。
 ナイフは、ひとつ銀貨3枚。
 倒したガルガルの尻尾を切るのに使う、と言ったらやや肉厚で頑
丈そうなナイフを選んでくれた。
 一緒に尻尾を入れる革袋も買っておく。
 こちらは大銅貨6枚だった。
 一度宿に戻って、準備する。
 ガンベルトに﹃S&W M10﹄リボルバー。全弾装填済み。
スリング
 AK47にバナナ・マガジンを装填。特注で作った革の紐が外れ
ないか確認する。

251
 ガンベルトの左側に予備マガジンを2本入れた。
 こちらも特注で作ったマガジンポーチだ。
 リュックの両側にはそれぞれひとつずつ、予備のマガジンを入れ
ておく。またリボルバー用の弾薬も1箱入れた。
 さらに腰の後ろに買ってきたばかりのナイフを装備。
 これで武装は完了。
 他に、リュックには革袋、魔術液体金属で作った水筒、サンドイ
ッチ︵カリカリに炒めた肉、トマトに似た野菜、固く焼いた卵焼き
入り︶が入っている。
 念のため魔術液体金属を500ミリリットル分だけ持っていく。
入れ物は魔術液体金属で作ってあり、念入りに封がしてある。
 魔物払いの薬水の瓶も割らないように布で包み一番上に置く。
 リュックを背負い、AK47を肩にかけて宿を出る。
﹁さて、とりあえず西門から抜けて森沿いを歩いてみるか﹂
 冒険者関連の建物が集まる西区を抜け、門を出る。
 門番にタグを見せたらすぐに出ることが出来た。
 そのまま歩いて畑や家畜場を抜け森側をなぞるように歩く。
 約30分ほど歩くと。
 100m先に、森から4足歩行の生き物が姿を現した。三匹いる。

252
 狐のような三角耳、鋭い牙、すばしっこそうなやせ細った体躯、
尻尾が竹箒のように広がりそこだけ毛のボリュームがある。
 まるで野犬だ。あれがガルガルか。
 前世の世界における実戦空手の父、大山倍達曰く︱︱﹃人間は日
本刀を持ってやっと猫と互角﹄
 確かにあれだけ敵意剥き出しの魔物相手に、素人が剣や槍などで
戦ったら苦戦は必死だろう。
﹃オオオオォッォッォォォッォォォッ!!!﹄
 3匹のガルガルはオレを獲物ととらえ、遠吠えをあげ疾駆してく
る。
 魔物にとって子供の肉はご馳走。
 剣も持たず、1人でぶらぶら歩いているオレは、奴らからしたら
﹃鴨が葱を背負っている﹄状態なんだろうな。
 だがオレは慌てずAK47を肩から下ろす。
 安全装置を解除。
 フル・オートに合わせる。
チェンバー
 コッキングハンドルを引き、薬室にまず弾を1発移動。
 肉体強化術で身体能力を向上。
 右膝を地面につけ、左足の爪先を相手に向ける膝射姿勢。
 ストックを肩に。
 銃口をガルガルへ向ける。

253
 ガルガルはもちろんアサルトライフルなど知らない。
 だから、銃口を向けても逃げ出さず、真っ直ぐ獲物に向かって疾
駆してくる。
 オレは3匹全て仕留めるため、逃がさないよう十分引きつけた。
 距離が30mを切る。
 息を吸い、吐く︱︱射撃の邪魔にならないように呼吸を止めた。
 引き金を絞る。
 タン! タタタタタタン!
 軽快な発砲音。
 横一列に並んでいた三匹のガルガルは7.62mm×ロシアンシ
ョートを頭部や肩に被弾し即死、転倒する。
 戦闘は10秒もかからず終わった。
 念のため薄くだが肉体強化術を維持したまま近づく。
 足ででつつくが反応はなし。
 確実に絶命している。
﹁思った以上にあっけなかったな⋮⋮。これもAK47のお陰だ。
てか、この程度の魔物相手だとオーバースペックだな﹂
 一旦、AK47の安全装置をかけ、肩に担ぎ直す。
 腰からナイフを抜き、尻尾を一通り切り落とした。
 リュックから革袋を取り出し、尻尾を入れて口を縛る。

254
 道具店で買った薬水を数滴、ガルガルの死体に振りかけた。
 鼻で嗅ぐが匂いは別にしない。
 人間が気付くレベルではないのだろう。
 薬水と、尻尾を入れた革袋をリュックに詰め直す。
 切った箇所を下にしたため、リュックからは尻尾の先が飛び出る
形になってしまう。
 後頭部に毛が当たる。
 意外にも触り心地がいい。
 戦闘の邪魔にはならなそうだ。
﹁今の凄かったね。あの肉食ガルガル数体を一瞬で倒すなんて﹂
﹁!?﹂
 森の中から声をかけられ、とっさにAK47の銃口をむけてしま
う。
﹁ちょ、ちょっと待って! 待ってくれ! 俺達は冒険者だ!﹂
 男が1人両手をあげ、武器を持っていないとアピールする。
 他にも手をあげている男の後ろから2人︱︱男1人と女1人が顔
を出す。
 彼らに敵意はなさそうだ。
 後ろに立つ男は憮然とした表情をしているが、元々そういう顔立
ちなんだろう。
﹁おどかしてごめん、ごめん。ガルガルの雄叫びを聞いたから、気

255
配を消して近づいちゃって。おどかすつもりはなかったんだよ﹂
 最初に声をかけてきた金髪のイケメン猫耳男が、軽い調子で謝罪
する。
じゅうじんしゅぞく
 猫耳から分かる通り獣人種族だ。
 腰には短い刃を2本装備している。
﹁いえ、こちらこそすいません。アサルトライフル︱︱魔術道具を
向けちゃって﹂
﹁冒険者よね? 見ない顔だけど新人君かしら?﹂
﹁は、はい。今日登録したばかりです﹂
 後ろに立っていた女性が、興味深そうにオレの顔を覗きこんでく
る。
 銀髪をショートカットに切りそろえ、胸を革の鎧で覆っているが
ヘソは丸出し。肌は褐色。それからローライズなズボンを履いてい
る。
 手には弓、背中には矢を背負っている。
 瞳は金色で瞳孔が縦に伸びている。見た目は人種族だが、どうや
まじんしゅぞく
ら魔人種族らしい。
﹁うはー! マジで新人なの!? なのにこれだけのガルガルを瞬
殺なんて。まーた、俺達を軽々抜いていく奴がでてきちゃったよ。
しかもまだ子供だし。ショックでかいな、エイケント!﹂
﹁冒険者に年齢は関係ないだろ﹂
﹁あははは、確かにそうだ!﹂
 金髪獣人の言葉を、背後にいる男が一蹴する。

256
 エイケントと呼ばれた男は短く刈り込んだ髪をしていて、筋肉質
の体を持ち、背丈も高く180センチはある。
 顔に刻まれた深い傷がベテランであることを無言で主張している。
 武器は背負っている無骨なロングソード。
 見た目からオレと同じ人種族だろう。
 彼は背を向け改めて森へと戻っていく。
﹁おい! どこいくんだよ!﹂
﹁⋮⋮仕事に戻るんだ﹂
﹁ごめんね、エイケントは無愛想で。別に君に怒っているわけじゃ
ないからさ。それじゃごめんね邪魔して。クエスト頑張ってね﹂
﹁いえ、気にしてません。そちらも頑張ってください﹂
﹁ちょっと2人とも置いていかないでよ!﹂
 猫耳がエイケントの後を追い、褐色お姉さんもウィンクひとつし
てフォローを入れて彼らに続く。
 オレは新人冒険者らしく、先輩諸兄に頭を下げた。
 普通は、彼らのようにひとつのクエストを数人でこなすのだろう。
 将来的にはスノーがいる魔術師学校側の街に行くから、彼女と2
人でクエストをこなすのもありかもしれないな。
 スノーが忙しくない時に限るが。
﹁あいつの場合、オレが声をかけたら授業をサボって参加しそうだ
けど⋮⋮﹂
 あれ以上、アホの子化が進むと簡単に他人に騙されそうで困る。
 この世界は危ないところだから、気をつけるよう言っておかない

257
と駄目だろう。
﹁まあ、先のことはいいか。どっちにしてもここである程度経験を
積んでからだ﹂
 予想外のハプニングがあったが、初戦闘はまったく問題なし。
 この程度の魔物なら楽に倒せる。
﹁さて、日が沈む前に、頑張って魔物退治をしておくか﹂
 AK47を担ぎ直し、オレは再び歩き出した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 その後、さらに森沿いを歩いた。
 運が良いことにガルガル4∼5匹の群れと連続で遭遇。
 もちろんギリギリまで引きつけて全滅させた。
 尻尾が30本を越えた辺りで、街へと帰還する。
 街には日が完全に沈む前に戻ることができた。
ギルド
 夕陽を浴びながら、西門をくぐった側にある冒険者斡旋組合換金
所に立ち寄る。
 換金所付近は夕方で混み合っており、さながら市場のような雰囲
気だった。
 木箱に入った大量の鱗。虹色のキノコ。鋼鉄のような質感の大き

258
な角︱︱等々が大量に並ぶ。
 換金の対象となるモンスターの一部は、優良なアイテムにもなる。
そのため商人達まで集まり活気が溢れている。
 自分のはサイズが小さいため、カウンターで問題ないだろう。
 カウンターに立つオジさんに声をかける。
﹁すみません、ガルガルの尻尾を査定して貰いたいんですが。数は
31本です﹂
﹁ほう!? 31本ですか。これをお1人で?﹂
﹁はい、運良く群れと連続で遭遇したんです﹂
 オレはカウンターを担当する中年の人種族男性に、ガルガルの尻
尾が入った袋を手渡す。
 男はさらに、
﹁冒険者タグもおだし下さい﹂
﹁どうしてですか?﹂
﹁タグに冒険者さんの取引情報を一時的に書き込むためです。冒険
ギルド
者斡旋組合でその情報を確認し、レベルをあげる物差しのひとつに
しておるのです﹂
 なるほどそういうことか。
 オレは礼を告げ、首から提げていたタグを一緒に出す。
 担当者は袋から尻尾を取り出し、数える。
 2回数を確認して、受け皿に尻尾31本×銀貨1枚=金貨3枚+
銀貨1枚を置く。

259
 さらにタグに魔術道具の羽ペンで情報を入力する。
 今度はオレが金額を確認して革袋の財布にしまい、タグを受け取
る。
﹁そういえばこの尻尾ってなんのアイテムになるんですか?﹂
﹁ガルガルの尻尾はしなやかでかつ強靱なので、ばらせば色々な用
途があるんです。あとは、高級はたきとかにもなりますよ。この尻
尾の長さ、毛の柔らかさ、丈夫さ、どれもちょうどいいでしょう?﹂
 言われてみれば、たしかにはたきに使えそうだ。
 高級というからには値段は高いのだろうし、庶民には手が出ない
だろうが。
ギルド
 冒険者斡旋組合換金所を出て宿に戻り、一度荷物を全て置いてか
ら隣の飲み屋で夕飯を摂る。
 そして早々にベッドに潜り込む。
 初クエストで疲れた。
ギルド
 冒険者斡旋組合へ報告に行くのは明日でいいだろう。
 オレは目を閉じると、すぐに深い眠りに落ちていった。
260
第16話 初クエスト︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月8日、21時更新予定です。
なんか気づいたら、100万PV突破!
ありがとうございます!
これからもよろしくです。 261
第17話 成果報告
 鎧戸から零れる微かな朝日にまぶたをくすぐられ、眼を覚ます。
﹁うー⋮⋮﹂
 孤児院に居た時は誰かしらに起こされていたので、1人で起きる
のはしんどい。
 もそもそと薄手の服を脱ぎ、外出着に袖を通す。
 テーブルの上に置いたガンベルトを腰に巻く。
﹃S&W M10﹄を手にして、シリンダーを押し出す。全弾入っ
ていることを確認。
 一緒に置かれていた冒険者タグを首から提げ、スノーとの婚約腕

262
輪を左腕に付け直す。
 宿屋の店番をしているおじさんに、今日も泊まることを告げ大銅
貨5枚を支払う。
 隣の飲み屋は流石にまだ開いておらず、オレは途中の屋台で再び
サンドイッチを買った。
 今回のは大麦を使ったパンにサーモンのような魚の切り身、玉葱
に似た野菜が入っている。
 値段は銅貨3枚。
ギルド
 行儀悪く歩きながら食べ、冒険者斡旋組合へと向かう。
 ちょうど食べ終わる頃に到着した。
ギルド
 午前中のわりと早い時間にも関わらず、冒険者斡旋組合には人が
多数集まっている。
 中に入ると受付案内壌から木の札を手渡された。
 番号は﹃12﹄。
 昨日より断然早い。
 10分もかからず、番号﹃12﹄が呼ばれる。
まじんしゅぞく
 担当者は、昨日色々親切に応対してくれた魔人種族のお姉さんだ。
﹁おはようございます、リュートさん。今日はどういったご用件で
しょうか?﹂
﹁昨日のクエストを終えたので、今日はまた新しいのを探しに来ま
した﹂
﹁もうですか? では、タグをお借りしてもよろしいでしょうか﹂

263
 お姉さんに首から提げていたタグを渡す。
﹃お預かりします﹄とお姉さんが言って、タグを確認する。
﹁えっと確か昨日クエストは、ガルガル1頭以上の駆除ですよね⋮
⋮ふえぇ!?﹂
 お姉さんが受付嬢らしくない声を出す。
 オレの成果に驚いているようだ。
 他の冒険者や同僚から奇異の眼で見られるが、本人は気付かず狼
狽し続ける。
﹁き、昨日だけでガルガルを31匹も狩るなんて!? 凄すぎです
!﹂
﹁それってそんなに凄いことなんですか?﹂
 早く冒険者レベルを上げたかったが、どれだけガルガルを狩れば
冒険者レベルを?に上げてもらえるか分からなかった。
 そのため頑張って狩りまくったのだが、驚くほどなのか?
ギルド
﹁当たり前ですよ! いいですか、この冒険者斡旋組合では、新人
が1日目にガルガルを倒した最高記録は10体です。ちなみに、そ
の人は当時魔術師Bプラス級ですよ﹂
 ⋮⋮そりゃ驚くわな。魔術師でもない子供が31匹も狩ってくれ
ば。
 お姉さんが続けて喋る。
﹁魔物も馬鹿ではありませんから、魔力を察知すると逃げに転じる
んです。だから魔術師の方でも、これほど多くは狩れないんですよ﹂

264
 だから自分はあれだけの魔物を倒すことができたのかもしれない。
 魔力を感じさせず、まだガルガルが学習していない未知の武器だ
ったから。
 受付のお姉さんは疑わしげに眼を細める。
﹁もしかして協力者とか使いました?﹂
﹁まさか1人ですよ。使っている武器が良かったんです﹂
﹁そう、ですよね。これだけ狩れる凄腕の協力者なら、もっと割の
良い報酬を自分でこなす方が稼げるでしょうし⋮⋮﹂
 納得し、お姉さんは魔術道具羽ペンでタグを操作する。
﹁それでは改めておめでとうございます。今回のクエストで、リュ
ートさんの冒険者レベルは?に上がりました﹂
 おお、こんなに早く上がるとは!
ギルド
 例え子供だろうが、結果さえ出せば冒険者斡旋組合は公平に評価
してくれるらしい。
﹁本日はレベル?のクエストでよろしいでしょうか?﹂
﹁はい。前と同じく、魔物と戦うのでお願いします﹂
﹁魔物討伐系のクエストですね。レベル?からは森などに入って頂
き、より強い魔物を倒して頂くことになります。常時掲示されてい
る討伐クエストで、報酬金額は1匹あたり銀貨1∼3枚となります﹂
 彼女は討伐対象の魔物と、それぞれ1匹あたりの報酬を羅列する。

265
 ガルガル、銀貨1枚。
 ゴブリン、銀貨1枚。
 大蜘蛛、銀貨2枚。
 人食いトカゲヘビ、銀貨2枚。
 オーク、銀貨3枚。
 この辺が海運都市グレイ周辺の森に住む大まかな魔物らしい。
 ガルガルは昨日倒した。
 ゴブリンは昔、8歳の時に倒したな。
 大蜘蛛は通常の蜘蛛より6倍くらいでかい蜘蛛で、森の生物を集
団で襲う魔物だ。
 人食いトカゲヘビは毒を持ち、毒で動けなくなった獲物を食べる
大きな蛇。
 オークは身の丈2∼3mある魔物で、知能は低いが力は強い。
 どれもそこそこの強さではあるが、恐らくAK47の敵では無い
だろう。
 どうやら、レベル?程度ではまだ大した魔物はいないようだ。
 この中で唯一気を付けないといけないのが、人食いトカゲヘビの
毒だろう。だが、その毒も道具屋で売っている毒消しの実を食べれ
ばすぐに中和される。
ギルド
 冒険者斡旋組合を出たら、いくつか買っておけば問題ないだろう。
 これならきっと、レベル?クエストも順調にこなせそうだな。
 現代武器である﹃S&W M10﹄﹃AK47﹄があれば、討伐
系クエストは難しくなさそうだ。
︵別に冒険者の師匠なんていなくても、楽勝じゃん。よーし、頑張

266
ってレベル?にしてスノーを驚かせるか︶
 ︱︱と、オレはあっさりレベル?に上がったせいで、激しく調子
に乗っていた。
 この時、自分の運命を大きく歪めるほどの落とし穴があるとも知
らずに。
﹁リュートさんはお1人ですよね? 初めて森に入る場合は、冒険
ギルド
者斡旋組合協賛店で地図を買うことをお薦めします﹂
﹁地図ですか?﹂
﹁森の中で迷わないためです。熟練冒険者と一緒でない限りは、持
って行くのが無難ですよ。お値段は銀貨3枚です﹂
 地図1枚に銀貨3枚は高い、と一瞬思う。
 しかしこの世界では印刷技術は無く、全て手書きだ。
 そう考えれば納得の値段だろう。
 それにいくらAK47等を持っていても、森の中で迷ったら危険
だ。弾切れを起こすかもしれないし、食料の心配もある。
 忠告通り、地図を買っておこう。
﹁それではレベル?になりましたので、最低でも肉食ガルガル2匹
以上を駆除してから戻ってきてくださいね。クエスト期限は無期限
です﹂

267
 オレはレベル?のクエストが刻まれたタグを受け取り、首に掛け
直す。
ギルド
 受け付けのお姉さんにお礼をつげ、冒険者斡旋組合を出る。
ギルド
 早速、地図と毒消しの実を買うため、冒険者斡旋組合協賛の道具
屋へと向かった。
第17話 成果報告︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月9日、21時更新予定です。
268
第18話 レベル?クエスト準備
ギルド
 レベル?のクエストを請け負い、冒険者斡旋組合を出る。
ギルド
 早速左隣にある冒険者斡旋組合協賛店の道具屋に、毒消しの実と
森の地図を買いに向かった。
 道具屋に入ろうとすると、背後から声をかけられる。
﹁ちょっとそこのぼく。お話いいかな?﹂
﹁?﹂
 振り返ると、目の前にオレと同じ背丈くらいの少年が、大荷物を
抱えて立っていた。
 背負っている大型のリュックにはツルハシ、ランタン、寝袋、瓶
類などがごちゃごちゃと側面にぶら下がっている。

269
こびとぞく
﹁初めまして、おいらは、小人族のラーチっていいやす。街から街
へ、宿無し、根無し草の行商人をやらせてもらっておりやす﹂
 小人族。
ようせいしゅぞく ようじんたいりく
 妖精種族で、妖人大陸の西奥に住む一族だ。
 成人しても人種族の子供ぐらいにしか成長しない。
 このラーチという男も、一見すると人の子供にしか見えない。
 よく観察すれば、子供らしい愛嬌はなく、どこかずるがしこい小
悪党的空気をただよわせている。
 前世でいうところの某妖怪のネズ○小僧に似ている。
﹁これはご丁寧にどうも。人種族のリュートです﹂
﹁リュート坊ちゃんか、いい名前だ! 道具屋に入るということは
何かお捜し品があるということですね。よかったら、これも何かの
縁。あっしの品物を見てってくださいやせんか?﹂
 なるほど、押し売りか。
 この手のは相手にしないのに限る。
 オレは﹃NO!﹄と言える日本人だ! 魂だけだが!
ギルド
﹁冒険者斡旋組合協賛店で買うつもりなんでいりません﹂
﹁そう仰らずに! 見るだけ! 見るだけですから!﹂
﹁そう言って買わせるつもりでしょうが。その手には乗りませんよ
!﹂
﹁本当に見るだけですって! それにあっしの品物は他の道具屋よ
り安いんですよ! だからちょっとだけでいいんで見てってくださ
いよ!﹂

270
 腕を掴まれ粘られる。
 だが、もし本当に安いのならこの男から買うのもありだろう。
﹁⋮⋮それじゃとりあえず見るだけですよ﹂
﹁はいはい、ありがとうございやす! それで何をお捜しですか?﹂
﹁毒消しの実とこの周辺の森の地図です﹂
﹁なるほど! ならあっしの方が安くご提供できますよ! 毒消し
の実は道具屋でしたら大銅貨1枚ですが、あっしのは銅貨5枚! 
地図は銀貨3枚を1枚で売らせてもらってやす﹂
 確かに安い。
 しかも、地図の元値は受付のお姉さんの言ってた値段通りだ。変
に誤魔化していない。
 これなら買うのはありかもしれないな。
﹁本当に銅貨5枚に、銀貨1枚でいいんですか?﹂
﹁本当ですって。質の悪い輩は、地図を半分に切ったものを銀貨1
枚で売って、後でもう半分を銀貨3枚で買わせたりしますが、あっ
しはそんなこと絶対にしやせん。なんなら先に商品を渡して確認し
てもらってもかまいやせんよ﹂
 ラーチは胸を張り、断言する。
 そこまで言うなら、本当なんだろう。
﹁分かりました。では毒消しの実と地図を下さい﹂
﹁まいどありがとうございやす!﹂
 ラーチは背負ったリュックを下ろし、鼻歌交じりで漁り出す。

271
 オレはその間に財布から代金を用意する。
﹁銀貨1枚に、銅貨5枚っと⋮⋮あっ、大銅貨しかないんでお釣り
ありますか?﹂
﹁もちろんです。その辺の抜かりもあっしにはありませんよ﹂
﹁お釣りの誤魔化しとか止めてくださいよ﹂
﹁本当、信じてくださいよ。そんなこすっからいマネなんてしやせ
んって﹂
 もちろんお釣り云々は冗談だ。
 ラーチも分かっているらしく、演技っぽい返事をしてくれる。
﹁おい﹂
 そのラーチの頭を大きな手が掴んだ。
 ラーチの頭を掴んでいるのは昨日クエスト中、森側で出会った3
人組の冒険者の1人︱︱エイケントと呼ばれていた男だ。
まじんしゅぞく
 エイケントの後ろには金髪イケメン猫耳男と銀髪魔人種族の女性
が笑顔でオレに手を振ってくる。
 ラーチはエイケントを見上げると、青い顔で愛想笑いをした。
﹁こ、こりゃどうも。えー本日はお日柄もよく⋮⋮﹂
﹁消えろ﹂
﹁し、失礼しやした!﹂
 ラーチはリュックをちゃんと閉めもせず背負うと、慌てて雑踏へ
逃げ出す。
 姿はすぐに見えなくなった。

272
﹃ギロリ﹄と、エイケントの眼がオレを射抜く。
 彼は低い声で脅すように叱った。
﹁あいつはこの辺じゃ質の悪い行商人で有名だ。粗悪品の道具や地
図を売るってな﹂
﹁そ、そうなんですか?﹂
﹁オマエみたいな世間知らずのガキを騙して小金を稼ぐ小悪党だ﹂
﹁ありがとうございます。助けて頂いて﹂
 丁寧に頭を下げるが、一向にエイケントの気難しい顔は弛まない。
﹁冒険者にとって道具は命に直結するもの。初心者はとにかく冒険
ギルド
者斡旋組合マークが入ったところで商品を買え。その辺の道ばたで
売っているのを買うのは上級者がやることだ。間違ってもオマエみ
たいな初心者のガキがやることじゃない﹂
﹁すみません⋮⋮﹂
 淡々と低い声での説教。
 オレは俯きながら謝罪の言葉を口にする。
﹁いい加減お説教はその辺にしておきなさい。完全に怖がってるじ
ゃないの。だいたい昨日から冒険者を始めた初心者でしょ? しか
もまだ子供じゃない。頭ごなしに怒るのは逆効果よ﹂
まじんしゅぞく
 魔人種族の女性が、エイケントの説教を止める。
﹁ごめんね、こいつ無愛想な癖に子供好きでさ。君みたいな小さな
子はほっておけないんだよ﹂

273
 と、猫耳イケメンが明るい調子でフォローを入れる。
 猫耳イケメンの指摘は本当らしく、エイケントは黙ってそっぽを
向いた。
 心なしか頬が赤い。
﹁いや、でも騙されなくてよかったね。俺は猫耳族のアルセド。冒
険者レベルは?だ。よろしく﹂
﹁人種族のリュートです。冒険者レベルは?です。本当に助けて頂
きありがとうございます﹂
 イケメン猫耳族のアルセドから差し出された手を、握手で返す。
 どうやら挨拶の時、冒険者レベルを口にするものらしい。
﹁私は悪魔族のミーシャ。冒険者レベルは?よ。でも、リュートく
んほど強ければ多少地図があれでも問題なかったと思うけどね﹂
 銀髪ショートで褐色肌のミーシャとも握手をかわす。
﹁そしてそっちの無愛想なのがうちらのチームリーダー。リュート
と同じ人種族のエイケント。冒険者レベルは?だ。ほら、ちゃんと
挨拶しろって﹂
﹁⋮⋮エイケントだ﹂
 無愛想な挨拶に連れの2人が呆れた顔をする。
 オレはあらためて彼らに礼を告げた。
﹁騙されそうなところを助けて頂いて、ありがとうございました﹂
﹁いいのいいの。冒険者は持ちつ持たれつが基本だから﹂

274
 アルセドは快活に笑い飛ばす。
﹁ちなみに毒消しの実と森の地図が必要ってことは、グレイ森林に
入るつもりなの?﹂
﹁はい、先程レベル?のクエストを受けたところです﹂
﹁なら、せっかくだし私達と一緒にクエストをやらない?﹂
﹁皆さんとですか?﹂
 ミーシャは人なつっこい微笑みで説明してくれる。
﹁実は私達も昨日レベル?のクエストを受けたんだけど、目当ての
オークがどこにもいなくて。結構森の奥まで入ったんだけど、空振
り。だから、今日は片道で1日かかるけど、遠出してオークが確実
にいる場所へ行こうって話をしてたんだ﹂
 ミーシャが体を腰から曲げ、顔を覗きこんでくる。
﹁で、よかったらリュートくんも一緒にどうかな? 遠距離攻撃で
きる人が私だけだとちょっと不安だったんだ。リュートくんの実力
は昨日で分かってるから、来てくれると心強いんだけど﹂
 オレの視線の先に、彼女の胸の谷間がちらつく。
 褐色の健康的な肌。
 すべすべで胸の谷間に顔を埋めたら天国に昇るほど気持ちいいだ
ろうな。
︵いやいや! オレにはスノーという婚約者がいるんだ! 惑わさ
れるんじゃない︶
 誘惑攻撃は置いておいて、よく考えれば、実際魅力的なお誘いだ。

275
 自分はまだ駆け出しの初心者。
 彼ら経験者のチームに入るメリットは大きい。
 ミーシャの誘いを、アルセドが後押しする。
レギオン
﹁別に軍団みたいに規律があるわけじゃないし、ただの一時的なチ
ームだから、大げさに考えなくていいよ。気に入らなかったクエス
ト途中でも抜けてもらってかまわないし。もし参加してくれるなら、
野営のやり方やこの辺の地理、冒険者にとって必須な技術や知識を
教えてあげるよ﹂
﹁あの⋮⋮どうしてそこまで親切にしてくれるんですか?﹂
 オレの当然の疑問にミーシャとアルセドは、顔を見合わし相好を
崩す。
 アルセドがオーバーリアクションで答えた。
レギオン
﹁昨日のリュートの強さを眼にして、他のチームや軍団に取られる
前に唾をつけておきたくてさ﹂
 なるほど先行投資の一環というわけか。
 それに︱︱とミーシャが言葉を付け足す。
﹁私達も駆け出しの頃は先輩達のお世話になって、冒険者の基礎を
教えてもらったからよ。もしリュートくんが恩を感じるなら、一人
前になった時に初心者の世話をしてあげてね﹂
 そんなことを言われたら断れない。
 オレは警戒を解き、彼らに頭を下げる。

276
﹁僕を皆さんのチームに入れてください。冒険者になりたてなので
色々迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします﹂
﹁ヤッフゥイ! そうこなくっちゃ! 報酬は後々揉めないように
各自倒した分ということで﹂
 野営に必要な品物などはエイケント達が用意してくれるらしい。
 とりあえずオレが今日買うものは地図と毒消しの実だけでいいと
言われた。至れり尽くせりだ。
﹁それじゃ待ち合わせの時間は、昼食を済ませて西門ってことで﹂
﹁了解しました。それでは後程﹂
﹁また後でね、リュートくん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ギルド
 オレは人混みに紛れる3人に頭を下げ、改めて冒険者斡旋組合協
賛の道具屋に入る。
 そして地図を1枚︵銀貨3枚︶。
 毒消しの実を5個買う︵5個で大銅貨5枚︶。
 道具屋を出て、まっすぐ宿屋に戻った。
 部屋で初遠征の準備のため荷造りを始める。
 AK47。マガジン×6。
﹃S&W M10﹄リボルバー。弾薬1箱。
 地図、毒消しの実︵5個︶、予備魔術液体金属︵1リットル分︶、
魔物の部位を入れる革袋、着替え、薄手の毛布、雨衣、薬水。
 旅用のマントは、海運都市グレイに来る時、買ったのがある。
﹁これだけ準備しておけば、魔物100匹くらいは余裕で倒せるな﹂

277
 一通りの準備を終え、水筒を手に隣の飲み屋へ。
 昼食をそこで済ませ、店のオヤジさんに料金を払い水筒へ水を入
れてもらった。
 これで準備万端。
 宿屋のオヤジさんに念のため3日分の宿賃を前払いしておく。
 荷物を背負い、西門を目指して歩き出す。
 門にはすでに3人が来ていた。
﹁すみません、遅れてしまって﹂
﹁いやいや、俺達も今来た所だし﹂
﹁むしろ、私達が早く来すぎたのよ。だから気にしないで﹂
﹁おい、喋ってないで行くぞ﹂
 アルセド、ミーシャが交互にフォローを入れる。
 だが、エイケントは相変わらずぶっきらぼうに1人歩き出した。
﹁まったく、素直じゃないんだから⋮⋮。ごめんな、あいつ、いつ
もあの調子で﹂
﹁悪い奴じゃないんだけどね﹂
 2人は呆れながら、エイケントをフォローする。
﹁分かってますから、大丈夫ですよ﹂
 彼には一度助けられている。
 この程度の対応など、エイケントがツンデレ美少女だと脳内変換
すれば問題なし!

278
 オレは新たに出会った仲間達と一緒に、レベル?のクエストに挑
戦することになった。
第18話 レベル?クエスト準備︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月10日、21時更新予定です。
279
第19話 罠
 初めて冒険者になって、AK47のおかげですぐにレベル?に。
 そして気のいい先輩たちに出会って、一緒にクエストに挑戦。
 なんて幸運なんだろう。これも日頃の行いのお陰かな。いや、オ
レの人徳かも?
 なーんて⋮⋮そんな風に思っていた時期がオレにもありました。
﹁な、なんじゃこりゃぁぁあぁっぁぁあぁあぁぁあッ!!!﹂

280
 オレは眼を覚ますと、縄で手足をがっちりと縛られていた。
 な、なんでこんなことになっているんだ?
 確かエイケント︵寡黙な人種族の男性︶達3人と合流した後、一
緒に西門から出て森沿いに移動。
 途中、何度かガルガルに遭遇するが、こちらの人数と装備を見て
すぐさまガルガルは逃げに転じた。さすがに4人いれば安心だな、
と思った記憶がある。
 特別な危険もなく、日が沈む前に野営準備に取りかかった。
 エイケント達は手慣れた様子で、地面を掘り枝で鍋を支える木を
作った。
 さらに4方を囲むように、箱がついた杭を地面に突き刺す。
 侵入者が囲った箱の間を越えようとすると、警報で知らせる魔術
道具とのことだ。冒険者には必須アイテムらしい。
 そうして、野営準備を終え、ミーシャ︵褐色な魔人種族の女性︶
が作った夕食を食べた。
 大麦パンに、赤いスープ。
 大麦パンは小麦のパンより値段が半分と安い。その分、固くてあ
まり美味しくないが、スープに浸して食べると柔らかくなると勧め
られた。
 オレは言われるがまま、大麦パンを千切りスープに浸して食べる。
 スープは赤い見た目に反してシチューのようにとろりとして甘く、

281
なんの肉かは知らないが出汁が利いてて美味かった︱︱以降、記憶
がない。
 そして眼を覚ましたらマントと靴も脱がされ、手足を縛られて地
面に転がされていた。
 薪が燃えていることから、場所は移動していないようだ。
﹁眼を覚ましたみたいだぜ﹂
 アルセド︵猫耳金髪な獣人族の男︶が、軽薄そうな笑みを浮かべ
オレに近づいてくる。
 手にはAK47が握られていた。
 エイケント、ミーシャも彼の後に続いて姿を現す。

 それぞれの手に﹃S&W M10﹄とバナナマガジン、38スペ
mm
シャルを手にしていた。
 へらへらと笑いながら、アルセドが話しかけてくる。
﹁いやぁーマジでリュートの魔術道具凄いわ。あんな簡単にガルガ
ルやゴブリンが倒せるなんてさ﹂
﹁だからって、あんたらはしゃぎ過ぎ。ガキみたいにバンバン鳴ら
してさ。馬鹿じゃない﹂
﹁いいだろうが実際、面白かったんだからよ﹂
﹁だな﹂
 男2人は﹃ギャハハハハ﹄と下品に笑う。
 オレはこの空気をよく知っている。

282
 イジメられていた高校時代、DQN3人組が漂わせていた雰囲気
に酷似しているのだ。
 体の芯から沸き上がる怖気を自覚しながら、人が変わったような
3人へ問い質す。
﹁か、勝手に人の魔術道具を使わないでください! 非常識じゃな
いですか!﹂
﹁あ? オマエまだ自分の立場分かってないのか?﹂
 エイケントがしゃがみ、地面に転がるオレを覗きこむ。
﹁俺達が食事に一服持って、オマエを縄で縛ったんだよ。いい加減、
自分が騙されたことに気付よ﹂
﹁!?﹂
 予想は何となくしていたが⋮⋮。
ギルド
﹁俺達は元冒険者だ。冒険者斡旋組合の規則を破って弾かれた外れ
組だ。俺達はこうして冒険者を装って、オマエみたいなマヌケな新
人を食い物にしてんだよ﹂
﹁それに昨日の魔術道具の威力。あの後、ずっと盗み見てたけどと
っても凄いから、いいお金になると思ったのよね。無事手に入って、
お姉さん嬉しいわ﹂
﹁しかし、まさかこうもあっさり信じ込んで、食事まで口にすると
は思わなかったぞ﹂
﹁だな、お陰でこの後嵌めるための多数の罠を張ってたのに、全部
無駄になっちまったよ。まさか1回目の睡眠薬で簡単に眠るとは思
ってなかったし。俺なんか逆に何かの罠だと思ったもん﹂

283
 アルセドは溜息をつき、猫耳をピコピコ動かす。
 エイケントがさらに続ける。
﹁普通、知り合ってすぐ相手がどんな人物かも分からないのに、食
事に手なんてつけねぇよ。だいたい、チームに入る時は、冒険者タ
グを見せてレベルが本当に合っているのか確認するもんだ。常識だ
ろう。そんなことも知らないなんて、どこのド田舎から出てきたん
だよ﹂
 孤児院があった町、ホードに冒険者などほとんど来ていない。
 第一、オレは町に出る用事も殆どなく、ハンドガン作りの実験・
制作に没頭して来たためその辺の知識が無い。
 確かに言われてみれば彼らの冒険者タグを、オレは一度も確認し
ていない。
 どうして気付かなかったのだろう。
 この世界が危険だと分かっていたつもりだった。スノーは騙され
やすいから気をつけないとな、と他人事のように考えていた。
 お陰でこのざまだ。
 ここに来て、エル先生の妹に弟子入り出来なかったことが影響し
てくる。
 これなら大人しく、すぐ街を離れてスノーの後を追えばよかった。
﹁じゃあ、あの小人族もまさかオマエ達の仲間なのか!?﹂

284
﹁あいつは金で雇ったんだよ。俺達を信用させるためのエサとして
な﹂
﹁助けた後、わたし達を﹃良い人﹄って眼で見つめてくる時は笑い
を堪えるのが大変だったんだぞ﹂
 ミーシャが思い出し笑いしたのか、楽しそうに破顔する。
﹁クッ︱︱﹂
 悔しすぎて奥歯が砕けそうなほど噛みしめた。
﹁⋮⋮この後、僕をどうするつもりだ。殺すのか?﹂
まじんたいりく
﹁魔人大陸に奴隷として売る。魔人大陸じゃ、人種族の子供は貴重
だからな。きっといい値段が付くぞ﹂
 エイケント曰く、魔人大陸に奴隷として売られるのは借金や破産
などで身持ちを崩した成人男性が一般的。
 炭鉱や宝石、魔石、鉄鉱、金、銀、銅などの採掘人材として使わ
れる。
 前世の日本で言うところのマグロ漁船のようなものか。
 大抵そこで事故などに遭い命を落とす。
 お金を貯め、自分を買い戻すことの出来る人間はそうそういない。
 村や街から子供をさらうと目撃者がいて、足が付く可能性が高い。
しかし子供の冒険者なら、行方不明になっても経験不足で魔物に喰
われたのだろうと誰もが思う。
 リュートも最初は男娼で、育ったら炭鉱送りになるだろう︱︱と

285
断言される。
﹁君なら金貨100枚は固いわよ♪﹂
 ミーシャが嬉しそうに褒めてきた。まったく嬉しくない!
︵冗談じゃない! 童貞もまだなのに後ろの処女を散らせるか!︶
 オレはまず優先するべきは脱出だ、と判断。そしてすぐさま魔力
を腕と足に集中する。
 AK47とM10は惜しいが、武器を取り上げられている状態で
3人の武装した冒険者を相手にするのは不利過ぎる。
 縄を引き千切ったら、兎に角逃げるのに専念しようと考える。
 ︱︱だが、その希望もすぐに砕かれる。
 魔力が、コントロール出来ない。
﹁無駄だ。魔術の発動を防ぐ首輪を嵌めてる限り、魔力は使えねぇ
ぞ﹂
 さらにエイケントが冷たく言い放つ。
﹁魔術師の才能が無い冒険者でも1∼2回、一瞬だけ肉体強化術を
使用する場合がある。だから、相手を捕らえたらそれ用の対策を施
すのは常識なんだよ。俺達が何年新人狩りしてると思ってんだ﹂
 ちくしょう!
 万事休すだ。
﹃冒険者なんて楽勝﹄と調子に乗ったしっぺ返しがオレを襲う。

286
 この危機から抜け出す術がまったく思いつかない。
﹁リュートの荷物は全部売り飛ばすから、この魔術道具について知
ってることを教えてもらえるかな?﹂
 アルセドは手に持っているAK47をひらひら動かす。
 オレは精一杯の抵抗で睨み付ける。
﹁なぁなぁ早く教えてくれよ。使い方を把握してないと、安く買い
叩かれちゃうからさ﹂
﹁⋮⋮売られると分かって言う奴がいるかよッ﹂
﹁はぁ? オマエ立場、分かってないだろ?﹂
 アルセドは猫眼をギュッと細くすぼめる。
 彼は後ろ手に縛られているオレの指に腕を伸ばす。
﹁えっ⋮⋮?﹂
 ボキ︱︱ッ。
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱!!!﹂
 何のためらいもなく、右手親指をへし折った。
﹁調子に乗るなよクソガキ。こっちが優しくしてたらつけあがりや
がってよ﹂

287
﹁あぁぁッ!﹂
 続けて今度は人差し指を折る。
 さらに猫耳男の指が、中指に這うのが分かる。
﹁すみません! ごめんなさい! 言いますから、許してください
!﹂
 オレは先程まで睨み付けていた顔を、涙と鼻水で汚し謝罪の言葉
を叫ぶ。
﹁やりすぎだアルセド。これから売るって言うのに、傷つけてどう
する﹂
﹁別にいいだろ。この程度の怪我、奴隷商人とこの魔術師に治させ
ればいいんだから。どうせなら、逃げられないように足の骨でも折
っておく?﹂
﹁ごめんなさい! ごめんなさい! 止めて!﹂
﹁ちっ、うるせえな。いい加減、黙れ。ちょっと指の骨を折っただ
けだろ。これだからガキは⋮⋮分かったら、大人しく俺達の言うこ
とを聞いておけ﹂
 エイケントの舌打ちに、オレはクチを閉じて黙って何度も頷く。
 あらためてアルセドが問いかける。
﹁この魔術道具の使い方を教えろ。ミーシャ、メモを頼む﹂
﹁分かったわ。ちょっと待っててね﹂

288
﹁もし嘘を付いたら⋮⋮分かってるだろうな?﹂
 オレは涙を流し、何度も頷く。
 メモの用意が整うと、AK47とM10の使い方を説明した。
﹁︱︱まぁ、こんなもんだろ﹂
 指の痛みを堪えながら、アルセドの質問に全て答えた。
﹁このAK47とM10は売るとして、こいつはどうする?﹂
 エイケントが手にしていたのは、スノーと交わした婚約腕輪だ。
﹁宝石も付いてないし、魔術液体金属で作ったものでしょ。ガラク
タ品でしかないわよ。捨てたら?﹂
﹁だな﹂
 エイケントが無造作に、婚約腕輪を未だ燃える薪に放り投げる。
︵ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! 殺してやる! 絶
対に生き延びて殺してやる!︶
 オレは腑をマグマより熱く煮え滾らせながら、3人を注視し脳ミ
ソに顔を刻み込む。
﹃絶対に生きて帰って、殺す﹄と誓いながら。

289

﹁タグも壊して、その辺に埋めておかないとな。俺達だと冒険者斡
ルド
旋組合で換金なんてできないし﹂
 アルセドは腰から2本あるナイフの1本を抜き、石の上に置いた
タグをナイフの柄で叩き付け破壊する。
 エイケントが薄ら笑いを浮かべて、踵を上げる。
﹁そんじゃ、奴隷商人に売り払うまで眠っておけ。せいぜい、あっ
ちの変態共の慰みものになるんだな﹂
 奴の踵が鳩尾に叩き込まれる。
 同時にオレは意識を手放した。
 こうしてオレは魔人大陸へ、奴隷として売られてしまった。
                         <第2章 
終>
次回
第3章  幼少期 奴隷落ち編 ﹃くっ、エロ同人と同じことをす
るつもりでしょ!﹄︱開幕︱

290
第19話 罠︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月11日、21時更新予定です。
活動報告を書いたのでよかったら覗いていってください。
291
第20話 魔人大陸︵前書き︶
19話を読んでこれから軍オタが﹃BL展開﹄﹃欝﹄﹃ダークヒー
ロー﹄﹃タイトル詐欺﹄など、流れになるんじゃないかと心配して
くださっている方がいるので、最初に否定させてください。
そんな展開はしませんので安心してください。新ヒロイン&銃器を
出す伏線としての19話だったのですが、逆に余計な心配をかけて
しまいました。なので今回は新ヒロインが登場する3話分を出した
いと思います。 292
第20話 魔人大陸
 この世界に大陸は6つある。
 白狼族などが住む、北大陸。
 妖精種族︵エルフ等︶&人種族が住む妖人大陸。
 獣人種族が住む獣人大陸。
 魔王が未だ存在し、眠っていると言われる魔界大陸。
 竜人種族が住む、竜人大陸。
 最後が魔人種族が住む魔人大陸。
 大まかではあるが、北大陸が時計の12時にあるとしたら、妖人
大陸が10時。
 獣人大陸が8時。
 魔界大陸が6時。
 竜人大陸が4時。

293
 魔人大陸が2時の場所に存在する。
 約1000年前、妖精種族&人種種族&獣人種族連合vs魔人種
族で戦争が起きたこともある。
 戦争の原因は、魔人族への差別や嫌悪感だ。
 魔人大陸の風習は、妖人大陸や獣人大陸などとはかなり違う。
 見た目も二足歩行のトカゲ、4本腕、ケンタウロスなど魔物との
区別が付かない種族も多い。
 魔人種族に対する差別︵特に一部の見かけが奇異に見える種族に
対して︶は当時根強く、その結果、戦争は大規模化し全世界に拡大。
 遺恨は現在でも残っているが、魔人族に対して露骨な差別は少な
くなり、大陸間の関係は安全に貿易をおこなえるほど安定している。
 代表的な貿易品︱︱例えば、﹃魔人大陸↓妖人大陸﹄は金、銀、
銅、鉄、魔石などの鉱物資源。﹃妖人大陸↓魔人大陸﹄は砂糖、小
麦粉などの食品関係だ。
 また魔人大陸の鉱山や炭鉱などで働く奴隷などが、妖人大陸から
輸出されている。
 オレはそんな炭鉱行きの奴隷達と一緒に船底で膝を抱えていた。
 もちろん女性の奴隷もいるが、男女で部屋を分けられている為会
話を交わすことは少ない。
 しかし、まさか自分が奴隷として売られることになるとは夢にも

294
思ってなかった。
 現代兵器の威力に﹃何があっても自分なら大丈夫﹄と過信したし
っぺ返しを喰らってしまったが︱︱一度の失敗で奴隷堕ちはあんま
りだ。
﹁出来ることなら調子に乗っていたあの頃の自分を殴ってやりたい
⋮⋮ッ﹂
 だが、いくら過去を悔やんでも現実は変化しない。
 過去を悔やむのを止めて、船から脱出しようと努力はした。
 しかし脱出する隙がない。
 オレ達を乗せた船は、中央海を横切るように真っ直ぐは進まない。
 獣人族、魔界大陸、竜人大陸などを経由し、その大陸で求められ
る物品を下ろす。さらに空いたスペースに新たに購入した物品を乗
せ次の大陸へと向かう。
 港に着くと荷物の出し入れと船員の休みを入れて、20日ほど停
泊する。
 港に寄る度、脱出しようとしたが、そのチャンスが全く無いのだ。
 首に付けられる魔術防止首輪は健在。
 お陰で肉体強化術で抜け出すのは不可能だし、下手に解錠しよう
とすれば死に至る魔術が施されている。専用の鍵で解錠しないと死
ぬ仕組みなのだ。
 船底の出入り口には常に船員が2名、交替で見張りに付いている。
 例え扉を奴隷達で破ろうと暴れても、船員がキーワードを告げれ

295
ば首輪が締まり、皆窒息し意識を奪われる。
 運良く窒息等の仕組みを無力化しても、首輪をしている限り現在
位置を相手に知られてしまう。
 すぐに引き戻されるのがオチだ。
 海上に出ると、甲板に上がるのを許可されている。
 むしろ健康維持のため、積極的に日に当たるのを推奨された。
 甲板に出て日光浴や雑談をしていても船員から無用な暴力や暴言
は受けない。
 逆に船員と親しくなってタバコや酒などの嗜好品を分けてもらう
場合もある。
 基本的に奴隷に対して扱いが丁寧なのだ。
 傷をつけて値段を下げるマネはしたくないらしい。
 食事は1日2回パンが主食で、おかずに塩漬け肉か漬け物のよう
な野菜類が出る。
 毎日3回食べる生活に慣れていたせいで、最初は辛かった。
 だが、慣れたお陰で苦はすぐに無くなった。
 一番、不便だったのは真水の制限だ。
 魔術師も乗っているため魔術で水を生み出すこともできるが、基
本的に奴隷は1日に洗面器に入るくらいの真水しか回して貰えない。
 この水で喉を潤し、体の汚れを落とすのに使う。
 水欲しさに次の港に付く日を心待ちにする奴隷もいた。
 特に女奴隷たちだ。

296
 奴隷船に揺られて数ヶ月後︱︱海上を進む船の甲板で声をかけら
れる。
 相手はオレをあのDQN3人組から買った奴隷商人だ。
 頭からすっぽりと被る裾の長いシャツ。足は靴ではなく、サンダ
ル。赤いベストを着ている。
 某RPGの商人のような風体だ。
 あの3人組はオレが違法を犯した子供なので捕まえた︱︱と嘘を
付きこの奴隷商人に売り払った。
 値段は彼らの予想通り金貨100枚。
 そのため建前上は正式な奴隷売買で、無理に抜け出せば犯罪者と
して追われる立場になる。
 例え自分があの3人組に騙され、売り払われたと言っても後の祭
り。
 奴隷の言うことなど誰も信じないし、聞かないからだ。
 奴隷商人は1冊の魔人大陸語を学ぶ教本を差し出す。
 英語の教科書のような厚さと大きさだ。
 使い込まれているせいか手垢が付き、擦り切れ、汚れが目立つ。
 奴隷商人曰く、

297
﹁魔人大陸語を覚えた人種族の子供は、高値で売れるから勉強して
おけ﹂
﹁⋮⋮どうして僕が何の得も無いのに、わざわざ値段をつり上げる
努力をしないといけないんですか﹂
﹁得ならあるぞ﹂
﹁旅の間の真水でも増やしてくれるんですか? それとも食事でも
良くしてくれるんですか? 僕としては別にどちらにも興味無いん
ですけど﹂
 オレは態度悪く、語気を刺々しくする。
 奴隷として売り払おうとする相手に愛想を振りまくほど善人では
ない。
 奴隷商人は怒りも笑いもせず、淡々と続ける。
﹁別に無理に覚える必要は無いぞ。そのままでも十分高値で売れる
からな﹂
﹁? それなら、なぜ覚えろなんて言ったんですか?﹂
 奴隷商人の言葉に思わず首を傾げ、聞き返してしまう。
 奴隷商人の話をまとめると︱︱
 オレくらいの年齢の男児は、行き先はほぼ確実に、妖人大陸など
から連れてこられた奴隷炭鉱夫向けの男娼館。将来、大きくなった
ら炭鉱夫へとシフトチェンジするらしい。
 自分を買い戻すまで最短でも10年以上はかかる。
 実際、オレと同じ立場で売られた子供が、奴隷から解放されて戻
った話は一度も聞いたことがない。
 大抵、死ぬ。

298
 事故死か、自殺か、過労死か⋮⋮死に方は様々だが行き着く先は
一緒だ。
 しかし言語を覚えたら、魔人大陸の富裕層、つまりお金持と暇を
持てあましている婦人などの情夫になる可能性が高くなる。
 魔人は人間種と比べて寿命が長い。
 だから、大抵見た目は若く美しい女性が多い。
 三食昼寝付き、床付き。
 将来、大きくなれば奴隷から解放される目処は炭鉱夫よりも高い。
﹁だが覚えたくないなら仕方ない。それじゃ魔人大陸語の教本は必
要ないな﹂
﹁何言ってるんですか、旦那! 頑張って言葉を覚えて高値で売れ
てやりますよ!﹂
 オレは慌てて腰を低く、背を向ける奴隷商人の服を掴む。
﹁︱︱最初から素直にそう言えばよかったんだよ。ほれ、教本だ。
大切に使えよ﹂
 奴隷商人は溜息をつき教本を差し出してくる。
 オレはそれを両手で受け取った。
﹁基本が終わったら声をかけてくれ。魔人大陸語が話せる船員に、
会話の練習をしてもらえるよう頼んでやるから﹂
﹁はい! ありがとうございます! 精一杯努力して喋れるよう頑
張ります!﹂

299
 その日以来、オレは必死に努力して魔人大陸言語を覚え始めた。
 絶対に男娼館などに行きたくなどなかったからだ。
 前世では英語は苦手科目で、成績はあまり良くなかった。
 しかし人間、追い詰められ、必要に迫られると覚えるらしい。
 まるで水を得た魚のようにするすると覚えていった。
 奴隷商人から教本を渡されて約半年後、基礎を終える。
 その後はひたすら魔人大陸言語を話す訓練を積んだ。
 お陰で書くのはまだ苦手だが、日常会話程度なら問題なくこなせ
るようになる。
 そして、海運都市グレイから出発して約1年たち。
 オレは、妖人大陸から魔人大陸へと連れてこられたのだった。
300
第20話 魔人大陸︵後書き︶
今回は連続3話︵20、21 22話︶更新です。
301
第21話 ラーノ奴隷館
 リュート、11歳。
 オレたちは約1年ぶりに船から降ろされた。
 首には魔術防止首輪、手足は鎖で繋がれている。
 時間は夜。
 空は分厚い雲で覆われていた。
 今にも雨が降り出しそうな天気だが、港で作業をしている人々は
雨具を準備する素振りを見せず、作業を行っていた。
 港の倉庫の向こうに見える街には、沢山の明かりが灯っているの
が見える。

302
﹁順番に馬車に乗れ。先に男が乗れ。女は後から来る馬車に乗るよ
うに﹂
 体格のいい角馬4頭に引かれて、格子つきの鉄箱馬車が目の前に
到着する。
 大地に立った感慨をゆっくり味わう暇もなく、格子付きの馬車へ
と移動させられる。
 オレたちは逆らわず指示に従い20人ずつ乗り込む。
 扉は外から閉められ、中からは開けられない仕組みになっている。
 剥き出しの地面の割りにあまり馬車は揺れず、進んでいく。
 格子窓から覗くと向かう先は港街のようだ。
 そして馬車に乗って1時間ほど運ばれる。
﹁⋮⋮着いたみたいだな﹂
 馬車が5階建ての建物の裏手に回る。
 建物には看板が掲げられていて、魔人大陸語で﹃ラーノ奴隷館﹄
と書かれていた。
 馬車が止まると、外から扉を開ける音が聞こえてきた。
 扉が開くと10人以上の男たちが出迎える。
 皆、革鎧に袖を通し、手には剣、槍などを装備していた。
 それ以上に印象的なのは、全員が魔人種族だということだ。
 2本足で立つトカゲのリザード族、1目のワンアイ族、腕が羽の
鳥人族など︱︱一見、魔物と間違えそうな男たちが並んでいた。

303
 恐らく彼らは﹃ラーノ奴隷館﹄の雇われ兵なのだろう。
 私兵たちが両脇に並んで作り出した道の先には、地下に降りる階
段が存在した。
﹁馬車を降りたら、このまま真っ直ぐ階段を降りて地下へ行け﹂
 道を作る私兵の中にいる、スキンヘッドで額に捻れた角を持つ男
が口を開く。
 彼がこの私兵たちをまとめるリーダーなのだろう。
 オレを含めた奴隷たちは、誰1人逆らわずに地下へ向かう階段を
降りて行く。
 後ろから新たな馬車が到着する音が聞こえてくる。そして、新た
な足音が地下へと降りて行く。
 地下は簡素な作りだが、思ったより広く、素足で歩くとひんやり
と冷たい。
 天井には等間隔でランプが吊されている。
 しかし炎の光ではない。
 どうやら魔術で光らせているようだ。
 オレたちが初めに案内された場所は風呂場だった。
 私兵のリーダーらしき角男がオレたちに追いつき、風呂の説明を
する。
﹁それじゃまずここで旅の垢を落としてくれ﹂

304
 脱衣所は18畳ほど。
 風呂場は教室2つ分ほどの広さで、風呂桶サイズの長箱にたっぷ
りとお湯が張ってある。
 それが3つ準備されていた。
﹁ここで服を脱げ。タオルと石鹸を渡すから体と頭を洗うように。
湯は好きなだけ使え。足りなくなったら追加するから、声をかけろ。
ただし、貴族様みたいに中に入ったりするなよ。あくまであれは皆
が体を洗うための湯なんだからな﹂
 オレ達は指示通り、タオルと石鹸、桶を受け取り風呂場へと入る。
 自分を含めて約40人が垢を落とす。
 約1年ぶりに熱い湯を頭から浴びる。
 湯船に入れないのは残念だが、浴びるだけでも気持ちが良い。
 再度、桶で湯を汲みタオルを浸す。
 用意された石鹸をタオルで泡立て、長旅で溜まった垢を落として
いく。
 この世界では石鹸は貴重品のはずだ。
 なのに奴隷館側は惜しげもなく使わせてくれる。
 風呂から上がると、服まで新しくなっていた。
 タオルを絞り体と頭を拭き、服を手に取る。
 新品ではないが清潔に洗われたシャツとズボンだ。
﹁風呂からあがった奴から食堂に行け。場所は風呂場から出て、奥
へ行った突き当たりだ﹂
 素足のままペタペタと指示通り奥に進む。

305
 突き当たりに大部屋︱︱食堂があった。
 教室4つ分程の広さがある。
 木で出来た粗い作りの長テーブルには、湯気が昇る豆がふんだん
に入ったスープ、厚切りの肉、野菜炒めなど、簡単だが美味しそう
な料理が置かれていた。
 カウンターの奥から、おばちゃんが片言の妖人大陸語で声をかけ
くる。
﹁豆スープ! オ代ワリ自由! 好キナダケ食ベル!﹂
 奴隷達が驚きに声をあげたのは言うまでもない。
 長椅子に座り、皆久しぶりの豪華な食事を堪能した。
 食事が終わると、食堂を出て右折。
 奥に進むと大部屋がある。
 そこには布団が敷いてあった。
 どうやら大部屋に雑魚寝らしい。
 だが体を横たえると、布団からは日光の匂いがした。
 腹は久しぶりに満腹。
 太陽の匂いがする布団に包まれ目蓋を閉じれば、旅の疲れも合わ
さってすぐに眠りに落ちてしまう。
 後日、食堂のおばちゃんから聞いた話だが︵もちろん魔人大陸語
でだ︶︱︱大抵、奴隷として売られてきた人達は、自分の今後に絶

306
望している。
 特に、妖人大陸から反対側の魔人大陸まで、長い航海で運ばれて
きた人達の絶望感は深い。
 なので運ばれてきた当日は湯を沸かし、満足するまで食事を摂ら
せ、布団で眠らせる。
 そうすると大抵の人達が、心を落ち着かせる。
 港に着いた奴隷達に対して手厚いもてなしをするようになってか
ら、悲観して自殺したり逃亡を目論み暴れる者達は激減したらしい。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、朝食は昨日の晩と同じ食堂で済ませた。
 豆がふんだんに入ったスープ、豆サラダ。
 なんで豆尽くし⋮⋮?
 昼頃になると、オレ以外の男たちが角男に呼ばれて、ぞろぞろと
地下を出て行く。
 彼らは鉱山夫として魔人大陸奥にある鉱山に売られるのが決定し
ている。だから、翌日すぐという早さで連れて行かれたのだ。
 一人頭、金貨20∼50枚が相場らしい。
 オレは人種族の子供で、魔人大陸語が日常会話程度なら話せる。
 魔術も簡単だが使えるとあって、高値で買い取ってくれる上流階
級に連絡を取っているらしい。

307
 だいたい金貨200∼300枚が相場。これで女の子だったら、
もっと高値がついた︱︱と、私兵リーダーの角男が説明してくれた。
 鉱山夫たちの約10倍!
 液体魔術金属が大樽ひとつ分が約金貨100枚だから、確かにか
なりの額の買い物だ。
 奴隷の他に、船は他大陸に寄り様々な品物を積み運ぶ。
 妖人大陸に戻る時は魔人大陸の奴隷を買い、鉱物などを積んで他
大陸へ持ち込む。
 途中で船が沈没して財産を失うリスクはあるが、リターンが圧倒
的に大きい商売だ。もちろん利権でガチガチになっていて、新規参
入は難しいらしいが。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁リュート、オマエの買い手がついたぞ﹂
﹁⋮⋮マジですか﹂
 ラーノ奴隷館で暮らし始めて5日目の夜。
 食堂で夕食を摂っていると、反対側の席に座った私兵リーダーの
角男⋮⋮オブコフが何気ない調子で話しかけてきた。
 彼は妖人大陸語が流暢に話せ、腕も立つためラーノ奴隷館の私兵
のリーダーを務めているらしい。

308
 鉱山送りの男達が居なくなって警備の警戒度が下がり暇になった
のか、角男は魔人大陸語で話しかけてくるようになった。勉強の甲
斐あって、日常会話程度なら問題なくこなせる。角男の名前は会話
のついでに聞いた。
 オブコフは豆スープを口にしながら話を続ける。
﹁明日、迎えに来るらしい﹂
﹁あの⋮⋮どんな人か聞いてませんか? 性別とか﹂
﹁すまん、言い方が悪かった。買い手候補の目処が付いたらしい。
だから、詳細までは知らないんだ﹂
 口に含んだスープの豆をよく噛まず飲み込んでしまう。
 オブコフはそれ以上何も喋らず、食事に取りかかった。
 候補とはいえついに買い手が付いたのか⋮⋮。
 もし買い手が少年好きの変態男だったら、自殺ものだ。
︵︱︱いや、例え変態男に買われても、男娼行きになったとしても、
絶対に諦めず生きてスノーがいる妖人大陸に戻ってやる!︶
 絶対になにがなんでもだ!
 ⋮⋮だがどうせ買われるなら男より、美人の女性がいい!
 前世では死ぬまで童貞のままだった。
 生まれ変わった11歳の年月を入れれば体感として30歳過ぎ。
初めての経験が男性で、後ろの穴なんて最悪過ぎる!

309
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、午前中︱︱オレはオブコフと私兵の1人に前後挟まれ、地
下から最上階へと上がっていた。
 オレの手には手錠が付けられている。
 両足は1mの鎖で繋がれているため素早く動くことはできない。
 首には相変わらず魔術防止首輪が付けられている。
 魔力を使わず子供の体で逃げ出すのは不可能だ。
 ラーノ奴隷館、5階。
 豪華な部屋に通された。
 恐らく接客用の部屋なのだろう。
 革張りのソファー、蟲甲で作られたテーブル、重厚なデスク。
 窓は無く、代わりに観葉植物が置かれ、風景を描いた絵画が壁に
かけられている。
 他にも品の良い備品が計算されて配置されている。
 部屋に居た見覚えの無い二足歩行するカエルの魔人種族が、デス
クの革椅子から立ち上がり握手を求めてくる。
 生意気にも高そうな衣服に袖を通し、貴金属を身に付けている。
﹁ここまで大変だったろう。カエール族のラーノ奴隷館支配人ラー
ノ・メルメルだ。よろしくリュート﹂

310
﹁ど、どうも﹂
 手を握り返すと、意外にも濡れておらず渇いていた。
 名前から分かるとおり、このカエルがラーノ奴隷館のトップらし
い。
﹁そう固くならくても大丈夫だよ。ワタシは人種族の子供を食べた
りなどしないからね﹂
 ラーノはオレの表情を見て、おかしそうに両頬の袋を膨らませる。
 どうやら容姿のせいで魔物と間違われ、人種族の子供に何度も怯
えられているようだ。
 ラーノはオレにソファーへ座るようすすめる。
かおりちゃ
﹁何か飲み物でも飲むかい? 今は香茶ぐらいしか無いのだが、や
はり子供には果実水の方がいいかな?﹂
﹁いえ、お気になさらず﹂
﹁そうかい? ならリュートを買ってくださるかもしれないお客様
をお連れするから、座って待ってなさい。オブコフ達は部屋の外へ
出て、扉の前で待つように﹂
﹁﹁はっ!﹂﹂
 ラーノの後にオブコフ達が付いて外へ出て行く。
 部屋にはオレだけが残された。
 改めて部屋を見回す。
 窓は無し。
 唯一の出入り口である扉の前にはオブコフ達が控えている。

311
 武器になりそうな物は、机に刺さっている羽ペン。花瓶を割って
その破片をナイフ代わりにする手もあるが、その程度の武器でここ
を抜け出すのは無理ゲーだ。
︵焦るな。抜け出すチャンスは、いつか絶対に回ってくる!︶
 奴隷館にいる間は、警備が厳重過ぎて抜け出すチャンスは無いだ
ろう。だが、買われた先にはあるかもしれない。
 ここで無理をして買い手に警戒心を与えるより、従順な態度を取
り隙を窺うのが賢明だ。
 今オレに出来ることは、買い手候補が女性であるよう念じるぐら
いだ。
 ソファーに座ったまま、膝に肘を付け手を組む。
 額を組んだ手に押し付け、オレは念仏のように小さく唱え続けた。
﹁神様、仏様、天神様! オレの買い手がどうか女性でありますよ
うに、オレの買い手がどうか女性でありますように、オレの買い手
がどうか女性でありますように、オレの買い手がどうか女性であり
ますように、オレの買い手がどうか女性でありますように︱︱ッ﹂
 前世を含めて、今まで生きてきて一番懸命に願い続けていると、
扉をノックする音が響く。
 最初に入ってきたのはカエール族のラーノだった。
 彼の後から、オレの買い手候補が入ってくる。
 ラーノがどこか自慢げにオレを紹介する。
﹁こちらがリュートです。どうです、珍しいでしょう。黒髪、黒目
の人種族の子供なんて。しかも日常会話だけですが、魔人大陸語も

312
話せます。これほど素晴らしい人種族の子供なんて滅多に入りませ
んよ﹂
﹁はっはっはっ! 確かにこれは珍しい! こんにちはリュート君
! 素敵な名前だね!﹂
 彼の後に入ってきたのは︱︱男だった。
 しかもただの男ではない。
 高級そうな衣服を身にまとっているが、背丈がやたらと高い。2
メートル半はある。
 しかも筋肉がボディービルダーのように発達していて、肌も黒い。
 今にも服が弾け飛びそうなほどパンパンだ。
 髭を生やし、唇はタラコのように分厚い。眉毛も濃く、金髪の髪
はオールバックに固めている。
 この目の前に立つ筋肉お化け紳士が、オレの買い手候補らしい。
 脳内で椿の花がぽとりと落ちる映像が永遠にループし続けた。
313
第21話 ラーノ奴隷館︵後書き︶
今回は連続3話︵20、21 22話︶更新です。
314
第22話 勘違い︵前書き︶
今回は連続3話︵20、21 22話︶更新です。
315
第22話 勘違い
 リュート、11歳。
 どうも、堀田葉太︻ほった ようた︼こと、リュートです。
 調子に乗って1人で冒険者をやっていたら、騙されて奴隷として
売られてしまいました。テヘ☆
 そして今、オレの買い取り候補の男性が目の前に居ます。
 しかもただの男性ではありません。
 妖人大陸で目にする高貴な人物が着る衣服を身にまとっているが、
背丈が尋常無く高いです。2メートル半はあります。
 しかも筋肉がボディービルダーのように発達していて、肌も黒。

316
 今にも服が弾け飛びそうなほどパンパンで髭を生やし、唇はタラ
コのように分厚く、眉毛も濃く、金髪の髪はオールバックに固めて
います。
 この筋肉お化け紳士がオレの買い手候補らしいです。
 お尻がキュッと締まります。
 ああ、オレの貞操やいかに!?
︵⋮⋮って! 現実逃避している場合じゃない! それにまだ相手
は買い取り﹃候補﹄だ! 断られる可能性は十分ある!︶
 オレは﹃断れ、断れ﹄と念じながら、ラーノ奴隷館支配人ラーノ
と筋肉だるま紳士の会話を眺める。
﹁長い船旅で痩せて細いですが、健康には一切問題ありません﹂
﹁確かに健康そうな肌つやだ。病気の心配も無さそうだな!﹂
﹁もちろんです。当社で扱っている品物はいつだって最高品を心が
けておりますから。年齢は11歳。性別は︱︱﹂
﹁よし、買ったぞ! 金貨350枚だったな!﹂
︵決断、早!︶
 しかも値段は相場より金貨50枚も高い。
 ラーノとしては最初ふっかけて、適当な所で値引きして売りつけ
ようとしていたのだろう。

317
 だが彼も即断即決は誤算だったらしく、上擦った声をあげる。
﹁あ、あのまだ説明が途中なのですが﹂
﹁はははははは! 貴殿が薦めるのなら問題あるまい! 金はこの
袋から持って行くがいい﹂
 筋肉だるま紳士は豪快に笑い、金貨がパンパンに詰まった革袋を
ラーノに手渡す。
﹁あ、ありがとうございます伯爵様。それでは契約書をご用意致し
ますので、ご確認ください。問題が無いようでしたら、最後にサイ
ンをお願いします﹂
﹁うむ!﹂
 筋肉だるま紳士は契約書を受け取ると、オレとは反対側のソファ
ーに座り契約書に目を通す。
 その間にラーノは預かった袋から金貨350枚を取る。
 筋肉だるま紳士は契約書を読み終え、最後に自身のサインを書き
込む。
 ラーノは契約書を確認すると、深々と頭を下げた。
﹁お買い上げありがとうございます、伯爵様﹂
﹁我輩こそ、良い買い物をさせてもらった! また良い奴隷が入っ
たら知らせてくれたまえ!﹂
﹁はい、その時は一番初めに伯爵様にお知らせいたします﹂
 筋肉だるま紳士はラーノとの握手を終えると、今度はオレへと手
を差し出す。

318
﹁これからよろしく頼むぞ、リュート! 我輩はダン・ゲート・ブ
ラッド伯爵! 誉れ高き闇の支配者、ヴァンパイア族である!﹂
﹁よ、よろしくお願いします。伯爵⋮⋮人種族のリュートです﹂
﹁そう緊張せずともいいぞ! ははははっはは!﹂
﹁は、ははは⋮⋮﹂
 手が潰れると錯覚するほど強い力で手を握られる。
 それが彼にとっては普通の力らしく、ラーノの手も赤かった。
﹁では、仮の主従契約を交わします﹂
 ラーノは長方形の押し判子のようなものを机から取り出す。
 オレの右肩にそれを押し付ける。
﹁っつっッ!?﹂
 無数の針で刺されたような感触。
 判子が離れると肩に入れ墨に似た魔法陣ができあがる。
﹁これで仮の主従契約が完了いたしました。5日以内に本契約を交
わさなければ、契約は反故にされ権利は我々の元に戻ってしまいま
す。その際、返金は一切応じませんのでお気を付けてください。控
えの奴隷契約書と本契約用の呪印は、リュートと一緒に送らせて頂
きます﹂
﹁ではよろしく頼む。我輩は先に戻るゆえ、準備を終え次第送って
くるがいい!﹂
﹁畏まりました。伯爵には今回大変お世話になりましたので、サー
ビス品を付けさせて頂きます。お屋敷で存分にお楽しみくださいま

319
せ﹂
﹁ははははっははは! 楽しみにしておるぞ! ではリュート! 
また我輩の屋敷で!﹂
 笑い声と共に伯爵は退出する。
 いっきに部屋の圧迫密度が激減する。
 オレは右肩をさすりながら、ラーノに尋ねる。
﹁あ、あのなんですか仮契約って?﹂
﹁仮期間を設けることで、﹃買った後すぐに死んでしまった!﹄﹃
騙された!﹄という非難を防ぐのだよ。たまに健康面や寿命を誤魔
化して売る奴隷商人がいるからね。でも大抵はその日のうちに本契
約の呪印を押してもらえるから、心配しなくても大丈夫だよ﹂
 保証期間、クーリングオフ的なものか。
﹁これが伯爵用のサービス品兼リュートへわたしからの餞別だ。今
晩の本契約を交わす時にでも着るといい。少しでも心証が良い方が
大事にされるからね﹂
 紙袋を渡される。
 中を確認すると︱︱黒いTバックにガーターベルト、ブラが入っ
ていた。
 やっぱりそういう用途で買われたんだよな⋮⋮。
 絶望に顔を青くしながら、ラーノへ一応礼を告げる。
﹁⋮⋮ありがとうございます﹂

320
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 一度地下に戻る。
 風呂に入り、新しい洗いたての衣服に着替える。
 食堂に連れて行かれると食事が用意されていた。
 伯爵の屋敷まで馬車移動で半日かかるため、先に昼を済ませるよ
う勧められる。
 もちろん絶望で食欲など湧くはずが無い。
 いつもそこそこ美味しい豆スープも今は泥水を飲んでいるようだ
った。
 オレは食堂のおばちゃんたちなどに別れを告げ、階段を上がる。
 地下入り口前にはすでに馬車が用意されており、オレを5階の応
接間まで案内したオブコフと私兵の1人が待機していた。
﹁馬車に乗る前に手と足を出してくれ﹂
 オブコフは鍵束を取り出し、手足の枷を外してくれる。
 ここがチャンスかと思ったが、魔術防止首輪までは取ってくれな
かった。
 もう1人が両肩を掴み押さえているため、力ずくで逃げ出すのも
不可能。オレは大人しく彼らに従う。
 馬車はもちろん鉄格子付きの鋼鉄製。4人乗りの小型のものだっ
た。
 外から鍵がかけられ、内側から開くことは出来ない。

321
 オブコフたちは御者台に座り、2頭の角馬に鞭を入れる。
 オレを乗せた馬車はゆっくりと動き出す。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 昼前に出発して半日ほど揺られて、伯爵の城へと辿り着く。
 城は石造りで、高さもあるが横にも広い。城壁も見上げるほど高
く、ツタが生え絡み年月を感じさせる。お姫様が囚われていそうな
尖塔まで建っていた。
 如何にもヴァンパイアが住んでいそうな城だ。
 城門をくぐり、長い庭園を通り抜ける。
 道の真ん中には大きな噴水があり、計算された配置で綺麗な飛沫
があがっている。
 馬車は噴水をぐるりと周り突き進む。
 馬車が正面玄関につくと、降ろされた。
 玄関には2つの人影がある。
 1人は燕尾服を着た老人だ。
 背丈は低く、子供の自分と同じぐらい。白髪でくるりと曲がった
角が2本生えており、ズボンから出ている爪先がヤギや羊のような
爪をしている。

322
 その隣に、2m近い屈強な獣人種族が立っている。
 見た目は狼が二足歩行している感じだ。
 片耳が千切れており、毛深いが無駄な肉を削ぎ落とした鍛え抜か
れた体躯をしている。目つきが悪く、人相は極悪人。体と顔には、
隠しきれないほど傷が多数ついている。
 オブコフがオレを馬車から降ろす。
﹁ラーノ奴隷館から、ダン・ゲート・ブラッド伯爵様がお買い上げ
になられた奴隷、人種族のリュートを連れて参りました。こちらが
控えの書類と本契約用の呪印となります。ご確認を﹂
﹁お待ちしておりました。では、失礼して︱︱問題ありません。引
き渡しご苦労様ですメェー﹂
 燕尾服の老人が、書類を確認し礼を告げる。
 オブコフ達も頭をさげ、馬車へ乗り込むと来た道を戻って行く。
 1人残されたオレは気まずそうに2人を見つめる。
 先に口を開いたのは、老人だった。
﹁初めましてリュート。わたくし、ブラッド家に務める執事長の魔
人種族、羊人族のメリーと申します。何か分からないことがあった
ら、気軽に声をかけてくださいメェー﹂
﹁よ、よろしくお願いします﹂
 差し出された手を握り返す。
 羊だから名前がメリーで、語尾が﹃メェー﹄って⋮⋮安直すぎる
だろう。
﹁彼はこの城の警備を担当する警備長、獣人種族、狼族のギギ。元

323
奴隷だったので、色々困ったことがあったら気軽に相談するといい
ですメェー﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁よ、よろしくお願いします﹂
 オレが頭を下げるとギギは鼻を2、3度動かし黙ってこくりと頭
を下げた。
 見た目はほぼ二足歩行の狼なので黙っているだけで迫力がある。
 こえぇぇぇぇッ!
 気軽に相談なんて出来ねぇぇぇぇぇぇよ!
﹁早速ですが、旦那様、奥様ともどもお待ちかねです。準備に取り
かかってもらいますメェー﹂
 付いてきてください、と言われて城の中へと入る。
 メリーとギギに挟まれる形で、素足のままペタペタと城内を歩い
た。
﹁ところで先程から気になっていたのですが、その手にお持ちにな
っているのはなんでしょうかメェー?﹂
﹁旦那様に気に入られるようにと、奴隷商人さんから下着を渡され
たんです。黒いすけすけのかなりエッチなのを。ははは⋮⋮﹂
 メリーが話を聞くと足を止め振り返る。
﹁はて、どうして旦那様に気に入られるのに、黒い下着が必要なの
でしょうか? 旦那様からお話は聞いておられないのですかメェー
?﹂
﹁話ですか?﹂

324
﹁⋮⋮その様子では一切、お話をお聞きになられていないようので
すメェー﹂
﹁す、すみません﹂
﹁いえいえ。旦那様は見た目通り細かいことにあまり拘らない方な
ので、きっと説明を省かれたのでしょう。第一、旦那様には奥様が
いらっしゃいます。だから、リュートは変な心配をしないようにメ
ェー﹂
 よ、よかったぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁ!
 どうやらオレは、あの筋肉だるま紳士の慰みのために買われたわ
けではなかったらしい。
 メリーの話を聞いて、一気に緊張がほぐれる。
 良かった! 本当に良かった!
 だが⋮⋮それでは、オレは何の為に金貨350枚などという大金
で買われたんだ?
 好奇心に駆られてメリーに尋ねる。
﹁あの、だったら自分はどうして買われたのでしょうか?﹂
﹁10歳の誕生日を迎えるお嬢様の世話係兼血袋として買われたの
ですメェー﹂
﹁ち、血袋!?﹂
 天国から地獄に堕とされたように再びオレは顔色を悪くする。
 血袋って、どう考えても食料ってことだよな?
 ヴァンパイアの食料︱︱脳裏に前世の子供時代、日曜洋画劇場で
観たヴァンパイア映画を思い出す。

325
 メリーは脳内でスプラッタを想像するオレの勘違いを否定する。
﹁安心しなさい。リュートが今考えているような、悲惨な目に合い
ませんからメェー﹂
 そしてメリーはヴァンパイア族について説明してくれた。
﹁ヴァンパイア族は10歳の誕生日に、血を嗜むという風習がある
のです。資産のある裕福な者は、自身の世話係兼血袋用の使用人を
雇うのが一種のステータスになっているのです。ですがヴァンパイ
アにとって血は、香茶や黒茶などと一緒で嗜好品なのです。少量の
血を飲まれるだけで、死ぬまで吸われるということはないので安心
するといいのですメェー﹂
 再度、胸を撫で下ろす。
 少量程度なら問題ない。
 説明が終わると、ちょうどメリーが部屋の前で立ち止まる。
﹁では、中に服が用意されているので、着替え終わったら声をかけ
てください。旦那様と奥様にまずご挨拶をして、その後旦那様方と
ご一緒にお嬢様のところへ向かいます。なのでなるべく急いで着替
えてくださいメェー﹂
﹁わかりました﹂
 部屋に入る。
 そこは6畳1間の個室だった。
 簡素なベッド、机、椅子、必要最低限の家具が揃っている。
 ベッドの上にはなぜかメイド服が畳まれ置かれていた。

326
﹁なんで男のオレにメイド服なんて⋮⋮﹂
 メリーはお嬢様のお世話係兼血袋としてオレが買われたと言って
いた。
 相手は女性。男性が側にいるとリラックス出来ないから、メイド
服を着せるのか?
 だったら初めから女性を買えばいいはずだ。
 もしくはお嬢様は男の子にメイド服を着せるのが趣味なのかもし
れない⋮⋮。
 だとしたら10歳にしてなんという趣味の持ち主なのだろう。
 だが、男娼として男性の相手をさせられるより女装するほうが百
億倍マシだ。
 オレは手早く、クラシックなメイド服に袖を通していく。
 着替え終わり、廊下に出るとメリーとギギがずっと待っていた。
 彼らに案内されて、伯爵と奥様が待つ部屋と通される。
 奴隷館で会ったダン伯爵は部屋でゆったりとしたソファーに座り、
ハムスターのような耳をしたメイドが煎れた香茶を飲んでいた。
 彼の隣に座る見目麗しい女性が奥様だろう。
 金髪を腰まで伸ばし、高そうなドレスに袖を通している。胸の谷
間は吸い込まれそうなほど豊かで、腰は内臓が入っているのかと心
配になるほど細い。
 容姿も美しく、10歳の子供がいるとは到底思えなかった。
 前世のハリウッド女優でも、彼女ほど美しくスタイルのいい人は
いないだろう。

327
 伯爵はこちらに気付くと、笑顔で勢いよく立ち上がる。
﹁ははははは! よく似合ってるぞ、リュート! どうだい、セラ
ス! 我輩の眼は確かだろ!﹂
﹁ええ、さすが貴方だわ。こんな可愛らしい子を買ってくるなんて
!﹂
﹁ふわぁ! ちょっ、あの⋮⋮!﹂
 奥様はまっすぐオレの元へ歩み寄ると、迷わず谷間へ抱き締める。
 奥様の背丈が高いのと、オレがまだ子供のため顔が巨乳の谷間に
埋もれる。
 おおおおおぉおぉ! おっぱい柔らけぇええぇぇ!
 しかも、スノーとは違う甘い匂いがする。
 自然と腰が引けてしまった。
 男の生理現象を何と勘違いしたのか、奥様が手を離し胸の谷間か
ら解放する。
 もう少し、あの爆乳に顔を埋めていたかった。
﹁あら、ごめんなさい、わたくしったらあまりに可愛くてつい力を
入れすぎてしまったわ。初めまして、リュート。わたくしは魔人種
族、ヴァンパイア族のセラス・ゲート・ブラットよ﹂
﹁初めましてセラス奥様。人種族のリュートです﹂
 奥様と改めて握手を交わす。
 伯爵が豪快に笑いながら、話しかけてくる。
﹁ははははははは! リュート、メイド服がとてもよく似合ってい

328
るぞ! だが窮屈だったり、大きすぎたりはしてないか?﹂
﹁はい、ちょうどいい大きさです﹂
﹁そうかそうか!﹂
﹁でも、どうしておと︱︱﹂
﹁ははははははっはは! では、早速、我輩たちの娘に会ってもら
おうか!﹂
 伯爵の笑い声がオレのセリフを遮る。
 ダン伯爵は笑いながら1人でさっさと歩き出す。
 執事長のメリーは何時のまにか入り口側に立って、扉を開けてい
た。
﹁そうね、早くあの子にリュートを紹介しましょう﹂
 奥様も、嬉しそうにオレの手を握り部屋を出る。
 奥様の手は柔らかく、温かかった。
 向かった先は2階。
 大きな観音開きの扉の前に伯爵、奥様、オレ、メリー、ギギ、香
茶を煎れていたメイドの順番で並ぶ。
﹁入るぞ、クリス!﹂
 伯爵は声をかけるが、ノックはせず扉を開く。
 部屋には分厚いカーテンがかかっており、夜空の星光を拒絶して
いた。

329
 唯一の光源は天蓋ベッドの枕元にあるランプのみ。
 伯爵と奥様の1人娘はベッドの上に座り、オレ達を見つめていた。
 小さな背丈。
 黄金色の髪は白いシーツに広がっている。
 長い睫毛、大きな瞳は小動物のように怯え、濡れている。
 肌は白く、大理石のようにツルツルだが、病人的不健康さはまっ
たくない。
 赤い唇から微かに覗く犬歯は、人種族の同世代よりは少しだけ長
い気がする。
 だが、それ以外はヴァンパイアというより、地上に舞い降りた天
使が部屋で怯えているといったほうが正しい。
 オレのご主人様になる娘は、庇護欲を異常に掻き立てられる、か
弱い美少女だった。
﹁はっははははっはは! 誕生日おめでとうクリス! この子がパ
パとママからの誕生日プレゼント⋮⋮血袋のリュートだ!﹂
 奥様に優しく背を押され、挨拶をする。
﹁初めましてお嬢様。今後、お嬢様の血袋兼お世話係を務めます人
種族のリュートです。よろしくお願いします﹂
﹁どう、とっても可愛らしくて、良い子でしょ? クリスもきっと
すぐに気に入るわよ﹂
 奥様もニコニコ笑顔で娘に話しかける。
 クリスと呼ばれた少女は、手元にあった小さな黒板を掴む。指を
走らせ、文字を書く。
 そしてミニ黒板を皆へと向けた。

330
﹃誕生日プレゼントありがとうございます、お父様、お母様。でも
︱︱﹄
 文字を消し、再び指を走らせる。
﹃どうして、男の子に、メイド服を着せているのですか?﹄
 伯爵たちの視線が一斉にオレへと集中する。
﹃⋮⋮男の子は怖いです﹄
 クリスお嬢様はミニ黒板に最後の文字を残すと、羽布団を手にベ
ッドを降り陰に隠れてしまった。
331
第22話 勘違い︵後書き︶
今回は連続3話︵20、21 22話︶更新です。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月12日、21時更新予定です。
332
現時点での主要人物紹介2
■クリス・ゲート・ブラッド
リュートの主。引きこもりのお嬢様。
金髪ロリ︵10歳︶でとても可愛らしい。
魔人種族。ヴァンパイア族。
ダン、セラスの1人娘。
背丈は低く、金髪で長髪。幼児体型。
性格は大人しい、人見知り。
イジメを苦に引き籠もりになる。
魔術師の才能はリュートレベル。
■ダン・ゲート・ブラッド

333
クリスの父で、伯爵。
魔人種族。ヴァンパイア族。三男坊。
リュートを金貨350枚で買い取った主。
背丈は2メートル半以上、筋肉お化け。
性格は豪快で、細かいことを気にしない。
魔術師A級
■セラス・ゲート・ブラッド
ダン伯爵の妻で、クリスの母。
魔人種族。ヴァンパイア族。
胸が大きく、背丈も高いモデル体型。
性格も夫に負けず劣らず豪快。
元海賊狩り女船長。
魔術師Bプラス級。
■メリー
魔人種族。羊人族。
上半身は老人、下半身は羊の老執事。執事長。
語尾に﹃メェー﹄と付くのが特徴。
■ギギ

334
獣人種族、狼族。
元奴隷で、リュートと同じでダンに買われる。
10年前、自分を買い戻し現在はブラッド家の警備長を務める。
魔術師Bプラス級。
■メルセ
獣人種族、ハム族。
ハムスターのような耳が特徴。
クリスの世話をメインでするメイド。
ブラッド家のメイド長を務める。
第23話 採用条件
 ダン伯爵の娘、クリス・ゲート・ブラッドは引きこもりである。
 両親共々、魔術師Bプラス級以上の魔力の持ち主。
 しかし、彼女に魔術師としての才能はなかった。
 7歳になると、家に余裕がある魔人大陸の子供たちは学校に通い
始める。そこで読み書き、計算、歴史などを学ぶ。
 10歳になると才能がある者は魔術師学校へ。
 無いものは一般教養を学ぶ学校へと進学する。
 イジメが始まったのは、クリスお嬢様が9歳の時だ。
 9歳になると事前準備として、魔術師学校へ進学する者とそうで

335
ない者とにクラスが分かれる。
 クリスお嬢様は仲の良かった幼なじみ3人とクラスが別になった。
彼女だけ一般教養クラス行きになったのだ。
 そして3ヶ月後︱︱彼女はイジメを苦に登校拒否になってしまっ
た。
 イジメは⋮⋮両親共々才能のある魔術師にも関わらず、クリスお
嬢様にその才能が引き継がれなかったことが原因だった。
 そして幼なじみ達には才能があったため、クラスも引き離され1
人孤立してしまった。
 彼女がイジメられる環境が整ってしまったのだ。
 以後、クリスお嬢様は外や光を怖がるようになり、10歳になる
現在まで自室から1歩も出ず生活しているらしい。
 バス、トイレ、キッチンも自室に備え付けられている。わざわざ
後から工事を行ったらしい。
 旦那様、奥様の甘さに頭が痛くなる。
 お嬢様がつらいのは分かる。だがどうして外へ出る努力をさせず、
より引きこもる生活環境を整えてしまうのか⋮⋮
 だが本人たちも決して、クリスお嬢様が引き籠もっている現状を
良しとはしなかった。
 その努力の1つとして、オレを血袋兼世話係のために買ったらし
い。
 魔人大陸では妖人大陸と違って15歳までは毎年誕生日を祝う風
習がある。

336
 15歳が成人とされているためだ。
 高校を卒業するとクリスマスプレゼントを貰えないのに似ている。
 そして10歳の誕生日に、クリスお嬢様専用の血袋をプレゼント
することで立ち直る切っ掛けになればと考え、奴隷商人に問い合わ
せたらオレを薦められた。
 旦那様は一目で気に入り、値段交渉もせず買ってしまった︱︱オ
レを女の子と勘違いしたままで。
 確かに約1年の船旅で髪は顎まで伸び、ほぼ船室にいたので肌は
真っ白。筋肉は衰え腕は少女のように華奢になっていた。
 顔立ちもどちらかと言えば幼く、女の子っぽい。
 あの状況であれば、何も言われなければ少女だと勘違いするのも
仕方がないかもしれない。
 旦那様、奥様、オレ、メリー、ギギ、メイド達はクリスお嬢様の
かおりちゃ
自室を後にして、香茶を飲んでいた部屋へと戻ってくる。
﹁はははははは! 見た目が可愛らしいから、てっきり女の子と思
っていたのだが! これは一本取られたぞ! はははははっはは!﹂
﹁もう貴方ったら、おっちょこちょいなんですから﹂
 旦那様と奥様はまるで喜劇を観劇しているように楽しげに大笑い
する。
 オレは頭痛を堪え、疑問を口にした。

337
﹁でもどうしてクリスお嬢様はオレがすぐ男だと分かったんでしょ
うか? ここにいる誰も気付かなかったのに﹂
 オレの疑問に奥様が答えてくれた。
﹁ヴァンパイア族は夜目が利き、視力、動体視力も良いのよ。あの
子はその中でも飛び抜けて眼がいいの。だから一目見て、メイド服
の上からでも女性の骨格では無く、男子のものだと判断したのでし
ょうね﹂
 執事長のメリーは、深々と頭を下げ謝罪する。
﹁改めて書類を確認したところ、確かに性別欄に﹃男﹄と書かれて
おりました。確認を怠った私の責任でございますメェー﹂
﹁はははははは! かまわぬ、かまわぬ! 我輩が店で確認せず買
ってしまったのがそもそもの原因なのだからな!﹂
﹁⋮⋮俺は最初から匂いで気付いていた﹂
﹁えぇえ!?﹂
 オレは思わず驚く。
 初めてギギが口を開く。
 予想通りの低く、ドスが聞いた声だった。
 メリーはギギの後出し台詞に眉根を顰める。
﹁では、なぜすぐに指摘しなかったのですかメェー﹂
﹁聞かれなかったからだ﹂
﹁ギギさん、あなたは言われた仕事しかできないのですかメェー?﹂

338
﹁自身の管轄以外の仕事に手を出すべきではない。大抵問題の種に
なるからだ﹂
 メリーのきつめの口調に、ギギは表情を変えず返答する。
 暫し2人は睨み合う。
 悪くなってしまった空気を奥様が変える。
﹁メリー、ギギ、2人とも喧嘩はその辺に。過ぎたことを言い争っ
ても益はありませんよ。差し当たってわたしたちが考えなければい
けないことは、リュートの処遇についてではないかしら?﹂
﹁そうでした。旦那様と奥様の前で見苦しいマネをしてしまい、大
変申し訳ございませんメェー﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 メリーは深々と頭を下げ謝罪するが、ギギは黙って腕を組んでい
た。
 奥様の指摘に再び視線がオレに集中する。
 もし奴隷館に返品となったら、次は男娼として買われる可能性が
高いだろう。
 比べてここで求められるのは、引きこもりのクリスお嬢様の相手
と血袋としての役割。
 雇い主の伯爵と奥様も良い人で、奴隷を無下に扱うようには見え
ない。
 これほど理想的な買い取り先などはもう無いだろう。
 それだけは断言できる!
 再び奴隷館に返品されたくないため、オレは必死に訴えかけた。
﹁お願いします。どうかここで働かせてください! 頑張って、お

339
嬢様に心を開いてもらい血袋としての役割を果たしますから!﹂
﹁申し訳ありませんが、私は反対です。男性がお嬢様の専属になる
など⋮⋮。第一、お嬢様はリュートを怖がっております。彼のせい
でますます症状が悪化する可能性もございますメェー﹂
﹁俺は賛成だ。むしろ男だからこそ、お嬢様の世話をさせるべきだ﹂
 メリーの意見にギギが真っ正面から反対する。
 メリーは驚き、あたふたと問い質す。
﹁ギギさん、正気ですか!? あなたもお嬢様の怯えようはご覧に
なったはずですメェー!﹂
﹁だから必要だと思ったんだ。歳の近い女子なら、すでにお嬢のご
友人方がいる。これ以上、歳の近い同性が増えても意味は無い。む
しろ歳の近い異性が居たほうが何らかの変化が訪れる可能性が高い﹂
﹁ギギさん⋮⋮﹂
 さっきまで無愛想で、片耳が千切れた強面なギギさん。
 内心でびびりまくっていた。
 だが今は背中に白い羽が生えた天使に見える。
 メリーは気持ちを落ち着かせるように一度咳をする。
﹁ギギさんの考えは分かりました。だったらなおさらリュートは一
度返品して、改めて条件にあった奴隷を捜すべきではないでしょう
か? 今回買う奴隷はお嬢様のお側に置く奴隷ですよ。慎重に慎重
を重ねるべきですメェー﹂
 執事長メリーは返品を。
 警備長ギギは、残留をそれぞれ主張する。
 どちらの権限が上かは知らないが、オレはギギの声が通ることを

340
願う。
 てかメリー、オマエはいつかジンギスカンにしてやるから覚悟し
やがれ!
 一通りの言い合いが終わり、メリーとギギの視線は主である旦那
様へと向けられる。
﹁うむ、2人の意見、大いに参考になった。ならば双方の意見を取
り入れ、明日から3日間リュートがクリスの世話をし、期間内に血
袋の役目を果たせたら買い取り! できなければ返品するとしよう
!﹂
﹁よろしいのですか? 仮期間ギリギリの返品は全額の返金は難し
く、半額しか戻ってきませんがメェー﹂
﹁はははははっははは! かまわぬ! 元々我輩の落ち度だからな
! リュートにもチャンスをやらねば、紳士としての名が泣いてし
まう!﹂
﹁よかったわねリュート。頑張って、クリスの血袋になってくださ
いね﹂
﹁あ、ありがとうございます! 旦那様! 奥様!﹂
 オレは勢いよく頭を下げる。
 条件が付いてしまったが、どうにかブラット家に残るチャンスを
手にすることが出来た。
 後はなんとしてもクリスお嬢様に気に入られて、血を吸ってもら
わないと!
 オレはメイド服姿のまま、気合いを入れて握り拳を固める。
 その姿を伯爵、奥様は微笑ましく見守り、メリーは不満げに、ギ
ギとメイドは無表情で眺めていた。

341
 こうしてオレがブラッド家に残留できるかどうかを決める、運命
の3日間が始まる!
第23話 採用条件︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月13日、21時更新予定です。
342
第24話 1日目:プリン
﹁ふわぁぁぁぁ∼﹂
 1日目、朝。
 オレは柔らかなベッドの上で眼を覚ます。
 6畳程の広さの部屋。
 この部屋は仮ではあるが、オレの個室だ。
 壁に掛かっているのはメイド服ではなく、執事服だ。
 昨日、羊人族のメリーから渡された。
 オレは彼の部下で、お嬢様付きの執事見習いという立場になるら
しい。
﹁⋮⋮今日から3日の間に、お嬢様に血を吸ってもらうことが雇用

343
条件か﹂
 もしそれが達成出来なければ、奴隷館へ返品される。
 再び奴隷館に戻されたら、今度こそ男娼目的で買われるかもしれ
ない。
﹁そうならないためにも、頑張ってクリスお嬢様と仲良くならなく
ちゃ!﹂
 オレは気合いを入れて布団から起き上がる。
 執事服に着替えて廊下に出るとハムスター耳のメイドさんが既に
待ち構えていた。
﹁お、おはようございます、メルセさん﹂
﹁おはようございます、リュート﹂
 この一見無表情の彼女こそ、ブラッド家のメイド長である獣人種
族、ハム族のメルセだ。
 正統派メイド服に袖を通し、手を体の前に重ねている。
 胸は薄く、スレンダーで背丈も高い。
 一目で仕事が出来るメイド︱︱という感じだ。
﹁すみません、お待たせしたみたいで﹂
﹁いえ、私もちょうど来たところですから、気にしないでください﹂
 メルセは表情を変えず淡々と話す。
﹁では、これからリュートは3日間クリスお嬢様のお世話をすると
いうことなので、私の補佐についてもらいます﹂

344
﹁よろしくお願いします﹂
 彼女は今までお嬢様の世話をしてきたメイドだ。
 そのためオレは彼女の補佐としてお嬢様の世話をすることになる。
 またメルセはオレのお目付役という立場でもある。
 それを決めたのは執事のメリーだ。
 メリーはオレに対して条件を提示した。
●お嬢様と男性を2人っきりにさせないため、メルセをお目付役と
する。
●メルセの指示に従うこと。
●お嬢様の血袋にならないと、追い出されると言って同情を惹かな
いこと。
●他、追加事項ができたら素直に従うこと。
 以上、4つだ。
 お目付役で、かつ表情変化が乏しいためか、オレはメルセがちょ
っと苦手だった。
 掃除が終わった部屋の窓枠を指でなぞり、﹃これで掃除をしたつ
もりですか?﹄と言ってきそうというか。鬼姑やOLのお局様のよ
うなイメージだ。
 だが、そんなオレのマイナスイメージとは裏腹にメルセは︱︱
﹁私はギギさんの意見に賛成です。歳の近いリュートが側に居る方
が、お嬢様に何かしら変化があると考えています。だから残れるよ
うに頑張ってください。応援しています﹂

345
﹁ありがとうございます! メルセさん!﹂
 誰が鬼姑、OLのお局様だって?
 メルセさんは天使だった!
 彼女はオレを促し歩き出す。
﹁ではまず初めにお嬢様を起こしに行きましょう。私がお嬢様の朝
の支度を手伝うので、リュートはその間に調理場に行き朝食を運ん
できてください。調理場の場所は分かりますか?﹂
﹁はい、多分大丈夫です﹂
﹁もし分からなければ側にいる使用人に声をかけてください﹂
﹁分かりました﹂
 オレ達はそんなやり取りをしながら、お嬢様の部屋の前に辿り着
く。
 メルセさんが扉をノックする。
﹁お嬢様、失礼いたします﹂
﹁失礼します﹂
 メルセさんはお嬢様の返事を待たず扉を開け、中へと入る。
 オレもやや気後れしながら後に続いた。
 鼻を女子特有の甘い匂いがくすぐる。
 部屋は暗かった。
 窓には分厚いカーテンが引かれている。
 枕元のランプは消され、唯一の光源は開いた扉から入り込む光だ
けだ。

346
 改めて部屋を観察する。
 部屋は教室2つ分ほどで、かなり広い。
 観葉植物、踝まで埋まりそうな絨緞、姿見、机、テーブル、ソフ
ァー、衣装棚、ぬいぐるみや輝く本物の宝石を使ったアクセサリー
がかざられていた。奥にはさらに部屋があり、バス、トイレ、キッ
チンも完備されている。
 伯爵達は金をかけ、本気で完全に引きこもれる部屋を造ったよう
だ。
 元引きこもりが言うのもあれだが︱︱娘の更正のために使えよ⋮
⋮と思わなくもない。
﹁クリスお嬢様、朝ですよ。起きてください﹂
 メルセさんが天蓋付きベッドの中央、羽布団に埋もれるお嬢様に
声をかける。
 黄金色の髪をベッドに広げ、あどけない顔をしたお嬢様が寝息を
たてていた。
 かすかに赤みを帯びた頬は柔らかそうで、つい指でつつきたい衝
動にかられてしまう。
 大人が3人横になっても余裕あるベッドに、子猫のように丸まり
眠る姿はとても可愛らしい。
﹁お嬢様、起きてください﹂
﹁⋮⋮⋮⋮!?﹂
 メルセさんに肩を揺すられ、ようやく目を覚ます。
 しかしオレの姿が視界に入ると、トロンとした目を限界まで大き
くして驚愕する。

347
 すぐさま羽布団を被り直した。
 お嬢様は、警戒も露わに不安げな視線を向けてくる。
 メルセさんが警戒心をほぐすため、オレの紹介をしてくれた。
﹁今日からお嬢様の血袋兼世話係をする、執事見習いのリュートで
す。リュート、お嬢様にご挨拶を﹂
﹁おはようございます、クリスお嬢様。今日からお嬢様の血袋兼世
話係をする執事見習いの人種族、リュートです。以後、お見知りお
きを﹂
 昨夜、メリーから習った挨拶をする。
 右手は指先を伸ばし左胸に、左手は拳にして腰へ回し、頭を軽く
さげる。
 これが全世界的に正式な挨拶の仕方らしい。
 女性は左手をスカートの裾を掴み、少し持ち上げる以外は男性と
一緒だ。
 お嬢様は昨日も使ってたミニ黒板︱︱魔術道具を使う。
﹃男の子、怖いので世話係にならなくても結構です﹄
 そしてお嬢様は昨日同様に隠れてしまった。
 以後、声をかけても姿を現さない。
 1日目、朝⋮⋮一番初めからコミュニケーションに失敗してしま
う。

348
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 クリスお嬢様はオレが部屋に居る間は怖がって姿を現さなかった。
 そのため仕方なく、朝食は部屋の前まで運び、中へはメルセさん
に任せる。
 オレとメルセさんはお嬢様の朝食を片付けると、使用人食堂で遅
めの朝食を摂った。
﹁まずお嬢様の警戒心を取らない限り、リュートがブラッド家に残
るのは不可能ですね﹂
 豆スープに、豆サラダ、厚切りベーコンを食べながらメルセさん
が断言する。
 しかし魔人大陸に来てから豆料理が異様に多くなったな。
﹁オレもそう思いますが、実際どうやってお嬢様の警戒心を解けば
いいんでしょうか?﹂
﹁そうですね⋮⋮﹂
 メルセさんは豆スープを食べる手を止め考え込む。
﹁⋮⋮リュート、短い間でしたが一緒に仕事が出来てよかったです﹂
﹁諦めるの早すぎですよ!﹂
﹁冗談です﹂

349
 メルセさんの冗談は真顔過ぎで、冗談に聞こえない。
 彼女は豆サラダにスプーンを伸ばし提案する。
﹁お菓子を作ってみてはどうですか?﹂
﹁お菓子を?﹂
 メルセさん曰く︱︱魔人種族は甘いお菓子類が大好物らしい。
 お嬢様も例に漏れず、甘いお菓子に目が無い。
 お嬢様の部屋で行われる午後のお茶会では小さい体に似合わず、
ケーキ類を良く食べる。
 だからメルセさんが作り方を教えるから、リュートの手でお菓子
を作りお嬢様に食べてもらう。
 今からでは午後のお茶会には間に合わないから、夕飯の後に開か
やかい
れる夜会︵これもお嬢様の部屋で行われる︶にゼリーやクッキーを
作って出すことを勧められる。
 つまり、餌付けして警戒心を解き、距離を縮めようという作戦だ。
﹁なるほど良い案ですね。ちなみに⋮⋮ゼリーってあるんですか?﹂
﹁妖人大陸には無いのですか? スライム粉を使い作るお菓子です。
水のように透き通った柔らかい固形内部に果物などが入ってるんで
すよ﹂
 スライムで作るのかよ⋮⋮。
﹁ゼリーがあるなら、プリンもあるんですか?﹂
﹁プリン? いえ、初めて聞く名前ですね。それはどういうものな
んですか?﹂
 メルセさんが可愛らしく小首を傾げる。

350
 ふむ、どうやらこの世界にプリンはまだ無いらしい。
﹁ゼリーに似た柔らかい固形の食べ物です﹂
﹁夜会にちょうど良さそうなお菓子ですね。そのプリンをリュート
は作れますか?﹂
﹁大丈夫です。昔、作ったことがありますので﹂
﹁それなら朝食が終わった後、必要な材料を教えてください。夜会
までに間に合うよう準備しますので﹂
﹁ありがとうございます!﹂
 こうして、クリスお嬢様の警戒心を解きほぐすための﹃お菓子大
作戦﹄が始まった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 午後のお茶会をメルセさんに任せて、オレはプリンを作るため調
理室にお邪魔する。
 メルセさんには夜会でオレが作ったプリンを出すことを、お嬢様
に話しておくよう頼んである。
 後はプリンの味をお嬢様が気に入るかどうかだ。
 プリンの材料は卵、牛乳、砂糖︱︱以上だ。
 前世の、1人暮らし時代。
 たまに料理に凝りたくなる時があり、何度か作った。

351
 卵は孤児院で世話をしたこともある孔雀鶏の卵。
 毛長牛からとれた牛乳。
 砂糖は妖人大陸から輸入した物だ。
 この世界は意外と香辛料、調味料の類が揃っている。
 お陰で材料を揃える手間は殆どかからなかった。
 料理を作る側からしたら有り難い話だ。
 早速、プリン作りを開始する。
 まず小鍋に砂糖と水を入れ、中火にかける。
 ガスコンロなんて便利な物は無いから、燃える薪を出し入れして
火加減を調整。
 黒蜜のように色を変え、とろみが付いたら火から離し陶器で作ら
れた器に移す。
 卵、牛乳、砂糖を混ぜてプリン液を作る。
 茶漉しを通して、ボールにプリン液を流す。鍋に水を張り、沸騰
するまで火にかける。
 カップの底にカラメルソースを入れてから、慎重にプリン液を注
ぎ入れた。
 後はお湯に入れて蓋をして10分。
 火から外して、さらに10分待つ。
 カップを取り出して冷蔵庫で冷やせば完成だ。
 こちらの世界の冷蔵庫は、氷を一番上に入れて冷やす古いタイプ
の物だ。
 スペースを空けてもらい他の食材の匂いが移らないよう慎重に冷

352
やす。
 準備完了。
 後は夜会まで待つだけだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夜寝る前にお茶を飲む習慣を魔人大陸では﹃夜会﹄と呼ぶ。
 会と言っても夜の為大げさなものでは無くこじんまりとしたもの
で、時折旦那様達も来るが、基本はお嬢様とお付きの者達のみのよ
うだ。
 オレは今日の夜会のために、手作りしたプリンを持参した。
 3回目となるお嬢様の部屋。
 お嬢様はオレの姿を見ると、再び羽布団を被りベッドの影に隠れ
る。
 予想通りの反応だ。
 最初はメルセさんに任せて、オレはお嬢様が気に入ったどうか結
果だけを聞くつもりだった。しかしメルセさんが提案を却下。
 お嬢様との距離を縮めるためにも、オレが部屋に入ってプリンを
作ったと直接アピールした方が良いと力説されたのだ。
﹃それにこんなに美味しいお菓子なら、絶対にお嬢様は気に入りま

353
す。だから、自信を持ってください﹄
 お嬢様に出すにあたって、メルセさんに味見をしてもらった。
 あまり表情を変えない彼女には珍しく、一口食べるとプリンの美
味しさに頬を紅潮させ驚いていた。
 オレはそんなメルセさんの反応に自信を持ち、三度目の正直とし
てお嬢様の部屋を訪れたのだ。
﹁お嬢様、こちらは自分が作りました﹃プリン﹄という名前のお菓
子です﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 お嬢様は﹃プリン﹄という聞いたことが無い名前のお菓子に反応
して、羽布団の隙間から目だけを出して様子を窺う。
 オレは彼女を怯えさせないようにゆっくりとした動作で、皿の上
でカップを逆さまにする。
 二、三度腕を振ると、プリンが皿の上に落ちフルフルと左右に揺
れた。
﹁!?﹂
 お嬢様がその動きに釘付けになる。
 オレは手応えを感じた。
 カラメルソースがプリン液とやや交じっており、完成品を知って
いるオレからしたら見映えが悪いが、お嬢様は初見だから問題無い
だろう。

354
﹁卵、牛乳、砂糖で作りましたお菓子です。ゼリーのように柔らか
いので、スプーンですくってお食べください﹂
 皿に木製のスプーンを添えて、メルセさんに手渡す。
 メルセさんは慎重な手つきで受け取ると、ベッドの影に隠れるお
嬢様に差し出した。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 しかし、お嬢様が皿を受け取る気配を見せない。
 気にはなっているが、未だ異性に対する恐怖感が勝っているよう
だ。
︵クソ! ﹃お菓子大作戦﹄は失敗か!?︶
 そう思った矢先、メルセさんがスプーンでプリンをすくい、お嬢
様の口元へと運ぶ。
﹁お嬢様、﹃あーん﹄してください﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 差し出されたスプーンを前に逡巡したが、﹃はむっ﹄と効果音が
付きそうな感じで、お嬢様が差し出されたプリンを口にする。
﹁⋮⋮⋮⋮!!!?﹂
 お嬢様の白すぎる肌が、花が咲くように赤くなる。
 瞳は星が瞬くように輝き、幸せそうに口元が綻んだ。
 メルセさんはすかさず2口目を差し出す。

355
﹁お嬢様、﹃あーん﹄﹂
 次は迷わず差し出されたスプーンを口にする。
 そのまま皿のプリンをぺろりと食べきってしまった。
かおりちゃ
 メルセさんが煎れ直した香茶を小さな手のひらで包みながら、お
嬢様は口内に残った甘みを洗い流し、吐息をつく。
 そんなお嬢様に、オレは怯えさせないよう穏和な口調で話しかけ
た。
﹁自分が作ったプリンは、お嬢様のお口に合いましたでしょうか?﹂
 完食した皿と表情を見れば一目瞭然だ。
 お嬢様は予想通り、香茶のカップから一度手を離しミニ黒板に文
字を書く。
﹃初めて食べるお菓子で、とっても美味しかったです﹄
﹁お嬢様さえよろしければ明日の茶会と夜会に、またわたしが作っ
たお菓子をお持ちしても宜しいでしょうか?﹂
 お嬢様は少しだけ躊躇ったが、ミニ黒板から顔を出しこくりと頷
く。
﹃明日もプリンが食べたいので、よろしくお願いします﹄
﹁かしこまりました﹂
 オレは心の中でガッツポーズを取りながら、丁寧に頭を下げる。
﹃お菓子大作戦﹄の1回目はひとまず成功だ!
 この調子でお菓子を作り、お嬢様に心を開いてもらおう。そして、
お嬢様の血袋兼お世話係になって、なんとてしてもブラッド家に残

356
るんだ!
 オレの貞操のためにも!
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 以下は余談になる。
 お嬢様の部屋を後にすると、執事長のメリーに呼び止められた。
 旦那様と奥様がお呼びらしい。
 疑問を抱きながら、彼らの待つ部屋へ行くと︱︱
﹁はははははは! 本当に美味しいなこの﹃プリン﹄というお菓子
は! これだけでもリュートを買った甲斐があったというものだな
!﹂
﹁あら貴方ったら、まだリュートを正式に家へ迎え入れた訳であり
ませんよ﹂
﹁ははははははっ! そうだった、そうだった!﹂
﹁もう貴方はうっかり屋さんなんですから﹂
 旦那様と奥様に呼ばれた理由は、お嬢様も食べたプリンを自分た
ちも食べたいから持ってくるように︱︱という指示だった。
 2人は余分に作っておいた残り2つを、談笑しながら美味しそう
に食べる。
 筋骨隆々で肌が黒く、2メートル以上ある背丈の伯爵が、プリン

357
をちまちま食べる姿はかなりシュールだった。
 奥様は楚々として絵になっていたが⋮⋮。
 しかしそのプリンは、今夜にでも久しぶりに食べようと楽しみに
取って置いた物だ。
 まさか﹃自分用なんで﹄と断るわけにもいかず、泣く泣く差し出
した。
 うぅぅ⋮⋮久しぶりにプリンが食べられると思ったのに。
 こうしてオレはお嬢様との距離を無事縮めて、1日目を終えた。
358
第24話 1日目:プリン︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月14日、21時更新予定です。
359
第25話 2日目:ミル・クレープ
 2日目、朝。
 メイド長のメルセさんと一緒に、お嬢様を起こすため部屋を尋ね
る。
 昨日のようにメルセさんがノックした後、返事を待たず扉を開く。
﹁お嬢様、失礼いたします﹂
﹁失礼します﹂
 今朝はお嬢様も起きていたらしく、キングサイズのベッドにペタ
ンと座ってぼんやりしていた。
 絹に似た素材で作れたパジャマに袖を通し、緩いウェーブのかか
った金髪が真っ白なシーツの上に広がっている。
 まだねむいのかぼんやりとした横顔だったが、まるでお伽噺に出

360
てくるお姫様のように美しく可愛らしかった。
﹁お嬢様、おはようございます﹂
﹁おはようございます﹂
 メルセさんと一緒に声をかけると、お嬢様はぺこりと頭を下げる。
 男のオレが居ても、もう隠れることはなくなった。
 それどころか、ミニ黒板に指を走らせ、
﹃今日のお茶会と夜会を楽しみにしてます﹄とコミュニケーション
を取ろうとしてくれる。
﹁腕によりをかけて、お嬢様のためにお菓子を作らせていただきま
す﹂
 オレが答えると、彼女ははにかんだ笑みを浮かべた。
 やばい、可愛い!
 もし前世でお嬢様みたいな妹がいたら、滅茶苦茶溺愛していただ
ろうな。
 オレはそんなことを考えながら、朝食を取りに一度部屋を出た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

361
 メルセさんと一緒に今日も遅めの朝食を摂る。
 食べ終えると早速、午後のお茶会に向けてお菓子作りを始めた。
 お嬢様に出すケーキ類はすでに専属料理人が準備済み。
 オレは昨日出したプリンとは別の、新たなお菓子を作る作業にと
りかかる。
 その新しいお菓子と言うのはクレープを使ったケーキ︱︱ミル・
クレープだ。
 クレープ生地の間に、生クリームやカスタードクリームなどを塗
り重ねて作る。
 クレープ自体はフランス発祥だが、この﹃ミル・クレープ﹄は日
本人が作り出したものだ。
 まずクレープ生地を作り、竈の火を調整しながら、底の浅いフラ
イパンでどんどんクレープを焼く。
 生地が無くなるまでクレープを作ると、あら熱を取るため暫く放
置。
 その間にカスタードクリームを作る。
 カスタードクリームは卵黄、砂糖、小麦粉、牛乳で作る。
 卵黄、砂糖、小麦粉を混ぜ、牛乳を加えながら伸ばしていく。そ
してとろみが付くまで弱火にかける。
 カスタードクリームを作り終えたら、間に挟むフルーツを切る。
あかいちご
今日は苺に似た赤い小さな赤苺という果物を使う。
 食べてみると食感、味とも殆ど苺だった。

362
 赤苺を薄くスライスしていく。
 準備が出来たら後はひたすらクレープにカスタードクリームを塗
り、その上に赤苺のスライスを乗せていく。
 20数回ほど繰り返したら﹃赤苺のミル・クレープ﹄の完成だ。
 所詮は素人料理のため、ブラッド家専属の料理長に最後は見映え
を調整してもらった。
 料理長である魔人種族、リザード族のマルコームさんは、丸い﹃
赤苺のミル・クレープ﹄の周囲を包丁で四角く切り落とす。
 最後に一番上に残ったカスタードを少し乗せ、切らずに取ってお
いた赤苺を乗せた。
 それだけで、店頭に出せるのでは無いかと思うほど見映えが良く
なる。さすが料理長。
 これならお嬢様も喜んでくれるだろう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁こちらが私作のケーキ、﹃赤苺のミル・クレープ﹄になります﹂
 午後のお茶会。
 お嬢様の自室に﹃赤苺のミル・クレープ﹄を運び込む。
かおりちゃ
 テーブルクロスのかかったテーブルにはすでに香茶が準備されて

363
いた。
 オレが作った﹃ミル・クレープ﹄の他にも、ケーキが置かれてい
る。しかしお嬢様の目は完全に﹃赤苺のミル・クレープ﹄へと食い
ついていた。
﹃とっても美味しそうです﹄
 お嬢様は入り口に立つオレへ、ミニ黒板を向ける。
 その言葉に軽く一礼。
 オレは扉の側に立ったまま、メルセさんがお嬢様のお世話をする。
 お嬢様は早速﹃赤苺のミル・クレープ﹄を食べたいとメルセさん
に伝えた。
 すでに料理長のマルコームさんに切り分けてもらっているため、
メルセさんは皿に移すだけだ。
 お嬢様は目の前に置かれた﹃赤苺のミル・クレープ﹄に木のフォ
ークを伸ばす。
﹁♪♪♪﹂
 彼女は一口食べると、幸せそうに頬に片手を添えた。
 二口目を食べ、三口目︱︱気付けばぺろりと1皿食べてしまう。
 さらにお嬢様は﹃赤苺のミル・クレープ﹄のお代わりをねだる。
 普段の朝食や夕食は質素で大した量を食べないが、お菓子は別腹
らしい。
 さすが甘い物好きの魔人種族だ。
かおりちゃ
 香茶を飲み、口内の甘みを洗い流すとミニ黒板に文字を書く。

364
﹃昨日のプリンも美味しかったですが、今日のケーキもとっても美
味しかったです。また作ってくれますか?﹄
﹁もちろんです。他にも自分が作れるお菓子をお嬢様のために頑張
って作ります﹂
﹃とっても楽しみです﹄
 お嬢様は一昨日とは比べものにならないほど友好的な態度を取っ
てくれる。しかし︱︱
﹁では、空いたお皿をお下げ致しますね﹂
﹁ッ!﹂
 お嬢様の側に寄り、皿を下げる。
 その時、彼女は体を硬直させた。やはりまだ異性が怖いらしい。
完全には打ち解けていないようだ。
﹃お菓子大作戦﹄で距離は縮まったが、完全に打ち解けたわけでは
ない。
︵このままお菓子をただ作っても、完全に打ち解けることはできそ
うにないな⋮⋮︶
 オレは皿を片付けながら、﹃お菓子大作戦﹄に替わる新たな作戦
を考え始めた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

365
﹁さて、どうしたもんですか﹂
﹁そうですね。弱りましたね⋮⋮﹂
 午後のお茶会後、オレとメルセさんの2人は屋敷の掃除を担当し
ていた。
 屋敷の廊下には中身の入っていない金属製の全身甲冑、手には刃
を潰した戦斧や子供2人ぐらいなら楽に入れるほど大きな壺などが
置かれている。
 他にも絵画、剥製などが飾られている。
 オレとメルセさんはそれらをひとつずつ掃除しながら作戦会議を
していた。
 オレは﹃お菓子大作戦﹄のアイデアを出したメルセさんに再び縋
る。
﹁メルセさん、﹃お菓子大作戦!﹄の他に良い案とかないですか?﹂
﹁そうですね。後はお嬢様に何かプレゼントするのはどうでしょう
か?﹂
﹁なるほど、プレゼントを贈って親しくなるわけでですね。お嬢様
には何を送ったら喜んでもらえますかね﹂
﹁女性がもらって嬉しい物︱︱花束や宝石などでしょうか?﹂
﹁⋮⋮自分、無一文なんですけど﹂
 宝石を送れるほどの金があるなら、奴隷なんてやってない。
 メルセさんがオレの指摘に遠い目をする。
﹁⋮⋮リュート、短い間でしたが一緒に仕事が出来てよかったです﹂
﹁またその冗談ですか。いくら何でも二度もひっかかりませんよ﹂

366
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁なんで黙り込んでるんですか!? 今回は本気ってオチですか!
 目を反らさないでくださいよ!﹂
﹁⋮⋮宝石、花束が無理となると何か芸をしてお嬢様を喜ばせるの
はいかかですか。リュートは何か出来る芸を持っていませんか?﹂
﹁芸ですか⋮⋮こんな風に親指が取れるとかならありますけど﹂
﹁!?﹂
 左手の親指に、右親指を重ねてずらす日本人なら誰でも知ってい
る悪戯の一種。
 海外の人にこれをやると驚かれると聞いたことがあった。
 なので軽いノリでメルセさんに見せたら、彼女は後ずさり腰を抜
かしてしまう。
 ビビリ過ぎだろ。
﹁驚き過ぎですよメルセさん! ほら、ただこうして左右の親指を
くっつけて離しただけですって﹂
﹁⋮⋮最初から分かっていましたよ。それぐらい。突然、リュート
が変なことをしたから驚いただけですきゃら﹂
 あっ、噛んだ。
 メルセさんはすまし顔で立ち上がり、メイド服に付いた埃を払う。
 ヤバイ。この人、見た目と違って滅茶苦茶面白いわ。
﹁おい﹂
 オレたちがそんなやり取りをしていると︱︱警備長のギギさんが
声をかけてくる。

367
﹁ギギさん、お疲れ様です﹂
﹁⋮⋮お疲れ様です﹂
 オレ、メルセさんの順番で挨拶をする。
 ギギさんは軽く頭を下げ挨拶とした。
﹁何かご用ですか?﹂
﹁お嬢様との仲はどうなってる。ブラッド家に残れそうか?﹂
 オレの問いにギギさんは尋ねてくる。
 どうやら心配で様子を見に来てくれたようだ。
 ギギさんはオレが残るのに賛成してくれている味方のため、素直
に状況を話す。
 それにもしかしたら何かいいアイディアを出してくれるかも知れ
ない。
﹁︱︱なるほど、お菓子で距離を縮めたのか﹂
﹁はい、でもその先が難しくて。ギギさん、何か案とかありません
か?﹂
﹁これを使え﹂
 ギギさんは手にしてた物を差し出してくる。
 1冊の本だった。
﹁魔人大陸語は読めるか?﹂
﹁はい、大丈夫です﹂
 現在も魔人大陸語を話している。
 読むのも、難しすぎる本でなければ問題ない。

368
 個人的には話すより、読む方が好きだ。
 本は子供に読み聞かせるような絵本形式だった。
 内容は︱︱お姫様が魔人大陸の魔王にさらわれ、その後魔人種族
の勇者が、他の勇者の力を借りてお姫様を助け出し、恋人となる冒
険活劇&ラブストーリーだ。
 どうやらこの本はお嬢様お気に入りのひとつらしい。
﹁お嬢様は本が好きで、昔はよく学校の図書館に篭もっていた。リ
ュートもそれを読んで距離を詰める切っ掛けにするといい﹂
﹁ありがとうございます、ギギさん!﹂
 ギギさんは用事が済むと、黙って持ち場へと戻って行く。
 オレはその背を見送りながら、ある作戦を思いつく。上手くすれ
ばお嬢様との距離を縮めることができるかもしれない!
 思いついた作戦をメルセさんに話し聞かせると、
﹁確かに良い手かもしれません。上手くすればお嬢様のリュートに
対する苦手意識を取り払うことが出来るかもしれませんね﹂
 と、同意する。
 お陰で俄然やる気がでた。
 オレは今夜の夜会に備えて、掃除をしながら前世の知識を思い返
していた。

369
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夜、2回目の夜会。
 昨日はプリンだった。
 今日はカスタードクリームが余っているので、白いパンに塗りフ
ルーツを挟んだ。
 フルーツサンドの完成だ。
 もちろん夜会用に小さく作っている。
 白いパンに挟むのは野菜、肉だと考えていたお嬢様は、フルーツ
サンドを最初やや気持ち悪がっていた。
 パンにカスタードクリームとフルーツが合うのか、と。
 しかしプリンやミル・クレープが美味しかったことを思い出し、
オレを信じて彼女は口を付ける。
﹁♪♪♪﹂
 お嬢様はすぐに相好を崩す。
 幸せそうにフルーツサンドを両手で掴み、リスのように食べる。
 その姿はとても可愛らしかった。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁︵こくり︶﹂
 メルセさんがアイコンタクトを送ってくる。

370
 オレは頷き、お嬢様に声をかけた。
﹁お嬢様、ひとつお嬢様にお聞きしたいことがあるのですがよろし
いでしょうか?﹂
﹁?﹂
 フルーツサンドを手にしたまま、お嬢様は小首を傾げて頷いた。
 OKのサインだ。
 オレはゆっくりと切り出す。
﹁実は今日の昼間、掃除中に警備長のギギさんと会いまして、お嬢
様が絵本などのお話が好きと聞いたのですが。宜しければ今夜、夜
会の一席にわたしの国で伝わっているお話をお聞かせしても宜しい
でしょうか?﹂
 お嬢様は満面の笑顔で頷いてくれる。
 胸中で﹃よっし!﹄とガッツポーズを取った。
 一度咳払いをして、早速前世で覚えている話を聞かせる。
 お嬢様の好み的に﹃シンデレラ﹄﹃白雪姫﹄﹃ロミオとジュリエ
ット﹄あたりがベストだろう。
かおりちゃ
 香茶を飲むお嬢様に話しかけるように、ゆっくりと﹃シンデレラ﹄
を聞かせた。
﹁それでは早速⋮⋮昔々、あるところにシンデレラという少女がお
りました︱︱﹂
﹃シンデレラ﹄を聞いたお嬢様は、目を輝かせ手を叩いた。

371
 どうやら掴みはOKらしい。
 楽しませているのはあくまで童話の作者で自分ではないのだが、
喜んでくれるのは嬉しい。小さい子に絵本を読み聞かせているのに
感覚としては近い。
 続いて、﹃白雪姫﹄﹃ロミオとジュリエット﹄と話を続ける。
﹃ロミオとジュリエット﹄の話を聞いて、魔術で作ったランプの光
を浴びながらお嬢様は大きな瞳に涙を溜め込んでいた。
 失敗したか!? と焦ったが、どうやら話に感動して瞳を潤ませ
たらしい。
 メルセさんが差し出したハンカチでそっと涙を拭く。
 オレはその姿を眺め、ひっそり胸を撫で下ろした。
﹁では、そろそろ夜も遅いので今夜はこのあたりで。もしお嬢様が
宜しければ、明日の夜会の時にもお話をさせて頂いても構いません
か?﹂
﹃出来れば最後にもう1つだけ、お話を聞かせてくれませんか?﹄
 お嬢様はミニ黒板に文字を書き、席を立つとオレのすぐ側まで自
分から迫ってきた。その行動にオレ、メルセさんはお嬢様の前にも
かかわらず驚きで顔を見合わす。
﹃駄目ですか?﹄
 それを否定と捉えたお嬢様の表情が暗くなった。
 オレは慌てて否定する。
﹁いえ、問題ありません。では、最後に1つだけお話をさせて頂き

372
ますね﹂
 この言葉にお嬢様の表情は一転して明るい物になる。
 彼女は先程まで座っていた席には戻らず、ベッドに上がると布団
を被り﹃ころん﹄と横になる。
 そしてオレにベッドの側へ来るように促した。
 オレは指示通り、ベッドの側に椅子を運び腰を下ろす。
 お嬢様は﹃わくわく﹄という表現がぴったりな表情でオレを見上
げている。
︵﹃シンデレラ﹄﹃白雪姫﹄﹃ロミオとジュリエット﹄と並びかつ
お嬢様の好みにあった話か⋮⋮︶
 普通ならそろそろ話のネタも尽きるものだが、前世では一般書籍
だけではなくアニメ、ラノベ、マンガなどにも手を出してきた。
 話のネタならまだまだ沢山ある。
 腕を組み少し考え込む。
 お嬢様の好みにあった話を思いつき、彼女に向き直った。
﹁では、折角なのでとっておきの話をお聞かせしますね﹂
﹃とても楽しみです﹄
 お嬢様は寝ころびながら器用にミニ黒板に文字を書く。
 オレは咳払いをして、自分の国で最も有名なお話の1つと前置き
をした後、タイトルを告げた。
﹁それでは今夜最後のお話は︱︱﹃天空の城○ピ○タ﹄です﹂

373
第25話 2日目:ミル・クレープ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月15日、21時更新予定です。
ちょっとリアルが忙しくなってきたので、感想等の返答がやや送れ
てしまいます。誤字脱字、プリンの製法修正等もリアルが落ち着い
たら取りかかりたいと思います。
ただ感想などは全部読ませて頂いてます。読んでくださってありが
とうございます。

374
第26話 3日目最終日:ポテトチップス
 3日目、朝。
 ベッドから抜け出し、執事服に着替える。
︵人間はどんな状況でも慣れるっていうが⋮⋮確かに最近は執事の
真似事をするのも慣れてきたな。クリスお嬢様が喜んでくれるのは
単純に嬉しいし︶
 もちろん環境が良いというのもある。
 旦那様や奥様は、主人としては気さくで話しやすく優しい。
 執事長のメリーはまだオレと距離を保っているが、﹃追い出すた
め意地悪する﹄といった少女マンガ的な邪魔をしてくる訳でもない。
ただ見守っているだけだ。

375
 警備長のギギさん、メイド長のメルセさんはお嬢様との距離を縮
めることに協力的でこの2日だけで随分とお世話になった。
 もし2人が居なかったら、未だにお嬢様に怖がられていただろう。
︵いつか落ち着いたら2人にはお礼をしないとな︶
 オレは心のメモに書き込み、着替えた執事服に乱れが無いかをチ
ェック。
 自室の扉を開けるとすでに待っていたメルセさんに挨拶をする。
﹁おはようございます﹂
﹁おはようございます、リュート。それではお嬢様を起こしに参り
ましょう﹂
 今日が約束の3日目だ。気合いを入れなくては。
 そしてブラッド家での1日が始まる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 お嬢様の自室に入る。
 昨日、遅くまで話を聞かせていたせいで未だに彼女は眠っていた。
 大人が3人寝ても余裕がある天蓋付きのベッド。

376
 お嬢様はまぶたを閉じ、長い睫毛を震わせる。
 頬に朱色が差し、唇は薔薇のように赤く潤いがある。
 枕に広がる長い金髪はまるでお伽噺のお姫様と錯覚するほど神々
しい。
 なのに寝顔は戯けなく、﹃天使の寝顔﹄とタイトルを付け美術館
に飾りたい程だ。
 もう少し眺めていたかったが、メルセさんが起こしにかかる。
﹁クリスお嬢様、起きてください、朝ですよ﹂
 メルセさんに声をかけられ、布団を剥ぎ取られる。
 猫のように寒がり丸まるお嬢様が可愛い。
 しかしメルセさんは容赦なく追撃する。
﹁お嬢様、早く起きてください。今日はご友人方がいらっしゃる日
ですよ。あんまり遅くまで寝ていると皆様方を待たせることになり
ますが、宜しいのですか?﹂
 この言葉にお嬢様が反応して、ノロノロと体を起こす。
 目蓋は半分だけ開き、あからさまに眠そうだ。
﹁おはようございます、お嬢様﹂
﹃おはようごじゃいます﹄
 お嬢様はまだ寝ぼけているらしくミニ黒板の文字がおかしい。
 だが寝ぼけているとはいえ昨日、一昨日と違いオレが近づいても
彼女は怖がることはなくなった。

377
 大きな成果にオレは胸中でガッツポーズをする。
 お嬢様は眠そうな目のまま、さらに文字を書く。
﹃今日は午後のお茶会にカレンちゃん達が来るので、昨日食べたク
レープのケーキを作ってもらえませんか?﹄
﹁構いませんが、カレン様方とは?﹂
﹁お嬢様の幼なじみ方です。3人共女性でお嬢様とは同い年です﹂
 メルセさんが説明してくれる。
 なるほど歳の近いお嬢様の幼なじみとは彼女達のことか。
 さらにお嬢様はミニ黒板に文字を書く。
﹃お茶会にはリュートさんも是非出席してください。昨夜聞いた最
後のお話が一番楽しかったのでみんなにも聞いて欲しいんです﹄
﹁昨日の⋮⋮ああ、バ○スですね﹂
﹃バ○スです♪﹄
 楽しそうにお嬢様はミニ黒板に文字を書く。
 オレの故郷で人気の話と前置きをして、列車、銃、車、レーダー
などを適当にこの世界の物に置き換え話したが、それでも十分面白
かったらしい。
 これほど楽しげなお嬢様を見るのは初めてだ。
 どうやらジ○リは異世界でも通用するらしい。
 マジで凄いなジ○リ。
 オレは調子に乗って暗幕のような分厚いカーテンを開き、お嬢様

378
に光を浴びせる。
 お嬢様はもちろん意図に気付き、楽しげに文字を書いてから目を
押さえる。
﹃目がぁ∼、目がぁ∼﹄
﹁さすがです、お嬢様﹂
 異世界に転生して11年。
 久しぶりに交わすオタクコミニケーションのやり取りにオレ自身、
心底楽しんでしまった。
 暫くオレとお嬢様は目を押さえるポーズを取り笑い合う。
 その姿を見てメルセさんが驚きの表情で固まっていた。
 視界の端に捕らえていたがカーテンを開けただけでそこまで驚く
意味が分からず、とりあえず放置してお嬢様に笑顔を向ける。
﹁それでは午後のお茶会で僭越ながら、お話をご友人方にさせて頂
きますね﹂
 オレの返答を聞くと、お嬢様は楽しげに笑顔を浮かべる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 お嬢様のお世話をメルセさんと済ませると、オレ達は遅い朝食を
摂る。

379
 食べ終わるとすぐオレは厨房へと向かった。
 今ではオレ専用状態になった厨房の隅に材料を並べる。
 午後のお茶会でお嬢様は昨日食べた﹃ミル・クレープ﹄をご所望
だ。
 幼なじみの友達が尋ねてくると聞いて、オレは気合いを入れて﹃
ミル・クレープ﹄作りに取りかかる。
 昨日はクレープの間に挟んだ赤苺を、今回は磨り潰し、クレープ
生地に混ぜる。
 生地がピンク色に染まった。
 料理長を務める甘党のリザード族のマルコームさんにお願いして、
竈に火をつけてもらう。彼は魔術師ではないが、簡単な料理に特化
した魔術なら使えるようだ。
 火加減は燃える薪の出し入れで調整する。
 子供のオレを心配して、メイドの何人かが手伝いを申し出たがや
んわり断った。
 お嬢様の友人をもてなす準備に忙しいのに、オレの面倒まで見さ
せる訳にはいかない。
 昨日と同じようにクレープを作っていく。
 クレープ生地全部を使い切ると、あら熱を取るため暫し放置。
 その間にカスタードクリームを手早く作り終え、こちらも熱を取
るため暫し放置。
 冷蔵庫から赤苺だけではなく、いくつかの果物を取り出す。

380
 それらを薄く切り、間に挟む果物の準備を終えた。
 後はひたすらクレープにカスタードクリームを塗り、果物を乗せ
さらにクレープを重ねる作業を繰り返す。
 生地を使い切ったら、料理長のマルコームさんにお願いして﹃ミ
ル・クレープ﹄をハート型に切ってもらう。
 最後にマルコームさんが、﹃ミル・クレープ﹄に残ったカスター
ドクリーム&果物で飾り付ける。
﹃季節フルーツのハート型、ミル・クレープ﹄完成!
 ピンク色の生地のお陰で自分で言うのもなんだが、食べるのが勿
体無いほど可愛らしく出来た。飾り付けてくれたマルコームさんに
感謝だ。
 お嬢様の友人が女性のみだから、これなら受けがいいだろう。
 オレはマルコームさんにお礼を告げ、もう一品新しいお菓子作り
に取り掛かった。
 竈の上に深い鍋を置き、油を注ぎ入れる︱︱
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 お嬢様の友人達が到着する。
 彼女達は旦那様と奥様と簡単に挨拶を交わし、その後お嬢様の自
室へと通された。

381
 本来、お客様を招いてお茶会を開く場合、庭やテラス、広間など
を使うらしい。
 だがお嬢様はイジメのトラウマから部屋を出ることができないた
め、一般的ではないが自室でお茶会をおこなっている。
 友人達は事情も知っているし、今日が初めてでも無い。
 眉を顰めることもなく、スムーズにエスコートを受ける。
 自室でお嬢様が皆を出迎えた。
 さすがに客人を呼んでのお茶会のため、いつものパジャマではな
く私服に着替えている。薄い青のワンピースが、黄金色の髪と白く
透き通るような肌と合っていてとても可愛らしい。
 分厚い暗幕のようなカーテンは引かれたままだ。
 室内は魔術の力で明るく照らされている。
 お茶会の世話係としてオレは、メルセさんと一緒に参加した。
 見慣れない人種族の子供に友人達の視線が突き刺さる。
﹁初めまして、執事見習いの人種族、リュートです。以後、お見知
りおきを﹂
 右手を胸に、左手を腰に当てぺこりと挨拶をする。
 お嬢様が幼なじみ3人を紹介してくれる。
 3つ眼族のバーニー・ブルームフィールド。

382
 見た目は普通のセミロングの可愛らしい人間だが、額にも眼があ
った。だから3つ眼族と呼ばれている。
 家は両替屋を営んでいる。
 そのためお金の計算がとても早いのが自慢。
﹁クリスちゃんが人種族とはいえ、男の子を執事に雇うなんて意外
だね﹂
 次は下半身が蛇で上半身が人のラミア族、ミューア・ヘッド。
﹁いいじゃない、優しそうで良い人そうだし。伯爵様は相変わらず
人を見る目があるわね﹂
 チロチロと赤いヘビ舌を出しながら、彼女はノンビリと感想を告
げた。
 ミューアの実家は鉱山を所有しているらしい。
 下半身は蛇のままで、上半身は着物のような衣服に袖を通してい
た。胸も大きく、お嬢様と同い年とは思えないほど色っぽい。
 この2人は友好的だったが、最後の1人は不機嫌そうな顔をして
いる。
 ケンタウロス族のカレン・ビショップだ。
 下半身は馬で、上半身は女性。
 髪型も一族名にひっかけているのか長いポニーテールにしていた。
 椅子には座らず、正座するように足を折りたたんでいる。
﹁他家の雇用に口出すつもりは無いが︱︱もしクリスに邪なマネを
したらタダでは置かんぞッ﹂

383
 ドスの訊いた声で脅してくる。
 口調もまるで侍だ。
 実家が大きな武器・防具の製造と販売を行っているらしい。一族
で傭兵のようなこともやっていて、そのため幼い頃から武芸に取り
組んでいるせいでこんな口調らしい。
 お嬢様がカレンに対してフォローを入れる。
﹃リュートさんは良い人ですよ。お菓子作りも上手で、今日のお茶
会にも我が儘を言って作ってもらったんです﹄
 お嬢様の台詞を受けて、オレは今日作った﹃季節フルーツのハー
ト型、ミル・クレープ﹄と﹃ポテトチップス︵うす塩味︶﹄をテー
ブルに並べる。
﹁わぁ、可愛い﹂と3つ眼族のバーニーが、女子らしい声をあげる。
﹁ふん、見た目は悪くないな。見た目は﹂とケンタウロス族、カレ
ン・ビショップ。
﹁まったくカレンは⋮⋮。でも本当に可愛らしい見た目のケーキよ
ね。でも、こっちは⋮⋮豆芋かしら﹂とラミア族、ミューアが首を
傾げた。
﹁その通りです。﹃ポテトチップス﹄と言う名前のお菓子です。豆
芋を薄くスライスして油で揚げ、塩が振ってあります。甘くはあり
ませんが癖になる味ですよ﹂
 豆芋は前世の芋とほとんど見た目が一緒だった。
 試しに作ってみたが、ちゃんとポテトチップスになっていた。
 味は、味見してくれた料理長のマルコームさんのお墨付きだ。

384
 お嬢様の友人が来るということで気合いを入れて新メニューを開
発したのだ。
 早速、お嬢様が新メニューの﹃ポテトチップス﹄に手を伸ばす。
﹃パリパリして美味しいです﹄
 ハンカチで指先を拭いてから、嬉しそうにミニ黒板に文字を書き
込む。
 他の3人も手を伸ばし、それぞれの美味しいと口々に言う。
かおりちゃ
 メルセさんがその間にそつなく香茶を全員分煎れる。
 さらにハート型のミル・クレープを切り分け、お嬢様方に配り終
えていた。
 その手際は鮮やかで、一種の芸術と言っても過言ではない。
﹁この﹃ぽてとちっぷす﹄も美味しいけど、ケーキも美味しいわね﹂
﹁甘いのとしょっぱいの繰り返しで止まんないよぉ∼﹂
 3つ眼のバニが嬉しい悲鳴をあげケーキ、ポテトチップスを交互
に食べる。
﹃バニちゃんの言う通りです﹄と、お嬢様もマネをする。
﹁⋮⋮くッ﹂
 カレンは﹃悔しい、でも食べちゃう!﹄という表情で、お菓子を
食べていた。
︵もっと普通に食べればいいのに⋮⋮︶
かおりちゃ
 ラミア族のミューアは、香茶を嗜みながら色っぽい視線をオレへ

385
と送ってくる。
﹁リュートさんといいましたっけ? クリスさんが羨ましいわ。こ
んな美味しい物を食べられるなんて。出来ることなら、リュートさ
んを家へ引き抜きたいぐらいだわ﹂
﹃ミューアちゃんでも駄目ですよ。リュートさんは家の執事さんな
んですから﹄
﹁ふふふ、それは残念﹂
 お嬢様がさらにミニ黒板に指を走らせる。
﹃リュートさんはお料理だけじゃなく、お話も得意なんですよ。昨
日も初めて耳にする、楽しい物語を聞かせてくれたんです。バニち
ゃんにお薦めですよ﹄
﹁クリスちゃんお薦めなら間違いないね。この前、貸してもらった
本も凄く面白かったし﹂
 3つ眼族のバニはお嬢様とは本好き仲間らしい。
 しかしそんな2人に水を差す人物がいた。
﹁クリスとバニのお薦めは勇者が姫を救うだけではないか。話なら
もっと血湧き肉躍る方が私はいいぞ﹂
﹁カレンも人のことは言えないでしょ。カレンが読む本は大抵、英
雄譚系ばっかりじゃない﹂
 ミューアが軽くたしなめる。
 お嬢様がミニ黒板に文字を書く。
﹃ではカレンちゃんが気に入りそうな英雄譚の物語を、リュートさ

386
んはご存知ですか?﹄
 お嬢様の問いに、オレは考え込む。
 武人系女子のカレンが気に入りそうな物語か⋮⋮。
︵ならこれなんかぴったりだな︶
 オレは咳払いをしてお嬢様達の注目を集める。
 そしてオレの国ではよく語られる有名な話だ、と前置きをして続
けた。
﹁それでは僭越ながら物語をひとつ語らせて頂きます。タイトルは
︱︱﹃忠臣蔵﹄です﹂
 もちろん彼女達が想像しやすいようにこの異世界の立場や武器・
道具などに置き換えて話し聞かせた。
﹁素晴らしい! アコウロウシたちはまさに忠臣の鏡だ!﹂
 武人系女子のカレンが﹃忠臣蔵﹄の話を聞き終えると、ぼろぼろ
と涙を流し感動する。
 特に最後、大石内蔵助達が自決するシーンで瞳が決壊。
 人目も憚らず泣き続ける。
 さすがにお嬢様達もカレンの号泣にやや引いていた。
 カレンはハンカチで涙を拭うと、リュートに頭をさげる。

387
﹁素晴らしい話を聞かせてくれてありがとう。先程までの無礼を許
して欲しい。クリスの側に男がいるのが心配で、つい厳しくしてし
まった。これ程、美味しいお菓子や素晴らしい話をしてくれるリュ
ートが悪人のはずが無い!﹂
︵お菓子と話でほだされるとはチョロすぎる!︶とはさすがに言わ
ず、笑顔で返答する。
﹁気にしてませんので、カレン様もお気になさらず﹂
 オレの返答にカレンは明るい表情を取り戻す。
 その後は夕方になるまで女子トークが続いた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 お友達が帰宅後、夕食。
 食べ終わった後、夜会を開かずお嬢様は布団へと潜り込んだ。
﹃昨日は遅くまで起きてたせいで眠いので、もう寝ます﹄
 寝不足&幼なじみ達との談笑で騒ぎ疲れてしまったのだろう。
 だが、このまま眠らせては明日、オレはラーノ奴隷館に返品され
てしまう!
﹁お嬢様、お休みするところ申し訳ございません。実はお嬢様にひ

388
とつお願いがあるのですが⋮⋮﹂
﹃お願いですか? 私に出来ることならなんでも仰ってください﹄
 お嬢様はミニ黒板に指を走らせ、好意的な微笑みを浮かべる。
 この3日間でお嬢様との距離は大分縮まったと思う。
 だが、もし拒絶されたら⋮⋮と考えただけで胃がキリキリと痛む。
 オレは震えそうになる声を抑えながら、お嬢様にお願いした。
﹁⋮⋮自分がお嬢様のお世話を初めてもう3日目。今日が、期限の
日です。だから︱︱血袋として、お嬢様に血を吸って欲しいんです﹂
 お嬢様がミニ黒板に文字を書こうとして、だが、その指を止める。
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
 お嬢様が、オレの方を見る。まっすぐに。
 その瞳の色に、心音が跳ね上がる。
 潤んだクリスお嬢様の瞳に、吸い込まれそうになる。
﹃⋮⋮リュート、こっちに来て﹄
 お嬢様は黒板に文字を書く。そして上半身を起こし、ベッドに腰
掛けるよう手招きする。
 オレは誘われるまま、彼女の近くに行く。
 お嬢様の吐息が、すぐ近くに感じられる。

389
﹃私も初めてなので、上手く出来るか分からないのですが⋮⋮﹄
 お嬢さまの唇が、小さく開く。
﹃ふつつかものですが、よろしく、お願い致します﹄
 彼女はオレの指を、その小さな掌に包む。
 本来は腕や首筋から血を吸うらしいが、指から吸うつもりなのだ
ろう。
 お嬢様が小さな両手で、オレの右手を掴むと人差し指を﹃はむ﹄
と加える。
 温かい口内。
 別の生き物のように舌が、オレの人差し指をチロチロ愛撫するよ
うに舐めてくる。
 血の吸いやすい箇所を探しているようだ。
 お嬢様の犬歯が皮膚を裂く。
 唾液か、他の要因か痛みは無い。
 お嬢様の唇から指が離れる。
 唇と指の間に輝く唾液の糸が生まれ、引き延ばされる。
 途中で伸びきり途切れてしまう。
 不思議なことに指先に傷口は無かった。
 虫に刺されたような赤い痕があるだけだ。
 お嬢様は酒を嚥下したように頬を上気させ、トロンと瞳を潤ませ
ている。

390
 彼女は酔っぱらったようにふらふらしながら、ミニ黒板に文字を
書く。
﹃初めて飲みましたが、リュートさんの血、美味しかったです﹄
﹁お気に召して頂いて、自分も嬉しいです﹂
 メルセさんからハンカチを渡され、指に付いたお嬢様の唾液を拭
き取った。
 一礼して自室を出ようと背を向けると、裾を引っ張られる。
 振り返るとお嬢様が酔っぱらった瞳のまま、恥ずかしそうにミニ
黒板に文字を書く。
﹃今日はリュートさんのお陰で、みんなと楽しい時間を過ごすこと
ができました。いつも美味しいお菓子や楽しいお話をしてくれて、
ありがとうございます﹄
 お嬢様ははにかみながらお礼を告げてくる。
 その可愛さといじらしさに、オレまで自然と頬が弛んだ。
﹁見習いとはいえ自分はお嬢様の執事ですから、当然のことをした
までですよ﹂
 笑顔で返答すると、お嬢様も微笑みを返してくれる。
 幸せで、温かな空気が部屋を満たす。
 お嬢様の執事を始めた初日とは打って変わった態度に、感慨深い
ものを感じた。
﹁それではお嬢様、あらためてお休みなさいませ﹂
﹃お休みなさいリュートさん、メルセさん﹄

391
 オレとメルセさんは一礼して、そっと自室の扉を閉める。
 廊下に出ると、メリーさんが待ち構えていた。
﹁⋮⋮お嬢様はお休みになられたようですメェー﹂
 オレ達の無言を了承ととる。
﹁それで血袋の役割は果たすことが出来たのですかメェー?﹂
﹁はい、お陰様で﹂
 その答えにメリーは黙って数度頷く。
 まぁここで騙した所で、明日お嬢様に確認を取れば分かる。
 嘘をつく意味は無い。
﹁メルセ、リュート。旦那様と奥様がお待ちです。付いて来てくだ
さいメェー﹂
 オレとメルセさんは彼の言葉に従い、後を付いて行った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 旦那様、奥様が待つ部屋に到着する。

392
 中に入ると警備長のギギさんまで待ち構えていた。
 全員が揃うとメリーが司会役で話を進める。
﹁旦那様、奥様、お手を煩わせて申し訳ありません。3日間の試験
結果が出ましたのでご報告させて頂きますメェー﹂
﹁3日間の試験? そんなものあったかしら?﹂
﹁はははっははは、ほらあれだろう。今度出た新しい魔術ランプの
結果だろ? もし前回より性能がよかったら、必要な分だけ買うと
いい! はあははははっっはあ!﹂
﹁いえ、違います。リュートをお嬢様のお世話係兼血袋としてブラ
ッド家に残すかどうかの件ですメェー﹂
 旦那様、奥様共に忘れてたという顔をする。
 本当にこの2人は⋮⋮。
 メリーの進言で2人は出した条件を思い出す。
 メリーが話を続けた。
﹁旦那様が出された条件は︱︱﹃3日以内にお嬢様に血袋として血
を吸われなければ、奴隷館に返品する﹄というものでした。リュー
トはそれを見事達成しましたメェー。 ですが⋮⋮﹂
 と、メリーは一言区切る。
 おいおい。まさか執事長の権限で、条件を満たしているのにオレ
を奴隷館へ送り返すつもりか!?
 しかし、オレの予想とはまったく違うものだった。

393
﹁例えリュートが血を吸われなかったとしても、私は残すべきと進
言するつもりでした。メルセの報告によれば︱︱男性を怖がるお嬢
様が笑って会話をするほど打ち解け、さらに外へ繋がる日光を怖が
るお嬢様に、光を浴びせて笑わせることにも成功しております。こ
れほどの成果を上げている人材を手放すのは、お嬢様にとってもブ
ラッド家にとっても損失となりますからメェー﹂
 メリーは、いや、メリーさんはオレへ向き直ると深々と頭を下げ
る。
﹁初日は奴隷館へ返品するべきなどと、酷いことを言って申し訳あ
りませんでした。暴言を許して欲しいメェー﹂
﹁い、いえ! メリーさんの立場なら反対してもおかしくありませ
んから! 別に根に持ってなんていません!﹂
﹁そう言って貰えるとありがたいメェー﹂
 そんなオレ達のやりとりとを旦那様が眺め︱︱豪快に笑った。
﹁ははははははは! そうかそうか! リュートはクリスとそこま
で仲良くなったのか! ふむでは条件を満たしていることだし、リ
ュートを我がブラッド家に迎え入れよう!﹂
﹁よろしくね、リュート。リュートの作るお菓子はどれも美味しい
から、これから楽しみだわ﹂
﹁はははっはははっはあ! 確かに! リュートの作るお菓子だけ
でも、残す価値があるな! あははあははっは!﹂
﹁ありがとうございます! 旦那様、奥様!﹂
 オレのお礼を、旦那様と奥様は楽しげに笑い受け取った。
 どうやらオレは無事、ブラッド家に残れるようだ。

394
 メリーさんが優しい表情から一転、引き締まったものに変わる。
﹁では、これからはリュートにはお嬢様専属の執事兼血袋として働
いてもらいます。ブラッド家の執事に相応しくなれるよう、厳しく
私が指導するのでそのつもりでいてくださいメェー﹂
﹁はい、メリーさん! 精一杯頑張って立派な執事になります!﹂
 翌日、お嬢様から少しだけ血液を貰い、正式な契約印を仮契約印
の上から押す。
 これでオレはお嬢様専属の見習い執事兼血袋として、ブラッド家
の正式な一員となった。
395
第26話 3日目最終日:ポテトチップス︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月16日、21時更新予定です。
396
第27話 新生活
 リュート、12歳。
 魔人大陸は妖人大陸の正反対に位置している。
 四季は無く、天気は曇りが多い。
 大地もやせ細っており作物が育ちにくい。
 必然、痩せた土地でも育ち栄養価の高い豆類が中心に栽培されて
いる。
 食事は妖人大陸と違って、朝と晩の2回のみ。
 食事の内容も質素で豆のスープ、サラダ、簡単な肉料理、たまに
魚。
 味付けも塩のみが多い。

397
 魔人種族はあまり食事に興味が無い種族なのか、地位が高くても
一般庶民とメニューが殆ど変わらないらしい。
 しかし午後のお茶会、夜の夜会には魂を注ぎ込む。
 魔人種族の老若男女はお茶と甘いお菓子に眼がないのだ。
 そのため輸入される小麦粉、砂糖、果物などはほぼ全てお菓子に
かおりちゃ
変身する。香茶の茶葉も大量に輸入している。
 小麦粉でパンを焼くぐらいなら、ケーキを作る! というお国柄
なのだ。
 妖人大陸などから小麦や砂糖を輸入する代わりに、魔人大陸から
は鉄鉱、石炭、金銀銅、魔石、宝石の原石などを輸出している。
 土地は痩せているが、代わりに広大な土地には資源が大量に眠っ
ているのだ。
 前世の地球でいうなら石油のあるアラブのような国だ。
 しかし魔人大陸に﹃国家﹄というものは存在しない。
 大きな事柄を決める際は一族の代表者達が集まり、会議をして方
針を決める。
 国家として統一しようと思っても、魔人種族は他種族と比べて民
族色が多岐に渡っているため難しい。
 人魚種族と鳥人種族が同じ生活様式など出来るはずがない。考え
方や方向性を統一することすら不可能。
 そのため国家として纏めるまでに至らないのだ。
 他種族からしてみたら国家未満の未開種族。
 見た目や生活様式も魔物に近い者もいる。

398
 故に、差別から戦争に発展したのは必然だったのかもしれない。
 約1000年前、妖精種族&人種族&獣人種族連合vs魔人種族
で戦争が勃発。
 最初は烏合の衆と侮っていた妖人獣連合国家だったが、想像以上
にいざという時の魔人種族たちの団結力は高かった。
 最終的に引き分けに終わったが、魔人種族達の個人技能や魔力値
の高さを考えれば、戦いが長引けば妖人獣連合国家が負けていた可
能性もあった。
 さらに魔人大陸には鉱山、石炭、貴金属、魔石、宝石の原石など
が山ほど埋まっている資源大国。
 見た目が魔物に近いからと差別して、敵に回してはいけない種族
だと妖人獣連合国家は知る。
 この戦争以後、魔人種族に対して差別的な態度を取るのはマナー
違反という風潮が出来た。
 魔人大陸に国家が存在しないため、オレを買ったダン・ゲート・
ブラッド伯爵の爵位︱︱﹃伯爵﹄は、彼が過去に妖人大陸の小国で
活躍したため土地と一緒に与えられたものだ。
 現在、土地は旦那様の知り合いが管理しているらしい。
 一体どんな活躍をしたんだよ⋮⋮。
 ダン・ゲート・ブラッド伯爵はヴァンパイア本家の三男坊として
生まれた。
 跡取りとしては絶望的。
 だが生まれ持った魔術師としての才能のお陰で、彼は魔術師A級

399
にまで到達する。
 さらに魔術師学校を卒業すると、フロンティアスピリット溢れる
ギルド
旦那様はすぐさま冒険者斡旋組合に自分を登録して、魔人大陸を飛
び出してしまう。
 魔物を退治してさらに盗賊も討伐、ドラゴンに喧嘩を売り、敵に
レギオン
回った軍団を1人で壊滅させ、危険なダンジョンを走破︱︱と、世
界狭しと動き回り、様々な冒険を繰り広げた。
 最初は魔人種族ということで周囲に距離を置かれていた。
 しかし社交的で実力もありさらに紳士的な態度だったため、最初
あった差別もすぐに吹き飛ばし、多数の友人や仲間を作った。
 そんな旦那様が当時、海賊狩りをしていた奥様と出会った。
 セラス・ゲート・ブラッド夫人は、元海賊狩りの女船長として名
を轟かせていたのだ。
 彼女も魔術師Bプラス級の実力者。
 2人は出会ってすぐに一目惚れで恋に落ちる。
ブレスレット
 2人はその日のうちに旦那様は腕輪を奥様に手渡し結婚。
 当時の仲間たちは2人のあまりの早さに誰も付いていけず、皆一
様に驚いていたらしい。
 そして2人は魔人大陸に戻ると、貿易会社を起ち上げた。
 奥様の、海賊狩りで鍛えた航海の知識。
 旦那様の語学力、社交的態度で築き上げた人脈&ツテのお陰です
ぐに会社は莫大な利益をあげた。

400
 特に収益をあげたのが、ドワーフを雇い魔人大陸で宝石の原石・
金・銀などを加工し輸出する事業だ。
 材料発掘から、加工、輸送まで全部会社内部で行う。
 その分、高品質にすることが可能になり、さらに顧客好みのデザ
インを実現し、細かいオーダーにも応えるシステムを構築したのだ。
 お陰で顧客からの評判は良くひっきりなしに注文が舞い込んでき
た。
 他の魔人種族達もマネしようとしたが、旦那様のようにはいかず、
ドワーフたちと文化的摩擦を起こしてしまう。
 また旦那様とは違い妖人大陸などに住む上流階級者とのツテが無
い。
 そのため品物を作っても売りさばく相手がいないのだ。
 これではいくら品物を作っても意味がない。
 そんな風に他者が苦戦している横で、旦那様の事業は急成長を続
けた。
 現在は2人ともほぼ引退状態。
 事業は基本的に部下達に任せており、時々様子を見に行く程度だ。
 仕事以外の日は、何をしているかというと︱︱
 奥様はお茶会を開いたり、似たようなご夫人方と集まって色々な
集まりを開いている。趣味人だ。
 旦那様はひたすら筋力トレーニングに取り込んでいた。
 とにかく筋肉を育てるのが好きらしい。
 廊下で仕事中に旦那様と出会うと、一瞬で上半身の服を脱ぎポー

401
ジングをとる。
﹁リュート! 我が輩の筋肉はどうかね! キレているかね!﹂
﹁は、はい。とても素晴らしくキレてます。育っていると思います﹂
﹁そうか、そうか! はははははははははっははははは!﹂
 返答に満足すると、上半身裸のまま廊下の角に消える。
 続いて廊下の角から、メルセさんの﹃キレてます、素晴らしいで
す﹄という声と、再度旦那様の笑い声が聞こえてきた。
 そこまで皆に聞かなくても⋮⋮
 また月に数度、旦那様と奥様2人で小旅行に出かけたりもする。
 まるで新婚時代のように、2人寄り添い仲睦まじく旅をするらし
い。
 誰しもが理想とする優雅なスローライフだ。
 だが︱︱旦那様の成功と優雅な日々、それを妬むのがヴァンパイ
ア族本家の長男と次男、つまり旦那様の兄達だ。
 本家の家柄は古く、土地もあり、一般的には彼らも上流階級者と
言える。
 しかし旦那様に、総資産では圧倒的に敗北している。
 それがどうしても彼らは気に入らないらしい。
 昔一度適当な建前で、長男と次男が旦那様に戦争を仕掛けてきた。
 相手は本家ヴァンパイア族、約1000人。うち、魔術師は50
人ほどだ。

402
 対してブラッド家は、旦那様と奥様を筆頭に、戦える人材を集め
ても50人に満たなかった。
 しかし結果はブラッド家の圧勝。
 ブラッド家に味方する者たちは、奥様の元部下や旦那様に恩義が
ある冒険者仲間達だ。戦闘経験や忠誠心において、ヴァンパイア族
本家の部下達など足下にも及ばない。
 そして何より決定的だったのが、旦那様の存在だ。
 旦那様の魔術師A級は伊達ではない。
 魔術師A級は一握りの天才が努力してようやく到達できる領域。
 その時の戦争では、旦那様はあらゆる魔術を浴びながらも傷1つ
付かず、ヴァンパイア族本家の部下達を蹂躙した。
 なのに誰1人と死者を出していない。
 圧倒的力量差があるからこそ出来る芸当だ。
 長男と次男は自分達の勘違いで戦争を仕掛けたことをすぐに謝罪
する。
 それを旦那様は笑って許した。
 しかも謝罪以外は金銭も何も、ある理由から何1つ求めなかった。
 その理由とは︱︱﹃久しぶりに筋肉を震わせることが出来た楽し
かったぞ! だがもう少し骨がないと我輩の筋肉に行使する喜びを
与えられないな! ははははははははははぁっ!﹄
 旦那様のこの台詞に奥様まで可笑しそうに笑ったらしい。

403
 夫婦揃って大馬鹿なのか、器がでかいのか⋮⋮
 旦那様が好意で水に流したというのに、未だに長男と次男はこの
時の戦争のことを根に持っているらしい。
 再戦を狙っているが周囲から止められているという噂だ。
 そんな旦那様達2人の一粒種であるクリス・ゲート・ブラッドの
10歳の誕生日に、オレは間違って血袋兼世話係として買われた。
 ヴァンパイアにとって血は珈琲や紅茶、タバコといった嗜好品に
近い。
 特に人種族の血が美味とされている。
 妖人大陸には誕生日という概念が無い。
 精々、15歳が大人になった成人の日だと喜ぶぐらいだ。
 しかし魔人大陸には誕生日の概念がある。
 10歳が一区切り。
 15歳になると大人の仲間入りを祝福して祝う。
 以降は歳をとっても祝ったりはしなくなる。
 オレは一度、旦那様と奥様に尋ねた。
 お嬢様の引きこもりについてだ。
﹁どうして旦那様方は、お嬢様の引きこもりを解決しようとしない
のですか?﹂

404
 何もしていない訳では無い、というのは分かっている。
 誕生日にオレという血袋を買い与え、好転させようと切っ掛けを
与える手伝いなどはしている。
 だが、自室から出なくてもいいように風呂やトイレなどの生活環
境を整えたりしているし、トラウマを克服するための治療︵この異
世界にあるか分からないが︶を施している気配も無い。
 オレからすると、まるでわざとお嬢様に興味が無いような態度を
取っている気がする。
 あんな可愛らしく、健気なお嬢様に両親が興味を持っていない︱
︱ってことはありえ無いとは思うが、聞かずにはいられなかった。
 旦那様、奥様は目を合わせ黙り込む。
たいりくうみつばめ
﹁⋮⋮リュートは大陸海燕という鳥を知っているかしら?﹂
 奥様が突然、よく分からない質問をしてくる。
 オレは首を横に振った。
﹁大陸海燕は渡り鳥で、妖人大陸と魔人大陸の間にある中心海を飛
んで行き来しているの。でも、そんな大陸海燕も永遠に飛べる訳じ
ゃないわ。わたくしが海賊船狩りをしていた頃、よくマストに止ま
って休憩してるのを見たものよ﹂
かおりちゃ
 奥様は香茶で喉を潤す。
﹁今のクリスも、休憩している大陸海燕と一緒だとわたくし達は考
えているの。少し休んでいるだけで、何時かまた飛び立つ。だから
わたくし達はそれまでの間、たっぷりと休める環境を作ってあげた

405
かったのよ﹂
﹁⋮⋮奥様達はお嬢様を信用しているのですね﹂
﹁いいえ、違うわ。娘を信頼しているだけよ﹂
﹁ははははははあははは! 我輩とセラスの子だ! そのうち部屋
どころか、魔人大陸から飛び出すかもしれんな!﹂
﹁昔のわたくしや貴方のようにですか。本当にそうなりそうね。血
は争えませんもの﹂
 そして2人は楽しげに笑い出す。
 彼らは、娘を信頼している。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 前世でオレは引き籠もってしまった。
 お嬢様と同じように外の世界が、またイジメられるのが怖くて引
き籠もってしまった。
 あの時、オレの両親は何も言わず引き籠もることを許してくれた。
 もしかしたら、旦那様達のように、オレを、自分達の息子を信頼
していたのかもしれない。
 いつか勇気を出し、自分の足で部屋を出てくれることを⋮⋮。
 しかし結果、オレはそのまま家に居続け、挙げ句の果てに両親に
追い出された。
 知り合いの金属加工工場へ行くか、100万を持って家を出るか。
 そう言われた時、オレは﹃なんて酷い両親だ! 生んだ息子の面
倒を見るのが義務じゃないのか!?﹄と憤慨した。

406
 だが、両親はその時、どんな気持ちだったのだろう。
 オレは自分のことばかりで、両親の気持ちなんて考えもしなかっ
た。
 精々、オレより優秀な弟がいるから、自分はお役目ごめんなんで
すね︱︱と、拗ねていただけだ。
 もし前世の日本に戻ることが出来たら、両親と向かいあって話し
たい。
 酒でも飲みながら意見を交わしたい。
 そして相手があの時何を想い、願っていたのか⋮⋮オレは今更な
がら知りたかった。
 そして気が付けば旦那様、奥様、クリスお嬢様、メリーさん、メ
ルセさん、ギギさん︱︱皆と初めて出逢ってから約1年が経過した。
 現在のオレは、クリスお嬢様の護衛者兼執事見習い兼血袋として
生活をしている。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 12歳になった、現在のオレの生活スケジュールはというと⋮⋮。
 1日はまずベッドから抜け出し、執事服に着替えるところから始

407
まる。
 窓を開け、朝の新鮮な空気で部屋を満たす。
 たまに窓のすぐ下に、コマネズミがいる。彼らは害虫などを食べ
てくれる益獣だ。
 見た目は完全にハムスターだ。
 魔人大陸の生き物らしく、甘い物も好きみたいであまったクッキ
ーなどをたまにやると喜んで食べる。
 いつか鶴の恩返しならぬ、コマネズミの恩を返して欲しいものだ。
 自室を出るとメイド長の魔人種族・ハム族のメルセさんと合流し
お嬢様の部屋へ向かう。
 眠っているお嬢様を起こすためだ。
 ノックして部屋に入るが、大抵お嬢様は朝になっても大きなベッ
ドで眠っている。
 大人3人が余裕で眠れる天蓋付きベッドで、小柄なお嬢様が眠る
姿はとても可愛らしい。
 このまま寝顔を鑑賞したいが心を鬼にして起こす。
 引き籠もっているとはいえ、生活リズムを崩し夜型になっては健
康に悪い。
﹁お嬢様、朝ですよ起きてください﹂
﹁∼∼∼﹂

408
 クリスお嬢様は五月蠅そうに身をよじりオレに背を向けた。
 声をかけるが大抵起きない。
 なのでオレは窓を塞いでいる分厚い暗幕のようなカーテンを全開
にする。
 今日も天気は曇りだが、光は差す。
 約1年前、お嬢様はイジメが原因で外を極端に怖がっていた。
 そのため、あの頃の窓は常に暗幕のような分厚いカーテンに閉ざ
されていたが、今は違う。
 彼女が日光を怖がることはなくなった。
 しかし未だに自室を出ることは出来ない。
 無理に出ようとすると吐き気を催す。最悪の場合、貧血のように
青白い顔で気絶してしまう。
トラウマ
 それだけお嬢様の心に刻まれた心の傷は深いのだ。
 だが、日光を浴びることは克服できた。
トラウマ
 この調子でゆっくりと心の傷と向き合い改善していけばいい。
 幸い家にはお金があり、ヴァンパイア族は長命で美貌も衰えない
らしいからだ。
 お嬢様は日光を浴びると、眩しそうに目蓋を擦り眼を覚ます。
 起きなかったら、メルセさんが布団を剥がし肩を揺さぶる強硬手
段を取る。
﹁お嬢様、おはようございます﹂
﹁おはようございます﹂

409
﹃おはようございます。メルセさん、リュートさん﹄
 今日はどうやら日光で起きてくれた。
 寝ぼけ眼でミニ黒板に朝の挨拶を書く。
 お嬢様が起きるとメルセさんが自室にある浴室へと彼女を連れて
行く。
 オレは彼女が朝の身支度をしている間に、朝食の準備を済ませる。
 一階の調理室へ行くと、魔人種族・リザード族のマルコーム料理
長が朝食を作り終え、ワゴンに乗せ準備を終わらせている。
﹁おはようございます、マルコームさん。お嬢様の朝食を受け取り
に来ました﹂
﹁⋮⋮⋮⋮︵こくり︶﹂
 マルコームさんは使用人の中で一番の無口だ。
 見た目は二足歩行のトカゲで、調理服に袖を通し、手入れがきち
んとされている包丁を握り締めている。
 見た目は血の滴る肉が主食のような強面だが、実際は肉類が一切
食べられないベジタリアン。だが、大の甘党で、普通の料理よりお
菓子作りの方が得意らしい。
 彼は丁寧に頭を下げて、オレにプリンやカスタードクリーム、ミ
ル・クレープの作り方を習いたいと言ってきたことがある。
 もちろん出し惜しみせず、オレが知っている限りのレシピを彼に
教えた。

410
 お陰でたまに午後のお茶会や夜会で余ったお菓子を優先的に分け
てくれるようになる。
 ワゴンで料理を運ぶ。
 2階へは肉体強化術で体を補助、力業で運んでいる。
 お嬢様の自室にあるテーブルに料理を並べ、身支度が終わるのを
待つ。
 お嬢様が食事をしている間はオレとメルセさんは給仕に徹する。
 食事が終わると後片付け。
 お嬢様のお世話を他のメイドさんに頼み、オレ達は使用人食堂で
遅めの朝食を済ませる。
 朝食を済ませると、メルセさんはお嬢様の元へ。
 オレは執事長のメリーさんの元へ向かう。
 午前中はメリーさんによる魔人大陸語&執事としての勉強会が開
かれる。
 魔人大陸語は簡単な読みと日常会話は問題ないが、書く方はまだ
慣れていない。
 また執事としては未熟も未熟。
 メリーさんから頭の下げ方、足運び、言葉遣い、姿勢、お茶の運
び方、手紙の出し方、一般教養︱︱などなどブラッド家の執事とし
て恥ずかしくないレベルにするため、厳しく教えられる。
 午後はお嬢様のお茶会準備。
 お嬢様がお気に入りの﹃ミル・クレープ﹄を、マルコームさんが

411
気合いを入れて準備する。
 7日に1回ペースで、お嬢様の幼なじみの女性たち︱︱﹃3つ眼
族、バーニー・ブルームフィールド﹄﹃ラミア族︵下半身が蛇︶、
ミューア・ヘッド﹄﹃ケンタウロス族、カレン・ビショップ﹄が遊
びに来る。
 その日はマルコームさんもさらに気合いを入れてお菓子を準備す
る。
 彼女達は、引き籠もっているお嬢様のために、数年もの間ちょく
ちょく遊びに来ているらしい。
 せめて使用人として彼女達の友情に報いるため、マルコームさん
だけではなく、メルセさん、ギギさん、メリーさん、他メイドさん
達も気合いを入れて応対する。
 彼女達は純粋にお嬢様に会いたくて来ているようだ。
 お茶会で楽しそうに女子トークを弾ませている。
 3つ眼族、バーニー・ブルームフィールドは、お嬢様と趣味が合
うらしく可愛い小物や面白かった本、街中で買って食べたお菓子な
ど女の子らしい話をする。
 ラミア族、ミューア・ヘッドは、お嬢様と同い年とは思えないほ
ど妖艶で色っぽい。
 大抵は聞き役で、このグループのまとめ役、お姉さん役という立
ち位置だ。
 お嬢様も相談がある時は、ミューアとこそこそ会話をしている。
 ケンタウロス族、カレン・ビショップは皆の弄られ役だ。熱血で、
可愛い小物より剣が好きという武人系女子。

412
 よくミューアにからかわれ、その反応にお嬢様達が楽しげに笑う。
 お茶会が終わると、警備長の獣人種族、狼族のギギさんと戦闘訓
練だ。
 彼も元奴隷で、10年前に貯蓄して、旦那様から自分を買い取っ
たらしい。
 魔術師Bプラス級の実力者だから出来た芸当だ。
 普通、奴隷が自分を買い戻すことなどそうそう出来ない。
 奴隷の身分から解放された後も、旦那様の下に付き警備長として
働いている。
 本人曰く、
﹁家族はとうの昔に死んだ。帰る場所など無いからここにいる﹂
 現在は一使用人として正当な給金を貰い働いている。
 執事服からラフな運動着に着替える。
 練習は裏庭で行っていた。
 戦闘訓練をするのはいざという時、お嬢様を守るためだ。
 練習メニューは体力作りのため城外周マラソン、体術、剣術の練
習。
 体術はひたすらギギさんと組み手を行う。
 剣術は木刀を持ち、素振りとギギさんとの打ち合いをする。

413
 夜、夕食をお嬢様の自室へ運ぶ。
 食事が済み片付け終えると、他メイドさんと交替してオレとメル
セさんは使用人食堂で夕食を摂る。
 寝る前の夜会。
 最近、夜会でお嬢様が気に入っているお菓子はプリンだ。
 マルコームさんはプリンを皿の中央に置き、フルーツを並べ飾り
付ける。
かおりちゃ
 冷たいプリンと温かな香茶が癖になるらしい。
 オレはお嬢様の側で給仕を務めながらたわいない話をする。
 ラノベ、マンガ、アニメなど読んできたお話を聞かせるとお嬢様
は喜んでくれた。
 また20∼30日に一度の割合で、血袋としての役割を果たした。
 寝る直前、お嬢様の側に椅子を寄せ捲った腕を差し出す。
 お嬢様は腕に薔薇色の唇を寄せ、真珠のような輝く犬歯で皮膚を
﹃はむはむ﹄と甘噛みしてくる。
 歯が皮膚に埋まっていく感触︱︱白い喉を動かしお嬢様は血を味
わう。
 痛みは無く、むしろこそばゆい感じだ。
 不思議なことにお嬢様が口を離すと、傷痕がまったく無い。
 諸説あるが﹃ヴァンパイア族の唾液と魔力が無意識に交わり、魔
ヒール
術の治癒なる灯と同じ効果を発揮しているのではないか?﹄という

414
のが有力だ。
 傷も小さいため、魔術師としての才能が無いお嬢様でも問題がな
いらしい。
 飲む血の量も少ない。
 精々、おちょこ1杯程度だ。
 血袋の役目を終えると、お嬢様はオレの腕を小さな手で包み、傷
が残っていないか確かめるように撫でる。
 そして頬を染めて微笑んで、ありがとうとミニ黒板に書く。
 心臓の鼓動が少しだけ早くなる。
 そしてその後、メルセさんがお嬢様に付き添い寝る準備に取りか
かる。
 オレはここでお役ごめんだ。
﹁おやすみなさいませ﹂
﹃おやすみなさい﹄
 お嬢様に挨拶をして自室へと引き上げる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夜、自分の私室へと戻る。
 ブラッド家に買われ連れてこられた時、メイド服に着替えたあの

415
部屋だ。
 執事長のメリーさん。
 警備長のギギさん。
 料理長のマルコームさん。
 メイド長のメルセさん。
 以上は例外だが、本来、使用人に個室を与えられることは無い。
 基本は大部屋で、長年務めても2人部屋が精々だ。
 一番の新人なのに個室を与えられたオレは、かなりの特別待遇に
なる。
 だが、他の使用人は嫉妬せず、あっさりとその事実を受け入れた。
 理由はオレが人種族だからだ。
 過去、人種族達と生活様式や習慣等々の違いで諍いになり、差別
を受け、反発し戦争にまで発展した。
 その自分たちが、新人で人種族だからと自分達の生活様式を押し
付けるわけにはいかない。そういったプライドや様々な事情から、
気を遣われ個室を与えられたのだ。
 個室では皺にならないよう執事服を脱ぎ、ハンガーに掛け洋服ダ
ンスにしまう。
 ラフな恰好に着替えると、わずかな自由時間を満喫する。
 マルコームさんから差し入られたお茶会・夜会のお菓子を食べた
り、筋トレをしたり、ハンドガン作りの感覚を忘れないようにリボ

416
ルバーやAK47制作のイメージトレーニングをする。
 マルコームさんにお菓子のレシピを教えた代金や他使用人に雑用
を代わった駄賃で買ったメモ、ペン、インク壺に覚えている限りメ
モを残したりもした。
 お金を貯金して自分の無事を知らせる手紙を、エル先生に送った
りもした。だがスノーには上手く誤魔化して欲しいと頼んでおいた。
 スノーが魔人大陸で執事をしていることを知ったら、魔術学校を
途中で放り投げ駆けつけてしまう。
 そんな彼女の才能を潰すマネはしたくない。
 だからもし心配で尋ねて来たら上手く誤魔化して欲しいと、手紙
に書いておいたのだ。
﹁ふわぁ∼、もう寝るか。今日も一日働いたな﹂
 疲れが来たらベッドに潜り込む。
 こうして一日が終わり。
 そのままオレは、深い眠りの中へと落ちていった。
417
第27話 新生活︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月17日、21時更新予定です。
現在、展開・演出の都合上銃がまだ出てなくてすみません!
本当に申し訳ない︵´;ω;`︶
ですが、もうちょっとだけお待ち下さい!
新銃器やスノーの再登場などこの後色々ありますので、気長にお待
ち頂けると嬉しいです。
また感想は全部読ませて頂いております。ちょっとリアルが忙しく
なってきたので返信が遅れ気味ですが⋮⋮。もう少ししたらまとめ
て割烹で返信したいと思います、感想ありがとうございます!

418
第28話 模擬戦闘
 リュート、12歳。
 お茶会が終わった午後、自室で執事服からラフな恰好に着替える。
 午後からはギギさんとの戦闘訓練があるからだ。
 着替えが終わると裏庭へ移動。
 準備体操を終わらせると、体力作りのため屋敷の周りを5周する。
 休憩後、ギギさんと組み手を行う。
 魔人大陸に流派はほぼ無い。
 だから練習と言ってもひたすら実戦を想定した組み手がメインと
なる。

419
 最初の頃は︱︱
﹁リュートは必要以上に相手を傷つけることを怖がり過ぎている。
例え練習でも⋮⋮いや、練習だからこそ迷わず打ちのめす気概でや
れ。大抵の傷は治癒魔術で治るから大丈夫だ﹂
 練習初期の頃は毎回同じ注意を受けた。
 前世の日本では、暴力とはまったく無縁の世界で生きてきた。
 こちらの異世界に転生して、リボルバーやAK47で魔物を殺し
たことはある。だが、人︱︱言葉を交わし意思疎通出来る者達を殴
ったことも、撃ったこともない。
 練習とはいえ、グローブやヘッドギアのような安全具も無しに殴
り合うのはやはり抵抗があった。
 しかし約1年以上も組み手をしていれば、慣れて戸惑いも無くな
る。
 今は肉体強化術で身体を補助しながら、毎回ギギさんに全力で殴
りかかっていた。
﹁デヤァ!﹂
﹁攻撃が雑だ。次の展開を予想して、技を組み立てろ。ただ殴り合
うなら、子供でも出来るぞ﹂
 右ストレートをサイドに回り込まれ、あっさりと回避される。
 左拳︵ジャブの様なパンチ︶を打ち込まれ、足が止まった所に骨
を砕く勢いで、右サイドキックがオレに向かって放たれる。
 オレは両腕でガードして距離を取った。

420
 ブラッド家の警備長であるギギさんは、魔術師Bプラス級だ。
 それは普通の魔術師が到達出来る限界点と言っていい。
 もちろん、上には上がいる。オレ達の主である旦那様はA級だ。
 しかし、魔術師の才能が無いオレの魔力量と比べたら天と地だ。
 魔力量が多ければ攻撃力、防御力、移動速度、反射神経なども全
てあちらが有利になる。
 注げる魔力量が違うのだから当然だ。
 オレが全身を覆うほどの魔力を使ったらすぐに底をついてしまう。
 さらにギギさんは獣人種族のため人種族の自分より基礎運動能力
が高い。
 気を抜けば10秒かからず倒されてしまう。
 だからまずオレがするべきは︱︱致命打を受けないように眼に魔
力を集中!
 反射神経、動体視力を同時に向上させる。
 お陰でギギさんの左フックをダッキングで回避。
 お返しとばかりに、膝を沈めて体ごと突き上げるアッパーを返す。
 ギギさんは避けようとせず、片手で受け止めて︱︱
 そんな風に組み手を時間まで行う。
 次は剣術訓練に移る。
 剣術訓練はひたすら木刀で素振り&体術と同じで打ち合いをする。
﹁リュートは体術には光るものがあるが、剣術の才能は無い。だか

421
ら、とにかく基礎を固めて、防御に専念しろ。刃物は体術と違って、
一太刀が命取りになるからな﹂
 ギギさんは言いにくいことも本人に正面から伝えてくる。
 しかも特にフォローも無い徹底ぶり!
 だが、これもギギさんの優しさなのだろう。
 下手に褒めて調子に乗せてしまうより、ばっさりと弱点を指摘し
て補う訓練に重点を置く方が効率も良いし、実戦の役に立つ。
 剣術の打ち合いでもギギさんにひたすら防御を徹底させられた。
 振るわれるギギさんの木刀をひたすら受ける訓練だ。
 実戦では敵に剣を当てるより、当てられ無い方が重要だと口を酸
っぱくして言われる。
 剣なら一太刀でもあびれば生物なら動きが鈍くなる。
 傷が浅くても時間が経てば出血量が増え、肉体のパフォーマンス
が落ちる。
 魔術師なら治癒魔術で傷を治療出来るが、一般人ならお終いだ。
 そうならないためにも剣術訓練では、防御の練習をひたすらさせ
られた。
 一通りの訓練が終わると、オレ達は清潔な布で汗を拭う。
 ギギさんはその間も、魔術師が相手だった場合の実戦のやり方を
教えてくれた。

422
﹁とにかく魔術師と戦う時は、距離を潰して接近戦に持ち込め。無
詠唱は脅威だが、それより距離を取られて遠距離から攻撃される方
が危険だ。こちらが手を出せない距離で手も足も出せずに敗北して
しまう﹂
 だが、と彼は付け加える。
﹁A級以上の魔術師が相手の場合は、とにかく逃げることだけに専
念しろ。戦おうなどと思うな。戦うだけ無駄だ。自殺と変わらない﹂
﹁自分は魔術師の才能が無いからあれですけど、ギギさんはBプラ
ス級ですよね。それでもですか?﹂
﹁ああ。昔、一度戦ったが手も足もでなかった。A級は一握りの天
才の領域だ。勝算など無い﹂
 ギギさんは遠い過去を思い出すように眼を細める。
 ︱︱瞳に憎しみの光が瞬いた気がした。
 オレは気のせいだと思い、さらに質問をぶつける。
 どうしてもA級の強さがイメージ出来なかったからだ。
﹁実際どれぐらい強いんですか? 勝算が無いって言いますけど、
相手も生物。いくらA級でもやりようはある気がするんですけど⋮
⋮﹂
﹁⋮⋮言葉で説明するより、体験した方が早い。幸い、屋敷には魔
術師A級の方がいらっしゃる︱︱噂をすれば。旦那様﹂
 ギギさんは散歩に出てきたダン・ゲート・ブラッド伯爵を捕まえ
て、練習相手︱︱模擬戦をお願いする。
 旦那様は快活に了承してくれた。

423
﹁ははははははっは! どれ、リュートがどれぐらい強くなったか
我輩が確かめてしんぜよう!﹂
﹁旦那様、くれぐれも手加減を忘れずに。リュートを死なせたら、
お嬢様から1ヶ月は口をきいてもらえなくなりますよ﹂
﹁はっはっはっさ! それは確かに困るな! 1ヶ月は長すぎる!﹂
 オレが死んでもその程度の扱いですか⋮⋮。
﹁リュートは気を引き締めろ。一応、生きてさえいれば俺の治癒魔
術で治せるが、即死されると手の施しようが無い﹂
﹁即死って⋮⋮怖いこと言わないでくださいよ﹂
 ギギさんの指摘に拗ねた返事をする。
 だが彼の言う通りだ。改めて意識を集中した。
 力が抜けた体に気合いを入れ直す。
 気持ちと体を完全に切り替えた。
 旦那様は脱いだ上着をギギさんに手渡す。
 彼は部下として主の衣服を丁寧に畳み両手に持った。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 改めて旦那様の体に眼を向ける。
 2メートル以上の身長に、限界まで詰め込んだ筋肉。
 肌は浅黒くまるで金属のような質感だ。
 肉体強化術で身体を補助しなくても、楽々壁を破壊できるほどの
力があるだろう。
 だが今更その程度で尻込みするほど柔ではない。

424
﹁⋮⋮やるからには、相手が旦那様でも手加減できかねますがよろ
しいですか?﹂
 この発言に対してギギさんが、ドラゴンを前に調子に乗る白黒ウ
サギを見るかのような、哀れみの眼をオレに向けている気がする。
 いや、きっと気のせいだろう。
 旦那様は機嫌良さげに笑顔で促す。
﹁はっはははははははっは! もちろんだ! 男はやっぱりこれぐ
らい威勢が良くないと駄目だな! さっ、遠慮せずいつでもかかっ
てきなさい!﹂
﹁はい! いきます!﹂
 先手必勝!
 省エネを心がけていたとはいえ、今日の訓練のせいで魔力もそろ
そろ限界。
 相手は雇い主だが、﹃遠慮せず﹄と言質は取っている。
 一撃に全力を注ぎ込んだ。
 視力、脚力を強化!
 弾丸のように駆け、右腕を最短距離で突き出す。
 日本武道の代名詞的技、直突き!
 旦那様は反応すら出来ていないのか、抵抗陣を張ろうともしない。
 運動エネルギーをそのまま拳に乗せて、トレーニングでは鍛えづ
らい鳩尾へ遠慮なく叩き込む。
﹁!?﹂

425
 打撃は確かに入った。
 しかし旦那様はよろめきも、後ずさりもしなかった。
 表情も苦痛ひとつ浮かべず、笑顔のまま変えていない。
 旦那様を殴った感触は分厚い鉄板に、頑丈で柔軟なゴムタイヤを
幾重にも巻いたようだった。
 むしろ殴ったオレの拳の方が痛くて、苦悶の表情を作ってしまう。
 旦那様が左腕を自身の顔の高さまで上げる。
﹁ふん!﹂
﹁ッ!?﹂
 ハエでも払うように左腕を振るう。
 大雑把な一撃。
 なのに背筋が凍り付くほどの恐怖を覚える。
 咄嗟に腕をクロス!
 残りの全魔力を抵抗陣︱︱防御に回す。
﹁!!!!!!???﹂
 ガードに旦那様の腕が当たると、オレの体はゴムで弾かれたパチ
ンコ玉のようにぶっ飛んだ。
 ノーバウンドで約10メートル先の木に背中から激突。
 木は﹃メリメリ﹄と音を立て折れる。
 オレは激突する刹那、背中にも魔力で抵抗陣を展開、致命傷は避
けた。

426
 にも関わらず両腕はバキバキに砕け、右肩と何本ものあばらが折
れる。
﹁ッ︱︱!!!﹂
 折れた骨が内臓に突き刺さったのか、口から吐血する。
 体に力が入ら無い上に、激しい痛みが全身を襲った。
 霞んでいく視界の端でギギさんが珍しく血相を変えて駆けつけて
くる。
﹁︱︱︱︱! ︱︱!﹂
 遠くなった耳がギギさんの詠唱を聴いた気がした。
 目蓋が鉛のように重くなり、底が見えないほど深い穴に落ちてい
く感覚。
 オレは意識を無くす瞬間︱︱ギギさんの言葉の意味を文字通り骨
身に染みて理解した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹃なるほど、そんなことがあったんですか﹄
 旦那様との模擬戦をした日の夜。
 夜会でオレとメイド長のメルセさんは給仕を務めていた。

427
 夜会でお嬢様が﹃裏庭から大きな音がしましたが、リュートさん
は何かご存知ですか?﹄と尋ねられた。
 隠す理由も無いので旦那様と模擬戦をして、手も足も出ず一撃で
負けたことを教える。
 木の幹に激突して重傷だったが、ギギさんの治癒魔術ですっかり
治ったと告げたら、お嬢様は胸を撫で下ろしてくれた。
﹁しかし旦那様がお強いとは聞いていましたが、あれほどとは知り
ませんでした﹂
﹃でも魔術師A級のお父様と矛を交わすなんてリュートさんは凄い
です﹄
﹁ただの練習ですから﹂
 例え練習でも二度と旦那様とは戦いたくなど無い!
 さすがにそんな格好悪いことをお嬢様に聞かせる訳にはいかず、
笑顔で謙遜しておいた。
 空いたカップにメルセさんがおかわりを注ぐ。
かおりちゃ
 部屋に香茶の良い匂いが漂った。
 お嬢様は先程までの楽しそうな微笑みから、不意に表情を曇らせ
る。
 原因が分からず訝しんでいると、彼女は迷ったすえ、遠慮がちに
ミニ黒板へ文字を書いた。
﹃⋮⋮リュートさんはどうして強くなろうと努力するんですか。魔
術師の才能がある訳ではないですよね?﹄
 他者に魔術師の才能の有無を聞くのを躊躇っていたようだ。

428
 お嬢様も才能が無いせいでイジメを受け、引きこもりになってし
まった。
 相手に寄っては地雷、トラウマになっているため尋ねづらかった
のだろう。
 別にオレは魔術師の才能が無いせいでトラウマを煩っている訳で
はない。嫌な顔などせず、素直に自身の考えを話した。
 確かに自分は魔術師としての才能は無いが、大切な人を守りたい
という気持ちを胸に抱いている。だから、自分でも出来ること︱︱
省エネでの魔力運用や、拳や剣での戦闘技術を磨いているのだ。
 昔、自分が住んでいた村で子供達が川遊びをして、大切な人が自
分を迎えに来てくれた時にゴブリンの群れが襲ってきた。
 だが訓練をしていたお陰で、子供達も大切な人も誰1人死なせず
に済んだ︱︱と、ハンドガン関係は説明が面倒なため省いて話す。
 そんな過去の体験から、今でも訓練を続けている。もしまた似た
事件が起きても、大切な人を守れるように努力しているのだと。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 お嬢様は、真剣な表情で話を聞いていた。
 才能が無いのに魔術師を目指す愚か者と非難する色は見えない。
むしろある種の憧れ・尊敬するような光が瞳に宿っていた。
 お嬢様はミニ黒板に文字を書く。
﹃素晴らしい考えだと思います。リュートさんは凄い人です﹄
﹁⋮⋮いえ、自分はただ自分のやれることをやっただけで﹂

429
 お嬢様は再び文字を書く。
﹃もしお邪魔でなければ⋮⋮明日の訓練を窓から見学させて頂いて
もいいですか?﹄
 この申し出にオレだけではなく、メルセさんも驚きの表情を作る。
 その態度を否定と取ったのか、お嬢様は悲しそうに眉を下げミニ
黒板を出す。
﹃駄目、でしょうか?﹄
﹁い、いえ滅相もありません。では、明日はこの窓から見える中庭
で訓練をするようギギさんにも伝えておきます﹂
﹃お願いします、とっても楽しみです♪﹄
 本当に嬉しいらしく、機嫌良さげにプリンを口にする。
 メルセさんはそっとお嬢様に気付かれないように目元を拭う。
 自室から出ることを怖がっていたお嬢様が、窓からでも訓練を︱
︱外を見てみたいと自分から言い出す。
 それがどれほどの進歩か。
 お嬢様が生まれてからずっと側にいたメルセさんのような古株か
らしてみたら、小さな一歩でも本当に嬉しいのだろう。
 オレは夜会が終わったら、ギギさんに明日は中庭で絶対に訓練を
するよう頼み込もう。彼もお嬢様を︱︱ブラッド家を心から慕う1
人。
 きっと諸手をあげて喜んでくれるはずだ。

430
 オレはギギさんの喜ぶ顔を想像し、可笑しくてつい口元が弛んで
しまう。
 お嬢様に気付かれて首を傾げられたが、適当に誤魔化した。
第28話 模擬戦闘︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月18日、21時更新予定です。
431
第29話 お兄ちゃん
﹁⋮⋮どうしてこうなった﹂
 オレは誰にも聞こえ無い程の小声で呟く。
 両手で顔を押さえ現実逃避すらしてしまう。
 勇気を振り絞り手をどけて、現実を直視すると︱︱旦那様が巨漢
に似合わない軽快なフットワークでシャドーボクシング的なことを
していた。
 上着を脱ぎ、金属製かと疑うほど照り光る筋肉を太陽に晒してい
る。
 そしてオレと旦那様の間には、審判のように立つギギさんがいる。

432
 中庭の端にはパラソルの下、真っ白なテーブル、椅子が2つ。そ
かおりちゃ
のうちの1つに奥様が座り、メルセさんが淹れた香茶を美味しそう
に飲んでいた。
 テーブルの上には、料理長マルコームさん力作のフルーツ添えプ
リンがお茶請けに置いてある。
 完全に観戦モードだ。
 さらに視線を上へと向けると、窓からお嬢様が中庭を見下ろして
いる。
︵昨晩、あんなことを言ったせいで⋮⋮︶
 オレは今更ながら再び後悔の念にかられた。
 昨晩、夜会が終わった後、ギギさんの自室を尋ねた。
 お嬢様がオレ達の訓練に興味を持ち、見学したい旨を伝えるため
だ。
 話を聞いたギギさんは⋮⋮
﹁お嬢様が、見学⋮⋮ッ﹂
 片手で目元を隠し、オレに背を向ける。
 背を向ける瞬間、目元に光るものがあったのは気のせいだろうか。
 ギギさんは背を向けたまま会話を続けた。
﹁分かった。なら明日はお嬢様の部屋から見える中庭で訓練をする。
間違わず来るように﹂

433
﹁了解しました﹂
﹁明日はお嬢様の御前で行う。今まで以上に気合いを入れて訓練を
行うつもりだ。覚悟を決めておいてくれ﹂
 それだけ告げ、ギギさんは部屋に戻ってしまう。
 彼の声音は初めて聞くほど気力に満ちあふれていた。
 よっぽどお嬢様が窓からとはいえ、外に眼を向けるのが嬉しいの
だろう。
 オレ自身少しでも役に立てるように頑張ろうと、改めて決意を固
める。
 だが、ギギさんは︱︱オレの想像以上に気合いを入れ過ぎていた。
﹁それではこれより旦那様とリュートの模擬戦闘をおこないます﹂
 ギギさんが気合いを入れすぎた結果、再びオレと旦那様との模擬
戦闘特訓を行うことになったのだ。
 お嬢様が﹃オレVS旦那様﹄模擬戦闘を切っ掛けに、特訓へ関心
を抱いた。だからギギさんはその興味を繋ぎ止めるため、再度のリ
ベンジマッチを組んだんだろう。
 もちろん、オレへの配慮など一切無く⋮⋮だ。
 オレは昨日の恐怖を思い出し、生まれたての子羊に筋弛緩剤を打
ち込んだようにがくがくに震えていた。
 一方、旦那様達はというと︱︱
﹁貴方、頑張ってね。でも手加減を忘れちゃ駄目よ。貴方が本気に
なったらリュート、形が残るか怪しいんだから﹂

434
﹁ははははははは! 大丈夫、我輩はこう見えても手加減が上手い
のだよ。その証拠に昨日模擬戦闘をしたリュートは元気いっぱいだ
ろ!﹂
﹁まぁ本当ね。気合いが入りすぎて、動きがぶれて見えるわ。なん
て頼もしい子なのかしら﹂
 違います、奥様。
 ぶれて見えるのは武者震いでは無く、恐怖で体の震えが止まらな
いからです。
 もういっそ夕方ぐらいまで隠れてやり過ごすか?
 旦那様に正式に買ってもらって以降、訓練のためにも魔術防止首
輪は付けていない。
 首輪は買った主の裁量で付け放しだったり、外したりする。
 もちろん逃亡することも可能だ。
 しかし、腕にある魔法陣で主と設定された人物なら位置を特定出
来る︵オレの場合はクリスお嬢様がだ︶。
 逃げ出して、心証を悪くして他所に売り飛ばされるだろう。
 だが、夕方まで隠れて旦那様と模擬戦闘を回避するぐらいは許さ
れる筈だ⋮⋮ッ。
 オレの現主であるお嬢様に視線を向けると︱︱
﹃お父様、リュートさん、2人とも頑張ってください。応援してい
ます!﹄
 ミニ黒板を窓から出し激励を送ってくれる。
 眼が合うと恥ずかしそうに、はにかみながら小さく手を振ってき

435
た。
 ちくしょう! 可愛いなぁもぉおおぉぉッ!
 オレも笑顔で手を振り返す。
 男、リュート逃げ場無し!
 ギギさんがお嬢様にも聞こえるよう声を張り上げ、ルールを説明
する。
﹁では旦那様とリュートの模擬戦闘を始めます。リュートは旦那様
の攻撃を10秒間耐えきったら勝ち。もちろん回避だけで無く、攻
撃するのはあり。旦那様は10秒以内にリュートを倒せれば勝ちで
す。2人ともよろしいですか?﹂
﹁うむ﹂
﹁⋮⋮はい﹂
 オレ達からの返事を聞くと、ギギさんは奥様がいる端まで下がる。
 右腕を高く上げ、再度オレ達を交互に見た。
﹁それでは模擬戦闘︱︱始め!﹂
 ギギさんの合図と共に兎に角、背後に飛ぶ!
 同時に肉体強化魔術で眼と足を強化。回避に特化する。
 これなら10秒ぐらい時間は稼げるはず︱︱だが、オレの目論見
は甘過ぎた。
﹁!?﹂

436
 気付けば目の前に旦那様が居て、右腕を振り上げている所だった。
 反射神経を強化しているのに、まったく反応出来ない。まるで映
画フィルムの途中を抜き去ったように突然、目の前にいたのだ。
﹁おぉぉぉぉぉぉぉぉおッ!﹂
 オレは悲鳴に誓い雄叫びをあげ、右ストレートをサイドステップ
で回避!
 拳が空振り旦那様の脇があく。隙。攻撃を加える?
 旦那様と目が合う。
 無理!
 距離を取らないと!
 どちらへ逃げる? 後方、右、左、意外性をついて上か?
 旦那様と距離を取りたい一心で、全魔力を足に注ぎ後方へと飛ん
だ。
 しかし、再び旦那様の姿を見失う。
﹁!?﹂
 気付いた時には、巨大な影が背後から太陽の光を遮っていた。
 体中から冷たい汗が噴き出る。
 本能が死をはっきりと予感した。
 オレが記憶しているのはここまでだった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

437
﹁無理ですよ、無理無理。旦那様を相手に10秒も逃げ回るなんて。
旦那様の強さは最早反則レベルです﹂
 その日、夜会でお嬢様の給仕をメルセさんと務めながら、愚痴を
垂れ流した。
 結局、オレは背後から旦那様の一撃でノックアウト。
 時間にして3秒で敗北してしまった。
 治癒魔術をかけてもらったが、念のため後半の剣術訓練は中止。
 夜まで休憩するようにと言い渡された。
 夜会の時間になるとメルセさんと一緒に、お嬢様の給仕を務める。
 話題は今日の午後にやった模擬戦闘だ。
﹃でもお父様相手に3秒も持つなんて凄いですよ﹄
﹁ありがとうございます。でも、逃げ回ってようやくですから⋮⋮
正直、格好悪すぎです。しかもこれから毎日、10秒を越えるまで
特訓を繰り返すなんて。ギギさんも無茶振りが過ぎますよ﹂
 わざとらしく肩を落とすと、お嬢様がオロオロする。
 その姿が可愛らしい。
 彼女はミニ黒板に文字を書く。
﹃次は距離を取るのでは無く、距離を詰めてはどうでしょうか? 
お父様のフェイントに気を付けて冷静に対処すれば、きっと10秒
を持ち堪えることが出来ると思いますよ﹄
﹁フェイントなんてしてましたか?﹂

438
﹃はい。最初の攻撃の後、リュートさんを後ろに逃がすための追撃
のフェイント入れてましたよ﹄
 つまりオレは自分の意思で動いているつもりだったが、全て旦那
様の掌の上だった訳か。
︵まるで追い込み漁みたいだな︶
 旦那様はオレの行動を知っていたから、あれほどの超反応が出来
たようだ。
﹁しかしお嬢様は良く分かりましたね。魔術も使っていないのに﹂
と、口から出そうになり慌てて口を押さえる
 トラウマを踏むほど無神経では無い。
﹁?﹂
 お嬢様が首を傾げた。
 オレは喉元まで出かかっていた言葉を誤魔化すため、焦った調子
で尋ねてしまう。
﹁ほ、他に何かアドバイスはありませんか? お嬢様の助言があれ
ば明日、10秒の壁を越えることが出来るかもしれませんから。気
付いたことがあれば、是非教えて頂けると嬉しいです﹂
 お嬢様は特に不信感を抱くこと無く、自分が気付いた問題点、攻
略法を伝授してくれる。
 密着するほどの近距離戦なら、腕の長さ、鍛え抜かれ盛り上がっ
た筋肉が邪魔で素早いパンチは打てない。
 確かにこれだけでも近距離戦を挑む価値は大だ。

439
 他にも旦那様の細かい癖などを教えてくれた。
 こうして、夜会は明日の伯爵攻略会議の場となった。
 その後、昨夜と同じようにギギさんの自室を尋ね、お嬢様が明日
も訓練を見学する旨を伝える。
 ついでに気になった疑問をぶつけてみた。
 どうしてお嬢様は魔術を使って肉体を強化した訳でも無く、オレ
以上に旦那様の細かい動きを眼で追えたのか。
 ギギさんは呆れながら説明してくれる。
﹁ヴァンパイア族は夜目が利き、視力、そして動体視力も良い。お
嬢様はその中でも飛び抜けて眼がいいと、リュートが来た初日に奥
様が説明しただろ﹂
 忘れてた。
 でも、眼が良いというレベルじゃないだろあれは⋮⋮。
 2階の自室の窓から旦那様の動きを魔術の補助無しに細かく捉え
るなんて。
﹁リュートが想像する以上に、お嬢様の眼は飛び抜けて良いんだ﹂
 ギギさんは昔を懐かしむように腕を組む。
 彼曰く︱︱
ジャイアント・バト
 お嬢様が引き籠もりになる前、城の裏手にある森が大蝙蝠の巣に
なった。

440
ジャイアント・バト
 大蝙蝠は2メートルもある巨大な蝙蝠で、家畜や子供、大人すら
連れ去り血を吸い尽くす。
 森は城から約1キロしか離れていない。
 危険だと判断した旦那様が処分を決定する。
ジャイアント・バト
 夜、大蝙蝠が巣に集まるのを待って纏めて退治することになった。
 旦那様と奥様は周囲の制止を笑顔で押さえ、自分達で仕留めに出
かけてしまう。
 部下達を連れて2人は森へ行ってしまった。
 念のため警備長のギギさんは城へ残る。
ジャイアント・バト
 大蝙蝠が旦那様と奥様に勝てる筈もなく、しばらく経って轟音と
共に森全体が揺れた。
 勝負が付いた音だった。
ジャイアント・バト
 しかし運が悪いことに1匹の大蝙蝠が逃走。
 城の方へと逃げてくる。
 ギギさんが魔術で倒そうとしたが︱︱
ジャイアント・バト
 大蝙蝠は矢に射抜かれ森と城の間にある平野に落下する。
ジャイアント・バト
 大蝙蝠を射抜いたのはクリスお嬢様だった。
 彼女はどこから持ち出したのか弓と矢を手に、風が強い夜、暗闇
ジャイアント・バト
に溶け込み飛行する大蝙蝠を一矢で射抜いたのだ。
 しかも約5センチも無い眼孔を正確に射抜き脳を潰していたのだ。
ジャイアント・バト
 大蝙蝠は額が固く、矢では射抜くことが出来ない。
 だから眼を狙うのが弓を使う者の常識だが、子供が風の強い夜に、
一矢で狙い違わず射抜いたのだ。戦慄するなという方が無理である。

441
ジャイアント・バト
﹁俺は射抜かれた大蝙蝠の死骸を前に確信した。もしクリスお嬢様
に魔術師としての才があったなら奥様と旦那様を超える逸材になっ
ていただろう⋮⋮と﹂
 ギギさんはしんみりと項垂れる。
 だが、すぐに顔を上げた。
﹁すまん、最後のは忘れてくれ⋮⋮兎に角、今、お嬢様は訓練を見
学することで前向きになりかけている。これはまたとないチャンス
だ。リュートはお嬢様の助言に従い明日の訓練でなんとしても10
秒の壁を突破するんだ。そうして擬似的に目標を達成する感動を味
わわせることでお嬢様に自信を取り戻す切っ掛けを作るんだ。責任
重大だぞ﹂
﹁なら模擬戦闘の時、旦那様に手を抜くよう助言してくださいよ﹂
 無駄にプレッシャーをかけてくるギギさんに、拗ねた口調で要求
をしてみた。
 しかしギギさんに﹃それじゃ訓練にならんだろ﹄と一蹴されてし
まった。
 やれやれ。ほんとに至れり尽くせりだ、全く。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、午後。
 再び体術訓練︱︱伯爵との模擬戦闘の時間が訪れる。

442
 昨日同様、旦那様は上半身裸でシャドーボクシング。
 奥様はパラソルの下、真っ白なテーブル横の椅子に座り、メルセ
かおりちゃ
さんが淹れた香茶を美味しそうに飲んでいた。今日のお茶請けは﹃
季節のフルーツ入りミル・クレープ﹄だ。
 奥様は暢気にお茶を飲みながら﹃貴方、リュート、どっちも頑張
って﹄と力が抜けた応援をしてくる。
 お嬢様は眼を輝かせて、2階の自室窓からこちらを見ている。
 ミニ黒板にオレを応援する文字が大きく書いてあるのが見える。
 ギギさんがオレと旦那様の間に立ち、ルールを確認する。
﹁条件は昨日と同じです。リュートは旦那様の攻撃を10秒間耐え
きったら勝ち。旦那様は10秒以内にリュートを倒せれば勝ちです。
2人ともよろしいですか?﹂
 オレ達は了解の返事をした。
 ここまでは昨日までと同じだ。
 なぜか旦那様が模擬戦闘前に握手を求めてきた。
﹁ははははっははは! 今日も頼むぞ、リュート!﹂
﹁こ、こちらこそ胸を借ります﹂
 旦那様は握手を交わした手をすぐには離さず、トーンを抑えた口
調で話しかけてくる。
﹁ギギから聞いたぞ。クリスと協力して擬似的に目標を達成するこ
とで、自信を取り戻させる作戦だとか﹂
﹁あくまでギギさんの目論みで、達成できた所で本当にお嬢様が自

443
信を取り戻すかどうかは分かりませんが⋮⋮。も、もしかして今日
の模擬戦闘はいつも以上に手加減してくれるとかですか?﹂
﹁ふふふ、それはありえんぞ。我輩としてもリュートとの模擬戦闘
は楽しいからな。物事を楽しむコツは真剣に取り込むことだ﹂
 ですよねー。分かってましたとも。
 ちょっと淡い期待を持っただけじゃないか。
 握手を解くと旦那様は開始位置へと戻る。
 ギギさんもお茶を飲んでいる奥様の所まで下がった。
 オレは2階の自室窓からこちらを見守るお嬢様に視線を向ける。
 眼が合った。
 彼女はハラハラとした表情で、胸の前で手を握っていた。
 ︱︱可愛い女の子と深夜遅くまで作戦を立てたんだ。ここで覚悟
を決めなければ男じゃ無い。
 オレはお嬢様へ向けて、右拳を握り締め力強く突き付ける。
 お嬢様の真っ白な頬に朱色が指す。
 互いに無言で頷き合う。
 お嬢様と立てた作戦通りにすれば、きっと魔術師A級の旦那様か
ら10秒ぐらいならもぎ取れる!
 オレは深呼吸で肺の空気を入れ換え、目の前の圧倒的な肉壁のよ
うな旦那様を睨み付けた。
 ギギさんが右腕を高々と上げる。
﹁それでは模擬戦闘︱︱始め!﹂

444
﹁うぉおおおおおお!!!﹂
﹁!?﹂
 昨日とは正反対にオレは正面から旦那様に突撃する。
 もちろん魔力で眼、足を強化済み。
 これには旦那様も意表を突かれたらしく、中途半端な右ストレー
トを放っただけだ。
 強化した動体視力で反応。
 体を沈め回避!
 そのまま止まらず距離を詰め、右腕を強化して旦那様の腹部に拳
を叩き込む。
﹁くッ!﹂
 固い鉄板とゴムの複層構造のような腹筋にオレの拳が痛くなった。
 旦那様はその程度の攻撃など意に介さず、肉薄するオレへ左腕を
振り上げる。
 昨日の攻撃に比べると動作が遅い。
 お嬢様の言う通り、密着するほどの近接では長い腕と鍛え抜かれ
膨れた筋肉が邪魔して動作が遅くなる。
︵これなら十分回避できる!︶
 旦那様はまとわりつくオレを撃ち抜くように、左拳を振り下ろす
があっさり空振る。
 拳が届く前にすでにサイドステップで回り込む。

445
﹁ッ!﹂
 背筋に悪寒。
 旦那様の射抜くような視線、肌を突き刺すプレッシャー。空振っ
た左腕が追撃の動作を取る。
 旦那様の攻撃力を知っていれば知っているほど、この程度のフェ
イントで怖じ気づき距離を取ろうとしてしまう。
 オレはこのフェイントによって、良いよに動かされたのだ。
 体が命令を無視して背後へ後退しようとする。
 奥歯が鳴るほど噛みしめ、無理矢理それを押し止めた。
 旦那様はオレが動かないのを察すると、攻撃を切り替える。
 サイドステップで回り込んだオレに、左フックを振り回す。
 背骨を反らし、スウェイで拳をやり過ごした。
﹁おっと!﹂
 無理な体勢からのフックだったらしく、旦那様の体が泳ぐ。
 チャンスだ!
 再び右腕に魔力を集中!
 全力の右ストレートを打ち込む︱︱が、視界でお嬢様が大きく首
を振っている! なぜ!?
 その答えは旦那様が教えてくれた。
 彼は軽い動作でストレートを自身の左手でいなした。
 ボクシングで言うところの﹃パーリング﹄という技術だ。
 体が泳いだのはワザとで、オレはまんまと旦那様の罠にかかって
しまったのか! お嬢様はそれにいち早く気付き、首を振っていた

446
んだ。
 悔やんでも今更、遅い。
 気合いを入れて打ち込んだ拳をいなされ、今度はオレの体が泳ぐ。
 一瞬の隙に、旦那様の固めた拳の右フックが襲ってくる。
 風切り音が殆ど銃弾のそれと変わらない。
 首を肉体強化術で補助する時間は無い。
 0コンマ数秒後、自身の頭と胴体が綺麗に別れる未来図が脳裏を
よぎった。
﹁そこまでです!﹂
 ギギさんの声と同時に、旦那様の右フックが停止する。
 顔と拳の距離は10センチ無い。
﹁10秒経ちましたので、この模擬戦闘はリュートの勝利です﹂
﹁⋮⋮⋮⋮よ、よっしゃぁぁぁぁぁっぁあぁぁぁッ!!!﹂
 ギリギリの勝利!
 オレは思わず勝利の雄叫びを上げていた。
 旦那様が残念そうに首を振り、奥様に視線を投げている。奥様は
それを見て微笑んでいる。
 そしてオレは彼らを放置して、2階の窓から見守るお嬢様に声を
かけた。
 両腕を突き上げ、歓喜と感謝の言葉を贈る。
﹁お嬢様! やりました! 旦那様から10秒もぎ取りましたよ!
 全部、お嬢様のお陰です!﹂

447
 お嬢様は頬を先程よりも赤くし瞳を潤ませ、窓から落ちそうにな
るほど身を乗り出し、小さな手のひらで懸命に拍手してくれた。
 その拍手に応えるよう、オレは何度も手を突き上げる。
 オレとお嬢様の間を2人だけの繋がり、達成感が満たす。
 どれぐらい見つめ合っていただろう。
 恐らく時間的には数秒に満たない。
 理性が回復すると、主を負かしてその前で狂喜乱舞するのはあま
りに失礼過ぎる。
 しかも使用人が1人娘と見つめ合うなど。
 自分の過ちに今更気付き慌てて謝罪する。
﹁す、すみません! はしゃいでしまい申し訳ありません!﹂
﹁はははははっは! 気にするな! それこそ勝者の特権というも
のだ!﹂
﹁ええ、気にする必要はないわ。むしろもっと胸を張っていいわよ。
まさか昨日今日で10秒持ち堪えるなんて、素晴らしい上達ぶりだ
わ﹂
﹁いえ、全てお嬢様のご指摘があればこそです。自分はただそのア
ドバイスに従って動いたに過ぎません﹂
 ここぞとばかりに引き籠もりお嬢様の株を上げておく。
﹁謙遜する必要は無い。旦那様の攻撃を10秒も凌ぐなど魔術師B
マイナス級の魔術師でも難しい。リュートは奥様の言葉通りもっと
胸を張るべきだ﹂
﹁ギギさん⋮⋮﹂

448
 試練を課したギギさんが肩を叩き褒めてくれる。
 珍しく口元が小さく崩れ、微笑みを浮かべていた。
 オレは思わず目元に涙が浮かぶ⋮⋮だが、そんな感動をギギさん
本人がぶち壊す。
﹁次は旦那様の攻撃を20秒受けきる特訓に入るぞ﹂
﹁は、はぁぁああ!? ちょ! どういうことですか!? っ、イ
テテテ! ギギさん肩に置いた手の指が食い込んでます! 力入れ
すぎですって!﹂
 顔を上げると、ギギさんの眼に確かな殺気が篭もっていた。
﹁リュート⋮⋮分かっているとは思うがあくまで御前は使用人。身
分を弁え分別に見合った態度を取るように。分かったか?﹂
 なんで当の両親が気にしていないのに、ギギさんが怒っているん
だよ!
 そりゃ赤ん坊の頃からお嬢様を見守っていたから、娘のように思
っているんだろうけど⋮⋮だからと言って旦那様との再戦なんて無
体過ぎる! 職権乱用だ!
 鬼! 悪魔! ギギさん!
 心の中で思いつく限りの悪態をつく。
 だがもちろん、ギギさんが下した決定は覆されなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

449
 その日の夜会。
 オレとメルセさんが何時ものように給仕を務める。
 今夜のお茶請けは、フルーツの盛り合わせだ。
 料理長のマルコームさんが林檎のような果実を、オレが教えた通
り兎の形に切っている。
 お嬢様は可愛いと嬉しそうに笑ってくれた。
 もちろん今夜の話題は、お嬢様と協力してクリアした旦那様との
模擬戦闘についてだ。
﹁お嬢様の助言のお陰で、なんとか旦那様の猛攻を凌ぐことができ
ました。改めてお礼を言わせてください﹂
﹃私は何もしてません。リュートさんが頑張った成果です。今日の
リュートさんはとっても格好良かったです﹄
 お嬢様は恥ずかしそうにミニ黒板を前に出す。
 だが明らかにお嬢様の助言があったお陰の結果だ。
 もしオレ1人だったら、今日も旦那様に手も足も出せず惨敗して
いただろう。
 お嬢様に自信を持ってもらうためにも、オレは進言する。
﹁いいえ、本当にお嬢様のお陰です。もしお嬢様がいなければ、今
日もオレは手も足も出ず負けていました。旦那様に勝てたのは全部、
お嬢様のお陰です﹂
﹃いいえ、リュートさんの頑張りです。私がいなくてもきっと1人
で解決してましたよ﹄
﹁そんなことありえません。お嬢様のお陰です﹂

450
﹃リュートさんの頑張りです!﹄
﹁お嬢様のお陰です﹂
﹃リュートさんの頑張りです!﹄
﹁お嬢様のお陰ですって!﹂
 ぷっ︱︱と、どちらからともなく笑いがこみ上げる。
 お嬢様はミニ黒板で口元を隠しながら恥ずかしそうに笑った。
 オレも照れ笑いを浮かべる。
 お嬢様が指を走らせる。
﹃では、今日の勝利は私たち2人のものということでいいですか?﹄
﹁はい、2人の勝利です﹂
 落としどころを確認し合い再び互いに微笑む。
 お嬢様は機嫌良さげに、頬を染めながら文字を書く。
﹃実は私、ずっと﹃お兄ちゃん﹄に憧れてて⋮⋮もし迷惑じゃなか
ったら、リュートさんのことを⋮⋮お兄ちゃんって呼んでもいいで
すか?﹄
 そう言われて、ちらっとメルセさんの方を見る。⋮⋮別に反対は
していないようだ。恐らくお嬢様の引き籠もりを治すためならば、
ということなのだろう。
﹁もちろん大歓迎です。お嬢様のような可愛らしい妹が出来るのに、
反対する奴はいませんよ。でも、一応互いに立場があるので、出来
ればあまり人目の無いところでお願いします﹂
﹃ありがとうございます! リュートお兄ちゃん﹄

451
 か、可愛いぃいいぃ!
 金髪、ロリ、守ってあげたい妹系キャラ。
 本当に保護欲がそそられる少女だ。
﹃リュートくん!﹄
 不意に、スノーの言葉が頭の中で再生される。
 いやいや、これは違う。
 あくまで妹! 義理の妹的可愛さを愛でているだけだ。
 決してそういう意味などでは無い!
﹃どうかしましたか、リュートお兄ちゃん?﹄
﹁な、なんでもありません。失礼しました﹂
 オレは誤魔化すように笑顔を浮かべ、お嬢様の心配を払拭する。
 メルセさんが黙ってこちらを見続けているのがやや怖かった。
452
第29話 お兄ちゃん︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月19日、21時更新予定です。
今回はちょっと長めです。
最初、分割するつもりだったんですが、ここのシーンは一気読みし
た方が面白いと思い載せました。楽しんで頂ければ幸いです。
また現在まだリアルが忙しく活動報告や誤字対応まで手が出せない
状況です。もう少し落ち着いたら返信等書かせていただきます。で
はでは︵ ̄^ ̄︶ゞ

453
第30話 誕生日打ち合わせ
﹁それではお嬢様。部屋から出ますね?﹂
﹁⋮⋮っ﹂
 オレの左腕に縋るように捕まっているお嬢様に声をかける。
 彼女は外出着姿で小動物のように震えながらも、気丈に頷いた。
 クリスお嬢様はイジメが原因で、引き籠もるようになった。
 外が怖くなり、約2年間︱︱自室から一度も出ていない。
 しかし今日、ようやく部屋から出ようとしていた。
﹃リュートお兄ちゃんと一緒なら、部屋から出られると思います﹄
とお嬢様が言ったからだ。

454
 お嬢様は宣言通り手を握り締め、オレと一緒に部屋を出て、廊下
をゆっくりと歩く。
 向かう先は中庭だ。
 最近オレはここでいつも訓練をしている。
 中庭には旦那様、奥様、ギギさん、給仕を務めるメイドのメルセ
さんが待っていた。
 オレたちに気付くと、旦那様と奥様は何気ない口調で声をかけて
くる。
﹁いらっしゃいクリス。今日のお菓子はクッキーよ。おかわりもあ
るから一杯食べなさい﹂
﹁はははっっはは! 食べた後はちゃんと運動しないと太っちゃう
ぞ!﹂
﹁貴方ったら、いくら娘でも女の子に太るなんて言っては駄目です
よ。それにクリスは細すぎるから、むしろ少しお肉がついた方がい
いわよ﹂
 旦那様はすでに上着を脱ぎ、シャドーボクシングのようなことし
て体を温めていた。
かおりちゃ
 奥様は日傘の下、椅子に座りながらメルセさんの煎れた香茶を飲
んでいる。
 今日のお茶請けはクッキーだ。
 マルコームさんお手製のカスタードクリームが小壺に入り置かれ
ている。
 好みで、クッキーにカスタードクリームを塗り食べるらしい。

455
 胸焼けがしそうなお茶請けだ。
 ギギさんは片手で眼を押さえ、俯いていた。
 両親やメルセさんが態度を変えず普段通りなのに、1人お嬢様が
部屋から出られたことに感動している姿はやや怖いものがある。
 お嬢様を奥様とは別の席に座らせると、ゆっくり手を離した。
﹁それでは行ってまいります、お嬢様。観察の方、どうかよろしく
お願いします﹂
﹃精一杯頑張ります。リュートお兄ちゃんも気を付けて﹄
﹁ありがとうございます﹂
 オレは肩を回しながら、旦那様の前に立つ。
 今日も恒例の、午後の戦闘訓練が開始する。
 旦那様との﹃模擬戦闘で20秒耐える﹄という課題はなんとかク
リアした。
 ギギさんが次に出した課題は、﹃旦那様に小さくても傷を付ける。
または蹈鞴を踏ませる﹄というものだった。
 要は防御一辺倒から、防御に攻撃も加えた訓練になったというこ
とだ。
 しかしこれが想像以上に困難だった。
 まず旦那様に一撃を入れても皮膚に1ミリも傷はつかないし、ど
んな攻撃をしても蹈鞴を踏むどころかびくともしないのだ。
 お嬢様も窓から遠目で観察して弱点を探すのには限界を感じて、
側で模擬戦闘を見るため中庭に降りてきたのだ。

456
 ギギさんが考えた︱︱お嬢様と二人三脚で目標をクリアすること
で彼女に自信を取り戻させる作戦。
 効果は今のところ大きく、ようやくお嬢様は約2年ぶりに外へ出
られるようになった。
 だが、まだまだこれからだ。
 作戦を成功させるためにも、そしてお嬢様の決意に報いるために
も、今日は絶対に旦那様に傷を付けるか蹈鞴を踏ませてやる!
﹁よっし!﹂
 頬を叩き気合いを入れ直す。
﹁ははははっはあは! 今日のリュートは一段と気合いが入ってい
るな!﹂
﹁もちろんです! 今日こそ、旦那様に蹈鞴を踏ませてみせます!﹂
﹁うむ! 存分に頑張るがいい! ならば我輩も気合いを入れねば
ならないな! はははははっはははあは!﹂
 余裕な態度を取っていられるのも今のうちだ。
 昨夜、お嬢様と2人で考えた秘策がある。
 オレは椅子に座るお嬢様に視線を向けた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 彼女と確認し合うように頷く。
﹁そ、それではこれより旦那様とリュートの模擬戦闘をおこないま
す﹂

457
 ギギさんが目元を押さえたままお嬢様、奥様がいる場所まで戻り、
片腕を上げる。
 ⋮⋮いい加減、感動から戻ってこようよ。
﹁貴方、気合いを入れすぎないでね﹂
﹃リュートお兄ちゃん、頑張ってください!﹄
 女性陣から応援。
 ギギさんは目元を押さえたまま腕を振り下ろす。
 だからいい加減、泣きやんで欲しい。強面なのに涙もろ過ぎだろ。
﹁それでは模擬戦闘︱︱初め!﹂
 合図と同時に肉体強化術で眼と足の能力向上!
 左へカッ飛ぶように移動する。
 しかし旦那様はまるで合わせ鏡のように追従してくる︱︱だが、
ここまでは予定通り!
 旦那様が絶対に超反応で追従してくると信じていたオレは、2歩
目の足が地に着いてすぐ︱︱今度は右へと飛ぶ。
 旦那様は重心を前に落として右腕を打ち下ろしていたため、すぐ
反対側に移動したオレについて来られずワンテンポ遅れてしまう。
 その僅かな間に右側から回り込む。
﹁ふっ!﹂
 旦那様が左腕を振るい裏拳を放ってくる。

458
 オレはしゃがんで回避。
 低く、低く地を這うように背後へと回り込む。
 旦那様が我慢しきれず無防備に振り返った。
 これも予定通り︱︱相手は自分のタフさに自信を持っている。だ
から防御に対する意識が低い。
 それが付け入る隙となる!
 オレは打ち合わせ通り、両足に魔力を集中!
 旦那様が振り返ると同時に、全身で飛び上がり右手の拳を痛いほ
ど握りしめる。
 チャンスは一度きり。
﹁でやぁあッ!﹂
 お嬢様の打ち合わせ通り、右拳が旦那様の顎を捕らえる!
 もちろん右手に魔力を集め、小さな抵抗陣も形成して拳の保護も
していた。
 身長が高い旦那様は低く身を屈めていたオレを振り向いてすぐに
は発見出来ない。お陰で警戒心が更に薄まり拳を顎へ当てることが
できた。
 旦那様も頭がある以上、顎先を打ち抜かれれば脳みそが揺れ、膝
をつくはず。
 それは生物である以上、必然だ。
 問題は︱︱想像以上に旦那様がタフだったことだ。
﹁はぁ?﹂

459
 拳はこれ以上ないほど綺麗に入った。にも関わらず、旦那様の首
に血管が浮いた以外は変化なし。顎は1ミリも上に動かなかった。
﹁ふん!﹂
﹁ぐは!?﹂
 旦那様が小虫を払うように腕を一閃。
 奥様とお嬢様たちが座る席とは反対側にオレはぶっ飛び、壁に激
突、破壊しようやく止まった。
 もちろん意識はそこでブラックアウトする。
 今日も旦那様に惨敗してしまった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁旦那様が強すぎて、この特訓は達成不可能じゃないのか? と最
近思うようになりました﹂
﹃私も同意見です。自分の父ながら、規格外過ぎます﹄
 恒例の夜会で今日の反省会をする。
 最近はお嬢様の希望で、給仕をオレだけが務めるようになった。
 さすがに朝の身支度はメルセさんが行っているが。
﹁お嬢様は間近で見ていて気付いたことはありますか?﹂
﹃はい、いくつか。一番の収穫はお父様の苦手な攻撃が分かったこ

460
とですね﹄
﹁苦手ですか?﹂
 ミニ黒板の文字を消し、新たに書き込む。
﹃リュートお兄ちゃんとの身長差があるから、攻撃する際は身を屈
めています。その時、どうしても無理をしないといけない。重心が
やや前に傾き過ぎています。その隙を突けばあるいは︱︱﹄
 確かにその僅かな隙を突いて投げ飛ばし、地面に叩き付ければ息
を詰まらせるぐらいは出来るかもしれない。
﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂
 お嬢様と2人黙り込み想像する。
 駄目だ。どうしてもそうなる光景にいたらない。
 お嬢様も同じ考えだったらしく、互いに顔を合わせ微苦笑する。
 こちらの攻撃は効果無し。なのに相手は一撃でこちらを無力化で
きる力を持っている。さらにタフさは折紙付き︱︱手詰まりも良い
ところだ。
﹁AK47とかがあれば、零距離射撃で全弾撃ち尽くせば掠り傷ぐ
らいなら付けられると思うんだけど⋮⋮﹂
﹃AK47?﹄
 考えが口に出てしまった。
 お嬢様が可愛らしく首を傾げ、ミニ黒板を見せてくる。

461
 少し考えるが、別に話しても問題無いだろう。どうせ、ここには
無いし、作れる訳でも無い。今更隠し立てする内容でも無いからだ。
﹁AK47とは、破裂の魔術で小さな金属片を遠距離に飛ばして相
手を殺傷する魔術道具です﹂
﹃そんな魔術道具があるなんて初めて聞きました。中々、興味深い
魔術道具ですね。一度見てみたいです﹄
﹁お嬢様は魔術道具に興味がおありなんですか?﹂
 お嬢様は居心地が悪そうに俯いた。
﹃私、魔術師としての才能が無いので、少しでも魔術関連のお仕事
に就きたくて色々勉強していた時期があったんです⋮⋮﹄
 だからAK47という新しく聞くタイプの魔術道具に興味が湧い
たのだと、尻すぼんで小さくなった文字が告げた。
 部屋の雰囲気が暗くなる。
かおりちゃ
 ちょうどお嬢様が最後の香茶を飲み干した。
﹁⋮⋮明日はバーニー様、ミューア様がいらっしゃいます。今日の
反省会はここまでにして、もうお休みになられたほうがよろしいか
と﹂
﹃そうですね。明日は大切なお話があるから、もう寝ることにしま
す﹄
 お嬢様は空気を明るくするため、笑顔を浮かべミニ黒板を見せて
きた。
 オレも彼女の態度に合わせてなるべく明るい口調で、言葉を交わ
す。

462
 お嬢様の寝る準備を手伝う。
 彼女がベッドに入り、ランプを消す。
﹁それではお休みなさいませ、お嬢様﹂
 部屋は暗く、黒板は見えない。
 代わりにお嬢様は小さく手を振ってきた。
 オレは笑顔で一礼して、彼女の自室を後にする。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、午後の茶会はお嬢様の自室で開かれた。
 部屋には3つ眼族のバーニー・ブルームフィールド。
 ラミア族︵下半身が蛇︶、ミューア・ヘッドの幼なじみ2名が座
っていた。
 給仕はオレの他に、メルセさんも担当している。
 今日の集まりにケンタウロス族のカレン・ビショップがいないの
は、別に仲間はずれにしている訳ではない。
かおりちゃ
 ラミア族のミューアが香茶のカップを置いて切り出す。
﹁それじゃそろそろ、カレンの誕生日会の打ち合わせでもしましょ

463
うか﹂
 魔人種族は15歳までは、前世の日本のように誕生日を祝う習慣
がある。
 今日の集まりは、カレンのサプライズバースデーパーティーを開
くための打ち合わせだった。
 そのため彼女を除いて他2人がお嬢様の部屋に集まったのだ。
 3つ眼族のバーニーが指を折っていく。
﹁決めるのは誕生日プレゼント、バースデー会場、料理、飾り付け
ぐらいかな?﹂
﹁まぁそんなところかしらね。会場はこの自室を使わせてもらうけ
ど、いいかしら?﹂
 ミューアの問いにクリスお嬢様がミニ黒板を力強く提示する。
﹃だったら家の大広間を使いましょう。飾り付けや料理もこっちで
全部準備しますから﹄
﹁で、でも大広間じゃ⋮⋮﹂
 3つ眼族のバーニーが表情を曇らせる。
 お嬢様は申し訳なさそうに微苦笑を浮かべた。
﹃長い間、心配をかけてごめんね。もうお部屋から出られるように
なったから大丈夫だよ﹄
﹁そ、そうなんだ! よかった! よかったね、クリスちゃん!﹂
 お嬢様と波長が合うらしいバーニーが手を取り合い喜び合う。
 一方、やや大人びたミューアは、赤い舌をチロチロ出しオレを見

464
詰めてくる。
 何かを理解したように微笑んだ。
﹁なるほど⋮⋮やっぱり女の子が変わる理由なんて1つしかないわ
よね﹂
 言葉の含みは何となく理解出来るが、まったく違う。
 勘違いも甚だしい。
 お嬢様の名誉のためにも誤解を解きたかったが、許可もえず使用
人が勝手に口を開く訳にはいかない。
 ミューアは全てお見通しと言わんばかりに、すまし顔で微笑んで
くる。
 だから勘違いだって!
﹁それじゃ会場は遠慮無くクリスさんのお家の大広間を使うとして、
料理はこちらで準備するわ。全部押し付けるのは申し訳ないから﹂
﹁そうそう! 2人の家から持ち寄ればすぐだしね!﹂
﹃じゃあ、3人の家で持ち寄りましょう。それなら手間も3分の1
で済みます﹄
 お嬢様が皆の意見を取り入れた案を出す。
 他2人はすぐに賛同の声をあげた。
﹁次はプレゼントね。当日に持ち込むとして、被らないようにそれ
ぞれ何を渡すか、方向性だけは決めておきましょ。ちなみに私はカ
レンに似合う、可愛らしい服を準備するよ﹂
﹁もうミューアちゃんは意地悪なんだから。絶対、カレンちゃん真
っ赤な顔であたふたするよ。﹃自分にこんなヒラヒラな服は似合わ

465
ん! 嫌がらせか!﹄って﹂
﹃確かに言いそうです﹄
 バーニーのモノマネにお嬢様が苦笑する。
﹁わたしは貯金箱を送るつもりだよ。クリスちゃんは?﹂
﹃私はまだ決めかねてて⋮⋮﹄
﹁誕生日は来週でまだ時間あるし、ゆっくりきめるといいよ﹂
﹁そうね。服と貯金箱以外の物を探せば、被る心配もないし﹂
 ちらり、とラミア族のミューアがオレに目配せしてくる。
﹁部屋から出られるようになったなら、誕生日プレゼント探しに街
へ出たらどうかしら? 部屋で1人考えるより、色々品物を見て回
った方が良い物が見付かると思うわよ﹂
﹃街ですか⋮⋮﹄
 まだ一度部屋を出ただけだ。
 さすがにいきなり街はやり過ぎだと思う。
 しかしお嬢様は﹃ギュッ﹄と拳を握り締め、
﹃そうですね。カレンちゃんのためにも街に出て探してみます﹄
﹁うんうん、それがいいわ﹂
﹁クリスちゃん、頑張って!﹂
 お嬢様は他2人に励まされ、すっかりその気になっている。
 お嬢様が街に買い物に出かけるとギギさんが知ったら、少なくと
も3時間は顔から手を離さなくなるだろうな。
 そんなことを考えていると、お嬢様は上目遣いでオレを見詰めて

466
くる。
 おずおずと恥ずかしそうにミニ黒板を差し出してきた。
﹃なので街にリュートお兄ちゃんも付いて来て欲しいのですが⋮⋮
いいですか?﹄
﹁もちろんです、お嬢様。自分で良ければ、是非荷物持ちをさせて
ください﹂
 オレ達のやりとりに、バーニーはただ純粋に友達が立ち直る姿を
手放しで喜んでいた。一方、ミューアが意味深な目を向けてくる。
 だから、彼女が想像するようなことは無いから、とオレも視線で
返答だけした。
第30話 誕生日打ち合わせ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月20日、21時更新予定です。
また、お陰様で200万PV突破しました!
これもいつも読んで下さっている皆さんのお陰です!
これからも頑張って書いていきますんで宜しくお願いします! 467
第31話 お買い物
 カレンサプライズ誕生日会議から3日後の朝、お嬢様は外出着姿
で馬車に乗り込んでいた。
 深く顔を隠せて髪も押し込むための帽子を被り、絹のような材質
のワンピースに袖を通す。裾と丈は共に長く、肌の露出を極力避け
ている。変装スタイルだ。
 オレはそんな彼女の隣に執事服姿で座り、彼女の手を優しく握っ
ている。
 馬車は6人乗り。
 窓にはカーテンをかけ、光を遮っている。
 微かに漏れる日の光が室内を照らす。
 御者台に護衛のギギさんが座り、2頭の角馬を操っていた。

468
 今日はケンタウロス族のカレン・ビショップの誕生日プレゼント
選びのため、城から1時間ほど離れた街へ行く。
 旦那様に話をすると、
﹁はははははははあ! そうそうか! なら好きな物を買ってきな
さい! 資金はこれだけあれば足りるかな?﹂
 金貨50枚以上はある革袋を手渡された。
 受け取った両手が震えた。
 さすがに渡しすぎだろと思い、執事長のメリーさんに目配せした
が反応無し。
 どうやら本当に金貨50枚という大金を持たされるらしい。
 こうしてオレが資金管理とお嬢様のお世話係として街へ出かけ、
ギギさんには周辺警護&馬車の運転のため同行してもらう。
 お嬢様は朝、馬車に乗ってからずっと沈痛な面持ちで居る。
 やはり約2年ぶりの外はまだキツイのだろう。
 空気を和ませるためにも話題を振る。
﹁そういえばブラッド家に勤めて初めて街に行くんですが、どんな
ところかとっても楽しみで昨日は眠れなかったんですよ﹂
﹃私も久しぶりなので楽しみです﹄
 本当に眠れなくなるほど楽しみにしていた訳じゃないが、空気を
和ませるならこのぐらいの嘘は許されるだろう。
 お嬢様は話を合わせてくれる。

469
 薄暗いからミニ黒板の文字が少しだけ見にくいが。
ギルド
﹁妖人大陸の街には冒険者斡旋組合があって、屋台の食べ物がいっ
ぱいならんでましたね。子供達がお小遣いを握り締めて、甘いお菓
子の屋台に並んでたりしたのは微笑ましかったですね﹂
﹃お兄ちゃんもまだ12歳で子供なのに、まるでその言い方だとお
じいちゃんみたいです﹄
 お嬢様が外に出てようやく笑ってくれた。
 中身は前世と合わせればそろそろ40歳近いおっさんだが、今の
外見はまだ12歳の子供だ。ちょっと発言が老けすぎていたかもし
れない。
 でもお嬢様が笑ってくれるならよしとしよう。
﹃お菓子の屋台なら、これから行く街にもありますよ。昔、お休み
にみんなと買い物に行った時に食べました。揚げ菓子なんですが、
カレンちゃんが食べている途中でトサカ鳩にとられちゃって。カレ
ンちゃんには悪かったんですが、みんなで笑っちゃいました﹄
 カレンは本当に美味しいキャラだな。
 普通、そんなハプニング狙ってもとれないぞ。
 そんな感じで街に着くまでお嬢様と雑談をした。
 体が震えるほどだった緊張はほぐれたようだが、オレ達はずっと
手を繋ぎ続けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

470
 街は平野にあり、高くはないが壁に囲われている。
 門で検問を受けた後、街の中に入った。
 大きな建物は無く、一般庶民達が集まって出来た商業都市といっ
た感じだ。そのせいか雑多で、行き交う人も多い。
 馬車預かり所に馬車を預ける。
 そして場所代と角馬の水代を渡す。
﹃⋮⋮それじゃ行きましょうか﹄
 お嬢様は帽子を被り直すと、手を握り締めてきた。
 オレもお嬢様とはぐれないようにしっかりと握り返す。
 街への買い物はオレとお嬢様2人で見て回る予定だ。
 ギギさんは、オレ達とは別に街を見て回る予定だとお嬢様には伝
えてある。実際は遠くから危険が無いか付いて回る手筈になってい
る。
﹁了解いたしました。それではギギさん、夕方には戻ってきますの
で﹂
﹁⋮⋮分かった。ただ1つだけ注意しておく﹂
 ギギさんは一歩、オレの側に近づくと耳元に口を寄せる。
︵何があってもお嬢様から手を離すな。絶対に見失わないように気
を付けろ︶
︵分かりました。気を付けます︶
︵それから、もしお嬢様と手を繋ぐ以上のことをしたら⋮⋮分かっ

471
ているだろうな? 常に俺は側で目を光らせているからな。だから
2人っきりなのを良いことにお嬢様に劣情を催して襲いかかったり
したら、例えリュートでも俺は容赦しない。命は無いと思え。分か
ったな︶
 ぜんぜん1つじゃないし。心配し過ぎだろう。
 後、肩を力一杯握ってきて痛い。
 目も血走りすぎて怖いし。
︵以上だ。ちゃんとお嬢様の面倒を見るんだぞ︶
 ギギさんは娘を任せる父親のように心配した後、肩から手を離す
と雑踏の中へと姿を消した。
 ギギさんは見た目と違って、お嬢様に対して過保護過ぎるんだよ
な⋮⋮。
 とりあえず気分を取り直して、お嬢様をエスコートする。
﹁それじゃ僕たちも行きましょうか﹂
 こくり、とお嬢様は微笑みながらオレの手を握り、歩き出した。
 オレ達が目指した場所は、商店街のように店が並んだ一角だ。
 両端に殆ど隙間無く商店が並び、店によっては威勢のいい呼び込
みをしている。
 活気がある分、人混みも多く背の低いお嬢様はやや息苦しそうだ
った。

472
﹁大丈夫ですか、お嬢様? 場所、変えましょうか?﹂
 ふるふると首を横に振る。
 友達であるカレンの誕生日プレゼントを選ぶためならこれぐらい
何でもない、という強い意志を感じた。
﹁⋮⋮まずどこの店から覗いてみましょうか。やっぱりカレン様が
喜ぶ品物と言ったら剣や槍、楯とか鎧でしょうか?﹂
﹃もうリュートお兄ちゃんったら、そんなの貰って喜ぶ女の子なん
ていませんよ﹄
 お嬢様が﹃プンプン﹄と頬を膨らませ怒ってくる。
 全然怖くない。
 むしろ可愛すぎる。
 思わず膨らんだ頬をつついて口の中の空気を抜いてしまう。
 お嬢様は怒っているのに悪ふざけな態度を取るオレに、再び頬を
膨らませた。
 やばいマジで可愛い。
 ︱︱いかん、いかん。このままではお嬢様の頬を突く無限ループ
に嵌ってしまう。
 オレは素直に謝罪を口にする。
﹁すみません。確かに女性に送るプレゼントの品物ではありません
でしたね﹂
 だが、武人系女子のカレンなら喜びそうな気がするが⋮⋮。
 言わぬが花ということで。

473
﹁お嬢様は何か目星を付けていらっしゃるのですか?﹂
﹃はい。カレンちゃんに似合うアクセサリーを贈ろうと思っていま
す﹄
 お嬢様が腕を組んだままミニ黒板に器用に文字を書く。
 その際、ミニなお胸がオレの腕に押し付けられたことは言うまで
もない。
 まだまだ固いが確かな胸の感触。
 スノーの﹃ふにゃ、ぽよん﹄という、柔らかいのに確かな張りが
あるという一見矛盾した奇跡のような感触とはまた違うベクトル。
 まだ未成熟な青い果実。
 熟していない林檎を囓った時、広がる酸っぱさ︱︱しかしその酸
味の中にある確かな甘さ。酸っぱいからこそ、その微かな甘さが舌
先に残り深く印象に残る。
 さらにまだ11歳という幼いおっぱい。
 禁断、禁忌、踏み込んではいけない神聖な領域。
 だがそれ故に積もった初雪を汚すような背徳感がある。
 そういう危うい甘美さがお嬢様のおっぱいにはある。
 スノーのおっぱいも最高だが、お嬢様のおっぱいもまたいい。
 しかも奥様を見れば、将来性も抜群。
﹁!?﹂
 そんなおっぱい思考を展開していると、首筋に濃厚な殺気を感じ
る。
 キョロキョロと当たりを見回すと、店と店の間にあるスペースか

474
らギギさんがこちらを窺っていた。
 その目は視線だけで、小動物なら楽に殺せるほど殺気を込めてい
た。
 ⋮⋮うん、ちょっと調子に乗りすぎてました。サーセン。
﹃どうかしましたか?﹄
 お嬢様が不思議そうに首を傾げる。
﹁いえ、なんでもありません。アクセサリーですか。それならきっ
とカレン様に喜んで頂けること間違い無しですね﹂
﹃えへへへ、頑張って考えました。あっちに手頃な値段のお店があ
るので行きましょう﹄
 オレはお嬢様に手を引かれて、雑踏を抜ける。
 最後にギギさんの方一瞥すると、すでに姿が無くなっていた。
 まったくお嬢様のことになると、ギギさんはちょっと見境がなく
なり過ぎる⋮⋮。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 土地勘のあるお嬢様に任せて雑踏を抜け、さらに奥へ進む。
 人気もまばらになり、歩く人々も仕立てのいい服に袖を通す富裕
層らしき人物達が多くなる。

475
﹃ここです。昔、よくみんなと一緒にお買い物に来たお店なんです
よ﹄
﹁ここですか⋮⋮﹂
 白い石を使った白亜の店。
 前世の日本・銀座などでも通用するほど品と雰囲気が良い。
 如何にも富裕層しか相手にしてませんよという空気がぷんぷん漂
う。
 尻込みするオレに対して、お嬢様はコンビニに入る気軽さで敷居
を跨ぐ。
 店内は一歩入っただけで、外とは別空間だった。
 まず空気の匂いが違う。
 甘い仄かな柑橘系アロマ的匂いが漂いとても爽やかだ。
 床は一面に赤い絨緞が敷かれ、ガラス製のショーケースが並んで
いる。
 店の広さに比べると品物が少ない気がした。
 天井にはシャンデリア。
 光源は恐らく魔術だろう。
 壁際には絵画、品良く花が生けられた花瓶などが置かれていた。
 店内には自分たちの他に、若い夫婦が腕を組み店員と一緒にショ
ーケースを覗いている。
 店内に入ったオレ達を2人共微笑ましそうに目を細めた。
 第三者からすれば手を繋ぐオレ達は、幼いカップルに見えなくも
ない。

476
 若夫婦はどちらも青い肌で、額から角が出ている魔人種族だった。
 手の空いている店員がオレたちに気付くと笑顔で歩み寄ってくる。
﹁いらっしゃいませ⋮⋮! これはブラッド様、ご無沙汰しており
ます﹂
﹃ご無沙汰してます﹄
 スラリと背の高い老紳士風の店員だ。
 身長は約180センチ。執事服のようなスーツに袖を通し、白い
手袋を付けている。見た目は人種族だが、ズボンから黒い尻尾がに
ょろりと生えている。
 ミニ黒板で会話をするお嬢様に対してまったく表情や態度を変え
ず、営業スマイルではない心の底から歓迎する笑顔で、彼は話を続
けた。
﹁それで今日はどういったご用件でしょうか﹂
﹃カレンちゃんの誕生日にアクセサリーをプレゼントしようと思い
まして。何か手頃で似合いそうなものはありませんか?﹄
﹁なるほど、分かりました。それでは少々お待ち下さい﹂
 店員はそう言って奥へと引っ込む。
﹃カレンちゃん﹄と名詞を出しただけで送る相手を理解したらしい。
 元常連客でも顔と名前を覚えているとは⋮⋮さすがプロは違う。
﹁可愛らしい彼女さんですね﹂
 老店員を待っていると、品物選び&支払いを追えた若い夫婦が話
しかけてきた。

477
 お嬢様は﹃可愛らしい彼女﹄という言葉に、いつもの10倍増し
で顔を赤くする。
 人見知りもあり、オレの背に隠れてしまう。
﹁お褒め頂き誠にありがとうございます。なにぶん主は人見知りが
激しく、失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません﹂
﹁あら、使用人だったの? ワタシはてっきり⋮⋮﹂
﹁こら、失礼だろ﹂
 男性が女性を諫める。
﹁いえいえ、気にしてませんので。むしろ、お嬢様と恋人同士に間
違われるなんて光栄の至りです﹂
 当事者であるお嬢様はオレのセリフで耳まで赤くしてぐりぐりと
額を押し付けてくる。
 痛い、痛いですよ、お嬢様。
 そんな会話を交わしていると程なくして、奥から5つほどのアク
セサリーを持ってくる。
 ガラスのショーケースの上に、5つのアクセサリーが並ぶ。
 右からイヤリング、ネックレス、指輪、指輪、ブレスレットだ。
 どれも粒の大きな赤い宝石を使っている。
 お嬢様は背中から顔を出し、5つのアクセサリーを順番に手にと
って眺める。
﹁ビショップ様には勇ましさと可憐さを合わせたルビーがお似合い
になられるかと思い揃えさせて頂きました﹂
﹃確かにカレンちゃんには赤が似合いそうですね﹄

478
﹁こちらのネックレスは大粒のルビーを使い、新進気鋭の職人が手
がけた来月頭に出す目玉の新作になります。ブラッド様だからこそ、
本日お出しさせて頂きました﹂
 なにそのVIP扱い。
﹃綺麗ですけど、ちょっとカレンちゃんの首もとには重すぎる気が
⋮⋮。お兄ちゃんはどう思いますか?﹄
﹁あ、えっと⋮⋮確かにちょっと派手過ぎるかな⋮⋮﹂
﹁では、こちらのイヤリングなど如何でしょうか? 粒は小さいで
すが、今流行のデザインになっております﹂
﹃このイヤリング可愛いですね﹄
 お嬢様が食いつく。
 お嬢様はイヤリングにプレゼントを絞ると、さらに他にも微細に
デザインが違うのを10以上はチェックする。
 そのうちの1つ、赤いルビーにシンプルなデザインのイヤリング
に決定する。
 お値段は金貨1枚。
 日本円で約10万だ。
 友人へのプレゼントとしては高額な気がしたが、お嬢様は全く意
に介していない。
 まぁオレのような奴隷を買い与えるぐらいなのだから、彼女の家
からしたら大した金額では無いのだろう。
 イヤリングは綺麗にラッピングしてもらうため、後日取りに来る
手続きをする。
 老店員に見送られオレ達は店外へ出た。

479
﹃お兄ちゃんのお陰で無事、カレンちゃんへのプレゼントを選ぶこ
とができました。ありがとうございます﹄
﹁お嬢様のお役に立てて光栄です。さて、ではこの後、如何致しま
しょうか? まだ夕方までには時間がありますが﹂
 もし帰宅するなら馬車に戻ればいい。
 きっと今もどこかでギギさんが監視︱︱ではなく、警護してくれ
ている。
 預かり所に戻る頃にはなぜかタイミングよく待ち構えているはず
だ。
 だがお嬢様は元引き籠もりとは思えない積極さをみせた。
﹃もし嫌じゃなければ、久しぶりに街中を見て回りたいのですが⋮
⋮﹄
 久しぶりの外出。
 よく友達と休日に遊んだ街に来て、昔の楽しかった頃の記憶を思
い出したのだろう。
 懐かしさに見て回りたくなったのだ。
 もちろん反対する理由など無い。
﹁では夕方まで色々見て回りましょう。ですが、もし疲れたりした
ら無理をせずすぐに言ってくださいね。街にならまた何度でも来る
ことができるんですから﹂
﹃はい、分かりました!﹄
 お嬢様は元気よくミニ黒板に文字を書き、笑顔を浮かべた。
 オレたちは再び手を繋ぎ、雑踏の中へと戻って行く。

480
第31話 お買い物︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月21日、21時更新予定です。
活動報告書きました。
よかったら確認してってください。
481
第32話 兄弟
 お嬢様と賑わう街を歩き回る。
 小物雑貨を冷やかし、花屋で色とりどりの花々を眺める。
 昔、皆でよく来たという衣服店にも顔を出した。
 女性定員さんがお嬢様を覚えていてくれて、ミニ黒板でたわいな
い会話を交わしたりもした。
 まるでお嬢様と2人でデートをしているように錯覚してしまう。
 またある意味、今日一番お嬢様が目を輝かせたのは、屋台で売っ
ていた揚げ菓子だ。
 前世でいうところの揚げパンに近い。
 パンのような物を油で揚げ、砂糖と香辛料をまぶした体に悪そう

482
な一品だ。
 大きさは肉まんぐらいで、お値段は銅貨2枚︱︱約200円。
 昔よくカレン達と街へ出たとき買い食いした一品らしい。
 子供達なら一度は絶対に食べる名物品だとか。
 午後の茶会代わりに、2つ出来たての揚げ菓子を買う。
 柏餅の葉っぱのようなナプキンに包まれ、オレ達は行儀悪いが歩
きながら食べた。
 お嬢様は小さな口を動かし、ハフハフと実に美味しそうに食べる。
 その姿を眺めているだけで幸せな気分になった。
 気付けばお嬢様はぺろりと完食した。
 まだ食べ足りないらしく、横目でオレの食べかけをちらちら盗み
見る。
﹁⋮⋮お嬢様、よかったら僕の分も食べますか?﹂
﹃で、でもお兄ちゃんの分を取るなんて申し訳ないです﹄
﹁いえ、お気になさらず。それにお腹いっぱいなのでよかったら﹂
﹃それでは遠慮無く、ありがとうございます!﹄
﹁ですが、その前に口元が砂糖だらけなので、一度拭きますね。お
嬢様、﹃うーん﹄してください﹂
 お嬢様は素直に従いキスをするように口元を突き出す。
 オレはあまりの素直さ、可愛らしさにキスしそうになったが理性
が踏み止める。
 もしここでキスなんてしたら、どこかで見ているギギさんに唇を
引き千切られそうだ。

483
 ポケットから取り出したハンカチでお嬢様の口元を拭うと、揚げ
菓子を渡す。
 彼女はオレの食べかけにも拘わらず、躊躇無く口を付けて美味し
いと微笑んだ。
 歩き疲れただろうと休憩がてらお茶を飲むことに。
 食堂内は混んでいて空きが無いため、外のベンチへ。
 木製のコップに注がれた果実水を買ってお嬢様の元へ戻る。
 お嬢様は疲れた様子も見せず、楽しげに足をぶらぶら揺らしなが
ら行き交う人々を眺めている。
 その姿は約2年間も引き籠もっていた少女にはまったく見えない。
 どこにでもいる可愛らしい、年相応の少女の姿だ。
 オレは思わず両手に木製のコップを持ちながら、お嬢様の横顔を
眺め続けてしまう。
﹃どうかしましたか、リュートお兄ちゃん?﹄
 彼女はミニ黒板を差し出し、首を傾げる。
﹁お嬢様があまりに可愛らしく、ついつい見とれてしまいました﹂
 お嬢様を褒めると、真っ白な肌は色が変わるように赤くなる。
﹃もうリュートお兄ちゃん、からかわないでください﹄
﹁失礼しました。ついつい本音が出てしまいました﹂
﹃だから、からわかないでくださいッ﹄
 お嬢様は謝罪したのになぜか頬をまたハムスターのように、膨ら

484
ませる。
 怒っている姿も可愛いなー。
﹁⋮⋮ッ!?﹂
﹁お嬢様?﹂
 だが、そんな彼女が一転、表情を幽霊のように青くする。
 お嬢様が視線を向けている先へ、振り返ると︱︱そこには2人の
大人の男が立っていた。
 1人は背が高く乾物みたいに痩せている。
 もう1人は背が低く横に太っていた。
 ゲームやマンガに出てきそうな凸凹コンビだ。
 2人ともにやにやと小馬鹿にした笑みを貼り付け、ギラギラとし
た暗い欲望を抱えた目をしていた。着ている衣服の質はいいが、決
して上品では無い。
 腕や指、手首にゴテゴテと宝石を見せびらかすように飾り、如何
にも﹃性根が曲がっている成金です﹄と宣伝している。
 出来ることなら関わりたくない人物。
 無視したい所だが、お嬢様の視線は彼らに釘付けで、周囲で警護
しているはずのギギさんが慌てた様子で駆けつけてくるほどだ。
 ギギさんはオレ達を守るように男達の前に立つ。
﹁⋮⋮何かご用でしょうか﹂
﹁街に寄ったら知った顔を見付けたから声をかけようとしただけだ。
なぁ、兄者﹂
﹁そうとも。だから、そんな怖い顔をするなギギ﹂

485
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 ニタニタと嘲笑するような笑みを貼り付けたまま、奴らはギギさ
んへ答えた。
 その言葉遣いは主が使用人に向けるようなものだ。
︵ギギさん、こいつら何者なんですか?︶
︵⋮⋮旦那様のご兄弟︱︱ヴァンパイア族の当主であるピュルッケ
ネン・ブラッド様と次男のラビノ・ブラッド様だ︶
 ギギさんが太った男・ピュルッケネン、細い男・ラビノと視線で
順番に教えてくれた。
 ブラッド家の長男と次男と言えば、三男のダン・ゲート・ブラッ
ド伯爵に資産で大きく追い抜かれたことを根に持ち、一度戦争を仕
掛けてきた兄弟のことだ。
 ようやくお嬢様の怯え、ギギさんの警戒心の理由が分かった。
 この2人が伯爵の娘であるお嬢様に対して、好意を持っている筈
が無い。
 太った男︱︱ピュルッケネンが豚のような鼻息を漏らし、オレに
視線を向けてきた。
﹁そこのガキが前に買った奴隷か。ふん、やせ細って青白いガキだ
な。ダンの奴にろくな物を食べさせて貰っていない証拠だな﹂
 オマエが太り過ぎてるだけなんだよ!
﹁兄者の言う通り、ダンの奴はケチな輩だからね﹂

486
 次男のラビノが長男に追従する。
 あの旦那様がケチだったら、この世の殆どの人がドケチになるわ!
 反論したいが、一介の奴隷が旦那様の兄弟に声を荒げる訳にはい
かない。
 ギギさんも耐えているのか、拳を痛いほど握りしめている。
 2人の視線がオレから、お嬢様へと向けられる。
﹁クリス、引き籠もっていたと聞いたから心配していたぞ。無事、
外に出られるようになったんだな。オジとして嬉しい限りだ。なぁ、
弟よ﹂
﹁はい、兄者。喜ばしいことですな﹂
﹁お2人とも、お嬢様はまだ外へ出られたばかり。刺激を与えるマ
ネをするならいくらなんでも︱︱﹂
﹁黙れ! ギギ! 例の件、無かったことにしてもいいんだぞ!﹂
 爆発したようなピュルッケネンの発言に、ギギさんが顔色を悪く
する。
 お嬢様が怒鳴り声にびくりとか細い肩を震わせた。
﹁⋮⋮失礼しました﹂
﹁ちっ、下等な獣人種族の分際で。あー⋮⋮そうそう。クリス、無
事、部屋から出られるようになってオジとして大変感激しているぞ﹂
 ピュルッケネンは話を再開する。
﹁だがまぁ、引き籠もりたくなる理由も分からなくないな﹂

487
 ピュルッケネンは脂っこい顔を醜悪に歪める。
 他人の不幸を最上の喜びと位置づけているゲスの顔だ。
﹁なにせ我らがブラッド家の優秀な血を引きながら、魔術師として
の才能が無いのだから。儂ならとっくに自害しておるところだ! 
なぁ、弟よ﹂
﹁まったく兄者の言うとおりです﹂
﹁それともあれなのかもしれんな∼﹂
﹁ほぅ、あれとは兄者﹂
﹁弟よ、カッコドリという鳥の習性を知っておるか? カッコドリ
は自分の卵を他の鳥と入れ替える﹃托卵﹄という習性をもっている
のだよ。もしかしたら⋮⋮弟・ダンもやられているかもしれんな。
あれは見た目通り愚鈍な男。妻が他の男とつがって身籠もっても気
付かぬだろうなぁ∼﹂
﹁さすが兄者、博識だ﹂
 脳みその血管がぶち切れそうになる。
 旦那様の兄だが知らないが、お嬢様に対して﹃才能が無いのは、
奥様が浮気して作った子供だから﹄と揶揄しているのだ!
 無意識に拳を握り締めていた。
﹁お、お嬢様!﹂
 ギギさんの慌てた声に振り返ると、お嬢様が耳を押さえ走り出し
ていた。
 向かう方角は、ピュルッケネン達とは真逆。
 このままでは見失ってしまう!

488
﹁リュート、ここはいいからお嬢様の後を追え!﹂
﹁わ、分かりました!﹂
 手にしていた木製のコップをベンチに置き、お嬢様の後を追う。
 去り際、精一杯ピュルッケネン達を睨み付けた。
 運動不足のせいでお嬢様の足は速くは無い。
 それでも人種族と比べてヴァンパイア族は基本性能が高く、すぐ
には追いつけなかった。
﹁ッ!?﹂
﹁どこ見て走ってるんだ! 気を付けろ!﹂
 お嬢様は木箱を持った男とぶつかり、地面に転ぶ。
 運悪く水で湿り泥になっていた。
 洗い立ての真っ白な服や顔、体、髪が泥で汚れてしまう。
﹁お嬢様!﹂
 転んだお陰でようやくオレは彼女に追いつくことができた。
 お嬢様は転んだまま起き上がろうとしない。
 駆け寄り抱き起こすと、目が虚ろで力が無い︱︱無気力な状態だ
った。

489
 数分前まで輝くような笑顔を浮かべていた少女が、感情を抜き取
られたように暗い顔をする。
 初めて出会った時の方がまだ表情豊かなほどだ。
﹁お嬢様、失礼します﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 オレは断りを入れ、彼女をお姫様抱っこすると馬車を止めている
預かり所まで走った。
 預かり所に辿り着くと、外のベンチに座らせる。
 お金を払い買った綺麗な水でまず手と顔、髪についた泥を綺麗に
洗い流す。
 お嬢様の紅葉のような手のひらは、皮が擦り剥け血が滲んでいた。
 大した傷じゃない。
 こんなのギギさんの治癒魔術なら傷痕も残さず完治できる。
 なのに悲しみがオレの胸を激しく突く。
 汚れを洗い、払い落とすと、お嬢様を馬車へと乗せた。
 ギギさんは30分ほどで預かり所に顔を出す。
 お嬢様の傷を治癒魔術で治す。
 オレ達は逃げるように馬車で街を後にした。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 馬車の中で︱︱オレとお嬢様は2人っきりになる。
 お嬢様は膝を抱え小さく蹲っている。
 オレもただ黙って彼女の正面に座り続けていた。

490
 ︱︱お嬢様は顔を上げると、ミニ黒板に文字を書く。
﹃⋮⋮学校に通っていた時も、同級生達から似たようなことを言わ
れました﹄
 先程のヴァンパイア家当主と次男が言った、﹃両親が魔術師なの
に、なぜクリスには魔術師の才能が無いのか?﹄ということだろう。
﹃最初は私も反論しました。例え両親が魔術師でも才能が遺伝しな
い可能性がある、と。でも、私が話をするたび笑われるだけで相手
にされませんでした⋮⋮﹄
 お嬢様が震える指先で文字を書く。
﹃リュートお兄ちゃん、魔術師の才能を引き継がなかった私は、蔑
まれる存在なんですか? いらない子なんですか⋮⋮?﹄
 オレは首を横に振った。
 前世でイジメを受けたオレだから、お嬢様が本当に聞きたいこと
が分かる。
 だから、真っ直ぐ目を背けず断言した。
﹁他の奴らは知りません。ですが旦那様と奥様は決してそんなこと
を思ってなんかいません。それにギギさん、メリーさん、メルセさ
んにマルコームさんや他の使用人達全員! もちろんオレも含めて、
お嬢様に魔術師の才能がある無しなんて気にしていません。みんな、
お嬢様のことが大好きです! お嬢様が笑ってくれる、それだけで
嬉しいんです!﹂
﹁︱︱ッ!﹂

491
 お嬢様は第三者から見下され、陰口を言われるのも辛かっただろ
う。
 だが本当に怖かったのは両親の考えだ。
 もしかしたら、自分は両親から魔術師の才能を引き継がなかった
﹃出来損ない﹄と思われているのかもしれない︱︱と。
 オレもDQNの標的にされるのが怖くて前世で引き籠もっていた
時、両親にこんな情けない自分がどう思われているのか、知るのも
怖かった。
 そのため極力部屋から出ず、家族との交流を最小限に抑えてしま
った。自分は疎まれていると思い込み、最終的に関係は破綻した。
 だから、オレはお嬢様に伝えたかった。
 自分達は例え魔術師の才能がなかろうと、世界中が敵に回ろうと、
お嬢様の味方だと。
 ずっとお嬢様の側にいると。
 その気持ちが通じたのか、お嬢様は再び涙を流す。
 ゆっくりと腕を伸ばし、オレの執事服を掴むと顔を押し付けてき
た。
﹁⋮⋮⋮⋮ッ﹂
 お嬢様は声を押し殺し泣き続ける。
 胸に詰まっていた悲しみの全てを吐き出すように。
 オレはそんな彼女が泣きやむまで、ずっと柔らかな髪をなで続け
た。

492
第32話 兄弟︵後書き︶
第32話、第33話の計2話を連続で更新しました。
493
第33話 サプライズパーティー︵前書き︶
第32話、第33話の計2話を連続で更新しました。
494
第33話 サプライズパーティー
﹁リュート、どこに行くつもりだ?﹂
 お茶会に呼ばれたケンタウロス族のカレン・ビショップは、いつ
も2階のクリスお嬢様の自室へ通されていた。
 しかし今日は1階の大広間へと案内される。
 そのため不思議そうに案内をするオレに問いかけてきたのだ。
﹁大広間でございます。そこで皆さんがお待ちしております﹂
﹁皆さん?﹂
 彼女は返答を聞き、さらに首を傾げた。
 再度質問を投げかける前に、大広間前の扉に辿り着く。

495
 オレはノックし、声をかけた。
﹁カレン様をお連れいたしました﹂
 カレンを扉の前に立たせると、扉がゆっくりと開く︱︱
﹃カレンちゃん、お誕生日おめでとう!﹄
﹁!?﹂
 軽い破裂音と共に布製の紙吹雪やテープがカレンの体に降り注ぐ。
 カレンは初めて聞く破裂音に身をすくませる。
 その後、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
 大広間にはクリスお嬢様、旦那様、奥様。そしてブラッド家の使
用人達。
 3つ眼族のバーニー・ブルームフィールド。
 ラミア族︵半蛇︶のミューア・ヘッド。
 そしてさらに、バーニーとミューアが手伝いのため連れてきたメ
イド達がいて、皆盛大に拍手をしている。
 大広間の壁には色とりどりの紐と花々が飾られていた。
 さらに横断幕に魔人大陸語で﹃カレンちゃん、11歳の誕生日お
めでとう﹄と書かれている。
 まだ状況が飲み込めていない彼女に、お嬢様が花束を持って歩み
寄った。
﹃カレンちゃん、お誕生日おめでとうございます﹄
﹁く、クリス!?﹂

496
 イジメが原因で自室から出ることが出来なかったお嬢様が、目の
前にいることにカレンが再度驚愕する。
 花束を受け取りようやく、この集まりが自分のサプライズ誕生日
会だと気付いた。
 カレンはダムが決壊したように涙を流す。
﹁わ、私の誕生日を祝うために部屋から出て来てくれるなんて、ク
リスはなんて友達想いなんだ! 皆、ありがとう! 私はなんて素
晴らしい友人を持ったんだろう!﹂
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
 会場に居るお嬢様含めて、カレン以外の幼なじみ達が視線を合わ
せる。
 前回、誕生日の打ち合わせで他2人はお嬢様が部屋から出られる
ようになったのを知っている。もちろん、カレンのため出られるよ
うになった訳ではないことも。
 しかし否定するほど野暮では無い。
 曖昧な笑顔を浮かべるが、感動で涙を流し続けるカレンが気付く
ことはなかった。
 彼女が大広間に入ると、早速プレゼントを渡される。
﹁まずはわたしからね﹂
 3つ眼族のバーニーがプレゼントを渡す。
 大きさは5キロの米袋程ある。

497
﹁魔術が施された貯金箱だよ。目標金額まで貯めないと絶対開けら
れない仕組みになってるんだ。頑張ってお金貯めてね﹂
﹁ありがとう、バニ。大切に使わせてもらうぞ﹂
 なんとも両替屋の娘らしいプレゼントだ。
﹃次は私です﹄
 お嬢様は手のひらに乗る綺麗に布でラッピングされた小箱を手渡
す。
﹃耳飾りなんですが、喜んで貰えたら嬉しいです﹄
﹁ありがとう、クリス。普段身に付けることは出来ないが、パーテ
ィーや大切な日などに使わせてもらおう﹂
﹁最後は私ね。クリスさんが準備したプレゼントと一緒に使っても
らえたら嬉しいわ﹂
 ラミア族のミューアが連れてきたメイドがプレゼントを受け取る。
 彼女だけは包装せず、その場でプレゼントを広げて見せた。
 彼女が準備したプレゼントは、レースが重過ぎないかと心配にな
るほどふんだんに使われたドレスだった。
 色はピンク、白いレースがホイップクリームのように縫いつけら
れている。
 パーティードレスというより、前世の世界にあった甘ロリに近い
衣装だ。
 カレンはミューアの誕生日プレゼントを前に絶句しながら、顔を
赤くする。

498
﹁み、ミューア! な、なんだそのフリフリで、ヒラヒラなドレス
は! 私のような厳格な武人に似合うはず無いじゃないか!﹂
﹁そんなことないわよ。大丈夫、カレンにとってもよく似合ってい
るわよ﹂
﹁またそうやって貴様は私をからかう!﹂
 カレンが真っ赤な顔で怒る。
 だがお嬢様と3つ眼族のバーニーも援護に回った。
﹁そんなこと無いよ、カレンちゃんは顔立ち綺麗だし、スタイル良
いし絶対に似合うよ﹂
﹃私のプレゼントのイヤリングはシンプルなので、そのドレスとバ
ランスが取れて合うと思いますよ。今度是非着て見せてください﹄
﹁いや、しかし、その⋮⋮﹂
 2人は本心で似合うと力説している。
 だから逆に断り辛くカレンは言葉に詰まってしまう。
 カレンはミューアへぎこちない笑顔を向ける。
﹁あ、ありがとうミューア。汚れないよう大切に保管させて頂くよ﹂
﹁気に入って貰えて嬉しいわ。今度のお茶会の時にでも着て来てね﹂
﹁そ、そうだな気が向いたらな。あはははは﹂
﹁ふふふふふっ⋮⋮﹂
 2人の静かな攻防が続く。
 2人のやりとりが終わると、旦那様たちが準備していた楽団が演
奏を始める。
 音楽に耳を傾けつつ、お嬢様方は料理に手を付けた。

499
 料理は3家から持ち寄って用意した。
 ラミア族のミューアが魚料理を。
 3つ眼族のバーニーが肉料理を。
 お嬢様側はそれ以外の簡単につまめる料理︵日本で言うところの
オードブルに近いもの︶を担当している。
 また料理長のマルコームさんが気合いを入れて魔人種族が好きな
デザートを沢山用意した。
 ケーキ、クッキー類はもちろん。
 オレが教えたお菓子類︱︱ボールで作った巨大プリン、クレープ
にハート型のミル・クレープ。ポテトチップス、他にも沢山の種類
のお菓子が多数用意されている。
 それらをお嬢様方々、旦那様、奥様、ラミア族&3つ眼族のメイ
ドたちが美味しそうに食べる。
 ホスト側であるオレ達ブラッド家使用人は、厨房や飲み物の手渡
しなどで動き回っている。
 参加者数が多くないためそこまで苦労は無い。
 執事長のメリーさんは気合いを入れて働いているが。
 カレンが切り分けられた巨大プリンを食べながら疑問を尋ねる。
﹁しかし、扉を開けた時の破裂音と飛んできた細かい布や紐はなん
だったんだ?﹂
﹃あれはリュートお兄ちゃんが作った﹃クラッカー﹄というパーテ
ィー道具らしいですよ﹄
﹁クラッカー?﹂

500
 パーティーを開くということで、旦那様方の許可を取り作った品
物だ。
 こちらの世界の紙は耐久力が無く、値段が高いため木材で代用し
た。
 いらなくなった布を細かく切り、紐を万華鏡のような木材の筒に
入れる。
パウダー
 紐を引っ張ると、加減して入れた発射薬によって中身が飛び出す
仕組みだ。
 こんな所で銃を造る技術が役立つとは思わなかった。
 一通りの説明を聞くと、カレンが考え込む。
﹁面白い仕掛けだな⋮⋮もしかしてこれを利用すれば新しい武器が
作れるのでは無いか?﹂
﹁こらこら、主役が何考え込んでるの。実家仕事はパーティーが終
わってから考えなさい﹂
﹁す、すまんつい﹂
﹃でも実際、すでにそういう魔術道具の武器があるみたいですよ。
確かAK47っていうんですよね?﹄
 お嬢様がミニ黒板で話しかけてくる。
 友人達の視線がオレに集中した。
 ⋮⋮AK47の話をしたのはちょっとマズかったか?
 今更誤魔化す訳にもいかず、素直に話す。
﹁破裂の魔術で、小さな金属片を遠距離に飛ばして相手を殺傷する

501
魔術道具ですね﹂
﹁そんな物があるのか。初めて聞く魔術道具だな。妖人大陸で一般
的に知られているものなのか?﹂
 武器・防具の開発や生産を営む家柄、カレンが興味を抱く。
 素直に話す義理も無いため適当にはぐらかす。
﹁一般的には知られてません。珍しい魔術道具らしいですよ。自分
も妖人大陸に居た時、小耳に挟んだだけですから﹂
﹁その話は妖人大陸のどこで聞いたんだ? 他には何か耳にしなか
ったか?﹂
﹁もうカレンちゃんたら、ミューアちゃんに注意されたばっかりな
のに﹂
 カレンの質問攻めをバーニーが嗜める。
﹁ほら主役なんだからもっと食べて食べて。このケーキとか凄く美
味しいよ﹂
﹁す、すまんつい。んっ、確かに甘くて美味いな﹂
 バーニーに勧められたケーキを食べ、カレンは口元を綻ばせた。
 オレはそれを見届け質問が再開しないうちに場を離れる。
 壁際に避難すると、入れ替わるようにメリーさんが慌てた様子で
旦那様の元へと向かう。
 ソファーに座り奥様と2人、ミル・クレープを食べている旦那様
の耳元にメリーさんが耳打ちした。
﹁!?﹂

502
 反対側の壁際にいた筈なのに潰されるような圧迫感を覚える。
 演奏していた楽士たちも怯えて手を止めてしまったほどだ。
 お嬢様の幼なじみ達も何事かと振り返る。
かおりちゃ
 その中で唯一、奥様だけが優雅に香茶を飲みながら旦那様を嗜め
た。
﹁貴方、ちゃんと押さえてください。魔力が全身から漏れ出してま
すよ﹂
﹁⋮⋮ははははっはは! すまん、すまん! 少し気を抜いてしま
ったわ﹂
﹁まったく、貴方は見掛けによらずおっちょこちょいなんですから﹂
 2人は周囲を置き去りにして楽しげに笑い合う。
 適当な所で旦那様が咳払いをする。
﹁いや、失敬失敬。少々身内事があって取り乱してしまったよ﹂
 初めて味わった圧迫感。
 あれが魔術師A級の旦那様が本気で怒った時の圧力なのだろう。
 しかし彼を本気で怒らせるほどの﹃身内事﹄ってなんだ?
 旦那様は明日の天気を話すように気軽に言う。
いくさ
﹁また我輩の兄達が戦を仕掛けてきたようでね﹂
 旦那様の兄達!
 脳裏にすぐピュルッケネンとラビノの凸凹コンビの顔を浮かぶ。

503
 奴らは過去に一度、旦那様の財産を掠め取るため言い掛かりを付
け戦を仕掛けてきた。
 相手は本家ヴァンパイア一族、約1000人。うち、魔術師は5
0人ほどだ。
 対してブラッド家は旦那様、奥様を筆頭に戦える人材を集めても
50人に満たなかった。だが結果はブラッド家の圧勝。
 それは当然と言えば当然だ。旦那様は魔術師A級︱︱それは一握
りの天才が努力してようやく到達できる領域の怪物。
 旦那様とその部下達に敵は全員蹂躙され、あの馬鹿兄弟は敗北す
るとすぐに謝罪してきた。
 旦那様もその申し出に謝罪以外、金銭も要求せず笑って許したの
だが⋮⋮
﹁兄達も間が悪いことだ。家族と娘の友人達の楽しい一時に戦など
仕掛けてくるとは⋮⋮これは兄達とはいえお灸を据えなければなら
ないようだ﹂
 口調は穏やかで微笑みすら浮かべているが、上等な衣服の下、筋
肉が膨れるのを感じる。
﹁そうですね。前回、少々甘やかし過ぎたようですね。今回は厳し
くいきましょうか、貴方﹂
 旦那様の提案に奥様が同意する。

 彼女も品の良いドレス姿のまま、全身から殺る気を噎せ返るほど
放つ。

504
﹁そういう訳で済まない、ビショップさん。折角のパーティーに水
を差してしまって。この償いは近いうちに﹂
﹁お心遣い感謝します、伯爵。ですがお気になさらず、お家騒動な
ら仕方ありません。今日は本当に楽しかったです。こちらこそ、こ
のお礼は近いうちに必ずさせてください﹂
 カレンは丁寧に頭を下げ、お礼を告げた。
﹁なら、私達も退散しましょうか﹂
﹁そうだね。お家騒動なら仕方ないし、邪魔になるから早く帰らな
いと﹂
 ラミア族のミューア、3つ眼族のバーニーも本家からとはいえ、
戦争を仕掛けられていることにあまり驚かず淡々と帰宅準備を始め
る。
 彼女達も、過去に一度本家に戦争を仕掛けられたことがあるのを
知っているから、こんなに淡々としていられるのか?
 オレが不思議そうな顔をしているとメイド長のメルセさんが小声
で教えてくれた。
︵人種族のリュートには馴染みが薄いかもしれないけど、魔人種族
の間ではこういった﹃お家騒動には口を出さない﹄のが礼儀なのよ。
魔人種族は他4種族より一族の種類が多いでしょ? 一族によって
風習や習慣が違うから口を出さないのが暗黙の了解になっているの
よ︶
 なるほど。
 だから皆、事情を問い詰めたり、加勢が必要かなどと尋ねたりし
ないのか。

505
﹁メルセ、リュート、2人はお嬢様とお客様をお見送りしなさい。
その後、お嬢様をお部屋にお連れするようお願いしますメェー﹂
 いつの間にか側に居た執事長のメリーさんが、指示を出す。
 オレ達は返事をすると、すぐ行動に移った。
 メリーさんも他の使用人に指示を出すため歩き出す。
 兄弟との戦争の準備のために︱︱
第33話 サプライズパーティー︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月22日、21時更新予定です。
506
第34話 戦︵前書き︶
第34話、第35話、第36話、第37話の計4話を連続で更新し
ました。
﹃第31話 お買い物﹄修正しました。
ご報告ありがとうございます!
507
第34話 戦
 クリスお嬢様に付き添い、お嬢様の友人であるカレン達を見送る。
 そしてその後、お嬢様が自室へ戻るのに付きそった。
かおりちゃ
 メイド長のメルセさんがお嬢様の気分を和らげるため香茶を煎れ
ている。
 お嬢様はベッドの端に腰掛けながら、心配そうな表情をしていた。
﹃お父様達は大丈夫でしょうか⋮⋮﹄
﹁大丈夫に決まっています。相手が誰だろうと、こちらには魔術師
A級の旦那様がいらっしゃるんですよ? 万が一にも負けることな
どありませんよ﹂

508
かおりちゃ
 メルセさんが香茶を煎れて戻ってくると、お嬢様の相手を彼女に
代わって貰う。
﹁少々席を外しますのでお嬢様をお願いします﹂
﹁⋮⋮分かりました。無理をしないように﹂
﹁?﹂
 メルセさんは察したらしく、すぐに許可をくれた。
 しかしお嬢様はさらに不安げな顔で、オレの裾を小さな手で掴ん
できた。
﹃リュートお兄ちゃん、どこへ行くつもりですか?﹄
﹁ご安心を。自室に忘れ物があったのを思い出したので、取りに戻
るだけです﹂
﹃⋮⋮そう、ですか﹄
 お嬢様も察したらしく、暗い顔だが小さな指を離した。
 何かを堪えるような苦い笑顔を健気に作る。
﹃気を付けて、行ってらっしゃい﹄
﹁はい、行ってきます。すぐに戻ってきます﹂
 オレはお嬢様の自室を後にすると、大広間へ急ぎ戻った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

509
﹁駄目だ。リュートを連れて行くことは出来ない﹂
 旦那様達は大広間で準備を進めていた。
 残った料理は陶器の器に入れて、即席の野戦食にする。
 武器庫から武器や防具類を取り出し、傷の有無を確認していた。
 旦那様は既に上着を脱ぎ、シャドーボクシングのようなことをし
て体を温めている。
 奥様はメイド達が運び込んだ装備を慣れた様子で身に付けていく。
 恐らく海賊狩り時代使っていた武器・防具なのだろう。
 戦準備の指揮を執っていたギギさんに駆け寄り、自分も今回の戦
に参加したい旨を伝えた。
 先日の1件︱︱お嬢様だけじゃなく、旦那様方皆を侮辱したあの
馬鹿兄弟の顔に1発入れないと気が済まないからだ。
 しかしギギさんは一蹴する。
 オレは食い下がった。
﹁どうしてですか! オレなら魔術も多少は使えますし、戦力にな
るはずです!﹂
﹁駄目だ。リュートはお嬢様の護衛だろ? 任務を放棄して戦場に
出てどうする。第一、戦の経験など無いだろう? 未経験者を連れ
て行っても足を引っ張るだけだ﹂
 ギギさんの正論に言葉を詰まらせる。
 旦那様側の参加人数は少ない。
 50人に満たないだろう。

510
 しかし皆、前回の戦を経験している人達や昔から付き合いのある
元冒険者ばかり。
 そのため連携など文句の付けようがないレベルだ。
 そこに未経験で場数を踏んでいない新人が入る方が、不協和音の
原因になりかねない。
 さらに執事長のメリーさんまでギギさんの味方をした。
﹁そうですよ、リュート。貴方はお嬢様の護衛兼血袋。今回の戦は
私達に任せておきなさい。何、あんな烏合の衆、私達にかかればあ
っという間に殲滅ですメェー﹂
 確かにこちら側には旦那様がいる。
 他の使用人達の士気も高い。
 一部戦に参加するメイド達は殺気立ち、メイド服の上から鎧や楯、
武器を手にしていく。
 料理長のマルコームさんも参戦するらしく、体中に包丁をぶら下
げていた。
 何かのホラー映画っぽくて滅茶苦茶怖い。
 だがオレは食い下がる。
﹁た、確かに戦の経験はありませんが、きっと何かの役に⋮⋮﹂
﹁駄目だと言ってるだろ、諦めろ。それにリュートはお嬢様の側に
いろ。そして⋮⋮お嬢様を命に替えても守ってくれ。頼む﹂
﹁ギギさん?﹂
 ギギさんが妙に迫力ある目力と声で頼んでくる。
 一瞬、疑問に思ったが彼は再び準備に取りかかった。

511
アンチシルバードラッグ
﹁ギギ、念のため銀毒を治療する反銀薬を用意するように。もちろ
ん備蓄してありますメェー?﹂
 ヴァンパイア族は前世の世界に出てくるドラキュラのように銀が
毒となる。
 この毒は通常の解毒剤では除去出来ず、ヴァンパイア族にとって
の天敵。
アンチシルバードラッグ
 銀毒に犯された場合専用の薬品、反銀薬でしか治すことが出来な
い。
 だから普段の食器やアクセサリーにも銀製品をまったく使ってい
なかった。
﹁もちろんだ。いざという時に十分対応出来るよう警備長の責任と
して準備してある。もう馬車に詰め込むよう指示も出し済みだ﹂
﹁さすがギギ、仕事が早いですメェー﹂
 これ以上いたら、邪魔になるだけだ⋮⋮。
 オレは一礼して大広間を後にした。
 啖呵を切って家出したのに出戻って来た子供のように、お嬢様の
自室へと帰ってくる。
 ノックをして、返事の後、扉を開いた。
﹁失礼します。申し訳ありませんでした離席してしまい﹂
 お嬢様はオレが顔を出すと、安堵の溜息を漏らす。
﹃お帰りなさい、リュートお兄ちゃん。忘れ物は見付かりました?﹄

512
 心配させた仕返しなのか、お嬢様は珍しく意地悪な返しをしてき
た。
 オレは微苦笑を浮かべ、
﹁いえ、大切な忘れ物はここにあることを思い出して、急ぎ戻って
来ました﹂
 お嬢様はオレの返答を聞くと、恥ずかしそうに頬を染めミニ黒板
で顔を隠す。
 お嬢様は反応が本当に可愛らしいな。
﹁こほん﹂
 メルセさんの咳払いでピンク色だった空気が、通常の物に戻る。
 彼女は口元を少し弛め、
﹁それでは旦那様方の勝利と無事を願って、私達はお城でお待ちし
ましょう﹂
 メルセさんの言葉にオレ達は頷く。
 オレもこれ以上一緒に行って戦いたいと我が儘を言わず、彼らの
勝利を願うことにしよう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

513
︱︱第三者視点︱︱
 ヴァンパイア族本家当主、ピュルッケネン・ブラッド。
 ラビノ・ブラッド
 彼らの下に付いているヴァンパイア族本家の魔術師Bマイナス級
以上が約50人。
ギルド
 他、冒険者斡旋組合で依頼し掻き集めた傭兵が約950人以上。
 合計約1000人ほど。
 対する伯爵家はダン・ゲート・ブラッド伯爵を筆頭に、セラス・
ゲート・ブラッド。
 警備長のギギ、執事長のメリー、料理長のマルコーム。
 他、使用人40人以上。
 合計約50人。
 戦力差は20倍。
 しかし伯爵側は誰1人悲観しておらず、悲壮感は全く無い。
 むしろ余裕の態度を崩さなかった。
 両家が向かい合っている場所は、リュート達がプレゼント選びに
行った街から約2時間ほど離れた平野。
 魔人種族は互いの一族内の問題に口は出さない。
 だが他種族に迷惑がかかるようなら話は別だ。
 そのため問題を起こす場合、他種族に迷惑をかけないよう配慮す
るのがマナーとなっている。そのため、人の居ない開けた場所が選

514
ばれたのだ。
﹁逃げ出さずよく来たな愚弟! 今日こそ貴様がヴァンパイア族に
行ってきた叛逆行為を正す時! 必ず成敗してくれる!﹂
 太った長兄のピュルッケネンが無駄に豪奢な甲冑に身を包み、真
っ白な角馬に乗って怒声をあげる。
 横にいる身体の細い次男のラビノも、ピュルッケネンの言葉に大
きく頷き、下卑た表情を浮かべている。
﹁反逆行為とは前回と同じ一族の資金を不正に使った︱︱というも
のですか? 我輩の魔術師学校資金を不正とは⋮⋮。第一その資金
は一族に援助という形で倍額以上仕送りしてるではありませんか﹂
﹁だ、黙れ! 金を戻せば罪が消えると思うなよ!﹂
﹁兄者の言う通りです!﹂
﹁まったく兄君達は相変わらず執念深いですな。いい加減、我輩の
ことなどほっておけばいいのに﹂
 対して伯爵は呆れたような溜息をつく。
 そんな態度がさらに相手の神経を逆なでした。
﹁お、オマエは昔からそうだ! 三男坊の分際で魔術師の素質を持
ち、A級にまで上り詰め寄って! 弟の分際で! 身を弁えろ! 
かかれ者共!﹂
 ピュルッケネンの掛け声で傭兵達が一斉に駆け出す。
 魔術師達は全員バラバラに魔術を唱え始めた。
﹁兄君は本当に変わらないですな﹂

515
 伯爵は皆に片手を上げ1人歩き出す。
 自分がやるから控えろと言うことだろう。
 上半身裸の2メートル半はある筋肉の塊が優雅に歩いてくる。
 ヴァンパイア一族本家の魔術師達が一斉に伯爵へ向け魔術を放つ。
 氷の刃、炎の槍、水の矢、風の鞭︱︱小手調べなのか傭兵を傷つ
けないためか、初級の攻撃魔術が雨霰と伯爵に降り注ぐ。
﹁ははははははは! うむ、前より練度をあげているな。感心、感
心!﹂
 伯爵は大量の攻撃魔術を浴びながら変わらぬ速度で足を進める。
 体に毛ほどの傷も付かない。
﹁くたばれ!﹂
 ようやく傭兵が伯爵と接触。
 傭兵の1人が大剣を振り下ろす。
 伯爵は気にも留めない。
﹁⋮⋮はっ?﹂
 大剣は伯爵に当たると玩具のように簡単に折れる。
 もちろん伯爵は無事だ。
﹁はははっはははは! 君はまだまだ修行が足りないな! 踏み込
みが甘いぞ! これならうちのリュートの方がまだ強い!﹂
﹁ぶぼ!?﹂

516
 大剣の男は伯爵のデコピンに吹き飛び転がる。
 その間にも大斧が振り下ろされ、ボウガンの矢が頭部に当たる。
槍が鋭い踏み込みで腹部を狙ったりもした。
 だが、誰1人、伯爵を傷つける者はいない。
﹁では、我輩もそろそろ攻撃しようか!﹂
 伯爵は右拳を握り締めると、ゆっくり後方へ引き絞る。
 巨大な筋肉がさらに膨れ上がり、血管が浮かぶ。
﹁ふん!﹂
 一閃!
 余波で伯爵に群がっていた冒険者達は、枯葉のように吹き飛ぶ。
 さらに伯爵が放った魔力衝撃波は、魔術師達が10人がかりで作
った抵抗陣をあっさり貫通し、破壊した。
 もしその場にリュートが居たら、ボーリングを連想し﹃ストライ
ク!﹄と叫んで居ただろう。
﹁こ、この化け物め!﹂
 ピュルッケネンは青い顔で、実弟を心底罵倒する。
 彼の弟であるダン・ゲート・ブラッドは、魔術師A級である。
 気を弛めると体外に溢れるほど膨大な魔力を持って生まれたが、
彼自身は攻撃魔術も補助魔術もどちらかといえば苦手だった。
 そのため伯爵は最初の頃は周囲から馬鹿にされて育ってきた。
 宝の持ち腐れだと。

517
 しかし伯爵はまったく気にせず、魔人大陸を飛び出すための武器
として体を鍛え、技術を身に付け、魔術の練習を熱心に続けた。
 お陰で攻撃魔術、補助魔術に頼らない伯爵オリジナルの攻撃・防
御方法を会得する。
 体外から溢れ出る魔力を使い防御し、攻撃に転用。先程のように
遠距離で叩き込むことまで出来るようになった。
 結果、伯爵は在学中に魔術師A級の称号を得る。
 兄であるピュルッケネン、ラビノは2人とも魔術師としての才能
が無い。
 彼らは最初は膨大な魔力を持ちながら、使いこなせない伯爵を馬
鹿にしていた。だが、蓋を開けてみたら末弟は魔術師A級になって
しまったのだ。
 子供の頃、憧れた魔術師。
 格下に見ていた弟が一握りの天才しかなれない魔術師A級になっ
た。
 嫉妬、敗北感、羨望、劣等感︱︱様々な感情がせめぎ合い伯爵を
親の敵のように敵視するようになってしまったのだ。
 もしこれが他人だったら、ここまで憎悪はしない。
 血を分けた兄弟だからこそ狂おしいほど妬んでしまうのだ。
 たった一度の攻防で、本家側の人々は意気消沈する。
 伯爵に剣は刺さらないし、魔術も効果無し。
 対抗する手段がなければ、勝利は望めず士気が落ちるのは必然。

518
 だが伯爵自身も自分の優勢を訝しむ。
 これでは前回の戦争の焼き直しだ、と。
 兄達は必勝の策、または方法があるから戦を仕掛けてきたはずだ。
 自分に対する致死性の罠か、それとも特別な魔術か、秘宝級の魔
術道具か︱︱どんなものかは分からないが。
 伯爵はピュルッケネン陣営を注意深く観察する。
 それが仇となる。
 自身の陣営の変化に気付くのに遅れてしまったのだ。
﹁︱︱ガハ⋮⋮ッ!﹂
 奥方であるセラスの悲鳴。そして吐血。
 鎧の隙間をぬい、彼女の脇腹に銀の短剣が深々と突き刺さる。
 刺した相手は︱︱警備長のギギだった。
519
第35話 逃避行
 リュート、12歳。
 日が沈み、夜が世界を支配する。
 数時間前、あんなに騒がしく楽しかった時間が嘘のように城内は
静まり返っていた。
 クリスお嬢様は心配そうに窓から外を眺めている。
 つい最近まで外に出ることすら怖がっていた少女には見えない。
﹁ご安心をお嬢様。旦那様がいらっしゃる限り私達に敗北はありま
せん﹂

520
 メルセさんがそっと肩に手を置き励ます。
 お嬢様は賛同するように微笑んだ。
﹁⋮⋮お嬢様、メルセさんお静かに﹂
 励まし合う2人にオレは声をかける。
 1階が不自然に騒がしい。
 慌てる声、荒い足音などが聞こえてくる。
 メルセさんがギュッと、お嬢様を守るように抱き締めた。
 扉がノックされる。
 手つきが荒い。
 もしここに執事長であるメリーさんがいたら、怒声をもらうレベ
ルの荒さだ。
﹁⋮⋮お嬢様、メルセさん、念のため下がっていてください﹂
 指示を出すと2人は素直に指示に従う。
 オレは念のため、手紙の封を切るペーパーナイフを手に取った。
 ゆっくりとドアノブに手を掛け、扉を開く。
 廊下に居たのは1人のメイドだった。
 彼女は焦った表情で部屋の中を窺う。
﹁お、お嬢様はいらっしゃいますか! 至急お伝えしたいご報告が
あるのですが!﹂
﹁報告? どんな用件ですか?﹂
﹁今、メリーさんが戻られて、旦那様と奥様が︱︱﹂

521
﹁!? お嬢様、メルセさん! 伏せて!﹂
﹁きゃぁぁぁあ!﹂
 報告途中だったメイドさんの悲鳴。
 オレは咄嗟に振り返り、窓へ向けてペーパーナイフを投擲する!
 タイミング良く、2階ガラスを突き破り男が突入、部屋に着地。
同時にペーパーナイフが敵の腕に深々と刺さった。
 肉体強化術で身体能力を向上させ、中庭から2階の部屋に突入し
てきたのだ。オレは外で魔術が使われる気配を感じて、咄嗟に行動
したのだ。
﹁ぐぅッ︱︱!﹂
 男の見た目は20代前半。
 人種族のような外見だが、犬歯が妙に長いことからお嬢様達と同
じヴァンパイア族なのかもしれない。魔術師なのは確かだ。
 男はペーパーナイフを抜き、治療を始める。
ヒール
﹁手に灯れ癒しの光よ、治癒なる灯!﹂
 恐らく長兄たちによってかき集められた素人の1人なのだろう。
 戦いが終わっていないのに傷を気にして治療を施している。どう
やら戦い慣れていないらしい。
 結果、大きな隙が出来る。
 オレはその隙を見逃すほど甘く鍛えられていない。
 ギギさんの教え通り、すぐさま魔術師との距離を縮める。

522
 魔術師の男は慌てて、腕から抜いたペーパーナイフを牽制するた
め横薙ぎに振るう。
 旦那様に比べたら速さも、迫力もまったく無い。
 オレは腰を落とし楽々と避け、相手の腹部に強化した一撃を叩き
込む。
﹁ごほッ!﹂
 男は呼気と唾液を撒き散らし、悶絶。
 それでもオレは容赦せず、掌底で顎を打ち抜き、入って来た窓か
ら叩き出す。
 男は窓から叩き出されると、地面に激突して動かなくなる。
 手足は痙攣して動いているから死んではいないだろう。
 気絶しているだけだ。
 相手は魔術師だったが、敵の戦闘経験が未熟だったお陰で撃退す
ることができた。
 しかし、どうして城にこんな奴がいるんだ。
﹁お、お嬢様、ご無事ですかメェー⋮⋮!﹂
﹁メリーさん!﹂
﹁!?﹂
 魔術師の男を叩き出し、気絶しているのを確認すると執事長のメ
リーさんが体中傷だらけで部屋に転がり込んで来る。
 彼は旦那様達と一緒に戦に出た筈だ。
 なのにどうしてこんなボロボロで城に戻ってきたんだ。

523
 嫌な予感が胸中を渦巻く。
 だが、オレの想像以上の凶報がメリーさんの口から告げられる。
﹁お嬢様、ご報告が御座います。先程の戦で我が警備長ギギの裏切
りにより、旦那様が敗北致しましたメェー﹂
﹁﹁﹁!?﹂﹂﹂
 オレ、お嬢様、メルセさんが報告に耳を疑う。
 ギギさんがブラッド家を裏切る筈がない!
 使用人は旦那様、奥様の人柄に魅了され、皆高い忠誠心を抱いて
いる。
 その中でもギギさんは別格だ。
 お嬢様のことなど、自分の娘のように大切にしている。
 そんな彼が裏切るなんて何かの間違いだ。間違いに決まっている!
 オレは思わず傷だらけのメリーさんに詰め寄っていた。
﹁ギギさんが裏切ったなんて、何かの間違いじゃないんですか? 
もしくはギギさんになりすました偽者とか!﹂
﹁間違いなく本人です。彼は銀のナイフで奥様を刺し、銀毒にして
アンチシルバードラッグ
旦那様に降伏を迫ったのです。しかもこちらの反銀薬を警備長の権
アンチシルバードラッグ
限でいつの間にか紛い品にすり替えていたのです。反銀薬は敵側し
か持っておらず旦那様は奥様を救うため、自ら魔術防止首輪をつけ
降伏しましたメェー﹂
 メリーさんは悔しそうに目尻に涙を浮かべる。
﹁本家当主たちは旦那様と奥様を手中に納め、次はお嬢様の身柄を
狙い城に進軍中です。私は隙を見て抜け出したのですが、追っ手に

524
やられこのざま⋮⋮。もうすぐ本家当主たちがこちらに到着します、
お嬢様はお早く脱出の準備をメェー﹂
 メリーさんの鬼気迫る進言。
 しかしお嬢様は圧倒的な状況変化に未だ頭が付いて行っておらず、
青い顔で呆然としているだけだった。
 代わりにメルセさんが動く。
﹁お嬢様、失礼します﹂
 メルセさんはすでにパーティードレスからパジャマに着替えてい
たお嬢様に、生地の厚いファーが付いたコートを着せる。
 メリーさんはもう1人、悲鳴を上げていたメイドに指示を出し、
お嬢様の部屋の宝石箱を漁らせる。
 さらに彼はまだ渇いていない血に濡れた手でオレの腕を掴んで来
た。
﹁これからリュートを私と旦那様、奥様しか知らない隠し通路に連
れて行きます。そこからお嬢様を連れて遠くへ逃げるのですメェー﹂
﹁メリーさん達はどうするつもりですか?﹂
﹁私達は当主達の目を引きつけ、時間稼ぎをしますメェー﹂
 その返答に奥歯が軋む。
 メリーさんの血に濡れた手に力が篭もる。
﹁私達が不甲斐ないばっかりにまだ12歳の子供のリュートに頼っ
てしまい申し訳ない。ですが、今お嬢様をお守り出来るのはリュー
トしかいないのです。どうかッ、どうか! お嬢様を守ってくださ
いメェー﹂

525
﹁⋮⋮もちろんです。お嬢様の執事兼血袋としてお役目を果たして
見せます﹂
﹁ありがとうございますメェー﹂
 メリーさんとの会話が終わる頃に、お嬢様の準備が整う。
 お嬢様は未だ青い顔で、目の焦点が合っていない。
 現実にまだ意識が追いついていないのだ。
﹁それでは1階の食堂に移動しましょうメェー﹂
 血だらけのメリーさんに手を貸してオレ達は1階の食堂へと向か
う。
 いつもは旦那様と奥様が使う食堂。
 長いテーブルに豪奢で品の良い椅子。分厚いカーテンに、金箔の
貼られた燭台に瑞々しい花が生けられた花瓶︱︱オレが普段使って
いる使用人食堂とは雲泥の差の食堂にある暖炉。
 メリーさんは暖炉内の壁にある石の1つを押し込む。
 連動して暖炉の薪を積み上げる床石が1つ持ち上がった。
 メリーさんが震える手で石をつまみ上げると、金属製の取っ手が
現れた。彼は力一杯取っ手を持ち上げると、暖炉の床が蓋のように
開き階段が姿を現す。
 メルセさんがお嬢様の手をオレに預けてくる。
 絹の手袋に包まれた華奢な掌をオレはしっかりと握り締めた。
 さらに革袋に包まれた逃亡資金を差し出してくる。
﹁ごめんなさい、時間が無くてたいした額は集められなかったけど。

526
それとこっちの袋には今日のパーティーで余ったお菓子が入ってま
す。途中で食べてください﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます。どうかメルセさんもご無事で﹂
 一瞬、喉から﹃メルセさんも一緒に逃げましょう﹄と出かけた。
 しかしそれは彼女に対する侮辱でしかない。
 すでにメルセさんは覚悟を決めた目をしている。
 例え自分の身がどうなろうと、お嬢様を逃がすための時間稼ぎを
するつもりなのだ。
 オレはお嬢様を隠し通路に促す。
 ここで初めて彼女の意識はようやく現実へと追いついた。
﹁⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
 お嬢様は真珠のような大粒の涙を流し、行くことを拒む。
 か細い手を伸ばし、メルセさんの裾を掴んだ。
 声を出せないが、懸命に口を動かし首を横に振る。
 離れたくない、行きたくない︱︱と全身で伝えようとしていた。
﹁お嬢様、時間がありません。お急ぎ下さい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ッ﹂
﹁お嬢様⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ッ﹂
﹁お嬢様ッ!!!﹂

527
﹁ッ!?﹂
 メルセさんがお嬢様を怒鳴る。
 恐らく彼女がメイドとして雇われて、お嬢様を叱るなど初めての
ことだろう。
 お嬢様は怒声に身をすくませた。
 メルセさんは一転、まるで姉か母親のような慈愛に満ちた表情で、
お嬢様が掴んだ指を解きほぐしていく。
﹁我らをご心配頂き誠にありがとうございます。ですが我らがどう
なろうとお嬢様が無事でさえ居れば、ブラッド家の血筋が途絶える
ことはありません。だから例え泥水を啜ろうとも、酷い屈辱を与え
られようとも、生き延びてください。お嬢様が無事でいることが我
らの願いなのですから﹂
 メルセさんの言葉に食堂に集まっていた使用人全員が、﹃まさに
我が意﹄と言わんばかりの表情で頷く。その表情は一様に同じ決意
で塗り固められている。
 メリーさんがさらに告げた。
﹁旦那様と奥様のことは我らにお任せください。命に替えて助け出
しますので。お嬢様、それまでどうかご無事で。さっ、リュート、
早くお嬢様を隠し通路へメェー﹂
﹁⋮⋮はい、お嬢様、お手を﹂
 お嬢様はまだ涙の痕を残しながらも、オレの手を取り隠し通路の
階段に足をかける。
 最後に一度だけ振り返る。

528
﹁リュート、お嬢様を頼みましたメェー﹂
 メリーさんが最後の言葉を残し、扉を閉めた。
 隠し通路を再び隠す音が木霊する。
 光が一切無くなった。
 オレは目に魔力を集中し、夜目を強化。
 お嬢様の手を引き、階段を下りきる。
 隠し通路は地下に掘られたトンネルだった。
 高さは160センチの人間が手を伸ばせば届く程度。
 幅も2人が手を広げれば壁に付く。
 恐らく魔術で作り出したのだろう。
 まったく利用されていなかったせいで、通路は埃っぽかった。
﹁お嬢様、失礼致します﹂
 オレは未だに泣いているお嬢様を抱きかかえ歩き出す。
 お嬢様はオレの首筋に顔を埋め、涙を流し続けた。
 温かな雫がオレの肌を濡らす。
 魔力を節約するため足や腕などには使わず、自力で歩いた。
 ︱︱約1時間ほどだろう。終着点に付く。
 入り口同様、階段が伸び鉄製の扉で塞がれている。

529
 お嬢様を抱きかかえているため片腕に魔力を集中、ゆっくりと警
戒しながら開く。
﹁⋮⋮ここは小屋か?﹂
 扉は屋敷同様、暖炉の下に作られていた。
 警戒しながら様子を窺う。
 部屋に人気は無く暗い。
 丸太で作られた壁、端に置かれた資材、木で出来た粗末な机に椅
子などがある。
 部屋に入り、お嬢様を椅子に座らせた。
﹁少し、外の様子を確認してきますので、お嬢様はこちらで少々お
待ち下さい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 お嬢様は何も言わず、言われるがままオレから手を離す。
 扉を開き、外へ出て周囲を確認する。
 出た場所は森の中だ。
 振り返るとここは丸太小屋で、休憩所の1つのようだ。
 小屋の周りはそこそこひらけていた。
 脳内で地図を広げる。
 該当する場所は、城の裏手にある森しか無い。
 オレは確かめるため手近な木によじ登る。
 もちろん肉体強化術で身体能力を向上してだ。

530
 木の天辺に立ち視力を限界まで強化。
 城の様子を辛うじて確認することが出来る。
 城の周囲では狼煙のように煙が上っていた。
 メイドや使用人達が、シーツにくるんだ人らしきものをかかえて
四方に逃げる。
 その後を角馬に乗った本家側の男達が追いかけていた。
 どれが本物のお嬢様か分からず、彼らは全員を捕まえるまで走り
回らなければならない。
 彼女、彼らは懸命に2本の足で走り追撃を振り切り、オレ達が逃
走する時間稼ぎをしている。
 メルセさんらしき人物が、男に手を挙げられる。
﹁あいつら⋮⋮ッ﹂
 無意識に奥歯が砕けそうなほどの歯ぎしりをしてしまう。
 だが、オレのやることは彼女達を助けに行くことでは無い。
 皆の心意気を無駄にしないためにも、一刻も早くお嬢様を安全な
場所へお連れすることだ。
 オレはすぐさま木を降りて、小屋に戻る。
 お嬢様は体育座りで椅子に座り、顔を膝に埋めていた。
﹁お嬢様、ここはまだ危険です。すぐに場所を移動しましょう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 お嬢様は反応を示さない。
 オレは﹃失礼します﹄とだけ告げて、再び彼女を抱きかかえた。

531
 オレは暗い森の中、星の光だけを頼りに街へ向けて歩き出す。
 城の方角を振り返ると、未だに煙が昇り続けていた。
 お嬢様とオレの逃避行は続く。
第35話 逃避行︵後書き︶
第34話、第35話、第36話、第37話の計4話を連続で更新し
ました。
532
第36話 お嬢様の決断︵前書き︶
第34話、第35話、第36話、第37話の計4話を連続で更新し
ました。
533
第36話 お嬢様の決断
 魔人大陸の玄関口である港街。
 オレが約1年前、偽冒険者達に騙され奴隷として売られた奴隷館
がある街だ。
 オレはフード付きの外套を着て表通りの様子を窺う。
 宿屋のひとつから、金髪の青年2人組が出て来た。
 泊まるために宿屋を訪ねたのではなく、宿泊客の確認のため店の
扉をくぐったようだ。
 相手はヴァンパイア族当主の部下だろう。
 彼らが探している人物は︱︱クリス・ゲート・ブラッドお嬢様し
かいない。

534
 オレとクリスお嬢様は夜、城の裏手にある森から徒歩でこの港街
を目指した。
 お嬢様の安全を考えたら魔人大陸にいるより、他の大陸に出た方
がいいという判断からだ。
 馬車で半日。
 不眠不休で小休憩を挟みながら、1日かかってオレはお嬢様を抱
えて街に辿り着いた。
 腹が減るとカレンのサプライズパーティーで残ったお菓子をつま
んだ。
 お嬢様は移動中、俯き殆ど反応を示さなかった。
 たった1日の出来事なのに天地のように状況が変わったことが不
思議でしょうがない。
 街に着くと宿へと向かわず、旦那様がオレを買った﹃ラーノ奴隷
館﹄へと向かった。
 予想通り宿にはすでに彼らの手が回っており、ギリギリのタイミ
ングでオレとお嬢様は奴隷館へと滑り込んだ。
 外の様子を確認し終えると、オレはラーノ奴隷館に戻った。
 裏手に回り、警備長と目を合わせる。
 スキンヘッドで額に捻れた角が一本生えている男︱︱オブコフだ。
 裏手にある地下入り口は、彼と部下達によって守られ、封鎖され

535
ている。
 オレは彼らと挨拶を交わし、地下へと続く階段を下りた。
 城から抜け出して5日目。
 オレとお嬢様は現在、ラーノ奴隷館の地下に隠れ住んでいる。
 約1年前。数日だけ住んだことがある地下部屋だ。
 ヴァンパイア族の当主達も、まさか宿ではなく奴隷館の地下で生
活しているとは思いもつかないだろう。
 オレは空いている大部屋で寝起きしていたが、お嬢様には個室を
使って貰っていた。
 決して善意から匿われている訳ではない。
 食事付きではあるが、法外な値段を払いながら宿代わりにさせて
もらっているのだ。
 お嬢様の部屋から集めた貴金属で何とか払っている。
 しかし金を払っているうちは安心出来る。
 なぜなら、金を払っているうちは裏切る必要性が無いからだ。
 金を貰っているのに、裏切ってヴァンパイア族の当主にオレ達を
売ったとしたら。その瞬間、お嬢様︱︱ひいては旦那様との繋がり
のある上流階級者達に自分達は信用ならないと宣伝するようなもの
だ。
 信用を傷つけるマネを商売人はしない。
 信用がなければ商売が出来ないからだ︱︱昔、聞かされた言葉を
今頃思い出す。

536
 オレは地下から階段を使い、最上階へと上がる。
 向かう場所は応接間のような部屋だ。
 部屋には革張りのソファー、蟲甲で作られたテーブル、重厚なデ
スク。
 窓は無く代わりに観葉植物が置かれ、風景を描いた絵画が壁にか
けられ息苦しさを誤魔化そうとしている。
 他にも品の良い備品が計算の上で配置されている。
 部屋には二足歩行のカエルが居た。
 このラーノ奴隷館の主、カエール族、ラーノ・メルメルだ。
 彼は見た目に似合わず気さくな態度で歓迎してくれた。
﹁やあリュート、街の様子はどうだったかな?﹂
﹁相変わらず港にも宿にも、街の出入り口にも見張りが居ます。完
全に奴ら、僕達がこの街にいると確信して虱潰しに探してますね。
僕が見られたか誰かが何かを喋ったりして、情報がもれているので
しょうか⋮⋮﹂
 オレが目を向けるとラーノは肩をすくめる。
﹁ブラッド家から子供の足で行ける場所など限られているからね。
ワタシでも安全を求めて他大陸に行くと予想をつけこの街を探すよ。
他に港がある街へ行っていたのなら、途中で追いつくはずだからね。
ワタシ達から情報を漏らすなどありえないよ﹂
﹁⋮⋮ですね﹂
 念のため鎌をかけてみた。
 オレでもそれぐらい予想する。
 だから盲点を突いて奴隷館地下で寝起きしているんだ。

537
﹁それで密入国の件ですが船のあたりはつけてくれましたか?﹂
﹁もちろんだとも。ただ費用がどうしてもかかってね。要望の妖人
大陸まで2人分だとこれぐらいかかるのだが﹂
﹁冗談でしょ! これじゃどう頑張ったって2人分なんて出せない
ですよ!﹂
 ラーノが提示した金額は法外も法外。
 小さな家が建つほどの金額だった。
 彼はカエル頭を撫でつける。
﹁最近、密入国者に関してどの大陸も五月蠅くてね。それにいくら
ブラッド家にお世話になったと言っても、ヴァンパイア族を丸々敵
に回す行為に荷担をするんだ。これぐらいの金額になるのは妥当だ
よ﹂
 人の良さそうな声、態度に関わらず完全にこちらの足下を見てい
る。
 さすが奴隷を扱う商人と言ったところか。
 しかしまさか他大陸に行くため、お嬢様と2人表に出て正規の手
続きを踏んで他大陸に行くわけにはいかない。
 途中でヴァンパイア族の手下に見付かり一悶着あるのが目に見え
るようだ。
 結果、密入国という非合法な方法しかなくなる。
﹁妖人大陸は無理でも、隣の竜人大陸までならこれぐらいでやらせ

538
てもらうよ﹂
﹁竜人大陸か⋮⋮﹂
 ラーノが狙ったようなタイミングで妥協案を提示してきた。
 竜人大陸までなら2人でギリギリ行ける金額だ。
 魔人大陸の隣にある、竜人大陸。
 時計でいうなら数字の﹃4﹄にあたる。
 仮に国境を越えて、竜人大陸まで出ればさすがにヴァンパイア族
も手を出してくる可能性は低くなるだろう。
︵竜人大陸に行ってオレが冒険者なり、肉体労働なり資金を稼げば
お嬢様1人ぐらいなら養うことが出来るか⋮⋮。お嬢様だけなら妖
人大陸まで行けるかもしれないが⋮⋮それは無いな︶
 さすがに世間知らずな元引き籠もりお嬢様1人を妖人大陸に送り
出し、エル先生が住むアルジオ領ホードまで行かせるのは無謀過ぎ
る。
 途中で騙されて、オレのように奴隷として再度魔人大陸に送り返
されてしまう可能性が非常に高い。
 さらにヴァンパイア族当主が奴隷となったお嬢様を買ったら、目
も当てられない状況になる。だから、お嬢様を1人で妖人大陸に送
るのは却下だ。
 熟考した結果を告げる。
﹁⋮⋮では、竜人大陸まで2人分、お願いします﹂
﹁お代を支払い後すぐに手配しよう﹂
﹁サービスで当座を凌げるお金ぐらいは残す代金にしてくださいよ﹂

539
﹁まぁそれぐらいなら﹂
 ラーノととの交渉を終える。
 彼は如何にも商売人らしい笑みを浮かべた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレとラーノは一度、地下まで降りた。
 資金はお嬢様に預けているからだ。
 お嬢様がいる部屋の扉をノックする。
﹁失礼します﹂
 お嬢様は今日もベッドに座り膝を抱え、顔を埋めていた。
 城から抜け出してから、こうしてずっと落ち込んでいる。
 無理もない。
 一晩もかからず、楽しかったサプライズパーティーから一転、両
親を人質に取られてしまった。
 自分自身も相手に追われている状況で、事態が好転する材料も無
い。
 心休まる時など無いだろう。
 食事は摂ってくれているのがせめてもの救いだ。

540
﹁お嬢様、お休みの所申し訳ございません。今後の方針についてご
報告させて頂きます﹂
 オレはお嬢様を安心させるべく、方針を話した。
 2人で竜人大陸に行こうと思っていることを告げる。
 国境を越えてまでヴァンパイア族当主も追ってこないだろう。自
分達の安全は保証される、と強調した。
 これで少しでも安堵し、元気になって欲しいとオレは考えていた。
﹁つきましてはお嬢様がお持ちになっている資金を出して欲しいの
ですが⋮⋮宜しいでしょうか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 しかしオレの目論見をお嬢様は余裕でぶっ千切った。
 お嬢様は顔を上げる。
 久しぶりに彼女の顔を見る。
 目は泣きはらし赤くなり、頬はややこけている。
 肌つやも悪く、髪にも艶が無い。
 スマートな手足はさらに細くなっている気がする。
﹃竜人大陸へは行きません﹄
 お嬢様はいつものミニ黒板に文字を書き、オレの提案を却下した。
 全体的に弱っている。
 当然だ。

541
 蝶よ花よと育てられた少女が、突然右も左も未来も分からない状
況に放り込まれたんだ。弱って当然である。
 なのにお嬢様の瞳に宿る光だけは弱っていなかった。
 むしろ太陽より熱くギラギラと燃えている。
 お嬢様はミニ黒板に文字を書く。
﹃私は逃げません。リュートお兄ちゃん、戦ってお父様とお母様を
2人で助け出しましょう! 徹底抗戦です!﹄
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮へ?﹂
 お嬢様に変なギアが入ってしまった。
542
第37話 竜人大陸へ︵前書き︶
第34話、第35話、第36話、第37話の計4話を連続で更新し
ました。
543
第37話 竜人大陸へ
﹃私は逃げません。リュートお兄ちゃん、戦ってお父様とお母様を
2人で助け出しましょう! 徹底抗戦です!﹄
 オレの間の抜けた返答に、お嬢様はさらにミニ黒板を主張するよ
うに突き付けてくる。
 学校でイジメられて、引き籠もり外に出るのも怖がっていた少女
が、まさか両親を助けるため徹底抗戦を言い出すなんて⋮⋮。
 お嬢様の心の成長を喜ぶべきか、旦那様&奥様の娘らしい意外に
も猪突猛進な性格を憂うべきか判断に迷う。
 とりあえずオレはお嬢様を落ち着かせることにした。
﹁お嬢様のお気持ちは分かりますが、自分達だけで旦那様方を助け

544
るのは不可能です﹂
﹃やってみなければ分かりません!﹄
﹁分かります。戦力差を考えてください。魔術師を50人以上擁す
るヴァンパイア族本家当主を相手に、非魔術師である自分達2人が
挑んでも旦那様方を救える可能性は0です﹂
 冷静な反論にお嬢様は苦い顔をする。
 だが一歩も引かない。
﹃自分もリュートお兄ちゃんがゴブリンから大切な人達を守ったよ
うに、私も大切な人達を⋮⋮家族を守りたいんです!﹄
 前にゴブリンから子供達や大切な人を守ったことを話した。
 お陰でお嬢様が訓練に興味を持ち、引き籠もりから脱する切っ掛
けとなる。
 それが今、こんな形で足を引っ張るとは夢にも思わなかった。
 お嬢様は鼻息荒く続ける。
﹃では竜人大陸に行く旅費で、お兄ちゃんの言ってた魔術道具を!
 AK47を買いましょう! お父様に傷が付くかも知れないと言
ってたから、よっぽど凄い魔術道具なんですよね?﹄
﹁確かに威力はありますが⋮⋮、ですから珍しい魔術道具でこの辺
には売っていないんですよ。だから買うことなんてできません﹂
﹃だったら売っている場所へ行きましょう! そしてお父様やお母
様、メリーさんやメルセさん︱︱家族のみんなを私が助けるんです
!﹄
 お嬢様は鼻息荒く、血気盛んに拳を握り締める。

545
 お嬢様がここまで好戦的な性格を隠し持っているとは思わなかっ
た。
 あぁ、AK47の話なんてするんじゃなかった︱︱あの時、話し
ても問題無いだろうとか思ったオレ自身を殴りつけたい。
﹁すまないが、お嬢さんの言う﹃AK47﹄というのは、﹃破裂の
魔術で小さな金属片を遠距離に飛ばして相手を殺傷する﹄魔術道具
のことかい?﹂
 オレ達の会話に意外にもラーノが食いついてくる。
 しかもどうやらその口ぶりでは﹃AK47﹄という名称を知って
いるようだ!
 嘘だろ!?
 この異世界でどうして彼が﹃AK47﹄の名称を知っているんだ
!?
 オレ達の反応を見てラーノが勝手に話をし始める。
ませきひめ
﹁お2人は﹃魔石姫﹄をご存知かな﹂
﹁魔石姫?﹂
 オレは首を傾げる。
 一時、魔術道具の道に進もうとしていたお嬢様が説明してくれる。
﹃魔術師にして、魔術道具開発の天才ですね。彼女が竜人大陸の魔
ななしょくけん
術大学在籍中に開発した﹃七色剣﹄は、魔石の常識を覆す画期的な
発明品です﹄
 七色剣とは︱︱火、水、風などの魔石を入れ替えることで属性を
切り替えられる剣のことだ。

546
 当時の常識では、属性魔石を入れ替えることは出来ないというの
が定説だった。
 魔石姫はその定説を覆し、魔石を入れ替え属性を切り替えられる
魔剣を作り出してしまった。
 以来、彼女のことを人々は魔石を扱うプロフェッショナルから﹃
魔石姫﹄と呼ぶようになったらしい。
﹁最近の発明では魔石の魔力充填を30日から15日に短縮する﹃
魔力集束充填方式﹄を開発し、さらにその名声を高めていますね﹂
 お嬢様はラーノの話を聞いて驚きの表情を作る。
 魔術道具開発を目指した彼女だけに、期間を半数にするのがどれ
ほど難しいのか理解できるのだろう。
 オレはラーノに話を促した。
﹁それでその﹃魔石姫﹄の話と﹃AK47﹄がどう繋がるんですか
?﹂
﹁その方が商人中に﹃金属片を飛ばす魔術道具﹄﹃AK47﹄や﹃
M10﹄に関しての情報、その物があったら言い値で買い取ると御
触れを出していてね。商人達は目の色を変えてこぞってそれらの情
報やそれだろうと思う品物を集めて彼女を訪ねているんだが、大抵
違う物で謝礼を貰うどころか、お怒りの言葉を貰っているらしいん
だ﹂
 ラーノが困ったように頭を撫でる。

547
﹁うちでも情報を色々集めたんだが、どうやら他の商人が唯一それ
っぽい物を持っている子を妖人大陸の魔術師学校で見付けたらしい
んだ。けど、この子がいくら金銭を積んでも絶対にその﹃金属片を
飛ばす魔術道具﹄を手放さなくて。でも、その情報だけでかなりの
額を手に入れたらしい﹂
﹁もしかして、その魔術師学校の生徒って﹃スノー﹄という名前じ
ゃないですか?﹂
﹁そうそう。やっぱり何か知ってるんだね。もし知ってるなら、教
えてくれないか? 上手くすればそのスノーって子から、品物を買
い取れるかもしれないからね。もし上手く買い取れたら謝礼は弾む
よ。むしろ妖人大陸まで2人をタダで運んだっていい。それぐらい
魔石姫から頂ける謝礼金額は多いから十分元は取れるしね﹂
﹁知ってるも何もスノーは僕の婚約者ですから﹂
﹁こ、婚約者! それは本当かい!?﹂
 オレの返事にラーノは驚いた表情をする。
﹃⋮⋮リュートお兄ちゃんには、婚約者さんがいたのですか?﹄
﹁はい、孤児院で一緒に育った幼なじみです﹂
 返答を聞くとなぜかお嬢様は先程まであった戦闘熱を鎮火させ、
胸をギュッと握り締め俯いてしまう。
 オレはお嬢様に声をかけようとしたが、ラーノの興奮気味な問い
かけに出鼻を挫かれた。
﹁もしリュートの話が本当なら、なんてワタシは幸運なんだ! リ

548
ュートを魔石姫の元へお連れするだけでかなりの謝礼金が貰えるぞ﹂
﹁いいえ、きっとそれ以上の額を必ず支払って貰えますよ﹂
 ラーノの独り言をオレは否定する。
﹁何せその﹃金属片を飛ばす魔術道具﹄を作り出したのは僕なんで
すから﹂
 こうしてオレとお嬢様の行く先は決まった。
 竜人大陸に住む魔石姫の元へと︱︱。
第37話 竜人大陸へ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月23日、21時更新予定です。
549
第38話 魔石姫・前編
りゅうじんたいりく
 竜人大陸を治める竜人王国。
 そこに住む竜人種族は5種族で唯一の単一種族である。
 魔人種族とは正反対で、他の一族が一切いないのだ。
 単一の種族であることを誇りにしているため、5種族中もっとも
プライドが高い。
 そんな竜人大陸で、魔術道具開発者としてもっとも有名な人物こ
そ、メイヤ・ドラグーンだ。
 メイヤは3歳で複数の言語、文字書き、各種演算を習得した。
 魔術師としての才能もあり、15歳で魔術師Bマイナス級となり

550
卒業。
 魔術大学の魔術道具科に進学するが、1年で飛び級卒業してしま
う。
 その時、発明したのが七色剣だ。
 当時、同じ武器に複数種類の魔石を付け替えることは不可能だと
されていた。
 しかし彼女は複数の金属、魔術文字を組み合わせることで魔石の
付け替えを可能にしたのだ。
 この発見、発明により彼女の名前は世界的に広がった。
 以降、彼女は人々から﹃魔石姫﹄と呼ばれるようになる。
 メイヤのプライドは竜人種族の中でも、更に輪をかけて高い。
 だが、それだけの才覚、美貌、地位、名誉、財産があるゆえ、竜
人大陸の民衆からは憧れの眼差しを向けられている。
 竜人大陸内に限って言えば、竜人王国王に並ぶほどの有名人だ。
 メイヤは竜人王国第一王子との恋仲も噂されている。
 王子は魔術師としての腕も確かで品行方正、甘いマスクに情に厚
いがやや暴走しがちな面もある。しかし民衆の支持は高い。
 メイヤの親が有力貴族で、2人は子供の頃から知っている幼なじ
み同士だ。
 実のところは恋仲云々も、第一王子が言い寄っているだけである。

551
 そんな自他共に認める天才のメイヤの元にある日、奇妙な品物が
届いた。
9mm
﹃S&W M10﹄リボルバーと38スペシャル1箱分だ。
 メイヤ邸の応接間で彼女は話を聞く。
 持ち込んだ商人曰く︱︱﹃天神様がお作りなったような奇跡みた
いな魔術道具﹄らしい。
 ドワーフの熟練職人でもこれほど精巧な物は作り出せない、と商
人は断言。
 そんな素晴らしい魔術道具だからこそ、この世で一番の魔術道具
開発者であるメイヤに初めに品物を持ち込みました︱︱と商人はお
べっかを並べる。
︵どうせ魔術学校、大学や貴族達に持ち込んで端金で買い叩かれる
より、魔術道具の好事家にぼったくりの値段で買わせようとしてい
るんでしょうけどね︶
 しかし自分は好事家ではあるが、その辺の素人では無い。
 自他共に認める魔術道具開発の天才。
 下手な魔術道具など持ち込んで、本当に自分が買うと思っている
のだろうか?
 メイヤは商人の宣伝文句を鼻で笑い、足を組み替える。
 しかし商人はメイヤの蔑む視線などに気付かず、﹃S&W M1
0﹄リボルバーの性能を実際に見せるため庭へ移動。
 商人は名称、使用方法が書かれたメモを片手に使い方を説明する。

552
 商人は5メートルほど先に置かれた煉瓦に向かって発砲。
 見事、弾丸は煉瓦を砕いた。
 商人は連続して次々煉瓦を破壊していく。
 腕を組み、護衛兼使用人をはべらせ大仰な態度で見守っていたメ
イヤは、﹃S&W M10﹄の威力・性能・連射性などに驚き、そ
の場で腰を抜かしてしまう。
 控えていたメイド達が慌てて彼女の側に駆け寄るという一幕を見
せる。
 メイヤは腰を抜かしながら、あまりに素晴らしい魔術道具に商人
のふっかけた値段そのままで買い取ってしまった。
 さらに彼女は他にもこれ系の魔術道具があったら売って欲しい、
また制作者を知りたいと追加の品物と情報を求める。
 商人曰く、もう1つ似たような魔術道具があったが、持ち込んだ
人物との値段が折り合わず別の商人へと持ち込まれてしまったらし
い。
 メイヤは︱︱
﹁お金に糸目は付けませんわ。もう1つ似た魔術道具と製作者の情
報を至急集めなさい!﹂
 商人はリボルバーの代金を受け取ると、慌ててメイヤ邸を飛び出
した。

553
 メイヤは似た魔術道具と製作者の情報を待つ間に、リボルバーを
自身の工房で早速研究する。
 まず一緒に渡されたメモを片手に名称を確認。
9mm
﹃S&W M10﹄リボルバーで小さな金属の筒は38スペシャル、
カートリッジ
弾薬という名前らしい。
カートリッジ
 弾薬を6個、シリンダーという名称の穴に装填。
トリガー
 後は引鉄という部分を絞れば、弾丸が飛び出すようだ。
 原材料は金属スライムを倒すと採れる魔術液体金属らしい。
﹁あんな魔術道具の出来損ないで、こんな神がお作りになったよう
な魔術道具が出来ているなんて⋮⋮﹂
 使われている材料を知ってさらに驚いた。
トリガー
 研究を進めると︱︱シリンダーが引鉄を絞るたび動く内部構造、
現在の冶金技術では到底作れないレベルの細かいパーツ、筒の内部
にどうやって刻まれたか分からない溝など驚愕する点があまりに多
い。
カートリッジ
﹁この弾薬というのも素晴らしい物ですわ﹂
 空薬莢を詳しく観察する。
トリガー
 どうやらこの小さな筒の中に破裂の魔術を密閉し、引鉄と連動し
ハンマー
た撃鉄で尻部分に強い刺激を与えるようだ。
 すると筒の中に入っている小さな金属片が飛び出す仕組みになっ

554
ている︱︱と、突き止めた。
﹁これほど最小で最大の効果を得られる魔術道具を作り出すなんて
⋮⋮これを作った人はわたくし以上の天才ですわ!﹂
 プライドの高い竜人種族の中でさらに輪をかけて高いメイヤ・ド
ラグーンが、躊躇無く﹃S&W M10﹄の制作者を天才と認めた。
 もしその場に彼女を知る人物がいたら、あまりの衝撃的現場に泡
を吹いて倒れていただろう。
 それだけ彼女のプライドは高いのだ。
 メイヤは早速、魔術液体金属を取り寄せ実際に﹃S&W M10﹄
を自身でも制作しようとした。
 しかし︱︱
﹁⋮⋮まったく上手く行きませんわ。本当にこんな物で﹃S&W 
M10﹄を作ったというのかしら﹂
 メイヤは魔術液体金属を手に入れたその日のうちに、自宅にある
工房へ引き籠もり制作を開始したが、まったく上手く行かなかった。
 そもそも﹃魔術液体金属﹄とは、金属スライムと呼ばれる魔物を
倒すと得られるアイテムだ。
 魔術液体金属は特殊な金属で、触れながら武具をイメージして魔
力を流すとそのモノの形になる︱︱という特性を持つ。

555
 メリットは少量なら持ち運びが楽で携帯しやすい。
 そのため暗殺者が好んで使っている魔術道具だ。
 デメリットは一度形を固定したら二度と魔術液体金属には戻らな
い。
 鮮明にイメージを描かないと、剣ならただのなまくらに、鎧は厚
さが均一でない上、サイズも合わない品物しかできない。
 使い所が限られ、扱いにくい上、値段は魔術道具のため高い。
 不人気商品の代名詞とも呼ばれる品物だ。
 メイヤからすると魔術道具と呼ぶのも躊躇う品物でしかない。
 あまりにも不人気すぎて、魔術液体金属について研究する人物は
皆無。そのためなぜ魔術液体金属でこれほどの強度を得ているのか、
どうやってここまで精巧に形を作っているのか、どうやって筒の内
部に溝を刻んだのか︱︱正直分からないことだらけだった。
 メイヤは一度魔術液体金属での製作を凍結。
 違うアプローチで、﹃S&W M10﹄製作に再度取り掛かる。
 贔屓にしている熟練技術者であるドワーフに頼み、鉄製の筒を制
作する。
 内部の溝は筒を製作後、棒で無理矢理削り付けることにした。
﹃S&W M10﹄の構造は複雑だが、コンセプトは単純である。
 破裂の魔術で筒内部に入っている金属片を飛ばせばいいのだ。
ハンマー カートリッジ
 どうやって撃鉄で叩いただけで、弾薬の破裂の魔術が起動するの
かまったく分からないが⋮⋮。
ハンマー
 撃鉄に特殊な魔術が施されている形跡も無いのにだ。

556
 試作品1号は程なく完成する。
 見た目は短い金属製の筒。下に筒を支えるように木を添えた。
ハンマー カートリッジ
 撃鉄で弾薬の破裂の魔術が起動するのか分からなかったので、筒
の尻部分は金属の蓋で開け閉めできるようにしてある。
 この尻部分に小粒の魔石を装着、魔術文字を刻んだ。
 設定した呪文を尻部分の蓋に触りながら告げれば、魔石に込めた
破裂の魔術が起動する仕組みだ。
 口部分から弾丸となる金属製の弾を込める。
 ちゃんと﹃S&W M10﹄で使われている弾丸と同じ、形にし
た。
 メイヤは事故が起きる可能性も考えて、中庭に準備されていた器
具に試作品1号を固定。
 約2メートル先に的となる煉瓦を置く。
 早速、口に弾丸を押し込む。
﹁むぅ、大きさが合いませんわね。別のをちょうだい﹂
 メイヤの指示に、メイドがいくつかの弾丸をお盆にのせ持ってく
る。
 ころころと転がらないように、お盆の上にクッションを置きその
上に乗せている。
 結局、3つ目の試作弾丸を棒を使って奥まで押し込んだ。
 魔石にはすでに破裂の魔術が込められている。

557
 メイヤはお尻部分に魔力を伝達させる金属糸を付着させ、5メー
トルほど距離を取った。
 この金属糸に魔力を通すことで、蓋に直接触れている時と同じ状
態にしているのだ。
 準備を終えるとメイヤは嬉々として、呪文を告げる。
﹁破裂しなさい!﹂
 バガン!
﹁きゃぁ!?﹂
 試作品1号は文字通り本体ごと破裂してしまった。
﹁メイヤ様! ご無事ですか!﹂
﹁え、ええ、平気よ﹂
 再び腰を抜かし座り込んでしまったメイヤの元にメイド達が集ま
る。
 メイヤは彼女達の手を借りて立ち上がると、破裂した試作品1号
の元へ歩み寄った。
 筒本体は根本から破裂。
 金属が笹掻き状に破れていた。
 蓋に貼り付けていた魔石も砕けている。

558
 どうやら密閉した状態で破裂の魔術を放出。その衝撃に魔石自身
が耐えきれず破損してしまい、内部に溜め込んでいた残り少なくな
っていた魔力も放出してしまったらしい。
 結果、破裂の魔術の衝撃と魔石破壊で放出し暴走した魔力により、
筒本体の強度が足りず破損してしまったのだ。
﹁わたくしとしたことが⋮⋮少し思考を巡らせれば分かることでし
たのに﹂
 さらに追い打ちをかけるように発射された弾丸が、的とは全く別
方向で見付かる。
 的の煉瓦に掠りもしなかった。
 弾丸に付いた内側の溝が途中で歪んでいる。
 恐らく内側に付けた溝が歪んでいるせいだ。
 そのせいで真っ直ぐ弾丸が飛ばなかったんだろう。
 あの溝は﹃弾丸自身に回転を加えることで、安定して飛ばす物な
のだ﹄とメイヤは目算を立てていた。
 矢に付いている矢羽と同じ原理だと。
 弾丸を安定に飛ばすための重要部分だと考えていたから、慎重に
作らせた。しかし結果はこのざまだ。
 だが、制作を頼んだドワーフを批難するつもりは無い。
 初の作業で、金属の筒内部に溝を掘れなどと無茶な要求をしたの
だから⋮⋮。
﹁実際に試作品作りに取り掛かって分かったことは⋮⋮この﹃S&

559
W M10﹄が規格外な魔術道具だということが分かっただけでし
たわね﹂
 仮にメイヤが作った試作品1号を実用化するとしよう。
 本体が破裂の魔術に耐えられると仮定しても、魔石の破損は防げ
ないだろう。
 あの魔石の大きさならば品質によって上下するが、おおよそ1個
あたり銀貨1枚︵約1万円︶∼5枚︵約5万円︶。
 2メートル先に当たるかどうかも分からない魔術道具に、魔石を
使い捨てるなんて正気の沙汰じゃない。
 なのに﹃S&W M10﹄は魔石を使わず、連続で弾丸を発射出
来、命中精度も抜群。
 本当にどうやって作られているのか分からず、メイヤは暫く頭を
抱えた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹃S&W M10﹄を買い取って数ヶ月︱︱研究と試作品作りに失
敗していると、似たような魔術道具と制作者の情報がリボルバーを
売った商人によって持ち込まれた。
 前回同様、応接間に通して応対する。
 商人はリボルバーとは比べると大きく、長い筒をテーブルに恭し
く置いた。

560
 この魔術道具の名称は﹃AK47﹄と呼ぶらしい。
 メイヤは値切りもせずAK47と制作者の情報を商人の言い値で
買い取った。
 商人を帰らせると、まず情報が書かれている紙束に目を通す。
﹃S&W M10﹄﹃AK47﹄の制作者名は、リュート。
 妖人大陸、アルジオ領ホードの孤児院出身。
 アルジオ領ホード出身者に運良く話を聞くことが出来たらしい。
 リュートは孤児院始まって以来の天才で、3歳にして言語、読み
書き、四則演算を習得。
 5歳にしてリバーシや他玩具を開発し商人に権利を売る。その資
金で﹃魔術液体金属﹄を購入し﹃S&W M10﹄﹃AK47﹄の
開発資金に充てた。
 10歳で孤児院を卒業。
 冒険者になるもレベル?クエスト受注後、魔物に襲われ死亡して
いる可能性大。
 遺体が無いのはすでに喰われてしまって、骨まで残っていない等
が考えられる。
﹁そんな⋮⋮すでに制作者が亡くなっているだなんて﹂
 メイヤは落胆する。
 これほどの才能を持った人物が10歳という若さで亡くなるなん
て。

561
 天神様はなんと残酷なことをするのだろう。
 次に新たに買い取ったAK47の試射を行う。
 前回同様、中庭に出る。
 メイド達に的となる煉瓦を置かせた。
 その間にメイヤはAK47の説明書に目を通す。
 どうやらリボルバーより沢山弾が撃てるように作られた魔術道具
らしい。
﹁確かに理に適っているわね﹂
 リボルバーは6発撃った後、シリンダーから弾を取り出し再度手
で装填しなければならない。
 しかしこのAK47は、﹃マガジン﹄と呼ばれる物に弾が30発
も入っている。再装填もマガジンを入れ替えるだけで済ますことが
できるらしい。
 これならリボルバーのような弾をいっぱい撃つことが出来ると、
メイヤは1人納得した。
 煉瓦の準備が終わったため、早速試射に取りかかる。
 まずはメモに書いてある多数の弾を発射する﹃フルオートマチッ
ク﹄を選ぶ。
﹁行きますわよ﹂
 彼女はストックを肩に当てずグリップを握り、チェッカリングを
掴んだだけで発砲する。

562
﹁きゃぁ!?﹂
 7.62mm×ロシアンショートの反動に驚き、フルオートマチ
ックの連射に再度腰を抜かす。
 AK47が手から離れ、地面を転がった。
 メイヤは青ざめる。
 リボルバーのように弾が出るのを想像していたため、AK47の
フルオートマチックに心底驚愕した。
 またどうやってあれほど弾が連続で発射しているのか構造・仕組
みがまったく分からない。
﹃S&W M10﹄の仕組み以上に分からないのだ。
 大体こんな魔術道具の概念はこの世界に存在しない。
 だから余計混乱する。
︵こんな異物のような設計・方向の魔術道具をたった5歳の子供が
作ったというの!? そ、そんなことありえませんわ!︶
 しかし現実に品物が目の前に存在する。
 メイヤはまるでAK47を魔王が作りだした呪われた魔術道具の
ような目で見つめてしまう。
 だが気味悪く思う以上に、自分の才能はこの魔術道具を作り出し
た天才、リュートの足下にも及ばないことをまざまざと思い知らさ
れた。

563
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 AK47を試射した日以来、メイヤはプライドをおおいに傷つけ
しゅせい
られ現実逃避するように酒精に溺れる。
 自室のベッド周りには大量のワイン、蒸留酒、果実酒などが散乱
していた。
﹁しゅせいが切れたわよ、はやく次のしゅせいを持ってきにゃさい
よぉ﹂
﹁め、メイヤ様⋮⋮これ以上の酒精は体に毒です﹂
﹁ッ! わたくしがあのせいしゃくしゃに! りゅーとに劣ってい
るから言うことがきけにゃいの!﹂
﹁ヒィ!﹂
 メイヤが空の酒精入れを使用人に投げつける。
 酔っているため狙いは滅茶苦茶で、壁に当たって酒精入れは砕け
た。
 メイドは青い顔で部屋を飛び出す。
﹁す、すぐにお持ちしします!﹂
﹁⋮⋮ふん﹂
 メイヤはベッドに倒れながら、メイドが運んでくる酒精を待った
 メイドが酒精を持ってくると、奪うように掴む。

564
﹁んぐぅ、んぐ⋮⋮﹂
 酒精を手にすると殆ど口から零れる勢いで喉、胃に流し込んでい
く。
 そして彼女は殆ど一日中酒精しか口にしない日々を送った。
 メイド達に留まらず、屋敷外の民衆達はメイヤの変わりように落
胆。
 もう彼女は自分達の知る天才魔術道具開発者では無い。
 20歳過ぎればただの人︱︱この異世界にそんな言葉は無いが、
皆彼女の才能が枯れてしまったのだと疑わなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 そんな彼女がある朝、天啓︱︱自分がこの世界に生まれた理由に
気が付いた。
 自分がそれなりの才能を有しているのは、﹃S&W M10﹄﹃
AK47﹄の開発した本物の天才の偉業を後世に名を残すためだと
悟ったのだ。
 自覚したら行動は早い。
 メイドに命じて自室を掃除させ、熱い風呂を沸かさせる。

565
 体を茹でられるほど熱い湯に浸し、酒精の残りを洗い流した。
 自身の工房に﹃S&W M10﹄﹃AK47﹄を持って来させる
と、早速研究に取りかかる。
 改めて﹃S&W M10﹄﹃AK47﹄の構造を分析してみた。
 リボルバーの構造自体は単純なため再現するのはそれほど難しく
はないだろう。
 問題は﹃AK47﹄だ。
 未だにあれほど素早く大量に弾丸を発射される原理が分からない。
 AK47を分解したいが、二度と戻せなくなっても困る。
 本物の天才︱︱リュート神が亡くなった今、AK47は二度とこ
の世に出てこない。慎重に慎重を重ねてもし過ぎることは無い。
カートリッジ
 本体よりまず数がある弾薬の研究から手を付けた。
ハンマー カートリッジ
 撃鉄で弾薬に込められた破裂の魔術を起動する方法さえ分かれば、
魔石を使い捨てにする必要はなくなる。
 そして再度リボルバーの空薬莢を観察した。
 小さな筒の中に破裂の魔術を密閉、尻部分を刺激し小さな金属片
を飛ばす。
 今までに無い概念。
 しかもその威力は楽に生物を殺害できるレベルだ。
カートリッジ
 例えばAK47と弾薬を大量に生産できるようになり、魔術師で
はない民衆に持たせたら簡単に一国を滅ぼすことだって出来る。

566
 改めてリュート神が作り出した魔術道具の存在に背筋を震わせる。
カートリッジ
﹁弾薬の重要な点の1つは、この密閉空間にあるようですわね﹂
 密閉された空間で破裂させることで、その衝撃に指向性を持たせ
推進力を与える。
 指向性を持たせることで、金属片を生物が殺傷できるレベルまで
昇華させているのだ。
 拡散するエネルギーに指向性を持たせるという新しい概念。
ハンマー カートリッジ
 未だに撃鉄で弾薬に込められた破裂の魔術の起動方法は分からな
いが︱︱
﹁⋮⋮この概念を魔石に利用できないかしら﹂
 魔石姫らしい思考の帰結。
 結果、彼女は従来の半分の時間で、魔石に魔力を織り込む方法を
確立する︱︱その名も﹃魔力集束充填方式﹄だ。
 金属製の筒の中に魔石を入れて、両手をかざす。
 筒の入り口は広がっていて、奥に行くほど狭くなっていく。漏斗
のような機具だ。
 内側表面を魔力が無駄なく反射する特殊な薬品を塗りつけている。
 お陰で魔力を送る際、魔石に吸収されず漏れる量が激減する。無
駄なく魔力を魔石に送れるようになり充填時間が半分の15日短縮
出来るようになったのだ。
 メイヤが魔術大学在学中に開発した七色剣を霞ませる技術革新に、

567
魔術道具開発者達はこぞって彼女に称賛を送った。
﹃メイヤの才能が枯れた﹄と噂していた人物達は一斉に鳴りを潜め
る。
 そして彼女は人々から﹃メイヤ・ドラグーンこそ史上最高の魔術
道具開発の天才!﹄だと持て囃された。
 しかしメイヤはその評価を手放しで喜ぶことなど到底出来なかっ
た。
 自分はただ本物の天才にして神であるリュートからアイディアを
盗んだだけなのだから。
 また彼女は﹃S&W M10﹄﹃AK47﹄の分析と同時並行で
情報を集めていた。
﹃S&W M10﹄﹃AK47﹄を持ち込んだ商人や他商人達に、
似た品物がないか全世界を探させたのだ。さらに似たような絵を描
ギルド
いて、冒険者斡旋組合に依頼して僅かな情報でも望むだけの金額を
支払うと約束。
 金額に糸目を付けず情報提供を募る。
 だが、この話を聞きつけた海千山千の商人、悪徳者が砂糖に群が
る蟻のようにメイヤの元を訪れた。
 もちろん、持ち込まれる情報や品物は全て偽物だ。
 外見を似せただけの紛い物で、質が悪いことに似ているせいでつ
い期待してしまう。だが、手に取るとすぐに偽物だと分かった。
 そんな玉石混淆の石しか目にしない日々が続いたが、有力な情報
がついに入ってきた。

568
 リュートと同じ孤児院出身︱︱獣人種族、白狼族のスノーという
名の少女が、﹃S&W M10﹄リボルバーに似たものを持ってい
るらしい。
 彼女は現在、妖人大陸の魔術師学校で勉強しているとのことだ。
 情報を持ち込んだ商人曰く、彼女に言い値で買うと詰め寄ったが
全く相手にされなかった。
 だからせめて情報だけでも高く買って貰おうとメイヤを訪ねて来
たのだ。
 もちろん彼女は商人が望むだけの金額を情報提供の謝礼として支
払う。
 メイヤはすぐに妖人大陸の魔術師学校へ行く決意をする。
 だが、竜人大陸から、妖人大陸まで船で片道約半年以上かかる。
 往復で約1年。
 だが彼女には世界でも数少ない個人飛行船を所有していた。
 個人飛行船とは見た目は完全に船で、大量の魔石を使い浮遊させ
ている。
 これで通常は約半年かかる旅路も、片道約一ヶ月ちょっとで移動
することができる。
 早速、メイヤは自身で交渉するためスノーに会うべく、妖人大陸
にある魔術師学校を目指した。
569
第38話 魔石姫・前編︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月24日、21時更新予定です。
ちなみに明鏡シスイのクリスマス・イブの予定は、会社で上司とお
仕事です。
はぁ? クリスマス? なにそれ、別にきょ、きょ、きょ興味とか
ないし︵震え声︶。
570
第39話 魔石姫・後編
 ﹃魔石姫﹄︱︱竜人大陸の魔術師メイヤは、妖人大陸の魔術師学
校に約1ヶ月と数日で辿り着いた。
 魔術学校側にある都市に宿泊する。
 もちろん、一番高い宿の一番広い部屋だ。
 その街から馬車で魔術学校を目指す。
 魔術学校はその性質上、広い平野に作られていた。
 その周辺に民家などは建ててはいけない規則になっている。
 魔術の訓練で周囲に被害を出さないためだ。

571
 石で作られた要塞都市のような魔術学校校舎があり、生徒たちの
宿舎などはその側に建てられている。
 さらに周囲は2重の壁によって囲われていた。
 外敵を防ぐ意味もあるが、内部からの魔術攻撃等を防ぐ意味合い
の方が大きい。
 メイヤの馬車が最初の壁に設けられた守衛所に止められた。
 借りてきた馬車を操る御者が、守衛と揉めている。
 どうやら紹介状も無く来たため、中には入れられない︱︱と守衛
に断られているようだ。
 現地で雇った御者が馬車内にいる雇い主と直接話をしてくれと指
をさす。
 守衛は困った表情で、馬車の扉をノックした。
 メイヤの世話をするため付いてきた1人のメイドが応対しようと
したが、その動きを彼女が止める。
 メイヤ本人が話をするつもりらしい。
 メイドがうやうやしく扉を開く。
 守衛が頭を掻きながら尋ねてきた。
﹁あー申し訳ないんですが、お約束か身内、または許可書などがな
いと入れない決まりになってまして。後日、約束を取り付けて来て
頂けませんか?﹂
 守衛が事務的に対応してくる。

572
 その態度にメイヤが苛立つ。
 気付いていないとはいえ、天下に才を轟かせているこのメイヤに
対してする口の利き方ではない。
 彼女は絶対零度の視線で守衛に命令した。
﹁⋮⋮メイヤ・ドラグーンが来たと学校長に伝えなさい。言えば分
かりますから﹂
﹁め、メイヤ・ドラグーン︱︱!? 貴女があの魔石姫ですか!?﹂
 どうやら魔術学校の守衛だけあり、彼女の名前を知っていたらし
い。
 先程までの事務的な態度から一転、直立不動の姿勢で声音を震わ
せる。
﹁た、大変失礼いたしました。すぐに学校長と連絡を取り付けるの
で少々お待ちください!﹂
﹁なるべく早くお願いしますわね﹂
﹁は! 直ちに!﹂
 守衛は一度、事務所に戻ると、待機している他の仲間に言付けし
て学校へと駆け出した。
 約30分ほどで守衛が馬車へと戻ってきた。
﹁す、すみません大変お待たせ致しました! ただいま学校長は不
在で、変わりに学年長が応対させて頂きますので、このまま正面玄
関までお進み下さい﹂
﹁ご苦労様﹂

573
 一言告げ、メイヤは再び馬車を走らせる。
 第1障壁、第2障壁を越えて校舎正面玄関に辿り着く。
 そこにはすでに1人の教諭が待ち構えていた。
 線の細い、頭皮が薄くなりかけている神経質そうな男だった。
 彼はメイヤの馬車を直立不動で出迎える。
 馬車を降りると、彼は汗を浮かべた笑顔で会釈して来た。
﹁お会いできて光栄です、メイヤ・ドラグーン様。私はここで魔術
道具授業を担当してます。人種族のカルアと申します﹂
﹁初めましてカルアさん。突然の来訪、申し訳ありませんわ﹂
﹁いえいえ。魔術道具開発でご高名なメイヤ様にお会いできるなん
て、光栄の極みですよ。ささ、ここで立ち話もなんですから、中へ
どうぞ﹂
 メイヤとメイドは校舎に入ると、応接間へと通される。
 部屋には革張りのソファー、蟲甲で作られたテーブル、花瓶に生
けられた花々。壁には絵画がかけられ、窓から見える風景は1階の
ため壮観ではない。至って普通の応接間だ。
かおりちゃ
 人種族の事務員らしき女性が、香茶を煎れて持ってくる。
 彼女が部屋を出ると、カルアは額の汗をハンカチで拭きながら用
件を尋ねてきた。
﹁それで今日はどのようなご用件で?﹂
﹁こちらに居る生徒で獣人種族、白狼族のスノーさんという女性に
会いに来ましたの。彼女をここに呼んでもらませんかしら﹂
﹁す、スノーくんですか!? 彼女がまた何かやらかしたんですか

574
!?﹂
﹁また?﹂
 カルアの動揺に思わずメイヤは聞き返してしまう。
 彼は更に噴き出る汗を拭いながら、しどろもどろで説明した。
﹁彼女は優秀な生徒なのですが⋮⋮逆に優秀すぎて、問題に巻き込
まれやすいようでして。新入生の私兵100人相手に無双してみた
り、言い寄られた上流貴族の男子を返り討ちにしたり、なぜか商人
が雇った冒険者達を1人で撃破したりと⋮⋮お、思い出しただけで
胃が⋮⋮ッ﹂
﹁まぁ無礼な商人がいるものですわね﹂
 メイヤはしれっと同情する。
 どう考えても最後の商人は、彼女の要求で動いていた人物達だ。
﹁お話は分かりました。ですが、わたくしはどうしてもスノーさん
にお話があるのです。なので今すぐ呼んでくださらないかしら?﹂
﹁わ、分かりました。今なら彼女も授業を受けていると思うのです
ぐに呼べると思います﹂
 カルアは席を立つと、急ぎ足で応接間を出た。
 約10分ほどメイヤとメイドが待たされる。
 ノック音。
 カルアの後に、一人の女生徒が姿を現す。
 真っ白な肌、大きい瞳に、影が出来るほど長い睫毛。
 長い銀髪をポニーテールに纏め、同色の狼耳が時折微かに動く。
 雪の精霊のように美しく、また同時に可愛らしさを兼ね備えてい

575
る美少女だった。
ブレスレット
 左腕につけている金属製の腕輪が、窓から差し込む日光を受けて
輝く。
 だが一番目を引くのは、魔術学校生徒を示すマントでも隠せない
ほど大きな胸だ。
 美しく可愛らしい美少女なのに巨乳というアンバランスさが、男
心を擽るのだろう。
 女性に不自由しないであろう上流貴族の男子生徒が、彼女に言い
寄るのも頷ける。
 スノーは右手を胸に、左手でスカートを少しだけ持ち上げ頭を下
げる。
 正しい礼儀作法の挨拶だ。
﹁初めましてメイヤ・ドラグーン様。わたしは獣人種族、白狼族の
スノーと申します﹂
﹁忙しい中、呼び出してしまって申し訳ありませんでしたわね。ど
うぞお座りになって、スノーさん﹂
﹁失礼します﹂
 スノーはメイヤの正面に座る。
 カルア教諭はスノーの隣に腰を下ろした。
﹁無駄な話は嫌いなので、単刀直入に申し上げますわね。スノーさ
んがお持ちになっている魔術道具を譲ってくださらないかしら? 
もちろん謝礼として望むだけの金貨を差し上げますわ﹂
﹁魔術道具⋮⋮?﹂

576
 品物に思い至るとスノーはあからさまに溜息をつく。
﹁ドラグーン様もですか? 最近、リュートくんの作った魔術道具
を売って欲しいって人がいっぱい来て困ってるんですよ。あれはわ
たしにとってとても大切な物なので、いくらお金を積まれても売れ
ません﹂
﹁そこをなんとかお願いしますわ。お金はいくらでも出しますから
!﹂
﹁売れない物は売れません。そういう話なら失礼します﹂
﹁ま、待ちなさい!﹂
 スノーが席を立つとメイヤも慌てて後を追う。
 だが、彼女は﹃魔石姫﹄である自分の制止を聞かず、部屋を出よ
うとする。
 プライドに触り思わず口を滑らせてしまった。
﹁リュート様はもう魔物に殺されて死んでいるわ!﹂
 スノーの足が止まる。
 メイヤの口は止まらない。
﹁だから、あの魔術道具は貴女のような価値も分からない人が持っ
ていい物じゃない! 彼の功績を後世に残すためにも、わたくしの
ような者が持つべきなの︱︱ッ!?﹂
 スノーが振り返ると同時に、メイヤの額に﹃S&W M10 2
インチ﹄リボルバーの銃口が押し付けられていた。
 メイヤはスノーのリボルバーを抜く動作を全く察知することがで

577
きなかった。
 彼女が振り返ると、いつの間にか額に銃口が押し付けられている
︱︱その結果だけが残る。
﹁リュートくんが死んだ? 嘘つくのは止めてよ。あのリュートく
んが、魔物なんかに殺されるわけないでしょ。どうして、そんな嘘
をつくの⋮⋮?﹂
ハンマー
 確かな殺気を放ちスノーが撃鉄を上げる。
 皮肉にもそれが今まで運ばれて来た偽物とは違うことを示す。
ハンマー
 だが、撃鉄が上がる意味を理解しているメイヤは﹃ヒィッ!﹄と
小さく悲鳴をあげた。
ハンマー
 永遠と思える時間⋮⋮実際は10秒程度だが、スノーは撃鉄の位
置を戻すとマントの下にしまう。
﹁失礼しました﹂
 彼女は礼儀正しく一礼して応接間を出て行った。
 九死に一生を得たメイヤはへなへなとその場に座り込んでしまう。
﹁メイヤ様!?﹂
﹁姫様!﹂
 残されたカルアとメイドがへたり込んだメイヤに慌てて駆け寄る。
 彼女の瞳には恐怖の涙が浮かんでいた。

578
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁むかつく! むかつく! むかつく! あの女、絶対に許しませ
んわ!﹂
 メイヤは飛行船で約1ヶ月と少しかけて自宅へと戻る。
 しかし一向にスノーに対する怒りは収まらない。
 彼女は世界に名を轟かせているメイヤ・ドラグーン。
 竜人種族のプライドは高いが、彼女はさらに輪を掛けて高いのだ。
 自室のベッドでごろごろ、ごろごろ枕を掴み悔しさで転がる。
 体を起こし悪い顔で思案した。
﹁どうにかしてあのリボルバーを奪えないかしら⋮⋮。裏から手を
回して魔術師協会や魔術学校に圧力をかける? それとも1流の盗
人を雇って盗み出してもらったり、後は⋮⋮﹂
 いくつか案を考えていると、ノック音が響く。
 声をかけるとメイドが入ってきた。
﹁失礼します。あの魔術道具を制作したリュートを連れてきたと言
う商人の方が来ているのですが、如何致しましょうか?﹂
﹁⋮⋮はぁ、またですの﹂
 メイヤ自身が情報や品物を求めているから、商人達などの訪問は
増えたが︱︱過去二度ほど、この手の詐欺商人が彼女の元へ押しか

579
けて来ていた。
 適当な子供奴隷を連れて来て、魔術道具の制作者﹃リュート﹄を
名乗らせ、高額な謝礼金をせしめようとするのだ。
 だが連れて来られた子供は、魔術液体金属で﹃S&M﹄﹃AK4
7﹄など作れる筈も無く、嘘はすぐにばれてしまう。
 謝礼金をせしめようとした商人は2人とも、詐欺として幼なじみ
︱︱竜人王国第一王子に頼み牢屋へ叩き込んでやった。
 こんな馬鹿な手は通じ無いと、他の商人達に対する脅しとして。
 なのに三度目。
 懲りずにまた馬鹿が来たらしい。
﹁⋮⋮折角だから憂さ晴らしに相手をしてあげましょう。応接間に
通しなさい﹂
﹁畏まりました﹂
 メイドは一礼し、商人達の元へ向かう。
 メイヤはストレスを吐き出す丁度良い獲物を見付けて、口の端を
笑みの形に歪ませ、ベッドから立ち上がった。
 メイヤがメイドの手で服を着替え、身だしなみを整えている間、
商人達を応接間で待たせる。
 商人だけがソファーに座り、金髪の少女と黒髪の少年は後ろにな
ぜか立っていた。

580
 メイヤは後ろに長い槍を手にした男2人の使用人を引き連れ、応
接間に姿を現す。
 彼女は女王のように尊大な態度で、正面のソファーに腰を下ろし
た。
﹁初めましてメイヤ様。私はラーノ奴隷館で奴隷商をやらせて頂い
ております。メイヤ様はある魔術道具にご執心だとか。実は私達が
扱っていた奴隷にその製作者が居たので連れてきた次第です﹂
 商人が後ろに立つ、黒髪の少年を紹介する。
 もちろん名前はリュート。
 隣に立っている金髪少女は魔人種族、ヴァンパイア族のクリス・
ゲート・ブラッド。
 少女に目を向けると彼女は怯えた表情で、リュートの陰に隠れて
しまう。
 メイヤはその少女︱︱クリスに目を惹かれる。
 少女は服装や髪などが旅のせいか汚れているが、全体的にお人形
のように可愛らしい。自分のペットとして飼いたいぐらいだ。思わ
ず舌で自身の唇を舐めてしまう。
 そしてリュートを名乗らされている黒髪の子供が、どうして自分
が奴隷になったのか経緯を話し聞かせてきた。
 彼は偽冒険者に騙されて﹃S&W﹄﹃AK47﹄を取り上げられ、
奴隷として売られた。その証拠に腕には奴隷の証しである魔術陣が
刻まれている。
 現在はこちらにいるクリスの父に買い取られ、彼女が主で血袋兼

581
執事として生き延びることが出来た︱︱と説明した。
 メイヤは感心する。
 設定が細かく、話し手にも熱が篭もっている。迫真の演技だ。
 初めて聞いていたら、ある程度信じたかもしれない。
 メイヤは足を組み直し、挑発するように口元を弛める。
﹁なるほど、分かったわ。もし本当に彼が﹃リュート﹄なら、﹃S
&W﹄﹃AK47﹄の質問になんでも答えられる筈よね? もし仮
に偽物だったりしたら︱︱﹂
 メイヤの背後に立つ男2人が、威嚇するように槍で床を叩く。
 クリスがびくりと小動物のように震えた。
 黒髪の少年は背後の彼女を庇いながら同意する。
﹁構いません。どんな質問でも答えます﹂
﹁決まりね。なら最初に⋮⋮﹃S&W﹄﹃AK47﹄の原材料は何
が使われているか分かるかしら?﹂
﹁金属スライムから採れる魔術液体金属です﹂
﹁正解ね﹂
カートリッジ
﹁﹃S&W﹄﹃AK47﹄で使われている弾薬の名前を答えなさい﹂
9mm
﹁38スペシャルと7.62mm×ロシアンショートです﹂
﹁正解ね﹂
 ここまでは、﹃リュート﹄を調べて魔術道具の扱い方を記したメ
モを辿れば答えられるものばかり。
 メイヤは足を組み直す。

582
﹁なら次は実際に﹃S&W﹄﹃AK47﹄の調子を確認してくださ
らないかしら。もちろん、制作した本人なら問題無く出来ますわよ
ね?﹂
﹁はい、大丈夫です﹂
 黒髪の少年はノータイムで返答する。
 よっぽど自分を誤魔化す自信があるのだろうと︱︱メイヤは胸中
で呟く。
 メイヤは工房から﹃S&W﹄﹃AK47﹄をメイドに運ばせた。
 テーブルの上に﹃S&W﹄﹃AK47﹄が置かれる。
 しかしこれからはメイヤを騙すためだけに、他の商人が持ち込ん
だ真っ赤な偽物。
 持ち主ならすぐに分かるはずだ。
 偽物の彼は、適当に弄り﹃問題ありません﹄と言い出すつもりな
のだろう。
 メイヤはその時、彼が手にしているのは偽物だと明かす。
 その時の驚き、困惑した表情を想像して1人意地の悪い笑みを浮
かべた。
﹁さぁ、遠慮無く手にとってくださって結構ですわよ﹂
﹁それじゃ失礼して﹂
 少年はクリスを背後から離し、テーブルの下座に立ち﹃S&W﹄
﹃AK47﹄を順番に手に取る。

﹁⋮⋮これ、偽物ですよ。シリンダーはがっちりはまってるし、銃

583
レル トリガー
身のライフリングも付いて無いし。AKも違う。軽すぎるし、引鉄
も動かない。マガジンもガッチリくっついて離れないし⋮⋮あのも
しかして実は本物の﹃S&W﹄﹃AK47﹄を持ってなかったりす
るんですか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮へぇ?﹂
 メイヤは絶句する。
 体の奥、魂から震えるのを自覚した。
﹁も、もももも、もしかして、ほほほほ、本物のリュート神様なの
でしゅか?﹂
 どもり、最後は噛んだ彼女の台詞にやや怯えながらリュートは同
意する。
﹁はい、そうですが⋮⋮何か問題でもありますか?﹂
﹁お会いしたかったです! 神様!﹂
 メイヤはソファーを吹き飛ばす勢いで、リュートの足下に這い蹲
る。
 手を取り、何度も何度も接吻を繰り返し、しまいには足にまで口
づけをした。
﹁ちょ!? や、止めてくださいよ! くすぐったいです!﹂
 あまりの変わりように抵抗するリュート以外、全員が反応出来ず
固まってしまう。

584
 メイヤは興奮と感動で紅潮させた歓喜の笑顔で奴隷商人へ向き直
る。
﹁この神様はいくら!? 言い値で買いますわ!﹂
﹁い、いえあの先程も説明させて頂いた通り、リュートは彼女︱︱
クリスお嬢さんの奴隷です﹂
﹁そうだったわね!﹂
 メイヤはクリスに詰めより、交渉する。
﹁お願いクリスさん! 神様をわたくしに売ってください! 元の
金額の10倍! いいえ、100倍払いますわ!﹂
 しかしお嬢様はびくびくと震えながらも、力強く首を横に振る。
 ミニ黒板に文字を書き、メイヤに突き付けた。
﹃リュートお兄ちゃんを⋮⋮家族を売ることなんて出来ません。も
う誰も失いたくないから⋮⋮﹄
﹁お嬢様⋮⋮ッ﹂
 クリスの言葉にリュートは感動で胸を詰まらせる。
 彼は咳払いして気持ちを切り替え、メイヤと交渉を始めた。
﹁実はメイヤ・ドラグーン様にお願いがあって伺ったのです。その
理由をお話したいのですが、少し長くなりますが宜しいですか?﹂
﹁では、是非今日は家へ泊まっていってください! それにもう少
しで夕食のお時間ですから、料理を準備させますわ! あっ、その
前に旅でお疲れですわよね? 衣類も汚れているようですし、もし
よろしければ疲れを癒すためまずはお風呂にお入りください。着替
えも準備させますので!﹂

585
 メイヤはリュートに鼻息荒く迫り、有無を言わさぬ迫力で畳みか
けてくる。
 彼は一言だけ、﹃は、はい。よろしくお願いします﹄と喋るだけ
で精一杯だった。
 メイヤは彼らを連れてきたラーノ奴隷館の商人に言い値の報酬を
渡すと、リュート達を嬉々として屋敷へと引き取った。
第39話 魔石姫・後編︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月25日、21時更新予定です。
ミハイル・カラシニコフ氏のご冥福をお祈りいたします。
氏の死去をお教え下さった皆様方誠にありがとうございます。
586
第40話 ブラッド家、反撃の狼煙
 リュート、12才
 オレとお嬢様は無事、メイヤ・ドラグーン家に居場所を貰えるこ
とになった。
 少々予想していた反応とは違ったが、歓迎してくれるなら問題無
し。
 彼女の好意で旅の疲れを癒すためまず風呂場に案内される。
 脱衣所で衣服を脱ぎ、風呂場へ入った。
﹁おぉ⋮⋮﹂

587
 泳げそうなほど広い浴室にたっぷりの湯が張ってある。
 石鹸やタオル、新品の桶まであった。
 さすが竜人大陸に名が轟く天才魔術道具開発者。
 金には困っていないらしい。
 体を石鹸でくまなく洗い、垢を落とす。
 こちらの異世界に転生してほぼ初めて、肩まで熱い湯に浸かった。
﹁あぁ∼生き返る。やっぱり風呂はいいな﹂
 泳ぎはしなかったものの、広々とした浴槽に浸かり手足を伸ばし
堪能する。
 風呂から上がると着替えが用意されていた。
 竜人種族の男性が着る伝統衣装が綺麗に畳んで置かれていたのだ。
 デザインは前世の中国にあるカンフー衣装と似ている。
 半袖、七部丈のズボンが特徴だ。
 廊下に出ると、メイドさんが待っており食堂へと案内される。
 案内された食堂前で、お風呂から上がったお嬢様と鉢合わせした。
 彼女も竜人種族の女性が着る伝統衣装ドラゴン・ドレス姿だった。
 女性のドラゴン・ドレスはチャイナ服のデザインそのままだ。
 真っ赤なドラゴン・ドレスにスリットから覗く細い太股に思わず
目が行く。

588
﹁おっと足が滑っちゃったぞー︵棒︶﹂
 わざとらしくつまづき、お嬢様のドラゴン・ドレス姿を間近で眺
める。
 細い足首、湯上がりでほんのり赤く染まった太股。
 ツルツルの素肌はまだ湿っていて、触ったら絶対に気持ちいいだ
ろうと分かる。
 幼い肢体だからこそ、背徳的魅力を放っていた。
 もし今のお嬢様を前世の街中で見掛けたら、ストーキングする自
信がある!
 お嬢様は湯上がりの肌をさらに赤く染め、さっとミニ黒板で足を
隠す。
 そこがまた可愛らしい。
 オレはわざとらしく咳払いをして、床から立ち上がりついた汚れ
を払う動作をする。
 危ない危ない。もう少しでお嬢様に見惚れていることがばれると
ころだった。
 そしてオレ達はメイドさんに扉を開けて貰い、食堂へと入る。
﹁お待ちしてましたわ、リュート神様、クリスさん﹂
 屋敷の主であるメイヤ・ドラグーンが満面の笑顔で出迎えてくれ
た。

589
 彼女の歳は18才。
 お嬢様と同じ赤いドラゴン・ドレスに袖を通している。
 胸は大きく、腰もくびれ、足もスラリとモデルのように長い。
 顔立ちも100人中100人が褒め称えるほどの美人だ。
 頭部から伸びる2本の竜角以外は、見た目は殆ど人種族と変わら
ない。
 彼女は好意的な態度で食事を勧めてくる。
﹁お話があるようですが、まずは食事を楽しみませんか? うちの
料理人が、お2人のために腕によりをかけて作りましたの﹂
 メイヤの合図で運ばれてくる。
 料理は丸く、2重構造になっているテーブルへと所狭しに置かれ
た。
 そう中華テーブルだ。
 蒸した肉まん。
 烏龍茶のように薄茶色のお茶。
 他にも小龍包、春巻き、焼売、餃子、水餃子など︱︱中華的な飲
茶の世界が広がる。
 魔人大陸から竜人大陸への移動のため食事量を減らし、所持金を
節約していたオレ達のお腹が鳴る。
﹁ささ、2人とも遠慮無くお食べ下さい﹂
 メイヤに勧められ、オレとお嬢様はお礼を言って、料理に手を伸
ばした。

590
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 中華テーブルを埋め尽くした料理を3人で食べ尽くしてしまう。
ちゃちゃ
 烏龍茶に似た薄茶色のお茶︱︱茶々という名称らしいを飲みなが
ら、メイヤに改めてここに来た経緯を聞かせた。
レギオン
 自分の軍団を立ち上げるため孤児院を出て冒険者になった。
 そして新人冒険者狩りに引っかかり、身ぐるみを剥がされ、奴隷
に落ちたこと。
 運良くクリスお嬢様の父親︱︱ダン・ゲート・ブラッド伯爵に買
われ、命拾いした。
 その恩人である彼女の両親が現在囚われている。
 両親と実家を奪い返すための資金や情報が必要なため、頼るべく
メイヤに会いに来たことを正直に全部話した。
 もし協力してくれるなら、両親とブラッド家奪還後、必要経費+
相応のお礼金をブラッド家から支払うことを約束する。
 この約束にお嬢様も同意の頷きをする。
 しかしメイヤは申し出に首を横へ振った。
﹁謝礼金などいりませんわ。ですが代わりにリュート神様にお願い
があります﹂
﹁お願いですか?﹂

591
 メイヤは椅子から立ち上がり、床に両膝を付くと手を拳の形にし
て胸の前で重ねる。そして深く、頭を下げた。
 給仕をしていたメイド達が息を飲むのが肌で伝わる。
﹁この姿勢は竜人種族にとって最大限の敬意を払う方にのみ行うも
のです﹂
 メイヤが説明する。
 前世の日本で言うところの土下座か?
﹁どうか、どうか⋮⋮このメイヤ・ドラグーンをリュート神様の弟
子にしてください!﹂
﹁で、弟子なんて! 天才魔術道具開発者のメイヤ様が弟子なんて
畏れ多いですよ!﹂
﹁とんでもありませんわ! リュート神様こそ、天才! 天才とい
う言葉すら足りない才能の持ち主ですわ!﹂
﹁あのところでさっきから気になってたんですが、なんで名前に﹃
神様﹄をつけてるんですか?﹂
﹁これほど素晴らしい魔術道具を製作した方を神様と呼ばずなんと
呼べばいいのでしょうか? わたくしには見当もつきませんわ!﹂
﹁お、お気持ちは嬉しいんですが⋮⋮さすがに神様扱いはちょっと﹂
﹁では、﹃リュート様﹄では如何でしょうか?﹂
﹁リュートと呼び捨てで呼んでください﹂
﹁﹃リュートきゅん様﹄ではどうでしょうか?﹂
﹁いや、だから! 呼び捨てでいいですって! てかなんですかそ
の﹃リュートきゅん様﹄って!?﹂

592
﹁無理ですわ! リュートきゅん様を呼び捨てなどと! 口が裂け
たとしても言えませんわ!﹂
﹁⋮⋮なら﹃様﹄付けでいいです。けっして﹃きゅん﹄とか付けな
いでください﹂
 オレは諦め溜息をつく。
 メイヤは改めて迫ってきた。
﹁それではリュート様とお呼びさせて頂きますわね。わたくし、リ
ュート様が弟子にしてくださるまで片時もお側から離れません!﹂
 メイヤは続けて叫ぶ。
﹁もしリュート様が望むなら全てを捧げますわ! 地位、財産、そ
して心も体も! 全てを! なのでどうかリュート様の弟子にして
くださいまし!﹂
 いい加減、お嬢様の悲しそうな視線が痛い。
﹁分かりました。弟子にします。心とか体とかいりませんから、代
わりに旦那様たちを救い出す協力をお願いします﹂
﹁ありがたき幸せ!﹂
 メイヤは太陽すら吹き飛ばす満面の笑顔を浮かべた。
 長旅と食事の満腹感、協力を取り付けた緊張感からの解放で眠く
なる。
 お嬢様もそろそろ限界のようだ。
 今日はゆっくり寝て、明日から詳しい話をして、計画を進めよう

593
とオレが提案する。
 お嬢様とメイヤも同意し、その日は解散になった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌朝。
 メイヤ邸の敷地内にある工房側の広場にオレ、お嬢様、メイヤが
集まっていた。
 メイヤに頼み魔術で土壁と土台を作ってもらう。
 土台の上に煉瓦を並べ的にする。
その間に銃の状態をチェックする。
 約2年以上ぶりに偽冒険者達に騙し取られた自分の制作した﹃S
&W﹄﹃AK47﹄を手にした。
ハンマー ファイヤリングピン
 リボルバーは撃鉄のメイン・スプリングがへたり、撃針も摩耗し
プライマー
ていた。これ以上摩耗が進んでいたら雷管をちゃんと叩き、破裂さ
せることが出来なかっただろう。
 シリンダー内部も掃除をしていないらしく、空薬莢をエジェクタ
ー・ロッドで押し出す際、スムーズに行かなかった。
 もっと酷くなっていたら発砲後、エジェクター・ロッドをハンマ
ーなどで叩いて空薬莢を排莢しなければならなくなっていただろう。

594
 AK47はタフなだけはあり、特に問題無さそうだ。魔術液体金
属の取り扱いに慣れた後に造ったのも良かったのかもしれない。
 バナナ・マガジンを装填し、安全装置を解除。
 セミ・オートマチックへ。
チェンバー
 コッキングハンドルを引き、薬室にまず弾を1発移動。
 立射で煉瓦を1つずつ撃ち砕いていく。
 不調など無く快調に動く。
 さすが水田に半年ほど埋められ、後に掘り起こされた錆びて汚れ
アサルトライフル
きったAKでも問題無く発砲できた突撃銃だ。
 念のため後で分解するつもりだが。
﹁どうでしょうか、リュート様。何か問題はありましたか?﹂
﹁リボルバーの方は、やや調整が必要ですが、どちらも大きな故障
はないようですね﹂
 お嬢様は意外にも怖がらず、ハンドガンに興味を示す。
 むしろ⋮⋮
﹃リュートお兄ちゃん、私にもその魔術道具の使い方を教えてくれ
ませんか?﹄
 積極的に学ぼうとしている。
﹃この魔術道具を使って、お父様、お母様、みんなを助ける力にな
りたいんです﹄
 お嬢様は鼻息荒く、戦う意思を示す。
 ほんの少し前まで、自室から出るのに怯えていた少女の姿はもう

595
完全になかった。
﹁もちろんです。お嬢様にも存分に戦ってもらうつもりです。むし
ろ、自分達にとってお嬢様こそ最大戦力であり、切り札になると思
います﹂
﹃私なんかがですか?﹄
 お嬢様は予想外の返答に困惑する。
 オレは嘘偽り無いことを示すように真剣な微笑みで答えた。
﹁お嬢様には﹃S&W M10﹄リボルバーや﹃AK47﹄ではな
く、もっと相応しいものを用意させて頂きます﹂
 お嬢様に相応しいものとは︱︱
﹁お嬢様の特性を遺憾なく発揮する銃、それは︱︱スナイパーライ
フルです﹂
﹃すないぱーらいふるですか?﹄
﹁はい。⋮⋮今度は我々、ブラッド家の反撃の時間ですよ﹂
よるひめ ナイトメア
 これが後に﹃魔術師殺し﹄、﹃夜姫﹄、﹃悪夢﹄と呼ばれ恐れら
れる、1人のヴァンパイアが誕生した瞬間だった。 596
第40話 ブラッド家、反撃の狼煙︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月26日、21時更新予定です。
活動報告を書きました。
よかったらご確認ください。
597
第41話 スナイパーライフル
 リュート、13歳
 竜人大陸の魔術道具開発者、メイヤ・ドラグーンの屋敷でお世話
になってもう数ヶ月。
 衣食住を世話になる代わりに︱︱要望通りオレの弟子にした。
 弟子になった彼女に銃の制作を教授することになったが、もちろ
ん条件を付けた。
 勝手に広めないこと、悪用しないこと、他問題が起きたらオレの
指示に従うこと︱︱以上、3点だ。
 この条件にメイヤは、﹃もしこの条件を破るようなことがあれば、

598
リュート様の前で舌を噛み切り死んでみせますわ﹄と清んだ瞳で断
言してきた。
 やだこの子、怖すぎ。
 清んだ瞳で、心底本気の自害を誓ってくるとはオレも思わなかっ
た。
 だが逆に言えばメイヤが、オレを裏切ることはほぼ無いだろう。
 しかし、いくら天才魔術道具開発者と持て囃されてても、制作は
難しかったらしい。
 まず魔術液体金属で部品が造り出せない。
 魔力を注げば硬くなるはずなのに出来上がった金属製の板は右側
が堅く、左側が酷く脆い︱︱なんて酷くバランスが悪い物しか出来
ないのだ。
 形も不揃いで、厚みや強度も不完全。
 イメージ力が低すぎるのか、または違う問題か⋮⋮。
カートリッジ
 弾薬もやらせたが、まず無煙火薬がイメージ出来ないらしい。
カートリッジ
 弾薬にただ破裂の魔術を詰め込めばいいという訳ではない。
 しかし、無煙火薬など見たことも聞いたこともないメイヤに、イ
カートリッジ
メージして魔力を変換して弾薬に込めろ︱︱というのがまず間違い
だった。

599
アサルトライフルカートリッジ
 とりあえずオレは彼女にまず座学で、リボルバーと突撃銃の弾薬
の違いやライフリングの意味、ハンドガンに使う金属の強度問題e
tc︱︱まず基礎的な銃の知識を教えることにした。
 座学中、同時並行でクリスお嬢様には魔力のコントロールを指導
する。
 お嬢様の魔力はオレと同じぐらい。
 なら魔力のコントロールを覚えればオレ程度にはなれるはずだ。
 オレはこのコントロール技術を覚えるのに、研究期間を除けば約
30日ほどかかった。
 お嬢様もだいたいそれぐらいの日数で技術を身に付けた。
 昼。
 竜人種族は朝、昼、晩と食事を摂る。
 郷には入れば郷に従え︱︱お嬢様とオレもしっかりと3食摂った。
 午後はお嬢様の体力作りと戦闘訓練を行う。
 お嬢様はラフな恰好に着替えて、長い髪を縛り準備体操をする。
 最初はメイヤ邸の外周を走らせる。
 体力作りのためのランニングだ。
 お嬢様は引き籠もっていたせいで体力が無い。
 そのためまずは基礎体力を付けるための訓練を行っていた。

600
 ランニングが終われば体術、剣術の練習だ。
 体術はひたすらオレと模擬戦闘を行う。
 剣術は木刀を持たせて素振り、オレとの打ち合いをする。
 この練習メニューはオレがギギさんに教えて貰ったのと同じだ。
︵ギギさんはなぜあんなに愛していたブラッド家を裏切ったんだろ
う⋮⋮︶
 いくら考えても本人に問い質さなければ、答えなど分かる訳がな
い。
 そのためにも力を付け、魔人大陸に戻る必要がある。
 夜、お嬢様は疲れのピークから夕食が終わるとお風呂に入ってす
ぐ眠ってしまう。
 オレはメイヤと2人、工房に篭もってスナイパーライフル制作に
励む。
 制作するライフルは︱︱レミントン、M700Pだ。
 正確にはM700Pをベースに制作するつもりでいる。
 まずスナイパーライフルとはどういったものなのか?
 第一次大戦頃まで、歩兵部隊は数百メートルから1000メート
ルも離れて横隊に広がってボルトアクションライフルで射撃をして
いた︵ボルトアクションとは︱︱ボルト︵薬室の後ろに位置する円
筒形パーツ︶をハンドルで手動操作し、弾を単発装填し発射する方
式︶。ところがそうした︵単発装填しか出来ない︶歩兵の隊列は、

601
マシンガン
機関銃の登場によって簡単に撃ち倒されるようになった。
マシンガン
 機関銃の据えられた陣地を歩兵がこれまで通りに攻撃すれば死人
の山が出来る。そこで夜襲をかけたり壕を掘りながら、接近戦や乱
戦に持ち込むことが多くなった。だが、ボルトアクションライフル
では撃つ度にボルトを前後する間に敵兵に襲いかかられてしまう。
 そのため歩兵の持つ銃は遠距離でじっくり狙って撃つよりも、近
距離での速射性が求められるようになったのだ。
サブマシンガン アサルトライフル
 そして短機関銃︵拳銃弾を使用した小型の機関銃︶や突撃銃が開
発され、戦場では短時間に多くの弾を相手に浴びせかける戦術が主
流となっていった。
マシンガン
 しかし遠方にいる敵部隊の指揮官、無線手、機関銃手などを排除
するため、長大な射程&精密射撃が可能な武器の存在が必須になる。
再び構造がシンプルで射撃精度が高いボルトアクション式ライフル
が注目を浴びた。
 新たな役割を求められたボルトアクションライフルは、狙撃に必
要な様々な改良・強化をされた。
 こうして﹃スナイパーライフル﹄が生まれたのだ。
 しかし一口に﹃スナイパーライフル﹄と言っても軍用、狩猟用、
射撃競技用と標的や使用する状況などによって求められる用途が違
ってくる。
 例えば狩猟用の場合︱︱ボルトアクションライフルを軽量化した
物を﹃マウンテンライフル﹄と言う。

602
﹃マウンテンライフル﹄とは、﹃長距離射程を持ち、銃本体の重さ
が比較的軽く、大物猟ができる銃﹄だ。
 重量が軽いと強い弾を撃つ時、反動が強烈にかかる。
 だが反動より重い銃を担いで山を歩き回る事を重視し、軽量化さ
れた。
 射撃競技用の場合︱︱競技用ライフルには弾倉が無く、競技用に
特化しているため独特の形状をしており、持ち運びを考えて造られ
てはいない。
 そのため射撃競技用の狙撃銃は、命中精度があっても実用向きで
は無い。
 競技用ライフルをそのまま狙撃銃にしている例は無い。
 そして軍用︱︱軍や警察が使用する﹃スナイパーライフル﹄は、
持ち運びを考えられた形状を持ち、さらに自重もそこそこある為反
動もマウンテンライフル程ではなく、威力もあるバランスが取れた
銃だ。一般的に﹃スナイパーライフル﹄と言われれば軍用・警察用
の狙撃銃と言えるだろう。
 今回、オレが作ろうとしているライフルも軍用・警察用に分類さ
れる狙撃銃だ。
 ちなみに軍隊などではボルトアクションライフルより命中精度が
オートマチック
低い、自動式ライフルが選ばれる場合もある。
オートマチック
 その理由はボルトアクションは単発しか撃てないが、自動式なら、
2発3発と撃てるため、即応力が高いからだ︵例えばテロリストが
複数いても対応出来る等︶。
オートマチック
 だが自動式は弾発射の直後に再装填が自動で行われる。その時、
内部で動く部品の振動が射撃に影響を与えてしまうため命中精度が
ボルトアクションライフルより低くなってしまう。

603
 AK47を制作しているため、ソ連軍で正式採用されていたセミ
オートマチックのスナイパーライフル、SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶
を作るという選択肢もあった。
 ドラグノフの機関部はAK47を元に作られている。スコープを
含めても重量は4・3キロとオートマチックにしては軽い。
オートマチック
 H&KのPSG︱1という自動式ライフルは8・1キロもある。
 しかし今回、旦那様や奥様を救出する際、1人、もしくは2人と
も人質にされる可能性がある。
 その場合、奥様さえ確実に助ければ旦那様なら自力で脱出出来る
だろう。
 だからオレは100mで許容誤差2cm以下、300mで許容誤
差6cm以下の高い命中精度を持ったスナイパーライフルを求め、
M700Pをベースにした。
 M700Pはアメリカの銃器メーカー、レミントン社の狩猟用ラ
イフルM700をベースに、警察・軍特殊部隊向けに開発された高
バレル
性能狙撃ライフルだ。このM700Pは銃身長が長く命中率が非常
に高い。確実な初弾命中が要求される警察の特殊部隊・人質救出作
戦等に使用されるボルトアクションライフルだ。
 スペックは以下の通り。
 口径  :7・62mm×51 NATO弾
 全長  :1662mm
 バレル長:660mm
 装弾数 :5発﹃インナーボックス・マガジン﹄
 今回の目的にもっとも適しているスナイパーライフルだ。

604
 オレはまずライフリングを刻むための芯棒作りに取りかかる。
 スナイパーライフル製作にはAK47より精度が求められる。
 全ての作業を慎重に行わなければならない。
 集中力が重要だ。
﹁⋮⋮ちょっと疲れてきたな。今日はこの辺にしておくか﹂
 そして数時間の作業後、切りの良いところで終わらせ、割り当て
られた自室へと深夜戻る。
 ベッドに倒れ込み、目蓋を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
 現在はこんな風に、1日を過ごしていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 午後、体術の訓練時間。
 中庭でオレはお嬢様と模擬戦闘を行っていた。
 お嬢様がラフな恰好で、長い金髪を縛り全力で殴りかかってくる。
 もちろん肉体強化術で身体を補助しながらだ。
 オレはお嬢様の右ストレートをサイドに回り込むサークリングで
あっさりと回避。

605
 左ジャブで足を止めて、右サイドキックを蹴り込む。
﹁ッ!?﹂
 お嬢様は危ういところで蹴りをガード。
 しかし勢いに負けて地面を転がる。
﹁お嬢様、攻撃が雑ですよ。相手の次の行動を予想して技を組み立
てないと。ただ殴り合うだけなら、子供でも出来ますよ。さぁ早く
立ってください﹂
 お嬢様は地面に手を付きながら、荒く息をつき動こうとしない。
 オレは構わず彼女を罵った。
﹁まったくいつまでファックしたみたいにヘバっているんですか?
 しゃんとしなさい! このウジ虫が!﹂
 お嬢様は荒い息のまま、悔しそうに顔をあげる。
﹁お嬢様はこの世界で最下等の生物だ。お嬢様は魔人種族じゃ無い。
両生生物のクソをかき集めた値打ちしかない! どうした! 悔し
かったら根性を見せろ!﹂
 お嬢様は歯を食いしばりながら立ち上がり、構える。
﹁よく立ちました! いい根性です。ご褒美にシゴいてやります。
野垂れ死ぬまでシゴいいてやります! ケツの穴でミルク飲むまで
シゴき倒してやります!﹂
﹁こらーーー!﹂

606
 怒声に振り返ると、お嬢様の幼なじみの1人である魔人種族、ケ
ンタウロス族のカレン・ビショップが怒っていた。
 カレンの後ろにメイドが立ち、手には彼女の物らしい大きな旅行
鞄を預かっている。
 カレンは肩を怒らせ、ポニーテールを揺らしながらオレに歩み寄
ってきた。
﹁リュート! 使用人の分際でクリスになんて口の利き方をしてい
るんだ! よく単語の意味が分からんが、絶対にイヤラシイ意味だ
ろ!﹂
﹁!? 良く来てくださいましたカレン様! 無事、手紙が︱︱﹂
 オレがカレンの登場を喜んでいると、ここの主であるメイヤが青
筋を立て激怒し台詞を遮る。
﹁なんて無礼な! 魔人種族の分際で天才を越える大天才、リュー
ト様にそんな口を利くなんて! 衛兵! 何をしているの! 早く
この無礼者を叩き出しなさい! なんで屋敷にこんな輩が入ってい
るんですの!﹂
﹁落ち着けメイヤ。彼女はお嬢様のご友人のケンタウロス族のカレ
ン・ビショップ様だ。あちらの状況を把握するため、手紙を出して
来て貰うって前に話していただろ?﹂
﹁⋮⋮クリスさんのご友人でしたか。どうりで可愛らしい方だと思
いましたの。初めましてカレンさん。わたくし、リュート様の一番
弟子を務めますメイヤ・ドラグーンと申します。我が家だと思って
くつろいでくださいね﹂
﹁こ、こちらこそよろしく﹂

607
 メイヤはオレが叱ると、人が変わったように友好的な態度を取る。
 カレンも彼女の態度の変化に驚き、声が上擦った。
 カレンは咳払いをして改めて、オレに向き直る。
﹁兎に角、逃亡中の身の上とはいえ主であるクリスになんて口を利
いているんだ﹂
﹁いえ、あれは訓練の一環です﹂
﹁訓練の?﹂
﹁お嬢様も納得済みです。軍隊式のスパルタです。でなければあん
な口を利きませんよ。ねぇ、お嬢様?﹂
﹃はい、リュートお兄ちゃんの言う通りです﹄
 お嬢様はミニ黒板に文字を書き、カレンに見せる。
﹃カレンちゃん、わざわざ来てくれてありがとう。久しぶりに会え
て本当に嬉しいよ﹄
﹁それはこっちの台詞だ。行方不明になったと聞いた後に、私宛に
手紙が届いた時は本当に驚いたぞ。名前に聞き覚えが無いのに、中
を開いたら見覚えのあるクリスの文字で書かれていたんだからな﹂
 カレンはお嬢様に歩み寄り、彼女を抱き締める。
﹁本当に無事でよかった⋮⋮クリスが行方を眩ませたと聞いて、私
だけではなくバニやミューアも心配してたんだぞ﹂
 2人はまるで姉妹のように抱き合い、無事を喜び合う。

 オレ達はメイヤに頼み、少し前にカレン宛に手紙を書いたのだっ
た。

608
 本当は他2人にも送りたかったが、お嬢様の親友3人に同時に手
紙が届き、皆一斉に行動されたら目立ってしょうがない。
 話し合いの結果、軍事関係に精通しているカレンだけに手紙を送
ることにした。
 彼女の実家は大きな武器・防具屋を営んでいる。
 販売だけではなく、実際に制作も行っていた。
 カレンの実家は私的に傭兵を抱え、彼らに武器&防具を渡して各
地に派遣。実際に商っている武器を使わせて戦場などで名前を売り、
商売に繋げているらしい。また戦闘後に傭兵達に武器等の改善点を
あげてもらい、使い勝手の修正なども行っているようだ。
 実家がそうであるが故に、彼女も武人としての教育を受けている
ため、安心して行動を任せられる。
 カレンを竜人大陸のメイヤ邸に呼んだのは他でもない。
 現状、どうなっているのか最新の情報と無事を知らせるためだ。
 一応、お嬢様に﹃お家騒動に他一族が手を貸すのは御法度ではな
いのか?﹄と尋ねたが、直接手を貸すわけでは無いから問題無い︱
︱という答えを得た。だから、躊躇無くカレンに手紙を出すことが
出来たのだ。
 カレンはお嬢様から離れると、目元に浮かんだ涙を指で弾く。
﹁リュートも無事でなによりだ。クリスを守ってくれて本当にあり
がとう﹂
﹁いえ、ブラッド家の執事として当然のことをしているだけです。
それで着いた早々申し訳ないのですが、現在の状況を教えて頂けま
すか?﹂

609
﹁では、良い天気ですから、中庭でお茶の準備をさせましょう﹂
 メイヤが手をあげると、すでに準備していたようにメイド達が中
ちゃちゃ
庭にテーブル、椅子、日傘、茶々、お茶菓子を設置する。
 3分も経たず中庭に小洒落た空間が出来上がる。
 体術訓練を一旦中止して、オレ達は中庭でお茶を飲みながらカレ
ンの話に耳を傾けた。
 カレンが伝えてくれた情報によると︱︱
 旦那様は捕まった後、魔術防止首輪で魔力を封じられ奴隷として
売られてしまったらしい。
 魔人大陸では無く、別大陸に売られたことまでは分かるが、行き
先は不明。
 奥様はブラッド城にある尖塔の最上階に監禁されている。
 彼女の首にも魔術防止首輪が付けられ、自力での脱出は不可能ら
しい。
 城には現在、ヴァンパイア族当主、長男のピュルッケネン・ブラ
ッド、次男のラビノ・ブラッドが居座っている。
 彼らは旦那様が行っていた事業を奪い取ってうるさく口を出して
おり、さらに無闇に暴力を使い賃金も不当に下げているため、職人
達からかなりの反発を受けている。お陰で事業も停滞気味のようだ。
 メリーさん達生き残りの使用人達は、逃げ出した後各地に潜伏し
ているが、戦力が少なくてどうにも出来ない状態らしい。
 旦那様がいない今、戦力差は圧倒的に不利だ。
 さらに城には長兄ピュルッケネンと次男ラビノの他にも、ヴァン

610
パイア族の魔術師複数人が常駐し、外部からの襲撃を警戒している。
そのため手も足も出ない。
 不幸中の幸いは奥様の安全が保証されていることだ。
 人質が彼女しかいない現状、もし下手に傷つけ自害でもされたら
メリーさん達や他ブラッド家と付き合いのあった一族達も黙っては
いない。旦那様までならブラッド家兄弟の問題だと抗弁も出来るが、
奥様については別だ。何かあれば彼女の親族も黙ってはいない。
 奥様が死んだらさすがにお家騒動で片付ける限度を超えている。
 血で血を争う戦になる。
 もちろん彼らはそんなことを望んでいない。だから、奥様の安全
は保証されているのだ。
 また、だからこそ奴らはお嬢様を草の根を分けて探している。
 お嬢様が居れば、仮に奥様が亡くなってもお嬢様を新たな人質に
することによって、メリーさん達の暴発を防ぐことが出来るからだ。
 カレンが悔しそうに歯噛みする。
﹁出来れば私も力を貸したいが、一族のお家騒動に他が手を出すの
は御法度。情報提供程度しか出来なくてすまない﹂
﹁いえ、それでも十分助かります。でも、いいんですか? お家騒
動に手を出すのが御法度なら、情報提供とはいえこんなマネをして
も﹂
 お嬢様から﹃大丈夫﹄という答えを得ていたが、一応念のためカ
レンにも聞いておく。
 彼女はオレの質問に﹃ニヤリ﹄と底意地悪い笑みを浮かべる。

611
﹁私はただ親友の無事を知り尋ね、世間話をしているだけだ。そこ
からどのような情報を抜き取られているのか、私には分かるはず無
いだろ?﹂
 つまりこの程度なら﹃手を貸す﹄には当たらないらしい。
 基準がよく分からないが、問題無いならいい。
﹁カレン様、ありがとうございます。お陰で現在の状況を正確に把
握することが出来ました。これなら僕が考えていた作戦の1つが使
えそうです﹂
﹁ほう、それはどんな作戦内容なんだ?﹂
 オレは実家で私的傭兵を抱える武人系女子のカレンに話を聞いて
貰い、客観的意見を求めた。
 作戦内容は難しくはない。
 少人数で、城から脱出する時に使った抜け道から内部に侵入。
 奥様と合流後、城から抜け出すのだ。
 この時、城の警備の目を反らすため、メリーさん達使用人には陽
動としてどこかで派手に暴れて欲しい。戦力は少ないだろうが、一
度だけなら可能だろう。
 そうすればヴァンパイア当主は警戒して、魔術師達を陽動先に派
遣。結果として城の警備は手薄になる。
 カレンは腕を組み、作戦内容を胸中で検討する。
﹁⋮⋮なるほど。シンプルではあるが、戦力を整え力押しで城を攻
めるよりはずっと現実的だな。しかしクリスとリュート2人で、セ

612
ラスさんを救出するのは厳しくないか?﹂
 彼女の指摘に眉根を顰める。
 確かに現状、城を侵入するための戦力が足りない。
﹁お嬢様は侵入組には入りません。彼女は撤退時の補助役に就いて
貰いますから﹂
﹁なら、リュート1人でやるのか? 魔術師でもないオマエが?﹂
﹁あ、あの⋮⋮ッ﹂
 黙っていたメイヤが挙手する。
 彼女は頬を赤らめ、潤んだ瞳で立候補してきた。
﹁ならリュート様の一番弟子であるこのわたくしが相方を務めさせ
て頂きますわ! わたくしならリュート様を恋人のような、妻のよ
うな、忠実な下僕のような︱︱いえ! それ以上の気配りで補佐出
来る自信がありますわ!﹂
﹁いや、メイヤは駄目だ。魔術師Bマイナス級だけど、運動音痴だ
ろ? さすがに相方として連れて行くわけにはいかないよ﹂
﹁うぐ!?﹂
 心臓に矢が刺さったように胸を押さえて倒れ込む。
 だが実際彼女は運動音痴で、一度お嬢様と一緒に訓練を受けたが、
足手まといにしかならなかった。
 その時はさすがに時間が無い上に、邪魔だったので訓練を辞退し
てもらった。
ギルド
﹃では冒険者斡旋組合で冒険者を雇っては如何でしょう?﹄
﹁それは絶対にありえません﹂

613
 お嬢様の提案を速攻で却下する。
 他の冒険者⋮⋮信用置けない他者をこんな重要な作戦に加える訳
にはいかない。奴らは所詮金で雇う他人でしかない。どんな問題を
起こすか⋮⋮ッ。
 偽冒険者に騙された苦いトラウマが脳裏を過ぎる。
 メリーさん達には陽動を担って欲しいため、戦力には入れない。
 第一、彼らはヴァンパイア族当主に目を付けられ、常に監視され
ている。
 秘密裏の奇襲作戦に加えることは出来ない。
 城への侵入のためには最低でも後1人人材が欲しい。
 魔術師Bマイナス級以上で、オレと知り合いで信用できる人物。
出来れば魔術を習得し、かつハンドガンの扱いに長けていれば言う
ことは無い。
 そんな人物など居るわけ︱︱いや、1人心当たりが居る。
 一緒にエル先生の孤児院で育った、オレの婚約者スノーだ!
﹁妖人大陸で魔術師学校に通っている婚約者のスノーが居てくれれ
ば、話が早いんだけど。急いで迎えに出ても往復で約1年以上かか
るし⋮⋮さすがに無理か。ん? どうしたメイヤ、顔色が悪いぞ﹂
 メイヤは滝のように汗を流し、青い顔をしていた。
﹁いえ、その実は⋮⋮なんというか、あの⋮⋮﹂
 メイヤは歯切れ悪く口籠もる。
 カレンはメイヤの態度より、リュートの言葉に反応した。

614
﹁リュートには婚約者がいたのか。知らなかったぞ﹂
﹁同じ孤児院出身の幼なじみです。話す機会がなかったので、すみ
ません。でも、都合良く現れないかな。届けオレの声! なんて︱
︱﹂
﹁リュートくん!﹂
 両手を天に広げ、冗談として適当な祈りを捧げた瞬間。
 まるで狙ったようなタイミングで中庭に植えられた木の陰から1
人の少女が姿を現す。
 銀髪のポニーテール。犬耳、尻尾、雪原のような白い肌、服の上
からでも分かる巨乳の美少女が目に涙を浮かべている。
﹁会いたかった⋮⋮会いたかったよ、リュートくん!﹂
 妖人大陸で魔術師学校にいるはずの婚約者であるスノーが、なぜ
か目の前に立っていた。
615
第41話 スナイパーライフル︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月27日、21時更新予定です。
616
第42話 参戦
 妖人大陸の魔術学校にいるはずのスノーがなぜかメイヤ邸の中庭
に居た!
 オレも椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がる。
﹁す、スノー!? どうしてここに! 偽物じゃないよな!﹂
﹃リュートくん! リュートくん! リュートくん!﹄
 スノーは妖人大陸語で名前を呼びながら駆け寄ってくる。
 オレの首に飛びつき、腕を回す。
 顔を埋めると﹃ふがふが﹄と匂いを嗅ぎだした。
 懐かしい動きに胸から郷愁のような感情が湧き出し、彼女を痛い
ほど抱き締めてしまう。

617
﹃リュートくん、苦しいよ﹄
﹃ご、ごめん。つい嬉しくて強く抱き締め過ぎた﹄
 オレは久しぶりに使う妖人大陸語に、最初の言葉が出るまで一瞬
の間が必要だった。
 ずっと使って来なかった弊害だ。
﹁リュート、彼女は何を話しているんだ? そして一体何者なんだ
? まさか本家の手先じゃないだろうな⋮⋮﹂
 カレンがお嬢様を庇い前に出る。
 オレは慌てて、スノーの潔白を証明しようとした。
﹁違います! 彼女はさっき話していた幼なじみで婚約者のスノー
です!﹂
 オレは言語を切り替え尋ねる。
﹃スノーは魔人大陸語は話せるか?﹄
﹃大丈夫だよ。魔術学校1年生の時、必須授業で習ったから﹄
 そういえばスノーは子供の頃から算数は苦手だったが、読み書き
は得意だったな。
 エル先生の授業を懐かしく思い出す。
 スノーはオレから手を話すと丁寧に魔人大陸語で挨拶をする。
﹁初めまして、リュートくんの婚約者のスノーと申します﹂

618
 イントネーションが所々おかしかったが、殆ど問題は無い。
 さらに彼女は挨拶を続ける。
﹁妖人大陸の魔術学校に通ってます。魔術師Aマイナス級です﹂
﹁はあぁぁぁぁあ!?﹂
 オレは思わず驚愕の悲鳴を上げてしまう。
 さすがに何かの聞き間違いだと思った。
﹁す、スノー! 嘘だろ、魔術師Aマイナス級って﹂
﹁本当だよ。早く学校卒業してリュートくんに会いたくて頑張って
たら、Aマイナス級になってたんだぁ。もちろんわたしだけの力じ
ゃなくて、師匠に師事したのが大きいけどね﹂
﹁師匠?﹂
﹁うん! あのね、師匠は﹃氷結の魔女﹄っていう魔術師なの。仲
良くなって色々教えてもらったんだ﹂
﹁ひ、氷結の魔女!?﹂
 今度はカレンが驚愕の声音を上げる。
﹁ハイエルフで﹃氷結の魔女﹄って言ったら妖精種族、ハイエルフ
族の中でも超有名人、1000年を生きる魔術師S級じゃないか!
?﹂
 A級は一握りの﹃天才﹄と呼ばれる者が入る場所。
 S級は﹃人外﹄﹃化け物﹄﹃怪物﹄と呼ばれる存在だ。
﹁うん、その人がわたしの師匠だよ。師匠から﹃氷雪の魔女﹄って
名乗るように言われたんだけど、ちょっと大げさで恥ずかしいから

619
言いづらいんだよね﹂
﹁いや、恥ずかしいって、気にする場所はそこじゃないだろ⋮⋮﹂
 オレは思わず突っ込みを入れてしまう。
 スノーは分かっているのかいないのか首を傾げた。
 馬鹿と天才は紙一重というが︱︱スノーは一体魔術学校でどんな
生活を送っていたんだ?
﹁⋮⋮それでどうしてスノーはここにいるんだ? 学校はどうした
んだよ﹂
﹁魔術学校はAマイナス級になったら、通わなくても単位が貰えて
卒業できるんだよ。で、リュートくんに会いに行こうとしたらあの
人が酷いこと言ってきたんだよ!﹂
﹁ひぃッ!﹂
 スノーはテーブルの陰にしゃがんで隠れていたメイヤを指さす。
 メイヤはスノーを前に肉食動物を前にした小動物のように怯えて
いる。
 まさか2人に面識があるとは思わなかった。
 いったい2人に何があったんだ?
﹁落ち着けスノー。とりあえずオレにも分かるように1から説明し
てくれ﹂
﹁うん、分かったよ。あのね⋮⋮﹂
 スノーがどうしてここにいるのか順を追って説明してくれた。

620
 メイヤとは妖人大陸の魔術学校、応接間で初めて出逢った。
 彼女はスノーが持つ﹃S&W M10 2インチ﹄リボルバーを
言い値で払うから譲って欲しいと迫ってきた。
 スノーが断ると、メイヤは友好的な態度から一転、目を吊り上げ
叫んだ。
﹃リュート様はもう魔物に殺されて死んでいるわ! だから、あの
魔術道具は貴女のような価値も分からない人が持っていい物じゃな
い! 彼の功績を後世に残すためにも、わたくしのような者が持つ
べきなの﹄
 メイヤは天才魔術道具開発者だけあって、妖人大陸語も話せたの
か。
 だがそれが災いして、口から思ったことを吐き出す。
 結果、スノーはその発言に怒髪、天を衝きメイヤに銃口を向けて
しまったらしい。
 応接間を出た後、スノーはすぐに旅支度を調える。
 メイヤの発言は絶対に嘘だと信じていたが、不安が胸を締め付け
たためまずエル先生の元へ向かった。
 エル先生ならオレが現在どこに居るか知っていると思ったからだ。
 スノーはアルジオ領ホードにある孤児院を出て、魔術学校へ行く
時は片道で約3ヶ月かかる馬車旅をした。
 今回、魔術学校から孤児院へ戻る時は街にも寄らず、魔物や盗賊
が出る危ない道にも構わずほぼ一直線で向かったため、約1ヶ月ほ
どで帰省することが出来たらしい。

621
 また随分と無茶をしたもんだ⋮⋮。
 孤児院へ戻ると、エル先生に驚かれた。
 先生にオレの居場所を尋ねると、彼女は渋々手紙を差し出す。
 その手紙はオレがエル先生に宛てて書いた物だ。
 冒険者として出たはいいがドジを踏み、奴隷商人に奴隷として売
られてしまったが、現在は魔人大陸のブラッド家に保護されてお嬢
様の執事をしているから問題無し。心配しないでください、ただス
ノーの勉強を邪魔したくないから彼女には黙っていて欲しい︱︱と
書いてあった。
 手紙を貰うとスノーは一泊もせず、オレが居るという魔人大陸の
ブラッド家を目指し旅立つ。
 そして経由地点の竜人大陸に降りると、懐かしいオレの匂いがし
たらしい。
 その匂いを本能的に辿ってメイヤ邸を囲む塀を軽々と跳び越え、
中庭へ進むとオレが居て思わず歓声をあげ飛びついてしまった⋮⋮
ということだ。
 おいおい、いくら何でもタイミング良すぎだろう。
 久しぶりに嗅いだオレの体臭をスノーは﹃最高だったよぉ﹄と体
をくねらせ喜んでいる。
 いや、誰もそこまで話せとは言っていない。
 10歳の時に別れて、スノーとは約3年以上会っていなかった。
 体は成長したが⋮⋮ますますオレが絡むとアホの子化が進行して
いる気がする。

622
 スノーの話を聞き終えると、メイヤが幽霊より青白い顔で、オレ
達へ例の竜人種族の土下座をしてきた。
﹁も、ももももし訳ありません! スノー様! 貴女様がリュート
様の婚約者とはつゆ知らず失礼な口を利いてしまいまして!﹂
 突然の出来事にリュートは思わず固まってしまう。
 さらにメイヤの弁解は続いた。
﹁あの時、わたくしは確かにリュート様を侮るような発言をしてし
まいました。しかし! あれはまだリュート様の絶対的ご威光に触
れていない、無知無能たる愚かな存在だった時のこと! 今は決し
て、リュート様が魔物ごときに殺される方ではないと信じることが
出来ます! ですからどうか、この憐れな一番弟子を見捨てないで
ください! もしリュート様に見捨てられたらわたくしはこの世界
に生きる意味を失ってしまいます! その時はどうか自害するよう
お申し付けください!﹂
 まぁ実際は魔物に殺されたんじゃなくて、偽冒険者に騙されたん
だけどね。
 後、メイヤは無駄に自分が一番弟子だと主張するよな⋮⋮。
﹁⋮⋮そうやって自分の命を楯にして、相手に許しを得ようとする
のは違うと思う﹂
﹁ッ!?﹂
 スノーはメイヤの必死の謝罪に対して厳しい態度を取る。
 オレはスノーの頭を撫でて、落ち着かせる。

623
﹁まぁ2人にそんな過去があったのは知らなかったけど、被害が出
た訳じゃないし過ぎたことだろ? それに今はメイヤに何から何ま
でお世話になってるんだ。だからそう邪険に扱わないでやってくれ。
メイヤも弟子を解任するなんてしないから、自害するとか物騒なこ
とを言うのは頼むから止めてくれ﹂
﹁むぅー、リュートくんがそう言うなら⋮⋮﹂
﹁あ、ありがとうございます! リュート様! 不肖! メイヤ・
ドラグーンは命尽きるまでリュート様に忠誠を誓いますわ!﹂
 スノーは渋々と、メイヤは涙を滝のように流し顔を上げる。
 逆にメイヤの時とは対称的に、現在オレの主であるお嬢様に対し
てスノーは友好的な態度で接した。
﹁初めましてスノーです。あなたがクリスちゃん?﹂
﹃は、はい! そうです!﹄
 お嬢様が慌てて魔人大陸語で文字を書く。
 スノーはお嬢様の手を取り、瞳の端に涙の輝きを浮かべお礼を告
げる。
﹁ありがとう、リュートくんを助けてくれて。本当にありがとう﹂
﹃私のほうこそ、リュートお兄ちゃんには色々助けてもらってます
から﹄
﹁お兄ちゃん?﹂
﹃私が1つ年下で、お兄ちゃんみたいだから﹃リュートお兄ちゃん﹄
って呼ばせてもらっているんですが⋮⋮駄目でしたか?﹄
﹁ううん! 全然そんなことないよ! むしろ羨ましいぐらいだよ
! リュートくんがお兄ちゃんなら、わたしはクリスちゃんのお姉

624
ちゃんだね。﹃お姉ちゃん﹄って呼んでね!﹂
﹃はい! スノーお姉ちゃん!﹄
﹁こんなに可愛い妹が出来るなんて! とっても嬉しいよ﹂
 スノーはお嬢様を遠慮無く抱き締める。尻尾も喜びでぶんぶん揺
れていた。
 人見知りするお嬢様も初対面のスノーに対しては怯えもせず、抱
き締められても嬉しそうに微笑む。
 スノーはお嬢様を離すと、ケンタウロス族のカレンとも自己紹介
を済ませる。
 こちらもポニーテール同士だから、妙に馬が合うようだ。
 そしてスノーは疑問を口にする。
﹁所でリュートくん達はここで何をしてるの?﹂
﹁それが話すと凄く長くなるんだが⋮⋮﹂
 どこから話をしたものかと頭を掻いていると、メイヤが提案して
きた。
﹁スノーさんもカレンさんも、旅を終えたばかりでお疲れでしょう
から、まずお風呂に入って旅の疲れを落としてはどうでしょうか?
 お2人がお風呂から上がったら、ちょうど夕食時になると思いま
すから、その席で食事を摂りながらお話し頂くというのは如何です
か?﹂
 確かに2人は着いたばかりで疲れているだろう。
 これ以上、中庭で話を聞かせるのも悪い。

625
﹁そうだな。それじゃメイヤの言う通りにするか﹂
﹁リュートくんがそう言うなら、そうするよ。カレンちゃん、折角
だから一緒にお風呂入ろう!﹂
﹁い、いいのか? 自分はこんな体だし⋮⋮﹂
﹁いいから一緒に入ろ! クリスちゃんも泥だらけだし背中の洗い
っこしようね﹂
﹃はい、スノーお姉ちゃん!﹄
 お嬢様も一緒にお風呂に入る流れらしい。
 メイヤはメイド達に指示を出すため、お風呂に入ることは出来な
い。
 こうしてスノーに事情を説明するのは夕食を摂りながらになった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 お風呂上がり、スノーはドラゴン・ドレス姿で現れる。
 さすがにケンタウロス族であるカレンに合うドラゴン・ドレスは
無く、彼女は自分で用意した私服だった。
 夕食を摂りながら、オレ達が今置かれている状況をスノーに説明
する。
 その上で、彼女に協力を求めた。
 もちろん幼なじみで婚約者の頼みだからといって、無条件に参加
しなくてもいい︱︱という前置きは置いた。

626
 だが、スノーは迷わず、協力を承諾してくれる。
 お嬢様が涙ながら深々とスノーにお礼を告げたのは言うまでもな
い。
 夜、眠ろうとすると扉がノック。
 扉を開くとそこには︱︱
﹁ごめんね、遅くに﹂
 パジャマ姿のスノーが枕を持って立っていた。
 左腕には昔、送った婚約腕輪を付けている。
﹁折角、久しぶりに会えたから今夜は一緒にいたいんだけど⋮⋮駄
目かな?﹂
 駄目なはずがないじゃありませんか!
﹁オレとスノーの仲じゃないか、遠慮無く入ってくれよ﹂
﹁⋮⋮それじゃ、お邪魔するね﹂
 スノーは部屋に入ると、枕をベッドに並べる。
 彼女のパジャマは上がシャツで、下がホットパンツのような短パ
ンだった。
 もちろんブラジャーなんて物は無いから、歩く度に立派に成長し
たお胸様がゆさゆさ揺れる。
 素足も健康的にスラリと伸び、短パンから出ている銀色の尻尾が
落ち着かなく揺れる。

627
 背丈も伸び、胸も想像以上に大きくなっている。
 オレの精神年齢は40歳過ぎだが、肉体はまだ13歳と若い。
 目の前の婚約者に﹃欲情するな﹄という方が無理だ。
︵お、落ち着けオレ。さすがにメイヤ邸⋮⋮人様の家で初めてを迎
えるのはオレも嫌過ぎる。それにお嬢様や旦那様達の問題もあるし
⋮⋮さすがに自重しよう︶
 オレは素数を数えながら、スノーと一緒にベッドへ潜り込む。
 彼女は自分で枕を用意したのにもかかわらず、オレの腕に頭を乗
せてくる。
 脇腹に胸が! スノーの足が絡みついてくる! 理性という鎖が
ごりごりと削られていくのを実感する。
 だが、そんな欲望もスノーが泣いていることに気付き、鎮火して
しまう。
﹁スノー、泣いてるのか?﹂
﹁こうしてまたリュートくんと抱き締め合うことが出来たと思うと
嬉しくて⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ごめんなスノー、心配ばかりかけて。婚約腕輪も駄目にしち
ゃって﹂
﹁ううん、リュートくんが無事ならそれでいいよ。本当に無事でよ
かったよ﹂
 スノーは涙ぐみ顔を埋めてくる。
 彼女は譫言みたいに﹃リュートくんが無事でよかった﹄と呟き、
涙を流した。

628
 オレは何度も何度も謝罪の言葉を呟き、一晩中︱︱スノーが泣き
やみ眠るまで頭をなで続けた。
第42話 参戦︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月28日、21時更新予定です。
300万PV突破しました! ありがとうございます!
これも皆様のお陰です!
これからも更新頑張ります! 629
第43話 夜の女子会
 スノーと寝室を共にした翌朝。
 ケンタウロス族のカレン・ビショップは魔人大陸へ戻るため、メ
イヤ邸を後にした。
 オレ達はもう少しゆっくり滞在することを勧めたが、本人は早く
他2人の親友にお嬢様の無事を知らせたい&メリーさん達に作戦を
伝えたいから、と、矢のように飛び出してしまった。
 さすが武人系女子。
 脳筋だ。
 スノーは引き続きメイヤ邸に滞在。
 さらにスノーには、オレの代わりにクリスお嬢様の体術&剣術訓

630
練を担当してもらった。
スナイパーライフル
 オレとメイヤはその間にM700Pの制作に集中する︵メイヤは
手伝い程度だが︶。
 衣食住や魔術液体金属も提供してもらっている手前、銃の知識を
教授していたが、時間が無いのでスナイパーライフル制作に集中す
ることをメイヤに了承してもらった。
 このお礼は旦那様と奥様を救い出した後、必ずすると約束した。
 現在のスケジュールを現すと以下になる。
 午前︱︱オレとメイヤはスナイパーライフル制作。お嬢様は魔力
コントロール。
 午後︱︱オレとメイヤはスナイパーライフル制作。お嬢様はスノ
ーと体術&剣術練習。また最近はお嬢様の訓練内容に、リボルバー
アサルトライフル
と突撃銃の発砲練習も追加している。
 これが最近の1日だ。
 お嬢様は弱音を吐かず運動し続けたことで、体力も人並み以上に
なった。
 体術&剣術も、自分の身を守る程度には出来るようになる。
 その一方で、お嬢様の射撃の腕前は天性の才能としか言えないレ
ベルだ。
 彼女にスナイパーライフルを持たせるのが待ち遠しい。
 で、肝心の製作進行というと⋮⋮ライフリングを刻むための芯棒
さえ出来れば、本体制作はそれほど難しくない。

631
 芯棒を魔術液体金属に漬け、コールドハンマー法の如く棒周辺に
バレル
銃身をイメージ制作する。
バレル
 振動を抑えるため太い︵肉厚の︶重い銃身をイメージした。
バレル フロントサイトリア・サイト
 銃身を長くすれば照星・照門の距離が取れて﹃狙いの誤差﹄が検
出しやすくなるメリットがあるが、長くすると先端部分が振動で大
バレル
きくブレる可能性がある。そのため銃身を肉厚にする。
バレル
 ライフルの銃身はだいたい500mmくらいあれば十分とされて
バレル
いるが、今回制作するM700Policeの銃身長は、660m
m。
バレル
 この銃身長の長さによってより精密な命中精度を叩き出している
のだ。
 また重くすることで安定するメリットもある。だが、あまり重量
バレル
を増やすと持ち歩くのが大変なため、太い銃身の外側に溝を掘って
軽くする等の工夫も必要となる。
 しかしヴァンパイア族は人種族より腕力がある。お嬢様も例外で
はなく、肉体強化術無しで腕相撲をしたらオレの方が負けてしまう
ほどだ。
バレル
 他にも銃身で気を付けている点は、銃口に﹃クラウン﹄︱︱と呼
ばれる角度をちゃんと付けていることだ。
バレル
 銃身の先端、銃口は傷が付きやすい部分だ。
 銃口部分に傷があると、銃口から弾が放たれる瞬間、傷部分にガ
スが︵ほんの僅かではあるが︶偏り弾丸の軌道に影響を与えること
がある。

632
バレル
 銃口は銃身を切ったままの切断面で無く、角を取っている。その
方が傷つきにくいからだ。これを﹃クラウン﹄と呼ぶ。
レシーバー バレル ストック
 他にも機関部︵銃身やボルトが付いた部分︶と銃床を密着させる
ことを﹃ベディング﹄という。
レシーバー ストック
 機関部と銃床が密着していないと、接する所が安定する﹃面﹄で
はなく不安定な﹃点﹄になるため、命中精度が悲惨なことになる。
バレル ストック
 反面、銃身と銃床を密着させてはいけない。
バレル
 発砲する際、銃身はどうしてもごく僅かな距離ではあるが、激し
ストック
く振動してしまう。その時、銃床にぶつかったら、ますます振動が
激しくなり、さらに毎回異なる振動を起こし命中精度を下げてしま
うからだ。
バレル ストック バレル
 だから銃身を銃床から1mm以上浮かしている。このように銃身
ストック
を銃床から浮かせていることをバレル・フローティング︵またはフ
バレル
ローティング・バレル︶と言う。これによって発砲時銃身は︵弾と
火薬が同じであれば︶毎回同じ振動が起こり、命中精度には影響が
少なくなる。
トリガー
 さらにスナイパーライフルが他の銃器と違う点は、引鉄にある。
トリガー
 普通の軍用ライフルの引鉄の重さ︵引鉄を引き落とすのに必要な
力。トリガープル︶は約3キロ以上あるが、スナイパーライフルで
トリガー
はその半分以下と軽くなっている。このように僅かな力で動く引鉄
を﹃フェザータッチトリガー﹄と呼ぶ。

633
トリガー トリガー
 しかしこれだけ軽い引鉄でも、引鉄を弾が進む方向と同じ方向、
つまり真っ直ぐ後ろへ引かなければ発射する弾に影響し、弾丸はほ
んの僅かでもそれてしまう︵前後の揺れは弾道にあまり影響が無い︶

 そうならないためにもスナイパーは自分を引き金を引く人間とは
思わず、自らを石だと言い聞かせ銃と一体となる、等の逸話がある。
トリガー
また旧日本軍では引鉄を引く時は﹃闇夜に霜の降る如く﹄と教えて
いたとも言われている。
 人間の身体は、生きているが故に息もすれば心臓も動く。完璧な
静止は不可能。
 それ故に様々な工夫が必要ということなのだろう。
 スナイパーライフル本体にはまだまだ注意しないといけない点は
多いが、製作については細心の注意を払えばほぼ問題は無い。ある
カートリッジ
としたら弾薬の方だ。
 リボルバー、AK47の時もハンドガン本体より、製作で一番苦
カートリッジ
労したのが弾薬の方である。
カートリッジ
 制作する弾薬は7・62mm×51だ。
 大きさは単三電池の約1・5倍ほど。
カートリッジ
 300メートル先を狙う場合この弾薬を使う。
 これにどれぐらいの時間がかかることやら⋮⋮。

634
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夜、オレの部屋の扉がノックされる。
 相手は決まっている。幼なじみで婚約者のスノーだ。
 彼女とは再会してから毎日、夜は一緒のベッドで眠っている。
 お陰で自制するのが本当に辛い⋮⋮。
 しかし今夜はどうも様子がおかしい。
 扉をあけると、スノーは開口一番謝罪を口にする。
﹁ごめんねリュートくん、今夜は一緒に寝られないの﹂
﹁別に構わないけど、なにかあったのか?﹂
﹁昼間、クリスちゃんから夜のお茶会に誘われちゃって、2人で色
々お喋りしようって約束しちゃったんだ﹂
 なるほどパジャマパーティー的イベントか。
﹁リュートくんの執事生活を教えてくれるっていうから、凄い楽し
みなんだ。⋮⋮それに、色々気になることもあるし、お話したいな
って思って﹂
﹁了解。それじゃしかたないな。けど、あんまり夜更かしするなよ。
お嬢様にもそう言っておいてくれ﹂
﹁ふふふ、リュートくんまるでクリスちゃんのお母さんみたい﹂
﹁お母さんじゃなくてオレはお嬢様の執事だよ﹂
﹁そうだったね。それじゃまた明日ね。お休みなさいリュートくん﹂
﹁おう、お休み﹂

635
 オレはスノーと挨拶を交わすと、早々にベッドへ潜り込む。
 今頃はスノーとお嬢様は、楽しい楽しいパジャマパーティーをし
ているんだろうな。
 スノーと再会して久しぶりの独り寝は、やっぱりちょっと寂しか
った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌朝、着替えていつも食事を摂る部屋の前で、スノー&お嬢様と
出会う。
 2人共やっぱりちょっと眠そうだ。
 2人共ドラゴン・ドレスに袖を通している。
 どちらも似合いすぎていた。
﹁おはようスノー、おはようございますお嬢様﹂
﹁おはよう、リュートくん﹂
﹁ッ﹂
 スノーはいつも通り挨拶を返してくれたが、お嬢様は顔を真っ赤
にして彼女の背後に隠れてしまう。
 その態度にショックを受ける。
 お嬢様とは約2年以上の付き合いになる。

636
 未だに距離を取られるとは思わなかった。
︵え? オレなんかしたか?︶
 朝から困惑顔になるオレが面白かったのか、スノーがくすくすと
可笑しそうに笑う。
﹁リュートくんショック受けすぎだよ。ちょっと昨日の夜、リュー
トくんについて色々話してたから照れてるだけだよ﹂
﹁ちょっと待てスノー。一体オレの何を話したんだ﹂
﹃だ、駄目ですよ、スノーお姉ちゃん! あのことはまだ私たちの
間だけの秘密なんですから!﹄
﹁大丈夫、リュートくんにも話さないよ﹂
 2人はオレを置いて姉妹のように仲良く部屋に入って行く。
 オレは1人取り残された。
︵オレの話ってなんだ? スノーは﹃色々﹄って言ってたよな⋮⋮
ま、まさか孤児院時代の脱糞や失禁した時の話をしたんじゃないだ
ろうな!? だとしたらお嬢様が赤面したのも頷ける! うおおお
ぉぉ! マジか! オレの紳士的イメージが大暴落じゃないか!︶
﹁どうかなさいましたか、リュート様?﹂
 部屋の前で1人身悶えているオレに、メイヤが話しかけてくる。
 オレは彼女の呼び声も無視して、ただひたすら身悶え続けた。
 こうして、ここに来てから数ヶ月が過ぎ去る。

637
 ︱︱救出作戦決行の時は、着実に近づいていた。
第43話 夜の女子会︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月29日、21時更新予定です。
明日はいよいよ救出作戦決行! お楽しみに!
また活動報告で、感想返信を書きました。
よかったら覗いていってください。 638
第44話 突入
︱︱第三者視点︱︱
 魔人大陸にあるブラッド城。
 そこにはつい数ヶ月前までダン・ゲート・ブラッド一家とその使
用人達が住んでいた。
 しかし彼らはヴァンパイア当主の罠に嵌り、一家は離散。使用人
達も多くは城を離れている。
 現在はヴァンパイア族当主である長兄ピュルッケネン・ブラッド
と、その弟であるラビノが住んでいた。

639
 彼らの嫁や娘、息子達家族は本家に住んだままだ。
 ピュルッケネンとラビノはブラッド城に住み着きながら、資産を
調べ上げている最中だった。事業資金、利権、家財道具一式、他金
になる物全部を調べている。
 そのためブラッド城に住むことが便利だった。
 ブラッド城の尖塔最上階にはダン伯爵の妻、セラス・ゲート・ブ
ラッド婦人を捕らえている。
 その見張りのためにいるという面もある。
 元ブラッド家使用人達が、セラスを奪いに来ることも警戒して城
の警備を元警備長のギギに担当させている。一番、この城の内部や
外部の地理に詳しい人材だからだ。
 他にも念のため、ヴァンパイア族の魔術師Bマイナス級以上の魔
術師30人ほどを防備させている。裏切り者であるギギだけに任せ
るほどピュルッケネンは愚かでは無い。
 賃金はすべてダン・ゲート・ブラッド伯爵の資産から支払ってい
るため、2人の懐はまったく痛まない。
 何を考えているのか、いつもの無愛想な表情でギギが食堂へ通じ
る部屋をノックする。
﹁⋮⋮失礼します﹂
 部屋に入ると、ヴァンパイア族当主ピュルッケネン・ブラッドと
次男のラビノが、肉料理を﹃くちゃくちゃ﹄音を立て貪っていた。
長兄は丸々と太り、次男は対照的に細くひょろ長い。

640
 かつてここではダン伯爵、夫人のセラス、娘のクリスが使用人達
に囲まれ和やかに食事を楽しんでいた。
 ギギはその穏やかな空気と楽しげな会話があった頃を知っている。
 それ故、今目の前の豚のように汚く食事を貪る2人とのギャップ
を一番感じているはずだ。しかしそれを顔におくびにも出さず、警
備長としての役割を果たす。
﹁今日の分のセラス・ゲート・ブラッド夫人の報告に参りました。
よろしいですか?﹂
﹁構わん、続けろ﹂
 ピュルッケネンの許可で報告を続ける。
﹁食事はいつも通り全て摂り、体調は万全。あえて言えば運動不足
気味かと。暴れることも少なくなり、大人しく従っていますが目の
力は衰えていないそうです。恐らく逃げ出すための好機を狙い力を
溜め込んでいるかと﹂
﹁ふん、女の癖に生意気な。まったく愚弟は本当に女の見る目も無
いとは、つくづく呆れるわ﹂
﹁まったくです、兄者﹂
 次男が追従の言葉を告げる。
﹁また、無事にダン・ゲート・ブラッドの移送が完了したと奴隷館
からの報告がありました﹂
 ギギは反応を見せず、報告を続行する。
﹁ふん、これで奴は二度と生きて魔人大陸の土を踏むことは無いだ

641
ろう。一応、愚弟とはいえ血の繋がった兄弟だから、命まではこの
手で取らずにおいてやったんだ。感謝されてもいいぐらいだな﹂
﹁まったくです、兄者﹂
 実際は、側に置いたダンが魔術防止首輪を自力で解錠し自分達に
復讐してくるかもしれないという恐怖を感じていたがさりとて自身
の手で殺す勇気もなく、そのため奴隷として売り払った、というの
が真相だ。
 単純にヴァンパイア当主であるピュルッケネンと次男のラビノが
小物なだけだ。
 元執事のメリー達もダンが奴隷として売られたことをすでに知っ
ている。
 救出しようとして失敗もした。
 だが、彼らはまだ諦めていない。
 監禁され人質になっているセラスさえ救い出せば、ダンなら自力
で自分達の元に戻ってくる、と。
 メリー達は信じているのだ。
 だから彼らは躍起になって奪還しようと、昼夜関係無く襲撃をし
かけているが全て失敗に終わっている。
﹁そんな奴らの心を叩き折るためには、クリスが必要だ﹂
﹁まったくです、兄者﹂
 単純に、救出対象が2人になればそれだけクリア条件が厳しくな
る。
 また母親であるセラスを言いなりにするためには、子供ほど有効

642
なものはない。
 さらに万が一ダンが戻って来たとしても、子供さえ抑えていれば
自分達には絶対に手を出せない。
﹁それでクリスの行方はいい加減、掴めたのか?﹂
﹁⋮⋮いえ、それが﹂
﹁まだ見付からないのか!? どうして子供1人、しかも魔術もろ
くにつかえない出来損ないを捕まえることができないんだ!﹂
﹁恐らく何者かの手によって、大陸外に出てしまっているのでは⋮
⋮﹂
﹁だったら、世界中を探し回っててでも捕まえて来い! この無能
が!﹂
 ピュルッケネンは食べかけの肉の皿を掴み、ギギへ叩き付ける。
 彼の顔と衣服に当主の食べかけ肉がべったりと付く。だが、ギギ
は表情をまったく動かさなかった。
 ピュルッケネンが怒鳴り散らす。
﹁いいか、今、貴様の居場所はここしかないんだ。私達が放り出し
たら、貴様を恨んでいる元使用人達に背後からぶっすり刺し殺され
るかもしれんのだぞ。そうなりたくなければ結果を出せ! 成果を
あげろ! 分かったか!﹂
﹁⋮⋮了解致しました。かならず当主様の前にクリスお嬢様を連れ
て参ります﹂
 ギギはゆっくりと頭を下げた。
 そんなやりとりをしている最中、ノックが響き渡る。

643
 部屋にはギギの直部下である獣人種族の男が、1人部屋に入って
来た。
 彼はギギに耳打ちする。
﹁⋮⋮当主様。どうやら港街に、メリー達が大規模な救助計画を行
うため多人数で集まっている模様です﹂
﹁チッ、またあの無能共か⋮⋮ギギ、貴様の部下達を連れてメリー
達を殺して来い。他の一族が手を出してこないよう上手く処理しろ
よ﹂
﹁当主様、これは陽動の可能性があります。今まで襲撃はあったも
のの、ここまで露骨に分かりやすいのは初めてです。警備が手薄に
なった所を、別働隊が襲うという罠かと﹂
﹁何度も言わせるな! 我が城はヴァンパイア族の魔術師達が内外
を固めておる! いいから貴様は部下を連れて奴らをぶっ殺して来
い! それとも今すぐこの城から叩き出されたいか!﹂
﹁⋮⋮失礼しました。早急に部下を連れて向かいます﹂
 ギギは丁寧に頭を下げ、部下の男を連れて食堂を後にした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
︱︱リュート視点︱︱

644
 草木も静まりかえる深夜1時。
 城の外を中心に警備が敷かれている。
 敵は﹃外からの襲撃を警戒してます﹄と宣伝しているようなもの
だ。
 ここまでは狙い通り。
 メリーさん達が港街で集まっているのは、敵の目を反らす陽動だ。
 そして予定通り、彼らは外に警戒心を向けている。
 オレとスノーは城の内側に通じる抜け道を使い中へ侵入、奥様を
救い出す作戦だ。
 警戒されていたメリーさん達への連絡は、お嬢様の親友の1人︱
︱ラミア族、ミューア・ヘッドにお願いした。
 カレン曰く、どうやら彼女は人目を盗んで行動するのが得意らし
い。
 やっぱり蛇だからか?
 お陰でメリーさん達に無事、詳細な作戦を伝えることが出来た。
﹁でも、もう少し人員をメリーさん側に割くと思ったんだけどな。
まぁこれぐらいなら想定内か﹂
 獣人種族系の人達が角馬に乗り城外へ。
 港街方面へと進んで行った。
 城に残ったのは恐らくヴァンパイア族︱︱魔術師と、腕に覚えの
ある男達だろう。

645
 現在、オレ達が居る場所は城の裏手にある森の中だ。
 オレはギリギリまで城に接近し、様子を窺っている最中だった。
用事は終わったため、森の中にある丸太小屋まで引き返す。
 約1時間かけ小屋がある場所まで戻る。
 丸太小屋の中にはすでにスノーとメイヤが待っていた。
 仲が悪い2人︵スノーが嫌っているだけだが⋮⋮︶だけだったた
め、微妙に空気が悪い。
 オレが現れると2人とも色んな意味で表情を明るくする。
﹁お帰りなさいませ! リュート様!﹂
﹁お帰りなさい、リュートくん。お城の様子はどうだった?﹂
﹁ただいま。予定通り、奴らはエサに食いついたよ。そっちの準備
は?﹂
﹁森に最後の罠をしかけ終わったよ。クリスちゃんも準備万端だっ
て﹂
﹁わたくしの方の準備も完璧ですわ。いつでも行けます﹂
﹁了解。それじゃスノー、オレ達も準備に取り掛かろうか﹂
﹁うん、分かったよ﹂
 オレとスノーは粗末な机の上に置かれていた装備品を手際よく身
に付けていく。
 オレ達はすでに黒一色の衣服に袖を通していた。

646
 オレはAK47のバナナマガジン×2を両腰ベルトに下げたマガ
ジンポーチに2つずつ入れる。
 胸のベストに付けたマガジンポーチにも1つずつ入れておく。
チェンバー
 AK47にマガジンを装填。コッキングハンドルを引き、薬室に
まず弾を1発移動。
 腰にナイフを装備した。
アサルトライフル
 前世、軍隊の兵士が突撃銃の予備弾倉を持っていく数は、﹃銃に
ついている弾倉1つ﹄+﹃予備6つ﹄程度らしい。
 オレは銃についている弾倉1、予備6で合計7つ。
 だいたい平均ぐらいだ。
 スノーは﹃S&W M10 4インチ﹄&﹃S&W M10 2
インチ﹄リボルバーを腰と胸に下げたホルスターに押し込む。
 もちろんシリンダーには全弾詰め込み済み。
 スナイパーライフル制作にかかりっきりで、彼女専用のAK47
を作る暇がなかったため、オレのリボルバーを手渡した。
 これでスノーは2丁拳銃になる。
 スノーは両ポケットにはスピードローダー2個︵6発×2。ちな
みにスピードローダーとは、円形に弾を配置した補充用の弾+台座
のことで、短時間でリボルバーに弾を再装填することが出来る︶。
 オレと同じように着込んだベストの胸には、﹃スピードストリッ
プ﹄と呼ばれるローダーが押し込まれている。
カートリッジ
 スピードローダーがシリンダーのように丸く弾薬を固定している
プライマー
のに対して、﹃スピードストリップ﹄は雷管を下に6発単位で並び
固定されている。
 スピードストリップは嵩張るという概念を覆した製品だ。お陰で

647
オート・ピストルの弾倉並に薄くなり、携帯にも適している。欠点
としては装填の時間が遅くなることだが、そこはスピードローダー
で補えば良い。
 またスノーも腰にナイフを装備する。
 彼女は他にも小型のザックを背負った。
 オレ達の弾丸は一部を除いて、弾頭に薄く銀を付着させている。
 ヴァンパイアにとって銀は猛毒。
 2人の装備を合わせれば、単純計算上では城の警備員を皆殺し出
来るだけの弾数だ。
 しかしあくまでオレ達の目的は奥様の奪還。城の警備員を皆殺し
にするつもりは毛頭無い。
 空は曇って星明かりは無し。
 雨が降る気配も無い。
 絶好の奇襲日和だ。
 オレは丸太小屋の暖炉に手を伸ばす。
 小屋に到着してすぐ、隠し通路を開くためのギミックは調査済み
だ。
 オレは暖炉内部の壁一部を力強く押す。
 屋敷の暖炉のように床に敷き詰められた煉瓦のひとつが持ち上が
る。それを丁寧に取り上げると、鉄製の取っ手が姿を現した。
 オレは取っ手を掴み、力を入れて隠し通路の蓋を開く。
 最初に顔だけ入れて中の様子を確認。

648
﹁⋮⋮⋮⋮よし、問題無いみたいだ﹂
 積もった埃には城から歩いて来たオレの足跡しか無い。この隠し
通路を使った人物がオレ以外いないことを示している。
 ヴァンパイア族当主達はこの隠し通路に気付いていないのだ。
 最初にオレが降りて、次にスノーが続く。
 メイヤはオレ達が降りきると、隠し通路の蓋を改めて閉め直し、
自身の持ち場へと向かう手筈だ。
﹁それじゃ行くか、スノー。もし異変に気付いたら教えてくれ﹂
﹁うん、分かったよリュートくん﹂
 オレ達は声を掛け合い隠し通路を城へ向かって歩き出す。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 前回はお嬢様を抱え、歩いて片道約1時間ほどかかった。
 オレとスノーの足で約50分ほど。
 地上の警備員に気付かれる可能性があったため、肉体強化術は使
っていない。
 魔術師は魔力に反応する。
 そのため魔術師を魔術で襲撃、奇襲をかけて殺害するのは難しい。
 襲う前に魔力の流れに気付かれてしまうからだ。

649
 ここで使って万が一、地上の警備員に気付かれたら奇襲は失敗す
る。
 肉体強化術は使えなかったが、普通の徒歩移動なので疲労は殆ど
無い。
 終点に辿り着くと、スノーに階段を上がってもらい扉外の様子を
窺ってもらう。
 彼女は白狼族のため人種族より鼻、耳が利く。
 扉越しに、その先に人気が無いか確認してもらっているのだ。
 スノーが人差し指と親指を付け、他の指を広げる。
﹃OK﹄のハンドサインだ。
 ここからは喋らず、ハンドサインで意思を伝えると事前に決めて
おいた。
 そのためにスノーにはハンドサインを覚えて貰った。
 これはそのひとつ。
 オレが入れ替わり隠し通路の扉を押し上げる。
 AK47はスノーに一時手渡す。
 肉体強化術を使わず単純な腕力で開けるため、オレが適任だ。
 ゴトリ、やけに大きな音が響いた気がした。
 オレが先頭でまず顔を出し、様子を目視で確認する。
 ⋮⋮見える範囲で人影は無し。
 数ヶ月前まで見慣れていた食堂が目の前に広がっていた。

650
 極力音を立てないように蓋を持ち上げ、城内部に侵入する。
 蓋を置き、スノーを手招く。
 彼女が食堂に入ると、AK47を受け取る。
 今度はスノーがオレより先行し、扉越しで人の気配、音を窺う。
 城内の移動はスノーに先行してもらう。彼女の方が夜目が利き、
鼻や耳で気配をいち早く察知することが出来るからだ。
 オレとお嬢様で城の設計図を細かく書き、スノーに覚えてもらっ
た。
 場合によってはオレが先頭になり、ルートを調整すると取り決め
てある。
 オレは念のため暖炉の蓋を再度閉めた。
 スノーは使い慣れた自身の﹃S&W M10 2インチ﹄リボル
バーを手に、廊下に通じる扉を開け左右を確認。手招きする。
 廊下を2人で慎重に歩くが、足音は殆どしない。
 この日のために作った特注のブーツだ。
 靴音が最小限になるよう、靴底に柔らかい魔物の素材を貼り付け
ている。爪先には魔術液体金属で作った鉄板が入っており、安全靴
状態にもなっていた。
 走ったりすればさすがに足音は響くが、歩く分には静かな物だ。
離れていればまず気付かれないだろう。
 オレ達は周囲を気にしながら尖塔を目指す。
 奥様が捕らえられている尖塔への入り口は、食堂とはほぼ反対側
だ。

651
 尖塔の入り口は地下にある。
 城内の階段で一度地下に降りて、扉を開けて進むと奥にまた扉が
あり、そこを開けて塔の螺旋階段を登って最上階の扉を開ければ、
奥様が捕らえられている貴賓室になる。
 元々、王族や上流階級者、貴族の捕虜を捕らえておくための部屋
だったらしい。
 尖塔に使われている煉瓦は特別製で、魔術協会が製造した反魔術
煉瓦だ。
 一定以上の魔術を弾く煉瓦らしい。
 魔術協会独占技術のため、通常の煉瓦より数倍値段が高い。
 そのため外部から塔を魔術で破壊して、中の人質を助け出すのは
ほぼ不可能。
 もし仮に破壊しようとしたら、反魔術煉瓦を上回る程の大規模な
魔術を使用しなければならない。
 中の人質ごと消し飛ばす威力が必要になる。
 口封じに暗殺するなら問題無いが、救助となると話は別だ。
 前を進むスノーが左腕を目一杯伸ばし手のひらを広げる。
 止まれの合図だ。
 次にスノーはリボルバーを持つ右手首を、他の指は広げたまま左
手の人差し指、親指で掴む。敵の合図だ。
 左手を手首から離し、指を2本立てる。
 つまりこちらに向かって2人の警邏らしき人物達が向かって来て
いるらしい。

652
 彼女は交戦を示す合図で問いかけてくる。
 オレは首を振った。
 オレ達は警邏をやり過ごすため、物陰に息を潜める選択をする。
 オレは花瓶が置かれた机の下。
 スノーは金属製の全身甲冑の陰にそれぞれ隠れる。
﹁⋮⋮たく、やってらんねぇよ。こんな遅くまで警邏なんてよ﹂
﹁まぁそう愚痴るな。これも仕事のうちじゃないか。金の払いはい
いんだし﹂
﹁確かに金払いはいいかもしれないけどさ。人使い荒すぎるだろ﹂
 角を曲がり愚痴をこぼす2人組が姿を現す。
 ここまで来るとオレの耳でも彼らの会話を聞くことが出来た。
﹁まぁまぁ。今度、金が入ったら飲みにでも行こうぜ。良い店を見
付けたからさ﹂
﹁良い店ね。オマエの良い店って大抵ギャンブルが出来るかどうか
だしな﹂
﹁そう言うなよ。1人じゃ行き辛くてさ。一杯奢るし﹂
﹁1人で行き辛いってオマエは子供かよ﹂
 男達が笑いながら通り過ぎ、次の角を曲がる。
 暫くして再び静寂が耳に痛くなってから、オレ達は物陰から這い
出す。
﹁!?﹂
 スノーが出る時、金属製の甲冑に軽く腕をぶつけてしまう。

653
 その拍子で甲冑が持っていた長大な戦斧がぐらりと傾き、床に向
かって落ちていく。
 オレはAK47を背中に回して、ダイビング!
 ギリギリの所で、戦斧が床に落ち激しい金属音を響かせる前に掴
むことができた。
 オレ達はほっと溜息を漏らす。
 斧を元の位置に戻すと、オレはスノーの獣耳を軽く引っ張った。
 彼女は申し訳なさそうに両手を合わせる。
 気を取り直してさらに進む。
 スノーの停止命令。
 そこはなんてことのない一本道の通路だ。
 この先を真っ直ぐ進み右へ曲がり、さらに進んで左に曲がれば塔
へ入れる地下の入り口がある。
 スノーはハンドサインでは無く耳を貸すよう手招きした。
︵リュートくん、この通路に結界が張ってある︶
︵結界?︶
︵旅で野営する時、ぐるりと寝床を囲む魔術道具があるの。外部の
生物が、魔術道具で結んだ結界を越えると大きな音を立てたり、使
用者のみに知らせたりする魔術道具だよ︶
 確か約3年前、あの偽冒険者達も野営をする時に杭のような魔術
道具を地面に立てていた。

654
 嫌なトラウマを思い出す。
 だが念のためスノーを先行させておいてよかった。
 魔術トラップが仕掛けられていたら、オレじゃ絶対に気付かなか
った。
︵解除は出来そうか?︶
︵大丈夫。けど、ちょっと時間かかるけど平気かな?︶
︵時間ってどれぐらいだ︶
︵たぶん5分ぐらいだと思う︶
︵まぁそのぐらいなら⋮⋮魔力は使うなよ。気付かれるから︶
︵もちろん分かってるよ︶
 スノーはリボルバーの撃鉄を戻すと、愛銃を胸のホルスターにし
まう。
 罠解除のため床の一角へ這い蹲った。
 左右の壁に杭のような物が置かれている。
 どうやらそれがスノーの言う結界装置らしい。
 ⋮⋮罠解除を初めて3分ほど経った頃、スノーが急に体を起こす。
 右手首を左手で掴み、2本指を立てる︱︱城を見回っている警邏
がこちらへ向かっているのだ!
 この辺は真っ直ぐな廊下で、隠れ潜める部屋など無い。
 唯一あるのは子供2人ぐらいなら入れる大きな壺だ。
 オレ達に選択肢は無く、急いで壺の中に身を潜ませた。
 子供2人が身を隠せると言っても、所詮壺の中。
 広さは無く、スノーと正面から抱き合う形になる。

655
カートリッジ
 彼女の成長した柔らかな胸の感触が、ベスト&弾薬越しに感じる
ことが出来た。
 感触をしっかり堪能している暇は無く、足音と会話が壺の中でも
聞こえてくる。
﹁本当に人影なんて見たのか?﹂
﹁ああ、目には自信があるんだ。ちらっとだが動く物を確かに見た﹂
﹁しかし外は魔術師や仲間達が固めてネズミ1匹入って来られない
はずだぞ。どうやって入って来たんだよ﹂
﹁俺が知るかよ﹂
 2人組は会話を続ける。
 気配から一応奇襲を警戒しているようだ。
 だが、どこにも人影1つ無い。
﹁⋮⋮どうやらオマエの勘違いみたいだったな﹂
﹁確かに動く影みたいなのを見たんだけどな﹂
 どうやら無事、切り抜けられそうだ。
 オレは思わず安堵の溜息をつく。
 ふと︱︱抱き合う形のスノーと目が合った。彼女の桜色の唇が目
の前にある。甘い吐息の匂い、真珠色の真っ白な歯。あまりに魅力
的過ぎて胸を高鳴らせ、思わず首を後ろに下げ距離を取ってしまっ
た。
 コツン︱︱

656
﹁誰だ!﹂
﹃﹃!?﹄﹄
 目測を誤り後頭部が壺に当たり微かな音を鳴らしてしまう!
 さすがに警邏の2人も気付き、声を上げる。
 スノーの批難する視線が痛い。
 彼らは音のした方向︱︱壺に向かって声をかけてくる。
﹁おい、そこに誰か入っているのか?﹂
 近づいてくる足音。
 スノーが視線で問う。
﹃ここでやる?﹄かと。
 だが、さすがにまだ尖塔入り口まで遠い。しかし、このままでは
確実に見付かってしまう。一か八かやるしかないのか⋮⋮?
 足音がさらに近づいてきた。
﹁チュウ﹂
﹁おわ! なんだ⋮⋮コマネズミか?﹂
 どうやらコマネズミが壺の裏側から姿を現し、走り去ったらしい。
 男達の間に漂っていた緊張感が弛む。
﹁どうやらオマエが見たのはネズミの影だったらしいな。目が良す
ぎるのも考えもんだな﹂
﹁ははは、確かに。だがネズミ1匹通すなっていう上からの指示だ。
俺達は真面目に仕事しているってことだろ?﹂

657
﹁確かに﹂
 男達は笑いながら、再び警邏へと戻る。
 オレとスノーは2人同時に安堵の溜息を漏らす。
 まさか本当にコマネズミに恩を返して貰えるとは思わなかった。
お陰で首の皮一枚で繋がった。
 十分距離が開いたことを確認して、スノーが出てもいいと合図を
送ってくる。
 オレ達は慎重に音を立てず壺から抜け出す。
 スノーが今度はお返しとばかりに耳を引っ張ってくる。
 オレは両手を合わせ、先程の彼女のように謝罪した。
 そしてスノーは改めて再度結界解除のため動き出す。
 彼女は改めて作業に取り掛かり約3分ほどかかって結界を無効化。
 野営に使われる安物だったため構造自体がシンプルで、無効化は
そこまで難しくなかったらしい。
 値の張る室内向けのセキュリティーじゃなかったのが幸いした。
 オレ達は気を入れ直し尖塔入り口を目指す。
 右に曲がって、真っ直ぐ進んで左の門へ。
 スノーが立ち止まる。
 彼女がハンドサインで教えてくれる。
ブースト
 匂いで数は2人。男。恐らく魔術師の力を増幅させる杖を持って
いる。特殊な木の匂いで判断したようだ。
 オレは彼女にここから一気に突入することをハンドサインで知ら

658
せる。
 見張りの男は左がスノー、右はオレが担当する。
 事前に決めていた通り、ここからは魔力全開、一気呵成に駆け上
がる。
 時間との勝負だ。
 スノーが愛銃を握り締める。
 オレもAK47のストックの握りを確かめ、左手でカウントダウ
ンを開始する。
 5、4、3、2、1︱︱
﹁GO!﹂
﹁﹁!?﹂﹂
 オレ達はすぐさま肉体強化術で身体を補助!
 廊下の影から飛び出し、AK47とS&Wリボルバーの銃口を男
達へとそれぞれ向けた。
659
第44話 突入︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月30日、21時更新予定です。
660
第45話 開花
 相手は突然の襲撃に面喰らっていたが、さすがに奥様がいる尖塔
入り口の見張りを任されているだけあり、魔術師だった。
 彼らは反射的に抵抗陣を構築する。
 熟練度から少なくとも魔術師B級以上の実力者達だろう。
トリガー
 だが構わずオレはフル・オートを選択肢し、引鉄を絞る!
 マズルフラッシュ! 発砲音! 跳ね上がりそうになる衝撃を抑
え、相手の足を狙う!
 右の男は抵抗陣を構築していたがあっさりと貫通。
﹁ぎゃぁッ!﹂

661
 敵の足から鮮血が舞い上がる。
 目を強化していたお陰で減速する視界の中、スノーが担当する左
9mm
の男へS&Wリボルバー︵38スペシャル︶を発砲したが、抵抗陣
で食い止められていることを気づけた。
 瞬時にそこそこの魔力を放出して強固に作ったらしい。
 まったく用心深い男だ。
トリガー
 オレはAK47の引鉄を絞ったまま、横へとスライドさせる。弾
がフル・オートで吐き出され、敵に吸い込まれていく。
﹁ぐっがぁッ⋮⋮ッ!!!﹂
9mm
 38スペシャルを防げても、7.62mm×ロシアンショートは
無理だった。あっさり抵抗陣を貫通し、左の男の足をずたずたにす
る。
﹁き、貴様ら! どこから入ってき︱︱ばぁッ!?﹂
 オレが最初に撃った相手が叫び声をあげるが、すぐさまスノーが
顎を蹴り抜き気絶させた。
 反対側の男も同様に蹴って意識を奪う。
 もちろん、オレは彼女が動いていることに気付いて発砲はすでに
止めている。
 孤児院に同じ日に捨てられ、一緒に育った幼なじみ同士︱︱阿吽
の呼吸はお手の物だ。

662
 スノーはシリンダーから空薬莢を吐き出し、スピードローターで
弾倉を交換しながら声をかけてくる。
﹁リュートくん! 解錠お願い!﹂
﹁任せろ!﹂
﹃なんだ、今の音は!?﹄
﹃侵入者か!? おい、外の奴らは何をやってやがる!﹄
﹃塔だ! 塔を押さえろ!﹄
 城の内外から男達の声が響き渡る。
 やかましい音︵発砲音︶、肉体強化術で魔力を使っていることか
ら侵入者の存在に気付いている。
 侵入者の狙いが尖塔の奥様だと言うことは、百も承知だろう。
 こんな厳重に警戒している城へ、金品目的で侵入する馬鹿はいな
い。
 しかし、すぐに扉を開け尖塔に行ければいいのだが⋮⋮問題は扉
にある。
 扉は分厚い金属製で、子供の腕ぐらいあるごつい鉄棒で閉められ
た鍵がかかっている。扉回りの煉瓦はもちろん反魔術煉瓦だ。
 普通は門番が鍵を持っているが、侵入者対策のためダミーの鍵を
複数同時に持っていることが多い。
 1つずつ試している時間は無い。
 つまり、この扉を鍵無しで短時間に破ろうとしたら分厚い金属製
の扉か、反魔術煉瓦を破壊するほどの魔術が必要になる。
 だが、そんなものを唱えている時間は無い。
 第一、下手な魔術では扉を破壊出来ても、威力を高めすぎて周辺

663
が崩れ落ち、通路が埋もれてしまう。結局入れなくなる。
 魔術以外で鍵を破ろうとした場合は、剣術で切断するにも力と技
術が必要になる。
 扉は金属製で分厚く、鍵も丈夫に作られている。
 名剣を持った達人クラスでなんとかなるかもしれない、というレ
ベルだ。
そんな技術を持った人物はオレ達の周りにはいない。
 もしくは重い斧で肉体強化術を使い身体を補助、強引に断ち切る
ぐらいだ。一度戻って金属甲冑から戦斧を奪ってくるという手はあ
るが⋮⋮そんなことをしている間に警備員達が集合してしまう。
 だがオレの手にはAK47がある。
 NIJ規格︵NIJ=National Institute
of Justice.国立司法研究所のこと︶の防弾ランク・﹃
レベル?A++﹄の防弾チョッキを貫通する威力だ。
 通常弾頭では分厚い金属製の扉を貫通させるのは無理でも、鍵ぐ
らいなら吹き飛ばすのは難しくない。
 オレは鍵へ向けてセミ・オートで発砲。
 ダン!
 鍵はあっさり弾け飛ぶ。
 オレとスノーは飛び込むように扉の内側へ入り込む。
 スノーが押し開きの扉を閉めると、愛銃をしまい両手を扉に向け
る。

664
﹁我が呼び声にこたえよ氷雪の竜。氷河の世界を我の前に創り出せ
! 永久凍土!﹂
 氷、氷の複合魔術。
 初級が1種類。
 中級が2種類混合。
 上級が3種類以上の混合になる。
 内側から扉を氷付けにする。
 これで鍵が壊れていても、外側から入ってくるのは難しくなるだ
ろう。
 時間稼ぎには十分だ。
 オレは背後でスノーの声を聞きながら、もう1つの扉の鍵を破壊
し終える。
 丁度、マガジンが切れたため交換。
 弾倉に新たな弾丸を詰め込む。
 扉を開き、スノーを入れて強化した脚力で螺旋階段を一気に駆け
上がる。
 1分もかからず、奥様が捕らえられている最上階の扉へと辿り着
く。
 扉は丈夫そうだが、下の2つとは違って丁寧な細工が施されてい
る。
 普通の扉のため、ぶち破るのは難しくない。
﹁奥様、ご無事ですか! リュートです!﹂
﹃リュート!? 貴方が1人で助けに来てくれたの!﹄

665
﹁詳しいお話は後で! とにかく扉から離れててください。前に立
つのは危険なので端によっててくださいね!﹂
﹃分かったわ!﹄
 肉体強化術で身体能力を強化した肩で、一気に突き破る。
 扉は蝶番ごと、部屋の中に吹き飛んだ。
 部屋にはカレンのサプライズパーティー以来、数ヶ月ぶりに会う
セラス・ゲート・ブラッド夫人が居た。
 パジャマのような飾り付けのないワンピース型の洋服。
 運動不足のせいかほんの少しだけ丸みを帯びた輪郭。
 さらに胸が大きくなっている気がする。
 だが、見える範囲で怪我も、拷問の痕もない。
 オレは胸を撫で下ろし安堵する。
﹁リュート、まさか貴方が助けに来てくれるなんて!﹂
﹁お、奥様!?﹂
 奥様は感極まったのか、初めて出逢った日のように正面から抱き
締めてくる。
 ふくよかになった胸に顔が埋もれる。
 気持ちいいし、スノーやお嬢様とは違う女性の匂いに頭がクラク
ラした。
 奥様はパッと手を離しオレを解放すると、今度はスノーに興味を
示す。
﹁あら、こちらの方は?﹂
﹁自分の婚約者のスノーです﹂

666
﹁リュートに婚約者がいたなんて初耳だわ! 初めまして、わたく
しはセラス・ゲート・ブラッド。ご助力頂きまして誠に感謝いたし
ますわ﹂
﹁初めまして、リュートくんの婚約者のスノーです。奥様にはリュ
ートくんの命をお救い頂きましてこちらこそ感謝しています﹂
﹁いえいえ、むしろ彼にはわたくしたちが感謝してるわ。良い買い
物だって主人も言ってて。ところで下で強い魔力を感じたのだけど、
あれはスノーさんのよね? 失礼でなければ教えて欲しいのだけど、
級はどれぐらいかしら?﹂
﹁Aマイナス級です。2つ名は、魔術師S級の氷結の魔女様から、
﹃氷雪の魔女﹄を賜りました﹂
﹁あらまぁ、凄いわ。その年でAマイナス級だなんて。しかもあの
魔術師S級の氷結の魔女様から2つ名を頂くなんて。王侯貴族でも
不可能なことよ﹂
﹁わたしとしては名前負けしていると思うんですけど。色々あって
付けて頂いたんです﹂
﹁もしお時間あったらお話聞かせてくれるかしら。わたくしそうい
う冒険譚が大好きで。主人︱︱ダン・ゲート・ブラッドも色々楽し
い冒険譚を作る人で。面白いのだと、ダンジョンに眠っていた︱︱﹂
﹁奥様! スノー! そういう話は後にしてください。マジで時間
がないので!﹂
 下の階でも騒ぎが大きくなっている。
 オレでも感じられるほどの強い魔力を発し始めていた。
 スノーは背負っていたザックを降ろすと、真っ白な粘土のような
塊を取り出す。
﹁奥様、少ししゃがんでもらっていいですか?﹂

667
 スノーの指示に従う。
 彼女は奥様の首に巻かれた魔術防止首輪を粘土のような物で覆い
始める。
 魔術防止首輪には3つ機能がある。
 1つ︱︱権限を与えられた者が目視出来る範囲であれば、首輪を
縮め窒息させることが出来る。
 2つ︱︱首輪を嵌めている者の位置情報を把握することが出来る。
 3つ︱︱無理に首輪を取ろうとすると、首輪に施されていた魔術
の力により装着者は死亡する。
 この粘土のような物は1つ目の力を封じるものだ。
 メイヤから渡された物で、効果は彼女が保証している。
 またこの首輪が付いている限り、奥様を連れ出しても位置がばれ
て追われ続ける。下手に弄れば死なせてしまう。
 だがメイヤ曰く、専門の道具と時間、技術があれば魔術防止首輪
を外すのは難しくないらしい。
 そこでオレ達は奥様を連れて、城裏手にある約1キロ先の森を越
えて街道に用意してある幌馬車に乗り込む手筈になっている。
 幌馬車内にはメイヤが運び込んだ専門の解錠道具が揃えてある。
 そこには当然、魔術防止首輪を解錠できる腕を持つ天才魔術道具
開発者のメイヤがスタンバイしている。
 後は解錠出来るまで逃げ切ればいい。
 オレはスノーのザックからソフトボール大の玉を1つ取り出し、
脇に置く。
 AK47のマガジンを外して、右腰脇にあるマガジンポーチのと

668
入れ替える。
 こちらは今回のために用意した特別製の物だ。
﹁リュートくん、準備終わったよ﹂
﹁こっちも準備終わったぞ。それじゃスノー、打ち合わせ通り頼む﹂
﹁了解!﹂
 スノーはザックをそのままに肉体強化術の魔力量を増やす。
﹁奥様、失礼しますね﹂
﹁あらあら﹂
 奥様はスノーにお姫様抱っこされる。
 抱えられた奥様にオレが指示を出す。
﹁奥様、苦しいかもしれませんが、自分が声をかけたら息を止めて
いてください﹂
﹁ふふふ、こうしてると夫に初めて抱っこしてもらったことを思い
出すわ⋮⋮。そう、あれはわたくし達が初めて船の上で出会った夜。
わたくし達は一目惚れしてその日の夜のうちに﹂
﹁奥様!﹂
﹁うふふ、分かってるわ。リュートに合図されたら息を止めればい
いのね﹂
﹁お願いします。それじゃ行くぞスノー!﹂
﹁うん、いつでもいいよ!﹂
 オレは肉体強化術で身体を補助!
 AK47をフル・オートで積み上げられた煉瓦の壁に打ち込んで
いく。
 マガジンが切れると、2本目を取り出し、さらにフル・オート射

669
撃!
カートリッジ
 フル・オートで撃った弾薬は特別製︱︱徹甲弾だ。
ブレットコア
 いつもの弾芯は疑似鉛を使用している。だが、今回は疑似タング
ブレットコア ジャケット
ステンの周りを疑似鉛で包み弾芯にする。その上に被甲を薄く被せ
カートリッジ
弾薬を作り出す。
 徹甲弾は固い鉄板などを打ち抜くための弾丸だ。
 いくら反魔術煉瓦でも、鉄板も貫く徹甲弾に耐えきれる筈が無い。
 ちょうど人が通れるほどの大きさに弾痕が穿たれる。
﹁せーのォ!﹂
 オレは10秒だけ体中を魔力で覆う。そして、そのまま回し蹴り!
 煉瓦の塊が暗闇に舞い、落下する。
 落下音が城中に響いた。
 この時点でオレは魔力を半分ほど使い切っている。
 オレは弾倉を変えて、脇に置いていたソフトボール大の玉を拾い
尖塔に空いた穴から城壁に向かって飛び出す。
 スノーは奥様を抱えてだ。
 もちろんスノーの魔法で減速・肉体強化術済み。
 下は暗闇だが、微かに見える城壁、その上に飛び乗る。
 ぐずぐずしている暇は無いが、城壁の下にはもちろん外を見張っ
ていた警備員達が集まっている。

670
 あれだけ派手に脱出口を作っていれば当然だ。
 ここで準備した玉が役に立つ。
﹁奥様! 息を止めていてください﹂
 オレは城壁から飛び降りる直前、奥様に指示を出す。
 下には待ち構えている警備員達がいる。オレは持っていた玉を勢
いよく投げつけた。
 玉が地面に激突し、破裂。
 大量の煙が巻き上がる。
﹁煙幕か!? 無意味なこの程度、すぐにげほ! ごほ!?﹂
﹁か、体が﹂
﹁これは銀か!?﹂
 煙に銀粉が混ざっている。
 銀はヴァンパイアにとっては猛毒。
 呼吸するだけで肺に銀が入る。
 オレ達は着地すると、混乱する中を一気に突っ走った。
 目指すのは約1キロ先にある森。
 あそこに入り込めばオレ達の勝ちだ。
 残り500メートル。
﹁!? リュートくん! わたしの後ろに隠れて!﹂
 スノーの警告。

671
 オレ達の行く手を遮るように炎の剣、氷の槍、雷の斧が踊る。
 スノーはオレを背後に隠すと、奥様を抱えたまま抵抗陣を展開。
 魔術の攻撃を全て防ぐ。
 魔術が放たれた影から、十数人の男たちが姿を現す。
﹁⋮⋮ッ!?﹂
﹁なるほど、首謀者はリュートだったのか。メリーにしては狡猾な
手だと思っていたが﹂
 約数ヶ月ぶりの再会。
 ギギさんの姿はまったく変わっていない。
 お嬢様がトラウマを懸命に乗り越えようとして、外に出たことを
喜んでいたあの頃とまったくだ。
 そんな変わらない筈のギギさんが、いつも通り淡々とミスを指摘
してくる。
﹁だがまだ甘い。陽動を仕掛けるには演技が過剰すぎる。情報は相
手に考えさせ、詮索させその上で掴ませるのが上。なぜなら相手は
自分が苦労して手に入れた情報を頭から信じるからだ﹂
 彼の背後に扇状に獣人種族がメインの男達が包囲するように広が
る。
 彼らはギギさんが管理する直属の部下達なんだろう。
 目には絶対に奥様を逃がそうとはしない、雇われたプロの光が輝
いていた。
 そんな彼らをギギさんが率いて、オレ達の妨害をしている。
 目の前に敵として立っている筈なのに、まだオレは嘘偽り、偽物

672
なんじゃないかと考えてしまっている。
﹁⋮⋮どうしてギギさんがそっちにいるんですか? どんな理由が
あって旦那様、奥様、メリーさん達使用人やお嬢様を裏切ったんで
すかッ﹂
 数ヶ月振りに再会して初めて出てきた言葉は、罵詈雑言ではなく
理由を問い詰めるものだった。
 きっと、知り合いや友人を人質に取られて無理矢理、裏切させて
いるんだ。
 ギギさんは、無口で見た目は怖いがブラッド家を誰よりも大切に
思っている1人。
 お嬢様の心配をして色々策を講じたり、付き添ったりした。そん
な彼が本当に裏切るはずが無い!
 だが、彼の返答は相変わらず抑制の無い淡々としたものだった。
﹁話すのはかまわんが、いいのか? 敵は俺達だけではないだろう﹂
 ギギさんが後ろを指す。
 煙幕はすでに晴れ、煙に巻き込まれていなかったヴァンパイア達
が距離を詰めてくる。
 前門の狼、後門のヴァンパイアか。
﹁リュートくん⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そうですね。理由を聞く前にやることがありますよね。まず
はここを無事抜けて、奥様を安全な場所へお連れしないと﹂
﹁出来れば、だがな﹂

673
 ギギさん&部下達は油断ない構えを取る。
 背後には煙から逃れていたヴァンパイア達が追いつき塞いでいた。
 普通に考えれば、オレ達の逃げ場は無い。
 だが、オレはまったく焦らず左腕を高く上げ、ぐるぐると回し合
図を送る。
 オレとスノー以外は意図が分からず、疑問の表情を浮かべた。
﹁んだ、降参の合図か? だったらそうじゃなくてまず抱えている
人質をだな︱︱んぎゃぁああぁッ!﹂
 何かの破裂音。
 同時にギギさんの側に立っていた獣人の男が突然、その場に倒れ
る。
 左足の太股に穴が空き血を撒き散らす。
 ダンッ。
﹁がぁあッ!?﹂
 さらに隣の男も同様に倒れ込み足を押さえる。
 今度は右足の太股だ。
﹁スノー!﹂
﹁了解!﹂
 オレとスノーだけが、困惑せず男達が倒れて出来た穴を素早く突
っ切り包囲網を脱出する。

674
﹁追え! 絶対に逃がすな!﹂
 唯一、ギギさんだけが突然の事態に反応して、逃げるオレ達の背
を追うよう指示を出すが︱︱
 ダンッ。
 その指示に反射的に反応して走り出した男が、足を抱えて倒れ込
む。
 再び不可視の攻撃。
 ギギさんはまず攻撃の正体を探るため目に魔力を集中しているよ
うだ。
﹁!? あれはお嬢様か!﹂
 そして気付く。
 はるか遠く、約500メートル先︱︱森と平地の境界線。
 魔術で強化した視力でしか確認できない距離に。
 お嬢様が膝立ち姿勢で黒く長い筒状の武器らしき物を抱えている。
しっしゃ
 膝射という射撃姿勢だ。
 発砲する度、初速約838m/秒の﹃7・62mm×51 NA
TO弾﹄が襲いかかる。
 彼らは知らない。
 今自分達がどれほど恐ろしい怪物の前に立っているのかを⋮⋮。

675
 オレ達側の切り札︱︱クリス・ゲート・ブラッドの才能が花開く
︱︱!
第45話 開花︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月31日、21時更新予定です。
676
第46話 ライフルマンの誓い
 はるか遠く、約500メートル先︱︱クリスが膝立ち姿勢で黒く
長い筒状の武器らしき物を抱えている。
 ギギはそれを魔術で強化した視力で確認し、味方に指示を出そう
とするが、
 ︱︱ダンッ。
﹁がぁぁあッ!﹂
 再び破裂音。
 ほぼ同時にリュート達の後を駆け出したヴァンパイアの1人が腹
を抱えて倒れ込む。
 弾丸による攻撃。

677
︵これで確定だ。どんな魔術か魔術道具か分からないが、星明かり
もない暗闇の中、500メートル先から攻撃出来るらしいな︶
 ギギは冷静に分析して、その驚異的な射程の長さ、精密さ、魔力
を感じないのに致死的な攻撃を放つ脅威に戦慄する。
︵クソ! あんな凶悪な物、長く生きてきて初めて見たぞ。今はク
リスお嬢様が手加減してくれているから足や腹で済んでいるが、こ
れが頭部だったら1発で即死。自分が死んだと認識する暇もなく殺
される︶
 しかもギギがどれだけ意識を集中しても、魔力の流れ・発生を感
知出来ない。これでは魔術師でも不意を突かれたら気付かずに殺す
ことができる。
 極悪過ぎる武器にギギは背筋を震わせた。
 幸いなことに連射は出来ないらしい。
 破裂音が響く度に、クリスが手を動かし何かレバーのような物を
前後させている。
 また間隔を開け破裂音が響いてくるのが証拠だ。
 ギギはすぐさま指示を飛ばす。
﹁敵の攻撃、約500m先! 攻撃方法は未知の魔術か、魔術道具
によるもの! 連射は不可能! 半数は負傷者の救護。半数は俺に
続け!﹂

678
 警備担当者ギギの指示に、プロである彼らもすぐさま行動する。
 指示通り半数は救護に周り、半数はリュート達の追撃に回る。
 追撃者の人数は獣人&ヴァンパイアで10数人ほど。
 全員が修羅場を潜ってきた魔術師Bマイナス級以上の猛者達だ。
﹁狙いを絞らせるな、回避運動をとりながら前進せよ!﹂
 ギギの指示に矢を回避するように左右に動きながら、リュート達
の後を追う。
 相手との距離は200∼250mほど。
 ギギ達は狙いを絞らせないためジグザグ運動で進んでいるため差
は進行形で開いているが、今からでも十分追いつくことは可能な距
離だ。
 さらに、森の中は夜目が利く獣人やヴァンパイアのほうが有利。
 しかもセラスの首には魔術防止首輪が嵌められている。
 これが付いている間はどこにいるのか位置を把握することができ
るし、専用の鍵以外で外そうとしたら相手が死ぬ魔術が込められて
いる。
 いくら一時距離を離されたとしても、セラスを取り逃がすことは
無い。
 しかも相手の戦力はリュート、クリス、白い魔術師︱︱スノー。
 ギギは長年の勘から、スノーが内に秘める魔力、魔術師としての
立ち振る舞いからだいたいの実力値を割り出していた。
 厄介そうな相手だが、集団で襲えば倒すことは不可能ではない。

679
 リュート、クリスには魔術師としての才能がないが、妙な魔術道
具で武装している。
︵確かに不可視攻撃する魔術道具は厄介。だが、あれほどの強力さ。
そう何度も使えるとは思えん︶
 ギギの予想通り、リュート&クリスには弾数の制限がある。
 彼は自分達の魔力量で強引にねじ伏せるのはそう難しくないと確
信していた。
 また相手に予備戦力があったとしても、その時は足止めに専念す
ればいい。
 負傷から回復した仲間が集まるまでの時間稼ぎをすればいいのだ。
︵つまりこの逃走劇は、最初から俺達の勝ちが決まっている鬼ごっ
このようなものか︶
 ギギは奥歯を噛みしめ、前を走る背中を睨み付けた。
 リュート、スノー&セラスが森へと入る。
 少し遅れてクリスが狙撃を中断し、後に続いた。
 約200メートル遅れてギギ達が森へと入り込む。
 リュート達にとってそこは知り尽くしている森の中だが、ギギ達
にとってもそこは勝手知ったる庭のような場所だ。
 森が側にあるのに把握していないプロがいる筈が無い。
﹁ぐあぁ!﹂

680
 しかし最初の悲鳴は追撃者の中から上がる。
﹁どうした!?﹂
﹁あ、足が! 足に何か刺さりやがった!﹂
 獣人の革靴を貫通し、釣り針のように返しが付いた細い刃が臑の
半分が埋まる程度の落とし穴に設置されていた。
 細いが頑丈で、体重と勢いで楽に靴底と足を貫通している。
﹁ぐげぇ!?﹂
﹁こ、こっちも! ダルダが喉を押さえてのたうっている! こ、
これは⋮⋮細い金属の糸が張ってあるぞ!?﹂
﹁ちくしょう! 奴ら! この森を罠だらけに変えやがッたんだ!﹂
 ダルダと呼ばれたヴァンパイア族の若い男が、喉から鮮血を流し
地面に転がり藻掻く。
 仲間が慌てて治癒魔術をかけるが、銀が含まれているようだ。
アンチシルバードラッグ
 仲間が反銀薬を慌てて飲ませる。
 10メートルも進まないうちに負傷者は2名。
 勝手を知っていた筈の森は、まるでベトナムのジャングルのよう
に罠が多数張り巡らされていた。
 狼狽える部下達にギギが叱責を飛ばす。
﹁落ち着け! 素人の罠だ! 注意して進めばひっかかることはな
い!﹂
 彼らも昔やったことも、やられたこともある手。
 進路上に罠を張り相手の進行を遅らせるのだ。

681
 ギギ達は慎重な足取りで、罠を回避しながら進む。
 ︱︱ダンッ。
﹁ぐがぁ!﹂
 慎重に罠を探り解除していた男が、﹃7・62mm×51 NA
TO弾﹄で肩を撃ち砕かれ倒れる。
﹁伏せろ! さっきと同じ不可視の攻撃だ! 伏せろ!﹂
 ギギの指示に男達がその場に這い蹲るが、悲鳴は止まない。
 ︱︱ダンッ。
﹁ああぁッ!﹂
 ︱︱ダンッ。
﹁がぁッ!﹂
﹁どうして! 伏せているのにどうして攻撃が当たるんだよ!﹂
 ギギの側にいた男が半狂乱で喚き出す。
︵恐らくお嬢様は自分達より高い位置にいて、見下ろしているんだ︶
 森は緩やかな丘を描き傾斜がある。
 例え伏せても高い位置から狙われれば弾丸を当てることは難しく
ない。

682
︵分からないのは星明かりも無い暗い森の中、どうして自分達の位
置がこうまで正確に把握されているかだ⋮⋮︶
 ギギの脳内を落雷に似た閃きが走り抜ける。
﹁!? 肉体強化術を解除しろ! 魔力を探知されて狙われている
んだ!﹂
 ギギの言葉に男達はすぐさま術を解除する。
 冷静に考えれば分かる理由だ。
 クリスの魔力は距離が離れているのと、使用量が小さいため感知
が曖昧。ギギの側から位置を把握するのは難しい。
 ギギと部下達は再び立ち上がり、罠に気を付けながら前進する⋮
⋮が、
 ︱︱ダンッ。
﹁ぐあぁあッ!﹂
 ギギの側にいた男の肩を砕き、鮮血を撒き散らす。
﹁痛い! 痛い! どうして! 俺は確かに魔術を切ったのに! 
どうして!?﹂
﹁落ち着け! 落ち着いて治癒魔術に専念しろ!﹂
﹁んぎぎぎぎ︱︱﹂
 男は意識を集中しようとする。
 ギギの鼻先を背筋が氷る風切り音が聞こえた。

683
﹁あぁぁッ!﹂
 治癒魔術を施そうとした男の足が跳ねる。
 太股を撃ち抜かれたのだ。
 ︱︱ダンッ。
﹁あああぁ!!!﹂
 次は反対側の足を撃ち抜かれる。
﹁ちくしょう! チクショウ!!! どうして俺だけぇぇッ! 止
めてくれよぉ!﹂
 男は涙、鼻水、涎でぐちょぐちょになりながら今まで味わったこ
とがない痛みに悶絶する。
 恐怖が伝染した。
 クリスがその気になればこんな風になぶり殺しにすることだって
できるのだ︱︱と、目の前で悶絶する男を使って森に入ったギギを
含めた全員に警告しているのだ。
 そうするだけの理由も彼女には十分ある。
 男達の士気が目に見えて低下する。
 ギギは額に冷たい汗を流しながら、必死にある疑問を考えていた。
︵なぜ彼女は星明かりも無い暗闇の中、自分達の位置を正確に把握
して攻撃をしかけられるんだ?︶

684
 魔術を使って探られている気配は無し。
 自分達も魔術は使っていないから探知されることもないはず⋮⋮
︵!? そうか単純な目視でこちらの位置を把握しているのか!?︶
 ギギは知っている。
 クリスの視力と夜目は、ヴァンパイアの中でも飛び抜けて高いこ
とを。
 過去、弓で暗闇の中舞う大蝙蝠を撃ち落としたほどの天才、天凜、
天賦の持ち主。
 あの不可視の長距離攻撃を可能とする魔術道具を持った彼女は、
まさに水を得た魚だ。
 ギギは今更ながら心底肝を冷やす。
︵お嬢様に才能が無い? 冗談じゃない! 旦那様よりやっかいだ
ぞ!︶
 ダン・ゲート・ブラッドは確かに強い。
 だが、ただ強いだけだ。
 もしギギが正面からダンと戦うことになったら、全力で逃げれば
いい。
 逃げて、姿を隠せば殺される心配は無い。
 ダンから︱︱一握りの天才が辿り着ける魔術師A級から逃げるだ
けの強さが自分にはあると自負している。
︵しかしお嬢様の才能、強さはそれ以上だ⋮⋮!︶

685
 魔力を察知できず、遠距離から即死させるほどの力を持った攻撃
ができる。
 自分が何時、死んだのかも分からないほどの!
 どれほど強くても、逃げても気を抜いた刹那、頭部が赤苺を潰し
たように飛び散る可能性がある。
 つまり、クリスと戦った場合、例えその場から逃げられたとして
も何時殺されるか分からない恐怖に震えなければならない。
 どちらが怖いかなど一目瞭然だ。
 その事実にギギのみではなく、部下達も気付き震え上がる。
 何時、彼女が気まぐれを起こし、頭部に穴が空くか分からない。
 死神の手が、その場にいる全員の頬を優しく撫でる。
 雲間が途切れ星明かりが、まるでスポットライトのように森の一
角を照らし出す。
 その光の下、クリス・ゲート・ブラッドがM700Pを抱え立っ
ていた。
 ギギ達から距離にして約200メートル以上ある。
 彼女はM700Pを抱き締め、トラウマで喋れなくなった喉を懸
命に動かし歌を紡ぐように唇を動かしていた。
 声は聞こえない。

686
 ただその場にいる男達全員が彼女に目を奪われ、動きを止めた。
 クリスは喉と唇を動かし続ける。
 ギギ達は知らない。
 今、彼女が口ずさんでいるのは、リュートから教わったアメリカ
海兵隊で唱えられている﹃Rifleman’s Creed︽ラ
イフルマンの誓い︾﹄だということを。
 前世、堀田葉太だった頃、リュートは英語が苦手科目だった。
 しかし、この﹃Rifleman’s Creed︽ライフルマ
ンの誓い︾﹄だけは、格好良いと惚れ込んで一生懸命暗記したのだ。
 それをクリスに聞かせた所、彼女も妙に気に入って覚えてしまっ
た。
 彼女はイジメのトラウマで声を発することは出来ないが、この﹃
Rifleman’s Creed︽ライフルマンの誓い︾﹄を口
ずさむと集中力が増し、命中率が向上すると彼女は力説したのだっ
た。
 彼女は口ずさむ。
﹃これぞ我がライフル。世に多くの似たものあれど、これぞ我唯一
のもの︽This is my rifle. There ar
e many like it, but this one i
s mine︾﹄
﹃我がライフルこそ、我が親友、そして我が命。我は己の命を統べ
るかのようにそれを意のままとする︽My rifle is m
y best friend. It is my life.

687
I must master it as I must mas
ter my life︾﹄
﹃我がライフルは我無くしては無意味。ライフルを持たぬ我も無意
味。我は正しくライフルを解き放つべし。我は我を殺めんとする敵
よりも正しくその身を射貫くべし。我は敵を撃つべし、敵が我を討
つその前に︽My rifle, without me, is
useless. Without my rifle, I
am useless. I must fire my rif
le true. I must shoot straight
er than my enemy who is trying
to kill me. I must shoot him
before he shoots me. I will⋮⋮︾﹄
﹃我がライフルと我は知る、この戦争にて大切なものは、我々が放
った弾丸、我々が起こした爆発音、我々によって作られた煙、その
何れでも無いことを。我々は理解する︱︱それは数発の命中である
ということを︽My rifle and myself kno
w that what counts in this war
is not the rounds we fire, th
e noise of our burst, nor the
smoke we make. We know that it
is the hits that count. We wi
ll hit⋮⋮︾﹄
﹃我がライフルは我と同じく人である。それは我が命そのもの、そ
して我が兄弟。我は、その弱さ、その強さ、その部品、その付属品、
その照準器、そして銃身︱︱それら全てを知るであろう。我は我自
身をそうするように、ライフルを清潔にし万全に保ち、我らは互い
にその一部となる︽My rifle is human, ev

688
en as I, because it is my life.
Thus, I will learn it as a br
other. I will learn its weakne
sses, its strength, its parts,
its accessories, its sights a
nd its barrel. I will keep my
rifle clean and ready. We wil
l become part of each other. W
e will︾﹄
﹃神の前に、我は我が信仰を誓う。我がライフルそして我は我が家
の守護者なり。我々は敵を打ち倒す者、我が命の救済者なり︽Be
fore God, I swear this creed.
My rifle and I are the defende
rs of my family. We are the ma
sters of our enemy. We are the
saviors of my life︾﹄
﹃そう、勝利は我々のもの。そして我々の勝利の後、敵なき世界が
訪れるであろう︽So be it, until victor
y is ours and there is no enem
y︾﹄
 自分達に死を与えるかもしれない少女が声無く囀る。
 彼らには、少女が何を囁いているのか解らない。
 星明かりに輝く金髪は美しく、子供特有のあどけない表情は庇護
欲を掻き立てるほど可愛らしい。

689
 なのに自分達を一瞬で肉塊に出来る真っ黒な魔術道具を、我が子
のように大切に抱きかかえている。
 白と黒。
 光と闇。
 生と死。
 この世の全てがあの場に存在すると錯覚してしまうほど幻想的で、
畏怖的だった。
﹁ひゃぁぁあぁぁぁッ!!!﹂
 恐怖に耐えきれず、1人の男が背を向け駆け出す。
﹁や、やってられるか! こんなのいくら金を積まれても割にあわ
ねぇよ!﹂
 肉体強化術で全開まで補強した足で森を抜け出そうとするが、
 ︱︱ダンッ!
﹁がぁあああッ!﹂
 クリスは容赦なく、背後から太股を撃ち抜く。
 いくら肉体強化術で駆け出しても、音速の約2倍に達する弾丸か
ら逃れる術は無い。
 クリスがボルトを前後。
 チン︱︱っと、空薬莢が偶然、地面に埋まった石にぶつかり清ん
だ金属音が幕を閉じるベルのように鳴る。

690
 分厚い雲が再び星明かりを閉ざす。
 クリスの姿は闇に溶けて消えた。
 暫しの静寂。
 これをチャンスと捉え、また1人ギギの部下が無謀にも逃走を試
みる。
﹁⋮⋮ぎゃぁあッ!!!﹂
肉体強化術で素早く矢のように走り出したというのに、まるで
糸で結ばれたように弾丸が腹部を貫く。
 クリスはここから逃げることすら許さない。
 しかも、破裂音は先程よりさらに遠くなっている。
 クリスは後退しながらも、自分達に睨みを利かせているのだ。
﹁ふっ、ふっ、ふっ⋮⋮﹂
 ギギ達の呼吸が短く荒くなる。
 恐怖を感じているのだ。
 勝ちが決まった鬼ごっこなどではない。
 自分達はまんまと怪物の口の中、死地へと誘い込まれたのだ。
︵だが、まだ俺達の負けじゃない。最終的に奥様の身柄を押さえれ
ば俺達の勝ちなんだ︶
 魔術防止首輪が付いている限り、いつでもギギ達はセラスの居場
所を把握することができる。

691
︵まずはどうにかしてここを抜け出す。そして奥様の現在地を把握
して襲撃をかけるんだ︱︱ッ︶
 ギギは折れかけた気持ちを立て直し、意識を切り替える。
 どうやって森から出るか思案していると、天高くあがり破裂する
光。
 リュートによる﹃首輪を外した﹄という、クリスに知らせる撤退
の合図だとはギギ達には分からなかった。
 暫くしてクリスの気配が完全に消える。
 そしてギギ達がその事に気付いたのは、30分ほど経った後だっ
た。
692
第46話 ライフルマンの誓い︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月1日、21時更新予定です。
今年は色々ありましたが、こうして皆さんに読んで貰い感想を頂き、
本当に嬉しく思っております。
来年も頑張って更新しますので、是非﹃軍オタ﹄を宜しくお願いし
ます。
それでは、よいお年を

693
第47話 ヴァンパイア
 時間は少しだけ遡る。
﹁リュートくん、大丈夫? 少し速度落とす?﹂
﹁だ、大丈夫⋮⋮まだ行けるから﹂
 オレ達はお嬢様に足止めを任せて、森を駆け抜ける。
 オレの魔力は現時点で残り三分の一を切っていた。
 スノーは魔術を使い、奥様を抱えながら走っているのに魔力の衰
えを感じない。
 これが魔術師としての才覚の有無の差か。
 奥様がオレ達を気遣い溜息を漏らす。

694
﹁この首輪さえなければわたくしも自分の足で走れるのだけれど﹂
﹁お気になさらず、それにもうすぐ森を抜けますから﹂
 オレの言葉通りようやく森を抜ける。
 切り立った崖を飛び降りると、予定ポイントに幌馬車が停車して
いた。
 よし、打ち合わせ通りだ。
 幌馬車内に入ると、メイヤが出迎えてくる。
﹁お帰りなさいませリュート様! 無事、恩人を救い出すことが出
来たようですわね﹂
﹁メイヤ、後は頼む。スノーは彼女の手伝いをしてくれ。今は作戦
行動中なんだから2人とも仲良くするんだぞ?﹂
﹁むぅー、分かってるよ﹂
 特にスノーに対して釘を刺す。
 彼女はオレの注意に唇を尖らせた。
 オレは息を切らせながら、従者台に座り角馬に鞭を入れる。
 何時までもこんな場所にいる理由は無い。
 幌馬車内ではメイヤが奥様と会話を始める。
﹁初めまして奥様。わたくしはリュート様の一番弟子メイヤ・ドラ
グーンと申します﹂
﹁これはご丁寧に、セラス・ゲート・ブラッドよ。ご助力頂きまし
て誠に感謝いたしますわ。メイヤ︱︱あの天才魔術道具開発者がな
ぜ魔人大陸に?﹂

695
﹁全てはリュート様の御心のままにですわ﹂
﹁メイヤさんもリュートの婚約者なのかしら?﹂
﹁こ、婚約者ですか!? い、いえ、そんな畏れおおい! ですが
求められたら断れないといいますか。むしろ、わたくしとしてはお
断りする理由などまったくないのですが﹂
 メイヤは乙女の表情で顔を赤くし、指先を合わせてクネクネと動
かす。
 いや、そういうのはいいから、早く魔術防止首輪を外す準備に取
り掛かって欲しいんだが⋮⋮。
﹁むぅ∼∼∼違うよ! この人はリュートくんの婚約者なんかじゃ
ないよ! リュートくんの悪口言うし!﹂
 奥様の発言にスノーが頬を膨らませて怒り出す。
 彼女の発言に後頭部をハンマーで殴られたようにメイヤが倒れ込
む。
﹁うぅうぅ、あの頃はまだリュート様のご威光に触れていない故、
無知だったんですわ⋮⋮と、兎に角、今は奥様の首輪を外させて頂
きますわね﹂
﹁首輪を? でも鍵で解錠しなければ魔術の呪いで死んでしまうわ
よ﹂
﹁ですが、首輪をしたままだと敵に位置を特定され続けてしまいま
すわ﹂
﹁あら、首輪にそんな機能もあったのね﹂
﹁はい、ですから何時襲撃を受けるか分かりません。ですから外さ
せて頂くのですわ。もちろんわたくしはリュート様の次に天才の魔
術道具開発者メイヤ・ドラグーン! この程度の首輪を外すのなど
造作もありませんわ。ですからご安心を﹂

696
 ただ、と彼女が付け足す。
﹁解錠には約30分ほど時間がかかりますわ﹂
 メイヤほど魔術道具に精通し、専門の道具を用意しても30分も
かかるのか⋮⋮。
 素人が魔術防止首輪を外すのはやっぱり不可能なんだな。
﹁その間に襲撃されることはありませんの?﹂
﹁それは大丈夫です。今、クリスちゃんが敵を足止めしてくれてま
すから!﹂
 スノーは元気よく答える。
 奥様の口調に心配の色が浮かぶ。
 自身の安全より、娘の身を心配した口調だった。
﹁やっぱりあれは見間違えではなかったのね。あの子がギギたちを
足止めなんて出来るのかしら﹂
﹁出来ますよ! だってクリスちゃんはとっても強くなりましたか
ら!﹂
 スノーが奥様の心配を払拭するように快活に答える。
 オレもスノーと同意見だ。
 むしろやりすぎていないか心配なほどだ。
 お嬢様に才能があるとは思っていたが、こちらの想像以上だった。
 特に夜戦。
 肉体強化術を使わず元の視力と夜目で、的確に的を撃ち抜くさま

697
は驚愕の一言だった。
 前世の世界、アメリカ軍で使われているスラングで、夜に獲物を
狩る狙撃手のことを﹃ヴァンパイア﹄と呼ぶ。
 夜戦でもっとも力を発揮するお嬢様はまさに﹃ヴァンパイア﹄だ。
﹁それでは始めますね。横になって頂いても?﹂
 メイヤの指示で奥様が荷台で横になる。
﹁明かりをお願いします﹂
 スノーは魔力で馬車内を明るくする。
 メイヤは道具を手に首輪の解体を開始した。
 ︱︱宣言通りメイヤは首輪を30分で解錠してしまう。
 彼女は首輪を無造作に外へと投げ捨てる。
﹁リュートくん、クリスちゃんに撤退の合図を出すね﹂
﹁任せた﹂
 スノーは馬車から身を乗り出し腕を真上へ伸ばした。
 魔術で派手な破裂する光を上げる。
 それから約1時間後。
 ギギ達が、魔術防止首輪がある位置まで急行する。

698
 だが、そこには魔術防止首輪だけが街道に落ちているだけだった。
 彼らは奥様を取り逃がしてしまったのだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレ達が辿り着いた場所は、メイヤが懇意にしている魔石商の屋
敷だ。
 夜戦を終えて戻ってきたお嬢様が、奥様と約数ヶ月ぶりに対面す
る。
﹁⋮⋮ッ!﹂
 お嬢様は野戦服姿のまま、久しぶりに対面した母親の胸に飛び込
む。
 奥様は優しく何度も彼女の頭を撫でた。
﹁ありがとうクリス。母を助けてくれて﹂
﹃みなさんのお力がなかったら、私1人では何もできませんでした﹄
 魔術ミニ黒板に文字を書く。
﹁そうね。皆様、あらためてブラッド家を代表してお礼を申し上げ
ます﹂
 奥様はその場にいる皆︱︱オレ、スノー、メイヤに頭を下げた。

699
﹁奥様、自分はブラッド家の執事ですから。当然のことをしたまで
です﹂
﹁だとしたら当家にとって、リュートを迎えることが出来たのは本
当に僥倖だったわ﹂
﹁メリーさん達には奥様救出成功の報告を出していますが、面会は
手打ちが終わってからになります。居場所を知られて襲撃を受け、
再度奥様やお嬢様が攫われるのを防ぐためです﹂
 敵は憎いが、お家騒動の側面もある以上、皆殺しにする訳にはい
かない。
 人質がもう居ないため、向こうも打つ手は無い。
 こちらの武力を抑止力として見せつけ一旦手打ちにした後、旦那
様を探し出し、その後に再度旦那様に対処を任せるのが良いだろう。
﹁そう。でも、今後はどうするつもり? わたくしが無事なら、夫
が遠慮なく力を振るえるけれど⋮⋮あの人は今、どこかに奴隷とし
て売られてしまったと聞いているわ。あの人達を押さえる抑止力は
現在ないのだけど﹂
﹃お母様は、お父様がどこに売られたのかご存じないのですか?﹄
﹁ええ、ごめんなさい。力がない母で﹂
﹃そんなことありません! でもお父様は無事なのでしょうか⋮⋮﹄
﹁その点は心配ないわ。だってあの人ですもの。ドラゴンの体当た
りを受けても傷1つ付かなかったもの﹂
 うわぁー、その姿が簡単に想像できる。
 気持ちを切り替え話をする。

700
﹁抑止力に関してはお嬢様がいらっしゃるので問題ありません。な
ので相手との交渉を近日中におこないたいと思います﹂
﹁クリスが?﹂
﹁はい。お嬢様こそ我々の抑止力、切り札です﹂
 リュートはお嬢様に向き直る。
﹁ちなみにお嬢様、今回使ってみてスナイパーライフルに問題はあ
りませんでしたか?﹂
パウダー トリガー
﹃弾薬の発射薬がまだ弱い気がします。あと引鉄のキレがまだちょ
っと甘くて弾丸がイメージと若干ずれるので調整よろしくお願いし
ます﹄
﹁くっ、か、かしこまりました﹂
 短時間とはいえ、かなり頑張って完成させたスナイパーライフル
だったが、お嬢様はまだまだだと駄目出しをしてくる。
﹁分かりました。では、手打ち式の日までには調整させて頂きます。
一応、現状のものでパフォーマンスを演じて頂くことも考えておい
てください﹂
﹃分かりました﹄
 メイヤが割ってはいる。
﹁そろそろ日が昇る時間。湯浴みとお食事どちらの準備をなさいま
すか?﹂
﹁では、遠慮無くご厚意を承ります。湯浴みをお願いしますわ。娘
と久しぶりにゆっくり入りたいかと。いいわよね、クリス?﹂
﹃はい、お母様﹄

701
 お嬢様はにこにこ笑顔でミニ黒板を持ち上げる。
 久しぶりの親子水入らず、オレたちは気を利かせて部屋を後にし
た。
第47話 ヴァンパイア︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月2日、21時更新予定です。
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。頑張って更新して行きたいと思いま
す!
また46話﹃ライフルマンの誓い﹄に関してメール、感想等でご連
絡してくださった方々、ありがとうございます。
﹃ライフルマンの誓い﹄は書いた方︵William H. Ru
pertus氏︶が1945年にお亡くなりになっています。また
英語訳︵かなり意訳ですが⋮⋮︶は自分でやっております。

702
また年始めから嬉しいお知らせがあります。1月10日、発売のコ
ンプティーク2月号にてネット発のコンテンツを紹介する記事で︵
かなり小さいようではありますが︶﹃軍オタ﹄が紹介されるそうで
す。
もし機会があればチェックして頂けると幸いです。
ちなみに今回の47話に出てくるスラングを言いたいがために、お
嬢様を﹃ヴァンパイア﹄と設定しました。目標が達成出来てよかっ
たです。
また誤字脱字のご報告誠にありがとうございます。
近日中に修正したいと思います。
それでは何卒今年も宜しくお願いします。
いつも読んで下さって誠にありがとうございます、今年も頑張りま
す!
703
第48話 手打ち式
 奥様を救出して約半月後。
 クリスお嬢様&奥様とヴァンパイア当主の間で話し合いの場が設
けられた。
 場所はクリスお嬢様の友人、ケンタウロス族カレン・ビショップ
の屋敷。
 その訓練場でおこなわれた。
 サッカーグラウンドが楽に3つは入るほど訓練場は広い。
 さすがに武器商人だけのことはある。
 日頃はここで私兵の傭兵達が訓練に励んでいるらしいが、現在そ
の姿は無い。

704
 訓練場には簡素な椅子が向かい合わせに2つずつ、計4つ並べら
れている。
 上座に位置する場所には、木製のテーブルが置かれていた。
 その上に見慣れない秤が並び、異彩を放っている。
 片側の椅子にブラッド家︱︱奥様とお嬢様が座り、彼女達の背後
にオレ、メリーさん、メルセさんが並び立つ。
 反対側にでっぷりと太ったヴァンパイア族当主の長兄ピュルッケ
ネン・ブラッドと、痩せて細長い次男のラビノが座り、背後にギギ
さんと他2名の護衛者が立っている。
 上座に当たる場所にカレンが立会人&司会進行役としてその場に
居た。
 通常、このような話し合いの場は室内でおこなわれる。
 だが今回はブラッド伯爵家の提案で野外で話し合いの場が持たれ
たのだ。
 天気は相変わらず曇りだが、風もなく、気温も程よく暖かい。
 外での話し合いに特別支障はなさそうだ。
 誰もが押し黙る中、カレンが皆を見回し、司会役を務める。
﹁ではこれより、ヴァンパイア族ブラッド家に属する者達による話
し合いを始めたいと思います。立会人はホース家、長女カレンが務
めさせて頂きます。この場での暴力、それに準ずる行為をした場合、
ホース家と敵対関係になることをお忘れなく﹂
 ホース家はこの街でトップクラスの戦闘集団を抱えている。

705
 ホース家を敵に回す意味が分からない者はいないだろう。
 ヴァンパイア族当主ピュルッケネンが手を挙げる。
﹁この話し合いでホース家が、ブラット家の肩を意図的に持った場
合はどうするのかね?﹂
﹁ホース家の名に誓って、公平さを欠く事は絶対にありません。も
し不当に一方の利益を優先した場合、多額の賠償金・納得いただけ
る諸権利を差し出す所存です。またそのような不正を防ぐため﹃真
実の秤﹄も持参させていただきました﹂
﹃真実の秤﹄。
 魔術道具だ。
 秤の両端に羽を置く。片方が白で、片方が黒。
 秤に手のひらをかざし、公平に執り行うことを責任者、今回はカ
レンが宣言をした場合︱︱もし彼女が一方的にお嬢様の肩を持つよ
うであれば、白い羽の方に傾く。反対にヴァンパイア族の肩を持て
ば黒い羽の方に傾く。それ以外のことでは絶対に秤や羽は動かない。
 裁判などでも使われているらしい。
﹁確認しても?﹂
﹁はい、かまいません﹂
﹁おい、ラビノ!﹂
﹁ああ、兄者﹂
 2人は立ち上がり、﹃真実の秤﹄が本物かどうか確認する。
 手で持ち裏側を見たり、羽を触ったり、手のひらをかざしてちゃ
んと魔力が篭もっていることも確認する。

706
 満足行くまで確かめると席に戻った。
﹁ブラッド家の方々、ご確認は?﹂
﹁わたくし達の方は問題ありませんわ﹂
 お嬢様も頷き辞退する。
﹁では、これより会合を開かせていただきます﹂
 カレンが手のひらを真実の秤にかざす。
﹁カレン・ホースは一切の私情を捨て、公平に会合を進行すること
を誓います﹂
 真実の秤が淡く発光する。均衡はもちろん保たれたままだ。
 これで準備は万全。
 最初に口火を切ったのはヴァンパイア族当主のピュルッケネン・
ブラッドだ。
﹁我々はヴァンパイア族当主、そしてブラッド伯爵家家長代理とし
て約半月前の深夜襲撃は許すことは出来ない! 今すぐ法と秩序を
守る警備兵に突き出したいぐらいだ! しかし我々も鬼ではない。
ヴァンパイア族の家名に泥を塗るようなマネはしたくない。だから、
手打ちとしてセラス・ゲート・ブラッドとクリス・ゲート・ブラッ
ドの身柄引き渡しを要求する。もしこの条件を受け入れれば、今回
は矛を収めよう﹂
﹁さすが兄者だ、その通りだ!﹂
 ピュルッケネンはまるで自分が正義の使者のような態度で椅子に

707
踏ん反り返る。
 次男のラビノは相変わらず追従しかしない。
 この条件を奥様は一蹴する。
﹁わたくし達は貴方のような人をブラッド伯爵家家長代理などに認
めた覚えはありません。人質を取り家長の座を掠め取った盗人など
を⋮⋮ッ﹂
﹁ふん! あれは家督争いで起きた不幸な事故のようなものだ。だ
いたい家督争い自体、魔人種族内ではありふれた一族内のごたごた、
他種族でもよくある話だ。恨まれる筋合いはない﹂
 ピュルッケネンは人質に取った張本人に罵られても、余裕の態度
を崩さない。
 まったく面の皮が厚いやつだ。
 さらにピュルッケネンは畳みかける。
﹁第一、ブラッド伯爵家の現家長は運悪く奴隷に落ちて現在は行方
不明だそうじゃないか。だからこそ我々は親切心で家長の座に納ま
ってやって居るんだ。感謝こそすれ、罵られるとは心外の極みだよ﹂
﹁⋮⋮それなら問題はありませんわ。家督はうちの娘、クリス・ゲ
ート・ブラッドに相続させますから﹂
 この台詞にさすがのピュルッケネンも狼狽する。
 彼は唾を飛ばし、罵声を浴びせた。
﹁馬鹿な! 家長がいない今、勝手に家督を引き継がせるとは!?
 しかも魔術師としての才覚も無い、無能の小娘に! 子供にブラ

708
ッド家の家長など勤まるわけがないだろうが!﹂
 今度は逆に奥様が余裕の態度を崩さない。
﹁運悪く主人は奴隷に身を落として現在は行方不明中。ですからわ
たくしの判断で娘に家督を継がせると判断したのですわ。もし仮に
主人がここにいたら反対しないでしょう。そして確かにまだ娘は1
2歳。成人までの15歳には少々時間があります。なのでその期間
は力不足ではありますが、わたくしが家長代理を務めさせて頂きま
すわ﹂
 ヴァンパイア家当主、ピュルッケネンと次男ラビノの顔色が赤く
なったり、青くなったりする。
 自分の発言を利用され反論されてしまった。
 投げたブーメランが自分に刺さった形になる。
 奥様はさらに追い打ちをかけた。
﹁それに娘は確かに魔術師としての才能はありません。しかしブラ
ッド家の家督を継ぐだけの才覚はありますわ﹂
﹁こ、言葉だけ並べるなら子供でも出来るわ! 我々が納得するだ
けの証拠を見せてみろ! 証拠を!﹂
 ピュルッケネンはようやく見付けた反論の箇所に駄犬のように食
いつく。
 そのエサが致死毒性を含んだ物とも知らずにだ。
﹁それでは証明してみせましょう。カレンさん、証明のためある魔
術道具の実演を行いたいのですが、よろしいですか?﹂
﹁私は構いません。ピュルッケネン様、問題はありませんね?﹂

709
 もちろんピュルッケネン側が拒否する理由がない。
 カレンは同意を取り付けると、許可を出した。
 彼女の合図にオレが﹃ある魔術道具﹄を持ってくるため、その場
を一時離れる。
 カレンの屋敷から金属ケースを丁寧に抱えて持ち運んでくる。
 さらにカレンの家の使用人達が、約300メートル先に木で出来
た人形を運び、金属製の甲冑一式を着せる。
﹁﹁?﹂﹂
 ヴァンパイア族当主&次男は首を傾げた。
 ギギ達は襲撃の夜を思い出したのか、大量の冷や汗を浮かべ震え
上がる。
 お嬢様は慣れた手つきでM700Pを取り出す。
 弾倉を詰め込み、ボルトを前後させる。
 スコープは無し。
 お嬢様は席からやや距離を取る。
 肉体強化術で身体能力向上。
 オフ・ハンドの立射で約300メートル先の甲冑を狙う。
トリガー
 左手で銃床を支え、右手の指先がそっと引鉄に触れる。
 ダン!
 弾丸は右腕の付け根を弾き飛ばす。

710
 お嬢様は慣れた手つきでボルトを前後させ薬莢を排出。
 ダン!
 胸プレートを貫通。
 薬莢排出。
 ダン!
 右足の付け根を吹き飛ばす。
 薬莢排出。
 ダン!
 次は左腕の付け根を吹き飛ばす。
 ダン!
 最後に弾丸はフェイスマスクの薄いスリットの右目を突き刺し、
頭部をはじき飛ばした。
 ヴァンパイア族長兄&次男が呆然とする。
 オレがお嬢様に代わって発言をする。
﹁カレン様、お嬢様は一身上の都合で声が出せません。今の攻撃︱
︱射撃に関してのご説明を自分がしても宜しいでしょうか?﹂
﹁ヴァンパイア族当主、問題はありませんか?﹂

711
 カレンが許可を求める。
 彼らは頷くしかなかった。
 オレは一度咳払いして、説明を始める。
﹁自分はブラッド家執事見習いの人種族、リュートと申します。僭
越ながら、先程の魔術道具に関してご説明させて頂きます﹂
 皆の視線が全てオレに集まる。
﹁お嬢様がお持ちになっている魔術道具は、スナイパーライフル﹃
M700P﹄と呼ばれる物です。このような︱︱﹂
 ポケットから﹃7・62mm×51 NATO弾﹄を取り出し見
せる。
 単三電池の約1・5倍ほどの大きさだ。
﹁この弾丸と呼ばれる弾を撃ち出します。有効射撃距離は約1・5
キロメートル。お嬢様がその気になれば肉体強化術無しで1キロ圏
内なら標的の頭部、足、腕、胸⋮⋮お好きな場所に弾丸を撃ち込む
ことが可能です。さらに銀などの各種特殊効果を弾丸に付与するこ
とも出来ます﹂
 つまり、1キロ圏内なら相手が散歩中、食事中、買い物中、トイ
レ、入浴、夜伽︱︱魔力の気配を察知されず対象者を暗殺出来ると
匂わせているのだ。
 実際の実用的有効射撃距離は約900メートルだが、交渉の席だ
からこれくらいのハッタリは許されるだろう。

712
﹁しかもお嬢様の腕は超一流。昼夜を問いません。むしろ夜間の方
がお得意だそうです﹂
 奥様がオレの発言を引き継ぐ。
﹁確かお2人には、可愛らしい娘さんと息子さんがいらっしゃいま
したわよね? 後、奥様のご親戚、姪なども﹂
﹁﹁!?﹂﹂
 ヴァンパイア族当主と次男は熱くもないのにびっしょりと顔中に
汗を掻く。
 この遠回しな脅しが口だけだったら一蹴出来た。
 しかし今、目の前で嫌と言うほど実演された。
 では常に狙撃に怯え約1キロ四方を警戒し続けるか?
 しかも自分自身だけではない。
 娘、息子、妻、姪、親戚全員を!
 不可能だ。
 現実的ではない。
 何より常に死の恐怖に怯え続けるほど心身を消耗することはない。
 奥様は最後通牒を突き付ける。
﹁こちらの要求は1つのみ。二度と我がブラッド伯爵家に手を出さ
ないこと。もしその禁を破った場合、貴方や親しい人々の皆さんに
不幸が訪れますわよ﹂
 ヴァンパイア族当主と次男が白旗を揚げるのに、数分も要しなか
った。

713
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 会合の後、ヴァンパイア族当主&次男は、ギギ達を置いて逃げる
ように帰ってしまった。
 彼らは前から多額の借金があり、それ故に伯爵家を手に入れよう
としていた。そして伯爵家の領地や事業を完全に手に入れた事を前
提に、来年分の金までも借金し使いまくっていた。
 ピュルッケネン達は伯爵家から金をかき集め持ち逃げしようとし
ていたが、それは既に押さえている。奴らは自分が掘った穴に埋ま
り、破産する羽目になるだろう。
 その後、彼らがどうなろうとこちらの知ったことではない。
 ギギを除いた2人の護衛者も﹃やってらんねーよ﹄という態度で
ホース家を後にする。
 その場に、ギギさんだけが残った。
 オレは約半月前、尋ねた台詞を再度問いかける。
﹁ギギさん⋮⋮どうしてブラッド家を裏切ったんですか?﹂
﹁︱︱自分は、獣人大陸の奥にある山岳を根城にしていた山賊の両
親の間に生まれた﹂

714
 ギギさんがゆっくりと過去を語り出す。
 だが、山賊達は若かりし頃の旦那様が率いる冒険者達によって討
伐された。その時、両親や仲間達が命を落とす。もちろん旦那様が
直接殺した訳でも、意図して殺害しようとした訳でもない。
 戦った結果、命を落としたのだ。
 ギギさんは捕縛されると治安維持部隊の兵に引き取られた。
 当時はまだ子供だったため、縛り首にはならず奴隷として売られ
た。
 幸い、魔術師としての才能があったため酷い扱いはあまり受けな
かったらしい。
 魔術師としての才能を伸ばす機会も与えられた。
 そして当時の主が亡くなると、親族がギギさんを手放した。
 奴隷館に売られて次に買われた先が、ダン・ゲート・ブラッド伯
爵家だ。
 ギギさんは魔術師としての腕、前主人の時の従順さが評価された。
 ギギさんは旦那様に出会うと、すぐに自分達を捕縛した冒険者達
のリーダーだと察する。
 まぁ旦那様みたいな人が2人、3人いても困るが⋮⋮。
 自分では正面から挑んでも、奇襲をしかけても勝てないと理解し
ていた。
 だが、ギギさんは復讐の機会をずっと狙っていたのだ。
﹁自分の親、当時一緒に居た山賊の仲間達がどれだけクズだったの
か、今ではよく理解できる。だが、俺にとっては家族だ。俺を庇っ

715
て死んでいった家族なんだ⋮⋮なのに仇が目の前にいて、何もしな
かったら死んでいた仲間達に顔向けなど出来ない。だから、俺は︱
︱﹂
 そのため取った手段がヴァンパイア族当主&次男と手を結び、奥
様を人質に取る︱︱というものだ。
 ギギさんはその場に胡座をかく。
﹁⋮⋮これが裏切った動機、真相だ。後は煮るなり、焼くなり好き
にして欲しい﹂
 彼は一切の抵抗をしないと示すように体から力を抜く。
 剣呑な雰囲気を漂わせながら、奥様が一歩出た。
﹁ッ⋮⋮﹂
 旦那様の安否は未だに分からない。
 ギギさんの働きかけによりブラッド家に死者や男性に乱暴された
メイド達がいなかったとはいえ、損失は莫大。
 一介の使用人でしかないオレに、奥様を止める資格は無い。
 オレが苦しそうに俯いていると、腕に温かな手が重ねられる。
 顔を上げると、お嬢様がオレを安心させるように微笑む。
﹁ギギ、貴方の処遇を伝えます。ブラッド家を裏切った罪として⋮
⋮我が夫であるダン伯爵を探し出すこと。今回の事件で迷惑をかけ
た方々に対して謝罪をして回ること。そして︱︱最終的な処分は夫
が決める。以上です﹂
﹁⋮⋮奥様?﹂

716
 さすがのギギさんも罰の軽さに、唖然とした顔をして見上げる。
﹁自分はあなた方を裏切り、奥様を銀のナイフで刺し、監禁をした
んですよ! なのに即座に復讐をしないなど⋮⋮ありえない! 命
じていただければ自害だって致します!﹂
 被告人であるギギさんが怒りで声を荒げた。
 しかし奥様は涼しい顔で受け流す。
﹁確かにブラッド家を裏切ったのは重罪。ですが主人はギギが昔、
捕らえた山賊の子供だと最初から知っていましたよ。裏切られる可
能性を想定済みで雇用したのです﹂
﹁!?﹂
 意外な事実にギギさんは珍しく驚きの表情を作る。
﹁なのに何時の間にか誰よりもブラッド家のことを真剣に考えるよ
うになったので、夫もわたくしも油断してしまいましたわ。なので
わたくし達の失態も鑑みて、全てを夫に委ねたいと思ったのです﹂
 ギギさんはメリーさん、メルセさん、他使用人達と同じぐらいブ
ラッド家を本気で愛し、考えていた。それは普段無口無愛想な彼か
ら、伝わってくるほどあからさまだった。
 でなければ裏切った家人に対して、﹃自分に対する罰が甘い﹄﹃
命じてくだされば自害する﹄など忠誠心の高い台詞は出てこない。
 だから、旦那様達は完全に油断してしまったのだろう。
 ギギさんの復讐心は本当だったのだろう。

717
 だが同時に長い年月を旦那様、奥様、お嬢様、他使用人達と過ご
したせいで、ブラッド家を愛する気持ちが芽生えてしまったのだ。
 だが、長年抱えてきた復讐心︱︱自身で決めた﹃親の仇を討つ﹄
ということも、無かったことには出来なかったのだろう。
 オレとお嬢様があの日館から逃げ出すことが出来たのも、ギギさ
んがオレが戦いに参加するのを止め、お嬢様を守れと言ったからだ。
 旦那様の命が取られなかったのも、もしかしたらギギさんが裏で
働きかけていたという事が大きかったのではないか?
 今回死人などが出なかったのも、ギギさんがブラッド家への忠誠
心と復讐心の間で揺れていたからなのかもしれない。
 奥様はギギさんに厳しい視線を向ける。
﹁罪を償うまで自害という逃げなど許しませんわよ。ブラッド家の
元警備責任者として恥ずかしくないよう振る舞いなさい。まずは夫
を探し出すこと。分かりましたね、ギギ﹂
﹁︱︱不肖、ブラッド家、元警備担当責任者ギギ。謹んで罪を償わ
せていただきます。⋮⋮必ず旦那様は見つけ出します。この命に賭
けて﹂
 ギギさんは居ずまいを正し、両手の拳を地面に付け深々と頭を下
げる。
 雨など降っていないのに、渇いた地面にぽたぽたと雫が落ちてい
るのはきっと気のせいだろう。
 しかしギギさんはなぜ、もっと早くこの計画をしかけなかったの
か?

718
 わざわざオレを鍛えることをしなければ︱︱さらにお嬢様が部屋
から外に出られるよう協力せずにさっさと計画を実行していれば、
彼女を城外に逃がすこともなかっただろう。
 オレとお嬢様が逃げれば、何らかの手を打ち、ピュルッケネン達
を追い落とす可能性は高かった筈だ。銃を持って少人数で戻ってき
たのは予想外だったろうが、お嬢様の存在を生かせば何らかの手を
打つことは出来る。取引をすればカレンの実家を動かすことも可能
だろう。
 もしかしたら⋮⋮ギギさんは初めから失敗して死ぬつもりで計画
を建てていたのかもしれない。
 だが、今その事実を問い詰めるのは野暮過ぎる。
 オレは黙って思い至った推論を胸の奥へと沈めた。
 こうして第二次ブラッド家襲撃事件は、旦那様の行方を除いて完
全に幕を下ろした。
719
第48話 手打ち式︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月3日、21時更新予定です。
400万PV突破! やっふぃーーー!
本当に皆様ありがとうございます。
300万PVからあっという間だったので驚いております。 720
第49話 決断
 会合が終わった日の夜。
 カレンのサプライズパーティーで使われたブラッド家の大広間で、
立食形式の祝賀会が開かれていた。
 ギギさんはさすがに参加していない。
 今回迷惑をかけた関係者達に謝罪を済ませた後、旦那様を捜し出
すためすぐに旅立つつもりらしい。
 メインの出席者はオレ、スノー、クリスお嬢様、奥様、メイヤ。
 そして会合の責任者も務めたお嬢様の親友、ケンタウロス族のカ
レン。そして同じくお嬢様の親友、3つ眼族のバーニー、ラミア族
のミューアだ。
 執事のメリーさんやメイド長のメルセさん、他使用人達も乾杯の
合図と共に歓声をあげる。

721
 今夜はブラッド家の勝利を祝い無礼講。
 交代制でメイド達も料理を運び、飲み物を入れて回ったり雑務を
こなす側と参加する側に別れる。
 オレは執事見習いだが、今回の功績により仕事は免除されている。
 だが、他の使用人達が交替で働いているのに、免除されているた
めやや後ろ暗く壁の隅に陣取っていた。
 しかしやはり目立つのか、入れ替わりで人に捕まる。
 最初は執事長のメリーさん。
﹁まったく奥様のギギに対する罰は軽すぎる。本来なら反逆者は即
刻処刑が妥当なのに。リュートもそう思いますメェー?﹂
﹁まぁそうですが、奥様がお決めになったことですから﹂
﹁もちろんです。ギギのお陰で旦那様が魔物大陸に奴隷として売ら
れたという情報も手に入りました。その分の温情があってもいいと
は思いますがそれにしてもメェー﹂
 口からは文句しか出てこないが、声音に安堵の色が隠せないでい
た。
 なんだかんだ言って、メリーさんとギギさんの付き合いは長い。
﹁なので奥様に代わり、明日からギギには私直々に心構えを一から
教えるつもりメェー﹂
 メリーさんはお説教を始めたら長いタイプだ。
 オレは胸中でギギさんに合掌する。

722
 話をしているとスノーが顔を出す。
 メリーさんは気を利かせて、解放してくれた。
﹁色々お疲れ。スノーが居てくれなかったら、きっとここまで上手
くはいかなかったよ。ありがとう﹂
﹁ううん、わたしもリュートくんの手助けが出来て嬉しかったよ﹂
﹁そう言ってくれると助かるよ。それでスノーはこれからどうする
んだ? 妖人大陸の魔術師学校に戻るのか?﹂
﹁前にも話したでしょ。魔術師Aマイナス級になって特待生になっ
たから、一度も学校に通わなくても卒業出来るんだよ。だからもう
ずっとリュートくんの側に居られるんだよ﹂
 そうだった。
 スノーはオレに早く会いたい一心で魔術師Aマイナス級になった
んだ。
 色々な意味でオレがスノーの凄さを噛みしめていると、お嬢様が
プリン片手に寄ってきた。
 スノーはお嬢様が食べているプリンに興味を惹かれて、2人仲良
くテーブルへと向かう。
 今度は入れ替わりにメイヤが顔を出す。
﹁メイヤもありがとうな。メイヤが力を貸してくれなかったら、絶
対に奥様やブラッド家を助け出すことは出来なかったよ。本当にあ
りがとう﹂
﹁リュート様! お顔を上げてください! 第一、わたくしはリュ
ート様の一番弟子! 弟子として当然のことをしたまでですわ!﹂
 メイヤがいつもの調子で返事をする。

723
 今度は彼女から、先程スノーにした質問を尋ねられた。
﹁リュート様はこの後、どうされるおつもりですか?﹂
﹁どうもこうも、オレはブラッド家の執事見習いで、お嬢様の血袋
だからな。屋敷に留まるよ。それにまだ奴隷だし﹂
﹁でしたらわたくしもこちらに滞在しますわ!﹂
﹁えぇえぇぇ!?﹂
﹁一番弟子としてリュート様のお側にいるのは当然ですわ!﹂
 いや、でも勝手に住むって⋮⋮そんな勝手に決めていいわけない
だろう。
 後、オレの一番弟子を強調しすぎだ。
 オレ達の会話にちょうど通りかかった奥様が参戦する。
﹁メイヤさんはブラッド家をお救い頂いた恩人。いつまでも滞在し
てくださって構いませんわよ。それとリュート﹂
﹁はい、奥様﹂
﹁貴方も今回の報酬として奴隷から解放しますわ。これで貴方は自
由よ﹂
﹁お、奥様!? で、でも旦那様も魔物大陸へ連れて行かれて大変
な時に⋮⋮!﹂
 奥様はオレを安心させるように頭を撫でてきた。
﹁大丈夫よ。主人は簡単に亡くなる人じゃないわ。それはずっと模
擬戦闘をしていたリュートが一番分かってるはずよ﹂
 確かに旦那様ならドラゴン数匹に囲まれても笑いながら倒しそう
だ。

724
﹁それにリュートが探すより、わたくしの方がその筋には詳しいの
よ。もちろんギギもこの後、夫を捜すための旅に出ますし﹂
 蛇の道は蛇︱︱というやつか。
 奥様は﹃だから﹄と言葉を繋げる。
﹁奴隷を抜けた後、ここで執事を続けるのも、自分の夢を追って﹃
レギオン
人を助けるための軍団﹄を起ち上げても構わないわよ﹂
﹁奥様⋮⋮オレの夢をどうして﹂
﹁ふふふ、スノーさんから聞いたの。とっても素敵な夢だとわたく
しは思うわ。それでどうするつもりかしら?﹂
﹁⋮⋮少し考えさせてください﹂
﹁ええ、構わないわよ。それじゃ今度はメイヤさんのお話でも聞こ
うかしら。リュート、奴隷からの解放手続きは明日行いますからね﹂
﹁えっ、ちょ! わたくしは一番弟子としてリュート様へご奉仕を
しなければいけないのですわ!﹂
 メイヤは奥様に腕を掴まれずるずると引き摺られていく。
 オレが1人で静かに進路を考えられるよう気を利かせてくれたの
だろう。
 お陰で静かに自問自答できた。
︵オレはどうして奴隷から解放されて、すぐ自分の夢を︱︱﹃困っ
レギオン
ている人や、救助を求める人を助ける軍団﹄を選択しなかったのか
⋮⋮︶

725
 理由は明白だ。
 クリスお嬢様が心配なのだ。
 自信を取り戻したが、まだ寂しがり屋で弱いところがある。だか
ら、オレが側にいてやらないといけないと思う。
 だが、いつか彼女もブラッド家の当主として他の男を娶るんだ。
それまでずっと守るのか?
 それは現実的ではない。オレにはやりたいことがある。それまで
この家にいるわけにはいかない。けれど︱︱
 グルグルと黒い渦のような問答が胸中で吹き荒れた。
 そんな考えに没頭していると、お嬢様の親友3人が登場する。
﹁ここにいたのか。主役が壁際に居てどうする﹂とケンタウロス族
のカレン・ビショップ。
﹁今回はわたしだけ、なんの役に立てなくてごめんね﹂と3つ眼族
のバーニー・ブルームフィールド。
﹁それを言ったら、私なんてただメリーさん達と連絡を取り合った
だけよ﹂とラミア族のミューア・ヘッド。
﹁いえ、皆様には今回の件だけではなく多岐に渡ってお世話になり
ましたから、感謝の念しかありません。本当にありがとうございま
した﹂
 オレのお礼にラミア族のミューアが微苦笑する。
﹁そういってもらえるとありがたいけど⋮⋮。ところでリュートさ
んは奴隷から解放されたけど、これからどうするつもりかしら?﹂
﹁⋮⋮お聞きになっていたのですか﹂

726
﹁ご、ごめんなさい。聞くつもりはなかったんだけど﹂
 3つ眼族のバーニーが申し訳なさそうにわたわたする。
 オレは微笑み、問題無いことを告げた。
﹁大丈夫です。聞かれてマズイ話ではありませんから﹂
﹁聞かれてマズイ話ではないと言っても⋮⋮リュートが執事を辞め
るかもしれない。その事をクリスは知っているのか?﹂
﹁⋮⋮いえ﹂
 ケンタウロス族のカレンの指摘に、声が重くなる。
﹁ちょっとカレン﹂
﹁⋮⋮分かってるミューア。すまないリュート、意地の悪い質問だ
った。自分達は責めに来たのではなく、伝言を預かったから伝えに
来たのだ﹂
﹁伝言?﹂
﹁ああ、クリスからだ。自室に居るから来て欲しい、らしい﹂
 言われて思わず室内に視線を向ける。
 確かにお嬢様の姿は無い。
 先程、スノーと楽しげにプリンやミル・クレープを食べていた筈
だが、いつのまに。
﹁ありがとうございます。では、自分はお嬢様に会いに行きますの
で、ここで失礼致します﹂
 3人に頭を下げ、大広間を出る。
 途中、メイド長のメルセさんとすれ違い、お嬢様に呼ばれて自室

727
へ行くことを告げた。
 彼女は微笑みを浮かべて、
﹁頑張って、リュート﹂と言葉を残す。
 何を頑張れと言うんだ?
 そしてオレはもう歩き慣れた廊下を進み、お嬢様の自室扉前へと
辿り着く。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ノックをしてから、扉に手を掛ける。
 約数ヶ月ぶり、懐かしのお嬢様の自室だ。
 奥様を救出する時、寄っている暇などなかったからな。
 部屋は薄暗い。
 明かりは窓から差す星明かりのみ。
﹁お嬢様、リュートです。カレン様の伝言により伺いました﹂
 初めて出逢った日のように、お嬢様はベッドの上で毛布を被って
丸まっていた。
 彼女はミニ黒板から赤い顔を覗かせている。

728
﹁お嬢様?﹂
﹃ここに座ってください﹄
 ミニ黒板を手に自分の隣を叩く。
 言われるがままベッドに腰掛ける。
 お嬢様は隣にぺたっと座り、オレの顔を見上げてくる。
 瞳は今にも泣き出しそうなほど潤んでいた。
﹁⋮⋮ッ!﹂
 気付けば、お嬢様に押し倒される。
 彼女の小さな唇が、自身のと重なる。
 勢いがつきすぎて歯と歯がぶつかる幼いキス。
 そっと、唇が離れる。
 お嬢様はのぼせたように顔を赤くしていた。
﹁お、お嬢様!?﹂
﹁⋮⋮です﹂
﹁!?﹂
 耳にした初めての声。
 キスの衝撃を上回る。
 お嬢様はオレを真っ直ぐ見詰めながら告白してきた。
﹁リュ、リュート⋮⋮お兄ちゃんが、好き、です﹂

729
 初めて聞くお嬢様の声。
 彼女は必死に絞り出すように、懸命に気持ちを伝えようとする。
﹁大好きで⋮⋮す。クリス、を⋮⋮お嫁さんに、し⋮⋮てくださ、
い﹂
 長年声を出していなかったせいでつっかえつっかえだが、気持ち
は熱いほど伝わってくる。
 彼女はそのまま途切れ途切れの声で続ける。
 オレの夢︱︱﹃助けを求めている人を救いたい﹄、それをスノー
に聞いたこと。そしてオレがいつか出て行く事を予感し、別れたく
ない、オレの側にずっといたいと思っている自分に気づいたこと。
 ずっとオレの隣にいて、自分がオレに救われたように、自分がし
てもらったように誰かを助けたいと思ったこと。
 オレのことを好きだ、離れたくない、どこまでも一緒に行きたい、
と思っていること。
 つっかえながらも一生懸命に伝えてくるクリスお嬢様。
 いじらしい彼女が愛おしい。
 胸がじんわりと熱くなる。
 しかし自分にはスノーがいる︱︱
 もしも出会う順番が違っていたら、答えはどうなっていただろう
か。
 オレはお嬢様の肩に手を置き、体を起こす。
 再び腰を下ろした体勢に戻る。

730
﹁お嬢様のお気持ちはとても嬉しいです。ですが⋮⋮自分にはスノ
ーという婚約者がいます。彼女を裏切ることはできません﹂
﹁リュ、トお兄ちゃ、んが、好きで⋮⋮す。愛して、ます。ライフ
ル⋮⋮もっとがんば、ります。お願い、すて、ない⋮⋮で﹂
﹁ッ⋮⋮!﹂
 反則だ。
 オレにお嬢様を見捨てることなど出来る筈がない。
 彼女のお陰でオレはブラッド家に拾われることができた。
 下手をしたら男娼として売られたり、鉱山で働かされ死んでいた
かもしれない。
 それにまた彼女がふさぎ込み、部屋に篭もるかもしれない。あの
太陽光も入れない暗い部屋。また長い時間1人で佇むお嬢様。
 その光景が脳裏を過ぎっただけで、オレの心臓はミキサーにかけ
られたようにズタズタになる。
 さらに他の男が彼女の肢体に手を這わす想像をしただけで強烈な
吐き気を催した。
 彼女を守りたい。
 彼女を自分のものにしたい。
 クリス・ゲート・ブラッドが愛おしい⋮⋮ッ!
 それでも! それでも︱︱!
 スノーは裏切れない!
﹁お嬢様のことはオレも好きです。愛してます。けれど⋮⋮スノー
のことも愛しているんです。オレには⋮⋮彼女を裏切ることはでき

731
ません﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
 お嬢様は肩を落としふさぎ込む。
 のろのろとミニ黒板に手を伸ばす。
﹃やはりスノーお姉ちゃんには勝てませんでした﹄
﹁⋮⋮すみません。でも、多分出会っていた順番が逆だったら結果
は違ったと思います﹂
﹃分かりました⋮⋮なら、クリスも第2夫人として頑張って、お兄
ちゃんを支えていきたいと思います﹄
﹁そうですね。第2夫人として頑張って⋮⋮はぁ?﹂
﹃スノーお姉ちゃんと約束したんです。もしクリスが第1夫人にな
れなかったら、第2夫人としてお兄ちゃんと結婚する、と﹄
﹁はぁ!? いつですか?﹂
﹃メイヤさんのお家で夜会をした時です﹄
 メイヤ、夜、夜会⋮⋮あの時か!?
 翌日、お嬢様は恥ずかしそうにスノーの影に隠れたのは、オレの
恥ずかしい過去話を聞いた訳じゃなかったのか!?
 思い出していると、ちょうどいいタイミングでスノーが部屋に入
ってくる。
﹁クリスちゃん、お話終わった?﹂
﹃はい、やはりスノーお姉ちゃんには勝てませんでした。ですが、
第2夫人としてこれからはお兄ちゃんを支えていきたいと思います﹄
﹁えへへへ、信じてたよリュートくん。やっぱり生まれたときから
一緒の幼なじみの絆は強いね。でも、クリスちゃん心配しなくても

732
大丈夫だよ。きっとリュートくんなら第1夫人とか、第2夫人とか
関係なく平等に愛してくれるから﹂
﹃はい! 私も頑張ってスノーお姉ちゃんと一緒に、お兄ちゃんを
支えていきます!﹄
﹁うん! これから2人で頑張ろうね﹂
 2人はあっさり重婚を容認する。
 確かにこの世界、時代では一夫多妻制などなんら珍しくない。
 文化が違う⋮⋮。
﹁い、いや! ちょっと待ってください! お嬢様はもうブラッド
家の当主! 嫁に行くなんて出来るんですか?﹂
﹃大丈夫ですよ。ヴァンパイア族は長命な種ですから、私が名目上
当主となって跡継ぎを生んだら、その子が家督を継げばいいので嫁
に行っても問題ありませんよ。お母様も了承済みです﹄
 Wow、根回し済みっすか。
 そしてお嬢様はスノーと2人仲良くなにやら会話を始める。
 どうやらオレについての時間割り、新生活のルールなどについて
決めているようだ。
 2人とも楽しそうなので、オレがこれ以上何か言うのは野暮だろ
う。
 それにお嬢様︱︱あらためクリスがオレの嫁になってくれたのは、
本当に嬉しい。彼女のことはオレも大好きだし、愛している。スノ
ーとの仲も良好だし。

733
 こうしてオレに第2夫人で凄腕スナイパーの嫁が出来ました。
                         <第3章 
終>
次回
第4章  少年期 黒エルフ編︱開幕︱
第49話 決断︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月4日、21時更新予定です。
活動報告を書きました。
よかったら覗いて行ってください。
734
第50話 新装備
 リュート、14歳
 装備:S&W M10 4インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 スノー、14歳
 魔術師Aマイナス級
 装備:S&W M10 2インチ︵リボルバー︶
 クリス、13歳
 装備:M700P︵スナイパーライフル︶

735
 事件を解決して、数日。
 オレはクリスに腕輪を渡し、正式な夫婦となる事を皆に伝えた。
 この世界では前世のように教会で愛を誓うのではなく、皆を集め
結婚を報告するのが結婚式の代わりとなる。
 そしてオレ達︱︱オレと妻のスノーとクリス、一番弟子のメイヤ
は未だブラッド家でお世話になっていた︵無くしていたスノーとの
腕輪は作り直し、同じく正式な夫婦の誓いを交わした︶。
﹁それでこれからどうする?﹂
 お嬢様︱︱改め、妻のクリスの自室でお茶会を開きながら、今後
の方針について話し合う。
 昨日は中庭でお茶会をしながら話していたが途中でメルセさんや
メリーさん、他使用人達がオレのことを﹃若旦那様﹄﹃若旦那様﹄
とからかい半分で連呼してくるので恥ずかしくなり、今日はクリス
の部屋で開いた。
 話し合いで最初持ち上がったのは、スノーのために魔術師学校に
戻るというものだ。しかし本人曰く、﹃すでにAマイナス級で特待
生だから、わざわざ戻らなくても大丈夫だよ。授業に出席しなくて
も卒業資格は満たしているし﹄とのことだった。
 学校側としても箔を付けるため、スノーには絶対に妖人大陸にあ
る魔術師学校から卒業して貰いたい。そのための措置らしい。 
 では、スノーの両親を捜すため、手がかりを求めて北大陸へ行こ
うと提案した。
 孤児院時代、両親を見つけ出し一緒に暮らすのが夢だと彼女は語

736
っていた。
 だが、これも反応が鈍い。
﹁もちろん行ってくれるのは嬉しいけど⋮⋮今のわたし達だとちょ
っと北大陸は厳しいかな﹂
 スノーも魔術師学校へ入学するとすぐ、両親の手がかりを求めて
﹃北大陸﹄﹃白狼族﹄について色々調べたらしい。
 北大陸は時計の数字で言うと﹃12﹄に当たる。
 一年中雪が降り続けている大陸だ。
 白狼族はそんな北大陸の奥地で生活している少数民族。
 だが北大陸の奥地は危険な魔物が多い。
 代表的なのがホワイトドラゴンと、巨人族だ。
 ホワイトドラゴンは名前通り、口から相手を氷らせる吹雪を吐き
出すらしい。
﹁巨人族っていうのはなんだ? まさか人が大きくなったような怪
物じゃないだろうな﹂
﹃駆逐してやる!﹄と叫びながら戦ってみたい。
 スノーはオレの言葉に首を横へ振る。
﹁違うよ、巨大な歩く石像のことだよ。群れを成して常に移動して
いるの。たまに1、2体が群れから外れて人里に迷い込んで暴れる
んだって。ドラゴンと並ぶ危険な魔物なの﹂
﹁歩く巨大な石像か。確かにそんなの相手じゃAK47だと厳しい
な﹂

737
﹃スナイパーライフルでもですね﹄
 クリスがミニ黒板で同意する。
 白狼族はそんな危険な魔物の間を縫うように移動しながら生活し
ているらしい。
 対抗できるだけの武装を整えて行かないと、彼らを発見する前に
オレ達が先に全滅してしまう。
レギオン
 それに将来的にオレ達は﹃軍団﹄を立ち上げる。
 冒険者レベル?になるためには、1体以上のドラゴン又は巨人退
治が必要不可欠。
 まだまだ先の話だが、今の内に対策を建てておく必要があるな。
 前回のヴァンパイア事件では使い所があまりなく見送った兵器や、
作っておくべきだったと痛感した物もある。ドラゴンや巨人と戦う
にはさらなる武器の開発が必要だろう。
﹁でしたら一度、わたくしの工房へ戻りませんか?﹂
 メイヤの提案にその場にいるオレ、スノー、クリスの視線が集中
した。
 彼女は名案とばかりに話を進める。
﹁わたくしの工房なら道具や材料も揃っているので好きなだけ研究、
ギルド
開発ができますわ。それに冒険者斡旋組合もありますし、竜人大陸
は世界でも有名なダンジョンの宝庫! お仕事の依頼は多岐にわた
ってありますわよ﹂
﹁⋮⋮確かにそれも手だな﹂

738
 メイヤ邸の工房なら、勝手も知っている。
 ヴァンパイア事件に協力してくれたお礼に、メイヤの勉強も再開
出来る。
 同時並行でスノー&クリスを冒険者に登録。
 一緒にレベルを上げ、ゆくゆくは3人ともレベルVかレベル?に。
レギオン
 そうすれば軍団立ち上げの条件である、レベルV1人、レベル?
2人が満たせる。
 理に適っていると言えるだろう。
﹁⋮⋮よしッ。それじゃメイヤの提案通り、一度竜人大陸に戻るか。
色々作りたいものもあるし。2人はそれでいいか?﹂
﹁リュートくんが行くところが、わたしの行くところだよ﹂
﹃私も妻として、リュートお兄ちゃんの側にいます﹄
 こうしてオレ達の次に行くべき方向が決まった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 方針が決まれば行動は早かった。
 数日後、ブラッド家の皆に別れを告げ、旅立つ。
 ギギさんはすでに旅立った後なので、別れの言葉を言えなかった
のが悔やまれる。
 魔人大陸を離れる間際に、エル先生宛の手紙を出した。

739
 スノーと合流したこと、クリスとの結婚、オレが奴隷から解放さ
れ竜人大陸で冒険者を続けることなどを書いて出した。
 約1ヶ月かけてメイヤ邸に戻ってくる。
 馬車と船での旅だ。
 メイヤ邸に到着し、まずはお風呂、食事、睡眠︱︱旅の疲れを癒
すため3日はだらだらと過ごした。
 4日目の朝。
 オレはメイヤを連れて工房へと足を踏み入れる。
 竜人大陸に来てから私服が竜人種族の男性が着る伝統衣装ドラゴ
ン・カンフーになる。
 スノー、クリスもドラゴン・ドレス姿だ。
﹁リュート様、それで今回はどのようなハンドガンをお作りになる
のですか?﹂
﹁今日から作るのはハンドガンなどの武器じゃない。まず自分達の
個人装備を整えようと思っているんだ﹂
﹁武器ではない個人装備ですか? 鎧などでしょうか?﹂
 メイヤは首を傾げながら、尋ねてくる。
 武器以外の個人装備と言われても、ピンとこないようだ。
 オレは事前に書いておいたメモを見せながら、説明する。

740
 これもヴァンパイア事件に協力してくれたメイヤへの恩返しの1
つだ。
﹁最低限、これだけの個人装備は作ろうと思っている﹂
●戦闘服
●アイプロテクション・ギア
●ヘルメット
ザック
●背嚢
●戦闘用プロテクター
コンバット
●戦闘ブーツ
アリス
●ALICEクリップ
●防弾チョッキ
﹁こ、こんなにお作りになるのですか?﹂
﹁M700Pみたいな制作が大掛かりの物じゃないから。1つずつ、
どんな物か、何のために必要か説明していくぞ﹂
﹁はい、宜しくお願いしますわ!﹂
 メイヤは玩具を前にした子供のように目を輝かせて、メモ用紙と
羽ペンを取り出す。
 オレは順番に、彼女が理解しやすいよう説明していく。
●戦闘服︱︱戦う時に着る服。野外で活動しやすいデザインにして、
コットン
丈夫で通気性の良い素材を使用する。現時点では木綿の予定だ。各
所にポケットを配置して、小物を多く収納出来るようにする。
●戦闘用プロテクター︱︱プロテクターの意義は2つある。﹃肘、
膝の防護﹄﹃激しい運動をしても大丈夫という心理的効果﹄だ。
 咄嗟にしゃがんだり伏せたりしないといけない状況で、膝の怪我

741
を気にして躊躇うことが生死を分ける可能性もある。だが、プロテ
クターを付けていれば多少の無理をしても怪我しないという実用性・
心理的安定性は、ギリギリの状況に置かれた場合とても重要になる。
●ヘルメット︱︱ヘルメットの意義は人の重要な器官である頭部の
保護にある。魔力液体金属で作れば、無駄に分厚い鉄で作らなくて
も軽く丈夫な物が出来る。
●アイプロテクション・ギア︱︱眼鏡だ。戦いにおいて目に与える
ダメージは多い。風や砂塵、仲間が撃った空薬莢、弾丸によって飛
び散った場合の木や石の破片。魔術なら爆風による破片などもある。
目を痛めれば戦力は激減してしまう。そのために必要になってくる。
問題はグラス部分をどうするかだ。さすがにこの異世界のガラスを
使う訳にはいかない。強度が足りなさすぎる。逆に被害甚大になり
そうだ。
ザック
●背嚢︱︱ヴァンパイア事件では魔術防止首輪の機能を一部止める
粘土のような物、ソフトボール大の煙幕玉などを袋に入れていた。
しかし時間がなかったため依頼して適当に作った物だ。今回いざと
いう時のためにも作っておこう。
 装備の総重量は﹃兵士の体重の3分の1以上にすべきではない﹄
といわれている。
 疲労した兵士の戦闘力は著しくダウンする。持てるだけの荷物を
持たせるより、一応の目安を設けておいたほうが良いという考えだ。
 また20キロの荷物も大袋にただ持つのではなく、小袋を連結し
た構造にした方が重量が分散して担ぎやすくなる。5キロ+5キロ
+5キロの小袋を積み重ねて、脇に2・5キロ+2・5キロの小袋
をぶら下げる。
コンバット
●戦闘ブーツ︱︱ヴァンパイア事件の時は足音を消すため、靴底を

742
コンバット
柔らかい物にしていたが、今回制作するのは野外用の戦闘ブーツだ。
ただこの異世界にゴムは無い。見たことが無い。なので靴底に金属
鋲を打つことになる。
 金属鋲は滑り止めに役立つものの地面の熱を足底に伝えやすく、
寒冷地では熱を逃がしやすく凍傷になりやすい欠点がある。一応、
靴底に魔術液体金属で薄く作った2枚の金属板の間に魔物の皮を挟
む。これで冷熱対策&靴底で金属片を踏ん付けても刺さることは無
い。爪先にも金属を入れて安全靴化する予定だ。
アリス
●ALICEクリップ︱︱ピストルベルトと呼ばれるベルトに固定
アリス
する﹃スライド式の金属クリップ﹄のことだ。ALICEクリップ
の利点は、ベルトの好きな位置にガッチリ装備を固定することが出
来る点だ。仕掛けも難しくない。
 ただこのままではズボンが装備の重さでずり落ちてしまうため、
サスペンダーで支える。
﹃ピストルベルト﹄+﹃サスペンダー﹄を組み合わせた物を﹃ベル
トキット﹄と呼ぶ。
●防弾チョッキ︱︱警察官や要人警護のSPが好んで使う銃弾の貫
通を防ぐための防具だ。ただこの世界で銃弾で撃たれることはまず
無い。防弾チョッキでは矢などの刺突は防げ無い。そのためこの世
界にある素材を使って皮の胸当て的防具を作り代用する予定だ。理
想としては矢や剣、槍程度の攻撃なら防げる防御力を持たせたい。
﹁︱︱とまぁこんな感じの物をこれから作ろうと思う。武器も大切
だが、こういう防具、マガジンを大量に持ち運ぶ仕組み、小物は今
後の生存力を高めるためにも必要だ﹂
﹁さすがリュート様! 勉強になりますわ!﹂
 メイヤは表情を輝かせ、嬉々としてメモを取る。

743
 オレは彼女がメモを取り終わるのを待って声をかけた。
﹁それじゃ早速﹃戦闘用プロテクター﹄から作ろうか﹂
﹁はい! 一番弟子としてお手伝い致しますわ!﹂
﹁お仕事中、失礼します﹂
 メイヤがやる気になってると、そこに屋敷のメイドさんが姿を現
す。
﹁メイヤ様宛にお手紙が届いております﹂
﹁まったく誰ですの! リュート様との素敵な時間を邪魔するのは
!﹂
 メイヤは頬を膨らませて怒りながら手紙の差出人を確認する。
﹁︱︱はぁ﹂
﹁メイヤ?﹂
 微かな溜息。
﹁わたくしの部屋に置いておきなさい﹂
﹁畏まりました﹂
﹁いいのか、確認しなくて?﹂
﹁構いませんわ! 幼なじみからの手紙ですから。それにリュート
様と一緒にいられる時間の方がなにより貴重ですから﹂
 先程の溜息などなかよったようにいつもの明るい彼女に戻る。
 メイヤは笑顔で、手紙の話を打ち切った。

744
第50話 新装備︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月5日、21時更新予定です。
4章の章区切りのは後程追加します。
では、明日もよろしくです。
745
第51話 ニューライフ
 午前中メイヤと2人で﹃戦闘用プロテクター﹄作りに手を出す。
 また時間を取って彼女のハンドガン作りの練習にも付き合った。
 彼女はオレと出会い制作方法を知ってからひたすら時間があれば
鉄板を頭でなく、体で覚えるためひたすら触ったり、舐めたり、匂
いを嗅いでみたり、強度を体感するため殴ったり、囓ったり、頬を
押し付け冷たさも実感したりしていた。
 他にも紙に何枚も絵を描き、恋人のように一緒の布団で眠ったり
もした。
 ⋮⋮ハ○ター×ハン○ーでこんなシーンがあったな。
 努力はしているが、及第点まで後少しと言った感じだ。

746
 彼女には恩があるから、なるべく協力してやろう。
 しかし、天才のメイヤがこれだけ努力してもまだ足り無いのだか
ら、イメージを魔術液体金属に伝えるというのはこの世界の人間に
は相当な難易度なのだろう。一般の魔術師に教えるのは難しそうだ。

 昼食後、オレはスノー&クリスを連れて竜人大陸にある冒険者斡
ルド
旋組合へと向かった。
ギルド
 冒険者斡旋組合は妖人大陸にあったものと外観は殆ど変わらない。
 3階建ての木造で大きさは体育館ほど、冒険者らしき人達がひっ
きりなしに出入りしている。
ギルド
﹁これが冒険者斡旋組合なんだ﹂
﹃大きいです﹄
 スノー&クリスは初めてらしく、妙に感動していた。
 オレも初めては物珍しがっていたから、その気持ちは分かる。
 彼女達を連れて建物内へと入る。
 システムも同じで、案内女から番号札を受け取り、スノー&クリ
スのため新規登録書類も一緒に貰った。
 オレはタグの再発行書類を手に入れる。
 待たされている間に書類に必要事項を明記していく。
 書き終わると、ちょうどオレ達の持つ番号札が呼ばれた。

747
﹁うおッ!?﹂
﹁⋮⋮どうかなさいましたか?﹂
 個室カウンターに座り互いに相手を確認すると、オレは変な声を
漏らしてしまう。
ギルド
 約4年前、妖人大陸の冒険者斡旋組合でオレの初心者登録を担当
してくれた受付嬢だったからだ。
まじんしゅぞく
 約4年ぶりにも関わらず、見た目の年齢は20台前半、魔人種族
らしく頭部から羊に似た角がくるりと生え、コウモリのような羽を
ギルド
背負っている。相変わらず、冒険者斡旋組合服がよく似合っていた。
 相手はどうやらオレに気付いていないらしい。
 それはそうだ。
 約4年前に比べて身長も伸び、顔つきも変わっているのだから。
﹁覚えてませんか? 約4年前に妖人大陸の海運都市グレイで冒険
者登録をした時、お世話になったリュートです。ガルガルを31匹
狩った﹂
﹁!? リュートさんですか! 生きてらっしゃったんですね!﹂
 受付嬢は﹃ガルガル、31匹﹄の所ですぐに思い出し、驚きの表
情を作る。
 やっぱりオレはあちらで死んでいることになっているようだ。
 オレは改めて、彼女に偽冒険者に騙され、魔人大陸に売られた話
をする。
 現在は無事、奴隷から解放され自由に暮らしていることもだ。
 受付嬢は魔族のため、妖人大陸から魔人大陸に近い部署に配置替

748
えしたらしい。
 オレが戻って来ないことを心配していたと聞かされた。
 自分のミスで彼女にまで心配をかけてしまったことを謝罪する。
﹁それで今回は自分の冒険者登録の再発行と、彼女達の新規登録を
お願いしたいのですが﹂
﹁畏まりました。では、書類をお預かりしますね﹂
 彼女は書類を受け取り確認する。
﹁冒険者登録の再登録はリュート様、他2名は新規登録ですね⋮⋮
んんん?﹂
 受付嬢が書類を凝視する。
﹁⋮⋮あのすみません。3人とも既婚に丸が付いているようなんで
すが﹂
﹁それは書類ミスではなく、僕が2人と結婚しているからです﹂
﹁はい! わたし、リュートくんの妻です﹂
﹃私もリュートお兄ちゃんの奥さんです﹄
 スノーとクリスは嬉しそうに左腕を見せた。
ブレスレット
 彼女達の腕にはオレが魔術液体金属で作った結婚腕輪が揺れる。
 もちろんオレも付けている。
 昔はまだ婚約だったので、既婚に丸をつけなかった。
 現在はスノー&クリスと結婚式もした身だ。
 結婚式といっても、教会で愛を誓い合う物ではない。皆の前で結

749
婚を報告するという形式だ。スノーも交え3人で無事結婚式をあげ
た。
ブレスレット ブレスレット
 奥様から腕輪代を渡されそうになったが、さすがに結婚腕輪ぐら
い自腹で買いたい。
 そこでメイヤに頼み貯めていた貯金分の魔術液体金属を購入。
ブレスレット
 オレとクリスの分の腕輪を作った。
 スノーのよりやや細身でデザインも微妙に違う︵無くしていたス
ブレスレット
ノーとの腕輪は作り直した︶。
ブレスレット
 スノー&クリスは、そんな結婚腕輪で満足してくれた。しかしオ
レ自身は納得いっていない。
ブレスレット
 もう少し見映えの良い結婚腕輪を将来買って送ろうと1人心の中
で決めている。
ブレスレット
 受付嬢のお姉さんはオレ達の結婚腕輪を見ると、ガルガルを31
匹狩る以上に驚いていた。
﹁そ、そんな! まだ14歳と13歳になったばかりなのに! こ
れだから今時の若い子は! はぁ⋮⋮いいな∼、お姉さんなんてこ
んな職業してるのに全然出会いなんてないのに。まさかお客様であ
る冒険者さん達に手を出すわけにもいかず︱︱かといって社内恋愛
は御法度だし。いったいあたしたちはどこで出会いを求めればいい
のよ。親は結婚、結婚、まごまごうるさいし⋮⋮﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
 お姉さんは突然グチグチと愚痴をこぼす。
 もてそうなタイプだと昔思ったことがあるが、どうやら違うらし

750
い。
 だがさすがにいつまでも脱線してはおらず、お姉さんは営業スマ
イルを浮かべる。
﹁それでは新規登録料に銀貨1枚、再発行分に銀貨5枚ほどかかり
ますが問題ありませんか? また本来、再発行には面談があるので
すが、リュート様の場合は被害者側のようなので厳重注意で済ませ
ます。但し、もう一度このようなことを起こした場合は、実力不足
ということで再発行出来ない可能性がありますのでお気を付け下さ
い﹂
﹁わ、分かりました。気を付けます。問題ありません﹂
 同意すると受付嬢が再度書類を確認する。
 オレとクリスの書類はスルー。
 次、スノーの書類チェックで手が止まる。
﹁魔術師Aマイナス級!?﹂
 再度の驚きの声に、他の冒険者達もざわめき出す。
﹁魔術師Aマイナス級って、一握りの天才しか入れない領域だろ?﹂
﹁しかもあの若さで⋮⋮すげぇ﹂
﹁よっぽど魔力があるんだな﹂
﹁さっき耳にした情報じゃ、あの男が2人の子の旦那らしい﹂
﹁重婚!? しかもあの若さで⋮⋮すげぇ﹂
﹁よっぽど精力があるんだな﹂

751
 冒険者からひそひそ話が耳をつく。
 残念! オレはまだ童貞です!
 まさか元職場、現在は嫁の実家のブラッド家で初めてをするのも
さすがに気まずく、旅の移動中にするわけにもいかない。
 メイヤ邸では、彼女達とは部屋がそれぞれ別だ。
 まさか知り合いの家で初めてを迎えるのは、彼女達だって気まず
いだろう。
 夜は一緒の布団で寝てはいるが⋮⋮。
 キスや抱きついたりはしているが、それ以上はまったくしていな
い。
 受付嬢は恐る恐るスノーに尋ねる。
﹁申し訳ありませんが、級を証明できる魔術師学校卒業証書などは
ありませんか?﹂
﹁学校は妖人大陸の北の方にあって。それにまだ卒業してないので、
卒業証書とか持ってません。特待生扱いで卒業は確定してますけど﹂
 スノーの説明に受付嬢は難しい顔をした。
﹁⋮⋮申し訳ありません。証明書が無い場合、A級としての特権を
与えることは出来なくなるのですが宜しいですか?﹂
﹁特権とは?﹂
 オレの質問に彼女は答えてくれる。

752
﹁最初から冒険者レベル?から始めることができます。また支度金
ギルド
が冒険者斡旋組合から特別に出ます﹂
﹁それぐらいなら別に無くてもいいよな?﹂
﹁うん、問題ないよ﹂
﹁それでは、こちらから魔術師学校に問い合わせてスノー様がAマ
イナス級なのか確認を取らせて頂きます。時間がかかりますが、確
認が取れ次第まだレベル?以下なら、レベルを上げることもできま
すのでその時は遠慮無く仰ってください﹂
 スノーの確認も取り特権を放棄。
 それよりクエスト探しを依頼する。
 顔見知りの受付嬢のため分かってますとばかりに、レベル?の雑
務ではなく魔物退治を提示してくれた。
 レベル?のクエストは周辺の魔物退治。
 狙い魔物はバクパクという名前だ。
 クリア条件は、このバクパクを1匹以上狩ってくること。
 バクパクは4足獣。
 額の角を取ってくるように、と書類に書いてある。
 角が魔術薬になるらしい。
 クエスト受注を書き込んだタグを受け取る。
ギルド
 オレ達はクエストを受け冒険者斡旋組合を後にした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

753
 一度、メイヤ邸に戻り装備を調える。
 装備はオレがAK47。
ザック
 背嚢に水筒、角を入れる袋、予備のマガジン×2。﹃7・62m
m×51 NATO弾﹄を6発×5持つ。これはクリスの予備弾も
一緒に持つ形だ。
 左右の腰にマガジンポーチに入れたマガジン×2ずつ入れている。
 腰の後ろにはナイフを装備した。
 スノーは﹃S&W M10 2インチ﹄のリボルバー。両ポケッ
トにはスピードローダー2個︵6発×2︶。正直、彼女の場合は護
身用だ。使う機会は恐らく無いだろう。
 彼女も腰にナイフを装備する。
 クリスはM700Pを取り出しスリングで肩にかける。一応彼女
カートリッジ
も左右の腰にあるポーチに弾薬を入れた。しかしオレ達とは違って、
1発ずつ固定するタイプでポーチひとつに6個×2列。全部で24
発持つ計算になる。また念のためクリスにもナイフを持たせている。
 メイヤから2頭の角馬を借りて街を出る。
 街の外は広い平野がどこまで続いていた。
 スノーが1頭、オレが前にクリスを乗せて1頭走らせる。
 スノーは角馬の乗り方を魔術師学校で、オレはギギさんに習った。
 獲物となるバクパクは、クリスが持ち前の視力で探し見付けてく
れた。
 約600メートル先でそれらしい魔物がいる。数は3匹。

754
 オレ達は角馬を下り、風下から獲物に近づくことに。
カートリッジ
﹁クリスはまだ弾薬を入れないのか?﹂
﹃もう少し近づいてからにします﹄
 彼女はポーチから1発だけ取り出し、ポケットにしまう。
 約200メートルほどの距離でオレにもその姿が見えた。
 大きさは前世の猪や豚より1回りは大きい。
 数は3頭。
 角が生え、牙を持つマレーバクのような容姿だった。
 見た目はややファンシーだが、その分獲物を貪る姿は異様だ。
 遠目でも分かるほど筋肉質で、ただの剣で彼らを倒すのはしんど
そうだ。
 しかし、自分達にはAK47&M700がある。
 無駄にオーバースペック装備だ。
﹁スノー、クリス。オレ達以外に人は居ない?﹂
﹁⋮⋮うん、大丈夫﹂
﹃私も他の人達を見付けられません。ここには私達以外誰もいませ
ん﹄
 約4年前の轍を踏まないよう、周囲に自分達以外いないことを確
認する。
 周囲はだだっ広い草原。
 人が隠れる場所などないが、念のため魔術師のスノーと目が良い
クリスに確認を取ったのだ。

755
 以後は事前に決めたとおり肉体強化術は使わない。
 魔力を察知され逃げられてもめんどうだからだ。
 安全装置を解除。
 セミ・オートマチックへ。
チェンバー
 コッキングハンドルを引き、薬室にまず弾を1発移動。
 クリスも1発だけ弾倉に押し込んだ。
 歩いてさらに近づくと、さすがにバクパクもオレ達に気付き威嚇
してくる。
 見慣れない筒を持ち、年齢が若そうだからか怯えず襲いかかって
くる。
 オレは立射で撃った。
 3発の銃声。
 クリスは眉間を綺麗に撃ち抜く。
 オレは1発で、1頭の眉間を撃ち抜いた。
 もう1発は足を撃ち抜き動きを止める。
 スノーが魔術で止めを刺した。
 わざわざこんな二度手間をするのは、魔力を感じて獲物が逃げな
いようにするためだ。
ザック
 オレは落ちた空薬莢を拾い背嚢に入れる。
﹁スノー、角を切った後、死体を焼いておいてくれ﹂
﹁了解だよ﹂

756
 彼女は軽く返事をしながら、バクパクから角をカットして、死体
を焼き払う。
ザック
 オレは背嚢に入っている小袋へ角を入れた。
 オレ達は角馬を降りた場所まで戻る。
 角馬達は発砲音に驚き逃げもせず、暢気に草を食べていた。
 その後、オレ達は日が傾く前まで草原を移動し、クリスの視力で
獲物を発見。
 合計で30本ほどの角を確保する。
 1人頭10本の計算だ。
ギルド
 真っ直ぐ冒険者斡旋組合換金所へは行かず、一度家に戻ってAK
47とM700Pを置いてきた。あくまで用心のためだ。
ギルド
 もちろん冒険者斡旋組合新人記録を塗り替える。
 スノー&クリスは冒険者レベル?へランクがアップ。オレは据え
置き。
 こうして順調なニューライフを始めることができた。
757
第51話 ニューライフ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月6日、21時更新予定です。
758
第52話 ニューライフ頓挫
﹁わたし達そろそろちゃんと自活しないと駄目だと思うの﹂
 冒険者レベルを?にあげて3日目。
 スノーが突然、朝食の席で言い出した。
 曰く、衣食住をオレの弟子とはいえ、メイヤ1人に頼りっきりな
のはおかしい。
 自分達はもう14歳で、来年には15歳の成人。
 しかも駆け出しではあるが冒険者という商売も始めた。
 だから、そろそろメイヤに甘えるのではなく、ちゃんと自分達の
収入内で衣食住を賄うべきだ︱︱と。

759
 スノーの提案に屋敷の主であるメイヤがストップをかける。
﹁ま、待ってください! 何を仰っているのですか! わたくしは
リュート様の一番弟子! 弟子の物は師匠の物と相場は決まってい
るではありませんか! なので皆さんが遠慮などする必要などこれ
っぽっちもありませんわ﹂
﹁⋮⋮いや、メイヤ。この場合スノーの方が正しい﹂
﹃私もそう思います﹄
﹁リュート様!? クリスさんまで!﹂
 オレは興奮するメイヤに手で落ち着くように促す。
﹁魔術液体金属を分けて貰ってる上、研究できる施設まで提供して
貰っている。さらに衣食住まで世話になったらさすがに甘え過ぎだ﹂
 スノーに指摘され、ようやく気付いたがさすがに今の状況は不健
全過ぎる。
 確かに資産のあるメイヤからしてみれば、オレ達の生活費など雀
の涙。むしろ興味のある分野の先駆者が1つ屋根の下に居て、何時
でも質問を尋ねられる&毎日指導して貰える方が幸せだろう。
 しかしそれではオレ達の方が駄目になる。
﹃親しき仲にも礼儀あり﹄だ。
 最近は冒険者のクエストを受けレベル?になり、資金もそれなり
に貯まっている。
 孤児院にも寄付をしたい。

760
 メイヤのお世話になりながら、エル先生の孤児院に寄付をする︱
︱それでは本末転倒だ。
﹁スノーの言う通り、メイヤの屋敷を出て自立しよう﹂
﹁いやぁあぁぁぁっぁッ!!!﹂
 オレの決定にスノー&クリスは了承。
 メイヤは1人悲鳴をあげ、床に転がり玩具売り場でだだをこねる
子供のように暴れた。
﹁嫌ですわ! 嫌ですわ! どうしてみんなで楽しく暮らしてるの
が駄目なのですか! わたくしはリュート様の一番弟子なのに! 
みんな一緒じゃなきゃ嫌ですわ!﹂
 ⋮⋮いい大人の駄々っ子を見るのは結構辛いものがあるな。
 オレはぐずるメイヤを優しく紳士的に説得する。
 内容はこうだ。
 メイヤに今まで世話になった恩は忘れないし、新規武器などの研
究&開発のため毎日通う。そのためにもメイヤ邸の近くに家を借り
るつもりだ。
 だから何時でもメイヤの好きな時に遊びに来ればいい。もちろん
歓迎するし、お泊まりも可。
 メイヤも師匠の決定には逆らえず、いつでも遊びに来て良い&お
泊まり可の当たりで陥落する。
 ただ譲歩として自分も不動産屋に一緒に同行する許可を求めた。
どうやら意地でも自分の屋敷近くの物件を探し出すつもりらしい。
﹁分かったよ。それじゃ今日は研究とクエストは休みにして皆で家

761
を見て回ろう﹂
﹁了解だよ﹂
﹃いいのがあるといいですね﹄
﹁お任せくださいリュート様! わたくしなら顔が広いですから色
々融通が利きますし、こう見えて値段交渉は得意なんですわ!﹂
﹁それじゃ値段交渉の時は頼むなメイヤ﹂
﹁はい! 是非お任せください! 不肖! リュート様の一番弟子
であるメイヤ・ドラグーン! 命を賭して望む所存ですわ!﹂
﹃命を賭さなくていいから﹄と思わず突っ込みを入れてしまった。
 こうして今日は不動産巡りの日になった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ギルド
 冒険者斡旋組合のクエストに出る訳ではないから、いつものラフ
な恰好ではない。
 女性陣は竜人大陸の伝統衣装に袖を通した。
 スノーはポニーテールにドラゴン・ドレス。﹃S&W M10 
2インチ﹄は胸ホルスターでは恰好が悪いので、足に装着する。足
から覗くリボルバーが妙に色っぽい。
 クリスはドラゴン・ドレスを着て、チャイナお団子に髪をまとめ

762
ている。体躯が小柄なため、本当にお人形さんみたいに似合ってい
る。
 メイヤもドラゴン・ドレスに袖を通して扇を手にオレ達を先導す
るため前を歩いた。
 オレも彼女達にならって竜人大陸の男性伝統衣装であるドラゴン・
カンフー姿だ。いちおう護身用にガンベルトを巻き、﹃S&W M
10 4インチ﹄装備。だが、ドラゴン・カンフー姿にガンベルト
は似合わない。
 オレは右手にスノー、左手にクリスと手を繋ぎ、両手に花状態で
屋敷を出る。
 屋敷の門前にはメイヤが手配した馬車が止まっている。
 オレ達は馬車に乗り込む。
 行き先はすでに告げているらしく、全員が乗ると勝手に御者台の
青年が角馬に鞭を入れた。
 馬車で約30分ほど。
 メイヤがオレ達を連れて来た場所は不動産屋︱︱こちらの世界の
名称では﹃建物斡旋所﹄だ。
 大理石のような石を積み上げ作った2階建ての店構えで、カレン
の誕生日プレゼントをクリスと一緒に買いに行った宝石店のような
空気が漂っていた。
 店内に入ると店長らしき中年男性が笑顔で駆け寄ってくる。
 どうやら彼女は事前にここへ来ることを伝えさせていたようだ。
﹁いらっしゃいませメイヤ様。本日は当店をご利用頂きまして誠に

763
ありがとうございます﹂
 男性は心底歓迎する笑みを浮かべて、メイヤを出迎える。
﹁メイヤ様のような竜人種族を代表する方に足を運んで頂き本当に
感激です。のちほどで構わないので一筆頂いても宜しいでしょうか
?﹂
﹁ええ、構いませんわよ﹂
﹁ありがとうございます!﹂
 メイヤは有名な天才魔術開発者だとは聞いていたが、ここまで人
気があるとは知らなかった。まるでスター女優が店に訪れた時のよ
うな態度だ。
 店長らしき男性以外にも、社員達が目を輝かせてメイヤを見つめ
ている。
 彼女は慣れているらしくいつも通りの自然体を崩さない。
﹁今日はわたくしの先生であるこちらのリュート様の物件を見に来
たのですわ。我が屋敷の近い物件を見せてもらるかしら﹂
﹁め、メイヤ様の先生ですか?﹂
 メイヤの紹介に男性が声を上擦らせる。
 あの天才に先生と呼ばれる人物が存在し、またその人物が明らか
に彼女より年下だということに驚いているのだ。
 しかし、彼もプロの店員。
 すぐに表情を笑顔に戻し会釈する。
﹁それではメイヤ様のご自宅に近い物件と、他にもお薦めなのを幾

764
つかご用意させて頂きますので、そちらのカウンターにお掛けにな
ってお待ち下さい﹂
 オレ達は進められるままバーのカウンターに似た席へと座る。メ
イヤ、オレ、クリス、スノーの席順だ。
 ほどなくして男性が物件の詳細が書かれた紙束を運んでくる。
﹁こちらがメイヤ様のご自宅に近い物件になります。またこちらは
当店お薦めの物件です﹂
 紙束を受け取り早速目を通すが⋮⋮高い! 滅茶苦茶高すぎる!
 一番高いので月々金貨50枚、約500万円!
 一番安いのでも月々金貨1枚+銀貨6枚、約16万円!
﹁あら、意外と安いんですのね﹂
﹁ですが決して質の悪い物は一切扱ってません。それが当店の誇り
です﹂
 いやいやいや、高いだろ。高すぎるだろう。
 恐らくだが、ここはオレ達みたいな一般庶民がくる場所ではなく、
上流階級者向けの建物斡旋所なのだ。
 メイヤの経済状況・金銭感覚を考慮に入れるのを忘れていた。
 もっと安くて、3人で暮らせる程度の広さでいいのだ。
 こんな庭にプールがあったり、噴水があったり、部屋にダンスパ
ーティー会場に使えそうなほど広い大広間なんてまったく必要ない。
︵メイヤには悪いが、ここは恥を忍んで店を出よう。そしてもっと
オレ達に︱︱身の丈に合った店に入ろう︶

765
 オレが店を出るため、目の前に立つ男性に断りを入れようとする
と⋮⋮メイヤが勝手に話を進め出す。
﹁これなんていいわね。わたくしの屋敷のすぐ近くだし、間取りも
そこそこ広いですわね。気に入りましたわ。この月々金貨10枚の
物件を銀貨1枚で貸し出しなさい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
﹁聞こえなかったのかしら、この月々金貨10枚の物件を銀貨1枚
で貸し出しなさいと言っているのですわ﹂
﹁い、いえいくらなんでもメイヤ様といえどそんなことは⋮⋮﹂
 突然の要求に先程まで目を輝かせていた男性も困惑気味に言葉を
濁す。
 当たり前だ。
 いくらメイヤが竜人大陸で名の知れた、皆が竜人種族の憧れの的
といえど金貨10枚︵約100万円︶の物件を銀貨1枚︵1万円︶
で貸し出せなど無理に決まっている。
 だが彼女は自分の意見が通らないことに不機嫌になった。
﹁貴方、もう一度わたくしの名前を仰ってくださらないかしら?﹂
﹁め、メイヤ様です⋮⋮し、しかし! いくらメイヤ様でも出来る
ことと出来ないことがありまして﹂
 男性が恐怖し、額から流れる汗を一心に拭う。
 だが、メイヤはさらに態度を硬化させた。
﹁わたくしはメイヤ・ドラグーンですわよ。しかも住んでくださる
のは、我が師にしてこの世界最強の天才魔術道具開発者リュート様
ですわよ? リュート様がお住みになるだけで光栄なこと。その住

766
まいは聖地となります。貴方は神に住んで頂く神殿から、家賃を取
るのかしら? むしろ住んでいただける光栄から、お礼を支払うベ
きではなくて?﹂
 それとも︱︱と彼女は冷たい光を瞳に灯し告げた。
﹁貴方達、この大陸から住む場所を失いたいのかしら?﹂
 この一言に建物斡旋所のスタッフ全員が、幽霊より顔色を悪くし
震え上がる。
 メイヤの言葉は脅しではない。
 皇帝陛下に次いで有名で、次期国王にも覚え愛でたい彼女の逆鱗
に触れれば、この竜人大陸で住む場所など本当になくなってしまう
のだ。
 窓口担当の男性が病人のような顔色で哀願する。
﹁ど、どうかそれだけは! 下の娘はまだ10歳! ここを追い出
されたら、私達はどこへ行けば!?﹂
﹁知らないですわ、そんなこと。好きな場所に行けばいいじゃない
ですか。もしそれが嫌なら言うことがあるのじゃなくて。それとも
これ以上、わたくしの顔に泥を塗るつもりかしら?﹂
﹁わ、分かりました。こちらの物件、月々金貨10枚のところを月
々銀貨1万で⋮⋮﹂
﹁は? 本気で仰っているのかしら?﹂
﹁うぅ、こちらの月々金貨10枚の物件を、月々金貨10枚払うの
で住んでください。お願い致します⋮⋮﹂
﹁どうですか! リュート様! リュート様のためにわたくし、頑
張っちゃいました! もちろん一番弟子として当然のことをしただ

767
けですわ! なのでお礼などいりません。で、ですがもしどうして
もお礼をしたいと仰るのであれば、わたくしの左腕にもこれぐらい
の輪っか状の物が欲しいかな∼と⋮⋮ふえ?﹂
 顔を赤くして、オレ達側に振り返ったメイヤが現実を知る。
 喜んでくれると思っていた相手︱︱オレにドン引きされていた。
 スノー&クリスも引いていた。
 クリスなどちょっと涙目だ。
﹁あ、あのリュート様、スノーさん、クリスさん⋮⋮?﹂
﹁さすがに引くって⋮⋮。交渉が得意って⋮⋮あれは交渉じゃなく
て脅しじゃないか﹂
﹁わ、わたくしはリュート様に喜んで欲しくて!﹂
﹁ごめんなさい、わたしもちょっと怖いです﹂
﹃怖すぎます﹄
 スノー&クリスの言葉にノックアウトされるメイヤ。
 オレは改めて男性と向き直る。
﹁すみません、さっきの話は無しで。ご迷惑をお掛けして本当にす
みませんでした。うちの予算としては月々銀貨5枚ぐらいで、3人
が暮らすのに十分な広さがある家であればとくに問題ありません。
そんな物件、こちらにありませんよね?﹂
﹁い、いいんですか!? メイヤさまの師匠様がそんな質素な⋮⋮
!﹂
﹁いえ、本当にさっきのは忘れてください。お願いします。もし物
件がなかったら他のところへ行くので。だからといって後々問題が

768
起きるようなことはありませんから﹂
﹁あ、ありがとうございます! で、ではこちらの物件などどうで
しょうか?﹂
 男性がそそくさと出してきた用紙に眼を落とす。2階建てで、3
LDKの間取り。ギリギリ高級住宅地の端にひっかかっている割り
にはかなりこじんまりした一軒家だった。しかし家賃は金貨1枚︵
約10万円︶。予算オーバーだ。
﹁ちょっと家賃が高いですね﹂
﹁実はこの物件に住んでいた方はご老人で、遺言として庭の木を切
らないで欲しいとありまして。立地は良いのですが、木はなかなか
立派で日当たりも悪くなるんでどの方も切りたがり敬遠されがちで。
こちらとしてもいつまでも遊ばせているのも勿体ないので、もし住
んでいただけるのでしたら半額の銀貨5枚に値引きさせて頂きます
が。どうでしょうか?﹂
 木を切らないだけで、金貨1枚が銀貨5枚になるなら安いもんだ。
 しかも端とはいえ、高級住宅地。治安もいい。それにメイヤ屋敷
からの距離も近い。ほぼ理想通りの建物だ。
 念のため嫁達の顔色を伺うが、彼女達も納得して頷いてくる。
﹁ではここでお願いします﹂
﹁ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとう
ございます!﹂
﹁そんなお礼を言われることをした訳じゃありませんから。あと家
具とかを買いたいので、今日なかを見せて貰っても大丈夫ですか?﹂
﹁問題ありません。君! 鍵を開ける準備を頼む。ですが掃除や補

769
修漏れが無いかのチェック、細々とした確認や書類の関係上、今か
ら7日後の入居になってしまいますが宜しいですか?﹂
﹁大丈夫です、問題ありません﹂
﹁では、物件をご確認頂いた後、正式に契約書を交わすということ
で。もしお気に召さなかった場合、遠慮なく仰ってください﹂
﹁分かりました﹂
﹁では、さっそくご案内しますね。今日は馬車でおこしですか?﹂
﹁ええ、彼女︱︱メイヤので﹂
﹁でしたら、従者に行き先をお伝えしてきます。係の者がすでに出
て、鍵をあけておりますので﹂
﹁ではまた契約をする時に戻って来ますね。それじゃ2人共行こう
か。メイヤも⋮⋮って、まだいじけてるのか?﹂
﹁どうせわたくしなんて⋮⋮﹂
 メイヤは部屋の隅で膝を抱え、体育座りで小さくなっていた。
﹁あーメイヤ、えっとやりかたはあれだったけど気持ちは嬉しかっ
たよ。本当に。でも今後はあんな脅すような交渉は止めて欲しいか
な。そんなことしなくてもオレはちゃんとメイヤのこと大切な弟子
だと思ってるし﹂
﹁︱︱リュート様!﹂
 声をかけただけで彼女は瞳を太陽より眩しく輝かせて、あっさり
と復活を遂げる。
 うわぁ、ちょろ。
 そして、4人で馬車に乗り込み物件を見学。

770
 若いスタッフがすでに鍵をあけ待機していた。
 中は想像以上に綺麗で、庭面積も広い。問題の木も背は高いが、
邪魔と言うほどでもない。
 問題が無いことを確認して、オレ達は建物斡旋所に戻って契約書
を交わす。
 前金・預かり金として3ヶ月分の家賃を求められたため、スノー
&クリスに頼み財布から銀貨15枚を出して貰った。オレはその間
に契約書にサインを済ませる。
 こうして、オレとスノーとクリスが住む新居を手に入れた。
第52話 ニューライフ頓挫︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月7日、21時更新予定です。
771
第53話 ウォッシュトイレ
 オレとスノーとクリスで一軒家を借り、住むことになった。
 鍵を受け取るまで点検や補修、手続きがあり約1週間ほどかかる。
 その間、色々と忙しいオレ達はクエストをしないことに決めた。
 時間が限られた中無理にクエストをやると、新しい生活に浮き足
立ちミスをしそうだから引っ越して落ち着くまで危険なことはしな
いと決めたのだ。
 それに引っ越しの準備もある。
 スノー&クリスは引っ越し先に置くための家具や小物選び、引っ
越した時の新生活パーティーの準備などで忙しそうだった。
 クリスは実家から持ってきた本類を持って行くつもりのようだ。

772
特に大切にしている初めて買ってもらった本、勇者と魔人種族の絵
本を大事に梱包している。
 招待客はメイヤ1人だけだ。
 この竜人大陸にはまだ知り合いが少ない。
ギルド
 一応、冒険者斡旋組合の受付嬢のお姉さんを誘ったのだが、
﹁幸せのおすそわけって奴ですね。ぁあぁぁああぁッ! あたしも
結婚したいなぁぁぁぁッ!﹂
 雄叫びをあげられた。
ギルド
 謝罪を口にしてオレ達はそそくさと冒険者斡旋組合を後にする。
 そしてオレもメイヤとの研究・開発を中止して、新生活のためあ
る生活用品作りに没頭していた。
 この世界で初めて、自分の住居を構える。
 そのためどうしても作りたい物があったのだ。
温水シャワー
 その作りたい物とは⋮⋮温水洗浄便座︱︱ウォッシュトイレだ。
 汚い話だが、この世界は汲み取り式がメイン。トイレットペーパ
ーも大きな葉っぱが束で売られている。
 肌触りなどマジファックな品物だ。
 メイヤ邸でも、ブラッド家でも、孤児院でも汲み取り式⋮⋮それ
がどうしても我慢出来なかった。
 トイレで大を終え、葉っぱでお尻を拭く度、SAN値がごりごり

773
減っていくのを感じる。
 前世でオレの自宅トイレはウォッシュトイレだった。
 実家がそうだっため、引っ越した当日に取り付け業者に頼んで設
置してもらったほどだ。
 あの使い心地、清潔感! 知ってしまったらもう二度と戻れない
禁断の果実!
 だから作る!。
 温水洗浄便座完備のトイレを!
 トイレ本体はすでに発注している。
 陶器製の白い奴をだ。
 前世でもトイレは陶器製がメイン。
 他の素材ではアレが上手く流れないと、何かの本で読んだ気がす
る。
 次はウォッシュトイレの仕組みだ。
 前世のタイではホースで直接お尻を洗うらしい。
 だがオレはやはり日本式ウォッシュトイレに拘りたい。
 ノズルは手回し式で位置を自分の好きな場所に移動できるように
する。
 仕組み自体はそう難しくない。
 材料は魔術液体金属を使用する。
 問題はどうやって水を温めて、ノズルから噴射するかだ。
 前世のウォッシュトイレの場合は︱︱水を温める方式は2種類存

774
在する。
 温度を常に一定温保っておく﹃貯湯式﹄。
 使う分の水を瞬間的に加熱する﹃瞬間加熱式﹄。
 また水を噴出する方法は単純で、モーターでピストンを動かし筒
から水を押し出している。
 電気やモーターなどなく魔法の無い世界だったら、ウォッシュト
イレ製作など夢の又夢だっただろう。しかしここには魔術があり、
魔石がある!
 この2つの問題は魔石で攻略しよう。
 水を操る魔石と炎の魔石があれば問題解決はそう難しくないはず
だ。
 オレは早速、街にある魔石店へと足を向ける。
 店内に入ると、魔石が宝石店のようにショーケースに飾られてい
た。
 店を切り盛りする中年男性がめざとくオレを見付けると話しかけ
てくる。
﹁当店へようこそリュート様﹂
﹁どうもこんにちは︱︱って、どうして僕の名前を知ってるんです
か!?﹂
﹁魔石姫であるメイヤ様の先生ですから。この街で魔石店を営む我
々にとって彼女の動向を知っておくのは常識のようなものです﹂
 小柄な男性店員が好意的な笑みを浮かべる。
 流石メイヤ、有名人だけあってその影響力は半端ないんだろうな。

775
︵だが都合が良い。これなら下手な物を買わされたり、値段で騙さ
れたりはしないだろう︶
 もしそんなことをしてメイヤに目を付けられ、この竜人大陸で居
場所を失う。
 リスクが高すぎる。
 オレは早速、小柄な人の良さそうな男性店員に相談し、適した魔
石を見せて貰うことにした。
﹁水の魔石と炎の魔石を探してるんですが﹂
﹁なるほど水の魔石を鎧に、炎の魔石は剣などに装備するのですね﹂
﹁いえ、違います。水の魔石で水を操りお尻を洗うんです。炎の魔
石は、その水を温める為に使います﹂
﹁は?﹂
﹁いや、だからトイレをし終わった後、水と炎の魔石を使ってお尻
を洗うための装置を作りたいんです。それに適した魔石はどれにな
りますかね?﹂
﹁⋮⋮馬鹿にしてるんですか?﹂
 男性店員の顔色が変わる。
 先程までの友好的な微笑みから、一転敵意を露わにした険しいも
のに変わった。
﹁そりゃ、メイヤ様の先生なら凄い方かもしれません。私など指先
1つ動かさず闇に消し去ることだって出来るでしょう。ですが、言
わせて頂きたい。私はこの魔石商という商売に誇りを持っているん
です! なのにお尻に水を当てる!? 馬鹿にするのもいい加減に
してください! 出てってくれ! アンタに売る魔石はない!﹂
﹁ま、待ってください! 本当に水でお尻を洗うのは気持ちいいん

776
です! 温水だったらなおさらです! 世界が変わるほどの革命な
んです! 自分を信じてください!﹂
﹁ええい! 出てってくれ! 貴方に売る魔石はないと言ってるじ
ゃないか!﹂
﹁本当なんです! お尻が! お尻が気持ちよくなるんです!﹂
 だが男性店員はオレの訴えを聞かず、店から追い出されてしまう。
 最後に見た彼の瞳は真剣に怒っているものだった。
 しかし彼は何も悪くない。
 トイレ後、温水でお尻を洗う︱︱ウォッシュトイレの思想自体が
この世界ではまだ前衛的過ぎて理解できないのだ。
 もし体験したらきっとその素晴らしさに涙を流し喜ぶに決まって
いる!
 オレはウォッシュトイレを絶対に完成させようと心に固く誓った。
 そして彼に使って貰いその素晴らしさを実感してもらおう!
 オレは別の魔石店へ行くと、用途を秘密にして1つ金貨1枚する
炎&水の魔石を買った。
 魔石を持ってメイヤ邸へ。
 魔石のプロであるメイヤの力を借りてウォッシュトイレ制作に取
りかかる。
 メイヤなら大丈夫だと思うが、1店目の男性店員のように激昂す
る可能性があるため用途は濁し、筒から温水が出る仕組みを作りた
いとだけ伝えた。
 メイヤは魔石に関して頼ってくれたのが嬉しかったのか、喜々と
して協力してくれる。

777
﹁では水を溜めているタンクの回りに、筒へ向けて流れるように魔
術文字を描きますわね﹂
﹁その水を炎の魔石で温めて、温水にしたいんだ。筒部分に温める
魔術文字を描くことはできるか?﹂
﹁もちろんですわ! これほどの大きさの魔石なら水を熱湯に変え
るのもすぐですわ﹂
﹁いや、熱湯にしなくてもいいんだ。お風呂のお湯ぐらいにしても
らえれば﹂
﹁そうですか⋮⋮なら安全性を考えて制限をかけておく必要があり
ますわね﹂
﹁そんなことも出来るのか?﹂
﹁はい、もちろんですわ﹂
﹁よし、それじゃ制限もかけておいてくれ﹂
 メイヤはオレの指示に従い作業を開始する。
 数日掛け、メイヤと2人でウォッシュトイレ制作に没頭した。
 筒は手動のハンドルで出し入れして、位置を調整できるようにす
る。
 水流の操作はタンクの外側に魔術文字を描き込むことで可能とし
た。
 流れる水を温水にするため外に出ない筒部分に、熱するための魔
術文字を描き込んだ。
 前世のウォッシュトイレで言うなら、使う分の水を瞬間的に加熱
する﹃瞬間加熱式﹄を採用したことになる。
 水、炎の魔石ともハンドルと一緒に壁側に設置。
 2つの並ぶ魔石に手を触れながら、起動呪文を告げると水が流れ、

778
熱で温められた温水が飛び出る。
 温水にしたくない場合は、水の魔石のみ触れて呪文を唱えればい
い。
 魔石に込めた魔力が切れた場合、取り替えるか再度魔力を充填す
れば再利用出来る。
 かなりエコな仕上がりだ。
 今回、オレ&メイヤ制作の異世界式ウォッシュトイレにかかった
費用は⋮⋮魔石×2個、ノズル、洋式便器本体、他必要なギミック
素材︱︱合計約金貨3枚︵約30万円︶ほどかかった。
 今回借りた一軒家の家賃が月々銀貨5枚。
 家賃6ヶ月分だ。
 前世のウォッシュトイレで一体型のものであれば、高いものだと
定価30万円台のものもある。
 異世界で作ったのだから、高すぎるほどでは無いと思う。
 今回かかった費用とその使用目的を嫁2人に伝えると⋮⋮
﹁リュートくんはハンドガンの時もそうだけど、変な方向に情熱を
傾けるよね﹂
﹃お兄ちゃん、あんまり無駄遣いしちゃ駄目ですよ?﹄
 なんかちょっと痛い子扱いされてしまった。
 大丈夫、彼女達もウォッシュトイレを体験すれば、その素晴らし
さにきっと気付いてくれる筈だ!

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 ウォッシュトイレこそ禁断の果実!
 一度味わってしまったらもう二度と抜け出せなくなる魔性の道具!
 その素晴らしさに抗える人種など異世界の壁を乗り越えても存在
しないと断言しよう!
 身を以てガラパゴス・ジャパンが生み出した最終兵器の恐ろしさ
を味わうがいい。
 オレは彼女達がウォッシュトイレの虜になって、身悶える姿を想
像し1人静かに微笑んだ。
 こうして新たに借りた一軒家にリュート式ウォッシュトイレが完
備されることになった。
以下、番外編。ウォッシュトイレを使用した時の反応。
スノーの場合。
使用中︱︱﹃!? ふぎゃぁ! な、なにこれぇ! ふにゃぁ!?﹄
使用後︱︱﹃これしゅごいよぉ∼。気持ち良すぎてわたし、腰抜け
ちゃったよ﹄
クリスの場合。
使用中︱︱﹃!? ッゥ、んんぅ! ンッ⋮⋮っ﹄

780
使用後︱︱﹃こ、これは魔王の叡智で作られた拷問器具です! に、
二度と使いませんから!﹄
メイヤの場合。
使用中︱︱﹃り、リュート様ぁぁ! りゅ、リュート様ぁ!! リ
ュート様あぁっぁっぁ!!!﹄
使用後︱︱﹃うふふふ、さすが希代の大天才リュート様。トイレを
ここまで進化させるとは⋮⋮ッ﹄
魔石店のオジさんの場合。
使用中︱︱﹃ウホ! うほほほほ、ほぉー!﹄
使用後︱︱﹃世界が開いた⋮⋮ッ﹄
クリスには涙目で怒られた。
どうやら彼女には不評のようだった。
それ以外の人達には好評だったが。 781
第53話 ウォッシュトイレ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月8日、21時更新予定です。
誤字脱字報告ありがとうございます! 現在、シナリオの書きため
があるのですが、プロットの書きためが無くなりそうで少し忙しく、
修正まで手が回っていない状態です。なるべく近日中に修正したい
と思います。
また﹃第52話 ニューライフ頓挫﹄で、メイヤが店員を脅すシー
ンで﹃月々金貨10枚の物件を、月々金貨10枚払うので住んでく
ださい﹄とありますが、あれは誤字ではなく﹃金貨100枚の物件
を、銀貨1枚で借りさせろ﹄が、いつの間にか﹃金貨100枚払っ
て住んでください﹄とグレードアップするギャグです。

782
分かり辛くて申し訳ありませんでした。
またウォッシュ○ットは、某トイレ会社の商標登録です。なので﹃
ウォッシュトイレ﹄とシナリオ上は表記しています。誤字ではあり
ません。
第54話 初夜×初夜
 そして、1週間が経過。
 ようやく一軒家の鍵を建物斡旋所から受け取った。
 メイヤ邸から私物を馬車で運び込む。
 スノー&クリスが買った家具類も運び込まれたので、事前に決め
ていた場所にさっくり設置した。
 3人共肉体強化術が使えるため、クリス1人でも大型ソファーな
どを運べたり出来る。
 作業が早く進んで便利この上ない。
 午前中で荷物を片付け終えると、昼食は軽く済ませる。
 午後一杯使って、パーティーの準備に取り掛かった。

783
 メイン料理担当はスノー。
 クリスは料理経験がないため、オレと一緒にデザートを担当する。
 彼女達に評判がよかった﹃プリン﹄と﹃ミル・クレープ﹄を作る
予定だ。
 料理を作り終え、一段落付き休んでいるとメイヤが尋ねて来る。
 彼女は予告通り、酒精を持ってやって来た。
 最初は手ぶらで来るよう話していたのだが、メイヤ自身引越祝い
的な物を渡したかったらしい。そこで飲み物を頼んだ。
 折角だから、景気付けに酒精を持ってくると彼女が予告した。
 テーブルにはスノーが作った料理が並ぶ。
 シチューにサンドイッチ、サラダ、肉料理など。
 デザートには冷蔵庫にしまっている﹃プリン﹄と﹃ミル・クレー
プ﹄が待ち構えている。
 オレ達はメイヤが持ってきた酒精︱︱果実酒の栓を開け乾杯した。
 スノー&メイヤは酒精体験済み。
 オレ&クリスは初めてだったので、メイヤは甘口の果実酒を持参
してきた。
 美味しい酒精を飲みながら、愛妻の手料理を口にする。
 楽しい会話を交わし、気付けば時間も大分経っていた。
 メイヤが席を立ち帰宅すると言う。
﹁何言ってんだよ。今日は泊まって行くんじゃないのか? そのつ
もりで客室にメイヤ用のベッドメイキングも済ませてあるのに﹂

784
﹁お心遣いありがとうございますわ。けれど、今日は引っ越し初日。
わたくしも流石にそこまで野暮ではありませんもの﹂
﹁?﹂
 彼女の言わんとする意味が分からず首を捻ってしまう。
 3人でメイヤを見送った後、彼女の言葉の意味に気が付いた。
︵そ、そうか! 今夜は自宅に自分達しかいないんじゃないか!︶
 結婚を口にしてスノーは約6年、クリスは数ヶ月。
 だが、ずっとエッチなことはしてこなかった。
 理由として他人の家だったり、嫁の実家だったり、旅移動の安宿
だったりしたからだ。
 さすがに互いの初めてがそれでは嫌過ぎる。
 しかしここは我が家! 何をしても許されるし、邪魔者はいない!
 本当に今更ながらスノーの分別、自立という言葉の意味を理解す
る。
 確かにメイヤがお金持ちだからと言って、衣食住をおんぶに抱っ
こはやり過ぎだった。今ようやく反省する。
﹁それじゃわたしとクリスちゃんは簡単に片付けた後、お風呂入っ
てくるね﹂
﹃スノーお姉ちゃん、一緒に体を洗っこしましょう﹄
﹁うん! 楽しみだね﹂
 2人は仲睦まじくテーブルを片付け、お風呂へと向かう。

785
 お風呂と言っても、金属製のかなり大きな器にお湯が入っていて、
お湯を浴び体をタオルで拭くというものだ。
 メイヤ邸のお風呂とは天と地ほど違う。
︵まぁゆっくり湯船に浸かりたかったら、メイヤの屋敷に行けばい
いだけだし︶
 オレ達なら彼女の屋敷はフリーパスで出入り出来る。
 スノー&クリスがお風呂に入っている間、オレは落ち着かなくソ
ファーが置いてある居間をうろうろと歩き回っていた。
︵この場合、ベッドに行って準備しておいた方がいいのだろうか?
 大体、コンドームとかこの世界にあるのか? 見た覚えは無いぞ
⋮⋮いや、そういう関係の道具に触れる機会が今まで無かっただけ
で、もしかしたら存在するのかもしれない! だとしたら男として、
彼女達の代わりに買っておくべきだった!︶
 まさか今、夜中に家を飛び出して閉まっている道具屋の扉を叩く
訳にはいかない。
 第一道具屋に置いてあるのかも分からないのに。
︵大体、今日初めてするとしてスノーとクリス一緒にするのか? 
いや、でも今夜はスノーだけ、クリスは明日じゃ色々角が立つだろ
うし⋮⋮。だったら、2人を寝室と客室に分けてそれぞれオレが出
向くとか? だが、1人だけ客室で待たせて、その間に1人と初め
てを経験するなんて逆に気まずいだろ⋮⋮ッ!︶
 ソファーに座ったり、歩き回って悶々と悩んでいると2人がお風
呂から上がってくる。

786
﹁リュートくんお待たせ、お風呂あがったよ﹂
 スノーは白、クリスがピンク色のパジャマを着て居間に顔を出す。
 新居記念に2人はお揃いで色違いのパジャマを揃えたのだ。
 彼女達はまるで姉妹のように仲が良い。
﹃先に寝室で休ませてもらいますね﹄
﹁⋮⋮了解。僕も風呂から上がったら行くよ﹂
 2人の態度で察する。
 今夜、エッチは無いだろう。
 2人一緒でベッドに向かってるし、態度も淡泊だ。
 期待していた落差、準備不足だったため中止になった安堵感など
が複雑に絡み合う。
 風呂場へ入る。
 お湯はスノーが入れ直してくれていた。
 大きな器には並々と湯気が昇るお湯が入っている。
 オレは桶で体を2、3度濡らし、タオルと石鹸で体を洗う。
 頭も流してから、器のお湯を空にして壁に立てかけた。
 風呂から上がり、タオルで体の水滴を拭う。
 スノーとクリスが準備してくれていた、お揃いのパジャマに袖を
通す。
 風呂場の魔術で灯すランプを消し、2階の寝室へと上がる。
 メイヤ邸では各部屋1人ずつ割り当てられていた。

787
 ブラッド家でもだ。
 たまにメイヤ邸で3人一緒に寝たりした。
 その時は手を出すことも出来ず、自重した辛い記憶しかない。
︵自宅だけどエッチなことは無いだろうから、またあの苦しみを味
わうのか⋮⋮︶
 やや重い足取りで、オレは寝室の扉を開く。
 だが、寝室はランプも灯さず暗いままだった。
 もう2人とも眠ってしまったのだろうか?
﹁? スノー、クリス? 寝室の明かりまで消して、もう寝ちゃっ
たのか?﹂
﹁大丈夫、まだ起きてるよ。早く、扉閉めてこっちに来て﹂
 スノーの返答&指示に疑問を抱きながらも従う。
 扉を閉めると完全に暗くなる。
 思わず目に魔力を集中。
 夜目を強化した。
﹁!?﹂
 寝室には天蓋付きの大型ベッドが置かれている。
 大人が5人ぐらい寝てもまだ余裕がある大きさだ。
 スノーとクリスが気に入り、満場一致で買ったベッド。恐らく、
買った家具の中で一番高いんじゃないだろうか?
 そのベッドに2人の少女達が肩を寄せ合い﹃ぺたり﹄と座り待っ

788
ていた。
 しかも2人は先程のパジャマではなく、上はネグリジェに下は紐
で左右を止めるタイプの下着を履いている。
 スノーが白で、クリスがピンク。
 先程のパジャマと同じデザイン、色違いの姿だ。
 2人は下着以外身に付けず、清潔なシーツの上に座ってオレが風
呂から上がるのを待っていたらしい。
 思わず夜目を強化してしまう。
 スノーはいつものポニーテールを解き、銀髪を背に流している。
いつものネグリジェより白い肌を湯上がりではない理由でほんのり
赤く染め、ベッドの上からオレを見詰めている。いつもの歳の割り
に子供っぽい彼女が、今は瞳を潤ませ女の顔をしていた。ネグリジ
ェを下から押し上げる胸は、いつも衣服から見るより大きい。Fは
あるんじゃないのか?
 そんな美味しそうな果実を、スノーは恥ずかしがりながらも隠そ
うとはしない。
 一方、クリスはやはり隣に座るスノーと比べると体型が幼い。胸
も薄く、太股も細い。
 青い果実のクリスだが、その表情は色気に満ちている。いつもの
無垢な微笑みを不安と期待に満ちた目で、オレを待っている。彼女
の体を包むピンクのネグリジェ、左右を紐で止める下着︱︱一見、
彼女に不釣り合いだと思うかもしれない。しかし逆にその不釣り合
いな下着が、幼い肢体にある禁断、魔性度合いを加速度的に増加さ
せるのだ。

789
 そんなとてつもない美少女、しかもタイプの違う2人が同時に自
分を求めてくる。
﹁スノー、クリス⋮⋮﹂
 甘い夢を視る夢遊病患者のようにふらふらと彼女達に歩み寄った。
 ベッドに辿り着くと、2人はコロンと寝ころび、恥ずかしそうに
おねだりしてくる。
﹁わたしを美味しく食べて欲しいワン﹂
﹃お兄ちゃんにいっぱい愛されたいです﹄
 スノーが昔、怒っていた犬語で話し、クリスがモジモジと細い太
股を擦り合わせる。
 理性の鎖が引き千切れるのは当然だ。
 オレは前世を合わせたら単純計算で魂年齢41歳。
 2人同時に嫁達との初夜を迎えた。
790
第54話 初夜×初夜︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月9日、21時更新予定です。
皆さんがウォッシュトイレに反応してて、感想を読みながら嬉しく
てにやにやしたり腹を抱えて笑ったりしてました。もちろんハンド
ガン系とは別に、これからのシナリオでもウォッシュトイレを主人
公達が進化させて行く予定です。某お風呂のローマ人の如く、異世
界で進化するウォッシュトイレ! どうなるか楽しみにして頂ける
と幸いです∼。

791
第55話 黒エルフ、シア︵前書き︶
追加:TSものではありません。
792
第55話 黒エルフ、シア
 引っ越しパーティーから数日。
 朝、オレはベッドから1人抜けだし、台所へ立つ。
 パンツ、シャツ1枚ずつでスリッパをひっかけて、湯を沸かす。
 昨日、買っておいたパンをスライスし、バターを塗る。レタスっ
ぽい野菜とハムを挟んで切れば簡単サンドイッチの出来上がり。
 残った野菜でサラダを作る。
ちゃちゃ
 お湯が沸いたら、竜人大陸名物の茶色い烏龍茶っぽい茶々を淹れ
て寝室に運んでやろう。
 いつもはスノー&クリスが朝食を作ってくれるが、昨日も自分が
頑張り過ぎて彼女達は疲れているのか未だ夢の中。

793
 夫としては妻達の体を気遣い、朝食ぐらい作るのは当然の義務だ。
 一軒家に引っ越して初めての夜を迎えて以降のスケジュールはと
いうと⋮⋮。
 午前中はメイヤの工房で防具、小物などの開発。
 午後はスノー&クリスと合流して食料の買い出しやウィンドウシ
ョッピング。
 そして夜になると、オレは2人を抱えて布団へ真っ直ぐレッツゴ
ー!
 これが基本的な1日だ。
 避妊に関しては女性側が専用の魔法薬を飲む。それで避妊出来る
なんてさすが異世界。
ブレスレット
 たまにスノー&クリスに送る結婚腕輪のため、午前中メイヤの許
可を取り2人に内緒でクエストを受け資金を稼いだりしている。
 無事、2人と念願の初めてを迎えることが出来たが⋮⋮残念なこ
とにこちらの世界にコスプレ衣装も、ローションなども売っていな
いし、存在しないのだ。
 2人にセーラー服やブルマ、軍服とか着せたい!
 迷彩ガラのビキニを着せて、AK47とか持たせたい! 上官&
下士官プレイとか! チャイナ服があるから一度着せたが大興奮だ
った。
 あと、3人一緒にお風呂に入ってイチャイチャしたい。
﹁家に風呂がないからな。さすがにあの手洗の中でやる訳にもいか

794
ないし。メイヤの家の風呂場を借りれば出来るが︱︱いや無いな﹂
 弟子とはいえ、知り合いのお風呂でローション遊びするとか気ま
ず過ぎるだろ。
 それに根本的な問題としてローションが無い。
﹁︱︱いや、まてよ。火薬が作れるんだからローションも作れるん
じゃないか!?﹂
 天才的閃き!
 自身の灰色の脳細胞が恐ろしくなるほどの閃きが降って湧く!
 オレは早速、頭の中で実験に取り掛かる。
 まずはローションをイメージする。
 水分が多いため、魔力の扱い方は水系の魔法を使う時に近い。
 息を吸い吐いて意識を集中する。
 体の内側に眠る魔力を一部切り離し、手のひらに移動させ具現化
させる。
﹁おぉ! ローションになった!?﹂
 無色透明のぬるぬるとした液体。
 両手で擦り合わせる。
 ぬるぬるとした液体が手のひらを離すと糸ができる。
 完璧だ! 完璧なローションを今、オレは手にすることができた
んだ!
 魔力凄い! 魔力バンザイ! ハラショー!

795
 これは革命的事件だ。
 スノーかメイヤに頼んで大量に作り出すことに成功すれば、前世
ではDVDでしか見たことがないローション遊びが出来るようにな
る!
 おお! 夢が広がる!
 オレが新しい可能性に胸をわくわくさせていると、2階から階段
を下りてくる足音が聞こえてくる。
 どうやら2人とも起きたらしい。
 オレは手のひらを洗う。
ちゃちゃ
 ちょうど湧いたお湯で3人分の茶々を淹れた。
 朝食は寝室から、リビングへと運ぶ場所を変更する。
 まだ眠そうなスノー&クリスに、オレは高原の草原より爽やかな
笑顔で朝の挨拶をした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁あのね、さすがにそろそろ真面目に働こうと思うの﹂
 3人でリビングにある椅子に座りながら、オレ特製の朝食を摂っ
ているとスノーが提案してくる。
 確かにいくら資金に余裕があるからと言っても、このままでは駄
目人間になってしまう。

796
﹁そうだな。スノーの言う通りそろそろちゃんと働かないとな﹂
﹃そうですね。改めてレベル?を目指しましょう﹄
 クリスが気合いを入れた表情で同意した。
﹁レベル?か⋮⋮﹂
 オレは顎に指をあて思案する。
 レベル?までは街周辺の魔物を退治すれば上がるが、レベル?か
らはそうはいかない。
 レベル?の基本的クエストは遠出して別の街で品物の受け取りや
高レベルの魔物退治、荷馬車の護衛など遠征が基本になる。
 冒険者としての専門知識が求められるのだ。
 またここから預け金が発生する。
 仕事だけ受注して参加しないのを防ぐための制度だ。預け金はも
ちろんクエスト後は返金される。
 だからこそオレは躊躇してしまう。
 やったことの無いクエストには、トラブルがつきものだ。
 約4年前、オレは冒険者としての基礎知識が不足して偽冒険者に
騙され、奴隷として魔人大陸に売り飛ばされた。
 結果としてはクリスという嫁を娶ることが出来たらよかったもの
の、心に刻まれたトラウマは早々拭えない。
 荷馬車の護衛任務などは一見簡単そうに見えるが、夜中に大人数
に突如襲われてパニックに陥ったら何が起こるか分からない。自分
だけならまだしも、嫁2人を守り切らないといけないのだ、闇雲に

797
銃を乱射するわけにはいかない。
 オレが最近日々怠惰に生活していたのも、その辺の迷いがあった
せいかもしれないな。
﹁だったら奴隷を買えばいいのですわ!﹂
﹁うわぁ!? め、メイヤ! いつのまに!﹂
 いつの間にかリビング入り口にメイヤ・ドラグーンが立っていた。
 いつものドラゴン・ドレス姿で、手には扇を持っている。
﹁玄関をノックしたのですが、反応がなかったので勝手に上がらせ
て頂きましたわ!﹂
﹁勝手にって⋮⋮鍵はどうした?﹂
﹁自分はリュート様に次ぐ天才魔術道具開発者ですから。この程度
の鍵を開けるなど造作もありませんわ。えっへんですわ!﹂
 えっへんじゃねぇよ!
 メイヤは自慢げに大きな胸を張る。
 だが、彼女の話はアリだ。
ギルド
 たとえ冒険者斡旋組合の紹介でも、他人である冒険者は信用出来
ない。
 ならいっそ、裏切る心配が無い奴隷を買うのも1つの手だ。
 幸い資金には余裕がある。
 最悪、メイヤに借りればいい。
﹁⋮⋮試しに覗いて見るのもありか?﹂
﹁まぁ見るだけならタダだしね﹂

798
﹃それにもしかしたらお兄ちゃんみたいに掘り出し人が居るかもし
れませんし﹄
 妻達の了承を取り、奴隷を買うかは別として見てみることになっ
た。
﹁それでは今日は、奴隷市場に行きましょう!﹂
 メイヤは自身の提案を受け入れられたのが嬉しかったのか、ハイ
テンションで腕を突き上げる。
 今日は防具や小物開発はお休み。
 折角だから奴隷を見終わった後、買い物をして夕飯にメイヤを誘
ってやるか。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 この街で奴隷が売っている場所は1つしかない。
 奴隷商人が王国から許可を取り、複数が共同で運営する﹃奴隷市
場ブルーテス﹄だ。
ギルド
﹃奴隷市場ブルーテス﹄は警備の観点から、冒険者斡旋組合の裏手
に建っていた。
 何か問題が起きた時、すぐ対応出来るようにするためらしい。
ギルド
 何度も冒険者斡旋組合に通っていたが、メイヤ以外のオレ達は建

799
物の場所を知らなかった。
ギルド
 冒険者斡旋組合の裏手に行く用事が無かったため、気付かなかっ
たのだろう。
﹃奴隷市場ブルーテス﹄は1階が檻に入った見本市。だが、1階に
出入り口は無い。
 奴隷の逃亡防止のためだ。
 オレが昔奴隷として﹃ラーノ奴隷館﹄地下に押し込められていた
のと同じ理屈だ。
﹃奴隷市場ブルーテス﹄の場合は、複数の奴隷商人が奴隷を持ち寄
り運営している。
 新規の商人が参入する場合、厳しい審査があり合格すれば場所代
を払い一定期間そこに奴隷を置くシステムらしい。
 このシステムにより商人同士が競うようになり、扱う奴隷の質は
高くなり、種族も豊富、騙して売り抜こうとする商人も居なくなっ
た。
 オレが奴隷として連れて行かれた魔人大陸では、炭鉱、金、銀、
銅、魔石などを掘る炭鉱夫系奴隷が求められていた。
 もちろんここ竜人大陸でも炭鉱夫系奴隷の需要はある。ただ、こ
の街で需要があるのは肉体労働者タイプだけではない。様々なタイ
プの需要がある。
 複数の商人が奴隷を持ち寄って販売した方が品質や種族が多用化
するため、このような方式が採用されているのだろう。
 2階が受け付け室になる。
ギルド
 階段を上がり中に入ると、冒険者斡旋組合と同じようなカウンタ
ー業務が行われていた。

800
 メイヤが説明する。
 ここはやはり誰でも来て良い場所では無いらしい。
 一応の年齢制限もある。
 成人とされる15歳以上だ。
 オレ達は14&13歳と本来は入れないが、メイヤ︵保護者︶が
いるため問題無いらしい。
 どうやら2階の受付で求める奴隷を提示し、そして条件に合う番
号をリストアップしてもらう。
 その後、2階の室内から1階に通じる階段を下りる。
 檻に番号が振られているため、そこへ行って実際に確認し、檻の
前に立つ説明役との交渉をする。基本奴隷は薄着又は裸だったりす
るため、見せ物にさせない配慮、冷やかしの排除のためだ。
 奴隷達の衣服が薄着なのは、いちいち品定めのため脱がせるのは
面倒なのと、着せたり脱がしたりで体調を崩されたら商品価値に傷
が入るためらしい。
 そのため1階は魔術で温度も高めに保たれている。
 1階が壁で囲われているのは、奴隷の逃亡阻止だけでは無く温度
を下げないためという理由もあったのだ。
 受付嬢がメイヤに気付くと、すぐに立ち上がり駆け寄ってくる。
 そして何も言っていないのに受付の奥︱︱応接間に通された。
 完全なVIP待遇⋮⋮。
 どうやらメイヤクラスになると、彼女が奴隷の元へ行くのではな
く条件を出して奴隷をこの場に連れてくるらしい。
 さすが竜人大陸だけではなく、世界中に名前を知られている魔石
姫だけある。

801
 10分もしないうちに﹃奴隷市場ブルーテス﹄の責任者である男
が姿を現す。
 奴隷商人を相手に言うのもアレだが、人の良さそうな顔をしてい
る。腹は出っ張り、見た目は大黒っぽい。
﹁ようこそいらっしゃいました、メイヤ様。﹃奴隷市場ブルーテス﹄
の責任者代表を務めさせて頂いております、エノスと申します。お
見知りおきを﹂
﹁初めましてエノスさん﹂
 メイヤとエノスは握手を交わす。
 その後、オレ達も彼と握手を交わした。
 メイヤが上座に座り、オレ達3人はエノスと対面するようにソフ
ァーへ腰を下ろす。
﹁それでメイヤ様、今日はどういった奴隷をご希望で?﹂
﹁今日はわたくしではなく、師のリュート様が奴隷を見に来たんで
すわ。わたくしはその付き添いですわね﹂
﹁ほう、この方が噂のメイヤ様の師匠ですか!﹂
 メイヤの紹介に、エノスは目を丸くしてオレを凝視する。
﹁メイヤ様の師匠がお相手なら、こちらも気合いを入れてお薦めの
奴隷をご紹介しなればなりませんな﹂
 エノスは大きな腹を揺らし笑う。
﹁それでどういった奴隷をご希望ですか?﹂
﹁えっと、冒険者の経験が有り、年は15∼20歳、魔術師の有無

802
は不問でお願いします﹂
﹁性別はいかがしますかな?﹂
﹁女性で! ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ですがあくまで希望で、条件に
合う方が居なければ男性でもいいですよ?﹂
 思わず、口から声が出るがすぐさま補足した。
 左右に座るスノー&クリスの態度には変化なし。
 それが逆に怖い。
 でも、ほら若い男性だと色々気まずいじゃん。
 だからオレは女性を選んだわけで⋮⋮別に他意はありませんよ?
 胸中で言い訳をしていると、提示した条件に合う奴隷についてエ
ノスが考え込んでいた。
 彼は少し経った後何かを思いついたようで、顔を上げ笑顔で話し
出す。
﹁1人条件の合うのがいます。私が扱っている奴隷なのですが、名
前はシア。16歳、冒険者を12歳から初めて約3年で、冒険者レ
ベル?に。性別は女性。妖精種族、黒エルフ族。魔術師Bプラス級
です﹂
﹁魔術師Bプラス級の奴隷なら、金貨500枚ぐらいかしら?﹂
 メイヤが口にした値段に仰天してしまう。
︵き、金貨500枚!? 日本円で約5000万ぐらいか? 冗談
じゃない。そんな大金持ってないぞ!︶
 オレは早々に購入を諦めた。
 やっぱりオレ達3人だけで頑張って冒険者レベルを上げよう。

803
 いくら何でも高すぎる。
﹁本来ならその金額で取引させて貰っているのですが⋮⋮引き取っ
て頂けるのであれば金貨250枚で構いません﹂
﹁通常価格の半額ですか? 随分な割引ですね﹂
 オレの皮肉にエノスは苦い笑いを浮かべる。
﹁もちろんメイヤ様の師匠を騙すつもりはありません。健康状態も
良く、性的な経験も無い処女。ちゃんと魔術も扱えます﹂
 おい、なぜ処女を強調する。
 いや、ある意味、大事な部分だけどさ。
﹁ただシアは変わり者で⋮⋮自分から奴隷になったのです﹂
﹁自分からですか?﹂
﹁たまにあるんですよ。貧し過ぎて、タダでいいから奴隷にしてく
れという輩が。奴隷になれば生殺与奪の権利は奪われますが、明日
明後日に飢えて死ぬという状況からは逃れられます。運が良ければ
良い主人に買われて一生安泰に暮らせますから。ただ⋮⋮シアはあ
る条件さえ呑めばタダで奴隷になると言ってきたんです﹂
 その条件とは?
﹁﹃自分が認めた主にしか売らない﹄です。そんな契約の元、私の
友人がシアを奴隷にしたのですが、約1年ほど彼女は誰も主と認め
ず買い手が付かなくて。友人もさすがに呆れて、﹃自分には扱いき
れない﹄と私に譲り渡して来たのです﹂
﹁なるほど⋮⋮もしそのシアという子が、オレを﹃主﹄と認めれば、
通常の半額の値段で売るという訳ですね﹂

804
﹁はい、その通りです﹂
 確かにそれは変わり者だ。
 いや、変わり者と片付けていいか迷う変人っぷりだな。
﹁彼女が主と認める条件、資質、基準とかあるんですか?﹂
 エノスが困り顔で首を振る。
﹁それがさっぱりで、本人曰く﹃自分が認めた主にしか売らない﹄
の一点張りで。そういう契約をしたからには、それ以外の条件では
売れませんし⋮⋮。ですが、メイヤ様の師匠なら、きっとあのシア
も認めると思うのですがどうでしょうか?﹂
 市場価格の半額という激安理由は分かった。
 確かにある意味でお買い得奴隷だが、そんな子がオレを主と認め
るとは到底思えない。
 どうせ無駄だろうし断るか?
﹁一度会うだけでもどうですか?﹂
 エノスが顔色を伺うように聞いてくる。
 彼からしても、売るに売れない維持費だけがかかる不良在庫。﹃
あのメイヤの師匠なら、変わり者のシアでも主と認めるかも?﹄と
いう僅かな可能性にすがっているのだろう。
 上手くすれば、本当にシアがオレを気に入って、元手があまりか
かっていないうちに売り抜けられるかもしれない。
 正直オレ自身、どんな奴か見てみたいという気はする。
 試すだけならタダだし、会うだけならと思わなくはない。

805
﹁⋮⋮分かりました。会うだけ会ってみましょう。但し認められな
くても文句は言わないでくださいよ﹂
﹁もちろんですとも! それでは少々お待ちを﹂
 エノスは喜々としてソファーから立ち上がると、応接間から出て
行く。
 約10分少々︱︱彼は守衛の2人に挟まれた少女を連れてくる。
﹁お待たせしました、これが先程言っていたシアです﹂
 オレは彼女に視線を向ける。
 強い意志を感じる瞳。身長はスノーと同じか、若干低いぐらい。
目は鋭いが、顔は整っていて可愛いと言えるだろう。
 首には魔術防止首輪。手足は頑丈な鎖で拘束され、両脇を守衛が
抑えている。あくまで念のための措置だろう。
 着ている衣服はボロい上下。おヘソが見えている。胸は普通より
やや大きめ。Dカップぐらいか?
 黒髪をセミロングに切っている。エルフの特徴である尖った耳が
髪から覗く。
 彼女が変わり者の妖精種族、黒エルフ族のシアらしい。
﹁オマエを買ってくださるというのはこの方達だ。さっ、挨拶を﹂
 いや、まだ買うと決めた訳じゃないんだが⋮⋮。
 シアは鋭い目つきで、オレ達を品定めするように見つめてくる。
 これでは立場が反対だ。

806
﹁⋮⋮ボクの名前はシア、よろしくね﹂
 彼女は品定めが終わると、ぶっきらぼうに挨拶してくる。
 黒エルフで﹃ボクっ娘﹄かよ!?
 色々キャラが濃いな。
﹁まったくどうして、オマエはそう礼儀をしらないんだ﹂
﹁ボクはやんごとなき身分の方に仕えていたこともあるんだよ、礼
儀を知らない訳じゃないんだ。しないだけさ﹂
﹁まったくオマエは⋮⋮﹂
 エノスが疲れた溜息を漏らす。
 改めて彼女にオレ達を紹介した。
﹁こちらがオマエを買ってくださるリュート様だ。あの魔石姫であ
るメイヤ様が師と仰ぐお方だ。どうだ、オマエの主に相応しい人だ
ろ?﹂
︵いや、だからまだ買うとは決まっていないって︶
 その紹介にシアが興味深そうに瞳を細める。
﹁そうか、君があの﹃リュート﹄か﹂
 彼女の反応はまるで前にどこかで知り合ったようなものだった。
 だが、オレに彼女と出会った記憶なんてないぞ?
﹁え、えっと僕達どこからあったことある?﹂
﹁どうだったかな⋮⋮﹂

807
 含み笑いを浮かべるシア。
 オレが必死に彼女のことを思い出そうとすると、彼女は想像を絶
する爆弾を投下してくる。
﹁﹃タナカコウジ﹄︱︱聞き覚えはないかい?﹂
 タナカコウジ︱︱田中孝治!?
 自殺、見殺し、イジメ、DQN、刺殺、首吊り︱︱遠い過去にな
りかけていたトラウマが黒い津波となってオレの魂を塗りつぶす。
﹁うわあぁあっぁぁぁぁぁぁぁっぁあああぁぁぁぁあぁぁぁっぁぁ
ッッ!!!﹂
 絶叫が応接間に響き渡る。
 オレの意識はそこで途絶えた。
 それは、かつてオレが見捨てた、オレが前世で引き籠もり、死ぬ
原因の一端となった友人の名前だった。
808
第55話 黒エルフ、シア︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月10日、21時更新予定です。
活動報告を書きました。
よかったら見ていってください。
追加:TSものではありません。 809
第56話 主の条件︵前書き︶
黒エルフ編は、TS物ではありません︵また今後TS物をやる予定
もありません︶。
仮に転生者を出す場合は、前世の性別と同じ性別で出すつもりです。
誤解を与えるような書き方をしてしまい申し訳ありませんでした。
810
第56話 主の条件
﹁⋮⋮っ、ここは寝室?﹂
 目を覚ますと、自宅寝室で目を覚ます。
 見慣れた天蓋付きベッドの天井で気付いた。
 体を起こす。
 外は日が落ち、暗くなっていた。
﹁⋮⋮まさかこの世界で﹃田中孝治﹄の名前を聞くなんて﹂
 いや、自分が死んで前世の記憶を引き継ぎ転生したのだから、他
にも似た人物がいるとは思っていた。しかしそれはあくまで前世の
誰か。

811
 自分に関わる人物の名前が挙がるとは考えていなかった。
﹁だいたいあの黒エルフは何者なんだ?﹂
 いくら記憶を掘り起こしても、彼女に覚えがない。
 彼女の方も名前は知っているが、顔までは知らなかった︱︱とい
う態度だった。
 彼女の背後にオレを転生者と知り接触させようとする人物でもい
るのか?
 だとしたらなぜその人物が直接会いに来ない、動機も分からない
し、どうやってオレを転生者だと知ったんだ? それに﹃田中孝治﹄
とオレが関係者と知っている? 彼女の背後に居るのは﹃田中孝治﹄
本人なのか? だとしたらなぜ直接会いに来ない。大体どうしてオ
レが﹃堀田葉太﹄の生まれ変わりだと知っているんだ? 銃器を開
発したから連想したなんて無理があるし⋮⋮
 ベッドに座ったまま幾つもの無為な考えが頭を過ぎる。
 これ以上はいくら考えても無駄だ。
 答えを知るためには直接シア本人に聞くしかない。
 オレは溜息をつくと、ベッドから抜け出し1階のリビングへ行く。
 スノーとクリス、メイヤがお茶をしていた。
 どうやらオレが起きるのを待っていたらしい。
 耳のいいスノーは、2階から降りてくるオレに気付いてたらしく、
部屋に入ると心配そうな表情で声をかけてきた。
﹁もう起きて大丈夫なの?﹂

812
﹁ああ、もう大丈夫だ。皆も心配かけて悪かったな﹂
 スノーの頭を撫でた。
ちゃちゃ
 クリスは温かい茶々を淹れてくれる。彼女の頭も撫でた。
ちゃちゃ
 オレはソファーに体を深く預けて、茶々を一口啜る。
 葉の香り、微かな渋み、温かさが意識をさらに覚醒させる。
 カップを両手で包みながら、皆に宣言した。
﹁あのシアという奴隷を買おうと思う﹂
 3人とも予想はしていたのか、不安げな表情をしたが驚きはして
いない。
 スノーが代表して尋ねてくる。
﹁それは構わないけど⋮⋮シアっていう子はリュートくんを知って
いたみたいだけど、リュートくんは彼女のこと知ってるの?﹂
﹁オレも思い出そうとしたんだが、まったく記憶にないんだ﹂
﹁じゃ、彼女が言っていた﹃タナカコウジ﹄って何?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 やっぱり聞いてくるよな。
 だが、まさか彼女達に自分は前世の記憶を引き継いだ転生者で、
田中孝治はオレが見殺しにした人物の名前だったと説明する訳には
いかない。
﹁⋮⋮すまない、今はまだ話すことが出来ない﹂
﹁分かったよ。リュートくんが話してくれるまで待つよ﹂
﹃私も待ちます﹄

813
 妻であるスノー&クリスが、衒いのない笑顔で頷いてくれる。
 ⋮⋮オレは本当に良い嫁さんを貰ったな。
 そして改めてメイヤに向き直り、頭を下げる。
﹁というわけでどうしてもあの奴隷、シアを買いたい。けど、金貨
250枚なんて持ってないから、すまないがお金を貸してくれない
か?﹂
﹁頭をお上げくださいリュート様! 前も言った通り、弟子の物は
師の物ですわ。つまりわたくしのお金はリュート様の物! 遠慮無
く、どんどんお使いくださいませ!﹂
﹁ありがとう、メイヤ。でもちゃんと返すよ﹂
 メイヤはその返答に﹃リュート様はいけずですわ﹄と不満そうに
声を漏らす。
 オレは構わず話を続けた。
﹁明日、奴隷市場が開いたらすぐ買いに行きたいから、一緒に付い
てきてくれないか? オレだとまだ14歳で市場に入れる年齢に達
していないから、メイヤに付き添って欲しいんだけど﹂
﹁分かりました! もちろん喜んで同行させて頂きますわ! では、
すぐ一緒に行動出来るように今夜はこちらにお泊まりさせて頂きま
すわね!﹂
 オレの家への初めてのお泊まりに、メイヤは嬉しそうに笑みをこ
ぼす。
 彼女は一度自宅に戻り、泊まる準備を整えてくるらしい。
 だったらその間に、夕飯と客室の準備をしようということになっ
た。

814
 とりあえず皆、一度シアのことは表面上忘れて、楽しくお泊まり
会の準備を始める。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、朝食も摂らず奴隷市場が開くいの一番に、メイヤを伴って
﹃奴隷市場ブルーテス﹄を訪れる。
 2階へ上がり受け付けに顔を出すと、すぐ昨日の応接間へと通さ
れた。
 エノスが今にも倒れそうな青い顔で応接間へ顔を出すなり、床に
頭を付ける。
さくじつ
﹁昨日は、メイヤ様の師であるリュート様に大変失礼な奴隷を面会
させてしまい申し訳ありませんでした! 今後はこのようなことが
無いよう気を付けますので、どうか寛大なお慈悲をお願いいたしま
す!﹂
 その態度に見覚えがある。
 引っ越し先を探していた時、建物斡旋所で担当してくれた男性と
同じ態度だ。
 どうやら昨日、オレが気絶した後、メイヤに散々怒鳴られ、脅さ
れたみたいだ。
 オレはまず顔をあげるよう促す。

815
﹁顔をあげてください。むしろ昨日はご迷惑をおかけして申し訳あ
りませんでした。もう二度とあのような醜態をさらさないので、昨
日の奴隷、シアにもう一度会わせてくれませんか? 彼女が許すな
らですが、是非シアを買いたいのです﹂
﹁も、もちろん当店としてはありがたいのですが本当に宜しいので
すか?﹂
﹁はい、お願いします﹂
﹁分かりました。それではすぐに呼びますので少々お待ち下さい﹂
 エノスはそそくさと応接間を出る。
 そして約10分少々︱︱昨日と同じように守衛の2人に挟まれシ
アが姿を現す。
 首には魔術防止首輪。手足は頑丈な鎖で拘束され、ボロい上下の
衣服を着ている。昨日と同じままだ。
 オレは彼女と向き合い尋ねる。
﹁シア、僕は君を買いたい。だから、どうか僕を主と認めて売られ
て欲しい。もちろん、乱暴なマネはしないし。君が望めばすぐに解
放する。ただいくつかの質問には答えて欲しいんだ﹂
﹁⋮⋮ふん、身なりの割りに大金を随分手早く用意したものだね。
そこに居る天才魔術道具開発者殿から借りたのかい?﹂
 頷く。
 シアは見下しさらに鼻で笑う。
﹁所詮、その程度の器か。どうやら君もボクの主に相応しい器では
ないようだね﹂
﹁たかだか妖精族、しかも奴隷の分際で神より上位のリュート様に

816
なんて口の利き方かしら! 自身の身の程を弁えなさい!﹂
﹁メイヤ、少し黙っててくれ﹂
﹁し、しかしリュート様!﹂
﹁僕は黙れと言ってるんだ﹂
﹁し、失礼しました!﹂
 思いの外、冷たい声が口から出る。
 メイヤは冷雨を浴びる子犬のように震え上がってしまった。
 ⋮⋮少し冷たすぎた。後で彼女に謝っておこう。
 だが、その前にまずシアをなんとしても買い取らねば。
﹁じゃぁどうすれば主と認めてくれるんだ?﹂
﹁そうだね⋮⋮それじゃ、ボクと戦って力を示してよ。もしボクに
勝てたら﹃ご主人様﹄と認めてあげるよ﹂
﹁分かった。やろう。もし勝ったら僕を主と認めてもらう。負けた
後、やっぱり無しなんて通用しないからな﹂
﹁ッ! 侮辱するな! ボクがそんな不埒なまねするわけないだろ
!﹂
﹁それじゃ、細かい条件を詰めよう﹂
 オレが激昂するシアを無視して淡々と話を進めた。
 勝負方法は魔術無しの格闘技。シアに魔術防止首輪が付けられて
いるためだ。目つぶし、金的無し。相手が気絶、戦意を消失したら
敗北。対戦場所は﹃奴隷市場ブルーテス﹄の1階。あそこなら丈夫
だし、中央にある休憩スペースを片付ければ格闘出来る広さもある。
壁に囲まれているため朝から店外に迷惑をかけることも無い︱︱と
周囲を無視してオレとシアが勝手に勝負条件を詰めていく。

817
 さすがに﹃奴隷市場ブルーテス﹄代表を務めるエノスが、割って
入ってきた。
﹁り、リュート様、そういう商品を傷つける行為は買った後やって
ください。それにうちで暴れられても困ります﹂
﹁今からボク達が1階を使うから、休憩所に置いてある椅子類を端
に寄せて置いてくれ﹂
﹁い、いやですからそういうことは契約を済ませてからに︱︱って
! どうして私が奴隷に敬語を使わなければならないんだ!﹂
﹁すみません、どうか1階を使わせてください。お願いします﹂
﹁確かにまだ早い時間ですから他にお客様は居ませんが、ここは奴
隷組合が共同で使っている場所で私の一存では︱︱﹂
﹁お願いします﹂
 オレの駄目出しにより、隣に座るメイヤの﹃貴様まで神であるリ
ュート様のお願いに逆らうというの? 死ぬの? 竜人大陸から住
む場所を奪われたいの?﹄という眼光の方が効果あったのだろう。
 エノスがぽっきりと折れる。
﹁うぐ、ど、どうして私ばっかりこんな目に合わないといけないな
んだ⋮⋮昨日もメイヤ様に怒鳴られ、酷い目にあったというのに⋮
⋮。分かりました! でも、勝っても負けても私に文句を言わない
でくださいよ! それからシア、オマエはこの戦いが終わったら絶
対に手放してやる! もうこんな疫病神奴隷はまっぴらごめんだ!
 もう二度と私の前に顔を出すなよ!﹂
﹃奴隷市場ブルーテス﹄代表を務めるエノスの許可を貰うことが出
来た。
 こうしてオレvsシアのガチファイトが勃発した。

818
第56話 主の条件︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月11日、21時更新予定です。
前書きでも書いてますが、TS物ではありません。また今後TS物
をやる予定もありません。
仮に転生者を出す場合は、前世の性別と同じ性別で出すつもりです。
誤解を与えるような書き方をしてしまい申し訳ありませんでした。
819
第57話 ガチファイトクラブ
﹃奴隷市場ブルーテス﹄1階は、四方を壁で囲まれていた。
 奴隷達は鉄の檻に入れられて、壁際にずらりと並べられている。
中央にも2個ずつ2列ずつ並んでいた。
 奴隷の檻には番号が振られ、前に各商品を説明するための商人が
座っている。
 2階受け付けで希望に近い奴隷の番号を教えられ、客がその檻番
号へと向かう。もちろん、指示された番号以外を見て回っても問題
は無い。
 壁、床、天井とも石造りで、魔術で作り出された光によって室内
を満遍なく照らしている。
 木の鎧戸で開閉する約30センチ四方の窓は全て開いていた。

820
 鎧を着た警備員達に連れられて、2階から降りてきたオレ達を檻
に入っている奴隷達が不思議そうに眺めていた。
 体育館3つを横に並べ繋げたほど広い。
 その中心は、休憩スペースのためか椅子が置かれている。その椅
子を警備員達が片付ければ、即席の闘技スペースの出来上がりだ。
 シアは警備員達により、手足の枷を外される。
 2、3度筋肉をほぐすように動かす。
 オレも側に立つメイヤに、下げていたガンベルトと靴を脱いで預
ける。
﹁別にボクにならって靴まで脱がなくてもよかったのに。なんなら
ハンデとしてそっちの魔導具っぽい物を使わせてあげてもいいよ﹂
﹁まさか。勝った後でごねられても困るしね。それとも言い訳作り
のために使ってあげたほうがいいのか?﹂
 シアの顔が不機嫌になる。
﹁ふん、その減らず口に見合うだけの実力があることを祈っている
よ﹂
 彼女は鋭い視線で睨み付けてくる。
 オレも負けじとにらみ返した。
﹁リュート様、無理はなさらないでくさいまし﹂
﹁分かってる。メイヤも危ないから離れていろ﹂

821
 彼女は頷き距離を取る。
 警備員の1人がレフェリーのようにオレ達の間へ立つ。
﹁改めて条件を確認する。﹃魔術無し﹄﹃武器無し﹄﹃目つぶし無
し﹄﹃金的無し﹄﹃相手が気絶、戦意を消失したら敗北﹄。さらに、
これ以上危険だと我らが判断したら止めに入る。問題無いか?﹂
﹁問題無い﹂
﹁ボクもありません﹂
 双方の合意を取ると、警備員はオレ達に距離を取るよう指示を出
す。
 約10メートル離れると、警備員は外に聞こえそうなほどの声量
で﹃始め!﹄と合図を告げた。
 オレ、シア︱︱双方すぐさま構える。
 オレは両手を顎あたりで構えた。
 彼女も似たような構えを取る。
﹁リュート様、頑張ってください!﹂
 メイヤの声援を耳にしながら、シアと対峙する。
 彼女は爪先でテンポを刻み時計回りにステップ。
﹁︱︱フッ!﹂
 鋭い踏み込みで、左ジャブのようなパンチ。慌てて距離を取れば、
追い打ちとばかりに攻めてくる。
 こちらも払いのけるようにジャブ。

822
 だがダッキングで交わされ、逆にボディーへ右拳がめり込む。
﹁ぐっ!﹂
 後退していた逃げ腰だったためダメージは少ないが、足は止まる。
 追い打ちの左足のミドル。
 反射的に脇腹をガードするが︱︱彼女の足がぐにゃりと軌道を変
え頬に蹴りがめり込んだ。
 まさかのブラジリアンキック!?
﹁ッッッ!?﹂
﹃ウオッッォオォオォォォォォッォォオオォッォッ!!!﹄
 たまらず床に手を付く。
 打撃が当たったことに興奮し、奴隷と警備員達は耳が痛くなるほ
どの喝采をあげる。
﹁り、リュート様! 世界の国宝と言っても過言ではないリュート
様をけ、蹴りつけるなんて! 神をも恐れぬ冒涜ですわ!﹂
﹁ふ∼ん、この程度なんだ。本当に減らず口だったみたいだね﹂
 シアはメイヤの悲鳴を無視して、倒れたオレを冷たい視線で見下
してくる。
 オレは歯ぎしりして立ち上がり、右アッパーを繰り出すが彼女は
華麗に後方へ下がった。
 再び距離が出来る。
︵女性だから舐めていた訳じゃないが⋮⋮攻撃が的確だな。気を抜

823
いたらすぐ倒されそうだ︶
 そうなったらなぜ彼女が﹃田中孝治﹄の名前を知っているのかも、
聞けなくなる。
 オレは気合いを入れ直す。
 シアをよく観察する。
 彼女が使っている格闘術はこの世界のオーソドックスでは無い。
 爪先でリズムを取り、隙をついて着実にダメージを与えてくる。
こちらが打って出れば、無理をせず引く。
 完全なヒット&アウェイ。洗練された実戦格闘術だ。
 だが旦那様やギギさんと比べれば拳は軽いし、迫力も無い。
 旦那様の怖さを体験している身からすると、この程度怖くも何と
も無い!
 今度はオレから仕掛ける番だ!
﹁ふっ!﹂
 真っ直ぐ突っ込み左ジャブ!
 しかし相手は距離を取り回避。
 さらに軽いステップで時計回りに動き、回り込んでくる。
 構わずオレは彼女へジャブを打つ。
 シアはギリギリで回避しながらタイミングを計っている。
 オレはわざと大振りで右ストレートを打つ。
 そのタイミングに合わせて、シアがカウンターを狙ってきた。予

824
想通り!
 オレ達は同時に回避する。
 距離が零になる。
 オレはすぐさまシアの首を両手でロック!
 ムエタイで言うところの首相撲と呼ばれる体勢だ。
﹁!?﹂
 彼女は初めての事態に戸惑い行動がワンテンポ遅れる。
 その隙にオレは、右膝をシアの脇腹へ叩き込んだ。
﹁ガァッ!﹂
 耳元で漏れる苦しげな呼気。
 手を弛めず、2発目!
 同じ場所へ右膝を入れる。
 シアは苦しげに喘ぎ、たまらず両手で突き飛ばしてくる。
 再びオレ達の間に距離が出来た。
 だが、腹部のダメージは深刻らしく、シアは膝を付き荒い息を漏
らす。
﹃ウオッッォオォオォォォォォッォォオオォッォッ!!!﹄
 警備員と奴隷達の歓声が沸き起こる。
 今度はオレが彼女を見下ろす形になった。

825
﹁本当に減らず口かどうか分かっただろ?﹂
﹁き、きさ、ま︱︱ッ﹂
 シアは苦しげな表情のまま無理矢理立ち上がる。
 しかし、瞳に宿る闘争の炎はいまだ消えていない。
 それはオレ自身もだ。
﹁いくぞ!﹂
﹁おお! かかってこいシア!﹂
 オレ達はどちらかともなく雄叫びをあげ、真っ正面から突っ込み
あう。
 2人の雄叫びと奴隷、警備員達の歓声が混じり合う。
 声は外まで響いていただろう。
 男女などという性別を超え、オレとシアは殴りあった。
 結果︱︱2人ともダブルノックアウト。
 勝負は引き分けという結果になる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレとシアは自宅一軒屋で握手を交わす。
 目の前のテーブルには冷たい飲み物。
 彼女は一息にそれを飲み干すと、勢いよくテーブルにコップを置
く。

826
﹁最初はひょろい男だと思っていたが根性がある。実にいい戦いだ
ったよ﹂
﹁こっちこそシアの拳はきいたよ。特に左の蹴が顔に当たった時は
やばかった﹂
﹁いやいや、こちらこそ。密着した状態で右膝を腹部に入れられた
時は骨が折れたかと思ったよ﹂
 と、シアはオレの戦いを讃えてくる。
 彼女の性格はどうやらさっぱりとしたもののようで、戦いあった
後はわだかまりは無いようだ。
 勝負はダブルノックアウト︱︱引き分けに終わったが、無事シア
を買うことが出来た。
 オレ達は青あざや傷をこさえて自宅へと戻ってくる。
 傷はスノーの治癒魔術で治してもらった。
 お陰で現在はどこを見ても傷など1つも無い。
 拳を合わせた同士、妙な連帯感が生まれる。
 シアがソファーに座ったまま深々と頭を下げた。
﹁それでは改めて、よろしくお願いします、ご主人様。未熟ながら
ご主人様のお役に立てるよう努力していきたいと思います﹂
﹁ご主人様なんて、止めてくれ。確かに金銭を支払ったから、書類
上はオレが主だ。でもオレ達は互いに死力を尽くして戦った仲じゃ
ないか。オレのことは﹃リュート﹄って名前で呼んでくれ﹂
﹁いえ、さすがにそう言う訳には⋮⋮では、これからは若旦那様と
いうことで﹃若様﹄と呼ばせて頂きます﹂
﹁まぁシアがそういうなら。それじゃこれから宜しくな﹂

827
﹁こちらこそよろしく、若様!﹂
 オレ達はスノー達には分からない戦いあった者同士の友情で繋が
り、再び握手を交わす。
 シアとのじゃれ合いはこれぐらいにして、オレは彼女に質問を尋
ねる。
 どうしてオレのことを知っていたのか?
﹃田中孝治﹄という名前をどうして知っているのか?
 以上、2点だ。
 シアは﹃奴隷市場ブルーテス﹄の時みたいに袖にはせず、話して
くれた。
﹁これはボクの隠す秘密に関わります。なので若様、奥様方も他言
無用でお願いします﹂
 と、前置きを入れて話し出す。
﹁信じてもらえないかも知れませんが⋮⋮ボクには幼い頃から神の
お告げを聞く﹃神託﹄のような力があるのです﹂
 ただこの力は一方的で、自分から望んで聞くことは出来ないらし
い。
 その神託によりオレの名前を知り、﹃田中孝治﹄と告げれば自分
に相応しい主︱︱オレに確実に買い取って貰えると告げられた。
 オレと勝負したのは本当に自分に相応しい主かどうか、確かめる

828
ためだったらしい。
 俄には信じられ無い話だが⋮⋮事実、シアはオレの奴隷として買
われている。
 シアもようやく念願叶ったと喜色満面で喜んでいた。
 オレはてっきり田中と彼女に何らかの関係があるのかと思ったが
⋮⋮。
 それにまだ違和感がある。
 だが、シアは悪い奴じゃない。拳を交えたからこそオレ自身がよ
く分かる。
 それに主従契約をしているから、裏切ったり主に不利益な事は出
来ない。
 だったらこの違和感はオレの気のせいか?
 彼女はこちらのささやかな疑問も気にせず、嬉しそうに笑顔で頭
を下げる。
﹁この力のお陰で、ボクに相応しい主に出会って本当に嬉しいです。
これからどうぞ宜しくお願いします﹂
﹁こちらこそ、宜しく﹂
 とりあえず話し合いは終わり、今日からシアも一緒にこの一軒家
で暮らすことになった。
 部屋は1階の客室だ。
 その日は、シアの私服や下着、小物などを買うために費やした。

829
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、メイヤ邸。
 工房側の射撃場で﹃S&W M10﹄﹃Ak47﹄﹃M700P﹄
の射撃を見て貰う。
 今後、彼女にも扱って貰うためだ。
 オレが﹃AK47﹄、スノーが﹃S&W M10﹄、クリスが﹃
M700P﹄をそれぞれ撃つ。
 シアは尖った耳を押さえていた手をゆっくりと離し、驚きの表情
をしていた。
﹁これを若様がお作りになったなんて⋮⋮流石、魔石姫が師と仰ぐ
だけのことはありますね﹂
﹁今後はシアにも使って貰うつもりだから﹂
﹁素晴らしい魔術道具だとは思いますが、ボクに使いこなせるかど
うか⋮⋮﹂
 彼女は気が進まなそうな声を漏らす。
﹁シアは冒険者時代どんな武器を使っていたんだ?﹂
﹁ナイフを双剣のように扱っていました。だから、あまり飛び度具
は苦手で﹂
﹁うっ、双剣か⋮⋮﹂
 オレを騙し、奴隷に売った偽冒険者にも双剣使いが居たな。
 うぅうぅ⋮⋮トラウマが。

830
﹁ま、まぁシアなら少し練習すれば問題無く扱えるようになるよ。
それにいざという時用にナイフを装備しても構わないし。後で武器
屋に行って気に入ったのがあったら買おう﹂
﹁ありがとうございます、若様﹂
 なんだったら、オレがシア専用のナイフを作ってもいい。
 彼女にロシア軍が使っているスペツナズナイフを持たせるのも有
りかもしれない。
 今度、時間が出来たときにでも色々試してみよう。
 オレは防具、小物作りと並行して、ナイフ作りの研究も進めてみ
ようと考える。他にもいくつか作りたい物がある。
 またスノー&シア専用のAK47作りは、メイヤの練習のために
も一緒に作ろうと決意を固めた。
831
第57話 ガチファイトクラブ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月12日、21時更新予定です。
832
第58話 レベル?昇格クエスト
 約1ヶ月半後︱︱鬱蒼と茂った森の中をオレ達は、フル装備で疾
駆する。
アリス
 野戦服の腰にはベルトが巻かれALICEクリップで留められた
複数のポーチが装備されている。
 オレ達の肘、膝には戦闘用プロテクターを装備。
コンバット
 戦闘ブーツの靴底がしっかりと地面を捕らえる。
 シアを先頭に、スノー、オレ、一番後ろにクリスが並ぶ。
 シアはアイプロテクション・ギア︵ゴーグルタイプ︶越しに事前
準備していた的へメイヤ製造のAK47を向け、発砲。

833
 ダン!
 地面に置かれた的の中心部を吹き飛ばす。
 オレとスノーはさらに枝にぶら下がる的をAK47で射抜いてい
く。
 クリスは後方で周囲を警戒。
 的を全て射抜くと、再び移動を開始する。
 設置された的を全て破壊するまで訓練は続けられる。
 最後の的はクリスが100メートル先からど真ん中を吹き飛ばし
た。
﹁おかえりなさいませ、皆様!﹂
 訓練を終えたオレ達が森を抜け出すと、メイヤが待ち構えていた。
 メイヤ邸のメイド達が準備した椅子、テーブル、パラソル等︱︱
簡易休憩所が設置されている。
 ここは街の外、近くの森。
ギルド
 冒険者斡旋組合に断りを入れ、野外での訓練をおこなっている。
 事前に粗方の魔物は排除。
 それでも少しは残っていたようで、訓練最中に遭遇した魔物は全
て処理させてもらった。
 残っていた魔物を誰より早く察知したのはシアだった。

834
 奴隷になる前、冒険者をしていた時も斥候役で誰より早く魔物の
動きを察知していたらしい。
 気配察知技術がずば抜けて高いのだ。
 シアは﹃ボクは冒険者になって一度も不意打ちを受けたことがあ
りません﹄と断言するほどだ。
 彼女の言葉を信じて、今回は斥候役︱︱前世の軍隊用語で言うな
ポイントマン
ら先導兵を担当してもらった。
 結果は想像以上だ。
 今度もこのフォーメーションで行動することになるだろう。
 オレ達はアイプロテクション・ギアを外し、AK47やM700
Pを手放す。
 オレだけヘルメットを外し、椅子へ置いた。
 メイドさん達から渡された濡れて冷えたタオルで顔や首を拭うと、
土と汗ですぐに汚れる。
アリス
 ALICEクリップで留められた水筒の蓋を外して、ぬるくなっ
た水を飲み干す。
 水分を摂取すると、再び汗が噴き出し新たなタオルを受け取る。
 暫し休憩を堪能した後、オレは皆に装備の具合を確認した。
﹁今回訓練してみて、装備の具合で気になる点とかあったか? 動
きが制限されるとか、サイズが合わないとか、使い辛いとか﹂
﹁﹁﹃ヘルメットはやっぱりいらない︵です︶﹄﹂﹂
 OH、女子全員から﹃ヘルメット、NO﹄を突き付けられた。

835
 訓練前に渡したのだが、女子全員に不評で彼女達は訓練中一度も
装備しなかった。
 スノーは﹃耳が痛くなる﹄から。
 クリスは﹃違和感があって射撃に集中できない﹄から。
 シアは﹃邪魔﹄の一言で片付けられた。
 一生懸命作ったのに⋮⋮。
 結局、現在使っているのはオレだけだ。
﹁ほ、他に意見はないか?﹂
﹃お兄ちゃん、このアイプロテクション・ギアはもっと見やすくな
りませんか?﹄
﹁うーん、頑張ってはみたんだけど⋮⋮﹂
 アイプロテクション・ギアはゴーグルタイプの眼鏡だ。
 戦いにおいて目に与えられるダメージは多い。風や砂塵、仲間が
撃った空薬莢、弾丸によって飛び散った木や石の破片。魔術なら爆
風による破片などもある。目を痛めれば戦力は激減してしまう。そ
のために必要になってくる。
 問題はグラス部分だ。
 アメリカ軍などで採用されている﹃Ess lce﹄など一部製
品は、ショットガンの散弾レベルなら耐えられる強度を持っている。
 だがこの異世界にそんな物は存在しない。
 オレとメイヤが協力して試行錯誤した結果、ゴーグルタイプのア
イプロテクション・ギアを選択。グラス部分を魔術液体金属で作っ
た蜂の巣状にしている。残る隙間の間には、後頭部に設置した水の
魔石の力で水膜を張ることで細かい埃、砂塵などを防げるよう工夫

836
した。
 しかし実際に使ってみると確かに視界はあまりよくない。
 だが蜂の巣部分の升目を大きくすると、防げない破片などが出て
くる。水膜はそれほど強度は高く無いから、今後はバランスを見極
める実験を繰り返すしかないようだ。
﹁分かった、もう少し見やすくなるよう工夫してみるよ。他にはあ
るか?﹂
﹁わたしはこの防弾ベスト? っていうのがきついかな。特に胸の
部分が﹂
 防弾ベストは前世の世界と名前は一緒だが、銃弾ではなく剣、槍、
弓矢などを防ぐ目的で作っている。
 使っている素材はドラゴンによく似た翼竜という魔物で、両手が
翼になっている。
 ドラゴンよりは防御力が落ちるが、値段はそこそこ張る鱗を並べ
合わせ、カーキ色の防護布を貼り合わせ作った。
 軽く、防御力も高い一品だ。
 しかし伸縮性はかなり低い。
 スノーの今なお成長している胸には窮屈だろう。
 夜になるとベッドでハッスルするオレが悪いんだけどね!
﹁わ、分かった善処しておくよ。他にあるか? シアはAKに問題
は無いか?﹂
﹁まったく問題ないよ﹂
﹁当然ですわ! なにせわたくしとリュート様共同で作った師弟愛
篭もった一品なのですから! 大切に扱ってくださいね、シアさん﹂

837
 そう。シアが使っているAK47は、オレとメイヤが一緒に作っ
た。
 メイヤはオレと出会い、ずっと銃器の勉強をしてきた。
 さらに時間があれば鉄板を頭でなく、体で覚えるためひたすら触
ったり、舐めたり、匂いを嗅いでみたり、強度を体感するため殴っ
たり、囓ったり、頬を押し付け冷たさも実感した。
 そんな努力の結果、ようやく鮮明にイメージ出来る力を得るに至
ったのだ。
 そしてスノーのAKをオレが、シアのをメイヤが担当し、部品を
確認しつつ一緒に作り、組み立てた。
 ここで意外にも魔術液体金属の問題点、弱点が発覚する。
 魔力を注げば注ぐほど強固になると思われた魔術液体金属だが、
ある一定以上の魔力を越えると途端に脆くなってしまう性質があっ
たのだ。
 オレとメイヤが同じ部品を作ると、なぜか彼女の物だけ異常に脆
くなる場合が多々あった。
 最初は鮮明にイメージしていないせいかと思ったが、注ぐ魔力量
が多すぎたらしい。
 うろ覚えの知識だがアルコールも90%だと、殺菌力が逆に落ち
る。
 70∼85%程度が尤も殺菌能力が高いものになると某医療マン
ガで学んだ。
 恐らく魔術液体金属も似た性質を持っているのだろう。

838
 魔術師Bマイナス級のメイヤが作るから気付いた特性だ。
 魔術師の才能が無いオレだけが使っていたら気付かなかっただろ
う。本当に自分は魔力量が低いのだと認識させられた一幕だった。
 だが、注ぐ魔力量の調整で解決出来る問題だ。
 メイヤが注ぐ魔力を調節することで強度の問題は無くなった。
 またAK制作にあたって、小さい部分だが彼女達の持つ個性に合
わせたデザインにしてある。
 スノーはほぼオレと同じデザインだ。
 唯一違う点は、黒色ではなく白だと言うことだ。
 スノーは名前のせいか白色を気に入って使っている。
 だから、誰のか一目で分かるように色を変えた。
 シアの場合はストック︵銃の一番後ろにある肩にあてる部分︶が
メタルフレーム式ではない。空いた穴を埋めて、自分達のより重く
している。
 本人曰く︱︱軽すぎて持っている気がしないのが嫌らしい。
 訓練後、皆に一通り聞いてみたが、特別不都合はないようだ。
ギルド
﹁それじゃ明日、レベル?のクエストがないか冒険者斡旋組合へ行
ってみるか﹂
 皆も賛成の声をあげる。
 いよいよレベル?に上がるためのクエストを開始だ。

839
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌朝、朝食を4人︱︱オレ、スノー、クリス、シアで済ませる。
 クエストをすぐにこなす訳ではないため、AKなどを持たず護身
ギルド
用のガンベルトを下げるだけの私服姿で冒険者斡旋組合を尋ねた。
 シアと来るのは初めてだったが、彼女は慣れた手つきで数字番号
が焼き印された木札を受け取る。
 すぐにオレ達の番号が呼ばれた。
﹁⋮⋮チッ、いらっしゃいませ、また奥さんが増えたんですか?﹂
 毎度お世話になっている魔人種族の受付嬢お姉さんは、すれた態
度で応対してくる。
﹁いえ、彼女は嫁じゃないですって。そろそろ自分達も冒険者レベ
ル?にあげるため、彼女を雇っているんです。僕達はまだまだ初心
者で、色々冒険者としての知識がありませんから﹂
 公衆の面前でシアをわざわざ奴隷として紹介する必要はないだろ
う。
 腕に押された魔術陣を隠し、首輪を外していれば見た目から判断
できない。
 魔術師の奴隷を従えているということで、面倒が起きても困るか
らだ。

840
 その事は本人にも伝えてある。
 シアは首からタグを取り出し、受付嬢に渡す。
﹁ボクはシア。宜しく﹂
﹁失礼しました。こちらこそ宜しくお願いします。シアさんはレベ
ル?なんですね。今回は他の皆さんがレベル?にあがるためのクエ
スト受注で宜しいでしょうか?﹂
﹁はい、お願いします﹂
 シアの返答に受付嬢は流れるように書類を捲っていく。
 仕事が出来て、容姿、性格もいいのになぜ結婚出来ないのだろう
⋮⋮。
 受付嬢が1枚の書類を差し出す。
 彼女は書類を見ずに書かれてある条件を暗唱する。
﹁それではこちらのなど如何でしょうか? 依頼内容は荷物運搬の
警護。目的地はここから竜人鉱山を経由して竜人王国まで。約16
日、拘束時間が長いため今回は1人金貨2枚となります。飲食は各
自用意。馬車のみ雇用主側が用意するそうです。出発は明後日の朝。

もし受注されるのであれば、明日顔合わせのため昼頃までに冒険者
ルド
斡旋組合へ来て頂くことになります﹂
 運ぶ荷物は魔術道具関係。
 すでに護衛を務める1チームは決まったが、雇用主側が念のため
もう1組求めているらしい。やや急なためレベル?への昇格に使わ
れても問題無し︱︱とのことだ。
 確かにオレ達にとって都合がいい。
 シアが内容を確認し、受付嬢に受諾を伝える。

841
﹁では、これをお願いします﹂
﹁分かりました。では、皆様のタグをお貸し下さい。またレベル?
からは預け金が発生します。今回は人数分×銀貨1枚となっており
ます﹂
 今回のクエスト受諾に関しては、手続きをオレ達の中で唯一レベ
ル?のシアに一任している。
 オレ達はタグと預け金︵銀貨4枚︶を受付嬢に手渡す。
 彼女は魔術道具の羽ペンで淀みなくクエストを書き込んでいく。
 書き終えると、タグを返してくれる。
ギルド
﹁それでは明日、昼頃までに冒険者斡旋組合にお越し下さい﹂
﹁了解した。それと雇い主に、ボク達側の馬車は必要ないと伝えて
おいてください﹂
﹁分かりました。お伝えしておきますね﹂
 シアは用事が済んだとばかりに席を立つ。
 オレ達も後に続いた。
﹁なぁシア、なんでわざわざ用意してくれる馬車を断ったんだ?﹂
 断ってしまったため、自分達で準備しなければならない。
 その分、余計に経費がかかってしまう。
 シアは歩きながら説明してくれた。
﹁こちらで準備しなければ、他のチームと一緒に安い馬車と角馬を
宛がわれるんです。雇い主も無駄な出費を抑えたいですから。ボク

842
達の安全のためにも馬車は借りるか、自前で用意するのが冒険者の
基本なんですよ﹂
 お金の無い冒険者は宛がわれた馬車と角馬を利用するらしい。
 オレ達にはこういう知識がかけている。
 シアを購入して本当によかった。
 そしてオレ達は馬車屋へと向かう。
 馬車を借りたら、他にも必要な物を買いに市場へと行くつもりだ。
 明後日のレベル?クエストのため、オレ達は準備を開始する。
第58話 レベル?昇格クエスト︵後書き︶
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明日、1月13日、21時更新予定です。
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現在ちょっと手が離せないので、近いうちに修正します。
本当にご報告ありがとうございます! 843
第59話 決闘
ギルド
 冒険者斡旋組合からレベル?のクエスト︱︱魔術道具を積んだ荷
馬車の護衛を受注した翌朝。
 同行する他の護衛者や依頼主と顔合わせするため、昼少し前に冒
ギルド
険者斡旋組合へ足を運んだ。
 建物内に入って案内嬢に声をかけると、応接間へと通される。
 暫くして依頼主と他護衛者の4人と、立ち会うためかいつもの魔
人種族の受付嬢が顔を出す。
﹁依頼主のゴムゴです。魔術道具関係の商いをしています。明日の
護衛、宜しくお願いします﹂
 依頼主のゴムゴは頭に2本の角を生やしている。

844
 竜人種族らしい。
 中年で白髪は生えていないが、顔の皺が目立つ。背丈は170セ
ンチほど、鼻の下に毛虫のような髭を生やしている。
 人の良さそうな人物だ。
﹁冒険者レベル?のリュートです。レベル?にあがるためのテスト
ですが、それとは関係なく全力で仕事を務めます。こちらこそ宜し
くお願いします﹂
 そして、冒険者タグを見せた後、握手を交わす。
 スノー、クリス、シアもオレの続いて挨拶をした。
 ここまでは和やかな挨拶だった。
﹁ゴムゴさん、いくら人手が足りないからって、こんな子供達に護
衛の仕事を依頼するなんて金の無駄だ﹂
 最初に着任していた護衛者の3人︱︱全員頭部に角が生えている
から竜人種族だろう。兜に穴をあけ、そこから角を伸ばしている巨
漢の男。背がオレより低い、すばしっこそうな男。その隣にいるリ
ーダー格らしき人物が横やりを入れてくる。
 リーダー格の男は身長も180センチはあり、無駄な脂肪がない
鍛えられた筋肉が私服の上からでも分かる。顔立ちも他2人と比べ
れば整っているほうだ。
 少しだけ伸びた髪を後ろで縛り、腰からは私服のラフさに見合わ
ない高そうな剣を下げている。
 全員、見た目から如何にもベテラン冒険者と言った風格だ。

845
﹁シミルさん、いくら何でも失礼じゃ⋮⋮﹂
﹁俺は本当のことを言ってるだけさ。冒険者家業は子供の遊び場じ
ゃない。こいつらがどうなろうと知ったことじゃないが、下手をし
たら俺達だけじゃなく、ゴムゴさんまで危険に陥るかもしれない。
だから、こういうことははっきり言ってやる方がいいのさ﹂
 リーダー格の男︱︱シミルの言い分も理解出来る。
 レベル?の運搬警護は、個人ではなく集団の仕事だ。
 1人のミスが全員を危機に陥れることもある。
 またオレ達が、彼らに面倒な仕事を押し付けて賃金だけ抜こうと
考えている子供だと思われるのも無理はない。
 実際、シア以外はまだ14、13歳の子供なのだから。
 魔人種族の受付嬢が口を開く。
ギルド
﹁シミル様、彼らは冒険者斡旋組合がレベル?を受けても問題無し
と認められた冒険者です。現にシア様はBプラス級の魔術師。スノ
ー様に至ってはAマイナス級の魔術師です。見た目で判断するのは
如何かと思いますよ?﹂
﹁Bプラス級に! Aマイナス級だと!?﹂
 シミルの後ろに控える男2人も驚愕の表情を作る。
 依頼主のゴムゴは棚からぼた餅的笑顔を浮かべた。
﹁それは心強い。Aマイナス級の魔術師に警護に就いてもらえるな
んて。今回の安全は保証されたようなものですね﹂
﹁くッ⋮⋮!﹂

846
 雇用する権利を持つゴムゴが、完全に雇う気になっている。
 こうなったら雇われる側であるシミル達がいくら騒ごうが、判断
は覆らない。
 むしろあまり騒ぐようであったら、彼らの方が契約を切られても
おかしくはない。
 彼らからしてみたら完全に冒険者として面子を潰された形になる。
 受付嬢はさらに火に油を注ぐ。
﹁しかもスノー様とクリス様は、リュート様の奥様でもあるんです
よ。こんな美少女と結婚出来て本当にリュート様は羨ましいです。
本当に⋮⋮ねたましいほど⋮⋮羨ましい﹂
 怖い怖い。
 まるでジャパニーズホラー映画に出てくる怪物みたいな暗い怨念
を放射し出す。
 なんか彼女が結婚出来ない理由がだんだん分かってきた気がした。
﹁し、しかもこんな美少女2人と重婚だと⋮⋮!﹂
 さらにシミル達は驚愕に震えた。
﹁えへへへ、リュートくん美少女だって。わたし達、美少女だって﹂
﹃照れちゃいます﹄
 スノーとクリスは嬉しそうに両脇からデレデレしてくる。
 スノーなどさりげに匂いを嗅いできた。
 こらこら人前でふがふがは止めなさい。

847
﹁い、いちゃつきやがって⋮⋮﹂
 シミル達は歯ぎしりが聞こえてきそうな程の苦渋顔をする。
 自分達が文字通り命がけで努力し、ようやくレベル?へ到達。
 なのに下から自分達より若い男が、圧倒的美少女を連れてレベル
?に上がろうとしている︱︱しかも連れている1人はAマイナス級、
一握りの天才がようやく到達出来る魔術師だ。
 オレだってあちらの立場だったら、同じように⋮⋮いや、それ以
上に嫉妬して、妬み憎悪しただろう。
﹁⋮⋮分かった、彼女達の実力は認めよう。だが、しかし! この
少年だけは認める訳にはいかない! 今すぐ俺と勝負して実力を示
せ!﹂
 だから、こうなるとはなんとなく予想はしていたよ。
 オレは溜息をつき、こちらからも条件を出す。
﹁分かりました。勝負はしましょう。但し! 勝っても負けても恨
みっこ無し。以後、挑発するような言動は互いにしない。あくまで
仕事として今回のクエストを行う︱︱それが条件です﹂
﹁分かった。冒険者の名に誓おう。だが、もし貴様が負けたら、今
回の仕事中は全て俺達の指示に従って貰うからな﹂
﹁分かりました、理不尽な命令でなければ、オレが負けた場合はク
エスト中はあなた方の指示に従ってあげますよ。もちろん、勝てれ
ばの話ですけどね﹂
﹁いい度胸だ。お前の悔しがる姿が楽しみだよ﹂

848
 こうして、オレとシミルの決闘が決まった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ギルド
 決闘場所は冒険者斡旋組合の裏手にある練習場だ。
 普段は引退した元冒険者が、新人冒険者達に訓練をつけたり、ま
ギルド
た冒険者斡旋組合職員に護身術などを教える場所である。
 広さは体育館ほど。
 壁の端には資材や木材、練習用に刃が潰されている剣、槍、大剣
などが置かれている。
 オレとシミルは5メートルほど距離を開き対峙していた。
 立ち会い人を務めるのは魔人種族の受付嬢だ。
﹁互いに普段使っている武器、魔術道具を使うとのことですが、ス
ノー様、シア様のご厚意で治癒魔術を使ってくださるとのことです。
大抵の怪我は治りますがくれぐれも相手を殺害しないよう注意して
ください﹂
 オレ達は彼女の言葉に頷く。
 オレはガンベルトから下げている﹃S&W M10 4インチ﹄
リボルバーを、シミルは腰に下げている剣を使う。
 彼は剣をゆっくり抜きながら、語り出す。

849
﹁始まる前に言っておく、俺の名はシミル。﹃疾風のシミル﹄とは
俺のことだ﹂
 いや、知らないし。
﹁風の魔術が込められたこの魔剣﹃疾風剣﹄に切り刻まれるがいい
!﹂
 つまり、あの剣には風の魔術が込められた魔石が組み込まれてい
て、名前からして鎌鼬とか、風の刃なんかを飛ばす力を持っている
ようだ。
 なんで手の内をわざわざ口にするのかな。
 しかもただ単に魔石をつけただけの剣を疾風剣と呼ぶとかダサす
ぎる⋮⋮。自分で名前をつけたのだろうか、センスが疑われるな。
 オレの呆れを怯えと捉えたのか、シミルは余裕の笑みを浮かべる。
 受付嬢さんが右手を高々とあげた。
﹁それでは始め!﹂
﹁うぉおおおぉ! 切り刻め! 疾風け︱︱ぎゃぁ!﹂
 オレは念のため5秒だけ肉体強化術で身体全体を補助。
 1秒に満たない早撃ちで、シミルの肩を射抜く。
 彼は突然の痛みと発砲音に驚き、振り上げた剣を手放し肩を押さ
える。
﹁き、貴様⋮⋮ッ﹂

850
 現役冒険者だけあり、痛みに強いらしいシミルは動かない動かな
い肩とは反対側の腕で、落ちた剣を拾おうとする。
 タンッ。
﹁ッ!?﹂
9mm
 伸ばした腕と剣の間に、再度38スペシャルを撃ち込んだ。
﹁⋮⋮まだ続けますか?﹂
 脅しのため銃口を向け、低い声で呟く。
﹁ま、参った!﹂
 彼はすぐさま勝てないと悟り、負けを宣言する。
 こうして無事認められることになり、オレ達はクエストを受注す
ることが出来た。
 憮然とした表情のシミルに改めて自己紹介し、彼らの冒険者タグ
を確認する。
 シミル達は冒険者レベル?だった。
851
第59話 決闘︵後書き︶
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852
第60話 戦争の時間
■第60話 戦争の時間
 今回のクエストはレベル?、荷馬車の護衛だ。
 目的地である竜人大陸の王都まで、寄り道をしなければ10日ほ
どで辿り着く。
 しかし今回は中間地点︵5日後︶で、寄る場所がある。
 その場所は鉱山都市ベスタだ。
 鉱山都市ベスタは山岳側にあり、途中で魔物が多く出る森を抜け
なければならない。

853
 ベスタまで4日ほどかかる。
 そこに荷物を降ろし、新たな荷物を積む。ここで荷下ろし&積み
込み、休憩を兼ねて3日ほど滞在する予定らしい。
 鉱山都市を出て王都を再度目指す道程。
 こちらも4日ほどかかる。
 つまり中間地点まで5日+鉱山都市ベスタまで4日+休憩3日+
鉱山都市ベスタを出発して竜人王国まで4日︱︱合計16日。
 王都に着けば仕事完了。
 約15日で金貨2枚︵約20万円︶のクエストだ。
 拘束時間は長く、馬車や食料、休日の宿代込みの値段だが、魔物
と戦わない日や休日まで含めれば割の良い仕事とも言える。
 留守の間の家はメイヤに任せた。
﹃おまかせ下さいリュート様! リュート様の1番弟子であるこの
メイヤ・ドラグーンが完璧にお家を守ってみせますわ!﹄と意気込
んでいたが、頼もしいと思う前に不安が募るのはどうしてだろう⋮
⋮。
 また出発前にスノーとクリスは、ご近所へ手土産を持って挨拶回
りをしていた。
 留守中の家を気遣ってもらうためだ。
 可愛らしい年下の2人が手土産持参で挨拶をしに来て嫌がる人物
はいない。

854
 まったく自分には過ぎた嫁達だ。
 街を出発して1日目。
 竜人王国を目指す街道は道が整備されているのと、人通りが多い
ため危険な魔物は基本的に一掃されてしまう。
 あくまでオレ達を雇ったのは鉱山都市ベスタへ向かう途中の森を
抜けるためだ。
 森を抜けるため魔物との遭遇率が高くなる。
 だから護衛者を雇ったのだ。
 雇い主の馬車5台、シミル達3人が乗る馬車が一番前。次に雇い
主の馬車、最後にオレ達の馬車が続く。
 計7台だ。
 予想通り、最初の5日間進む街道は人通りも多く平和そのものだ
った。
 ただ問題があるとすれば⋮⋮
﹁旅の間はウォッシュトイレが使えないんだよな﹂
 オレはシアが御者台を務める幌馬車で荷物と一緒に揺られながら、
溜息をつく。
 まだ出発して1時間も経っていないが、ウォッシュトイレが無い
ことを考えると自然と溜息をついてしまう。
 スノーも同様で2人一緒に溜息をつく。
﹁あの快適さを知ったら、二度と戻れないよ﹂
﹁早く家に帰ってウォッシュトイレを使いたいよな﹂

855
 反対にクリスは渋い顔で首を振っていた。
﹃あんな魔王兵器が無くても困りません!﹄
 どうもクリスはウォッシュトイレを敵視しているようだ。
 今度その理由を問い詰めてみるか。
 しかしまさか、持ち運び用の簡易ウォッシュトイレを作って馬車
へ積み込む訳にはいかない。
 馬車には食料、武器、弾薬、防具一式、着替え、毛布、鞍、手綱、
用心のため積み込んだ魔術液体金属の小樽×2など︱︱旅に必要な
品物が所狭しと置かれている。水は魔術で生み出せるため持って来
ていない。
 オレ達が座るスペースも考えると、簡易ウォッシュトイレを積み
込む場所などない。
 御者台に座るシアが、簡易ウォッシュトイレの存在を知ると、ぶ
つぶつ呟き始める。
 もちろんシアもウォッシュトイレ体験済みで、身も心も取り込み
済みだ。
﹁あの方に頼めばウォッシュトイレを旅にも? いやしかし⋮⋮に
ウォッシュトイレを運ばせるなんて⋮⋮﹂
 その後ろ姿は真剣そのもので、声をかけるのは躊躇われる。
 しかたない⋮⋮ウォッシュトイレのことは諦めるとして、折角の
暇な時間を有効に使おう。
 オレは魔術液体金属が入った小樽の1つを取り出し、足の間に挟
むように抱える。

856
﹁リュートくん、何するの?﹂
﹁んー? 折角暇だから、ちょっと試作品でも作ろうと思って﹂
 防具&小物、スノー&シア用のAK47がほぼ作り終わった頃、
他装備品作りに手を出していた。
 その装備品とは︱︱手榴弾だ。
 文字通り﹃手で投げる榴弾﹄であり、﹃手投げ弾﹄とも呼ばれる。
 榴弾とはグレネードのことで、命中すると破片と爆風を撒き散ら
す小型の爆弾だ。
 グレネードの語源は、スペイン語の﹃グラナダ﹄︱︱﹃石榴の実﹄
から来ている。
 そのため英語だとハンドグレネード︵Hand grenade︶
になる。
てきだんへい
 手榴弾は13世紀頃に確認され、17世紀には﹃擲弾兵﹄と呼ば
れる中隊も存在していた。
 初期の手榴弾は陶器製の酒瓶や鋳造製の青銅や鉄の球体に黒色火
薬を詰め導火線をつけた物だ。
 そしてイギリスでは1917年から手榴弾の研究が開始。
 1921年には手榴弾の厳しい定義を完成させた。
 以下がその定義である。
1:どんな角度で弾着しても起爆すること。
2:余計な作業、調整なく手榴弾・小銃擲弾に使えること。
3:着衣に引っかかる外部突起のないこと。
4:防水であること。
5:投擲手が間違って落としても安全なこと。

857
6:半径10メートルの殺傷半径をもつこと。
7:小銃擲弾として小銃に損傷を与えず、最良の射程距離であるこ
と。
8:性能が低下せず長期間の貯蔵が可能なこと。
 以後、多くの手榴弾が各国によって作り出されてきた。
 そして手榴弾は進化し攻撃用﹃爆裂手榴弾﹄と防御用﹃破片手榴
弾﹄の2種類に別れ、使い分けられるようになった。
 爆裂手榴弾は﹃爆発した時の衝撃波﹄によってダメージを与える
手榴弾だ。
 炸薬を包んでいる外殻は、爆薬の威力を高めるため比較的薄い。
 威力は遮蔽物の無い空間であればほぼ均等で攻撃力は高いが、均
一殺傷半径は約10m程度と破片手榴弾に比べると狭い。
 これは投擲手が身を隠す場所のないところでも使えるように︵巻
き込まれないように︶したためだ。
 破片手榴弾はその名の通り、爆発によって飛び散った破片でダメ
ージを与える手榴弾だ。
 やや話はずれるが⋮⋮俗に言われる﹃パイナップル﹄と呼ばれる
モデルは、爆発のさい外殻周囲によく飛び散るように溝が掘られて
いた。しかし第2次世界大戦中、爆薬と破片の生成が研究されたが、
手榴弾の外側の溝は破片を作り出すのにまったく意味を成さないこ
とが判明。せいぜい滑り止めの役に立つしかならない。
 そのため現在、アメリカ製手榴弾は溝の無い丸い形をした物が多
い。その理由は﹃野球のボールに近い形の方が兵士達も慣れている
ため投げやすいだろう﹄という考えからきている。

858
 話を戻す︱︱破片手榴弾内部には巻かれた金属帯等の、破片の材
料となるものが収められている。
 殺傷範囲は爆裂手榴弾より広く約15mほどあり、通常は破片を
避けるため遮蔽物︵例えば塹壕など︶に隠れつつ投げる。
 オレは最初に防御用の﹃破片手榴弾﹄を作ることにした。
 部品点数が多いため、時間のあるうちに手を出しておこうと思っ
たのだ。
 そのため防具&小物、スノー&シア用のAK47を作り終える頃、
安全ピン
必要な部品︵弾体、外殻、プルリング、撃針バネ、撃針、レバー等︶
は魔術液体金属で作り出した。その際、ちゃんと記録を取り、各部
品に関して完成品と言って良いレベルに達している。
 しかし問題は炸薬だ。
パウダー
 例えば現在、オレは魔力で無煙火薬を作り出し発射薬として使用
しているが、これを手榴弾に入れて起爆したらどうなるか?
 一応破裂はするが、通常の手榴弾より威力は劣ってしまう。
 なぜか?
 手榴弾に使われている炸薬︱︱TNTなどの爆薬に比べて、無煙
火薬は燃焼速度︵熱エネルギーの伝播速度︶が圧倒的に遅いからだ。
パウダー
 ロケット弾、砲弾、弾丸の発射薬の燃焼速度は、秒速10∼10
0m程。
 対してTNTなどの爆破薬の燃焼速度は、秒速3000∼850
0mにも達する。

859
 さらに高性能爆薬﹃RDX﹄の燃焼速度は、秒速約8700m。
HMX
 オクトーゲンの燃焼速度は、秒速約9200m。
 瞬間温度は摂氏1500∼4500度にも達する。
パウダー
 専門的に分類するとハンドガンに使われるのが﹃発射薬﹄。
 さらに高威力な砲弾や爆発物内部に詰められている物を﹃爆薬・
炸薬﹄と言う。
 今回製作する手榴弾に詰められている﹃爆薬・炸薬﹄はTNTと
呼ばれる物だ。
パウダー
 ハンドガンの発射薬を魔力で再現出来たのだから、手榴弾に詰め
るTNTも作れる筈だが⋮⋮。実際、メイヤ邸で試作品を作り何度
か試してはみたが、上手くはいってない。
パウダー
 ハンドガンに使う発射薬︱︱無煙火薬より、魔力を消費させられ
る感じはしている。
 もう少しでコツが掴めそうな気がするのだが⋮⋮
 なので馬車移動の暇な時間を、折角だからTNT炸薬︱︱手榴弾
制作に挑戦しようと思ったのだ。
﹁へぇーそうなんだ﹂
﹃よく分かりませんが、凄いですね﹄
 2人には聞かせられない部分︱︱第1・2次世界大戦などを省い
て手榴弾について説明したが、彼女達は適当に相づちを打つだけだ
った。
 興味が無いのが丸わかりだ。
 オレの行動に興味を失った2人は、仲良く隣り同士座り合う。

860
﹁それじゃわたし達は、この前のお話の続きでもしようか﹂
﹃リュートお兄ちゃんの匂いと血どちらがいいかの話ですね﹄
 何それ怖い。
 スノーは相変わらず匂いフェチで、洗濯物のシャツや運動後の汗
の匂いなどを嗅いでくる。クリスは血袋の名残で、たまに血を飲み
たそうにしているので少しだけ飲ませている。
 ちなみに血を飲ませた後彼女と夜を一緒に過ごすと、感度が上が
るのかいつも以上に反応が良くなる。
 スノーとクリスは互いに趣味・趣向が違うため、その良さを話し
合っているようだ。決してギスギスしたものではなく、和気藹々と
している。
 妻同士仲がいいのは嬉しいが、話している内容にはちょっと引く。
 こうしてオレ達の初レベル?クエストは順調に進む。
 問題が起きたのは出発して、7日後のことだった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 竜人王国を目指す街道の中間点に、予定通り5日で辿り着く。
 見晴らしの良い草原から、鉱山都市を目指し森林に挟まれた道へ
と進む。
 鉱山都市は文字通り鉱山が産業の中心となっている街だ。

861
 山岳側にあり、森林を抜けなければいけない。
 そのためどうしても魔物との遭遇率が高くなる。
 つまりここからが本番と言うわけだ。
 森林街道に入ると、オレ達も今までとは違う空気に気を引き締め
てた。
 だが、出てくる魔物はレベル?の時に街周辺で狩っていた魔物達
だった。しかも集団ではなく、多くて4∼5匹。大した相手ではな
い。
 元気が有り余っているのか、レベル?のシミル達が飛び出しテン
ポよく倒してしまう。
 お陰でオレ達の出番はなかった。
 楽で良かったが野営の時、シミルに﹃まったくこれだからレベル
?は役に立たないんだよな﹄と嫌味を言われた。そのレベル?にあ
っさり負けたのは自分なのに、記憶力が悪いのだろうか。
 ⋮⋮また懲りずに喧嘩を売られるよりはまだマシと考えよう。
 夜の見張り役に関しては、シミル組とオレ達組で2つに振り分け
た。
 最初はオレ達、後半はシミル組だ。
 オレ達は人員をさらに2組に分け夜の見張りに立つ。
 最初がスノー&クリス組、後半がオレ&シア組みだ。
 夜の見張り役ではシアの気配察知技術が抜群に役立ったが、オレ
は殆ど足を引っ張るだけだった。

862
 ちなみにこの場合、魔物素材は倒した冒険者の物になる。つまり、
クエスト外ボーナスだ。
 馬車で移動しているため、素材を持ち運ぶのも楽。
 ボーナス+クエスト達成金を合わせればそこそこの金額になるだ
ろう。
 問題が起きたのは森林街道に入って2日目の午後。
 後もう少しで野営地に適した広場という所で、前方の馬車が止ま
る。
 オレ達の馬車も停止せざるを得なかった。
﹁なんか前の方で言い争い? みたいな感じの話し声が聞こえてく
る﹂
 このメンバーで一番耳が良いスノーが、前方の様子を告げた。
 言い争いとみたいというのが気になる。
﹁⋮⋮オレとスノーが前方に行って確認してくる。クリスとシアは
周辺を警戒して、いつでも移動出来るようにしておいてくれ﹂
 メンバー全員の返事を聞き、オレとスノーはAK47を手に前方
へ駆け足で移動する。
 馬車を振り返ると、クリスがM700Pを手に幌の上に腰掛けて
いた。
 周辺の警戒といざという時、オレ達を援護するためだろう。
 オレとスノーはすぐに問題の場所へと到着する。

863
 そこには︱︱シミル達と雇用主のゴムゴに囲まれて、1人の中年
男性が幹へ背を預け座り込んでいた。
 オレ達の商隊に1人無謀にも挑み、撃退された盗賊では無い。
 見た目はゴムゴのような商人で、全身に傷があり、服のあちこち
が血で汚れていた。
 ゴムゴが水を手渡すと男は必死に喉を動かし飲み込んでいく。
 シミルはオレとスノーに気付くと顔を顰めるが、仕事と割り切っ
たようで状況を説明し始める。
﹁野営地と決めていたこの先の広場で、魔物達に襲われた生き残り
だとよ。これから詳しい話を聞くところだ﹂
 丁度いいタイミングというやつらしい。
 スノーに頼んで、男性の怪我を魔術で治す。
 男は水を飲むのを一時中断して、スノーへ礼を告げた。
 水を飲み干した中年男性は一息つくと、この先の広場で起きた出
来事を震えながら話し出す。
 彼も商人で、仲間商と資金を出し合い護衛者を雇って鉱山街ベス
タを出た。
オーガ
 広場で野営の準備をしていると、大鬼の集団約50匹に襲われた。
 しかも商人達を逃がさないよう息を潜めて近づき、一斉に挟撃し
てきたらしい。
 彼はたまたま運良く包囲網を抜け出すことが出来、九死に一生を
得たとのことだ。

864
オーガ
﹁お、大鬼、50匹だって!?﹂
 シミル達が驚愕する。
オーガ
 大鬼とはオークよりも強い上級種だ。身長は平均3メートル、筋
力も1、2回りほど大きい。この辺ではほぼ最強の魔物だ。
 しかし知能はオークと変わらず、作戦を立て組織だって動くこと
はまずあり得ない。
 襲われた男も、自分が悪夢でも見ているのかと思った、と言って
いた。
 それほど不自然な出来事だ。
 話を聞き終えたスノーが指摘する。
﹁多分それ、懸賞金首の双子魔術師が関わってると思う。聞いたこ
とのある手口だし、間違いないと思うよ﹂
 双子魔術師︱︱一卵性双生児の魔術師で魔物を恐怖で縛り服従さ
せ、組織だって襲わせるのが特徴。魔術師としての腕も高く、2人
同時に攻撃魔術をおこなうことで魔力を共鳴させ、一時的にAマイ
ナス級の攻撃をしかけてくるらしい。
 懸賞金がかけられている有名な魔術師だ。
 だとしたら冒険者レベル?クラスの仕事になる。
 シミル達も双子魔術師を知っていたのだろう、さらに動揺し浮き
足立つ。
オーガ
﹁あ、あの双子に大鬼50匹なんて! 一刻も早く街道を戻って竜
人帝國騎士団を緊急派遣するレベルじゃないか!﹂

865
﹁でもまだ生き残っている人がいるかもしれない。まずは斥候で様
子を見てくるべきだと思う﹂
 オレの提案にシミルは苛立たしげに睨み付けてくる。
﹁居るわけないだろ、生きてる奴なんて!﹂
﹁けどこのままじゃ、この人のように鉱山街から来る人が危険も知
らずまた襲われるかもしれないんだぞ﹂
﹁だからどうした。まずは自分達の安全を確保するのが最優先だろ
うが。ここに居る俺達だって何時襲撃を受けるか分かったもんじゃ
ない。今すぐ引き返すべきだ!﹂
﹁自分達の安全を確保するためにも、今どういう状況なのか把握す
るべきだと言ってるんだ﹂
 オレとシミルの意見が真っ向から対立する。
 自然、雇用主であるゴムゴに視線が向けられた。
 彼は額から流れる汗を拭い、目を反らす。
﹁私は冒険者クエストは素人。ここはプロである皆さんに決めて貰
えばと思います﹂
 丸投げしやがった。
 オレは溜息をつき、折衷案を提示する。
﹁ならまずオレ達が斥候を務めます。もし3時間経って帰ってこな
かったら街へ戻ってください。問題が起きたら狼煙を上げるので、
その時はすぐに撤退してください﹂
﹁⋮⋮そっちがやりたけりゃ好きにしろ﹂

866
 シミル側も生き残るために情報は欲しい。
 危険な斥候役をオレ達が引き受けるなら、願ったり叶ったりと言
った所だろう。
 この決定に雇用主であるゴムゴも納得する。
 彼らの許可を取った所で、オレとスノーはすぐさま自分達の馬車
へと戻った。
 オレはクリスとシアに移動しながら説明することを告げ、馬車か
ら角馬を外して鞍を付けるよう指示を出す。
 2人は理由も聞かず準備を始めてくれた。
 馬車に繋がっている角馬を外し、シアが念のためと買っておいた
手綱と鞍を付けていく。
 魔術防止首輪もシアに指摘され、購入しておいた。
 2本をベルトに固定する。
アリス
 ALICEクリップで外していたポーチを自分が扱いやすい位置
に装備していく。
 馬の準備が整うと、1馬にスノーが乗って後ろにクリス。
 1馬にシアが乗り、オレがその後ろに腰を下ろす。
 スノーとシアは馬術経験があるため前を任せた。
 オレとクリスは2人の背中にしがみつく。
 角馬を勢いよく走らせながら、クリスとシアに事情を説明する。

867
 その上で︱︱今回の目的はあくまで斥候。
 生存者が居たら救護すると取り決める。
 危険を感じたら、例え生存者が居たとしても自分達を優先して撤
退すると言い聞かせた。
 最初、スノー達は渋ったが、オレは他者より彼女達の無事を優先
したい。
 その気持ちを素直に吐露して、無理矢理納得させた。
 人助けをしたいと言っても、自分達が死んだのでは意味がない。
敵はレベル?級。いくら慎重にしてもしすぎることは無い。
 そして角馬を走らせて、約30分と少しで目的の広場に到着する。
﹁こりゃ酷いな⋮⋮﹂
 オレ達は角馬から下りて、周囲を見回す。
 野営地予定の広場は、学校のグラウンドぐらいの広さだ。
 5、6台の幌馬車が竜巻被害にでも遭ったように壊れていた。車
輪や主軸は折れ、馬車は横転し、幌部分はズタズタに穴が空いてい
る。
 しかし不思議なことに遺体が1つも無い。
 馬車にある筈の荷物も殆どが無くなっている。
 シアがAK47を片手に、地面の足跡や痕跡を詳細に観察する。
﹁⋮⋮どうやら角馬の死体や遺体を回収、さらに積荷も残らず持ち
帰ったようだね。スノー奥様の予想通り、双子魔術師が関わってい
る可能性が高いと思うよ﹂
﹁積荷は分かるけど、どうして角馬の死体や遺体なんて持ち帰った

868
んだ?﹂
オーガ オーガ
﹁大鬼用の食料にするんだよ。大鬼の知能は低いから恐怖と褒美︱
︱この場合、エサを与えれば従うようになる。双子魔術師がよく使
う手だよ﹂
 シアの指摘に納得する。
 つまり﹃飴と鞭﹄か。
オーガ
 自分達は商人達の積荷を、大鬼や魔物達には遺体を与える。胸く
そ悪い効率厨だ。
﹁奴らは獲物を襲ったばかりだから、今なら安全にこの街道を通り
抜けることが出来るよ。でも、今なら奴らの痕跡が多数あるからア
ジトを発見することはそう難しくないけど⋮⋮どうする若様?﹂
 シアが何か言いたげな物言いをしてくる。
 彼女だけではなくスノー、クリスの瞳にも強い光が宿っていた。
 もちろんオレだってこれだけの悪行を前にして、腹が立つ。
 敵はオーガ約50匹と魔術師2人。正直強敵だ。
 だが、オレ達ならやれるだろう。危なそうなら最初は距離を取っ
て戦い、AKで弾幕を張って敵の数を減らしつつ逃げればいい。
 オレは彼女達に向き直る。
﹁ならアジトを突き止めて、奴らを叩くか﹂
 この決定に彼女達はそれぞれ気合いを入れ直す。
 オレも怒りを燃やす瞳で断言した。
﹁︱︱さぁ、戦争の時間だ﹂

869
第60話 戦争の時間︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月15日、21時更新予定です。
この回は手榴弾の説明を無駄に力を入れて書きすぎた⋮⋮。
でも楽しかったからいいか!
後、炸薬の話を書いてて思ったんだけどTNT、RDX、C4の擬
人化とかないのかな?
主人公が浮気をすると、抱きつき爆発し、ヒロインの服が脱げて裸
になるという斬新な話を誰か書いてください。
また今回の手榴弾等に関しては﹃武器と爆薬︱悪夢のメカニズム図
解 小林 源文﹄や他文献を参考にさせて頂きました。

870
第61話 双子魔術師
 彼女達からアジト襲撃の了承を得ると、早速準備に取り掛かる。
 角馬は手綱を木に縛ろうかとも思ったが、他の魔物に襲われる危
険性があるため自由にさせておく。
 AK47の安全装置を解除して、セミ・オートマチックへ。
チェンバー
 コッキングハンドルを引き、薬室に弾を移動させる。
 クリスもボルトを前後。
チェンバー
 薬室に﹃7.62mm×51 NATO弾﹄を押し込む。
コンバット
 全員が戦闘ブーツの紐を改めて硬く結び直し、戦闘用プロテクタ
ーの具合を確かめ、アイプロテクション・ギアを装着する。

871
﹁フォーメーションは訓練通りシアが先頭、スノー、オレ、一番後
ろがクリスだ。今回の目的は双子魔術師の現アジトを突き止めて、
敵を制圧すること。途中で遭遇するだろう魔物とはなるべく交戦せ
ず、迂回出来る場合はしていこう。発砲音で相手に気取られるのは
マズイから﹂
﹁任せて。なるべく魔物に出会わない道を選んで進むから。それに
いざという時は、ボクがナイフで静かに仕留めるよ﹂
 シアが頷き、腰に下げているナイフを二、三度叩く。
﹁これ以上、魔術師達の被害者を出さないため彼らを倒すつもりだ
が、もし生存者が居た場合は優先的にその人を救出する。もちろん、
自分達の身の安全が第一だが﹂
レギオン
 将来、オレは困っている人や救いを求める人を助ける軍団を立ち
上げたい。
 まだ立ち上げられるレベルには達していないが、そんなの関係な
く困っている人、助けを求める人が居たら救助しようと改めて皆と
確認しあう。
 スノー達も同意するように頷いてくれる。
 オレは本当にいい嫁、友人を持ったものだ。
 オレも頷き返し、告げた。
﹁それじゃ出発だ﹂
 掛け声を合図に皆が森の中へと分け入る。

872
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 シアは﹃自分を奇襲で襲うのは深夜の森でも不可能﹄と自慢する
だけあり、夜の見張り番では、誰よりも早く魔物の存在に気が付き、
肉体強化術で身体を補助してナイフで仕留めていた︵深夜だったた
め、発砲音で睡眠を妨害したくないという気遣いだろう︶。
 彼女は気配察知技術がずば抜けて高いのだ。
 それは魔物だけではなく、追跡や罠の察知にも役だってくれる。
 早速、罠を発見。
 金属製のトラバサミだ。
﹁この辺に住んでる狩人が仕掛けた罠か?﹂
﹁誰が仕掛けたか断言は出来ないけど、生身でかかったら足の骨ぐ
らい楽に折れちゃう。ボクの足跡以外の場所は踏まないように気を
付けて進んでね﹂
 シアの指示に従い、彼女の足跡以外を踏まないようにトラバサミ
を迂回する。
 さらに進むと鳴子に連動した糸が結んであった。
 この糸に引っかかると、鳴子が鳴る仕組みだ︱︱と、見せかけて
こちらはダミー。本命の魔術結界が張られていた。ブラッド家に侵
入した時に見たものと同じタイプだ。
 鳴子に目を行かせ、分かりにくい場所に設置された魔術結界に引

873
っかからせる罠のようだ。
﹁努力は認めるけど鳴子の設置があからさま過ぎるよ。これじゃ﹃
さらに罠が隠されてます﹄って宣伝しているようなものだよ﹂
 シアはどこぞの批評家のような毒舌を吐き、魔術結界の杭を3分
も経たず沈黙させる。
 スノーでも5分以上かかっていたのに、さすがだ。
﹁魔術結界があるってことは、そろそろ奴らのアジトが近いってこ
とだな。皆、気を引き締めて行こう﹂
 スノー達はそれぞれ返事をする。
 オレ達はさらに森の奥へと進んだ。
 この探索の間中、魔物と出会うことはなかった。
オーガ
 魔物達も大鬼の集団によって狩り尽くされてしまったのだろうか?
 オレ達にとっては都合が良い。
 約30分ほど︱︱自分達が居る場所から、約50メートル先に森
が途切れた空き地が広がっている。
 広さは先程の広場の約半分ほど。
 奥には洞窟がある、そこから再び木々が茂っている。
オーガ
 そんな空き地のほぼ中央で焚き火がたかれ、大鬼達が遺体や角馬
の死体を美味そうに喰っている。
 数はざっと41、2匹。
 50匹はいなかった。

874
﹁⋮⋮ッ﹂
 クリスが口元を抑える。
 この中で一番目が良い彼女にとっては辛い光景だろう。
 だが偵察をしない訳にもいかない。
 洞窟の脇には強奪したと思われる荷物が積み上がっていた。
 いかにも魔術師っぽいローブを頭から被った2人が、積み上げら
れた荷物の中身を確認し談笑しているようだ。
 恐らくあの2人が双子魔術師なのだろう。
 また生存者を確認する。
 荷物側に猿轡をかまされ、縄で手を縛られた女性が震え上がって
いた。
 まず間違いなく、商隊の生き残りだろう。
 オレの視力では遠目のため、女性としか分からない。
 歳は恐らく20歳を少し過ぎたぐらいだ。
 男達は女性を無理矢理立たせると洞窟の奥へと消える。
︵下種共が⋮⋮ッ︶
 この後、彼女がどうなるか嫌というほど想像出来る。
 時間が無い。すぐさま作戦を立案する。
 皆が顔をつきあわせ、小声で話し合う。
オーガ
︵まずオレが左、スノーとシアが右から大鬼達を一掃する。クリス
は洞窟入り口正面、見える位置に着いてくれ。もし男達があの女性

875
を人質にしたら遠慮無く7.62mm弾を喰らわせてやれ︶
 スノー、クリス、シア達は真剣な瞳で頷く。
 オレ、スノー、シアが左右に広がる。
 広がると言っても、10メートルほどしか離れていない。
 クリスの射線を確保するため、洞窟の正面には立たないよう位置
を取る。
ニーリング
 クリスに視線を向けると、膝立ち姿勢︱︱膝射という射撃体勢だ。
 オレもセミ・オートから、フル・オートへ切り替える。
 皆に見えるよう左腕を上げ、カウントを開始。
 5、4、3、2、1︱︱
﹁GO!﹂
 肉体強化術で身体を補助! オレ、スノー、シアは茂みから飛び
オーガ
出し、焚き火を囲んでいる大鬼達へ一斉に射撃をおこなう。
﹃!!!???﹄
 オーガ達が驚き、こちらを振り向く。
 だが遅い。
 オレが左、スノー&シアが右から﹃×﹄字を描くように発砲する。
オーガ
 大鬼達もどちらへ向かえばいいのか一瞬躊躇し、その結果無防備
で7.62mm×ロシアンショートを山ほど喰らう。
 だがオークよりも上位だけはあり、胴体に叩き込んでも中々死な

876
ない。
﹃オオオォオオオォオオオ!!!﹄
 1、2発被弾しながらも雄叫びをあげ、オレ達へ突撃してくる。
 オレは身体︱︱特に目を強化。
 昔、ゴブリンを倒した時のように頭部に狙いを変更する。
 リボルバーとは違う圧倒的火力。
 威力も段違いのため、オーガの頭部に直撃すると簡単に分厚い頭
蓋骨を砕き脳漿をぶちまけた。
 弾倉交換もスムーズで淀みがない。
 2つ目の弾倉を使い切った時点で、自分に向かってきたのは殲滅
する。
 スノー&シア側も同様に倒しきったようだ。
 時間にして1分もかかっていない。
 ︱︱静寂が訪れる。
 オレ達はマガジンポーチから新たなマガジンをセットして、銃口
を洞窟入り口へと向けた。
 オレ、スノー、シアは互いに頷きあいゆっくりと歩き洞窟入り口
を包囲する。
 さらに約3分ほど経って先程、洞窟奥へと入って行った魔術師風
の2人が女性を人質にしながら姿を現す。
 顔に黒い塗料で左右半分ずつ入れ墨を彫っている。
 2人で合わせると1つの絵柄になるようだ。

877
 その入れ墨以外は顔立ち、背丈も全て一緒。
 この男2人が、双子魔術師でまず間違いないだろう。
 右半分に入れ墨を入れている男が、女性にナイフを向け楯のよう
に扱っている。
 強姦はされていないようだが、女性は顔を殴られたせいか腫れて
いた。
﹁﹁貴様等、何者だ! 魔術も使わずどうやって短時間にこれほど
オーガ
の大鬼共を退治したんだ!﹂﹂
 男達はユニゾンで喋り問いかけてくる。
﹁誰でもいいだろう。それよりも、お前たちこそ⋮⋮ってそういえ
ば、こいつらの名前知らなかったっけ﹂
﹁﹁オレ達の名を知らないとは︱︱無知とは罪! オレ達こそはこ
の界隈に名が轟く双子の魔術師、2人同時に魔術を使うことによっ
て我らの力は跳ね上がる! さあ見るがいい我が魔術を、そして死
にゆく魂に刻むがいい我らの名︱︱カ﹂
 ︱︱ダン!
﹁ぎゃぁあぁぁッ!﹂
 敵の台詞は弾丸で答えられる。
 クリスのM700Pが発砲した﹃7.62mm×51 NATO
弾﹄が人質を取る男の肩を砕く。
 人質が腕から離れると、呆然とするもう片方の足を撃ち抜く。
﹁ぐああぁぁあッ!!!﹂

878
 男2人は経験したことのない痛みに悶絶する。
 さらにクリスは容赦なく、1発ずつ弾丸を男達へ撃ち込んだ。
 オレが腕を上げ射撃中止を指示。
 シアと共に駆け寄り悶絶する男たちの顎をそれぞれ蹴り抜く。
 男2人はあっけなく意識を手放す。
 足と肩の出血は激しいが、弾は貫通していた。
 念のため持って来ていた魔術防止首輪を付け、縛り上げる。その
後、シアが足と肩の治療をしてやる。
 こんな所で楽には殺さない。生け捕りに出来たのだから、ちゃん
とした法の場に引きずり出し、罪を償わせてやる。
 スノーはうずくまっている女性に駆け寄り声をかけていた。
 ナイフを取り出し、縛られた手の縄を切る。
﹁安心してください、わたし達は助けに来た者達です。魔物達は全
員退治したのでもう大丈夫ですよ﹂
﹁あ、ああ、あり︱︱﹂
 恐怖で一杯一杯の彼女は、震えてお礼を口にするのも難しいらし
い。
 スノーは気にせず、水筒を彼女に渡し背中を落ち着かせるように
さすった。また顔に治癒魔術をかけてあげる。
 治癒魔術の力で、彼女の顔についた傷痕は綺麗に無くなった。
 オレはその姿を見届け、クリスに手を振る。
 彼女がこちらに来てから、残党がいないことを確認し、皆に指示
を出す。

879
﹁シアは先に戻ってゴムゴさん達に無事を知らせてくれ。戻ってき
たら角馬を1頭つれてここに戻って来てくれ。この双子を一緒に運
ぶから。オレとクリスは残党がいないか周辺を調査する。スノーは
彼女が落ち着くまで側に居てあげてくれ﹂
 皆が指示を聞き、迅速に動き出す。
 こうして無事、オレ達は女性を救い出し、賞金首である双子魔術
師を捕らえることに成功した。
第61話 双子魔術師︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月16日、21時更新予定です。
炸薬の擬人化はすでにあったのか⋮⋮。自分が考えるようなことは
大抵出ているもんですね。色々作品名を教えて頂きありがとうござ
います!
あと、野外用携帯ウォッシュトイレ。教えて頂いたHP覗いたけど、
凄いね。よくあんなの思いつくよな。マジその発想は無かったわ。

880
第62話 鉱山都市ベスタ、到着
 オレ達は双子魔術師のアジトである洞窟前で、ゴムゴさん達を呼
びに戻ったシアを待っていた。
 シアには彼らに倒したことを信用させるため、双子魔術師が付け
ていた装飾品&襲われた商人達が扱っていた一部品物を持たせて向
かわせた。
 倒した魔術師達は縛り上げ、目隠しをして眠らせている。
 念のため2人を引き離し、別々の場所に拘束している。
 助けた女性は心身とも疲労し、今はスノーの膝枕で眠っていた。
 彼女は女性に膝を貸しながらも、四方に耳を欹てている。
 クリスもスノーのように周囲を警戒していた。

881
オーガ
 オレは周辺警備を彼女達に任せて、倒した大鬼の報酬素材となる
牙を回収する。
 ナイフを手に1匹ずつ、長く伸びた犬歯を根元から切り落として
いく。
 AK47の7.62mm×ロシアンショートで砕けてしまい回収
出来ない物もあった。
 一通り取り終わり、スノー&クリスの元へ戻る。
 牙は革袋に入れて腰からさげておく。
 オレも周辺警戒に加わった。
﹁しかし、予想以上に楽に敵を倒すことが出来たな﹂
 オレは周辺警戒をしながら、雑談の話題を振る。
 今回、チームとして本格的に戦ってみた感想を告げた。
﹁もしかしてオレ達、かなり強い?﹂
﹁うん、相当強いと思うよ。特にクリスちゃんのスナイパーライフ
ルは魔術師にとって脅威だよ。魔力をまったく感じず、遠距離から、
即死出来るだけの攻撃力があるなんて。魔術師殺しとしてはほぼ必
殺レベルだね﹂
﹃リュートお兄ちゃんも、スノーお姉ちゃんも強いです﹄
 クリスは照れながらミニ黒板に文字を書く。
 確かに今現在でも、そこそこの数であれば、大抵の相手は楽に倒
すことが出来る。
 しかし個人的にはもう少し火力が欲しい。

882
︵今回のクエストが終わったら、分隊支援火器でも作ろうかな︶
 そんなことをぼんやり考えていると、シアが角馬を連れて戻って
くる。
﹁シア、ご苦労様。ゴムゴさん達の様子はどうだった?﹂
﹁若様が持たせてくれた荷物のお陰で簡単に信用してくれましたよ﹂
﹁そりゃよかった。ゴムゴさん達はもうそっちの広場に来ているの
か?﹂
﹁はい、一緒に来ましたから。双子魔術師を倒したことに酷く驚い
ていましたよ﹂
 シアは報告を聞いた彼らの顔を思い出したのか、1人﹃ニヤリ﹄
と楽しげに口元を吊り上げる。
 よっぽど楽しかったらしい。
 オレも出来れば見たかった。
﹁了解。それじゃ待たせるのも何だしさっさと行くか﹂
 女性を起こし、歩いてもらう。
 倒した魔術師2人組は荷物のように馬の背に乗せた。
オーガ
 シアに大鬼の死体を焼き払ってもらってから、ゴムゴ達が待つ広
場へと向かう。
 助けた女性が、危機を知らせた商人と顔を合わせると泣き崩れた。
 知り合いの顔を見て安心したのだろう。
 彼女の汚れた衣服の代わりに体格が近いスノーのを渡す。

883
 体を拭くためのお湯、タオルも手渡し、オレ達の馬車で着替える
よう勧める。
 商人が謝礼金を払おうとしたが辞退した。
 自分達は謝礼金が欲しくて動いたわけではない。
 また彼らの荷物はまだ洞窟前にあるが、一時的に諦めるしかなか
った。
 運ぶための馬車や人員などが無いからだ。
 商人は一度、鉱山都市ベスタにある自宅へと戻るらしい。
 助けた女性はとりあえずうちの馬車に乗せて移動させることにな
る。
 ここから鉱山都市まで、約1日。
 スペースも余っているし、うちならオレ以外女性陣しかいないか
ら彼女も身構えることはないだろう。
 だが、さすがに今から出発する訳にはいかず、今日は予定通り野
営することになった。
 念のため双子魔術師はそれぞれ別の場所に縛り、周囲を魔術で作
った土壁で覆っておいた。さらに魔術で意識を深く眠らせる。
 これで約2日は起きないだろうとのことだ。
 ゴムゴにはいつも通り、自分達も野営の夜番をすると言っておく。
 下手にシミルのようなタイプに貸しを作ると後々厄介だからだ。
 シミルはわざわざこちらの陣営まで来て、﹃ふん、噂で聞いたよ
り大したことなかったみたいだな。あの程度の奴ら俺達だって倒せ
たさ﹄と今更な負け惜しみを言ってきた。

884
 オレ達は相手にするのも面倒で適当に聞き流す。
 そして翌日。
 オレ達は無事、鉱山都市ベスタへと辿り着くことが出来た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 鉱山都市ベスタはその名の通り、鉱山採掘の街だ。
 多種多様な鉱石を採掘しているらしく、所々で立ち上る黒い煙が
上がり、筋肉が発達した男達と多くすれ違う。
 到着したのが夕方だったため、馬車預かり所に立ち寄り宿屋に直
行したいが︱︱そういう訳にもいかない。
 まず助けた女性と商人は、2人ともこの街で別れた。
 それぞれ知り合いが居るため、そちらを頼るらしい。
 最後に何度もお礼を告げられた。
 ゴムゴ達とは3日後の朝、馬車預かり所前で落ち合う約束をして
別れる。
ギルド
 次に捕らえた双子魔術師を冒険者斡旋組合へと引き渡しに向かう。
ギルド
 彼らに冒険者斡旋組合が賞金を懸けているからだ。

885
﹁リュートくん、わたしが1人持とうか?﹂
﹃私も手伝います﹄
﹁いえ、奥様方。ここは奴隷のボクにお任せください﹂
 嫁&シアが好意から2人を運ぶ手伝いを申し出たが、
﹁大丈夫、オレ1人でこいつらぐらい運べるさ﹂
 大切な嫁&女性であるシアに、こんなクズ達を抱きかかえ運ばせ
る訳にはいかない。
 オレは男の意地とばかりに慣れない馬車移動で疲れた体に鞭を打
つ。
 肉体強化術で縛った縄を片方ずつ持ち無理矢理持ち上げ移動する。
ギルド
 幸い2人は眠らせているため暴れず、冒険者斡旋組合も預かり所
から近かったため魔力切れが起きる前に辿り着くことが出来た。
ギルド
 冒険者斡旋組合の責任者の元、人相と特徴を確認。
 やはり捕まえた男達は、有名な双子魔術師で間違いない。
 1人当たり金貨100枚︱︱約1千万円の賞金首だ。
 オレ達は一気に金貨200枚の大金を手にする。
 レベル?と?の冒険者がレベル?のクエストをこなしたが、突発
的だったためその辺は黙認される形になる。
 慣れない旅移動と野営、見張り番︱︱シア以外のオレ達は疲れに
ギルド
負けて、その日は冒険者斡旋組合側にある中の上級の宿へと泊まっ
た。
 シア、オレとスノー&クリスの2部屋で宿を取る。

886
 夕食をオレ達の部屋で摂り終えると、その日はすぐに別れて眠り
についてしまった。
 久しぶりにスノー&クリス︱︱クエストに旅立ってから初めて可
愛い妻2人と1つ下の屋根に泊まったが、流石に夜励む元気はなか
った。
 オレはスノー&クリスに挟まれベッドに倒れこむ。腕の中に居る
愛しい妻達の温もりと甘い匂いに安らかな眠りが加速する。
 結局、オレ達は翌日の昼頃までこんこんと眠り続けてしまった。
第62話 鉱山都市ベスタ、到着︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月17日、21時更新予定です。
887
第63話 鉱山都市ベスタ、観光
﹁⋮⋮ふがぁ﹂
 間抜けな声をあげ、オレは目を覚ました。
 閉じた鎧戸から微かに漏れる光から、太陽が昇ったことを知る。
 その微かな光に浮かび、スノーとクリスがオレの腕を枕代わりに
眠る姿を視認することが出来た。
 右腕にスノー。
 ポニーテールを解いているせいか、いつもの雰囲気とは印象が違
う。活動的な感じから、落ち着いた女性のものに変わる。どちらの
スノーもオレは魅力的だと思う。

888
 左腕にクリス。
 彼女は腕枕というより、ほぼ胸に頭を乗せて眠っている。オレが
抱き枕になっている状態だ。寝顔はいつもより幼く、安心しきって
いる表情が可愛らしい。
 2人を起こさないようにそっと腕を抜こうとしたが︱︱
﹁りゅーとくん?﹂
﹁おにぃ、ちゃん﹂
﹁⋮⋮おはよう、2人とも﹂
 さすがに無理でした。
 元々、2人とも眠っていたというより微睡んでいたに近かったら
しい。だから、振動に気付き目を覚ましたようだ。
 折角なのでオレ達は体を起こし、ベッドから抜け出す。
 窓と鎧戸を開くと、太陽は天辺まで昇り、街は活気づいていた。
﹁こりゃ確実に昼過ぎてるな﹂
﹁しかたないよ。久しぶりに夜番とか気にせずちゃんと寝られたん
だから﹂
﹃スノーお姉ちゃんの言う通りです﹄
 だが出発は明後日。
 それまでに王都までの5日間、必要な食料、消耗品を買い馬車に
積まなければならない。さすがにこのままダラダラと部屋で過ごす
訳にはいかない。
﹁とりあえずシアと合流して、遅めの朝食兼昼飯でも食べて明日の

889
準備のため買い物でもするか﹂
 この提案に嫁の2人は賛成の声をあげた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 隣に部屋を取っているシアと合流する。
 彼女に明後日まで、必要な物資を買い出しに行こうと言うと︱︱
﹁それぐらいボクがやりますから。若様、奥様方はどうぞのんびり
しててください﹂
﹁でも、さすがに全部シアに任せるのは⋮⋮﹂
﹁何言ってるんですか。ボクは若様の奴隷、そんな事言われたらボ
クの立場が無いですよ﹂
 社長が社員の仕事を一緒にやるようなもんか?
 もしそうだとしたら確かに社員の立場はないな。
 オレはシアの申し出を受け入れ、彼女に金貨を預ける。念のため
多めに持たせておいた。
 ついでに適当に自分の好きな物を買ってもいいと告げておく。
 シアは遠慮気味に首を振ったが、懐は双子魔術師の賞金金額で温
かい。
 だから気にするな、と言い含めた。

890
 こうして暇になったオレ達は、宿の1階酒場兼食堂で食事を摂り
ながら今日の方針を決める。
 部屋に篭もるのも勿体ないため、今日はこの鉱山都市を観光する
ことに決まった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 スノー、クリスと腕を組み鉱山都市を見て回る。
 鉱山都市のためか若く、筋骨隆々な男達が多い。
 可愛い女の子2人に腕を組まれているオレを目にすると、あから
さまな殺意をぶつけてくる。
 気持ちは分かる。
 もしオレがそちら側だったら同じように﹃リア充爆発しろ!﹄と
念じていただろう。
﹁ねぇねぇクリスちゃん、このペンダント可愛くない?﹂
﹃はい、とっても可愛らしいです。こっちの指輪も﹄
 鉱山都市には通常の店もあるが、路上で布を敷いて販売する露天
系の店も多い。
 都市色か貴金属のアクセサリー、刀剣類、金属製の置物などが多
数置かれている。どうやら若手職人が技術向上の修行&小遣い稼ぎ
で出展しているらしい。

891
 前世でいう所のフリーマーケットに近い。
 オレ達が足を止めた貴金属露天は、前世のシルバーアクセサリー
のように店番も務める若者が自作した商品が並べていた。
 制作者の竜人種族の若者が営業スマイルで進めてくる。
﹁遠慮なくどうぞお手にとってください。無理矢理買わせるような
マネは絶対しないので﹂
 進められてスノー&クリスは、オレの腕を手離し本格的に見入る。
 オレはその間、かかしのように立ち彼女達が飽きるまで待ち続け
る。これも夫としての甲斐性の1つだ。
 ぼんやり待っていると、すぐ側を商人らしき人物2人組が通り過
ぎる。
 会話が聞こえてしまう。
﹁おい、最近街周辺の様子がおかしいと思わないか?﹂
オーガ
﹁思う思う。とくに最近は小さな魔物どころか、大鬼の姿すらなく
なってるな。うちじゃ﹃何か異変の前触れか?﹄なんて話している
ところだよ﹂
﹁何もなきゃいいんだが⋮⋮﹂
 商人達は心配そうな顔と声で、雑踏へと消えた。
オーガ
︵そんなに心配しなくても大鬼を従えていた双子魔術師はもういな
いんだけどね︶
オーガ
 あの双子魔術師が大鬼を集め、組織化したせいで他魔物達が集団

892
で襲われ、逃げ出した結果、森から姿を消した。
 彼らはオレ達が捕縛してしまったから、そのうち元通りの森へと
戻るだろう。
 そんなことを考えていると、スノーが銀の鎖で作られたシンプル
なペンダントを手に取る。
 彼女は首に重ね見せてくる。
﹁どうかなリュートくん?﹂
﹁とっても似合うよ。スノーの髪の色ともあって﹂
﹁えへへ、ありがとう﹂
 裾をひっぱられ振り返る。
 クリスは耳に金色のイヤリングを重ねていた。
 イヤリングは宝石、魔石などはあしらっていないが、細工が細か
い綺麗なタイプだ。
﹃私はどうですか?﹄
﹁クリスもとっても似合ってるよ﹂
﹃ありがとうございます﹄
 クリスも褒められてテレテレと恥ずかしがる。
 スノーは銀色シンプル、クリスは金色綺麗系が好みらしい。
 心の中でメモに書き込む。
﹁本当にお2人ともお似合いですよ。お2人につけて頂けるならき
っとアクセサリー達も幸せだろうなぁ﹂
 若者はちらちらとオレを見てくる。

893
﹁いや、本当にお2人に付けて頂いたら制作者としてこれ以上の幸
せはないなぁ﹂
 チラチラとさらに見てくる。
 分かった、分かってるよ。
 ここは甲斐性の見せ所だ。
﹁これもらうよ、2つでいくら?﹂
﹁毎度! 1つ本当なら銀貨1枚、大銅貨2枚のところですが、お
2つで銀貨2枚で結構ですよ﹂
 約2万というところか。
 彼女達の好みを把握出来た手間賃と思えば安い買い物だ。
 オレは若者に銀貨2枚を出す。
 2人の首と耳に、それぞれオレが付けてあげると、彼女達は幸せ
そうに微笑む。
﹁ありがとうリュートくん、大切にするね﹂
﹃ありがとうございます、お兄ちゃん。私もずっと大切にします﹄
 彼女達の笑顔は、プライスレスだ。
 そしてオレ達は再び、街を歩き回った。
 食料市場的な場所に立ち寄ったので、休憩がてらオヤツを食べる。
 この街では屈強な男達が多いわりに、意外と甘味系が揃っている。

 その中で代表的な甘味、蒸かし饅を食べた。

894
 砂糖で甘く煮た豆を混ぜた生地を蒸したおやつだ。前世で言うと
ころの蒸しパン、蒸しケーキ的な物に近い。
﹁初めて食べたよ、こんなの。甘いお豆って美味しいね﹂
﹁スノーは甘い豆とか大丈夫なのか?﹂
﹁別に平気だよ﹂
 言葉通り平気らしく、ぱくぱくと美味しそうに蒸かし饅を食べる。
 前世の世界、海外では﹃甘い豆﹄という概念が無く、苦手な人が
いると聞いたことがある。だから、日本のあんこが受け付けないら
しい。
﹁クリスはどう、美味し︱︱クリス?﹂
 オレは途中で台詞を区切り、思わずクリスを見つめてしまう。
 彼女はまるで危険物を扱う研究者のように真剣な表情で蒸かし饅
を食べていた。
﹃確かに豆の甘さが、生地の味気なさを補っています。ですが、た
だ豆に砂糖を入れて甘くするだけではなく、塩などを入れて甘さを
引き立たせるなどしたほうがより美味しくなると思います。10点
満点で、5.24点というところです﹄
﹁お、おう﹂
 数値細か!
 さすが魔人種族。
﹃小麦はパンではなく、ケーキを作るためにある﹄と豪語するほど
の甘味好きの種族だけある。
 しかも彼女はマルコームさんという専属料理人を抱えて、甘味を
食べてきた。

895
 そのせいで甘い物、お菓子に対して真剣なのだろう。
﹃甘味は遊びじゃありません﹄と目が語っている。
 オレはよくこの主にお菓子で取り入ることが出来たな⋮⋮。
 蒸かし饅を食べ終えると、帰路につく。
 そろそろ日が暮れてきたからだ。
 夕食は昼間と同じ、宿の1階で摂る予定。
 昼ご飯が美味しかったからまず問題ないだろう。
﹁あっ、悪い。明日必要な物を1つシアに頼み忘れてた。明日でも
いいんだけど、ちょっと行って買って来るから2人は先に戻ってく
れないか?﹂
﹃だったら、一緒に買いに行きましょう﹄
﹁いや、本当に大した物じゃないから。1人で大丈夫。だから2人
は先に戻ってて﹂
﹁リュートくんが、そこまで言うなら﹂
 2人は首を捻りながらも、オレの強引な後押しに宿へと戻る。
 もう少し上手く誤魔化せればよかったが、オレに話術力などない
からな。
 2人の背を見送り、オレは昼間の観光中に当たりをつけていた貴
金属店へと向かう。
ブレスレット
 目的は2人に贈る結婚腕輪だ。
ブレスレット
 現在、2人が付けている結婚腕輪は、オレが魔術液体金属で作っ
ブレスレット
た簡素な物だ。しかしさすがにそれを結婚腕輪とするのは、オレ自

896
身が納得出来ない。
 もちろん2人は満足しているが⋮⋮。
 だからこれは完全にオレの我が儘だ。
ギルド
 いつか買おうとこっそり1人で冒険者斡旋組合でクエストを受け、
貯めてきた。
 合計金貨6枚︱︱日本円で約60万だ。
 つまりウォッシュトイレが2台作れる計算だ。
 1つ金貨3枚の品なら見栄えも問題はないだろう。
 見た目はコンビニ程度の広さしかない店だが、他の店舗より小綺
麗にしているのが印象的だった。
 扉を潜ると真っ白な白髪な竜人種族の男性、老店員が応対してく
れる。
﹁いらっしゃいませ。本日はどんなご用件でしょうかな?﹂
ブレスレット
﹁2人の妻に結婚腕輪を送りたくて。いくつか見せて貰えませんか
?﹂
﹁妻、2人ですかな? それはまた豪毅な﹂
 老店員は﹃2人の妻﹄と聞いて楽しげに笑う。
 人が良さそうでよかった。
 オレは老店員に資金と2人の好みを告げ、いくつか見せてもらう。
 スノーの好みは銀色で、シンプルなデザイン。
 クリスの好みは金色で、綺麗系なデザイン。
 いくつか見せてもらった中で気に入ったのがあった。

897
 スノーのは銀の腕輪で、青白い魔石と宝石が散りばめられたシン
プルな物だ。
 クリスは金色の細い鎖で編み上げ、赤い魔石と宝石を散りばめた
綺麗なデザイン。
 それぞれ魔石にはすでに1回分の魔術が込められているらしい。
ブレスレット
 危険な世界のため、魔石付きの結婚腕輪は実用性込みで喜ばれる
と老店員から勧められた。
 確かに実用的だし、デザインも彼女達が好みそうだ。
ブレスレット ブレスレット
 しかも結婚腕輪用ということで、同デザインの男性用腕輪が一緒
について値段は1つ金貨3枚と予算内。
 男性用はあくまで付属品程度の扱いのため、魔石&宝石は無し。
ブレスレット
飾り気の無い結婚腕輪になっている。
 だが、これなら2人も気に入ってくれるだろう。
﹁これをください﹂
﹁ありがとうございます。箱代はオマケにしておきますかな﹂
 老店員の好意に甘えて、箱代をオマケしてもらう。
 オレは貯めた金貨6枚を店員に渡す。
ブレスレット
 約数分ほどで、桐箱のような物に入った結婚腕輪を渡される。
 オレは2人に見付からないようポケットへと厳重にしまった。
﹁今度は奥様方をお連れして来てくださいな﹂
﹁はい、是非、今度は2人を連れて来ます﹂
 オレは改めてお礼を告げ、店を後にする。

898
 時間にして約1時間ぐらいかかってしまった。これ以上は心配さ
れてしまう。
 オレは足早に夕闇迫った路地を急ぎ、宿へと戻った。
ブレスレット
 歩きながら結婚腕輪が入ったポケットを軽く叩く。
﹁2人に渡すのはこのクエストが終わった後かな。いや、折角だし
自宅に帰ってサプライズパーティー的なことをして渡した方がいい
かも?﹂
 スノーとクリスの驚き喜ぶ顔を思い浮かべ、オレ自身口元がにや
けるのが抑えられなかった。
 順調で平和な一日。
 だがこの時オレは、自分達がこの後窮地に陥るとは夢にも思わな
かった。
899
第63話 鉱山都市ベスタ、観光︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月18日、21時更新予定です。
嫁に送る婚約腕輪をウォッシュトイレ換算で考える主人公って⋮⋮。
駄目だこいつ早くなんとかしないと!
さて最近、返信が滞ってしまい申し訳ないです。ですが全部読んで
ます。
本当に色々な感想を貰えて嬉しいです。
これからも頑張って毎日更新を続けたいと思います!

900
第64話 小さな魔石
 鉱山都市ベスタを出発したのは、翌日の昼前。
 体感的には10時頃だ。
 こちら側の道は森林が伐採され、一部山肌が露出している。
 伐採して燃料や資材にでもしているのだろう。
 しかし1日経てばすぐまた森を抜けるような道に変わる。
 オレ達は商隊の一番後方で、周辺の警戒に当たっていた。
 運が良かったのか、魔物に遭遇することなく平和な旅路が続く。
 問題が起きたのは鉱山都市を出発して2日後、辿り着いた野営地
だった。

901
 オレ達が到着すると、そこには馬車2、3台分が無惨に破壊し尽
くされていた。
 馬車を降り、惨状を確認する。
﹁おいおい、こっち側にもあの双子魔術師みたいな奴でも居るのか
?﹂
﹁多分、人じゃなくて魔物の仕業でしょうね。ほら、噛み痕があり
ます。恐らく1日以上経過してますね﹂
 シアが馬車の損害、状態から推測を立てる。
﹁おい、オマエら、俺達はこれから被害を出した魔物がまだ近くに
居るはずだから今からそいつを退治しに行ってくる。オマエらは手
を出すんじゃないぞ﹂
 シミルが仲間を連れ、宣言をしてくる。
﹁レベル?の奴らが出来たんだ。俺達レベル?なら余裕で倒せるは
ずさ﹂
オーガ
 どうやら双子魔術師や大鬼をオレ達があっさりと倒しすぎたため、
自分達でも出来ると勘違いしているようだ。
 しかも賞金に目が眩んでいる。
﹁一応言っておくが、こっちには魔術師Aマイナス級とBプラス級
オーガ
がいる。だから双子魔術師や大鬼を倒すことが出来たんだ。魔術師
無しの3人で無茶はしないほうがいい﹂
﹁うるせぇ! 黙ってろ! 獲物を横取りしようとするんじゃねぇ

902
ぞ! オマエ達は黙ってここで待ってろ﹂
 そしてシミル達は惨状を作り上げた魔物を捜しに、森の中へと姿
を消してしまう。
﹁リュートくん、わたし達はどうする?﹂
 振り返ると、不安そうにこちらを見ているゴムゴ達が居る。
 とりあえずシミル達が行ってしまった今、彼らの安全は自分達が
確保しよう。
﹁彼らが戻ってくるまで野営準備は無し。いつでも移動できるよう
準備しておくこと。スノーとクリスはゴムゴさんの側で警護。オレ
とシアは周辺の警戒と生存者がいないか見て回る﹂
 指示にスノー達は返事をして、それぞれの役割に着く。
 最悪、彼らが翌朝まで戻って来なければ、一晩ここで明かすかも
しれない。今の内にオレ達だけで夜番を回せるようにローテーショ
ンを相談しておいた方がいいかもしれないな。
 その相談は夕飯を食べる時にでもしようと、オレは1人胸中で決
める。
 オレとシアはAK47&フル装備で周辺に害のあるもの、生存者
が居ないか見て回る。
 広場近くの森をぐるりと回ったが、特別警戒するものはなかった。
 生存者の足跡や痕跡も無い。
 広場に戻りスノー&クリスに手を挙げ、問題無かったと合図する。

903
 未だに心配そうにしているゴムゴ達へ、彼女達が﹃周辺に危険は
なかったらしい﹄と告げているのか、彼らの顔色は少しだけ楽にな
った。
 次にオレとシアは、破壊されている馬車などの様子を確認する。
 馬車は木製で極一般的な物だ。
 車軸は折れ、車輪も真っ二つに壊れている。
 素人目から見ても修復は不可能だろう。
 積み込んでいた荷物は無事らしい。
 中身は鉱山都市で買い込んだ原材料のようだ。
 鉄鉱なのか、貴金属なのか、それとも別の何かかオレには一目で
は分からない。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 シアが厳しい表情で、破壊された馬車の残骸を真剣に見つめる。
 地面に片膝を付き、手にとってジグソーパズルのように一部を重
ねたりしていた。
﹁⋮⋮若様これ見て﹂
﹁どれだ﹂
 言われて彼女の隣に並び覗きこむ。
 先程からずっと弄っている馬車の一部だ。
﹁ここだけど、鋭い囓り痕があるの分かる?﹂
 言われて馬車の一部品を観察する。
 確かにシアの指摘通り、鋭い牙を持った獣に噛まれたような痕が

904
ある。
﹁あるな。それがどうかしたか?﹂
﹁若様、よく見て。これは同じ馬車の一部なんだけど噛み痕が近す
ぎる。これじゃ一度噛みついて、再度隣に噛みついたことになる。
なぜ、わざわざそんなことをすると思う?﹂
﹁魔物がやったことだろ。さすがにそんなことは分からないよ﹂
﹁そして、この燃え痕⋮⋮もしボクの推測が当たってたらとっても
不味いことになるよ﹂
﹁不味いことって、この惨状を作ったのがドラゴンかもしれないっ
てことか?﹂
 確かに噛み痕や一部燃えた痕がある。
オーガ
 オレはてっきり大鬼や他魔物に集団で襲われたのかと思っていた。
燃え痕も、襲われた側のランプなどの火が燃え移った物だと考えて
いた。
﹁まさかレッドドラゴンとか?﹂
 レッドドラゴンとは翼を生やし、空を飛び、炎の息を吐き出す一
般的にドラゴンを指す代表的な魔物だ。
 レッドドラゴンは極たまに1、2匹が外れて街や国などを襲う。
レギオン
 このレッドドラゴンを倒せるか否かが、軍団を創設出来るかどう
かの条件に加えられている。
 また魔物大陸や他大陸には、レッドドラゴンの上位種が存在する。
﹁いや、ボクの予想ではそれ以上の︱︱!?﹂

905
 オレとシアだけではない。
 その場にいる全員が、身をすくめた。
 遠く響く雄叫び。
 それは絶対強者の声だったからだ。
 聞こえてきた方角は、シミル達が向かった先と一致する。
 暫く身構えていると地響き、木々が倒れる音。
 無意識にオレは冷や汗を浮かべ、唾液を嚥下。
 AK47の安全装置を解除。
 フル・オートマチックへ。
チェンバー
 コッキングハンドルを引き、薬室に弾丸を移動させていた。
 オレだけではなくシア、そしてスノー&クリスもだ。
 地響きの距離がだんだん近づいてくる。
 森から人影が懸命に走り寄ってくることに気付く。
 奥へ行ったシミルだ!
 彼はびっしょりと汗、涙を流し、右腕を押さえている。
 自慢の剣を握っていた右腕は無くなっていた。
 左手で押さえながら血相を変えて走ってくる。
﹁た、助け︱︱ッ!﹂
 刹那。
 彼の上半身が消失。
 残った下半分の胴体から血が吹き出ると、ぐらりと倒れる。
﹁ッッッ﹂

906
 オレはあまりにショッキングな光景に口元を抑え、目を反らして
しまう。
﹁若様、目を反らしちゃ駄目。次、何が来るか分からないんだから﹂
﹁ご、ごめん。だけど︱︱ッ﹂
 あまりに悲惨な死に様に喉から酸っぱい物が迫り上がってくる。
 オレはなんとか堪えながら、顔を上げた。
 刹那、シミルを喰らった魔物は上空へと飛び立つ。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄
 高々と空を舞い、こちらを威嚇するように声音をあげる。
 全長は約10メートル。
 手で触れたら切れそうな鋭く硬い鱗を全身に纏い、背に広がる翼
で空を自由に飛行している。
 そして通常の竜とは異なる特徴︱︱2本ある首から、再び腹に響
く声をあげる。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄
﹁おいおいおい、なんだアレは⋮⋮ッ﹂
 オレは思わず声を荒げる。
 シアが苦々しげに呟いた。
﹁ボクの予想が当たっちゃったみたいだね。レッドドラゴンの上位
個体⋮⋮ツインドラゴン⋮⋮ッ﹂

907
 このツインドラゴンが居たから、森から魔物が消えていたのか!
オーガ
 てっきり双子魔術師と大鬼のせいだと勘違いしていた。
 彼女の声に反応するように大地に降り立ち、2対の眼孔をオレ達
へと固定する。
﹁︱︱ッ! スノー、クリス! 2人はゴムゴさん達を避難させろ
! オレとシアは奴の気を引くため牽制射撃!﹂
 オレの指示で、彼女達は動き出す。
 ダン! ダダダダダダダダダン!
 AK47のフル・オート射撃。
 しかしツインドラゴンと呼ばれる怪物の鱗に傷をつけることすら
出来ない。
 それでもオレとシアは、注意を引きつけるため射撃を継続させる。
 ツインドラゴンの1首が、オレ達を煩わしげに睨み息を大きく吸
うような動作をする。
﹁!? 若様! ブレスが来る! 回避を!﹂
﹁⋮⋮ッ!﹂
 ツインドラゴンの1首から轟音を発して、火炎が放射される。
 シアの指摘後すぐ肉体強化術で全身を強化。すぐさまその場を退
避。
 まるで前世にある火炎放射器を倍以上にした威力だ!

908
 射程も50メートルほどあり、ツインドラゴンの出現で逃げ出し
ていたオレ達の馬車の角馬達が2頭とも火だるまになる。
 勢いよく倒れた角馬。幌馬車内の荷物が全て勢いよく地面にぶち
まけられる。
 荷物の1つ、魔術液体金属が入った小樽は勢いよく幹にぶつかり
砕け散る。
カートリッジ
 不幸中の幸いで、予備弾薬も一緒に放出され、火炎に巻き込まれ
ることは無かった。
﹁リュートくん! シアさん!﹂
 スノーの心配した声に反応したのか、ツインドラゴンの首が2つ
とも彼女達に向けられる。
 未だゴムゴ達は森の中へ逃げている最中だ。
﹁このトカゲ野郎!﹂
 嫁達に牙を剥こうとしているツインドラゴンに怒りが沸き立つ。
 オレは弾倉を徹甲弾に入れ替え発砲︱︱だが、やはり鱗に弾かれ
て効果無し!
 先程、炎を吐いた首とは別のが、再び息を吸うような動作をする。
 まだスノー達は全員、森の中へは入っていない。例え入っていた
としても、あの威力の炎を木々で防げるとは到底思えない。
︵やっぱり個人装備より、火力を優先すべきだったか!?︶
 今更後悔しても遅い。
 オレは2本目の徹甲弾マガジンに腕を伸ばす。

909
 その指先が別の物に触れた。
 試作品の防御用﹃破片手榴弾﹄だ!
 オレは手榴弾のピンを口で抜き、レバーを抑えたまま肉体強化術
で体を補助。ツインドラゴンの鼻先に手榴弾を投げつけた。有効射
程範囲は約15メートル。スノー達はそれ以上離れているため危険
はない。
 破裂音。
 同時にツインドラゴンが初めて苦痛の叫びをあげる。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄
 吐き出しかけていたブレスは地面を叩き自爆する形になる。
 運良く破片が片目を潰したのだ。
﹁全員! 振り返らず森の奥へ逃げろ! 振り返るな、兎に角奥へ
行け!﹂
 オレは指示を飛ばしながら、シアと共に殿を務めながら森の奥へ
と逃げる。
 途中、馬車から散乱した荷物が足にぶつかった。
 それがなんなのかに気付き、思わず手に取ってしまう。
﹁若様! 何してるの! 早く!﹂
﹁ごめん!﹂
 ツインドラゴンは初めて受ける痛みに叫び、暫く悶絶する以外行
動を見せない。
 最後に背後から憎悪に塗れた咆吼だけが聞こえてきた。

910
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 馬車の移動中、暇つぶしにと手榴弾作りに手を出していた。
ザック
 防具や背嚢などの小物、付属品に1つぐらいになればと作ってい
た物だったが、こんな形で役に立つとは⋮⋮。
 オレ達は森を走り、洞窟があったためそこに身を潜める。
 すでに日は落ち、洞窟の奥は暗く魔術の光を灯す。
 入り口は草木で塞ぎ、光が漏れないよう工夫した。
 オレはAK47の安全装置をかけ、疲労した体を休めるため腰を
下ろす。
アリス
 滴る汗を腕で拭い、ALICEクリップで固定していた水筒に口
を付ける。
﹁⋮⋮ここで隠れていたらあのツインドラゴンとかいう奴に見付か
らず、そのうち諦めてどこかへ行くと思うか?﹂
﹁それはないよ﹂
 誰に言った訳ではなかったが、シアが反応して返答してくる。
 彼女も水筒に口を付け、口元を拭っていた。
﹁ドラゴンは総じてプライドが高い。下手に手負いにしたせいで、
あのツインドラゴンは若様を仕留めるまで絶対に追跡を諦めたりは
しないよ﹂

911
 マジか。
 まるで前世で起きた北海道の三毛別羆事件に似ている。
 あれも執拗に人を追いかけ、数人を喰い殺し、最後は射殺された
んだっけ?
 ぼんやりとした知識しかなかった事件を思い出していると、雇い
主のゴムゴが怒鳴り出す。
﹁あ、あんたが下手にドラゴンに怪我を負わせたせいで、私達は追
われる羽目になったんだぞ! 荷物も失ってどうしてくれる!﹂
 他、使用人達も声には出さないが暗い瞳で、オレを非難してきた。
﹁⋮⋮リュートくんの判断は的確だと思います。もしあの時、破裂
の魔術道具を使っていなかったらわたし達はドラゴンの炎に焼かれ
て死んでいました。それでも構いませんでしたか?﹂
﹁ぐぅッ﹂
 スノーの指摘にゴムゴ達は一斉に怨みがましい目を下へと向ける。
 彼女に事実を指摘され、少し頭が冷えたのだろう。
﹃兎に角、今は冷静になって状況の打破を考えるべきです﹄
﹁クリスの言う通りだ。互いに責任を押し付け合っても助かる訳じ
ゃない。まずは状況を確認しよう﹂
 スノー、クリス、シアが頷く。
 ゴムゴ達は邪魔をしないよう無言を貫く。
﹁まずシア、あれはツインドラゴンでいいんだな? レッドドラゴ

912
ンの上位種って言ってた気がするが﹂
﹁その通り。レッドドラゴンの派生種で、胴体に首が2つあるのが
最大の特徴です。交互にブレスを吐き出すため、レッドドラゴンの
上位種と考えられています。本来、魔物大陸の奥地に居てこんな風
に他大陸に出るのはありえないんだけど⋮⋮﹂
 だが事実、ツインドラゴンはここに居る。
 しかし、あのブレスを交互に撃たれたらかなりやっかいだな。
 シア曰く、交互に撃っていても連続で何度も吐ける訳ではないら
しい。
 一度吐いたらある一定時間はブレスが吐けないのが、ドラゴンの
特徴のようだ。
 彼女が話を続ける。
﹁不幸中の幸いなことはあれがまだ幼生体ってことだね﹂
﹁幼生体? 子供ってことか?﹂
﹁うん。お陰でブレスもまだ弱く、鱗もそこまで硬くないはず﹂
﹁あれでまだ柔らかいのかよ⋮⋮﹂
 徹甲弾とか弾いてたんですけど⋮⋮。
﹁魔術でどうにかならないのか?﹂
﹁う∼ん、多分無理だと思う。ドラゴンの鱗は硬すぎて魔術も効き
辛いんだよ﹂
 魔術師Aマイナス級であるスノーがぼやく。
 今度は逆にスノーが尋ねてくる。

913
﹁リュートくん、さっきの破裂する魔術道具︱︱手榴弾をもっと作
るっていうのは? こっそり馬車に戻って予備の魔術液体金属を取
ってくればいけるよね?﹂
﹁それも難しいな﹂
 オレは拾った小樽を見せる。
 予備で馬車に置いていた魔術液体金属2つの内の1つだ。
 もう1つは馬車の横転で荷物が勢いよく散乱した時、幹に激突し
砕けたのを目撃している。
 これが最後の1つだ。
 地面に勢いよく落ちた時に蓋が開き、中身が漏れてしまっている。
 量的には手榴弾をギリギリ1つぐらいは作れるだろうが、それだ
けだ。
 手榴弾が1つあったとしても、あのツインドラゴンを倒すまでに
は至らないだろう。
﹁何度も聞いて悪いが、本当にあいつがオレ達を諦める可能性は0
か? 例えば1週間ぐらいこの洞窟で身を隠していたら、さすがに
諦めるんじゃないか?﹂
﹁ありえないよ。例え1ヶ月この洞窟で暮らしても﹂
 シアは断言する。
 1ヶ月以上でも無理か⋮⋮。
﹁それに実際、洞窟に留まるのも危険だよ。もし奴に気付かれ入り
口からブレスを1回でも吐かれたらボク達に逃げ場はないから。丸
焦げになっちゃう﹂

914
 シアの指摘に奥にいるゴムゴ達が分かりやすいほど震え上がる。
 状況は逼迫し、手詰まりか⋮⋮。
 唯一の救いがツインドラゴンが幼生体で、成体に比べれば弱いぐ
らいか。
 重い空気が洞窟内を満たす。
 ゴムゴの使用人女性からすすり泣く声が聞こえてくる。
 ゴムゴ達は諦めの境地に達しているらしい。
 シアが覚悟を決めた声で尋ねてくる。
﹁⋮⋮誰か魔石を持ってませんか?﹂
﹁魔石? そんなもの何に使うんだ?﹂
﹁魔力の篭もった魔石を割ると暴発して激しい爆発を引き起こすん
だ。ボクが奴もろとも道連れにしてやる﹂
 つまり、前世でいうところの神風アタックか。
 魔石にそんな特性があるとは知らなかった。
 しかし幸か不幸か、誰も魔石を持っていなかった。ゴムゴも普段
は扱っているが、今回は運んでいる品物は違うらしい。
﹁⋮⋮分かった。それじゃボクがギリギリまでツインドラゴンを引
きつけるから、その間に皆は出来るだけ遠くへ逃げてください﹂
﹁わたしは絶対にそんなこと認めないよ!﹂
﹃そうです! シアさんを見殺しにするようなマネは出来ません!﹄
 スノー、クリスが反対の声をあげる。
 だがシアの考えは変わらない。

915
﹁ありがとうございます。ですがこのままでは皆、死を待つだけ。
現実を見据えたら、これが最善です。奥様方のお言葉だけでボクは
嬉しいです﹂
 2人は苦しそうに沈黙してしまう。
 シアはオレへ向き直る。
﹁若様、その魔術液体金属で手榴弾を1つだけ作ってください。手
榴弾をツインドラゴンの口に入れて爆発させれば、上手くすれば奴
の首1つを倒すことが出来るかもしれないから﹂
﹁断る。シアの作戦は却下だ﹂
﹁若様まで⋮⋮ッ。諦めてください。これ以外、他に皆が助かる方
法はないんだから! それにボクのことは気にしないで下さい。最
後に1つだけお願いを聞いてくれれば︱︱﹂
﹁違う違う。シアのお陰でもっといい作戦を思いついたんだ。だか
ら、そっちの話をまずは聞いて欲しいんだ﹂
﹁ボクのより良い作戦⋮⋮?﹂
 シアはオレの話を聞いて何度か瞬きを繰り返す。
 また彼女だけではなく、オレの自信ありげな態度にスノー達も目
を丸くする。
﹁本当に? リュートくん﹂
﹃さすがお兄ちゃんです!﹄
 オレは、鉱山都市で2人ために買っていたサプライズプレゼント
が入った箱を取り出す。
 その箱には小さな魔石が2つほど収められている。

916
●●
 この小さな魔石だからこそアレを作りだすことが出来る。
﹁こいつであのトカゲ野郎の脳みそを星の彼方までぶっとばしてや
る﹂
第64話 小さな魔石︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月19日、21時更新予定です。
誤字脱字、修正しました。
いつもご指摘頂きまして本当にありがとうございます!
917
第65話 ツインドラゴン退治
 オレは箱の蓋を開け、スノー&クリスにそれぞれ差し出す。
ブレスレット
﹁魔術液体金属の結婚腕輪じゃなくて、ちゃんとしたのを渡したく
てこっそりお金を貯めて買ったんだ。2人に似合うのを選んだつも
りなんだけど﹂
﹁リュートくん⋮⋮ッ﹂
﹃お兄ちゃん⋮⋮っ﹄
 オレ達は見つめ合いそれぞれ手を取り合う。
﹁若様、奥様、この緊急事態に良い雰囲気にならないでください﹂
 シアのツッコミにオレは咳払いをして話を続けた。

918
ブレスレット
﹁で、だ。この腕輪にはそれぞれ魔石が1つずつ使われているんだ。
これを使ってツインドラゴンを倒そうと思う﹂
﹁ですが、その小ささではあの硬い鱗にダメージを与えることは不
可能だと思います⋮⋮﹂
ブレスレット
 シアが腕輪の魔石を見て申し訳なさそうに指摘する。
 小さい言うな! これでも1つ金貨3枚はしたんだぞ。
 ウォッシュトイレ1台分だぞ! 1台分!
 だが確かにシアの指摘通り魔石は小さい。
 小指の爪先に乗る大きさだ。
さくれつ
﹁いいんだよ。逆に小さくなきゃ困る。なぜならこの魔石で﹃炸裂
しょういだん
焼夷弾﹄を作るんだから﹂
﹁さくれつ、しょういだんですか?﹂
 シアが困惑した表情で尋ねてくる。
 炸裂焼夷弾︱︱英語だと﹃explosive incenda
iary﹄と呼ぶ。
カートリッジ
 第2次世界大戦頃、ドイツで作られた5.56mmの弾薬だ。
カートリッジ おうりん
 弾薬内部に小さな撃鉄用の金属片、雷管と黄燐の順番に入ってい
カートリッジ
る。この弾薬は着弾の慣性で撃鉄が雷管に衝突し爆発。それにより
焼夷剤︵黄燐︶を飛び散らせる弾丸だ。
 つまり、体内に食い込み爆発する弾丸ということだ。

919
ブレスレット
 今回は焼夷剤︵黄燐︶の役割を腕輪に使われている魔石で代用す
る。丁度、2つある。買っておいて本当によかった。
﹁これでM700P用の﹃7.62mm×51 炸裂魔石弾﹄を作
る。クリス、こいつを奴の眼孔に撃ち込んで、内部から頭部を吹っ
飛ばして欲しい﹂
 クリスの超絶技能ならきっとやってくれる!
 彼女は覚悟を決めた真剣な表情で頷いた。
﹃分かりました。頑張ってみます﹄
 クリスの言葉に皆が頷き、細かい作戦概要を詰めていく。
 作戦が決まると、オレはさっそく残った魔術液体金属で﹃7.6
2mm×51 炸裂魔石弾﹄を制作する。
 2つ作り終えた所で念のため保険としてナイフにある機能を付属
させた。
 これも﹃7.62mm×51 炸裂魔石弾﹄のアイデアから借用
した物だ。
 弾丸、ナイフもその場で作った試作品。
 実験する訳にもいかず、オレはただ上手く機能するよう祈った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夜明け︱︱。

920
 オレ達が今居る場所は隠れていた洞窟からやや離れた場所だ。
 スノー、クリス、シアが切り立った崖の上に居る。
 木々を背に、正面は岩肌が覗く窪地だ。
 崖と言ってもそれほど高さがある訳ではない。
 ツインドラゴンに襲われた広場とは反対側になるだろう。
 あそこは広さ的には申し分無いが、荷物が散乱して邪魔になる。
だから、オレ達はゴムゴ達に話を聞いてもっとも作戦成功率が高い
立地を選んだ。
 クリスは愛銃のM700Pを抱き締め、雑念を断ち切るように目
を閉じている。
 そんな彼女をスノー&シアは警護するように立っていた。
 オレは彼女達が見える位置の茂みに身を潜めている。いざという
時、隙を突きツインドラゴンを襲撃するためだ。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄
﹁! 来た。来たよ、クリスちゃん!﹂
 太陽が半分ほど顔を出すと、スノー達の背後︱︱背にしている木
々を飛び越えツインドラゴンが姿を現す。
 片目を負傷している。
 昨日のドラゴンで間違いない。
 スノー達は木々を背にしているためツインドラゴンの襲撃方向は
限定される。必然的に正面から突撃してくる形になるのだ。

921
 獲物が予定コースに乗った!
﹁奥様、準備を!﹂
 シアの言葉にクリスが喉を震わせる。
 彼女は集中力を高めるため、オレが教えた﹃Rifleman’
s Creed︽ライフルマンの誓い︾﹄を歌い出す。
﹁これぞ我がライフル。世に多くの似たものあれど、これぞ我唯一
のもの︽This is my rifle. There ar
e many like it, but this one i
s mine︾﹂
﹁我がライフルこそ、我が親友、そして我が命。我は己の命を統べ
るかのようにそれを意のままとする︽My rifle is m
y best friend. It is my life.
I must master it as I must mas
ter my life︾﹂
﹁我がライフルは我無くしては無意味。ライフルを持たぬ我も無意
味。我は正しくライフルを解き放つべし。我は我を殺めんとする敵
よりも正しくその身を射貫くべし。我は敵を撃つべし、敵が我を討
つその前に︽My rifle, without me, is
useless. Without my rifle, I
am useless. I must fire my rif
le true. I must shoot straight
er than my enemy who is trying
to kill me. I must shoot him
before he shoots me. I will⋮⋮︾﹂

922
﹁我がライフルと我は知る、この戦争にて大切なものは、我々が放
った弾丸、我々が起こした爆発音、我々によって作られた煙、その
何れでも無いことを。我々は理解する︱︱それは数発の命中である
ということを︽My rifle and myself kno
w that what counts in this war
is not the rounds we fire, th
e noise of our burst, nor the
smoke we make. We know that it
is the hits that count. We wi
ll hit⋮⋮︾﹂
﹁我がライフルは我と同じく人である。それは我が命そのもの、そ
して我が兄弟。我は、その弱さ、その強さ、その部品、その付属品、
その照準器、そして銃身︱︱それら全てを知るであろう。我は我自
身をそうするように、ライフルを清潔にし万全に保ち、我らは互い
にその一部となる︽My rifle is human, ev
en as I, because it is my life.
Thus, I will learn it as a br
other. I will learn its weakne
sses, its strength, its parts,
its accessories, its sights a
nd its barrel. I will keep my
rifle clean and ready. We wil
l become part of each other. W
e will︾﹂
﹁神の前に、我は我が信仰を誓う。我がライフルそして我は我が家
の守護者なり。我々は敵を打ち倒す者、我が命の救済者なり︽Be
fore God, I swear this creed.
My rifle and I are the defende

923
rs of my family. We are the ma
sters of our enemy. We are the
saviors of my life︾﹂
﹁そう、勝利は我々のもの。そして我々の勝利の後、敵なき世界が
訪れるであろう︽So be it, until victor
y is ours and there is no enem
y︾﹂
 イジメを受け、声を出すことが出来なくなったクリスだったが、
最近は少しずつオレ達の前だけでは喋れるようになった。
 オレ達は無理強いせず、ゆっくりとリハビリさせるため彼女を急
かさず、ミニ黒板も取り上げていなかった。
 その彼女が今、綺麗な声音でオレ達に﹃Rifleman’s 
Creed︽ライフルマンの誓い︾﹄を聞かせてくれる。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄
 ツインドラゴンはクリスの妖精のような声を掻き消すように雄叫
びを上げる。
 そして目に傷を負っている首から炎のブレスを吐き出す!
 そのブレスに向けて︱︱スノー&シアが両手を向け、声高に叫ん
だ!
﹁﹁我が呼び声にこたえよ氷雪の竜。氷河の世界を我の前に創り出
せ! 永久凍土!﹂﹂

924
 氷、氷の複合魔術。
 スノー&シアが協力して、魔術を行使する。
 シアが氷系が不得意だったため、中級レベルに抑えている。だが、
2人がかりのためなんとかドラゴンのブレスを防ぐことが出来た。
 もし2つの首同時だったら防ぐことは出来なかっただろう。
 しかしブレスと氷系魔術の正面衝突で大量の水蒸気が発生。
 ツインドラゴンの姿を隠してしまう。
﹁すぅー﹂
 だが、クリスは構わず息を吸い。
﹁はぁー﹂
 吐く。
 オフ・ハンドの立射で水蒸気へ向けてM700Pの銃口を向ける。
 刹那︱︱水蒸気を嫌いツインドラゴンが翼をはためかせる。その
1動作で、水蒸気が吹き飛ばされる。だが、相手の動きも停止して
しまう。
トリガー
 闇夜に霜の降る如く︱︱クリスの指が引鉄が絞られる。
 ダンッ!
 初速約838m/秒、音速の約2倍以上の弾丸が、ブレスを吐い
ていないツインドラゴンの眼孔へと吸い込まれるように着弾する。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄

925
 内部爆発!
 目に傷を負っていないツインドラゴンの頭部1つが内部から爆殺
され目、鼻、口から大量の血液を流す。
 痛みに耐えきれず、ドラゴンは地上に落下し激しく大地に体を打
ち付ける。
 クリスがボルトを前後して、空薬莢を輩出する。
 すぐさまスノーが追加の魔術を行う。
ひょうていけっかい
﹁集え氷精、舞い踊り禍津物を地に沈めよ! 氷停結界!﹂
 水、氷の複合魔術による拘束。
 地に落ちたツインドラゴンの腕、翼、尻尾、足、首を氷りの塊が
まとわり付き拘束していく。
 これでスノーはかなりの魔力を消費する。
 額から汗を浮かべ、肩で息をするほどだ。
 だが、敵はすでに1度ブレスを吐いている。
 連続使用は不可。
 さらに氷の拘束で動きを止めている。
 オレ達の勝利は確定だ!
﹁く、クリスちゃん、あ、あとは宜しく!﹂
 汗びっしょりで息切れするスノーの掛け声にクリスが力強く頷く。
トリガー
 クリスは再び、狙いを定め引鉄を絞る。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄

926
﹁﹁﹁!?﹂﹂﹂
 予想外︱︱ツインドラゴンが連続でブレスを吐き出す。
﹁奥様方! 危ない!﹂
 シアはブレスを避けるため疲労したスノーと射撃に集中していた
クリスを抱えて、肉体強化術で補助した体で崖を飛び降りる。
 弾丸はブレスに巻き込まれ弾道がぶれ、見当違いの場所に着弾。
 爆発する。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄
 ツインドラゴンが四肢に力を込め、拘束から抜け出そうとする。
 ドラゴンの動きを止めている氷塊に罅が走り、残り数秒も持たな
いだろう。
﹁やらせるかよ!﹂
 オレは拘束から抜け出される前に、ツインドラゴンに止めを刺す
ため茂みから飛び出す。
 肉体強化術で身体を補助!
 全魔力を費やし、1秒でも速くドラゴンに迫ろうとする。
 オレは手にしていたナイフを振り翳し、躍りかかる。
﹁もらった!﹂
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄

927
 1歩遅く、ツインドラゴンが氷塊から抜け出し、目を狙って振り
上げたナイフを額で弾く。
 オレは衝撃に耐えきれず、ナイフを手放してしまう。
 クルクルと保険に作っておいた最後の切り札が空を舞う。
︵ちくしょう! 最後の最後で失敗するなんて!︶
 ナイフを手放したことを悔やんでいると、オレを飛び越すように
影が通り過ぎる。
 シアだ!
 彼女は空中で弾かれたナイフをキャッチ!
 そのままツインドラゴンの眼孔へナイフを突き立てる。
 だが、ただナイフを目に刺しても大したダメージにはならない。
 ナイフだけに刃は短いし、毒を塗っている訳でもない。
 だが、本番はここからだ!
﹁シア! そのままナイフのスイッチを入れろ!﹂
﹁了解、若様!﹂
 事前に保険として皆にも教えていたナイフの扱い方を思い出し、
シアがスイッチを入れる。
﹃パシュッ!﹄とややマヌケな吹き抜け音が響き、ナイフの柄に溜
め込まれた魔力で作られたガスが噴射され、頭部内部をズタズタに
引き裂く。
 ツインドラゴンは頭部を内側から破壊されて、血液を噴き出し完
全に絶命してしまう。

928
 オレ達はドラゴンが完全に沈黙したことを認識すると、全員その
場にへたり込む。
 魔力の使い過ぎと疲労でへとへとだ。
 なんとか立ち上がり、皆、シアの側に歩み寄る。
﹁ありがとうシア。オレのミスをフォローしてくれて。本当に助か
ったよ﹂
﹁本当だよ。最後、リュートくんがナイフを弾かれた時、冷や汗か
いちゃったよ﹂
﹃私もです﹄
﹁褒められることは何もしてないよ。若様達の奴隷として当然のこ
とをしたまでだし。それにしてもツインドラゴンを一撃で仕留める
なんて、これ凄いナイフだよ﹂
 彼女がドラゴンの頭部から引き抜いたナイフをしげしげと見つめ
る。
 シアが手にしているのはオレが残り少ない魔術液体金属で作った
﹃wasp knife﹄︱︱直訳すると﹃スズメバチナイフ﹄と
呼ばれる物だ。
 文字通りスズメバチの一刺しのように、ナイフの柄の部分に仕込
んである高圧ガス︵炭酸カートリッジボンベ。今回は魔術で代用し
た︶ がスイッチを押すことで刃の部分から一気に噴射される。こ
れにより刺した臓器や対象物は、そのまま木っ端微塵に粉砕されて
しまうという恐ろしいナイフだ。
 昔、スイカに刺した﹃wasp knife﹄のスイッチを入れ
たら、内部から吹き飛ぶ動画を観たことがある。

929
 元々、水中でサメと戦う時のために作られたナイフだ。現在は熊
と戦うハンターや航空パイロットにしか売買を許可されていない。
 念のために保険として作っておいて本当に良かった。
 シアがナイフを気に入ったのか、しきりに褒める。
﹁ボクはいくつもナイフを使ってきたけど、これは本当に良いナイ
フだよ﹂
﹁そんなに気に入ったら、シアにそのナイフをあげるよ﹂
﹁いいの、若様?﹂
﹁もちろん! なんて言ったって、今回一番活躍したのはシアなん
だから﹂
 実際、一番活躍したのはクリスだが、オレ的にはシアにMVPを
上げたい。
 魔石のアイデアもシアの発言から思いついたし、さらにはスノー
&クリスをブレスから救い、最後にはオレのミスまでフォローして
くれた。
 彼女はオレの言葉を聞くと、初めて柔らかく微笑みを浮かべる。
﹁ありがとうございます、若様。このナイフは大切に使わせて頂き
ますね﹂
 こうして無事、オレ達はツインドラゴンの危機を脱することが出
来た。
 そしてオレ達は結果を知りたくてヤキモキしているだろう、ゴム
ゴ達の元へと戻った。

930
第65話 ツインドラゴン退治︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月20日、21時更新予定です。
ツインドラゴンを倒す考察を色々書いていただき、個人的には大変
嬉しかったです。皆さんの予想は当たったでしょうか?
今後も軍オタを宜しくお願いします。 931
第66話 お願い
 ツインドラゴンを倒したオレ達がまずしたことは、ドラゴンの死
体を氷漬けにすることだった。
 シア曰く︱︱﹃これほど状態がいいツインドラゴンの死体はなか
なかないから、持ち帰れば良い値段で売れるよ﹄と力説するので鱗
を一枚はぎ、魔力が残っている彼女に冒険者タグ番号を書いた木札
ごと氷漬けにしてもらった。
 これで他の魔物に貪られることも、他冒険者が手を出すこともな
くなった。
 後は一度鉱山都市に戻り、ギルドに依頼してツインドラゴンを運
んで貰うだけだ。運ぶ分の代金は発生するが、売った際の金額に比
べれば微々たる物らしい。

932
 そして、オレ達はようやくゴムゴ達の元へ結果を告げに戻る。
 彼らはオレ達の無事な姿を前にすると、洞窟いっぱいに響く歓声
をあげた。
 ほぼ死ぬ状況から生還できたのだ。
 騒ぐのはしかたないが、鼓膜が破けると心配になるほどうるさい。
 良いことばかりではない。
 手放した荷物を取りに、野営地予定だった広場へ戻ると、角馬は
ツインドラゴンのエサとして喰われ、運んでいた荷物、私物等は全
てぐちゃぐちゃに壊されていた。
 あのツインドラゴンが怒りにまかせて暴れた結果だ。
 一度、鉱山都市ベスタに引き返すしかないが、命があっただけよ
かったと思ってもらうしかない。
 昨夜からずっと戦い通しだったため、今日はここで野営をするこ
とに。
 先に魔力をかなり使ったスノー、シアを休ませる。
﹁リュートくん、クリスちゃん、ごめんね。先に休ませてもらうね﹂
﹁気にするなって、それだけスノーは頑張ったんだから﹂
﹃そうですよ。それに私はまだまだ元気だから大丈夫です!﹄
﹁ありがとうクリスちゃん! あッ! でも汗だくでムレムレのリ
ュートくんと狭い布団で一緒に寝て匂いを﹃ふがふが﹄するのもあ
りなんじゃ⋮⋮﹂
﹁いいから早く寝て魔力を回復させろ!﹂
﹁あぅ、痛いよリュートくん﹂

933
 真剣な表情でアホなことを考え込むスノーの額にチョップを入れ
る。
 スノーは本当にブレないな。
﹁奥様、寝床の準備が出来ました﹂
 シアが砕かれた馬車の木々を寄せ集め、簡単なねぐらを作った。
 2人は体力&魔力回復のため寝床に入る。
 残ったオレとクリスは睡魔&疲労と戦いながら、周辺警戒をこな
す。
 その間にゴムゴ達は、散らばった荷物を集めたり、片付けたりし
た。
 彼らはオレ達の荷物も一緒に集め、使えそうな物の仕分けをして
くれる。
 お礼を告げると︱︱
﹁お礼を言うのは私達の方です。ツインドラゴンから命を救って頂
いたのですから﹂
 恐縮され、逆に何度も頭を下げお礼を告げられる。
 オレは彼らの好意に甘え、荷物集めを任せる。
9mm
 お陰でドラゴンによって散らばった﹃38スペシャル﹄﹃7.6
2mm×ロシアンショート﹄﹃7.62mm×51 NATO弾﹄
の予備弾薬を一箇所に纏めることが出来た。
 夕方からはスノー&シアが起きて周辺警戒を交替した。

934
 魔力はだいたい半分程度回復したらしい。
 オレとクリスは彼女達と入れ替わりでねぐらに入り込む。
 立て木を棒でささえ下には板を敷き、焦げたり破けた幌布を敷き
詰めその上に清潔そうなシーツを敷く。広さは殆ど無い。まるでハ
ムスターの寝床だ。
 だが、オレとクリスは寝床に潜り込むと、あっという間に眠りに
落ちる。
 隣で眠る可愛い可愛い奥さんに手を出す気力も無くだ。
 スノー&シアと夜番の交替時間になり起こされるまで、オレ達は
泥のように眠り続けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌朝、野営場所の広場を出発。
 出発前に氷漬けのツインドラゴンの死体にスノー&シアが、さら
に魔術をかけて氷を厚くする。
 これで当分は溶ける心配はないそうだ。
 行きは2日ほどだったが、戻りは徒歩だったせいで3日ほどかか
った。
 鉱山都市ベスタに着くと皆、宿屋に雪崩れ込んだ。
 オレ達は野営で魔物達に襲われる心配も無く、こんこんと眠り続

935
けた。
ギルド
 翌朝、冒険者斡旋組合へゴムゴと一緒に向かう。
 彼を連れてきたのは、オレ達だけではない証言が欲しかったから
だ。
ギルド
 冒険者斡旋組合に報告。
 剥ぎ取っていた鱗を見せ、オレ達だけではなく、ゴムゴの証言を
聞かせる。
ギルド
 冒険者斡旋組合は疑うことなく、オレ達の証言を信じてくれた。
ギルド
 オレは冒険者斡旋組合に氷り漬けにしたドラゴンの輸送を依頼。
 ここまでツインドラゴンの遺体を運んでくれるのに準備期間と往
復を含めて約10日前後かかるらしい。
 数人の冒険者が先行し、氷り漬けのツインドラゴンを確認&確保。
 遅れて大型の輸送用馬車で運ぶらしい。
 この大型輸送馬車には魔石が搭載され、荷物の加重を通常より軽
くする機能があるとか。
 もちろん輸送だけで相応の金額はかかる。
ギルド
 冒険者斡旋組合としては、話に聞くツインドラゴンの死体だけで
詳細な査定をしてはいないが少なくても約金貨1000枚はくだら
ないと言う。
 もの凄い大金だ。
 そのため輸送費は後払いで問題無いらしい。
ギルド
 代わりにここの冒険者斡旋組合では金貨1000枚などある筈な
いため、一括での請求をしないで欲しいと頼まれた。
 もちろんオレ達は了承する。

936
 こちらも即金で金貨1000枚など渡されても持ち運ぶだけで大
変だ。
ギルド
 冒険者斡旋組合はこのまま自分達に報酬金を預けることを進めて
ギルド
くる。冒険者斡旋組合に預ければ、他大陸のギルドで資金を降ろす
ことが出来るなどのメリットがある。
 タグと暗証番号を同時に盗まれることさえなければ、他者に下ろ
される心配もほぼ無い。高額な引き出しの場合は本人確認もある。
 シアにも勧められ、オレ達はギルドに報酬金を預ける手続きもし
た。
 だが、荷物が届いたらすぐに必要金額だけ下ろさせて欲しいと頼
む。
 必要金額とは︱︱雇い主であるゴムゴの荷物を守りきれなかった
ため、今回彼の荷物・破損した馬車や角馬の保証金を出したかった
からだ。
 当事者であるゴムゴが驚きの顔をする。
﹁普通はドラゴン、しかもツインドラゴンなんて怪物に狙われて生
き残っただけでも僥倖なのに! 荷物の保証金まで出してくれるな
んて!﹂
 加入している商会組合からいくらかの保険代金が保証されている
が、出るまでの期間が長いらしい。だから、オレ達の申し出は本当
にありがたいと頭を下げられた。
 もちろん組合から保証金が出るため、全額では無く穴埋め分さえ

937
貰えれば問題ないらしい。
ギルド
 冒険者斡旋組合がツインドラゴンの査定金額が出次第、ゴムゴに
穴埋め金額代を出す手続きを済ませる。
 この金額を下ろす際は、オレ達が立ち会わずともゴムゴ1人で下
ろせる手続きになる。
 後はオレ達がレンタルしていた馬車&角馬の違約金を払えば、金
銭的な問題はほぼ一通り解決だ。
 ゴムゴは何度も頭を下げ離席する。
 そして次の問題はオレ達の冒険者レベルについてだ。
 今回はレベル?昇格のためのクエストだった。結果だけならクエ
ストは失敗。
 しかしレベル?クラスの双子魔術師捕縛。
 レベル?クラスのツインドラゴン︵幼生体︶の討伐︱︱というレ
ベル?、?の冒険者では考えられない高レベルクエストに短期間で
遭遇・巻き込まれ、しかも達成したことになる。
 レベル?か?の冒険者が同行していたら話は早いのだが、それを
オレ達のみで倒したせいで、ランクを上げるのか、上げるなら?o
r?か、それともレベル?に留まるのかの判断がすぐにはつかない
らしい。
 とりあえず保留ということになった。
 オレ達はツインドラゴンが鉱山街に届くのを見届ける前に、メイ
ヤが居る街へと戻る決心をしていた。
 ツインドラゴンが届くまで準備期間を含めて約10日。査定が終
わるまで、どれぐらい時間がかかるか分からない。

938
 それだけの時間を鉱山街で待つより、自宅へ帰って休んだ方が得
策だと判断したのだ。
 ツインドラゴンの査定額やかかった費用などの支払いは、実家側
ギルド
の冒険者斡旋組合で行えばいい。
 そしてオレ達は3日後、馬車を借りて鉱山街を後にして、約8日
ほどかけて自宅のある街へと戻った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁リュート様! お帰りなさいませ!﹂
 自宅に戻ると、メイヤが聞きつけすぐに駆けつけてきた。
 オレ達は本当に家に帰ったばかりで、荷物を床に置いたばかりだ。
 いくらなんでも駆けつけるの早すぎだろ⋮⋮。
 思わず、自分の服に発信器でも着いているのかと探してしまう。
 彼女はそんな態度に気付くはずもなく、久しぶりに聞くハイテン
ションな勢いで話しかけてきた。
﹁リュート様の一番弟子にして、右腕であるこのメイヤ・ドラグー
ン! リュート様方のご帰還をずっとお待ちしておりましたわ!﹂
 なんか知らんうちに﹃一番弟子﹄の他に﹃右腕﹄なんて形容詞も
付きだした。ほっておいたらもっと増えるのだろうか?

939
﹁ただいま、メイヤ。留守の間、家の面倒を見てもらってありがと
う﹂
﹁そんな、弟子として当然のことをしているだけですわ! ところ
で皆様方は夕食を済まされましたか?﹂
﹁いや、まだだけど⋮⋮﹂
﹁それなら、折角ですから今日は我が家にお泊まりしませんか? 
夕飯の準備は整えてありますし、旅の疲れを落とすためお風呂もす
でに沸かしていますのですぐに入れますわ﹂
﹃お風呂﹄という単語に女性陣3人が耳聡く反応する。
 旅の間はお湯で濡らしたタオルで体を拭くか、宿で自宅のように
手洗にお湯を溜めて体を洗うかしかしていない。
 手足を伸ばし、タップリの湯に浸かる魅力には抗えないだろう。
 それにメイヤ邸には、ウォッシュトイレが完備されている。
 さらに夕飯を今から作るのも面倒だ。
 ここはメイヤの好意に甘えておこう。
﹁それじゃお言葉に甘えて、今日はメイヤの家に泊まらせてもらお
うかな﹂
﹁ありがとうございます、リュート様! では、外の馬車にお乗り
下さい。必要な着替え等はすでに準備してありますので!﹂
 メイヤは喜々として、オレ達を先導し外へ止めている馬車へと手
招きする。
 勝手知ったるメイヤ邸で、まずは風呂に入る。
 頭と体を洗い、旅の垢を落とす。

940
 熱い風呂に肩まで浸かると、自然と声が漏れた。
 風呂から上がり、こちらも着慣れたドラゴン・カンフー衣装に袖
を通す。
ちゃちゃ
 居間で女性陣が上がって来るまで、メイヤと2人茶々を飲みなが
ら待つ。
 全員が揃ったところで食事を摂った。
﹁では数日で賞金首の魔術師とツインドラゴンを退治したのですか
!?﹂
 メイヤは食事中の話題に今回の顛末を聞き驚きの声をあげる。
﹁結局、レベルアップクエストは失敗しちゃったけどね﹂
﹁ですが、それほどの成果を出したならきっとレベルアップは確実
ですわ﹂
﹁だといいんだけど﹂
 オレはトロトロの角煮を飲み込み、首をすくめた。
﹁しかし聞けば聞くほど凄いお話ですわね。まさか魔石をわざと破
壊し、体内で爆発させる弾丸を作り出すなんて! 常人には100
年経っても辿り着けない発想! さすが魔術道具開発の神、リュー
ト様ですわ!﹂
﹃確かにあれには驚きました﹄
﹁わたし的にはむしろあの弾丸を小さなドラゴンの瞳に撃ち込んだ
クリスちゃんに驚いたよ。わたしには絶対に無理だよ﹂
 スノーとクリスでは求められている技能が違う。

941
 比べる意味はない。
﹁ところでシアさん、リュート様がお作りになったという﹃was
p knife﹄をお見せ頂いても宜しいですか?﹂
﹁構わないけど、どうしてメイヤ様はそんな鼻息が荒いの?﹂
 シアは困惑しながらも、腰に下げている﹃wasp knife﹄
を抜き渡す。
 炭酸ガス代わりの魔力はまだ補充していないため、スイッチを押
してもガスは出ない。
﹁こ、これがリュート様が手ずからお作りになった新作ナイフ! 
まさか刺した後、内部を破壊するためのガスを送り込むなんて! 
魔王的発想ですわね! つまりリュート様は神と魔王、2つの顔を
持つ方なのですわね! ああぁ! 本当にリュート様の才能は止ま
る所を知らなすぎてわたくしどうにかなってしまいそうですわ!﹂
﹁既になってる、なってる。ナイフに頬摺りするの止めろ。血が出
てるぞ!﹂
﹁わ、わたくしとしたことが!? リュート様の芸術的ナイフを血
で汚すなんて!?﹂
﹁いや、後悔するところ違うから。女の子なんだからもっと自分を
大切にしろ。スノー悪いが魔術で治癒してやってくれ﹂
﹁了解∼﹂
 メイヤと仲の悪いスノーもさすがに文句も言わず魔術で顔につい
た傷を治癒する。
 オレはその間に彼女からナイフを取り上げた。
 メイヤはナイフのギミックをもっと弄りたがりそうだったが無視
する。ナイフに付いた血はシアが魔術で綺麗にする。

942
﹁まぁ何にせよ。今回はシアがいなかったら危なかった。言葉はあ
れだがシアを奴隷として買って本当によかったよ﹂
﹁だね! わたし達だけじゃ双子魔術師の罠とかに引っかかって人
質さんを助け出すことも出来なかったよ﹂
﹃野営のやり方や見張り番の過ごし方なんかも色々勉強になりまし
た﹄
﹁い、いえボクなんて⋮⋮﹂
 褒められるのが苦手なのか、シアは息苦しそうに言葉を濁す。
 ⋮⋮いや、どちらかと言うと自分がやった訳ではないのに表彰を
受けるような居たたまれない顔をしている気がする。
 なぜかふと、ツインドラゴンに特攻する︱︱と言った後、彼女が
呟いた言葉を思い出す。
﹃それにボクのことは気にしないで下さい。最後に1つだけお願い
を聞いてくれれば︱︱﹄
 そんなことを思い出していると、シアが声をあげる。
﹁︱︱ッ、皆様! 大変申し訳ありません!﹂
﹁え、シア!?﹂
 彼女は突然、椅子から立ち上がり床に片膝を付く。
 マンガやアニメ、映画などによくある騎士が膝を付く恰好だ。
 オレだけでなく、スノーやクリス、メイヤも突発的なシアの行動
に目を丸くしていた。
 彼女はオレ達の反応を気にせず、捲し立てる。

943
﹁ボクはずっと皆様に嘘をついておりました! ボクには﹃神託﹄
なる能力はありません。ボクはある方の指示に従い皆様方の奴隷に
なったのです! その上で⋮⋮ボクの命を賭けて、お願いします!﹂
 さらにシアは深く頭を下げ、声を張り上げた。
﹁どうか! どうか! ハイエルフ王国をお助けください!﹂
 彼女の切羽詰まった必死の声音が部屋中に響き渡った。
第66話 お願い︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月21日、21時更新予定です。
黒エルフ編は明日で終わり、明後日から新章に突入します。
また、活動報告書きました。
よかったら覗いて行ってください。 944
第67話 ハイエルフ王国へ
 シアが床に片膝を付きながら、本当の正体を明かす。
﹁ボクはハイエルフ王国、エノールに所属する護衛メイドです。訳
あって奴隷になって皆様を試したことをお許し下さい!﹂
﹁ち、ちょっと待ってくれ。意味が分からないんだけど⋮⋮奴隷に
なって僕達を試したってどういうことだ? シアの言い方じゃ、僕
達が奴隷を買うことを知っていたみたいじゃないか﹂
 そう、奴隷を買うことになったのはある種の偶然だ。
 メイヤがたまたまオレ達の話を盗み聞き、奴隷を買ってはどうか
と勧めてきたのだ。
 あの場に居ないシアがどうして、知ることが出来るんだ?

945
 彼女は苦しそうに唇を噛む。
﹁すみません、今この場でボクの口から詳しいお話をすることは出
来ません。ただ1つ言えることはボクが奴隷にならなければ、こう
して若様達と一緒に居ることは出来なかった︱︱ということです﹂
﹁すまん、意味が分からない﹂
 わざわざ奴隷にならなくても、声をかければいいだけじゃないか。
 オレ達が困惑しているの知りながらも、彼女は切実に頭を下げる。
﹁戸惑うのも無理はありませんが、今この場で全てをお話する訳に
はいかないのです。詳細はハイエルフ王国、エノールに着いた後、
ボクに奴隷となり若様達に出会うよう指示した方からお伝えします﹂
﹁なぁ、ハイエルフ王国ってそんな危険な場所にあるのか?﹂
﹁ううん、違うよ。妖人大陸の西側にあって、湖や森、自然がいっ
ぱいの美しい国って話だよ。観光に来る人も多いはず﹂
﹁スノーさんの仰る通りですね。ハイエルフ王国が危機に陥ってい
るなんて聞いたことありませんわ﹂
 スノー&メイヤがオレの疑問に答える。
 つまり平和な国で危機が迫っているなど聞いたことがないらしい。
 彼女達の返答を聞き、オレ達は改めてシアに眼を向けた。
 彼女はそれでも必死に懇願する。
﹁ボクがお伝えしているのは全て真実。嘘偽りはありません。お願
いです、エノールに行き、話だけでも聞いてはもらえないでしょう
か! ⋮⋮もし全てを知り、僅かでも眉を顰めるようなことがあれ
ば仰ってください、若様方の奴隷として自害を果たしてみせます。

946
なのでどうか、どうか! お力をお貸し下さい!﹂
 シアは頭を下げたまま動かない。
﹃どうしますか、お兄ちゃん?﹄
 クリスがミニ黒板を向けてくる。
 オレは腕を組み考え込む。
 どうやらシアはただの使いっ走りというか護衛メイドというもの
で、誰かの命令を受けてオレ達に接触してきたらしい。
 だが、シアは別に悪い奴ではない。オレ達を試していたというの
はちょっとどうかと思うが⋮⋮困っているというのは本当なのだろ
う。
 シアには何度も助けられた、彼女を信用して、話を聞くぐらいな
ら構わないか?
 手に余るようなら、断って戻ってくればいい訳だし。
﹁⋮⋮よし、まずは話を聞くだけでいいんなら、聞いてみるか。と
りあえず現地に行ってシアに指示を出した人に話を聞いて、その後
色々判断しても遅くはないだろう。それに僕達の仲間のシアの頼み
だ。無下には出来ないよ﹂
﹁だね、リュートくんならそう言うと思ったよ﹂
﹃私もお兄ちゃんの意見に賛成です!﹄
﹁しかし妖人大陸の西側となると移動だけで約半年以上かかるんじ
ゃないか?﹂
﹁でしたらわたくしの飛行船をお使い下さい! 空から行けば約1
ヶ月ちょっとでハイエルフ王国へ辿り着くことが出来ますわ!﹂
 個人で飛行船って⋮⋮確かあれ滅茶苦茶金が必要だった気が⋮⋮

947
 さすが魔石姫、メイヤと言ったところなんだろう。
﹁あ、ありがとうございます、皆様!﹂
 シアは顔をあげ瞳には涙を滲ませていた。
 こうしてオレ達全員は、ハイエルフ王国、エノールへ行くことが
決まった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ハイエルフ王国、エノール行きが決まってから行動は早かった。
 翌日、馬車を借りた馬車屋に事情を説明し、違約金を支払い謝罪
した。
ギルド
 その後、冒険者斡旋組合へ顔を出す。
 いつもの受付嬢に数ヶ月ほどこの街から離れることを告げた。
 もしツインドラゴンの査定、レベルアップの審議が終わったら後
程聞くため、待ってて欲しいと告げる。
ギルド
﹁でしたら、念のためエノールにある冒険者斡旋組合に﹃レベルア
ップ審議﹄の件があることをお伝えください。あちらでクエストを
こなし冒険者レベルをあげる機会があるかもしれませんから。その
場合、こちらの事情を知っていれば、すぐに冒険者レベルをあげて
くれるはずです﹂
﹁ではリュート様のタグをお貸し下さい。﹃レベルアップ審議﹄が
あることを刻みますので﹂

948
 オレは言われるがままタグを渡す。
 いつものように受付嬢は魔術道具である羽ペンで操作をした。
 オレは返却されたタグを受け取る。
ギルド
 冒険者斡旋組合を後にすると、今度はメイヤ所有の飛行船へと向
かう。
 飛行船は港にある。
 海に浮かべているのではなく、港側の倉庫を借りて保管している
のだ。
 法律で決められているらしい。
 一隻を作るだけでももの凄い金額がかかる。
 さらに港の保管倉庫を長期的に借りるコネ、資金、メンテナンス
代と所持しているだけで多額の金がかかる。
 だから個人が飛行船を保有するのは貴族でも難しいのだ。
 個人飛行船を所有しているという事実だけで、メイヤがどれほど
凄い人物なのか分かる。
 オレが港の保管されている倉庫に顔を出すと、メイヤは積荷の指
示を飛ばしていた。
﹁飲料水は魔術で作りますから必要ありませんわ。その分、魔術液
体金属を多めに乗せなさい。ある程度なら雑に扱って問題ありませ
んが、中身が零れないよう注意して運ぶのですわよ﹂
 飛行船は見た目はほぼ普通の帆船だ。唯一違う部分は、地面に着
地するため平らになっているということだ。大きさもヨットよりは

949
大きいが、通常の物よりは小さい。
 魔石に溜め込んだ大量の魔力で飛行する。そのため飛行中は周囲
で他者が魔力を使っても察知出来ないというデメリットもある。
 ちょうどオレが頼んでいた魔術液体金属を積み込んでいた。前世
の飛行機と同じで重量制限があり、魔術液体金属と魔石を運び込む
ためメイヤにはある程度積荷を厳選して貰っているのだ。
 荷物を運んでいた男性がメイヤに尋ねる。
﹁メイヤ様、飛行船を軽くするなら、この荷物は置いていった方が
宜しいのではないですか?﹂
 男性の足下にある木箱に入れられた物︱︱ウォッシュトイレ×3
個だ。
 彼は何を馬鹿なことを言っているんだ!
 それこそもっとも必要な品物じゃないか!
 自宅用にウォッシュトイレを作って以降、気に入ったメイヤが職
人に仕様書を出し制作させ自宅のトイレを全てウォッシュトイレに
変えた。
 その時、オレも予備としていくつか取り置いてもらった。
 壊れたら即日付け替えるためだ。
 飛行船に持ち込むのもその一部だ。
 1つは飛行船にすでに設置したウォッシュトイレが壊れた場合の
予備。
 1つはハイエルフ王国に長期滞在する場所にウォッシュトイレを
設置する用。
 最後の1つは、その予備だ。

950
 どれも絶対に必要な品物。
 それを下ろすなんてこの人はいったい何を考えているんだ。
 メイヤも理解してるらしく、男性を叱った。
﹁それは必要品ですわ! 置いていくなど言語道断! 速やかに、
丁寧に、安全に気を付けながら運び込みなさい!﹂
﹁わ、分かりました!﹂
 男性はメイヤに怒鳴られ、部下達を連れてウォッシュトイレを飛
行船に運び込んでいく。
 さすがオレの一番弟子を名乗るだけはある。
 ︱︱まぁ、もしウォッシュトイレを下ろすようなことを言ってい
たら勢いで破門にしていたかもしれないが。
 そんな事を考えながら、オレはメイヤに声をかける。
﹁ご苦労さんメイヤ﹂
﹁これはこれはリュート様! このような埃臭い場所にわざわざわ
たくしに会うためお越し下さるなんて! 感激の極みですわ!﹂
﹁作業の進捗はどうだ?﹂
﹁明後日までには出港できるよう準備させてますわ。しかし、どう
してわざわざ魔術液体金属をお持ちになるのですか? ハイエルフ
王国にもあると思うのですが﹂
﹁飛行船での移動期間は約1ヶ月ぐらいあるんだろ? だったらそ
の時間に新しい武器を開発しようと思って﹂
﹁あ、新しい武器ですか!﹂
 メイヤは新兵器と聞き、瞳が星くずを撒いたようにキラキラさせ

951
る。
﹁そ、それは一体どのような物でしょうか!?﹂
﹁前回のクエストでオレ達の火力不足が露呈したから、それを補う
武器を開発しようと考えている。その武器名は︱︱パンツァーファ
ウストだ﹂
 1942年、第2次世界大戦ドイツ軍が画期的な使い捨て式の無
反動対戦車榴弾発射機を開発した。それが﹃パンツァーファウスト﹄
︱︱ドイツ語で﹃戦車拳骨﹄である。
 鉄パイプのように細長い棒に、コップの口同士をくっつけた形の
弾頭。全体シルエットはつくしのような形だ。
 ドイツ軍はこのパンツァーファウストを手榴弾のような感覚でソ
連戦車に使用し、キャタピラを破壊したり、エンジンに損傷を与え
たりして行動不能に陥れたりした。
 しかも弾頭が発射される反動も少ないため、女性でも手軽に扱え
る。
 また今回、オレが制作しようと考えているのは﹃パンツァーファ
ウスト60型﹄というタイプだ。
 1番最初に作られたパンツァーファウストが﹃パンツァーファウ
Klein
スト クライン﹄。
 2番目が﹃パンツァーファウスト30型﹄。
 3番目が﹃パンツァーファウスト60型﹄。
Klein
﹃パンツァーファウスト クライン﹄、﹃パンツァーファウスト3
0型﹄を制作しない理由は発射機構がパチンコ式の単純な構造だっ
たため事故が多かったからだ。

952
Klein
 安全性、破壊力︵クラインに比べて30型以降の炸薬量は約4倍
になった︶を考えると、パンツァーファウスト60型しかない。
 このパンツァーファウストで注目するべきは、弾頭が﹃成形炸薬
弾頭﹄又は﹃化学エネルギー弾﹄が使用されている点だ。
 ﹃成形炸薬弾頭﹄又は﹃化学エネルギー弾﹄とは炸薬を凹状逆円
ライナー
錐に成形し、へこみ部分に金属製の板を貼り付けた弾頭のことだ。
 炸薬⋮⋮化学エネルギーの力を利用し、従来の実体弾では壊せな
かった装甲を破壊出来るようになった。
 結果、﹃成形炸薬弾頭﹄又は﹃化学エネルギー弾﹄は装甲を纏う
兵士、武器全ての天敵となる。
 また一般的には﹃成形炸薬弾頭﹄又は﹃化学エネルギー弾﹄は、
モンロー効果によって装甲を破壊していると勘違いされている。だ
が、それは間違いだ。
 1880年代にアメリカの技術者モンローは平面状の鉄板に平面
に接した爆薬より、表面が凹んだ爆薬の方が鉄板に深く穴を開ける
ことを発見した。
 これが﹃モンロー効果﹄だ。
 1920年代にドイツの科学者ノイマンが爆薬のへこみに金属の
内張りをして爆発させると、より深い穿孔があくのを発見した。
 これを﹃ノイマン効果﹄と呼ぶ。
 ﹃成形炸薬弾頭﹄又は﹃化学エネルギー弾﹄は、この﹃ノイマン
効果﹄を利用し実体弾では壊せない装甲を破壊しているのだ。
 では、﹃ノイマン効果﹄でどのように装甲を破壊しているかと言
うと︱︱

953
爆力
 弾頭の炸薬が爆発すると、物理法則に従って爆発エネルギーは凹
みのある、もっとも抵抗の弱い部分にエネルギーが集中する︵炸薬
に凹みがなく平らであればエネルギーは均一に伝わるが、炸薬に凹
みを作ることによってレンズで光を集めるようかのように、回りか
ら中心点にエネルギーが集中する。実際の爆発によって集中するエ
ネルギーは約20%と考えられている︶。
 ここまではモンロー効果だ。
インナー
 凹みの内側に張られた金属製内張り︵大抵、柔らかな銅などが使
爆力
われる︶が、爆発エネルギーの集中により蒸発︵厳密に言うと蒸発
ではなく、液体に似た状態となるだけ。熱によるものではなく圧力
によるもの︶。
 蒸発して金属分子のジェット噴流が高温・高圧のガスと共に硬い
装甲板に穴を穿つ。
 これがノイマン効果。
爆力
 つまり﹃モンロー効果﹄によって爆発エネルギーを集中させ、﹃
インナー
ノイマン効果﹄によって金属製内張りを金属分子のジェット噴流化
させて装甲を破壊するのだ。
 オレはメイヤに聞かせられない部分を省いて、彼女にパンツァー
ファウストの説明をする。
 彼女は話を聞き終えると、大きな瞳から大量の涙を流し両膝をつ
く。
﹁なんて素晴らしいお話なのでしょう! わたくしは世界で一番の
幸せ者ですわ! こうして直接、神︱︱いえ、神をも越えたリュー
ト様に直接お話を聞かせて頂けるなんて! もはやリュート様は生
き神様ですわ!﹂
﹁止めてメイヤ! 人様が見てる前で跪くのは! しかも足に口づ

954
けしようとしなくていいから!﹂
 足に口づけしようとするメイヤを力づくで止めて、無理矢理立た
せる。
 慕ってくれるのは嬉しいが、最近の彼女の言動は時折度を超して
暴走している気がする。
﹁と、兎に角、そういう訳だから移動中はパンツァーファウスト制
作に専念するつもりだから、メイヤもそのつもりでいてくれ﹂
﹁分かりました! このメイヤ・ドラグーン! リュート様のお手
伝いをさせて頂きますわ!﹂
﹁よ、よろしく頼むよ﹂
 彼女はオレの手を掴むと、キスをしそうなほど顔を寄せ同意する。
 鼻息と眩しいほど輝く瞳が怖い。
 こうしてハイエルフ王国、エノールに向かう準備が整っていく。
                         <第4章 
終>
次回
第5章  少年期 ハイエルフ編︱開幕︱
955
第67話 ハイエルフ王国へ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月22日、21時更新予定です。
黒エルフ編終! 次はいよいよ第五章のハイエルフ編です! 新ヒ
ロインも登場するのでお楽しみに!
後、昨日の66話は誤字脱字が大量にあったようで、修正します。
本当にすんません。すぐ修正します。
誤字脱字ご指摘頂き誠にありがとうございます。

956
第68話 ハイエルフ王国、エノール観光
 ハイエルフ王国、エノールがある場所は妖人大陸の妖精種族領。
 オレ達はメイヤが個人で所有する飛行船に乗って竜人大陸から、
約1ヶ月半かけて辿り着いた。
 ハイエルフ王国、エノール︱︱そこは美しい森、湖、ハイエルフ
達が住む幻想的な国だった筈なのだが⋮⋮
﹁いらっしゃい! いらっしゃい! 安いよ! 名物のハイエルフ
焼き、安いよ!﹂
﹁ハイエルフ様になれるペンダント! 今なら銀貨5枚!﹂
﹁ハイエルフ様の肖像がいかがですか? 持っているだけで寿命が
延びますよ﹂

957
﹁うわぁー﹂
 両側に広がる屋台には所狭しと品物が置かれている。
 呼び込みの人種族達は、懸命に観光客らしき人物達に声をかけて
いた。
 割合的に人種族の人数が圧倒的に多い。
 恐らく7∼8割は占めているだろう。
 しかしハイエルフの姿などどこにも見あたらない。
 先頭を歩きオレ達を誘導するシアに声をかける。
﹁ここがハイエルフの国じゃないのか? ハイエルフどこか、妖精
種族自体あんまり居ないみたいだけど﹂
﹁はい、そうなんですが⋮⋮﹂
 と、シアが説明を始める。
 彼ら人種族はハイエルフの長寿にあやかろうと集まった観光客、
その相手に商売をする者達らしい。
 獣人種族で約200歳。
 竜人種族で約300歳。
 魔人種族で約100∼500歳。
 人種族は約80歳と、寿命が他種族に比べると短い。
 反対に妖精種族のハイエルフが、全種族中もっとも長寿。
 通常のエルフが約1000年。
 ハイエルフの寿命は約10000年と言われている。

958
﹁い、1万年!?﹂
﹁5種族勇者の妖精族代表がハイエルフで、勇者達の中でもっとも
長く生きその時の寿命が1万年だったらしいんだ。実際は2000
年過ぎたあたりから心が摩耗して亡くなっちゃうけど﹂
 さらにハイエルフは生涯に1人としか結婚しない。
 故に長寿と夫婦愛を司る種族として、人種族から絶大な支持を受
けている。
 だから、屋台ではハイエルフを摸したお菓子、絵画、木彫りの人
形。果てはハイエルフに姿を変えられる魔術が込められたペンダン
トなどが売られている。
 少しでもハイエルフの恩恵に与ろうとしているようだ。
︵まるで鶴と亀と鴛鴦を合体させたようだな︶
 また長寿故、人口も少なく現在は約300人ほどしかいない。
 そのため滅多に人前に姿を現さず、人種族の間では一目見たら1
日寿命が延び、触れることが出来たら1年延びると言われている。
 どこの世界でも人はジンクスや願掛け的なことが好きらしい。
﹁だったらこの人達はハイエルフに会いに来ているのか?﹂
﹁いえ、ハイエルフに無理に会おうとするのは禁止されてるから。
それに彼らが住んでいる場所は特殊で特別な者しか立ち入ることが
出来ないんだよ﹂
﹁特殊な場所?﹂
﹁その場所があそこ。アレがハイエルフ達が住む島です﹂
﹁おおぉー﹂

959
 屋台を抜け、シアの後を付いて歩くと、目の前に巨大な湖が姿を
現す。
 大きさは琵琶湖の約2倍はあるだろう。
 その湖の中心の島に巨木が、城を飲み込むよう立っている。
 ハイエルフ達は城で暮らしているらしい。
﹁あのお城にわたし達は行くの? でも、船らしき物は見あたらな
いみたいだけど﹂
 見とれていたオレに代わり、スノーが質問をする。
 シアは苦虫を噛み潰したように苦渋を浮かべる。
﹁いえ、その⋮⋮若様達をすぐにお連れする訳にはいかなくて⋮⋮﹂
 シアがしどろもどろに説明した。
﹁湖へ許可無く船を出したら逮捕されてしまうんです。さらに若様
達はまだ一介の冒険者。しかもレベル?。例え申請を出しても許可
は出して貰えません﹂
﹁馬鹿にしているわ! 天下のリュート様がわざわざ請われて来て
くださったと言うのに! そんな態度なんて!﹂
 メイヤは説明を聞くと、激昂する。
 シアはひたすら頭を下げ謝罪した。
﹁すみません! すみません! 若様達に失礼なのは重々承知して
るけど、こればかりは無理なんです。兎に角、ボクはこれからあの
城に戻り若様方をお連れしたことを報告して来るので、一晩だけ宿
で待ってて下さい﹂

960
 シアの指定した宿へ行けば、話が通してあり無料で宿泊出来る手
筈になっているとのことだ。
 どうやら彼女がこの国を旅立つ時、すでに話をしていたらしい。
 手回しが良いというレベルじゃないだろ⋮⋮。
﹁どうどう、落ち着けメイヤ。それじゃ折角だから一度宿に荷物を
置いて、観光とでもしゃれ込もうぜ﹂
﹃ですね。折角だしのんびり見て回りましょう﹄
﹁シアはその間、報告を済ませてくるといい﹂
﹁ありがとうございます!﹂
 そしてシアから宿の場所を聞き、彼女とはその場で別れた。
 明日の朝には宿に戻ると、シアは言っていた。
 彼女が戻ってくるまでの間、オレ達は観光することに満場一致す
る。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 シアが話を通してくれていた宿はこの辺では一番グレードが高か
った。
 そこのスイートルーム的最上の部屋を割り当てられる。
 窓からは湖が一望でき、スノー&クリスも見晴らしに喜んでいた。
 一応宿主が気を遣ってくれたのか、部屋割りはオレとスノーとク
リスで一部屋。

961
 メイヤが別の一部屋となる。
 早速荷物を置いて、先程通り過ぎただけの屋台を冷やかしに行く。
 まずは名物らしき﹃ハイエルフ焼き﹄を食べる。
 ハイエルフ型に焼いた小麦の中にジャムが入っている一品だ。
 タイヤキに近いのか?
 けどいいのかハイエルフを焼いても⋮⋮。
﹁ちょっともさもさしてるけど美味しいね﹂
﹁口の中の水分を凄い勢いで奪われますわ﹂
 スノー&メイヤは物珍しそうに食べていた。
 一方、魔人種族で甘味にうるさい妻のクリスはというと︱︱
 相変わらず﹃甘味は遊びじゃありません﹄と眼で訴える真剣な表
情で、ハイエルフ焼きを食べていた。
﹃小麦粉の溶かし方が甘いです。生地自体に甘さが無いのはいいけ
ど、ジャムの甘さがたりません。砂糖を節約してますし、ジャムの
味も1種類だけではなく、他にも増やした方がいいですね。10点
満点で、2.17点です﹄
 相変わらず点数が細かい。
 今回の﹃ハイエルフ焼き﹄は口に合わなかったらしい。
 名物に美味いもの無し、とも言うしな。
 単純にお嬢様のクリスの舌に合わなかった可能性もあるが。

962
 そして、オレ達は﹃ハイエルフ焼き﹄を食べながらぶらぶら歩く。
﹁あっ、リュートくん、ハイエルフさんだよ﹂
 スノーが指さした先には金髪、長い耳、緑の瞳をした一見、エル
フっぽい少女が歩いていた。胸には随分目立つペンダントを下げて
いる。
﹁いえ、あれは偽物ですわ。胸のペンダントがその証拠です。エノ
ールでは有名なお土産品で、装着するとハイエルフに容姿を変える
簡単な魔術が施されているのですわ﹂
 また使用する際は犯罪や誤解を生まないため、ペンダントは外部
から見える位置に付ける決まりになっているらしい。
 どうやら本物がいない代わりに、ペンダントを売り観光客にハイ
エルフの真似事をさせているようだ。
 前世の京都で、舞妓衣装を観光客にレンタルして外を歩かせて、
他の観光客に京都らしさを強調する役目を果たさせていたのと一緒
か。
 この国は湖を中心に発展しているらしく、そこそこ大きい規模の
ギルド
冒険者斡旋組合を発見する。
ギルド
﹁折角だから、冒険者斡旋組合に挨拶してレベルアップ審議の件を
伝えておかないか?﹂
ギルド
 冒険者斡旋組合を前に思い出す。
 オレ達はレベル?、?に関わらず懸賞金首の魔術師とツインドラ

963
ゴン︵幼生体︶を倒してしまった。そのため現在、いくつレベルを
上げるか審議中なのだ。それを早めにハイエルフ王国エノールの冒
ギルド
険者斡旋組合に伝えておいた方がいいだろう。
﹁そうだね、忘れないうちに寄っておこうか﹂
﹃時間もまだありますしね﹄
﹁リュート様の行く場所がわたくしの行く場所ですわ!﹂
ギルド
 嫁達と弟子の了承を取り付け、冒険者斡旋組合建物内へと入る。
 内部は相変わらず銀行やお役所的な作りだ。
 オレ達は番号札を受け取り呼ばれるまで待つ。
 番号札の番号を呼ばれたカウンターへ向かうと、そこには︱︱
﹁いらっしゃいませ、今日はどのような用件でしょうか?﹂
 竜人大陸でいつも担当してくれている受付嬢が居た!
 メイヤ以外は驚きの表情をしてしまう。
﹁? あのどうかなさいましたか?﹂
﹁どうもこうも、どうして貴女がここにいるんですか!? 竜人大
ギルド
陸の冒険者斡旋組合に居た筈でしょ!?﹂
﹁竜人大陸⋮⋮もしかして、姉のことですか?﹂
﹁︱︱え?﹂
 落ち着いて話を聞くと、彼女はいつも受け付け担当してくれてい
る女性の妹らしい。
 だが見た目は本当に双子のように瓜二つだ。
まじんしゅぞく
 魔人種族らしく頭部から羊に似た角がくるりと生え、コウモリの

964
ギルド
ような羽を背負っている。当然、冒険者斡旋組合服がよく似合って
いた。
﹁すみませんお騒がせしてしまって﹂
﹁気にしないで下さい。双子でもないのによく似てるので、子供の
頃からよく間違えられてましたから。姉は元気にやっていますか?﹂
﹁はい、お元気です。いつもお姉さんにはお世話になってます﹂
﹁そんな。むしろ姉の方が迷惑をかけているんじゃないかと心配し
てるんですよ﹂
 迷惑ではないが、ちょっと結婚や婚期、嫁の話になると絡まれる
のが怖いぐらいだ。
﹁ところでリュート様達はどういったご用件で?﹂
﹁実は今、僕達レベルアップの審議中で。お姉さんにも勧められ、
念のためこちらにも話を通しておこうと思いまして﹂
﹁わざわざありがとうございます。それでは確認のためタグをお預
かりしても宜しいでしょうか?﹂
 オレは言われるがまま首から提げているタグを手渡す。
 妹さんは慣れた様子でタグを魔術道具で確認する。
﹁ありがとうございます。それではこちらでクエストを受ける場合
は、竜人大陸での功績も含めて審議させて頂ければと思います﹂
 タグ返却後、席を立つと﹃姉に宜しくとお伝え下さい﹄と頭を下
げられた。
 しかし前世の世界では、自分によく似た人物が3人居るといって
いたが、あれはちょっと似すぎだろう⋮⋮。

965
ギルド
 冒険者斡旋組合を後にすると、オレ達は民芸店に寄った。
 そこにはハイエルフの肖像画、木彫り人形、ブローチ、髪留めな
どが売っている。
﹁わぁ、リュートくん見て見て、これって﹂
 スノーが店内で気付いた品物、それは︱︱ハイエルフの横顔が刻
まれたリバーシのコマだ。脇には折りたためるゲーム台も置いてあ
る。
 どうやらこのコマはハイエルフ王国、エノールしか手に入らない
限定品らしい。
 ご当地アイテムというやつか。
﹁へぇー、リバーシってこんなところにも広まってたのか﹂
﹃なんですかこれは?﹄
﹁どうかなさいました?﹂
 遅れてクリス、メイヤが眼を向ける。
 彼女達はどうやらリバーシを知らないらしい。
 確かに魔人大陸や竜人大陸でリバーシが売っている所は見たこと
がないな。
 スノーは嬉しそうに2人へ説明する。
﹁これはねリュートくんが子供の頃に作った玩具でリバーシって言
うんだよ。とっても面白い玩具なんだ﹂
﹁これが﹃リバーシ﹄ですの? 調査報告書で読んで知ってました
が、実際見るのは初めてですわ﹂
﹃これはどうやって遊ぶ物なんですか?﹄

966
 メイヤを追求しようとした矢先、クリスに袖を引っ張られ質問さ
れる。
 とりあえず彼女の発言は一時保留にして、妻にリバーシの遊び方
を教えた。
 リバーシのルールは簡単で、すぐにクリス&メイヤは覚える。
﹁ねぇ折角だから1つ買ってみんなで遊ばない? 久しぶりにリュ
ートくんともやってみたいし﹂
 スノーの提案でご当地コマのリバーシを買う。
 コマ、ゲーム台込みで銀貨1枚とやや高めだ。
 オレは買ったリバーシを受け取り持つ。
 荷物を持つのは男の甲斐性だ。
 それにこれで夜、嫁2人を相手にリバーシで負ける度、服を脱い
でいくゲームをしよう!
 野球拳ならぬリバーシ拳!
 昼間は紳士で気さくな夫だが、夜は野獣へとリバーシしちゃうっ
てことか!
 我ながら上手いこというな。 
 ⋮⋮上手いよね?
 そんな感じで観光を済ませると、日が暮れてきたので混み合う前
に夕飯を摂る。
 店は地元レストランだ。
 この店の名物は目の前に広がる湖に住む魚料理らしい。

967
 ハイエルフの湖で採れるため、食べれば1年寿命が延びると言わ
れている。何でもかんでもそっちに結びつけるとは⋮⋮。
 やや呆れたが、料理は素朴な感じで美味かった。
 地精酒も少しだけ飲み、オレ達はほろ酔い気分で宿へと戻る。
 部屋の前に辿り着くと、スノーが表情を引き締める。
﹁リュートくん、部屋に誰か居る﹂
 オレ、クリス、メイヤが彼女に倣って表情を引き締めた。この一
帯では値段の高い高級宿屋だ。警備もしっかりしているから、物取
りの線は無いだろう。
 もしかしたらシアが戻って来たのかもしれない。
 一応、念のためオレは腰に下げているリボルバーに手を伸ばして
おく。
 スノーもクリス、メイヤを庇うように立ち、自身の﹃S&W M
10 2インチ﹄リボルバーを何時でも抜けるよう構える。
 オレは準備を終えるのを確認して、ゆっくりと扉を開いた。
﹁︱︱お帰りなさいませ、若様﹂
﹁⋮⋮シアなのか?﹂
 部屋に入ると2人の女性が待ち構えていた。
 1人はここまでオレ達を連れてきたシアだ。
 しかし、昼間着ていた冒険者ルックでは無い。

968
 紺のロングスカートで足首近くまで隠して、真っ白なエプロンを
結び、頭にはヘッドドレスで纏めている。裾は暗器でも隠せそうな
ほどゆったりしているが、正統派メイドのような恰好をしていた。
 ギャップに一瞬、シアだと判別出来ないほどだ。
 もちろん彼女にとても似合っている。
 もう1人は部屋に居るのにも関わらず、頭をすっぽり隠すタイプ
の外套に袖を通していた。
 身長は高くない。クリスよりもう少しだけ高いぐらいだ。
 どうして顔を隠しているのに女性と分かったかというと、外套で
も隠しきれないほど胸が大きい。
 恐らくスノーよりも大きい。つまり背は低く、巨乳︱︱ロリ巨乳
ということか!
かおりちゃ
 テーブルには湯気が昇る香茶が淹れられていた。どうやらシアは
このロリ巨乳の給仕をしていたようだ。
﹁どうぞ、皆様お部屋にお入り下さい﹂
 シアに促され部屋に入る。
 席に座っていたロリ巨乳も席を立ち、オレ達と向き合う。
 シアが間に立ち、少女を紹介する。
﹁こちらの方がボクを若様に遣わせたお方です﹂
 少女が外套の帽子部分を脱ぐ。
 長いストレート金髪がふわりと流れ落ちる。
 尖った長い耳、新緑の若葉を彷彿とさせる瞳、神が手ずからお作
りになった端正な美少女だった。しかし問題はそこではない。
 シアが淡々と紹介を続ける。

969
﹁ハイエルフ王国、エノール。第2王女、リース・エノール・メメ
ア様です﹂
 ハイエルフ王国、エノールの王女様!?
 ハイエルフの中のハイエルフが今、ここに存在する。
 少女︱︱リースは友好的な笑みを浮かべる。
﹁お会いしたかったです。我らの勇者様﹂
第68話 ハイエルフ王国、エノール観光︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月23日、21時更新予定です。
970
第69話 記録帳
 部屋に居たのはハイエルフ王国、エノールの第2王女、リース・
エノール・メメアだった。
 スノーよりも巨乳で、背はクリスよりも少し高いくらいのロリ巨
乳美少女。
 ハイエルフの中のハイエルフが今、目の前に存在する。
 彼女がオレの奴隷になるようシアに指示した人物らしい。
しかもオレのことを﹃勇者﹄と言った。
 なぜハイエルフの王女様がオレのことを﹃勇者﹄なんて言うんだ?
 シアに紹介されたリースと名乗るハイエルフの少女は、友好的な
笑顔を浮かべる。

971
 リースは感激のあまり潤んだ瞳で、オレの手を取る。
﹁本当にいらっしゃってくださってありがとうございます。ずっと
お待ちしておりました﹂
﹁は、はぁ、どうも⋮⋮﹂
 事情を知らないため、生返事をするしかない。
 リースは目元を拭いソファーを勧める。
﹁立ち話もなんですから、まずは座って落ち着き︱︱キャッ!﹂
﹁危ない!﹂
 リースは自身の外套を踏み転びそうになる。
 オレは反射的に彼女を背後から抱き留めた。
﹁あっ、あン⋮⋮ッ﹂
﹁!?﹂
﹁ひ、姫様!?﹂
 シアの慌てた声。
 その手がリースの体躯に似合わない胸を両手で鷲掴んでしまう!
 慌てて手を離すと、彼女はゆっくり床に腰を落とす。
﹁す、すみません! 転びそうになったから手を出しただけで、決
してやましい気持ちがあった訳じゃ⋮⋮ッ﹂
﹁い、いえ、そんな、転んだ私が悪いんですから⋮⋮。昔から、そ
の、胸などを触られると体に力が入らなくなって⋮⋮申し訳ありま
せん⋮⋮﹂

972
 リースは異性に胸を触られた羞恥心と刺激によって、頬を真っ赤
に染める。
 どうやら彼女はドジっ娘で、敏感なロリ巨乳王女らしい。
 ボクっ娘の次はドジっ娘かよ⋮⋮ありだなッ。
﹁もうリュートくんったら、いくら助けるためでも簡単に女性の胸
に触っちゃいけないんだよ﹂
﹃今度から気を付けてくださいね、お兄ちゃん﹄
﹁はい、すんません﹂
 オレの胸中を読んだのか、絶妙なタイミングでスノー&クリスの
叱責が飛ぶ。
﹁そんなに異性の胸にご興味があるのでしたら、わたくしならいつ
でも構いませんのに﹂
 メイヤも瞳を潤ませ、頬をリースに負けないほど赤く染め独り呟
く。
 よし、聞かなかったことにしよう。
 リースはシアの手を借り立ち上がると、先程座っていたソファー
に腰を下ろす。
 オレ達も彼女に習い座った。
 オレがリース正面ソファーに、両脇にスノー、クリス。
 メイヤは下座に椅子を移動し、腰を下ろす。
 シアがお茶を配り終えると、リースから口火を切る。

973
﹁まずは遠路遙々、エノールまでお越し下さり誠に感謝いたします。
改めてご挨拶を。ハイエルフ王国、エノールの第2王女、リース・
エノール・メメアと申します﹂
﹁リュートです。そしてこっちが妻のスノーとクリス﹂
﹁わたくしは天下に並ぶ者無き天才魔術道具開発者リュート様の一
番弟子、メイヤ・ドラグーンですわ!﹂
 メイヤはハイエルフの王女を前にしてまったく臆さず胸を張る。
 さすが魔石姫。
 度胸があるのか、神経が太いのか⋮⋮。
 挨拶が終わるとリースの後ろに控えるメイド服姿のシアが語り出
す。
﹁本来、リース様から許可を頂き詳しい事情をボクの口からお話し
する予定だったのですが⋮⋮どうしてもリース様が直接お話をした
いと仰って、突然押しかける形になりました。本当に申し訳ありま
せん﹂
﹁いいのか? ハイエルフはこっち側に来ないって話だったのに﹂
 しかも、相手は王族。
 事故や事件に巻き込まれたり、誘拐なんてされたら一大事だろ。
 シアが苦い顔をする。
﹁もちろんボクもお止めしたのですが⋮⋮姫様がどうしてもと﹂
 押し切られた訳か。
 シアも苦労しているらしい。
 当の本人であるリースは柔らかく微笑む。

974
﹁ご安心ください。ハイエルフが街へ降りないというのは建前で、
実際はこのようにペンダントを付け街を見て回ったりするんですよ﹂
 彼女は悪戯っぽく、胸から下げているペンダントを見せ付けてく
る。
 昼間、土産物屋などで見たハイエルフに容姿を変える魔術道具。
﹁このペンダントは形だけマネたものです。だから、ペンダントを
外しても私の容姿が変わることはありません﹂
 リースは自身が本物のハイエルフと証明するためペンダントを外
そうとする。
﹁変わることは⋮⋮あら、変わること、︱︱ッ!﹂
﹁ひ、姫様!?﹂
 自分1人では結局外せず、途中で舌を噛む。
﹁うぅ⋮⋮﹂
 あ、ちょっと涙目になってる。
 最終的には慌てるシアに取ってもらっていた。
 本当にドジっ娘なんだな⋮⋮。
 だが確かに魔術道具を外しても、彼女の耳と緑色の瞳は変わらな
い。
 痛みから回復したリースは小さく咳払いして、話を続ける。
﹁⋮⋮⋮⋮こほん。まず、皆様をこんな回りくどいやり方でお連れ

975
したのか説明をする前に、私の姉、ララ・エノール・メメアについ
てお話をさせてください﹂
 彼女の姉、ララ・エノール・メメアは約15年前、妖人大陸で起
きた戦争で行方不明になった。
 当時、エノールは人種族最大の国家メルティアに友軍として形だ
け参加。到着した夜、なぜかララだけが姿を消したのだ。
﹁誘拐されたということですか?﹂
 オレの質問にリースが首を振る。
﹁姉の能力的に誘拐、暗殺は不可能なんです﹂
﹁能力? 魔術師だったということですか?﹂
﹁姉は優秀な魔術師でもあったのですが⋮⋮ハイエルフは100歳
を過ぎると精霊の力を1つ得ます。これを私達は﹃精霊の加護﹄と
呼んでいます。姉は5種族勇者のハイエルフと同じ加護、﹃千里眼﹄
を持っていました。この加護の能力は、最大約4000キロの周囲
を確認することが出来るものです﹂
 つまり、誘拐しようにも襲撃犯らしき人物が近寄ったらすぐに分
かると言う訳か。
 しかし約4000キロを把握できるなんてチートだろ。
﹁戦争終結後も大規模な捜索隊が結成されましたが、結局姉を見付
けることは出来ませんでした。現在も何も手がかりがありません。
自分から姿を隠したのか、それとも⋮⋮。そして姉の部屋の荷物を
整理していたら、記録帳が出てきたのです﹂
 そこには断片的な文章が書かれてあった。

976
 日付はまちまちで近いものだと1日単位で、長いのだと数年単位
に間を開け書かれてある。
 しかもその記録帳に書かれてあることが日付通り起きていること
に気付いてしまう。さらに記録帳に書かれていた未来の出来事が次
々起きた。
﹁そして私は確信したのです。姉は﹃千里眼﹄の他に、﹃予知夢者﹄
でもあることに。どちらも歴史上1人しかいないレアな加護です。
それを姉は2つ同時に持っていたのです﹂
﹁2つ同時に持つということはありえることなんですか?﹂
 オレの質問に彼女ははっきりと告げる。
﹁歴史上1度もありません。ですから姉は2つ目の力を隠していた
んだと思います。振り返ってみれば、姉は妙に勘が鋭い所があるな
とは思っていましたが、こんな破格の力を2つも持っていたなんて
⋮⋮。妹としてずっと姉の側に居たのに、まったく気付きませんで
した。そんな姉が残した記録帳の最後の予言が︱︱今から約3ヶ月
後にハイエルフ王国、エノールが一夜にして壊滅するというもので
す﹂
 この国が壊滅するだと?
 今日の昼間見て回った国の様子を思い出す。
︵︱︱この規模の国が一夜で壊滅するなんて︶
 考えただけで怖気が走る。
﹁壊滅の原因も書かれていました。ハイエルフ王国エノールにある
けっかいせき
結界石が、何者かの手によって破壊されると﹂

977
﹁けっかいせき?﹂
﹁皆様もご存知の通り、妖人大陸の魔王は5種族勇者の手により倒
され、封印されました。その封印を維持する結界の1つがエノール
にある結界石と呼ばれる物です。他大陸にもあるようですが、幾つ
あるのか、どこにあるのかは私達王家でも知りません。第三者に知
られないよう5種族勇者達が秘匿したのでしょう。そしてハイエル
フ族王家始祖は、結界石の1つを守護するためこの場所に国を造っ
たのです﹂
 リースは記録帳に書かれている内容を思い出し、膝に置いた手を
ギュッと強く握り締める。
﹁結界石が破壊され、石の下から﹃バジリスク﹄﹃竜騎兵﹄⋮⋮魔
物達が溢れ出し、民を石に変え、血で湖を真っ赤に染め上げこの国
を一夜にして壊滅させてしまう︱︱と、姉は書いていました﹂
﹁もしその予言が本当なら、今すぐ王様に相談して兵力を整えた方
がいいのでは?﹂
 しかしリースは悲しそうに首を横に振った。
﹁王は︱︱父は姉の記録帳のことを信じようとしないのです﹂
﹁それはまたどうして?﹂
﹁結界石は例え魔王、5種族勇者、現魔術師S級でも破壊すること
は不可能だからです。魔王が復活しないよう5種族勇者達が創りあ
げた結界石。古い記録で彼らが﹃自分達でも破壊出来ない﹄と断言
しています﹂
 リースの声が暗くなる。
﹁それに姉が歴史上初、2つもレアな精霊の加護を持っていること

978
が信じられず、姉の冗談か悪戯だろうと取り合ってくれなくて。母
に口添えを頼もうにも、体調を崩し面会すら出来ない状況で⋮⋮﹂
 彼女が真剣な表情で告げる。
﹁確かに姉は昔から悪戯が好きでした。私など何度酷い目にあった
ことか。でも姉は私よりずっと優秀で、王としての才覚があり、威
厳もあった。民のことを誰よりも考える︱︱そんな人物が愛する国
が滅ぶ、民の血で湖が赤く染まると、例え悪戯でもそんなことを書
くとは思えません。何より皆様とこの場でお話出来ること自体が、
記録帳が本物だという証拠です﹂
 どうやら記録帳にはちゃんとハイエルフ王国を救う方法も書かれ
ていたらしい。
 それがオレ達だ。
﹁リュート様方をここにお連れする方法も記録帳に書かれていまし
た。記録帳の通り、私の護衛メイドであるシアをツテのある奴隷商
にお願いして竜人大陸へ連れて行って﹃奴隷市場ブルーテス﹄へ預
けてもらいました。そして、記録帳に書かれている通り﹃タナカコ
ウジ﹄の言葉でリュート様がシアに興味を抱き、無事お買い上げに
なったと聞きました﹂
 なるほど⋮⋮記録帳に書かれてある通りにするため直接依頼せず、
わざわざ﹃シアを奴隷にする﹄なんて面倒で無茶なマネをしたのか。
だが実際、﹃タナカコウジ﹄の名前で、オレは絶対にシアを買おう
と決めた。
 結果、こうしてリースの前に腰を下ろしているのは事実だ。
 リースは、改めてここまでオレ達を連れてきたシアを労う。

979
﹁苦労を掛けてしまって本当にごめんなさい。でもシアのお陰で、
国が滅びる前にリュート様達と会うことが出来て本当に嬉しいわ﹂
﹁いいえ、ボクは姫様の護衛メイド。これぐらい当然のことです﹂
 あらためてリースは向き直る。
﹁記録帳の通りなら、例え魔術師S級を連れてきたとしてもハイエ
ルフ王国は壊滅してしまいます。この国を救えるのはリュート様達
しかいないのです。権力も無く、自由も利かない第2王女という身
分ではありますが、皆様が望む報酬を必ず支払います。協力出来る
ことがあればお手伝い致します。なのでどうか、どうかこの国を救
ってください。お願いします!﹂
 リースとシアは2人揃って頭を下げる。
﹁リュートくん、どうする?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 両脇に座るスノー&クリスが判断を仰いでくる。
 もちろんメイヤもだ。
 オレは腕を組み考え込む。
︵さすがにこんな話を聞いて放置は出来ないよな⋮⋮。もしも結界
石が壊れたら、被害はここだけでは収まらないだろうし。それに助
けを求める人を無碍には出来ない。やれるだけやってみるか︶
 オレは覚悟を決め、返事をする。

980
﹁分かりました。出来る限りで良ければ、協力します﹂
﹁あ、ありがとうございます!﹂
 こうしてオレ達はハイエルフ王国、エノールの危機を救う決意を
固めた。
第69話 記録帳︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月24日、21時更新予定です。
ハイエルフ編は5章になります。章の区切りなどは、なるべく早く
入れたいと思います。
また修正と言えば、ご指摘頂いている誤字脱字等も近日中に修正し
ますので。
ご報告誠にありがとうございます。

981
第70話 結界石
 翌日、早速そのハイエルフの城︱︱ウッドキャッスルにある結界
石と周辺をリース立ち会いの下チェックしていた。もちろんスノー、
クリス、メイヤ、シアも同行している。
 結界石の見た目は完全にピラミットで、見上げるほど高い。
 建物5∼6階ぐらいはあるだろう。
 周囲をぐるりと見て回ったが入り口は無し。
 手触りは大理石に近い。表面はツルツルで数万年経っているとは
とても思えない。
 ハイエルフの城︱︱ウッドキャッスルからは約10キロほど離れ
ている。
 障害物1つない、見晴らしの良い庭に面している。

982
 元々あの城自体が、結界石を監視するため造られたとリースが説
明していたな。
 結界石の周囲は高い城壁で囲まれている。
 城壁の上、結界石の周囲にはシアのようにハイエルフに仕えるエ
ルフ、黒エルフなどの兵士が、完全武装で警備している。
 その数は約50人ほどだ。
 城壁を越えれば、そこは湖になる。
 オレは現場をチェックし終えると、昨夜リースから聞いた魔物の
特徴を思い出す。
 結界石が破壊され、そこから現れる魔物は﹃バジリスク﹄と﹃竜
騎兵﹄のみらしい。
﹃バジリスク﹄はトカゲの頭に体、鶏の羽、ドラゴンの尻尾を持つ
魔物だ。研究者の間ではドラゴンの亜種、または近い魔物だと考え
られている。そのせいか全身を覆う鱗はドラゴン並に硬い。また厄
介なのは魔眼だ。
 バジリスクは石化の魔眼を持っている。
 個体差によって差はあるが有効距離は約500メートル前後。
 この魔眼にかかった場合、石化から回復する方法はない。
 一方、﹃竜騎兵﹄は魔眼どころか、魔力を持たず知能も低い。し
かしこちらもドラゴンの血を引いていて、その体躯は約2メートル
オーガ
もある。ドラゴンには劣るが全身を硬い鱗に覆われ、オークや大鬼
に負けない怪力を持つ。

983
 武器は骨で作った棍棒、石斧、石槍など原始的な武器だが、怪力
と防御能力の高い魔物だ。
 厄介なのは群れで獲物に襲いかかることだ。
 記録帳によれば、結界石から溢れ出る数は数千ではきかず、万に
届くほどらしい。
 確かにこれだけの戦力があれば一国を一夜で滅ぼすことは可能だ
ろう。
 オレは現場周辺の環境、敵の戦力、オレ達の実力を等を吟味して
答えを出す。
﹁⋮⋮準備を周到にすれば、戦うことが出来るかもしれない﹂
﹁本当ですか、勇者様!?﹂
 なぜかリースはオレのことを﹃勇者様﹄と呼ぶ。
 人前で言われるとさすがに恥ずかしいな。
﹁はい。もちろん、事前の準備が必要ですが﹂
 敵は強く数も多い。
 オレ達以外の冒険者や城の兵士達が対処した場合、かなり酷い損
害・被害が出ると予想される。
 まずヤバイのが﹃バジリスク﹄だ。
 空を飛び、ドラゴン並に硬い鱗を持っている。そして見た物を石
化する魔眼。有効距離は500メートル前後と広い。
 だが、こちらにはクリスがいる。

984
 魔眼の有効距離に入る前にM700Pを使い最大射程900メー
トル先から、ツインドラゴンの時のように﹃7.62mm×51 
炸裂魔石弾﹄を眼孔から撃ち込み頭部を内部から吹き飛ばせばいい。
 竜騎兵も知能は低いが、怪力と防御能力は高く、数は万に達する。
 だが、オレ達が現在使っているAK47の内部機構を流用して作
ジェネラル・パーパス・マシンガン
る汎用機関銃を制作すれば十分対応出来る筈だ。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 汎用機関銃とは︱︱機関銃のことである。
 では、機関銃とは一体どういうものなのか?
 機関銃は基本的にフルオートで、100発以上の弾丸を連続して
カートリッジ
撃つことが可能、銃身交換機能があり、強力な弾薬を使うため射程
も長い︵約1∼2km︶。
 たった数人の兵士だけで何百、千の敵を殲滅できる悪魔の兵器と
恐れられた。
 最初の自動機関銃の開発者ハイラム・マキシムは、それを﹃殺人
機械﹄と呼んだ。
 事実、機関銃は多くの命を奪い、当時の戦争形態を一新させる程
だった。
 機関銃が登場する第一次大戦前までは、歩兵部隊は数百メートル
から1000メートルも離れて横隊に広がってボルトアクションラ
イフルで射撃し、騎兵隊や突撃歩兵がラッパの音と共に突撃してい
た。
 だが機関銃の登場によって簡単に撃ち倒されるようになってしま
った。

985
機関銃
 たとえば日露戦争でロシア軍は2丁のマキシム銃で、200名の
日本兵を全滅させた。
 ある植民地でイギリスは兵28人、他国兵20人の計48人の死
傷者を出したが、相手の現地人の﹃死者﹄は1万1000人にもの
ぼった。
 第1次世界大戦の死傷者︵戦死者:992万人、戦傷者:212
2万人︶の約80パーセントは機関銃の犠牲者によるものと言われ
ている。
 1丁の機関銃で1個大隊︵約1000人︶を3分間で一掃出来て
しまう。悪魔の兵器と呼ばれるのは当然だ。
ヘビーマシンガン ライトマシンガン
 そして機関銃は進化し重機関銃と軽機関銃の2種類に別れ、使い
分けられるようになった。
ヘビーマシンガン
 重機関銃は3人以上で使用するもので、陣地や塹壕、要塞等に備
え付けられ防御用として運用される。
ライトマシンガン
 軽機関銃は1∼2人で使用し敵の塹壕に突撃するための攻撃用と
して運用された。
ライトマシンガン
 さらに時代は進み第2次世界大戦︱︱軽機関銃並の可搬性を持ち
ヘビーマシンガン
ながら、パーツを付けることで重機関銃にも、対空機関銃、車載機
関銃にもなる機関銃が登場する。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 それが汎用機関銃だ。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 制作する汎用機関銃はAK47の内部機構を流用したPKMだ。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 ロシア軍が使用している汎用機関銃だ。

986
 スペックは以下の通り。
 口径:7.62mm×54R
 全長:1173mm
 バレル長:658mm
 重量:8.99Kg
 装弾数:ベルトリンク給弾︵200発︶
 すでにAKは何度も作っているから、内部構造や本体はそれほど
問題は無いだろう。
カートリッジ
 問題があるとしたら、弾薬の方だ。
 今から約3ヶ月で7.62mm×54Rのケースを作り、適切な
パウダー
発射薬量を解明し、量産することが出来るだろうか?
カートリッジ
 だいたい本来なら弾薬はM700Pの﹃7.62mm×51 N
ジェネラル・パーパス・マシンガンン
ATO弾﹄を使う汎用機関銃を制作するべきなのだが⋮⋮。
ヘビーマシンガン ライトマシンガン
 重機関銃でも、軽機関銃でも歩兵小銃と規格を共通にしておいた
方が補給に便利だからだ。
ジェネラル・パーパ
 しかし、﹃7.62mm×51 NATO弾﹄を使用する汎用機
ス・マシンガン
関銃︱︱たとえばM60、M240あたりを約3ヶ月で制作出来る
自信がない。
カートリッジ
 だったら今まで弾薬を作ってきた経験、蓄積で7.62mm×5
4Rに手を出す方が早いだろう。
 いっそのことクリスには﹃M700P﹄ではなく、7.62mm
×54Rを使用するセミオートマチックのスナイパーライフル、S
VD︵ドラグノフ狙撃銃︶に切り替えてもらうのもありかもしれな
い。

987
 彼女の腕なら命中精度の落ちるSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶でも
問題ないだろう。
 その辺はおいおいクリスと話し合おう。
 だが結局、時間との勝負になるのは変わらない。
 一応、念のため保険はかけておいたほうが良いかもしれないな。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 皆には聞かせられない部分を省いて、汎用機関銃の説明を終える。
 メイヤはいつも通り目を輝かせ、メモを取る。
 スノー達は相変わらず興味無さそうに聞き、反対にリースは興味
深そうに話を耳にしていた。
 祖国を救う兵器のことだけに、興味を抱かずには居られないのだ
ろう。
 そんなオレ達の輪に新たな人物が顔を出す。
﹁へぇー、貴方がお姉ちゃんの連れてきた勇者様なんだ﹂
﹁!?﹂
 声に振り返ると、そこには3、4メートルはある大きな狼が居た。
 体毛は真っ白で、口からは鋭い牙がサーベルタイガーのように伸
びている。
 そんな狼の背に、1人の少女が乗っていた。
 結界石を警備している兵士達は、彼女に対して片膝を付く。

988
 背丈はクリスと同程度、体型も近い。長い金髪をツインテールに
纏め、美少女だが小生意気そうな雰囲気をしている。
 彼女は狼の背に乗ったまま捲し立てた。
﹁リースお姉ちゃんの妹、ルナだよ。この子はサーベルウルフのレ
クシって言うの。好きな物は勇者物の絵本。だから何時かルナがピ
ンチになったら、絵本のお姫様みたいに助けてね♪﹂
﹁こら、ルナ! レクシの背に乗ったまま挨拶するなんて! 今す
ぐ降りてちゃんと挨拶をしなさい! すみません勇者様、妹はまだ
100歳も生きていない子供で、礼儀をまだちゃんと理解してなく
て⋮⋮﹂
 いやいや、十分生きてますがな。
 絵本好き︱︱しかも、勇者物が好みとは。
 クリスと気が合いそうだな。体格的にも似てるし、髪の色も同じ
金色だ。
 リースは妹の失礼な態度に恐縮してしまう。
 妹のルナはというと、姉に叱られても気にせず身軽な身のこなし
でサーベルウルフのレクシの背から飛び降りる。
﹁だいたい何しにこんな所へ﹂
﹁もちろん、お姉ちゃんが連れてきた勇者様を見るためだよ﹂
﹁そんなことのためにわざわざ来たの?﹂
﹁いいじゃない。それにルナだけじゃないよ﹂
 サーベルウルフの巨体に隠れて気付かなかったが、さらに後ろに
は従者を引き連れた男性が立っていた。
 リースが男性の存在に驚く。

989
﹁お、お父様!?﹂
 リースの父︱︱つまり、ハイエルフ王国エノールの国王というこ
とか!?
 背丈は180センチ程で、体つきは細身。金の長髪。ハイエルフ
だから当然ではあるが、見た目はとても3人の娘が居るとは思えな
いほど若く、20代後半から30代前半ぐらいに見える。
 国王はゆっくりと前へ進み出る。
 警備を務める兵士達に手をあげ振ると、彼らはそっとその場を離
れた。
 人払いらしい。
 そしてオレ達を一瞥すると、落ち着いた声で咎めた。
﹁結界石に無闇に近づかないで欲しい。我らハイエルフにとってと
ても神聖な物なのだ﹂
 父の言葉にリースは一歩前へ出ると、オレ達を庇う。
﹁お父様、勇者様達は私が願って来て頂いたお客様です。そのよう
な言い方は如何かと思います﹂
﹁リース、御前はまだララが残した世迷い言を信じているのか⋮⋮﹂
 娘の叱責に、父は落胆で返す。
﹁ララが﹃千里眼﹄だけではなく、﹃予知夢者﹄だったなどと妄言
はもう止めてくれ。あれはあの子の悪戯だ。例え魔王であれ、結界

990
石を破壊することは叶わない。だからエノールが一夜にして滅ぶな
どありえないんだ。だからもうララを思い出させるようなことはし
ないでくれ﹂
 国王はハイエルフの先祖達が守り続けてきた結界石の絶対防護の
力を信じている。だが、同時に長女︱︱ララの失踪を親として思い
出したくないのだろう。
 だが、リースは姉の悪戯だとは考えていない。
 現に記録帳に従いオレ達をこの国へ連れてくることに成功してい
る。
 当然、彼女は反発した。
﹁しかし記録帳に従った結果、こうして勇者様が来てくださいまし
た!﹂
﹁ただの偶然だよ。大体結界石が破壊され、中から魔物達が溢れこ
の国が滅ぶ︱︱それを止める力が彼らにあるとは到底思えない﹂
﹁いくらお父様でも失礼ですよ!﹂
﹁だが実際、彼らはまだ子供だ。そんな未曾有の危機を救えると主
張されても信じることなど出来るはずがない。もし仮にそれだけの
力があるというのなら、示して欲しいものだ﹂
 話が妙な方向へと流れ出す。
 雰囲気的に尋ねなければいけなくなる。
﹁⋮⋮と、仰いますと?﹂
﹁もしそれだけの力があるというのなら、近くにある森に住み着い
ジャイアント・スコーピオン
た大蠍を倒して欲しい﹂
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍とは、魔物で約7∼8メートルはある巨大な蠍で、外皮は硬

991
く刃がまったく利かない。3本ある尾から毒針を無数に飛ばしてく
る厄介な魔物らしい。
ギルド
 もし冒険者斡旋組合に依頼したら、レベル?のクエスト扱いにな
る。
﹁⋮⋮ッ﹂
 リースは歯噛みし、すぐに返事が出来なかった。
ジャイアント・スコーピオン
 姉の予言は信じているが、大蠍はとてつもなく危険な魔物だ。そ
れに彼女自身がオレ達の実力を目の辺りにした訳ではないから、答
えられないのだろう。
 国王はそれを理解しふっかけているのだ。
 もし断れば、それを理由に追い出せばいい。
ジャイアント・スコーピオン
 もし引き受けて、大蠍を本当に倒してくれればそれはそれで良い。
 どちらに転んでも彼らにとっては利益にしかならない。
 さすが一国を纏める王。⋮⋮だが、気にくわない。
 オレはリースの代わりに返答する。
ジャイアント・スコーピオン
﹁⋮⋮分かりました。大蠍を仕留めてみせます﹂
 オレの承諾に、リースが目を丸くする。
 オレはさらに交渉を続けた。
ジャイアント・スコーピオン
﹁その代わり、無事大蠍を倒した暁には、リース様のお言葉をもう
少しだけ聞いてあげてください。仮に記録帳の予言通り問題が起き
なければ、それにこしたことはないんですから﹂
﹁勇者様⋮⋮﹂

992
 リースはオレの願いを聞き、胸元で両手をギュッと強く握り締め
る。
 国王はこちらの表情を探るように暫し黙りこくって居たが、
ジャイアント・スコーピオン
﹁⋮⋮分かった、約束しよう。大蠍を倒したらリースの話に少しだ
け耳を傾けよう﹂
﹁ありがとうございます﹂
 ブラッド家で身に付けた公的な挨拶︱︱右手を胸に、左手を背中
に回り頭を垂れる。
 国王はオレの挨拶を見届けると、背を向け城へと戻ってしまった。
ジャイアント・スコーピオン
 こうしてオレ達は急遽、大蠍退治をすることになった。
993
第70話 結界石︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月25日、21時更新予定です。
994
第71話 出立準備
 テニスコート2面分になるほど広い客間。
 高価そうな壺には花が生けられ、壁には絵画、甲冑が飾られてい
る。床は一面踝が埋まるほどふかふかな絨緞が敷かれ、ソファーも
体が半分飲み込まれそうなほど柔らかかった。
 オレ達は結界石から、ハイエルフの城であるウッドキャッスル内
の客間に場所を移していた。
 改めて皆に頭を下げる。
ジャイアント・スコーピオン
﹁ごめん、勝手に大蠍を倒しに行くなんて決めて﹂
﹁ううん、リュートくんが言い出さなかったらわたしが手を挙げて
たもん﹂
﹃わたしもスノーお姉ちゃんと同じです﹄

995
ジャイアント・スコーピオン
﹁そうですわ! それに大蠍程度、リュート様のお力にかかれば屠
るなどあまりに容易いですわ!﹂
 なぜかメイヤが根拠無く断言する。
 まぁ実際、彼女の指摘通り勝算があったから快諾したのだが。
﹁では、私も同行させてください﹂
 話を聞いていたリースが、自分も今回の討伐に参加すると言い出
す。
 オレは慌てて止めた。
﹁気持ちはありがたいですが、一国の王女が魔物退治に同行するな
んて危険過ぎます﹂
﹁そ、そうです姫様。どうか無理を仰らないでください﹂
 彼女に仕えるシアも慌てて、オレの援護に回る。
﹁危険はもちろん承知の上です。ですが私がこの記録帳を見付け、
書かれている指示に従い祖国を救う英雄として勇者様方をお連れし
ました。だからこそ私には最後まで見届ける義務があるのです。例
えどのような事があろうとも⋮⋮ッ﹂
 しかしリースの意思は固い。
 また心情も理解できる。
﹁⋮⋮分かりました。ただし、国王にちゃんと報告して同行の許可
を取ってください。後から問題になっては困りますから﹂
﹁ありがとうございます!﹂

996
 リースが笑顔でお礼を告げてくる。
﹁だったらボクは姫様の護衛メイドとして全身全霊でお守りします
!﹂
﹁シアもありがとう﹂
﹁はいはいはい! お姉ちゃんが行くならルナも行く!﹂
 今まで黙って話を聞いていた妹のルナが元気よく手をあげる。
 姉であるリースが柳眉を吊り上げ怒った。
﹁私達は遊びに行く訳じゃないのよ。連れて行ける訳ないでしょ!﹂
﹁そんなのお姉ちゃんが決めることじゃないじゃん! ねぇ、リュ
ート、ルナも一緒に連れて行って。お・ね・が・い☆﹂
﹁無理です﹂
 ルナは上目遣いで、わざとらしい声音で頼み込んでくるが一瞬で
却下した。
 オレの返答に彼女は立腹する。
﹁どうしてお姉ちゃんが良くて、ルナは駄目なのよ! ルナも旅に
出たい! 絵本みたいな冒険したい!﹂
 容姿通りの幼女らしく、我が儘を叫ぶ。
 さすがにリースが一喝する。
﹁何度言えば分かるの! 私達は遊びに行くんじゃないの!﹂
﹁べぇー! お姉ちゃん達の意地悪! いいもん! だったらルナ
にだって考えがあるんだから!﹂

997
 彼女は不吉な言葉を残し部屋を飛び出してしまう。
 リースは改めてオレ達に向き直ると恐縮して頭を下げた。
﹁本当にすみません。なにぶん、ルナは姉妹で一番年下ということ
で色々甘やかされて育ってしまって﹂
﹁いえ、僕達は気にしてないので、リース様もお気になさらず。で
は、出発はリース様がご許可を取り次第ということで﹂
﹁分かりました。すぐにお父様に掛けあいます。馬車や道中の許可
書等はこちらで準備しますね﹂
ジャイアント・スコーピオン
 そしてオレ達は出立に必要な細々とした打ち合わせ︱︱大蠍の詳
細、場所の地理、往復・片道の距離、必要な食料・物資等々をその
場で詰めていった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 国王からの許可を貰うまで、3日ほどかかった。
 国王曰く︱︱﹃シアが護衛に付き、危機が迫った場合、オレ達を
見捨ててもリースを助ける﹄という条件を提示された。
 最初、リースはその条件に猛反発したが、最後はオレが彼女を宥
め賺し渋々承諾させる。酷い条件にも思えるが、王としても1人の
親。むしろオレは当然だと納得したぐらいだ。
 オレ達もその3日間をただぼんやり過ごしていた訳ではない。
マルチパーパスマシンガン
 リースから与えられた湖外の屋敷でPKM︱︱汎用機関銃制作に

998
取り掛かっていた。
 リースには魔術液体金属と魔石を扱う商人を紹介して貰い、ある
だけ買い集めた。
 さすがに扱う金額が大きすぎて、一国の姫とはいえ個人に負担さ
せるわけにはいかない。
 幸いオレ達側は双子魔術師&ツインドラゴンを退治した金額とメ
イヤがいるため、資金には困っていない。敵を倒した後、王に請求
すればいいし、もしも敵が現れなければ別の用途に使えばいい。
カート
 本体はメイヤに指示を出しながら制作させ、オレは同時並行で弾
リッジ
薬に取り掛かる。
ジャイアント・スコーピオン カートリッジ
 大蠍退治に出ている間は、メイヤに本体と弾薬を任せるつもりだ。
 国王から許可を貰った翌日。
 日も昇っていない早朝に、リースが馬車に乗って湖外の屋敷を訪
れる。
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍に出立するため、合流したのだ。
 早朝を選んだのは湖外の住人達に騒がれるのを防ぐためだ。
 もしここに本物のハイエルフが居ると知られたら、あっというま
に人垣が出来てしまう。
 オレとシアが正面玄関で、リースを出迎える。
 スノーとクリスは台所で、今日の朝、昼食の準備中。
 メイヤは裏手で旅に使う幌馬車と角馬を繋げているころだ。
 御者台から従者が降りて、馬車の扉を開くとリースが降りてくる。
﹁おはようございます、勇者様、シア﹂

999
﹁おはようございます、リース様。お待ちしておりま⋮⋮した?﹂
 右手を胸に、左手を腰に回し軽く会釈する︱︱これが一般的な礼
儀作法だ。顔をあげてようやく彼女の出で立ちに気付く。
 リースはなぜか女性用の全身甲冑を装備していた。
 基本色は白銀色で胴、腰回り、肩、腕、脚を覆っている。足は動
きやすくするためかミニスカートで、頭は顔を隠すヘルムではなく、
一目で高価なものだと分かる魔術道具のティアラを装備していた。
レイピア
さらに腰からは鞘に見事な細工が施された細剣をさげている。
ジャイアント・スコーピオン
 つまり今からすぐに大蠍と戦ういう訳でもないのに、無駄に目立
つ甲冑を着込んでいる姿に頭痛を覚えてしまったのだ。
 隣に立つシアも同じらしく、痛みを堪えるように眉根を寄せる。
 彼女はここ数日、旅に必要な物品を買う役目をおっていた。もし
シアが当日、リースと一緒に来る予定だったら彼女がこんな恰好で
現れることもなかっただろう。
 むしろ、城の使用人達は何故誰も指摘してやらなかったんだ?
 オレ達の不審な視線に気付いたリースが、不思議そうに小首を傾
げる。
﹁どうかなさいましたか?﹂
﹁いや、そのどうして甲冑姿なのかなと思いまして⋮⋮﹂
﹁皆さんの足を引っ張らないよう装備を調えて来たんですが、何か
可笑しいでしょうか?﹂
 気持ちはありがたいが、すぐに戦う訳じゃない。
 移動中、7日間ずっとその恰好で居るのだろうか⋮⋮。

1000
﹁とりあえず着替えは⋮⋮ないですよね。体格的にクリスより大き
いから、スノーの余りの野戦服を着てもらおう。オレはスノーから
許可をもらってくるから、シアは先に部屋へ行っててくれ﹂
﹁すみません、ご面倒をかけます﹂
﹁あ、あのシア、どういうこと?﹂
 リースは状況が飲み込めずシアに連れられ、スノーの私室へと向
かう。
 オレは台所で料理をしているスノーに野戦服を借りるのと、リー
ス用の予備をいくつか持っていく許可を貰った。
 彼女が着ていた甲冑は屋敷の1部屋に置いておく。
 野戦服に着替えたリースと一緒に裏庭へと向かう。
 裏庭にはすでに幌馬車が用意され、その側には今回の旅に必要な
物資が山積みになっていた。
カートリッジ
 大樽、防具一式×人数分、弾薬。食料、着替え、毛布、調理道具、
鞍、手綱、長方形の高い箱、等々︱︱その量は明らかに馬車の荷重
量を超えている。
 オレは改めてリースに尋ねた。
﹁これだけの量を本当に収納できるのですか?﹂
﹁はい、任せてください。この程度なら問題なく、﹃無限収納﹄に
収められます﹂
﹃無限収納﹄︱︱それがリースの持つ精霊の加護だ。
 ウッドキャッスルの客間で細々と打ち合わせした会話を思い出す。

1001
 リースの加護は、物体を精霊の力で別次元に収納するというもの
だ。
 収納した物は好きな時に出し入れ可能。どんなに持っても使用者
に荷重は負担されない。但し生物は収納不可らしい。
 この力も彼女の姉同様、とてつもなく珍しいものだった。
 だが姉の場合は当たりという意味でのレアな加護だ。
 リースの場合は、逆の外れという意味でのレアな加護だった。
 過去唯一同じ加護を持ったハイエルフは、生涯同族からただ物を
出し入れするだけの自身の力を馬鹿にされ続けたらしい。
 本人もそのことを気にして、﹃いいんです、どうせ私なんて姉と
は違って荷物を出し入れするだけの加護ですから。王の素質を持つ
姉に比べれば私なんて。それに妹のルナは天才肌で、何をやらせて
もそつなくこなすんです。どうせ私は優秀な姉、妹の間に挟まれた
凡人です。あまりの出来の悪さに傾国姫と蔑まれちゃってるんです﹄
と打ち合わせの最中にも拘わらず言い出すほどだった。
 ちなみに涙目で拗ねているリースがちょっと可愛い、と思ってし
まったのは秘密だ。
 そんな彼女は早速、魔術液体金属が入っている大樽の手に触れ意
識を集中する。
 大樽はまるで手品のようにその姿を消す。
 本人はこの加護に対して落ち込んでいるようだったが、旅を共に
する側からするとありがたい力だ。
 リースは次々に品物を収納していくが、食料品の木箱で手が止ま
る。

1002
﹁どうしましたか?﹂
﹁いえ、上手く収納出来なくて。恐らく箱の中にコマネズミか、小
動物が紛れ込んでしまっているんだと思います﹂
 彼女の加護は生物には及ばない。
 オレは早速、木箱の蓋を開け中に入っているだろうネズミを取り
除こうとする。
 箱の中には確かにネズミがいた︱︱ルナ・エノール・メメア第3
王女が身を隠していたのだ。
﹁る、ルナ!? こんなところで何をしているの!?﹂
﹁ちぇっ、失敗しちゃった。お姉ちゃんの加護を計算に入れるの忘
れちゃってたよ﹂
﹁忘れちゃった、じゃないわよ。貴女どうやってあの部屋から抜け
出してきたの? 後を付けられないように部屋と窓には鍵をかけて、
皆には見張っておくように言いつけていたのに!﹂
﹁相変わらずリースお姉ちゃんは甘いにゃ∼。あれぐらいでルナち
ゃんを止められると本気で思ってるの? あんなの鍵のかかってい
ない金庫を開けるより簡単だよ。ルナを本当に引き止めたかったら
魔術防止首輪を付けて、手足を鎖で縛った後、鉄越しの箱に入れて
最低10人の兵士で監視しないと﹂
 なにこの娘。
 引田○功か何かか?
﹁ねぇねぇそれより、お姉ちゃんその恰好なに? ルナも着てみた
い!﹂
﹁もうルナ! 今回の討伐には、私達は祖国の危機を救えるかどう

1003
かかかっているのよ。いい加減にしないとお姉ちゃん、本当に怒る
わよ﹂
 魔術師B級でもあるリースは、肉体強化術で身体能力を補助。子
猫のように首根っこを掴み持ち上げる。
 姉に真剣な顔を近づけ、怒られさすがに大人しくなる。
﹁だ、だってルナも一緒に旅をしてみたかったんだもん⋮⋮﹂
﹁︱︱はぁ、無事今回の件が片付いて落ち着いたら、お父様にお願
いして少し遠出をしましょう。だから今回は大人しくお城で待って
いなさいいいわね?﹂
﹁はぁ∼い﹂
 やや不満そうなルナだが、それ以上の抵抗は無駄だと知り諦める。
 彼女をシアに任せ、表に止めてある馬車まで行かせ城へと戻すよ
う指示を出す。
 ちなみに彼女が隠れていた箱の中身は、別の木箱に移されていた。
 リースは何度目か分からない謝罪を口にした。
﹁本当に申し訳ありません! 妹がご迷惑をかけて!﹂
﹁いえいえ。実質何の被害もない訳ですから﹂
 恐縮するリースを宥め落ち着かせる。
 シアが戻ってくると丁度スノー、クリス、メイヤと合流する。
﹁それじゃメイヤ、後のことは頼んだぞ﹂
﹁お任せください! リュート様の一番弟子にして、右腕、腹心の
メイヤ・ドラグーンにお任せください!﹂

1004
 さらに名称が増えた。
ジャイアント
 こうしてオレ達は馬車に乗り込み、日も昇らない暗いうちから大
・スコーピオン
蠍が住み着く森へと走り出した。
第71話 出立準備︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月26日、21時更新予定です。
昨日、活動報告をアップしました!
今回は時間をずらしてみました。
今後はこういう形式でいくかも? 1005
現時点での主要人物紹介3
■リース・エノール・メメア
妖精種族、ハイエルフ族。
ハイエルフ王国、エノールの第2王女。
姉であるララが残した記録帳に気付き、リュート達をハイエルフ王
国、エノールへと呼び出した人物。
精霊の加護︱︱﹃無限収納﹄を持つ。
姉、妹に比べて能力が低く、大臣や他ハイエルフ族達からは﹃傾国
姫﹄と陰口を言われている。そのことを本人が一番気にしている。
ロリ巨乳で、敏感。
■ララ・エノール・メメア
妖精種族、ハイエルフ族。
ハイエルフ王国、エノールの第1王女。

1006
約15年前戦争で行方を眩ました王女。
レアな精霊の加護︱︱﹃千里眼﹄﹃予知夢者﹄を所有している。
■ルナ・エノール・メメア
妖精種族、ハイエルフ族。
ハイエルフ王国、エノールの第3王女。
まだ100歳になっていないため、精霊の加護はなし。
サーベルウルフのレクシに乗って移動している。
勇者物語の絵本が好きで、クリスと趣味があう。
やや小生意気な少女。
■国王
妖精種族、ハイエルフ族。
ハイエルフ王国、エノールを統べる国王。ララ、リース、ルナの父。
現在、母は体調不良で部屋の奥に引っ込み面会謝絶。
ララが残した記録帳を信じていない?
■シア
リースの護衛メイド。
リュート達には素性を隠して奴隷として接触し買われる。
全てはララが残した記録帳に乗っ取って行動している。
一人称はボク。
1007
第72話 携帯ウォッシュトイレ︵前書き︶
1つ前にキャラクター表を追加しました。
よかったらご確認下さい。
1008
第72話 携帯ウォッシュトイレ
ジャイアント・スコーピオン
 倒すべき敵、大蠍は、グリーン・ホーデンと呼ばれる森に住み着
いている。
 ハイエルフ王国、エノールからグリーン・ホーデンまで片道約7
日間かかる。
 早朝、エノールから出発、1日目。
﹁うぅうぅ∼∼∼﹂
 リースが馬車に酔いグロッキー状態になっていた。
 普段リースは移動があってもクッションが効いた高級な馬車で、
整地された道を移動する。こんな土道を長距離移動するのは初めて

1009
のことだろう。口元にハンカチを当て、青い顔で体育座りしている。
 ちなみに馬車が揺れる度に、彼女の豊かな胸が体育座りしている
足とぶつかって柔らかそうに押しつぶされ、形を変える。実に素晴
らしい光景と言えるだろう。
 慣れているスノー&クリスは、エノールで買ったリバーシで遊ん
でいる。シアは御者台に、オレは後方を警戒していた。
﹁リース様、大丈夫ですか?﹂
﹁え、ええ平気よ、シア、うぅう∼﹂
 シアが心配して御者台から声をかけてくる。
 リースは気丈に返事をするが、明らかに顔色が悪い。
 オレは彼女を心配して助言をする。
﹁リース様、馬車酔いが苦しいなら、遠くを見つめると症状が良く
なるらしいですよ﹂
﹁本当ですか? なら勇者様のお言葉を信じて⋮⋮﹂
 民間療法に近いが、やらないよりはマシだろ。
 その後、シアが﹃馬車酔いで亡くなった方はいませんから﹄と妙
な励まし方をしていた。
 とりあえず1日目は、魔物に襲われることもなく予定していた野
営地へと辿り着く。
 日が沈む前に野営の準備を始める。
 リースに必要な物資を出して貰う。

1010
 彼女が手をかざし、必要な物資名を告げるとその物が出てくる。
 スノーは食事の準備。
 クリスは馬の世話。
 シアは周辺を囲む結界の設営。
 必然、オレとリースが薪拾いを担当することになる。
﹁それじゃ一緒に薪拾いに行きましょうか﹂
﹁薪拾いですね。任せてください!﹂
 オレは念のためAK47を肩にかけ、リースに声をかけた。
レイピア
 彼女はなぜか妙にやる気を出し、腰に下げていた細剣を抜き放つ。
﹁あ、あのリース様、いったい何をなさるつもりですか?﹂
レイ
﹁何って薪拾いではありませんか? あっ、大丈夫ですよ。この細
ピア
オリハルコン
剣はただの金属ではなく、あの稀少金属である神鉄で作られていま
すから、絶対に折れたりしないんですよ。それに魔力を非常に良く
通すため、この程度の幹なら楽に貫通してへし折ることが出来るん
です﹂
オリハルコン
︵神鉄なんてあるのかよ︶
オリハルコン
 神鉄の存在を知って驚くオレに気付かず、リースは喜々として側
に立つ成人男性の胴体ぐらいある幹をへし折ろうとする。
 オレは彼女の世間知らずっぷりに頭を抱えそうになった。
 なんというポンコツぶりだろう。
﹁いえ、生木は水分を含んで湿気っているため薪には使えないんで
す。だから折らなくても大丈夫ですよ﹂
﹁そ、そうだったんですか。すみません、私ったら無知で⋮⋮﹂

1011
レイピア
 リースは自身の世間知らずっぷりを知り、真っ赤な顔で細剣をし
まう。
 無駄な自然破壊をしなくて済んでよかった。
﹁それじゃその辺に落ちている枯れ枝を集めましょうか﹂
﹁は、はい。ご迷惑をかけます﹂
 リースはやや肩を落としながらオレに倣って、落ちている枯れ枝
を広い集める。
 そして夕食。
 日が落ち、焚き火の側にテーブル、椅子を並べ布製の屋根を作る。
テーブルにはシチューとパン、簡単なおかず、魔術で光るランプが
置かれている。
 これら家具等もすべてリースが持ち運んでくれている物だ。
 前回レベルアップのクエストを受けた時、何日も野営をしたがこ
こまで道具類が揃っていたことは無い。
 まるで前世、テレビでたまに観たキャンプのようだった。
かおりちゃ
 食後の香茶を飲んでいると、正面に座るリースの異変に気が付く。
 彼女は下腹部を押さえて、モジモジと太股を擦り合わせるように
動かしている。
﹁?﹂
 オレが首を傾げていると、リースはシアにそっと耳打ちした。

1012
 シアが耳打ちを返すと、
﹁そ、外でするんですか!?﹂
 スノー&クリスの注目まで集め、リースが顔をさらに朱色に染め
て俯いてしまう。
 皆を代表してオレが尋ねる。
﹁どうかしましたか?﹂
﹁い、いえ、その、えっと⋮⋮﹂
 リースが言い淀む︱︱ピンと勘が働いた。
﹁リース様、ちょっと取り出したい物があるのですが﹂
﹁は、はい。一体何を取り出せば宜しいですか?﹂
﹁背の高い長方形の箱です。ここからちょっと離れた、この辺に置
いてください﹂
﹁ここですね、分かりました﹂
 オレはテーブルから立ち上がり、幌馬車側に預けていた長方形の
箱を置くよう頼む。
 リースは言われるがまま、異空間に収納していた箱を置く。
﹁あ、あのこれは一体⋮⋮﹂
 取り出したリースも興味を惹かれたのか尋ねてくる。
 オレは待ってましたとばかりに胸を張り答えた。
﹁これはですね、携帯用ウォッシュトイレです!﹂

1013
 前世にある携帯用ウォッシュトイレは、金属製の水筒にノズルが
付いているようなバージョンだ。しかし、オレが開発した携帯用ウ
ォッシュトイレは、工事現場やイベントなどに置かれている簡易ト
イレに近い。
 四方を魔術液体金属の板で囲み、予備のウォッシュトイレを設置
している。底には汚物を入れるタンクを収納。溜まったら野外に捨
てる仕組みだ。暗くても使用出来るよう、天井には魔術で光るラン
プも設置されている。

 やはりトイレは四方が壁に囲まれて、落ち着ける外界とは切り離
されていなければならない。そう、トイレとは現代人に残された最
後の癒しと言えるのかもしれない。
 リースが重量を気にせず物資を収納出来ると聞いてから、すぐ制
作に取り掛かった。
 もうウォッシュトイレ無しの生活などしたくないからだ。
 オレは胸を張りながら、リースに勧める。
﹁明かりは入ってすぐ、右の壁にスイッチがあります。中に使い方
が書かれた板が張られていますので、それに従い操作してください﹂
﹁トイレを操作?﹂
 リースは意味が分からず首を捻る。
 オレは﹃入れば分かります﹄とやや強引に彼女を野外用ウォッシ
ュトイレに押し込んだ。
 暫くして野外用ウォッシュトイレ内から︱︱﹃ひゃぁ!?﹄﹃ん
んッ︱︱﹄﹃ハイエルフ王国、エノール第2王女、リース・エノー

1014
ル・メメアがこの程度で負けるなど⋮⋮ンンッ﹄と声が聞こえてき
た。
 さらに暫く時間が経って、野外用ウォッシュトイレの扉が開く。
 トイレから出ると、腰が抜けたのかその場に座り込んでしまう。
 敏感な彼女にウォッシュトイレは刺激が強すぎたらしい。
﹁ひ、姫様!﹂
 シアが慌てて駆け寄り手を貸した。
 リースは頬を赤く染め、瞳を潤ませ呟く。
﹁わ、私はウォッシュトイレに勝てませんでした。もう、ウォッシ
ュトイレ無しには生きていけません⋮⋮﹂
 よし! また1人ウォッシュトイレ信者ゲットだぜ!
1015
第72話 携帯ウォッシュトイレ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月28日、21時更新予定です。
今日、明日とちょっと忙しいので本日は分量的にちょっと少なめで
す。
代わりに新たに登場したキャラクター表を追加しました。
よかったら見ていってください。
また誤字脱字報告ありがとうございます。
近日中に修正したいと思います。

1016
第73話 仲間
 1日目、見張り番。
 見張り番は、事前に決めていたとおり3交替で行う。
 順番は︱︱
 1番目、オレとクリス。
 2番目、スノーとリース。
 3番目、シア。
 という順番だ。
 今回シアが1人だけなのは、彼女がオレ達の中で一番気配察知に
長けているからだ。そのため一番危険があり、闇が濃い夜明け前を
担当して貰う。残りは消去法でオレ、クリスより気配察知に長けて

1017
いるスノーが、見張り番初心者のリースとペアを組まされる。
 スノー達は幌馬車内で眠る。
 オレはクリスと焚き火を囲み、見張り番を務める。
﹁クリス、寒くないか?﹂
﹃大丈夫ですよ、お兄ちゃんこそ寒くありませんか?﹄
﹁そういえば気になってたんだけど、どうしてクリスはウォッシュ
トイレが駄目なんだ。ヴァンパイア族的に水が苦手とか?﹂
 でも、メイヤ邸で良く風呂にも入っていたし、ブラッド家時代ヴ
ァンパイア族は水が苦手なんて話を聞いたことがない。
 クリスが恥ずかしそうに答える。
﹃だってあのウォッシュトイレ、水が出る勢いが強すぎます。痛い
ですよ。それに変なところに当たるし。お兄ちゃん達が喜んでいる
意味が分かりません﹄
 変な所ってどこに当たったんだ?
 ちょっとその可愛らしい口から言ってみようか︱︱というセクハ
ラ&羞恥プレイはさすがにしない。
 しかしなるほど、最初のやり方を間違えて、トラウマを受け付け
てしまったのか。
 確かにウォッシュトイレの操作はやや難しい。
 ノズルは手動でハンドルを回し位置や出る温水の勢い、温度も自
身で調整しなければならない。

1018
 もちろんある一定以上の出力にしようとしても、出ない仕組みに
はなっている。
 もっと簡単に操作出来るようにするか、前世の世界のように自動
で修正するか︱︱兎に角、まだまだ改善点は多そうだ。
 こんな感じで周囲を警戒しつつ、クリスと会話を楽しんだ。
 そして交替の時間になるが⋮⋮。
﹁むにゃむにゃ⋮⋮国中のトイレをウォッシュトイレに変えちゃい
ましょう﹂
﹁駄目だ。まったく起きない﹂
 リースは慣れない馬車旅などの疲れから、見回り番交替時間にな
っても起きなかった。肩を揺すったり、声をかけても起きない徹底
ぶりだ。
 さすが真面目系ポンコツ姫。ある意味でお約束を裏切らない人だ
な。
﹁本当にすみません。姫様の代わりにボクが務めますから﹂
 むしろシアが起きてしまい、申し訳なさそうに恐縮している。オ
レは彼女を宥めた。
﹁シアは予定通り3番目の見張り番に備えて寝ておけ。オレが代わ
りにスノーと見張り番をするから。リース様は疲れてるみたいだか
ら寝かせておいてやろう﹂
﹁だったらわたし1人でも大丈夫だから、リュートくんはもう休ん
で﹂
 スノーがオレを気遣う。

1019
﹁ありがとう、スノー。でも、オレも久しぶりにスノーと一緒に2
人っきりで話とかしたいからさ。それともスノーはオレと一緒じゃ
嫌か?﹂
﹁もうリュートくん、そんな言い方されたら断れないよ﹂
 スノーは嬉しそうに尻尾が千切れんばかりに左右に揺れる。
 話が纏まった所で、オレとスノーは見張り番に立つ。
 クリスはシアと一緒に馬車で眠った。
 オレは食事前に集めた枯れ枝を追加して、焚き火を維持する。
 スノーはオレの隣に座ると、嬉しそうに腕を絡め匂いを﹃ふごふ
ご﹄嗅いでくる。
﹁おいおいいくらなんでも汗臭いだろ。止めておけって﹂
﹁大丈夫だよ。むしろ汗臭いから最高なんだよ。リュートくんは何
も分かってないんだから!﹂
 やれやれ、と小馬鹿にしてくるスノーの彼女の頭を抑えて押しや
る。
﹃あーんッ﹄とスノーは嫌がりじたばたした。
﹁まったく、ちゃんと見張り番しないと駄目だろ﹂
﹁大丈夫だよ、ちゃんとしてるよ。だから、匂いかがせてってば、
これであと3日は戦えるから!﹂
 嫌がるスノーが可愛くてもっとイジメたくなったが自重する。
 あまり盛り上がり過ぎると、今度はオレが見張り番を疎かにしそ
うになるからだ。

1020
 オレはスノーの好きにさせながら、彼女とゆっくり話をして交替
の時間まで過ごした。
 時間になり、シアを起こすとオレ達は入れ替わりに馬車へと入る。
 一番端にリースが寝て、次にクリス、スノー、反対側にオレが体
を横たえる。
 目を瞑ると一日の疲労が押し寄せ、あっという間に眠りに落ちた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁本当にごめんなさい!﹂
 朝一で起きたリースが謝罪の言葉と一緒に頭を下げる。
 見張り番の時に起きられなかったことを謝っているのだ。
﹁大丈夫ですよ、気にしてませんから。だから、顔をあげてくださ
い﹂
 オレは彼女の気を落ち着かせるために声をかける。
 だが、彼女にかかった暗雲は晴れない。
﹁私は姉や妹と比べて、いつも何をやっても駄目で、ドジばかりで
⋮⋮今回も勇者様や皆様に迷惑ばかりかけて。自分の無能さ、世間
知らずさが恥ずかしいです﹂
 リースの瞳に涙が滲む。

1021
 気付けばオレは王女である彼女の頭をぽんぽんと撫でていた。
﹁いいんですよ、迷惑をかけても、ドジを踏んでも。オレ達は今、
一緒に旅をする仲間じゃないですか。仲間の失敗を助けるのは当然
じゃないですか﹂
﹁仲間⋮⋮ですか?﹂
﹁はい、僕や嫁達は少なくともそう思ってます。一国の王女様に対
して失礼かもしれませんが﹂
 オレの言葉にスノー&クリスが力強く頷く。
﹁い、いえ、失礼なんて! むしろ凄く嬉しいです!﹂
 リースはそれを目にして、慌てて否定する。
 オレはそんな彼女の態度が微笑ましくて、ついつい口元が弛んで
しまう。
﹁だからいくらでも迷惑をかけてください。その代わり、もし僕や
スノー、クリス、シアが失敗をしたら今度はリース様が助けてくだ
さい。一緒に旅をする仲間として﹂
﹁︱︱ッ! はい! 助けます! 私なりに頑張って絶対に皆様を
助けます!﹂
 彼女は涙を拭うと力強く断言する。
 どうやらこれでリースの暗雲も晴れたらしい。
 さらに彼女は高揚した表情であることを要求してくる。
﹁一緒に旅をする仲間として﹃様﹄付けは止めてください。気軽に
﹃リース﹄とお呼びください﹂

1022
 おいおい良いのか? 一国の王女様を呼び捨てにするなんて⋮⋮。
 しかし﹃仲間﹄を楯にそう言われたら拒否するのは難しい。
﹁だったらリース様も僕のことは﹃勇者様﹄ではなく、名前で呼ん
でください﹂
﹁分かりました。これからはリュートさんと呼ばせて頂きますね﹂
﹁⋮⋮じゃあ、これからも宜しく、リース﹂
﹁はい、リュートさん﹂
 オレたちはちょっとだけ恥ずかしそうにしながら、見つめ合う。
 そこにスノーが、
﹁だったらわたしは、リースちゃんって呼ぶよ! これから宜しく
ねリースちゃん!﹂
﹃では、私はリースお姉ちゃんとお呼びしますね﹄
﹁はい! スノーさん、クリスさん! 宜しくお願いします﹂
 シアは主が見た目は歳の近いスノー達と友好を深めている姿が眩
しいのか、瞳から涙を流しハンカチで拭っている。
 こうしてオレ達は本当の意味で旅を共にする仲間となることが出
来た。
1023
第73話 仲間︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月28日、21時更新予定です。
1024
第74話 パンツァーファウスト60型と鉄条網
 馬車旅を始めて6日目の昼頃。
﹁トロールが5匹、こちらに気付いて接近してきます!﹂
 シアが馬車を止め、向かってくる魔物の名称と数を叫ぶ。
 リースが落ち着いた手つきでオレのAK47にバナナマガジンを
チェンバー
セット。安全装置を解除してコッキングハンドルを引き、薬室に弾
丸を装填する。
アリス
 リースは念のため予備で作っていたALICEクリップにマガジ
ンポーチをぶら下げる。頬についた汚れも気にせず、AK47を手
に馬車を降りる姿はまるで歴戦の女ゲリラ兵士だ。

1025
﹁それじゃ2人とも頼んだぞ﹂
﹁任せてリュートくん!﹂
﹁リュートさんの期待に応えられるよう頑張ります!﹂
 トロールを迎え撃つのはスノーとリースだ。
 2人はAK47を手に馬車の前へと回り込む。
 クリスはそんな2人を援護するため御者台に立ち、M700Pを
手にしている。
 2人は角馬を怖がらせないため馬車からある程度離れる。
 立射姿で前方を向けAK47を構えた。
 AK47の威力を知らないトロールが真っ正面から距離を縮めて
くる。
 50メートルを切ると、2人はセミ・オートマチックで発砲。
 肉体強化術で補助した身体能力で反動を抑え、2発ずつ撃つ。弾
丸は狙い違わずトロールの頭部を吹き飛ばす。あっという間にスノ
ー&リースは2匹ずつ倒してしまう。
 残った1匹は背を向け慌てて逃げ出すが、もう遅い。
 そこはすでに﹃ヴァンパイア﹄のキルゾーンだ。
 ダンッ!
﹃7.62mm×51 NATO弾﹄の発砲音とほぼ同時に、逃げ
出したトロールの頭部に穴が開く。
 クリスは当然の如く、ボルトを前後して空薬莢を吐き出した。

1026
 戦闘時間は合計しても3分経っていないだろう。
 スノーが素材取りの後、トロールを焼く。
 リースがAK47に安全装置をかけ戻ってくる。
 発砲を終えた彼女の頬は幸せそうに紅潮していた。
﹁AKを貸してくださってありがとうございます。やっぱりこの反
動がいいですね﹂
﹁すっかり、リースもAKの取り扱いに慣れたよな﹂
﹁これもリュートさんが教えてくださってお陰ですよ﹂
 この6日間でリースも流石に旅慣れた。
 馬車には酔わなくなったし、薪集めや夜の見張り番も問題無くこ
なしている。
 そんな彼女に、念のため護身としてAKの取り扱い&操作を教え
た。最初、発砲音や衝撃に怯えるかと心配していたが、意外にもリ
ースはAKを気に入る。
 特にフル・オートがお気に入りで、練習で撃ち終わった後、なぜ
か頬を赤く染め腕や体に残る痺れに酔っていた。
 彼女曰く︱︱﹃はふぅ、この反動が快感です﹄とのことだ。
 なんだこのトリガーハッピー状態は⋮⋮。
 本人も知らなかった嗜好に気付かせてしまったらしい。
 最初は﹃もしかして不味かったか?﹄とも思ったが、今回のトロ
ール討伐のように撃つ機会があったらやりたがるぐらいで特に問題
は無さそうだ。

1027
かおりちゃ
 夜、食事を取り終えると席に着き香茶を飲みながら、皆に話をす
る。
 話の内容は、明日辿り着くグリーン・ホーデン森林にいる、討伐
ジャイアント・スコーピオン
目標である大蠍対策についてだ。
 オレはリースに頼んで2つの品物を取り出してもらう。
 無反動対戦車榴弾発射機︱︱パンツァーファウスト60型と、鉄
条網だ。
 パンツァーファウスト60型はテーブルの上に、鉄条網はすでに
金属製の杭に繋がれているため地面に置いてもらう。
 まず彼女達が興味を示したのは、最後に地面へ置いた鉄条網だ。
﹃まるで鉄で出来た茨みたいです﹄
﹁鉄じゃなく魔術液体金属で作ってるけどな﹂
﹁これはいったい何に使う物なの?﹂
 スノーが首を傾げ尋ねてくる。
﹁これは鉄条網と言って、敵の侵攻を遮る物なんだ﹂
 鉄条網とは︱︱有刺鉄線と丸太などを組み合わせて作られたバリ
ケードである。
 有刺鉄線とは茨のような棘がついた金属製の紐のような物だ。そ
いばらせん
の形状から茨線︱︱略してバラセンとも呼ばれる。

1028
 今回オレは﹃レイザーワイヤー﹄と呼ばれるタイプの有刺鉄線を
製作した。
 通常の有刺鉄線は鉄線に棘金属を巻き付けているのに対して、﹃
レイザーワイヤー﹄は鉄線に直接、金属製の棘が生えている。﹃レ
イザーワイヤー﹄の場合、金属板を直接カットして作るためだ。
 なぜ﹃レイザーワイヤー﹄かというと︱︱通常の有刺鉄線を制作
するより、魔術液体金属で金属の棘が一緒に付いた鉄線の方が手っ
取り早かったためだ。
 この﹃レイザーワイヤー﹄と魔術液体金属で作った金属棒で、柵
型の鉄条網を製作した。
 見た目は細いが耐久性が減り出すギリギリまでメイヤに魔力を注
いで作ったため、ちょっとやそっとでは切断出来ないレベルになっ
ている。
ジャイアント・スコーピオン
 この特性鉄条網で大蠍を足止めし、AK47の掃射で注意を引く。
そして、気を引いている間に横合いからパンツァーファウストを撃
ち込み止めを刺す。
 かなりシンプルな作戦だが、これがもっとも成功率の高い作戦だ
と思う。
﹁若様、作戦概要は分かったけど、この﹃パンツァーファウスト﹄
ジャイアント・スコーピオン ジャイアント・スコーピオン
で本当に大蠍に止めを刺せるの? 大蠍の外皮は剣が刺さらないほ
ど硬いんだよ﹂
ジャイアント・スコーピオン
 ウッドキャッスルの客間で打ち合わせした際、大蠍の詳細を聞い
た。
 体長は最大10メートル。

1029
 外皮は剣、槍、弓が刺さらないほど硬く、鉄の硬度を持つ。
 魔術もあまり効果無し。
 3本の尾から毒針を発射する。飛距離は約50∼70メートル。
 まるで毒針を飛ばす戦車か装甲車といった魔物だ。
 確かに並の冒険者では手も足も出ない。
 レベル?のクエスト扱いされるのも納得だ。
 だが、それらを踏まえてオレは断言する。
﹁一応、試作品を試射してみたが、この前戦ったツインドラゴンク
ジャイアント
ラスなら楽に吹っ飛ばすぐらいの威力はあったよ。だから十分、大
・スコーピオン
蠍に止めをさせる威力はあるよ﹂
﹁︱︱ッぅ!?﹂
 テーブルに載せていたパンツァーファウスト60型の弾頭部分を
ノックするように叩いていたシアが、慌てて手を引っ込める。スノ
ー、クリス、リースもテーブルから距離を取った。
 オレは微苦笑して、皆を安心させる。
﹁大丈夫、その程度じゃどうにもならないよ。ちゃんと手順を踏ん
で発砲しないと爆発しないから﹂
 逆に言えばちゃんと手順に従って使わないと十全の効果を発揮し
ない。
﹁パンツァーファウストはもちろん僕が使うけど、念のため皆にも
使い方を覚えて欲しい。明日、もしかしたら僕以外が使う場合があ
るかもしれないから﹂

1030
 オレの言葉に皆は一斉に同意してくれる。
 オレはテーブルに載っているパンツァーファウスト60型を手に、
使い方の説明を開始した。
 見張り番の時間になるまでには皆、使い方をマスターしてくれた。
第74話 パンツァーファウスト60型と鉄条網︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月29日、21時更新予定です。
なんだかんだで1月もそろそろ終わり。早い、早すぎる!
気付けば軍オタも70話以上越えてるし。もうすぐ80話近い! 
目指せ100話!
これからも更新を頑張って行きたいと思います!
1031
第75話 大蠍
 ハイエルフ王国、エノールを出発して7日、朝。
 ようやく目的地のグリーン・ホーデンへと辿り着く。
 オレ達は視界が広い森手前の草原に馬車を止める。
 朝食を済ませ、皆、装備を調える。
ジャイアント・スコーピオン
 まず初めにスノー&シアに森の様子と大蠍の正確な位置を調査し
てもらう。
 この2人は魔力が多いし、スノーは嗅覚と聴覚特化、シアは気配
察知レベルが高い。
 彼女達なら奇襲などを受ける心配はないだろう。
﹁判断を下すような場合は、例えどんな決断でもシアは副官である

1032
スノーに従ってくれ﹂
﹁了解。奥様の指示に従うよ﹂
﹁それじゃ昼ぐらいには一度戻るから﹂
﹁スノー、シア、2人とも気を付けて﹂
﹃頑張ってください!﹄
﹁シア、スノーさん、無理はしないでください﹂
 2人はオレ達に見送られ、森へと分け入っていく。
ジャイアント・スコーピオン
 スノー&シアが最初に向かうのは、大蠍がもっとも多く目撃され
ている場所だ。
 オレ達はフル装備で、周囲を警戒しながら2人の帰りを待った。
 宣言通り、スノー&シアは、昼頃に戻ってくる。
 野戦服の一部は汚れているが、怪我はないようだ。
 安堵で軽く息を吐き出す。
 昼食を摂りながら、彼女達の話を聞く。
﹁ボク達は、極力戦闘を回避するため魔物に注意しながら目撃地へ
行ったんだけど、魔物の数が妙に少なかったんだ。最初ボク達の運
が良いのかと思ったけど、根本的に魔物の数が少ないみたいで。恐
ジャイアント・スコーピオン
らくだけどツインドラゴンの時みたいに、大蠍に狩られたり、住処
を追われたりしてるんだと思う﹂
﹁そして、わたし達が目撃情報が一番多い場所から探してみたら、
洞窟を見付けたの。その周囲に魔物の骨や人のなんかが散乱して。
中は覗いてないけど、ほぼ間違いなくあの洞窟が巣だよ﹂

1033
 でも、とスノーが続ける。
﹁シアさんにも話したんだけど、妙に骨の数が多い気がするんだよ
ね﹂
﹁そりゃこの辺の魔物の数が減るほど狩ってれば、骨は増えるだろ。
何か問題があるのか?﹂
﹁う∼ん、上手く言えないんだけど気になるんだよ﹂
ジャイアント・スコーピオン
﹁大蠍は3本の尾から毒針を飛ばし、獲物を殺害して食べてしまい
ます。だから獲物を仕留める確率が高いんです。スノーさんはそん
な毒針の危険性を訴えているのではないのですか?﹂
﹁うーん、そういうのでもないような⋮⋮﹂
 リースの指摘に彼女は首を傾ける。
﹁とりあえず2人の偵察のお陰で、敵の位置がはっきりと分かった
わけだ。これなら事前に話しておいた作戦がそのまま使えるな﹂
ジャイアント・スコーピオン
 作戦とは︱︱鉄条網で大蠍を足止め、AK47の掃射で注意を引
きつつ、後方又は横合いからパンツァーファウスト60型で止めを
刺す、というものだ。
﹁鉄条網は巣から最低でも50メートル以上離れた地点に作成。オ
ジャイアント・スコーピオン
レは大蠍の後方又は横合いに位置するようにタコツボを掘って身を
潜ませる。スノーとシアは、鉄条網から最低でも100メートル離
ジャイアント・スコーピオン
れた位置から牽制射撃。大蠍の気を引いてくれ。クリスはさらに後
方でリースの護衛兼周辺警戒と、いざという時の援護。リースは補
給を任せるが、危険を感じたら1人でも逃げること。分かったな、
必ずだぞ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂

1034
 リースは何か言いたそうな顔をしていたから、先に釘を刺す。
﹁分かっているとは思うが、これはリースが僕達と一緒に付いてく
るために国王と交わした約束だ。僕達や国王を裏切るような馬鹿な
マネはせず、ちゃんと逃げるんだぞ?﹂
﹁⋮⋮分かっています﹂
 それでも不満げに俯く。
 オレは彼女を励ますように明るい口調で話しかけた。
﹁大丈夫だって、作戦通りやれば絶対に上手くいくから。リースが
1人で逃げるような事態にはならないよ﹂
﹁そう、ですよね。励ましてくださってありがとうございます﹂
 彼女の顔色が落ち着いたのを確認して、作戦概要の話を続ける。
ジャイアント・スコーピオン
﹁大蠍の止めはオレがパンツァーファウストでする。パンツァーフ
ァウストは、リースが現地で2本だけ出してくれ。最後の1本は預
けておくけど、いざという時すぐ手渡せるよう心構えしておいてく
れ﹂
﹁分かりました﹂
 パンツァーファウスト60型は現在3本しか制作出来ていない。
 オレが2本受け取るのは、1本が仮に失敗してもすぐ追撃出来る
ようにするためだ。
﹁質問はないか?﹂
 最後に確認するが皆、特に手をあげなかった。

1035
﹁それじゃ昼食を終えて、少し経ったら出発しよう﹂
 オレの決定に皆、元気よく同意の声を上げてくれる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 昼食後、準備を終えシアを先頭に、スノー、オレ、リース、クリ
スの順番で森へと分け入った。
 リースも野戦服に、予備の防具を着けている。
 彼女の腰には護身用にオレの﹃S&W M10﹄リボルバーがあ
る。
 一応、リボルバーの扱い方も馬車旅の最中に教え込んだ。
 森へ入って約数時間で、問題の洞窟へとたどり着いた。
 彼女達の言う通り、洞窟の入り口には多数の骨が散乱している。
まるで自身の力を誇示しているようだ。
 洞窟は切り立った崖に穴が空いている感じで、これなら入り口か
ら出てきてもすぐ後ろの森へ逃げることは不可能だろう。
 洞窟は奥が見えないほど続いている。
ジャイアント・スコーピオン
 目を凝らすが大蠍の姿、気配は微塵も感じない。

1036
﹁リース、頼む﹂
﹁分かりました﹂
 リースは、精霊の加護で収納していた有刺鉄線の束を取り出す。
 すでに魔術液体金属で作った鉄杭に一体化して、鉄条網化してあ
る。
 あとは杭を地面に撃ち込むだけだ。
 鉄条網は洞窟入り口正面、約50メートル先に埋め込んでいく。
 皆で手分けして埋めていくが、肉体強化術を使えば簡単に地面奥
まで突き刺すことが出来る。
﹃皆さん、洞窟奥に異変ありです!﹄
 この中で一番目の良いクリスがミニ黒板を振り、皆に注意をうな
がす。
﹁パンツァーファウストを出してくれ。1本は話した通り予備とし
て誰かにすぐ渡せるようリースが持っててくれ﹂
﹁分かりました。リュートさん、どうぞ!﹂
 リースはパンツァーファウスト60型を地面に3本だし、2本を
手渡してくる。
 残りの1本は指示通り彼女が抱え、後方へと下がる。
﹁きゃっ!﹂
﹁だ、大丈夫かリース!?﹂
﹁へ、平気です。すみません心配をおかけして﹂

1037
 彼女はパンツァーファウスト60型を抱えたまま、転んでしまう。
その程度では誤爆することはないが、心臓にあまり宜しくない。
 オレは安堵の溜息をつき、今度はスノーに指示を出す。
﹁スノーはあの辺にタコツボを作ってくれ!﹂
﹁土系の魔術はあんまり得意じゃないんだけど頑張るよ﹂
 スノーは指示通りの位置に手を付き呪文を唱える。
﹁大地よ、土よ、我が声に応えよ! 言霊に従いその姿を変えろ!
ノーム・ファクトリー
 翠嵐!﹂
 土、土の中級魔術。
 スノーはいつもの中級水系より多くの魔力を消費している。
 タコツボの高さは、オレが屈むと姿を隠す程度。
 横と奥行きは、人が寝そべることが出来るほどに広い。
 押しのけられた土は左右にほぼ均等に散らばる。
 やや目立つが問題ないだろう。

 オレはパンツァーファウスト60型を小脇に抱えながら、ALI
リス
CEクリップから﹃破片手榴弾﹄を取り出す。
﹁皆、位置に付いたか!?﹂
 鉄条網側からスノーとシアがAK47を持ち手を振ってくる。
ジャイアント・スコーピオン
 彼女達は大蠍が姿を現したら、AK47を掃射。注意を集め鉄条
ジャイアント・スコーピオン
網側に大蠍が引っかかったら、約100メートル先まで後退。そこ
からさらにAK47を撃ち注意を引きつける。

1038
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍が3本の尾から飛ばす毒針の距離は約50∼70メートル。
それだけ離れていれば、まず問題は無いだろう。
 クリス、リースはさらに後方で待機している。
ジャイアント・スコーピオン
 オレは大蠍を誘い出すため、手榴弾のピンを抜き肉体強化術で補
助! 全力投球で洞窟内へと投げ入れる。
 すぐさまオレはタコツボへと駆け込み身を隠す。
 破裂音。
 洞窟内部が一部崩落する音が続く。
 さらにオレでも分かるほど足音と擦過音を鳴らし、洞窟入り口か
ジャイアント・スコーピオン
ら大蠍が姿を現す。
﹃ピギギイギッギギィぎぃいいぃぎギぃぎィイィッ!﹄
 寒気を感じさせる鳴き声。
 体長は10メートル。
 全身は毒々しい程の赤。微かに生える産毛も鉄針のように鋭い。
 両手の鋏は鋭く、金属製の甲冑でも易々と切り裂きそうだ。尾は
ジャイアント・スコーピオン
3本に分かれ、それぞれが独自に動いている。それがさらに大蠍の
外見的凶悪さを加速させていた。
 虫嫌いの人が見たら、一発で失神しそうな大きさとデザインだ。
﹁尻尾が3本あるからって偉そうにしないでよね!﹂
﹁ボク達はこっちだぞ! この蠍野郎!﹂

1039
 2人は罵声を飛ばし、AK47をフル掃射!
ジャイアント・スコーピオン
 しかし7.62mm×ロシアンショートは大蠍の外皮に傷を負わ
せることが出来ない。
ジャイアント・スコーピオン
 だが、予定通り大蠍の注意が2人に集まる。
 ドシュ! ドシュ! ドシュ!
 粘着質な発砲音を鳴らし3本の尾から毒針を飛ばすが、2人はす
でに後退し距離を取っている。
 毒針は虚しく地面に撃ち込まれただけだ。
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍は6本の足を動かし、スノー&シアを追いかけるがまんまと
鉄条網に遮られる。
﹃ピギギギィッギギギィぃいいぃぎギギぃぎィィッ!﹄
 鉄条網の見た目が細い柵のため、侮ったのだろう。
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍は両手の鋏で切断しようとするが、上手くいかない。
 メイヤが魔術液体金属の許容限界まで魔力を注ぎ制作した﹃レイ
ザーワイヤー﹄だ。そう簡単に切断出来る筈がない。
 その間にもスノー、シアがAK47を発砲。
 作戦通り、注意を引きつけてくれる。
 オレはタコツボに隠れながら、パンツァーファウスト60型の準
備に取り掛かる。
 まず弾頭の根本あたりに付いている安全ピンを抜く。
 照門を立てる。
 安全レバーを前へ押し出せば発射準備完了だ。

1040
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍との距離は約30メートル。
 パンツァーファウスト60型の最大距離は60メートルのため十
分射程圏内だ。
 オレはタコツボから上半身を出し、パンツァーファウスト60型
ジャイアント・スコーピオン
を肩に担ぎ弾頭を大蠍へと向ける。
 オレの位置的に、狙うのは奴の右後方。
 相手はスノー&シアに夢中で全く気付いていない。
 後方、3メートル以内に人や障害物が無いことを確認して、トリ
ガーに指をかける。
﹁作戦通りに動いてくれてありがとうよ、蠍野郎︱︱ッ!﹂
 オレは1人呟きトリガーを押す。
﹃バシュッ!﹄という発射音と共に、弾頭が初速45m/秒で飛ん
でいく。
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍が今頃オレの存在に気付くが、もう遅い。
 約3キロのTNT魔力炸薬が、右足後方へと襲いかかる。
ジャイアント・スコーピオン
 弾頭はあっという間に大蠍へと着弾。
 腹に響く破裂音。
 モウモウと土煙を巻き上げる。
﹃ピギギギイギっギギ⋮⋮ぃッッ!!!﹄
 土煙が晴れる。

1041
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍はまだ生きていたが、右足2本と尾2本は全損、胴体はやや
吹き飛ばされ、文字通り虫の息だった。
 どうやら足に当たったせいで本体を削りきれなかったらしい。
 それでもしぶとく、緑色の体液を撒き散らしヨロヨロとオレへと
体を向ける。
 残った1本の尾から毒針を飛ばすも、オレは肉体強化術で身体と
視力を補助。
 残っていた1本を手に難なく回避する。
 オレは毒針を回避しながら、2本目のパンツァーファウスト60
型の発射準備に取り掛かる。
 弾頭の根本あたりに付いている安全ピンを抜く。
 照門を立てる。
 安全レバーを前へ押し出し準備準備完了だ。
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍と正面から向き合いパンツァーファウスト60型を構える。
﹁今度こそ終わりだ!﹂
 レバーを押し込み発射!
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍は1本目で受けた傷のせいで動きがとても鈍くなっている。
距離も20メートル無いため、外す方が難しい。
 狙い違わず弾頭が頭部へ炸裂。
 再び腹に響く破裂音。
ジャイアント・スコーピオン
 今度こそ大蠍は体液を撒き散らし、頭部から胴体にかけて半身を

1042
失い死亡する。
第75話 大蠍︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月30日、21時更新予定です。
今日はピザをデリバリーしました! 1年に1回ぐらい無性にデリ
バリーピザを食べたくなったりしますよね! だから今日は思い切
って頼んじゃいました!
もちろん1人で美味しく頂きましたよ。別に1人で食べてもピザの
味なんて変わりませんから。ね? そうだよね?

1043
第76話 大蠍2
﹁流石、リュートくんだよ! こんな強そうな魔物を倒すなんて!﹂
﹃お兄ちゃん、とっても格好良かったです﹄
﹁﹃wasp knife﹄にも驚かされたけど、パンツァーファ
ジャイアント・スコーピオン
ウストも凄い威力だね。あの大蠍がこんなバラバラになるなんて﹂
﹁私もリュートさんのお力を疑っていた訳ではありませんが、これ
ほどとは想像もできませんした。リュートさんならきっと我が祖国
を救ってくださると確信しました!﹂
 妻達&シア、リースが集まり称賛の声をあげる。
 スノーなど尻尾をぶんぶん振るほど喜び、抱きついてくる。
 胸が当たるのは嬉しいが、さりげなく匂いを嗅ぐのは止めて欲し
い。

1044
 戦闘直後、しかも人前で﹃ふがふが﹄は止めろ。
﹃新鮮な汗の匂いが最高なんだよ!﹄って顔をするな。
 オレは彼女の額に手をあて押し離しつつ︱︱﹃あぁ∼ん、もうち
ょっとだけふがふがさせてよ﹄という訴えも無視して、日本人特有
の謙虚さで答えた。
ジャイアント・スコーピオン
﹁大蠍を倒せたのは皆の協力があったからだよ﹂
 実際、オレ1人だったら、いくらパンツァーファウスト60型が
あっても勝てなかっただろうな。改めて仲間の存在の大きさに感謝
する。
﹁それじゃ、日が暮れる前に馬車に戻るためにも撤収作業を始める
か﹂
 オレの指示に皆が元気よく応える。
 前世の遠足ではないが、来た時より綺麗に片付けよう。
 スノー&クリス、シアはAK47の空薬莢拾いに︱︱後でリロー
ケース
ド︵薬莢の再利用︶する。節約は大切な美徳だ。
 リースは予備に預けていたパンツァーファウスト60型を仕舞い、
ジャイアント・スコーピオン
さらに大蠍の死体、鉄条網を精霊の加護で収納する。
 オレは蛸壺の穴を埋めようとした。
ジャイアント・スコーピオン
 ︱︱そんなオレがもう1匹の大蠍に気づけたのは偶然としかいえ

1045
ない。
 洞窟の真上。
ジャイアント・スコーピオン
 切り立った崖の茂みから新たな大蠍が見えた。敵の狙いは、倒し
ジャイアント・スコーピオン
た大蠍の死体と鉄条網をしまい終えたリースだ。
﹁リース! 上だ! 避けろ!﹂
﹁え?﹂
 オレは肉体強化術で身体を補助し、リースへと駆け寄る。
 ドシュ! ドシュ! ドシュ!
ジャイアント・スコーピオン
 粘着質な発砲音を鳴らし、大蠍は3本の尾から毒針を飛ばす。
 針はスローモーションのようにリースへと殺到する。こんなこと
ならリボルバーを彼女の護身用に貸し出すんじゃなかった。
 オレは後悔しながらも、全力で駆け寄り地を蹴る。
 リースを毒針の圏外から押し出す。
 代わりに毒針の1本がオレの太股に突き刺さる!
﹁ぐあぁぁぁあッ!!!﹂
﹁リュートさん!﹂
 流れ込んでくる毒。肉を直接高温で焼かれていると錯覚するほど
激痛を伴う。
 突き飛ばされたリースが慌てて、駆け寄り毒針を抜き毒消しの魔
術を使う。
ポイズン・ヒール
﹁生者を蝕む死の足音を消し去りたまえ! 毒よ去れ!﹂

1046
 傷などを回復させる治癒魔術とは違う光が、リースの手から放た
れる。
 お陰で激痛ではなくなったが、痛みは未だこの身を侵し続けてい
る。体は痺れて動かない。その様子を見てリースは魔術を唱え続け
る。
 地面が揺れる。
ジャイアント・スコーピオン
 切り立った崖から大蠍が飛び降りたのだ。
ジャイアント・スコーピオン
 最初の大蠍より小さい。
 約5メートルほどあろう。
﹃ピギギイギッギギィぎぃいいぃぎギぃぎィイィッ!﹄
ジャイアント・スコーピオン
 オレ達のすぐ側に大蠍が降り立ち、背筋が寒くなる雄叫びを上げ
る。
 オレは動かない体でスノーの言葉を思い出す。
﹃シアさんにも話したんだけど、妙に骨の数が多い気がするんだよ
ね﹄
﹃そりゃこの辺の魔物の絶対数が減るほど狩ってれば、骨の数は増
えるだろ。何か問題があるのか?﹄
﹃う∼ん、上手く言えないんだけど気になるんだよ﹄
ジャイアント・スコーピオン
﹃大蠍は3本の尾から毒針を飛ばし、獲物を殺害して食べてしまい
ます。だから獲物を仕留める確率が高いんです。スノーさんはそん
な毒針の危険性を訴えているのではないのですか?﹄
﹃うーん、そういうのでもないような⋮⋮﹄

1047
ジャイアント・スコーピオン
 スノーが違和感を感じた答え︱︱オレ達が倒した大蠍には子供が
居たんだ!
 2匹も居るから、巣の周りには予想以上に骨が多く散乱していた
のか!
 スノーとシアが我に返って走り寄ってくる。
ジャイアント・スコーピオン
 だが、大蠍が毒針を飛ばす方が速いだろう。
﹁リ⋮⋮リー、ス、逃げろ⋮⋮﹂
﹁嫌です! リュートさんを⋮⋮大切な仲間を見捨てて逃げるなん
て出来ません!﹂
 リースは魔術を継続しているせいでその場を動くことが出来ない
のだ。
 魔術を止めればオレが毒で死ぬ。
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍の尾がオレ達を狙う。
﹁リュートくん!﹂
﹁姫様!﹂
 2人の声がいやに遠かった⋮⋮。
 ドンッ!
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍の尾が1本動きを止める。
 さらに立て続けに残り2本の尾が破壊され、動きが止まる。
﹃ピギギイギッギギィぎぃいいぃぎギぃぎィイィッ!﹄
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍が苦痛に喘ぐ悲鳴を上げる。

1048
 視線の先︱︱クリスがM700Pを構えていた。
 彼女はライフルの7.62mm×51でも外皮を突破できないと
判断。そのため尾にある毒針発射口を狙いM700Pで狙撃したの
だ。
 数?の穴を文字通り針の穴を通す正確さで!
アイス・ソード
﹁我が手で踊れ氷りの剣! 氷剣!﹂
ジャイアント・スコーピオン
 スノーはオレ達から大蠍を引き離すため、より正確に狙える魔術
アイス・ソード
を選択する。10本の氷剣がオレ達の間に突き刺さる。
アイス・ソード ジャイアント・スコーピオン
 尾が破壊されたお陰か氷剣を警戒して、大蠍が距離を取る。
 狙いは完全にスノー&クリスに絞られた。
ジャイアント・スコーピオン
 2人はオレ達から大蠍は引き剥がすため移動する。
﹁姫様! 一度ボクが解毒を引き継ぐので、パンツァーファウスト
を出してください!﹂
﹁わ、分かりました!﹂
 シアはオレ達に駆け寄ると指示を出す。
 リースはシアと一旦解毒役を交代し、精霊の加護でしまった最後
の1本であるパンツァーファウスト60型を再度取り出す。
﹁シア、お願い!﹂
﹁任せて下さいッ!﹂
 再び解毒役を交代すると、シアはパンツァーファウスト60型を
手にスノー&クリスに加勢する。

1049
ジャイアント・スコーピオン
 スノー&クリスは大蠍を翻弄し、シアの準備が整うのを待ってい
るようだった。
︵落ち着け⋮⋮ッ。習った手順通りにやるんだ︶
 オレの胸中の言葉が届いたのか、シアが教わった通りに手早くパ
ンツァーファウスト60型の準備を行う。
 まず弾頭の根本あたりに付いている安全ピンを抜く。
 照門を立てる。
 安全レバーを前へ押し出せば発射準備完了だ。
ジャイアント・スコーピオン
 スノーは準備が出来たことを確認すると、大蠍を誘うように誘導
する。
﹁ほらほらこっちだよ!﹂
﹃ピギギイギッギギィぎぃいいぃぎギぃぎィイィッ!﹄
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍は尾が破壊されたため、勢いよくスノーに接近して両手の鋏
で捕らえようとしていた。
 だが、彼女は軽業師のようにひらり、ひらりと回避する。
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍はオレが先程まで入っていたタコツボに足を取られ体勢を崩
す。
﹁粉々に吹き飛べ害虫!﹂
 シアが唾棄するように叫び、トリガーを押す。
 後方発射炎を吐き出し、﹃バシュッ!﹄という発射音が響き渡る。

1050
ジャイアント・スコーピオン
 体勢を崩していた大蠍が初速45m/秒の弾頭を避けられる筈も
無く、吹き飛ばされる。
﹃ピギギヤァァアッっ⋮⋮ァアッッッ!!!﹄
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍の断末魔が響く。
 太い足などがクルクルと空中を舞い地面に突き刺さった。
ジャイアント・スコーピオン
 こうして無事、2体目の大蠍を退治する。
第76話 大蠍2︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月31日、21時更新予定です。
やはりというか、大蠍戦があれで終わりではないと多くの方に気付
かれてましたねw
今後はもっと精進して上手く伏線を張れるように頑張りたいです。
後、夜に活動報告をアップします。よかったら覗いて行ってくださ
い∼。

1051
第77話 手紙
﹁本当にすみませんでした!﹂
 あの後、片付けを終えオレ達は馬車まで戻って来た。
 時刻はもう夕方。
 今日はこのままこの場で野営する。
 リースは自分を庇い傷を負ったオレに、何度目か分からない謝罪
を繰り返す。
ジャイアント・スコーピオン
 すでに大蠍の毒は魔術で治癒されているが、体は痺れて動かし辛
い。
 馬車までスノーとシアの肩を借りて戻ったほどだ。

1052
 現在、馬車内部で寝かされているオレの横でリースが涙目で頭を
下げている。
 スノー、クリス、シアは野営、食事等の準備中だ。
 オレはそんなリースに声をかける。
﹁何度も言ってるけど、あれはリースのせいじゃないよ。もし責任
を問うなら、洞窟周辺に散らばった骨の多さの意味に気づけなかっ
たオレの責任、リースのせいじゃないって﹂
﹁ですが⋮⋮私がもっと周囲に注意を向けていれば、リュートさん
が毒針に刺されることはなかったんです。姉様のようにもっと私が
しっかりしていれば⋮⋮﹂
 ギュッ、と膝に置いた手を硬く握る。
﹁⋮⋮リースがお姉さんにどんな思いを抱いているかは分からない
けど。オレはリースが仲間に居てくれて本当によかったと思ってる。
ジャイアント・スコーピオン
お陰で荷物を気にせず運べるし、パンツァーファウストで無事大蠍
を倒すことができた、毒針を受けてもリースの解毒で命拾いした。
だから何度でも言うよ。オレはリースが仲間になってくれて本当に
よかった﹂
﹁リュートさん⋮⋮﹂
﹁わたしもだよ!﹂
 外で野営&食事準備をしていたスノー達が会話に混ざる。
﹃私もリースお姉ちゃんが仲間になってくれて本当に嬉しいです﹄
﹁姫様。僭越ながらボクも姫様と一緒に寝食を共に出来て光栄に思
っています﹂

1053
﹁み、皆様⋮⋮﹂
 彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。
 しかし、そこには悲しみの色は見えない。
﹁オレはリースが危険になったら絶対に、何度でも助けに行くよ。
だから、リースもオレ達が危険に陥ったら助けてくれないか?﹂
﹁︱︱あたりまえじゃないですか。私達は大切な仲間同士なんです
から!﹂
 彼女は涙を指先で拭うと、雲1つ無い晴天のような笑顔で答えた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍討伐後、再び約7日かけてハイエルフ王国、エノールへと戻
る。
 朝方には、メイヤとの挨拶もそこそこにウッドキャッスルへと呼
び出される。
 通された場所は城の中庭だ。
ジャイアント・スコーピオン
 証拠の大蠍の体液で、城を汚すわけにはいかない。
 約10メートルの親。
 約5メートルの子。
 リースの加護で収納されていた2体が出現する。

1054
﹁ま、まさか本当に倒してくるとは⋮⋮しかも2体も﹂
 国王以外の大臣達までも驚きの声をあげた。
 リースはまるで生まれ変わったような堂々とした態度で国王に告
げる。
ジャイアント・スコーピオン
﹁お約束通り、グリーン・ホーデンに住み着いた大蠍を討伐して来
ました。お父様、これでリュートさん達の実力をお認めになってく
ださいますね?﹂
 国王は目の前の事実にあからさまな渋い顔をする。
﹁まさか本当に手紙通りに︱︱いや、しかし⋮⋮﹂
﹁お父様?﹂
 1人世界に閉じ籠もり呟く父にリースは怪訝な顔を向ける。
﹁⋮⋮分かった。約束だからね。好きにしなさい﹂
﹁し、しかし国王! 結界石を疑うと言うことは我らハイエルフ族
の勇者様のお力を疑うのと同義! それはあまりに不謹慎では︱︱﹂
﹁宜しいでしょうか﹂
 大臣の訴えにリースが割って入る。
﹁父は私と交わした約束を守っているだけに過ぎません。この件に
関しての責任は全て私にあります。もし期限を過ぎても結界石に異
変がなかった場合は、私はどんな責めを受けても構いません。です
から、どうか数ヶ月だけ時間を頂けないでしょうか?﹂
 リースがはっきりと﹃責任は自分が取る﹄と断言したため、大臣

1055
達もそれ以上の言及はし辛く黙り込んでしまう。
 お陰で﹃結界石が破られるという第一王女の予言について、他言
しない﹄という条件付きで彼らからの許可も取り付けた。
 確かに﹃結界石の力を王族が率先して疑っている﹄と内外に広ま
ったら、ハイエルフ族の面子は丸潰れだ。
 もちろんオレ達は了承し、他言しないことを誓った。
 こうして名実ともに、結界石破壊のXデイに備える許可を貰うこ
とが出来た。
ジェネ
 オレは早速湖外にある屋敷に戻り、メイヤが作っているだろう汎
ラル・パーパス・マシンガン
用機関銃︱︱PKMや7.62mm×54Rの調子を確かめよう。
 だが、この決定に不満を抱く層︱︱まだ年若い︵と言っても20
0歳は越えているが︶ハイエルフ達が集まり、密談を交わしていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ウッドキャッスル内の暗い部屋。
 光は一切無い。
 彼らは互いを確認せずとも、声だけで分かるため必要としない。
 何故なら、彼らはこの広い世界で約300人しかいないハイエル

1056
フ族だからだ。
﹁神聖な結界石が崩壊するなど⋮⋮口にするのも腹立だしいのに、
他種族の子供達だけに守らせようとは⋮⋮﹂
﹁例え結界石が破壊されたとしても、我々だけで十分対応できるの
に﹂
﹁そうだ! そうだ! 例えこの国が危機にさらされても我々だけ
で十分対応出来る! 勇者の1人だった末裔である我々、ハイエル
フ族のみで! そのため長年、結界石の側で見守り続けてきたとい
うのに⋮⋮ッ。あまつさえ、姫自身が人種族の小僧を﹃勇者﹄と崇
めている始末。なんたる屈辱!﹂
﹁ララ様さえいらっしゃれば、このような事態は起こらなかったは
けいこくき
ずなのに⋮⋮。このままでは、あの出来損ないの﹃傾国姫﹄が次期
女王など考えるだけで気分が沈む﹂
﹁あの女が女王となったらこの国は本当に傾くかもしれんな﹂
﹁冗談でも質が悪いぞ﹂
 男達の話が途絶えると、リーダー格の人物が告げる。
﹁⋮⋮あの人種族共を、このエノールから叩き出そう。それしか方
法は無い﹂
﹁しかし今回の件は国王も許可を出している。表だって反対するの
は不味いのではないか?﹂
﹁仮に叩き出すとしても、我々の手でやるのか?﹂
 リーダー格のハイエルフが失笑を漏らす。
﹁まさか。なぜ選ばれた一族である我々が、あんな子供ごときのた
め動かなければならない? こういう場合、やりたがる者にやらせ
ればいいのだ﹂

1057
﹁やりたがる者?﹂
﹁今回の礼として、我々が面会でもしてやるとちらつかせれば、同
じ人種族の貴族や大商人が食いつくだろう。他にも手を上げる者は
いくらでも居るさ﹂
 ハイエルフの若者達は、その言葉に﹃なるほど!﹄と、如何にも
名案だと頷く。
﹁高貴なる我々は、ただ指示を出すだけでいい。汗水垂らして動く
のは他種族がやればいい。⋮⋮それが特別な存在、特権というもの
だ﹂
 暗い部屋で、静かな笑いが響き渡った。
1058
第77話 手紙︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月1日、21時更新予定です。
明日でもう2月。早いものですね。
2月中も頑張って︵出来る限り︶毎日更新を継続したいと思います!
なので楽しんで貰えたら嬉しいです。 1059
第78話 第3王女
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍を退治して数ヶ月。
 ハイエルフ王国の結界石が破壊されると予言されたXデイまで、
数日に迫っていた。
 今日もオレとメイヤは、湖外の与えられた屋敷でひたすら兵器製
造に勤しんでいる。
ジェネラル・パーパス・マシンガン カートリッジ
 お陰で汎用機関銃であるPKM、7.62mm×54R弾薬も無
事完成した。
 また念のために制作した保険も稼働テスト済みだ。
 苦労すると考えていた7.62mm×54Rも、今まで積み上げ
てきた技術蓄積により短期間に作成することが出来た。完成品が出
カートリッジ
来上がって以降はメイヤに日夜、弾薬を作ってもらっている。

1060
 他にもオレとメイヤは攻撃用﹃爆裂手榴弾﹄と防御用﹃破片手榴
弾﹄、パンツァーファウスト60型、鉄条網などを製作し続けてい
る。
 部屋の扉がノックされる。
 扉から顔を出したのはスノーだ。
﹁2人ともオヤツ出来たから休憩にしない?﹂
﹁ありがとう、ちょうど甘い物が欲しかったところだったんだ。メ
イヤも一息入れよう﹂
﹁ええ、そうですわね﹂
 オレとメイヤは朝から作業していた疲れ顔で、部屋を出る。
 スノーの手作りオヤツが準備されている居間へ入ると︱︱
﹁ねぇねぇクリスちゃん、早く食べさせて∼﹂
﹃もうルナちゃんは甘えん坊さんですね﹄
 クリスはねだられるまま、プリンをすくいルナに食べさせる。
﹁うーん、美味しい。クリスちゃんに食べさせて貰うといつも以上
に美味しいよ! 次はルナがしてあげるね。クリスちゃん、あーん﹂
 クリスは小さな口を開け、ルナの木製スプーンを咥える。
﹃ルナちゃんに食べさせて貰って美味しいです﹄
﹁もうクリスちゃんたら可愛い! クリスちゃんはルナのお嫁さん
になってぇ!﹂
﹁お菓子を食べた上、人の大切な嫁まで誘惑するな﹂

1061
﹁ぶぅー、もう邪魔者が来たー﹂
 ルナは不満そうに唇を尖らせる。
 ラフなスカートの私服に、いつものツインテールを解き金髪のス
トレートにしている。なぜか耳は短くなっており、瞳の色も緑では
なくなっている。
 だが歴としたハイエルフ王国、エノールの第3王女、ルナ・エノ
ール・メメアだ。
 本人曰く、首から提げているペンダントに耳を短くし、瞳の色を
変える魔術が込められているらしい。ハイエルフになれる魔術道具
のペンダントの人種族バージョンと言ったところだ。
ジャイアント・スコーピオン
 オレ達が大蠍を退治した後、湖外の屋敷で兵器制作を開始すると、
ルナは城を抜け出しては遊びに来るようになった。
 すぐさま、絵本好きで勇者物好きのルナとクリスは意気投合。
 プリンを始め、ミル・クレープ、ポテトチップスのお菓子で餌付
けまでしてしまった。
 気付けばほぼ毎日、城を抜け出し遊びに来るようになっていた。
 クリス&ルナは本当に仲が良い。
 ルナの見た目がほぼ人種族でクリスと同じ背丈、金髪のため、詳
しい事情を知らない第三者が2人の姿を見たら、仲の良い姉妹とし
か思わない。
 それほど2人は仲が良いのだ。
 相手が一国の王女様で、クリスと仲がいいから気を許したが、最
近は彼女をオレから引き剥がそうとしやがる。まったくもって油断

1062
ならん。
﹁クリスちゃん、あんな人と別れてルナのお嫁さんになってよ﹂
 ルナはクリスに抱きつき、頬をくっつけお願いする。
﹃駄目ですよ。私はお兄ちゃんのお嫁さんですから﹄
﹁えぇ∼いいじゃん。リューとんより大切にするし、一杯優しくす
るからぁ∼﹂
﹃お兄ちゃんやスノーお姉ちゃんに十分、優しくして貰ってるから。
それにお兄ちゃんには優しくしてもらうだけじゃなくて、夜になる
と気持ちよくもしてもらって⋮⋮もう体も心も離れられないですよ﹄
 おいおいクリスさん、幸せそうな顔で子供︵見た目は︶に何を言
い出すんですか?
 後、その変な呼び名﹃リューとん﹄は止めて欲しい。
﹁夜になると気持ちよく⋮⋮? 夜になるとマッサージでもしても
らってるの?﹂
 幸いルナは意味が分からないらしく首を捻っている。
 ある意味、マッサージで合ってはいるな。
 昨夜もスノー&クリスと一緒にマッサージをしたり、されたり、
されあったりしたかけどね!
﹁兎に角、人の嫁を誘惑するのは止めろ。いいから子供は黙ってプ
リンでも食べてろ﹂
﹁ぶぅー! こう見えてもルナ、リューとんより年上なんですけど
!﹂
﹁だったら、もっとそれらしい態度を取れ、態度を﹂

1063
 オレとルナは睨み合い火花を散らす。
﹁はいはい、2人とも仲が良いのは分かったから、じゃれ合いは止
めて。折角、プリンを作ったんだからちゃんと冷えてる間に食べち
ゃおう﹂
﹁すまん、スノー﹂
﹁スノーお姉ちゃんがそういうなら﹂
 ルナはクリスに合わせてスノーを﹃お姉ちゃん﹄と呼んでいる。
 オレ達は席について、スノーが作ったプリンを食べた。
﹁でもルナさんではありませんが、本当に毎日食べても飽きません
わね。このリュート様が製法を開発したプリンというお菓子は﹂
 メイヤも女子らしく甘い物が好きでプリン、ミル・クレープも喜
んで食べる。
﹁でも、さっきの食べさせ合うのは良かったな。ねぇ、リュートく
ん、わたしにも﹃あーん﹄して欲しいな﹂
 もちろん、大切な嫁であるスノーに頼まれたらノーとは言えない。
 むしろ、喜んで食べさせてあげたい!
﹁もちろん、喜んで! はい、スノー﹃あーん﹄﹂
﹁あーん♪﹂
 スノーは親鳥にエサをねだる小鳥のように口を開ける。
 自家製プリンを食べさせてると、嬉しそうに尻尾を振った。

1064
﹁はうぅん、リュートくんの味がして美味しさ3倍だよ﹂
 美味さ3倍って⋮⋮オレの木製スプーンには旨味成分でも付着し
ていたのか?
 クリスも頬を染めながら、ミニ黒板を掲げる。
﹃お兄ちゃん、私にも﹃あーん﹄して欲しいです﹄
﹁もちろんだよ!﹂
﹃ちゃんと一度、お兄ちゃんがスプーンを咥えてから、﹃あーん﹄
してくださいね﹄
 指示が細かい。
 もちろん逆らうつもりは無く、オレは要望通り一度スプーンを咥
えてからプリンを食べさせる。
﹃お姉ちゃんの言う通り、お兄ちゃんの味がして3倍美味しいです﹄
﹁ルナに食べさせて貰った時より、嬉しそう! 酷いよ、クリスち
ゃん! 女の友情は男で壊れるって本当だったんだ!﹂
 ふはっはっはっ! 馬鹿め! クリスが誰を一番愛しているかこ
れで分かっただろう小娘が!
﹁り、リュート様! わたくしにも﹃あーん﹄してもらっても宜し
いでしょうか!﹂
 今度はメイヤが鼻息荒く、勢いよく挙手する。
﹁で、出来れば、フヒ、りゅ、リュート様がそ、そそそそのスプー
ンをですね。一度、ほひょ! 咥えてから、わ、わわわわたくしに
プリンを、ふひひ、﹃あーん﹄して頂きたいのですが﹂

1065
﹁い、いや、それはちょっと無理かな﹂
 メイヤは目を血走らせ、鼻息荒く迫り﹃あーん﹄を要求してくる。
 正直、怖い。
 オレが断りを入れると、メイヤはこの世の終わりみたいな表情で
滂沱の涙を流した。
﹁ど、どうしてですか! わ、わたくしに何か問題でもありますか
! あるなら仰ってください! 全身全霊、命を投げ出すつもりで
修正いたしますから!﹂
﹁いや、別にメイヤに問題はないよ。ただもうオレのプリンがない
んだ﹂
﹁そ、そんな⋮⋮盲点ですわ﹂
 メイヤもプリンを食べきっているため、自身のを提供するという
訳にはいかない。
﹁スノー、まだ冷蔵庫にプリンってあるよな﹂
﹁うん、あるけど食べちゃ駄目だよ。あれは︱︱﹂
 スノーの言葉を遮るように玄関のノック音が聞こえてくる。
 彼女は﹃ちょっと待ってて﹄と声を出し、玄関を開けに廊下へと
出た。
 程なくして、知った顔が2つ居間へと現れる。
﹁ルナ! やっぱりここに居た!﹂
﹁ごめんなさい、若様方、突然お邪魔して﹂
 リースは妹を見付け眉根を吊り上げ、シアはすまなそうに恐縮し

1066
た。
﹁ルナ、貴女どうやって自室から抜け出したの! 扉も、窓の外も
見張らせていたのに!﹂
﹁ちっちっちっ、相変わらずリースお姉ちゃんは甘いにゃ∼。あれ
ぐらいでルナちゃんを止められると本気で思ってるの? ルナを本
当に引き止めたかったら魔術防止首輪を付けて、手足を鎖で縛った
後、鉄越しの箱に入れて最低10人の兵士で監視しないと﹂
 だからこの娘はどこのル○ン三世?
 毎回、ルナが城を抜け出し、リース&シアが迎えに来るという構
図が成り立っている。そのためスノーは彼女達の分のオヤツとして、
プリンを準備し冷蔵庫にしまっているのだ。
﹁いつも済みません、リュートさん、皆さん。妹はすぐ連れて帰り
ますので﹂
﹁いや! まだここに居る! お姉だけ帰ればいいでしょ。それに
ちゃんと今日の分の課題は済ませたもの。文句を言われる筋合いは
ないもん!﹂
﹁王女である貴女が湖外にいるのが問題なの!﹂
﹁なら、お姉だってここに居ちゃ駄目じゃない﹂
﹁わ、私は今回の件の責任者だからいいの!﹂
 リースは肉体強化術で身体能力を補助。妹を捕まえようとするが、
﹁甘い!﹂
 彼女はその動きを見きり、姉の背後に回り込む。
 その両手は姉の大きすぎる胸を鷲津噛む!

1067
﹁こ、こら、何するの止めなさい⋮⋮やぁンンッ﹂
﹁うわぁー柔らかい。ルナと身長殆ど変わらないのに、こんなにお
っぱい大きくて、感度も良いなんて反則でしょ。あぁ、ルナもリー
スお姉ちゃんの半分ぐらい欲しいな﹂
﹁んんっ、ぁン! りゅ、リュートさんの見てる前でこんな︱︱ん
っ、はしたないっ、嫌⋮⋮いいから、止めなさいってばぁッ、ふぁ
⋮⋮ッ﹂
﹁ふっはっはっはっ! 止めて欲しかったら、ここに居ることを許
可しなさい!﹂
﹁分かったから、今日は許すからもう止めてぇえ﹂
 あっけなくリースは降参して、ルナが手を離す。
﹁姫様お気を確かに!﹂
 まさか王族であるルナをシアが突き飛ばす訳にもいかず、見守る
しか出来なかった。
 ルナが離れると、慌ててシアが胸を押さえてへたり込んだリース
に駆け寄る。
 だいたいこんな風にリースが屋敷に来て、ルナに敗北するのが定
番化している。リースは運動神経は悪くないが、胸や首筋、耳など
が感じやすいのが敗因らしい。
 オレは未だに座り込んでいる彼女に手を貸す。
﹁大丈夫か、リース。とりあえず、2人のオヤツもあるから食べて
行けよ。少し屋敷でのんびりしてから城に帰ればいいさ﹂
﹁で、でもXデイに向けて準備をしているリュートさん達のご迷惑

1068
になりますし⋮⋮﹂
﹁大丈夫、気にしないって﹂
 オレは腕に力を込めて彼女を立たせる。
 リースは離れる瞬間、僅かに手の指に力を込めたような気がした。
 なぜか頬も先程より上気している。
 動いて体が熱くなったのだろうか?
﹁⋮⋮本当に居てもよろしいのですか?﹂
﹁もちろん! リースとシアなら大歓迎だよ。オレ達、友達で仲間
じゃないか!﹂
﹁あ、ありがとうございます﹂
﹁お姉ちゃん、よかったね∼﹂
 ルナが反省していない顔で、ニヤニヤとリースに声をかける。
 リースはさらに顔を赤くして、妹を叱った。
﹁な、何が可笑しいのですか! その笑みを止めなさい﹂
﹁もうお姉ちゃんも素直じゃないんだから。ここはルナちゃんが少
しは素直になるようにしてあげなくちゃいけないかしら﹂
﹁きゃっ! も、もう、指を動かして近づくのは止めなさい!﹂
 ルナが両手を広げ指を動かすと、リースは胸を隠して後退る。
 2人の攻防はスノーのプリンが運ばれて来るまで続いた。
 笑い声で満ちる部屋。
 それは正しく幸せな一場面だろう。
 だが確実に、ハイエルフ王国エノールが壊滅するかもしれないX
デイは近づいていた。

1069
第78話 第3王女︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月2日、21時更新予定です。
明日は2月2日、豆まきの日。
うちの地元では、恵方巻きを食べる習慣はなかったなー。
だから豆をまいていつも終わらせてます。今年は恵方巻きを買って
みようかな?
1070
第79話 要求
﹁リューとん!﹂
﹁おわ!﹂
 昼食後、腹ごなしに1人頼まれた買い物をしていると背後から突
然、勢いよく腕を絡まされる。
 危なく買った荷物を落としそうになった。
 腕に突然抱きついてきたのは、ハイエルフ王国エノールの第3王
女、ルナ・エノール・メメアだ。
 彼女は何時ものツインテールをほどき、耳が縮み、瞳が緑ではな
くなるペンダントをぶら下げている。
 ルナは王女とは思えないほど気さくに話しかけてきた。

1071
﹁こんな所で会うなんて偶然だね、りゅーとん﹂
﹁突然抱きつくなよ、危ないだろ﹂
 相手は王女だが、人の嫁を誘惑する少女︵見た目だけ︶ゆえに言
葉遣いを気にするつもりはない。オレの指摘に彼女は頬を膨らませ
る。
﹁もうリューとんまでお姉ちゃんみたいなこと言う。つまんないの﹂
﹁だったら、言われないように気を付けろ。それといい加減、腕を
放してくれないか?﹂
﹁リューとんはこんな所で何してるの?﹂
 彼女はオレの言葉を無視して、さらに腕に力を入れる。
 荷物を持っているため、無理矢理振りほどく訳にもいかない。
 オレは溜息をつきつつ答えた。
﹁買い物だよ。屋敷に篭もってばかりだと気が滅入るだろ。そうい
うルナは︱︱って聞くまでもないか﹂
﹁ふふん、分かってるじゃない﹂
 彼女の目的は、屋敷に居るクリスと今日のオヤツだろう。
 クリスも彼女を歓迎している手前、断るのも難しい。
 折角、こっちで出来た友達だ。
 無下にする訳にはいかない。
﹁そういえば前から聞きたかったんだけど、ルナはどうやってあの
湖を渡っているんだ。専用の船でも持っているのか?﹂
﹁まさか、船なんかでちんたら渡っていたらすぐに見付かっちゃう

1072
よ﹂
﹁じゃぁどうやって?﹂
﹁あっ、串焼きだ。美味しそう﹂
 屋台の間を歩いていたオレ達だったが、腕を組むルナが足を止め
たため必然的に動けなくなる。
﹁お昼は食べたけど、ああいうのは別腹だし、たまに食べたくなる
んだよね﹂
﹁⋮⋮おっちゃん、串焼き1つ頼む﹂
﹁毎度!﹂
 オレは銅貨2枚で串焼きを1本買いルナに渡した。
 彼女は塩、香辛料を塗し焼いた串焼きにかぶりつく。
うち
﹁う∼ん、美味しい♪ どうしてこういう食べ物って、城で食べる
ご飯より美味しいんだろ﹂
﹁喜んで貰えて嬉しいよ︵棒︶。んで、どうやってあの湖を渡って
るんだ?﹂
﹁レクシに渡ってもらってるんだよ。ボートよりずっと速いから便
利だよ﹂
 レクシって彼女が背に乗っていたサーベルウルフのことか。
 あの巨体なら確かに背に乗り、犬かきさせればボートより速いだ
ろうな。
 てか、酷使されてるなレクシも⋮⋮。
 オレは一度だけ見たサーベルウルフを思い出し涙する。
﹁リューとんはまだ買い物するの?﹂

1073
﹁ああ、後2件ほど頼まれた品物があるから﹂
﹁そっか。それじゃ先に屋敷へ行ってよ﹂
 ルナは串焼きを食べきると、オレの腕から手を解く。
﹁それじゃお屋敷で待ってるからね、お兄ちゃん♪ 串焼きご馳走
様!﹂
 誰がお兄ちゃんだ。
 ルナはクリスのマネをすると、雑踏へと消える。
 なんだかんだ言って、ルナは愛嬌があるせいか憎めない。これも
人徳と言うのだろうか?
 オレはルナと別れて改めて、頼まれた買い物を済ませに向かう。
 そして︱︱これがこの日、最後に確認されたルナの姿だった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁ただいまー﹂
 買ってきた品物を冷蔵庫にしまい居間へ顔を出す。
 冷蔵庫は前世で言うところの古いタイプで、一番上に氷の塊を置
いて箱内部全体を冷やしている。
 氷はスノーに出して貰っているため、わざわざ高いお金を出して
買う必要がない。

1074
﹁ご苦労様、リュートくん。ごめんね買い物に行かせちゃって﹂
﹁オレが気分転換したくって行ったんだから、気にする必要はない
よ﹂
 オレは居間をぐるりと見渡す。
 部屋にはスノーとクリスがオセロをしている最中だった。
﹁ルナはまだ来てないのか?﹂
﹁ルナちゃん? ううん、来てないよ﹂
﹁屋台の辺りで彼女に会って、今日も屋敷に来るって言ってたんだ
けど﹂
 どこかで道草でも食ってるのか?
﹃今日もルナちゃんが来てくれるなんて嬉しいです﹄
﹁よかったな、クリス﹂
 オレは妻の頭を撫でると、彼女は嬉しそうにはにかむ。
 本当に可愛いよな。
﹁あぁ、ずるいよリュートくん! わたしも撫で撫でして﹂
﹁はいはい、分かってるよ﹂
 ギューと抱きついてくるスノーの頭を同じように撫でる。彼女は
忙しそうに鼻を動かし、オレの匂いを嗅ぎながら幸せそうな声を出
す。
﹁﹃ふがふが﹄しながら頭撫でてもらうなんて、最高に幸せだよぉ﹂
﹃お兄ちゃん、私もお願いします!﹄

1075
﹁おう、任せておけ﹂
 クリスはミニ黒板を前に出し主張する。
 オレは2人を抱えソファーに腰を下ろし、膝の上に座らせる。
 左右に妻達をはべらせる。
 両膝にかかる重さ。
 まったく重く感じない。むしろいつまでも膝の上に乗っていて欲
しいぐらいだ。これが幸せな重さなのだろう。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 何気なく右腕でスノーの胸を揉み、左腕でクリスのスカートを捲
り太股を触る。
﹁もうリュートくんのえっち﹂
﹃まだ明るいのにおいたしちゃ駄目ですよ﹄
 2人とも注意してくるが嫌がる素振りは見せない。もちろん本気
で嫌がるなら手は止めるが、これぐらいなら夫婦のスキンシップに
収まるだろう。
 一通りいちゃつき、切りのいい所でオレはメイヤの待つ作業部屋
へと戻った。
 ︱︱作業に集中していると、部屋の扉がノックされる。
 返事をして扉が開くとスノーが顔を出す。
 オヤツタイムの知らせだと思ったが、今回は少々様子がおかしい。

1076
 彼女は不安そうな顔をしていた。
﹁どうした、なにかあったのか?﹂
﹁うん、ちょっと。今リースちゃんとシアさんが来てるんだけど⋮
⋮2人ともちょっといいかな?﹂
 オレとメイヤは顔を見合わせ、ただ事ではない空気を感じて作業
の手を止める。
 スノーの後に付いて居間へ顔を出すと、リースが病人のような青
い顔でソファーに座っていた。シアは彼女を気遣うように隣席し、
背中を察すっている。
﹁何かあったのか?﹂
﹁リュートくん、これ読んで﹂
 スノーから1通の手紙を渡される。
 無地の封筒で、宛名も何も書かれていない。
 手紙の内容はというと︱︱﹃クリスは預かった。無事、返して欲
しくば速やかにエノールを出ろ﹄。
 手紙と一緒に金色の長い髪が入っていた。
 思わずシアと一緒にリースを慰めるクリスに目を向ける。
﹁⋮⋮なんだこれ? 悪戯にしては随分質が悪いな﹂
 クリスは目の前に居る。
 目の前に居る彼女が偽物なんていう可能性も皆無。なぜなら今日、
クリスは一度も家を出ていない。偽物と入れ替わるタイミングなど
無いのだ。

1077
 この手紙と髪を見て、リースは気分を悪くしたのか?
 だが、彼女がその程度で青ざめるほど神経が細い筈がない。
 オレが状況の把握に戸惑っていると、リース本人が告げる。
﹁その髪はルナの物です⋮⋮﹂
﹁ルナの?﹂
﹁恐らく、ルナはクリスさんと勘違いされて誘拐されたのです⋮⋮﹂
﹁えっ、はぁ!?﹂
 あまりに突飛な話に変な声が出る。
 スノーが順を追って説明してくれた。
﹁ルナちゃんがいつものようにお城を抜け出したから、リースちゃ
うち
んとシアさんが屋敷に迎えに来たんだけど、今日はまだ来てないっ
て教えてあげたの﹂
﹁ボク達が尋ねたときポストに入っていた手紙を、クリス奥様が開
けたらさっきの手紙と髪の毛が入ってて⋮⋮﹂
﹁リュートくん買い物から帰って来た時、話してたでしょ? 外で
ルナちゃんに会ったって。わたし、その話を思い出して﹃ピン!﹄
と来たの。もしかしたらルナちゃんは、クリスちゃんと勘違いされ
て誘拐されたんじゃないかって﹂
 言われて納得する。
 確かにクリスとルナの背丈は同じ、髪は金色でロング。オレと仲
良く腕を組み一緒に買い物をしていた。別れ際、クリスみたいに﹃
お兄ちゃん﹄とも呼ばれた。
 別れた後、屋敷に遊びに来ると言ったのに未だ姿を現さない。
 状況を照らし合わせれば確かに符合する。
 スノーの話を聞いたリースは青い顔でへたり込み、そしてソファ

1078
ーに座らされたようだ。
﹁でもどうしてこいつ等はクリスを狙ったんだ? 身代金目的でも
無さそうだし、容姿・名前も知っているのに誘拐相手を間違えるな
んて﹂
 用意周到なのか、突発的なのか、アンバランスに感じる。
﹁⋮⋮恐らく私達のことを快く思っていないハイエルフの一派が、
他者に依頼して誘拐を実行させたのです。クリスさんを狙ったのは、
一番攫いやすそうだったからだと思います﹂
 リースの指摘で納得する。
 つまり、オレ達を心良く思っていないハイエルフ族一派が、結界
石の件から手を引かせるため、一番か弱そうなクリス誘拐を計画。
しかし、誘拐相手にクリスの特徴︵金髪ロング、華奢、オレの妻、
背丈低め、呼び名は﹃お兄ちゃん﹄等︶だけで実行したため、偶然
容姿が近いルナを誤って誘拐してしまったらしい。王女なのに気づ
かなかったのは、恐らく眠らせた後すぐに何かに包んで運んだから
ではないだろうか。
 よりにもよってハイエルフ王国、エノールの第3王女、ルナ・エ
ノール・メメアを誘拐するなんて!
﹁どうする? この国の兵士に報告して探してもらうか?﹂
﹁⋮⋮いえ、まずは父に報告しましょう﹂
 リースが青い顔のまま告げる。
 だが、あの国王が﹃クリスと間違ってルナが誘拐された﹄と知っ
たら︱︱

1079
﹁ほぼ間違いなく、リュートさん達の国外退去を命じると思います﹂
﹁だよな⋮⋮﹂
 長女である第1王女、ララ・エノール・メメアは失踪、愛妻も病
床で伏せているらしい。国王が家族の問題について過敏になってい
る所に、ルナの誘拐。
 オレ達が悪くないとかは関係無く、災厄の原因に国外退去を命じ
るのは確実だろう。
﹁でも、記録帳に記された日は近いだろう?﹂
﹁はい、恐らくそろそろかと﹂
 今回の結界石破壊の日時が正確に記録帳に記されている訳ではな
い。大凡この日だろうとしか書かれていないのだ。もしかしたら今
日かもしれないないし、明日かもしれない。
 そのずれは大きくても数日程度。1ヶ月は越えないらしい。
﹁⋮⋮リュートさん、皆さん、お願いがあります﹂
 青い顔で座り込んでいたリースが徐に立ち上がる。
 その瞳に怯えはなく、覚悟の光しか宿ってはいなかった。
﹁どうか我が祖国と妹︱︱どちらもお救い頂けないでしょうか﹂
 リースは真っ直ぐな瞳でかなり無茶な要求をしてきた。
1080
第79話 要求︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月3日、21時更新予定です。
昨日﹃2月2日、豆まきの日﹄って書いたけど、考えたら﹃2月3
日﹄が豆まきの日です! すんません、かなりぼけてました。
とりあえず明日は豆を買って、床にサランラップをひいて汚れない
ようにして、豆をまきます。
1081
第80話 保険
 日が完全に沈みきった夜、ウッドキャッスルで国王に現状を報告
し終える。
 オレ、シア、リースは王座ではなく、客間で王と対峙していた。
誰にも漏らせない話だからだ。
 オレ達の話を聞き終えた国王が最終判断を下す。
﹁申し訳ないが、この国から出て行ってくれないか﹂
︵やっぱり、予想通りか︶
 オレ達の読み通り、国王は国外退去を命じてきた。
 もちろん、リースが反対の意を唱える。

1082
ジャイアント・スコーピオン
﹁待ってください父様! 大蠍を討伐し力を示せば私達の好きにし
ていいというお話でした。一国の王である父様が約束を違えるつも
りですか!?﹂
﹁一度交わした条件を違えるのは心苦しいが、その通りだ﹂
﹁ッ︱︱﹂
 国王は迷わず断言する。
 改めてオレ達に向き直ると、悲しげな瞳で切々と語る。
﹁娘のララが姿を消し、妻は病床に伏せている。その上、まだ子供
のルナを失うなど︱︱考えただけで狂いそうだ。一国の王としてで
はなく、1人の父として願おう。どうかこの国から出て行ってくれ
ないか。私はまだルナを、娘を失いたくなどないのだ﹂
 もしスノーやクリスに子供が出来て、その娘が誘拐されたとした
ら︱︱オレ自身考えただけで狂いそうになる。絶対に誘拐した奴ら
を皆殺しにするが、それ以上に我が子の無事だけを必死に願うだろ
う。
﹁︱︱分かりました。自分達は今夜にでもこの国を出ます﹂
﹁本当にすまない⋮⋮﹂
 国王は1人の父親として頭を下げる。
﹁予想した通りとはいえ本当に申し訳ありません﹂

1083
 国王が護衛者と共に退出し、客間にはオレとリース、シアだけが
残される。
 リースは改めて深々と頭を下げた。
﹁国王の気持ちも分かるよ。気にしてないから、リースも頭をあげ
てくれ。⋮⋮それより今後の事だけど、本当に2人だけで大丈夫か
?﹂
﹁はい、大丈夫です。私達にはリュートさんが制作してくださった
ジェネラル・パーパス・マシンガン
汎用機関銃、PKMがありますから、皆様が戻ってくるまでの時間
ぐらいは稼いでみせます﹂
﹁ボクも頑張って姫様をお守りします!﹂
 2人は力強く拳を握り断言する。
 ウッドキャッスルにルナ誘拐を報告する前に、オレ達は屋敷の居
間で今後の方針をすでに話し終えていた。
 思わず、その時の話し合いを思い出してしまう︱︱
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁どうか我が祖国と妹︱︱どちらもお救いください﹂
 リースは真っ直ぐな瞳でかなり無茶な要求をしてきた。
 オレは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
﹁祖国とルナどっちも救え、か⋮⋮。リースも可愛い顔をして無茶

1084
言うよな﹂
﹁か、可愛いですか!?﹂
 なぜかリースはオレの﹃可愛い顔﹄という言葉に反応して、頬を
真っ赤に染める。
 彼女はすぐに咳払いをして気持ちを落ち着けると、微笑む。
﹁私の信頼するリュートさん⋮⋮仲間達なら、我が祖国と妹ぐらい
同時に救ってくださると信じていますから﹂
 そう言われると弱い。
 周りを見渡すと、スノー達も微苦笑を浮かべていた。
 彼女達の答えもどうやらオレと同じようだ。
﹁分かった。リースのため、大切な仲間の祖国と妹どちらも救うた
め最善を尽くそう﹂
﹁わたしも頑張るよ!﹂
﹃私も、大切な友達のルナちゃんを誘拐した方々は許せません。鉄
槌を下します!﹄
﹁リュート様に牙を向けた代償をしっかりと支払わすべきですわ!﹂
﹁皆様、本当にありがとうございます⋮⋮ッ﹂
 リースは深々と頭を下げる。
 そしてすぐさまオレ達は実務的な話に移った。
﹁まずは状況を整理しよう﹂
 オレの提案に皆が頷く。

1085
﹁記録帳に記された結界石が破壊される日については、詳細な日は
分かっていないが、早くて数日中だ。これに間違いはないな?﹂
﹁はい、その通りです﹂
 リースが頷く。
﹁次にルナの件だが、本当に誘拐されたと思うか?﹂
﹁ほぼ確実だと思うよ。だって、この髪の毛から、ルナちゃんの匂
いがするもん﹂
 スノーが髪を鼻に近づけ匂いを嗅ぎ断言する。
 一級ふごふごニストが言うならまず間違いなく、この切られた髪
はルナの物だろう。
﹁ならルナが誘拐されたとして⋮⋮彼女なら自力で戻って来る可能
性があるんじゃないか?﹂
﹁さすがにそれは楽観的すぎるとボクは思います。ルナ様は魔術師
の才もあり、毎回ボク達を出し抜き城を抜け出しています。ですが
誘拐相手も必死で逃がさないよう監禁していると思います。さすが
に自力で脱出を期待するのは酷かと﹂
 だよな。シアの言う取りだ。さすがに自力での脱出を期待するの
は甘過ぎる。
﹁じゃぁ、オレ達が指示に従い国を出れば人質を解放すると思うか
?﹂
 この問いに皆が黙り込む。
 安易に﹃解放される﹄とは言えない。

1086
 前世の世界でも﹃テロには屈しない﹄と某超大国が標榜していた。
犯人側の要求を受け入れたからと言って、ルナが解放されると考え
るのは甘過ぎる。
 楽観視して、捜索せず傍観して最悪の結末を迎える可能性はある。
﹁なら、ルナ誘拐を国王に話したらどうなると思う?﹂
﹁間違いなく、リュートさん達の国外退去を命じると思います﹂
 リースが再度断言した。
 つまり︱︱
 ?記録帳のXデイは近日起きる。
 ?ルナの自力脱出は不可能。秘密裏に捜索すべし。
 ?国王からの国外退去命令はほぼ確実。
 この状況でオレ達のすべきことは⋮⋮
 腕を組み考え込む。
﹁︱︱まず国王に報告しよう。そして国外退去を命じられたら大人
しく従うしかないだろうな。無理に反目してルナの捜査も、結界石
破壊後に協力体勢を取れないのは厄介だ。だから念のためリースに
装備一式
は現時点で完成しているPKM等を渡しておく﹂
﹃リースお姉ちゃん、シアさんだけで倒させるつもりですか?﹄
﹁あくまで念のためだよ﹂
 クリスの心配をやんわりと否定する。
﹁そしてルナの捜索に関してだが⋮⋮﹂
 皆の視線がオレに集まる。

1087
 オレならなんとかしてくれると視線で訴えかけてくるのだ。
 下手に国の兵が動いたら、誘拐犯達がびびってルナを口封じに殺
すかもしれない。
 また何もせず放置していたら国外に連れ出され、二度と表に出て
こない可能性もある。
 自力脱出の目もほぼ無し。
 彼女を救い出すことは出来るのは事情を把握しているオレ達だけ
だ。
 だがどうやって少数でルナが監禁、捕まっている場所を特定する?
﹁︱︱1つだけ彼女の居場所を特定する方法がある﹂
﹁本当ですか!?﹂
 一番初めに姉であるリースが食いつく。
﹁可能性は高いと思うけど、絶対では無い。でも、恐らくこの方法
しかないと思う⋮⋮﹂
 オレは皆に思いついた方法を話す。
﹁なるほど⋮⋮確かにそれが一番ルナ様を見付け出す可能性が高い
ですね。さすが若様、こんな方法を思いつくなんてさすがです﹂
﹁本当に上手く行くか現時点では分からないけどな﹂
 シアが納得し、称賛してくる。
 オレは軽く受け流した。

1088
﹁とりあえず一通りの方針は決まったな。それじゃまずリースには
作業部屋にある装備一式を精霊の加護で収納してもらう。シアも来
ジェネラル・パーパス・マシンガン
てくれ、汎用機関銃PKMの使い方を教えるから﹂
 リース、シアが返事をする。
﹁スノー、クリス、メイヤは念のためいつでも国外退去出来るよう
に荷物を積んでおいてくれ。メイヤが主導で保険で作っておいたア
レも積んでおいてくれ﹂
﹁分かりましたわ! リュート様の一番弟子であるメイヤ・ドラグ
ーンにお任せください!﹂
 メイヤはオレに頼られて嬉しいのか、喜々として張り切る。
﹁それじゃ時間も無いし、手早く動こう﹂
 オレの合図に皆、それぞれの役割を果たすため動き出す。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 意識が現実へと戻る。
 打ち合わせは既に済んでいる。後はその通りに動くだけだ。
 客間で向かい合っていたリース、その背後にメイドとして立つシ
アに声をかける。

1089
﹁それじゃオレはスノー達の所へ戻るよ﹂
﹁妹を⋮⋮ルナをどうか助けてください﹂
﹁ああ、任せろ。ルナもオレ達にとっては大切な仲間だ。絶対に助
け出してやる﹂
﹁ありがとうございます、リュート様。では、これを﹂
 目元を拭うリースから、ルナのハンカチを預かる。
 そしてオレは立ち上がり、客間を後にした。
第80話 保険︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月4日、21時更新予定です。
豆まきしました! 太巻きは方角が分からなかったけど、美味しく
頂きました。サーモン美味しいです。
夕飯が歳の数の豆と太巻き︵サーモン︶という状況になんか知らな
いけど笑ってしまった。
1090
第81話 黒い御人
 ウッドキャッスルを追い出されたオレは、スノー達と合流し飛行
船で国外へと出る。
 国外と言ってもエノールの国境すぐ側だ。
 一応、誘拐犯達の要求通り、国外には出ている。
 オレ達は飛行船から下りて、国境ギリギリでまず待機する。
 もちろんフル装備だ。
 メイヤが不機嫌そうに溜息をつく。
﹁しかしまさか本当にリュート様を追い出すとは、失礼にも限度が
ありますわ!﹂
﹁まぁまぁ、娘を人質に取られてるんだ。慎重になってもしかたな
いよ。それにルナはオレ達が助けるんだろ?﹂

1091
﹁助けると言えばリュートくん、ちゃんとリースさんからルナちゃ
んの品物受け取ってきた?﹂
﹁もちろん、抜かりはないよ﹂
 スノーの質問にオレはポケットから取り出したハンカチで答える。
﹁後はちゃんと指示通り、あいつがこっちに来てるかだけど⋮⋮ク
リスちょっと呼んでみてくれ﹂
﹃分かりました﹄
 クリスはミニ黒板から一旦手を離して、片方の手で○を作り口に
当てる。
 大きく息を吸い込んで、
﹁ふしゅー﹂と、鳴らす。
 数秒後、草木の影からルナがいつも騎乗していたサーベルウルフ
のレクシが姿を現す。どうやら予定通り付いてきてくれたみたいだ。
 クリスは怯えもせず、レクシの顎をわしゃわしゃと撫でる。
 オレはサーベルウルフのレクシを警察犬のように使って、ルナを
探そうと提案したのだ。
 犬の嗅覚は人よりも遙かに優れている。
人の嗅覚の1千倍から1万倍も鋭い。
 サーベルウルフはさらにその上をいっている。
 その嗅覚を使って人捜し、麻薬、医療でも犬の嗅覚でガンを発見

1092
する方法が研究されていると、ネットやテレビで観た覚えがある。
 ちなみに前世のアメリカには、犬の嗅覚を使い爆発物を発見する
専門の部隊︱︱爆発物探知犬部隊が存在し、シークレット・サービ
ス、税関、国立公園警察、軍、数多くの文民警察機関がテロリスト
や愉快犯が隠した爆弾を探すのに犬の嗅覚に頼っている。
 この部隊は1975年に創設された。
 犬と調教師の組が30組あり、勤務時間の80%を爆発物探知、
20%をパトロール任務に充てている。
 訓練はメリーランド州ベルツヴィルのシークレット・サービス犬
訓練所で、20∼26週間かけて行われる。
 訓練内容は梯子や窓、渡り廊下などの障害物を通ったり、容疑者
を追う訓練をこなす。またRDXやセムテックスなど13種類の爆
発物を嗅ぎ分ける訓練も行われる。
 麻薬探知犬の場合は不審人物に噛みついたり、揺すったりするよ
う訓練されるが、爆発物探知犬は爆発物の疑いのある物体を嗅ぎつ
けたら座るように訓練される。
 犬が爆弾に噛みついて、揺すったりした場合、爆発する恐れがあ
るからだ。
 そんな爆発物探知犬が隠されたプラスチック爆弾を探知する確率
は75%以上とされている。
 100%ではないが、探知出来ないよりマシだ。
 それにあくまで爆発物探知犬は、爆弾を発見するためのシステム

1093
全体の1つでしかない。
 話を戻す︱︱オレはルナの匂いが染みこんだハンカチを、レクシ
の鼻に近づける。
﹁頼むぞ、レクシ。オマエの頑張りにご主人様の命がかかってるん
だからな﹂
 ハンカチから顔を離すと、エノール国境を目指し動き出す。
﹁メイヤはいつでも飛行船を動かせるように、準備をしておいてく
れ﹂
﹁分かりましたわ! リュート様、皆様方、どうかご武運を!﹂
 オレ達は腕を上げメイヤの言葉に応えると、エノールを目指して
走り出した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ︱︱第3者視点︱︱
 リュート達が国外退去してから3日後の深夜。
 結界石周辺は魔術の光が灯され、24時間約50人ほどの兵士に

1094
よって警備されている。
 結界石の警備に就ける兵士の条件は、魔術師B級以上という狭き
門。
 ウッドキャッスル内で尤も栄誉ある業務ということもあり、仕事
に就く兵士達は深夜にも関わらず誰1人欠伸すらする者はいなかっ
た。
 それだけ結界石の警備という仕事に誇りを持っているのだろう。
﹁︱︱なっ!?﹂
 だからこそ驚愕する。
 魔術師B級以上、約50人の警備兵が周囲をぬかりなく監視し続
けていた。
 なのに1人、黒ずくめの何者かが、結界石の前に佇み手を触れて
いたのだ。
 頭まですっぽりと隠す外套。
 ズボン、手袋、ブーツ、顔を隠す仮面は空気穴1つない。
 夜天を切り抜き人型にしたような人物だった。
 お陰で男なのか、女なのか性別すら分からない。
﹁貴様! 何をしているか!﹂
﹁今すぐ奴を取り押さえ、結界石から引き剥がせ!﹂
 だが誰も黒ずくめに触れることすら出来なかった。
 なぜなら兵士達、約50人の頭部、胸、胴体に風穴が空いたから
だ。

1095
 一瞬にして魔術師B級以上の兵士、約50人の死体が出来上がる。
 噎せ返るような血の匂いが漂うにも拘わらず、黒ずくめは微動だ
にせず結界石に触れ続ける。
 ゴ︱︱
 最初は漣のような小さな揺れ。
 ゴゴゴ︱︱
 次第に揺れは大きくなっていく。
 気付けば結界石の周囲だけ噴火前の火山活動のように揺れ動く。
 地面が割れ、防壁に罅が刻まれ、木々が倒れる。
 ︱︱バガァンッッ!!
 そして、最終的に火山が爆発するようにピラミッド状の結界石が
大噴火してしまう。
 結界石の破片はまるでシャワーのように黒ずくめへと降り注ぐが、
当の本人はまったく気にしていない。
 一仕事終えた達成感も、自身の力を使用した結果に満足する訳で
もない。ただ必要だった事務仕事を終えたように淡々としている。
 黒ずくめの頭上に、一抱え以上はある結界石の破片が落下してく
る。
 破片は地面に落下しめり込むが、その場に黒ずくめはいなかった。
 まるで悪い夢か、怪談話に出てくる怪物のように、黒ずくめはそ
の場から姿を消したのだ。

1096
 地獄の釜が蓋を開く。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 リース自室。
かおりちゃ
 彼女はシアの淹れた香茶の湯気をぼんやり眺めていた。
﹁リュートさん達は、ルナの所在を突き止めているのでしょうか⋮
⋮﹂
﹁大丈夫ですよ、若様達ならきっとルナ様を無事助け出してくれま
すよ﹂
﹁そうよね。リュートさん達の仲間である私達が信じなければいけ
ないわよね﹂
 自身を慰めるようにリースは自身に言い聞かせるように話す。
 ︱︱ドン!
﹁﹁!?﹂﹂
 腹に響く破壊音。
 突然の出来事に護衛メイドであるシアは、腰を落とし何が起きて
も主であるリースを守れるよう構える。
 破裂音は収まるが、

1097
﹃ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!﹄
 耳に響く嘶き。
 リースは冷たい汗を大量に掻いてしまう。
﹁まさか、もう結界石が破壊されたの!?﹂
 数日以内と予想はしていたが早すぎる!
 彼女は椅子から立ち上がると、自室の扉へと駆け出す。
﹁ひ、姫様、どちらへ!﹂
﹁結界石の様子を見てきます。シア⋮⋮付いて来てくださいますか
?﹂
 恐らく記録帳に書かれている通り結界石は破壊されたのだろう。
 つまり向かう先は﹃バジリスク﹄﹃竜騎兵﹄が溢れる戦場、地獄
だ。本来ならその場に向かうなど自殺行為で、今ならまだ彼女1人
ぐらいなら逃がすことは難しくないだろう。
 しかしシアは、怯えもせず力強く微笑む。
﹁もちろんです。ボクは姫様の護衛メイドで、若様達の仲間なので
すから﹂
﹁ありがとう、シア﹂
 リースは自身の護衛メイドに礼を告げると、宮廷用ドレス姿で結
界石のある裏庭へと走り出した。その後をシアがメイド服姿のまま
続く。

1098
第81話 黒い御人︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月5日、21時更新予定です。
と、言う訳で。今回でラスボスっぽいのが登場しました!
他にもこの後、色々因縁、伏線回収、新たな伏線等ありますのでお
楽しみに!
また多数の誤字脱字報告をして頂きありがとうございます!
本当に誤字脱字多くてすんません。
近日中に修正したいと思います。本当にご報告して頂きありがとう
ございます!

1099
第82話 汎用機関銃
 リースはシアを連れて結界石がある裏庭へと姿を現す。
 途中、他のメイドや兵士、大臣、他ハイエルフ族達とすれ違った
が、皆は結界石破壊という本来ありえない事態に戸惑い右往左往す
るばかりだった。
﹁ッ︱︱! なんて酷い!﹂
 結界石のある広場へと辿り着く。
 そこはまさに戦場、地獄絵図だった。
﹃ガギャア、ギャァギャァアァッ!﹄
 湧き出てきた禍々しい姿をした竜騎兵が、歓喜の咆吼をあげる。

1100
 全身を硬い鱗で覆い、背丈も2メートルと高い。手には骨や石な
どで作った槍、ナイフ、棍棒など原始的な武器が主だった。
 そんな竜騎兵の群れが、殺した兵士の骸に集まり我先にと貪り喰
らう。酷い場合は戦っている最中の兵士に囓りつき、肉を引き千切
り、血を啜る。
 まだ距離は大分あるはずなのに濃厚な血の匂いがリースの鼻にま
で届く。
 破壊された結界石の穴から、際限なく竜騎兵がどんどん湧き出し
てくる。
 ハイエルフ王国の兵士達は想定外の事態に混乱し、対応に苦慮し
て散発的な行動しか取れていない。
 さらに不味いことに︱︱
﹃ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!﹄
 空を舞うバジリスクが兵士、竜騎兵関係無く石化させていく。
 石化した兵士や竜騎兵は、バジリスクに啄まれエサになる。
 まだバジリスクが城内に留まっているだけマシかもしれない。
 もし1匹でも外に出たら、湖外の住人達に抵抗する方法はないの
だから。
﹁ひ、姫様!? ここは危険ですから今すぐ避難してください!﹂
 現場指揮に来た指揮官らしき人物に声をかけられる。しかしリー
スは逆に指示を出した。

1101
﹁いいえ、私は避難しません。これから戦いに出て時間を稼ぎます
ので、貴方は今戦っている兵を一度引かせ部隊を整えてください。
今の状態では無駄に犠牲を出すだけです。それからお父様、他同胞
達の避難と護衛をお願いします﹂
﹁わ、分かりました!﹂
 有無を言わせないリースに言葉に指揮者はすぐ対応に走った。
アリス
 リースは加護の力でシアのAK47を取り出し、ALICEクリ
ップにまとめられたベルトとパンツァーファウスト60型、防御用
破片手榴弾を取り出し渡す。
﹁私はPKMの準備をしますから、シアはこれで襲われている兵士
の救護、バジリスクの排除をお願いします。出来ますか?﹂
﹁はっ! お任せください!﹂
 シアは装備を手早く身に付け、肉体強化術で戦場へと躍り出る。
 リースはその背を頼もしそうに見送り、自身は宣言通りPKM︱
ジェネラル・パーパス・マシンガン
︱汎用機関銃の準備に取り掛かる。
 やり方はリュートに保険として預かった時、一通り目の前で教え
てもらった。自室でも何度も練習済みだ。
 お陰で淀みなく手が動く。
 まずPKMと弁当箱を3倍ほど大きくしたようなボックスマガジ
カートリッジ
ンを取り出す。金属製で弾薬が詰まってなければ、叩くと空き缶の
ように響く。
 ボックスマガジンに7.62mm×54Rが200発収まってい
る。

1102
バレル バイポット
 PKMの銃身先には、二脚が備え付いているため、地面に置くと
銃床が下に銃口が斜め上を向く状態になる。
 次にボックスマガジンをPKMの下に装着。
カートリッジ
 弾薬ベルト︵弾薬が繋がったベルト︶を手に、フィード・カバー
カートリッジ レシーバー
と呼ばれる蓋を開きベルトに繋がっている弾薬を機関部に入れて蓋
を閉める。
レシーバー
 機関部右脇に付いてるコッキングハンドルを引き準備完了。
 リースは銃身を楽に交換するために付いているキャリングハンド
ルを掴み、銃口を竜騎兵達へと向ける。
﹁準備は整いました。ここから先は1匹たりとも通しません⋮⋮ッ﹂
 大きな瞳に決意の光を灯し、リースは戦場を睨み付ける。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁た、助け︱︱!﹂
 エルフの男性が竜騎兵に襲われていた。
 男は腕の肉を囓られたのか、手で押さえている箇所から溢れ出る
鮮血が止まらない。尻餅をついている所に、数匹の竜騎兵が貪り喰
らおうと迫る。
 ダン! ダダダダダダダダダン!

1103
﹃ガギャア、ギャァギャァアァッ!﹄
 エルフの男性を襲おうとしていた竜騎兵達の頭部に穴が空き、次
々倒れていく。
﹁大丈夫か! 1人で動けるか?﹂
アリス
 メイド服にALICEクリップ付きのピストルベルトを装着し、
AK47を手にしたシアが男性の危機を救った。
 男は血なまぐさい戦場にメイドが居て、しかも助けてくれたとい
う違和感から痛みすら忘れてしまうほど呆ける。
﹁だ、大丈夫です。歩くぐらいなら出来ます﹂となんとか返事をし
た。
﹁よし、なら今すぐ後方に下がれ。他に逃げ遅れている奴が居たら
声をかけてやってくれ﹂
 シアはそれだけを伝えて、さらに群がってきた竜騎兵達をAK4
7の掃射でなぎ倒し、奥へと進もうとする。
﹁貴女はどこへいくつもりですか!?﹂
﹁姫様のご指示でバジリスクを倒しに行く。少々派手に暴れるから、
死にたくなかったさっさと後方へ下がってくれ。他者を構っている
余裕なんてないから﹂
﹁わ、分かりました!﹂
 男は息を飲むとすぐさまシアに背を向け、後方へと移動する。
 彼女は撃ち終えたマガジンを捨て、マガジンポーチから新たに取
り出し差し込んだ。

1104
 ダン! ダダダダダダダダダン!
﹃ガギャア、ギャァギャァアァッ!﹄
 AK47を掃射するたび、面白いように竜騎兵が倒れていく。
 石化した兵士、竜騎兵を食べていたバジリスクもシアの存在に気
が付き飛翔する。
﹃ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!﹄
 新たなエサが舞い込んで来たと言わんばかりに嘶き、シア目掛け
て急接近。
 魔眼有効射程範囲は約500メートルだ。
 だが、その範囲に入る前にシアは防御用﹃破片手榴弾﹄を取り出
し、口でピンを抜く。
 肉体強化術の魔力を増加させ、手榴弾をバジリスク正面に向け全
力投球する。有効射程範囲は約15メートル。
 破裂音。
 同時にバジリスクが予想外の攻撃に苦痛の叫びをあげる。
﹃ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!﹄
 バジリスクは地面に落下、竜騎兵を数体巻き込む。
 シアの手は弛まない。
 彼女は背中に刺していたパンツァーファウスト60型を取り出す。

1105
 シアはまず弾頭の根本あたりに付いている安全ピンを抜く。
 照門を立てる。
 安全レバーを前へ押し出せば発射準備完了。
 バジリスクとの距離は約20メートル。
 近距離のためシアはパンツァーファウスト60型を肩に担ぎ、頭
部を狙い定める。
 背後から竜騎兵が近づいてくる足音に気付いているが、無視した。
﹁星の彼方までぶっ飛べ︱︱ッ﹂
 ツインドラゴンに襲われた際、洞窟でリュートが言った台詞をシ
アはマネしてトリガーを押す。
 弾頭は﹃バシュッ!﹄という発射音と共に、初速45m/秒で飛
んで行く。
 後方から襲って来ていた竜騎兵達は、発射時の後方発射炎で吹き
飛ぶ。
 約3キロのTNT魔力炸薬がバジリスクの頭部へと着弾。
 腹に響く音を立て、バジリスクの頭部をごっそりと消失させた。
 シアはパンツァーファウスト60型の残骸を捨て、AK47を構
え直す。後方発射炎で火傷を負いのたうっている竜騎兵に止めを刺
す。
 シアは役目を終えると、再びリースの元へと引き下がる。
 肉体強化術で身体補助。
 急ぎ足で戻ると、すでにリースはPKMの準備を整えていた。

1106
﹁姫様! お待たせしました!﹂
﹁シア! すぐに私の後ろへ! ﹂
 リースの焦った声。
 シアの背後には何十、何百という竜騎兵達がこちら目掛けて突撃
してくる。
 捕食すべき兵士達が居なくなったからだ。
 竜騎兵は新鮮な肉を求め、エルフ達が集まっているウッドキャッ
スルを目指すのは必然である。
﹁姫様! 撤退完了しました!﹂
﹁行きます! ファイヤー!!!﹂
トリガー
 リースが掛け声と共に引鉄を絞る!
 ダダダダダダダダダダダダダダダダンッ!
 ライフル弾にも使われる7.62mm×54Rが650発/分の
速度で発射される!
﹃発/分﹄単位は1分間に何発の弾丸を発射出来るか表している。
数が大きいほど発射のサイクルが速い。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 汎用機関銃の元祖︱︱対空用射撃も考慮したドイツのMG42な
どは、1500発/分という高速で撃つことが出来る。このレベル
になると他の機関銃音とは異なり、﹃ブォーツ﹄というような連続
音に聞こえる。
 第2次世界大戦当時、連合軍兵士からは﹃ヒトラーの電気ノコギ
リ﹄と恐れられた。

1107
 しかしこの発射速度は﹃理論値﹄でしかない。性能表に毎分10
00発と書いてあっても、実際にその数を撃ち続けることは出来な
い。
 なぜなら弾薬ベルトの長さの物理的な限界があるからだ。あまり
に長いベルトは途中で切れたり捻れたりと装弾不良の原因になるし、
持ち運ぶのも難しくなる。弾薬のサイズにもよるが、実用的なとこ
ろではベルト1本200発前後が限界だろう。
﹃ガギャア、ギャァギャァアァッ!?﹄
 硬い鱗に覆われた竜騎兵だが、7.62mm×54Rが生み出す
威力に耐えきれず将棋倒しでバタバタと倒れていく。
 リースは約300メートル以上離れた安全な位置に居ながら、嵐
のように弾丸を撒き散らし敵を薙ぎ払う。
 約20秒ほどで一回目のマガジンボックスを撃ち尽くす。
 PKMの銃身が発熱し白い煙を上らせる。
﹃お⋮⋮おおおおおおおぉおぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!
!﹄
 リースの背後。
 竜騎兵、バジリスクから避難していた兵士達が一斉に歓声を上げ
る。
 まるでもう勝利したような喜びようだ。
 だがリースはこの発砲で自分達の不利を悟ってしまう。
 彼女は泥を吐き出すように呟いた。
﹁このままじゃ突破されてしまいます⋮⋮ッ﹂

1108
 湧き上がる歓声とリースの苦しそうな表情の対比。
 明暗のようにくっきりとその2つが浮き上がった。
第82話 汎用機関銃︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月6日、21時更新予定です。
明日は所用があって21時予約しておくけど、なろうの予約システ
ムをミスってたらアップが遅れるかも。その時は帰ってきたらアッ
プし直します。 1109
第83話 汎用機関銃2
﹁シア、準備が整うまで援護をお願いします!﹂
﹁了解しました!﹂
ジェネラル・パーパ
 シアはリースの指示に従ってAK47を構え、PKM︱︱汎用機
ス・マシンガン
関銃のショックから立ち直り再度突撃して来る竜騎兵達に向け発砲
する。
 その間にリースは銃身とボックスマガジンの交換を素早くおこな
う。
 銃身は銃のサイズや口径にもよるが、200∼300発砲後に交
換するのが一般的だ。

1110
バレル
 リースは銃身に付いている取っ手︱︱キャリングハンドルを掴み、
新しいのと交換する。
バレル
 交換を終えた湯気が昇る銃身は捨てたりしない。
バレル
 数本交換している間に最初に加熱した銃身が冷えているので、再
び利用する。
 リースの場合は最悪、使い捨ててもいい。
 なぜなら彼女の﹃精霊の加護﹄︱︱﹃無限収納﹄に予備を何本も
入れておくことが可能だからだ。
﹁準備、終わりました! シア、下がってください!﹂
﹁了解!﹂
バレル
 再度、銃身とボックスマガジンの交換を終えたリースが、シアと
交替する。
トリガー
 銃口を向かってくる竜騎兵達へ向け引鉄を絞る!
 ダダダダダダダダダダダダダダダダンッ!
 再度7.62mm×54Rが嵐のように発射され、群がってきた
竜騎兵達を薙ぎ払う。
﹃ガギャア、ギャァギャァアァッ!﹄
 先程の焼き直しのように竜騎兵達が倒れ、後ろで兵士達が歓声を
あげる。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 だが、リースは2回目のPKM︱︱汎用機関銃の発砲で疑念が確
信へと変わった。

1111
︵このままでは竜騎兵達の物量に負けて突破されてしまいます⋮⋮
ッ︶
マシンガン
 機関銃はとても強力な武器である。
 前世のある本には﹃兵士3人に機関銃1丁で、勇士をそろえた敵
の大隊︵約1000人︶を足止めできる﹄と書かれてあるほどだ。
マシンガン
 しかしいくら機関銃が強力な武器でも、その性能を発揮する使い
方をしなければ意味がない。
マシンガン
 現在は突撃してくる竜騎兵を正面から機関銃で撃ち倒している。
だが実際、発砲した弾丸が全て敵に当たるわけではない。
 必ず数匹は弾丸の隙間をぬい生き延びる。
 それを倒すためにさらに弾丸を発砲するが、これでは効率が悪い。
 本来、こういった陣地を防衛する場合、機関銃は敵を正面から発
砲するのではなく、斜め︱︱敵を一列に並べて側面から撃ち倒せる
ように配置しなければならない。
 敵を側面から撃つ役割に配置した機関銃のことを﹃側防火器﹄と
呼ぶ。
 では、どうやって敵を一列に並べて側面から撃つのか?
 事前に味方陣地前に鉄条網を設置すればいいのだ。
 この場合、鉄条網を敵に対して横一列、一直線に張るのではない。
ノコギリの刃のようにジグザグに設置するのだ。
 すると敵は突破しようと鉄条網に沿ってV字のように左右一列に
並ぶ。

1112
マシンガン
 並んだ敵側面の延長線上に機関銃を配置。発砲すれば敵を効率良
く倒すことが出来る寸法だ。
 竜騎兵は知能が低く、気性が荒いせいでただ真っ直ぐ突っ込んで
くるだけだから、今はいい。
マシンガン
 だが、さすがに機関銃の脅威に気付き、死んだ仲間を楯にしたり、
さらに左右に広がり迂回する方法を採ってくる。
 リースが慌てて指示を飛ばす。
﹁左右から迂回してくる竜騎兵を兵士達に担当させなさい! 決し
て私の前に立たないよう注意を徹底にすること! 貴方達の背後に
は力を持たず、事態の危機も知らず眠る守るべき民が居ることを知
りなさい!﹂
﹁はッ!﹂
 エルフの指揮官が指示に従い、部下を左右から迂回してくる竜騎
兵に向かわせる。
 リースは叫びながらも手を止めず、3回目の発砲準備を整える。
 牽制を終えたシアが彼女の側に寄ってくる。
 彼女も現状の危機をリースと同じぐらい認識している。
﹁姫様のお陰で兵士達の混乱は収まり、戦準備は十分に整いました。
PKMはボクが代わりますので、姫様は脱出のご準備を﹂
﹁それは出来ません﹂
﹁姫様!﹂
﹁今、私が後方へ下がれば折角上がった兵達の士気は再び下がりま
す。そうなれば戦力差と士気の低下で前線は簡単に崩壊してしまい

1113
ます﹂
﹁︱︱ッ﹂
 シアは反論の言葉を返せなかった。
 リースの指摘通りだ。兵士達にとって、本来自分達が守護すべき
マシンガン
第2王女が、最前線で戦っている。さらに機関銃という圧倒的火力
で、竜騎兵をばったばったと倒していく。その姿を見て士気の上が
らない者はいないだろう。
 だからこそ圧倒的戦力差をはねのけ、ギリギリ持ち堪えることが
出来ているのだ。
 家の大黒柱が抜けたら倒壊するのに時間は掛からないのと同じ理
屈だ。
 リースは自分の最も信頼する護衛メイドに、柳眉を下げ謝罪する。
﹁ごめんなさい、シア。こんな酷い戦いに付き合わせたりして⋮⋮﹂
﹁いえ、ボクは姫様専属の護衛メイドですから。当然のことをして
るまでです。だからお気になさらないでください。それにきっと、
もうすぐ若様が助けに来てくださいます﹂
﹁そうね。リュートさんは約束してくださったものね。絶対にルナ
も、私達も助けてくださるって﹂
 いつも失敗ばかりで、﹃傾国姫﹄と陰口を叩かれている自分を、
大切な仲間と断言してくれた。姉が予言した未来を防ぐことが出来
る唯一の存在。そんなリュートが、絶対に助けに来ると断言したの
だ。それは姉の予言︱︱それ以上に確かな約束だ。
 リースとシアは気持ちを改めて、再び意識を戦場へと戻す。
トリガー
 PKMの引鉄を絞る。

1114
 だがついに数体がPKMの弾丸をくぐり抜けリースへと接近。
 咄嗟にシアが体を割り込ませ、AK47をフル・オート射撃する。
﹃ガギャア、ギャァギャァアァッ!﹄
 しかし1体を撃ち漏らし、距離を縮められる。AK47の弾倉は
先程の射撃で撃ち尽くしてしまう。シアはとっさに飛び出し、敵の
棍棒の一撃をAKを楯に受ける。
﹁くッ!﹂
 銃身がその一撃でひしゃげる。
 竜騎兵はそのままシアを力任せに押し込もうとするが、彼女は逆
らわずAK47を手放す。竜騎兵は突然、力を押し込んでいた先が
消失し前のめりにバランスを崩した。
 シアはその場で一回転、同時に腕を振るう。
 メイド服の裾から﹃wasp knife﹄が暗器のように飛び
出し、彼女は右手で握り締める。
﹁姫様には指一本触れさせない!﹂
 一回転し振り向きざま﹃wasp knife﹄の刃を竜騎兵の
眼孔に付き立てる。さらにスイッチを押すと、﹃wasp kni
fe﹄の内部に溜め込まれたガスが噴射され、頭部内部をズタズタ
に引き裂く。
 竜騎兵は頭部を内側から破壊されて、血液を噴き出し完全に絶命
してしまう。
﹁グがぁ!?﹂

1115
﹁シア!?﹂
 だが、竜騎兵もただ殺されるだけでは終わらなかった。竜騎兵は
絶命の瞬間、シアの後頭部を棍棒の柄で殴り飛ばしたのだ。
オーガ
 オークや大鬼に負けない怪力を持つ竜騎兵の腕力で殴られたせい
で、シアは後頭部から血を流し倒れてしまう。
 リースは慌てて彼女に駆け寄り、回復魔術をかける。
ヒール
﹁手に灯れ癒しの光よ、治癒なる灯﹂
 シアは温かな回復の光を浴びながら、リースに再度告げた。
﹁ひ、姫様⋮⋮ボクのことは構いませんから、姫様だけでも逃げて
ください⋮⋮﹂
﹁シア、喋らないで。今、傷口を癒してますから!﹂
 シアは傷口を完治させるも、殴られた衝撃により意識を落とす。
 さらにタイミング悪く︱︱
﹁おい、見ろ! バジリスクが2体も結界石から出てきたぞ!﹂
 兵士の指摘通りバジリスクが2体、破壊された結界石から姿を現
す。
 そのうちの1体は眼下の戦場など意に介さず、早々に湖外の街へ
と向かってしまう。
 さらに結界石からはPKMで倒した以上の竜騎兵が這い出てくる。
 さすがに兵士達も目の前の事態に士気が下がってしまう。

1116
 だが、唯一1人だけ希望を捨てていない人物がいた。
 リースだ。
 彼女は気絶したシアを抱きかかえたまま、迫り来る竜騎兵達を睨
み付ける。
﹁絶対にリュートさん達が⋮⋮仲間達が助けに来てくれます。ドジ
で、不器用で、皆の脚を引っ張ることしか出来ない私ですが︱︱そ
れまでハイエルフ王国、エノールの第2王女、リース・エノール・
メメアが絶対にこの場を死守してみせます!﹂
 彼女の叫びと同時に︱︱空を舞っていたバジリスクの頭部が内部
から爆砕する!
﹃!!!???﹄
 頭部を内部から砕かれたバジリスクは力を失い、重力に従って地
面へと落下する。
 その場に居た全員が起きた事態を飲み込めず、ただ驚愕していた。
﹁お姉ちゃーーーん!﹂
 上空から聞こえてくる叫び声。
 皆がその声に振り返ると、いつの間にか一隻の飛行船が空から近
づいてくる。
 声の主は誘拐されたはずのハイエルフ王国、エノールの第3王女、
ルナ・エノール・メメアだ。元気よくブンブンと手を振っている。
 飛行船にはルナだけではなく、クリス、スノー、メイヤ、サーベ
ルウルフのレクシ︱︱そして、リュートが揃っていた。

1117
 リースは安堵から自然と涙を零す。
 彼女は頬を伝う雫を拭いながら、無意識に愛しげな声で呟いてい
た。
●●●●●
﹁信じていました︱︱私の勇者様﹂
第83話 汎用機関銃2︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月7日、21時更新予定です。
第81話で殺された兵士達は、ハイエルフではなくエルフや黒エル
フ、他種族の魔術師達です。分かり辛い文章で申し訳ありません。
基本的にハイエルフは仕事をしません。貴族階級的立場に居るイメ
ージです。
ではまた明日よろしくお願いします。

1118
第84話 有効射程と最大射程
 時間は遡る。
 サーベルウルフ、レクシの鼻を頼りにルナ捜索を初めて2日目。
 オレ達は彼女が捕らえられているだろう屋敷を発見する。
 屋敷は街の郊外にあった。
 匂いはここで途切れているらしい。
 屋敷のどの部屋にルナが捕らえられているのか、それとも地下な
のか、オレ達は情報を収集しようとした。
 しかし翌日、昼過ぎ︱︱物々しい商隊が屋敷に姿を現し、鉄格子

1119
付きの馬車へルナらしき人物を乗せて移動を開始。
 彼らが進んでいるのは完全にハイエルフ王国、エノールを出るル
ートだ。
﹁嫌な予感が当たったみたいだな⋮⋮﹂
 屋敷の様子を窺っていた、スノー、クリス、サーベルウルフのレ
クシに聞こえるように呟く。
 彼女達もオレの言葉の意味を理解し、黙って頷いた。
 どうやら犯人達は、誘拐した相手がハイエルフ王国エノールの第
3王女、ルナ・エノール・メメアだと気付いているらしい。
 ハイエルフ族の寿命は1万年。
 それ故、長寿と夫婦愛を司る種族として、人種族から絶大な支持
を受けている。しかも誘拐したのはハイエルフの王女。
 好事家にとっては、これほど極上なものはない。多少リスクを背
負ってでも手に入れたいと思うのは必然だ。
 もし誘拐犯達の言葉にただ従っていたら、ルナは一生表に出ず日
の光を浴びない生活を送ることになっていただろう。
 今更ながら自分達が動いていてよかったと安堵する。
 後はどうやって彼女を助けるかだ。
 相手は鋼鉄の馬車。角馬も通常より一回りでかい2頭で引いてい
る。車輪も鉄製でカバーがかかっている。しかも馬車を囲むように

1120
前後を20人近い男達が角馬に乗り並走している。恐らく魔術師も
数人交じっているだろう。
 商隊というより最早要人警護レベルだ。
 しかも進む街道は隣街まで遠回りだが、平野で繋がっている。見
晴らしのいい草原で隠れる場所は皆無。約1キロ先から、見下ろす
形で監視するのが精一杯だ。これ以上、近づいたら相手に気付かれ
逃走されてしまう。
 もしここで取り逃がしたら、次ルナの動向を知るのはさらに難し
くなるだろう。
﹁リュートくん、どうする?﹂
 スノーが尋ねてくる。
﹁まずはなんとかして奴らの脚︱︱ルナが乗っている真ん中の馬車
を止めないと﹂
 あの馬車の動きさえ封じれば、オレ達で強襲をかけて人質を奪還
出来る。
 問題はどうあの馬車の動きを封じるかだ。
 パンツァーファウスト60型では威力が高すぎて、人質ごと殺し
てしまう。
 手榴弾で車輪を破壊するにも、距離が遠すぎる。
 即席で地雷を作るにも、制作して起動実験する時間が無い。不確
定の要素が多すぎる。
 クリスが燃えるような闘争本能を瞳に宿し、ミニ黒板を突き付け

1121
る。
﹃お兄ちゃん、なんとか私を有効射程に近づかせてください。そう
すれば絶対に馬車の脚を止めてみせます!﹄
 クリスの意気込みは有り難いが、彼女が使っているM700Pの
最大射程は900m。最大射程とは、﹃発射された弾丸が地面に落
ちるまでの距離﹄だ。
 砲丸投げ、野球ボール投げの飛距離と同じ考えだ。つまりM70
0Pから発射された弾丸が地面に落ちるまでの距離が﹃900m﹄
ということになる。
 だが、銃は飛んだ飛距離を争う競技ではない。
 物体に弾丸を当てて破壊したり、傷をつけたりしなければならな
い。
 そして弾丸が物体を破壊したり、傷つけたりするのに十分なエネ
ルギーをキープ出来る距離のことを︱︱有効射程と呼ぶ。
 その有効射程は銃の種類によって様々だ。
 いくつか例をあげると︱︱
 拳銃弾の有効射程は約50m。
 最大射程は∼1.8km。
 アサルトライフル弾の有効射程は約200∼350m。
 最大射程は∼2.8km。
 ライフル弾の有効射程は500m∼1.5km。

1122
 最大射程は∼4km。
 機関銃弾︵12.7×99︶の有効射程は1.5∼2km。
 最大射程は∼6.8km。
パウダー バレル
 もちろん使う弾頭や発射薬、空気抵抗、銃身長によっていくらで
も変化する数字だ。
 以上を加味して、確実な殺傷力を持たせたM700Pの有効射程
はだいたい約500mぐらいだろう。つまり、クリスの望みを叶え
るためには、彼女をあの商隊に約500mまで気付かれずに接近さ
せなければならない。
﹁う∼∼∼ん﹂
 オレは腕を組み知恵を絞る。
 スノー、クリス、サーベルウルフのレクシは黙って見守っていた。
アンチマテリアルライフル
 例えば対物狙撃銃なら、1.5km先の人間すら真っ二つにする
威力があるが、今そんなものを制作する時間的余裕はない。
 では、どうやってあの商隊に気付かれず、距離を縮めればいいの
か⋮⋮
﹁︱︱これなら相手に気付かれず有効射程まで近づけるかも知れな
い﹂
﹃本当ですか!?﹄
 クリスが希望の笑顔を浮かべる。
 やっぱり嫁は明るい笑顔の方が可愛い。

1123
﹁ああ、任せておけ! 僕に秘策有りだ﹂
 オレは妻達へ向け、力強く親指を立てた。
 作戦を決行するため一度、オレ達はメイヤが待つ飛行船へ急ぎ戻
った。
第84話 有効射程と最大射程︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月8日、21時更新予定です。
いつも﹃軍オタ﹄を読んでくださってありがとうございます。
実は現在リアルで仕事と私生活の用事が重なり、少し忙しくなって
おりまして⋮⋮。
活動報告や感想返信、誤字脱字修正がやや遅れがちになると思いま
すが、何卒宜しくお願い致します︵いつも感想・誤字脱字報告あり
がとうございます!︶。

1124
第85話 ルナ救出作戦
 広い草原のほぼ真ん中に街道が通っている。
 左右約1km先に森が茂っているが、通常の方法でそこからの奇
襲は不可能。
 魔術を使えば気付かれる。
 弓では届かない。
 攻城兵器では狙いが正確ではない。
 だからルナを乗せた馬車を警護する男達は、周囲を警戒している
が悠然と街道を進んでいた。
 ︱︱ダンッ!

1125
﹃!?﹄
 発砲音。
 金属製、鉄格子付きの馬車を引く角馬2頭が、1発の弾丸で即死
する。
 角馬の頭部が横一列に並んだ刹那、1発の﹃7.62mm×51
NATO弾﹄が2頭の頭部を貫通したのだ。
 仮に足を狙い負傷させても、回復魔術で癒されてしまう。
 だから即死しか選択肢がなかったのだ。
 お陰で馬車を引いていた角馬が倒れ、脚が止まる。
﹁奇襲!? 馬鹿などこからだ!﹂
﹁弓!? いや、魔術か!?﹂
﹁ありえん! 魔力の気配なんて微塵もなかったぞ!?﹂
﹁変な音はあちらの方角から聞こえてきたぞ!﹂
﹁落ち着け! 早く角馬を繋ぎ直せ! 他の者は周囲を警戒、馬車
を護衛しろ!﹂
 最初は動揺していた男達だったが、リーダー格らしき人物の一喝
ですぐに行動に移る。
 男達は発砲音が聞こえてきた方角を警戒するが、そんな彼らを嘲
笑うように弾丸はさらに飛翔する。
 ダンッ!
 ダンッ!

1126
かんぬきかすがい
 馬車の扉をがっちり閉じている閂を支える閂鎹と錠前ごと、弾丸
が吹き飛ばす。
 男達はさらに驚愕する。
﹁ふ、巫山戯るな! どこから攻撃してんだよ! 魔術も使わず錠
前を破壊するなんて!? は、は、反則だろうがぁッ!﹂
 1人の男が顔を真っ赤にして声を荒げる。
 何が反則だ。
 少女を誘拐して、どこぞへ連れて行こうとする外道が口にしてい
い言葉じゃない。
 角馬が射殺され、倒れたせいで馬車本体が傾く。
 鍵である閂も錠前ごと破壊されたため、扉が引き開いてしまう。
﹁な、何の音よ⋮⋮って、扉の鍵が開いてるじゃない!﹂
 馬車の中から、数日前に見掛けた私服姿のルナが姿を現す。
 前と違うのは首に魔術防止首輪が締められ、手足には手錠。人種
族に容姿を変えるペンダントは没収されたのか、ハイエルフ族の姿
に戻っている。
 ルナの姿を確認すると、クリスが立ち上がる。
 約500m先の草原が剥がれ、人が姿を現したのだ。
 最初、男達はすぐには状況が飲み込めなかった。
 男達からしたら、突然、草原から少女が姿を現したに等しい。そ

1127
んな異様な状況をすぐに飲み込める方がどうかしている。
 だが、これはチャンスだ。
 オレとスノーは、クリスが立ち上がったのを合図に肉体強化術で
身体を補助! AK47を手に突撃する。
 クリスがM700Pを構え、さらに発砲!
﹁キャッ!﹂
 ルナの足に繋がっている鎖を真ん中から断ち切る。
 とんでもない精密射撃の腕前だ!
﹁ルナ! こっちへ走って来い!﹂
 オレは足の間に繋がっていた鎖を断ち切られ走ることが出来るよ
うになった彼女に声を張り上げる。
 ルナは弾かれたようにオレ達に向かって走り出す。
﹁逃がすかよ! ぎゃあぁぁ!?﹂
 我に返った男の1人がルナへ腕を伸ばすが、クリスはそれを許さ
ない。
 彼女は男の肩を﹃7.62mm×51 NATO弾﹄で撃ち砕く。
 だが、これで5発目。
 弾倉が空になる。
 クリスは慣れた手つきで弾丸を込めるが、やはり時間はかかって
しまう。

1128
 その間に男達の腕がルナに伸びる。
 彼女も魔術師だが、魔術防止首輪で封じられている。そのため少
女の身体能力で男達から逃げなければならない。
 さらに男達の中に魔術師も居て、ルナを捕らえるための魔術を詠
唱。
﹁ッ!﹂
 クリスの装填はまだ終わらない。
 代わりに今度はオレ達が発砲する。
 距離にして約150m。
 AK47はアサルトライフルの中では、命中精度があまり良くな
い︵100mで直径20センチぐらいにはまとまる︶。
 ルナに当てないよう気を付けつつ牽制射撃。
 クリスの弾倉を込めるまでの時間稼ぎぐらいはオレとスノーで十
分出来る。
 牽制射撃で数人が倒れ、弾倉を詰め終えたクリスが一撃必中で次
々倒していく。
 見たことも聞いたこともない銃の攻撃に、男達は浮き立ち、角馬
は暴れ統制が完全に取れなくなる。
 こうなったら後はほぼ作業でしかない。
﹁ルナちゃん、確保したよ!﹂
﹁スノーはルナを連れて後方へ下がれ! オレが殿を務める! ク
リスは引き続き援護射撃!﹂
 スノーの声にオレは指示を出す。

1129
 ルナは頬、髪、服など風呂に入っていないのか汚れていたが、怪
我はないようだ。
 酷い目に合っていないことに安堵の溜息をつく。
 スノーはルナを抱き締め、来た道を戻る。
 オレは2人の撤退をサポートするため、牽制射撃を継続する︱︱
が、
﹁このォッ!﹂
 唯一残った動ける護衛の男性1人がAK47︱︱銃器を知ってい
るのかのように低く、ジクザグに移動し距離を縮めてくる。頭をす
っぽりと隠す外套を着ているため外見までは判断出来ない。
 空になった弾倉を捨て、新たに付け替える。
 フル・オートで弾幕を張り寄せ付けないようにするが、魔力をふ
んだんに注いだ肉体強化術&抵抗陣により弾かれてしまう。
 男は両手にナイフを握っていたが、右手のを投擲。
﹁くぅッ!﹂
 オレは咄嗟に体を捻り回避するが、その挙動で一気に距離を縮め
られてしまう。左のナイフを振るわれるが、これもギリギリ避ける。
だが、さすがに追撃の回し蹴りまでは避けきれず喰らってしまう。
 手からAK47がこぼれ落ち、オレは地面へと倒れる。
﹁リュートくん!﹂
 スノーの身を案じた一言で、男の動きが止まる。

1130
 オレはわざと地面を転がり、相手から距離を取った。
﹁⋮⋮リュート、AK47⋮⋮もしかしてあの﹃リュート﹄なのか
い? へぇ、生きてたんだ﹂
﹁!?﹂
 蹴られた箇所の痛みを驚きが凌駕する。
 オレは目が痛くなるほど目蓋を開く。
 先程の回し蹴りで被っていた頭の外套部分がめくれる。
 お陰で相手の顔を確認することが出来た。
 金髪から覗く猫耳。顔立ちはハンサムと言っていいだろう。
 約数年前、オレを罠に嵌めて奴隷として売り払った1人! 獣人
種族、アルセド!
 今、目の前に過去のトラウマが立っている。
1131
第85話 ルナ救出作戦︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月9日、21時更新予定です。
私事にも関わらず、温かな応援感想を多数頂き本当にありがとうご
ざいます!
現在、中々大変な状況ですが、読んでくださる皆様のためにも頑張
りたいと思います!
1132
第86話 ナイフ戦
 数年前、オレは海運都市グレイで冒険者登録を済ませた。
 初めて受けた﹃ガルガルを1匹以上退治する﹄というクエストの
途中で、奴らと出会った。
 男でイケメンの獣人種族、猫耳族、アルセド。
 女で魔人種族、悪魔族、ミーシャ。
 そして無口な男でチームリーダー、人種族、エイケント。
 その後、声をかけられオークを狩るため、一時的に彼らとチーム
を組んだが⋮⋮奴らは偽冒険者で、オレは一服盛られて気付けば縄
で拘束されてしまった。
 そして、リボルバーとAK47を奪い取られ、オレ自身奴隷とし
て売り飛ばされた。

1133
ブレスレット
 さらに奴らは、当時スノーとお揃いで作った婚約腕輪をあろう事
か奪い、壊したのだ。
 今、思い出しても腸が煮えくりかえる。
 そんな恨み辛みを抱く仇の1人が、今目の前に立っている。
 しかし︱︱
︵こいつがあのアルセド? いや、ありえない! 確かに似てはい
るが、奴はさっき肉体強化術で身体を補助しながら、抵抗陣を⋮⋮
しかもAK47を防ぐレベルを空中に作り出していた。魔術師でも
ない奴がそんな無茶をしたら一瞬で魔力が枯渇し気絶するぞ!︶
 無茶をして魔力を使った場合、気絶するのは体験済みだ。
 第一こいつらは新人冒険者を食い物にする偽冒険者で、魔術師で
はない。それも実際に体験している。
 だが、奴はあれだけのことをして気絶していないことから、最低
でも魔術師Bマイナス級以上の魔力を持っていることになる。
 生まれながら魔術師としての才能がない者が、魔術師Bマイナス
級以上になったことは歴史上一度もない。
 それは尊敬するエル先生が教えてくれた。
 だから後天的に魔術師になるなど絶対にありえないのだ。
 なのに目の前のアルセドっぽい輩は、昔の記憶通りの態度や声で
話しかけてくる。

1134
﹁へぇー、その様子だと奴隷から解放されているみだいな。まさか
魔人大陸から五体満足で生きて戻ってくるなんて﹂
 ⋮⋮やっぱりアルセド本人に間違いないらしい。
 オレが奴隷として魔人大陸に売られたことも知っている。
﹁運良く、いいご主人様に巡り会えたお陰だよ。その点はオマエ達
に感謝してもいいかもな。許すつもりはないけど﹂
﹁俺に復讐するため仕事の邪魔⋮⋮彼女を攫おうとしてるのかい?﹂
﹁まさか! オマエが居るなんて知らなかったよ﹂
﹁だろうね。俺もつい最近、突然仕事だって遣わされたばっかりだ
から。ヤッハハハ! だとしたら天神様も数奇な出会いを演出なさ
るもんだね!﹂
 アルセドは心底可笑しそうに声をあげ笑う。
﹁だったら今度は二度と出会わないように、喉笛を切り裂いてあげ
るよ!﹂
 鋭い踏み込み。
 彼は慣れた様子で手に残っていたナイフを閃かせる。
 オレは咄嗟に肉体強化術で身体を補助。ナイフを取り出し、弾く。
 何とか一撃は防げたが、相手はさらに肉体強化術に魔力を注ぎ込
む。だんだん速度に付いていけなくなってくる。
﹁リュートくん!﹂
﹁⋮⋮ッ!﹂
 スノー&クリスが心配そうな顔でこちらを見ている。

1135
 援護しようにも、アルセドは蛇のように絡みつき距離を取らせよ
うとはしない。
 ナイフの刃が噛み合う。
﹁リュートを始末したら、あの2人の女の子は連れて行かせてもら
うよ! そして昔のオマエみたいに奴隷として売って、今回の損を
補填させてもらおうかな!﹂
 アルセドは挑発の言葉を投げつけてくる。
 魔力をさらに注ぎ込み、こちらを押し込もうとしてくる。
 オレの方はそろそろ魔力が切れそうだっていうのに︱︱ッ!
 奴もそれを理解しているのか、勝利を確信した笑みを浮かべる。
﹁特に獣人種族のあの子! 良いおっぱいしてるよね。奴隷として
売り飛ばす前に、味見させてもらうよ! ヤッハハハ! 今夜にで
も楽しませてもらうかな!﹂
﹁誰が大切な嫁達をオマエみたいなクズ野郎に渡すかよ⋮⋮ッ。い
い加減、その臭い口を閉じろ。ゴミみたいな匂いさせやがって!﹂
 オレは噛み合っているナイフのスイッチを押す。
﹁ぎゃあぁあぁっぁぁぁぁあぁぁあッ!!!﹂
 アルセドがナイフを手放し、片目を押さえる。
 抵抗陣で顔に深く刺さるのは免れたようだが、奴の目にはナイフ
の先端がざっくりと突き刺さっている。
 オレが使っていたナイフはシアに渡す予定だったロシアの特殊部

1136
隊も使っているスペツナズナイフだ。
 バネの力で刃を飛ばす特殊ナイフだ。
 意外にも貫通力は高く前世、ネット動画で観たデモンストレーシ
ョンでは電話帳に軽々と突き刺さっていた。
 オレは刃が無くなったナイフの柄を捨て、相手を蹴り飛ばし地面
に転がす。
 すかさず手放した自身のAK47を掴み、発砲。
﹁ぎゃあぁあぁっぁああッ!!!﹂
 アルセドの喉から再び絶叫が響き渡る。
 念のため相手と距離を取り、油断無く銃口を向ける。
 スノー&クリスには無事を知らせるため一瞥だけ送っておく。
﹁ぎ、ぎざま。ひぎょうなまねをしやがって!﹂
﹁オマエ達に卑怯呼ばわりされるいわれはないよ﹂
 オレは涙、鼻水、涎でぐちゃぐちゃになったアルセドが吐き出す
憎悪を軽く肩をすくませ流す。
﹁さて、僕は別に人道的観点から手心を加えて足を狙った訳じゃな
い。他の2人︱︱ミーシャとエイケントはどこに居る? 奴らにも
きっちり落とし前をつけてやらないとな﹂
﹁し、知らねぇよ⋮⋮ッ、奴らとは数年前に別れたからな﹂
 それに︱︱と、アルセドが痛みを堪え、狂気の笑みを浮かべる。

1137
﹁リュート! オマエは他の奴らまで辿り着けない! なぜなら俺
が殺すからだ!﹂
 奴は1本の注射器を取り出す。
 中身は緑色の液体で満たされていた。
 ︱︱って! 注射器!? ちょっと待て! なんでこの異世界に
注射器なんてあるんだ! 初めて見たぞ!?
 オレは注射器に目を奪われ、アルセドの行動を阻止するのに遅れ
てしまう。
 彼は首に針を刺すと一気に液体を体内に流し込む。
﹁この俺に逆らったこと! 俺達の組織に牙を剥いたこと! 我ら
が主︱︱黒い御人に叛逆するクソ共が!﹂
 アルセドの傷は離れてても分かるほど膨れ上がった魔力により、
ほぼ一瞬で回復。
 彼はまるで本物の獣の如く、手を地面に付き牙を剥き咆吼する。
﹁全員まとめてブッ殺してやる!﹂
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第86話 ナイフ戦︵後書き︶
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第87話 氷雪の魔女
 アルセドが濃い緑の液体を体内に注射器で流し込むと、魔力が一
気に増大する。
 彼はまるで四足獣のように手を付き、伸びた犬歯を唾液で汚す。
﹁グルアッァアァアア!﹂
﹁ッ!?﹂
 オレは咄嗟に構えていたAK47をフル・オート射撃!
 しかし彼はまるで本物の獣のような素早い身のこなしで、回避す
る。
 弾倉を交換︱︱その隙に距離を縮められる。
 アルセドの跳躍で土、草が弾着下後のようにめくれる。鋭い手刀

1140
で首筋を浅く裂く。
 ダンッ!
 クリスの﹃7.62mm×51 NATO弾﹄での援護射撃。
 アルセドは溜まらず後方へと距離を取り、回避行動を続ける。
 どうやらクリスの腕前でも今の彼に直撃は難しいらしい。
 オレも代えた弾倉で狙いを付けるが、まるで当たらない。掠りは
するが、その傷も膨れ上がった魔力ですぐに治癒してしまう。
 AK47とクリスの援護射撃のお陰で、アルセドを近づかせない
ことに成功はしている。
 だがオレ達の弾薬には限りがある。
 この拮抗状態をいつまでも維持は出来ない。
︵こんな時、リースがいれば無限収納で弾薬が補充出来るのに!︶
 彼女は自身の精霊の加護を過小評価しているが、オレに言わせれ
ばあれほど素晴らしい力は無い。
 重さを気にせず補給物資を持ち運べるなんて、軍隊からしたら夢
のような力だ。
 彼女がその気になればあらゆる銃器を収納し、﹃ワンマンアーミ
ー﹄状態にだってなれるだろう。
 そんな益体のないことを考えていると、背後からスノーの声が響
いてくる。
ストーム・エッジ
﹁踊れ! 吹雪け! 氷の短槍! 全てを貫き氷らせろ! 嵐氷槍

1141
!﹂
 氷×風の中級魔術。
 スノーの上空で小型の竜巻が疼く巻き、無数の鋭い氷りの刃が舞
マシンガン
っている。刃は機関銃の如く、アルセドを狙い無数に発射される。
 それは風と氷の二重奏だ。
 スノーは得意の氷系魔術で、点ではなく面で攻撃をしかける。
﹁グルアッァアァアア!﹂
 アルセドは雄叫びを上げながらも回避、回避、回避!
 抵抗陣と肉体強化術で補助した視力、身体能力によって氷刃を避
け続けるが、流石に無傷という訳にはいかない。
 数本が肩、手、足に刺さってしまう。
 草原の一部が針山になるほど放たれた氷刃を、致命傷を避け数本
だけ浅く刺さった程度で回避仕切ったのだ。凄まじい回避力としか
言いようがない。
﹁リュートくん! クリスちゃん! 少しだけ時間を稼いで!﹂
﹁え!? あっ、りょ、了解!﹂
ストーム・エッジ
 だがスノーは﹃嵐氷槍﹄を回避されたことを気にせず、オレとク
リスに指示を飛ばしてくる。本人はアルセドに意識を集中。体中か
ら尋常じゃない魔力を放出し始める。
 彼女が何をするのか分からないが、愛する嫁から﹃時間を稼げ﹄
と指示された。
 なら、それに応えるのが男の役目だろ!

1142
﹁これでも喰らえ!﹂
 攻撃用﹃爆裂手榴弾﹄を手にして、口でピンを抜き投げつける。
 爆裂手榴弾は﹃爆発した時の衝撃波﹄によってダメージを与える
手榴弾だ。
 威力は遮蔽物の無い空間であればほぼ均等で威力は高いが、均一
殺傷半径は約10m程度と破片手榴弾に比べると狭い。
 これは投擲手が身を隠す場所のないところでも使えるように︵巻
き込まれないように︶したためだ。
 草原という立地状、遮蔽物が無いため攻撃用の爆裂手榴弾を選択
した。
 投げつけると同時に、肉体強化術で補助した脚力で後方へと下が
る。
 数秒後、手榴弾が破裂しアルセドを巻き込む。
﹁グルアッァアァアア!﹂
 初見の手榴弾だが、AK47などを知っている彼はすぐさま抵抗
陣を構築。被害を最小に抑える。
 チャンスとばかりにクリスが発砲! 重なるように連続で発砲音
が響く。
 弾丸は抵抗陣でストップされる︱︱が、それだけではやはり終わ
らなかった。
 1発目は弾かれ、2発目で罅が入り、3発目で弾丸が抵抗陣を砕

1143
き突破。肩に深々と弾丸が突き刺さる。
 クリスは3発連続で発砲し、抵抗陣の同じ箇所を三度狙い違わず
当てたのだ。
 オレは思わず自分の目を疑った。
 前世の世界では、﹃ベンチレスト射撃﹄というライフル射撃競技
がある。
 100m先の的を狙い数mmの精度を競うスポーツだ。
 ベンチレスト射撃は、通常のライフル射撃のように手で持って発
砲したりはしない。台の上に置いて発砲する。
 そのため実用にならないほど本体を重くし、衝撃を吸収。倍率の
高いスコープを付け、実包も市販品など使わず自分で火薬量、薬莢、
弾丸を組み合わせハンドロードし手製の実包を使う。
 この競技では的に開けた穴に再度弾丸を通す︱︱ワンホール・シ
ョットが当たり前だ。
 しかし、クリスはそれを実戦でやってのけたのだ。
 競技では止まった的、100m先、実用には向かない重いライフ
ル等でようやくワンホール・ショットする。
 クリスは動く的、100m以上先、間隔を開けず連続で弾丸を三
度もワンホール・ショットさせたのだ。
 自身の目を疑ってもしかたがないだろう。
﹁グルアッァアァアア! 殺す! 殺す! 殺すぅううぅぅぅうっ
ぅうッ!!!﹂

1144
 アルセドは狂ったように声音をあげ、血を撒き散らしながらも突
撃してくる。
 先程からスノーの魔術で付けられた傷口が治癒されないのは、彼
の強化された魔力も底が近いということだろうか?
 心なしかアルセドの動きが鈍くなっているように感じる。
 鬼気迫る突撃だが、最初にあった鋭さの陰も無い。
 オレはあっさり回避して、AK47を撃ち込む。
 弾丸は彼の足に当たり、ごろごろと草原を転がる。
﹁ち、ちくしょう⋮⋮体、さっきから上手く動かない。それになん
でこんなに寒いんだ﹂
 アルセドは寒そうに荒く息をつく。
 ガタガタと体を震わせ、顔色は悪くなり、唇など紫色に変色し始
める。
 その姿はまるで衣服を脱がされ、南極に放り込まれたようだった。
﹁ふぅ、ようやく利いてきたみたいだね﹂
﹁これはスノーがやっているのか?﹂
﹁そうだよ、わたしがこの人の﹃体温﹄を魔術で奪っているんだよ﹂
 スノーはえっへんと立派な胸を張る。
 彼女の説明曰く︱︱どうやらスノーは自身の魔術で傷つけた相手
の体温を奪うことが出来るらしい。しかも傷口に氷が張り付き治癒
力を邪魔する。
 傷を負った相手は次第に体温を奪われ、気付けば何時の間にか裸

1145
で吹雪きの中、放り出されたように震え出す。
 なんて極悪な力だ。
 だからスノーは﹃氷雪の魔女﹄なんて2つ名を与えられたのか。
﹁さすが魔術師Aマイナス級だな。やっぱり﹃氷結の魔女﹄ってい
う師匠の下で修行して身に付けたのか?﹂
﹁ううん、違うよ。これはオマケみたいなもの、師匠にはもっと凄
いことを教わったんだよ﹂
 これより凄いだなんて⋮⋮想像が付かないな。
﹁まだだ! まだ終わってない!﹂
 アルセドは吼えると、新たな注射器を取り出す。
 今度は撃ち込まず、口にくわえると噛み砕き中身を飲み干す。
﹁ひゃひゃひゃひゃひゃぁ!!! 殺してやる! 絶対にオマエ達
を皆殺しにしてやるからな!﹂
 だが、彼の望は叶わなかった。
 注射器の中身を飲み干すと、突然、体のあちこちが膨れ上がりだ
す。
﹁ぐがぁぁ!? あぁぁぁあっ!!!﹂
 まるで風船に破裂するまで空気を送り込んでいるようだった。
 ある一点を超えると、アルセドの体は裂け、各所から血液を噴水
のように撒き散らす。

1146
﹁ぎゃあぁぁああぁぁァッッッっ!!﹂
 ムッと、するほど濃い血の匂いが辺りを包み込んだ。
 アルセドは一目で絶命したと分かる。
 いつか復讐を︱︱と願っていた相手の1人だったが、最後は自滅
という結果に終わる。
 スノー、クリスは未だに警戒しながらも、オレの側まで歩み寄っ
た。
﹁⋮⋮この人、どうして最後に死んじゃったんだろう?﹂
﹁多分だけど、注射器︱︱あの薬を過剰に摂取したせいじゃないか
な﹂
 魔力量を増やすという破格の薬を連続で使用すれば、何が起きる
か分かったものじゃない。
 オレはアルセドに歩み寄り、砕き飲んだ注射器の残骸を指先で摘
み上げる。
 黒い御人。
 注射器。
 魔力量を増やす薬。
 短時間であまりに多くのことが起きたせいで、いまだ考えが纏ま
らない。
 ただ、背筋を不吉な影に撫でられるような寒気を覚えた。

1147
第87話 氷雪の魔女︵後書き︶
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明日、2月11日、21時更新予定です。
1148
第88話 偽装
 オレは手にしていた割れた注射器を、空になったマガジンポーチ
に入れておく。後程、色々調べるためだ。
﹁ッッッ⋮⋮﹂
﹁リュートくん、大丈夫?﹂
 一息つくと思い出したように体中が痛む。
 スノーやクリス、ルナ、サーベルウルフのレクシが駆け寄ってく
る。
 スノーの治癒魔術のお陰で傷はすぐに消えた。
﹁ありがとう、スノー。ルナも怪我は無いか?﹂
﹁手足に手錠の痕は付いちゃったけど、それ以外は大丈夫。乱暴も、

1149
酷いこともされなかったから﹂
﹁そっか、無事で本当によかったよ﹂
 オレは安堵の溜息をつく。
 見た限り暴行を受けた様子もなく、彼女はいつも通り快活に答え
る。精神的問題も今のところなさそうだ。
﹁それじゃ無事ルナも助け出せたし、飛行船に戻ろう。首輪や手錠
は船に戻ってから、メイヤに外してもらうから、少しそのままで我
慢してくれ﹂
 サーベルウルフ、レクシの背にはクリスとルナを乗せる。
 オレとスノーは、肉体強化術で補助した身体で飛行船まで戻る予
定だ。
 飛行船に戻ると、メイヤに頼みすぐ手錠と魔術防止首輪を外して
もらう。
 その間、オレとスノー、クリスは居間で待つ。
 サーベルウルフのレクシも居間の隅で大人しく伏せている。
 飛行船の行く先はもちろん、ハイエルフ王国エノールだ。
 もしかしたらすでに結界石が破壊され、封印が解けているかもし
れない。
 メイヤが手錠と魔術防止首輪を外したルナと一緒に戻ってくる。

1150
 彼女はまず最初に、オレ達へ救出を感謝し、頭を下げた。
﹁助けて頂き誠にありがとうございます。ハイエルフ王国、エノー
ルの第3王女、ルナ・エノール・メメア。このご恩は一生忘れませ
ん﹂
 まるで本物の礼儀正しいお姫様のように謝辞を述べ、頭を下げる。
 やっぱり実は偽者とかってオチじゃないよな?
﹁でも、本当に無事でよかったよ。これもクリスが馬車を足止めし
てくれたお陰だな﹂
﹃お兄ちゃんが、私を有効射程内まで近づけさせてくれたお陰です
よ﹄
﹁では、あの魔術液体金属で作ったネットで上手く偽装出来たので
すね﹂
 メイヤが嬉しそうに手を合わせる。
﹃偽装﹄︱︱敵に見られた時に他のなにかと誤認させるように外観
を工夫することを指す。
 カモフラージュとも呼ぶ。
 これは元々フランス語で﹃隠す﹄という意味。
 第一次世界大戦頃から英語に取り入れられた言葉だ。
 オレ達はルナを輸送する護衛団に近づくため、一度飛行船へと戻
った。
 飛行船へ戻って魔術液体金属で、メイヤと協力して偽装するため
の金属製ネットを作ったのだ。
 そして輸送護衛団の進路を先回り。

1151
 金属製ネットに草を貼り付け、偽装させたクリスを有効射程内に
配置した。
 ネットだけではなく、クリスは嫌っていたヘルメット、M700
Pにも偽装のため草を貼り付けた。念には念を入れ顔にはフェイス
ペイント︵自衛隊ではドーランという︶を塗り徹底。
 現在はすでに濡れタオルで顔についたペイントを落としている。
 そんなクリスにルナが抱きつく。
﹁本当に助けてくれてありがとうクリスちゃん! まるで絵本に出
てくる勇者様みたいに格好良かったよ! クリスちゃんはルナの勇
者様だよ!﹂
 クリスはルナの賛辞を浴びるが、どこか不満そうだった。
﹃ルナちゃんが無事でよかったです。でも、私的には自身の力不足
を実感しました﹄
 クリスがオレへと向き直る。
﹃リュートお兄ちゃん、このM700Pは素晴らしいスナイパーラ
イフルですがもっと弾数を増やしたのが欲しいです。もう少し弾数
があったら、ルナちゃんをもっと安全に援護出来たのに﹄
 それって、完全に複数のテロリストに人質を取られた特殊部隊員
スナイパーの考え方じゃね?
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 PKM︱︱汎用機関銃の件があって7.62mm×54Rを制作
した。クリスが望んでいるんだから、マジでSVD︵ドラグノフ狙

1152
撃銃︶を作るのもありかもしれない。
﹁了解。それじゃ今回の案件が片付いたら手を出してみるよ﹂
﹃ありがとうございます! リュートお兄ちゃん﹄
 クリスはオレの返答を聞き、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
 オレ達はハイエルフ王国、エノール到着まで休息することにした。
 オレは与えられた自室で、私服に着替え持ち帰った注射器の残骸
を取り出す。
 自滅したアルセドを思い出す。
 やり返せた達成感より気味の悪さに支配される。
あの世界
﹁やっぱりオレ以外にも前世の︱︱地球の記憶を引き継いだ奴がこ
の異世界に居るのか?﹂
 居るとしたらそいつは一体何をやるつもりだ?
 オレ達の知らない場所で、何かが大きく動いている気がする。
 そんなべっとりとした不安感が胸中に張り付き、拭えなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁な、なんだありゃ!?﹂

1153
 オレ達は誘拐犯達からルナを助け出し、急いでエノールへと戻る。
 異変に気付き、甲板に出るとウッドキャッスルから煙が上がり、
飛翔する一体の影が姿を現す。
 トカゲの頭に体、鶏の羽、ドラゴンの尻尾を持つ魔物だ。
 あれは記録帳に記されていたバジリスクではないか!
 つまり、結界石は預言通り破壊されてしまっているらしい。
 湖で羽を休めていた鳥達が、バジリスクに驚き飛び立つ。
 バジリスクは一睨みで鳥の群れを石化。
 音を立て石化した鳥達が湖へと落下していく。
 このまま奴を放置すれば湖外に住む人々に多大な被害が出る。
 放置する訳にはいかない。
 最初の予定では飛行船を止めて、湖外で一泊。
 翌日、ウッドキャッスル内に居るリース達にルナの無事を伝える
つもりだった。
 だが、結界石が予言通り破壊されているなら、そんな悠長なこと
は言って居られない。オレ達は飛行船を止めず、このまま城へと突
き進むことに決めた。
 その場合、最も障害になるのが、こちらに気付き威嚇しているバ
ジリスクだろう。
 アレをどうにか排除しなければ、城へ近づくことしら出来ないだ
ろう。
 リース達が危険にさらされているのに、どこぞへ飛び去るのを待

1154
つ訳にはいかない。
 そこでクリスの登場だ。
 彼女はM700Pを手に、﹃7.62mm×51 炸裂魔石弾﹄
を5発弾倉へ詰めていく。
 飛行船の先頭へ立ち、吹き付ける風に髪を遊ばせる。
﹁クリス、準備は終わったか?﹂
 妻は頷き、前を見据える。
 飛行船は真っ直ぐ舳先ごと、バジリスクに激突するように真っ直
ぐ突っ込む。
﹃ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!﹄
 耳に響く嘶き。
 バジリスクが飛行船に喧嘩を売られていると感じたのか、逃げず
に激突する勢いで突撃してくる。
 口だけでクリスをぺろりと丸呑み出来るほどでかい。
 なのに彼女はバジリスクが急速に接近してもまったく動じる様子
がまったくない。
 彼女は集中力を高めるため、オレが教えた﹃Rifleman’
s Creed︽ライフルマンの誓い︾﹄を歌い出す。
﹃これぞ我がライフル。世に多くの似たものあれど、これぞ我唯一

1155
のもの︽This is my rifle. There ar
e many like it, but this one i
s mine︾﹄
﹃我がライフルこそ、我が親友、そして我が命。我は己の命を統べ
るかのようにそれを意のままとする︽My rifle is m
y best friend. It is my life.
I must master it as I must mas
ter my life︾﹄
﹃我がライフルは我無くしては無意味。ライフルを持たぬ我も無意
味。我は正しくライフルを解き放つべし。我は我を殺めんとする敵
よりも正しくその身を射貫くべし。我は敵を撃つべし、敵が我を討
つその前に︽My rifle, without me, is
useless. Without my rifle, I
am useless. I must fire my rif
le true. I must shoot straight
er than my enemy who is trying
to kill me. I must shoot him
before he shoots me. I will⋮⋮︾﹄
﹃我がライフルと我は知る、この戦争にて大切なものは、我々が放
った弾丸、我々が起こした爆発音、我々によって作られた煙、その
何れでも無いことを。我々は理解する︱︱それは数発の命中である
ということを︽My rifle and myself kno
w that what counts in this war
is not the rounds we fire, th
e noise of our burst, nor the
smoke we make. We know that it
is the hits that count. We wi

1156
ll hit⋮⋮︾﹄
﹃我がライフルは我と同じく人である。それは我が命そのもの、そ
して我が兄弟。我は、その弱さ、その強さ、その部品、その付属品、
その照準器、そして銃身︱︱それら全てを知るであろう。我は我自
身をそうするように、ライフルを清潔にし万全に保ち、我らは互い
にその一部となる︽My rifle is human, ev
en as I, because it is my life.
Thus, I will learn it as a br
other. I will learn its weakne
sses, its strength, its parts,
its accessories, its sights a
nd its barrel. I will keep my
rifle clean and ready. We wil
l become part of each other. W
e will︾﹄
﹃神の前に、我は我が信仰を誓う。我がライフルそして我は我が家
の守護者なり。我々は敵を打ち倒す者、我が命の救済者なり︽Be
fore God, I swear this creed.
My rifle and I are the defende
rs of my family. We are the ma
sters of our enemy. We are the
saviors of my life︾﹄
﹃そう、勝利は我々のもの。そして我々の勝利の後、敵なき世界が
訪れるであろう︽So be it, until victor
y is ours and there is no enem
y︾﹄

1157
 夜、飛行船の舳先で闇を切り取ったような黒いスナイパーライフ
ルを抱えて、クリスは天使の歌声で独奏する。
 風に踊る金髪。
 冷たい外気で赤くなった頬。
 その全てが名画のように美しい。
﹁すぅー﹂
 微かに聞こえる呼吸音。
﹁はぁー﹂
 クリスがM700Pを構える。
 バジリスクとの距離が500メートルを切ろうとしていた。
 ︱︱ダンッ!
﹃7.62mm×51 炸裂魔石弾﹄はクリスの思い描いた射線を
なぞり、石化の魔眼を使いかけていたバジリスクの眼球を貫く。
カートリッジ
 着弾の慣性に従い弾薬内部に仕掛けられていた撃鉄が雷管へ衝突。
魔石を破裂、暴走させ内部爆発を引き起こす!
﹃ピイィ! ⋮⋮イィィィ﹄
 バジリスクは頭蓋骨内部から爆殺され目、鼻、口から大量の血液
が吹き出る。
 羽ばたく力を失い湖へと落下。
 大量の水を巻き上げた。

1158
﹁格好いいいいぃいい! さすがルナの勇者様!﹂
 様子を窺っていたルナが、感激のあまりクリスへと抱きつく。
 彼女はルナに褒められ、抱きつかれ、照れて頬を赤くする。
﹁よし! それじゃこのまま城まで突撃するぞ! メイヤ、例の保
険の準備をここまで持ってきてくれないか? スノーはメイヤの手
伝いをしてくれ﹂
﹁了解、リュートくん!﹂
﹁ふっふっふっ、ついにわたくしが主導で制作したアレがお披露目
されるんですわね!﹂
 2人に声をかけるとスノーは元気よく、メイヤは不気味な笑いを
残し船内へと戻っていった。
 飛行船は真っ直ぐ城上空へと突入する。
1159
第88話 偽装︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月12日、21時更新予定です。
最近は本当に寒いですね。
そのせいか最近は鍋が美味しいです。
え? もちろん1人で食べてますが何か問題でも?
別に1人用の土鍋とか今はあるし、1人なら他の人を気にせずマイ
ペースに食べられるし。
いいよね、1人鍋!

1160
第89話 秘密兵器
 湖上でバジリスクを倒した後、飛行船のままウッドキャッスル城
内へと侵入する。
 本来、飛行船で城上空を通過しようものなら、撃墜されても文句
は言えない。しかし結界石が破壊されている今、それを非難する人
物は誰1人いなかった。
 むしろ障害の無い上空から飛行船で素早く駆けつけられたお陰で、
リース達のピンチを救うことが出来た訳だ。
 クリスは城上空を飛んでいたバジリスクに、先程の再生映像の如
く﹃7.62mm×51 炸裂魔石弾﹄を眼孔に撃ち込み、頭蓋骨
内部を破壊し爆殺する。

1161
 リースに気付いたルナが、自身の無事を知らせるように飛行船か
ら声を上げ手を振る。
﹁お姉ちゃーーーん!﹂
 リースは妹の無事を確認したせいか安堵の表情を浮かべた。
 だが、置かれている状況は切迫している。
 シアは傷を負ったのかメイド服を血で汚し、目をつぶっている。
気絶しているようだ。
 破壊されている結界石から、わらわらと大量の竜騎兵が姿を現す。
 さすが記録帳に1万に到達すると書かれているだけある。
 鉄条網を構築せず、PKMだけでよく持ち堪えたものだ。
 2人の頑張りのためにも、これ以上こちら側の被害を出す訳には
いかない。
﹁スノー! メイヤ! 準備は終わってるか!?﹂
﹁大丈夫だよ!﹂
﹁いつでもいけますわ!﹂
 2人の威勢のいい掛け声にオレは頷き、眼下でシアを抱きかかえ
ているリースに大声で告げる。
﹁今すぐタコツボを作って頭を引っ込めろ! ドでかい、花火を叩
き込むぞ!﹂
 リースはオレの言葉を聞き、すぐさま背後に控える兵士達に指示
を飛ばす。

1162
 魔術師達は協力して、大きく深いタコツボを作るとそこに身を隠
す。
 リースも自身でタコツボを作り、シアと一緒に隠れた。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 オレはそれらを確認するとPKM︵汎用機関銃︶の保険として同
オートマチック・グレネードランチャー
時並行で制作していた︱︱Mk19を参考にした自動擲弾発射器の
前に立つ!
オートマチック・グレネードランチャー
 自動擲弾発射器とは?
 グレネードは手榴弾で説明した通り、スペイン語の﹃グラナダ﹄
︱︱﹃石榴の実﹄から来ている。
 そのため手榴弾を英語読みするとハンドグレネード︵Hand 
grenade︶になる。
 対して﹃グレネードランチャー﹄とは、手榴弾のように手で榴弾
を投げるのではなく、器具を用いて投擲されるものを投擲発射機︱
︱グレネードランチャーと呼ぶ︵ライフル型、ピストル型などで呼
び方が変わるが今は﹃グレネードランチャー﹄で統一とする︶。
オートマチック・グレネードランチャー
 今回、制作した自動擲弾発射器は通常1発、多くても5∼6発し
グレネード
か発射出来ない榴弾︱︱﹃爆発する弾﹄をベルトリンク式︵機関銃
のように弾をベルトで繋いでいる︶で繋ぎ合わせ30∼50発連続
で撃つことが出来る。
グレネード
 爆発し破片を周囲に飛び散らせる榴弾を連射出来れば、川辺や茂
みに隠れ潜んでいる敵を機関銃より効率的に倒すことが出来るとい
う思想から作られた銃器である。
 構造も重機関銃の発射メカニズムをグレネード弾に応用した単純

1163
なものだ。
オートマチック・グレネードランチャー
 しかし自動擲弾発射器に使用される弾は、40mmとサイズが大
きい。必然、多弾数を携行・発射しようとした時点で本体の大型化
は避けられない。
トライポッド
 そのため三脚を用いて安定させ、車両や舟艇に搭載されるのが一
般的だ。
トライポッド
 今回は飛行船の端に備え付け、三脚︱︱カメラの三脚同様、機関
オートマチック・グレネードランチャー
銃を載せられた自動擲弾発射器の銃口を、結界石から溢れ出てくる
竜騎兵に向ける。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
﹃ボシュッ!﹄という、汎用機関銃のPKMよりはやや気が抜けた
発射音が響く。
 だが、1発辺りの威力は比ぶべくもない。
﹃グギャアャァギャアァッ!!﹄
 結界石から出た竜騎兵達はリース達の元へ群がろうとしていたが、
飛行船から発砲された40mm弾が着弾。
 中に仕込まれていた魔石が破壊され、爆炎を巻き上げる。
 同時に40mm弾に詰め込まれていた鉄の粒、散弾が周囲に高速
で散らばる。着弾した周囲の竜騎兵が100∼200m範囲で倒れ
伏す。
 はっきり言って前世の40mm弾と比べて、圧倒的に威力が高い。
 なぜならツインドラゴンの時、着想を得た方法︱︱魔石を使用し
ているからだ。

1164
﹃7.62mm×51 炸裂魔石弾﹄より使っている魔石は大きく
て、1発の威力が中級上位レベルの破壊力を誇っている。
 さらに通常の40mm弾より制作が簡単という特典付き。
 引き金を引く度、中級上位レベル︵散弾︶が50発連続で発砲で
きるという怪物仕様になっている。
 デメリットとしては、魔石を大量に買い集めるため他業者からの
批判を受ける可能性がある。また魔石を使っているため1発辺り金
貨3枚︵30万︶する点だ。魔力を込めていない空の魔石状態なら
もっと安かったのだが⋮⋮。時間が無かったため、魔力空状態を買
うわけにはいかなかったのだ。
 だがお陰で﹃40mm 炸裂魔石散弾﹄を全部で300発制作す
ることが出来た。
 単純計算で金貨900枚︵9000万円︶かかっている。
 資金の出所はメイヤに借りたり、双子魔術を倒した賞金やツイン
ドラゴンを倒した見込み金から出ている。
 もちろん後できっちりハイエルフ王国へ請求するつもりだ。
 ボシュッ! ボシュッ! ボシュッ!
カートリッジ
 弾薬が大きいせいで弾の発射速度は機関銃より遅い。300∼4
00発/分だ。
 それでも実感としては聞こえる発射音はとてつもなく早い。
 着弾するたび荒れ狂う爆炎。
 拡散し、敵の顔や体に穴を開ける鉄粒。
 開いた穴に炎が入り込み、中から竜騎兵達を焼き尽くす。

1165
 地上は文字通り地獄絵図だ。
﹁HAHAHA! 逃げる奴は竜騎兵だ! 逃げない奴はよく訓練
された竜騎兵だ! まったくハイエルフ王国は地獄だぜ!﹂
﹁そうなの?﹂
 隣に立ち、補助をしていたスノーが首を傾げ問う。
 リュートは困り顔で何時も通りの声音で告げた。
﹁いや、気分が高揚して叫んでいただけだから気にしないでくれ﹂
﹃ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!﹄
 耳に響く嘶き。
 スノーと会話していると、破壊された結界石からバジリスクが一
体姿を現す。
 今まで出てきた物より明らかに大きい。
オートマチック・グレネードランチャー
 だが、Mk19モデルの自動擲弾発射器の前ではちょっと大きな
トカゲでしかない!
 飛び立つ前に背中へ1発﹃40mm 炸裂魔石散弾﹄を叩き込む。
﹃ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!﹄
 鶏の羽は一発でズタズタに焼け落ち、飛行能力を奪われる。
 さらに数発狙いうち、地面に弱らせ地面に釘付けに。
 最後は頭部を狙い1発かませば、込められた鉄製の散弾粒がズタ
ズタに変形させる。

1166
 バジリスクの石化魔眼を使わせる暇も与えず圧倒した。
 オレは破壊された結界石から竜騎兵が溢れ出ようとしているので、
入り口を狙い発砲。弾は直接、結界石内部に入り込むと爆発する。
 ボシュッ! ボシュッ! ボシュッ!
 何度も、何度も、何度も︱︱執拗に入り口を狙い発砲。
 竜騎兵達は外へ出る間も無く爆炎、爆発、鉄製散弾の餌食となる。
 ほぼ全弾撃ち尽くした頃には、バジリスクや竜騎兵は壊滅してい
た。
 飛行船を結界石広場へと着陸させる。
﹁お姉ちゃん!﹂
 ルナが船を飛び降り、姉のリースへと駆け寄り抱きつく。
 リースも妹の無事を喜び居たいほど抱き締める。
 オレ達が側に来ると、抱擁を止め瞳から溢れていた涙を拭った。
﹁リュートさん、皆様⋮⋮妹を、国を助けて頂きありがとうござい
ます﹂
 兵士達の目も気にせず深々と頭を下げる。
 オレはそんな彼女に笑いかけた。

1167
﹁気にするなって。オレ達は仲間同士じゃないか﹂
﹁はい、そうですね。私達は大切な仲間同士です﹂
 リースは瞳を涙で濡らしたまま、胸が高鳴るほどの美しい笑顔を
浮かべる。
 こうして記録帳に記されていたハイエルフ王国、エノール壊滅危
機を脱することが出来た。
第89話 秘密兵器︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月13日、21時更新予定です。
祝! 1000万PV突破!
記念にかなり短いですが、活動報告︵感想返信︶を書きました。
よかったらチェックしてください! 1168
第90話 軍団名
 夜が明け、地獄の狂乱も鳴りを潜める。
 破壊された結界石からは未だに竜騎兵が出てくるが、数は1、2
匹とごく僅か。
 エルフ、黒エルフの兵士達だけで十分対応できるレベルだ。
 どうやら結界石下は、無限に竜騎兵やバジリスクが湧き出す装置
的役割を担っているらしい。
 つまりあそこはダンジョンの入り口的なものなのかもしれない。
 今度は昨夜のように大量に湧き出させないため、兵士や冒険者を
募ったり定期的に結界石ダンジョンを攻めることになった。
ギルド
 近いうちに冒険者斡旋組合にクエスト依頼するようだ。

1169
 結界石破壊から数日後、オレ達は王座へと通された。
 ハイエルフ王国、エノール国王との謁見。
﹁まず最初にこの国と娘、ルナを助け出してくれた礼を︱︱﹂
 国王の言葉に1本のナイフを丁寧に運び、渡してくる。
 シンプルな作りで、ハイエルフ王国の刻印が鞘に彫り込まれてい
た。
オリハルコン
 稀少金属である神鉄で作られたナイフ。すでに失われている技術
で作られており、値段は一般的な市場では付かないほどの品物らし
い。
ジャイアント・スコーピオン レイピア オリハルコン
 確かリースが大蠍退治に持ってきていた細剣も神鉄製だったな。
 そんな稀少な剣で薪を作るため、木を貫通しへし折ろうとしたの
は懐かしい思い出だ。
 オレが思い出し笑いで、口元がにやけそうになると国王が話を進
める。
﹁我が国を救ってくれたリュートの功績を讃え、﹃名誉士爵﹄に授
与する﹂
 おぉぉ! 成り上がり!
﹃名誉士爵﹄で年金、土地、義務は発生しないが、代わりに人種族

1170
でありながらハイエルフ族とある程度同じ立場を得ることが出来る。
 つまり好きにウッドキャッスル内を出入りすることが出来るのだ。
 人種族がハイエルフ族の貴族に取り立てられたことは歴史上1人
しか存在しない。人種族側の勇者だけだ。
 オレで2人目らしい。
 これはかなりの快挙だ。
 ハイエルフ族とお近づきになりたい貴族や大商人などであれば、
喉から手が出るほど名誉貴族の名前を欲しがるだろう。
 またオレを貴族にすることで、今回のクリス誘拐未遂事件は身内
から出た犯罪ということで内々に問題を片付ける︱︱という思惑も
あるのだろう。
 もちろん今回の計画を企てたハイエルフの若者達、関与した人種
族達は厳しく罰すると約束してくれた。国王の怒りの表情からする
と、かなり厳しい罰となるようだった。まあ、愛娘が売り飛ばされ
る寸前だったのだから、当然と言えば当然だが。
 ルナを輸送していた組織もハイエルフ側が調べたらしいが、詳し
いことは分かっていないとのことだ。
ギルド
 さらに今回の件でハイエルフ王国は、冒険者斡旋組合にオレ達を
レベル?の冒険者にするよう働きかけてくれたらしい。
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍やバジリスク、竜騎兵を続けざまに倒す冒険者が、いつまで
もレベル?以下というのはあり得ないからだ。
ギルド
 時間が出来たら冒険者斡旋組合へ行き、手続きを済ませるといい
︱︱と勧められる。
 他、今回かかった費用は全てエノールが負担するし、報酬として

1171
同額の金額を出す。またシアを奴隷として購入した代金もそこに含
まれているが、奴隷としての身分から解放するかはこちらに判断を
委ねるらしい。
﹁もし困ったことがあったら、我が国は恩義を返すため全力で君達
に力を貸そう。この恩は決して忘れない﹂
 国王は本心から漏らすように礼を告げる。
 また名誉士爵になったことで家名と紋章を数日中に決めて欲しい
と言われる。
 家名に紋章か⋮⋮その辺についてはスノー達とも交えて決めてい
けばいいだろう。
 さらに数日中に戦勝パーティーを開くから出席して欲しいと告げ
られた。これに対して断る理由もなく快諾する。
 オレ達は一礼して王座を後にした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 次にオレ、スノー、クリス、シアが向かった場所は湖外の冒険者
ルド
斡旋組合だ。
 レベル?に上げてもらう手続きに来たのだ。

1172
ギルド
冒険者斡旋組合の別室︱︱個室に通され、竜人大陸でいつもお世話
レギオン
になっている受付嬢の妹さんに軍団について改めて説明を受ける。
レギオン
﹁軍団創設条件はお聞きになっていますよね?﹂
﹁はい、お姉さんに教えて頂きました﹂
﹁では、私は創設条件後のお話をさせて頂きます﹂
 受付嬢が説明を始める。
レギオン レギオン
﹁まず軍団を創設するに当たって、軍団名と旗印をお決め下さい。
旗印は創設者が貴族様の場合、自家の紋章をお使いになったりしま
す。もちろん新たにお作りになっても問題ありません﹂
レギオン
 ならオレもこれから作成する貴族の紋章に使う印を、軍団旗にも
使うか。
レギオン レギオン
﹁軍団に所属してない冒険者には知らない方が多いですが、軍団に
もランクがございます﹂
レギオン
 軍団にも冒険者と同じようにランクがあるなんて知らなかった。
オリハルコン
﹁こちらは数字ではなく銅、銀、金、ミスリル、神鉄で区切らせて
ギルド レギオン
頂いております。冒険者斡旋組合では、この軍団ランキングに基づ
きクエストをお願いしております﹂
 銅が新人。
 銀がベテラン。
 金がプロ。
 ミスリルが一級。
オリハルコン
 神鉄がトップ級という区分らしい。

1173
レギオン ギルド
﹁軍団ランキングは、冒険者タグと同じように冒険者斡旋組合が勝
手に決めさせて頂いております。その判断基準は常に公平。種族差
別は一切ありません。5種族英雄の名に賭けて﹂
ギルド レギオン
 冒険者斡旋組合は軍団のやり方に一切関知しない。
 だが、あまりに悪質な場合は介入する。
レギオン
﹁軍団は一般冒険者とは違った常識、法、力が存在します。故にレ
レギオン
ベル?に到達し、軍団を立ち上げたせいで命を落とした冒険者もい
らっしゃいます。それでも立ち上げますか?﹂
レギオン
﹁もちろんです。けど、だったらなぜ軍団を好き放題させているん
ですか?﹂
ギルド
﹁より強い組織、人材、開発︱︱などを冒険者斡旋組合が望んでい
るからです。相手はドラゴン、巨人、最悪魔王とだって将来矛を交
えるかもしれませんから﹂
ギルド
 魔王って⋮⋮冒険者斡旋組合は随分、物騒なことまで考えている
んだな。
 だが実際、魔物達は年々凶悪化し、対処する人手もまだまだ足り
ない。
 冒険者では散発的な対応しか取れず、レベルもまちまちで均一で
はない。そうすると組織だった行動がとてもし辛くなる。
︵綺麗な言葉で言えば切磋琢磨して、より強い力を得よということ
ギルド
か? 率直な言葉で言えば力が全て、冒険者斡旋組合は関知しない、
レギオン
か。そう考えると冒険者と軍団とでは随分世界観が違うな⋮⋮︶
 冒険者は基本的に自分、多くても数人の仲間、チームメイトのこ

1174
レギオン
とだけを考えればいい。しかし軍団は組織の運営だ。
 会社と個人事業主の違いか?
﹁さらに細かい要点は、こちらに記されておりますので必ずお目通
しください﹂
レギオン
 渡された紙束には軍団所属数、1年の大雑把な事前活動報告、拠
点位置、クエスト依頼窓口、税金計算方式、新規人材加入の手続き
︱︱等、かなり細々とした注意点、必要事項が記されてあった。
 これは全てに目を通し、理解するのにかなりの時間がかかりそう
だ。
 受付嬢はこちらの苦労を知りつつ、笑顔で応対する。
レギオン
﹁ではまず近日中に軍団名、旗図案、登録料の3点をお持ち下さい﹂
﹁あの、先に名称だけ知らせておくことはできますか?﹂
﹁はい、もちろん構いませんよ﹂
レギオン
 受付嬢が笑顔で頷いたため、オレは密かに温めていた軍団名を告
げた。
レギオン ピース・メーカー
﹁軍団名は︱︱﹃PEACEMAKER﹄でお願いします﹂
レギオン
 この瞬間、伝説となる軍団の名前が決まる。

1175
第90話 軍団名︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月14日、21時更新予定です。
ついに軍団名発表まで来ました!
後は家名&紋章の図案も作中に出していきます。
引き続き続きも頑張っていきたいと思います! 1176
第91話 PEACEMAKER
 アメリカの西部開拓時代に使われた銃、コルト社のシングル・ア
クション・リボルバーには色々な銃身長、口径があると同時に呼称
がある。
 もっとも有名なのが﹃コルト・ピースメーカー﹄だろう。
﹃コルト・ピースメーカー﹄は有名過ぎて、誤解も多く生まれた。
﹃ピースメーカー﹄の由来は、新約聖書のマタイ福音書第5章9節
ピースメーカー
﹃平和を作る者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからで
す﹄から来ていると一般的には考えられている。
 だが、それは誤解だ。
 コルト社を立ち上げたサミュエル・コルトの妻、エリザベスが信

1177
心深かったから﹃ピースメーカー﹄という名前を、聖書から付けた
と誤解されたのだ。
 実際に名前を付けたのは販売代理店で﹃Peacemaker﹄
には仲裁人、決着をつける者︱︱という意味もあり、そのため﹃西
部に平和をもたらすもの﹄ではなく、﹃争いにケリをつける道具﹄
という意味の方が強いらしい。
レギオン ピース・メーカー
 オレはもちろん、軍団名に付けた﹃PEACEMAKER﹄は、
ピースメーカー
聖書に書かれてある通り﹃平和を作る者﹄としてやって行ければと
いう願いを込めて付けている。だが、同時に﹃決着をつける者﹄と
いう意味を持つことを忘れることは無い。
レギオン
 これで軍団は決まった。
レギオン
 残るは軍団旗、名誉士爵としての家名と紋章デザインだ。
 それらの相談にウッドキャッスル内に与えられた客室で、スノー
達と相談していた。
 部屋にはオレ、スノー、クリス、メイヤ、シア、リース、ルナが
揃っている。
 シアはメイド服姿で給仕に徹している。
 司会進行役は自然とオレが務めることになっていた。
﹁それじゃまず家名でいい案はあるか?﹂
﹁無難なところでわたし達の出身地の﹃ホード﹄はどうかな?﹂
 スノーが一番初めに答える。
 リュート・ホードか。

1178
 語呂は悪くないかな?
﹁ですが、ホードは他者の領地ですよね? 人の領地名を勝手に名
乗るは不味いと思いますよ﹂
﹁確かにそうだ。ならホードはなしだ﹂
 リースの指摘にオレはすぐさま﹃ホード﹄を却下した。
﹃私の実家の家名を使ってはどうですか?﹄
 クリスの実家の家名は﹃ブラッド﹄。
 リュート・ブラッドか。
 語呂も問題なさそうだが、これでは入り婿的になるのか?
 悪くはない! 悪くはないが﹃ブラッド﹄は一旦保留かな。
 次に勢いよく手︱︱どころか立ち上がったメイヤが鼻息荒く提案
してくる。
﹁ではリュート様、我が家名の﹃ドラグーン﹄など如何でしょうか
?﹂
﹁リュート・ドラグーンか、響きは悪くないけどそれって⋮⋮﹂
 オレの視線にメイヤは顔を赤くして、
﹁いえ別に特別な意味があるわけではありませんわ。ただ1つの!
 1つの案として出しているだけですわ。ちなみに我が家名は、彼
の竜人大陸を統べるドラゴン王国の遠縁。ですから音の響きが近い
﹃ドラグーン﹄を名乗らせて頂いていますわ。つまり! 歴とした
名誉ある家名なのですわ。大天才魔術道具開発者のリュート様が名

1179
乗ったとしても決して格が劣らないと自負させて頂きますわ!﹂
﹁わ、分かった。一応一案に入れておくよ﹂
 メイヤは鼻息荒く、一気に押し切る。
 思わずその迫力に押されてオレは頷いてしまった。
 他にもルナから、絵本に出てくる勇者の家名などをあげられたが
さすがに却下した。クリスなどは、ルナの案に前向きだったがオレ
としてはちょっと恥ずかしい。
 他にも良い案は出ず、とりあえず家名や紋章などは後日また案を
考えるということになった。
 次は戦勝パーティーについてだ。
﹁戦勝パーティーに呼ばれるのは有り難いが、ダンスなんてやった
ことないぞ? みんなは?﹂
﹁わたしもやったことないな﹂
﹃私は昔、小さい頃、お父様とお母様から少しだけ習いました。今
でも踊れる自信はちょっとありません﹄
 スノーとクリスがそう言うと、横のメイヤとリースが口を開く。
﹁わたくしは淑女として嗜んでおりますわ﹂
﹁私とルナも公式の場に出ることが多いので、大丈夫です﹂
 つまり、オレとスノーは未経験、クリスはブランクがあるという
ことか。
 シアはその日、給仕に立候補しているので関係ないらしい。
﹁ならクリスちゃんにはルナが教えてあげる! 当日も一緒に踊ろ

1180
うね!﹂
﹃はい、宜しくお願いします﹄
 クリスとルナが楽しそうに笑顔で手を取り合う。
 この2人は眺めているだけで微笑ましい。
﹁では、若様とスノー奥様には姫様がお教えしてはどうでしょうか
?﹂
﹁し、シア!?﹂
 シアの申し出にリースが赤い顔で声を荒げる。
 負けじとメイヤが挙手する。
﹁リュート様にはこのわたくし! 一番弟子にして、右腕、腹心の
わたくしがお教えしますわ!﹂
﹁確かに姫様もお2人同時にお教えするのは骨でしょうから、メイ
ヤ様にもご助力頂ければ幸いですね﹂
﹁だな。それじゃリース、メイヤ、オレ達にダンスの踊り方を教え
てくれ﹂
﹁頑張って覚えるよ﹂
 オレとスノーは2人にお願いする。
 メイヤはいつも通り張り切っているが、リースは顔を赤くしてシ
アを怨みがましく見つめている気がする。
 当のシアが涼しげに流しているのだから問題ないだろうとは思う
が⋮⋮。
 そう思いながらリースの横顔を見る。
 リースがふとオレの方に気づくと、

1181
﹁⋮⋮⋮⋮っ﹂
 真っ赤になって瞳を逸らす。
 リースの耳まで赤くしているその表情は、とても可愛かった。
第91話 PEACEMAKER︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月15日、21時更新予定です。
今日は2月14日! 皆さんもご存知の通り、そう! う○い棒の
日です!
自分が好きなうま○棒味は、コンポタか明太子ですかね。どちらも
美味しくて、コンビニなんかでよく売っていて比較的楽に手にはい
るのが良いです。皆さんは何味が好きですか?
あっ、ちなみに﹃バ﹄で始まる日付の話は、軍オタでは﹃鉛弾で新
しいケツ穴を作ってくれ﹄というスラングになるので決して使わな
いようご注意ください。
ではでは、今後とも軍オタをよろしくお願いします!

1182
第92話 リースの想い
 私︱︱ハイエルフ王国、エノールの第2王女、リース・エノール・
メメアは、我が国を救ってくださったリュートさんの家名決め会議
が終わると、自室へ戻った。
かおりちゃ
 部屋には給仕を務める私の護衛メイド、シアが涼しげな顔で香茶
をカップに注いでいる。
 そんな彼女に私は先程の言動についてついつい感情的に謗ってし
まう。
﹁シア、なんのつもりですか。リュートさんにはすでに奥方が2人
もいらっしゃるのに、私とくっつけるようなマネをするなんて﹂
﹁ご迷惑でしたか? ボクはてっきり姫様は、若様をお慕いしてい

1183
ると思い背中を押したつもりなのですが﹂
﹁お、おおおお慕いなど! すでに奥方が居る殿方に横恋慕するな
んて⋮⋮ッ!﹂
﹁姫様、落ち着いてください。世間一般ではハイエルフ族は生涯に
1人としか結ばれないなどと言われていますが、歴史上、第2、第
3夫人を娶ったり、娶られたりした方もいらっしゃいます。無理に
気持ちを押し込めることはないと思いますよ?﹂
﹁た、確かにそのような方もいらっしゃいますが⋮⋮。そ、それに
シアはどうなのですか? シアこそ、リュートさんと結ばれたいと
は思わないのですか?﹂
﹁結ばれるも何も、ボクは若様の奴隷ですから﹂
 シアは自分には目に見える絆があると言いたげに、得意気な顔を
する。
 彼女を買い取った奴隷金はすでにエノールから支払っている。リ
ュートさんが借りていたお金もメイヤさんに返金済みだ。しかしシ
アは、リュートさんが奴隷から解放しようという申し出を断ってい
る。
﹃ボクは若様達の奴隷を続けたい﹄、と。
 そんなシアはちょっとズルイと思います。
﹁それに若様に対してボクとしては恋人や夫婦というより、戦友と
いう感情の方が強いですね。だから、ボクのことは気にせず、姫様
は自身のお気持ちを若様にお伝えしてください。きっと姫様ならス
ノー奥様も、クリス奥様も納得してくださるはずですから﹂
 ︱︱少しだけ夢想してしまう。

1184
 リュートさん、スノーさん、クリスさんと一緒に過ごす生活を。
 それはとても甘く、幸せで温かい、まさに夢のような生活だ。し
かし⋮⋮ッ。
﹁⋮⋮シア、貴女の心意は理解しました。ですが、私は次期エノー
ルの女王。自身の立場は弁えているつもりです。リュートさんに恋
心など抱いてはおりません。だからもう変な気遣いはしないでくだ
さい﹂
﹁姫様⋮⋮﹂
﹁今日はもういいから、シアも休んでください﹂
 彼女は眉根を下げたまま、一礼して部屋を出て行く。
かおりちゃ
 カップから昇る香茶の湯気が切なく揺れる。
 私は椅子から立ち上がり、ベッドへ倒れ込む。
﹁リュートさんに恋心など⋮⋮﹂
 1人呟くが、自分自身を誤魔化すことは出来なかった。
 私はリュートさんをお慕いしている。
 いつから自分はリュートさんに心を奪われてしまったのだろう?
 目をつぶり思い返してみる。
 初めて顔を合わせたのは、湖外の宿屋。
﹁シアに連れられて、部屋で待っていた時。胸が高鳴って、止まら
なかったのを憶えています⋮⋮﹂

1185
 最初の印象は、優しそうな人。
 遠方から来たのに、嫌そうな顔ひとつせず、私達に手を差し出し
てくれた。
 シアの言葉を信じて、ハイエルフ王国を助けに来てくれた勇者様。
 彼に手を握られた瞬間、身体を何かが貫いた気がした。
 リュートさんが来てくれたのは、私にとって運命なのかもしれな
い。そう思った。
 ⋮⋮でも、彼は2人の妻を持つ身。
 この国を救ってくださる勇者様として敬ってはいたが、異性に対
する愛情という意味の感情は持っていなかった。
ジャイアント・スコーピオン
 お父様に反発し、リュートさん達と一緒に大蠍退治に旅に出た。
 旅の途中、リュートさんは馬車に酔ってしまった私を心配してく
れた。
 辛そうな私の頭に手をあてて、もうすぐ着きますから、と何度も
声をかけてくれた。
 彼の手が私の身体に触れる度に、嬉しい、と思ってしまっている
自分がいた。
 その事に、私は気づかないふりをし続けていた。
 旅の途中、城外の世界を知って自分がいかに無知で、世間知らず、
役立たずかを思い知らされた。
 生木を薪に使おうとして、リュートさんに呆れられたこともあっ
た。
 彼の表情を見て、消え入りたいくらい恥ずかしいと思って、真っ

1186
赤になってしまった。
 いいところを見せたい、と思うのに、いつも何かしらのドジをし
てしまう。自分が情けなかった。それでも、リュートさんは優しく
ずっと隣に居てくれた。
 外では私は役にたたない。⋮⋮かと言って城内では姉様と比べら
れ、その歴然とした才の差から﹃傾国姫﹄と蔑まれていた。
 自分の居場所が、内にも外にも無いことを思い知らされてしまう。
 しかし、リュートさん達は、そんな私を見捨てず大切な仲間だと
断言してくれた。
 私が見張りを任されていたのに、寝てしまったのに。
 彼は、﹃仲間だから、互いの失敗を助けるのは当然じゃないです
か﹄と言ってくれたのだ。
 誰にも受け入れられなかった私が、私の勇者様に仲間として認め
られている。
 大好きなリュートさんに、私のことを仲間だと認めてもらってい
る。
 彼には何気ない、ごく当たり前の一言だったかもしれない。
 でも、その言葉がどれだけ嬉しかったか⋮⋮。
ジャイアント・スコーピオン
 さらにその後の戦いで、私の不注意でリュートさんが大蠍の毒針
を受けてしまう。
 私は必死になりながら、リュートさんを毒から救い出した。
 その後、私は必死に彼に謝ったが、リュートさんや皆さんは罵声
ではなくお礼を言ってきたのだ。
 あの時の言葉は今でも鮮明に思い出せる。

1187
﹃リースがお姉さんにどんな思いを抱いているかは分からないけど。
オレはリースが仲間に居てくれて本当によかったと思ってる。お陰
ジャイアント・スコーピオン
で荷物を気にせず運べるし、パンツァーファウストで無事大蠍を倒
すことができた、毒針を受けてもリースの解毒で命拾いした﹄
 そう言って、彼は。
 まっすぐ私の瞳を見て、想いを伝えてくれた。
﹃だから何度でも言うよ。オレは、リースが仲間になってくれて本
当によかった﹄
 心の底からそう想ってくれていることが伝わる、彼の笑顔。
 あの時、本当の意味で仲間になれた気がした。
 彼の隣に居ていいんだ、と言ってもらった気がした。
 そしてリュートさんは、誘拐された妹のルナを救い出してくれて。
 まるで絵本に出てくる本物の勇者様のように、敵の大群に囲まれ
た私のピンチに駆けつけてくれたのだ。
 リュートさんの、彼の顔を見た時︱︱胸がギュッと痛くなるほど
締め付けられ、喜びの涙が自然と溢れ出た。
 いつリュートさんを異性として想うようになったかは分からない。
 だけど、自分の気持ちに嘘はつけない。
 今、私は彼のことを⋮⋮リュートさんを愛している。
 そのことだけは確かだ。
 この国に縛られた私が隠し持つ、本当の心。

1188
 例えリュートさんの一番になれなくても、彼の側に居たい。
 弱い者を助けるという彼の夢を、ずっと支え続けたい。
 私のように、弱くて縮こまり、助けを求めている人を、リュート
さんと一緒に助けたい。
 ずっとずっとどこまでも、リュートさんについていきたい。
 ︱︱けれど、私はこの国を見捨てることなど出来ない。
 王族として私心を捨てるのは当然。望む相手と結ばれないことは
昔から覚悟していたではないか。
 なのに胸から溢れ出る悲しみが涙となって流れ出るのを止めるこ
とが出来なかった。ギュッとシーツを握り締めてしまう。
 真っ白な洗いたてのシーツにシミと皺が生まれる。
︵今日だけ、今日だけは心の底まで泣こう。そして明日からは何時
も通りの私で過ごすのです⋮⋮ッ︶
 そう自分に言い訳して、瞳から溢れる涙を押し流す。
﹁リュートさん⋮⋮私の勇者様⋮⋮私は⋮⋮ッ﹂
 枕に顔を押し付け嗚咽を殺す。
 涙で濡れシミが広がるのも構わずに︱︱
1189
第92話 リースの想い︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月16日、21時更新予定です。
昨日の感想欄でメイヤがどれほど人気か再確認しました。いや、自
分もキャラクターの中でもかなり気に入っていますよ。書きやすい
し。ほら、好きな子ほどイジメたくなるもんじゃないですか?
そんな感じでメイヤは何時、結ばれるんでしょうね⋮⋮。
後、軍団名の﹃PEACEMAKER﹄が好評で嬉しいです。この
調子で家名&紋章図案も皆さんに受け入れられたらいいなと思って
ます。
他にも早く色々な銃器を出していきたいのですが、話の流れ上すぐ
には難しいので気長にお待ちいただければと思います。

1190
ではでは、引き続き軍オタをよろよろです∼。
第93話 リースの想い2
 今日は家名、紋章決めもそこそこに戦勝パーティーへ向けてのダ
ンスレッスンにとりかかる。
 練習場は開いている大部屋を使用。
 本番では豪奢な衣装を着て踊らなければならないが、今回は練習
のため普段着姿で望んだが︱︱その時点で私、ハイエルフ王国、エ
ノールの第2王女、リース・エノール・メメアは後悔していた。
︵ああ、私はどうして1人気合いを入れた恰好をしてしまったので
しょう! これでは1人場の雰囲気を読めていない娘って思われる
!?︶
 リュートさん達は旅に出た時と似た普段着姿なのに、私は城内用
のドレスに袖を通す。

1191
︵私も一緒に旅をした服装に今から着替えた方が⋮⋮で、でも一国
の姫が城内で旅衣装を着るのも問題あるし⋮⋮ッ︶
﹁それじゃ時間も勿体ないし、ダンスの練習を始めようか﹂
 私の葛藤に気付かないリュートさんが、軽い準備体操をしながら
切り出す。
﹁それじゃクリスちゃん! ルナ達はあっちで練習しよう!﹂
﹃お手柔らかにお願いします﹄
 背丈の近い2人は手を繋ぎ合い練習場所を確保。
 ルナは自分とは正反対で快活で、明るい性格が羨ましい⋮⋮。
︵私もお慕いしている人に屈託無く﹃好き﹄と言えたらいいのです
が⋮⋮。って! あの夜に未練は断ち切ると決めたではありません
か! いつまでもウジウジと引き摺るのは止めないと!︶
 私はぶんぶんと首を振り、後ろ暗い考えを振り払う。
﹁どうしたリース? 首なんて振って頭でも痛いのか?﹂
﹁い、いえ、なんでもありません! お気になさらないでください
!﹂
 ああ、忘れようと思った直後なのに、私の身を案じて声をかけて
もらうだけで胸が高鳴るなんて!
 自分の頬が火照るのを自覚してしまう。
 ニヤケそうになる口元を無理矢理押さえ込んだ。

1192
﹁では、リュート様のダンスの手ほどきはわたくし! リュート様
の一番弟子にして、右腕、腹心のメイヤ・ドラグーンがお相手いた
しますわね!﹂
﹁⋮⋮では、私はスノーさんに手ほどきを﹂
 ニヤケ顔から一転、悲しみで崩れそうになる微笑みを強引に保ち
ながら、スノーさんへ向き直るが、
﹁メイヤちゃんが、リュートくんに教えちゃ駄目﹂
﹁な、なんでですか!?﹂
﹁なんか嫌だから。リースちゃん、リュートくんにダンス教えても
らってもいいかな? リュートくんもそれでいいよね﹂
﹁ああ、オレはそれで構わないけど﹂
﹁はい、それじゃ決まり。メイヤちゃんはわたしに教えてね﹂
﹁そんな∼﹂
 メイヤさんはスノーさんに引き摺られて行く。
 スノーさんが一度振り返り、意味深な視線を向けてきた︱︱もし
かして、彼女は私の気持ちに気付いている!?
 でも、あのスノーさんならありえそう⋮⋮。
 彼女は妙に勘が鋭い所があるから。
 けど、だとしたらわざわざ私とリュートさんをくっつける意味っ
て︱︱。
﹁リース﹂
﹁ひゃいッ!?﹂
 リュートさんに声をかけられ、思わず変な返事をしてしまう。
 あうぅう⋮⋮ッ。絶対に変な娘って思われちゃった!

1193
﹁ご、ごめん、驚かせちゃったみたいで﹂
﹁い、いえ、私こそ変な声を出してすみません。そ、それでは私達
もダンスの練習を始めましょうか﹂
﹁だな。それじゃ僕は何をすればいいんだ?﹂
﹁えっと、それでは︱︱﹂
 私達は手を取り合いダンスの練習を始める。
 指と指が触れるだけで、頬が熱くなるのが分かる。心臓が高鳴る。
 極僅かな時間だが、リュートさんと手を取り合い踊ることができ
た。
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 戦勝パーティー当日。
 パーティーは内輪向けで、大広間にはハイエルフ族のみが出席し
ている。
 皆、国を救ってくださったリュートさん達に感謝し、次々挨拶を
して行く。
 挨拶が終わると、早速ダンスが始まる。
 最初はスノーさんが、次にクリスさんがリュートさんと手を取り
合い音楽に合わせて踊る。
 練習の成果のお陰で3人はそつなく踊りきった。

1194
 私はそんな3人の姿を眩しそうに見つめる。
 自分には決して届かない光。
 まるでリュートさん達と出会う前、姉様への劣等感で凝り固まっ
た頃のような暗い気持ちになってしまう。
﹁リース?﹂
 踊り終わって戻って来たリュートさんが驚きの表情を作る。
﹁ど、どうした涙なんて流して、どこか痛むのか?﹂
﹁えっ、涙⋮⋮? ッゥ、す、すみません。どうやら目にゴミが入
ったようで。ご心配をお掛けしてすみません﹂
 私は指摘され気付く。
 慌ててハンカチで目元を隠した。
﹁少々、お化粧を直しに失礼します﹂
 ホストとしてはよろしくないが、私はその場に居ることが出来ず
理由を付け会場を後にする。
 涙が後から後から溢れ出て、ハンカチを湿らしていく。
︵あの夜、全部、気が済むまで涙を流したはずなのに⋮⋮ッ︶
 ハンカチで目を押さえ、歩いていたせいで転んでしまう。
 暗い冷たい廊下に、1人手を付く。
 自分のドジが恨めしい。
 大広間から聞こえてくる談笑、穏やかな音楽︱︱その楽しげな輪
の外で、私は1人床へと這い蹲っている。

1195
 まるでこの世界で、自分1人だけなのだと錯覚するほどの孤独。
﹁ふふふ、無能な傾国姫にはお似合いですね⋮⋮﹂
 あまりに惨めな自分に、自嘲してしまう。
﹁なんだリース、また転んだのか? 相変わらずドジだな﹂
﹁ッ!? り、リュートさん、ど、どどうして!?﹂
 最初、﹃幻聴!?﹄と疑ったが顔を上げると、先程別れた筈のリ
ュートさんが側に立っていた。彼は苦笑し、手を差し出す。
﹁ほら、いつまで座ってるつもりだ。せっかく似合ってるドレスが
汚れちゃうぞ﹂
﹁あ、ありがとうごじゃいましゅ⋮⋮ッ﹂
 あうううぅ! 私の馬鹿! どうしてお礼の言葉を噛むの!?
 リュートさんはさらに苦笑の度合いを深め、私の手を取り力強く
立ち上がらせてくれる。
 勢いが付き、私は思わず彼の胸へと抱きついてしまう。
 リュートさんの手が私の肩を抑える。
 体全体に広がる彼の体温。匂い、筋肉。
 無意識に私は彼の服をギュッと握り締めてしまう。
 あぁ、私の勇者様︱︱
︵永遠にこの時が続けばいいのに︶
 もしくはこのまま時が止まってくれたらいい。

1196
 しかし、何時までも妻帯者である彼の胸の中に居る訳にはいかな
い。
 リュートさんから体を離し、自身の足でちゃんと立つ。
﹁⋮⋮ありがとうございます。ですが、どうして私の後を?﹂
﹁そりゃ大切な仲間のリースが、あんな顔して出て行ったら心配す
るに決まっているだろ﹂
﹁ッ!?﹂
 彼は﹃何を当たり前のことを﹄と当然のように言う。
 先程まであった孤独感が微塵も無く消失し、歓喜のうねりが胸中
を支配する。
 愛しい人、愛しい人、愛しい人⋮⋮ッ!
 忘れようと涙を流し、枕を濡らしても、胸から決して引かない熱。
 思わず全てを投げ出し、彼の腕の中へ飛び込もうとした瞬間︱︱
私の動きを止める人物が姿を現す。
﹁⋮⋮2人ともこんな所で何をしている?﹂
﹁お父様﹂
 お父様︱︱ハイエルフ王国、エノール国王が近衛を連れて立って
いた。
 お父様も大部屋を出る私に気付き、後を追いかけてきたらしい。
﹁私の気分が少々悪く、リュートさんに付き添って頂いていました。
もう平気です﹂
 頭から冷や水をかけられたように冷静な思考を取り戻した私は、

1197
適当な誤魔化しを口にする。リュートさんも察したのか何も言わず
態度で示す。
 旅をし、国の危機を一緒に救っただけあり、連携は慣れたもの。
 お父様は私達を数度、見比べた後、納得したのか追求はしなかっ
た。
﹁では広間に戻りなさい。ホスト役の1人が中座するなど失礼だか
らな。娘が迷惑をかけた﹂
﹁いえ、迷惑など﹂
 リュートさんは失礼にならないよう丁寧に答える。
 さらに気を利かせて、先に大広間へと1人戻ってしまう。
 私はその背を残念がる瞳でつい追う。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁どうかなさいましたか、お父様﹂
 リュートさんを目で追っていると、横から強い視線に気付く。
 お父様が側にいることをすっかり忘れてしまっていた。
 私は遅まきながら態度を取り繕う。
﹁⋮⋮リース、パーティーが終わったら部屋に来なさい﹂
 お父様はなにかを悟ったような表情でパーティー会場へと戻って
いく。
︵お父様の私室に?︶
 滅多にない事態に困惑する。

1198
 もしかしたら先程の態度で、リュートさんに横恋慕していること
に気付かれ釘を刺されるのかもしれない。
︵⋮⋮そんなのもう諦めているのに︶
 私は拗ねた気持ちで、お父様の後へ続いた。
第93話 リースの想い2︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月17日、21時更新予定です。
次でリースの話は終わりです。
お付き合い頂ければ幸いです。
1199
第94話 リースの想い3
 途中で私が中座してしまったものの戦勝パーティー自体は滞りな
く終わる。
 一度、自室に戻り護衛メイドであるシアの手を借り、パーティー
ドレスから普段着ている物に変える。
 さすがに父様と会うとはいえ、女性にはそれなりに身なりを整え
る時間が必要なのだ。
 支度を終え、シアを連れてお父様の私室へと向かう。
 まずは待合いの部屋に入り、私室を警備する近衛と私生活の世話
をするメイド達を一瞥する。
﹁父様にお取り次ぎを﹂

1200
﹁かしこまりました。少々お待ち下さい﹂
 メイドの1人が扉を開き奥へと消える。
 3分も経たず、メイドは戻って来た。
﹁リース様お1人でいらっしゃるようにとのことです﹂
﹁分かりました。シア、貴女はここで待っていなさい﹂
﹁畏まりました﹂
 シアを待合室に残し、メイドに先行させ私も奥の扉を潜る。
 さらに通路が続き、重厚な扉の前へ。
 メイドのノックし、入室の返答を待つ。
﹃入れ﹄
﹁失礼します﹂
 メイドに扉を開けさせて、私は父様の私室へと入室。
﹁お待たせしました、お父様﹂
﹁いや、構わん。パーティーが終わってすぐに呼びつけてすまなか
った﹂
 父様は椅子に座る。
 私も促され席に腰を下ろす。
かおりちゃ
 メイドが再び入室し、私達の前に香茶を置く。
﹁下がれ。合図があるまで何人たりとも部屋に近づけさせるな﹂

1201
﹁畏まりました﹂
 メイドは一礼すると、部屋を音もなく後にする。
 父様と2人っきりになるのはいつ以来でしょう。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 沈黙が私達の間を埋める。
 父様に話や用事があるから呼びつけたのではないでしょうか?
 父様は渋面を作り、私を見つめてくる。
 国の未来を憂い顰める苦渋ではなく、1人の親としての感情色が
強い気がした。
﹁リース﹂
﹁はい、なんでしょう父様﹂
﹁オマエは⋮⋮リュート殿を愛しているのか?﹂
﹁なッ︱︱!?﹂
 予想外の質問に私は思わず席を蹴るように立ってしまう。
 しかし自身の行いが淑女にあるまじき行為だと気付き、咳払いを
し改めて腰を下ろす。
﹁と、父様、突然、変なことをおっしゃるのは止めてください。私
だけではなく、リュートさんにも失礼ではありませんか﹂
﹁⋮⋮オマエはまったく、何年経っても嘘が下手だな﹂
﹁ぅッ﹂

1202
 相手は父様。
 百数十年、私の親を務める相手に嘘を突き通す方が難しいのです。
 父は深い溜息を漏らした。
﹁オマエは彼らに付いていきたいと思っているのか?﹂
﹁⋮⋮いえ、私はエノールの次期女王。私心を捨てる覚悟はしてい
ます﹂
 これ以上の嘘は意味がないことを悟り、自身の意見を口にする。
﹁次期女王、か。もしオマエ以外に後継者が居るとしたらどうする
?﹂
﹁後継者ですか? ルナに⋮⋮妹の自由を奪ってまで自身の心情を
優先したいとは思っておりません﹂
 私の覚悟が汚された感じて、やや語気が荒くなってしまう。
 父様とはいえ、一国の王に対する口の利き方ではなかったと、私
は心の中で反省をする。
 父様は気にする様子もなく、席を立つ。
 机から1枚の手紙を取り出した。
 その手紙を私の前へ置き、再び席へと戻る。
﹁あの、これは⋮⋮?﹂
﹁読むといい﹂
 私は許可を得て手紙に指を伸ばす。
 宛名は︱︱ララ・エノール・メメア!
 姉様から、父様へ充てた手紙!?

1203
﹁あの娘が姿を消して、オマエが﹃記録帳﹄を見付ける直後、本の
間から私が見付けたのだ﹂
﹃予知夢者﹄の姉なら造作もないだろう。
 私は震える指先で手紙を開く。
 書かれている内容は︱︱自分が行方を眩ませたことへの父様に対
する謝罪から始まっていた。しかしなぜ姿を消したのか、その理由
までは書かれていなかった。
 だが、この書き方なら事件等に巻き込まれた訳ではなく、自身の
意思で姿を眩ましたことになる。姉がいまだ生きている可能性が高
いことに、素直に喜んでしまう。
 さらに読み進める。
 母が体調を崩し床に伏せているのも病気ではなく、妊娠している
かららしい。
 しかもお腹の子は念願の男の子。
 将来、立派にエノールを継ぐと記されていた。だから、私︱︱リ
ースの好きにさせて欲しいと書かれてあったのだ。
 だが、手紙はさらに続く。
 後半の最後は私に向けて書かれていた。
 もしリュートさんの後を追い結ばれたなら、将来確実に自分達は
姉妹で殺し合いをする。
 その覚悟があるなら、自身が望む未来を突き進むといい。

1204
 姉が何を言っているのか、よく分からない。
 正直まだ頭が混乱している。
 私がリュートさんと結ばれると、姉様と姉妹で殺し合いをする?
 俄には信じがたい。
 しかし、姉様の精霊の加護﹃予知夢者﹄は絶対。
 私自身がそれを確信し、記録帳に従い祖国を救うためリュートさ
んをこの地へ導いたのだから。
 つまり、リュートさんと結ばれると、姉様と姉妹で殺し合いをす
ることになる。
 父様が感情を吐き出すように呟く。
﹁︱︱この手紙を読んて、オマエが記録帳を持って来た時、私は恐
怖に震えた。姉妹で殺し合うなど⋮⋮。記録帳に書かれている事が
起きる度、私は何度苦悩したか﹂
 父様の声には何十もの苦悩が滲んでいた。
 自身の娘達が殺し合う。
 信じたくないのは当然だ。
﹁だから私は彼らをリース、オマエから遠ざけようとした。姉妹同
士で殺し合いなどさせないために⋮⋮﹂
ジャイアント・スコーピオン
 そのため大蠍を倒してこいなどと無茶な注文を付けた。
﹁しかし結局、彼らがこの国難を解決してくれたのは事実。もしリ
ースが彼の元へ嫁ぎたいと言うのなら、私に止める資格はない。世
間一般ではハイエルフ族は生涯に1人としか結ばれないなどと言わ

1205
れているが、歴史上、第2、第3夫人を娶ったり、娶った者も居る。
無理に気持ちを抑えなくてもいいんだ﹂
 父様がシアと似たようなことを言うのがなんだか可笑しくて、な
んだか口元が弛んでしまう。
 お陰で考える余裕が生まれる。
 私は姉様と殺し合いをしてでもリュートさんへ嫁ぎたいのか?
 ⋮⋮いや、それは結果でしかない。
 姉は姉の意思があって、この国を出たのだろう。
 私は私の意思で、リュートさんについて行く。リュートさんの想
いを、支えていく。
 その結果、2人の道が違い、争うことになっても⋮⋮私達は後悔
しないだろう。
 ハイエルフの寿命は長い。
 けれども、ただ生きるだけでは意味が無いのだから。
 私たちは、自らの足で、前に進まなければならない。
﹁⋮⋮私はリュートさん、いいえ、リュートさん達と︱︱一緒に居
たいです﹂
 それが衒い無い私の心だ。
 父様は深く、長い溜息を漏らす。
﹁やはりそうか⋮⋮﹃予知夢者﹄の予言は絶対。姉妹での殺し合い
はやはり避けられないものなのか﹂
﹁いいえ、それは違います﹂
﹁リース?﹂

1206
 力強い私の声に、父様が落胆した顔を上げる。
﹁﹃予知夢者﹄の予言は絶対かもしれません。姉妹での殺し合いも
避けられないでしょう。逆に言えば私は再び姉様と出会うことが出
来る。殺し合いを始めても、殺すこと無く終えることだって出来る。
⋮⋮だったら、必ず、姉様を殺さずに五体満足で父様の前に連れて
参ります。そして、なぜ失踪したのか? 何をお考えなのか? い
くつもの疑問を姉様の口から聞かせたいと思います﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 劣等感の根源とも言うべき相手。
 自分自身では絶対に勝てないと信じている相手︱︱ララ・エノー
ル・メメア姉様を父様の眼前に連れてくると私は断言したのだ。
 父様の口元が弛む。
﹁⋮⋮少し見ない間に強くなったのだな﹂
 父様は1人呟き、成長を楽しむような光が瞳に宿っている。
﹁リース、私の愛しい娘。例えどんな素晴らしい男がオマエを嫁に
欲しいと言っても、この腑が煮えかえる思いは拭えないだろう。だ
が、愛しい娘が望むなら認めるしかあるまい。リース⋮⋮幸せにな
るんだよ﹂
﹁ありがとうございます、父様。私も父様を愛しています﹂
 私達は席を立ち、正面から抱き締め合う。
 抱擁し合うなんて何年、何十年振りにだろう。
 悲しくもないのに涙が溢れ出る。

1207
 先に体を離したのは父様だった。
 やや照れ臭そうに顔を赤くし、扉へと促す。
﹁さぁ行きなさい。リースの気持ちを伝えてくるといい﹂
﹁はい、父様。行ってまいります﹂
﹁行く途中でメイド達に言付けを頼む﹂
﹁言付けですか?﹂
 父様は席に座り直すと、拗ねたように続ける。
﹁テーブルが一杯になるほど酒精を持ってくるよう言いつけなさい﹂
﹁ふふふ、過度な酒精は体に毒ですよ﹂
﹁ふん、毒で結構。今日飲まねば何時飲めというんだ﹂
 父様に礼をして私室を出る。
 シアが待つ部屋に戻ると、控えていたメイド達に酒精を運ぶよう
言付けた。
 ただし父様が飲み過ぎないよう注意するように言うのも忘れない。
 私は部屋を出ると、足早にリュート様達の私室を目指す。
﹁姫様、さすがにもう遅い時間です。どんな用件かは存じませんが
明日になさった方が宜しいかと⋮⋮﹂
﹁いいえ、今すぐでなければなりません。これは私にとって人生を
左右する重大なことですから﹂
 シアの上申を退け、廊下を急ぐ。
 まるで足に羽が生えたような速度で進んだ。

1208
 リュートさん夫婦に与えられた私室前に辿り着く、呼吸を整え髪
や服装をチェック。
 問題無いことを確認すると、扉をノックした。
﹃はい?﹄
 まだリュートさん達は眠っておらず、中から人の気配と声がする。
 扉が開く。
﹁リースに、シア、どうしたこんな夜遅く?﹂
 目の前にリュートさんが居る。
 それだけで涙が出そうなほど幸福が胸を占領する。
 私は心臓の高鳴りをそのまま言葉にした。
﹁リュートさん!﹂
﹁お、おう、どうしたリース﹂
﹁どうか私を妻にしてください。私はリュートさんを愛しています
!﹂
 彼の驚く表情は生涯、墓に眠るまで絶対に忘れられないだろう。
1209
第94話 リースの想い3︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月18日、21時更新予定です。
父親にとってのある種の最大の事件の1つは、娘が他の男に嫁ぐこ
とだと思う。
まぁ国王様もその夜は昔、リースが子供時代に手作りしたプレゼン
トなんかを目の前にして過去を振り返りながら酒を浴びるほど飲ん
だんだろうなー、とか夢想してしまいます。
そんなこんなで、リースの心情編はこんな感じでー。

1210
第95話 留学
 旅立ちの日。
 オレは、ウッドキャッスル裏手に止めている飛行船内に詰め込ま
れた荷物の最終点検をしていた。
 荷物は私物やハイエルフ王国を救った礼として送られた品々、食
料品などだ。
 オレは樽の蓋を開け中を確認する。
 中身はちゃんと贈呈用の酒精だった。
ジャイアント・スコーピオン
 大蠍退治の時、樽の中にハイエルフ王国エノールの第3王女、ル
ナ・エノール・メメアが隠れていた。まさかとは思うが再度、樽に
隠れているかもしれないから確認したのだ。

1211
﹁よし、問題は無さそうだな﹂
 一通り確認し終えたオレは、1人満足そうに呟く。
 これなら出発しても問題なさそうだ。
﹃︱︱クシュンッ!﹄
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 聞き覚えのある声音のクシャミ。
 聞こえてきた方向へ視線を向けると、そこにはルナがクリスに送
った衣装箱が置いてある。箱にはルナ指定のクリスに似合う服や下
着類が入っていたはずだ。
 オレは蓋を開けるが、底まで衣服が畳まれ詰められている。人が
隠れるスペースなどあるはず⋮⋮
﹁まさか﹂
 オレは一度衣服を取り出し、底に手を伸ばす。力を込め引っ張る
と割と簡単に外れた。 予想通り、衣装箱は二重底になっていたの
だ。
 二重底の下には第3王女のルナが隠れ潜んでいた。
 忍者かこいつは!
 オレが子猫のようにルナを飛行船外へ連れ出すと、姉であるリー
スが柳眉を吊り上げ叱る。
﹁ルナ! 貴女は何をしてるの! リュートさん達に迷惑をかけて

1212
!﹂
﹁だって、ルナも一緒に行きたかったんだもん﹂
 ルナはハムスターのように機嫌悪く頬を膨らませる。
﹁どうしてお姉ちゃんやシアがよくて、自分は一緒に行っちゃいけ
ないの? 不公平だよ!﹂
 彼女の指摘にオレとリースは目を合わせて、2人一緒に顔を赤く
する。
 シアは奴隷から解放しようとしたのだが、本人がこのままでいい
と断られた。
 リースの場合は、﹃見聞を広めるため同行する﹄ということにな
っているが実際は︱︱オレの第3婦人になったからだ。
 数日前、戦勝パーティー後の夜、突然訪ねてきたと思ったらリー
スに﹃どうか私を妻にしてください。私はリュートさんを愛してい
ます!﹄と告白された。
 オレは突然のことに驚愕したが、スノー&クリスは何か知ってい
たらしく、驚きも反対もせずむしろ諸手を挙げて歓迎した。
 オレ自身はというと⋮⋮
︵そりゃリースは大切な仲間だし、魅力的な女の子だと思う。好き
か嫌いかで言ったら、好きだ。いや大好きだ! ドジな所もマイナ
スポイントどころか、守ってあげたい魅力だし、素直で可愛いし、
それに胸だって⋮⋮︶
 オレに断る理由はなく、現妻2人も歓迎している。
 唯一、異を唱えたのは、リースを第3夫人に迎えると知ったメイ

1213
ヤだった。
 曰く︱︱﹃わたくしより出会いの遅いリースさんがリュート様の
妻になるなど! 絶対に許せませんわ! で、でしたらわたくしだ
って⋮⋮ッ!﹄
 チラ、チラと好意的な視線を向けてくるメイヤ。
 ここまで露骨な態度を取られたら彼女が何を言いたいか誰でも分
かる。
 オレ自身、メイヤのことが﹃好きか、嫌いか﹄と聞かれたら﹃嫌
いではない﹄と答えるだろう。彼女がオレに向ける視線は、好意に
満ちているのは分かるが⋮⋮満ちすぎて怖い。
 水清ければ魚棲まず︱︱では無いが、あまり度が過ぎるのはちょ
っと。
 そんなメイヤにスノーは切り捨てる。
﹃メイヤさんはリュートくんの奥さんになっちゃ駄目﹄
﹃ど、どうしてですか!? まさかまだ魔術学校でのことを恨んで
いるのですか!?﹄
﹃違うよ。リースちゃんのように、ちゃんと決着をつけていない人
にリュートくんの奥さんは勤まらないってだけだよ﹄
﹃!?﹄
 その一言でメイヤの顔色が変わる。
﹃スノーさん、も、もしかしてご存知なの⋮⋮﹄
﹃ううん、ただの勘﹄

1214
 スノーはメイヤの問いが終わる前に首を横に振った。
﹃ちゃんと決着を付けたなら、リュートくんのお嫁さんって認めて
あげる﹄
﹃⋮⋮分かりましたわ! このメイヤ・ドラグーン! ちゃんと決
着をつけてリュート様の妻の座を射止めてみせますわ!﹄
 2人は当事者の1人であるオレを置き去りにして勝手に話を進め
る。
 しかし、メイヤの﹃決着﹄とは一体なんだ?
 そして、リースの父である国王にリースとの結婚許可を取った。
 事前に彼女が取っていたらしく、話はスムーズに進んだ。
 一応、外野の批判を避けるためリースは建前上、﹃見聞を広める
ため同行する﹄ということになっている。またハイエルフ族の通例
として国外に留学する際は、周囲へ無用な混乱をさけるためエルフ
族に瞳の色を変えるペンダントを装着するらしい。
 今は付けていないが、人目のないプライベートではスノー&クリ
ス同様に魔術液体金属で作った結婚腕輪を大切そうに身に付けてい
る。
 もちろんオレが自作した品物だ。
 宝石、魔石1つない腕輪なのに、リースは涙を零すほど愛おしそ
うに抱き締めた。
 そこまで喜んでくれたなら、送った方としても嬉しい。
 問題があるとすれば妹のルナだ。
 彼女にはまだリースと結婚したことを話していなかった。

1215
 未だに姉は見聞を広げるための留学と信じて疑っていない。
 だから自分も留学したい、仲良くなったクリスと離れ離れになり
たくないと主張しだした。聞き届けられないと分かると、今回のよ
うな不法侵入までやらかした。
 顔を赤くしていたリースが咳払いして、妹に言い聞かせる。
﹁何度も言っているように私は見聞を広めるため、シアはリュート
さんの奴隷だから一緒に行くの。決して遊びに行く訳じゃないのよ﹂
﹁だったらルナもリューとんの奴隷になる!﹂
﹁ルナ! 馬鹿なこと言わないの!﹂
 リースは姉らしく叱りつけるが、ルナはふて腐れた態度を崩さな
い。
 声を聞きつけたのかスノー、クリスが姿を現す。
 2人は先程まで飛行船内の私室に荷物を運びこび、片付けていた
はずだ。ここに来たということは彼女達の方も作業は終わったのだ
ろう。
 なぜかクリスは胸に一冊の絵本を手にしていた。
﹁リュートくん、出発の確認作業は終わったの?﹂
﹁ああ、もちろん終わったんだが⋮⋮﹂
 オレは視線をルナへと向ける。
 彼女はクリスに気付くと、彼女に駆け寄り抱きつく。
﹁クリスちゃんからもなんか言ってあげて! クリスちゃんもルナ
と一緒に居たいよね?﹂

1216
 ルナの問いにクリスは困った笑みを浮かべる。
 それが答えと気付き、悔しそうにルナが顔を顰めクリスから体を
離す。
 そんな彼女にクリスは︱︱
﹁ま、だ、一緒には行け、ない⋮⋮けど、私、たちはずっと、お友
達だから﹂
﹁!?﹂
 普段、魔術道具のミニ黒板で意思疎通を図るクリスが、言葉で懸
命に伝えようとしている。その姿にルナが目を丸くするのは当然だ。
 クリスは手にしていた一冊の絵本を差し出す。
﹁私、の大切な絵本、ルナ、ちゃんに貰って欲しい﹂
 その絵本は嫁ぐ際、両親から初めて買って貰った絵本として大切
に持ってきたものだ。この絵本を切っ掛けに﹃勇者とお姫様﹄系が
好きになった。
 そんな一番大切な絵本だから、ルナに貰って欲しいのだろう。
 しかしルナは瞳から零れそうになる涙を堪えながら、クリスを睨
む。
﹁絵本なんていらないもん! クリスちゃんの馬鹿!﹂
﹁ルナ!﹂
 リースは妹の言葉に本気で激昂する。
 だが、ルナは背を向けると涙目で、城内へ向けて走り去ってしま
った。
 リースが慌てて謝罪する。

1217
﹁ごめんなさい、ルナが酷いことを言ってしまって﹂
﹃いいえ、リースお姉ちゃんのせいじゃありませんから﹄
 クリスは心配をかけないようにと笑顔でミニ黒板を掲げる。
 だが、一目で強がりと分かる弱々しい笑顔だった。
第95話 留学︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月19日、21時更新予定です。
明日、家名と家紋に言及しますので宜しくです。
1218
第96話 新メンバー
 ルナが走り去った後、飛行船の出発準備が整ってしまう。
 オレは見送りに来てくれたハイエルフ王国、エノールの国王と言
葉を交わした。
﹁どうか、娘を頼む。ガンスミス士爵﹂
﹁はい、任せてください!﹂
 結局、家名は﹃ガンスミス﹄にした。
 リュート・ガンスミスだ。
 語呂も悪くないし、扱っている魔術道具︵武器︶も現すというウ
ィットにも富んでいる。
 紋章も﹃ガンスミス﹄をある意味強調するため、﹃リボルバーと

1219
6発の弾丸﹄という図案にした。
 最後までAK47の図案と迷ったが、後者だと革命ゲリラっぽい
ので最終的には前者になったのだ。
 ちなみに前世の世界、﹃スミス﹄とは英語で﹃職人﹄という意味
になる。
 ウォッチスミスなら、時計職人。
 ロックスミスなら、錠前職人。
 だがガンスミスは勘違いされやすいが、言葉の意味としては﹃銃
器職人﹄だ。
 しかし業務は銃の加工や調整が主で、1から銃器を制作したりは
しない。
 依頼人の注文に応えて、銃にカスタムパーツを組み込んだり、部
アキュライズ
品の精度を上げる加工を施すのがガンスミスという職業だ。
 基本的にガンスミス専門のスクールや先輩ガンスミスに弟子入り
して技術を学ぶ。独学で学びなることも可能だが、一般的ではない
らしい。
 国王の﹃娘を頼む﹄発言は、側に控える大臣、衛兵達は留学に対
しての言葉だと思っているだろうな。
 そして、スノー達もお世話になった人達と挨拶を交わしていく。
 飛行船に乗り込み出発。
 飛行船が飛び立ち、見送りの人々が小さく認識出来なくなるまで
オレ達は手を振り別れを惜しんだ。

1220
 その中にルナの姿は無い。
 周囲に心配を掛けまいとクリスが常に微笑みを浮かべているのが
痛ましかった。
 その日の夜。
 夕飯を食堂兼リビングで摂り終えると、クリスに声をかけた。
 オレに割り当てられた私室で、クリスと2人っきりになる。
 ベッドの端に腰掛け並んだ。
﹃お話ってなんですか?﹄
﹁ルナのことなんだけど⋮⋮﹂
 今、この場にオレしかいないため、彼女は人前では見せない悲し
そうな表情を浮かべる。オレは堪らず彼女の肩を抱き寄せた。
﹁あんな形でお別れしちゃったけど、きっと彼女もまた会う時はき
っと分かってくれるよ﹂
 そっと柔らかな髪を撫で慰める。
 クリスはギュッとオレの服を掴んできた。
 さらにオレは彼女を抱き締める。
 ノック音もそこそこにスノーが慌てた様子で部屋に入ってきた。
﹁リュートくん! クリスちゃん、大変だよ!﹂
﹁何かあったのか!?﹂

1221
 彼女の慌てようにオレ達は身を堅くする。
﹁とにかく、2人共来て!﹂
 スノーに促され、彼女の背中に慌てて付いていく。
 食堂兼リビングへ着くと、そこには︱︱
﹁クリスちゃん! また会えたね!﹂
﹁!?﹂
 食堂兼リビングにはなぜか喧嘩別れしたはずのルナが居た!
 彼女はクリスを目にすると、いつもの態度で抱きつく。
﹁ど、どうしてここにルナが居るんだ!?﹂
﹁それがどうやら何時の間にか乗船していたらしく⋮⋮﹂
 シアが戸惑いながら説明する。
 オレとクリスが私室に移動し話している間に、スノーとシアが異
変に気付いた。
 どうやら飛行船の倉庫部分で物音&気配に気付いたらしい。
 そこでスノーとシアが2人で様子を見に行った。
 そしたら夕飯を食べておらずお腹を空かせたルナが、食料を漁っ
ていたらしい。
 とりあえず確保し、食堂兼リビングへと連れてきた。
 姉であるリースは、予想外の事態に隅で頭を抱えていた。
 オレは混乱しそうになる頭を抑えながらも、何とか問い質す。

1222
﹁と、兎に角だ。事情は把握したが、どうやって・何時、飛行船に
侵入したんだ? 別れた後、乗り込む隙なんて一切なかっただろう﹂
 そう、一切無いのだ。
 乗船するには橋を昇らなければならないが、クリスと喧嘩別れし
た後、常に誰かしらずいた。その目を盗んで昇るのはまず不可能。
 肉体強化術で橋を使わず侵入することも出来るが、そんなことし
たら魔力を察知されてすぐに気付かれてしまう。
 ルナはオレの質問に、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら
説明を始める。
 オレを油断させるため、ワザとくしゃみをして2重底の衣装箱に
隠れていることを発見させた。これでもう倉庫に隠れていることは
ないだろうと。
 クリスに差し出された絵本を拒絶したのも演技。
﹁本当はクリスちゃんを悲しませるマネなんてしたくなかったけど、
その場から自然に立ち去るためにはしょうがなかったの。ごめんね、
クリスちゃん!﹂
 敵を騙すならまず味方から︱︱か。
 そして城に戻る振りをして、大きく迂回して飛行船の裏側に接近。
 この時、オレ達は見送りの国王達と話をしていたため、注意が集
中しまったく気付くことが出来なかった。
 だが、そのまま飛行船に侵入することは出来ない。
 橋を使わなければ、少女の肉体で飛行船に乗り込むことは不可能
だ。

1223
﹁だから、飛行船の出発するのに合わせて、肉体強化術で身体を補
助してリューとん達が皆に手を振っている間に飛行船に侵入して、
船底に隠れていた訳よ﹂
 その方法があったか!?
 飛行船は魔石に溜め込んだ大量の魔力で飛行する。そのため飛行
中は周囲で他者が魔力を使っても察知出来ないというデメリットが
ある。
 その隙を付いてルナは飛行船にまんまと密航したのだ。
 しかも事前にワザと密航を失敗させ、こちらの心理的警戒心を取
り除いた上でだ。
 ルナが抱きついていたクリスから手を離すと、笑みを浮かべたま
まオレの周囲をグルグル回り出す。
﹁ねぇねぇどんな気持ちwww 国を救った英雄様が出し抜かれて
今どんな気持ちwww﹂
 幼女︵見た目は︶をこんなに殴りたいと思ったのは初めてだ。
 オレは拳を硬く握り締めブルブルと振るわせる。
︵そうだ、落ち着けオレ。ここで怒るなんて大人げないぞ⋮⋮ッ︶
 数度呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせる。
﹁とりあえず引き返してルナをエノールへ置きに行こう。今頃騒ぎ
になっているだろうし﹂
﹁あわわわ! ご、ごめんなさい! 調子に乗りすぎたわ! でも
大丈夫、ちゃんと手紙でお姉ちゃんと一緒に留学するって書いてお
いたから。それにルナ、凄い役に立つから。だから、ここに置いて

1224
よ、いいでしょ、リューとん!﹂
﹁いい加減にしなさい! 貴女は本当に周りに迷惑ばっかりかけて
! エノールに戻ったらお父様にタップリ叱って貰いますからね!﹂
 さすがに怒ったリースに雷を落とされる。
 ルナは首をすくめながらも、慌ててオレに対する売り込み攻勢を
強めた。
﹁待ってよ! 本当にルナ、役に立つんだよ! これ、見て!﹂
﹁これって、リースが撃った空薬莢?﹂
 ルナがポケットから取り出したのは、リースが竜騎兵達相手に撃
ジェネラル・パーパス・マシンガン
ちまくった汎用機関銃、PKMの空薬莢だ。
 兵士やメイド達が懸命に拾った筈だが、まだ取りこぼしがあった
らしい。
﹁んで、倉庫で見付けたこの魔術液体金属を︱︱﹂
 ルナはミニ樽に入れた魔術液体金属に両手を入れ、魔力を注ぎ込
む。
 するとルナの手のひら一杯に同じ空薬莢が出現する。
﹃!?﹄
﹁どう? 凄いでしょ!﹂
 湖外の屋敷で魔術液体金属で弾丸などを作っていたのは、クリス
&オヤツ目的で通っていたルナは知っていた。
 だが、彼女にそのやり方を一度だって教えたことはない。

1225
 オレとメイヤは目を白黒させながら、手のひらにある空薬莢をそ
れぞれ手に取る。
﹁⋮⋮問題ない。すぐに使えるぞこれ﹂
 空薬莢は形、厚み、質量、硬度、長さ︱︱どれをとっても完璧だ。
プライマー パウダー ブレットコアジャケット カートリッジ
 後は雷管、発射薬、弾芯、被甲を詰め込めば弾薬として使用可能
になる。
 天才魔術道具開発者のメイヤですら、オレが直接指導して数年掛
けてこのレベルに達したというのに⋮⋮。
﹁でもどうやって作り方を覚えたんだ? もしかしてこれがルナの
﹃精霊の加護﹄の力とか?﹂
﹁いえ、この娘はまだ100歳になってないので﹃精霊の加護﹄は
ありません﹂
 リースの指摘に﹃精霊の加護は100歳になってから﹄という条
件を思い出す。
 では、どうやって作り出したんだ?
 これも新妻のリースが教えてくれた。
﹁ルナは昔から一度見たものは忘れない娘なんです﹂
 完全記憶能力!?
﹁いや、だとしても強度はどうする? 決まった魔力をちゃんと注
がないとこの強度にはならないだろう﹂
 魔術液体金属は魔力を注ぐと硬くなる。
 しかし一定以上注ぎすぎると途端に脆くなる性質性質がある。単

1226
純に魔力を注げばいいというものではない。
 オレの問いにルナが快活に答える。
﹁そんなの簡単だよ。この音になる程度に魔力を注げばいいんだか
ら﹂
 ルナは空薬莢を指で弾き金属音を響かせながら、何気ない口調で
告げる。
 さらに絶対音感持ちかよ!?
 ルナのハイスペックにただただ驚く。
 苦労してその技術を身に付けたメイヤは︱︱
﹁わ、わたくしがあんなに苦労したのに﹂と落ち込んでいた。
 一方姉であるリースは︱︱
﹁そうなんです。昔から姉様もルナも優秀で⋮⋮なのに間にいる私
は﹃傾国姫﹄と言われるほど才能もなく、ドジで⋮⋮。どうして同
じ両親から生まれてこれほど差があるんでしょうね。もしかしたら
私だけ両親の子供ではないのかも︱︱と考えていた時期もあったぐ
らいで﹂
 と、なんかトラウマっている。
 しかし、こいつは欲しい人材だ。
カート
 魔術師で魔力値も高く、無煙火薬を彼女に覚えさせたら大量に弾
リッジ
薬を制作出来る。
ジェネラル・パーパス・マシンガン カートリッジ
 汎用機関銃のPKMを制作したため、弾薬はいくらあっても困ら

1227
ない。
 オレが感心していると、ルナがめざとくさらに営業をかけてくる。
彼女は冗談っぽくシナを作り、ウィンクを飛ばす。
﹁もしここに置いてくれるなら、リューとんのお嫁さんになっても
いいよ? クリスちゃんと一緒に可愛がってね♪﹂
﹃それは駄目です。ちゃんとお兄ちゃんが好きならともかく、残り
たいために身を売るマネをするなんて﹄
 さすがに今の発言に、クリスが珍しくルナを叱責する。彼女は大
好きなクリスの指摘のせいか、素直に謝罪した。
﹁ごめんね、クリスちゃん。リューとんも変なこと言ってごめんな
さい﹂
﹁いや、気にしてないから大丈夫。兎に角、これからどうする?﹂
﹁もちろん、国へ送り返します。密航なんて、リュートさん達を騙
すようなマネ、ハイエルフ族の王族として容認できません﹂
﹁ちょっと、お姉ちゃん!﹂
 ルナは声を荒げるが、リースの判断が正しいだろう。
 だがここでルナは手札を切る。
﹁騙すようなマネって⋮⋮お姉ちゃんこそ、ルナのこと騙した癖に
!﹂
﹁えぇえ! わ、私がルナを騙すなんてあるはずないでしょ!﹂
ジャイアント・スコーピオン
﹁あるもん! 大蠍を倒しに行く旅に出る日︱︱﹂
﹃︱︱はぁー、無事今回の件が片付いて落ち着いたら、お父様にお
願いして少し遠出をしましょう。だから今回は大人しくお城で待っ
ていなさい、いいわね?﹄

1228
 約束してたーーー!!!
 オレ達も討伐後、色々ごたごたがあってすっかり忘れていた。
 リースも自分の発言を思い出したらしく、二の句が告げなくなっ
ている。さすがドジっ娘姫。妹相手に綺麗に反論を喰らうとは。
﹁ルナ、楽しみにしてたのに⋮⋮﹂
﹁え、えっとね、その⋮⋮わ、忘れてた訳じゃないのよ。ただ色々
忙しくて、後々に伸びていたというか⋮⋮﹂
﹁王族は騙すようなマネはしないんだよね?﹂
﹁うぐ⋮⋮ッ﹂
 どうやら勝敗は決したらしい。
 ルナの処遇について︱︱とりあえず、仮の留学を認める形になっ
た。
 但しもし問題を起こしたり、こちらの言うことを聞かなかった場
合などは問答無用で送り返すと約束させた。
 一旦、近場の街に飛行船を止め早馬でルナの無事を国に知らせる。
 そして、用事を済ませると再び飛行船は飛び立つ。
 向かう先はアルジオ領ホード、エル先生が待つ孤児院へ向かう。
 そこで結婚したことを報告するつもりだ。
 途中で色々問題はあったが、飛行船は生まれ育った孤児院へと飛
んで行く。
                         <第5章 

1229
終>
次回
第6章  少年期 日常編︱開幕︱
第96話 新メンバー︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月20日、21時更新予定です。
という訳で新メンバーも加わり、家名&紋章も決まりました。
5章は今までずっと﹃バトル×バトル﹄だったので、6章では各キ
ャラをクローズアップして、少しだけのんびり的・コメディ的な物
を書いて行けたらと思います。7章からはまたバトル予定です。
1230
第97話 結婚報告
 リュート、14歳
 装備:S&W M10 4インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 スノー、14歳
 魔術師Aマイナス級
 装備:S&W M10 2インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 クリス、13歳
 装備:M700P ︵スナイパーライフル︶
 リース、ハイエルフ年齢180歳

1231
 魔術師B級
 精霊の加護:無限収納
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 装備:PKM︵汎用機関銃︶
   :他
 飛行船は雪を掻き分け、アルジオ領ホードに着陸する。
 足跡すら付いていない新雪を踏みしめる。
 ここから町まで眼と鼻の先だ。
 雪を踏みしめ、孤児院を目指すと正面入り口にエル先生が立って
いた。どうやらオレ達の話し声に気付いたらしい。さすがウサギ耳。
﹁エル先生!﹂
﹁先生!﹂
 オレとスノーは雪に足を滑らせないよう気を付け駆け出す。
 オレは約4年振りの再会となる。
 エル先生の見た目はあの頃とまったく変わっていない。
 歳は20代前半ほどで背丈は女性にしては高く、巨乳に分類でき
るほど胸がある。
 やや垂れ目だが、お陰で誰もが安堵するような穏和な表情の美女。
 薄いピンクの髪、そこから伸びるウサギ耳。
 スノーは駆け寄った勢いでエル先生に抱きつく。
 オレはさすがにその前に止まった。

1232
﹁えへへへ、エル先生の匂いも良い匂いだよ∼﹂
﹁あらあら、スノーちゃんは甘えん坊さんね﹂
 ふごふごニストであるスノーは、豊満なエル先生の胸に顔を埋め
ながら匂いを嗅ぎだす。そんな彼女を邪険にせずニコニコ笑顔で対
応する。羨ましい! オレもエル先生の胸に顔を埋めたい!
 そんなこと出来ないけど!
 オレはスノーの襟首を掴み引き剥がす。
﹁こらいい加減止めろって。エル先生に迷惑かけるなよ﹂
﹁もうリュートくん、嫉妬してるの? 大丈夫だよ。いくらエル先
生が安心する匂いでも、リュートくんには敵わないから。わたしは
一番リュートくんの匂いが好きだよ﹂
﹁そ、そうか? オレもスノーの匂いは好きだぞ﹂
﹁えへへへ、一緒だね﹂
 オレ達は互いに笑い合う。
﹁ふふふ、相変わらず2人は仲良しさんね﹂
 そんなオレ達をエル先生は嬉しそうな笑顔で眺めていた。
 まずいまずい、2人の世界を作ってエル先生のことを忘れていた。
 オレは改めて挨拶をする。
﹁ご無沙汰しています、エル先生。多々心配をおかけした上、結婚
の挨拶が遅れてすみませんでした﹂
﹁心配なんてほんの少ししかしてませんよ。リュートくんならきっ
と大丈夫だと信じてましたから﹂

1233
 エル先生の笑顔が胸に痛い。
 偽冒険者に捕まったのも油断が招いた自業自得。
 そのせいでエル先生に心配をかけてしまったことに、罪悪感が刺
激される。
 オレは胸の痛みを忘れるためにも、追いついて後ろに控えている
少女達にエル先生を紹介する。
﹁こちらがオレとスノーを育ててくれたエル先生だ。オレ達にとっ
ての親みたいなもんだよ﹂
﹁初めまして兎人族のエルです。リュートくんとスノーちゃんがお
世話になっているみたいで﹂
 エル先生はクリス、リース、メイヤ、シア、ルナへ朗らかな笑顔
で挨拶する。
 オレは一度咳払いしてから、町に出るとき交わした約束を果たす。
﹁エル先生、町を出るとき約束したように結婚報告させてください﹂
 約4年前、早朝。
 オレが町を出る日、見送りに来てくれたエル先生に約束した。
﹃一度は絶対にスノーと一緒に結婚報告に来る﹄と。
 色々あって報告が遅れたが、ようやく約束を果たすことが出来る。
﹁実はスノーの他にも2人ほど結婚した人が居まして⋮⋮﹂
 オレはクリスとリースをエル先生に紹介した。
﹁は、じめ、ましてク、リスで、す。おにいちゃ、んのお嫁、さん

1234
して⋮⋮ます﹂
 クリスはトラウマで喋れなくなった喉を一生懸命動かし、挨拶を
する。
 リースはクリスの後、右手を胸に左手はスカートを少しだけつま
み軽く礼をする。
﹁お初にお目にかかります。ハイエルフ王国、エノールの元第2王
女、リースと申します。現在は人目を避けるためペンダントで瞳の
色を変え、エルフ族の姿をしておりますが⋮⋮。縁あってスノーさ
ん、クリスさんと一緒にリュートさんと結ばれました。育ての親で
あるエルさんにお会いできて誠に光栄です﹂
 ルナには孤児院に着く前に、リースとの結婚を告げた。
 驚いては居たが、反対はされなかった。
 クリス、リースの挨拶を聞くと、なぜかエル先生は落ち着かない
表情をする。
 そんなにオレがスノー以外と結婚したことに驚いているのか?
 どことなく、顔色も青い。
﹁エル先生、どうかしましたか? なんだか顔色も悪いような⋮⋮﹂
﹁う、ううん、大丈夫よ。ちょっと外が寒いだけだから。でも、驚
いちゃった、リュートくんがまさかスノーちゃん以外とも結婚した
なんて﹂
﹁はは、色々ありまして⋮⋮﹂
 嫁達の紹介は終わったが、挨拶は続く。
 シア、ルナ、メイヤが連続して挨拶をした。

1235
 シア、ルナはある意味無難だったが、メイヤは︱︱
﹁初めまして、お義母様! わたくし、天才魔術道具開発者にして
神であるリュート様の一番弟子にして、右腕、腹心のメイヤ・ドラ
グーンと申します! 次期嫁候補として末永く宜しくお願いします
わ!﹂
 おい、次期嫁候補って⋮⋮。
 てか、﹃お母様﹄の部分、発音可笑しくなかったか?
﹁リュートくん、メイヤちゃんとも結婚する予定なの?﹂
 さすがのエル先生も困惑して首を捻る。
 本人を目の前に﹃ただの自称ですから気にしないでください﹄と
は言えない。
 オレは適当に笑って誤魔化した。
 何かを察してくれたのか、エル先生自身から話を変えてくれる。
﹁でもリュートくん達が会いに来てくれて本当によかった。実は折
り入って相談したいことがあったの﹂
﹁相談ですか?﹂
﹁実は⋮⋮私、結婚を申し込まれちゃって⋮⋮﹂
 はっ? けっこん? 血痕? レンコン? いやいや、おかしい
だろう。いや、え? あれ。
 結婚? エル先生が? はっ?
 うん、つまり、そういうことか⋮⋮

1236
 せ、せせせせ、戦争じゃぁあぁぁあっぁぁぁあああぁぁぁぁぁっ
ぁっぁあっぁぁあッ!
第97話 結婚報告︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月21日、21時更新予定かも?
キャラクター紹介ページ込みでの100話達成! ご声援ありがと
うございます!
また最近寒くなってきました。体調には気を付けてください、みた
いな感想を頂きましたが、実はすでに体調が悪いです。なんか風邪
っぽい。頭が痛いし、吐き気が酷いです⋮⋮。
皆様も最近寒くなってきているので体調管理は気を付けてください。
いや、ほんと、マジで。
もしかしたら、明日はちょっと更新お休みするかも?
その場合は22日に頑張って更新しますのでよろしくお願いします。

1237
またリースの年齢変えるかも? 仮ということで。
第98話 再会・思い出話
アリス
 右手にAK47、左手にPKM、ALICEクリップには攻撃用
﹃爆裂手榴弾﹄と防御用﹃破片手榴弾﹄をみっちり装備する。背中
にはパンツァーファウスト60型を2本刺し、肩には襷がクロスす
るようにベルトリンク給弾状態で留められた7.62mm×54R
とグレネード弾をじゃらじゃらと鳴らす。
 顔にドーランでペイント。
 額に巻いた鉢巻きを靡かせて、勝手知ったる懐かしい応接室へと
雪崩れ込む。
﹁どこのどいつじゃぁ! うちのエル先生にちょっかい出す野郎は
!? ケツの穴から腕をツッコンで奥歯ガタガタいわしたる!﹂
﹁うおぉ!? な、なんだね、君は!?﹂
﹁きぃ∼さ∼ま∼かぁ∼!!!﹂

1238
 応接間には1人の男性が座っていた。
 背は高く190センチ近くある偉丈夫。髪は短く髭を生やし、ど
ちらも白髪交じり。片目を眼帯で覆っている。
 見た目は完全に元世界だったら大佐とか呼ばれていそうな軍人だ。
 年齢は高く、中年から、初老1、2歩前と言ったところだ。
 この野郎が年甲斐もなくエル先生に手を出そうとしてやがるのか
!?
 どうせエル先生の美貌と性格・存在そのものに眼が眩んで権力&
金にものを言わせ、もしくは孤児院の存続を楯に迫っている悪党に
違いない。いや、きっとそうだ!
 つまり、こいつを滅ぼして問題ないということだ。
﹁肉片1つ残ると思うなよ?﹂
﹁はっ!? ちょ! わ、儂は君とは初対面で⋮⋮﹂
﹁言い訳など聞かん! How about a nice cu
p of shut the f○ck up︽とっておきのクソ
を口いっぱいに喰らいやがれ︾!﹂
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 AK47&汎用機関銃のPKMの銃口を男性へと向ける。
﹁リュートくん! 私の友人に何をするつもりですか!﹂
﹁イテテテテテ! 痛いです! 痛いですよ、エル先生!﹂
 遅れて到着したエル先生に思いっきり耳を引っ張られる。
 エル先生に耳を引っ張られるのは、オレがリボルバーを暴発させ
怒らせた時以来だ。

1239
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 装備していた武装一式を改めて仕舞い、オレはエル先生の指示の
元床に座らされていた。
 前世で言うところの正座だ。
 エル先生は頬をふくらませて怒っている。
﹁まったくリュートくんは。お客様に対してあんな失礼な態度を取
るなんて。いくら先生の友人でも、冗談では済まないこともあるん
ですよ﹂
﹁はい、すみませんでした﹂
 謝罪を口にするが、眼は相手の男性に食らいついて離さない。
 人の良い先生は気付かず、目の前にいる男性を紹介してくれる。
﹁彼は先生の古い友人で人種族のガルマさんです。冒険者レベル?
の凄腕の方なんですよ﹂
﹁エルさん、儂はもう﹃元﹄冒険者だよ﹂
 ガルマ、と呼ばれた男性はエル先生の紹介に苦笑する。
 そうかガルマって名前か⋮⋮これで顔と名前は覚えたぞ。
 ぜってぇーに忘れねぇー。
 応接間の席についているスノー達が、質問する。

1240
﹁エル先生は⋮⋮そのガルマさんと結婚するんですか?﹂
 スノーの質問にガルマが爆笑する。
﹁あっはっはっ! まさかまさか。儂には家内がいて、娘も孫もい
る。エルさんに手を出そうなんて気はこれっぽっちもないよ。それ
で彼は血相を変えて、儂に襲いかかってきたわけか、相変わらず人
徳があるなエルさんは﹂
﹁もうガルマさんたら、からかわないでください﹂
 2人は親しい者同士の和やかな空気で笑い合う。
 勘違いだった、だと⋮⋮!? では誰だ? エル先生に手を出す
ふとどき者は!?
﹁では、エルさんはどなたとご結婚なさるんですか?﹂
 スノーに続いて、リースが尋ねる。
 そうだ、それが聞きたかった! リース、ナイス質問!
﹁いえ、結婚するのではなく、ガルマさんに﹃相手を紹介するから
結婚しないか?﹄と結婚話を申し込まれちゃっただけですよ。私は
最初から断るつもりです﹂
 結婚話を持ち込んできた!?
 やっぱり目の前の野郎は敵じゃねぇか!
 敵は殲滅するベきだろ!?
 オレは喉から﹃ガルガルガル﹄と唸り声をあげ、ガルマを睨み付
ける。

1241
 スノー達から呆れた視線を向けられるが気にしない。
﹁⋮⋮じゃぁ、わたし達に相談したいことってなんですか?﹂
 スノーはオレから視線を外すと、再度尋ねる。
 エル先生がかいつまんで、オレ達が到着するまでの間受けていた
説明を聞かせてくれた。
レギオン
 ガルマは現在獣人大陸で﹃純潔乙女騎士団﹄という軍団の顧問を
担当しているらしい。
レギオン
 純潔乙女騎士団は元は有名な軍団だった。
レギオン
 女性しか入れない軍団で、試験にさえパスすれば魔術師の才能が
レギオン
なくても、貧しい農民、貧乏貴族等︱︱貧富の差が無く入れる軍団
だった。
 しかし世代交代が進み実力が低下。
 元冒険者レベル?のガルマが急遽顧問について、最低限の体裁は
整えている状況だ。
ギルド レギオン
 これ以上、実績を落とすと冒険者斡旋組合から、軍団解散命令が
下される。
 ただでさえ現在はガルマが元冒険者レベル?、既に純潔乙女騎士
レギオン
団を引退しているOGが名前を貸しギリギリ軍団創設状況を保って
いるに過ぎない。
 ガルマ自身、歳的にそろそろ引退したいらしい。
 そこで白羽の矢が立ったのはエル先生だ。

1242
 ガルマはエル先生を純潔乙女騎士団の団長として迎え入れること
を画策した。
 エル先生に冒険者の経験はないが、一時その治癒魔術の腕で治療
院をしていた。そのお陰でエル先生は顔が意外と広い。
 エル先生が団長になれば、彼女を慕う実力者が入団するかもしれ
ない︱︱という狡い策略だ。
 結婚話も、獣人大陸に移るなら自身のツテで条件が良い男を紹介
すると言い出した。
 なんだ、やっぱり敵じゃん、こいつ。
 もちろんエル先生は結婚話も、純潔乙女騎士団入団も拒否。
 しかしさすがに古い友人が尋ねてきたのに無下にする訳にはいか
レギオン
ず、ちょうど尋ねてきたオレ達に軍団について相談したかったらし
い。
レギオン
﹁リュートくんも軍団創設を目指していましたよね? 凄い魔術道
具を作るぐらい実力もあるし、ガルマさんの代わりに顧問を務めら
れると思うんだけど⋮⋮﹂
レギオン
﹁すみません、エル先生。実はもう僕、自分の軍団を作ってしまっ
て﹂
レギオン
﹁ほう! その歳ですでに自身の軍団を創設するとは!?﹂
 これにガルマが反応する。
 今度はオレが、リースの姉の件や注射など話せない内容を伏せて
レギオン
軍団創設経緯を話し聞かせる。
 一通り聞き終えるとエル先生は⋮⋮

1243
ピース・メーカー レギオン
﹁PEACEMAKER⋮⋮平和を作る者ですか。良い軍団名です
レギオン
ね。でもまさか本当に軍団を創設するなんて驚きました。これから
も頑張って夢を叶えていってくださいね﹂
﹁ありがとうございます! エル先生!﹂
 オレは床に正座したまま素直に返事をする。
 エル先生に褒められると、痺れてきた足も気にならなくなる。
﹁ふむ、話を聞けば聞くほどリュートくん達に是非、純潔乙女騎士
団の顧問について欲しいが⋮⋮無理強いするわけにはいかないな﹂
 ガルマは溜息を1つして、微苦笑する。
﹁予想していたとはいえエルさんにも断られてしまったし、他を当
たってみるとするよ﹂
﹁ごめんなさいガルマさん、お力になれなくて﹂
﹁いやいや、さっきも言ったが断られるだろうなとは思っていたか
ら、気にしないで欲しい。だが⋮⋮儂達もいい加減いい歳だ。もう
そろそろアイツのことも︱︱﹂
﹁ガルマさん!﹂
 珍しく敵意でエル先生が声を荒げる。
﹁⋮⋮子供達の前ですから﹂
﹁すまない⋮⋮。だが、儂は友人としてエルさんの幸せを望んでい
るんだ。それだけは忘れないでくれ﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます。でも、私は子供達に囲まれて、リュ
ート君達のようにわざわざ会いに来てくれる子達が居て。だから私
は今、とっても幸せですよ﹂

1244
 その笑顔には嘘偽りなど一切無かった。
﹁そうか⋮⋮儂は余計な世話をしてしまったようだ﹂
 ガルマさんは何度目か分からない微苦笑を浮かべる。
 彼はその後、すぐ孤児院を後にした。
 エル先生は泊まっていくよう勧めたが、オレ達が来る前に十分話
が出来たら大丈夫︱︱と、固辞して孤児院を出て行ってしまった。
 オレ達は︱︱というと、さすがに孤児院に泊まる訳にはいかない。
 客室などなく、男子部屋に雑魚寝になる。
 久しぶりにそれも悪くないが、他の子供達に悪い。
 そこで宿泊は飛行船に寝泊まりすることになる。
 寝床問題はこれで解決。
 オレ達はハイエルフ王国、エノールで貰った食材などを提供して
久しぶりにエル先生と食卓を囲んだ。
 食卓を囲み、今まで経験してきた思い出話や名誉士爵になったこ
とを報告する。
 エル先生だけではなく、孤児院の子供達も目を丸くして話に聞き
入ってくれた。
 そして食事が終わった後も、オレ達は思い出話などに花を咲かせ
た。
 深夜、遅くまで孤児院は笑い声に包まれた。

1245
第98話 再会・思い出話︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月23日、21時更新予定です!
昨日は更新できなくて申し訳ありませんでした。
久しぶりに風邪を引き寝こんでしまいました。
病院に行って、薬を飲み、温かくして一晩寝たら大分よくなりまし
た。
やっぱり人間、健康第一ですね。
活動報告や感想欄等で心配してくださった皆様、本当にありがとう
ございます!
これからも温かい声をかけてくださり、応援してくださる皆様のた

1246
めにも体調に気を付けて頑張って行きたいと思います!
今日から再び毎日更新を再開したいと思いますので、お付き合い頂
ければ幸いです。
でわでわ。
あっ、6章の区切りはそのうちやります。
誤字脱字も近日中に手を付けるので∼。
第99話 竜人大陸への帰還
 翌日の昼過ぎ、オレ達もあまり長居をして孤児院の邪魔をしては
いけないと早々に旅立つ。
 飛行船側には、エル先生他、孤児院の子供達も揃っていた。
 子供達は見知った顔もあれば、見覚えのないのもある。
 全体的に人数が増えている気がするが、エル先生の才覚なら問題
なく養えるだろう。
 それに今回の帰省で、ハイエルフ王国の事件を解決し得た資金の
一部を孤児院に寄付した。
 エル先生はその金額に眼を丸くし、﹃多すぎます﹄と辞退しよう
としたが大した金額ではないからと無理矢理押し付けた。
 お金はあって困るものではない。

1247
 そして、別れ際、オレ達は代わる代わる挨拶を交わす。
 スノーが子供のようにエル先生にギュッと抱きつき、暫く離れな
かったのが印象的だ。
 オレの番になり、握手を交わす。
﹁それでは行ってきます。何か困ったことがあったら連絡ください。
どんなクエストを請け負っていても、最優先で駆けつけます﹂
﹁はい、気を付けて行ってらっしゃい。その気持ちだけで嬉しいで
すよ。でもリュートくんはもう3人のお嫁さんを持つ旦那さんなん
ですから。奥さん達のことを優先に、大切にしてあげてくださいね﹂
﹁もちろんです﹂
 最後に挨拶をしたのはリースだった。
 彼女は難しい顔でエル先生に声をかける。
﹁昨日はお世話になりました﹂
﹁いえいえ、大したおもてなしもできず。リュートくんとスノーち
ゃんのこと宜しくお願いします﹂
﹁こちらこそ、リュートさん達には色々助けられているので⋮⋮あ
の、最後に失礼なことをお尋ねしても宜しいですか?﹂
 リースは神妙な顔で尋ねる。
﹁私達、昔どこかでお会いしたことありましたでしょうか?﹂
﹁い、いえ、初対面ですよ。ふふふふふふ⋮⋮ッ﹂
﹁そう⋮⋮ですよね。初対面ですよね。すみません、リュートさん
とスノーさんの尊敬する方に失礼なことを言ってしまい﹂

1248
﹁いえいえ、お気になさらず﹂
 リースの質問に珍しくエル先生が声を上擦らせている。
 そんな動揺する質問だったか?
 オレは首を捻りながらも、飛行船に乗り込む。
 底に敷き詰められた魔石が反応し、飛行船の巨体を浮かせる。
 エル先生と子供達は、オレ達の姿が見えなくなるまでずっと、寒
空の下で手を振り続けてくれた。
 そしてオレ達は約1ヶ月と少し使って竜人大陸へと戻って来た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 飛行船が着陸すると、後は専門業者に頼み、借りている倉庫へと
運んでもらう。
 私物や荷物は飛行船に入れたままだが、取り出すのは後日だ。
 今は兎に角、休みたい。
 オレ達は馬車でメイヤ邸へと向かう。
 今日はこのまま自宅へ帰らず、メイヤ邸で一泊する。
 自宅に帰って風呂を準備して、食事の用意等するのが面倒だから
だ。

1249
 メイヤ邸に着くとまずは風呂。
 女性陣は皆一緒に風呂場へと向かう。
 オレは毎度ながら1人で湯船に浸かる。
 べ、別に1人で寂しい訳じゃないんだからね!
 しかしやっぱり風呂はいい。
 自宅にも湯船が欲しいな。
 タオルで体を拭くだけというのはやっぱり味気ない。
 それに自宅に風呂があれば、嫁3人と一緒に入ることが出来るの
だ。
︵うはぁ! 考えただけでテンションマックスなんですけど! マ
ジやばいわ!︶
 風呂から上がる。
 流石に女性陣の方が長湯だった。
 風呂から上がってきた女性陣は、皆竜人大陸の伝統衣装ドラゴン・
ドレス姿だった。
 ドラゴン・ドレスはチャイナ服のデザインそのままだ。
﹁こんな足が見えるなんて⋮⋮。それにスースーして落ち着きませ
ん﹂
﹁そう? ルナは別に気にならないけど。それにクリスちゃんとお
揃いなのが最高だよ!﹂
 リースとルナも初ドラゴン・ドレス姿を披露する。
 2人ともとてもよく似合っていた。

1250
 彼女達が揃ってから食事。
 久しぶりに竜人大陸メニューを口にする。
 竜人大陸の食事は中華っぽくて美味い。
 食事を終えるとそのまま予定通り一泊する。
 さすがにメイヤ邸で嫁達と一緒に眠るわけにはいかず、オレは1
人与えられている自室で眠る。
 問題が起きたのは翌朝、朝食の席だった。
﹁どうしてお姉ちゃんが良くて、ルナが一緒に住んじゃいけないの
!﹂
 ルナが回転テーブルが揺れるほど強く叩き、抗議の声をあげる。
 自分がオレの自宅へ住めないことを怒っているのだ。
 オレが家主として説明する。
﹁部屋がないんだからしょうがないだろ。それにルナも狭い部屋よ
りメイヤの屋敷で広々と生活した方がいいだろ?﹂
﹁いや! ルナはクリスちゃんと一緒がいい﹂
﹁わたくしも出来れば、リュート様と一緒の方が⋮⋮いえ、なんで
もありませんわ﹂
 メイヤを一睨みして黙らせる。
 オマエまで言い出したら話に収拾がつかなくなるだろうが。
 第一、無理をすればルナぐらい一緒に暮らせるし、もっと広い家

1251
に引っ越してもいい。だが、折角の新婚なんだ。
 小姑と一緒に暮らすのはもう少し先でもいいじゃないか。
 ルナがいなければ、ほら、ねぇ、色々ハッスルできるだろう?
 オレの奴隷、リースの護衛メイドとして同行したシアがフォロー
を入れる。
﹁ルナ様、あまり我が儘を言って若様を困らせては駄目ですよ。無
理を言って付いて来ただけでも運が良かったのに。あまり我が儘が
過ぎますと、送り返されてしまいますよ﹂
﹁うぐぅ、それは嫌⋮⋮﹂
 その一言でルナが大人しくなる。
 流石、シア。
﹁では、ボクと一緒にメイヤ様のお屋敷で生活しましょう。もちろ
んお勉強等に手を抜いたりはしませんからね﹂
﹁えぇ∼﹂
 ルナは嫌そうな声をあげるが、一国の王女、大事な娘さんを預か
っているんだ。勉強をサボらせる訳にはいかない。
 話と朝食が終わると、オレ達は早速街に出る。
 リース、ルナに必要な買い物をするためだ。
 買い出しはスノー、クリス、ルナ、シアに任せる。
 メイヤには飛行船に置いてある私物、荷物の運び出し監督をお願
いした。
ギルド レギオン ピース
 オレとリースは冒険者斡旋組合へ帰宅した事と、軍団﹃PEAC

1252
・メーカー
EMAKER﹄の立ち上げ、新たに加わったメンバーであるリース
を紹介しに行く。
ギルド
 竜人大陸の冒険者斡旋組合は3階建ての木造で大きさは体育館ほ
ど、冒険者らしき人達がひっきりなしに出入りしている。
 入り口を2人で潜り、待合いの木札を受け取る。
 暫し待っていると、受付嬢に呼ばれた。
 カウンターのサイドに仕切り用の板が立てられている半個室カウ
ンターに座り受付嬢と向かい合う。
まじんしゅぞく
 もちろん担当はあの魔人種族の女性だ。
 見た目の年齢は20台前半、頭部から羊に似た角がくるりと生え、
ギルド
コウモリのような羽を背負っている。冒険者斡旋組合服がよく似合
っていた。
 恨み言さえ吐き出さなければ美人な女性だ。
 彼女はオレの姿を眼にすると笑顔を浮かべる。
﹁お疲れ様です、リュートさん。竜人大陸に戻って来てらしたんで
すね﹂
﹁はい、昨日には。そういえば、ハイエルフ王国のエノールにある
ギルド
冒険者斡旋組合で妹さんに会いましたよ﹂
﹁ええッ! 妹にですか!?﹂
 そしてオレ達は久しぶりの会話を楽しんだ。
 一通り近情を交換し合うと、話は具体的な用事に入っていく。

1253
﹁結局、ツインドラゴンの値段はいくらついたんですか?﹂
﹁状態がよかったので金貨1100枚になりました﹂
 約1億1千万か。
 そこからさらに輸送費、人件費を引いた金額が提示されるが、ハ
イエルフ王国で引き落とした金額も引かれる。まだ終わらず、国王
ジャイアント・スコーピオン
から貰った必要経費+報酬金+大蠍討伐&素材代金をハイエルフ王
ギルド
国のエノールにある冒険者斡旋組合に入金した。
 その辺の金額移動はオレのタグに記録されている。
 タグを受付嬢に預け最終的に残った金額を聞く。
 エル先生の孤児院へ寄付もしたが、大分いい金額が残っている。
﹁ツインドラゴンを幼生体とはいえ倒したので、レベル?になるか
レギオン
も︱︱とは、思っていましたがまさか軍団を創って戻ってくるとは
予想してませんでした。さらに末席とはいえ貴族の位を貰うなんて
⋮⋮よっぽどあちらで凄い手柄をお立てになったんですね﹂
﹁手柄というより、色々運が良かっただけですよ﹂
 元日本人特有の謙遜を使う。
 受付嬢の視線が、話の区切りでオレの隣に座るリースへ流れる。
 彼女は営業スマイルのまま水を向けて来た。
﹁それでずっと気になって居たんですが⋮⋮そちらは?﹂
﹁はい、3人目の嫁です!﹂
レギオン
﹁⋮⋮つまり夢だった軍団を立ち上げ、貴族になり、3人目の可愛
くて巨乳な嫁を貰ったんですか?﹂
﹁そうですね。そうなりますね﹂
﹁そうなんですか、そうですか! あははっはっははは⋮⋮⋮⋮星
明かりの無い夜は背後に気を付けてください﹂

1254
 怖いよ!
 突然、明るい笑顔からスイッチが切り替わったように、黒いオー
ラを放つような暗い顔に変わる。
 あまりの変貌振りに、リースが﹃ひぃッ﹄と小さく悲鳴を上げ、
オレの腕に掴んできた。
 オレ自身、彼女の身長に合わない巨乳が押しつぶされる感触を楽
しむ余裕もない。
﹁つい最近も私より若い娘が結婚⋮⋮しかも子供が出来たからって。
結婚する前に子供作るなんて⋮⋮私より若いのに⋮⋮許せない許せ
ないユルセナイ﹂
 悪魔か!? とツッコミを入れそうになるほど怖い表情になる。
 もう誰かもらってやれよ!
ギルド
 そんなこんなで冒険者斡旋組合への報告も終わり、建物を後にす
る。
 ここの所、働きづめだったため当分休むと伝えた。
ピース・メーカー
 しかし、もし自分達︱︱﹃PEACEMAKER﹄向けのクエス
トがあったら受けると伝えておく。
 本物の悪魔化したような受付嬢さんに言葉が通じているか、どう
かは分からないが。
 オレとリースは腕を組んだまま、メイヤ邸へと戻る。

1255
 スノー達はすでに戻っていたが、屋敷の主であるメイヤはまだだ
った。
 現在進行形で飛行船の荷物や手続き等をしているのだろう。
 そして、そのままメイヤ邸にもう一泊。
 自宅へ戻ったのは、その翌日からだった。
第99話 竜人大陸への帰還︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月24日、21時更新予定です!
なんかまた風邪が流行っているみたいですね。
皆様も風邪には気を付けてください。
1256
第100話 リースさんの初めての家事・前編
﹁ふわぁ∼、おはよー﹂
 メイヤ邸から、自宅へ。
 自宅内はメイヤ邸のメイド達により管理されていたお陰で、埃1
つ無い状態だった。
 ベッドも太陽の匂いがしてとても寝やすかった。
 1階のリビングにはすでに嫁達が起きて朝食の準備に取り掛かっ
ている。
 オレが一番寝坊したらしい。
﹁おはよう、リュートくん﹂
﹁お、はよ、う、お兄ちゃ、ん﹂

1257
﹁⋮⋮おはようございます、リュートさん﹂
 1人テンションの低い嫁︱︱リースが落ち込んでいた。
 その理由は、床に落ちて割れているカップで分かる。
 どうやら人数分のお茶を台所から移動中に落としたらしい。
 ドジっ娘な彼女らしいミスだ。
 スノー&クリスが励ましながら、床に落ちたカップの破片を拾っ
たり、雑巾で水分を吸い取っている最中だった。
 片付け終えると、スノー&クリスが作った朝食を摂る。
 その席でリースが決意を滾らせた瞳で宣言した。
﹁私もスノーさんやクリスさんのように家事を頑張りたいので、や
り方を教えてください!﹂
 まるで今から死地に赴く兵士のような悲壮感で言わなくてもいい
と思うんだが⋮⋮
 大体、彼女は元王女。
 家事や雑務など全て他者がしてくれていた。
 元々似た立場のクリスは、最初は戸惑ったものの飲み込みが早く、
スノーに習ってすぐに技術を身に付けた。
 しかしリースはさらにドジっ娘属性が加わり、きっと家事全般は
壊滅的だろう。
﹁まだ、今朝カップを割ったこと気にしてるのか? 市場で買った
安物だし、そんな大仰に身構えなくても﹂

1258
﹁もうリュートくんは女の子の気持ちが分かってないな∼﹂
﹃お兄ちゃん駄目駄目です﹄
 スノーは食べていたサラダを嚥下し、肩をすくめる。
 最近、家族間では言葉を使っているクリスが、ミニ黒板で駄目出
しをした。
 どうやら妻2人は、リースの心情を察しているらしい。
 オレが困惑しているのに気付いたリースは、モジモジと照れなが
ら思いを口にする。
﹁わ、私もスノーさんやクリスさんと同じ、リュートさんの妻です
から。だから、私もリュートさんのために家事をしてあげたいんで
す﹂
﹁リース⋮⋮﹂
 あまりに健気な言い方に思わず感極まってしまう。
 オレは本当にいい嫁さんを貰った。
 オレ達は暫し見つめ合っていたが、リースの方から視線を外しス
ノー&クリスへと向けられる。
﹁なのでどうか今日は私に家事のやり方を教えてください!﹂
﹁もちろんだよ。同じリュートくんのお嫁さんとして頑張って教え
てあげるね﹂
﹁コクコク﹂
 スノーは満面の笑顔で、クリスは何度も頷き同意する。
﹁はいはいはい!﹂と、オレは和やかな雰囲気になった嫁達の会話
に割って入るl

1259
﹁リースに家事を教えるんだろ、だったらエプロンを買って来ない
と!﹂
﹁エプロンなら予備があるよ?﹂
 スノー達が首を傾げる。
 まったく皆、分かってないな∼。
 オレは嬉々として持論を展開する。
﹁予備のエプロンって飾りの無いシンプルな奴だろ? じゃなくて、
リースみたいなロリ巨乳には、もっとレースがふんだんに使われた
ふわふわなお菓子みたいなのが良いと思うんだよ! しかも裸エプ
ロンで! 絶対に似合うよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 先程まであった空気が停滞する。
 あ、あれ? もしかして地雷踏んだか?
﹁リュートくん、真面目にしようよ。リースちゃんが一生懸命頑張
ろうとしているんだから﹂
﹁あ、なんかすんません﹂
 さすがに調子に乗りすぎた。
 オレは思わず謝罪してしまう。
 当の本人であるリースは⋮⋮
﹁そ、そういうのは夜になってからしてあげますから⋮⋮それまで
我慢してくださいね﹂
 先程よりさらに赤く頬を染め、たどたどしく告げる。

1260
 クリス&スノーも彼女の言葉に賛同した。
﹃頑張ります﹄
﹁わたしも一緒に裸でエプロン着てあげるよ﹂
 アザース! マジ、スノー達と結婚してよかったよ!
ギルド
 ドン! ︱︱とはるか遠くの冒険者斡旋組合方向から﹃壁ドン!﹄
したような音が聞こえた気がした。
 きっと気のせいだろう。
 こうして朝食後、リースの家事練習︱︱花嫁修業が開始する。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 まずは掃除から。
 最初は寝室。
 ガルガルの尻尾を加工したはたきで、上に溜まった埃を落とす。
そして箒とちりとりでゴミを集めて捨てる。
﹁それじゃオレが台を押さえているから、リースは落ちないよう気
を付けてはたきで埃を落としてくれ﹂
﹁わ、分かりました﹂
 シンプルなエプロンを来たリースがはたきを手に、台となる椅子

1261
の上に立ち天蓋ベッドの上から埃を落とす。
 彼女の身長はクリスより少々大きい程度、椅子の上で爪先立ちし
ないと奥まで届かないようだ。
﹁頑張ってリースちゃん﹂
﹁お、ちついて、ゆっく、り﹂
 スノーとクリスが体を支え、リースの作業を補助する。
 お陰で危険な場面も無く見事、埃を落としきることが出来た。
 椅子からリースが下り、彼女は一息つく。
﹁1月に1回ぐらいの割合で家具を動かして後ろまで掃除するけど、
今日は簡単で問題ないから﹂
 いくらスノーが魔術師で、肉体強化術を使えるからと言っても掃
除の度、家具を移動して影を掃除するのは手間だ。
 移動した際、家具を一時置くスペースも必要になる。
 だが、リースは何気ない口調で提案した。
﹁そうなんですか? でも、私の精霊の加護﹃無限収納﹄なら、手
間無く天蓋ベッドぐらいしまえますけど⋮⋮﹂
﹃!?﹄
 言われて気付く、確かにリースの﹃無限収納﹄なら移動の手間も、
スペースも気にしなくていい!
 早速、お願いして収納してもらう。
 彼女は天蓋付きベッドに手を触れ、意識を集中する。
 ベッドはまるで最初からそこになかったように消失した。

1262
﹃おぉぉぉぉ!﹄
 オレ達は思わず拍手と歓声を送った。
 ハイエルフ族は100歳で、魔術師の才能の有無に拘わらず精霊
の加護という力を得る。
 リースの力は無機物をほぼ無限に収納できる﹃無限収納﹄だ。
 ハイエルフ族内部では逆レア︱︱つまり、物を出し入れするだけ
のつまらない能力と蔑まれてきた。
 リースを除いて、歴史上1人所持者が居たが周囲に馬鹿にされ過
ごしたらしい。
 しかしこの力は使い方によってこんなに便利だとは!
﹁凄いよ、リース。わざわざ移動させなくても普段隠れている場所
を苦もなく掃除出来るなんて﹂
﹁自分でも驚きです。まさか私の力がこれほど家事向きだったとは﹂
 リースは自分の力をあまり良くは思っていない。
 だからこうして力を役立てて本当に嬉しそうだった。
 彼女は箒を手に掃き掃除を続ける。
 ちりとりにゴミを移し捨てる。
 掃除が終われば家具は再び元通りの位置に苦もなく並べることが
出来る。

1263
 次は洗濯だ。
 風呂場の大手洗には、お湯と一緒に洗濯物が入れられていた。
 スノーが説明する。
﹁下着とか、生地の繊細な衣類は手もみで洗うけど、普通の洋服は
こうして一度に全部洗うんだよ。お湯を入れて、専用の魔術洗剤を
入れて、足で踏めば汚れは落ちるから。簡単でしょ?﹂
 確かにこれはオレでも出来そうだ。
 リースはスノーから手渡された魔術洗剤を指示に従い適量入れる。
 魔術洗剤は割と高価だが、その分効果は抜群だ。
 足で踏む度、前世の世界で使われている洗剤以上に汚れを落とす。
 油、土、草の汁、食べ汚し、垢︱︱どんな汚れも綺麗に落ちる。
 何という便利グッズだろう。
 さらに素晴らしいのが、
﹁うんしょ、うんしょ⋮⋮結構、足で踏むだけでも大変ですね﹂
﹁でも、良い運動になるし、手で1つずつ洗うよりずっと楽だよ﹂
﹃ですね。それに皆で足踏みしているとなんだか子供遊びみたいで
楽しいです﹄
 スノー達は裾を捲り、大手洗に皆で入って衣類を足踏みする。
 そのたびにスノー&リースの大きなおっぱいがぷるんぷるん揺れ、
クリスの太股に飛び散ったお湯や泡がついて落ちたりする。
 金貨1枚を払っても眺めたいほど眼福な光景だ。
 思わず手を叩いてしまう。

1264
﹁エクセレント、ビバ、エクセレント⋮⋮ッ﹂
﹁どうしたのリュートくん、突然?﹂
﹁リュートさん、胸や足にご執心していると思ったら⋮⋮﹂
 リースが声を出す。
 ヤバ、ばれていたのかよ。
﹁ふふふ、野外では困りますが、ここは家の中。私達は逃げたりし
ませんから、そんな飢えた獣のような目をしなくても大丈夫ですよ﹂
 リースは照れながら笑顔で告げてくる。
 その意見にスノー、クリスも賛同らしく反対の声は上がらなかっ
た。
 いや! 本当に素晴らしい嫁達をもらったよ、オレは!
ギルド
 ドン! ドン! ドン! ︱︱と再び、冒険者斡旋組合方向から
﹃壁ドン!﹄したような音が聞こえた気がした。
 うん、きっと気のせいに違いない。
 こうして衣類を無事に洗うことが出来た。
1265
第100話 リースさんの初めての家事・前編︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月25日、21時更新予定です!
ついにキャラクター紹介を除いて、純粋な話数で100話に到達し
ました!
これも今まで軍オタを読んでくださっている皆様のお陰です!
これからも更新を頑張りますので、宜しくお願いします!
また今回は長くなりすぎたので分割しますね∼。後編は明日です。

1266
第101話 リースさんの初めての家事・後編
 洗った洗濯物も地面に落とさず、リースは干し切ることが出来た。
 これで午前中、ほぼ家事を終わらせたことになる。
 そんなリースは現在、オレと一緒に昼食を作っていた。
 朝、スノー&クリスに作ってもらったため、昼はオレ&リースが
作ると名乗りを上げたのだ。
 メニューは魚介類のパスタ、サラダに野菜スープ。
 オレは先程、買ってきた魚介類&エビなどを適当に切って、オリ
ーブオイルっぽい油で炒める。同時に魚介類と野菜で出汁を取った
スープを作る。
 リースはオレの側でレタスに似た野菜を手で千切っていた。

1267
 これなら包丁で指を切るというベタなドジっ娘イベントもおきな
いだろう。
 実際、切っても治癒魔術ですぐに治るんだけどね。
﹁しかし蓋を開けてみたら、リースも問題なく家事出来たじゃない
か﹂
﹁はい、最初に心配していたのが嘘みたいでした﹂
 それに︱︱と彼女が皿に千切った野菜を盛りつけながら、
﹁リュートさんのお嫁さんらしいことが出来て本当に嬉しいです﹂
 リースがはにかみながら微笑む。
 その笑顔は本当に可愛いらしい。
 オレもこんな可愛らしくて、健気なお嫁さんが貰えて本当によか
ったよ。
 オレは沸騰しかけた鍋を火から下ろす。
 味を一口確認。
﹁うん、ちょっと塩気が足せば問題ないな。リース、この鍋に塩を
ひとつまみ入れておいてくれ﹂
﹁分かりました﹂
 オレは最後の味付けをリースに任せる。
 そろそろパスタを入れた鍋が頃合いだからだ。
 オレはぐだぐだに茹であがったパスタは絶対に認めない。

1268
 ︱︱だが、最後の最後。﹃味付けの調整ぐらいリースに任せて大
丈夫だろう﹄というオレの不注意が不幸を呼び寄せてしまう。
﹁ご飯できたぞー﹂
 リビングにいるスノーとクリスに声をかける。
 2人は仲良くハイエルフ王国で買ったエノール限定品のハイエル
フリバーシで遊んでいた。
 君たち本当に好きね。
 戦況はやはりスノーが有利。
 だが、前に比べるとクリスは善戦しているようだ。
﹁わぁ、美味しそう!﹂
﹁お、いし、そうです﹂
 テーブルには短いショートパスタが混ざった魚介類のパスタ。
 リースが手で千切って作った簡単サラダ。
 魚介と野菜で出汁を取ったスープが並ぶ。
﹁おかわりもあるから遠慮なく食べてくれ。それじゃいただきます﹂
﹃いただきます﹄と皆が、オレのマネをして手を合わせると、木製
のフォークをそれぞれ伸ばす。
 うん、パスタの茹で加減はちょうどいい。

1269
 さすがオレ。
﹁リュートくん、このパスタ美味しいよ﹂
﹁魚、さんの味、いっぱい﹂
﹁リュートさんの私達に対する愛情が一杯入っているのを感じます﹂
 最後のリースの台詞に口元がにやける。
 もちろん鍋どころか、家から溢れて洪水になるぐらい嫁達に対す
る愛情を注いで作ったに決まってるじゃないか!
 オレ達は皆、ニヤニヤと照れ笑いしながら、模写したようにスー
プにスプーンを伸ばした。
﹁ぶぐっふぅッ!?﹂
 オレは音を立て全力でスープを噴き出す。
 スノー達も噴き出すことはなかったが、口を押さえるほどの衝撃
を受けている。
﹁しょ、しょっぱ! なんだこれ! 海水!? ぐあぁあッ、しょ
っぱすぎて喉が焼ける!﹂
﹁り、りゅーひょくん、これ何したの⋮⋮ッ。みじゅ∼ッ﹂
﹁∼∼∼∼∼∼∼﹂
 スノーは耐えきれず、水差しに手を伸ばす。
 クリスも口元を抑えて空のコップで催促する。
 オレ&リースにも冷たい水がコップに注がれ差し出される。
 皆、一気に飲み干した。

1270
 全員で飲みきってしまったため、スノーが魔術で補充する。
 その水もすぐに飲みきる。
 落ち着いたところで兵器のようなスープを改めて見つめた。
﹁り、リュートくん一体、何が憎くてこんなにしょっぱい、海水み
たいなスープを作ったの?﹂
﹁別に何も憎んでないよ。おかしいな。味見した時は少し、塩っ気
が足りなかったぐらいなんだけど⋮⋮だから、リースにひとつまみ
塩を⋮⋮﹂
 手順を思い出し、原因を探っていると言葉が詰まる。
 皆の視線がリースに注がれた。
 彼女は引きつった顔をしている。
﹁⋮⋮リースさん、さっき鍋にどれぐらいの塩を入れたんだ?﹂
﹁あ、あの私も可笑しいとは思ったんですが⋮⋮リュートさんに塩
を﹃ひと掴み﹄と言われて⋮⋮﹂
﹃ひとつまみ﹄ではなく、﹃ひと掴み﹄!?
 そりゃ海水みたいにしょっぱくなるよ!
 自分の失敗に気付き、リースはテーブルに額が付くほど頭を下げ
る。
﹁ご、ごめんなさい! 私の勘違いで食材を無駄にしただけじゃな
くて、皆さんにご迷惑をかけて! 本当にごめんなさい!﹂
﹁いや、リースが悪い訳じゃないよ。最後に確認をしなかったオレ
も悪いんだから﹂

1271
 パスタの茹で加減に気を取られているだけじゃなく、最後に確認
を怠ったオレにも責任はある。
 しかしリースの顔色は晴れない。
﹁ごめんなさい⋮⋮最初に家事が上手く言っていたので油断して⋮
⋮こんなドジをするなんて﹂
﹁リース﹂
 オレは彼女のすぐ側に寄り添い、その手に自身の重ねる。
﹁いいじゃないか、失敗しても。少しずつ上手くなっていけばいい
んだから﹂
﹁で、でも私はリュートさんの奥さんなのに、スノーさんやクリス
さん達と違って足を引っ張ってばかりで⋮⋮﹂
﹁いいんだよ、引っ張っても。だってオレ達は4人揃って夫婦じゃ
ないか。夫婦は家族で、助け合って行くもんだろ? だから失敗し
てもいいんだよ﹂
﹁リュートさん⋮⋮﹂
﹁そうそう、リュートくんの言う通りだよ。わたし達は夫婦なんだ
から、皆で支え合っていこう。今度、わたしの得意な簡単に作れる
スープも教えてあげるよ﹂
﹁私、も、まだ料理、得意じゃないから。一緒、に勉強、しましょ
う﹂
﹁スノーさん、クリスさん⋮⋮ッ﹂
 オレだけじゃなく、スノー、クリスもリースの側に寄りそう。
 彼女は浮かんだ涙を拭い、曇った表情から一転、晴天のような笑
顔を浮かべる。

1272
﹁はい! 私達、一緒にずっと支え合って生きていきましょう﹂
 小さな前進だが、リースの花嫁修業はこうして幕を開けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 その日の夜。
 妻達が一緒にお風呂に入った後、オレは遅れて体を洗う。
 風呂から上がり向かった先は、夫婦の寝室だ。
 部屋に入ると魔術明かり、蝋燭の火も消され真っ暗だった。
 目が暗闇に慣れると、そこには⋮⋮
﹁リュートさん、お、お待ちしてました﹂
 リースがいつの間にか買ってきていたのか、フリフリでふわふわ
のレースがふんだんに使われているエプロンを裸で着ていた。
 思った通りリースにはお菓子のような甘いフリルのエプロンが似
合う。
 身長が低い割りに胸が大きく、フリルのエプロンを押し上げる。
それが恥ずかしいのか両手をクロスして下を抑える。結果、胸が両
側から挟まり圧迫され、さらに強調されてしまう。
 新雪より白い肌が、羞恥心から暗闇でも分かるほど火照り赤くな
っている。

1273
 その姿は堪らなく嗜虐心をそそる。
 また似たデザインの色違いをスノー、クリスも身に付け天蓋付き
ベッドで3人が待っていた。
﹁は、初めてで怖かったので⋮⋮その、お2人にも同席してもらお
うと思って⋮⋮駄目でしたか?﹂
﹁い、いや! そんなことないよ!﹂
﹁よかったです⋮⋮﹂
 リースはオレの同意を聞いて心底安堵した表情を浮かべる。
 そして、真っ白なシーツの上、正座して三つ指を付き深々と頭を
下げる。
﹁初めてで拙いつたないとは思いますが、宜しくお願いします﹂
﹁オレの方こそ⋮⋮痛かったら、すぐに言うんだぞ。無理はしなく
ていいから﹂
﹁はい、ありがとうございます。あなた﹂
 彼女は顔をあげニッコリと照れ臭そうに笑う。
 そんな彼女にオレは唇を重ねた。
﹁んぅ⋮⋮﹂
 そのままベッドへと押し倒す。
 両手はスノー、クリスが握り締めている。
 怖いのか微かに震えていた。
 オレとリースは、スノーとクリスが見守る中体を重ねる。
 180年生きて初めての行為。

1274
 夜は更けていく。
第101話 リースさんの初めての家事・後編︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月26日、21時更新予定です!
1275
第102話 武器製造バンザイ!
﹁メイヤ!﹂
﹁リュートの!﹂
﹁﹁武器製造バンザイ!﹂﹂
 と、言うわけで打ち合わせ通りのタイミングで声を重ね合う。
 場所はメイヤ邸工房。
 今日はメイヤと一緒に宣言通り武器、防具等を製造する。
 メイヤは指示された台詞を言い終えると、素のテンションに戻る。
﹁ところでリュート様、なぜあのような勢いで宣言をしなければな
らなかったのですか?﹂

1276
﹁気にするな、やってみたかっただけだから﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
 メイヤは気のない返事をする。
 そんな彼女はとりあえず置いておいて。
 今回制作するのはまずリース専用の防護服一式だ。
 今まで予備を貸していたため、正式なメンバーになった今、彼女
専用の防護服一式を作るつもりだ。
 制作するのは﹃戦闘服﹄﹃アイプロテクション・ギア﹄﹃ヘルメ
ザック アリス
ット﹄﹃背嚢﹄﹃戦闘用プロテクター﹄﹃ブーツ﹄﹃ALICEク
リップ﹄﹃防弾チョッキ﹄だ。
 前作ったものだし、どれも問題なく作れるだろう。
 そちらが終わったら、次は武装だ。
 クリス専用のセミオートマチックのスナイパーライフル、SVD
︵ドラグノフ狙撃銃︶を制作する。
 ルナ救出事件の際、クリスが珍しく連射出来る狙撃銃が欲しい、
と我が儘︵と言うほどのものではないが︶を言ってきた。
 その可愛い嫁の声に答えて、SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を制作
することにした。
 本当は時間をかけて別の狙撃銃を作ろうと思っていたのだが、製
作時間を考えAK47の技術が使えるSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶
を選んだ。
 ここで改めてSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶とはどんな狙撃銃か話
をしよう。

1277
 SVDとは︱︱Snajperskaja Vintovka
Dragunova︵ラテン文字表記。それぞれの意味はSnaj
perskaja=狙撃 Vintovka=銃 Draguno
va=ドラグノフ︶の略で、1963年、ソ連軍︵当時︶で正式採
用されたセミオートマチックのスナイパーライフルだ。
 銃器設計者であるエフゲニー・フェドロビッチ・ドラグノフが、
AKの機関部を参考に開発。作動メカニズムはほぼAKをそのまま
流用したガスオペレーション式で、部品点数が少なく信頼性が高い。
 スペックは以下の通りになる。
 口径 :7.62mm×54R
 銃身長:622mm
 全長 :122.5cm
 重量 :4.31kg
 装弾数:10発︵着脱式マガジン・ボックス︶
 セミオートマチックということで、ボルトアクションと比べると
命中精度は落ちるが、クリスの腕前なら問題無く扱えるだろう。
カートリッジ ジェネラル・パーパス・マシンガン
 弾薬は7.62mm×54Rを使用するが、汎用機関銃のPKM
用に既に製造しているため新たに作り出す必要がない。
 AK47を作っているため、内部機構に悩む必要もない。
 こちらもそれほど手間無く作り出すことが出来るだろう。
 また他にも武装は製造するつもりだ。
 SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を製造し終えたら、真っ先に手を付
けようと考えているのは︱︱アッドオン・グレネードだ。

1278
﹁﹃アッドオン・グレネード﹄とはどのようなものなのでしょうか
?﹂
 メイヤの質問にオレは咳払いしてから語り出す。
 ハイエルフ王国事件で、リースとシアからオレ達が駆けつけるま
での間の話を聞いた。
 シアから手で手榴弾を取りだし、肉体強化術で身体を補助。無理
矢理、バジリスクの顔面目掛けて投げつけた︱︱という話を聞いて
﹃アッドオン・グレネード﹄を開発しようと心に決めた。
 では﹃アッドオン・グレネード﹄とは一体どういうものなのか?
 手榴弾を手で投げるのではなく、より射程&命中率を高める方法
として考え出されたのが﹃ライフルグレネード﹄だった。
 ライフルに専用アタッチメントを取り付け、空砲を使って弾体を
発射する方法だ。
 しかしこの方法では、銃口にグレネード発射用のアタッチメント
を装着する必要があり、その間は射撃が出来ない︱︱という欠点が
あった。
 やがて空砲もライフルも使わない、グレネードを単体で発射させ
る専用の銃︱︱手持ち式のグレネードランチャーが開発される。中
折れ式で40mmサイズのグレネードを装填出来る。
 だが、グレネードは装填中は無防備になるし、弾のサイズが大き
い︵40mm︶ためライフルや機関銃のように100∼200発の
単位で予備弾を持ち歩くことが出来ない。

1279
グレネーダー
 グレネードランチャー専用者︱︱擲弾手でも、多くて20発程度
の弾しか携帯出来なかったらしい。
 そこで考え出されたのがグレネードランチャーとライフルを合体
させようというものだった。
﹃グレネードランチャー装着型のライフル﹄は当然、グレネードラ
ンチャーやライフル単体に比べて嵩張るし重くなる。しかし両方を
一緒に持つよりは軽く扱いやすいと言うわけだ。
 そんなタイプのグレネードランチャーを﹃アッドオン・グレネー
ド﹄または﹃アンダーバレル・グレネード﹄と呼ぶ。
 オレがこれから作ろうとしている﹃アッドオン・グレネード﹄は、
﹃AK﹄シリーズに無加工で装着出来る﹃GB15﹄の40mmア
ッドオン・グレネードだ。
 これでわざわざ手榴弾+肉体強化術で身体を補助して手で投げる
よりも、ずっと遠く正確に命中させることが出来るようになるだろ
う。
スタングレネ
 またバジリスク戦を経験して、手榴弾だけではなく特殊音響閃光
ード
弾の開発を決意していた。
 今後、バジリスクのように特殊な魔眼を持つ魔物を相手にするに
は、手榴弾だけでは心許ない。近距離で自傷覚悟で手榴弾のピンを
抜き魔眼を封じる︱︱なんて事態にはなりたくない。
 だったら少しでも自身に返ってくるダメージが少ない物を作って
おくのが懸命だ。
スタングレネード
 それが特殊音響閃光弾だ。
スタングレネード
 特殊音響閃光弾は手榴弾や発煙弾に似た形状をしている。安全ピ

1280
ンを抜き投げると、目が眩むほどの閃光と大音量、振動をコンマ数
秒間発生させる。
 殺傷目的で破片を飛び散らさないため、﹃非致死性装備﹄に位置
づけられている。
 その開発は、マグネシウムを魔力で再現出来るがか鍵になる。
スタングレネード
 ちなみに特殊音響閃光弾は一度の使い切りではない。
 外側は金属製で、中身を交換して約20回以上使用する。
 メイヤが感心して頷く。
﹁なるほど、相手を殺害しない﹃非致死性装備﹄ですか。面白い魔
術道具ですね。さすがリュート様! ただ敵を倒すだけではなく、
敵を無力化させるための魔術道具とは! ただの天才には及びも付
かない発想ですわ! さすが天才を越えた天才! 神天才魔術道具
開発者リュート様ですわ!﹂
 神天才って⋮⋮若干馬鹿にされている感じがするんだが。
 それにオレが発明した訳ではなく、先人の知恵な訳だし。
 日本人としては謙虚な気持ちが大切だ。
 オレは咳払いして気持ちを切り替える。
﹁それじゃ早速作っていこうか﹂
﹁はい! 足手まといにならぬよう頑張りますわ!﹂
 こうしてオレとメイヤは2人で開発作業に着手する。

1281
第102話 武器製造バンザイ!︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月27日、21時更新予定です!
1282
第103話 2人でお出掛け
﹁リュート様! どうか! どうか! この憐れな弟子もお連れく
ださい! お邪魔はしませんから!﹂
﹁うん、駄目﹂
 オレはメイヤ邸工房で、自称オレの一番弟子を名乗るメイヤの要
求を迷わずはねのける。
 彼女は返答を聞くと、怨みがましい瞳でハンカチを噛みしめた。
 オレは苦笑しながらも、考えを変えない。
﹁そんな目をしても駄目だぞ。SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶の試射
なんてオレとクリス2人で十分なんだから。メイヤにはその間に他
の作業を進めてもらった方が効率的だろう?﹂
﹁それはそうですが⋮⋮﹂

1283
カートリッジ
 オレはSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を入れて金属ケース、弾薬が
詰まった弾薬ケースを手に苦笑いを深める。
﹁それに久しぶりにクリスとの2人っきりの時間なんだ。邪魔しな
いでくれよ﹂
﹁うぐッ!﹂
 さすがにそこまで言われたら、たとえメイヤでも何も言えなくな
る。
 彼女の矛先は入り口に控えているメイドに向けられた。
﹁まだわたくしが出した手紙の返信は来ませんの!?﹂
﹁はい。まだ来ておりません﹂
 メイドは涼しい顔で告げる。
 問題を解決したらオレと結婚してもいい︱︱と、スノーから言質
を取ったメイヤは飛行船移動中に手紙を一通書き上げ、竜人大陸に
戻ってすぐにメイドに出すよう手渡した。
 すでにもう届いている筈なのに、一向に返信がこない。だから、
いつまで経っても話が進まなかった。
 もし彼女が妻の1人なら﹃クリスと2人っきりになりたいから連
れて行けない﹄とはさすがに口にするのは憚られる。
 だが、現状彼女はオレの妻ではないので、このような事になって
いる。
 メイヤには申し訳ないが、弟子である以上作業を優先してもらう

1284
必要があるのだ。
﹁それじゃ外にクリスを待たせているから行くよ﹂
﹁うぅうぅ⋮⋮分かりました。お気を付けて﹂
﹁ああ、メイヤも作業頼むな﹂
 オレは工房にメイヤを残して、外で待たせているクリスの元へと
向かう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 馬車に揺られて約2時間。
 オレとクリスは草原と森林の境界側に辿り着く。
カートリッジ
 馬車にはお昼用のお弁当にSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶、弾薬が
詰まった弾薬ケース、他に護身用にとAK47一式とパンツァーフ
ァウスト60型1本を持ってきている。
 パンツァーファウスト60型はやり過ぎかとも思ったが、またツ
インドラゴンなどと遭遇して手も足も出ない状況になるのはごめん
だ。
 馬車を止め、オレとクリスはまず角馬に水と塩をなめさせる。
 杭を立てそこに紐を通し、角馬がどこへも行けないようにした。
 一通りの準備を終えると、荷台からSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶、
カートリッジ
弾薬が詰まった弾薬ケース、護身用のAK一式、メモ帳を取り出し
場所を移動する。

1285
﹁今日は晴れて良かった。絶好の試射日和だな﹂
﹃はい! それにお兄ちゃんと2人でお出かけなのも嬉しいです﹄
 クリスは本当に嬉しいらしく、極上のお菓子を食べたように機嫌
がいい。
 今日、彼女は厳めしい野戦服ではなく、私服︱︱竜人種族の女性
が着る伝統衣装ドラゴン・ドレス姿だった。
 金髪の長い髪も纏めてお団子にし、歩く度に細い太股、足首がス
リットからのぞく。
 今はオレしか側にいないため、人目を気にする必要もない。
 昨日、夕食時にクリスと街外れの草原で試射するとスノー&リー
スに話をした。
 2人はならば︱︱と、気を遣ったのかそれぞれの用事を済ませる
と言い出した。
 スノーは食材や必要品の買い出し。
 リースはルナ&シアの様子を見にメイヤ邸へ向かっている。
 本当にオレにはもったいないぐらいの良妻達だ。
 馬車から約100m離れた草原。
 的は約300m先の幹だ。
カート
 クリスにケースから取り出したSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶、弾
リッジ
薬を手渡す。
 彼女は特に迷わず準備をする。
カートリッジ
 弾倉を取り出し、弾薬を入れていく。
 弾倉を戻し、安全装置を解除。

1286
チェンバー
 コッキングハンドルを引き、薬室にまず弾を1発移動させる。
 チャイナドレス姿で、SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を持つクリス
の姿はちょっと異様だ。
 オレもクリスと一緒に準備に取り掛かっていた。
 まずシートを地面に敷き、四方を留める。
 そして持って来ていた袋に土を入れ土嚢を作った。
いたくしゃげき
 依託射撃の場所を作っているのだ。
 スナイパーライフルの射撃姿勢は色々あるが、尤も安定が得られ
るのは銃を手で支えるのを止めて、何か安定した依託物を支えに使
うことだ。
 その場合、砂袋がもっとも適している。
 材木やヘルメットのような硬い物は、発射の衝撃による振動で跳
ね返り、銃を動かすのであまりよくない。
バレル ストック
 また依託物に乗せる部分は銃身ではなく、銃床である。
バレル バレル
 銃身を依託物に乗せると、銃身に銃の重さが加わり歪みが出て着
弾点が狂ってしまうからだ。
﹁こっちの準備は出来たぞ﹂
﹁あ、りがとう、ございます、お兄ちゃ、ん﹂
 ぎこちなく声を出し、クリスは微笑む。
 うん、可愛らしい。
 彼女は草原の草を千切り、パラパラと落とす。
 風を読んでいるのだ。

1287
 約300mという距離は前世の世界、狙撃兵ではない普通の兵士
がスコープ無しの一般的な小銃で命中させられる距離である。
 しかし風が強ければそのまま狙っても命中しない。
 だから風で弾丸が流されることを計算に入れて撃たなければなら
ないのだ。
 クリスは草を千切り落とすことで風速を測っているのだ。
 大体目安として︱︱草を約1.5m先から落として、地面に到着
するまでに約50cm流されれば風速1m/秒。約1mでは風速2
m/秒になる。
 距離300m程で風速が8m/秒あれば、7.62mm×51弾
は約40cm。
 距離600m程で風速が4m/秒あれば、約1mもズレる。
 現在は風がややあり、風速は約3∼4m/秒はある。
 だが、クリスの腕前なら問題無いだろう。
ストック
 彼女は準備した砂袋にSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶の銃床を乗せ
る。
 クリスはシートに腹ばいになり、足は肩幅に広げる。
 体の正中線と銃の銃軸線が平行になるよう整える。
ストック ストック
 左手を銃床のトウを軽く摘んで床尾︵銃床の肩に当たる部分︶を
肩に宛がう。
トリガー
 右手でグリップを握らず引鉄に指をかける。
トリガー
 この時、引鉄を親指&人差し指で挟み発砲する精密射撃テクニッ
クも存在するが、クリスは遣らずに人差し指だけをかける。

1288
﹁すぅー﹂
 息を吸い、
﹁はぁー﹂
 吐き出し︱︱発砲。
﹃ダ︱︱ンッ﹄と7.62mm×54Rが発射され、約300m先
の幹へ着弾する。
 セミオートマチックのSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶は、発砲して
すぐ内部の機関部が動き第2弾を迅速に送り込む。
 クリスは続けて発砲。
 ダ︱︱ンッ!
 ダ︱︱ンッ!
 ダ︱︱ンッ!
 連続して発砲音が響く。
 一応、発砲音に惹かれて魔物が来ないか周囲を警戒するが、見晴
らしのいい草原にそれらしい影は見あたらない。
 オレは肩に掛けているAK47を担ぎ直す。
 クリスは弾倉に入れられていた10発を全て撃ち切る。
﹁どうだ、調子は?﹂
 彼女は体を起こすと、手元のミニ黒板に指を走らせる。

1289
﹃上々ですが、セミオートマチックはやはり発砲時に内部で部品が
動くせいか、いつもとは癖が違うので、もう少し撃って癖を覚えた
いんですがいいですか?﹄
﹁もちろんだよ。弾はまだあるから好きなだけ撃ってくれ﹂
﹁あり、がとうござ、います﹂
 クリスは笑顔でお礼を告げる。
 やっぱり可愛いな。
カートリッジ
 そして、彼女は弾倉を外して再度弾薬を詰め込む。
いたくしゃげき
 再び依託射撃を開始。
 オレは彼女の後方で、その姿を見守る。
 嫁は真剣にSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶の具合を確かめている。
﹁⋮⋮⋮﹂
 今日は割と風がある。
いたくしゃげき
 必然、うつぶせに依託射撃しているクリスのドラゴン・ドレスの
裾がめくれる。
 クリスは集中しているのもあるが、ここには人目はオレしかいな
い。
 だから、あまり気にしていないのだ。
 風が吹くたび、裾がめくれ奥に隠れている太股の付け根、下着が
見え隠れする。
 今日の下着の色は白か。
 うん、可愛らしいクリスにぴったり似合っている。
 何気ない仕草で屈み、覗きこむ。

1290
 一見セクハラのようだが、嫁だから問題なし!
 さらに肉体強化術で目を補助! これで下着の皺まで確認出来る
ぜ!
 クリスの肌は生まれたての赤ん坊よりすべすべで、触り心地がい
い。
 下着もやや食い込んで小ぶりのお尻肉がちょっと覗いているのが
色っぽい。
 昨夜も3人がかりで奉仕してもらったのに、体が熱くなる。
 これが若さか。
 しかし、クリスのお尻は可愛らしいな。
 今すぐ顔を埋めたいくらいだ。
 クリスのお尻に顔を埋めて匂いを嗅げたら、肺どころか、脳みそ、
全細胞が活性化して健康に凄く良くなると思うんだよ。
 オレは周辺警戒も忘れて、ついクリスの可愛らしいお尻に釘付け
になってしまう。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁はっ!?﹂
 気付けば、SVDの具合を確かめていたクリスが、じーっとでこ
ちらを見ていた。
 オレは咳払いをして、何気ない様子で立ち上がる。
﹁こほん、あー、どうやら弾丸もちゃんと狙い通りに飛んでるみた
いでよかったよ﹂
 オレは背後から飛び出す弾丸を確認していたという言動で誤魔化

1291
しに走る。
 しかしあまり効果はないようだ。
 クリスがミニ黒板に指を走らせる。
﹃もうお兄ちゃんったら、背後で突然、魔力を使われたら何事かっ
て思うじゃないですか﹄
﹁すんませんでした﹂
 オレは素直に謝罪する。
 そりゃそうだ。
 突然、周囲を警戒するパートナーが魔力を使いだしたら、襲撃が
あるのかと勘違いしてしまう。もし別の理由で使うなら、一声かけ
るのが常識だ。
 クリスは少しだけ怒った顔から一転、頬と言わず、耳まで赤くし
てミニ黒板を差し出す。
﹃私はリュートお兄ちゃんの妻だから⋮⋮恥ずかしいけど、もし我
慢出来ないなら⋮⋮がんばります﹄
 彼女は頭から湯気が昇りそうなほどさらに顔を赤くする。
﹁クリス⋮⋮﹂
﹁おに、い、ちゃん⋮⋮﹂
 クリスの小さな唇が、オレの名前を呼ぶ。
 お互いの唇が近づいて、そして︱︱
 ぐぅ∼、と、クリスのお腹が鳴る。

1292
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 恥ずかしそうに俯くクリス。
 オレは真っ赤になったその可愛らしい表情を見て、苦笑いをして
彼女の頭を撫でる。
﹁そういえばそろそろお昼の時間だったな。持ってきたお弁当食べ
ようか﹂
﹃⋮⋮はい、お兄ちゃん﹄
 クリスがミニ黒板を持ち、小さく微笑んで頷く。
 そして持ってきた弁当を入れた籠を持ち、草の上にシートを敷き、
弁当を広げる。
﹃お兄ちゃんが作ってくれたお弁当、すごく美味しそうです﹄
 クリスが嬉しそうに微笑んでくれる。
 今日のメニューはオレが作ったサンドイッチ。具は似た魚で作っ
たツナサンドもどき、卵サンド、そして焼いた肉にタレをかけて作
った照り焼きサンドだ。そしてデザート代わりにもなる果物とクリ
ームを使った甘いフルーツサンドを持ってきている。
﹃このフルーツサンド、すごく美味しいです。お兄ちゃんが執事時
代に作ってくれた、プリンと同じ、優しい甘さです﹄
﹁喜んでくれて嬉しいです、お嬢様﹂
 かしこまった感じで大げさに礼をする。
 クリスはその様子を見て、オレが執事をしていた頃を思い出した
のだろう。懐かしそうに瞳を細める。

1293
﹃お兄ちゃんが、あの時うちに来てくれて、本当に良かったです。
お兄ちゃんのお陰で、こうして外に出て、色んな事に触れることが
出来るんです。お兄ちゃんと一緒だから、どこまででも行ける、そ
んな気持ちになるんです﹄
﹁クリス。オレもだよ。クリスと一緒だから、頑張ろうっていう気
持ちになるんだ﹂
﹃お兄ちゃんが、私の運命だったんだな、って今は思うんです。ず
っとついていきます、どこまでも。お兄ちゃんの行きたいところが、
クリスの行きたいところだから﹄
﹁⋮⋮クリス﹂
 クリームを頬につけているクリスの顔を拭う。
 嬉しそうにクリスは微笑み、お礼に頬にキスをしてくる。
 彼女の頭に手を置き、柔らかなその髪を指で撫でる。
 クリスにはいつも助けられている。そしてオレを信頼して、オレ
のやりたいことについてきてくれている。スノーもリースもそうだ。
 そんな大切な彼女達を絶対に守らなくてはいけないな、と心の中
でオレは呟く。
﹁それじゃ、食べ終わったらもう少し撃って、それから帰ろうか﹂
﹃はい、お兄ちゃん。SVD、すごくいい銃です。ありがとうござ
います﹄
﹁気に入ってくれて嬉しいよ。改良したい所とか、使いづらい点が
あったらすぐ言ってくれ、調整するから﹂
﹃はい、解りました﹄
 そしてオレ達は食事を終えると、再びSVDの試射に戻る。
 それから正午を少し過ぎたぐらいに試射を終え、再び皆が待つ家
へと、帰路についた。

1294
第103話 2人でお出掛け︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、2月28日、21時更新予定です!
ただの雑談なのですが︱︱友人が﹃軍オタが魔法世界に転生したら、
現代兵器で軍隊ハーレムを作っちゃいました!?﹄でグーグル検索
したら、海外の方も感想を書いていたと教えられました。
グーグル翻訳なので大雑把ですが感想を読むことが出来ました。一
番驚いた点は⋮⋮海外でも﹃壁ドン!﹄は、﹃壁ドン!﹄でした。
まさか﹃壁ドン!﹄まで海外展開しているとは驚きですわ。

1295
第104話 ウォッシュトイレ2
﹁⋮⋮ッ﹂
 竜人大陸。
 街の一角にある魔石を扱う商店。
 その主であるオヤジは苛立っていた。
 今日はまだ一度もウォッシュトイレを使用していないからだ。
 店番をしながら、机を苛立ちながら指で規則正しく叩く。
 ある日、竜人大陸で国王に比肩する有名人、メイヤ・ドラグーン
の師匠であるリュートが自分の店を尋ねてきた。
 あの魔石姫の師が、自身の魔石店を訪ねてくる。
 本来はとても名誉あることで、諸手をあげて歓迎するべきことだ

1296
った。
 しかし、訪ねてきたメイヤの師であるリュートはこともあろうに
魔石をトイレに使用したいと言い出したのだ。
 魔石を扱い、それで食べさせてもらっているオヤジからしてみれ
ば、これほどの侮辱は無い。
 相手は魔石姫の師。
 だが、オヤジは魔石店のプライドと誇りのために彼を追い出した。
 なのに後日︱︱彼の自宅で、魔石を使った﹃ウォッシュトイレ﹄
を半ば強引に体験させられた。正直、最初は高をくくっていた。
﹁たかがお尻を洗うだけじゃないか⋮⋮﹂
 ぶつぶつと文句を付きながら、壁に書かれてある仕様書通りに使
う。
 使った所で自分は絶対に認めるはずがない。
 だが結果はまったくの逆。
 彼の宣言通り、一度使用しただけでオヤジはウォッシュトイレの
虜になってしまったのだ。
 世界が一変してしまうほどの体験。
 以後、気付けばオヤジは自宅のトイレをウォッシュトイレへと変
えていた。
 無駄な抵抗と知りながら、魔石店を営む主のプライドとして、何
度も使わないよう我慢した。
 今も、朝から使わず我慢している。
 ウォッシュトイレの魔力になど、屈しない。

1297
 彼は自分に何度も言い聞かせ、沸き上がる誘惑に耐えようとして
いた。
 机を叩く指先の速度が上がる。
 足は無意識に貧乏揺すりまで始めた。
﹁こんにちは﹂
﹁⋮⋮ッ﹂
 そんなオヤジの苦労も知らず、のんきな声で1人の男が入ってく
る。
 オヤジをここまで追い詰め、苦労させている張本人︱︱魔石姫、
メイヤ・ドラグーンの師匠であるリュート・ガンスミスだ。
レギオン
 最近、冒険者として功績を挙げ軍団を立ち上げ、ハイエルフ王国
から名誉士爵の位まで授与されたと耳にしている。
 そんな話題の人物が店を訪ねてきたが、だがオヤジは歓迎の表情
ではなく、悪魔を目の前に姿を現したような驚きを浮かべた。
﹁り、リュート様!? なぜここに⋮⋮ッ﹂
﹁そりゃもちん新しいウォッシュトイレ開発のため、魔石の相談に
来たに決まってるじゃないですか﹂
﹁くッ⋮⋮﹂
 リュートはオヤジの心情にも気付かず、無害な笑顔で告げた。
 オヤジの額から冷たい汗が頬を伝う。
︵新しいウォッシュトイレ!? まさかあれより上があるというの
か!︶

1298
 今のウォッシュトイレさえ、違法魔術薬に負けない依存性・快楽
性があるというのに、それ以上とは⋮⋮!?
 ただの魔石店の主である自分には想像もつかない領域。
 リュートは嬉々とした笑顔で追加機能を告げ、それに必要な魔石
が何かを相談し始める。
 便座を温める機能。
 温水使用後、お尻を乾燥させるため熱風を出す機能。
 脱臭機能。
 ︱︱ここまでは、分からなくもない。しかし、最後の要望がオヤ
ジには皆目理解できなかった。
 音楽演奏機能。
 トイレに音楽演奏をさせる?
 なぜそんなことが必要なのか?
 もう常人には到達出来ない狂気の領域に、オヤジは無意識に背筋
を震わせる。
﹁そ、その、最初の3つは従来の魔石で対応可能かと思いますが、
最後のは難しいと思います。魔石に音楽や歌を込めるといった力を
持った物はありませんから﹂
﹁では魔術文字と魔石を組み合わせて、作ることって出来ますかね
?﹂
﹁すみません、そこまで行くと私の専門外でして⋮⋮﹂
﹁そっか。ならやっぱりメイヤに相談した方が早いかな。これはオ

1299
レの趣味みたいなもんだから、あんまり迷惑をかけるようなことは
したくないんだけど⋮⋮﹂
 オヤジの言葉にリュートは顎に手を当て考え込む。
 考えをまとめると、一度メイヤに相談してから再度魔石を買いに
来ると言う。
 次はどうやら衣服店に向かうらしい。
 衣服店に行き、彼はどんな狂気的行為を行うのだろう⋮⋮。常人
には千年経っても到達しえ無い発想で、無茶な注文をするに違いな
い。
 オヤジは想像しただけで、冷や汗が滝のように溢れ出る。
﹁くそっ⋮⋮ヤツは魔王か。どれだけ俺達を追いつめれば気が済む
んだ﹂
 同時に、リュートと出会い、会話をしたせいでウォッシュトイレ
の素晴らしい快感を思い出してしまう。
 奥歯を噛みしめ耐えようとするが、一度思い出した欲求は留まら
ず、時間が経つことに増大していく。
 リュートが店を出ると、もう我慢が出来ないレベルまで到達して
しまった。
 お尻がどうしようもなく疼くのだ。
﹁くッ⋮⋮!﹂
 今朝から我慢していたがもう耐えられない!

1300
 魔石店の主としてウォッシュトイレを使用しないと誓い、何度も
挑戦するが、1日だって耐えられないでいた。
 オヤジは店の扉に﹃準備中﹄の札をぶら下げ、奥へ︱︱ウォッシ
ュトイレへと駆け込む。
 こうして魔石店の主としてのプライドは折れ、何度目かも分から
ない敗北を喫した。
以下、番外編。新ウォッシュトイレ︵現在まだ試作段階︶を使用し
た時の反応。
スノーの場合。
使用中︱︱﹃お、お尻に温風が当たって! ひゃぁ!? なにこれ、
むじゅむじゅする!﹄
使用後︱︱﹃温風がお尻に当たって凄かったよ! 後、蓋の部分が
温かくなってて、これなら冬でも困らないね!﹄
クリスの場合。
﹃怖いので、絶対に使いません!﹄
リースの場合。

1301
使用中︱︱﹃お、お尻に直接、んんぅッ⋮⋮温風が当たるなんて⋮
⋮ッ。ひゃぁッ! 温水が当たるのはまた違った刺激⋮⋮ですが、
元ハイエルフ王国、エノール第2王女、リース・エノール・メメア
が温風を当てられるぐらいで負けるはず︱︱﹄
使用後︱︱﹃やっぱり勝てませんでした⋮⋮もう温風機能の無いウ
ォッシュトイレ無しでは生きていけません⋮⋮﹄
ルナの場合。
使用中︱︱﹃何これっ、もうくすぐったい⋮⋮ッ。ちょ、ちょっと
! どこに風を当ててるのよ!﹄
使用後︱︱﹃女の子に使い心地を聞くなんてリューとん、サイテェ
ー!﹄
シアの場合。
使用中︱︱﹃ンん⋮⋮﹄
使用後︱︱﹃ボクは護衛メイドですから、尋問や拷問訓練等はもち
ろん経験済みです。お尻に温風が当たる程度の刺激ぐらい耐えるの
は容易いです﹄
メイヤの場合。
使用中︱︱﹃り、リュート様ぁあああっぁッ! りゅ、リュート様

1302
!? リュート様あぁっぁっぁ!!!﹄
使用後︱︱﹃うふふふ、さすが天才を越えた天才のリュート様。あ
のウォッシュトイレのまだ先があるなんて⋮⋮ッ!﹂
クリスは相変わらず怖がって使用してくれなかった。
ルナにトイレの使い心地を聞いたら、顔を真っ赤にして怒られた。
その恥じらう姿がちょっと可愛かったのは内緒だ。
そしてメイヤ⋮⋮ぶれなさすぎ。それにトイレから、自分の名前を
連呼されてちょっと怖い。
基本的には好評だったが、まだ試作品段階。
音が鳴る機能もまだ搭載できていない。
まだまだ改善点有りだ。
1303
第104話 ウォッシュトイレ2︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、3月1日、21時更新予定です!
何気に明日からもう3月。ついこないだ正月だと思っていたのに⋮
⋮。
時が経つのは早いですねー。 1304
第105話 15歳誕生日
 妖人大陸では、誕生日を祝う概念がない。
 一般的に﹃15歳になれば成人として一人前の大人として扱われ
る﹄という区切りがあるだけだ。
 大人になったからと言って、盛大に祝う習慣はない。
 オレとスノーはめでたく15歳を迎えることが出来た。
 15歳を祝う風習は無いが、折角だからとオレがパーティーを提
案したのだ。
 誕生日と成人式を足したようなイベントになるだろう。
 そこで昔、この家に引っ越してきた初日のように自宅でパーティ
ーを開くことになった。

1305
 オレ、スノー、リースは食事作り。
 クリス、シアはデザート。
 メイヤは前の時と同じで酒精を持ってくる約束を交わす。
 夕食の時間。
 居間に皆が集まりささやかなパーティーが開かれる。
﹁何これ! 美味しい! 外はカリカリで中はすごくジューシー!﹂
﹃唐揚げという物です。お兄ちゃんが作ったんですよ﹄
﹁凄い、リューとん! リューとん、お菓子作りも上手なのに、こ
んな料理まで作れるなんて。料理人でもやっていけるね!﹂
 オレが上座に座り、左側の席にクリスとルナが並んで座る。
 相変わらず2人は仲が良く、こうしていると本当に姉妹のようだ。
 オレは上座に、右側側にスノーが座っている。
 オレの正面、下座にメイヤが腰を下ろしていた。
﹁リュートくん、メイヤちゃんが持ってきてくれた酒精も凄く美味
しいね﹂
﹁だな。口当たりが本当良いよ。メイヤ、これ結構高い物じゃない
のか?﹂
﹁いえ、大したことありませんわ。それにリュート様とスノーさん
の15歳を祝う席ですもの。本来ならこの日を記念日として、リュ
ート様達を祝う式典を開くべきですわ﹂
 メイヤは笑顔で︱︱目はまったく笑っていない真剣な光を宿し断
言する。
 彼女の場合、本当にそんな記念日を実行しようとするから危険だ。

1306
 オレは適当に笑って誤魔化す。
﹁シア、貴女も座って食べたら?﹂
﹁いえ、ボクは姫様の護衛メイド。席を同じにする訳にはいきませ
ん。ボクは後で頂くので気にしないでください﹂
﹁もう頑固なんだから﹂
 スノーの隣にリースが座っている。
 彼女の背後にはメイド服姿のシアが、皆に酒精を注いだり、皿の
片付け、落ちたフォークを拾い新しいのに代えたりなどの給仕を務
めていた。
 オレもリースの意見に同意だが、パーティー前にシアが固辞した
のだ。
﹃これがボクの仕事ですから﹄と。
 本人がやりたがっているのを無理に止めることは出来ない。
 一応、シア用にパーティー料理の一部を取り分けておいた。彼女
にも伝えてあるから、時間を見計らって食べて欲しい。
﹁はふぅー♪ 唐揚げにマヨネーズをかけて食べるとめっちゃくち
ゃ美味!﹂
﹁はっはっはっ、食え食え。どっちも油と油だから、太っても知ら
ないけどな﹂
﹁もう、リューとんの馬鹿。女の子に太るなんて言っちゃ駄目じゃ
ない! それにどうせルナは太っても、お肉はお姉ちゃんみたいに
全部おっぱいに行くから大丈夫だもん!﹂
﹁る、ルナ! 人前で胸の話をするなんてはしたない!﹂

1307
﹁ですがルナ様の場合、リース様よりララ様に似てらっしゃいます
から御胸の方はあまり期待を寄せない方が宜しいかと﹂
 どうやらハイエルフ王国、エノールの第1王女、ララ・エノール・
メメア様は貧にゅ︱︱⋮⋮ではなく、スレンダーな体型の持ち主ら
しい。
 ルナはシアの言葉に青ざめ震える。
﹁だ、大丈夫だもん! ルナ、成長期だし! まだ100歳にもな
ってないし!﹂
﹁そうそう大丈夫だよ、ルナちゃん。それにおっぱいが大きくても
肩がこったり、動き辛かったりあんまり良いことないよ?﹂
﹁ですね。あんまり大きすぎると足下も見えなくて危ないですし。
私のドジの大半はきっと胸が大きいせいですよ!﹂
 いや、絶対にそれは違う︱︱とオレは思わずリースの見解に反論
しそうになるのを堪える。
﹁お姉ちゃんも、スノっちはおっぱい大きいからそういえるんだよ
! おっぱいが大きくなるなら、肩がこったり、動き辛くなるぐら
い望む所だよ!﹂
 スノー&リースは頬を酒精で仄かに赤くしながら、ルナを諭すが
本人はあまり届かなかったらしい。
 ルナの魂から訴える言葉に、皆が一斉に笑い出す。
まじゅつこう
 部屋を照らす魔術光が、幸せそうに笑い合う皆の顔を照らし出す。
︵ああ、これが幸せなんだろうな⋮⋮︶

1308
 体温、気温とはまた違う温かな空気が皆の心まで包み込む。
 そんな雰囲気が永遠に続けばいいのに︱︱そう思わせる力強さが
ある。
 そしてパーティーは注ぎ込まれる酒精と共に進んでいく。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 そしてパーティーは進みすぎた。
﹁リュートくん、リュートくん、スノーね、リュートくん、大しゅ
きなの!﹂
﹁はいはい、僕もスノーのことが大好きだよ﹂
﹁おにい、ちゃんの首筋、とってもキレイ⋮⋮美味しそう﹂
﹁怖い、怖いよクリス! 本気で首筋に歯を立てないで!﹂
﹁リュートしゃん、なんだかお部屋あちゅくないでしゅか? あち
ゅいでしゅよね。ちょっと脱ぎましゅね﹂
﹁リース! 部屋だからって上着を脱ごうとしないで!﹂
 皆、酒精を飲み過ぎて酔っぱらてしまった。
 ソファーに座ったオレの右手にスノー、膝の上にクリス、左手は
リースに押さえられていた。
 スノーは酔っぱらうと頬を赤くして﹃大好き﹄﹃愛している﹄と
笑顔で告げてくる。可愛い。

1309
 クリスは膝に座りオレの首筋を愛しげに舐めたり、軽く歯を立て
たりしてくる。耳まで赤くなり、いつもの幼い顔つきが色っぽくな
る。
 リースは普段、羞恥心が高く肌の露出を嫌う癖に酔っぱらうと脱
ぎ魔になるらしい。今もソファーに座りながらすでに上着を一枚脱
いでいる。お陰で上は薄着になり、オレの左腕は彼女の大きすぎる
胸の感触を味わうことが出来る。
 しかしリースはさらに脱ごうとするのが必死に止める必要があっ
た。
 他にもルナは︱︱
﹁う∼ん、もうにょめないよぉ∼﹂と可愛らしく酔いつぶれ、机に
突っ伏している。
 メイヤの場合は︱︱
﹁ひっ、ぐす⋮⋮ひっく⋮⋮﹂
 泣いていた。
 泣き上戸なのか?
﹁ごめんなさい。わたくしが美し過ぎて、リュート様の次に魔術道
具開発の天才で、実家は貴族、良家の血筋で、魔術師としての才も
持ち、民衆から愛される優れた女性だから王子が執着するのですわ
ね。ごめんなさい、リュート様! わたくしがあまりに優秀過ぎる
せいで、リュート様の妻になるのが遅れてごめんなさい!﹂
 いや、これ泣き上戸じゃなくね?
 なんて言えばいいんだろ⋮⋮己惚れ上戸?

1310
 シアはそんなメイヤの杯に酒精を注ぐ。
﹁おい、シア! もうメイヤに飲ませるなって!﹂
﹁ご安心を若様。酔っぱらいのあしらい方、後処理、二日酔いの処
方まで護衛メイドとして全て習得していますから﹂
 そんな問題じゃねぇよ。
 でも、そんな技能までメイドさんは習得しているのかよ⋮⋮。
﹁リュートくん、色々落ち着いたらいっぱい子供作ろうね。いっぱ
いって何人だろ? 100人ぐらい?﹂
﹁お兄ちゃんの、血は綺麗、だから。綺麗な、うえに美味しい⋮⋮
ふふふ﹂
﹁リュートしゃん、熱いでしゅ、もう全部にゅいでもいいでしゅよ
ね?﹂
﹁スノー、100人はいくら何でも産めないだろ。クリス、本気で
怖いから首筋に歯を立てるの止めてくれ。だからと言って耳を舐め
るな! 噛むな! リースは許可取る以前に脱ごうとするな! し
かもオレの手を股で挟んで太股をモジモジさせるな! なんで酒精
を飲んでいないのにさらに顔が赤くなるんだよ!?﹂
 スノーのアホの子は加速し、クリスはちょっと怖いけど色っぽい、
普段お淑やかなリースは兎に角服を脱ぎたがる。
 この子達には外で絶対に酒精を飲ませないようにしようとオレは
固く心の中で誓った。

1311
第105話 15歳誕生日︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、3月2日、21時更新予定です!
日常編も後少し。
もう少し各キャラクターの内面とか掘り下げたほうがよかったのか
な∼、とか考えました。 1312
第106話 軍団、初クエスト依頼
レギオン ピース・メーカー
﹁軍団︱︱﹃PEACEMAKER﹄様ご指定でクエスト依頼が来
ております﹂
 竜人大陸へ戻ってきて半年以上が経過していた。
 オレ達はその間、休息に時間を費やした。
 生活費など、必要な資金は貯金がまだ沢山あるからだ。
 スノー、クリスはリースに家事のやり方を教えていた。
 オレはメイヤと一緒に防具、武器などの開発を行っていた。
 たまに時間を見付けてはウォッシュトイレの改良作業に手を出す
など︱︱なかなか充実した時間を過ごしていたのだが。
 そんなオレ達の元に名指しでクエスト依頼の手紙が届いたらしい。

1313
ギルド
 朝、使いである少年が、自宅の扉を叩き冒険者斡旋組合へ来て欲
しいと告げられた。
ギル
 オレはスノー、クリス、リースといった嫁達を連れ、冒険者斡旋

組合を訪ねた。
 顔を出すとすぐ個室へと通される。
まじんしゅぞく
 オレ達と一番面識があるという基準から、いつもの魔人種族の受
付嬢だ。
 その彼女から、台詞と共にクエスト内容が書かれた紙を手渡され
る。
﹁依頼人は純潔乙女騎士団特別顧問、ガルマ様という方からのご依
頼です﹂
 ガルマ!?
 エル先生に結婚を勧めてきた敵じゃないか!
 思い出しただけで腑が煮えくりかえる。
 しかし今は仕事の時間。
 怒りを表に出さずに手紙を受け取る。
﹁拝見させて頂きます﹂
 手紙には仕事の依頼内容と簡単な現状が書かれてあった。
 現在、純潔乙女騎士団が警備を務め、治安を守る街で魔術師が狙
われる事件が多発している。
 恐らく腕の立つ﹃魔術師殺し﹄の仕業だ。

1314
 しかし、現在の純潔乙女騎士団にそんな凄腕の﹃魔術師殺し﹄を
相手取る力はない。
ピース・メーカー
 そのため﹃PEACEMAKER﹄の助力を願う。
 報酬は要相談。
ギルド
﹃魔術師殺し﹄︱︱冒険者斡旋組合に登録する冒険者によって、多
々得意分野が違う。
 魔物退治専門なら ︱︱モンスターハンター
 遺跡、迷宮専門なら︱︱トレジャーハンター
 護衛任務専門なら ︱︱ガーディアン
 対人戦専門なら  ︱︱傭兵、賞金首ハンター
 対魔術師専門なら︱︱﹃魔術師殺し﹄と呼ばれる。
 魔術師ばかりを狙うのと、ガルマが元冒険者から﹃魔術師殺し﹄
なんて名称を使っているのだろう。
 オレは手紙を読んで気になった部分を質問する。
レギオン レギオン
﹁あの軍団が軍団にクエストを依頼⋮⋮助力を求めてもいいんです
か?﹂
﹁はい、特別に珍しい話ではありませんよ。いくつかが共闘し、ド
ラゴン複数を倒した︱︱なんて話も多々ありますし﹂
 受付嬢が何気ない風に断言する。
 態度からして本当に珍しいことではないらしい。
 さらに受付嬢が指摘する。

1315
レギオン
﹁それに皆様は、軍団を作る前︱︱双子魔術師を無傷で倒してらっ
しゃるじゃありませんか。あの双子魔術師を生け捕った﹃魔術師殺
し﹄って、冒険者達の間では結構有名になったんですよ。だから、
今回名指しでクエストの依頼があったんじゃないでしょうか﹂
 その話は初耳だ。
 確かにオレ達は過去、冒険者レベルを上げるためのクエストを受
注した。
 その際、護衛途中で双子魔術師と遭遇。
 クリスのスナイパーライフルのお陰でこちらの被害を受けず、生
け捕りにすることが出来た。
 まさかその件で﹃魔術師殺し﹄として、冒険者の間で有名になっ
ていたとは知らなかった。
﹁それで受理しても宜しいでしょうか? 緊急案件ではありますが、
1∼2日ぐらいなら考える時間はありますよ?﹂
 受付嬢が営業スマイルを浮かべながら尋ねてくる。
 その問いにオレは︱︱
﹁はい! もちろんお断りします!﹂
 満面の笑顔でお断りした。
 同じソファーに座っていたスノー、クリス、リースが愕然とする。
 スノーが代表して聞いてくる。
﹁どうしてクエスト受けないの? エル先生のお友達からの緊急案
ピース・メーカー
件なんだよ? それに﹃PEACEMAKER﹄の理念は、﹃困っ
ている人、救いを求める人を助ける﹄じゃなかったの?﹂

1316
ピース・メーカー
﹁確かにそれが﹃PEACEMAKER﹄の理念だ。でも、ガルマ
はエル先生に結婚相手を紹介する敵だ。しかもツテで条件の良い男
を紹介するなんて言葉巧みに誑かそうとした質の悪い輩。そんな敵
に情けをかけちゃいけないんだぞ?﹂
﹁条件の良い男性を紹介⋮⋮ッ!?﹂
 オレの言葉になぜか正面のソファーに座る受付嬢が反応し、目の
色を変え立ち上がる。
 いや、別に貴女に紹介する訳ではないので、落ち着いてください。
 彼女はオレ達から向けられる冷たい視線に職務を思い出したのか、
咳払いして何事もなかったように座り直す。
 スノー達が改めて説得を開始する。
﹁でも、いいの? エル先生の友達の依頼を断って。エル先生のお
ピース・メーカー
友達からの依頼なら、﹃PEACEMAKER﹄の初クエストとし
てちょうどいいと思うんだけど﹂
﹁それに今回の件を断ってエル先生さんに怒られるかもしれません
よ?﹂
﹃最悪、嫌われるかも⋮⋮﹄
 エル先生に怒られるのは怖い⋮⋮が、彼女に嫌われるだとッ!?
﹁⋮⋮っ!﹂
 想像しただけで食道を酸っぱい物がこみ上げてくる。
 オレは慌てて口元を抑えた。
 ヤバイ! 想像しただけで胃に穴が開きそうだ!

1317
 オレは涙目になりながらも、力強い瞳で受付嬢へ向き直る。
﹁やります! いえ、そのクエストを是非、やらせてください!﹂
レギオン ピース・メーカー
﹁わ、分かりました。では、軍団︱︱﹃PEACEMAKER﹄と
して受理させていただきます﹂
 オレは妻達と共に声を合わせて﹃お願いします!﹄と返事をした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ギルド
 これはクエストを受注した後、冒険者斡旋組合の帰り道に妻達か
ら尋ねられた質問だ。
 どのような男性ならエル先生の夫として認めるのか?
﹁真面目で、優しくて、働き者で、自分のことより妻を大切にして、
他の女性に目移りしない一本気のある性格で、収入が安定していて、
エル先生を守れる強さがあって、義理堅く、周囲から一目置かれ、
地位や名誉に胡座を掻かず努力して、僕が尊敬︱︱まで行かなくて
もエル先生を﹃この人なら任せられる﹄と思える人なら許す﹂
 そんな男性はこの世にいないと断言された。
 最近、うちの妻達が冷たい気がする⋮⋮。

1318
第106話 軍団、初クエスト依頼︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、3月2日、21時更新予定です!
お酒に酔うと人の本性の一部が出ますね。
自分はお酒弱い︱︱というかアレルギーなんで、本性が出る以前に
殆ど飲めないけど。
ビール2杯 ︵ジョッキ︶でアウト。
友達が意識無くなるまで飲む、気付いたら駅の茂みで倒れていた、
公園のベンチで寝ていた︱︱とか話を聞くとちょっと憧れます。
でも、やっぱりお酒は程々にですね∼。
後、誤字脱字は近日中に修正します。

1319
てか、ルルって誰だよ⋮⋮。
なんでこんな誤字したんだ?
第107話 サブマシンガンって何?
レギオン ピース・メーカー
 軍団︱︱PEACEMAKER、初のクエストは純潔乙女騎士団、
特別顧問ガルマからの依頼だ。
 純潔乙女騎士団は獣人大陸にある街の治安維持に携わっているら
しい。
 その街で魔術師が狙われる事件が多発している。
 恐らく腕の立つ殺し屋︱︱﹃魔術師殺し﹄の仕業だ。
 現在の純潔乙女騎士団に複数の魔術師を狩る﹃魔術師殺し﹄を相
手にする力はない。
ピース・メーカー
 そのため﹃PEACEMAKER﹄を名指しで指名してきた。
 エル先生を言葉巧みに誑かそうとするガルマは気にくわないが、

1320
ピース・メーカー
PEACEMAKERの理念は、﹃困っている人、救いを求める人
を助ける﹄だ。
 いくら嫌っている相手でも、助力を請われて無下にする訳にはい
かないのだ!
 さて、オレ達が竜人大陸に戻ってきて半年以上経っている。
 まさかこんな短期間に再び、飛行船で大陸を移動するとは考えて
いなかった。
 しかしやるからには準備を万全に、クエストをきっちりとこなし
たい。
 そのための用意に取り掛かる。
 オレはメイヤと2人、メイヤ邸の工房に集まっていた。
 今回、飛行船の準備はシアが取り仕切ってくれている。
 メイヤは胸の前で自身の手のひらを握り締め尋ねてきた。
﹁リュート様、今回のクエストで作っておきたい武装とはどんな物
でしょうか?﹂
﹁今回は今までと違って街で起きている事件だろ? だから、AK
47やスナイパーライフルだと色々都合が悪いから、それに合った
銃器を作り出そうと思うんだ﹂
﹁街に合った銃器ですか?﹂
﹁ああ、作る銃器は︱︱MP5サブマシンガンだ﹂
 ここでまず﹃サブマシンガン﹄︱︱日本語で﹃短機関銃﹄につい
て説明したい。

1321
サブマシンガン
﹃短機関銃﹄とはいったいどんな物なのか?
サブマシンガン
 転生前の世界、地球で初めて短機関銃が登場したのは第一次世界
大戦の塹壕戦から生まれた。
マシンガン
 第一次世界大戦時、機関銃が登場。
マシンガン
 機関銃一丁とたった数人の兵士だけで何百、千の敵を殺害、足止
め出来るようになった。
マシンガン
 機関銃を備え付けた敵陣地を従来の歩兵の攻撃︱︱数百メートル
から1000メートルも離れて横隊に広がってボルトアクションラ
イフルで射撃するでは攻め落とせなくなってしまったのだ。
マシンガン
 そこで夜襲をかけたり、壕を掘って接近したりと機関銃の使用で
きない乱戦、接近戦に持ち込んで戦うことが多くなった。
 そうなると従来のボルトアクション式の歩兵銃では、撃つ度にボ
ルトを前後させている間に敵兵に襲いかかられてしまう。
 さらに狭い塹壕内では、長い銃は取り回し辛い。
 そこでドイツ軍はそれらの戦訓を元に、自動拳銃に木製ストック
をつけて速射性と命中率をあげた。さらにこれを発展させ﹃短い小
銃の形で拳銃弾をばらまけるコンパクトな銃﹄を開発。
サブマシンガン
 そして誕生したのが﹃短機関銃﹄という新しいコンセプトの銃だ。
サブマシンガン
 短機関銃の元祖になる銃は、ドイツの﹃ベルグマンMP18﹄に
なる。
サブマシンガン
 またドイツでは短機関銃を﹃マシーネンピストーレ﹄、イギリス
では﹃マシンカービン﹄と呼ぶ。
サブマシンガン
 短機関銃と呼ぶのはアメリカだ。

1322
 しかし第二次世界大戦終戦後、速射性は非常に有効だが拳銃弾を
サブマシンガン
使用する短機関銃では、威力の低さと射程、命中率にかける。
サブマシンガン
 そこでドイツが速射性を備え、短機関銃より威力と命中率が高く、
弾数もあり、1発1発狙えるセミオートマチックも、掃射も出来る
アサルトライフル
フルオートマチックも備えたシュトゥルムゲベーア︱︱突撃銃の元
祖を作り出す。
アサルトライフル サブマシンガン
 突撃銃の登場で、短機関銃の軍事的価値は無くなってしまった。
 だが戦後、1960∼70年代の都市ゲリラや犯罪の凶悪化によ
サブマシンガン
り、短機関銃は再び注目を集める。
サブマシンガン
 なぜ短機関銃が再び注目を集めたかというと⋮⋮凶悪犯罪に対抗
アサルトライフル マシンガン
するには拳銃では心許ない。かといって突撃銃、機関銃では周囲の
被害が大きくなってしまう。
アサルトライフル
 たとえば突撃銃を使用した場合、犯人を撃ったら威力が高すぎて
壁すら貫通し向こう側の無関係な人々を傷つけてしまう。
 これでは危なくて人々が多い都市部などでは使用できない。
サブマシンガン
 そこで短機関銃の射程の短さ、拳銃弾の適度な貫通力は人口の多
い都市部などで使用するのにとても最適だった。
 つまり銃は大きく分けて3つに分類される。
スナイパーライフル
 狙撃銃は、遠距離用。
アサルトライフル
 突撃銃は、中距離用。
サブマシンガン
 短機関銃は、近距離用。
 それぞれに役割が有り、場面によって使い分けられているのだ。

1323
 オレのここまでの説明に、メイヤはメモを取りながら何度も頷く。
﹁なるほど確かに今回のクエストは街での戦闘が予想されますわ。
サブマシンガン
だからリュート様は短機関銃をお作りになろうとしているのですね﹂
﹁もちろん時間がないから、前回みたいに飛行船内部で移動しなが
ら制作することになると思うけどね﹂
 そのため、すでにシアには魔術液体金属を飛行船に積むよう指示
を出していた。
サブマシンガン
 さて、前世の世界には多種多様な短機関銃が存在する。
 なのになぜオレはドイツの﹃H&K︵ヘッケラー&コッホ︶MP
5﹄を作ろうとしているのか?
サブマシンガン
 先程も説明したように短機関銃は、塹壕戦などの戦訓から生まれ
た﹃弾丸バラ撒き器﹄だ。いかに速く、弾丸を多くバラ撒くため作
られた銃器だ。
 そのため﹃命中精度﹄は度外視されて作られている。
サブマシンガン
 むしろ当時、短機関銃に求められていたことは、弾丸をバラ撒き、
簡単な構造で、大量に生産しやすい銃であることだった。
サブマシンガン
 そんな短機関銃の常識を打ち破ったのが、ドイツのH&Kが開発
したMP5だ。
サブマシンガン
 MP5は他の短機関銃とは比べものにならないほど高い命中精度
を誇っている。
 凶悪化する犯罪者に対して狭い室内でも取り回しが効くコンパク

1324
トさ、多くの弾丸を弾倉に装填でき、火力が強く、さらに命中精度
サブマシンガン
も高いとくればこれほど対テロ部隊用として理想的な短機関銃はな
い。
 そのためドイツだけではなく、日本をはじめ世界各国の法執行機
サブマシンガン
関で装備されるようになった。恐らく世界で一番有名な短機関銃だ
ろう。
 性能の良さ以外に、MP5の名を一躍広めた事件がある。
 1977年、10月。
 ソマリアのモガディシオ空港でルフトハンザ航空機が4人のパレ
スチナ人テロリストにハイジャックされた。世界が注目するなかM
GSG︱9
P5を装備した国境警備隊の隊員達がわずか5分で機内を制圧。
 人質90人を全員無事に解放したのだ。
 その時、使用されたMP5のスペックは以下の通りになる。
 口径:9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶
 全長:約70cm
 重量:約3kg
 装弾数:30発
 この事件を切っ掛けにMP5の名前が全世界に知れ渡った。
サブマシンガン
 では、MP5はなぜ他の短機関銃より命中精度が高いのか?
サブマシンガン
 通常の短機関銃は、オープンボルト・ファイアリングと呼ばれる
機構で作られている。
ボルト チェンバー
 普通の銃は遊底が前進し、薬室に実包が装填された状態が発射準

1325
備完了。
トリガー ハンマー ファイアリンプ
グラ・イ
ピマンー
 引鉄を絞ると撃鉄が落ちて、撃針が雷管を叩いて発射する。
サブマシンガン ボルト ファイアリング・ピン ボルト
 しかし大抵の短機関銃は、遊底に撃針が付いている。その遊底の
トリガー
後ろにバネを設置し圧縮、前に出ないように引鉄によって固定する。
トリガー ボルト ボ
 引鉄を絞ると、固定したバネが解放され遊底を前へ押し出す。遊
ルト ファイアリンプ
グラ・イ
ピマンー パウダー
底の前に付いている撃針が雷管を叩き発射薬を破裂させ、弾丸を飛
ばす。
 その際、発生したガス圧で、再びバネが圧縮され空薬莢も次弾に
押し出され外へ排出される。
 このように単純な構造のメリットは安く、大量に製造することが
出来る点だ。
サブマシンガン
 だが、H&Kが開発したMP5という短機関銃は、小銃のように
ハンマー ファイアリング・ピン ボルト トリガー
撃鉄も撃針もあって、遊底が閉じた状態から引鉄を絞って発射する
クローズボルト・ファイアリングにより、他のとは比べものになら
ないほどの命中精度を誇った。
 さらに注目すべき点は、発射時の反動がマイルドになるよう﹃ロ
ーラー・ロッキング﹄という作動方式を採用していることだ。
チェンバー ボルト
﹃ローラー・ロッキング﹄とは、薬室に栓︵蓋︶をする遊底左右に
ローラー ボルト
金属玉を組み込んでいる。弾丸を発射し、発生したガス圧で遊底は
後方へ押し下げられる。
ローラー
 その際、金属玉をくぼみから押し出すのに通常より強い力が必要
になるため後方への衝撃が和らげられ、クローズボルト・ファイア
リングと合わせてさらに命中率を上げるのだ。

1326
 こうして命中精度とフルオート時の安定性の革新的な向上に成功
したMP5は軍や警察の特殊部隊などに採用され、﹃特殊部隊用サ
ブマシンガンのスタンダード﹄と言われるまでになった。
 もしネタに走れるのなら、アメリカのSMGが開発した﹃クリス・
スーパーV﹄など、嫁の名前関連で作りたかったが、相手は魔術師
を狙って狩る実力者。嫁達の安全のためにも、巫山戯ていい訳がな
い。
 MP5は多数のモデルが存在し、そのバリエーションは100種
類を越えていると言われている。
 今回、オレ達が製作するのは2種類。
サブマシンガン
﹁2種類? 違う種類の短機関銃をそれぞれ作るということですか
?﹂
サブマシンガン
﹁そうだ。同じ短機関銃、﹃MP5﹄という括りの中で目的がまっ
サブマシンガン
たく違う2種類の短機関銃を作るんだ﹂
 困惑していたメイヤを納得させる。
 一度咳払いをして、話を続けた。
﹁とりあえず最初に作る1種類目は、﹃MP5K﹄だ﹂
サブマシンガン
﹁﹃MP5K﹄ですか。それは一体、どんな短機関銃ですの?﹂
 メイヤは興味深そうに身を乗り出す。
 なぜオレが﹃MP5K﹄を選んだかと言うと、テロ対策部隊向け
に設計された﹃MP5K﹄はスーツの下にも隠せるほど小型・軽量
で究極の近接戦闘武器とも言われているからだ。

1327
 スペックは以下の通り。
 口径:9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶
 全長:約32cm
 重量:約1.8kg
 装弾数:15/30発︵15発、30発の弾倉有り︶
 さらにセミオートマチック射撃、2発バースト、3発バースト、
フルオートマチック射撃に切り替えられる。
 小さくて火力が強い︵毎分900発︶ので別名、﹃部屋箒﹄と呼
ばれFBI人質救出チーム他、多数のテロ対策部隊に重宝されてい
る。
 もう1種類作るMP5は後で説明するつもりだ。
﹁と、言うわけでまず最初に﹃MP5K﹄を制作していこうと思う。
毎度のことながら、色々迷惑をかけると思うけど力を貸して欲しい﹂
﹁何を仰いますか! 迷惑だなんて一度も思ったことなどありませ
んわ! むしろ、リュート様に与えられるのはどんなことでも歓喜
! 祝福! ご褒美ですわ! わたくしのことはボロボロになるま
で行使してください。それこそがわたくしの喜びなのですから!﹂
﹁⋮⋮ありがとう、メイヤ。君の熱い思いは確かに受け取ったよ﹂
﹁そ、そんなわたくしの熱い﹃想い﹄を受け取っただなんて。ぷへ
ぇへぇへぇ⋮⋮想いだけではなく、ふひゅ、わたくしの全てを受け
取ってくださいまし﹂
 メイヤの何時も通りの熱い言葉に押され、意を酌んだ台詞を言っ
たつもりだったが、また別のスイッチを入れたようだ。
 彼女は目を爛々と輝かせ、荒い息を吐き出す。

1328
 オレはメイヤの視線から逃れるように話を打ち切った。
﹁さ、さて! 早速作業に入ろうか! 出発まで時間もないしな!﹂
 こうしてオレ達は﹃MP5K﹄の作業に取り掛かる。
 もちろんその作業には﹃9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶﹄制作
も含まれている。
 作業は飛行船が目的地の獣人大陸、純潔乙女騎士団の砦を構える
街までかかった。
                         <第6章 
終>
次回
第7章  少年期 魔術師殺しvs魔術師殺し編︱開幕︱
1329
第107話 サブマシンガンって何?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月5日、21時更新予定です!
昨日の後書きで意外とお酒関係の話題が出て驚きました。やっぱり
色々あるんですね∼。自分は周囲に恵まれているお陰か、アルハラ
は受けたことがありません。それだけでありがたい話です。
話変わりまして︱︱実は本気で3月∼4月中ばは忙しくて毎日更新
が難しく、隔日更新に切り替えたいと思います。恐らくですが4月
半ば過ぎになればまた毎日更新に戻れるとは思うんですけれども⋮
⋮。
申し訳ありませんが頑張って切り抜けますので、気長にお待ち頂け

1330
ればと思います。
第108話 甲冑
 リュート、15歳
 装備:S&W M10 4インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 スノー、15歳
 魔術師Aマイナス級
 装備:S&W M10 2インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 クリス、14歳
 装備:M700P ︵スナイパーライフル︶
:SVD ︵ドラグノフ狙撃銃︶

1331
 リース、ハイエルフ181歳
 魔術師B級
 精霊の加護:無限収納
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 装備:PKM ︵汎用機関銃︶
   :他
 獣人大陸は、時計でいうと8時の辺りになる。
 飛行船で約1ヶ月の旅だ。
 純潔乙女騎士団が待つ街は、獣人大陸の港街︱︱港から入った物
資を陸地奥の街々へ輸送する中間地点に存在する1つだ。
 そのため都市︱︱ココリ街は中規模だが、流石に飛行船を停泊さ
せるための専用区間など存在しない。輸送も基本は陸路だからだ。
 オレ達はハイエルフ王国でしたように、街の側に飛行船を止める。
後日、雨露を凌ぐ屋根を設置する予定だ。
 到着は夜だったため、このまま純潔乙女騎士団が本部としている
建物には向かわず、街の宿屋で一泊する。
﹁ふわぁ∼、久しぶりの地面だな﹂
 オレは飛行船から下りると、大きく伸びをする。
 後から嫁3人が下りてくる。
﹁地面はいいよね、揺れなくて。土の感触が気持ちいいよ﹂
﹁スノーさんは飛行船が苦手なのですか? そんな素振り全然なか
ったのに﹂

1332
 体躯に合わない巨乳を揺らし、リースがスノーに尋ねる。
 スノーは苦笑いを浮かべ返答する。
﹁苦手ってほどじゃないけど、飛んでいる時、揺れると﹃ビクッ!﹄
ってしちゃうよね。それに慣れないと揺れで酔っちゃいそうになる
し﹂
﹃それは分かります。私も最初は揺れに慣れずに酔っちゃいました
から﹄
 クリスがミニ黒板を掲げて微苦笑する。
 マジかよ、2人ともそんな素振りはなかったから、平気かと思っ
ていたのに⋮⋮。
﹁慣れてしまえばどうということはありませんよ﹂
﹁シアさんの仰る通りですわ。慣れてしまえばどうということはあ
りませんわよ﹂
 さらにメイドのシア、弟子のメイヤが続いた。
レギオン ピース・メーカー
 今回、軍団︱︱PEACEMAKERとして参加したのはこの6
人だ。
 リースの実妹、オレの義妹に当たるルナも参加したいと騒いだが、
無理矢理抑え込んだ。
 さすがに軍事訓練などをまったく行っていないルナを、今回のク
エストに参加させる訳にはいかない。また誘拐されても大変だ。
 オレ達が今居る場所は、街を守る城壁から数百メートル離れた草
原。徒歩でぐるりと周り、街の入り口へ向かう。

1333
﹁ん?﹂
 だから最初にこちらへ向かってくる人影を見つけた時︱︱街を守
る兵士だと思ったが、様子が変なことに気付く。
 まず相手が1人だという点だ。
 周辺に危機が無いか見て回る場合、通常は2人1組、またはそれ
以上で行動する。それは転生前の世界の地球でも、この異世界でも
常識だ。
 次に全身を鈍い銀色の甲冑で覆っていたからだ。
 兵士でなければ冒険者かとも思ったが、向かってくる相手は身長
が2メートル半ほど。
 手には戦斧。
 甲冑で全身を覆い肌が露出している箇所は一切無い。甲冑も分厚
いのか、全体のシルエットがどこかずんぐりむっくりしている。
 分厚くすれば防御力は確かに増すが、その分質量が増える。
 とても人が来て動ける重さではない。
 まるでオークなどが甲冑を着ているようだった。
 夜、全身を覆う甲冑姿で、身長ほどはある戦斧を手に真っ直ぐ向
かってくる人影。﹃警戒するな﹄という方が無理な相談だ。
﹁っ!?﹂
 その警戒が功を奏したのか︱︱突然、甲冑姿の何者かが肉体強化
術で身体を補助! 戦斧を振りかぶり襲いかかって来る!
﹁な、なんだよアイツは!?﹂

1334
﹁リュートくん、逃げて!﹂
 甲冑は一番前を歩いていたオレに狙いを定めて、戦斧を振り下ろ
す。
 スノーの指摘前に、オレも肉体強化術で身体を補助。甲冑の一撃
を回避する。
 相手が怪しさ全開で、正面から歩いて来たから何時でも逃げられ
るよう注意していたお陰だ。
 だが、甲冑の攻撃はそれだけでは終わらない。
 地面に突き刺さった戦斧を力任せに引き抜き、オレへ向けて横一
線。
 バックステップで避けるが、甲冑は追いすがってくる。
 下手に狙いを嫁達などに向けられるよりずっとマシだ。
 それにオレが引きつけている間に、ただ指をくわえて眺めている
彼女達ではない。
アイス・ソード
﹁我が手で踊れ氷の剣! 氷剣!﹂
 スノーが威力より速度&正確さを優先する。
アイス・ソード
 彼女の頭上に10本の氷剣が生み出され、オレと甲冑の間を遮る
ように放たれる。
 数本は甲冑の持つ戦斧で叩き落とされる。
 だが、時間稼ぎとしては十分だ。
﹁リュートさん! スノーさん! 離れてください!﹂

1335
 リースの大声。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 彼女へ視線を向けると汎用機関銃︱︱既にPKMが発射準備態勢
に入っていた。
 彼女の背後に、クリス、シア、メイヤが隠れている。
 リースは妖精種族、ハイエルフ族。
 ハイエルフ族は100歳になると﹃精霊の加護﹄という特別な力
を得る。
 彼女の場合は﹃無限収納﹄と呼ばれる力だ。
 非生物ならほぼ無限に収納出来る。
 そこからリースのお気に入りであるPKMを取り出す。
 すでにスタンバイ状態で収納しているため、引き金を絞れば発砲
可能だ。
 リースは銃身を楽に交換するために付いているキャリングハンド
ルを掴み、銃口を甲冑へと向けている。
 オレは慌てて、甲冑から全力で退避する。
﹁ッ!?﹂
 急いでいたせいだろうか。
 微かに耳鳴りがしたような︱︱
 そんな違和感を塗りつぶすようにリースが発砲する。
﹁行きます! ファイヤー!!!﹂
トリガー
 リースが掛け声と共に引鉄を絞る!

1336
 ダダダダダダダダダダダダダダダダンッ!
 ライフル弾にも使われる7.62mm×54Rが650発/分の
速度で発射される!
 甲冑は戦斧を地面へ突き立てると魔術を発動。
 正面に土壁を作り出す。
 それに構わずリースは発砲を続けるが、約20秒ほどでマガジン
ボックスを撃ち尽くす。
 土壁はすでにボロボロで、風が吹くと脆くも崩れる。
 その場には突き立てられた戦斧があるだけで、既に甲冑は背を向
け逃走していた。慌てて追いかけようともしたが、その逃げ足は速
い。
 あっという間に街に背を向け、夜の草原へと姿を消してしまう。
 念のため、皆は他に仲間が居て追撃があるかもと警戒するが︱︱
そんなもの一向に起きなかった。
﹁⋮⋮いったい何だったんだあれは?﹂
 オレは皆を代表してぽつりと台詞を口にする。
 夜空に輝く星達は答えを返してはくれなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

1337
 場面が変わり、街の一角。
 今にも崩れそうな家屋の一部屋で、1人の少女が行儀悪く机に乗
って足を組み替える。
 彼女が着ている衣服はレースやフリルがゴテゴテと着飾っていた。
運動機能性など完全に無視した衣服だ。
 もしその場にリュートが居たら前世の地球、ネットやテレビで観
た﹃ゴスロリ﹄﹃甘ロリ﹄といった衣服を連想しただろう。
レギオン ピース・メーカー
﹁あれが例の軍団、﹃PEACEMAKER﹄? 全然、大したこ
とないじゃん。あんな反応鈍い奴ら、ノーラだけで皆殺しに出来ち
ゃうよ﹂
﹃くすくす﹄と、棒についた飴を美味そうに舐めながら失笑を漏ら
す。
 彼女の他にリュート達を襲った全身甲冑に似た甲冑が側に立って
いる。だが、こちらの方が一目で上等な作りだと判別出来る。
 色も紅色で、背には巨大な剣を背負っていた。
 少女が1人捲し立てる。
﹁﹃黒﹄に逆らう奴らが居るっていうからどんな凄腕かと思ったけ
ど、あの程度の実力で喧嘩を売るなんて。死体希望の自殺志願者な
んじゃない?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 紅色の甲冑は少女の言葉に反応しない。
 少女は棒付き飴を口から離し、タクトのように揺らす。

1338
ピース・メーカー
﹁折角だから例の計画に必要な魔術師にPEACEMAKERの3
人、スノー、リース、シアを加えてあげようかな﹂
 少女は無垢で、残酷な笑顔を浮かべる。
﹁﹃黒﹄に逆らったことを心底後悔させてあげないとねぇ﹂
 深夜の家屋。
 部屋に少女の楽しげな笑い声が響いた。
第108話 甲冑︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月7日、21時更新予定です!
と、言うわけで隔日更新です!
今日、夕飯にコンビニでパスタ︵ナポリタン︶&おにぎり︵明太子︶
を買いました。
しかし家に帰って気付いたのですが、おにぎり︵明太子︶が入って
ませんでした。どうやら店員さんの入れ忘れのようです。気付かな
かった自分もあれですが⋮⋮。
しかし外は土砂降りの雨。お腹も減りすぎて痛くなるほど。とりあ
えずパスタだけ食べました。
おにぎりは雨が止んだら取りに行きます。

1339
しかしこれはダイエットして少し痩せろと言う神の啓示か⋮⋮ッ?
第109話 純潔乙女騎士団本部
 昨夜、謎の甲冑に襲撃を受けたせいで結局、街の宿屋には泊まら
ず飛行船に泊まった。
 自分達を襲った甲冑が再び戻ってきて、飛行船を破壊されては堪
ったものではないからだ。
 お陰で街がすぐ側にあるというのにローテーションで歩哨に立ち、
一晩中警戒し続けなければならなかった。
 翌朝、陽が昇ると食堂兼リビングに皆が集まり簡単に朝食を摂る。
﹁それじゃ予定通り、人数を半分にわけて1組は純潔乙女騎士団本
部へ、1組は飛行船周辺の警戒を続けるってことで﹂

1340
 オレが朝食を摂りながら話を進める。
﹁純潔乙女騎士団本部へは僕、リース、シアが。飛行船周辺の警戒
はスノー、クリス、メイヤが担当するで問題ないな﹂
 皆がそれぞれ﹃了解﹄と声をあげる。
 これは昨夜、決めたことの確認でしかない。
 副官であるスノーを頭に、クリスとメイヤが下に付く。
 一応、タップリ武器は用意してある。
 スノーが持つAK47には、開発したばかりの﹃GB15﹄の4
0mmアッドオン・グレネードが装備済みだ。念のためMk19を
オートマチック・グレネードランチャー
参考にした自動擲弾発射器を取り出し、設置しておく。
 これなら相手があの甲冑野郎でも、これなら火力的にも遅れはと
らないだろう。
 他にも飛行船には沢山の装備が置かれている。
 いざというときはメイヤに飛行船を上空へ逃がしてもらえばいい。
 問題はオレ達、純潔乙女騎士団本部へ行く組だ。
 街中で襲ってくることはないだろうが、もし襲われたら火力に不
安が残る。
 スノー達側のように飛行船にある大量の火器をあてにする訳には
いかない。
 そこでリースに付いてきてもらうことにしたのだ。
 彼女の精霊の力︱︱﹃無限収納﹄があれば、たとえ飛行船から離
れていてもそれ以上の火力を補充することが出来る。

1341
 ハイエルフ族的には﹃無限収納﹄は外れ能力らしいが、オレ達に
とっては便利この上ない。
 また察知能力が高いシアに付いて来てもらえれば、甲冑野郎にた
とえ街中で襲われても不意打ちを喰らう可能性は限りなく低くなる。
 さらにシアにはいざというときすぐ危機に応対出来るよう、ある
秘密兵器を手渡している。個人的希望を言えば、早く使用する場面
が見てみたいものだ。
 その場合、自分達が敵に襲われる訳だが⋮⋮。
 この人材配置はやや警戒し過ぎな気はしなくもないが、問題が起
きてからでは遅い。やりすぎな事は無いと思うべきだろう。
﹁でもリュートくんは最後の歩哨役だったでしょ。眠くない?﹂
﹁大丈夫、大丈夫。心配してくれてありがとう。でも、これぐらい
全然平気だって。それに今日の予定を全部済ませたら、眠ればいい
んだし。シアは平気か?﹂
﹁はい、若様。ボクは護衛メイドの立場上、2、3日寝なくても動
ける訓練を積んでいますから問題ありません﹂
 昨夜の歩哨は﹃スノー&メイヤ﹄﹃クリス&リース﹄﹃オレ&シ
ア﹄の順番で行った。
 夜明け前。
 尤も暗くなる時間に、察知能力の高いシアが組み込まれた結果だ。
﹁それじゃ朝食を済ませたら、各自準備に取り掛かろう。色々大変
だとは思うが皆、気を引き締めて頑張ろう﹂
 オレの言葉に皆が声をあげてくれた。

1342
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 予定通りオレ、リース、シアは街中の純潔乙女騎士団本部へと向
かう。
ギルド
 地図は竜人大陸を出発する前に、冒険者斡旋組合から渡されてい
るため、迷わず本部を目指すことが出来た。
 ココリ街は中心分に大きく1本、十字を描くように1本大通りが
交差している。
 上から見ると﹃十﹄を描いている。
 これは港街から送られてきた物品を各街々に送るため、輸送しや
すく区切られているらしい。
 今日も大通りを馬車が行き交っている。
 オレ達はその間を抜け純潔乙女騎士団本部を目指す。
 オレは足を止め思わず背後を振り返った。
﹁もしリースさん﹂
﹁なんでしょうか、リュートさん﹂
 彼女は不思議そうに小首を傾げる。
 リースの胸元にはペンダントが輝いていた。
 このペンダントにより瞳の色を変えている。

1343
 お陰で彼女はぱっと見は、エルフ族にしか見えない。
 ハイエルフ族は全種族中もっとも長寿。
 また夫婦愛を司る種族として、自国周辺が観光スポットになるほ
ど大人気な種族だ。
 尤も崇拝しているのは人種族だが、念のためハイエルフ族だとバ
レて騒ぎにならないよう偽装していた。
 そんな彼女はなぜかずっとオレの背後を歩いているのだ。
 メイド服姿のシアは革製の旅行鞄を持ち、さらにリースの後ろを
影のように歩いているためオレ達は列車のように縦に伸びていた。
 だからオレは、思わず振り返って丁寧語でリースに尋ねてしまう。
﹁⋮⋮どうしてリースさんは、横に並ばずに3歩後ろを歩いている
のですか?﹂
﹁妻は夫の3歩後ろを歩くものではないのですか?﹂
 彼女はさも当然と言いたげに頭上に﹃?﹄を浮かべる。
 さすが元ハイエルフ王国、エノールの第2王女、リース・エノー
ル・メメア。考えが古すぎる。
ギルド
﹁でも、竜人大陸の冒険者斡旋組合を出た時は、オレの腕を掴んで
いたじゃないか? どうして今更﹂
﹁あの時は受付の女性が怖すぎて⋮⋮﹂
﹁あー、あの人か﹂
ギルド
 どうやらあの受付嬢が怖くて、冒険者斡旋組合帰りは腕を掴んで
いたらしい。確かにそれ以外は、常に後ろに居た気がする。
 オレとしたことが、もっと早く気付いて察していれば⋮⋮。

1344
 後悔しても始まらない。
 オレは改めて嫁に手を差し出す。
﹁そんな後ろを歩く必要はないよ。一緒に並んで歩こうぜ﹂
﹁でも、それが妻の嗜みだと母から教わったのですが、間違ってい
たのですか?﹂
﹁間違いじゃないよ。ある場所ではそれが正解だったんだろうな。
それに⋮⋮単純に僕がリースと一緒に手を繋いで歩きたいんだ。駄
目かな?﹂
﹁い、いえ、駄目じゃないです﹂
 リースはストレートな言い方に照れたのか、耳たぶまで赤くして
こくりと頷く。
 彼女は差し出したオレの左手を嬉しそうに握り締める。
 紅葉のように小さな彼女の手のひらは柔らかく、ほっそりとして
いる。リースの真っ赤になった顔の熱が移ったのか、オレの頬まで
熱くなる。
﹁ふふふっ、こうやって手を繋いで街を歩くのもいいですね﹂
﹁このクエストが終わったら、手を繋いで街とか見て回ろうな﹂
﹁はい、楽しみにしてます﹂
 彼女は幸せそうにはにかむ。
 その姿が堪らなく愛しいし、可愛らしかった。
 オレ達のやりとりはどこからどう見ても、新婚ラブラブ夫婦のや
りとりだろう。
 今更ながら、オレは照れ臭くなる。
﹁若様、お嬢様、そちらは真っ直ぐではなく左折です﹂

1345
 オレとリースは微笑み合いながら歩いていたため、曲がるべき角
を通り過ぎてしまう。背後に控えているメイド姿のシアが、冷静に
ツッコミを入れてきた。
 もし彼女が居なければ、オレ達は当分、純潔乙女騎士団本部には
辿り着けなかっただろう。
 本部には昼前に辿り着くことが出来た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 純潔乙女騎士団本部は街の北側奥、街を囲む壁近くに建てられて
いた。
 東、西口は物資の通り道のため人が多い。
 北、南口に商業区や住宅街が密集している。
 その中でも北の外れは人気が無いのか人通りが極端に少ない。
 お陰で本部を囲うように壁が建てられている。
 これほどの広さなら訓練スペースも十分取れるだろうな、と予想
した。
 門は開いていたため、勝手に中へ入る。
 その様子を通りすがりの住人に見られたが注意はされなかった。
ギルド
 竜人大陸の冒険者斡旋組合で聞いた通り、純潔乙女騎士団本部は
民衆の声をいつでも聞き入れるため、門を開いているという話は本
当のようだ。

1346
 また道の案内や迷子、落とし物を預けたり、と前世の地球で言う
ところの﹃交番﹄としての役割もあるらしい。
 門を潜れば右手に石造りの建物。
 左手にグラウンドらしきスペースが広がっている。
 まるで前世の日本にある小学校か中学校のような雰囲気だ。
﹁そこ! 手の振りが遅れているぞ! 周りに合わせて剣を振れ!﹂
﹁はい!﹂
﹁素振りを後100回追加する! 気合いを入れて取り掛かれ!﹂
﹃はい!﹄
 1人の教官らしい女性の指示に、少女達20人ほどが刃を潰した
剣で素振りを開始する。
 教官らしい女性の背丈は高く、髪をショートカットに切っている
ため凛々しい顔立ちをさらに引き立てていた。耳は丸い獣耳、薄い
胸、代わりに手足は細く長い。
﹃1、2、3︱︱﹄と掛け声に合わせて、少女達が一糸乱れぬ動き
で剣を振るう姿は見応えがある。
 そんな女性がオレ達に気付くと、少女達に向けていた鋭い視線が
嘘みたいに、友好的な微笑みを浮かべ話しかけてきた。
ギルド
﹁冒険者の方ですか? なら冒険者斡旋組合は北口ではなく反対側
の南口にありますよ?﹂
︵あれ?︶
 オレは違和感を覚えながらも、営業スマイルで返答する。

1347
﹁いえ、僕達は純潔乙女騎士団特別顧問・ガルマさんの依頼で駆け
レギオン ピース・メーカー
つけた軍団、﹃PEACEMAKER﹄です。顧問のガルマさんは
いらっしゃいますか?﹂
﹁︱︱そう、貴方達が﹂
 正体を明かすと一転、女性は露骨に冷たい視線を向けてくる。
 その理由が分からず固まっていると、オレ達に背を向け、
﹁貴女達は素振りを続けなさい。回数が終わったら解散!﹂
 さらに書類束を手に奥の渡り廊下を歩いていた少女へ向けて指示
を飛ばす。
﹁ラヤラ副団長! あたしが居ない間の監督をお願いします!﹂
﹁は、はいぃ!﹂
 鷹のような質感の羽を生やした少女は、背筋を﹃ピン!﹄と伸ば
すと大声をあげる。
 女性はその反応に頷き、オレ達を振り返る。
﹁付いてこい。顧問がお待ちだ﹂
 それだけ言うと彼女は不機嫌そうに先導する。
 オレとリースは顔を見合わせるも行かない訳にもいかず、黙って
後に続いた。
1348
第109話 純潔乙女騎士団本部︵後書き︶
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明後日、3月9日、21時更新予定です!
1349
第110話 状況説明
﹁失礼します。ガルマ顧問、お客様をお連れしました﹂
 建物内部に入り、女性は迷わず階段を上がり一室の扉をノックす
る。
 扉を開けると、奥の机で半年以上前、妖人大陸のアルジオ領ホー
ドにある孤児院で顔を合わせたガルマがペンを走らせていた。
 リュート達を確認すると、破顔して歓迎する。
﹁おぉ! リュート殿! こんなに早く来てくれるとは思わなかっ
たぞ! いや、良く来てくれた!﹂
﹁別にエル先生に男を紹介する敵のために早く来た訳じゃない。エ
ル先生の友人を見捨てて、彼女が悲しんだら嫌だから来ただけだ︵

1350
お久しぶりです。仲間の1人が個人で飛行船を所有しているので、
思いの外早く来られたんですよ︶﹂
 ⋮⋮やばい、つい、本音と建て前が逆になってしまった。
 案内した女性も、顧問であるガルマも、鳩が豆鉄砲を食ったよう
な顔をしている。
 妻であるリースが、溜息と共に注意した。
﹁もうリュートさんは、本当にエル先生さんのことになると、メイ
ヤさんみたいに見境がなくなるんですから﹂
 いやいや! メイヤより見境無くなるはありえないだろ!?
 ⋮⋮無いよな?
﹁すみません、リュートさんは本当にエル先生さんのことになると
抑えが利かなくて﹂
﹁い、いえいえ、気にしないで下さい。それだけ彼女が尊敬されて
いるということですから﹂
﹁本当にすみません﹂
 リースが申し訳なさそうに謝罪を口にする。
 その隙間を縫うように案内した女性が、
﹁それではアタシは訓練に戻ります。ラヤラ副団長だけでは心配な
ので。後のことはガルマ顧問にお任せします。失礼します﹂
 言いたいことだけ告げると、さっさと部屋を出て行く。

1351
 歓迎されていないのが眼に見えるようだ。
 今度はガルマが謝罪する。
﹁すみません。あれが純潔乙女騎士団の現騎士団長、獣人種族、イ
タチ族のルッカです。魔術師殺しの件で治安が悪化している以外に
も色々ありまして。その辺も含めてお話しますから、そちらにお座
りになってください﹂
 ソファーに座ると、ガルマは部屋の奥へ行き冷たいお茶を取り出
し戻ってくる。
﹁ボクがやります﹂
﹁ああ、すまない﹂
 メイド服姿のシアがお盆を受け取る。
 ガルマも逆らわず、シアに預けた。
 彼女は完璧な動作でオレ達の前にお茶を置き終えると、再び背後
に立つ。
 ガルマが渋そうに、
﹁まずどこから話したものか⋮⋮﹂
 腕を組み考え込む。
 自身の中で話を纏めると滔々と切り出す。
﹁リュート殿達と会った後このココリ街に戻ってくると、すでに﹃
魔術師殺し事件﹄が起きている最中だったんです﹂

1352
﹃魔術師殺し事件﹄︱︱事件が発覚したのは、冒険者の1人が運良
く生き残ったからだ。
 彼曰く、深夜遅くまで魔術師の友人と2人で飲んでいた。
 その帰宅途中、道の真ん中を塞ぐように全身甲冑が立っているの
に気付く。
 甲冑を着ているとは思えない身軽さで、甲冑野郎は男達を襲った。
 酔っぱらっていても男達は腕に覚えのある冒険者達。
 しかし甲冑野郎は強く、魔術師を殺害してしまう。
 残った男も殺されそうになったが、偶然見回りの兵士が通りかか
った。騒ぎを嫌ったのか、甲冑野郎は魔術師の死体だけを持ち去り、
羽が生えているような身軽さで屋根の上へ。そして、屋根伝いに姿
を消してしまったらしい。
 以後、話が広まった。
 それから数ヶ月、純潔乙女騎士団の面々では姿形、影すら捕まえ
られない。
 その間にも被害者は増えているらしい。
 らしい︱︱というのも、今現在もどれだけの人数が犠牲になって
いるのか、特定すら出来ていないのだ。
 そのためココリ街の住民達は純潔乙女騎士団に不信感を募らせて
いる。
 彼女達に街の治安を任せてもいいのだろうか?
レギオン
 その隙を突くように2つの軍団が居着いてしまった。

1353
 彼ら・彼女らは、今回の﹃魔術師殺し事件﹄を自分達の手で解決
することでココリ街の治安維持権を純潔乙女騎士団から奪おうとし
ているのだ。
レギオン
 軍団に街の治安維持を委託するのはよくある話だ。
レギオン
 治安維持を任せる代わりに、税金が軍団に支払われる。そのため
レギオン
軍団にとってはわざわざクエストをこなさなくても定期的に資金が
入ってくる美味しい仕事なのだ。
 本来であれば純潔乙女騎士団が面子のためにも、単独で解決しな
くてはならない。しかし魔術師を狙い殺す﹃魔術師殺し﹄が相手で
は分が悪い。
ピース・メーカー
 そのためガルマは、リュート達﹃PEACEMAKER﹄に助力
を求めたのだ。
 だが、顧問であるガルマの対応に関して、純潔乙女騎士団の団長
であるルッカは激しく反発している。
 彼女は純潔乙女騎士団達に命を助けられ、憧れから入団した後も
努力を続け、現在団長まで上り詰めた人物。
 魔術師としての才能は無いが、剣の腕を買われて団長になってい
る。
 そのため純潔乙女騎士団に固執し、崇拝しているため他者の助力
レギオン
や後釜を狙っている2つの軍団を激しく嫌っているのだ。
︵だから、オレ達が立場を明かしたら、あそこまで態度が悪くなっ
たのか⋮⋮︶
 オレの考えを読んだのか、ガルマが申し訳なさそうに項垂れる。

1354
﹁本当にすまない。あの子が失礼な態度を取ってしまって。後で儂
からきつく叱っておくので﹂
﹁いえ、気にしないで下さい﹂
 オレは一応、建前上の台詞を口にする。
﹁でも、﹃魔術師殺し﹄の甲冑野郎か⋮⋮。なら、やっぱりあれが
そうなのか﹂
﹁というと?﹂
 オレの言葉にガルマが反応する。
 そこでオレはかいつまんで昨夜、全身を甲冑で覆った人物に襲わ
れたことを話した。その際、隣に座る妻︱︱リースが撃退したこと
も。
﹁甲冑の特徴もあっているし、まさに探している甲冑野郎に間違い
ないですね。まさかこのような見目麗しい少女が撃退するなんて﹂
 なんだ、このおっさん。
 今度はうちの嫁、ロリ巨乳のリースに手を出そうっていうのか?
オートマチック・グレネードランチャー
 やるよ? やっちゃうよ? 自動擲弾発射器で40mm弾×30
0発ぐらいぶち込んじゃうよ?
﹁若様、落ち着いてください﹂
﹁いやだな、マジ落ち着いてるって、ほんとほんと。大丈夫だから﹂
﹁だったら、腰に下げているリボルバーに腕を伸ばさないでくださ
い﹂
 シアは無理矢理オレからリボルバーを取り上げ、押さえつけてく
る。

1355
 横暴だ! ただちょっと、リボルバーのメンテナンスを急にした
くなっただけなのに!
 その際、暴発した弾丸が正面に座るガルマに当たっても事故だよ
ね!
 ガルマは苦笑いしながら、オレから距離を取る。
﹁と、兎に角、今後の純潔乙女騎士団との連携やリュート殿達の住
まい、行動指針などを大雑把に決めましょう。細かくは後で詰めれ
ばいい。まずは行動あるのみですからな﹂
﹁ですね。それではよろしくお願いします﹂
 ガルマとリースは互いに頷きあい、オレを無視して﹃魔術師殺し
レギオン
事件﹄に付いて互いの軍団の大雑把な摺り合わせを話し合う。
 オレはその話し合いが終わるまでシアに拘束され続けた。
1356
第110話 状況説明︵後書き︶
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コメント多数ありがとうございます!
誤字脱字等も近い内に対応出来ればと思います!
1357
第111話 話し合い?
 飛行船に戻り、居残り組︱︱スノー、クリス、メイヤにガルマか
ら聞いた現状を伝えた。
 場所は食堂兼リビング。
 太陽が沈みかけた夕方で、スノー&クリスが準備してくれた夕食
を摂りながらオレ達は状況について話し合う。
﹁⋮⋮なんだか面倒な事態になってるね。ただ﹃事件を起こしてい
る犯人を捕まえれば解決﹄って感じじゃなさそうだし﹂
レギオン
﹃各軍団の思惑、利権闘争に巻き込まれちゃったってことですか?﹄
﹁けど、実際、僕達はあくまで純潔乙女騎士団に助力を請われた立
ピー
場。現地の利権争いに首を突っ込む気はさらさらないよ。﹃PEA
ス・メーカー
CEMAKER﹄の拠点は一応竜人大陸なんだから。事件の犯人を

1358
見付けて、倒して純潔乙女騎士団に押し付ければ終わりさ。難しい
ことなんてないよ﹂
﹁リュート様の仰りたいことは分かりますが⋮⋮﹂
 メイヤが珍しく歯切れ悪く、2通の手紙を取り出す。
 手紙を受け取ると、彼女が説明を始めた。
﹁実はリュート様達が純潔乙女騎士団本部に行っている間に、その
レギオン ウルフ・ソード リリ・ローズ
利権を奪うためココリ街に来た2つの軍団︱︱﹃狼剣﹄﹃百合薔薇﹄
からそれぞれ手紙を受け取ったのです﹂
 それぞれの手紙の封蝋には﹃剣を銜えた狼の頭﹄﹃百合と薔薇﹄
レギオン
の軍団旗が記されていた。
ピース・メーカー レギオン
 ちなみに﹃PEACEMAKER﹄の軍団旗は、オレの貴族紋章
と同じ﹃リボルバーと6発の弾丸﹄だ。
 メイヤが手紙を受け取った時の詳細を語る。
レギオン
﹁それぞれ軍団メンバーがわざわざ届けに来ましたの。手紙の内容
は話し合いの日時、場所が書かれている招待状だと仰ってましたわ﹂
﹁話し合い?﹂
﹁詳しい内容は、実際に顔を合わせて話したいそうですわ﹂
 封を切り、内容を確認する。
 どちらも定型文に場所、時間指定しか書かれていない。
﹁顔を合わせて話し合う内容⋮⋮一体どういうものでしょうか﹂
﹁想像は付くけどな。恐らく共闘か、今回の件から手を引けって言
いたいんだろうな﹂

1359
 リースの疑問に、オレが答える。
 皆も同意見らしく、反対の声は上がらなかった。
 唯一、シアが付け加える。
﹁若様のご指摘通りだと思います。もし断った場合、逆上してその
場で襲いかかってくるかもしれません﹂
﹁なら私達、全員で行きましょう。もし相手が逆上し襲ってきても
返り討ちにしてやります﹂
 リースの意外な好戦的態度に驚く。
 こういうのはメイヤが言い出すのが常だったのだが。
 オレの表情を見て、リースが慌てたように頬を赤くして俯く。
﹁い、いえ⋮⋮そのリュートさんが襲われている姿を想像したら、
とても我慢出来なくなってしまって︱︱。す、すみません、はした
ないマネを﹂
﹁そんなことないよ! リースにそこまで想われて本当に嬉しいよ。
けど流石にこちらから喧嘩を売るようなマネはしないほうがいいと
思うから、全員で行くのは止めておこう﹂
﹁なら、外から何時でも突入出来るように監視しておく?﹂
 スノーの提案に腕を組む。
﹁⋮⋮即答は出来ないな。一応、検討には入れておいた方がいいか
もな﹂
 こちらにはクリスがいる。
 相手が実力行使に出るなどいざという時には、SVD︵ドラグノ

1360
フ狙撃銃︶で、援護射撃する方法もとれる。
レギオン
﹁それで結局、若様はこの軍団の方達にお会いになるのですか?﹂
﹁⋮⋮もちろん、会って話を聞くつもりだよ﹂
 シアがお茶を淹れて周りながら尋ねてきたのに答える。
﹁天下の大天才魔術開発者であるリュート様も呼びつけるなんて不
敬ですわ! むしろあちらから手土産を持って、挨拶に来るのが礼
儀なのに!﹂
レギオン
﹁落ち着けって、僕達はまだ新興の軍団。若い奴が挨拶に行くのが
世間一般では礼儀だろ。いいじゃないか、若手は若手らしく、手土
産持って挨拶に伺えば﹂
 そっちの方が色々好都合だ。
 続いて、他にも皆で話し合いをした。
 飛行船を純潔乙女騎士団の訓練グラウンドに停める許可を貰った
こと。
 宿泊先も騎士団本部の一室を借り受けた。
 さすがに今日は日が落ちてしまったので、再度飛行船での睡眠に
なる。
 今夜の歩哨スケジュールを昨夜と同じで問題ないだろう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

1361
 手紙を貰った3日後の夜。
レギオン
 一応事前に、純潔乙女騎士団の顧問であるガルマに他軍団と会う
ことを告げている。
 招待の手紙を貰った手前、挨拶がてら話内容と顔を見に行くだけ
だが。
ウルフ・ソード
 まず初め会う約束を取り付けたのは、﹃狼剣﹄だ。
レギオン
 ガルマの話で軍団ランキングは、﹃銀﹄。ベテランレベルである。
ピース・メーカー
 ちなみにオレ達、﹃PEACEMAKER﹄は結成したばかりの
レギオン
ため軍団ランキングはまだ﹃銅﹄。新人レベルだ。
 話の内容は想像つくが、念のため聞いておく必要がある。
 指定された建物へと赴く。
ギルド
 場所は南の外れ︱︱冒険者斡旋組合などもある商業区。
 そこにあるレストラン、﹃レッド・ミリオン﹄が今回の顔合わせ
場所だ。
 ここは表通りの商業通りとは違い、ココリ街の市民達が利用する
商店が密集している。
 表通りの商業通りは、獣人大陸奥地へ向かう品物などが集まって
いる。
 ここで品物を買うことは出来るが、基本は商店向け。
 前世の日本で言うところの築地のような場所だ。
 プロが扱う場所のため、素人は基本的にお断り。

1362
 呼び出し場所に向かったのはオレとシアだけだ。
 スノー達がバックアップに付いている訳でもない。
レギオン
 後方支援について、周囲を警戒している軍団メンバーと遭遇した
場合、争いが起こり厄介事になるかもしれなかったためだ。
 一応、念のための保険はシアが持つ旅行鞄に入っている。
 オレ達は指定されたレストラン前に到着する。
﹁さて蛇が出るか、鬼が出るか﹂
﹁出てくるのは人ですよ?﹂
 オレの独り言に、背後に控えるシアがツッコミを入れてきた。
 オレは微苦笑し、﹃気にするな﹄と手を振った。
 そしてオレ達は、レストラン内部へと足を踏み入れる。
 シアが意味ありげに手にしている旅行鞄の重さを確かめていた。
1363
第111話 話し合い?︵後書き︶
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1364
第112話 話し合い?
ウルフ・ソード
﹃狼剣﹄に指定を受けたレストラン︱︱﹃レッド・ミリオン﹄店内
はそこまで広くなかった。
 教室1つ分ぐらいの広さで、席数も少ない。
 だが、そのお陰で夜にも拘わらず店は十分照らされ、隅々まで見
回すことが出来る。
﹁良く来てくれたな、いつまでも入り口に立っていないで座れ﹂
 店の中央には大きなテーブルが置かれていた。
 周囲のテーブルが端に寄せられている。
 今日のために設置したのだろう。

1365
 そのテーブルにはすでに1人の男が座っていた。
 禿頭で顔には古傷が×印に刻まれている。体格は座ってても分か
るほどの偉丈夫。筋肉を誇示する服装をしており、腕など女性の胴
回りほどはあるだろう。金属の胸当て下にある筋肉もはち切れんば
かりに発達している。
 もし腕相撲で純粋な腕力勝負をしたら、オレが3人居たとしても
勝てないだろう。
レギオン
 そんな男の背後、左右、店の奥には軍団メンバーが散っている。
数は全部で15人。
ウルフ・ソード
 総勢35人の﹃狼剣﹄。
 他の20人がどこに居るのかは聞かないのが礼儀なのだろうな。
 オレは言われたとおり、男の正面に腰掛ける。
 シアは他の男達のように、オレのすぐ後ろに立つ。
ピース・メーカー
﹁それでは失礼して。⋮⋮初めまして、PEACEMAKER代表
の人種族、リュート・ガンスミスです﹂
ウルフ・ソード
﹁俺様は狼剣代表の人種族、ゴウラだ。招待に応じてくれて改めて
礼を言おう、ガンスミス士爵﹂
 オレは貴族の位を名乗っていなかったのに、目の前の男︱︱ゴウ
ラは﹃士爵﹄を付けてきた。どうやらある程度、こちらのことを調
べているようだ。
﹁そんな怖い顔するな。交渉相手のことを調べておくのは当然だろ
レギオン
? それにガンスミス卿は最近話題の、新進気鋭の軍団創設者だ。
ツインドラゴンの撃破、双子魔術師の生け捕り、そしてハイエルフ
王国の危機を救い﹃名誉士爵﹄を手に入れた。まさに女子供が好き

1366
な物語のような功績。知らない方がどうかしているってもんだ﹂
﹃士爵﹄や﹃卿﹄を付けるが、そこに敬意はない。
 悪意はなく、近所の悪ガキがからかってくる感じだ。
 しかし、どうやら本当にオレ達の名前は、多くの冒険者達などに
知られているらしい。
﹁そんなあんた達を呼んだのは他でもない。面倒な話が好きじゃな
いから、単刀直入に言うが︱︱俺様達と手を結ばないか?﹂
 やはりそういう話か。
 ゴウラは続ける。
﹁あんた達が純潔乙女騎士団に請われて協力をしているのは知って
ウルフ・ソード
いる。その話を蹴って是非、うちと手を組んで欲しいんだ。狼剣と
ピース・メーカー
PEACEMAKERでこのココリ街を純潔乙女騎士団に代わって
守護しないか?﹂
ウルフ・ソード ピース・メーカー
 つまり、純潔乙女騎士団を裏切り、狼剣とPEACEMAKER
で魔術師殺しを捕らえる。
 そして、街の守護する代わりに収められる税収権利を分け合おう
というものだ。
ギルド
﹁けど、すでに冒険者斡旋組合を通してクエストを受注しています
から。今更断る訳にはいきませんよ﹂
ギル
﹁クエスト失敗なんて冒険者をしていたら日常茶飯事。冒険者斡旋

組合や相手だってうるさく言ってはこれないさ﹂
 確かに実際、オレは前に冒険者レベルアップのクエストで失敗し

1367
レギオン
ているが、大した問題は起きなかった。軍団ならばなおさらだろう。
 さらにゴウラは力説する。
﹁純潔乙女騎士団は完全な落ち目だ。あいつらと手を組んでも何も
レギオン
良い事なんてない。もし俺様達と手を組んでくれるなら、軍団の運
ギルド
営方法や冒険者斡旋組合に収める税収の誤魔化し方なんかを教えて
ウルフ・ソード ピース・メーカー
やるよ。それに将来的には狼剣とPEACEMAKERを統合して
レギオン
新しい軍団を立てるのもありだ。俺様とガンスミスなら上手くやっ
ていけると思うんだが、どうだ?﹂
レギオン
 将来的に2つの軍団を統合するのはありえない。
 どうせゴウラが代表権を主張してくるだろうし。
 だが、そこは日本人の生まれ変わり、直接的な表現は避け返答す
る。
 何か起こるとは思いたくはないが、相手に囲まれたこの状況で交
渉相手を無駄に刺激するのは避けたい。
﹁すぐには即答しかねるので、案件を持ち帰って精査した上でご返
答させて頂ければと思います﹂
﹁随分持って回った言い方だが⋮⋮まぁいい! 前向きに考えてく
れよ! それじゃ前祝いに飲み明かそうじゃないか兄弟!﹂
﹁いや、今日の所はこのへんで。妻達が夕食を作って待っています
ので﹂
﹁あ∼、1人でも大変なのに、妻が3人も居たんじゃそりゃ逆らえ
ないわな。後ろのメイドさんももしかしてお目付役かなんかか?﹂
﹁そうですね。似たようなもんですね﹂
 肩をすくめて見せると、相手は笑いながら席を立つ。
 そしてオレは話し合いを終え、レストランを後にする。

1368
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日の夜。
リリ・ローズ レギオン
 今度は百合薔薇の軍団との顔合わせだ。
 昨夜に続き、シアがメイド服に旅行鞄姿で同行する。
リリ・ローズ ウルフ・ソード
 百合薔薇が指定した場所は、狼剣と同じ南の外れ。
 彼らと違うのはレストランではなく、地下室のバーだった。
 扉を潜る。
 地下室のため換気が難しく、匂いが篭もっている気がした。扉を
開けた瞬間から、鼻を香水の匂いがくすぐる。
ウルフ・ソード
 狼剣が使っていたレストランとは正反対で、店内は薄暗い。
 ギリギリ向かい合ったテーブルの相手を視認出来るレベルだ。
リリ・ローズ
﹁ようこそ、ガンスミス卿。百合薔薇の代表を務めております魔人
種族、悪魔種族のラヴィオラと申します。本日はわざわざご足労頂
き本当に感謝しております﹂
リリ・ローズ
 まるで家に帰ってきた亭主を迎えるように、百合薔薇の代表︱︱
妙齢の美人であるラヴィオラが、腰から曲げて頭を下げる。
 悪魔種族というだけあり、背中からは蝙蝠のような羽が生えてい
る。それ以外は人と変わらない。
 彼女は背丈が高く、スタイルも抜群だ。

1369
 着ているドレスも嫌味なほど似合っている。
 しかもそのドレスの胸元は大きく開いている。まるで見てくださ
いと主張するようにだ。
 そのせいで、豊満な胸の谷間に視線が釘付けになってしまう。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 背後からの視線!
 振り返るとシアが、鋭い針のような突き刺さる眼で見てくる。
 仕方ないじゃん! 男の子は誰しもおっぱいの谷間が好きなの!
 妻達が居てもついつい視線がいっちゃうんだよ!
 さすがにそんな言い訳を公衆の面前で口にする訳にはいかず、咳
払いをして自己紹介する。
ピース・メーカー
﹁ご丁寧にありがとうございます。僕はPEACEMAKER代表
の人種族、リュート・ガンスミスです﹂
﹁お噂はかねがね。ささ、立ち話もなんですから、どうぞ中にお入
り下さい﹂
レギオン
 ラヴィオラは軍団の代表者というより、高級旅館の女将か、銀座
バーのマダムのような態度で中へと促す。
 オレは後ろから未だに突き刺さる視線に気付かないふりをしなが
ら、シアと共に店内へと足を踏み入れた。
1370
第112話 話し合い?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月15日、21時更新予定です!
電車に乗ったら咳やマスクをしている人が多く目につきました。
どうやら寒暖差で風邪が流行っているようですね。気温差ありすぎ
ですから⋮⋮。
皆様もお体にはお気を付けてください。
自分ですか?
自分も外出したら手洗いうがいはしっかりしています。
でも、もし風邪を引いて寝こんだらハードディスクレコーダーに溜
まっているアニメを見続けますね!

1371
本当に溜まりすぎて⋮⋮何時になったら見られるんだろうな⋮⋮。
第113話 話し合い?
﹁お飲み物は何にしましょう﹂
﹁は、いえ、そのじゃお茶で﹂
﹁あら、遠慮しなくても宜しいのに。一通りの酒精も揃っています
わよ﹂
レギオン リリ・ローズ レギオン
 軍団﹃百合薔薇﹄の代表であるラヴィオラは、軍団同士の話し合
いに来たにも関わらず、なぜか正面の席に座らずにオレのすぐ隣へ
と腰掛ける。
 色っぽい美人である彼女に、鼓動が少しだけ早くなる。
 店内の広さは照明が暗くいまいち分かり辛い。
 まるでバーのようにカウンターがあり、着飾った女性の1人が冷

1372
たいお茶をグラスに注ぎ運んできた。
 なぜか前世で働いていた時、1度だけ先輩社員に連れて行っても
らったキャバクラを思い出してしまう。
﹁コホン﹂
 シアのわざとらしい咳払い。
 別に夜の遊びのために来た訳じゃない。あくまで話を聞くために
来たのだから、後ろから意味ありげな視線を向けないでくれ。
﹁それで早速なんですが、今日はどうして僕達を呼んでくださった
んですか?﹂
わたくし
﹁あらあら、ついて早々そんな話なんて。もう少し私と楽しい会話
をしませんか?﹂
 ラヴィオラはオレの太股に手を置き、しなだれてくる。
 鼻腔を香水がくすぐる。
 だが、スノーやクリス、リースの自然な体臭の方が良い匂いだ。
﹁コホン、コホン﹂
 シアは何を勘違いしたのか、警告するように再び咳払いをしてく
る。彼女は手にしている旅行鞄を持ち直した。
 オレは慌てて、ラヴィオラから距離を取り座り直す。
﹁嬉しいお誘いですが、あまり遅くなると妻達が心配するもので﹂
 オレは左腕に付けている結婚腕輪を見せるように揺らした。

1373
﹁それは残念。⋮⋮では早速、今日お呼びだてした本題に入りまし
ょうか﹂
 妖しい目でこちらを見るラヴィオラ。
 口をオレの耳元に近づけ、囁くように切り出してくる。
ウルフ・ソード
﹁すでに狼剣様とお話をされていると聞いてますが⋮⋮内容を伺っ
てもいいでしょうか、ガンスミス卿?﹂
レギオン
﹁他の軍団と話した内容を喋れるはずも無いでしょう? お分かり
の筈ですが﹂
﹁⋮⋮はい、もちろん分かっておりますわ。ガンスミス卿がそう答
ウルフ・ソード
えることも、そして話し合いの内容も。︱︱どうせ狼剣の脳筋首領
のゴウラが、ガンスミス卿と同盟を組んで、ココリ街を純潔乙女騎
士団に代わって支配しよう、という事でしょう? 場合によっては
レギオン
軍団を合併してもいい、と﹂
﹁⋮⋮さあ、どうでしょうか。ご想像にお任せします﹂
 そう答えながら、オレはグラスのお茶に少しだけ口をつける。
 わざわざ否定する内容ではないし、ある程度想像力があれば辿り
着く内容だろう。
 だが、彼女の確信めいた表情から、どうやらラヴィオラは話し合
いの前に情報を仕入れていたのだろう。ラヴィオラの雰囲気からし
て、搦め手や情報・心理操作が得意なタイプだと思われる。脳筋軍
ウルフ・ソード
団である狼剣の構成員から情報を取るなど、お手のものといった所
なのだろう。
﹁⋮⋮ふふ、その受け答え方、図星のようですね。その上でまずは
ウルフ・ソード
助言させて頂きますわ。狼剣と組むのは止めた方がいいと思います。
聡明なガンスミス卿であれば、そんな道を選ぶとは思えませんが﹂
﹁ちなみに、組むなと言うのは、どういう理由からですか?﹂

1374
﹁⋮⋮言わなくてもお分かりのくせに。フフ﹂
 そう言って、ラヴィオラはオレの肩にしなだれかかってくる。
 妖しい微笑みを浮かべながら、谷間をこれ見よがしに強調してく
るラヴィオラ。
 胸、胸がわざと当たってるって! やわらかいのは嬉しいけど、
それは交渉ごととは何の関係も無いだろう?
 まあオレの歳が若いし、甘く見られているのかもしれない。
 もしくは、これが彼女のいつもの交渉方法なのかもしれないが⋮
⋮だとそれば、男という生き物は単純すぎるということなのだろう
か。まあ否定は出来ないところがちょっとだけ哀しいが。
 オレはわざとらしく音をたててグラスのお茶をテーブルに置き、
彼女から少しだけ距離を取る。
レギオン
﹁他軍団との交渉内容を明かすことは出来ませんが︱︱どちらにし
ピース・メーカー ウルフ・ソード
ても、PEACEMAKERが狼剣と同盟を組むことはあり得ませ
ん。純血乙女騎士団に依頼を受けた以上、その約束を違えることは
出来ませんから﹂
わたくし ウルフ・ソード
﹁そう言うと思いましたわ。実は、私達も、狼剣との件を聞くまで
ピース・メーカー
は、PEACEMAKERに同盟もしくは合併を持ちかける気でし
たの。でも、それは止めました﹂
﹁⋮⋮同盟は諦めた、と。それならば、なぜ呼び出しを止めなかっ
たんですか。これ以上話し合うことがあると?﹂
わたくし リリ・ローズ
﹁⋮⋮はい。私達百合薔薇は、ガンスミス卿に提案させて頂きます﹂
 そう言って、彼女はオレの方を向き、まっすぐな目を向けてくる。

1375
わたくし リリ・ローズ ピース・メーカー
﹁私達百合薔薇と、PEACEMAKER、そして⋮⋮純血乙女騎
士団との合併を。もちろんリーダーはガンスミス卿で。副リーダー
は純血乙女騎士団の方で。私はその下で構いませんわ﹂
 ⋮⋮どういう事だ? なんの目的がある?
 大体、純血乙女騎士団と合併など、オレに言っても意味がないだ
ろう。直接純血乙女騎士団の団長に言えばいい話だ。
レギオン
﹁⋮⋮そんな、3つの軍団を合併するなど、簡単に言われても。大
体、純血乙女騎士団の意向はどうするのです?﹂
 そう言うと、ラヴィオラは、﹃ふっ﹄、と呆れたように笑う。ま
るで何も分かってないのね、と子供に向かってするように。
 ⋮⋮そりゃ実際年齢的にはかなり下な訳だが、そういう態度には
ちょっとイラっと来る。だが、まだ彼女の言葉は続いている。オレ
は冷静に、ラヴィオラの言葉に耳を傾ける。
﹁ガンスミス卿。⋮⋮貴方は確かに﹃良い人﹄よ。困っている純血
乙女騎士団からの依頼を受け、この地にやってきた。受けた理由は、
レギオン
まあ何でもいいでしょう。お金のため、新興軍団だから実績を作る
ため、もしくは⋮⋮大切の人の知り合いだから、とか﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 こいつ、エル先生のことまで掴んでいるのか。純潔乙女騎士団の
ガルマが、エル先生の知り合いだからこの事件を受けざるを得なか
ったことも調べたのだろう。
 一体、どこまで知っているんだ?
 目の前の女が、少しだけ怖くなってくる。
﹁その上で言うわ。この事件は、貴方の手には負えない。手を引き

1376
なさい﹂
レギオン
﹁⋮⋮3つの軍団を合併しろと言ったり、手を引けといったり。矛
盾しているんじゃないのか?﹂
 むっとして、つい、語尾がいつもの調子になってしまう。
 だが彼女は少し目を細めて微笑んだだけで、変わらない調子で話
を続ける。
﹁そうね、矛盾してるわね。でも、貴方はこのままだと失敗する。
レギオン
成功する道はただ一つ︱︱3つの軍団を合併する道だけよ﹂
 なるほど、よくあるセールスの手だ。
 困っている人の前に立ち、﹃貴方は岐路に立っている。このまま
だと失敗する、だが私の言うことを聞けば、成功する。大丈夫、信
じなさい﹄
 そう言えば、心の弱い人は、相手にすがってしまう。正解を﹃与
えられて﹄しまうのだ。
 オレのことを調べ尽くしたのも、そういうことだろう。これだけ
知っている人、これだけ自分のことを予言できる人ならば、正解を
知っているに違いない。そう困っている人を誘導するのだ。
 よくある手口だ。情報が足りない中判断など下せる筈がないのに、
逆に少ない情報しか提示しないのがミソだ。一見選択肢があるよう
に見えて、選択を誘導し思い通りに操る手だ。
 オレは冷たい視線を、彼女に向ける。
 その視線を受けて、彼女は溜息をつく。

1377
﹁⋮⋮ふぅ。若い割にはけっこう手強いわね。⋮⋮まあいいわ、じ
ゃあ、これはサービスよ。どうして失敗するのか、理由を教えてあ
げましょう﹂
 そう言って、彼女は話し出した。
 純潔乙女騎士団の現状を。
 全盛期に比べ、現在の純潔乙女騎士団の団員は激減していた。
 元々、純潔乙女騎士団はある一定の入団テストに合格すれば女性
レギオン
なら魔術師などでなくても入れる軍団だった。
レギオン
 結果として、軍団として全体的なレベル低下を引き起こしてしま
う。
 さらにベテランや主力だった団員が結婚や年齢の問題で脱退。さ
らなる戦力低下が目立った。
 気付けば男性であるガルマに顧問を頼むほど没落してしまったの
だ。
レギ
﹁⋮⋮分かったかしら? 純潔乙女騎士団はすでに終わっている軍
オン
団なのよ。あるのは埃をかぶった歴史だけ。貴方達が、彼女達を助
ける? 魔術師殺しを倒す? 倒すのはいいでしょう、でもそれで、
はいさようなら、という訳にはいかないわ﹂
﹁⋮⋮どういうことだ?﹂
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKERが、純潔乙女騎士団を助けに来た、という
レギオン レギオン
噂は各軍団の間に流れているわ。貴方達が無名の軍団だったなら、
失敗したとしても何の問題も無かった。でも、貴方達は有名になり

1378
すぎた。﹃困っている人たちを救いたい﹄、だったかしら? 貴方
達が魔術師殺しを倒し、この街を去った後⋮⋮ほどなく純潔乙女騎
士団は内部分裂するでしょう。でも、それが貴方達と無関係とはだ
れも思わない。貴方達が現れたことによって、貴方達にかき回され
て純潔乙女騎士団は崩壊した︱︱皆そう思うでしょうね。そして噂
ピース・メーカー
が流れるでしょう。﹃PEACEMAKERは、困っている皆を救
うと言って依頼を受け、そして依頼者を内部から崩壊させた﹄とね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
レギオン
﹁だから、3つの軍団を合併するの。純潔乙女騎士団を再生させる
のは、合併して、貴方が頭になって、私が参謀になるのが一番よ。
ウルフ・ソード
私が頭になるのを警戒してるんでしょうけど、私は狼剣のゴウラの
レギオン
ように、大きな軍団の頭を張りたいタイプじゃないわ。策謀が大好
きな参謀タイプですもの、仕事さえさせて貰えれば文句はないわ。
リリ・ローズ ピース・メーカー
あとは百合薔薇の団員をPEACEMAKERに加入させてくれる
ことと、私達に見合うちょっと高めのお給金をくれることぐらいか
しらね﹂
﹁ちょっと高め、ねぇ⋮⋮﹂
﹁フフ、ハイエルフ王国を救った貴方なら、お金ならうなる程ある
でしょう? メイヤさんというスポンサーもいることですし。私は
お金が大好きなの。貴方はもっともっと稼ぐわ、そのおこぼれをち
ょっとくれるだけでいいのよ。⋮⋮私に地位名誉的な野心が無いタ
レギオン
イプなのは、うちの軍団の人数を見れば分かるでしょう? 私が頭
として扱える人数はギリギリいって20人くらいね。この街に来た
レギオン
のは、おいしい匂いをかぎつけたから。貴方の軍団は大きくなるわ。
私には分かるの。それに一枚噛ませてもらえればいいのよ﹂
﹁期待してくれるのは嬉しいが、大きくならなかったらどうするん

1379
だ? 裏切って僕を後ろから刺すのか﹂
﹁そんなことするつもりは無いわ。貴方を例え排除できたとしても、
他の皆が私に付き従うとは到底思えない。それどころか、奥さん達
に地の果てまで追いつめられて殺されちゃうわ。私はね、自分の手
の中に入るものしか興味ないの。お金と、いい暮らしと、あとは⋮
⋮男とか。ガンスミス卿が良いっていうなら、4人目の奥さんにな
ってあげてもいいわよ? 断るとは思うけど。クス﹂
﹁純潔乙女騎士団はどうするんだ? 合併に﹃はい、そうですか﹄
と二つ返事するとは思えないけど﹂
レギオン ピース・
﹁もう崩壊寸前の騎士団よ? あの有名な軍団であるPEACEM
メーカー
AKERがいて、そして給金も上がり、今の崩壊寸前の状況を脱す
ることが出来る。断る馬鹿なんていないわ﹂
レギオン レギオン
 本当に各軍団の状況をよく調べている。オレ達、新興軍団の泣き
所が評判であることも理解している。
 さらに言えば、事件の解決だけはするがその後の純潔乙女騎士団
など知らない、ラヴィオラの申し出など断ると言えば、オレ達の悪
評を率先して言いふらすとさらに脅してくるだろう。
 退路を断ち、落とし所を持ってくる。
 交渉方法としてはほぼ満点をやってもいい。
 だが、穴がある。
 それは⋮⋮オレの性格だ。
 純潔乙女騎士団の情報、それを教えてくれたことは有り難かった。
 それが分かった以上、手は打てる。

1380
 要は︱︱魔術師殺しを倒し、そして純潔乙女騎士団が崩壊しない
ように再生すればいいのだ。
 それで、オレ達の評判が落ちることは避けられる。
 言うのは簡単で、やるのは難しいことは分かっている。
レギオン
 だが、3つの軍団を合併するよりはよっぽどマシだ。出来るだけ
のことをやって、無理だったらまた考えるでも良い訳だし。
レギオン
﹁もしもこれらの条件で不満だったら、大切な新軍団の団長様とし
わたくし リリ・ローズ
て私達︱︱元百合薔薇メンバーが一国の王のように敬い、お相手し
ますわよ﹂
﹁いや、それはさすがにちょっと⋮⋮﹂
 妻達の目の前でそんなことをされたら、いくら彼女達でも激怒は
必須だ。
 ラヴィオラはオレのそんな表情が可笑しかったのか、品良く笑う。
ピース・メーカー
﹁冗談ですわ。でも、それぐらいPEACEMAKERとの関係を
重要視したい、一枚噛ませて欲しい、と思っているのです。これは
リリ・ローズ
我が百合薔薇メンバーの総意ですわ﹂
リリ・ローズ
﹁なるほど⋮⋮百合薔薇の誠意は確かに受け取りました﹂
 オレは畏まった言葉遣いで言う。
 話し合いは終わりだろう。様々な情報が聞けたのは収穫だった。
来た甲斐があったというものだ。
﹁そうですか、それでは︱︱!﹂
﹁いえ、内容が内容なので、持ち帰ってメンバー達とよく話し合い
たいと。なので少々時間を貰えれば﹂

1381
レギオン
﹁⋮⋮分かりました、軍団の将来を左右する大切なお話ですものね。
よりよいお返事を期待していますわ﹂
ウルフ・ソード
 話し合いが終わると、狼剣の時のように宴会を持ちかけられたが
ウルフ・ソード
辞退した。前の狼剣の時も断っているし、それに彼女達と宴会する
のは妻達に対して申し訳ないし後が怖いからだ。
 厚く礼を言って、オレとシアは百合薔薇を後にした。
 帰り道、まだ開いている店でシアと一緒に軽い食事を摂った。
﹁さっ、ここは僕が払うから好きな物を食べてくれ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮若様。話し合いの間、谷間をちらちら見ていた口止
め料ですか?﹂
 まさか!? シアさんは穿ちすぎですよ! そんな見るわけない
じゃないですか、ちょっと視界に入ってしまっただけですよ! ほ、
ほんとですよ!?
レギオン
 そんなこんなで一通り軍団との話し合いが終わった。
1382
第113話 話し合い?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月17日、21時更新予定です!
今日、日付が変わる前に活動報告をあげるつもりです。
よかったら見ていって頂けると嬉しいです!
ではでは! 1383
第114話 合同会議
ウルフ・ソード リリ・ローズ
 翌日、オレは狼剣と百合薔薇との会話内容を、純潔乙女騎士団顧
リリ・ローズ
問ガルマに包み隠さず伝えた。百合薔薇から、純潔乙女騎士団を含
レギオン
めた3軍団の合併を提案されたことも含めてだ。
 彼は徹夜明けのように疲れた溜息を漏らす。
レギオン
﹁分かっていたことだが、これほど他軍団から格下扱いに見られて
いたとは⋮⋮。OG達や歴代の方々達に顔向けできんな﹂
 執務室のソファーに深く体を預けた。
 ガルマは正面に座るオレに視線を向ける。
レギオン
﹁それでその2つの軍団のどちらか、もしくは1つと同盟か合併の

1384
道を選ぶつもりかい?﹂
﹁まさか、どちらもお断りしますよ。彼らと合併や同盟を結んでも、
ウルフ・ソード
狼剣なんかは特に代表者である僕をはじき出して吸収するつもり満
々でしょうし、仮に僕がリーダーになってもかなり面倒なことにな
るでしょうから。そんなあからさまな罠や面倒事に突っ込むような
マネするわけないじゃないですか﹂
レギオン
 それに街の税収目当てに手を組もうと持ちかける軍団や、策謀を
レギオン ピース・メーカー
張り巡らせる軍団と、PEACEMAKERの目的を共有出来ると
は思えない。
 ガルマはオレの返事を聞くと、あからさまに安堵する。
﹁もしも彼らと手を組むと言われたら、どうしようかと思ったよ。
ピース・メーカー
今、PEACEMAKERにそっぽを向かれたら、確実に純潔乙女
レギオン
騎士団はココリ街の治安維持業務を他軍団に奪われるだろうからな﹂
 オレはガルマの言葉を聞いた後、彼に向かって言う。
ウルフ・ソード リリ・ローズ
﹁それでですね、狼剣と百合薔薇にお断りの話をしたいんですが⋮
⋮自分達だけだとごねられたり、押し切られたりする可能性がある
ので、純潔乙女騎士団の代表としてガルマさんにもその場に出て欲
しいのですが﹂
リリ・ローズ
 特に百合薔薇の代表とはあまり1対1では会いたくない。
 ガルマがいれば、断る話もスムーズに進むだろう。
﹁ああ、もちろん出席させてもらうよ。儂はそういう役割もこなす
ために特別顧問を務めているからな﹂

1385
﹁ありがとうございます。我が儘ついでに、僕達はまだこの辺の地
理に疎くて⋮⋮出来れば会議の場も設けて貰ってもいいですか?﹂
﹁お安いご用だ。日時が決まり次第、適切な場を用意しよう﹂
レギオン
 ガルマの快諾を受けて、オレ達は2つの軍団を呼び出す日時と場
所を決め、話の段取りも大まかに決めた。
ウルフ・ソード
 そして今度はこちらから狼剣と百合薔薇に招待状の手紙を送り出
す。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
レギオン ウルフ・ソード リリ・ローズ
 わざわざ2つの軍団、狼剣と百合薔薇を同時に呼び出したのには
理由がある。
 2つ同時に話を終わらせるために、互いに牽制させスムーズにケ
リを付けるためだ。
レギオン
 また和やかに飲食することで、軍団同士の友好をはかり﹃純潔乙
女騎士団の寝首を掻いてその座を奪う﹄なんて物騒な考えを思いと
どまらせるか、もしくは落としどころを探るのが今回の狙いだった。
 そのためわざわざちょっとランクの高い飲食店を貸し切ったのだ
が⋮⋮
レギオン
﹁貴様達のような若造の軍団に、伝統ある純潔乙女騎士団が守護す
るココリ街を明け渡すつもりはない。さっさと荷物を纏めて出て行
くがいい⋮⋮ッ﹂

1386
 開幕早々、純潔乙女騎士団の団長である獣人種族イタチ族のルッ
ウルフ・ソード リリ・ローズ
カが、狼剣代表でマッチョでもあるゴウラと、百合薔薇の代表で妖
艶な美人のラヴィオラに喧嘩を売る。
 同席しているオレと、純潔乙女騎士団の顧問のガルマの顔が青く
なる。
 背後に立つメイド姿のシアだけは、オレ達の背後に控えて表情を
変えず旅行鞄を持ち続けていた。
 オレは思わず、隣に座るガルマに小声で話しかける。
︵どうしてルッカさんをこの場に連れて来たんですか!? 彼女の
性格上、こうなることは付き合いの浅い僕でも分かりますよ!︶
レギオン
︵本当にすまない! 出がけに捕まってしまって⋮⋮﹃軍団の代表
者が集まる会議に、純潔乙女騎士団の団長である自分がなぜ出席出
来ないのですか?﹄って迫られて⋮⋮断り切れなかったんだ。本当
に申し訳ない!︶
 今更謝られても遅すぎる。
 純潔乙女騎士団を神聖視している彼女を、後釜に座ろうと狙って
レギオン
いる軍団の代表者に会わせたらどうなるかなんて、火を見るよりも
明らかだ。
 なのにわざわざ連れてくるなんて⋮⋮ッ。
 すでに事態は最悪なものになっていた。
 しかしルッカの頭も固すぎる。いきなりの喧嘩腰にこの態度。
 ガルマも苦労してるんだろうな。⋮⋮と言っても、仕事を受けて
しまった以上もう人事ではなく、オレ達も巻き込まれている訳だが。

1387
 ルッカはゴウラとラヴィオラを見て、うんざりとした声音で溜息
を漏らす。
﹁影で結託しようとこそこそ動いて⋮⋮まったくこれだから歴史も
レギオン
誇りも無い軍団は嫌なのよ﹂
レギオン
﹁今日はこないだ話した同盟の返答と軍団同士の友好を深めるため
の食事会だと手紙には書いてあったが⋮⋮どうやら俺様の読みとは
違うらしいな﹂
わたくし ウルフ・ソード
﹁私も悔しいですが、狼剣と同じ意見ですわ。戦争がしたいのなら、
分かりやすいようそう仰って頂ければ宜しいのに。伝統というカビ
レギオン リリ・ローズ
と埃にまみれた軍団を潰すぐらい、百合薔薇にとって造作もないで
すわ﹂
﹁き、貴様ら⋮⋮ッ﹂
 ゴウラは犬歯を剥き出しにして、ラヴィオラは微笑みを浮かべて
いるが毒舌を吐き出す。
 ルッカは彼らの挑発をまともに受けて、目を血走らせるほど激怒
する。
 和やかさなど1ミクロンも存在しない。
︵どうするんですか!? これじゃ当初の予定は丸つぶれですよ!
?︶
︵この場は強引にでも解散して、また日を改めて話し合いの場を設
けるしかないだろうな︶
 改めて場を設けるのは吝かではないが、正直今回の一件を水に流
すためこちら側がある程度譲歩しなければならなくなるだろう。
 それを分かった上で、ガルマは﹃日を改める﹄という決断を下す。
このまま話を続けるよりはまだマシだろうという判断なのだろう。

1388
 オレもその考えに賛同し、頷いて同意する。
 今回の場を解散させるのは、ホストであるガルマに任せよう。
 しかし、状況はさらに混迷を深める。
 ガルマが立ち上がり、睨み合う3人に声をかけようとすると︱︱
来客が現れたのだ。
 今夜は会議のため店を貸し切っている。
 なのに扉が開き、清んだ鈴音を店内に響かせた。
 その場に居た全員が音に反応して入り口に視線を向け、来客に絶
句する。
 店に入って来たのが、全身を鎧で覆う甲冑野郎だったからだ。
1389
第114話 合同会議︵後書き︶
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感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月19日、21時更新予定です!
1390
第115話 紅甲冑
 店内に居る全員が闖入者︱︱甲冑野郎に釘付けになる。
 しかしよく見れば、ココリ街到着初日に襲ってきた奴より明らか
に高級な甲冑だった。
 色は鮮やかな紅色。表面に彫り込まれているデザインや質感、素
材も明らかにこちらの方が数段上だ。
 背には鞘に収めていない大剣を背負っている。
﹃ここが純潔乙女騎士団主催のパーティー会場であってるかしら?﹄
 くぐもった声音。
 魔術的処置を施しているのか、声質は男性、女性、子供、老人︱
︱どれにも当てはまるし、どれにも当てはまらないように聞こえる。

1391
 紅の甲冑はオレ達が唖然としている反応に満足しているような態
度を取る。
 紅甲冑は、さらに声をあげた。
﹃気付いているとは思うけどルー、じゃなくて私はこの街で起きて
いる﹃魔術師殺し騒動﹄の元締め、元凶、主犯よ。私の指示の元、
数体が魔術師をこの街で狩らさせてもらっているわ﹄
 突然の告白に、その場に居る全員が身を堅くする。
 つまり、今回の﹃魔術師殺し﹄は複数人数が組織だっておこなっ
ているということか⋮⋮?
 紅の甲冑がオレへと視線を向ける。
﹃でも、この街での用事はあらたか終わったわ。だから、最後の締
ピース・メーカー
めにPEACEMAKER︱︱貴方達を潰してあげる﹄
 その場に居る全員の視線が今度は、オレへと降り注ぐ。
﹃ハイエルフ王国で私達の組織の獣人種族、アルセドを倒したでし
ょ? あんな雑魚でも倒されたら、私達の面子が立たないの。だか
ら今回はいい機会だから、私が貴方達の首を刈り取って、組織に付
けられた汚名をそそぐの。今日はその宣戦布告に来たわけ。もちろ
レギオン ピース・メーカー
ん、他軍団からの邪魔や横やりは大歓迎よ。PEACEMAKER
諸とも粉砕してあげるから﹄
 全身から自信を漲らせ、紅甲冑は宣戦布告する。
 わざわざ敵の渦中、姿を現し宣言しただけあり腕に覚えがあるの

1392
だろう。
 そのため誰も目の前の紅甲冑を取り押さえようとはしない。第一、
今日は合同会議の席だ。
 誰も装備を調えていない。
 ほぼ丸腰に近い。
 そんな中、空気を読まず1人の少女︱︱メイド服姿のシアが、オ
レを庇うように前へ出る。
﹁なるほど、つまりアナタは敵ですね?﹂
﹃そうだけど、なによ貴女は?﹄
﹁若様、危険なのでお下がりください!﹂
﹁!? し、シア、ちょっと待て︱︱!﹂
 シアは目の前の紅甲冑を敵だと認識すると、オレを背後に隠した
まま皮で出来た旅行鞄の側面を紅甲冑へと向ける。
トリガー
 止める時間も与えず、取っ手に付いている︱︱引鉄と安全装置が
連動したスイッチを押し込む。
 側面の銃口を隠していた名札を、9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶
が吹き飛ばす。
 弾丸は紅の甲冑へと襲いかかる。
﹃な、何よこれ!? キャッ!﹄
 紅甲冑は突然の嵐のような銃口にさらされ、狼狽する。
 だが、甲冑の装甲が厚いためか、9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶
は弾かれてしまう。せいぜい表面に傷を付ける程度だ。
﹁ちッ、ならば!﹂

1393
 シアは9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶程度では致命傷に至らな
いと悟ると、今度は旅行鞄の反対側側面を向ける。
 スイッチオン。
 ボシュ︱︱やや抜けた音と共に、40mmグレネード弾が発射さ
れる。
﹃ッ!?﹄
 室内に響く派手な爆発音。
 さすがの紅甲冑も40mmグレネード弾の威力には逆らえず、入
ってきたドアごと一緒に外へと吹き飛んでしまう。
 店内に静寂が訪れる。
レギオン
 オレやガルマ、他軍団代表者達、店員などはテーブルや椅子影、
カウンターの下に隠れて身動き1つしない。
 その静寂を最初に破ったのは、この状況を作り出したシアだ。
﹁お怪我はありませんか、若様﹂
﹁無いよ! 無いけど、なんでいきなり発砲したんだよ!﹂
﹁ボクは姫さ︱︱ごほん、お嬢様から若様の護衛を任せられていま
す。相手があの甲冑野郎の関係者、ボク達の敵と判断したため発砲
させて頂きました。初日の夜のように突然、襲いかかられては危険
ですから﹂
 護衛者の前に敵が出て来たため、先手必勝で銃弾を叩き込んだら
しい。
 前世の地球で言うなら、要警護者の前に拳銃を持ったテロリスト
が乱入してきたのと同じという事だろう。

1394
 シアはハイエルフ王国、護衛メイドとしての職務を全うしたに過
ぎない。
 ちなみにこの鞄の説明をすると︱︱
 前世の地球では、VIP・要人警護するシークレットサービスな
どは要人を警護する際、周囲に銃を持っていることを気付かれない
サブマシンガン
ために鞄やアタッシュケースに短機関銃を内蔵していた。
 そういった装備を﹃コンファー﹄と呼ぶ。
サブマシンガン
 オレが複数ある短機関銃のなかで﹃MP5K﹄を製造した理由は
ここにある。
 全長が約32cmしかないのに、火力が強い︵毎分900発︶。
 別名、﹃部屋箒﹄は鞄などに収納するのに最も適している。
 今回は市街戦がメインになるだろうと思っていた。
 場合によっては、武器の持ち込みが出来ない場所に行かなければ
ならなくなる可能性もあった。その時、リースが側に居ればすぐに
AK47等を取り出すことは出来るが、居なかった場合は︱︱
 そんなことを考えて、嫁達の安全を守るためにも﹃コンファー﹄
を作っておきたかったのだ。
 しかし9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶では魔物達が跋扈する異
世界では心許ないため、単発のAKシリーズに無加工で装着出来る
﹃GB15﹄の40mmアッドオン・グレネードを流用し追加して
おいたが、まさかここで使用する事態になるとは思わなかった。
 まさに備えあれば憂いなしだ。

1395
 しかし突然乱入してきた敵を排除したからと言って、場が収まる
わけではない。
ウルフ・ソード
 椅子影に隠れていた狼剣のゴウラが、青筋を立て激昂する。
﹁おいガンスミス! オマエ、話し合いの場にあんな物騒な隠し武
器︱︱暗器を持ち込むなんざどういうことだ! 純潔乙女騎士団と
ピース・メーカー
PEACEMAKERは、結託して俺様達と戦争がしたいってこと
なのか!?﹂
 この意見に百合薔薇のラヴィオラが賛同。
わたくしウルフ・ソード
﹁わ、私も狼剣と同意見ですわ! 紅甲冑は来るし、こんな非常識
なことは生まれてこの方初めての経験です!﹂
 2人がそう言うのも無理はない。
 返答したいから、話し合いの席を設けました︱︱と、手紙を受け
レギオン
取って出席したら、片方の軍団からは分かりやすい喧嘩を売られ、
レギオン
さらに魔術師殺しを自称する紅甲冑が現れ、片方の軍団は高威力の
武器を使用。
 彼らも部下を2人ほど連れて出席しているが、紅甲冑を吹き飛ば
した威力を目の辺りにして、事の顛末に唖然とするのは当然だ。
 オレは額から流れる冷や汗を拭いながら、とりあえず話をそらす。
﹁と、とりあえずお怒りは後にして、まずは外へ吹き飛ばされた甲
冑の確認をしませんか? あれが今回の事件を引き起こしている﹃
魔術師殺し﹄の主格だと言ってましたし。まずは捕らえて尋問しな
いと﹂
ピース・メーカー
﹁︱︱アタシもPEACEMAKERの意見に賛成よ。まずは彼女

1396
の確認をするべき。今まさに立ち上がって、こちらを攻撃してくる
かもしれない﹂
︵⋮⋮ん?︶
 純潔乙女騎士団の団長ルッカの発言にオレは疑問を持ったが、そ
の場で追求する訳にもいかず流してしまう。
 皆はオレ達の提案に賛同し、警戒しながらも窓や壊れた扉から外
の様子を窺う。
 かなりの距離を吹き飛ばされた紅甲冑は倒れていた。
 いくら分厚い作りの甲冑でも、ダメージ0とはいかず痛みに悶え
ている。
 紅甲冑はよろよろと立ち上がると、背負っていた大剣に手をかけ
る。
﹃お姉様からお預かりしている甲冑に傷を付けやがって! 返り血
でしか汚してはいけない甲冑に傷をつけやがって! 殺す! 殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! 生き
たまま腹かっさばいて、自分の臓物を喰わせてやるぞ!!!﹄
 立ち上がった紅甲冑はびっくりするぐらい、マジギレしていた。
1397
第115話 紅甲冑︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月21日、21時更新予定です!
歯医者に行ってきました!
ようやく歯の治療が終わりました!
しかし結構マメに歯を磨いているのに虫歯になるなんて⋮⋮解せぬ。
後、今回の話は趣味に走っています。
趣味に走りまくっています!

1398
第116話 紅甲冑との戦闘
﹃お姉様からお預かりしている甲冑に傷を付けやがって! 返り血
でしか汚してはいけない甲冑に傷をつけやがって! 殺す! 殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! 生き
たままはらかっさばいて、自分の臓物を喰わせてやるぞ!!!﹄
 40mmグレネード弾の直撃を受け、店から吹き飛んだ紅甲冑が
立ち上がると、手で掴めるほどの殺意を垂れ流し絶叫する。
 魔術的処置を施しているせいか声で性別を判断するのは難しい。
絶叫している今は、人というより野生動物に近いさえ気がする。
﹃そこのメイド! オマエは絶対に殺すからな!﹄

1399
 紅甲冑は背中の大剣を掴み構えると一閃。
﹁おわ!?﹂
 距離があるのに、オレ達が居る店の壁を切り裂く。
﹁どうやらあの剣には風の魔石が込められている魔術武器みたいで
すね﹂
 名指しで﹃殺す﹄宣言を受けているのにシアは冷静に状況を確認
している。肝太過ぎるだろ⋮⋮。
 しかし40mmグレネード弾の直撃を受けて、こんなにぴんぴん
しているとは⋮⋮さすがに予想外だった。背中を冷や汗が流れる。
 オレは彼女に小声で話しかける。
﹁MP5Kの残弾は幾つ残っている?﹂
﹁0です。先程で撃ち尽くしてしまいましたから﹂
 つまり、現状銃器は0か。
 これならリースを連れてくればよかった。
 彼女がいれば﹃無限収納﹄から溢れるほど銃器を取り出せるのに。
 オレが焦っていると、シアが何気ない口調で告げる。
﹁大丈夫です、若様。そろそろ姫さ︱︱お嬢様達が到着する頃です﹂
﹁はっ? いや、だってリース達は純潔乙女騎士団の本部で待機の
筈︱︱﹂

1400
 オレが台詞を言い切る前に、紅甲冑が再度爆発、吹き飛び地面を
転がる。
﹃うギゃあああッッッ!!﹄
﹁リュートくん、大丈夫!?﹂
﹁リュートさん、怪我はありませんか!?﹂
 紅甲冑の悲鳴と同時に、店の前にリースをお姫様抱っこしたスノ
ーが着地する。
 リースの手には﹃GB15﹄を装着したAK47が握られていた。
 どうやら先程の爆発は、彼女が撃った40mmグレネード弾らし
い。
﹁スノー! リース! どうしてここに!?﹂
 ドジっ娘であるリースは怪我をしないようお姫様抱っこされてい
たらしく、スノーの腕から下りて地面に足を付けながら頬を染める。
 姿を現した彼女達に尋ねたのに、なぜか隣に居るシアが答える。
レギオン
﹁奥様方︱︱とくにお嬢様が女性の軍団代表者とお会いになるのを
心配していて、若様には内緒で監視︱︱ではなく、警護しようとい
う話になったのです﹂
﹁し、シア! その話は内緒だって言ったでしょ!﹂
 リースが顔を赤くして﹃わたわた﹄と慌てて、自分の護衛メイド
を叱る。
 えぇ∼、つまり浮気を心配されていたんですか? マジッすか。
オレ、そんなに信用ないんですか?

1401
 オレの内心を読んだのかリースが弁解する。
﹁りゅ、リュートさんを信用してない訳ではありませんよ。ただ前
レギオン
回、女性だけの軍団代表者に言い寄られてたとシアから聞いて、少
し様子を窺いたくなったというか⋮⋮﹂
 リースは顔を赤くしてモジモジと体を揺する。
 嫉妬してくれるリース、可愛い!
 一方、スノーは快活に笑う。
﹁わたしとクリスちゃんはリースちゃんの付き添いだよ。ね、心配
しなくても、リュートくんがわたし達を傷つけるようなマネなんて
しないでしょ﹂
 スノー&クリスは心底オレを信じ切っていたようだ。
 これはこれで本当にありがたいし嬉しい。
﹃ちくしょうが!﹄
 吹き飛び、瓦礫に埋もれた紅甲冑が、怒声と共に立ち上がる。
﹃生ゴミにたかる虫みたいに増えやがって! オマエ達もブチ殺し
てやる!﹄
 紅甲冑が風の魔石が嵌められた魔術武器を振るう。
 再び、鎌鼬のような鋭い風の刃がオレ達に襲いかかってくる。
 スノーが間に割って入り、魔術を行使。
かいな アイス・フォート
﹁我らを守護し敵の腕を防ぎ、阻みたまえ! 氷の精霊! 氷砦!﹂

1402
 オレ達の周囲に氷壁が生まれ風刃と衝突し砕け散る。
 その輝きを目眩ましに、リースの﹃無限収納﹄からオレやシアの
AK47を取り出す。
アリス
 スノーの影に隠れながら、ALICEクリップ付きのピストルベ
ルトを装備していく。
﹁スノーはリースの護衛! オレとシアが奴を叩く。装甲が無茶苦
茶硬いから7.62mm×ロシアンショートじゃ歯が立たないから
気を付けろ!﹂
 オレとシアは準備を整わせ駆け出す。
 AK47に装備した﹃GB15﹄の40mmアッドオン・グレネ
ードを発射! しかし、紅甲冑は回避する。
﹃そう何度もボカスカ当たるか!﹄
 甲冑を着込んでいるとは思えない敏捷性。
 鋭い動きで切り込んでくる。
﹁おわ!﹂
 咄嗟に回避。
 金属の塊が鋭い音を立てて側を通り過ぎる。
 流れるような動きで、手首を返し切り上げてくる。
 相手にリーチがありすぎて、回避が間に合わない!?
 ︱︱ガン!
 大剣が何かに弾かれ軌道がそれる。

1403
﹃今度は一体何!?﹄
 さらに立て続けに発砲音。
 紅甲冑は警戒してバックステップで距離を取るが、追いかけるよ
うに発砲音が続く。
 約150m。
 クリスが屋根の上に俯せになり、SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶で
牽制射撃をしてくれているのだ。
﹃雑魚が! 調子に乗るな!﹄
 紅甲冑は魔石の光量を増大。
 屋根に居るクリスへ先程とは比べものにならないほど強い風刃を
飛ばす。
 クリスが慌てて体を起こし、逃げ出そうとする。
 風刃によって屋根が砕け散ってしまった。
﹁クリス!?﹂
﹁大丈夫です、上手く回避したのを確認しました。それより目の前
の敵に集中してください﹂
 夜目が利くシアが言うのだから、間違いないだろう。
ジェネラル・パーパス・マ
 視界の端、リースがいつの間にか取り出したPKM︱︱汎用機関
シンガン
銃を紅甲冑に向ける。
 オレは慌てて紅甲冑から距離を取る。

1404
﹁行きます! ファイヤー!﹂
 ダン! ダダダダダダダダダン!
 7.62mm×54Rが雨霰と紅甲冑へと降り注ぐ。
 相手は堪らず大剣を突き立て風壁を生み出し防御に徹するが、そ
んな紅甲冑にシア、スノーが示し合わせたように互いのAK47に
装備している40mmアッドオン・グレネードを発砲。
﹃!?﹄
 リースのPKMに足止め&注意を引きつけられていた紅甲冑は、
今度こそ40mm弾の直撃を受けた筈だ︱︱と、思ったが立ち上る
煙を切り裂き、敵が建物屋根へと着地する。
 最初は鮮やかだった紅の甲冑だったが、現在は一部焦げ、表面の
細工も欠けていた。まるで美術品だった品物が、空爆にあった後の
ようだった。
 オレは思わず舌打ちする。
﹁硬い上に、すばしっこいなんて反則だろ。クソッ、決定打にかけ
オートマチック・グレネードランチャー
るな。いっそ、自動擲弾発射器で一気に畳みかけるか?﹂
オートマチック・グレネードランチャー
 だが、さすがに自動擲弾発射器を街中で使用した場合、敵と一緒
に目の前の家々などが廃墟状態になるのは請け合いだ。
 さすがに街中での使用は躊躇われる。
 紅甲冑も今まで戦ってきた相手と比べて異質な攻撃を繰り返して
くるオレ達に危機を覚えたのか、

1405
﹃今夜はこれで引く! けど、絶対に甲冑を傷つけたオマエ達の首
は切り落とす。絶対にだ! 毎日、毎夜、怯えながら過ごせ!﹄
 捨て台詞を吐き出すと、紅甲冑は背を向け証言通り屋根伝いに風
より早く移動し、あっという間に姿を消してしまう。
 残されたオレ達は、引いたと見せかけて隙を突き襲撃してくるの
を警戒して暫し辺りを伺い続けたが⋮⋮再度の襲撃は約10分経っ
ても起こらなかった。
 どうやら本当に紅甲冑は逃走したらしい。
第116話 紅甲冑との戦闘︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月23日、21時更新予定です!
最近、春が近いのか風が強いですね。
春一番というやつでしょうか⋮⋮。
こういう風が強い日は、どうしても考えてしまうことがあります。
それは︱︱よく漫画やアニメ、ラノベである風にスカートがめくれ
て∼∼という場面です! なんという自分のアニメラノベ脳!
実際自分は今まで生きてきてそんな場面に出会ったことがありませ
ん。これって確率的におかしくありませんか!? 数十年生きて来
て一度もですよ! そんなの確率的におかしいじゃないですか! 
アニメやラノベではあんなに頻繁に起こっているのに! これは何

1406
か裏に黒い組織的陰謀があるような気がします!
︱︱すみません、熱くなってしまいました。お見苦しいところをお
見せしてしまいました。
兎に角、自分が言いたいことは銃器や軍隊的なことだけではなく⋮
⋮こういう日々感じる熱い気持ちも﹃軍オタ﹄に注いで行ければと
思います、ということで。
それではで、明後日よろしくお願いします。
第117話 狂気の卵
 紅甲冑の襲撃があった翌日、昼前。
 純潔乙女騎士団、顧問室。
 対面のソファーに座るガルマが言いにくそうに語り出す。
レギオン ウルフ・ソード リリ・ローズ
﹁まず現状なんだが⋮⋮他2つの軍団︱︱﹃狼剣﹄﹃百合薔薇﹄は
陽が昇ってすぐ街を出て行ったよ。曰く﹃硬いし、素早いし、攻撃
力も高い。あんなのが赤い奴の他にも居るかもしれないんだろ? 
冗談じゃない! あんなヤバイ奴らが目標とは思わなかった。あれ
を相手にするぐらいならまだレッドドラゴン1匹と戦った方がマシ
わたくし リリ・ローズ
だ! 俺様達は手を引くぞ!﹄。﹃私達、百合薔薇もこの件から手
わたくし ピース・メーカー
を引きます。わ、私達はPEACEMAKERと敵対するつもりは
ありませんから。手を組むというお話も無かったことで、どうかお

1407
レギオン
忘れください﹄と言ってね。どちらの軍団代表者も、昨夜の君達と
紅の甲冑との戦いを見て尻込みしたようでね﹂
レギオン
 意外な形で問題の1つ、他軍団からの横やりを片付ける結果にな
った。
 これだけなら、ガルマも苦い顔を作らない。
 むしろ諸手を挙げて喜ぶだろう。
 彼は問題の方を口にする。
ギルド
﹁次は、冒険者斡旋組合から昨夜の戦闘について事情を聞きたいと
ギルド
⋮⋮。なんでも傷ついたり破壊された建物が、全て冒険者斡旋組合
ギルド
関係の物だったらしくてね。関係者から冒険者斡旋組合を通して苦
情と賠償金を求められているんだよ﹂
 そのせいで昨夜の戦闘に関わった人物達に事情を聞きたいため、
ギルド
速やかに冒険者斡旋組合へ出頭するようにと厳しい口調で言われた
らしい。
﹁賠償金ですか⋮⋮﹂
 オレを守るため、先に手を出したのはシアだ。
 その後、建物や石畳等の破壊もオレ達がしてしまった。
 つまり、全ての原因は自分達にある。
ピース・メーカー
 恐らくPEACEMAKERで負担⋮⋮つまり建物や石畳、住人
達への賠償金等はオレ達が全額負担することになるだろうな。
 こちらの心情を察したのか、ガルマが口を開く。

1408
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKERは、現在純潔乙女騎士団と協力関係にある。
だから、今回の賠償金は純潔乙女騎士団からも一部支払わせてもら
うよ。ただ︱︱君達の協力要請金を支払ったため、ウチは現在そこ
まで余裕がないからあまり期待はしないでくれ﹂
 純潔乙女騎士団からはクエスト依頼金として結構いい金額を支払
ってもらう約束を取り付けている。オレ達が飛行船で来たため、そ
の分も上乗せされているからだ。
 だが、なるべく早急に来るよう依頼されていたため、批難を受け
るいわれはない。
﹁兎に角、魔術師殺し問題は引き続き残るが、結果として他2つの
レギオン
軍団を街から追い出してくれてありがとう。純潔乙女騎士団の顧問
として礼を言うよう。団長にも言わせたかったんだが、彼女は朝か
ら雑務に出て行ってしまってね。すまない﹂
﹁いえ、別にお礼なんていりませんよ﹂
 オレは頭を下げてくるガルマへ手を横に振り告げる。
 ただ街中で暴れただけで、本当にお礼を言われるようなことはし
ていないからだ。
 そしてオレは顧問室を出ると、嫁達が待つ部屋と向かう。
ギルド
 彼女達に冒険者斡旋組合の件を話さなければならないからだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

1409
 現在、オレ達は純潔乙女騎士団本部で寝泊まりしている。
 飛行船もグラウンドの端に置かせてもらっている。
 オレ達に与えられている部屋は3階の客間。
 建物は老朽化が進みボロいが、客間の内装は手入れが行き届いて
おり外観とのギャップが激しかった。
 置かれている家具も高級品ではないが、品の良い物が多い。
 その客間が3部屋与えられている。
 一部屋はオレ、スノー、クリス、リース。
 一部屋はメイヤ。
 一部屋はシアが使用している。
 現在はオレ達夫婦が使っている客間に集まり、先程ガルマから聞
かされた内容を皆に話す。
 話を聞き終えると案の定、メイヤが怒声を上げ立ち上がる。
﹁納得いきませんわ! 天下に名を轟かせるリュート様にわざわざ
出向いて事情を説明しろと! リュート様、今すぐ命じてください
ギルド
! ありったけのパンツァーファウストで冒険者斡旋組合を壊滅せ
よと!﹂
﹁いやいや、言える訳ないじゃんそんなこと﹂
 どうどう、と鼻息荒いメイヤを手振りで落ち着かせる。
﹁とりあえず、昨日の件について話をしにいかないと行けないから、
申し訳ないけど、みんな一緒に付いてきて欲しい﹂

1410
 皆がそれぞれの言い方で返事をする。
﹁あっ、メイヤは昨日の件に参加してないから、一緒に来なくても
大丈夫だぞ﹂
﹁そんな! わたくしも一緒に行きますわ!﹂
﹁いや、だから、一緒に行っても話すことないだろ。昨日の紅甲冑
との一戦には参加してないんだから。それより船の工房で新しい兵
器制作の準備に取り掛かって欲しいんだ﹂
﹁まぁ! 新しい兵器ですか!﹂
 新しい兵器、という言葉にメイヤは文字通り目の色を変える。
 先程まであった憤怒の色は消え、星をばらまいた夜空のように目
を輝かせる。
 スノーがシアの淹れてくれたお茶を両手で包みながら尋ねてくる。
﹁リュートくん、どうして今頃新しい武器なんて作るの?﹂
﹁現在の装備だとあの紅甲冑を相手にするには火力が足りないから
だよ﹂
 AK47の徹甲弾、MP5Kの9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶
は弾くし、40mmアッドオン・グレネードの単発では素早すぎて
回避されてしまう。
 攻撃力、防御力が高く、動きも素早い。まるで小型のドラゴンレ
ベルだ。そんなのが紅甲冑以外にも、オレ達を襲った銀色の甲冑な
ど他にも居る可能性がある。
レギオン
 そりゃ他2つの軍団も手を引くわ。
﹁だから、そんな素早くて硬い甲冑野郎を仕留めるための兵器を開
発しようと思うんだ﹂

1411
﹁それで一体どんな兵器を新しく開発するつもりですか!﹂
 メイヤはエサを前にした犬のように息荒く、胸の前で手のひらを
重ねて待つ。
 オレは今にも涎を垂らし、抱きついてきそうな彼女にやや尻込み
しながら、これから手を出す兵器の名前を口にする。
﹁甲冑野郎を仕留めるため新しく開発する兵器は﹃対戦車地雷﹄だ﹂
 その名を告げると、﹃狂気の卵﹄達の産声が、微かだが聞こえた
気がした。
第117話 狂気の卵︵後書き︶
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感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月25日、21時更新予定です!
1412
第118話 秘密の隠れ家
ギルド
 獣人大陸、ココリ街の冒険者斡旋組合は真ん中を十字に切った南
側に存在する。
ギルド
 中規模都市なので、竜人大陸の冒険者斡旋組合よりは小さい建物
だった。
 石造2階建て、裏には訓練所も兼ねた広場があるそうだ。
ギルド
 ここの冒険者斡旋組合の主なクエストはやはり運搬の護衛がメイ
ンらしい。
 獣人大陸の奥地に荷物を運んだり、逆に奥地から荷物が運ばれて
くる。
 冒険者達は自分のレベルにあった運搬クエストや周辺の魔物退治
などをこなしているようだ。

1413
ギルド
 そんな冒険者斡旋組合関係の商家や、住人達が住む家屋をオレ達
が昨夜破壊したのだ。
 そのため事情聴取したいと、昨日破壊に関わった関係者が集めら
れる。
ピース・メーカー
 全員、PEACEMAKERのメンバーだけどね!
 メイヤは当時、純潔乙女騎士団の本部で待機していたため、今回
の事情聴取には参加してない。
 彼女が居たら話がややこしくなるのは確実だから幸いとも言える。
 現在はオレの指示の元、飛行船内にある工房で新型兵器である﹃
対戦車地雷﹄の開発準備に勤しんでいるだろう。
 オレも用件を終わらせて、さっさと参加しないと。
﹁殺してやる! 魔術師殺しの甲冑野郎は絶対に殺してやる!﹂
﹁な、なんだ⋮⋮っ﹂
ギルド
 冒険者斡旋組合の内部に入ろうとすると、向かいにある宿屋から
1人の男が姿を現す。
 昼間から飲んでいるのか顔は赤く、目はドブ底のようにどろりと
濁っていた。
 酔っぱらい男の登場に、シアが旅行鞄を手に素早く前へ出る。
 オレ達の楯になる立ち位置だ。
 本当にシアは護衛者として優秀だな。
 しかし結局、酔っぱらいは連れの男達に肩を掴まれ、同情するよ
うな表情で言葉をかけられながら宿屋へと連れ戻される。

1414
 様子を窺っていた野次馬達にも﹃お騒がせしてすみません﹄と丁
寧に頭を下げた。
 お陰で騒ぎにはならず、野次馬達も再び歩き始める。
 先程の男は、甲冑野郎に大切な誰かを殺されてしまったのだろう
か。
 これ以上さらなる被害を出さないためにも、早急に問題を解決し
ないとな。
ギルド
 そしてオレ達は改めて冒険者斡旋組合へと足を向ける。
ギルド
 冒険者斡旋組合には何度も出入りしているため、他大陸での街で
も物怖じせず建物内に入る。
ギルド
 内部も竜人大陸の冒険者斡旋組合とほぼ変わらない。
 規模をそのまま半分ほどに縮小した感じだ。
 オレ達は番号札を受け取り呼ばれるまで待つ。
 番号札の番号を呼ばれたカウンターへ向かうと、そこには︱︱
﹁いらっしゃいませ。今日はどういった用件でしょうか?﹂
﹃!?﹄
 竜人大陸でいつも担当してくれている受付嬢が居た!
 その場に居るオレ達全員が驚きの表情を作る。
 その反応に受付嬢も驚き目を白黒させた。
﹁あ、あのどうかなさいましたか?﹂
﹁どうもこうも! どうして貴女がここに居るんですか!? 竜人
ギルド
大陸の冒険者斡旋組合に居た筈じゃ!?﹂
﹁竜人大陸ですか? ああ、なるほど⋮⋮それは私の従姉ですよ﹂

1415
﹁い、従姉?﹂
 またこのパターンかよ!?
 受付嬢に話を聞くと、彼女はいつも受け付け担当してくれている
女性の従姉らしい。
 彼女の妹も合わせてこれで3人目だ。
 受付嬢は微笑みを浮かべながら説明してくれる。
﹁なるほど、姉だけではなく妹にもお会いしたのですか。それなら
驚くのも無理はありませんね。私達、子供の頃から姉妹でもないの
に似ててよく間違えられていたんですよ﹂
﹁そりゃ間違えられますよ、それだけ似ていたら⋮⋮﹂
 彼女達の見た目は、鏡に映ったように瓜二つで本当によく似てい
る。
 この異世界の遺伝子はどうなっているんだ⋮⋮?
 疑問を抱きつつも、今回訪れた用件を告げる。
ピース・メーカー レギオン
﹁自分達はPEACEMAKERという軍団で、昨夜の件について
ギルド
冒険者斡旋組合へ報告に来たのですが⋮⋮﹂
﹁なるほど、でしたら個室にご案内しますので、詳しい事情をそち
ギルド
らでお聞きしますね。私が冒険者斡旋組合を代表して話を伺います
ので﹂
 席を立ち、オレ達を個室へと案内にする。
 笑顔を浮かべたまま応対をするのが、無駄に怖い。

1416
 そしてオレ達は奥にある個室の扉を潜った。
 これから事情聴取を受けるかと思うと緊張する。
 こういう詰問系って耐性無いんだよな。
 ︱︱扉の上に﹃この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ﹄とか書
いてないよな?
ギルド
 こうして冒険者斡旋組合への事情聴取が始まる。
 個室へと案内される。
 オレ達の人数が多いため、机を挟んで向かい合うように置かれた
ピース・メーカー
ソファーをPEACEMAKERが占領する形になった。
 受付嬢はお茶を出した後、真面目な仕事モードに表情を変化させ、
下座へと腰掛けオレ達に事情を聞いてくる。
ウルフ・ソード リリ・ローズ
 狼剣、百合薔薇との会談中にあの﹃魔術師殺し﹄とおぼしき紅甲
冑が姿を現した。それを打倒、または捕らえようとした結果、建物
などを破壊してしまったと説明する。
ピース・メーカー
 オレはPEACEMAKERの代表者として謝罪し、どんなペナ
ルティーを受ける覚悟もあると伝えた。
ギルド
 これに対して冒険者斡旋組合は⋮⋮
﹁⋮⋮なるほど一連の事情は理解しました。本来であれば器物破損
ということで罪に問われますが、現在街を騒がしている﹃魔術師殺
し﹄を相手にした結果ならしかたないですね。今回の賠償金も冒険
ギルド
者斡旋組合から補填しますね﹂

1417
 この対応にオレは安堵から息をつく。
 反対に受付嬢は疲れを吐き出すように溜息をついた。
﹁今後はなるべく周囲に気を配って戦ってくださいね。建物などの
損害程度で済んだからよかったものの、怪我人や死者が出てからで
は遅いんですから﹂
﹁本当にすみませんでした﹂
 オレは改めて謝罪する。
ギルド
 これで冒険者斡旋組合問題は解決だ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 場面変わって、ココリ街郊外森林。
 そこには純潔乙女騎士団本部が危機になった場合、使用する秘密
基地的な場所がある。
 この場所は代々、団長に就いた者にしか知らされない。
 本当に危機へ陥った場合、使用するためだ。
 一見、ただの洞窟のようだが中は人の手が入り、保存食、寝具多
数、医薬品、装備品、金品、衣類、蝋燭、ランプ等︱︱数ヶ月は暮
らせるだけの品々が準備されている。
 奥行きもあり広いスペースが確保されていた。
 そのスペースに向き合う少女達の姿がある。

1418
 1人は純潔乙女騎士団団長、獣人種族、イタチ族のルッカ。
 対面には紅甲冑と、その中に入っていた︱︱ゴテゴテとしたフリ
ル、レースをふんだんに使った衣服を身に纏った少女がいた。
﹁︱︱遅くなったわ﹂
﹁まったくよ。それで奴らはまだ街に居るんでしょうね?﹂
ピース・メーカー
﹁ええ、PEACEMAKERは引き続き、ココリ街に残るそうよ﹂
レギオン
﹁よかったわ。他軍団のように臆病風に吹かれて逃げられたらどう
しようかと思っていたから﹂
 紅甲冑の中に入っていた少女は、残忍な笑みを浮かべる。
 その姿は天井から吊された魔術ランプの光りによって、歪な影を
作った。
1419
第118話 秘密の隠れ家︵後書き︶
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明後日、3月27日、21時更新予定です!
1420
第119話 魔動甲冑
 魔術で光るランプの下、紅甲冑内部に入り操っていた少女と純潔
乙女騎士団団長、ルッカが向き合う。
 紅甲冑内部に入り操っていた少女︱︱ノーラは、運動機能性など
完全に無視したフリルをふんだんに使ったゴスロリ姿で残忍な笑み
を浮かべる。
 彼女の容姿は幼く、髪型は左右の髪の長さとボリュームが異なる
ツインテール。その可愛い見た目と、それに似合わない冷たい瞳が
彼女の特異さを示している。
ピース・メーカー
﹁そう、あいつら︱︱PEACEMAKERは街に残るんだ。よか
ったら、逃げられたらいちいち追いかけるのが面倒だもんね﹂

1421
 彼女は9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶と40mmアッドオン・
グレネード等で傷ついた紅甲冑を前に青筋を立てる。
﹁あいつら、とくにあの黒エルフメイドは絶対に八つ裂きにしてや
ロッソ・スカルラット
る! お姉様からお預かりしている﹃緋﹄に傷をつけてッ。絶対に
殺してやるんだから⋮⋮ッ﹂
 ギリギリとノーラは、奥歯が砕けそうなほど噛みしめた。
 そんな彼女にルッカが、気後れしながら告げる。
ウルフ・ソード リリ・ローズ
﹁私としては狼剣や百合薔薇が街を去った今、これ以上ことを荒立
てるのは辞めて欲しいのだが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮それ本気で言ってるのかにゃ∼? それって契約書に違反、
違うか、別に書類に残してるわけじゃないから。だったら⋮⋮そう、
約束破り、かなぁ?﹂
 ノーラは笑みを浮かべながら、冷たい瞳でルッカに向き直る。
﹁ノーラ達は、魔術師の死体が欲しい。そして、純潔乙女騎士団団
レギオン マジック・ア
長様は軍団強化のために﹃黒﹄が開発したこの魔術道具、﹃魔動甲
ーマー
冑﹄が欲しい。さらに、純潔乙女騎士団の評判も﹃黒﹄が上げてあ
げるというおまけつき。⋮⋮利害が一致したから手を組んだ筈だよ
ね? それを今更、破るのかにゃ∼﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 ルッカがノーラに出会ったのは約半年以上前のことだ。
 当時︱︱現在もだが純潔乙女騎士団は人材の流出と劣化、団員の
減少などに伴い過去最悪の状態に陥っていた。

1422
 そんな状態を改善しようとルッカは、昔から多々手を打っていた。
 退団した実力派OGへ復帰依頼。
 選抜試験の厳格化。
 有力冒険者、魔術師などのスカウト、etc︱︱しかし、OGは
子供がいたり体力が落ち、復帰出来る体ではない等と断られた。
 選抜試験は厳格化し過ぎて、一握りの魔術師等しか受からないレ
ベルになってしまった。
 そして当然ではあるが、有力な冒険者・魔術師は落ち目の純潔乙
女騎士団など歯牙にもかけない。自分で動いた方が面倒はなく、名
誉や金銭も比べられないほど手にはいるからだ。
 ルッカは行き詰まり、頭を抱えてしまう。
 そんな彼女に﹃黒﹄に所属するノーラが話しかけてきたのだ。
﹃ねぇ、団長さん。手軽に魔術師より強くなれる魔術道具があるん
だけど、欲しくない?﹄
 その言葉はルッカにとって、砂漠を3日彷徨ってようやくオアシ
スを見付けた状態。抗えない誘惑だった。
マジック・アーマー
 後日、ノーラは銀色の魔術道具、﹃魔動甲冑﹄の性能をルッカに
見せ付けた。
 甲冑の中身はスライムのようなゼリーで満たされ、外側は特殊な
皮が張られ中身が漏れないようになっている。魔石が埋め込まれ、
その魔力とスライムのようなゼリーを疑似筋肉として使用し、分厚
い鉄板のような甲冑でも軽々と扱うことが出来る。
 お陰で物理防御力も高く、魔術攻撃にも自動的に抵抗陣を作り出
す仕様になっている。

1423
 無理な稼働をしなければ、1時間は使用することが可能だ。
 ︱︱なのに昨夜のリュート達の一戦。
 ルッカが甲冑野郎と関わりがない、敵対していると錯覚させるた
ロッソ・スカルラット
めのアリバイ作りのため、ノーラは甲冑︱︱﹃緋﹄を着込み会談に
突撃した。
 会談を襲うことで、示威行為とルッカのアリバイを作れる一石二
鳥の作戦だったのだが⋮⋮。
 黒エルフメイド、シアやリュート達の予想外の反撃に冷静さを失
うほどだった。
 さらに40mmグレネード弾の威力が高く、防ぐために溜め込ん
でいた魔力の殆どを使い果たしてしまった。そのためあれ以上、戦
うことが出来ずノーラは撤退するしかなかったのだ。
 話を戻す。
 ルッカには魔術師としての才能が無い。
 代わりに剣術の才はあった。
 だが、この世界、剣術の才能があっても素人魔術師の足共にも及
ばない。
 彼女にとってこの甲冑がどれほど、文字通り喉から手が出るほど
欲しいか⋮⋮!
マジック・アーマー
 ノーラは十分性能を見せ付けた後、﹃魔動甲冑﹄を譲る条件を突
き付けてきた。
 彼女は魔術師の死体が欲しい。
マジック・アーマー
 魔術師を狩るのは、この﹃魔動甲冑﹄さえあれば難しくないが⋮
⋮魔術師を殺した後、遺体を保管する場所。

1424
 中規模都市であるココリ街で安全に身を隠せる隠れ家の提供を求
められた。
 さらに彼女は告げる。
﹃最初は街で﹃魔術師殺し騒ぎ﹄が起きるけど、最終的には純潔乙
女騎士団が騒ぎを起こした主犯⋮⋮この場合、適当な死体をノーラ
達が用意するから、そいつをルッカが逮捕するの。そして、主犯が
マジック・アーマー
使用していた﹃魔動甲冑﹄を正式な手順を踏んで、街の守護者であ
る純潔乙女騎士団が回収。その性能、有効性に気付いたルッカが主
マジック・アーマー
導で﹃魔動甲冑﹄を純潔乙女騎士団に導入するの。ね? これなら
マジック・アーマー
純潔乙女騎士団の評判も上がるし、自然な形で﹃魔動甲冑﹄を手に
することが出来るでしょ?﹄
 つまり、ノーラは自作自演を仕掛けようと持ちかけているのだ。
﹃し、しかし街中で暴れた場合、一般市民に危険が⋮⋮﹄
﹃何言ってるの。そんなの小さい問題だよ。だって、今は純潔乙女
騎士団存続の危機だよ。巻き込まれて死ぬ一般人だってきっとあの
世で納得するよ。だって、街を守る純潔乙女騎士団が元に戻れば、
もっと沢山の人が救えるんだから。尊い犠牲だよ﹄
 それとも︱︱と、彼女が続ける。
﹃﹃純潔乙女騎士団は落ち目﹄﹃所詮は女子供の遊び﹄﹃金だけ巻
き上げて、ぶくぶく太るだけの雌豚共﹄なんて陰口言われても言い
の?﹄
﹃そ、それは⋮⋮﹄
レギ
﹃他にもあったね。確か﹃無能集団﹄﹃過去の栄光に縋るだけの軍
オン
団﹄﹃ゴミ集団﹄なんて。ノーラだったら、そんなこと言われたら
恥ずかしくて生きていけないな。もう死んだ方がマシ? って感じ
だよ﹄

1425
﹃くッ!﹄
 ルッカの脳裏に過ぎる嘲笑。
 そして︱︱彼女は魔王の手先のような黒い少女と手を結んだ。
﹁︱︱なのに、ルッカは今頃になって裏切るんだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 俯くルッカを、冷めた瞳でノーラは見つめていたが、気分屋の子
猫のように彼女へ背を向ける。
ピース・メーカー
﹁別にそれならそれでいいけど。PEACEMAKERへの報復は、
面倒だけど彼らがココリ街を離れたら追いかけて勝手にやらせても
マジック・アーマー
らえばいいわけだし。でも、その場合、﹃魔動甲冑﹄を譲る話は無
しだからね﹂
﹁か、金なら言い値で払う! だから⋮⋮譲って欲しいッ﹂
﹁駄目だよ。いくら払われても無理。それに今更、﹃魔術師殺し騒
動を起こした甲冑を、知り合いの商人から買いました﹄って話が通
ると思う? 追求されて、ノーラとルッカが裏で繋がっていたこと
が露見するのがオチだよ﹂
﹁くッ⋮⋮﹂
 ノーラは再度、ルッカへと向き直る。
﹁⋮⋮また大切な大切な純潔乙女騎士団を、何も知らない無知無能
なゴミみたいな人達に馬鹿にされればいいんだよ。あの惨めったら
しい日々に戻っちゃえば?﹂
 ルッカの顔から血の気が引く。
 彼女が誇りに思う純潔乙女騎士団を侮辱する人々。

1426
 その侮蔑に反論出来るほどの力を持たない、自分自身の無力さ。
︵ただ悔しさを奥歯で噛みしめ、堪え忍ぶ日々に再び自分は戻るの
か⋮⋮!?︶
 気付けば自然と声を上げていた。
﹁ま、待ってくれ! 今の話は無しだ! 私はノーラに組織﹃黒﹄
マジック・アーマー
に引き続き協力しよう! だからどうか﹃魔動甲冑﹄は譲ってくれ
! 頼む!﹂
 プライドの高いルッカが、腰から折り曲げ頭を下げる。
 そんな彼女を、ノーラは気付かれないよう﹃ニヤニヤ﹄と厭らし
い笑みを浮かべて見下す。
 ノーラはねこなで声でルッカの肩に腕を回す。
﹁頭を上げてよ、ルッカ団長。ちゃんと約束さえ守ってくれれば、
マジック・アーマー
望むだけの﹃魔動甲冑﹄を譲るに決まってるでしょ。それが最初の
約束なんだから。それにノーラと団長は秘密を共有する友達同士じ
ゃない。友達が困っているのに、協力しないはずがないでしょ?﹂
﹁そ、そうか友達か、ありがとうノーラ。礼を言おう﹂
﹁⋮⋮うふふふ、どういたしまして。とりあえず、このままこの場
ピース・メーカー
所は借りるね。あのPEACEMAKERを皆殺しにするために、
マジック・アーマー
﹃黒﹄に要請してちょっと多めに﹃魔動甲冑﹄を呼び寄せるから、
スペースが必要なの﹂
﹁分かった、遠慮無く使ってくれ。それと必要な物があったら言っ
てくれ、精一杯配慮しよう﹂
 ルッカの申し出に改めてノーラは、天使のような笑みを浮かべた。

1427
﹁ありがとう団長。⋮⋮それじゃノーラ達の幸せと栄光のために、
これからも仲良くしましょうね﹂
第119話 魔動甲冑︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月29日、21時更新予定です!
活動報告書きました!
良ければチェックして頂ければ幸いです!
1428
第120話 純潔乙女騎士団、副団長ラヤラ・ラライラ
ギルド
 冒険者斡旋組合に事情説明に出かけて数日。
ピース・メーカー
 オレ達、PEACEMAKERは紅甲冑の襲撃に警戒しながらも、
それぞれの役割をこなしていた。
 オレとメイヤは飛行船の工房に引き籠もり、﹃対戦車地雷﹄作成
に取り掛かっている。
 スノー、クリス、リースは街の地理を覚えるため3人一緒に出歩
いていた。
 今最も忙しいのはシアだ。
 彼女にはオレからある調査を依頼している。
 その調査のために彼女はオレ達の前から姿を消していた。

1429
 結果、同じ敷地内に居るにも関わらず、あまり純潔乙女騎士団の
団員達と交流する機会は廻ってこなかった。
 団長であるルッカに敵視されているため、他団員も率先して声を
かけ辛いというのもある。
ピース・メーカー
 そのためオレ達、PEACEMAKERの身の回りの世話︱︱必
要な小物、消耗品、連絡事項や取り次ぎなどの雑務等は、副団長が
担当している。
 純潔乙女騎士団副団長、獣人種族タカ族、ラヤラ・ラライラ。
 背丈はクリス、ルナとほぼ同じぐらい。髪は長いが、癖毛で苦労
していそうだ。
 背中には鷹の羽を背負っている。この羽を使って空を飛ぶことも
出来るらしい。
 目の下に濃いクマがあり、副団長という立場にもかかわらず自信
の無さそうな態度で、いつも挙動が妖しい。
 そのせいかルッカと比べて、他団員達からもやや冷たい態度を取
られている。お陰で余計な雑務、面倒事をよく押し付けられている
ようだ。
 だが、ラヤラ自身もそれが当然、当たり前という態度だから周囲
の評価も変わらない。
 お世話になっているせいもあり、オレはついお節介で口を出して
しまった。
 どうして冷遇を改善しようとしないのか?
 彼女は目線をキョロキョロと反らしながら理由を話してくれる。
﹁ふ、フヒッ、しかたないんです、う、ウチは建前上の副団長でし

1430
かありませんから﹂
 ラヤラ曰く︱︱彼女は獣人大陸出身で、実家は魔術師を多数輩出
している名の通った貴族だった。
 彼女は生まれつき魔力値だけでS級レベル。
 さらに種族の特性として目が良く、背中の羽で一定時間空を飛ぶ
ことも出来る。
 それ故、実家でも、周囲からも将来を嘱望された︱︱が、彼女に
は致命的な欠点があった。
 その欠点とは⋮⋮攻撃魔術が一切使えない、という点だ。
 本人曰く、攻撃魔術どころか、攻撃自体が呪いをかけられている
んじゃないかと疑うほど下手らしい。
 回復や防御といった魔術は問題なく使用出来るのにだ。
 この世界では、攻撃魔術を使えない魔術師には価値があまり無い
らしく、彼女は著しく肩身の狭い思いをしているようだった。戦い
が多い中、皆が普通に出来ることを出来ないのだからということな
のだろうが⋮⋮。
 そのせいで魔術師学校からはラヤラは退学し、期待をかけていた
両親は体面を気にして、多額の寄付金を支払い彼女を純潔乙女騎士
団に放り込んだ。
 純潔乙女騎士団も、魔術師の才能があり、貴族の娘であるラヤラ
を一団員に据えるわけにはいかず、結果として彼女は副団長の地位
を与えられた。それ故、周囲からは冷ややかな態度を取られてしま
っているらしい。
﹁だ、だから、フヒ、しかたないんです。が、ガンスミス卿も気に
しないでください。う、ウチも気にしてないので﹂

1431
 ラヤラは事情を説明し終えると、理由を尋ねたオレを逆に慰めて
きた。
 オレはそんな彼女に昔の︱︱引き籠もっていた頃のクリスの姿を
重ねてしまう。お陰で感情移入してしまい、攻撃が致命的に下手と
いう欠点を、銃器で補う事をつい提案してしまった。
 しかし、ラヤラの反応は鈍い。
 どうやらそうとう攻撃下手がトラウマになっているようだ。
 そんな彼女にオレは優しく声をかける。
﹁大丈夫、ラヤラでも簡単に扱える物だから。折角なんだし、試し
に一度やってみようぜ﹂
﹁ふ、フヒッ、が、ガンスミス卿がそこまで言うなら⋮⋮﹂
 彼女は渋々了承。
 翌日の午後、純潔乙女騎士団グラウンドの使用許可を取る。
 そして翌日、午後。
 オレとメイヤ、ラヤラが純潔乙女騎士団グラウンドに姿を現す。
 メイヤがグラウンドに魔術で簡単な土壁を作り出し、それを射撃
の的にする。
 メイヤはラヤラに向き直ると、長い髪を勢いよく弾いた。
﹁貴女はとても幸運な人よ。天下天上にまで名を轟かせるリュート
様から直接、ハンドガンの手ほどきを受けられるなんて。羨ましい
ですわ! 本当に羨まし過ぎて⋮⋮今なら小動物ならやれそうです

1432
わ﹂
﹁ふ、ひ!?﹂
 怖い、怖い、怖い。
 眼、というか全身から負のオーラを迸らせる。
 これから特訓する相手を威嚇してどうする。
 とりあえず気を取り直して、ラヤラに﹃S&W M10﹄リボル
バーを手渡す。
﹁こ、これが、フヒ、武器ですか?﹂
﹁そう、リボルバーっていう飛び道具だよ﹂
 ラヤラはおっかなびっくりに渡されたリボルバーを両手で握る。
 リボルバーを選んだ理由は︱︱反動が小さく、軽量、操作が複雑
ではないからだ。
カートリッジ トリガー
 弾薬は既に入れているため、引鉄を絞れば弾丸が発射される。
 ラヤラが攻撃魔術を使用出来ない理由は、その性格にあると思う。
 彼女はあまり気が強い方ではない。そのため﹃上手く攻撃出来る
か?﹄﹃相手や的に上手く当てることが出来るか﹄など不安が先走
り、結果として失敗してしまうのではないだろうか?
トリガー
 その点、リボルバーなら女子供でも引鉄を絞れば弾丸が飛び出す。
最悪、的の距離を短くすれば当てるのもそう難しくはない。
 今回の体験を通して、﹃攻撃する﹄という行為に慣れて自信をつ
けて、将来的には攻撃魔術を使えるようになってくれればいい。

1433
 とりあえず、ラヤラが怪我をしないように注意しつつ、彼女の後
ろに回って銃の握り方から教える。
 まるで前世の地球で、テニスコーチが生徒にテニスラケット握り
方を教えるような感じになる。
 そんなオレ達の様子をメイヤが眺めて、ぶつぶつと言葉を漏らす。
﹁羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨
ましい⋮⋮羨まし過ぎますわ﹂
 だから、怖いって!
 ラヤラが怯えるから止めろ。
トリガー
 彼女に握り方、狙いの付け方、引鉄を絞れば弾丸が飛び出す︱︱
攻撃出来ることを教えてラヤラから体を離す。
 彼女が狙うのは、約5メートル先の的だ。
﹁フヒ、い、いきます﹂
﹁気を付けて、ゆっくり人差し指を絞ればいいだけだから﹂
﹁はひぃ﹂
トリガー
 彼女はオレの応援を背に、引鉄を絞った。
 パン!
 発砲音。
 なぜかオレの耳元を弾丸が空気を裂く、擦過音が響く。
 頬を熱さと鋭い痛みが走り抜ける。

1434
﹁ほわぁ!?﹂
﹁りゅ、リュート様!?﹂
 ラヤラが発砲した弾丸が、オレの頬をかすめたのだ!
 馬鹿な! ありえない! 
 オレは彼女のほぼ真後ろに居たんだぞ! なのになぜ、弾丸が頬
をかすめるんだよ!?
 ラヤラは自身がやったことに気が付き、涙目で何度も謝罪を繰り
返す。
﹁す、すみません! すみません! 本当にすみません! う、ウ
チがやるとなぜか的に当たるどころか変な場所に当たったりするん
です! 決して、ガンスミス卿を狙ったわけじゃありません!﹂
﹁わ、分かった。分かったから落ち着いてくれ、リボルバーを手に
したまま激しく動いたら危ないから﹂
トリガー
 一応、彼女は引鉄から指を離しているから発砲することはないだ
ろうが⋮⋮。
 とりあえずこの距離からの発砲は止めることになった。
 もしかしたらこの距離が悪いのかもしれない。
 オレ達はさらに的から距離を縮める。
 銃口が的から10センチほど離した位置から再度発砲を試みた。
 これなら間違っても、背後に弾丸が飛んで来ることは物理的にあ
り得ないだろう。

1435
﹁さっきの射撃は忘れよう。今度はその距離で撃って、まず的に当
てる感覚を養おうか﹂
﹁フヒ、わ、分かりました﹂
 念のためオレはメイヤが作り出した抵抗陣の影に隠れておく。
﹁う、撃ちます﹂
トリガー
 そして、ラヤラが引鉄を絞る。
 コツン。
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
 弾丸が発射されず、しばしの沈黙が場を支配した。
ミスファイア
﹁⋮⋮はっ!? 不発!?﹂
ミスファイア トリガー
 不発とは、引鉄を絞っても弾丸が発射されないことだ。
カートリッジ
 原因は多々ある︱︱単純に弾薬が入っていない。
ハンマー
 撃鉄の動作不良、または壊れている。
プライマー
 雷管が発火しない。
パウダー
 発射薬が破裂しないだ。
ちはつ
 また﹃遅発﹄の可能性もあるため、少しの間ラヤラにそのままリ
ボルバーを動かさず持っているよう慌てて指示を飛ばす。
ちはつ
﹃遅発﹄とは、何秒か遅れて弾丸が飛び出す現象のことだ。本当に
極希な現象である。
ちはつ
﹃遅発﹄の場合、標的に向けた銃口を最低でも10秒以上は向けな

1436
ければならない。
ちはつ ミスファイア
 どうやら﹃遅発﹄ではなく、不発らしく1分以上経っても弾丸は
発射されなかった。
カートリッジ
 オレは念のため、一度リボルバーから弾薬を全弾抜き取り、新た
に詰め直す。
﹁そ、それじゃもう一度やってみようか﹂
﹁は、はひ﹂
トリガー
 ラヤラは再び、リボルバーを構えて引鉄を絞る。
 コツン。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ミスファイア
 再び不発。
カートリッジ ミスファイア
 新たに変えた弾薬まで不発するとは!?
 攻撃が当たらない、苦手なんてレベルじゃない。もう呪いの領域
だ。
 こんなある意味で凄い人物が居るのかと︱︱オレは驚愕してしま
う。
 結局、ラヤラが以後、リボルバーから弾丸を飛ばすことはなかっ
た。

1437
 またラヤラに驚いているせいで、オレ達を睨む視線に気づけなか
った。
 純潔騎士団本部から、オレ達がいるグラウンドを見つめるルッカ
の視線に︱︱。
第120話 純潔乙女騎士団、副団長ラヤラ・ラライラ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、3月31日、21時更新予定です!
そろそろ3月も終わりですね。
近所の桜が咲き始めました。
時間を見て花見とか行きたいですね⋮⋮行くとしたら一人でですが
⋮⋮
1438
第121話 ルッカの過去
 純潔乙女騎士団、団長であるルッカは、グラウンドで射撃練習を
する副団長ラヤラの姿を本部から眺める。
 気付けば無意識に歯茎から血が滲むほど歯ぎしりしていた。
︵ただのお飾りとはいえ、伝統ある純潔乙女騎士団副団長が、あん
な訳の分からない魔術道具の練習をするなんて⋮⋮ッ︶
 ルッカは今すぐにでも、魔術道具を握っている副団長の腕を切り
落としたい衝動に駆られるほどだった。
 彼女の美意識的に数日前、紅甲冑を撃退したリュート達の魔術道
具は邪道でしかない。
 ルッカは飛び道具を否定するつもりはない。

1439
 しかし、リュート達の魔術道具︱︱銃器は、彼女にとって美しさ
がまったくない。
 ルッカが理想とする純潔乙女騎士団にそぐわないのだ。
 だから、許せない。
 それを手にしているだけ殺意すら湧き上がってくる。
 同時に悲しみが濁流のように押し寄せてくる。
︵昔はよかった⋮⋮本部にも活気があり、支部も賑わっていた。団
員達は皆、純潔乙女騎士団に敬意を持ち、気高くあろうと常に高い
意識を保ち、努力していたというのに⋮⋮︶
 ルッカは目を閉じる。
 彼女はどんな時でも、目を閉じ思い返せば、初めて純潔乙女騎士
団と出会ったシーンを思い出すことが出来た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 獣人種族、イタチ族のルッカは獣人大陸の寒村に産まれ、育った。
 彼女が幼い頃、村は魔物に襲われた。
 両親、兄弟姉妹はあっという間に殺され食べられてしまった。
 ルッカもすぐに魔物のエサになろうとしていたが︱︱暗い絶望を
赤い風達が吹き飛ばしてくれたのだ。

1440
 純潔乙女騎士団メンバーが、村の危機を知り助けに来たのだ。
 当時、全盛期の純潔乙女騎士団は強く村を襲っていた魔物達は、
まさに鎧袖一触。瞬く間に魔物達を殲滅してしまう。
 助けられたルッカは彼女達、純潔乙女騎士団はお伽噺に出てくる
勇者様達のようだと感動した。
 両親、兄弟姉妹が殺されたというのに、悲しみより﹃彼女達のよ
うになりたい﹄という強烈な憧れに身を焦がしたのだ。
 そして、当時の純潔乙女騎士団は本部があるココリ街以外にも、
支部をいくつも持っていた。
 そのため羽振りもより、孤児院も経営していた。
 両親を亡くし、頼れる親族も居ないルッカは、純潔乙女騎士団が
営む孤児院へと入れられる。
 ルッカはすぐさま﹃純潔乙女騎士団に入りたい!﹄と願い出て、
彼女達が主催する稽古に参加するようになった。
 ルッカに魔術師としての才覚はなかったが、剣の筋は良く彼女は
ひたすらその腕を磨き続ける。
 当時の純潔乙女騎士団の団員達は皆強く、魔術師B級やBプラス
級なども抱えるほどだ。
ギルド
 冒険者斡旋組合のクエスト依頼で遠征に行き、魔物を退治し、野
レギオン
盗を捕らえ、他軍団や街の危機などを何度も救った。
 彼女達が本部があるココリ街に遠征から戻ってくると、民衆は街

1441
を上げて帰還と上げた武功を祝った。
 吹雪のように花びらが舞、広い道を埋め尽くすほど人々が集まり、
帰ってきた純潔乙女騎士団のメンバー達へ歓声を喉が潰れるほど送
る。
 そんな中をメンバー達は赤い甲冑を纏い、角馬に乗って手を振り
声に応える。
 キラキラと光る宝石のような光景。
 ルッカはそんな姿を前に再度、憧れた。
 将来、自分も彼女達のようになりたいと︱︱身を内側から焦がす
ほど憧れたのだ。
 そして入団試験を受けられる年齢になる。
 ルッカはなんとか試験に受かり、一番下っ端から見習い団員生活
を始めた。
 訓練と雑用生活。
 しかし彼女はまったく苦にならなかった。ずっと憧れてきた純潔
乙女騎士団の団員としての生活なのだから。
 魔術師の才能が無いぶん、剣術の練習にのめり込んだ。
 真摯で真面目生活態度と剣の腕前を見込まれ、同期の中でも早く
正規団員として引き上げられた。
 長年、夢視ていた舞台にようやく立つことが出来たのだ。
 彼女は夢の舞台に少しでも長く経ち続けるため、さらなる剣術練
習に傾倒する。その成果のお陰で、戦に出ても危なげなく魔物や敵
対者を屠ることが出来た。
 気付けば、純潔乙女騎士団随一の剣の腕前を持ち、団長にまで任
命された。

1442
 ルッカはその事に絶望した。
 魔術師でもない自分が団長になってしまうほど、純潔乙女騎士団
の全体的なレベルが落ちてしまっていたのだ。
 原因は主力だった魔術師の団員、他実力者達が結婚や怪我や一身
上の都合により退団してしまったからだ。
 また純潔乙女騎士団の入団試験も、組織の弱体化させた原因だ。
 純潔乙女騎士団は女性なら、試験に合格すれば入団することが出
来る。
 故に一発逆転を狙い貧しい農村、商人、貴族の女性が試験を受け
る。
 大抵、魔術師の才能がない者達だ。
 希望者の割合として魔術の才能の無い者が多かった。試験に合格
さえすれば、そんな彼女達を採用する。結果、組織は弱体化してし
まった。
レギオン
 他軍団が台頭し、優秀な人材が流れたり、奪われたりしたのも原
因の一端だ。
 こうして気付くと、支部まであった純潔乙女騎士団は本部を残し
縮小してしまう。
 ルッカはなんとか弱体化に歯止めを掛けようと対策に乗り出すが、
何もかもが遅すぎた。
 OGには肉体の老化、妊娠、子育て等で断られる。
 選抜試験の厳格化はシビアになりすぎて、合格者が出ない状況に。
さらに受験者のやる気を削ぐ形になり、翌年の受験者は大きく数を

1443
減らしてしまう。
 他、有力な冒険者や魔術師のスカウトも失敗。
 完全な手詰まりに陥った。
 そんな彼女は︱︱レースやフリルでゴテゴテ着飾ったノーラ、組
織﹃黒﹄の所属者に話しかけられ、﹃魔動甲冑﹄の存在を知る。
 確かに魔動甲冑さえあれば、純潔乙女騎士団の再起は確実だろう。
︵しかし、本当にこのまま魔王の手先のようなノーラに協力し続け
てもいいのだろうか⋮⋮︶
 純潔乙女騎士団の団長にしか知らせない決まりの隠し砦で彼女と
会話した時、最後は上手く乗せられて同意するような発言をしてし
まった。
 今はあれから大分時間が経ち、﹃このままでいいのだろうか⋮⋮﹄
という慚愧の念が産まれているのも事実。
 ルッカは手を痛いほど握り締め、何度も己の心に問いかける。
 そんな彼女の決心を固める事件が起きるのは、それから数日のこ
とだった。
1444
第121話 ルッカの過去︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月2日、21時更新予定です!
1445
第122話 立て籠もり事件
 夕食。
 基本的に食事は、自分達で用意し摂っている。
かおりちゃ
 現在は夕食を終えて、シアが淹れてくれた香茶で喉を潤していた。
﹁それで頼んでいた仕事の経過はどうなっている?﹂
﹁はっ、予定は7割ほど消化済みです。近日中に終了するかと﹂
﹁ご苦労さん、もっと人員が居ればそっちにまわせられるんだけど﹂
﹁いえ、これがボクの仕事ですから﹂
 オレとシアが依頼した仕事内容の経過を確認している横で、スノ
ー達はというと︱︱
﹁古今東西、リュートくんの良い所! おヘソの匂いが良い匂い!﹂

1446
 パンパン、と手を叩き次へ。
 クリスがミニ黒板を掲げる。
﹃右腕から血を吸うと、ちょっと甘いところ﹄
 パンパン、と手を叩き次へ。
 メイヤが真顔で告げる。
﹁存在そのもの!﹂
 パンパン、と手を叩き次へ。
 リースが顔を真っ赤にしながら、
﹁夜、して頂く時、リュートさんは私のお尻を力一杯叩いてくだ︱
︱﹂
﹁はい! 中止中止!﹂
 オレはリースの台詞を遮り、彼女達の輪に割って入る。
 彼女達がやっている﹃古今東西ゲーム﹄は、もちろんオレが旅の
移動中暇そうにしていた嫁達に教えたものだ。
 しかし、内容までは関知してない。
 なんだよ﹃古今東西、リュートくんの良い所﹄って⋮⋮。
﹁だいたい、スノー。ヘソの匂いなんて何時嗅いだんだよ。嗅がれ
た覚えなんてないぞ。だいたいマニアック過ぎるだろ、ヘソの匂い
って⋮⋮﹂
﹁当然だよ、リュートくんが寝ている時に嗅いでいるんだもん。そ
れに全然、マニアックじゃないよ、普通だよ!﹂

1447
 いいや、絶対マニアックだ。
 クリスとメイヤの解答も酷い。
﹁クリスも右腕から血を吸うと甘いってなんだよ? じゃぁ、左腕
から吸ったらどんな味になるんだ?﹂
﹃左腕はコクがあります﹄
 コクって⋮⋮オレの体に一体何が⋮⋮。
﹁メイヤもなんだよ、﹃存在そのもの﹄って﹂
﹁言葉の通りですわ! リュート様の良い所とは、この世に誕生し、
存在してくださったこと! つまり、リュート様はこの世に存在す
るだけで、世界をあまねく照らす光のようにありがたい存在なので
すわ!﹂
 もうなんか新しい宗教レベルだよね、それ。
 そして他3人より酷い解答をしたのが、リースだ。
 彼女も恥ずかしいなら、わざわざ言わなくてもいいのに⋮⋮
﹁リュートさんが、恥ずかしがる女性を見るのは好きだとベッドで
よく仰っていたので⋮⋮﹂
 気持ちは嬉しいけど、TPOぐらいは弁えようよ。
 オレがげんなりしていると、
﹁︱︱ッ﹂
﹁シア?﹂
 給仕に徹していた彼女の変化に気付き声をかける。
 この中で一番気配察知に長けるシアが何かに気付いたようだ。

1448
﹁外がなにやら騒がしいです﹂
﹁まさか、甲冑野郎がついに正面から攻め込んできたのか?﹂
 オレの発言に皆が身を堅くする。
 だが、シアは否定した。
﹁いえ、戦闘の気配はありません。⋮⋮ただ、何かあったのは確か
なようです。あわただしい気配が﹂
﹁⋮⋮そうみたいだな。状況を把握するため、ちょっとガルマに会
ってくる。シア、ついてきてくれ。リース、念のため﹃コンファー﹄
をシアに。スノー達は部屋で待機、もし問題が起きたらスノーの判
断で動いてくれ﹂
 嫁達の返事を聞き、オレは部屋のドアへと向かう。
 シアはリースから﹃MP5K﹄が収納されている﹃コンファー﹄
を手渡され、オレに続いて部屋を出た。
 オレ達が向かう先は、純潔乙女騎士団顧問室だ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ノックの後、顧問室に入るとガルマと団長であるルッカが、なに
やら深刻そうな顔で話をしていた。
 ガルマがオレの後ろに控えているシアが持つ鞄に気付くと、あか
らさまに顔を引きつらせる。

1449
 ルッカは汚物を見るように顔を顰めた。
﹁あー、リュート殿。儂の部屋を風通し良くしなくても大丈夫だぞ。
下手に壊されたら請求先が無くて、青空顧問室として生活をしなけ
ればならなくなるからね﹂
 冗談半分、本気半分の口調でガルマに指摘される。
 おいおい、まるでその言い方じゃ、オレ達がトリガーハッピーの
ようじゃないか。
 とりあえず、オレも冗談で返答した。
﹁ご安心を、彼女が持っているのはただの鞄ですよ。それで何かあ
ったんですか、皆あわただしく動いているようですが。甲冑野郎で
も攻めて来たんですか?﹂
﹁騒がせしてすまんな。甲冑野郎が攻めてきたわけではないのだが
⋮⋮﹂
 ガルマは﹃どう説明すればいいのか﹄と自身の頭を撫でた。
﹁実は今、街の家屋を1人の男が、家主の女性達数人を人質に立て
籠もっているんだ。しかも彼の要求は︱︱﹃今すぐ魔術師殺しの甲
冑野郎を自分の前に連れてこい! さもないと人質を殺す!﹄とい
うことらしくて﹂
﹁随分物騒な話ですね。彼はいったい甲冑野郎に何をされたんです
か?﹂
﹁立て籠もっている彼の知り合いの証言から、どうやら恋人だった
冒険者仲間の魔術師が殺され、遺体も持ち攫われたらしい。その復
讐のため、あの甲冑を血眼になって捜索したらしいがまったくの空
振りで⋮⋮最後はここにきてしまったらしい﹂

1450
 ガルマは指先を自身の頭に向ける。
 ここ、というのは頭という意味か。
﹁それで純潔乙女騎士団に話が駆け込んできたんだ。今はその解決
の準備中だ﹂
 なるほど、だから皆殺気立ち、準備で騒がしかったのか。
 オレは思わず尋ねる。
﹁それで、どうやって事件を解決するつもりですか?﹂
﹁︱︱申し訳ないが、貴方達のクエスト依頼は﹃魔術師殺しの討伐﹄
。今回は業務内容に含まれていない。部外者が余計な口を挟むマネ
をしないで欲しいのですが﹂
 今まで黙っていた団長のルッカが、睨み付け断言してくる。
 だが、オレは引き下がらない。状況が分かった以上、指をくわえ
て見ている訳にはいかない。
﹁確かにクエスト依頼は﹃魔術師殺しの討伐協力﹄だけですが、今
ピース・メ
は人の命がかかっている。そういう垣根を越えて、PEACEMA
ーカー
KERとして手伝えることがあれば協力したいのです。事件に手を
貸したからといって、追加で報酬を望んだりもしません﹂
﹁ルッカ団長、リュート殿の言うとおり今は人質の無事が優先。実
際、我々では現状、ただ立て籠もっている建物に突入して強引に犯
人を取り押さえる方法しかない。その場合、確実に人死が出るだろ
ピース・メーカー
う。⋮⋮しかし、PEACEMAKERが協力してくれるなら、1
レギオン
人の死者を出すことなく解決出来るかもしれない。なら、軍団の垣
根を越えて協力し合うのが最良だと思うが⋮⋮違うかね?﹂

1451
﹁ガルマ顧問! 貴方はどちらの味方なのですか! この街を守護
レギオン
しているのは純潔乙女騎士団なのですよ! 他の軍団の手を借りて
しまったら、血税を納めてくださっている市民達に後ろ指をさされ
てしまいます!﹂
ピース・メーカー
﹁だったら折衷案として︱︱﹃PEACEMAKERは協力します
が、純潔乙女騎士団の指示で動いている﹄という設定でいけば、そ
ちらの面子も立つのではないですか?﹂
﹁⋮⋮ルッカ団長。この辺が落としどころだと儂も思うが?﹂
﹁⋮⋮ッ。分かりました。ですが、もし今回の件で問題が起きたら
ピース・メーカー
今後一切、私達の管轄にPEACEMAKERの介入は許しません
から! 私は本部に残らせて頂きます!﹂
 オレの大幅譲歩とガルマの援護にルッカが条件を出して引き下が
る。彼女はオレ達に背を向けると、荒い足取りで部屋を出て行く。
 ガルマは居心地悪そうに頭を掻きながら、オレへ水を向けてきた。
﹁それでリュート殿、実際の所どうする? 先程も言ったが我々で
は強引に突入して、立て籠もり犯を取り押さえるしか手はないのだ
が⋮⋮﹂
﹁大丈夫、自分に考えがあります。ですが、実行するには人手が足
りないので、是非純潔乙女騎士団の団員さん達にもご協力お願いし
ます﹂
﹁分かった。儂も一緒に現場へ同行して、その途中で皆に伝えよう﹂
﹁ありがとうございます。それでは時間も無いので、今すぐ現場に
向かいましょう。まずは現在の状況を把握するのが先決ですから。

1452
自分達もすぐに準備に取り掛かります。それでは失礼します﹂
 オレはガルマに礼を告げて、部屋を後にする。
第122話 立て籠もり事件︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月4日、21時更新予定です!
1453
第123話 減音器
 駆け足であてがわれている部屋にオレとシアは戻った。
 部屋で待機していたスノー達へ簡単に現状を説明する。
﹁︱︱と、言うわけで今夜のお楽しみパーティーは後日ということ
で。これから人質救出作戦を開始する。早速、準備を始めてくれ﹂
 オレの指示に彼女達はすぐさま応えてくれる。
 シアもメイド服から、素早く野戦服へと着替えた。
 てか、本当に一瞬で着替えたがどうやったんだよ⋮⋮。
 これは恐らくあれだ。
 気にしたら負けというヤツだな⋮⋮。

1454
 オレは意識を切り替え、リースに指示を飛ばす。
バレル
﹁﹃MP5K﹄じゃなくて、もう1つの方、太い筒みたいな銃身の
﹃MP5SD﹄の方を出してくれ﹂
﹁これですか?﹂
﹁そうそれ。スノー、シアも受け取っておいてくれ﹂
 2人は指示通り、リースから﹃MP5SD﹄を受け取る。
 一通り最低限の準備が終わり、オレ達は外に待たせてある馬車へ
と足早に向かう。
 ちょうど純潔乙女騎士団の団員達も、馬車に乗るところだったら
しい。
 オレ達はそのうちの1台に乗り込み、現場へ行く。
ピース・メーカー
 御者台で角馬を操る団員以外、馬車内部はPEACEMAKER
メンバーしかいない。
 リースから弾倉を受け取り、予備弾倉をマガジンポーチに入れて
いるオレにメイヤが尋ねてきた。
 ︱︱彼女を1人本部に残して甲冑野郎に襲われたら危険のため、
連れて来ていたのだ。
﹁リュート様、質問宜しいでしょうか?﹂
﹁いいよ。まだ現場に着くまで時間があるしね﹂
﹁ありがとうございますわ。それで気になったのですが、どうして
今回使用するのが﹃MP5K﹄ではなく、﹃MP5SD﹄なのでし
ょうか?﹂
サブマシンガン
﹁それ、わたしも気になってたんだよ。どちらも短機関銃なのに、

1455
どうしてわざわざ使い分けるの?﹂
 メイヤの質問にスノーが反応する。
 またクリス、リースも無言で頷いていた。
 オレは黙々と準備を進めながら、皆の問いに答える。
サブマシンガン
﹁確かにどちらも短機関銃だが、どうして今回、﹃MP5K﹄では
なく、﹃MP5SD﹄を選んだかというとだ︱︱﹂
サプレッサー サイ
﹃MP5K﹄と﹃MP5SD﹄の違いは、銃に﹃減音器﹄又は﹃消
レンサー
音器﹄が付いているか、付いていないかだ。
サプレッサー サイレンサー
 では﹃減音器﹄又は﹃消音器﹄とは一体なにか?
 端的に言うと銃声を﹃減音﹄させるための器具、または装置のこ
とだ。
サイレンサー サプレッサー
 専門家によって﹃消音器﹄ではなく、﹃減音器﹄と呼ぶべきだと
指摘する人も居る。完全に消音できる訳ではないからだ。
サプレッサー サイレンサー
 今後は一応、﹃減音器﹄で統一するが、﹃消音器﹄と一緒だと思
って欲しい。
 話を続ける。
 ⋮⋮今回は、恐らく室内に突入して発砲する確率が高い。
サプレッサー
 その場合、﹃減音器﹄付きの銃器でないと色々問題が起きるから
だ。
サプレッサー
 1つ︱︱﹃減音器﹄無しの銃器を室内で発砲すると、自分の耳を
痛め麻痺させてしまう。そうなった場合、周囲の物音を捕らえにく

1456
くなる。
 2つ︱︱麻薬の売人が潜む自家製の薬物精製所などでは、銃口か
らの火炎が引火の恐れを招く。
 3つ︱︱暗闇で発砲した場合、犯人に銃口からの火炎で自分達の
居場所をばらしてしまう。
 以上だ。
サプレッサー
 訓練によって銃声に慣れるので問題無い。だから﹃減音器﹄など
必要無し、と考える人も居る。
 だがそれはただの錯覚だ。
 耳へのダメージは確実に蓄積されている。
 耳は90デシベル以上の音にさらされ続けると難聴になる可能性
が高い。
 電車のガード下の音が約100デシベル。
 ジェットエンジンの轟音は約120デシベル。
 銃の発砲音は約140デシベルもある。
 9mm弾︵9ミリ・パラベラム弾︶やライフル弾、マグナム弾だ
と約165デシベルになる。
 もちろん銃声は一瞬で消えてしまう性質の音だが、瞬間的な大音
量は衝撃波となって聞いた者の耳を襲う。
 最終的には日常生活に支障を来すほどになる。
 このような症状を﹃音響性外傷﹄という。
サプレッサー
 ところが﹃減音器﹄を使用すると約30デシベルも減少できる。
これは対数計算上1000分の1の音量に軽減されることを意味し、
耳栓をしなくても発砲できる音量になるのだ。

1457
 だからオレはわざわざ怪しまれず武器を持ち運ぶ用の﹃MP5K﹄
サプレッサー
、室内へ強襲し発砲するための﹃減音器﹄付き﹃MP5SD﹄の2
種類を作り出したのだ。
 オレはスノー達に分からないだろう&話せない単語を省き、彼女
達に説明を終える。
 するとちょうど馬車は立て籠もり事件が起きている現場へと到着
した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 現場は閑静な住宅街の一角。
 高級と下層の中間︱︱中流層の上位が住む庭付き1階建ての建物
だ。
﹁早く甲冑野郎を連れてこい! さっさとしないと人質をぶっ殺す
ぞ!﹂
 眼がドロリと濁っている男が、大きめの窓から野次馬達へ向けて
叫んでいる。
 手にはよく磨かれている剣と人質の女性だ。
 女性は逃亡阻止のためか、手を紐で縛られ、口には猿轡をカマさ
れている。
 本来、日の光を最大限取り入れるための大きな窓が、今夜は犯人
が周囲に要求を伝えるための舞台になっている。

1458
 オレは遠目で状況と周辺を確認しつつ、馬車から完全武装で下り
てきた純潔乙女騎士団団員達に眼を向ける。
 オレは一緒に同行してくれたガルマに、現在居る団員数を尋ねた。
﹁全部で何人いるんですか?﹂
﹁この場には24名揃っている﹂
 24人か⋮⋮出来ればもう少し欲しかったが、贅沢は言えないか。
純潔乙女騎士団本部を空にする訳にはいかないだろうし。
 オレは正面に並ぶ団員達をぐるりと一瞥する。
ピース・メーカー
﹁今回は人質救出を最優先にするため、PEACEMAKER代表
のリュート・ガンスミスが指揮を執ります。異存、質問がある人は
挙手を﹂
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
 少女達は馬車移動中にガルマから話を聞かされたのか、反対の声
をあげる人物は出てこなかった。
 話が早くて助かる。
 オレは再度、団員達をぐるりと見回す。
 少女達は事件が起きている現場に居るためか、皆一様に顔が強張
っている。
﹁事態は一刻を争い、卑劣漢の手には命を奪える刃と人質が居ます。
そんな彼女達は、この街を守護する純潔乙女騎士団の助けを待って
いるのです。⋮⋮緊張と不安で胸がいっぱいでしょうが、自分が出
来る最善を出し、無事人質を傷つけることなく救いだしましょう﹂

1459
 オレの言葉に、先程まで強張っていた少女達の顔が引き締まって
いた。
 オレは彼女たちのその表情を見て、満足げな微笑みを浮かべて彼
女達に告げる。
﹁それでは淑女の諸君、状況開始だ﹂
第123話 減音器︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月6日、21時更新予定です!
やばいです。最近、後書きのネタが思いつかない!
1460
第124話 立て籠もり?
﹁まずは立て籠もり犯を包囲するため、周辺を封鎖する。2人1組
になって通りを塞いで誰が来ても通さないように﹂
 この指示に、純潔乙女騎士団顧問のガルマが同意し、彼が適任の
人材を選び出し向かわせる。
 周辺の道を完全封鎖する理由は、犯人の逃走を防ぐ以外にもある。
 野次馬やその他人々と犯人を隔離することで、オレ達以外交渉相
手がいないと認識させ、接触しないと現状は改善されない︱︱と、
犯人に思い込ませ交渉に持ち込ませる。
 心理作戦の基本だ。

1461
 また犯人の注意をオレ達に向けさせることで、人質から注意をそ
らす意義もある。
﹁次、クリス。建物の四方を2人1組で囲み監視を頼む。クリスは
犯人正面の位置へ。持っていくのはSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶で﹂
﹃分かりました!﹄
 狙撃銃にはボルト・アクションとセミ・オートマチックの2種類
がある。
 命中精度を優先する場合はボルト・アクションの方が良い。だが
予備にセミ・オートマチックを準備しておくと役に立つ。
 しかし大抵の作戦では1発で片が付くことは少ない。そのためセ
ミ・オートマチックの銃に5発、20発の弾倉を装着し使用するこ
とが多い。
 クリスはガルマの助けを借りて、人員を確保。
 建物を4箇所から囲み、監視する。2人1組にしたのは、通信機
器が無いこの世界ゆえ。何か変化があれば、すぐに知らせに来るた
めの人材を配置したのだ。
 漫画・アニメ・ドラマなどのエンターテイメントでは、狙撃手が
よく発砲するが︱︱実際の現場ではその機会は圧倒的に少ない。
 たとえば特殊警察の場合、人質を無事救出するが最優先されるが、
﹃犯人逮捕﹄も重要な目的だ。
 そのためエンターテイメントではよく狙撃手が発砲するが、現場
では1発も撃たないことの方が多い。

1462
 狙撃手は﹃射殺﹄よりも﹃監視﹄が重要な任務になる。
 狙撃手は、犯人の人数や動き、特徴や兵装の種類、仕掛け爆弾や
罠の有無、犯人と人質を識別するための特徴などを詳細に味方に伝
える。
 こうして﹃監視﹄という任務を通じて、犯人と交渉する人質チー
ムや建物に突入する戦術チームの眼となり情報を集め、伝えるのが
役目なのだ。
 犯人を射殺出来ても、建物内部に仕掛け爆弾があることを見落と
した場合︱︱犯人死亡後、爆発し人質全員が亡くなったりしたら元
も子もない。
 そのためか、単純に犯人を射殺すればいい︱︱という考えの人物
はまずこういう救出部隊には向かないらしい。
 FBI人質救出チーム︵HRT︶の隊員選抜に関わった人物曰く、
﹃候補者の審査には、気を付けなければならない﹄。
﹃撃ち合いを楽しみにしている人物を採用してはならないからだ。
必要なのは、成熟した判断が出来、プレッシャーに負けない人材な
のだ﹄
 さらに驚くべき事に、たとえば狙撃許可がおりたとしても、狙撃
チームが勝手に動くことはない。
 発砲後に戦術チームが突入する準備が出来ていなければ、狙撃は
見送られてしまう。
 また前世の地球で一般的な一戸建てを監視する場合、建物の四方
を狙撃手と観測手の2人1組で監視する。

1463
 場合によっては長時間相手を監視するため、集中力や注意力を維
持するため、一定時間役割を交代するため2人1組で行動するのだ。
 オレが出した指示は、的確に実行に移されていく。
 これで犯人を閉じこめ、逃がさない包囲網が完成した。
 さらにオレは次の手を打つ。
﹁ガルマ顧問、犯人との交渉をお願いします。決して刺激しないよ
う、時間を長引かせることだけを考えてください。それと、残って
いる団員達に犯人が居る建物の内部を知っている人達を探させてこ
こまで連れてきてください。建物内部の見取り図が欲しいので﹂
﹁ッ! わ、分かったやってみよう﹂
 ガルマは残っている団員達に指示を飛ばし、自分は装備を一旦外
す。つまり武器、防具無しの姿になる。
 これは無抵抗を主張し、犯人を刺激しないようにするためだ。
 ガルマが年の功で犯人と交渉し、時間を稼いでいる間にオレ達は
次の準備へと移る。
 ここからは戦術チーム︱︱室内に突撃するための作戦会議だ。
 団員達の協力で、犯人が立て籠もる建物内部を知る人を連れてき
てもらう。
 彼、彼女達の口から内部の見取り図を作り上げた。
 誤認を防ぐため建物の中の位置は色と数で表される。

1464
 たとえば正面は白、裏は黒、左側は緑、右側は赤というように面
を色であらわす。
タンゴ
﹃犯人・グリーン・ワン﹄と言えば﹃犯人が左側1階に姿をあらわ
した﹄ことになる。
 こうして誤認を防ぎ、情報を蓄積︱︱犯人の行動パターンを把握
し、突入に適した時間、場所が決定されるのだ。
 クリス達、狙撃チームの情報伝達のお陰で現在の状況を概ね把握
することが出来た。
 人質は3人。犯人が立つ窓の隙間から、クリスと彼女の観測手で
あるラヤラが確認している。
 犯人は1人、武装は剣のみ、魔術師ではない。
 どうやら飲酒と薬物を大量に摂っているせいか、凶暴性が増して
いるようだ。
 ガルマは必死にコミュニケーションを取ろうとしているが、﹃甲
冑野郎を連れて来い!﹄の一点張りで話が進まない。
 オレ達は立て籠もり犯の知人に話を聞いて、相手のより詳しい情
報を入手する。
 ︱︱立て籠もり犯は人種族、ヨルム。
 冒険者でレベル?。魔術師の才能は無いが、よくチームを組む女
性魔術師と恋人同士だったらしい。
 どこかで見た顔だと思っていたが、紅甲冑に襲われた翌日、冒険
ギルド ギルド
者斡旋組合に呼び出された時、冒険者斡旋組合建物前で酔っぱらい

1465
喚いていた男だ。
 その最愛の恋人が甲冑野郎に殺害。さらに遺体すら持ち攫われて
しまった。
 ヨルムは仇を討つため独自に動くも、甲冑野郎に辿り着くことは
出来なかった。そのため現実逃避のため酒を浴びるほど飲むように
なり、周囲に当たり散らすようになってしまった。
 さらに症状が悪化して、現在、人質を取り立て籠もるまで精神を
追い詰めてしまったようだ。
 ⋮⋮気持ちは分かる。
 もしスノー、クリス、リースが誰か1人でも敵の手にかかり死ん
だら、オレは殺した奴を絶対に許さない。
 地の果て、異世界の果てにだって追い詰め、ミンチになるほど弾
丸をぶち込み続けるだろう。
 しかし、今彼がしていることは精神を壊し前後不覚になっている
だけの凶行でしかない。
 人質に取られている女性達には何の罪もないではないか。
 だから、容赦はしない。
 たとえヨルムを殺す結果になったとしても、確実に人質にである
女性達は救い出す覚悟を決める。
﹁スノー、シア、メイヤ、オレ達もそろそろ行くぞ。準備を頼む﹂
﹃了解!﹄
 スノーとシアは手にしているMP5SDにマガジンを装填。

1466
 安全装置を解除。
チェンバー
 コッキングハンドルを引き、薬室にまず弾を1発移動させる。
スタングレネード
 メイヤは特殊音響閃光弾を取り出し、テーブルへと並べた。
 3人に建物の地図を見せながら、突入方法を説明する。
﹁本来、2箇所から同時に突入するのが基本だが、それを出来る人
材は今、オレ達しかいない。⋮⋮だから、突入は射撃の技量がもっ
とも高いオレとスノーが左側の窓から入る。シア、メイヤは反対側
スタングレネード
の小窓から特殊音響閃光弾を2人で1本ずつ、計2本投げ入れてく
れ﹂
スタングレネード
 特殊部隊が突入する際、特殊音響閃光弾を2本投げ入れる場合が
ある。これは1本では不発の可能性があるためだ。それを防ぐため
2本同時に投げ入れるらしい。
 シアが手を挙げ、疑問を口にする。
﹁若様、どうしてわざわざ犯人が顔を出している窓から入るのです
か? 確かに通常より大きめのため、突入するのに問題ありません。
ですが、ドアを破壊して突入する方がより確実だと思いますが⋮⋮﹂
﹁最初それも考えたんだけど、狙撃チームの報告からドアの前には
机や椅子、タンスなどでバリケードを作っているようだ。だから、
扉から入るのは難しいんだよ﹂
 オレの返答にシアが納得する。
 前世の地球の場合、ドアをショットガンで破壊したり、壁を破壊
する爆薬シートを使用し、2箇所破壊して突入したりする。

1467
 しかし、現在、オレ達はどちらも所持していない。制作している
時間もない。そのため窓から突入する方法を選択したのだ。
スタングレネード
 むしろ特殊音響閃光弾を作っておいただけでも僥倖だった。
 これ無しで建物内に突入し、犯人を倒し、人質を救うのはかなり
の難度だ。
﹁他に質問はないか?﹂
 オレはスノー達の顔を見回すが、それ以上の疑問はなさそうだ。
﹁よし、それじゃ人質を救出に行こう!﹂
 オレの掛け声に、スノー、シア、メイヤが行動を開始する。
1468
第124話 立て籠もり?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月8日、21時更新予定です!
今日、日付が変わる前に活動報告をアップします!
よかったら確認してください!
1469
第125話 立て籠もり?
 オレは、計画を再度脳内で確認する。
 まず、メイヤ、シアが犯人が立て籠もっている右側、1階窓から
スタングレネード
特殊音響閃光弾を投げ入れる。
 犯人が怯んだ隙にオレとスノーが急襲。
 犯人を制圧し、人質を助ける算段だ。
 無線機などあれば、容易に意思疎通が出来、タイミングを合わせ
ることができるのだが⋮⋮さすがそんな物は持っていない。
 今後のことも考えて、遠距離の相手への意思疎通方法を考えてお
くべきだろうな。
 今回の突入タイミングは、メイヤ&シアに合わせるつもりだ。

1470
 オレ達はそれぞれの位置へと付く。
 オレとスノーは建物左右の影に隠れ、いつでも窓へと突入する体
勢を取る。
 手の中にあるMP5SDを握り直す。
 安全装置はすでに解除してある。
 後は合図を待つばかり⋮⋮。
﹁⋮⋮ッ!﹂
 ︱︱ガラスの破砕音!
 続いて破裂音が続く。
 オレとスノーは、まるで同時に蹴り飛ばされたように地面を駆け
出していた。
 肉体強化術で身体を補助!
 1秒もかからず窓を乗り越え室内へと突入する。
 オレが最初に、次にスノーが。
﹃×﹄を描くように突入する﹃X字型突入法﹄と呼ばれる方法だ。
﹁あぁぁぁああぁッ!!!﹂
スタングレネード
 立て籠もり犯であるヨルムは、特殊音響閃光弾に眼と耳をやられ
て混乱していた。
 瞬間的に175デシベルの大音量と240万カンデラの閃光を浴
びたら、どんな人物でも耐えられないだろう。
 オレは素早く、手に握っている剣を狙いMP5SDを発砲。

1471
 プスッ︱︱という、減音された発砲音が響く。
 続けて、彼の足を撃ち抜く。
﹁ぎゃぁぁああぁッ!﹂
 手と足を撃ち抜かれ、ヨルムは床へと倒れる。
 彼の顎を蹴り抜き、意識を刈り取った。
 すぐさま、紐でヨルムを縛り動けなくする。
﹁スノー! そっちは!?﹂
﹁大丈夫、人質は皆無事だよ﹂
 振り返ると、スノーが人質の女性達の様子を窺っていた。
スタングレネード
 犯人であるヨルムと一緒に特殊音響閃光弾の衝撃を受け、気絶し
ている。
スタングレネード
 特殊音響閃光弾の衝撃波は強く、窓ガラスを吹き飛ばし、壁にか
かっている時計を故障させるほどだ。
スタ
 前世の地球、特殊部隊員が犯人の立て籠もっている建物内に特殊
ングレネード
音響閃光弾を投入し、バリケードに当たって跳ね返ってしまった。
スタングレネード
結果、足下で特殊音響閃光弾が爆発し、足を骨折させる事件が起き
たほどだ。
﹁スノー、人質と犯人は他の奴らに任せて各部屋を見て回るぞ!﹂
﹁了解!﹂
 監視している限りでは、ヨルム1人の犯行だった。
 しかし他の部屋に仲間が隠れている可能性があるため、オレとス

1472
ノーが各部屋を見て回る。
 もちろんMP5SDを手にしながらだ。
 一通りチェックを終えたが、他に犯人らしき人物はいなかった。
 突入した部屋に戻ると、純潔乙女騎士団の団員達が窓から気絶し
ている人質を運び出している。
 手と足から血を流しているヨルムは、縛られたままシアの魔術で
治療を受けていた。
ヨルム
 負傷者1名、人質に死者無し。
﹁⋮⋮ふぅ。何とかなったな﹂
﹁おつかれさま、リュートくん!﹂
 スノーが抱きついてくる。ついでに匂いを嗅いでくるが、まあそ
れくらいはいいだろう。
ピース・メーカー
 無事、初のPEACEMAKERと純潔乙女騎士団の共同作戦は
成功裏に終わった。
 立て籠もり犯、ヨルムの扱いや人質となった女性達については、
全て純潔乙女騎士団にお任せした。
ピース・メーカー
 ここでPEACEMAKERが、我が物顔で仕切るのは、彼女達
の面子的に不味いからだ。
ピース・メ
 お陰でココリ街の住人的には、純潔乙女騎士団がPEACEMA
ーカー
KERを従え事件を解決したと認識したらしい。

1473
 事件後、被害者宅や周辺の片付けを純潔乙女騎士団団員達が、率
先して行ったりしたのも住人達に好印象を与えたのだろう。
 他にもプラス面は︱︱役割を与えられ、事件解決に動いた団員達
の士気が上がったことだ。
 以下、そんな団員達の声を一部上げよう。
﹁ずっと訓練ばかりで実感が持てなかったけど、今回の事件で初め
て住人の皆さんの役に立てた、守れたという気持ちが強くなりまし
た﹂
﹁普段は喧嘩の仲裁や道案内、迷子の捜索など⋮⋮それはそれで重
要なことなのですが、今回のような大きな事件を解決出来て、純潔
乙女騎士団の一員として誇りに思います﹂
﹁私は事件当時、通路を塞ぐ担当に付いていました。その時、住人
の方々から不安の声が上がりました。事件解決の一報が伝わった際、
その住人の方々から直接﹃ありがとう﹄や﹃ご苦労様﹄という言葉
が聞けて、自分自身なぜか泣きそうになりました﹂
 一番、今回の事件に役だって喜んでいたのは純潔乙女騎士団、副
団長であるラヤラ・ラライラだろう。
 彼女の当時担当は、クリスと一緒にその視力を生かして遠距離か
ら監視と射撃補助だ。
﹁ふ、フヒ⋮⋮ウチみたいな落ちこぼれが役に立てて、ふ、ふひ⋮
⋮本当に嬉しいです﹂
 彼女は涙を流し、喜んでいた。

1474
 彼女自身、常日頃、自分が皆の足を引っ張っている、お飾りの副
官という意識が強かったせいだろう。そんな自分が少しでも役に立
てたことが本当に嬉しいのだ。
 なぜオレがそんな彼女達の反応に詳しいかというと︱︱あの事件
の後、純潔乙女騎士団の団員達が誰に命令された訳でもなく、自分
の意思でオレ達に報告&お礼を言いに来たのだ。
 お陰で最初は団員達とは距離感があったが、今では気軽に挨拶を
交わし、時間が合えば食事を一緒に摂るまで仲良くなった。
 瓢箪から駒︱︱ではないが、こうして仲良くなれて本当によかっ
た。
 しかし⋮⋮そんな彼女達の喜びを前に、吐き気を催すほど怒りを
覚えている人物が居た。
 純潔乙女騎士団、団長ルッカだ。
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ルッカは純潔乙女騎士団、団長にしか知らされない秘密基地的な
場所へと赴く。
 そこにはココリ街を騒がす、﹃魔術師殺し﹄主犯であるノーラが
居る。

1475
 洞窟奥で作業をしていたノーラが、振り返り挨拶を口にする。
﹁いらっしゃ︱︱って、どうしたのそんな怖い顔して?﹂
﹁⋮⋮駄目だ。奴らはもう駄目だ﹂
﹁どうしたの急に?﹂
 ルッカは街で起きた事件の概要をノーラに話し聞かせる。
レギオン
﹁誇り高き純潔乙女騎士団が、出来たばかりの赤ん坊のような軍団
あいつら
の下に付き喜んでいる! 団員達に誇りはないのか!?﹂
 洞窟の壁に全力で拳を叩き付ける。
 ルッカは光が一切無い黒い瞳で断言した。
﹁あいつらはもう駄目だ。純潔乙女騎士団の団員として相応しくな
い︱︱皆殺しにして新たな、そう私の手で伝統と誇り、威厳にあふ
れた純潔乙女騎士団の再興しなければ! それがきっと私の使命な
んだ⋮⋮!﹂
 そんなルッカに、ノーラは﹃アハ!﹄と嬉しそうな笑みを浮かべ
る。
﹁そう、きっとそうだよ。ノーラが大親友のルッカのために、その
夢を実現する手伝いをしてあげるよ。ノーラ達の手で大切な純潔乙
女騎士団を汚す人達を皆殺しにしよう﹂
﹁ああ、殺そう。皆、殺そう。奴らの魂で穢れを浄化するんだ!﹂
 洞窟の奥。
 魔術光で出来た2人の少女の影が、喜々として部下やリュート達

1476
の殺害計画を練り上げていた。
第125話 立て籠もり?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月10日、21時更新予定です!
1477
第126話 出撃
 純潔乙女騎士団の団員達は交替で食事を作り、摂る。
 今晩の夕食も、彼女達の手作りだ。
 いつものと違うのは、普段より食事内容が豪華な事と酒精が付い
ている点だ。
ピース・メーカー
 また今回の夕食にはPEACEMAKERメンバーも招かれ、参
加している。
 団長であるルッカが、テーブルの前に立ち、咳払いをしてから注
目を集める。
﹁前回の人質立て籠もり事件解決、ご苦労様。運悪く、私は本部を
離れることが出来なかったが、皆が一丸となって事件を解決してく

1478
れて誇りに思っている。また事件解決感謝のしるしとして住人達か
ら多数の食材が送られてきた。今日の夕食にはその食材が使われて
いる。皆、心して食すように。それから︱︱﹂
 ルッカはテーブルからワインボトルを1本手に取る。
﹁テーブルにある酒精は今回の事件を解決した皆への慰労として、
私が私財で買った物だ。私が入れて回るから有り難く飲むように﹂
 普段のルッカとは印象が違う陽気な声。
 団員達は微かな笑いを含ませ、返答する。
 そして食事が始まる。
 宣言通り、ルッカはすぐには食べ始めず団員達のテーブルをぬっ
て木のコップに酒精を注いで回る。
 団員達と一言、二言、言葉を交わしつつ、笑顔で︱︱
 しかし機嫌な良さそうな表情とは裏腹に、彼女は腑では黒い憎悪
の炎を燃やしていた。
︵こいつも殺す。こいつも殺す。こいつも殺す。こいつも殺す。こ
いつも殺す︱︱︶
 団員達に酒精を注ぎつつ、しっかりと眼を見つめて胸中で唱え続
ける。
 ルッカが買った酒精はただの酒精ではない。
 過去、リュートが冒険者駆け出し時代、偽冒険者に飲まされたの
と同じ睡眠薬が入っている。

1479
 即効性ではなく、遅効性であるという違いはあるが。
 彼女は皆を眠らせた後、皆殺しにするつもりなのだ。
 夕食に招待したリュート達にも酒精を振る舞う。
﹁今回はご助力ありがとうございました。お陰で人質は全員無事に
助け出し、犯人も捕らえることが出来ました﹂
﹁いえいえ、自分達だけではここまで結果を出すことはできません
でしたよ。純潔乙女騎士団の団員さん達が居てくれたからこその結
果です﹂
 リュートは酒精を注がれながら、謙遜の台詞を告げる。
 彼は注がれた酒精を、まったく疑う素振りを見せず美味そうに飲
み干す。
 その様子を前にルッカは可笑しくて、笑い出しそうになるのを必
死に堪えるほどだ。
 ルッカは笑い出すのを誤魔化すため、話題を変える。
﹁ところであのメイド服の黒エルフさんが居ないようですが⋮⋮﹂
﹁シアですか? すみません。本当は彼女も出席する予定だったの
ですが、ちょっと仕事を頼んでいまして。終わり次第、食事を摂ら
せます。もちろん、団長さんから頂いた酒精も飲ませますよ﹂
﹁そう、ですか。まだ酒精は沢山あるので、遠慮無く飲ませてあげ
てください﹂
 ルッカはリュート達へ酒精を注ぎ終えると、席を後にする。
︵あの黒エルフメイドが酒精を飲む所を確認出来なかったのは残念
だが⋮⋮後から飲ませると言っているのだから問題無いだろう︶

1480
 あまり念を押して、怪しまれるのも困る。
︵しかしこれで見張り以外は全員眠りこける︶
 純潔乙女騎士団の団員は全盛期と比べて少ないが、それでも30
人以上は居る。
 全員を騒がれず殺すのはなかなか難しいが、眠っているならその
問題も簡単にクリアされる。
︵こいつらは純潔乙女騎士団を汚した。その罪は重い⋮⋮ッ! 死
を持って償うがいい!︶
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夕食後︱︱作戦の計画通り、リュート達や団員に睡眠薬入りの酒
精を飲ませた後、代々の純潔乙女騎士団の団長にしか知らされない
秘密基地的洞窟にルッカは足を運ぶ。
 そこにはすでにノーラが、暖炉の前の子猫のようにソファーでだ
らだらしていた。
﹁おっそーい、待っているのが退屈過ぎて寝ちゃう所だったよ﹂
﹁⋮⋮すまない、人目を気にして角馬を使わなかったせいで遅れた﹂
﹁にゃははは、冗談だよ。もうルッカは真面目だね∼﹂
 ノーラはからい口調でソファーから立ち上がる。

1481
﹁準備は終わっているのか?﹂
﹁もちろん、ノーラちゃんに手抜かりはないよ。来て﹂
 ノーラが先頭で洞窟奥へと進む。
 角を曲がると広い空間に出る。
 そこには銀色の甲冑軍団が整然と整列していた。
﹁全部で何体居るんだ?﹂
﹁300体だよ。本部にお願いして無理を聞いてもらったんだぁ﹂
﹁彼らはもう動かせるのか?﹂
モンスター・テーマー
﹁もちろんだよ。天才魔物調教師のノーラにかかれば、これぐらい
の数ぐらい余裕だよ﹂
 銀色の甲冑内に疑似筋肉としてスライムが入れられている。同時
に調教し終えているため、簡単な指示なら行動させることが出来る。
 今回の筋書きはこうだ︱︱ココリ街に蔓延っていた﹃魔術師殺し﹄
が前回の発砲事件の報復のため仲間を連れて、純潔乙女騎士団本部
を襲撃。
 団員達を皆殺しにしてしまう。
 団長であるルッカは、魔動甲冑を強奪。
 1人で獅子奮迅の働きをして、甲冑共を撃破する。
 そして⋮⋮実は﹃魔術師殺し﹄実行犯を囲い裏から手を回してい
ピース・メーカー
た影の首謀者であるガルマ顧問、PEACEMAKERメンバーの
首も激闘のすえルッカが切り落とす。

1482
 こうしてルッカの手により﹃魔術師殺し事件﹄は解決し、再びコ
コリ街に平和が訪れる︱︱という寸法だ。
﹁素晴らしい⋮⋮ッ﹂
 広間に並ぶ魔動甲冑の手には大剣、戦斧、槍、メイス、大楯など
多種多様な武器が握られている。銀色の甲冑は丁寧に磨かれ、鏡と
して使えるほどだ。
 ルッカの眼には整然と並ぶ魔動甲冑達は、まるで神話から抜け出
してきた正義の騎士団のように映る。今から彼らの指揮を自分が執
ると思うだけで、心が震え上がった。
﹁ねぇ、ルッカ団長。折角だから景気付けに、彼らに激を飛ばした
ら﹂
﹁そうだな。新しい純潔乙女騎士団の始まりなのだからな﹂
 ルッカは甲冑達の前に出て、背筋を伸ばし、後ろで手を組む。
﹁我々は今夜、純潔乙女騎士団本部を襲撃する! そして、純潔乙
女騎士団の栄光、誇り、規律を汚す害虫共を清浄なる刃によって断
ち切る! これは︱︱﹂
 ルッカは額から玉のような汗を浮かべるほどの熱意で、目の前の
甲冑軍団へ声を張り上げ続ける。
 そんな彼女をノーラは薄笑いを浮かべて見守っていた。
 誰も入ってない、空っぽな甲冑達へ檄を飛ばすルッカをだ。
 彼女の熱弁は、深夜遅くまで続いた。

1483
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ルッカの熱弁が終わる頃、夜も更け、襲撃をするには良い時間帯
となる。
 彼女は準備されていた、ルッカ専用の銀色甲冑を着込む。
 他の甲冑軍団と違う点は、赤いマントを羽織っている点だ。
ロッソ・スカルラット
 ノーラは前回同様、紅の甲冑﹃緋﹄をまとっていた。
﹃よし! それでは純潔乙女騎士団本部へ向けて前進!﹄
 ルッカは純潔乙女騎士団本部を目指し、銀色甲冑軍団の前を歩く。
 人目を忍ぶため、馬車を使わず徒歩でココリ街を目指す。
 城壁を乗り越え、街に侵入。
 ルッカの手引きで、純潔乙女騎士団本部へと入り薬入り酒精で眠
ピース・メーカー
りこけているPEACEMAKERや団員達を始末する予定だ。
 ガチャガチャと︱︱ルッカ、ノーラは魔動甲冑、300体を連れ
てココリ街へと向かう。
 星明かりしかない道を、銀色の甲冑軍団が列を乱さず行進する。
それはまるでお伽噺に出てくるような一幕だった。
 しかし︱︱物語というものには、絶対に終わりという物がある。

1484
 突然の爆音。
 銀色の甲冑軍団が天高く飛び散る!
﹃︱︱!?﹄
 2人の少女の怒声、悲鳴、感情爆発の声、それら一切を掻き消す
音。
 土煙がゆっくりと晴れる。
 その先に居る人物にルッカが声を震わせる。
﹃どうして⋮⋮どうして貴様がここにいる! リュート!?﹄
﹁僕だけじゃないよ﹂
 彼の後ろ、森の茂みから少女達が姿を現す。
ピース・メーカー
 星空の下、PEACEMAKER、純潔乙女騎士団の団員達︱︱
役者達が揃う。
1485
第126話 出撃︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月12日、21時更新予定です!
今日、久しぶりにマ○クの照り焼きバーガーが食べたくなって買い
に行きました。
バイトの若い女性から、お釣りをもらう時、指先が触れ合いました。
まいったな∼、彼女絶対、自分に惚れてますわ。お釣りを貰うとき、
指が触れ合うってそういうことですねよ? まいったな∼、本当、
今、仕事忙しいから彼女とか作る気無いのにまいったな∼。
︱︱と、後書きで書こうと思いましたが、実際は自分の手のひら数
?上からお釣りを落とされました。
嫌、本当、気にしてないし、だってホラ、いま、カノジョとか作る

1486
つもりないし⋮⋮居たこともないけどね!
第127話 対戦車地雷
 話は少し前に遡る︱︱
 純潔乙女騎士団本部。
 オレ達に与えられている部屋の一室に皆が集まっていた。
 そんな彼女達にオレが告げる。
﹁⋮⋮だから、そんな素早くて硬い甲冑野郎を仕留めるための兵器
を開発しようと思うんだ﹂
﹁それで一体どんな兵器を新しく開発するつもりですか!﹂
﹁甲冑野郎を仕留めるため新しく開発する兵器は︱︱﹃対戦車地雷﹄

1487
だ﹂
﹃対戦車地雷﹄なんて、異世界の住人である彼女達が知るはずもな
く、名前を挙げても嫁達が反応に困っていた。
 もっとも早く食いついたのは、もちろんメイヤだ。
﹁リュート様、その﹃対戦車地雷﹄とは一体どんな武器なんですか
!?﹂
﹁そうだな⋮⋮僕の知っている中で最も質の悪い兵器の1つかな﹂
 まず地雷とは一体どういう物なのか?
﹃箱や筒、円盤形の容器に炸薬を詰め込んだ定位置兵器で踏んだり、
近づいたりすると爆発し目標物に破壊、損傷させる﹄︱︱簡単に説
明すると以上になる。
 何時から存在するかというと、16世紀にはフガス地雷と呼ばれ
る物が存在した。
 有名な映画にも登場したが、市街戦で地面に斜めに穴を掘り爆薬
を入れて、瓦礫を上に載せて敵が来たら指令爆発させる︱︱という
物だ。
 フガス地雷は16世紀から、20世紀初頭まで実際に実戦で使わ
れ続けた。
 だが、ここでいう地雷︱︱﹃人や車、戦車などが通る道などに埋
めて、相手が踏んだら爆発する﹄というのを作り出したのはノーベ
ル賞創設のアルフレッド・ノーベルの父親だと言われている。
 18世紀、スウェーデン人であるアルフレッド・ノーベルが工業

1488
用爆薬と起爆薬の特許と製造の商品化に成功する。
 彼の父親が当時のロシア皇帝に招かれて機雷と地雷を開発したら
しい。
 そして地雷は第一次世界大戦の新兵器︱︱戦車の登場で急速に進
化する。
 対戦車用に対戦車砲や地雷が開発されたのだ。
 さらに軍用車両の破壊以外に、人を殺さず傷つけるための対人地
雷と呼ばれる地雷も開発される。
 対人地雷は敵兵を殺すための物ではない。
 敵兵を負傷させることで、その移送、治療に手間を掛けさせ敵国
に大きな負担をさせて圧迫するための兵器だ。
 あまりに非人道的な兵器だったため、前世の地球では1997年
12月︱︱対人地雷全面禁止条例が成立した。
 日本を含め87ヶ国が推進。
 しかし主な生産国であるアメリカ、ロシア、中国は加盟していな
い。
 そして今でも前世の地球では、この﹃狂気の卵﹄達の被害にあう
人々が絶えないのだ。
 ︱︱話を戻す。
 今回、オレが制作しようと思っている対戦車地雷はドイツ軍が開
発した︱︱﹃T.Mi.35﹄だ。
﹃T.Mi﹄とはT︱Mine:﹃Tellermine︵テラー
ミーネ=皿形地雷︶﹄の略だ。

1489
 つまり﹃T.Mi.35﹄は35式皿形地雷となる。
﹃T.Mi.35﹄のスペックは以下の通りだ。
 直径:31.5cm
 高さ:8.8cm
 重量:8.7kg
 爆薬:TNT5kg
 圧力感度:80∼180kg
 最初の対戦車地雷﹃T.Mi.29﹄からより実用的に改良され
たのが、﹃T.Mi.35﹄だ。
 圧力信管も﹃T.Mi.29﹄は3つだったが、﹃T.Mi.3
5﹄では1つになっている。
 側面と底面にある排除防止用信管ソケットはそのまま残してある。
この2つの信管ソケットが便利であり、敵側からしたら厄介な仕掛
けとなるからだ。
 アメリカ軍が第二次世界大戦中に編纂した対ドイツ兵器便覧には、
2つの信管ソケットについて注意書きのイラストが載った程だ。
 つまり上面にある信管を外しても、側面と底面にまだ排除防止用
信管があるから気を付けろ、ということだ。
 側面と底面に信管があるため、持ち上げても、横に回しても爆発
してしまう。
 オレはメイヤ達に聞かせられない部分を省き、対戦車地雷につい
て説明を終える。
 一通りの話を聞いて、スノーが柳眉を顰める。

1490
﹁⋮⋮なんだか嫌な兵器だね。こんなのを本当にリュートくんは作
るつもり?﹂
﹁嫌な兵器という意味については、僕もそう思うよ。けど、使い方
によってはとても有効な兵器になるんだ﹂
 それでも嫌そうな表情を崩さなかったスノーに、リースがフォロ
ーを入れる。
﹁確かに私も気分がよくない兵器ですが、結局は使う側の問題だと
思いますよ。包丁だって美味しい料理を作ることもできれば、人を
殺める武器にもなりますから﹂
﹁⋮⋮そうだね。使う側の問題だよね。リュートくんなら使い方を
間違えたりしないよね﹂
﹃私達のお兄ちゃんですから﹄
 クリスがさらに同意の声をミニ黒板に書く。
 そこまで信頼されるとなんだかムズ痒くなるな。
 メイヤが挙手する。
﹁リュート様、ご質問、宜しいでしょうか?﹂
﹁どうした、メイヤ﹂
﹁対戦車地雷がどういう物か分かりましたが、今回の相手にはやや
適していないように感じるのですが⋮⋮﹂
 メイヤの言わんとすることがすぐに分かった。
 地雷とは銃器のように自ら攻めるものではない、防御兵器。
 相手が来るだろう、進むだろうという進路に埋めておく代物だ。

1491
 だが、そんな彼女の心配をオレは一蹴する。
﹁大丈夫、ちゃんとその辺も考えてある。そのために信管ソケット
がメイン以外に2つある﹃T.Mi.35﹄を選んだんだから﹂
﹁そうですか! さすがリュート様! わたくしのようなただの天
才が考える杞憂は全て把握済みなのですね。さすが大天才リュート
様ですわ!﹂
 相変わらず、彼女の台詞はいちいち大げさだ。しかもさりげに自
分のことを﹃ただの天才﹄って言っているし⋮⋮。
かおりちゃ
 オレはシアが淹れてくれた香茶で喉を潤す。
ギルド
﹁それじゃ僕達は冒険者斡旋組合に昨日の説明へ行くから、メイヤ
は飛行船工房で﹃対戦車地雷﹄開発準備に取り掛かっておいてくれ﹂
ギル
 メイヤの返事を聞くと、オレはスノー達を引きつれ冒険者斡旋組

合へと向かうため部屋を出た。
 そして、時間は魔動甲冑が花火のように吹き飛んだ現在へと戻っ
てくる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 甲冑を着込んでいるため顔を判別することが出来ないが、絶叫す

1492
る声音と台詞から相手がルッカだと簡単に推測できた。
﹃どうして貴様達がここに居る!? 睡眠薬を混ぜた酒精を確かに
飲んだはずだろ!?﹄
﹁⋮⋮あれは貴女が買った睡眠薬入りの酒精ではない。うちのシア
が酒精を振る舞う前に通常の物とすり替えておいたんだ﹂
 シアが名前を挙げられ、得意気に一礼する。
﹃!? どうして私が睡眠薬入りの酒精を振る舞うことを知ってい
たんだ!﹄
﹁きっかけは初日、僕とリース、シアの3人で初めて純潔乙女騎士
団本部を訪ねた時です。その時、団長さんはなぜか初対面の僕達に
ギルド
﹃冒険者の方ですか? なら冒険者斡旋組合は北口ではなく反対側
の南口にありますよ?﹄って言ったじゃないですか。覚えています
か?﹂
﹃いや、だが、それの何が問題だ?﹄
﹁どこの世界にメイド服を着た使用人を連れた如何にもお嬢様なエ
ルフと、15、6歳の人種族が一緒に本部を訪ねて来て﹃冒険者﹄
だと勘違いする人間がいるんですか? 僕達の素性を知らなければ、
道に迷った旅行者と思うのが普通じゃないですか﹂
﹃ッ!?﹄
 団長ならオレ達の素性を知っていても可笑しくない。だったら、
﹃冒険者ですか?﹄なんて聞かずにすぐ顧問室へと案内しただろう。
﹁そして決定的だったのは、あの紅甲冑に襲われた夜、皆が﹃甲冑

1493
野郎﹄と言っているのに、団長さんだけが﹃彼女﹄と言ってました
よね? だから、僕は団長さんが街を騒がせている﹃魔術師殺し﹄
と通じていると思い、シアに調査させたんです。そしたら森の奥に
ある洞窟で﹃魔術師殺し﹄の主犯である少女と密会しているじゃな
いですか。だから、その後は他、団員も団長さんや主犯と通じあっ
ていないかシアに調査させたんです。結果は団長さん以外はシロで
したが﹂
 その後はひたすらシアに団長の動向を監視してもらった。
 そして睡眠薬入りの酒精を準備したため、隙を突いて通常の物と
入れ替える。
 こんな強硬手段をとったのだ、総戦力で攻め込んでくると踏んで
予想される通り道に制作したばかりの﹃対戦車地雷﹄を設置させて
もらった。
 この時、役に立ったのが信管ソケットだ。
 側面に付いている信管ソケットに魔術液体金属で作った細く長い
接続コードを差し込み隠れている森の茂みまで伸ばす。
 後は甲冑軍団を地雷原に誘い込んだら、コードに微弱な魔力を2
度流し、﹃対戦車地雷﹄を起爆させた。
 1度で起爆しないようにしたのは誤作動を防ぐためだ。
 この使い方は地雷というより、フガス地雷やクレイモアに近いか
もしれない。
 だがお陰で数百は居た甲冑軍団は、激減している。
 それも当然だ。

1494
 パンツァーファウスト60型のTNT3kgに対して、対戦車地
雷の炸薬量はTNT5kgもある。
 そんな対戦車地雷を通り道にかなりの量を埋めまくった。
 むしろまだ残っている方が不思議なぐらいだ。
 一通りオレの話を聞いたルッカが激昂する。
﹃ふ、巫山戯るな! 卑怯だぞ! そんな卑劣な魔術道具を使うな
んて! 貴様には正々堂々戦う気概はないのか!? 組織の代表者
なら、正面から決闘などで勝負を挑めぇッ!﹄
﹁正々堂々? 決闘? どの口が言うんですか。僕達を睡眠薬入り
の酒精で眠らせて襲うつもりだったくせに﹂
﹃くっ⋮⋮﹄
 指摘され、ぐうの音も出ず黙り込む。
 さらにオレの後ろに控える純潔乙女騎士団団員達の視線が彼女の
全身に突き刺さる。
 皆を代表して、ラヤラ副団長が疑問を口にした。
﹁だ、団長⋮⋮どうして、ウチ達を殺そうとしたんですか? あ、
貴女は厳しい人でしたが、誰よりも騎士団を愛する人だったはずじ
ゃないですか﹂
フルフェイス
 面頬兜越しに聞こえるほど、盛大な歯ぎしりをする。
﹃お、オマエ達は純潔乙女騎士団の団員として相応しくない! だ
から皆殺しにして新たな純潔乙女騎士団を作ろうとして何が悪い!
 私は間違ってなどいない!﹄
﹁だ、団長⋮⋮﹂

1495
 ラヤラの口から裏切られた悲しみの声音が漏れる。
 そんな慕う相手達に、ルッカは狂気的な声をあげながら背中に背
負っていた大剣を抜き放つ!
 彼女は本気だ。たとえ1人になってもオレ達を皆殺しにするつも
りらしい。
 団長の裏切りに意気消沈している団員達。
 ただそのままで居たら、本当に斬り殺されてお終いだ。
 オレは彼女達に指示を飛ばす。
﹁事前に伝えていた通り戦闘行為に突入した場合は、プランΣを発
動! 全員、指示通りに動け!﹂
 少女達は指示を飛ばされると、悲しみに顔を曇らせながらも事前
に言い渡した通り動き出す。騎士団という組織に在籍しているから
こそ、感情より体が反応するらしい。
 この辺は軍隊に似ているな。
ピース・メーカ
 こうしてルッカ団長と純潔乙女騎士団団員&PEACEMAKE

Rとの戦闘が開始する。
1496
第127話 対戦車地雷︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月14日、21時更新予定です!
1497
第128話 メイヤ&シア、純潔乙女騎士団団員達vs甲冑軍団残党
 プランΣは戦闘行為に突入した場合、それぞれ事前に決めた相手
を撃滅又は取り押さえる︱︱というものだ。それぞれが役割を終え
たら、担当指揮官の指示に従い他戦闘へ援軍へ向かうとも決めてい
た。
 まずメイヤ&シア、純潔乙女騎士団団員達vs甲冑軍団残党の戦
いが始まる。
 対戦車地雷の直撃を受けた甲冑軍団は、最初300体あった数を
大きく減らした。
 現在は大凡、10数体まで激減している。
 簡単な命令を実行することしか出来ないが、魔力が尽きない限り
疲労をしらず、痛みを感じず、恐怖も、躊躇いもなく攻撃をしかけ

1498
てくる。甲冑は通常のより分厚く、自動で保有する魔力が続く限り
こちらからの攻撃を防いでしまう。
 そんな怪物的甲冑がまだ10数体残っているのだ。
 数は減ったとはいえ、脅威と言って差し支えないだろう。
﹁走れ! 走れ! 追いつかれたら奴らのぶっとい腕でくびり殺さ
れるぞ!﹂
 シアがメイド服姿のまま、団員達を叱咤する。
 彼女達は今、ココリ街の街道を外れた平野を走っていた。
 シアは時折背後に向かって、AK47を発砲したり、防御用の﹃
破片手榴弾﹄を投擲していた。
 だが、相手は40mmグレネードの直撃にも耐えきる怪物。せい
ぜい足止め程度にしかならない。
 実際、銀色の甲冑達は銃声にも爆発音にも恐怖せず、手に手に武
器を持ち彼女達を狼のように負い続ける。
﹁ほら! もうすぐ終着地点だ! 敵を彼女達の前に誘い出せ!﹂
 シアと団員達はただ闇雲に走っていた訳ではない。
 彼女達が向かう先には、メイヤと数人の純潔乙女騎士団団員が塹
壕から顔を出していた。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 塹壕前には土嚢が積まれ、汎用機関銃︱︱PKM3丁が準備を終
えて待ち構えている。
 少女達はPKMの射線から外れるように迂回し、塹壕へと飛び込
んだ。

1499
 遅れて最後の破片手榴弾を投げ終えたシアが塹壕へと飛び込む。
﹁メイヤ様、後は頼みます!﹂
﹁ええ、任せなさい! リュート様というこの世界の至宝に牙を向
ける愚者、駑馬、鈍物共をこのわたくし! リュート様の一番弟子
にして、右腕、腹心のメイヤ・ドラグーンが正義の! いえ、神に
代わり神罰を与えてやりますわ!﹂
﹁メイヤさん! メイヤさん! 敵! 敵がもうすぐそこまで来て
いますぅうぅッ!﹂
 塹壕へ駆け込んできた団員の1人が悲鳴に近い声をあげるが、メ
イヤは自分の台詞に酔っているのかウットリとして表情で陶酔感に
浸っている。
 銀色甲冑軍団との距離が10mを切った。
 刹那︱︱甲冑軍団の姿が消失する。
 事前に仕掛けていた落とし穴に嵌ったのだ。
 しかしそれはただの落とし穴。深さも上れないほどではないが、
単純な命令しか聞けない甲冑はすぐに穴から出ようとはしなかった。
 状況を認識するまでのタイムラグがあるのだ。
 それが勝敗を分ける。
 メイヤが鋭い声で、指示を出す。
﹁投げ入れなさい!﹂
﹃はい!﹄
 メイヤの指示と同時に、落とし穴に﹃対戦車地雷﹄が放り込まれ

1500
る。
 投げ入れたのは、メイヤと一緒に塹壕に待機していた純潔乙女騎
士団、団員達だ。
 直後︱︱﹃対戦車地雷﹄の爆発エネルギーは落とし穴上空へと突
き抜ける。
 大量の土埃も一緒に巻き上げ、一帯を暫く視界不良にした。
 そんな悪環境にいながら、メイヤは1人塹壕から身を乗り出し、
両手で頬を挟みウットリとした表情を浮かべる。
﹁さすがリュート様、まさか本来待ち伏せ専用の防御型兵器である
﹃対戦車地雷﹄をこんな素晴らしい攻撃型兵器にしてしまうなんて
⋮⋮ッ﹂
 まるで感じているかのように、メイヤは身悶え、体を震わせる。
 リュートが対戦車地雷の中で﹃T.Mi.35﹄を選んだ理由は
ここにあった。
﹃T.Mi.35﹄は側面、底面に排除防止用信管が備えられてい
る。
 本来の使い方としては︱︱金属探知機などで敵が地雷を発見、そ
の後敵兵が上部のメイン信管を外す。これで爆発しないと敵兵を油
断させ、地雷を持ち上げさせる。
 結果、側面や底面に排除防止用信管があり起爆させる︱︱という
ものだ。
 しかしこの排除防止用信管には別の使い方がある。

1501
 それが先程、メイヤの指示の元、団員達が穴に手榴弾のように対
戦車地雷を投げ入れたやり方だ。
 本来は消極的防御兵器である対戦車地雷だが、排除防止用信管︵
通常は側面のソケットを使用する︶に手榴弾用の信管︵B.Z.2
4など︶と起爆信管の2つを取り付ける。
 後は戦車に駆け寄り、手榴弾信管を点火して対戦車地雷の取っ手
を握り締め投げつける。こうして敵戦車を破壊することが出来るの
だ。
 リュートは事前に最初の対戦車地雷で倒しきれなかった甲冑軍団
は、まとめてこの方法で倒す予定を立てていた。
 そのためルッカが甲冑軍団に演説をしている間に、魔術の力を使
って落とし穴を掘っておいたのだ。
 塹壕と土嚢、PKMは全て落とし穴から意識を反らすための罠だ
った。
 メイヤは土埃が舞う中、飽きもせず喋り続ける。
﹁さすがこの天才魔術道具開発者、ごほごほ、と呼ばれたわたくし
が、げほご! 神とあおぎ、敬愛し、ごほげほ、尊敬するお方です
わ! げーほげほ! この世界はやはり、リュート様に、ごほんご
ほ! によって統治されるべき、ごほ! げほ!﹂
﹁⋮⋮メイヤ様、お辛いなら無理に喋らない方が宜しいのでは?﹂
 さすがに見かねたシアが、ハンカチをメイヤに差し出しながら指
摘する。
 あまり感情を表に出さない彼女にしては珍しく、メイヤをどこか
畏怖するように冷や汗を流した。

1502
第128話 メイヤ&シア、純潔乙女騎士団団員達vs甲冑軍団残党︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月16日、21時更新予定です!
スーパーに買い物に出かけて、一通りの品物買いました。
家に帰ってから、買おうと思っていた品物が無いことに気付きまし
た。
ちょっとした物忘れですね⋮⋮この歳でぼけてきたのでしょうか?
忘れることが出来るなら、過去のあんなことやこんなことのトラウ
マを忘れたいです。

1503
第129話 ノーラの逃走
﹃最悪! 最悪! さいあく!﹄
 紅の甲冑に身を包んだノーラは、1人森の中を疾駆している。
ピース・メーカー
 悪態をつきながら、PEACEMAKERの実力を過小評価して
いたことを後悔していた。
マジック・アーマー
﹃まさか、あれだけ大量の魔動甲冑が、たった一度で壊滅させられ
るなんて! 冗談じゃないわよ!﹄
マジック・アーマー
 残った十数体の魔動甲冑は、ノーラが撤退するまでの時間稼ぎを
命じた。
マジック・ア
 本来なら、倍の数の兵隊でも一蹴出来るほどの戦力を持つ魔動甲

1504
ーマー
冑だが、先程の様子から、大した時間稼ぎにはならないだろうと、
彼女は予想していてる。
 だからこそ、森の中を懸命に走っているのだ。
ロッソ・スカルラット
﹃最悪! 最悪! 本当ならお姉様からお預かりしている﹃緋﹄に
傷をつけた奴らを愉快に切り刻む筈だったのに⋮⋮ッ﹄
ピース・メーカ
 当初の計画では、睡眠薬入りの酒精を飲んだPEACEMAKE

Rと純潔乙女騎士団をノーラ達が襲撃する予定だった。
 ノーラは眠っているリュート達をすぐには殺さず、一度拘束。
 その後、鎧を傷つけたことを後悔させる拷問を行うつもりだった。
 しかし現実は待ち伏せされ、逆に奇襲を受けた。
マジック・アーマー
 ただの奇襲なら、たとえ魔動甲冑の半分を倒されたとしてもまだ
ピース・メーカー
まだ挽回の余地は残っているが、PEACEMAKERはたった一
マジック・アーマー
度の奇襲で大量の魔動甲冑をほぼ壊滅に追いやったのだ。
ロッソ・スカルラット マジック・アーマー
 あんな危険な連中相手に﹃緋﹄と十数体の魔動甲冑で戦うのは自
殺行為と変わらない。
﹃これもあのクソ団長、ルッカがミスしたからじゃない! 本当に
無能はなにやらせても無能なんだから! お陰でノーラがこんな目
に⋮⋮今からでも戻って切り刻みたいよ! キャァ!?﹄
 ノーラは転倒し、運悪く湿っていた地面に倒れ込んでしまう。
ロッソ・スカルラット
﹃緋﹄の綺麗な細工に泥が付き、むせるほどの草木の汁が付着する。
これで3度目の転倒だ。
 森の中を全身甲冑で走っているからではない。
 走っていると背後から、膝裏や足下を狙って銃弾が襲ってくるの

1505
だ。
マジック・アーマー
 着ている魔動甲冑の自動防御のお陰で傷は負わないが、バランス
を崩し転倒してしまう。
マジック・アーマー
 さらに魔動甲冑を動かす魔力を着実に削られる。
︵ノーラを殺そうとしているんじゃなくて、足止めに専念⋮⋮生け
捕りにしたいのか︶
 生け捕った後はお決まりの尋問だ。
マジック・アーマー
 組織について、魔動甲冑の出所、製造方法など︱︱聞きたいこと
は様々だろう。
 情報を吐き出さなければ、薬物、魔術、拷問などで無理矢理にで
も口を割らせてくるはずだ。
 ノーラは心の底から恐怖で震えるのを自覚する。
 拷問などが怖いからではない。
 崇拝する﹃お姉様﹄の不利益になる自分という存在に恐怖してし
まうのだ。
 もし﹃お姉様﹄に﹃いらない﹄と見限られたら︱︱想像しただけ
で心が壊れそうになる。
 だからこそ、ここで捕まる訳にはいかない!
﹃ッゥ! いい加減、姿を現しなさいよ! 後ろからこそこそ、こ
そこそ攻撃してきて!﹄
 立ち上がると、背後を振り返り背負っていた大剣を構える。
 だが、追撃者は一向に攻撃を仕掛けてこない。
 そのくせ背を向けて逃走しようとすると、先程のように転倒させ

1506
てくる。
 肉体強化術で視力と夜目を強化するが、視界には暗い木々しか見
えない。追撃者の姿形など全く見あたらないのだ。
 ノーラは血が出そうなほど奥歯を噛みしめる。
 最初は苛立ち、屈辱、怒りが感情の大部分を占めていた。
﹃な、何よ。ノーラが怖いの、だから後ろからしか攻撃できないわ
けね﹄
 しかし森は静かで虫や風に揺れる木々の葉音しか聞こえてこない。
 気付けば自身の心を占めている感情は恐怖だった。
 姿が見えない敵。
 なのに走り出すと、正確に弾丸が襲いかかってくる。
 ランダムに走ろうが、どれだけ速度を出そうが、木々を楯にしよ
うがだ。
﹃う⋮⋮うわぁぁあぁあぁッ!!!﹄
 恐怖に耐えきれなくなったノーラは、大剣を後方へと滅茶苦茶に
振るう。
 風の魔石が込められている大剣は魔力によって風刃を発生させ、
木々を切り倒す。切断された木々は倒れ、止まり木にしていた鳥達
が飛び立つ。
 土煙や草葉などが飛び散り、暗闇も合わさってカーテンのように

1507
ノーラの姿を覆い隠す。彼女はこの目隠し効果が切れる前に、逃げ
切ろうと再び背を向けるが︱︱
 ターン⋮⋮ッ。
﹃キャァ!?﹄
 走り出してすぐ、すぐさま転ばされる。
 未だに草葉などが舞っているのにだ。
 つまり視界不良の森、深夜暗闇、舞い散る土煙と葉がカーテンに
なっているにもかかわらず、高速移動しているノーラを転倒させる
タイミングで撃ち抜いたのだ。
 さらに付け加えるなら、肉体強化術で補助した視界に入らないほ
どの遠距離から⋮⋮ッ。
 この事実にさすがのノーラも心胆を冷たくする。
 まるで直接幽霊と対面している気分だ。
﹃あ、あ、あああぁぁぁぁあぁぁあッ!!!﹄
 ノーラは覚悟を固める。
 逃げられないのなら戦う、と。
 彼女は大剣を両手で握り締め、逃げてきた道を走り戻る。
マジック・アーマー
 確かに弾丸は脅威だが、魔動甲冑に致命傷を与えるほどではない。
 距離を詰め、近接戦闘に持ち込めば自身が有利。
 そのため覚悟を決めて、接近しようとしているのだ。
 しかし、その覚悟はすぐに粉砕させる。

1508
﹃なぁっ!? はぁ!?﹄
 強烈な衝撃に地面を転がっていると認識するのに数秒を必要とし
たが、それ以上に何が起きたのか分からず、グルグルと未だに回る
視界に苦慮する。
 ノーラが現状を正確に理解するのは不可能だろう。
 ノーラを追うスノー、クリス、リース組。
 彼女達はノーラが反転して勝負をしかけてくると読んでいた。だ
から、途中で対戦車地雷を設置。
 敵が予定通り反転し突撃してきたため、魔術液体金属で作ったコ
ードに魔力を流し対戦車地雷を指令爆破させたのだ。
﹃にゃ、にゃにがどうなって⋮⋮キャァ!?﹄
 呂律の回らない口を動かしていると、再度の爆発。
 ノーラは爆風に吹き飛ばされ、木に背中をぶつける。
 この時点で彼女はどちらが逃げていた道か、近接するために走っ
ていた道か分からないほどダメージを負う。
 地面に這い蹲りながら、彼女は自覚する。
︵ノーラはここで捕まる⋮⋮ッ︶
 逃げることも出来ず、敵を倒そうにもその姿すら捉えられない。
なのに相手は魔力も探知させず、致死レベルの攻撃を仕掛けること
が出来る。
 手も足も出ないとはまさにこのことだ。

1509
﹃⋮⋮めるなよ﹄
 爆風に吹き飛ばされ、体中を痛めたノーラは気絶しそうになる意
識を必死に堪えながら、大剣を杖代わりに体を起こす。
 その姿に悲壮感はなく、燃え上がるほどの敵意を秘めていた。
﹃なめるなよ! 雌犬共! ノーラのお姉様に対するお気持ちは貴
様達程度が理解出来るほど安くはないんだ!﹄
 彼女は腰から短剣を取り出し、敵が潜んでいると思われる闇へと
投擲するのではなく︱︱自分の首筋へ先端を向ける。
﹃黒、バンザイ! お姉様、お役に立てなくなるノーラをお許し下
さい!﹄
 森中に響く大声をあげ、迷い無く短剣に力を込め自身の首に突き
刺そうとするが⋮⋮。
 ダーン⋮⋮ッ。
 ダーン⋮⋮ッ。
 ダーン⋮⋮ッ。
 連続の発砲音。
 全てが寸分もなく短剣に当たり、勢いを支えきれず手放してしま
う。
︵自害すら許さないなんて⋮⋮ッ!︶
 近くに設置されていただろう対戦車地雷を爆破させ、再度ノーラ

1510
を吹き飛ばす。
 この爆発の衝撃にさすがの彼女も意識を完全に手放してしまった。
第129話 ノーラの逃走︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月18日、21時更新予定です!
1511
第130話 リュートvsルッカ
 ココリ街街道外れ。
 その平原でオレとルッカが銃と剣を交えていた。
﹃死ねぇぇぇ! 害虫!﹄
 ルッカが大剣を振るう。
 剣術に自信があるだけあって、その剣筋はとてつもなく鋭い。
 オレは身体強化術の補助を受けつつ、回避に専念。過去の執事時
代、もしギギさんの訓練を受けていなければ瞬く間に切り捨てられ
ていただろう。
トリガー
 オレは回避しながら、AK47の引鉄を絞る。

1512
 7.62mm×ロシアンショートで銀色の甲冑を身に纏うルッカ
を倒せるとは思っていない。あくまでこれは牽制だ。
 隙を付いて﹃AK﹄シリーズに無加工で装着出来る﹃GB15﹄
の40mmアッドオン・グレネード弾を撃ち出す。
﹃ッゥ!﹄
 ルッカも紅甲冑が会合を襲った時、その威力を眼にしている。
 そのため警戒し、命中はしていない。
 リースが側に居ないため、40mm弾にも限りがある。
 シアが敵勢力の詳細を告げた時、メイヤ&シアと純潔乙女騎士団
団員組には対戦車地雷で倒しきれなかった銀色甲冑の始末を。
 スノー、クリス、リースには紅甲冑の生け捕りを頼んだ。
 担当を決めていくと、自然にオレが単独でルッカと戦うことにな
ってしまった。
 最初はスノーにサポートについてもらおうかとも考えたが⋮⋮あ
のドジっ娘リースが、逃走するであろう紅甲冑の後を追い、クリス
のサポートを単独で行うのは無理だと悟る。
 だが、組織のトップ同士、最後の決着を付けるのも悪くない。
 星明かりの下、半円を描きながら銀色甲冑へ向けて銃弾をばらま
く。
 ルッカも風の魔石が込められた大剣を振るい、風刃を生み出し大
地ごと切り裂こうとする。

1513
﹃貴様達さえ来なければ私の計画は成功していたというのに!﹄
﹁自分を慕う団員達を皆殺しにして大成功!? 頭おかしいんじゃ
ないのか!﹂
﹃純潔乙女騎士団の栄光を! 誇を取り戻すための必要な犠牲だ!
 本当に純潔乙女騎士団を想う団員なら喜んでその身を捧げるはず
だ!﹄
﹁アホか! どんな物にも寿命はある! それが組織でも例外じゃ
ない! 純潔乙女騎士団はもうその役割を、寿命を終えようとして
いるんだよ!﹂
﹃黙れ、クソ虫が! 純潔乙女騎士団が寿命!? 違う! 純潔乙
女騎士団は永遠に輝き続ける! いや、輝き皆の希望にならなけれ
ばならないのだ!﹄
﹁このクソ狂人が!﹂
 オレ達は動き、発砲、風刃を飛ばし、回避し合いながら言葉を弾
丸より速く交わす。
 隙を突いては40mm弾を放つが、掠りはするが直撃までは行か
ない。
 オレ自身、風刃も、剣筋を何度目か分からないほど回避した。
 互いに決め手に欠ける。
 逆に言えば何か切っ掛けさえあれば、一気に流れを引き寄せ勝利
を得られる状況だ。
 その切っ掛けが何かといえば、1つしかない。
 ︱︱最後の40mm弾を使い切る。
フルフェイス
 運良く衝撃でルッカの面頬兜を衝撃で吹き飛ばすことに成功する
が、彼女がそのことに怯まず突撃して来る。逆にオレが面食らいA
トリガー ジャーキング
K47を発砲するが、引鉄を強く引きすぎてガク引きしてしまう。

1514
 凡ミスだ!
﹁⋮⋮ッ!﹂
 お陰で弾丸はあっさりかわされる。
 AK47は弾切れ!
 それを好機と敏感に悟り、ルッカは大剣を振るう。
﹁こなクソ!﹂
 オレは咄嗟にAK47本体を彼女へ向け全力で投げる。
 自ら武器を投げる行為に、さすがのルッカも面くらい、反射的に
大剣でAK47を弾いてしまう。
 その隙にオレは腰に下げているサイドアーム、﹃S&W M10﹄
リボルバーを抜き放つが︱︱同時にルッカの大剣が切り上がりオレ
の首筋で止まる。
 オレの銃口は彼女の額へ。
 ルッカの大剣はオレの首筋へ。
 まるでメキシカン・スタンドオフ︱︱西部劇のガンマン同士が、
銃口を向け互いの命を握り合う状況へと陥ってしまう。
 完全な手詰まり状態だ。
﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂
 どれぐらい睨み合っていただろう。
 先にオレが口を切った。

1515
﹁1つ提案があるんだが⋮⋮どうせなら貴女が言っていたように正
々堂々、決闘で決着を付けないか?﹂
 先程、対戦車地雷で甲冑軍団を纏めて吹き飛ばした。
 その後、ルッカが激昂し﹃卑劣な魔術道具を使うなんて! 貴様
には正々堂々戦う気概はないのか!? 組織の代表者なら、正面か
ら決闘などで勝負を挑めぇッ!﹄と叫んでいた。
 折角だから、その願いを叶えてやろうというのだ。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 彼女は反応を示さない。
 オレは勝手に話を進める。
﹁決闘の方法は簡単だ。互いに背を向け合い3歩進む。そして、3
歩目に振り返って互いを攻撃する﹂
 ハリウッド映画でやった決闘シーンだ。
 昔、観たので映画のタイトルや詳しい内容は覚えていないが、そ
の決闘シーンだけは強烈に目に焼きついている。
 説明を一通り終えると、彼女がノってくる。
﹁いいだろう。貴様の提案にノってやろう。純潔乙女騎士団団長と
して、悪しき不義に鉄槌を下してくれる⋮⋮ッ﹂
ピース・メーカー
﹁上等。PEACEMAKER代表者として、正面から叩きつぶし
てやるよ﹂
 互いにゆっくりと背中を向け合う。

1516
 タイミングを決めていた訳ではないが、合図の声は自然と重なり
合った。
﹃1﹄
﹃2︱︱﹄
﹁馬鹿が! 死ね、愚か者!﹂
﹁だと思ったよ! クソ団長!﹂
 最初にルッカが、2歩目を踏みしめた時点で決闘を裏切り、大剣
を寝かせ振り抜く。裏切るだろうと考えてはいたがまさか本当にや
るとはな!
 予想していたお陰で、咄嗟にしゃがみ大剣を回避。髪の先端が斬
られる程度で済む。オレはリボルバーを発砲するが、ルッカは片腕
9mm
で顔を覆い隠す。38スペシャル程度では、貫通する訳もなく虚し
く弾き飛ばされてしまう。
 だが、それでいい。
 オレ自身、リボルバーで決着が付くとは思っていない。
 必要なことは彼女の注意を完全にオレへ向けることだ。
﹁死ね! 虫けら!﹂
 ルッカが勝利を確信し、大剣を両手で握り振り上げる。
 しかし、その剣が振り抜かれることはなかった。
﹁ぐっはぁ!?﹂

1517
 ルッカの背後から身長ほどある氷の塊が高速でぶつかり吹き飛ば
す。
 彼女は地面を2、3度転がり、大剣も明後日方角へと吹き飛んで
しまう。
﹁リュートくん、無事!? 怪我はない!﹂
﹁ありがとう、スノー。大丈夫、怪我はないよ。それにナイスタイ
ミングだ﹂
 紅甲冑確保に向かっていたスノー、クリス、リース達が心配そう
な表情で駆け寄ってくる。
 オレは無事だと伝えるため片腕をあげ答えた。
 彼女達は安堵し、スノー&クリスはそのままオレを通り過ぎ倒れ
て動かないルッカへと警戒しながら近づいて行く。
 彼女達の周囲に紅甲冑の姿がない。
 新たな武器を取り出し渡してくるリースに尋ねる。
﹁リース達が追っていた紅甲冑はどうしたんだ? 逃げられたのか
?﹂
﹁それが追い詰めたのはいいんですが⋮⋮﹂
﹁リュートくん! ちょっと来て!﹂
 リースが言い淀んでいると、スノーからやや強張った声で名前を
呼ばれる。
 オレは新たに渡されたAK47を手に、リースと一緒に駆け寄る。
﹁リュートくん、この人⋮⋮﹂
﹁まさかさっきの一撃で死⋮⋮ッ?﹂

1518
 スノーが首を振る。確かに生きているとすぐに分かった。なぜな
ら彼女は誇らしげに笑い、ぶつぶつと小声で話し続けているからだ。
﹁⋮⋮ハッハッハッみたか我が剣の露と消えろあくとうめ。純潔乙
女騎士団は永遠に輝く︱︱﹂
 どうやらスノーの一撃で敗北を悟ったのか、意識だけがあちらの
世界へと飛び立ってしまったらしい。
 結局、最後に勝負を決めたのは彼女が切り捨てた﹃仲間﹄という
存在だった。
 望んでやった訳ではないが、皮肉が効きすぎている。
 スノーが尋ねてくる。
﹁⋮⋮どうする、リュートくん?﹂
﹁とりあえずこれ以上暴れられないように、甲冑を脱がして拘束し
よう。スノーとリースはそっちの作業を頼む。オレとクリスが周辺
を警戒する﹂
﹁わかったよぉ﹂
﹁お任せください、リュートさん﹂
 スノー、リースの返事を聞き、警戒を続けているクリスの隣へと
並ぶ。
﹁来てくれてありがとう、助かったよ﹂
﹃おにいちゃんが無事でよかったです﹄
 クリスはニッコリと笑い、ミニ黒板を掲げる。
﹁それでクリス達、担当の紅甲冑は結局どうなったんだ? 見あた

1519
らないけど、シア達に引き渡したのか?﹂
 あの夜目が利くクリスのスナイパーライフルから、紅甲冑が無事
逃げ出したというなら、悔しがるより称賛を送るだろう。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERきっての﹃ヴァンパイア﹄から、逃げ切っ
たのだから。
 しかしどうもそういう訳でもないらしい。
 クリスは未だに状況を理解していない曖昧な表情で、ミニ黒板を
掲げる。
﹃私達は予定通り、紅甲冑さんを追い詰め、上手く気絶させました
⋮⋮けど、確保しようとしたら突然、消えちゃったんです﹄
﹁消えた?﹂
 クリスは柳眉を下げ、繰り返す。
﹁消え⋮⋮ちゃいま、した﹂
 どうやら比喩やたとえではなく、突然目の前から消えたらしい。
 その後、周囲を探して見たが結局発見することはできなかったよ
うだ。
 オレは肩を落とすクリスの頭を撫でる。
﹁そっか、ならしかたないさ﹂
 手のひら全体に彼女の柔らかな髪の感触や体温が広がる。クリス
も気持ちよさそうに瞳を閉じた。
 目を閉じると長い睫毛が強調されるな。

1520
 しかし、ルッカはあちらの世界へ。
 紅甲冑は結果として取り逃がしてしまった。
 どうやら今回の﹃魔術師殺し事件﹄の全容解明は難しそうだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 暗い森の奥深く。
 突然、紅甲冑は姿を現し、丁寧に俯せに横たえられる。
 紅甲冑を横たえたのは、前髪で顔を隠す女性だ。
 女性だと分かったのは、ふくよかな胸や柔らかなそうな肢体が覗
いているからだ。
 彼女は背中の緊急排出用スイッチを押す。
 紅甲冑の背中がばっくりと開き、粘度の高いスライムから作り出
した液体が流れ出る。
 彼女は濡れるのも気にせず、意識を失っているノーラを引っ張り
出し自身の太股を枕に寝かせる。
 ハンカチを水筒で濡らし、顔に浮かんでいた汗などを拭う。
﹁うぅ⋮⋮﹂
 その刺激にノーラは目を覚ました。
 少しの間だ定まっていない視線がふらふらと周囲を見回す。

1521
 次第に自身の置かれている状況を理解し、体を起こした。
﹁エレナお姉ちゃん!? どうしてここに! ⋮⋮ッゥ﹂
﹁無理、駄目﹂
 エレナと呼ばれた女性は、フルフルと首を横に振る。
ピース・メーカー
﹁そうだ。ノーラはPEACEMAKERの奴らに追われて⋮⋮エ
レナお姉ちゃんが助けてくれたの?﹂
﹁そう﹂
 彼女は短く答える。
 エレナの能力を知るノーラは、だとするとここは追っ手が来ない
安全圏だと理解した。同時に震え上がる。
 自身の失敗を思い出したからだ。
﹁ごめんなさい! 作戦を失敗して、ごめんなさい! ごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさい⋮⋮ッ﹂
﹁大丈夫﹂
 エレナは壊れたオルゴールのように﹃ごめんなさい﹄を繰り返す
ノーラの頭を優しく撫でる。
﹁お姉様、怒ってない﹂
﹁本当?﹂
 コクリ、とエレナが頷くとノーラは心の底から安堵の溜息を漏ら
す。
ピース・メーカー
 そして改めてPEACEMAKERや純潔乙女騎士団、ルッカへ
の怒り、憎悪が蘇る。

1522
﹁あいつら、絶対に殺すッ。体勢を立て直して襲撃してやる。30
0体で足りないなら、今度は1000体は用意してやるッ﹂
﹁駄目﹂
 ノーラの地獄の釜のような怒りを、エレナが止める。
﹁お姉様、戻って来い、新しい仕事﹂
﹁でも!﹂
﹁お姉様、命令、絶対﹂
 それが決め手となり、ノーラは悔しげに黙り込む。
 エレナは聞き分けのない子供をあやすように、頭を優しく何度も
撫でる。
﹁何時か、やらせてくれる。今、耐える﹂
﹁ごめんなさい、エレナお姉ちゃん。我が儘を言って﹂
﹁大丈夫﹂
 言葉短く、姉は答える。
 そして、2人は互いに目と声を合わせて呪文のように言葉を唱え
た。
﹁﹁たとえ空が堕ちて潰されようとも破れない不滅の契り。死が我
らを分かつまで、我ら黒星と共に﹂﹂
 2人の声は、誰も居ない森林の中に響き闇へと溶けて消えた。

1523
第130話 リュートvsルッカ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月20日、21時更新予定です!
1524
第131話 事後処理
 ルッカ襲撃を未然に防ぎ、彼女の身柄も無事抑えることが出来た
︱︱その翌日、午後。純潔乙女騎士団本部に住人達が詰めかけてい
た。
 いつのまにか住人達に、﹃魔術師殺し﹄の主犯がルッカだと知ら
れてしまったからだ。
 なぜ知られたかは分からない。
 だが夜中に対戦車地雷を手榴弾のようにバカバカ使っていたら、
音に気付いて目を覚ますのは必然。
 暗闇で片付けをする訳にはいかず、日が昇ってすぐではあったが
甲冑軍団の破片や塊拾いを住人や小ココリ街へ向かう商人達に見ら
れている。

1525
 そこから話題が広まり、さらに様々な目撃証言が集まり、広まっ
ていく。
 勘が良い者はすぐに気付くだろう。
 情報が命の商人達の耳を完全に塞ぐことは不可能だ。
 結果として今の騒ぎが起こっている。
 そんな荒れ狂う人々を説得し、場を収めたのはオレ︱︱リュート
だった。
 騒ぎの一因である純潔乙女騎士団団員達に現状を押し付けたら、
狼の群れに子羊を放つようなものだ。街の不満が爆発してしまうだ
ろう。
 嫁達に任せて怪我をされても嫌だ。
 それに今のオレの立場は、純潔乙女騎士団に代わりココリ街を救
った若き英雄︱︱という扱いらしい。
 そんなオレが直接顔を出したお陰で、場は思いの外スムーズに収
まってくれた。
 だが、その足ですぐ純潔乙女騎士団顧問室へと向かわなければな
らない。
 部屋に入るとすぐ、ガルマが苦渋しきった顔で出迎えてくれる。
﹁すまない、リュート殿。徹夜明けの上、面倒事を押し付けた後、
すぐ呼び出したりしてしまって﹂
﹁いえ、流石に寝ている訳にはいかないみたいですからね﹂

1526
 オレは肩をすくめて答える。
 これだけの事態の中、寝ていられるほど肝が太くないだけかもし
れないが。
 先に休んでおくよう言っておいたスノー、クリス、リース、メイ
ヤ、シアもオレの用事が終わるまで起きているらしい。
 まったく健気な嫁と弟子とメイドだ。
﹁︱︱ルッカ団長、いや元団長の件、本当にすまなかった。純潔乙
女騎士団顧問として謝罪させてくれ﹂
 ガルマは深々と頭を下げる。
 それこそ床に額がつくぐらいだ。
 オレが慌てて止めるも、頑なに頭を上げない。
 心情は理解出来る。
﹃魔術師殺し事件解決﹄を依頼したら、身内︱︱しかも団長が主犯
の1人だったなんて目も当てられない。
 しかもオレ達が対処しなければ、団員達全員が皆殺しにあってい
たのだ。
 気にするな、という方が無理だ。
 頭を下げ終えると、ガルマが切々と語り出す。
﹁今回の一件で儂自身の見る目の無さ、顧問としての力不足を痛感
した。ルッカの変化にもっと早く気付いてあげていれば、こんなこ
とにはならなかったのに⋮⋮﹂
 当の本人であるルッカは、純潔乙女騎士団本部地下の牢屋に入れ
られている。

1527
 彼女の精神は未だ正常に戻らず、別の世界へと旅立っている。そ
のためぶつぶつと呟くだけで、騒いだり、暴れたりしないため楽と
言えば楽だ。
 ちなみに前に立て籠もり事件を起こしたヨルムも、牢屋に入れら
れている。もう少ししたら、裁判可能なもっと大きな街に移送され
判決を下される。
 ガルマは謝罪を終えると、呼び出した用件を切り出す。
 その表情は心底、辛そうだった。
﹁今回の一件で住人達からの信頼は壊滅的。もう純潔乙女騎士団が
街の守護者を続けるのは不可能だろう﹂
 そりゃ街を守る側が、実は街を脅かす側でした︱︱じゃ、住人だ
って信頼など出来ない。
 しかも、ココリ街は獣人大陸奥地に物資を送る重要な輸送地点。
その責任はとても重い。
レギオン
 さらに悪いことに、純潔乙女騎士団は他軍団に助けを求めるほど
窮している。子供でも彼女達が現状のまま過ごせるとは思わないだ
ろう。
﹁だが、儂は純潔乙女騎士団顧問を引き受けた者として、団員達︱
︱彼女達の今後について責任を持たなければいけない﹂
 ガルマの表情は今まで見た中で最も真剣だった。
 まるで手塩に掛けた娘を嫁に出す父親︱︱といった感じだ。
﹁純潔乙女騎士団解散は確実だ。住人の信頼を失っただけではなく、

1528
ギルド レギオン
今回の一件で冒険者斡旋組合から軍団の資格を奪われてしまうだろ
う。そうなったら団員達はクビ。仕事を失うことになる。出来れば、
儂は彼女達に次の仕事先を見付けてやりたいんだ﹂
 純潔乙女騎士団の団員達は殆どが貧しい農民や商人・貴族などの
出身で、特別な技能も無い。知り合いのツテやコネがある者はいい
が、そうでない者は騎士団を放りだされたら、かなり大変なことに
なるらしい。
 さらに最悪をあげるなら、騎士団で培った技術を使って追いはぎ、
スリ、野盗︱︱犯罪に手を染める者が出るかもしれない。
 さすがにそれはあまりに不憫すぎる。
﹁それで僕達にどうしろと? さすがに全員を雇えなんて言われて
も無理ですよ﹂
 メイヤというスポンサーもいるし、蓄えもあるが、30人以上居
る団員達の給金を継続して支払うほどの余裕はない。
 前世の日本でたとえたら、月収15万の人材を30人以上雇えと
言っているようなものだ。突然、毎月450万以上払い続けろと言
われても無理というしかない。
 仮に雇ったら1、2ヶ月ぐらいならなんとかなるが、半年、1年
と払い続けなければならなくなる。
 それを支払い続ける定期的収入源なんて、いくらオレ達でも持っ
ていない。
 ガルマももちろん理解している。
 だから、問題を解決する名案と言いたげに告げた。

﹁よかったらココリ街の守護役を純潔乙女騎士団に代わって、PE

1529
ース・メーカー
ACEMAKERが務めないか?﹂
﹁⋮⋮やっぱりそう来ますか﹂
 ある程度予想していた言葉に、オレはソファーに深く身を預ける。
 ココリ街を守護するのと引き替えに得られる税収。定期的に入っ
レギオン
てくる収入はなにかとお金がかかる軍団からすれば、とても魅力的
だ。
 その魅力に取り付かれて、ある程度無理をしてでも手に入れよう
ウルフ・ソード リリ・ローズ
と狼剣や百合薔薇が、街に入り込んだのは記憶に新しい。
 さらにガルマは畳みかけてくる。
﹁これは儂の独断だけではない。住人達が望んでいることでもある
んだ。それに団員達もリュート殿達の元へ行けると分かったなら手
放しで喜ぶはずだ。リュート殿達とは2度の実戦を共にくぐり抜け
ている。戦友と言っても差し支えない相手だからな﹂
ピース・メーカー
 確かに彼女達もPEACEMAKERに入り、代わらず街を守護
する仕事につけるなら不安は一気に消えるだろう。
 街の住人も、最初は元純潔乙女騎士団団員ということで色眼鏡で
見るだろうが、誠実に仕事をこなしていけば、いずれは不安も払拭
される筈だ。
 さらにガルマは、暗に﹃戦友を見捨てないよね?﹄と言い出して
いる。これだから歳を取り老獪になった相手をするのは嫌なんだ。
 気付けば逃げ道を塞がれているから。
﹁⋮⋮さすがにすぐには返答しかねます。ただでさえ戦闘後の徹夜
明けなので。返答は嫁達とも相談して後日でも宜しいでしょうか?﹂
﹁ああ、構わないよ。忙しい所、本当に申し訳なかった﹂

1530
 ガルマはこれ以上の会話がマイナスにしかならないと判断したよ
うで、すぐに頭を下げる。
 オレは了承を得て、挨拶をしてから部屋を後にした。
 部屋を出るとすぐ、副団長のラヤラ・ラライラが立っていた。
 彼女の視線はオレへと固定されている。
 彼女はぺこり、と可愛らしく挨拶をする。
﹁⋮⋮ラヤラ副団長、どうしましたこんなところで。休まなくても
いいんですか?﹂
﹁あ、あの、フヒ、リュートさんにお話があって⋮⋮﹂
 いつもの落ち着きのない態度だが、彼女の要求は手に取るように
分かる。
﹁これからの、フヒ、純潔乙女騎士団の件です﹂
 やっぱりな。
 溜息をつきそうになるのをギリギリで堪える。
 彼女はこちらの反応には気付かず、話を切り出す。
﹁多分ですけど⋮⋮このままだと、純潔乙女騎士団は解散になりま
すよね?﹂
 彼女の問いに答えるか迷ったが、相手は実質現在のトップである
副団長だ。
 話しても問題は無いだろう。

1531
﹁さっき顧問ともその話をしてたところだったんだ。解散は確実だ
ろうって⋮⋮﹂
﹁あ、あの⋮⋮その件について、フヒ、お願いがあって﹂
﹁お願い?﹂
﹁どうにかして、ふひ、純潔乙女騎士団を残すことはできませんか
?﹂
 ガルマとは似ているが、違う願い。
 ラヤラは落ち尽きなく、おどおどしながらも訴えてくる。
﹁ルッカ団長ではありませんが⋮⋮ウチも純潔乙女騎士団を大切に、
フヒ、思っているんです。自分のような落ち零れを受け入れてくれ
た純潔乙女騎士団を⋮⋮だから、その恩返しのためにも存続させた
くて﹂
 対人との会話をあまり得意としていないラヤラが、懸命に言葉を
紡ぎ訴えてくる。
 それだけ純潔乙女騎士団が大切なのだろう。
 さすがに無下にする訳にもいかず、オレは頭を掻く。
﹁⋮⋮分かりました。こっちでも純潔乙女騎士団が何とか存続出来
る方法を考えます。上手く行くかどうかは別ですが。それでいいで
すか?﹂
﹁あ、ありがとうございます!﹂
 ラヤラは現状出来る精一杯の解答に、嬉しそうに頭を下げる。
 その表情には希望が満ちていた。
 あんまり希望を持たれてもこまるんだが⋮⋮。

1532
 まったく⋮⋮敵を倒したからといって、問題が解決する訳じゃな
い。
 事後処理というのは本当に面倒だな。
第131話 事後処理︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月22日、21時更新予定です!
1533
第132話 始原
ギルド
 ルッカとの戦闘を終え数週間後︱︱今度は冒険者斡旋組合に呼び
出された。
 もちろん内容はルッカについてだ。
ピース・メーカー ギル
 オレは1人、PEACEMAKERの代表者として冒険者斡旋組

合の門をくぐる。
まじんしゅぞく
 魔人種族の受付嬢がこちらに気付くと、足早に駆け寄ってきた。
いつもは微笑みを浮かべているが、今日はどうも様子がおかしい。
 彼女は一礼すると切り出す。
﹁すみません、お呼びだてして﹂
﹁いえいえ、それで今日はどういった用件で?﹂

1534
ギルド
 呼び出された理由は、冒険者斡旋組合についてから話す︱︱とし
か聞かされていなかった。
 彼女は不安そうに眉根を寄せ、
ピース・メーカー
﹁実はPEACEMAKERの代表者とお話したいという方がいら
っしゃって⋮⋮﹂
 受付嬢は周囲を見回し、そっとオレの耳元へと唇を寄せた。
 彼女から良い匂いがして、微かに胸の先端が当たる。役得、役得
! ⋮⋮いや、これは決して浮気とかじゃないよ?
 だって歯医者とか、美容室とかで胸が当たったりするだろ? そ
れと似たようなもんだし!
 オレは何気なく胸中で言い訳を並べる。
 そして、受付嬢から個室で待つ客人の情報を耳打ちして貰った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
かおりちゃ
 個室の扉を開くとそこには、ソファーで香茶を楽しむ女性が座っ
ていた。
 オレに気付くと、ソファーから立ち上がり一礼してくる。
 セミロングに、眼鏡を掛けた20歳半ばの容姿。

1535
 いかにもやり手秘書と言った雰囲気を醸し出している。
レギオン
﹁お忙しい中、お呼びだてして申し訳ありません。わたくし、軍団
01
始原の獣人大陸外交・交渉部門を担当している人種族、セラフィン
と申します﹂
ピース・メーカー
﹁ご丁寧にありがとうございます。僕はPEACEMAKERの代
表を務めます人種族、リュート・ガンスミスです﹂
 互いに挨拶を交わす。
かおりちゃ
 ちょうど受付嬢がオレの分の香茶を出し、部屋を後にした。
レギオン 01
 個室には軍団、始原のセラフィンとオレの2人だけが残される。
 受付嬢が心持ち緊張した表情をしていたのには理由がある。
レギオン
 先程、中で待っている軍団について詳しい話を聞いた。
01 ギル
 始原とは、魔王からこの世界を救った5種族勇者達が冒険者斡旋
ド レギオン 01
組合を設立。軍団というシステムが決まり、初めて出来たのが始原
だ。
レギオン 01
 つまり、この世界で初めて出来た軍団が、始原ということだ。名
01
は体を表しすぎだろう。しかも5種族勇者の子孫達が集まり、始原
を立ち上げる。
 純潔乙女騎士団とは比べものにならないほど、歴史と伝統を持つ
レギオン
軍団だ。
01 レギオン オリハルコン
 もちろん始原の軍団ランキングは、最高位の﹃神鉄﹄。
レギオン
 現軍団ランキングのナンバー1と考えていいらしい。
ギルド
 その影響力は冒険者斡旋組合にも強く及ぶ。
レギオン
 オレは、そんな軍団の外交・交渉担当のセラフィンと対峙する。

1536
 彼女は誰もが好感を抱きそうな微笑みを浮かべた。
﹁ガンスミス卿の輝く星々のような功績は耳にしております。そん
な方とこうしてお話し出来る機会を頂けるなんて、天神様に感謝し
なければ﹂
レギオン 01
﹁ありがとうございます。しかし僕達の軍団は、始原に比べたら、
まだまだ駆け出しの子供のようなものですよ﹂
ピース・メーカー
﹁ご謙遜を。わたくしの上司も、PEACEMAKERの近年稀に
みる躍進にはとても驚いていましたよ﹂
01
﹁あの始原に、そこまで言ってもらえるなんて末代まで自慢出来ま
す﹂
 互いに当たり障りのない会話を交わす。
 きりのいいところでセラフィンから切り出してきた。
﹁︱︱本日、ガンスミス卿をお呼びだてしたのは他でもありません。
純潔乙女騎士団本部の地下牢に勾留している元団長、ルッカと動き
回っていた甲冑の残骸をわたくし達に引き渡して欲しいのです﹂
﹁それはまた何故ですか? ⋮⋮甲冑に関しては、僕達の方でも研
究・解析をするため全部渡す訳にはいきませんが量はかなりありま
すので、必要な分だけ持って行ってもらってかまいません。ですが、
ルッカ元団長の裁判は終わっておらず、自分の一存で引き渡してい
いかどうか⋮⋮﹂
﹁大丈夫です。そちらの問題はすべてわたくし達の方で解決済みで
す。こちらがその証拠の書類となります﹂
 彼女は脇に置いてあった鞄から、書類の束を取り出す。
 つまり、すでに関係各所には了承済み。オレ達に挨拶しているの
は、建前上、﹃ちゃんと筋を通していますよ﹄と言うアピールらし
い。

1537
01 ギルド
 さすが始原。わざわざ冒険者斡旋組合に呼び出すだけはあるとい
うことか。
﹁もちろん、無償という訳ではありません。引き渡し頂けるなら謝
礼金も出ますし、ご要望があれば何なりと仰って頂ければ﹂
 オレはソファーに体を沈め、考え込む。
ギルド レギオン
 冒険者斡旋組合にも多大な影響力を与える軍団に逆らっても良い
ことなど1つもない。
 それにルッカにとってもこの街に居るより、さっさと別の場所に
移動した方が安全だろう。
 ココリ街は一見平穏を取り戻しているように見えるが、住人達の
胸中では彼女に対する怒りが未だにくすぶっている。
 純潔乙女騎士団本部の地下まで侵入して、私刑を加えるとは考え
辛いが、可能性は0ではない。しかし気になる点がある。
﹁⋮⋮1つ聞いてもいいですか?﹂
﹁ええ、答えられる範囲で﹂
﹁なぜ元団長であるルッカの身柄を要求するんですか? 確かに﹃
01
魔術師殺し事件﹄は痛ましい事件でしたが、始原が首を突っ込むほ
どの一件とは思えないのですが⋮⋮﹂
﹁なるほど、お気持ちは分かります。ある理由があって元団長であ
るルッカの身柄をわたくし達は求めています。⋮⋮ガンスミス卿、
これからお聞かせする話はくれぐれも外部へ漏らさないようお願い
します﹂
 そして、セラフィンはトーンを落とし語り出す。
01
 彼女達、始原はある事件︱︱というより、組織を追っているらし

1538
い。
 その組織の名前は﹃黒﹄。
﹁﹃黒﹄は6大魔王の復活を目論み行動している、﹃魔王崇拝主義
者﹄達の代表的な組織です﹂
﹁ま、魔王の復活? 魔王崇拝者?﹂
 確か⋮⋮昔、エル先生の歴史授業で習った。いや、正確には習っ
たのではなく、勝手に聞いていた、だが。
 その時の記憶を思い出す。
 この世界の歴史を簡単にまとめると︱︱
てんじんさま しんぽう
 天神様から、6大魔王が神法と呼ばれる秘法を盗み出す。
しんぽう
 魔王達は神法を自分達にも扱えるよう魔法に劣化改造し、地上界
へと逃げ延びる。
 そして魔王達は、この世界を魔法の力で支配した。
 だが、5大大陸に住む5種族の勇者達が立ち上がり、魔王から魔
法の秘法を盗み出し、自分達が扱えるように魔術へと改造した。
 そして、魔術と仲間の力によって6大魔王の内、5大魔王は倒し、
封印。
 今でも最後の魔王は、魔界大陸の奥深くで存命し息を潜めている
と伝えられている︱︱だっけ?
 その﹃黒﹄という組織は、5種族勇者が倒し、封印した魔王を蘇
らせようとしているらしい。
 でもなんでだ?

1539
﹁分かりません。破滅願望があるのか、魔王を復活させて永遠の命、
若さでも得ようとしているのか﹂
てんじんさま
 一応、こちらの最もメジャーな宗教は天神様を奉る天神教だ。そ
の派生で他にも幾つかあるらしい。
 詳しくは興味が無くて学んでいない。
 それでも魔王崇拝は初めて聞いた。
 前世の地球でも悪魔崇拝者は居るから、こちらの世界に﹃魔王崇
拝者﹄が居ても可笑しくはない。だが、この異世界には本当に魔王
が封印されている。
 セットされている核爆弾の自爆コードを喜々として入力しようと
しているようなものだ。
 わざわざ自分だけではなく、世界を破滅させるものに手を出そう
と考えるなんて理解できない。頭がおかしい!
﹁わたくし達も長年﹃黒﹄を追っているのですが、中々有力な手が
かりを見付けられず⋮⋮。なので今回、﹃黒﹄の幹部クラスと接触
を持ったルッカを引き取りたいのです。精神を壊していますが、何
か有力な手がかりを得られるかもしれませんから﹂
﹁なるほど、そういうことなら喜んでお渡しします。他にも現場に
残っていた遺留品⋮⋮ゴミしかありませんが、お渡ししますね。も
しかしたら何かの手がかりがあるかもしれませんから﹂
﹁ありがとうございます、ガンスミス卿。そう言って頂けて嬉しい
です!﹂
 セラフィンは喜々として、オレの手を掴み笑顔で握り締めてくる。
 見た目がやり手秘書だけに、こうして無邪気に喜ばれるとなんだ
か嬉しいな。

1540
﹁ところでもう1つ、気になる点があるんですが質問いいですか?﹂
﹁はい、遠慮なさらずどうぞ﹂
ギルド
﹁その﹃黒﹄という組織を追っているのは、冒険者斡旋組合から依
頼されたクエストですか?﹂
 彼女は微苦笑を浮かべる。
01
﹁いえ、わたくし達、始原が自主的に行っていることです。なので
事件を解決したとしても報酬金は出ないんですよ﹂
 ⋮⋮ボランティアなのか。
﹁ですが、誰かが危機を未然に防がなければいけませんから。報酬
金が出ないからと言って見過ごす訳にはいきません。魔王が復活し
た後で、動いても遅いですからね﹂
 握手を交わす手に力が篭もる。
﹁ところで身柄引き渡し等の謝礼金なのですが、いくらぐらいをご
ピース・メーカー
希望でしょうか? PEACEMAKERとは、今後もより良い関
係を気付きたいのでご希望の額をお支払いしたいのですが﹂
 その話をしてから、謝礼金の話に繋げるのは止めて欲しい。
 あんまり高い金額をねだれないじゃないか⋮⋮。 1541
第132話 始原︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月24日、21時更新予定です!
ようやく、某魔法少女の映画をDVDで観ることが出来ました! 
当時、忙しくて映画館まで足を運べず、ようやく観ることが出来て
よかったです。作品もとても面白かったです。クレイジーサイコレ
ズという造語もそりゃ出来ますわ。
軍オタのスピンオフ、外伝、横道系で魔法少女とかやりたくなりま
した。⋮⋮書く時間があればですがー。

1542
第133話 人材確保?
レギオン 01
 去り際、軍団始原の交渉を担当しているセラフィンから︱︱
ピー
﹁機会があれば一度、わたくしの上司とお会い頂ければと。PEA
ス・メーカー
CEMAKERとは今後とも友好関係を築いていきたいと思ってお
りますので﹂
﹁ありがとうございます。その際は是非﹂
 握手を交わし、セラフィンを見送る。
 やれやれ⋮⋮大して長い時間話していた訳ではないのに、妙に疲
れた。
 顔に出ていたのか、受付嬢が微苦笑で﹃お疲れ様でした﹄と労っ
てくれた。こういうさりげない気遣いが嬉しい。

1543
ギルド
 オレは冒険者斡旋組合を後にして、純潔乙女騎士団本部へと向か
う。
 途中、ココリ街の住人達に声をかけられた。
 皆、友好的で、露天商達からは次々品物を無料で差し出されてく
る。商人でもない一般の住人からも色々渡されそうになった。
 全部、受け取ったら持ちきれないし、1つ受け取ったら他を断り
辛くなる。結局は丁寧な口調で気遣いつつ、全て断った。
 別に人徳やアイドル的人気がある訳ではない。
ピース
 ココリ街でずっと悩まされていた﹃魔術師殺し事件﹄をPEAC
・メーカー
EMAKERが解決した。そのお礼を言葉だけではなく、行動で示
したいのだろう。
ピース・メーカー
 もちろん商人側は、将来的にPEACEMAKERがココリ街の
守護を任された時、友好的な関係を作っておけば色々旨味がある︱
︱と思ってよくしてくれているのかもしれない。
 さすがに疑い過ぎか?
 オレは住人達の善意を申し訳なさそうに断り、なんとか純潔乙女
騎士団本部へと帰って来ることが出来た。
 純潔乙女騎士団本部に与えられている自室へと入る。
かおりちゃ
 部屋にはオレの帰りを待っていた嫁達+αが優雅に香茶を飲んで
いた。

1544
ギルド
 スノー達に冒険者斡旋組合に呼び出された用件を聞かせる。
レギオン オリハルコン 01
 軍団のトップ、神鉄の始原。
 魔王復活を願い動いている魔王崇拝組織、﹃黒﹄。
 一通り話を聞くと、リースが神妙な顔で質問してきた。
01
﹁事前の説明もなく、いきなり始原の担当者と会議とは⋮⋮大変で
したね﹂
﹁ああ、呼び出す前に言ってくれれば、心の準備ぐらい出来たんだ
けど﹂
﹁⋮⋮あの、ところで、その担当者さんは女性なんですよね?﹂
﹁そうだけど?﹂
 リースはモジモジと落ち着かない仕草で太股を擦り合わせる。
 頬を染めながら、聞き辛そうな表情をしていたが、彼女は意を決
して口を開く。
﹁その方は、その⋮⋮美人でしたか?﹂
﹁えっ?﹂
 意外な質問にその場に居るスノー、クリス、メイヤ、シアも目を
点にしてリースを凝視した。
 彼女は質問したことが恥ずかしくなったのか、耳の先まで赤くし
て俯いてしまう。
 どうやらオレが、女性と2人っきり密室で長時間話をしたのが気
になったらしい。特に状況を説明する際、相手の容姿や交渉術など
を褒めたのが気になったようだ。つまり、リースは嫉妬しているの
だ。

1545
﹁ぷく、くくくッ⋮⋮﹂
﹁リュートさん?﹂
 リースがオレの堪えきれなくなった笑い声に、首を傾げる。
 だって、嫉妬する嫁リースがあまりに可愛かったんだ。仕方ない
じゃないか。
﹁ごめん、ごめん。んんッ! とりあえず交渉相手のセラフィンさ
んは一般的に言って美人だよ。けど、リースの方が断然美人だし、
可愛いし、オレの好みだよ﹂
﹁あぅ⋮⋮あ、ありがとうございます﹂
 リースは正面からの賛辞に、先程以上に赤くなって俯いてしまう。
 顔は確認出来ないが、口元が﹃によによ﹄しているのは見なくて
も分かる。
 そんなやりとりを眺めていたスノー達も尋ねてきた。
﹁リュートくん! リュートくん! わたしは!﹂
﹁もちろん、スノーの方が圧倒的に美人だし、可愛いよ。本当に﹂
﹃お兄ちゃん、私はどうですか?﹄
﹁もちろん! クリスの方がセラフィンさんより美人で可愛いし、
将来性も圧倒的にあるよ﹂
﹁リュート様! わたくしとその方を比べてどうでしょうか!﹂
﹁あーうん、まぁーメイヤノホウガビジンデスヨ﹂
 なんだろう、素直にメイヤを褒める気にならないこの感情は。
 だが、メイヤはオレの棒台詞でも褒められたのが嬉しくて、立ち
上がり歓喜からクルクルとその場で踊り出す。
 埃がたつから止めて欲しいんだが。

1546
 そんな感じでオレの報告が終わると、今度はスノー達から話を聞
いた。
ギルド
﹁リュートくんが冒険者斡旋組合へ行っている間に、ラヤラちゃん
が来たんだ﹂
﹁ラヤラが?﹂
 どうやら純潔乙女騎士団代表として、部屋を尋ねて来たらしい。
ピース・メーカー
 内容はもちろん純潔乙女騎士団を、PEACEMAKERの下部
レギオン
軍団に加えて欲しい。そして、﹃純潔乙女騎士団﹄の名前だけでも
残して欲しいというものだった。
 どうやらオレへの直訴だけではなく、周囲から固めようとしてき
たらしい。
﹁リュートくん、なんとかしてあげられないかな⋮⋮﹂
 スノーが犬耳をぺたんと垂らして告げる。
 ラヤラや純潔乙女騎士団団員達に同情してしまったのだろう。嫁
にこんな顔をされたら、さすがに無視する訳にはいかない。
 それにココリ街を守護した場合の定期的な収入は捨てがたい。
レギオン
 またそろそろ軍団だけに、人数を増やす部隊を作る実験をしたい
とは思っていた。
 無条件で全員を引き取ることは出来ないが、入団試験を設けて使
えそうな人材をピックアップするのは悪くないかも⋮⋮。
 上手く行けば︱︱将来的に団員数を増やし、彼女達だけにココリ
ピース・メーカー
街の守護を任す。そして一部定期収入をPEACEMAKERへと

1547
振り込まれる。
 労せず、安定した収入を確保することが出来る。
 手を出すのには悪くない条件だよな⋮⋮。
 オレは腕を組み考え込む。
﹁⋮⋮そうだな。乗りかかった船だし、なんとか対応出来ないか考
えてみるよ﹂
 オレの言葉に嫁達が安堵の溜息を漏らす。
 さて、そうなってくるともう一度、ガルマと話をする必要がある
な⋮⋮。
 オレは今後の対応を思案する。
 その場で思いついた事を口にして、嫁達にも意見を求めた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、昼前。
 純潔乙女騎士団のグラウンドらしき運動場に、団員達を集める。
 その数は30人以上だ。
 事前に顧問であるガルマを通して、今日話す内容は伝えてある。
ピース・メーカー レギオン
 純潔乙女騎士団をPEACEMAKERの下部軍団に組み込む︱
︱という話だ。

1548
 もちろんガルマも出席している。
ピース・メ
 2列に並ぶ純潔乙女騎士団団員達の前に、オレ達PEACEMA
ーカー
KERが横一列に並ぶ。
 団員達に視線を向けると、皆緊張した表情をしていた。
 オレは列から一歩前へ出る。

﹁皆さんお忙しい中集まって頂き誠にありがとうございます。PE
ース・メーカー
ACEMAKER代表のリュート・ガンスミスです﹂
 定型の挨拶&自己紹介。
 この場にオレを知らない人物はいないが、大事な話を始める前に
は形も大切だ。
﹁すでにガルマ顧問からお話を聞いているとは思いますが、改めて
ピース・メーカー
お伝えします。この度、我らPEACEMAKERは、純潔乙女騎
士団を組織の一員として迎えたいと思います﹂
 一度区切って話を再開する。
ピース・メーカー
﹁純潔乙女騎士団を取り込む訳ではなく、PEACEMAKERの
レギオン
下に付く軍団という形になります。なので伝統ある﹃純潔乙女騎士
団﹄の名が消えることはありません﹂
 この説明に団員達から少なくない安堵の溜息が漏れる。
 ラヤラもそうだったが、彼女達にとってやはり﹃純潔乙女騎士団﹄
の名はそれだけ特別なのだろう。
 ざわつきが収まるまで待ってから、話を続ける。
 ある意味、ここからが本番だ。

1549
レギオン
﹁純潔乙女騎士団の名前、軍団は残ります。だからと言って皆さん
全員を無条件で受け入れる訳にはいきません﹂
﹃!?﹄
ピース・
 ガルマが話し聞かせていたのは、純潔乙女騎士団がPEACEM
メーカー
AKERに付くという所まで。
 そのためオレの宣告を聞いた団員達はあからさまに動揺した。
ピース・メーカー
﹁皆さんもご存知の通り、PEACEMAKERの扱う魔術道具は
かなり特殊です。なので残留を希望する方には、自分達が用意した
軍事訓練を受けてもらいます。その訓練から脱落した方には、残念
ながら退団して頂きます﹂
 厳しいようだが仕方ない。
 脱落した人材にはある程度の救済処置を施すつもりではいるが、
戦力にならない人材を抱え続けるほど、自分達に余裕もない。
 団員達の動揺が落ち着くのを見計らって声高に告げる。
﹁3日後、皆さんの希望をお聞きします。それまでに答えを決めて
おいてください﹂
 団員達は大きな声で返事をした。
ピース・メーカー
 こうしてPEACEMAKER初の入団試験︱︱リュート・ブー
トキャンプが始まる!

1550
                         <第7章 
終>
次回
第8章  少年期 人材育成編︱開幕︱
第133話 人材確保?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月26日、21時更新予定です!
4月26日は、知り合いの結婚式に出席します。
なので予約投稿をセットしておきますが、失敗したらごめんなさい!
また活動報告を書きました。よかったら確認してください。 1551
第134話 新・純潔乙女騎士団入隊訓練、準備
 リュート、15歳
 装備:S&W M10 4インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 スノー、15歳
 魔術師Aマイナス級
 装備:S&W M10 2インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 クリス、14歳
 装備:M700P ︵スナイパーライフル︶
:SVD ︵ドラグノフ狙撃銃︶

1552
 リース、181歳
 魔術師B級
 精霊の加護:無限収納
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 装備:PKM︵汎用機関銃︶
   :他
ピース・メーカー レギオン
 純潔乙女騎士団が、PEACEMAKERの下部軍団になると宣
言してから3日後。
 約束通り、入団希望者を募る。
 純潔乙女騎士団本部の大部屋に少女達が集まっていた。
 純潔乙女騎士団の団員は、元々30人以上居たが、数人は地元に
帰ってしまった。そのため今、大部屋には30人ちょうどが着席し
ている。
 長机が並び、椅子に少女達が座り、前に立つオレに注目している。
まるで大学で講義をしている教授にでもなった気分だ。
 高校中退したから、大学についてはアニメやドラマ、ラノベで得
た知識・イメージしかないが⋮⋮。
 オレは落ち込みそうになる気分を立て直し、目の前に座る少女達
に語り出す。
﹁それではこれより皆さんに書類を配ります。配り終えたら書類内
容について説明します﹂

1553
 スノー達に目配せして、書類を配ってもらう。
 配り終えたのを確認してから、書類内容を説明する。
ピース・メーカー レギオン
﹁この書類は、新たにPEACEMAKERの下部軍団になる新・
純潔乙女騎士団の団員として、入団する意思があることを示す書類
です。その意思がある場合は、一番下の欄に種族名、名前、年齢な
ど必要事項を記入してください。文字が書けない方は遠慮無く、挙
手してください。代わりに彼女達が文字を書きます﹂
 大部屋の端で椅子に座るスノー、クリス、リース、メイヤ、シア
に手を向ける。
プーリーズ
﹁この書類にサインした方は、P00leesとなります。これは
我が新・純潔乙女騎士団に入隊する意思がある人材﹃入隊見込み﹄
という意味です。決して、サインをしたからといって﹃入隊した﹄
ということになる訳ではありません。そのところを勘違いしないよ
う気を付けてください﹂
 前世の地球、アメリカ海兵隊に入隊を希望し入隊契約書にサイン
プーリーズ
した人物をP00lees︱︱﹃入隊見込み﹄、と呼ぶ。
 民間人と軍人の中間に位置する存在になるのだ。
 ちなみにアメリカでは、毎年4万人もの若者達が海兵隊に入隊し
ている。過去10年間を振り返り、平均すると募集官1人で月あた
り2・5人入隊させている計算だ。
 この入隊ペースは連続122ヶ月続いているらしい。
﹁正式に新・純潔乙女騎士団に入隊するためには、13週間の入隊
訓練を受けて貰います。この訓練を耐えきった方のみ、入隊が許可
されます﹂

1554
 オレは話を続ける。
ピース・
﹁訓練内容の詳細を明かすことは出来ませんが、自分達PEACE
メーカー
MAKERは一般とはちょっと違う、このような変わった魔術道具
を多数扱います﹂
 オレはガンベルトから﹃S&W M10 リボルバー﹄を取り出
し、少女達に見せる。
﹁この魔術道具︱︱ハンドガンなどは正しい使い方をしないと非常
に危険です。下手をしたら自分自身を傷つけ、最悪死亡する可能性
もあります。なので、この13週間はこれらの正しい使い方や今ま
で皆さんが持つ意識を改革するための訓練など︱︱かなり厳しいも
のになります。なので書類にサインする場合は、しっかりと覚悟を
決めて書いてください﹂
 テーブルに置かれたコップの水で喉を潤す。
﹁書類にサインをした後は、別室で服と靴のサイズを測らせてくだ
さい。訓練中に使用する衣服、靴を制作するので。また3週間ほど、
入隊訓練用に本部を改造するため現在、皆さんが寝起きしている本
部の自室から、こちらが指定する宿屋へ荷物を運びだしてください。
期間中の宿食事代、必要経費はこちらで支払うので心配なさらず。
また訓練期間中は一切の私物持ち込みは禁止となります。もし荷物
を多すぎる、大きすぎて運び出せない方は事前に自分達へ報告して
ください。訓練が終わるまで荷物は、こちらの責任で預からせて頂
きます。ここまでで質問ありませんか?﹂
﹁あの⋮⋮﹂
﹁どうぞ﹂

1555
 兎耳の獣人族少女が挙手する。
 オレが促すと、席を立ち質問した。
﹁訓練期間中は一切の私物の持ち込みは禁止とのことですが、ハン
カチや筆記用具類、それにその⋮⋮下着なども持ち込みは一切禁止
なんですか?﹂
 少女は﹃下着﹄の箇所で恥ずかしそうに言い淀む。
 オレはその質問に答える。
﹁はい、全部です。訓練中の衣服、靴の他にもハンカチ、筆記用具、
下着、靴下からタオル、歯ブラシ、歯磨き粉、バッグ、クシ、ベル
ト、手袋、食事等々︱︱全てこちらの準備します。逆にこちらで準
備した物以外は使えないと思ってください。他、支給品で女性に必
要な物が足りない場合は、僕ではなく彼女達に言って貰えれば準備
します。例外として自身の生命・宗教に関わる物がある場合は、相
談してください。他にありますか?﹂
 見回すが少女達は誰も手を挙げない。
﹁それでは今から1時間以内に入隊を希望する方は書類にサインを
お願いします。文字が書けない方は、遠慮なく挙手してください﹂
 この声に皆、1時間かからず書類にサインを済ませる。
 文字が書けない人材は、全体の3分の2を占めた。入隊後は文字
書きの授業を組み入れておくか。
 そして、別室に移動して貰いスノー達に頼み、彼女達の衣服・靴
サイズを測る。これを参考に軍事訓練に必要な衣服・靴を外部に発

1556
注する予定だ。
 他にも彼女達に必要な細々とした品物を3週間以内に準備しなけ
ればならない。
ギルド
 さらに訓練期間中の街の守護は冒険者斡旋組合を通して依頼。
 ココリ街に精通している冒険者に日給を支払い担当してもらうこ
とになっている。

 旧純潔乙女騎士団時代も、手がどうしても足りない場合は冒険者
ルド
斡旋組合を通してクエストととして仕事を依頼していたらしい。
 日給もそれに準ずる形になる。お陰で結構いい金額が手元から消
えた。
 またどうしても外せない事務仕事などは、こちら側で担当するし
かなかった。これはガルマが手伝ってくれた。
 しかし事務仕事など、オレ達側に誰も経験者がいない。
 スノーは魔術師学校を出たエリート魔術師。
 クリスは魔人大陸のお嬢様で元引き籠もり。
 リースはハイエルフ王国のお姫様。
 メイヤは竜人大陸全土に名が知られている天才魔術道具開発者。
 シアはハイエルフ王国の護衛メイド。メイド仕事と要人警護が専
門で、さすがに事務仕事までは網羅してなかったらしい。
レギオン
 オレはというと︱︱孤児院出の元奴隷で、現在は名誉士爵の軍団・
ピース・メーカー
PEACEMAKERの代表者。
 前世では町工場で技術屋として働いていた。経営に関する事務仕
事は、おばちゃん事務員が担当していたためまったく分からない。
 これは将来的に信頼できる事務員を雇った方がいいかもしれない

1557
な。
ピース・メーカー レギオン
 こうしてオレ達、PEACEMAKERの下部軍団、新・純潔乙
女騎士団入隊訓練︱︱﹃リュート・ブートキャンプ﹄の準備が順調
に行われていった。
第134話 新・純潔乙女騎士団入隊訓練、準備︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月28日、21時更新予定です!
1558
第135話 最初の試練
 説明会から3週間後︱︱少女達が再び純潔乙女騎士団本部へと集
まる。
 人数はちょうど30人。
 まず最初に名簿で名前を確認し、本人かどうか確かめる。
 あり得ない話だが関係ない他者がいるかもしれない。あくまで念
の為だ。
 名簿を確認すると、書類にサインをさせた大部屋に少女達を通す。
 オレは彼女達の前に立ち、指示を出す。
作業服
﹁名前を呼ぶので、呼ばれた方は前に来て軍服と靴を受け取ってく

1559
ださい﹂
 そして名簿順に少女達の名前を呼ぶ。
 最初は獣人種族の少女だ。
 一通り配り終えると、その場で着替えて貰う。
 もちろんオレは退席した。
作業服
 部屋に残ったスノー、クリス、リースに軍服と靴のサイズに問題
が無いか少女達に確かめておくよう言ってある。
 オレ自身準備があるため、急ぎ足で部屋を後にした。
 脱いだ私服は、こちらで一時保管。
 名前タグを付け、別室にしっかりと保管される手筈になっている。
 返却は今回の入隊訓練が終了、又は本人が訓練に脱落し途中で辞
退した場合返却する予定だ。
作業服
 軍服に着替え、靴を履き替えるとスノー達に、手渡したマニュア
ルについての説明をお願いしている。
 説明を終えたら、彼女達が13週間過ごす大部屋へと案内するよ
う指示を出してある。
 そしていよいよ、﹃リュート・ブートキャンプ﹄が始まりを告げ
る。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

1560
ピース・メーカー
 30人のPEACEMAKER下部組織である新・純潔乙女騎士
団入隊希望の少女達が、大部屋に集められる。
 大部屋︱︱兵舎は体育館半分ほどの広さがあり、無骨な木組みの
2段ベッド。その下には2つの木箱︱︱フット・ロッカー・ディス
プレイが入れられている。
 フット・ロッカー・ディスプレイは二重底になっていて上段、下
段に別れており入れる品物、場所も決まっている。
作業服
 軍服に着替えた少女達が、ベッドの前に2名ずつ並ぶ。
 スノー達にそこで待つよう指示されているからだ。
 程なく、オレが姿を現す。
 少女達は驚きの表情を作る。
作業服
 オレは軍服で鋭い表情を作り、部屋へと入る。スノー達は1人も
連れて来ていない。
 オレは部屋の奥まで来ると、踵を返し少女達の前を歩きながら告
げる。
ピース・メーカー
﹁今日から貴様等の訓練教官を務めるPEACEMAKER代表、
人種族、リュート・ガンスミスである!﹂
 少女達は先程までとはうって変わったオレの態度に、ざわつく。
 すかさず怒声をあげる。
﹁誰が口を開いていいと言った! 雌豚共! 今後は僕が話しかけ
た時以外は口を開くな!﹂

1561
 ざわつきはぴたりと止む。
 皆、突然の怒声に顔を強張らせる。
 オレは少女達の前を歩きながら、怯えられているのも構わず罵声
を続ける。
﹁いいか、今日からは口でクソを垂れる前と後に﹃サー﹄と言え。
はいの時は﹃サー・イエス・サー﹄。いいえの場合は﹃サー・ノー・
サー﹄だ。分かったか、雌豚共!﹂
﹃さ、サー・イエス・サー﹄
﹁舐めているのか! もっと大声出せ!﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
 すかさず少女達は兵舎一杯に響く声を上げる。
﹁貴様等、雌豚共がこれから受ける軍事訓練に生き残れたら︱︱各
人は優秀な兵器となる。我らに害を与えるクソったれ共を地獄に叩
き込む死の使いだ。その日まで貴様等は雌豚だ。この世界で最下層
の生物だ!﹂
 オレは歩きながら話を続ける。
﹁貴様等は人種族、妖精種族、獣人種族、魔人種族、竜人種族でも
ない! 魔物のクソを掻き集めた値打ちしかないクソ虫だ!﹂
 少女達をギロリと睨む。
 彼女達は目に分かりやすいほどの怯えを浮かべている。
﹁貴様等はこれから厳しい訓練を課す僕を嫌うだろう。だが憎め!
 憎めばそれだけ一生懸命に学ぶ! 僕は厳しいが公平だ! 種族
差別なんて決してしない! なぜなら!﹂

1562
 ブーツの足音が﹃コツコツ﹄と規則的に鳴る。
﹁人種族、妖精種族、獣人種族、魔人種族、竜人種族︱︱平等に価
値がないからだ! そんな僕の役目は、そんな役立たずを見つけ出
ピース・メーカー
し刈り取ることだ! 僕の愛し育んできたPEACEMAKERや
これから成長する新・純潔乙女騎士団にたかる害虫を! 分かった
か、雌豚共!﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
﹁何度も言わせるな! 声を出せ!﹂
﹃サー・イエス・サー!!!﹄
 オレは通りがかったラヤラに向き直る。
﹁僕は声を出せと言った。何時、笑えと言った!?﹂
﹁さ、サー・ノー・サー﹂
 ラヤラは笑みを消そうとする。
 彼女の努力で笑みは消えているが追い詰める。
﹁気色悪い笑みを消せと言ってるんだ! まだ笑っていられるとは
うち
気合いの入った雌豚だな! 気に入った! 家に来て嫁をファ○ク
していいぞ! 名前はなんていう!﹂
﹁さ、サー・獣人種族、ラヤラ・ラライラです・サー!﹂
﹁獣人種族? 僕は貴様等を雌豚と呼んだ。つまり、貴様はこの世
界で尤も価値の無い雌豚ではないのか! やり直せ!﹂
﹁さ、サー・ウチは雌豚のラヤラ・ラライラです・サー!﹂
﹁ラヤラ・ラライラ? 酔っぱらいがアホみたいに歌っているクソ
みたいな名前だな! 今日から貴様を﹃ほほえみ雌豚﹄と呼ぶ! 

1563
面白いか、﹃ほほえみ雌豚﹄二等兵!﹂
﹁さ、サー・ノー・サー!﹂
﹁ならさっさとその気色の悪い笑みを消せ!﹂
﹁さ、サー・イエス・サー!﹂
 ラヤラの前から離れ、少女達に指示を出す。
﹁それではこれより訓練を開始する! 足腰立たなくなるまで可愛
がってやるから覚悟しろ!﹂
 前世、地球、アメリカの海兵隊新兵訓練では、訓練初日は次の日
まで睡眠を取ることが許されない。
 訓練教官が罵声を浴びせるのも、私物を取り上げるのも、訓練初
日は次の日まで寝かせないのも全ては俗世の未練を断ち切らせ、今
までただの民間人だった彼ら、彼女らの意識を改革させ覚悟を決め
させるためだ。こうして新兵を一人前に育てあげる。
 実際、前世の地球、アメリカ海兵隊、初期訓練を終えた新兵の中
には﹃今の自分は家を出た頃の自分ではない。1人前の海兵隊にな
ったのだ﹄と家族へ報告する者も居るらしい。
 こうしてまず彼女達の意識を改革するため、オレは罵声をタップ
リと浴びせて、厳しく指導した。
 グラウンドに集合した少女達。
 初日の訓練が始まる。
1564
第135話 最初の試練︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、4月30日、21時更新予定です!
私は帰ってきた! というわけで戻ってきました。
結婚式というこで2次会で新婦側のご友人方とご一緒しましたが特
に何もありませんでした。
はぁ? 何もありませんがなにか問題でも?
というわけで気を取り直して、投稿を続けたいと思います。
また4月中に毎日更新に戻る予定でしたが、まだ仕事が終わらず、
さらに追加で仕事が降ってきました!
申し訳ありませんが、当分は隔日更新のままで続けさせて頂ければ
と思います。

1565
本当に申し訳ありません!
第136話 格闘技訓練
 前世の地球、アメリカ海兵隊入隊訓練に進んで入る女性ももちろ
ん存在した。
 海兵隊に入隊した女性は、全員バリス島で訓練を受ける決まりに
なっている。
 バリス島で入隊訓練を受ける新兵の比率は男性が約4000人に
対して、女性は約600人ほどだ。
 最初の訓練期間第3週目は、今後の訓練に耐えるための基礎筋力、
体力作りがメインになる。
 まずは準備体操。
 ジャンピングジャック。

1566
 ハロードリー。
 腕立て伏せ。
 腹筋。
 背筋。
 グラウンドでのランニングは、約4・8キロに時間制限をつけて
完走させる。
 アメリカ海兵隊新兵の体力試験の1つだ。
 女性は約4・8キロを約31分で完走させる。
 男性の場合は、28分以内で完走しなければならない。
ドリル
 他にも教練の基本動作︱︱気を付け、休め、敬礼の基本動作を教
え込む。
ドリル ピ
 さらにオレ達の場合、教練で純潔乙女騎士団の歴史、そしてPE
ース・メーカー
ACEMAKERの目的、考え方を教える。
レギオン
 自身が所属する軍団の歴史、思想などを知ることで愛着や敬意を
抱かせるのが目的だ。
 そしてひたすら行進させる。
 何回も、何回もだ。
アサルトライフル アサルトライフル
 突撃銃はまだ持たせていない。そのため突撃銃を持たせた行進は
まだ練習させていない。
 運動会の行進のようにただひたすら何回も繰り返す。
 すると、彼女達は疑問を抱く。
︵どうして私達はこんなことをやらされているの?︶
︵こんなに行進をして何の意味があるのよ︶

1567
︵もういや、もういや、辞めてしまいたい⋮⋮ッ︶
 少女達の間に不信感が募る。
 1日経つたび、空から降る雪のようにそれは高く積もっていく。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 夜、兵舎で啜り泣く声が響く。
 掛け布団を頭からすっぽり被り枕で抑えているが、隣のベッドで
眠るラヤラには聞こえてしまう。
 彼女は消灯時間を過ぎているのにかかわらず、ベッドを抜け出す。
 隣に眠る少女︱︱獣人種族、兎耳の少女へ声をかけた。
︵だ、大丈夫?︶
︵ら、ラヤラ副団長⋮⋮ごめんなさいです、うるさくて︶
︵ふひ、も、元副団長だよ。今は皆と一緒でただの下っ端だよ︶
 ラヤラはロップイヤーのように垂れた兎耳少女の頭を優しく撫で、
落ち着かせようとする。
︵ラヤラさんは辛くないのですか? 私はもう⋮⋮︶
︵うん、辛いよ。苦しいよ。で、でもウチはもう一度、お世話にな
った純潔乙女騎士団に入隊したい。そして、お世話になったリュー
トさん達の下で働きたい。それ以上に恩を返したいから。だから、
苦しくても、なんとか頑張れる︶

1568
 ラヤラが兎耳少女の涙を拭う。
︵⋮⋮私ももう一度、純潔乙女騎士団に入りたいです。そして、今
度こそ皆さんのお役に立ちたい︶
︵ならもう少しだけ頑張ろう。大丈夫、皆で一緒に頑張れば13週
間なんてあっというまだよ︶
︵はい⋮⋮っ︶
 そしてラヤラは少女が眠りにつくまで、その手を握り締めていた。
 日頃の疲れが安心感を得たことによって一気に襲いかかったため、
少女はすぐに眠りに落ちる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日もオレは少女達に意味もなく行進をさせる。
 そして罵声を飛ばし、不信感を募らせた。
 しかし彼女達は決して不平や不満を告げず、訓練に食らいつく。
 ランニングでペースが落ちた仲間を励まし合い、声をかけ指定さ
れた時間内に完走しようとする。
 オレは少女達に気付かれないよう満足げに頷いた。
 なぜ彼女達の﹃不信感﹄をわざと煽るようなマネをしたのか?
 それにはちゃんとした理由がある。

1569
﹃何のためにこんなことをするのか? 意味はあるのか?﹄︱︱こ
の理不尽への不信感こそが、仲間との協調し困難を乗り越える力の
大切さを身を以て理解するために必要なのだ。つまり、彼女達、新
兵に﹃チームワーク﹄の大切さを理解させるために、わざと不信感
を与え続けていたのだ。
 前世の地球、アメリカ海兵隊の入隊訓練で新兵が追い詰められて
取る行動は大きく分けて2つしかない。
 1つは訓練を去る者。
 こういう反応を示す者はあまりいないが。
 1つは﹃1人ではこの過酷な訓練を乗り越えることは不可能﹄と
気付く者だ。
 大抵はこちらの反応をしめす。
 つまり海兵隊︱︱今回の場合は新・純潔乙女騎士団を支えるのは
自分1人だけではない、と理解するのだ。
﹃1人は部隊のために、部隊は1人のために﹄
 こうして少女達は﹃チームワーク﹄の大切さを学び、仲間同士協
力して与えられた困難な試練を乗り越えていく。
 オレはそんな彼女達の反応に満足する。
 こうして訓練期間第3週目で、基礎の体作りを終える。

1570
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ドリル
 訓練期間第4週目から格闘術の教練を開始する。
 前世の地球、アメリカ海兵隊でも訓練期間第4週目から格闘技術
を教える。海兵隊では海兵隊格闘技プログラム︵MCMAP︶と呼
ぶ。
 訓練はいきなり﹃2人1組になって殴りあえ!﹄と言い出す訳で
はない。
 訓練を始める前に指導教官から必ず説明を受ける。
 格闘術の指導教官はオレとシアが担当する。
 オレとシアはグラウンドで体育座りしている少女達の前に立ち、
これから指導する格闘術の説明を行う。
作業服
 いつもはメイド服のシアも、今回ばかりは軍服にブーツ姿になっ
てもらった。
 なんだか久しぶりにメイド服以外の服装が見られて新鮮だ。
﹁皆さんの格闘術、指導教官を務めますシアです。どうぞよろしく
お願いします﹂
作業服
 彼女は軍服姿にも関わらず、優雅に挨拶をする。
 訓練期間中にそういう態度を取られては困るんだが⋮⋮。
 彼女のそれは職業病のようなものだ。指摘してもしかたない。
 オレは咳払いをして早速、格闘術の説明を始める。

1571
﹁まず基本体勢︱︱ファイティング・ポーズだ﹂
 シアは軽く膝を曲げ、重心を爪先に、両手は軽く握り自然と前へ
出す。
 これが基本的な体勢︱︱ファイティング・ポーズ。
﹁相手を殴る時は、拳を突き出すまで柔らかく握り、命中する瞬間
しっかり握るように﹂
 シアがオレの言葉に合わせて殴る仕草をする。
 右ストレートだ。
﹁また拳の中にハンカチ1枚だけでも握ればパンチ力がアップする。
相手を攻撃する方法は拳だけじゃない。まず手刀、これは喉元やこ
めかみの攻撃に使用する。掌底、これは拳と違って骨折の心配が無
く威力のある攻撃が出来る。肘、これは拳の約3倍の攻撃力を持つ。
他にも体の中で尤もリーチがある爪先。背後への攻撃に有利な踵。
接近戦では肘と共に威力がある膝など。今からそれぞれの攻撃方法
のやり方を教える。後程、2人1組で軽く組み手をするからやり方
をよく見ておくように﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
 少女達は真剣な表情で、素手による格闘術のやり方を学ぶ。
 オレは奴隷時代、ギギさんから格闘技のやり方を教わった。
 この世界の格闘技は、流派など存在せず打撃、投げ有り︱︱レス
リング+キックボクシングのようなものしかない。
 少女達には今回の格闘技訓練で殴り方だけではなく、将来的には

1572
投げや絞め技、関節技など本格的な戦い方を教えていく方針だ。
 一通り殴り方を教えた後は、オレとシアで組み手のやり方を教授
する。
 2人1組になり、それぞれ順番に殴りかかったり、防いだりを繰
り返す。
 そんな彼女達をオレとシアは、見守る。
 こうして格闘術の訓練が追加された。
 訓練期間第7週目からは、いよいよ射撃訓練に入る。
第136話 格闘技訓練︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月1日、21時更新予定です!
気付けばそろそろ1年の3分の1が終了か⋮⋮。
マジで歳をとると過ぎる時間が早く感じますね∼。
1573
第137話 射撃訓練
 訓練期間第7週目。
 今日からはいよいよ射撃訓練に入る。
 この日のためグラウンドには、射撃訓練用のスペースが作られて
いた。
 スノー、シア、リースの魔術師組が土魔術でこしらえた物だ。
 見た目はまんま弓道場だ。
 誤射で弾丸が外に飛び出さないように、的の背後にある土壁は高
くしてある。
 新兵の少女達が10人×3列で整列している。
﹃気を付け﹄の姿勢で待ち構えていた。

1574
 足は踵を付け45度に。
 手の指は伸ばさず、卵を握りこむように軽く拳を作る。
 射撃訓練の指導教官を務めるオレとスノーは、少女達の前に立つ。
﹁休め!﹂
 彼女達は一糸乱れず、﹃休め﹄︱︱号令と同時に左足を左に約2
5センチ動かす。両方の踵に体重をかける姿勢だ。手のひらは背に。
右手が左手の上に乗るようにする。
﹁今日から射撃訓練に入る。僕の他に彼女が指導教官を務める﹂
﹁スノー・ガンスミスです。皆さんの射撃訓練の指導教官を頑張り
ます﹂
 スノーは精一杯怖くしようとするが、性格のせいか、容姿のせい
か怖いより可愛いが先に立つ。
 実際、可愛いからしかたないよね!
 オレは皆に座るよう声をかける。
 全員が体育座りとなり、立っているオレとスノーが皆から見える
ようになった。
 オレとスノーは振り返り、今回射撃訓練に使用するAK47×1
0と弾倉が置かれている台車に視線を向ける。
 少女達30人に対して、AK47は10丁しかない。
 メイヤも頑張ってくれたが、さすがに全員分を用意することは難
しかった。そのため少女達には交互に使ってもらうことになる。

1575
ピース・メーカー
﹁これがPEACEMAKERの下部組織、新・純潔乙女騎士団で
使用する魔術道具︱︱AK47だ。マーサー、スペックを答えてみ
ろ﹂
﹁サー・口径7.62mm、全長898mm、銃身長436mm、
重量3.29kg、装弾数30発、発射速度600発/分でありま
す・サー!﹂
 前列に座っているロップイヤーみたいな垂れ耳のマーサーが淀み
なく答える。
ドリル
 スペックや名称、長所、短所などは事前に教練で教えていた。そ
のため先程のようにすらすらとスペックを上げることが出来たのだ。
 隣でスノーが感心しているようだが、まさか彼女は使用している
AK47のスペックを知らない訳じゃないよね?
 オレは気を取り直して話を続ける。
ドリル
﹁教練でやり方は教えているが、今回は実際にAK47を操作する。
見ての通り10丁しかないため、10人ずつ順番に操作、発砲まで
おこなう﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
﹁それでは最初の10人、前に出ろ﹂
 前列10人が立ち上がり、オレとスノーからAK47と弾倉を受
け取る。
 最初はオレから説明。
 まずは弾倉の入れ方だ。
﹁マガジンの装着は、前端を深く銃の装着孔に差し込みながら、マ

1576
ガジン全体を後方に引くように入れる。こうすると素早く確実に装
着することが出来る﹂
 オレは自分のAK47に手本としてマガジンを装着する。
 次に10人の少女達にマガジンを入れさせる。
 無事、全員マガジンをしっかりと入れることが出来た。
﹁マガジンを装着したら、コッキング・ハンドルを後方一杯まで引
いて手を離す。これで弾薬は薬室へ装填されることになる。コッキ
ング・ハンドルを引く時、力を使うから気合いを入れてやれ!﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
 少女達は指示通り気合いを入れて、コッキング・ハンドルを勢い
よく引っ張り手を離す。
 前列で一番小柄な人種族の少女が、やや手間取ったが問題はない。
 これで射撃準備完了だ。
﹁次にあの約100m先の的へ向けて発砲してもらう。分かったか、
雌豚共!﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
 本来は250m先の的を狙うのだが、さすがにグラウンドスペー
ス的にそれは無理だった。そのため約100m先の的を作った。
﹁それじゃ次、スノー頼む﹂
﹁了解だよ。それじゃここからはわたしが指導するね﹂
 スノーは自身専用の真っ白なAK47を手に、笑顔で射撃方法の
説明を始めた。

1577
﹁最初に撃つ10名の女の子はここまで来て﹂
 AK47を手に、スノーが指定する位置まで10名の少女が移動
する。
プロー
﹁それじゃ今日は初日ということで、一番基本となる撃ち方﹃伏せ
ン・ポジション
撃ち姿勢﹄をやります﹂
プローン・ポジション
﹃伏せ撃ち姿勢﹄とは、地面に寝そべり伏せて撃つ体勢のことだ。
 この撃ち方は他の姿勢と比べて最も射撃精度が安定し、尚かつ姿
勢が低いため敵の発砲に当たり辛い︱︱防御面も優れている撃ち方
で、そのため実戦では一番多く使われる。
﹁まず両方の膝を地面につけます。次にAK47のストック、右手、
左手の順番で上体を前方へと倒します﹂
プローン・ポジション
 スノーの説明に合わせて、彼女自身﹃伏せ撃ち姿勢﹄を取る。
 少女達もスノーに続く。
 オレは興味深そうに眺めている残り20名の少女へと視線を向け
た。
 スノーの説明は続く。
﹁寝そべったらストックを肩に当てます。この時、両肩の線と銃が
直角になるように。足は楽に開いて、肘は肩幅よりやや広くしてね。
コツとしては、右足を軽く曲げると緊張がほぐれて姿勢も安定しや
すいよ﹂
﹁よし、それじゃスノーは立ってくれ。オマエ達はそのままの姿勢
で安全装置を解除! セミオートマチックに!﹂

1578
 10人の少女がAK47の安全装置を解除する。
セーフ
 一番上の安全にあったセレクター・レバーを、一番下のセミオー
トマチック︵単射︶へと移動する。
 硬い土で作られた中央に﹃●﹄がある的へ照準を合わせる。
﹁ファイア!﹂
 ダン!
 声に合わせて10の発砲音が響き渡る。
 全員、初めてだったが無事、発砲出来たようだ。
 AK47の長所は多い。
 汚れに強く、頑丈で、作動の信頼性が高く、素人でも簡単に扱え
る、など多岐に渡る。
 だが、短所もそれなりにある。
 その1つが反動が強いことだ。
 今の発砲で小柄な体躯の少女が辛そうに奥歯を噛みしめていた。
 さらに続けて2発、セミオートマチックで発砲させる。
セーフ
 最初の10人に発砲を止めさせて、安全を掛け直させる。
 そして次の10人に弾倉を外したAK47を手渡す。
プローン・ポジション
 次の10人も先程と同じように、﹃伏せ撃ち姿勢﹄をさせて3発
だけ発砲させる。今日はあくまで射撃の感覚を体験してもらうため
のものだ。
 初日から無理をさせるつもりはない。

1579
 次の10人︱︱その中にラヤラが交じっていた。
﹁ちょっと待て! ラヤラは外れろ!﹂
﹁さ、サー・イエス・サー﹂
 彼女は肩を落とし、列から外れる。
 他の少女達も贔屓や疑問を抱かず、納得の視線を向けてくれた。
 さすがにあのラヤラにAK47を持たせたくない。不発ならまだ
いい。もし暴発したり、弾丸が的ではなく他少女達に飛んだりした
らまずい。ラヤラには申し訳ないが、仕方のない措置だ。
ニーりング・ポジシ
ショャン
ティング・ポジション スタンディング・ポジション
 他にも膝撃ちや座り撃ち姿勢、立ち撃ち姿勢などの撃ち方をやら
せる。
アサルトライフル
 まず少女達︵1人除く︶には、突撃銃の発砲や反動、感触、的に
当てる感覚、撃ち方姿勢の種類等に慣れてもうらことを重視した。
1580
第137話 射撃訓練︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月4日、21時更新予定です!
4月は31日まであると勘違いしてました。すんませんでした!
というわけで、4月も終わり5月!
これからも頑張って更新していきたいと思います! 1581
第138話 記章
 訓練は続く。
 大部屋の教室。
 机の前にはようやく全員分のAK47が揃った。
 オレは彼女達の前に立ち、声を上げる。
﹁今日はAK47の分解、手入れを行う。まずは指示通り、順番に
外していくように﹂
 相手がラヤラでもAK47の分解作業ぐらいは出来るだろう⋮⋮
大丈夫だよな?
 胸中で心配しながらも、机の上に置かれた自身のAK47を順番

1582
に分解していく。
﹁まずマガジン・キャッチを押しマガジンを外す﹂
トリガー トリガー・ガード
 引鉄前にある用心金の部分に突起がある。マガジンを外す際、こ
の突起を押しながらマガジンを引っ張り外す。
セーフ チェンバー
﹁安全の位置にあるセレクター・レバーをずらして、薬室に残弾が
無いことを確認する。なければコッキング・ハンドルを引いて、ハ
ンマーをコックしておく﹂
 少女達がオレの言葉と動きに合わせて手を動かす。
バレル
﹁銃身に付いているクリーニング・ロッドを外す。次にレシーバー・
デッキのロックを押しながら、ボルト・キャリアーカバーを持ち上
げる。この時、カバーは後ろ端を引き上げるように取り外すように﹂
 これに若干手間取る少女が数人居た。
 彼女達が無事、ボルト・キャリアーカバーを外せるまで待つ。
 外したのを確認したら、次の段階へ進む。
﹁カバーを外したら、リコイル・スプリング・ガイドの後ろ端を押
しながら、ガイドをレシーバーの溝から外す。そして、ボルト・キ
ャリアー・グループをレシーバー後方へ引き、持ち上げて取り外す﹂
 取り外した部品、﹃ボルト・キャリアー・グループ﹄を机の上に
置く。
﹁ガスシリンダーを、リティニングロック・レバーを上に持ち上げ

1583
て外すとハンドガードの上、ガスシリンダー部分のアッパーが取り
外せる。さらにロックレバーを起こして、ハンドガードの下を下方
へ引っ張りつつ前方へと抜き取る﹂
 机の上に次々部品が並べられていく。
 最後の部品を取り外す。
﹁ボルトをボルト・キャリアーの内に押し込みボルトを引き抜けば
分解はお終いだ﹂
 机の上に本体を除いて8の部品に分解することが出来る。
 このように作りが簡単なため、AKシリーズは頑丈なのだ。
 いくら頑丈で、汚れに強いAKでも掃除は必要だ。
 そのため彼女達には分解の仕方を覚えて貰う必要がある。
 今度はもう一度組み立てて、ゆっくりでもいいから1人で分解出
来るまでやらせた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 訓練は続く。
アリス
 ヘルメット、戦闘用プロテクター、ALICEクリップ、予備弾
ラッシング
倉、AK47を持たせ突進︱︱突進の訓練を行う。

1584
 移動テクニックで最も一般的に使用する技術だ。
プローン ラッシング ドロッピング
 伏せ↓突進↓膝を落とすを繰り返させる。
ハイ・クロール ロー・クロール クローリング
 そして高姿勢匍匐前進や低姿勢匍匐前進、匍匐前進など幾つもの
バリエーションを繰り返し教える。
 さらに地形、地物を利用した射撃のやり方。
 タコツボの堀りかたなども教え込む。
 他にも様々な技能を指導していく。
 少女達は一人前の兵士として成長していった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 13週目最終日、晴天。
 純潔乙女騎士団、本部、グラウンドに少女達が軍服姿で整列して
いた。
 彼女達の前に立つオレ達も、きっちりとした軍服姿で並ぶ。
 オレの目の前に並ぶ少女達は13週前、どこにでも居る若者達だ
った。しかし今はそんな面影は肉体的にも、精神的にもない。
 地獄のような13週間の訓練をくぐり抜けた一人前の兵士達しか
いない。
 オレはそんな彼女達をゆっくり見回す。

1585
﹁︱︱本日をもって貴様等は﹃雌豚﹄を卒業する! 今日から貴様
ピース・メーカー レギオン
等は誇りあるPEACEMAKER下部軍団、新・純潔乙女騎士団
の団員である!﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
﹁本日をもって貴様等は姉妹の絆で結ばれる! 貴様等の魂が天神
様のおわす天国へ召すまで、どこに居ようと、何をしていようと貴
様等は姉妹だ!﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
﹁これから貴様等は﹃新・純潔乙女騎士団﹄としてある時は戦い、
傷つき、最悪の場合は命を落とすだろう。だが、心に刻んでおけ!
 貴様等は何時か確実に死ぬ! 我々は死ぬために生きている! 
ピース・メーカー
我々は死ぬための存在だ! だがPEACEMAKER、新・純潔
乙女騎士団は永遠である! つまり! 貴様等、姉妹達も永遠であ
る! 嬉しいか! 団員共!﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
 少女達の聞き慣れた返事が、グラウンドの端々まで響き渡る。
ピース・メーカー レギオン
﹁よし! それではこれよりPEACEMAKER下部軍団、新・
純潔乙女騎士団記章授与式をおこなう。名前を呼ばれた者から前へ
出ろ! マーサー!﹂
﹁はい!﹂
 ロップイヤーのような垂れ耳の兎少女が、きびきびとした動きで
オレの前まで歩いてくる。
 隣に立つスノーから、バッチを手渡される。
ピース・メーカー レギオン
 バッチのデザインは﹃PEACEMAKER﹄の軍団旗のリボル
バーと﹃純潔乙女騎士団﹄の両刃剣が交差している。
 今日のため特別にあつらえた品物だ。

1586
 スノー、クリス、リース、メイヤ、シアが持つお盆の上に置かれ
ている。
 今後は新・純潔乙女騎士団団員を示す証として、制服に付けるの
に使用する。
 オレはバッチを手にマーサーの胸元に付けてやる。
 付け終えると、彼女は敬礼して元の位置へと戻った。
﹁次! エルナモ!﹂
﹁はい!﹂
 こうして30人の記章を付け終える。
ピース・メーカー レギオン
﹁それでは本日を持って貴様等をPEACEMAKER下部軍団、
新・純潔乙女騎士団団員とする! 一同解散!﹂
 同時に少女達は叫び声をあげ、指示したわけでもなく一斉に皆が
帽子を手に取り空へと思いっきり投げ上げる。
 帽子はまるで羽が生えているかのように、雲1つない青空へ舞い
上がった。
 少女達は晴れやかな表情で涙を浮かべ、抱き合い喜ぶ。
 そんな彼女達をオレ達も晴れやかな気持ちで見守った。
1587
第138話 記章︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月6日、21時更新予定です!
1588
第139話 人材の分配
ピース・メーカー レギオン
 13週間の間行われたPEACEMAKER下部軍団、新・純潔
乙女騎士団入団訓練がついに終わった。
 前世のアメリカ海兵隊では新兵訓練終了後、すぐに戦場へ派遣さ
れる訳ではない。
MOS
 専門分野の知識や技術を学ぶため軍事術科学校へと行く。たとえ
ばカリフォルニアにあるルジューン基地の歩兵学校で52日間の専
門教育を受けるのだ。
MOS
 アメリカ海兵隊では、記章授与式後、すぐに軍事術科学校へと向
かう。海兵隊となったからには、時間を無駄にするようなマネはし
ないらしい。

1589
 だが、さすがにオレ達は翌日すぐ︱︱と言う訳にはいかない。
 この13週間に及ぶ訓練は彼女達にとっても辛かっただろうが、
オレ達にとっても初めての経験で色々大変だった。
 すぐに行動するほどの元気はない。
 そのため彼女達の私物を返却し、1週間後、それぞれ進む専門分
野に配属すると宣言。つまり、この1週間は彼女達にとっても、オ
レ達にとっても久方ぶりの休日ということだ。
 記章授与式後の夜。
 純潔乙女騎士団時代から与えられていた客室をオレ達は自室とし
て使い続けている。
 今夜は少女達の門出の祝いとそれぞれの配属先について、軽く話
し合う予定だった。
 30人も居るから、﹃人数が多すぎて配属先に割り振るのが大変
だろうな﹄と考えていたが︱︱オレの認識が甘かったとすぐに理解
する。
 シアがメイド服姿で相変わらず給仕を務める。ソファーにくつろ
ぐオレ達に酒精や料理を運んだりしている。
 だからといって、彼女は自身の主張は決して曲げない。
﹁私的な欲望を優先して要求している訳ではありません。今後、皆
様の安全を確保するためにも警護として最低10人は護衛メイド候
補者を頂けなければ困ります﹂
 唐揚げを皿に確保しているスノーも負けじと主張する。

1590
﹁メイドさん候補に10人も取られたら、歩兵部隊の人数が2チー
ムしか作れなくなっちゃうよ。今回は先送りするべきじゃない?﹂
 この主張にクリスが挙手する。
﹃前回の立て籠もり事件で、周囲を監視するスナイパーライフル部
隊の人材がまったくいませんでした。今後、このような事件が起き
た時、対処出来るようにするためわたしにも10人ほどは融通して
頂けないと困ります﹄
スナイパー
 確かにあの時はクリスしか狙撃手がおらず、不意の事態に対処出
来るとは到底言えなかった。ラヤラは観測手として確定。後、他9
人をクリスが要求してくる。
 さらにリースが主張する。
ジェネ
﹁私もスノーさんの意見に賛成です。ですが、歩兵候補の中から汎
ラル・パーパス・マシンガン
用機関銃を扱う人材を融通してくださいね? 2分隊作るなら最低
4人、いざという時に交替出来る要員もできれば作りたいので8人
は融通して頂けるとありがたいです﹂
 嫁とメイドの意見を最大限尊重すると確実に団員数が足りない。
 多すぎて配属先を悩むと思っていたが、少なすぎて悩むことにな
るとは想像していなかった。
 団員達の門出を祝う場が、人材の取り合いの場になってしまう。
 幸い、嫁やメイド達は難しい顔で睨み合っているが、険悪という
雰囲気ではないのが救いだ。
 オレは唯一、人材確保に乗り出していないメイヤに話題を振った。

1591
﹁メイヤは人材を欲しがらないのか? 武器防具の製造開発で手は
足りてないだろ?﹂
﹁もちろんわたくしとしても使える人材は欲しいですが、今回の人
員は魔術液体金属を扱える方はほぼいませんから。無理に主張する
つもりはありませんわ﹂
 なるほど、とオレは納得する。
 今回の新・純潔乙女騎士団に魔術師は1人もいない。
 オレやクリスのように、訓練すれば短時間ながら使える人材は居
る。しかし魔力量が低すぎて、製造開発者に仕込む時間や労力を考
えると割りに合わない。
 唯一、ラヤラは才能を持っているが、呪われている身だ。
 彼女に製造開発をさせてみるか? でも、AK47の分解の時も
1人もたついていた。あまり手先が器用ではないし、向いていると
は思えないんだよな⋮⋮。
 オレがそんなことを考えていると、さらにメイヤが続けた。
﹁それにリュート様と2人っきりで製作する場にお邪魔虫を入れる
なんて我慢できませんわ! そんな者を入れるぐらいなら、わたく
しが頑張って徹夜だろうが、2徹、3徹でもしてやりますわ! リ
ュート様と甘い2人の世界を維持するためなら、このメイヤ・ドラ
グーン睡眠欲すら捨て去る所存です!﹂
﹁いや、無理せず寝ろ。てか寝てくれ頼むから⋮⋮!﹂
 オレはメイヤの間違った方向性の努力に震えながらツッコミを入
れる。
 そんなオレの態度に業を煮やしたのか、スノー達が話を振ってく

1592
る。
﹁リュートくんはどう思ってるの? もちろん基本的な部隊を整え
るためにも歩兵部隊を編成するんだよね?﹂
﹃スナイパーライフル部隊を編成するためにも人が欲しいです﹄
ジェネラル・パーパス・マシンガン
﹁リュートさんなら空間を制圧する汎用機関銃の重要性はよくご存
知ですよね?﹂
﹁若様の英断に期待しております﹂
 嫁+メイドが迫ってくる。
 彼女達に迫力に押されながらも、オレは自分自身の意見を主張し
た。
﹁お、オレとしては今回人数も増えたし、ようやく完成した﹃迫撃
砲﹄を運用する専門の部隊、迫撃砲部隊を作りたいと思っていたん
だけど⋮⋮﹂
﹃はくげきほう?﹄
 首を傾げるスノー達に、メイヤと一緒に製作した﹃迫撃砲﹄につ
いて説明した。
 もちろん彼女達に説明できる部分とできない部分に分けてだ。
 前世の地球、第一次世界大戦では数多くの兵器が誕生した。
 迫撃砲も、その1つだ。
マシンガン
 当時、機関銃が開発され、兵士達はなんとか接近しようと夜襲を
かけたり、壕を掘ったりして接近戦に持ち込んで戦うことが多くな
った。
 俗に言う﹃塹壕戦﹄だ。

1593
 そのため敵味方とも塹壕に篭もるせいでライフルや大砲では有効
打を与えることが難しかった。そこで敵陣地に手榴弾を投げ入れる
マシンガン
﹃擲弾兵﹄が登場するが、鉄条網や機関銃に阻まれ近づくことが出
来なかった。
 さらに互いに擲弾兵や突入を警戒して、相手から100m以上距
離を取るようになる。もう手で手榴弾を投げてどうこう出来る距離
ではない。
 その結果、自然な流れで手榴弾を手で投げる以外の方法で、飛距
離を伸ばす戦法が発生したのだ。
ライフルグレ
 最初に出来た方法がライフルの先から手榴弾を打ち出す﹃小銃擲
ネード
弾﹄だ。
 前にも説明したがライフルに専用アタッチメントを取り付け、空
砲を使って弾体を発射する方法だ。
 しかしこの方法では、銃口にグレネード発射用のアタッチメント
を装着する必要があり、その間は射撃が出来ない︱︱という欠点が
あった。
ライフルグレネード
 さらに﹃小銃擲弾﹄を大型化した迫撃砲︵擲弾発射器︶が誕生す
る。
 大型化︱︱イメージとして中世などで使う大砲を想像すればいい。
 実際、フランス軍は中世時代に使用された攻城用の臼砲を古物商
から購入し、塹壕戦に投入したという。青銅製のため耐久に問題が
あったようだが。
 そして、1915年。
 イギリス軍が、筒を斜めに傾けただけのようなストーク型迫撃砲
を開発する。

1594
 各国が様々な迫撃砲を試行錯誤するが、ストーク型迫撃砲が標準
的兵器となった。
 構造は至って単純。
バレル ベースプレート バイポッド
 砲身、台座、調整ハンドルが付いた脚、以上だ。
 迫撃砲の利点は﹃砲弾が大きいので大量の炸薬を詰めることが出
来るため殺傷力が高い﹄﹃構造が簡単なため持ち運びやすく、組み
立て、操作が楽﹄﹃ライフリングを付ける必要が無いため製作コス
トが安く、大量に生産出来る﹄。
 逆にデメリットは﹃迫撃砲は砲弾を撃ち上げて敵の頭上に落とす
兵器のため、弾速が遅く横風の影響を受けやすい。そのためピンポ
イント攻撃には向かない﹄﹃砲弾が落ちる時の風切り音で敵に攻撃
のタイミングを感知されてしまう﹄﹃他火砲に比べると射程距離が
短い﹄などだ。
 迫撃砲には以上のように欠点も多い。
 決して万能な兵器ではないのだ。
 そんな迫撃砲を製作したので、支援部隊を作ろうと考えていたの
だが⋮⋮。
﹁リュートくんまでそんなこと考えてたんだ。それじゃ人数足りな
いね。どうしようか⋮⋮﹂
﹁今すぐ新たに他団員を募集しましょうか?﹂
﹁ですが姫様、またすぐ13週間も教育に時間を取られるのは厳し
いかと﹂
 皆がそれぞれ意見を出し合う。

1595
 決して自分から譲ろうとしないが⋮⋮。
 オレは膝を叩き決断する。
﹁こうなったら団員達、全員にそれぞれの技能を学んでもらおう!﹂
﹃全員にですか?﹄
 クリスが困惑気味にミニ黒板を出す。
 オレは頷いた。
﹁そう全部だ。迫撃砲の操作は基本的に分隊の歩兵が担当するもの
スナイパー
だし、狙撃手も、分隊支援火器手も、分隊に入れるつもりだからい
っそのこと全部覚えさせてしまえばいいんだよ。﹃若いうちの苦労
は買ってでもしろ﹄ってね。技能を身に付けておいて損は無いわけ
だし﹂
 妻達や弟子がオレの意見に賛同してくれる。
 中小の会社だと事務、営業など関係無く何でもやらなきゃいけな
いみたいな感じか。
 こうして入団した団員達の分配が決まる。
 最終的には専門歩兵︱︱20人。
 護衛メイド候補として10人。
 ココリ街の守護はオレ達含めた全員で担当する決まりになった。
 護衛メイド10人は、最後までシアが譲らなかったためオレがギ
ブアップした形だ。
 譲歩としては室内制圧、重要人物警護、人質救出のスペシャリス
スナイパー
トとしても育てることで合意。もちろん迫撃砲、狙撃手、分隊支援

1596
火器手の技術も仕込むつもりだ。
 むしろそのことにシアは喜々としていた。
 さらに彼女からメイド服用の代金まで強請られる。
 なんだ、メイド1人なのがよっぽっど大変だったのか?
 彼女には何時も世話になっているから、それぐらいの我が儘は許
した。
                         <第8章 
終>
次回
第9章  少年期 日常編2︱開幕︱
1597
第139話 人材の分配︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月8日、21時更新予定です!
そんな訳で訓練終了! あんまり訓練描写を書くと淡々とし過ぎて
アレだったので、思ったより短くしてしまいました。後、さすがに
若い女の子達にれいの歌を唄わせながら走らせるシーンを書く勇気
はなかったよ⋮⋮。そんな訳で次は日常編第2弾! まったりいけ
ればと思います。ではでは∼。

1598
第140話 新・純潔乙女騎士団日常
 リュート、15歳
 装備:S&W M10 4インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 スノー、15歳
 魔術師Aマイナス級
 装備:S&W M10 2インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 クリス、14歳
 装備:M700P ︵スナイパーライフル︶
:SVD ︵ドラグノフ狙撃銃︶

1599
 リース、181歳
 魔術師B級
 精霊の加護:無限収納
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 装備:PKM︵汎用機関銃︶
   :他
ピース・メーカー レギオン
 地獄の訓練を終え、PEACEMAKERと下部軍団の新・純潔
乙女騎士団がココリ街の守護を始めて約1ヶ月が経った。
 オレは午前中に事務仕事を終え昼食を済ませると、街の見回り︱
︱﹃警邏﹄に出かける。
 警邏は2人1組で行う規則になっている。
 今日の警邏で一緒になるのはスノーだ。
 事務仕事を任せているガルマに、午後からの書類処理を手伝って
もらえないかと頼まれたがもちろん却下。予定は変えられないし、
ガルマと2人で部屋に居るよりスノーと一緒に街を見回っていた方
が楽しいに決まっている。
 ガルマは新・純潔乙女騎士団になってから、顧問引退を考えてい
たらしいが無理矢理引き止めた。事務仕事、責任者、交渉役など仕
事は山ほどある。
 今更、自分1人だけ抜けて楽になろうなんて、皆が許すはずがな
い。
 彼も純潔乙女騎士団をこちらに押し付けた負い目があるためか、
仕事を続けてくれている。事務処理に関してはそこそこ能力も高く、

1600
経験も持ち合わせているので、要所をチェックするだけで済む。あ
りがたいことだ。
﹁リュートくん、準備終わったから行こう﹂
﹁了解、了解。回る道順は覚えているよな?﹂
﹁もちろんだよ!﹂
 オレとスノーは軍服、肩にAK47をかける。
 これが街を見回る服装だ。
 本当は街を見回るためMP5Kを持ちたいところだが、さすがに
団員全員分は無い。
 そのため、外見を統一するためにAK47を持たせていた。
 ちなみに、よっぽどの事態で無い限りAK47は使用しないよう
に言い含めている。
 AK47は威力が高いので、街中で安易に発砲すると危険なため
だ。
 本部建物を出ると、グラウンドでは10人ほどの団員達が訓練に
励んでいる。
 今日はシアが担当教官だとすぐに分かる。
 訓練している団員が全員メイド服で、室内に見立てた木の枠組み
内部で動き方、攻撃方法、突入方法などの訓練をおこなっている。
 教官であるシアが、メイド達に動きがまだまだ遅いと罵倒を浴び
せている。
 新・純潔乙女騎士団では、20人が街を守護して、本部待機をす
る10人が訓練をするシステムになっている。

1601
 本部待機の10人は、﹃待機﹄とはなっているが基本的には練度
を上げるための訓練時間に使用されていた。今回はシアだが、スノ
ーやクリス、リースなど待機する団員達によって教官が入れ替わる。
 この10人待機組の訓練は3日間行われ、4日目は完全な休日と
なる。
 街を守護する20人は、オレ達のように街へ警邏に行く者や起き
たトラブル対処のため現場に向かう者、本部に残り道に迷った人に
行き方を教える者など、多々の仕事をこなしている。
 オレとスノーは、シアの邪魔をしないためにもさっさと本部を出
る。向かう先はまず大通りだ。
 ココリ街は獣人大陸奥地に荷物を運ぶ中継輸送地点のひとつだ。
 街は中心分に大きく1本、十字を描くように1本大通りが交差し
ている。
 上から見ると﹃十﹄を描いている。
 これは送られてきた物品を各街々に送るため、輸送しやすく区切
られているのだ。
 そのためまずは街で一番賑わっている大通りへと向かう。
 道を歩いていると多数の住人達に声をかけられる。
ピース・メーカー
 オレとスノーはPEACEMAKERの代表とその妻のため、住
人受けがいいのだ。
 ちなみに現在、住人達の新・純潔乙女騎士団に対しての感情は、
﹃保留﹄だ。
ピース・メーカー レギオン
﹃魔術師殺し事件﹄を解決したPEACEMAKERの下部軍団と
して生まれ変わった。そのため様子を見ている感じなのだろう。

1602
 大通りへ出る。
 行き交う馬車、荷物の積み卸し、値段交渉を終えて握手を交わす
商人︱︱夜、暗くなるまでこの大通りには人が溢れ、賑わいをみせ
る。
 人が集まれば、諍いも容易く発生する。
 警邏を担当する者は、諍いが事件や騒ぎになる前に諫めるのが仕
事だ。
 今日も大通りで言い争いの罵声が飛び交う。
 オレとスノーは慣れた様子で事態を仲裁する。
ピース・メーカー
 大声を出していた人達も街を守護するPEACEMAKERの代
表者とその妻相手に喧嘩腰になれる筈もなく、怒りを収め落ち着き
を取り戻す
 喧嘩内容は値段交渉についてだ。
 オレ達が間に立ったことで互いに納得出来る値段に落ち着いたら
しい。
 こんな感じで大通りをぐるりと見て回った。
 オレ達は担当先の北、南にある商業区、住宅街へ向かう。
 街の台所である商業区付近で迷子を発見する。
 迷子を保護するのもオレ達の仕事だ。
 迷子は5歳ぐらいの女の子。
 小さな角と悪魔のような尻尾が伸びている。どうやら魔人種族の
ようだ。
 まず最初に気付いたスノーが駆け寄り、声をかける。
 少女の前に行って、怖がらせないようしゃがんで同じ目線に合わ

1603
せた。
﹁こんにちは、どうして泣いてるの? お父さんとお母さんはどこ
かな?﹂
 少女はスノーに話しかけられ泣き止みはしたが、不安そうに表情
で彼女を見つめる。
 スノーは構わず笑顔で話しかける。
﹁そのリボン可愛いね。誰に結んでもらったの?﹂
﹁⋮⋮まま﹂
 スノーは少女の髪に結ばれたリボンを褒め、会話を繋げていく。
﹁ママはどこにいるの? お買い物中なの﹂
﹁わかんない⋮⋮﹂
﹁そっか、わかんないか。それじゃお姉ちゃんが一緒にママを探し
てあげるね。はい、はぐれないようにお手て繋ごうね﹂
 しかしスノーは本当に子供のあやしかたが上手いな。
 孤児院時代、下の子供の面倒をみていた成果なのかもしれない。
﹁ほら、リュートくんも反対側の手を繋いであげて﹂
﹁分かったよ。それじゃ早速、お母さん達を探そうか﹂
 オレとスノーは少女の手を左右から握り、商業地区を歩く。
 少女の名前を呼び、両親がいないか周囲に声をかけた。
 時折、少女を慰めるため、オレ達は左右の手を持ち上げて高くジ
ャンプさせる。そのたびに少女は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

1604
 先程まであれだけ泣いていたのが嘘みたいだ。
 少女が笑うたびに、スノーも笑顔を浮かべる。
 知らない人から見れば、まるで若夫婦が子供を連れているように
思われるかもしれない。
 そんな風に両親を捜していると事件が発生。
 少し先の角から、荷物を引ったくった男が姿を現す。走ってきた
背後から﹃ドロボー﹄というエコーが響き渡る。
 男もまさか通りに偶然、警邏をしているオレ達が居るとは想像し
てなかったらしく、青い顔で背を向け走り出す。
 オレは少女の手を離し、肩に提げていたAK47の銃口を空へと
向ける。
﹁止まれ! 止まらなれば撃つぞ!﹂
﹁ッ!?﹂
 男は怯むが、すぐさま逃走を継続する。
 足を狙って撃つことも考えたが、こんな人が多いところで発砲し
たら他の人々に当たる可能性が高い。
﹁リュートくん、この子お願いね﹂
﹁スノー!?﹂
 彼女は少女の手を離し、オレに彼女を預ける。
 肉体強化術で身体を補助!
 一息で屋根に着地すると、男を追って駆け出す。

1605
 その動きはまるで獲物を見付けた猟犬のようだ。
 男は人混みの中を、スノーは誰もいない屋根の上を走る。
 スノーはあっという間に追いつくと、屋根から飛び降り男の背中
を蹴り飛ばす。
 男は荷物を手放し、地面を転がった。
 スノーは倒れた男の背後から、AK47を突き付ける。
﹁窃盗の現行犯で逮捕します。もしこれ以上暴れるなら、手足を撃
ち抜くよ。銃弾に撃たれたら凄く痛いけど、仕方ないよね?﹂
﹁あ、暴れません! 暴れませんから止めてください!﹂
 男は怯えてそれ以上の悪あがきをしなかった。
 男の手を縛り、ちょうど通りかかった警邏中の団員達に渡す。
 男はこのまま新・純潔乙女騎士団本部へ。
 窃盗状況を纏めた後、地下牢に放り込む。
 そして期日が来たら、他の犯罪者と一緒に護送車に入れられて裁
判所がある街へと連れて行かれる。
 少女はスノーの活躍を目の前に大興奮して、頬を赤く染める。
 また騒ぎの聞きつけた少女の両親が姿を現す。どうやらずっと少
女を捜していたらしい。
 子供を引き渡すと、首が折れるんじゃないかと心配になるほど何
度も頭を下げられ、お礼を言われた。
 少女は笑顔で手を振り、オレ達と別れる。

1606
 再び、警邏に戻った。
﹁よかった、あの子の両親がすぐに見付かって﹂
 スノーは少女の両親が見付かったことに機嫌良く歩く。
﹁あの女の子、とっても可愛かったね﹂
﹁だな。でも、あんなに可愛いと、父親としては色々心配だろうな。
変な虫がつかないか。僕も将来、娘をもったらそんな心配するんだ
ろうな﹂
 オレの感想にスノーが可笑しそうにくすくす笑う。
﹁もうリュートくんたら、まだ産まれてもない赤ん坊のお婿さんに
ヤキモキするなんて﹂
﹁しょうがないだろ。スノー似の女の子だったら、絶対可愛いし、
将来は美人確定! 絶対に男達が放って置かないぞ!﹂
 オレの発言にスノーはさらに可笑しそうに笑う。
﹁わたしも早くリュートくんの赤ちゃんを産みたいな。きっと凄く
可愛いだろうから﹂
 無意識に彼女は下腹部を撫でる。
 現在は色々バタバタしているため、子供は作らない方針だ。それ
に自分達はまだ若い。だから急ぐ必要はないだろうという判断だ。
 だが、あくまでそれは現状を顧みての全員の判断だ。
 もしかしたらスノーの心情的には不満を抱えているのかも知れな
い。

1607
 その可能性に気付き、訊こうかどうか考え込んでしまう。
 その空気を彼女は察して微笑む。
﹁大丈夫、今の生活に不満なんてないよ。赤ちゃんを作らない理由
もちゃんと分かっているしね。今、考えている不安はリュートくん
の思い過ごしだから﹂
﹁そっか、ならよかった﹂
 オレは思わず安堵してしまう。
﹁それに今、わたしはとっても幸せだよ。リュートくんが居て、ク
リスちゃん、リースちゃん、シアさん⋮⋮⋮⋮メイヤさん、みんな
が居てくれて毎日が楽しいよ﹂
 メイヤの時だけ出てくるのが遅かった気がしたが、きっと気のせ
いだろう。
 オレはスノーの手を取り微笑む。
﹁オレもスノーや他の皆が居てくれ毎日が幸せだよ﹂
﹁これからもずっとこんな日が続くといいよね!﹂
 こうしてオレ達は微笑みあいながら、手を繋ぎ、警邏を続けた。
1608
第140話 新・純潔乙女騎士団日常︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
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明後日、5月10日、21時更新予定です!
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よかったら確認してください!
1609
第141話 クリス、14歳︱︱﹃クリス14 シシギを撃て! 前編﹄
ギルド
 ある日の昼頃、冒険者斡旋組合から使者が来る。
 なんでもクリス指名でクエストの依頼が来ているらしい。
ギルド
 依頼内容は冒険者斡旋組合で、依頼主から説明したいとのことだ。
ギルド
 そのため是非、冒険者斡旋組合に来て欲しいと懇願される。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERや新・純潔乙女騎士団ではなく、クリス個
人を名指しで指名というのが気になった。
 運良くオレ、そしてクリスも午後は簡単な事務仕事しかない。念
のためオレも一緒に同行していいなら、という条件を付けたらあっ
さり快諾。

1610
ギルド
 ならばとオレ達は午後、冒険者斡旋組合へ向かうことを約束する。
 事務仕事はガルマへ押し付けよう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁しかし珍しい⋮⋮てか、初めてじゃないか? うちの誰かを名指
しで依頼をしてくるなんて﹂
﹃ですね。一体どんなクエスト内容なのでしょう﹄
 制服姿でオレとクリスが並んで歩く。
 彼女はミニ黒板を付きだし、同意してくれた。
ギルド
 冒険者斡旋組合でクエストを受注しこなすことはあっても、名指
しで指名されたのは今回が初めてだ。
 いったいクリスに何の依頼をするのだろう?
ギルド
 冒険者斡旋組合に顔を出すと、いつもの魔人族の受付嬢が応対し
てくれた。
 すでに依頼主は個室で待っているらしい。
 彼女に案内され、いつもの個室へ入る。
﹁おおッ! お待ちしておりました!﹂
 ソファーでオレ達を待っていたのは、1人の老人だった。
 頭部から獣人特有の耳や腰の辺りから尻尾が伸びている。

1611
 白髪で、皺が目立つが足腰はしっかりしているようだ。オレ達が
姿を現すとすぐさま立ち上がり、握手を求めてくる。
 だが、目の下、クマが濃い。
 まるで1年以上寝ていないようにくっきりと浮かんでいるのだ。
 オレとクリスは握手を交わすと、依頼主の正面ソファーへ腰掛け
る。
かおりちゃ
 受付嬢がオレ達の分の香茶を置いてくれた。
 そして、邪魔をしないように下座へと腰を下ろす。
 それを合図に依頼主が口を開いた。
﹁改めてお越しくださってありがとうございます。本来ならこちら
から出向くのが礼儀ですが、突然押しかけてもご迷惑かと思い冒険
ギルド
者斡旋組合を通しご連絡差し上げた次第です。私は獣人族、虎族の
ハッターと申します﹂
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKER代表のリュート・ガンスミスです﹂
﹃妻のクリス・ガンスミスです﹄
 互いにまずは挨拶を交わす。
 その後、ハッターが切実そうな表情で依頼内容を語り出した。
﹁実は私の孫娘が﹃シシギ病﹄という世界でも稀な奇病にかかって
しまったのです﹂
﹃シシギ病﹄とは︱︱全身に青い羽のような痣が浮かび1年後命を
落とす病気だ。ほとんどの人はこの病気にかかることはない。数百
年に1度全世界で1人出るか出ないか、という珍しい病気だ。
 しかし、奇病の割に﹃シシギ病﹄を治癒するのは、ある意味では

1612
簡単らしい。
 シシギと呼ばれる鳥の肉を食べればいいのだ。
 問題はシシギと呼ばれる鳥がとても小さく、ジグザグに飛ぶため
仕留めるのがとても難しい。
 さらにシシギは1撃で頭部を吹き飛ばし絶命させなければ肉が劣
化し、﹃シシギ病﹄を治すことが出来なくなる。そのため罠は使え
ない。
 攻撃魔術も肉に影響を与えて劣化させてしまうので使用は不可。
 シシギは警戒心が強く、どんな生物も近づくことが出来ない。そ
のため接近して剣や槍などで捕らえるのも不可能。
 唯一の方法は、弓や投げやり等で頭部を一撃で破壊し、絶命させ
るしかない。
 そのためシシギを捕らえた弓使いなどは、超一流の扱いを受ける
らしい。しかし、そんな人物はなかなかおらず、居ても多額の報酬
金を要求される。
 一般人であるハッターではとても払える金額ではない。
 分割での支払いを願ったが素気なく断られてしまった。
 途方にくれていると﹃自分ならシシギを捕らえることが出来る﹄
と話を持ちかけてきた冒険者や狩人達が現れたが、もちろん捕らえ
ることなど出来ずお金を騙し取られてしまったらしい。
 また質の悪い者になると、雇った冒険者が﹃シシギの肉﹄と偽り、
普通の鶏肉を持って来たりしたこともあった。
 藁にも縋る思いだったとはいえ、時間と資金を無駄にしたと︱︱
ハッターは涙を浮かべる。

1613
ギルド ピー
﹁そして私は縋る思いで冒険者斡旋組合に相談したところ、PEA
ス・メーカー
CEMAKER様とクリス様のお話をお聞きました﹂
 魔術師でもないクリスは︱︱
 曰く、飛行するツインドラゴンの目を射抜き頭部を内部から破壊
して倒した。
 曰く、石化の魔眼を持つバジリスクを、範囲に入る前に目を射抜
き頭部を内部から破壊した。
レギオン
 クリスは﹃冒険者、軍団でも有数な弓使い﹄だと教えられたらし
い。
スナイパーライフル
 いや、弓じゃなくて狙撃銃なんだけど⋮⋮。
 訂正する前にハッターがテーブルに額を擦りつけて哀願してくる。
﹁私の娘はすでに亡くなり、家族と呼べるのは孫娘だけなのです!
 あの子のためならほんの僅かではありますが全財産! 私の命を
差し出しても惜しくありません! なのでどうかお力をお貸し下さ
い! お望みの物、私に差し出せる物は全て差し出しますから! 
もし成功報酬が足りないのであれば時間がかかりますが、必ず約束
の金額をお支払いします! ですから、どうか! どうか!﹂
 なるほど⋮⋮唯一の肉親である孫娘の余命が尽きそうになってい
たら、不安で目の下のクマも濃くなるというものだ。
 オレが口を開く前に、クリスが立ち上がり、テーブルを迂回。
 ハッターの側へ歩み寄る。
 そっと、その手を握り締めた。
﹁が、んばって⋮⋮しし、ぎ、とります。任せて、ください﹂

1614
﹁あ、ありがとうございます⋮⋮! ありがとうございます!﹂
 ハッターはクリスの両手を握り締めるとぼろぼろと涙を零す。
 彼女はオレへ視線の向け、﹃受けても良かった?﹄と伺ってくる。
もちろん断る理由はない。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERの理念﹃困っている人、助けを求める人を
救う﹄。今回の依頼はまさに理念通りとも言える。
 そのためハッターには、﹃成功報酬金も支払える範囲で構いませ
んから﹄と口添える。再び彼は涙を溢れさせた。
 オレ達が納得済みなのを確認して、受付嬢が用紙を取り出す。
﹁それではクエスト承諾ということで宜しいですね?﹂
﹁お願いします﹂
ピース・メーカー
﹁クエストはPEACEMAKERで受注いたしますか?﹂
レギオン
 軍団として仕事を受けようとしたが、ハッターにシシギについて
詳しい説明を受ける。
 シシギは敏感な鳥で、大勢で押しかけた場合すぐに飛び立ち姿を
くらますらしい。
 そうなったら見つけ出すのは不可能。
 そのためシシギ狩りは1人、多くても2人でおこなうものらしい。
ピース・メーカー
 だったらということで、PEACEMAKERでクエストを受け、
オレとクリスの2人でシシギ狩りに行くことになった。
 他にも受付嬢とハッターから細々とした﹃シシギ﹄についての説
明を受け、必要そうなものをメモしていく。

1615
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレ達はクエストを受注すると準備のため本部へと戻る。
 そんなオレ達を、ハッターは何度も何度も頭を下げ見送ってくれ
た。
﹁ありがとうございます、ありがとうございます! このご恩は一
生忘れません!﹂
﹁いえ、まだ成功したわけではありませんから。それでは急いで準
備をして﹃シシギ﹄狩りに向かいますね﹂
﹁はい! よろしくお願いします!﹂
 オレとクリスは本部へ向け歩き出す。
 ハッターはオレ達の姿が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。
 オレとクリスは本部へ戻りながら、準備について打ち合わせをす
る。
﹁ここから馬車で1日の森に、ちょうど居てくれてよかったよ﹂
 シシギは定住先を持たない。獣人大陸各地の森を移動しているら
しい。
 今回は運良く近くの森に居ると目撃情報があった。
 これを逃したら、また獲物を一から探さないといけないらしい。

1616
﹁馬車は純潔にあるのを借りよう。装備一式や食料なんかの手配は
今日中に終わらせて明日の朝には出発するけど、クリスもそれでい
い?﹂
﹃大丈夫です﹄
﹁今週は2人とも大した仕事が入ってなくてよかった。これなら仕
事に支障を出さず、クエストが出来そうだな﹂
﹃でも事務仕事はありますよ?﹄
﹁大丈夫だって、事務仕事はガルマ顧問にお願いしておくから﹂
 魔術師殺し事件等で彼には色々貸しがある。
 これぐらいの仕事負担はしてもらわないと。
﹃お仕事でも、お兄ちゃんと2人っきりで馬車旅に出られて嬉しい
です﹄
 クリスが恥ずかしそうに耳を赤く染め、ミニ黒板で口元を隠しな
がら主張する。
﹃旅のあいだ甘えてもいいですか?﹄
﹁もちろんだよ! むしろ旅のあいだだけじゃなくて今すぐ甘えて
くれていいんだぞ。今夜ベッドの中とかでどうだい?﹂
﹃お兄ちゃんはえっちです⋮⋮ッ﹄
 でも、と彼女は続ける。
﹃⋮⋮おねがいします﹄
﹁よし、任された!﹂
 クリスは頭部から煙が出そうなほど照れながら、同意の文字をミ

1617
ニ黒板に書く。
 明日の朝は早いからやり過ぎはよくないが、自身の理性が抑えら
れるか怪しいな。
﹁ちょっと待ちな﹂
 イチャイチャしながら歩いていたオレ達の前に、数人の男達が遮
るように立つ。
 代表者らしき男が一歩前へ出る。
 人種族らしく、背丈は2メートル近い。髭がもじゃもじゃで胸毛
もある。頬に魔物の爪らしき傷痕があった。
 もし旅の最中に出会ったら山賊か盗賊だと思い発砲命令を出して
いる所だ。
 男は切り出す。
﹁俺は人種族のパウックってもんだ。冒険者、レベル?だ。あんた
ピース・メーカー
達、PEACEMAKERだろ?﹂
﹁⋮⋮そうですが、何か?﹂
 パウックはタグを出し、冒険者レベルを告げた。
 オレは一応警戒してクリスを庇うような立ち位置を取る。
 腰から下げているリボルバーをいつでも抜けるよう右腕を弛緩さ
せる。
ギルド
﹁さっき冒険者斡旋組合から﹃シシギ狩り﹄のクエストを受けただ
ろ? もしシシギが獲れたら俺に売ってくれないか? 報酬は2倍
出す﹂
 まさかの交渉。

1618
﹁えっと、パウックさんにも﹃シシギ病﹄にかかっている身内とか
居るんですか?﹂
﹁いやいや、﹃シシギ病﹄にかかるなんざ晴天に雷を浴びるような
不運な奴さ。﹃シシギ病﹄に効果あるほど新鮮な肉は、この世の物
とは思えないほど美味いらしい。だから高値で取引されているんだ。
俺が知っているルートで捌けば報酬金を軽く越える。どうだい、あ
んた達ならシシギを確実に獲れるだろ? ルートを紹介するから山
分けしないか?﹂
 アホかこいつら⋮⋮人の命がかかっているのに金の話をするなん
て。
 相手にするのも馬鹿らしい。
﹁悪いけど、先にハッターさんから依頼を受けているので﹂
俺達
﹁いやいや、依頼失敗なんて冒険者にとっては日常茶飯事だろ?﹂
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKERの名前に傷はつけられませんから﹂
 取り付く島もなくきっぱりと断る。
 相手は表情を歪めた。
﹁後悔することになるぞ⋮⋮﹂
 先程までのある種友好的な態度から一変、暴力的な雰囲気を匂わ
せるものに変わる。
 だが、それは彼らの死亡フラグでしかない。
 パウック達は唾を吐くと、背を向け雑踏へと消える。
 今回の一件、少々焦臭くなってきたな。

1619
第141話 クリス、14歳︱︱﹃クリス14 シシギを撃て! 前編﹄︵後書
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月12日、21時更新予定です!
今回はある意味、書きたかった話です!
将来的にはクリスメインの番外編とか書きたいですね!
1620
第142話 クリス、14歳︱︱﹃クリス14 シシギを撃て! 中編﹄
 ハッターからクエスト依頼を受けた翌朝、早くオレとクリスは馬
車に乗り込みシシギが現在住み着いている森へと向かう。
 今回のクエストは人数が多いと、シシギに気付かれ逃げられる可
能性があるため、オレとクリスの2人で向かっている。
 リースが居ないため馬車の荷台には寝具や食料、武器一式などが
ごちゃごちゃと置かれていた。
 森までは片道で1日。
 往復で2日だが、それ以上の食料、水、消耗品を準備しておいた。
 用心に越したことはない。
 ココリ街を出発してすでに数時間。

1621
﹁⋮⋮昨日の奴ら、パウック達が待ち伏せや挟撃をしかけてくると
思ったんだけど、来ないな﹂
﹃シシギ病﹄に効果あるほど新鮮なシシギの肉は美味で、高値が付
くらしい。
﹃ハッターの依頼を蹴って、肉を市場に売らないか?﹄と、パウッ
クという名の人種族に昨日話を持ちかけられた。
 捨て台詞も残していたし、オレ達が2人になった所で数的優位を
確保した段階で襲ってくるかと思ったんだが⋮⋮。
﹁わざわざPKMも準備したっていうのに﹂
 オレは荷台にある発砲準備を終えているPKMに視線を飛ばす。
﹃多分、私達がシシギを取った後、帰り道に襲うつもりでは?﹄
 なるほど、まさに一石二鳥だな。
 一応用心してPKMを用意しておいたが、クリスの指摘通り帰り
道が本命だろうな。
﹁どっちにしろ馬車にはPKM、AK47、手榴弾、対戦車地雷、
パンツァーファウスト諸々持ってきたからドラゴン相手でも完勝出
来るぞ﹂
 お陰で2人しかいないのに、少々馬車重量が過剰なのはご愛敬だ。
 馬車をさらに進め、数時間後。

1622
 昼食のため、一度馬車を止め角馬達も休ませる。
 オレが角馬達に水や塩を与えている間に、クリスが食事の準備を
する。
 準備といっても、草原にシートを広げお弁当や水筒に入れておい
たお茶などを並べるだけだ。
 準備が終わる頃にシートへ腰を下ろす。
 お弁当箱にはサンドイッチがギッシリと詰まっている。
 残念ながら妻達が作った物ではない。シアが訓練している護衛メ
イド見習い達に料理練習として作らせたものだ。
 シア曰く、メイドたる者、料理ぐらい出来なければならないらし
い。
 オレは早速、その1つに腕を伸ばす。
﹁うん、美味い。さすがに純潔乙女騎士団時代、持ち回りで料理当
番をしてただけはあるな﹂
﹃はい、美味しいです﹄
 クリスもオレと同じハムサンドを食べながら、ミニ黒板を嬉しそ
うに掲げる。
 見渡す限りの草原で、シートを広げて嫁と2人お昼を食べる。
 天気も良く、見上げれば青空が視界一杯に広がっている。
 これがただのピクニックなら、食後はクリスの膝枕で一眠りした
いぐらいだ。
﹁そういえばクリスが指導しているスナイパー組はどんな調子?﹂
﹃みんな、頑張ってますよ﹄

1623
 彼女はにこにことミニ黒板をかざす。
 クリスが指導する偵察狙撃隊のメンバー達だけは、新・純潔乙女
騎士団グラウンドではなくココリ街の外で訓練をおこなっている。
 さすがにグラウンドで250mや500mの場所は取れない。
 250mなら何とか出来なくもないが、他の訓練に差し障ってし
まう。
 クリスが指導する団員達は、新・純潔乙女騎士団メンバーでも特
に視力がある者達で構成されている。ラヤラも観測手として努力し
ているらしい。
 ラヤラで思い出したが、個人的に彼女には期待している。
 まだ実現出来るかどうか分からないが、オレのある思いつきに付
き合ってもらう予定だ。
 直属の上司であるクリスにも、話を通しておかないとな。
 そんなことをぼんやり考えていると、クリスが小さな指で自身の
頬を指さす。
﹁お兄、ちゃん、ほっぺ﹂
 どうやら卵サンドを食べた時、口元を外れて頬についてしまった
らしい。
 クリスは自分が取ると指を伸ばす。
 人差し指で卵の欠片をすくうと、そのまま自身の口元へ迷い無く
運ぶ。

1624
 赤い舌で卵の欠片を舐め取ると、幸せそうに微笑んだ。
﹁美味、しい﹂
 その微笑みがたまらなく可愛い。
 ついつい見蕩れてしまうほどに。
﹁お兄、ちゃん?﹂
﹁く、クリス∼∼∼!﹂
﹁きゃッ﹂
 オレの見つめる視線にクリスは小首を傾げることで尋ねてくる。
 長い金髪の髪が青空から降り注ぐ光を反射し、睫毛の陰翳をより
濃く見せる。そのせいか幼いが整った顔つきや肌の白さが際だつ。
 草原には人影無し。
 思わず押し倒してしまうのもしかたないのだ。
﹁お兄ちゃん、危ないで、す﹂
﹁ごめん、ごめん﹂
 言葉では批難しながらも、表情はまったく怒っていない。
 オレは謝罪を口にしながら、押し倒したクリスに唇を重ねる。
﹁んっ⋮⋮﹂
 クリスは草原に人気がないため、口内に押し込んだ舌にも素直に
自身のを絡めてくる。だが、やはり外でキスをするのが恥ずかしい
のか、いつもと比べて動きがぎこちない。
 そのぎこちなさが、さらにオレのハートに火を付ける。

1625
 その時︱︱草花の擦れる、異変の音。
﹁﹁!?﹂﹂
 オレ達は弾かれたように側にあったAK47、SVD︵ドラグノ
フ狙撃銃︶を異音へと向ける。
 そこには白黒兎が顔を出し、踵を返して離れていった。
 互いに無言で銃口を下げる。
 先程まであった甘い雰囲気は、草原の風に吹き飛ばされたように
霧散していた。
 オレは咳払いをしてから、
﹁お、お昼ご飯の続きでもするか﹂
﹁そう、ですね﹂
 オレ達は何事もなかったように食事を再開した。
 目的地の森に着いたのは太陽がしっかり落ちた夜だ。
 馬車は森の側ではなく、100m程離した地点に止めた。
 魔物対策のため、馬車から角馬も放す。
 今夜はここで野営だ。
 睡眠はクリスと交互に歩哨に立って取る。
 最初はオレからだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

1626
 朝食を摂った後、早速森に入る準備に取り掛かる。
 周囲に人影は無いがクリスは馬車内部で、オレは外で戦闘服へと
着替える。
アリス
 ALICEクリップを装着。
 腰回りに予備弾倉、手榴弾、ナイフなどを装備した。水筒も限界
一杯まで入れておく。中途半端に入れておくと、移動する度に﹃ち
ゃぷちゃぷ﹄音がするためだ。
 持っていく銃器は、オレは﹃MP5SD﹄。
サプレッサー
 シシギ対策で減音器付きを選んだが、どこまで効果があるのやら。
﹁あれM700P? SVDじゃないのか?﹂
﹃少しでも正確な射撃をしたいので﹄
 SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶はセミオートマチックだ。弾発射の
直後に再装填が自動で行われる。その時、内部で動く部品の振動が
射撃に影響を与えてしまうため、命中精度がボルトアクションライ
フルより低くなってしまう。
 その点を考慮してより正確な射撃が出来るボルトアクションのM
700Pを選択したらしい。
︵でも、クリスの腕前ならSVDでも問題ないと思うけどな︶
 だが、彼女の考えた選択を横から口を出して否定するのも具合が
悪い。オレは黙っていることにした。

1627
 準備を終え、いざ森の中へ。
 さぁシシギ狩りの始まりだ!
第142話 クリス、14歳︱︱﹃クリス14 シシギを撃て! 中編﹄︵後書
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月14日、21時更新予定です!
残り全部を下にしようかと思ったのですが長かったので、前、中、
後編に分けさせて頂きました。
今回は主人公とクリスのイチャイチャを楽しんで頂ければ幸いです。 1628
第143話 クリス、14歳︱︱﹃クリス14 シシギを撃て! 後編﹄
 目が良いクリスが先行、オレは後方を警戒しながら後に続く。
 森は昼間なのに薄暗く、濃い緑に覆われていた。
 そんな中をクリスは慎重に、静かに、確実に歩を進め獲物である
シシギを探す。
 ハッターの話ではシシギは小さな鳥で嘴が長く、焦げ茶色の地味
な羽模様をしているらしい。そのため発見が困難で、飛び立たれた
ら正確に撃ち落とすのは難しい。
 シシギ狩猟は獲物を発見し、飛び立たれる前に頭部を狙い一撃で
絶命させるのが基本だ。
 シシギが居る可能性の高いポイントまでもう少し。

1629
 先行するクリスが、右腕を下から上へ︱︱止まれのハンドサイン
だ。
﹁?﹂
 何か魔物でも出たのか?
 オレが指示通り足を止め、いつでも発射出来るようにMP5SD
を構える。
 警戒をするが、オレの目では周辺に魔物どころか、異変も見付け
られないのだが⋮⋮。
 クリスはジッと動かず、正面に向けてゆるくM700Pを構える。
 数分後、視線の先にパウックがフル装備で姿を現す。
 どうやら待ち伏せしていたが、クリスに見抜かれた、ということ
らしい。
 パウックも数分待って動かないクリスに、待ち伏せを見抜かれた
ことを悟り、諦めて姿を現したようだ。
 ココリ街で引き連れていた部下以外の男達も引き連れて居る。
 正面、クリスの前に5人。
 背後、オレの前に5人の計10人だ。
 というか、大人数で来たらシシギに逃げられてしまうじゃないか!
 だから、わざわざクリスと2人で来たというのに!
 オレは背後の敵に注意を向けながら、嫌味を飛ばす。
﹁僕達の予想じゃ、オマエ達はシシギを捕らえた後、帰り道で待ち
伏せしていると思ってたんだが⋮⋮。これだけの大人数で押しかけ
たら、シシギに逃げられるって分かってるはずだろ?﹂

1630
﹁はッ!﹂
 その嫌味にパウックがひげ面で笑う。
﹁最初から、オマエ達がシシギを獲れるなんて思ってないさ﹂
 意外な返答に面食らう。
ピース・メーカー
﹁むしろPEACEMAKERの代表者とその妻を誘拐して、身代
金を頂くつもりだったのさ﹂
 部下の男達も同意して下品に笑う。
 さらにパウックが調子づく。
ピース・メーカー
﹁しかもオマエ達PEACEMAKERは変わった魔術道具⋮⋮高
性能な弓矢を使っているんだろ? なのにこんな遮蔽物が多い森の
中にたった2人で行くんだから。稼がなくてどうするよ﹂
 なるほど、最初からオレ達の身柄が狙いだったのか。
 しかし彼らも運がない。よりにもよってクリスと2人っきりの時
に狙うなんて⋮⋮
 まだスノーやリースと2人っきりの時なら、森の中運が良ければ
逃げ切れたかもしれないのに。
 オレの同情的な視線を怯えていると勘違いしたのか、勝ち誇った
様子で手にした剣で自身の肩を叩く。
﹁無駄な抵抗はするなよ。大人しくしてれば、命だけは助けてやる。
まっ、オマエの嫁はちょっとばかし俺達の相手をしてもらうことに
なるがな﹂

1631
﹃ぎゃはははははは!﹄と部下達も笑う。
 うわ、うざいほど調子にのってる。
 でも、問題があるとしたらこのまま戦ったらシシギに逃げられる
可能性が高い、ということだ。
 オレがクエストについて考えていると、クリスに袖を引かれる。
﹁だい、じょうぶです。このまま、戦っても﹂
﹁いいのか? でも⋮⋮﹂
﹁わたしを、信じてくださ、い﹂
 クリスが自信たっぷりに断言。
 だったらオレがこれ以上、心配する必要はない。
﹁了解。それじゃ後ろの5人は任せてくれ﹂
﹁お兄ちゃん、頑張、って﹂
 言葉を交わすと、互いに背中を預け合う。
 それを合図にパウック達も剣、ナイフ、クロスボウなど手にし、
襲いかかってくる。
 木々を楯に接近してくるつもりだ。
 オレはMP5SDをフルオート!
 森に減音された発砲音が響く。
 部下の男達は巧みに木々を楯にして、9mm︵9ミリ・パラベラ
ム弾︶を防いでいる。
 オレは最初から9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶で仕留めようと
は思っていない。

1632
 男達に木々を楯に隠れていれば安全だと思わせるだけでいい。
 そして攻撃用﹃爆裂手榴弾﹄のピンを口で抜く。
﹁クリス! 爆裂手榴弾を使うぞ!﹂
 背後で戦う彼女へ一言告げ、木々にぶつからないよう攻撃用﹃爆
裂手榴弾﹄を男達の後方10m以内に投擲、爆発させる。
 木々を楯に10m以内で固まっていた男達は、背後からの衝撃波
によって一掃される。
 攻撃用﹃爆裂手榴弾﹄の均一殺傷半径は、約10m程度と破片手
榴弾に比べると狭い。
 これは投擲手が身を隠す場所のないところでも使えるように︵巻
き込まれないように︶したためだ。
 オレの担当分はこれでお終いだ。
 一応警戒しながら、クリスの様子を窺うと︱︱
 ダンッ!
 こちらもすでにほぼ倒し終わっていた。
 今ので4人目が銃弾に倒れる。
 残るはパウックただ1人。
 彼は先程まであった余裕が一掃され、震える声で叫ぶ。
﹁ふ、ふざけるな! どうして方向も! 距離もバラバラな俺達を
そこまで正確に素早く倒せるんだ! どんな魔術を使ってやがる!﹂
﹁魔術、ちが、う。練習、あるの、み﹂

1633
 クリスが小さく反論する。
 彼女の指摘通り、これぐらいならクリスが指導している偵察狙撃
隊のメンバーでも実行出来るレベルだろう。
 彼女達は普段似たような訓練をしているからだ。
 前世、アメリカ海兵隊の偵察狙撃隊が行っているものと一緒だ。
 イラクでは偵察狙撃隊が治安回復作戦に導入された。
 当時は狙撃手、観測手の2人ペア2組、合計4人で市街地に投入
された。
 しかしある夜、偵察狙撃隊の1つが、敵ゲリラ兵に接近されてし
まう。
 その結果、4人しかいない少人数チームのため火力が弱く、この
偵察狙撃隊は甚大な被害を受けてしまった。
 海兵隊はすぐにこの教訓を生かし、偵察狙撃隊の改革に乗り出し
た。
 2人ペア2組の4人から、6人に増員。
 とっさの襲撃にも対応できるよう、部隊火力を増大させた。
 さらに改革は続く。
 戦術面も今までは遠距離一点という考えを捨て、遠∼中距離レン
ジでの戦闘を考慮した練習プログラムを作成した。
 どんな練習プログラムかというと︱︱
 位置、距離もバラバラなターゲット5つを短時間に次々狙撃して
いくというものだ。

1634
 通常、狙撃は風を読み、距離を測り、集中して行う。
 この訓練はより実践的で素早くボルトを前後させ、正確に、1発
で敵を仕留めることを要求する。
 パウック達は距離を詰めようと、少しでも体を木々から晒した瞬
間、クリスの餌食になったのだろう。
﹁ち、ちくしょう!﹂
 パウックが絶望し、捨て身で突撃してくる。
トリガー
 クリスは彼の絶叫に怯えることもなく、M700Pを構えて引鉄
を絞る。
﹁ぐあぁッ!﹂
 パウックは痛そうに手を押さえて蹲る。
﹁ん?﹂
 パウックはまだ倒れていない。
 振り上げた剣の手を撃ち抜かれただけだ。
 まだ無力化出来ていない。
 珍しいこともあるもんだ。
 クリスが外すなんて。
 ちょうど5発使い切っているため、再装填しないといけない。
﹁クリス、止めをさそうか?﹂
﹁おね、がいします﹂

1635
 彼女の了承を得て、MP5SDで無力化する。
 これでパウック達誘拐企て犯達は全員倒した。
﹁しかしこれだけ騒ぎを起こしたら、シシギに逃げられちゃっただ
ろうな﹂
﹁だい、じょうぶ﹂
 クリスは笑顔を浮かべると、パウック達を通り過ぎ森の奥へと行
く。
 疑問に思いながらも、オレも後へ続いた。
 クリスがしゃがみ、地面に落ちている何かを拾い上げる︱︱シシ
ギだ!
 しかも頭部が撃たれて、一発で絶命している。
﹁ど、どうしてシシギが!?﹂
 オレの驚く姿が可笑しかったのか、クリスは笑顔で説明してくれ
る。
 どうやら彼女はパウックが姿を現した時点で、シシギが木に止ま
っていたのを発見していたらしい。
 後はパウックの手を撃ち抜くと同時に、ジグザグに飛行して逃げ
ようとしたシシギを1発の銃弾で仕留めたというのだ。
 先程の銃弾は外した訳じゃなかったのか。
 オレは飛行して逃げるシシギにすら気付かなかったっていうのに
⋮⋮。
 どんなチート射撃技術だよ。

1636
 兎に角、無事にオレ達はシシギを捕らえることに成功した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ココリ街へ向かう帰り道。
 昨夜、歩哨をしていたせいかクリスは、御者台で角馬を操作する
オレの隣に座り眠っていた。
 肩にもたれかかり静かな寝息を立てている。
 パウック達は馬車に乗せる訳にもいかず、適当な治療をしてから
ギルド
木々に縛り付けておいた。ココリ街に戻って冒険者斡旋組合に連絡
し、逮捕してもらうつもりだ。
 ココリ街外のため新・純潔乙女騎士団の管轄外だし。
 その間に魔物に喰われても自業自得ということで。
﹁しかしクリスの射撃技術は、凄い凄いとは思っていたがここまで
とは⋮⋮﹂
 ふと、前世での豆知識を思い出す。
 前世の地球にもシシギに似たタシギ︱︱スナイプと呼ばれる鳥が
居る。

1637
 タシギは小さな鳥で、しかもジグザグに飛ぶので散弾銃で撃って
も命中させることが難しい。それを仕留める射撃の名手を﹃スナイ
パー﹄と呼んだ。
 狙撃をする名手を英語なら﹃シャープシューター﹄﹃マークスマ
ン﹄、ドイツ語なら﹃シャッフルフシュッツェ﹄だったが、第一次
世界大戦でマスコミが狙撃兵をスナイパーと呼ぶことで定着したら
しい。
ピース・メーカー
﹁まさにクリスはPEACEMAKERの名スナイパーだな﹂
 こんなに寝顔が可愛いのにだ。
 オレはそんなことを考えながら欠伸を1つ。
 夜にはココリ街に付くな、と眠る嫁の頭を撫でながら馬車を走ら
せた。
1638
第143話 クリス、14歳︱︱﹃クリス14 シシギを撃て! 後編﹄︵後書
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月16日、21時更新予定です!
1639
第144話 シアのメイド指導
 新・純潔乙女騎士団本部応接間。
かおりちゃ
 午後、昼食を終えたオレとリースは、2人揃って香茶を飲んでい
た。
 別にサボっている訳ではない。
 これも仕事だ。
 メイド服に身を包んだシアが鋭い叱責を飛ばす。
﹁動作が遅い。主の次の行動を予想して準備しなさい。そして待機
中は休憩時間ではない。後ろに控えて主から見えないからと言って
気を抜かないよう、常に優雅を心がけなさい﹂
 シアの叱責はオレとリースに向けられたものではない。
 彼女の直接の部下である新・純潔乙女騎士団団員達10人に向け

1640
られたものだ。
 今、彼女達はメイド服に身を包み、シアの指導の元で接待技術を
勉強している最中だった。
 オレとリースの役割は、彼女達の接待を受ける主役だ。
 シアの部下10人は護衛メイドとして育てている。
 シアは現在でもハイエルフ王国、エノールから派遣されているリ
ースを守護する護衛メイドという立場だ。
 彼女としてはリースだけではなく、夫である自分や他妻であるス
ノーやクリスの守護、世話も自分がやらなければと思っている節が
ある。
 しかしシア1人では物理的に限界がある。そのため10人もの団
員メンバーを求め、譲らなかった。
 護衛メイドの仕事はメイドとしての基本的な家事、育児、接客等
の他に主の護衛任務が入る。そのため基本的な訓練もメイド服を着
たままでおこなっている徹底ぶりだ。
 ちなみに彼女達が着ているメイド服は、前世の秋葉原によくある
丈の短いフリルスカートのメイド服ではない。
 スカートの裾が長いクラシックな正統派メイド服だ。もちろんオ
レがお金を出して、ココリ街の仕立屋に作ってもらったものだ。
 一応丈が短いスカート、肩、胸、おヘソが露出するタイプのメイ
ド服を作りシアに提案したが⋮⋮
﹁若様が着ろと仰るなら着ます。着ろと仰るなら﹂

1641
 苦虫を百万匹噛みしめたような顔で言われた。
 さすがに、そんな顔をされて強行する勇気はオレになかった。
 最近は訓練日になるとグラウンドで室内戦や野外戦、護衛者の警
護訓練などを行っていたが、今日はメイドとしての立ち振る舞いの
訓練らしい。
 お茶の淹れ方、出し方、待機している姿勢すらシアは厳しく躾け
ていく。
 オレは接客を受けるだけの役割だが、気疲れしてしまう。
あるじ
 同じ主役のリースは、元ハイエルフ王国のお姫様だけあり傅かれ
慣れている。主としての立ち振る舞いにも年期を感じさせた。
 一方のオレはというと︱︱執事見習い経験ならあるが、主として
傅かれるのは未だに慣れない。
 シアは新人メイド達を前に滔々と護衛メイドとして心得を説く。
 新人メイド達も真剣な表情で耳を傾けている。
 オレは思わずテーブルから身を乗り出し、リースに声をかけた。
﹁なぁシアの奴、随分と気合いを入れてないか?﹂
かおりちゃ
 オレの問いにリースは香茶をソーサーに戻し、微笑む。
﹁やっぱり嬉しいんでしょうね。部下とはいえ同じ護衛メイドの仲
間が出来ることが。それにずっと私の元で働く護衛メイドが自分1
人しかいないことを気に病んでいたみたいですから﹂
﹁1人だと何か問題でもあるのか?﹂
﹁私は気にしないのですが、ある程度の身分の人物が世話をするメ
イド1人しか連れていないというのは体面上あまりよろしくないの
です﹂

1642
 なるほど⋮⋮リースは嫁いだと言っても元ハイエルフ王国のお姫
様。現在はペンダントで瞳の色を変えて、ただのエルフのお嬢様︱
︱として周囲に認知させていた。
 ハイエルフは観光資源になるほどの人気があり、その王族ともな
れば色々面倒事が起きる。そのためリース自身から、ただのエルフ
として立ち振る舞うよう進言されていた。
 それでもシア的には、リースに付き従うメイドが自分1人だけと
いうのが歯痒かったらしい。だから、人材分配の話し合いの席で珍
しく人数を要求し、決して譲らなかったのか。
 普段は影のように付き従い多々世話をして、自身の考えを口に出
したりはしない。言い訳になるが、そのせいでまったく気付かなか
った。
ピース・メーカー
 今回、純潔乙女騎士団の元団員達をPEACEMAKERの下部
レギオン
軍団として採用し、人数が増えた。それを最も喜んでいるのはシア
なのかもしれないな。
 リースが微笑みを浮かべながら告げる。
﹁なので傅かれるのは未だ慣れておられないようですが、シアのた
め新人メイドの訓練と割り切って我慢してくださいね﹂
﹁なんだ、気付いていたのか?﹂
﹁ふふふ、リュートさんは感情が顔に出やすいですから﹂
 言われて思わず手のひらで顔を撫でる。
 それがさらにリースの微笑みを深めさせた。
﹁若様、失礼いたします﹂

1643
かお
 指導を受けた新人メイドの1人が、空になったオレのカップに香
りちゃ
茶のおかわりを注ぐ。
 シアの指導が良いのか、オレ視点ではかなりさまになっている気
がする。
﹁ミーリア、手だけを突き出して淹れるのでなく、体全体を動かし
なさい。動作はもっと優雅を意識して﹂
﹁はい﹂
 ミーリアと呼ばれた妖精種族、フーリ族の少女が指示通り修正を
加える。
 シアはさらに淹れ終わったらその場に一時待機を命じる。
﹁若様、訓練のご協力をお願いしてもかまいませんか?﹂
﹁ああ、いいぞ。何をすればいいんだ?﹂
﹁今からミーリアの臀部を撫でてください﹂
﹁よし、分かった︱︱って、オマエは何を言ってるんだ?﹂
 シアが真剣な表情でセクハラを推奨してくる。
 彼女は至極真面目に説明をしてきた。
﹁護衛メイドたる者、お茶を淹れている最中に臀部を触られたから
といって粗相をしてはお話になりません。これは耐えるための訓練
です。なのでどうか遠慮なさらず撫でてやってください﹂
﹁いや、撫でてって⋮⋮﹂
 ちらりと側に立つミーリアに視線を向ける。
 彼女は妖精種族、フーリ族出身で歌と踊りが得意な一族だったは
ずだ。踊りが得意なだけあり、彼女のお尻はメイド服の上からでも

1644
分かるほどキュッと引き締まっている。
 男なら﹃大金を払ってでも撫で回したい!﹄と思えるほど素晴ら
しい。
 訓練とはいえ、本当に触って良いのか?
 本人であるミーリアも嫌そうな顔どころか、まんざらでもない態
度を取っている。心持ち触りやすいようにお尻を突き出している気
がしなくもない。
 メイド服がよく似合う、可愛らしい少女のお尻を訓練として触れ
るなんて!
 マジ役得だよ!
﹁く、訓練じゃしかたないよな∼。いや、本当にしかたないよな!
 それじゃ触る︱︱﹂
 ベキ︱︱ッ。
 カップの取っ手が砕ける音が室内に響く。
 別に大きな音という訳じゃない。
 なのにその場にいる全員の視線が1人の人物に注がれた。
かおりちゃ
﹁⋮⋮シア、替えの香茶を﹂
﹁かしこまりましたお嬢様﹂
 シアは音も無くリースに近づき、取っ手の壊れたカップをソーサ
ーごと受け取る。
 どうやらリースは無意識に肉体強化術を発動。コントロールを誤
り取っ手を握り潰してしまったようだ。
 リースはさらに冷え冷えとする声で告げる。

1645
﹁それとシア、ガンスミス家の品位を落とすようなマネを主にさせ
ないよう。いくらこの場に身内しかいないとはいえ、軽率ですよ﹂
﹁大変失礼しました、お嬢様。少々訓練に熱くなり︱︱﹂
﹁言い訳は必要ありません。今後、このようなミスがないよう心が
けなさい﹂
﹁はっ、申し訳ありませんでした﹂
 シアは一礼すると、再び音もなく下がった。
かおりちゃ
 替えの香茶がリースの前に置かれる。
﹁これから私はリュートさんとお話があります。なので今日は下が
りなさい﹂
﹁かしこまりました﹂
 そして、リースの命令しなれた指示にシア達は一礼。
 完璧な立ち振る舞いでオレとリース、2人だけを応接間へと残す。
﹁さて、リュートさん⋮⋮﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁少し、お話をしましようね?﹂
 2人っきりになるとリースは、その微笑みの度合いをさらに深め
た。
1646
第144話 シアのメイド指導︵後書き︶
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1647
第145話 リースとケーキ
 その日の夜。
 最後の簡単な雑務を終わらせて、自室へと帰るため廊下を歩いて
いた。
﹁ああー酷い目にあった﹂
 リースからは昼間のこと︱︱メイドのお尻を撫でるように言われ
た時のことについて、長々とお説教を受けた。
 スノーやクリスは、他女性に目を向けても怒ったりはしないのだ
が、リースは今回のようにあからさまに嫉妬心を表に出す。
 彼女は妖精種族、ハイエルフ族。
 ハイエルフ族の歴史上、妾を持っていた人物も存在するが、基本

1648
的に生涯に1人としか結婚しない。
 故に長寿と夫婦愛を司る種族として、人種族から絶大な支持を受
けている。
 その性質上なのか、リースは割とハッキリ嫉妬心を表に出すのか
もしれない。
 まあ嫉妬してくれるのは可愛くて嬉しいのだが、だからと言って
彼女に悲しい思いはして欲しくない。
﹁なんにせよ。リースのようにスノーやクリスが表面上では出さな
くても、内心どう思っているか分からない訳だし、自重しないとな﹂
﹁お、お、おかえりなさいませ、ご主人様﹂
 自室の扉を開くと、なぜかリースが頬を赤く染め、恥ずかしそう
にメイド服姿で一礼してくる。
 しかも彼女が着ているのは、没になった露出度の高いメイド服だ。
洋服棚の肥やしになっていた筈だが⋮⋮
 オレは震える声で尋ねる。
﹁り、リース、どうしたんだその恰好は?﹂
﹁シアから教えてもらいました。このメイド服はリュートさんが考
えて製作した物だと。ひ、昼間メイドの子達をじっと見てましたし、
こういう恰好が好きなのだと思って着てみたのですが⋮⋮変でしょ
うか?﹂
﹁最高に似合ってるよ!﹂
 お世辞抜きで似合っている。
 リースは背丈が低いのに胸が大きく、上着部分を着込むとはっき
りと肩と一緒に谷間も露出する。上着の長さは短く、可愛らしいお
ヘソも外に出て、くびれた腰も目を楽しませてくれる。

1649
 さらにスカートは短く、履いているオーバーニーソックスがむし
ゃぶりつきたくなるような絶対領域を作り出している。
 しかもちゃんと頭にはメイドさんが付けるヘッドドレスまで着け
ているから最高だ!
 オレのストレートな賛辞を受けて、リースは真っ赤に頬を染めな
がら、嬉しそうに微笑む。
﹁喜んでもらえてよかったです。昼間、少々感情的になってしまっ
たので⋮⋮そのお詫びが出来ればと思ったので﹂
 メイドさんのお尻を触ろうとしたオレに対して、嫉妬してしまっ
たことを言っているらしい。
﹁いや、あれはオレが悪いんだから気にしなくてもいいのに﹂
﹁私もちょっとだけムキになってしまいましたから⋮⋮な、なので
今夜は私がリュートさんにこの恰好でご奉仕したいと思います! 
他の皆さんにはお話をして、今夜は2人っきりで過ごせますから、
遠慮なくなんでも仰ってくださいね﹂
 どうやらスノー達には話を通しているらしい。
 どうりで部屋に居なかったわけだ。
 リースは笑顔で席を勧めてくる。
﹁まずはお疲れでしょうから、お茶の準備をしますね。リュートさ
ん⋮⋮いえ、ご主人様、こちらにお掛けになってお待ちください﹂
﹁ありがとう、でも、その大丈夫か? お茶ぐらい自分で淹れるぞ﹂
﹁ふふふ、もうご主人様ったら、遠慮なんてしないでください。私
が好きでやるんですから﹂

1650
 いや、そういう訳ではなく⋮⋮あのドジっ娘お姫様リースが熱い
お茶を淹れて持ってくるとなると、その後の展開が簡単に予想出来
てしまう。
 オレが熱湯を被るのはまだいい。
 妻であるリースが火傷するのが耐えられない。たとえ魔術で簡単
に治癒出来ると言ってもだ。
 しかも、今回は自分の趣味で製作した露出度の高い服を着ている。
 肌面積が多い分、火傷被害が広がる可能性が高い。
 オレは席に座っていると見せかけ、いつでも動けるように腰を浮
かせてリースの動向に注意を向ける。
 すでにお湯と茶葉、カップ等を準備していたらしく慣れた手つき
でお茶を注ぐ。この辺はオレの嫁として﹃家事をしたい!﹄と日頃
頑張っている成果だろう。
 だが、ここで油断していると酷いことになる。
かおりちゃ
﹁はい、ご主人様、香茶が準備出来ましたよ。お茶請けはクリスさ
んが太鼓判を押したお店でかったクリームを使ったケーキですよ﹂
﹁は、ははは⋮⋮美味しそうだね﹂
かおりちゃ
 リースはお盆に香茶とケーキを載せてこちらへ歩いてくる。
 胸とお盆で足下を遮られているせいで、予想通り、ソファーに足
をぶつけてバランスを崩す!
﹁きゃぁッ!?﹂
﹁はい! やっぱりね!﹂
 予想通りドジっ娘姫様リースは期待を裏切らないドジを踏む!
 オレは咄嗟に駆け出す!

1651
 すぐさま肉体強化術で身体を補助!
 熱々のカップを掴み、尻餅をついたリースが頭をぶつけないよう
に支える。
 お盆がカーペットに落ちる。
かおりちゃ
 熱々の香茶が入ったカップは、一滴も零すことなくソーサーごと
空中で掴むことが出来た。この辺は肉体強化術で身体能力と視覚関
係を強化した結果だ。
﹁大丈夫か、リース? 痛い所とかあるか?﹂
﹁い、いえ大丈夫です⋮⋮でも﹂
 お茶で火傷等の被害は無かったが、クリームを使ったケーキがお
盆から落ちてリースの露出している胸の谷間に落ちてしまう。
 強化した視覚で認識はしていたが、オレの腕は2本しかない。
 カップとリースを支えるので手一杯だった。
 ケーキは形を崩し、彼女の真っ白な肌にクリームと赤苺がべった
りと付いてしまう。
 ⋮⋮別の意味で美味しそうなケーキになってしまった。
 ごくり、と自然と喉が鳴る。
かおりちゃ
 オレは香茶が入ったカップをテーブルに置き、リースに尋ねる。
﹁折角、リースが準備してくれたケーキが落ちてしまって残念だよ。
でもやっぱり食べ物を無駄にしちゃ駄目だと思うんだ。だから、オ
レはそのケーキを食べようと思う﹂
﹁え⋮⋮あッ﹂

1652
 リースは意味を理解したのか、真っ白な肌を﹃カァー﹄と赤くす
る。
 どう行動し、返答すればいいのか突然のことで対応出来ず︱︱彼
女は自身の胸をギュッと腕で寄せて崩れたケーキがそれ以上落ちな
いように固定。さらに潤んだ瞳で告げた。
﹁お、美味しいケーキを食べてくださいご主人様﹂
﹁もちろんだよ!﹂
 オレはリースの胸の谷間に落ちたケーキのように、崩れた笑顔で
彼女を寝室へとお姫様抱っこで連れて行く。
 その日の夜は色々な意味で美味しく食べさせて頂きました。
 今度スノーやクリスにもメイド服を着てもらえないかどうか頼ん
でみよう、とオレは心の中で固く誓った。
1653
第145話 リースとケーキ︵後書き︶
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次はいよいよメイヤさん登場回です!
1654
第146話 ショットガンを作ろう
﹁メイヤ!﹂
﹁リュートの!﹂
﹁﹁武器製造バンザイ!﹂﹂
 と、言うわけで打ち合わせ通りのタイミングで声を重ね合う。
 場所は飛行船から荷物を移動して最近、新・純潔乙女騎士団本部
内に専用の工房を作った。
 その工房内でメイヤと2人っきりで声を上げる。
 最初にオレが話を切り出す。
﹁さて早速、今日がこの工房での初製作になるわけだが⋮⋮メイヤ、
1つ訊いてもいいか?﹂

1655
﹁何を仰いますリュート様! 1つと言わず、100でも、100
0でもお聞き下さい! リュート様のご質問ならどんなことでもお
答えしますわ! たとえば⋮⋮わたくしの左腕のサイズなんかをご
ブレスレット
質問されたら、即座に詳細を口頭と文章、同サイズの腕輪を持参し
てお答えしちゃいますわよ!﹂
 わぉ、メイヤさん初っぱなから飛ばすな。
 彼女は左腕をさすり、ちらちらと顔を赤くしながら視線を飛ばし
てくる。
ブレスレット
 ちなみにこちらの異世界では、結婚相手の女性に男性が腕輪を送
る風習がある。
 つまり前世の地球の言うところの結婚指輪にあたるのだ。
 オレは気付かないふりをして、咳払いをする。
﹁そうか。なら遠慮なく質問させてもらうよ。どうしてメイヤは、
メイド服を着ているんだ? しかもその上から白衣なんて羽織って
⋮⋮﹂
﹁リュート様は、メイド服がお好みだと耳にしましたので。喜んで
欲しくて着てみたのですが⋮⋮いかがでしょうか?﹂
 メイヤはなぜかシアの護衛メイド達が着ているのと同じ正統派メ
イド服に袖を通し、その上からいつもの白衣を羽織っていた。しっ
かりと白手袋、頭にはヘッドドレスまで装着している。
ブレスレット
 メイヤは腕輪の話ではないことに、残念そうな表情を浮かべたが
すぐに気持ちを切り替えその場で一回転。
 ふわり、とスカートと白衣が広がる。

1656
﹁﹃おかえりなさいませ、ご主人様!﹄。ふふふ、どうでしょうか、
喜んで頂けましたか?﹂
 メイヤは見よう見まねのお辞儀をして、こちらの反応を伺ってく
る。
 オレの反応はというと︱︱
﹁調子に乗るなよ雌豚﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁正統派メイド服の上から白衣を着やがって、神聖なる正装を色物
に貶める所業。名酒、美酒に腐った泥水を流し込む愚かな行為。さ
らに質が悪いのは、己の所業をまったく自覚していないことだ﹂
 オレは﹃ギロリ﹄と涙目で震え上がるメイヤへ、敵意しか宿して
いない視線を向ける。
﹁今すぐ白衣を脱ぐか、別の服に着替えるかしろ。さもなくば僕の
手で直々に地下墓地に送ってやるぞ⋮⋮ッ﹂
﹁ひいっぃいぃぃぃぃぃぃぃッ!﹂
 メイヤは悲鳴を上げると、慌てて羽織っていた白衣を破るように
脱ぎ捨てる。
 オレは別にメイド服にそこまで思い入れがあるわけではない。む
しろ普段、メイヤが着ているチャイナドレスの方が好みだ。
 なのに正統派メイド服の上から白衣を着ていることが許せなかっ
た。自然と言葉が口から出てくる。
 メイヤが普段着ているドラゴン・ドレス︵チャイナドレス︶+白
衣は許せるのになぜだ?

1657
 正統派メイド服姿になったメイヤが泣き出す。
 彼女は床に跪き、胸の前で拳を重ね、頭を深々と下げる。
 竜人種族の伝統的なポーズ︱︱前世の日本でいう土下座だ。
﹁ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめん
なさいごめんなさい。無知で愚かで愚鈍な一番弟子をどうかお見捨
てにならないでください。リュート神様に忠誠を忠誠を、一心不乱、
永遠の忠誠を。どうかこの憐れな雌豚にもう一度チャンスを⋮⋮ッ
!﹂
 メイヤは頭を下げて姿勢のままブツブツと後悔、懺悔、謝罪、懇
願、忠誠などを繰り返し、繰り返し呟き続ける。メイヤが流した涙
で床が明確に濡れる。
 まずい⋮⋮ちょっと感情的に怒りすぎた。
 跪くメイヤを無理矢理立たせて、流れる涙をハンカチで拭ってや
る。
﹁こっちこそごめん。ちょっと感情的になりすぎたよ。もう怒って
ないから、あやまらなくてもいいぞ﹂
﹁ひく、ぐす、ごめんなしゃい、おぇ、ひぐ、許して、ひく、ぐだ
しゃい﹂
﹁はいはい、許す許す。だから、もう泣き止んでくれ。可愛い顔が
台無しだぞ。はい、ちーんして﹂
 竜人大陸でもっとも有名な人物で全世界の人々が認める天才魔術
道具開発者のメイヤ・ドラグーンが、鼻にあてがったハンカチに﹃
ちーん﹄する。シュール過ぎる光景だ。
 それでも落ち着かず、ぐしゅぐしゅと涙を流し、咳き込み、嗚咽
する。

1658
 黙っていれば美人なんだけどな⋮⋮黙っていれば。
 メイヤが落ち着いたのは、それから約30分くらいだ。
かおりちゃ
 席に座らせ、香茶を淹れてやり、頭を撫でながら慰め続けてだ。
 メイド服が似合っている、可愛いと何度も繰り返した。
﹁そ、それで、ぐす、リュート様はいったい、ごほごほ、何をお作
りになるのでしょうか?﹂
 兎みたいに赤い眼で、ハンカチを両手で握り口元に当てながら尋
ねてくる。
 オレは彼女の興味を惹くためにも、いつも以上に気合いを入れて
説明を開始する。
コンバット
﹁これから作るのは﹃戦闘用ショットガン﹄だ﹂
コンバット
﹁ひく、ぐす、けほ、﹃戦闘用ショットガン﹄ですか?﹂
 まず⋮⋮﹃ショットガン﹄とは何か?
 ショットガン︱︱日本語で言うと﹃散弾銃﹄は元々鳥撃ち用に発
明されたものだ。
ファウリング・ピース
 16世紀初め頃、発明された時﹃野鳥狩り﹄と呼ばれていたこと
からも分かる。
 ショットガンは野鳥を狩猟するため、ハンドガンやアサルトライ
ショットシェル
フルなどとは違い専用の弾︱︱散弾装弾に、パチンコ玉くらいの大
きさのものから小さな粟粒大の球状の弾丸が、数十から数百個も詰
められている。
 発射と同時に銃口から一気に弾を拡散し、獲物である野鳥などを
仕留める。

1659
 元々ショットガン射撃はヨーロッパ貴族のおこなう紳士のスポー
ツだった。
サイド・バイ・サイド
 ﹃水平二連中折れ式﹄と呼ばれるショットガンが開発される。こ
バレル
れは銃身が2本横に並んでいるショットガンで、2発撃ったら弾切
れになる。
サイド・バイ・サイド
 猟鳥で﹃水平二連中折れ式﹄を使用し、2発で仕留められなかっ
たら飛び去った鳥の勝ち︱︱という暗黙のルールが出来上がった。
 そんな紳士のスポーツが、ある日、特権階級の楽しみでは無くな
った。
 ヨーロッパからアメリカへ渡った人達が、ショットガンを食料調
達の狩猟や護身のために使用するようになったからだ。
 そして第一次世界大戦。
マシンガン
 機関銃の登場により、敵陣に迂闊に近づけなくなってしまった。
 結果、兵士達はなんとか接近しようと夜襲をかけたり、壕を掘っ
たりして接近戦に持ち込んで戦うことが多くなった。
 俗に言う﹃塹壕戦﹄だ。
サブマシンガン
 塹壕戦を経験し、ドイツ軍は短機関銃を開発・誕生させた。
 一方、アメリカ軍はというと⋮⋮アメリカ大陸開拓時代から長年
愛用し、日用品レベルにまで浸透し使い慣れたショットガンを塹壕
戦に投入した。
 アメリカ軍はポンプ・アクション式のショットガンを開発し、塹
壕戦に投入することで、大きな成果を上げた。
塹壕
 こうしてポンプ・アクション式のショットガンは﹃トレンチガン﹄
と呼ばれるようになる。

1660
 さらにアメリカ軍はショットガンを軍隊に正式採用し第二次世界
大戦、ベトナム戦争、現代でも使い続けている。
コンバット
 そして今回、オレが製作しようとしているのは﹃戦闘用ショット
ガン﹄だ。
コンバット
﹃戦闘用ショットガン﹄の定義を提示するとしたら︱︱
塹壕 ライアット・コントロール
﹃トレンチガン﹄や暴動制圧などに使用する﹃ライアットガン﹄は
民間用のショットガンをベースに作られた物だ。
コンバット
 一方、﹃戦闘用ショットガン﹄は初めから戦闘用に設計されたシ
ョットガンのことを指す。
ショットシェル CN
 状況に応じて多用な散弾装弾︱︱ゴム弾、催涙弾などの非致死性
フレシェット弾
の特殊弾や防弾チョッキを貫通する多針弾弾頭が使用可能という利
点を残しつつ、今回はアサルトライフルのような弾倉によって素早
い弾薬補給が出来るようにする。
 今回、製作するのはイズマッシ社がAKシリーズをベースに作り
出さしたセミオートショットガン﹃SAIGA12K﹄だ。
 スペックは以下の通りになる。
■SAIGA12K
 使用弾薬:12ゲージ
 全長:910mm︵ストック折り畳み時は670mm︶
 重量:3.5kg
バレル
 銃身長:430mm
 装弾数:2/5/7発
 ロシアのイジェフスクでカラシニコフ系のアサルトライフルを製

1661
造しているイズマッシ社が製造している。
 原型となったのは、カラシニコフ系のモデルAKMアサルトライ
フルだ。
バレル
 またSAIGA12Kの銃身長が430mmと多くの国の民間用
バレル
では非合法とされる短さのため、輸出用に銃身長を520mmまで
延長したモデル﹃SAIGA12S﹄というバリエーションも存在
する。
こちらのスペックは以下の通りになる。
■SAIGA12S
 使用弾薬:12ゲージ
 全長:910mm︵ストック折り畳み時は670mm︶
 重量:3.5kg
バレル
 銃身長:520mm
 装弾数:5+1発
 今回、オレ達が作るのは﹃SAIGA12K﹄の方だ。
バレル
 銃身長が430mmと多くの国の民間用では非合法とされる短さ
だが、異世界に居るオレ達には関係がないからだ。
 それにSAIGAは、AKシリーズをベースに作り出されている
コンバット
ため、今のオレ達には最も作りやすい戦闘用ショットガンである。
 これが出来れば先日のような立て籠もり事件の時、窓から侵入せ
ず、扉の鍵をショットガンで破壊して侵入することが出来るように
なる。
 以上のことを、メイヤに聞かせられない部分を省いて説明した。
 彼女はまだ目が赤いが、新しい銃器の説明を聞けて笑顔を取り戻

1662
す。
﹁なるほど! 今度の武器はただ敵を倒すだけではなく、弾を変え
ると殺傷せず無力化することが出来るのですね! さすがリュート
様ですわ! この柔軟な発想! 神のような閃きこそ天才が天才た
るゆえんなのですね!﹂
﹁ははは、そうですねー︵棒︶﹂
 さすがに先程泣かせてしまったため、ある程度好きにさせておく。
 メイヤは大きな瞳をきらきらと輝かせ詰め寄ってくる。
﹁それでは早速、製作いたしましょう! まずは何からお作りしま
しょうか!﹂
﹁いや、ちょっと待ってくれ。他にも作っておきたい物があるんだ﹂
コンバット
﹁なんと! 戦闘用ショットガン以外にもですか!﹂
コンバット
﹁ああ、そうだよ。戦闘用ショットガン以外に今回作る物は︱︱﹂
 メイヤはオレの言葉に注意深く耳を傾けた。
 そんな彼女にオレは話し聞かせる。
1663
第146話 ショットガンを作ろう︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月22日、21時更新予定です!
と、いうわけでメイヤが主人公に怒られる回でした!
たぶんメイヤが本気で怒られたのってこれが初かな?
次も武器製造回です!
さすがに量が多すぎて分割しました。
ではではお楽しみに!

1664
第147話 サブアーム
﹁リュート様、はい、﹃あーん﹄してください♪﹂
﹁あ、あーん﹂
 オレはメイド服姿のメイヤが差し出すフォークに刺さったケーキ
片を口にする。
 オレがケーキを食べると、彼女は嬉しそうに声を漏らす。
﹁はあぁぁっぁあ∼∼∼♪ リュート様にご奉仕出来るなんて⋮⋮
ッ! これ程の幸せがあるのでしょうか。いえ、ありませんわ!﹂
 最初、正統派メイド服に白衣を着たメイヤに対して、怒ってしま
った。
 そのため現在、罪滅ぼし&休憩も兼ねてなすがままにされている。

1665
かおりちゃ
 彼女はケーキを食べさせたり、香茶を飲ませたりするたび心底、
恍惚とした表情を浮かべる。正直、ちょっとだけ怖い。
コンバ
 オレは一通り彼女が満足するまで奉仕をさせてから、改めて戦闘
ット
用ショットガン︱︱﹃SAIGA12K﹄以外に作る物の説明を始
める。
 ︱︱前回、ルッカと最後に決闘した際、オレはAK47の弾倉も
﹃GB15﹄の40mmアッドオン・グレネード弾も使い切ってし
まった。
 残されたのはサブアームであるリボルバーのみ。
 スノー達︱︱仲間が駆けつける間、相手の注意を引きつけるため
に使用したが、やはり装弾数6発は心許なかった。
 その経験も踏まえ、サブアームとして新しく開発しようと思うの
が﹃オート・ピストル﹄だ。
 そもそもサブアーム︱︱ハンドガンとは一体どういう物なのか?
 ハンドガンとは﹃携帯性に優れ、片手ないし、両手で使用する拳
銃﹄のことだ。
 その作動方式から大きく2種類に分けられる。
 現在、オレが使っている回転式の拳銃、リボルバー。
 そして弾丸を発射後、自動で次弾を装填するオート・ピストルだ。
 ではいかにしてオート・ピストルは開発されたのか?

1666
 オート・ピストル開発のきっかけになったのは1884年ハイラ
機関銃
ム・マキシムが発明したマキシム銃だ。
 マキシムは発砲時に生じる反動を利用し、尺取り虫のように動く
機関銃
﹃トグル・アクション﹄でマキシム銃を製造した。
 この原理を1894年にピストルに採用したのが、ドイツ生まれ
でアメリカへ渡ったヒューゴ・ボーチャードだった。
 しかし同胞のゲオルグ・ルガーが彼の銃の欠点を改良して実用的、
かつスマートにした﹃ルガーP08﹄を1908年に完成させる。
 こうして弾丸発射時に生じる反動を利用し、トグル・リンクが尺
ファイアリング・ピン
取り虫のような動きをして、発射後に弾薬の給弾・排莢・撃針のセ
ットをおこなう。
 この方式を﹃トグル・アクション﹄と呼ぶ。
 この﹃ルガーP08﹄以前に製作の試みがなかった訳ではない。
 たとえば、1896年にマウザーが﹃C/96﹄を、1900年
にはジョン・ブラウニングが﹃M1900﹄を開発している。2つ
ともルガーとは異なる作動方法を採用している。
 話を戻す。
 こうして拳銃サイズのオート・ピストルが開発されて以降、数々
の名銃が誕生する。
 今回、オレはその中で製作しようと考えているのは︱︱﹃H&K
 USP︵9ミリ・モデル︶﹄だ。
 USPは﹃Universal Selfloading Pi
stol﹄の略で訳すと⋮⋮﹃汎用自動式拳銃﹄となる。

1667
 USPは銃本体に強化プラスチックを使用しながら、オーソドッ
クスなメカニズムを採用することで高い信頼性を持つことに成功し
たオート・ピストルだ。
SAT
 その信頼性からドイツ軍や日本警察の特殊急襲部隊、またこれを
発展させたものが米国特殊作戦軍︵US SOCOM︶にも採用さ
れている。
 USPの口径は9×19、40S&W、45ACPの3種類があ
り、弾倉には9ミリなら15発、40なら13発、45なら12発
入る。
 今回製作するのは9×19︱︱9ミリ・パラベラム弾モデルで、
サプレッサー
減音器が付けられる﹃USP タクティカル・ピストル﹄だ。
 タクティカル・ピストルとは、﹃戦術ピストル﹄と訳される。
サプ
 モデルUSPタクティカル・ピストル︵9ミリ・モデル︶は、減
レッサー バレル
音器を付けるため、通常のより銃身先端が長い。
バレル
 銃身先端マズル部分の外周部にネジを切るつもりためだ。
サプレッサー
 このネジ切り部分に減音器部品をクルクルとねじ込み、装着出来
るようにする。
サプレッサー
 また減音器部品を外している間は、ネジ切り部分を保護するため
リング状のプロテクターを用意するのが一般的らしい。
 モデルUSPタクティカル・ピストル︵9ミリ・モデル︶を作り
サプレッサー
出すことが出来れば、減音器を装着し、室内でも使用することが可
能になる。
 いざという時には大変心強い。

1668
 こいつを製作することが出来れば、頼もしいサブアームになって
くれるだろう。
 メイヤは一通りの説明を聞くと、次を促してくる。
﹁それでは他に何をお作りになるのですか?﹂
コンバット
﹁戦闘用ショットガン、オート・ピストルを作り終えたら、次に手
を出すのは﹃KTW弾﹄だ﹂
コップキラー
 別名﹃警察官殺し﹄と呼ばれるハンドガン用の徹甲弾の一種であ
る。
﹃KTW弾﹄の﹃KTW﹄とは何かの略語ではなく、開発者3名の
頭文字を並べたものだ。
 Paul J・KopschのK。
 Dan TurcusのT。
 Don WardのW。
 合わせてKTW弾だ。
 この弾は本来、﹃警察などの法執行機関向け﹄に開発された物だ。
 一般的なハンドガン⋮⋮オート・ピストルに高い貫通性能を持た
せたいというコンセプトのもと開発された。
ブレットコア ジャケット
 通常の弾丸は弾芯を銅などの金属の被甲で包み込む。
ブレットコア ジャケット
 KTW弾は弾芯を真鍮のような硬い素材にして、被甲をテフロン
加工することで貫通力を高めることに成功。
 しかし今度は貫通性が高すぎて、当時の警察官が着込む防弾チョ

1669
ッキを無力化するほどだった。
カートリッジ
 本来、民間市場で一般流通する弾薬ではなかった。あくまで﹃警
察などの法執行機関向け﹄に開発された物だからだ。
 しかしマスコミが﹃防弾チョッキを着た警察官だって一撃。KT
コップキラー
W弾は警察官殺し﹄という論調を切っ掛けに、連邦法によって軍・
警察などの公的機関を除いて正式に規制の対象になってしまう。
 たまにフィクションで﹃テフロン弾﹄や﹃テフロンコーティング
弾﹄などの名前で登場し、貫通力の高い特殊な徹甲弾としても扱わ
れたりする。
 ルッカとの決闘で、リボルバーの弾丸は彼女の手で防がれた。
 もしこの時、オート・ピストルとKTW弾のような徹甲弾があれ
ば︱︱指の隙間などを貫通し相手の頬などを切り裂き血を流させ、
警戒心を与えることが出来たかもしれない。
 また今後、魔動甲冑のような相手が出てくるかもしれない。
 その時、この二つが準備されていたら、頼もしい武器になる。
 だから今回、製作しようと思い立ったのだ。
 メイヤが一通りの話を聞いて納得する。
﹁なるほど、確かに保険という意味でもこの二つは準備しておいて
損はありませんわね﹂
コンバット
﹁だろ? 一応作る順番としては戦闘用ショットガン↓オート・ピ
ストル↓KTW弾だ。もちろん途中で必要になる武器・防具が出て
きたらそっち優先で作るつもりだけど、基本的にはこの順番で作る
と思ってくれ﹂
﹁了解しましたわ! それでは微力ながらこのメイヤ・ドラグーン

1670
もお手伝いさせていただきますわ!﹂
 メイヤは正統派メイド姿のまま胸を張る。
 最初、叱ってしまったため落ち込んでいたが、どうやら調子を取
り戻したらしい。
必死に慰めたり、奉仕を受けた甲斐があったというものだ。
 オレはそのまま機嫌を損ねないように、メイヤと武器製造に取り
掛かった。
第147話 サブアーム︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月24日、21時更新予定です!
最近で一番の感想を頂き驚きました!
メイヤ大人気過ぎるだろ⋮⋮。
次はウォッシュトイレ回です。
楽しんで頂けると幸いです。
ではでは。

1671
第148話 神器製造
 本日は、用事で嫁達+メイドが外出している。
 メイヤはオレの指示で工房に引き籠もり、武器製造に取り組んで
いる。
﹁チャ∼ンス﹂
 オレは千載一遇の好機に不敵な笑みを浮かべる。
 この機を逃さずかねてより完成が遅れている神器を完全な物にし
よう。
 オレは笑いを零しながら、新・純潔乙女騎士団の少女達全員を大
部屋に集めた。

1672
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ココリ街は港に入った荷物を獣人大陸の奥地へ運ぶために作られ
た中継地点街の1つだ。
 そのため多種多様な荷物が運ばれてくる。
 ゴムの代替品になりそうな魔物の部位やトイレットペーパー並に
柔らかい植物、他使えそうな品物が流れ込んできては出て行く。
 現状、新・純潔乙女騎士団本部には、ウォッシュトイレが3箇所
しか無い。
 オレ、スノー、クリス、リースが使う私室。
 メイヤの私室。
 飛行船、以上3箇所だ。
 団員達は一度も使用してない。
 ウォッシュトイレの改良は暇を見付けては地味におこなってきた。
 現在の性能は以下となる。
﹃シャワー機能﹄
﹃シャワー機能強弱﹄
﹃温水機能﹄
﹃ノズル位置は手動操作﹄
﹃便座を温める機能﹄
﹃温水使用後、お尻を乾燥させるため熱風を出す機能﹄
﹃脱臭機能﹄

1673
 以上だ。
 新規に追加したのは﹃シャワー機能強弱﹄だ。
 今までは火と水の魔石が2つ並び、それらに触れながらノズルか
ら出る温水の勢いを操作していた。
 初心者は勢いをつけすぎ、またノズルもハンドル操作で位置を自
身でおこなわなければならない。そのため酷い目にあってしまう。
結果、この異世界でオーパーツとも呼べる奇跡のウォッシュトイレ
を拒絶するという人物を生み出してしまった。
 この偉大な奇跡を堪能できないなんて、なんて不幸なのだろう!
 そんな不運な子羊を生み出さないため、今回はノズルから出る水
流の勢いに強弱を付ける機能をつけた。
 水流を操作する水魔石を大中小の3つ用意。
 魔石の大きさを変えることで3つの水流を生み出すようにした。
 小は弱。
 中は中
 大は最大。
 これにより手をかざし念じるだけで簡単に水流の勢いを操作する
ことが出来るようになる。
 しかし問題はまだある。
 小の魔石は魔力容量が小さく、頻繁に使用するとすぐに魔力が切
れる。
 今まで﹃シャワー機能強弱﹄が無いウォッシュトイレを使用して
きた人物にとっては、自分好み・慣れた勢いを作り出すことが出来
なくなってしまった。

1674
 つまりオートマチックとマニュアルの違いだ。
 まだまだ改良の余地は残っている。
 そして今のところの最大の問題は2つ︱︱﹃ノズル位置の自動化﹄
と﹃音楽演奏機能﹄だ。
﹃音楽演奏機能﹄については、品物が集まるココリ街なら何時か﹃
代用品が手に入るのでは?﹄と淡い期待を胸に抱いている。本来な
らレコードやCD、オルゴールなどを自作すればいいのだが⋮⋮ど
うやって作ればいいのか分からない。
 興味の方向性を偏らせ過ぎた、と今更後悔している。
 しかし﹃ノズル位置の自動化﹄については目処がついている。
 あれは結局、情報の蓄積、最大公約数の数値化である。つまり、
ノズルをどの位置に移動させればいいか、人数を動員すれば分かる
ことだ。
 今までは多くても自分達ぐらいしか実地データを得られなかった
が、現在は30人の少女達がいる。
 協力を要請しない手はない!
 そして、新・純潔乙女騎士団の団員達が大部屋に集められる。警
邏や待機、休日の団員関係なく全員だ。
 部屋の机と椅子は隅に片付けられているため、彼女達は3列に並
び待機している。
 オレはその前に立ち、腹から声を出す。

1675
﹁諸君! よくぞ集まってくれた!﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
 少女達は慣れた様子で整列、直立している。
 オレは合図を出し、休めの姿勢に変えた。
 少女達を前に早速、話を切り出す。
﹁諸君等に集まってもらったのは他でもない。ある極秘の作戦に参
加してもらいたいためだ。その極秘作戦とは︱︱ウォッシュトイレ
という、神器の開発だ﹂
 少女達は﹃ウォッシュトイレ﹄という単語にやや表情を変える。
﹃何だろうそれ﹄という表情だ。
 仕方がないので、オレはウォッシュトイレの素晴らしさを語って
聞かせる。
 その話を聞いて、さらに少女達は表情を変えた。まるで狂人を見
るような目つきになる。
 そんなに魔石を使ってお尻を洗うことに驚かなくてもいいじゃな
いか。
 さらにノズルを自動化するため、お尻や他部位の位置を教えて欲
しいと話をしたら、彼女達がざわつきだした。
 オレはざわつきが止むまで待つ。
 落ち着いた所を見計らって口を開いた。
﹁疑問に思うのは分かる。抵抗があるのも分かる。しかし! これ
は神器完成にどうしても必要なことだ。君達は確かに一時の恥を受
けるだろう! 場合によっては一時ではすまないかもしれない。だ
が、それは尊い犠牲だ! 世界のため! 人々のため、その若い肉

1676
体を差し出すのだ! 今こそ一億総火の玉の精神だ!﹂
 さすがにオレの演説を受けても、皆は動揺した態度を崩さない。
 ここは多少強引に行くか?
 ウォッシュトイレを完全な物にするためだ。オレは涙を呑んで鬼
となろう⋮⋮!
 きっと彼女達も完成したウォッシュトイレを体験すれば、自分達
が提出したデータがどれほど価値ある物か分かってくれるはずだ。
 むしろ感動し、自分達がこの偉業に参加出来た喜びを体全体使っ
て表現してしまうかもしれない。
 オレは順番に名指しして、ウォッシュトイレを使用させ位置を特
定しようとしたが︱︱
﹁リュートさん、いったい何をなさっているのですか?﹂
﹁り、リース! みんな!? どうしてここに! まだ帰ってくる
時間じゃないだろ!?﹂
 そこには用事で本部を留守にしていたスノー、クリス、リース、
シアが居た。
 馬鹿な! 彼女達が戻ってくるまでまだたっぷり時間があったは
ずだ!
﹁リュートさん、何をなさっていたのですか?﹂
 リースが冷たい声で再度問いかけてくる。
︵ど、どうにかして誤魔化さないと!︶
 しかし行動を起こす前に、先手を打たれてしまう。
﹁シア﹂

1677
﹁はっ! ミーリア、前へ! 何があったか説明するように!﹂
﹁了解であります!﹂
 シア直属の護衛メイド見習いの1人、妖精種族のミーリアが前へ
出て説明する。
 オレのウォッシュトイレ完成計画はあっけなく嫁達に露見してし
まった。
 嫁達がそれぞれ反応を見せる。
﹁リュートくんって本当に変な所に力を入れるよね﹂とスノーが呆
れ口調で告げる。
﹃私の可愛い部下達をあんな魔王兵器の犠牲にしようとするなんて
! お兄ちゃんでも許しませんよ﹄とクリスが可愛らしく頬を膨ら
ませてプンプン怒る。
﹁まったく⋮⋮予定より大分早く用事が済んだので戻ってみれば女
の子達にそんなことを聞こうとしていたなんて。リュートさんには
少々デリカシーという物が足りませんよ﹂とリースが溜息を漏らす。
﹁で、でも! ウォッシュトイレという神器を完成させるためには
どうしても必要なことなんだ! その犠牲は決して無駄にならない
! ウォッシュトイレが完成することにより皆はウォッシュトイレ
と1つになれるんだ! それはすなわち歴史に名を刻み、人々を癒
し、永遠に輝く存在︱︱神に等しき階位に進めるということだよ!
 これほどの名誉がこの世の中にあるかい! いや無い!﹂
﹁⋮⋮シア、リュートさんを私達の私室に連行して、お話をします
から﹂
﹁はっ! ミーリア! サラマ! 若様をお部屋にお連れしろ!﹂

1678
 指名された護衛メイド見習い達が、オレの腕を両側から掴みズル
ズルと引き摺っていく。
﹁待って! 待ってくれ! 体験すれば! ウォッシュトイレの素
晴らしさを理解することが出来る! 1回だけ、1回だけでいいか
ら! ちょっと、ほんのちょっとだけでいからぁぁぁあ!﹂
 オレの必死の訴えはドップラー効果となり、廊下へと響いた。
 ︱︱その後、自室でクリス&リースから手酷いお説教を受けた。
 ウォッシュトイレのノズル位置は、希望者のみ提出という形にな
る。
 お陰でまだ十分なデータを取ることが出来なかった。
 まだまだ完成の目処は遠いらしい。
1679
第148話 神器製造︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月26日、21時更新予定です!
今回の章は次で終わります。
その時、活動報告も書く予定です。
その時は是非覗いていってください。 1680
第149話 アイナ登場
 今日はスノーと一緒に警邏へ出かける日だ。
 2人並んで決められた巡回コースを歩いて回る。
 街の人々も大分慣れたようでオレ達の姿を目にすると、会釈した
り、軽く手を挙げたり、声をかけてくれたりしてくる。
 新・純潔乙女騎士団の団員達も、ちらほらとそういう親しげな態
度を取る人々が増えてきていると言っていた。
 少しずつだが、皆前に進んでいるようだ。
 オレとスノーはそんな光景を眺めながら、警邏を続ける。
﹁白黒兎の﹃ぎ﹄﹂
ギルド
﹁ぎ、ぎ⋮⋮冒険者斡旋組合の﹃ど﹄﹂

1681
 オレ達は、スノー↓オレの順番で警邏を続けながらしりとりをし
ていた。
 別にサボっているわけではない。
 盗み、喧嘩、諍いなどが無いため、その暇を紛らわすためおこな
っているだけだ。
 言い換えれば、ある意味これは非常に平和な光景だと言える。 
 スノーの番になり彼女は顔を顰める。
﹁えぇ、﹃ど﹄なんて思いつかないよ﹂
﹁それじゃ﹃と﹄でもいいぞ﹂
﹁と? と、と、トイレ! トイレ!﹂
 年頃の女性が外で﹃トイレ﹄を連発するのはどうだろう⋮⋮。
 しかしスノーはやりきった表情を浮かべているので突っ込めない。
 言動は本気でアホの子っぽいが、これでも魔術師Aマイナス級﹃
氷雪の魔女﹄の二つ名を持つというんだから、世の中というのは分
からないものだ。
 オレは﹃れ﹄でしりとりを続ける。
﹁れ? れー、れーいき、冷気の﹃き﹄!﹂
﹁き∼? き、き、きー⋮⋮き、﹃キスして欲しいな﹄のな﹂
 スノーは頬を染め、はにかんだ笑顔で告げる。
﹁﹃何度でもするよ﹄の﹃よ﹄﹂
﹁﹃よかったら、今夜でも⋮⋮?﹄の﹃も﹄﹂

1682
﹁﹃もちろんさ! でも、僕は今すぐしたいな﹄﹂
 オレが決め顔で迫ると、スノーは潤んだ瞳でさらに顔を赤くする。
 互いに目が離せず、外にもかかわらず2人の空間を作ってしまう。
﹁スノー⋮⋮﹂
﹁リュートくん⋮⋮﹂
﹁って! スーちゃん! こんな公衆の面前で何をやってるっすか
!?﹂
 聞き覚えのない呼び名と声だったが、スノーが反応して振り返っ
たため、2人の世界は崩壊を迎える。
 スノーは声をかけてきた少女を目にすると、驚きの表情を作る。
﹁アイナちゃん! どうしてこの街に!﹂
﹁もちろん、スーちゃんに会いに来たんすよ﹂
 アイナと呼ばれた少女は、にっこりと笑顔を浮かべる。
 くすんだ赤毛にやや癖毛があるロング。
 尖ったエルフ耳に、背丈はスノーよりやや高い。胸はほぼ無いが、
顔立ちは整っており、快活な美少女といった感じだ。
 リュックを背負った、完全な旅装束。
 汚れ具合から今、ちょうどこの街に着いたばかりと言った雰囲気
だ。
 少女はスノーの隣に立つ、同じ制服姿のオレを横目にする。
 そして改めて太陽のような笑顔を浮かべて、自己紹介した。
﹁初めましてっす! 自分、スーちゃんと同じ魔術師学校で同室だ
った友達の人種族と妖精種族、エルフ族のハーフ、アイナっす。ラ

1683
ンクは魔術師Bマイナスっす﹂
 スノーの魔術師学校時代の同室の少女︱︱友達が訪ねて来た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 スノーの魔術師学校時代の友達が訪ねてきたため、警邏を早めに
切り上げ本部へと戻った。
 アイナには一旦、旅の疲れを洗い流す意味でもお風呂に入っても
らう。
 着替えも旅の最中だったため、あまり綺麗とは言えず体格の近い
メイヤの私服を借りた。
 その間に護衛メイド見習い達が、アイナの衣服を洗う。
 お風呂から上がったアイナが、竜人族の伝統衣服であるドラゴン・
ドレス姿でソファーへと身を沈める。
﹁ありがとうございまっす。お湯を頂いただけじゃなくて、着替え
まで貸してもらっちゃって﹂
 彼女の髪はしっとりと濡れ、ドラゴン・ドレスから覗く素足が艶
めかしい。
﹁失礼します﹂
﹁あ、ありがとうございまっす﹂

1684
 シアが冷たいお茶を置く音で、視線がアイナの素足から外れる。
 危ない、危ない。もう少しで見ているのがバレるところだった。
 客室にはオレ、スノー、シア、アイナの4名が存在している。
 クリス、リース、メイヤはスノーの友人ということで今は席を外
している。
 積もる話もあるだろうから、と。後で挨拶をすると言っていた。
 オレはスノーから、夫として友人に紹介したいと同席を求められ
た。
 シアはメイドとして世話をするため同席している。護衛メイド見
習いに任せないのは、彼女達がまだまだ未熟だかららしい。
 そんな未熟なメイドにスノーの友人の相手をさせて、失態があっ
たら困るからと力説した。
 シアはリース同様にオレの妻であるスノー、クリスを平等に扱っ
てくれている。ありがたい話だ。
 そんなシアは丁寧に一礼して、部屋を出る。
 これで室内には3人が残された。
 そして改めてオレ達は自己紹介を交わす。
﹁僕はスノーの夫で、リュート・ガンスミスです。宜しくお願いし
ます﹂
﹁人種族と妖精種族、エルフ族のハーフ、アイナっす。ランクは魔
術師Bマイナスっす。スーちゃんから、リュートさんのことは耳が
痛くなるほどお話を聞いてるっすよ﹂
 スノー、いったいどんな話をしたんだ。

1685
 とりあえず、互いに握手を交わしソファーに座り直す。
 オレは気になったことを尋ねた。
﹁人種族とエルフ族のハーフってことは、ハーフエルフってことで
すか?﹂
﹁そうっす。父が人種族で、母がエルフ族っす。エルフ族は滅多に
他種族と結婚して子供を産むなんてないっすから、ハーフエルフ族
っていうのは存在しないので、両親の種族両方を言うようにしてる
っす﹂
 ちなみにエルフ族は金髪、黒エルフ族は銀髪で褐色の肌と決まっ
ている。
 ここに他種族の血が混ざると金髪や銀髪、褐色の肌ではないハー
フの子が生まれる。
 それ故、一族と同じ色ではないハーフエルフは、エルフ族からや
や差別的な目で見られる傾向があるらしい。
 アイナは正面に座るオレとスノーを交互に見比べる。
﹁でもまさか本当にスーちゃんが結婚するなんて。しかも、相手は
貴族様だなんて驚いったす﹂
﹁あれ? どうしてアイナちゃん、わたしが結婚してること知って
るの?﹂
﹁風の噂で魔術師学校に伝わって来たんっすよ。学校の男子生徒と
一部女子が、騒いでたっすよ﹂
 学校の男子生徒や一部女子まで驚いていたとなると、やっぱりス
ノーは学校でモテていたのだろうか?
 オレが聞くかどうか迷っていると、スノーがオレの方を向き、話

1686
を進める。
﹁アイナちゃんとは、魔術師学校の1年からずっと同室だったんだ。
お陰で色々迷惑かけちゃって﹂
﹁いやいや迷惑だなんて⋮⋮本当にそうっすね﹂
﹁えええッ!?﹂
 スノーの言葉に最初は謙遜したアイナだったが、何かを思い出し
たのか顔を手で覆い深い溜息を漏らす。
 スノーはそんな友人の態度に驚きの声を上げた。
 アイナは顔をあげると、疲れた声音で語り出す。
﹁旦那さんにこんなこと言うのもなんっすが、スーちゃんは1年生
の頃から魔術師学校の男子生徒からモテまくったんっすよ。そりゃ
もう同級生から、上級生、学年が上がったら下級生まで﹂
﹁そんなにモテたんですか?﹂
﹁そりゃもう。スーちゃんに婚約者が居るって、左腕の腕輪を見れ
ば分かるのにっす。でも、どんな美少年や上流貴族、家柄の男子が
言い寄っても歯牙にもかけなかったっす。だから逆に人気が沸騰し
ちゃって、大変だったんすよ。何度、同室の自分に顔つなぎをして
欲しい、出会いを、チャンスをって。他にも女生徒からや先生達、
後半なんてなぜか商人までスーちゃんを追いかけまわしてましたか
ら﹂
 アイナは昔を思い出し、再び溜息を漏らす。
 しかしなぜ商人がスノーを追いかけたんだ?
﹁特にご執心だったのは、自分達と同級生で、北大陸を治める上流
貴族のアム君っすね。彼、﹃氷結の魔女﹄に師事して、魔術師Aマ
イナス級になったスーちゃんに相応しくなりたいからって学校を卒

1687
業した後、実家にも帰らず武者修行してるらしいっすよ。何度アプ
ローチしに来たことか﹂
﹁アム君? そんな人、居たっけ?﹂
 隣に座るスノーが小首を傾げ、疑問を口にする。
 その声音は冗談や嘘ではなく、本気で分からないと告げていた。
 アイナは引きつった笑みを浮かべる。
﹁ねぇ、まったく歯牙にもかけていないでしょ? スーちゃんもい
くら興味が無い相手だからって、顔や名前ぐらい覚えたほうがいい
って何度も言ったじゃないっすか! そのせいで自分達が2年の時、
1年の新入生男子を怒らせて、彼が呼び寄せた私兵100人と戦っ
たりするはめになったんじゃないっすか!﹂
﹁スノー、オマエ、私兵100人と戦ったのか!?﹂
﹁その時はすでに氷結の魔女様から、﹃氷雪の魔女﹄を名乗ってい
いって言われてたんっすよ。だから無傷で私兵100人を倒してた
っすね﹂
﹁えへへへ、そんな褒められたら照れるよ、アイナちゃん﹂
﹁褒めて無い、褒めて無いっす。あの後の尻ぬぐい本気で大変だっ
たんっすよ!﹂
 つまり、スノーは魔術師学校でモテまくり、色々な事件を起こし
て目の前に座るアイナがその尻ぬぐいをしていたのか。
﹁妻が本当にお世話になったみたいで⋮⋮﹂
﹁いや、もう慣れちゃったっすから⋮⋮﹂
﹁あうぅうぅ⋮⋮﹂
 スノーは魔術師学校時代の学生生活をバラされ、恥ずかしそうに
耳と顔を伏せる。

1688
 彼女は話題を変えるため、友人に話を振った。
﹁そ、それでアイナちゃん、どうしてココリ街に来たの? 観光途
中? 就職先が獣人大陸の奥地にあるとか?﹂
﹁違うっす。スーちゃんがここに居るって聞いて、学校から卒業証
書を本人に渡すよう頼まれたんっすよ﹂
﹃卒業証書はリュックの中に入れてるっす﹄と付け足す。
 スノーは魔術師Aマイナス級で特待生となり、自動的に卒業が決
まっていた。
﹁スノーちゃんが魔術師学校を飛び出して、えっと⋮⋮12才の時
だから、約3年ってとこっすか? 飛び出したっきり、手紙1つ寄
こさないんすから、ほんと薄情っすよ。学校に置いて行った私物は、
先生達に頼んで倉庫の一角を借りて押し込んでおいたっすから、何
時か取りに戻ってくださいっす﹂
﹁ほ、本当にうちの妻がお世話になって﹂
﹁いや、もう本当に慣れたんで大丈夫っすよ﹂
﹁あうぅうぅ⋮⋮﹂
 約3年前といえば、オレがまだクリスの奴隷執事見習いで、監禁
された奥様を救い出すべくスナイパーライフルを製作していた頃か。
 あの時、スノーが超人的勘で竜人大陸まで来てくれなかったら、
奥様を救い出すのは難しかっただろうな。
 とりあえずアイナが宿泊している間は、彼女に対して最上級のお
もてなしをしよう。
かおりちゃ
 アイナが美味しそうに茶菓子のクッキーをつまみ、香茶を飲んだ
後、話題を振ってくる。

1689
﹁それでご両親にはもう会えたんっすか? あれから大分経ってい
るし、もう北大陸に行ったんっすよね?﹂
﹁えっと⋮⋮色々忙しくて、バタバタしてたからまだちょっと行け
てない、かな﹂
﹁忙しいって、もしかしたらご両親の手がかりがあるかもしれない
んっすよ。家族の手がかりすっよ。それなのに忙しかったって⋮⋮﹂
 スノーは言葉をつまらせながら弁解する。
 アイナはやや呆れ気味に台詞を呟く。
 このやりとりにオレは過去のスノーとの会話を思い出す。
 ヴァンパイア事件解決後、スノーの両親を捜すため、手がかりを
求めて北大陸へ行こうと提案した。
 孤児院時代、両親を見つけ出し一緒に暮らすのが夢だと彼女は語
っていたからだ。
 しかし、スノー本人が、
﹃もちろん行ってくれるのは嬉しいけど⋮⋮今のわたし達だとちょ
っと北大陸は厳しいかな﹄と指摘。
 なんでもスノーも魔術師学校へ入学するとすぐ、両親の手がかり
を求めて﹃北大陸﹄﹃白狼族﹄について色々調べたらしい。
 北大陸は時計の数字で言うと﹃12﹄に当たる。
 一年中雪が降り続けている大陸だ。
 白狼族はそんな北大陸の奥地で生活している少数民族。
 だが北大陸の奥地は危険な魔物が多い。

1690
 代表的なのがホワイトドラゴンと、巨人族だ。
 ホワイトドラゴンは口から相手を氷らせる吹雪を吐き出すらしい。
北大陸のかなり奥地にいるため、滅多に人目につかないが。
 巨人族は巨大な歩く石像のことで、群れを成して常に移動してい
る。
 ドラゴンに並ぶ危険な魔物らしい。
 そんな相手に当時の装備では歯が立たないと、先送りにしたんだ。
 あれから約2年近く経った。
 今なら︱︱過去開発した武器・そして現在開発している武器を併
せれば、行けるのではないだろうか。
 オレは隣に座るスノーに謝罪する。
﹁す、スノー、すまん! 謝って済む問題じゃないが、ずっと先送
りにしてしまって!﹂
﹁大丈夫、気にしてないよ。それに今まで本当に忙しかったし、当
時の戦力で北大陸の奥地に向かうなんて自殺行為だったしね﹂
 スノーは笑ってくれたが、自分自身が許せなかった。
 オレは改めて約束する。
﹁新・純潔乙女騎士団も仕事に慣れて街の治安も落ち着いてきたし、
今開発している装備を含めて全ての武器を集めれば、北大陸の奥地
でホワイトドラゴンだろうが、巨人族だろうが戦える! だから、
一緒にスノーの⋮⋮いや、オレ達のご両親を捜しにいこう!﹂
﹁ありがとう、リュートくん。でも、ちゃんとクリスちゃんやリー
スちゃんの許可を取ってからにしてね﹂
﹁もちろんだよ!﹂

1691
 クリス、リースならきっと反対せず、大賛成で一緒に北大陸へ行
ってくれるはずだ。
 ちなみにスノーは、ナチュラルにメイヤに行くかどうか聞くのを
省いたな⋮⋮。
 こうして、アイナの一言により北大陸行きが決定する。
                         <第9章 
終>
次回
第10章  少年期 北ヘ編︱開幕︱
1692
第149話 アイナ登場︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月28日、21時更新予定です!
活動報告あげました。
よかったら確認してください。
ではでは。 1693
第150話 北大陸へ
 リュート、16歳
 装備:モデルUSPタクティカル・ピストル︵9ミリ・モデル︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 スノー、16歳
 魔術師Aマイナス級
 装備:S&W M10 2インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 クリス、15歳
 装備:M700P ︵スナイパーライフル︶
:SVD ︵ドラグノフ狙撃銃︶

1694
 リース、182歳
 魔術師B級
 精霊の加護:無限収納
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 装備:PKM︵汎用機関銃︶
   :他
 今にも雪が降り出しそうな曇り空。
 海は灰色で、見ているだけで気が滅入る。
ピース・メーカー
 オレ達、PEACEMAKERは飛行船で曇天を飛びながら北大
陸を見下ろしていた。
 向かう先は北大陸最大都市、上流貴族の1人が治める︱︱ノルテ・
ボーデンだ。
 ノルテは北大陸の港であり、玄関口の1つである。
 北大陸は時計の数字で言うと﹃12﹄に当たる。
 北大陸を一言で現すなら⋮⋮田舎、辺境、犯罪者が逃げ込む土地
である。
 北大陸には一年中雪が降り続け、特別な観光地・特産物があるわ
けではない。
 魔物も強く、代表的なのがホワイトドラゴンと、巨人族だ。
 ホワイトドラゴンは口から吹雪を吐き、巨人族は巨大な歩く石像
で、群れを成して移動する。どちらもひどく危険な魔物だ。

1695
 流刑所を作るのには適した環境のため、北大陸を治める国王が先
導して他国からの犯罪者を積極的に引き受けている。代わりに他国
からの資金援助を受け取っていたりする。
 引き受けた犯罪者達は、大規模な流刑所に押し込められ、地下資
源を掘り出す人材として活用される。
 他国は犯罪者を長期留置する場所や維持費などを削減でき、北大
陸側は危険な地下資源を掘り起こす人材確保と資金援助、さらに掘
り起こした資源をそのツテで輸出することが出来る。
 最近、また地下資源を掘り起こすための流刑所が増設されたらし
い。
 そのため﹃北大陸の出身です﹄と言うと田舎物扱いされて馬鹿に
される。
 スノーの場合は妖人大陸の孤児院出身のため、そういう経験はな
いが。
ピース・メーカ
 そんな地の果ての北大陸にわざわざオレ達、PEACEMAKE

Rが訪れたかと言うと︱︱スノーの両親を捜す手がかりを見付ける
ためだ。
 オレとスノーは妖人大陸にある孤児院前で捨てられ育てられた。
 スノーは白狼族と呼ばれる北大陸の奥地で生活している少数民族
の血を引く。
 だから、白狼族と接触し話を聞けば、両親に関わる何かしらの手
かがりがあるかもしれないと考えたからだ。
 本来なら約3年前ぐらいに探しに行こうとスノーへ提案したが、

1696
彼女曰く﹃もちろん行ってくれるのは嬉しいけど⋮⋮今のわたし達
だとちょっと北大陸は厳しいかな﹄と延期になっていたのだ。
 スノーが﹃北大陸﹄﹃白狼族﹄について色々調べた情報によると
︱︱
 白狼族は北大陸の奥地で生活している少数民族。
 北大陸に生息する巨人族とテリトリーが重なる。
 そのため巨人族に対抗できるだけの装備を整わせる必要がある。
レギオン
 またハイエルフ王国を救ったり、軍団を立ち上げたり、魔術師殺
し事件を解決したりなど多忙を極めていたせいで延び延びになって
しまったのだ。
 そんな自分達の元へスノーの魔術師学校時代の同室である友人、
アイナが尋ねてきた。
 スノーへわざわざ卒業証書を届けに来てくれたのだ。
 そんな彼女にスノーの両親捜索について指摘を受け、こうして探
しに来たのだ。
 ちなみに彼女はココリ街をすでに出ている。
 魔術師学校を卒業後、まだ就職先が決まっていないらしい。魔術
師学校からちゃんと資金を得ているから、気にしないでとは言って
いたが⋮⋮。
 とりあえず彼女は、暫くぶらぶら世界を見て歩きたいらしい。
 就職先が決まったら改めて連絡すると言って、オレ達を見送って
くれた。その後街を出たはずだ。
 危険が伴うスノーの両親捜しに、オレの妻であるクリス、リース
は反対意見一つ言わず、二つ返事で了承。

1697
 オレの一番弟子であるメイヤも喜々として、飛行船に乗り込んだ。
 護衛メイドのシアもリース他の世話のため同船している。
 他、護衛メイド見習いのメイド達を連れてこなかったのは、﹃ま
だ彼女達では奥様方のお世話が出来るレベルではない﹄ためらしい。
 オレ達は一旦、飛行船を街内側にある広場へと着地させる。
 この規模の街になると飛行船専用の倉庫が用意されているが、ま
ずは交渉して借用する手続きを取らなければならない。
 そのため一旦街内側の専用広場に着陸させ倉庫の借用、または空
きを待つというシステムだ。似たような飛行船が自分達以外、2隻
ほどあった。
 曇天から大粒の雪が降り出してくる。
 オレ達は防寒対策に厚手の衣服に着替えた。
﹁しかし凄かったな、街の奥の大陸側にずらっと並んだ二重の城壁
は。他大陸より明らかに大きくて、分厚く頑丈に作ってあったよな﹂
﹃凄かったです﹄
 オレの感想にクリスが同意のミニ黒板を掲げる。
 耳までおおうロシア帽子が滅茶苦茶似合う。
 まるで雪の妖精だ。
﹁北大陸にはご存知の通り、巨人族がいます。数年に一度の割合で、
群れからはぐれた巨人族が都市に現れるそうです。あの城壁はそん
な巨人族を堰き止め、街を防衛するためのものです﹂
 シアがメイド服姿で疑問に答えた。
 他にもノルテは地下道が街中に張り巡らされている。この地下道

1698
も巨人族対策の名残だ。まだ小さな村や町時代、一般市民はこの地
下に逃げて込み避難していたそうだ。
 そして街が大きくなるにつれ拡張工事を繰り返した結果、気付け
ば誰も全容を把握しない巨大迷路になってしまったらしい。
 そのせいか現在は地下道はまったく使われていない。
 シアはそんな説明も付け足す。
 また彼女は何も羽織ろうとしない。
 手には﹃MP5K﹄が入った鞄、コンファーを手にしているだけ
だ。
﹁シアは上着とか着ないのか? そのままじゃ寒いだろ﹂
﹁いえ、問題ありません。メイドですから﹂
 マジで!? メイドさんすごすぎる!
ギルド
﹁結構、外は吹雪いてきたね。リュートくん、冒険者斡旋組合の場
所はちゃんと知ってるの?﹂
﹁もちろんだよ、ちゃんとココリ街を出発するまえに受付嬢さんに
確認しておいたよ﹂
﹁さすがリュート様! 抜かりないですわね﹂
 スノーの質問にオレは胸を張る。
 メイヤは相変わらずのテンションで持ち上げてくる。
ギルド
﹁竜人大陸、ハイエルフ王国、そしてココリ街の冒険者斡旋組合に
ギル
もあの受付嬢さんが居たけど、これから向かうノルテの冒険者斡旋

組合にも居たりして﹂
﹁ま、まさかいくらなんでもありえませんよ。そうそう同じような

1699
容貌の方が、私達の向かう先に次々いるなんて﹂
 微妙にあの受付嬢にトラウマを持つリースが否定の言葉を口にす
る。
 しかしリース、そういうこと言うと居たりするんだよ⋮⋮。それ
がフラグってもんだ。
 準備を終え、飛行船を出る頃には本格的に吹雪いてきた。
 この世界に傘は無い。
 雨合羽のように頭からすっぽりと被る雨具が一般的だ。
 オレ達は頭まですっぽり隠れる雨具を被る。
ギルド
 視界の悪い吹雪の中、ノルテ・ボーデンの冒険者斡旋組合へ向か
って歩き出した。
 この時、もし晴れていれば、頭まで隠す雨具を使う必要はなかっ
た。
ギルド
 そうすれば街人からすぐ事情を知り、冒険者斡旋組合であんな騒
動を起こす必要もなかったというのに⋮⋮。
 さすがにオレ達はこの時点で、街の内情を知る方法はなかった。
1700
第150話 北大陸へ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、5月30日、21時更新予定です!
気付けば2000万PV突破!
これも日頃、応援してくださる皆様のお陰です!
これからも軍オタをよろしくお願いします! 1701
第151話 北大陸の冒険者斡旋組合
ギルド
 ノルテ・ボーデンの冒険者斡旋組合は、ココリ街で聞いた場所に
ギルド
建っていた。大きな街だけあり、冒険者斡旋組合建物の大きさも今
まで一番大きい。
 石造りで、二階建て。体育館を四つ繋げたような大きさだ。
 入り口も大きい上、二重になっていた。この辺に雪国らしさを感
じる。
 中には入ると昼間だけあり冒険者達が多い。
 外が吹雪のためか皆、外へ出ようとはせず適当に雑談をしたり、
受付嬢と相談、壁に貼られたクエストなんかを確認している。どこ
ギルド
にでもある冒険者斡旋組合の光景だ。
 オレとリースが最初に雪を払い落とし中へと入る。

1702
ギルド
 一瞬だけ注目が集まったがすぐに他へと移る。冒険者斡旋組合に
新参者が顔を出すなど日常茶飯事だ。
 次にシアが続く。
 彼女は手に鞄しか持っておらず、雨具を付けていないはずなのに
ほとんど濡れていない。
 いったいどうやって降る雪を回避したのだろう。
﹁いらっしゃいませ、今日はどういったご用件ですか?﹂
 受付嬢がめざとくオレ達を見付け、声をかけてくる。
 この辺では見ない顔で、まだ若いそうなため冒険者登録に来たの
かと思っているらしい。
 オレはタグを取り出し、用件を告げる。
﹁飛行船の停める倉庫を借りたいのですが﹂
﹁承りました。それではこちらの番号札をお持ちになってお待ち下
さい﹂
 オレは彼女から番号が書かれた木札を受け取る。
 ちなみにこのやりとりをした受付嬢は、獣人種族の女性だった。
他に対応している受付嬢にも魔人種族はいないようだ。
﹁どうやら例の受付嬢さんはいないみたいだな﹂
﹁あたりまえです。ここにも居たら、怖いですよ﹂
﹁いやいや逆にいないと物足りない気がしないか?﹂
﹁もう、しませんよ﹂
﹁こっちの雪はなんだかさらさらして、まるで粉のようですね﹂
﹃妖人大陸などでは、もう少し雪がべたついてましたよね﹄

1703
﹁こっちの雪は他のに比べて水分が少なくて、雪の粒が小さい粉状
なんだって。魔術師学校の図書館で読んだことがあるよ﹂
 嫁達の声が入り口辺りから聞こえる。
 見ると、メイヤ、クリス、スノーの順に室内へと入ってくる。
 オレの分の雨具も綺麗に畳んでいてくれたため遅れたのだ。リー
スの分はシアが自然な動作で受け取りすぐ畳み終えてしまった。
 本来、オレの雨具もシアが畳む所だったが、彼女達がやりたいと
断ってしまったのだ。
 なんだろう⋮⋮妻としての拘りみたいなものなのか?
﹃!?﹄
﹁ん?﹂
 スノー達が入ってくるベルの音が響く。
 冒険者達は先程のオレとリースのように、スノー達が合流したオ
レ達一行を一瞥する。
 一度、みんな視線を元に戻したがすぐさま目を剥きこちらを再度
見る。
 その視線には驚きと興奮の光が灯る。
 まるでダンジョンに潜り込み隠し部屋を発見、宝箱を見付けたよ
うな悦びの光だ。
﹁﹁﹁その白狼族は! 俺︵私、儂etc︶の獲物だぁぁぁああッ
!﹂﹂﹂
﹁はぁぁ!?﹂
ギルド
 冒険者斡旋組合に居た冒険者達が一斉にオレ達目掛けて突撃して
くる。男女、年齢、種族関係なく全員だ!
 白狼族が獲物って!? どういうことだ!

1704
﹁若様! 奥様方! お下がりください!﹂
 シアがオレ達の前にその身を躍らせると同時に、手にしていた鞄
トリガー
の取っ手に付いている︱︱引鉄と安全装置が連動したスイッチを押
し込む。
 側面の銃口を隠していた名札を、9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶
が吹き飛ばす。
﹃うぎゃぁ!﹄
 冒険者達は9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶を喰らい床へと倒れ
る。中には魔術師も居て咄嗟に張った抵抗陣で防いだりしていた。
 鞄には1丁のMP5Kしか入っていないためすぐに弾切れをおこ
す。
﹁シア、こんな所でグレネード使うなよ!﹂
﹁はい! 若様!﹂
 こんな近距離で使われたオレ達まで被害を受ける。
 シアは返事をしながら、剣の一撃を鞄で弾き返し、さらに向かっ
てきたクマみたいな冒険者を鞄で殴り倒していた。
スタングレネード
﹁リース! 特殊音響閃光弾!﹂
﹁分かりました!﹂
スタングレネード
 リースが上着ポケットから特殊音響閃光弾を両手に1つずつ取り
出す。ハイエルフが持つ精霊の加護を隠すための行動だ。
 オレは彼女の手から2つとも奪い取るように掴む。

1705
スタングレネード
﹁みんな! 特殊音響閃光弾を使うぞ! 部屋を出ろ!﹂
 声をかけ安全ピンを口で抜き、群がってくる冒険者達へと投擲す
る。
 オレ達はすぐさま扉の外へと飛び込んだ。
 入り口近くで襲われたのが不幸中の幸いだった。
 扉を閉めるとほぼ同時、瞬間的に175デシベルの大音量と24
0万カンデラの閃光が室内を満たす。
 ゆっくりと扉を開くと、冒険者達はみんなうめき声を漏らしなが
らうずくまっていた。冒険者のなかには魔術師も居たがいくら抵抗
スタングレネード
陣でも、特殊音響閃光弾の光と音までは防げなかったらしい。
 当然だ。
スタングレネード
 特殊音響閃光弾は非致死性の武器だが、発する衝撃波は強く、窓
ガラスを吹き飛ばし、壁にかかっている時計を故障させるほどだ。
スタングレネード
 前世の世界では訓練中、特殊音響閃光弾を建物内に投入しようと
して、バリケードに当たって跳ね返った結果、足下で爆発。足を骨
折させる事件が起きたほどだ。
 雪国特有の頑丈な建物内で浴びてただで済む筈がない。
 室内でなんとか無事なのはカウンターに隠れていた受付嬢や男性
社員ぐらいだ。
 オレ達は何時また襲って来られても大丈夫なように、MP5SD
を握り締め安全装置を解除して銃口を室内へと向ける。
 カウンターからふらふらと立ち上がった受付嬢達が短い悲鳴を口

1706
にするが、配慮してやるほどオレは優しくない。
 たった今、襲われたのだから。
 オレが怒鳴る前になぜかメイヤが、マジギレして声をあげる。
﹁アナタ達、突然襲いかかってくるとはどういう了見ですか! し
かもこちらにおわす方をどなたと心得ているのです!? 畏れ多く
もこの全大陸! いえ、天上世界にすらその名を轟かせる魔術道具
開発の大天才神! リュート・ガンスミス様ですわよ! 本来なら
アナタ方のような一般庶民さん達がお声、お姿、ご尊顔をこんな間
近で拝見出来るなんてありえない奇跡だというのに⋮⋮ッッッッッ
! えぇえぇえい! 頭が高いですわ! 頭が高いですわ! 頭が
高いですわぁあ!﹂
 オレはどこのご老公だよ⋮⋮。
 だが、メイヤが興奮してくれたので、横でオレは冷静さを取り戻
すことが出来た。
 青筋を立て怒鳴るメイヤの肩を叩き落ち着かせる。
﹁落ち着けメイヤ。怒ってくれてありがとうな﹂
 オレが声をかけると一転、メイヤは鋭く吊り上がっていた瞳にハ
ートマークを浮かべて、笑顔すら浮かべる。
﹁そんなお礼だなんて! わたくしとはリュート様の一番弟子にし
て、右腕、腹心。ただ当然のことを行っただけですわ!﹂
 オレは微苦笑を漏らしながら改めて受付嬢達に向き直る。
﹁僕はハイエルフ王国、エノール、ハイエルフ族、国王から名誉士

1707
レギオン ピース・メ
爵を授与されたリュート・ガンスミスです。軍団、PEACEMA
ーカー
KERの代表も務めております﹂
 再度、首から提げているタグをかざし、自己紹介する。これにカ
ウンターに隠れていた受付嬢達の顔色があからさまに変わる。
 オレ達がただの冒険者だったら、まだ話は穏便に済んだ。
 しかしこちらは妖人大陸である意味最も著名な国家、ハイエルフ
族、国王から名誉士爵を授与された貴族だ。場合によっては一国家
に喧嘩を売った、宣戦布告ですらある。
 動揺するな、というほうが無理だ。
﹁それでどうして僕達は彼らに襲われたんですか? どうも僕の妻
である彼女が目的で襲いかかってきたようですが﹂
 彼、彼女達の口から﹃白狼族云々﹄という言葉が出て、矛先は常
にスノーに向いていた。
 スノーの一族、白狼族が何かしたとでも言うのか?
 オレは笑顔の中に好戦的な表情を混ぜ、受付嬢達に言葉を重ねる。
﹁もちろん僕達の納得できる詳しいお話をして頂けますよね?﹂
 彼女達に選択肢など与えない。
1708
第151話 北大陸の冒険者斡旋組合︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月1日、21時更新予定です!
150話についてですが、アイナのその後を書き足した最新バージ
ョンと差し替えておきます。一部追加するだけなんですけどね︵な
ので、既読の人は読み返すほどではないかもしれません︶。
後、凄い個人的な話だけど、最近朝食を準備するのが面倒で今日は
白米にふりかけで済ませたんですが、久しぶりに食べると美味いで
すね、ふりかけ! 大人が食べても十分満足出来るレベルですね。
いやぁ∼朝、一人で食べるふりかけは美味しいな! だから、別に
一人でも問題ないし⋮⋮強がりとかじゃないし!

1709
第152話 トルオ・ノルテ・ボーデン・スミス
 北大陸にある港、玄関口の1つである都市︱︱ノルテ・ボーデン。
ギルド
 その都市にある冒険者斡旋組合へ、飛行船を長期停泊させるため
の倉庫を借りに顔を出した。
ギルド
 すると冒険者斡旋組合内に居た冒険者達全員が目の色をかえてオ
レ達に襲いかかってきた。
スタングレネード
 シアの活躍と特殊音響閃光弾が無ければ、こちら側にも怪我人︱
︱最悪死者が出ていたかもしれない。
 なぜ突然オレ達に襲いかかってきたか、詳細を聞くためこの北大
ギルド
陸、ノルテ・ボーデン冒険者斡旋組合支部の責任者である支部長に
会うため、個室へと通される。
 オレだけがソファーに座り、背後で皆が警備員のように部屋、外

1710
を警戒している。
 念のため皆に武装させておいた。
 スノーはMP5SD。
 クリスはSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶。
 リースはPKM。
 代表者のオレと技術者のメイヤは手ぶら。
 シアはなぜかわざわざ、また新しい鞄︱︱MP5Kを内蔵した﹃
コンファー﹄をリースの無限収納から取り出していた。
 室内で使用するかもしれないから、普通にMP5SDを持ってほ
しいんだが⋮⋮
 要求する前にノック音が部屋に響く。
ギルド
 ノルテ・ボーデン冒険者斡旋組合支部を任されている支部長が顔
を出す。
﹁ひぃ⋮⋮ッ!?﹂
 リースが思わず悲鳴を漏らす。
 声をあげたのは彼女だけだが、オレ達も絶句していた。
 それもその筈、なぜかまた竜人大陸でいつも担当してくれている
受付嬢が居たのだ!
まじんしゅぞく
 魔人種族らしく頭部から羊に似た角がくるりと生え、コウモリの
ような羽を背負っている。年齢は20台前半。
 服装はいつもの民族衣装っぽい衣服に袖を通し、頭に三角巾を結
び、白いエプロンの受付嬢服ではない。
 エプロンの無い、もっと落ち着いたデザインの衣服に袖を通して
いる。

1711
 そのせいかいつもの短大を卒業したばかりの女性社員という風体
ではなく、やり手の女性上司といった風格が漂っていた。
 オレ達の反応に支部長が怪訝そうな顔をする。
﹁⋮⋮何か私が失礼をしてしまったかな?﹂
﹁し、失礼も何も! どうして貴女がここに! 竜人大陸や妖人大
ギルド
陸! 獣人大陸の冒険者斡旋組合に居た筈じゃ!?﹂
﹁なるほど⋮⋮落ち着いてください。その娘達は親戚の娘です。私
は彼女達の親戚、オバのような者ですよ﹂
 またこのパターンかよ!?
 支部長に話を聞くと、彼女はいつも受け付け担当してくれる女性
の親戚︱︱叔母のような人物らしい。
 彼女も合わせてこれで4人目だ。
 支部長はどこか楽しげに悪戯っぽく微笑む。
﹁なるほど、あの娘達にも会ったのですね。なら驚くのも無理はな
いですね。私の娘でも無いのにあの娘達はよく似てて、いつも間違
われたりしたんですよ﹂
﹁そりゃ間違えられますよ、それだけ似ていたら⋮⋮ってもうこれ
を言ったの何回目だよ﹂
 先程、冒険者達に襲われたことも忘れるほどの衝撃を受ける。
 本当に彼女達の見た目は瓜二つ。間違い探しが出来ないレベルで
似ているのだ。
 本気でこの異世界の遺伝子がどうなっているのか気になる。もし
くは彼女達だけが特別なのかもしれない。

1712
 この異世界の不思議に頭を悩ませたかったが、いったん疑問を脇
に置く。
 今回、尋ねなければいけないのは、どうしてスノー︱︱白狼族を
狙って、冒険者達が襲いかかって来たかだ。
 内容によっては一刻も早く北大陸を離れる必要がある。
 支部長はまず正面ソファーに座ったまま頭を下げ、謝罪を口にす
る。そしてなぜ、冒険者達がスノーに襲いかかって来たのか説明し
た。
﹁実は約一年半前に、この都市を治めている上流貴族であるトルオ・
ノルテ・ボーデン・スミス様が、白狼族に多額の懸賞金をかけたの
です﹂
 それは突然のことだった。
 北大陸最大の領地を持つ上流貴族、トルオ・ノルテ・ボーデン・
スミスが白狼族を捕らえた者に多額の懸賞金を払う、と言い出した
のだ。
 しかし彼ら一族は、巨人族が徘徊する北大陸内陸部に居る。そし
て、そこから滅多に出てくることは無い。
 元々、白狼族は巨人族と共に生きる種族。言い方が悪いがコバン
ザメ。巨人族の進行ルートを把握し、一緒に移動することで外敵か
ら身を守っているらしい。
 そのためか幸いにも、未だ1人として捕まった白狼族はいない。
 だが結果として、懸賞金は高騰し、北大陸では白狼族が﹃白い宝
石﹄と呼ばれる程の価値となってしまった。

1713
 つまり、ブームが加熱している市場へ無警戒にスノー︱︱白狼族
が登場したということか。冒険者が目の色を変えて襲ってくる訳だ。
ようやく理由に納得がいった。
﹁⋮⋮なるほど状況は理解しました。ですが、彼女、スノーは僕の
妻です。妖人大陸にある孤児院に赤ん坊の頃、一緒に捨てられ育っ
た幼なじみです。なのに捕らえたら、懸賞金が貰えるんですか?﹂
﹁はい、白狼族なら老若男女問わず、というのが条件ですから﹂
﹁たとえ彼女を捕らえても、この地の白狼族について知っているこ
とは、世間一般と同じですよ。それでもですか?﹂
 支部長は頷く。
 意味が分からない。
 この都市のトップは白狼族に親でも殺されたのか? 一族との繋
がりが無いスノーですらOKなんて、頭がどうかしてるんじゃない
か?
 それとも何かオレ達では分からない狙い、目的、利益があるのか
もしれないが⋮⋮。
﹁この地に自分達が来たのは、スノーの両親を捜す手がかりや彼女
の出生、ルーツを調べるためです。この地の冒険者達とことを構え
るために来た訳ではありません。さらにスノーはハイエルフ王国エ
ノール、ハイエルフ族国王から名誉士爵を授与されたリュート・ガ
ンスミスの妻です。それを知った上で、これ以上こちらに手を出そ
うというのなら自衛のために、こちらも容赦しません。次は手加減
しません、と冒険者の皆さんに警告しておいてください﹂
 オレの言葉に背後にいたスノー達が、銃器音を鳴らし威嚇する。
 支部長はそれを見て、分かりやすいほど顔の色を変える。

1714
ギル
 ちなみに先程の冒険者達は現在、現場に居なかった冒険者斡旋組

合と懇意にしている魔術師達によって治癒を受けている。怪我人は
多数出たが、死者は1人もいない。
 もちろんオレ達が手加減したからだ。
 皆殺しにしろと言うなら、手榴弾を山ほど投げ込むか、PKMの
掃射、外からパンツァーファウストの連べ撃ち等しているところだ。
 支部長は流れる汗を拭いながら頷く。
﹁ガンスミス卿のお話は十分理解いたしました。しかし、あくまで
懸賞金をかけているのはこの地を治める上流貴族、トルオ様です。
ギルド
そのため冒険者斡旋組合が勝手に懸賞金を取り下げることは、難し
くて⋮⋮﹂
 これが権力というものか。
ギルド
﹁つまり、妻への襲撃を正式に抑えたいなら、冒険者斡旋組合では
なくこの都市を治めるトップ、懸賞金をかけている本人と交渉して
くれということですね?﹂
﹁はい⋮⋮大変恐縮ではありますが﹂
 オレはソファーの背もたれに溜息と共に体を預ける。
 確かにそれが一番手っ取り早いだろうな。
 冒険者を抑えても、この都市の兵士に誤解されて襲われる可能性
もあるわけだし。
 それになぜ白狼族に懸賞金をかけているのか事情を知りたくもあ
る。もし不当な理由なら取り消させるべきだろうしな。
﹁⋮⋮分かりました。それでは紹介状を書いてもらってもいいです

1715
か?﹂
﹁いえ、もしガンスミス卿がご迷惑でなければ、私が一緒に同行し
てトルオ様に直接ご紹介させて頂ければと思うのですが﹂
 それはありがたい。
 紹介状を書いてもらうより確実だし、いざというとき人質にも出
来る⋮⋮かもしれない。まあ最悪の場合であり、さらにそれが有効
かどうかは不明だが、どちらにしてもオレ達だけが雁首揃えて行く
よりはマシだろう。
 オレは一瞬考え、そして同意する。
﹁わざわざ、支部長にご足労頂き誠にありがとうございます。それ
では是非、ご同行の方宜しくお願いいたします﹂
﹁こちらこそ。それではもう遅い時間のため、明日の朝遅い時間で
も問題無いでしょうか?﹂
ギルド
﹁分かりました。それでは明日の朝、冒険者斡旋組合へ足を運ばせ
て頂きます﹂
 その後、宿の紹介、飛行船倉庫のツテなどを紹介されそうになっ
たが固辞した。
 無いとは思うが、それが支部長の罠で油断した所を襲撃される可
能性もある。だから、今夜だけは飛行船で夜を明かすことにした。
ギルド
 こうして明日、冒険者斡旋組合の支部長と一緒に北大陸最大の都
市ノルテ・ボーデンを治める上流貴族、トルオ・ノルテ・ボーデン・
スミスと会うことになった。
 その席でスノーを襲わないと約束させ、白狼族の懸賞金も取り下
げさせてやる、とオレは1人意気込んだ。

1716
第152話 トルオ・ノルテ・ボーデン・スミス︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月3日、21時更新予定です!
ふりかけ反応多くて、驚きました! 現在、自分は﹃丸美屋﹄のた
らこを使っています。自分、魚卵ファンクラブ会員なので︵後、丁
度特売で安かったので︶。これが無くなったら、色々手を出したい
ですね∼。
また151話で多々ご質問があったので、軽くお答え出来ればと。
・主人公達は全員が部屋を出て、スタングレネードを使用しました。
・抵抗陣は包み込むことも出来ますが、今回は楯のように平面に使
用したイメージです。なのでスタングレネードの光&音が防げなか

1717
ったイメージです。
・今回は雪国なので、二重扉︱︱扉を開けて空きスペースがあり、
また扉があって室内に入るイメージです。主人公達は室内扉を出て、
﹃空きスペース﹄に退避したと解釈して頂ければと思います。
他にご質問、感想、ご意見等を頂き誠にありがとうございます!
残りは後日、活動報告でご返信出来ればと思います!
第153話 北大陸の1日目夜
ギルド
 冒険者斡旋組合を皆で出る。
 幸い、外の吹雪はすでに止んでいる。飛行船に戻るのにそれほど
労力はかからないだろう。
 念のためスノーは雨具を頭からすっぽりと被り、白狼一族だと示
す銀髪と獣耳を隠す。またオレ達は手に銃器を持ち、スノーを庇う
ように囲んで飛行船へと戻った。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 フードを頭から被った長身の人物がこちらの様子を窺っている。
 視線を向けると、背を向け裏路地へと消えた。
 警戒するが、それ以上のことは起きない。

1718
 オレ達はさっさと都市を出る。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁ごめんね、みんな⋮⋮わたしのせいで迷惑かけちゃって﹂
 スノーは飛行船の食堂兼リビングで一息つくと、尻尾と耳を垂れ
下げ謝罪を口にする。
 スノーの隣に座るクリスが、彼女の手を取る。
﹁お姉ちゃ、んのせい、じゃな、い﹂
﹁そうですよ。全てはこの都市を仕切る貴族のせいです。スノーさ
んが謝ることなどひとつもありません!﹂
 さらにリースが強い言葉で断言する。
 妻達の仲が良くてありがたい。
﹁ありがとうクリスちゃん、リースちゃん。でも、今ここに居るの
は危険だよ。わたしの両親の手がかりはいいから、もう本部に戻ら
ない?﹂
﹁ですが、すぐに飛び立つのは無理ですわ。ここに来るまで飛行船
の魔石魔力はほぼ使い切りましたから、補給をしなければ一番近い
妖人大陸の端にすら届きませんわ﹂

1719
 スノーの弱気な言葉に、メイヤが現実的な問題を口にする。
 飛行船は魔石で飛ぶ。そのため一気に大陸間を飛ぶわけではなく、
飛び石のように魔力が充填された魔石の切り替えをおこなえる都市
間を渡って目的地へと飛ぶようになっている。これも飛行船が個人
で所有出来ない理由の一つだ。移動だけで結構いい金額がかかる。
﹁スノーの心配も分かるが、だからこそ明日直接その貴族と面会し
て﹃スノーに手をださない﹄って言質を取りに行くんじゃないか。
それになんで白狼族に懸賞金なんて掛けているのか聞き出して、も
し変な理由なら止めさせないと。オレの大切な幼なじみで妻のスノ
ーの一族が酷い目に合うなんて我慢できないからな!﹂
﹁リュートくん、ありがとう⋮⋮﹂
 スノーは目元に浮かんだ涙を拭い、隣に座るオレの手に自身の手
を重ねてくる。
 シアが空気を読まず進言する。
﹁差し当たって今夜は警戒して歩哨を立てるべきだと思います。冒
ギルド
険者斡旋組合に居なかった冒険者や他者達が懸賞金目当て襲って来
ギルド
たり、冒険者斡旋組合で倒した冒険者達が逆恨みで襲撃してくる可
能性がありますから﹂
ギルド
 冒険者斡旋組合にいた冒険者をぼこぼこにしたのは基本、シアだ
った気が⋮⋮。
スタングレネード
 いや、オレも特殊音響閃光弾を投げつけたから、恨まれているか
もしれないな。
﹁よし、とりあえず今夜はシアの言うとおり歩哨を立てよう。みん
な、着いて早々疲れているだろうけど、我慢してくれ。明日になれ
ば色々話が付くと思うから﹂

1720
 オレの指示に皆、それぞれ同意の返事をしてくれた。
 そして早速、今夜立つ歩哨のローテーションを決める。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁はぁ∼、寒⋮⋮﹂
 息を吐き出すと輝く星の下、白く濁って霧散する。
 最初の歩哨組はオレとシアが担当した。
 ついて早々騒動が起きて、心身共スノー達は疲れているだろう。
だから、このメンバーの中で体力がある者2名を最初の歩哨に立て
た。
 シアは相変わらず防寒着を着ず、メイド服姿だ。
﹁シアは寒くないのか?﹂
﹁ご心配して頂きありがとうございます。ですが、平気です。メイ
ドですから﹂
 マジ、メイドさんすげー!
 また彼女はAK47ではなく、いつもより一回り大きいコンファ
ーを手にしている。通常のより装弾数を増やした特別仕様のオリジ
ナルモデルだ。
 どうやらシアは鞄︱︱コンファーをいたく気に入っていたらしい。
 本人曰く、

1721
﹃コンファーは武器になり、楯にもなる攻防一体の最強武器です﹄
とのことだ。いつも真剣な表情のシアだが、あの時は頬を上気させ
て興奮の色が浮かんでいて、ちょっと怖かった。魔術液体金属の素
晴らしさをエル先生に力説した時のオレは、あんな感じだったんだ
ろうな⋮⋮。
 またシアの要望でいくつかのバージョンを製作した。しかし、お
披露目する日がいつか来るのだろうか?
 疑問に思いながらも歩哨を続ける。
 自分達以外の飛行船は2隻あったが、1隻に減っている。どうや
ら停泊する場所を見付け移動したのだろう。
 残る1隻から移動し距離を取る。
 死角を作らないためだ。
 オレ達は甲板に出てグルグルと歩き周囲を警戒する。
 吹雪で積もった新雪が星の光を反射している。基本的に平野のた
め、敵が現れたらすぐに分かる。
 また気配に敏感なシアが歩哨のため、敵が接近してきたらすぐに
気付くだろう。
﹁ん?﹂
 雪が落ちる。
 降り積もって小山になっていた雪の一部が崩れて落ちたのだ。
 それだけなら特に違和感は無い。だが、風が吹いたわけでも、動
物が通った訳でもない。
 なのに雪が落ちたのだ。

1722
セーフ フルオート
 オレはAK47の安全を真ん中の速射へと移動する。注意深くそ
の地点を注視していると︱︱
 雪が崩れた地点。
 雪が下から爆発したように舞い上がる。下から全身、頭から爪先
まで真っ白な張り付く鎧を装備した人影が突撃してくる。
 数は全部で3人。
﹁敵襲!?﹂
 どうやら積もった雪の下を這って来たらしい。
フルオート
 オレは驚愕しながらも、AK47を速射射撃!
 白い人影は銃口を向けるとあからさまに警戒し、発砲すると人外
的動きで回避する。
﹁奴等、魔術師か!?﹂
 魔力を使用したのを感じ取る。
 恐らく肉体強化術で身体を補助し、視覚関係も強化して銃弾を回
避したのだろう。
 しかし納得出来ないのは、まるでAK47︱︱銃器を知っている
ギルド
ように行動した点だ。恐らくだが、奴等は冒険者斡旋組合のいざこ
ざを知っている。
 だから、こちらの武器が特殊な魔術道具だと把握しているのだ。
知っていれば、高性能な弓矢と理解し、遠距離ならば肉体強化術&
視覚関係強化で回避するのはそう難しくない。
 反対側の甲板でも銃器音。

1723
 シアもいつの間にか戦闘に突入していた。
 彼女があそこまで接近されて気付かないなんて⋮⋮ッ!?
 完全にこちらが後手に回ってしまっている。
 オレはAK47の﹃GB15﹄の40mmアッドオン・グレネー
ドを発砲!
 降り積もった雪を再度巻き上げる。
 全滅︱︱させられなくても足止めぐらいにはなったはずだ。
﹁!?﹂
 足止め中に弾倉を交換しようとした隙を突かれる。
 舞い上がる雪のカーテンを切り裂き、1人が跳び蹴りをしてくる。
咄嗟に抵抗陣を形勢するも、相手は肉体強化術で身体を補助した魔
術師。その一撃で壁を突き破り飛行船内へと吹き飛ばされる。
﹁ぐッ⋮⋮クソ⋮⋮ッ!﹂
 左肩を押さえる。
 蹴られる刹那、体を半身にして肩と抵抗陣でガードしていた。お
陰でAK47は壊れず、利き腕も問題無いが、左腕は痺れて暫くは
上手く使えないだろう。
﹁リュート様?﹂
 声をかけられ、視線を向けるとメイヤが寝間着でベッドから体を
起こしていた。
 寝間着は薄い生地で作った浴衣のようなものだった。前世で言う
ところの、襦袢というやつに近い。
 生地が薄いせいか、彼女のメリハリのある肢体がしっかりと分か
る。

1724
 さらに先程まで寝ていたせいで、裾や胸元がはだけて白い肌が星
明かりにさらされ妙に色っぽかった。
 壁を突き破った先︱︱ここはどうやらメイヤに割り当てた私室ら
しい。
 彼女は暗闇でもはっきり分かるほど興奮し、顔を赤く紅潮させる。
そして、両手で自分の頬を抑える。
﹁リュート様、こんな深夜遅く夜ばいしてくださるなんて! 嬉し
いですわ! あぁ、わたくしの初めてここで奪われるのですね⋮⋮
ピース・メーカー
今日の夜を記念日としてPEACEMAKER、そして新・純潔乙
女騎士団の歴史に燦然と輝く出来事として刻み。後世の人々に伝え
ましょう!﹂
﹁メイヤのアホ! 寝ぼけてる場合じゃないだろ!﹂
 彼女がアホ台詞を言っている間にも、オレを蹴り飛ばした敵︱︱
白い全身鎧の敵が左右の手を振るう。
 腕から魚のヒレのように刃が飛び出る。魔術的仕掛けではなく、
そういうギミックなんだろう。
フルフェイス
 顔をガッチリと包んでいる面頬兜で覆っているため、表情は分か
らないが濃厚な殺意をはっきりと感じる。
 オレは右腕で腰からナイフを抜き対峙する。
 もちろん肉体強化術で身体補助。
 視覚全般も同時に強化する。
﹁メイヤは危ないから、そこから動かず伏せてろ︱︱くッ!﹂
 敵の右腕が閃く。

1725
 こちらも右手に握ったナイフで弾くと、すぐさま相手の左腕刃が
接近。ギリギリで回避。攻め込もうとしたが、相手の腕が振るわれ、
ナイフで刃を凌ぐのが精一杯だ。
 相手の右足が脇腹に突き刺さる。
﹁うぐッ!﹂
 根性で堪え、反撃するも相手は楽に回避する。動きが鈍くなって
いるのだ。左腕がまだ痺れて使い物にならないのを除いても、敵の
格闘技術が高いことを理解する。
︵クソ、魔術師の癖に⋮⋮ッ。いや、優秀な魔術師ほど格闘技術や
剣術に優れているって昔エル先生が言ってたっけ︶
 敵の突撃。腕を交差し、刃をギロチンのように滑らせる。
 咄嗟に首と刃の間にナイフを差し込み防ぐ。暗い室内に火花が散
る。
﹁ぐぅ⋮⋮ッ﹂
 相手は腕に魔力を注ぎ、首を切り落とそうとしてくる。
 オレは両手でナイフを掴み、相手の押し込んでくる刃を支える。
もちろん両腕に魔力を注いでだ。しかし、オレの魔力量は圧倒的に
相手より小さい。持久戦は死しかない。
フルフェイス
 面頬兜越しに目と目が合う。
 そこには特別な感情など無かった。
 人殺し程度では、特別な感情など湧かない︱︱と言いたげな瞳だ。

1726
 こんな奴に殺されてたまるか!
﹁こなクソ!﹂
 敵と自分の間に足を割り込ませる。
 足に残り少ない魔力を注ぎ込み、無理矢理蹴り飛ばし距離を作っ
た。
 腰から下げていた﹃H&K USP︵9mm・モデル︶ タクテ
ィカル﹄を抜き放ち発砲! しかし所詮は9mm。相手は抵抗陣を
作り出し、楽に防いでしまう。
﹁リュートくん! 大丈夫!?﹂
 扉を開け、スノーが援護に駆けつけて来てくれる。
トリガー
 彼女はすぐさま敵へ向けてAK47を向け、引鉄を絞る。白い敵
は咄嗟に抵抗陣を作り出すが、9mmとは違う威力に肩を負傷。
 自分で作り出した穴から外へと逃げ出す。
﹁ごめんね、リュートくん援護遅れちゃって﹂
﹁いや、ナイスタイミングだ。ありがとうスノー、助けてくれて﹂
 オレは自身のAK47を拾うと、スノーにお礼を告げる。
﹁とりあえずまずは外へ出て、皆と合流しよう。行くぞ、メイヤ﹂
﹁だったら、少々お待ちを今着替えますので﹂
﹁そんな時間は無い! いいから、行くぞ!﹂
 オレはメイヤの手を取り、ベッドから引きずり下ろし開いた穴か
ら外へと出る。後からスノーが続く。

1727
﹁お兄ちゃ、ん。無事、よかっ、た﹂
﹁リュートさんも、メイヤさんもお怪我がなくてよかったです﹂
﹁申し訳ありません、若様。敵の接近に気付くのが遅れて、先手を
取られるとは⋮⋮﹂
 穴から出るとすぐクリス、リース、シアが声をかけてくる。
 みんな、手にそれぞれの武器を握り締めている。
 オレも空になった弾倉を新しいのにかえる。
﹁気にするなシア、とにかくみんな無事でよかった。そっちの状況
は?﹂
﹁はい、敵襲は3人。こちらに被害はありませんが、相手を仕留め
ることが出来ませんでした。自分の気配察知にも引っかからないな
んて、相当な手練れの魔術師達です﹂
﹁こっちも特に被害無し。襲撃者は3人、全員魔術師だ﹂
 つまり、全部で6人ということか⋮⋮。
 他にも予備戦力として、待機している可能性があるが。
﹁とりあえず、どうするリュートくん? 飛行船を飛ばしてここか
ら離れる?﹂
﹁いや、相手は魔術師だ。飛んでいる最中に撃ち落とされたら逆に
被害が大きくなる。とりあえず朝になるまでみんなで固まって警戒
︱︱ッッッ!?﹂
 魔術師じゃないオレでも分かるほど濃密な魔力。
 視線を向けると襲撃者6人が集まり、意識を集中している。声を
上げていないことから無詠唱魔術だろう。

1728
 だが、無詠唱魔術は通常の魔術方法に比べて出も遅ければ、威力
も落ちて、魔力の消費も多い。デメリットが満載の技術だ。しかし
普通の魔術が使えない、声が出せない状況などは多々ある。
 どうやら襲撃者は、声をほんの僅かでも聞かせたくないらしい。
 問題は、6人の魔術師が同時に無詠唱魔術を発動しようとしてい
ることだ。
 1つ1つは大した威力では無いが、6人がまるで1人の人間のよ
うにタイミングを合わせることで威力を高めているらしい。
 もう発動寸前だろう。
 AK47を発砲して邪魔をする暇すらない。
 どうしてこうなるまで気付くことが出来なかったんだ!?
﹁みんな! 逃げろ! 飛行船から退避しろ!﹂
 オレの掛け声と同時にスノー達は走り出す。
 スノーがクリスを、シアがリースを抱えて飛行船から飛び降りる。
 オレはメイヤの手を取り、彼女達の後に続いて退避した︱︱ほぼ
同時に魔術が完成。
 オレ達が先程まで居た甲板に炎の魔術が着弾。
 爆炎、火柱を高く昇らせ飛行船を炎を包み込む。
 北大陸到着1日目は、こうして幕を開けた。
1729
第153話 北大陸の1日目夜︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月5日、21時更新予定です!
今回のメイヤシーン︱︱﹃勘違い夜ばい﹄は、﹃北へ編﹄で書きた
かったシーンのひとつです!
いやー、このシーンは書いてて本当に楽しかったです︵いい笑顔で︶

1730
第154話 地下道へ
愛の巣
﹁いやぁぁぁぁあ! わくしとリュート様の飛行船が、燃えてるぅ
ううぅッ!!!﹂
 愛の巣って⋮⋮メイヤはそんな認識だったのかよ。
 とりあえず彼女の絶叫は脇に置いて︱︱飛行船が6人の魔術師に
よる無詠唱魔術で大破した。これで空を飛んで逃げるという選択肢
は潰されてしまった。
 赤々と燃える飛行船の火に魔術師達が照らされ、細かく観察する
ことが出来た。
 全身を白い鎧で覆っている。ゴテゴテとした感じではない。鎧に
デザインとして彫り物も無く、極限まで無駄を無くし体にフィット
フルフェイス
するレベルまで削ぎ落としたシンプルさが目立つ。面頬兜など、視

1731
界確保だけの穴が2つ開いているだけだ。
 左右の腕から魚のヒレのようにギミックの刃が飛び出てている。
見ようによっては、陸に上がった半魚人っぽい。
︵どうする? ここで奴等と戦うか?︶
 相手は魔術師と言ってもたった6人。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 汎用機関銃のPKMを2丁ぐらい取り出し、乱射すればいくら視
覚を強化しても回避出来るとは思えない。
 それとも手榴弾や対戦車地雷をあるだけ投げつけたりして、殲滅
するという手もある。
 しかし、それで本当にいいのか?
 敵は目の前にいる6人だけとは限らない。雪原にまだ予備戦力と
して身を潜めている可能性の方が高い。
 この場で足止めしている間にも、増援が到着するかもしれない。
 さらにこの魔術師達は、今まで出会ったどの魔術師より異常だ。
 銃器の攻撃方法を知っていれば、肉体強化術で身体を補助し、視
力を強化すれば回避はできない訳では無い。
 しかし、魔術を使用する際、魔力を感知することが出来なかった
のだ。
 魔術師は魔力に反応する。
 そのため魔術師を魔術で襲撃、奇襲をかけて殺害するのは難しい。
 襲う前に魔力の流れに気付かれてしまうからだ。
 飛行船が破壊された時、無詠唱とはいえ攻撃魔術を発動する直前

1732
まで気づけなかった。これはとても異常なことだ。
 今まで培ってきた常識が揺らぐ。
 さらに気配察知に長けているシアの警戒網をかいくぐり飛行船側
まで近づいた。オレが彼らの接近に気づけたのは、運が良かっただ
け。
 魔術にしろ、気配にしろ︱︱なにかしらのギミックやトリックが
あるはずだ。相手の手の内を知らずにことを構えるのは得策ではな
い。
 ⋮⋮しかし、ここで取り押さえることが出来れば、背後関係を吐
かせることが出来る。重要な情報を得るまたとない機会だ。
 戦闘か、逃走か⋮⋮どっちが正しいんだ?
﹁アナタ達!﹂
 オレが迷っていると、フードを被った人物が1人声をかけてきた。
 その場に居た全員の耳目がフードの人物へと向けられる。
ギルド
 昼間、冒険者斡旋組合を出た後、オレ達をジッと見ていた人物だ
った。フードの汚れ具合に見覚えがあるからから、間違いない。
 オレ達が新手かと警戒しているのを肌で感じ取ったのか、相手が
フードを取る。
 下から姿を現したのは獣耳と銀髪だった。
 その少女は一目で白狼族だと分かる特徴を晒す。
 奥地で暮らして居るんじゃないのかよ!?
 まさかこんな所に白狼族が居るとは想像すらしていなかった。

1733
﹁早く、こっちへ来て! この場から逃げるわよ!﹂
﹁わ、分かった! みんな、行くぞ!﹂
 彼女が背を向け街へと走り出す。
 オレ達は彼女の言葉に従い後を追う。
 白い鎧達は、狙いをオレ達から白狼族の少女へと変え、風のよう
に走り出す。
 もちろん後を追わせるつもりはない。
 オレはAK47を白い鎧達へとむけ発砲。
 ダン! ダダダダダダ!
 彼らはAK47の弾丸を回避するため足を止め、身を低くしたり、
後退したりする。
 さらに足止めのため、
﹁リース! 爆裂手榴弾!﹂
﹁はい、爆裂手榴弾ですね!﹂
 リースは精霊の加護で無限収納から爆裂手榴弾を取り出し、手渡
してくる。
 オレは受け取ると口でピンを抜き、肉体強化術で身体を補助。白
い敵に全力で投げつけてやる。
 爆発! 雪がカーテンのように舞い上がる。
﹁今のうちに彼女の後を追え!﹂
 シアを先頭に皆が続く、オレは一番最後で再び爆裂手榴弾を後方
へと投げつけてやる。

1734
 再び、雪のカーテンが舞い上がった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 彼女︱︱白狼族の少女は都市の街中へ入ると、裏路地へと駆け込
む。
 マンホールのような丸い金属の蓋を開け、その暗闇に体を滑り込
ませる。
 オレ達も後へ続く。最後尾のオレは、改めて蓋を閉めた。
 蓋の先は階段になっていた。
 光源は無く念のため残り少ない魔力で夜目を強化しておく。
 地下下水道︱︱かと最初は思ったが、どちらかというと抜け道や
鉱山トンネルのような地下道だった。
 穴の高さ、横幅どちらともあまり無い。
 オレが腕を伸ばせば天井に届き、腕を横へ広げれば指先が両壁に
触れる。
 地下道の先も、後ろも終わりが見えないほど延々と続き、さらに
進むと二手に分かれていたり、三つ叉だったり、左折や右折しかな
い道だったりと節操が無い。
 そんな道を先導する白狼族の少女は、迷わず進んでいく。
 地下道に入って30分ほど歩くと、広場に出る。
 小学校教室程度の広さの場所だ。

1735
 もちろん光源は無い。
﹁魔術、使える人居る? 居るなら火、ちょうだい﹂
 ややぶっきらぼうな口調で、白狼族の少女はフードの下からラン
タンを取り出す。
 スノーが代表して、ランタンに火を灯した。
 辺りが明るくなり、魔力で夜目を強化しなくても互いの顔を見分
けることが出来る。
﹁安心して、ここまで来ればもうあの白い奴は追ってこないから。
アイツ等はこの地下道をまったく把握してないから、こんな奥まで
追って来られないの﹂
 確か⋮⋮ノルテには地下道が街中に張り巡らされている。
 この地下道は巨人族対策の名残だったはずだ。まだ小さな村や町
時代、一般市民はこの地下に逃げ込み避難していた。そして街が大
きくなるにつれ増築工事を繰り返した結果、気付けば誰も全容を把
握しない巨大迷路になってしまったらしい。
 どうやらこの白狼族の少女は、この地下巨大迷路の道順を把握し
ているらしい。
﹁あの白い魔術師達を知っているんですか?﹂
﹁この都市を治める上流貴族お抱えの秘密兵士隊よ。約1年前ぐら
レギオン
いから、あるトップ軍団に所属する魔術師を軍事教官として招いて、
訓練を積ませてるって話﹂
 オレの質問に白狼族の少女は、素っ気なく答えて、上着下に押し
込んでいた長い銀髪を掻き出す。

1736
 二、三度首を振り、絡まった髪をほぐし、獣耳の筋肉をほぐすよ
うに動かす。
 改めて彼女を観察する。
 長い銀髪の髪はストレートで、背中の中程まで伸びている。獣耳
にはピアスを付けていた。
 身長はスノーより高く、メイヤと同程度ある。胸は圧倒的にない
が⋮⋮。
 歳はオレとスノーと同じぐらいだろうか。美少女だが瞳が大きく
鋭いせいで、冷たい印象を与えている。
 スノーが柔らかな美少女なら、彼女はすらっとしたクールビュー
ティーといった感じだ。
 スノーとは方向性が真逆の美少女である。
 オレは皆を代表して自己紹介とお礼を告げた。
﹁助けてくださってありがとうございます。皆を代表してお礼を言
わせてください。僕はハイエルフ王国、エノール、ハイエルフ族、
国王から名誉士爵を授与された人種族のリュート・ガンスミスです。
レギオン ピース・メーカー
軍団、PEACEMAKERの代表も務めております。差し支えな
ければお名前を伺っても宜しいでしょうか?﹂
﹁ふーん、妖人大陸の貴族ね⋮⋮私は獣人種族、白狼族のアイス﹂
 アイスは素っ気なく名前を告げる。
﹁アイスさんは白狼族ですよね。懸賞金がかかっている筈なのにど
うしてここに?﹂
﹁アイスでいいよ。敬語もいらない。私は︱︱というより私達には
ノルテの外側に仲間が居て、私は必要物資を買うため都市に来たの﹂

1737
 塩や香辛料などは、大陸奥地では手に入り辛いためどうしてもこ
の近隣最大の都市、ノルテで購入するしかないらしい。
 オレは彼女の言葉通り、﹃さん﹄付けと敬語を止める。
﹁でも、危なくないか。白狼族には多額の懸賞金がかかってるんだ
ろ?﹂
﹁平気。皆が皆、私達の懸賞金を狙っている訳じゃないから、特に
古い付き合いのある人とか、雪山で遭難して助けたりした人なんか
は私達を売ったりしないから﹂
 白狼族は昔から雪山で遭難したり、魔物に襲われている人達を発
見したら、助け手厚く介護した後、家へ送り届けるらしい。代わり
に白狼族がノルテで助けを求めたら、救いの手を差し伸べてもらう
らしい。
 まさに共存共栄だ。
 さすがに懸賞金に関しては、都市を治める上流貴族が始めたこと
なので抗いようがないらしいが⋮⋮。
﹁それに一応、普段は変装するし、髪も魔術塗料で黒く染めたりし
てるから﹂
 今回はオレ達を説得するためわざと獣耳と銀髪を晒したらしい。
 アイスの視線がスノーへと向けられる。
ギルド
﹁必要物資の買い付けも終わって帰る途中、冒険者斡旋組合が騒が
しくて。中から出てきた冒険者に話を聞いたら、﹃白狼族の女の子
が貴族に連れられて姿を現した﹄って知って驚いたわ。普通に冒険
ギルド
者斡旋組合から出てきたから、捕まったりはしてないみたいだった
けど⋮⋮心配になって様子を見守っていたの。そしたら⋮⋮﹂

1738
﹁僕達が襲撃を受けていることに気付いて助けてくれたのか﹂
﹁そう﹂
 彼女はクールに同意する。
﹁でもまさか深夜までずっと様子を窺っててくれるなんて⋮⋮お陰
で本当に助かりました。改めてお礼を言わせてください﹂
﹁白狼族は少数民族、過酷な雪山の世界で生きるから同族を助ける
のが殆ど本能に近いの。だから、もう気にしないで。それにしても
⋮⋮貴女、見たことのない顔だけど、白狼族よね?﹂
﹁はい! わたしはリュートくんの妻! 獣人種族、白狼族、スノ
ー・ガンスミスです!﹂
 スノーは初めて出逢う同族に元気よく自己紹介する。
﹁わたしは妖人大陸の孤児院に赤ん坊の頃に預けられて⋮⋮ここに
はわたしのお父さん、お母さんの手がかりを探しに昨日着いたばか
りだったの。だから、白狼族に懸賞金がかけられているなんて知ら
なくて⋮⋮﹂
﹁なるほど、そういうこと。どうりで見たことのない同族だと思っ
た﹂
﹁アイスちゃんはわたしのお父さんやお母さんのこと、妖人大陸に
出て行った同族がいたって話を聞いたことないかな?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 アイスは口を開き、一度閉じる。
 何かを思案している顔だ。
﹁⋮⋮白狼族の村へ行けば知っている人が居るかもしれない。買い
付けた品物の準備が終わるまで後数日、その後だったら村まで案内

1739
するけど、どうする?﹂
 スノーは一度、皆を見回しオレへと視線を向けてくる。
 両親の手がかりを得るチャンス。﹃白狼族の村へ連れて行っても
らってもいい? もし無理なら大人しく引き下がるけど⋮⋮﹄と瞳
で訴えてくる。
 もちろん、オレ達の答えは決まっている。
﹁僕達も白狼族の村へ付いて行ってもいいの?﹂
﹁構わないわ。だって、彼女の夫と友達なんでしょ? だったら信
用出来るわ﹂
﹁なら、お願いします﹂
﹁ありがとう、リュートくん! みんな! そしてアイスちゃん!﹂
 スノーは満面の笑みをこぼし、全員にお礼を告げる。
﹁それじゃこのまま地下道を通って、城壁を越えましょ。付いて来
て﹂
﹁悪い、ちょっと待ってもらってもいいか?﹂
﹁どうしたの?﹂
 アイスが疑問を尋ねてくる。
 オレは一度、皆を振り返り︱︱
﹁寝ているところを襲われたから、みんな殆ど寝間着姿で⋮⋮ちゃ
んと衣服に着替えさせる時間をもらってもいいかな?﹂
 オレとシアは歩哨に立っていたため、しっかりと装備を調えてい
たが、スノー達は薄手の襦袢姿で飛び起き応戦したため、着替える
暇すらなかった。

1740
 メイヤなど、オレが無理矢理ベッドから連れ出したため、靴すら
履いていない。
 リースの精霊の加護﹃無限収納﹄から、予備の衣服と装備一式を
取り出す。いざという時のため予備の装備や衣服などは複数用意し
て収納していた。
 アイスにリースがハイエルフ族だとばれるが、こちらを信用して
くれたんだ。オレ達もアイスを信用して秘密の一端を知らせるべき
だろう。
 改めて装備を調え、オレ達はアイスを先頭に地下道を歩き出した。
第154話 地下道へ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月7日、21時更新予定です!
左奥歯の銀歯とれちゃったよ⋮⋮。
とりあえず明日、歯医者へ行ってきます!
1741
第155話 巨人族との遭遇
 北大陸最大都市ノルテ・ボーデンの陸地側には二重の巨大城壁が
そびえ建つ。
 この城壁は北大陸に生息する魔物・巨人族の侵攻を防ぐためのも
のだ。そのため一般的な城壁より厚く頑丈で、監視の兵も多数常駐
している。
 そのためどうやって越えるか心配していたが⋮⋮地下道が城壁外
まで延びていたため、あっさりと気付かれず都市の外へと出ること
が出来た。
 ノルテの中で買った必要物資もこうして外へと運び出すらしい。
その際は、先遣隊の男達数人がかりで外へと運び出しソリへと載せ
運ぶとのことだった。

1742
 外へ出ると、すでに朝日が昇り、森の木々や地面に積もった雪を
キラキラと輝かせていた。
 オレ達は休憩も取らず、森の中をそのまま歩き続ける。
 先遣隊がベースにしている場所へと向かっていた。
 歩きながら、オレとスノー以外の自己紹介を済ませる。
 クリスとリースも自分の妻だと紹介した時アイスは、
﹃⋮⋮そう﹄と表情を変えず呟いた。あまり興味がないらしい。
﹁アイスは地下道の全部を把握していたりするのか?﹂
﹁まさか。私達が知っているのは極一部だけよ﹂
 さすがに彼女達白狼族も、増築を繰り返したあの地下道全ては把
握していないらしい。
﹁リュートくん、見て見て。こんな寒いのに綺麗なお花が咲いてる
よ﹂
﹁おぉ、本当だ﹂
 スノーが見付けた花は積もった雪を掻き分け、綺麗に咲き誇って
いた。
 見た目は前世、地球の百合に似ている。
 しかしさすが異世界、まさか雪が降るほど寒い時期に咲く花が存
在しているなんて。どういう理由なのかは、さすがに植物学者では
ないから分からないが。
﹁﹃スノー・ホワイト﹄ね。北大陸にしか咲かない珍しい花よ﹂
﹁スノー・ホワイト? わたしと同じ名前だ!﹂

1743
 スノーは嬉しそうに微笑む。
 アイスはさらに解説をした。
﹁私達、白狼族でも滅多に見付けられない花で、﹃手にした者に幸
運を与える﹄とも言われているわ。折角だから摘んで行ったら?﹂
﹁う∼ん、でも今は移動中で忙しいし⋮⋮それにわたしと同じ名前
のお花を摘むのはちょっと抵抗あるからいいよ﹂
﹁そう、なら行きましょ﹂
 アイスも無理に﹃スノー・ホワイト﹄を摘ませるようなことはな
く、クールに返事をして再び歩き出す。
 雑談をしつつ約1時間ほど歩くと、森林を抜ける。
 森林を抜け、平原奥に先遣隊ベースがあるらしい。
﹁止まって! 伏せて!﹂
 森林と平原の境界に差し掛かると同時に、アイスが鋭い声で指示
を飛ばす。
 オレ達は反射的にその場へ伏せた。
 暫くしてオレでも異変に気付く。
﹃ズゥン⋮⋮ズゥン⋮⋮ズゥン⋮⋮﹄という音。次第に感じる地震
のような揺れ。
 視線の先、雪原を踏み固めるように巨人族の群れが姿を現した。
﹁あれが巨人族⋮⋮﹂
 オレは1人呟く。

1744
 冒険者レベル?になる条件は、﹃ドラゴン×1、巨人族×1など
を退治する﹄だ。
ギルド
 つまり巨人族は、冒険者斡旋組合にドラゴンと同等の戦力と評価
されているということだ。
 そんな巨人族が目の前を群れで移動する。
 巨人族と言うが、一目で通常の生物では無いと分かる。
 材質は石。繋ぎ目はなく、一つの石から削りだした彫刻のようだ
った。
 正に石像︱︱ゴーレムだ。
 数は100体以上。
 大きさは約15m前後︱︱これが巨人族の大きさではなく、10
mや30mの群れだったりマチマチらしい。
 今回の群れは、頭一つ二つ程高低差がある程度だ。
 形だけではなく、外見もさまざまでゴツゴツした全身甲冑を装備
した者、のっぺりとした顔で手足がひょろりと伸びただけの者、妙
に太い体躯の者など様々なタイプが居る。
 身体を構成する材質以外の特徴をあげるとしたら、全員手に同素
材の長槍を手にしていることだ。
 巨人族の群れは雪原を軍隊の行進のように列を形成し、乱れず歩
き続けている。
 それはある種、幻想的な光景だった。
﹁ちょっかいを出したら群れで襲ってくるから変な気を起こさない
でね。巨人族に気付かれても襲ってくるけど﹂
 アイスが念のため釘を刺してくる。

1745
 あれにちょっかい出す勇気はないな⋮⋮。
 たとえパンツァーファウストや対戦車地雷で数体吹き飛ばせても、
現状では全部を倒しきるのは不可能だ。
 そして破壊しきれなかった巨人族達に巨大な無数の槍を投げられ
る。大規模な質量攻撃。考えただけで震え上がってしまう。
 絶対に手を出さないようにしよう。
 オレ達は気付かれないように隠れ続け、巨人族が通り過ぎ姿が見
えなくなるまで待つ。
﹁⋮⋮もう大丈夫、立ち上がっても平気よ。しばらくこの辺に巨人
族は来ないから、安心して移動しましょう﹂
﹁巨人族の歩くルートを全部把握してるのか?﹂
﹁そう。白狼族の生活圏内だけだけど﹂
 アイスは頷き、先頭を歩き出す。
﹁一応、白狼族以外の人達もある程度経験則として、巨人族が通る
道や時間を把握しているらしいわ。私達には到底及ばないけど﹂
 アイスは自慢げな声音で言う。
 ふと、思い出したように話題を切り替えた。
﹁あと昔、北大陸出身の魔術師が巨人族をコントロールする研究を
していたらしいわよ﹂
﹁あっ、わたし、それ知ってる。魔術師学校の図書館で読んだこと
ある。あのね、昔々︱︱﹂とスノーが語り出す。
 1人の魔術師が巨人族をコントロールする研究を始めた。

1746
 しかし研究の結果出来た魔術はただ単に巨人族を集めるだけの失
敗作だった。結局、研究者の魔術師は、自身が作り出した失敗作の
魔術で集まった巨人族に踏み殺されてしまった。
 それを見ていた魔術師の知り合い達は、この魔術を禁忌として封
印した︱︱という話らしい。
 読んだ書籍も絵本、童話に近い物だった。
 その本は﹃自身の力を越えたモノを扱うとすると身を滅ぼす﹄と
いう教訓を伝えるための物語だと著者は本の終わりに書き込んでい
た。
 北大陸では割と有名な話らしい。その話が他大陸では絵本や童話
という形で書物になったようだ。
 雪原を歩いて約30分。
 白いドームがちらほらと見え始める。
 オレはあの白いドームに見覚えがあった。
︵そうだ! あれはイグルーか︶
 イグルーとは、イヌイットの住居として前世、地球で有名だった。
 雪のブロックを切り出し、ドーム状に組み立てた建物だ。
 オレ達が近づくと、見張り番をしていたらしき数人の男性が姿を
現す。
 アイスが手を振り、警戒心を解かせた。
 さらに近づくと相手の姿形が見えてくる。
 男性も銀髪に獣耳だった。
﹁ちょっとここで待ってて﹂

1747
 アイスがオレ達を足止めして、1人で男達の元へと向かう。
 彼女達は会話を交わした後、オレ達を手招きして呼ぶ。
 念のためオレとスノーが先頭に立ち、彼女達の元へ向かう。これ
なら同族を大切にする白狼族が突然、襲ってくることもないだろう。
 オレの心配をよそにアイスと見張り番の男達が出迎えてくれる。
 彼女が微かな笑みを作り、
﹁ようこそ、白狼族先遣隊の臨時村へ。歓迎するわ﹂と、改めて告
げた。
第155話 巨人族との遭遇︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月9日、21時更新予定です!
とりあえず歯医者へ行ってきました。なんか銀歯が劣化か削れたせ
いで外れちゃったようです。現在は新しく型を取って、銀歯を作り
直している最中です。
ちなみに新しく歯型を取るためスライムのような物を、口に入れら
れました。最初はスライム状だったのが、時間の経過と共に柔らか
なゴム状になるんですよ。
それを引っぺがすと、新しい歯型が取れる︱︱という寸法です。
それで唇から漏れ出たスライムを、歯医者さんの先生が指先で硬さ
を確認するのですが︱︱そのたびに指先が唇に触れるのですよ。

1748
普段の生活で他者に唇を触れられるなんてありませんから、ちょっ
とドキドキしてしまいました。
まぁ、歯医者さんの先生は男性なんですけどね⋮⋮。
どうしてそこで後ろに控えている黒髪ポニテの助手さんに、スライ
ムの硬さを確認させないんですか!? なんでぇぇぇッ! なんで
ぇえぇぇえッ!? いつもそうだ! 自分の時だけどうしてそうい
う心潤うイベントが無いのですか!? ︱︱すみません、少々取り
乱しました。明鏡止水、明鏡止水、明鏡止水ですよね。と、いうわ
けで皆さんも虫歯などあったら、すぐに歯医者さんへ行きましょう。
明鏡シスイとの約束だぞ!
第156話 スミス家の思惑
 男は影に隠れるように壁に寄り掛かり、腕を組んでいた。
 身長は180cm以上あり、無駄な脂肪を1mgも残していない
引き締まった筋肉。髪は短く刈り込んで、口元を布で隠している。
まるで忍者か、暗殺者的な風貌だ。
 鋭い三白眼が客室のソファーに座る男へと向けられる。
 ソファーに座る男こそ、白狼族に多額の懸賞金をかけた北大陸最
大の領地を持つ上流貴族、トルオ・ノルテ・ボーデン・スミスだ。
 金髪をオールバックに撫でつけ、口髭をたくわえ、若い頃は美男
子だったと一目で想像がつくほどだが、顔には年相応の皺が刻まれ
ている。そして現在は忌々しげに顔を顰めている。

1749
﹁今回の襲撃⋮⋮他大陸の孤児院で育った白狼族の誘拐には確かに
サイ
失敗した。しかしそれは我が秘密兵士隊を指導する軍事教官、﹃静
レント・ワーカー
音暗殺﹄殿の指導不足によるものではないのか?﹂
サイレント・ワーカー
 暗殺者風の男︱︱静音暗殺と呼ばれた彼は、嫌味を言われても腕
を組んだまま態度を崩さない。平静そのものだ。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺は、ゆっくりと口を開いた。
﹁⋮⋮たった1年の指導ではこの程度の練度が限界か。俺の部下達
なら気付かれず仕事を達成することが出来たんだが﹂
 その声音は悔しさの色が滲んでいた。
 その態度がさらにトルオの神経を逆なでする。
 だが、彼を自身の部下達相手のように感情的に怒鳴る訳にはいか
ない。
 相手はある筋を通して技術指導に来てもらった人物だからだ。
サイレント・ワーカー
︵それに奴⋮⋮静音暗殺を敵に回したらいくら命があっても足りん︶
サイレント・ワーカーゴールド レギオン シーカー
 静音暗殺は金クラスの軍団、処刑人と呼ばれる暗殺集団の代表者
だ。魔術師A級の実力者。
 氏名、年齢、出身地など全てが謎の人物だ。
サイレント・ワーカー
 分かっているのは静音暗殺という二つ名と男性だというだけだ。
シーカー
 処刑人は、対魔物ではなく、対人に特化したこの世界で1、2を
争う暗殺集団と言われている。

1750
 要人、魔術師、犯罪者等、彼らに命を狙われて無事だった者は誰
1人としていない。
 権力者にとってこれほど恐ろしい相手はいないだろう。
サイレント・ワーカー
 トルオは気持ちを落ち着かせ、静音暗殺を怒らせないよう口調に
気を付ける。
﹁ならばこれからも残って指導を続け、部下達を一人前にしてくれ
たまえ。それが責任というものではないのか?﹂
﹁いや、契約通り俺と部下達は引かせてもらう。これでも忙しい身
の上なのでな﹂
サイレント・ワーカー
﹁くっ⋮⋮しかし静音暗殺殿の指摘通り、我が部下達はまだ未熟。
そんな彼らを見捨てるつもりか?﹂
﹁契約は契約だ﹂
 とりつく島もない。
 実際、ある筋︱︱妖人大陸で最大の領土を抱える大国、メルティ
ア王国からの依頼で白狼族に合流した人物2名を捕らえて欲しい。
サイレント・ワーカー
 そのため静音暗殺を軍事顧問として紹介してもらった。
ゴールド レギオン
 本来なら、いくら金額を積んでも金クラスの軍団をこの北大陸に
ゴールド レギオン
呼ぶことなど出来ない。なぜなら金クラスの軍団なら、他大陸で仕
事内容は選びたい放題だ。
 わざわざ田舎の寒い北大陸で仕事を受ける必要は無い。
 彼とその一部部下が、現在この地に居るのは本来ありえないこと
なのだ。
シーカー
 だがお陰で選りすぐった部下達を鍛え、対人戦に特化した処刑人
の戦闘技術を1年間指導してもらい秘密兵士隊を設立することが出

1751
来た。
 後は依頼されている白狼族2名の人物を捕らえるだけだった。
 白狼族は同族意識が高い。
 1人でも捕まえれば芋づる式に捕らえることが出来ると楽観視し
ていた。
 しかし、彼らは巨人族を楯に巧みにこちらの襲撃や追撃をかわし、
未だ誰1人捕らえることが出来ていない。

 上流貴族というこの地の権力者の特権を用いて、強引に冒険者斡
ルド
旋組合へ懸賞金をかけてもいるのにだ。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺が壁際から離れ、扉へと向かう。
﹁俺達はこれで失礼する。次の依頼の際は、もっと暖かい地での仕
事を願う﹂
﹁ま、待ってくれ! 話はまだ︱︱ッ!?﹂
サイレント・ワーカー
 最後にちくりとした嫌味を残し、静音暗殺は音もなくスルリと扉
の前へと移動する。
 トルオは慌てて振り返るが、そこにはすでに人影はなかった。
サイレント・ワーカー
 扉を開けた音、出て行った音、閉めた音、何一つせず静音暗殺は
まるで幽霊のように姿を消してしまう。
 残滓すら残さずだ。
 トルオは悔しげに奥歯を噛みしめた。
﹁化け物め⋮⋮ッ﹂
 だが、今回依頼された仕事を無事こなせば、北大陸から出るため
の足がかりが出来る。

1752
 自分はこんな田舎の一貴族で終わる器ではない。
 今回の件はただの踏み台で何時かは、この広い世界︱︱大陸全土
を支配する王となってみせる。
サイレント・ワーカー
︵我の前にあの化け物︱︱静音暗殺すら跪かせてやる︶
 底知れない欲望にトルオは突き動かされていた。
﹃父上! 父上はいずこか!﹄
 そんな彼の暗い想像を払拭する、勇ましい声がこの部屋まで響い
てくる。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺とはまるで正反対の騒がしい行動だ。
 叫び声はだんだんと近づき、部屋の扉を荒々しく押し開く。
﹁こちらにいらっしゃいましたか、父上!﹂
﹁帰ってきて早々騒がしいぞ、アム。まずは挨拶の一つでもしたら
どうだ?﹂
 アム、と呼ばれた少年は、居ずまいを正し右手を胸に、左手は背
中へと移動させる。惚れ惚れするほど流麗な動きで挨拶をした。
﹁失礼しました、父上。アム・ノルテ・ボーデン・スミス、ただい
ま戻りました。帰宅が遅くなり大変申し訳ありませんでした﹂
 アム・ノルテ・ボーデン・スミス。
 やや癖毛の金髪、整った顔立ちの貴公子然とした美少年だ。肌が
白く一目では儚げそうだが、第3ボタンまで開けたシャツの下には
鍛え抜かれた肉体が備わっている。

1753
﹁本当に遅いぞ。オマエが妖人大陸の魔術師学校を卒業して約1年、
今までどこで何をやっていたのだ?﹂
﹁手紙に書いた通り、将来妻にする愛しい人のため、世界を回り武
者修行をしておりました!﹂
 アムは無駄に美少年顔を締まらせ、極真面目に答える。
 この返答に父親のトルオは頭を抱えた。
 話から分かるようにアム・ノルテ・ボーデン・スミスは、魔術師
学校時代、スノーに懸想した上流貴族だ。
 スミス家の長男で、本来なら魔術師学校を卒業後すぐ、父の下で
後継者としての経験を積む筈だった。
 しかし、彼は︱︱スノーが魔術師学校を飛び出した後卒業まで戻
ってこなかったため、その間も彼女に相応しくなるためひたすら努
力し、魔術師Bプラス級になって卒業。
 だが魔術師Bプラス級では、スノーの横には並び立てないと約1
年間世界中を飛び回り修行の旅へと出た。
 今回、数年ぶりに北大陸ノルテ・ボーデンにある実家である城へ
と戻ってきたのには理由がある。
 アムは真剣な面持ちで目の前に立つ父に問う。
﹁父上、ぼくも一つお聞きしてもよろしいですか?﹂
﹁なんだ、今にも飛びかかってきそうな顔をしおって﹂
﹁父上のご返答によります。なぜ、白狼族に懸賞金などかけている
のですか!﹂
﹁そのことか⋮⋮﹂

1754
 父は窓際に移動し、外を眺める。
 アムは修行中に白狼族に懸賞金がかかり、迫害されていることを
知った。
 彼は昔から白狼族との個人的繋がりを持っていた。それ故、スノ
ーに一目惚れ、懸想してしまった部分もあるのだろう。
﹁何を考えていらっしゃるのですか! 白狼族は巨人族の侵攻を知
らせたり、雪山で遭難した住人の保護、降り積もった雪山の雪滑り
を意図的にして危機を未然に防いでくれたりと⋮⋮ずっと友好的に
過ごしてきた一族ですよ! 父上がやっていることは長年親しんだ
友人を裏切る行為! 民衆の規範となるべき存在の貴族としてある
まじき行為です!﹂
﹁魔術師学校を卒業して、帰っても来ずふらふら遊んでいると思っ
たら、帰ってきて早々批判とは! オマエの行動は自身が口にする
﹃民衆の規範となるべき存在の貴族﹄だとでも言うのか!﹂
﹁それは詭弁です! ぼくが今、訴えているのは白狼族の対応につ
いてです! ぼくの身勝手な行動に対して問題があるというなら、
どんな処罰でも受けましょう! しかし、白狼族へかけている懸賞
金は今すぐ取り下げて貰いますよ!﹂
﹁黙れ! 貴様のような青二才に我の思慮深き遠大な計画の何が分
かる!﹂
﹁お話し頂けなければどんな賢者だとしても分かりません!﹂
 親子は会って早々喧嘩腰で会話を繰り返す。
 そこに割って入ったの無邪気な声音だった。
﹁兄様! 部下達から聞きました! お帰りになったのですね!﹂
﹁おお! ぼくの愛しい弟、オール! 久方ぶりだな! その愛ら
しい顔を見せてくれ!﹂

1755
 オール・ノルテ・ボーデン・スミス。
 アムの1つ下の弟だ。
 彼に魔術師としての才能は無く、今年まで北大陸にある貴族学校
に在籍していた。
 アム同様の金髪だが、こちらに癖毛はない。
 長髪で顔立ちはまだ幼いが、アムとは別系統の美少年だ。
 アムが貴公子とした戦場に立つ勇ましい美少年なら、オールは女
装させたら高貴な出身の姫と言っても通じるほどの美少年である。
 アムは、オールを軽々と抱き上げその場で一回転。
 手を離すと、オールが子犬のように兄へとまとわりつく。
﹁兄様、お帰りなさいませ! 突然お帰りになってどうしたのです
か? 確か、修行の旅に出たと思ったのですが﹂
﹁いや、色々あって一度戻って来たのだ。父上やオマエの顔を見た
かったしな﹂
 アムは弟に父との諍いを見せたくないと、一瞥を送る。
 父も言い合いを避けるため、視線を再び窓へと向けた。
 オールは2人の間に漂う空気に気付かなかったのか⋮⋮または逆
に察したのか久しぶりに会う兄へキラキラとした好奇心の笑顔を向
ける。
﹁そうでしたか! オールも久しぶりに兄様にお会いできて大変嬉
しいです! いつまでこちらに居られるのですか? もし暇がある
のなら、是非魔術師学校や修行のお話をお聞かせください!﹂
﹁はっはっはっ! もちろんだとも! よし、今夜は久しぶりに夜

1756
遅くまで語り合おうじゃないか!﹂
﹁いいんですか!﹂
﹁もちろんだとも!﹂
 オールは手放しで喜び、満面の笑顔を浮かべる。
 アムも弟へ笑顔を向けていたが、父には︱︱
﹁それでは父上、先程のお話はまた後日ということで﹂
﹁分かった﹂
 2人はそれだけの短い会話を交わすと互いに背を向け合う。
 アムは挨拶を終えると、オールに手を引かれて部屋を後にした。
第156話 スミス家の思惑︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月11日、21時更新予定です!
男しか出てこない⋮⋮。
もっと女の子成分を!
﹃第155話 巨人族との遭遇﹄の一部を修正しました。
ご指摘頂きまして誠にありがとうございます。

1757
第157話 白狼族からの依頼
 白狼族は北大陸の奥地に住む少数民族だ。
ギルド
 現在、冒険者斡旋組合に懸賞金をかけられ、理不尽な迫害を受け
ている。
 そのため白狼族達は、協力者の助けを借りて必要物資を買い込み
現在拠点とする村へと運んでいる。
 オレ達は、今北大陸最大都市ノルテ・ボーデンを秘密裏に脱出し
て、必要物資を運ぶための白狼族先遣隊と合流した。
 オレ達は雪のブロックで作られたイグルー︵かまくらの巨大版︶
の中で、朝食をご馳走になっていた。
 食べ物は保存食がメインだ。
 干し肉、何かの野菜を酢漬けにした物、ちょっと硬いカンパンの

1758
かおりちゃ
ような物。食後に謎果物のジャムをタップリと入れた香茶を振る舞
ってもらった。
﹃美味しいです﹄
かおりちゃ
 甘味奉行のクリスが微笑みを浮かべて美味しそうに香茶を飲む。
 点数は付けない。
かおりちゃ
 どうやら魔人種族的にはジャム入り香茶は、お菓子の分類には入
らないようだ。
 イグルーの中は思ったより広い。天井にある魔術で作り出した光
が室内を照らす。床には絨緞が何枚も敷かれているため、まったく
冷たくない。室内は人の体温が篭もるせいか、とても暖かかった。
 白狼族としてもイグルーは使い勝手いいらしい。
 材料となる雪はその辺に大量に積もっているし、不必要になった
ら簡単に壊せる。
 なのに吹雪に耐えられるほど頑丈だ。
かおりちゃ
 オレ達が、車座になって香茶を飲んでいると、アイスがイグルー
に顔を出す。
 彼女は先程まで先遣隊の責任者に報告をしていた。
 彼女は早速、話を切り出す。
 その内容とは⋮⋮
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKERにクエストを依頼したい。トルオ・ノルテ・
ボーデン・スミスの長子、アム・ノルテ・ボーデン・スミスを誘拐
してきて欲しい﹂

1759
 室内に緊張が走る。
 そりゃそうだ。突然、北大陸最大都市の上流貴族の長男を誘拐し
て欲しいと言われたのだから。
 オレとしては、﹃誘拐﹄という物騒な単語よりも﹃アム﹄という
名前がややひっかかった。最近どこかで聞いたような⋮⋮。
 オレ達の反応を予想していたのか、アイスはすぐに言葉を継ぎ足
した。
﹁まず誤解しないで欲しいけど、私達は犯罪を犯して欲しい訳じゃ
ない。まずアム様と私達、白狼族とは昔から交流があって友好的な
関係を作っている﹂
﹁ならなぜ誘拐だなんて物騒な依頼をしたんだ?﹂
﹁彼の周りを警護する兵士達にトルオの息がかかっているからよ。
全員では無いでしょうが、誰がトルオ派かなんて判別できないから。
そんな彼らが、アム様と面会させてくれるはずがないわ﹂
 確かにわざわざ懸賞金までかけて追っている白狼族を、素直に会
わせるはずがない。
ピース・メーカー
﹁だから、PEACEMAKERにアム様を連れ出してもらい、私
レギオン
達と話をする場を作って欲しいの。軍団を立ち上げるぐらいの実力
者達なら、無駄な血を流さずアム様を連れ出すぐらいは出来るでし
ょ? 正直、私達がやったら大量の血が流れると思う。私達にそう
いった経験なんてないから﹂
﹁僕達だって城からの要人誘拐なんて経験ないぞ。大人数に囲まれ
たらどうするんだよ﹂
 クリスの母、セラス奥様が城に監禁されているのをスノーと一緒

1760
に助け出したことはあるが⋮⋮あれは城内部を知っていたのと隠し
通路があったお陰だ。
レギオン
 それに軍団立ち上げ前だからノーカンだ。
 アイスは﹃予想通りの反応﹄という顔で切り返してくる。
﹁私達もそんなに無茶をお願いするつもりはないわ。第一、アム様
は魔術師学校を卒業した後、世界中を回っているし。でも、もうす
ぐアム様が帰ってくるという情報を手に入れたの。そして付き合い
のある友人達が、ご帰還の席を設けるという話よ。その行きか、帰
りの馬車移動を襲って欲しいの﹂
 なるほど、馬車を襲撃して連れ出すならそこまで難しくはないか?
 相手が魔術師なのが面倒だが殺さず無力化する方法はいくつかあ
る。
﹁⋮⋮でも、仮に誘拐が成功したとしてその後、どうするつもりだ
? まさか交渉が決裂したら、その長男さんを人質にするとか?﹂
﹁いいえ。むしろ、人質になんてしたら、私達の立場が本当に悪く
なるから出来ないわ﹂
 アイスが誘拐後の計画を話して聞かせる。
﹁アム様に白狼族の娘を1人、妾として貰ってもらう予定よ﹂
﹁⋮⋮はっ?﹂
﹁アム様に白狼族の娘を娶ってもらって、私達一族の後ろ盾になっ
てもらうの。それにいくらトルオでも、長男の妾の一族に懸賞金を
かけ続けるのは不可能でしょ?﹂
 この世界で一夫多妻制は別に珍しいことではない。

1761
 しかし面と向かって、﹃一族の後ろ盾になってもらうため娘を妾
として差し出す﹄と言われると面食らう。
 スノー達はなんだかんだで納得している。この世界では珍しいこ
とでもないのだろう。だが、オレはやや引っかかりを覚える。
 個人を犠牲にして、多数を助ける︱︱という考え方。
 まるで神の怒りを静めるため、生きた人間を生け贄に捧げるよう
な後味の悪さだ。
 思わず、尋ねてしまう。
﹁⋮⋮後ろ盾を得るという意味では有効な手段だと思うけど、嫁が
される娘は納得しているのか? 一族を助けるためとはいえ、自身
の意思を無視して犠牲にするやり方を﹂
﹁ええ、納得しているわ﹂
﹁それは本人に確認したのか?﹂
﹁確認も何も、嫁ぐのは私だし﹂
﹁アイスが?﹂
 目の前に座る彼女は、長いストレートの毛先を指で弄りながら語
った。
﹁ええ、そうよ。アム様とは昔から知り合いで、一緒に何度も遊ん
だことがある幼なじみ同士よ。知らない子が嫁ぐより、気心が知れ
ている幼なじみの方がアム様も了承しやすいでしょ? それに私が
アム様の妾になることで、一族の皆が助かるなら本望よ。一族を助
けるためならしかたないわ。白狼族は仲間を見捨てることが出来な
いの。そういう一族の血を私も引き継いでいるから﹂
 アイスはクルクルと指先で落ち着かなさそうに弄り続ける。

1762
﹃一族の皆が助かるなら本望よ﹄と口では冷静に言っているが、瞳
は恋する女子の熱を感じる。もう完全に雌の顔じゃないですか!
 あぁ、あれだ。アイスは幼なじみであるアムって奴に惚れてるん
だ。
 口では幼なじみ同士の方が気を遣わないとか、一族のためとか言
っているが⋮⋮。むしろ、種族や地位といった障害があって、叶わ
ぬ恋だと諦めていたが、大手を振って嫁ぐ理由が出来た。
 アイス的には自分の恋心も成就出来るし、一族も救える。万々歳
な展開なのだろう。
 なんか色々心配して損した気分だ。
 オレの溜息を何と勘違いしたのか、アイスは条件を提示する。
ギルド
﹁もちろん、冒険者斡旋組合は通さないけどクエストとして依頼す
るから、正当な報酬金を支払うわ。必要な物資、手が足りないなら
可能な限り融通するし、手伝う。それに︱︱﹂
 彼女は切り札を出す。
﹁もし無事にアム様を連れてきてくれたらスノーの両親について、
教えてあげるわ﹂
﹁!?﹂
 おいおい⋮⋮アイスは確か﹃白狼族の村へ行けば知っている人が
居るかもしれない﹄と言っていなかったか? なのになぜここです
でに情報があるみたいに断定してきた。
 恐らくだが、先程の先遣隊責任者にオレ達のことを報告した時、
スノー両親について知っている人物が隊の中にいたのだろう。

1763
 それを交渉材料の切り札として出してきたのだ。
 まいった⋮⋮そんな条件を出してくるとは。しかし、いくらスノ
ー両親の情報を得るためとはいえ、上流貴族誘拐に手を出してもい
いものか⋮⋮。
 オレはスノー達に視線を向ける。
﹁⋮⋮申し訳ないが、少し仲間と相談させてくれ﹂
﹁構わないわ。外に居るから話し合いが終わったら声をかけて。お
茶のお代わりはいるかしら?﹂
 オレは皆に視線で問う。
 いらないらしい。
﹁大丈夫だ。途中で欲しくなったら声をかけても?﹂
﹁構わないわ。その時は遠慮無く声をかけて﹂
 そう言ってアイスは外へと出る。
ピース・メーカー
 イグルー内には、PEACEMAKERメンバーのみが残る。
﹁それでどうする? アイスの、というか白狼族からの依頼を受け
るか?﹂
ピース・メーカー
﹁もちろん受けましょう! 我らPEACEMAKERは、助けを
求める者に手を差し伸べ、不義に鉄槌を下す正義の使者なのですか
ら! それにリュート様のお力があれば、たかだか貴族1人の誘拐
など訳ないですわ!﹂
 意外にもいの一番でメイヤが声音を上げる。
 彼女の勢いに負けない気概で、クリス達も賛同する。

1764
﹃メイヤさんの言うとおりです。スノーお姉ちゃんのためにも受け
るべきです!﹄
﹁私も賛成です。スノーさんのご両親の情報も確かに欲しいですが、
彼女の一族が困っているのです。見過ごすことなど出来ません﹂
﹁メイドに意見など⋮⋮若様達のお答えが自分自身の意思です﹂
 スノーはこの答えに涙ぐむ。
﹁みんな、ありがとう! わたし、みんなと出逢えて本当によかっ
たよ!﹂
 クリスとリースが、涙ぐむスノーの手や肩を抱き締める。
 まるで姉妹のような美しい光景だった。
 一方、メイヤはスノーに長々と語りかける。
レギオン
﹁お礼など必要ありませんわ、スノーさん。わたくし達は同じ軍団
に所属する大切なメンバー⋮⋮いえ、それ以上にリュート様を崇め
尊敬し愛する同士ではありませんか! わたくしも昔は、む・か・
し・は! リュート様のご威光に触れていなかったせいで、世界の
真理・真実に気付くことが出来ませんでした。しかし! 現在はリ
ュート様の素晴らしさを理解しております! 骨の髄、魂の欠片ひ
とつにまで! わたくしのような新参者とは違い、スノーさんは誰
より早くリュート様の素晴らしさ、偉大さ、天才性にお気づきにな
った大先輩! そんな貴女の助力になれるのならこのメイヤ・ドラ
グーン、たとえ湖の水でも飲み干してみせますわ!﹂
﹁ありがとう、メイヤちゃん⋮⋮﹂
 スノーはメイヤの熱烈な台詞に、涙を流す。
﹁ぐす、昔はリュートくんに酷いことをいう嫌な人だと思っていた

1765
けど、わたしの勘違いだったんだね。ごめんね、今まで冷たい態度
とっちゃって⋮⋮﹂
﹁いえ、むしろ当然の態度ですわ。もしわたくしが過去に戻って、
同じような態度を取られたら躊躇いなく過去の自分に銃弾を叩き込
み、あるだけの対戦車地雷をぶつけてやりますわ﹂
 メイヤはハンカチを取り出すと、スノーへと差し出す。
﹁なのでおきになさらず。そして、どうかリュート様の一番弟子に
して、右腕、腹心のメイヤ・ドラグーンに微力ながらお手伝いをさ
せてください﹂
﹁うん、一緒に頑張ろうねメイヤちゃん!﹂
 そして今度は4人でがっしりと抱き合う。
 オレは本来感動的といってもいい場面をどこか冷静な目で見てい
た。
 なぜだろう。
 メイヤの一連の行動が微妙に黒く見えるのは⋮⋮。
 まるで外堀を一つ埋められたような気分だ。
 抱き合うメイヤの背後から、策士の空気を感じる。
 今、彼女の背中しか見えないが悪い笑みを浮かべていそうな⋮⋮
いや、オレの気のせいか?
 とりあえず、こうしてオレ達は﹃アム・ノルテ・ボーデン・スミ
ス誘拐﹄のクエストを白狼族から受けることが決定した。

1766
第157話 白狼族からの依頼︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月13日、21時更新予定です!
メイヤが外堀をちゃくちゃくと埋めていますね∼。
彼女がリュートの妻として迎えられるのは何時の日か!
1767
第158話 スタン弾
 アイス達、白狼族からの依頼︱︱﹃トルオ・ノルテ・ボーデン・
スミスの長男、アム・ノルテ・ボーデン・スミス誘拐﹄クエストを
受けて、七日後の夜。
ピース・メーカ
 技術開発がメインのメイヤを残し、オレ達、PEACEMAKE

Rは再び地下道を通って北大陸最大都市であるノルテ・ボーデン内
部へと侵入する。
 狙うは帰還パーティー後の﹃アム・ノルテ・ボーデン・スミス﹄
の身柄だ。
 彼が今夜、友人達のパーティーに招待されることを、白狼族の協
力者達から情報を得た。白亜の城から馬車で出て、パーティー会場
に本人が入ったのも確認済みだ。

1768
 襲撃はパーティー疲れと気が緩む帰宅時を狙う。
 行く時は、時間的に人目が多すぎるという理由もあるが。
 もしパーティー会場に使用されている屋敷に宿泊するなら、リス
クは高くなるが寝静まった深夜、侵入し誘拐する予定でいる。
 幸運なことにターゲットは屋敷に宿泊せず、馬車に乗って帰宅し
ている最中だ。
 夜、人気の無い大通り。
 建物影に潜むオレとスノーは、ターゲットが通りがかるのを待つ。
 オレ達の手には、それぞれセミオートショットガン﹃SAIGA
12K﹄が収まっている。
 反対側の周りより背の高い建物の屋根にはクリス、リース、シア
が待機している。
 彼女達は馬車が来たら合図してくれる手筈になっている。
 あの白い兵士達が襲ってくるとも限らないので、リース&シアに
はクリスのガードに付いてもらっている。
 また視力がいいクリス、気配察知に長けているシアが高いところ
から周囲を警戒することであの白い兵士達の奇襲をいち早く察知す
るという目的もある。
 ちなみにクリスはSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 リースが汎用機関銃のPKM。
 シアはMP5K内蔵アタッシュケースのコンファーだ。
 今回の目的は要人誘拐。

1769
 無駄な血を流すつもりは無い。そのためシアにもショットガンを
進めたが⋮⋮
﹃いえ、コンファーで。むしろなぜ若様達はコンファーではないの
ですか?﹄と逆に疑問の表情を浮かべられた。
 最近、シアはコンファーに偏った信頼を寄せている気がする。
 昔は﹃ナイフの方がいい﹄とか言ってたくせに。
 待ち伏せは夜。
 運良く、吹雪にもならず襲撃をかけるには絶好の日だ。
 オレとスノーは建物の影に隠れながら、待つ間の暇潰しに会話を
する。
﹁そういえばスノーは、昨日もアイスと色々話していたよな﹂
 作戦決行までの約6日間。
 オレ達は先遣隊の臨時村に滞在させてもらった。
 その間、スノーは同世代で同い年のアイスと親しくなり何度も会
話をしていたのを目撃している。
 ちなみに今回の誘拐作戦にアイスは参加していない。
 彼女は魔術師としての才能がない。
 荒事なのでいざと言うとき自身の身を守ってもらうため、今回は
魔術師の白狼族男性が地下道案内を担当してもらっている。
 そのため彼女は今頃、臨時村でヤキモキしているだろう。
﹁うん、色々話してるよ。特に長男さんが通っていた魔術師学校が
妖人大陸だったらしくて。学校の雰囲気とか、授業内容とか色々教

1770
えてあげてるの。やっぱり好きな人のことは色々知っておきたいん
だね﹂
﹁これから攫う長男って妖人大陸の魔術師学校に通ってたんだ﹂
﹁そうだよ﹂
 オレはある種のひっかかりを覚えた。
 上流貴族、アム、妖人大陸の魔術師学校に通っていた⋮⋮
 北大陸へ行く準備、新・純潔乙女騎士団に当分のあいだココリ街
の治安維持を任せる手続き、飛行船が飛んでいる間も防寒装備を準
備するのでずっと忙殺され続けてきた。
 そのためすっかりアイナが言っていた人物名が、頭からすっぽり
と抜け落ちてしまったのだ。
﹁リュートくん、合図来たよ﹂
 スノーの言葉で我に返る。
 クリス達がいる建物屋根から灯りが点滅する。
 光を利用したモールス信号だ。
ドリル
 元純潔乙女騎士団メンバーを鍛える時、教練で教授した。スノー
達にもやり方などを覚えてもらった。
 これがレシーバーや携帯代わりに、遠距離で連絡し合う代替案だ。
 モールスで現在地、進路、護衛数、護衛者の位置、装備、他に伏
兵がいないかの情報を送ってくる。
 どうやら馬車は1台。護衛者は6人で、騎馬に跨り甲冑を装備し
て手には槍、腰から剣を下げている。馬車を左右挟むように3人ず
つ並走している。他に付き従う伏兵は無し。あの白い兵隊はいない

1771
らしい。
 進路は予定通り、このまま行けば襲撃ポイントにまっすぐ到達す
るとのことだ。
 襲撃ポイントに到着するまで時間が無い。
 スノーは顔を隠すため、ポケットから取り出したフェイスマスク
を被る。
 オレも慌てて彼女に習った。
コンバット マガジン
 手にしている戦闘用ショットガンに装着する弾倉が、﹃非致死性
ショットシェル
装弾﹄なのを確認してから入れる。
ショットシェル
 この非致死性装弾とはなにかというと︱︱元々、ショットガンは
狩猟用の銃である。
ショットシェル
 そのため獲物に合わせて異なる装弾を使用することが出来るのが、
ショットガンの強みである。
ショットシェル カートリッジ
 装弾はハンドガンや狙撃用ライフルの弾薬より圧倒的に大きい。
そのため中に色々な物が詰め込める。結果、多くの特殊装弾が考え
出された。
ショットシェル
 その中に、目標を殺さずに無力化する﹃非致死性装弾﹄というの
が産まれたのだ。
ショットシェル
 もっとも有名な非致死性装弾は、﹃スタン弾﹄だ。
ショットシェル
 スタン︱︱意味通り相手を気絶、昏倒させるための装弾である。
 本来、鉛やスチールを撃ち出すが、﹃スタン弾﹄の場合はゴム製
の弾を撃ち出す。
 弾がゴム製のため相手に当たっても死なないことになっているが、

1772
至近距離から人体の急所に撃てば深刻な後遺症を引き起こす可能性
もある。
 だから、相手を殺さないからといって使用方法や扱いが雑になっ
ていいものではない。
 だが、この異世界では前世にあったようなゴムが無い。
 ゴムはゴムの木か、化学的に合成して作るしかない。
 最近、ココリ街で見付けたゴムっぽい魔物の部位を見付けたが、
実際に使用出来るかどうか実験している最中だ。
コンバット
 そのため今回、オレが戦闘用ショットガン、SAIGA12Kに
装填したのはスタン弾と同じ効果を持つ﹃ビーンバッグ弾﹄と呼ば
ショットシェル
れる非致死性装弾である。
 お手玉のような形の袋に砂を詰め、お尻部分に命中精度をあげる
ための長い尻尾を付けている。
 たとえば靴下の先端に砂を詰め、高速で振り下ろせば高い威力を
発揮する。
ショットシェル
 それを装弾で実現したのだ。
 砂が詰まった袋が高速で撃ち出され、相手に激突しノックアウト
するのである。
 こうしてオレ達は準備を終えて、クリスの合図を待った。
1773
第158話 スタン弾︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月15日、21時更新予定です!
活動報告を書きました。よかったらご確認ください!
1774
第159話 襲撃と再会
 パーティー帰宅時のアム・ノルテ・ボーデン・スミスが乗った馬
車が近づいてくる。
 これからオレ達は、領主の息子である彼を誘拐する。
 予定の位置に入ったらクリスが合図で知らせてくれる。
 クリスの合図は実にシンプルな物だ。
 ダァーン!
 ダァーン!
 ダァーン!
 SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶発砲音。
 襲撃の合図だ。

1775
﹁行くぞ、スノー!﹂
﹁了解だよ、リュートくん!﹂
コンバット
 オレとスノーは戦闘用ショットガン、SAIGA12Kを手に家
屋の影から飛び出した。
 視界には聞き慣れない発砲音に驚き、動揺する角馬と護衛達。
 片側の車輪2つが破壊され、馬車が傾いている。
 御者台に座っていた男性は、突然切れた手綱を手に呆然としてい
た。
 全て、クリスがSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶が撃ち抜き、破壊し
たのだ。
﹁貴様等! 何奴か! こちらの馬車に搭乗なさっているのがアム・
ノルテ・ボーデン・スミス様と知っての狼藉か!﹂
 従者のリーダー格らしき人物が、騎馬の上から叫ぶ。
 どうやら中に乗っているのは目当ての人物で間違い無いらしい。
トリガー
 オレは返答する代わりに、SAIGA12Kの引鉄を絞る。
﹁ぐっあ!?﹂
 発砲音。同時に砂が詰まった袋︱︱ビーンバッグ弾が、リーダー
は短い悲鳴を上げさせ角馬から落馬する。
﹁⋮⋮き、貴様!!!﹂

1776
 攻撃された、という事実に遅れて気付いた他護衛者達がオレ達へ
襲いかかってくるが⋮⋮
 ダァーン!
 ダァーン!
 ダァーン!
 クリスの援護射撃により、手にしていた剣を吹き飛ばされる。
 さらに、シアがMP5Kの入ったアタッシュケース︱︱コンファ
ーで、混乱している護衛者を3人ほど殴り倒した。
 残る2人もオレが手早くビーンバッグ弾で、気絶させる。
 スノーが馬車へ駆け寄ると、扉へ向けて発砲。
 留め具ごと扉を破壊し、開閉出来るようにしてしまう。
 前世、地球でショットガンは建造物のドアを破壊したり、鍵を壊
したりするのによく使用された。そうした用途に使われるショット
ガンを﹃ブリーチャー﹄﹃マスターキー﹄などと呼ぶ。
 まさにショットガンのある意味で正しい使用方法だ。
 オレが扉を開くと、突然片側が傾いたため、重力に従い目標の要
人が反対側の扉側へと倒れていた。
 彼は投げ出された体勢で、強気の姿勢を見せる。
﹁この下郎が! ぼくがアム・ノルテ・ボーデ︱︱﹂
スタングレネード
 オレは最後まで話を聞かず、特殊音響閃光弾のピンを抜き馬車内
部へと放り入れる。
 もちろん相手は魔術師。
 反射的に抵抗陣を作り出すが︱︱

1777
﹁うぎゃぁぁ!?﹂
 強烈な光と音までは防ぎきれず、奇声をあげ気絶してしまう。
スタングレネード
 もちろん投げ入れた特殊音響閃光弾は弱めたバージョンを作って
入れた。
 さすがに通常のを狭い馬車内で使用したら、目標の要人がただで
は済まないからだ。
 襲撃は時間にして約1分程だ。
 御者台に座っていた男もシアが気絶させたため、動く人物は誰も
いない。
 念のため、気絶している目標はスノーに馬車から連れ出してもら
う。
 彼女がこの中で一番魔術師として長けているため、相手の魔術攻
撃にもっとも対抗できるためだ。
 気絶している目標に魔術防止首輪をはめ、手足を拘束、頭に袋を
被せて完全に自由を奪う。
 そしてその後、オレが拘束した要人を担ぎ撤収する。
 所要時間は約5分というところだ。
 眠っていた住人達が騒ぎ出す前に、オレ達は再度地下道へと姿を
滑り込ませた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

1778
 白狼族男性の案内で、地下道を進み街外へと出る。
 気絶した領主の息子をオレと白狼族男性が交互に担ぎ、先遣隊が
居る臨時村へと向かう。
 途中、前回のように巨人族の群れとはかち合わず、特に危険も無
く臨時村へと辿り付いた。
 オレ達の姿にアイスが気付くと、忠犬のように駆け出してくる。
 もちろん相手はオレ達ではない。
 今、オレが抱えている目標、アム・ノルテ・ボーデン・スミスだ。
 オレは抱えていたアムを下ろすと、頭から袋を取り手足を拘束し
ている縄をナイフで切る。念のため首につけている魔術防止首輪は
そのままにしておいた。
 暴れられても面倒だからだ。
 アイスは未だ気絶しているアムの頭を抱え込む。
 彼女が頬を撫でると、雪の冷たさのためか彼が目を覚ます。
﹁う、ん⋮⋮ここは? ぼくは確か、賊共に襲われて⋮⋮﹂
﹁アム様、アム様⋮⋮私のことを覚えていますか?﹂
﹁んん? おぉ! ミス・アイスじゃないか! 久しいな、何年ぶ
りだ? ぼくが魔術師学校に入学するためだから、かれこれ6年ぶ
りぐらいか?﹂
﹁はい、お久しぶりです。⋮⋮というか、私に黙って、手紙の一つ
もなく武者修行に出るなんて酷いです。ずっとアム様が帰ってくる
のを待っていたんですよ!﹂
﹁ああ! 済まない、ミス・アイス! ぼくとしたことが最も親し

1779
い幼なじみに連絡を忘れるなんて! どうかこの愚かなぼくを許し
てくれないか?﹂
﹁まぁ、別にいいですけど⋮⋮﹂
 アムは体を起こすと、アイスの手の甲に謝罪を口にしながら口づ
けする。
 アイスは先程までの険しい表情を一転、頬を赤く染めてそっぽを
向きながら自身の長い髪の毛先を弄る。
 完全に惚れている女の子の顔だ。
 チッ、イケメンバクハツシロ⋮⋮ッ。
 オレの怨嗟が届いたのか、アムが周囲を確認するように見回す。
﹁ところでここはどこだい? どうやらノルテ・ボーデン外のよう
だけど⋮⋮おおおッ!!!?﹂
 彼はぐるりと見回していた視線をある一点に留め、奇声を発した。
 その視線の先には、スノーが立っている。
﹁ミス・スノー! どうしてここに! いや、確か貴女はご両親を
探しに北大陸へ行きたいと仰っていましたね。しかしまさかこんな
所でお会い出来るなんてまさに運命! ぼく達は結び合う定めにあ
るのですね!﹂
 彼は満面の笑顔で、歯をダイヤモンドのように輝かせスノーの前
に跪く。
 反比例して、先程まで幸せそうに談笑していたアイスが、血の気
を完全に失った青い顔になっている。
 アムは気付かず、跪いたままスノーを見え上げて再度前歯を光ら

1780
せた。
﹁再び出逢えたことにぼくは感動を禁じ得ません! どうかその柔
らかな手に接吻する栄光をお与え下さい!﹂
﹁えっと、あの、どこかでお会いしましたっけ?﹂
 スノーの返答にアムが動きを止める。
 歯の光も急速に失われた。
 アムは打ち砕かれた表情で、ふらふら立ち上がると金髪の前髪を
かきあげる。
﹁ふ、ふふふ⋮⋮久しぶりにお会いしたせいで、すっかり忘れてい
ました。スノーさんは異性を覚えるのが苦手な、奥ゆかしい方だと
いうことを﹂
 いやいや、異性を覚えられないのを﹃奥ゆかしい﹄で片付けじゃ
駄目だろ。
 しかしアムは再び光を取り戻し、イケメン笑顔でスノーへ自己紹
介する。
﹁スノーさんと同じクラスで妖人大陸の魔術師学校に在籍していた
魔術師Bプラス級、アム・ノルテ・ボーデン・スミスです!﹂
﹁?﹂
﹃こんな人、居たかな?﹄という顔で、スノーは首を傾げる。
 あれは完全に記憶に無い顔だ。
 しかしやっぱりだ。
 アイナの台詞を思い出す。

1781
﹃特にご執心だったのは、自分達と同級生で、北大陸を治める上流
貴族のアム君っすね。彼、魔術師Aマイナス級になったスーちゃん
に相応しくなりたいからって、学校を卒業した後、実家にも帰らず
武者修行してるらしいっすよ。何度アプローチしに来たことか﹄
 名前も学校も、武者修行云々の話も全部当てはまるところから、
本人に間違いないだろう。
 この目の前に経つイケメンが、スノーにずっとご執心だった同級
生か。
 スノーは相変わらず、その事に気付いていない。
 彼女はオレの腕を取り、左腕に輝く結婚腕輪を見せ付けるように
自校紹介する。
﹁同じ魔術学校の人だったんだ。どうも、獣人種族、白狼族の魔術
師Aマイナス級、スノー・ガンスミスです! リュートくんの奥さ
んやってます!﹂
﹁が、ガンスミス⋮⋮奥さん⋮⋮だと?﹂
 彼の世界が今度こそ完全に停止した。
1782
第159話 襲撃と再会︵後書き︶
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感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月17日、21時更新予定です!
今日は溜まっていた洗濯物を洗濯し、乾燥機にかけてました。
子供の頃は親の手伝いで洗濯物を畳むのが苦手でしたが、今では綺
麗に畳むことが出来るようになりました。これも1人暮らしが長い
せいですね!
いや、本当に1人暮らしが長くてよかったな! 別に料理だって作
れるし、掃除だって出来るし!
なぜだか知りませんが目から汗が止まらないや⋮⋮。

1783
第160話 アムとの決闘
 北大陸最大都市ノルテ・ボーデンを統べる上流貴族、その長子で
あるアム・ノルテ・ボーデン・スミスはスノーの結婚を知って石像
のように固まってしまう。
﹁ひ、左腕に婚約腕輪をつけているのは知っていたが、まさか本当
に魔術師でもないただの人間と結婚するなんて⋮⋮﹂
 スノーの、正面から叩きつぶすような自己紹介にやられてしまっ
たのだ。
 なにやら失礼なことをブツブツと呟きながら、別世界に意識を旅
立たせている。
 そんな彼に、幼なじみの白狼族の少女、アイスが声をかける。

1784
﹁あ、アム様、そんなに気を落とさなくてもいいのでは? 魔術学
校時代から、スノーはリュートと結婚すると婚約腕輪まで付けてい
たんだから﹂
﹁いや、しかし、まさか魔術師でもない男とあの﹃氷雪の魔女﹄の
二つ名を持つミス・スノーが本当に結婚するなんて。悪夢以外の何
物でもない⋮⋮﹂
﹁⋮⋮やっぱり、アム様は魔術師の娘じゃないと駄目なんだ⋮⋮﹂
 アイスが彼の発言で落ち込む。
 白狼族は優秀な魔術師を輩出する割合が多いが、アイスは魔術師
ではない。
 好意を向けている相手が、﹃魔術師以外と結婚するなんて⋮⋮﹄
と落ち込んでいたら気分がいい筈がない。
 アムはそんなアイスの好意にも気付かず、勢いよく立ち上がると
オレに指を突き付け、
﹁こうなってはしかたない! 悪逆リュート! 貴殿にミス・スノ
ーを賭けて決闘を申し込む!﹂
﹁誰が悪逆だ! 誰が!﹂
﹁貴殿以外誰がいる! 純粋無垢なスノーさんを幼少の頃から洗脳
し、拐かした! 十分、悪逆、卑劣ではないか!﹂
 くっ、意外と反論出来ない!
 アムの決闘宣言にオレより、女性陣が反応を示した。
﹁リュートくんは悪逆、卑劣なんかじゃないよ! それにわたし、
洗脳なんてされてないもん! むしろ、子供時代、リュートくんに

1785
出逢えたことが、わたしの人生で一番の好運、奇跡だと思ってるも
ん﹂
﹃お兄ちゃんは悪い人じゃありません!﹄
﹁そうです。魔術師の才能の有無で好意を量ろうとする貴方こそ、
恥を知りなさい﹂
﹁奥様方の言うとおりかと﹂
 スノー、クリス、リース、シアの順番で批難され、アムがやや後
退る。
 さらにメイヤが満を持して反論する。
﹁笑止! 圧倒的笑止ですわ! リュート様の才能を魔術や見かけ
で判断するなど! ぷっふぅー! まぁしかし、分からない人はそ
の素晴らしさも分からないでしょうね。ぷっふぅー!﹂
 メイヤは心底バカにしたような態度を取ってくる。
 アムが困惑しながら尋ねてきた。
﹁彼女達はいったい⋮⋮﹂
﹁ミニ黒板を持つ少女とエルフは自分の妻で、黒エルフはメイドで、
最後は自分の弟子です﹂
﹁き、貴様はミス・スノーだけではなく、彼女に勝るとも劣らない
美少女達を囲っているということか⋮⋮ッ!﹂
 うん、反論出来ない。
﹁この女性の敵! いや、男達の怨敵め! 世界中の紳士に代わっ
て成敗してくれる!﹂
 アムは腰から下げていたレイピアを抜き、突き付けてくる。

1786
 完全に臨戦態勢だ。
﹁あ、アム様、止めてください! 決闘などして、もし怪我などし
たら私⋮⋮﹂
﹁おぉ、ミス・アイス⋮⋮﹂
 アイスが彼の身を案じて止めに入る。
 その顔は好いた異性の身を案じる少女のものだ。
 誰が見ても一目で、相手に好意を抱いていると分かってしまうほ
ど表情や全身から滲み出てしまっている。
 しかしアムは︱︱
﹁安心したまえミス・アイス! ぼくが魔術師学校を卒業して、さ
らに武者修行の旅で培った実力で悪漢を退治し、不幸にも洗脳させ
れているミス・スノーを解放してみせるよ! 貴殿に教えてやろう
! ミス・スノーに対するぼくの愛がどれほど気高いかを!﹂
 アムの台詞にアイスが唇を噛む。
 そして、殺気を孕んだ目でスノーを見詰める。
 瞳が﹃この泥棒猫が!﹄と言いたげな光を孕んでいた。
 てか、アムの奴まったくアイスの好意に気付いていないらしい。
あんなにあからさまなのに。
 オマエはどこのラノベや漫画、アニメの主人公だ!
 さすがに彼の態度に苛つきを覚え、決闘を承諾する。
﹁⋮⋮分かった。その決闘受けよう。但し、僕が負けても最終的に
どちらを選ぶかの選択権は彼女が持つということで良いならですが。
ピース・メーカー
離婚を強要するというなら、PEACEMAKERとして抗わせて
いただきます﹂

1787
﹁もちろんだとも! スミス家の名に賭けて強要はしない!﹂
 そしてオレ達はさらに細かい決闘のルールを決める。
・相手は殺さない。
・勝敗は気絶・または戦う意思を奪うこと。
・また審判︵第三者として白狼族男性が担当する︶に止められたら
負け。
・勝敗がどちらでも、怨みを持たない。
・以後、二度とスノーを賭けて決闘をしない。
 以上だ。
 そしてオレ達はアムをこの臨時村に連れてきた理由の説明もせず、
決闘の準備に取り掛かる。
 臨時村のイグルーに被害を出さないため、決闘は離れた場所でお
こなう。
 アムは乱れた衣服を整え、レイピアを再度握り締める。
コンバット
 オレはリースから一度しまった戦闘用ショットガン、SAIGA
12Kを受け取った。
ショットシェル
 もちろん、マガジンが非致死性装弾なのをちゃんと確認する。
﹁リュートくん、頑張って! 負けないって信じてるから!﹂
﹃お兄ちゃん、気を付けて﹄
﹁リュートさん、スノーさんを彼に渡しては駄目ですが、怪我だけ
には気を付けてください!﹂
 嫁達の声援に片手を上げて応える。

1788
﹁⋮⋮アム様﹂
﹁安心したまえ、ミス・アイス。ぼくは魔術師だ。決闘とはいえ、
本来守るべき一般市民の命まで奪うつもりはないさ。それにぼくは
こう見えて治癒魔術も得意でね。怪我をしても安心するといい!﹂
 後半の台詞はオレに向けられたものだ。
 彼の側でアイスが心配そうに眉根を寄せ、胸元で手を握り締めて
いる。
 しかし、アムは自分を心配している美少女の存在にまったく気付
いていない。こいつにアイスはマジで勿体無い気がするぞ⋮⋮。
 そしてオレ達は彼女達からも距離を取る。
 審判役である白狼族男性が﹃始め!﹄と勝負の火ぶたは切って落
とされた。
 アムはすぐさま襲いかかってこず語り出す。
﹁たとえ蛮勇であろうとも魔術師であるぼくの前に立つ勇気ある君
に敬意を表して、改めて名乗ろう!﹂
 彼はまるで舞台の俳優のような大仰な態度で金髪をかきあげ、レ
イピアをオレへと向ける。その仕草にうっとりしているのはアイス
だけだ。
 恋する乙女的には、こんなアホな行動でも魅力的に映るらしい。
﹁ぼくはスミス家長子! 人種族、魔術師Bプラス級、人呼んで﹃
ロンド
光と輝きの輪舞曲の魔術師﹄! アム・ノルテ・ボーデン・スミス
だ!﹂

1789
 アムは歯をダイヤモンドのように輝かせて、決め顔を向けてくる。
 アイスはもう溶けてしまうんじゃないかと心配になるほど、うっ
とりとしている。
 かっこいいか? なぁ、これかっこいいか?
 しかもその二つ名はどうだろ⋮⋮。もしかして自分で一生懸命考
えたりしたのかな。
 ちょっと意識をもっていかれそうになったが、何とか踏みとどま
りこちらも一応挨拶する。
﹁えーと。僕はハイエルフ王国、エノール、ハイエルフ族、国王か
レギオン ピー
ら名誉士爵を授与されたリュート・ガンスミスです。軍団、PEA
ス・メーカー
CEMAKERの代表も務めています﹂
﹁ほう、一応爵位持ちだったか。ならば、たとえここで命を落とし
ても貴族としての誇りに殉じたことになるわけだな。ならば最初か
ら本気でいかせてもらう!﹂
 おいおい、さっきオマエは﹃命まで奪うつもりはない﹄とか言っ
てたじゃないか。
 だが、オレの呆れた視線に気付かず、アムは本気とやらを出す。
﹁輝け光の精霊よ! その力を持って地上に聖なる姿を現したまえ
ライト・ミラー
! 光鏡!!!﹂
 呪文詠唱と同時にアムの姿がぶれて10人になる。
 全員寸分違わない背格好で、どれが本物か本気で分からない。
ライト・ミラー
﹃これが我が最大にして最強の魔術︱︱﹃光鏡﹄だ。実際にぼくが
増えたのではなく光精霊の力により、姿を増やしているのさ﹄

1790
 つまり、光の屈折による虚像というわけだ。
 また古典的な技を⋮⋮。
 オレの呆れ顔をどう受け取ったのか、彼が再び金髪を弾く。
 10人同時にだ。
 ちょっと、いや︱︱さすがにうざい。
﹃ふふふ、人数が増え怯えるのは分かる。だが、ミスター・リュー
トはこうも考えるだろう。﹃10人中、本物の1人を倒せば自分の
勝ち。そして、本物以外の攻撃は全て偽者だ﹄と。だが、残念かな
⋮⋮確かに他9人は光精霊による虚像だ。しかし︱︱﹄
 真ん中以外の9人が地面の雪をレイピアで突く。
 剣先が発光し、雷に似た輝きを放つ。
﹃驚いたかな? 他9人は光精霊による虚像だがぼくの魔力により
一部を実体化し攻撃することが出来るのだよ。つまり君は実質、1
0人の攻撃を同時に回避しなければいけないのさ! ふふふ、絶望
してしまったかな? これが魔術師学校を卒業した後も世界を回り
武者修行して身に付けたぼくの力さ!﹄
 これは素直に﹃凄い!﹄と驚くべきだろう。
 しかし質量を持った残像︱︱いや、幻影か。
 少しやっかいだな。
 アムはレイピアを胸に寄せ、刃を顔の前へと持ってくる。
ロンド
﹃さぁ始めようか光と輝きの輪舞曲を! スノーさんの気持ちを弄
んだ罪! タップリと後悔するがいい!﹄

1791
 そして、アムはすぐには飛びかからず、肉体強化術で補助したの
か素早い身のこなしで場所を移動。本物がどれか分からなくしてか
ら、鋭い踏み込みで10人一緒にオレへと襲いかかってきた。
﹃ライトニング・ボルト・スペシャル・スラッシュー⋮⋮ぐあぁ!
?﹄
 オレはというと馬鹿正直に技名を叫び突っ込んでくるアム目掛け
コンバット トリガー
て、戦闘用ショットガン、SAIGA12Kの引鉄を引き絞った。
トリガー
 マガジンが空になるまで連続で引鉄を引き絞る。
 銃口から複数のパチンコ玉サイズの弾が飛び出す。
 アムは抵抗陣を展開する暇も無く、増えた虚像ごと撃ち倒された。
 彼はレイピアと一緒に意識も手放し気絶する。
 よし、オレの勝ちだ。
 確かに虚像が攻撃を出来るのはかなり厄介だ。
 1人で複数の相手を同時に相手にするのは骨である。
 しかし今回、オレが手にしているのは﹃ショットガン﹄だ。
 これが拳銃やアサルトライフルなど﹃点で攻撃する﹄銃なら、厳
しい相手だったかもしれない。
 だが、ショットガンは﹃面でダメージを与える﹄銃である。
 近距離で複数の相手を制圧する︱︱まさにショットガンの特性を
遺憾なく発揮した独壇場だ。
﹁アム様!﹂
 誰の目にも勝利が確定したところで、アイスが青い顔でアムへと

1792
駆け寄った。
﹁大丈夫。気絶してるだけで、死んではいないよ。少しだけ怪我は
しているだろうけど﹂
ショットシェル
 今回、オレが使用した非致死性装弾は、パチンコ玉サイズの弾を
複数飛ばす﹃マルチボール・ラバー弾﹄のようなものだ。
 ゴムはまだ実験段階のため使用していない。その代用品として、
現在は木材を使用している。
 気絶したと思ったアムは、アイスの膝枕で一度蘇生し︱︱
﹁さ、さすがぼくの永遠のライバル⋮⋮3本勝負の1本目であるこ
の勝負は、ミスター・リュートに譲ってあげ、よう︱︱ぐふッ﹂
﹁アム様!? アム様⋮⋮ッ﹂
 言いたいことだけ言って、アムは再び意識を手放す。
﹃3本勝負の1本目﹄ってどういうことだよ!?
 いつからこの戦いが、﹃3本勝負﹄になったんだ!?
 しかし、気絶する寸前まで自分のスタイルを崩そうとしないその
根性はある意味、尊敬に値する。
1793
第160話 アムとの決闘︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月19日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
毎回、多くの感想をもらえて本当に嬉しいです!
特に最近は暑い日が続いているので、皆様から頂いた感想を糧に執
筆している次第です。
皆様も暑い日が続いているので、体調管理にはお気を付けください。

1794
第161話 報酬
﹁なるほど⋮⋮ぼくが白狼族の女性を妾として娶ることで後ろ盾に
なるか。うむ、実に現実的で分かりやすい作戦ではないか。ぼくは
この案に大賛成だ!﹂
 オレ達は先遣隊の臨時村で一番大きなイグルー内部でお茶を飲み
ながら膝をつき合わせていた。
 シアの治癒魔術で傷を癒し、目を覚ました領主の息子アムに状況
を説明する。
 彼に説明役を買って出たのは白狼族の少女で、アムの幼なじみで
あるアイスだ。
 しかし、彼女は不機嫌な表情をしている。

1795
 長年の想い人が、自分の好意に気付かず人妻であるスノーへ懸想
しているのだ。面白いはずがない。
 アムは幼なじみのそんな態度に一切気付いていない。
 マジでどこの鈍感系主人公だ。
 アイスは一度、﹃アム様に近しい白狼族の娘を一人妾に∼云々﹄
の所で、恥ずかしそうに言葉を詰まらせた。遠回しに自分がアムへ
嫁ぐと言ったからだろう。アムが分かっているとは思えないが。
 アムは一通り話を聞くと、誘拐の件についても快く許してくれた。
馬車を止め、説明している時間が無かったとはいえ、かなり暴力的
な手段で連れてきてしまった。
 なのに彼は恨み言一つ告げず、﹃そういう事情だったなら仕方な
い﹄さっぱりと許してくれたのだ。
 もしかしたら、将来上に立つ人間だけあり、器が大きいのかもし
れない。
 何も考えてないだけかもしれない可能性の方が高い気がするが⋮
⋮。
 さらに彼は、この作戦に自身の意見を追加してくる。
﹁しかし、良い作戦ではあるが、少々甘い部分もあると言わざるを
得ないな﹂
﹁そうですか?﹂
 アイスが不安そうに尋ねてくる。
 アムは大きく頷いた。
﹁久しぶりに我が国に帰ってすぐ、白狼族の現状を耳にした。そし

1796
て、すぐさま父上に理由を問い詰めたのだが⋮⋮まったく相手にさ
れなかった。その後もいくら理由を尋ねてもけんもほろろな対応を
されるばかりで⋮⋮だから、正直に言えば、白狼族がぼくの妾にな
ったぐらいでは父は意思を変えない可能性がある﹂
 アムは皆の不安そうな表情を一瞥してから、妙案とばかりに自身
の意見を告げる。
﹁だから、白狼族から妾ではなく、ぼくの正妻として迎え入れよう
と思う! いくら父上でも、未来の領主の正妻の一族を、表だって
無下に扱うことは不可能だ﹂
﹁あ、アム様⋮⋮ッ﹂
 アイスが口元を両手で押さえ、嬉しそうに頬を薔薇色に染める。
 さきほどまであった不満気な態度が嘘みたいな表情だ。
 妾で満足していたのに、アムが自発的に﹃正妻にするべき﹄と言
い出した。
 これを喜ばない筈がない。
 アムは幼なじみの態度に気付かず、話を進める。
﹁もちろん、今から連れて行って﹃彼女がぼくの妻です﹄と紹介す
る訳にはいかない。父上は確実に反対するだろうから、ある程度、
下準備が必要になってくるわけだ。だが逆に言えば準備さえ終わら
せればいいだけ。最悪の場合、父上には引いてもらおう。これ以上、
庶民の安寧を守る貴族として無用な争いを増長させる行為は見過ご
せない﹂
 凛々しい表情で断言するアムの姿に、アイスは完全に惚れ直して
いた。

1797
 大きな瞳は、蕩けるんじゃないかと心配になるほど潤んでいる。
 アムがそんな乙女顔のアイスへと視線を滑らせる。
﹁ぼくの方はこれでいいだろう。⋮⋮それで、ミス・スノーのご両
親に関する情報はもう伝えたのかい?﹂
﹁いえ、すみません、まだです﹂
﹁なら、すぐに教えて差し上げるべきだ。彼女達はちゃんと役目を
達成したのだから﹂
﹁分かりました﹂
 アイスはその指摘に慌てて立ち上がりイグルーを出る。
 その後ろ姿が、今にもスキップしそうなほど上機嫌そうなのは目
の錯覚などではない。
 スノー両親の情報を持つ人物︱︱恐らくこの先遣隊のリーダーを
務める人物でも連れてくるのだろう。
 数分してアイスが、イグルーに2人の人物を連れて戻ってくる。
 1人は年上の男性で、身長は180センチ以上。細身だが、無駄
な贅肉を一切削ぎ落とした筋肉質、獣耳の左側先端が切れてなくな
っている。顔立ちは険しく、いかにも武人という出で立ちだ。
 もう1人は女性で、身長はメイヤ程度。胸が大きく、肩にギリギ
リ触れない程度に伸ばしたセミロング。明らかにオレよりかなり年
上だが、顔立ちは美人で、どこか儚げで薄幸の印象を受ける。
 2人とももちろん白狼族で、睫毛の先まで銀色で頭に獣耳、尾骨
からは尻尾が出ている。
 この2人がスノー両親の情報を知る人物達なのか?
 微かな違和感を感じる。

1798
 男性、女性ともどこかスノーに似ているのだ。目、眉、唇などの
顔パーツや全体的に漂う匂い、空気感が。
 アイスもスノーの同族だけあって、共通部分は多々あるが、今目
の前に居る人物達は﹃同族だから﹄という理由を越えて似ている気
がする。
 そうまるで︱︱
 イグルーに入ってきた2人の白狼族の視線が、オレ達を見回し、
スノーで固定される。
 2人は喉を手で締められたように息を止め、驚愕の表情を作り出
す。
 女性の方は、口元を手で押さえ﹃信じられない﹄と言いたげに、
首を左右に振り呟いた。
﹁スノー⋮⋮貴女がスノーなの?﹂
﹁もしかして⋮⋮お母さん?﹂
 女性の瞳から涙がこぼれ落ちる。
 次々、次々、止めどなく。
﹁あっ、あっぁ⋮⋮﹂
 スノーに﹃お母さん﹄と呼ばれた人物は感情を高ぶり過ぎて、喉
を上手く動かせず口元を抑えて何度も頷いた。立っているのも辛そ
うに膝をがくがくさせる。
 隣に立つ男性が、女性の肩を抱き締め同じように目を赤く潤ませ
ている。
 恐らく彼がスノーの父親なのだろう。

1799
﹁お父さん! お母さん!﹂
 スノーは堪えきれず、2人に駆け寄り抱き合う。
 母親は正面からスノーと抱き合い、父親はそんな2人を丸ごと一
緒に抱き締める。
 スノーは両親の温もりに包まれながら、声を痛めるほど泣いた。
﹁お父さん! お母さん! 会いたかったよ! ずっと、ずっと会
いたかったよ⋮⋮ッ﹂
﹁ごめんね、ごめんね⋮⋮置き去りにして、迎えに行けなくて、ご
めんね⋮⋮ッ﹂
﹁すまない、ずっと苦労をかけてしまって﹂
﹁うわぁぁぁあっ⋮⋮っぁ!﹂
 十数年ぶりに再会した親子は互いに涙し、撫で合い、嗚咽をあげ
る。
 オレ達はそんな感動的再会を邪魔しないように、3人が落ち着く
までずっと待ち続けた。
 スノーはこうして孤児院時代からの夢︱︱両親との再会を果たす
という夢を叶えることが出来た。
1800
第161話 報酬︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月21日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
アムは賛否両論みたいですが、今後彼は株を上げるのでしょうか、
下げるのでしょうか!?
どうなることやら。
1801
第162話 スノー、両親との再会
 10数年ぶりに再会を果たしたスノーと彼女の両親が、一頻り泣
いて抱き合った体を離したのは大分経ってからだった。
 スノーは涙を拭うと、改めて両親と会話を交わす。
﹁でも、どうして、お父さんとお母さんがここに居るの?﹂
﹁私達は約2年前から、白狼族の村へ身を寄せてたの。そしたら、
先遣隊の1人が村へ戻ってきて﹃スノーって娘が両親を捜しに来た﹄
って聞いて⋮⋮﹂
 スノー母曰く、自分達の事情を知っているのは一部の白狼族だけ。
 今居る先遣隊を率いるリーダー格は、その数少ない人物だ。その
ため村へ使いを出し、2人に事情を知らせに来てもらったらしい。

1802
 憎い演出をするのものだ。
 スノーは納得すると、ハンカチで涙を拭き笑顔でオレ達のことを
両親へ紹介する。
﹁お父さんとお母さんに会えたら、いっぱい、いっ∼∼∼ぱい! 
お話したいことがあったんだけど、まずはわたしの大切な人達を紹
介させて!﹂
 彼女は左腕を顔の位置まで上げ、両親に誇示するように見せる。
﹁わたしの旦那様のリュートくんだよ! そして、こっちがクリス
ちゃんで、こっちがリースちゃん、2人ともわたしと一緒でリュー
トくんの奥さんなんだよ!﹂
 スノーは尻尾をブンブン振りながら、オレ達の紹介をしてくれた。
 オレは彼女の言葉に続く。
﹁ハイエルフ王国、エノール、ハイエルフ族、国王から名誉士爵を
授与された人種族のリュート・ガンスミスです。僕はスノーさんと
レギオン
同じ孤児院出身で、そのご縁で彼女と一緒になりました。軍団、P
ピース・メーカー
EACEMAKERの代表も務めております﹂
 オレは右手を胸に、左手を背中へ回し頭を下げる。
 クリスとリースも続いた。
﹃魔人種族、ヴァンパイア族のクリス・ガンスミスです。スノーお
姉ちゃんと一緒にお兄ちゃんの奥さんをやらせてもらってます﹄

1803
﹁お初にお目にかかります。妖精種族、ハイエルフ族のリース・ガ
ンスミスと申します。浅学非才の身なれど、スノーさんと轡を並べ
させて頂いております。スノーさんのご両親にお会いでき大変光栄
です﹂
 クリスはミニ黒板を差し出しながら、リースはオレと同じで右手
を胸に、スカートではないので左手は背後へ回し軽く一礼する。
 嫁達の挨拶が終わると、スノー両親が顔色を変える。
 2人はどちらも青い顔で息を飲んでいた。
 この世界では一夫多妻制があたりまえに存在する。
 決して珍しいことではない。
 しかし、自分の娘が妻の1人とカウントされるのは、親としては
やはり嫌なのだろうか?
 顔色の変化に気付いているのか、気付いていないのか淡々とシア
が挨拶をする。
﹁自分は奥様方のお世話をさせて頂いております妖精種族、黒エル
フ族のシアと申します。以後、お見知りおきを﹂
 そしてトリを飾るのはもちろん彼女だ。
﹁初めまして! スノーさんのご両親様! わたくしは竜人種族の
メイヤ・ドラグーンと申します。竜人大陸でちっぽけな魔術道具開
発をおこなっておりましたが、現在は大天才魔術道具開発神であら
せられるリュート様の一番弟子にして、右腕、腹心をやっておりま
すわ!﹂

1804
﹁丁寧に挨拶をしてくださってありがとう。自分は獣人種族、白狼
族のクーラだ。よろしく﹂
﹁私は獣人種族、白狼族のアリルです。娘が⋮⋮お世話になってお
ります﹂
﹃娘﹄の所で言い淀んでしまう。
 孤児院に預けて、放置していたんだ。素直に﹃娘﹄と口に出せる
ほど神経は太くないのだろう。
 場が静まりそうになるのを止めるように、スノーの父、クーラが
口を開く。
﹁失礼だが⋮⋮もしかして竜人大陸、メイヤ・ドラグーンといえば
ななしょくけん ませきひめ
⋮⋮あの﹃七色剣﹄や﹃魔力集束充填方式﹄を開発した﹃魔石姫﹄
なのかい?﹂
﹁はい、よくご存知ですね、オジ様﹂
﹁自分達は竜人大陸にも行ったことがあるからね。あそこで天才魔
ませきひめ
術道具開発者、魔石姫の﹃メイヤ・ドラグーン﹄を知らないなんて
ありえない。赤ん坊だって知っている有名人さ﹂
﹁ありがとうございます。しかし、わたくしの才など、こちらにお
わすリュート様の前ではゴミ⋮⋮いえ、存在しない﹃0﹄と同義語
ですわ﹂
 スノー父が先程とは違い感心した目を向けてくる。
﹁まさかあのメイヤ・ドラグーンを弟子にして、ここまで手放しで
褒められる人物だとは⋮⋮﹂
﹁いえその、彼女の言い方が大げさなだけで大したことはありませ
んよ﹂

1805
 オレはとりあえず謙遜する。
 そんなやりとりの最中に、領主の息子であるアムが割って入って
くる。
﹁初めまして、ミス・スノーのお義父様、お義母様! ご挨拶が遅
れて申し訳ない。ぼくはアム・ノルテ・ボーデン・スミスと申しま
す﹂
﹁!? そうか君が⋮⋮﹂
 スノーの父、クーラの呟きが漏れる。
 アムは続けて語った。
﹁白狼族が行おうとする作戦についての詳細は、ミス・アイスから
お聞きしました。非常に有効的な手段だと思います。しかし、彼女
達にも話したのですが、妾では父上に手を出させなくするのは難し
いかと⋮⋮。そこで白狼族から妾ではなく、ぼくの正妻として迎え
入れようと考えています。いくら父上でも、将来跡を継ぐ後継者の
正妻一族を表だって無下に扱うことは難しいでしょうから﹂
 彼の道筋立てた説得にスノー両親が納得する。
 そして、アムは最後に爆弾を投下しやがった。
﹁そこでぼくは白狼族との関係を強化するためミス・スノーをアム・
ノルテ・ボーデン・スミスの正妻として迎えようと考えています!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はぁぁあぁぁぁぁぁあッ! ちょ! オマ! ふざけん
なこら!﹂
 オレはスノー両親の前にもかかわらず大声をあげてしまう。
 だって、こいつは人妻であるスノーを、旦那であるオレの目の前

1806
で自身の正妻にすると言ったのだ。黙っていられるはずがない。
 アイスなんて、先程まで自分が将来、ずっと恋焦がれてきた人の
正妻になれるとウキウキしていたのに⋮⋮天国から地獄に突き落と
されたような、暗いヘドロ的空気を全身から発している。
 さすがに可哀相過ぎるだろ! 上げて落とすなんて!
 彼女のためにもオレは抗議を繰り返す。
﹁スノーはオレの妻だぞ! 誰がオマエに渡すもんか!﹂
﹁そうだよ! わたしはリュートくんの奥さんなんだから! リュ
ートくん以外の人と結婚するつもりなんて全然無いんだから!﹂
 オレとスノーの批難を前にしても、アムは余裕の態度を崩さない。
 キザったらしく前髪を掻き上げる。
﹁確かに今はミスター・リュートの妻かもしれない。しかし、ぼく
がミス・スノーの夫になったら彼女以外の妻を娶るなどしません!
 彼女だけを一生涯愛し続けると、ご両親と天神様に誓いましょう
!﹂
 まるで舞台俳優の決め台詞のように堂々と告げる。
 こいつの精神力、強すぎるだろう⋮⋮マジで鋼で出来てるんじゃ
ないのか?
 彼の非常識な言葉にオレやスノーだけではなく、アイスも怨念の
ような空気を全身から吐き出し、クリス達は呆れた視線をアムへと
向けていた。
 しかし、スノー両親はというと⋮⋮

1807
﹁スノーちゃんがアム様の正妻に⋮⋮﹂
 スノー母のアリルは満更でもない声音で呟く。
 父であるクーラも態度から、前向きな雰囲気を漂わせていた。
 彼らの反応はまるで、オレよりアムの方がスノーの夫として相応
しいと言いたげな態度だった。
 オレがそんなスノー両親の態度に愕然としていると、アムがすっ
と側に寄り︱︱
﹁どうやら二本目の勝負﹃ミス・スノーのご両親に気に入られる勝
負﹄はぼくの勝ちのようだな﹂と勝者の声音で呟いてきた。
︵相手は北大陸とはいえ伝統ある上流貴族の長男。オレはハイエル
フ王国の名誉貴族⋮⋮言葉が悪いけれど成り上がり。しかもスノー
以外の妻を抱えている。それが両親的に気にくわなかったのか?︶
 とりあえず、久しぶりに再会したスノー親子に気を遣い、その場
は一度解散になった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 中型イグルー︵かまくらの大きいもの︶は親子3人で過ごすのに
十分な広さを持っていた。
 10数年ぶりに再会した親子は、向き合う。

1808
かおりちゃ
 3人の前には北大陸式の謎果物ジャムをたっぷりと入れた香茶が
置かれ、白い湯気を昇らせている。
 スノーの父、クーラは彼女が一番知りたいであろう話︱︱﹃なぜ
スノーを孤児院の前に置き去りにしたのか﹄を語り出す。
﹁数十年前︱︱自分達は白狼族の村を出て、妖人大陸にある今は無
き国家ケスランに仕えることになった﹂
 理由は︱︱次期国王となる男性に2人とも命を助けられた。その
恩を返すためだ。
 国家ケスランは妖人大陸の北側平原にある、歴史と伝統だけが取
り柄の小国だった。
 そのため魔術師Bプラス級の実力を持つ2人は、ケスランで優遇
されたらしい。
 そしてスノーを妊娠出産。
 しかし当時、ケスランは妖人大陸で現在でも最大勢力を誇る大国、
メルティア王国との戦争に突入していた。
 ちなみにリュート、スノーが育った孤児院もメルティア王国の領
内になる。
 スノーは思わず尋ねる。
﹁どうしてそんな大国と小国のケスランが戦争なんてしたの? 負
けるって誰でも分かるのに⋮⋮﹂
﹁⋮⋮対外的には﹃過去の歴史上、メルティア王国の物だった領土
を取り戻す﹄というものだった﹂
﹁対外的には? つまり、他に本当の理由があるってこと?﹂

1809
 両親が苦い顔をする。
 スノーの母アリルが切り出した。
﹁私達はあくまで食客的な立場だったから、詳しいことまでは分か
らないの。ごめんなさい﹂
 クーラによって、話が続けられる。
 大国メルティアvs小国ケスラン︱︱勝敗は火を見るよりも明ら
かだった。
 クーラ達はメルティア王国兵士が王宮に殺到する寸前で、国を脱
出。
 クーラ達は北大陸には逃げず、裏を掻いて妖人大陸を渡り、獣人
大陸へと逃げ出した。彼らの作戦は功を奏して、無事メルティア王
国が敷いた警戒網を突破することが出来た。
 しかし、産まれたばかりのスノーを連れて逃げ延びることなど、
到底出来る訳がない。そのため冬の日、通りがかった孤児院の前に
彼女を置いてくるしかなかった。
﹃スノー﹄と彼女の名前が刺繍された衣服を着せ、心ばかりの金銭
と一緒に。
 アリルが娘の手を取る。
﹁スノーという名前はね、北大陸にしか咲かない﹃スノーホワイト﹄
から取ったの。寒い雪世界でも力強く咲く⋮⋮そんな花のように力
強く、美しく、気高く生きて欲しいって。私達の願い通り、ううん、

1810
願い以上に立派に育ってくれて本当に嬉しいわ﹂
﹁お母さん⋮⋮﹂
 ぐすぐすと母娘は瞳を潤ませる。
 そして、スノーを孤児院に預けた後、すぐにメルティア兵士の追
撃を受けた。
 もしこの時、スノーを手元に残していたら、追撃を逃れることは
出来ず、親子共々捕まり殺されていたかもしれなかったらしい。
 クーラ、アリルは予定通り獣人大陸へ。
 しかし、メルティナ国王は執拗に彼らを追い立てた。
 指名手配された2人は獣人大陸↓魔物大陸↓竜人大陸↓魔人大陸
と逃げ回り、約2年前に北大陸へと逃げ現在は一族を頼り白狼族の
村に身を寄せている。
﹁理由はどうあれスノーを置き去りにして、今まで迎えに行けなか
ったのは自分達の罪だ。責められても、恨まれても、憎まれてもし
たかない⋮⋮だが、これだけは信じて欲しい。自分達はずっと、片
時もスノーのことを忘れたことなどなかった﹂
﹁お父さんの言う通り、ずっと忘れたことなんてなかった。愛して
いたわ﹂
﹁大丈夫だよ、お父さん、お母さん、2人を恨んでなんかいないよ。
孤児院に置かれたことでエル先生や色々な人達と出逢うことが出来
た。それにリュートくんと一緒に、幼なじみとして育つことが出来
たのはとっても嬉しいことだったよ。わたし、孤児院に置かれて全
然不幸じゃなかったよ。だから、2人のことを恨んでなんかいない
よ﹂

1811
 自分を迎えに来れなかったのは両親が追われていたからだと知り、
スノーは微笑む。
 そして目元に光る涙を拭い健気に言葉を続ける。
﹁それじゃ次はわたしの番だね。わたしが今までどういう風に生き
てきたかお父さん、お母さんに聞かせてあげるね﹂
 そしてスノーは、自身の生い立ちを身振り手振りを交えて語り出
す。
 孤児院での生活、リュートとの思い出、魔術師学校、クリスやリ
ース、シア、メイヤ、新純潔乙女騎士団団員達との出会い等々。
 スノー両親はその話を涙ではなく、笑顔で聞き続けた。
 娘が言葉通り、不幸ではなく、幸せに今まで生きて来られたこと
を喜んでいるのだ。
 親子の楽しげな会話は深夜遅くまで続いた。
1812
第162話 スノー、両親との再会︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月23日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
また私事なのですが、引っ越しをします!
一応、予約投稿で予備を含めてアップするつもりですが、場合によ
ってバタバタして更新が遅れることがあるかもしれません。なるべ
くないようにするつもりですが⋮⋮その時はご容赦を。
とりあえず、引っ越しのお兄さん方にオタク的なアレの山を見られ
る前に、自分でダンボール詰めしないと。後は人の目に触れたらア
レなアレとアレを自分でダンボルールに入れて︱︱んん? まるで
夜逃げ準備みたいな気分になってきたぞ⋮⋮。

1813
第163話 スミス家の影︱︱第三者視点
 時間は10数時間ほど遡る。
﹁父様! 一大事です、父様!﹂
﹁騒がしいぞ、オール。騒がしいのはアムだけで沢山だ。あまり兄
の悪いところばかりをマネするんじゃない﹂
 北大陸最大の領地を治める上流貴族、トルオ・ノルテ・ボーデン・
スミスは寝室で慌てる次男を迎え入れた。
 彼はちょうど寝る間際で、一目で上等な生地、細工、職人の手で
作られたと分かるガウンに袖を通し、一杯で庶民が一ヶ月暮らせる
ほどのワインを注ぎ飲み干す。
 そんなゆったりとした父親とは正反対に、次男のオール・ノルテ・

1814
ボーデン・スミスは血相を変え事態を報告する。
﹁騒がしかったのは謝罪します! ですが一大事なんです! 兄様
がパーティーの帰り道襲撃を受け誘拐されたのです!﹂
﹁もう知っている。犯人の目星も付いている﹂
﹁それは本当ですか、父様!?﹂
 トルオは再びワイングラスに並々と注ぎ、一息で煽る。
 口元を拭うと、オールへと視線を向けた。
﹁恐らく白狼族共が、アムを襲撃して誘拐したんだろう。奴等の目
的上、人質を傷つけることはあるまい。安心するがいい﹂
﹁なるほど、白狼族が兄様を⋮⋮なら大丈夫なんですよね? 白狼
族と兄様は昔から交流がありましたから﹂
﹁恐らくな﹂
 トルオは不機嫌そうに息を吐き出す。
 白狼族としてはアムを通じて、現状を打開しようと画策するだろ
う。
 取れる方法はそう多くない。
﹃単純にアムと話をして、彼の力で現状の打開をしようとする﹄
﹃アムに白狼族から妾を出し、婚姻関係を作ってバックについても
らう﹄
﹃アムを人質に現状の打開を要求する﹄︱︱これはデメリットの方
が多すぎるため選択肢として排除していいだろう。
 一通りトルオは考えを出すと、まるで思考の隙間に滑り込むよう

1815
にオールが呟く。
﹁まさかとは思いますが、兄様が白狼族と手を組んで城を攻めてく
る⋮⋮なんてことはありませんよね?﹂
﹁!?﹂
 次男の指摘はトルオにとって青天の霹靂だった。
︵白狼族に懸賞金をかけ冷遇していることに対して、いくらアムの
奴が我を悪く思っていたとしても、まさか城攻めなど⋮⋮︶
 しかしトルオはその考えを捨てきれなかった。
︵アイツは頭脳明晰だが、頭が悪い。性格も単純過ぎる。その点を
突かれたらあるいは⋮⋮︶
 さらに質が悪いことに、アムは魔術師Bプラス級の実力者。
 魔術師学校を卒業後、世界を回って修行していたせいで実力はさ
らについているかもしれない。また城内の衛兵達も﹃次期領主であ
るアムとは矛を交えたくない﹄と心理的抵抗を覚えるだろう。
 そんな彼が、魔術師の素因の高い白狼族を引き連れて城を襲って
きたら⋮⋮下手をしたら自分は無理矢理トップから引きずり下ろさ
れるかもしれない。
 一度、疑い出すと迷いが生じ、それは時間と共に疑心暗鬼という
呪縛へと変化する。
﹁⋮⋮衛兵達に伝えろ、城の警備を厳重にし防御を固めろと!﹂
 この指示に控えていたメイドが一礼してから、寝室を出て行く。

1816
﹁オールは、兄様捜索の手配を整えます。よろしいですね、父様?﹂
﹁構わぬ好きにしろ。もし見付けたらすぐさま我の前に連れてくる
のだ﹂
﹁分かりました。それでは夜分失礼致しました﹂
 オールは丁寧に貴族の礼を取り、父親の寝室を後にする。
 トルオに背を向けたのと同時に、オールの口元は邪悪な怪物のよ
うに歪んでいた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 父、トルオの寝室からの帰り道。
 魔術道具が照らす薄暗い廊下を、オールは自身の従者達を連れて
悠然と歩く。
︵これで、父には上手く疑心暗鬼の芽を植え付けることが出来たな︶
 自分の計画が順調に推移していることに、思わず口元が弛む。
 策謀の喜びに浸る暗い笑みだ。
︵後は兄と父が上手く踊ってくれれば、領主の座はこの手に入る⋮
⋮ッ︶
 オール・ノルテ・ボーデン・スミスの目的は、兄であるアムに代
わり領主の座に就くことだ。

1817
 しかし、オールは次男。さらに魔術師としての才能はなく、ずっ
と北大陸にある貴族学校に通っていた。そこは魔術の才能が無い貴
族の子弟が通う学校だ。
 この世界では、魔術師の地位が高い。
 そのため貴族や王族になればなるほど、魔術師以外との婚姻を嫌
う傾向がある。
 魔術師の才能が高い者同士が結婚すると、より才能のある子供が
生まれてくる可能性が上がる。だから古い血筋や高貴なほど魔力量
が基本的に高い。
 そのため、この学校に通う子弟は、基本的に貴族同士の結婚が成
立しない。周囲の貴族達から、一段も二段も低く見られる存在なの
だ。
 せいぜい、成り上がりの商家や自分達より下位貴族などと結婚さ
せられるのがオチだ。
 つまり、この学校に通っている時点で、彼や彼女達が大成するこ
とはありえない。そのせいか学校にはどこか濁った空気が漂ってい
る。
 さらにオールは次男だ。
 魔術師でもなく、長男でもない。
 彼は産まれたときから、負けるのが決まった人生が確定している。
︵誰がそんなこと認めるものか! 魔術師じゃない、長男じゃない
からというだけで家督が得られないなんて間違っている! 僕様は、
最初から負けを受け入れている学校の奴等とは違う。絶対にトップ
に立ってやる!︶
 オールは決意を固めると、すぐさま計画を練り上げる。

1818
 長男であるアムを蹴落とし、領主の座に自身が座るために必要な
ことは︱︱内部の支持︵次男派を多数に︶、民衆や下位貴族の納得
を得る必要がある。
 ただアムを暗殺しては民衆や下位貴族からの支持は得られない。
下がしっかりとしていないと上は簡単に崩れる。土台が腐った家屋
がどうなるか、想像すれば分かる。また歴史を紐解けば、同様の失
敗例はいくらでも溢れている。
 そこでオールは父と長男の共倒れを狙った。
 アムが妖人大陸の魔術師学校で北大陸にいない間に、父の欲望を
肥大化してやった。
 毒を注ぎ込むように、言葉で彼のコンプレックスを刺激するだけ
の簡単な仕事だ。
 父、トルオは上流貴族にもかかわらず﹃北大陸出身﹄ということ
に酷いコンプレックスを抱えていた。
 北大陸で最大の領地を誇る上流貴族のトルオだが、他大陸の貴族
からすれば﹃北大陸の田舎貴族﹄でしかない。
 子供の目から見ても分かるほど、その事を父は嫌い、コンプレッ
クスを抱えていた。
 だから、オールは休日などで学校から戻る度、父に﹃父様は北大
陸に収まる器ではない﹄、﹃才能はどんなに抑えても、滲み出るも
の。分かる人はそれを放っておかない﹄、﹃天才の慧眼が凡人に理
解されるはずがない﹄等々︱︱甘い言葉を注ぎ込んだ。
 次第にトルオは、いつの間にか﹃我はこんな田舎貴族で終わる者
ではない! 我の才はもっと広い場所で発揮されるものなんだ!﹄
と、思い込み出す。まるで最初から自分で考えたように。
 後は坂を転がる雪玉のように、彼の自尊心は加速度的に肥大して

1819
行った。
 そしてトルオは他大陸の貴族や王国に認められようと無理をする。
 新たな流刑地の受け入れ、他大陸に対して税金優遇措置、外国船
優先権等々︱︱無理をすれば、その歪みは弱者へと行く。民衆は負
担を与えれば上を恨む。それは暗君へと通じる道へとなる。
 オールは父親を分かりやすい悪役に仕立てた。
 これで父が倒されても、民衆は喜び喝采し、誰も不満を口には出
さないだろう。
 次の対処は兄であるアムだ。
 彼には当分、北大陸を離れてもらう。
 その間に自身の地盤固め︱︱大臣や中・下級貴族、城内衛兵、部
下達を自陣へと取り込み。その時間稼ぎに、魔術師学校を卒業間近
な兄へ、卒業後の武者修行の旅をすすめた。
 兄であるアムとは、手紙のやり取りをかわしていた。
 お陰でアムの現状を大まかに把握することが出来た。
 アムは白狼族の孤児に懸想していたが、相手は魔術師Aマイナス
級。だったら、その彼女より強くなるため、卒業後も北大陸へ帰ら
ず武者修行の旅をしたら、と自然な流れで手紙でアドバイスをした。
 アムは疑いもせず、本当に卒業しても帰らず世界中を旅して修行
に没頭したのだ。
 さらに好運なことに、妖人大陸の大国メルティアから協力の要請
を受ける。
 なんでもある白狼族2名︱︱クーラとアリルと言う名の夫婦を捕
らえて、彼らの持つ﹃指輪﹄を身柄と一緒に渡して欲しいとのこと
だ。

1820
 成功の暁には、謝礼として多大な便宜を図ると︱︱話を持ちかけ
た使者が告げる。
 父は一も二もなく、チャンスとばかりにこの話に食い付く。
 そして父・トルオは喜々として白狼族狩りを開始するが、ただ多
数の兵士を投入しただけの作戦は失敗に終わる。
 もちろん、作戦が失敗するようにオールが裏で手引きしたのだ。
 この失敗をきっかけに大国メルティアの使者は、無能な父を見限
った。
 そしてオールへと接触し、交渉を開始する。
 彼は秘密裏にメルティアと協力関係を取り付けた。
ゴールド レギオン シーカー サイレント・ワ
 そして、メルティアの口利きで金クラスの軍団、処刑人、静音暗
ーカー
殺を呼び寄せ秘密兵士隊を設立。裏で戦力と権力を整えていく。
ギルド
 そして、父・トルオの立場をさらに悪くするため冒険者斡旋組合
へ、白狼族に多額の懸賞金をかけさせる。
 白狼族は北大陸内地で巨人族と共存する珍しい少数民族。
雪滑り
 雪山の管理。雪崩を最小限に抑えるため定期的にわざと雪滑りを
起こす。巨人族がはぐれて街に向かっているといち早く知らせたり、
雪山で怪我をした街の人を助けたり、脱走した罪人を白狼族が追っ
たり︱︱この雪山を知り尽くした存在。
 そんな貴重な存在に多額の懸賞金をかけたせいで、冒険者達や金
に困っている街人達が目の色を変えて彼らを追った。
 結果、住民と白狼族との間に確実な溝が出来る。
 巨人族の被害が増え、雪山での遭難・怪我、問題が多数起きる。
憎しみは白狼族や現領主である父へと向けられた。

1821
 罪や悪い噂は全て父が背負ってくれる。
 オール自身は汚れ1つ負わずにだ。
 燃え上がる火種は既に準備済み。
 後は︱︱武者修行から戻ってきた兄アムが、現状を目の辺りにす
れば。
 白狼族と昔から懇意にして、正義感の強いアムならば、分かりや
すい悪である父を打倒しようと動き出すだろう。
 それにあわせて兄、父が運良く共倒れしてくれれば。もしくは片
方が生き残ったとしても、オールの傘下である秘密兵士部隊︵父は
自分の傘下だと誤解しているが︶に殺させればいい。
 さらに大国メルティアの後押しがある。
 成功すれば自分が領主の座に就くのは確定だろう。
 オールは考えをめぐらせ、計画にいくつかの変更点を加えて再度
確認する。
︵⋮⋮よし、後もう少し、もう少しで領主の座が手に入る。負け人
生なんて、もう誰にも言わせはしないッ︶
 彼は爛々とした炎を瞳に宿し、胸中で絶叫した。 1822
第163話 スミス家の影︱︱第三者視点︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月25日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
引っ越しのドタバタでチェックが色々あまく﹃第162話﹄ではミ
スが多く申し訳ありません!
次掲載日の日付修正、一部誤字脱字を修正させて頂きました。
また69話で、﹃人種族最大の国家アスア﹄と書いていました。す
みません、出ているのすっかり忘れてました。69話の﹃アスア﹄
を﹃メルティア﹄に修正したいと思います。
予約投稿ですが、ちゃんとアップされてるかな?

1823
第164話 白狼族の村へ
﹁それじゃボクは一度城へと戻るよ。父上はともかく、弟のオール
が心配しているだろうしね﹂
 アム・ノルテ・ボーデン・スミスを先遣隊臨時村に連れて来て1
日経った朝、彼は金髪を掻き上げダイヤモンドのように歯を光らせ
ながら言った。
 朝早いのにもかかわらず、元気な奴だな⋮⋮。
 とりあえずアムは一度、ノルテ・ボーデンにある城へと送り届け
る予定だ。
 今頃、城では次期領主であるアム誘拐で、右往左往の大騒ぎ中だ
ろう。その混乱を落ち着かせるためにも、さっさと帰さなければな

1824
らない。
 城へ着いたら彼の口から﹃誘拐﹄ではなく、﹃知人から突然招待
を受けある場所に宿泊していた﹄と説明してもらう予定だ。
 これで建前上、﹃誘拐﹄という犯罪行為ではないことを強調する
予定だ。
 本人が怪我1つなく、自分の足で帰って来て、﹃誘拐ではない﹄
と断言するのだ。この一件を白狼族の仕業にするのは難しいだろう。
 スミス家側もこれ以上話を大きくしたくはない筈だ。﹃長子を誘
拐されるほど警備が雑﹄、﹃危機意識が足りない﹄と一般市民だけ
ではなく、他貴族からも後ろ指をさされることになる。
 上流貴族にとって、面子やプライドが汚されるほど腹が立つこと
はないからな。
 アムはスノーの前まで行くと一礼して、再び歯を輝かせる。
 こいつの歯にはLEDでも仕込んでいるのか?
﹁ミス・スノー、残念なことに一度ボクは城へと戻らなければなら
ない。一時とはいえ離れるのは心苦しいが、君の一族の名誉と尊厳
を守るためであれば致し方ない。でも、すぐに﹃スノーホワイト﹄
の花束を手に、部下達を連れて正式に花嫁として迎えに行くから待
っててくれ!﹂
﹁?﹂
 スノーは﹃この人、誰? 何言ってるんだろう?﹄という表情で
小首を傾げている。
 アホの子⋮⋮というより興味がなさ過ぎて覚えていられないのだ
ろう。

1825
 魔術師学校時代もこんな風に、学校の男子達や同室で友人のハー
フエルフであるアイナを困らせていたのか⋮⋮。
 逃げる相手は追いかけたくなるのが人の性︱︱男子達は、名前や
顔を覚えてもらおうと必死にアピールしたんだろうな。でも、覚え
てもらえなくてしだいにヒートアップして⋮⋮。
 意図しているわけではないが、こうやって男子生徒達を手玉にと
っていたのかもしれない。
 一方、アムの幼なじみであるアイスは、2人のやり取りを横目に
鋭い視線を飛ばしていた。
 その目はまるで﹃この泥棒猫!﹄と言いたげな嫉妬心を孕んでい
る。
 今にもハンカチを口にくわえて破きそうな嫉妬オーラだ。
﹁それじゃ行こうか、ミス・アイス。道中の案内頼んだぞ﹂
﹁⋮⋮道中の案内は任せてください﹂
 それでも声をかけてもらえるのは嬉しいのか、少しだけ機嫌が良
くなる。
 なんというか、健気な娘だな⋮⋮。
 アムは道案内のアイスに加え護衛として白狼族男性2名の計3名
を連れて、一度ノルテ・ボーデンへと戻る。
 先遣隊臨時村に残されたオレ達はというと⋮⋮
 スノーの父、クーラが音頭を取る。
﹁必需品の買い出しも終わっているし、自分達は村へ戻るから皆も
一緒に来てくれないか? 小さな村でたいした歓迎は出来ないが﹂

1826
﹁ありがとうございます、それではお邪魔させていただきますね﹂
 今更断る訳にはいかない。
 アムが根回しを終えて、連絡を寄こすまでの間、待機するのが現
在のオレ達の役目だからだ。
 それにあの白狼族の村だ。
 興味があるし、好奇心が刺激される。
 ある意味、観光地を見学する時のようなワクワク感を胸に抱いて
いる。
 こうしてオレ達は、白狼族が現在暮らしている村へ行くことにな
った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 白狼族について、改めておさらいをしよう。
 白狼族とは北大陸の雪山に住む少数種族だ。
 北大陸奥地には巨人族と呼ばれる歩く石像が群れを成して移動し
ている。白狼族は巨人族の進行ルートを把握して、一緒に移動する
ことで外敵から身を守っている。
 ちなみになぜ巨人族が群れをなして決まったコースを歩いている
かというと、﹃北大陸奥地にある封印された魔王を警護しているの
ではないか?﹄と言われているらしい。

1827
 ここからさらにスノー両親や先遣隊のメンバーから色々話を聞い
た。
 年中移動して生活しているため定住用の住居を持たない。
 その代わり雪や氷でイグルーを作り住居としている。素材はそこ
らじゅうにあるし、魔術を扱える白狼族が多いため製作はとても楽。
 食料は主に狩猟で仕留めた肉類が中心になる。
 他には寒くてもなる果実や川で獲れる魚、またキノコ類などだ。
 手に入り難い品物は街へ行って仕入れている。
 移動して生活しているため外貨は持っていない。そのため狩猟で
仕留めた肉類、毛皮、奥地でしか手に入らない薬草類、鉱物、壊れ
た巨人族の体の一部や北大陸固有の魔物、スノーホワイトなどを街
へ持っていき外貨に換金している。
 また雪山で狩猟中に遭難した街人などを救助、魔物に襲われてい
た場合の助太刀、雪山の雪崩︵こちらでは雪滑りという︶を未然に
防いだりして街や人から謝礼金をもらっていた。
 その資金で雪山奥地では手に入らない塩や砂糖、香辛料、小麦な
どの穀物類、嗜好品としての酒、武器、防具、魔術道具などを購入
する。
 この必要物資の買い付け役をするのが先遣隊だ。
 先遣隊のメンバーは村の若者達が中心に構成される。
 これには理由があり、若者達による雪山移動の練習も兼ねている
からだ。熟練者達が保護者として付いて、雪山移動のノウハウを実
地で学ぶらしい。

1828
 先遣隊がいた場所から徒歩移動で約3日。
 林を抜けると、そこだけがぽっかりと開けていた。
 そこは白い村だ。
 雪と氷で作られたイグルー。
 白い毛皮で作られたモコモコした衣服に袖を通した白狼族の人々。
 子供達はソリやショートスキーのような物で小山になった雪の滑
り台を滑っていた。
 大人の女性達は保存食造り、男性は仕留めてきた獲物の毛皮を剥
いでブロックごとに切り分けたりなどの力仕事をしている。
 ここが白狼族の村か⋮⋮。
 なんというか、今まで色々な村を見てきたがこれほど幻想的な所
は初めてだ。
 白狼族の大人達が、オレ達の存在に気付き警戒の色を濃くする。
 ソリやスキーで遊んでいた子供達も、固まり年長者の背後に隠れ
る。
 皆を落ち着かせるため、スノーの父クーラが前へ出てオレ達を紹
介した。
﹁安心してくれ、彼らは自分達の娘スノーとその⋮⋮夫達だ。自分
達の敵ではない﹂
 クーラは村でも地位が高いのか、この一言に皆が安堵し弛んだ空
気が流れる。
 しかし、﹃娘の夫﹄部分で言い淀んでいたが⋮⋮やっぱりオレは

1829
あまりスノー両親に歓迎されていないらしい。
 警戒心が弛むと、今度は好奇心から注目を集める。
 子供から大人までイグルーからも出てきて、好奇心の視線を向け
てくる。
 特に子供達が、興味深そうに遠目からでも分かるほど瞳をキラキ
ラさせていた。
 なにせ他種族と殆ど交流がない一族だ。
 好奇心の目を向けられるのは当然だろう。だが、ここまで興味が
ある視線をむけられると﹃なにか一発芸でもやった方がいいのだろ
うか﹄と心配になる。
 とりあえず、オレ達は白狼族の村へ歓迎されながら入ることが出
来た。
1830
第164話 白狼族の村へ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月27日、21時更新予定です!
1831
第165話 白狼族村滞在1日目
 ある1つの問題以外を残して、白狼族の村へスムーズに入ること
が出来た。
 白狼族の総人数は約300人。
 彼らは他種族と滅多に交流がない一族だ。
 スノーの父クーラの紹介の後、老若男女問わず興味深そうに寄っ
て、声をかけてくる。
 気付けば皆、言い寄られる年代・性別にばらつきが生じる。
 たとえば︱︱
 シアは奥様方に交じって、いつのまにか保存食作りを手伝ってい
た。

1832
 さらにその保存食︵今回は干し肉を作っている︶を使用した他大
陸の料理を教えている。
﹁︱︱というようにそのまま食べたり、お湯で戻して野菜と一緒に
煮込むだけではなく幅広く応用することが出来るのです﹂
﹁干し肉にそんな料理方法があるなんてしらなかったわ﹂
﹁やっぱり他の大陸から来た人は色々知っているのね。他にも料理
のやり方があるなら教えてもらってもいいかしら?﹂
﹁はい、もちろんです﹂
 シアは他の料理方法の伝授を始める。
 メイヤは老人達に捕まり、故障した魔術道具の修理を担当してい
た。
﹁この火の魔石を使ったコンロが上手く動かなくての。魔力は十分
に充填しているのじゃが﹂
﹁失礼しますね。ふむふむ、どうやら接触にガタがきているようで
すわね。これならすぐに直せますわ﹂
 言葉通りメイヤは、魔術道具専用工具でものの数分で修理を終え
る。
 彼女の周りを囲んでいる老人達から歓声があがった。
﹁まさかこんなすぐに直してしまうとは⋮⋮お嬢さんは大したもん
じゃな﹂
﹁ええ、まぁ元! 天才ですから。これぐらいなら眠っていても出
来ますわ。しかし、わたくしの天才的才能などリュート様のご威光
の前では消えた蝋燭と同じ物ですわ!﹂
﹁ほう、リュート様というのはそんな素晴らしい才能をお持ちなの

1833
か?﹂
﹁そうなんですの!﹂
 そしてメイヤは、なぜか老人達に対してオレのプッシュを喜々と
して始める。
 彼女はいったい何がしたいんだ⋮⋮。
 そして、リースはオレに許可を求め、﹃無限収納﹄にストックし
ていたオヤツ用のお菓子を子供達に配っていた。
﹁何、これ!? しょっぱくてパリパリする!?﹂
﹁美味しい! お姉ちゃん、これなんていうお菓子なの?﹂
﹁これはね、﹃ポテトチップス﹄っていうお菓子ですよ﹂
 リースが白狼族の子供達に与えるお菓子として選んだのは、豆芋
の薄切りを油で揚げ塩を振った﹃ポテトチップス﹄だ。
 最初は甘いお菓子のプリンかで迷っていたが、甘いお菓子はジャ
ムや保存食等で食べ飽きているだろう。大陸内地に居る白狼族にと
って塩は貴重品。だから、塩を使ったお菓子を選択したらしい。
 子供達は小さな尻尾をぶんぶんと振って、パリパリと初めての食
感を美味しそうに楽しんでいた。その姿はとても可愛らしい。
﹁わたしのとっちゃだめぇ∼﹂
﹁ちがうよ! 最初にとったぼくのだよ!﹂
﹁こら、喧嘩しちゃ駄目よ。それに仲良く、みんなで食べた方が美
味しいでしょ?﹂
 リースが男の子に言い聞かせる。
 彼は両手に持っていたチップスの片方を女の子へと分け与えた。

1834
 リースは笑顔で男の子の頭を撫でる。
﹁おねえちゃん、おかしくれてありがとう!﹂
﹁ねぇ、あっちで一緒にあそぼう! ぼくのソリにのせてあげるか
ら!﹂
﹁うん、いいよ、ソリの遊び方教えてね﹂
 リースは獣耳幼児達に囲まれ、遊びへと誘われる。
 彼女の手を引く5、6才の男の子の視線がやや怪しいが⋮⋮。
︵言っておくが、リースも彼女の大きな胸もオレのもんだからな!
 手を出したら容赦せんぞ、小僧!︶
 と、オーラを放っていたせいか、オレの周りに子供達が集まるこ
とはなかった。
 ちょっと大人げなかったか?
 一方、スノーはというと⋮⋮
﹁クーラさんとアリルさんの娘がこれほど美しく、可愛らしいなん
て⋮⋮﹂
﹁しかし、すでに人種族の彼と結婚しているらしいぞ﹂
﹁人種族の小僧なんかに、あれほどの逸材を奪われるなんて⋮⋮ッ﹂
 スノーの周りに集まった男性陣は、嫉妬の目でオレを睨んでくる。
 はっはっはっは! 羨ましかろう! 彼女のような可愛らしい嫁
が居て!
 オレはその嫉妬の視線に怯えるどころか優越感に浸る。
﹁もうアムくん! わたしはもうリュートくんと結婚している人妻
なんだから、変なちょっかいかけないでよね!﹂
﹁いや、俺はアムじゃないですよ?﹂

1835
 スノーが甘い声で言い寄っていた白狼族男性に威嚇音を飛ばす。
 スノーはどうやら彼をあの上流貴族のアムと間違えたようだ。
 本当にオレ以外の男性に興味が無いらしい。今更アムの名前を出
すなんて、反応が遅すぎるだろ⋮⋮。
 スノーは魔術師としてだけではなく、全般的に優秀な人材なのだ
が、色々アホの娘なんだよな⋮⋮。
 オレが頭を抱えていると、白狼族男性陣が声をかけてくる。
﹁君がスノーさんの夫なのかい?﹂
﹁はい、人種族、リュート・ガンスミスと申します﹂
 にこやかに挨拶をして互いに自己紹介を交わす。
 彼ら曰く、これから自分達は近場へ狩りに出るとのことだ。
 よかったら、これからオレも一緒に狩りに出ないかと誘われた。
 なんで、部外者であるオレを狩りに誘ったのか疑問を抱いたが、
続く言葉で納得する。
 なんでも白狼族では狩猟が上手い男性ほど、村人から尊敬の念を
抱かれ、異性にもてるらしい。
 白狼族男性達が、笑顔で教えてくれた。
 オレより獲物を狩ることで、スノーより自分達の方が彼女に相応
しいと言いたいのだ。
 随分、遠回しな当てこすりだ。
 本来なら、この周囲を知り尽くしている地の利がある白狼族男性
達が有利だろうが︱︱

1836
︵笑止! 圧倒的笑止!︶
 オレには前世の知識を用いて作り出した銃器がある。
 いくら彼らがこの周囲の地理を知り尽くし、魔術を使用出来ると
しても遠距離から致死の攻撃をしかけられる銃器の敵ではない。
 しかもこの辺の獲物は銃器の威力、性能、脅威を知らない。故に
武器と認識せず油断する筈。むしろ、現状はオレに有利だ!
 オレは内心で邪悪な笑みを浮かべながら、下手に出る。
﹁一緒に狩りですか? 面白そうですね。でも、僕みたいな素人が
混ざってもいいんのかな。皆さんの足を引っ張りそうだし﹂
﹁お気になさらず、何があってもこちらで随時フォローしますから、
難しく考えないでください。それにお聞きしたところによるとガン
レギオン
スミス卿は、軍団の代表者だとか。むしろ、そんな強者の邪魔をこ
ちらがしてしまうかもしれませんが、お許しください﹂
レギオン
﹁はっはっはっ、そんなことありませんよ。それに軍団を立ち上げ
られたのも優秀な妻達が居てくれたお陰です。僕1人ではどうする
ことも出来ませんでしたよ﹂
 オレはスノー達が妻であることを強調する。
 これに対して白狼族男性陣は笑みを浮かべるが、額には青筋をう
っすらと浮かべている。
 オレ達の和やかな笑い声が村に響く。
﹃リュートくんが、楽しそうでよかった﹄とスノーは的外れなこと
を呟いている。彼女には、笑い声と同時に繰り広げられている水面
下の戦いが分からないらしい。
 オレは笑顔を浮かべたまま切り出す。

1837
﹁それじゃお言葉に甘えて狩りの見学をさせてもらいますね﹂
﹁ええ、ガンスミス卿に参加して頂けるなんて、今日は白狼族にと
って記念すべき日になりますね﹂
﹁記念日なんて大げさな。それと﹃卿﹄などつけず、僕のことは名
前で呼んでください。妻の一族とは仲良くしたいですから﹂
﹁それでは遠慮無く、リュート殿﹂
 オレ達はどちらからともなく手を差し出し、握手を交わす。
 互いに表向きは友好的な態度を取りながら、交わした手のひらに
力を込め合う。笑顔の下で男の面子、意地、プライドをかけた熱い
炎が燃えている。
 そう! 男と男の勝負はすでに始まっているのだ!
 こうしてオレは白狼族男性達の狩りに参加することになった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 数時間後︱︱狩りを終えて、オレ達は村へと再び戻ってくる。
 勝負の結果は⋮⋮オレと白狼族男性陣は両方とも敗北した。
 今回の勝者はクリスだ。
 オレ達の狩りにクリスはM700Pを持って参加。
 彼女は寒さ&狩猟対策として、頭を含めた全身をすっぽりと隠す
白いポンチョに袖を通した。
 もちろんM700Pには白い布を巻き偽装済みだ。

1838
 そんな彼女は驚異的な視力・天才的射撃術・スナイパーライフル
の遠距離攻撃力により、誰より早く獲物を発見し、一発で仕留める。
 今回参加したベテラン白狼族男性すら、顎が外れるほど驚く狩猟
能力。
 しかも、彼らをもっとも驚かせたのは北大陸にしかいない固有鳥
類﹃ケワタダガモ﹄を仕留めたからだ。
 このケワタダガモは、カモと名前が付いているが大きさはダチョ
ウほどある。茶色い羽、鋭い嘴。警戒心が強く、約500メートル
以内に潜む自身へ敵意を向ける相手を判別するらしい。
 しかもひどく獰猛で、敵を発見したら、その巨体からは信じられ
ないスピードと鋭い嘴で襲いかかってくる。
 だが、肉は柔らかく腰が抜けるほど美味く、内蔵も食べられる。
羽は装飾品として、骨は武器や防具に使用されるほど頑丈だ。その
ためケワタダガモは信じられないほどの高値で取引される。
 実際、金額に目が眩んでケワタダガモを狙った狩人が、上半身が
消失した死体で発見されることが多々あるらしい。
 白狼族の狩猟自慢の狩人達も決して手を出さない獲物だ。
 そんなケワタダガモをクリスは、約600メートルから1発で頭
部を吹き飛ばし仕留める。
 さらに運悪く飛行中のケワタダガモに発見され、襲いかかられた。
 ケワタダガモは狭い木々をまったく意に返さず、その巨体からは
信じられない飛行軌道で迫ってきたが︱︱クリスは1発で頭部を吹
き飛ばす。

1839
 ソリに2体のケワタダガモが横たわる。
 これだけで一財産になるらしい。
 2匹目のケワタダガモを仕留めたクリスに、白狼族男性が狼狽え
ながら問い詰めた。
 彼は村一番の弓の名手だ。
﹁ど、どうしたら貴女のような技術を身に付けることが出来るので
すか!?﹂
﹁練習、あるの、みです﹂
 クリスは微笑み、男性に告げる。
 いや、いくら練習してもクリスレベルは到達出来ないだろ⋮⋮。
 アドバイスを受けた男性も愛想笑いを浮かべるしかなかった。
 村に帰り、獲物を女性陣に任せる。
 獲物の処理を任せる代わりに、全て白狼族に譲り渡す。
 白狼族では狩猟が上手い男性ほと、村人から尊敬の念を抱かれ、
異性にもてるらしい⋮⋮今日のMVPであるクリスは女子供、老人
達からちやほやされまくっていた。
 焚き火を囲うクリスの周りを皆が囲む。
﹁こんな可愛い子がケワタダガモを2匹もしとめるなんて、凄いわ﹂
﹁お姉ちゃん、お姉ちゃん! どうやってケワタダガモを倒したの
!?﹂
﹁お姉ちゃん、ボクをお姉ちゃんの弟子にしてよ!﹂

1840
 人見知りのクリスだったが、スノーの一族とは仲良くしたいらし
く一生懸命応じていた。
 さらに狩りに参加した男性陣はというと︱︱
﹁クリスさん、お茶をお持ちしました﹂
﹁クリスさん、寒くありませんか? もっと焚き火の側に﹂
﹁クリスさん、もうすぐ食事が出来るのでお腹がお空いていたらち
らをお食べください!﹂
 皆、年下で見た目が愛らしいクリスに、まるで歴戦の戦士を前に
したような態度と敬語で世話をする。
 本当に男のプライドとはなんなんだろうか⋮⋮。
 1人の奥さんらしき人物が声をかける。
﹁クリスちゃんはもう結婚しているのよね。もししてなかったら、
家の息子の嫁に欲しいわ﹂
﹁そうね。嫁がなくてもいいから、ずっとうちの村に居て欲しいわ﹂
﹁それ、は出来ま、せん。私には大好きなお兄ちゃんが、いますか
ら。離れる、なんて出来ません﹂
﹁もう熱いわね。クリスちゃんにこれほど想われてるなんて、旦那
さんは幸せものね﹂
﹁ごちそうさま、クリスちゃん﹂
 クリスは奥様方にからかわれながらも、照れ照れと頬を両手で挟
み自分で﹃むにむに﹄する。オレの視線に気付くと幸せそうに左腕
を持ち上げ、腕輪に手を這わせる。
 そして幸せそうに、はにかんだ。

1841
 可愛い。マジ可愛いわ、うちの嫁!
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 クリスが狩った獲物の処理が終わると、白狼族がオレ達を歓迎す
る宴を開いてくれた。
 こちらからもリースの﹃無限収納﹄から酒精を取り出し、献上す
る。
 クリスが狩ったケワタダガモの串焼きは、文字通り腰が抜けそう
なほど美味かった。
 広場にはいくつもの焚き火がたかれ、嫁達も思い思いの場所で食
事や酒精、会話を楽しんでいた。
 オレも一緒に狩りに出た男性陣と交流する。
 スノーに色目を使っていた奴等だったが話せばいい奴等だった。
 現状の不満、トルオへの怒り、アムの協力を取り付けたことで見
えた希望、1体だけ迷い込んだ巨人族と戦った時の話、昔ホワイト
ドラゴンに襲われ生き延びた経緯など色々な話を交わす。
 こうして、白狼族の村へ到着した1日目は楽しく過ぎた︱︱とい
う訳にはいかなかった。
﹁リュート殿、ちょっといいかな?﹂
﹁あっ、クーラさん! もちろんです、どうかしましたか?﹂
﹁ちょっと話があるんだが、付いてきてくれるか﹂

1842
 有無を言わさない圧力。
 オレは黙って頷き、彼の後に1人で付いていった。
 クーラに連れて来られた場所は、村からやや離れた林の中。
 遠くにぼんやりと焚き火の光が揺れている。
 移動した場所にはスノー母であるアリルまでいた。
 その雰囲気は歓迎ムードとはほど遠かった⋮⋮。
第165話 白狼族村滞在1日目︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、6月29日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
引っ越しが終わりました! しかしまだ片付けが終わらない! て
か、全然終わりが見えない! ダンボールの山の間に布団を敷いて
寝起きしている状態です。引っ越しってこんなに大変だったっけ?
ということで、当分どたばたして反応が鈍くなるかもしれませんが
ご容赦を!
ちなみに今回出てきた鳥は﹃ケワタダガモ﹄です。某伝説的スナイ
パーと死闘を繰り広げた﹃ケ○タガモ﹄ではありませんのであしか

1843
らず。
第166話 星の痣
﹁すまなかったね、歓談中に連れ出したりして﹂
﹁いえ、ちょうど話の区切りもよかったので問題ないです。それで
お話とは?﹂
 スノー両親が互いに顔を見合わせる。
﹃娘を末永くよろしくお願いします﹄という空気ではない。
 スノーの母、アリルが切り出す。
﹁リュート君、いくつか質問させてもらってもいいかしら?﹂
﹁はい、構いませんが﹂
 オレはすぐに同意する。
 迷って、印象を悪くしたくないからだ。

1844
 アリルが話を続ける。
﹁ありがとう。それじゃ、貴方もスノーちゃんと同じ孤児院で一緒
に過ごした幼なじみって聞いたけど⋮⋮いつ頃から孤児院に居たの
かしら?﹂
﹁スノーと同じ日の夜、孤児院前へ置き去りにされたので、ほぼ産
まれてからずっと一緒に居ますね﹂
﹁﹃リュート﹄っていうお名前は、誰が付けたの?﹂
﹁誰、というのは分かりませんが、置き去りにされた籠の中に﹃リ
ュート﹄と刺繍された絹のハンカチが入っていたそうです﹂
﹁︱︱最後に、貴方の体のどこかに﹃黒い星形の痣﹄は無いかしら
?﹂
﹁黒かどうかは分かりませんが、右肩に﹃星形の痣﹄はありますが
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ッ﹂
 全ての質問に答えるとアリルは、立ち眩みしたようにふらつく。
 そっとクーラが妻を支えた。
 オレは何か不味いことでも言ったのだろうか?
 暗がりでも分かるほど青い顔のアリルは、意思力を総動員して自
身の足で立つ。
 状況が把握できず混乱していると、クーラが説明してくれた。
﹁リュート君はなぜ自分達が、スノーを孤児院の前に置き去りにし
たか知っているかね?﹂

1845
﹁はい、スノーから聞きました﹂
 スノー両親は、命を救ってくれた恩義から、小国ケスランへ務め
ていた。
 しかし妖人大陸で最大の国土を持つ大国メルティアとの戦争に敗
北。当時、まだ産まれたばかりの赤ん坊だったスノーを連れて逃げ
回る訳にはいかず、泣く泣く彼女を孤児院へと置いていったらしい。
 クーラが落ち着いた声音で告げる。
﹁自分達の命を救ってくれた恩人、ケスラン最後の国王︱︱シラッ
ク・ノワール・ケスラン王こそ、リュート君、君のお父上だ﹂
﹁えっ?﹂
 突然の告白に頭がついていかない。
 オレは顔半分を手で押さえ、必死に思考を巡らせる。
﹁ちょ、ちょっと待ってください!? 僕がケスラン王国、国王の
息子? どうしてそこまで断言出来るんですか?﹂
﹁混乱する気持ちは分かる。ちゃんと説明するから、落ち着いて聞
いて欲しい﹂
 クーラの言葉に二、三度深呼吸する。
 完全とはいえないが、ある程度混乱から立ち直り耳を傾けた。
 ︱︱クーラがゆっくりと噛み砕くように語り出す。
 オレの父親︱︱ケスラン王国、国王シラック・ノワール・ケスラ
ンとスノー両親が知り合ったのは、北大陸でのことだった。

1846
 その時、スノー両親は自分達のミスではぐれ巨人族1体に襲われ、
殺される寸前だった。
 その危機を救ってくれたのが、当時はまだ王子だったシラック・
ノワール・ケスランだ。
 彼の趣味は歴史や考古学︱︱特に天神や封印された5大魔王、5
種族勇者についての研究に重きを置いていた。
 北大陸に来たのも、奥地に封印されているといわれる魔王につい
て調べに来たのだ。
 運良く、スノーの両親の危機に気付き2人を助けた。
 その恩義を返すため、2人は北大陸を出てケスラン王国に仕える
ようになる。
 ケスラン王国は古い歴史と伝統しか売りのない小さな国家だ。
 しかし、異世界上のオレの父にとっては、最高の環境だった。
 父、シラックは国王となる勉強の傍ら、趣味の歴史研究を続ける。
たまに研究に熱が入りすぎて、クーラ達に叱られたらしい。
 数年が過ぎ︱︱一時、シラックの情緒が不安定になった。
 長年かけておこなってきた趣味の歴史研究を全て投げ出し、酒精
に溺れるようになる。
 一時、王座を危ぶまれたが、妻となる女性、サーリの献身により
立ち直る。
 そして国王となり、彼女を娶った。
 しばらくして、妊娠が発覚。
 しかし、幸せは長くは続かなかった。

1847
 大国メルティアが、戦争をしかけてきたのだ。
 後はスノーから聞いた話と一緒だ。
 この戦争で父であるシラックは命を落とす。
 オレの親類縁者も国外に脱出したが、殆どが大国メルティアの追
撃をかわしきれず捕まり命を奪われたらしい。
 スノーの両親は、ここからはスノーには言っていない。⋮⋮悪い
呼び方をするなら、﹃嘘﹄をついた。
 クーラ達は2人だけで国を出た訳ではなかった。
 まだ産まれたばかりの赤ん坊だったオレと、母のサーリを連れて
国外に脱出したのだ。
 しかし、魔術師でもない女性サーリと産まれたばかりの赤ん坊の
リュート、スノーを連れて大国メルティアの追撃を逃れるのは不可
能だった。
 そのため苦肉の策として、オレ達をエル先生が経営する孤児院へ
と置いていった。
 スノーの名前は彼女の衣服に、そしてオレには﹃リュート﹄とい
う名前を縫ったハンカチを握らせた。
 だが、結局、メルティア兵士に追いつかれ、運悪くオレの母親サ
ーリと離れてしまう。
 探す時間もなく危険が迫っていたため、2人はすぐさま獣人大陸
へと移ってしまった。
 サーリの生死は不明らしい。
 そして2人は、現在まで執拗に追ってくるメルティアの追撃から
逃れる生活を送っていた。

1848
 北大陸の白狼族を頼ったのも逃亡に疲れたのと、逃げ道が完全に
なくなったからだ。
 そしてクーラ達は、その結果大国メルティアの圧力でトルオ・ノ
ルテ・ボーデン・スミスが白狼族に懸賞金をかけたのではないか?
 と考えているらしい。
 一族を巻き込んでしまったのは申し訳ないが、もう2人にはここ
以外頼るところがなかった、と彼らは言っていた。
 オレは一通り話を聞いて、反論する。
﹁話は分かりました。⋮⋮だけど、今の話だけでオレが﹃亡国の王
子﹄だっていう証拠にはなりませんよ。もしかしたら違う可能性も
あるじゃないですか﹂
 自分で言ってて苦しいのは分かる。
 だが、あまりに突飛な話で、ついつい否定してしまう。
 クーラさんは表情を変えず、証拠を告げる。
﹁君には右肩に黒い星型の痣があるんだよね?﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁ケスラン王国国王の血族には、等しく﹃黒い星形の痣﹄があるん
だ。この痣を持たない人物が王になる資格が無い︱︱という伝統が
ある。これは王族やそれに近い人物にしか知られていない秘密だが
ね。魔術等によるなりすましを防ぐための措置らしい。君の父は左
手の甲に星形の痣があったため、常に手袋を付けていたよ﹂
 無意識に右肩の星型の痣を左手で押さえる。
 どうやら言い逃れは出来ないらしい。

1849
 クーラさんが続ける。
﹁もし君がケスラン王国の正統後継者、王の血を引く者と分かれば
メルティアは黙っていないだろう。自分達のように命を奪うまで追
っ手を差し向けてくるはずだ。自分達のような思いを娘には⋮⋮ス
ノーにはさせたくない﹂
﹁つまり⋮⋮﹂
﹁そうだ。リュート君には申し訳ないが、スノーとは別れて欲しい。
⋮⋮頼む﹂
 スノーの両親はそろって頭を下げる。
 彼らがオレとスノーが夫婦と聞いて顔を顰めたのも、複数の妻を
娶っていたからではない。
 オレが亡国の王子だったから、顔を顰めたのだ。
 アリルが口を開く。
﹁私達は確かに命を助けてもらいました。だから、その恩義を返す
ためずっと尽くしてきたわ。けど、10数年︱︱ずっと追われ続け
る過酷な生活を、スノーちゃんには味わせたくないの。あの子まで
一生つけねらわれる生活を送るなんて⋮⋮私達はもう十分恩義を返
したわ。だから、どうか身を引いてください、お願いします⋮⋮ッ﹂
﹁オレは⋮⋮ッ﹂
 産まれたばかりの娘を互いに生き延びるためとはいえ、孤児院に
置き去りにした。
 そして、10数年、迎えにも行けず逃亡生活。
 本当に心休まる日などなかったのだろう。
 そんな思いを、折角また出逢えた娘にさせたくない気持ちは分か
る。

1850
 けど、オレだってスノーと別れるなんて、想像しただけで吐き気
を覚えてしまう。
 ⋮⋮しかし、彼らの言うとおり、一生、命を狙われる生活を送る
より白狼族に交じって両親と一緒に生活するほうがスノーのためか
もしれない。
 白狼族が北大陸奥地に生活し続ける限り、どんな手練れでもおい
それと手出しは出来ない。
 前世の地球でたとえるなら、アメリカ合衆国に一生狙われるよう
なものだ。
 想像しただけで、気持ちが落ち着かなくなる。
﹁⋮⋮すみません。スノーと別れるつもりはありません。けど、正
直、突然のことで考えがまとまらなくて。色々整理する時間を下さ
い﹂
 あまりに色々な衝撃情報を告げられたせいで頭が混乱している。
 絞り出すように考えをまとめる時間をもらうことしか出来なかっ
た。
﹁⋮⋮分かった。確かに突然教えすぎた。今夜はこの辺にしておこ
う﹂
 クーラが、アリルの肩を抱き寄せ村へと戻るため歩き出す。
 しかし、その足はすぐに止まった。
﹁そうだ。君の父、シラック国王から預かった遺品があったんだ﹂
 彼は首から提げていた革袋を取り出し、オレへと手渡してくる。
 中身を取り出すと、指輪が入っていた。

1851
 見た目はとても地味だ。
 銀色で宝石は無くコインを横にして指に嵌める輪を取り付けたよ
うな品物である。コイン部分の外側は細かいギザギザが刻み込まれ
ていた。表面には美しい女性の横顔が彫られてある。
﹁これは?﹂
ツガイ
﹁﹃番の指輪﹄という名で、自分達が国外に脱出する際、国王から
預かった品物だ。﹃いざと言うときは、それを持って魔物大陸へ行
け﹄と教えられた﹂
 スノー両親も、逃亡中に魔物大陸へ行ったがあそこは魔物が強す
ぎて10日経たず出たらしい。
 そのためオレの父、シラックが何を伝えたいのか分からずじまい
だった。
 そしてスノーの両親は、村へ2人で戻る。
 オレは1人、林の奥へと残された。
1852
第166話 星の痣︵後書き︶
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明後日、7月1日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
ようやく引っ越し片付けの終わりが見えてきました!
後一息で、ダンボールの隙間で眠る生活も終わるぞぉおぉッ! 1853
第167話 初めての嘘
 オレは村へ戻っていくスノーの両親を見送り、呆然と佇む。
 色々突飛な話が続いたため、未だに頭の整理が追いつかない。現
実感もない。
ツガイ
 しかし、夢ではなかった証拠に、手の中には﹃番の指輪﹄なんて
物が残っている。
 オレは頭を掻きむしり、意識を立て直す。
 まずは状況を整理しよう。
・まずオレは歴史と伝統だけが売りの妖人大陸にあった小国、ケス
ラン王国の王子だったらしい。
・スノーの両親は、オレの父親に命を救われ、ケスラン王国に仕え
ていた。

1854
・妖人大陸の最大の領土を持つ大国メルティアが、ケスランに戦争
を仕掛ける。結果、ケスラン王国は滅亡。
・スノーの両親は、産まれたばかりのオレとスノーを連れて逃亡。
・オレの父親は城内に残り戦死。母親は逃げる途中ではぐれた。
・王であったオレの父親から﹃番の指輪﹄を託されていたため、オ
レへと渡す。
・オレは亡国の王子のため、もし大国メルティアにその存在がばれ
たら、スノー両親と同じように追い回される可能性がある。
 確かにスノーの両親としては、生き別れて再会を絶望視していた
娘と再び出会うことができた訳で、二度と離れたくない気持ちも、
最愛の娘に自分達が味わった苦労をかけたくないのも理解出来る。
 しかし、だからといって素直にスノーと別れられるか?
 ありえない!
 いくらスノー両親の願いだからって、彼女と別れるなんて絶対に
嫌だ!
 それに、スノーが他の男といちゃついているのを想像するだけで
胃がムカムカする。もしそんな2人を前にしたら、オレは男へあり
ったけの銃弾を叩き込む自信がある。
 それに白狼族と一緒に北大陸内部にいれば安全かと思ったが、大
国メルティアは10数年間も2人を追いかけて来たのだ。そんなメ
ルティアが、簡単に2人を諦めるとは到底思えない。
 白狼族は巨人族の行動をある程度把握し、一方的に楯として利用
している。
 そのため他の都市や大陸にいるよりは安全だが、何時突破されな

1855
いとも限らない。
 当面は問題は無いかもしれないが、将来は分からない。
 しかし、根本的な解決方法があるかというと⋮⋮
?スノー両親を大国メルティアへ売り飛ばす。
 うん、出来るわけがない。却下だ、却下!
?大国メルティアを叩きつぶす。
 これも無理。
 妖人大陸でもっとも大きな領土を持つ大国だ。前世の世界でいう
ならアメリカを潰すようなものだ。出来るはずがない。
?大国メルティアが諦めるまで、オレ達が白狼族についてガードす
る。
 ある意味、一番現実的な方法に思えるが、その間、獣人大陸の新・
ピース・メーカー
乙女騎士団やPEACEMAKERの行動が制限されてしまう。
 少々難しい⋮⋮。
﹁さて、どうしたもんやら⋮⋮。はぁ、まさかスノーの両親の手が
かりを求めて北大陸へきたら、自分の過去を知ることになるなんて﹂
 前世、オレは友達を見殺しにした。
 その結果、イジメ主犯格に殺され、生まれ変わったら両親に捨て
られ、さらに才能もない。
 しかもここに来て、大国メルティアに命を狙われる﹃亡国の王子﹄
という地雷まで追加される。

1856
 いくらなんでも今生はスタート地点が色々ベリーハード過ぎやし
ないか?
﹁一応、スノー達に現状を話しておかないといけないか?﹂
﹃ほう・れん・そう﹄は社会人として嗜みだ。
 しかしもし、オレの現状を聞いて妻達から別れを切り出されたら
どうしよう⋮⋮。
 想像しただけで、寒気が全身を襲う。
 ゾッと、臓腑が冷える。
 彼女達がそんなことを言うはずないと頭では理解しているが⋮⋮。
﹁リュートくん、そんなところで何してるの?﹂
﹁す、スノー!?﹂
 突然、声をかけられ顔を上げる。
 そこには村で焚き火を囲んでいたスノーが立っていた。
 彼女はどこか不安げに眉根を下げている。
﹁お父さんとお母さんと話してたみたいだけど、何かあったの?﹂
﹁︱︱いや、なんでもない。なんでもないよ。ちょっと昔の話⋮⋮
孤児院のこととかを話して聞かせていただけだよ﹂
﹁そうなんだ。リュートくんが、落ち込んでるみたいだから何か深
刻な話があったのかとおもっちゃったよ﹂
﹁⋮⋮そんな訳ないだろ﹂
 オレはスノーを安心させるため、何時も通りを心がけ声音と笑顔
を作る。

1857
 彼女はオレの心情に気付かず、笑顔で納得してくれた。
﹁なんだ。そうだったんだ。わたし、早とちりしちゃったよ﹂
﹁それじゃみんなが心配する前に村へ戻ろうか﹂
﹁ちょっと待ってリュートくん、村へ戻る前にちょっとふがふがさ
せて!﹂
﹁って、おい! スノー!?﹂
 彼女はオレへ抱きつくと、首筋に顔を埋め﹃ふがふが﹄﹃くんく
ん﹄匂いを嗅いでくる。
﹁さ、最高だよぉ。まだ服を着替えてないから汗の匂いが濃厚だよ。
ふがふが⋮⋮っ﹂
﹁こらスノー! 許可無く突然、抱きつくな! 危ないだろ﹂
﹁えへへへ、なんだか懐かしいね、このやりとり﹂
﹁⋮⋮そうだな。久しぶりな気がするよ﹂
 最近は突然、抱きついて匂いを嗅いでくることはなかったな。
 嗅ぐときはちゃんと一声かけるし、洗濯物を洗うときスノーがオ
レの服の匂いを嗅いでいるのを見たこともある。
 夜、寝る時や朝起きた時に匂いを嗅がれていることもあったが⋮
⋮。
﹁リュートさん、スノーさんこちらにいらしたんですか﹂
 クリス、リース、メイヤ、シアがスノーに遅れてオレの側へと歩
み寄ってくる。
﹁お2人の姿がなかったので探しましたよ﹂

1858
 リースの台詞にクリスが続く。
﹃お兄ちゃん達はこんなところで何をしていたのですか?﹄
﹁スノーのご両親とちょっと色々話していたんだよ。その後、スノ
ーと少し、ね。別にやましいことなんてしてないぞ﹂
﹁そうだよ、ちょっとリュートくんの新鮮で濃厚な匂いをふがふが
していただけだよ!﹂
 スノーは堂々と自分をさらけ出す。
 決め顔がちょっとカッコイイと思ってしまったのは内緒だ。
﹃お兄ちゃんはスノーお姉ちゃんだけじゃなく、私にも構ってくだ
さい﹄
﹁クリスさんの言うとおりですよ、私達を忘れてもらっては困りま
す﹂
 クリス、リースが左右の腕を掴み可愛らしく頬を膨らませる。
﹁忘れるわけないだろ、2人とも大げさだな﹂
 オレは両腕に体を密着させる2人に微苦笑する。
﹁2人ともズルイよ、わたしも、わたしも∼ッ﹂
﹁こら、スノー、首にぶら下がるなって!﹂
 スノーは両腕があいていないため、背後から抱きつきぶら下がっ
てくる。
 体が後ろに倒れそうになり、すぐ前傾姿勢を取る。
 スノーは顔を埋めて匂いを嗅ぐのを忘れない。彼女の髪や獣耳が
頬をくすぐってくる。

1859
﹁若様、奥様方、そろそろ村に戻らなければ皆様が心配なさります﹂
﹁そうですわ! リュート様がいなければ何も始まりませんわ!﹂
 シアの注意を受けオレ達は歩き出す。
 メイヤも後へ続く。
 外から見ればいつもと代わらないたわいのない光景︱︱しかし、
オレは初めて彼女達に嘘を付いてしまった。
第167話 初めての嘘︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月3日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
星の件はアップした後に気付きました。修正したほうがいいかな⋮
⋮。
またこの辺は感情面などが難しい場面なので書くのに苦労しました。
もう少し上手く出来たら良かったんだけどなぁ。

1860
第168話 ミサンガ
 領主の長男、アム・ノルテ・ボーデン・スミスは白狼族の案内で、
ノルテ・ボーデンへと戻ってくる。
﹁これ以上は私達はお供することが出来ませぬ。このような場所か
らお見送りすることをお許し下さい﹂
 場所は地下道の街入り口付近。
 この階段を上がり、金属製の蓋を開ければそこはノルテ・ボーデ
ン街中になる。
 今はちょうど昼過ぎ、通りは人で賑わっているだろう。
 ここまで案内してきた白狼族男性が申し訳なさそうに頭を下げる。
 白狼族には懸賞金が掛けられているため、変装もせず街へ出る訳

1861
にはいかないのだ。
 アムはそんな男に対して、前髪を弾き笑顔で答える。
﹁気にするな、ここまで案内大儀である。準備が終わり次第、門を
越えて花嫁を迎えに行くとミス・スノーへ伝えてくれたまえ!﹂
﹁アム様、これを⋮⋮﹂
 彼の案内役として一緒に付いてきたアムの幼馴染みで、白狼族の
アイスが一歩前へ出る。
 彼女は銀色のミサンガを差し出す。
﹁アム様を想い何年も前から編み上げたお守りです。魔力的付与は
無いただのミサンガですが、どうかお受け取りください﹂
﹁おお! ありがとう、ミス・アイス! 喜んで受け取らせてもら
うよ!﹂
 アムはアイスから銀色のミサンガを受け取る。
 暗い地下道を照らす魔術光の光をキラキラと反射させていた。
﹁まるでミス・アイスの銀髪のように美しく輝くミサンガだ! こ
れを作るのは大変だっただろう。いったい何を材料に作ったんだい
?﹂
﹁たいした物は使っていないのでお気になさらず﹂
 アイスは自身の髪をひと撫でしてから、微笑みを浮かべる。
 そのミサンガは本当に、アイス自身の髪とよく似た銀色だ。
 アムは、彼女の返事を聞いて﹃そうか﹄と頷く。
 彼はあまり細かいことを気にしないタイプなのだ。
 アイスが笑顔で畳みかける。

1862
﹁よろしければ私がアム様の腕に巻きましょうか?﹂
﹁うむ、それでは頼むとしよう﹂
 アムは手にしたミサンガを一度、アイスへと手渡す。
﹁それではアム様、ミサンガを巻くので左腕の袖を捲ってください﹂
﹁はっはっはっ、ミス・アイスも冗談が上手いな! 左腕は仮にも
結婚腕輪を付ける場所だぞ。いくらミサンガとはいえ、左腕につけ
るのは︱︱﹂
﹁出して下さい﹂
 アイスは微笑みを浮かべたまま繰り返す。
﹁い、いや、だから、左腕は仮にも結婚腕輪を付ける場所で⋮⋮﹂
﹁出して下さい﹂
﹁いや、しかし⋮⋮﹂
﹁出して下さい﹂
 アムは最後まで台詞を言うことが出来なかった。
 やり取りを繰り返していくたび、アイスから謎の圧力が増大する。
 アイスに魔術師としての才は無い。
 なのに微笑みを浮かべている彼女から、アムは有無を言わせない
圧力を受ける。
 アムは熱くもないのに浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、左腕
の袖を捲る。
﹁う、うむ。せっかくのミス・アイスの心遣いに、水を差すのも悪
いしな。やってくれたまえ﹂

1863
﹁はい、分かりました﹂
 アイスは珍しく喜色満面で、アムの左腕にミサンガを巻き付ける。
﹁ふむ、ありがとうミス・アイス。このミサンガは君だと思って大
切するよ!﹂
﹁ありがとうございます、アム様。無事を祈っております﹂
﹁それでは行ってくる! 朗報を待っているがいい!﹂
 そしてアムはアイスと白狼族の男性、2人を残して階段を上がり
街へと戻る。
 2人はアムが地下道を出るまで頭を下げ続けた。
 彼の姿が見えなくなったところで、アイス達はノルテ・ボーデン
の外へと出るため来た道を戻る。
 アムは一度城へと戻り、信頼できる部下をアイス達白狼族と合流
させ今後の作戦について細かい部分を詰める予定だ。
 今から3日後、ある場所で落ち合う約束をしている。
 アムを見送った帰り道、アイスはうっとりとした表情で、彼女の
左腕に巻き付いた﹃銀色のミサンガ﹄を眺める。アムに渡したミサ
ンガとは、大きさだけが違う同じデザインの物だった。
﹁アム様の左腕に私のミサンガが⋮⋮ふふふ﹂
 アイスは愛おしそうに、自身の左腕に巻かれたミサンガを見詰め
続ける。
 魔術の光で道を照らす同行している白狼族男性は、溜息と共に首
を振った。

1864
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 アムは階段を上がり、蓋をしている金属製の丸板を下から押し上
げる。
 場所はノルテ・ボーデン内の裏道だ。
 彼は蓋を閉め直し、表通りに出て城へと戻った。
﹁兄様!? よくぞご無事で!﹂
﹁おおぉ! ぼくの愛しい弟、オール! ほぼ1日振りだな!﹂
﹁誘拐されたと聞いて肝を冷やしましたよ。それで一体誰に誘拐さ
れたのですか? どうして解放されたのですか?﹂
﹁すまない、オール。詳しく話したいのだが、今は少々立て込んで
いてね﹂
 2人は城内の廊下を歩きながら、会話をしている。
 城へ到着したアムは、すぐさま衛兵達に周囲を囲まれて父、トル
オの元へ連れて行かれている最中だったからだ。
 その雰囲気はまるで王子の出迎えというより、逃亡犯の移送に近
い。
 側を歩くアムの側近達は、衛兵達の態度に苛立ちを募らせていた。
 アム達は、衛兵に連れられたまま謁見の間へと辿り着く。
 謁見の間へと続く扉は、巨人でも通れそうなほど大きく高い。
 表面には金や銀などをふんだんに使い、職人が凝った細工を施し

1865
ている。金銭的値段より、芸術的価値の方が高そうな扉だ。
 扉をくぐれば、赤絨緞の先、三段ほど高くなった位置に座るアム
の実父であり領主のトルオが、息子達を待っていた。
 謁見の間には衛兵達が左右に並び、トルオの背後にも2名の手練
れが彫像のように立っている。誘拐された息子を出迎えると言うよ
り、凶悪犯と面会するような重々しい空気が漂っている。
 そんな息がつまりそうな雰囲気の中、アムだけは軽い足取りでト
ルオの前へ行き挨拶をする。
 右手を胸に、左手は後ろへ。
﹁アム・ノルテ・ボーデン・スミス、ただいま戻りました﹂
﹁⋮⋮賊に誘拐されたと聞いていたが、傷1つないようだな﹂
 実の息子が無事戻ってきたというのに、王座に肘、顎を載せて酷
薄の声音で告げる。
 背後で臣下の礼をするアム派の側近達は微かに眉根を寄せた。
 オールはさらにその後ろで、無表情を装う。
 アムは父の言葉に首を傾げる。
﹁はて、賊に誘拐ですか? ぼくは昨夜あまりに星々が綺麗で、少
々夜道を歩きたくなり馬車を降りただけですが。そして、道に迷っ
てしまい少々帰りが遅れただけです。どうやら部下達が誤った報告
をしてしまったようですね。ご心配をおかけして申し訳ありません
でした。部下にはぼくから厳しい処分を下させて頂きます﹂
﹁貴様、ヌケヌケと⋮⋮ッ﹂
 トルオは肘から顔を上げ、怒りで歯噛みする。

1866
 アムは相変わらず表情を変えず、2人は互いに見つめ合う。
 再びトルオがカードを切る。
﹁我はすでに見抜いているぞ。白狼族共と一緒に居たのだろう?﹂
﹁⋮⋮なんのことですか? ぼくはただ道に迷っていただけですよ﹂
﹁白々しい言い訳はよせ! 我はすでに見抜いていると言っている
だろう! 白狼族の雌犬達に唆され、領主の座を奪おうという魂胆
なのだろう!?﹂
 この怒声に、さすがのアムも顔色を変える。
﹁め、雌犬とは⋮⋮なんと恥知らずな言いぐさ! いくら父上でも
将来の妃であるぼくのスノーさんやその一族の無礼は許しませんぞ
! 今の発言を取り消してください!﹂
 しかし、アムの発言にその場にいた全員が驚愕する。
 トルオは先程まであった怒りが霧散し、困惑した表情で尋ねた。
﹁ちょ! ちょっと待て! 妃とは一体どういうことだ!? まさ
かとは思うが⋮⋮アム、オマエは白狼族の娘を妾ではなく正妻とし
て迎えるつもりなのか?﹂
﹁ふっ⋮⋮ぼくとしたことが口を滑らせてしまうとは。今更隠し立
てしてもしかたありませんね。そうです。ぼくは運命の人、スノー
さんを正妻として迎え入れたいと思います﹂
﹁ば、馬鹿を言うな! オマエは何を考えているんだ!? 妾では
なく正妻として迎えいれるだと!? そ、そんなこと出来るわけが
ないだろう! 伝統あるスミス家の血に獣人種族の血を混ぜるなど
!﹂
 代々、北大陸の最大領地を治めてきたスミス家。

1867
 その結婚相手は、同じく北大陸内の有力貴族の娘や他大陸から嫁
いで来てもらっていた。もちろん全員が人種族である。
 歴代の領主も妾として、他種族の女性を囲っていることはあった。
 しかし、正妻として迎え入れた歴史は存在しない。
 アムはそんな伝統を正面から﹃破る﹄と言っているのだ。
 動揺しない方が無理な相談である。
﹁ふっ、伝統? 歴史? そんな物、スノーさんを愛する心の前で
は何の意味もありはしない! ここであえて宣言しよう! ぼくは
スノーさんに全てを捧げ、彼女だけを生涯愛すると誓う!﹂
 アムだけはまるで自分に心酔するように両腕を広げ、高々と宣言
する。
 どこからか、まるで舞台のスポットライトのように彼のみに光が
当たっていた。
 硬直から、トルオが復活する。
﹁こ、この馬鹿息子が! そんな話を誰が認めるというのだ!﹂
﹁ふっ、ならばぼくが実力で認めさせるだけですよ﹂
﹁︱︱ッッ!?﹂
 トルオが玉座で身を震わせる。
﹃実力で認めさせる﹄︱︱たとえ自分を殺してでも領主の座を奪い、
周囲に認めさせると聞こえたのだ。
 彼は血相を変え、周囲に待機させていた衛兵に指示を飛ばす。
﹁え、衛兵達よ! 今すぐアムを取り押さえ、地下牢へ拘束しろ!
 魔術防止首輪をつけるのを忘れるな!﹂

1868
﹁父上、落ち着いてください!﹂
﹁ひ! く、来るな! 早くアムを取り押さえろ!﹂
 衛兵達がやや戸惑いながらも、アムを取り押さえるため包囲網を
縮めてくる。
﹁くっ⋮⋮まさか父上がここまで反対なさるとは。しかし、愛は障
害があればあるほど盛り上がるというものさ!﹂
 アムは腰から下げていたレイピアを抜きはなつ。
﹁輝け光の精霊よ! その力を持って地上に聖なる姿を現したまえ
ライト・ミラー
! 光鏡!!!﹂
 9体の虚像を作り出し、自身の周囲へ展開する。
フラッシュ
﹁輝け光の精霊よ! 遍く人々に威光を知らしめたまえ! 光輝!﹂
 9体の虚像が突然発光。
スタングレネード
 まるで音がない特殊音響閃光弾のように、謁見の間を光で包み込
む。
﹁さぁ! 今のうちに脱出するのだ!﹂
﹁に、兄様! どうしてオールも一緒に連れて行くのですか!?﹂
﹁今の父上は錯乱しておられる。可愛い弟に何かあったらと思うと
⋮⋮兄としては心配だからさ!﹂
﹁いえ、オールはここへ残ります! 残りますから離してください
!﹂
﹁はっはっはっ! 安心しろ! 愛しい弟よ! オマエのことはこ
ロンド
のぼく、人呼んで﹃光と輝きの輪舞曲の魔術師﹄! アムが守って

1869
やるからな!﹂
 そしてアム達は側近と一緒にオールを抱え、謁見の間を飛び出し
城から脱出する。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オールは兄であるアムの手で無理矢理、北大陸奥地へと連れてこ
られた。
 現在はノルテ・ボーデンを出て、徒歩で1時間ほどの場所に居る。
 周囲は木々が立ち並ぶ林で、目を向ければ白兎が跳ねている。紛
れもない北大陸内陸部の風景だ。
 ここは3日後、白狼族達と落ち合う場所。
 アムはアイスから預かったある特殊なお香を焚く。これは北大陸
内陸部奥地で取れる特殊な薬草を加工し作った物だ。
 白狼族の者なら、匂いが風に乗りかなりの長距離でも嗅ぐことが
出来る品物らしい。
 アイス曰く甘い匂いがするという。
 アム達にとっては無臭だ。
 本来なら、3日後にアムの側近がお香を焚くはずだった。
 落ち合う場所でお香を焚くことで、その人物が確実にアムの側近
だと分かる。
 そして、白狼族にしか嗅ぎ分けられない匂いのため、狼煙を上げ
たり、光を打ち上げたりするより安全に落ち合う場所に到着したこ

1870
とを伝えるメリットがある。
 まだアイス達と別れて数時間しか経っていない。
 匂いを嗅ぎつけるのに、そう時間はかからないだろう。
 アムは、アイス達と合流して白狼族の村へ一緒に行こうとしてい
るのだ。
 オールはアムが側近達と会話をしている間、その場に座り込み頭
を抱えていた。
︵どうしてこうなったんだ⋮⋮︶
 オールの予定では父・トルオに疑心暗鬼を抱かせ、アムとつぶし
合わせる算段だった。
 そして、自分は裏から美味しいところを頂く筈だったのだ。
 しかし蓋を開けてみれば、トルオは暴走して衛兵を嗾け、アムは
オールを連れて城を飛び出してしまう。
 お陰でオールの息がかかってる部下達とも引き剥がされてしまっ
た。
 これも全部、想像以上に父・トルオの肝が小さかったことと、兄・
アムの頭が想像以上に悪かったことが原因だ。
 オールは2人の身内に、頭の中で罵詈雑言を浴びせかける。
﹁安心しろ、オール。たとえ巨人族やホワイトドラゴンが襲ってき
ても、この兄が退けておまえを守ってやるぞ﹂
 座り込み頭を抱えているオールに対して、何を勘違いしたのかア
ムが歯を輝かせて肩に手を置く。

1871
 オールは呆れた視線を向けることしか出来ない。
 アムは言うだけ言って、側近達との会話に戻る。
︵⋮⋮いつまでもふさぎ込んでいてもしかたがない︶
 オールは溜息を最後にひとつ付き、気持ちを切り替える。
︵ピンチをチャンスに。この機会を利用して、白狼族の村を特定し
てやる︶
 そして大国メルティアが求める人物、白狼族の夫婦と指輪を手に
入れてやる。
 オールは誰にも気付かれないように笑みを浮かべ、腰に巻いたベ
ルトを撫でた。
1872
第168話 ミサンガ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月5日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
アイスのヤンデレシーンは書いてて楽しかったです。もちろんミサ
ンガの材料は⋮⋮。
現実でヤンデレは怖いけど、二次元だとなぜかある意味可愛く思え
るという不思議!

1873
第169話 尋問
﹁ねぇ、リュートくん、何かわたしたちに隠し事してない?﹂
 白狼族の村に滞在して、2日目の昼。
 オレ達に割り当てられたイグルー内部で、お昼を食べていた。
 全て、白狼族のご婦人方が作ってくれた料理だ。
かおりちゃ
 そんな美味しい料理を食べた後、謎ジャム入り香茶を飲んでいる
時にスノーから突然言われたのだ。
﹁ど、どうしたんだスノー、藪から棒に﹂
 皆はイグルーで車座になってお茶を飲んでいる。
 オレから時計回りに、リース、シア、スノー、メイヤ、クリスの

1874
順番で座っている。
 ちょうどスノーはオレの正面に座る位置に居る。
 彼女はオレの胸中を見透かすようなジト眼で迫ってくる。
﹁なんか昨日の夜⋮⋮正確に言うとわたしのお父さんとお母さんと
話をしてから、態度がおかしいんだよね﹂
﹁ですね、それ以降、どこかリュートさんの態度がおかしいですよ
ね﹂
﹃最初は移動などで疲れているのかと思ったけど⋮⋮﹄
 リース、クリスがスノーの指摘に追従する。
 どうやら嫁達はとっくにオレの異変を見抜いていたらしい。
﹁⋮⋮確かに誰しも隠し事のひとつやふたつあっても不思議ではあ
りませんが、現在若様の隠しているモノは少々毛色が違うように感
じます。だから奥様方は心配しているのです。決して興味本位でほ
じくり返そうと考えている訳ではないことを、ご理解ください﹂
 そして、シアがスノー達の態度にフォローを入れる。
 もちろん、オレだってそれぐらい分かっている。
 スノー達が好奇心ではなく、心配から声をかけてくれていること
を。
 ちなみにメイヤ⋮⋮﹃リュート様の隠し事?﹄と1人呟いたのを
オレは聞き逃さなかった。
 だが、まだ具体的に内容がばれたわけじゃない。
 オレ自身信じられないが、自分が亡国の王子で、身元がばれると

1875
大国メルティアに命をつけ狙われるかもしれない。
 気持ちの整理を自分自身でするためにも、少し1人で考える時間
が欲しい。
 そのためスノー達の追求を誤魔化すことにした。
﹁別におかしいことはないよ。スノーのご両親と過去のことをちょ
っと話しただけさ﹂
 うん、嘘は言っていないな。
﹁過去って何の話をしたの? わたし達の孤児院時代のこと?﹂
﹁色々さ、過去のことを色々、ね﹂
﹁むぅ⋮⋮やっぱり怪しい﹂
 どうやらオレとの問答は、疑惑を深めるだけだったらしい。
 スノーが悪戯を思いついた子供のように微笑む。
﹁ここは少し強引にでもリュートくんを尋問するしかないねぇ﹂
﹁ちょ!? スノーさん!﹂
 スノーは指先をタクトのように振ると、オレの両手足が氷の拘束
具によって固定されてしまう。
 これで自分では身動きがとれなくなってしまった。
 彼女は獲物を前にした狼のように嗜虐的な笑みをうかべ迫ってく
る。
 手を挙げ、クリス達に宣言する。
﹁それではこれから、リュートくんがわたし達にしている隠し事を
進んで話したくなるよう尋問しまーす﹂

1876
﹁す、スノー! 何をするつもりだ!﹂
﹁えへへ、そうやって困ってるリュートくんは新鮮だね。ちょっぴ
り意地悪したくなっちゃうよぉ﹂
 どうやらオレの態度はスノーの嗜虐心に火を付けたらしい。
 スノーはオレが動かないよう正面から抱き締める。
 そして、彼女はオレの耳を口にくわえ甘噛み&舌で舐めてきた。
﹁ぅひぉッ!?﹂
 初めての刺激に喉から変な声が漏れてしまう。
 正面からスノーに抱きつかれ、胸の感触を味わいつつ、鼻腔は彼
女の髪や体から漂ってくる甘い女の子の匂いで満たされる。
 その上、耳を這うぬるりと生温かい舌の感触。
 時折、健康的な犬歯がチクリと刺激を織り交ぜることで、適度な
快感の波を作り出す。
 な、なんて恐ろしい﹃尋問﹄なんだ!
 スノーが耳から口を離す。
﹁さすがリュートくん、この程度じゃ口を割らないみたいだね﹂
﹁あたりまえだ。僕はこれくらいじゃ屈しないぞ。だいたい隠し事
なんてしてないし﹂
﹃では、次は私がやりますね﹄とクリスが立候補してくる。
 大人しい性格のクリスまで、スノーの悪ふざけに便乗する。
 どうやらオレの態度が嫁達の嗜虐心に火を灯してしまったらしい。

1877
 彼女はオレの手を取ると、指に謎ジャムを載せる。
 何をするのかと思ったら、そのままジャムが付いたオレの指をぱ
くりと口にくわえる。
﹁ひゃっい!﹂
 これまた恐ろしい﹃尋問﹄だ!
 クリスが上目遣いでオレの指を咥え、チロチロと小さな舌でジャ
ムを舐めとる。
 それだけじゃない!
 舌先がオレの爪の間を刺激してくるのだ。
 まるで舌が別の生き物のように動いてくる。
 しかも指先は人体でもっとも触覚が優れた部位。
 クリスの温かな口内、舌の肌触り、歯の硬い感触、唾液のぬめり、
呼気の湿り︱︱全てを鮮明に感じることが出来る。
 さらに、
﹁んぅ、ふぅ、ぁっ⋮⋮﹂
 クリスが大きな瞳を潤ませ、真っ白な肌を紅潮させ、こちらを上
目遣いで見てくるのだ。
 もうこれだけで白米三杯は食べられるね!
 米なんて今のところのこの世界で見たことないけど!
 クリスが指から口を離し、唾液で濡れた部分を取り出したハンカ
チで拭う。

1878
﹃さすがお兄ちゃんです。これでも口を割らないなんて﹄
﹁ふっ、ふふふ⋮⋮ぼ、僕はこんな卑劣な﹃尋問﹄なんかに屈しな
いぞ!﹂
﹁で、では次は私の番ですね。普段はリュートさんに責められてば
っかりなので、私からやるなんてなんだか新鮮ですね﹂
 今度はリースが名乗りを上げる。
 その表情はどこか照れ臭そうだった。
 く、くそ! 彼女はどんな﹃尋問﹄をしてくるつもりだ!?
 まったく困ったもんだぜ︵棒︶。
 リースはオレの正面に来ると、頬を分かりやすいほど赤く染めて
いた。
﹁そ、それでは行きますね﹂
﹁くっ、好きにするがいい﹂
﹁え、えいっ!﹂
﹁もふ!?﹂
 リースはオレの頭に両手を添え、彼女の体躯に合わない大きすぎ
る胸で抱き締めてくる。
 大きく柔らかい胸に顔を埋めるせいで、息苦しい。
﹁ふごふごふご!﹂
 息をするたびリースの汗ばんだ体臭が肺を満たす。
 顔全体は彼女の柔らかな胸の感触に蕩けそうだ。
 さらに愛しげに髪を撫でてくるというおまけ付き。
 く、くそ! このままではリースに骨抜きにされてしまう!

1879
 なんて恐ろしい﹃尋問﹄なんだ!
 リースが腕の力を弱め、オレを胸から離す。
﹁どうですか? リュートさんの隠していることを話す気になりま
したか?﹂
﹁だ、だから僕は何も隠し事なんてしてないよ。それにこの程度の
ピース・メーカー
﹃尋問﹄ぐらい耐えてみせる。PEACEMAKER代表のプライ
ドにかけて!﹂
 キリッ、とオレは決め顔を作った。
﹁もうリュートくんは強情なんだから。それじゃ今度は3人一緒に
やろうか?﹂
 な、なんだって!?
 さっきの悪逆卑劣な行為を3人一緒にやるんだって!?
 スノーはなんて恐ろしいことを言い出すんだ。
 しかし、オレだって1人の男⋮⋮ッ。
 男には逃げられない戦いがあるんだ!
﹁僕はどんな﹃尋問﹄にも屈しないぞ﹂
 オレは改めて﹃キリッ﹄と決め顔を作った。
 嫁3人が、それぞれオレに覆い被さろうとすると︱︱
﹁若様、奥様方、お楽しみのところ大変申し訳ありませんが、スノ
ー奥様のご両親、クーラ様、アリル様がいらっしゃいました﹂

1880
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 シアがメイドとしてイグルーを訪れたスノー両親を案内する。
 スノー両親は、生き別れ再会した最愛の娘が、他妻と一緒にオレ
を襲っていた姿を目撃した。
 スノーはオレの耳を甘噛み。
 クリスは指を舐めている。
 リースはオレの顔半分を自身の胸に抱き締めている最中だった。
 生き別れの両親の目の前でソフトSMプレイとか⋮⋮どんな罰ゲ
ームだよ。
 イグルー内に気まずい沈黙が積もる。
 最初に切り出したのはスノー父だった。
﹁お、お邪魔だったかな?﹂
﹁い、いえ、大丈夫です。なんか、すみません﹂
 オレは謝罪を口にする。
 そして全員居ずまいを正した。
 それとスノー⋮⋮いい加減、氷の拘束をとって欲しかった。 1881
第169話 尋問︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月7日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
感想返答書きました。
良かったご確認ください。 1882
第170話 作戦会議
 スノーの両親がオレ達の住むイグルーに顔を出したのは、問題が
発生したためだ。
 その問題とは、領主の息子アムが実弟を連れて城を飛び出したら
しい。
 なんでも、父であるトルオ・ノルテ・ボーデン・スミスが錯乱し、
アム達を幽閉しようとしたとか。
 この報告を届けたのは、アム&実弟を村に誘導中のメンバーの1
人だ。
 アム達本隊組は、実弟が魔術師でもない一般の人種族のため体力
的に移動速度が遅い。休憩を多めに取り、村へ向かっているらしい。
 移動速度が遅すぎるため、白狼族の1人が先行して情報を伝えに

1883
来たのだ。
 詳細は明日、夕方にアムが村に着いたら本人から聞く。
 スノーの両親は、その時の会議に出席する了承をオレに取りに来
た。
 そしたら、娘が昼間から夫とライトなプレイをしていたと⋮⋮。
 本当、すみません、ごめんなさい⋮⋮。
 そして、翌日の夕方。
 アムと実弟、側近達が白狼族の村へと辿り着く。
 夕食を終え、日が落ちた夜。
 オレ達は白狼族の会議に出席した。
 白狼族の代表者は、長老的人物3人。
 スノー父を含めて成人男性3人の計6人。
 さらに、領主の息子であるアム、そしてアムの実弟の2人が加わ
る。
ピース・メーカー
 オレ達はPEACEMAKERメンバー全員、6人が参加。
 現在、大きなイグルーには14人が膝をつき合わせている。
かおりちゃ
 シアが慣れた手つきで、皆に謎ジャム入り香茶を音もなく配る。
 まだ村へ滞在して2日目なのに、その動きに迷いがない。まるで
何年も務めているような態度だ。

1884
かおりちゃ
 香茶をシアが配り終わったところで、まずは自己紹介から入る。
 白狼族側の自己紹介が終わると、アム達が名乗りを上げる。
﹁スミス家長子、魔術師Bプラス級アム・ノルテ・ボーデン・スミ
ス。以後お見知りおきを﹂
﹁同じく、スミス家次男、オール・ノルテ・ボーデン・スミスです。
兄様がいつもお世話になっています。また自分が足手まといになっ
たせいで、到着が遅れてしまい申し訳ありませんでした﹂
 オールは挨拶の後、申し訳なさそうに頭を下げる。
 美少年︱︱場合によっては男装した美少女にも見えるオールに謝
罪されて、それ以上批難出来る人物はいない。
 到着が遅れた話はここでお終いだ。
 会議にはアムだけではなく、実弟のオールにも参加してもらった。
 城内で起きた出来事をなるべく詳細に聞いて、把握するためだ。
 そして、オレ達もオールに対して自己紹介する。
 スノーが挨拶をすると、なぜかアムが自慢げにオールへ聞かせる。
﹁どうだ、オール。美しい女性だろ? 彼女が将来、義理の姉にな
るんだぞ﹂
 誰が将来の義姉だ。
 実弟のオールは自信溢れる兄の言葉に、苦笑いだけを浮かべた。
 そして、話は城内の件に移る。
 どうしてアム達が、城を飛び出し逃げてきたのか⋮⋮。

1885
﹁ふっふーん! それではぼくがどうやって華麗に父上の魔の手か
ら、弟や部下を連れて抜け出したのか聞かせてしんぜよう!﹂
 アムはまるで英雄譚の語り部のように喋り出す。
 何度もオールがフォローを入れて、謁見の間で起きた詳しい出来
事を把握する。
﹁⋮⋮まさか本当に領主が、実の息子を幽閉しようとするとは。あ
の街ももう長くないのかもしれないな﹂
 スノーの父、クーラが感想を呟く。
 他の白狼族代表者達も似たような感想だと、表情で物語っていた。
 アムも珍しく、真剣な顔で頷く。
﹁悲しいことだが、現在の父上はぼくの目から見てもおかしい。ま
るで魔王にでも取り付かれているかのようだ。父上をこれ以上放置
することは、貴族としても息子としても︱︱また民の平穏のために
も、許すことは出来ない﹂
 彼ははっきりと断言した。
﹁父上には領主の座から下りてもらおう。たとえ、力づくでもだ﹂
 イグルー内部を沈黙が埋める。
 他者の心臓音すら聞き取れそうな静寂だった。
﹁⋮⋮でも力づくって、どうやって領主に近づいて取り押さえるつ
もりだ? 第一それで民衆は納得するのか?﹂

1886
 オレの質問にオールが答える。
﹁民衆に関しては⋮⋮現在の領主は父様です。父様の政策に不満を
持つ人々は少なくありませんから﹂
 トルオのとる政策で、一番不満を覚えられているものは流刑地建
設についてだ。
 流刑地を建設し、大量に犯罪人を受け入れる︱︱やりたいことは
分からないではないが、あまりにも強引に進めすぎている。彼は他
大陸の貴族や王国に認められようと無理をしすぎている。
 さらにトルオは他大陸に顔を売るため、新たに流刑地を建設する
手続きをしている。税なども上がり、また自分達が長年住む北大陸
を﹃田舎だから﹄と流刑地扱いされ、不満を覚えない民はいない。
 ましてやトップが率先して進めているため、トルオが民衆を馬鹿
にしていると捉えることも出来る。
﹁それに兄様は次期領主。少々早すぎる気はありますが、領主に就
任して文句を言い出す方はいないと思います。問題があるとしたら、
やはりどうやって父様を取り押さえ、領主の座を奪うか、というこ
とになると思います﹂
 現状、こちらの戦力はオレ達と白狼族の男性とアム。
 トルオ側は、一般兵やオレ達を襲った精鋭の秘密兵士隊、金で雇
ギルド
う冒険者斡旋組合の冒険者達。さらにはこうなった以上、金にあか
せて人数を増やしまくるだろう。
 力押しならともかく、トルオをスムーズに退任させるのはそう簡
単ではない。
﹁安心したまえ諸君。ぼくに素晴らしい作戦がある!﹂

1887
 アムは自信満々に前髪を弾き、前歯を光らせる。
 白狼族長老の1人が尋ねる。
﹁アム様、その作戦とはいったい⋮⋮﹂
﹁うむ、教えてしんぜよう。父上はぼく達の襲撃を警戒している。
だから、それを逆手にとるのさ! まず白狼族の男性達が正面から
城を襲撃。なるべく騒ぎを起こす。そして、目を引いている間に、
ピース・メーカー
リュート達、PEACEMAKERがぼくと共に城へと侵入し、父
上に引導を渡すのさ! そして父上を捕らえた後は、ぼくが城の外
へ出て停戦を呼びかける。どうだい素晴らしい作戦だろ?﹂
﹁つまり、陽動作戦ですな﹂
 白狼族の長老達が頷く。
 悪くない作戦とでも思っているのだろう。
 オレは慌てて会話に入る。
﹁ちょっと待ってくれ! アムの作戦はいくらなんでも危険過ぎる、
少数で大人数が守る城を攻めるなんて! 第一、白狼族の男性が暴
れて人目を引くなんて、例え成功しても民衆との間に禍根が残るぞ
!﹂
ロンド
﹁安心したまえ、偶然とはいえこのぼく! ﹃光と輝きの輪舞曲の
魔術師﹄、アム・ノルテ・ボーデン・スミスを誘拐したのだ。ミス
ター・リュートはもっと自分に自信を持ちたまえ﹂
﹁自信と過信はまったくの別物だ。それに馬車の襲撃と城攻めを同
一に扱っては困る。前にも話したが、僕達だって城からの要人誘拐
なんて経験ないんだぞ﹂
﹁なら代案はあるのかい?﹂
﹁それは⋮⋮﹂

1888
 オレは言い淀む。
 さすがにすぐには代案など出てこない。
 スノーの父、クーラが語りかけてくる。
﹁リュート殿の気持ちは痛いほど分かる。しかし自分達も危険は承
知の覚悟だ。たとえ民衆との間に禍根が残ろうとも、それは現状よ
り大分マシなのだ。白狼族としては表面上でも商売的取引が出来れ
ピース・
ばそれでいいんだ。だから、頼む。どうかリュート殿、PEACE
メーカー
MAKERのご助力を。どうか頼む﹂
 クーラは最後に深々と頭を下げてきた。
 相手はスノーの父親。
 オレに良い感情を持っていないとはいえ、無下に出来る相手では
ない。
﹁リュートくん⋮⋮﹂
 心配そうな声音でスノーがこちらを見てくる。
 オレは唇を噛みしめ、
﹁⋮⋮少し時間を下さい。仲間内で一度相談したいので﹂
 と答える。
 白狼族達は無言で頷き同意する。
 これで時間が少しだけ稼げた。
 こうして会議は一旦終了する。

1889
第170話 作戦会議︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月9日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
今日は七夕です! 1年に1度、織姫と彦星が再会する日ですね!
彼女なんて1年に1度どころか⋮⋮アレメカラミズガトマラナイゾ。 1890
第171話 銃の扱い方
 会議を終えたオレ達は、割り当てられているイグルーへと戻って
来た。
 外は暗く、今にも吹雪きそうな分厚い雲に隠れて星の光さえ遮ら
れている。
 時間的にはもう寝ていてもおかしくないが、オレ達は車座になっ
て意見を交換していた。
 まずはオレが意見を切り出す。
﹁オレとしてはアムの作戦は反対だ。いくらなんでも作戦が乱暴過
ぎる﹂
﹁確かに若様の言う通り﹃陽動﹄という言葉を使っていますが、作
戦内容はあまりにお粗末ですね﹂

1891
 オレの言葉にシアが同意する。
 シアの指摘通り、﹃陽動﹄と言っているが、街中で暴れて注意を
引きその隙に城へ侵入しろだなんて乱暴もいいところだ。
 メイヤが口を開く。
﹁では、わたくし達だけで城を攻めますか? リュート様のお作り
になった宝石にも勝る輝く魔術道具の数々を用いれば、あんな田舎
大陸の城ひとつ落とすのは容易いですわ﹂
 確かに無理をすれば落とすのは可能だ。
 飛行船は爆破されたが、元々魔石の魔力消費を抑えるため武器や
弾薬、他嵩張る物は全てリースの﹃無限収納﹄に入れてある。
 迫撃砲も完成しているから、遠距離からあるだけの弾を撃ち込ん
で、PKMやオートマチックグレネードで武装し、衛兵達をなぎ倒
しながら城へと攻められる。
 火力だけなら、城落としは可能だ。
 しかし、ただの名誉貴族が他国の上流貴族の城を攻め落としても
いいのか?
 外交的にかなり不味い事態になるだろう。
 そして、この方法はあまりに危険度が高すぎる。
 無双ゲームとは違うのだ。相手だってただ攻撃を喰らってくれる
訳ではない。混乱が収まればすぐにでも反撃を敢行する。
 わざわざ皆を危険な目に合わせたくはない。
 それにオレ自身、あまり目立ちたくない。
 彼女達には隠しているが、オレは妖人大陸で最大の領地を持つ大

1892
国メルティアに滅ぼされた王族の生き残りだ。
 下手に目立って、生き残りとばれたらやっかいだ。場合によって
は一生、大国メルティアに追いかけ回される。
 そんなのはごめんだ。
﹁では、協力依頼をお断りしますか?﹂
﹁うぐ⋮⋮﹂
 リースが尋ねてくる。
 彼女の問いに喉を詰まらせてしまう。
﹃スノーお姉ちゃんの一族が困っているのです。見捨てることなん
て出来ません!﹄
 クリスがミニ黒板を主張するように差し出してくる。
 もちろん、オレとしてもクリスと同意見だ。
 初めからスノーの一族やご両親を﹃見捨てる﹄という選択肢は無
い。
﹁でも、リュートくんの指摘はもっともだよ。明日、明後日にすぐ
行動しないといけない作戦じゃないし、少し腰を据えて皆と話し合
った方が良いと思うな。ことを急いで失敗したら目も当てられない
しね﹂
 な、なんだと⋮⋮ッ!? スノーが難しい内容を話しているだと
! ︱︱じゃなくて、確かに彼女の言う通り、すぐに行動する訳で
はない。
 こちらは好きなタイミングで攻撃をしかけることが出来る。
 それがこちら側の数少ない利点のひとつだ。

1893
 オレは話し合いの意見を纏める。
﹁それじゃ基本的には白狼族に協力するということで。ただし今日
アムが提示したような乱暴な作戦には反対する。ことを急がずじっ
くり話し合って作戦を立てるべきだ﹂
 理想を言えば、クリスの母親︱︱セラス・ゲート・ブラッド夫人
を助け出した時のように城へ通じる隠し通路があればいいのだが⋮
⋮。
 深夜、その通路を通って城へ侵入し、トルオを襲撃出来るのが理
想だな。
 今後の方針を話し終え、そろそろ眠りに就こうとすると︱︱
﹃オオオォーーーンッ!﹄
﹃!?﹄
 狼の遠吠えに似た雄叫び。
 まるで生物の危機感を直接刺激するような声だった。
 オレ達は反射的に身構える。
 一番始めに状況を察したのはスノーだった。
﹁なんだろう? なんだか外の様子が騒がしいよ。誰かが争ってる
?﹂
﹁村の周囲全体で争っているようですね﹂
 スノーはこの中で一番聴力に優れている。

1894
 次に気配を察知することに長けているシアが、状況を説明してく
れた。
 皆の視線がオレへと集まる。
﹁兎に角、外へ出て状況確認しよう! リースはいつでも皆の武器
を出せるよう心構えしておいてくれ﹂
﹁分かりました!﹂
 オレの指示に皆が同意するのを確認して、イグルーを出る。
 時間は夜、空を厚い雲がおおい星々を隠す。
 周囲を照らす光源も無いため、自身の手のひらすら認識し辛いほ
ど暗かった。
 遠く、ぽつ、ぽつと光が灯り、消える。
 魔術の力を感じる。
 恐らくあれは攻撃魔術の光だ。
 やはり白狼族達は現在何かと戦っているらしい。
 しかし、いったい何と戦っているんだ?
 兎に角、戦闘中なら念のため武装を整えておいた方がいいだろう。
 オレはリースに声をかけて、皆に武器を持たせる。
 オレ、スノーがAK47。
 クリスはSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶。
 リースがPKM。
 シアはやっぱりコンファーで、一応メイヤにはオレのサブアーム
であるオート・ピストルの﹃H&K USP︵9ミリ・モデル︶﹄
を手渡す。
 そして皆、ピストルベルトも装備し、予備弾倉もしっかりと準備
する。

1895
﹁一応護身用に渡すが⋮⋮メイヤは銃器の製造には慣れてるだろう
けど、扱いには不慣れだ。危ないから滅多やたらにつかうなよ?﹂
 メイヤは多才だが、運動神経はあまり良くない。
 発砲にも慣れていないため、仲間に銃弾を当ててしまうフレンド
リー・ファイヤーが怖いが、護身として持たせない訳にもいかない。
 メイヤはオレからUSPを受け取り、がっちりと両手で握り締め
る。その頬は興奮のためか赤く紅潮していた。
﹁お任せください、リュート様! 不肖一番弟子メイヤ・ドラグー
ン! 見事リュート様のお背中を守り切ってみせますわ!﹂
トリガー
 彼女は安全装置がかかっているとはいえ、引鉄に指をかけ、さら
に銃口はオレへと向け続けている。
トリガー
 オレはすぐにメイヤの手を取り、引鉄から彼女の指を外して、銃
口を下へと向けさせた。
ハンドガン カートリッジ
﹁いいか、メイヤ⋮⋮まず?銃は全て弾薬が装填されていると思っ
て扱え。?壊したくない物や人に銃口を向けない。?狙いを付ける
トリガー
まで引鉄に指をかけるな。最後、?狙う目標の周囲に何があるか意
ハンドガン
識しろ。間違っても仲間を撃つようなマネはするなよ? これが銃
ハンドガン
を扱うための大原則だ。護身のため銃を渡すが、このルールに従っ
て安全に使用してくれ。頼むぞ﹂
﹁わ、分かりましたわ。気を付けます﹂
 メイヤはさすがに空気を読んだのか、神妙な表情で頷いた。
ガン・ハンドリング
 銃の取り扱いで妥協出来ない4大原則がある。

1896
 このルールは前世の地球、警察や軍隊の指導教官のみならず、観
光客や初心者向けのレクチャーをおこなっているシューティングレ
ンジなどでも広く取り入れられているものだ。
 メイヤにも話したが︱︱
ハンドガン カートリッジ
 ?銃は全て弾薬が装填されていると思って扱え。
カートリッジ
 銃関係の事故を起こした人の多くが﹃弾薬が入っているとは思わ
カートリッジ
なかった﹄と言い訳する。なら最初から﹃弾薬が入っていない状態
など存在しない﹄と考え、扱えば間違いなど起こりようがない。
 ?壊したくない物や人に銃口を向けない。
 人には他者だけではなく、自分自身も含む。銃口が向いていなけ
れば、仮に暴発しても弾が当たることはない。そのため銃を持って
移動する場合は、銃口を下に向けるとよい。
トリガー
 ?狙いを付けるまで引鉄に指をかけない。
 銃の種類にもよるが、驚いた拍子に意外と簡単に暴発してしまう。
トリガー・ガード
人差し指は伸ばすだけでは不十分。銃のフレームや用心金部分に添
えると安定する。
 ?狙う目標の周囲に何があるか意識する。
 標的は撃っていい物なのか? 弾が跳ね返ってこないか? 貫通
したり外したら周囲に被害が出ないか? そうした問題に常に注意
を払わなければならない。
ガン・ハンドリング
 以上が銃の取り扱いで妥協出来ない4大原則だ。
 メイヤにはずっと銃器製作を手伝ってもらっていたため、本格的
な射撃訓練をしてこなかった。
 彼女やオレ達自身の安全のためにも、今後は時間を見繕って射撃

1897
訓練をさせた方がいいだろうな。
﹁ミス・スノー! 皆! 無事かい!﹂
 オレがそんなことを考えていると、領主の息子のアムが駆け寄っ
てくる。
 彼の後ろには、実弟のオール、アイス、スノー両親、白狼族の一
部子供達がいる。
 アムはすでにレイピアを抜き、後ろにいるアイス達を守るように
こちらへ向かって来た。
 スノー達が周囲を警戒してくれている間に、オレ達は情報を交換
する。
﹁いったい何があったんだ!? あちこちで戦闘が起こってるみた
いだけど﹂
﹁⋮⋮どうやら父上の秘密兵士隊が、村を囲って奇襲をかけてきた
らしい﹂
﹁!? それってつまり、白狼族の村まで後を付けられたってこと
か!?﹂
﹁ありえない。アム様達をご案内する時、私達は周囲を注意して進
んだ。いくらあの秘密兵士隊でも、大陸内地で私達を出し抜くなん
て不可能﹂
 オレの言葉をアイスがすかさず否定する。
 白狼族は北大陸内地の専門家だ。彼女達がそういうなら後を付け
られた、という訳ではないのだろう。
 では一体、どうやって白狼族の村を特定したんだ?
 飛行船襲撃の時も思ったが、秘密兵士隊は不気味だ。

1898
 不可解な点が多すぎるぞ。
﹁兎に角、今は避難が優先だ。子供達を安全な場所へ移動させたい
し。こういう場合の緊急避難地点があるから、そこへ移動しよう。
案内するから付いて来てくれ﹂
﹁それに今後の作戦を考えたらアム様達を敵の手に渡すわけにはい
きませんものね。なんとしても逃げ延びないと﹂
 スノーの父クーラと、母アリルが動き出す。
 確かにまずは皆の安全を確保するのが先決だ。
 それに作戦上、アム&オールの身柄安全が最優先なのも確かだ。
 また子供達はこれで全員ではない。
 女性、老人含めて細かく分散して、白狼族の緊急避難地点へと移
動する。
 この群れもそのひとつだ。
 オレ達はクーラの先導で暗闇を移動する。
 歩き出す前に、アイスからいざというときようの緊急連絡用の特
殊なお香を渡される。もしはぐれた場合、このお香を焚けば居場所
を特定することが出来るらしい。
 何でも白狼族の者なら、匂いが風に乗りかなりの長距離でも嗅ぐ
ことが出来る品物だとか。オレ達は有り難く受け取った。
 そして向かう先は奇しくも、オレ自身の過去を聞いた場所だった。
1899
第171話 銃の扱い方︵後書き︶
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明後日、7月11日、21時更新予定です!
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最近、家の近くで駄菓子屋を発見しました!
う○い棒が充実していて、﹃なっとう味﹄﹃牛タン塩味﹄﹃サラミ
味﹄など初めて現物を見るのが多々ありました。大人なのに、かな
り駄菓子でテンションがあがりました。思わず金額を気にせず買い
まくりました。それでも500円ちょっとしかかからなかったけど

1900
第172話 移動
 敵から襲撃を受け、移動する途中。
 スノーの両親から、オレの過去︱︱異世界で生まれ変わった両親
や出来事を聞かされた場所を通り過ぎる。
﹁ここから先は暗くて分かり辛いが、左側が急な斜面になっている
から落ちないように気をつけるように﹂
 白狼族の緊急避難地点へと先導してくれるスノーの父、クーラが
後ろに続くオレ達へ声をかけてくる。
 言われて左側に視線を向ける。
 暗すぎて分かり辛いが、﹃急な斜面﹄というより崖に近い気がす
るのだが⋮⋮。

1901
 進む順番はクーラ、アリル夫婦。領主の息子であるアム、オール
兄弟。白狼族の子供達に白狼族の少女アイス。最後に後方を警戒し
ながらオレ達が進む。
 すでに村から大分離れたせいか戦闘音はもう聞こえてこない。
 空は今にも吹雪きそうな曇天のせいで、星の光すら遮られる。暗
すぎて、すぐ目の前を歩くアイスの背中すら見失いそうだ。
﹁︱︱若様! アイスさん! 危ない!﹂
 オレの後ろを歩いていたシアが、背後から飛びかかってくる。
 オレとアイスの衣服を掴み、引き摺り倒す。
 ほぼ同時に、頭上を鋭い擦過音が通り過ぎる。
アース・アロー
 雪に刺さったそれは、魔術で作られた土矢だ!
 敵襲!?
﹁シア、助かった!﹂
アース・アロー
 オレは手短に礼を告げ、土矢が飛来してきた右側森林へとAK4
7を発砲。
 雪に倒れながら、暗闇へ弾丸を発砲する。
トリガー
 スノー、リースも続き引鉄を絞る。
 銃弾の切れ間。
アース・アロー
 再び、複数の土矢が襲いかかってくる。
 オレは立ち上がり、肉体強化術で身体補助!
 アイスの手を引き後方へと下がろうとする。

1902
 だが︱︱咄嗟の行動とはいえ、それは裏目に出た。
 オレ達が進む隊列に敵が割って入り、﹃スノー両親、アム、オー
ル、白狼族子供達前方組﹄と﹃オレ達とアイスの後方組﹄という形
で分断されてしまう。
 しかも、相手はオレ達の飛行船を襲ったあの白い兵隊︱︱敵の秘
密兵士隊だ。
﹁またこいつらか! しかも待ち伏せって!? どうして移動した
先に居るんだよ!﹂
 さらにまた魔術による攻撃を察知することが出来なかった。
 魔術師は魔力に反応する。
 そのため魔術師を魔術で襲撃、奇襲をかけて殺害するのは難しい。
 襲う前に魔力の流れに気付かれてしまうからだ。
 なのに、こいつ等は魔力を使用しているのに感知することが出来
なかった。方法は分からないが、何かしらの方法で一定以上の魔力
の流れを感知させないことが出来るようだ。
 つまり、魔術での暗殺がやりたい放題ということだ。
 もしそうだとしたら、チート過ぎるだろ!?
アース・アロー
 シアが土矢に気づけたのも魔力を察知したのではなく、飛んでく
る擦過音を鋭敏に察した結果だ。
 全身を白い甲冑で覆った兵士が肉体強化術の身体を補助した鋭い
動きで迫ってくる。
 オレはAK47の銃口を向けるが、

1903
﹁くっ︱︱﹂
 直前で発砲を思いとどまる。
 腰からナイフを抜き、相手の手刀をいなす。
 前方には﹃スノー両親、アム、オール、白狼族子供達﹄が居る。
 このまま発砲して、敵に銃弾を回避されたら彼らに当たってしま
う。
 敵もそれを理解しているため、オレ達の間に入って来たのだ。
 オレはすぐさま、後ろにいるスノー達に指示を飛ばす。
﹁正面の敵へは発砲するな! 前に居る味方に当たる! 右側面か
ら襲ってくる敵のみ発砲するんだ! メイヤとアイスはオレ達の内
側に回れ!﹂
 クリス達が返事をすると、彼女達は側面から襲ってくる白兵士達
を相手取る。
 白狼族の少女であるアイスは魔術師ではない。
 メイヤは魔術師だが、開発メインの素人だ。
 彼女達を守るため、オレ達は2人を囲うような陣形を取る。
 メイヤ、アイスを内側に。
 彼女達の楯のようにクリス、リース、シアが側面を担当。
 前方正面をオレとスノーが相手をする。
 正面の敵は2人。
 オレとスノーは肉体強化術で身体を補助。
 腰からナイフを抜き、AK47の先端へ装備。銃剣にして敵との
白兵戦へと望む。

1904
 白兵士は両腕から刃を生やし、振るってくる。
 その動きは素早く、よく訓練された動きだった。
 オレとスノーは銃剣を装備したAK47のリーチを生かして、敵
を牽制する。
 時には前方に居る仲間に当たらないよう発砲するが、白兵士達に
はヒットしない。
 肉体強化術で身体を補助しているのもあるが、前方の仲間に当て
ないよう配慮した撃ち方のためどうしても発砲タイミングが簡単に
読まれてしまうのだ。
 さらに悪いことに、側面の白兵士達は抑えられるが、オレとスノ
ーが相手をする前方は人数が増え出した。
 現在は5人ほど居る。
 お陰で後退を余儀なくされる。
 前方のスノー両親組とはすでに約2∼30メートルは離されてし
まっただろう。
 無理に前へ進もうにも、こちらには守るべきメイヤ、アイスが居
る。
 オレは胸中で舌打ちした。
︵クソ! このままではジリ貧だ。だからと言って、犠牲覚悟で無
スタングレネード
理をするわけにはいかないし⋮⋮ッ。特殊音響閃光弾で敵を混乱さ
せて、一気に駆け寄るしかないか!?︶
 ダン!
 牽制のための射撃。

1905
 白兵士達が警戒して大きく距離を取る。
 オレはその隙に、側面を防衛するリースへ声を掛けようと振り向
く︱︱その時、オレの後ろにいたアイスがミスを犯してしまう。雪
に足を取られ、バランスを崩してしまったのだ。
﹁きゃぁっ⋮⋮!﹂
アース・アロー
 1本の土矢が間を抜け、体勢を崩したアイスに高速で飛来するの
をオレは視界端で捕らえる。
 強化された視覚だからこそ認識出来たのだ。
 アイスでは間違いなく回避は不可能。
 オレはとっさに彼女の前に立つ。
アース・アロー
 次の瞬間︱︱オレの腹部に深々と土矢が突き刺さる。
﹁⋮⋮ッ!!﹂
 防寒具は着ていたが、防弾チョッキ︵この異世界の素材を使用し
た皮の胸当て的な見た目の防具︶は奇襲だっため装備していない。
アース・アロー
 オレは土矢の勢いと激痛に蹈鞴を踏み、倒れてしまう。運が悪い
ことに倒れた場所は急な斜面︱︱ほぼ崖だったせいでそのまま滑り
落ちてしまう。
﹁リュートくん!﹂
 一瞬の無重力感。
 視界一杯にスノーが飛び込んでくるように腕を伸ばしてくる。
 彼女に抱き留められ、崖に背中をぶつける。
 オレが覚えていられたのは、そんなところまでだった。

1906
第172話 移動︵後書き︶
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明後日、7月13日、21時更新予定です!
1907
第173話 正体︱︱第三者視点
﹁リュートくん!﹂
 スノーの悲鳴に、皆が振り返る。
 リュートがアイスを庇い、敵の攻撃を受けたのだ。
 彼女達の視界からリュートとスノーが、崖へと姿を消す。
 クリス達はその衝撃に目の前に敵がいるにもかかわらず、背中を
向けてリュートとスノーの後を追おうとしてしまう。
 アイスはリュートが自分を庇い負傷。崖へ姿を消したことにその
場にへたり込む。
﹁皆様! 落ち着いてください! 今は戦闘中です!﹂

1908
 戦闘メイドであるシアが、一喝。
 後を追いそうになったクリス、リース、メイヤの足を止めた。
 シアは居なくなったリュート達に代わり、正面の敵を受け持つ。
﹁でも! リュートさんは怪我をしていたんですよ! 早く助けに
いかないと!﹂
﹁落ち着いてくださいお嬢様! 確かに若様は怪我を負っていまし
たが、スノー奥様がご一緒です。怪我の治癒は問題ないでしょう。
それよりここで敵に背を向け、こちらが全滅する方が問題です!﹂
 シアがリースの意見に反論しながらコンファーを一閃。
 彼女の目の前の白兵士は、重いコンファーの一撃で大きく後退さ
せられる。
﹁兎に角、前方の味方と合流するのは不可能。メイヤ様、アイスさ
んの安全を確保するためにも一度、白狼族の村まで後退して体勢を
立て直すべきです! なのでアイスさんも立ってください!﹂
﹁わ、わ、分かったわ﹂
 前方との距離が今以上に開けば、銃器を敵へ向け発砲することが
出来る。
 広さのある村へ戻ることで体勢を立て直せる。
 皆、言いたいことはあるが、ここで議論する時間はない。
 時間が経つにつれ、白兵士達の数が明らかに増えている。
 シア自身、出来るなら今すぐリュート達の元へと駆けたいが、敵
に背を向ければ後ろから襲われる。全滅の危険がある行為は出来な
い。

1909
 アイスも叱咤され、暗くても分かるほど青い顔で立ち上がる。
 シアはそれを確認して奥歯を噛みしめる。
 そして覚悟を決めて、前方に聞こえるような大声で告げた。
﹁白狼族の村まで後退します! 敵を倒す必要はありません。無理
をせず下がってください!﹂
 そしてシア達は、リュート&スノーを残し白狼族の村まで後退す
ることを選択した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 時間は少しだけ遡る︱︱
﹁馬鹿な! 敵襲だと!﹂
 皆を先導していたスノー父、クーラは敵襲に驚愕の声をあげる。
 白狼族の緊急避難地点ルートは複数存在する。どのルートを通る
か敵に悟らせないためだ。
 またクーラは皆を先導するに当たり、周辺の警戒も怠っていなか
った。
 たとえ運悪く敵がルートを勘で当て待ち伏せしていても、すぐに

1910
気づけるようにと。
 しかし結果は待ち伏せされ、襲撃を受けている。
 敵の気配にも、魔力の流れもまったく気づけなかった。
 それは本来、絶対にありえないことだ。
 だが、現実として目の前の光景がある。
 何時までも呆けていたら、皆が捕まるか、殺されてしまう。
 クーラ達は意識を切り替え、敵︱︱秘密兵士隊、白兵士を迎え撃
つ。
 まずは後方の実弟と白狼族の子供達を守るためアムが素早く動く。
﹁輝け光の精霊よ! その力を持って地上に聖なる姿を現したまえ
ライト・ミラー
! 光鏡!!!﹂
 9体の虚像を作り出し、自身の周囲へ展開。
 虚像で側面と後方を固めて実体と子供達を敵から守る。
﹁下郎共め! このぼく! 魔術師Bプラス級、人呼んで﹃光と輝
ロンド
きの輪舞曲の魔術師﹄! アム・ノルテ・ボーデン・スミスに刃を
向けたことを後悔するがいい!﹂
 アムはレイピアを襲いかかってきた白兵士達へと向け、高々と叫
んだ。
﹃ライトニング・ボルト・スペシャル・スラッシュ・インパクト!﹄
 無駄に長い技名と共に、9体の虚像が体ごと敵へと向かって刺突
する。

1911
 白兵士達は咄嗟に抵抗陣を形成。
 レイピアの先端が接触すると同時に、雷に似た輝きを放ち、そし
て爆発をおこす。
 襲いかかってきた白兵士達は軽く吹き飛ばされてしまう。
 アムの虚像は光の屈折により作られたものでありながら、彼の魔
力により一部を実体化し攻撃することが出来るのだ。
 その姿を目の前にアムは満足げに前髪を弾いた。
﹁父上の秘密部隊とはいえ、所詮こそこそと女子供を襲う輩共。こ
ロンド
のぼく、﹃光と輝きの輪舞曲の魔術師﹄! アム・ノルテ・ボーデ
ン・スミスの敵ではないね!﹂
 アムは後ろを振り返ると、星の光も無い深夜に関わらず歯を光ら
せる。
﹁安心したまえ、我が弟オール、そして子供達よ! 君達にはあの
卑劣漢共の指一本、触れさせはしないぞ!﹂
 子供達はそんなアムをキラキラと輝く、憧れの人のような目で見
詰めていた。
﹃白狼族の村まで後退します! 敵を倒す必要はありません。無理
をせず下がってください!﹄
 シアの声は前方のスノー夫婦、アム、オール、白狼族の子供達ま
で届く。
﹁どうやらミス・スノー達は、後退するようだね! ならばぼく達

1912
も彼女達と合流して村まで後退しよう!﹂
 アムが高々に叫び、再び後方を塞ぐ白兵士達へレイピアを構える。
﹁アム様! 娘達と一緒に村へ行くのではなく、このまま突き進み
ましょう! あちらにはアイスが居ます! 他のルートを辿って集
合地点に辿り着くことが出来ますから! それに自分達が彼らのす
ぐ前に居るため、本来の戦い方が出来ず苦しんでいるのです。ここ
は自分達だけで前進しましょう!﹂
 スノーの父クーラがアムへ意見する。
 クーラとアリルが前衛を担当。
 夫婦だからこそ出来る熟練のコンビネーションで白兵士と渡り合
っていた。
 アムは彼の意見に大きく返事をする。
﹁了解した! では、このぼくの華麗な魔術によって道を切り開こ
う! 安心したまえ、もちろん皆を守るのを疎かにするつもりはな
いよ!﹂
 彼の言葉通り、虚像は最大で9体作り出すことが出来る。
 しかも実際に攻撃も可能。
 人数が多いため皆を守りながら、正面を塞ぐ白兵士達へ対応する
ことも問題無く出来る。
 白兵士達が外からアムの虚像を突破するのは骨が折れるだろう。
突破する前に、逃げられるのがオチだ。
 しかし、背を向けている内側なら話は別である。

1913
﹁︱︱それは困る。ここで逃げられては計画に支障が出てしまうじ
ゃないか﹂
﹁ひぃ⋮⋮ッ﹂
﹁お、オール!?﹂
 背後から聞こえてきた声と短い悲鳴。
 アムが振り返ると、オールが白狼族の子供︱︱5、6歳の少女に
ナイフを向けていた。
 刃の先端が白い喉に突き付けられている。
﹁お、オール! どういうつもりだ! 今はふざけている場合では
ない! それにたとえ悪ふざけでも幼き少女に刃を向けるとは何事
だ!﹂
 アムは激昂する。
 貴族として云々以前に、男としてやってはいけない行為に本気で
腹を立てていた。
 しかしオールは、そんな兄の怒りなど歯牙にもかけず要求を突き
付ける。
﹁冗談でも、悪ふざけでもないさ。いいから、魔術の使用を止めて
武器を捨てるんだ。そっちの夫婦もだ。抵抗したら︱︱﹂
 ナイフの先端が少女の皮膚を浅く切る。

1914
 鮮やかな血の玉が白い肌に浮かぶ。
﹁お、おにいちゃん⋮⋮﹂
 少女はアムを涙目で見詰める。
 彼はすぐさま虚像を解除。
 レイピアも投げ捨てた。
 夫婦も彼に倣って抵抗を止める。
﹁分かった。何でもするからその子を離してやってくれ。人質なら
ぼくがなる。絶対に抵抗したりしないと約束しよう﹂
﹁ふふふ、安心してくれ。兄様には人質以上に役に立ってもらうつ
もりでいるから。おい、オマエ達、魔術防止首輪を全員に装着しろ﹂
 白兵士達はオールの指示に従い、取り出した魔術防止首輪を全員
につける。
 さらに手首を後ろで縛り、簡単に逃げ出せないようにした。
﹁オール、どうして彼らが命令を素直に聞いているんだ。父上の部
下のはずだろ?﹂
﹁それは表向きの話で、実際は僕様の傘下さ。なにせ、妖人大陸最
ゴールド レギオン シーカー
大の大国メルティアに口利きしてもらって金クラスの軍団、処刑人
サイレント・ワーカー
の代表者、静音暗殺を呼び寄せて秘密兵士隊を設立を設立したんだ
から﹂
サイレント・ワーカー
﹁魔術師A級の静音暗殺をか!? この世界で1、2を争う暗殺集
団じゃないか!?﹂
 アムが驚愕の声音をあげる。
﹁道理で兵士達が魔術を使っても魔力を感知出来ない筈だ。武者修

1915
サイレント・ワーカー
行中に噂でしか聞いたことがなかったが、静音暗殺は気配を希薄に
し、魔力の流れを消すことが出来ると⋮⋮しかも、その力を他者へ
渡すことが出来ると聞いていたが、本当だったとは﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺は、ある特殊技術により気配を希薄にし、一定以上の魔
力を感知させないことが出来る。しかも、他者にその力を与えるこ
とが出来る希有な力を持っている。もちろんオリジナルと比べて精
度は落ちるがだ。
 故に﹃魔術師A級﹄とランクされている。
サイレント・ワーカー
 この力により、静音暗殺はたとえ魔術師が相手でも魔術で不意打
ちで殺害することが出来るのだ。
サイレント・ワーカー
﹁僕様がしているベルトには、静音暗殺に頼んで魔力の流れを抑え
る特殊技術が施されてある。だから、魔術防止首輪に組み込まれて
いる着用者の位置を知らせる魔術を行使しても、誰もその流れに気
付くことは出来なかったのさ。お陰で白狼族の村も、兄様達の逃走
ルートも事前に知ることが出来た﹂
 オールが自慢げに手品の種を明かしてくる。
 前世、地球の話でたとえるなら︱︱常にオールは、味方に発信器
で位置を教え続けていたようなものだ。
 アムは実弟の豹変に狼狽する。
﹁どうして、こんな事をするんだ。オールは昔から良い子だったじ
ゃないか⋮⋮﹂
﹁そんなの! 僕様が領主になるために決まっているだろ!﹂
 オールは端正な顔を歪め、白兵士達に拘束されたアムへと顔を寄
せる。

1916
﹁長子で、魔術師の才能もある兄様には分からないだろうね! こ
の僕様の劣等感は! 産まれたときから決定された負け犬人生は!﹂
 オールは狂気じみた絶叫を上げ終えると、ゆっくりと顔を離す。
﹁でも、もうすぐずっと苛んできた劣等感も終わる。兄様と父様が
領主の座をめぐって相打ち︱︱そういう形で始末すれば、僕様の魂
はようやく救われるんだ!﹂
 アムとの話は終わったとばかりに、オールは今度はスノー両親へ
と向き直る。
 2人もアム同様、首には魔術防止首輪を嵌められ、拘束されてい
た。
﹁さて、君達を引き渡せば、大国メルティアの要望は達成出来る訳
だ。後は指輪だけか⋮⋮観念して﹃番の指輪﹄を渡してもらおうか﹂
﹁つがいの指輪?﹂
 アムが初めて聞いた指輪の名前に首を傾げる。
 クーラは、そんな彼を横目に短く答えた。
﹁持っていない﹂
﹁⋮⋮おい、その子供の目玉をえぐり出せ﹂
﹁本当だ! 本当に持っていないんだ! あれはリュート殿に渡し
てしまった! 嘘じゃない!﹂
 クーラの発言を聞いた白兵士の1人がオールへ耳打ちする。
 彼は顔を顰めると、舌打ちした。

1917
﹁崖から落ちただと⋮⋮チッ、面倒な。捕らえた白狼族達は適当な
イグルーにでも押し込んでおけ。見張りは最低限で十分だ。他は全
員、崖から落ちたリュートの死体を探しだせ。絶対に指輪を手に入
れろ﹂
 白兵士達は無言で右手を胸に、左手は腰へ回し一礼してから指示
通り行動を開始する。
﹁オール! 領主の椅子も、ぼくの命もオマエに差し出す! だか
ら、関係無い白狼族達は見逃してくれ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁オール!﹂
 アムは必死に叫ぶが、オールはまったく相手にしない。
 いつしかアムは白兵士達に無理矢理、白狼族の村だった場所へと
引き摺られていった。
 護衛を2人だけ側に置き、オールは今後の方針を考え込む。
︵メルティアの使者曰く、夫婦はなるべくなら生きて捕獲すること。
但し﹃番の指輪﹄だけは、絶対に見つけ出しこちらに引き渡すこと
︱︱だったな。しかし、その指輪はメルティアが血眼になって探す
ほどの価値ある物か?︶
 オールは使者との会談の席で、興味本位で尋ねたことがある。
 返ってきた返事はというと⋮⋮
﹃メルティアを敵に回しますか?﹄
 ごく短い脅し文句が返ってきたのだ。

1918
 その台詞を聞いて、オールは思わず顔を顰めたことを思い出す。
﹃番の指輪﹄が何かは分からないが、メルティアに取っては喉から
手が出るほど欲する物だとは理解した。
﹃⋮⋮あれは災いです。5種族全ての根幹を揺るがしかねないほど
の。最悪の場合は、この世界その物の秩序を破壊することに繋がり
ます。だから、我々はそうならないため正義心から﹃番の指輪﹄を
求めているのです﹄
 使者はそう言って、白狼族夫婦を襲うこと、指輪を奪うことを﹃
正義﹄という言葉で内包し綺麗にラッピングする。
 不吉な雰囲気の笑みを浮かべながら。
 オールは思案を打ち切る。
︵⋮⋮まぁいい。種族がどうなろうが、世界がどうなろうが、領主
の座さえ手に入ればいいんだ。問題は無い︶
 彼は踵を返し、白狼族の村を目指す。
 ちょうど曇天から雪が振り出し、まもなく吹雪き始めた。
1919
第173話 正体︱︱第三者視点︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月15日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
どうやら引っ越した自宅固定電話が、タクシー会社と似ているらし
く朝7時に間違い電話がかかってくるようになりました。
起きてるから良いけど⋮⋮。
しかも間違い電話の相手は基本おじいちゃん&おばあちゃん。ここ
で可愛い女の子から間違い電話がかかってきて、﹃ご、ごめんなさ
い! 間違えちゃいました!﹄﹃はっはっは、気にしないで下さい。
よくあることで﹄﹃︵キュン! やだ紳士的!︶﹄とかなんとかあ
って、ラブストリーが展開するとかないのかよ! ま! そんなの

1920
現実に無いって知ってるけどね! 知ってるけどね!︵大事なこと
なので2度言いました︶
第174話 雪山と遭難
︵⋮⋮⋮⋮っ︶
 視界が暗い。
 目は閉じているのに、意識だけが覚醒した時と同じだ。
︵オレは一体、何を⋮⋮︶
 まだ意識の半分が眠っているのか、考えようとしても纏まらない。
 なんとか零れる意識を総動員して思い出す。
︵確か⋮⋮白狼族の村が襲撃されて移動中、敵に襲われたんだ。オ
レはアイスを庇って敵の攻撃を受けて崖から落ちたんだ︶

1921
 アイスとは短い付き合いだが、反射的に体が動いてしまった。
 最後に見た光景は、スノーが必死の表情で腕を伸ばしているシー
ンだ。
︵そうだ! オレを助けるため、スノーも一緒に崖から落ちたんだ
!︶
 意識は興奮しているが、体が重い。
 まるで全身を鉛に入れ替えられたようだ。
 それでも必死に動こうとする。
 ゆっくりとだが目蓋が開いた。
 最初に目に飛び込んできたのは温かな光だ。
﹁す⋮⋮の⋮⋮﹂
﹁リュートくん! よかった目が覚めて!﹂
 オレは一体、どうなっているんだ?
﹁ぐぅ⋮⋮ッ!?﹂
 状況を確認するより、腹部から鋭い痛みが襲いかかってくる。
 意識を取り戻したせいで、敵から受けた傷の痛みを認識してしま
ったのだ。
﹁リュートくん、痛いだろうけどもう少し我慢してね。もうちょっ
と治癒出来るから﹂
 スノーは頬に血をこびりつかせていた。

1922
 最初、彼女が負傷しているのかと肝を冷やしたが、どうやらオレ
の血らしい。
 スノーは無傷だ。
 彼女は魔術師Aマイナス級だ。
 あの程度の崖から落ちても、抵抗陣や肉体強化術、他魔術の力で
負傷することなどありえないだろう。
 現在スノーはオレの服を脱がせ、傷を魔術で治癒している。
 しかし、スノーは攻撃魔術が得意で、治癒魔術はあまり得意では
ない。
 そのため治癒に手こずっているらしい。
 今度は体だけではなく、意識まで重くなる。
 体力を消費させたせいだろう。
 目蓋を開き続けることが出来ない。
﹁大丈夫、安心して眠っていいよ。リュートくんは絶対にわたしが
守るから﹂
 スノーの声音が耳朶に響く。
 その言葉に安心したのか、オレはあっさりと再び意識を手放して
しまう。
 この時、最後に見た光景は、曇天から降ってくる雪と、額に汗を
浮かばせ懸命に治療するスノーの表情だった。

1923
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 再び目を覚ますと、そこは暗い部屋だった。
 眼を細めると天井が近く、白い。
﹁︱︱ここは﹂
﹁リュートくん、起きたんだ。おはよー﹂
﹁スノー⋮⋮?﹂
 場違いな明るい声音。
 首だけを動かし、声の主に視線を向ける。
 スノーは手に湯気が昇るカップを持ち、腰を屈めて部屋に入って
くる。
 そうか、ここはスノーが作った雪洞シェルターの中か。
 分かりやすく言うと﹃かまくら﹄だ。
 オレが今寝ている場所は、スノーが居る地点より高くなっている。
 彼女が今居る場所は、冷気を溜めるための土間だ。
﹁スノー、今どういう状況だ⋮⋮くッ!﹂
 オレは起き上がろうとしたが、視界がブレ再び横になる。
 まるで朝礼で貧血になった女子のような感じだ。
 スノーが慌てて制止する。
﹁駄目だよ無理しちゃ。傷は魔術で塞いだけど、流れた血までは増
やすことが出来ないんだから﹂
﹁血? ああ、そうか。あの傷ならしかたないか﹂

1924
 腹部を貫通したせいで、血はだだ漏れだっただろう。
 まさに貧血状態だ。
﹁リュートくん、喉渇いていない? 外の雪を温めて白湯を作った
よ。体が温かくなるよ﹂
﹁ああ、もらうよ﹂
 スノーの手を借りて、体を起こす。
 彼女の支えを受けながら、渡されたカップの温かさが手のひらに
染みた。
﹁よくこんなカップが都合良く見付かったな﹂
﹁違うよ。土系の魔術で作ったんだよ。雪も火系の魔術で溶かした
んだ﹂
﹃茶葉が出せないのが残念だけど﹄とスノーは悪戯っぽく笑う。
 体の冷えている自分としては、白湯でも有り難い。
 しかし魔術は本当に便利だな。
 オレはゆっくりと白湯に口づけ嚥下する。
﹁温かくて美味しいよ﹂
﹁よかった、喜んでもらえて﹂
 白湯のお陰で少し体は温かくなったが、手足はやはりまだ冷たい
ままだ。
 現在、オレ達はスノーが作った雪洞シェルター内に居る。
 彼女曰く、外は大吹雪。

1925
 1メートル先すら見えないらしい。
 助けも来ないが、追っ手も来ない状況だ。
 スノーはそんな中、木の枝を折り大量の葉を集めてくれた。
 その上にオレのポンチョを敷いて簡易ベッドを作ったのだ。
 ポンチョはピストルベルトに畳んで固定していた。
アリス
 ピストルベルトとは、ALICEクリップを固定するベルトのこ
とだ。
アリス
 ただALICEクリップをそのままピストルベルトに固定したら
ズボンが装備の重さでずり落ちてしまうため、サスペンダーで支え
る。
﹃ピストルベルト﹄+﹃サスペンダー﹄を組み合わせた物を﹃ベル
トキット﹄と呼ぶ。
 今、オレの体にかけ布団がわりに使っているポンチョはスノーの
分だ。
 それでもやはり体が凍えそうなほど寒い。
 火を焚くわけにはいかない。上手く空気穴を作らないと一酸化中
毒になる危険性があるためだ。
 他に体を温める方法はというと︱︱
﹁リュートくん、寒くない?﹂
﹁あ、ああ、大丈夫、とっても温かいよ﹂
 スノーは衣服を脱ぐと、オレが横になっているポンチョの下に滑
り込んで来る。
 オレも裸になり、互いの素肌で温め合っている状態だ。
 腕の中、スノーが愛おしそうに体を擦りつけてくる。

1926
 彼女の柔らかな肌、胸の感触。
 懐かしく、甘い体臭。
 絡まる足。
 火やお湯とは違った体の芯をじんわりと包み込むような温かさが
全身を包み込んでくる。
 このまま溶けてしまっても後悔しないほど気持ちがいい。
﹁ふふふ、こうして抱き合って心臓音を聞いていると、昔の孤児院
時代を思い出すよ﹂
 スノーは幸せそうに目尻を細め、背中に回した腕へさらに力を込
めてくる。
﹁確かに夜、スノーに叩き起こされて食堂の窓の下で話をしたよな﹂
 その時、スノーは自分を捨てた両親に会いたい、会ってなぜ自分
を捨てたのか理由を知りたい、と願った。
 また出来るなら、両親と一緒に暮らしたい、と。
 今ならその願いを叶えるのは難しくないだろう。
 スノー両親が彼女を孤児院に置き去りにしたのは、ちゃんとした
理由があった。決して、彼女を嫌い見捨てた訳ではない。
 もし彼女がそれを希望するなら⋮⋮
﹁ねぇ、リュートくん﹂
 オレが口を開く寸前、彼女が声をかけてくる。
﹁お父さんとお母さんに何か言われたの?﹂

1927
 隠し事の件だ。
 彼女達の尋問で口を割る前に、スノーの両親がイグルーを訪れ有
耶無耶になった。
 オレは逡巡して、今度は包み隠さずスノーに隠していた事実を告
げる。
 自分がスノー両親の務めていた小国、ケスラン王国の王族の血を
引くこと。
 大国メルティアに命を狙われる可能性。
﹃番の指輪﹄やオレ両親のこと。
 だから、スノー達は自分から距離を取った方がいいかもしれない、
こと。
 全てを包み隠さず話した。
﹁⋮⋮リュートくん、本気でそんなこと思っているの?﹂
﹁す、スノー?﹂
 スノーは体を起こすと、オレを押し倒しジッと瞳を覗きこんでく
る。
 血を失い過ぎたせいで腕に力が入らず、抗うことが出来ない。
 スノーはオレの話を聞いて、怒っていた。
 毛が怒りで逆立っているかと錯覚するほどの怒気。
 彼女がこれほど怒っている姿を初めて見た気がする。
 エル先生が本気で怒った時の恐怖に勝るとも劣らない迫力に、心
底震え上がる。
・・・・
﹁わたしが⋮⋮ううん、わたし達が、それぐらいのことでリュート
くんの側から離れるわけないでしょ。リュートくんは自分のことは

1928
あんまり顧みないのに、わたし達や他の人に対して優しすぎるよ。
それがリュートくんの美点のひとつだとしても、過ぎれば毒になる
ことを忘れないで﹂
﹁す、スノー⋮⋮﹂
 彼女は怒りを宿していた瞳を、笑顔に変える。
 スノーはまるで母親のように、頭を抱き締めてきた。
 いつかの夜とは逆に、今後はオレが彼女の心臓音を耳にする。
﹁リュートくんがわたしのことを絶対に助けてくれるように、わた
しもリュートくんを何があっても助けるよ。わたしだけじゃないよ、
みんなも何があってもリュートくんを助けに来てくれる。わたしは
みんなを信じているから﹂
 それに︱︱と彼女は続ける。
﹁前に話したけど、わたし今の生活が本当に楽しいんだ。リュート
くん、クリスちゃん、リースちゃん、シアさん、メイヤちゃん、そ
れに騎士団のみんなが居てくれていつもとっても幸せなんだよ。こ
の幸せを守るためなら、どんな困難も楽々乗り越えちゃうよ﹂
 子供時代、スノーは自身の身を顧みず、ゴブリン達から子供を守
ろうとした。
 本当に彼女は心が強い子だ。
 オレ自身の弱さが嫌になる。
 だが、そんな彼女が幼馴染みで、最愛の妻なのだ。
 彼女の夫として見合うよう努力しないといけないな。
﹁スノーありがとう。愛しているよ﹂

1929
﹁えへへ、わたしもリュートくんのことが世界で一番大好き! 愛
してるよ!﹂
 そしてオレ達は唇を重ねる。
 腕を回し、互いに溶け合うようなキスをする。
 愛しい︱︱ただその感情だけが、胸から溢れ出てくる。
 唇を離すとスノーが首筋に顔を埋めてくる。
 密着する胸が深く上下運動をする。
 匂いを嗅いでいるらしい。
 まったくぶれないなこいつは⋮⋮。
 オレが微苦笑していると、首筋に顔を埋めたまま彼女が告げる。
﹁それじゃリュートくん、ちょっとだけお休みしててね。⋮⋮後は、
わたしに任せて。きっとリュートくんを助けてみせるから﹂
﹁スノー?﹂
 意識が突如遠のく。
 スノーは⋮⋮何をやろうとしているんだ?
 理由が分からず、混乱するが血を失いろくに動けないオレに為す
術はない。
 意識は抗うことも出来ず暗い海に落ちる。
1930
第174話 雪山と遭難︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月17日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
雪山で遭難。美少女と暖を取るため裸で抱き合う。いいよね! 自
分の好きなシチュエーションのひとつですわ! アニメや小説でこ
ういうシーンが出てくるとテンションが一段上がりますわ! いつ
か自分も雪山で遭難しなくてもいいんで、美少女と裸で抱き合って
暖を取りたいです!

1931
第175話 合流
﹁︱︱ッ﹂
 目が覚める。
 白い天井が視界を覆う。
﹁そうか⋮⋮ここはスノーが作った雪洞シェルターのなかか﹂
 アイスを庇い腹部に傷を負い崖から落ちたオレを、スノーが助け
てくれたんだ。
 腹部の傷も彼女が治癒魔術で治してくれた。
 ただ血までは魔術で作り出すことが出来ない。そのため貧血でま
だ上手く体を動かすことが出来ずにいた。

1932
﹁⋮⋮スノー?﹂
 雪洞シェルターは広くない。
 せいぜい3畳ほどだ。
 しかし、部屋に彼女の姿はない。
 確かに昨夜、抱き合って眠っていたはずなのに⋮⋮。
 オレの上着が無くなっている。
﹁!? まさか!﹂
 ふらつく体で、上着以外の衣服と装備を着て外へと這い出る。
 吹雪はすでに止み、日も昇っている。
 周囲は何もない平原だ。
 人の気配が微塵も無い。
 スノーの足跡ひとつ無いのだ。
︵まさか⋮⋮白兵士を引きつけるため、1人で外へ出ていったんじ
ゃッ︶
 オレが傷を負って崖から落ち、それをスノーが助けた姿を白兵士
達は目撃しているだろう。
 前方組にはスノーの両親と、領主の息子アムが居る。
 あの3人なら、アムの弟と白狼族の子供達を守りながら逃げるの
も難しくはない。
 敵の白兵士達が、足手まといのオレが居る白狼族のスノーを探す
のは想像に難くない。

1933
 人質として捕まえ、アムやスノーの両親を引っ張り出すには最高
の人材だ。
 スノーはそれを理解し、適当な木材か何かにオレの上着を着せ、
白兵士達の目を自分に集めるため移動したのだろう。
 オレが敵の手に落ちないように⋮⋮ッ。
﹃リュートくんがわたしのことを絶対に助けてくれるように、わた
しもリュートくんに何があっても助けるよ。わたしだけじゃないよ、
みんなも何があってもリュートくんを助けに来てくれるよ。わたし
はみんなを信じているから﹄
 昨夜、抱き合って眠った時、スノーの言葉を思い出す。
 あの時点で、彼女は覚悟を決めていたんだ。
 たとえ敵に捕まったとしても、絶対にオレ達が助けに来ると信じ
て。
﹁あの馬鹿、無茶なマネしやがって⋮⋮ッ﹂
 いや、馬鹿はオレだ。
 不意打ちとはいえ、敵の攻撃を受け負傷し崖から転落。
 結果、スノーはオレを守るため1人時間稼ぎに出たのだ。
﹁絶対に何がなんでも助け出してやる⋮⋮ッ﹂
 彼女が本当に白兵士に捕まったかどうかは、現段階では分からな
い。
 兎に角、まずは皆と合流するのが先決だろう。
 血が足りず、上手く動くことが出来ないが、武装は整っている。
たとえ狼が群れで現れても全滅させられるほどの戦力だ。

1934
 大抵の魔物なら問題無く倒せるだろう。
 そう、大抵の魔物なら︱︱だ。
 準備を整え、移動しようとすると、雷鳴に似た音が聞こえてくる。
﹃ズゥン⋮⋮ズゥン⋮⋮ズゥン⋮⋮﹄
 この音に聞き覚え上がる。
﹁おいおいおい⋮⋮ついて無いにも程があるだろう﹂
 自身の運の無さに思わず自嘲してしまう。
 こちらを目指すように一体のはぐれ巨人族が歩いてくるのだ。
 極まれに、巨人族の群れから外れる個体が居る。
 そのはぐれ巨人族が、ルートに迷い運悪く街へ行くことがある。
そうなったらもう戦って倒すしかない。
 そんな巨人族対策のためノルテ・ボーデンなどには、巨大な城壁
が建造されているのだ。
 オレへと迫ってくる巨人族も、群れからはぐれた1体だろう。
 大きさは10メートル程。
 巨人族では小型な部類だ。
 数も1体のみ。
 手には本体と同じ素材で出来た長槍を手にしている。
 血が足りないため体が思うように動かず、背を向けて逃げるのも
不可能。
 戦うしかない。
﹁巨人族の群れに遭遇するよりはマシと思うしかないな﹂

1935
 安全装置を解除。
 セミ・オートマチックへ。
チェンバー
 コッキングハンドルを引き、薬室にまず弾を1発移動。
 AK47の銃口を向かってくる巨人族へと向ける。
 ダン!
 発砲。
 7.62mm×ロシアンショートが巨人族の胸を撃つが、軽く弾
かれる。
 微かに表面を削っただけだ。
﹁クソったれ! やっぱりこんな小火器程度じゃ歯が立たないか!﹂
 だが、こちらにはまだ﹃GB15﹄の40mmアッドオン・グレ
ネードがある。
 相手は巨人族だが、所詮は1体のみ。十分勝機はある!
 オレは巨人族の胴体に狙いを定め、﹃GB15﹄の引き金を絞る。
﹃ドン!﹄と発砲音を鳴らし、狙い違わず巨人族の胴体へと吸い込
まれるが︱︱
﹁嘘だろ!?﹂
 巨人族はAK47の時とは違い、槍を持たない左腕を楯にしたの
だ!
 結果、巨人族の左腕をもぐことは出来たが、倒すことは出来なか
った。

1936
﹁こいつ!﹂
 オレは﹃GB15﹄に次弾を装填しようとしたが、巨人族はそれ
を許さない。
 右手に握っていた槍を投げつけてきたのだ。
﹁ぐあぁッ!﹂
 槍はオレのすぐ側に着弾。
 勢いに吹き飛ばされ、雪原を転がる。
 手からAK47と40mmアッドオン・グレネードの弾を手放し
てしまう。
﹁ち、ちくしょう⋮⋮木偶の坊の癖に⋮⋮ッ﹂
 貧血と吹き飛ばされた衝撃でクラクラ回る視界。
 巨人族は歩みを止めず迫ってくる。
 ヤツに対抗する術はもう無い。
 だが、オレは決して諦めず、サブアームである﹃H&K USP
︵9ミリ・モデル︶﹄を抜き発砲。
 ダン! ダン! ダン!
 巨人族は9ミリの弾丸を受けてもまったく気にせず歩み続ける。
 それでもオレは引き金を絞り続けた。
 ダン! ダン! ダン! ︱︱バガン!
﹁なッ!?﹂

1937
 最後の1発を発砲した直後、巨人族が爆発。
 腰の辺りから真っ二つに折れ破壊されてしまう。
 思わず手にしている﹃H&K USP︵9ミリ・モデル︶﹄に目
を落とす。
カートリッジ
﹁も、もしかして極限に追い込まれたせいで内に眠る力が弾薬に宿
り巨人族を爆砕したんじゃ⋮⋮﹂
﹁若様、ご無事ですか!?﹂
 と、そんな都合良く内なる力に目覚めた訳ではなかった。
 巨人族に隠れて気付かなかったが、クリス、リース、シア、メイ
ヤ、そしてアイス達が揃っていた。
 巨人族が爆砕したのも、シアが背後からパンツァーファウストを
放ったお陰らしい。
 皆がオレの側へと駆け寄ってくる。
﹃ギリギリで間に合ってよかったです﹄
 クリスが涙目でミニ黒板を突きだしてくる。
﹁ああ、お陰で助かったよ。しかし、よく僕の居場所が分かったな﹂
﹁お香のお陰よ。それと⋮⋮庇ってくれてありがとう。そのせいで
凄く迷惑をかけちゃってごめんなさい﹂
﹁いいや、大丈夫。アイスに怪我が無くてよかったよ﹂
 アイスが本当に申し訳なさそうに頭を下げてくる。
 オレ自身が勝手にやったことが、彼女が居たたまれない気分にな

1938
るのは筋違いというものだ。
 また、お香とは確か、彼女から外れた時の緊急用に渡された物だ。
 何でも白狼族の者なら、匂いが風に乗りかなりの長距離でも嗅ぐ
ことが出来る品物らしい。そのお香をスノーが焚いてくれていたお
陰で、オレの居場所を特定できたのだ。
 駆けつけると丁度、オレが巨人族に襲われている所だった。
 本当にギリギリで間に合ったらしい。
 オレは改めて感謝する。
﹁本当にありがとう。お陰で助かったよ。それで今、どんな状況な
んだ?﹂
 皆、暗い表情で顔を合わせる。
 皆は一度、白狼族の村に戻り体勢を立て直した。そして、偵察を
行ったら他の白狼族やアム、スノーの両親が敵の白兵士達に捕まっ
ていたことが分かったらしい。
 白狼族は同族を見捨てることが出来ない一族だ。
 どうやら敵は白狼族の子供達を捕らえ、人質にしたせいで大人達
を皆、無条件降伏させたらしい。
 その中でアムの弟のオールが、白兵士達を傅かせ指示を出してい
た。
 白兵士達の会話を盗み聞くと、どうやら父・トルオが主ではなく、
オールが本当の雇い主だったらしい。
 オレ達はまんまと一杯喰わされたわけだ。
 彼らは現在ノルテ・ボーデンへ移送中で、城へついたら地下牢獄

1939
へと監禁されるのだろう。
 オレも話を聞き終えると、彼女達にこちらの状況を説明する。
 スノーに怪我を治癒してもらったが、血を流しすぎたため貧血気
味。スノーがオレを庇い、単身移動し白兵士達を攪乱していること。
 しかし、現在はその攪乱も落ち着き、白兵士達は城へと引き上げ
てしまった。
 恐らくだが⋮⋮状況を考えると、スノーは彼らに捕まってしまっ
たようだ。
 こうして、現在の情報の摺り合わせを互いに終える。
 オレは貧血の体だったが、怒りによって目を爛々と輝かせる。
﹁オールのヤツ、随分陰険なマネをしてくれたじゃないか⋮⋮﹂
 文字通り腑が煮えくり返るようだ。
 白狼族に理解があるそぶりをしていたのは、全て演技だったのだ
ろう。
 ただの名誉貴族であるオレが、他国の上流貴族の城を攻め落とす
なんて︱︱と躊躇っていたが、こうなったら容赦はしない。
 外交的にかなり不味い事態や下手に目立って、﹃オレの正体がば
れるかもしれない﹄なども、もう関係ない。
 アムやクーラ、アリル、他白狼族達を捕らえただけではない。
 オレの大切な幼馴染みで、妻のスノーに手を出しやがったんだ!
 オレ達のもてる全兵力を駆使して、スノーに手を出した奴等や救
出の邪魔をする輩共は全員地獄へ叩き落としてやる!

1940
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKERに喧嘩を売った落とし前を、きっちりつけ
てやる﹂
ピース・メーカー
 オレはスノーがいない、PEACEMAKERメンバーを見回し
断言する。
﹁さぁ、戦争の時間だ⋮⋮ッ﹂
第175話 合流︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月19日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
先週の日曜日、デパートに小鍋を買いに行ったら、妖怪○ダルを買
うための行列が出来てました。
親子連れが、﹃コミケかよ!?﹄ってぐらい列を作ってました。
今、本当に妖怪メ○ルって流行ってるんですねぇ⋮⋮。

1941
第176話 処刑
 北大陸最大の都市、ノルテ・ボーデン。
 その地を治める上流貴族の末弟であるオール・ノルテ・ボーデン・
スミスが、謁見の間で部下から現状報告を受けていた。
 その姿はまるで自分こそがこの地の領主であると告げているよう
だった。
 秘密兵士部隊の捜査報告を一通り耳にして、顔を歪める。
﹁結局、あのリュートとかいう男を捕らえることが出来なかったわ
けか﹂
﹁申し訳ありません。妻である白狼族の娘を捕らえることには成功
したのですが、なにぶん、雪山奥地のため何時巨人族と遭遇するか
分かりませんでしたので⋮⋮﹂

1942
 オール派の大臣が語尾を濁す。
 オール自身、北大陸出身のため巨人族の脅威は十分身に染みてい
る。
 まだ秘密兵士部隊の人員もそれほど多くない。無駄な犠牲を出す
訳にはいかないため、撤退の判断に納得するしかなかった。
﹁かまわん。敵のリーダーであるリュートの妻はたしか⋮⋮兄上が
懸想している白狼族だったか? そいつを捕らえることが出来ただ
けよしとしよう。そいつをエサにリュートを釣り上げればいい。舞
台はそうだな⋮⋮﹂
 オールは足を組み替える。
﹁あの白狼族の女は兄上を誑かし、父様を暗殺させた魔女として処
刑しよう。ついでに父様と兄様を殺せて一石二鳥だ。リュートの耳
にも届くよう盛大に街へ噂を流せ。そうすれば奴等はその女を助け
出そうと、少数で処刑場へとのこのこ姿をあらわすだろう。そこを
叩く﹂
﹁しかし、現状の兵力だけではやや不安があるかと、オール様の警
護や城の警備もありますゆえ﹂
ギルド
﹁では、冒険者斡旋組合に連絡を入れ人を集めろ。聞いた話では、
ギルド
奴等は到着早々に冒険者斡旋組合で揉め事を起こしたそうじゃない
か。怨みを持っている奴等は大勢いるはずだ﹂
﹁では、足りない人員はそのように手配いたします﹂
﹁処刑は準備を含めて3日後、城側の広場でおこなう。準備は任せ
た﹂
﹁この一命にかけても﹂

1943
 大臣はうやうやしく一礼した。
 その姿にオールは満足げに頷いた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ノルテ・ボーデン城地下牢獄。
 そこにスノー親子、オールの兄であるアム、領主のトルオ達が捕
らえられていた。
 鉄格子に片面が覆われ、三方は壁。
 アム派の大臣や他白狼族たちは、こことはまた別の地下牢に閉じ
こめられている。
﹁あぁ、我はもうお終いだ! 領主の座を奪われるだけではなく、
息子に殺されてしまうなんて! こんな田舎の大陸で!﹂
 牢屋の一つに押し込められたトルオ・ノルテ・ボーデン・スミス
は、頭を抱えて嘆き続ける。
 信頼していた次男と部下だと思っていた男達に裏切られ、領主の
座から一転地下牢の住人に成り下がっていた。
 そんなトルオに、正面の牢屋に入れられたアムが叱責を飛ばす。
 鋼鉄製の扉。
 上部に小さく空いた鉄格子付き窓から、顔を覗かせながら、

1944
﹁見苦しいですぞ、父上! 今は嘆くのではなく、いかにしてここ
から出てオールを止めるかを考えるべきなのではないですか!﹂
 アムはレイピアを取り上げられ、首には魔術防止首輪を付けられ
ている。
 そのため現在はただの一般人程度の力しかない。
 現状、力業で牢屋を抜け出すのは不可能だ。
 かといって、牢屋の鍵を開ける技術など彼は持っていない。
 そんなアムの斜め前に、スノー親子が一緒に入れられていた。
 母親のアリルは、涙ながらにスノーへ謝罪する。
﹁ごめんなさい、結局、私たちのせいでスノーちゃんまで捕まって
しまって⋮⋮ッ﹂
﹁大丈夫だよ、お父さん、お母さん。そんな心配しなくても。だっ
てリュートくん達が絶対にわたし達を助けてくれるから﹂
 しかしスノーは、悲しみ謝罪する母親にあっさりと返答する。
 その声音は慰めから言っているのではない。
 まるでこの後の起きる未来をすでに知っているかのような、確信
した色を含んでいた。
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
 スノーのリュートに抱く信頼は、こんな状況でも、ほんの少しも
揺るがない。
 そのせいか親子やスノーに懸想するアムですら、黙り込んでしま
う。しかし彼女は気にせず、鼻歌でも唄うような態度でリラックス
していた。

1945
﹁だからお父さんも、お母さんもあんまり悲観しすぎちゃ駄目だよ﹂
 2人は娘の指摘にただ黙って頷くしかなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 そして、3日後の死刑当日。
 スノーは城の衛兵2人に地下牢から連れ出され、死刑を行う広場
へと連行される。
 彼女は薄い白色のワンピースを着せられ、裸足で地面を歩かされ
た。
 両手足を鎖で繋がれ、首には魔術防止首輪がつけられているため
魔力を使用することは出来ない。
 自力で脱出するのは不可能な状況だ。
 スノーはこれから自身の処刑がおこなわれるというのに、毅然と
した態度を崩さない。
 背筋を伸ばし、瞳は真っ直ぐ前を向いて、力強い足取りで処刑台
へと向かう。
 広場の端にコンサート会場のような舞台が作られている。
 そこがスノー達が処刑される場所だ。
 処刑場所である舞台の回りを衛兵が固めている。
 正面に集まった人だかりはオールの依頼で集まった冒険者達で、
金で雇われた者達だ。

1946
ギルド
 なかにはリュート達が到着した日、冒険者斡旋組合でスノーに襲
いかかった冒険者達もいる。もちろん目的は、リュート達への報復
だ。
 スノーが処刑場へと上る。
 彼女の足に繋がっている鎖が、処刑場の一部へ繋がり固定された。
 逃げないように左右を固めていた衛兵が距離を取る。
 その姿をオールは城のバルコニーから眺めていた。
 彼は背後に控えている大臣に声をかける。
﹁周辺の警戒はどうなっている?﹂
﹁周囲、約100メートルを衛兵に警戒させています。子供1人忍
び込む隙間はありません。また処刑場は冒険者達に見張らせていま
す。仮に奴等がのこのこ姿を現したとしても、捕らえるのは容易か
と﹂
 さらに大臣は意地の悪い笑みを浮かべる。
﹁また奴等が白狼族の女を奪い返そうと姿を現した場合、あの女を
すぐに城内部へ引き戻します。城内には秘密兵士隊を待機させてお
りますので、今度こそ奴等を確実に捕らえてご覧にいれます﹂
﹁なるほど⋮⋮なら、そのようにしろ﹂
﹁畏まりました﹂
﹁それと例の準備はどうなっている?﹂
﹁もちろん、終わっております。ですが、あの札を切った場合、我
々すら︱︱﹂
﹁ふん! 無様に屍をさらすよりマシだ。その時はこの街ごと⋮⋮﹂
 ちょうど、衛兵が1人前に出て、金で集めた冒険者達に向けて高

1947
々と宣言し始めたためオールは話を打ち切り、処刑場に意識を集中
する。
﹁これより! 魔女の処刑をおこなう!﹂
 衛兵の言葉が広場に響き渡る。
﹁この魔女は! 白狼族がこの国を支配するため、言葉と体で次期
領主であらせられるアム・ノルテ・ボーデン・スミス様を誑かし、
父親であるトルオ・ノルテ・ボーデン・スミス様を殺害させた悪女
である! よってこの罪深き魔女を死刑とする!﹂
﹁殺せ! 魔女を殺せ!﹂
﹁悪女め! 邪悪な魔女を早く殺せ!﹂
 宣言後、罵声が飛びスノー目掛けて石やゴミが投げつけられる。
 そのひとつが彼女の額へとぶつかり、真っ赤な血を流させる。し
かし、スノーの表情には怯えも、恐怖も、怒りもない。
 ただ真っ直ぐ前を見詰めているだけだ。
 まるで目の前の冒険者達や衛兵など存在しないという態度だ。
﹁静粛に! 静粛に!﹂
 衛兵の言葉に冒険者達が黙り込む。
﹁それではこれより処刑をおこなう! 魔女を処刑台に!﹂
 スノーは衛兵によって、その場に膝を付かされる。
 刃の無いギロチン台のような器具に固定された。
 木製だが、女性の細腕で壊せる代物ではない。

1948
 二つ穴があいた袋を被った筋骨隆々な男︱︱処刑人が、血に濡れ
た巨大斧を手に処刑場へと上がってくる。
 スノーは冒険者達側につむじを向けているため、現在どんな表情
をしているか分からない。
﹁それでは⋮⋮処刑せよッ!﹂
 衛兵の声を受け、処刑人が斧を振りかぶる。
 刃が光を反射する。
 だが︱︱処刑人の男が斧を振り下ろそうとした刹那、どこからと
もなく銃声が響き渡る。
﹁ぐぁッ⋮⋮!﹂
 男は肩を撃ち抜かれ、くぐもった悲鳴を上げてその場に倒れ込ん
だ。
﹁⋮⋮ほらね、絶対に助けに来てくれるって言ったでしょ﹂
 スノーは誰にいうでもなく、自信満々に呟く。
 彼女の台詞に重なるように、冒険者達の足下が爆発する!
 悲鳴と怒声、爆発音が響き渡り現場は阿鼻叫喚。
 舞い上がる土煙から人影が姿を現す。
﹁よし、どうやらギリギリで間に合ったようだな﹂
﹁本当に間一髪だったみたいですね﹂
﹁あの迷宮のような地下道からこの場所を割り出すのに時間が掛か
りましたから。さすがアイスさんです﹂

1949
﹁もう少し時間があればもっと上手い場所に出ることが出来たんだ
けどね﹂
ピース・メーカー
﹁ふっふっふ⋮⋮わたくし達、PEACEMAKER︱︱リュート
神様に逆らい天に唾を吐いた罪。その身の破滅と共に償ってもらい
ますわよ!﹂
 そこにはリュート、リース、シア、アイス、メイヤの順番に言葉
を重ねる。
 リュートは凶暴な笑みを浮かべ、警戒音のようにSAIGA12
Kのコッキング・ハンドルを引き鳴らす。
﹁さぁ、反撃の時間だ⋮⋮ッ!﹂
1950
第176話 処刑︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月21日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
気付けばもう7月も後半⋮⋮歳を取ると本当に時間の経過が早い。
もうすぐ8月って⋮⋮。
まぁ別に8月に入っても友達とキャンプでバーベキューや恋人と海
でリア充タイムも、花火で思い出作りする予定も無いんですけどね!
べ、別に羨ましくなんかないんだからねっ!
まぁ、とりあえず﹃北へ﹄編もほぼ後半戦! 頑張って書きたいと
思います!

1951
第177話 コッファー
﹃スノー処刑﹄の一報を聞き、オレ達は皆、烈火の如く怒り狂った。
しかし、このまま激情に任せて突撃しては相手の思うつぼだ。
 スノーはあくまでオレ達を釣り上げるエサ。
 素直に正面から攻めて、相手の思惑に乗ってやる必要はない。
 そこでオレ達は意見を交換し、過去、巨人族避難用に掘った地下
道を利用することを思いついた。
 敵もまさか下から攻めてくるとは思うまい。
 相手の裏をつく作戦だ。
 しかし、問題は迷路のように街中に張り巡らされた地下道を把握
し、ピンポイントで処刑場の真下に辿り着けるかだ。
 そこはアイスが協力してくれた。

1952
﹃私のせいでスノーが捕まったから、その罪滅ぼしになるのなら﹄
と。
 そして作戦決行。
 オレはとにかく食料を口にして、流れ出た血液を生産して体力の
回復に専念。
 アイスは街の地図を頭に描き、地下道を長年の利用してきた勘も
合わせて処刑場の真下を割り出した。
 後はその天井を対戦車地雷等で吹き飛ばせばいい。
 オレ達は吹き飛ばした地下道から出て状況を確認する。
 さすがに処刑場の舞台︱︱スノーの目の前というわけにはいかな
かった。囚われている場所から、やや距離がある位置に出てしまう。
﹁リュートくん!﹂
 オレ達の奇襲に驚愕してた衛兵達も、我に返るとスノーを引っ立
て城へと連れて行く。
 クリスはちょうど弾倉交換だったため、その足を止めることが出
来なかった。
 だが、慌てる必要はない。
 どうせ城に監禁されているスノー両親や白狼族も助けるため、城
内部へ入る予定だったのだから。
﹁シア! リース! 予定通り、この場に居る奴等の足止めを頼む
!﹂
﹁分かりました! リュートさん、必ずスノーさんを助けてくださ
いね!﹂

1953
﹁足止め、そしてお嬢様の身の安全はお任せください!﹂
 オレはアイス、メイヤを抱えてスノーの後を追い門を目指す。
 その途中、奇襲を受けた衝撃から立ち直った敵の冒険者や衛兵達
が塞ぐ。
﹁若様! その場で跳んでください!﹂
﹁お、おう!﹂
 リュートは言われるがまま、メイヤとアイスを両脇に抱えてジャ
ンプ。
 その下をシアは両手に掴んでいた中型のコッファー︱︱大きさ的
に海外に持っていく旅行鞄サイズのものを、肉体強化術で腕力を向
上させ地面を滑らせるように2つとも投げる。
﹃おわぁ!?﹄
 スノーの後を追うリュート達を妨害するため立ち塞がっていた冒
険者&衛兵達はまるでボーリングのピンのごとく投げられたコッフ
ァーに足を払われ倒れる。
﹁今のうちにお進みください!﹂
﹁ありがとう、シア!﹂
 礼を告げ、再度地面に足を付けて走り出す。
 門を閉めようとした衛兵をクリスがすでに撃ち倒していた。
 そんな彼女と合流してから、オレ達は城内へと侵入する。
 一瞬だけ背後を振り返る。
 シアとリースもオレ達の後に続き、門の前で立ち止まり戦闘準備

1954
を開始。
 リースはPKMを、シアは新たなコッファーを2つ受け取り両手
で握りを確かめていた。
 オレ達はその場を彼女達に任せて、スノーを追いかけて門をくぐ
り抜ける。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 事前に決めていたリースとシアの役割は、リュート達が挟撃を受
けないよう追撃者を排除、堰き止めることだ。
 そのためリースは門を守るためPKMを手にしていた。
﹁門の前に居る女達を取り押さえて、侵入者の後を追え!﹂
﹃うおおおぉぉぉッ!﹄と地鳴りのような雄叫びと足音を響かせ、
リース&シアを目掛けて冒険者&衛兵達が突撃してくる。
 数は300人ほどだろうか︱︱全員が手に武器を持ち、殺気だっ
て門を目掛けて突撃してくる。
 一般人なら腰を抜かすほどの迫力だが、リースはむしろ呆れてい
た。
﹁この程度の数と質でPKMに突撃してくるなんて、自殺行為と変
わりませんよ﹂
 リースが狙いを付け、引き金を絞ろうとしたが︱︱その指をシア

1955
が止める。
 彼女はリースの前に立つと、突撃してくる群れに両手のコッファ
ー側面を向ける。素早く2回押す。
 名札が飛び散り、9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶が掃射。
 突撃してきた群れも、発砲音と毎分900発という高い火力に足
を止めざる終えなかった。
﹁彼ら程度、お嬢様のお手を煩わせることはありません。それに雑
用はメイドの勤めですので﹂
﹁⋮⋮そうですね。ではシア、掃除をお願いしますね﹂
﹁畏まりました﹂
 シアは深々とリースに一礼してから、敵の冒険者&衛兵達へと向
き直る。
 彼女は一度コッファーを地面に置き、右手を胸に、正統派メイド
服の裾を左手で掴み正面で戸惑っている敵達に一礼した。
ピース・メー
﹁お嬢様のご許可も頂きましたので、ここからはPEACEMAK
カー
ER、筆頭護衛メイド、妖精種族、黒エルフ族のシアが相手を務め
させて頂きます。皆様、少々のご無礼ご容赦願います﹂
﹁調子に乗るなよクソメイド!﹂
 シアの口上の後すぐにクマのような巨漢が怒声を吐き出す。
 その手には分厚い鉄製の大楯が握られていた。
ギルド
 彼は初日ノルテ・ボーデンの冒険者斡旋組合で、スノーに目の色
を変えて襲いかかってきた冒険者の1人だ。
 シアによって剣の一撃をコッファーで弾かれ、殴り倒された人物
である。

1956
﹁オマエの手の内はすでに分かっているんだよ! そのクソ鞄から
魔術を飛ばすんだろ! だが、その威力は大したモンだが、この鋼
鉄製の楯を貫通するモンじゃないってばれてるんだよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁オマエら、並べ並べ!﹂
 クマ男の指示で似たような大楯を持った男達が横一列に並ぶ。
﹁がっははは! これでオマエの魔術は効かないぜ! 捕まえてあ
の時の借りを返させてもらうぞ!﹂
 女性に対して怨みの借りを返す。
 その意味が分からない者はこの場に誰1人いない。
 もちろん、シア&リースもだ。
﹁オマエら! このまま前進だ!﹂
 シアは鋼鉄の楯を掲げ、横一列になって歩み迫ってくる男達に呆
れた溜息をつく。
﹁その程度の楯を持ったぐらいで攻防一体の最強武器であるコッフ
ァーを攻略したつもりでいるとは⋮⋮無知というのは本当に罪です
ね﹂
 シアは置いたコッファーを掴み、左手のコッファーだけ9mm︵
9ミリ・パラベラム弾︶とは反対側の側面を男達へと向ける。
﹁若様が作り出した最も偉大な魔術道具であるコッファーの素晴ら
しさを、その身を以て味わいなさい!﹂

1957
 シアの指によって、スイッチが押される。
 ボシュ︱︱やや抜けた音と共に、40mmグレネード弾が発射さ
れる。
﹃⋮⋮ッ!?﹄
 想定外の攻撃に息を飲む敵の冒険者&衛兵達。
 着弾、同時に爆発音が響き渡る。
 鋼鉄製の楯ごと吹き飛ぶ男達の悲鳴も、爆発音に飲み込まれ聞こ
えることはなかった。
﹁な、何が起きた!? 新手の魔術攻撃︱︱ぐあぁ!?﹂
 群れのほぼ中心。
 爆発に土煙に対して、背を向け叫び声を上げていた男が昏倒する。
 シアが爆発と同時に、肉体強化術で身体を補助。
 突撃し、大きくジャンプして中心に着地、金属製旅行鞄サイズの
コッファーで男を殴り飛ばしたのだ。
 他の冒険者&衛兵もいつの間にか、すぐ目の前にいたシアにギョ
ッとして硬直してしまう。だが、彼女は遠慮なく攻撃を開始する!
﹃ぎゃあぁぁぁぁあ!﹄
 シアが両手を広げ、左右のコッファー側面を周囲360度の敵へ
と向けスイッチをオン。
 9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶を発射しながら、シアはコマの

1958
ように回る。それだけで回りを囲んでいた冒険者&衛兵達は面白い
ように倒れていく。
﹁ちょ、調子に乗るなよ! このクソメイドが! オマエ等! し
ゃがめ! しゃがんであのクソメイドの足を狙え!﹂
 我に返った男達がしゃがんで9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶の
暴風をやり過ごす。そして、槍を手にした男達が、その長さを生か
してシアの足を狙うが、
﹁な、ナニぃいいぃ!?﹂
 シアは両手のコッファーを地面に突き立て、逆立ち︱︱しかもな
ぜか不思議なことに、彼女のメイド服スカートはめくれない。
 男達の槍は虚しく金属製のコッファーを突いて終わった。
 シアは逆さまのまま、槍を突いて無防備になっている男達へ向け、
右手にあるコッファーの側面を向け一回転!
 9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶が盛大にばらまかれる。
 男達の悲鳴が再び響く。
﹁弓だ! あの死神メイドを弓で狙え!﹂
﹁しかし、それでは仲間に当たってしまいます!﹂
﹁構わん! このままではあの鞄を持った死神メイドに全員殺され
ちまうだけだぞ!﹂
 衛兵の隊長格らしき人物が唾と共に指示を出す。
 衛兵達はクロスボウを手に、逆立ちを止め足で立つシアに弓矢を
向ける。

1959
 だが、彼女はそれを素直に受けるほど馬鹿ではない。
 右手にあるコッファーを9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶とは反
対の側面を、クロスボウ隊へと向ける。
 そして、スイッチオン。
 2発目の40mmグレネード弾が発射される。
 クロスボウ隊は弓矢を放つ前に、まとめて吹き飛ばされてしまう。
﹃ひぃいぃッ⋮⋮!﹄
 生き残った冒険者&衛兵達は1歩、2歩、3歩と無意識に後退し
てしまう。
 シアがそんな彼らに向け、スイッチを押すが9mm︵9ミリ・パ
ラベラム弾︶は発射されない。
﹁さすがに弾切れですか﹂
 通常の抱き締められるほど小さいアタッシュケースより大きく作
られた旅行鞄サイズのコッファーだが、無限に9mm︵9ミリ・パ
ラベラム弾︶を詰め込める訳ではない。
 また40mmグレネード弾も1発ずつしか発射出来ない仕様にな
っている。
 シアはすでに2発使っているため、これ以上40mmグレネード
弾を撃つことは出来ない。
﹁ち、チャンスだ! あの死神メイドを倒すチャンスが来たぞ!﹂

1960
﹁天神様に感謝を! 野郎共続け! 仲間の仇をとるんだ!﹂
﹃うおおおぉぉおぉぉぉおぉぉ!﹄
 シアのコッファーが弾切れだと知ると、先程まで怯えていた男達
が戦意を取り戻し仲間を倒された怒りと共に再度の突撃してくる。
 なのにシアはまったく慌てる様子を見せない。
 彼女は9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶と40mmグレネード弾
のスイッチを同時に押す。
 するとギミックが作動しコッファーの側面から、無数の刃が飛び
出す。
 シアは肉体強化術で身体を補助しながら、刃が飛び出た二つのコ
ッファーを手裏剣のように投げつける。
﹃ぎゃぁあっぁあ!﹄
 コッファー手裏剣は、突撃してきた男達を切り裂き、二つともシ
アの手から離れてしまう。これで完全に彼女の手から武器が無くな
る。
﹁今度こそ本当のチャンスだ! 今のうちに死神の首を取れ!﹂
 男達は再度、突撃を敢行する。
 そこには最早怒りより、目の前の暴挙を引き起こしたシアが再び
暴れ出す前に倒そうとする恐怖の割合の方が多かった。
 彼女はそんな彼らに初めて背を向け走り出す。

1961
﹁おおおぉお! 逃がすな! 絶対に逃がすな!﹂
 確かに背を向け、走るシアの姿は逃走に似ている。
 だが、男達は気付く。
 彼女が目指す先にある物に。
 シアが走る先にあるのは、最初リュート達が姿を現した時に冒険
者&衛兵達をボーリングのピンのように転ばせた金属製の旅行鞄だ
った。
 最初、男達は足止めのため投げ捨てた旅行鞄程度にしか認識して
いなかった。しかし今は違う。
 あの金属製の鞄がどれほど恐ろしい物か理解している。
﹁ぜ、絶対に死神に鞄を持たせるな! 近づけさせるんじゃない!﹂
 冒険者&衛兵達は手にしていた槍や手斧、ナイフ等を投げたり、
弓で狙ったり、魔術で攻撃したり必死にシアをコッファーへ近づけ
させないようにする。
 しかし、シアは魔術による抵抗陣で魔術攻撃を防ぎ、投擲武器は
側転やバク転などで華麗に回避する。もちろん側転やバク転等をし
ても、決してスカートの中身を周囲に晒すことはない。
 なぜならメイドだからだ!
 最後に大きくジャンプして、地面に置かれていた2つのコッファ
ーへ腕を伸ばす。
 その着地タイミングに合わせて男達が、攻撃を集中させるも︱︱
シアはコッファーを左右の手で掴むと魔術による抵抗陣で防ぎ、投
擲武器は回避せず全て手にした金属製コッファーで叩き落として見

1962
せた。
 強度限界ギリギリまで魔力を込めて魔術液体金属で作られたコッ
ファーに対して、ただの投擲武器では傷を付けることも出来ない。
 結局、男達の攻撃はシアのメイド服に汚れひとつ付けられない結
果に終わってしまう。
 彼女はうっとりとした視線で両手のコッファーの重みを確かめる。
﹁やはりコッファーは素晴らしいですね。遠距離、近距離、殴打武
器可能で、強固な楯にもなり、ギミックの刃を出し本体ごと投擲す
れば切断&質量兵器にもなる。本当に素晴らしい武器です﹂
 さて、と︱︱彼女は運良く未だ立っている冒険者&衛兵達に顔を
向ける。
 シアには珍しく、彼女は笑っていた。
 口角が少し動いた程度だが、なぜか獰猛な肉食獣を連想させる笑
みだった。
﹁⋮⋮それでは掃除を再開したいと思います。皆様、お覚悟を﹂
﹁ま、待ってくれ! 俺はもう沢山だ! 降伏する! だから命だ
けは助けてくれ!﹂
 男が1人、命乞いをしながら手にしていた剣を投げ捨てる。
 それが連鎖して﹃俺も、俺も!﹄とその場に立っている男達が次
々武器を投げ捨て、降伏の意思を示す。
 シアは物足りなさそうに眉根を寄せたが、すぐにいつもの平然と
した表情を取り戻す。
 そして念のため自らの主に伺いを立てる。

1963
﹁お嬢様、いかがなさいますか?﹂
﹁私の出番がなかったのは残念ですが、降伏するというなら受け入
れましょう。わたし達の目的は、﹃広場に残った兵力の全滅﹄では
なく、﹃リュートさんの後を追わせない﹄ことなのですから﹂
﹁了解いたしました﹂
 シアは右手を胸に、左手でスカートをつまみ一礼する。
 こうして広場の戦闘は、シア1人の力によって終わってしまった。
第177話 コッファー︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月23日、21時更新予定です!
いつも読んでくださって本当にありがとうございます!
突然ですが、明鏡シスイからのお知らせです!
ようやく許可が下りたので、ご報告させて頂きます!
軍オタ、書籍化します!
現在、公開できる情報を活動報告にアップしていますので、ご確認

1964
頂けると幸いです!
第178話 人質
 事前の話し合いの通り、リースとシアが門の前に立ち、後続の敵
を足止めしてくれる。オレ、クリス、メイヤ、アイスはその間に囚
われている領主の息子のアムや白狼族、そしてスノーを取り戻すべ
く城内へと侵入する。
 城を守るはずの衛兵達はスノー処刑の警護のため、殆ど出払って
いた。
 そのため最初こそ人の気配はなかったが、連れ去れたスノーの後
を追うと、秘密兵士隊の白兵士が待ち構えていた。
 今度こそ、オレ達を逃がさないという意思の表れか、一本道の通
路で前後を塞いでくる。
 前方に15人、後方にも15人。

1965
 窓は無く、部屋に続く扉もない一本道の廊下だ。
 さすがに城内では地の利はあちら側にある。
 どうやらオレ達は誘い込まれたらしい。
 あちらはすでに勝った気でいるのか、金属製の指を擦り合わせて
﹃カチャカチャ﹄と音を立てている。
 こちらの人数は4人。
 敵の秘密兵士隊は30人。
 しかも敵は全員が魔術師だ。さらに相手は、オレ達の攻撃方法を
理解している。事実、飛行船襲撃や白狼族村急襲でも、AK47の
弾丸は回避された。
 数も、質も彼等が圧倒している。
 勝ち誇るのは理解出来る︱︱が、この状況も予想済みだ。
﹁メイヤ、クリスにサイガを﹂
﹁了解しましたわ、リュート様!﹂
コンバット
 メイヤはずっと手にしていた戦闘用ショットガン、SAIGA1
2Kをクリスへ手渡す。
 代わりに、彼女が手にしていたSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を、
大切に預かる。
 奴等はオレたちを追い込んだつもりだろうが、頭からすっぽりと
罠にかかっているのは奴等のほうだ!
 オレは前方を、クリスは後方へ向けてSAIGA12Kを向ける。
 白兵士達はAK47を回避したように、腰を落とし魔力で視覚を
重点的に強化。前方から3人の白兵士達が駆け出し、距離を縮めよ

1966
うとしてくる。
 たとえ撃たれても﹃点﹄での射撃であるAK47なら回避出来る
自信があるのだろう。
 オレは犬歯を剥き出しにした笑みを浮かべ、SAIGA12Kの
引き金を絞る!
﹃⋮⋮ッ!?﹄
 突撃してきた3人が、しゃがんだり、半身になったりして弾丸を
回避しようとするが︱︱発射された20本の矢、ダーツを避けきれ
ず被弾してしまう。
 3人とも腕や足、胴体などにダーツを受ける。ダーツは甲冑を突
き破り、敵の魔術師を負傷させる。
 白兵士達から驚愕の気配が匂うように漂ってくる。
 ショットガン︱︱日本語にすると散弾銃。
 名前の通り種類によって数発から、数百発の鉛玉を発射すること
が出来る銃だ。
 散弾は発射されると多数のバラ弾が広範囲に拡散するため、近距
離、特に狭い室内なのでその威力を発揮する。
 今回の戦いにおいて最も適した銃器だといえる。
ショットシェル フレシェット
 しかも、今回オレが装填している装弾は、矢弾と呼ばれる特殊弾
だ。
 元々ベトナム戦争時にアメリカ軍が採用したスチール矢弾︵今使
用しているのは魔術液体金属で作った物だ︶である。
 矢の重さは0.5g程度で、直径は1mm、長さは2.7cm。

1967
 105mm榴弾砲で発射した場合、一回で5600本の矢を放ち、
鋼製のヘルメットを難なく貫通する威力を誇っている。
ショットシェル
 ショットガンの装弾の場合は約20∼25本ほど入る。
 白兵士が装備している甲冑程度なら、問題無く貫通する威力だ。
 白兵士達は、オレ達を袋のネズミにするため一本道の廊下で待ち
伏せしていた。しかし、どうやらネズミは白兵士達だったらしい。
﹁クリス! すぐにスノーの後を追いかけたいから、こいつらをさ
っさと倒すぞ!﹂
 クリスはオレの台詞に頷く。
 彼女も後方を塞いでいた敵へと向け、SAIGA12Kの引き金
を絞る。
 白兵士は咄嗟に抵抗陣を作り出し、矢を防ごうとする。しかし矢
は抵抗陣すら貫通して、甲冑に突き刺さった。
 前世、地球の防弾ベストやボディーアーマーすら貫通する特殊弾
だ。
 咄嗟に作り出した程度の抵抗陣で防ぐのは無理というものだ。
 オレも容赦なく、目の前の白兵士達へ引き金を絞る。
 彼らは抵抗陣で防げないと知ると、廊下の壁を蹴り立体的な動き
フレシェット
で矢弾を回避しようとする。
コンバット
 だが、セミオートマチックの戦闘用ショットガン、SAIGA1
2Kはそれを許さない。
 ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!

1968
 空装弾がテンポ良く排出される。
 肉体強化術で身体を補助し、三次元運動で回避しようとした白兵
フレシェット
士だったが、20×6発︱︱120発の矢弾を回避しきるのは不可
能というものだ。
 空になった弾倉を交換し、さらに引き金を絞る。
﹃ぐぎゃぁあッ!﹄
 白兵士達に襲撃され、初めて聞く彼らの声音。
 狭い廊下、ショットガンを相手にして気配や魔術の流れを消せる
というメリットは何の意味もない。
 ずっとオレ達を苦しめてきた白兵士達が、引き金を絞る度に面白
いように倒れていく。
 ある者は足を、腕を、胸を、逃げようとして背中に矢が突き刺さ
った者もいた。
 時間にして3分もかからず、前後を挟んでいた白兵士達︱︱30
人が全滅。
 オレは空になった弾倉を新しいのに取り替えながら呟く。
﹁想像以上の効果だったな。まさかこんな簡単にあの素早い白兵士
達を倒すことが出来るなんて﹂
﹁当然の結果ですわ! リュート様がお作りになったのですから!﹂
 メイヤは普段あまり戦闘の現場に出ない。
 そのため実戦で使われた銃器の力を目の前にして、やや興奮気味
に鼻息荒くオレを持ち上げてくる。

1969
 オレは適当な愛想笑いを浮かべて、彼女の称賛を受け流した。
﹁それでアイス、スノーの匂いはどっちに残っている﹂
﹁右ね。でも、左からアム様や白狼族のみんなの匂いがしてくる﹂
 挟撃された廊下突き当たりは左右に分かれていた。
 どうやら、スノーは右に、左へ曲がるとアムや他白狼族が居る場
所に繋がっているらしい。
 事前の話し合い通り、オレ達はここで一度別れる。
 オレはスノーを助け出すため、彼女の残り香を追う。
 メイヤは囚われている人達の中に怪我人や病人などが居た場合、
魔術で治癒するため同行している。
 アイスはアムや白狼族が囚われている場所への道案内のため、ク
リスはそんな2人の護衛として付く。
 アイスとメイヤは戦闘力はほぼ無いので、戦闘要員は実質クリス
1人だ。
﹁それじゃオレはスノーの後を追う。クリス、メイヤ、アイスはア
ムや他白狼族達を解放してやってくれ﹂
﹃分かりました!﹄
﹁お任せください、リュート様! このメイヤ・ドラグーンが必ず
彼らを救い出してみせましょう!﹂
﹁リュートも気を付けて﹂
 オレは手を挙げ、右に曲がると全速力で駆け出す。
 一度振り返ると、クリス達も似たように走り出していた。

1970
 オレは移動をしながら、サブアームであるオート・ピストルの﹃
H&K USP︵9ミリ・モデル︶﹄の弾倉を特殊弾に変えておく。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレはクリス、メイヤ、アイスと別れた後も全力で走り続けた。
 途中、妨害してくるまだ残っていた白兵士や衛兵をSAIGA1
2Kで無力化していく。
 そして、無力化した彼らにスノーの行き先を尋ねること数回︱︱
 オレはようやく彼女に追いつくことが出来た。
 スノーが連れて行かれた場所は、謁見の間だ。
 謁見の間へと続く扉は、巨人でも通れそうなほど大きくて高い。
 表面には金や銀などをふんだんに使われ、職人が凝った細工を施
している。金銭的値段より、芸術的価値の方が高そうな扉だ。
 扉をくぐれば、赤絨緞の先、三段ほど高くなった位置に領主の座
がある。しかし、現在は誰も座っていない。
 オールと側近の大臣らしき人物が1人、人質であるスノーの首に
尖った爪先を押し付ける白兵士が1人立っていた。
﹁リュートくん! 助けに来てくれたんだね! 嬉しいよ!﹂
 スノーは人質の自覚が無いのかと疑うほど、明るい声音でオレが

1971
助けに来たことを無邪気に喜んでいた。
 オールがそんなスノーの態度に苛立った声をあげる。
﹁黙ってろ娘! 今すぐ殺されたいのか!?﹂
 その血走った目を今度はリュートへと向ける。
﹁まさか処刑場の警備を抜け、城に配置した秘密兵士隊を倒してし
まうとはな⋮⋮ッ。クソ! どいつもこいつも役立たずが!﹂
﹁現状を把握しているなら分かるだろ? オマエの負けだ。観念し
てスノーを解放しろ﹂
﹁お、オール様⋮⋮﹂
 側近の大臣らしき人物が縋るような目をオールへと向ける。
 ここは素直に負けを認めて、命だけは助けてもらうと訴えている
のだ。
 しかし、彼は︱︱
﹁黙れ! 黙れ黙れ! まだ負けていない! こちらには人質が居
るんだ! この女を殺されたくなければまずはその手にしている武
器を手放せ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁早くしろ! この女を道連れにしたっていいんだぞ!﹂
 オレは手に持っていたサイガに安全装置をかけ、足下に置く。
﹁そこじゃない! 蹴ってもっとオマエから遠ざけろ!﹂
﹁あんまり銃器が痛むマネはしたくないんだけどな﹂
 オレは言われた通り、サイガを蹴って明後日の方角へと飛ばす。

1972
 これで肉体強化術を使っても、一息で手にするのは不可能になっ
た。
 オレが武器を手放したせいか、オールはやや余裕を取り戻す。
﹁よし、よし! どうやら人質は有効らしいな。自分より、女の身
柄を心配するなんて。さすが畜生を妻にするだけはある﹂
 オレはその発言に、怒りが燃え上がる。
 スノーを畜生だと? このボンボンが⋮⋮こいつの綺麗な顔面を
絶対に一発は殴ってやる。
 オールは調子に乗り、さらに要求を突き付けてくる。
﹁次は白狼族の夫婦から渡された﹃番の指輪﹄を渡してもらおうか
!﹂
﹁⋮⋮あの指輪はそれほど固執するほどの物なのか? 正直、ただ
の指輪にしか見えないんだが﹂
﹁いいから渡せ! まさかどこかに隠したんじゃないだろうな!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 オレは首に下げていた袋から、スノー両親から渡された指輪を取
り出す。
﹁それだ! その指輪だ! 早く、こちらに寄こせ!﹂
 オールは興奮した声で告げる。
 オレは先程とは違ってすぐに従うことはなかった。
﹁スノーと交換だ。まず彼女を解放しろ﹂

1973
﹁交渉出来る立場か?﹂
﹁でなければこの指輪を破壊するぞ? それじゃオマエの立場が無
いんじゃないのか?﹂
﹁何度も言わせるな! 早く指輪を寄こせ! この女を殺したら人
質がいなくなるから、手を出せないと考えているだろう!? 人質
はただ殺すだけが能じゃないんだぞ。死なない程度に痛めつけるこ
とだって出来るんだ。まずはこの女の片耳から削ぎ落としてやろう
か!?﹂
 オールの声に合わせて、スノーの首筋に指先を押し付けていた白
兵士が、腕を振って刃を側面から取り出す。
 どうやら交渉の余地はなさそうだ。
 さらに現在、リース&シアは門を死守し追撃者を抑えてくれてい
る。
 クリス、メイヤ、アイスはアムや他白狼族の救助で手一杯だろう。
都合良く誰かが助けに来てくれる可能性は薄い。
 オレ個人の独力でスノーを⋮⋮最愛の妻を助け出さないといけな
いのだ。
﹁⋮⋮スノー、今でも僕のことを信じられるか?﹂
﹁今とか関係なく、わたしはずっとリュートくんのことを信じてる
よ? それがどうかしたの?﹂
 スノーは﹃物を手放せば地面に落ちる﹄、﹃夜になっても、また
太陽は昇る﹄、そんな当たり前のことをなぜ聞くの? と言った態
度で返答してきた。
 オレはスノーのまったく揺るがない信頼に思わず微苦笑してしま

1974
う。
 そんなオレ達のやりとりにオールが激昂する。
﹁おい、こら! 何をするつもりだ! 下手な動きをしてみろ! 
耳どころか、この女の細首を切り落とすぞ! この女の命が惜しく
ないのか!?﹂
﹁落ち着け、指輪はちゃんと渡す。ほら、よ﹂
 チン!
 オール達に向かって、オレは指輪を親指で弾き渡す。
 彼等の視線は突然、空中で大きく弧を描き弾き渡された指輪に意
識が集中する。
 神すら目を奪われる刹那の時間︱︱オレは、練習通りに素早く、
正確な動作で腰から下げていたサブアームであるオート・ピストル
の﹃H&K USP︵9ミリ・モデル︶﹄を発砲!
 この異世界に生まれ変わり、﹃S&W M10﹄リボルバーを作
りだし、7歳から練習を繰り返してきた早撃ちだ。
 スノーを人質に取っていた白兵士の肩、腕、腹に3発の発砲音が
同時に鳴ったと錯覚するほどの速さで撃ち込まれる。
 肉体強化術で身体を補助しているとはいえ、神業的速さだった。
﹁ぎゃぁぁあ!?﹂
 白兵士は弾かれた指輪に意識を集中していたため、自分が何をさ
れたのか分かっていない。
フルフェイス
 突然の激痛に面頬兜から悲鳴を上げる。

1975
﹁スノー! 今のうちだ!﹂
﹁リュートくん!﹂
 スノーは手足の間を鎖で繋がれているため、走る速さはとても遅
い。
 側にいたオールと大臣らしき側近が腕を伸ばすが、
 ダン! ダン!
﹁ぎゃあ!﹂
﹁がぁあ!?﹂
 2人は肩を押さえて蹲る。
 オレがUSPを発砲したのだ。
﹁リュートくん! 助けに来てくれるって信じていたよ!﹂
 邪魔をしようとした者達を排除し、オレは駆け出しスノーを抱き
締める。
 約3日振りに彼女の体温を味わった。
1976
第178話 人質︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月25日、21時更新予定です!
いつも読んでくださって本当にありがとうございます!
活動報告を書きました。よかったらご確認ください。
また今回で﹃北へ﹄編が一見終わりそうな展開ですが、まだ続きま
すのでお付き合い頂けると幸いです。
1977
第179話 スノー奪還、そして⋮⋮
 スノーを人質に取っていた白兵士が、なぜ抵抗陣を作っていない
とはいえ、﹃H&K USP︵9ミリ・モデル︶﹄を防げなかった
のか。
 オレはスノーに追いつく前に、USPの弾倉を特殊弾︱︱﹃KT
コップキラー
W弾﹄。別名、﹃警察官殺し﹄と呼ばれるハンドガン用の徹甲弾の
一種に取り替えておいた。
 飛行船を襲撃された時に、白兵士の甲冑に9mm︵9ミリ・パラ
ベラム弾︶が弾かれたため、念のために取り替えたのだ。
 お陰で人質になっていたスノーを無事助け出すことが出来た。本
当にKTW弾を作っておいてよかった。

1978
 しかしオレはスノーとの抱擁を長い時間は楽しまず、すぐに体を
離す。
 スノーとしてはそれが少しだけ不満らしいが、オレは付き合わず、
粘土のような物を取り出し彼女に渡した。
 スノーもその意図に気付き、すぐさま自分で首に巻かれている魔
術防止首輪を粘土で覆う。
 魔術防止首輪には3つ機能がある。
 1つ︱︱権限を与えられた者が目視出来る範囲であれば、首輪を
縮め窒息させることが出来る。
 2つ︱︱首輪を嵌めている者の位置情報を把握することが出来る。
 3つ︱︱無理に首輪を取ろうとすると、首輪に施されていた魔術
の力により装着者を死亡させる。
 この粘土のような物は1つ目の力を封じるものだ。
 過去、クリスの母親であるセラス・ゲート・ブラッド奥様が塔に
囚われていた時に使用した物だ。効果は実証済みだ。
 オレはスノーが作業している間に、苦悶している白兵士の顔を蹴
り飛ばし気絶させた。
 これで残るはオールのみ。
 側近らしき大臣は、痛みに慣れていないのか肩を撃ち抜かれてす
ぐに気絶している。
 オールは撃たれた肩口を押さえ、睨み付けてくる。
 オレは油断無くUSPの銃口を彼に向けていた。

1979
 オールは肩口を押さえながら、増悪を満たした瞳で喘いだ。
﹁よくも計画を台無しにしてくれたな。だがきっと貴様等は後悔す
るだろう。﹃まだ殺されていたほうがマシだった﹄と思うことが、
貴様らの身に起きるだろうさ! これは予言や負け惜しみなんかじ
ゃないからな! 精々後悔し! 絶望しながら仲間共々死んでいく
がいい!﹂
﹁その口ぶりじゃまだ隠し球があるみたいだな。いったい何をした
んだ?﹂
﹁ぎゃははははっはははははっは! 誰が教えるか! バァアアア
ァッァカ!﹂
 オールは端正な顔を歪み、高笑いする。
 狂気が表情を浸蝕しているのか、通常であれば端正な顔をしてい
る彼からは想像も出来ないほど醜かった。
﹁⋮⋮とりあえず、後で詳しい話を聞くから今は眠っておけ﹂
 オレはオールへ近づくと、重い一撃を入れて気絶させる。
 まだ他では戦闘が続いている。
 オールばかりに構っている場合ではない。
 オール達を拘束し、他の応援に行く前に、スノーに言い聞かせた。
﹁⋮⋮スノー、頼むからもう二度とこんなマネはしないでくれ﹂
﹁こんなマネって?﹂
﹁僕を助けるためとはいえ、1人でオール達の目を引きつけたこと
だよ。今回はスノーに人質としての価値があったから、彼等は手荒
なマネはしなかったけど、下手をしたら殺されていたかもしれない。

1980
場合によっては拷問されて、耳を削ぎ落とされたり、指を折られた
り、目を潰されたかもしれないんだぞ。僕を守ってくれたことは嬉
しいけど、もっと自分のことも大切にしてくれ!﹂
﹁⋮⋮心配かけて、ごめんね。でも、もしまた同じような場面にな
ったら、わたしは同じことするよ。だって雪山でも話したでしょ?
 リュートくんがわたし達を守ってくれるように、わたしもリュー
トくんを守ってあげるって﹂
 それに︱︱、と彼女は笑った。
﹁何があってもリュートくん達が助けに来てくれるって信じてるか
ら⋮⋮全然、平気だよ﹂
 スノーは信頼しきった笑顔で言い切った。
 そんな風に言われたら、もう何も言えなくなってしまう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 スノーを無事に助け出し、オール達の拘束を終えた後、オレは皆
の視線を集めるため指で弾いた﹃番の指輪﹄も拾い、首から提げる
小袋に戻した。
 一通り状況が片付くと、オレとスノーはクリス達やリース達の元
へ駆けつけた。
 クリス達はすでに牢屋からアム、領主のトルオ、そしてスノー両
親&白狼族を助け出していた。

1981
 オレはオールが所持していた魔術防止首輪の鍵で、全員の首輪を
外した。
 リース達のところへ応援に行くと、すでに戦闘は終わっていた。
 敵魔術師がシアの指示の元、怪我を負った衛兵や冒険者達の治癒
をおこなっていた。まるで青空野戦病院状態だ。
 処刑場を警護していた衛兵や冒険者達は、なぜか妙にシアを怖が
っており、彼女の言葉に素直に従っていた。
 オール派閥の秘密兵士部隊や大臣に、今度はオレ達が魔術防止首
輪を付けて牢屋に叩き込む。
 衛兵達は、アムとトルオが共倒れしてしまったとオールに騙され
ていた。そのためオールを一時的に領主とあおぎ、彼の指示に従っ
ていただけだ。
 冒険者達は金を払い雇われただけで、特にシアの恐怖を知った彼
らは、オレ達とはもう争うつもりはないらしい。
 とりあえず、彼らの処罰は後回しにして、現在は状況の整理・落
ち着かせることに注力する。事態が完全に落ち着いたら、彼らの正
式な処罰を決めよう。
 極一時的な事態の収拾を図り終えると、謁見の間に関係者達が集
まる。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERメンバー、スノー両親、そしてアム、アイ
ス。
 領主の座にはトルオが座っているが、放心したように背もたれに
体を預けている。

1982
﹁まさか我が、オールの手のひらで踊らされていただけとはな⋮⋮﹂
 トルオはまるで10∼20年歳をとってしまったように老けてい
た。
 声にも張りが無く、ギラギラと野望で輝かせていた眼光も、今は
火が消えたように無くなっている。
 疲れを口から直接吐き出すように言葉を紡いだ。
﹁我の見る目の無さ、器の無さで迷惑をかけた⋮⋮。許して欲しい﹂
 トルオはその場に居る全員に深々と頭をさげる。
﹁今回の件の責任を取り我は領主の座から下りる。後任はアム、オ
マエに任せよう﹂
﹁⋮⋮分かりました、父上。謹んでお受けします﹂
 父、トルオは引退。実弟のオールは今回の騒動の主犯。
 後を継げるのはアムしかいない。
 トルオは再び深い溜息をついた。
﹁我は領地経営から完全に手を引く。オール達のことも全てオマエ
に任せた。オマエが思うとおりしなさい。我はもう疲れた。静かに
隠居させてもらおう﹂
 こうして領主の座はアムへと引き継がれることになった。
 一通りの話が終わり、一段落が付くと急報が入る。
﹁し、失礼します!﹂

1983
 衛兵の1人が謁見の間に慌てて入ってくる。
 激しく動揺しているせいで、礼儀作法という面では褒められた物
ではなかった。しかし、彼が発する異様な空気のせいで、誰一人そ
の異常な行動を指摘することはなかった。
 衛兵は遠目でも分かるほど汗を掻き、絶叫するように報告する。
﹁た、ただいま監視塔から緊急連絡が入りました! 巨人族の群れ
が、この街、ノルテ・ボーデンに向かって進行中とのことです! 
その数、約100体以上!﹂
 報告を聞いた全員が驚愕し、自分達の耳を疑った。
 それはまさに凶報だった。
 オレの耳に、オールの高笑いが再生される。
1984
第179話 スノー奪還、そして⋮⋮︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月27日、21時更新予定です!
家の近くに大きなペットショップがあります。
歩いて10分ぐらいかな?
子犬や子猫、鳥が居て心が癒されます。
飼ってみたいですが、自分の面倒もろくにみれない自分には難しい
ですね。
むしろ、女性に自分が飼われたい!

1985
第180話 巨人族の侵攻
﹁巨人族の群れが、この街、ノルテ・ボーデンに向かって進行中と
のことです! その数、約100体以上!﹂
﹁馬鹿な! ありえん!﹂
 疲れ切って10∼20歳は老け込んだ元領主のトルオが、衛兵の
報告によって椅子から勢いよく立ち上がる。
 北大陸では、数年に一度の割合で群れからはぐれた巨人族が都市
に現れる。そのため大抵の都市には、はぐれ巨人族に対応するため
一般的な城壁より厚く頑丈な城壁がある。
 はぐれ巨人族も多くて2∼3体だ。
 今回、100体以上の群れがノルテ・ボーデンへ向けて侵攻して
くるなんて本来ありえない話なのだ。

1986
 アムも真剣な表情で問う。
﹁何かの間違いではないのかい?﹂
﹁いえ、間違いないとのことです。恐らく後、約4時間ほどでこの
街に辿り着きます!﹂
 衛兵は断言する。
 この返答に場は、耳が痛いほど静まりかえった。
 その中でオレは次男オールの言葉を思い出す。
﹃よくも僕様の計画を台無しにしてくれたな。だがきっと貴様等は
後悔するだろう。﹃まだ殺されていたほうがマシだった﹄と思うこ
とが、貴様らの身に起きるだろうさ! これは予言や負け惜しみな
んかじゃないからな! 精々後悔し! 絶望しながら仲間共々死ん
でいくがいい!﹄
 あの時の台詞は、もしかしてこの状況を指しているのではないの
か?
 オールを倒したら偶然、﹃100体以上の巨人族が街に向かって
攻めて来ました﹄なんて、あまりに都合が良すぎる。
 彼がこの状況に何か知ら関わっていると考えるのが自然だ。
﹁ちょっといいですか?﹂
 オレは沈黙している場に手を挙げ意見を言う。
 次男オールが最後に告げた台詞を、その場に居る皆に知らせた。
 話を聞き終えるとトルオが、慌てた様子で衛兵に命じる。

1987
﹁今すぐ地下牢に居るオールをこの場に連れてこい!﹂
 命じられた衛兵は一礼すると、すぐさま謁見の間から出て行く。
 あまり時間が掛からず、手足を鎖で繋がれ、念のため首に魔術防
止首輪を巻かれたオールが両脇を衛兵に掴まれながら謁見の前に姿
を現す。
 その場に居る皆の視線が彼に注がれた。
 実兄であるアムが代表して問い質す。
﹁今、100体ほどの巨人族が、ノルテ・ボーデンを目指し侵攻中
とのことだが⋮⋮オール、君が何かしたのか?﹂
﹁くくく、はははは⋮⋮ッ!﹂
 彼は俯き、乱れた金髪を直そうともせず音程の狂った笑い声を響
かせる。
﹁当然、しているに決まっているじゃないか! でなければ、巨人
族が100体も街に向かって侵攻なんてするわけがないだろ!﹂
 彼は顔を上げると、瞳に狂気的な光を灯しながら告げる。
﹁作戦が失敗したら、禁忌の魔術を使ってノルテ・ボーデンごと道
連れにする手筈になっていたんだよ!﹂
﹃!?﹄
 その場に居る全員が、その狂った言葉に驚愕する。
 オールが使った禁忌の魔術とは︱︱1人の魔術師が巨人族をコン

1988
トロールすることを目的に、研究のすえ開発したものだ。
 しかし、その魔術はただ巨人族を集めるだけの失敗作。
 結局、研究者の魔術師も、自身が作り出した失敗作の魔術で集ま
った巨人族に踏み殺されてしまった。
 それを見ていた開発者である魔術師の知人達は、この魔術を禁忌
として封印したのだ。
 この話は北大陸では有名な話で、他大陸でも絵本形式で広まって
いる。
 その本は﹃自身の力を越えたモノを扱うとすると身を滅ぼす﹄と
いう教訓を伝えるための物語だと、著者は本の終わりに書き込んで
いるらしい。
 オレ達の驚愕を目の前に、オールは音程の合わない狂った高笑い
を上げる。
﹁ぎゃはははは! いい気味だ! 最初からオマエ達に勝ち目なん
て無かったのさ!﹂
 アムが実弟の肩を乱暴に掴む。
﹁なんて馬鹿なマネを! 止める方法はないのか!﹂
﹁あるわけないだろ! 発動したらただ巨人族が群れでやってくる
のみ! 領主になれない領地など滅んでしまえばいいんだ! ぎゃ
はははは!﹂
 オールの高笑いが謁見の間に響き渡る。
 トルオは頭を抱え、衛兵達に彼を再び地下牢へ連れて行くよう指
示を出す。

1989
 連行されるオールの高笑いが、遠くなっていく。
 それに合わせてトルオは、ずるずると背もたれに力なく体を預け、
呟いた。
﹁⋮⋮この街も我々も、もうお終いだ﹂
 この呟きにアム、スノー両親は黙り込む。
 10メートルという比較的小型の巨人族とオレは遭遇し、戦った
ことがある。
 1体でもあれだけ存在感があるのに、最低でも100体が街へ侵
攻中。さらに残り時間は約4時間。
 住人全員に敵襲を伝え、逃げる準備をさせても到底間に合わない。
 そのことをよく理解している北大陸出身者達から、諦めていった。
 だが、ここで﹃はい、そうですか﹄と諦めて自分達だけ逃げるほ
ピース・メーカー
ど、PEACEMAKERは物わかりが良くない。
レギオン
 オレ達の軍団の理念は、﹃困っている人、助けを求める人を救う﹄
だ。
 この街に住む人々を見捨てる訳にはいかない。
 オレ達は集まり活発に意見を出し合う。
 まずはリースが提案した。
﹁あの頑丈そうな城壁まで引きつけ、単純に対戦車地雷、パンツァ
ーファウストや私の時のようにオートマチックグレネードの連射で
倒し切ることは出来ないのでしょうか?﹂
﹁ある程度の数ならそれで押し切れるが、相手は100体以上の巨
人族だ。一度に全体を倒すのは無理だろう。撃ち漏らした巨人族が

1990

50体居たら、手に持った質量兵器を投げられて、街は破壊され、
多数の死者が出るだろう﹂
 オレが否定する。
 シアが提案した。
﹁では、街に近づく前に倒しきりますか?﹂
﹁すみません、この辺の地図と巨人族のルートを教えてもらっても
いいですか?﹂
﹁す、すぐにご用意します﹂
 衛兵達が謁見の間を出て、数分後︱︱机をつなぎ合わせ、その上
に地図を広げる。地図は前世のとは違い大雑把に記された低レベル
の物だったが、あるだけでありがたい。
 巨人族のルートを聞き、さらに北大陸奥地に詳しいアイスやスノ
ーの両親に100体の巨人族と戦いやすい場所を尋ねるが、平野や
森林が多く迎撃に向いた場所はなかった。
 後は雪山と底が見えないほどの深谷などだ。
﹁これじゃ待ち伏せである程度の数を対戦車地雷で倒しても、全部

は倒しきれない。後は見付かって、手に持った質量兵器を投げられ
てお終いだな﹂
 さすがに対戦車地雷やパンツァーファウストなども、100体を
一気に全滅させるほどはない。
 生き残った数十体の巨人族に殺されるのがオチだ。
﹁地上からの攻撃が駄目でしたら、空からはどうでしょうか? わ
たくしの飛行船は壊されてしまいましたが、この街にも飛行船の1
つや2つはありますわよね?﹂

1991
 メイヤが空からの攻撃を提案する。
﹁いや、空は地上より危険だ。攻撃を一度でも受けたら地面に落下
して、全滅の恐れがあるぞ﹂
﹃やっぱり、何も出来ないのかな⋮⋮﹄
 クリスが落胆し肩を落とす。
 そんな彼女の肩にスノーが手を置く。
 皆の視線が彼女に集まった。
﹁思ったんだけど、何も向かってくる巨人族を全部倒さなくちゃい
けない必要はないんだよ。ようするに街へ来させなければいいんで
しょ? だったら、巨人族が街へ向かう方向を変えることはできな
いのかな?﹂
 スノーの提案に両親が答える。
﹁今回使われた禁忌の魔術は巨人族を呼び寄せるものだ。向かって
くる巨人族に攻撃を加え、数体の敵意を自分達に向けるぐらいは出
来るが⋮⋮﹂
﹁全部は無理ね。数が多すぎるし。仮に進路を変えることが出来て
も、敵意を自身に向けた人は確実に死ぬことになるわ。歩幅が圧倒
的に違う巨人族から、雪山で逃げ切るのはほぼ不可能だもの﹂
 クーラ、アリルの順番で説明する。
 2人は不可能だと一蹴したが、オレはスノーの台詞に光明を見た。
︵使われた魔術はただ巨人族を誘き寄せるだけ。巨人族の群れに攻
撃を加えて、ヘイトを稼いで進路を変えることが出来るかもしれな

1992
い⋮⋮︶
 オレは腕を組み、片手で口元を隠して地図を睨む。
︵巨人族の進路、雪山、底が見えないほどの深谷︱︱そして、現在
所持するオレ達の武装を組み合わせれば⋮⋮︶
﹁リュートくん?﹂
 黙りこくったオレを不審に思ったスノーが声をかけてくる。
 没頭していた思考から意識を戻すと、皆の視線がオレへと集まっ
ていた。
 口に出す前に、もう一度だけ思いついた作戦をなぞり、穴が無い
か確認する。
﹁⋮⋮もしかしたら街に被害を出さず、巨人族を倒すことが出来る
かもしれない﹂
 オレは思いついた作戦を皆に話して聞かせた。
1993
第180話 巨人族の侵攻︵後書き︶
暑い! 最近は本当に暑いです! 夏です!
夏は暑いものですが、暑すぎますよね?
お陰で食欲があまり湧かず、最近は蕎麦や素麺、うどんなんかのあ
っさりしたのを食べることが多くなりました。子供の頃は、素麺と
かあんまり好きじゃなかったけど今食べると妙に美味いですね。
でも、あんまりそういう物しか食べていないと夏ばてになるので、
皆様もお気を付けてください。
後、暑いので熱中症対策も忘れずに!
室内でも熱中症になる場合があるらしいので、油断しないようお気
を付けてください!
今日は意外と真面目話が多いかな?

1994
最後に!
一昨日の179話! 指輪シーンを書き忘れていました! すみま
せん! 後日、シーンを追加させてください! 本当に申し訳あり
ませんでした!
第181話 作戦説明
 オレとスノーは雪原で迫撃砲の発射準備に取り掛かっていた。
 まずはソリに乗せて運んで来た荷物の中から、スコップを取り出
す。
 最初は平らな地面を探し整地することから始まる。
ベース・プレート
 地面を整地したら、台座をしっかりと押し付ける。
 次は運んできた迫撃砲の組み立てだ。
バレル
 砲身を目標︵敵︶に向け、照準器を取り付けて完了。
 後は目標︵敵︶が見えたら、細かく調整すればいい。
 オレは手の汚れを払い落とし、スノーに声をかける。

1995
﹁ごめんな、危険なことに付き合わせたりして﹂
﹁ううん、全然気にしてないよ! それにリュートくんと一緒だか
ら平気だよ﹂
 オレはスノーの笑顔に微笑み返した。
 そして改めて、約1キロ先を睨む。
 予定ではもう少しで、巨人族の群れが通りかかるはずだ。
 オレは雪原を睨み付けながら、自分の建てた作戦を振り返った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁⋮⋮もしかしたら街に被害を出さず、巨人族を倒すことが出来る
かもしれない﹂
 オレは詳しい作戦を説明するため、地図が広げられ皆に説明しや
すい場所に移動する。
 謁見の間から、大部屋へと移る。
 そこには額縁に飾られた大きな地図がある。
 オレは長い木の棒で地図を指さし説明していく。
﹁巨人の侵攻ルートは説明によると、このようにノルテ・ボーデン
へ真っ直ぐ向かっているそうです。なので森が切れるここから、巨
人達を攻撃して注意を引き、深谷前まで誘い込みます﹂

1996
 棒で深谷前の位置を数度叩く。
雪滑り
﹁ここに誘き寄せたら、合図を出すので、雪崩をワザと起こして、
誘き寄せた巨人達を一気に深谷へ流し落とすんです。彼らの質量と
谷の高さを考えたら、全滅は確実です﹂
﹁⋮⋮確かにこの作戦なら、街に被害を出さず巨人族の群れを倒す
ことが出来るかもしれない。幸い、この時期、その近くを他の巨人
族が通ることはないしな。⋮⋮だが、そう簡単にいくとは到底思え
ない﹂
 スノーの父、クーラがいくつか疑問点を挙げる。
﹁まず、どうやって100体もの巨人族の注意を引きつけるんだ?
 たとえ全体を引きつけたとしても、どうやって巨人族から逃げて
深谷まで誘い込む? 雪原とはいえ、徒歩では深谷に辿り着く前に
追いつかれてしまうぞ﹂
﹁巨人族の注意を引きつけるために、迫撃砲を使います。迫撃砲と
いうのは⋮⋮えっと、つまり簡単に言うと、1分間に連続20回分
の中規模攻撃魔術を使える魔術道具です。この魔術道具で巨人族を
連続攻撃して注意を引きつけますが、全部は無理だと思います。な
ので、少しは街へ行くことを覚悟してください。そして引きつけた
後は、スキーを使って巨人族から逃げるつもりです﹂
﹁すきー? もうリュートくんたら、こんな時に﹃好き﹄なんて何
を言ってるの。もちろん、わたしも好きだよ、むしろ愛して︱︱イ
タッ!﹂
 スノーは頬を両手で抑え、クネクネと体を揺らす。
 オレは思わず、そんな彼女の額にチョップを入れた。

1997
 スノーこそ、この非常時に何を言っているんだよ。
 これだからアホの子は⋮⋮
 いや、もちろんオレもスノーのことは好きだし、むしろ愛してい
るけど︱︱じゃなくて!
 オレは咳払いして話を戻す。
﹁スキーっていうのは、白狼族の村で子供達が足の裏に板を張り付
けて、遊んでいた遊びのことだよ。あれを使えば、障害の無い雪原
であれば巨人族から逃げることが出来る筈です﹂
 次にスノーの母、アリルが質問してくる。
雪滑り
﹁白狼族は雪崩を最小限に抑えるため定期的にわざと雪滑りを起こ
してきたから、ある程度、流れる方向を技術的に操作するのは難し
くないの。それにここ約1年半は、ノルテ・ボーデンの人達なんか
雪滑り
に追われていたせいで、雪崩をずっとしてなかったから、巨人族を
雪滑り
押し流す大規模な雪崩を起こせると思うわ。でも、今から山に登っ
て雪崩を起こす仕掛けをするには時間が無いわよ?﹂
雪滑り
 どうやら雪崩を起こす山は険しい山で、たとえ魔術師でも、タイ
ムリミット内に登るのは不可能らしい。
 マジかよ!?
 やっぱりこの作戦は無理だったか?
雪滑り
 その場に集まっている皆が、どうやったら雪崩を作り出せるか議
論を交わしだす。
﹁魔術師達を居るだけ集めて、魔術で雪崩を作り出してはどうだろ
うか?﹂

1998
 これはアムの案。
 もちろん却下された。
雪滑り
 巨人族100体を押し流すほどの雪崩を、この街に居るだけの魔
術師だけで人工的に作り出すのは不可能だ。
雪滑り
﹁雪崩を諦めて、深谷まで巨人族を誘き寄せて橋を渡れば巨人族が
付いてきて落ちませんか?﹂
 これはリース案。
 しかし、巨人族もある程度、判断能力はあるらしい。
 自分から谷底へ落ちるマネはしないと白狼族側から言われる。
 確かにオレが、アッドオン・グレネードを撃ち込んだ時、槍を持
たない腕でガードしたっけ。
 オレはそんな意見を耳にしながら、地図を睨み続ける。
 お陰でひとつアイディアが浮かぶ。
雪滑り
﹁⋮⋮この隣の山から爆発︱︱衝撃を与えて雪崩を起こすことは出
来ないでしょうか?﹂
 前世、地球に居た頃、テレビで雪崩特集をやっていた。
 雪崩が小さいうちに意図的に起こすことで、被害を抑えるという
ものだ。
 その時、雪崩を起こす際、爆発物を使っていた。
 その事を思い出し、提案する。
﹁確かに⋮⋮いや、しかしもしやるとしたらここからとして︱︱約
900m先から、しかもある一点を爆破させなければ、しっかりと

1999
雪滑り
狙った方向、巨人族を押し流す雪崩を発生させることは出来ないぞ﹂
 クーラが思案した後、追加条件を提示するが、それぐらいなら問
題は無い。
 オレ達にはミラクル・狙撃手のクリスが居る。
﹁クリス、やれそうか?﹂
﹃はい! 問題ありません! 任せてください!﹄
 クリスは鼻息荒く、ミニ黒板を突き出す。
 これでなんとか作戦を実行できそうだ。
 そしてオレ達は作戦を実行するための役割分担を話し合う。
 巨人族の注意を引きつける役目は、迫撃砲を扱える&スキーが滑
れる人材として、オレとスノーが担当。
 オレは前世、地球で子供の頃に滑った経験がある。
 スノーは運動神経がいいため、少々練習すれば問題ないだろう。
本人もそう主張している。最悪、オレが彼女を抱えて逃げればいい。
雪滑り
 雪崩はクリス、他白狼族の若い男性陣が担当することに。
 オレの合図で彼女は約900m先から魔石を込めた炸裂弾で振動
雪滑り
を与えて、雪崩を起こす。
雪滑り
 もし彼女が雪崩に失敗したら、オレとスノーは巨人族に殺されて
しまうだろう。だが、代わりにノルテ・ボーデンの人達を救うこと
は出来る。
 しかし、クリスが失敗するのは想像出来ないため、心配するだけ
無駄だ。

2000
 リース、シア、メイヤは冒険者達を従え、街へ向かってしまった
巨人族の相手をする。
 なぜかノルテ・ボーデンの冒険者達はシアに従順のため、素直に
従うだろう。
 残りのアム、アイス、スノー両親、白狼族、衛兵達は一般市民を
地下道へ避難させる役目だ。
 役割分担を決めると、すぐさま皆、行動に移した。
第181話 作戦説明︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月31日、21時更新予定です!
感想などで作戦内容を予想していた人が居ましたが、的中しまくり
で笑いましたw やっぱり伏線部分が露骨過ぎたのかな?
とりあえず、迫撃砲の詳しい説明は明後日で。今回、説明を入れた
のですがテンポが悪くなったので後日に回しました。
また﹃コンファー問題﹄については、明後日、活動報告をアップし
ますのでその時に書ければと思います。

2001
第182話 迫撃砲
﹁どうだ、スノー。上手く滑れそうか?﹂
﹁うん、大丈夫。問題無しだよ﹂
 オレとスノーは迫撃砲の準備を一通り終えると、巨人族が来るま
での間にスキーの練習をした。
 オレも最初こそ久しぶりだったため体の動かし方を忘れていたが、
練習をしているうちに感覚を取り戻す。
 スノーも少し体を動かしたら、問題なく滑れるようになっていた。
 さすがに運動神経抜群だ。
﹁よし、それじゃスキーの練習はこれぐらいにしておくか。巨人族
が来たらすぐに迫撃砲を撃てるようにしておかないとな﹂

2002
﹁分かったよ。でも、もう少しだけ滑っておいてもいい? 最後に
もう一度、滑る感覚を確認しておきたいから﹂
﹁いいぞ。でも、そろそろ巨人族が来るから滑るのに夢中になるな
よ﹂
﹁分かったよぉ﹂
 スノーは返事をして、スキーを滑らせる感覚を体に染みこませる。
 オレはそんな彼女を一瞥してから、念のためもう一度だけ準備さ
れた迫撃砲の点検&確認を行う。
 オレ達の肩に、ノルテ・ボーデンの街と万単位の住人達の命がか
かっているのだ。
 神経質になって、過ぎることはない。
 では、まずおさらいとして︱︱迫撃砲とは何か?
 前世の地球、第一次世界大戦時代。
マシンガン
 当時、機関銃が開発され、兵士達はなんとか接近しようと夜襲を
かけたり、壕を掘ったりして接近戦に持ち込んで戦うことが多くな
った。
 俗に言う﹃塹壕戦﹄だ。
 そのため敵味方とも塹壕に篭もるせいで、ライフルや大砲では有
効打を与えることが難しくなった。
 そこで手で手榴弾を投げ合うようになった。
 しかし、次第に陣地を作る際に相手との距離が開き、手で投げて
も届かなくなる。
 その結果、自然な流れで手榴弾を手で投げる以外の方法で、飛距
離を伸ばす戦法が発生した。

2003
ライフルグレネード
 最初はライフルの先から手榴弾を打ち出す﹃小銃擲弾﹄だ。
ライフルグレネード
 そして次に﹃小銃擲弾﹄を大型化した迫撃砲︵擲弾発射器︶が誕
生する。
 構造は至って単純。
バレル ベースプレート バイポッド
 砲身、台座、調整ハンドルが付いた脚、以上だ。
 迫撃砲の利点は﹃砲弾が大きいので、大量の炸薬を詰めることが
出来るため殺傷力が高い﹄﹃構造が簡単なため持ち運びやすく、組
み立てと操作が楽﹄﹃ライフリングを付ける必要が無いため製作コ
ストが安く、大量に生産出来る﹄。
 逆にデメリットは﹃迫撃砲は砲弾を撃ち上げて敵の頭上に落とす
兵器のため、弾速が遅く横風の影響を受けやすい。そのためピンポ
イント攻撃には向かない﹄﹃砲弾が落ちる時の風切り音で敵に攻撃
のタイミングを感知されてしまう﹄﹃他火砲に比べると射程距離が
短い﹄などだ。
サイズ
 迫撃砲にもいくつか種類があるが、通常、砲の口径が、60mm
クラスの迫撃砲は5∼6人前後の分隊で射撃をおこなう。
 観測手︵通常は指揮官︶が目標までの距離や方角など射撃に必要
な情報を測定する。
 照準手が与えられた情報に従い照準をおこなう。
 装填手が砲弾︵弾薬︶を筒へと装填︱︱入れて発射する。
 残りの2∼3名が弾薬手として、弾薬補給を円滑におこなえるよ
うに待機する。
 今回、オレ達が使用する迫撃砲は、﹃M224 60mm軽迫撃
砲﹄だ。

2004
 スペックは以下の通り。
 口径:60mm
 砲身長:110cm
 重量:21.1kg
 発射速度:連続20発/分
最大30発/分
 射程距離:最小70m 最大3490m
 ベトナム戦争の経験から産まれた﹃ライト・インファントリー構
想﹄。
 つまり、軽くて強力な歩兵用兵器として開発された物だ。
 口径は60mmながら﹃M24A1 81mm迫撃砲﹄と同等の
攻撃力を持っている。
 さらに﹃M224 60mm軽迫撃砲﹄の最大の特徴は、緊急時
ハンド・ヘルド
に1人で手持ち射撃が出来る点だ。
バイポッド ベースプレート
 やり方としては、脚を使用せず、台座も専用のアルミ製M8を使
用。
バレル
 手袋を装着した左手で砲身を掴み、右手でトリガーを操作。
セフティ
 セレクターをSにして砲弾を装填。
トリガー・ファイヤー バレル
 セレクターをTにしてから、砲身根本に付いているトリガーレバ
ーを握って発射する。
﹃M224 60mm軽迫撃砲﹄なら攻撃力も高く、いざというと
き1人で使用出来るためメイヤに手伝ってもらい製作した。
ハンド・ヘルド
 今回はスノーが居るので、1人で手持ち射撃をする必要はない。

2005
 スノーがスキーの練習を終えて戻って来る。
 迫撃砲からはやや離れた位置にストックと板を突き刺していた。
﹁スキーってけっこう汗かくね﹂
﹁そうだな。厚着しているせいもあるけど、服の下が汗で濡れちゃ
ったよ﹂
﹁ごくり﹂
﹁⋮⋮スノーさん、なぜ喉を鳴らす﹂
﹁い、いいよね。2人っきりだし、雪原で誰の目も無いし匂いを嗅
いでもいいよね!﹂
 スノーは目の色を変え、息を荒げて迫ってくる。
 ブレねー!
 まったく子供時代からブレなさ過ぎるだろ!?
﹁い、いや、スノー、一応巨人族が何時来るか分からない訳だし大
人しく待機していた方がいいんじゃ⋮⋮﹂
﹁ちょっとだけ、ちょっとだけふがふがするだけだから! ちょっ
とだけだから!﹂
﹁どんだけ必死なんだよ!?﹂
 スノーはオレのツッコミを無視して、匂いを嗅ごうと迫ってくる
︱︱が、その動きを振動が止めた。
﹃ズゥン⋮⋮ズゥン⋮⋮ズゥン⋮⋮﹄と雷鳴に似た音も一緒に聞こ
えてくる。
 ノルテ・ボーデンを目指し突き進む巨人族の群れが姿を現す!

2006
﹁来た来た来た! スノー、弾薬準備!﹂
﹁了解!﹂
 スノーは指示に従い迫撃砲の弾薬に手を伸ばす。
 オレは改めて侵攻する巨人族を確認し、照準を調整する。
 前世の地球の場合、GPS&弾道コンピューターを用いてより正
確な砲撃をおこなうことが出来るが、当然ここにはそんなものはな
いので、全て自分達で行わなければならない。
 スノーから弾薬を手渡される。
﹁はい、リュートくん、弾薬﹂
﹁ありがとう﹂
バレル
 オレはスノーの返事を聞くと、受け取った弾薬を砲身に半分ほど
入れる。
 今回使われる弾薬は、アメリカの物ではなく、ドイツのを採用し
製作した。
 それが39式跳躍迫撃砲弾だ。
 普通の迫撃砲は、地表面で爆発するが、地表面が泥や雪の場合、
深く埋まって効果がなくなってしまう。そのため時限信管を使用し
空中で爆発させていた。
 しかし、現場の兵士にとって、戦場でいちいち信管をセットする
のに射表や面倒な計算などに時間を割くのは喜ばれない。
 ただ弾薬を装填して発射する方が好ましいに決まっている。
 そこでドイツ陸軍が、画期的な弾薬を開発した。
 それが39式跳躍迫撃砲弾︱︱バウンド・ボムだ。

2007
 一見すると見た目は在来型の弾薬と似ているが、弾頭分は丸く弾
体に軽くピン留めされている。弾体には信号弾用の短延期信管が配
されている。
 弾頭部の空洞部には、推進薬と敏感な着発信管が収まっている。
 弾着すると同時に着発信管が推進薬に点火して爆発。
 弾頭部と弾体を繋いでいるピンを燃焼させ、弾体を空中へと跳ね
上げる。
 弾体が適当な高さまで﹃跳躍﹄すると、主炸薬が起爆し爆発。
 複雑な時限信管を用いなくても、望ましい空中爆発が得られると
いうわけだ。
 労力を考えたら、時限信管よりバウンド・ボムに手を出す方が賢
明である。
﹁それじゃ行くぞ? 覚悟はいいな?﹂
﹁もちろん! いつでもいいよ!﹂
 スノーの返事を聞いて、オレは力強く頷くと弾薬の手を離す。
﹁発射!﹂
﹃ドン!﹄という発射音を鳴らし、弾薬が約1キロ先を侵攻中の巨
人族へ向かって発射される。
 ぐんぐん伸びて一度地表で小爆発、本体が空中へ持ち上がりメイ
ンが爆発する。
ゴング
 作戦開始の爆発音が鳴り響いた。
2008
第182話 迫撃砲︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、8月2日、21時更新予定です!
活動報告を書きました。
よかったからご確認ください。
2009
第183話 スキー
﹃ドン! ドン! ドン!﹄
 連続で﹃M224 60mm軽迫撃砲﹄から弾薬が発射される。
 39式跳躍迫撃砲弾︱︱バウンド・ボムが適切な高さに本体を持
ち上げ爆発。
 ノルテ・ボーデンへ侵攻していた巨人族の群れを爆発の波へと飲
み込む。
 爆音を奏で、雪煙が舞い上がる。
 あまりに上がり過ぎて一時は、巨人族の群れを隠してしまった。
バレル
 それでも構わず砲身に弾薬を入れ、退避、耳を押さえを繰り返す。
 巨人族の群れをオレ達に引きつけるため、今あるありったけの弾
薬を全部つぎ込む。この弾薬で巨人族全部を倒しきろうとなんて思

2010
っていない。
 ただ相手の気を引きつけ、進路を変更してくれればいいのだ。
 ぶおん!
 オレ達の真上を岩の固まりが通り過ぎ、着弾。
 落下地点は大分離れているとはいえ、自動車ほどの岩が投擲され
てくるのは心底肝が冷える。
 迫撃砲により破壊された仲間の体を、他の巨人が投擲してきたの
だ。
 さすがにそろそろこの場に居続けるのは止めておいた方がいいだ
ろう。
 リスクが高すぎる。
﹁スノー、退避、退避だ!﹂
﹁了解だよ!﹂
 オレ達は迫撃砲をそのままに、スキー板を履いてストックを手に
滑り出す。
 大分距離が開くと︱︱元居た場所に岩石が落ちてきて、残ってい
た弾薬が誘爆する。
﹁﹁︱︱︱︱︱︱ッ!!!﹂﹂
 背後で爆発音が響く。
 オレとスノーはまるでハリウッド映画の爆破シーンのような出発
を強いられた。
 だが、お陰で最初から勢いが付いてかなりのスピードが出る。

2011
 後ろを振り返ると、予定通り巨人族の群れがオレ達を脅威と悟り、
進行方向を変更。
 だが、数体︱︱恐らく30体はいないと思うが︱︱引きつけるの
に失敗した。
 それでもオレ達を数十体の巨人族が追いかけてくる。その様はま
るで悪夢のようだった。
 夢の中なら、踏みつぶされても目を覚ますだけが、これは現実だ!
 追いつかれたら確実に殺されてしまう。
﹁スノー! もっと速度を出すぞ!﹂
﹁分かったよ!﹂
 オレ達はストックを雪原に突き刺し、勢いを付ける。
 肉体強化術の補助と緩やかな斜面のお陰で、ストックを動かすた
びスピードが加速する。もしスキーでなければ、とっくに巨人族に
追いつかれていただろう。
 彼らの歩幅は圧倒的に大きく、生命体では無いから疲労を感じな
い。厄介極まりない相手だ。
 だが、このままいけば追いつかれることなく、目的地に辿り付け
るかと思われたが︱︱
﹁リュートくん! 槍! 槍、構えてるよ!﹂
 スノーの声に振り返ると、彼らが手に持っている巨大な槍を振り
かぶっていた。
 そして勢いを付け、投擲!
 1本ですら通常の城壁を楽に砕くであろう質量兵器が、数十本同
時に投げられる。

2012
 槍はオレ達を目指しぐんぐん迫ってくる。その迫力は肝が冷える
どころか、凍り付くほどの恐怖だ。
﹁スノー回避! 回避!﹂
 声を上げるだけで精一杯だった。
 抵抗陣で防げるレベルではないし、肉体強化術で弾くことも当然
出来ない。
 ただひたすら視力を強化して、降り注ぐ槍の群れの影を見極めて
回避に専念する。
 大抵の槍はオレ達に届く前に失速し、後方へと落ちる。
 しかし全部という訳にはいかず、すぐ側を槍が突き刺さり雪を舞
い上げる。視界が白く染まる。白いカーテンを抜けると、再び槍で
舞い散った雪に視界を閉ざされたりする。
 冷や汗が背中を滝のように流れるのを実感した。
﹁きゃぁぁッ!﹂
 槍がスノーの側に着弾。
 体重の軽い彼女が衝撃に耐えきれず体ごと空中へと浮き上がる。
﹁スノー!﹂
﹁リュートくん!﹂
 飛ばされた方向が良かった。
 彼女は肉体強化術、魔力量の多さでオレよりスピードが出て、先
行していた。飛び上がった方向もちょうどオレの正面。
 オレは落下してくるスノーを抱き留める!
 彼女をお姫様抱っこで無事抱えることが出来た。

2013
﹁あ、ありがとうリュートくん、助かったよ﹂
﹁怪我はなさそうだな。無事でよかった﹂
 オレは心底安堵する。
 スノーはストックを今ので手放してしまう。
 右足のスキー板も飛び散った石のせいか折れてしまっていた。
 これでは滑ることが出来ないが、もうすぐ急な斜面になる。なら、
このままオレが抱えて滑った方がいいだろう。
 彼女にそう伝えようと口を開きかけるが、突如震度5の地震と勘
違いするほどの衝撃がオレ達を襲う。
﹁⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
 正面に巨人族が投げた巨大な岩石が落下し、進行方向を塞ぐ。
 スピードが乗りすぎて左右に避ける余裕がない!
 このままだと激突するか、勢いを殺して止まるしかない!
 どちらにしろ巨人族に追いつかれて殺されてしまう!
﹁りゅ、リュートくん! どうしよう!﹂
 脳みそがフル回転する。
﹁す、す、スノー! 氷漬け! オレ達が滑る箇所を氷漬けにする
んだ!﹂
﹁! 了解だよ!﹂
 スノーはこの指示でオレの意図を理解したのか、腕を突き出し魔
術を行使する。

2014
﹁我が呼び声にこたえよ氷雪の竜。氷河の世界を我の前に創り出せ
! 永久凍土!﹂
 氷、氷の複合魔術だ。
 オレ達が滑る進路が氷漬けにされる。
 まるでそれは前世、地球で言うところのスキージャンプ台状態に
なる。
 オレはスノーを抱えたまま、バランスを崩さないように気を付け
て滑り台を階段ではなく逆側から進路を塞ぐ巨石を滑り登る。
 オレ達はそのまま勢いに逆らわず、即席スキージャンプ台からジ
ャンプ!
﹁うひゃぁぁぁぁあ!﹂
﹁あはははっは! 凄いねこれ!﹂
 オレの口からは情けないことに悲鳴のような物が漏れ、スノーは
楽しげな笑い声をあげる。
 想像して欲しい。
 魔術で肉体や視力などを補助しているからといって、素人がオリ
ンピックで使われるようなスキージャンプ台から飛び立つのだ。
 怖がってしまうのはしかたないことだろう。
 オレは体全体を魔術で数秒だけ強化。
 スノーが舌を噛まないように、膝の柔らかさを意識して雪原へと
無事着地。
 こんなことは二度としたくない。
 心臓に悪すぎる!

2015
 しかし悪いことばかりではない。
﹃I can fly!﹄状態のお陰で、巨人族からかなりの距離
を稼ぐことが出来た。
 スピードもすでに自動車並に加速し、斜面を滑り降りる。
 最終コーナーを左折。
 後はこのまま真っ直ぐ滑れば予定ポイントの渓谷へ到着だ!
 目標ポイントへ近づくと徐々にスピードを落とし、最後は完全に
停止する。
 深谷を繋ぐ橋からはやや距離がある位置でスキー板を外す。
 あまり側を狙って停止した場合、誤って落ちる可能性があったた
め距離を開けておいたのだ。
 底が見えないほど深い谷間のあいだを、木材と丈夫そうな紐で作
られた橋が繋げている。
 谷のあいだは約100m程。
 オレはスノーを下ろすと、橋を渡る前に合図を送るため、腰に落
ちないように装着していた﹃GB15﹄の40mmアッドオン・グ
レネードを取り出す。
 GB15はAKシリーズに無加工で装着出来るし、単体で使用す
ることも出来る。
﹁リュートくん、急いで! なんだか天気が悪くなってきたよ﹂
 オレが準備に手間取っているとスノーが急かしてくる。
 確かに先程から天気がおかしい。

2016
 軽くだが吹雪き出している。
 本格的に降り出したら、合図の照明弾を発射しても確認出来ない
かもしれない。
﹁ごめん、もう少しで出来るから﹂
 オレは口を動かしながら、手を止めない。
 右手を伸ばし腕で片方の耳を押さえ、反対側を左手で押さえる。
 右指でGB15のグリップを握り、ダブル・アクション・トリガ
ーを絞り発射!
 無事照明弾が上がり、一時的に周囲を強烈な光で覆い尽くす。
 吹雪き始め&強烈な光のせいで、オレは一瞬だけ反応が遅れる。
﹁リュートくん、伏せて!﹂
﹁!?﹂
 スノーが飛来する岩に気付き、撃ち終わり気を抜いてしまったオ
レへと覆い被さる。
 そのすぐ上空を岩石が通り過ぎた。
 巨人族達が投げつけてきたのだ。
 スキージャンプのお陰で未だ巨人族との距離は結構開いている。
 今までの大きさの岩石なら、ここまでは届かなかっただろう。
 しかし、先程彼らが投げつけてきたのは、いつものより小さい岩
だった。
 今までの岩石を人で例えるならバスケットボールサイズだったが、
今回は野球ボールほどの大きさを投げてきたのだ。

2017
 質量は大幅に軽くなるが、その分飛距離が伸びる。
 お陰でまだ距離があるのにオレ達まで届いてしまったのだ。
﹁ありがとう、スノー。助かったよ﹂
﹁ううん、大丈夫。それよりリュートくん、後ろ。橋が今ので壊さ
れちゃったよ!﹂
﹁ええぇッ!?﹂
 スノーの指摘に振り返る。
 彼女の言う通り今の岩石攻撃が橋に激突。
 木材がメインで使用された橋は、呆気なく破壊されてしまった。
 別の橋まで数十キロ移動しなければならない。
 谷と谷の間は約100m。
 肉体強化術で身体を補助して、助走を付けてジャンプすればもし
かしたらギリギリ渡れるかもしれないが︱︱巨人族が投げつけてく
る岩石攻撃を回避するのに専念しなければならないため、そんな余
裕がない!
 さらに吹雪いてきたため、視界が悪く、横風が強くてコンディシ
ョンは最悪だ。
 オレ達はとにかく肉体強化術で身体を補助!
 スノーと一緒に岩石回避に集中する。
﹁ど、どうしよう、リュートくん!﹂
雪滑り
﹁とりあえずまだ生き残る方法はある! クリスが雪崩を起こすか
ら、巨人族が一緒に押し流されるはずだ。その時になったら岩を投
げている暇はないはず。その隙に谷を飛び越えるんだ!﹂
 オレは焦るスノーに返事をする。

2018
 どちらにしろ、雪崩が起きなければオレ達の命はない。
ピース・メーカー
 しかし、雪崩を担当するのはPEACEMAKERの狙撃手︱︱
クリス・ガンスミスだ。
 雪崩は絶対に起きる。
 オレとスノーは、クリスを信じて降り注ぐ岩石を前に回避だけに
専念した。
第183話 スキー︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、8月4日、21時更新予定です!
今日の夕飯はピザを食べました! もらった割引チケットの期限が
近かったためですが、たまにピザを食べると美味いですね。コーラ
と一緒に流し込むと最高です! ⋮⋮身体的な色々は明日考えると
言うことで。
2019
第184話 雪滑り︱︱三人称視点
 作戦開始直後︱︱クリスは準備を終えると、白狼族の男性達と一
緒に雪山へと登っていた。
 若者達は皆魔術師で、クリスをソリに乗せて肉体強化術で一気に
目的地を目指す。
 その姿はまるで前世、地球の犬ぞりのようだった。
 約3時間後、クリス達は目的地へと到着する。
 そこは山の中程、突き出た広場だ。
 見晴らしが良く。晴れた日に登山途中お弁当を食べるには最高の
場所である。
 しかし現在は吹雪き出したせいもあり視覚が悪く、兎に角寒かっ
た。

2020
 今回、クリスの移動&護衛として付いてきた若者達の頭を務める
人物。彼だけは他の若者と違ってある程度、歳を取った中年男性だ
った。
雪滑り
 なぜ彼が付いて来たかというと、白狼族の中でもっとも雪崩に詳
しい人物だからだ。
雪滑り
 彼はクリスを連れ、縁まで行くと雪崩を起こす雪山の嶺を凝視す
る。
雪滑り
 時間にして10分ほど経ち⋮⋮そして彼は雪崩を起こすポイント
を把握し、説明を開始する。
﹁あの雪山の嶺、雪と雪の繋ぎ目がありますよね。若干岩の先端が
露出している箇所が見えますか? あそこの少し前にある繋ぎ目5
雪滑り
センチ以内で爆発させてください。そうすれば1発で雪崩を起こす
ことができます﹂
﹃了解しました。ありがとうございます﹄
 クリスはミニ黒板でお礼を告げると、ソリに積んでいたM700
Pから布を剥ぎ取る。
 セミオートマチックのSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶ではない。少
しでも正確性を上げるため、ボルトアクションライフルのM700
Pを使用する。
 折りたたみ式のポーチから、﹃7.62mm×51 炸裂魔石弾﹄
チェンバー
を1発だけ取り出し、薬室へと押し込む。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂

2021
 クリスはM700Pを手にしたまま、目標地点を改めて見詰める。
 距離は約900m前後。
 M700Pの最大射程は900mだ。
 ギリギリ届く範囲である。
 ちなみに最大射程とは、﹃発射された弾丸が地面に落ちるまでの
距離﹄、つまり﹃弾丸が速度エネルギーを0にするまでの距離﹄だ
︵有効射程は一定の殺傷力を持ちつつ命中させることの出来る距離
を示す︶。
 砲丸投げ、野球ボール投げの飛距離と同じ考えだ。つまりM70
0Pから発射された弾丸が地面に落ちるまでの距離が﹃900m﹄
ということになる。
カートリッジ
 今回使用する弾薬は、炸裂魔石弾のためポイントへ落ちれば小爆
発を勝手に起こしてくれる。
 彼女の背中に雪山まで連れて来てくれた白狼族達の視線が突き刺
さる。
 作戦上、クリスの役割はとてつもなく重要だ。
 これに失敗した場合、巨人族を引きつけているリュート&スノー
が死ぬことになる。
﹁ちくしょう、本格的に風が出てきやがった︱︱ッ﹂
 白狼族の若者の1人が呟く。
 彼の指摘通り、吹雪が本格的に吹き始める。
 大粒の雪によって視界が悪く、強い横風や吹き上がる風に弾道は
いかようにも曲がってしまうだろう。さらにこんな悪天候の中で、

2022
目標地点約5センチ以内に着弾を収めないといけない。
 ポイントを外すと、折角溜まっていた雪が中途半端に流れて終わ
ってしまう。
 そんな1発勝負。
 たとえクリスがケワタダガモを2匹も狩ってきた実力者だとして
も、心配してしまうのは当然だ。
 かと言って、今更あの雪山に登る時間はない。
 クリスの代わりに、彼らが役目を果たせる訳でもない。
 この場で彼らに出来ることは、ただクリスを信じて見守るだけだ。
 暫くして、遠くに光を確認する。
 リュート&スノーが予定通り、巨人族の群れを深谷前に連れてき
た合図だ。
 白狼族の若者が1人叫ぶ。
﹁︱︱合図確認! クリスさん、お願いします!﹂
 クリスは、掛け声を聞き一度目を閉じて意識を集中する。
 自然と口からRifleman’s Creed﹃ライフルマン
の誓い﹄が漏れ出た。
 彼女は﹃ライフルマンの誓い﹄を口ずさむと集中力が増し、命中
率が向上すると日頃から力説していた。
 そのため集中力を高めていたら、自然と歌うように唇を動かして
いたのだ。
 真っ白な防寒着を身に纏い、吹雪に長い金色の髪が揺れる。黒い
M700Pを抱えて歌う様は、まるで雪山に舞い降りた白い天使の
ようだった。
 そんな幻想的な光景に引かれたのか、闖入者が姿を現す。

2023
﹁ほ、ホワイトドラゴン︱︱ッ!!!﹂
 爪や尻尾、腕、羽、口から覗く牙すら全て雪のように白いドラゴ
ンが上空から姿を現した。
﹁ば、馬鹿な! ホワイトドラゴンは、もっと北大陸奥地に入らな
いと姿を現さないはずだろう!?﹂
 体長は尻尾まで入れると20m以上はある。
 首が長く、手足があり、尻尾、胴体に翼が生えている典型的なド
ラゴンの体格だ。
 一般的なレッドドラゴン︱︱翼を生やし、空を飛び、炎の息を吐
き出すドラゴンを指す代表的魔物と外見は似ているが、口から吐き
出すのは炎ではなく相手を氷らせる吹雪を吐き出す。
 たとえ白狼族といえど、平野で出会ったら死を覚悟する。
 相手は空が飛べるため、雪原では逃げ切ることが難しい。
 森林内に入れば、助かる確率は急激に上昇する。
 しかし、現在彼らが居る場所は雪山の中腹広場。隠れる場所も、
逃げる場所も無い。
 攻撃を受けたらひとたまりもないのだ。
 いくら白狼族の若者達がクリスの護衛のためにいるとはいえ、相
手が悪すぎる。
 彼らは驚愕し、恐怖でその場に慌てて身を伏せる。祈りを捧げて、
自分達の無事をただ願った。
 ホワイトドラゴンは優雅に彼らの上空を飛ぶ。
 まるでこれから食べる彼らの状態を吟味しているようだった。

2024
 しかし、動揺し冷や汗を流す白狼族の若者達の中、クリスだけは
ホワイトドラゴンを意に介さず集中し続ける。
 クリスは、目標ポイントへ向けてM700Pを向ける。
﹁すー、はー⋮⋮﹂
 息を吸い、吐き出し︱︱止める。
 クリスの意識から雪、風、温度、湿度、白狼族達、ホワイトドラ
ゴン︱︱世界の全てが消失する。
 あるのは弾丸を、目標ポイントに送り届けるイメージだけだ。
トリガー
﹃寒夜に霜が降る如く﹄︱︱そっと引鉄を絞る!
 ダァアン︱︱ッ!
 炸裂魔石弾が発射される。
 冷たい空気を切り裂き、ぐんぐんと目標ポイントへ向かう。
 着弾。
カートリッジ
 ほぼ同時に弾薬内の魔石が破壊され爆発を起こす。
 雪山に溜まりに溜まった雪がまるで、白い津波のように山下へと
進む。進行方向、雪の量共に問題無し。
 クリスは悪天候の中、作戦を成功させたのだ。
 彼女は集中した状態のまま、周囲を飛ぶホワイトドラゴンへと視
線を向ける。

2025
 ドラゴンは一瞬、怯えたような表情をして踵を返し、北大陸奥地
へと飛び去る。
雪滑り
 雪崩が起きた爆音が遠くなった所で、ようやく伏せていた白狼族
達も体を起こした。
雪滑り
 ホワイトドラゴンの撤退、雪崩の成功、自分達の無事を喜びクリ
スの背後で驚愕と歓喜の声が響き渡る。
 その声は雪山全部に聞こえそうなほど大きなものだった。
第184話 雪滑り︱︱三人称視点︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、8月6日、21時更新予定です!
最近は書籍執筆のため、軍オタを頭から読み直したりします。
初期のクリスは引き籠もりで、トラウマを抱えた薄幸の美少女︱︱
というかんじでしたが、今は後ろに人が立ったら眉間を撃ち抜く感
じになりましたね! ある意味、感慨深いなぁ。
2026
第185話 避難誘導︱︱第三者視点
﹁対戦車地雷の準備を急げ! そこ、リードを扱う場合は魔術師に
任せないように! 魔力が流れて起爆したら、一発で粉々になりま
すよ!﹂
 シアの掛け声に、対戦車地雷に魔術液体金属製リードを接続しよ
うとしてた冒険者の魔術師が、慌てて手を引っ込める。
 リュート&メイヤが作り出した対戦車地雷は、前世地球の物と違
い魔力を流すと起爆する仕組みになっている。
 現在、リース、シア、メイヤの管理下の元、先程まで一緒に戦っ
ていた冒険者達と一緒に観光地にもなっている巨大な城壁で準備を
整えていた。

2027
 冒険者達は皆、浮き足立っていた。
 それもそのはず、後数時間でノルテ・ボーデン史上最大、約10
0体の巨人族が姿を現すかもしれないのだ。
 北大陸に住む者達からすれば、その事実は死の宣告に近い。
 この事態に対処するための作戦は現在進行中で、雪崩を起こす作
戦が成功すれば街に向かう巨人は少数のみになる。
 今はその作戦を信じて迎撃準備に取り組むしかない。
 シアが地上で一通り対戦車地雷を埋め終わると、一番外側の第二
城壁に上がってくる。もし戦場になれば、ここが一番初めに巨人族
と接触する城壁だ。
オートマチック・グレネードランチャー
 その城壁でリース&メイヤが自動擲弾発射器の設置をおこなって
いた。
オートマチック・グレネードランチャー
 自動擲弾発射器とは、通常1発、多くても5∼6発しか発射出来
グレネード
ない榴弾︱︱﹃爆発する弾﹄︱︱を、ベルトリンク式︵機関銃のよ
うに弾をベルトで繋いでいる︶で繋ぎ合わせ、30∼50発連続で
撃つことが出来る火器のことだ。
オートマチック・グレネードランチャー
 自動擲弾発射器に使用される弾は、40mmとサイズが大きい。
必然、多弾数を携行・発射しようとした時点で本体の大型化は避け
トライポッド
られない。そのため三脚を用いて安定させ、車両や舟艇に搭載され
るのが一般的だ。
トライポッド
 今回は城壁の中央に備え付け、三脚︱︱カメラの三脚同様、機関
オートマチック・グレネードランチャー
銃を載せられた自動擲弾発射器の銃口を、胸壁︵城壁上部にある凸
凸凸に並んでいる所の名称︶の間から突き出す。

2028
 シアが合流すると、こちらもちょうど準備が終わった所らしい。
﹁お嬢様、メイヤ様、対戦車地雷の方、準備が整いました﹂
﹁ご苦労様、シア。こちらも一通り終わりましたよね? メイヤさ
ん﹂
﹁ええ、一通り終わりですわ。後は巨人族を迎えるだけですわ。尤
も! リュート様達が全て引きつけてしまっている可能性の方が高
いですが! 何せ引きつける役を果たすのは、天上天下唯一神であ
るリュート様なのですから! たとえ魔物! 巨人族といえどその
後光に反応して付いていってしまうに決まっていますわ!﹂
 リースが落ち着きのない態度で尋ねると、メイヤは倍以上で返答
してくる。
 彼女は天を仰ぎ、さらに1人でリュートを讃える言葉を紡いだ。
 そんなメイヤを放って置いて、他に漏れが無いかリース&シアは
確認する。
﹁こちらは他に準備することはありませんか?﹂
﹁恐らく問題無いかと。冒険者達の配置などはこれからですが、彼
らの懸命な動きから、それほどもたつくことは無いと思われます﹂
﹁では、私達も街へ出て避難誘導のお手伝いをした方が宜しいので
しょうか?﹂
﹁いえ、行くべきでは無いと思われます。この街の地理に詳しくな
いお嬢様方が出ても混乱を招くだけかと﹂
﹁そう、ですね⋮⋮﹂
 餅は餅屋に︱︱と返されて、リースは肩を落とす。
 確認を終えると、先程の落ち着かない態度がさらに顕著になる。
 シアは気を利かせて、そっと背中を押す。

2029
﹁迎撃準備は完璧だと進言します。なのでお嬢様が若様の下へ向か
ピース・メーカー
われても支障はありません。この場はPEACEMAKER筆頭護
衛メイド、妖精種族黒エルフ族のシアにお任せください。全身全霊
を持ってノルテ・ボーデンを守ってご覧にいれます﹂
﹁シア⋮⋮﹂
 リースはメイドに自身の胸中を見透かされていたことに頬を染め
る。
 彼女はずっとリュート&スノーの心配をしていたのだ。その心配
を煽るように、先程からずっと胸騒ぎがしていた。
 だから、どうしても落ち着かず、今にも駆け出しそうになる気持
ちをずっと抑えつけていた。
 シアの後押しと、現状準備が一通り終わり、自分の出番が無いこ
とを確認してリースはリュート達のところに行くことを決断する。
﹁ありがとうシア、では私はリュートさん達の後を追わせていただ
きます﹂
﹁リュート様達の後を!?﹂
 この発言に1人、天上へ向け独白していたメイヤが反応する。
 リースは彼女の問いに驚き、しどろもどろに弁明した。
﹁は、はい。現状、私のやれることはないので、リュート様達のフ
ォローに向かおうと思っているのですが⋮⋮﹂
﹁それでしたらわたくしもご一緒させて頂きますわね! わたくし
は現状はリュート様の一番弟子! ですが、将来的にはぐふッ、ぐ
ふふふッ、な関係になるのでずっとリュート様のご無事を案じてい
たのです! 将来的なにょほ! にゃほほほ! な関係となる者と

2030
して馳せ参じなければならないと思っていたのですわ!﹂
 メイヤの熱い、鼻息荒い主張に逆らえる者などいる筈がない。
﹁そ、そうですか。それならメイヤさんも一緒に行きましょう﹂
﹁ええ! それではすぐ行きましょう! 今行きましょう! 疾風
怒濤のごとく行きますわよ!﹂
﹁ま、待ってください! シア、それでは後のことは頼みます!﹂
 興奮して先を行くメイヤに、リースはシアに一言かけてから彼女
の後を追った。
 シアは二人の背中が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。
 顔を上げると、一つ溜息をつく。
︵これで最悪の事態は回避されましたね⋮⋮︶
 シアにとってリュート達の安全確保が最上の使命。
 仮にリュート&スノーが巨人族の進路変更に失敗し、約100体
の巨人族が攻め込んできたとしても⋮⋮この場にいない彼らが死ぬ
ことはない。
 たとえ自身やその他大勢の命を天秤にかけても、主の無事を確保
する。
 批難は謹んで受けるが、これこそ護衛メイドとしてのシアの矜持
だ。
 主を守護することこそが、彼女の存在理由なのだから。
﹁さて、では冒険者達がちゃんと配置についたか、責任者に確認し
ましょうか﹂

2031
 彼女は自身の仕事をこなすため歩き出した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁皆さん! 焦らず奥まで詰めてください!﹂
 一方、ノルテ・ボーデンでは一般市民の地下道誘導がおこなわれ
ていた。
 元々、街全体に張り巡らされた地下道は、巨人族対策の名残だ。
 まだ小さな村や町時代、一般市民はこの地下に逃げ込み避難して
いたそうだ。
 そして街が大きくなるにつれ拡張工事を繰り返した結果、気付け
ば誰も全容を把握しない巨大迷路になってしまったらしい。
 そのせいか現在まで地下道はまったく使われていなかった。
 懸賞金を掛けられていた白狼族は、そんな地下道を利用して街で
の買い物をしていた。
 お陰でこの場にいる誰よりも地下道に詳しい。
 城の衛兵達が一般市民に避難を勧告して回り、白狼族が安全な地
下道に案内するという役割をこなしていた。
 仮に巨人族が侵入してきても人的被害を受けないよう、なるべく
頑丈な地下道を選び一般市民を誘導する。

2032
﹁そこの人、荷物を持ち込まないでください! 荷物があるときっ
ちり詰められないでしょう!﹂
 アイスも白狼族として、地下道誘導役に専念していた。
 彼女は人種族の中年男性に注意する。
 彼は衛兵の目を盗み、一抱えはある荷物を持ち込んでいたのだ。
そのせいで人がきっちりと詰めることが出来ず、子供達が入れずあ
ぶれてしまっている。
﹁う、うるさい! これはワシの財産だ! 財産を持ち込んで何が
悪い!﹂
﹁ですから、荷物を持ち込んだら他の人が全員入れません。なので
荷物の持ち込みは認めていないはずですよ﹂
 中年男性に周囲に居る人々からも無言の圧力を浴びせられる。
 男性は声を上擦らせながら、
﹁だ、黙れ! 黙れ! 白狼族の分際で人間様に指図するな!﹂
﹁黙るのは貴殿だ﹂
﹁あ、アム様!?﹂
 アイスの側にアムが姿を現す。
 中年男性はアムの登場に息を飲む。
﹁白狼族達はぼく達が無実の罪で懸賞金をかけ、追い回し一方的な
迫害をしてきたのにもかかわらず、未曾有の危機に協力を申し出て
きたのだぞ! そのような相手に自身の利己的欲望のためだけに、
規則を破り声をあらげるとは⋮⋮ッ。それでも北大陸の男か!?﹂
﹁⋮⋮ッ﹂

2033
 中年男性はアムに叱られ、項垂れる。
﹁もしまだ貴殿に誇りがあるのなら、今すぐ外へ出て荷物を置いて
くるがいい﹂
 中年男性は項垂れると、外へ荷物を置きに行く。
 お陰で子供達が奥まできっちり詰めることが出来た。
﹁アム様、ありがとうございます﹂
﹁何を言うミス・アイス。ぼくはただ次期領主としての勤めを果た
しただけだよ﹂
 アムはアイスに軽くウィンクする。
﹁さぁ、まだまだ避難者はわんさか居る。手分けして案内しようで
はないか!﹂
﹁はい、ありがとうございます﹂
 そして2人はテンポ良く避難者に指示を出し、安全な地下道へと
案内する。
 その動きは幼馴染みだけあって、息が非常にあっている。
﹁ふふふ⋮⋮﹂
﹁どうしたんだいミス・アイス?﹂
﹁いえ、たいしたことではありません﹂
 アイスの瞳が遠い昔を思い出すように細められる。
﹁昔もお城を抜け出したアム様と一緒に協力して、雪兎を追いかけ

2034
たことを思い出してしまって﹂
﹁ああ、あったなそんなことが﹂
 2人は幼馴染み独特の、共有している過去の懐かしさを話し合う。
 過去、2人は息を合わせて雪兎を追いかけ捕まえたりした。
 今、まるで昔に戻ったかのように息を合わせて行動しているのが
アイスはおかしかったのだ。
﹁またあんな風にアム様と一緒に遊びたいです﹂
﹁生き残ればまた昔のように遊ぶことが出来るさ! 嫌というほど
ね!﹂
﹁ふふふ、それでは楽しみにしていますね﹂
 そして2人は顔を見合わせた後、再び作業に没頭する。
2035
第185話 避難誘導︱︱第三者視点︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、8月8日、21時更新予定です!
なんというシア無双予感!
2036
第186話 巨人族防衛︱︱第三者視点
 リース、メイヤが居なくなって約1時間︱︱﹃ズゥン⋮⋮ズゥン
⋮⋮ズゥン⋮⋮﹄という音、そして次第に感じる地震のような揺れ
が、城壁に上がっていても感じられるようになる。
﹁き、来た⋮⋮ほ、本当に巨人族の大軍が来やがった⋮⋮ッ﹂
 ガチガチと、配置についた冒険者達が歯を鳴らす。
 北大陸に住む者なら、巨人族が群れで押し寄せてくるのがどれほ
どの恐怖か身に染みている。
 日本人でたとえるなら、非常に強い地震が後数分で確実に起きる
と知るようなものだ。
﹁畜生⋮⋮あんなに来やがって! 作戦は失敗したのか!?﹂

2037
﹁まさか引きつける役の奴等、自分達だけ逃げたんじゃ⋮⋮﹂
 冒険者の1人が声を荒げる。
 巨人族が20体ほどノルテ・ボーデンに向けて侵攻してくる。街
始まって以来の大軍だ。
 多くても数年に一度、2∼3体程度。
 それが今回は約20体。大軍だと言っても間違いではない。
 しかし、シアが叱責する。
﹁口を慎みなさい﹂
﹁ヒィ! す、すいませんシア様!﹂
 シアに一睨みされ、愚痴った冒険者が震え上がる。
﹁最初の報告では数は約100体。この街に来たのは約20体。若
様達が引きつけてくださったお陰で、この程度ですんでいるのです﹂
 彼女の指摘に側に居た冒険者達が項垂れる。
 確かに報告された数より圧倒的に少ない。
 これで文句を言ったら罰があたるというものだ。
 シアが冷静に指示を出す。
﹁伝令を。事前に指示した通り行動するよう厳命しなさい﹂
﹁は、はい! すぐに!﹂
 冒険者達はシアの指示に、慌てて立ち上がり伝令へと走る。
 現状、配置は以下になる。

2038
 シアは一番外側の第二城壁に佇み、側に複数の冒険者達を並べて
いる。この第二城壁がノルテ・ボーデン守護のメインだ。
 彼女は城壁の胸壁上部に立ち、これから戦場になる場所全部を見
回せる位置に付いていた。
 彼女がこの場の指揮管だ。
 第一城壁にも予備隊が待機している。
 念のためパンツァーファーストを第二城壁メインと第一城壁予備
隊にそれぞれ配布している。
ピース・メーカー
 本来はPEACEMAKERメンバー以外に触らせたく無いが、
現状人手が足りないため目を瞑るしかなかった。
﹃ズゥン⋮⋮ズゥン⋮⋮ズゥン⋮⋮﹄
 音がだんだん近づいてくる。
 今は音だけではなく、体のヒビや欠けている部分すら鮮明に見え
るほど近づいて来ている。
﹁シア様! まだですか!?﹂
﹁まだです。もっと引きつけないと﹂
 巨人族達はこちら側の作戦など関係なく動く。
 先行する5体が槍を構える仕草を見せる。
 シアがすぐさま第二城壁に集まっている魔術師達に指示を飛ばす。
﹁槍が来ます! 協力して防ぎなさい!﹂
 魔術師達が返事をする間もなく、巨人族が槍を投擲。

2039

 数十トンはある質量兵器が5本飛来する。

 魔術師達が協力して抵抗陣を張り、質量兵器を防ごうとするが︱
︱3本は完全に防ぐことが出来たが、2本は勢いを殺しただけで第
二城壁の一部を大きく削り取る。
 さらに今の攻撃で一部魔術師が魔力をほぼ使い切ってしまった。
 質量+速度+落下エネルギーの単純な破壊力。
 たとえ巨人族が1体だけでも恐れられる理由がよく分かる。
 地震のように城壁が揺れて、さすがのシアも屈み胸壁を掴みバラ
ンスを取った。
 その体勢で素早く指示を出す。
﹁歩みを止めさせるな! 攻撃開始!﹂
﹃オ⋮⋮オオォォオオオオォォォォォォォオォッ!!!﹄
 恐怖を振り払うかのように冒険者達が声を上げて攻撃を開始する。
 クロスボウの矢が一斉に放たれた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 地下道がまるで空襲を受けた防空壕のように振動し、腹に響く重
低音、天井から細かい砂が落ちてくる。

2040
 あちこちで悲鳴が上がる。
 声を上げない人も、肝が据わっている訳ではない。青を通り越し
て土気色で震えていた。
﹁ひぃっ、お、お姉ちゃん⋮⋮﹂
﹁大丈夫よ、ここの地下道は天井が分厚いから、何があっても皆を
守ってくれるわ﹂
 アイスは左右から抱きつかれている人種族の幼女の背中を撫で、
慰めていた。
 そんな彼女と一緒にアムが声をかける。
﹁安心するがいい子供達よ! いざとなればこのぼく! ﹃光と輝
ロンド
きの輪舞曲の魔術師﹄! アム・ノルテ・ボーデン・スミスが出陣
して巨人の100や200体華麗に退治してみせよう!﹂
 微震が続く中、前髪を弾く。
 照明がある訳ではないのに、なぜか輝いて見えた。
 彼を前に先程まで怯えていた人々が微かに笑う。それは苦笑いや
微苦笑︱︱決して、褒められた物ではない。
 それでも、一時的に恐怖に怯えていた人々の心の緊張を解きほぐ
したのだ。
 アイスはそんなアムをつい見詰めてしまう。
︵この人は本当に変わらない︶
 子供の頃もそんな空気の読めないポジティブさで、無意識に周囲
へ元気を振りまいていた。そんな姿を幼馴染みとしてずっと眺めて
いたせいで、気付けば心を奪われていた。

2041
 アムを好きになって良かった︱︱と、彼女は胸中で呟く。
﹁しかし、残念かな。恐らくぼくの力を振るうことはないだろう。
なぜなら︱︱﹂
 アムがアイスの熱い視線に気付かず、再度前髪を弾いた。
﹁地上で戦っている彼らがきっと、巨人族達を倒してしまうからね﹂
 アムはまるで戦闘の結末を見てきたような声音で断言する。
 そこには人々を勇気づける響きが備わっていた。
 振動は未だに続く。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁撃て撃て! 倒そうとは思うな! これは引きつけるための攻撃
だ!﹂
 相手は巨像。
 こちらの言葉を理解することはない。
 だからシアは苛烈に檄を飛ばす。
 冒険者達も彼女の言葉に従い弓矢を放つ。
 もちろん刺さる筈もなく、体に虚しく弾かれて終わる。
 クロスボウではなく、弓矢で届く距離まで迫っていた。
 細かい傷や凹み、巨人族の個体差まで確認出来る距離だ。

2042
﹁シア様! シア様! まだですか!?﹂
 足下にいる冒険者が、神に縋るようにシアへと問いかける。
 彼女は彼の訴えを聞き入れたのか、高々と手を挙げ、
﹁爆破!﹂
 シアが手を振り下ろすと同時に、魔術液体金属で作られたコード
に魔術師の1人が魔力を流し込む。
 コードは地面に埋められ、延々と伸びて第二城壁の隅に設置され
ていた。
 地球での電気式起爆を、この異世界では魔力を流し込むと爆発す
るようにしたのだ。
 シアの掛け声に続き、埋められた対戦車地雷が爆発する。
 舞い上がる土砂、土煙、巨人族の破片。
 踏んでも起爆しないように設定し、側面にあるソケットを使用し
た。お陰で巨人族を十分に引きつけ爆破することが出来たのだ。
 しかしさすがに全部とはいかない。
 土煙が薄まると後方にいた5体が残っている。
 仲間が一斉にやられたのにもかかわらず、黙々と攻撃を再開しよ
うとする。
 残り5体が手に持った槍を構える。
 だが、その槍を投げさせるほどシアは愚かではない。
オートマチック・グレネードランチャー
 彼女はいつの間にか、自動擲弾発射器に腕を伸ばし、照準を残り
の5体に合わせていた。

2043
 両手でハンドルグリップを握り締め、両親指で﹃凹﹄の形をした
トリガーを押す。
 ボシュ! ボシュ! ボシュ!
 マシンガンよりは遅い発砲音を響かせ、シアは40mmグレネー
ド弾を残り5体の巨人族に浴びせる。
 同時に爆音と衝撃が、巨人族に襲いかかる。
 30発入りアモ・ボックスがほぼ一瞬で空になる。
 予備のアモ・ボックスはあるが、交換している時間はない。
 舞い上がった土煙を切り裂き、1体の巨人族が姿を現したのだ。
オートマチック・グレネードランチャー
 どうやら一番後ろに居て、先程の自動擲弾発射器も仲間を楯に凌
いだらしい。
 しかし、さすがに無傷とはいかなかったようだ。
 両腕が無く、槍も砕かれ満身創痍だった。
 最後の1体はせめて一矢報いようと、土煙をカーテンに特攻して
来たのだ。己の質量を武器に、第二城壁へと倒れ込んで来る。この
ままではシアや他の冒険者達が押しつぶされてしまう。
 パンツァーファウストを撃っている暇もない。
 城壁に居た冒険者達は逃げ出そうとしたが、唯一、シアだけが両
手に旅行鞄サイズのコッファーを掴み、倒れ込んでくる巨人族へと
突撃する。
 彼女は肉体強化術で身体を補助。
 胸壁上部を蹴り、コマのように勢いよく回転!
 そのまま両手に掴んだコッファーで、倒れ込んでくる巨人族の頭
部を殴りつける。

2044
 コッファー側面が巨人族頭部に衝突する刹那︱︱シアは素早く取
っ手部分のスイッチをオン!
 二つの側面から40mmグレネード弾が発射される。
 巨人族の頭部はコッファー二つと一緒に爆砕してしまう。
 シアは抵抗陣を全力で張り被害を受けず、落下。
 クルクルと体操選手のように膝を押さえて回転しながら、地面に
着地する。
 同時に頭部を失った最後の巨人族が背中から倒れ辺り一面に振動
させた。
 最後の巨人族が倒れるのを確認した冒険者達は一斉に生き残った
喜びと、シアを讃えるように勝ち鬨を上げる。
 まるで雄叫びが豪雨のように降り注いでくるようだった。
 そんな中、シアは1人満足そうに呟く。
﹁やはりコッファーこそが最強の武器ですね﹂
 こうしてノルテ・ボーデンへ侵攻していた巨人族達は殲滅された。
2045
第186話 巨人族防衛︱︱第三者視点︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、8月10日、21時更新予定です!
なんか台風が近づいているらしいですね。
このままだと土日にぶつかるのかな? 皆様お気を付けてください。
えっ? 自分ですか? 別に土日に台風が来ようが、晴れていよう
が基本休日は外に出ないで引き籠もっているから天気なんて関係な
いから大丈夫です!
⋮⋮⋮⋮考えたら負けなので、執筆作業に戻ろう。うん。

2046
第187話 深谷前
﹁危なッ!?﹂
巨人族から投げられた岩石をオレはギリギリで回避する。
 場所は深谷前、背後は底が見えないほどの谷。前からは約70体
の巨人族がこちらに向かって侵攻してくる。
 彼らから逃げようにも、深谷を繋いでいた橋は破壊されてしまっ
た。
 肉体強化術で無理矢理渡ろうにも、巨人族が岩石を投げつけてく
るためそんな隙がない。
 オレとスノーは、敵が投げつけてくる岩石をひたすら回避してい
た。
 スノーには﹃巨人族が雪崩に流されているうちに逃げよう!﹄と

2047
言っていたが、その前に巨石に当たり命を落としそうだ。
 雪崩を待たずにここから逃げ出す方法を考えるべきか?
 回避しながら案を考えていると、反対側の岸から声をかけられる。
﹁リュートさん! スノーさん! どうしてまだそちらに!?﹂
﹁お二人の危機にこのメイヤ・ドラグーン! メイヤ・ドラグーン
が馳せ参じましたわ!﹂
﹁リース! メイヤ! どうしてここに!﹂
 ノルテ・ボーデン城壁で、街に向かった巨人族に対応する筈の2
人が深谷を挟んだ反対側の岸に立っていた。
 疑問は多々あるが、兎に角ナイスタイミングだ!
﹁橋が壊されてそっちに行けないんだ! 2人とも! この状況を
なんとかできないか!﹂
 現状、オレとスノーは回避に専念するしかない。
 ここはリースとメイヤに頼むしかなかった。
﹁な、なんとかと言われてもどうしたら⋮⋮﹂
﹁ここはリュート様の一番弟子にして、右腕、腹心のメイヤ・ドラ
グーンにお任せください!﹂
 リースの困惑に、メイヤが重ねるように宣言する。
 どうやら何か作戦があるようだ。
﹁リュート様! スノーさん! 今からそちらに向かってロープを
投げますので受け取ってください! わたくし達がちゃんと支えま

2048
すからご安心を! リースさん、今から言う物を出してもらっても
いいかしら?﹂
﹁は、はい!﹂
 リースはメイヤの要求する物を、﹃無限収納﹄から取り出し手渡
す。
 彼女が要求したのは︱︱手榴弾、長い金属製ロープ、小樽に入っ
た魔術液体金属の3つだ。
 手榴弾、魔術液体金属は説明不要だろう。
 金属製ロープは﹃何時か必要になるかも﹄と魔術液体金属で作っ
ておいた物だ。
 彼女はそれらを受け取ると、まず手榴弾を手に取る。手榴弾に金
属製ロープの端を魔術液体金属で接着してしまう。
﹁リュート様! スノーさん! 今からこの手榴弾を投げるので受
け取ってくださいね!﹂
﹁おお! さすがメイヤ! ナイスアイディアだ!﹂
 金属ロープだけでは、投げにくくこちらまで届かない。
 魔術液体金属で手榴弾に金属ロープを固定することで、投げやす
くオレ達まで届くように工夫したのだ。
 谷と谷の間は約100m。
 吹雪だし、風が強いが肉体強化術で身体を補助した状態なら、余
裕で届く距離である。
 さすが天才魔術道具開発者だ!
﹁メイヤ! 投擲頼んだ!﹂
﹁お任せくださいリュート様! それでは行きますね!﹂

2049
 メイヤは元気よく返事をすると、体全体を肉体強化術で補助。
・・・・・・
 金属製ロープ付き手榴弾を掴み、ピンを抜いて反対側の岸へと勢
いよく投げてる。
﹁あっ⋮⋮!﹂
 彼女も途中で気付いたらしく、中途半端な投擲をする。
 結果、ロープ付き手榴弾はオレ達から大きくそれて崖下に衝突︱
︱爆発した。
﹁こ、こらー! メイヤ! なんでピンを抜いて投げてるんだよ!﹂
﹁す、すすす、すみません! つい、流れで!﹂
 恐らく手榴弾を投げるということで、条件反射でピンを抜いてし
まったのだろう。
 流石のメイヤも申し訳なさそうに何度も頭を下げてくる。
﹁リュートくん、遊んでる場合じゃないよ。あれ見て!﹂
 遊んでいるわけじゃなかったが、スノーの声に振り返る。
 雪山から雪崩が起き、一直線にこちらへ向かって迫っていた。
 クリスが狙撃に成功したんだ!
 その光景は︱︱まるで白い津波。
 激しい爆音が響き、そして地震と間違うほどの振動が辺り一面に
広がる!
 約1年半、溜まりに溜まった雪が一気に崩壊し、せまってくる。
その光景は、見ている分にはとても幻想的な光景だ。

2050
 そう、見ている分にはだ。
 巨人族があっというまに雪崩に飲み込まれる。
 オレ達の想像以上に、雪崩の速度が速い!
 巨人族を飲み込んだ雪崩が、オレ達にまで迫ってくる。まるで見
上げるように高い白城壁が高速で迫ってくるようだった。
﹁リュートくん! 時間が無いから、ここからジャンプしよう﹂
﹁わ、分かった! メイヤ! ロープを頼む!﹂
﹁今度こそお任せください!﹂
 オレとスノーは、肉体強化術で身体を補助。
 2人同時に息を合わせて、岸から飛び立つ!
 巨人族が投げた岩が進路を塞ぎ、長い真っ直ぐな距離が取れない。
さらに予想以上に速い雪崩のせいで満足に助走出来ず、中途半端な
ジャンプをするしかない。
 もちろん勢いが足りず、約50mほどで失速して落下を開始。
 背後では白い飛沫が飛び散っている。
﹁リュート様! スノーさん! お掴まりくださいですわ!﹂
 メイヤが新たに作った金属製ロープ付き手榴弾を投げて渡してく
れる。しかし、運悪く、強い横風が吹き付ける。
 肉体強化術で身体を補助し、投げられた手榴弾だったが、速度は
あっても質量が足りず横風に流されオレ達からはやや位置がずれて
しまう。
 腕を伸ばしても絶対に手が届かない!

2051
 クソ! このままじゃ巨人族と一緒に落下してしまう!
 どんな魔術を使っても、底が見えないほど深い谷底に落ちたら一
発でおだぶつだ!
﹁リュートくん! 手を!﹂
 スノーが伸ばした手を掴む。
 彼女はがっちりと掴んだと同時に、高々と呪文を唱えた。
アイス・ヴァイン
﹁我が手に宿れ氷精! 踊り、狂って縛りたまえ! 氷蔓!﹂
 彼女の空いた腕から氷の蔓が伸び、金属ロープ付き手榴弾を絡め
捕る!
 そしてオレ達の方へと引き寄せた。
﹁リュートくん、後はお願い!﹂
﹁任せろ!﹂
 スノーは蔓でロープを引き寄せる。
 オレは空いた片腕で金属製ロープを無事、キャッチ!
 そこで完全にジャンプした勢いは無くなり、失速。
 重力が谷底へ引っ張ろうとするが、金属ロープのお陰で巨人族の
後を追わずに済む。
 オレ達は振り子の原理で、反対側の崖にぶつかりそうになるも2
人で足に魔力を集中。崖を蹴って勢いを殺し、激突することなく無
事にぶら下がることが出来た。
﹁ぐぅうッ﹂

2052
 右腕にロープが食い込むが、魔力を薄く集中すれば自身とスノー
ぐらい支えるのは問題ない。
﹁リュートさん! スノーさん! 大丈夫ですか!?﹂
﹁すみません! 最後、狙いがはずれてしまって! こうなったら
リュート様の手で、わたくしの体に罰してくださいまし!﹂
﹁大丈夫、オレにもスノーにも怪我は無し! 無事だよ!﹂
 頭上からリース、メイヤが声をかけてくる。
 オレは声を上げ無事を伝えた。
 というかメイヤは反省してないだろ⋮⋮。
 彼女達が肉体強化術で身体を補助し、オレ達をロープで支えてい
る。
 一度、木に固定してから引き上げるため、少々時間をくれと言っ
てきた。もちろん了承し、返事をする。
 今、オレは右手でロープを掴み、左手でスノーの体を支えている。
彼女はオレの首に腕を回し密着していた。
 右腕にロープを巻き付けているため、ある程度時間がかかっても
問題無し。肌にロープの痕が付くぐらいだ。
 オレ達は暫し、空中浮遊を楽しむことになる。
雪滑り
﹁見て、リュートくん。まだ雪崩が落ちてくるよ﹂
﹁ほんとだ。どんだけ雪が溜まっていたんだよ﹂
 一緒に巨人族が谷底へと落ちていく。
 何体も、何体も⋮⋮。

2053
﹁⋮⋮ギリギリだったね﹂
﹁だな。少しでも何か歯車がずれていたら僕達、死んでいたかもし
れないな﹂
 想像しただけ背筋が寒くなる。
 今後はさっきみたいなピンチのために飛行できる乗り物を造って
おきたいな。でも、さすがにそこまで行くと自分の専門外だし⋮⋮
﹁でも、ね﹂
 オレが思案していると、耳元でスノーが口を開く。
﹁リュートくんと一緒に死ねるなら、それはそれで幸せだけどね﹂
 ⋮⋮スノーさん、どんだけオレのこと好きなんだよ。
 まぁ、気持ちは分からなくないけど。
﹁でも、僕としてはやっぱり生きたままの方が幸せだな﹂
﹁それはそうだよ。死んじゃったら、リュートくんの匂いをふがふ
が出来ないしね﹂
 スノーは首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでくる。
 こいつは本当にぶれないな!
 気付けばオレ達は顔を見合わせていた。
 そして、いつのまにか笑っていた。楽しげに、幸せそうに、2人
で顔をつきあわせ笑い合う。
 一通り笑い終えると、自然と唇を重ねていた。
 ロープに掴まり、空中に揺られながら、オレとスノーは幸せなキ

2054
スをした。
第187話 深谷前︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、8月12日、21時更新予定です!
ベタですが子供の頃は﹃台風一過﹄を﹃台風一家﹄と勘違いしてい
ました。
後、﹃イタ飯﹄をなぜか﹃釜飯﹄と勘違いしてたっけ。
だから大学生時代、女性は﹃イタ飯が好き﹄と耳にして、﹃そうな
んだ。女性は﹃釜飯﹄が好きなんだ﹄と脳内変換勘違い。
女の子とデートへ行く機会があったら小さい形の釜に入った﹃釜飯
屋﹄に連れて行こうとデートプランを立てていました。
1度も使う機会がなくて、恥を掻くことがなかったからいいけどね

2055
第188話 飛行船問題
ピース・
 巨人族を深谷の底へ押し流して約1ヶ月︱︱オレ達、PEACE
メーカー
MAKERメンバーは新領主アム・ノルテ・ボーデン・スミスと夕
食を摂っていた。
 事件解決後から、オレ達は下にも置かない扱いを受けている。
 今夜は一通りの後始末の目処がある程度ついたため、アムの口か
ら経過報告を聞くことになっていた。
 元ノルテ・ボーデン領主であるトルオ・ノルテ・ボーデン・スミ
スは、引退後、街を出て遠方にある領地の端で隠居生活を送るらし
い。
 すでに街を出て向かっている最中とのことだ。

2056
 今回の主犯格であるオール・ノルテ・ボーデン・スミスと彼の仲
間達は、現在も地下牢に繋がれている。
 彼らへの罰は国の法に則っておこなわれる︱︱と、アムが寂しそ
うに告げた。
 オールに金で雇われた冒険者達と、ただ上からの命令と言うこと
で彼に従っていた衛兵達は、一部悪質な者達を除いて高額な罰金を
支払うことで許された。
 本来はもっと重い罪に問うべきなのだが、彼らはオレ達と一緒に
約100体の巨人族から街を守った立役者だ。
 彼らがいなければ住民は避難しきれなかったし、街に侵攻してき
た巨人族によって今よりもっと大きな被害があったかもしれない。
 その功績を認め、減刑したのだ。
 また彼らまで投獄すると牢屋が足りないのに加えて、街の治安悪
化に繋がる︱︱という理由もある。
 白狼族の件に関しては、新領主であるアムは就任してすぐ街を救
ってくれた白狼族に対して、永続的に友好関係を維持する方針を掲
げた。
 住人達も、白狼族のお陰で地下道へ逃げられ、怪我人はある程度
出たが命を落とした者はいない。
 また多数の住人達の目の前で、懸賞金を掛けて迫害してきた白狼
族が彼らのために命を賭けて奔走していた。その真摯な態度に住人
達が心を打たれ、白狼族に対する偏見は今回の一件でほぼ鳴りを潜
めてしまった。
 むしろ、尊敬へと変わったほどだ。

2057
 この調子なら、アムの掲げる白狼族との永続的友好関係は問題な
く進めることが出来るだろう。
 仮に彼の提案した作戦︱︱白狼族を街中で暴れさせ、人目を付く
陽動作戦を展開していたら、住人達とここまで友好的な関係を作り
出すのは不可能だった。本当に実行されなくてよかった。
 一通り報告をおこなうと、アムが本題に入る。
ピース・メーカー
﹁今回の件でPEACEMAKERには、大変世話になった。何度
礼を告げても、足りないぐらいだ。この恩を金銭程度であがなえる
とは思っていないが、君達が望む報賞額を言ってくれ。要求額を支
払おう!﹂
 アムは前髪を弾く。
 なぜか光の粒が散り、はじけた気がした。
 いや、食事中までやることないだろう。
ギルド
﹁報賞額って言ってもな。冒険者斡旋組合から依頼されたクエスト
をこなしたわけじゃないし、いくらぐらいが妥当なんだ?﹂
﹁いくらでも請求してくれ! 腐っても北大陸最大の領地を持つ上
流貴族だ。望む額を支払おう!﹂
 いざ富豪に﹃望む額を書いてくれ﹄と小切手を渡されても困るの
と同じだ。
 オレが腕を組み頭を捻っているとシアが助言してくれる。
﹁若様、まずは今回の被害額、消耗品代と割り出してはどうでしょ
うか? 報賞額はその被害額と同程度頂くという物差しにもなるか
と﹂

2058
﹁それはいいな。それじゃまずは被害額、消耗品代を割り出すか﹂
 シアのお陰でとりあえずは、話が前進する︱︱って、今気付いた
が、彼女はなぜ城のメイドに交じって給仕を務めているんだ?
ピース・メーカー
 本来、PEACEMAKERメンバーであるシアが、席にいて食
事を摂らずオレ達の世話をする給士役を務めていた。
 しかも、なぜか城のメイド達を押しのけて、彼女が今回の食事会
を取り仕切っている。メイド達もその指示に素直に従っていた。
 どうやらシアは何時のまにか人様のメイド達に溶け込み、仕切る
立場にまで上り詰めていたらしい。
 無駄にスペックが高いメイドだな⋮⋮。
 スノーが食事の手を止め告げる。
﹁被害額といえば、一番大きいのはメイヤちゃんの飛行船だよね。
まずはあれを直してもらわないと帰れないよ﹂
 北大陸到着初日の深夜。
 オールの秘密兵士隊によって、オレ達は襲撃を受け飛行船を破壊
された。
﹁ああ、アレか⋮⋮一応、オレとメイヤで保管されていた飛行船を
チェックしたけど、ほぼ全損だったし、修理するより買った方が早
いって結論になったんだよ。な、メイヤ?﹂
﹁はい、魔石循環機関部分が大きく欠損し、全部取り替えないとい
けませんから。あれを含めて修理するとなると1年ぐらいかかると
思いますわ﹂
﹁1年は流石に長いですね﹂

2059
 リースが流石に溜息を漏らす。
 クリスがミニ黒板を掲げた。
﹃それじゃ私達はどうやって帰るの? 直るまで北大陸にいるので
すか?﹄
﹁いや、レンタル飛行船を借りて帰るつもり。さすがに1年近くも
北大陸に足止めされる訳にはいかないからな﹂
 ただでさえ予定を超過している。
 その上で約1年も足止めはさすがに出来ない。
﹁⋮⋮そうか、飛行船か⋮⋮﹂
 オレはふと、今までの話の流れで思いつく。
 今までずっと移動に使っていた飛行船は、メイヤの好意から彼女
の私物船を使っていた。アムにはもちろん破壊された飛行船代を請
ピース・メーカー
求するが、今回の報酬でいっそのことPEACEMAKER専用の
飛行船を造ってはどうだろうか?
 新しく造る飛行船には、思いつく限りのオリジナル要素をつぎ込
み設計、製作したい。そのため結構いい金額がかかる。
 真っ当に造ろうと思えば、現在のオレ達では確実に資金不足だ。
 その問題を今回の報酬で穴埋めすればいい。
 思いつきの割りには意外といい落としどころだ。
 オレは早速、アムに提案すると、
﹁もちろん問題無しだ! ぼくの名において全ての資金を出そうじ
ゃないか! 安心したまえ、こう見えても北大陸最大の領地を抱え

2060
る上流貴族だからね! 君達への恩返しと思えば安い物だよ!﹂
 アムは自信満々に歯を光らせる。
 おお! 言ってみるもんだな!
 今ならアムの歯が光る姿も、オレの目に格好良く映るぞ!
﹁リュート様がお作りになる飛行船! 魔術道具開発だけではなく、
その才能を飛行船にまで発揮なさろうというなんて! ﹃才人は現
場を選ばない﹄という言葉がありますが、大天才であるリュート様
にとって魔術道具開発も、飛行船開発も同じということですわね!
 このメイヤ・ドラグーン! リュート様の世界を覆い尽くさんば
かりの溢れ出る才気に溺れてしまいそうですわ!﹂
 メイヤもアムに負けず劣らず食事の席だというのにぶれない。ぶ
れなさすぎだろ。
 他、嫁達の反応も悪くなかった。
﹁リュートくんが設計する飛行船かぁ。どんなのか楽しみだよ﹂
﹃お兄ちゃんが手がけのなら、とっても立派な物になりますね﹄
﹁ですね、きっとただの飛行船にはなりませんね。ある時は飛行船
になったり、ある時は船になったりするんじゃないでしょうか?﹂
 スノー、クリス、リースが楽しげに会話を交わす。
 皆、期待してくれるのは嬉しいが、期待しすぎのような⋮⋮。
 リースに至って変形合体する勢いの期待感だ。
 食事会が進み、つつがなく終わる。
かおりちゃ
 皆の前には食後の香茶が置かれる。

2061
 話の内容はスノー両親に移った。
 一部の白狼族はノルテ・ボーデンに残っているが、他の者達は北
大陸奥地にある村へと戻っている。
 スノー両親も現在は村に居る。
 2人は大国メルティアに狙われているため、一応安全を考えて奥
地の村へ居住場所を移したのだ。
 現在もまだ、2人の身柄拘束と指輪の引き渡しをメルティアが求
めているという話は生きている。
 領主が変わったと言うことで、メルティアの使者が堂々とアムに
接触を図って来ていた。
 アムは使者に対して一蹴。追い返してしまう。
 だが彼らも子供の使いではない。また日を改めるとその場は引き
下がった。
 このまま反発するのもいいが、メルティアは大国だ。北大陸とは
離れているとはいえ、影響力が完全に無いわけでは無い。
 メルティアはスノー両親と指輪を手に入れるまで、どこまでも追
い続けるだろう。
﹁ねぇ、リュートくん、どうにかならないかな?﹂
 スノーが眉根を寄せ、オレの袖を引っ張ってくる。
 もちろん、嫁であるスノーの両親の安全に関することだ。オレも
今後のことをしっかりと考えていた。
﹁大丈夫、ちゃんと考えてあるよ。生きている限り、どこまで行こ
うと死ぬまで追いかけてくるなら︱︱僕達で殺しちゃえばいいのさ﹂

2062
 オレの提案に皆が目を剥く。
 オレはかまわず悪戯っ子のような、妖しい笑みを浮かべた。
第188話 飛行船問題︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、8月14日、21時更新予定です!
もう少しで夏○ミですよね?
懐かしいな。免許取り立てで、友達に頼まれ車を運転したなー。
あれ以来、夢でブレーキを踏んでも車が止まらない悪夢を視るよう
になったんだよな⋮⋮。
友達のスペースで売り子をしたことはあるけど、自分でスペースを
出したことはありません。なのでいつか機会があれば自分のスペー
スを出してみたいです!
⋮⋮と思いつつかなりの年月が経ち続けている訳ですがw

2063
第189話 トリック
 コツ、コツ、コツ⋮⋮城内地下牢獄に続く階段を下りる音が木霊
する。
 オレが今向かっている地下牢獄は、地位の高い者を収監する特別
地下牢獄だ。
 前はここにオールやトルオ達が押し込まれていた。
 オレは地下牢獄の門番と挨拶を交わし、中へと進む。
 目的の牢屋の前に立つと、後ろに居た彼らに声をかける。
﹁この牢屋です。そこの覗き窓から確認してください﹂
 大国メルティアの使者2名が促され、それぞれ確認する。
 鋼鉄製の扉。

2064
 その上部に鉄格子が嵌った小窓がある。そこから2人は中を覗き
見ている。
﹁⋮⋮確かに我々の探していた2人のようですね。指輪は⋮⋮女性
の方が指につけているようですね﹂
 現在、オレは大国メルティアの使者2名に、スノー両親を捕らえ
た牢屋を案内していた。
 彼らには事前に二人が自分の妻の両親、義理親だと伝えている。
 あれだけ派手に街中で動いたため、探ればすぐにその事実を知る
ことになる。ここで下手に隠しごとをすれば、相手に不信感を与え
るだけだ。
 義理両親を捕まえ、牢屋に入れたと言うことで最初は相手も半信
半疑だった。しかし中を覗けば確かにスノー両親が手、足には枷、
首には魔術防止首輪で魔力を封じられた状態で牢屋へ入れられてい
た。
 指輪はスノー母、アリルが指に嵌めギュッと拳を作って渡そうと
しない。
﹁無理に奪おうとすると抵抗が激しくて。絶対に渡さないと喚くん
ですよ﹂
 オレは使者へ向けて、溜息混じりに弁解する。
 二人は頷き合い剣を下げている使者が、意味深に柄へと腕を伸ば
す。
﹁ならば腕ごと切り落として回収すればいい。なに、今なら逃げも

2065
隠れもできない。3分もかからず回収できるだろう﹂
 剣を持つ使者が、牢屋へと入ろうとする。
 オレは彼を止めた。
﹁ちょっと待ってください。勝手をされては困ります﹂
 2人から批難の視線を受ける。
 相手はまだオレを信用していないようだ。
 自分達にスノー両親の姿だけを見せて、後から﹃逃げられました﹄
と適当な言い訳を告げて助け出す。そして有耶無耶にでもすると思
われているのだろう。
 オレはやや大げさに溜息をつきながら、弁解する。
﹁相手は自分の嫁の両親。目の前でそんなことをするのは止めてく
ださいよ。ただでさえ義理の両親を売っただけでも嫁に泣きつかれ、
責められているんですよ。既婚者なら、この意味分かりますよね?
 もし拷問をしたかったら、国に戻って自分達の目の届かない場所
でしてください。これ以上、嫁に泣かれ、なじられたく無いですから
 2人の目から疑惑の色が流れ落ちる。
﹁⋮⋮確かに軽率でした。ガンスミス卿の立場も考えず失礼いたし
ました﹂
﹁そうしてください。自分は何も聞かないし、見ていません。ここ
にも来ていない。貴方達が遠くで何をしてようとも、自分は一切関
与していない。義理とはいえ両親まで引き渡したんですから、厄介
事に巻き込むのは止めてくださいよ。これは独り言ですが、最悪の
場合はハイエルフ王国から抗議がくるかもしれませんからね﹂

2066
﹁もちろんです。心得ております﹂
 2人は牢屋から離れ、来た道を戻る。
オレも2人の後に続いて歩き出す。
 この後は、上に戻って引き渡しの細かい摺り合わせを行うだけだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 そして2週間後。
 大国メルティアの使者を乗せた船が、本国へ戻る準備を整えてい
た。
 遅くても昼少し後には出発する。
 港に停泊したメルティアの船には必要物資が次々に運び入れられ
ていた。
 その中に飛び抜けて変わったものが運び込まれようとしていた。
 柩のようなベッド、もしくは2人が寄り添って眠れるベッドを丈
夫な板で囲い柩にした品物が、船へと運び込まれようとしていた。
 船へ運び込まれる前に、オレと使者2人が中身を見聞する。
 蓋を開くとそこにはスノー両親が寄り添い眠っている。
 オレは使者2人を促す。
﹁運び出すとき暴れないよう魔術で眠らせています。明日の朝まで
は起きないでしょう。どうぞ確認してください﹂

2067
 2人は腕を伸ばし頬や首筋に触れ脈を確認する。
 生きているし、偽者ではない。
﹁指輪は?﹂
﹁彼女がしっかりと指にはめてますよ﹂
 オレは肩をすくめて、眠っているスノー母を顎で指す。
 使者2人が視線を向けると、確かに右手薬指にしっかりとはめて
拳を握っている。
 剣を腰から下げる使者が、無意識なのか柄へと指を伸ばす。
﹁⋮⋮分かっているとは思いますが、そういうことは自分の見てい
ないどこか遠くでやってくださいね﹂
﹁分かっています。ガンスミス卿のご厚意を裏切るようなマネはし
ません﹂
 使者は薄い笑みを浮かべる。
 オレは内側から空かないよう蓋を閉めさせ、船へ運び込むよう指
示を出す。
 運ばれる先は船の底。
 昔、自分も奴隷として閉じこめられた時に入れられたな。
 一緒に大量の荷物も運び込まれる水、食料、北大陸の名産品とし
て度数の高い火酒などだ。
﹁これなら予定より早く出航できそうですね﹂
﹁ええ、これも全てご協力してくださったアム様とガンスミス卿の
お陰です﹂
レギオン
﹁いえいえ。自分も小規模ながら軍団を営む者。大国メルティア様

2068
とは今後とも友好的な関係を築いていきたいと考えていますから。
これぐらい当然です﹂
﹁ありがとうございます。必ず上にはガンスミス卿の功績をお伝え
させて頂きますので﹂
﹁バカヤロー! そっちの荷物はその船に載せるんじゃない! 次
の船に乗せる奴だろうが!﹂
﹁す、すみません!﹂
 オレと使者達が和やかに会話をしていると、船に荷物を積んでい
た下っ端船員が現場責任者に怒鳴られる。
 彼は慌てて頭を下げた。
﹁す、すぐに運び出します!﹂
﹁早くしろ! 次の積荷船が待ってるんだぞ! たく、二度手間さ
せやがって⋮⋮﹂
 一度運び込まれた人が楽に入れそうな木箱達が、仕舞われた船底
から船外へと運び出されて行く。
 下っ端船員達は現場責任者のオヤジさんに睨まれながら、あたふ
たと荷物を運び出す。
﹁ちょっと待て、その荷物を検めさせてもらう﹂
 腰から剣を下げている使者が、積荷を運び出す船員を引き止める。
 その現場に責任者のオヤジが怒鳴り込む。
﹁ちょっと、ちょっと! 旦那、困りますよ! その荷物は次の船
に運び込む商売品です。勝手に開けるわけにはいきませんよ!﹂
﹁早くしろ﹂

2069
﹁うぇ!?﹂
 怒鳴り込んだ現場責任者のオヤジに、使者は抜剣した剣先を向け
る。
 逆らえば本気で﹃切る﹄と目で訴えていた。
 賑わっていた船着き場も、異変に気が付き静まりかえる。
 野次馬たちがどうなるのかと固唾を飲んで見守っていた。
﹁ガンスミス卿、よろしいですか?﹂
﹁⋮⋮分かりました。彼らの指示に従ってください﹂
﹁たく、この忙しいって時に︱︱﹂
 オヤジは文句を告げながらも、使者の指示に従い次々荷物を開け
ていく。
 釘で打ち付けているが、男達は慣れているためスムーズに開封し
ていく。
 品物の中身は野菜、肉、火酒、衣料などだ。
 全部、次の船へ積み込む生活物資や他大陸に持ち込む輸出品であ
る。
 責任者のオヤジが嫌味っぽく使者へと言葉をかける。
﹁旦那、もちろん傷んだり、汚れたりしたらそっちでお支払いいた
だけるんですよね?﹂
﹁⋮⋮邪魔したな。もういいぞ﹂
﹁ったく、おう! オマエら中身汚さないよう丁寧に蓋を塞ぎ直せ
!﹂
 オヤジは部下達に指示を飛ばし、再び使者達の船に荷物を運び入

2070
れ始める。
 使者は剣をしまいながら、オレ達の側へと戻ってくる。
﹁すみません、ガンスミス卿。余計なお手間を取らせてしまいまし
て﹂
﹁いえいえ、大した手間ではありませんから﹂
 オレは笑顔を浮かべて彼らの行動を咎めず、何も無かったように
流す。
 以後は特に問題は無くスムーズに出航準備が整う。
 オレは使者達と握手を交わし、彼らの船旅を見送った。
 スノーの両親を乗せた船が、ゆっくりと北大陸を離れていく。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 使者達を乗せて、大国メルティアの船が外洋へと出る。
 事件が起きたのは日が落ちた夜、夕食時のことだ。
 船が大きく振動する。
 使者2人が慌てて船長室へと駆け込む。
﹁船長! なんだ今の揺れは! 何があったんだ!?﹂
﹁わ、分かりません! 突然、船底に大穴が空いたらしく、この辺
に座礁するような岩もありません。恐らく誤って大型の生物と衝突

2071
したのか⋮⋮﹂
 使者達の顔が青ざめる。
﹁事故原因などどうでもいい! 船底に大穴だと!? 今すぐ船員
を船底に派遣して、底に閉じこめていた夫婦と指輪を回収させて来
い! 今すぐにだ!﹂
﹁何を馬鹿な! 彼らはとっくに海へと投げ出されてますよ! 暗
い海、この水温ではとっくに亡くなっています。それよりこの船は
まもなく沈みます。あなた方も救命ボートにお乗り下さい!﹂
 使者達の顔は青を通り越して、白くなる。
 夫婦死亡、指輪回収失敗。
 その原因は不慮の事故だ。誰を責める訳にはいかない。しかし失
敗は失敗。彼らの経歴に傷が付くのは避けられないだろう。
 こうしてスノー両親と指輪は外洋の深い海の底へと沈み消えてし
まった。
 船沈没時、リュート達もちょうど夕食を摂っていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ノルテ・ボーデン。
ピース・メーカー
 城の食堂でPEACEMAKERメンバー、アム︱︱そしてスノ
ーの両親が夕食を楽しく摂っていた。

2072
 オレはワイングラスに注がれた酒精で唇を潤し、作戦成功を祝っ
ていた。
﹁今頃は船底に大穴が空いて沈んでいる最中でしょうね﹂
 スノーの両親は夕食の手を止めて、深々と頭を下げてくる。
﹁この度は、助けて頂き本当にありがとうございます﹂
﹁これで自分達は死んだ身。もう追われることはないだろう﹂
 アリル、クーラの順番に言葉を重ねる。
 オレ自身、自分の立てた作戦が上手くいって安心した。
 船着き場で使者達に見せた、柩型ベッドにいたスノーの両親は確
かに本物だ。
 大量の生活物資や荷物と一緒に彼らを船底へと運び込んだ。
 途中でスノーの両親は、柩型ベッドの底から人形と入れ替わり脱
出。
 誤ってメルティア船に入れた荷物の底に入り込み、タイミングを
見計らって現場責任者の一喝で紛れ込んだ荷物ごと船から脱出した
のだ。
 運び出された荷物を使者達の指示で開けた時は肝が冷えたが、出
し抜く自信は十分あった。
 荷物は釘で蓋を閉められていた。
 そのため中に入るため、蓋を開けようとすればその形跡が確実に
残る。しかし、どの荷物にもそんな痕は残っていなかった。

2073
 だから彼らは荷物に誰もいないと納得し、スノーの両親を見逃し
てしまったのだ。
 実際は前にルナがオレ達の飛行船に紛れ込んだ時のように荷物の
底が二重になっており、彼らはそこへ隠れていた。
 では、どうやって荷物内部へ上蓋を開けず隠れることが出来たの
か?
 頭の硬そうな使者達には分からなかったらしいが、正解は︱︱荷
物の底が引き戸になっていたのだ。
 後は滑り込み内側から鍵をかければ、アクシデントがあっても誤
って開くことは無い。
﹃上蓋に何の細工もなかったため、荷物に隠れている様子は無い﹄
という心理的油断を突いた簡単なトリックだ。
 後はスノーの両親と一緒にメルティア船に運び込んだ荷物の底に、
対戦車地雷を設置。
 ごくごく原始的な時限信管をセットし、外洋に十分出たら爆発す
るようにした。
 スノー両親の人形や魔術液体金属で作った偽﹃番の指輪﹄は海の
底。この世界の技術、魔術を駆使しても決して届かない場所へと沈
んだ。
 これで証拠隠滅は完了。
 事情を知るオレ達以外からすれば、スノー両親は確実に死亡した
ように見えるだろう。
﹁それでこれからどうします? お2人は死んだ身です。もしさら
に身を隠したいのなら、魔人大陸の知り合い︱︱クリスの実家にな

2074
るんですが、そこに頼めば住む場所や働き先も世話してくださると
思いますよ?﹂
 妖人大陸とは正反対の魔人大陸。
 人種族が珍しいから、彼らを探す調査員が姿を現せばすぐにばれ
てしまう。
 また奥様なら事情を理解して、人目に付かない仕事や住む場所を
斡旋してくれるだろう。
 クリスも﹃遠慮しないでくださいね。スノーお姉ちゃんのご両親
なら、私の両親でもあるので﹄と積極的にミニ黒板で告げる。
 スノー両親は互いに顔を見合わせると⋮⋮
﹁ご厚意は嬉しいのですが、私達は北大陸の奥地⋮⋮白狼族の村で
一生を過ごそうと思っております﹂
﹁村を出ず、街へ近づかなければまず見付からないでしょう。もし
怪しい人物が近づいてきてもすぐに分かり、隠れる場所にも困らな
い﹂
 確かに雪山は白狼族のテリトリー、得意分野だ。そこに身を隠せ
ばまず見付かることはないし、仲間思いの白狼族が裏切り密告する
心配もない。
 どうやら今後のことを心配する必要はなかったようだ。
2075
第189話 トリック︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、8月16日、21時更新予定です!
ね、眠い⋮⋮。
2076
第190話 歓送会
 スノー両親の問題も解決した一週間後、夜。
 オレ達は新・純潔乙女騎士団がある獣人大陸へと戻るため、レン
タル飛行船をチャーターした。
 飛行船の大きさはメイヤのより一回り以上小さい。
 この飛行船には工房を付ける必要がないため、それでも問題はな
いが。
 このレンタル飛行船で獣人大陸の港街まで移動する予定だ。
 そこで飛行船を港街にある支店へ返却して、新・純潔乙女騎士団
のあるココリ街へと馬車を借りて戻る手筈になっている。
 現在は調整、メンテナンス、必要物資の搬入が行われているはず
だ。

2077
 遅くても明日の昼頃には出発できる。
 もちろん費用は全て現領主であるアム・ノルテ・ボーデン・スミ
スが負担すると約束し、実際に支払ってくれている。
 明日の昼には北大陸を旅立つため、今夜は大広間で歓送会を開い
てくれた。
 クリス実家でやった祝賀会のような立食形式で、白狼族のほぼ全
員が会場に集まっていた。
 彼らは自分達の不当な差別を打ち消し、オールの魔の手から救っ
ピース・メーカー
てくれたオレ達PEACEMAKERに感謝し、別れを惜しんでく
れる。
 会場のあちこちで、メンバーが白狼族達に捕まり雑談を楽しんで
いた。
 オレはというと北大陸料理に舌鼓を打ちながら、今回の主催であ
るアムとなぜか彼の側に夫人のように立つアイスと雑談を交わして
いた。
 アムはワイングラスのようにくびれた杯を片手に持ち、前髪を弾
く。
﹁もう獣人大陸に帰ってしまうなんて寂しい限りだ。後10年ぐら
ここ
いはこっちにいてくれてもいいんだが⋮⋮。城を自分の実家だと思
ってくつろいでくれたまえ!﹂
 10年は長すぎるし、城を実家だとは思えるわけないだろうが⋮
⋮。
﹁いや、気持ちはありがたいが、さすがにそろそろ戻らないと。予

2078
定より日数がかかっているし、他の娘達に仕事を押し付けちゃって
るから﹂
﹁ならしかたないわね。残念だけど。でも、いつかまた皆で遊びに
来て。観光地や他の街とか案内するから﹂
﹁もちろん。いつか絶対にまた来るよ。なんていったって、スノー
の一族がいる場所だからね﹂
 アムの奥様のようにすぐ側に立つアイスが、微笑を浮かべて話し
かけてくる。
 彼女にもお世話になったな。
 アイスがいなければスノーを助けることが出来なかったかもしれ
ない。
 スノーといえば⋮⋮
 オレはアムへ水を向ける。
﹁そういえば結局、スノーを賭けた3本勝負はどうなったんだ?﹂
 オレが話題を振ると、アイスの表情が微笑が消える。
 表情は変わらないが、目に鋭い刃のような光が灯った。
 まるで﹃折角、アム様が忘れていることをわざわざ掘り返さない
でよ!﹄と言わんばかりの眼光だ。
 すみません、正直空気を読まなすぎた。
 しかし、アムの態度は今までの﹃押せ押せ﹄ではなく、哀愁を漂
わせる。
 微苦笑を浮かべ、歯の光も弱々しい。
﹁そんなのぼくの惨敗に決まっているじゃないか。ぼくはミス・ス

2079
ノーが囚われ、処刑されるというのに牢屋から出ることすら出来な
かった。彼女のことを自分の命に代えても守ると誓っていたが、結
果はご覧の通り⋮⋮。ぼくはミス・スノーを娶る器ではないという
ことさ﹂
 でも、と彼は続ける。
ピース・メーカー
﹁街を救ってくれたPEACEMAKERに恩義を返すためにも、
もし将来君達が危機に陥ったら必ず助けに行くと改めてぼくは誓お
う。今度こそ、この誓いをぼくは果たそうと思う。いいだろうか?﹂
﹁もちろん。それにもしまた何か問題が起きたら、連絡をくれ。僕
達でよければ力を貸すよ﹂
 オレとアムはどちらか促した訳ではなく、自然と握手を交わして
いた。
 側に立つアイスも瞳から刃のような光を消し、和やかに見守って
いる。
 アムは手を離すと、光を取り戻し髪を靡かせ、前歯を最大で光ら
せる。
﹁ははっは! ミスター・リュートとはミス・スノーを奪い合った
ライバルだったが、これから永遠のライバルと書いて﹃親友﹄と呼
ぼうじゃないか!﹂
 いや、それはちょっと⋮⋮
﹁さすがですアム様﹂
 アイスは恋する乙女の瞳で彼を全肯定する。
 なんという茶番劇。

2080
 甘すぎてお腹いっぱいだ。
 アム、アイスと話を終え2人から離れる。
 いつまでも他人のイチャイチャ︱︱アムを甲斐甲斐しく世話する
アイスの姿なんて見ていられない。
 改めて周囲を観察する。
 まず目についたのはシアだ。
 彼女はなぜかメイド達に囲まれていた。
﹁シア様、明日でお別れなんて寂しすぎます﹂
﹁どうか、このままノルテで私達を導いてください﹂
 メイド達は涙し、シアとの別れを惜しんでいた。
 シアはそんな彼女達の肩に手を置き、1人1人に言葉をかけてい
た。
﹁ここに残ることは出来ません、若様達が行く場所が自分の居る場
所なのですから。皆も教えを忘れずメイドとして精進するのですよ﹂
﹃シア様!﹄
 メイド達はシアに抱きつき、涙する。
 どこの教祖かとツッコミを入れたくなるやりとりだった。
 クリスの回りにもシアのように人が集まっている。
 こちらは白狼族男性陣だ。

2081
雪滑り
 雪崩を起こしに付いていった白狼族男性達が、クリスの手腕を熱
く語っている。
 白狼族では狩猟が上手い男性ほど、村人から尊敬の念を抱かれ、
異性にもてる。
 そのためクリスの超絶技能に白狼族男性達は目を輝かせ少しでも
話を聞こうと集まっているのだ。
 クリスも言葉少ないが、一生懸命質問に答えていた。
﹁クリスさん、自分は獲物との距離感がいまいち把握するのが苦手
で⋮⋮﹂
﹃まず頭の中に100mの物差しを想像するんです。それを獲物と
自分の距離に当てて︱︱﹄
 質問が終わると、その後ろに並んでいた白狼族男性が次の質問に
来る。
 もちろんただ迫るだけではない。クリスの疲れを把握し、適度な
休憩を挟みながら質問を続けているようだ。
 休憩中は皆、白狼族男性が持ってきた飲み物や食べ物を食べる。
当然中心にいるのはクリスだ。
 そこだけ見ると、クリスが白狼族男性達をはべらせているように
見えなくもない。
 この光景だけ切り取ると、すごく不健全な匂いがする⋮⋮。
 正反対にほのぼのとしているのは、リースだ。
 彼女の回りには子供達が集まり、楽しそうに歓談している。
 まるで幼稚園のクリスマス会といった感じだ。
﹁リースお姉ちゃん、これ美味しいよ。食べて﹂

2082
﹁本当に美味しいですね﹂
﹁あたしのも食べてリースお姉ちゃん﹂
 白狼族の子供達は料理をフォークで刺し、リースに食べさせてい
た。
 リースも子供好きらしく、頬を弛め差し出される料理を食べたり、
時にお返しという形で子供達に料理を食べさせ合っていた。
 本当にほのぼのする風景である。
 最後はメイヤだが⋮⋮彼女の周囲には白狼族のお年寄り達が集ま
っていた。
﹁たしかにこの世界を作り出したのは天神様かもしれません⋮⋮で
すが今後、この世界の秩序、平和、皆を導くのはリュート様しかあ
りえません。つまり、リュート様こそこの世界に舞い降りた新たな
神なのです! さぁ、皆さんも生き神であるリュート様を崇め奉り
ましょう! そうすれば必ず幸福が訪れます! その証拠に白狼族
に危害を加えようと画策した愚か者は、身の程も知らずリュート様
に刃向かい計画は失敗。地下牢へと一生繋がれることになりました
! また約100体の巨人族が迫っておりましたが、リュート様の
天才的叡智により︱︱﹂
 彼女は料理に手も付けず、延々と老人達へ向かって話し続けてい
る。
 しかも老人達も何を考えているのか、黙って彼女の話を聞いてい
る。中にはありがたがってメイヤに向けて手を合わせている人まで
いた。
 なんという宗教儀式!

2083
 怪しすぎるだろう⋮⋮。
﹁リュートくん、ちゃんとご飯食べてる?﹂
 先程まで白狼族女性陣と楽しげに会話をしていたスノーが、輪を
抜け出して声をかけてくる。
﹁もちろん、ちゃんと食べてるよ。スノーの方こそちゃんと食べて
るのか? さっきから話ばかりしてるようにしか見えなかったけど﹂
﹁わたしは皆が色々持ってきてくるから、逆に食べ過ぎでお腹ぱん
ぱんだよ﹂
 スノーはお腹を軽く両手で叩いてアピールしてくる。
 その仕草が可愛らしくついつい笑みをこぼしてしまう。
﹁そうだ。今日、来られなかったお父さんとお母さんから、リュー
トくんへの伝言を頼まれてたんだ﹂
 オレの顔を見て用事を思い出したのか、手を叩く。
 スノーの両親アリル、クーラは今夜の立食パーティーに参加して
いない。身内しかいないとはいえ、街に顔を出すのは危険だからだ。
だから、会えない代わりにスノーへ言伝を頼んでいたのだろう。
﹁あのね﹃助けてくださって本当にありがとうございます。娘のこ
とをこれからも宜しくお願いします﹄だって﹂
 お願いされなくても、スノーのことは一生をかけて守っていくつ
もりだ。

2084
 もちろん他の嫁達や仲間も含めてだ。
 話が途切れると、スノーと2人並んで全体をぼんやりと眺める。
 パーティーは続く。
 オレ達の目の前で皆が楽しそうに歓談し、笑い合っている。
 心が温かな感情に満たされる。
 出来ることなら、このまま時間が止まって欲しいと思えるほどの
幸福を、オレは全身で感じていた。
 気付けばスノーがオレの手を握り締めていた。
﹁スノー?﹂
﹁わたしね、今とっても幸せだよ。リュートくんが居て、クリスち
ゃん、リースちゃん、メイヤちゃん、シアさん⋮⋮そして一族のみ
んなやお父さんとお母さんにも再会出来て、みんなが居てくれて本
当に幸せだよ﹂
 彼女はオレを見上げて笑う。
﹁リュートくん、わたしをいっぱい、いっぱい幸せにしてくれてあ
りがとう﹂
﹁こちらこそ、オレのことを幸せにしてくれてありがとうな﹂
 オレ達は互いに笑い合う。
 皆の歓談をBGMに。
 幸せを心と体いっぱいに感じながら︱︱
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2085
 リュート達が歓送会を受けている同日、同時刻。
 とある場所で1人の女性がある報告に涙を流していた。
 黒いドレスに手袋、背中に流れる黒髪。
 顔まで黒のレースで隠しているため、まるで闇が人型をしている
ようにも見える。
 黒闇の女性が報告を聞き返す。
﹁ケスラン王国の王子、リュート様が生きていらっしゃったなんて
⋮⋮。それは本当なんですか、ララさん?﹂
﹁はい、お姉様。リュート様は生きておられます﹂
 女性の前に片膝を付き、頭を垂れる女性。
 リース、ルナの姉にしてハイエルフ王国エノール、元第一王女、
ララ・エノール・メメアだ。
﹁生きていてくださった⋮⋮。私の許嫁である、リュート様が⋮⋮﹂
 ララの言葉に、お姉様と呼ばれた女性が涙を拭う。
 その指の動きによって彼女が被っているレースがめくれる︱︱そ
のお陰で横から見ていた人物がいれば、気付いただろう。
 彼女の額に、黒い星のような痣があることに。
﹁リュート様を迎えに行きましょう。そして、私たちの国王、そし
てその妃となってケスラン再建という悲願を達成いたしましょう﹂
﹁その際、邪魔をするものは我らプレアデスの手で排除させて頂け
れば幸いです﹂
﹁ええ、ララさん。その時は是非、お力をお貸し下さいね﹂

2086
 そして女性は夢みるように告げる。
﹁リュート様、お待ちになっていてください。もうすぐお迎えにあ
がります⋮⋮あぁ、﹃たとえ空が堕ちて潰されようとも破れない不
滅の契り。死が我らを分かつまで、我ら黒星と共に﹄﹂
                         <第10章
 終>
次回
第11章  少年期 天神教編︱開幕︱
2087
第190話 歓送会︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、8月18日、21時更新予定です!
活動報告を書きました。
よかったらご確認ください∼。
2088
第191話 亡国の王子
 リュート、16歳
 装備:H&K USPタクティカル・ピストル︵9ミリ・モデル︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 スノー、16歳
 魔術師Aマイナス級
 装備:S&W M10 2インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 クリス、15歳
 装備:M700P ︵スナイパーライフル︶
:SVD ︵ドラグノフ狙撃銃︶

2089
 リース、182歳
 魔術師B級
 精霊の加護:無限収納
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 装備:PKM︵汎用機関銃︶
   :他
 レンタル飛行船を借りて、ノルテ・ボーデンを旅立った。
 メイヤ所有の飛行船より一回り以上小さいため個室は無く、ひと
部屋を二人で使ってもらっている。やや窮屈だが、獣人大陸に帰る
までの我慢だ。
 そして旅立った翌日、午後。
 飛行船が安定飛行に入ったため、皆にリビング兼食堂に集まって
もらった。ようやく落ち着いたので、皆にオレ自身の身分を明かす
ためだ。
 オレが亡国ケスランの王子で、大国メルティアに狙われるかもし
れないこと。実父は既に亡くなり、実母は行方不明ということ。
 この真実を知っているのはスノーだけだ。
 全員に一度で説明するタイミングがなかなか取れず、これほど遅
くなってしまった。
 今回、このことを話す理由は、皆にオレの立場を知って欲しいか
らだ。それはスノー、クリス、リース、シア、メイヤの皆を信じて
いる証明でもある。
 もし仮に彼女達のせいでオレが亡国ケスランの血族の生き残りだ

2090
と知られても、後悔はしない。
 またこのことを知った上で、今後の行動について皆に広く意見を
求めるつもりだ。
 オレ一人で悶々と考え込んだら偏った意見しか出てこないだろう。
しかし、三人寄れば文殊の知恵、きっとスノー達に聞けば今後どの
ようにすればいいか良いアイディアが出てくるはずだ。
 まずクリスの意見。
﹃星形の痣云々は口に出さなければ問題無いと思います。今後は肌
の露出に気を付ければ、知られることはないです。仮にメルティア
に知られて、リュートお兄ちゃんを狙うなら、私がメルティアの王
様の脳天を吹っ飛ばします。お兄ちゃんには指一本触れさせません﹄
 クリスは鼻息荒く。
 どこから取り出したのか、SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を手に闘
志を燃やす。
 続いてリースの意見。
﹁私の実家は長年メルティアとは友好的な関係を築いてきました。
なのでたとえ知られたとしても、ハイエルフ王国エノールを通せば
穏便にすませることが出来るでしょう。なのであまり神経質になら
なくても大丈夫ですよ。仮にメルティアがそれでもリュートさんを
狙うというのであれば、滅ぼしましょう。大丈夫です。その際は、
私がなんとしてもお父様達に話をつけてエノールの兵士全員で突撃
してみせます﹂

2091
 笑顔のまま淡々と断言する。
 前に護衛メイド見習いのお尻を触ろうとして、未遂に終わった時
の100倍迫力がある笑顔だ。
 次はスノー。
 彼女も前、妻二人の意見に同調する。
﹁クリスちゃん、リースちゃんの言う通りだよ! もしリュートく
んに手を出そうとするならわたし達が倒すんだから! その時は師
匠にも頼んで力になってもらうよ!﹂
 スノーの師匠は﹃氷結の魔女﹄と畏怖される魔術師S級の妖精種
族、ハイエルフ族だ。まだ会ったことは無いが、どうもスノーを気
に入っているらしい。
 彼女が頼めば本当に力を貸してくれそうだ。
 さらにシアが冷静な口調で告げた。
﹁奥様方の仰る通りかと。口に出さなければ痣の件が漏れることは
ありませんし、問題がおきれば姫様の実家を頼られればよろしいか
と。それでもちょっかいを出そうというのであれば、コッファーを
量産いたしましょう。兵士一人につき、一つのコッファーを持たせ
れば、たとえ大国メルティアといえど滅亡は必然かと﹂
 シアのコッファー万能説。

2092
 なんだよ兵士一人につきコッファーって⋮⋮。
 そこまでいったらAK47持たせる方が早いだろう。
 最後はもちろんメイヤだ。
 彼女は体中の穴という穴から血を噴き出す勢いで怒り狂う。
﹁天と地と民を照らす唯一にして絶対の生神! 天才魔術道具開発
者であらせられるリュート様の国を滅亡させ、ご両親を亡き者にし、
あまつさえリュート様そのものを狙うかもしれないなどと! たか
だか一大陸の覇者程度が身の程を弁えない愚かな所業! 決して許
される物ではありません! 今すぐ、すぐさま、殲滅しましょう!
 メルティアという国が存在した痕跡一つ跡形も残さず! 王族共
に至っては親類縁者のみならず、恋人、友人など、その家族共々ま
で鉄槌を下すべきですわ!﹂
 メイヤさん、怖い怖い。
 なんだよ、親類縁者のみならず恋人、友人などその家族共々まで
鉄槌を下すって。前世のメキシコマフィアの手口か!
 一通り意見を求めた結果、オレ以外全員が﹃メルティア王国殲滅﹄
を提案してくる。
 うちの嫁や仲間達、好戦的過ぎるだろう⋮⋮。
 いや、皆の怒ってくれる気持ちは嬉しいけどね。
﹁とりあえず、みんな落ち着いてくれ。別に僕はメルティアを恨ん
でいるとかじゃないから。産まれる前の話で、ケスラン王国を復活

2093
させようとか野心を抱いているわけでもない。大国に喧嘩を売るつ
もりはないから。⋮⋮もちろん、あちらが手を出してきたら防衛す
るつもりだけどね﹂
 こんな感じで皆の意見を纏めた。
 とりあえず、痣に関しては皆が口外しない限り問題無し。今後は
肌の露出に気を付ける。
 孤児院に戻って痣に関してエル先生達に口止めはしない。下手に
つついてやぶから蛇を出す必要はないからだ。
 むしろ肩の痣より、銃器開発の方に目がいって誰もそんなことは
覚えていないだろう。
 またもし痣のことがメルティアにばれ、より緩く作ってある特性
もあり、触手を伸ばしてきたらハイエルフ王国に矢面に立ってもら
おう。
 結界石破壊を救い、一部ハイエルフの暴走に付き合わされたりな
ど貸しならある。
 また最悪の事態︱︱ハイエルフ王国が仲介に立ってもメルティア
が止まらない場合、踏み止ませる抑止力になるだけの兵器を開発し
ておくべきだろう。
 しかし、そこまで行くとさすがに自分1人でどうこう出来るレベ
ルではなくなる。
 専門の研究所を新・純潔乙女騎士団本部に開設して、時間をかけ
て兵器開発をおこなっていくべきだ。
 備えあれば憂いなし。

2094
 またこれを機会にいくつかアイディアがあるオリジナル兵器を製
作したい。
 こちらも兵器開発同様、時間を見付けて進行させて行きたいもの
だ。
﹁それじゃとりあえず痣に関しては今後、口外しないこと。今後オ
レは肌の露出は控える。そしてメルティア側から手を出してきたら、
ハイエルフ王国に仲介してもらうということで﹂
 オレのまとめに皆が同意の声をあげる。
 飛行船は穏やかに新・純潔乙女騎士団がある獣人大陸を目指し飛
行していた。
第191話 亡国の王子︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、8月21日、21時更新予定です!
書籍化進捗情報を活動報告へアップしました。
見て頂ければ幸いです。
2095
第192話 獣人大陸での再会
 レンタル飛行船を獣人大陸の港街で返す。
 そこから馬車をココリ街までレンタルして、新・純潔乙女騎士団
本部へと帰ってきた。
 馬車での移動途中、顔見知りになっていた商人達とすれ違い声を
かけあう。
 北大陸では色々ありすぎたため、まるで何年かぶりに帰ってきた
ような感覚だ。
 ココリ街に到着すると寄り道せず、真っ直ぐ新・純潔乙女騎士団
本部へと帰った。馬車は後日レンタル屋に返すことになる。
 グラウンドでは10人の新・純潔乙女騎士団メンバーが訓練に励
んでいた。

2096
 新・純潔乙女騎士団では、20人が街を守護して、本部待機をす
る10人が訓練をするシステムになっている。
 今日はシアの下についているメイド達だ。
 訓練している団員が全員メイド服で、室内に見立てた木の枠組み
内部で動き方、攻撃方法、突入方法などの訓練をおこなっている。
 オレ達に気付くと、訓練の手を止め駆け寄ってきた。
 代表して妖精種族、フーリ族のミーリアが言葉をかけてくる。
 前にシアがメイド訓練として、オレにお尻を触らせようとしたメ
イドだ。
﹁お帰りなさいませ、若様、奥様方、メイヤ様、そしてシア様﹂
﹃お帰りなさいませ!﹄
 ミーリアの言葉に合わせて他メイド達が一礼する。
 オレは軽く手を挙げ挨拶を返す。
﹁ただいま。訓練を邪魔してごめんな。僕達がいないあいだ、何か
問題はあったかい?﹂
﹁街の警邏に関しては細々とした揉め事が起こりましたが、こちら
で対処出来る物だけでしたので問題ありません。ガルマ顧問が事務
を放棄し逃げ出そうとしたので捕らえ、現在は軟禁している最中で
す﹂
 ガルマはエル先生の知り合いで、元純潔乙女騎士団の顧問を担当
していた。
 新・純潔乙女騎士団になってから、顧問引退を考えていたらしい
が無理矢理引き止めた。事務仕事、交渉役など仕事は山ほどあるた
めだ。

2097
 オレ達はその仕事を手伝ったりしていたが、ここ最近はずっと北
大陸へ行っていた。
 そのため、事務仕事などはうんざりするほど溜まっていたのだろ
う。
 彼の苦労は分かる。だが、だからと言って逃がす訳がない。今さ
ら一人、楽をしようとおもうのが間違いなのだ。
﹁ナイス判断だ。今後もガルマ顧問が逃げ出そうとしたら捕らえて
いいから、僕の権限で許す﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
 メイド達の元気な声がグラウンドに響く。
﹁他には何かあったかい?﹂
﹁はい、2つほど。1つは若様にお会いしたいという天神教司祭様
と巫女様がいらっしゃいました。しかし若様が不在で何時ご帰宅す
るか分からない旨をお伝えしたところ、ご帰宅したらご連絡頂きた
いと言付けをお預かり致しました﹂
﹁⋮⋮天神教の司祭と巫女?﹂
 オレは首を捻る。
 天神教とはこの世界を作り出した天神様を崇める宗教だ。
 この異世界でもっともメジャーな宗教である。
 実際、オレとスノーがいた村でも、秋の収穫祭で天神様に捧ぐ献
花を子供達だけで採って来るという宗教儀式をおこなってきたぐら
いだ。
 しかし、前世の地球、キリスト教やイスラム教のような厳格さは
なく、神道に近い。
 この異世界の一般生活に宗教儀式が浸透しているようなものだ。

2098
 そんな天神教の司祭&巫女がいったいオレに何のようだ? まさ
か異端審問会にかけられ裁かれるとかじゃないよな。
 オレの不安に気付かず、ミーリアが報告を続ける。
﹁最後に、その⋮⋮﹂
﹁ミーリア、報告ははっきりと正確に。基本中の基本として教えた
はずですよ﹂
﹁失礼しました、シア様﹂
 ミーリアが言い淀んだことをシアが叱責する。
 彼女は一礼すると、改めて報告を続けた。
﹁最後にクリス様のご友人、リース様の妹君を名乗る方々が客室に
お泊まりになっていますが、いかがなさいましょう?﹂
 ⋮⋮ミーリアの言葉がすぐに理解出来なかった。
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁リューとん、お姉ちゃん、お帰りなさい!﹂
﹁お帰りなさい、クリスちゃん! リュートさん、皆さん! お久
しぶりです!﹂
﹁本当に久しぶりよね。ちらほら、知らない顔も交じっているよう
だけど。ほら、カレンも挨拶をしなさい﹂
﹁ちょっと待て、今逆転の手を考えているから話しかけるなミュー
ア! 10連敗などビショップ家の⋮⋮って! クリス達が帰って

2099
きたのか!?﹂
 発言の順番に紹介すると︱︱リースの実妹で、ハイエルフ王国、
エノールの第3王女、ルナ・エノール・メメア。背はクリスと同じ
くらいで、金髪ツインテールの美少女だ。
 そしてクリスの幼馴染み3人組、3つ眼族のバーニー・ブルーム
フィールド。
 見た目は普通のセミロングの可愛らしい人間だが、額にも眼があ
る。
 だから3つ眼族と呼ばれている。
 次が下半身が蛇で上半身が人のラミア族、ミューア・ヘッド。
 下半身は蛇のままで、上半身は着物のような衣服に袖を通してい
た。胸も大きく、クリスと同い年とは思えないほど色っぽい。
 そして最後は下半身は馬で、上半身は女性。
 ケンタウロス族のカレン・ビショップだ。
 髪型も一族名にひっかけているのか長いポニーテールにしていた。
 カレンはルナとリバーシをしていた。
 盤面は真っ黒で、白のカレンが逆転できる形勢ではない。
 いや、そんなツッコミよりなぜ彼女達がここにいるのかだ!
 オレが疑問を口にするより早く、リースが実妹に問い質していた。
﹁ルナ! どうしてここに! 貴女は竜神大陸にいたはずでしょ!
?﹂
﹁だって、いつまで経ってもお姉ちゃん達が戻って来なかったから

2100
寂しかったんだもん。だいたい異国の地、他人の自宅に実妹を長年
放り出すなんていくらなんでも非常識過ぎない?﹂
﹁うぅ、そ、それは⋮⋮﹂
 痛い所を突かれてリースが黙る。
 姉なのに妹のルナに口でやりこめられるとは⋮⋮。
﹁そして竜神大陸で暇してたら、カレン達が尋ねてきて意気投合し
たんだ!﹂
 オレ達の視線がクリスの幼馴染み3人組に向けられる。
﹁皆様はどうしてここに? いえ、まずどうして竜神大陸へ行かれ
たのですか?﹂
﹁リュートさん、もう貴方はブラッド家の執事ではないのでしょう
? だから、私達のことは友人として接して欲しいのだけど、駄目
かしら?﹂
 ミューアが大人っぽい色香を振りまき小首を傾げる。
﹃友人として接して欲しい﹄、そう言われたら、確かに断る理由は
ない。
﹁もちろんです、じゃなくて⋮⋮もちろんだよ。それで3人はどう
してここに?﹂
﹁実はわたし達、魔人大陸の魔術学校を卒業して、クリスちゃんか
レギオン
らリュートさんが軍団を作ったって手紙で知ってたんです。だから、
ピース・メーカー
どうせならクリスちゃんが居るPEACEMAKERに就職出来な
いかと思って尋ねてきたんです﹂
 3つ眼のバーニーが説明する。

2101
 3人とも無事、魔人大陸にある魔術学校を卒業し、魔術師B級の
魔術師になったらしい。
 ⋮⋮魔術師のランクまで一緒なんて仲が良いな。
 そしてカレンが説明を引き継ぐ。
﹁しかし竜神大陸にある自宅を訪ねたら、クリス達が居なくてな。
そこでルナと出会って、リュート達が獣人大陸へ行ったことを教え
られた。それで彼女の案内でこのココリ街まで来たのだ﹂
 そしてオレ達が北大陸から戻るまでの間ずっと、新・純潔乙女騎
士団本部で待っていたわけか⋮⋮。行き当たりばったりもいいとこ
ろだな、留守だったら追い返されるとは考えなかったのだろうか。
 まあ、ルナはリースの実妹で顔を見れば分かるし、年齢を考えれ
ば不審人物ではないから、大丈夫か。それにカレン達3人はクリス
の幼馴染みで、これまで送り合っていた文通の手紙などを見せれば
皆に信じてもらえるか。
 それにこうして会えたんだ、結果オーライだな。
 ちなみに彼女達の希望職は︱︱
 3つ眼族のバーニー・ブルームフィールドは事務、会計、経理希
望。
 ラミア族、ミューア・ヘッドは外交担当を希望。
 ケンタウロス族のカレン・ビショップは、クリスと轡を並べて戦
いたいと希望する。つまり兵士として戦いということでいいんだよ
な?

 さらにクリス幼馴染み3人から刺激を受けたのか、ルナまでPE

2102
ース・メーカー
ACEMAKER入りを希望してきた。
 もちろんリースが反対する。
﹁何を言っているのですか! 勉強の方が大切に決まっているでし
ょ! 入団なんて認めません! ルナはすぐに竜人大陸へ帰りなさ
い!﹂
﹁さっきも言ったけど、お姉ちゃんは異国の地、他人の自宅に実妹
を長年放り出すなんていくらなんでも非常識過ぎない? 保護者と
してそれはどうなの?﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
 ルナは再び急所を突く。
 リースは反論できず言葉を詰まらせてしまう。
 ルナは攻勢の手を弛めず、さらに自分を売り込んでくる。
﹁それにリューとん、これから団員達も増えていくんでしょ? だ
ったら、ルナを軍団に入団させておいたほうがお得だよ。ちょっと
見てて﹂
 彼女は魔術液体金属が入った小樽をテーブルの下から取り出し、
自身の性能を見せる。
 彼女は手を入れ、魔力を流し込む。
 まるで手品のように、魔術液体金属はAK47そのものになる。
﹁!?﹂
 ルナは魔術液体金属から直接、AK47を生み出したのだ!
 オレ達でさえ、部品をひとつ、ひとつイメージして作り出し組み
立てているのにだ!

2103
﹁はい、手にとって確認して見て問題は無いはずだよ﹂
﹁お、おう﹂
 ルナから出来たてほやほやのAK47を受け取る。
 各主部品を分解し、テーブルに並べる。
 銃身内にはちゃんとライフリングが刻まれている。
 問題なく使えそうだ。
﹁嘘だろ。いったいどうやって⋮⋮﹂
﹁だって、リューとん達が帰ってくるまで暇だったから、AK47
を借りて分解して全部パーツを覚えちゃったんだよ。後はそれをイ
メージして魔術液体金属に魔力を流せば完成でしょ?﹂
 簡単に言ってくれる。
 一番初期、魔術液体金属を手に入れた初め、オレもルナのように
一括でリボルバーを作り出そうとした。
 しかし、イメージする部品があまりに多く、複雑で断念した。
 それを彼女はAK47でやってみせたのだ。
 だが、彼女なら出来ても不思議ではない。
 ルナは一度見たら二度と忘れない、完全記憶能力者だ。
 もちろんAK47の部品同士が他より緩く作ってある特製もあり、
ある程度の誤差を吸収しているのかもしれない。
 それでも規格外の力だ。
 彼女が居れば、どれだけ団員数が増えてもAK47や他の銃器を
安定して作り出すことが出来るかも知れない。
 これから研究所を作るにあたって正直、喉から手が出るほど欲し
い人材だ。
 しかし、リースの手前もあり、軽々に採用する訳にはいかない。

2104
 折衷案として、提案する。
﹁それじゃ4人には入団試験を受けてもらう。もし無事通過するこ
とが出来たら、ルナも採用っていうことで。リースもそれでいいか
?﹂
﹁⋮⋮リュートさんがそう仰るなら。ですが、妹だからと言って試
験中甘い顔はしませんからね﹂
﹁ありがとうお姉ちゃん! リューとん!﹂
﹁他の三人もそれで問題ない?﹂
 ミューア達にも了承を取る。
﹁入団試験って一体何をするの?﹂
 3つ眼族のバーニーが不安そうに尋ねてくる。
うち
﹁PEACEMAKERは特殊な魔術道具を使っているだろ? だ
から、その道具に慣れてもらうための訓練をしてもらうんだよ﹂
﹁うぅ∼、わたし、戦うとか苦手だから事務希望なのに。でも、ク
リスちゃん達と一緒に働くためにも頑張らないと﹂
﹃頑張ってください、バニちゃん!﹄
 肩を落とす親友をクリスが励ます。
﹁私は問題ありませんよ。リュートさんが作った魔術道具には前か
ら興味もありましたし﹂
﹁私も問題ない! たとえどんな試練でも乗り越えてみせよう!﹂
﹁いえ、試練ではなく、試験ですから﹂
 ミューアはクリスと同い年とは思えない妖艶な微笑みで、カレン

2105
は脳筋的返答をしてくる。
ピース
 こうしてルナ、ミューア、バーニー、カレンの4人は、PEAC
・メーカー
EMAKER入団試験を受けることになった。
第192話 獣人大陸での再会︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、8月24日、21時更新予定です!
今日は自動車免許の更新に行ってきました! 平日、昼間に時間を
作って行ったら結構人が集まっていました。まぁこれで当分は更新
手続きをする必要がないんですけどね。
その帰り道、ツ○ヤでモ○ハン4Gの予約をやっていました。10
月には出るんだ。へぇー、デルンダ。ヤッテルジカンナイケド。

2106
第193話 それぞれの配置
ピース・メーカー
 ︱︱数週間後、PEACEMAKER入団試験終了。
 現在、オレ達は新・純潔乙女騎士団本部のグラウンドに集まって
いた。
 そこには立派な一人の戦士がいた。
 カチャ、カチャ、カチャ︱︱
 3つ眼族のバーニー・ブルームフィールドが、野戦分解されたA
K47をその場で瞬く間に組み立てる。
 組み立て終えると、コッキングハンドルを後方一杯まで引いて初
チェンバー
弾を薬室へ。
 セレクター・レバーを真ん中のフルオートへ。
 100メートル先の的へ狙いをつけ発砲する。

2107
 ダン! ダダダダダダン!
 全弾が的へ命中。
 華奢な細腕だが、肉体強化術で身体を補助。
 発砲時の衝撃を吸収している。
﹃バニちゃん、凄いです! 全弾命中させるなんて!﹄
﹁ありがとうございます、マム!﹂
 バーニーはクリスの称賛に直立不動になり返答する。
﹁これも全て教官方のご指導ご鞭撻のお陰です、マム!﹂
 つい数週間前まで、﹃戦うとか苦手だから事務希望なのに﹄と落
ち込んでいた彼女の瞳は鋭く、上官の命令なら死地にも迷い無く突
撃する光が宿っている。
﹃バニちゃん! もう試験は終わったんだから普通に喋ってくれて
いいんだよ!﹄
 そんな彼女にクリスは戸惑い、肩を掴んでガクガク揺らしていた。
﹁バニは影響受けやすい子だから。後2、3日もすればもとに戻る
から安心しなさい﹂
 ラミア族、ミューアは相も変わらず飄々とした態度で、クリスに
声をかける。

2108
﹁素晴らしい訓練だったな! できれば実家の兵士達にも取り入れ
たいぐらいだ! しかもリュート達が扱っているあの魔導具! 本
当に素晴らしいな! 他にももっと凄いのを作るという話だが、い
ったいどんな物を作るつもりだ! 私には想像も付かないぞ!﹂
 ケンタウロス族のカレンはテンションが高く、いかに試験中の訓
練が素晴らしかったかを語る。彼女はAK47の威力・射程距離・
頑丈さなどに興奮しっぱなしのようだ。
 なんという脳筋。
﹁お姉ちゃん、ちゃんと試験合格したよ! これでみんなと一緒に
ピース・メーカー
PEACEMAKERへ入団してもいいんだよね!﹂
﹁合格したのならしかたないですね。でも、もし勝手なことをした
り、問題を起こしたらすぐに国へ帰しますからね﹂
﹁了解、了解!﹂
 ルナは変わらず、悪戯っぽい笑顔を姉へと向ける。
 所変わって、大広間。
 そこにはオレ、クリス、リース、シアの他に、ルナ、バーニー、
ミューア、カレンにも集まってもらった。
 これから彼女たちの配属先を決めるからだ。
かおりちゃ
 シアがそつなく全員分の香茶を配る。
 オレは彼女にお礼を告げながら、ルナ達に向き直った。
ピース・メーカー
﹁それじゃ改めて、試験合格おめでとう! PEACEMAKER
は皆を歓迎するよ。それで、皆の配置だけど⋮⋮﹂

2109
﹁はっ! 自分は是非! 歩兵部隊へ! 戦場で戦わせてください
! サー!﹂
 バーニーが直立不動の姿勢で声を張り上げる。
 ⋮⋮事務仕事希望じゃなかったっけ?
﹁と、とりあえずバニは事務についてくれ、さすがにガルマ顧問か
ら泣きが入っているから﹂
﹁サー・イエス・サー!﹂
 希望を口にした割りには事務配属に不満を出さず、すぐに返答す
る。
 この辺も洗脳︱︱もとい訓練の成果だろう。
 んで、次はミューアだ。
﹁ミューアは希望変わらず、外交担当でいいんだよな?﹂
﹁ええ、リュートさんさえよければ、お願いします﹂
ピース・メーカー
﹁それじゃ、PEACEMAKERの外交はミューアに一任するよ。
必要な物があったら、すぐに声をかけてくれ。準備するから﹂
﹁その時は是非、お願いしますね﹂
 ミューアは微笑を浮かべ、頷いた。
レギオン
 今後は彼女を通して様々な仕事の依頼や他軍団・ココリ街の商会
組合との交渉等をしていく。さらにそれだけではなく、他街との組
合との交流も深めていく予定だ。
 将来的に、新・純潔乙女騎士団のメンバーが増えれば、昔のよう
にココリ街だけではなく他都市に支部を置くことになるかもしれな
いな。

2110
 次がカレンだ。
﹁カレンは歩兵部隊でいいんだよな?﹂
﹁ああ、本当はクリスと同じ部隊に配属になりたいが、私では不向
きだ。だから歩兵部隊を希望する。今はまだ一兵隊だが、将来的に
は百人隊や千人隊を率いる指揮官を目指すつもりだ﹂
ピース・メーカー
 千人隊って⋮⋮まずPEACEMAKERがそこまで成長するか
分からないし、装備を調えるだけで難しいだろ。
 しかし、カレンはやる気で鼻息が荒い。
 そんな彼女にわざわざ水をさすこともないだろう。
 最後はルナだ。
﹁ルナは兵器研究・開発部門でいいか?﹂
﹁えぇー、できればクリスちゃんと同じがいいのに﹂
 ルナは不満そうに頬を膨らませる。
 しかし、彼女の能力が一番生きるのは兵器研究・開発部門だ。ま
た戦闘をさせて怪我をさせても面白くない。
 説得するため口を開くが、先にクリスがルナにミニ黒板を突き付
ける。
﹃私もルナちゃんと一緒の部隊で戦いたいです。でも、それ以上に
ルナちゃんに私たちの命を守る武器や防具を作って欲しいです﹄
﹁分かったよ、クリスちゃん! ルナ、クリスちゃんのために兵器
研究・開発部門で頑張るね!﹂

2111
 チョロ! クリスの一言でルナはあっさりと兵器研究・開発部門
へ入ることを了承する。
 いくらなんでもチョロすぎるだろ⋮⋮
 ま、まぁいい。とりあえずルナが無事、兵器研究・開発部門に入
ってくれてよかった。
﹃そういえば兵器開発で思い出したんですが、お兄ちゃん達に作っ
てもらいたいものがあったんです﹄
 クリスがミニ黒板を突き付けてくる。
﹁作って欲しいもの?﹂
﹃はい、前回、スノーお姉ちゃんを処刑台から助ける時のことです
が﹄
 クリス曰く、前回の北大陸でスノーがあわや処刑させれる寸前だ
った。
 その際、彼女がSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶で処刑を中断させた
が、弾倉交換のタイミングでスノーを城へと連れて行かれてしまっ
た。妨害することが出来なかったのだ。
 原因はSVDの発砲音だ。
 1発目を撃った時点で、位置がバレてしまったため警備をしてい
た冒険者や衛兵がクリスへ殺到。彼らを倒している隙にスノーが城
へと連れて行かれてしまったのだ。
 だから、今後のことを考えて発砲音が低くなるMP5SDのよう
なスナイパーライフルが欲しいとのことだった。

2112
﹁なるほどMP5SDのようなスナイパーライフルか⋮⋮﹂
﹃ちなみにそんなライフルはあるんですか?﹄
﹁あるぞ。そういう専用のスナイパーライフルが。ただ、いくつか
問題があるんだよ。今、そっちに手を出してもいいのかどうか⋮⋮﹂
﹁ええ! いいじゃん、折角のクリスちゃんのお願いなんだし、作
ろうよ! ルナも手伝うから!﹂
 ルナが身を乗り出し、後押ししてくる。
 確かにあって困る物ではないし、将来的に必要になるかもしれな
い。
 大型兵器開発を進めようとも思っていたが、まだ﹃何を作るのか
?﹄すら決めていない。ウォーミングアップを兼ねて、まずはこの
辺りから作って見るのはありかもしれないな。
﹁よし! それじゃルナの兵器研究・開発部門配置、一回目の仕事
として取り掛かってみるか!﹂
﹁やったぁ!﹂
﹃ありがとうございます、お兄ちゃん、ルナちゃん!﹄
 クリスとルナが、きゃっきゃっとはしゃぐ。
 この姿を見られただけでも製作を決断したかいがあるというもの
だ。
サプレッサー
 こうして配置も決まり、新たにつくる銃器︱︱減音器付きスナイ
パーライフル︱︱が決定した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2113
﹁若様、失礼いたします﹂
 その日の夜。
 カレン達の配置も終わり、自室でくつろいでいるとシアが姿をあ
らわす。
 手には銀のお盆があり、その上に一枚の手紙が載っていた。
﹁先程、天神教の使者様から返答のお手紙が届きましたので、お持
ち致しました﹂
﹁ありがとう。スノー達は?﹂
﹁奥様方はまだ入浴中です。今夜はカレン様、ミューア様、バーニ
ー様、ルナ様もご一緒のため、若様はお入りにならない方がよろし
いかと思います﹂
 新・純潔乙女騎士団本部には大浴場がある。
 これはまだ純潔乙女騎士団に活気があるころ、団員達が一度で大
勢入れるようにと作られた風呂場だ。
 活気が失われると同時に使われなくなったが、最近業者に頼んで
修理してもらっていたのだ。
 オレはシアの返事に呆れた表情で手を振る。
﹁聞いてみただけで、入ろうとは思っていないよ﹂
 まさか彼女は本気で女子会状態に風呂場に突撃するとでも思って
いるのだろうか?
 嫁達だけだったら迷わず突撃してるけどね!

2114
 咳をしてから、封筒を受け取る。
 ペーパーナイフで封を切り、中身を確認する。
 内容は当たり障りのない物だった。
 その内容は、近日中に伺うというものだ。
 なぜオレを訪ねてくるのか、理由は書かれていない。
 さて、一体彼らはどのような用事でオレへと会いに来るんだ?
 その答えも彼らと会って話をすれば分かるようだろうが。
第193話 それぞれの配置︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、8月27日、21時更新予定です!
気付けば8月もそろそろ終わりそうですね。でもまだまだ暑い!
今年は暑すぎで蚊が殆ど居なかったららしいですね? 確かに今年
は自分もさされていないな。
そのせいなのかどうか、今年は黒いアレを一度も見ていません。こ
のまま見ないで終わって欲しい⋮⋮マジで! カブトムシ、コオロ
ギ、カミキリ、トンボ、バッタとかなら平気だけどアレはマジで無
理だわ。いや、本当に。

2115
第194話 新スナイパーライフル
﹁メイヤ!﹂
﹁リュート!﹂
﹁ルナの!﹂
﹁﹁﹁武器製造バンザイ!﹂﹂﹂
 打ち合わせ通りのタイミングで三人そろって声をあげる。
 場所は新・純潔乙女騎士団本部内に専用の工房。
 その工房内にオレ達3人は集まっていた。
 いつもならオレとメイヤの2人で武器製造をするのだが、今回は
ルナが参加している。
 彼女の配属先が兵器研究・開発部門のため同席してもらった。

2116
 今後はこの3人で兵器の研究・開発をおこなっていく。
 いつもの定番の掛け声が終わると、メイヤがあからさまに溜息を
つく。
﹁はぁぁ∼、ここはリュート様と2人っきりになれる素敵空間でし
たのに⋮⋮﹂
﹁しょうがないだろ。今後を考えたら、僕達二人で皆の武器を開発、
製造、維持なんて出来ないんだから。今後はルナだけじゃなくて、
良い人材が居れば増やしていくし。それはメイヤも理解しているだ
ろう?﹂
﹁頭では理解しているのですが、感情が追いついていないのですわ﹂
 メイヤは捨てられた子犬のような目で見詰めてくる。
 しかし、そんな目で見られてもどうしようもない。
ピース・メーカー
 さっきも言ったとおり、オレ達だけでPEACEMAKER&新・
純潔乙女騎士団メンバー達の装備を支えるのには限界があるのだか
ら。
﹁まぁまぁ、メイヤっちもそんな気を落とさないで。あんまり落ち
込まれると、ルナが二人の邪魔をしてるみたいで申し訳ない気持ち
になるし。それに⋮⋮﹂
 ルナはメイヤの耳目を集めるようにワザと一拍置く。
﹁堪えつつも、夫の仕事を支え続けるのが良妻の仕事だとルナは思
うなぁ∼﹂
﹁リュート様、今後人数が増えてもご安心ください。このメイヤが
リュート様の右腕として、部下達を引っ張って行きたいと思います。

2117
なのでわたくしに遠慮せず、どんどん人数を増やしてください。全
てわたくしが取り仕切って見せますわ!﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
 ルナの一言で、メイヤはまるで生まれ変わったように瞳を輝かせ
断言する。
 見た目年下のルナにいい様に転がされる彼女の将来が心配でなら
ない。
 とりあえず、気持ちを切り替え製作に取り掛かる。
﹁それじゃ今日はクリスが要望を出していた﹃MP5SDのような
スナイパーライフル﹄作りに取り掛かりたいと思う﹂
﹁クリスちゃんのために頑張って作るよ! ルナは何をすればいい
?﹂
﹁やる気になるのは有り難いけど、とりあえずルナは今回が初参加
だし見学しててくれ。もし手伝えることがあったら指示を出すから﹂
﹁りょーかぁい!﹂
 ルナは無邪気に返事をする。
﹁では、リュート様、今回は﹃MP5SDのようなスナイパーライ
フル﹄をお作りになるということですが、一体それはどんなライフ
ルなのですか?﹂
サイレンサー・スナイパーライフル
﹁今回、僕達が作るライフルは﹃VSS﹄だ﹂
 VSS︵露語をラテン表記した﹃Vintovka Snayp
erskaya Spetsialnaya﹄の頭文字をとったも

2118
の。日本語に直訳すると﹃ライフル・狙撃・特殊﹄で、特殊狙撃銃、
つまりサイレンサー狙撃銃︶とは︱︱旧ソビエトの特殊部隊向けに
開発された消音狙撃ライフルである。
 ロシア陸軍の偵察部隊やFSB、MVD︵内務省︶の特殊部隊な
ど広い範囲で配備が進められ、現在でも多くが現役として使用され
ているらしい。
サプレッサー
 消音狙撃ライフルの名から分かる通り、﹃減音器﹄︱︱銃声を﹃
バレル
減音﹄させるための器具、または装置が銃身に取り付けられている
特殊なスナイパーライフルだ。
サプレッサー レシーバー
 減音器が機関部先端から銃口までカバーしており、発射音と発射
バレル
炎を最小にする効果を持っている。そのため銃身は通常のより太く、
見た目がとても特徴的なデザインをしている。
 作動メカニズムはガス利用式でAK47をベースに発展させてい
る。そのため現在オレ達がもっとも製造しやすい消音狙撃ライフル
だ。
 特徴的なのは外見だけではない。
サプレッサー
 SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶とは違って、減音器がほどこされた
バレル レシーバー
銃身とストックを機関部から取り外しアタッシュケースなどに収納
出来る。
 なぜ携帯性を重視されているのかというと︱︱VSS︵サイレン
サー・狙撃銃︶が単に軍だけではなく、単独で敵地に潜入する工作
員などが使用することも考慮されているためだ。
 もちろん今回、VSS︵サイレンサー狙撃銃︶を製造するにあた
り、ちゃんと携帯性を重視し分解・収納出来るようにするつもりだ。
 別に誰かを暗殺したりするつもりはないが。

2119
 では、こんなに優れたスナイパーライフルがあるのに、なぜSV
D︵ドラグノフ狙撃銃︶が存在するのか?
 全部、VSS︵サイレンサー狙撃銃︶で統一すればいいのではな
いか? と疑問に思うかもしれない。
 しかし、VSS︵サイレンサー狙撃銃︶にも問題⋮⋮というかV
SSに統一することが出来ない特徴があるのだ。
 その特徴とは︱︱射程がスナイパーライフルとしては短く、30
0∼400mしかないのである。
 そのためスナイパーライフルを全部、VSS︵サイレンサー狙撃
銃︶することは難しいのだ。
 さらにVSS︵サイレンサー狙撃銃︶の特徴として、9mm×3
9の専用の亜音速弾を使用する。
パウダー
 亜音速弾とは発射薬の種類や量を調整して、発射された弾丸が音
カートリッジ
速を超えないようにした弾薬である。
 音速を超えると激しい音がする。
 雷が激しい音を鳴らすのも、音速を突破し衝撃波を発生させるか
らだ。
サプレッサー
 極力音を出さないようにするため減音器と亜音速弾を使用するの
が一般的である。
 例外としてMP5SDのように亜音速弾を使用しなくても、消音
される銃器も存在するが。
 ちなみにスペックは以下の通りになる。

2120
 口径:9mm×39
 全長:894mm
 銃身長:310mm
 重量:3180g
 装填数:10発/20発
 オレは一通りの説明を終えメイヤとルナに向き直る。
﹁と、言うわけでこれからVSS︵サイレンサー狙撃銃︶と専用の
亜音速弾を作っていきたいと思う。ルナは初めてのことで色々と戸
惑うこともあるだろうけど、頑張って慣れて欲しい﹂
﹁了解、リューとん﹂
﹁メイヤも兵器製造・開発の先輩として面倒を見てやってくれ﹂
﹁お任せくださいリュート様! このメイヤ! リュート様を陰か
ら日向から支えさせていただきますわ!﹂
 あからさまに先程のルナの一言を意識した台詞を口にする。
 曖昧に笑って流しておく。
 そしてオレ達はVSS︵サイレンサー狙撃銃︶と専用の亜音速弾
の製造に取り掛かった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2121
﹁失礼します﹂
 オレ達がVSS︵サイレンサー狙撃銃︶と亜音速弾製造に取り掛
かって数週間後︱︱シアが扉をノックして工房に顔を出す。
﹁あれ、どうしたシア、なにか用事か?﹂
﹁今朝お伝えしていた通り、そろそろ天神教の使者様達がお目見え
になります。なのでお支度の準備をお願いいたします﹂
 そうだった! 確か今朝、シアから今日にでも天神教の使者が来
ると報告を受けていたっけ。
 VSS︵サイレンサー狙撃銃︶等の製造に集中し過ぎて、すっか
り忘れてしまっていた。
 オレはメイヤとルナに振り返り声をかける。
﹁それじゃ今日はここまでにしよう。二人とも、後片付けを頼んで
もいいかい?﹂
﹁了解。リューとんは遠慮無く準備に取り掛かっていいよ﹂
﹁あの、リュート様﹂
 メイヤがなぜが神妙な顔つきで一歩前に出る。
﹁我が儘を言って申し訳ないのですが、出来れば今日の会談にわた
くしも出席してよろしいでしょうか?﹂
﹁天神教との話し合いに?﹂
﹁はい﹂
﹁またどうして?﹂
 素朴な疑問に、メイヤは苦渋の表情を浮かべる。

2122
﹁実は昔、天神教関係で、とある噂を聞いたことがありまして⋮⋮﹂
﹁それってどんな噂だ?﹂
﹁申し訳ありません。たとえリュート様でも、いえ、リュート様だ
からこそ話すことが出来ません。本当に申し訳ありません!﹂
 メイヤが深々と頭を下げる。
 あのメイヤがオレに話せないほどの噂ってなんだよ。
 なんだか背筋が寒くなる。
﹁と、とりあえず、言いたくないのなら無理強いするつもりはない
から安心してくれ。それじゃメイヤにも出席してもらおうかな。ル
ナ、申し訳ないが、ここの片付けを頼んでもいいか?﹂
﹁うん、いいよ。なんだか訳ありみたいだしね。片付けは任せて!﹂
 ルナは笑顔で引き受けてくれる。
﹁それじゃ汚れた恰好のままじゃまずいから、メイヤも一緒に準備
に取り掛かってくれ﹂
﹁はい、ありがとうございます!﹂
 そしてオレとメイヤは、天神教使者に会うための準備に取り掛か
った。
2123
第194話 新スナイパーライフル︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、8月30日、21時更新予定です!
メールや感想欄で誤字脱字をご指摘くださってありがとうございま
す!
現在、色々立て込んでいて感想返答や対応できず本当に申し訳あり
ません!
感想返答は近日中に出来そうなので、その時はよろしくお願います。

2124
第195話 天神教の巫女見習い
 天神教の獣人大陸支部の使者が訪れる当日。
 オレは作業の手を止めて工房から出る。
 汚れた手や体を洗い、シアが準備してくれた衣服に袖を通す。
 まるで前世の地球にあるクリーニング屋に出したように清潔で、
ノリが効いている。流石、筆頭護衛メイド・シアだ。
 家事全般に隙がない。
 準備が終わったが、すぐに自室は出なかった。
 なぜなら、今回話し合いにメイヤも出席するからだ。
 彼女の準備が整うまで自室で待つ。
 別に本来なら、彼女が話し合いに出席する理由はない。しかし、
メイヤに尋ねた所︱︱﹃申し訳ありません。たとえリュート様でも、

2125
いえ、リュート様だからこそ話すことが出来ません。本当に申し訳
ありません!﹄と深刻な顔で返答してきたのだ。結局、出席を許可
せざるを得なかった。
 ソファーに座り、嫁やカレン達のスケジュールを思い返す。
︵スノーとリース、クリスとカレンが街の見回りでバーニーが本部
で事務仕事、ミューアがココリ街の商工組合との会合だったっけ︶
 今日は天神教の使者が訪れるということで、シアのメイド隊が本
部待機についている。
 オレは工房に引き籠もっていて気付かなかったが、応接間やお茶
の準備等がシアの指示のもと済まされているんだろうな。
ピース・メーカー
 最近気付いたが、PEACEMAKERの影の支配者はシアでは
ないだろうか。
 彼女が居なかったら色々滞りそうだ。
レギオン
 もし﹃軍団の装備を全てコッファーで統一してください。でなけ
れば辞めます﹄と迫られたら断り切れない気がする。
 まぁ性格上言わないだろうけど⋮⋮多分。⋮⋮言わないよな?
 そんなことを考えていると扉がノックされる。
 声をかけると、メイヤがシアを伴って部屋に入ってきた。
 メイヤは竜人種族の女性が着る伝統衣装ドラゴン・ドレス姿だった
 普段もドラゴン・ドレスの上から白衣を着ているが、今回のは人
と会うためデザインが凝っている。
 二の腕までおおう手袋をつけ、先端に羽がついた扇を手にしてい

2126
る。
 黙って立っているとスタイルも良いし、顔立ちも整っていてとて
も美人なんだけど⋮⋮
﹁すみません、リュート様、大変お待たせ致しました﹂
﹁いや、大丈夫。たいして待っていないから﹂
﹁あぁぁ! リュート様にお気遣い頂けるなんて! そのお心遣い
に感動して、このメイヤ! 天にも昇ってしまいそうですわ! そ
れに今のやり取り、ま、まるでふ、ふふふ、夫婦のようでしたわ!
 あぁぁあ! 想像しただけで鼻血が⋮⋮ッ﹂
 オーバーリアクション気味に身振り手振りを動かし、最後は鼻を
シアから渡されたハンカチで押さえる。
 ⋮⋮本当に黙ってさえいればカッコイイ系美人なんだけどな。
﹁若様、メイア様、お客様が応接室でお待ちですので、そろそろご
移動を﹂
﹁悪い、悪い。それじゃ行こうか﹂
﹁はい、リュート様! このメイヤ! 地の果てだろうが! 天の
頂きだろうが! 海の底だろうがお供しますわ!﹂
 応接間でお客様と会うだけでこのやりとり⋮⋮重すぎる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 応接間へ行くと、天神教の使者が2人、席に座って待っていた。

2127
 初老男性と少女だ。
 少女は咳をしていた。体が悪いのだろうか?
 オレ達の姿を確認すると、立ち上がり早速挨拶をしてくる。
﹁お忙しい中、お時間を頂きまして誠にありがとうございます。獣
人大陸、エルルマ街の天神教支部で司祭を務めております人種族、
トパースと申します。そしてこちらが私と同じ支部に勤めている巫
女︱︱正確には巫女見習いですが﹂
﹁お初にお目にかかります。天神教巫女見習いの人種族、ココノと
申します。以後、お見知りおきを﹂
 最初に挨拶をしたトパースは前世、地球の牧師のような衣服に袖
を通していた。胸からは五芒星のペンダントを下げている。
 背は高く、顔は面長でやせ細っている。人当たりの良い定年間近
のサラリーマン課長といった初老男性だ。
 次に挨拶した巫女見習いの少女、ココノはオレと同じ黒髪をおか
っぱに切りそろえている。
 背丈は低く年齢は12、3歳ぐらいだろうか。手足は細く、胸も
あまりないようだ。肌も、陽を一度も浴びたことがないように白い。
 瞳も大きく、幼さも相まってとても可愛らしい。きっと将来はと
びきりの美人になるだろう。
 着ている衣服も特徴的で、日本の神道に使える巫女衣装の上から、
上着を羽織っていた。
 その羽織の丈端、襟元、袖には生地とは別色の象形文字のような
デザインが施されている。頭には象形文字デザインが施された額帯
を巻いていた。
 前世の地球人からすると、アイヌの民族衣装っぽいデザインの巫

2128
女服だ。
 また彼女も首からトパースと同じ五芒星のペンダントを下げてい
る。
 五芒星が天神教のシンボルマークだからだ。
 この異世界では﹃5﹄という数字が縁起の良い物とされている。
 反対に﹃6﹄が不吉な数字として扱われている。地球でいうとこ
ろの﹃4、9、13﹄のような扱いだ。
 オレも彼らに続いて挨拶をする。
﹁こちらこそ、何度も足労願いまして誠にありがとうございます。
ピース・メーカー
PEACEMAKER代表を務めます人種族、リュート・ガンスミ
スです﹂
﹁わたくしはリュート様の一番弟子にして、右腕、腹心の竜人種族、
メイヤ・ドラグーンですわ﹂
ませきひめ
﹁おお! 貴女様があの魔石姫であるメイヤ・ドラグーン様でした
か。あの天才魔術道具開発者がガンスミス卿へ弟子入りしたと耳に
して最初は疑いもしましたが、まさか本当にいらっしゃるとは﹂
 トパースがメイヤの自己紹介に目を丸くする。
 魔石姫とはまた懐かしい呼び名だ。
 しかし、さすがメイヤ。竜人大陸だけではなく、獣人大陸にまで
名前が知られているとは。
 彼女は恥ずかしそうに扇で口元を隠し、答える。
﹁天才魔術道具開発者などと随分懐かしい呼び名ですわ。わたくし
程度の才など、本物の天才魔術道具開発者のリュート様と比べたら
塵芥に等しいですわ﹂

2129
﹁まさかあのメイヤ・ドラグーン様にそこまで手放しで称賛される
とは、いやはや、私のような凡人にはガンスミス卿の才はきっと理
解出来る範疇を越えているのでしょうね﹂
﹁当然ですわ。リュート様の才はわたくしでさえ計れないほどです
から﹂
 なにこの褒め殺し大会。
 オレは顔が赤くなるのを堪えながら、一度咳をして促す。
﹁と、とりあえず立ち話もなんですから、どうぞお座りください﹂
 オレが促すと、皆ソファーへと座った。
 場の空気を読みシアが香茶を配る。
 トパースとココノの前に置かれていた香茶も、新しいのへと取り
替えられる。
 配膳が終わるのを確認してからオレが口火を切った。
﹁それで今日はどのような用件で?﹂
﹁ご存知かと思いますが、我々天神教には、天神様のご神託を授か
る巫女姫がいらっしゃいます﹂
 天神教には天神様の神託を聞く巫女姫をトップに、巫女、巫女見
習いと続く。
 その巫女姫が天神様の神託を授かり、大災害や魔物の被害などを
未然に防いだり、軽減させた話はオレも耳にしたことがある。
﹁その巫女姫様が天神様からご神託を授かったのです。詳細はお話
とつ
しすることは出来ませんが﹃ガンスミス卿にココノを嫁がせよ﹄と﹂

2130
﹁え、はっ、なんてご神託が授かったと?﹂
 オレの耳がおかしくなったのだろうか。目の間に座る少女を﹃お
嫁さん﹄にしろと神託が授かったと言った気がしたのだが⋮⋮。
 トパースが改めて爆弾を投下する。
﹁単刀直入に申し上げると、この巫女見習いのココノをガンスミス
卿の妻にして頂きたいのです。もちろん末席で構いませんので﹂
 言ったよ! やっぱり妻にしろって言ってたよ!
 ココノに視線を向けると彼女はこの状況にまったく疑問を抱いて
おらず、可愛らしい笑顔を浮かべる。
﹁不束者ではありますが、どうぞよろしくお願いします。ガンスミ
ス様﹂
 彼女は切りそろえられたおかっぱ頭を下げ、ソファーの上で器用
に正座して、三つ指をつき頭を下げる。
 彼女達の発言で、オレの隣に座っているメイヤが、扇で顔を隠し
ながらヒロインのしてはいけない顔をしていた。
 オレはあまりの事態に人目も憚らず、痛む頭を抱えたくなってし
まう。
 どうしてこう問題というのは、突然やってくるのだろうか⋮⋮。
2131
第195話 天神教の巫女見習い︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月2日、21時更新予定です!
活動報告を書きました。
よかったらご確認してください。
2132
第196話 天神教の噂
 天神教使者の﹃ココノを嫁にもらって欲しい﹄宣言に、隣に座る
メイヤが扇で顔を隠しながら怒りの表情を浮かべる。
 今にも、目の前に座っている初老司祭のトパースと巫女のココノ
に飛びかかりそうな勢いだ。
 オレは慌てて、
﹁す、すみません! どうも彼女の調子が悪いようで、一度離席し
てもよろしいですか?﹂
﹁それは大変ですね。私達には構わずどうぞ﹂
 二人は心配そうな表情を浮かべて、同意してくれる。
 オレは作り笑いを浮かべながら、メイヤの手を取ると応接間を一

2133
時後にした。
 応接間を出ると、二つ隣の別室へ。
 ここは無人の空き部屋だ。
﹁やっぱり! わたくしの思った通りですわ! 悪い予感があたり
ましたわ!﹂
 部屋に入った途端、メイヤが怒り出す。
 手にしていた扇を畳んで両手で握り、今にも折るように力を入れ
る。
 彼女を落ち着かせるためにも声をかける。
﹁まぁまぁ、落ち着けメイヤ。⋮⋮しかし、まさか神様ご指定で嫁
さんを連れて来られるとは予想外だったな﹂
﹁まったくですわ! まさか本当にあの噂が本当でしたなんて!﹂
﹁あの噂? もしかしてメイヤが工房で言っていた噂ってこのこと
だったのか?﹂
﹁⋮⋮申し訳ありません。本来ならすぐにお伝えするべきだったの
ですが、あくまで噂程度だったのと、リュート様の妻として本当に
巫女を連れてくるとは思わなくて⋮⋮こ、このメイヤ・ドラグーン
を差し置いてリュート様の妻なんて! 今、思い返しても怒りが有
頂天ですわ!﹂
 メイヤは怒りに任せてさらに扇を折り曲げる。
 やばい、やばい。それ以上力を入れたら本当に折れるって。折角、
良い品物の扇なのに勿体ない。

2134
﹁どうどう、落ち着けメイヤ。とりあえず、僕は知らないがその噂
を教えてくれないか?﹂
﹁はい、ですがわたくしも竜人大陸の魔術師学校に通っていた時に
小耳に挟んだ程度で、詳細までは把握しておりませんが⋮⋮﹂
 彼女の耳にした噂話曰く︱︱上流貴族や大店の商人のもとに、今
回のように天神教の巫女が神の啓示により嫁いだことがあるらしい
というものだ。
﹁なので、天神教の使者が突然リュート様を訪ねていらっしゃった
と聞いた時から、嫌な予感がしていたのです。ですがまさか本当に、
神の啓示で嫁いでくるなんて。これだから宗教関係者は怖いんです
わ﹂
﹁ソウデスネ﹂
 メイヤの発言に思わず感情の篭もらない返事をしてまう。
 宗教関係者ではないメイヤも大概だと思うが⋮⋮。
﹁しかし、神の啓示によって巫女が嫁ぐか⋮⋮。天神様は何を考え
ているんだろうな?﹂
﹁どうせろくなことじゃありませんわ! だいたい唯一絶対神であ
るリュート様に上から目線で妻を宛がうなどど無礼もはなはなしい
ですわ! リュート様がご許可くださるのなら、今すぐにでも応接
間にいる彼らに罰を与えますが如何致しましょうか?﹂
﹁如何致しましょうか? じゃないよ。与えるわけないだろ罰なん
て!﹂
 メイヤは、この異世界の唯一神である天神様相手にも遠慮無く喧
嘩を売る。

2135
 本当に彼女はブレないな。
﹁ここからは僕が話をするから、メイヤは大人しくしているように﹂
﹁そんな! わたくしも一緒に出席させてください!﹂
﹁駄目だ。興奮して変なことを口にするならまだしも、手が出たら
冗談じゃすまないからな﹂
﹁そんな殺生ですわ!﹂
﹁いいから、絶対に付いてこないように。これは師匠命令だからな﹂
﹁りゅ、リュート様に強気で命令されるなんて⋮⋮はぁはぁはぁ!
 さ、最高ですわ!﹂
 メイヤは荒く息をつき、顔を赤くしながら体をくねらせる。
 うわぁー、直線を走っていたと思ったら突然90度の曲がり角に
直面した気分だ。
 本当に口さえ開かなければ有能で美人なのに⋮⋮。
 オレは気持ちを切り替え再度、命令する。
﹁兎に角、絶対に付いてくるなよ﹂
﹁ま、待ってください! せめて約束してくださいまし! どうか、
あの小娘を嫁に娶るなどというご乱心を起こさないと!﹂
 メイヤは部屋を出ようとするオレの腰に抱きつき、涙目で訴えて
くる。
 返事をしないと離してはくれないようだ。
﹁分かった。彼女を娶るなんてしないから。安心して待ってくれ﹂
﹁ありがとうございます! リュート様!﹂
 彼女はオレの返事を聞くと満面の笑顔で手を離す。

2136
﹁それじゃ、あんまり待たせすぎるのもなんだから、僕は戻るよ﹂
﹁はい、行ってらっしゃいませ!﹂
 メイヤに見送られ、オレは再びトパースとココノが待つ応接間へ
と戻った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 応接間に戻ると、まず謝罪を口にする。
﹁すみません、お待たせしてしまって﹂
﹁いえいえ、お気になさらないでください。それでドラグーン様の
お加減は如何でしょうか?﹂
﹁少々、体調が優れない程度で、問題はありません。1時間も横に
なっていれば落ち着くと思います﹂
﹁それはよかった﹂
 司祭であるトパースは心底ほっとした安堵の溜息を漏らす。
 さて、再度話を続けるか。
 早速、メイヤから仕入れた噂話をとっかかりに相手の真意を探る。
﹁ところで、天神様からのご神託で彼女のような巫女見習いが嫁が
されるということは、よくあることなんですか?﹂
﹁はい、頻繁にあることではありませんが、それほど珍しいことで

2137
レギオン
もありません。ガンスミス卿のような軍団トップや幹部、上流貴族
や大商人の方々に嫁いだりしていますね。他にも農民や職人の方々
に嫁ぐ場合もあります﹂
 トパースは話を続ける。
﹁こう言ってはなんですが、私達もどうして天神様が、巫女達を彼
らに嫁がせるのかその真意までは分からないのです。まさに﹃神の
みぞ知る﹄ですね。はっはっは!﹂
 いやいや、何笑っているんですか。
 まさか彼らも意図を知らずに巫女達を嫁がせていたとは⋮⋮。
 これでは相手の真意を探ることが出来ないじゃないか。だって彼
らも理解せず行動しているのだから。
﹁しかし、過去の記録を確認すると、不思議なことに巫女との間に
産まれた子供はとても優秀で、大抵頭角を現し世の人々の為に尽く
すとのことです﹂
 なるほどもしかして天神様は、そういう相性をみて嫁がせている
ということか。
 つまり神様主催のお見合いかよ⋮⋮。
﹁なるほどだいたい事情は把握いたしました。ですが、自分にはも
う妻が3人もいます。なので軽々に彼女を迎え入れることはできま
せん。今回の話は本当にありがたいのですが、辞退させて頂ければ
と思います﹂
﹁確かに急なお話で戸惑うのも分かります。奥様方への配慮も。し
かし、そうすぐに結論を出さずともよろしいかと。まずは妻として
迎えるのではなく、下働きとして無償で雇って頂き、ココノの人と

2138
なりを見極めてからでも遅くはないと思いますよ﹂
 トパースの台詞の後に、ココノも言葉を続ける。
﹁炊事洗濯雑務は一通り身に付けております。特に角馬の世話、馬
車、馬具の整備、乗馬などが得意です。体は少々弱いですが、ご飯
もあまり食べませんから経済的です。寝床も庭の一部を貸して頂け
れば問題ありません﹂
 外で寝起きするつもりかよ。
 なかなかハングリーな女の子だな。
 オレは彼女達に負けじと応戦する。
﹁気持ちはありがたいですが⋮⋮。それにこんな可愛らしくて、若
い女の子を人様の所に預けるとなるとご両親も心配するんじゃない
ですか?﹂
﹁いえ、大丈夫です。両親はすでに他界していますので﹂
 ヤバイ、地雷を踏み抜いてしまった。
 ココノは健気に﹃気にしないで下さい﹄と言いたげに微苦笑する。
﹁わたしの両親は色々な大陸を回って物を売り歩く商人でした。約
5年前、わたしが10歳の時に獣人大陸を移動中に魔物に襲われて。
その時に、たまたま通りがかった天神教の方々に助けてもらったの
です。そして行く当てのないわたしを保護してくださり、今もお世
話してくださっているのです。なので、わたしは恩を返す意味でも
天神様のお告げを守りたいのですが。どうしても、駄目でしょうか
?﹂
 正面からの交渉が駄目なら、今度は情に訴えてきた。

2139
 てか、彼女は今年で15歳なのか。クリスと同い年ではないか。
 ココノはクリスより幼い感じがする。
 自分でも病弱と言っていたから、その辺が影響しているのかもし
れない。
﹁どうでしょう、ガンスミス卿。お気持ちはもちろん理解できます
が、ココノのやる気も買って頂ければと思うのですが﹂
 トパースが申し訳なさそうに、下手に出てくる。
﹁落としどころとして期間を区切ってどうでしょうか? その間に
側に置いてみて、無理そうなら断って頂いて構いません。天神様の
導きとはいえ、本人の意志を無視して夫婦にするのは間違っていま
すからね。こちらとしても何もせず断られるより、諦めが付きます。
なのでまず6ヶ月ほどココノをお側において頂けないでしょうか?﹂
﹁いや、さすがに6ヶ月は長すぎますよ﹂
﹁では3ヶ月﹂
﹁う∼ん⋮⋮﹂
﹁1ヶ月ではどうでしょうか? 長すぎず短すぎず、人となりを見
極めるにはちょうどいい期間だと思うのですが﹂
﹁ガンスミス様、よろしくお願います﹂
﹁ちょ! ココノさん!﹂
 彼女はソファーから下りると床に正座。頭を下げてくる。
 オレの返事を聞くまで顔を上げないつもりだ。
 見た目12、3歳の少女に土下座されるなんて可哀相と思う前に、
こちらの胸が良心の呵責で痛くなる。
﹁わ、分かりました! では、1ヶ月だけ臨時として雇います! 

2140
だから顔を上げてください!﹂
﹁ありがとうございます! ガンスミス様!﹂
﹁よかったな、ココノ﹂
﹁はい! 凄く嬉しいです。トパース司祭様!﹂
 ココノは心の底から嬉しそうに笑みをこぼす。
 メイヤには﹃嫁にはしないでください!﹄と迫られ、﹃しない﹄
と答えた。
 しかし、臨時団員として雇ってはいけないとまでは約束していな
いから、破ったことにはならない⋮⋮筈だ。
ピース・メーカー
 とりあえず、こうしてココノが我がPEACEMAKERの期間
限定臨時団員となった。
 ココノが改めて、床に正座したまま頭を下げる。
﹁一ヶ月だけではありますが、誠心誠意、ガンスミス様にお仕えし
たいと思います。不束者ではありますがよろしくお願いいたします﹂
 そんな言い方だと、まるで﹃嫁に来たようだ﹄とはいえなかった。
2141
第196話 天神教の噂︵後書き︶
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感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
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活動報告にイラストをアップしました。
よかったら是非ご確認ください!
またもしかしたら、活動報告にイラストアップ方法が分からず、小
説で投稿するかも?
活動報告へのあげ方が分からなかったので、ここにアップします。
<i123504|12685>

2142
<i123507|12685>
第197話 メイヤ、怒る
﹁リュート様、これは一体どういうことですか?﹂
﹁いや、これはその⋮⋮﹂
 オレは新・純潔乙女騎士団本部の自室、床で正座していた。
 珍しく⋮⋮というより初めてメイヤがオレに対して本気で怒り、
腕を組んで見下ろしてくる。
 彼女は再び問いかけた。
﹁わたくし、約束しましたわよね? ﹃嫁に娶るなどというご乱心
を起こさない﹄と。なのにどうして彼女が、本部に泊まっているの
ですか?﹂
 天神教使者との話し合いを終えた夜。

2143
 司祭を務めるトパースはココリ街宿へ宿泊。
 巫女見習いのココノは客間へと案内した。
 明日から一ヶ月間、バイトとして働いてもらうことになっている。
 昼間、仕事で席を外していたスノー、クリス、リースも、帰って
きて初めてココノを一ヶ月間バイトとして雇ったことを知った。
 天神様のお告げで、オレに嫁として娶って欲しいと押しかけてき
た少女をだ。
 メイヤの隣には同じように腕を組むリースが立っている。
 彼女はメイヤに同意する。
﹁私も知りたいですね。どうして﹃妻にしてください﹄と迫ってき
た女性を、一ヶ月もお側におくのか﹂
﹁さ、最初は半年って迫られたけど相手が妥協して一ヶ月になって、
さすがにそれを断るのも申し訳なくて⋮⋮あ、後、妻じゃなくて、
短期のお手伝いとして雇ったわけで。決して、妻として娶ろうとは
思っていないというか﹂
﹁問題はそこではありませんわ! リュート様が﹃妻にして欲しい﹄
と迫って来た女性を一ヶ月とはいえお手伝いに採用したのが問題な
のですわ! わたくし達の知らないところで逢い引きしているかも
しれないと思ったら。きえぇぇぇぇえッ!﹂
 メイヤがアマゾンに住む怪鳥のような声音を上げる。
 オレは慌てて弁解した。
﹁まさか逢い引きなんて! 本当にそんなつもりで雇ったわけじゃ
ないよ!﹂

2144
 弁解するが、リースとメイヤの表情は変わらない。
 しかし今にして思えば、トパースの交渉は﹃ドア・イン・ザ・フ
ェイス﹄を利用したものだった。
﹃ドア・イン・ザ・フェイス﹄とは、﹃人は断ることによって罪悪
感が生まれ、次は願いを聞いてあげたいという気持ちになる﹄とい
う人間心理を利用したテクニックである。
 この人間心理を応用して、本命の要求を通すため最初に過大な条
件を提示し、相手に断らせて小さな要求︵本命︶を出すという方法
だ。
 よく考えれば、前世の知識があったのだから対処できた筈だ。い
きなりの事態に慌てすぎていたのだろう。
 ココノの押しが強かったというのもあるのだろうが⋮⋮。
 リースは腰に手をあて、顔を寄せてくる。
﹁でも、メイヤさんの仰る通り、私達に黙って裏でそういうことを
するつもりかもしれないと疑われてもしかたないことをリュートさ
んはしたのですよ﹂
﹁はい、すみません⋮⋮﹂
 正論のため反論できず、オレは素直に謝罪する。
 一方、ソファーに座っているスノー、クリス組は楽観的な意見を
述べる。
﹁二人共、心配し過ぎだよ。リュートくんがわたし達を裏切るマネ
するはずないよ﹂
﹃私もリュートお兄ちゃんを信じています﹄
﹁ダメですよスノーさん、クリスさん、そうやってリュートさんを

2145
甘やかしては。もちろん、私もリュートさんを信じています。しか
し、妻である私達にとっても重要な案件を一言も相談なく決めてし
まったのが問題なんです。そこはきっちりと指摘しないと﹂
﹁はい、その通りです。すみませんでした!﹂
 再びオレは謝罪を口にする。
 これにリースもようやく表情を弛めた。
﹁しかし、もう同意してしまったのならしかたありませんね﹂
﹁な! 何を仰るのですか! リースさん! 今からでも遅くあり
ませんわ、あの少女を早急に追い出すべきですわ!﹂
 興奮するメイヤをリースが落ち着かせる。
﹁ですが、もうすでにリュートさんが⋮⋮夫が決めたこと。だった
ら妻である私達は従うだけです。相手が誰であろうと私情を挟まず、
一ヶ月間しっかりと面倒をみます。リュートさんもそのつもりで﹂
﹁はい! よろしくお願いします!﹂
﹁メイヤさんも、それでいいかしら?﹂
﹁ぎぎぎぎッ⋮⋮しかたありませんわね。リュート様が一度お決め
になったことですから⋮⋮﹂
 メイヤも歯ぎしりしながらも最後は同意してくれた。
 オレは﹃ほっ﹄と安堵の溜息を漏らす。
 そして改めてココノに担当してもらう仕事を話し合う。
 彼女は体が弱いため、重い荷物を運ぶなどの重労働は避けること
になった。下手に無理をさせて怪我をされては困る。
 いくら治癒魔術で治療できると言ってもだ。

2146
 そのため彼女の主な仕事は掃除、洗濯、料理、馬の世話などの雑
務を担当してもらう。
 これらの雑務はオレ達を含めて、新・純潔乙女騎士団の団員達が
持ち回りでやっていることだ。
 その手伝いをココノには担当してもらうことになる。
 また明日、事務を担当するバーニーと相談の上、一ヶ月の給金を
決めることになった。
 こうして、妻公認でココノの受け入れ準備が整っていった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁ふ、不束ものですが、よろしくおねがいいたします﹂
﹁ああ、よろしく。さっそく行こうか﹂
 翌朝、バーニーの所へオレとココノで向かう。
 ココノは頬を染めながら、少しだけ早足でついてくる。
﹁無理しなくていいから。自分のペースで、な﹂
﹁はい。ありがとうございます﹂
 歩く速度を緩めると、ココノはオレの方を向いて恥ずかしそうに
微笑む。
 オレはそんな一生懸命なココノを微笑ましく見ながら、バーニー
の所に向かう。
 そこで一ヶ月分の給金を提示し、ココノにサインをしてもらうつ
もりだ。

2147
 事務室にはバーニーの他に誰もいない。
 今まで事務仕事を担当していたガルマは、彼女が来たことでよう
やく激務から解放。現在は久しぶりの休みを堪能している最中だ。
﹁バーニー、おはよう。例の契約書は出来てる?﹂
﹁おはようございます、リュートさん。はい、もちろん大丈夫です
よ﹂
 昨日のうちに契約書作成を依頼しておいた。
 バーニーは事務机から契約書を差し出し、ココノに雇用条件を説
明。彼女が納得するとサインを求めた。
 彼女がサインを書いている間、オレはバーニーと会話をする。
﹁バーニーはどう。仕事にはもう慣れた?﹂
﹁はい、お陰様で。ガルマさんも優しくてくれるし﹂
 そりゃ、彼女に逃げられたらまた激務に逆戻りになる。絶対に逃
がさないように優しくもなるだろう。
 バーニーもあの戦場を求める性格は収まり、いつもの彼女に戻っ
ていた。
ピース・メーカー
﹁でも、昨日ようやくPEACEMAKERの書類チェックが終わ
ったんですけど、色々ミスがあって修正しないといけないんですよ﹂
﹁ミスって?﹂
ギルド
﹁冒険者斡旋組合に提出する書類で、こことここが経費として計上
出来るのにやっていないとか。細かいミスですよ。なので書類の修
正をしたいので、時間を作ってもらっていいですか? この書類に
代表者の訂正サインと同意サインが欲しいので﹂

2148
 バーニーは机の引きが出しから、広辞苑のような書類束を取り出
す。
 これ全部にサインを書かないといけないのか?
﹁これって僕が担当しないとダメなの?﹂
レギオン
﹁はい、だってリュートさんが軍団の代表者じゃないですか﹂
 バーニーは当然とばかりに頷く。
﹁だって今までこんなにサインしたことなんてないぞ!﹂
ギルド
 冒険者斡旋組合や商工会などに提出する書類にサインをしたこと
はなんどもある。
 その時の枚数は多くても十数枚。
 これはその数倍はあるだろう。
﹁当然です。経費削減できる箇所を割り出し、書類を新たに作り直
したんですから。出来れば明日中には提出したいので、チェックも
含めて今日中に終わらせてくださいね﹂
 バーニーは有無を言わさない迫力で念を押してくる。
 今日は机仕事で拘束されるのが決定してしまう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ココノが書類にサインを書き終えると、オレ達は事務室を後にす

2149
る。
 オレは後程戻って来ないといけなくなってしまったが⋮⋮。
 さて、気を取り直してこれでココノとの契約は、完了だ。
 手続きを終えたことで、早速仕事に取り掛かってもらう。
 基本的に新・純潔乙女騎士団では掃除、洗濯、食事準備、他雑務
は本部で待機中の部隊が持ち回りで担当する。
 ココノにはその手伝いをしてもらうつもりだ。
 今日やる仕事は、角馬の世話だ。
 ココノの自己紹介で、彼女がもっとも得意なことが角馬の世話だ
と言っていた。だから、まずは自身の一番得意な分野をやってもら
うことで慣れてもらおうと考えたのだ。
 早速、彼女を角馬小屋へと案内する。
 本部にも数は少ないが角馬がいる。
 今日の本部待機はクリスのスナイパーライフル部隊だ。
 訓練に取り掛かる前に、角馬の世話を終わらせるため角馬小屋へ
来ている。
﹁獣人大陸天神教支部から来ました人種族のココノと申します。短
い間ですがよろしくお願いします﹂
﹃この部隊の分隊長を務めます、魔人種族、ヴァンパイア族のクリ
ス・ガンスミスです﹄
 クリスの挨拶の後、他のメンバーがそれぞれ挨拶をする。
 挨拶が終わると、二人一組に分かれて早速角馬の世話を始める。

2150
 ココノは組む相手がいないので、一人で角馬の世話を始める。
 しかし、その手際は誰よりよく丁寧で、早い。
 さすが角馬の世話には自信があるとアピールしてくるだけはある。
 他のメンバー達もそつなくこなしている。
 一番、手際が悪いのは⋮⋮
﹁ふ、フヒ! く、クリスさん、が、頑張ってください!﹂
﹃ラヤラさんこそお願いします!﹄
 クリス&ラヤラペアはおかっなびっくりで、角馬の世話をしてい
た。
 獣人種族タカ族、ラヤラ・ラライラ。
 彼女は元純潔乙女騎士団の副団長だ。
 魔力の量だけならS級だが、攻撃魔術︱︱というか攻撃が一切出
来ない。
 呪いにかかっているんじゃないかと疑うほど攻撃が出来ないのだ。
 しかし目は鷹だけによく、現在はスナイパーライフル部隊で観測
手を務めている。
 二人とも実家が金持ちで、角馬の世話は未経験。
 さらに二人とも一般的に見ても背が低く、台にのってやらないと
角馬の背に届かない。しかしおっかなびっくりやるので、その手つ
きは本当に危なっかしい。
﹁あ、あのよかったらお手伝いしましょうか?﹂
 ココノはすでに自分の角馬の世話を終わらせていた。そのため手

2151
間取っているクリス&ラヤラに声をかけたのだ。
﹁角馬は繊細な動物ですから、こちらが怖がると相手も怖がってし
まいます。だから、怖がらず優しくしてあげれば危ないことはあり
ませんよ﹂
 ココノも彼女達と同じぐらいの背丈しかない。
 台に乗り背中や首などをブラッシングしてあげる。
 先程まで挙動不審だった角馬が気持ちよさそうに鼻息を漏らした。
﹁はい、どうぞやってみてください﹂
﹁あ、ありがとう、フヒ、ございます。そ、それじゃやってみるね﹂
﹃頑張ってください!﹄
 クリスの応援のもとラヤラがブラッシングを始める。
 先程に比べて角馬も怖がらず、気持ちよさそうに身を任せている。
 上手に出来たのが嬉しかったのか、三人はそれを切っ掛けに楽し
そうに会話を始める。
 ココノが上手く馴染めるか不安だったが、これなら問題ないだろ
う。
 オレはとりあえず、彼女に角馬の世話が終わったら次の仕事の指
示を出す。
 オレ自身はというと、書類の片付けのためにバーニーが待つ事務
室へと重い足取りで向かった。
2152
第197話 メイヤ、怒る︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月8日、21時更新予定です!
気付けば200話突破! 今後も頑張って行きたいと思います!
2153
第198話 リースとココノ
 ココノが新・純潔乙女騎士団に来て六日目。
 今日は朝食を私室で摂る。
 昼や夕食は、仕事の関係上、団員達と一緒に食堂でほとんど摂っ
ている。しかし、朝食は家族の団欒としてスノー達と一緒に摂るこ
との方が多かった。
 もちろんクエストや仕事関係で食べられない時もあるが。
﹁ううぅ、右手が痛い﹂
 オレは朝食のテーブルに着きながら右手をさする。
 ここ最近はずっと事務仕事がメインで右手を使いすぎて痛い。
ギルド
 バーニーを雇ったお陰で今まで冒険者斡旋組合へ支払っていた金

2154
銭を抑えることができた。
 そのための書類申請の仕事が増えてしまったが⋮⋮。
 しかし、一度出せば数年は提出する必要がない書類だ。
 この程度の労力で経費を抑えられるなら安いもんだ。
﹃大丈夫ですか、リュートお兄ちゃん?﹄
﹁ああ、平気だよ。それよりクリスはココノと随分仲良くなったよ
な﹂
﹃はい! ココノちゃんとは仲良しです!﹄
 クリスは嬉しそうにミニ黒板を出す。
 角馬の世話で、ココノがクリス&ラヤラにやり方やコツを教えた。
それを切っ掛けに二人は仲良くなったらしい。
 年齢が同じで、背丈も近いため親近感があるのだろうか。
 二人はすぐに仲良くなった。
 昨日も、昼休み中、体力のあまりないココノがソファーで休んで
いた。
 クリスはそんな彼女に膝を貸し、ココノに膝枕をしてやっていた
のだ。
 小柄な美少女二人が仲良くしている姿は微笑ましくもあり、とて
も絵になる。
﹃今度のお休みにはカレンちゃん達やルナちゃん、ラヤラちゃん達
も誘ってココノちゃんに街を案内するつもりです﹄
 クリスは楽しそうにニコニコ話をする。

2155
 本当にココノと仲良くなったんだな。
 しかし、そんな彼女にメイヤが反論の声をあげる。
﹁騙されていけませんわ、クリスさん! 彼女はどうせ天神教会の
回し者に違いありませんわ! そう! きっとそうですわ! この
世界で唯一の生神であるリュート様の存在に気付き刺客として送り
込んできたに違いありませんわ! ああぁ、恐ろしい!﹂
 メイヤさんは朝から元気だな。
 スノーが美味そうに焼いたハムを咀嚼してから反論する。
﹁でもでも、こないだココノちゃんを嗅いでみたけどあれはいい子
の匂いだったよ﹂
 遂にふがふがマスターは善悪の匂いまで嗅ぎ分けられるようにな
ったのかよ。
 無駄に高性能だな。
﹁私もメイヤさん同様、まだココノさんを信じていません﹂
 リースが食事を終え、香茶に口を付けながら断言する。
﹁今日は私の隊が待機なので、その時に彼女の人となりを見てみた
いと思います﹂
 背後でシアが給仕を務めているせいか、そこだけ空気が違う。
 まるで王宮に居るような緊張感が漂っている。
﹁えっと、リース、人となりを見るって一体何をするつもりだ?﹂
﹁特別なことをするつもりはありません。ただ彼女の働きぶりを見

2156
守るだけです。ただそれだけでも個性や性格などが出て、彼女がど
のような人物なのか判断することができますから﹂
 たとえ箒の掃き方一つでも相手をはかる物差しになりうる。
 ちゃんと掃除が出来るか、細かい隅まで逃さず掃除をするか、そ
れとも適当に終わらせるタイプなのか。
 リースはオレに嫁ぐ前まではハイエルフ王国のお姫様だった。そ
れ故、パーティーや会議、外交などで様々な種族と出会い時に心の
内を読みあう真剣勝負をいくつもこなしてきたのだろう。
 そんな裏打ちされた経験から、相手の行動から内面を暴こうとい
うのだ。
 リースは静かに香茶を飲む。
 そこには経験に裏打ちされたベテランらしい凄味が滲み出ている。
 もしかしたらリースなら本当に、ココノの行動を見るだけで彼女
の裏側まで知り尽くしてしまうかもしれない。
 オレは無意識に喉を鳴らしていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 そして、リースの隊が新・純潔騎士団本部の清掃に取り掛かる。
 ココノはリースと一緒に応接室の掃除だ。
二人が一緒なのは、リースがココノの掃除態度を見極め、彼女
の内面を暴くためだ。
︵無いとは思うが⋮⋮リースがココノの内面を暴いて大変なことに

2157
なってたりしないよな︶
 オレは二人の様子が心配で工房に行かず、掃除をしている応接室
へ足を向ける。
 向かっている間につい余計なことを想像してしまう。
ピース・メーカー
﹃まさかココノさんが、本当にPEACEMAKERの内情を探る
スパイだったなんて!﹄
﹃くっ、バレてしまってはしかたないですね。そう巫女見習いとは
レギオン
仮の姿! わたしの本当の姿は軍団の内情を探るスパイだったので
す! しかし、知られてしまったらこれ以上、ここにはいられませ
ん! わたしはここで失敬します!﹄
﹃そ、そんないつのまにか外に逃走用のバルーンが!﹄
﹃はっはっはっ! また機会があったら会いましょう!﹄
﹁いやいや、無い無い。どこの怪盗三世だよ﹂
 オレは思わず自身の想像に苦笑いしてしまう。
 精々、気まずい沈黙の中、黙々と仕事をしているだけだろう。
 それはそれで問題だが⋮⋮
 応接室の前に到着する。
 二人に気付かれないように扉をそっと開き中の様子を窺った。
 二人はしっかりと応接間に居た。
 リースはガルガルの尻尾で作られた高級はたきを手に、青い顔で
立っている。
 ココノは絨緞の上に俯せに倒れ、彼女の側には観賞用の壺が落ち
ていた。

2158
 どう見ても殺人現場です。
︵何があったんだよ!?︶
 自分の想像以上の出来事を前にオレは固まって動けなかった。
︵えっ!? え? 何これ。リースがココノを気に喰わずカッとな

って殺っちゃったの?︶
レギオン
 これではまるで﹃軍団代表者は見た!﹄というサスペンスドラマ
ではないか!?
 オレが驚きで震えていると、ココノが立ち上がる。
 どうやら死んではいなかったようだ。
﹁リース様、はたきで上の埃を落とすのは掃除の基本ですが、壺に
ある埃まではたきをかけなくてもいいんですよ﹂
﹁ご、ごめんなさい。てっきり、上から順番に埃を落とすのが基本
と聞いて、はたきで全部やるのかと思ってしまって﹂
﹁いえ、落ちる寸前で気付いて受け止めることができましたから。
壺も割れていないので気にしないでください﹂
 つまり、リースがはたきで壺の埃を落とそうとする。壺が落下。
それをココノが咄嗟に受け止めるが、貧弱な彼女では受け止めきれ
ず床に俯せに倒れる。壺が手のひらからゴロゴロと零れ、側に落ち
たように見えたわけか⋮⋮。
 結局、リースのドジのせいじゃないか!?
 忘れてた、彼女がドジっ娘だということを!
 相手の内面を暴く前に、リースのドジっ娘属性がココノに知られ

2159
てしまう!
 考えてみればリースはハイエルフ王国のお姫様で、ドジっ娘属性
の持ち主。ココノの内面を暴く云々の前に、彼女が無事掃除を終え
ることを心配するべきだった。
 ココノがフォローするように掃除の指示を出す。
﹁では折角なので壺を綺麗に磨きましょう﹂
﹁それなら私にも出来そうですね。任せてください!﹂
 リースは濡れて絞りきっていない雑巾を取り出し、壺をふきだす。
﹁えい!﹂
 彼女は力一杯、壺の表面を擦り出した。
﹁ま、待ってくださいリース様! そんなに力一杯こすったら壺に
傷がついてしまいます!﹂
﹁そ、そうなのですか?﹂
 ココノが慌ててリースを止める。
 彼女は雑巾の代わりに清潔で柔らかそうな布を取り出す。
﹁これで優しく拭いてあげてください。布には艶を出し、表面をコ
ーティングする薬品をすでに染みこませているので﹂
﹁ありがとうございます。こんな感じでいいのですか?﹂
﹁はい、大変お上手です﹂
 まるで母親が不器用な娘に家事を教えているようだ。

2160
﹁それではわたしは台座の方を掃除してますね﹂
 ココノはリースの手つきを見て安心する。これなら失敗は無いだ
ろうと。
 そして自身は壺が置かれていた台座の掃除を始めた。
 リースは壺を磨きながら、
﹁ココノさん、一つお聞きしてもよろしいですか﹂
﹁はい、なんでしょうか?﹂
﹁ココノさんは、本当にリュートさんのことが好きで嫁いできたの
ですか?﹂
︵直接聞くのかよ!?︶
 オレは思わずツッコミを入れてしまう。
 仕草や動作で内面を察するとはなんだったのか?
 この問いにココノは困ったように微苦笑する。
﹁いえ、天神様のお告げに従い嫁いだだけですから。最初から好意
を抱いた訳ではありません﹂
 ココノは心情を隠しもせず吐露する。
﹁でも、こちらでお手伝いをさせてもらって、少しだけガンスミス
様の人柄が分かりました。優しくて、お人好しで、ちょっと素直す
ぎて騙されないか心配になる所がありますよね﹂
﹁確かにリュートさんはちょっと目が離せない所がありますね﹂

2161
 二人は同意するようにくすくすと楽しげに笑い合う。
 目が離せないとリースだけには言われたくないんだが。
﹁でも、そんな人柄の方と家庭を持てたら素晴らしいなとは思って
います。それが﹃愛﹄かと言われるとまだ悩んでしまいますが﹂
 ココノは真っ直ぐリースを見詰める。
 その瞳には真摯な光が宿っていた。
ピース・メーカー
﹁まだ当分はPEACEMAKERでお手伝いできるので、その間
にガンスミス様、リース様達奥様方、他団員達と交流し、自身の気
持ちを含めて確かめていければと考えています﹂
﹁⋮⋮私はやはりまだ納得していません。突然、リュートさんの妻
にして下さいと押しかけてきたことに。だから、私自身、ココノさ
んのことをお手伝いしている間に確かめたいと思います。それでも
よかったら、仲良くしてください﹂
﹁リース様の素直なお気持ちをお教えくださってありがとうござい
ます。こちらこそ短い間ですがよろしくお願いします﹂
 二人はまるで良きライバルのように微笑みあう。
 オレは二人に気付かれないようにそっと扉を閉めた。
 その日の夜。
 夕食を終えて寝るまでの短い自由時間。
 リースと昼間の件について話し合う。
 彼女はシアが淹れてくれた香茶を一口飲み。

2162
﹁掃除の時間、確かめた限りココノさんは悪い方ではありませんね。
何か裏があって私達に近づいてきた訳ではないようですし﹂
﹁へぇ∼そうなんだ﹂
﹁もうリュートさんたら気のない返事をして。そんなに私の人を見
る目に不安がおありなんですか﹂
﹁いや、人を見る目っていうか⋮⋮﹂
 あれはどう考えても直接口にして確かめていたような⋮⋮いや、
言わぬが花か。
﹁なんでもない。もちろんリースのことは信用しているよ﹂
﹁ふふん、そうですか。また何か困ったことがあったら頼ってくだ
さいね。今回のように私が力になりますから﹂
 リースはその立派すぎるお胸をさらにそらし、得意気に鼻息を漏
らす。
 こうして今日も夜が深まっていく。
2163
第198話 リースとココノ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月11日、21時更新予定です!
昨日、日曜日。久しぶりに友人と遊びました。
ちょっとかっこつけて﹃オレ、生命線が短いんだよね﹄と言ったら、
﹃そこは生命線じゃなくて、知能線じゃないか?﹄と真顔で突っ込
まれました。にわか知識で語る物ではありませんね。恥ずかしい⋮
⋮。

2164
第199話 バーベキュー歓迎会
 ココノが新・純潔乙女騎士団で働き始めて十五日以上が過ぎた。
 最初こそ妻や団員達とぎくしゃくしていたが、メイヤを除いて彼
ピース・メーカー
女はPEACEMAKERに大分溶け込んだ。
 ついこないだも休みを取り、クリス達と一緒に街へ出かけて遊ん
できたらしい。
 敵対視したり、ギスギスするよりはずっといい。
 そんなある日、廊下を歩いて居るとラミア族、ミューアに声をか
けられる。
﹁ちょうどよかった。リュートさん、ちょっとお時間いいかしら?﹂
﹁大丈夫だよ。何か問題でも起きた?﹂

2165
﹁実は商工会の役員の方から大量のお肉をもらってしまったんだけ
ど﹂
﹁肉? またなんで﹂
 ミューア曰く︱︱
 商工会役員の一人が経営する牧場で、魔物に家畜の毛長牛が襲わ
れてしまった。
 無事魔物達を倒したが、数頭やられてしまい市場価値を失った。
 捨てるのも勿体無いため、解体して知り合い達に配っているらし
い。
ピース・メーカー
 日頃お世話になっているPEACEMAKERにも、もらって欲
しいとのことだった。
﹁それで私からの提案なんだけど、お肉を団員達に振る舞うのは当
然として、ちょっと遅くなったけど一緒にココノちゃんの歓迎会を
開きたいと思っているのだけど、いいかしら?﹂
﹁団員達に振る舞うのは構わないけど⋮⋮ココノの歓迎会か⋮⋮﹂
 オレが渋い顔をすると、分かっていると言いたげに彼女が用意し
ていた台詞を口にする。
﹁リュートさんの気持ちは理解しているわ。クリスちゃん達の手前、
彼女を歓迎する訳にはいかないと。でも、歓迎会の一つでもしてお
ピース・メーカー
かないと、外部から﹃PEACEMAKERが天神教の巫女を冷遇
し、こき使っていた﹄と後ろ指さされる可能性がありますよ﹂
 確かにありそうな話だ。
﹁だから、彼女が手伝いを始めて10日以上経っていますし、歓迎

2166
会の提案は私がしますので、内外的にもリュートさんが喜々として
彼女を迎え入れている訳ではないと伝わります。そして、一度開け
ば後々言い訳が立ち、対応しやすくなると思うのですがいかがでし
ょうか﹂
 つまり、頂いたお肉を団員達に振る舞い士気をアップ。
 さらにココノの歓迎会を開くことで、外部に対する言い訳作りも
する。
 まさに一石二鳥だ。
ピース・メーカー
 さすがPEACEMAKERの外交部門担当。
 ミューアさん、マジ出来る系女子ですね。
﹁了解。それじゃ手配とか全部任せてもいいかい?﹂
﹁言い出したのは私だし、手配は任せて。でも、お肉はあるけど他
の野菜や飲み物、燃料代等の雑費が無くて、それなのにバニさんの
財布
経費のヒモは硬くて。⋮⋮それで提案なんだけど、団員達もリュー
トさんが私心で支払ってくれたことを知ったら喜ぶし、士気も今以
上にあがると思うんだけど?﹂
 許可を出した手前、これは断りにくい。
 もちろんミューアも分かって言っているのだろう。
 オレは微苦笑しながら、
﹁了解、了解。足りない分は僕が出すよ。でもあんまり無茶な買い
物はしないでくれよ﹂
﹁もちろん分かっていますよ。ツテがあるので市場より安く仕入れ
ますから、安心してくださいね﹂
 彼女はクリスと同い年とは思えない微笑みを浮かべ、お礼を告げ

2167
てくる。
 いや、本当にミューアさん、マジ出来る系女子ですね。
 そしてオレ達は細かい日取りと段取りを話し合う。
 こうして明日の夜、団員達全員参加のバーベキュー大会が決定し
た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、夜。
ピース・メーカー
 普段なら食堂で夕食を摂る時間、PEACEMAKERメンバー
全員がグラウンドに集合していた。
 グラウンドにはドラム缶を縦に切って足を付けたような器具があ
り、その上に鉄板が置かれていた。
 側に室内から持ち出された机が並べられ、金属製の串に刺さった
肉や野菜、魚介類、また飲み物などが綺麗に並べられている。
 その鉄板の上に串が置かれ、焼けるいい匂いが辺りに漂う。
 団員達の胃袋を直接殴るような匂いに、彼女達の目は飢えた獣の
ようになっていた。
 その前にラミア族、ミューア・ヘッドがにょろりと姿を出す。
﹁本日はお集まり頂きまして誠にありがとうございます。諸事情に
より大量のお肉を頂きましたので、今夜は存分にお食べ下さい。ま
たお肉以外の食材、飲み物等は全て我が団長であるリュート・ガン
スミス卿に出して頂きました。皆様、一言お礼をお願いします﹂

2168
﹃ありがとうございます!﹄
 団員達が一斉に声をあげる。
 オレは微苦笑しながら、手を挙げ答えた。
ピース・メーカー
﹁また今回は我がPEACEMAKERに短期ではありますが、お
手伝いに来てくださっているココノさんの歓迎会でもあります。折
角なので一言お願いします﹂
 ココノがミューアにうながされ、団員達の前へ立つ。
 彼女は嬉しそうな表情を浮かべながら、緊張せず語り出す。
﹁今日はわたしの歓迎会を開いて頂けると聞いて大変感激しており
ます。突然押しかけてきたのにもかかわらず、こうして温かく迎え
ピース・メーカー
てくださるPEACEMAKERの皆様に出逢えてわたしはとても
幸せです。短い間ではありますが、これからもよろしくお願いしま
す。また皆様と出逢えたことを天神様に感謝します﹂
 ココノは胸の前、指で五芒星を切る。
 そして両手を握った。
 挨拶が終わると皆、手を叩く。
 巫女見習いだけあり、説法やこの手の話は色々経験済みなのだろ
う。
 かなり堂に入っていた。
﹁では、そろそろ堅苦しい挨拶もここまでにして、頂きましょう﹂
 ミューアがいい具合に焼けたのを見計らい話を締める。
 挨拶が終わると、団員達は早速焼けた串に腕を伸ばした。

2169
 もちろん腹が減っていたオレもだ。
﹁うま! この串の肉凄く美味い!﹂
 味ツケはシンプルな塩・コショウ。
 他にもハーブや唐辛子のような辛みを効かせた肉も一緒に焼かれ
ている。
 しかし前世、日本人からすると醤油と白米が欲しくなる。
﹁リュートくん、お肉美味しいね!﹂
﹁家の中で食べるのもいいですが、お外でこうして食べるのも美味
しいですね﹂
 スノー、リースは肉を串から移し、美味しそうに食べる。
 この異世界でもこうして外で食べる文化がある。
 しかし、上流階級者達からは白い目で見られている。そのため基
本的に庶民では一般的な文化といえるだろう。
 一応、椅子とテーブルも用意して座って食べられるようになって
いる。
 だが、オレやスノー、リースは立食形式で立って食べている。
 他の団員達も基本的には立って食べていた。
﹁シアも調理ばかりしてないで食べたらどうだ?﹂
﹁若様、お気遣い頂きありがとうございます。しかし、自分は後で
頂くのでお気になさらないでください﹂
 シアは一礼すると再び、調理に戻った。
 現在、働いているメイドはシアだけだ。他のメイドはオレ達と一

2170
緒に飲み食いしている。
 別にサボっている訳ではない。
 シアが他の子達を休ませたのだ。
 たまにはのんびりと羽を伸ばして欲しいと。
 シア自身は、こういう場で働かない方が精神衛生上よくないと断
言。
 一人、火加減や肉の焼き加減などに没頭していた。
 しかし、さすがに彼女一人で三〇人以上の面倒を見るのは不可能。
また自分達で実際に串に刺さった食材を焼く楽しみもある。
 そのため自分達で焼き、味を付ける鉄板コーナーも準備してある。
 仲の良い団員達が、わいわい楽しげに話をしながら鉄板で串を焼
き、味を付けていた。
 そんないくつかの鉄板の中、一人場所を独占し真剣な表情で肉を
焼く少女が居た。そうメイヤ・ドラグーンだ。
 彼女は満足した焼き加減が出来たらしく、肉串を持ってオレの側
へと駆け寄ってくる。
﹁リュート様の一番弟子にして、右腕、腹心のメイヤがリュート様
のために丹誠込めて焼いたお肉を持って参りましたわ!﹂
﹁お、おう⋮⋮ありがとうメイヤ。ありがたく頂くよ﹂
﹁はい、どうぞ! わたくしだと思って食べ下さい!﹂
﹁いや、それはちょっと⋮⋮﹂
 彼女は鼻息荒く、怖いことを言ってくる。
 気持ちは嬉しいんだけど⋮⋮気持ちは⋮⋮
 気が付けばオレ達のようにいくつかのグループに分かれていた。

2171
 ココノは同い年のクリス達と一緒に歓談していた。
 彼女達は本部から持ち込まれたテーブルと椅子に座り食べている。
 ココノの皿には一串だけ食べた後があるだけで、以後いっさい手
をつけていない。
﹁ココノ、もう食べないのか? 遠慮しなくてもいいんだぞ﹂
﹁いえ、本当にお腹いっぱいで。これ以上食べると⋮⋮﹂
 彼女は辛そうに口を押さえる。
 殆ど食べないと言っていたが、それにしても少量過ぎるだろう。
 反対に、ラヤラは山のように積んだ肉を次々食べていく。
﹁ふ、フヒ、お肉美味しい﹂
 肉が好物らしく、嬉しそうにモリモリ食べている。
 両隣に座っているクリスとルナが、面白がって左右からラヤラに
食べさせる。彼女はまったく苦もなく、差し出される肉を食べてい
く。
﹃ラヤラちゃん、可愛いです﹄
﹁ねぇ、ちょう面白いよ! ココノもやってみなよ﹂
﹁それじゃ⋮⋮﹂
 ルナにうながされてココノも向かいに座るラヤラにお肉を差し出
す。
 彼女は美味そうにココノのお肉も咀嚼する。
 ココノはその姿に笑顔を浮かべた。

2172
﹁とっても可愛らしいですし、楽しいですね﹂
 クリス&ルナ、ココノは心底楽しげに、お肉を食べさせる。
 ラヤラも幸せそうに食べているから問題はないだろう。
 ココノも初日はちゃんと皆に溶け込んで、働けるか心配していた
が杞憂だったらしい。
 オレは彼女達が仲良くする姿を、穏やかな気持ちで眺めていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 時間は少し遡る。
 妖人大陸、天神教本部。
 分厚い雲が夜空を覆い尽くす夜、少女達が天神教本部を遠目から
見下ろす。
 その一人はリース、ルナの姉にしてハイエルフ王国エノール、元
第一王女、ララ・エノール・メメアだ。
 彼女の背後に付き従うのは二人の少女だ。
 一人は、元純潔乙女騎士団の団長ルッカに協力していたノーラを
既の所で助けた少女エレナ。
 もう一人は顔や体をマントで隠しているため分からない。
 ララが楽しげな声音で告げる。

2173
﹁さぁ、始めましょうか。お姉様に捧げる正義の執行を﹂
 ララ達は天神教本部へと侵入するため、暗闇の中を歩き出した。
第199話 バーベキュー歓迎会︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月14日、21時更新予定です!
なんか今週は雨が多くて、洗濯物が干せませんね。
ちなみに、次の更新で活動報告をアップする予定です。
2174
第200話 禁書庫
﹁⋮⋮失態だな﹂
 一通りの報告を聞き、教皇が溜息を漏らす。
﹁まさか、こうまであっさりと禁書庫の奥深くまで侵入されるとは﹂
 数日前、天神教本部は何者かの襲撃を受けた。
 当日、警備に当たっていた魔術師を含めた20人全員が死亡。さ
らに教皇を含めて3人しか知らない筈の、禁書庫の奥にある隠し部
屋に侵入を許した。
 物理的・魔術的に多重保護されていたにもかかわらずだ。
 その全てを無力化され、ある禁書が盗み出された。

2175
 今回、天神教本部地下会議室で、関係者が集まり襲撃後の対応策
を話し合っていた。
 この部屋の入り口は分厚い鉄製で、他三方は地下深く魔術的にも
防護されている。そのため盗聴も、会話が外へ漏れることもありえ
ない。
 密談をするために作られた部屋だ。
 魔術光が室内を照らす。
 関係者の中には、天神教トップ達とは毛色の違う若い男が二人同
席していた。
 教皇がその一人に声をかける。
﹁このような事態になったのも、賊の侵入を防げなかった警備側に
問題があるのではないですかな、アルトリウス殿﹂
 席の一角。
 腕を組んで話を聞いていた男が水を向けられ、閉じていた目を開
く。
01
 彼こそ始原のトップ、人種族、魔術師S級のアルトリウス・アー
ガーだ。
01 ギ
 始原とは︱︱魔王からこの世界を救った5種族勇者達が冒険者斡
ルド レギオン 0
旋組合を設立。軍団というシステムが決まり、初めて出来たのが始

原だ。
 また彼は人種族最強の魔術師でもある。
 魔術師にもかかわらず甲冑を着込み、体格はまるでラグビー選手
のようにガッチリとした体型。身長は190cmを越える。

2176
 髪を短く刈り込み、目つきも鋭い。
 その姿はまるで歴戦の騎士団長と言った風格を漂わせている。
 もちろん天神教側にも腕に覚えのある者は存在する。
 襲われた禁書庫の警備にも着かせていた。
01
 しかし、餅は餅屋ということで重要区画の警備の一部は始原に依
頼し、共同で守護してもらっていた。禁書庫もその一つだ。
﹁⋮⋮警護に当たらせていた部下達は皆、魔術師Bプラス級の実戦
経験豊富な手練れ。こちら側に問題はありません﹂
﹁だが、現にこうして皆、手も足も出ず殺害されているのだ! 問
題が無いなどありえな︱︱ッ!﹂
 アルトリウスが声を荒げた教皇を一睨みする。
 教皇はまるで直接首を締め付けられているように青白い顔をする。
﹁繰り返すが、部下達は皆、優秀な者達ばかり。全滅させられたの
は敵の実力がそれ以上だっただけ。健闘を尽くした部下達の侮辱は
その辺にしてもらおう﹂
 アルトリウスの敵意が篭もった声音に教皇だけではなく、その場
に居る天神教関係者全員が顔色を悪くする。
 皆、今にも心臓が止まりそうな顔をしていた。
﹁それで禁書庫へ侵入した賊の目星はついているんですか?﹂
 皆がアルトリウスの怒気に顔色を悪くしている中、一人涼やかな
声音で問いかける青年がいた。
 アルトリウスの隣に座っている彼は、妖人大陸最大の人種族国家
である大国メルティアの次期国王、人種族・魔術師Aプラス級、ラ

2177
ンス・メルティアだ。
 身長は180cmほど。
 アルトリウスとは正反対で線が細く、金髪を背中まで伸ばしてい
る。顔立ちも女性と見間違うほど整っているが、﹃頼りなさそう﹄
という印象はまったくない。
 アルトリウスとはまた違った、王族が持つ独特の風格を持ってい
る。
 ランスは微笑みを浮かべ、話をうながす。
 彼の涼やかな気配に当てられたのか、アルトリウスは変わらない
むっすりとした表情をしていたが、威圧感は始めからなかったよう
に消える。
 天神教関係者達は安堵の息を吐き出し、会議を進めた。
﹁き、禁書庫へ侵入した賊は手口から見て、恐らく﹃黒﹄ではない
かと思われます。盗み出された禁書で﹃黒﹄が何をするのか、目的
までは今のところ分かっておりませんが﹂
﹁盗み出された禁書とは確か⋮⋮派遣先をまとめたリストだったね﹂
 ランスの確認に天神教関係者達が頷く。
 本にタイトルは無い。しかし内部の閲覧可能者達の間では﹃巫女
派遣本﹄また﹃派遣リスト﹄と呼ばれている。
 そこには過去、巫女や巫女見習い達が、天神様のお告げとして嫁
いだ先がリストとして纏められている。
レギオン
 嫁ぎ先は有力な貴族、軍団、商人、上流階級者などが並ぶ。
 他にも、将来的に頭角を現しそうな人物や組織などに派遣されて
いた。

2178
﹁ここにいる皆様ならご存知かと思いますが、表向きは天神様のお
我々
告げによって嫁いでいることになっていますが、実際は天神教にと
って有益、将来性をかった者達と関係を深めるため、いざというと
きの保険、橋渡し、友好を深めるために派遣していた訳で⋮⋮﹂
 大司教が告げたように﹃天神様のお告げによって嫁いだ﹄と言う
のは真っ赤な嘘だ。
 無理矢理に良い言い方すれば、天神教が力を付けるための政略結
婚。
 悪い言い方をすれば、巫女達に自覚は無いがハニートラップ要員
だ。
 この異世界で女性を自身の好きなようにする方法は、ある程度ま
とまった資金さえあればそれほど難しくない。
 一夫多妻制は認められているし、資金にモノを言わせて奴隷や困
窮している家の娘を買えばいい。また、風俗店などもちゃんと存在
している。
 しかし、いくら目が眩むほどの資金を手にしていたとしても、決
して手に入らないモノがある。
 それは相手から与えられる﹃純粋な好意﹄だ。
 資金にモノをいわせて奴隷や女性を買っても、彼女達がすぐに好
意を持つことはない。乱暴に扱えば、当然憎まれ、嫌われ、怯えら
れる。
 だが、天神教から嫁がされる巫女や巫女見習い達は違う。
 殆どが孤児で幼い頃から天神教の教えを習っている。そのため、
天神様のお告げによって嫁がされることは大変な名誉なことだとす
り込まれているのだ。
 だから、最初から嫁ぎ先の相手に好意を抱き、どれほど乱暴に扱

2179
おうが、相手を天神様が出会わせてくれた運命の人だと愛する。
 自分達がハニートラップ要員だとも知らずに、献身的に尽くして
くれるのだ。
 ココノなどは、天神教に巫女見習いとして約5年前の10歳で入
った。そのため妄信するほどの刷り込みは受けずにすんだ。
 話を戻す。
 このような純粋な女性は、どれだけ大金を払っても手に入れるの
は難しい。
 故に、上流階級者になればなるほど、見返りを求めない純粋な好
意を持った巫女達の魅力に抗えなくなる事が多いのだ。
 しかも天神教には人種、年齢、容姿など多種多様な巫女達が居る。
 場合によっては相手が天神教の望む情報、権力、人材、技術、知
識等々を提供してくれるなら、要望する巫女を﹃天神様のお告げ﹄
として嫁がせることも出来る。
 産まれた子供達は、天神教や他権力者の力によって押し上げられ、
地位を確立していく。
 そうやってさらに天神教は権力を広く、深く広げてきた。
 そんな﹃巫女派遣リスト﹄が﹃黒﹄によって盗み出されてしまっ
たのだ。
 もし情報が白日の下に晒されれば、批判は免れないだろう。
 天神教始まって以来の不祥事だ。
 だが、天神教関係者の表情はまだ絶望とまではいっていない。
 せいぜい、﹃頭の痛い問題﹄程度だ。
 彼らにとってはこの程度はまだ致命傷にはなりえない。

2180
 そのことを証明するように教皇が口を開く。
﹁兎に角、不幸中の幸いは盗み出された禁書が、その程度で済んだ
ことだ﹂
﹁仰るとおりです。もし天神様がすで︱︱﹂
﹁馬鹿者! それ以上は口に出すな! たとえこの部屋での事でも、
どこぞへ漏れる可能性はあるのだぞ!﹂
﹁し、失礼しました!﹂
 大司教が口を滑らせかけ、慌てて教皇が激昂し止める。
 場の空気が再び最悪なものとなった。
 再び、ランスが場の空気を動かす。
﹁今後の対応としては禁書庫の警備をよりいっそう厳しくするのは
当然として、禁書が公にされた場合の対処法なども専門チームを作
り、複数パターン検討しておくべきですね﹂
﹁ランス殿のご指摘通り、早速禁書のことは伏せて専門チームを作
り、対策を検討させましょう。教皇様、よろしいでしょうか?﹂
﹁構わん。すぐに取り掛かれ﹂
 大司教が同意して、会議終了後すぐに動き対策チームを作る許可
を教皇から取る。
 大司教は続けて、
﹁では次に﹃黒﹄の組織調査・討伐任務については、引き続きアル
トリウス殿に一任するということで﹂
﹁⋮⋮任された。禁書庫の警備に当たる者達も今日中に選別、今回
のようなことがないよう手も付くそう﹂
﹁アルトリウス殿、感謝いたします﹂

2181
 教皇がお礼を告げる。
 アルトリウスは軽く目で礼を受け止めた。
﹁また仮に、﹃黒﹄以外の者達が禁書を手にした場合はいかがいた
しましょう﹂
 大司教が問いかける。
﹃黒﹄が禁書を盗み出した理由は分からない。
 今回のものは、天神教の権威を落とすには役に立つが、それ以上
の効果は上がらない禁書だ。
 場合によっては、組織または個人の依頼で多額の金銭と引き替え
に盗み出した可能性もある。
 その場合の対処を尋ねたのだ。
﹁さすがに、そんな枝葉までアルトリウス殿の手を煩わせるわけに
はいくまい﹂
﹁⋮⋮ならいつも通り、そのような場合は我々と友好条約を結んで
レギオン シーカー
いる軍団、処刑人に依頼しよう﹂
﹁アルトリウス殿、お手数ですがよろしくお願いします。もちろん
我々
必要な資金は全額天神教が支払わせて頂きますので﹂
﹁依頼をするだけだ。たいした手間ではない﹂
 それから他にも細々とした取り決めが、約一時間ほど続いた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2182
 バーベキュー大会から数日後、朝、ココノは一人で新・純潔乙女
騎士団本部前を掃いていた。
﹁おはようございます。今日もいいお天気ですね﹂
﹁おはよう、ココノちゃん朝からご苦労様﹂
 ココノは顔見知りになったご近所さん達とすれ違う度に挨拶をす
る。
 すっかり彼女も馴染んでいた。
ピース・メーカー
 しかしPEACEMAKERで働き出してもうすぐ期限の一ヶ月。
後少しで、獣人大陸の天神教支部へと戻らなければならない。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 つい、掃除の手が止まってしまう。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERメンバー達と別れるのは寂しい。折角、皆
と仲良くなれたのに。
 またリュートを側で約一ヶ月見て来た。彼となら自分の亡くなっ
た両親のような、互いを支え合う理想の夫婦になれる気がした。
 他の妻達、スノーやクリス、リースもいい人で気が合う。
 しかし、もうすぐ約束の期日。別れるのは辛いが、縁がなかった
と諦めるしかない。
﹁それに、今度はお友達として皆さんに会いに来ればいいんですか
ら﹂
 悲しみを心から吐き出すように、前向きな言葉を口にする。
 気持ちを切り替え再び掃除を始めた。

2183
﹁どうも宅配便です﹂
﹁あっ、ご苦労様です﹂
 獣人種族の宅配人が、声をかけてくる。
 彼は大きめの鞄を漁り、目的の荷物を取り出す。
﹁えっと、新・純潔乙女騎士団本部にお住まいのココノ様宛にお荷
物をお預かりしたのですが﹂
﹁ココノはわたしです﹂
﹁ちょうどよかった。サインか、もしくはここに受け取りのチェッ
クを頂けますか?﹂
﹁では、サインで﹂
 小型のインク壺とペンを受け取り、名前を記す。
﹁ありがとうございました!﹂
﹁ご苦労様です﹂
 宅配人はまたすぐに別の届け先へと急ぎ足で向かう。
 ココノは受け取った小包を確認する。
 自分がここに居ることを知っているのは、獣人大陸・エルルマ街
の天神教支部関係者ぐらいだ。しかし、荷物が送られる用件に思い
当たる節がない。
﹁差出人さんの住所は⋮⋮書かれていない?﹂
 首を捻りながら、箒を立てかけ封を開ける。
 中からは一通の手紙と分厚い書物が入っていた。
 手紙にも差出人の名前、住所などは書かれていない。

2184
 彼女は封を破り、手紙に目を通す。
 文字はとても丁寧に書かれていた。
﹁ッゥ!?﹂
 そこに書かれている内容にココノは⋮⋮天地が逆転するほどの衝
撃を受けた。
第200話 禁書庫︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月17日、21時更新予定です!
活動報告を書きました。よかったらチェックしてください!
2185
第201話 兎リンゴ
 小包を受け取った当日。
 ココノは体調不良を訴え、その日は一日宛がわれている客室で休
ませてもらった。
 彼女はベッドに腰掛け、改めて小包に入っていた手紙と本を確認
する。
﹁そんなまさか⋮⋮天神教がこんな酷いことをしているなんて⋮⋮﹂
 手紙によると︱︱予言をでっち上げ巫女や巫女見習いなど天神教
に心酔している少女達を有力者と結婚させ、繋がりを作り天神教の
地位や権力を広げ、増大してきたらしい。
 早い話がハニートラップだ。
 しかも送り込まれるのは天神教に従順な少女達のみ。たとえ酷い

2186
目に合ったとしても、彼女達は文句一つ言わずその身を捧げる。少
女達にその自覚が無いからさらに質が悪い。
レギオン ピース・メーカー
 ココノ自身、将来有望な軍団、PEACEMAKERと関係を深
めるために送り込まれた1人だと手紙には書いていた。
 手紙の内容を裏付ける証拠として、一緒に本が同封されていた。
 最初は自身を騙すための偽物かとも思ったが、本の使われ具合、
内容の﹃どこに﹄、﹃どの少女が嫁いだのか﹄、﹃嫁ぎ先の趣味、
嗜好等﹄などが詳細に書かれている。
 自分一人を騙すのにしてはあまりに凝りすぎている。
﹁でも、本当に天神教上層部がこんな非人道的な行為をおこなって
いたとしたら⋮⋮﹂
 この案件は自分1人で抱えるには大きすぎる。
︵誰かに相談できれば⋮⋮︶
 すぐに1人の人物の顔が思い浮かぶ。
﹁ガンスミス様に⋮⋮﹂
 だが、彼女はすぐに首を横へ振った。
︵もしこの手紙が真実だとしたら⋮⋮。彼らを天神教の問題に巻き
込むわけにはいかない︶
 突然、﹃嫁にして欲しい﹄と押しかけたのにもかかわらず、最終
的には皆優しく接してくれた。

2187
 そんないい人達を巻き込むわけにはいかない。
 これは天神教の問題なのだから。
﹁やっぱりここはトパース司祭様に相談しないと⋮⋮﹂
 トパースは両親亡き後、孤児院でココノの面倒を何かと見てくれ
た。
 そのため彼女は、トパースのことを、ずっと義父だと慕っている。
 ココノが知るなかで最も信頼できる人物だ。
 また、もうすぐ約束の期限の一ヶ月になる。
 リュートの態度から自身が嫁ぐのは無理なのを理解していた。今
回に限って言えば怪我の功名かもしれない。
 ココノは獣人大陸、エルルマ街の天神教支部に戻って手紙と本を
トパース見せて、今後の対応を相談することを決意する。
 コンコン。
 意志を固めていると、扉がノックされる。
 ココノは慌てて、手紙と本を隠した。
﹁ど、どうぞ﹂
﹁お邪魔します﹂
﹁ガンスミス様、クリス様!﹂
 リュートとクリスが、お盆を手にココノの部屋に顔を出す。
﹁もう起きてて大丈夫なのか?﹂
﹁は、はい。心配してくださってありがとうございます。午前中休
ませて頂いたお陰で随分楽になりました﹂

2188
﹁そっか。でも、今日は一日休めよ。たぶん慣れない仕事をしたせ
いで、疲れが一気に来たんだろうから﹂
﹁⋮⋮はい、ありがとうございます﹂
 疲れは確かにあったが、ちゃんと休みももらっていた。本来なら
急遽、休むようなことにはならなかった。
 あの手紙と本さえ読まなければ⋮⋮。
﹁それでご用件は?﹂
﹃そろそろお昼なのでご飯を持ってきました! 食べられそうです
か?﹄
 クリスがニコニコとミニ黒板を差し出す。
 リュートが持つお盆には、果物を中心にした食事が準備されてい
た。
﹁何も食べないと体に悪いからな。でも、無理して全部食べる必要
はないから。食べられるだけ食べたら、もう少し横になったほうが
いいぞ﹂
﹃リュートお兄ちゃんの言うとおりです﹄
﹁あ、ありがとうございます﹂
 ココノは涙を零しそうになる。
 自覚していなかったとはいえ、もしかしたら自分はリュート達を
陥れるため近づいた敵のような者なのに。
 彼らは心の底からココノの体調を気遣っている。
 彼女は申し訳なくなり、顔を俯かせてしまう。
 そんなココノの態度に、リュート達は体調が思わしくないと勘違
いして、

2189
﹃お兄ちゃん、いつまでもお部屋に居るのは申し訳ないので、そろ
そろ戻りましょうか﹄
﹁だな。もし何かして欲しいことがあったら、遠慮無く言うんだぞ﹂
﹁はい、ガンスミス様、クリス様、本当にありがとうございます﹂
 ココノの返事を聞くと、二人は持ってきたお盆をテーブルに置い
て部屋から退散する。
 ココノは部屋で1人になると、リュート達が持って来たお昼ご飯
︱︱果物の盛り合わせに手を伸ばす。
﹁可愛い﹂
 盛り合わせの一つ、リンゴのような果物が兎の形に切られていた。
 もちろん、リュートのアイデアだ。
 ココノは添えられた金属製フォークを手に取ると、兎リンゴを一
口囓る。
﹁美味しいです⋮⋮﹂
 甘酸っぱく、涙のせいで少々しょっぱかったが、嘘偽り無い彼女
の本心だった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2190
﹁そろそろ一ヶ月経つから、ココノをエルルマ街の天神教支部へ送
り届けないといけないわけだが⋮⋮誰が行く?﹂
 仕事と夕食を終え、自室のリビングで就寝までのリラックスタイ
ム。
 オレは嫁&弟子、メイドに話を振った。
 約一ヶ月前、トパースとの初面会の席。
 彼は手伝いが終わったココノを自分達が迎えに来ると言っていた。
しかし、彼が来たら延長を言いだし、最終的にはココノを嫁に︱︱
となりかねない。
 その懸念から、オレは新・純潔乙女騎士団メンバーの訓練も兼ね
て、ココノをエルルマ街まで送ると約束したのだ。
 しかしトパースも侮れず﹃ガンスミス卿が直接送り届けてくださ
るなら、道中の安全は約束されたのも当然ですね﹄と言ってきた。
 お陰でオレがココノをエルルマ街に送り届けるのは確定だ。
 この街から、エルルマ街まで片道1週間。
 往復で2週間の旅になる。
 約束した手前、まさか体の弱いココノを1人で片道1週間の旅に
送り出す訳にはいかない。
﹁それじゃみんなで一緒に行こうよ! そして、折角だからエルル
マ街の観光をしてこよう﹂
 スノーがナイスアイデアのように提案してくる。
 オレは彼女の意見を却下する。
﹁ずっと北大陸へ行っていた手前、またオレ達全員って訳にはいか

2191
ないよ﹂
﹁では、自分達の部隊などいかがでしょうか? 若様、ココノさん
のお世話から、警護まで問題なくこなせます﹂
﹁道中の安全確保を考えるなら、私の部隊の火力があったほうが安
全だと思いますよ﹂
 シアの提案に、リースも提案してくる。
 さらにメイヤも負けじと手を挙げた。
﹁でしたら、わたくしの部隊がお供しますわ! 移動中、ずっと製
作が出来ますわよ!﹂
﹁いや、メイヤの部隊、ルナを入れても2人しかいないじゃないか。
それに陸路の移動中でわざわざ製作なんてしなくても﹂
﹁で、ですが⋮⋮だいたい! リュート様がココノさんを送り届け
ること自体おかしい話ですわ! いくら面会の席で約束をしたから
と言って! そんなもの適当な言い訳をすれば相手も納得するはず
ですのに!﹂
 メイヤは指摘を受け、我慢しきれず鬱憤を吐き出す。
 彼女の言い分も理解できる。
 口約束とはいえ、本当にオレがわざわざ送り届ける必要はないの
だ。
 送れなかった理由などいくらでも用意できる。
 しかし⋮⋮
﹁メイヤの指摘ももっともなんだが、最近ちょっとココノの様子が
気になって﹂
﹁ま、まさかこの1ヶ月間でほだされて﹃やっぱり嫁に欲しいです
!﹄と言いに行くために同行するつもりなのでは⋮⋮﹂

2192
 メイヤが驚愕の表情で、震えながら呟く。
 この発言にリースまで目の色を変える。
 オレは慌てて訂正した。
﹁違う! 違う! そんなつもりはないよ! でも、みんなだって
最近、ココノの様子がおかしいとは思わないか?﹂
﹁確かにリュートくんの言うとおり、最近のココノちゃんはちょっ
とおかしいよね。よく考え事していたり、凄く落ち込んだ表情をし
ていたり、急にわたし達と距離を取るようになったり﹂
﹁スノーさんの仰るとおり⋮⋮確かに最近、なんだか様子が変です
よね﹂
﹁そうですか? 最初からあんな感じではなかったですの?﹂
 リースはスノーの意見に同意し、メイヤは本気で﹃分からない﹄
という顔で首を捻っていた。
 メイヤ⋮⋮
 オレは気持ちを切り替えるため、咳をする。
﹁だろ? 手伝いとはいえ1ヶ月間、同じ仲間として働いて、色々
助かったこともある。だから、もし何か問題や悩みがあるなら、エ
ルルマ街に着くまでの1週間で話ぐらいは聞けるかなと思ってさ﹂
 オレの意見に皆⋮⋮メイヤ以外が納得した表情をする。
 メイヤは口元を﹃へ﹄の字に曲げて動かさない。
 オレが彼女の不機嫌に気付かないふりをして、視線をそらしてい
るとクリスがミニ黒板を掲げる。
﹃だったら、その仕事は私の部隊が担当します!﹄

2193
 さらに彼女は続ける。
﹃今月のクエスト担当は、わたしの部隊なのでちょうどいいです!﹄
ギル
 新・純潔乙女騎士団メンバーは月に一度のペースで冒険者斡旋組

合からクエストを受けている。
 メンバー達に実戦訓練をさせるためだ。
 クエスト内容によってメンバーだけだったり、スノーやクリス、
リース、シアが監督役として付いていく場合がある。
レギオン
 本当はレベル?の冒険者が、同じ軍団だからと言って、下位レベ
ルのクエストに付いていくのは褒められたことではないのだが。
 月一のクエスト訓練は持ち回りで、今月はクリス部隊の番だった。
 確かに筋は通ってる。
 それにココノと一番仲の良いのがクリスだ。
 同い年だし、背丈が近いなど共通点も多いから仲が良い。
 クリスになら、ココノも悩みを話しやすいだろう。
﹁それじゃクリスの部隊の訓練を兼ねて、ココノをエルルマ街に送
り届けるということで。クリス、準備を含めて訓練としてメンバー
達にやらせてくれ﹂
﹃はい! 任せてください!﹄
 クリスは機嫌よさげにニコニコとミニ黒板を掲げる。
 これでこの話はお終いだ。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 話が終わったのに、メイヤがジッとこちらを見ている。

2194
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 気付かないふりをしていると、顔を近づけてくる。
 どんどん顔を近づけて、鼻先がオレの頬に触れるほど顔を接近さ
せて来る。
 ジッと︱︱じぃ∼と決して視線をそらさない。
﹁分かった! 分かったよ! メイヤも一緒に行こう! それなら
文句ないだろ!﹂
﹁ありがとうございます、リュート様! このメイヤ! エルルマ
街どころか、地の果てまでリュート様のお供をしますね!﹂
 オレは根負けして彼女の同行を許可してしまう。
 メイヤの無言の圧力に敗北する。
 しかし、メイヤなら本当に地の果てだろうが、次元の壁だろうが
構わず付いて来そうだな⋮⋮。
2195
第201話 兎リンゴ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月20日、21時更新予定です!
活動報告にイラストをアップしました!
お陰様で今回こそは無事、アップすることが出来ました。
よかったらチェックしてください!
またシアの一人称を﹃自分﹄に変更。
ココノが他者を呼ぶ時﹃様﹄をつけるように変更しました。
この二人のキャラクターがややぶれているので、もしかしたらまた
修正するかも?

2196
第202話 エルルマ街への帰還
 一ヶ月の手伝いを終え、ココノがエルルマ街へ戻る当日。
 ココリ街を3台の馬車が出発した。
 1台は水、食料、武器&弾薬、寝具、他荷物用。
 1台はクリス部隊専用。
 1台はオレ、クリス、メイヤ、ココノが乗っている。
 余裕を持って3台調達した。
 リースが居れば物資の運搬など面倒がないのだが。
 改めて、彼女の力の凄さを実感する。
 今回、参加するクリスの部隊は5人。

2197
 10人参加させると新・純潔乙女騎士団本部が手薄になるため、
選抜した。
 またその選抜には、獣人種族タカ族、ラヤラ・ラライラも入って
いる。
 ラヤラもココノとは仲が良い。
 今回の旅が、彼女の悩みを聞き出す切っ掛けになればいいのだが
⋮⋮。
﹁しかし上手いもんだな、馬車の操作。僕も色々旅をしたから、操
作にはそれなりに自信があったんだけど﹂
﹁ありがとうございます。小さい頃からよく父や母に乗り方を教わ
ったので、体が自然と操り方を覚えてしまっているんですよ﹂
 御者台にはココノが座り、角馬に馬車を引かせていた。
 最初、オレが座る予定だったが、ココノが﹃是非、やらせて欲し
い﹄と志願してきたのだ。
 彼女は昔、天神教に入教する前まで、親子で大陸中を旅していた。
そのため馬車操作はお手のものなのだろう。
 初めて接する角馬達もまるで長年のパートナーのように、ココノ
の手足のように動いていた。
 オレは御者台の後ろから、彼女と会話を交わす。
﹁何かコツとかあるの?﹂
﹁コツですか⋮⋮そうですね。難しいことはありませんよ。角馬達
の気持ちになって動かしてあげればいいんです。そうすれば彼らも
素直に答えてくれますよ﹂

2198
 優しげな瞳をして角馬の方を見るココノ。
﹁角馬達の気持ちになって、か。⋮⋮ココノらしい答えだなぁ﹂
 オレは後ろからココノを眺め、微笑みながら返事をした。
 こうして三台の馬車がエルルマ街を目指した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ココノを連れたオレ達がエルルマ街へ到着したのは日が暮れてか
らだった。
 そのため天神教支部へは向かわず、宿で一泊してからということ
になった。
 馬車を預け、久しぶりに屋根のある部屋で眠る。
 ココノは1人部屋。
 オレ達は2人ずつに別れて宿に泊まる。
 メイヤがオレと同じ部屋で寝たそうに見詰めてきたが⋮⋮最終的
に彼女はラヤラと同室になる。
 メイヤと二人っきりで部屋で寝たら、何をされるかちょっと分か
らない。
 身の危険の感じ方が男女逆だが気にしないでおこう。

2199
 オレは妻であるクリスと二人っきりで部屋に泊まる。
 食事を取り終え、料金を払ってお湯を入れてもらいタオルを濡ら
す。埃と汗、汚れをおとしさっぱりしてから、着替えてベッドに潜
り込んだ。
 メイヤ達の部屋は二人部屋ということでもちろんベッドが二つあ
る。
 しかし、この部屋は他と違ってキングサイズのベッドが一つしか
ない。
 クリスとは夫婦のため、まったく問題なく二人一緒にベッドで眠
る。
 彼女はまるで子猫が親猫に甘えるようにオレの腕にスルリと潜り
込んでくる。
 オレの腕に頭を乗せ、幸せそうに微笑を浮かべている。
 いつもはスノーやリースと一緒に四人で寝ている。しかし、今夜
はクリス一人。独占できるのが嬉しいのだろう。
﹁しかし、結局、この旅の道中でココノの悩みを聞き出すことがで
きなかったな﹂
﹁残念、です﹂
 クリスはオレと二人っきりのためか、ミニ黒板を使わず声を出す。
 旅の途中、ココノと仲の良いクリスやラヤラがいくら話題を振っ
ても、悩みや困っていることなどないの一点張りだった。
 もしかしたら本当に無いのかもと疑ったが⋮⋮
﹁ココノちゃ、ん、様子、変だっ、た﹂
﹁だよな。1ヶ月の短い付き合いだけど、あからさまに態度がおか

2200
しいよな﹂
 よく溜息をつくし、笑う回数や食べる量もいつも以上に少なくな
っていた。
 何か問題を抱えているのは確かだ。
﹁私、じゃ、力になれ、ないのかな⋮⋮﹂
﹁たとえ友達同士でも言えないことってあると思うぞ。だから、あ
んまり気にするな﹂
 落ち込むクリスの頭を撫で、気持ちを落ち着かせる。
 彼女は額をぐりぐりと押し付けてくる。
﹁もしココノがオレ達に助けを求めてきたら、その時は迷わず助け
ピース・メーカー
ればいいさ。友達として、PEACEMAKERの理念に従ってさ﹂
 コクリ、と彼女はオレの言葉に頷く。
 まだ時間は早いが旅の疲れが出る。
 気付けばオレ達は互いに抱き合い、眠りに落ちていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 わたし、ココノはガンスミス様達と一緒に朝食を済ませた後、エ
ルルマ街の天神教支部へと1人向かうため宿を出た。
 ガンスミス様やクリス様、ラヤラ様が同行を買って出てください

2201
ましたが、わたしは断ってしまいました。
﹁突然、訪ねてしまってもガンスミス様達を手厚く迎える準備が出
来ませんから、まずわたしが戻ったことを報告して参ります﹂
 本当は︱︱トパース司祭様とガンスミス様が会うと、再びわたし
をガンスミス様の元へ嫁がせる話が再燃しかねないため、二人を会
わせないようにしたのだ。
 もしあの手紙に書かれていることが真実なら、ガンスミス様達に
ご迷惑をおかけするわけにはいかない。
 兎に角、まずトパース司祭様に送られてきた手紙と本を見せ、相
談するのが先だ。
 わたしが天神教支部へ戻ると、すぐにトパース司祭様が駆けつけ
てくださる。
﹁おかえり、ココノ。ガンスミス卿のお姿が見えないが、まさか街
まで1人で帰ってきたのかい?﹂
﹁いえ、お約束の通りに、ガンスミス様に街まで送って頂きました。
皆様は今、宿におられます。突然ではガンスミス様達をお迎えする
準備が整わないと思いましたので、まずわたしが戻ってきたことを
お知らせに来ました﹂
﹁そうか、そうか。良い判断です。では、早速、ガンスミス様をお
迎えする準備をしなければいけませんね﹂
 トパース司祭様は近くにいた方に声をかけ、指示を出します。
﹁ココノは戻ってきたばかりで疲れたでしょう。準備が整うまで自
室で休むといい﹂

2202
﹁お心遣いありがとうとざいます。ですが、その前にトパース司祭
様にご相談がありまして⋮⋮﹂
﹁相談ですかな?﹂
﹁はい、できれば今すぐに。お時間をいただけないでしょうか?﹂
﹁⋮⋮どうやら何か問題が起きたようですね。いいでしょう、こち
らへ﹂
﹁ありがとうございます!﹂
 トパース司祭様はわたしの雰囲気から察して、すぐさま個室へと
案内してくださいました。
 わたしはその背中に頼もしさを感じて、足取り軽く後に続きまし
た。
 個室で二人っきりになると、手荷物から手紙と本を差し出し渡し
ます。
 そして、届けられた経緯、内容を簡単ながらトパース司祭様へと
お伝えしました。
﹁ま、まさか天神教でこんなことがおこなわれているなんて⋮⋮﹂
 トパース司祭様は話を聞き終え、手紙と本にも目を通します。
 一通り確認すると青い顔で五芒星を切り、手を組み祈った。
﹁いえ、そのまだ決まった訳では⋮⋮﹂
﹁た、確かにそうですね。私としたことがつい動揺してしまって⋮
⋮﹂
 トパース司祭様は吹き出た汗をハンカチで拭う。

2203
﹁この件を私以外に相談しましたか?﹂
﹁いえ、ガンスミス様に何度もご相談しようとしましたが⋮⋮仮に
この手紙に書かれていることが真実なら、天神教の問題に巻き込む
わけにはいかないと思い、話すことができませんでした。それに︱
︱﹂
 わたしは堪えていた涙が頬を流れるのを感じる。
﹁わたしのような者に優しくしてくださった皆様が、手紙の内容を
知ったら態度を変えてしまうかもしれないと思ったら、怖くて言い
出せませんでした⋮⋮﹂
 結局、口では﹃ガンスミス様達を巻き込みたくない﹄と綺麗事を
並べていたが、本当はただ怖かっただけなのだ。
 なんと利己的で、浅ましい理由なのだろう。
 でも、本当に怖かった。
 優しかったガンスミス様達から、侮蔑、嫌悪、憤怒の視線を向け
られると、想像しただけで心臓が止まりそうになる。
 だから、どうしてもガンスミス様達に相談することが出来なかっ
たのだ。
﹁そうか⋮⋮随分辛い思いをしていたのだね﹂
 涙を流すわたしに、トパース司祭様が優しく声をかけてくれる。
﹁大丈夫、安心しなさい。この問題は私が調べ、対処しよう。だか
らココノはもう何も心配しなくてもいいのです﹂

2204
﹁ありがとうございます、トパース司祭様﹂
 わたしはトパース司祭様の力強いお言葉に再び涙を流す。
﹁とりあえず、確認しますが︱︱私以外に、このことを話した人は
本当にいないのですね?﹂
﹁はい、トパース司祭様が初めてです﹂
﹁では、手紙と書物の内容が真実かどうか独自に調べさせてもらい
ますが、その間、ココノは身の安全を考えて誰にも会わないほうが
よろしいでしょう。ガンスミス卿には私から今回の婚姻について縁
がなかったとお断りしておきますね﹂
﹁⋮⋮はい、よろしくお願いします﹂
 本音を言えば、天神様のお告げなど関係なく、ガンスミス様達の
家族の輪に入りたかった。⋮⋮しかし、今更望んでも仕方がない。
 トパース司祭様の言葉通り、縁がなかったのだ。
 諦めるしかないのだ⋮⋮。
﹁では、わたしは自室で待機しております﹂
ここ
﹁⋮⋮いえ、身の安全を考えるなら天神教支部に居るのは危険でし
ょう。安全を考え身を隠した方がいい。住む場所や必要な物資は私
が手配しましょう﹂
﹁トパース司祭様、なにからなにまでありがとうございます﹂
﹁いいえ、何よりココノの安全が第一ですから。とりあえず、隠れ
家の準備が整うまでは自室で待機していてください﹂
﹁分かりました﹂
 わたしはトパース司祭様の優しさに胸を詰まらせる。
 話し合いも終わり、手紙と書物を残し私は一礼してから個室を出
る。

2205
 その足で真っ直ぐ自室へと向かった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ココノを見送ったトパースは、手紙と書物を手に部屋を出る。
 自身の側近の部下を途中で捕まえ、私室へと篭もった。
 彼はココノ前では絶対に見せない冷たい表情で部下に指示を出す。
サイレント・ワーカー
﹁静音暗殺殿に連絡を、標的が判明したと﹂
 トパースの瞳が冷酷に光る。
﹁標的は天神教巫女見習いの人種族、ココノだとお伝えしろ﹂
 部下は短く返事をすると、急ぎ部屋を出た。
2206
第202話 エルルマ街への帰還︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月23日、21時更新予定です!
最近、急に寒くなって来ましたね⋮⋮。
そのせいかコンビニや電車で咳をする方が多い気がします。
皆様も風邪には気を付けてください。今本当に多いみたいなので。 2207
第203話 思い出
 夜の帳が下りる。
﹁ふぅ⋮⋮﹂
 ココノは鎧戸を少しだけ開き、沈む夕陽を惜しむ。
 エルルマ街に戻ってきて一週間と数日。
 トパースに相談後、翌日の昼過ぎには身を隠した。
 彼女が現在、身を隠している部屋はエルルマ街の高級住宅街にあ
る石造りの建物だ。
 最近建てられたばかりで、まだココノしか住人がいない。
 彼女は身を隠すに当たって、最初は貧民街にあるようなボロボロ

2208
な隠れ家を想像していた。
 しかし、トパースが用意した部屋は正反対の高級マンションで心
底驚いてしまう。
 トパース曰く、高級住宅街の方が治安が良く、安全。防音や秘密
保持、衛生面でも秀でており、必需品の持ち込みも目立たずおこな
えるという利点がある。
 かかる費用さえ気にしなければ最高の隠れ家になるらしい。
 ココノは費用の問題を気にしたが、トパースは笑顔で断言した。
﹁安心しなさい。こう見えて私はそこそこ蓄えがありますから。コ
コノは自分の身の安全だけを考えればいいのです﹂
 ココノは彼の言葉に涙した。
 自分はなんて素晴らしい人の下にいるのだろうと。
 義父と慕うトパースに、彼女は何度もお礼を告げた。
 この建物に身を隠して以来、彼女は一歩も外へ出ていない。
 食事は冷蔵庫︵氷を一番上に入れて冷やす古いタイプ︶にある食
材で自炊。小食なこともあり、当分は冷蔵庫内にある食材で足りる。
 冷蔵庫の氷は毎朝、業者が玄関前に置いていく。
 水も溜めているタンクが切れそうになると、外部から補充される。
 この辺が高級住宅街に住む利点だ。
 外に出ず、誰とも顔を会わさずとも、生活に困ることがない。
 窓の鎧戸も昼夜関係なく締め切っているため、部屋は魔術道具に
よって照らされていた。
 最近は息苦しく、夕陽が沈む寸前、少しだけ鎧戸を開き外の空気

2209
を吸っている。
﹁ガンスミス様達は、もうすでにココリ街へお戻りになっている頃
でしょうね⋮⋮﹂
 リュート達と別れてすでに一週間以上過ぎている。
 一度、この部屋に様子を見に来たトパースに、別れた後の様子を
聞いた。
 ココノが彼らと別れた当日。
 別の者を使いに出して、リュート達の歓迎会を開いた。その席で
リュートが、ココノがいないことに気付き尋ねてきたが、体調不良
で顔を出せなくなったと誤魔化したらしい。
 そして数日後、エルルマ街観光を終え、翌日ココリ街へ帰るリュ
ート達は、ココノに会いに来た。
 体調がまだ悪く会えないことを告げると、見舞い品の果物を置い
て街へと戻ったらしい。
 トパースは、リュート達からの見舞い品をココノへと手渡す。
﹁そうですか、ガンスミス様達はお帰りになりましたか⋮⋮﹂
 彼女は彼らに会えなかったことに肩を落とした。
 また手紙と禁書に関しては、現在調査中で詳しいことはまだ分か
っていない。
 事が事だけに慎重に対処しているためどうしても調査が遅くなっ
てしまう。
 トパースは申し訳なさそうに頭を下げた。
﹁ココノには当分、この部屋に隠れてもらうことになるだろう。大

2210
変だと思うがもう少し我慢して欲しい﹂
﹁全てはわたしの身を案じてくださってのこと、この程度の不自由
などまったく問題ありません﹂
﹁そういってもらえると助かるよ﹂
 ココノの返答にトパースは微笑みを浮かべた。
 そして彼はリュート達からの見舞い品や必需品を置いてマンショ
ンを後にした。
 日が完全に暮れる。
 鎧戸を閉め、夕食の準備を始める。
 食べるのは自分1人だけ、量も多くない。
 すぐに準備が終わる。
﹁⋮⋮天におわす天神様。今日も糧をお与え頂きありがとうござい
ます﹂
 手を胸の前で重ね天神様に祈りを捧げる。
 祈りを終えると、1人でもそもそと食事を始めた。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERで働いていた時は、よく団員達に混ざって、
大きなテーブルで一緒に夕食を摂っていた。
 その日あった訓練での失敗や街警護で起きた事件、団員同士のく
だらない喧嘩の理由、そんなたわいない話をして笑い合い、愚痴り、
楽しく食事をした。
 天神教支部での食事は、私語厳禁。ココノも静かに食事を摂るの
は好きだ。
ピース・メーカー
 しかし、PEACEMAKERでの食事は騒がしく、わいわいと

2211
摂る食事も大好きだった。
 まだ一ヶ月も経っていないのに、昔の出来事のように懐かしい。
﹁⋮⋮ごちそうさまでした﹂
 1人味気ない食事を終える。
 使った食器を片付け、簡単に台所を掃除し終えたらもうやること
がなくなる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 リビングから寝室へ。
 天蓋付きの豪華なベッドにごろりと寝ころび、ぼんやりと天井を
眺めた。
 天神教支部時代は夕食が終わると、友人同士で集まって話をした。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERで働いていた時も、似たように友人達と集
まり会話を楽しんだ。
 クリス、ルナ、カレン、バーニー、ミューア、ラヤラなどの歳の
近い者達で集まり香茶を飲み、お菓子をつまみながら。
 話題はファッションやアクセサリ、どこの店のデザートが美味し
かった、新しいお店が出来た等、面白い本の話題、可愛らしい小物
など年頃の少女らしい会話がメインだ。
 またクリス達が今までしてきた冒険譚、カレン達が通っていた魔
術師学校の話など自身の知らない世界を知り、ココノは胸を熱くし
た。

2212
 たまにリュートがお菓子を差し入れしてくれた。
 食べたことのないお菓子に舌が蕩けそうになる。
 またスノーにギュッと抱き締められて、匂いを嗅がれたりされた。
 リースとは天神教の歴史や教義、種族問題などについて意見を交
換した。この意見交換はココノにとっても見識を広げる有意義な時
間だ。
 またリュートについても色々話を交わした。
 寝るまでの楽しいひととき︱︱しかし、今は暗い部屋で1人横に
なるぐらいしかやることがない。
 宝石のように輝く思い出があるせいで、今の自分との落差に胸が
痛いほど締め付けられる。
 気付けば、瞳から涙がこぼれ流れていた。
 顔を枕に埋め、忍び泣く。
﹁さびしいよ⋮⋮1人は、さびしいよ⋮⋮っ﹂
 涙を流していたココノだったが、いつの間にか微かな寝息をたて
ていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2213
﹁︱︱起きろ﹂
﹁ッ!?﹂
 重く、くぐもった男の声。
 いつのまにかココノは、1人の男にのしかかられ口元をゴツゴツ
した手で押さえられていた。
 首元に冷たい感触。
 鏡のように磨かれた短刀を喉元に押し付けられている。
 ココノは混乱し、目を白黒させる。
 相手は手袋、長袖、ズボン、ベルト、全て黒一色で統一していた。
 顔はマスクを被り、隠されているため分からない。唯一、視界を
確保するため目に当たる部分だけは布が切れている。
 男の目はまるで爬虫類のように感情がなかった。
 ゾクリ、とココノは見詰められただけで背筋が震える。
 なぜこんな人が、自分を押さえつけているのか?
 物取りなら、自分をわざわざ起こす理由はない。
 ココノの体が目当てのチンピラにしては、声や落ち着いた態度、
纏う雰囲気が研ぎ澄まされ過ぎている。
﹁大声をあげたら殺す。逃げ出そうとして無駄だ。他に仲間がいる。
逃走は不可能だ﹂
 男の声に寝室にいたもう一人が、ココノの視界に入る。
 ココノは魔術師でも、冒険者でもない。ただの病弱な少女。
 男性1人でも逃げ出すのは難しいのに、2人もいたらほぼ不可能
だ。

2214
 男はゆっくりと手をどけ尋ねてくる。
﹁天神教巫女見習いの人種族、ココノで間違いないな? 声は出す
な首を動かせ﹂
 ココノは緊張した表情で黙って首を縦に動かす。
﹁上からの指示でオマエを﹃自殺にみせかけて殺せ﹄と指示を受け
ている。オマエには今から遺書を書いてもらう。ベッドから下りろ﹂
﹁ツッ!﹂
 ココノは髪を掴まれ、ベッドから冷たい床に引きずり下ろされる。
 もう1人いた男が、机からペン、インク壺、紙を彼女の前へと置
く。
﹁今から言う内容を紙に書け﹂
 ココノはようやく彼らが何を目的にして来たのか理解する。
 彼らは天神教上層部が雇った殺し屋だ。
 つまり、ココノの元に届いた手紙と禁書が事実だったのだ。
 トパースが慎重に探っていたが、やはりどこかで漏洩したらしい。
だから、手紙と禁書の出所であるココノを殺害しに来たのだ。
 恐らく上は、出所であるココノに手紙と禁書が偽物だと遺書に書
かせて、事実を有耶無耶にするつもりなのだろう。
 ココノは首から提げている五芒星を握り締め、男達を睨み付ける。
 たとえ今からどれほど痛めつけられようと、絶対に遺書など書か
ないと覚悟を決めたのだ。そうすれば、自分の死を確認したトパー

2215
スや他の天神教関係者が、手紙と禁書の内容が事実だと理解する。
 自分は殉教することで、腐敗した上層部を正そうとしているのだ。
それが男達に力は劣り、逃げ出すことも出来ないココノのせめても
の抵抗だった。
﹁ペンを取れ﹂
 彼女は首を横に振った。
 男達が互いに視線を合わせる。
﹁書きたくないのであればそれでも構わないが、その場合は見せし
ピース・メーカー
めにPEACEMAKERを殺せと指示を受けている﹂
﹁!?﹂
 ココノの覚悟が揺れる。
 男はまるで心を見透かすように追い打ちを掛けてくる。
サイレント・ワーカー ゴールド レギオン シーカー
﹁我々は静音暗殺に仕える金クラスの軍団、処刑人。世界最強の暗
レギオン レギオン
殺集団だ。軍団ランキング﹃銅﹄の新人軍団など、メンバー全員を
皆殺しにするのくらい容易いぞ﹂
サイレント・ワーカー レギオン シーカー
 静音暗殺、軍団、処刑人。
 スノーの冒険譚に出てきた、魔術師A級の実力者が率いる暗殺集
団だ。
 彼女達も彼の指導を受けた兵士達に何度も苦戦した、と言ってい
た。そんな暗殺集団が直々に動いているのだ。
 その事実に、ココノの顔から血の気が引く。
ピース・メーカー
 彼らが本気になれば、本当にPEACEMAKERメンバー全員
を殺害できるのだ。

2216
 スノー、クリス、リース、メイヤ、シア、ルナ、カレン、バーニ
ー、ミューア、ラヤラ、新・純潔乙女騎士団の団員達。
 そして、リュートを。
﹁どうする?﹂
 男が再度、問いかける。
 ココノが先程まで抱いていた覚悟は、粉々に砕け散っていた。
 彼女は震える手で、ペンに腕を伸ばす。
 しかし、男の足がペンを踏む。
 顔を上げると、男達がココノを楽しげに見下ろしていた。
 先程まで感情を浮かべない爬虫類のような瞳に光が差す。
 弱者をいたぶる嗜虐的な光だ。
﹁我々はどちらでも構わないぞ?﹂
﹁⋮⋮き、ます⋮⋮﹂
﹁もう少し、声を出せ﹂
﹁遺書を書きます⋮⋮﹂
 男達はココノの言葉に顔を合わせ、首をすくめる。
﹁無理をして書く必要はないぞ。我々も自殺に見せかけて殺すなん
て面倒だしな﹂
 マスクの下からでも分かるほど、男達はニヤニヤと意地の悪い笑
みを浮かべていた。
 ココノは土下座し、床に額を擦りつけてお願いする。

2217
﹁どうかわたしに遺書を書かせてください。自殺にみせかけて殺し
てください。お願いします。お願いします。お願いします⋮⋮ッ﹂
 涙を零し、リュート達を救うため男達に﹃殺してくれ﹄と哀願す
る。
﹁⋮⋮ぷふふ、そこまで頼まれたら仕方ないな﹂
 男はペンから足をどけると、ココノに取らせる。
 彼は暗記している内容を口ずさみ、彼女に遺書を書かせた。
 遺書を書き終えると、シーツを裂かせ首をくくる縄を作らせる。
 台所から椅子を持ってこさせて、ベッドの天蓋を支える柱の頂点
に縄を引っかけさせた。
 これで準備が整う。
﹁首をくくれ﹂
﹁最後に祈りを⋮⋮﹂
 男達の許可をもらい彼女は、今から首をくくる縄を前に天神に祈
りを捧げる。
︵天神様、お父さん、お母さん、今からそちらへ参ります︶
 祈りを捧げ終え、目蓋を開く。
 目の前には今から首をくくる縄がある。
 死ぬのはやはり怖い。
 涙が浮かび、手足が恐怖で震える。

2218
 しかし、自身の選択に後悔は砂粒一つない。
 手紙と禁書の事実は有耶無耶になり、天神教上層部を追求する確
証が薄れる。以後、自分のように何も知らず権力者達に嫁がされる
巫女達が出るだろう。
 しかし、リュート達が命を狙われなくて済む。
︵天神教の問題でガンスミス様達を巻き込むわけにはいかない⋮⋮
それに、わたしはあの人達に誰も死んで欲しくない︶
 確かな想いが、これから死ぬことに震えながらも、踏み台になる
椅子に足をかけさせる。
 自分から縄に首をくくった。
﹁ぐうぅ!?﹂
 椅子が男達の手によってどかされる。
 当然、ココノの小さな体躯では床に足は届かない。
 縄が首に食い込み息が詰まる。
 苦しくて、喉を掻きむしる。
 涙で滲む視界。
 正面に立つ男達は苦しみに藻掻くココノを、愉快な出し物でも眺
めるような目で見詰めてくる。最後に見る光景がこれではあまりに
辛い。
 だから、ココノは目を閉じた。
︵苦しい、だからこそ楽しかったことだけを考えよう︶
 そうすれば幸せな気持ちのまま天神の元へと旅立つことが出来る。

2219
 両親が健在だった頃、世界中を馬車で旅した。色々な人種、目新
しい動物たち、文化を体験することができた。
 父から馬車の操縦を教わり、上手だと褒められ頭を撫でられた。
母もそんな光景を幸せそうに眺めていた。
 天神教時代。両親を亡くした辛い時期だったが、天神教の教えや
友人達、尊敬できる人々に支えられ乗り越えることが出来た。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERとして働いたこと。
 クリスとラヤラに角馬のお世話のやり方を教えてあげた。自分が
身に付けた技術をきっかけに二人と仲良くなることができた。
 彼女達を通じて、ルナやカレン、バーニー、ミューアと交流を持
ち、休日にココリ街を案内してもらった。
 皆で食べた甘味や食事はとても美味しかった。
 リースと一緒の掃除。背丈はあまり変わらないのに、凜とした威
厳を持つ女性だと思っていた。実際は、ドジっ娘で目を離せずハラ
ハラドキドキした。
 香茶を飲みながら話をすると、エルフ族だけあり見識の広さは舌
を巻くほどだった。
 スノーにはギュッと抱き締められ、失礼かもしれないが、姉か母
親に抱き締められている気がした。このまま包まれて眠れたら幸せ
だろう。しかし、彼女が話す今まで経験してきた冒険譚の数々は、
そんな眠気を吹き飛ばしてしまうほど興奮するものだった。
 ココノを歓迎するために開いてくれたバーベキュー大会。
 天神教支部ではこのような催しをすることはなく、彼女にとって
は初の体験だった。
 皆で集まり、外でわいわい談笑しながら食事を摂る。

2220
 彼女は小食ですぐにお腹いっぱいになって食べられなくなったが、
ラヤラが嬉々として食べる姿を見ているだけで幸せな気持ちになっ
た。
 お肉を出すと、ひな鳥のように食べるのがまた可愛い。
 手紙と禁書を見てしまい体調を崩した時、リュートとクリスがお
見舞いに来た。
 二人は心配そうに剥いた果物を持ってきてくれた。
 その時に食べたリンゴのような果物が兎の形に切られていた。
 可愛い形をしていたため、食べるのが本当に勿体なかった。
ピース・
 たった一ヶ月の出来事なのに、最後の楽しい思い出はPEACE
メーカー
MAKERで過ごしたばかりのことしか出てこない。
 意識が白く霞む。
 最後の時が近い︱︱
︵もし最後に我が儘を言えるなら、最後にガンスミス様︱︱リュー
ト様のお顔が見たかった⋮⋮で、す⋮⋮︶
 ココノの心臓が動きを止める。
 その時︱︱部屋に何かが投げ込まれ、大音量と共に圧倒的な光が
男達の目を焼いた。
2221
第203話 思い出︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月26日、21時更新予定です!
もう10月も間近なのに、夜家で寝ていたら蚊にさされまくりまし
た。
左足の甲、右太股×2、左足の膝裏、右手二の腕×2︱︱お陰で夜、
痒くて眠れなかったです。
今年の夏は全然刺されなくて楽だと思っていたのにー!
とりあえず、今更ちょっと蚊取り線香買ってきます。

2222
第204話 クリスとココノの涙
﹁うん?﹂
 力なくぶら下がっているココノを囲む男達の部屋に、缶が投げ込
まれる。
スタングレネード
 放り込まれたのは特殊音響閃光弾だ。
 瞬間的に175デシベルの大音量と240万カンデラの閃光が寝
室を満たす。
﹃あぁぁぁああぁッ!!!﹄
 ココノを囲んでいた男達が顔を押さえて蹲る。
 オレは部屋に突入すると、蹲る男達に7.62mm×ロシアンシ

2223
ョートをたたき込み沈黙させる。
 本来ならMP5SDを使う場面だが、リースがいなかったため馬
車移動で荷物になると思い置いてきてしまった。
 オレは一緒に突入したクリス部隊の一人に指示を出す。
﹁プランBに作戦変更するよう指示を出せ! 以後は周辺警戒に移
行しろ!﹂
﹁了解!﹂
 彼女は寝室の鎧戸を開け、ポケットから取り出した筒のスイッチ
を入れる。先端部分が光る。魔石で作った懐中電灯だ。
 彼女はモールス信号で、オレ達の援護に着いているクリス達へ作
戦変更を伝え始めた。
 オレはその間にナイフを取り出し、縄を切りココノを優しく床へ
と寝かせる。
 脈を取る。
 彼女の心肺は停止しているため、すぐに人工呼吸と心臓マッサー
ジをおこなう。
ドリル
﹁落ち着け、教練で教えた通りにすればいいんだ﹂
 オレは気持ちを落ち着かせ、過去、訓練で少女達に教えた手順で
人工呼吸と心臓マッサージをおこなう。
 そのお陰で︱︱
﹁げほッ! ごほぉ! ごほ!﹂

2224
 彼女は息を吹き返し、何度も吐き出すようにむせる。
 ココノは涙目で、涎を流しながら状況を確認しようとする。
﹁こ、ここは天神様の元?﹂
﹁違うよ、まだここは此岸だよ﹂
﹁リュー⋮⋮ガンスミス様!? どうしてここに! げほッ、ごほ
⋮⋮ッ﹂
﹁詳しい話は後だ。ここから脱出するから掴まってくれ。⋮⋮先頭
は任せる﹂
﹁了解しました、団長﹂
 ココノの了承を得る前に彼女を抱き上げ、部下に指示を出す。
 そして一緒に突入した少女がAK47を前に出しながら、来た道
を戻り建物から出る。
 オレ達が裏側に出ると、丁度いいタイミングで馬車がかけこんで
くる。
 馬車の荷台にはすでにクリス達が乗っていた。
﹁出してくれ!﹂
 オレは皆の搭乗を確認すると、声をかける。
 クリス部隊の少女が角馬に鞭を入れて、馬車を急発進させる。
 夜の高級住宅街を駆け抜ける。
 しかし敵もそう易々とは逃がしてくれない。
 部屋に居た男達と同じ黒ずくめが、角馬に跨り追撃をしかけてく
る。
﹁⋮⋮ッ!﹂

2225
 敵が馬上から片手を突き出し、攻撃魔術を使う仕草をする。
 本来なら、逃げ切るのは不可能。こちらの馬車が敵の攻撃魔術に
よって破壊されるのがオチだろう。
 しかしこちらにはクリスが居る。
 彼女は珍しく眉間に皺を刻んでいた。
 ココノに手を出した黒ずくめ達に腹を立てているのだ。
 彼女は体格に合わないSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を構える。
 なのにその姿は堂に入っていた。
 石畳をしかれているとはいえ、勢いよく走らせているため振動は
激しい。
 SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶の銃口が小刻みに上下する。
 だが︱︱クリスにとってはそんなこと何の障害にもならない。
 ダァァーン!  ダァァーン!  ダァァーン!
 まるで的当てゲームのように次々黒ずくめ達を狙撃していく。
 敵はシールドを展開するが、セミオートマチックの利点を生かし
同じ箇所に連続でヒット。貫通させ落馬させる。
 黒ずくめ達もさすがに分が悪いと悟ったのか、追撃を諦め転進。
 オレ達はその間に、高級住宅街を抜けエルルマ街を飛び出した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2226
 とりあえず追撃を回避したオレ達は、周辺に注意しながらココリ
街へと向かう街道を夜にもかかわらずひた走っていた。
 本来、夜は見通しが悪く、街道とはいえ魔物に不意を突かれて襲
われる危険がある。そのため馬車を止め歩哨を立て、野営するのが
基本だ。しかし、まだココノを襲撃した黒ずくめ達が仲間を大量に
連れて、後を追って来ているかもしれない。
 足を止めるのは危険だが、落ち着いて話をする余裕ぐらいはある。
﹁メイヤはココノの傷を魔術で治癒してやってくれ、ラヤラは馬車
の上に乗って周辺を警戒。もし何か発見したらすぐに知らせてくれ﹂
﹁フヒ、りょ、了解﹂
﹁了解ですわ、ココノさん傷を見せてくださいまし﹂
 オレの指示にラヤラは未だ走る馬車から飛び降りるが、落下せず
背中の羽を広げて馬車の上へと器用に下りる。
 メイヤはココノの傷、見える限りでは首と指を魔術で治癒する。
 メイヤを連れてくるつもりは最初はなかったが、今は彼女が側に
居てくれてよかった。
 こうして魔術でココノを治癒することが出来るのだから。
 一通り治癒を終えると、ココノに魔術液体金属で作った水筒を渡
す。
 彼女は中に入っている水を飲み、喉を潤した。
 ようやく気持ちを落ち着かせると、彼女は切り出す。
﹁助けてくださってありがとうございました。で、でもどうして皆
様がこちらにいるのですか? トパース司祭様からココリ街にお帰

2227
りになったと聞いたのですが⋮⋮﹂
﹁これから話すことはココノにとって色々、ショックなことが多い
かも知れないが⋮⋮それでも聞くか?﹂
﹁⋮⋮お願いします﹂
 僅かな逡巡の後、ココノが返事をする。
 オレは馬車の荷台に残ったクリス、メイヤの順番に目配せしてか
ら話を切り出した。
﹁なぜ、オレ達がエルルマ街に残っていたかと言うと。約十数日前
︱︱﹂
 ココノが天神教支部へ一人帰宅したことを告げに戻った後。オレ
達はのんびりと宿で休息していた。
 午後になって、天神教支部の使いの者が宿を訪れて来た。
 使いの案内で天神教支部に行き、トパース達から歓待を受けた。
 ⋮⋮だが、ココノの姿はなかった。
 トパース曰く、旅の疲れが出たのか体調不良で寝こんだらしい。
 見舞いを申し出るが、あっさりと断られた。
 この時点でオレは強烈な違和感を覚えた。あれほどオレとココノ
を夫婦にしようとしていたトパースが見舞いを断るなんて。しかも
歓待中、ココノを妻にして欲しいと一言もいわず、むしろ話に触れ
ないようにしていた。
 この時点で何かあると思うのは必然だ。
 そして、その日は天神教支部で泊まることを勧められたが、オレ
は辞退した。
﹁宿に荷物などがあるので、一度戻らないと﹂と。
 宿に戻ったら、メンバーを集めて緊急会議。
 ココノの様子がある日を境におかしくなったのと、トパースの態

2228
度急変に何かあると確信したことを告げ、当分の間、彼らと天神教
支部を監視することを伝える。
 運良く、今回旅に同行しているのはクリス部隊だ。
 狙撃手に求められる技能として敵を仕留める射撃技術はもちろん
として、敵や犯人が立て籠もっている建物などを監視する技術も求
められる。
 今回は長期の監視になるので、クリス部隊の練習にも最適だ。
 オレ達は監視するローテーションを組み、早速行動に移す。
 暗い夜のうちから天神教支部の監視を始めた。
 そのお陰で翌日の昼頃、不自然に周囲を気にする一台の馬車が支
部から出てきたのを察知。その後をつけると高級住宅街へと向かい、
ある建物へと入っていき︱︱そして、旅の疲れから自室で寝こんで
いる筈のココノが、その馬車から出て来て建物内に入る姿を確認。
 この報告を聞いて何かあると確信した。
 オレ達は一旦、ココリ街に戻る振りをして再びエルルマ街へと戻
り監視を続行。
 特にココノが居る建物とトパースを中心に監視を続けた。
 後日、トパースが片道2日ぐらいの町へ向かう。所用で出かけた
らしいと、天神教支部に出入りしていた信者らしき人から確認した。
 その途中の街道で、背格好や荷物はエルルマ街へ向かう商人の一
団だが、目つきや動作がいかにも妖しい一団とトパースが接触。
 彼らは野営で火を焚き、会話を始める。
 トパースと代表者2人が話をする間は、他男達は周辺を警戒して
いた。武器の類を持っていないにも関わらず物腰が落ちついている
ことから、手練れの魔術師の可能性が高かった。
 翌日、トパースは町へ、男達はエルルマ街へとそれぞれ目指す。

2229
 ちなみにどうしてオレ達が、トパース&男達との詳細を知ること
ができたかというと︱︱その種明かしはまた後日ということで。
 話を戻す。
 オレは報告を聞いて、町へ向かったトパースは一旦保留して、商
人達の監視に切り替える。
 結果はビンゴ。
 男達は町にはいると、昼間の内にココノがいる建物の周辺を調査。
 夜にも同様に周辺をチェックしていた。
 昼と夜の違いを確かめて居たのだろう。
 そして数日後、男達が散らばり、配置につく。
 ココノがいる建物に二人組の男が行ったという報告を聞いて、オ
レ達も行動を開始する。
 相手の男達に気付かれないように、監視ポイントを縫いながらマ
ンションへと接近。様子を窺うため、寝室を除くと︱︱ココノが首
を吊り、二人組の男が脈を測って頷きあっていた。
 後は先程の流れになる。
 危険に陥っていた場合、助けようとは考えていたが⋮⋮まさかい
きなり男達がココノを殺害するとは思わなかった。
﹃プランA﹄は監視、場合によってはココノの救出。
 だったが、﹃プランB﹄の敵勢力の強制排除&ココノを連れてコ
コリ街への帰還に切り替わった。
 オレの長い話を聞き終えると、ココノは暗闇でも分かるほど青い
顔をする。

2230
﹁そ、そんな⋮⋮トパース司祭様が、わたしを消すため殺し屋を雇
うなんて⋮⋮﹂
﹁あの司祭がココノを殺し屋まで雇って消そうとするなんて、ただ
事じゃないぞ。いったい何があったのか教えてくれないか?﹂
 オレの言葉に、瞼を伏せるココノ。
 逡巡の後、その小さな唇を開く。
﹁⋮⋮分かりました。全てお話しします﹂
 そして今度はココノが話し出す。
 天神教上層部が、巫女や見習い達を無自覚のハニートラップ要員
としていること。
 ココノもその一人。
 体調を崩した日にその証拠となる手紙と本が届いた。
 トパースに話をしたら、自身が調査すると宣言。
 ココノは安全のために彼が用意したマンションで待機させられて
いた。
シーカー
 彼女を狙った黒ずくめの男達は、処刑人。
 オレ達を皆殺しにすると脅されて遺書を書き、ココノは自ら首を
くくったらしい。
 一通り話を聞き終え、オレが怒りで声を出すより早く︱︱
﹁ば、かぁ!﹂
﹁く、クリス様!?﹂
 クリスがココノを怒る。
 ミニ黒板ではなく、白い喉から声を出す。

2231
 彼女は真珠のような涙をぽろぽろ零し、両手でココノのポカポカ
叩く。
﹁ばかぁ! ばっ、か! ば︱︱﹂
﹁く、クリス様、あの、その⋮⋮﹂
 クリスはココノをギュッと抱き締め、涙を流し泣き続ける。
 ココノはどう対処していいか分からずおろおろしていた。
 オレに助けを求めるように視線を向けてくるが、救いの手を伸ば
すつもりはない。オレだって彼女には怒っているのだ。
﹁クリスの言う通りココノは馬鹿だ。どうしてすぐに僕達へ相談し
てくれなかったんだ﹂
﹁で、ですがこれは天神教の問題です。皆様を巻き込むわけにはい
きません。それに︱︱﹂
 彼女は何も言えず黙り込んでしまう。
 代わりにオレが彼女の言葉を引き継ぐ。
﹁﹃それに内容を知って、怒ると思った﹄からか? ココノを怒る
わけないだろう。ココノだって知らなかったんだ。むしろ騙された
被害者じゃないか﹂
 オレは彼女の目を真剣な表情で見詰める。
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKERの理念は﹃困っている人、救いを求める人
を助ける﹄だ。⋮⋮それに、それ以前に付き合いは短いけど、僕達
は一緒に暮らした仲じゃないか。ココノが悩みを抱えていたら、力
になりたいと思うのは当然だろ?﹂
﹁ガンスミス様⋮⋮わたしは、わたしは⋮⋮うぐぅ、っぅ︱︱﹂

2232
 ココノはオレのセリフに大粒の涙を流し始める。
 泣き止んだクリスも再び涙を零す。
 そして少女二人は抱き合い、しばらくのあいだ互いに泣き続けた。
第204話 クリスとココノの涙︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月29日、21時更新予定です!
ご報告があります。
﹃軍オタが魔法世界に転生したら、現代兵器で軍隊ハーレムを作っ
ちゃいました!? 1﹄がついにアマゾンに登録されました!
まだ少し、発売日までに時間がありますが、1巻が売れないと打ち
切りになって大変なことになったりするらしいので、皆様是非是非
よろしくお願いします⋮⋮!

2233
第205話 トパースの訪問
 ココリ街まで残り約3日という地点まで、オレ達は戻ってくるこ
とが出来た。
 馬車はオレ達が乗る1台と物資を積んでいる1台の計2台だ。
 エルルマ街を脱出したオレ達の馬車は、途中で物資を積んだ馬車
と合流。以後、警戒しているが、ココノを襲った黒ずくめの男達︱
ゴールド レギオン シーカー
︱金クラスの軍団、処刑人のメンバー達が襲ってくる気配はなかっ
た。
 そういえばココノといえば⋮⋮
﹁たしかココノってまだ僕のことを﹃ガンスミス様﹄って呼んでる
よな。いい加減、他人行儀っぽいから名前で呼んでくれないか﹂
﹁ふぇ!? お、お名前ですか﹂

2234
 声をかけるとココノは明らかに動揺する。
﹁いや、もちろんココノが名前で呼ぶのが嫌なら別に今のままでも
いいけど﹂
﹁嫌じゃありません! わ、わたしも名前で呼びたいです!﹂
 そんな力強く断言せんでも⋮⋮。
﹁それじゃ折角だし、呼んでみてくれないか?﹂
﹁で、では失礼します⋮⋮り、リュートしゃま!﹂
 あっ、噛んだ。
 ココノも噛んだことに気付いて、顔を真っ赤に染め縮こまってし
まう。
 何この可愛い生き物!
 気を取り直して、彼女はオレの名前を呼ぶ。
﹁り、リュート様﹂
﹁おう、ココノ﹂
﹁リュート様﹂
﹁ココノ﹂
 いつのまにか互いの名前を呼び合う。
 オレとココノの間に二人の世界が広がる。
 そんな二人の世界にメイヤが突然、割って入ってきた。
﹁リュート様!﹂

2235
シーカー
﹁どうしたメイヤ? まさか処刑人の追撃者が来たのか!?﹂
﹁いえ、そういう訳ではないのですが⋮⋮と、兎に角! リュート
様!﹂
﹁? うん、だからどうしたんだ、いったい﹂
 オレは本気で分からず首を捻る。
 そんな態度が気に喰わなかったのか、メイヤが拗ねてしまう。
﹁ふんですわ。どうせわたくしなんて⋮⋮﹂
 馬車の隅で膝を抱え、床板の木目をなぞり始める。
 いったい彼女は何がやりたかったのだ?
 そんなやりとりをしていると、クリスがオレの袖を引っ張ってく
る。その表情は嬉しそうに輝いていた。
﹃前方、お姉ちゃん達が来ました!﹄
 この中で一番目がいいクリスが、スノー達が馬に乗って駆けつけ
てくる姿に最初に気付く。
 ラヤラに頼んで、先行でココリ街に救援を求めていた。
 ココリ街まで約3日の距離。
 ラヤラが辿り着き、スノー達が駆けつけてくる時間を考えれば妥
当だ。
﹁リュートくん、みんな!﹂
 馬車を一旦止めてスノー達の到着を待つ。
 救援に来たのはスノー、リース、シアだ。
 スノーは1人で、リースはシアが操る角馬に乗り駆けつけて来て

2236
くれた。
 馬車と人数を引き連れては、移動速度が落ちてしまう。
 また新・純潔乙女騎士団本部やココリ街の守護もあるため、事前
にラヤラにこの3人を救援に出して欲しいと頼んでおいたのだ。
 スノー達が来てくれたら、もう安心だ。
シーカー
 処刑人が100人だろうが、1000人来ようが怖くない。
 むしろ馬鹿正直に集まり襲撃をかけてきたら、リースの﹃無限収
ジェネラル・パーパス・マシンガン オートマチック・グレネードランチャー
納﹄から汎用機関銃のPKMや自動擲弾発射器、パンツァーファウ
ストなどの乱れ撃ちで殲滅してやるのに。
 とりあえず無事、スノー達と合流することが出来た。
 オレ達はすぐには移動せず、スノー達が乗ってきた角馬を休ませ
るため一旦休憩を取る。
 街道の脇に移動し、角馬に水と塩、エサを与える。
 その間にリースは2台目の馬車に積んでいた物資を﹃無限収納﹄
にしまう。さらに皆が希望する武器・弾薬、足りなくなってきた物
資を取り出す。
 今回改めてリースの﹃無限収納﹄の便利さを実感した。
 足りなくなってきた物資の一部︱︱香茶や甘いお菓子を食べなが
ら、合流したスノー達に現状を聞かせる。
 天神教でおこなわれていた、巫女や巫女見習い達の無自覚なハニ
ートラップ。
 トパースの裏切り。
ゴールド レギオン シーカー
 ココノが、金クラスの軍団・処刑人のメンバーに断ればオレ達を
殺すと脅され、無理矢理自殺に見せかけて殺されかけたこと。
 一通り話を聞くとスノー、リース、シアが憤る。

2237
 クリスも改めて話を聞き腹を立てていた。

﹁ココノちゃんをそんな酷い目に合わせるなんて! 天神教も、処
ーカー
刑人も絶対に許せないよ!﹂
﹃スノーお姉ちゃんの言うとおりです!﹄
﹁さらに腹立たしいのは、人質を取るようなマネをしてココノさん
レギオン
を苦しめたことです。軍団の風上にも置けません!﹂
ピース
﹁リースお嬢様の仰る通りかと。さらに業腹なのは、我々PEAC
・メーカー
EMAKERメンバーを皆殺しにすると仰った点です。婦女子をい
たぶるしか能のない下種共の分際で、我々を見下すような発言をす
るとは決して看過出来るものではありません﹂
 魔術師Aマイナス級で早撃ち技術ならオレより上のスノー。
 長距離射撃技術なら、全メンバー中ダントツトップのクリス。
コンバット
 さらに﹃無限収納﹄を持ち、手榴弾から対戦車地雷、戦闘用ショ
ピース・メーカー
ットガンなどPEACEMAKERの武器・弾薬なら全て所持して
いる圧倒的火力を誇るリース。さらにいつも彼女に付き従う護衛メ
イドのシア。
シーカー
 処刑人は、そんな彼女達を本気で怒らせたのだ。
 敵ながら思わず同情してしまう。
﹁気持ちは分かる。でもココノの安全を考えて、兎に角今は本部へ
戻ろう﹂
シーカー
 処刑人の奴等が1000人来ようが倒す自信はあるが、と最後に
付け足す。

2238
 この提案に皆が同意してくれる。
 そしてオレ達は、再び馬車へ乗り込み新・純潔乙女騎士団本部を
目指して走り出した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 新・純潔乙女騎士団の本部に戻って︱︱団員達に、状況を伏せて
オレ達を狙っているかもしれない敵がいる、念のため皆も身辺には
注意するように、と告げた。
シーカー
 しかし、それから約1ヶ月経っても、天神教や処刑人達は何のア
クションもおこしてはこなかった。
 さらに1ヶ月後︱︱ようやく天神教支部のトパースが新・純潔乙
女騎士団本部にオレを尋ねてきた。
 オレは門前払いせずシアに指示を出し、彼を初めて顔を合わせた
時のように応接間に通す。
 シアはオレ達の前に香茶を配り終えると、部屋の隅に移動した。
 オレの護衛のため、出てはいかないらしい。
﹁本日はお忙しい中、お時間を頂きまして誠にありがとうございま
す﹂
﹁いえいえ、お気になさらず。むしろ、何時いらっしゃるのか首を
長くしてまってましたよ。どんな愉快な言い訳が聞けるのが楽しみ
で﹂
﹁⋮⋮色々上と話をしなければいけないことがありまして。お待た
せしたようで申し訳ない﹂

2239
 オレの嫌味にトパースは苦い表情を浮かべたが、すぐに消して下
手に出る。
﹁それで本日はどのようなご用件で?﹂
﹁⋮⋮できればガンスミス卿とお2人でお話をしたいのですが﹂
 トパースはシアを一瞥すると、要望してくる。
﹁彼女は全てを知っているのでお気になさらず。また口外するほど
口は軽くありませんので﹂
﹁⋮⋮ガンスミス卿のお言葉を信用しましょう﹂
 迷った後、﹃信用﹄などと口にする。
 別にトパースに信用などしてもらいたくもないが。
 トパースが切り出す。
﹁実は天神様のお告げに間違いがありまして、ココノを嫁がせる話
ピース・メーカー
はなかったことに。なのでPEACEMAKERに身を寄せている
彼女を引き取りたいのですが﹂
﹁そしてまた自殺にみせかけて殺すつもりですか?﹂
 部屋に重い沈黙が漂う。
 最初にトパースが口を開く。
 その眼光は裏社会の人間のように鋭くなる。
﹁大人しくココノを引き渡していただき、全てを忘れて、黙ってさ
ピース・メーカー
えいてくれればPEACEMAKERには決して手を出しません。
天神様の名に誓いお約束しましょう。もちろんタダで渡せとは申し
ません。望む金額は積みますし、今後天神教から支援もお約束いた

2240
します。ガンスミス卿が望むなら他に巫女を嫁がせましょう。お好
みの女性を仰ってください。私達の下には多種多様な種族、年齢、
女性がいます。きっとガンスミス卿に納得いただける女性が︱︱ッ﹂
 さすがに相手の言い分が聞くに堪えないレベルのため、睨み付け
て黙らせる。
 先程まで裏社会の人間のように鋭かったトパースの瞳が、狼狽え
る。
 こっちは裏社会どころか巨人族やツインドラゴンとだって戦い生
き残ってきたのだ。そんな魔物達に比べれは、トパースの睨みなど
おままごと以下でしかない。
 逆に眼光で黙らせるぐらい訳ない。
 しかし、彼は狼狽えながらも弱気にはまったくなっていない。
 自身の背後にいるのはこの異世界の宗教である天神教だ。一介の
レギオン
軍団など恐れるに足りないのだろう。
 彼は額に汗を掻きながらも、醜く微笑み脅しの言葉をかけてくる。
﹁よろしいのですか? 天神教はあらゆる場所に権力の根を生やし
ています。そんな我々を本気で敵に回すつもりですかな?﹂
 懐柔が無理だと分かると脅しに切り替えてくる。
 前世、B級映画の悪役的な態度に逆に笑えてくるぐらいだ。
 しかし、トパースの言葉は本当なのだろう。
 天神教はこの異世界の宗教の頂点。また今回のように巫女や巫女
見習いを嫁がせ、権力者達との関係を深めてきた。
 彼らに楯突くと言うことはそれらを敵に回すということだ。
 オレが黙り込むと、トパースは脅しが利いていると畳みかけてく
る。

2241
シーカー
﹁上層部は、今回の一件について世界を代表する暗殺集団処刑人に
仕事を依頼しております。余計なことを知った者達を殺せ︱︱と。
ココノはただの巫女見習い。一時の感情で自分の部下達を危険にさ
らすのは、組織を束ねる長の判断として如何なものかと思いますよ
? それに今回の一件はあくまで内部の問題。お話を持ち込んだの
は我々ですが、ガンスミス卿は部外者です。これ以上、身内事に首
を突っ込むのは止めて頂きたい﹂
 確かに現状、世間的にはオレが無理矢理、天神教所属のココノを
一方的に攫ったことになる。
 また彼女を渡さなければ天神教だけではなく、この異世界で最強
の暗殺者集団を敵に回すことになる。
レギオン
 彼の言い分通り、たった1人のため軍団の皆を危険にさらすのは
是だろうか?
 だったらココノを彼らに引き渡すのか?
 ココノは恐らく何も言わず、笑顔で引き渡されるだろう。
 オレ達を守るために死ねるなら構わないと。実際に彼女は一度、
オレ達を楯に脅され自殺しようとした。
 転生する前、前世の地球での出来事を思い出す。
 オレはまた友人を︱︱あの時田中を見捨てたように、ココノを見
捨てるのか?
シーカー
 相手が天神教、異世界の大陸最強の暗殺集団処刑人が敵に回るか
らと言って、彼女を見捨てるのか?
 答えは否だ!
 もしここでココノを見捨てるのなら、自分は今まで何のために努

2242
ピース・メーカー
力して、冒険者レベルを上げ、PEACEMAKERを立ち上げた
のか。
 全ては今回のように︱︱弱者が強者から一方的に虐げられるとき
に、自分達が彼女達を守るためだ。
ピース・
﹃困っている人、救いを求める人を助ける﹄。それがPEACEM
メーカー
AKERの理念だ。
 自分が今、その理念をねじ曲げたら、この異世界での目的を見失
ってしまう。
 生きたまま死ぬようなモノだ。故に、オレは強い口調で断言する。
﹁何を仰っているのですか? ココノは天神様のお告げで僕に嫁い
できたんですよ﹂
﹁ですから、あれは間違いだったと⋮⋮﹂
・・
﹁間違いだろうがなんだろうが、ココノとオレは好きあって結婚し
たんだ。今更引き裂かれるいわれはない﹂
 トパースの台詞を遮り断言する。
 ココノをオレの嫁と断言すれば、世間も無理矢理連れて来たとは
思うまい。現に彼女は彼女自身の意志でオレの元へ来たのだから。
 オレは、相手の﹃有力な権力者に巫女や巫女見習いを送る﹄とい
うシステムを逆手に取る。
﹁オレの大切な嫁や団員達に手を出そうっていうなら、天神教だろ
シーカー
うが処刑人だろうが容赦しない。毛ほど傷でも付てみろ⋮⋮関係者
全員、天神の元へ送り届けてやるぞ﹂
﹁ひぃ!﹂
 自分でも想像以上に怒りを伴った低い声が、殺気と共にトパース
へと向けられる。

2243
 彼はあまりの恐怖に顔色は青を通り越し、白くなって悲鳴を上げ
る。
 初老男性のそんな情けない姿を前にして、逆に気持ちがなえてし
まった。
﹁シア、お客様がお帰りになるそうだ。玄関までお送りしろ﹂
﹁畏まりました﹂
 シアは先立って移動し、扉を音もなく開く。
 待機していたのか、シアのメイド部隊が部屋に入り、壁の隅に陣
取る。
 それだけでも結構な威圧感がある。
 トパースはオレが眼光を弛めたせいか、慌てて立ち上がり虚勢を
張って怒鳴るように叫ぶ。
﹁ガンスミス卿は本当に天神教を敵に回すつもりですか! 今なら
まだ先程の脅しの撤回はできます!﹂
﹁シア﹂
﹁はっ!﹂
 気付けばいつのまにか彼女の手にMP5が、壁際のメイド達もス
カートの下から﹃H&K USP︵9ミリ・モデル︶﹄などを取り
出し握り締める。
 皆、シアの動きに合わせて﹃ガチャリ﹄とコッキングハンドルや
スライドを引く。
 壁際で可愛らしいリアル人形のように控えていたメイド達から、
オレ以上に濃厚な殺意がトパースに向けられる。
ピース・
 見た目は古風なメイド服の少女達だが、シアの訓練でPEACE

2244
メーカー
MAKERでも上位を占める練度を誇っている。
 恐らく室内の集団戦では、最も強いだろう。
 オレ、スノー、クリス、リースでもそう簡単には勝てない。
 そんな彼女達に睨まれているのだ。
 今、トパースの金玉は無くなりそうな勢いで縮み上がっているだ
ろうな。
 オレは手を挙げ、彼女達に殺気を押さえるよう指示を出す。
 すぐに彼女達はいつも通りの静かなメイドに戻る。
﹁それではまた一昨日来てください。シア、お連れしろ﹂
﹁こ、後悔しても知りませんからね!﹂
 トパースはメイド達の殺気が収まると、慌てて廊下を抜けて玄関
から外へと飛び出す。
 まるで獰猛な肉食獣に追われているネズミのようだった。
 オレはソファーへと背中を預ける。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 メイド達が室内で次の指示を待つ。
﹁⋮⋮全メンバーを集めろ。戦争の準備だ﹂
﹁かしこまりました、若様﹂
 シアが一礼して部屋を出る。
 続いてメイド達も後へと続いた。
ピース・メーカー シーカー
 こうしてPEACEMAKERvs処刑人の戦争の火ぶたが斬っ

2245
て落とされた。
第205話 トパースの訪問︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月2日、21時更新予定です!
活動報告を書きました! よかったらご確認してください!
また近日中に軍オタ1巻の表紙を活動報告にアップしたいと思いま
す。
そちらもどうぞよろしくお願いします。
2246
第206話 偽りの婚約腕輪
 仕事を途中で放り出す訳にはいかず結局、メンバー全員が集まっ
たのは、日が暮れてからだ。
 教室に全員そろった所で、現在起きている状況を包み隠さず伝え
る。
 ココノがなぜオレの嫁になりに来たのか。
 天神教がおこなっている非人道的行為。
シーカー
 大陸最強の暗殺者集団、処刑人と敵対したこと。
 全てを隠さず話し聞かせる。
﹁音も立てず、魔力も察知させず、暗闇から忍びより対象を殺す︱
︱彼らはそんな暗殺のプロだ。そんな彼らと敵対するということは、

2247
いつ襲われるか分からない命の危険にさらされるということだ﹂
シーカー サイレント・ワーカー
 処刑人を束ねる団長の静音暗殺が、この異世界で恐れられてる理
由は、ある特殊技術により一定以上の魔力を感知させないことが出
来るためらしい。
サイレント・ワーカー
 この力により、静音暗殺はたとえ魔術師が相手でも、魔術によっ
て不意打ちで殺害することが可能。
 さらに厄介なのは、他者にその力を与えることが出来る点だ。も
ちろんオリジナルに比べて精度は落ちるらしいが。
 魔術師は魔力に反応する。
 そのため魔術師を魔術で襲撃し、奇襲をかけて殺害するのは難し
い。
 襲う前に、魔力の流れに気付かれてしまうからだ。
 だが、もし魔術を使用しても、魔力の流れを相手に悟られなかっ
たら?
 そのアドバンテージは計り知れない。
サイレント・ワーカー レギオン シーカー
 故に静音暗殺は﹃魔術師A級﹄とランクされ、軍団、処刑人はこ
の異世界で1、2を争う暗殺者集団として恐れられている。
 要人達にとってこれほど敵にしたくない相手はいない。
 だが、オレはそんな奴等と敵対したというのに﹃嗤った﹄。
﹁どうだ、楽しくなって来ただろう? そんな暗殺者集団に命を狙
われるなんて﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄

2248
 オレの目の前に立つ団員達は、全員一糸乱れず声をあげる。
 その視線はオレ同様に、薄い暗がりでも分かるほどギラギラとし
ていた。
﹁相手にとって不足なし。遠慮はいらない。皆、日頃磨いた技術を
遺憾なく発揮して欲しい﹂
 北大陸では奴等が訓練した兵士達に何度も煮え湯を飲まされた。
 しかし、あちらも仕事として依頼を受け、軍事教練をおこなった
だけだ。
 それで敵視し、恨むのはお門違いだろう。
 あちらには、あちらの都合があったのだから。
シーカー
 ︱︱だから、オレ達は北大陸の一件を不問として、処刑人を見逃
した。
 なのに、オレ達に手を出そうというのなら、容赦する必要はない。
 折角の機会だ。
 北大陸の一件も踏まえて、お礼をさせてもらおう。
 オレはどちらが悪役か分からないような笑顔を浮かべる。
ゴールド レギオン シーカー
﹁これより我々は金クラス・軍団、処刑人を撃滅する。さぁ、淑女
ペイバックタイム
の諸君。報復の時間だ﹂
 メンバー全員が気合いのこもった返事を返してきた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2249
シーカー
 処刑人を血祭りに上げる前に、しなければならないことがある。
 それは⋮⋮ココノに結婚腕輪を渡さなければならない、というこ
とだ。
 トパースを追い返すためとはいえ、勢いで﹃ココノはオレの嫁!﹄
宣言した手前、問題が解決するまで彼女には結婚腕輪をつけておい
てもらわなければならない。
 あくまでオレの嫁だから、天神教所属のココノを帰さずこちらに
置ける︱︱という建前になっている。
 そのため偽装用の結婚腕輪を魔術液体金属で製作しておいた。
 しかし、偽装とはいえ女性に﹃身の安全のため偽装結婚してくだ
さい﹄とは言い辛い。
﹃偽装結婚﹄部分だけ抜き取ると、自分の方が完全に悪役っぽくな
る。
 さて、どう切り出せばいいか⋮⋮。
 腕を組み考え事をしながら、工房から自室へと向かう。
﹁うぉっ﹂
 部屋に入ると、なぜかクリスとココノが居間奥のソファーに座り
話し込んでいた。
 考え込んでいた相手が予想外に居たため、変な声が漏れてしまう。
 幸いというべきか、彼女達はこちらに気付かず夢中で話をしてい
る。

2250
 背もたれから金色と黒色の頭がひょこひょこ動いて可愛らしい。
 そう︱︱クリスがミニ黒板を使わず、ココノの耳に小声で話し返
しているのだ。
 ある意味、珍しい光景である。
 クリスがこしょこしょとココノの耳へ呟くと、今度は反対にココ
ノがクリスの耳へこしょこしょと話し返す。
 年下同士の話し合い。
 ココノが唇に触れ茹でタコのように顔を赤くして、クリスにこし
ょこしょと勢いよく話しかける。クリスはお返しとばかりにこしょ
こしょとココノの耳へと口を寄せ話す。
 いったい何を話し合っているのだろうか⋮⋮。
 正直、興味がある。
﹁⋮⋮若様、盗み聞きは趣味が悪いですよ﹂
﹁おわぁ!? し、シア! いつから背後に!﹂
﹁ココノ様の護衛としてお側におりました﹂
 シアの背後にもう一人、彼女の部隊の護衛メイドが控えていた。
 さすがにオレの悲鳴で二人も気付き、振り返る。
 ソファーの背もたれ越しに、こちらを見てくる。
 クリスはジッと目で、ココノは耳まで真っ赤にしていた。
 なんだろう。
 年頃の娘の会話を立ち聞きしていた父親のような気分になる。
 オレは咳払いをして、空気を変えようと努力した。
﹁ご、ごほん! いや、別に立ち聞きなんてしてないよ。今、来た
ところだし。だから2人とも誤解しないでくれ﹂

2251
﹁い、いえこちらこそ! その勝手にお邪魔してすみません﹂
﹃私が連れて来たので、勝手に部屋に入ったわけじゃありませんよ﹄
﹁分かってるよ、クリス。それで二人は何を熱心に話していたんだ
?﹂
﹁え、えっと、そのクリス様に色々ご相談にのってもらっていまし
た﹂
﹁そうなんだ。折角だから、時間いいか? ちょっと話したいこと
があって﹂
 この台詞に、ココノの隣に座っていたクリスが彼女の耳に何かを
告げる。
 ココノは顔をさらに赤くし、驚愕の表情を作りクリスを見詰める。
クリスはその視線を受け止め、ただ力強く頷いた。
﹁は、はい。あ、あの大丈夫です。時間あります﹂
﹁それじゃちょっと真面目な話だから、クリス達は席を外してもら
ってもいいかな?﹂
﹁了解いたしました﹂
 そしてシアと部下メイドは、オレとココノに香茶を淹れた後、部
屋を出る。
 クリスは部屋を出る間際、なぜかココノに対して親指を立てた。
 彼女も何かを納得したように頷く。
 この二人の間に一体に何があったんだろうか⋮⋮。
 とりあえず、ココノと二人っきりになる。
 互いにソファーに座り正面で向き合う。
 まるで仲人が離席した後の見合い場のような妙な緊張感が漂って
いる。

2252
﹁えっと⋮⋮ご趣味は?﹂
﹁えぇ!?﹂
 そんな空気感を打破するため、オレはワザとボケる。
 ココノは最初こそ驚いていたようだが、こちらの意図を理解しの
ってくる。
﹁しゅ、趣味は⋮⋮えっと、か、鏡の前で歌って、踊ることです﹂
﹁えぇ!?﹂
 今度はオレが驚いてしまう。
 まさか体の弱いココノに、そんな体力を使いそうな趣味があった
なんて。
 しかし、彼女はオレの驚きに慌てて訂正する。
﹁す、すみません! 今のは冗談です。場を和ませようと頑張った
のですが⋮⋮。本当の趣味は角馬を眺めることです﹂
﹁なんだ冗談か。一瞬、本気にしちゃったよ﹂
 しかしお陰で場の空気が和らいだ。
 だが、もし彼女の趣味が本当に歌って踊ることなら、クリスとア
イドルユニットを組ませるのも面白かったかもしれない。
 金髪のクリスと黒髪のココノ。
 二人とも別方向の可愛さでファンの趣味もかぶらないだろうし。
見映えも栄える。
 問題はクリスは殆ど声を出せず、ココノが病弱で体力がないこと
だが⋮⋮。まあ、アイドルユニットとしては殆ど致命的な問題だけ
どね!

2253
﹁それでお話とは?﹂
﹁ああ、うん。実は︱︱﹂
 迷ったあげく、結局ストレートに事情をココノに伝えた。
 先程、ココノを含めたメンバー全員に現在の状況を包み隠さず話
したが、一つだけ意図的に伝えていないことがあった。
 オレがトパースに対して﹃ココノはオレの嫁!﹄宣言をしたこと
だ。
 そうしないと彼女をここに留める大義名分がなかった。
 彼女は一通り話を聞いて、嫌な顔をせず納得してくれる。
﹁ありがとうございます。わたしのために腕輪まで用意して頂いて﹂
 ココノは心の底から大切そうに腕輪を両手で受け取る。
 頬を染め、小さな手で胸にギュッと抱き締めた。
﹁たとえ仮初めとはいえリュート様の妻になれるなんて⋮⋮。本当
に嬉しいです﹂
 ここまで分かりやすい反応を前に、﹃気付くな﹄という方が無理
だ。
 ココノは、オレに好意を抱いている。
 では翻って、オレは彼女のことをどう想っているのだろうか?
 最初の出会いの時は、﹃妻にしてください!﹄と迫られて驚いた。
ピース・メーカー
 その後、なし崩し的にPEACEMAKERで働くことになり、
皆と馴染めるか心配で目が離せなかった。
 そして、オレ達を守るためとはいえ彼女は自殺しようとした。

2254
 その話を聞いた時、オレは頭が沸騰するほど怒りを覚えた。
シーカー
 もちろん怒りは処刑人達に対してのものだが、彼女にも抱いてし
まう。
﹃オレ達を守るためとはいえ、命を粗末にするなんて﹄と。
 あの時、クリスが叱らなければ、オレが怒鳴っていたかもしれな
い。
 あれ以降、ココノが色々危なっかしくて目が離せなくなった。
 命を狙われているのもあるが、﹃オレがココノを守ってやらない
と!﹄という妙な使命感すら抱いてしまっている。
 また人命救助とはいえココノの唇に自分のを重ねて、さらに胸ま
で見てしまった。男としてその責任を取らなければ⋮⋮いや、責任
なんじゃかない。
 建前上、ココノを留めるためトパースに﹃彼女はオレの嫁!﹄と
叫んだが、すでに心の底では︱︱
﹁リュート様、どうかなさいましたか?﹂
 黙り込むオレを心配そうな表情で、ココノが見詰めていた。
 腕輪を抱き締めている腕に力が篭もる。
﹃もしかしたら、自分に偽装とはいえ腕輪を渡したことを後悔して
いるのかも?﹄と邪推しているようだ。
 オレは彼女の心配を拭うためにも笑顔を浮かべる。
﹁ごめん、ごめん。あんまりココノの反応が可愛かったから、つい
見蕩れちゃって﹂
﹁か、可愛いですか!? いえ、そのわたしなんてクリス様やスノ
ー様、リース様奥様達に比べてたらチンチクリンで可愛くてなんて﹂
﹁そんなことないよ。ココノは可愛い、凄く可愛いよ!﹂

2255
﹁あうぅうぅ⋮⋮っ﹂
 ココノは頭上から湯気が出そうなほど赤くなり、俯いてしまう。
 とりあえず、今は答えを言葉にせず目の前の問題に取り組もう。
シーカー
 まずは処刑人を倒さなければ、どうしようもないのだから。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 新・純潔騎士団本部から慌てて逃げ出したトパースは、エルルマ
街へと戻った。
 丁度いいタイミングで、長身の口元を布で隠した暗殺者風の男︱
サイレント・ワーカー
︱静音暗殺とその部下達が街へと到着していた。
サイレント・ワーカー
 トパースは静音暗殺に、リュートの口から言われた宣戦布告をそ
のまま伝える。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺とその幹部達は、リュートの宣戦布告を鼻では笑う。
 幹部の1人が口を開いた。
シーカー
﹁随分と活きのいい奴等だな。我々、処刑人に正面から喧嘩を売る
など﹂
﹁生きがいいんじゃない。新人共を撃退して、こちらの実力を知っ
た気になっているからこんな舐められた台詞を言われるんだ﹂

2256
シーカー
 ココノを自殺に見せかけ殺そうとした処刑人メンバーは、入った
ばかりの新人達だった。
 今回の仕事は魔術師でもない、病弱な少女を自殺に見せかけて殺
すだけの簡単な仕事だった。そのため彼らの腕を見るために任せた
のだ。
 もちろん、新人のみではなく監督役として2人団員が同行してい
た。
 しかし結果、リュート達の横槍で失敗。
﹁それで仕事に失敗した新人達はどうした?﹂
﹁全員始末した。我々の顔に泥を塗るようなマネをしたんだ。当然
だろう? 監督役についていたのは、半殺しで留めておいたが﹂
 幹部の一人は天気の話をするように、何気ない口調で告げる。
﹃全員始末した﹄︱︱つまり、殺したと断言したのだ。なのにその
場に居るメンバー全員が特別な反応を見せず聞き流して終わる。
 彼らは人を殺すのに何の躊躇いも、後悔もないのだ。それだけ﹃
殺人﹄が朝、歯磨きをするように日常の一部と化しているのだろう。
レギオン シーカー
 むしろ、彼らの関心事は自分達の軍団、処刑人の面子についてに
移っていた。
レギオン
﹁新人達が失敗した小娘や、調子の乗っている新人軍団を皆殺しに
するのは当然だが⋮⋮ただ殺すだけじゃ我々の面子に関わるぞ﹂
レギオン
﹁確か新人軍団はトップ以外のメンバーは、全員女らしい﹂
﹁だったらメンバーの女共を奴隷として売り払うか?﹂
﹁あくまで依頼はメンバーと小娘の殺害。奴隷に売り払うのはまず
い﹂
﹁なら、殺害した奴等の首を切り落とし、壁一面にならべてやろう。
そして、気に入った2、3人は連れて帰って手足を切り落とし、暫

2257
くの間は我々の玩具にすればいい。飽きたら殺せば依頼人の要望通
りになる﹂
 幹部連中が﹃それはいい!﹄と声は小さいが、嗜虐的な暗い瞳で
笑みをこぼす。
サイレント・ワーカー
 そして、今まで黙っていた静音暗殺が、幹部達の笑いが収まるの
を待って口を開く。
ルーキー
﹁なら教えてやろう。我々の顔に泥を塗った新人に世間知らずの愚
かさを。お代は彼らの命︱︱そして、絶望だ﹂
 幹部達はその言葉に全員が頷き、行動を開始する。
2258
第206話 偽りの婚約腕輪︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月5日、21時更新予定です!
活動報告に軍オタ表紙をアップしました!
よかったらご確認ください!
2259
第207話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊?
こっち
﹁おっ、珍しい。この時期にオマエさんがココリ街に顔を出すなん
て﹂
﹁なに、思いがけずいい品物が手に入ってな。折角だから寄らせて
もらったんだよ﹂
 行商人であるオーウェンは、ココリ街では顔なじみである、とあ
る店舗の亭主と言葉を交わした。
 彼が専門に扱っているのは毛皮だ。
 懇意にしている猟師から毛皮を集め、ココリ街に卸している。
 しかし時期的に、いつも冬前にココリ街を訪れる彼が、今回は馬
鹿に早い。
 彼の言葉通り、荷馬車にはタップリと毛皮が積まれていた。どれ

2260
も品質が良くいい値段が付くのは間違いないだろう。
﹁どうも今年は獣や魔物が活発でよくとれるらしいんだ。こっちと
しては毎年これならありがたいんだが﹂
﹁はっはっはっ! 確かにオマエさん達からしたらそうだろうな!﹂
 亭主とオーウェンは笑い合い、毛皮の値段交渉に入った。
 程なく双方満足する金額に落ち着くと、オーウェンは店を出る。
 今度はココリ街で品物を仕入れて別の街で売りさばく。
 こうして行商人は資金を稼いでいる。
 すぐに街を出る場合もあるが、今回は暫しココリ街に滞在する予
定だ。
 滞在理由は長旅の疲れを暫し癒すためだ。
 しかし、本来の目的は別にある。
 オーウェンは馬車を預け、宿を取る。
 そのまま腰を下ろすことなく宿を出た。
 彼は人には言えない副業を持っていた。
ゴールド レギオン シーカー
 金クラスの軍団、処刑人の部外協力者だ。
シーカー
 処刑人は仕事を依頼された場合、まず対象者の情報をできる限り
入手する。
 相手がどんな人物か、容姿、年齢、家族構成、住居周辺情報、警
備体制、街周辺地図、建物の構造、街内部地図、目標人物周辺に居
る人物調査、建物に出入りする人物の調査等々。
シーカー
 処刑人メンバーが情報を入手するため現地に足を伸ばし、直接入

2261
手する場合もある。
シーカー
 だが、標的によっては処刑人メンバーでは目立ってしまうことも
あるのだ。
 たとえば小さな村や町、学術や権力者が仕切る街、宗教施設等︱
︱部外者が入ると悪目立ちしてしまう場所だ。
 目立てば標的に警戒され、殺害できる確率が減る。
 そうならないため日頃、周辺に出入りしている人物に情報を入手
させる。それがオーウェンのような部外協力者だ。
シーカー レギオン
 処刑人は正式な軍団メンバーではない部外者を利用することで、
自分達の情報を相手に渡さず一方的に情報を入手する。
 その場所に居ても不自然ではない人物が出入りすれば、下手に目
立つこともない︱︱という寸法だ。
 もちろん彼らには情報入手の代わりに、それなりの情報料を支払
っている。
 またもし情報をバラした場合、協力者とはいえ命はない。
シーカー
 過去、処刑人を裏切った部外協力者は、﹃死んだ方がマシ﹄な拷
問を家族共々受け、殺されている。
シーカー
 それを知っているため、部外協力者は絶対に処刑人を裏切らない。
 オーウェンはココリ街に何度も通っている部外協力者だっため、
今回白羽の矢が立った。
シーカー
 ココリ街を訪れる理由作りのため、処刑人から上等な毛皮も渡さ
れた。
 この毛皮で出た利益は、情報料とはまた別に懐にしまってもいい。
 あくまで必要経費扱いだ。
 そして宿を出たオーウェンは、新・純潔乙女騎士団本部へ向け歩

2262
き出す。
レギオン シーカー
︵まさかあの潰れかけ軍団が、処刑人に喧嘩を売るとはね⋮⋮︶
 彼は何度も商いでココリ街を訪れている。
レギオン
 そのため、前軍団である﹃純潔乙女騎士団﹄のこともよく知って
いる。
﹃新・純潔乙女騎士団﹄が出来た経緯や﹃紅甲冑事件﹄のことも把
握している。
シーカー
 その上で、処刑人に喧嘩を売るリュート達を哀れんだ。
︵年若い女の子達を売り飛ばすようで後ろ暗いが、こっちももう少
シーカー
しで店舗を出せるだけの金が貯まるんだ。身の程も知らず、処刑人
に喧嘩を売った自分達を恨んでくれよ︶
 今回の情報料でほぼ目標金額が貯まる。
 露天ではない。
 土地を買い、建物を建て、販売権利を買う。
 一国一城の主となる夢が叶うのだ。
 そのため是が非でも、オーウェンは今回の依頼を成功させたい。
 普段の仕事ではあまり寄りつかない新・純潔乙女騎士団本部にた
どり着く。
シーカー
 門は開かれており、処刑人と敵対している筈なのに、特別警戒し
ている様子はない。グラウンドでは少女達が、訓練に汗を流してい
た。
︵こいつ等は、誰に喧嘩を売っているのか本当に分かっているのか
?︶

2263
 オーウェンはその警戒の緩さに呆れてしまう。
ゴールド レギオン シーカー
 敵対しているのは金クラスの軍団、処刑人。大陸で1、2を争う
暗殺者集団だというのに⋮⋮。
︵まぁ警戒心が薄い方が仕事をしやすくて助かるが⋮⋮︶
 彼はゆっくりと本部の周りを歩き出す。
 道幅、周辺に並ぶ建物の詳細、本部の様子や壁の高さなどを細か
く覚える。流石に一度では無理なため、隠れて書き写したりする。
 しかもただ文字を羅列するのではなく、自身オリジナルの暗号に
する。
 一見、店の仕入れや商品の売値にしか見えないが、オーウェンに
しか分からない暗号になっている。
シーカー
 処刑人に渡す際は、もちろん彼らに分かるように修正する。
 また時間をおき、時には翌日再び訪れ、情報を事細かく整理して
いく。
 何度もこなしてきた仕事だ。
 慣れた様子で情報を集めていく。
 彼が部外協力者になって約5年。
 こんな仕事だ。不審者と疑われ牢獄に閉じこめられたことも1度
や2度ではすまない。
 肌に突き刺さるような緊張感の中で、標的の周辺を調査した時も
ある。
 その時に比べて、今回の調査の楽なこと。
 周辺の人はまばらで、歩いているのは一目で無関係だと分かる一
般人。
 さすがのオーウェンも、

2264
シーカー
︵本当に処刑人と敵対しているのか? 誤報じゃないのか?︶と疑
うほどの緊張感のなさだ。
 お陰で仕事はとてつもなく楽だが⋮⋮。
 こうしてオーウェンは、苦もなく新・純潔乙女騎士団本部の周辺
情報を手に入れるとココリ街を後にした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ココリ街を出て、オーウェンが向かった先は街から約3日程にあ
る宿場町だ。
 彼は酒場に入るとカウンターに座り、酒精とつまみを頼む。
 適当に飲んでいると隣に男の二人組が座ってきた。
 男達の顔立ちには鋭いものがあるが、特別目立つ訳ではない。
 オーウェンはズボンのポケットから紙を取り出し、カウンターテ
ーブルに置く。
 男の一人がその上に被っていた帽子を被せる。
 暫し、時間が流れ男達が注文した品物が届く。
 オーウェンは一通り酒精とつまみを堪能すると、代金を置いて店
を出た。
 向かう先は馬車を止めてある宿屋だ。

2265
 これで情報の引き渡しは完了。
シーカー
 後は情報を精査した処刑人に、情報料を支払ってもらう。
 その金を受け取れば、念願の店を持つことが出来る。
︵店を持って、商売を軌道に乗せれば嫁がもらえる。小さな村の農
家の三男坊だったが、我ながらよくここまで来たもんだ︶
シーカー
 もし処刑人の部外協力者をしていなければ、これほど早く店を持
つことはできなかった。
 同い年ぐらいの行商人は、後早くても10年、遅ければ20年ぐ
らいしなければ同じ額を貯めることは難しいだろう。
 その間に事故や病気、野盗や魔物に襲われて命を落とす者達も少
なくない。
︵自分は本当に運がよかったんだな︶
 自身の運の強さに満足しながら、宿に帰るとさっさと床へと潜り
込む。
 オーウェンはよく干された布団の柔らかさ、日向の匂いを堪能す
る。明日からはまた野宿をしなければならいのだから。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁おはようございます。と、言ってもまだ深夜だけど﹂
︵な、なんだ!? いったい何が起きているんだ!?︶

2266
 オーウェンは気付けば、身動きが取れなくなっていた。
 どうやら椅子に縛られ、目隠しをされ、口を布で塞がれているら
しい。
 耳元から聞こえてくるのは、年若い男の声だ。
﹁大声を出したら殺す。逃げようとしたら殺す。嘘をついたら殺し
はしないが、指を切り落とす。分かったらゆっくりと頷け﹂
 声はまだ若いが、刃のように冷たい声音だった。
シーカー サイレント・ワーカー
 処刑人のトップ、静音暗殺と一度だけ会話した。
 情報を引き渡す際、珍しく確認のためその場で2、3の質問に答
えたのだ。
 その時も臓腑が凍えるような冷たさを感じた。
サイレント・ワーカー
 今、話している相手からもあの静音暗殺に負けないほどの冷たさ
を感じる。
 オーウェンは汗を流しながらゆっくりと頷いた。
シーカー
﹁オマエは処刑人の協力者だな?﹂
﹁き、協力者? しーか? 悪いがまったく分からないんだが﹂
﹁嘘を付いたから、指を切り落とす。どの指がいい?﹂
﹁待ってくれ!﹂
﹁声が大きい﹂
 慌ててオーウェンは声量を落とす。
﹁本当に分からないんだ。本当だ。金ならやる。だから、指を切ら
ないでくれ、殺さないでくれ﹂

2267
﹁そうか知らないか。だったらなぜ、酒場の2人組に紙を渡してい
たんだ? あれは新・純潔乙女騎士団本部周辺の情報を記したもの
だろう。それとも料理のレシピだとでもいうのか?﹂
﹁!?﹂
 オーウェンは驚愕する。
シーカー
 なぜこいつは、情報を書いた紙束を処刑人メンバーに渡したこと
を知っているんだ?
 男は冷ややかに笑う。
シーカー
﹁隠しても無駄だ。ココリ街に入った時点でオマエが処刑人のメン
バー、もしくは協力者だという目星はついていたんだ﹂
 オーウェンがいつもの店に顔を出した時点で、不審人物として外
交担当のミューアに話が来ていた。
 普段とは違う時期に顔を出したため、警戒網にひっかかったのだ。
 後はオーウェンに関する情報︱︱特に資金についてミューアが集
められるだけ集めた。
 その情報を、実家が両替屋の3つ目族、バーニーが精査。
 結果、上手く隠してはいるが、彼の商いの規模に比べて明らかに
資金が多いことが判明。
ピース・メーカー
 その時点でPEACEMAKERのブラックリスト入りして、ず
っと監視されていたのだ。
﹁後は泳がせて、後をつけさせてもらった。確定したのは妖しげな
男達に紙を渡した瞬間だけどね﹂
︵ココリ街から後を付けられた? いや! ありえない!︶

2268
シーカー
 オーウェンも伊達に処刑人の部外協力者を務めていない。
 自身の身の安全、命に直結しているため、尾行がないか何度も神
経質に確認した。彼の後を追いココリ街を出た馬車がいくつかあっ
たが、追い抜いて先に進んだり、十字路で別れたりなどして、最終
的には一台もなくなった。
 時折、別の街や村から来た馬車と合流はしたが、それらが自分を
尾行していたとは考え辛い。
︵では、どうやって彼は自分の後をつけたんだ!? ありえないだ
ろ! 常識的に考えて!?︶
 胸中で絶叫しながらも必死に何度も思い返すが、オーウェンにミ
スはない。
﹁沈黙は肯定ととる﹂
シーカー
﹁そ、そうだ。処刑人の協力者だ﹂
 完全な手詰まり。
 オーウェンは素直に答えを口にするしかなかった。
 冷や汗を気持ち悪いほど流しながら命乞いをする。
﹁じょ、情報を調べて渡して金をもらうだけの関係なんだ。正式な
シーカー
メンバーじゃない、完全な部外者だ。処刑人について質問されても
何も知らないんだ。本当だ。だから殺さないでください。お願いし
ます。お金なら手持ちとあるだけの額を出しますから﹂
シーカー
 処刑人は裏切り者を許さない。
 死んだ方がマシという処刑方法で殺してくるが、今反抗すればど
ちらにしろ自分は殺される。

2269
 だから裏切りとならないギリギリの線を狙って、命乞いを敢行し
たのだ。
 しかし男から返事は意外なものだった。
﹁安心しろ、殺しはしない。ある程度の情報は他の部外協力者って
いうのか? そいつらから仕入れている。むしろ儲け話を持ちかけ
に来たんだ﹂
﹁も、儲け話?﹂
﹁ああ、今からアンタに新・純潔乙女騎士団本部の見取図を渡す。
シーカー
これを処刑人メンバーに渡して欲しいんだ。もちろん偽物じゃない。
本物の見取図だ﹂
 相手の意図が分からず混乱する。
シーカー
 処刑人を攪乱させるため欺瞞情報を渡すわけでもなく、メンバー
を呼び出し捕らえる訳でもないようだ。
 だが、たとえどんなに奇妙な申し出でも、今のオーウェンに逆ら
う権利はない。
 拒否すれば殺されるだけだ。
﹁わ、分かった。ありがたくちょうだいしよう﹂
﹁よろしい交渉成立だ。見取図はベッドの上に置いておく。下手な
小細工や行動はしないほうがいい。オレ達は常にアンタを見張って
いる。余計なことをすると、脳天が天神様のお住まいまで吹き飛ぶ
ことになっている。この意味は分かるよな?﹂
﹁分かる。分かっている。絶対に余計なことはしない﹂
 オーウェンは何度も頷き同意した。
﹁それじゃ手足の縄をはずす。そしてそのままゆっくり心の中で1

2270
00を数えろ。数え終わったら目隠しを取ってもいいぞ﹂
 彼は指示に頷くと、言われた通り胸中でゆっくり100を数え始
めた。
 手足の縄は同時に切断される。
 背筋に恐れが走る。
 部屋には男しかいないと思ったが、彼以外にも複数居るらしい。
 下手な抵抗をしなくて本当によかった。
 そしてオーウェンはゆっくり100を数え終え、目隠しを取る。
 最初、ずっと目を圧迫していたため、周囲を確認するのが辛かっ
た。痛みが引き、目がなれてくるとベッドの上には丸まった紙が置
いてあった。
 男の言う新・純潔乙女騎士団本部の見取図だろう。
 先程の出来事が夢や幻ではないという証拠だ。
 しかし、窓や扉が開いた音はまったくしなかった。
 安い宿のためどちらも開けようとすると酷い音がする筈なのにだ。
 オーウェンは自分がとんでもない奴等に目を付けられたことを実
感した。
 奴等の目から逃れる方法はただ一つ。
シー
 家畜のように従順に彼らの指示に従うことだ。たとえそれが処刑
カー
人に対する裏切りだろうが。
 そして、オーウェンは今回限りで部外協力者から足を洗うことを
固く決意した。

2271
第207話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月8日、21時更新予定です!
昨日の夜、カレーを作りました。折角だから日頃しないアレンジを
ということで、トマト缶を水の代わりに使って作ってみました。⋮
⋮うん、なんか凄い酸っぱくなったよ! 別に凄く不味くて食べら
れないわけでも、凄く美味しいわけでもない︱︱微妙な物になりま
した。なんかこうネタにもならないオチですみません⋮⋮。

2272
第208話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊?
﹁部外協力者から、追加で渡された本部内部構造の地図だ﹂
 深夜。
 魔物が彷徨く森の奥。
シーカー
 洞窟を改造した隠れ家の一つに処刑人の正規メンバー達、全員で
30人が集まっていた。
 ここの森は、木々の間隔が広い。お陰で多人数での移動が非常に
楽な場所だ。
 しかし一般的な森に比べて強い魔物達がひしめいている。そのた
め冒険者達もなかなか近付かない場所だ。
 だからこそ、全員が集まり計画を詰めるのに適している。
 襲撃や後を付けられる心配も少ないからだ。

2273
シーカー
 処刑人メンバーが地図を覗きこむ。
レギオン サイレント・ワーカー
 軍団のトップである静音暗殺が説明を始めた。
﹁地図は元純潔乙女騎士団メンバーから得た情報を照らし合わせた
結果、間違いないことが確認された。最重要目標の団長であるリュ
ート・ガンスミスの寝室がここ﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺が2階の客室を指で叩く。
 別の男達が侵入ルートを確認し合う。
﹁なら、侵入するとしたら裏手の窓から入って、こうか?﹂
﹁いや、裏手には恐らく魔術的な罠がしかけられているだろう。だ
ったら肉体強化術で屋根から侵入するべきだ﹂
 魔術師は魔力に反応する。
 そのため魔術師を魔術で襲撃、奇襲をかけて殺害するのは難しい。
 襲う前に魔力の流れに気付かれてしまうからだ。
シーカー サイレント・ワーカー
 だが、処刑人メンバーは、静音暗殺の特殊技術によって一定以上
の魔術を感知させないことができる。
 そのため肉体強化術で身体を補助して、屋根に登ることは造作も
ない。
﹁それも手だが、逆に正面から入るのはどうだろう? 見張りが居
るだろうが、どうせ殺害対象だ。殺して沈黙させて堂々と入ればい
いではないか﹂
﹁だな。どうせメンバー全員、皆殺し。数も約40人。俺達が全員
で動けば、30分かからず殺しきれるだろう。だったら逃がさない
ためにも、ある意味で一番罠の少ない正面から責めるのは悪い選択

2274
肢ではないぞ﹂
﹁全員逃がさないという意味では、正面だけではなく裏、側面、屋
根からも侵入すればいいじゃないか。一箇所から侵入できる人数な
どたかがしれているのだから﹂
 と、話し合いが続く。
 そして部外協力者達から集めた情報を精査し侵入経路から、撤退
ルート、問題が発生した場合の対処法を検討し意見を出し合いまと
める。
 話を纏め終えると決行日、時間、それぞれの指定ポジション、殺
害対象などを最後に確認して解散となった。
シーカー
 洞窟内部から処刑人メンバーが出てくる。
 洞窟の外は暗く、いつ茂みから魔物が飛び出すか分からない。だ
が、彼らは余裕の態度を崩していない。
 洞窟の周辺に、魔術道具で約1kmほどの警戒網を作り出してい
る。
 魔物や侵入者が入り込めば、すぐに知らせてくれる仕組みだ。
 その知らせがないということは、周囲に魔物や侵入者は居ないと
いうことだ。
 念のため、メンバー達は周囲の気配を探りながら洞窟から全員で
移動を開始する。
 周囲の目を気にするなら、1人や少数に分けて移動するが、今は
魔物が跋扈する森の中。
 人目より魔物の不意打ちを防ぐ方が重要なため、30人全員で移
動する。人数が居れば魔物もおいそれと手は出さないし、360度
の1人当たりの警戒が少なく済む。

2275
 こうして安全地帯まで移動した後、少数に別れ時間を掛けて森を
出るのだ。
 先頭が、設置した魔術道具警戒を越えるか越えないかの地点で異
変に気付く。
サイレント・ワーカー
 男は静音暗殺へと話しかけた。
﹁⋮⋮団長、なにか音がしませんか?﹂
﹁!? 全員、伏せ︱︱﹂
サイレント・ワーカー
 第六感か、静音暗殺が危機に感づく。
 彼が指示を出し終える前に、爆発音がその台詞を掻き消した。
 風切り音、爆発が立て続けに起きる。
シーカー
 処刑人メンバー全員、現状を誰1人理解していないが、混乱せず
抵抗陣を形成し、2人ないし多くても5人単位でその場から離脱。
 2人以下で逃げないのは、1人では問題が起きたとき対処できな
い場合があるためだ。生存率をあげるため2人以上で行動している
のだ。
 指示を受けず、瞬時にその判断を下し行動に移したのはさすがと
しかいえない︱︱しかし、現状それはとんでもない悪手だった。
 謎の爆発から最初に逃走した2人組が、熟知した森の中を疾駆す
る。
 肉体強化術で体や視力を補助。
 深夜の森の中だというのに、2人は苦もなく移動していた。

2276
﹁いったいなんだったんだあの爆発は?﹂
﹁分からんが⋮⋮魔力の流れは察知できなかった。恐らく魔術道具
が周辺に仕掛けられていて、俺達が通りかかったから爆発したんだ
ろうな﹂
 混乱から立ち直り意見交換する余裕も出てきた。
 返答に男は渋面を作る。
﹁だが、音は上から来たんだぞ? だいたいまだ結界内で、もし侵
入者がそんな罠をしかけたら警報が知らせてくれたはずだ。あれは
もっと違う攻撃だったんじゃ︱︱!?﹂
 男は慌てて足を止めてしまう。
 なぜなら先程まで並走していた仲間が、突然倒れて地面を転がっ
たからだ。
 倒れた彼の腹からは、真っ赤な血が流れ落ちている。
︵いつのまに攻撃を受けたんだ!︶
 魔術による攻撃? 否! 魔力の流れは感じなかった。
 弓矢による攻撃? 否! 矢がどこにも落ちていない。
 魔術道具による罠的攻撃? 否! 爆発音やそれらしい物は進路
に断じて見あたらなかった。
﹁ヒッ!﹂
 男は恐怖に背中を押され、倒れている仲間を置き去りにして再び
森を疾駆する。
 先程の場所から大分離れると、木の陰に飛び込む。
 疲労と恐怖で荒くなる息。

2277
 周囲を確認するが、魔物の気配すら感じない。
﹁⋮⋮た、助かったのか?﹂
 気を許したのと同時に腹部に風穴があく!
 喉から迫り上がる鉄臭い血の味。
﹁ぐはぁッ!﹂
 男は硬い地面に倒れ込み、口から大量の血液を吐き出す。
 何度も嗅いだ匂いを、今度は自分の内側から感じ取る。
 正面、約150m先から二人の少女が姿をあらわした。
︵馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 俺は肉体強化術で体を補助して
後先考えず、滅茶苦茶に逃げたんだぞ! 先回りなんて出来るはず
がない! 後を付けられた気配だってなかったんだぞ!︶
 この事実に彼は腹部に治癒魔術を施すのを忘れるほど混乱する。
 彼女達がどうやって自分を攻撃したのか分からない。
 だが、それ以上にどうやって滅茶苦茶に森を走った自分が先回り
されたのか本当に分からなかった。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺の力で魔力の流れは外へと漏れない。
 移動の際、音や気配にも十分気を付けた。
 なのに現実として先回りされ、自分の歳の半分にも満たない少女
達から攻撃を受けているのだ。
シーカー
 短くない時間を処刑人メンバーとして過ごしてきた。しかし、そ
の経験をもってしても現状を理解することができない。

2278
 未知︱︱という恐怖が男の精神に消えない傷を刻む。
 少女の1人が遠目でも分かるほど冷たい目で、手に持った長い魔
術道具らしき物を向けてくる。
﹁た、助けてく︱︱﹂
 パス!
 減音された発砲音。
 男は最後まで台詞を言うことができなかった。
 発砲後、まだ男に意識があり上空を見上げれば﹃なぜ先回りされ
ていたのか?﹄という答えのヒントを得ることが出来ただろう。
 満天の星空︱︱宝石のように輝く星々に紛れて、意味を持つ点滅
を繰り返す星が一つ瞬いていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
シーカー
 処刑人メンバーが集まっている森。
ピース・メーカー
 その出入り口側で、オレ達PEACEMAKERはテントを張っ
ていた。
 仮設の司令本部だ。

2279
 タープ︱︱布の屋根の下に木製の机、その上に森の地図が広げら
れている。
 これは市販品だ。
 地図に横と縦に線を引き、碁盤目状に区切る。
 その区切られたマス目左脇と上に﹃1、2、3﹄と数字が振られ
ていた。
 この数字が交差する場所が、マス目を示すナンバーになる。
 これにより簡易に場所を示すことが出来る。
 そんなマス目にはリバーシのコマが置かれていた。
ピース・メーカー
 白はPEACEMAKERメンバー。
シーカー
 黒が処刑人メンバー。
 リバーシ以外のコマは魔物を示す。
 ルナは上空を見上げ、星々に紛れて意味を持って点滅する光の解
読し告げる。
ジェリーエット
﹁報告。J1、2。﹃18・3﹄逃亡者の撃破確認﹂
﹁﹃18・3﹄逃亡者撃破ですわね﹂
ジェリーエット フォネティック・コード
 Jとは、前世地球に居た時に使われていた﹃音声コード﹄だ。
 無線でも有線でも、アルファベットの聞き間違いが多く発生する。
それを避けるためアルファベットを特定の単語に置き換えたものを
使用するのだ。
 前世地球で、もっとも広く使われているのはNATO軍が決めた
ものらしい。
 以下がその一覧になる。
アルファ
 A

2280
ブラボォー
 B
チャーリー
 C
デルタ
 D
エコー
 E
フォクストロット
 F
ゴルフ
 G
ホテル
 H
インディア
 I
ジェリーエット
 J
キーロ
 K
リーマ
 L
マイク
 M
ノヴェンバー
 N
オスカー
 O
パパ
 P
ケベック
 Q
ローミオ
 R
シエラ
 S
タンゴ
 T
ユニフォーム
 U
ヴィクター
 V
ウイスキー
 W
エクスレイ
 X
ヤンキー
 Y
ズールー
 Z
 このルナの報告にメイヤが﹃18・3﹄に置かれて黒コマの上に
銀貨を乗せる。これが敵の撃破︱︱クリアした印だ。
 オレは立ったまま地図を覗きこみ、指示を飛ばす。

2281
ジェリーエット キーロ
﹁J1、2は、ポイント﹃18・5﹄へ急行。Kと合流して、移動
中の4名を無力化しろ﹂
ジェリーエット キーロ
﹁了解ですわ。J1、2は、ポイント﹃18・5﹄へ急行。Kと合
シーカー
流後、移動中の処刑人4名を無力化してくださいまし﹂
 メイヤがオレの命令を復唱し、ルナへと伝える。
 彼女はすぐさま、手元にある光る魔術道具でモールス信号を先程
から地上の様子を報告してくる星︱︱夜空を飛ぶ獣人種族、タカ族
のラヤラ・ラライラへと送った。
UAV
 ラヤラはまるで前世地球に存在した無人機、グローバルホークの
ように空からモールス信号を使い地上の情報をオレ達へ伝えている
のだ。
 ラヤラ・ラライラは生まれつき魔力値だけで魔術師S級レベルの
逸材だった。しかし、本人曰く、攻撃魔術どころか、攻撃自体が呪
いをかけられているんじゃないかと疑うほど下手らしい。
 過去、実際にオレはリボルバーを彼女に撃たせたが、的にあたる
どころか、連続で不発をおこしたのだ。
 確実に発射できる信頼性の高いリボルバーでだ。
 彼女の攻撃下手は﹃不得意﹄という枠を越えて本気で呪われてい
るレベルだった。
 しかし彼女には魔術師S級レベルの魔力があり、タカ族というこ
とで目がよく空を飛ぶことが出来る。
UAV
 だからオレはモールス信号を彼女達に教えて、無人機、﹃Unm
anned Air Vehicle﹄の真似事をさせることを思
いついたのだ。

2282
 このアイデアが想像以上に上手く嵌った。
 トパースの同行を気付かれることなく空から追いかけ、接触した
相手を細かく観察することができた。
シーカー
 尾行を気にするオーウェン、処刑人メンバーがこの森の洞窟に入
っていくのも気付かれることなく追跡できた。
 さらにラヤラは現在、上空約5000mを飛行している。お陰で
魔力を使用してもあまりに距離が開きすぎているため、敵魔術師に
気付かれないという利点もある。
 ではなぜこれほど便利な追跡方法をオレ達以外が思いつかなかっ
たかというと︱︱タカ族は飛ぶために魔力を使用する。
 タカ族以外の空を飛べる種族も、約1∼2時間が限界らしい。
 だが、ラヤラは膨大な魔力を持っている。そのため彼女は最大で
24時間空を飛び続けることが出来るのだ︵もちろん1日中、空を
飛び監視させているわけではない。彼女は機械ではなく女の子のた
め空腹や疲労、生理的欲求だって存在するからだ︶。
UAV
 ちなみに無人機を分類すると大きく4つに別れる。
●HALE︵高高度・長時間飛行︶型UAV
 RQ4グローバルホークに代表される高度1∼2万mで運用され、
20∼30時間の滞空時間を持つUAV。
 機体も大型のため多くのセンサー類を搭載可能で、通信衛星を介
したデータリンクを行う。主な任務は偵察・情報収集、広域監視で、
U︱2偵察機のような戦略的偵察機といえるUAVだ。
●MALE︵中高度・長時間飛行︶型UAV
 RQ/MQ︱1プレデターやMQ︱9リーパーに代表される高度

2283
5000∼1万mで運用され、10∼20時間の滞空時間を持つU
AV。
 主な任務は偵察・情報収集だが、MQ︱1プレデターとMQ︱9
リーパーは戦闘能力を備えている。
 MQ︱1プレデターは対地上用ヘルファイア対戦車ミサイル、対
空用のスティンガー対空ミサイルを備えているのだ。
 これにより、キル・チェーン︵目標の発見から攻撃完了までの手
順︶の短縮を実現。
 例えば任務中にテロリストを発見した場合、直ちに攻撃すること
が可能だ。
 またイラク戦争直前には、イラク軍機とMQ︱1プレデターが遭
遇し、人類史上初の有人機と無人機の空中戦にもなった。
●戦術UAV
 陸戦部隊で運用される小型UAV。ラジコン機のようなサイズ、
形をしている。
 主に市街地、丘陵、森林といった障害地形の状況を偵察するため
に使用される。また宿営地周辺の警備にも使用される。
●回転翼型UAV
 垂直離陸が可能なUAV。これにより滑走路を使用せず離陸する
ことが出来る。
 ラヤラを分類するなら、高度は足りないが﹃HALE︵高高度・
長時間飛行︶型UAV﹄に分類されると思う。
 間違っても彼女自身の攻撃力はないし⋮⋮。
シー
 このようにラヤラの活躍で、オレ達は離れた位置にいながら処刑
カー
人メンバーの動きを把握することができていた。
ピース・メーカー
 お陰で彼らの逃走経路を予想し、PEACEMAKERメンバー

2284
サイレンサー・スナイパーライフル
を移動・待ち伏せさせVSSで減音された弾丸で片付ける。
 気配も、魔力の流れも感じさせず、不意打ちすることが可能にな
った。
 オレは思わず呟いてしまう。
﹁なにが﹃魔力を感じさせず、姿をあらわさず、暗殺する世界最強
の暗殺集団﹄だ。偉そうなことを言っているが、ただのテロ屋じゃ
ないか﹂
 ︱︱前世、地球で戦争はその形態を様々に変化させてきた。
AW
 現代は非対称戦、﹃Asymmetric War﹄の時代と呼
ばれている。
AW
 では﹃非対称戦﹄とはどのような戦いなのか?
﹃国家vs国家﹄、﹃軍vs軍﹄、﹃戦場﹄という従来の戦争概念
にとらわれず、多用かつ自在な場所・時間・相手を選んでおこなわ
れる攻撃やそうした意図を持った集団との戦いを指す言葉だ。
﹃テロとの戦い﹄は、その代表的な例だ。
 90年代に東西冷戦が終結すると、大国同士の﹃対称な戦争﹄の
可能性は急速に低下。
 一方で民族や宗教、思想などに基づく小規模ながら変幻自在な敵、
つまりテロリストの脅威が増大した。
 代表的な例が2001年9月11日のアメリカ同時多発テロだろ
う。

2285
AW
 以後、アメリカは急速に﹃非対称戦﹄の研究を加速させる。
 テロとの戦いは大きく分けて2つある。
﹃アンチテロ﹄と﹃カウンターテロ﹄だ。
 日本語ではどちらも﹃対テロ﹄と訳されてしまうため混同される
ことが多い。
 詳しく説明すると以下になる。
﹃アンチテロ﹄︱︱テロリストの攻撃に対する反撃。事件が発生し
た後、対処すること。
﹃カウンターテロ﹄︱︱テロリストへの攻撃。テロを、事件発生を
起こす前に攻撃し、その意図を挫くことだ。
シーカー
 今回、処刑人との戦いは﹃カウンターテロ﹄に分類されるだろう。
 そんな卑怯で卑劣なテロリストの彼らは、魔術師でもないただ普
通のか弱い女の子であるココノを、一方的にいたぶり殺害しようと
した。
ピース・メーカー
 その事にスノー、クリス、リース︱︱PEACEMAKERメン
バー全員が腹を立てていた。
 オレは立場上、激昂し怒りにまかせて﹃突撃!﹄と叫ぶわけには
いかなかったため、感情を表だって吐露することができなかった。
 しかし、当然憤激している。
 今なら怒りで口から炎を噴き出せそうだ。
 だから今回は思う存分叩きつぶす。

2286
レギオン
 軍団が二度と立ち上がれないレベルで。
 二度と誰かを傷つけようと思わないように、徹底的にだ。
﹁最新の戦い方を教授してやるよ。身を以て味わえ、ド三流共が︱
︱ッ﹂
 最後にオレが呟いた台詞は、光が灯りそうなほどの熱量を宿して
いた。
第208話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月11日、21時更新予定です!
いや、本当にもうすぐ軍オタの発売日ですね⋮⋮楽しみでもあるの
ですが、色々心配で胃が痛い⋮⋮。
あっ、ちなみに次の10月11日に色々お知らせがあるのでお楽し
みに!
2287
第209話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊?
ゴールド レギオン シーカー サイレント・ワーカー
 金クラスの軍団、処刑人をまとめる静音暗殺は混乱していた。
︵いったいどういうことだこれは!?︶
 隠れ家の1つである森の洞窟を出て、皆と結界手前まで移動する
と空から異音が響いてきた。
 直後、何かが爆発し、彼らは慌てて散らばって移動した。
 散らばり移動することで、敵に狙いを絞らせず、一網打尽になる
ことを避けたのだ。
サイレント・ワーカー
 しかし、静音暗殺は知らない。
ピース・メーカー
 彼らすでにリュート︱︱PEACEMAKERの罠に頭までずっ
ぽり嵌っていることに。

2288
 前世、地球。
 アメリカは2001年9月11日の同時多発テロをきっかけに国
際テロ組織﹃アルカイダ﹄との戦端を開いた。
 その作戦の一つに﹃アナコンダ作戦﹄がある。
 アフガニスタン東南部のガルディーズ地方に広がるシャハ・エ・
コット渓谷に潜伏するアルカイダ部隊を攻め潰すのが目的だ。
 作戦計画は以下の通りである。
1:渓谷の要所に偵察・観測員をおき、アルカイダ部隊の位置を航
空機に知らせ空爆をおこなう。
2:空爆を避け、退却するアルカイダ部隊をさらに空爆し、山岳地
帯へと追い込んでいく。
3:山岳地帯の東側には、アメリカ第10山岳師団および101空
挺師団が鶴翼陣で展開。山越えで疲れ切ったアルカイダ部隊を細く
撃減する。
 空爆で追い立て地上部隊が殲滅するという作戦は、湾岸戦争でも
行われかなりの戦果をあげた。
 リュートはこの作戦を採用し、今回使用したのだ。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺達が洞窟から出てきた所を、ラヤラが確認。
 洞窟のほぼ真後ろ。約3km離れた地点から、﹃M224 60
mm軽迫撃砲﹄で弾薬を撃ち込んだ。

2289
サイレント・ワーカー ピース・メーカー
 予定通り、静音暗殺とその部下達は、PEACEMAKERメン
バーが半円場に待ち構えている陣地へ自ら散らばり入っていく。
シーカー
 後は、待ち伏せしているメンバーがキルゾーンに入った処刑人達
サプレッサー サイレンサー・スナイパーライフル
を遠慮無く、﹃減音器﹄で減音されたVSSで倒していく寸法だ。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺達は逃げているつもりなのだろうが、彼らはすでにデス
トラップに頭からはまりこんでいるのだ。
 さらに上空からラヤラに監視されているため、リアルタイムで行
動も把握されている。
 まるで蟻地獄。
 一度嵌ったらまず抜け出せない。
サイレント・ワーカー
 しかも迫撃砲の爆発から逃れた静音暗殺達5人の相手をするのは、
クリス・ガンスミスとその部下1名。
 逃れることはまず不可能だろう。
サイレント・ワーカー
 肉体強化術で身体を補助、高速で移動していた静音暗殺の部下が
突然、倒れる。
シーカー
 処刑人団員が思わず足を止め、倒れた仲間に駆け寄ると、腹部か
ら血を流してる。
﹁うわあぁぁあッ!﹂
 駆け寄った男が、手のひらについた血に悲鳴をあげてしまう。
 驚くのは無理もない。
 暗い森の中を、風のように素早く移動していた仲間が突然、致死
的な攻撃を受けていたのだから。

2290
﹁声を出すな、木を背に周囲を確認しろ⋮⋮ッ。抵抗陣を形成する
のを忘れるな!﹂
サイレント・ワーカー
 悲鳴を上げる男を静かに叱責して、静音暗殺は指示を出す。
 彼を含めて残った4人は、木を背にして周囲を観察した。
 目に魔力を集中して、敵の攻撃に注意する。
 自身の前方に抵抗陣を形成するのも忘れない。背後は木で隠し、
他方向は仲間が同じように警戒している。
 これで先程、仲間の腹部を裂いた不可視の攻撃にも対処できるは
ずだ。
 しかし動きを止め待ち構えると、敵の攻撃は一向におこなわれな
くなった。
 どれほど時間が経っただろう。
 さすがに男達は警戒を緩める。
﹁⋮⋮我らが四方を警戒したため、攻撃は危険と判断したのでしょ
うか?﹂
サイレント・ワーカー
 たまらず部下の1人が、静音暗殺に尋ねる。
﹁わからん。だが、油断はするな。もう少し、身を潜めてから移動
を︱︱﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺が返答していると、再びあの風切り音が響いてくる。
 そして、着弾。
 爆発が男達を包み込む。
﹁ちくしょう! なんなんだよ! いったい!﹂

2291
 男が1人絶叫しながら、爆発を嫌い暗い森の奥へと走り出す。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺も彼の後に続くが︱︱
 進んだ先に血を流して倒れている男がいた。
シーカー
 先程、逃げ出した処刑人団員だ。
 この事実に他2人は恐怖に駆られて涙目で逃げ出す。
シーカー
﹁もう嫌だ! 俺はもう処刑人を抜けるぞ! こんな目に合ってい
たら命がいくつあってもわりに合うか!﹂
﹁お、俺もだ!﹂
﹁ま、待て貴様等!﹂
シーカー サイレント・ワーカー
 最後まで残っていた男達2人は、処刑人脱退を吐き捨て静音暗殺
の元から走り去る。
 彼は呼び止めようとしたが︱︱
﹃がぁ!?﹄
﹃ぎぁやぁぁ!﹄
 暗闇と木々に隠れて見えなくなったが、逃げ出した男達の悲鳴が
倒されたことを知らせる。
サイレント・ワーカー
 こうして静音暗殺は1人取り残された。
﹁なんなんだ。いったい何がおこっているんだ⋮⋮ッ﹂
 彼は知らない。
 先程の爆発が﹃M224 60mm軽迫撃砲﹄で約1・5kmか
ら弾薬を撃ち込まれたことを。
 前世、地球、アメリカの特殊部隊の本当の恐ろしさは、彼ら自身

2292
の持つ銃や技能ではない。
 彼らを導く近接航空支援にある。
 敵からすれば先程まで互角または優勢に戦っていたのに、航空機
が突然どこからともなく飛行してきて、ミサイルや爆弾が正確に空
爆していくのだ。
 その破壊力は携帯火器とは比べものにならない。
 現在のアメリカ軍の戦術は、圧倒的な航空戦力・航空優勢を前提
にしている。そのため一般部隊レベルに至るまで、空陸の密接な連
携を重視しているのだ。
サイレント・ワーカー
 先程、静音暗殺が4人で固まっている際、クリスは無理をして攻
撃をしかけなかった。
 上空を飛んでいるラヤラに、自分達がいる場所から300m先の
地点に﹃M224 60mm軽迫撃砲﹄を撃ち込んで欲しいと要請。
 リュートからの許可が下りると、クリス達は一旦後退し距離を取
る。
サイレント・ワーカー
 後は上空を飛行するラヤラがより正確な静音暗殺達の位置を他部
隊に知らせて迫撃砲を撃ち込んでもらったのだ。
 迫撃砲の破壊力は、クリス達が持っている携帯火器の比ではない。
 抵抗陣を張り続ければ、魔力を一方的に削られ、いつかは魔力切
れを起こす。
 夢中になって逃げれば、クリスが待ってましたとばかりに狙撃を
してくる。
 逃げながらVSSを防ぐほどの抵抗陣を維持するのは難しい。

2293
 現状、ラヤラに爆弾を持たせることが出来ないが、こうして前世
地球のアメリカ軍のように空陸共に協力して敵を追い詰めていった。
 素早く動いても、亀のように固まって防御に徹しても、どちらに
しろ彼らは敗北してしまうのだ。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺側からすれば悪夢でしかない。
 逃げ出すことすらできないのだから。
 完全なワンサイド・ゲームだ。
︵どうする? どうすれば俺はこの悪夢から生き残れる?︶
サイレント・ワーカー
 もう静音暗殺に、戦うという意志はない。
 ただどうやって、この地獄から抜け出すかだけを考えていた。
 しかし、あまり長く一箇所に留まっていることはできない。何時
またあの爆発が襲ってくるか分からないからだ。
 彼は意を決して、歩を進める。
 頭の中にある地図と照らし合わせて、森から抜け出そうとする。
﹁ぐぁあ!﹂
 右太股に激痛。
サイレント・ワーカー
 暗い森に静音暗殺の絶叫が響き渡る。
 立っていられず、彼は地面に這い蹲った。
ヒール
﹁て、手に灯れ癒しの光よ、治癒なる灯﹂
 治癒魔術で右足を治療し終える。
 すると次は左腕が跳ね上がった。

2294
﹁ぎゃあぁ!﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺が左腕を押さえ、再び蹲った。
︵なぜ俺だけ他の奴等と違って一思いにやらない!? 嬲り殺すつ
もりか!?︶
 その考えにゾッと臓腑が冷える。
﹁ああぁぁぁあぁ!﹂
 彼は攻撃してきた方角に背を向けると、左腕の治癒もせず肉体強
化術で身体を補助して走り出す。
サイレント・ワーカー
 ある程度、場所を移動してから静音暗殺は左腕を魔術で治癒する。
 隠れているのに、彼は魔力を使うことを躊躇わない。
 魔術師は魔力に反応するため、魔術師を魔術で襲撃、奇襲をかけ
て殺害するのは難しい。魔力の流れに気付かれてしまうからだ。
 しかし、彼はその魔力の反応を外部に漏らさない力を持っている。
サイレント・ワーカー けっかいまじゅつ
 それが静音暗殺が産まれながらに持っていた才能︱︱血界魔術だ。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺の血を使い魔術文字を書き結界を作ると、魔力の流れを
抑制することができる。
 血の量を増やせば増やすほど、外に漏れる魔力を押さえることが
できる。
けっかいまじゅつ
 この血界魔術最大の利点は自分だけではなく、他者にも与えるこ
とができる点だ。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺はこの力で、多数の敵対魔術師や魔物達を葬ってきた。

2295
 彼には世界を征服したい、大金持ちになりたい、飽きるほど女を
抱きたい、国を持ちたい、圧倒的な権力を手に入れたいなど、特別
な野望はない。
 唯一あるのは自身の持つ力、才能を存分に振るうことだ。
 天から与えられた力、才能を思う存分に振るう。
 これほどの幸せはないと彼は考え、より力を使い生活をするため
レギオン シーカー
冒険者となり、気付けば軍団・処刑人を立ち上げていた。
 そこから部下達に自分の力を分け与え、さらに自身の力を広げて
いくステージへ上り詰めていった。
 戦って戦って戦って︱︱気付けば、この世界で1、2を争う暗殺
者集団と呼ばれるまでになっていたのだ。
﹁ぐぎゃぁ!﹂
 今度は移動中に左足を撃ち抜かれる。
 なのに現在は1人で、訳も分からず嬲られ続けていた。
︵馬鹿な! 魔力は完全に遮断したはずだ! なのにどうして俺の
位置を正確に把握し奇襲をかけられるんだ!?︶
 彼は這いずり、木の陰に隠れ足を治癒する。
 死の恐怖はもちろんある。
 だが、もっと怖いのは︱︱現状の戦いを通して自分の戦闘スタイ
ルがもう古い、過去のものだと烙印を押されることだ。
 今だって気配を消し、魔力を感知させず移動をしているのに捕捉

2296
された。さらに相手は不可視の攻撃でこちらを傷つけてくる。
 しかも、足や腕、腹部を傷つけるだけではなく、頭部に撃ち込め
ば一撃で死ぬ致死性の攻撃だ。
 その攻撃も、自身を捕捉する方法もまるで見当が付かない。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺は傷を負うたび、自分を否定されいるように感じた。
 彼はこの力を思う存分振るうために今まで戦ってきた。
 自分から戦いを除いたら一体何が残るというのだ?
 あるのは中身の無い器、抜け殻でしかない。
﹁クソ、クソ、クソ⋮⋮!﹂
 彼はまるで追い立てられる獲物のように、森の中を移動し続ける。
 途中で、敵が自分を一思いに殺さない理由に気付いた。
 どうやらある地点へ誘導したいらしい。
 そのコースから外れると、不可視の攻撃に手や足を傷つけられて
しまう。
﹁はぁ、はぁ、はぁ⋮⋮﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺は血と汗、涙、涎、泥に塗れながら決められたコースを
進む。
 その先は森の出入り口だ。
 通常、ここからこの森へと入るある意味、正規の出入り口である。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺は呼吸を整えると、隠れもせず歩き出す。
 方法は分からないが、どうせ自分の位置は特定されているのだ。

2297
 隠れるだけ無駄だ。
 森を抜けると、平原がありさらに進めば街へ繋がる街道がある。
 そんな平原に布で屋根が建てられていた。
 屋根の下にはテント、テーブル、椅子、外部に光が漏れないよう
穴を掘り焚かれた焚き火があり、そして座っている彼らの前では、
熱々の香茶が白い湯気を昇らせている。
 さらにテーブルには片手で食べられる軽食、甘そうなお菓子が並
んでいる。
 まるで魔人大陸でおこなわれている夜会のようだった。
 自分達があの地獄のような森の中で右往左往している間に、敵で
ある彼らはのんびりとお茶を啜っていたらしい。
 さらにテーブルには地図があり、白・黒・その他のコマが置いて
あった。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺は直感で、彼らはやはりどういう方法かは知らないが、
自分達の位置をリアルタイムで把握することが出来ていたことを悟
る。
 さらにこの位置から指示を出し、自分達を追い詰め倒していたこ
とも理解した。
 彼は怒りを覚える。
 もちろん自身を苦しめた彼らに対する怒りもある。だが、それ以
サイレント・ワーカー
上に静音暗殺はもっと混乱した怒り︱︱憤りを覚えていた。
 姿を発見できず、一方的に位置を把握され殺される。
 足を止め防御を固めれば、魔力の流れも感知できない破壊力ある
攻撃が、上空から雨霰と降り注いでくる。

2298
 まだ指揮官らしき彼らが同じ戦場に立っていたなら、自分達の実
力が劣っていたと手放しに称賛することができたかもしれない。
 しかし彼らはこんな平原の安全な地帯でお茶とお菓子、軽食を楽
しみながら、まるで遊びのように自分達を殺していたのだ。
﹃怒るな﹄というほうが無理な相談だ。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺は思わず叫んでしまう。
﹁ふざけるな! オマエ達のやっていることは戦いじゃない! こ
んな! こんな戦いがあっていいはずがない!﹂
サイレント・ワーカー
 しかし彼らは怒声を浴びせても眉一つ動かさず、静音暗殺を冷た
い瞳で見つめていた。
 このグループで唯一の男︱︱少年が一歩前へ出る。
 黒髪で、背は自身より低い。
 動きやすそうな濃いグリーンの衣服に袖を通している。
 その瞳は、歳不相応な冷たい光を宿していた。
 誰が自分達を攻撃していたのか?
サイレント・ワーカー
 静音暗殺は逃げ回りながら、ずっと考えていた。
 こういう商売をしているため、怨みは山ほど買っているが、自分
達をここまで追い詰められる人材・組織は世界を見ても殆どいない。
 それでも北大陸での一件、今回の依頼、そしてこの襲撃を重ねれ
ば自然と誰が自分達を攻撃しているのか想像が付く。
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKER⋮⋮ッ﹂

2299
サイレント・ワーカー
 静音暗殺は悔しげに歯噛みする。
 目の前の少年が微かに嗤う。
 自身より背が低い筈なのに、まるで巨大な金属の怪物を前にした
サイレント・ワーカー
ような寒気が静音暗殺を襲った。
第209話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、10月12日、21時更新予定です!
上の更新日は誤字ではありません。
軍オタ1巻発売まで後1週間!
なので発売日前夜祭として、発売日の10月18日まで毎日投稿し
ます!
また軍オタ1巻表紙帯付きの写真と特典がつく店舗様の記載・ご許
可を頂きましたので、活動報告を記させて頂きました︵その他も色
々書いてます︶。
よかったら活動報告を覗いて行ってください!

2300
第210話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊?
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKER⋮⋮ッ﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺者は悔しげに唇をゆがめ、泣き出しそうになっている子
供のような表情を浮かべていた。
シーカー
 上空には今でもラヤラが飛び、魔物や処刑人の増援が街道から来
ないか監視している。
シーカー
 ちなみに森の中にいた処刑人メンバーは全員倒した。
 念のため、暴れられないように首には魔術防止首輪を嵌めてある。
 焚き火の蒔きが爆ぜる音を聞きながら、オレは目の前に立つ男︱
ゴールド レギオン シーカー サイレント・ワーカー
︱金クラスの軍団、処刑人のトップ、静音暗殺者の足下へ魔術防止
首輪を投げる。

2301
﹁まずその魔術防止首輪を付けてください﹂
﹁⋮⋮ッぅ!﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺者は泣き出しそうだった顔を一転させ、憤怒に表情を歪
めて襲いかかってこようとしたが、
﹁ぎゃぁぁぁぁあっ!﹂
サイレンサー・スナイパーライフル
 森からVSS専用弾、9mm×39亜音速弾が彼の両膝を撃ち抜
く。
 発射音が聞こえないほど離れた位置から、一呼吸で両膝を撃ち抜
く超絶技能。
ピース・メーカー
 そんなことができるのはPEACEMAKERでも、クリスしか
いない。
サイレント・ワーカー
 彼女にはもし静音暗殺者が不穏な動きを見せたら、攻撃して欲し
いと頼んでおいた。
 クリスが睨みを利かせている限り、彼が目の前のオレ達に危害を
加えることは不可能だ。
 一応、念のためオレの背後に控えるメイヤ、ルナを除いた10人
にはMP5KやAK47などで武装してもらっている。
ヒール
﹁て、手に灯れ癒しの光よ、治癒なる灯﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺者が両足を治癒するのをオレ達は黙って見過ごす。

2302
 傷が癒えたのを確認して、オレは地面に這い蹲る彼に再び指示を
飛ばした。
﹁首輪を付けてください。お願いします﹂
ルーキー ゴールド レギオン
﹁な、舐めるなよ新人! 俺は金クラスの軍団︱︱がぁあぁああ!﹂
 今度は右肩を撃ち抜かれ、喉から絶叫をあげる。
 オレは相手を痛めつけて喜ぶ趣味はない。
 顔を顰めそうになるのを必死に堪えて、なるべく冷酷非道な表情
を取り繕い告げる。
﹁付けなければ永遠にこの苦痛を繰り返すことになりますが、どう
します?﹂
﹁ぐううぅ、あぁぁ⋮⋮﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺者は苦痛に顔を歪めながら、治癒魔術で傷を癒す。
 そして地面に落ちていた魔術防止首輪を拾い、自らの首に付ける。
 オレはそれを確認して、背後に控えているメンバーに指示を出す。
﹁拘束して、例の場所に連れて行け﹂
﹁﹁サー・イエス・サー!﹂﹂
サイレント・ワーカー
 背後に控えていた少女達が、静音暗殺者の口を布で縛り、頭にず
た袋を被せる。
 手を背後に回させロープで固定。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺者は両腕をメンバーにがっちりと押さえつけられ、平原
に用意した広場へと連行されて行く。
 オレは彼の後姿を見送りながら、上空へ飛行し続けているラヤラ
に新たな指示を伝えた。

2303
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ピース・
 ラヤラは上空を飛行しながら、森に散らばっているPEACEM
メーカー
AKERメンバーに指示を飛ばす。
 森に散らばっていたメンバーは、全員で13組、26人。そのう
ちの10組を森からオレ達の本隊へと戻す。
 3組は森で警備に当たらせている。
 ラヤラは引き続き周辺の警戒を担当。
 20人が本隊と合流したせいで、人数が一気に膨れ上がる。
 森から戻ってきたメンバー達にお茶とお菓子、軽食を配り一時休
憩とした。
サイレント・ワーカー
 休憩後は皆、AK47を手に静音暗殺者を拘束している広場へと
移動する。
﹁んんんっ!? ンン!﹂
 彼は地面に深く撃ち込まれた金属棒に括り付けられ、立たされて
いた。
 頭をすっぽりとずた袋がおおい、口は布で縛っているため、くぐ
もった声しか聞こえてこない。
ピース・メーカー つつ
 PEACEMAKERメンバーはロシア軍式の控え銃の状態で、

2304
直立不動で一列に並び立っている。
 その場にはスノー、クリス、リース、シアなどが揃っている。
 メイヤ、ルナ、ココノは後ろに控えてもらっていた。
 オレは彼女達の前に出て、深夜にも関わらず大声をあげる。
 ラヤラの監視では、周辺に野営をしている人影はなし。
 魔物が居るぐらいだ。
 大声を出しても迷惑をかけることはない。
ピース・メーカー
﹁我々、PEACEMAKERは決して悪に屈しない! たとえそ
の悪がどれほど強大であろうとも! 我々は勇敢に戦う! なぜな
らば︱︱﹂
 オレは一度、溜める。
 再度、息を大きく吸い込み今まで一番の大声を上げた。
ピースメーカー
﹁我々が平和を作る者だからだ! 分かったか団員共!﹂
﹃サー・イエス・サー!﹄
 団員達も負けじと大声を張り上げる。
レギオン ピース・メーカー
 オレは軍団、﹃PEACEMAKER﹄を立ち上げる際、﹃コル
ト・ピースメーカー﹄から名前を拝借した。
 前にも説明したが﹃コルト・ピースメーカー﹄は有名過ぎて、誤
解も多く生まれた。
ピースメーカー
﹃ピースメーカー﹄の由来は、新約聖書の﹃平和を作る者は幸いで
す。その人は神の子どもと呼ばれるからです﹄ではなく、実際に名
前を付けたのは販売代理店で、﹃Peacemaker﹄には仲裁

2305
人、決着をつける者︱︱という意味もあり、そのため﹃西部に平和
をもたらすもの﹄ではなく、﹃争いにケリをつける道具﹄という意
味の方が強いらしい。
レギオン ピース・メーカー ピースメーカー
 しかしオレは軍団、﹃PEACEMAKER﹄を平和を作る者&
﹃決着をつける者﹄として立ち上げた。
シーカー サイレント・ワーカー
 だからこそ暗殺集団、処刑人のトップ静音暗殺者を自分達の手で
裁こうとしているのだ。
﹁ライフルマンの誓い斉唱!﹂
 オレの掛け声と共に、少女達が負けじと一斉に声を張り上げる。
 オレ自身、彼女達の声に続いた。
﹃これぞ我がライフル。世に多くの似たものあれど、これぞ我唯一
のもの︽This is my rifle. There ar
e many like it, but this one i
s mine︾︱︱﹄
 少女達はカンペを見ている訳でもなく、そらで叫び唱える。
 新・純潔乙女騎士団入隊訓練の際、彼女達に散々叩き込んだのだ。
 今では皆、そらで言えるほど暗記している。
サイレント・ワーカー
 約30人同時の声と気迫を、静音暗殺者は正面から叩き付けられ
る。
 ライフルマンの誓いを唱え終えると、再び大声を上げる。
セーフ セミオートマチック
﹁安全解除! 単射へ!﹂

2306
つつ
 少女達は控え銃の状態から、スリングを外し、指示通りセレクタ
セーフ セミオートマチック
ー・レバーを安全から一番下の単射へと合わせる。
﹁コッキングハンドルを後方へ引け!﹂
チェンバー カートリッジ
 コッキングハンドルを引き、薬室に弾薬を1発移動させる。
サイレント・ワーカー
﹃ガチャリ!﹄という音が静音暗殺者まで届く。
﹁ンンン! んんうッ!﹂
 彼は何事か喚くが、口を布で塞いでいるため言葉を正確に出すこ
とができない。
 発砲準備が整うと、次の指示を飛ばす。
﹁構え!﹂
サイレント・ワーカー
 掛け声に合わせて少女達が、立ち撃ち姿勢で銃口を静音暗殺者へ
と向ける。
サイレント・ワーカー
 約30人近い殺意が、弾丸のまだ出ていない銃口から静音暗殺者
へと注がれる。
 まるで世界から﹃音﹄が失われたような静寂が瞬きほどの時間訪
れる。
 オレはその静寂に合わせたように声を張り上げた。
﹁撃てぇえ!﹂
 誰1人遅れず、30人全員が一斉に引金を絞る。

2307
 ダン!
 夜空に鼓膜を破るような発砲音が響き渡った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
サイレント・ワーカー
 ずた袋を取ると、静音暗殺者は白目を剥いて気絶していた。
 髪も色を抜いたように白く染まっている。
 顔も一気に老け、これではまるで八十代の老人だ。
サイレント・ワーカー
 そう、静音暗殺者は死んではいない。
カートリッジ
 30人全員が撃ち損じたわけではなく、発砲した弾薬が空包だっ
たからだ。
サイレント・ワーカー
 大仰な台詞や﹃ライフルマンの誓い﹄も、静音暗殺者を怖がらせ
るため唱えただけだ。
 約30人同時の声と気迫を、正面から叩き付けられ、相当応えた
だろう。
 だが同情はしない。
 ココノやオレ達の命を狙った当然の報いだ。
ブランク・カートリッジ
 ちなみに︱︱空包とはどのような物なのか?
ブランク・カートリッジ
ブレット カートリッジ
 空包とは﹃弾丸が付いていない弾薬﹄のことだ。

2308
ブランク・カー
ブトレリ
ッットジ
 空包は弾丸が発射されないため、反動がほとんどない。
 そのため実包とは射撃感覚が異なり、ある程度の射撃経験のある
カートリッジ
射手なら自分が撃った弾薬が﹃実包かどうか﹄はすぐに判別できる。
ブランク・カートリッジ
 またオート・ピストルやオートマッチック・ライフルで空砲を使
用する場合、作動に必要な設計上の圧力を得られないため作動不良
を起こす可能性がある。
ブランク・カートリッジ
 そのため空包を使用する場合、1発撃つごとに手動でスライドや
ボルトを動かし、強制的に排莢しなければならない。
ブランク・カートリッジ
 または軍隊や警察などの実戦部隊が空包を使用する場合、ガス圧
を高める﹃専用のアダプター﹄を銃口に装着して、作動不良を起こ
さないようにしている。
 銃口に蓋をすることで、作動に必要な圧力を稼いでいるのだ。
 しかし、今回、オレ達が使ったAK47にはその﹃専用のアダプ
ター﹄は付いていない。
サイレント・ワーカー
 ずた袋を被せる前の静音暗殺者に見られたら、﹃自分は殺されな
い﹄と一発で分かるためだ。
サイレント・ワーカー シーカー
 もちろん静音暗殺者だけではなく、処刑人メンバーに止めを刺す
つもりはない。
ピース
 森で倒れているメンバーは応急処置後、一箇所に集めてPEAC
・メーカー
EMAKERメンバー6人に警護を任せている。
 血の匂いに誘われて魔物に襲われないようにするためだ。
 現在は人数を割き、この場に集めてもらう手配をしている。
 ここまで運び込んだら、魔術で治癒する予定だ。

2309
シーカー
 なぜ彼ら処刑人メンバーに止めを刺さなかったかというと、それ
には理由がある。
シーカー
 一つは、彼らが本当に処刑人メンバーの全て︵もしくはほぼ全て︶
なのか分からないからだ。
シーカー
 彼らだけが処刑人メンバーだと油断して、後日寝首を掻かれるの
はごめんだ。
 この後、彼らを順番に尋問してタップリと情報を聞き出すつもり
でいる。
 二つ目は︱︱宣伝のためだ。
サイレント・ワーカー シーカー
 情報を聞き出した後は、静音暗殺者以外の処刑人メンバーを先程
のように射殺する振りをする。
ピース・メーカー
 二度とPEACEMAKERに関わらないよう脅すためだ。
 タップリと脅した後は、生かしたまま解放する。
シーカー
 この異世界で1、2を争う暗殺者集団、処刑人メンバーの口から
ピース・メーカー
どれだけPEACEMAKERに手を出すのが危険な行為か語らせ
るつもりだからだ。
 そちらの方がただ殺すより、オレ達が﹃手を出すのには危険すぎ
る﹄という宣伝になる。
 それにオレ達がわざわざ手に掛けなくても、暗殺者集団をやって
た以上怨みは山ほど買っているだろう。
 解放された後、彼らがどんな目に合うのか想像はそれほど難しく
ない。
シー
 こうしてオレ達は休む間もなく、今度は森の中に集めている処刑
カー
人メンバーを移動させる作業に取り掛かった。

2310
第210話 魔術師精鋭部隊vs最新型精鋭部隊?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、10月13日、21時更新予定です!
と、言うわけで! 1巻発売日まであと6日!
一週間連続更新の第一弾です!
とりあえず、サイレントさん達との戦いに一区切りがついた回です。
ちなみにラストは、略式裁判のような感じもありかなと一瞬思った
のですが、あまりにリュート達のイメージが悪くなるので没になり
ました。
また活動報告を書きました。
よかったらご確認してください!

2311
第211話 脅し方
シーカー
 処刑人との戦闘から約1ヶ月後︱︱オレ達は獣人大陸、エルルマ
街の天神教支部に顔を出していた。
 もちろん今回の張本人の1人であるトパースに話があったためだ。
 オレはシアだけを連れて、天神教支部を訪れた。
 事情を知らない支部の巫女見習いなどは笑顔で対応してくれた。
 応接室に通される。
 応接間の鎧戸は開けられ、温かな太陽光が部屋を照らしてくれる。
 背後に荷物を持たせたシアを立たせ、ソファーに座りトパースを
待つこと暫し︱︱彼は得意顔で部屋へと入ってきた。
シーカー
 どうやらトパースは、処刑人にオレ達が狙われ本格的に危機感を
悟り、自分に泣きついてきたと勘違いしているらしい。

2312
 とりあえず無視して、挨拶をする。
﹁お忙しい中突然お伺いしたのにも関わらず、お時間を頂きまして
誠にありがとうございます﹂
﹁いえいえ、ガンスミス卿がいらっしゃったというなら、例えどん
な用事があろうとも私は駆けつけますよ。それで今日はいったいど
のようなご用件で?﹂
 トパースはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、オレを見下して
くる。
﹁実は折り入ってトパース司祭にお願いがありまして、伺わせて頂
きました﹂
﹁ほう! 私にお願いですか! なるほどなるほど、ええもちろん、
私に出来ることであれば尽力いたしますよ﹂
 言葉遣いこそ丁寧だが、体中からひしひしと優越感を滲ませてい
る。
 いい加減、そんなトパースの調子に乗った態度がうざいので用件
を切り出した。
﹁シア、例の物をテーブルへ﹂
﹁かしこまりました﹂
 シアはずっと手にしていた荷物︱︱丸めた布をオレとトパースの
間にあるテーブルへと広げる。
﹁!?﹂

2313
 最初、意味が分からず首を捻っていたトパースだったが、布に描
かれた﹃ドクロと剣﹄の意味に気が付く。
シーカー レギオン
 この布は処刑人の軍団旗だ。
レギオン
 軍団旗は、鋭い刃物によって無惨に十字に切断されていた。
 トパースが先程とはうって変わって、青白い顔で狼狽する。
シーカー レギオン
﹁ど、どうしてガンスミス卿が処刑人の軍団旗をお持ちになってい
るのですか!? いや、これが偽物の可能性も⋮⋮﹂
 トパースは思いついた可能性を呟くが、食い入るように旗を見詰
める。そして彼は自身の口にした可能性が絶対にないことを確信す
る。
 旗の作りは細かく、かなりの値段をかけ製作されている。もし売
ることが出来たなら、それなりの値段になる一品だ。
 また長年使われ続けてきたのであろう、時間を経た物だけが出せ
る重みがこの旗にはある。
 そんな雰囲気は一朝一夕で作り出せるものではない。まず間違い
シーカー レギオン
なく、処刑人の軍団旗だ。
シーカー レギオン
 処刑人の軍団旗をオレが持っている。
 その意味にトパースは気付くが、認めたくないのか首を横に振り
続ける。
シーカー ゴールド レギオン
﹁ば、馬鹿な、ありえない! 相手はあの処刑人。金クラスの軍団
で、この世界で1、2を争う暗殺集団なのに⋮⋮なのに、そんな馬
鹿な⋮⋮﹂
 トパースは壊れたレコードのように、同じ場所をグルグルと回り

2314
続ける。
﹃コンコン﹄とオレはテーブルを叩き、彼の意識を現実へと引き戻
す。
 トパースは、まるで腹を空かした肉食魔物の前に居るような怯え
た表情で、オレ達を見詰めてきた。
 オレは微笑みを浮かべ用件を伝える。
シーカー レギオン
﹁確認して頂いた通り、この旗は処刑人の軍団旗です。彼らはオレ
ピース・メーカー
の嫁のココノやPEACEMAKERメンバーを手にかけようとし
ました。なのでこちらも遠慮なく叩きつぶさせて頂きました。掛か
る火の粉を払わないほどお人好しではありませんから﹂
 オレは足を組み替え、話を続ける。
シーカー
﹁トパース司祭にお願いしたいことは︱︱処刑人に仕事を依頼した
方々に言付けを伝えて欲しいのです﹂
﹁こ、言付けですか⋮⋮?﹂
 オレの丁寧な物腰と微笑みに、先程まで傲慢な表情を浮かべてい
たトパースは立場が逆であったことを悟り、今度は媚びた笑みを浮
かべてくる。
 下手にオレを刺激すれば、最悪この場で強制的に天神様の元へ向
かわされる可能性があることに思い至ったからだろう。
﹁わ、分かりました。言付けしましょう。先程もお伝えした通り、
ガンスミス卿のためなら私に出来ることであれば尽力いたしますと
も﹂
﹁ありがとうございます。ごほん、それでは︱︱﹂

2315
 オレはトパースに言付けを伝える。
ピース・メーカー
﹁一つ、﹃今後一切、PEACEMAKER及びその関係者に危害
をくわえない﹄。二つ、﹃今、神託として嫁いでいる巫女、巫女見
習い達を引き上げ、彼女達に真実を話し今後二度と天神様の名を借
ピース・
りて不正をしない﹄。三つ、﹃権力、権力者を使ってPEACEM
メーカー
AKERの邪魔をしない﹄。もし以上のことが破られた場合は⋮⋮﹂
 人差し指と親指を伸ばし、後は折り曲げ指鉄砲の形にする。
 その指先をトパースの背後にある壺へと向け、撃つ振りをする。
﹁ばぁーんッ﹂
﹁?﹂
 彼は最初、意味が分からないという顔をするが︱︱
﹃バァリン!﹄とトパースの背後に置いてあった壺が本当に割れる。
 オレは立て続けに撃つ振りをする。
﹁ばぁーんッ、ばぁーんッ、ばぁーんッ!﹂
 連動して壁の絵画は撃ち抜かれて床に落ち、机のインク壺が割れ
て中身が零れる。
 最後の一発はトパースが首から提げている五芒星ペンダントの、
肩にかかった部分の鎖をかすめ︱︱そこでなければ切断できない一
点だ︱︱そして切断した。
 自身の五芒星ペンダントが、床に落ちて金属音を鳴らす。

2316
﹁ひぃ! ひぃいいいぃッ!﹂
 ようやく自分が不可視の攻撃に狙われていることに気付き、トパ
ースはソファーから転げ落ちる。
 もちろん一連の攻撃は魔術でも、オレがやったわけでもない。
サイレンサー・スナイパーライフル
 全て﹃VSS﹄による攻撃だ。
 応接室の窓、そこから約400m地点に居るクリスがオレの指の
動きに合わせて発砲しているのだ。
 相変わらず彼女の射撃技術は神業である。
 オレはソファーから立ち上がり、床に転がったトパースを見下ろ
す。
 そして犬歯を剥き出しにして彼を脅すように声を低くした。
﹁もしさっきの条件が一つでも破られたら殺す。関係者全員殺す。
関係者の家族、ペット、親類縁者、全員殺す。オレ達はたとえオマ
エ達が便所に隠れていようとも殺すことが出来る。⋮⋮分かったな
? 分かったら、上にそう伝えろ﹂
﹁わ、わかりましたッ⋮⋮だからこ、殺さないでくださいぃぃッ!﹂
﹁安心しろ、今は殺さない。それに関係者が先程の条件を飲みやす
いようデモンストレーションをしてやるつもりだ。せいぜい必死に
なって身辺を警護しろ。その全部をくぐり抜けて、オレ達はこうや
ってオマエ達全員に﹃死﹄を届けることが出来ると証明してやるか
ら﹂
 トパースは最後、涙目で壊れたように頷くことしかできなかった。

2317
 オレは剥き出しの敵意を胸に隠し、再び微笑みを浮かべる。
﹁それでは長々と失礼しました。自分達はこれでおいとまします。
レギオン
あっ、その軍団旗はトパース司祭にお譲りします。目に見える証拠
があった方が色々お話ししやすいでしょうから。それじゃ行こうか、
シア﹂
 シアに声をかけると、彼女はオレの後に付いて静かに応接室を出
る。
 部屋には、腰を抜かしたように床へ這い蹲ったトパースだけが残
された。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 所変わって妖人大陸最大国家メルティア。
 その中庭の一角で、男二人が日差しを浴びながらお茶を飲んでい
た。
サイレント・ワーカー ルーキー レギオン
﹁⋮⋮まさかあの静音暗殺が、新人の軍団に遅れをとるとは﹂
 重厚な甲冑を着込んだ人種族の男が、厳めしい表情で呟く。
 長身かつ鍛え上げられた肉体を持つその男の名前は、アルトリウ
01
ス・アーガー。始原のトップであり、魔術師S級でもある。
﹁しかも手も足も出せず完敗したらしいしね﹂

2318
 彼の正面に座り、涼やかな声でどこか楽しげに相づちを打つのは、
妖人大陸最大の人種族国家である大国メルティアの次期国王、人種
族・魔術師Aプラス級、ランス・メルティアだ。
 彼はアルトリウスとは対照的に線が細く、綺麗に整えられた金髪
を背中まで伸ばしている。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺が倒されたという結果は、リュート達に散々脅され心折
シーカー
られた処刑人メンバーを捕らえ聞き出した確かな情報だ。
 ランスの返答に、アルトリウスはむっつりと不機嫌そうに眉根を
寄せる。
ピース・メーカー
﹁さらにPEACEMAKERは、脅しのため﹃襲撃するから防い
でみろ﹄と言ってきて、それを受けて天神教の教皇や大司教達、今
回の関係者全員はレベル?の冒険者まで雇って身辺を警護したけど、
結局襲撃は防げなかったんだってさ。お陰で天神教は今後一切、P
ピース・メーカー
EACEMAKERに関わらないってお触れが出たんだ。もちろん、
君の所にも届いているよね?﹂
ピース・メーカー
 ランスの元に届いた手紙には、以後PEACEMAKERには絶
対に手を出さないで欲しいと強い口調で書かれていた。
01
 当然始原の元にも届いていたらしく、アルトリウスはさらに不機
嫌そうに眉根を寄せる。
 ランスはその不機嫌を楽しむように言葉を重ねた。
ピース・メーカー
﹁どうする? 天神教の意向を破って、PEACEMAKERにち
ょっかいを出すかい?﹂
﹁⋮⋮いや、出さん。天神教とはなるべく歩調を合わせておきたい。

2319
どうせ知られたのはくだらん情報だけだ﹂
 アルトリウスは﹃天神様の名を借り、権力者に巫女や巫女見習い
を送る﹄というトップシークレットだった情報を、﹃くだらない情
報﹄と切って捨てた。
﹁もし奴等がアノことを知ったなら話は別だが⋮⋮それ以外は所詮
シーカー サイレント・ワーカー
瑣事だ。しかし処刑人の団員と、静音暗殺はよけいなことを知りす
ぎている。使えないのなら、消すしかないか。まったく面倒な⋮⋮﹂
 アルトリウスは不機嫌な顔のまま、湯気を昇らせる香茶を表情も
変えず口を付ける。
 ランスはそんな彼を楽しげに見詰め、独り呟いた。
サイレント・ワーカー
︵ふふふ、まさか静音暗殺に完勝だなんて。さすが堀田くん、色々
楽しくなってきたな︶
﹁? 何か言ったか?﹂
﹁ちょっと昔の友達のことを思い出してね﹂
﹁そうか⋮⋮﹂
 ランスの返事を聞くと、再びアルトリウスは不機嫌な顔のまま香
茶を飲む。
 そんな彼をランスはぼんやりと眺めながら、1人楽しげに鼻歌を
歌い続けた。 2320
第211話 脅し方︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、10月14日、21時更新予定です!
1巻発売日まであと5日!
一週間連続更新の第2弾です!
天神教への制裁︱︱げふん、げふん、お仕置き内容の詳細は明日に
持ち越しになります。どんな風にリュート達が、天神教上層部を暗
︱︱げふん、げふん、お仕置きするのお楽しみに!

2321
第212話 ココノと⋮⋮
﹁つ、疲れたぁ∼∼∼﹂
 オレは1人寝室のベッドに倒れ込む。
 ここ最近ずっと忙しくかけずり回っていたせいで、疲労がピーク
に達する寸前だ。
 なぜこんなに忙しいかというと、今回の一件の事後処理に追われ
ていたからだ。
サイレント・ワーカー シーカー
 まず捕らえた静音暗殺と処刑人メンバーを脅し、抵抗する気力を
根こそぎ奪った。
 その後、背後関係や他にメンバーがいないか、彼らの使用してい
るアジトや本拠地の場所、また外部協力者全員について全部吐かせ
た。

2322
シーカー レギオン
 吐き出させた情報を整理して、彼らのアジトへ行き処刑人の軍団
旗や他重要書類などを押収。
シーカー
 外部協力者&見習い処刑人メンバーを拿捕し、彼らのように散々
脅しつけた。
サイレント・ワーカー シーカー
 一通り終わらせると静音暗殺と処刑人メンバー達に、二度とオレ
達の前に姿を現さない&手を出さないよう脅しつけ解放した。
 解放した後、彼らが我先に逃げ去ったのはいうまでもない。
シーカー レギオン シーカー
 処刑人はもう軍団としては機能していない。故に早晩処刑人メン
バーは、彼らの口を封じようとする組織や恨みを持つ人々など、様
々な所から命を狙われることになるだろう。
 あれだけ悪名を轟かせていたのだから、自業自得だが。
シーカー
 これで処刑人問題は一件落着。
 次は天神教の問題だ。
シーカー レギオン
 元を絶たなければ、いつまた処刑人のような暗殺者や暗殺軍団を
送り込んでくるか分からない。のど元過ぎればなんとやらだ。
 トパースを脅し、今回の一件に関わっている天神教上層部に身辺
を固めさせた後、早速オレ達は妖人大陸に乗り込み暗殺者の真似事
をした。
ピース・メーカー
 もし今後、PEACEMAKERに手を出そうとしたら﹃こうや
って殺す﹄というデモンストレーションだ。

2323
 まずやったのは即席爆破装置︻IED︼によるロードサイドボム
だ。
 今回の一件に関わっている天神教上層部が馬車で通る道に、対戦
車地雷を仕掛け魔術液体金属で作ったコードをさし、長く伸ばす。
 コードはもちろん隠蔽済みだ。
 馬車の通るルートは今回付いて来てもらったラヤラに、上空から
監視ししてもらい把握済みだ。
01
 馬車には天神教所属の兵士や始原メンバーも警備についていた。
 しかし当然だが、彼らが気付ける筈もなく︱︱馬車が通りかかる
直前にコードに微弱な魔力を2回流し、﹃対戦車地雷﹄を起爆。
 ド派手な演出をするため、﹃対戦車地雷﹄を少々多めに設置して
おいた。
 結果、まるで火山が噴火したような轟音と大量の土砂を巻き上げ
る。
レギオン
 もしこれが今回の馬車を狙っていたら、警備している兵士&軍団
メンバーもろとも一瞬で死んでしまうのは想像に難くない。つまり、
どれだけ兵を増やして厳重に警備しても、その警備ごと対象者を天
神様の元まで吹き飛ばすことが出来るとアピールしたのだ。
 さらに魔力をまったく感じないため、防ぎようがないという恐怖
もプラスされる。
 次にやったのはブービートラップだ。
 まず缶詰サイズの缶を魔術液体金属で製作。
 缶一杯に泥を詰め、安全ピンを外へ出しつつ手榴弾を泥の中へと
入れる。
 泥を乾かし缶から取り出す。
 手榴弾の安全ピンを抜いたら完成だ。

2324
 これを雨樋や下水溝に放置すると、雨などで泥が濡れて剥がれ落
ちる。するとセイフティ・レバーが外れ爆発するのだ。
 これを大量に作り天神教本部、関係者の自宅や親戚の家にしこた
まばらまいた。
 もちろん殺害するつもりはないので火薬量を減らしておいた。
 そして雨や下水で泥が剥がれると、時間差で爆発。
 オレ達自身も天候に左右されるため、いつ爆発するのかまったく
分からない。
 相手からしてみたら深夜、早朝、夕方︱︱気付いたら爆発音が聞
こえ、怯える日々。
 そして、場合によってはちょっと自宅の庭に出ただけで爆発に巻
き込まれ、軽傷を負うのだ。
 普通の神経ならまず耐えられない環境だ。
 さらにこの手榴弾のせいで、雨樋や下水、もろくなっていた壁な
どが破壊され修理代も馬鹿にならない。
 次にやったのはシンプルな狙撃である。
 クリスがSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶で約800m先から関係者
を狙撃した。
 一応、スペック上ではSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶は、7.62
mm×54R弾で約1kmの狙撃ができることになっている。
 7.62mm×54R7N1弾なら1・3kmの狙撃も可能らし
いが、実際の戦場では800mが限界だったようだ。
 今回、狙撃を担当するのはクリスだ。
 もうこの時点で、狙われることになった天神教上層部達が可哀相
でしかたがない。

2325
サイレント・ワーカー
 教皇、大司教、司教︱︱兎に角、静音暗殺達に吐かせた情報から
関係者全員を狙った。
 夜。
 星の光も遮る暗闇。
 大司教が愛人宅で空気の入れ換えのため、鎧戸を開く。
 相手は周辺を私兵と金で雇ったレベル?の冒険者に警備させて安
心しきっていた。
 その約800m先。
 クリスがSVDを構える。
 窓から顔を出した時点で大司教の脳天を吹き飛ばすのは可能だ。
しかし今回はあくまで警告、脅しが目的だ。
 耳を吹き飛ばし、倒れた所に足や腕を撃ち抜く。
 狙撃音に気付いた私兵と冒険者達は慌てて動くが、クリスの居る
スポッター
地点は現場から約800m先だ。さらに暗闇に乗じて、観測手を担
当していたラヤラが発砲後、クリスを抱えて飛び立つ。
 こうして暗闇に紛れて離脱する。
 大司教だけではなく他関係者にも似たような警告をしてやった。
 さらにダメ押しとして深夜、天神教本部に約3km先から﹃M2
24 60mm軽迫撃砲﹄でしこたま迫撃砲の弾薬を撃ち込んでや
った。
 もちろん大惨事を防ぐために火薬量は減らしてある。
 しかも一箇所からではない。
 三箇所から時間差で撃ち込んでやった。
01
 お陰で天神教本部を警備していた私兵と始原メンバーは突然の襲

2326
撃にてんやわんや。
 魔力は感じないし、遠すぎてどこから攻撃を受けているかもわか
らず随分混乱していたようだ。
 彼らが朝になって確認すると、破片が窓を破り建物内部まで滅茶
苦茶に破壊されていた。
 あまりに悲惨な光景に、今回の一件に関係ない天神教本部に勤め
る巫女や司祭、信者達まで﹃天神様の祟りがおきた!﹄と騒ぎ出す
始末だ。
 そんな声を落ち着かせるため幹部が人前に出ようものなら、深夜
味わった狙撃を再び体験することになる。
 狙撃後は教皇、大司教、司教などは窓が一つもない部屋や地下室
から一歩も出ようとしなくなった。
 これらの脅しにより、今回の事件に関わった天神教関係者はほぼ
引退、隠居してしまった。
ピース・メーカー
 オレ達PEACEMAKERを敵に回したらどれほど怖いかを十
分彼らに刻みこめただろう。
シーカー
 正直、やっていることは処刑人よりひどいような気がしなくもな
いが、まあ気にしないことにしよう。
 ちなみに他にも攻撃方法としてラヤラにリースを抱きかかえても
らって、上空から迫撃砲の弾薬を落とす作戦を思いついたが失敗に
終わった。
 どうやらラヤラに抱えられたまま弾薬を落としても爆発しないこ
とが分かったのだ。
 彼女に触れないよう革と金属、板を使い宙づりにしたりなど様々
試したが、どう足掻いても爆発しなかった。

2327
 マジでラヤラは攻撃に関しては呪われているといっていいだろう。
 他にも案として﹃リースに巨大な岩を収納してもらい上空から落
とす﹄というのも出たが、さすがに確実に死者が出るため却下した。
UAV
 まぁ実際、無人機、グローバルホークのように情報を収集、伝え
てくれるだけ凄くありがたいが。
 ちなみにラヤラは上空約5000mを飛行するが、その間の空気
や寒さ、気圧などの問題は魔術で防いでいるらしい。
 どこのストライクウッ○ーズだ。
 さらにタカ族だけあって鳥目だが、魔力を視覚に注ぎ夜目を強化
すれば夜でも昼間のように見ることが出来るらしい。
 さらに視力を強化することで、約5000m先から地上に咲いて
いる野花の花びらの数を数えられるとか。
 どんな精度だよ⋮⋮。
 何気にラヤラもチートキャラのような気がする。
 オレはうつぶせから、ベッドに仰向けに転がり天蓋を見詰める。
︵しかし、どうして前世の国家に諜報機関があるのか、今回の一件
で嫌っていうほどわかったな⋮⋮︶
 ぼんやりとそんなことを考える。
 今回はたまたまラヤラのお陰と敵がハッキリしていたため、運良
く上手く立ち回ることができた。しかし、もし敵に狙われていると
ピース・メーカー
知らず、ある日突然PEACEMAKER本部を襲われたら最悪、
全滅もあり得る。
 また全滅を免れても、嫁達の誰かが命を落としたかもしれない。
 エルルマ街の一室で首を吊ったココノのように︱︱

2328
 ゾクリッ。
 想像するだけで全身に怖気が走る。
 改めて今回は本当に運が良かったと実感した。
 寝室の扉がノックされる。
﹁どうぞ﹂
 声をかけると扉が開き、シアが姿をあらわす。
 今、スノー達は皆で疲れを癒すためお風呂へ入っている。
 ルナ、ラヤラ、カレン、ミューア、バーニー達と一緒に入るとの
ことで、オレはさすがに遠慮した。
 てっきりシアはリース&ルナの世話をするため彼女達と一緒にお
風呂へ入っているものとばかり思っていたが⋮⋮。
 シアは一礼してから用件を切り出す。
﹁ココノ様が若様にお話があると面会をお求めになっておりますが、
いかがいたしましょうか﹂
﹁ココノが? 分かった、居間に通してくれ。すぐにオレも行くか
ら﹂
 シアは再び一礼して部屋を出る。
 オレもベッドから起き上がると、すぐに居間へと移動した。
 居間にはすでにココノがソファーへ腰を下ろしており、シアが香
茶を淹れていた。
 オレも彼女の正面に腰を下ろす。

2329
 すかさずシアがオレの分の香茶を淹れてくれた。
﹁失礼いたします﹂
 彼女はお茶を配り終えると部屋を出る。
 シアにしては珍しい。
 いつもなら部屋に残り、世話が出来るよう待機しているのだが⋮
⋮。
﹁すみません、夜分にお伺いしてしまって﹂
﹁夜分って、まだ夕飯を食べ終えて少し経ったぐらいじゃないか。
夜分というには早すぎるよ﹂
﹁そ、そうですね。すみません﹂
 オレの冗談口調に、ココノは恐縮そうに身を縮める。
 なぜか彼女は妙に緊張しているようだった。
 なんだかこちらまで緊張してくる。一体、どんな話をするつもり
だ?
﹁そ、それで話って?﹂
 オレは声を思わず上擦らせながら問う。
 ココノも同様に声を上擦らせ切り出した。
﹁は、はい、えっと⋮⋮こ、この度は天神教が色々ご迷惑をおかけ
してしまい、大変申し訳ありませんでした!﹂
 ココノはソファーに座ったまま深々と頭を下げる。
 オレは慌ててフォローした。

2330
﹁確かに色々あったけど、今回の件ではココノだって被害者じゃな
いか。だから謝る必要なんてどこにもないから、頭を上げてくれ!﹂
ピース・メーカー
﹁で、ですが本当にリュート様やクリス様、PEACEMAKER
の皆様にはご迷惑をおかけしてしまって⋮⋮﹂
﹁大丈夫、みんな気にしてないよ。だから、ココノももう気に病ま
なくていいんだ﹂
﹁あ、ありがとうございます⋮⋮﹂
 再び部屋に緊張が訪れる。
 どうやらココノの用件はこれだけではないらしい。
﹁あ、あの⋮⋮えっと⋮⋮﹂
 ココノは口を開いては閉じるを2、3回繰り返す。
 そのたびに部屋の緊張感が高まった。
 彼女は左腕から腕輪を外し、二人の間にあるテーブルへと置く。
﹁リュート様、腕輪ありがとうございました。お陰で天神教支部へ
連れ戻されずに済みました﹂
 ココノの左腕に収まっていたのは、天神教支部へ連れ戻されない
ため、フェイクとして付けてもらっていた結婚腕輪だ。
 問題が解決した以上、確かにいつまでも付けている理由はない。
 オレは若干︱︱いや、大分寂しさを感じながらも、ココノから返
された腕輪を受け取る。
﹁⋮⋮そろそろわたし、ここを出ようと思っています﹂
 突然の切り出しに思わず手に取った腕輪を落としそうになる。
 ココノはどこか無理をした笑みを浮かべたまま、話を続ける。

2331
﹁リュート様達のお陰でわたし自身、もう狙われるようなこともな
くなりましたので⋮⋮。何時までも、お世話になっているわけには
まいりませんから﹂
﹁そうなんだ⋮⋮でも、行く当てはあるのか?﹂
﹁はい。天神教支部時代にお世話になった巫女様が、商人の方とご
結婚されて今は妖人大陸でお店を開いてらっしゃるので。そちらに
お世話になろうかと。わたしても店番や角馬の世話ぐらいは出来ま
すから﹂
ここ
 もし当てがなければずっとPEACEMAKERに居ればいい︱
︱という台詞が潰され出口を失う。
 今度は緊張感ではなく、気まずい空気が部屋を満たす。
﹁⋮⋮それではわたしはこれで。お時間を作って頂きましてありが
とうございました﹂
 ココノはソファーから立ち上がると丁寧に頭を下げ、入り口へと
向かう。
 彼女をこのまま黙って行かせたら、二度と出逢えないことを直感
で悟る。
 再び、ココノはオレの知らない所で涙を流す。
 そんな思いが脳裏を過ぎったら︱︱もう駄目だった。
﹁待ってくれ︱︱ッゥ!?﹂
 咄嗟にココノの小さな手を握り締め、振り向かせる。

2332
 オレは驚きで息が止まりそうになった。
 ココノが大きな瞳に涙を溜め込んでいたのだ。
 もしこのまま部屋から出していたら、また彼女はオレの知らない
場所で涙を流していたのだろう。
 オレはもう我慢しきれず思考を放棄し、後先を考えず、ただ自身
の想いに従いココノの小さな手を強く握りしめる。
﹁ココノ! 好きだ! どこにも行くな! オレと結婚してくれ!﹂
 彼女の瞳に溜まっていた涙が決壊する。
 ぽろぽろと、ぽろぽろと、まるで真珠のように輝く涙を流した。
﹁わたしッ、いっぱい⋮⋮いっぱいリュート様に迷惑をかけてしま
ったから、だから、お側に居たいなんて我が儘いいだせなくて⋮⋮
ッ! でも、やっぱりリュート様が大好きでなんです! お慕いし
ています! わたしも、リュート様とずっと、ずっと死ぬまで一緒
にいたいです! 死んだ後もずっと一緒に居たいですぅうッ!﹂
 ココノは涙と一緒に溜め込んでいた感情を吐露する。
 オレは思わず彼女を壊れるほど強く抱き締めてしまう。
 しかし、ココノは嫌がらずむしろ自身から力強く抱き返してきた。
 オレとココノは抱き合った。
 ずっと、ずっと、ずっと︱︱
 オレとココノは唇を重ね合った。
 互いの想いを何度も確認するようにずっと、ずっと⋮⋮。

2333
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 後日、いくつかの謎が解けた。
 まずシア。
 どうして彼女が香茶を淹れた後、部屋から出たのか。
 あれはオレとココノに気を遣って、二人っきりにしてくれたのだ。
 さすがシア。
 マジ空気も読めるメイドさんやで⋮⋮。
 次になぜココノがあれだけ緊張していたのか。
 彼女はオレにもう一度、﹃妻にして欲しい﹄と告白するつもりだ
ったらしい。
 クリスとの内緒話で、彼女が背を押したとか。
 しかしいざ告白しようと、緊張しながら口に何度も出そうとした
がやっぱり途中で諦めてしまった。
 多大な迷惑をかけた自分が再び告白することはできないと思った
とか。
 自分に出来ることは、﹃一生オレを想って異性と結ばれず生涯を
終える﹄ことだけだと覚悟を決め、部屋を出ようとしたらしい︱︱
後程、ココノ本人の口から聞かされた。
 本当にオレ自身、﹃直前で感情に任せて彼女を引き止めてよかっ
た﹄と改めて実感した。
 こうして改めてオレはココノの腕輪を作り渡そうとしたが、

2334
﹁できれば、その⋮⋮同じ腕輪﹂
﹁でも、あれはあくまで天神教にココノを引き渡さないために用意
した物だし⋮⋮﹂
 言ってしまえば偽物の結婚腕輪だ。
 女性はそういうのが嫌なものじゃないのか?
 しかし、ココノは大切そうに腕輪を両手で胸に抱えて、
﹁あの時の思い出も含めて⋮⋮わたしにとって大切な腕輪ですから﹂
 その時、浮かべた笑顔はこちらが照れてしまうほど、幸せそうな
ものだった。
 彼女がそう言うなら無理に新しく腕輪を作る必要はない。
 オレは改めて、ココノの左腕を取ると腕輪を嵌める。
 こうしてオレとココノは夫婦になった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 リュートとココノが心を通わせている時。
 とある場所で︱︱黒いドレスに黒髪、顔まで黒のレースで隠した
女性が、報告を聞き嬉しそうに頬を染めていた。

サイレント・ワーカー
﹁まさか本当にリュート様が、あの静音暗殺を倒してしまうなんて
⋮⋮。ララさんの予知夢通りとはいえ、驚きましたわ﹂

2335
 ﹃黒﹄の長であるその女性の前で︱︱リース、ルナの姉にしてハ
イエルフ王国エノール、元第一王女、ララ・エノール・メメアが片
膝を突き恭しく頭を垂れる。
﹁作戦のご許可を頂き誠にありがとうございます。お陰でお姉様に
リュート様の現在の実力を分かりやすい形で示すことができました﹂
サイレント
 今回、ララが天神教本部を襲撃し、禁書を持ち出した理由は静音
・ワーカー ピース・メーカー
暗殺をPEACEMAKERにぶつけるためだ。
ピース・メーカー
 そしてリュートが作り出したPEACEMAKERがどれほどの
戦力を有しているのか、目の前の女性に伝えたかった。
 ただそのためだけに天神教本部を襲い、警備に当たっていた魔術
師を含めた20人を殺害したのだ。
﹁ありがとうございます、ララさん。お陰でリュート様がわたくし
サイレント・ワーカー
のために静音暗殺を倒すほどの戦力を育ててくださっていたことを
知ることができました。リュート様がどれほどわたくしを愛し、彼
方で努力していたことを﹂
 お姉様と呼ばれ女性はウットリと頬を赤く染める。
 殺害された人々のことなどまったく気にも留めない。
 しかし、この場でそのことを指摘する者は誰もいない。
 お姉様と呼ばれた女性は頬を赤く染めたまま切り出す。
﹁いくら殿方をお待たせするのが、淑女の特権とはいえ⋮⋮そろそ

2336
ろリュート様をお迎えにあがりましょう。リュート様も、きっと首
を長くしてお待ちでしょうから﹂
﹁その際は、我らプレアデスもお姉様のお供をさせて頂ければ幸い
です﹂
﹁良きに計らってください﹂
 女性は聖母のような笑顔で、傅くララへと言葉を投げかけた。
                         <第11章
 終>
次回
第12章 日常編3︱開幕︱
2337
第212話 ココノと⋮⋮︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、10月15日、21時更新予定です!
1巻発売日まであと4日!
一週間連続更新の第3弾です!
次からは久しぶりの日常回です! さすがにここ最近、殺伐とした
話が続いたので息抜きとしてどうぞ!
まぁ某クリス狙撃話が出てくるから、どっちにしろ殺伐とするんで
すけどね︵笑︶。

2338
第213話 タイヤ問題
 リュート、16歳
 装備:H&K USPタクティカル・ピストル︵9ミリ・モデル︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 スノー、16歳
 魔術師Aマイナス級
 装備:S&W M10 2インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 クリス、15歳
 装備:M700P ︵スナイパーライフル︶
:SVD ︵ドラグノフ狙撃銃︶

2339
 リース、ハイエルフ182歳
 魔術師B級
 精霊の加護:無限収納
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 装備:PKM︵汎用機関銃︶
   :他
 ココノ、15歳
 元天神教巫女見習い。
 天神教事件から数ヶ月後の昼休み。
 昼食を取り終えたスノー、クリス、リース、ココノ、シアにグラ
ウンドへ集まってもらた。
 オレは咳払いをしてから話を切り出す。
﹁皆に集まってもらったのは他でもない。実験的にある物を開発し
たんだけど、そのテストに付き合ってもらいたいんだ﹂
 オレの願いに嫁達が元気よく応えてくれる。
﹁もちろんだよ、リュートくん!﹂
﹃お兄ちゃんのお願いなら喜んでお手伝いします﹄
﹁リュートさん、私に出来るこならなんでも言ってください﹂
﹁私でお役に立てるか分かりませんが、リュート様のために頑張り
ます﹂
﹁ありがとうみんな。それじゃシア、例の物をもってきてくれ﹂
﹁畏まりました﹂

2340
 シアに頼んで今回の実験に使う例の物︱︱自転車&一輪車を持っ
て来てもらう。
 なぜ自転車&一輪車を製作したかというと、そろそろ軍用車を製
作する予定だからだ。
 製作するに当たっていくつか問題があった。
 代表的な物としてエンジンや燃料問題だ。
 さすがにオレも前世、地球の車に使われているようなエンジンを
急に製作するのは難しい。
 そこで思いついたのが、ミニ四駆などに使われているモーターだ。
﹃あれぐらいの簡単なモーターなら、こちらの世界でも作れるので
はないか?﹄と思い至ったのだ。
 そして前からメイヤに相談しており、暇を見付けては色々2人で
実験をしていた。お陰で魔術文字&魔石を使用してモーターを開発
することに成功。
 これでモーターを魔力で動かすことができるようになり、わざわ
ざガソリンを精製する必要もなくなった。
 この魔石モーターを使用して自動車を作る予定だ。
 正直、自動車というより巨大なミニ四駆を製作する気分だ。
 まぁ簡単な電気自動車のような物と思えばいい。
 次に問題だったのはタイヤだ。
 この異世界で随分と長く生活したが、ゴム製品を見たことがない。
 前世、地球ではゴムの木から採取するか、化学的に作り出してい
た。

2341
 しかし、こちらにはどうもゴムの木に類似する物がないようだ︵
単純にまだ見付かっていないだけかもしれないが︶
 色々、探した結果、もっともゴムに近い素材を発見することが出
来た。
 それは﹃毛無熊﹄と呼ばれる魔物の皮だ。
 名前から分かるとおり毛が無い熊型の魔物である。
 今のところ、この魔物の皮が最もゴムの材質に近い。
 しかし、毛無熊は魔術液体金属の元になる金属スライムに比べて
個体数があまり多くない、珍しい魔物だ。
 あまり市場に入ってこないため、入手が難しい。
 なんとか実験用に確保することが出来たが、いきなり自動車のタ
イヤに使用するには躊躇いがあったため、練習&実験を兼ねて自転
車と一輪車を製作してみたのだ。
 これで耐久性、材質など問題がないようなら、タイヤ製造に踏み
切ろうと思っている。
 一通り集まってもらった皆に、事情を説明し終える。
 彼女達は納得して、早速実験に付き合ってくれることになった。
 ちなみにスノー達の恰好はというと、動きやすい服装ということ
で体操着︱︱ではなく、ココノとシア以外は野戦服姿だった。
 ココノは天神教の巫女服で、シアはいつもどおりのクラシックな
メイド服姿だ。
 いつか嫁の分だけでも体操服を作りたいな。
 え? 何に使うかって?
 そりゃ夜の大運動会に使うに決まっているじゃないか!

2342
 ⋮⋮すみません、話がそれました。
 オレは早速、手本として自転車に乗ってみせる。
 自転車は前世、地球の日本にある別名ママチャリとそっくり同じ
物を作った。
 ハンドルの前には籠があり、後輪の上には荷物が置ける荷台部分
もしっかりと作ってある。
 もちろん使っている金属は魔術液体金属だ。
 オレはハンドルを取ると、すでに高さを調整し終えているサドル
に跨り走り出す。
 久しぶりに乗ったが、転ぶことなく走ることができた。
 新・純潔乙女騎士団本部グラウンドぐるっと走って、再びスノー
達の所へ戻ってくる。
﹁車輪が2つしかないのによくそんなにスイスイと乗れますね﹂
 リースが感心したように何度も頷きながら、褒めてくる。
﹁確かに車輪は2つしかないけど、見た目より簡単だよ。それじゃ
まず誰から乗ってみる?﹂
﹁はいはいはい! わたし、やってみたい!﹂
 スノーが元気よく手と声を上げたので、まずは彼女が先に乗るこ
とになった。
﹁それじゃペダルをこぎやすいように、サドルの位置を下げるから

2343
待ってて﹂
﹁ありがとう、リュートくん。でもこれぐらいの高さなら多分大丈
夫だよ﹂
﹁え?﹂
 そう言ってスノーがハンドルを掴むと、ひらりと跨る。
 足は踵までは付かないが、爪先で問題なく地面に立つことができ
る。
︵オレの方がスノーより背が高い。なのにスノーは問題なく自転車
に跨れる。つまり。それって⋮⋮︶
 オレは考えるのを放棄した。きっと気のせいに違いない。
﹁それじゃやってみるね!﹂
 スノーはオレの混乱など気にせず、勢いよく声をあげ走り出す。
 最初こそはふらついたが、すぐにスピードに乗ったお陰か問題な
くグラウンドを走る。
 さすが運動神経抜群のスノーだ。
﹁うわぁ! わぁ! 何これ! 自分の足で走るのとは全然違う!
 でも、楽しいし気持ちいいよ!﹂
 スノーは自転車に乗るのが本当に楽しいらしく、ポニーテールを
風に靡かせ気持ちよさそうに走る。
 その姿はまるで自転車CMのモデルのようだった。
 ⋮⋮着ているのはオリーブ色の戦闘服だが。
 スノーが戻って来たところでクリス、ココノが続く。

2344
 さすがにクリス&ココノのためにサドルは下げた。
 サドルを限界まで下げると丁度足がつく。
 クリスは最初よたよたと蹌踉け、何度か足を付いたが一度も転ぶ
ことはなかった。
 最終的には問題なく乗ることができた。
 意外にもココノは、スノーと同じように一度も蹌踉けることも、
足を付けることもなくすいすいと乗りこなしていた。
 次に乗ったのはリースだ。
 もちろんドジっ娘の名前を欲しいままにしている彼女はというと
︱︱
﹁り、リュート様! 絶対に、絶対に手を離さないでくださいね!﹂
﹁分かっているよ。絶対に離さないから﹂
 リースは荷台部分を掴み支えるオレに何度も念を押す。
 自転車にリースが跨り、オレが後ろから支えている。
 まるで休日に自転車に乗れない娘の練習に付き合う父親という状
態だ。
﹁そ、それではこぎますね﹂
﹁おう、いつでもいいぞ﹂
 リースは怖々とペダルをこぎ始める。
 進み始めたはいいが、彼女の掴むハンドルが細かく左右に揺れ動
く。そのせいで前輪も一緒に揺れていまいちバランスが取れずにい
る。

2345
﹁リース、こいで前に進むよりバランスを取ることに集中するんだ。
そうすれば自然とこげて前へ進むから﹂
﹁わ、分かりました!﹂
 オレのアドバイスが上手くきいたのか、リースはややよろめきな
がらも自転車をこぐことに成功する。
﹁いい調子だ。それじゃちょっと手を離すぞ﹂
﹁ええ! だ、駄目です! 今、手を離されたら⋮⋮きゃっ!﹂
 しかし手を離した途端、数メートルも進まないうちに彼女は転ん
でしまう。
﹁大丈夫か、リース!﹂
 オレは慌てて駆け寄り、自転車の下敷きになっている彼女を引っ
張り出す。
 自転車を起こしてスタンドを立て固定すると、リースが自分で怪
我を治癒しながら恨めしい目を向けてくる。
﹁酷いです、リュートさん。手を離さないでって言ったのに﹂
﹁ごめん、ごめん。あの調子なら問題なくこげると思ってさ﹂
﹁どうせ私は鈍くさい女ですから。私のような者は一生自転車には
乗れないのです﹂
 リースは拗ねて頬を膨らませる。
 そんな彼女にオレはフォローを入れた。
﹁あくまで車輪とゴムの実験のための自転車だから。別に乗れなく
ても平気だって﹂

2346
 しかし、フォローを入れたのに彼女の頬は膨れたままだ。
﹁えっと⋮⋮ほら! リースが乗れなくても、代わりにオレがこい
でその後ろに乗ればいいんだから全然問題ないよ!﹂
﹁⋮⋮リュート様の後ろに乗るんですか?﹂
﹁そうそう、口で説明するより試した方が早いか﹂
 オレはリースを自転車の荷台に座らせる。
﹁しっかり、掴まってるんだぞ﹂
﹁はい、よろしくお願いします﹂
 リースは背後から手を回しオレの腰にしがみつく。
 彼女の体躯に見合わない大きな胸の感触を背中越しに感じる。
 相変わらず大きく、柔らかい!
 思わず前屈みになりそうになる。
﹁? どうかしましたかリュートさん?﹂
﹁い、いやなんでもない。それじゃこぐぞ﹂
 オレは慌てて誤魔化し、自転車を走らせる。
 最初、2人分の重さによろめいたがスピードが出ると安定して走
ることが出来た。
﹁風が気持ちいいです。確かに足で走るのとはまた違った気持ちよ
さですね﹂
 リースは先程の不機嫌が嘘みたいに、機嫌よさげな声音を漏らす。
 オレ達はまるで青春映画の少年・少女のように自転車を2人乗り

2347
する。
 グラウンドを1周して、スノー達の元へ戻ると。
﹁リュートくん、リュートくん! 今度はわたしを後ろに乗せて!﹂
﹃私も是非お願いします!﹄
﹁わ、わたしは⋮⋮リュート様がご迷惑でなければ⋮⋮﹂
 スノー、クリス、ココノが勢いよく主張してくる。
 いや、君達全員、普通に自転車に乗れるじゃないか⋮⋮。
 結局、3人に押し切られ順番に荷台に座らせグラウンド一周した。
 いちいち交替で座らせて走るのはやや手間だったが、3人とも凄
くいい笑顔を浮かべていたからよしとしよう。
 最後はシアだ。
 彼女もスノーに負けず劣らず運動神経がいい。
 問題なく自転車に乗ることが出来た。
 ⋮⋮しかし、メイド服姿のシアにママチャリが凄く似合っている。
 前世、地球の日本では非現実的光景なのだが漫画やアニメ、ライ
トノベル、ドラマなどのせいかメイド服で自転車に乗るシアの姿が
妙にハマって見えてしまう。
 メイド服姿でママチャリに乗ってスーパーに買い物へ行くシア。
 狙っていたタイムセール品を無事買うことに成功するシア。
 溜めたポイントで帰り道に肉まんを買い食いするシア。
 ヤバイ、簡単にそんな姿が想像つく。

2348
 オレは妙な興奮を覚えてしまった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 次は一輪車だ。
 オレは真剣な表情で皆に向き合う。
﹁最初に言っておくが⋮⋮この一輪車、作ってはみたがオレも乗れ
なかった。だから、手本は見せられないんだ﹂
﹃それなら、なんでこんな物を作ったんですか?﹄
 クリスは小首を傾げ尋ねてくる。
﹁む、昔、本で読んでこういう乗り物があるって知ってさ。折角だ
から作ってみたんだよ﹂と適当な台詞で誤魔化す。
 オレはシアから一輪車を受け取り、皆へと促す。
﹁最初に誰が乗る?﹂
﹁それじゃ折角だから、わたしが最初に乗ってみるよ﹂
 自転車の時と同じで、スノーが挙手して立候補してくる。
 オレは彼女に一輪車を手渡した。
 スノーがサドルを調整せずそのまま跨る。

2349
﹁こ、これはさすがに⋮⋮よっ、ほ! む、難しいよ﹂
 スノーは両手を広げバランスを取り、こぎ出そうとしたが︱︱上
手くいかず足をついてしまう。
 流石に運動神経のいいスノーも一輪車は初見では乗れないようだ。
 何度か練習して、スノーはヨロヨロと数メートルぐらいは進める
ようになる。
 次にクリス、リース、シアと続くがやっぱり乗れなかった。
 最後にココノが挑戦することになったが︱︱
 オレはココノが乗りやすいようにサドルを下げる。
﹁これで丁度いいはずだ。ココノも無理するなよ。あくまでタイヤ
の感触を確認するための実験なんだから。こんなことで怪我をして
も馬鹿らしいからな﹂
﹁心配してくださって、ありがとうございます﹂
﹁当たり前だろ、ココノはオレの大切なお嫁さんなんだから﹂
﹁リュート様⋮⋮ッ﹂
 ココノはオレの言葉に恥ずかしそうに口元を押さえる。しかし心
底嬉しいのか、瞳は潤み頬が薔薇色に染まる。
﹁もうリュートくん、いつまでココノちゃんと見つめ合ってるの?﹂
 スノーの指摘でオレとココノは我に返る。
 結構、長い時間見つめ合っていたのか珍しくスノーにツッコミを
入れられてしまう。

2350
﹁ごほん! そ、それじゃココノ乗ってみてくれ﹂
﹁は、はい! それでは失礼します!﹂
 オレは誤魔化すように咳払いしてからココノに一輪車を勧める。
 ココノも指摘された恥ずかしさを堪えながら、一輪車に足をかけ
た。
 彼女は両足をペダルに乗せると、上下に動かしスルスルと走り出
す。
﹁﹁﹁おおおおぉ!﹂﹂﹂
 オレ、スノー、リースは思わず驚きの声をあげる。
 クリスは表情だけで、シアは眉一つ動かさなかった。
 誰も乗れなかった一輪車をココノは苦もなく乗りこなしたからだ。
 しかも、まるで何年も乗っているかのように動きが滑らかで、オ
レ達を中心軸にグルグル回ってみせる。
 その速度は思ったより速い。
 オレは初めて生で一輪車に乗っている人を見た。
 さらに彼女は、足を付かずその場に停止する。
﹁確かに先程の自転車よりもバランスを取るのが難しいですね。あ
まり上手く動かせません﹂
﹁いやいやいやいやいや! 十分上手に乗りこなしてるから!﹂
 オレは思わず彼女の言葉にツッコミを入れてしまう。
 むしろ、どうして足も付けず停止していられるんだ? 魔術を使
っているわけじゃないよな?

2351
 オレだけではなく、スノー達も興奮してココノに話しかける。
﹁凄いですココノさん、こんなに軽々と一輪車を乗りこなすなんて
⋮⋮!﹂とリース。
﹁わたしなんて、少しふらふら∼って進めるぐらいだよ!﹂とスノ
ー。
﹃ココノちゃん、何か一輪車に乗るコツってあるの?﹄とクリスが
尋ねる。
﹁コツですか? そうですね⋮⋮一輪車の気持ちになって体を動か
せばいいんです。そうすれば一輪車も素直に答えてくれますよ﹂
 ココノは五芒星を指で切り、胸の前で手を握り締め祈るように告
げる。
 まるで宣教師が聖書の内容を告げるように無茶なことを言い出し
た。
 なんだよ﹃一輪車の気持ちになって﹄って⋮⋮スノー&リースも
反応に困ってオレと同じ微妙な表情を浮かべていた。
﹃分かったよ、ココノちゃん!﹄
﹁えっ!? 分かっちゃったの!?﹂
 しかしクリスは意外にもココノの言葉を理解したらしい。
 さらに驚いたことに、ココノのアドバイスを聞いた後、クリスが
何度かの挑戦の後、ふらつきながらも一輪車に乗れるようになった。
 なんだろう⋮⋮クリスは射撃の天才で、ココノはもしかして乗り
物系の天才なのかもしれない。だから、2人にだけ通じ合う何かが、
シンパシーがあるのかもしれないな⋮⋮。

2352
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 これで実験は一通りお終いだ。
 どうやらタイヤとして十分使用出来そうだ。
 もちろん自動車のタイヤと自転車&一輪車のタイヤは別物だが、
ある種の練習や指標にはなった。
 後は実際に車輌に使ってみてテストするしかないな。
 オレはシアに後片付けを任せて、スノー達と一緒に本部へと戻る。
 クリスとココノが年下同士キャッキャッと楽しげに会話をしてい
る。
 スノー&リースはこの後の仕事について会話を交わしていた。
 そんな中、オレはというと⋮⋮眉間に皺を寄せ腕を組む。
 どうも何か腑に落ちないというか⋮⋮物足りない思いにかられる。
 別にこの実験に何か見落としがあるわけじゃない。
 では何が問題なのか?
 オレは腕を組んだままで、考え込んでしまう。
﹁どうしたのリュートくん? そんな難しい顔して﹂
 スノーがめざとくオレの表情に気付き尋ねてくる。
﹁⋮⋮いや、何でもないよ。今回の実験で色々分かったから、車輌
開発にどう生かそうか考えていただけだよ﹂

2353
 スノーや他の皆を心配させるのも心苦しいので適当に誤魔化す。
 そしてオレは皆に遅れないように歩調を早めた。
第213話 タイヤ問題︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、10月16日、21時更新予定です!
1巻発売日まであと3日!
一週間連続更新の第4弾です!
軍オタ1巻を是非是非よろしくお願い致します!
ちなみに近況ですが、家のネットが微妙に調子が悪いです。なぜか
突然、ネットに繋がらなくなります。ADSLから光に変えようと
思ってN○Tに電話したら、その建物には光は入っておりませんの
で無理ですよー、とにこやかに言われました。ソ、ソウデスカ⋮⋮。
まぁいざとなったらネット喫茶とかから無理矢理にでもアップする

2354
けどね!
第214話 クリス、15歳︱︱﹃クリス15 絶対不可避!? 弾丸芸術︵バ
 ある日の午前中。
ギルド ピース・メーカー
 冒険者斡旋組合からの使者が、オレ達PEACEMAKERの元
に来た。
 クリスご指名で仕事のクエスト依頼が来ているらしい。
ギルド
 毎度同じく、クエスト内容は冒険者斡旋組合で、依頼主から説明
したいとのことだ。
 別に断る理由はない。
 オレとクリスは、事務仕事や街の見回りを一時代わってもらい、
ギルド
昼過ぎの午後に冒険者斡旋組合へと足を運んだ。
ギルド
 冒険者斡旋組合へ顔を出すと、いつもお世話になっている受付嬢
さんが声をかけてくれる。

2355
 オレ達はそのまま彼女の案内で、個室で待つ依頼人の所へと向か
った。
 案内してくれているのは、竜人大陸に居る魔人種族のあの受付嬢
の従姉らしい。
 従姉なのに一卵性双生児のように見た目がそっくりなのだ。
 最初、出会った時はどれほど驚いたか。
 そういえば竜人大陸の受付嬢さんは元気でいるだろうか?
 婚期を焦って変な男に引っかかっていなければいいけど⋮⋮。
 しかし竜人大陸といえば暫く戻っていないな。
ギルド
 借りている自宅の家賃は、冒険者斡旋組合の口座から自動で引き
落としだから心配ない。
 残してきたルナも現在はこっちに居るから、心配事&心残りはな
い。むしろ一度戻って借家を整理して本格的にこっちに引っ越して
こようかな。
 そんなことを考えていると、いつの間にか個室へと辿り着く。
 個室には今回の依頼人である中年男性が、落ち着かない様子で待
っていた。
 オレとクリスの姿を前にすると、憧れのアイドルに出会ったかの
ような喜びの表情を浮かべる。
 依頼人の中年男性は、ソファーから立ち上がると勢いよく自己紹
介を始めた。
﹁初めまして、初めまして! 人種族のネゲンダンクと申します!﹂
ピース・メーカー
﹁は、初めましてどうも⋮⋮PEACEMAKER団長、人種族の
リュート・ガンスミスです。こっちはオレの妻の魔人種族、ヴァン

2356
パイア族のクリス・ガンスミスです﹂
 オレはネゲンダンクの勢いに押されながらも、自己紹介を済ませ
る。
 クリスは紹介すると、可愛らしくぺこりと頭を下げた。
 とりあえずオレ達はソファーに座り、受付嬢さんが淹れてくれる
香茶が目の前に並ぶのを待つ。
 その間に依頼人であるネゲンダンクを観察した。
 身長は160cm前後。
 あまり大きい方ではないが、筋肉がガッチリと付いているせいか、
身長以上に大きく見える。
 横幅もあり、顔も髭で覆われているため見た目は人種族というよ
りまるでドワーフだ。
 指は太くその皮は見た目から厚く傷だらけで、いかにも職人とい
う手をしていた。
 受付嬢さんが香茶を配り終え、下座に座るとネゲンダンクが話を
切り出す。
﹁早速で申し訳ないのですが、クエスト依頼の話をさせてください﹂
﹁かまいませんよ。それで一体どんな依頼ですか?﹂
﹁実は私は彫刻家でして⋮⋮﹂
 ネゲンダンクは割と名前の知られている彫刻家、芸術家であるら
しい。
 主な収入源は2つ。
 貴族や大店商人などから依頼された石像などの製作。

2357
 自身のインスピレーションのまま彫った石像を商業アトリエ店に
卸し売れたら代金を﹃8対2﹄の割合で受け取っている。
 以上、2点だ。
 しかし最近はどちらも不振で、貴族達やアトリエの客達も彼の作
品に飽きたのか依頼もなければ、店の石像も売れなくなったらしい。
 さらに悪いことは続き、最近はずっとスランプに陥ってノミと金
槌を握れない生活が続く日もあった。
 だが、これでは自分が駄目になると一念発起し、兎に角作品を造
り続けた。
 そのお陰で客足が徐々に戻ってきたらしい。
 さらに彼は一気に弾みを付け名声を取り戻し、あわよくば今まで
以上に高めるため個展を開くことを決意。
 作品は全て制作済みで、個展会場が取り仕切っている倉庫へ移動
済み。現在、個展会場でおこなわれている他者の作品展が終わり次
第、ネゲンダンクのと入れ替えるらしい。
 個展は30日間おこなわれるとか。
 しかしここで問題が発生した。
 今回の目玉となる彫刻を︱︱制作途中でミスに気付き破棄した筈
の失敗作と間違って包み、送ってしまったのだ。
 その時、徹夜が続き疲労が限界を突破していたため起きた不幸な
事故。
 気付いた時には一足遅く、作品は全て倉庫へと運び込まれてしま
った。
﹁しかし芸術家として自信作と失敗作を今更﹃送り間違えた﹄なん

2358
て口にしたら、自分の作品も見分けられないのかと審美眼を疑われ、
待っているのは身の破滅です! ですが、このまま個展が開かれ、
人目に触れれば失敗作だとすぐに分かり、﹃才能無し﹄と烙印を押
されてしまいます!﹂
 つまり、今更本物と取り替えようと、出展しようと、どちらにし
ても身の破滅ということらしい。前世、日本であれば謝れば済むよ
うな問題のような気もするが、この世界ではそういうことに厳しい
のだろう。
 そしてネゲンダンクは考えた末、﹃だったら、いっそのこと壊れ
て目玉のメインが無い方がマシだ﹄という結論に至った。
ピース・メ
 そこでどんな不可能も可能にすると噂に名高い、PEACEMA
ーカー
KERのクリスの話を聞いたらしい。
 曰く、クリス・ガンスミスは魔術師でもないのに﹃ツインドラゴ
ンを単身で撃破﹄﹃石化の魔眼を持つバジリスクの目を射抜き殺害﹄
。さらにあの狩猟困難と有名な﹃シシギを鼻歌交じりで仕留めた﹄
など、話は枚挙にいとまない。
 そんな彼女なら、間違って送ってしまった石像を壊してくれるか
ギルド
もしれないと、一縷の望みに縋って冒険者斡旋組合に駆け込んでき
た。
 ネゲンダンクはテーブルに額を擦りつけ懇願する。
﹁どうか! どうか! この依頼を引き受けてください! もし今
回の個展が失敗したら私は⋮⋮ッ、私は⋮⋮ッッッ﹂
 切羽詰まりすぎて、言葉を最後まで言うことができずにいる。

2359
 クリスがオレに目を向ける。
 彼女の瞳は﹃彼を助けたい﹄と訴えていた。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERの理念は、﹃困っている人、救いを求める
人を助ける﹄だ。
 断る理由がない。
 オレは頷き同意する。
 クリスも頷き返すと、彼の手をそっと握り締めた。
 ネゲンダンクは顔をあげる。
 クリスは手を離すと、ミニ黒板に文字を書く。
﹃分かりました。そのご依頼お引き受けします!﹄
﹁あ、ありがとうございます! ありがとうございます!﹂
 今度は感謝の気持ちを表すように、ネゲンダンクが額をテーブル
に擦りつけ始める。
ギルド
 こうしてクリスとオレは、冒険者斡旋組合立ち会いのもとで正式
にクエストを受注した。
 しかし、この時、オレは微かな違和感を感じた。
 感謝の気持ちを表すためテーブルに額を擦りつけているネゲンダ
ンクが、下げて見えなくなっている表情に、嫌らしい笑みを貼り付
けている気がしたのだ。
 その違和感はすぐに無くなり、ネゲンダンクがただひたすら頭を
下げ、感謝の言葉を繰り返しているだけだった。
︵⋮⋮気のせいか?︶

2360
 オレは首を傾げつつも、詳しい仕事内容に耳を傾けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 個展を開く展示会場がある街は、ここから約3日ほどかかるウミ
リアーニ街でおこなわれる。
 開催日は今から6日後。
 オレは手を挙げ質問する。
﹁一応確認なんですが、破壊するのではなく、倉庫に忍び込んです
り替えることはできないんですか?﹂
﹁無理です。あそこの倉庫には私の物だけではなく、他にも著名な
方の作品が保管してあり常時警備兵︱︱展示会場側が雇っている私
兵が居て、最新の魔術と魔術道具で固められています。侵入するの
も、すり替えて抜け出すのもまず不可能です﹂
﹁なら、展示物を飾った瞬間に窓から狙って壊すのはどうだろう。
建物の見取図ってありますか?﹂
﹁はい、私が覚えている限り紙に描かせて頂きました﹂
 ネゲンダンクが手描きの見取図を取り出す。
﹁⋮⋮この建物って窓が無いんですか?﹂
 見取図を見る限り窓の記述がなく、一般的な建物より大分入り口
が大きくなっているぐらいだ。

2361
 ネゲンダンクが語る。
﹁この展示会場は作品が日光に当たり劣化するのを防ぐため、窓を
全てなくしているのです。その代わり魔術光を各所に取り付け、入
り口を大きくすることで開放感を演出しているのですよ﹂
﹁なら、建物入り口から狙って破壊するのはどうだろう? 作品は
どの場所に置かれるんですか?﹂
﹁リュートさん達から見てここの右側奥ですね﹂
 展示会場は逆Tのような﹃⊥﹄の形をしている。
 横線になっている部分が正面で出入り口があり、展示物は右端の
奥に置かれるらしい。
﹁こりゃ入り口から狙撃するのは不可能だな﹂
﹃ですね。角度が足りなくて絶対に奥まで届きませんね﹄
 射撃を担当するクリスが断言する。
 あのクリスが言うのだから、入り口から右奥に置かれたターゲッ
トを破壊するのは不可能なのだろう。
 もしあの台座に作品が運ばれたらチェックメイトだ。
﹁それなら、入り口から破壊しやすい位置に彫刻を今から移動させ
ることってできませんか?﹂
﹁できればそうしたいのですが⋮⋮すでに台座を作り終え、事前に
業者と入念に打ち合わせをしている上、さらに場所を変えるとなる
と他作品の兼ね合いもありどうしても作業で2日つぶれてしまいま
す。業者に不審がられる上、招待状を送っている貴族様方はお忙し
い方ばかり、日程がずれると来られなくなる可能性があるのです﹂

2362
 つまり、作品を移動するのも﹃無理﹄ということか⋮⋮。
 ちなみに倉庫から荷物を運び出す際は、馬車ごと建物内に入るた
め狙撃は不可能らしい。
﹁となるとやっぱり展示物を建物内に搬入する時を狙うしかないな﹂
 展示会場の裏手から荷物は中へと運び込まれる。
 さすがに倉庫と違って、馬車ごと中に入って荷下ろしするスペー
スはない。
 この時、馬車から建物内部に移動する隙を狙い破壊するしかない。
 ネゲンダンクは搬入日時を教えてくれる。
﹁搬入が始まるのは前日、朝からです。1日かけて荷物を運び入れ
て作品を配置していきます。その際、作品は全て木箱やクッション
に包まれて運び込まれるので間違わないようお願いします﹂
 ちょっと待て。
 木箱やクッションなんて初めて聞いたぞ。
 それじゃどうやって目標の作品を見分けて破壊すればいいんだ!?
 オレ達の不満を感じ取ったのか、ネゲンダンクが慌てて解決策を
提示する。
﹁ご安心下さい。目標の作品は木箱に入っていて、外側の板には底
以外全面に作品タイトルが記されてあります。物によっては似たサ
イズになってしまうので間違わないようにするための処置です﹂
﹁なるほど、ならすぐに目標の作品を判別できますね。それで作品

2363
のタイトルは?﹂
 ネゲンダンクはここぞとばかりに胸を張り、得意満面の表情で告
げる。
﹁タイトルはですね﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄です。どうです?
 素晴らしいタイトルでしょう? このタイトルをどうして付けた
かというとですね。作品を製作している際、こう天からふっと下り
てきたようにタイトルが浮かんだのです。このタイトルから分かる
とおり、この作品は人の腕が楯を持っているのですが。これは人︱
︱ひいては他4種族皆は一般的にそれほと力が強くない。しかし!
 私達には腕があり、誰かを守りたいという心がある! その守り
たいという意志を楯という形でこの世界に留めることで︱︱﹂
 タイトルを聞いたはずなのだが、いつのまにか自信作で今回の展
示会の目玉になるはずだった作品﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄の芸
術的説明が始まる。
 人は自身の得意分野になると饒舌になるものだが、特に創作する
者達はその傾向が強い気がする。ある種の偏見ではあるが。
 しかしお陰で作品の名称と形状を把握することが出来た。
 ネゲンダンクの話を纏めると︱︱作品名は﹃不屈の腕、絶対不破
の楯﹄。大きさは大の男が2名両脇から抱えないと運べないほど大
きい物になる。
 この作品に使用されている材質は石らしいが、それほど強固な物
ではなく、強い衝撃を加えると脆く壊れてしまうのだとか。
 だから、トンカチとノミで削り出すのにも神経を使うらしい。

2364
 しかし、これからクリスが破壊する作品が﹃不破の楯﹄とは⋮⋮。
 なんというか皮肉を覚えてしまう。
 一通りの情報を得ると、未だに自身の作品の話をするネゲンダン
クに声をかける。
﹁名称と形状や材質は理解しました。一度、本部へ戻り準備を終え
てからウミリアーニ街へ向かい今度は周辺の様子を確認したいと思
います。一応、建物の見取り図は頂いてよろしいですか?﹂
﹁は、はい! どうぞお役立てください! すみません、芸術の話
になるとどうも止まらなくなってしまって⋮⋮﹂
﹁いえいえ、面白いお話でしたよ。もし時間があればもっと聞きた
いぐらいです﹂
 さすがに面と向かって﹃つまらないです﹄とはいえない。
 適当に言葉を濁し、ソファーから立ち上がる。
 ネゲンダンクも慌てて立ち上がり、深々と頭を下げてきた。
﹁それでは何卒よろしくお願いします! 私もウミリアーニ街へも
う向かいますので、何かありましたらお声をかけてください﹂
 ウミリアーニ街で泊まる宿の名前を聞き、オレとクリスは個室を
後にする。
ギルド
 オレ達は冒険者斡旋組合を後にして、ネゲンダンク達の目が無く
なると思わず2人揃って溜息を漏らした。
﹃先程の方のお話は難しくて、何を言ってるのか全然分かりません
でした﹄
﹁オレも芸術の話をされても分からないよ。オレとしてはクリスの

2365
可愛さの方がよっぽど芸術的だと思うんだけどな﹂
﹃も、もうリュートお兄ちゃんはすぐにからかう!﹄
 クリスは褒められて嬉しいけど、人前だから恥ずかしいと頬を膨
らませながら赤く染める。
 その姿が本当に可愛い!
 正直、マジでその辺の作品よりクリスの可愛さの方が芸術的だと
思うよ!
 こうしてオレ達はいちゃつきながら、新・純潔乙女騎士団本部へ
と帰った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 本部へ戻ると早速、クエストをこなすための準備に取り掛かる。
 今回のクエストは少数精鋭で望む。
 そのため参加するメンバーはオレとクリスのみ。
 ウミリアーニ街へはココリ街の商人達がひっきりなしに行ってい
るため、便乗して移動する予定だ。お陰で野営が大分楽になる。
 馬車は新・純潔乙女騎士団にあるのを借りる。
 他に食料、水、武器&弾薬、衣類、寝具などを準備する。
 一通り準備を終えると、個展開催まで日がないためオレとクリス
はさっさと出発した。

2366
 ココリ街を出発して3日後、ウミリアーニ街に辿り着く。
 付いた日は夜遅かったため、宿を取りそのまま宿泊した。
 翌日、朝食を摂った後、個展会場周辺の下見をする。
 会場は商業施設の一番端に建てられていた。
 そのため周辺は開けており、買い物に疲れた人々がベンチに座っ
たり、小鳥にエサを与えたり、子供達が鬼ごっこをしていたりする。
 市民の憩いの場という感じだ。
﹁この辺は意外と狙撃ポイントがないな⋮⋮﹂
﹃ですね﹄とクリスが同意する。
 オレ達は個展会場正面を確認すると、今度は裏手に回る。
 会場の裏手は城壁も近いせいか、影になっており正面の広場より
気温が低い。
 そのせいかひっそりとしていた。
 周囲も馬車での移動を考慮しているのか閑散としている。
 申し訳ない感じで等間隔に植林されている程度だ。
 オレとクリスは狙撃場所を探す。
 城壁から狙うには位置が高すぎる。
 植林されている木の陰はさすがに丸見えだ。
﹁と、するとポジションはここかな?﹂
﹃ですね﹄

2367
 展示会場搬入口から約150m地点。
 中・低層向け住宅街の入り口だ。
 ここからなら真横から出入り口を監視することができる。
 比較的低所得者が多そうな住宅街の入り口のため、通りに物がご
ちゃごちゃと溢れ出ている。
 壊れた屋台や荷台、破損した車輪の山、廃材などが散らばってい
た。
 上を見上げると、石材で作られた建物の間を細いヒモが電線のよ
うに張り巡らされている。その間にしまい忘れた洗濯物やシーツが
風に靡いていた。
 ここなら身を隠す場所には困らない。
 他にも周辺を確認した。
 反対側にも回ってみたり、もう一度正面に戻ったりする。
 日が傾き夕方になると、ネゲンダンクが泊まっている宿に顔を出
す。
 ちゃんとオレ達がクエストをこなすために街に来たことを告げる
のと、何か新しい情報や問題が起きていないかの確認だ。
 ネゲンダンクが泊まっている宿屋1階で食事を摂り、互いに情報
を交換した。
 その日の夕食はネゲンダンクにご馳走になる。
 自分達の宿に戻ると、疲れを残さないためさっさと布団へ潜り込
んだ。
 こうしてウミリアーニ街の1日を終える。

2368
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ネゲンダンク個展展示前日。
 早朝、石畳を角馬の足音と木造車輪の軋む音がウミリアーニ街に
響く。
 今日1日かけて、展示会場に配置していくらしい。
 馬車の第1陣が展示会場裏手の搬入口へと辿り着く。
 既にオレとクリスもポジションについていた。
 展示会場搬入口から約150m地点。
 中・低層向け住宅街の入り口。破損し放置されている屋台の陰か
らクリスは組み立て終えているVSSを突き出している。
バレル
 なぜVSSかというと消音狙撃ライフルなのと、銃身、ストック、
レシーバー
機関部を取り外し鞄に収納出来るからだ。
 この異世界の人々の朝は早い。
 早朝とはいえ働き出している人は割と多い。
 そのため不審に思われないように鞄に収納でき、早朝の迷惑&発
サプレッサー
砲音を減らす減音器が付いたVSSを選んだのだ。
 減音させるため9mm×39の亜音速弾を使用するが、十分作品
を破壊する力は持っているから心配はしていない。

2369
 オレはクリスが狙撃に集中できるように周囲を警戒する。
サプレッサー
 一応、手には減音器が付けられた﹃USP タクティカル・ピス
トル﹄を握り締めていた。
 すでに宿はチェックアウト済みだ。
 この狙撃が終わったら、怪しまれないうちに預けてある馬車に乗
って、ココリ街へと戻る予定だからだ。
 第1陣の積み込みが終わると、第2陣の馬車が入り口に移動する。
 2つ、3つと馬車に詰め込まれていた荷物が運び出されて行く。
 6つ目で目的の木箱が姿を現す!
 人種族らしき男性2名が重そうに木箱の前後を支えて入り口へと
向かう。
 オレ達から見える側面の外側に赤いインクで大きく﹃不屈の腕、
絶対不破の楯﹄と書かれていた。
﹁すぅー⋮⋮﹂
 微かにクリスの呼吸音が聞こえてくる。
 彼女は息を吸い込み、吐き出す。
 最後は息を止めた。
トリガー
 クリスの指先が引鉄に触れて︱︱
 ゾッ!
 発砲寸前、オレとクリスは魔力の流れを感じる。
 咄嗟に流れを感じた方向へ顔を向けると、石材で作られた建物の

2370
屋根からこちらを狙うフードを被った人物がいた!
 フードは高々と叫んだ。
ウィンド・ウィプ
﹁我が手に絡まれ風の鞭! 風鞭!﹂
 風の鞭が狙うのはクリス︱︱ではなく、オレだった!
﹁くぅッ!﹂
 オレは咄嗟に肉体強化術で身体を補助!
 その場から回避、すぐさまUSPの銃口を向けるが、すでにフー
ドは走り去ってしまった。
 クリスがこちらを心配した表情を向けてくる。
﹁大丈夫、オレに怪我はないよ。それよりクリスは大丈夫だったか
?﹂
﹃はい、怪我はありません⋮⋮でも﹄
 彼女はミニ黒板の文字を詰まらせる。
 彼女が肩を落としている理由にすぐに気が付く。
﹃な、なんだ!? 突然、地面が割れたぞ?﹄
﹃おい! あそこ! あそこで魔術師が暴れていたぞ!﹄
 展示会場搬入口に居た男達がざわめき、数人が街の兵士を呼びに
走っている。
 クリスが狙った荷物は、その騒ぎの中無事室内へと運び込まれて
行く。

2371
 そう、あのクリス・ガンスミスがフード魔術師の襲撃を受けたせ
いで狙撃に失敗したのだ!
 あのクリスがだ!
 どうやらオレがフード魔術師の攻撃を回避している間に発砲した
らしい。
 オレは驚愕でフリーズしていた意識を再起動し、指示を出す。
﹁と、とりあえずこの場は逃げるぞ! 空薬莢は拾ったか?﹂
 クリスが頷くのを確認して、オレ達は中・低層向け住宅街奥へ向
かって走り出す。
 互いに肉体強化術で身体を補助してだ。
 こうしてオレ達は、展示会場搬入口の狙撃ポイントから逃げ出し
た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁むうぅ∼∼∼﹂
 クリスの狙撃失敗から十数日後。
 オレは新・純潔乙女騎士団の団長室として使っている執務室で椅
子に座り、もう一度、調査結果で上がってきた書類に目を通した。
 狙撃に失敗した後、オレとクリスは馬車に飛び乗り、逃げるよう

2372
にココリ街へと戻ってきた。
 帰りの道すがら、クリスがなぜ狙撃に失敗したのかポツポツと語
り出す。
 曰く︱︱フード魔術師の攻撃はオレにだけではなく、クリスの射
線を妨害するように風の鞭を撃ち込んできたせいで、弾丸が余波で
逸れてしまったらしい。
 しかし一番の原因は、オレがフード魔術師に襲撃を受けたせいで
集中力が途切れてしまったからだ、とか。
 白狼族の男性陣から、クリスはホワイトドラゴンが周囲を旋回し
ても気にも留めなかったらしい。なのにオレが目の前で襲撃を受け
ただけで集中力を乱されるなんて⋮⋮。
 オレは本当に心底クリスから愛されているようだ。
 オレだってクリスが目の前で襲われたら、絶対に集中力を乱して
しまう!
 彼女には悪いが思わず口元がニヤケそうになる。
 そしてオレ達はココリ街の本部へ戻り、スノー達にクリスが狙撃
に失敗してクエストを達成できなかったこと伝えた。
 最初、﹃クリスが狙撃に失敗した﹄と誰も信じてくれなかった。
 何かの冗談だと思われたらしい。
 しかし、クリス本人が肩を落とし報告してようやくみんな信じて
くれた。
 それだけクリスの腕をみんなが信頼しているのだ。
 また結局、個展はどうなったかというと⋮⋮。

2373
 今回の襲撃は、ネゲンダンクを目の敵にしているライバルが個展
を阻止しようと放った刺客︱︱ということで落ち着いているらしい。
 さらに狙われたのが個展の目玉である﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄
で、掠り傷負うことなく無事台座に置かれた。
 お陰で﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄を一目拝めば、﹃どんな襲撃
者に襲われても怪我を負わない﹄や﹃彼の作品を持てば襲撃者に襲
われない﹄などという与太話的噂が流れている。
 その話を真に受けた人々が一目作品を見ようと連日訪れ大賑わい
らしい。
 特に街々を行き来する商人達が、験担ぎのため彼の作品を一目見
ようと詰めかけている、とか。
 それどころか富豪や貴族達が押し寄せ、﹃不屈の腕、絶対不破の
楯﹄を手に入れるための値上げ合戦をおこなっていた。
 あまりに値段が吊り上がっているため、小金持ちの人々は細々と
したネゲンダンクの作品に手を出しているらしい。
 そんな細々とした作品でも奪い合いがおき値上げ合戦に発展。通
常では考えられない値段になっている。
 つまり今回の襲撃失敗で箔が付き、バブルが起きているのだ。
 そして、連日の大賑わいで人々が詰めかけているのに失敗作であ
るはずの作品に対して誰1人否定的な意見が出ていない。
 本当にあの時、運ばれていた作品は失敗作だったのだろうか?
 今ではそれすら疑わしい。
 クエストには失敗したが、不幸中の幸いにもそれが良い方向へと
転がっている。
 そのせいかネゲンダンクからはまだ苦情のお言葉1つもらってい
ない。

2374
 しかし、いくらなんでもできすぎている。
 狙撃当日。
 オレに怨みを抱く魔術師が居て、クリスが狙撃をおこなう寸前に
暗殺しようと魔術を放つ。結果、狙撃に失敗。
 だがお陰で、個展に箔が付いて会場は連日大賑わい。
 作品にも貴族や富豪が、競うように値段をつり上げている。
 どう考えても都合がよすぎる。
 まるで出来損ない3流映画のようなシナリオだ。
﹁んで、ミューアに頼んでツテを辿ってもらってネゲンダンクを調
べてさせたけど⋮⋮﹂
 ミューアはオレの頼みをすんなり引き受け、翌日にはネゲンダン
クの詳細な情報をまとめて渡してきた。
 まさかこれほど早いとは⋮⋮。
 正直、ミューアに早急に設立しないとと考えている諜報部隊のト
ップを担当してもらいたい程の手際の良さだ。
 もう一度、上がってきた書類に目を通し確認する。
ギルド
 確かに冒険者斡旋組合での話し通りの内容が書かれてあった。
 新しい情報としては︱︱無収入時代のせい&今回の個展を開くた
めに、かなり危ない筋から多額の借金もしている。
 しかも、その金額がちょっとした物で、現在のように個展が賑わ
っていなければ到底返せない金額だ。

2375
﹁もしかして⋮⋮ネゲンダンクはオレ達をこのバブルを引き起こす
ための仕掛けに利用したってことか?﹂
 全ての偶然がネゲンダンクの都合がいいように転がった︱︱と、
言われるよりずっと納得がいく話だ。
 現在流れている噂話も、彼自身が流しているのかもしれない。
 執務室の扉がノックされる。
﹁どうぞ﹂
﹁忙しいところ失礼します﹂
 ミューアがスルリと扉から入ってくる。
 彼女は着物のような上着に袖を通し、豊満な胸の谷間を露出させ
ている。
 口元から赤い舌がチロチロ出るたび、年齢に不釣り合いなフェロ
モンが同時に放出されている気がする。
 相変わらず彼女は﹃本当にクリスと同い年なのだろうか?﹄と疑
問を抱いてしまうほど色っぽい。
﹁はい、そうですよ。私はクリスさんと正真正銘同い年の15歳で
すよ﹂
﹁いや、ちょっと⋮⋮心を読むのは止めてください﹂
 オレは思わず敬語で返答してしまう。
 彼女は楽しげにころころと笑った。
 オレは自分の敗北を宣言するように肩をすくめる。
﹁それで何かようかい? まさかわざわざオレをからかいに来た訳
じゃないだろ?﹂

2376
﹁当然です。私もこう見えて色々忙しいんですから。でも、リュー
トさんの反応が面白くてついついからかってしまうのですよ。困ら
せてしまってごめんなさい﹂
 だから、なんで台詞を言うだけでこんなに色っぽいんだ。
 オレは咳払いをして彼女に話を急かす。
 今度はミューアがつまらなそうに肩をすくませた。
﹁こちらに伺った用件は、ウミリアーニ街でリュートさんとクリス
さんを襲ったフード魔術師を捕らえたことを報告にきました。現在
は本部地下の牢屋に入れてあります﹂
﹁はっ!? マジで!?﹂
﹁はい、マジです。本人も認めていますし、状況証拠と彼が得た金
銭、周囲の聞き込みなどから犯人で間違いないと思います。こちら
が纏めた書類です﹂
 ミューアはオレの反応を愉しむように笑顔で告げる。
 何この子!? この短時間でフード魔術師を捕まえたあげく書類
に情報もまとめ済みなの!?
 オレは彼女から書類を受け取ると、とりあえず流し読みだが最後
まで目を通す。
 フード魔術師は人種族、名前はメオーニ。魔術師Bマイナス級。
 ギャンブル狂&アルコール依存症のため、いくら稼いでもすぐに
散在してしまう。そのため多額の借金有り。
 10数日前、男から仕事の依頼を受ける。
 顔や特徴はフードを被っていたため分からない。声とフードから
覗いていた髭、手や体躯の分厚さから男と断定。見た目は人種族か、
妖精種族のドワーフらしかった。

2377
 前金を受け取り、指定する日時に男女が展示会場裏手搬入口周辺
で襲撃準備をおこなっている。襲撃の瞬間、邪魔をして欲しいと頼
まれる。
 前金を渡され、成功すればさらに倍額を支払うと約束。
 前日、さらに男が接触して襲撃場所の詳細を知らされる。
 男の要求通り襲撃に成功。その日のうちに約束の金額を受け取る。
 以後、ギャンブルと酒を飲む生活を送った。
 証拠品として彼の自宅から被っていたフード、三分の一ほど残っ
た金銭が出てくる。さらに周囲から聞き込みで、メオーニが珍しく
近々大金が入ると酒場で話していた裏を取る。
 ︱︱書類にはだいたい以上のことが書かれてあった。
 ミューアの言葉通り、オレとクリスを襲撃した魔術師は、ほぼこ
いつで間違いないだろう。
 オレは驚きを通り越して、冷や汗を掻きながら目の前に立つミュ
ーアに視線を向ける。
﹁この短時間でよく犯人を見付けたあげく、ここまで情報を集めら
れたな⋮⋮﹂
ピース・メーカー
﹁ふふふ、私はこれでもPEACEMAKERの外交部門担当です
から、リュートさんやクリスさんを狙った犯人が許せなくて色々ツ
テを使って調べさせて頂きました﹂
 彼女はここで純粋無垢な笑顔を浮かべる。
 しかしオレは、そんな笑顔に見惚れるどころか、﹃うわぁ、絶対
にミューアさんを怒らせないようにしよう﹄とオレは思わず天神様
に誓ってしまう。
 世の中には絶対に敵に回しちゃいけない人物が居る。彼女はその
類の1人だ。

2378
 だが、こういう才能は希有である。
 正直、本気でミューアに諜報部隊の設立&隊長を任せた方がいい
かもしれないな。
 オレがそんなことを考えていると、ミューアが歌うように進言し
てくる。
﹁私見ですが、これらの情報と現状を鑑みて、どうやらリュートさ
んとクリスさんは、ネゲンダンクの知名度をあげるため利用された
んだと思います﹂
﹁だろうな。オレ達の正確な射撃位置なんて、本人達を除いたらネ
ゲンダンクしか知らないからな﹂
 オレとミューア、2人の意見が一致する。
 ネゲンダンクは黒だ。
﹁リュートさん、いかが致しましょうか?﹂
 ミューアは聖母のような微笑みを浮かべているが、その声音はゾ
ッとするほど冷たい。
 オレは腕を組み考え込む。
 確かにネゲンダンクを消すのは現在のオレ達なら難しくない。
 恐らくミューアに指示すれば、誰1人に知られずネゲンダンクは
この世から消えるだろう。
ピース・メーカー レギオン
 しかし、オレ達、PEACEMAKERはどこぞの暗殺軍団では
ない。
 それに彼を消すことが﹃本当に利用された復讐になるのか?﹄と
言うと疑問も残る。

2379
﹁とりあえずクリスに現状を報告しよう。彼女も当事者の1人なん
だから﹂
﹁了解しました。では、今すぐお呼びしても?﹂
﹁ああ、頼む﹂
 ミューアは一礼して部屋を出て行った。
 彼女に話したとおり、まずはクリスに現状を伝える方が先だろう。
 もちろんこのまま泣き寝入りすつもりはなかった。
第214話 クリス、15歳︱︱﹃クリス15 絶対不可避!? 弾丸芸術︵バ
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、10月17日、21時更新予定です!
軍オタ1巻発売を記念した、一週間連続更新の第5弾です!
1巻発売日まであと2日! あと2日です!
書き下ろしもがっつりと入り、WEB版を読んだ方にも楽しめる内
容となっております!
さらに硯先生の可愛らしいイラスト、そして巻末にはおまけのイラ
ストに4コマも! さらには購入者にだけ読める特典﹃軍オタif
ストーリー﹄も!

2380
1巻が売れないと打ち切り的な意味合い等大変なことになってしま
うらしいので⋮⋮! 軍オタ1巻を是非是非よろしくお願い致しま
す!
⋮⋮ちなみに、今回はクリスが狙撃依頼を受ける前編です。
本来なら前中後編と分ける分量なのですが、折角1巻発売日前のア
ップ祭ということで前後編としてアップさせて頂きました。楽しん
で頂ければ嬉しいです。
第215話 クリス、15歳︱︱﹃クリス15 絶対不可避!? 弾丸芸術︵バ
 数日後、オレとクリスは再びウミリアーニ街を訪れていた。
 彼女と2人、ネゲンダンクの作品を展示している会場内部を見て
回る。
 会場に入り右折するとまず飛び込んでくるのは波をバックに角馬
が後ろ足で立ち上がる彫像だ。
 躍動感があり、今にもそのまま走り出しそうである。
 次に目に付くのは羽が生えた亀のような生物の彫像だ。
 さすがにこの異世界にも羽の生えた亀はいない。
 どうやらネゲンダンクの想像上の生物らしい。
 この彫像は壁に行儀よく一列には並ばず、ずれておかれていた。

2381
 最初は配置ミスかとも思ったが、どうやら演出らしい。反対側に
ある彫像達も横一列には並ばずランダムに配置されている。
 まるで差し掛けのチェス駒の中に紛れ込んだような気分だ。
 別に横一列に並べてもいいと思うんだが⋮⋮
 こういう所が芸術家の拘りなんだろうな。
 最奥へ進むとチェス駒のキングのように﹃不屈の腕、絶対不破の
楯﹄が置かれていた。
 運良く人だかりも少なく、背の低いクリスでも見ることができる。
ギルド
 確かに冒険者斡旋組合で長々と受けた説明のように人の腕が、楯
を持っている彫像だった。
 成人男性2人が協力しないと持ち上げられないほど大きい。
 1つの石の塊から削ったらしく台座部分はまだ石の状態だ。見方
によっては制作途中であったり、荒々しさを出すための演出とも取
れる。
﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄の前に立ち、周囲、天井から足下まで
確認する。
 見取図通り窓は無し。
 天井、床にもそれらしい物はなかった。
 煌々と魔術光が灯っているため室内はまったく暗くない。
﹁やぁやぁ! お2人とも! よく来てくださいました!﹂
 オレとクリスが作品を見ていると、依頼人であるネゲンダンクが
姿を現す。

2382
 彼はつい先日の切羽詰まった態度から一転、はち切れんばかりの
笑顔でオレ達に歩み寄ってくる。
 彼の背後にはバイヤーかファンか知らないが、コバンザメのよう
に男達がぞろぞろと付いて来ていた。
﹁どうも﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 オレは一応挨拶するが、クリスは珍しく不快そうに眉根を顰める。
 ネゲンダンクは背後の男達に振り返ると、偉そうに言葉を投げた。
﹁私は大切な友人達を歓待しなければならないから、君達との話し
合いはまた後だ。今日はもう帰ってくれ﹂
﹁はい、先生、分かりました﹂
 男達は媚びるような笑みを浮かべて、ネゲンダンクの機嫌を損ね
ないように素直に指示に従う。
﹁改めてよく来てくださいました、私の個展に!﹂
 ネゲンダンクはオレ達に向き直ると、機嫌よさげに語りかけてく
る。
 彼は饒舌に語り出す。
﹁クエストに失敗したと聞いた時、最初はもう私はお終いだと絶望
しました。しかしご覧の通り、予想と違って逆に箔が付き、お陰様
で大盛況ですよ! なので失敗したことは怒っていませんのでもう
お2人もお気になさらず﹂
﹁⋮⋮﹃予想と違って﹄ではなく、予想通り︱︱いや、予定通りじ
ゃないんですか?﹂

2383
﹁それはどういう意味ですか?﹂
﹁貴方が仕事を依頼した魔術師は、すでに捕縛済みです。彼にオレ
達のクエストを邪魔するように仕事を依頼したんですよね? 証拠
もあって︱︱﹂
﹁あああ、あああ。いいです。証拠とかいいですから。そうですよ。
私が彼に貴方達のクエストを邪魔するように仕事を依頼したのです﹂
 オレが裏切っていた証拠を突き付けようとした矢先、台詞を遮ら
れる。
 ネゲンダンクは先程のまでの友好的態度から一転。
 めんどくさそうな態度で、あっさりと容疑を認めた。
 この態度の変化は予想外で、思わず固まってしまう。
 普通、こういう時、相手は色々誤魔化そうとするのが刑事や探偵
物の定番ではないのか?
 オレの困惑も気にせず、ネゲンダンクは軽い調子で語り出す。
﹁お察しの通り、私の名声を高めるためリュートさん達を騙して利
用させてもらいました。いや、すみません。それで違約金はいくら
になりますか? 言い値を仰ってください。全額支払いますから﹂
﹁ふざけるなよ⋮⋮オレ達を騙してなんだその態度は?﹂
 オレも態度を変え、怒気を孕んだ声音で応じるが、ネゲンダンク
は軽く肩をすくめただけだった。
﹁そんなに怒らないでくださいよ。ちゃんと違約金は払うっていっ
てるじゃないですか。もちろん騙したの悪いと思っていますよ。で
すが今回の一件で、私は富と名声を手に入れた。リュートさん達は
違約金という形で多額の報酬を受け取る。ほら! 誰も損をしてい
ないじゃないですか﹂

2384
 駄目だ。話にならない。
 オレが頭を抱えたのを﹃論破した﹄と誤解したのか、ネゲンダン
クはドヤ顔を浮かべる。
 殴りたい⋮⋮切実に殴りたい!
 しかし、オレ以上に怒っている人物が隣に居た。
 クリスから不機嫌な表情が抜け、一切の感情が抜け落ちる。
 瞳はまるで氷のように冷たい。
 ネゲンダンクは、自身が地雷原の上でランバダを踊っていること
に気付いていない。
 クリスがミニ黒板に文字を書き、オレだけに見せてくる。
﹁⋮⋮話になりませんね。そちらがそんな態度なら、こちらもそれ
なりの行動を取らせて頂きます﹂
﹁そ、それなりって⋮⋮まさか私を暗殺するんじゃ⋮⋮﹂
 先程まで気色の悪い薄ら笑いを浮かべていたネゲンダンクは、一
転顔色を悪くする。
レギオン
﹁オレ達はどこかの暗殺軍団じゃありませんよ。クエストの破棄は
認めず、依頼を続行させて頂くだけです。もちろんお代は結構です
よ﹂
﹁⋮⋮はぁ?﹂
 最初、ネゲンダンクは意味が分からず首を傾げる。
 ようやく脳みそで理解すると、再び気色の悪い笑みを浮かべた。
﹁何を言い出すとは思えば。クエストを続行する? はっはっはっ

2385
は! もう作品はあの台座に置かれたんですよ! 今更、狙撃クエ
ストを達成することなんて不可能です! それは貴方達が自分で言
っていたことじゃないですか!﹂
 大声を上げたせいで周囲の注目を集める。
 ネゲンダンクはトーンを落とし、告げる。
﹁どうぞどうぞお好きに。客からお金を受け取った後なら、好きに
壊してくださいよ。会場の外のどこぞで作品を壊されようと、どう
でもいいですから。その時、私は彫刻家として不動の地位を得てい
ますからね。これからは仕事も、名声にも、お金にもまったく困り
ませんから﹂
﹁⋮⋮何か勘違いしているようですが、他の人の手に渡ってから壊
したのでは、ただの器物破損です。オレ達は頼まれたクエスト通り、
あなたに所有権がある内に︱︱この個展が開かれている期間中、会
場内で、あの作品を狙撃で破壊するといってるんですよ﹂
 オレは親指で奥の台座に収まっている﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄
を指さす。
 ネゲンダンクの目が鋭くなる。
 彼はオレ達から作品を庇うように位置を変えた。
﹁⋮⋮困りますね。あれは今回の個展の目玉。ほぼ買い手も付いて
いるんですよ﹂
 この異世界での一般的な個展のシステムは、まず建物内部に入る
ために入場料をしはらわなければならない。
 そして期間中に競売形式で欲しい人が作品に値段を投じていく︱
︱というものだ。
 最終日に一番値段が高い人が、その作品を買えるらしい。

2386
 前世でのシステムは知らないから比べようがないが。
 オレはネゲンダンクの睨みを軽く受け流す。
﹁別に今すぐこの場で作品を壊そうという訳じゃありませんから、
安心してください﹂
﹁ああ、そうか⋮⋮兎に角もう帰ってくれ。そしてもう二度と顔を
出すな。もし顔を出したら警備兵に付きだしてやる。違約金ももう
払わないからな!﹂
 違約金なんているか!
 オレとクリスはそれ以上、彼の相手をせず会場から出る。
 ネゲンダンクはオレ達を警戒しながら、会場を警備する展示場勤
務の私兵を呼び何事か伝えている。
 どうせ、オレ達が姿を現したら絶対に、右奥に鎮座している﹃不
屈の腕、絶対不破の楯﹄へ近づけるなとか言っているのだろうな。
﹁でも本当によかったのか、あんな大見得を切って?﹂
 展示会場を出た後、オレはクリスに話しかけた。
 なぜオレが突然、あんな宣言をしたかというと︱︱彼女にミニ黒
板で、自分の代わりに伝えて欲しいと指示を受けたからだ。
 クリスは先程の﹃この豚⋮⋮ミンチにして店頭に並べてやろうか
しら﹄的女王様のような視線が嘘みたいに明るい笑顔を答える。
﹃大丈夫です、任せてください!﹄

2387
﹁でも、ネゲンダンクじゃないけど、クリス自身が言ってたじゃな
いか。あの奥に置かれたら角度が足りなくて届かないって﹂
 そうなのだ。
 現状、オレが知る限りスナイパーライフルであの右奥にある﹃不
屈の腕、絶対不破の楯﹄を破壊するのは不可能なのだ。
 弾丸を入り口から撃ち込んでも、角度が足りず奥に配置されてい
る彫像まで届かない。
ギルド
 現に冒険者斡旋組合の個室で、クリス自身が﹃あそこに置かれた
ら狙撃での破壊は不可能だ﹄と断言していた。
 いったい彼女はどうするつもりなのだろう⋮⋮。
 オレの不安とは正反対に、クリスは不安など微塵もなく自信満々
に胸を張る。
﹃リュートお兄ちゃん、そんな心配しないでください。絶対にあの
彫刻を破壊して、嘘つきさんの鼻をあかしてあげますから!﹄
﹁⋮⋮分かった。オレもクリスを信じるよ﹂
 愛しい嫁がここまで断言しているんだ。
 夫であるオレが信じなくてどうする!
 クリスはオレの返事を聞いて嬉しそうに微笑む。
﹃それではあの彫刻を壊すためにお兄ちゃんに作って欲しい物があ
るのですが﹄
﹁作って欲しい物?﹂
 そしてクリスは自身が望む﹃作って欲しい物﹄の説明を始めた。

2388
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ネゲンダンクに啖呵を切って数日後。
 オレは再び、会場へと足を運んでいた。
﹁貴様! 何しに来た!﹂
 ネゲンダンクは目ざとくオレを見付けると、背後に警備兵を2人
連れて歩み寄ってくる。
 時刻はちょうどお昼。
 オレは左に曲がる入り口あたりに立って、右奥に鎮座している﹃
不屈の腕、絶対不破の楯﹄を眺めていた。
 さすがに昼頃は人も少ないが、﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄の前
には若いカップルと親子連れ、一般の男性が立っている。
 オレ達にとって彼らはちょっと邪魔だ。
﹁こら! 無視するな! いったい何をしに来たと聞いているんだ
!﹂
 ネゲンダンクを無視していたら、さらに声を張り上げ怒鳴ってく
る。
 オレはうるさそうに耳を押さえ、彼に振り返った。
﹁何しに来たって、用事があるから来たに決まってるだろ﹂

2389
 オレはもうネゲンダンクに敬語を使うのを止め、面倒臭そうに返
答した。
 横目で確認すると、カップル&一般男性が﹃不屈の腕、絶対不破
の楯﹄の前から離れる。
 残るは親子連れだけだ。
 ネゲンダンクはそんなオレの態度が気に入らないのか、さらに眉
根を釣り上げる。
﹁貴様にはもう二度と私の前に姿を現すな、展示会場に来るなと言
っていた筈だろうが!﹂
﹁オレだって用事がなければ、こんなゴミみたいな作品が並べられ
ている個展にわざわざ足を運ばないよ﹂
﹁ご、ゴミだと⋮⋮ッ! わ、私の作品をゴミと言ったか!﹂
 自身の作品を﹃ゴミ﹄呼ばわりされたのがよっぽど頭に来たのか、
ネゲンダンクはまるで火が灯ったように顔を赤くする。
﹁警備兵! は、早くこの無礼者をつまみ出せ!﹂
﹁﹁はっ!﹂﹂
 展示会場が雇っている私兵が、腰から下げている剣の柄に手をか
け距離を縮めてくる。
 相手は2人。
 装備は腰から下げた剣。
 防具は客達の鑑賞の妨げにならないよう配慮して革鎧を着ている。
 金属製鎧だとガチャガチャ音が鳴ってうるさいから当然といえば
当然か。

2390
 この程度の相手なら、肩から提げているUSPを使わずとも無力
化するのは難しくないだろう。
 親子連れが離れたお陰でようやく﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄の
前から人気がなくなる。
 オレはネゲンダンク達に背を向け入り口を目指す。
﹁用事は終わったから帰る﹂
 この態度の変化に、さすがに怒り心頭だったネゲンダンクも怪訝
な表情を浮かべる。
﹁あっ、そうそう。最後に、オレの﹃一度は言ってみたい﹄台詞、
第5位を使ってやろう﹂
 オレは振り返り、右手を銃の形にして発砲するマネをする。
 さらにネゲンダンク達は困惑の表情を深めた。
 オレは構わず台詞を告げる。
﹁地獄に堕ちなベイビー﹂と指鉄砲で撃つマネをした。
 刹那︱︱
 ダァァーンッ!
 展示場入り口正面から大分離れた距離から、発砲音が聞こえてく
る。
 聞こえたと思ったら︱︱なぜか右奥に鎮座していた﹃不屈の腕、

2391
絶対不破の楯﹄が不吉な破壊音をたて、砕けた。
 展示場内で見ていた見物客達が音に驚き、ある人は悲鳴を上げ、
ある人はその場に座り込む。
 オレを除いたその場に居た人、全員が突然壊れた﹃不屈の腕、絶
対不破の楯﹄に釘付けになった。
 ネゲンダンクは怒りで赤くなっていた顔が一転、今日の天気のよ
うな青くなり、へなへなとその場に座り込んでしまう。
 騒ぎ出す見物客達、落ち着かせようと動き出す警備兵、座り込ん
だネゲンダンクを無視して用事を終えたオレは、指鉄砲先端に息を
吹きかけた後、その場から歩き去った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ネゲンダンクの自信作、﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄が破壊され
て今日で約1ヶ月。
 ミューアから上がってきた最新情報が記された書類をチェックす
る。
 結局、ネゲンダンクの個展は大失敗に終わった。
 今までは﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄を一目拝めば、﹃どんな襲
撃者に襲われても怪我を負わない﹄や﹃彼の作品を持てば襲撃者に

2392
襲われない﹄と持て囃されていたのに、作品が砕けた後は﹃ネゲン
ダンクの作品は天神様の怒りに触れた。だから突然砕けたのだ﹄と
か、﹃ネゲンダンクの作品は呪われている﹄、﹃彼の作品を購入し
た者は次々不審な死を迎えた﹄﹃ネゲンダンクの作品を見た者は謎
の病気にかかる﹄など︱︱悪い噂がその日の内に広まった。
 最終日まで誰1人見物客が入らなかったらしい。
 もちろん作品を手に入れようとしていた富豪や貴族、小金持ちの
商人達も手のひらを返し一斉に資金を引き揚げた。
 結局、個展では1つも作品が売れなかった。
 入場料程度ではヤバイ筋から借りた借金を返すことは出来ず、期
限内に返金できなかったためネゲンダンクは借金取りから逃げるた
め姿をくらましたらしい。
 しかし、相手もその道のプロ。
 数日でネゲンダンクの身柄を取り押さえた。
 なぜかその辺りの逃走劇や身柄確保の現場、現在ネゲンダンクが
どんな仕打ちを受けているのか︱︱まるで現場で見ているような詳
細情報を、ミューアが書類にまとめて持ってくる。
 彼女は執務室に書類を届けに来ると、嬉々として内容を報告しだ
した。
﹃借金を踏み倒そうと逃亡した落とし前として、現在ネゲンダンク
は地下で拷問を受けているそうですよ。×××を切り落とされた後、
治癒魔術で治療されたり︱︱﹄
 あまりに酷いに拷問内容にオレは朝食を戻しそうになる。

2393
 慌てて手を挙げ、彼女の口を閉じさせた。
 ミューアは童女が拗ねるように片頬を膨らませ、﹃リュートさん
やクリスさんに酷い事をした人がどんな目に合っているのか報告し
に来たんですのに﹄と文句を告げてくる。
﹃いや、マジで勘弁してくださいミューアさん﹄とオレは下手に出
てお願いすると、素直に朗読を止めてくれた。
 オレ達のことで腹を立ててくれるのは嬉しいが、さすがに内容が
ショッキングすぎる。
 この報告書は絶対にクリスには見せないし、聞かせないようにと
強く言い含めておいた。
 ちなみにその時、オレは気になっていたことを彼女に尋ねる。
﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄が破壊された後、すぐにその事実がウ
ミリアーニ街に広がった。
 さらに都合良くネゲンダンク作品に対する悪い噂が、狙ったかの
ように流れ出したのだ。
 まるで誰かが意図的に情報を操作、流しているとしか思えない早
さだった。
 以上のことをミューアに尋ねると彼女は︱︱意味深な笑みを浮か
べるだけで何も答えず部屋を出て行ってしまう。
 その笑顔を見たオレは﹃ミューアさん︱︱いえ、ミューア様には
絶対に逆らわないようにしよう﹄と固く心に決めた。
 何度も言うが世の中には絶対に敵に回しちゃいけない人物が居る。
彼女はその類の1人だ。

2394
 またそういう類の人物は、オレの身近にもう1人いた。
 クリス・ガンスミスだ。
 彼女はいかにして右奥に置かれた﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄を
破壊したかと言うと⋮⋮クリスはあの彫刻を狙撃するため、ある物
を作って欲しいと頼んできた。
カートリッジ
 そのある物とは﹃跳弾させるための弾薬﹄だった。
ギルド
 彼女は冒険者斡旋組合の個室で断言していた。
﹃角度が足りないため、奥に配置した彫像には届かない﹄と。
 その問題を解決する方法として、クリスは弾丸を跳弾させ﹃不屈
の腕、絶対不破の楯﹄を破壊すると言い出したのだ!
 うちのお嫁さんは無茶を言う⋮⋮。
 ここで﹃跳弾﹄とは、どんな現象か改めて確認しよう。
 跳弾︱︱弾丸が何か硬いものに当たって跳ね返る現象のことだ。
ricochet
 英語ではリコシェイと呼ぶ。
 極稀に、撃った本人である射手に弾丸が跳ね返り当たるケースも
ある。
 だが、どんな弾丸でも跳弾する訳ではない。
 基本的に跳弾するのは弾丸を薄い金属で覆ったフルメタル・ジャ
ケット弾である。
 柔らかな鉛を先端で露出させたソフトポイント弾やそこにくぼみ
をもうけたホローポイント弾は跳弾になりにくい。目標物に当たっ

2395
た際、弾丸が砕けたり、大きく変形してエネルギーを失うためだ。
 また弾丸が当たる物体がどれぐらい硬いかによっても、この現象
に差が出る。
コンクリート
 舗装された道の場合、弾丸は地面に沿って跳ねる。
 しかもエネルギーを殆ど失わない。そのため舗装された道で弾丸
を避けようとして、伏せても安全とはいえない。逆に危険な場合が
ある。
 土などの地面は弾丸のエネルギーをある程度吸収する。しかし、
弾丸が横回転して当たりもっと高い角度で跳ね返る場合もある。
 また液体である水でも、水面に着弾する入射角が浅い場合は跳弾
現象を引き起こす。
 クリスはこの跳弾を利用して、角度の足りない右奥に配置してい
る彫像を狙撃しようというのだ。
﹁でも一体どこにあてて跳弾をさせるつもりだ? 壁や床、天井に
当てても奥の彫刻までは届かないぞ﹂
 オレは思わず尋ねてしまう。
 クリスは再びミニ黒板に指を走らせる。
﹃天井や床、壁ではありません。右展示場に置かれていた﹃波の角
馬﹄に当てて角度を調整するんです﹄
 右展示場には差し掛けのチェス駒のように彫像達がランダムに置
かれていた。

2396
 最初は配置ミスかと思ったが、演出だった。
 クリス曰く、このように彫像を配置してくれたお陰で最奥にある
﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄へ届く道筋が見えたらしい。
 まさか皮肉にも、演出としてランダムに配置したネゲンダンクの
作品が、右奥まで弾丸を送り届ける鍵になるとは⋮⋮。
 確かに跳弾させれば、右奥まで弾丸を着弾させることは可能だ。
 しかし現実的に跳弾は様々な条件により角度が異なるため、ビリ
ヤードのように計算して目標に当てることなど本来は不可能である。
 もし狙って、跳弾を引き起こし目標にヒットさせることが出来た
らそれこそ神業だ。
 だがクリスは自信満々に拳を握り締め、鼻息を荒くする。
 オレはそんな嫁を信じることにした。
﹁よし! 分かった! オレもクリスのことを信じるよ。それで跳
カートリッジ
弾しやすい弾薬を作ればいいんだな?﹂
﹃はい! よろしくお願いします!﹄
カートリッジ
 そしてオレは彼女の要望通り、跳弾しやすい弾薬を製作した。
 弾丸の材質は徹甲弾にも使われる疑似タングステン。
 本来は跳弾を防ぐため、柔らかな鉛で包み込むが今回は無し。
 薄い金属で覆いフルメタル・ジャケット弾にする。
 何度かの練習を終え、オレとクリスは再びウミリアーニ街を訪れ
た。

2397
 オレ達は展示会場入り口から約200m先にある建物の一室を借
りた。
 そこから通常より広く大きい出入り口から、ギリギリ﹃波の角馬﹄
を目視することができる。
 今回使用する銃器は、M700P。
 より精度の高い射撃が求められるため、ボルトアクションライフ
ルを選んだ。
 最後の問題として、﹃不屈の腕、絶対不破の楯﹄の前に誰か1人
でも立っていたら狙撃することが出来ない。
 さらに狙撃ポイントの建物からは人が居るかどうかは確認するこ
とが物理的に出来なかった。
 そのためオレが個展会場に入り、人がいなくなったらクリスに合
図を送る手筈になっていたのだ。
 そして、彼女は見事、﹃波の角馬﹄に当てて跳弾させ、﹃不屈の
腕、絶対不破の楯﹄を破壊することに成功した。
 まさに神業。超絶技巧だ!
 正直、オレには芸術の善し悪しは分からない。
 しかしあの個展開催期間中で最も価値ある芸術作品は、通常では
手の届かない最奥に置かれた彫刻の破壊を成し遂げた、クリスの弾
丸だったのではないだろうか?
バレット・アート
 まさに彼女にしか出来ない﹃弾丸芸術﹄である。
 オレはふと、前世での記憶を思い出す。
 前世、地球の日本。

2398
 当時、1人暮らしを初めて数ヶ月、仕事にもなれ休日をもらった
ため某オタク街に買い物へと出かけた。そこで中2病御用達の﹃幻
想ネーミング辞典﹄に一目惚れして勢いで買ってしまった。
 ちなみに、今でもまったく後悔はしていない!
 その辞典を読んで知ったのだが、﹃アート﹄という言葉はロシア
語では﹃地獄﹄という意味になるらしい。
﹁つまり、ネゲンダンクにとってクリスのあの1発は文字通り、地
バレット・アート
獄へ落ちる﹃弾丸地獄﹄だったわけだ。まさに今回の一件に相応し
いタイトルだな﹂
 オレは執務室で1人、上手いことを言った微苦笑を漏らした。
2399
第215話 クリス、15歳︱︱﹃クリス15 絶対不可避!? 弾丸芸術︵バ
ここまで読んでくださってありがとうございます!
軍オタ1巻発売を記念した、一週間連続更新の第6弾です!
1巻発売日まであと1日! もう明日です! もう明鏡シスイは胃
が痛くて仕方ありません⋮⋮!
と言いますのも、前にも書いたかと思いますが⋮⋮1巻の売り上げ、
それも初動の動きで、﹃軍オタ﹄が打ち切りになるかどうかが大体
分かってしまう、ということらしいからです。
というわけで是非! 後から買おうと思いつつつい忘れてしまいそ
うな読者様! 本屋に行っても在庫がなかったらあきらめてしまい

2400
そうな読者様! 宜しければ、通勤途中の大型書店やネット通販で
あればきっと入荷すると思いますので⋮⋮!︵もしくは小さな本屋
さんでも予約とか︶
2巻とか3巻とか4巻とか出れば、また毎日投稿や様々なイベント
特典SS︵他のifシリーズとか︶も行いたいなと思っております
し、精一杯WEB版も頑張っていきたいと思っておりますので⋮⋮
! 是非是非1巻を宜しくお願い致します!︵そして打ち切りにな
ると逆のベクトルが⋮⋮ぽっきり折れた自分の姿が⋮⋮著者モチベ
ーションの為にも是非⋮⋮!︶
ちなみに内容の方も、WEB版を読んで下さった方にも楽しんで頂
けるように、書き下ろしもがっつりと入っております! 冒頭から
バトル! そして少年編のWEB版にいた敵のゴブリン、いやいや
あんなのが1巻のラストに来るわけないじゃないですか! もっと
小説版の1巻にふさわしい敵とリュートとスノーの大活躍が⋮⋮!
 ガンカタもあるよ!
さらには硯先生の素晴らしいイラスト&巻末におまけのイラストも
! さらに明日告知させて頂く購入者だけが読める特典﹃軍オタi
fストーリー﹄︱︱もしもリュートがスノーと一緒に魔術師学校に
付いていったら? あの懐かしのうざいアム君も出るよ!
というわけで︱︱軍オタ1巻を是非是非、心からよろしくお願い致
します!
そして明日発売日、10月18日、21時更新予定です! なろう
特典SSも活動報告にアップ致しますので、そちらもお楽しみに!

2401
第216話 ウォッシュトイレのためならばどんな努力も惜しみません!︵前書
今回のお話はギャグ成分多めのため、いつもより緩い感じで読んで
頂けるとありがたいです。
また文章量もいつもより多いので、お楽しみ頂けると幸いです。
︵あと、後書きにも書いてますが、活動報告に、なろう特典SSが
アップしてあります+書籍購入特典ifストーリーのアドレスが張
ってあります。そちらも楽しんで頂ければ幸いです︶
2402
第216話 ウォッシュトイレのためならばどんな努力も惜しみません!
﹁つ、ついに⋮⋮神器が完成した!﹂
 オレは神々しいまでに白く輝く完成したウォッシュトイレの前で、
思わず震え上がってしまう。
 ずっと今までウォッシュトイレは2つの問題を抱えていた。
﹃ノズル位置の自動化﹄と﹃音楽演奏機能﹄だ。
 この問題にずっと頭を悩ませていたが、ついに及第点的解決に至
った。
 まず﹃ノズル位置の自動化﹄。
 あれは結局、情報の蓄積、最大公約数の数値化である。つまり、
ノズルをどの位置に移動させればいいか、人数を動員すれば分かる

2403
ことだ。
 そのため新・純潔乙女騎士団の少女達からデータを取ろうとした
が、嫁達︱︱特にクリス&リースに邪魔されて頓挫させられた。
 結局、ウォッシュトイレのノズル位置は、希望者のみ提出という
形になる。
 そんな物ではもちろん足りない。
 そこでオレはお小遣いを貯め新・純潔乙女騎士団にウォッシュト
イレを贈呈。
 使用者は無記名で感想&位置を教えて欲しいと箱も設置した。
 お陰でなんとかギリギリ必要最低限のデータを手に入れることが
出来た!
 将来的にはもっとデータを手に入れ最適化を進める予定だ。
 次に取り組んだ問題は﹃音楽演奏機能﹄だ。
 リラックスとトイレ中の音を消すという目的で考えたのこの機能、
本来ならレコードやCD、オルゴールなどを自作すればいいのだが
⋮⋮どうやって作ればいいのか分からない。
 興味の方向性を偏らせ過ぎた、と今更後悔している。
 一応、前世の記憶を元にオルゴールらしき物は作ってみた。
 ロールに突起物を付けて回し、バーコードのように出ている金属
の薄い板を弾くと音が鳴る筈だったが⋮⋮。
 出来上がったのはただ異音を撒き散らすだけのガラクタだった。
 この音を聞きながらトイレに入るなど拷問でしかない!

2404
 結局、妥協案としてタンクとは別に水を貯水する部分を設置。
 使用者がスイッチを入れると水をただ循環させ音を鳴らすと言う
代物だ。音楽性はなく、ただ水が流れる音が続くだけ。
 リラックスは出来ないまでも、トイレ中の音を消すという意味で
は、目的は達成しているといえなくもない。
 だからオレは今回の神器完成を﹃及第点的解決﹄と言及したのだ。
 さらにさらに﹃ノズル位置の自動化﹄﹃音楽演奏機能﹄だけでは
なく、他にもいくつか新たに追加した機能がある。
 まず﹃芳香剤の設置﹄。
 これを実現するのはそれほど難しくなかった。
 香水を購入して、長く嗅いでも気持ち悪くないように量を調整し
てウォッシュトイレの壁に設置した。
﹃照明レベルの調整﹄。
 現在は魔石により天井に灯りを灯すことが出来る。
 この光のレベルを手動で調整することが出来るのだ!
﹃取っ手の設置﹄。
 立ち上がる時などに掴む長い取っ手を壁に設置。これにより楽に
立ち上がることが出来る。
 こういう細かい気配りが使用者の心の安堵に繋がるのだ。
 他にも細かい点を改善した。
 今後も気付いた部分があれば積極的に取り入れ、改善していく予
定だ。

2405
 お陰でここが魔術、魔物、剣などが跋扈する異世界にもかかわら
ず、今オレの目の前には前世、地球、日本人が生み出した人類の至
宝であるウォッシュトイレが存在する!
 そのクオリティーはほぼ前世の物と代わらないレベルだ。
 これがどれほどの奇跡か⋮⋮!
 もしこの世界に日本人がオレ以外に居てウォッシュトイレを目に
したら、味噌や醤油を前にした時と同じぐらいの感動を覚えるだろ
う。
 ウォッシュトイレがこの世界に在るということは、それほどの奇
跡なのだ!
 現在の所、ウォッシュトイレ︵暫定完成版︶はオレ達の私室にし
かない。
 お値段も色々追加&改善したため、金貨10枚︵約100万円︶
ほどかかる。
 一番初期に作ったのが金貨3枚︵約30万円︶だったので、約3・
3倍の値段だ。
 しかし! これほど素晴らしいウォッシュトイレ︵暫定完成版︶
が、約100万円で手にはいるのだ!
 安すぎて腰を抜かすレベルだろう。
 なので早速、新・純潔乙女騎士団本部にあるトイレ全部をこのウ
ォッシュトイレ︵暫定完成版︶に変えるため、事務を担当するバー
ニーに掛けあい予算を確保に向かう。
 きっと彼女もウォッシュトイレ︵暫定完成版︶が金貨10枚︵約
100万円︶で手にはいると知って驚くだろうな!

2406
 オレはまるでサプライズパーティーを仕掛けるようなワクワクし
た気持ちで、バーニーに会いに自分の私室を軽やかに出た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁ダメに決まってるじゃないですか。トイレにそんなお金をかける
なんて﹂
﹁な、なんだ⋮⋮と⋮⋮ッ!?﹂
ピース・メー
 嬉々としてウォッシュトイレ用予算確保の話をPEACEMAK
カー
ER事務担当の3つ眼族、バーニー・ブルームフィールドに聞かせ
たら、今の台詞が返ってきたのだ!
 あ、ありえない! ウォッシュトイレ︵暫定完成版︶の予算が下
りないなんて!
﹁なんでダメなんだよ! 頑張って作ったのに! 教えてバーニー
!﹂
﹁なんでって、逆に1つ金貨10枚もするトイレの予算が下りると
なんで思ったんですか。どこからその自信がくるのか、逆に気にな
りますよ?﹂
﹁いや、だってこんなに素晴らしいウォッシュトイレ︵暫定完成版︶
なんだよ? むしろ金貨10枚は相当安いぞ。もし販売しようとし
たら倍、いや3倍の金額がついてもおかしくないんだぞ!﹂
﹁だったら、3倍の金額を付けて売って、出た利益で本部のトイレ
レギオン
をそのウォッシュトイレに代えてください。軍団からは1銅貨も出

2407
ませんけど﹂
﹁ぐぬぬぬ⋮⋮ッ﹂
 バーニーは普段、本やお菓子が好きな至って普通の女の子だ。
 戦闘も苦手、どちらかという気弱なタイプである。
 しかし、ことお金に関しては絶対に譲らない。
 財布の紐は堅く、1銅貨1枚のズレが起きたら徹底的に掘り下げ
原因を解明するまで止めないほどである。
 そんな彼女が﹃出さない﹄と決めたら、絶対に資金は出てこない
だろう。
﹁分かったよ! 経費では落ちないけど、私財を使ってウォッシュ
トイレ︵暫定完成版︶を設置するのは問題ないんだな!﹂
﹁はい、それなら問題ありませんよ。あっ、でも一応念のために、
証明書 レギオン
領収書はとっておいてくださいね。もしかしたら軍団費として認め
られるかもしれませんから﹂
ピース・メーカー
 さすがPEACEMAKER事務担当⋮⋮細かいところまで目が
行き届いているな。
ピース・メーカー
 オレはPEACEMAKERの経費で落とすことは諦め、私財を
投じてウォッシュトイレ︵暫定完成版︶製作を決意する。
 私財と言っても、今持っている小遣いで設置する分全てを買える
訳がない。
 なので、ウォッシュトイレ︵暫定完成版︶をまず私費で製作。
 作ったウォッシュトイレ︵暫定完成版︶を金貨30枚で販売する
つもりだ。

2408
 ウォッシュトイレ︵暫定完成版︶は素晴らしい物だから爆売れ間
違いなし! すぐに本部のトイレ全部をウォッシュトイレ︵暫定完
成版︶するぐらいの資金は貯まるはずだ。
 そうと決まれば今夜、嫁達に早速話をして家族の共有財産を使わ
せてくれるようお願いしよう!
 彼女達なら、ウォッシュトイレ︵暫定完成版︶の素晴らしさを理
解してくれている。
 きっと何の問題なく、心良く私財を投じることを許可してくれる
だろう。
 オレは気を取り直し、スキップでもする勢いで仕事をするため執
務室へと戻った。
 そして、その日の夜。
 夕食を摂り、お風呂に入って夜寝る前の短い一時を嫁達と過ごす。
 オレはリビングに集まっている嫁達に軽い気持ちでウォッシュト
イレ︵暫定完成版︶を切り出した。
﹁ダメです!﹂
 リースにばっさりと切って捨てられた。
﹁ど、どうしてダメなんだよ! リースだってウォッシュトイレの
素晴らしさは理解しているだろう!? あの快感、感動を街や他の
人々に味わわせたいとは思わないのか!?﹂
﹁確かにウォッシュトイレは素晴らしい物です。ですが、それと私
財でウォッシュトイレを製作して販売するのは別のお話です﹂

2409
 とりつく島もなく遮られる。
 シアがリースのカップに新たな香茶を注ぐ。
 注ぎ終わると、リースが設置拒否の理由を切り出した。
﹁リュートさんのお小遣いで何をしようが干渉しませんが、共有財
産に手をつけるなら話は別です。しかも使う先が売れるかどうか分
からないウォッシュトイレ販売なんて⋮⋮﹂
 そこから突然、リースによる﹃お金とは﹄という話が始まる。
 リースはハイエルフ王国のお姫様だ。
 なのにお金にはちょっとうるさい。
 ハイエルフにあやかりたい人種族の貴族や商人達から寄付がある
らしいが、基本は領民達からの税金だ。
 故に王族としてお金の取り扱いに一家言あるらしい。
﹁︱︱というわけで、お金を売れるかどうか定かではないウォッシ
ュトイレ製作のために使うのはどうかと思います。私は反対です﹂
とリースがきっぱりと断言する。
﹃私も反対です! あんな魔王兵器を量産するなんて⋮⋮!?﹄
 ウォッシュトイレ反対派のクリスはもちろんリース側に回る。
 しかし、こっちには幼馴染みで、ウォッシュトイレ賛成派のスノ
ーが居る!
 さらにココノを取り込めば2対2のイーブン。
 オレの意見を入れれば3対2で勝つことが出来る寸法だ!

2410
 クリスが視線で、スノーに賛成or反対の意見を求める。
﹁わたしも反対かな。リースちゃんとクリスちゃんの意見に一票ね﹂
﹁な、なんだと!?﹂
 まさかスノーが反対派に回るとは!?
﹁ど、どうしてだよスノー! スノーだってウォッシュトイレの素
晴らしさは理解しているだろ!? 絶対に売れるって!﹂
﹁そりゃ理解しているし、売れる可能性は高いと思うよ?﹂
﹁だったら!﹂
﹁でも、リュートくんはウォッシュトイレの事になると目の色が変
わるから。それが変な方向に行って酷いことになる可能性の方が高
いから、今回は反対するよぉ﹂
 ぐぅ⋮⋮否定できない!
 スノーは次にココノに意見を求めた。
 新しい嫁である彼女は、おずおずと答える。
﹁あ、あの、わたしはまだウォッシュトイレがどんな物かよく分か
らないので⋮⋮棄権させてください﹂
﹁えっ? ココノはまだウォッシュトイレを使用していなかったの
か?﹂
﹁はい、その、クリス様に色々話を聞いて怖くて⋮⋮﹂
﹃あれは魔王兵器ですから、使わなくてもいいのです!﹄
 クリスがミニ黒板を掲げて主張してくる。
 ぐぅ⋮⋮これで3対0。棄権1。
 オレの﹃ウォッシュトイレ︵暫定完成版︶販売計画﹄が、意外な

2411
ところで頓挫してしまう!
 ま、まさか嫁達がここまで反対するとは!
 オレのウォッシュトイレ︵暫定完成版︶販売計画はここで潰えて
しまうのか!?
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁くそ∼、お金さえあればウォッシュトイレ︵暫定完成版︶を大量
生産して、すぐに本部のトイレ入れ替え代ぐらい稼げるのに﹂
もの
 しかし、先立つお金がない。
 個人資産はウォッシュトイレ改造費に費やしてしまってもう殆ど
ない。
﹃残り少ない資金で何か物を作って売る﹄という案も考えたが、精
々作れてマヨネーズぐらいだ。
 マヨネーズ単体を作ってもあまり意味がない。
 サンプルとして街にある食堂や酒場に売るという方法も考えたが、
ウォッシュトイレ製造代を即金で出せるほどではないだろうな。
﹁いっそ、街に出てギャンブルでもやってみるか? ⋮⋮止めよう。
絶対に負けるから﹂
 前世、日本でも会社の先輩達に誘われて競馬をやったが、全て外

2412
した。
 昔からオレはお金がかかったギャンブル事に滅法弱いのだ。
 以来、ギャンブルには一切手を出していない。
 転生した今でもそれは変わらないだろう。
 やるだけ無駄だ。
﹁しかし他にお金を稼ぐ方法か⋮⋮﹂
ギルド
 一番無難なのは、休日に冒険者斡旋組合でクエストを受けること
だ。
 だが、この辺の魔物はそれほど強くない。
 そのためあまりお金にならないのだ。
 ココリ街は獣人大陸の港街︱︱港から入った物資を陸地奥の街々
へ輸送する中間地点の街だ。故にメインのクエストは荷物運搬の護
衛などが殆ど。
ピース・メーカー
 さすがにPEACEMAKERを放っておいて、1人運搬のクエ
ストを受けるわけにはいかない。
﹁失礼します﹂
 ノックの後、扉が開く。
 顔を出したのは外交担当のラミア族、ミューアだ。
﹁前回、商工会と話し合った件につきまして、詳細書類をお持ちし
ました﹂
﹁ありがとう、後で目を通すから未読の箱に入れててくれ﹂

2413
 オレは頭を抱えていた手を離し、ミューアに指示を出す。
 執務室の応接用テーブルの上には、まだオレが目を通していない
﹃未読箱﹄と﹃確認済み箱﹄が置かれている。
 ミューアは指示通り、未読箱に書類を入れるがすぐには部屋を出
て行かなかった。
﹁それでどうかしましたか? 随分怖いお顔をしていましたが﹂
﹁そんな怖い顔をしてたか?﹂
﹁はい、まるでどこかの殺し屋のようで、とても怖かったですよ﹂
 ミューアはわざとらしく、自身の身体を抱き締め震えるマネをす
る。
 いや、どっちかというと個人的にはミューアの方が殺し屋より怖
いんだが⋮⋮。
﹁あら、私は殺し屋より怖くなんて全然ありませんよ﹂
﹁だから心を読むのは止めてください、ミューアさん!﹂
 オレの反応が面白かったのか、くすくすと彼女は可笑しそうに笑
う。
 一通り笑うと、彼女が切り出す。
﹁それで何か問題でも起きましたか?﹂
﹁問題ってほどじゃないんだけど⋮⋮﹂
 オレはミューアにウォッシュトイレ︵暫定完成版︶販売計画につ
いて話をした。
 ウォッシュトイレ︵暫定完成版︶を販売し、お金を稼ぎ、本部全
部のトイレをウォッシュトイレ︵暫定完成版︶に入れ替える壮大な
計画だ。

2414
 しかし、先立つお金がなく途方にくれていたと素直に告白する。
﹁なるほどそういうことでしたか﹂
 彼女は一通り話を聞き終えると、白く細い指を顎に当て考え込む。
﹁⋮⋮でしたら、一つ私に案がありますよ﹂
﹁本当か!?﹂
﹁はい、実は知り合いの酒場屋さんが、内装が古くなったので近々
改装するそうです。大工さんとの話し合いで7日ほど時間がずれて、
その間お店は使わないそうなので︱︱その間格安で借りてお店を開
けば、リュートさんならウォッシュトイレ一台分のお金ぐらいなら
稼げるのではないでですか? クリスさんの執事をやっていた時か
らお料理が上手でしたもんね﹂
 おお! それだ! ナイスアイディアだ!
 ミューアの言う通り、それなら7日の間にウォッシュトイレ一台
分の費用は稼げそうだ。7日くらいなら、酒場は夜営業だろうから
仕事を前倒しで片づけておけば何とかなる。
 そして、1台製造して販売。
 さらにその利益でまださらに製造、販売を繰り返せばすぐに本部
全部のトイレを変えるぐらいの資金は集まるはずだ!
﹁それでは店主様に話を通しておきますか?﹂
﹁ああ! 是非頼むよ!﹂
﹁分かりました。では早速、話を通しておきますね﹂
 ミューアは好感が持てる爽やかな笑顔を浮かべて、部屋を出る。
 オレは彼女が店主の許可をもらう間に、事務仕事そっちのけで﹃

2415
どうやって借りる酒場で利益を出すか?﹄を考え出す。
 前世、地球、日本の飲み屋を参考にすれば、利益をあげるのはそ
う難しい話ではない。
﹁そうだ! いっそのことコレを機会に資金を稼いで、ウォッシュ
トイレ︵暫定完成版︶をこの世界に広げる足がかりするのはどうだ
ろう?﹂
 新・純潔乙女騎士団本部だけではなく、ココリ街全てのトイレを、
そして最終的にはこの異世界全てのトイレをウォッシュトイレに入
れ替える壮大な計画。
 そしてこの異世界の住人1人残らず、ウォッシュトイレの虜する
のだ!
 そんなことを考えてオレは1人、執務室で静かな笑い声をあげた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁お帰りなさいませ、ご主人様!﹂
 店内に響く少女の高い声音。
 時間は夜。
 日が暮れると働いていた男達が、まるで砂糖に群がる蟻のように
オレの店﹃期間限定! メイド酒場、ぴーす・めーかー﹄に吸い込
まれていく。

2416
ピース・メーカ
 店内は教室ほどの広さで、テーブル席の間をPEACEMAKE

Rメンバーが、シアから借りたメイド服姿で注文を受けたり、商品
を運んでいたりする。
 彼女達は別に団長権限で無理矢理働かせている訳ではない。
 しっかりと酒場としては割高な時給を払って働いてもらっている。
 期間限定でメイド酒場をやるからと希望者を募ったのだ。
レギオン
 軍団の仕事が終わった夜、空いた時間に働いてもらっているのだ。
 予想していたより希望者が多く、翌日の仕事に無理をきたさない
ようシフトを組むことが出来たのは僥倖だった。
 翌日の仕事に影響が出ては本末転倒だからな。
レギオン
 もちろんオレも、軍団の仕事が終わらせてから働いている。
 だから、後ろ指を指されることはしていない。
 もちろん酒場だけあって酒精も置いてある。
 しかし、あくまで期間限定のため種類は多くない。
 それでもお客様はひっきりなしにここを訪れていた。
 メイド服姿の可愛らしい団員達目的というのもあるが⋮⋮
﹁うめぇ! なんだこれ!? こんなに美味い鶏肉料理なんて食べ
たことないぞ!﹂
 肉屋の亭主が、普段扱っている鶏肉料理︱︱唐揚げにかぶりつき、
驚愕で目玉を限界まで広げる。同じテーブルに座っている友人達よ
り、一つでも多く食べようと子供のように口へと次々入れていく。
 お陰で彼の唇は油でテカテカしていた。

2417
﹁おい弟! こっちの豆芋も食ってみろよ! 酒のツマミに滅茶苦
茶合うぞ!﹂
﹁いやいや、兄よ! 豆芋料理なら、そっちじゃなくて、こっちの
パリパリした料理の方が絶対、酒精に合うって!﹂
 最初の男性がカウンター隣に座る弟にフライドポテトを食べなが
ら勧め、そして喉を鳴らして酒精を飲み干す。
 弟はポテトチップスを食べ、兄に反論しながらこちらも残ってい
た酒精を飲み干す。
 兄弟は仲良くメイドウェイトレスに新たな酒精とフライドポテト
&ポテトチップスを注文する。
 確かに期間限定営業のため酒精の数は少ない。
 多くても名前を覚えられないし、なかにはあまり利益率が良くな
い品物もあった。
 そこで数を少なくし、利益率の高い物だけに限定した。
 代わりに酒精に合うツマミを開発し、提供することで客足が3日
目にして店内からはみ出そうなほど満員になったのだ。
﹁団長! 唐揚げをタルタルソース付きで3人前お願いします!﹂
﹁了解! あとここでは団長じゃなくて、マスターな!﹂
﹁はい、失礼しました!﹂
 オレは3日目なのに、まだ呼び名に慣れていない団員に思わず微
苦笑をもらしてしまう。
 そしてオレは注文のあった唐揚げ3人前を作っていく。

2418
 この店にはツマミは3種類しかない。
 唐揚げ、フライドポテト、ポテトチップスだ。
 昔、クリスの元で執事をやっていた時、油を使い﹃揚げる﹄とい
う調理法がないことを知った。当時、クリス達もポテトチップスを
食べて驚いていたな。
 それがヒントになって、こうして油を使って揚げ、尚かつ酒精に
合う料理を選び、種類を絞り込んだのだ。
 恐らく油の値段が高く、一般庶民は買って使用することがほとん
どない。そのため揚げ物料理が開発されていない&浸透していない
のだろう。
 しかし、今回のように大量に料理を作るなら結果として油代も安
く済む。
 お陰で調理が簡単。
 オレ1人でも調理場をまわすことができた。
 さらに利益率を上げるため追加トッピング制度を採用している。
 料理に追加料を加えることで、マヨネーズorタルタルソースが
付いてくるのだ。
 うろ覚えだが前世、海外の北欧ではフライドポテトにマヨネーズ
を付けて食べるらしい。それをヒントにマヨネーズorタルタルソ
ースを提供する案を思いついたのだ。
 実際に試食で食べてみたら確かに合う。
 お陰で他の酒場よりツマミは割高になるが、文字通り飛ぶように
売れていく。
 油に油を絡めて食べているような物だが、基本的に酒場を訪れる

2419
のは男性がメイン。
 女性も冒険者風なのが多い。
 そのため運動量を考えればこの程度のカロリーすぐに消費するだ
ろう。
﹁はいよ! 唐揚げタルタルソース付き3人前出来たぞ!﹂
﹁ありがとうございます!﹂
 ウェイトレスメイドが、皿を掴みお客様の元へと運んで行く。
 さらに追加注文がひっきりになしに入ってくる。
レギオン
 運動量的に昼間の軍団仕事よりハードかもしれない。
 しかしお陰様で、このままのペースで行けば最終日、ウォッシュ
トイレ資金を余裕で賄えるどころか、複数台を作れるぐらい貯まる
かもしれない!
 これも全部、ミューアのお陰だ。
 彼女は店舗を紹介してくれただけではなく、酒精を取り扱う店や
鶏肉、豆芋、油、卵、酢や他食材&消耗品の店まで口を利いてくれ
た。
 さらに足りない分の資金は彼女の貯金を貸してくれたのだ。
﹃金額が金額なので一応、貸し出す際はこちらの書類にサインして
もらっても構いませんか?﹄と一枚の契約書を差し出してきた。
 そこには携帯の規約のように細かい文字で何事か書かれてある。
オレはああ、前世のカードやら何やらの契約書もこんな感じだった
なぁ、と思いながらその契約書の項目を見て、重要そうな利息の部

2420
分︵7日分なら大した金額ではなかった︶をしっかり見、さらに全
体をざっと見る。相手は知り合いだし、変なことは書かれていない
のは当たり前か︱︱とオレはサインを記す。
 オレは口添えだけではなく、貯金まで貸してくれたミューアの優
しさに感動しながら、唐揚げやフライドポテト、ポテトチップスを
揚げ続ける。
 こうしてオレは7日間、夜を過ごしていった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 そして、7日間の﹃期間限定! メイド酒場、ぴーす・めーかー﹄
は無事、最終日を迎える。
 最後はお客様がずっと入り続け常に満席状態だった。
レギオン
 今回メイドウェイトレスを担当してくれた団員達も、普段の軍団
仕事とはまた違った充実感に笑顔を零していたのが印象的だ。
 オレは団員達にお礼を言いながら、手渡しで最終日のバイト代を
支払う。最終日はいつもより忙しかったため、少しだけ色をつけて
おいた。
 そして店を閉めた後、改めて今回かかった諸経費を計算。売上金
から引いて純利益を計算すると、オレが想像していたよりずっと多
かったのだ。
﹁一台製造して販売。その利益で2、3台を作る予定だったが、こ
れなら一気に数台作れるぞ!﹂

2421
 オレは魔王のように低い笑い声を漏らし、﹃ウォッシュトイレ︵
暫定完成版︶販売計画﹄を嬉々として書き換える。
 その作業は深夜遅く、朝日が昇るギリギリまで行われた。
 そして、その日の夕方。
 今日の仕事終わり時間を狙ってミューアが執務室に顔を出す。
﹁リュートさん、今お時間よろしいですか?﹂
﹁大丈夫だよ、ちょうど仕事が終わったところだから。オレも話が
あったしちょうどよかったよ﹂
 オレは事務仕事で確認した書類を﹃確認済み箱﹄へとドサドサと
入れる。
 ミューアにソファーを進め、オレも彼女の向かい側に腰を下ろす。
﹁ミューアのお陰で目標金額を達成するどころか、大きく越えちゃ
ったよ! 改めて本当にありがとう!﹂
﹁いえいえ、私は少々口添えと支援をしたまでですから。利益を出
したのはあくまでリュートさんの才覚です。お礼を言われることな
んて何一つありませんよ﹂
 ミューアはオレの言葉に謙遜し、静かに微笑む。
 彼女はそう言うが、実際ミューアが店主や食材&消耗品店に口添
えしてくれたり、貯金を貸してくれたから出せた成果だ。
 本当に彼女には感謝してもしきれない!

2422
 そんな彼女が懐から一枚の紙を取り出す。
﹁では、早速で申し訳ないのですが、お貸しした資金の返金と、追
記部分の履行をお願いできますか?﹂
﹁もちろん! むしろ少しぐらい色を付けて返したいぐらい⋮⋮な、
なんじゃこりゃぁぁぁっぁっっぁぁあ!﹂
 ミューアが差し出した紙を受け取り目を落とすと、オレは思わず
叫んでしまう。
 その紙にはミューアから借りた資金が数倍に膨れ上がって書いて
あったからだ!
 しかも金額は狙ったように、オレが現在持っている純利益とほぼ
同じ額だった。
﹁み、ミューア! これは一体どういうことだよ!?﹂
﹁どうもこうもお貸しするとき契約書に書かれた通りの金額ですよ。
ほら、この通り﹂
 彼女は微笑みを絶やさず、天気の話をするようにさらりと告げる。
 オレは慌てて契約書を掴み、ミューアが指さす文章を確認する。
そこには追記部分として、借りた資金に加え、売り上げに比例して
ピース・メーカー
団長であるオレがPEACEMAKERに無期限で資金を貸し出す
という事が書いてあった。
 契約書を掴む手が震える。
 顔を上げると、ミューアは変わらず微笑みを浮かべていた。
ピース・メーカー
﹁実はバーニーから話が来てまして、PEACEMAKERの財務
を潤すために、団長であるリュートさんに協力してもらおうという
ことになってまして。それではリュートさん、儲かったお金きっち

2423
り耳を揃えておいてくださいね﹂
 オレに逃げ道はなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 リュートがミューアに涙目&震える手つきで、稼いだ純利益のほ
ぼ全部を差し出し借金を返済した夜。
 夕食、入浴も終え、リビングで寝る前の一時を少女達︱︱スノー、
クリス、リース、ココノは過ごしてた。
 その輪の中に、ミューアも参加していた。
 ミューアはやや気落ちした表情で溜息を漏らす。
﹁でも、本当によかったのかしら、こんなリュートさんを騙すよう
なマネをして﹂
 シアがキッチリと着たメイド服姿で、彼女の空になったカップに
香茶を注ぎ入れる。
 クリスがそんな彼女にミニ黒板を見せた。
﹃ごめんね、ミューアちゃん、嫌な役を押し付けちゃって﹄
﹁ごめんなさい、そんなつもりで言ったのではないの。たださすが
にちょっとリュートさんが可哀相で﹂

2424
 申し訳なさそうな顔をするクリスに、ミューアは慌ててフォロー
を入れた。
 今回、彼女がリュートを騙すような形で貯金を貸した。しかし、
これは全てリュートの妻達が裏から手を回した結果だ。
 元々、ミューアは知り合いの店主を紹介した立場的に、必要な資
金は無利子&契約書無しで貸し出す予定だったのだ。
 彼女の面子的にも、﹃やっぱりお金が無いので臨時店を開くの止
めます﹄と言い出されるよりずっとマシだったからだ。
 またリュートの手腕なら、店を開いても大きく赤字になることは
ないだろうと踏んでいた。そのため資金を貸し出したのだ。
 しかし、話を聞きつけたリュート妻達が待ったをかけた。
 彼の才覚を持ってすれば、赤字になるどころか大きく利益を上げ
ると彼女達は予想。
レギオン
 さらに今のリュートが多額の資金を手に入れたら、軍団の仕事な
どを放り出しウォッシュトイレ事業にのめり込むと危惧したのだ。
 そのためミューアに頼んで、一芝居打ってもらったのだ。
 リースが香茶に口を付けながらフォローを入れる。
﹁リュートさんはウォッシュトイレのことになると、少々周りが見
えなくなる傾向がありますから。今回はある意味でいい薬になった
と思います。もちろんリュートさんが少し落ち着いたら、お金は全
額返すつもりですから。あまりミューアさんも落ち込まないでくだ
さい﹂
﹁そうそう、リースちゃんの言うとおりだよ。リュートくんは、ち
ょっとウォッシュトイレのことになると目が怖くなるもんね。こう、
変な光が目から出るっていうか⋮⋮﹂

2425
﹁⋮⋮スノー様の言うことが少し分かります﹂
 リースの言葉にスノー&ココノまで同意する。
 一方、妻達からそんな評価を受けているリュートはというと︱︱
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ミューアに利子込みの借金を返済した夜。
 オレは風呂にも入らず、ベッドで涙を流していた。
﹁ち、ちくしょう! 折角、後少しで﹃ウォッシュトイレ︵暫定完
成版︶販売計画世界編﹄が展開出来そうだったのに!﹂
 そう後もう少しで、ウォッシュトイレを大量生産して、この異世
界全土に設置するという壮大&意義ある事業をおこなえるはずだっ
た。
 しかし、バーニーに始まり、嫁達、そしてミューアによってその
野望は再び潰えてしまった。
﹁ウォッシュトイレ︵暫定完成版︶はこんなに素晴らしい物になの
に、どうして誰も理解してくれないんだ!﹂
 オレは枕を抱き締めて、1人で寝るには広すぎるベッドをゴロゴ
ロ転がる。
﹁メイヤなら⋮⋮メイヤならきっとウォッシュトイレ︵暫定完成版︶

2426
の素晴らしさを理解して、賛同してくれるはずなのに⋮⋮ッ﹂
 メイヤがこのウォッシュトイレ︵暫定完成版︶を目にしたら、使
用されている技術の高さや非凡な発想の素晴らしさに気が付いてく
れるはずだ。
 そう考えると技術、発想、思想の革新的発明に気が付いてくれる
メイヤ・ドラグーンという存在はオレにとってある種、とても貴重
な人材だったんだな︱︱と今更深く実感した。
﹁⋮⋮ん? メイヤ?﹂
 そして気が付く。
﹁そういえば最近、メイヤと全然顔を会わせていないな⋮⋮﹂
 記憶を辿ると天神教本部に乗り込み散々脅した後、ココリ街に戻
って来てからずっと顔を会わせていない気がする。
 翌日、オレは彼女の私室を尋ねた。
 メイヤの私室はオレ達と同じ2階の客室を利用している。
 そして、部屋を尋ねると衝撃の事実を知ることになった。
 メイヤ・ドラグーンがなぜかヘソを曲げ、引き籠もってしまって
いた。

2427
第216話 ウォッシュトイレのためならばどんな努力も惜しみません!︵後書
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月21日、21時更新予定です!
ついに軍オタ発売日当日です! とうとう当日! 今日になってし
まいました!
皆様本当に、何卒宜しくお願い致します⋮⋮!
︵自分も夕方書店に行って実際に買うつもりです!︶
そして、今日で連続1週間更新も最後となりました!
正直、走りきった感想としてはヘトヘトです⋮⋮だって一度にアッ
プする文章量が、何故かいつもより多いし! いや書き始めたらク
リス15とか止まらなくて自業自得だけど!

2428
⋮⋮それでも皆様の応援や感想を頂けたからこそ、最後まで書きき
ることが出来たんだと思います!
改めまして応援や感想、励ましのメール等、本当に誠にありがとう
ございます!!!
︱︱さて、今日は軍オタ発売日当日というこで! まだまだアップ
するものがありますよ!
まず活動報告に﹃なろう特典SS﹄をアップさせて頂きました!
そしてさらに活動報告に、﹃軍オタ1巻購入者限定特典SS﹄が書
かれてあるURLが張られております。こちらも書籍購入者の方に
楽しんで頂ければ嬉しいです!︵こちらは活動報告に書かれてある
手順で進めば読める筈です⋮⋮多分。問題があればすぐ修正致しま
す︶
さらに一応、軍オタ1巻ネタバレOKという名前の活動報告をアッ
プしてます。これは感想用で、ネタバレを避けるためですね。
軍オタ1巻の感想はそちらに書いて頂ければ⋮⋮! 
というわけで、次回更新は21日、21:00です!
軍オタ1巻発売を記念する連続投稿におつきあい下さいまして、本
当ににありがとうございました!
軍オタ1巻を、何卒宜しくお願い致します!
2429
第217話 メイヤ、やさぐれる
 昼。
 昼食を済ませてから、メイヤの私室を訪ねた。
 ここ最近、彼女とまったく顔を会わせていないため、心配して訪
ねたのだ。
 メイヤの私室はオレ達の隣で2階、別の客室を使用している。
 階段を上がり、彼女の部屋、扉の前に立つ。
﹁メイヤ、居るか?﹂
 扉をノックし、声をかけるが反応無し。
 再度、ノックして声をかける。

2430
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 しかし、部屋から扉の開く気配はまったくない。
 オレは扉に手をかける。
 鍵は内側からしっかりと閉まっていた。
﹁まさかなかで倒れてるとかないよな⋮⋮﹂
 念のため事務室から、全室の扉を開くマスターキーを借りてきた。
 鍵穴にマスターキーを差し込み、解錠する。
﹁うッ⋮⋮!?﹂
 扉を開くとまず最初に酒精の濃い匂いが鼻を突く。
 オレは思わず手で鼻を覆ってしまう。
 床には酒精の陶器瓶が無数に転がり、衣服が脱ぎ捨てられ、丸め
られたゴミが無造作に転がっていた。
 さらに視線の先にはベッドがあり、シーツはしわくちゃで掛け布
団は床に落ちている。
 窓の鎧戸は固く閉じられ、カーテンもひかれて日光を完全に遮断
していた。
 唯一の光源は天井から照らされる魔術光のみ。
 その光の下、1人の女性がソファーに腰掛け足をテーブルに投げ
だし、コップに注がず酒精の陶器瓶をラッパ飲みしていた。
﹁んぐんぐ、ぷっ、はぁぁぁあッ!﹂

2431
 ちょうど一瓶飲み干したらしく、濡れた口元を豪快に腕で一拭い
する。
 竜のような角が頭に生え、長い艶やかな髪が肩口からたれさげて
いる。
 竜人種族の伝統的衣装であるドラゴン・ドレス︵見た目はチャイ
ナ服︶ではなく、やぼったいシャツに下はパンツ一枚姿だった。
 お陰で胸はシャツを下から突き上げ、その大きさを誇示。
 モデルのように長い足は隠す物が一切ないため、魔術光の下で艶
めかしい色気を惜しげもなくふりまいている。
 会社の上司にセクハラを受け、ストレス発散のためやけ酒をする
女性︱︱メイヤ・ドラグーンらしき人物と目が合う。
﹁⋮⋮あんっ?﹂
﹁間違えました。すみません﹂
 オレは思わず反射的に扉を閉めた。
 ドアノブを握ったまま、自分に言い聞かせるように呟く。
﹁いやいや、ないない。あのメイヤがオレに田舎ヤンキーみたいに
メンチを切ってくるなんてありえないって﹂
 恐らくここ連日、色々働いていた疲れが脳に来て幻覚を見せたの
だろう。
 オレはドアノブから手を離し、その場で大きく深呼吸をする。
 頬を両手で叩き意識をしっかりと保ち、再び扉に手をかけた。

2432
﹁よし! それじゃ行くか! メイヤ、入るぞ!﹂
 オレは部屋に聞こえるほどの大声をあげ、再び扉を開いた。
 扉を開くと先程と同じで酒精の濃い匂いが鼻を突き、ソファーに
はほぼ下着姿のメイヤが胡座をかいて座っていた。
 彼女は酒精瓶を右手に掴み、ビーフジャーキーのようなものをも
ぐもぐと噛んでいた。
 扉が開いたことに気付き、酒精のせいか赤くなった頬でオレを睨
み付けてくる。
﹁⋮⋮あぁんっ?﹂
﹁失礼しました﹂
 再度、オレは扉を閉めてしまう。
 部屋は間違えていない。
 なかに居た女性には竜人種族を示す角も生えていた。
 つ、つまり錯覚か、幻だと思っていた先程の殺人鬼のような目つ
きをしたやさぐれた女性があのメイヤ・ドラグーンなのか!?
﹁め、メイヤがぐれたぁぁぁぁ!﹂
 オレは思わず大声をあげ、扉の前から走り去ってしまった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2433
﹁それでは第1回、﹃メイヤがぐれてしまったけどどうしよう?﹄
会議を始める!﹂
 会議場所はオレ達が使っている私室のリビング。
 メンバーはスノー、クリス、リース、ココノ、そして皆の世話の
ためシアが部屋に集まってくれた。
 彼女達の仕事はオレが各方面に頭を下げ、一時代わってもらった。
 お陰でメイヤの私室から走り去って約1時間後という短時間で会
議を開くことが出来たのだ。
 シアが人数分の香茶を淹れ終わった後、オレは厳かに見たままの
状況を皆に話して聞かせる。
﹁︱︱というわけでメイヤが部屋でぐれているんだ! だから、こ
の会議で﹃どうしてメイヤがぐれてしまったのか?﹄の原因を皆で
考えて、その問題をどうすれば解決できるか話し合いたいと思う!﹂
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
 オレの危機感を持った態度とは裏腹に、女性陣の反応は薄い。
 その態度に困惑していると、スノーが最初に口火を切る。
﹁メイヤちゃんがぐれる⋮⋮というか、やさぐれるのも当然だよぉ﹂
﹁と、当然ってなんでだよスノー﹂
﹃本当に分からないのリュートお兄ちゃん?﹄
 次にクリスが呆れた表情でミニ黒板を掲げる。

2434
 オレが言葉の意味を聞き返すより早く、リースが告げた。
﹁私が言えた義理ではありませんが、﹃ココノさんがメイヤさんよ
り早くリュートさんと結婚した﹄から拗ねているに決まってるじゃ
ありませんか﹂
﹁うっ⋮⋮!﹂
 リースのド直球な発言に、反射的に心臓を押さえる。
 シアに視線を向けると、言葉にはしないが目が如実に語っていた。
 もちろんオレだって、候補の1つとして考えた。
 しかし、まさか﹃オレの嫁になれないから拗ねている﹄と自惚れ
た台詞を自分で言えるはずがない!
 だが、やっぱりそれしか原因はないよな⋮⋮。
 部屋が沈黙に包まれる。
 最初に沈黙を破ったのはココノだった。
﹁⋮⋮やっぱりわたしのような者がメイヤ様のような才色兼備な方
を差し置いてリュート様の妻になったのが間違いだったんですね﹂
﹃それは違うよ! ココノちゃんは悪くないよ!﹄
﹁そうです。どちらかといえば、はっきりとした態度を取らないリ
ュートさんの責任です!﹂
 ココノの台詞に隣に座っていたクリスがミニ黒板を掲げ主張する。
 そして、リースがクリスの言葉に加勢して、声をあげた。
﹁あ、ありがとうございますクリス様、リース様。そのお言葉だけ
でとても嬉しいです﹂

2435
 ココノは2人の言葉と態度に感動して、瞳に涙を浮かべお礼を告
げる。
 2人はさらにココノを慰め、言葉をかけあう。
 その間にスノーがオレへ問い詰めてくる。
﹁それで実際の所、リュートくんはメイヤちゃんをどう想っている
の?﹂
﹁ど、どうとは?﹂
﹁好きか、嫌いかに決まってるでしょ!﹂
 スノーはオレのとぼけた返答に頬を膨らませぷんぷんと怒る。
 メイヤを好きか、嫌いかでいえば⋮⋮そりゃ⋮⋮
 オレは絞り出すように答えた。
﹁そ、そりゃどちらかと言えば好き⋮⋮だけど﹂
﹁けど?﹂
﹁﹃結婚するほど大好き、愛しているか?﹄と言われたら踏ん切り
がつかないというか⋮⋮メイヤはちょっと色々重いというか⋮⋮﹂
 オレだってあそこまであからさまに好意を向けられたら気付くし、
悪い気はしない。
 しかし、彼女はオレのことが好きすぎる。
 正直、メイヤの想いが重い。
 重すぎていつかブラックホールが形成されるんじゃないかという
ぐらい重いのだ。
 だからつい、二の足を踏んでしまう。
 この返答に女性陣は、マンモスでも凍り付きそうな冷たい視線を

2436
向けてくる。
 オレは慌てて追加した。
﹁いや、だって! いくら相手が本気で好意を抱いていても、そん
な曖昧な気持ちで結婚するほうが不誠実だろ? みんなもそう思う
よね? よね?﹂
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
 オレの必死な訴えは、冷たい視線によって黙殺される。
 こういう時、女性陣の一致団結ほど強固なものはない。
 まだ素手で﹃ダン・ゲート・ブラッド伯爵の防御を突破しろ﹄と
いう方が達成できる可能性がまだ高い気がする。
﹁では、まずもう一度、若様のお考えをメイヤ様にお聞かせしては
どうでしょうか? そしてお2人でよくお話をすれば互いに納得で
きるお答えが出ると思います﹂
 見かねたシアが助け船を出してくる。
 オレはすぐさま彼女の言葉に乗っかった。
﹁そうだな。シアの言う通りまずは互いの考えを伝え合うことが先
決だよな。と、いうわけでオレはもう一度、彼女の部屋に行ってく
るよ!﹂
﹁⋮⋮リュートくん、今度は誤魔化したりしないでメイヤちゃんと
話してあげてね﹂
 スノーは妻達を代表して、意見を告げてくる。
﹁わ、分かってるよ﹂

2437
 オレは彼女の言葉に返事をするが、これから起きる話し合いを想
像し緊張でどもってしまう。
 そしてオレはソファーから立ち上がると、スノー達を部屋に残し
て廊下へと出た。
 向かう先は、隣のメイヤ私室だ。
 メイヤの部屋は隣のため、すぐに扉の前へと辿り着く。
 オレは咳払いをして、気持ちを落ち着かせてから扉をノックした。
 さらに扉の外から声をかける。
﹁メイヤ、リュートだけど話がしたいんだ。入ってもいいか?﹂
 1分ほど待つが部屋から返事がない。
 再度ノックするが、室内から物音1つしない。
 オレはドアノブに手をかけ、回す︱︱鍵はかかっていなかった。
﹁メイヤ、入るぞ!﹂
 扉を開き部屋へ入ると酒精の匂いを鼻だけではなく、全身で味わ
う。
 匂いだけで酔いそうだ。
 オレは顔をしかめながら、さっきメイヤが座っていたソファーま
で歩み寄る。
 彼女はそこにはなかった。
 さらに室内をぐるりと見渡すが、メイヤの姿はどこにもない。

2438
﹁トイレか?﹂
 さらに室内の奥にある扉へと向かおうとしたが、その足を一枚の
紙が引き止める。
 テーブルの上には酒精の陶器瓶やツマミ、衣類、ゴミなどがごち
ゃごちゃと積み上がっている。先程よくこれだけの物をさけ、あの
長い足を乗せられたと感心したものだ。
 それらの上に、一枚の紙が置かれていたのだ。
 その紙には綺麗な文字でこう書かれていた。
﹃竜人大陸へ帰らせていただきます。メイヤ・ドラグーン﹄と。
 オレは目を擦り、もう一度︱︱と言わず二度、三度、四度、五度
と紙に書かれてある文字列を読み返す。
 そしてようやく言葉の意味を脳みそが理解すると、思わず︱︱
﹁め、メイヤさぁぁあぁぁぁっぁあっぁぁぁぁぁぁぁあぁあっぁん
ッ!!!﹂と絶叫してしまった。
 この日、メイヤ・ドラグーンは書き置きを残し1人家出︵?︶し
てしまった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2439
 一方、家出︵?︶したメイヤ・ドラグーンはというと︱︱。
 彼女はすでにレンタル済みの飛行船に乗り込み、空の人になって
いた。
 飛行船にはメイヤしか客はいない。
 なぜなら、彼女がこの船を全て貸し切っているからだ。
 彼女はソファーに座りながら、メイドが淹れてくれた香茶に口を
付ける。
︵リュート様にお会いして、その天才性に触れてからずっと忘れて
いましたわ。わたくしも、リュート様の足下に及ばないながら天才
だったということ! 天才とは例え恋愛の駆け引きでもその才を発
揮するものなのですわ! なぜなら天才ですから!︶
 そうリュートにずっと会わないようにしていたのも、やさぐれた
姿を見せたのも、汚い部屋の姿を見せたのも、冷たい態度を取った
のも︱︱全てはメイヤの計算だ。
︵殿方は追いかければ逃げ、逃げれば追いかける生き物⋮⋮ずっと
押せ押せだったわたくしが、突然冷たくすればきっとリュート様は
追いかけて来てくれるはず! そこに気付くとは! 流石、わたく
しはリュート様に次ぐ天才ですわ!︶
 メイヤは自分の天才性に思わず身震いしてしまう。
 しかし、もしあの場をスノー達女性陣が目撃していたら、メイヤ

2440
の演技に気付いただろう。
 部屋は汚く、酒精を浴びるように飲んでいたのに肌は荒れておら
ず、髪はつややかだったことに。連日、こもって飲んでいる筈なの
に身なりが小綺麗なんて本来ありえないからだ。
︵計算外があったとしたら、思いの外リュート様に冷たい態度を取
るのが辛かったことですわね⋮⋮︶
 メイヤは冷たい態度を取って、リュートを追い出した後、ストレ
スと後悔で胃に穴が空きそうになり、その場で少年漫画の主人公が
攻撃を受けたように吐血しそうになったのだ。
 今でも胃の辺りがしくしくと痛む。
︵しかし、これも全てリュート様の寵愛を受けるための試練ですわ
!︶
 彼女の予想では今頃、リュート達は慌てて自身を追いかけるため
飛行船レンタルに走ったり、ココリ街守護の仕事を長期開けるため
その引き継ぎなどに時間を取られている。そのため今から彼らが追
いつくことはまずありえない。
 そして、自分は自宅へと籠もり追いついたリュート達を最初は冷
たくあしらう。
 しかし、最終的には温かく迎え入れ、自然とリュートの妻に収ま
るつもりなのだ。
︵今度こそ、リュート様の妻の座を手に入れてみせますわ! メイ
ヤ・ドラグーン、一世一代の計画ですわ! そしてリュート様の妻
になった暁には! わたくしがリュート様の血を後世に伝えるとい
う偉業を達成してみせますわ! 是が非でも!︶

2441
 そしてメイヤは、まるでどこかの暗黒街ボスのような悪い顔で爛
々と燃えるような笑みを漏らす。
 こうして飛行船はメイヤ・ドラグーンを乗せ一路、竜人大陸を目
指した。
第217話 メイヤ、やさぐれる︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月24日、21時更新予定です!
1週間の毎日投稿を終えた後、初の通常投稿です!
いやぁ∼久しぶりに毎日投稿やったけどヘトヘトでした︵笑︶。
前にしていたより、書く量が多かったので大変でしたけどやってい
る最中はノッて書けて、皆様の反応が毎日もらえて本当に楽しかっ
たです! 一言でも感想があると本当にやる気が出るし、嬉しいで
す!
なんというか頑張って書いて、くたくたに疲れて、最後までやりき
った! という爽快感&達成感がありました!
これからは再び、3日投稿になりますが、変わらずお付き合いして

2442
くださると嬉しいです。
また軍オタ1巻も発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
第218話 メイヤ説得、準備段階
 結局、準備を終えメイヤの後を追えたのは、彼女が出て行って1
日以上経った後だった。
 竜人大陸へ行くのはオレ、スノー、クリス、リース、ココノ、シ
アの合計6人だ。
 最初はオレだけメイヤの後を追おうと思っていたが、竜人大陸に
ある借家を整理し、引き払うため嫁達にも付いて来てもらった。
 シアは皆の世話をするため同行する。
 新・純潔乙女騎士団の仕事はカレン達が居るため安心して任せら
れる。
 またミューアには諜報を専門にする部隊設立を一任しておいた。
設立の際、必要な資金・物資は無条件で使用していいと許可を与え

2443
ている。
ピース・メーカー
 引き続きPEACEMAKERの外交部門を同時並行で担当する
ことになるが、彼女なら問題なくこなすだろう。
 そしてオレ達は飛行船をレンタルし、竜人大陸を目指す。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 竜人大陸へ辿り着くとまずやったことは、メイヤ邸へ向かう︱︱
ではなく、オレ達の自宅近所への挨拶まわりだ。
 嫁達はいつのまにか獣人大陸土産をご近所分用意して、挨拶まわ
りの準備を終えていた。
 大勢で押しかけるのも迷惑なので、リース&ココノの2人に挨拶
まわりを任せる。
 リースは愛想とトークスキルが高い。
 ココノは新妻のため周囲に紹介する意味がある。
ウチ
 その間にスノー、クリス、シアは自宅の点検&買い出しだ。
 掃除はメイヤ邸のメイド達が定期的にやってくれているため問題
なし。
 念のため問題がないか確認するのと、夕飯の材料や足りない消耗
品の補充をする。
 できればすぐにメイヤ邸に向かって、彼女と話し合いをしたい。

2444
 しかし、立ち話や短い時間で済む内容ではないため、まずやるべ
き手続きを終えなければならないのだ。
 オレも嫁達が忙しそうに動くのをただ眺めているだけではない。
ギルド
 これから冒険者斡旋組合へ行って、オレ達が竜人大陸に一時移動
したことを知らせなければならないのだ。
 指名やいざというときの緊急クエスト依頼が入る可能性がある。
レギオン ギルド
 そのため一般的に軍団は、どこに居るのか冒険者斡旋組合へ報告
しておかなければならない。
 報告しなくても別段、ペナルティーがあるわけではない。
レギオン
 軍団の性質上、報告しない・出来ないのもいるからだ。
シーカー
 処刑人などその典型だ。
 だから、面倒なら別に報告しなくても問題はない。しかしこの街
・・ ギルド
はあの受付嬢が居る冒険者斡旋組合である。
ギルド
 下手に報告をせず、後から﹃なぜ冒険者斡旋組合へ報告にこなか
ったのか?﹄と彼女に迫られても怖い。
ギルド
 そのためオレは渋々、冒険者斡旋組合へ報告に行くのだ。
 そんなオレにスノーが心配そうに声をかけてくる。
﹁ねぇリュートくん、やっぱりわたしも一緒に付いて行こうか?﹂
﹁スノー⋮⋮ッ!﹂
 彼女の言葉に思わず縋りそうになる。
 オレは数年振りにあの受付嬢さんに会いにいくのだ。
 彼女が結婚してくれていたらいいが、もししていなかったら⋮⋮。

2445
 想像するだけで冷や汗が流れ落ちる。
 しかもオレは彼女の会わない間に、さらに左腕の腕輪を増やして
いる。
ギルド
 恐らく彼女は冒険者斡旋組合ホールへ入った瞬間に気付くだろう。
 その後、どういう反応を示すか、想像すらできない。
シーカー
 これならまだ単身で、﹃処刑人と戦え!﹄と言われた方がマシだ。
 だが、そんな危険な場所に愛するスノーを、妻達を連れて行くわ
けにはいかない!
 オレはそっとスノーの頭を撫でる。
﹁いや、オレ1人で行くよ。大丈夫、竜人大陸に戻ってきたと一言
告げるだけさ。すぐに戻ってくるから﹂
﹁リュートくん⋮⋮﹂
 スノーは赤ん坊の頃から付き合いのある幼馴染み。
 オレの心情を察して、涙を浮かべる。
 彼女を安心させるようにさらに頭を撫でた。
ギルド
 いくら相手があの受付嬢さんでも、冒険者斡旋組合で何かやらか
す筈がない⋮⋮多分。
 それに今日は休みかもしれないじゃないか!
ギルド
 オレは覚悟を決め、妻達を自宅に残し冒険者斡旋組合へと向かう。
﹁それじゃ行ってくるよ。後の雑務は任せた﹂
﹃リュートお兄ちゃん⋮⋮﹄
﹁リュートさん⋮⋮﹂

2446
 クリスとリースも、まるで戦場へ向かう夫を見守る妻のような表
情を浮かべる。
 ココノは受付嬢さんのことは話でしか聞いていないため、いまい
ち危機感が足りず彼女達の態度にやや首を傾げていた。
 オレはそんな彼女達に声をかける。
﹁スノーにも言ったが大丈夫、必ず戻ってくるよ。そして、一通り
雑務が終わったら明日、メイヤを迎えに行こうぜ﹂
 それだけ告げ、オレは1人歩き出した!
 ⋮⋮しかし、最後の台詞はなんだか死亡フラグっぽくなったな。
 第六感が警報を鳴らし、背中を冷たい汗が流れた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ギルド
 懐かしの冒険者斡旋組合に辿り着く。
ギルド
 冒険者斡旋組合の建物は、3階建ての木造だ。
 体育館ほどの大きさで、冒険者らしき人達がひっきりなしに出入
りしている。
 昔とまったく変わっていない。
 オレは用心して、懐に入れてあるUSPの安全装置を解除。

2447
チェンバー
 初弾をすでに薬室へと入れている。
カートリッジ
 弾薬はハンドガン用の徹甲弾﹃KTW弾﹄だ。
トリガー
 もし戦いになったら迷わず引鉄を絞ろう。
 家にはオレの帰りを待つ愛する妻達が待っているのだから⋮⋮!
 覚悟を決めて久しぶりに扉をくぐった。
 右手は懐のUSPを握り締め、左手でいつものように番号が焼き
印された木札を受け取る。
 番号が呼ばれると個室カウンターへと座った。
﹁いらっしゃいませ、今日はどういったご用件でしょうか?﹂
 カウンターの反対側にあの受付嬢が座っていた。
まじんしゅぞく
 魔人種族らしく頭部から羊に似た角がくるりと生え、コウモリの
ような羽を背負っている。
 年齢はいまだになぜか20台前半っぽく、昔と比べてもまったく
老けた様子がない。
ギルド
 本当に冒険者斡旋組合服がよく似合っている。
 しかし今更だが、彼女がオレの担当になる確率が異常に高いのは
何か運命的なものが絡んでいるのだろうか?
﹁って、リュートさんじゃありませんか! お久しぶりですね﹂
 受付嬢さんはオレの顔を思い出し、驚いた後、懐かしそうな声音
で挨拶をしてくる。
 オレは懐のUSPを握り締めたまま、挨拶をした。

2448
ピース・メーカー
﹁お久しぶりです。実は今、所用でPEACEMAKERメンバー
の一部と一緒に竜人大陸に来ていて。今日はその報告です﹂
﹁なるほど、ご報告ありがとうございます。では、手続きをします
ね﹂
 オレが書類を提出すると受付嬢さんは朗らかに受け取り、手際よ
く作業を開始する。
﹁それにしてもまたお嫁さんを増やしたんですか?﹂
 作業をしながら、受付嬢さんは左腕に視線を投げかけた。
 その声音に呆れはあっても妬み、嫉み、憎悪の悪感情は見受けら
れない。
﹁えっ、はい、そのちょっと縁がありまして⋮⋮﹂
﹁おめでとうございます。でも、あんまり女の子を増やすと奥さん
達から恨まれますよ﹂
﹁いえ、嫁達もちゃっと納得済みなので⋮⋮﹂
 受付嬢さんはまるで年上の頼れるお姉さんのようにチクリと叱っ
てくる。
 それが逆に怖い! 凄く怖い!
 まだ露骨な嫉妬心で呪詛を吐いてくれた方が対処がしやすい。
 悪い物でも食べたのだろうか?
 それともモテなさすぎて悟りの境地に至ったのだろうか?
﹁もうそんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。昔のように毒突いた
りなんてしませんよ﹂

2449
 心情を読まれたのが受付嬢さんは微苦笑を浮かべ答える。
 彼女は恥ずかしそうに近情を教えてくれた。
﹁実は3ヶ月前に友人の紹介で知り合って、竜人種族の彼氏ができ
たんです。今日も仕事が終わったらデートの約束をしているんです
よ﹂
﹁ほ、本当ですか!? おめでとうございます!﹂
 驚きすぎて声が大きくなってしまったが、オレは祝福の言葉を贈
ギルド
る。もしここが冒険者斡旋組合店内でなければ、手が痛くなるまで
拍手をしていただろう。
 いや、本当によかった!
 ようやく受付嬢さんにも春が来たんだな!
﹁もし知っていたらお祝品を持ってきたのに! いえ、この後、す
ぐに買って来ますね!﹂
﹁いいえ、お気になさらないでください。でも、もし機会が合った
ら彼との結婚式を開く際は、是非出席してくださいね﹂
 竜人大陸では、他4種族とは違って結婚式を開く。
 その結婚式も派手であればあるほど、花嫁が幸せになれるという
伝統があるらしい。
 昔、メイヤに聞かされた。
 メイヤ曰く、﹃わたくしは愛する人から結婚腕輪さえ頂ければ、
天にも昇る幸せですけど!﹄とチラチラこちらに視線を向けてきた
からスルーしたが。
 受付嬢さんは魔人種族だが、お相手の竜人種族の彼氏に合わせる

2450
つもりなのだろう。
 健気な人だ。
 本当にこの人は性格もいいし、顔立ちも美人、スタイルもよく、
働き者なのに縁がなくて可哀相だったが、ようやく報われる訳か。
﹁もちろんです! どんなクエストや用事が入ろうとも出席し、祝
わせてもらいますよ!﹂
 その程度で彼女が幸せになってくれるなら、喜んでクエストの違
約金を払ってでも途中で棄権し結婚式に参加するよ!
ギルド
 こうして上機嫌な受付嬢さんに応対してもらい、冒険者斡旋組合
への報告義務を終わらせる。
 他に獣人大陸や北大陸で出会った親類の話をしたかったが、さす
がにオレ1人いつまでも場所を占領しているわけにはいかず席を離
れた。
 オレはこのビッグニュースを引き下げ、嫁達が待つ自宅へと向か
う。
 きっとスノー達も話を聞いたら腰を抜かすほど驚くだろうな。
 そして、これで一通りの雑務も終わり、いよいよ明日メイヤ邸へ
と顔を出すことができる。
 彼女はちゃんと話を聞いてくれるだろうか?
 オレは胸にやや不安を抱えながら、足早に自宅へと戻った。

2451
第218話 メイヤ説得、準備段階︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月27日、21時更新予定です!
昨日の晩ご飯は、作るのが面倒でカップ麺︵醤油味︶に冷たくなっ
たお釜のごはんをよそって、即席らーめん&ライスで済ませました。
らーめん&ライス美味しいです。炭水化物&炭水化物は日本の文化
ですよね? ほ、ほら、やきそばパンとかあるし!
また軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶

2452
第219話 暗黒オーラ
﹁メイヤ様は誰にもお会いしたくないと仰っております。申し訳ご
ざいませんが、お引き取り下さいませ﹂
 オレは1人でメイヤ邸、正面玄関へと訪れていた。
 何度もくぐった玄関だが、今日は一歩も踏み入れることなくメイ
ドに拒絶される。
 それでもオレは食い下がり、メイドに告げる。
﹁お願いします! 少しだけ話をさせてください!﹂
﹁申し訳ありません。メイヤ様は誰にもお会いしたくないと仰って
おりますので﹂
 先程の台詞の焼き直しをメイドは再び告げる。

2453
 まさにけんもほろろだ。
 どうやら、会えそうにないらしい。
﹁⋮⋮分かりました。また明日来ると伝えてください﹂
﹁かしこまりました﹂
 オレはそれだけ告げて、とりあえず引き下がる。
 正面玄関を背に正門をくぐる。
 背後を振り返ると、一つの窓のカーテンが勢いよくひかれる。も
しかしたら今のはメイヤだったのかもしれない。
 会いに来たらすぐに顔を出してくれると思っていたのだが⋮⋮ど
うやらそれほど甘くないようだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 リュートの予想通り、勢いよくカーテンを引かれた部屋に居たの
はメイヤだった。
 彼女はメイドから、客︱︱リュートが来たことを知らされ、慌て
てこの部屋に来たのだ。
 部屋は広く、窓の先にはバルコニーが広がり、午後ここでお茶を
すると気持ちよい風と光を浴びることが出来る。
 ここなら帰る間際、正門から出るリュートを一目見ることが出来
るからだ。

2454
 しかし、本音を言えば今すぐにでも飛び出し、彼の胸に飛び込み
たかった。
 カーテンを勢いよく引いたのは、リュートに見付かりそうだった
のもあるが、もし後1秒見詰めていたら我慢しきれず飛び出してい
ただろう。だからカーテンを閉めて物理的にリュートを視界から遮
ったのだ。
 メイヤはまるで依存患者が麻薬を断ったような表情で、自身に言
い聞かせる。
﹁我慢ですわ、メイヤ! 今、飛び出してリュート様の胸に飛び込
んでしまったら全てが破綻してしまいますわ! 後もう少し! 後
もう少しでこの左腕に輝くような腕輪がはまるのですから!﹂
 そう、彼女は今までも腕輪をもらうため数多の努力をしてきた。
 さりげなく︵?︶左腕に腕輪が欲しいとアピールしたり、リュー
トに好意を抱いていると匂わせたり、彼のためならばと尽くしてき
た。
 しかし、思ったような結果には結びつかず、ポッと出のココノに
妻の座を奪われてしまったが︱︱メイヤはそれほど彼女が妻の座を
奪ったことを恨んではいなかった。
ピース・メーカー
 むしろ彼女は、ココノがPEACEMAKERやリュート達を守
るため自身の命を差し出した姿に共感を覚えていた。彼女ならリュ
ートの妻になる資格は十分ある、と。
 だが、﹃長年尽くしてきた自分より、後から出てきた少女がリュ
ートの妻になった﹄というこの状況は十分武器になる。

2455
﹁予想通り、リュート様はスノーさんやクリスさん、リースさん、
ココノさんを連れて竜人大陸にある自宅へと帰宅なさいましたわ。
そして、1回目の説得に失敗して彼女達の待つ家に帰る。するとど
うなるのでしょう? 答えは簡単ですわ。スノーさん達女性陣は、
リュート様を批難しますわ。批難して、是が非か答えを迫るでしょ
う。スノーさん達女性陣がわたくしの味方に付くぐらいの信頼関係
は十分構築してきました。女性陣に集団で迫られたら、リュート様
も﹃否﹄とは絶対に答えられませんわ!﹂
 つまり、メイヤが狙っているのは小学校時代によくある︱︱女子
達vs男子1人という構図だ。
 こうなったら男子側にあるのは敗北の二文字しかない。
﹁手ぶらのリュート様と会ってしまったら、あの方の天才的話術に
よりまた有耶無耶にされてしまいますわ! しかしスノーさん達女
性陣を味方に付け、外側から迫ればリュート様は腕輪を作らざるを
えない! そうなったら! 次にリュート様が訪れる際は、必ず腕
輪持参! そうわたくしの左腕に嵌められる結・婚・腕・輪! を
手に訪れるのは確実ですわ! うひょ! うひょひょひょひょ︱︱
げほ! ごほ! うひょひょひょひょッ!﹂
 メイヤは噎せるのも構わず高笑いをし続ける。
 さらに腕を振ったり、くるくると回ったり、あまりの歓喜に不思
議な踊りを踊り始める始末だ。
 彼女は高々に宣言する。
﹁これでわたくしもついにメイヤ・ガンスミスですわ! あぁぁぁ
ぁ! 早く明日にならないかしらぁ!﹂

2456
 こうしてさらに踊りと笑いの狂乱が続いた。
 一方、帰宅したリュートはというと︱︱
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレが自宅へ帰ると、ちょうど昼飯を作っている最中だった。
 メイヤとの一件については、昼ご飯を食べながらスノー達と一緒
に今後の対策を話し合うことになった。
﹁まさかメイヤちゃんがリュートくんの訪問を拒絶するなんて⋮⋮﹂
 スノー達にメイヤ邸であったことを話し聞かせる。
 お昼ご飯のメニューはシチューにパン、ハムが入ったマッシュポ
テト、鶏肉の香草焼きとなかなか豪華だった。
 クリスがミニ黒板を向けてくる。
﹃メイヤお姉ちゃんは、リュートお兄ちゃんに会いたくないぐらい
傷ついているんだね﹄
﹁リュートさんに冷たくされて、可哀相なメイヤさん⋮⋮﹂
 リースがクリスに賛同の声をあげる。
 シアが、リースのコップに冷えたお茶をそそぎ足す。

2457
 彼女だけが昼食を摂らず給仕に徹している。
 新・純潔乙女騎士団本部じゃあるまいし、一緒に摂ることをすす
めたがやんわりと拒否されてしまった。
﹁わたしが言えた義理ではありませんが、リュートさまを責めても
詮無きこと。問題はどうやってメイヤさまとお会いして、お話をす
るかだと思います﹂
 ココノがフォローを入れてくれたお陰で、場がオレの批難から﹃
メイヤにどうやって会って話をするか?﹄に話題が切り替わる。
﹁基本的には誠意が伝わるまで毎日通うのがよいと思いますよ﹂
﹃私もリースお姉ちゃんの意見に賛成です﹄
﹁それでも会ってくれなかったらどうするの?﹂
﹁その時はプレゼントを送ってはどうでしょうか? お花などプレ
ゼントすれば女性の方ならお喜びになると思いますよ﹂
 スノーの疑問に、ココノが答える。
 プレゼント攻撃か、悪くないな。
﹁だったら花よりいい物があるよ。前に飛行船の設計図が完成した
から、製造業者に発注しておいたんだ。この設計図をメイヤが見れ
ば狂喜乱舞して喜ぶこと間違いないぞ!﹂
シーカー
 天神教や処刑人問題など色々あったため、まだメイヤには飛行船
の設計図を見せていない。
 これを渡せばメイヤも機嫌を直してくれるだろう。

2458
﹁うーん、その設計図もいいとは思うけど⋮⋮﹂
 スノーが歯切れ悪く告げてくる。
﹁そこは普通、腕輪じゃないのかな?﹂
﹁まずは話し合うって言ってたじゃないか﹂
﹁でも準備はしておいたほうがいいと思うよ?﹂
 スノーの言葉に、他の嫁達も言葉にはしないが目で訴えてくる。
 腕輪を準備しておいた方がいいと。
︵確かにスノーの言うとおりか⋮⋮︶
﹁⋮⋮分かった。それじゃ午後は魔術道具店へ行って魔術液体金属
を買ってくるよ﹂
 嫁達の無言の圧力に負ける形になったが、オレは腕輪作りに賛同
する。
 現在、手元に魔術液体金属がないため、魔術道具店へ買いにいか
なければならないが。
 手に入れた後は、自室に篭もってメイヤに贈るための腕輪作りに
専念しよう。
 こうしてオレは午後の予定を決定された。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2459
 昼食を終えると、オレは嫁達に宣言した通り魔術液体金属を買う
ため店へと向かう。
﹁え? 魔術液体金属がないんですか?﹂
﹁はい、不人気商品ですからね。もううちでは扱っていないんです
よ﹂
 魔術液体金属は不人気商品だと散々知っていたが、まさか入荷す
らされないレベルになっていたとは⋮⋮。
﹁じゃぁ取り寄せることって出来ませんかね?﹂
ギルド
﹁もちろんできますよ。冒険者斡旋組合にクエストを依頼して、冒
険者方に採ってきてももらえば。なので時間が掛かりますがよろし
いですか?﹂
ギルド
 冒険者斡旋組合にクエストを出すのか⋮⋮だったら自分で採って
レギオン
くるか、軍団でクエスト依頼を出した方が余計な出費はかからない
な。
ギルド
 ちなみに個人で冒険者斡旋組合へ依頼することも出来る。
 ただし一般市民が出すクエストのため草むしりや引っ越しの手伝
い、自宅の解体作業など︱︱日雇い的なものが多い。
 もちろん、貴族などが出す危険度の高いクエストもある。
﹁⋮⋮分かりました。なら一度検討して改めてお願いに伺います﹂
﹁その際は是非よろしくお願いします﹂
 オレは店主と定型文的あいさつをかわし、店の外へ出た。
 外ではクリスとココノが仲良く話をしながら待っていた。

2460
﹁お品物はもうお買いになったのですか?﹂
 ココノが手ぶらのオレに気が付き尋ねてくる。
﹁それが品物が不人気過ぎて、もう入荷を止めていたらしいんだ﹂
﹃そうなんですか? あんなに凄い魔術道具なのに⋮⋮﹄
 クリスは驚き、ミニ黒板を掲げる。
 自分にとっては必要不可欠な物でも、他者からすると無用の長物
だなんてよくある話だ。別に気落ちすることでもない。
﹁簡単な買い物だからすぐに終わらせて、街を案内してやりたかっ
たんだけど﹂
 そう、すぐに終わる用事だと思っていたため、その後はココノに
街を案内しようと計画を建てていたのだ。
 クリスもココノを案内したいとオレ達に付いてきた。
 しかし、これは思ったより手間がかかりそうだ。それに後回しに
するべきものでもない。
 オレは逡巡してから、ココノへ切り出す。
ギルド
﹁申し訳ないんだが、一緒に冒険者斡旋組合へ来てくれないか? 
ギルド
冒険者斡旋組合へ魔術液体金属採取のクエストが行われているかど
うか確認したいんだ﹂
 もし行われていたら、すぐに欲しいと言付けるつもりだ。
 また行われていなかった場合は、一度スノー達と相談の上、クエ
ストを出すか、自分達で採取するか決める。
ギルド
 どちらにしろ一度冒険者斡旋組合へ行かなければならない。

2461
 ココノはこの提案に、嫌な顔一つせず笑顔で同意してくれる。
﹁もちろん構いません。むしろ、わたしが付いて行っても邪魔では
ないでしょうか?﹂
ギルド
﹁邪魔なはずないだろ。それじゃ一度冒険者斡旋組合へ寄って、そ
の後街を見てまわるか﹂
﹁はい、よろしくお願いします﹂
 ココノは丁寧に頭を下げてくる。
 そんなやりとりをしていたオレ達へクリスがミニ黒板を掲げる。
ギルド
﹃冒険者斡旋組合へ行くなら受付嬢さんが居るんですよね?﹄
﹁多分、居ると思うぞ? それがどうかしたか?﹂
﹃いえ、リュートお兄ちゃんの新しくお嫁さんになったココノちゃ
んを目にしたら、怖くなるんじゃないかと心配で﹄
﹁大丈夫だって、それは心配ないよ。受付嬢さんには彼氏が出来た
んだから。今更、ココノを前にして嫉妬なんてしないよ﹂
﹃あっ! そういえば昨日リュートお兄ちゃんが言ってましたね!
 忘れちゃってました﹄
 クリスは昨日、オレが話した内容を思い出し手を叩く。
 彼女的には受付嬢さんは、恐怖のイメージしかないため忘れてし
まっていたのだろう。
 それでもクリスは不安そうに︱︱
﹃でも、もし彼氏さんに振られていたら⋮⋮﹄
 そう言われ、その場面を想像して冷や汗が流れる。

2462
 いや、でも、そんなタイミング悪く彼氏に振られるか?
 昨日は凄いラブラブで、﹃結婚間近!﹄みたいな態度だったじゃ
ないか⋮⋮。
 しかし不安が拭いきれない。
 それはクリスも同様らしい。
﹃⋮⋮私ちょっと戻ってSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を取って来ま
す﹄
﹁じゃぁオレはAK47とパンツァーファウストを、いや対戦車地
雷も用意すべきだな﹂
 オレ達はまるでドラゴンを狩りに行くような緊張感で自宅へと足
を向ける。
 その足をココノが引き止めた。
ギルド
﹁お2人とも落ち着いてください! わたし達は冒険者斡旋組合へ
お話を聞きに行くのであって、戦をしに行くわけではないんですよ
!﹂
﹁いや、でもいざと言うとき、丸腰じゃキツイし⋮⋮なぁ、クリス
?﹂
﹃ですね。でも、その程度の装備で乗り切れるか⋮⋮やっぱりスノ
ーお姉ちゃん達にも協力を頼んだ方がいいんじゃ﹄
 オレとクリスは声を揃えて主張する。
 しかし、ココノはこの発言を叱ってきた。
ギルド
﹁お2人とも、冒険者斡旋組合の受付嬢さんという方と過去色々あ
ったのは聞き及んでいます。しかし、同時にお世話になってきた方
じゃありませんか? だったら、その方の幸せを素直に喜ぶべきで
はないのですか?﹂

2463
 ココノには過去、受付嬢さんがどれほどの人物か話をしてある。
 しかし、あれは実際の目にしないと分からない。
 また彼女は元天神教巫女見習い。
 人をあしざまに言うのが納得できないのだろう。
 オレとクリスは再び顔を見合わせる。
 しかし、ココノの言い分も分かる。
 受付嬢さんには色々お世話になった。その相手に﹃彼氏に振られ
ているかもしれない﹄と仮定して装備を調えて望むのは、確かに行
き過ぎかもしれない。
﹁⋮⋮そうだな。ココノの言う通りだ。確かには今のやりとりはお
世話になった人へする態度じゃなかったな﹂
﹃ごめんね、ココノちゃん﹄
﹁いいえ、分かってくださればいいのです。天神様は全てを許して
くださいますから﹂
 ココノは指で五芒星をきり胸の前で手を握り締める。
ギルド
 オレ達は気を取り直して、冒険者斡旋組合へと歩き出した。
 そうだよ。
ギルド
 オレ達が冒険者斡旋組合へ行くタイミングで彼氏と別れているな
んて、そんな天文学的確率起きるはずないじゃないか!
 ︱︱そう信じていた時期が、オレにもありました。

2464
ギルド
 冒険者斡旋組合の建物内に入り、いつものように木札を受け取る。
 番号を呼ばれて席へ着くと、いつもの受付嬢さんが応対してくれ
た。
 全身から闇より黒いオーラらしきものを放ちながらだ。
 昨日は全身からピンクのハートを飛ばしていたのに、1日で一転
して禍津神のようにやさぐれていた。
 彼女は聞いてもいないのに、1人語り出す。
﹁昨日、仕事ガ終ワッテ待チ合ワセノ場所ヘ行ッタンデス。デモ、
彼ガイツマデ経ッテモコナクテ⋮⋮気付イタラ朝ニナッテマシタ﹂
 朝って、どんだけ待ってたんだよ。
﹁心配ニナッテソノママ彼ノ家ニ行ッタラ、友達ノオ姉サント会ッ
テ。彼女カラ手紙ヲ渡サレマシタ。ソコニハ私宛ニ謝罪ト事情ガ書
イテアッタンデスヨ。元々、親同士ノ仲ガ悪クテ、友達ガ私ニ紹介
スルコトデ彼ト結婚スル未練ヲ断チ切ロウトシテイタラシクテ。デ
モ、彼ガ結局、友達ヲ諦メ切レナクテ駆ケ落チシタラシイデス﹂
 受付嬢さんが握り締めていた羽ペンが折れる。
 背後に立っているクリス&ココノが彼女の黒いオーラに怯えて互
いに抱き合って震えあがった。
﹁﹃誰も私達を知らない土地で幸せになります﹄ト手紙ニハ書カレ
テアリマシタ。フフフフフフフフフ︱︱初彼氏デ、初婚約シテ、彼
ト初メテノ夜ヲ体験スル筈ダッタノニ。彼ガ私ノ運命ノ相手ダト思

2465
ッテイタノニ⋮⋮ッ。私ノ乙女心ヲ弄ンダ彼女達ニ幸セナド訪レマ
センヨ。イエ、訪レサセマセン﹂
 受付嬢さんは血文字のように赤いインクで書かれたクエスト表を
差し出してくる。
 そこには﹃彼と友人を生け捕りにして、自分の前に連れてこい﹄
というクエスト内容が書かれてあった。
 駆け落ちした2人の確保依頼を受付嬢さんが個人依頼したクエス
トだ。
 受けたら呪われそうなクエストだな⋮⋮。
﹁是非、受ケテ下サイ。報酬ハ私ガ今マデ貯メテキタ全財産デス﹂
﹁マジ勘弁してください﹂
 オレは妻の前だというのに、カウンターに額を擦りつける勢いで
辞退した。
 クリス&ココノの安全のため、穏便に断れるなら土下座だってオ
レは厭わない!
 大体そんなクエスト怖くて受けたくないし、報酬金も重すぎて受
け取れないわ!
 しかし、受付嬢さんは諦めず、再三クエストをすすめてくる。
 オレはひたすら頭を下げ、断り続けた。
 約30分ほどの押し問答の後、オレ達は無事受付嬢さんから解放
された。
 そして、ちょうど魔術液体金属を採りに向かった冒険者達が居る
ので、彼らが戻ってきたらオレが引き取る手続きを無事済ませるこ
とが出来た。

2466
 去り際、受付嬢さんはクリス&ココノをガン見して、
﹁憎イ、若サガ憎イ。既婚者ガ憎イ。恋人同士ガ憎イ。運命ノ出会
イヲシタ者同士が憎イ。幸セナ家庭ガ憎イ︱︱﹂と心底2人を怖が
らせていた。
 結局、クリスとココノが怖がって街を観光せず自宅へと戻ること
になった。
 正直、受付嬢さんに関しては、もう誰かこの人をもらってあげろ
よ︱︱という心境だ。 いっそツテを辿って相手を紹介するべきだ
ろうか?
 オレはつい、自宅で腕を組み受付嬢さんに捧げる人身御供︱︱ご
ほん、彼女に相応しい相手がいないかと思考をめぐらせた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ︱︱時間を少し遡る。
 リュート達がメイヤを追いかけて竜人大陸へと旅だった数日後、
新・純潔乙女騎士団本部に1人の獣人種族の男性が尋ねてきた。
 その姿は二本足で立ち上がった狼のようで、片耳がちぎれている
のが特徴の強面だ。
 さらに右目を黒い眼帯でおおい、鋭い牙が並んだ口で目的の人物

2467
達の名前を告げる。
﹁すまないが、ここにリュートとクリスお嬢様が居ると聞いて来た
のだが⋮⋮﹂
 魔術師Bプラス級、獣人種族、狼族、ギギはグラウンドで訓練を
していた少女達にそう声をかけた。
第219話 暗黒オーラ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月29日、21時更新予定です!
と、いうわけで12月20日に軍オタ2巻が発売決定しました!
冒頭から書き下ろしで、新規シナリオも1巻同様多数書かせて頂き
ました!
まだまだ時間がありますが、発売日には是非お手に取って頂けると
嬉しいです!
また軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ

2468
い︶
第220話 緊急事態
﹁メイヤ様はまだ誰にもお会いしたくないと仰っておりまして⋮⋮。
申し訳ありませんが、お引き取りくださいませ﹂
 翌日。
 オレは昨日、﹃また伺う﹄という予告通り、再びメイヤ邸を訪れ
た。
 しかし、相変わらずメイヤには会えず、メイドさんから断られて
しまった。
﹁分かりました。なら、これをメイヤに渡してください。また来ま
す﹂
 まだ2回目。

2469
 さすがにまだ会ってはくれなかった。
 予想はしていたため、今回は素直に引き下がる。
 それに今はまだ魔術液体金属を手に入れていないため、腕輪を持
って来ていない。とりあえずメイヤの心証を良くするため、飛行船
の設計図をメイドさんに手渡した。
 これで少しは好転するといいのだが⋮⋮。
 オレは昨日同様、正門を通りメイヤ邸を後にした。
ギルド
 メイヤ邸を後にして自宅へ戻る道と冒険者斡旋組合へ行く別れ道
の前に立つ。
ギルド
 昨日、冒険者斡旋組合へ行って確認した限り、魔術液体金属を採
りに行った冒険者が戻ってくるのは早くても明日だ。
 しかし、もしかしたら一足早くという可能性もあるため確認しに
行きたいのだが⋮⋮さすがにまだあの状態の受付嬢さんと会う勇気
が持てない。
ギルド
 昨日、冒険者斡旋組合を出た後、クリス&ココノが恐怖で震え上
がっていた。
 ココノはともかく、ホワイトドラゴンを一睨みで退けたクリスが
だ。
 正直、オレだってできるなら二度と関わりたくない。
 ⋮⋮よし! 会いにいくのはやっぱり明日にしよう!
ギルド
 もしくは受付嬢さんがいないのを確認してから、冒険者斡旋組合

2470
へ行こう!
 オレはそう決意して自宅へと足を向けた。
 オレ達の自宅はメイヤ邸から近い。
 歩きでもすぐに着く。
 そんなオレ達の家の近所を、一人の男がウロウロと探すように歩
いていた。
 薄汚れた旅のマントを羽織り、口元を縛ったヒモできつく結んだ
袋を肩から提げている。
 後ろ姿しか見ていないがすぐに男だと分かったのは、立派な体格
だったからだ。
 獣人種族らしく、獣の耳がはえており片方が千切れている。
 ただ何かを探して歩いているだけなのに、隙が無くかなり強い相
手だと分かった。
 というか⋮⋮あの物腰や千切れた片耳、雰囲気をオレは知ってい
る。
 男の横顔を目視する。
 忘れる筈がない!
 オレは思わず駆け出し、懐かしさに胸を躍らせ声をあげる。
﹁ギギさん!﹂
﹁⋮⋮久しぶりだな、リュート﹂

2471
 ギギさんはオレの声に気付くと、あまり表情を変えず返事をした。
 相変わらず無口、無愛想、強面な人だ。
 でも、ギギさんが優しく、義理堅い人だとオレは知っている。
 オレは抱きつく勢いで駆けて、彼の側に寄る。
﹁ギギさん! どうしてここに!? もう旦那様が見付かったんで
すか!? って! どうしたんですかその右目は!?﹂
 オレは挨拶もそこそこに捲し立ててしまう。
 なぜならギギさんは右目に眼帯をしていたからだ。
 昔は確かにしていなかった。
 よく見ると腕や首など傷が増えている気がする。
 ギギさんは久しぶりの再会を喜ぶように口元を綻ばせ、右目や旦
那様の件を尋ねるとすぐに苦渋の表情を浮かべる。
﹁⋮⋮実は、旦那様のことでリュートやクリスお嬢様の力を借りた
くて会いに来たんだ﹂
﹁力を借りる?﹂
 ギギさんは、微かな希望に縋るような表情で語り出す。
﹁実は旦那様を見付けたのはいいんだが⋮⋮﹂
 簡単ながらギギさんから状況を聞く。
﹁ッ!?﹂
 そのあまりの事実に驚愕して、オレは目眩を覚えて蹈鞴を踏み後

2472
退った。
 オレは一瞬でカラカラに乾いた喉を鳴らす。
﹁う、嘘ですよね?﹂
﹁⋮⋮この右目が証拠だ﹂
 ギギさんが眼帯を親指で指す。
 嘘や冗談ではないらしい。
 オレはあまりの事態に目の前が暗くなった気がした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁ま、まさか飛行船をここまで進化させるとは⋮⋮リュート様は本
当に大天才、いえ、神天才ですわ!﹂
 メイヤは昨日と同じようにバルコニーがある部屋でリュートの様
子を窺っていた。
 彼が立ち去った後、メイドが受け取った設計図を手に自分の部屋
に戻る。以後、彼女はテーブルに広げた設計図に、食い入るように
目を通していた。
 時間を忘れるほどに。
 渡された設計図の斬新な︱︱それこそ神懸かり的アイディアの数
々に、彼女はリュートと出会い、弟子になれた自身の幸運に身震い
する。

2473
﹁そんな神天才であるリュート様のお側に居られただけではなく、
もうすぐリュート様のお・嫁・さ・ん! あこがれの妻の座に座る
ことが出来るなんて! もうこのメイヤ! 幸福過ぎて心臓が破裂
しそうですわ!﹂
 竜人大陸︱︱とくに自身の屋敷がある街はメイヤのホームだ。
 昨日、リュートがクリス&ココノを引き連れ魔術道具店を訪れた
こと。
ギルド
 そして冒険者斡旋組合で魔術液体金属を採りに向かっている冒険
者達が戻り次第、それを購入する旨を伝えていること。
 その全ての情報を手にしている。
 リュートが魔術液体金属を手に入れようとしている。
 新たな兵器は、新・純潔騎士団本部で製作しているため竜人大陸
で手に入れようとしている理由は一つしかない。
﹁リュート様は、わたくしのために結婚腕輪をお作りになるつもり
なのですね!﹂
 メイヤはリュートから渡された設計図を胸に抱き、くるくるとそ
の場で回り出す。
﹁あぁぁ! ついにこの時が来たのですわね! リュート様から腕
輪をもらうため、スノーさんやクリスさん、リースさんの信頼を勝
ち取り。ココノさんの嫁入りでやさぐれた風を装い、ようやくわた
くしの悲願を達成することができるのですわね! 様々な努力をし
てきたかいがありましたわ!﹂
 メイヤは勝利を確信し、夢みるような恍惚の表情を浮かべる。

2474
﹁はっ!? この設計図からリュート様の匂いがしますわ!﹂
 彼女は胸に抱いた設計図から、リュートの匂いを嗅ぎ取ると、ま
るでスノーのように鼻を埋めて匂いを嗅ぎだす。
﹁リュート様! リュート様! リュート様ぁぁぁ! ふがふが!
 クンカクンカ! スーハースーハー! いい匂いですわ! リュ
ート様の匂いですわ! あぁ! リュート様の黒髪に顔を埋めてふ
がふがしたいですわ! 間違えましたわ! リュート様に抱き締め
られて一つになりですの! ああっぁぁ、リュート様ぁぁあっぁぁ
! もうすぐリュート様から結婚腕輪を頂けますわ! わたくし、
大・勝・利! 正妻まっしぐらですわ! あぁぁぁ! リュート様
! 好き好き大好き超愛してますわ! 届けわたくしの想い! リ
ュート様の元へ届け!﹂
﹁いや、うん、まぁ⋮⋮なんて言ったらいいんだろう。えっと、メ
イヤの気持ちは十二分に届いているからそんなに叫ばなくても大丈
夫だよ﹂
﹁えっ?﹂
 メイヤが声に驚き、匂いを嗅いでいた設計図から顔をあげると︱
︱バルコニーにリュート、スノー、クリス、リース、ココノ、シア
⋮⋮どこかで見覚えのある獣人種族が立っていた。
 リュートは気まずそうに、
﹁突然、押しかけてごめん。実はちょっと緊急事態が起きて⋮⋮。
だから、メイヤと会って話がしたくて、ちょっと強引に入らせても
らったんだ﹂

2475
ゴールド レギオン シーカー ピ
 リュート達はあの金クラスの軍団、処刑人すら鎧袖一触したPE
ース・メーカー
ACEMAKERメンバー達だ。
 メイヤ邸の警備レベルなら問題なく侵入できる。
 今までやらなかったのは、やさぐれたメイヤに対して誠意を持っ
て対応するためだった。しかし、彼女の声がする部屋のバルコニー
に侵入すると、メイヤが企てた計画全てを1人で叫んでいたのだ。
 今までメイヤを同性として心配し、同情していたスノー、クリス、
リース、ココノの視線が﹃物理的に貫通するのではないか?﹄と心
配になるほど冷たくなっていた。
 メイヤは皆の視線を浴びながら、設計図を大切そうにテーブルへ
おいて︱︱
﹁な⋮⋮な∼んちゃって、テヘ☆﹂と笑って誤魔化そうとする。
 場の空気がさらに冷たくなったのは言うまでもない。
2476
第220話 緊急事態︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月2日、21時更新予定です!
速報です! ありがたいことに軍オタ1巻の重版が決定しました!
ありがとうございます、これもひとえに皆様が応援してくださった
お陰です!
本当にありがとうございます!
10月23日の夜に担当様からお電話を頂きました! 色々あって
少々報告が遅れてしまいました。
とりあえず詳細は活動報告へ書かせて頂きます。よかったらご確認
してください!

2477
軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶
第221話 旦那様の行方
 メイヤは床に両膝を付くと手を拳の形にして胸の前で重ねる。そ
して深く、頭を下げた。
﹁この姿勢は竜人種族にとって最大限の敬意を払う方にのみ行うも
のです⋮⋮﹂
﹁うん、知ってるよ。凄く知ってる﹂
 オレに弟子入りしたいとメイヤが初めて会ったときにやったポー
ズだ。
 前世、日本で言うところの土下座のようなものだ。
 現在、オレ達はバルコニーから、室内へと入っていた。

2478
 緊急事態が起き、拗ねていたメイヤと話をするためやや強引な方
法で入らせてもらった。
 結果、彼女が自分の今までの計画をまるで2時間ドラマの犯人の
ように語り出した場面に遭遇してしまったのだ。
 メイヤは最初、誤魔化そうと可愛らしいお茶目な表情を浮かべて
いたが、すぐに無理だと判断。
 そして、今は嘘を付いていた謝罪のため、床に膝を付いていた。
 メイヤの嘘はさすがに度が過ぎるが、オレに非もある。
 何より今は緊急事態だ。
 とりあえずメイヤを床から立たせ、彼女の嘘に踊らされていたス
ノー達を宥めながら、部屋のソファーへと座らせる。
 メイヤに頼み、屋敷のメイドへオレ達が室内に居ることを伝えて
もらいついでにお茶も頼んだ。
 香茶がテーブルに並べられる。
 席順はソファーにオレ、スノー、リース。
 向かい側のソファーにクリス、ココノ。
 下座にギギさん、上座は屋敷主であるメイヤを座らせた。
 シアは相変わらずメイドよろしく部屋の隅に立っている。
 こういう時ぐらい座ればいいのに。
 とりあえず、まずはオレがギギさんを紹介する。

2479
﹁リースやココノ、シアは知らないだろうから紹介するよ。彼はク
リスの実家で警備長を務めていた魔術師Bプラス級、獣人種族、狼
族のギギさん。オレに戦い方を教えてくれた尊敬する師匠だ﹂
﹁リュート⋮⋮﹂
 ギギさんは眼帯をしていない左目を珍しく驚愕で広げる。
 オレに﹃師匠﹄と呼ばれて驚いているのだ。
 彼はすぐに視線を床に下げる。
﹁⋮⋮止めてくれリュート。俺は裏切り者だ。尊敬する師匠などで
はない﹂
 オレは嫁達が話に置いてけぼりになっているのを自覚しながら、
ギギさんに話しかけた。
﹁それでもオレはギギさんを師匠だと言います。ブラッド家に買わ
れた時、もしギギさんが屋敷に残ることに賛成してくれなかったら、
オレは奴隷商に戻されていたでしょう。ギギさんが体術や剣術、対
魔術師の戦い方を教えてくれなかったら、こうして五体満足で立っ
ていられなかった。他にも沢山のことを教わり、助けてもらいまし
た。だから、ギギさんが否定してもオレは何度でも胸を張って主張
します。ギギさんはオレの尊敬する師匠だって﹂
﹁リュート⋮⋮すまない、ありがとう﹂
 ギギさんは片手で目をおおう。
 強面なのに涙脆いところは、昔と変わらないな。
 オレは懐かしさを感じつつ、ギギさんとは面識のないリース、コ
コノ、シアを紹介する。

2480
 そして3人に分かるように、ギギさんが今まで何をしてきたのか
説明した。
 クリスの叔父が、彼女の父親ダン・ゲート・ブラッド伯爵を奴隷
商へと売り、魔物大陸へと連れて行った。
 ギギさんは、裏切った罪を償うため、旦那様を連れ戻す旅へと出
た。
 そして、オレはギギさんから立ち話で聞いた結論を最初に告げる。
﹁ギギさんは魔物大陸で旦那様を発見したんだけど⋮⋮なぜか旦那
様と本気で戦うことになったらしいんだ﹂
 あの魔術師A級のダン・ゲート・ブラッド伯爵と命の取り合いを
する!
 その事の恐ろしさにオレとクリスだけが頭を抱える。
 スノー、リース、ココノ、メイヤ、シアは旦那様と面識がなく話
でしか知らない。
 だから、あの人の出鱈目な強さを理解していないのだ。
 旦那様の滅茶苦茶さを説明したい所だが、どうして敵に回ったの
かオレ自身まだ詳しい話を聞いていない。
 そのため詳細な話をギギさんに尋ねる。
 彼は未だに目を手で押さえていた。
 いや、いい加減、戻ってこようよ︱︱って、このツッコミも久し
ぶりだな。

2481
 そして、ギギさんはブラッド家屋敷を出た後、どうやって旦那様
を発見したのか最初から説明を始めた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 屋敷を出たギギさんがまずしたことは、旦那様を魔物大陸へ連れ
て行ったはずの奴隷商達との接触だ。
 彼らが魔物大陸のどこへ旦那様を売り払ったのか、問い質すため
である。
 しかし運が悪いことに、現在その奴隷商の船は北大陸へと行って
いた。
 そのためギギさんも北大陸へ向かったらしい。
 だが、さらに最悪な事態に陥った。
 北大陸で荷物を下ろし、妖人大陸の港街・海運都市グレイに立ち
寄る筈の奴隷商達の船が沈没したという一報が入ったのだ。
 奴隷商としては小規模だったために助かった人間は一人もおらず、
旦那様を売り払った先を知っている商人達は海の底へと沈んでしま
ったのだ。
 しかたなく、ギギさんは魔物大陸で旦那様が売られた足取りを探
すことにした。
ギルド
 魔物大陸で冒険者斡旋組合のクエストをこなし活動資金を稼ぎな

2482
がら、旦那様が売られた流れを洗ったり、奴隷商人達と関係があっ
た者達と接触しながら探した。
 結果、分かったことは旦那様が、魔物大陸に売られていなかった
ということだ。
 奴隷商達の関係があった者達や他の情報をつなぎ合わせると、彼
らはピュルッケネン達の要望を無視してより高値が付く場所へ旦那
様を売り払ったらしい。
 目先の金銭に惑わされ、ピュルッケネン達を騙したようだ。
 その結果、彼らが立ち寄った大陸を周り、旦那様が売られていな
いかの調査が必用になってしまう。
 そしてギギさんは時間をかけ地道に、大陸を調査して回った。
 長い時間をかけ、旦那様が北大陸の鉱山へ売られたことが判明。
 前世、地球でいうところの重機扱いで買われたようだ。
 北大陸、ノルテ・ボーデンとはまた違う都市を経由して採掘場へ
と旦那様は売られたらしい。
 どうやら奴隷商達は、北大陸で旦那様を売り払った帰り道で沈没
したようだ。
 旦那様が売られた採掘場は犯罪者を受け入れる流刑地的場所では
ない。
 国家事業として権利を与えられている採掘場だった。
 だが、危険な仕事のためなり手が少なく、かなりの数が身を持ち
崩した奴隷達によっておこなわれていた。
 その採掘場にギギさんが足を運ぶと︱︱一足遅く、旦那様は再び
別の場所へと売られてしまっていたらしい。

2483
マッスル
 採掘場現場管理者曰く︱︱﹃たった数ヶ月で、採掘場の﹃筋肉四
天王﹄を倒しちゃったせいで、採掘場で働いている奴隷だけじゃな
マッスル
く、他一般の従業員達ですら彼を﹃筋肉神﹄と崇めだしてね。彼が
一声かけたら、何時でも反旗を翻せる状況になったゃったんだよ。
だから、上の人達が怖がっちゃって他へ売り払っちゃったらしいよ。
でも、そのせいで採掘量が彼がいた頃に比べて半分ぐらいまで落ち
込んじゃってさ。それはそれで上の人が頭抱えているんだよ﹄
 えっ、つまり旦那様1人で採掘場の半分を賄っていたってこと?
マッスル
 てか、なんだよ﹃筋肉四天王﹄って!
 相変わらず規格外の旦那様にオレは頭を抱える。
 しかし、不幸中の幸いで旦那様を売った奴隷商達が分かったため、
すぐに売られた先を知ることができた。
 売られた先は再び魔物大陸だったらしい。
 ギギさんは再度、魔物大陸へととんぼ返りした。
 そして、奴隷商に接触すると、旦那様はすでに売られて魔物大陸
の内地へと移送されていた。
 内地の街へ移動し情報を集めると、旦那様を買ったのは幼い少女
を連れた初老男性だったらしい。
 そこからの足取りは不明。
 ギギさんは他大陸とは比べものにならないほど魔物達の質・数共
に高い魔物大陸を、1人で探し回ったらしい。

2484
 そしてさらに奥地で旦那様を発見した。
 発見できたのは本当に偶然だったらしい。
 彼は一人で墓守のような場所で暮らしていた。
 旦那様を買ったという初老男性と幼い少女の姿はなし。
 そして、ギギさんは旦那様の姿を見付けるとすぐに地に伏せて謝
罪。
 旦那様を買い戻すため、現在の主人と面会させて欲しいと頼む。
しかしなぜか旦那様が拒否。
 屋敷には戻らないと断言したのだ。
 ギギさんが困惑しながら奥様や屋敷の皆、クリスやオレが心配し
ていると説明するが拒否。
 理由を問い質しても答えてくれず、唯一自分を連れ戻す方法は旦
那様自身を倒すことだと断言された。
 ギギさんはかつて﹃A級以上の魔術師が相手の場合は、とにかく
逃げることだけに専念しろ。戦おうなどと思うな。戦うだけ無駄だ。
自殺と変わらない﹄
 しかし、クリスや奥様へ、屋敷の皆へと償いと後ろめたさから旦
那様に戦いを挑んだ。
 また相手は旦那様。
 何か事情があり、戦って負けないとこの場所から移動できないの
かもしれない。

2485
 だから、戦ったらワザと負ける可能性もあると踏んでいた。
 しかし、結果は旦那様が本気でギギさんに襲いかかってきた。そ
して、彼は潰れた右目を治癒できないほどの重症を受け撤退するし
かなかったらしい。
 命からがら街へと戻り、自分では旦那様を説得できないと確信。
 一度、ブラッド家へ戻り現状を報告。
 そして、協議の結果、オレとクリスなら旦那様も説得に応じるの
ではということで、協力を求めにやってきたらしい。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁⋮⋮つまり、理由は分からないけど旦那様をブラッド家に連れ帰
るためにはあの人を倒さないといけないってことですか?﹂
﹁そうだ﹂
 オレとクリスは再び頭を抱える。
 あの旦那様を殺さず、無力化しろだなんて、なにその無理ゲー。
﹁⋮⋮とりあえず旦那様と戦うとかは置いておいて、無事だったこ
とを喜ぼう﹂
﹃そうですね。お父様が無事で本当によかったです﹄
 クリスが目の端に浮かんだ涙を指先で拭う。

2486
﹃ギギさんも長年、お父様を捜してくださってありがとうございま
す﹄
﹁いえ、これが自分の償いですから﹂
 ギギさんは顔から手を離すと、クリスのミニ黒板に対して頭を下
げた。
 オレは二人のやり取りを眺め、区切りのいいところで他の皆に視
線を向ける。
﹁ということでオレはクリスのお父さん︱︱ダン・ゲート・ブラッ
ド伯爵を連れ戻すため魔物大陸へ行こうと思う。魔物大陸は皆も知
っている通り、未だ魔王が存命しているといわれる過酷な場所だ。
それでも旦那様を連れ戻すため、皆の力を貸して欲しい﹂
 この台詞にまず一番最初にスノーが声をあげる。
﹁もちろんだよ、リュートくん。わたしのお父さんとお母さんを捜
すために、みんな北大陸に一緒に行ってくれたんだもの。今度はわ
たしがクリスちゃんのために頑張る番だよ!﹂
﹁ですね。それにリュートさんが行くところなら、例え世界の果て
でもお供します﹂
﹁お嬢様、そして皆様の生活と安全を守るのが自分の役目ですから﹂
 続いてリース、シアが言葉を紡ぐ。
 ココノが隣に座るクリスの手を握り締める。
﹁わたしも何が出来るか分かりませんが、協力いたしますクリス様﹂

2487
﹃ココノちゃん、みんな⋮⋮ありがとうございます﹄
 クリスは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
 そしてオレはメイヤへと視線を向けた。
 彼女が気まずそうに肩を震わせる。
﹁メイヤも一緒に来てくれないか?﹂
﹁よ、よろしいのですか? 皆様に嘘をついてご迷惑をおかけした
わたくしが一緒で?﹂
﹁当然だ。でなきゃ、こうして不法侵入してまでメイヤに会いに来
たりしないよ﹂
 オレは久しぶりに会うメイヤの顔を見詰める。
 考えたら、彼女と出会って以後、これほど長い時間離れたことは
ないはずだ。
 だからだろうか、スノー達からせっつかれたこともあるが、﹃メ
イヤ﹄はオレにとってどんな存在なのかを離れている間ずっと考え
ていた。
 スノー達にも話した通り、彼女には色々重い所もある⋮⋮しかし、
一時的とはいえメイヤが側から居なくなって実感した。
 スノー達もオレにとってかけがえのないパートナーだが、メイヤ
もまた大切な存在だと。
 唯一、彼女だけが銃器などの発明品の凄さを理解してくれる。
 そんな存在が側に居てくれることの大切さを、オレはメイヤがい
なくなって初めて味わったのだ。
 人は健康のありがたみを失って初めて実感する︱︱というが、ど

2488
うやら人間関係もそうらしい。
﹁今はさすがに緊急事態で色々やることが多い。だから、今回の一
件が片付いたら改めてオレから言わせてくれ﹂
 すぐに結婚を申し込まないのは、今回の﹃嘘﹄の一件についての
お仕置き的意味もある。
 さすがに腹を立てているスノー達の前で結婚を申し込む訳にもい
かない。
 また現在、魔術液体金属が無いため腕輪を作ることができない。
そのため申し込もうにもできないのだ。
 それでもメイヤは感激したらしく。
﹁りゅ、リュートしゃま⋮⋮!﹂
﹁ちょ! メイヤ!﹂
 彼女は席から立ち上がり、テーブルを踏み台にオレの胸へと飛び
込んでくる。
 回避するわけにもいかず、彼女を受け止める。
 勢いが付きすぎて、ソファーごと後ろに倒れそうになった。
﹁リュート様! リュート様! リュート様ぁあああっぁぁぁぁぁ
ぁっ! 天才的頭脳、神業的手腕だけではなく、度量まで天上を覆
い新たな世界を創造し受け止められるほど広いなんて! このメイ
ヤ・ガンスミス︵仮︶! 今回、皆様を謀った罪を償うためにも、
クリスさんのお父様を全身全霊かけてお助けすることを誓いますわ
!﹂
﹁わ、分かったら! 分かったら離れてくれ! てか! ちょ!?

2489
 どこに手をまわしてるんだよ!?﹂
﹁スーハースーハー! あぁぁぁ! 久しぶりの生リュート様です
わ! やっぱり想像や妄想より生リュート様が最高ですわ! この
質感、匂い、体温、抱き心地、そして味! もう一度味わったら止
められない止まらないですわ!﹂
﹁落ち着け! いいからちょっと落ち着け、な! ほらギギさんが
ドン引きしてるじゃないか! メイヤ、ハウス! ハウスゥッ!﹂
 オレだけでなく、久しぶりに直接顔を会わすメイヤもどうやら色
々我慢していたらしい。
 お陰で抱きつかれた後、色々な箇所を手で撫でられ、頬摺りし、
舐められた。
 最終的にスノー達の手を借りなんとか引き剥がすことに成功する。
 旦那様を連れ戻したら、メイヤと結婚する宣言はやはり時期尚早
だったかもしれないとオレはやや後悔した。
 こうして、オレ達はクリスの父、ダン・ゲート・ブラッド伯爵を
連れ戻すため魔物大陸へと行くことが決定した。
                         <第12章
 終>
次回
第13章  魔物大陸編︱開幕︱

2490
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 どこかの廃屋で、彼女︱︱ハイエルフ王国エノール、元第一王女、
ララ・エノール・メメアは全身に黒を身に纏った人物と出会ってい
た。
 相手は頭まですっぽりと黒い外套で隠し、ズボン、手袋、ブーツ、
顔を隠す仮面は空気穴1つない。
 お陰で男なのか、女なのか性別すら分からない。
﹁︱︱以上が、﹃黒﹄の内部と今後の方向性となります﹂
 彼女はその黒い人物の前に跪き、一通りの状況報告を告げる。
﹁恐らく次で私達の悲願が達成できるかと。そうなれば﹃黒﹄はも
う⋮⋮﹂
 ララの言葉に黒い人物は数度頷いた。
 黒い人物は、そっと跪く彼女の肩に手を置く。
 それだけでララは、初恋の男性に褒められた少女のように耳まで

2491
赤く染め恥じらう。
 彼女の肩から手の重さが消える。
 黒い人物は初めからその場に居なかったように姿を消した。
 ララはその場に跪いたまま、手が触れられた余韻に浸る。
 たっぷり1時間後、ようやく彼女は立ち上がった。
﹁︱︱様、私はあなたのためなら、地獄の釜すら開いてみせます﹂
 うっとりと恍惚の表情で、先程までいた相手へ想いを独り呟く。
 ララは胸の底から自然と湧き上がる想いに、顔を両手で押さえ天
を仰いだ。
2492
第221話 旦那様の行方︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月5日、21時更新予定です!
前回、軍オタ1巻重版をお伝えさせて頂きました。その後さらに担
当様からメールを頂き、軍オタイラストを描いてくださっている硯
様が、twitter上で重版を喜ぶスノーのイラストを描いてく
ださって居ました!
他にもスノーのイラストが多数載っていて、大変見応えがあります
! 硯様、本当に多数のイラストをこんなに描いてくださって、さ
らに軍オタをここまで応援してくださって本当にありがとうござい
ます!
さらにさらによく見ると、軍オタ2巻に登場するクリスのキャラク

2493
ターイラストの一部が載っていたりと、他には中々見られないレア
なものがあったります。
ご興味のある方は是非是非、ご確認してみてください!
また﹃ゲーマーズ 新宿店様﹄では、書籍店員様が軍オタ1巻の店
頭展開をしてくださっていると知り感激しております。店頭展開の
画像がありますので、詳細は活動報告に記させて頂きました。本当
に凄いのでこちらも是非是非、ご確認ください!
さらに次話なんですが、﹃魔物大陸編﹄とか言ってますが次に間話
が1話入ってからのスタートとなります。
ではでは、次の更新で。
軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶
2494
第222話 ギギさんと受付嬢さん
 オレ達は、クリスの父親であるダン・ゲート・ブラッド伯爵に会
うため魔物大陸へと向かうことになった。
 そのため一度、獣人大陸にある本部へ戻って万全の体制を整えよ
うと話し合った。
 竜人大陸で賃貸住宅を引き払い、私物は一度メイヤ邸へと置いて
もらう。その他、雑務をこなしていた。
 ギギさんも一緒に獣人大陸にある本部へ行くのだと思っていたが
⋮⋮。
﹁俺はこのまま魔物大陸へ向かって、あちらですぐに動けるよう準
備をしておく﹂と言った。

2495
 確かに効率を考えるなら、それがベストだ。
 問題があるとしたら︱︱その資金をギギさんが受け取ろうとせず
自分で稼ぐというのだ。
ギルド
 そのために、まず竜人大陸の冒険者斡旋組合でクエストを受けに
行くと言い出した。
 オレとクリスは先行するギギさんに改めて声をかける。
﹁ギギさん、魔物大陸へ先乗りにして準備を整えてくれるのはあり
がたいんですが、それぐらいの資金オレ達が出しますよ。だから、
わざわざクエストを受けなくても﹂
﹃そうです! リュートお兄ちゃんの言う通りです!﹄
 しかし、ギギさんは立ち止まり振り返ると︱︱
﹁お気遣いありがとうございます、クリスお嬢様。リュートともあ
りがとう。だが、心配しなくていい。俺は魔術師Bプラス級だ。資
金ならクエストをこなせばすぐに貯まる﹂とキメ顔で告げる。
︵いや! 心配しているのはそこじゃないですから!︶
ギルド
 ギギさんは再び冒険者斡旋組合へ向けて歩き出す。
 ギギさんは何も分かっていない!
 今、自分がどれほど危険な場所に向かっているのか!
 あの魔王化寸前の受付嬢さんに生けに︱︱げふん、げふん、見合

2496
い相手としてギギさんも候補には考えたが、尊敬する彼を捧げるな
んてできない。
 その案はすぐに却下した。
 なのにギギさんは自ら無自覚でドラゴンの口に飛び込もうとして
いる。
 どうにかして足を止めなければ⋮⋮!
 オレとクリスは目で頷きあう。
 オレは護身用と言い訳して持ってきたセミオートショットガン﹃
SAIGA12K﹄の安全装置を解除する。
ショットシェル チェンバー
 すでに弾倉には非致死性装弾のビーンバッグ弾が薬室に入ってい
る。
 これでギギさんを背後から撃ち、気絶させて縄&魔術首輪で拘束。
 強制的に獣人大陸にある本部まで連行しよう。
 これも全てギギさんの将来を守るためだ!
︵ギギさん、ごめんなさい! でもこれはすべて貴方のためなんで
す!︶
 オレは胸中で謝罪の言葉を呟きながら、前を歩くギギさんの後頭
部へ狙いを定めようとする。
 彼に気付かれないよう細心の注意を払いながら、ゆっくりとSA
IGA12Kを構えようとした刹那︱︱!
﹁あれ、リュートさんとクリスさんですか? 奇遇ですね。こんな
ところで会うなんて﹂
﹁﹁!?﹂﹂

2497
 左側の道から受付嬢さんが声をかけてきたのだ!
 彼女は今日、非番らしく私服姿だった。
 手には買い物帰りらしく品物を抱え、なぜか背中には冒険者のよ
うに大剣を背負っていた。
﹁ど、どうも⋮⋮﹂
﹃こ、こんにちはわです⋮⋮﹄
 さすがに無視する訳にはいかずオレとクリスは返事をする。
 だが、これは逆にチャンスだ。
 声をかけられた時、運良くオレ達とギギさんの間を商隊の馬車が
通り過ぎた。
 お陰で、距離が開いてしまう。
 その時に受付嬢さんから話しかけられた。つまり、ギギさんを自
然な形で遠ざけることができたのだ。
 しかも、私服姿と言うことは今日、彼女はお休みなのだろう。
 だったら、まだギギさんを拘束するチャンスはいくらでもあると
いうこだ。
 そのためにもここをスマートに切り抜けなければならない。
 しかし最初、受付嬢さんに声をかけられたときは再びあの暗黒オ
ーラを浴びなければならないのかと身構えたが、今の彼女はあの時
の出来事が嘘だったみたいに明るくなっている。
 もしかして吹っ切れたのか?
 オレは地雷を処理する爆弾処理班の心境で彼女が現在どのような

2498
心理状態なのか探りを入れる。
 まずは軽めのジャブから。
﹁ほ、本当に珍しいですね、こんな街なかで会うなんて。買い物で
すか?﹂
﹁はい。なぜか同僚から﹃休んでくれ﹄って懇願されちゃって﹂
 そりゃあんな暗黒オーラを撒き散らされたら、業務に支障をきた
すに決まってるからな。
 とりあえず予想通り今日は休みらしい。
 視界の端でクリスが喜びから拳を握ったのを確認する。
 しかし、その喜びの表情も長くは続かなかった。
﹁それで折角だから、この休みを利用して準備を整えようと思って﹂
﹁準備ですか?﹂
﹁そう、準備よ。結局、誰も私のクエストを受けてくれなかったか
ら︱︱ダッタラ自分ノ手デ裏切リ者達を始末シニ行コウト思ッテ﹂
 再び暗黒オーラが全身から溢れ出る。
 軽めのジャブなのに一発で地雷を踏み抜いてしまった!
 てか、やっぱり誰もあのクエストを受注しなかったのか!
 だからって、自分の手で始末を付けに行くってどこのヤクザに雇
われたヒットマンだよ!?
 つまり背中に背負っている大剣は、裏切り者達を始末するために
買ったものらしい。
 クリスが再び暗黒オーラを正面から浴びてガタガタと震える。

2499
 彼女はオレの腕にしがみつき何とか立っている状態だ。
 オレは愛想笑いを浮かべて、
﹁そ、そうなんですか。頑張ってください、応援してますね。では
オレ達はこの辺で﹂
 声が微かに上擦ってしまったが、ごく自然な態度でその場をやり
過ごす。
 オレ達は彼女に背を向けて刺激しないようにゆっくりと歩き出し
た。
 よし! よし! よし!
ギルド
 後はこのままギギさんの後を追い冒険者斡旋組合へ行けばいい!
 ︱︱だが、そうは問屋が卸さなかった。
﹁2人ともすまない。先を歩きすぎた﹂
 ギギさあぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁあぁああん!!!
 先を歩いていたギギさんが律儀に戻ってきてしまった。
 先程まで背後から感じていたトゲトゲしいオーラが霧散する。
 逆にそれが心底怖い。
 オレとクリスはまるでホラー映画の主人公達のように、ゆっくり
と背後に立っている受付嬢さんを振り返る。
 さっきまで新人冒険者なら心をへし折られていた暗黒オーラを放
っていた彼女が︱︱今はまるで少女漫画に出てくるヒロインのよう
に輝いた表情を浮かべていた。

2500
 それはまるっきり恋する乙女の表情だ。
﹁リュートさん、クリスさん、こちらの素敵な殿方はお二人のお知
り合いなんですか!?﹂
 ヒイィィィィィィィィッィィィィィッィイッィィィィィット!
 ほら、食い付いた!
 絶対に食い付くと思ったよ!
﹁えっと、そのこの人は⋮⋮﹂
﹁リュートとクリスお嬢様の知り合いか?﹂
 オレがどう紹介すればいいか迷っていると、ギギさんが先に口を
開く。
 これ幸いに受付嬢さんが笑顔100%で答える。
ギルド
﹁はい! 私、この街の冒険者斡旋組合で受付嬢をやっていて。昔
ギルド
は妖人大陸の冒険者斡旋組合にも務めていて、その関係でリュート
さん達と知り合ったんです。だから、彼らとは昔からの知り合いで。
リュートさん達から私は﹃お姉さん﹄として慕われてて。ねぇ、リ
ュートさん、クリスさん?﹂
﹁ハイ、ソウデス﹂
﹃オ姉サント慕ッテマス﹄
 受付嬢さんは笑顔だったが、底知れない恐怖をオレ達は感じて保
身のため彼女が望む返答を口にする。
 ごめん、ギギさん。
 オレ達にもう止める術はないよ。

2501
 ギギさんはオレ達がお世話になっている相手と知ると、珍しく丁
寧な口調で答えた。
﹁そうですか。リュートやクリスお嬢様がお世話になっています。
自分は魔術師Bプラス級、獣人種族、狼族、ギギ︱︱クリスお嬢様
の屋敷に務めていて、今は訳あって人捜しをしています﹂
﹁人捜しですか? 大変ですね。でも、人捜しで家を留守にするな
んて奥さんや恋人さんが困るんじゃないですか?﹂
 受付嬢さんがクネクネと体を揺らし、糖分120%の声音をあげ
る。
 こいつ探りを入れてきやがった!?
﹁いえ、自分は天涯孤独の身。そのような方とは縁がないです﹂
﹁﹁!?﹂﹂
 オレとクリスが絶句する。
 ギギさんは相手の意図に気付かず、オレがフォローを入れるより
早く馬鹿正直に答えたからだ。
 受付嬢さんの目が獲物を狩る肉食獣のものへと変わる!
 魔術師Bプラス級で高給取りは確実。天涯孤独のため義理両親と
の同居や親戚付き合いを気にする必要なし。恋人、奥さんもいない。
さらに性格は見た目通り実直、真面目。
 超優良物件だと受付嬢さんの瞳がギラギラと輝き訴える。
﹁えぇ! そうなんですか! 素敵な方なのに!﹂
﹁いえ、俺はそんな大した者では⋮⋮﹂
﹁そんなことないですよ! とっても渋くて、格好良くて素敵です
よ!﹂

2502
 受付嬢さんは目をハートマークにして、今にも押し倒しそうな勢
いでギギさんを褒める。
 だから彼女とギギさんを引き合わせたくなかったのに!
 ギギさんは受付嬢さんのラブラブ光線に気付かず、思い出したよ
うに尋ねる。
ギルド
﹁実は今からクエストを受けに冒険者斡旋組合へ行く途中で。この
街の受付嬢さんなら何か割のいいクエストを知りませんか?﹂
﹁はい! 任せてください! では、折角なので私がご案内します
ね!﹂
﹁えっ、でも今日は休みだったんじゃ︱︱ッ!?﹂
 つい、口からぽろりと疑問を零してしまう。
 すると受付嬢さんが、オレにだけ伝わるように殺気を針状にして
向けてくる。
 思わず息が止まる。
﹁休みなら、邪魔をしてはいけない。俺達はこれで失礼する﹂

﹁いえいえ、邪魔だなんて! それに半休で私もこれから冒険者斡
ルド
旋組合へ向かう途中だったんですよ!﹂
﹁その荷物や剣は?﹂
 ギギさんが受付嬢さんが手にしている旅用品の荷物と背中に背負
っている大剣に目を向ける。
 受付嬢さんはその質問にスマイル100%で嘘八百を並べた。

2503
ギルド
﹁こっちの旅荷物は冒険者斡旋組合の備品の買い出しで、背中の剣
は護身用なんですぅ。治安のいい街ですが、やっぱりか弱い女性の
1人歩きは怖くて﹂
 この街で貴女に手を出す人なんていませんよ!
 だいたいか弱い女性が、重さだけでオークの首を両断できそうな
大剣を護身用に装備している時点でおかしいだろ!
 思わずツッコミを入れそうになり、慌てて口を押さえた。
 こんな分かりやすい嘘に対してギギさんは、
﹁なるほど。大変ですね﹂
 ギギさんは彼女の説明に1人納得する。
﹁いえいえいつものことですから。それにこれも何かの縁ですから、
ギルド
冒険者斡旋組合では私がギギさんの担当をさせて頂きますね。割の
良いクエストを大放出しちゃいますよ!﹂
﹁それはありがたい﹂
﹁ギギさんのお役に立てて嬉しいです。それじゃ折角ですから冒険
ギルド
者斡旋組合まで一緒に来ましょうか﹂
ギルド
 そして受付嬢さんは自然な動作で冒険者斡旋組合へと促す。
 ギギさんは少しも疑問に思わず彼女の言葉通り歩き出した。
 オレとクリスは互いに無力な自分達を呪いながら、囚人のように
2人の後に続いた。
 もうオレ達の力では、受付嬢さんを止めることはできそうにない。
 ギギさんもとんでもない人に目を付けられたな︱︱とオレは胸中
でひたすら同情した。

2504
第222話 ギギさんと受付嬢さん︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月8日、21時更新予定です!
活動報告を書きました。
よろしければご確認ください。
軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶

2505
第223話 魔物大陸、到着
 改めて︱︱魔物大陸というのがどういう場所か整理しよう。
 この世界は大きく分けて6つの大陸で構成されている。
 妖人大陸。
 獣人大陸。
 竜人大陸。
 魔人大陸
 北大陸
 そして魔物大陸だ。
 大昔、6大魔王を5種族勇者が5体まで倒し、封印した。

2506
 伝承では最後の一体は、魔物大陸の奥深くに存命しているといわ
れている。
 最後の魔王の影響のせいか、他大陸とは段違いに魔物の数・質と
も高い。
 他大陸の住人がろくな準備をせずに魔物大陸に行ったら、まず生
きて戻れない。それがこの世界の常識だ。
 大陸の位置を時計で置き換えると、6時の位置に当たる。
 そんな場所に、オレの嫁であるクリス・ガンスミスの父、ダン・
ゲート・ブラッド伯爵が奴隷として買われていったので助け出す手
伝いをして欲しいと、ギギさんに助けを求められたのだ。
 オレ達は一度、獣人大陸にある新・純潔騎士団本部に戻った。
 また長期で休んでしまうためその手続きと、行き先が魔物大陸の
ため装備を十分に整えなければいけないためだ。
 また今回の旅で他の嫁達は連れて行くが、ココノは置いていくこ
とになった。
 病弱で、戦闘技術もない彼女を魔物大陸なんて危険な場所へ連れ
て行く訳にはいかないからだ。
 これにたいしてココノは、悔しそうに顔を歪めながらも、

﹁⋮⋮分かりました。リュート様達のお力になれず残念ですが、本

部で皆様の無事を天神様に祈り、お帰りをお待ちしたいと思います﹂
 ココノは我が儘を言わず、大人しく引き下がる。
 自分がついていっても、足を引っ張るだけだと理解しているのだ

2507
ろう。
 そして、オレ達は準備を終えてレンタルした飛行船に乗り、魔物
大陸へと向かった。
 先にギギさんが魔物大陸へと向かい準備を整えているはずだ。
 まずはギギさんと合流するのが先決だろう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレ達が飛行船で向かった街は、魔物大陸の玄関口である港街の
一つ︱︱ハイディングスフェルト。
 飛行船はその発着場へと辿り着く。
 魔物大陸にある街だけあり、城壁が北大陸のノルテのように分厚
く・堅牢そうだ。
 こういう街から大陸奥地へと物資を運んでいるらしい。
 借りた飛行船を返却し、改めてハイディングスフェルトを観察す
る。
 魔物大陸に行ったら生きては帰れない︱︱そう言われている割り
に街も大きく、人も多数存在した。
 普通に賑わっている港街といった感じだ。
 魔物大陸の主な輸出品は魔物の素材だ。
 他大陸と違って質・数共に、高く、大量に素材が手に入る。

2508
 他にも鉱物、魔物大陸でしかとれない薬草類などが、他の大陸へ
と運ばれている。
 しかし、その程度の資源で危険度の高い場所で、これほど街が栄
えるはずがない。
 魔物大陸にある街は他大陸と違って、各国から援助金が支払われ
ているのだ。
 なぜ援助金が支払われているかというと︱︱魔物大陸は魔物が強
すぎて未だに全容が把握できていない。
 その上言い伝えでは、各国にとって潜在的脅威である﹃魔王﹄が
存命しているらしい。
 故に魔物大陸の調査をするため、各国が資金を出し合っているの
だ。
 金が集まれば人も集まる。
 危険を承知で名声をあげるため、金に目が眩み集まった命知らず
な冒険者達。
 商売の匂いを嗅ぎつけた商人。
 奴隷に堕ちて、連れてこられた人々。
 各国からの人材支援という名目で送られてきた貴族の三男、四男
坊やその他様々な人。
 ︱︱様々な理由で人々が絶え間なく集まる。
 そのせいで街は一目見ただけで多種多様な種族が集まった人種の
坩堝だ。
﹁さて、立ち止まっていてもしかたない。ギギさんと合流するか﹂
 オレの掛け声でスノー達も歩き出す。

2509
 向かう先は一件の宿屋だ。
 名前は﹃サリ﹄という宿屋だ。
 以前、ギギさんが泊まっていた宿屋らしく、今回もここに滞在す
る予定である。ギギさんが描いてくれた地図を片手に移動する。
 宿屋サリは、大通りに面した一角に建っていた。
 がっちりとした建物で、質実剛健を絵に描いたようである。
 中に入り、ギギさんの特徴を告げ泊まっていないか確認したが︱
︱宿泊客の情報はあかせないと頭を下げられた。
 とりあえずまずは落ち着こうということで、部屋を取る。
 部屋はオレ、スノー、クリス、リースで一部屋。
 シア、メイヤがそれぞれ一部屋ずつ取る。
 部屋は過度な装飾品を好まず、シンプルな家具だけで揃えられて
いた。
 良い言い方をすればシンプルで機能的な部屋。
 悪い言い方をすれば味気ない部屋だ。
 しかし、オレとしては前者で、またギギさんが好んで泊まりそう
だな︱︱と1人納得する。
 時間は昼。
 食事を摂るのと、街の観光がてら外へ出ることになった。
 宿屋を出るとちょうどギギさんと顔を合わせた。
 ギギさんもちょうどお昼を食べるらしく、そのまま飯屋に移動す
ることになった。

2510
 皆、テーブルに着くがやっぱりシアだけは席を立ち、給仕に専念
する。
 こんな場所でもわざわざやらなくても⋮⋮。
 しかし、彼女は意見を曲げないため、こちらが折れるしかない。
 そして食事を摂りながら、ギギさんと簡単に今後の流れを確認す
る。
﹁まずリュート、来てくれてありがとう、感謝する﹂
﹁何言ってるんですか、ギギさん。旦那様を助けるためなら当然で
すよ﹂
 ギギさんが律儀に頭を下げてくるので、オレはやんわりと返答す
る。
﹁そう言ってもらえると助かる。早速だが、この街からまずアルバ
ータへ移動してもらう﹂
 アルバータは、今オレ達が居る港街ハイディングスフェルトより、
大陸奥にある街である。
 獣人大陸のココリ街のように、大陸奥地へ物資を運ぶ中継街のよ
うなものだ。
 その街からさらに馬で約一ヶ月以上移動した場所に旦那様が居る
らしい。
﹁とりあえず次の街アルバータには、6日後、商隊と一緒に向かう
手筈を整えておいた。だいたい10日の旅になる﹂
﹁なんでまた商隊と一緒なんですか?﹂

2511
 オレの質問にギギさんは、淡々と答えてくれる。
﹁魔物大陸の魔物は知っての通り、他大陸と比べて強い。数も多い
ため、魔物と戦う頻度が異常に多いんだ。だからこの大陸では、あ
る一定人数以上で街間を移動するのが常識だ。一部隊を戦わせてい
る間に、他部隊が休む。複数の部隊で交代で戦うことで疲労を調整
するんだ﹂
 もちろん人数が多いのは保険の意味もあるらしい。
 安全マージンを取るのは普通だが、魔物大陸ではより一層気をつ
けているようだ。
 オレはシチューに大麦パンを浸して柔らかくしてから食べる。
 飲み込んだ後、疑問を皆に聞かせた。
﹁魔物大陸は本当に物騒ですね。商隊の出発が6日後なら、一度こ
の辺りの魔物と戦ってみて感触を掴んでおいたほうがいいかもしれ
ないな。皆はどう思う?﹂
﹁確かにリュートくんの言う通りかも。いきなり﹃本番!﹄よりは
練習がてら戦ってみたいかな?﹂
﹃ですね。私もリュートお兄ちゃんの意見に賛成です﹄
﹁私としても賛成ですが、今日すぐにというのは反対ですね。旅の
疲れも残っていますし無理をして怪我などしたら大変ですから﹂
 リースの意見はもっともだ。
 まだ出発までに6日ある。
 今日すぐやる理由はない。

2512
﹁確かに。なら実際にこの辺りの魔物と戦うのは決定として、クエ
ストを受けるのは疲れを取るため2日後ということで異存はないか
?﹂
ギルド
﹁賛成ですわ。でも、折角なのでこの後、冒険者斡旋組合の場所と
どんなクエストがあるのか確認するぐらいしておいた方がよろしい
と思いますわ。2日後になってどたばたするより、場所の確認とど
のクエストを受けるかの目星を付けておいた方が当日スマートに動
けるのではないかと思いますわよ﹂
 メイヤの意見にはもちろん納得する。
 しかし、彼女の台詞にギギさんを除いた皆が顔を強張らせた。
 いつもの展開なら、受付嬢さんの親戚が居る流れだ。
 まさかとは思うが今回もそっくりさんがいたりするのかな⋮⋮。
 ギギさんが首を傾げる。
ギルド
﹁どうした? 冒険者斡旋組合の場所なら俺が知っているから食事
が終わったら案内するぞ﹂
 ギギさんの反応から見て、受付嬢さんのそっくりさんが居る可能
性は低い。
ギルド
 しかし、北大陸では冒険者斡旋組合の支部長を務めている例もあ
る。そのため奥に引っ込んでいてギギさんが顔を見ていない可能性
がある。
 今まで沈黙を保っていたシアが口を開く。
﹁⋮⋮若様、コッファー︵大︶の準備をしておきますか?﹂

2513
 コッファー︵大︶は通常のコッファーと比べて旅行鞄のように大
きい。
 大きくなった分、9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶だけではなく、
反対側から40mmグレネード弾を発砲でき、ボタン操作で側面か
ら刃も飛び出るギミックが施されている。
 通常のコッファーと比べて、火力が増大している代物だ。
 いやいや、100人単位の冒険者と戦いに行く訳じゃないんだか
ら。
 それにあの受付嬢さんと違って、他大陸であう親戚の方々は友好
的な人達しかいない。
 だから、コッファー︵大︶を取り出す程ではない⋮⋮ないよな?
ギルド
﹁と、とりあえずメイヤの言う通り一度冒険者斡旋組合の場所と後
日受けるクエストの内容を確認しておこう。ギギさん、案内お願い
してもいいですか?﹂
﹁ああ、もちろんだ。任せておけ﹂
 ギギさんの了解を取り、食事をしながら他の商隊移動に必要な細
々とした話をする。
ギルド
 そしてオレ達は食事を終えると、冒険者斡旋組合へと向かった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ギルド
 冒険者関係の施設が集まった区画に冒険者斡旋組合は建っていた。

2514
 木造で、他大陸とそれほど差はない。
 魔王を倒して5種族勇者のように名声を上げようとする冒険者、
他大陸より魔物が多く資金を稼ぐために来た者達などで活気づいて
いた。
 一度に全員︵7人︶で建物内に入ると邪魔になるため、代表して
オレとギギさん2人で中に入る。
ギルド
 建物内もいつもと変わらない冒険者斡旋組合だ。
 壁の一角にはクエスト依頼が張ってある。
 やはりというべきか、薬草採取や建物の修理など雑務より、魔物
討伐の依頼が多い印象だ。
﹁ギギさん、この辺で一番強いのはどの魔物になりますかね﹂
﹁この﹃ヘビーロック﹄だな﹂
 ギギさんは迷わず壁の一角に貼られた依頼を指さす。
 ヘビーロックという魔物は体長が2m以上あり、全身を硬い岩で
鎧のように覆われた魔物だ。そのため剣や槍で倒すのが難しく、魔
術や斧、大鎚で倒すのが一般的らしい。
 トロールやオークが頑強な鎧を着ているようなもので、さらに厄
介なのはヘビーロックは常に群れで移動していることだ。
 さらに好戦的で、例え冒険者側の人数が多くても関係なく襲って
くるとか。
 腕に自信のある冒険者でも、集団で取り囲まれて襲われ原型を留
めないほどぐちゃぐちゃに殺害されることもしばしばらしい。
﹁なるほど⋮⋮なら、明後日受けるクエストはこの﹃ヘビーロック

2515
討伐﹄かな﹂
﹁⋮⋮リュート達なら大丈夫だと思うが、油断はするなよ﹂
﹁こちらのクエストをお受けするのですか?﹂

 ギギさんの心配そうな声を聞いていると、オレ達の会話に冒険者
ルド
斡旋組合職員が割って入ってくる。
 相手は人種族の男性職員で、人の良さそうな笑顔を浮かべている。
﹁今日ついたばかりでクエスト内容を確認しに来ただけなんです。
まだ旅の疲れが抜けなくて。明後日、改めて受けさせて頂ければと﹂
﹁なるほどでしたら無理をなさらないほうがいいですね。疲れを取
るのも冒険者にとって重要な仕事ですから﹂
 男性職員は柔和な顔で頷き、一礼して離れようとする。
 オレは慌てて彼を引き止め、小声であることを問いかけた。
﹁失礼ながらちょっとお尋ねしたいことがあるのですが⋮⋮﹂
﹁はぁ、なんでしょうか?﹂
 突然、シリアスな表情に切り替え周囲の目を気にして小声で話し
かけてきたオレに、男性職員が身構える。
 何か重要な案件、問題でもあるのかと。
ギルド まじんしゅぞく
﹁⋮⋮この冒険者斡旋組合に魔人種族の頭部から角が生えた受付嬢
さんって居ますか?﹂
﹁受付嬢ですか?﹂
 男性職員はどこか拍子抜けした表情を浮かべる。

2516
﹁いえ、居ませんよ。魔物大陸は危険度が他大陸とは違うのであま
ギルド
り女性はいらっしゃいませんから。ここの冒険者斡旋組合も人種族
の受付嬢以外は全員男性職員しかいませんね。それがどうかしまし
たか?﹂
 おお! これは珍しいパターンだ!
ギルド
 他大陸に移動して冒険者斡旋組合を訪ねて、受付嬢さんorその
親戚筋の人がいないなんて!
﹁すみません、ごく個人的に気になることがあって。ありがとうご
ざいました﹂
﹁そうですか。それでは私はこの辺で﹂
 男性職員にお礼を言うと、彼は再び業務へと戻った。
 オレはそんな彼の後ろ背中を見送ると、不意に胸中にすきま風が
吹いた気がした。
ギルド
 いつもなら他大陸の冒険者斡旋組合を訪ねると受付嬢さんの親戚
筋が居た。最初の頃はそりゃ驚いていたが、居ないと分かったらな
んだか物足りなさを感じてしまう。
 人間というのはなんて我が儘な生き物なんだろう。
 ギギさんはそんなオレの哀愁を何と勘違いしたのか⋮⋮
﹁魔人種族の受付嬢とは、あの竜人大陸の受付嬢さんのことか?﹂
﹁えっと、そうです。行く先々で彼女の親戚の方とよく会っていた
ので﹂
﹁リュートとは本当に彼女を姉のように慕っているのだな﹂

2517
 どうやらギギさんの目から、オレが慕っている親戚筋の受付嬢さ
んが居なくて寂しがっていると勘違いしているようだ。
 今ここでオレ達がどれほどあの受付嬢さんに恐怖を抱いているの
か、そしてギギさんの勘違いを訂正するのは難しくない。
 しかしオレは後が怖くて⋮⋮
﹁ソウデスネ。僕ハ受付嬢サンヲ尊敬シテイマス﹂と明後日の方角
を見詰めながら口を機械のように動かす。
 すみません、ギギさん。
 あの受付嬢さんの怨みを買えるほど自分は強い人間じゃないんで
す。
ギルド
 こうしてオレは冒険者斡旋組合の場所とクエストを確認して、外
で待つ嫁達と合流した。
2518
第223話 魔物大陸、到着︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月11日、21時更新予定です!
軍オタ1巻、一部ネット等で売り切れているようですが、そのうち
重版した分が補充されると思います。きっと、多分⋮⋮!
軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶

2519
第224話 魔物大陸、初戦闘
 魔物大陸はどんな場所かというと︱︱火星のようにゴツゴツした
大地がどこまでも続く岩と砂の大陸だ。
 木々も他大陸と比べて低く、雨も余り降らないせいか埃っぽい。
 そんな魔物大陸をオレ達はM998A1ハンヴィー︵擬き︶に乗
って走っていた。
 運転するオレの隣、助手席でギギさんが腕を組んで遠くを見詰め
ている。
 その態度は一見、どっしりと構えているようだが、実際は顔色が
悪い。
 どうもこのハンヴィーの乗り心地があまり好きではないようだ。
整地されていない地面のため、がたごとと揺れるたび、ギギさんの

2520
鼻がぴくぴくと動く。
 人で言うなら顔を強張らせているのだろう。
 嫁プラスαは後部荷台部分に設置した向かい合わせの長ベンチに
腰を揃えている。
 さて、どうして前世、地球にあった車がこの異世界に存在するの
か?
 もちろん、オレが作ったからだ。
 オレは運転しながら、ギギさん達にハンヴィーを見せた時の反応
を思い返した。
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 魔物大陸到着2日後。
ギルド
 予告通り、オレ達は冒険者斡旋組合でヘビーロック討伐のクエス
トを受けてきた。
 港とは正反対の城壁を抜けて、魔物大陸の大地を踏みしめる。
 本来なら、街のハイディングスフェルトから馬車や馬で、ヘビー
ロックの目撃地まで移動する。
 さすがに歩いてすぐの場所にはいないからだ。

2521
 しかし、今回オレは馬車や馬も借りなかった。
 魔物大陸の移動には新たに開発した魔術道具を使うからだ。
 さすがに城壁近く、人々の目がある場所で積極的に見せるのも面
白くないので、ある程度移動してからリースに出してもらう。
﹁この辺でいいだろう。リース、頼む﹂
﹁分かりました﹂
 彼女は手のひらをかざし、﹃無限収納﹄に収めていた魔術道具を
取り出す。
﹁これがリュートの作った移動する魔術道具か?﹂
 ギギさんは興味深そうに、目の前に姿を現した移動魔術道具︱︱
M998A1ハンヴィーに視線を向ける。
 ギギさん以外はすでに見ているのと、何度かテスト試乗している
ため驚きはない。
 正直言えば、どの車種を製造するかギリギリまで悩んだが、最終
的にM998A1ハンヴィーの製造に踏み切った。
 では、M998A1ハンヴィーとは一体どういう車なのか?
 まずその説明をする前に、﹃ジープ﹄について簡単に話さなけれ
ばならない。
 第二次世界大戦、アメリカ陸軍は戦術車輌を各種量産、集中して
運用した。

2522
 その中でも前線から後方まで、あらゆる状況と用途で広範囲に使
用された軽戦術車輌が﹃ジープ﹄の愛称で有名なウィリスMB、ま
たはフォードGPWだ。
 現在でもジープは各国の軍隊で移動・軽輸送等に多数活躍してい
る。
 しかし、21世紀を迎えるにあたり搭載する武器や装備の量、質
量が増大。またジープの後継車というだけではなく、貨物車や小型
トラック全てを一車種の派生型でまかなおうとしたのだ。
 結果、できあがったのがAMジェネラル社製の、M998ハンヴ
ィー汎用車シリーズである。
 50年近く前のウイリス社製ジープに比べると、サイズ、パワー
共に3倍以上も大きくなり全ての面で進化している。
 そして名称も軽輸送車ではなく高軌道汎用装輪車︵HMMWV⋮
⋮High−Mobility Multi−purpose W
heeled Vehicle︶という略称がつけられた。
 しかしさすがにこのままでは呼び辛いためアメリカ軍内ではハン
ヴィー︵HUMVEE︶と呼ばれるようになる。
 輸出を含む市販用の商品名はハマー︵HUMVER︶と命名され
た。
 だが、以後は﹃ハンヴィー﹄と呼ばせてもらう。
 ハンヴィーは1982年にアメリカ軍が制式採用︵1985年か
ら量産配備︶してから、今までに約十数万輌も生産されている。

2523
 そしてハンヴィーは、それら戦争&紛争から得た経験を逐次取り
入れ、多数の車種を作り出し︱︱そして別物といえるほど進化を遂
げた。
 しかし、オレが今回製造に踏み切ったのはもっとも基本となる車
種、無装甲、オープントップのM998A1兵員・貨物輸送タイプ
のハンヴィーだ。
 なぜもっとも基本となるM998A1を選んだかというと、オレ
達もアメリカ軍に倣い戦闘を経験して発展させていければと考えた
から︱︱と言えば聞こえがいいが、正直な話をすれば、このM99
8A1ハンヴィーを製造するだけで手一杯だったからだ。
 ハンヴィーの基本的な車台の骨格となる鋼製フレーム︵魔術液体
金属で代用︶は、ラダーフレーム︵梯子型のフレーム。前後に通る
2本のフレームがサイドメンバーと呼ばれ、梯子の段にあたるもの
がクロスメンバーと呼ばれる。ちなみにラダーは梯子の意味︶。ク
ロスメンバーは5本。
 このフレームに重いエンジンやサスペンション、シートなどが取
り付けられる。
 またエンジンは前輪シャフトの後ろ、つまりミッドシップエンジ
ン︵車台中心付近にエンジンを設置。ただしこれはバランス対策で
はなく水没対策・被弾対策等によってラジエータを寝かせた影響に
よるもの。そのためハンヴィーのフロントグリルは上部についてお
り特徴的な見た目をしている︶である。
 ハンヴィーの基本型は、ルーフのないオープンカーであるため、
ウインドシールド・フレームには転倒に備える等十分な強度が備え
られている。
 またルーフを取り付け、そこに武器を付けることもできる。

2524
 しかしさすがにエンジンまでは再現することができなかった。
 そのため作り出したのは魔力で動く魔石モーターだ。
 だから正確にいうなら電気自動車ならぬ魔石モーター自動車であ
る。
 面倒なのは魔力が切れた場合、一度ボンネットをあけ直接魔力を
注ぐか、予備のと入れ替えなければいけない。
 タイヤもゴムのような材質の魔物の素材を使って代用している。
 予備タイヤはリースの﹃無限収納﹄にしまってある。
 正直、魔石モーター自動車の性能は、M998A1ハンヴィーに
遠く及ばない。
 見た目がそっくりなだけだ。
 だから、オレはM998A1ハンヴィー︵擬き︶とついつい胸中
で付け足してしまう。
 オレはギギさんに説明できる部分だけを抜き出し、話して聞かせ
る。
﹁⋮⋮つまり角馬を必要としない、魔力で動く馬車ということか﹂
﹁そうですね。しかも早さは馬車とは比べものにならないレベルで
すよ﹂
﹁クリスお嬢様が使っているスナイパーライフルにも驚かされたが、
これはまた面白い物を作ったもんだ。リュートは相変わらず器用だ
な。屋敷に居た時も珍しい菓子を作っていたもんな﹂
 ギギさんは懐かしむように腕を組み何度も頷く。

2525
 いや、お菓子作りと武器・車輌製造を同列に語るのはどうかな⋮
⋮。
 オレの心情を代弁するようにメイヤが興奮した声音で叫ぶ。
﹁何を仰っているのですか! これは器用とかそういうレベルの話
ではありませんわ! ﹃魔石モーター﹄というまったく新しい魔術
道具を開発したんですわよ! しかもその利用価値の高さと言った
ら! これが世間に発表されれば、世の魔術道具研究者達がどれほ
ど心臓を止めるか! それほどの驚愕な革命的偉業ですわ! この
魔石モーターが普及すれば、馬車での移動より格段に早く・大量に
物資を輸送させることができますわ! これは来ますわ! 来ちゃ
いますわ! リュート様による大・革・命が!﹂
 なぜかメイヤは片手を胸に、もう片方を大空へ向け伸ばす。
 そんなメイヤの発言にギギさんは再び何度か頷き、﹃そうか﹄と
呟く。
 なんだかこの2人の会話は妙にハラハラするな。
﹁と、とりあえず時間も勿体ないし、さっさと移動しようか。オレ
が運転するんでギギさんは隣に、スノー達は後ろの荷台スペースで
頼む﹂
 オレの指示に皆が従い、それぞれ乗車する。
 ちなみに乗車できる人数は、運転席&助手席2名に、荷台部分に
8人乗せることができる。
 現在の人数でも余裕だ。
 そしてオレは﹃ヘビーロック﹄が居る場所へ向けてM998A1

2526
ハンヴィー︵擬き︶を運転する。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹃グオオオォォォォオッ!﹄
 ヘビーロックの群れが咆吼を上げこちらへ向けて駆けてくる。
 数は約30匹。
 初めてヘビーロックを見るが、まるで甲冑のように全身に大小の
岩石を身に纏っている。
 あの岩石で剣や槍、初級の攻撃魔術なら楽に弾くらしい。
 確かに並の冒険者なら手に余る相手だ。
 しかし、今相手にしているのはクリス・ガンスミスだ。
 さらに彼女はハンヴィーの荷台、長椅子の間にどっしりと座り、
SVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を追いかけてくるヘビーロックへと向
ける。
 オレ達は順番に魔物大陸の魔物と戦えるか確認していた。
 確かにヘビーロックは群れで行動すると聞いてはいたが、これほ
どの数で移動しているとは想像していないかった。
 もし馬車だったらすぐに追いつかれていただろう。
 しかし、今オレ達が乗っているのは前世、地球にある高軌道汎用

2527
装輪車、ハンヴィー︵擬き︶だ。
 むしろ振り切らない速度を維持する方が難しい。
 そして、一番最初、クリスが戦えるかの確認とヘビーロックの数
を減らすためSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を構えていた。
 ダァァーン!
 クリスが7.62mm×54Rを発砲!
 ヘビーロックの眼球を突き刺し、そのまま頭部を最奥まで弾丸を
送り込む。
 さすがに岩石で全身をおおっているヘビーロックも、眼球と頭部
内部までは硬くすることはできない。その場で勢いよく倒れ、2、
3度勢いよく地面を転がり停止する。
 クリスはすぐさま2匹目に銃口を向ける。
 ダァァーン!
 ダァァーン!
 ダァァーン!
 続けざま3発連続で発砲。
 3匹のヘビーロックは最初の1匹目のように地面を転がった。
﹃グオオオォォォォオッ!﹄
 仲間をやられて頭にきたのか、一匹のヘビーロックが咆吼をあげ
る。
 走りながら、肩に付着した自身の岩石をベキベキと剥ぎ取る。

2528
 岩石はソフトボール大はある。
 それを迷わず投げつけてきた!
 岩石は風より速くハンヴィーへと襲いかかる。
﹁マズッ!﹂
 オレは咄嗟にハンドルを切りそうになるが︱︱
﹃バカァーン!﹄と岩石はハンヴィーに届く前に空中で砕け散った。
 どうやらクリスが撃ち抜いたらしい。
 彼女は投擲してきたヘビーロックに照準を合わせて、お返しとば
かりに撃ち返す。
 もちろん、彼女の弾丸が外れるはずもなく投擲したヘビーロック
は地面を転がる。
 舗装されていない地面を走っているため、車体は不規則に振動す
る。なのにクリスは未だに一発も外していないのだ。
 相変わらずの射撃技術だ。
 こうしてハンヴィーで逃げつつ、追いかけてくるヘビーロックを
クリスが狙撃して数を減らしていく。
 数がある程度減ったところで、オレ達も力が通用するか試してみ
た。
 戦闘開始から約30分程。

2529
 無事、遭遇したヘビーロック約30匹を倒すことができた。
 クリスが数を減らし、残り5匹になった時点でハンヴィーを停車。
下りて、オレ、スノー、リース、シア、ギギさんが一匹ずつ相手を
した。
 オレとスノーはAK47。弾倉は徹甲弾を念のため入れておいた。
 徹甲弾は問題なく、ヘビーロックの岩石を貫通し倒すことができ
た。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 リースは汎用機関銃のPKMを使用。弾丸を頭部へ集中し、倒し
てしまう。
 シアは珍しくコッファーを使用せず、﹃wasp knife﹄
︱︱直訳すると﹃スズメバチナイフ﹄を久しぶりに使用する。
 ナイフの刃をヘビーロックの眼球に刺し、柄に溜め込まれた魔力
で作られたガスを噴射し、頭部内部をズタズタに引き裂いた。
 ギギさんは、風の魔術を使用した。
 風×風の中級魔術で腕に風の刃を纏わせる
 攻撃範囲は極端に狭いが、貫通力が高いらしい。
 まるで作業のようにヘビーロックの心臓を貫き即死させていた。
 ギギさんは本当に強い。
 さすが魔術師Bプラス級だ。
 そんなギギさんでも歯が立たないなんて、いったいどれだけ旦那
様は強いんだよ⋮⋮。
 とりあえずこうしてオレ達は一通りの戦闘経験を体験した。

2530
﹁⋮⋮しかし改めて思うけど魔物大陸の魔物は本当に怖いな﹂
﹁そう? わたし的には思ったより簡単に倒せて拍子抜けしちゃっ
たけど﹂
 オレ達は倒したヘビーロックの体から換金できる部位を引っこ抜
いていた。
 ヘビーロックの換金できる素材は、魔石だ。
 体の胸、ほぼ中央部分に他の岩石とは色が違う石がある。
 これが魔石だ。
 ヘビーロックから取れる魔石は、通常の物より質が良く見た目以
上に魔力を溜め込むことができる。
 オレはそんな魔石をヘビーロックから抜き取りながら、スノーの
台詞に返事をする。
﹁確かに攻撃は通じたけど問題はそこじゃなくて、魔物大陸の魔物
が他大陸のに比べて凄く好戦的ってことさ。普通、30匹も居て仲
間が次々倒されていったら、途中で何匹かは逃げ出すだろう? な
のにヘビーロックは文字通り最後の一匹になるまで逃げ出そうとし
なかった。これってちょっと怖くないか?﹂
﹃確かに。最後の一匹を倒すまで気が抜けませんね﹄とクリスがオ
レに同意するようにミニ黒板を掲げる。
﹁魔物大陸の魔物は、片腕や足が千切れた程度じゃ戦意はまったく
衰えない。生命力が強いものは、首だけになっても襲ってくる。だ
から、リュート達も倒したからといって油断しないよう気を付けろ﹂

2531
 ギギさんが作業の手を止めず、注意の言葉を告げる。
 やれやれ、まったく凄い所に来たもんだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ヘビーロックの魔石を回収後、死体は焼却した。
 他の魔物のエサにさせないためだ。
 さらにハンヴィーを走らせ、ヘビーロックを探しては何度か戦っ
てみた。
 感触としては十分、手持ちの銃器はこの魔物大陸でも通じると実
感した。
 そして、ハンヴィーをハイディングスフェルトへと向け港街へと
戻る。
 結局、昼を少し過ぎたぐらいで街へと戻って来られた。
 再びハンヴィーをリースの無限収納にしまい徒歩で街中へと入る。
 換金所は大抵、門を抜けてすぐ近くにある。
 冒険者が重い荷物を長く運びたくないのと、物によって大きすぎ
て街中にまで運び込めない場合があるためだ。
 ヘビーロックの魔石が詰まった袋はギギさんに持ってもらってい
た。
 その足で真っ直ぐ換金所へと向かう︱︱だが、1人、門を潜って

2532
すぐに足が止まる。
 その1人とは、リース・ガンスミスだ。
﹁!? ララお姉様⋮⋮ッ!﹂
﹁えっ! ちょ! リース!﹂
 彼女は突然、街中に向かって走り出す。
 彼女の足はそれほど速い方ではないが、みんな驚いて固まったし
まったため出遅れてしまう。
﹁と、とりあえずオレが追いかけるから、皆は換金所へ行ってくれ
!﹂
 返事を聞かず、オレはスノー達をその場に残しリースの後を追う。
 彼女は人混みを走っているため、時に通行人の体をぶつけ謝罪し
ながら奥へ、奥へと進む。
 リースが角を曲がったのでオレも足に力を込めて、彼女の後を追
いかける。
 角を曲がって約30m先で、彼女が左右の道を見比べているのを
発見した。
﹁リース!﹂
 声をかけると、リースは振り返りようやくオレ達の存在を思い出
す。
﹁す、すみません! 皆さんを置いて走り出してしまって﹂

2533
﹁いや、気にするなって。それでどうしたんだ急に。走り出す直前、
リースのお姉さんの名前を叫んでいたみたいだけど﹂
 オレの言葉にリースが肩を震わせる。
 路地裏、建物の陰に隠れていたせいですぐに気付けなかったが、
彼女の顔色が青くなっていた。
 まるで全身の血が流れてしまったように⋮⋮。
 リースはか細い声で告げる。
﹁⋮⋮たのです﹂
 彼女の自身、﹃信じられない﹄という口調と表情で先程目にした
事実を口にする。
﹁私の姉、ララ・エノール・メメアが先程、街の人混みに居たので
す⋮⋮ッ﹂
 リースの姉、ハイエルフ王国エノール、第一王女、ララ・エノー
ル・メメアは数十年前、妖人大陸で起きた戦争時に姿を消した。
 以後、誰もその所在を掴めていない。
 そんな彼女がこの魔物大陸の玄関口にである港街、ハイディング
スフェルトで見掛けたとララの実妹であるリースが告げる。
﹁⋮⋮失礼を承知で言うが、見間違いとかじゃないのか?﹂
﹁いいえ、見間違う筈などありません。あれは絶対にララお姉様で
した。でも、どうしてお姉様がこんな場所に⋮⋮﹂

2534
 青白い顔で困惑するリース。
 今にも倒れそうな彼女の体を抱き締めて支える。
 リースもギュッとオレの衣服を掴んでくる。
 魔王が未だに存命する魔物大陸。
 数十年前、失踪したはずのララ・エノール・メメア。
 そして、ダン・ゲート・ブラッド伯爵がオレ達と敵対する理由。
 これらが全て﹃偶然﹄と片付けるには少々できすぎている。
 まるで何か不吉な出来事が起きる暗示のようだ。
 オレとリースは言葉にはしないがそう感じ取っていた。
第224話 魔物大陸、初戦闘︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月14日、21時更新予定です!
友達が軍オタ1巻を買った後、なろう版も読んでくださったそうで
す。
しかし、ポイントというのが良く分からなかったようで⋮⋮確かに
なろう初めてだとそうかも、と思ってしまいました。
なので、新規読者の皆様、もしくは呼んでいたけれどもポイントの
ことをすっかり忘れていたよ、という皆様! 
 ポイントというのは︱︱作品をブックマーク、さらに全編読み終
スト
わった時の話、つまり最新話の一番最後の下に文法・文章評価、物
ーリー
語評価、とあるのがポイントです︵つまり最新話まで読まないとポ

2535
イントをつけられることに気付かないorそこを素通りするとポイ
ントというシステムに気付かない︶。
 このポイントが増えると、大抵の著者は大喜びします。場合によ
っては転がるほど喜んだり、号泣するほど感激します。
 要は作者のモチベーションを数字で表現するという素敵システム
です。いやぁなろうのシステムはよく出来ているなぁ⋮⋮。そして
著者はポイントという荒野を駆け、互いの命を削り戦いを繰り広げ
るのです。時には睡眠時間を削り、とある展開でポイントが激減す
ると転げ回るような激痛を感じ、毎日ポイントをチェックし、神頼
みしたり神社に5円玉を入れたりマハラジャに祈ったりするのです
︵後半は嘘ですが前半は個人的な体験談です。本当にポイント一つ
で作品の行く末が決まったりします。マジ本当︶。
 ということで、書籍版を読んで新規読者になって下さった皆様、
もしくはまだポイントを入れ忘れている皆様! よろしければ、明
鏡シスイのモチベーションも高まり滾りますので、軍オタを応援し
てくださっている皆様、是非評価︵andブックマークを使ってい
る方はブックマーク︶を宜しければお願い致します。泣いて喜びま
すので!︵あと感想もめっちゃやる気になります。こちらも宜しけ
れば感想欄に書いて頂ければ嬉しいです!︶
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶ 2536
第225話 アルバータへ
 魔物大陸、港街ハイディングスフェルトを出発して、オレ達は商
隊と一緒に中継地点都市の一つであるアルバータを目指した。
 商隊を守り移動するクエストは何度かこなしているため、オレ達
にとってはさほど難しくない。
 しかし、ここは魔物大陸。
 他の大陸と違って魔物の質、数共に群を抜いて高い。
 そのため商隊を守るオレ達のような護衛者は他大陸時と比べて多
く、先を行く偵察隊にはもっとも高値を払い一流の人材を集めてい
るらしい。
 理由はもちろん魔物との無駄な戦闘を極力避けるためだ。

2537
 今も偵察隊の1人が顔を強張らせて引き返してくる。
﹁止まれッ、止まって物音を立てるな﹂
 戻ってきた男は、切羽詰まった声音で皆に言い聞かせる。
バタフライ・スパイダー
﹁この先に﹃蝶蜘蛛﹄の大軍が横切ってる。発見されたら皆殺しは
確実だぞ﹂
バタフライ・スパイダー モンスター
﹃蝶蜘蛛﹄とは、魔物大陸の固有魔物だ。
 名前の人間大の大きさの蜘蛛の背に、蝶の羽根が生えた魔物だ。
 獲物を発見すると追いかけ、場合によっては羽根で飛んで襲いか
かってくる。
 お尻から糸を飛ばし、噛みついて麻痺毒で獲物を動けなくする厄
介な魔物だ。
 外皮はそれほど硬くなく、剣や槍、弓でも倒すことが出来るが、
バタフライ・ス
集団で行動しているため1、2匹倒しても数10、数100の蝶蜘
パイダー
蛛が襲いかかってくるのだ。
 あまり相手にはしたくない魔物である。
 さらに男曰く、今通り過ぎているのは下手をしたら千を超える程
の大軍。
 もし何も考えずに遭遇し発見されたら、オレ達は間違いなく全滅
するだろう。
 皆、男の話を聞いて息を潜める。
 緊張から飲み込んだ唾音が聞こえるほどの静寂。
 約1時間ほどだろうか。

2538
 偵察部隊からもう1人男が駆け寄ってくる。
 両手で頭の上に○を作る。
 どうやら気付かれることなくやり過ごすことができたらしい。
 誰からとともなく安堵の溜息が漏れた。
 こんな魔物達がわんさか蠢いているのが魔物大陸だ。
 馬鹿正直にいちいち戦っていたら、3日とかからず商隊は全滅す
るだろう。だから、極力戦闘を避けているのだ。
 最悪な事態に陥ったら、オレ達はハンヴィーに乗車して全速力で
離脱すれば逃げることは可能だろうが。
 商隊の護衛をして今日で6日目。
 それなりに他の護衛者である冒険者や商隊の人達と仲良くなって
いる。あまり彼らを見捨てるようなマネはしたくない。
 こんな風に警戒しながら、オレ達は今日も中継都市であるアルバ
ータを目指し移動し続けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 そして、さらに4日後、オレ達は無事に中継都市であるアルバー
タへと到着する。
 アルバータは魔物大陸の中継都市だけあり、雰囲気が獣人大陸の
ココリ街に似ている。

2539
 商人達が大荷物を抱え、護衛者らしき冒険者達がその後を付いて
行く。丁稚らしき少年が手に荷物や紙を握り締め、忙しそうに走り
まわっていた。
 ココリ街と違う点は街が倍以上大きいのと、城壁が二重になって
いる点だ。
 城壁が二重になっているのは、もちろん対魔物用だ。
 最初の城壁には昼夜関係なく兵士らしき人物が見張りに立ってい
る。
 物腰も他大陸と比べて格段に上で隙が無い。
 そんな都市に入って、護衛してきた商人達と共に荷を下ろす店の
前に辿り着く。
 雇い主が手を差し出したので、オレも握り返した
﹁いやぁ、ご苦労様でした。帰りも是非、リュートさん達にお願い
したいぐらいですよ﹂
﹁ありがとうございます。できればそうしたいんですが、自分達は
この先にまだ用事があるので﹂
﹁そうですか、それはまったく残念。ではまた何か機会がありまし
たら是非、お願いいたします﹂
﹁こちらこそ、その際はよろしくお願いします﹂
 オレは商隊の代表者と固い握手を交わし、別れを告げる。
ギルド
 後は冒険者斡旋組合へタグを提示して報酬金をもらえばクエスト
完了だ。
 しかし、アルバータに到着したのは夕方で、手続きをしている間
に陽が沈んでしまった。
ギルド
 疲れもあるし、冒険者斡旋組合への報告は明日でいいだろう。

2540
 一応、皆に確認を取る。
 全員が賛成の声をあげてくれた。
﹁それじゃまずは宿屋に入って荷物をおくか﹂
﹁だねぇ∼、荷物おいたらご飯食べよう。もうお腹ぺこぺこだよ﹂
﹃お腹も減ってるけど、お風呂にも入りたいです﹄
﹁私もクリスちゃんに賛成です。やっぱり長期のクエストになると
お湯で体を拭くのが限界ですからね﹂
 そういえばリースは夜、寝る前、シアに背中をお湯で濡らしたタ
オルなどで拭いてもらっていたな。もちろん人目のつかない馬車内
部などでだ。
 オレが見られたのは夫特権とだけ言っておこう。
 しかし、不思議なことが一点ある。
﹁でも、シアは長旅でお風呂や洗濯が出来ないはずなのにいつも清
潔だよな。何かコツか生活の知恵的なものでもあるのか?﹂
 今、シアが着ているメイド服にも土汚れひとつ着いていない。ま
るでおろしたての新品のようなメイド服だった。
 オレの疑問にシアは、表情を変えず断言する。
﹁強いて言うなら、そうですね⋮⋮メイドですから﹂
 いやいや、何それ?
 シアはあれだよね。そう言っておけばオレが黙ると思っている節
があるよね。
 オレの不満が伝わったのか、シアが台詞を訂正する。
﹁メイド長ですから﹂

2541
 ⋮⋮もうツッコまないぞ。
﹁リュート様、どちらにお泊まりになりますか? あちらなど立派
な佇まいでリュート様に相応しい宿屋だと思いますよ﹂
 メイヤが指さしたのは富裕層が泊まる高級店だ。
 港街ハイディングスフェルトでヘビーロックを沢山倒し、魔石を
集めたから懐は十分温かい。ここならお風呂も部屋ごとにあるし、
外へ出なくても1階フロアーで食事も取れるだろう。
 外へ移動する手間も省ける。
﹁んじゃ、ここにするか、いちいち選ぶの面倒だし﹂
 メイヤの意見を採用してさっさと宿屋を決める。
 オレ達は高級店の扉を潜った。
 しかし今夜はあまり運が良くなかった。
 メイヤが示した高級店も、他の一般的な宿屋×2軒も満員で断ら
れてしまったのだ。
 ギギさんが前回泊まった宿屋も全て埋まっていた。
 どうやら港街ハイディングスフェルトへ行く道には、オレ達も横
バタフライ・スパイダー
切られた﹃蝶蜘蛛﹄がうろいているらしい。
 アルバータより先の街道にも、他魔物が群れでうろついているた
め商人達、冒険者、他人々が様子見で立ち止まっているらしい。
 結果、宿屋がどこも満室になっているのだ。
﹁リュート様、いかがいたしましょう。先に食事を摂りますか?﹂
﹁いや、時間が経てば経つほど泊まれる宿は少なくなっていく。ま

2542
ずは宿の確保が先だ。あんまり近寄りたくないが、いつもの宿より
低いランクのを探そう﹂
 普段、選んでいるのは中よりやや上ぐらいの宿だ。
 もちろん理由があり、清潔で、安全、大抵このレベルになると狭
いながら風呂がついている。
 ケチって安い宿に入り、押し込み強盗やチンピラに絡まれたり、
誘拐犯などに襲われたり、折角宿に泊まるのに﹃何日前に洗濯した
んだよ﹄というシーツに横へはなりたくないのが人情だ。
 だから普段はちょっと値の張る宿に泊まっていたのだが、背に腹
は代えられない。10日も野営&夜間の歩哨で疲れた体で、適当な
街の広場でごろ寝はしたくない。
 オレ達は表通りの宿屋を諦めて、裏通りでやや危険度の高い道を
選ぶ。
 すぐに一軒の宿屋を発見した。
 外観はぼろく、汚れが目立つ。
 宿屋の看板も片方の金具が外れて、今にも落ちてきそうだ。
 さらに3軒隣は所謂、男性の欲望を処理する店︱︱娼館で、店内
の扉から妖しげな魔術光が漏れ、女性の妖しげな声が聞こえてくる。
 ギギさんは鼻の上に皺を寄せる。
﹁本当にここに泊まるつもりか? クリスお嬢様がお泊まりになる
には少々︱︱いや、かなりよくないようだが﹂
 ギギさんが娼館の方を一瞥する。
 宿屋のボロさも気に入らないが、すぐ側に娼館があるのが許せな

2543
いらしい。
 ギギさんは相変わらずクリスに対して過保護だな。
﹁とりあえず今夜泊まれればいいだけですから。明日になったら、
他を回って空きを探しましょうよ。さすがに今日は疲れましたし⋮
⋮﹂
﹃私なら大丈夫です。気にしませんから﹄
﹁本人もこう言っているわけですし﹂
﹁⋮⋮分かった。部屋が空いているかどうか確認してくる。少々待
っていろ﹂
 クリスの援護射撃もあり不承不承に納得しつつ、ギギさんは宿屋
へと入る。
 全員で入って確認するには宿屋の入り口は狭すぎるためだ。
 確認してもらっている間、暇なためついつい娼館を観察してしま
う。
 入りたい訳じゃない⋮⋮色々怖いし、オレには可愛い嫁さん×4
人+嫁︵仮︶が居る。
 ただ男だから少々興味があるだけだし!
 男なら分かってくれるよね! よね!
 そのお陰がすぐに異変に気付くことができた。
 なにやら娼館内で男女の諍いが始まったようだ。
 店内から兎耳の女性が、飛び出してくる。
 その後は、腰から剣を下げている冒険者風の男が追いかけて出て
きた。

2544
 オレは嫁達を守るため、彼女達の前に出る。
 念のため腰に下げているUSPに手をかけた。
 シアもいつの間にかオレの隣に並び、同じように背後のリース達
を守る位置につく。
 男女は周囲を気にせず怒声を飛ばし始める。
 男の方が涙声で叫ぶ。
﹁どうしてだ!? あの日、同じベッドで過ごした朝、ぼく達は愛
の言葉を囁きあい将来を誓ったはずじゃないか!?﹂
﹁だーかーらー! あれは営業トークだって言ってるでしょ! 遊
びに本気になるんじゃないよ!﹂
﹁ぼくとのことは遊びだったのかい!?﹂
﹁だから! こういう店はお金を払って女の子と楽しく遊びための
店なの! 何度言ったらわかんだよ、このアホ男は!﹂
﹁だったらどうしてぼくのプレゼントしたネックレスや指輪を嬉し
そうに受け取ったんだ! 遊びだったんなら返してくれ!﹂
﹁無理。だってあれはもう売っぱらっちゃったし﹂
 なんというか⋮⋮どっちもどっちな酷い会話だ。
 ある意味、どこにでもるトラブルだ。
 この手の揉め事に関わるとろくなことがない。
 いつもなら二次被害︵魔術や飛び道具などに巻き込まれないよう︶
に気を付け、無視をするが︱︱なぜかオレはその揉め事から目が離
せなかった。
 正確に言うなら、男性と言い争っている女性の声に聞き覚えがあ
る。後ろ姿のため顔は分からないが、兎耳や長く伸びたピンクの髪

2545
に激しい見覚えがあり、目が離せないのだ。
﹁⋮⋮何の騒ぎだ?﹂
 ギギさんが宿屋から出てくる。
 すぐに言い争う男女に気付いた。
 オレ達に背を向けていた女性が、宿屋から出てきた扉の音に気付
き振り返る。
 彼女は見るからに屈強なギギさんの登場に、破顔。
 駆け寄ってくる。
 お陰で正面から彼女を目視することができた。
 都市は20代半ば、背丈は女性にしては高く、巨乳に分類できる
ほど胸もある。
 現在来ている衣服が薄い生地のキャミソール、ギリギリ下着が見
えない長さに調整されている。お陰で瑞々しい太股が惜しげもなく
夜空にさらされている。
 髪色はピンクで長く、兎耳によく似合っている。
 下着のようなキャミソールと兎耳、巨乳などが合わさって尋常じ
ゃない色気が漂っている。これなら男が遊びではなく、本気になる
のが分かる。
 そして何より目を引くのは彼女の顔だ。
 彼女の顔には見覚えがあった。

2546
 オレとスノーを10歳になるまで育ててくれたアルジオ領、ホー
ドという小さな町にある孤児院のエル先生に瓜二つなのだ!
 そのせいでギギさん以外、全員は時間が止まったように動きを止
めてしまう。
﹁ちょっとお兄さん、助けて! こいつがしつこくて困っているの﹂
 娼婦風の恰好をしたエル先生が、ギギさんを楯にするように背後
へ隠れる。
﹁てめぇ! なんだ! 邪魔するなら容赦しないぞ!﹂
 男が腰から下げている剣を一息で抜き放つ。
 目を涙で濡らし、血走らせ敵意を向けてくる。
 ギギさんは男の態度に苛立ち、
ウィンド・ウィプ
﹁⋮⋮我が手に絡まれ風の鞭。風鞭﹂
 風の基礎攻撃魔術で男が持つ剣の刃部分を細かく切り刻んでしま
う。
 そして一言︱︱
﹁失せろ﹂と告げる。
 男は1、2度自身の持つ剣とギギさんを見比べ、血の気が落ちた
のか顔色を青くする。
﹁お、覚えてろよ!﹂

2547
 ギギさんには敵わないと理解すると、小物らしい捨て台詞を残し
オレ達に背を向け走り去ってしまった。
 男が完全に去ったのを確認すると、エル先生がギギさんの腕に胸
を押し付け抱きついてくる。
﹁凄いお兄さん! 強いのね! 剣をあんな風にするなんて並の魔
術師じゃできないよ!﹂
﹁⋮⋮たいしたことじゃない﹂
 ギギさんはまったく誇らず、むしろ迷惑そうに腕をエル先生から
離そうとする。しかし彼女は離そうとせずむしろより一層、形の良
い大きな胸をギギさんに押し付ける。
﹁お兄さん、助けてくれたお礼に私を買わない? お兄さんならう
んと安くしておくよ?﹂
﹁いらん。俺達は今忙しいんだ﹂
﹁そんなこと言わないでさ。私の口のテクニックやアソコの締まり
は魔物大陸1って評判なんだから。絶対に気持ちよくさせてあげら
れるわよ﹂
 エル先生が⋮⋮エル先生が自慢げに自分を売り込んでいる。
﹁いらないと言ってるだろ。離してくれ﹂
 ギギさんは本当に迷惑そうに、やや乱暴にエル先生を腕から離し
た。しかし彼女にとってはそんな彼も魅力的に映るらしい。
 エル先生の瞳に好色そうな光が宿る。
 エル先生が肉食系女子的な表情を浮かべているのだ。
 あのエル先生が!

2548
 オレはショックのあまり、その時点で意識を手放す。
 最後に聞こえてきたのは驚き、心配した嫁達の叫び声だった。
第225話 アルバータへ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月17日、21時更新予定です!
活動報告を書きました。
よければご確認頂けると嬉しいです。
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶

2549
第226話 エル&アルの過去
 気が付くと、オレはソファーに寝かされていた。
 そこは室内で魔術光によって明るく照らされている。
 オレは横になったままぼんやりとする頭で室内を見回す。
 カウンターのように壁に設置された長テーブルに椅子がいくつも
並んでいる。テーブルの上には化粧品、香水、下着のように衣装な
どが無造作に置かれている。
﹁あっ! リュートくんの目が覚めたよ!﹂
 体を起こすと、スノーの反応で他の席に座って休んでいた皆が集
まってくる。
 そんな彼女達に尋ねた。

2550
﹁ここはどこだ? オレはいったい⋮⋮﹂
 スノーが代表して説明してくれる。
 ここは娼館一階の従業員控え室だ。
 従業員といっても女性が使うのがメインらしいが。
 ギギさんが確認を取った宿屋は満室だったため、助けてくれたお
礼として気絶したオレをこの控え室で休ませてくれたらしい。
 またどうしてオレが気絶したかというと︱︱
﹁おはよう、少年。良い夢は見れた?﹂
 オレをからかうようにエル先生擬きがギギさんの隣に座っていた。
 オレは体を起こし、手で顔をおおう。
﹁いいえ、現在進行形で悪夢を視ている最中ですよ︱︱アルさん﹂
 エル先生の双子の妹。
 獣人種族のアルさんだ。
 彼女はオレが村を旅立つ際、冒険者の基礎を学ぶため弟子入りし
ようとしていた人物でもある。
 しかし、エル先生の紹介状を手にアルさんの元を訪ねたが、彼女
は借金をして魔物大陸へ奴隷として売られたのだ。
 スノー達には昔、オレが新人冒険者狩りに引っかかった経緯を話
したため、アルさんのことも知っていた。
 しかし随分前の話だから、オレ自身すっかり忘れていた。

2551
 お陰でエル先生があんな恰好をしていると錯覚し、気絶してしま
ったのだ。
 あの心優しき、天から舞い降りた尊敬する女神のような女性であ
るエル先生が、娼婦をしている姿を目撃したら気絶してもしかたな
いじゃないか!
 正直、現在でも頭ではエル先生の双子の妹と理解しているが、下
着のような恰好で挑発的に足を組み替えるアルさんを前に頭痛が止
まらない。
 アルさんはオレがエル先生を尊敬し、敬っているのを理解してか
らかっているつもりなのだろう。しかし、赤面するより、エル先生
を侮辱されている気がして殺意がふつふつと胸の底から湧き上がっ
てくる。
 まるで聖域を土足で歩き回られている気分だ。
 アルさんはこちらの心情を勘違いしながら、話しかけてくる。
﹁皆には気絶している間に自己紹介をすませたけど、リュートには
必要ないわよね?﹂
﹁はい、一度はエル先生の紹介で、アルさんの弟子になるつもりで
したから。海運都市グレイでの評判も耳にしてますよ﹂
﹁そりゃ手間が省けてよかったわ﹂
 彼女は嫌味も気にせず楽しげに笑う。
ねぇ
﹁まさかこんな所で、エル姉の孤児院卒業生と会うなんてね。しか
レギオン
も軍団の代表者ってことはお金もたんまり貯めてるんでしょ? ど
う、折角だから今晩私を買ってみない? サービスするわよ﹂

2552
﹁いりませんよ! 嫁達の前で何言ってるんですか! だいたいエ
ル先生の顔と声でそういう品のないことを口にしないでください﹂
﹁こら、リュートくん、年上の人にそんな口を利いちゃ駄目でしょ
!﹂
﹁す、済みません︱︱ッ!?﹂
 オレの台詞に、アルさんがエル先生をマネて注意してくる。
 オレは思わず反射的に謝罪を口にして、すぐに後悔した。
 駄目だ。この人にオレは勝てない⋮⋮色々な意味で。
 オレが落ち込むと、アルさんは楽しげに笑う。
﹁ごめん、ごめんからかって、そんな睨まないでよ﹂
﹁だったら、睨ませるようなことをさせないでくださいよ﹂
 オレの指摘に彼女は悪戯っぽく笑う。
﹁それでエル姉は元気にまだ孤児院をやってるの?﹂
﹁やってますよ。半年に一回ぐらいの割合で手紙ももらってますし﹂
 その手紙には、近情の報告やオレ達が送る寄付金のお礼などが丁
寧に書かれている。
 寄付金は皆と話し合って、オレとスノーの懐から出している。
 だから、エル先生も寄付金のお礼なんてしなくてもいいのに。彼
女にオレとスノーは返しきれないほどの恩があるのだから。
 だが、アルさんに寄付金の話をするつもりはない。
 オレはスノーと目で頷き合う。
 彼女はそれに気付かず、話を続ける。

2553
﹁まだ続けてるんだ。私が言えた義理じゃないけど、エル姉も物好
きだよね。婚約者に操を立ててまだ孤児院をやってるなんて﹂
﹁え、エエエェェェエエェェエルゥゥゥウゥゥゥウ先生にこここ、
婚約者だとぉおぉ!?﹂
 オレの裏返った獣のような声にアルさんが驚き、隣に座るギギさ
んへと抱きつく。
﹁そ、そうよ。エル姉何も話してないの?﹂
 アルさんがオレ、スノー、他メンバーと順番に視線で問う。
 皆、知らないという意味で首を振った。
 彼女は楽しげに、ギギさんから離れて足を組み直す。
﹁知りたい、エル姉の婚約者のこと?﹂
 知りたいか、知りたくないかで言えば︱︱知りたい。
 場合によってその婚約者を地獄の縁まで追い詰めないといけない
からだ。
 オレが頷くとアルさんはそっぽを向き、
﹁そうなんだ知りたいんだぁ∼。でも、ちょっと私も思い出せない
なぁ∼﹂
﹁ぐぅ⋮⋮これで一つお願いします﹂
 オレだってこっちの異世界で生きてもう随分になる。
 アルさんの言わんとすることは理解している。財布から銀貨を取
り出し、彼女の手のひらに握らせた。

2554
 彼女は胸元に銀貨をしまいながら、エル先生の婚約者と生い立ち
について話をしてくれた。
﹁元々、エル姉︱︱っていうか私達は、獣人大陸奥にある小さな領
地を持つ小国の王の娘だったんだけど⋮⋮﹂
﹁はっぁ!? えっ! エル先生が小国の王の娘!? って、つま
り元お姫様ってこと!﹂
﹁お、おどかさないでよ。そうよ。私達は小さい国だけど昔はお姫
様やってたのよ。エル姉はそんなことも教えなかったの? 随分、
徹底してるわね﹂
 アルさんは姉の秘密主義振りに感心していた。
 まさかエル先生が小国とはいえお姫様だったなんて⋮⋮。
 いや、でもアルさんが言うことだし本当にお姫様だったのか疑わ
しい。この人のことは素直に信じない方が⋮⋮と、疑惑の目を向け
ているとリースが隣に座ってきて耳打ちしてくる。
︵リュートさん、リュートさん、私、思い出しました!︶
︵思い出したって何を?︶
︵初めてエル先生にお会いしたとき、どこかで会った気がしたんで
すが⋮⋮彼女達が子供の頃、ハイエルフ王国主催のパーティー会場
で挨拶されました!︶
 マジかよ!?
 リースはハイエルフ族。その寿命は他種族に比べて圧倒的に長い。
 さらに彼女はハイエルフ王国のお姫様。
 そのため彼女が今の姿のままで、子供のエル先生達と会っていて
も不思議ではない。

2555
 つまりエル先生は本当にお姫様だったのか!?
 だから、別れ際リースの質問にエル先生が珍しく声を上擦らせた
のか。
 確かに小国のお姫様だった事実を隠したいなら、誤魔化すしかな
いだろう。
 リースはエル先生に、自身がハイエルフ王国、エノールの第2王
女だと明かした。
 アルさんは昔を覚えていて、リースに気付いたりするのだろうか?
﹁どうしたの? 何か私、不味いこと言った?﹂
﹁いえ、なんでもありません。済みません、話を中断してしまって﹂
 そんなことを考えていると、アルさんに話しかけられる。
 オレは適当に誤魔化して再び話を聞く。
 アルさんが話を続ける。
﹁ある日、人種族の冒険者の男が、私達の国にクエストで来たの。
それが切っ掛けでエル姉とその冒険者がよく話をするようになって、
彼が国を離れても文通を続けていたの。手紙が来るたびに珍しく人
目も気にせずはしゃいでいたのよね﹂
 少女時代とはいえ無邪気にはしゃぐエル先生の姿が想像できない。
 でも、と彼女が続ける。
﹁エル姉に結婚話が持ち上がったのよ。けど、エル姉はすでに冒険
者の男に惚れていた。一応、小国とはいえ平民出の人種族に嫁がせ
るわけにはいかなかったの。だから、エル姉は冒険者の男と駆け落
ちすることを選んだのよ﹂

2556
﹃駆け落ち!?﹄
 ギギさんを除く、エル先生を知るオレ達が驚愕の声をあげる。
 まさかあのエル先生が駆け落ちしたなんて⋮⋮随分思い切ったこ
としたな。
﹁実際は私が焚き付けたんだけどね!﹂
 アルさんが楽しげに笑う。
 オレ達はその場に転げそうになった。
﹁私もお姫様生活が嫌でどうにか抜け出そうと考えていたわけよ。
で、都合よくエル姉が相談して来たから駆け落ちするよう唆したの
よ。2人に目が行っている間に、私は悠々反対側から国境を抜ける
ことができたの。いや∼、あの時は本当に助かったわ!﹂
 こ、この外道が⋮⋮! まさかエル先生の恋心を利用するとは⋮
⋮ッ。
﹁そんなに睨まないでよ。後から再会して、エル姉から﹃背中を押
してくれてありがとう﹄ってお礼を言われたんだから。本人達が納
得してるなら問題ないでしょ?﹂
 そして、アルさんが話を続ける。
 エル先生と冒険者の男性は無事駆け落ちに成功。
 2人は獣人大陸から、妖人大陸に移りとある街で一緒に暮らす。
 エル先生は暴力的なことが苦手なため、冒険者にはならず医者代
わりに治癒魔術師として働いた。

2557
 そして冒険者男性は仲間達とクエストをこなし、エル先生と仲良
く暮らしたらしい。
 2人共、働いていたため貧しい思いをすることはなかった。
 だが、贅沢もしなかったらしい。
 理由は、冒険者男性が元々孤児院出身だった。彼の夢は自分のよ
うな孤児を保護し、働く技能を与える孤児院を設立することだった。
 この夢にエル先生も賛同し、2人は贅沢をせず働き資金を貯めた。
 結婚も、夢が叶ったその日にやろうと誓い合ったらしい。
﹁でも、その冒険者の男があるクエストで死んじゃったのよ﹂
 愛する人の死を知ったエル先生は、悲しみに暮れ、彼の後を追お
うとも考えたらしい。だが、結局、後は追わず彼の夢を叶える決意
をした。
 夢を叶えることで、彼が生きた証を残したかったらしい。
 そして今は知っての通り、小さな町で彼の夢だった孤児院をエル
先生は1人で切り盛りしている。
 アルさんがなんでもない風に告げる。
 この時点で、スノーやクリス、リース、メイヤは涙ぐんでいた。
 オレも正直、涙腺がヤバイ。
 まさかエル先生にそんな過去があったなんて⋮⋮。

2558
 小国のお姫様だったことを黙っていたのも、話せばどうして駆け
落ちしたのか、その相手がどうなったのか︱︱全て話さなければな
らない。
 オレ達や孤児院の子供達に悲しい気持ちにさせないため黙ってい
たのだろう。
 リースに﹃どこかで会った?﹄と尋ねられ誤魔化したのもそれが
理由か。
 エル先生はなんて優しい嘘を付くのだろう⋮⋮。
 ぐすぐすと流れる涙が落ち着くまで暫し室内は沈黙が満たす。
 オレは気持ちが落ち着いたところで、気になっていることを尋ね
た。
﹁それで結局、エル先生とアルさんの実家はどうなったんですか?
 小国とはいえ、お姫様がいなくなったら大問題ですよね? 探し
たりとかしなかったんですか?﹂
﹁もちろんしたわよ。でも孤児院を建てた後、エル姉が手紙を出し
たの。今までの経緯を纏めたのを。んで、一度、両親がお忍びで会
いに来て、最初は連れて帰ろうとしたけど、エル姉の熱意に負けて
許可したのよ﹂
 その際、支援を申し出たらしいがエル先生はやんわりと、しかし
固い決意で断ったらしい。
 以後はオレ達が知るようにエル先生が1人の孤児院を切り盛りし

2559
ている。
 またアルさんの知る限り、想い人が亡くなって以降、多くの男性
から愛を囁かれ言い寄られているが、全て拒絶しているらしい。
 最初にアルさんが言っていた、操云々はこのことを言っているよ
うだ。
 オレは一通りエル先生の話を聞いた後、アルさんに付いても尋ね
た。
﹁そういえばアルさんも国から出たんですよね? ならエル先生の
ように探されたりしたんですよね。戻ろうとは思わなかったんです
か?﹂
﹁もちろん探されたわ。ある意味で、エル姉より熱心にね。でも、
戻ろうなんてこれっぽちも思わなかったわよ﹂
 彼女は足を組んだまま、堂々と胸を張り断言する。
 その真っ直ぐな言葉にオレは彼女の評価を改めた。
 お姫様生活が嫌で国を出た。
 それは自由に生きたいという意志があったからだろう。
 昔に比べて確かに着る衣服は劣り、食事も満足に摂れない日々が
続き、安全に寝られる寝床にも困っただろう。しかし、彼女はお姫
様生活にあった安念と引き替えに自由を得た。
 自らが望んだ、生きるのも、命を落とすのも自由な生活を。

2560
 恐らく、彼女だって辛い日々があっただろう。
 現在だって、国に手紙の一つを出せばすぐ助け出してくれるだろ
う。しかしそれをしないのは、アルさんなりの矜持があるのからな
のだろう。
 なんだかんだ言ってさすがエル先生の双子の妹だ。
 アルさんが懐かしむように話し出す。
﹁私は国を出る時、金になりそうな国宝や王冠なんかを持てるだけ
かっぱらって、国を出た後に旅費の足しにするためうっぱらっちゃ
って。今でも戻ったら死刑確実なのよね。だから戻りたくても、戻
れないのよ。しかも当時、私も若くて世間知らずだったから、持ち
出したお宝を二束三文で売り払っちゃってさ。すぐにギャンブルと
お酒でなくなっちゃったのよね。ぶっちゃっさっさと戻ってお姫様
暮らしに戻りたいぐらいよ。今なら親も色々諦めてるだろうから、
喰っちゃ寝しても文句言われないだろうし。まっ、また飽きたら適
当に金目の物を頂いて国を出るけどね︵笑︶﹂
 このクズが⋮⋮ッ。
 こいつは本当にエル先生の妹なのか?
 怒りを通りこして、呆れてしまう。
 この人には今後、関わらないのが吉だ。
﹁とりあえずお話を聞かせてくださってありがとうございます。そ
れじゃオレ達はこの辺で失礼します﹂
﹁何? もう出て行くの? 折角だから遊んでいきなよ﹂

2561
﹁今夜泊まる宿も決めてませんし、夕飯も摂っていないので﹂
﹁確かに今夜はどの宿も満室が多いみたいね。よかったら、私の知
っている所を紹介してあげようか? あそこなら多少の融通は利く
わよ﹂
 本来ならこの申し出は凄くありがたいが、彼女のようなタイプに
貸しを作るのは後々問題になりそうだ。
 しかし、現在、宿屋は運悪く満室な訳で⋮⋮。
 オレが逡巡していると、控え室の扉が開く。
 アルさん以外の娼婦が部屋に入って来たのだ。
﹁ッ!?﹂
 オレは入って来た女性に釘付けになる。
 もちろん顔やスタイルが好みだから魅入っている訳ではない。
 銀髪をショートカットに切りそろえ、胸は下着のような衣服を下
から持ち上げるほど大きい。肌は褐色。瞳は金色で瞳孔が縦に伸び
ている。
 新人冒険者狩りにあって以降、一度だって忘れたことのない女性
が部屋に入ってきたのだ。
 魔人種族、悪魔族のミーシャ。
 オレを嵌めて、スノーとの婚約腕輪を破壊し、奴隷として売り払
った3人組の1人だ。

2562
第226話 エル&アルの過去︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月20日、21時更新予定です!
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶
2563
第227話 魔人種族、悪魔族、ミーシャ
 娼館、従業員控え室でアルさんと話をしていると、部屋に1人の
女性が入ってきた。
 忘れもしない。
 スノーとの婚約腕輪を破壊し、奴隷として売り払った3人組の1
人︱︱魔人種族、悪魔族のミーシャだ。
﹁ミーシャぁぁぁああっぁッ!!!﹂
 オレは怒声と共に腰から下げていたUSPを控え室に入って来た
ミーシャへと反射的に向けていた。
 逃げようとしたら、すぐに撃ち足止めするためだ。

2564
 この行動に、オレ以外の全員が驚く。
﹁ち、ちょっ何よ突然、大声なんて出して!?﹂
 アルさんが大声に怯えて、隣に座るギギさんに抱きつく。
 ギギさんは迷惑そうに表情を顰めた。
﹁この人、ミーシャさんってリュートくんを嵌めたあの?﹂
﹁ああ、一味の1人だ﹂
 スノーの言葉にオレが同意すると、嫁達&嫁︵仮︶&メイドが同
じようにミーシャへ殺意を向ける。
﹁ひィッ﹂
 アルさんがさらに怯えて、ギギさんに抱きつく力を強める。
 控え室はそれほど広くない。
 そんな室内に怒りと殺意を漲らせた6人が居るのだから当然だ。
 彼女達にはオレが冒険者狩りにあっていることを知っている。
 だから、一味の1人が目の前に居ることを知って、目の色を変え
ているのだ。
 しかし、すぐ違和感に気付く。
 6人分の敵意を向けられているミーシャは、ほとんど表情を変え
ていないのだ。
﹃きょとん﹄と目の前の状況が分からず、軽く首を傾けているだけ

2565
だった。
﹁どうしたのパパ? またママと喧嘩しちゃったの?﹂
﹁パ⋮⋮ッ!?﹂
 ミーシャが控え室に入って初めて口を開く。
 その言葉はまるで幼子のように拙かった。
 一瞬、呆気にとられたがすぐに表情を引き締める。
﹁⋮⋮そうやって知らない振りをして、誤魔化すつまりか? 悪い
がオレはオマエ達に復讐を誓ってから一度も顔を忘れたことなんて
ないんだぞ。誤魔化しは不可能だ﹂
 怒気を孕んだ声。
 USPの銃口をミーシャにちらつかせる。
 彼女はオレから銃器を奪い売却しているため、オレが手にしてい
る物がどんな武器か理解している筈だ。なのに彼女の表情には一切
の恐怖がない。
 むしろ、興味深そうに顔を近づけ、銃口に指を入れようとする。
 オレは反射的に後退ってしまう。
トリガー
 幼子が銃口に指を入れて、誤って引鉄を絞ったら酷いことになる
と意識ではなく体が反応したからだ。
 その事実に不気味な恐怖を覚える。
 ミーシャが演技や誤魔化しで、幼子の振りをしている訳ではない
と理解したからだ。
 顔が近付いたせいで、ミーシャの瞳をよく見ることが出来た。

2566
 彼女の瞳には意志がない。
 死んだ魚のような目をしていた。
 立って、喋って、動いてはいるがあれでは死人と同じだ。
 もしこれが演技なら、彼女はさっさと仕事を辞め舞台に立つこと
をお薦めする。
 さすがにオレも戸惑いを覚え、全身から放出していた殺気が弛ん
でしまう。
 その気配を敏感に察知して、慌ててアルさんが割って入ってくる。
﹁と、兎に角、みんな一度落ち着いて、店の中に暴れないでよ。こ
こで騒ぎが起きたら、後で怒られるのはリュート達を店に入れた私
なんだからね!﹂
 アルさんはぶれず、あくまで自分の保身に徹する。
 オレは一度深く、呼吸して気持ちを落ち着かせる。
 USPもホルスターに戻した。
 スノー達もオレの態度に、とりあえず同じように気持ちを落ち着
かせる。
﹁⋮⋮すみませんでした、お騒がせして﹂
﹁まったくよ。ほんと勘弁してよね。それでミーシャが何かしたの
? 凄い剣幕だったけど?﹂
﹁別に隠すような話ではないので構いませんが⋮⋮彼女についても
後で教えてもらえませんか?﹂
﹁別にいいわよ。それじゃミーシャ、こっちに来て座りなさい﹂
﹁はーい、ママ﹂
 アルさんがギギさんとは反対側のソファースペースを2、3度叩

2567
き声をかける。
 ミーシャは素直に従い彼女の隣に座った。
 移動する際、ミーシャの体の陰に隠れて気付かなかったが、彼女
は片手に角が生えたクマの人形を掴んでいた。
 ソファーに座ると彼女は、人形を両手に抱えて満足そうに笑みを
浮かべる。
︵まるで本当に子供みたいだな⋮⋮︶
 成人女性が幼子のような態度を取る。
 演技ならまだ笑えたり、可愛らしく思う部分もあるだろう。しか
し本心から行っているその姿と行動の間に、大きく埋めがたいギャ
ップがあり狂気的冷たさを感じる。
 見ていてあまり気持ちいいものではない。
 意識を切り替えて、なぜオレ達がミーシャを目の敵にしているの
か、端的にアルさんへと話し聞かせた。
 一通り話を聞いたアルさんが納得するように頷く。
﹁なるほど、そりゃあれだけ怒るわけだ﹂
﹁場所もわきまえず騒いでしまってすみません﹂
﹁別に大丈夫よ。あれぐらいの大声程度なら﹂
 アルさんが軽い調子で手のひらをひらひらと振る。
 次に彼女はミーシャが、どうしてこうなったのか、この娼館に連
れてこられた経緯を話してくれた。

2568
﹁ミーシャを連れてきた奴隷商人に直接会って詳しい話を聞いた訳
じゃないから、私も詳しくはしらないけど⋮⋮﹂
 アルさんは彼女が知っている話をオレ達に聞かせてくれた。
 ミーシャがこの娼館に来たのは数年前。
 ある大陸でボロ切れをまとい歩いているところを奴隷商人に捕ま
り、この魔物大陸に連れて来られたらしい。
 彼女の精神は奴隷商人に捕まった当初から、現在のように壊れて
いた。
 男性は﹃パパ﹄、女性は﹃ママ﹄という風に呼ぶ。
 どんな相手にも敵意を持たないため、捕まえるのは楽だったらし
い。
﹁でも、こんな風になった相手を買う人なんているのか?﹂
﹁もちろん居るわよ。こういうのがいいっていう客は結構多いのよ
?﹂
 興味本位で聞くんじゃなかった⋮⋮。
 あまり気持ちのいい内容じゃない。
 アルさんの話は続く。
 ミーシャがこうなった原因は知らないが、両腕や太股の内側には
小さな痕が沢山ある。あくまで推測でしかないが、﹃これが彼女の
精神を壊した原因ではないのか?﹄とミーシャを知る皆が口にして
いる。
﹁小さな痕?﹂

2569
﹁説明が難しいんだけど⋮⋮見た方が早いわよ﹂
 そして、アルさんがミーシャの片腕を取り長袖を捲る。
 ミーシャはまったく抵抗せず、ニコニコと笑っている。
﹁っゥ!?﹂
 アルさんの言う取り、肘の内側に無数の痕が残っていた。
 前世、地球から転生した自分なら分かる。
 これが注射針の痕だということが⋮⋮!
 ギギさんを除く、スノー達も驚きの表情を作っていた。
 数年前、ハイエルフ王国でルナ移送の護衛をしていた人物︱︱オ
レを罠に嵌めて奴隷として売り払った1人、獣人種族、アルセドが
注射器を使っていた。
 その注射器を使った彼は、なぜか魔力を増大させた。しかし最終
的には風船のように膨れて自滅したのだ。
 以後、注射器を回収し独自で調査している。
 そのためスノー達も注射器を知っていたのだ。
 アルさんが長袖を元の位置に戻す。
﹁と、まぁ私が知っているのはこれぐらいかな﹂
﹁ありがとうございました。でも、どうして誰もその傷痕を治して
やらないんですか? 治癒魔術を使えばすぐでしょ﹂
﹁知らないの? 時間が経った傷痕なんかは治癒魔術でも直せない
のよ﹂

2570
 アルさんの言葉に、思い出す。
 失念していた。
 確かに彼女の指摘通り、古い傷痕は治癒魔術で消すことができな
いのだ。
﹁それでどうするの?﹂
﹁どうするとは?﹂
 オレはアルさんの質問の意味が分からず首を傾げる。
﹁この娘に騙されて奴隷として売られたんでしょ? 怨みを晴らす
ならちゃんと店からお金を払って買い取ってからにしてよね。売る
前に商売道具を傷つけられた困るからさ﹂
 彼女の言葉に思わず顔を顰めてしまう。
 アルさんにとってミーシャは同僚でも、庇う対象ではないのだ。
倫理はともかく、商売としては確かにもっともな意見ではあるが⋮
⋮。
 オレはミーシャに視線を向ける。
 彼女は曇った瞳で楽しそうに笑い、1人喋っていた。
﹁うふふふ、もうすぐ大きな神様がみんなを救ってくれるの。小さ
な神様を世界中から集めて大きな神様になるの。そしたら世界は幸
せになるんだよ﹂
 確かにミーシャはオレが怨みを抱く1人だ。
 しかし、こうなった彼女を奴隷として買い、復讐を遂げることで

2571
オレは満足するのか?
 自分自身に何度も問うが︱︱答えはでない。
﹁すみません。突然のことで分からないです。それに今は大事な用
事の最中で⋮⋮。できればその用事が終わって戻ってくるまで、彼
女がどこにも売られないようにしてもらえますか?﹂
﹁予約ってこと?﹂
﹁いえ、あくまで考える時間が欲しいんです﹂
 アルさんはめんどくさそうに顔をしかめる。
﹁しょうがないわね。オーナーに伝えておくから。まぁ、この娘を
奴隷として買う物好きなんてそうそういないから、他に買われる心
配はないと思うけど﹂
﹁ありがとうございます﹂
 そしてオレ達は、アルさんの紹介の宿屋へと向かう。
 話が想像以上に長くなりすぎたため、夜も更けてしまい今更探す
のが手間だったからだ。
 宿屋に着くと皆で旅でも食べていた保存食を摂り、さっさと眠り
についた。
 嫁達はベッドに入ると旅の疲れもありすぐに寝息を立てる。
 オレも疲れが溜まって体が重いはずなのに一向に眠気がこない。
脳みそが活性化し、娼館で出会ったミーシャについてあれこれ考え
てしまっているからだ。
︵オレはいったい彼女をどうしたいんだ?︶

2572
 何度も、何度も自分自身に問い詰める。
 しかし、一向に答えも、眠気も訪れることはなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁ふわぁぁぁ⋮⋮ッ﹂
 オレは思わず盛大に欠伸をしてしまう。
 結局、眠れたのは日が昇る寸前ぐらいだった。
ギルド
﹁眠そうだな。冒険者斡旋組合の報告なら急がずとも、夕方ぐらい
にしてもいいんだぞ?﹂
 時間は昼前の11時。
ギルド
 オレ達は宿を出て全員でアルバータの冒険者斡旋組合へと向かっ
ていた。
 護衛クエストが終わり、金&タグの書き換えるためだ。
 オレは目を擦り、心配そうに声をかけてきたギギさんに返答する。
ギルド
﹁大丈夫ですよ。ちょっと冒険者斡旋組合で手続きを済ませるだけ
ですから。宿に帰ったらすぐ爆睡します。それよりなんでアルさん
がここに居るんですか?﹂

2573
 オレはギギさんの腕を掴むアルさんにジト眼を向ける。
﹁なんでって宿屋紹介してあげたでしょ? だから、そのお礼にお
昼ご飯をご馳走してもらおうと思って。私にとっては朝ご飯だけど﹂
 アルさんは薄く丈の短いワンピースのような衣服に袖を通し、そ
の上からフワフワした毛皮のコートを着ている。
 前を止めていないせいで深い胸元や真っ白な太股がのぞいている。
 如何にも夜の仕事をしている女性という恰好だ。
 黙っていればエル先生と同じ美女のため、すれ違う男達の大半の
視線を釘付けにしている。
 オレは溜息をつきながら指摘する。
﹁別にお昼を驕るのはいいですけど、ギギさんの腕を放してくださ
い。迷惑してるじゃないですか﹂
﹁迷惑なんてかけてないわよ。むしろ、私みたいな美女に抱きつか
れて役得でしょ?﹂
 ぐぐぐ、ここで容姿を否定することはエル先生の美しさを否定す
ることになる。
 もちろん、エル先生は外見も人々に安堵感を与える美女だが、彼
女の魅力は内面だ。
 アルさんは容姿こそエル先生と瓜二つだが、内面だけは天と地の
差がある。だが、それを指摘しても負け惜しみと言われかねない。
 内面の良さは目で見て中々分かるものではないからだ。
 オレが歯ぎしりしていると、アルさんはさらにギギさんの腕に胸
を押し付けるように体を擦りつける。
﹁ギギさんも私のこそ迷惑だと思ってます?﹂

2574
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 ギギさんは何も答えない。
 顔はどうすればいいか苦渋しているのが手に取るように分かる。
 相手はオレの恩人であるエル先生の双子の妹。
 オレにある種の負い目があるギギさんは、恩人の妹を無下に扱う
こともできずなすがままにされている︱︱という具合だ。
 オレやスノー達が離れるように言っても、エル先生の声や表情で
撃退されるため効果は薄い。
 さらにオレ達をからかうのが楽しいため、アルさんが離れようと
したいのだ。
 最終的に、彼女をギギさんから引き離すことは諦めて、オレ達は
ギルド
冒険者斡旋組合へと向かう。
 しかし、この時、オレは無理矢理にでもアルさんをギギさんから
引き離しておけばと後悔した。
ギルド
 なぜなら、魔物大陸、アルバータ、冒険者斡旋組合に受付嬢さん
が居たからだ。
ギルド
﹁ようこそ! アルバータ冒険者斡旋組合支部へ!﹂
ギルド
 冒険者斡旋組合の建物に入り、いつものように職員から木札を受
け取り番号が呼ばれる。

2575
 カウンターに座り、用事を済ませようとすると︱︱なぜか目の前
に受付嬢さんが居た。
ギルド
 確かにここは冒険者斡旋組合のカウンターのため、業務を担当す
る受付嬢は居るだろう。
 しかし、オレが言う受付嬢は、そういう一般的なものとは大分違
う。
ギルド
 今、オレ達の目の前に居るのは竜人大陸の冒険者斡旋組合で働い
ているはずの魔人種族の受付嬢さんだった。
 寝不足からくる白昼夢かと疑い、自分の頬を抓る。
 痛い、夢ではないらしい。
 あっ! そうか! 今回は港街ハイディングスフェルトで出会わ
なかったから肩すかしをくらったが、いつもの受付嬢さんの親戚か!
﹁お初にお目にかかります。すみません、驚いてしまって。実は竜
ギルド
人大陸の冒険者斡旋組合で働いている貴女と同じ魔人種族の受付嬢
さんがいらっしゃるのですが、その方と勘違いしてしまって﹂
﹁もう何を仰ってるのですか、リュートさんは。私ですよ、私。い
つも貴方の担当をしている良妻賢母で、恋人がいないフリーの受付
嬢ですよ﹂
 本人かよ!?
 しかもさりげなく﹃良妻賢母﹄、﹃恋人フリー﹄とギギさんに自
分を売り込む強かさ。
 オレや背後に居るスノー達が驚愕︱︱というより、ドン引きして
いるのを気配で察する。

2576
 オレの驚きに気付き、受付嬢さんがなぜいるのか説明してくれた。
・・・・ ギルド
﹁実はたまたま魔物大陸のアルバータ冒険者斡旋組合支部の欠員が
・・
出てしまって、誰か行かなければいけなくなって。それで偶然、私
が指名されてここに来ることになったんですよ。でもまさか広い魔
・・ ・・
物大陸で、偶然またギギさんとお会いするなんて。本当に偶然って
怖いですね﹂
﹁そうですか、女性の身で大変ですね﹂
 受付嬢さんの台詞に、ギギさんだけが納得。
 彼は受付嬢さんを本気で心配し、声をかけていた。
 偶然って⋮⋮どう考えても、受付嬢さんがギギさんの後を追いか
けて来たに決まっているじゃないか!
 完全にストーカーじゃないか!
 偶然が怖いんじゃなくて、オレ達は貴女が怖いんですけど⋮⋮!
 受付嬢さんは、ギギさんに心配されて嬉しかったのか体をくねら
せ流し目を送る。
﹁いえ、そんな大変だなんて、しょうがないですよ。私は所詮か弱
い雇われ受付嬢ですから。上司の命令には逆らえませんし。親から
は早くいい人を見付けて結婚しろって言われているんですけど。中
々いい人がいなくてぇ∼﹂
 サッカリン︵砂糖より数百倍甘い︶のような声音から一転、オリ
ハルコンより硬い声で尋ねてくる。
﹁ところで⋮⋮先程からギギさんと腕を組んでいる泥棒ね︱︱失礼、
女性ハ誰デスカ?﹂

2577
 受付嬢さんは笑みを崩さず浮かべている。しかし、その目は一ミ
リも笑っていなかった。 彼女の全身から再び黒いオーラが湧き出
る。
 まさに魔王降臨!
︵そっかー本当に魔物大陸に魔王は居たんだー︶
 オレは真正面から受付嬢さんの黒いオーラを浴びる。
 そのせいで意識が遠くなる。
 オレは咄嗟に歯を食いしばり黒いオーラに耐えた。
 ヤバイ! ヤバイ! 危なく意識を持って行かれるところだった!
 兎に角、一刻も早くギギさんからアルさんを引き離し、受付嬢さ
んの誤解をとかなければ酷い状態になる。
魔王
 下手をしたら本気で受付嬢さんが降臨してしまう!
﹁私とギギさんの関係?﹂
 アルさんもさすがに受付嬢さんの黒オーラに気付いたのか、ギギ
さんの腕から体を離す。
 よし! 後は何でもない関係だと彼女に伝えれば、この危機的状
況から脱出できる!
﹁私はギギさんのお嫁さんです!﹂
︵アルぅぅぅぅうぅぅっぅぅぅぅぅぅうぅうぅぅぅッ!!!︶

2578
 アルが再びギギさんの腕にさっきまでとは比べものにならないほ
ど抱きつく。
 ギギさんの腕がアルさんの巨乳に埋もれる状態だと言えば分かっ
てくれるだろう。
 どうやら、一旦手を離したのは勢いよく抱きつくためだったらし
い。
 もうやだ! この駄目獣人!
 なんで選択肢の中でもっとも極悪にヤバイのを選ぶの!?
 今、自分がどれほどの危機の中に居るのか気付いてくれよ!
 受付嬢さんの黒オーラが今まで一番濃くなる。
 それを正面から、一番近い距離で浴びるオレ。
 先程から寒くもないのに体の震えが止まらないんですけど⋮⋮。
﹁冗談が過ぎる。彼女はリュートの恩人の妹さんだ。嫁ではない﹂
 ギギさんがさすがにアルさんから強引に自分の腕を抜く。
 ギギさん本人の口から﹃嫁違う﹄宣言が出て、黒オーラが若干弱
まる。
﹁そうなんですか。貴女もギギさんが迷惑がる嘘をついては駄目で
すよ﹂
﹁昨日の夜、暴漢から私を助けてくれたでしょ? あの時のギギさ
ん凄く格好良かった。私、本当にギギさんのお嫁さんになってもい
いわよ?﹂
 アルさんは受付嬢さんの小言を無視して、再度ギギさんの腕を取

2579
る。
 彼は﹃嫁になってもいい﹄と迫られても、表情を変えず、
﹁あまり冗談は好かない﹂
﹁ええぇ、冗談じゃないよぉ。私、本気なんだけどなぁ∼﹂
﹁ギギさん、困ってるじゃないですか。あんまり相手を困らせる﹃
・・
冗談﹄ってよくないと思いますよ?﹂
 ギギさん、アルさん、受付嬢さん︱︱なぜか突然、始まった三角
関係。
 オレやスノー達を置き去りにして、ギギさんを中心にアルさん、
受付嬢さんが言い合いを始めた。
 オレ達はどうすることもできずただその様子を眺めることしかで
きなかった。
 いつになったらオレ達はクエストの終了とお金を受け取ることが
出来るのだろうか⋮⋮。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ギルド
 アルバータ冒険者斡旋組合支部で手続きを終えて数日後︱︱オレ
を罠に嵌めて奴隷に売り払った人物。
 魔人種族、悪魔族、ミーシャが何者かによって殺害され遺体で発
見された。

2580
第227話 魔人種族、悪魔族、ミーシャ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月23日、21時更新予定です!
読者様からメールを頂いたのですが、11月22日で軍オタ1周年
となります。しかしリアル仕事が忙しくなり、まったく何も準備し
ておりません! 本当に申し訳ない! この埋め合わせは何時か出
来ればと思っております。
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶

2581
第228話 アルバータ、出発
﹃ガタゴト﹄と砂塵を舞上げ、M998A1ハンヴィー︵擬き︶が
魔人大陸を走り続ける。
 現在、運転しているのはシアだ。
 オレは助手席に座り、まだ不慣れな彼女をサポートしている。
 他の皆は後ろの荷台部分に座っている。
 両端、ベンチのように長椅子が置かれているため、互いに向き合
って座っていた。この姿勢は意外と体力を消耗するため、こまめに
休憩を入れつつオレ達は移動している。
 オレはハンヴィーに揺られながら、アルバータで起きた事件のこ
とを思い返していた。

2582
 数日前︱︱魔人種族、悪魔族、ミーシャが何者かによって殺害さ
れ遺体で発見された。
 首が切断していたため、事故の線はない。
 アルバータの守備兵がまず最初に疑ったのはもちろんオレだ。
 アルさんが働いている娼館の主に、ミーシャを当面他の人物に売
らないようにオレは釘をさしていた。その事実を知った守備兵がわ
ざわざ宿まで訪ねて来たのだ。
 オレは守備兵の詰め所へと連れて行かれた。
 詰め所でそのまま事情聴取を受ける。
 オレは彼女を殺していないため、素直に聞かれたことに答えた。
 最初、守備兵達もオレが彼女に奴隷として売られたことを知り、
警戒の色を強めた。しかし、ミーシャが殺された夜、オレは宿屋の
一階にある酒場で夕飯を摂り、酒精を飲んでいたのだ。
 アルさんから紹介された宿は一泊だけして、すぐに中の上クラス
の宿に切り替えた。
 そこは一階を酒場にしてお風呂がある清潔な宿と料理&酒精で、
冒険者が稼いだ金を巻き上げる宿屋だった。
 料理や酒精の値段はそこそこするが、その分味はかなりいい。
 途中までスノー達も一緒だったが、最終的にはギギさんと2人で
飲んだ。

2583
 男2人で飲み色々昔の話をした。
 偶然、その日は遅くまで飲んでいたため、酒場の店員からの証言
もすぐに取れた。
 ギギさんやスノー達にも疑いが向けられたが、オレと同じように
第三者である店員の証言からすぐに疑いは晴れた。
 ある意味、本当に運が良かった。
 物理的に犯行が不可能な以上、いちおう名誉貴族であるオレをこ
れ以上拘束しておくわけにはいかず、その日のうちに釈放。
 一応、オレからも協力できることはすると伝えてある。
 そのお陰か守備兵達からは、完全に疑いが晴れたようだった。
 彼らは引き続き捜査を続行︱︱しかし守備兵達の努力も虚しく、
オレ達が街を出る当日時点でも犯人の目星はまったくついていなか
った。
︵なんでミーシャが殺されたんだ?︶
 偶然、関係無い事件に巻き込まれたのか?
 ありえない。
 世の中そんな都合良くはできていない。
 誰かが、ミーシャを狙って殺害したとしか考えられない。
 では、誰がどんな目的で彼女を殺害したのか?
 判断力がない、子供のような彼女を殺す理由とは?

2584
︵⋮⋮そんなの殺害した犯人に直接聞かないと、犯行動機なんて分
かるわけないか︶
 オレは彼女を恨んでいた。だが、ミーシャの死を聞かされ、最初
に思ったのは喜びより戸惑いだった。
 そして今、オレはやりきれない後味の悪さを感じていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 アルバータを出たオレ達が目指す場所は、次の街ではない。
 ここから正規の行路を大きく外れる。
 ギギさんは前回ここに来た時、旦那様を買ったという初老&幼女
を訪ねるため次の街を目指した。
 しかし、次の街に彼女達が来たという話は聞き込みをしても陰も
形もなかった。
 詳しく調べてみると、彼女達はどうやら正規の行路を大きく外れ
姿を消したらしいという事が分かり、。そのためギギさんも彼女達
の後を追った。
 その結果、偶然にも旦那様が居る場所へとたどり着くことが出来
たらしい。
 今、オレ達はその場所へと向かっている。
 小休憩を取るためハンヴィーを止める。
 スノー達が荷台から下りると体を思い思いに伸ばす。

2585
﹁座っているだけなのに疲れるね﹂
﹃ですね、腰が痛いです﹄
 スノーが腰を伸ばし、クリスが同意してミニ黒板を持ちながら微
苦笑する。
﹁では、疲れを取るためにも甘い物でもいただきましょう﹂
﹁そうですわね。リースさん、お手伝いしますわ﹂
 リースの提案にメイヤが賛同し、彼女の﹃無限収納﹄に仕舞われ
ている椅子や甘味、お茶を並べる手伝いを始める。
 スノー、クリスも嬉々として手伝う。
 ギギさんは1人、無言で周辺の警戒をする。
 一応、今居る場所は死角のない荒野でクリスの目で見た限り、魔
物は存在しないらしい。しかし、警戒しておいて損はないだろう。
 さらに珍しいことにシアが、休憩のお茶会準備を手伝おうとしな
いのだ。
 いつもなら彼女達が準備するのを止めて、シアがリースから椅子
やテーブル、甘味、お茶などを受け取り整える。
 なのに今回に限ってギギさん同様に、真剣な表情で周辺を気にし
ているのだ。
 手にはコッファーを握り締めている。
 さすがに気になって声をかけた。

2586
﹁シア、どうした? 何か問題でも起きたのか?﹂
﹁⋮⋮いえ、問題というわけでは﹂
 また珍しく歯切れの悪い返事をする。
 本当にどうしたんだ?
﹁もしかして運転のし過ぎで気分でも悪いのか?﹂
﹁ご心配をおかけしてすみません。ただちょっと気になることがあ
って⋮⋮﹂
﹁気になること?﹂
 この会話の間にもシアは周辺をキョロキョロと見回す。
﹁アルバータを出てからずっと、先程運転している時も誰かに後を
付けられている気がして﹂
 アルバータを出てからずっとハンヴィーに乗って移動してきた。
 地面は整備されていない荒野だったため、安全を考えて時速約3
0km/時ぐらいしかだしていない。
 確か馬車の全速力が時速約20km/時ぐらいだったはずだ。
 馬車と違ってハンヴィーなら魔力が切れるまでその速度を一定時
間維持できる。
 そんなハンヴィーをオレ達に気付かれず追跡する存在が本当にい
るのか?
 しかし、シアが嘘を付くとは考えられない。
 また彼女は気配察知技術がずば抜けて高いのだ。
 そんな彼女の意見を無視するのは愚かな所業である。
 オレも周辺を見回す。

2587
 ラヤラのように空からとも思い上空を見上げる。
 魔力を目に集中して視力を上げるが、それらしいのはなかった。
﹁⋮⋮失礼しました。恐らく知らず知らずのうちに疲れて、気が立
っているだけです。若様、ご迷惑をおかけしてすみません﹂
﹁あやまることないだろう。それにここは魔物大陸なんだ。オレ達
の想像や思いもつかない方法で後を付けている魔物が居るかもしれ
ないだろ? 注意しておくのにこしたことはないよ﹂
 オレはシアの肩を叩いて慰める。
﹁とりあえず暫くは、皆と協力して警戒を強めよう。シアもそれで
いいかい?﹂
﹁はい、問題ありません﹂
 シアは心なしか元気を取り戻し、丁寧に一礼してくる。
 その後、彼女はいつも通りリース達の世話を甲斐甲斐しくおこな
っていた。
 しかし⋮⋮魔王が未だに存命する魔物大陸で数十年前、失踪した
はずのララ・エノール・メメアらしき人物をリースが目撃。
 ミューシャ殺害がおきて、今回の尾行疑惑。さらにダン・ゲート・
ブラッド伯爵がオレ達と敵対する理由。
 魔物大陸に来てから色々な問題がおきている。
 これら全てを﹃偶然﹄と片付けるのは少々難しい。
 だが、今更、旦那様を迎えに行かず獣人大陸に引き返す訳にもい
かない。
︵このまま何事もなければいいんだが⋮⋮︶

2588
 不安を抱えながらも、スノー達が開いているお茶会へとオレも参
加するため向かった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 アルバータを出発してから約半月。
バタフライ・スパイダー
 途中、ツインドラゴンや蝶蜘蛛の群れなどに遭遇した。
バタフライ・スパイダー
 ツインドラゴンはパンツァーファウストで、蝶蜘蛛の群れはハン
ヴィーで逃げながらPKMで倒しきった。
 他にも魔物達と遭遇し倒し、時には逃げながら、オレ達はようや
く目的地へと到着する。
﹁ここに旦那様が居るんですか?﹂
 オレ達の目の前にあるのは、深い谷底だった。
 底に流れる激しい川。
 谷の間をプテラノドンのような魔物が鳴き声をあげて飛び交って
いる。
 冒険活劇映画なら、この川に落ちたら次は滝がまっているだろう
な。
﹁いや、あくまでここは入り口でしかない﹂

2589
 ギギさん曰く、当時彼は旦那様を捜すため、旦那様を買ったと思
われる幼女と初老男性の足取りを調べていた。
 正規の行路を外れて探し、途中で魔物達にも襲われた。
 もっとも命の危機を覚えたのは、 レッドドラゴンの群れと遭遇
した時だ。
 レッドドラゴンとは翼を生やし、空を飛び、炎の息を吐き出す一
般的にドラゴンを指す代表的な魔物だ。魔物大陸では群れで行動す
る。
 たまたま群れと出会い追いかけられ、ギギさんは一か八かこの谷
底に流れる川に飛び込んだ。
 レッドドラゴン達は、ギギさんから谷間を飛ぶプテラノドンへと
目先を変え捕食を開始したらしい。
 ギギさんは身体強化術で体を補助して、激流から抜け出す。
 ちょうど洞穴があったため、底で外の騒ぎが落ち着くまで休ませ
てもらった。
 しかしレッドドラゴン達は、中々飛び去らずギギさんは洞穴がど
こか出口に繋がっていないか、抜け道がないか調べるため奥へと進
んだ。
 そして︱︱進んだ先に旦那様が居たらしい。
 つまり、旦那様と会うためにはこの崖を下りないといけない。殆
ど垂直であるこの崖をだ。
﹁でも、これどうやって下までおりるんですか?﹂
 オレは感じた疑問をギギさんにぶつける。

2590
 ギギさんは腕を組んだまま断言する。
﹁杭を打ってロープを垂らして下へおりるつもりだ﹂
﹁ロープでですか⋮⋮﹂
 オレは改めて身を乗り出し、崖を見る。
 滅茶苦茶怖いんですけど⋮⋮。
 しかし、ここを下りなければ旦那様には会えない。
 腹を括るしかないらしい。
第228話 アルバータ、出発︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月26日、21時更新予定です!
次でようやくダン・ゲート・ブラッド伯爵再登場です! 再び彼を
出すまで長かった⋮⋮。
後、近所の本屋に軍オタ1巻の重版が1冊入荷してました。近所の
本屋の発注担当様、誠にありがとうございます!
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さ
い︶

2591
第229話 ダン・ゲート・ブラッド再び
 谷をおりてギギさんが見付けた洞窟へと移動した。
 途中、谷の間を住処にしているプテラノドンのような魔物が数体
襲って来たが、ロープを片手に掴み空いた手でAK47を向け発砲。
 魔物は弾丸を喰らいクルクルと回って激流の川へと落ちていった。
 そんな襲撃を受けつつ、オレ達は無事、洞窟へと辿り着く。
 洞窟は出っ張った岩があるせいで上からは見えない。
 それこそ川に落ちて流されないと気付くことはなかっただろう。
 洞窟の入り口こそ小さいが、中は以外なほど広い。
 天上は手を伸ばしても届かず、横幅も3人が並んで歩けるほどあ

2592
る。
 ギギさんが魔術で光を灯す。
 これで暗い洞窟でも問題なく歩ける。
 ギギさんが先頭で次にオレ、スノー、クリス、リース、メイヤ、
シアの順番に並んで進む。
 暫く進むと左右に道が分かれ、ギギさんが右を選ぶ。
 さらに何度か、別れ道が存在した。
﹁随分、別れ道があるんですね。まるで迷路だ﹂
﹁俺も散々迷った。大抵は行き止まりで、何度も引き返した。途中
で人が通った匂いに気付いて、その後を辿ったら旦那様が居る場所
に着いたんだ﹂
 ギギさん曰く、その人の匂いが旦那様を買った初老男性のものだ
ろうとのことだ。
 さらに進むと階段をおりる。
 ずんずん、ずんずんと︱︱まるで地獄に通じるほど深い穴をおり
ていく。
 場違いながら、前世の地下鉄を思い出す。
 あそこの階段も駅によっては﹃どこまで続いているのか?﹄とい
うほど深いのがある。だが、目の前のこの階段はそれと比べても比
較にならない深さだ。
 しかし階段があるということはこの洞窟は人工で、誰か、もしく
は複数の人物によって作られた物なのだろうか?

2593
 約5時間後︱︱ようやくオレ達は目的の場所へと辿り着く。
﹁⋮⋮なんだここは?﹂
 洞窟を抜けるとそこは街が広がっていた。
 石を削り積み上げ作られた建物や、巨石を加工し製作したような
繋ぎ目がひとつもない建物。
 他にも外観が無駄に凝っていたり、壁や門などに細かい細工が施
されていたり︱︱様々な建物が建てられている。
 建物だけではない。
 床には石が埋められ歩きやすくなっており、街の中央には噴水が
ある。水は出ていないが、噴水の真ん中に置かれた石像はどれほど
の芸術的価値が付くか分からないほど素晴らしい出来映えだった。
 さらに不思議なことに、どの建物や道、庭などにも人が住んでい
た形跡や匂いがまったくない。
 長年使ってないため埃が溜まり、劣化している箇所があるが、荒
れているということはない。どれもそれなりに綺麗だ。
 まるで前世、地球にあるモデルハウスのようにも見える。
﹁旦那様はこっちにいらっしゃる﹂
 呆気にとられるオレ達にギギさんが声をかけてうながす。
 彼の後について街の奥へと進んでいく。
 どうも向かっている先は、街の一番奥。
 オレ達が居る場所とは反対側らしい。

2594
 暫く歩くと目的地が遠目で見えてくる。
 見上げるほど高い岩肌の壁。
 その壁を直接削り、柱やスフィンクスのような巨大な彫像、ギリ
シャ神殿のような出入り口などが作られている。
 オレ達は大理石のような階段を上がる。
 上がりきると、そこには︱︱
﹁フン! オウ! ンン、パッワァァァァァ!﹂
 女神の石像を両手で頭上に掲げひたすらスクワットをする人影。
 上半身裸!
 飛び散る汗!
 背景が霞むほど昇る湯気!
 まるで金属鎧を纏っているような黒々とした筋肉!
 背丈は2メートル半はあり、全身の筋肉がまるでボディービルダ
ーのように鍛えられ発達していて肌も黒い。
 眉毛も濃く、髭をはやし、金髪の髪はオールバックに固めている。
 こんな一度見たら忘れられない人物が、この世に2人と居る筈が
ない!
 オレは数年ぶりにダン・ゲート・ブラッド伯爵と再会した。

2595
 旦那様はオレ達が来たことにも気付かず、トレーニングを続けて
いる。
 初めて旦那様を見るスノー、リース、メイヤ、シアはドン引きし
ていた。
 そりゃ、オレだって最初、旦那様と出会ったときは意識が別次元
に飛んだ。
 しかも今は2メートル半の長身筋肉デカ盛りの男性が、石像の女
神像を抱えて汗を飛び散らせスクワットしているのだ。
 世界が濃すぎて窒息しそうだ。
﹁⋮⋮ッ!﹂
 クリスが我慢しきれず、旦那様に駆け寄る。
 さすがに旦那様も気が付きトレーニングを止めて振り返る。
﹁おお! クリスではないか!﹂
﹁ッ!﹂
 伯爵が女神像を床に置き汗だくの姿で両腕を広げる。
 クリスは真っ直ぐ、伯爵の元へと向かう。
 数年ぶりの親子の対面。
 感動的な場面だ。
 しかし、クリスは旦那様には抱きつかずその手前で足を止めてし
まう。
 どうやらさすがに数年ぶりに再会した父親とはいえ、汗が滝のよ
うに流れる状態では抱きつくことができなかったらしい。
 まぁ気持ちは分からなくない。

2596
 クリスも女の子だしね。
 そんなことを気にせず伯爵は豪快に笑う。
﹁はははははははあ! しばらくみない間に随分立派になったなク
リス! ギギから話は聞いているぞ! あの後、クリスがセラス達
を助けてくれたと!﹂
﹃いえ、リュートお兄ちゃんやスノーお姉ちゃん達、みんなが力を
貸してくれたからです﹄
﹁そうかそうか! ははははっはははあ!﹂
 旦那様は機嫌よさげにクリスの頭をがしがしと撫でる。
 久しぶりに聞いた旦那様の笑い声。
 まるで一瞬、魔人大陸にあるブラッド家屋敷に戻ってきたと錯覚
し懐かしくなる。
 オレもクリスの後に続いて、旦那様の側に移動する。
﹁お久しぶりです、旦那様。リュートです。お迎えに上がるのが遅
くなって申し訳ありません﹂
 右手を胸に、左手を後ろに一礼。
 この世界で一般的な礼儀の挨拶をする。
 旦那様が嬉しそうに声をあげた。
﹁おおぉ! リュートか! 立派になったな!﹂
 旦那様はクリスからオレに向き直り、ばしばしと肩を叩く。
 オレは笑顔を浮かべているが痛い。

2597
 めがっさ痛い。これ絶対、肩の部分が赤くなっているぞ。
﹁んん? その左腕﹂
 旦那様がオレとクリスの左腕にある腕輪に気付く。
 オレはクリスと目を合わせ、互いに頷き合う。
 最初にオレから切り出した。
﹁あの事件を解決した後、クリスお嬢様を︱︱クリスと結婚させて
頂きました。ご挨拶が遅れてすみません。改めて旦那様にお願いが
あります﹂
 オレは改めて旦那様に頭を下げる。
 クリスも倣って頭を下げた。
﹁彼女のことを絶対に幸せにしてみせます! だからオレとクリス
の結婚を認めてください! お願いします!﹂
﹁はっはっははは! 何を畏まる! もちろん認めるに決まってい
るではないか! 2人は愛し合って結婚したのだろう? 愛は誰に
も止められないからな! はははっははっはあ!﹂
 さすが奥様と出会って即、結婚した旦那様だ。
 豪快に笑い一人娘の結婚を了承する。
﹃他にも私の大切な人を紹介しますね!﹄
 クリスはオレとの結婚を認められ安堵し、スノー達の紹介を始め
る。
 旦那様はオレが重婚していることを理解し祝福し、スノー達と笑

2598
顔で挨拶を交わした。
 一通り紹介を終えると、オレは早速本題を切り出す。
﹁それで旦那様は今でも奴隷なのですよね? 主の人にお話をさせ
て頂き買い戻したいのですが、どちらにいらっしゃいますか?﹂
 現在、旦那様は魔術防止首輪をしていない。
 代わりに肩に魔法陣のようなものが貼り付いていた。
 この魔法陣がある限り、主である人物は旦那様がどこへ行こうと
位置を把握することができる。
 魔術防止首輪の代わりのようなものだ。
 旦那様は腰に手を当て拒絶される。
﹁はっはははは! 我輩は奴隷から解放されるつもりはないから気
にしなくていいぞ! それより久しぶりにクリスやリュートの顔が
見られて満足だ!﹂
﹁奴隷から解放されるつもりはないって⋮⋮!? どうしてですか
! 魔人大陸の屋敷で奥様やメリーさん、メルセさん、他使用人達
が旦那様の帰りを待っているのですよ!﹂
﹁セラスには悪いが、我輩は意見を変えるつもりはない。我輩はこ
こから動くことはできないのだ﹂
 ギギさんに旦那様と戦うことになった︱︱と聞かされて最初に疑
ったのは洗脳や催眠などだ。しかし今、会話をしてそんな妖しげな
術にかかっている様子はない。
 では、なにかこの地を離れられない呪いか、魔術を受けているの
か?

2599
 気になって尋ねると旦那様は笑顔で否定した。
﹁いや、そんなものはかかっておらんぞ! あくまでこの地に残る
のは我輩の意志だ!﹂
 いつもうるさいぐらい明るい笑顔の旦那様が一転、真剣な表情を
作る。
﹁彼女を残しては帰れん。彼女を守ってやらねば、これは我輩︱︱
いや、この世界に住む者の償いなのだから﹂
 どこか遠くを見るような目で、旦那様は断言する。
 しかし台詞の意味がまったく分からない。
 彼女? 世界に住む者の償い?
 彼女ということは女性だろう。
 旦那様が女性の色香に惑わされて奴隷を続けているのか?
 オレは一瞬だけ、旦那様の浮気を疑ったが、すぐに頭を振り否定
する。
 それは旦那様の性格上ありえない。この人が女性の色香でどうな
るタイプじゃないからだ。
 だいたい色香で惑わされたら﹃世界に住む者の償い﹄の意味が分
からなくなる。
 オレ達が困惑していると、旦那様が満面の笑みを浮かべ断言する。
﹁前回ギギにも言ったが、もし我輩を連れて戻りたければ力で押し
通すしかないぞ。それが唯一無二の方法だ!﹂

2600
﹃ッ!?﹄
 旦那様が背筋を伸ばし、腕を軽く広げて胸を突き出す。
 全身から溢れ出る魔力。
 オレ達の本能が危機感を訴えて、反射的に距離を取り腰を落とす。
 どんな攻撃が来ても対応できるよう臨戦対戦をとったのだ。
 いや、とらされた︱︱という方が近い。
 旦那様は笑っているが目は本気だ。
 模擬戦のときも圧迫感はあった。しかし今受けているのはそれ以
上のものだ!
 旦那様は本気でオレ達と戦おうとしているのを態度で示してくる。
﹁オレに⋮⋮オレ達には旦那様と戦う理由はありません。せめて、
どうしてこの地に縛られなければならないのか理由を聞かせてくだ
さい!﹂
﹁理由か⋮⋮ふむ、やはりそれを知りたければ我輩を倒すことだ。
もし倒すことが出来れば話そう。それに︱︱﹂
 旦那様が一拍置き、オレ達の耳目を集める。
﹁我輩を倒せない程度でこの地に残る理由を知ってしまったら、逃
げることも出来ず死んでしまうだろうからな﹂
 旦那様の声音には嘘や冗談、誤魔化しといった色はまったくない。
 本当に旦那様を倒せない程度の実力のオレ達が知ったら、﹃死ぬ﹄
と確信しているのだ。
 ますます分からなくなる。
﹁それってどういう意味ですか!? 話してくれないと分かりませ

2601
んよ!﹂
﹁駄目だ。我輩を倒すぐらいの実力がなければ知る資格すらない﹂
 まさにけんもほろろな態度だ。
﹁さて⋮⋮ギギから聞いたがクリスやリュートは変わった魔術道具
で戦うらしいな。待っていてあげるから準備しなさい﹂
 さらに圧力が待す。
 戦う準備をしてもしなくても、例え相手がオレやクリスでも、容
赦なく﹃叩きつぶす﹄と旦那様が全身で訴える。
 どうやら戦いは避けられそうにないらしい⋮⋮。
 ある程度、覚悟はしていたが現実になると足が震える。
 知り合いで尊敬する旦那様と戦うのが辛いのではない。
 あの魔術師A級のダン・ゲート・ブラッドと戦うのが怖いのだ。
 それでも避けられない戦いというのは存在する。
﹁クリス、スノー、リース、シア、戦うぞ。ギギさんはメイヤを守
ってやってください。リース、装備を頼む﹂
﹁分かりました﹂
 リースはオレの言葉に﹃無限収納﹄に仕舞っていた装備を取り出
す。
 オレ達は各自補給をする。
 また対旦那様用に準備した装備一式を身にまとっていった。
 ギギさんはメイヤを連れて階段を下り、顔だけを覗かせる。

2602
 ギギさんは魔術師Bプラス級の魔術師だが、現代兵器を使うオレ
達と連携を取る練習はしていない。
 居ても逆に互いを邪魔してしまうため、今回のような事態になっ
た場合はメイヤの護衛をして欲しいと前もってお願いしていた。
 またメイヤには保険として、すでにある荷物を渡している。
 細長く、先端が膨れている物が布でくるまれている。
 彼女に視線を向けると、メイヤは引き締めた顔で頷いてくれた。
 準備を終えオレ達は旦那様と向き合う。
サイレント・ワーカー
 魔術師A級の静音暗殺とは戦ったことがある。
 しかし、相手は暗殺に適した特殊技能によって魔術師A級となっ
た。
 正面切っての戦闘ならせいぜい魔術師B級程度だろう。
 だが、今回の相手はあのダン・ゲート・ブラッド伯爵だ。
 しかも殺さず、無力化しなければいけないという条件付き。
 本当にオレ達に出来るだろうか⋮⋮。
 旦那様が楽しそうに笑う。
﹁さぁ! 筋肉を震わせよう!﹂
﹁やるからには手加減は出来かねますから、ある程度の怪我は覚悟
してくださいね!﹂
 オレの叫びと同時に打ち合わせ通り、スノー、クリス、リース、
シアが動く。

2603
 旦那様は楽しげに両手の拳を胸の前で撃ち重ねる。
 まるで金属同士が勢いよく衝突したような硬質な音がする。
 こうして戦いのゴングが鳴り響いた。
第229話 ダン・ゲート・ブラッド再び︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、11月29日、21時更新予定です!
活動報告にクリスのキャラクターデザインをアップしました。
よろしければご確認ください!
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参
照下さい

2604
第230話 VSダン・ゲート・ブラッド 前編
 戦う場所は、階段の踊り場。
 旦那様の背後にはさらに階段があり、奥の神殿らしき場所へと続
いている。
 踊り場の広さは体育館2面ぐらいある。
 所々に旦那様の筋肉トレーニングように持ち込んだらしき女神像
や石像が無造作に置かれていた。
 像は大理石のように硬い物らしく、オレ達は遠慮無く遮蔽物とし
て使用させてもらう。
トリガー
 オレは石像の陰に隠れながら、AK47の引鉄を絞り続ける。
 ダン! ダン! ダン!

2605
﹁はははっはあははは! どうしたリュート! そんなところに隠
れて攻撃してもあたらないぞ!﹂
 旦那様はボクシングのようなフットワークで、発砲する弾丸を回
避。
 2メートル半はある長身&筋肉の塊のような男の動きとは思えな
いほど素早い。
 よしんば当たっても、全身を覆う魔力が体に触れる前に失速し、
床へと落ちる。
 さらに旦那様はオレ達を同士撃ちさせようと絶えず動く。
 お陰でフルオートで撃つわけにもいかず、中途半端な攻撃になっ
てしまう。
﹁ッ︱︱!﹂
 ダン! ダン! ダン!
 そんな素早く動く旦那様相手に、クリスはSVD︵ドラグノフ狙
撃銃︶で、三度同じ箇所に連続着弾させる。
 魔力の壁を突破し、弾丸は旦那様の太股を目掛け︱︱
﹁よし! チャンスだ! 畳みかけ︱︱!?﹂
 しかし好機ととらえ攻撃をしかけようとしたが、旦那様の太股に
弾丸が食い込まず弾かれてしまう。
 どうやら魔力の壁を突破したのはいいが、皮膚を傷つけるまでい
かなかったらしい。

2606
 オレ達が今起きた現実が理解できず、攻撃の手が止まってしまう。
﹁ははははっはは! さすがクリス! まさか我輩の魔力を遠距離
から越えてくるとは! だが、どうやら我輩の筋肉を傷つけるほど
の威力はでなかったようだな! ちなみ我輩は確かに治癒魔術が苦
手だが、有り余る魔力で全身をおおっているせいか傷を負うと勝手
に治癒してしまうのだ!﹂
 えっ、何それ?
 オート治癒も持っているってこと?
 聞いてないんだけど!
﹁ははははははあ! よし! 今度はこちらから行くぞ!﹂
 旦那様が左手を一閃!
 クリスが居た箇所に魔力の塊が殺到する。
 彼女は咄嗟に肉体強化術で補助した足で、転がるようにその場か
ら退避。
 大理石のように硬い床が爆砕し、破片が飛び散る。
﹁ふんぬ!﹂
 さらに旦那様がオレに向けて右腕を一閃!
 オレは慌てて石像の陰から転がり出る。
 石像は魔力の光に飲み込まれると、三分の二ほどが綺麗に消失し
た。
 こちらの攻撃は旦那様の魔力を突破できず、動きも素早くて滅多

2607
にあたらない。
 例え傷を負わせても自動で回復。
 さらに旦那様の攻撃は、オレ達を一撃で行動不能にするレベルだ。
 あまりの戦力差に笑いすら出てこない。
 昔、ブラッド家で旦那様と模擬戦をしたが、あの時は滅茶苦茶手
加減されていたのだと今更実感した。
﹁シアさん! 行くよ!﹂
﹁了解です!﹂
 スノーとシアが、オレへの攻撃で右腕を突き出した旦那様に向か
って突撃する。
 旦那様相手に接近戦を挑むつもりだ。
 スノーはAK47を手放し﹃S&W M10 2&4インチ﹄リ
ボルバーを両手に握り締めている。
 シアは両手もコッファー︵小︶を握りスイッチを操作。側面から
鋭く光る仕込みナイフが飛び出す。
ピース・メーカー
 2人はPEACEMAKER内でも接近戦ランキング上位者だ。
 そんな2人が旦那様に接近戦を挑む。
 旦那様はというと︱︱
﹁ははあはっはははあは! 若人はやっぱりこれぐらい元気でなく
ちゃ駄目だな! さっ、リュートも遠慮無くぶつかってくるがいい
!﹂
 先程とは違ってフットワークで逃げようとはせず嬉々として挟撃

2608
を受け入れる。
 さらにオレにまでかかってくるよう声をあげる。
 オレはその声を無視した。
 冗談じゃない。
 2人が旦那様の足止めをしてくれている間にやらなくちゃいけな
いことがある。スノー、シアが作ってくれるだろう隙を絶対に見逃
さないために!
 オレはPKMを手にしているリースとアイコンタクトする。
 スノー、シアが旦那様との接近戦圏内に到達する。
﹁ふん!﹂
 旦那様は引き戻した右腕をまずは背後へ横一閃。
 スノーがダッキングで回避し、さらに距離を縮めようとする。
 それに対して、旦那様は振るった右腕を止めず、そのまま一回転!
 距離を縮めていたシアへと振るう。
﹁⋮⋮ぐうぅうッ!?﹂
 速度が想像以上に上がっていたせいでシアは回避できず、右手に
持っていたコッファーを楯にする。衝撃が強すぎて、彼女は口から
強制的に息を吐き出させられる。足がその一撃で止まってしまう。
 さらに魔術液体金属で作られているコッファーの側面が、旦那様
の一撃を受け凹む。
 魔術液体金属が脆くなる限界ギリギリまで魔力を注いで製作した
アタッシュケース側面を右腕の一閃で凹ませるなんて、どんだけ馬

2609
鹿力なんだよ!
 スノーはシアへの攻撃に意識を割かれた旦那様の隙を逃さず、リ
ボルバーを魔力に押し返される箇所まで突き出し腹部を狙い発砲。
 旦那様は咄嗟に体を半身にして背を反らし、銃口から飛び出した
氷の破片を回避する。
 スノーはリボルバーに魔力を込めて、氷の破片を飛ばすことが出
来る。
 この技術は魔術学校時代、オレからもらった弾薬を節約するため
編み出した技術らしい。
 呪文詠唱を必要とせず、魔力が尽きるまで連射でき、相手に負わ
せた氷の傷から体温を奪うことができる。
 デメリットはリボルバーが無いと上手く魔術をイメージできず発
砲できないことだ。
 スノーはこのオリジナル魔術で旦那様に傷を負わせて、その傷口
から体温を奪い動きを止めるつもりらしい。
﹃氷雪の魔女﹄という二つ名を持つスノーらしい戦い方だ。
 しかし、戦況は思わしくない。
﹁どうして当たらないの!?﹂
﹁ははあはは! 動きが単純するぞ! もっと相手の裏をかかねば
いつまで経っても当たらないぞ!﹂
 スノーが銃口を突きだし、旦那様に狙いを定める。そのたびに旦
那様が内側からスノーの手を弾き、銃口を外へと外す。
 スノーは距離を取って狙いを定めようとするが、今度は逆に旦那
様が一息で密着するほど距離を縮める。結果、狙いを付けることが

2610
できないのだ。
 旦那様の指摘通り、スノーの攻撃は素直すぎる。それは彼女の性
格からきているものなのだろう。
 だが彼女は彼女で目に魔力を集中して、近距離から小刻みに振る
われる旦那様の攻撃を捌いている。
 それだけで驚愕の運動神経だ。
﹁うぬぅ!?﹂
 そんな数十秒の2人の均衡も、シアが床を滑らせるように投げつ
けたコッファーによって破られる。
 旦那様は足下に投げつけられたコッファーを踏み、バランスを崩
してしまったのだ。
 その隙を2人が見逃すはずがない!
﹁シアさん、ナイスだよ!﹂
 スノーがバランスを崩した旦那様の腹部へ向け、手に握り締めた
2挺のリボルバーを連続発砲!
 至近距離からの魔術を受け、旦那様の腹部に傷ができる。
 シアもすでに接近して、助走を付けてジャンプ。
 旦那様の側頭部へ、凹んでいないコッファーを両手で握り締めて
殴りつけ、その後猫のように音もなく着地する。
 シアのコッファーを鈍器代わりにした攻撃は、魔力の壁に防がれ
たが衝撃まで殺せなかったらしい。
 旦那様が体を傾ける。

2611
 これで少しは旦那様も大人しくなるか?
﹁ふははははははああ! 最近の婦女子は元気だな! うむ! さ
すがリュートの嫁達だ!﹂
﹁スノーは嫁ですが、シアはメイドですから!﹂
 思わずツッコミを入れる。
コッファー
 旦那様は腹部に傷を受け凍り付いても、頭部を鈍器で殴られても
まったく変わらず豪快に笑う。
 スノーは目的を達成したため退避。
 後は凍り付いた傷口から体温を奪い、旦那様の動きを止めればい
い。
 シアもスノーの援護を終えて、退避しようとしたが着地した体勢
が悪かった。
 衝撃を吸収するため足を屈め、床に手を付くほど体を沈めてしま
っていた。これではすぐに逃げることはできない。
﹁ふん!﹂
 旦那様がシアへ向けて腕を振る。
 彼女は咄嗟にコッファーを楯にする。
 先程の繰り返しだったはずだが︱︱今度はコッファーが凹まず貫
通した。
 旦那様は拳を固めず、貫通力をあげるためか抜き手のように指を
伸ばしていたのだ。
 刹那︱︱旦那様の目の前で強烈な240万カンデラの閃光と17

2612
5デシベルの大音量が発生する。
スタングレネード
 コッファーへ事前に仕掛けていた特殊音響閃光弾が作動したのだ。
 いくら旦那様でも魔力を限界まで注いで製造した魔術液体金属の
コッファーを破壊するのは不可能だろうと思っていたが、用心して
仕掛けを仕込んでいた。
 まさか本当に作動する日が来るとは⋮⋮。
 しかし呆気にとられている場合ではない。
 オレはダメ押しのためリースからある物を受け取る。
﹁リース! 手伝ってくれ!﹂
﹁もちろんです!﹂
 オレとリースは魔術液体金属に限界まで魔力を注いだ鉄条網を握
り締め、視力&聴力を一時奪った旦那様を拘束するため動く。
 鉄条網で何十にも縛る。
 先端は魔力で肉体を強化し、力任せに床へ杭を突き刺し固定した。
 いくら旦那様でも、これを解くのは無理だろう⋮⋮これで勝負あ
りだよな?
 気を抜きそうになったオレに、クリスがミニ黒板を突き出す。
﹃リュートお兄ちゃん、まだです! この程度ではお父様は止まり
ません! しっかり止めを刺さないと!﹄
 止めって⋮⋮いや、たぶん言葉の綾なんだろうけどね。
 しかし、確かにクリスの言う通りだ。

2613
 相手は旦那様。
 こちらの常識で物を考えてはいけない。
﹁リース! 対戦車地雷投擲! クリス、シア、オレはグレネード
! スノーはその後、魔術で拘束頼む!﹂
 オレの指示に皆が素早く行動をおこす。
 全員、旦那様から距離を取り、石像の陰に隠れる。
 リースは対戦車地雷を﹃無限収納﹄から取り出す。
 すでに排除防止用信管︵通常は側面のソケットを使用する︶には
手榴弾用の信管が取り付けられている。
 リースは迷わず点火。
 視力&聴力、鉄条網で動きを止められている旦那様に投げつける。
 オレ、クリス、シアは﹃GB15﹄の40mmアッドオン・グレ
ネードを発砲。
 対戦車地雷、40mmグレネード×3の衝撃、爆音。
 この攻撃を受けたら例えドラゴンだってタダではすまない。
 爆心地からもうもうと煙があがる。
 スノーはそれに構わず魔術を使用する。
ひょうていけっかい
﹁集え氷精、舞い踊り禍津物を地に沈めよ! 氷停結界!﹂
 さらにダメ押しでスノーが水、氷の複合魔術で旦那様を氷の牢獄
へと拘束する。

2614
 氷の牢獄は巻き上げた破片や煙まで凍り付かせてしまったため酷
く濁っていた。そのせいで中心に居る旦那様の姿を確認することが
できない。
 リースが心配そうに尋ねてくる。
﹁あ、あの最後、思わず勢いで対戦車地雷を投げつけてしまいまし
たが⋮⋮大丈夫なのでしょうか﹂
﹁相手は旦那様だし、あの回復力だし大丈夫⋮⋮だと思う﹂
 リースの指摘にオレも今更ながら心配する。
 いくら相手が旦那様でも、さすがにやりすぎたか?
﹃大丈夫です、お父様ですから。むしろ、手を抜いたらこちらが一
瞬で負けちゃいます!﹄
 クリスが心配するオレ達にミニ黒板を突き付ける。
 確かに彼女の言う通り、出し惜しみしてたらこちらが何も出来ず
に敗北していただろう。
﹁クリスちゃんの言うことも分かるけど、そろそろ拘束を解いたほ
うがいいと思うよ? 怪我をしていたら治療もしないとだし﹂
﹁だな。でも念のため皆、警戒を頼む︱︱ってシア、聞いているか
?﹂
 スノーが手放したAK47を拾う。
 オレやリース、クリスも弾倉を交換しながら、不測の事態に備え
ていたが、シアだけはこわれたコッファーを前にしょんぼりと肩を
落としていた。

2615
 彼女の落ち込んでいる姿は珍しいな。
﹁コッファーがこんな無惨な姿になるなんて⋮⋮﹂
﹁気持ちは分かるけどまだ終わってないから、切り替えてくれ。そ
の壊れたコッファーも後で修理してあげるから﹂
﹁⋮⋮はい、絶対にお願いします。このままではコッファーが可哀
相ですから﹂
 シアはまるで初めて買ってもらった人形が破れて落ち込む少女の
ようだった。
 本当にシアはコッファーが大好きだよな。
 シアが破損&凹んだコッファーを回収し、リースの﹃無限収納﹄
にしまってもらおうと歩き出した時︱︱不穏な音が響いた。
 ビシ、ビシ、キシ。
 その場に居る全員が動きを止めて、音の発生源に視線を向ける。
 もちろん発生源は氷漬けになっているはずのだ旦那様だ。
 氷塊表面にヒビが入る。
 本来ならすぐに迎撃体勢なり、再度拘束するためリースに鉄条網
の追加やスノーに魔術を使うよう指示をだすべきなのだが⋮⋮その
場に居る全員が目の前の現実を信じられず思考が止まって動けない
でいた。
 さらに氷塊のヒビが深くなり︱︱内側から爆発したように弾け飛
んだ。
﹁はははははははっっはははははっはあ! なかなかいい攻撃だっ

2616
たぞ! まさか昔はあんなに小さかったクリスやリュートがこれほ
ど素晴らしい攻撃をするようになるとは! 我輩は心底嬉しいぞ!﹂
 対戦車地雷、40mmグレネード×3を受け、氷塊&鉄条網で縛
られていた旦那様が無傷、拘束を引き千切り立っていた。
第230話 VSダン・ゲート・ブラッド 前編︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、12月2日、21時更新予定です!
今回は普段のアップする文章の倍以上書いてしまい長くなりすぎた
ので分割しました。
あと、感想返答を書きました。
よろしければご確認ください!
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参

2617
照下さい︶
第231話 VSダン・ゲート・ブラッド 後編
 えっ、嘘、マジ、リアリー? あれだけの攻撃を受けて無傷って
⋮⋮は?
 あまりに理不尽な事態にオレ達が呆けていると、旦那様が笑顔で
断言する。
 体に傷はなく、スノーの体温を奪う氷の傷口も全て塞ぎきってい
た。
﹁さぁ今度は我輩から行くぞ!﹂
 旦那様が右拳を握り締め、弓を射るようにゆっくり後方へ引き絞
る。

2618
 巨大な筋肉がさらに膨れ上がり、血管が浮かぶ。
 オレはようやく意識が現実に追いつき叫んだ。
﹁か、回避! 回避! 攻撃が来るぞ全員︱︱﹂
﹁ふん!﹂
 一閃!
 オレの声は旦那様の一撃で吹き消される。
 旦那様はただ右ストレートを放っただけだった。しかし、魔力が
振り抜かれた右腕が飛び出し、光線のように走り抜ける!
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮!!!?﹄
 スノー、リースは旦那様の一撃を回避するも、砲弾が側で着弾し
たような爆風に巻き込まれ吹き飛び踊り場から退場する。
 旦那様の右腕から出た魔力は、遠くの洞窟奥に着弾し轟音を立て
岩石を切り崩した。
 滅茶苦茶だ!
 ただの右ストレートがこの威力って滅茶苦茶過ぎる!
 しかし、理不尽に憤っている場合ではない。
 旦那様は巨体に似合わない素早さで、今度はシアとの距離を縮め
る。
﹁ふんぬ!﹂
﹁ぐぅッ︱︱!﹂

2619
 左打ち下ろしを、シアがバックステップで回避。
 床の大理石を砕き、クレーターが出来る。
 シアは飛び散る破片に顔を顰めつつ、バク転で距離を取る。
 さらに後方へ回転する勢いで、スカートから大量の攻撃用﹃爆裂
手榴弾﹄をばらまく。
 手榴弾は旦那様の作ったクレーターの坂道を転がり、本人へと殺
到する。
﹁︱︱ッ!﹂
 爆発!
 轟音が広い洞窟内に響き渡る。
 しかし、シアの動きは止まらない。
 後方回転ついでに太股に装着していた﹃USP タクティカル・
ピストル﹄を2挺抜く。
 着地と同時に、両腕を未だ煙の晴れない爆心地に向け発砲!
トリガー
 両手に収まったUSPの弾倉がカラになるまで引鉄を絞り続ける。
﹁若様! クリス様も援護おねが︱︱!?﹂
﹁シア!﹂
 シアはオレ達への指示の途中で、光線に飲まれてしまう。
 彼女は咄嗟に抵抗陣を形成。
 直撃は避けるも、そのまま光に吹き飛ばされスノー&リース同様
踊り場から姿を消してしまう。
﹁手加減したとはいえ今の一撃に反応できるとはあっぱれ! 将来

2620
が楽しみなメイドだな! ははははっははあははははは!﹂
 旦那様は左腕を突き出した姿勢で笑う。
 先程の一撃で周囲を包んでいた煙まで吹き飛ばしてしまった。
 旦那様が、ぐるりと見回す。
﹁ふむ、後はリュートとクリスだけか。狙っていたわけではないが、
まさか2人が最後まで残るとは⋮⋮。リュートとクリスは仲良しだ
な!﹂
﹁⋮⋮いえ、旦那様、それは間違いです﹂
﹁ん?﹂
 旦那様は腰に手をあて首を捻る。
 オレの言葉の意味が分からないらしい。
 再び、周囲を見回すがオレ達以外の人影はいない。
﹁リュート、嘘はよくないぞ。誰もいないではないか﹂
﹁嘘じゃありません。旦那様には見えないだけです⋮⋮まだ﹂
 オレは旦那様の背後に視線を向け力強く叫んだ!
﹁今だ! やれ!﹂
﹁!? ンッ!﹂
 旦那様はすぐさま背後へ振り返るが、やはりそこには誰もいない。
 旦那様のほぼ真横に立っていたクリスがSVDを発砲。
﹁それでは我輩に傷を付けられないのは証明済みだぞ﹂

2621
 言葉通り、弾丸は魔力壁を突破できない。
 弾丸は虚しく地面を転がった。
 今ので倒せるとはオレ達も思ってはいない。
 しかし、旦那様の注意をそらすことはできた。
 本命がオレの背後から飛び出す。
﹁リュート様の切り札! このメイヤ・ガンスミス︵仮嫁︶にお任
せください!﹂
 ギギさんと階段に隠れていたメイヤが、発砲準備を終えたパンツ
ァーファウスト60型を手に旦那様へと照準を合わせる。
﹁ファイヤーですわ!﹂
 彼女は躊躇いなく発砲!
 弾頭が初速45m/秒の高速で襲いかかる!
 旦那様はクリスのSVDで注意をそらされていたため、初動が遅
れてしまう。それ故、パンツァーファウストの弾頭を避けることが
できず直撃する!
 腹に響く破裂音。
 破片と煙を巻き上げる。
 メイヤは発砲し終えたパンツァーファウストを手に、嬉々として
声をあげた。
﹁いかに鉄壁の防御力を誇る魔術師といえどパンツァーファウスト

2622
の直撃には耐えられるはずありませんわ! そう最後に止めを刺し
たのはこのメイヤ・ガンスミス︵仮嫁・正妻候補筆頭︶ですわ! 
しかし! この素晴らしい成果を出せたのも全てはリュート様の作
戦があったからこそ! あぁあ! 魔術道具開発の天才にして、さ
らに戦術にも精通しているなんて! さすがわたくしのお、おおお
ぉ、おおお夫︵仮︶ですわ!﹂
 オレを自身の﹃夫﹄と言うのに興奮しすぎて無駄に﹃お﹄が多く
つく。
 しかしメイヤの言葉通り最後の切り札として、オレは彼女の荷物
にパンツァーファウスト60型を預けていた。
 確かにオレはギギさんに、メイヤの護衛をお願いした。
 だが一度だって彼女が非戦闘員だとは旦那様に言っていない。
 オレが旦那様と対峙している間に、背後に居るメイヤにハンドサ
インで指示を出す。﹃合図を共にパンツァーファウストを撃つよう
に﹄と。
 彼女は階段に隠れながら発射準備をおこなっていた。
 そして、最後の切り札を発動。
 乾坤一擲の一撃を作戦通り旦那様へと叩き込んだ。
 卑怯だろうがなんだろうが関係ない。
 旦那様の存在自体が理不尽なのだから、これぐらいしても罰は当
たらないだろう。
 普通なら、これで勝負あり。
 オレ達の勝利となるはずだが⋮⋮

2623
﹁メイヤ⋮⋮﹂
﹁なんですかリュート様! えっ、﹃メイヤの活躍に惚れたから今
すぐ結婚腕輪を渡したい﹄ですって!? だ、駄目ですわ! 落ち
着いたらって話じゃないですか! なのにこんな急に結婚腕輪を渡
したいなんて言われても困りますわ! もう本当に困りましたわー。
困りまくりですわー。でもリュート様がそう仰るなら逆らえません
わよね! さっ、わたくしも覚悟を決めました。いつでもばっちこ
いですわ!﹂
﹁︱︱だ﹂
﹁へ?﹂
﹁撤退だ! 撤退! みんなこの場からすぐに撤退しろ!﹂
 オレはメイヤの手を取り、その場から駆け出す。
 クリス&ギギさんもオレの言葉に従い、全力でその場を離脱する。
 眼下には踊り場から離脱したスノー、リース、シアも﹃撤退﹄の
叫びを聞いて一番下でオレ達を待っていた。
 メイヤは1人納得していなかった。
﹁どうしてですか、リュート様! 撤退なんて!﹂
﹁どうしても何も、パンツァーファウストの直撃を受けた旦那様が
無傷だからだよ! 今のオレ達の武器じゃあの人には通じないから
撤退するしかないんだよ!﹂
﹁無傷って⋮⋮!? あ、ありえませんわ! だ、だってパンツァ
ーファウストの弾頭は成形炸薬弾頭なんですよ!﹂
 成形炸薬弾頭は、凹状に形成された炸薬により爆発エネルギーを
集中させ、さらに金属製内張りを金属分子化してジェット噴流と化
し敵の装甲を破壊する。その威力は絶大だ。

2624
 メイヤの気持ちはオレだって痛いほど分かる!
 だが、現実は何時だって無情だ。
 オレの言葉を証明するように背後から、変わらず元気な笑い声が
聞こえてくる。
﹁ははっはははっっはっは! さすがリュート! 勝てないと分か
ったら拘泥せず、すっぱりと撤退の指示を出すとは! まさにあっ
ぱれな判断力だ!﹂
 階段踊り場縁に立つ旦那様は本当に傷1つ負っていなかった。
 自分の予想が当たり、嬉しさより底冷えする恐怖を感じてしまう。
 オレはパンツァーファウストの弾頭が旦那様に直撃する直前まで、
魔力で目を強化して観察していた。
 お陰で分かったことがある。
 旦那様の全身を包む魔力は、ただ固まって敵の攻撃を防ぐもので
はない。
ERA
 攻撃の種類によって﹃爆発反応装甲﹄のように自ら爆発して、防
いでいたのだ!
﹃爆発反応装甲﹄とは?
 昨今、映画やアニメ、漫画などで戦車が出るとよく装甲周りに弁
当箱大の箱がびっちりと敷き詰められていることがある。
 あの箱こそが﹃爆発反応装甲﹄である︵リアクティブ・アーマー
とも言う︶。
 この箱一つ一つに炸薬が薄い板上にされ入っている。

2625
 成形炸薬弾頭が﹃爆発反応装甲﹄に命中すると、箱に入っている
炸薬が爆発。
 誘爆させ箱の蓋が浮き上がり、爆発のエネルギーによって形を変
える。そうすることで成形炸薬弾頭の効果︵金属分子のジェット噴
流︶を分散して無力化するのだ。
 戦車の装甲には小さな傷や穴︵むしろ凹みレベル︶が出来るが、
成形炸薬弾頭に狙われたのにもかかわらず貫通はしていない。
 これが﹃爆発反応装甲﹄の原理である。
 たまに間違った知識として出てくるのは﹃爆発反応装甲﹄が、炸
薬が爆発して﹃火で火を防ぐ﹄というものだが、そうではない。
 ︱︱ちなみに余談だがRPGには、この﹃爆発反応装甲﹄に対応
した弾頭がある。
 PG︱7VRと呼ばれる弾頭だ。
 形が面白く、通常のRPG弾頭︵PG︱7VL︶の先にもう一つ
小さな弾頭を付けた形をしている。
 この弾頭︵PG︱7VR︶が、いかにして﹃爆発反応装甲﹄を突
破するかというと⋮⋮まず弾頭が発射される。
 最初に先端にある小さな弾頭が﹃爆発反応装甲﹄に命中し爆発。
﹃爆発反応装甲﹄も反応し炸薬が爆発してしまう。
 結果、﹃爆発反応装甲﹄は無力化されてしまい二つ目の弾頭が戦
車本体の装甲を貫通するのだ。

2626
 このPG︱7VRの登場に、﹃爆発反応装甲﹄を3重にして対応
したものもある。外観だけ見るとごてごてとして、太ったようにな
り格好悪いのが難点といえば難点だ。
 余談の余談だが︱︱RPGの弾頭の値段は原価だと1000円以
下。
 販売価格は安いので1発、5000円からある。
 そんなもので数億円の戦車を破壊されたら堪ったものではない。
 旦那様は恐らくこの﹃爆発反応装甲﹄のように魔力を爆発させ、
形を変えることでエネルギーを分散させているのだろう。
 だとしたら体に届く頃には威力は大幅に軽減。
 肌や肉を浅く傷つける程度の力しか残らない。
﹃爆発反応装甲﹄のような魔力装甲。
 主砲のような攻撃力。
 見た目以上にフットワークの軽い機動力。
 まるで1人戦車のような人だな!
﹁確かに撤退判断は早いが、無事に逃げられるかは別の話だがな!
 リュートとの戦いは久しぶりなのだからまだまだ楽しませてもら
うぞ! ははははははははあはああはは!﹂
 旦那様は大声で告げると、踊り場の縁を蹴り空を飛ぶ。
 笑い声が救急車のサイレンのように最初は小さく、距離を縮めら
れその声が大きく聞こえてくる。

2627
 背後を振り返ると、筋肉の塊︱︱じゃなくて旦那様が笑いながら
撤退するオレ達を追いかけて来た!
 思わず悲鳴をあげそうになる。
 下手なホラー映画より怖い!
﹁り、リース! ﹃無限収納﹄に入っている爆裂手榴弾と破片手榴
スタングレネード
弾、特殊音響閃光弾、対戦車地雷、と、兎に角足止めに使えそうな
物をありったけ出してくれ!﹂
﹁わ、分かりました!﹂
 そしてオレはメイヤから手を離し、皆で後方から迫ってくる旦那
様へ向けてありったけの爆発物などを投げつけ足止めする。
 お陰でオレ達はどうにか逃げ切り、撤退を完遂することが出来た。
2628
第231話 VSダン・ゲート・ブラッド 後編︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、12月5日、21時更新予定です!
⋮⋮正直言って、現段階で主人公達が勝つプロットがまだ書けてい
ません。
最終的に、リュート達がこの現状をどうやって覆すのか?
読者の皆様と同じく、作者もどうなるのか︵更新予定の締め切り的
な意味合いでも︶ある意味ドキドキしております︵笑︶
さてさて、活動報告に軍オタ2巻表紙をアップしました!
よろしければご確認ください!

2629
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参
照下さい︶
第232話 洞窟で作戦会議
﹁か、勝てるかぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!﹂
 オレは今夜、野営する洞窟奥の広場で絶叫する。
 場所は教室の倍以上広いが、大声は反射し反響した。
 スノーがうるさそうに耳をぺたんと倒し、手で押さえる。
 その姿に気付き、オレは慌てて謝罪した。
﹁ご、ごめんスノー、大声出したりして﹂
﹁ううん、気にしないで。リュートくんの気持ちも分かるから﹂
 現在、オレ達は旦那様から無事、逃げだし洞窟奥の広場まで戻っ

2630
てきた。
 旦那様もここまで追ってくるつもりはどうやらないようだ。
 今日はこの場所で野営することにする。
 洞窟は暗いが、魔術光のお陰で明るい。
 雨、風の心配も無いため外で寝るより随分と楽だ。
 スノー達は野営準備で手を動かしながら、今日の旦那様との戦い
を振り返る。
﹁リュートくんやクリスちゃんから、強い強いとは聞いてたけどま
さかあれほどとは思わなかったよ⋮⋮﹂
﹁本当ですよ。手榴弾や対戦車地雷、パンツァーファウストを受け
て無傷で、さらに鉄条網まで引き千切るなんて﹂
﹁コッファーも壊されてしまいましたし⋮⋮﹂
 スノーが寝床の準備をしていると、リースの﹃無限収納﹄から出
してもらった調理器具で料理をするシアの2人が同調する。
﹃すみません、非常識な父で⋮⋮﹄
 スノーの寝床作りを手伝うクリスが、ミニ黒板を手に頭を下げる。
﹁別にクリスが悪い訳じゃないよ。まぁ気持ちは分かるけど⋮⋮﹂
 オレとメイヤは今回使用した銃器などの整備、点検をおこなって
いた。
 オレは手を止めず話をする。

2631
﹁でもお陰で旦那様の防御方法が分かったのはありがたいよ﹂
﹁旦那様は莫大な魔力の壁で防いでいるのだろう。違うのか?﹂
 念のため周囲を警戒してもらっているギギさんが、疑問をぶつけ
てきた。
﹁あれはただの魔力の壁じゃありません。﹃爆発反応装甲﹄と同じ
原理で攻撃を防いでいるんですよ﹂
 オレは皆にも分かるように﹃爆発反応装甲﹄の原理を説明する。
 一通り説明すると、やはり一番最初にメイヤが食い付いてきた。
﹁あの激戦の最中、冷静に相手の戦力を見極めるなんて! さすが
わたくしのリュート様ですわ!﹂
 誰が﹃わたくしの﹄だ。
 そして夕飯ができあがったので、テーブルに並べる。
 椅子やテーブル、食器類、鍋や調理器具など全てリースの﹃無限
収納﹄から出した。
 本当にリースの精霊の力はありがたいな。
 夕飯のシチュー&保存食のパン、デザートの果物を食べながら、
爆発型反応装甲の防御を考慮にいれたうえ﹃どうやって旦那様を倒
すか?﹄という話をする。
 まず最初にメイヤが案を出す。
﹁相手が爆発型反応装甲のような防御をしているのなら、パンツァ

2632
ーファウストをPG︱7VRのような形にするのはどうでしょうか
?﹂
﹁弾頭の先にもう一つ弾頭を付ける方法か⋮⋮。でもすぐには難し
いと思うぞ。下手に改造してちゃんと前に飛ぶか分からないし﹂
﹃では、銀毒を盛るのはどうでしょう? いくらお父様でもヴァン
パイア。銀毒を盛れば弱るはずです﹄
 ヴァンパイア族であるクリスが、提案する。
 一応、念のため銀は持ってきていた。
アンチシルバードラッグ
 また銀毒に陥った場合として反銀薬も用意してある。
 確かにクリスの案は現実的だ。
 しかし、問題があるとすれば⋮⋮
﹁どうやって旦那様を銀毒状態にするかだよな⋮⋮﹂
 オレの呟きに、皆が肩を落とす。
 もしクリスがライフルで旦那様に傷を負わせることが出来るなら、
ライフル弾を銀でコーティングすればいい。
 しかし、彼女の超人的な技術力を持ってしても、旦那様の魔力の
壁を突破して体を傷つけるのは難しいようだ。
﹁はいはい! なら、ご飯に銀を混ぜて食べてもらうのはどうかな
?﹂
 スノーが元気よく挙手して意見を出す。

2633
﹁そんなあからさまに怪しい物を食べるわけないだろう。たぶん⋮
⋮﹂
 オレは彼女の意見を躊躇いながらも、却下した。
 いくら細かいことを気にしない旦那様でも、そんな怪しげな物を
食べたりしないよな?
﹁なら銀のナイフはどうだ? あれなら材料さえあれば作り出すの
は難しくない。それにナイフなら近接で戦えば傷を与えやすい。そ
う与えやすいんだ。相手に悟られないように隠すこともできるし⋮
⋮﹂
 提案したギギさんはだんだんとトーンを落としていく。
 どうやら前、ダン・ゲート・ブラッド伯爵の奥様であるセラス夫
人を刺した後悔が蘇ったのだろう。そして1人、落ち込む。
 そんな器用に落ち込まなくても⋮⋮。
 だが、ギギさんのアイデアは悪くない。
 彼の言葉でオレは今回もっとも適した武器があることを思い出す。
﹁銀毒、ナイフで戦うほどの近距離戦⋮⋮。それなら、あの武器を
作ればもしかしたら旦那様を倒すことが出来るかもしれないな⋮⋮﹂
﹁リュートさん、何か思いついたのですか?﹂
﹁もしかしたら、この方法なら⋮⋮﹂
 オレはリースの言葉に頷き、返答する。
 そしてオレは思いついたアイデアを皆に聞かせた。
 話を聞き終えた皆は、そのアイデアを元に意見を出し合って作戦
を立てていった。

2634
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 昨日の夕食後、オレは思いついたアイデアを実現するため、メイ
ヤの手を借り早速作業に入る。
 深夜遅くに完成し、翌日は性能チェックの確認で潰れてしまう。
 さらに次の日は、戦うための色々な準備を皆でおこない消化して
しまった。
 結局、旦那様との再戦は初戦から3日後の午後からおこなわれた。
﹁はははっははははあ! 良く来たなリュート! 再び挑むと言う
ことは我輩を倒す算段を付けてきたということだな?﹂
 旦那様は3日前に戦った踊り場でトレーニングをしていた。
 オレ達に気付くと、トレーニングを止めて出迎えてくれる。
 階段の踊り場は前回の戦いが嘘みたいに修繕されていた。
 旦那様は体躯や性格に似合わず手先が器用だ。
 恐らく彼が修繕したのだろう。
 オレは腰に手を当て、胸筋を揺らす旦那様に不敵な笑みを返す。
 あえて笑みを浮かべたのは、相手の迫力に飲み込まれないように
するためだ。

2635
﹁はい、お陰様で。今回は負けませんよ﹂
﹁はははっはあ! そうか! そうか! どうやって我輩を倒そう
としているのか楽しみにしているぞ!﹂
 旦那様は心底楽しそうに声をあげる。
コンバット
 オレはリースの無限収納から、戦闘用ショットガン、SAIGA
12Kを取り出し受け取る。
 そして、1人、旦那様の前へと出た。
﹁他の者は戦わないのか?﹂
﹁はい。今回はオレ1人でやらせていただきます﹂
チェンバー
 初弾を薬室へと移動する。
とう
﹁クリスの旦那として、お義父さんには独力で勝ちたいですから﹂
 この発言に旦那様は、今までで一番上機嫌な笑い声をあげた。
﹁はははははっはあっっははあ! いいぞ、リュート! 男はそう
でなくちゃ!﹂
 笑みを浮かべたまま、胸の前で何度も両手の拳を叩く。
﹁久しぶりだな、リュートと1対1で戦うのは⋮⋮﹂
﹁はい! オレの成長を存分に楽しんでください!﹂
﹁ははははは! もちろん! 全力で楽しませてもらうぞ!﹂

2636
 旦那様はオレの言葉に機嫌よさげに声をあげた。
 オレも旦那様の笑い声に負けない大声で、﹃よろしくお願いしま
す!﹄と張り上げる。
﹁ギギ! 勝負の合図を頼む!﹂
﹁は! 了解いたしました﹂
 ギギさんは審判のようにオレと旦那様との中間地点に立つ。
 上から見るとオレ達3人で正三角形を作っている立ち位置になる。
 ギギさんの反対側にはスノー、クリス、リース、メイヤ、シアが
居てオレを心配そうに見詰めていた。
 クリスと目が合う。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 オレは彼女に﹃大丈夫﹄と伝えるように頷く。
 クリスは心配そうな表情を浮かべながらも、口元に笑みを作る。
 まるでこの時、オレは魔人大陸にあるブラッド家屋敷中庭にいる
ような懐かしさを覚えた。
 あの時もこうしてギギさんが立ち会い、クリスと作戦を立て、旦
那様を倒して訓練クリアを目指したな。
 旦那様にはやっぱりこんな地下は似合わない。
 魔人大陸の屋敷でセラス奥様やメルセさん、ギギさん、メリーさ
んや他使用人達に囲まれて楽しげに声を上げている方がずっと似合
っている。

2637
 そんな旦那様を取り戻すためにも、この勝負は絶対に負けられな
い。
 ギギさんがオレと旦那様を交互に一瞥する。
﹁2人とも準備はいいですか?﹂
﹁うむ、いつでもいいぞ﹂
﹁はい、大丈夫です﹂
 確認を取るとギギさんは昔の模擬戦のように右手を上げ、
﹁勝負始め!﹂と振り下ろし、合図を出す。
 合図と同時に旦那様は全身に魔力の壁を展開し構える。
 オレはというと︱︱そんな旦那様に背を向け一目散に街の建物群
へと逃げ出した。
 流石に旦那様も突然の逃走に面食らったのか、オレの背をただ見
送る。
 旦那様はそんなオレに声をかけた。
﹁どこに行くつもりだリュート! 勝負を放棄するつもりか!?﹂
﹁旦那様が有利な場所でわざわざ戦う必要はありません! 敗北が
怖いのならその場から動かないことをお薦めしますよ!﹂
 オレは逃走しながらも、旦那様を作戦の場所に引き摺り込むため
わざと挑発的な台詞を叫ぶ。
 もちろん旦那様はそれを理解し、楽しげに大笑いした。

2638
﹁ははははっははあ! なるほど戦略的逃走か! 面白い! なら
我輩もあえてその誘いにのってみようですないか!﹂
 旦那様はオレの後をその巨体に似合わない速度で追いかけてくる。
 こうしてオレと旦那様の1対1の戦いが数年ぶりに開始した。
第232話 洞窟で作戦会議︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、12月8日、21時更新予定です!
軍オタ1巻、2回目の重版︵3版︶が決定しました。
詳しくは活動報告に書きましたので、確認して頂ければ幸いです。
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参
照下さい︶

2639
第233話 洞窟での戦い
﹁ふんぬぅッ!﹂
 旦那様の一撃で、一つの建物が崩壊する。
 しかし、オレはすでにそこから退避しているため、怪我一つ負っ
ていない。
 舞い上がる埃を掻き分け、オレは次の予定地へと向かった。
﹁はははっはあは! リュート、逃げているばかりでは我輩には勝
てんぞ!﹂
 背後から聞こえてくる笑い声。

2640
︵埃が舞い上がっているのによくそんな大声で笑ったりできるな⋮
⋮︶とオレは明後日な方向の疑問を抱く。
 別に旦那様の言うように、ただ逃げているだけではない。
ある狙いのため、旦那様を洞窟内に広がる建物群へと引き摺り
込んだのだ。
 その一つが行動の制限だ。
 旦那様の身長は2メートル半以上ある。
 背丈だけではなく、手足も長い。
 そのため建物の内部だとどうしても動きが制限されてしまう。
 お陰で一対一にも関わらず、未だになんとか生き残ることが出来
ている。
 そしてもう一つの目的は、建物群内ならトラップを多数しかける
ことが出来るからだ。
 相手は﹃爆発反応装甲﹄のような魔力装甲で守られ、主砲のよう
な攻撃力があり、見た目以上にフットワークの軽い機動力を持つ。
 さらに、傷を負ってもすぐに膨大な魔力ですぐに治るオート治癒
までついている。
 そんなチート生物の怪物を相手に、馬鹿正直に広い場所で戦って
いたら絶対に勝てない。
 戦車相手に、平野で正面から戦うようなものだ。
 漫画やアニメ、映画などなら主人公や仲間達が力と勇気を合わせ

2641
て勝つだろう。
 しかし現実的に、その状況で勝つのは難しい。
 なら勝利を掴む状況を作ってやればいいのだ。
 それが建物群がある市街戦だ。
 現代の戦争でも遮蔽物の多い市街戦でRPGに戦車がやられるこ
とは多々ある。
 また昨日、オレ達は旦那様に気付かれないように様々なブービー
トラップ&武器を随所に設置しておいたのだ。
 オレは住宅の一つに扉を開けて転がり込む。
 入り口側に置いておいた手榴弾を手に取ると、ピンを抜く。
 ピンを抜いた手榴弾の安全レバーをドアノブ部分に挟んで固定。
 もっとも簡単なブービートラップが完成する。
 オレはすぐさま部屋を窓から抜け出す。
 立てかけておいたパンツァーファウスト60型を手に、発射準備
をする。
 準備をしていると、窓から爆発音、破片、衝撃波などが吹き抜け
る。
 旦那様が扉を不用心に開けたため、ドアノブに固定していた手榴
弾の安全レバーが外れて爆発したのだ。
 オレは煙が収まるのを待たずに、窓から扉へ向けてパンツァーフ
ァウストを発射!
 弾頭が高速で、煙の先に居る筈の旦那様へと向かう。
 オレはすぐさま頭を引っ込めて、地面に倒れるように俯せになる。

2642
 手榴弾以上の爆発が起き、窓という窓から種撃波が吹き出す。
 この程度で倒せるなら、3日前に倒せている。
 そのためオレは旦那様の傷の有無も確認せず、すぐにその場を移
動した。
︵大分、意識を足下からそらすことができたな︶
 オレは作戦通り、次の予定地へと移動する。
 旦那様に効果がないと分かっていながらパンツァーファウストや
ブービートラップなどを仕掛けていたのには理由がある。
 最後の最後で勝負を決めるため、足下から注意をそらそうとして
いたのだ。
 そのため先程からずっと上半身を中心に狙いをつけ、攻撃をしか
けていた。
 オレが旦那様と1対1で戦っているのも、昔の模擬戦を懐かしん
でいるからではない。
 多数で攻めたら、旦那様は上下左右全ての空間に注意を払うのは
確実。そうなったら最後の攻撃が決まる確率が低くなってしまう。
 だから、旦那様の注意を自分だけに注がされるため、あえて1対
1を挑んだのだ。
 そしてオレは旦那様を倒す攻撃をしかけるため、建物群でももっ
とも大きい屋敷へと入り込んだ。

2643
 あらかじめ準備していた場所、床下に潜り込み待機する。
 アメリカ海兵隊が、テロリストと戦う際︱︱相手は場所を選ばず
戦いを挑んでくる。
 しかもその戦う距離がかなり近い場合がある。
 こういう場合の戦闘を軍事用語で﹃近接戦闘︵Close Co
mbat︶﹄という。 イラクのファルージャでおこなわれた戦闘
では、テロリストは浴室などに潜み予想外の場所から攻撃をしかけ
てくる等、わずか数メートルの距離で戦うことも多かったらしい。
 オレも今回はテロリストに倣い、意外な場所から旦那様を攻め落
とそうと考えた。
 狙いはもっとも魔力の壁が薄いだろうと思われる足の裏だ。
 これならいくら旦那様でも傷を負わせることができるだろう。
 そのため下半身を狙わず、上半身ばかり集中的に攻撃を加えて意
識をそらしたのだ。
︵来た!︶
 旦那様が玄関から入る扉の音が聞こえてくる。
 旦那様は無警戒に一定の速度で奥へと進む。
 オレは昨日、練習した通り意識をとぎすませ足音に耳を傾ける。
︵ここだ!︶
 タイミングを合わせて発砲!

2644
 SAIGA12Kから銀毒を塗りたくったスラッグ弾が飛び出す。
 スラッグ弾は狙い通り床下を破り、旦那様の足裏へと迫る!
﹁なっ!?﹂
 しかし、旦那様は当たる刹那、ギリギリで素早くバックステップ。
 スラッグ弾は天井へと深くめりこみ終わった。
 旦那様はオレを見下ろしながら、
﹁はっはははははあ! 駄目だぞリュート! そんな分かりやすい
手を使っては! 確かにリュート達の想像通り足の裏の魔力は薄い
が、我輩の防御を破れないと知った相手がよくやる手だからな! 
対処のしかたなど飽きるほどやってきたぞ!﹂
﹁そんな!? 聞いてませんよ!﹂
 旦那様が笑い声を上げながら、右腕を振りかぶる。
 オレは咄嗟に肉体強化術で身体を補助。
 無理矢理、床下から退避する。
 ギリギリのところで、旦那様の右打ち下ろしを回避。
 しかし、旦那様はすでに左拳を固めて待ち構えていた。
 チェスや将棋のように理詰めで追い詰められていく。
 オレはSAIGA12Kを楯にして抵抗陣を形成しながら、後方
へ自らバックステップ!
﹁ふんぬっ!﹂

2645
﹁ぐぅッ!?﹂
 しかし、旦那様の左ストレートはその程度では防ぎきれず、オレ
は蹴られたボールのように窓といわず壁を突き破り中庭まで吹き飛
んでしまう。
﹁げほ! ごほ! ぐうぅッ!﹂
 オレは中庭の後方まで転がり、地面に向けて口内に溜まった血を
吐き出す。
 この中庭は洞窟内にある建物群には珍しく、中庭は柔らかい土で
植物が綺麗に植えられていた。
 旦那様の一撃は強烈だったが、地面が柔らかかったのと、自ら大
きく後方へ飛びSAIGA12Kを楯にしたお陰で全身は痛むが動
くのに支障はない。
 オレの身代わりとしてSAIGA12Kは粉々に砕けてしまった
が⋮⋮。
 旦那様が崩れた壁から姿を現す。
﹁最後の作戦は失敗し、リュートの持つ魔術道具も壊した。どうや
らこの勝負、我輩の勝ちのようだな﹂
﹁まだです! オレはまだ負けていません!﹂
 オレは口元を拭い立ち上がると、拳を握り構える。
 素手になっても旦那様を倒すという気概を見せた。

2646
 これにたいして旦那様は、さりげない動作で周囲を警戒する。
﹁ご安心してください。この勝負はあくまでオレと旦那様の1対1。
伏兵を潜ませるなんて卑怯なマネはしません﹂
﹁そうかそうか。疑うようなマネをしてすまない! ではリュート
を倒し、この勝負の終わらせよう!﹂
﹁くぅ⋮⋮ッ﹂
 オレはゆっくりと歩き距離を縮めてくる旦那様に対して、ジリジ
リと後退する。
 だが、その動きはすぐに壁にぶつかり阻まれてしまった。
 身体強化術で体を補助。
 覚悟を決めて、拳を硬く握り締める。
 そんなオレに旦那様は話しかけてきた。
﹁リュートはよくやったぞ。我輩をここまで楽しませてくれた人物
は久しぶりだ! だから我輩を倒し、連れて帰れないことを気にす
る必要はない。我輩は自分の意志でここに残っているのだからな!﹂
 旦那様は歩みを止めず慰めの台詞を言う。
﹁それにリュート達が彼女のことを知る必要はない。この世界には
﹃知る必要がない﹄ということはえてしてあるものだからな。リュ
ート達⋮⋮クリスには何も知らずただ幸せになって欲しいのだ。親
の我が儘だと思ってくれればいい﹂
﹁いえ、旦那様は必ず魔人大陸へ連れて帰ります﹂
 オレは断言する。

2647
﹁それがクリスの⋮⋮オレの嫁が願う幸せだからです!﹂
﹁⋮⋮そうか。では、我輩を倒してみるがいい! 息子よ!﹂
﹁はなからそのつもりですよ!﹂
 オレは膝を沈め、地を蹴り矢のように旦那様へと迫る。
 旦那様も大きく踏み込み、右拳を振り上げた。
﹁︱︱ぐがぁッ!?﹂
 だが、旦那様のその最後の一歩が勝敗を分ける。
﹁トラップ⋮⋮だとッッ!?﹂
ダーツ
 旦那様の踏み込んだ左足に無数の矢が突き刺さっていた。
ダーツ
 もちろん、矢には銀毒がタップリと塗ってある。
﹁⋮⋮ッ!﹂
 銀毒に犯された旦那様の魔力壁が歪む。
 オレはそのまま右拳を旦那様の腹部へ叩き込んだ。
﹁ぐうぅ!﹂
 歪んだ魔力壁は﹃爆発反応装甲﹄のような防御力を誇っていたの
が嘘みたいにあっさりと突き破られ、右拳が分厚い腹筋に突き刺さ
る。
 相変わらず分厚い鉄板に、頑丈で柔軟なゴムタイヤを幾重にも巻

2648
いたような感触だが、旦那様の表情からダメージを与えたこと感触
を得る。
 オレは返す刀で旦那様の顎を打ち抜く。
 もちろん銀毒に犯されようと手加減はしない。
 相手が旦那様だからだ。
 しかしさすがに顎を打ち抜かれたのは効いたのか、その場に膝を
ついてしまう。
 旦那様は口端から赤い血を流し、愉快そうに笑う。
﹁まさか最後の最後で罠がしかけらていたとはな! すっかりリュ
ートの演技に騙されたぞ!﹂
﹁こっちは最後の罠が本当に決まるかドキドキものでしたよ。でき
るならもう二度とやりたくありません﹂
﹁ははははははあ! 全然そうは見えなかったぞ! しかし、最後
どうやって我輩の足に矢を突き刺したのだ? 人が隠れている気配
も、魔術的な罠もなかったはずだが?﹂
 旦那様の疑問にオレは素直に答えた。
 オレが最後にしかけた罠はベトナム戦争時代、良くしかけられた
ブービートラップの一種だ。
カートリッジ
 丸い筒を切り、中に弾薬を入れて地面に埋める。
カートリッジ
 相手がその弾薬を上から踏むと弾丸が発射されるという仕組みだ。
 他に似た罠として、砲弾に圧力式の信管を付けて地面に埋めて簡

2649
易地雷にすることができる。この地雷は第一次大戦の初期に登場し
たらしい。
ダーツ
 今回は12ゲージの矢に銀毒を塗ったポイズンフレシェット弾を、
魔術液体金属の筒にセットし地面に埋めた。
 ポイズンフレシェット弾は実在する武器である。
 この罠を思いつけたのも、ギギさんの﹃銀のナイフなら近接で戦
えば傷を与えやすい﹄というアドバイスがあったからだ。
ダーツ
 だからオレは矢に銀毒を塗ったポイズンフレシェット弾のブービ
ートラップ化を思いつくことが出来たのだ。
ダーツ
 ちなみに12ゲージには約20本の矢が入る。
 オレがこの建物群で一番大きな建物を選んだのも、床下などに隠
れ易いためではない。
 他の建物とは違って中庭の地面が柔らかい地面だったからだ。
 ここならポイズンフレシェット弾の罠を仕掛けることができる。
 また旦那様が他襲撃者から、﹃足裏の魔力が薄い﹄と見抜かれ奇
襲を受けていたことは予想できた。だから、旦那様の意識をそらす
ため、オレの切り札が床下に潜み銀毒を塗ったスラッグ弾だと勘違
いさせた。
 後はオレ自身が、ポイズンフレシェット弾を踏まないよう自ら後
方へと飛ぶ。
 また旦那様に万策が尽きたと思わせるため、わざとSAIGA1
2Kを楯にして壊させたりした。
 SAIGA12Kは勿体なかったが、お陰で旦那様の油断を誘う
ことが出来たのだから諦めよう。

2650
 一通りの説明を聞くと、旦那様が左足を庇いながら感心したよう
に頷く。
﹁まさかそこまで考えていたとは⋮⋮我輩の完敗だな﹂
﹁それじゃ!﹂
﹁ああ、負けたからには約束通り、リュート達に従おう。銀毒に犯
されたヴァンパイアは動くこともままならぬからな。毒をもられた
時点で我輩に勝利はない﹂
 旦那様の言葉通り、圧倒的魔力でオートで治癒するはずなのに、
足裏の傷はいっこうに癒えない。
 銀毒に犯されているため、うまく魔力が動かないのだろう。
アンチシルバードラッグ
﹁ありがとうございます! ならすぐに皆を呼んで反銀薬を用意し
ますね﹂
﹁うむ、頼む。だがその間にリュートに話しておきたいことがある﹂
 旦那様は真剣な表情で告げてくる。
﹁守護者である我輩は負けた。だから、リュート達には彼女と会う
権利がある。しかし、彼女が語るこの世界の真実を知ってもどうか
心を強く保って︱︱ッ!?﹂
﹁旦那様!?﹂
 突然、旦那様の背中から血が噴き出す。
 まるで鋭利な刃物に切られたようにだ。
 そして、先程まで何もなかった空間から女性、少女達が姿をあら

2651
わす。
 手を旦那様の血で濡らした尖った耳に、緑の瞳、顔立ちがどこか
リースに似ているハイエルフの女性。
 その背後に他、少女達が並ぶ。
 さらにその中で異彩を放っている1人の女性が居た。
 黒いドレスに手袋、背中に流れる黒髪。
 顔まで黒のレースで隠しているため、まるで闇が人型をしている
ようにも見える。
 彼女は蕩けるほど甘い声音で話しかけてきた。
﹁ようやく、お会いできましたわ。リュート様⋮⋮私の愛しい人﹂
 こうして、オレは初めて﹃黒﹄のトップと顔をあわせた。
2652
第233話 洞窟での戦い︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
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明明後日、12月11日、21時更新予定です!
ちょうど昼間に気まぐれで買った﹃カット よっち○ん﹄を開いた
ら、﹃30円カットよ○ちゃんあたり﹄とクジが当たりました! 
今まで生きてきて初めて当たりましたよ。まぁ、滅多に買わないっ
てこともあるけど。
ちなみに﹃カット よっち○ん﹄を勢いに任せて、大量にほおばっ
たら盛大にむせました。久しぶりに食べたから、酢のあたりの強さ
を忘れていたよ⋮⋮。
また﹃カット よっち○ん﹄当たったのはいいけど、買ったコンビ
ニで交換してくれるのかなこれ⋮⋮。

2653
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参
照下さい︶
第234話 黒、登場
﹁なっ⋮⋮!?﹂
 目の前に突然、少女達が姿を現す。
 数は全員で8人。
 旦那様の背中を切り裂いたハイエルフの女性が優雅な動作で下が
り、黒のベールで顔を隠している女性の隣に立つ。
 その女性の背後で、少女達が静かに彼女の行動を待っていた。
 その少女達の中に見覚えがある人物が居た。
 元純潔乙女騎士団の団長ルッカに協力していた、ノーラだ!

2654
 彼女は相変わらず、機能性など完全に無視したフリルをふんだん
に使ったゴスロリ姿をしていた。
︵彼女が居るってことはこいつら﹃黒﹄か!? でもなんでこんな
ところに居るんだ!?︶
 オレが動揺していると、女性が黒のベールを取る。
 ベールの下から現れた容姿は整っている。長い睫毛、人形のよう
に白い肌、薔薇色の唇に真っ黒な瞳。容姿が整い過ぎて、かえって
作り物のように思える程だ。
 彼女はオレを見詰め、潤んだ瞳で語りかけてくる。
﹁お久しぶりです、愛しい人。私は︱︱﹂
 しかし、オレに﹃黒﹄の話を聞いてやる義理はない。
 今は兎に角、旦那様の治療が優先だ!
 肉体強化術で体を補助。
 倒れている旦那様に腕を伸ばす。
 彼を連れてこの場から離脱し、皆と合流しようとする。
﹁な、にぃ⋮⋮ッ!?﹂
 だが︱︱オレは旦那様の腕を掴んだ所で地面に倒れこんでしまう。
 何が起きたか自分自身でも分からない。
 意識とは反対に、体が痺れて動かないのだ。

2655
﹁ありがとう、メリッサ﹂
﹁お姉様のお役に立ててうれしいですの﹂
 ツリ目の美少女が、黒ベールの女性に声をかけられて嬉しそうに
一礼する。
 オレは痺れる唇を動かし、少女達を睨み付ける。
﹁お、オレに、な、何をしやがった⋮⋮ッ﹂
﹁ご安心ください。メリッサは、あらゆる毒物や薬を自在に操る薬
師です。今はただリュート様の体を痺れさせただけですよ﹂
 黒ベールの女性が笑顔で答える。
 彼女はゆっくりとオレに向かって歩み寄り、そして、体が痺れて
動かないオレの頭を抱えて膝枕をする。
 笑顔で顔を覗きこんでくる彼女に質問をぶつける。
﹁お、オマエ達は﹃黒﹄だよな、どうしてここにいる⋮⋮? 確か
魔王を復活させて世界を破滅させようとする組織だろう、なのにな
ぜ旦那様を襲った⋮⋮! 後、オマエはオレを知っているようだが、
一体何者なんだ⋮⋮?﹂
 体は痺れてはいるが口はなんとか動く。
 顔を覗きこんでくる黒ベールの女性が、困ったように眉根を寄せ
る。
﹁確かに私達は魔王様を復活させようとしていますが、世界の破滅
など望んでいませんわ。一体誰から、そんな物騒なお話を聞いたん
ですか?﹂

2656
01
﹁た、しか始原奴等がそんなことを言っていたはずだ﹂
 痺れる舌でなんとか言葉を紡ぐ。
01
 始原の名前が出ると、黒ベール女性の表情が一変する。
 瞳から光が失われ、暗闇を切り抜いたように彼女は一つの感情に
支配される。その感情とは﹃憎悪﹄だ。
﹁あの卑怯なゴミ共⋮⋮ッ。リュート様に虚偽を教えるなんて⋮⋮
許さない。許さない。許さない許さない許さない許さない許さない
許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないユル
サナイユルサナイユルサナイユルサ︱︱﹂
﹁お姉様、リュート様がお困りになっていますよ﹂
 リースに顔立ちが似たハイエルフの女性が声をかけると朗らかな
表情に戻る。
﹁あら、いやだ私ったらリュート様の前ではしたないマネを﹂
 彼女は恥ずかしそうに両手を頬にあてはにかむ。
﹁ああ、可哀相なリュート様。でももう安心してくださいね。私が
貴方を救ってあげます。もちろんそれが妻の務めですから﹂
﹁つ、妻?﹂
 オレは寒気を覚える。
﹁リュート様が覚えていないのも無理はありませんね。当時はまだ
赤ん坊でしたものね﹂

2657
 彼女は昔を懐かしむようにくすくすと楽しげに笑う。
 彼女は改めて自己紹介をした。
﹁私の名前はシャナルディア・ノワール・ケスラン。リュート様の
父、シラック王の弟の娘ですわ。つまり従弟ですね。そして、私は
リュート様の婚約者ですわ﹂
﹁!?﹂
 ケスランといえば、妖人大陸の北側平原にある、歴史と伝統だけ
が取り柄の小国。
 しかし、妖人大陸で現在でも最大勢力を誇る大国、メルティア王
国との戦争によりケスランは滅んだ。
 彼女︱︱シャナルディアは、王族の生き残りということか!?
 周りに居る少女達の態度から、このシャナルディアが黒のトップ
らしい。
 まさかケスランの生き残りが、﹃黒﹄を率いていたなんて!?
 あまりの展開に混乱していると、聞き慣れた声が聞こえてくる。
﹁リュートくん! 大丈夫!?﹂
 不穏な空気を感じ取ったのか、踊り場で待機している筈のスノー、
クリス、リース、シア、メイヤ、ギギさんが中庭に姿を現す。
 彼女達はシャナルディア達の姿やオレ、旦那様が倒れていること
にすぐさま臨戦態勢を取る。
 しかし、リースとシアだけはある人物に釘付けになっていた。

2658
 そのある人物とは、副官のようにシャナルディアの隣に立つハイ
エルフだ。
 リースが口元を押さえ掠れた声を漏らす。
﹁ラ、ララ姉様⋮⋮ッ﹂
 さらなる事実がオレ達に突き付けられる。
 どうやらリースにどこか顔立ちが似ていた女性は、ハイエルフ王
国、エノールの第1王女、ララ・エノール・メメア本人だったよう
だ。
 ケスラン王族の生き残りの下に、どうしてリースの姉がついてい
るんだよ!?
 あまりの情報量に、頭が追いつかなくなる。
 そんな風にオレが戸惑っていると、シャナルディアがスノー達に
笑顔を向ける。
﹁スノーさん達ですね。初めまして、私はシャナルディア・ノワー
ル・ケスランです。皆様のことはララさん達の報告で知っています。
リュート様が始原や他の敵達の目につかないように偽装のため結婚
してくださったらしいですね。献身、大儀です。以後は私達がリュ
ート様をお守りしますので。ケスランをリュート様と私の手で再興
した暁には、相応の対価と地位を用意いたしますね﹂
 シャナルディアはスノー達を前に、すらすらと言い切る。
 臨戦態勢に入っているスノー達の視線がさらに冷たくなる。

2659
﹁何言ってるのかな? リュートくんはわたし達の大切な旦那様だ
よ。偽装でなんか結婚してないよ﹂
﹃そうです! リュートお兄ちゃんは私達の旦那様です。貴女のよ
うな怪しい人の旦那様じゃありません﹄
 オレはスノー&クリスの言葉を援護するため、痺れる喉を絞るよ
うに声を出す。
﹁す、スノーやクリスの言う通りだ。オレは偽装のために彼女達と
結婚したんじゃない。オレは彼女達を愛しているから結婚したんだ。
オレの嫁はスノー、クリス、リース、ココノだ! オマエなんか知
らない!﹂
﹁そして! このわたくし! メイヤ・ガンスミス︵仮︶こそが次
期リュート様の妻候補にして、正妻候補ですわ! なのに貴女のよ
うな頭から爪先まで黒い根暗な喪服女性が結婚しようだなんて! 
笑止! わたくし達とリュート様の太く、長く、天より高く、天神
より尊い絆の間に割って入ろうなどと、身の丈にあわない野望はす
ぐに捨てるべきですわよ!﹂
 メイヤの発言に、シャナルディアを慕う黒の少女達が殺意の視線
を向ける。
 ある意味、メイヤは相手に喧嘩を売るのがホームラン級に上手だ
な。
 オレが感心していると、罵倒されたシャナルディアは悲しそうな
表情を浮かべていた。
﹁可哀相に⋮⋮リュート様の側に居すぎたせいで、ケスランの王女
となる地位に目が眩んでしまったのですね。私は他種族を差別する

2660
つもりはありません。能力があれば相応の地位に就かせます。です
が、次期国王となるリュート様の正妃に他種族をつかせるわけには
いきません。伝統と歴史ある偉大なるケスラン王国を他種族の血で
汚すなんて⋮⋮っ。たとえそれが妾であっても、決して許せること
ではありません。そう、絶対に⋮⋮ッ﹂
 そして彼女は嗤い、痺れて体を動かせないオレの唇に、細い指を
這わせる。
﹁あまりリュート様を困らせてはいけませんよ。⋮⋮リュート様も
妻は私だけと仰っているじゃないですか。それとも貴方達は、リュ
ート様を信じられないのですか⋮⋮?﹂
 今度こそ本気で凍えるほどの寒気を覚えた。
 こいつ、マジでヤバイ。
 白狼族、アイスの比じゃない。
 こいつはオレの言葉を勝手に脳内変換しやがった。
 シャナルディアがどうしてこんな風に壊れてしまったかは知らな
い。興味もないが、話し合いが出来る相手じゃないことは十分理解
した。
﹁リュートくんをどうしても返してくれないなら⋮⋮﹂
 スノー達もそれが分かったのか、力尽くで奪い返すため手に持っ
ているAK47やSVDを構えなおす。
﹁プレアデス、シャナルディアお姉様の前に。⋮⋮お姉様とリュー
ト様をお守りしなさい﹂

2661
 ララの一言で、少女達がシャナルディアを庇うように前と出た。
﹁ララ姉様!﹂
 そんな彼女に実妹であるリースが名前を叫ぶ。
 妹に名前を呼ばれて、ようやくこの場に彼女が居ることに気が付
いたようにララは視線を向ける。
﹁何、リース? 私、今、凄く忙しいのだけど?﹂
 数十年ぶりに再会した姉妹のはずなのに、実姉は再会を喜ぶとこ
ろか面倒そうに声音を返す。
﹁忙しいではありません! どうして行方を眩ませたりしたんです
か!? お父様やお母様、ルナや家臣達、それに私だってずっと心
配していたんですよ!﹂
﹁⋮⋮そう、ごめんなさいね、心配をかけて。でも、私は大丈夫だ
からもう安心してね﹂
 人形その物の作り笑顔を浮かべて、ララは返答した。
﹃数十年ぶりに再会した実妹などに興味はない﹄という態度を、彼
女は隠そうともしない。
 その態度にリースは怒りより、困惑してしまう。
﹁ララ姉様⋮⋮貴女に一体何があったというのですか⋮⋮ッ﹂
﹁リース、それはあなたが知らなくてもいいことよ﹂
 実妹の縋るような台詞を、ララはけんもほろろに切って捨てる。

2662
 もう話すことはないと言いたげに、少女達に指示を飛ばした。
﹁この場の足止めは任せたわ。一命に代えても役目を果たしなさい﹂
﹃はい! ララお姉様!﹄
 その指示に少女達が気合いが入った返事をする。
 ララは満足そうに頷くと、オレを膝枕し続けていたシャナルディ
アをうながす。
﹁お姉様、そろそろ移動を﹂
﹁分かりました。リュート様のことをお願いしますね﹂
 彼女は側に歩み寄った筋肉質の少女にオレを預けると、音もなく
立ち上がる。
﹁行かせない! リュート君を返して!﹂
 スノーが堪えきれずAK47を発砲!
 しかし、間に割って入った少女によって弾かれる。
 忍者のように布で顔を隠した少女が、半透明な壁を作り出し弾丸
を防いだのだ。
 抵抗陣とはまた違う技だろう。
﹁シャナお姉様の邪魔をさせませぬ﹂
 布で顔や髪型は分からないが小柄な体躯とは不釣り合いな大きい
胸を揺らし、忍者少女は断言する。尾骨から生えている二つの猫尻
尾が警戒も露わに揺れていた。
 他にも黒の少女達がスノー達を足止めに専念する。

2663
 その中にララの姿もあった。
﹁リース、あたなは特別に私が相手をしてあげる﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
 リースは手にしていたPKMをしまうと、SAIGA12Kを取
り出す。
 弾倉は恐らく非致死性弾が装填されているのだろう。
 足止めされている間にも、オレは筋肉少女に抱えられてシャナル
ディアの後へと続く。
 スノーが歯噛みしながらも、指示を飛ばした。
﹁みんな! 兎に角今は目の前の敵を倒すことに専念! 倒したら
他の子にすぐ加勢して! 1人でリュートくんの後を追っちゃ駄目
だよ! メイヤちゃんとギギさんはダンさんの治癒と銀毒治療を!﹂
 1人でオレを追いかけても、こちらにはシャナルディアの他に3
人の少女達が付いている。1人で突撃しても返り討ちに遭うのがオ
チだ。
 だからスノーはすぐにでも捕まったオレを追いかけたい気持ちを
押し殺しながら、冷静に状況を判断する。
 まず皆で目の前の敵を倒すことにしたのだ。
 また旦那様の治療が済めば百人力の戦力になる。
 無理をして追いかけて負傷するより、戦力を整えることを優先し
た。
 もしオレがスノーの立場でも同じように指示を出しただろう。

2664
 オレの体はまだ痺れて動かない。
 この痺れさえ無ければ自力で抜け出すことも出来るのに⋮⋮ッ。
 苛立っているオレにシャナルディアが喜々として話しかけてくる。
﹁さぁ、リュート様、邪魔が入らぬうちに行きましょう﹂
﹁⋮⋮ど、どこへ行くつもりだ?﹂
 痺れてまだ上手く喋れない喉を動かし問い返す。
 彼女はまるで景色の良い、ピクニックに最適な場所を告げるよう
に答えた。
﹁封印されし最後の魔王様の御前に、です﹂
 彼女の笑顔は、吐き気を覚えるほど清々しかった。
2665
第234話 黒、登場︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、12月14日、21時更新予定です!
硯様がツイッター上で軍オタの新規イラストを描いてくださいまし
た! ︵スノーがピースサインをしているイラストでとても可愛い
です。良かったら皆様も是非見て頂ければと︶ 硯様、誠にありが
とうございます!
︵自分はツイッターをやっていないせいで、担当様に教えて頂き気
付くことができました。気付くのが遅れましてすいません⋮⋮︶
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!

2666
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参
照下さい︶
第235話 魔王の元へ
 黒ずくめの女性、シャナルディア達が向かう場所は、ダン・ゲー
ト・ブラッド伯爵がずっと筋肉トレーニングしていた階段踊り場の
先︱︱見上げるほど高い岩肌の壁にある門だ。
 壁を直接削り、柱やスフィンクスのような巨大な彫像、ギリシャ
神殿のような出入り口の門が作られている。
 オレは彼女達に連れられて入り口をくぐる。
 彼女達の言葉を信じるなら、この先に魔物大陸に存命する魔王が
居るらしい。
 つまり、旦那様は魔王の門番をしていたということか?

2667
 門を潜ると最初は真っ直ぐ進み、今度は階段が姿をあらわす。
 さらに地下に下りるらしい。
﹁シャナルディアお姉様、少々お待ちください。まずはゴーレムを
先行させますので﹂
 ノーラが告げると岩肌のゴツゴツした壁に手を付け、呪文を唱え
る。
﹁土塊から産まれいでよ。メイクゴーレム!﹂
 ノーラの言葉に従うように岩壁から、約1mのゴーレムが1体姿
をあらわす。
﹁⋮⋮お、驚いた。オマエ、魔術も使えるのか?﹂
 ノーラと前に戦った時は、彼女は魔術などは使っていなかった筈
だ。
 オレの言葉にノーラは胸を反らし、得意げな表情を見せる。
モンスター・テーマー
﹁当然でしょ! だってノーラは天才魔物調教師だもん!﹂
﹁ま、魔術師じゃないのか? だって今、ゴーレムを作り出したじ
ゃないか?﹂
﹁それは指輪の力ですわ。彼女達は魔術師は魔術師でも特異魔術師
と呼ばれる者です﹂
﹁と、特異魔術師?﹂

2668
 シャナルディアの返答にオレは眉を顰める。
 初めて聞く名称だ。
﹁それよりノーラ。いい機会ですから、今のうちにリュート様に謝
罪しなさい﹂
 シャナルディアの言葉に、先程まで生意気な猫のようだったノー
ラが、さっと顔色を変える。
 彼女は仲間に抱えられているオレに、頭が床に付きそうなほど頭
をさげる。
﹁ココリ街ではリュート様を襲ってしまい大変申し訳ありませんで
した! あの時はまだリュート様がシャナルディアお姉様の婚約者
だと知らず⋮⋮どうかご容赦を!﹂
 確かにオレは初対面で紅甲冑に身を包んだ彼女に襲われたっけ。
 懐かしいな⋮⋮。
 どうやらノーラは、オレが敬愛する姉の婚約者だから謝罪してい
るようだ。
 許すのは簡単だが、拒絶したらどうなるのだろうか?
 オレが黙っているのを不安に思ったのか、ノーラは顔を上げさら
に言葉を重ねる。
﹁⋮⋮もしリュート様が望むのであれば、この場で自害を果たして
みせます﹂
 彼女はナイフを取り出すと首筋へと当てる。
 昔、紅甲冑事件についてスノー、クリス、リースから、ノーラと

2669
の戦闘を聞いた。
 彼女は捕虜にならないため、本気で自害しようとしたのだ。
 その手は、本気で許可さえくだせば﹃喉を躊躇なく切り裂く﹄と
いう決意に満ちている。
 今回も覚悟は本当だろう。
 周囲に居る他少女達も当然という空気を醸し出している。
 例え敵でもさすがに目の前で少女の自害など見たくない。
 痺れる口でなんとか言葉を絞り出す。
﹁ゆ、許す。許すから、ナイフをしまえ!﹂
﹁ありがとうございます! 今度はリュート様、シャナルディア様
のために今まで以上に頑張らせて頂きます!﹂
 ノーラはナイフをしまうと、床に片膝を突き深々と頭を下げる。
 そんな彼女の肩にシャナルディアが手を置く。
﹁よかったわね、ノーラ。リュート様が許してくださって﹂
﹁はい! シャナルディアお姉様の仰るとおり、リュート様は器の
大きい方です!﹂
﹁カカ! 当然さ! 姫様の旦那様なんだ! 部下の粗相ぐらい笑
って許してくれるさ!﹂
﹁サスガ、リュートサマ﹂
 オレを抱える筋肉質な竜人種族の女性が変な笑い声をあげ、トカ
ゲのような肌をした魔物種族らしき少女が発音し辛い掠れた声音で
同意する。

2670
﹁ノーラを許してくださってありがとうございます。この子も悪い
子ではないんです。ただちょっと暴走する気があるので⋮⋮﹂
 シャナルディアがノーラの頭を撫でる。
 ノーラはまるで気持ちよさそうに眼を細めた。
 まるで愛しい主に褒められ、撫でられる子猫のようだ。
﹁それではそろそろ行きましょうか。ノーラ、ピラーニャ、トガ、
宜しくお願いしますね﹂
 シャナルディアがうながすと、少女達が声をあげる。
 オレを抱える筋肉質な女性がピラーニャ。
 トカゲのような肌をした少女がトガというらしい。
 ノーラが作り出した1mほどのゴーレムを先行で歩かせ、階段を
下りていく。
 このゴーレムを先行させることで、行く道に危険がないか確認し
ているのだろう。
 ゴーレムの後に続き、オレ達も階段を下り始めた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 階段を下りると通路に出る。

2671
 侵入者対策のためか、別れ道がおおかった。
 彼女達が迷っている間に、スノー達が追いついてくるかもと期待
したが、トカゲの少女トガの指示で別れ道を選び歩いて行く。
 その指示に皆は戸惑うことなく承諾し付いて行くのだ。
 オレが不思議そうにしていると、トガが答える。
﹁マジュツノニオイガスル。ソノミチヲエランデイルノデス﹂
﹁?﹂
﹁トガは魔術の流れが匂いとして感じるそうなのです。魔術の濃い
匂いがする場所に魔王様はいらっしゃるはずです﹂
 シャナルディアはトガの説明に補足を加える。
 魔力を匂いで判別できるなんて随分変わった体質だな。
 だが、今は何より気になるのは︱︱
﹁お、オマエ達は魔王の元へ行って何をするつもりなんだ?﹂
 痺れる口でなんとか言葉を紡ぐ。
 オレの質問を無視することはせず、シャナルディアは喜々として
答える。
﹁この地に唯一生き延び、封印されている魔王様を復活させ、力を
お借りするのです。そして、そのお力で祖国を焼き払った者達に鉄
槌を下します。その後、伝統と歴史ある偉大なケスラン王国をリュ
ート様と私の手で再興させ、唯一の国家としてこの世界を統一する
のです﹂

2672
 まさか魔王を復活させ、その力を借りて世界征服を企んでいたな
んて⋮⋮。
 いつの時代のアニメや漫画ネタだよ!
﹁ば、馬鹿らしいッ。世界征服なんて出来るはずがない。例え成功
しても全世界に目を届かすのは無理だ。早晩、破綻する。大体、魔
王に力を借りるなんてありえないだろう。﹃貸してください﹄﹃は
い、いいですよ﹄とでもなると思っているのか?﹂
﹁ご安心ください。魔王様の力を借りるといっても、交渉する訳で
はありません。魔王様をある秘術で使用し、意のままに操るのです﹂
 ララさんが見付けてきてくださった技術です、とシャナルディア
が告げる。
 そんな技術が本当にあるのか?
 随分と都合がいいな⋮⋮。
 オレが嫌味を言う前にシャナルディアが話を続ける。
﹁それに誰かがこの世界を統一しなければ、いつまで経っても平和
はおとずれません。だから、私が⋮⋮いえ、私達がそれを成し遂げ
なければならないのです﹂
 シャナルディアが足を止め、オレの目を見詰めてくる。
﹁リュート様、なぜ私達の祖国、ケスラン王国がメルティアや他国
家によって攻め滅ぼされたか⋮⋮その理由をご存知ですか?﹂
 オレは首を静かに横へ振った。
 彼女は悲しそうな表情を浮かべ、床に視線を向ける。

2673
﹁リュート様のお父上であるシラック・ノワール・ケスラン国王陛
下がある真実を知ってしまったからです﹂
﹁真実?﹂
﹁シラック国王のご趣味が歴史や考古学︱︱特に天神様や封印され
た5大魔王、5種族勇者についての研究ということはご存知ですか
?﹂
﹁⋮⋮し、知っている。スノーのご両親から聞いた﹂
﹁スノー⋮⋮あの白狼族の女性はクーラさんとアリルさんの娘さん
だったのですか?﹂
﹁そ、そうだ﹂
﹁なるほど⋮⋮だから、リュート様の身を案じて偽装結婚をしたの
ですね。国を追われたというのに自分達の娘まで使って、リュート
様をお守りするなんて素晴らしい忠誠心です。⋮⋮私、感動致しま
した﹂
 シャナルディアは本心から思っているらしく、悲しそうだった顔
から一転感動で頬を紅潮させてていた。
 他の少女達︱︱ノーラ、ピラーニャ、トガまでスノーの両親の忠
誠心を讃える。
 オレが﹃スノーとは偽装結婚じゃない!﹄と声をあげても、誰も
相手にしない。
 シャナルディアは感動で瞳に浮かんだ涙を指で拭うと、話を続け
る。
﹁話が逸れてしまいましたね︱︱そして、シラック国王は研究の結

2674
果、ある真実に辿り着いてしまったのです。この世界を創造した唯
一神である天神様が、6大魔王によって滅ぼされていることに﹂
﹁⋮⋮は?﹂
 オレは彼女の言葉の意味が理解できず、問い返してしまう。
 彼女は満面の笑顔で断言した。
﹁もうこの世界には私達を見守ってくださる神、天神様は殺されて
しまい、存在していないのです。天神教は、天神を実在している神
であると説き、巫女が神託を受けそれを皆に伝えるのを役目として
いると自称しています。この世界が、既に﹃神無き世界﹄となって
いるのを知りながら︱︱天神教は勝手にでっち上げた神託で、この
世界を私利私欲で満たしているのですよ、リュート様﹂
 再度、シャナルディア達は魔王が居る場所へ向けて歩き出す。
 彼女は歩きながら、先程の話を続けた。
﹁天神様がすでに殺害され、この世界が﹃神無き世界﹄だと知った
シラック国王は一時、情緒が不安定になり酒精に溺れるようになっ
たのです。一時、王座を危ぶまれましたが、リュート様の母上であ
るサーリ様の献身により立ち直ることが出来たのです。しかし︱︱﹂
 シャナルディアの声に明確な憎悪が宿る。
﹁蛮国メルティアは、シラック国王がこの世が﹃神無き世界﹄だと
知り、真実を世界に広められる前に国ごと滅ぼしにかかったのです
!﹂

2675
 そして大国であるメルティアに攻め込まれ、小国ケスランは為す
術もなく敗北した。
 オレの父、母親の最後はスノー両親から聞かされている。
 シャナルディアはというと︱︱
﹁私はお母様と2人、なんとか城を抜け出しました。しかし、か弱
い母子の足では兵士から逃れることは出来ず、最後には追いつかれ
ました。そしてお母様は、私の目の前でメルティア兵によって惨殺
されたのです!﹂
 まるで今、目の前で起きているかのように憎悪を吐き出すが、次
の瞬間には口調が柔らかくなった。
﹁当時まだ子供だった私もメルティア兵に殺されそうになりました。
でも、すんでのところで助けてくれたのがララさんです﹂
 彼女曰く、予知夢でシャナルディアが殺されそうになるのを視た。
 自軍から抜け出し、急いで駆けつけたがギリギリになってしまっ
た。その結果、彼女の母親を救うことができなかったと謝罪を受け
る。
 そしてシャナルディアは、ララの口から真実を聞かされた。
 どうしてシラック国王が一時、心を狂わせたのか?
 どうして大国メルティアが侵攻してきたのか?
 どうして愛しい祖国を焼かれ、愛する両親、尊敬する叔父達を殺
され、許嫁と離れ離れにならなければならないのか?

2676
 全てを知ったシャナルディアは、大国メルティアに復讐を誓った。
 そのためにララの手を借りメルティアの追っ手から逃亡し、彼ら
に対抗するための組織﹃黒﹄を設立。
 孤児や迫害、訳ありで捨てられた子供達︱︱ノーラやピラーニャ、
トガ、他姉妹達を保護し、育成した。
 メルティアの追っ手から逃げ延び10数年後、シャナルディアは
成長し、﹃黒﹄という強力な組織の力を手に入れた。
 そんな彼女は﹃メルティアへの復讐﹄、﹃祖国ケスランの再興﹄
の他に新たな目標を掲げる。
﹁神がいないから、世界は貧困や差別、悪、不公平、一部特権階級
により搾取などが無くならないのです。それならば、私達が神の代
わりに世界を統一して、誰も差別されない、虐げられない、子供達
がお腹を空かさず、冷たい雨にうたれることなく、清潔な衣服に身
を包めるそんな平和な世界を作り出すのです!﹂
 この新たな目標にノーラ達はおおいに賛同した。
 元々、彼女達が孤児や捨てられた子供達だったため、シャナルデ
ィアの新たな目標に誰も反対しなかったのだ。
 そして、本当に天神様がすでに亡くなったこの世界で、神の代わ
りを勤めるため彼女達は世界統一を果たそうとした。
 そのために魔王復活は必用不可欠らしい。
レギオン 01
 なぜなら大国メルティアや世界最古の軍団、始原、他勇者達が障
害となるからだ。
 彼らの力に対抗するためには、確かに魔王の力は必要だろう。

2677
 そして︱︱そんな話をしていると、目的の場所に辿り着いてしま
った。
 この異世界で唯一存命している魔王が居る最深部へと。
第235話 魔王の元へ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、12月16日、21時更新予定です!
上の日時は間違っておりません。
明後日16日より、ついに軍オタ2巻発売日の12/20まで、ま
でカウントダウン投稿として、5日間連続でアップしたいと思いま
す!
と、言うわけで軍オタ2巻、是非是非よろしくお願いいたします!
また富士見様から軍オタ2巻献本が届きました!
なので前回同様、活動報告に写真をアップ致しました!

2678
店舗特典SSやなろう特典SS、購入者特典SSについても書いて
ありますので、よろしければご確認ください。
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参
照下さい︶
第236話 大樹
﹁な、なんだこりゃ⋮⋮﹂
 オレは思わず1人呟きを漏らす。
 オレ達が下りてきた地下は、天井が暗くて見えないほど高い。
 そんな高い天井へ向けて、地面から無数のクリスタルのような透
明な鉱物が突き刺さろうとするように生えている。
 しかもクリスタルに似た透明な鉱物が、自身で発光しているのか
暗い洞窟を仄かに照らし出している。
 さらに驚くべきはそんなクリスタル群に囲まれて、一本の大樹が
生えていた。
 大きさは﹃東京タワーぐらいあるのでは﹄というほどでかい。

2679
 巨大すぎる幹も、枝、葉も全てクリスタルに似た鉱物でできてい
る巨木だ。
 その光景は幻想的で、神秘的だった。
 オレ以外も声には出さないが、同様に驚いているのが手に取るよ
うに分かる。
 そんな大樹のほぼ中程に、人影があるのに気付く。
 オレの体は未だに痺れて動かず、魔術で体を強化しようにも上手
く魔力がめぐらない。そのため視力を強化できないが、目を凝らし
ギリギリ確認することができる。
 クリスタル大樹の中に︱︱美女が居た。
 胸の前で手を合わせ、立ったままで眠っているようにも見える。
 肌の色は紫。
 髪は燃えるように赤い。光の加減でグラデーションがかかり一種
の芸術作品にも見える。
 体は露出度の高い黒い革製品の衣服に身を包んでいる。
 頭部の横から黒い角が生えていた。
 胸も大きく、腰もくびれている。
 ゲームやアニメ、漫画などに出てくる女魔王そのままの印象だ。
 恐らく彼女がこの魔物大陸に存命するといわれている魔王なのだ
ろう。

2680
 よろよろとおぼつかない足取りでシャナルディアが歩を進める。
﹁彼女が⋮⋮この世界に現存する最後の魔王⋮⋮はは、ついに見付
けました。はははは! 私達はついに見付けました! 最後の魔王
を!﹂
 歓喜の笑い声。
 彼女だけではなくノーラ、ピラーニャ、トガ達も長い長い苦労の
末ようやくゴールに辿り着いたように喜んでいた。
﹁トガ、早速お願いしますわ﹂
﹁ハイ、オネエサマ﹂
 トガは掠れた声音でクリスタルへと触れる。
 バチン!
 冬場、ドアノブに触れ静電気が発生したような音が響く。
﹁やはりララさんの指摘通り、最高位の封印がほどこされているよ
うですね。さすがのトガでも破ることは敵いませんか⋮⋮﹂
﹁ゴメンナサイ、オネエサマ﹂
﹁いいのですよ、トガ。あくまで確認なのですから。それより手は
大丈夫ですか、随分大きな音がしましたが﹂
﹁ハイ、ダイジョウブデス﹂
 シャナルディアに心配されて、トガは嬉しそうに笑みを浮かべて
尻尾を揺らす。
 オレが不思議な顔をしていると、ノーラが説明してくれた。

2681
﹁トガお姉ちゃんもノーラと同じ特異魔術師だから、封印を破壊し
ようとしたんですよ﹂
﹁そ、その﹃特異魔術師﹄が分からないんだが⋮⋮﹂
﹁確かに表だって教えられる話じゃないっすからね﹂
 オレを担ぐピラーニャがフォローの言葉を告げ、説明してくれた。
﹁特異魔術師っていうのは、魔力によって産まれながら特異な体質
サイレント・ワーカー
を持った奴のことを言うんっすよ。大将が倒した静音暗殺も特異魔
術師の分類に入るっすよ﹂
サイレント・ワーカー
 静音暗殺を倒した後、彼の口から産まれながらに持った能力を聞
き出した。
サイレント・ワーカー
 静音暗殺の血を使い魔術文字を書き結界を作ると、魔力の流れを
抑制することができ、血の量を増やせば増やすほど、外に漏れる魔
力を押さえることができる。
 こういう特異魔術師が使う力を、﹃特異魔術﹄とも呼ぶらしい。
サイレント・ワーカー
﹁でも、特異魔術師が必ず静音暗殺のようになるということはない
っす。自分達のように魔術師未満の魔力持ちなのに、歪な特異体質
を持ったらもう最悪ですわ﹂
 ピラーニャは暗い声音で続ける。
 彼女は産まれながら魔力が筋肉を強化する特異体質だった。その
せいで子供の頃力加減が分からず、同年の少年とのごくつまらない
喧嘩で相手を殺害してしまった。

2682
 そのため両親から追い出され奴隷商人に売られてしまったらしい。
 ノーラは自分より弱い魔物が魔力に反応して集まる特異体質だ。
 そのため周囲から怖がられ、幼い頃捨てられた。
 トガは魔術関係のものは全て破壊してしまう。例え魔術道具でも
だ。だから皆、忌み嫌われ一族から追い出されたらしい。
 だから、トガはさきほど魔王の封印を解こうとしたのか。
 結果は失敗に終わってしまったが。
 他、スノー達を今も足止めしている少女達は、そんな特異体質を
持った者達らしい。
 そんな彼女達を怖がらず、手を差し伸べたのがシャナルディアだ。
 さきほどまで暗かったピラーニャの声が明るくなる。
﹁でも、姫様は違う! そんなアタイ達を受け入れてくれた! そ
して、この神のいない世界を統べて、たとえ魔術師未満の特異体質
持ちでも差別されない平和な世界を作ってくださる方なんだ! 姫
様はアタイらの希望なのさ!﹂
 この話を聞いて、ノーラ達のシャナルディアに対する異常な忠誠
心の高さを理解することができた。
 特異体質のせいで奴隷や孤児などになったところを助けられた。
 さらに魔王の力で自分達のような者達でも差別されない世界を本
気で作ろうとしているのだ。
 彼女達がシャナルディアに心酔しない理由がない。

2683
 しかしどんな魔術でも破壊することができるトガでも、魔王の封
印は破れないらしい。
 本当に復活させた魔王を制御する方法があったとしても、封印が
解けなければ﹃絵に描いた餅﹄だ。
 だが、シャナルディア達に悔しげな暗い雰囲気はない。
 シャナルディアがオレへと向き直る。
﹁トガでも破れないことが分かりましたから、今度は正攻法で封印
を解きましょう。シラック国王が祖国ケスラン王国宝物庫で発見し
ツガイ
たという秘宝︱︱﹃番の指輪﹄を使って﹂
﹁!?﹂
 シャナルディアはオレが首から提げている小袋へと手を伸ばす。
 いまだ体が痺れて満足に動けないオレは、彼女のか細い腕にも逆
らえない。
 シャナルディアはあっさりと、スノー両親から手渡された﹃番の
指輪﹄を取り出す。
﹁これが、リュート様が私のために手に入れてくださった﹃番の指
輪﹄なのですね⋮⋮。なんて美しい﹂
 シャナルディアはクリスタルに似た鉱物から放たれる光に照らし
出しされ、﹃番の指輪﹄に魅入る。
ツガイ
 番の指輪は彼女が感嘆するほど綺麗ではない。
 見た目はとても地味だ。
 銀色で宝石は無くコインを横にして指に嵌める輪を取り付けたよ
うな品物である。コイン部分の外側は細かいギザギザが刻み込まれ
ていた。表面には美しい女性の横顔が彫られている。

2684
 あらためて見ると、指輪の美女とクリスタル大樹に眠る女魔王が
似ている気がする。
 彼女は指輪を嵌めると、クリスタル大樹へと向けた。
﹁や、止めろ! 魔王を復活させるなんて! 制御できなかったら
どうするつもりだ!﹂
 しかし、オレの叫びでこの場に居る誰も止めることなどできない。
 クリスタルに似た鉱物から淡く発光していた光が揺らぐ。
 次第に光が指輪へと集まり出す。
 この空間を照らし出していた光が全て、シャナルディアの嵌めた
指へと集束したのだ!
﹁さぁ! 魔王様! 今こそ目覚めの時です!﹂
 彼女の叫びと同時に、指輪から光線が飛び出しクリスタル大樹へ
と真っ直ぐ突き進む。
 光を吸収した大樹が眩しいほどに発光する。
 同時に幹や枝に罅が入る。
 その罅は加速度的に広がっていく。
 そして︱︱最終的には砕け散ってしまう。
 夜空の星々が雨粒となって降り注ぐように、砕けたクリスタルに
似た鉱物の微細な破片が落ちてくる。
 それはまるで魔王の復活を祝うようだった。

2685
 こうして︱︱約10万年ぶりに魔王が復活する。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ︱︱時間を少し巻き戻す。
 シャナルディアは薬で麻痺させたリュートと他3人の護衛を付け
て、魔王が眠る奥地へと向かった。
ピース・メーカー
 その後をPEACEMAKERメンバーは追おうとしたが、スノ
ー、クリス、シアは他姉妹に足止めされ。
 メイヤとギギは銀毒&傷を負ったダン・ゲート・ブラッドの治療
に専念していた。
 そんな中、分隊支援火器&物資貯蔵担当のリース・ガンスミスは
というと︱︱数10年前に失踪した彼女の実姉、元第一王女、ララ・
エノール・メメアと対峙していた。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 彼女は異変を感じ、駆けつける時に手にしていた汎用機関銃のP
KMをしまう。
 今はSAIGA12Kを握り締めていた。
 弾倉には非致死性弾が装填されている。
 彼女は緊張した顔と声音で問う。
﹁⋮⋮この戦いが、姉様の視た戦いなのですか?﹂

2686
 リースの姉、ララの精霊の加護は﹃千里眼﹄と﹃予知夢者﹄、二
つの能力を持っている。
 リースはリュートの嫁として、国を出るとき父から手紙を見せら
れた。
 ララが父に宛てた手紙だ。
 その手紙には﹃もしリュートさんの後を追い結ばれたなら、将来
確実に自分達は姉妹で殺し合いをする﹄と書かれていた。
 だから、リースはその時が﹃今﹄なのかと問いかけたのだ。
 しかし、彼女の緊張とは裏腹に、ララが呆れたように肩をすくめ
る。
﹁戦い? これが? そんな訳ないでしょ。だって、ショットガン
を選んだってことは、リースの弾倉に入っているのは非致死弾なん
でしょ? それで私を貴女がどうやって﹃殺す﹄っていうのよ﹂
﹁ッ!?﹂
 リースは思わず驚きの声を上げそうになる。
 ララが自身の手にしている銃器を﹃ショットガン﹄だと理解し、
弾倉や弾の特性を知っていたからだ。
﹃予知夢者﹄だから、ショットガンなどの事を知っていたのか?
 リースはその解答に違和感を覚える。
 さきほどのララの口ぶりは﹃断定﹄ではなかった。
 どちらかというと事前に教えられていた特徴を思い出し、告げた

2687
︱︱という方がしっくり来る。
 ならばララは一体誰に﹃ショットガン﹄や﹃弾倉﹄、﹃非致死弾﹄
のことを教えてもらったのか?
 あのシャナルディアと呼ばれていた少女や他姉妹達からか?
 ララの実妹であるリースだから気付く。
 彼女達から教えてもらったことではない、と。
﹁それじゃ時間もないことだし、さっさと倒させてもらうわよ﹂
﹁⋮⋮くッ!?﹂
 リースが疑問を尋ねる前に、ララが構える。
 リースもここでララに倒される訳にはいかない。
 むしろ彼女を早く無力化して、スノー達を援護。
 足止めに残った少女達を倒し、捕まっているリュートの後を追わ
なければならないのだ。
 彼女は胸に浮かんだ疑問をとりあえず棚上げして、SAIGA1
2Kを手に、実姉であるララを鋭い瞳で見据えた。
2688
第236話 大樹︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月17日、21時更新予定です!
ついに始まりました! 2巻発売の12/20まで5日間連続更新、
軍オタ2巻発売カウントダウン1回目です!
最後まで無事、達成できるかどうかも見所の一つということで。
楽しんで頂けると幸いです!
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参

2689
照下さい︶
第237話 それぞれの戦い
﹁︱︱ッゥ!?﹂
 クリスは初手で致命的なミスを犯してまう。
 手から構えていたSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶を落としてしまっ
たのだ。
 彼女にしてはほぼありえないミスだ。
 それは︱︱クリスの相手である﹃黒﹄の薬師である人種族、メリ
ッサの風下に立ってしまったからだ。
 クリスが居る場所は、父であるダン・ゲート・ブラッドが居る中
庭を離れた建物の陰だ。
 治療中の父を巻き込まないため、クリスは中庭から離れ、現在の

2690
立ち位置に移動した。
 彼女はその時違和感に気付き、その場から離脱しようとしたが時
すでに遅し。
 風に乗って撒かれた薬物の影響を受けてしまう。
﹁混乱茸から抽出した﹃混乱剤﹄です。右手を動かそうとすると、
左足が。右足を動かそうとすれば右手が動きます﹂
 ツリ目の少女︱︱メリッサは遮蔽物に隠れることなく、クリスに
向かって歩いてくる。
﹁ッ!﹂
 クリスはメリッサの指摘通り︱︱薬によって意識した部位とは違
った場所が動いてしまう。
﹁まずは1人無力化できましたね。完全に取り押さえた後、他の姉
妹達の助力に向かいましょう﹂
 彼女は勝ち誇った表情で断言した。
 そんな彼女に構わず、クリスは目を閉じ集中。
 各部位をそれぞれ動かしどこが、どう動くか把握に努める。
 クリスは落としてしまったSVDを拾い上げると、メリッサに狙
いをつけて発砲!
﹁そんな! ありえない!?﹂

2691
 面食らったメリッサだが、咄嗟に肉体強化術で身体を補助して、
素早く遮蔽物へと身を投げ出す。
 弾丸は先程までメリッサが立っていた足下を砕いた。
 急所でなかったのは、別にクリスが外したわけではない。
 さすがの彼女もこの短時間で、混乱している体を十全に使うこと
が出来なかっただけだ。
 もう少し、時間をかければ問題なく正確に、メリッサを撃ち倒す
ことができるだろう。
 メリッサはそんなクリスを物陰から見詰める。
 彼女の頬を冷たい汗が流れ落ちた。
﹁まさか﹃混乱剤﹄からこんなに早く立ち直る人が居るなんて⋮⋮
でもまだ本調子ではないようですね﹂
 メリッサは確信する。
 まだ﹃混乱剤﹄が効いているから、弾丸を回避することが出来た
んだ、と。
 クリスが﹃混乱剤﹄から立ち直る前に勝負を付けなければ、自身
が負けることを悟る。
 そのため効果があるうちに無力化する覚悟を固めた。
 一方、クリスは︱︱﹃混乱剤﹄で体の動かし方に問題はある。
 しかし、もう少し時間をかければ支障なく発砲可能だということ
を自覚する。
 そのためやるべきことは、体の動かし方を把握するまで相手を近
づけさせないことだ。
 だが、チャンスがあれば無力化しようとSVDを構え直す。

2692
︵早く敵を倒して、お兄ちゃんの後を追わないと⋮⋮!︶
 少女達はまるで互いの隙を窺う獅子同士のように闘争心を露わに
地を駆け出した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 別の場所ではシアが、大通りで戦っていた。
ようせいしゅぞく
 相手は妖精種族のエレナだ。
 元純潔乙女騎士団の団長ルッカに協力していたノーラを寸でのと
ころで助けた少女だ。
 身長はファッションモデルのように高く、胸も一目で分かるほど
大きい。
 前髪で顔を隠しているのが特徴的な少女だ。
 彼女の手には短剣が握られている。
 その短剣で首を切られれば相手は死ぬだろう。
 しかし、相手に触れるほど近づけなければ意味はない。
 そして、相手のシアが使用する武器は、いつも通り魔術液体金属
で作られた中型アタッシュケース版のコッファーが握られている。
 シアはコッファー側面をエレナへ向け、取っ手に付いているスイ

2693
ッチを押す。
 ダン! ダダダダダダダン!
 9mm︵9ミリ・パラベラム弾︶が火を噴き、エレナへと襲う。
 エレナは軽業師のように側転、バク転、宙返りなど飛び跳ね、建
物の陰に隠れて弾丸を防いでいた。
 彼女はシアに近付くことも出来ない。
 よしんば近付くことが出来ても、シアが持っている攻防一体︵シ
ア自称︶のコッファーで迎撃されるのがオチだ。
 エレナが持つ短剣など、シアはコッファーで軽々と防ぎ、彼女を
殴り倒すだろう。
 しかし、エレナに状況の不利を嘆く気配は微塵も感じない。
 むしろ、自分の方が有利だと言いたげな匂いすら感じ取れる。
 シアは敏感にその気配を察知し、敵が何かを仕掛ける前に倒そう
と畳みかけた。
 相手を袋小路へと追い詰める。
﹁これで終わりです﹂
 彼女は淡々と告げ、コッファーの反対側側面を向ける。
 スイッチオン。
 ボシュ︱︱やや抜けた音と共に、40mmグレネード弾が発射さ
れる。

2694
 グレネードは袋小路へと追い詰められたエレナに狙い違わず着弾、
爆音をたてた。
 破片が飛び散り、煙を巻き上げる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 シアはコッファーを手にしながら、袋小路に視線を向けていた。
 本来なら今ので勝負ありだ。
 しかし、シアの勘がまだ終わっていないと警報を鳴らしている。
 彼女はハイエルフ王国の護衛メイドとして、敵の攻撃をいち早く
察知する技術を磨いてきた。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERメンバーでもっとも気配察知技術が高いの
は彼女だろう。
 その技術にシアは自信を持っていた。
 初めて出会ったとき、冒険者と誤魔化してはいたが﹃一度も不意
打ちを受けたことがない﹄と自慢していたぐらいだ。
 そんな彼女の勘が警報を慣らしている。
﹃まだ勝負はついていない﹄と。
﹁!?﹂
 シアは反射的に肉体強化術で身体を補助!
 後方へと飛び退る。
 喉に熱い熱を感じる。

2695
 首筋に触れると﹃ぬるり﹄とした感触。
 目で確認すると、自分の血が指先を濡らしていた。
 どうやら刃物で首の皮を切られたらしい。
 もし退避していなければ、刃は喉を切り裂いていただろう。
 先程までシアが居た場所から、まるで幽霊のようにエレナが姿を
現す。
﹁⋮⋮回避、凄い﹂
 彼女はナイフとシアを交互に見詰める。
 前髪で目元を隠しているため、表情の詳細は分からないがどうや
ら驚いているらしい。
 シアもエレナの力を前にして納得する。
﹁魔物大陸移動中、その力で自分達の後を付けていたのですか﹂
﹁正解﹂
 エレナは端的に答える。
 彼女もノーラ達と同じ特異魔術師だ。
 彼女が魔力を注いだ人、物などは一定時間姿、気配、空気の流れ、
音、魔力等々を他者に認識させないことが出来る。
サイレント・ワーカー けっかいまじゅつ
 静音暗殺の血界魔術の上位版といえる。
 この力を使って魔物大陸をハンヴィーで移動していたリュート達
の後を追っていた。

2696
 本来なら、この力を使って姿を消せば、相手に認識されることは
ない。
 しかしシアは魔物大陸での尾行に微かに気付き、さらに先程の一
撃を回避してみせた。
 エレナはシアに対して警戒心を高める。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERで、真っ先に排除すべきは彼女だと認識し
たのだ。
 自分の力に微かとはいえ感づく相手を生かしておけば、いつかシ
ャナルディアの足枷になる。そうならないためにも今、芽を摘もう
というのだ。
﹁確実、消す﹂
 明確な殺意を向け、再び姿を消す。
 その殺意もエレナの特異魔術によって、嘘みたいに認識できなく
なる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 再び姿を消したエレナに対して、シアは表情を一ミリも変えず呟
く。
﹁なるほど厄介ですね。なら⋮⋮﹂
 彼女はコッファーを掴む反対の空いている手で、スカートを摘み
動かす。

2697
 彼女のメイド服スカートの下から、安全ピンの外れた手榴弾がゴ
ロゴロと姿を現した。
 当然、爆発。
﹁くッ!?﹂
 突然の無差別攻撃にエレナは魔術を解除。
 抵抗陣を形成して防御に徹する。
 あくまで彼女の特異魔術は姿を相手に認識させないだけだ。
 姿を消せても、攻撃を防げるわけではない。
 シアはいつの間にか屋根の上に移動し、エレナを見下ろしていた。
﹁姿を消せるなら、それごと倒せばいいだけです。難しいことでは
ありません﹂
 エレナの力は脅威だ。
 もし彼女をここで逃がせば、いつ暗殺されるか分からない。
 シアは﹃黒﹄という組織に対して詳しくはないが、エレナこそが
もっとも厄介だと認識。
 自分の居ない場所でリュートやリース達が害される危険をなくす
ため、ここで確実に倒すことを決意する。
 奇しくも2人とも﹃絶対に逃せない敵﹄と認識し合う。
﹁リース姫様のためにもここで倒させて頂きます。ご容赦を﹂

2698
 シアはコッファーを手に、屋根から飛びかかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 スノーの相手は顔を忍者のように布で隠した少女だった。
﹁この!﹂
 スノーはAK47を発砲するが、彼女は透明な壁を作り再び防ぐ。
 先程もこの壁によって7.62mm×ロシアンショートを防がれ
た。
 抵抗陣とはまた違った種類の防御魔術で、半透明な壁が出現して
攻撃を防ぐ。
 たとえるなら防弾ガラスのようなイメージだ。
 スノーはAK47では埒があかないと悟ると、今度は魔術に切り
替える。
﹁我が呼び声にこたえよ氷雪の竜。氷河の世界を我の前に創り出せ
! 永久凍土!﹂
 水、氷の複合魔術。
 魔力量に任せて魔術を維持したまま円を描くように移動する。
 スノーは敵の少女を半透明な壁ごと氷漬けにして動きを止めよう

2699
としていた。
 しかし、敵少女は半透明な壁を空中に出現、足場にして空を駆け
上がり逃れてしまう。
﹁ズルいよ! そんなの!﹂
 スノーは呆れて思わず抗議した。
 敵少女も不満そうな声を漏らす。
﹁ズルくはない、これが僕の特異魔術なり。ズルいと申すなら、貴
殿が使う魔術道具の方がズルいでござる﹂
﹁これはリュートくんからもらった物だから、ズルく無いもん!﹂
﹁シャナお姉様の婿殿の贈り物!? てっきりあの魔石姫が開発し
た物とばかり思っていましたが⋮⋮さすがお姉様の婿殿だけはあり
ます。ならズルくござらぬ﹂
﹁リュートくんが凄いのは同意するけど、リュートくんはさっきの
人のお婿さんじゃないよ! わたし達の旦那様なんだから!﹂
﹁違う! あの方はシャナお姉様の婿殿でござる!﹂
 大声を出したせいで、敵少女の顔を覆っていた布が弛む。
 その下に見せた素顔には大きな火傷の痕があった。
 彼女は反射的に弛んだ布を押さえて締め直す。
 今度は激しく動いてもほどけないようにきつくだ。
 彼女の傷は︱︱幼い頃、獣人大陸で両親共々移動中に盗賊に襲わ
れた時のもの。
 その際、彼女の妹と両親は皆殺し。
 彼女も魔術によって顔に火傷を負った。

2700
 そして殺されるギリギリの所で、シャナルディア達に助けられた
のだ。
 彼女は布越しに顔の火傷に触れる。
﹁シャナお姉様こそ天下を統一するお方。そして、もう二度と僕の
ような者を生み出さない世界を作る人。シャナお姉様の、邪魔はさ
せぬでござる⋮⋮ッ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 スノーは彼女の過去を聞いた訳ではないが、瞳に映る﹃たとえ相
打ちになっても時間を稼ぐ﹄という確固たる意志の光を感じ取って
いた。
 その上で断言する。
﹁貴女達が何をしようとしているのか知らないけど⋮⋮リュートく
んを盗ろうっていうなら許さないよ。わたしも本気で行くね!﹂
 スノーはAK47に付属しているGB15へ40mm弾を装填す
る。
 また魔力を全力で解放。
 周囲の温度が下がり、氷雪が舞い始める。
 敵少女もスノーの本気を悟り、今まで以上に警戒心を上昇させた。
ふたねこ
﹁⋮⋮獣人種族、二猫族、魔術師Bマイナス級、ニーアニーラ、参
る!﹂
﹁獣人種族、白狼族、魔術師Aマイナス級、スノー・ガンスミス。
間違って殺しちゃったらごめんね﹂

2701
 互いの名乗りが終わった刹那︱︱周囲の戦闘に負けないほどの爆
音が轟き、鳴り響いた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ここまではまだ戦いと呼べるものだった。
 しかし、今、ここでの戦いは、戦いと呼べるものではない。
 ただ一方的な足掻きだった。
トリガー
 リースは︱︱実姉に向けてSAIGA12Kの銃口を向けて引鉄
を絞る。
ショットシェル
 銃口から非致死性装弾の﹃ビーンバッグ弾﹄が飛び出す。
 だが彼女の姉であるララは、自分に向かってきたビーンバッグ弾
を無造作に手で掴んでみせる。
﹁なっ!?﹂
﹁驚きすぎよ。別に魔術師なら難しくないわよ。身体能力と視力を
魔力で強化して、受け止める時は手のひらに抵抗陣を形成させれば
いいんだから。⋮⋮もっともリースが散弾やスラッグ弾、AKを持
ち出して発砲してたら、こんな曲芸なんかせず素直に逃げるけどね﹂
 どこか呆れた様子で、ララは足下にビーンバッグ弾を投げ捨てる。

2702
﹁な、なら! これならどうですか!﹂
 リースは2発連続で発砲する。
 その2発はララではなく周囲の地面を狙う。
 装弾が地面に着弾すると白い煙で彼女をおおいつくした。
 リースが発砲したのは非致死性装弾の煙幕弾である。
 彼女はララの視界を塞ぎ、無力化しようと画策したのだ。
﹁姉様、ごめんなさい!﹂
 リースは謝罪を口にしながら肉体強化術で身体を補助。ララの周
トリガー
囲を円を描くように動き引鉄を4回連続で絞る。
 しかし、手応え無し。
﹁!?﹂
 さらに煙幕の内側から腕が伸び、リースの喉を掴んできた。
 指に力が篭もり、喉に食い込む。
﹁かっはぁ⋮⋮ッ!﹂
 窒息状態になり、リースはもがく。
 ララは肉体強化術で身体を補助。
 実妹を腕一本で持ち上げる。
 ララの方がリースより背が高い。
 必然、持ち上げられ足をつくことが出来なくなる。
 息苦しく、陸に打ち上げられた魚のように口を何度もパクパクと

2703
動かした。
 そんなリースに、ララは呆れた溜息を漏らす。
﹁⋮⋮貴女は昔とまったく変わらずドジなんだから。千里眼を持つ
私に目つぶしなんて効果あるわけないでしょう?﹂
 語尾の後、ララはリースを街道にある塀へと投げつける。
 リースは背後に抵抗陣を展開。
 塀を突き破り建物の壁へとぶつかってしまうが、直撃を避けるこ
とはできた。
﹁ゲホ! ごほ! げほッ!﹂
 背中の強打と喉を掴まれていた酸欠で、四肢を地面に突き咳き込
む。
 壁への直撃は避けられたが、衝撃までは消しきれず背中や手足が
痺れてすぐには動けそうにない。
 口の端からだらしなく涎を垂らしながらも、姉へ向けて顔を上げ
る。
 リースは悔しそうに喉から声を絞り出す。
﹁姉様は何をお考えになってこんなことをするのですか? どうし
て、あの黒い女性に付き従っているのですか!﹂
 だが、実妹の必死な訴えにも、ララは決して口を割らなかった。
 ただ意味深な笑みを浮かべるだけだった。
 ララの腕に紫電がまとわりつく。
﹁キャァッ!?﹂

2704
 ララが得意とする雷の魔術がリースを襲う。
 威力は押さえられていたせいで命に別状はない。
 リースはぐったりと俯せに倒れ、気を失う。
 ララは気絶して倒れた妹へ早々に背を向け、
﹁悪いけど今、本当に忙しいのよ。恐らくもう少しでシャナルディ
ア達が魔王を復活させてしまうから。それに⋮⋮彼が戦線に復帰し
たら私だけじゃ支えきれないしね﹂
 呟き、肉体強化術で身体を補助。
 まだ戦っている他の姉妹達を残して、彼女は1人シャナルディア
達の後を追う。
﹁後もう少し⋮⋮もう少しで︱︱様の望みを叶えられる﹂
 風のように駆け抜ける彼女の呟きは、風音にかすれてすぐに霧散
してしまう。
 お陰でララの言葉を耳にした者は誰1人として居なかった。
2705
第237話 それぞれの戦い︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月18日、21時更新予定です!
2巻発売12/20までの、連続更新第2弾です!
さらに今回は感想返答を書かせて頂きました!
ご確認頂ければ幸いです。
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参
照下さい︶

2706
第238話 儀式
 魔王を封印していたクリスタルの大樹は、オレの持っていた﹃番
の指輪﹄によって上部が砕け散った。
 封印されていた魔王は、砕け散ったクリスタル大樹の幹に立った
まま辛うじて固定されている。もしあのまま目を覚まさず落下した
ら、普通の人間なら死んでしまうだろう。
﹁ピラーニャ、リュート様をノーラへ。魔王様の確保をお願いしま
す﹂
﹁はッ!﹂
 指示を受けた筋肉質な女性であるピラーニャは、オレを肩から下
ろすとゴスロリ服を着たノーラへと預ける。

2707
 ノーラは床にオレを座らせて、背もたれ代わりに先導を勤めてい
たゴーレムを後ろへまわらせた。
﹁ふんッ!﹂
 ピラーニャはまず手近なクリスタルに似た鉱物に向けてジャンプ。
上部に着地すると、続けて移動を開始する。
 ジャンプで移動できなくなると、ロッククライミングの要領でさ
らに昇って行く。足場が無い場合は、指や足を力任せに突き刺し足
場を作り出す。
 驚くべきは、彼女が肉体強化術を使用していないことだ。
 痺れてオレの体は動かないが、魔術を使用しているかの有無ぐら
いは把握出来る。
 ピラーニャは純粋な肉体の力だけで移動しているのだ。
 彼女は特異魔術師だ。
 その能力は、﹃産まれながら魔力が筋肉を強化する﹄というもの
らしい。
 恐らくだが、生命維持以外の魔力は強制的に筋肉強化に回される
のだろう。
 他の魔術を使用したくても、その魔力は筋肉へと強制的に使用さ
れる。確かに面倒な体質だな。
 ピラーニャは無事、魔王のところまで到達。
 彼女を固定していたクリスタルに似た鉱物を力任せに破壊し、魔
王を両手で横に抱える。
 後は落下に注意しながら、器用にクリスタルに似た鉱物を足場に

2708
して、地面へと無事着地した。
﹁ノーラ、ベッドをお願い﹂
﹁はい、シャナお姉様﹂
 シャナルディアの指示で、ノーラが指輪の魔力を使用して石のベ
ッドを作り出す。
 その上に、ピラーニャが連れてきた魔王を寝かせた。
 シャナルディアがうっとりとした表情で両手で頬を押さえ、熱っ
ぽい声音を漏らす。
﹁あぁぁ、ついに私達は魔王をこの手にすることが出来たのですね。
これで私の祖国を焼き払った者達に正義の鉄槌を下すことができま
すわ。今度は私達が奴等の祖国を焼き払い、目の前で家族を血祭り
に上げてやる番です﹂
 彼女はオレへと視線を向け、
﹁愚か者達への粛清が終わった後、私とリュート様で祖国ケスラン
を再興しましょう。そして、私や皆の手で、亡くなった天神様に代
わり、この地上の人々を真の平和へと導くのです。飢えも、差別も、
争いも、盗みも、腐敗も、理不尽な苦しみもない。素晴らしい世界
を作りましょうね﹂
﹁﹁﹁はい! シャナルディアお姉様!﹂﹂﹂
 すぐ側にいるピラーニャ、トガ、ノーラは感極まったのか、膝を
突き3人同時に声をあげる。
 場面だけ切り取って見れば美しい光景なのかもしれないが、状況
を知っているオレからすれば邪教の宗教儀式的な不気味さしか感じ

2709
ない。
︵どうする? 彼女達の言葉を信じれば、﹃黒﹄はあの女魔王を自
由自在に操ることが出来るらしい。もし仮に本当なら、上で戦って
いるスノー達が危険だ!︶
 他の姉妹達に遅れを取るとは思えないが、相手が魔王では話が別
だ。
 しかし、邪魔をしようにも体が痺れて上手く動けない今、オレに
出来ることは何も無い。
﹁すみません、シャナお姉様。遅くなりました﹂
﹁ララさん、ちょうど良かったです。今、魔王様を封印から解放し
たところですよ﹂
 苦悩しているとオレの脇をララが通り過ぎ、シャナルディア達に
駆け寄る。
 彼女がここに居ると言うことは、まさか︱︱
﹁ラ、ララ、オマエ、リースはどうしたんだッ⋮⋮!?﹂
﹁⋮⋮年上には敬語を使いなさい﹂
﹁そうですよ、リュート様。ララさんは妻である私を助けてくださ
った命の恩人。建前上、部下として扱っていますが、相応の態度を
とってくださらないと﹂
﹁だ、だから、オレとオマエは夫婦じゃないと何度も言ってるだろ
うが!﹂
 シャナルディアの余計な横槍に苛立ちを隠せず声を荒げる。
 ララはそんな態度のオレを見て肩をすくませた。

2710
﹁安心しなさい。愚妹は殺していないわ。これ以上、邪魔されない
ように気を失わせただけよ。それより、魔王様はこちらの方で間違
いないのですか?﹂
 ララは自分からさっさと折れて、リースの無事を伝える。
 まるで﹃これ以上、くだらない用件には付き合ってられない﹄と
言いたげな態度だった。
 彼女はオレへの興味を失い意識を魔王へと注ぐ。
﹁はい、ベッドで眠っている彼女こそ、魔物大陸に存命する最後の
魔王様です﹂
﹁⋮⋮ようやく悲願を達成することができるのですね﹂
﹁はい、その通りです!﹂
﹁早速、儀式を始めたいと思います。お姉様、念のためお下がりく
ださい﹂︱︱と、ララはシャナルディアに指示を出す。
 彼女も命の恩人であるララの指示に素直に従い、オレの隣に立つ。
 他姉妹、ノーラやピラーニャ、トガはシャナルディアの背後へと
まわった。
﹁では、儀式を始めます﹂
﹁お願いしますわ﹂
 シャナルディアの許可を得ると、ララが呪文を唱え出す。
 彼女はオレ達と顔を合わせるように、ベッドの反対側へと回り込
んでいる。
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱﹂

2711
 それは今まで聞いたことのない言葉だった。
 恐らく古い言葉を紡いでいるのだろう。
 ベッドに寝かされた魔王を中心に、幾何学模様の魔法陣らしきも
のが浮かび上がる。
 ララが呪文を唱えるたび、魔法陣は光を強める。
 魔法陣の発光はララの魔力によってなされているらしく、彼女は
詠唱時間が長くなるにつれ、額に珠のような汗が浮かび上がらせる。
 それでも彼女は集中力を切らさず詠唱を浪々と続ける。
 眠り続ける魔王の体が光に包まれる。
 頭から爪先、毛先まで全てが︱︱
 ララが最後の言葉らしきものを告げる。
﹁ぐがぁッ︱︱!﹂
 魔王の口から初めて声が漏れ出た。
 苦しげに背をのけぞらせ、今にも岩のベッドから落ちてしまいそ
うだ。
 これが本当に魔王を支配するための儀式なのか?
 まるで麻酔なしで心臓を直接えぐり出そうとしているようだ。
﹁ララ、さん?﹂
 さすがの異常事態に彼女に信頼を置くシャナルディアでさえ、疑
問を抱いた声音で問いかける。
 しかしララは彼女を無視して、魔力を魔法陣へと注ぎ続ける。

2712
 その間、ずっと魔王は苦しみ藻掻いていた。
 ある瞬間、魔王から人形の糸が切れたように四肢から力が抜け落
ちる。
 魔王の手がだらりと、ベッドから落ち、揺れた。
 悲鳴が消え失せた代わりに、魔王の胸から黄金の欠片が浮かび上
がる。
 まるでリンゴを6分の1ほどにしたような物体だ。
 最初に黄金と表現したが、次の瞬間には100色の虹が表面に移
り込んだような鮮やかなものに変わる。
 凝視している間ずっと、魔王の胸から出てきた欠片は色を変え続
けていた。
 状況が分からずついていけないオレ達を置いて、1人の女性が欠
片を前に歓喜の笑い声をあげる。
 ララ・エノール・メメアだ
﹁あはははあはははははっははあ! やった! ついにやりました
! これで! これでようやく私とあの人の悲願を達成することが
できるわ! あはははっはははははははははははははは!﹂
 はち切れんばかりの狂乱的笑い声。
 シャナルディアも狂っているが、今目の前で笑い狂うララにはそ
れ以上のものを感じる。
 こいつにあの欠片を渡しては不味い!

2713
 彼女以外のその場に居る全員が理性ではなく、本能で理解する。
﹁ら、ララさん! いい加減、笑うのは止めてください! いった
い貴女は魔王様に何をしたのですか! これは魔王様を我々の意の
ままに操る儀式なのですよね?﹂
 シャナルディアがララの上司らしく、部下に歩み寄り叱責を飛ば
す。
 しかし、ララの瞳は興味のない者を見る光へと変わっている。
 オレは咄嗟に声を荒げる。
﹁ち、かづくな! 危ないぞ!﹂
 だが、オレの指摘は遅すぎた。
 シャナルディアはベッドで眠る魔王を間に挟んでララと向き合う。
 腕を伸ばせば簡単に触れられる距離だ。
﹁もうオマエ︱︱オマエ達は用済みだ﹂
﹁は、えっ?﹂
 バチン!
 ララが右手でシャナルディアの顔を掴むと、手に紫電が走る。
 その瞬間、静電気を数十倍にしたような音が洞窟内部に響く。
 シャナルディアは全身から力が抜け落ち、魔王のベッド横に倒れ
てしまう。
 顔をオレ達の方に向けて仰向けに倒れる。
 彼女の目、耳、口、鼻から赤い血が流れ出てくる。

2714
 目は死人のように焦点があっていない。
﹃シャナお姉様ッ!﹄
 ノーラ、ピラーニャ、トガの絶叫。
 3人は倒れたシャナルディアへ慌てて駆け寄る。
 ララは彼女達を無視して、恍惚の表情を浮かべ、そっと優しく両
手で魔王から出てきた欠片を包みこむ。
 ノーラ達は、地面に膝を突きシャナルディアの容態を確認する。
その間にララは肉体強化術で身体を補助。悠々と逃走を開始する。
 彼女が向かった先は入ってきた出入り口ではなく、クリスタルに
似た鉱物があるほうだ。
 ララの逃走に気付いたノーラ達だが、彼女を追いかけるか、シャ
ナルディアを誰が介抱するかで逡巡してしまう。
 その迷いがララとの距離が開き、鉱物の陰に姿が隠れる。
﹁待ちやがれ!﹂
 ようやくピラーニャが決断。
 ララの後を追いかけ、彼女も鉱物の陰に隠れてしまう。
 しかし5分もせずピラーニャは引き返して来た。
 彼女は落ち込んだ表情で、
﹁鉱物の陰にも出入り口があって、ララ姉さんはそこへ入ったよう
で。アタイも後を追いかけましたが、中は迷路のようになっていて
どっちに行ったのか分からなくて⋮⋮﹂

2715
 ピラーニャの言葉通りなら、ララを取り押さえるのは不可能だろ
う。
 相手は精霊の加護で﹃千里眼﹄の能力を所持している。
 迷路のような通路も彼女の能力を使えば突破は難しくない。さら
に相手は魔術師で、肉体強化術で逃走されたらまず追いつけないだ
ろう。
 ふと、視線に気が付く。
 治療を終えたシャナルディアを膝枕しているノーラ。
 ララの後を追って戻ってきたピラーニャ。
 オロオロと狼狽えるトガ。
 三者三様の視線がオレへと集まっていた。
 ノーラが代表して指示を仰いでくる。
﹁あのリュート様⋮⋮ノーラ達、この後どうすればいいのでしょう
か⋮⋮﹂
﹁ど、どうって⋮⋮それをオレに聞くか?﹂
﹁だって、大将は姫様の旦那様だろ? ならアタイ達の頭みたいな
もんじゃないか﹂
﹁リュートサマ、ゴシジヲ﹂
 ノーラ達の頭であるシャナルディアは負傷して目を覚まさない。
 事実上、組織を運営していたナンバー2のララはトップを襲い逃
亡。
 現状、彼女達に指示を出す相手がいないのは理解できるが、その
役目をオレに求めるか、普通?

2716
 頭を掻きむしりたかったが、体が痺れて微かに指を動かすぐらい
しかできない。
 とりあえず彼女達が望む通り指示を出す。
﹁だ、だったらまずオレの痺れを取ってくれ。そして、被害が出る
前に上で戦っている彼女達を止めてここへ連れてこい。確か専門の
薬師が居るんだろう? 専門家の彼女にシャナルディアの容体を見
てもらったほうがいい﹂
﹁分かりました! ならアタイがひとっ走り行ってメリッサを連れ
てきますんで、大将達はここで待っててくださいっす﹂
﹁ま、待て。オマエ1人で行ってもスノー達は説得できないだろう
? オレも一緒に連れて行ってくれ﹂
﹁分かりやした! それじゃ姫様は2人に任せた!﹂
 ピラーニャはオレを再び肩へと担ぐ。
 ノーラとトガは、未だ目覚めないシャナルディアの護衛として残
ることになった。
 ピラーニャはオレを担いだまま全力疾走で来た道を駆け戻る。
 荷物のように担がれたオレは、お陰で激しく上下して吐きそうに
なった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2717
 魔王が眠る洞窟から、スノー達を残した建物群へと戻ってくる。
 そこには両手足を拘束され、魔術防止首輪を嵌められ、転がされ
ている少女達が居た。
 全員、シャナルディアを慕う部下達だ。
 彼女達はぶつぶつと声を漏らしている。
 耳を澄まし内容を拾う。
 オレに痺れ薬を嗅がせた少女は﹃ありえない。どうして薬が効か
ないの? 痺れ薬も、眠り薬も、即死薬すら効果ないなんて本当に
生物なの?﹄。
 前髪で表情を隠した少女は﹃視認、不可。なぜ、躊躇い無し? 
こちら、攻撃、不可。理不尽﹄。
 さらに忍者っぽく顔を布で隠している少女は﹃僕の特異魔術が紙
のように素手で破られるなど。悪夢でござる﹄
 3人の少女はそれぞれ﹃理不尽﹄、﹃悪夢﹄、﹃本当に生き物?﹄
などを繰り返し呟いていた。
 対称的に彼女達のトラウマを作り出しただろう原因︱︱銀毒と不
意打ちの負傷から復活した旦那様が、楽しげに笑い声をあげていた。
﹁はっはあはっはははははは! まだまだ修行が足りぬぞ乙女達よ
! 第一皆、筋肉が足りなすぎる! もっと筋肉を付けてから出直
すべきだ! ははっはははっははは!﹂
 旦那様が毒と傷を癒した後、スノー達に代わり彼女達と戦って拘
束したのだろう。
 あの人にかかれば、彼女達ぐらいものの数じゃないだろうな。

2718
﹁では早速、連れ去られたリュートを助けに行くとしよう! んん
ん? そこに居るのはリュートではないか!?﹂
 旦那様の言葉にスノー、クリス、リース、シア、メイヤ、ギギさ
んもこちらに視線を向けてきた。
 そしてオレがピラーニャに抱きかかえられていることに気付き、
臨戦態勢を取る。
 ピラーニャが怯えるのを体で感じた。
 オレは痺れる口で、慌てて皆を止める。
﹁だ、大丈夫。彼女は今、敵じゃない。それより問題が起きたんだ﹂
 そしてオレは端的に告げた。
﹁ふ、封印されていた魔王が復活後、ララが裏切り、シャナルディ
アを負傷させて逃亡した﹂
ピース・メーカー
 オレの言葉にその場に居るPEACEMAKERメンバー、旦那
様、ギギさん、黒の少女達が困惑・動揺した表情を浮かべる。
 そんな彼女、彼らにオレはとりあえず告げる。
﹁く、詳しく話をするからまずこの痺れを取ってくれ﹂ 2719
第238話 儀式︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月19日、21時更新予定です!
2巻発売12/20までの、連続更新第3弾です!
連続更新で体調を心配してくださる読者様、ありがとうございます。
頑張って最後まで行きたいと思います!
さらに今回は強い味方として、薬局で鷲のマークの﹃リポ○タンD﹄
を箱買いしてきました!
正直、栄養ドリンクを箱で買ったのは初めてですわ⋮⋮。
と、とりあえずこれを飲んで最後まで突っ走りたいと思います!
最後まで応援よろしくお願いします!

2720
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参
照下さい︶
第239話 生夢
 オレに痺れ薬を使った本人であるメリッサに、痺れを取ってもら
った。
 その後、皆で魔王が封印されていた地下まで移動しながら、起き
た出来事を順序立てて説明する。
 最初、シャナルディアの負傷、ララの裏切りを信じられなかった
メリッサ達3人組だったが、封印場所にたどり着き、ノーラの膝枕
で横になっている彼女を前に泣き崩れてしまった。
 彼女達を落ち着かせようと歩み寄るが、オレの足が途中で止まっ
てしまう。
 驚きで足が止まったのだ。

2721
 驚きの原因はベッドで未だ眠っている魔王である。
 ララから何かを抜き取られる前は、胸が大きくくびれがある美女
だったはずなのに、いつのまにか幼女の姿になっていたのだ。
 最初、別人かとも思ったが︱︱紫色の肌、燃えるような赤髪、頭
部から横に生えている黒い角もまんま同じだ。
 着ていた革製の衣装まで一緒に小さく縮んでいた。
 同一人物だと考えるのが妥当だろう。
 しかしなぜ、絶世の美女から、幼女の姿になっているんだ?
 痛む頭を押さえながら、とにかく自分達の出来ることをする。
 まず泣き出した3人の少女達を落ち着かせ、黒の薬師であるメリ
ッサにシャナルディアの治療を任せる。
 傷はノーラが魔術で治癒している。
 メリッサには命に別状が無いか確認してもらっているのだ。
ピース・メーカー
 オレはその間にPEACEMAKERメンバー達に指示を出す。
 リースには﹃無限収納﹄から清潔なシーツ、ベッド、布団、皆が
座れる椅子、テーブル、飲料水や食料などを出してもらう。
 シアには皆の気持ちを落ち着かせるため、温かいスープを作らせ
る。
 スノー、クリス、メイヤには念のため敵や魔物があらわれないか
の周辺監視。
 これにギギさんも協力を申し出てくれる。

2722
 旦那様には魔王の側に居てもらう。
 旦那様は、魔王の封印されているこの洞窟入り口を守っていた。
 自身を﹃守護者﹄とも口にしていた。
 旦那様が知っていることについて、全てを教えて貰う必要がある
からだ。
 一通りの指示を終え、黒の少女達の側へと歩み寄る。
 彼女達はリースが出したベッドで眠るシャナルディアを囲んでい
る。
 ベッドで眠るシャナルディアは美しく、まるで童話の﹃白雪姫と
7人の小人﹄の一シーンのようだった。
 黒の治療担当である薬師のメリッサが、ちょうど検診を終える。
﹁どうだ、シャナルディアの様子は?﹂
﹁⋮⋮頭部に受けた傷はノーラによって治癒され、呼吸、脈拍とも
に安定しています。現状はただ眠っているのと同じです。でも、お
姉様が攻撃を受けた箇所が悪く、もしかしたらこのまま目覚めない
かもしれません﹂
﹁それってどういうことだ?﹂
 メリッサが気まずい表情で告げる。
 シャナルディアの傷を負った顔︱︱目、鼻、口、耳から赤い血が
流れでた光景をつい思い返してしまう。
 メリッサが話を続けた。
せいむ
﹁﹃生夢﹄と呼ばれる、極希に頭部を強く殴打し、二度と眠りから
目を覚まさない病気にかかることがあるんです。生きながらずっと
夢を見る病気です。そして、そのまま衰弱していき、最後は⋮⋮﹂

2723
 彼女はさすがにそれ以上何も言えず黙り込んでしまう。
せいむ
 生夢⋮⋮つまり、脳死のことか。
﹁メリッサお姉様! どうすればシャナお姉様の病気を治すことが
出来るんですか!﹂
﹁⋮⋮ごめんなさい、治療方法は今のところないの。治ったという
話も聞いたことがないわ﹂
﹁そ、そんな⋮⋮﹂
 ノーラはベッドに眠るシャナルディアの名前を涙声で呼び続ける。
 しかし、どんなに声をかけようと彼女が目を覚ます気配は微塵も
なかった。
 他少女達も涙を流し、嗚咽を漏らす。
﹁若様﹂
 シアがそっと背後から声をかけてくる。
 振り返ると、すでにテーブル、人数分の椅子、温かいスープと軽
食、甘い物が準備されていた。
 準備が整ったらしい。
 オレはシアに頷き、黒の少女達に振り返る。
 彼女達の嗚咽が落ち着くのを待って声をかけた。
﹁とりあえず皆の悲しい気持ちは分かるが、現状を把握するため話
し合いがしたい。簡単だが食事も用意したから、食べながら話をし
ないか?﹂

2724
 つい先程まで敵対していたが、相手は女の子達。
 しかも、彼女達にとって文字通り自分より大切な人が、二度と目
を覚まさないかもしれないというのだ。
 戦力に差がある今、乱暴な捕虜のような扱いなど心情的にも出来
ない。
 オレはなるべく優しく声をかける。
 彼女達は泣きはらした赤い眼で逡巡する。
 オレの提案はもっともだし、現状確認の話し合いはするべきだが、
シャナルディアから目を離したくないらしい。
﹁リース、シア、悪いがシャナルディアが眠るベッドの側に新しい
机か、テーブルを出してくれないか? そこに食事を置くから食べ
てくれ。代わりに代表者を1人こちらへ。詳しい話を聞かせてくれ﹂
﹁⋮⋮リュート様、ご配慮ありがとうございます﹂
 妥協案を提示するとメリッサが代表して感謝を告げてくる。
 リースが新たに出したテーブル、椅子をベッドの脇へ置く。
 黒の少女達も手伝い食事をテーブルへと移す。
 スープは少しぬるくなったが、その分飲みやすくなったし、熱々
のお代わりはまだ鍋に沢山ある。
 勝手に食べていいと、邪魔にならない位置へと置いておく。
 そして、黒の代表者として組織の薬師であるメリッサが説明のた
め、席に着く。

2725
﹁⋮⋮改めてまして人種族、魔術師B級、黒の薬師、メリッサです﹂
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKER代表を務める人種族、リュート・ガンスミ
スだ﹂
 互いに挨拶を交わす。
 シアがいつのまにか準備した香茶を注ぎ、背後に控える。
 ここからはメイドとして給仕を勤めるつもりらしい。
 テーブルや食料出しの準備を終えたリースは、スノー達と交替で
周辺警戒に勤めてもらう。交互に休んでもらい、彼女達にも軽く食
事を摂ってもらうつもりだ。
 その間にオレは﹃黒が今まで何をしてきたのか?﹄ということに
ついて、順序立てて話を聞く。
 見張りや休憩をしているスノー達との距離も離れている訳ではな
いので、彼女達もメリッサとの会話内容を問題なく聞くことができ
る。
 そして、メリッサは滔々と﹃黒﹄が組織された経緯を語り出す。
 まずどうして﹃ケスラン王国が滅ぼされたのか﹄理由を告げる。
 天神様が6大魔王によってすでに殺害されていた。
 そのためこの世界は﹃神無き世界﹄らしい。
 ケスラン国王に真実を広められる前に、大国メルティアが国ごと
滅ぼした。ここまではオレも知っている通りだ。

2726
 話を聞いたスノー達は声には出さないが、驚きを表情で表してい
た。
 まさか天神がすでに殺され、この世界が﹃神無き世界﹄だという
ことに⋮⋮。
 元日本人であるオレにとっては理解しがたい感覚ではあるが⋮⋮
この世界では神は実在し、その声を伝えるために天神教が存在する
と信じられているからだろう。
 この話を獣人大陸に居る天神教、元巫女であるココノが聞いたら、
スノー達以上の衝撃を受けるだろう。
 今から頭が痛くなる。
 正直、ココノには知らせたくない話だ。
 シャナルディア母子は滅びる祖国から脱出したが、途中でメルテ
ィア兵士に追いつかれる。
 母親を目の前で殺害され、シャナルディア自身も殺される寸前だ
った。
 ギリギリのピンチに姿をあらわしたのが、ララ・エノール・メメ
アだ。彼女がシャナルディアを助ける。
 彼女を安全圏に連れ去った後、どうして大国メルティアが攻めて
きたのか、ララはシャナルディアに真実を語った。
 結果、理由を知ったシャナルディアは、大国メルティアに復讐を、
そして祖国再興と世界を統一し、真の平和を自身の手で作り出すこ
とを誓う。
 ここまではシャナルディア本人から聞いた内容と同じだ。

2727
 スノー達は初耳だったため、それぞれ複雑そうな表情をしていた。
﹁あの⋮⋮一ついいですか?﹂
 休憩中のリースが挙手して、メリッサに声をかける。
 彼女は頷き、リースを促した。
﹁ララ姉様がシャナルディアさんを救ったのは分かりましたが⋮⋮
どうして彼女を助けたのでしょうか? その動機は?﹂
﹁ララお姉様︱︱いえ、ララ本人曰く、﹃シャナお姉様が世界を統
べ、人々を平和に導くと予知夢で視たから﹄と聞きました。ですが
今はそれが嘘だと理解できます﹂
 メリッサは悔しげに歯噛みする。
 シャナルディア達は今まで彼女の﹃予知夢﹄のお陰で多大な益を
得ていた。その彼女に﹃シャナお姉様が世界を統べ、人々を平和に
導くと予知夢で視たから﹄と言われたら、信じてしまうのは当然だ
ろう。
 メリッサが気持ちを落ち着かせて、続きを話す。
 ララに助けられたシャナルディアがまず最初にやったのは、世界
を回り仲間と資金を集めることだった。
 そして集められたのが、使い物にならない特異魔術師として疎ま
れ、爪弾きにされていたノーラ達だった。
﹁私は魔術師の才能があったのですが、家は貧しくて⋮⋮。目先の
お金に目が眩んだ両親に売り飛ばされました。しかも売られた先が
評判の悪い変態貴族で︱︱﹂

2728
 メリッサが途中で奥歯を噛みしめ、硬く目をつぶる。
 自分自身で体をギュッと抱き締め、胸から湧き上がる憎悪・嫌悪・
苦しみに耐えているようだった。
 そんな地獄から救い出してくれたのが、シャナルディアだったら
しい。
 こうして人材と資金を調達したシャナルディアは、﹃黒﹄を設立。
01
 まず始めにやったことは、大国メルティアや天神教会、始原と戦
うために必要な力になるであろう、封印された魔王達の遺跡につい
て調べることだった。
 しかし、他大陸に封印されていると言われる魔王達は確認した限
り全て亡骸しかなかった。
﹁でもよく魔王達の封印場所に入れたな。確か魔王の封印場所は、
強い魔物が溢れていて容易には近づけないはずだろ?﹂
 北大陸で聞いた話だ。
 北大陸の魔王封印場所も巨人族が徘徊して近付くのすら難しい︱
︱みたいな話だったはずだ。
 オレの疑問にメリッサが答える。
﹁エレナの特異魔術がありましたから﹂
 エレナ、前髪で目元を隠す少女の特異魔術は、魔力を付与した物
体の気配、匂い、振動、存在などを消すことが出来るらしい。
 確かにその力があれば封印場所まで行くのも難しくない。

2729
 生きている魔王捜しと同時並行でおこなわれたのが、﹃人為的に
魔術師を創り出せないか?﹄という研究だった。
 この研究はララが主導でおこなっていたらしい。
﹁ノーラがココリ街で魔術師の死体を集めていたのもその研究のた
めか?﹂
 シャナルディアの側に居たノーラは自身の名前が挙がると、びく
りと肩を振るわせる。
﹁そ、そうです。ララお姉様の指示で集めていました﹂
 最初出会った態度が嘘のようにビクビクと怯えながら答える。
 ⋮⋮別にイジメたりするつもりはないから、あからさまに怯えら
れると微妙にヘコむなぁ。
 メリッサが話を引き継ぐ。
﹁ノーラの言葉通り、ララの指示に従い魔術師や魔物の死体などを
集めていました。人工的に魔術師を増やして戦力を整え、メルティ
アや天神教などに勝利しようという計画です。ですが結局、研究は
失敗。出来たのは魔力を一時的に上昇させる薬ぐらいです。後の副
作用も酷く実用的な物ではありませんでした﹂
﹁リュートくん﹂
﹃お兄ちゃん⋮⋮﹄
 リースと代わって休憩をしていたスノー&クリスが声をかけてく
る。

2730
 オレも頷いて、彼女達が何を言わんとしているのか察する。
 ハイエルフ王国、第3王女であるルナ・エノール・メメアが誘拐
された。
 彼女を救い出す際、オレを奴隷として売った1人、獣人種族、ア
ルセドと再会。
 彼は懐から緑色の液体が入った注射器を取り出し、使用したのだ。
 この時の話をすると、メリッサは申し訳なさそうに眉根を寄せる。
﹁はい。恐らく、私達の関係組織です﹂
 彼女曰く、﹃黒﹄にも下部組織というのが存在するらしい。
 彼女達は﹃黒﹄のトップ組織メンバーで、主に魔王の封印場所調
査や侵入、指示があれば魔術師の死体集めなども手伝う。
﹃黒﹄下部組織は、資金調達のための裏仕事、情報収集、他雑務を
担当させていた。
 その下部組織のまとめ役、トップを任せていた男が細い針の注射
器を開発した人物だ。
 ララが連れてきた人物で、元々薬を売りさばいていた小悪党らし
い。
︵注射器の開発者か⋮⋮まさかオレと同じ地球からの転生者か?︶
﹁どうかしましたか?﹂
 メリッサが考え込んだオレを、怖々と伺うように声をかけてくる。

2731
 自身の不手際で機嫌を悪くさせたのかと、焦ったのだ。
 オレは慌てて微笑みを浮かべ答える。
﹁うちでも注射器については色々調べていて。⋮⋮後でその下部組
織のまとめ役について詳しく聞かせてくれないか?﹂
﹁もちろんです。リュート様になら全てお伝えします﹂
 彼女達のトップ、シャナルディアの婚約者ということになってい
るため、外部に知られたらまずい内情も包み隠さず話すつもりらし
い。心苦しさもなくはないが⋮⋮この際そんなことは言っていられ
ない。
 メリッサは話を続ける。
 後はオレ達も知っている話だ。
ピース・メーカー
 オレ達、PEACEMAKERが魔物大陸で存命している魔王と
接触することを予知夢で知った﹃黒﹄は、上層部メンバー全員を招
集。
 妖精種族のエレナと忍者のように布で顔を隠す少女ニーアニーラ
の特異魔術を複合させ、馬車を透明化し、特異魔術により強化。
 角馬の代わりにピラーニャが馬車を引いて無理矢理、追跡したら
しい。
 よくハンヴィーの速度についてこられたもんだ。
 そして、後を追って洞窟内部に入り、隙を見てオレを確保。一緒
に魔王が眠っているこの場所へと連れて行った。

2732
 だが、ララに裏切られて、シャナルディアは負傷。
せいむ
 もしかしたら﹃生夢﹄にかかり、二度と目を覚まさないかもしれ
なくなった。
 ︱︱これが駆け足気味だったが﹃黒﹄設立と現在までの流れだ。
 ここまで黙って話を聞いていた旦那様が口を開く。
﹁リュート、少々いいか﹂
 表情はいつもの豪快な笑顔ではなく、今から真剣勝負を始めるよ
うな緊迫感があった。
 思わずごくりと唾液を飲み込んでしまう。
﹁どうかなさいましたか?﹂
﹁お嬢さん達の話を聞いていて⋮⋮ララという御仁が一つ嘘を付い
ているのが気になってな﹂
﹁嘘ですか?﹂
 ララと旦那様に面識は無いはずだ。
 どうして彼女が嘘を付いていると分かる?
 旦那様は幼女姿になった女魔王をまるで愛娘のように撫で、断言
する。
﹁大国メルティアは、ケスラン王国を天神様がすでに亡くなってい
るから攻めたのではない。もっと別の理由で攻めたのだ﹂
 この言葉に黒の少女達も眠るシャナルディアから目を離し、瞠目
する。

2733
 彼女達にとっても、決して聞き逃せない重要情報だからだ。
 旦那様は皆の視線を集めながらも、緊張など微塵もせず﹃真実﹄
を語りだした。
第239話 生夢︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月20日、21時更新予定です!
2巻発売12/20までの、連続更新第4弾です!
ついに⋮⋮ついに軍オタ2巻、明日発売です!
軍オタ2巻の見所は⋮⋮1巻同様、多数の書き下ろしを加え、新銃
器も追加! 旦那様とのバトルも、新しい敵との戦いもパワーアッ
プし、WEB版を読んだ方も楽しめる内容になっております! 硯
様の可愛らしいお嬢様のイラスト&旦那様のラスボス風味&巻末の
書き下ろしイラスト+4コマも必見です!

2734
また、なろう特典として活動報告には、旦那様が奴隷となりとある
鉱山へ送られ、そこでとある筋肉の聖戦が始まる︱︱という、旦那
様を主人公にしたなろう特典SSを。
そしてさらに2巻購入者様には、購入者様のみが読めるifシリー
ズ第二弾﹃もしもリュートとクリスがメイヤに会わず、2人で同棲
生活︵仮︶を送っていたら!?﹄も! こちらの内容は、リュート
とクリスが甘々︵?︶な同居生活を送り、反転攻勢の為のお金を貯
めていたら、とあるトラブルに遭遇しクリスお嬢様の身を掛けてと
あるギャンブルが行われることに︱︱という内容です。クリスとリ
ュートがこの危機をどうやって切り抜けるのか、良かったら是非読
んで頂けると嬉しいです!
︵ちなみに2巻パスワードを入れることで、1巻のifシリーズも
読めるような仕様にしたいと思っております。2巻から買う人はい
ないと思いますので︵多分︶。なので1巻のifシリーズを読み忘
れてしまった方是非楽しんで頂ければと︶
というわけで特典盛りだくさんな軍オタ2巻を、何卒宜しくお願い
致します!
さらには、明日はもちろん連続更新第5弾最終日として、本編シナ
リオも更新致します!という訳で明日は3本同時更新です。どの特
典SS・本編シナリオも頑張って書きましたので、読んで頂けると
幸いです!
また栄養ドリンクの件、心配していただきありがとうございます!
 でも大丈夫ですよ、明鏡シスイは、ま、まだまだ若いはずだし︵

2735
震え声︶。⋮⋮筋肉痛が遅れてやってくるような歳ですが。
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参
照下さい︶
第240話 異世界の真実
 昔々、遠い昔︱︱高度に栄えた文明が自壊してしまった。
 生き残った人々は壊れてしまった世界を前に嘆き、悲しんでいた。
 そんな彼らの目の前に、天から1人の神が姿を現す。
 嘆く人々を憐れに思い、1柱の神が地上へ降りて来てくださった
のだ。
 神は自身のことを﹃天神﹄と名乗り、傷つき嘆き悲しむ人々を救
ってまわった。
 その過程で天神は、6人の弟子︱︱少女1人に、男5人︱︱をと
る。

2736
 彼らは天神に付き従い世界をまわり、人々を救い、各地を復旧し
ていった。
 世界は天神と弟子達の手により、自壊してしまった世界とは異な
る世界へと変化していった。
 世界の変質は彼らが望んだ訳ではなく、強すぎる天神の力の影響
を受け変質してしまったのだ。
 そんな天神の持つ奇跡の力に6人中、5人の弟子が目が眩んでし
しんかく
まう。結果、天神を殺害し、奇跡の核となる﹃神核﹄を手に入れる
ことができた。
 だが、﹃神核﹄の力が強すぎるのと、誰か1人が独占すれば遺恨
が残ってしまう。それ故、弟子5人は﹃神核﹄を6つに割り、天神
の弟子全員へと分け与えた。
まほうかく
 6つに別れてしまったため﹃神核﹄は、その一欠片を﹃魔法核﹄
へと力の強さを落としてしまう。
 最後まで天神殺害に反対していた姉弟子である少女にまで力を与
えたのは、共犯とするためと、他5人と比べて小さな力のため男達
に与えるより、少女に持たせた方が安全という面から力を押し付け
られたらしい。
 以後、弟子5人は不可侵条約を締結。それぞれ5大大陸を占拠し、
人々を移住させ好き勝手に振る舞った。
 その大陸に強制的に住まわされた人々にとっては正に地獄だ。

2737
﹃魔法核﹄で力を手に入れた弟子達にただの人が抗えるはずもない。
 気ままに殺して、犯され、焼かれ、氷らされ、串刺すなどは当た
り前。
 嬲られ、殺し合いをさせられ、狂わされ︱︱。
 戯れで反乱を野放しにして、タイミングを計って叩きつぶし心を
へし折ることもあった。
 5人の弟子の狂気はまだ終わらない。
 ある大陸では﹃魔法核﹄の力によって獣と遺伝子を掛け合わさせ
られた。
 男も、女も関係なくだ。
 ある大陸では﹃魔法核﹄の力で無理矢理、姿を変えられた。
 またある大陸では多数の人々を生け贄にし、﹃魔法核﹄の力で異
界の民や動植物達を強制的に連れて来る弟子もいた。
 そしていつしか、一つの大陸内で自身の欲望を満たす男弟子達を
人々は、魔王と呼んだ。
 そんな天神殺害の復讐、魔王達から人々を救おうと誓う者がいた。
 天神、最初の弟子である少女だ。
 しかし彼女が持つ﹃魔法核﹄は、他魔王達より小さく弱い上、も

2738
っとも扱いが難しい箇所を凝縮されていた。
 さらに彼女に押し付けられた大陸は、天神の力の影響で変質して
しまった獣達が集められた大陸だった。
 そのため彼女はまず慣れない﹃魔法核﹄の制御を学び、この大陸
で生き延びる必要があった。
 どれぐらいの月日が流れただろう。
 長い長い時間を少女は費やした。
 お陰で彼女は無事、﹃魔法核﹄を扱うことに成功する。
 そして、ようやく少女は、他魔王達に苦しまされている人々を救
うため立ち上がったのだ。
 まず彼女はひとつの大陸へ向かい、虐げられていた人々と手を取
り合い1人目の魔王を倒す。
 魔王から抜き取った﹃魔法核﹄を自分自身には取り込まず、一緒
に戦った人々に分け与えた。
まじゅつかく
 細かく分割した﹃魔法核﹄は、﹃魔術核﹄へとランクを下げてし
まう。
﹃魔術核﹄を手に入れた人々は、もう二度と魔王に屈しないため、
命を磨り減らし、時に失う程の覚悟で研鑽を積み﹃魔術師﹄となる。
 少女も仮に自分が破れ、命を落としても人々に戦える武器を残し
たくて、彼らの手に預けたのだ。
 しかし﹃魔術核﹄を与えられた人々に差異があった。
﹃魔術核﹄を与えられ、非常に上手く扱える者。

2739
﹃魔術核﹄を与えられたが、あまり上手く扱えない者。
﹃魔術核﹄をまったく受け付けず、魔術を扱えない者。
 この差異がどうして発生するのか?
 天神の弟子である少女にも理由は分からなかった。
 そして力をつけた人々と少女は、順番に大陸を巡り魔王を倒して
いった。
 魔王側もただ倒されるのを待っていた訳ではない。
﹃魔法核﹄の力を使用し、より強力で凶暴な怪物を作り出したり、
大陸に住む民達を変質させ兵士とした。
 だが、少女と魔術師、他人々が協力し合いそれらを倒していった。
 解放した大陸で、魔王に虐げられていた人々を次々に取り込み仲
間にし、﹃魔術核﹄を与えて﹃魔術師﹄を量産したのが功を奏した。
 魔王という﹃質﹄に対して、少女達は﹃量﹄で対抗したのだ。
 また﹃魔術核﹄を非常に上手く扱える者︱︱5人の若者達の存在
も大きかった。
 少女の下で、若者5人は率先して魔王と戦った。
 いつしかこの5人の若者達は、ちょうど1大陸に1人存在したた
めに、人々から﹃5大陸勇者﹄と呼ばれ崇められるようになる。
 少女と5大陸勇者は、他魔術師や人々の先頭に立ち、魔王と戦う
日々を送った。
 そして、長い長い時間が経ち︱︱ようやく各大陸を支配していた
5大魔王を討ち倒す。

2740
 人々は長い間、支配されていた魔王からようやく解放されたのだ。
 人々が魔王を倒し、平和を享受するのも束の間︱︱事件は起きる。
﹃5大陸勇者﹄と呼ばれ喝采を浴びる若者達が、自分達に力を分け
与えてくれた少女を罠に嵌め殺害しようとしたのだ。
 彼らは彼女を殺害して、少女が持つ﹃魔法核﹄を手に入れようと
した。
 魔王達と同じ元天神の弟子である少女が、いつ自分達を裏切り魔
王になるか分からないという恐怖故に、彼らは殺害を計画したのだ。
 ﹃魔法核﹄を持つ少女は致命傷を負いながらも危機を脱し、元居
た大陸へと逃げ延びる。
 ここなら5大陸勇者達も手出しを躊躇う怪物達が蠢いているため、
すぐには追って来ないだろうという目算もあった。
 少女は悲しみで涙を流した。
 他の﹃魔王﹄を倒したのは︱︱天神を殺害された復讐を果たすた
め、という理由ももちろんあった。
 だが、彼ら彼女達を救うために、少女は懸命に努力して協力して
きたつもりだった。
 皆と確かな信頼関係を築けたと1人思い込んでいた。
 しかし愛した人にさえ裏切られ、再び始まりの大陸へと舞い戻る
結果となってしまう。

2741
 少女は涙を流す。
 流し続ける。
 ひたすら泣いた後、彼女は5大陸勇者に罠へ嵌められ負わされた
傷と魔力を癒すことにした。
 負った傷と魔力を癒すとして︱︱問題はその気配が外部に漏れる
ことだ。その気配を辿られ、5大陸勇者に居場所を特定される可能
性が高い。
 そのため彼女は残り僅かな魔力で地下に穴を掘った。
 地下に広大な洞窟を作り出し、自身で自分を封印。
 封印されている間は傷と魔力の治りが鈍くなってしまうが、気配
が外部に漏れる心配はない。
 大陸を跋扈する強力な怪物達は、最初こそ少女を苦しめたが、今
では5大陸勇者を阻む優秀な壁となってくれた。
 そして、少女は怪物達すら近寄らない地下深くで眠りにつく。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 彼女が傷と魔力をある程度回復させたのは、それから数千年後。
 少女は地上の様子を探るため、幼い少女の思念体を作り出す。

2742
 地上に出て、怪物達を避け、他大陸へと情報を収集しに向かう。
 情報収集の結果、5大陸勇者は﹃5種族勇者﹄と呼び名が代わり、
魔術の扱いに長ける者達はランクでわけられていた。
 魔術を非常に上手く扱える者、5種族勇者達をS級。
 魔術をある程度扱える者をA∼B級。
 魔術を扱えない、下手な者達をそれ以下に。
 そして自分は他魔王達と同じ﹃魔王﹄扱いされていることを知る。
 5種族勇者に破れた自分は、彼らが﹃魔物大陸﹄と呼ぶ大陸に存
命し、再び世界を滅ぼそうと虎視眈々と狙っている︱︱そう世の中
には伝わっていた。
 少女︱︱幼い少女の思念体は、再び涙をこぼした。
 しかしいつまでも泣いてはいられない。
 いつ自分がその魔王だと気配を悟られ気付かれるか分からない。
 彼女はすぐに思念体を魔物大陸へと戻し、再び長い眠りへとつい
た。
 何度も目覚めては情報を収集するため、思念体を地上へと送った。
 1人で情報を収集する限界を感じ、二度と裏切られないよう奴隷
を中心に人材を揃える。
 その奴隷達がいつしか、彼女が眠る洞窟を守護する番人となった。
 そして、再び長い長い年月が過ぎ去る。

2743
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁そして、我輩が先代の守護者と交替して、彼女の守護についたの
だ﹂
 今、語ってくれた話は守護者が少女から聞いた話を、受け継ぐ際
に聞かされるものらしい。
﹁我輩はその話を聞いて、憤りを覚えた。まったく紳士的ではない
と。だから、奴隷として先代守護者と彼女の思念体に買われたのは
確かだが、先祖の罪を償うためにも彼女を守ると誓ったのだよ﹂
︵なるほど⋮⋮だから旦那様は﹃この世界に住む者の償い﹄なんて
言ったのか︶
 オレはこの地で久しぶりに再会した時の台詞を思い出す。
 ちなみに旦那様と交替した先代は、すでに亡くなっているらしい。
 死期を悟っていた彼が、旦那様を見付け少女の思念体を連れて吟
味。購入した。
 またこの地下に広がる建物群も、旦那様のように守護についた歴
代の守護者が、暇潰しとして建物を建てたり、芸術品︵女神像や柱︶
などを作り出したらしい。

2744
 旦那様がオレに改めて向き直る。
﹁リュート、我輩の発言を覚えておるか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 オレは無言で頷く。
 旦那様は言った。
﹃我輩を倒せない程度でこの地に残る理由を知ってしまったら、逃
げることも出来ず死んでしまうだろうからな﹄
 この台詞から導き出せる答えは導き出せる答えは︱︱
﹁五種族勇者の子孫達はまだ少女の﹃魔法核﹄を諦めていない。そ
して、﹃勇者﹄と大陸中の人々に褒め称えられている自分達の祖先
が、実は恩人を裏切り殺害しようとした事実を消すため、真実を知
った者達を亡き者にしているんですね?﹂
﹁ふむ、さすがリュート。まさにその通りだ﹂
 恐らく、この異世界でのオレの父、シラック国王はこの真実を研
究の結果知ってしまった。そして、その事実に耐えきれず一時は心
の病にかかってしまったのだろう。
 その後、シラック国王が真実を知ったことに気付いた大国メルテ
ィアが、その事実を広められる前に国ごと消しにかかったのか⋮⋮。
 そして、オレ達が真実を知ってしまったことをメルティアに知ら
れたら、命を狙われるだろう。
レギオン 01
 また5種族勇者の子孫達が集まり立ち上げた軍団、始原も敵にま

2745
わる。
レギオン オリハルコン 0
 軍団ランキング、最高位の﹃神鉄﹄。魔術師S級が率いるあの始

原がだ。
 確かに旦那様に勝てない程度の実力で、こんな事実を知ったら無
惨に殺されるのがオチだろう。
 これがこの異世界のトップ陣が隠し続けていた真実だった。
第240話 異世界の真実︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、12月23日、21時更新予定です!
ついに12/20、軍オタ2巻発売です! そして連続更新第5弾!
と、言うわけで︱︱本日は軍オタ2巻発売日です!
ライトノベルを置いて下さっている書店様やネット書店様等にはき
っと入っているかと思いますので、是非是非宜しくお願い致します!
ちなみに明鏡シスイ的には軍オタ2巻発売も嬉しいですが、無事に
連続更新を達成できてホッとしております。皆様に心配をかけつつ
もなんとかやりきることができました。

2746
これも皆様が応援や激励の感想などを書いてくださったお陰です。
本当にありがとうございます!
さてさて、今夜は軍オタ2巻発売日ということで、色々アップする
予定です。
まずは活動報告に﹃なろう特典SS﹄をアップさせて頂きます!
次に同じく活動報告に、﹃軍オタ2巻購入者限定特典SS﹄が書か
れてあるURLを張り付けた文章をアップさせて頂いております。
活動報告に書かれてある手順で進めば読めると思いますが、問題等
がありましたらすぐに修正させて頂ければと思います。
また念のため軍オタ2巻感想ネタバレ用の活動報告をアップします。
こちらに2巻のネタバレ感想を書いて頂けるようお願いします。ま
た後日、こちらの感想をまとめた感想返答を書かせて頂ければと考
えております。
次からは通常通り3日間更新に戻ります。
これからもなろう版&書籍共々、軍オタをどうぞよろしくお願いし
ます!
2747
第241話 黒の今後
﹁結局、ララは5種族勇者の回し者だったってことか?﹂
 オレの疑問にギギさんが答える。
﹁その可能性は個人的に低いと思うぞ﹂
﹁どうしてですか?﹂
﹁ララは聞く限りハイエルフ王国の第1王女だろ。そんな高貴な身
分の方を危険度の高い内通者にする必要性はない﹂
 確かにギギさんの意見はもっともだが、彼女には﹃千里眼﹄と﹃
予知夢者﹄という精霊の加護を二つもっている。だからスパイにな
ったのではないか?
 その可能性をリースが否定する。

2748
﹁確かにララ姉様には2つの加護がありますが、だからといって絶
対に身を守れるわけではありません。もしも私がその案を耳にした
ら、真っ先に反対します。そんな危険な任務を第1王女がやる必要
はありませんから﹂
﹁なら、やっぱり﹃魔法核﹄が欲しかったからか?﹂
 ︱︱いや、本当に力を欲していたら、もっと昔に必死で女魔王を
探していたはずだ。
 今更、5種族勇者の子孫が﹃魔法核﹄欲しさになりふり構わぬ理
由はない。むしろ下手に﹃黒﹄なんて組織を作り、魔王捜しをさせ
たせいでオレ達は過去の真実を知ってしまった。
 5種族勇者の真実を秘匿したいなら、こんな敵対組織を作り出す
意味がまったくない。
﹁⋮⋮真相を知りたければララ本人を捕まえるか、会って話を聞く
しかないな。とりあえずこの話は一旦お終いにして、今後をどうす
るかだ﹂
 オレは向かい側に座る﹃黒﹄の暫定代表者であるメリッサに話を
振る。
 彼女は断られると察しながらも、遠慮がちに希望を告げてくる。
﹁シャナルディアお姉様が倒れられ、ララに裏切られた現状、私達
としては是非リュート様に我々の代表として導いて欲しいのですが
⋮⋮﹂
﹁やっぱりそうなるか。でも悪いけど、﹃黒﹄の代表者になるつも

2749
りはないよ﹂
 オレの返答にメリッサを含めて、今だ眠るシャナルディアのベッ
ド側に居る少女達から縋るような視線を向けられる。
 まるで雨の日に捨てられた子犬達のような視線だ。
 しかし、たとえそんな目を向けられても、彼女達の頭になり導く
つもりはない。
ピース・メーカー
 彼女達をPEACEMAKERメンバーに入れることもほんの少
しだけ考えたが、すぐに却下した。
 元純潔乙女騎士団メンバー達からしてみれば、前組織崩壊のきっ
かけになった人物達だ。
 表だって拒絶はしないだろうが、内心で不満を溜め込むのは確実。
士気にも影響が出るだろう。嫁達だって同様だ。
01
 何より彼女達を組織に入れれば、いつか情報が漏れて始原や大国
メルティアなどを敵に回すことになる。街中で爆弾を抱えるような
01
ものだ。突然何の準備もないまま、街中で始原達と戦うかもしれな
いと考えただけで、頭が痛くなる。
 またララが何を考えて動いているのかは分からないが、彼女達全
員を抱えるのは正直いって無理だ。目立ちすぎる。
01
 だからといって、始原に彼女達の身柄を引き渡す訳にもいかない
し、ここで﹃はい、さよなら﹄と放り出すわけにもいかない。
 最低限、彼女達を監視するという意味合いでオレ達しか知らない
01
居場所に身を潜めてもらおう。始原やメルティア、ララなどに見付
からない場所で、シャナルディアの治療のためにも隠れ潜んでもら
うしかない。

2750
 問題はどこに身を潜ませるかだ。
 彼女達は非常に目立つ。
 下手な街ではいくら隠れているつもりでも、その情報は近いうち
に漏れてしまうだろう。
 ベストは山奥か、誰もいない大陸奥地なんだが︱︱それはさすが
に生活環境が悪すぎるしな。
 オレが頭を悩ませていると、旦那様が解決策を提示する。
﹁ならばここに住めばいいではないか!﹂
 旦那様は暑苦しい笑顔で断言する。
﹁ここって⋮⋮この女魔王、ってこういう言い方は不味いか。彼女
が封印されていたこの洞窟ですか? でも、ここの位置はララにば
れていますし、後から大軍が来るかもしれませんよ?﹂
﹁知っているからこそ、ここに留まるのだ。まさか彼女もいつまで
もここにいるとは思うまい? それにリュート、忘れてしまったの
か。ここは魔物大陸だ! 大軍で侵攻してきたらあっというまに魔
物達に襲われ腹の中に収まってしまうぞ!﹂
 確かに旦那様の言葉通り、ここは魔物大陸。
 大軍で移動していたら、すぐに魔物と遭遇して戦いになる。
 ここまで辿り着く間に半減、最悪全滅の可能性すらある。
 またそんな大軍と魔物達が戦っていたらすぐに近付いていると気
付くことができる。
 なら少数精鋭の手練れで攻めてきたら?

2751
 旦那様曰く︱︱この洞窟はオレ達が入ってきたルート以外にも道
がある。
 複数あるルートを教えるから、それを使って逃げればいい。
 さらに不幸中の幸いで、女魔王の封印は解けてしまったが、元ク
リスタルに似た鉱物で出来た大樹にはまだ封印の力が残っている。
 この力があるから、魔物大陸の魔物は洞窟へと近付いてこないら
しい。
 またこの力によって洞窟外の温度に関係なく、内部は過ごしやす
い温度や湿度を一定に保っている。
 他にも洞窟内部には綺麗な湧き水があり、飲料水には困らない。
 食料、必要な衣類、他雑貨もたっぷりある。
 これらは数ヶ月に一度、結界の力を強めているあいだに買いだめ
するらしい。
 無くなったら、黒メンバーで魔物大陸の魔物を倒し、その素材を
街で換金して再び買いだめすればいい。
 彼女達の実力なら、気を付けてさえいれば魔物大陸の魔物達に遅
れをとることはないだろう。
 確かに理想的な環境だ。
 ここなら下手な街にいるよりずっと安全だ。
 しかし、旦那様がまともなことを言うと、妙な違和感があるよな
⋮⋮。
 オレは失礼な考えを消すため、咳払いをしてから話をまとめる。
﹁ならメリッサ達はこの洞窟に住んで、シャナルディアの世話を頼

2752
む。数ヶ月か、1年に1度ぐらいのペースでオレ達も様子を見に来
るから﹂
﹁分かりました。シャナルディアお姉様のことはお任せください﹂
 彼女達はトップ不在で不安げな表情をしていたが、方針を示され
たお陰か多少顔色がよくなる。
﹁後は黒の下部組織をどうするかだな。正直言ってもう必要ないか
ら、組織を解散するべきだと思うんだが、メリッサはどう思う?﹂
﹁リュート様の仰るとおり、解散が妥当だと思います。私達にはも
う必要のないものですから﹂
﹁なら、組織を回って解散させないとな。全員で動くわけにもいか
ないから、誰か代表者をだして解散させるしかないか﹂
﹁なら私はノーラを推薦します﹂
 名前が挙がり、ノーラは驚きの表情を浮かべる。
 メリッサは構わず話を続けた。
﹁下部組織は基本的に代行の男性、注射器を作り出した人に任せて
います。ノーラなら面識もありますし、リュート様達と歳が近いた
め、組織に居ても目立たず違和感が少ないと思いますから﹂
﹁なら、ノーラを一時的に借りるよ。用事が済んだら連れて戻って
くるから﹂
﹁ご配慮、ありがとうございます。ノーラ﹂
﹁は、はい!﹂
 メリッサに名前を呼ばれ、彼女は質問を当たられた生徒のように
声をあげる。
﹁黒の代表者として、組織解体を任せます。リュート様の手足とな

2753
り、身を粉にしてお力になるんですよ﹂
﹁わ、分かりましたメリッサお姉様!﹂
 彼女は声を上擦らせながらも、ハッキリと返事をする。
 2人の会話が終わったところで、オレはずっと考えていた疑問を
ぶつける。
﹁最後に一つだけ聞きたいんだが⋮⋮ミーシャを殺したのはメリッ
サ達か?﹂
 魔物大陸の都市、アルバータ。
 そこでオレを騙し、奴隷に売り払った3人の1人である魔人種族、
悪魔族、ミーシャと出会った。
 だが、彼女は出会って数日後、何者かの手によって殺害された。
 この洞窟で﹃黒﹄と出会ってから、彼女達がミーシャを殺した犯
人じゃないかと疑っていたのだ。
 オレはメリッサ殺害事件の詳しい話をすると、メリッサ達が困惑
しながら否定する。
﹁私達も確かにリュート様達の後を付けるため、アルバータに居ま
したが、﹃ミーシャ﹄という人物を殺害なんてしていません。第一、
リュート様が騙されて奴隷に売られたなんて初めて知りました﹂
 メリッサやノーラ、他メンバー達の反応を見ても嘘を言っている
感じではない。
 目に力を込めると、青い顔で否定し続ける。
 まるで新しくなった主人に疑われて青くなる奴隷のような反応だ。

2754
正直、こちらが苦手意識を持つ態度だった。
﹁あっ、でも一つだけ気になることが⋮⋮﹂
 ノーラが当時の話を聞いて記憶を思い出したのか、挙手してから
答える。
﹁その日の夜、ララお姉様がベッドを抜け出して外へ出るのを聞き
ました。同じ部屋のベッドで、その時は眠りの意識があさくて周囲
の音に耳を澄ませていたので﹂
 最初はトイレかと思っていたが、すぐには戻ってこず気付いたら
自身も深く眠って朝になっていたらしい。
 ベッドから抜け出しシャナルディアが泊まったスイートルームに
顔を出すと、すでにララが彼女の側にいた。
 自分が寝た後、戻ってきたんだろうと気に留めなかったらしい。
︵もしかしたら、ララが深夜に部屋を抜けだしミーシャを殺したっ
てことか?︶
 オレはあくまで﹃黒﹄がこの街に居たという状況から、彼女達が
ミーシャを殺したのかもしれないと思った。
 もしララが単独で本当にミーシャを殺したとしたら⋮⋮その理由
はなんだ?
 まさかオレが騙され、奴隷にしたことに腹を立てて彼女を殺した
わけではないだろう。
 また一つ、ララ本人に聞くことが出来てしまった。

2755
 オレ達はさらに細かいことを話し合いで決めた。
 その日は皆が疲れているため、洞窟内部で1泊。
 洞窟内部とはいえ一応警戒して、周辺警戒の歩哨の時間を取り決
めた。
 最終的に洞窟内部から出たのは、翌日の昼過ぎだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 魔王が封印されていた洞窟を﹃千里眼﹄で抜け出したララは、魔
物大陸を1人走っていた。
 リュート達に邪魔されないよう距離をとるためだ。
 十分、距離を取ったところで連絡用の魔術道具を出す。
 ポケベルのように一方通行で連絡を入れるだけで、通信などはで
きない。それでも稀少な魔術道具で市場に出ていない代物だ。
 ララが連絡を入れると、少しだけの静寂の後に。
 目の前に黒い人物が空間転移し、姿を現す。
 相手は頭まですっぽりと黒い外套で隠し、ズボン、手袋、ブーツ、
顔を隠す仮面は空気穴1つない。
 お陰で男なのか、女なのか性別すら分からない。

2756
 ララは興奮に頬を紅潮させながら、片膝を突き目の前に現れた人
物に﹃魔法核﹄を差し出す。
﹁ついにオリジナルを手に入れることが出来ました。これで私達の
悲願達成も目前です!﹂
 黒い人は、右手で差し出された﹃魔法核﹄を掴み、宝石を吟味す
るように興味深く視線を向けた。
 そんな彼にララは、先程とはうって変わって硬い声音で話しかけ
る。
﹁また一つご報告があります﹂
 彼女の言葉に黒い人物は、﹃魔法核﹄からララへと顔を向ける。
 ララは頬から冷や汗を一滴流しながら、言葉を絞り出すように報
告した。
﹁魔力開発のさい、実験体に使用し廃人となったミーシャが魔物大
陸の街にいました。彼女が廃人となっていたため、警戒せず目の前
で話をしてしまいました。その時の内容を彼女が覚えていたようで
⋮⋮。すぐに処分しましたが、恐らく彼らに内容を口にした可能性
があります﹂
 黒い人物は報告を聞き終えても身じろぎしない。
 ララも片膝を付いた姿勢で、相手の返答をただ待ち続ける。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォオォオ!!!﹄
 そんな2人の上空をツインドラゴンの群れが通りかかる。
 数は数百。

2757
 全長は約15∼20メートル。
 手で触れたら切れそうな鋭く硬い鱗を全身に纏い、背に広がる翼
で空を自由に飛行している。
 そして通常の竜とは異なる特徴︱︱2本ある首。故に、ツインド
ラゴンと呼ばれる魔物だ。
 ツインドラゴンの群れがララ達をエサと認識。
 再び雄叫びをあげ、我先に彼女達へと殺到する。
﹃オォオォォォォォッォオオォオッォッォ︱︱ッ!!!﹄
 だが、その雄叫びは途中で悲鳴へと変わる。
 もっとも近付いたツインドラゴン達から順番に、内側から破裂す
るように爆砕したのだ。
 異常事態を察して他のツインドラゴン達は早々に逃走しようとす
るが、まるで連鎖したように爆発する。
 数百居た群れは10秒もかからず全滅してしまった。
 ツインドラゴンの血液、内臓、鱗、骨、筋肉など、死体が雨のよ
うに大地へと降り注ぐ。
 なのに未だ2人は動かず、服や体に汚れがつく様子もない。
 ツインドラゴンの死骸が降る中、黒い人物がようやく動き、ララ
へと言葉をかける。
 雨の音が強すぎて2人以外には聞こえない。
 だが、ララは短い言葉をかけられ、すぐに嬉しそうな表情を浮か
べた。

2758
 どうやら彼女は許されたらしい。
 ツインドラゴンの死体の雨が止む。
 ララは立ち上がり、黒い人の腕の中に収まる。
﹁あっ⋮⋮﹂
 シャナルディアやリュート達に向けていた冷酷な様子はない。ま
るで初恋の人に抱き締められている少女のように、ぎこちなく緊張
した表情で腕に収まる。
 そして2人は空間へ溶けるように消えてしまう。
 大地に残っているのは、細切れになったツインドラゴンの死体だ
けだった。
                         <第12章
 終>
次回
第13章  日常編4︱開幕︱
2759
第241話 黒の今後︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、12月26日、21時更新予定です!
軍オタ2巻発売後、初の通常更新です!
とりあえず今回で魔物大陸編は一旦区切り。次回から日常短編話を
やりたいと思います!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

2760
第242話 ノーラのトラウマ?
 リュート
 装備:H&K USPタクティカル・ピストル︵9ミリ・モデル︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 スノー
 魔術師Aマイナス級
 装備:S&W M10 2インチ︵リボルバー︶
   :AK47︵アサルトライフル︶
 クリス
 装備:M700P ︵スナイパーライフル︶
:SVD ︵ドラグノフ狙撃銃︶

2761
 リース
 魔術師B級
 精霊の加護:無限収納
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 装備:PKM︵汎用機関銃︶
   :他
 ココノ
 元天神教巫女見習い。
 魔王が封印されていた洞窟を出発して3日目。
ピース・メーカー
 オレ達、PEACEMAKERメンバーは、ハンヴィーに乗車し
て中継地点都市の一つであるアルバータを目指していた。
 現在、運転はシアに任せている。
 オレは隣の助手席に座っていた。
 後ろの荷台ベンチには左側へスノー、クリス、ノーラが。右側に
メイヤ、リース、元女魔王︱︱現在、幼女姿の少女がリースの膝枕
で未だに眠り続けている。
 彼女は封印場所に残さず、連れてきた。
 その判断を下したのはオレではなく、旦那様だ。
 旦那様は彼女を自分の養女として引き取るため、封印場所から連
れてきたのだ。
﹃魔法核を失った以上、彼女に強い力はもう残されていないだろう。

2762
自分の身すら守れないほど弱体化した以上、好戦的な魔物が多いこ
の地に残しておくのは危険だからな﹄
 それに、と旦那様が付け加える。
﹃彼女は嫌がるかもしれぬが⋮⋮見た目上、魔人種族と名乗れば違
和感を持たれぬ容姿をしている。この地に残るよりずっと生活がし
やすいだろう。一命に賭けて守ると誓った以上、紳士としては破る
わけにはいかないからな!﹄
 さすが旦那様、男前⋮⋮いや、紳士過ぎる。
 確かに旦那様の言う通り、力を失った以上、魔物大陸に居るより
魔人大陸で過ごした方が安全だ。
 なにより旦那様は魔人大陸で有数の資産家である。
 彼女1人を養うぐらい余裕だ。
 奥様も彼女を連れてきたとして、旦那様の不貞を疑うことはない
し、元女魔王だからといって拒絶する器でもない。
 むしろ奥様が、幼女化した元女魔王を滅茶苦茶可愛がりそうだ。
 また安全性という意味では︱︱
﹁むむ! リュートよ! その魔術馬車を止めるがいい!﹂
 ハンヴィーの隣を定員オーバーで乗れなかった旦那様とギギさん
が肉体強化術で身体を補助して並走していた。
 約30km/時で走行している横を筋肉の塊が並走する姿は中々

2763
シュールだった。しかも、半日走っても旦那様は息が切れるどころ
か、汗すらかいていなかった。
 本当にこの人は生物なのだろうか?
 魔術師Bプラス級のギギさんだって同じように半日走って息切れ
していたぞ?
 ちなみに、そんなギギさんを見てハンヴィーに乗ることを勧めた
がやんわりと断られた。どうやらギギさん的にハンヴィーは苦手な
ようだ。
﹁どうかしましたか、旦那様?﹂
 オレはシアに合図を送り、ハンヴィーを停車させる。
﹁どうやらこの先に複数の魔物の気配を感じる。我輩が排除してく
るので少々ここで待っているがいい﹂
﹁えっ、ちょ、旦那様!﹂
 旦那様はオレの返事も聞かず1人走り出す。
 オレは助手席に座ったまま、同じように残されたギギさんに視線
を向ける。
﹁⋮⋮安心しろ。旦那様に任せておけば大丈夫だ﹂
 ギギさんは腰に手を当て軽く呼吸を整えながら断言する。
 あの旦那様ならドラゴン相手でも笑いながら勝ちそうなのは確か
だが、万が一ということもある。
﹁一応、様子を見てきます。皆はここで待っていてくれ。シア、も

2764
しなにかあったらハンヴィーを走らせていいから﹂
﹁了解しました﹂
 助手席からおりるオレに、クリスがミニ黒板を向けててくる。
﹃私も一緒に行きます﹄
﹁⋮⋮それじゃクリスも一緒に行こうか。リース、オレのAKとク
リスのライフルを出してくれ﹂
﹁分かりました﹂
 リースから、それぞれ銃器と予備弾倉などを受け取る。
 スナイパーであるクリスが同行してくれるなら心強い。
 彼女なら旦那様の援護も問題なくこなせるだろう。
 後の指揮を一時スノーに任せて、オレとクリスは旦那様の後を追
った。
 オレとクリスが旦那様に追いつくと、すでに魔物と戦っている最
中だった。
モンスター バタフライ・スパイダー
 相手は魔物大陸の固有魔物である﹃蝶蜘蛛﹄だ。
 港街ハイディングスフェルトから、アルバータへ移動中にオレ達
も一度大軍と出会った。その時は戦うこともせずやりすごしたが⋮
⋮。
バタフライ・スパイダー
 蝶蜘蛛は人間大の蜘蛛の背に、蝶の羽根が生えた魔物である。
 獲物を発見すると追いかけ、場合によっては羽根で飛んで襲いか

2765
かってくる。
 お尻から糸を飛ばし、噛みついて麻痺毒で獲物を動けなくする厄
介な魔物だ。
 外皮はそれほど硬くなく、剣や槍、弓でも倒すことが出来るが、
バタフライ・ス
集団で行動しているため1、2匹倒しても数10、数100の蝶蜘
パイダー
蛛が襲いかかってくる。
 正直、あまり相手にはしたくない魔物のひとつだ。
バタフライ・スパイダー
 旦那様はそんな蝶蜘蛛の大軍と戦っていた。
 その数はパッと見ただけで1000匹は越えている。
﹁はははははっはああははは!﹂
 旦那様が笑い声を上げながら腕を振り抜くたび、10∼20匹の
バタフライ・スパイダー
蝶蜘蛛が粉々に砕け散る。
バタフライ・スパイダー
 一方、蝶蜘蛛の攻撃は⋮⋮彼らは集団で糸を吐き出し、旦那様の
行動を阻害しようとするが、
﹁はっははははは! 何をしたいか分からんが頑張ることはいいこ
とだぞ!﹂
 旦那様は体に絡まり行動を阻害しようとする糸を、まるで気にせ
ず引き千切り拳をかためて攻撃する。
バタフライ・スパイダー
 さらに蝶蜘蛛は噛みつき、麻痺させようとするが魔力の壁に阻ま
れ皮膚にすら届かないでいた。
﹁ふんぬば!﹂
 気合いを入れて一撃。

2766
バタフライ・ス
 旦那様がアッパーで天高く、拳を振り上げると50匹近くの蝶蜘
パイダー
蛛が竜巻に巻き込まれたように粉々になり舞い上がる。
 攻撃後の隙を狙って噛みつくがやっぱり魔力の壁を突破すること
ができない。
 むしろ噛みついた魔力の壁が小爆発。
バタフライ・スパイダー
 噛みついていた蝶蜘蛛の頭部が粉々に砕け散る。そんなことも出
来たのか⋮⋮もうなんでもありだなあの人。
 隣に視線を向けると、クリスもオレと似たような表情をしていた。
バタフライ・スパイダー
 こうして旦那様は30分もかからず蝶蜘蛛の大軍を全滅させた。
 旦那様自身、掠り傷一つ負わず、息も乱さずだ。
 こんな規格外、バグキャラ、チートキャラの側で元女魔王は暮ら
すのだ。
 さらに奥様やギギさんなど腕の立つ人も屋敷にはいる。
 安全性を考えるなら、ブラッド家で暮らすのが賢明な選択だとい
えるだろう。
バタフライ・スパイダー
 旦那様は蝶蜘蛛を全滅させると、オレ達の存在に気が付く。
﹁クリスとリュートではないか。わざわざ迎えに来たのか! はっ
ははははは! まったく父親想いの夫婦だな!﹂
﹁ははは⋮⋮﹂
 オレとクリスは顔を見合わせ、旦那様に微苦笑を浮かべる。
 乾いた笑いしか出てこないや。

2767
バタフライ・スパイダー
 ちなみに倒した蝶蜘蛛の素材は、リースの無限収納に確保。
 さらに移動中、ヘビーロックの群れを旦那様が倒してくれた。
 その素材もリースの無限収納に確保した。
 旦那様が魔物を倒し、リースの無限収納にしまうというコンボの
お陰で、オレ達は楽をして大金を手にする。
 本当に旦那様が味方でよかった!
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 その日、オレ達は適当な平原にハンヴィーを止めて野営準備に取
り掛かる。
 リースがハンヴィーを無限収納にしまいベッドを取り出す。
 一時的にそこへ元女魔王を寝かせた。
 他にも野営に必要な物を出してもらい、オレ達は準備に取り掛か
る。
 さすがに慣れたもので、皆自分の役割をこなした。
 ノーラだけはまだオレ達に慣れていないせいか、自分が何をして
いいか分からず狼狽えている。
 オレはそんな彼女に声をかける。

2768
﹁ノーラ、こっちを手伝ってくれ﹂
﹁わ、分かりました。リュート様﹂
 まさに借りてきた猫状態で大人しく指示に従う。
 オレはノーラと一緒にリースに出してもらった大型テント用具一
式を組み立てる。
 なぜかテントを立てた状態では無限収納にしまえないからだ。
 リース曰く、﹃地面に杭が刺さっているためかも?﹄ということ
らしい。
 しかし流石に慣れているとはいえ、2人では建て難く見かねたク
リスが手伝ってくれる。
﹃リュートお兄ちゃん、ノーラちゃんお手伝いしますね﹄
﹁ありがとうクリス、助かるよ﹂
﹁あ、ありがとうございます、く、クリス様﹂
 クリスの気さくな態度とは正反対に、ノーラはビクビクと落ち着
かない様子で返事をする。
 スノーやリース、シア、メイヤなど他の人達に対してもよそよそ
しいが、クリスに対しては特に気後れした態度を取る。
 理由は分からないが、どうもノーラはクリスが苦手なようだ。
 オレは視線でクリスに問いかける。
﹃何かしたのか?﹄
﹃いいえ、まったく身に覚えがありません﹄

2769
 クリスとも長い付き合いだ。
 彼女もアイコンタクトですぐに否定した。
 では、いったいどうしてノーラはクリスを怖がっているんだ?
 オレはテントを組み立て終えた後、さりげなくノーラに声をかけ
る。
﹁テントの組み立て手伝ってくれてありがとうな。ノーラのお陰で
思った以上に早く終わったよ﹂
﹁いえ、リュート様のお力になるこそがノーラ達の喜びなので!﹂
 彼女は元黒メンバーだけあり、スノー達とはまた違ったベクトル
の慕い方をしてくる。
 反応に困りながらも話を続けた。
﹁何か問題とかない? もしあるなら遠慮なく言ってくれていいん
だぞ。ノーラは今、オレ達の仲間なんだら﹂
﹁い、いえ、皆さんによくしてもらっているので問題なんて⋮⋮﹂
﹁じゃぁ、たとえば苦手な人とか、話がし辛い人とかはいるかな?
 別に責めてるわけじゃなくてあくまでたとえばって話だから﹂
 ちらりとノーラが、調理を手伝うクリスに視線を向ける。
 やっぱり、クリスがどうも苦手らしいな。
 オレの気遣いを察したのか、ノーラが意を決して言葉を吐き出す。
﹁嫌いや敵意があるのではないのですが⋮⋮クリス様はそのちょっ
と⋮⋮﹂

2770
﹁どうして? 歳も近いし話がしやすそうだと思うんだけど﹂
 ノーラは﹃ギュッ﹄と自身の服を強く掴みながら、絞り出すよう
に原因を話してくれた。
﹁ま、前にココリ街でクリス様達から逃げる際、甲冑を着て夜の森
を全力疾走したのになぜか倒されて。止まって振り返って、肉体強
化術で目を強化しても姿が見えないし。また走り出そうとしたら倒
されて、逆に覚悟を決めて戦おうとしたら側で突然爆発したりする
し⋮⋮その攻撃をしていたのがクリス様って知ってノーラ⋮⋮﹂
︵あっ、ノーラがクリスのことが苦手な原因はそれか︶
﹃紅甲冑事件﹄後、クリス達から戦闘の話を聞いた。
 ノーラをSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶で狙撃して、足止め。
 相手が焦れて彼女達を攻撃しようとしたら、通り道に置いた対戦
車地雷を起爆し魔力を削った。
 作戦の中核をなしたのがクリスだ。
 あの逃走劇でノーラはトラウマを植え付けられたのだろう。その
トラウマを植え付けた張本人が目の前に居たらそりゃ挙動不審にも
なるわ。
︵うーん⋮⋮︶
 オレが腕組みして、ノーラをどう慰めようと考えをめぐらせてい
ると。
 突然、後ろから声をかけられる。

2771
﹁リュー⋮⋮﹂
 今まで聞いたことがない声音。
 名前を呼ばれ振り返ると︱︱ベッドで上半身を起こした元女魔王、
今は美幼女の魔王がこちらを見詰めていた。
 彼女とがっちり目が合う。
 彼女は恋する乙女の蕩けた笑顔で、ベッドからオレに向かって﹃
ぴょん﹄とジャンプする。
﹁妾を迎えに来てくれたのだな! あぁ、愛しい人!﹂
 回避は容易いが、元魔王の突然の行動にオレを含めて、全員が作
業の手を止め固まってしまった。
 結果、オレは彼女を避けず受け止めてしまう。
 元女魔王はオレの首に手を回し、唇を重ねてくる。
﹁んっ⋮⋮﹂
 激しい舌づかい。
 元女魔王の舌が緩急をつけて、オレの口内を責め立てる。
︵⋮⋮!?︶
 幼女姿のくせに滅茶苦茶キスが上手い!
 暫し唾液の粘着音が周囲に木霊する。
 気付くと腰が砕けて、オレは仰向けに倒れてしまう。
 それでも彼女は激しく、時に甘く、口づけを交わしてくる。

2772
﹁んっぱ!﹂
 ようやく元女魔王が唇を離す。
 オレはというと昇天一歩手前の状態だ。
 彼女はキョロキョロと辺りを見回し、
﹁ん? ここはどこじゃ?﹂と可愛らしく小首を傾げた。
第242話 ノーラのトラウマ?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、12月29日、21時更新予定です!
皆様、今年の12月24日はいかがお過ごしでしたか?
明鏡シスイは、愛情タップリ明鏡シスイ特製シチューを作りました
! 決め手はカボチャとスイートコーンをたっぷり入れることです。
ニンジンを頑張って包丁で星形に切ったりなんかしました。
フランスパンを買い、特製シチューにひたし食べたら凄く美味しか
ったです♪ そして、食後はもちろん買ってきたクリスマスケーキ
を食べました! 一番小さいホールケーキですけど︵微苦笑︶。そ
んな風に︱︱1人︱︱でクリスマスを過ごしました。

2773
あれ? どうしたんですか? 何か明鏡シスイに問題でも?
ところで話が変わるんですけど、当時、あの瞬間、なぜか受付嬢さ
んの気持ちが痛いほど分かりました。どうしてでしょうね。あはは
っははは!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第243話 元女魔王アスーラ
﹁まさか妾の封印が解かれ、﹃魔法核﹄を奪われてしまうとは⋮⋮﹂
 起き抜け、寝ぼけてオレに襲いかかり唇を奪った元女魔王は完全
に目を覚ます。
 現在はリースが無限収納から取り出した椅子に腰を下ろし、テー
ブルに手をついて深い溜息を漏らしていた。
 この溜息に旦那様が珍しく、落ち込んだ声音で告げる。
﹁申し訳ありません。我輩がいながら後れをとってしまい﹂
 この謝罪にたいして彼女は首を横に振った。

2774
﹁気にするな。今回の一件は﹃番の指輪﹄⋮⋮妾のせいなのだから。
しかし、まさかまだ指輪が存在していたとは。とっくの昔にリュー
が捨てたか、なくしたかと思っていたのだがな﹂
﹁あ、あのその﹃リュー﹄って人は?﹂
﹁うむ、妾の元恋人⋮⋮遙か昔、将来を誓い合っていた者だ﹂
 オレを押し倒し強引にキスした相手、元女魔王︱︱改めアスーラ
が過去を語り出す。
 最初は旦那様から洞窟で聞いた話と被る部分が多かった。
 アスーラは魔法核を制御し、最初の大陸へ移動。
 その大陸で虐げられていた人々と手を取り合い1体目の魔王を倒
した。
 そして倒した魔王から抜き取った魔法核を分割し、人々に分け与
える。
﹁リューは魔術核を受け入れる体質ではなかったが、彼は率先して
前に立ち、気付けば人々を引っ張るリーダー的立ち位置になってい
たのじゃ。人々の前に立ちリーダーシップを発揮するリューの姿と
いったら。はうぅうぅ、格好良かったの﹂
 アスーラは小さな手で両頬を挟み、クネクネと悶える。
 まさか元魔王の惚気話を聞くことが出来るとは⋮⋮。
﹁そして、妾達は協力し次々に大陸を渡り愚かな弟弟子達︱︱皆の
言葉でいうなら魔王達を倒していったのだ﹂

2775
 魔王を全て倒し終わった後、人々は勝利に酔いしれた。
 しかし、問題が全て片付いた訳ではない。
 多数の魔物、以前とはまったく姿形を変えてしまった人々、荒れ
た土地。
 そこでまずリューは人々を纏めるため国を造ることを決める。
 仲間や力の無い弱い人々を守るため︱︱という理由もあったが、
以後他の大陸で国を造る際のモデルケースにしてもらう狙いもあっ
た。
 国名はケスランと名付けられる。
 リューは初代﹃ケスラン﹄の王として即位した。
 また彼の狙い通り、他大陸の住人達も﹃ケスラン﹄を参考に国造
りを始める。
 リューは国だけではなく、五種族英雄を中心に魔物を退治するた
ギルド
め︱︱冒険者斡旋組合の前身となる組織を作る。
 他にも制度や他大陸との貿易、通貨制度制定、人材育成機関など
を率先しておこなう。
 こうして人々は魔王討伐以後、急速に復興していく。
﹁そんな中⋮⋮リューと妾はいつしか互いを愛し合うようになって
いたのだ﹂
 彼女は両頬に手を当て体をくねらせる。

2776
﹁リューは全てが一段落したら結婚して欲しいと、妾にプロポーズ
してきての。妾もすぐに了承したのじゃ。その時、妾が魔法で作り
出したのが﹃番の指輪﹄じゃ﹂
 アスーラの視線がオレの手にある﹃番の指輪﹄へと向けられる。
 彼女の手のひらにもいつのまにか同じ指輪が握り締められていた。
﹁その指輪には、魔術が使えないリューのことを心配して妾の力の
一部を密かに込めておいたのだ。当時全盛期だった妾の魔法核の力
つがい
によって、﹃番﹄の言葉が示す通り、互いの魔力が共鳴し合い、引
き合うように作られておる。⋮⋮しかし、まさかその魔力共鳴力を
封印の解除に使われるとは、さすがに予想できなかったがの﹂
 そして、ある日の夜。
 アスーラはリューに手紙で呼び出された。
 だが︱︱向かった場所に彼はおらず、彼女は五種族英雄達に襲わ
れた。
 呼び出されたその場所には、彼女の力を極端に押さえる特殊な魔
術道具が設置されていたのだ。深手を負いながらもなんとか脱出し
たアスーラは、魔物大陸へと逃げ延び隠れた。
 彼女が昔を振り返り、寂しそうに呟く。
﹁あの五種族英雄達が妾を裏切った理由はなんとなく分かる⋮⋮し
かし、今でもどうしてリューが妾を裏切ったのかだけは分からない
のじゃ。いや、むしろ分かりたくないだけなのかもしれないがの⋮
⋮﹂
 最後はやや自嘲気味に語った。

2777
 そんな気持ちがあったのと封印後︱︱ある意味で寝起きだったた
め、リューに似ていたオレに彼女は飛びつきキスしてきたのだ。
﹁しかし、本当に見れば見るほどリューに似ておるの﹂
﹁そんなに似てますか?﹂
﹁妾の記憶︱︱まぁ、長く生き過ぎて魔法で古すぎる記憶は封印し
ておるが、リュートは出会った頃の若いリューにそっくりだぞ。ま
ぁ、お主がリューの血を引いているのなら当然といえば当然なのじ
ゃが﹂
 そう、リューというアスーラの想い人は、初代ケスラン王。オレ
の何代前かまでは知らないが、ご先祖様だ。
 人種族だっため、すでに亡くなっているはずだ。
 名前まで近いのには驚いたが。
 想い人の子孫と知って、アスーラは乙女な瞳でチラチラとオレを
盗み見てくる。若干、居心地が悪い。
 オレは咳払いしてから、アスーラに今後の話をする。
﹁とりあえず、魔法核が奪われた今、アスーラ様は魔法も魔術も使
うことができないんですよね?﹂
﹁うむ。魔法核を奪われた今、残念ながら力を使うことはまったく
できない。すまぬ﹂
﹁いえ、アスーラ様が謝罪することじゃありませんよ﹂
﹁そ、そうか⋮⋮あと、妾のことは﹃アスーラ﹄と呼び捨てで構わ
ぬぞ?﹂
 頬を染め、まるで少女漫画ヒロインのような表情で訴えてくる。

2778
 どういう態度を取ればいいか分からず、とりあえずオレは微苦笑
だけして誤魔化した。
﹁なら安全を考え旦那様のお屋敷⋮⋮魔人大陸へと移られるのが最
善だと思いますが、よろしいですか?﹂
﹁リュート達はどうするのだ?﹂
レギオン
﹁オレ達は軍団がある獣人大陸、ココリ街へと戻るつもりです﹂
﹁妾もリュート達と一緒に行っては、やはり迷惑か⋮⋮?﹂
 幼女姿のせいもあり、縋るように向けられる上目遣いに心が揺り
動かされる。
 答えに詰まっていると、旦那様がタイミング良く口を挟んでくれ
た。
﹁アスーラ様、我が儘を言ってはなりません。ご自身の安全を考え
れば、我輩の屋敷に住むのが最善ですぞ﹂
﹁⋮⋮そうだな。すまぬ、リュート、我が儘を言った﹂
﹁いえ、気にしないで下さい﹂
 オレ個人としては連れ帰ってもいいが、彼女の安全を考えたらそ
れはできない。
 アスーラもそれを理解しているため、﹃旦那様の奴隷解除﹄など
を楯に無理を通そうとはしなかった。
﹁さて、難しい話をここまでにして夕食にしましょう! アスーラ
様も是非! リュート達の作る食事はとても美味ですぞ! ははは
はっはっははっははあ!﹂
﹁久しぶりのまともな食事じゃから楽しみじゃの!﹂
 旦那様の笑い声に、アスーラは空気を読んで賛同する。

2779
 良い人だからこそ、彼女には危険な目にはあって欲しくない。
 そして、オレ達は旦那様の言葉をきっかけに遅くなってしまった
夕食を摂った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 アスーラが目覚めた後、オレ達は予定を変えず目的地のアルバー
タを目指した。
 行き同様、約半月ほどでアルバータへと戻ってくることができた。
 直接、街にハンヴィーで乗り込むようなマネはせず、徒歩約1時
間程度かかる位置で収納。
 以後は街まで歩いた。
 アスーラには申し訳ないが、頭まですっぽり隠せるコートに袖を
通してもらった。念のため姿を隠してもらう。
 アルバータの門が見えてくると、否応なく気分が高揚する。
 なぜなら久しぶりに夜、歩哨などせず柔らかいベッドで眠ること
ができる。
 屋台や飲食店での食事も楽しみだ。
︵すぐには動かず、しばらく2、3日はアルバータで英気を養うの

2780
もいいかもしれないな︶
 そんなことを考えながら門をくぐると︱︱
﹁お帰りなさい、ギギさん! そして、その他の方々!﹂
 なぜか帰る日付も日時も連絡していないのに、受付嬢さんが当然
と言わんばかりに街の出入り口で出迎えてくれる。
 ギギさん、旦那様、アスーラ以外のオレ達全員が凍り付いている
のも無視して、受付嬢さんが笑顔で近付いてきた。
﹁お帰りなさいませ、ギギさん。探していた人は見付かったようで
すね。おめでとうございます!﹂
 まるで夫を出迎える新妻のように、受付嬢さんがギギさんへ満面
の笑みを向ける。
﹁お陰様で無事、旦那様を連れ戻すことができました。これもリュ
ートやお嬢様達のお陰です。ところでどうしてここに?﹂
 ギギさんは当然の疑問を受付嬢さんに尋ねる。
 彼女は待ってましたとばかりに笑顔で告げた。
﹁今朝起きた時、なんだか今日、ギギさん達が帰ってくるような気
がして。だから、偶然、たまたま、気分転換のついでにここへ来た
ら、本当にギギさん達が帰ってくるのに気付いたのでお出迎えした
んですよ! なんだか、これって凄く運命を感じますよね!﹂
 個人的には執念、いや、執着、怨念といったオドロオドロしいも

2781
のを感じるんですが⋮⋮。
 ギギさんは、両頬を手で押さえて恥ずかしそうに体をくねらせる
受付嬢さんに対して﹃そうだったんですか﹄と今の説明で納得して
しまう。
 受付嬢さんのあからさまな﹃運命の相手はあ・な・た﹄的な空気
にギギさんはまったく気付かず、1人納得していた。
 そんな彼の鈍さにもドン引きしていると、旦那様も空気を読まず
2人に声をかけた。
﹁ははっははっはああ! ギギ、彼女とは随分親しそうだな!﹂
 旦那様の楽しげな声音に、受付嬢さんの視線が向けられる。
 旦那様は紳士らしく、まずは自ら挨拶をする。
﹁初めましてお嬢さん。我輩はダン・ゲート・ブラッド伯爵! 誉
れ高き闇の支配者、ヴァンパイア族である!﹂
﹁ダン・ゲート・ブラッド⋮⋮えっ、ダン・ゲート・ブラッドって
言ったら⋮⋮え? 本物?﹂
 受付嬢さんが旦那様の紹介に目を白黒させる。
 途中で、自身が失礼な態度を取っていることに気付き慌てて謝罪
を口にした。
ギルド
﹁す、すみません! 私、冒険者斡旋組合で受付嬢をしているので、
ダン・ゲート・ブラッド様のお話を色々聞いてて、まさかギギさん
がお捜しになっていた人があの伝説の人だったんで驚いてしまって。
失礼しました﹂

2782
﹁ははははははあ! 気にする必要はない! それに我輩が冒険者
だったのは昔の話! そう、構えなくても大丈夫だぞ!﹂
﹁あ、ありがとうございます﹂
 本人から許しを得たため、受付嬢さんがほっと胸を撫で下ろす。
 てか、旦那様は過去、冒険者としていったい何をやらかしたんだ
? なんか伝説云々とか言ってたようだけど⋮⋮。
 この人のことだから色々やらかしたんだろうな⋮⋮。
 受付嬢さんと旦那様の会話が一区切りついたのを確認して、ギギ
さんが改めて彼女を紹介する。
ギルド
﹁先程、本人の口から話していたように冒険者斡旋組合で受付嬢を
している方で、リュートの冒険者駆け出し時代からお世話になり、
クリスお嬢様も姉のようにお慕いしているそうです。その関係で自
分にも色々気にかけて頂き、旦那様を捜す手助けをしてくださった
のです﹂
 手助けというか、ギギさんに気に入られるため、竜人大陸の冒険
ギルド
者斡旋組合受付嬢という立場を利用して、美味しいクエストを優先
的にまわしてきただけのような気がするが⋮⋮言ったら酷いことに
なるから絶対に口にしない。
 しかし、空気を読まない旦那様がオレが胸中で考えていた以上の
爆弾を投下する!
﹁そうか! そうか! ははははっはっははあ! 我輩はてっきり、
仲が良いからギギの恋人かと思ったぞ!﹂
﹁ちょ!? 旦那様!?﹂

2783
 オレは思わず、上擦った声をあげる。
 なんてことを言うんだ!
 ほらみろ! 受付嬢さんが今まで見たことのない幸福そうな表情
を浮かべているじゃないか!
 ギギさんの雇い主である旦那様から﹃恋人に見える﹄という言質
を取った。そのアドバンテージはかなり大きい。
 さらに全身から、ギギさんがどんな答えを出すか待っている。
 彼の返答内容によってギギさんの中で、受付嬢さんがどの位置に
居るのか把握することができる。もし好感度が高いようなら、今夜
にでも彼女はギギさんを捕食︱︱いや、押し倒し、逃げられないよ
うに既成事実を作り出そうとするかもしれない。
 オレ達はギギさんの返答を待つ。
﹁いえ、恋人ではありません。ただの知り合いです﹂
﹁ぐふッ!﹂
 ギギさんは気負った様子も気恥ずかしさもなく、天気の話をする
ように断言する。
 先程まで幸福そうな表情を浮かべていた受付嬢さんが、ボディー
ブローを喰らったボクサーのように体を折り曲げた。
﹁クリスお嬢様とリュート達と仲が良く、その延長上で自分に良く
してくださっている友人ですよ﹂
﹁げほッ!﹂
 受付嬢さんはギギさんが口を開くたび、ダメージを受ける。
 彼女の努力とは裏腹に、ギギさんにまったく意識されていないこ

2784
とを知ったのだから当然といえば当然だが。
 ギギさんの話はまだ続く。
﹁彼女と恋人になるなんて考えたこともありませんよ。いくら旦那
様でも、自分のような愚か者と彼女と恋人同士にするなんて失礼で
すよ。あくまで彼女は自分にとって大切な友人なのですから﹂
 止めてあげてギギさん! もう受付嬢さんのライフは0よ!
 ギギさんの台詞に受付嬢さんは真っ白な灰のようになっていた。
 正直、受付嬢さんのことを﹃魔王﹄とかいって怖がっていたけど、
今はただひたすら可哀相で涙が出そうだ。
 もう誰でもいいから、いい加減彼女のことを幸せにしてあげて欲
しい。
 オレは思わずそんなことを考えながら、まったく脈のないことを
知り落ち込んでいる受付嬢さんを悲しげな瞳で見つめることしかで
きなかった。
2785
第243話 元女魔王アスーラ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、1月1日、21時更新予定です!
ついに今年ももうすぐ終わりです!
今年は色々ありました⋮⋮。ここまで来れたのも、軍オタを読んで
下さり応援して下さった皆様のお陰です。本当にありがとうござい
ます!
来年も書籍版軍オタ・なろう版軍オタを頑張って書いていきたいと
思います! 今後とも是非よろしくお願いします!
またついに! ファンの方から軍オタ2巻を記念してイラストを初
めて送って頂けました!

2786
totto様、本当にありがとうございます!
寂しいクリスマスを送っていたと思ったら、まさかまさかのクリス
マスプレゼントを頂けるとは! サンタさんは本当に居たんだ!
折角なのでアップ許可を頂きましたので、以下に載せさせて頂きま
す。
改めて、totto様、イラストをお送り頂き本当にありがとうご
ざいます!
<i136747|12685>
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
2787
第244話 リースとのお出掛け
 受付嬢さんとギギさんのやりとり後︱︱受付嬢さんは白い灰状態
のままふらふらとどこかへ去ってしまった。
 ギギさんが心配して後を追いかけようとしたが、傷口にハバネロ
を塗り込む行為を見過ごすわけにはいかず、彼をやや強引に引き止
めた。
 そのままオレ達は宿屋へと宿泊。
 正直、アルバータで2、3日休み英気を養うつもりだったが、ギ
ギさんに一方的に振られた反動で受付嬢さんが何をしでかすか分か
らない。
 それにこれ以上、受付嬢さんとギギさんを接触させて、彼女が一
方的に傷つく姿を見たくない。
 なんだかんだ言って、受付嬢さんに色々お世話になったわけだし。

2788
 だから、翌日にはさっさと移動を開始すると宣言。
 これに対してギギさんが、
﹁皆、移動で疲れているこの街で休み英気を養うべきではないか?﹂
と言い出した。
 誰のせいでこういう決断をしたのか1から説明したかったが、受
付嬢さんの名誉のためにもオレは適当な言い訳を並べることにする。
 早く港街ハイディングスフェルトに戻らないと、レンタル飛行船
の空きがなくなるかもしれないとオレが言うと。
 クリスが、すぐにでも奥様に旦那様を引き合わせたいと横から援
護してくれた。
 クリスには甘いギギさんは、彼女の提案に反論せずすぐに賛成へ
とまわった。
 ある部分は本当にチョロいんだよな、ギギさんは⋮⋮。
 彼以外にはこの決断に、反対の声を上げる者はいなかった。
 そして翌日。
 アルバータを出たオレ達が次に目指した街は、港街ハイディング
スフェルトへ。
 一応、出発前にエル先生の双子の妹であるアルさんに挨拶をする

2789
ために、彼女の勤め先に顔を出した。
 しかし支配人曰く、ミーシャの一件で、オレと関わりのある彼女
は別の街の支店へと移籍させられたらしい。
 ミーシャ殺害犯として疑われているらしいオレと知り合いだと広
まったら、誰も怖がってアルさんにお金を落とさなくなるのでは、
という事を危惧したとのことだった。
 完全に誤解なんだが⋮⋮移籍した後で言っても仕方ない。
 一応、アルさんが移った街の名前を聞いてはおいたが、わざわざ
会いに行くつもりはない。
 正直に言えばもう二度と会いたくない人だ。アルさんと顔をあわ
せるたび、オレの中の大切なモノがごりごりと削られていく気がす
るからだ。
 けど、そういう相手に限って、絶対にまたどこかで嫌でも顔をあ
わせるんだよな⋮⋮。
 変な確信を抱きながら、オレはハンヴィーのハンドルを握り締め
る。
 ちなみに前回は商隊の護衛について移動したため、ハンヴィーが
使えず港街ハイディングスフェルトからアルバータまで10日ほど
かかってしまったが、今回は数日で辿り着くことができた。
 港街ハイディングスフェルトに付くと、ギギさんに言った建前上、
レンタル飛行船屋へとすぐに足を運んだ。
 しかし、嘘から出た誠ではないが、飛行船が全て出払ってしまっ
ていた。

2790
 どんなに急いでも後半月ほどは戻って来ないらしい。
 運が悪いとしか言い様がない。
 他の港街へ移動して、レンタル飛行船を探すことも考えたが、さ
すがに移動に継ぐ移動で疲れた。
 とりあえず、ハイディングスフェルトで数日休むことにした。
 他街へ行ってレンタル飛行船を借りるかどうかは、休日が終わっ
た後に考えればいい。
 こうしてオレ達は久しぶりにダラダラとした時間を得ることがで
きた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 港街ハイディングスフェルトは魔物大陸の玄関口だけあり、物資
や輸出される品物が多数ある。
 そのため露店を見て回るだけで1日楽しむこともできた。
 元女魔王であり、今は幼女の姿のアスーラがとても珍しがり、そ
んな露店を見て回っていた。スノーやクリスは彼女の護衛役として
念のため付いてもらった。
 旦那様、ギギさんは気晴らしと称して街の外へ出て魔物退治をし
ている。
 帰ってくると旦那様は宿の中庭で筋肉トレーニングを始める。

2791
 ギギさんも旦那様に付き合いトレーニングしていた。2人とも少
しは休めばいいのに⋮⋮。
ギルド
 オレは元﹃黒﹄のノーラ、メイヤを連れて冒険者斡旋組合への事
務処理、念のため飛行船レンタル屋に他の街からここに飛行船を寄
こすことはできないか、などの交渉を担当している。
 やはり他街でも飛行船は使用されてしまい、当分空きはないと断
られてしまった。
 そんな風に2日ほどハイディングスフェルトで過ごす。
 唯一、リース&シアは外へ出ず2日間宿に篭もっていた。
 リースの元気がない。
 あまり部屋の外にも出ず、シアが淹れた香茶を手に何か考え込ん
でいる事が多い。
 シアはリースの護衛メイドとして、彼女の側に影のように付き従
っていた。
 リースが考えていることはなんとかなく分かる。
 実姉、ララ・エノール・メメアについてだろう。
 ララが﹃黒﹄を裏切り、アスーラから魔法核を奪い取った。
 恐らくその魔法核で何か大きなことをやるつもりだと、リースで
なくても分かる。
 実妹である彼女は、そんな姉のことで頭を悩ませているのだろう。
 リースの気持ちも分かるが、部屋に閉じ籠もって悶々と考え込む

2792
のは体に悪い。彼女の夫として、リースを励ますためにも行動を起
こすべきだ。
 3日目の朝。
 朝食を摂り終えると、旦那様とギギさんは筋肉を震わせるため魔
物退治へとでかけてしまう。
 スノー、クリス、アスーラは今日、どこへ出かけるかの話し合い。
 メイヤは武器のメンテナンス。
 ノーラは借りてきた猫のように隅で大人しくしている。
 リースはシアが淹れた香茶を前に、ここ2日で見慣れた考え込む
姿勢になる。
 そんな彼女を外へ誘うため、オレは声をかける。
﹁リース、ちょっといいか?﹂
﹁⋮⋮なんでしょうか?﹂
﹁これからウォッシュトイレの改良に使えそうな物を探しに店を見
て回ろうと思うんだけど、折角だから一緒に行かないか?﹂
 この言葉にリース含めて、女性陣から﹃うわぁ⋮⋮﹄という瞳で
見詰められる。メイヤだけが羨ましそうにこちらを見ている。
 リースを除いたスノー達には、彼女を励ますため今日は外へ連れ
出すと事前に断りを入れておいた。
 だから、リースが渋らないようにスノー達には背中を押すフォロ
ーを頼んでいた。なのにまるで、フォローを入れるどころかリース
に同情的な視線を向けている。
 なぜだ?
 リースはぎこちない笑顔を浮かべながら、返答する。

2793
﹁お、お誘い頂いてありがとうございます。でも、私には専門的な
ことは分かりませんが、それでもいいのですか﹂
﹁もちろん。第三者の意見が欲しいんだ。だから、難しいことは考
えなくても大丈夫。それじゃ準備もあるだろうから、30分後に宿
の前で待っているから﹂
﹁わ、分かりました。それでは準備しますね﹂
 オレはやや強引に約束を取り付ける。
 こうしてオレは無事、リースを外へ連れ出すことに成功した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 シアの手を借り、約束通り30分で準備を終えたリースが宿の前
に姿を現す。
 オレは彼女と腕を組み、早速ウォッシュトイレ改良に使えそうな
品物がないかリースと一緒に店を回り出した。
﹁見てくれリース、こっちの海綿。獣人大陸にあるのより硬い。こ
れに柄を付ければ、ウォッシュトイレの便座を洗うのにちょうどい
いかもしれない﹂
 一応、新純潔騎士団本部にもスポンジ代わりの海綿があるが、柔
らかすぎる。そのためウォッシュトイレ掃除用にはやや物足りなさ
を感じていた。
 もっとガッチリ汚れを落とすため、もう少し硬めのが欲しかった

2794
のだ。
 まさか一件目の店で、ウォッシュトイレ掃除具に使えそうな品物
が見付かるとは幸先がいい!
 隣に居るリースを振り返ると、﹃えっ、なんで。まさか本当にウ
ォッシュトイレ巡りをするなんて⋮⋮これって私を元気付けるため
にわざとやっているのでしょうか?﹄と困惑した表情をしていた。
 なぜだ? こんな素晴らしい物を発見したというのにどうしても
っと喜ばないのだろう?
﹁⋮⋮リュートさんは本当にウォッシュトイレがお好きなのですね﹂
 おかしい。
 リースに嫌味っぽい台詞を言われたような気がするのだが⋮⋮い
やきっと気のせいだろう。
﹁ああ、もちろん好きだよ。リースもウォッシュトイレは気に入っ
てるだろ?﹂
﹁えっ、はい、その気に入ってはいますが⋮⋮﹂
﹁そうか! やっぱりリースもウォッシュトイレが大好きか! そ
う言ってもらえると本当に嬉しいよ! リースありがとう!﹂
﹁も、もうリュートさん! そんな大きな声を出さないでください
!﹂
 オレの声に他の客が何事かと振り返ってきた。
 リースが赤くなり、頬を膨らませる。
 大声を出してしまったのは不味かったが、何をそんなに恥ずかし

2795
がっているんだ?
﹁も、もうリュートさん。他のお店に行きますよ!﹂
﹁ちょ、ちょっと待ってくれ! この海綿だけ買わせてくれ! ウ
ォッシュトイレ掃除道具の試作品を作りたいから﹂
 恥ずかしそうな赤い顔で無理矢理店外へ出ようとするリースを押
しとどめながら、なんとか海綿を購入する。
 こんな風にオレとリースは他の店々を見て回り、時には品物を買
ったりした。
 店を見て回るのが楽しくて、昼を過ぎてしまう。
 買い物疲れと空腹を癒すため、オレとリースは手頃な食堂へと入
る。
 昼食の時間を過ぎたせいか、ホールに座る客の姿は少ない。お陰
でゆっくりと休憩と食事ができるというものだ。
 ウェイトレスに注文を終えると、リースがお礼を言ってきた。
﹁今日はありがとうございました。気を遣ってくださって﹂
﹁⋮⋮気付いてたのか?﹂
 彼女はオレの反応が面白かったのか、口元に手を当てくすくすと
笑う。
﹁当たり前じゃないですか。2人で出かけると声をかけられたのに、
スノーさん達が自分もと名乗りでない時点で分かりますよ﹂

2796
 確かに根回しをしなかったら、スノー達も一緒に行くと言い出し
ていただろう。
 リースは突然、遠い目をして、
﹁ですが、まさか本当にウォッシュトイレ関係の買い物をするとは
想像できませんでしたが⋮⋮﹂
﹁最初からするって話をしていたと思ったんだけど⋮⋮﹂
﹁それは言葉の綾でもう少しこう⋮⋮いえ、なんでもありません。
兎に角、気を遣って頂いてありがとうございます。⋮⋮嬉しかった
ですよ﹂
 リースは柔らかな微笑みを浮かべる。
 オレは彼女の再度の礼に微苦笑を浮かべる。
﹁何言ってんだよ。気を遣うも何も、オレ達は夫婦だろ? 嫁が悩
んでいるなら、気分転換やその手助けをするのは夫として当然じゃ
ないか﹂
﹁リュートさん⋮⋮﹂
 リースはオレの言葉に熱い視線で見詰め返してくる。
 このいい雰囲気を利用して、話を切り出す。
﹁だから、何か問題や悩みがあるなら相談にのるぞ。もしそれが解
決し辛いなら、話をするだけでも気持ち的には楽になると思うけど﹂
﹁⋮⋮そうですね。リュートさんにはお話を⋮⋮いえ、ぜひ相談さ
せてください﹂
 リースはまっすぐ決意を固めた強い瞳で、オレを改めて見つめ直

2797
す。
 そして彼女はあの元女魔王の洞窟でララ︱︱リースの実姉との戦
いを詳細に説明してくれる。
 ビーンバッグ弾︱︱非致死性装弾がまったくララに効かなかった
ことや、銃器が無い状態の姉と自分の実力差について。
 彼女は淡々とオレに聞かせた。
﹁︱︱つまり、銃器の力がなく姉と対峙した場合、私は手も足も出
せず敗北します。10回やって10回ともです。ですが、現在の非
致死性装弾では、姉を無力化するのは難しいのです﹂
﹁だから、もっと強力な武器をオレに作って欲しい、と?﹂
 確かに現在、ココリ街、新純潔騎士団本部にある兵器開発専門研
究でリース向きのに手をつけている。恐らく今でもオレとメイヤを
除く、唯一の研究員であるルナが研究&製造をおこなっているだろ
う。
 オレの言葉に、彼女はゆっくりと首を縦に振る。
﹁私は国を出る際に、お父様に﹃絶対に、五体満足で父様の前に姉
様を連れて参ります﹄と約束しました。だから私は決めたんです。
絶対に姉妹で殺し合いはしないと。だから、リュートさんにはララ
姉様も倒せる非致死性兵器を開発して欲しいのです﹂
 リースは自分の決意した道を歩む覚悟を瞳に抱き、夫であるオレ
に頼む。
 愛する妻が決めた道だ。
 もちろん、夫であるオレは最大限サポートする!
﹁了解。それならいくつか案があるから任せてくれ!﹂
﹁ありがとうございます! リュートさん!﹂

2798
 そして、丁度話の区切りにウェイトレスが食事を運んでくる。
 海が近いため海鮮メインの料理が並ぶ。
 魚まるごと1匹焼いた塩焼き。
 貝の蒸し焼き。
 小さなカニやエビ、魚のぶつ切りが入った赤いスープ。
 おおぶりのパンがふたつ。
 サラダ。
 飲み物は果実水で、デザートまである。
 適当に頼んだが、2人ではちょっと多すぎる量だ。
 リースと互いに顔をあわせて微苦笑してしまう。
﹁とりあえず食べようか﹂
﹁そうですね﹂
 そしてオレ達は、好きに手を伸ばす。
 先程のリースの要望に叶いそうな非致死性兵器の話や、他たわい
ない話をしながら、オレ達は楽しく食事を摂った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 以下、番外編。携帯ウォッシュトイレ︵暫定完成版仕様︶を使用
した時の反応。

2799
 アスーラの場合。
 使用中︱︱﹃ぐっはぁ! んんんぅ! 温かいのが無理矢理、妾
のお尻の中に入って︱︱ぁっ! そんな奥まで! 駄目なのじゃぁ
!﹄
 使用後︱︱﹃温水でお尻を洗い、温風で乾かし、便座まで温め、
音を鳴らし音を消し、さらに携帯までさせるとは⋮⋮なんと魔王的
発想・機能力なのじゃ!﹄
 ギギさんの場合。
 使用中︱︱﹃ぬぅッ!? ぐうぅうぅ⋮⋮ッ!﹄
 使用後︱︱﹃⋮⋮確かに新しいトイレだと思うが、俺は今までの
で十分だ﹄
 旦那様の場合︱︱体が大きすぎて携帯ウォッシュトイレ︵暫定完
成版仕様︶の室内にまず入れず反応を確認することができなかった。
2800
第244話 リースとのお出掛け︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月4日、21時更新予定です!
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!
無事、お餅も伊達巻き、紅白かまぼこも1人で食べました。お餅は
久しぶりに調理したので少々焦がしてしまいました。なので焦げた
部分をはがしながら、1人で食べました。お餅はあんこ、きなこ、
醤油など色々味つけできますが、個人的には何もつけず食べるのが
好きです。なんか知らないんですけど、飽きないんですよね。だか
ら1人で今日は昼ご飯代わりにお餅を3つほど食べました。また自
分は伊達巻きが好物なので、1人では少々多めの量を買い込み1人

2801
で食べました。
⋮⋮1月1日。元旦。ウォッシュトイレの話を真剣に書きながら、
1人で年越しも、正月も過ごしました。
⋮⋮べ、別に悲しくないし! 本当だし!
︱︱むしろ1が揃って目出たいかもしれない。⋮⋮そんな1月1日
でした。
また今回、感想返答を書きました。よかったらご確認ください。
さらに、2巻のネタバレOK活動報告に書かれた感想の返信も﹃タ
イトル:軍オタ2巻ネタバレOK活動報告﹄に書かせて頂きました。
こちらには改めて、明鏡シスイが2巻を書いた時に思ったこと、あ
った出来事を書かせて頂きました。2巻ネタバレが含まれますので、
まだ軍オタ2巻を読んでいない方はご注意ください。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶ 2802
第245話 筋トレとバー
 港街ハイディングスフェルトに入って10日ほど経った。
 今日、オレは泊まっている宿の中庭で上半身裸、ズボンという姿
で立っていた。
 隣に立つ旦那様が嬉しそうに声をあげる。
﹁はははははっはあ! リュート! それでは早速、始めようか!﹂
﹁は、はい、旦那様、あのできればなるべくお手柔らかにお願いし
ます﹂
﹁はははっはあ! それは少々難しいな!﹂
 旦那様にいい笑顔で却下される。

2803
﹁ではまず足の筋肉から鍛えるとしよう! リュート、遠慮無く好
きな像を手にとってくれ!﹂
 オレは目の前に並べられた像︱︱アスーラが眠っていた地下で、
旦那様が筋トレに使っていた像だ。旦那様は思い入れがあったため、
リースの無限収納に入れてもってきたのだ。
 そしてオレは一番小さな像を選ぶ。
 旦那様は逆に一番大きな像を選んだ。
 なぜ、オレが旦那様と一緒に筋トレをしているかというと︱︱話
は昨日の夜、食後の団欒に戻る。
﹁旦那様の夢ですか?﹂
 食後、旦那様が宿泊しているスイートルーム︵魔物を退治して素
材を換金して自分で支払っている︶の居間で旦那様、オレ、クリス
が家族水入らずに談笑していた。
 たまには家族で︱︱という周りからの気遣いだ。
 シアはなぜか給仕としていつの間にか存在し、香茶のお代わりを
旦那様に注いでいる。
 旦那様も使用人に傅かれる生活には慣れているため、戸惑いもせ
ず堂に入った態度で応対していた。

2804
 そんな旦那様が話題の流れから、自身の夢を語り出す。
﹁実は息子が出来たら、一緒に筋肉トレーニングをするのが夢だっ
たのだ﹂
 旦那様は手を挙げ、甘い菓子をシアに持ってこさせる。
 彼女もまるで長年勤めたメイド︱︱それこそメルセさんのように、
滑らかな動きで旦那様の指示に従う。
 なんでこの2人はそこまで自然な態度をとれるんだ? オレの知
らないところで打ち合わせでもしたのだろうか?
 旦那様は甘い菓子をつまみ、香茶を飲み語り出す。
﹁自分達の宿代や生活費、移動費などを稼ぐためこの街に来てから
ギギと2人、魔物退治などをやって資金は十分貯まった。しばらく
はのんびりしようと思っているのだよ﹂
 旦那様の言葉通り、2人は港街ハイディングスフェルトについて
から、街の外に出ては魔物を倒していた。
 別にストレス解消のためではない。
 自分達の生活費や魔人大陸に帰るための旅費などを稼いでいたの
だ。
 最初、オレはそれぐらいの資金は出すと言ったのだが、2人とも
固辞。
 結局、2人は魔物を退治して短期間で目標金額を稼ぎ出した。
 ⋮⋮しかしその弊害か、2人が狩りまくったせいでハイディング
スフェルト周辺から魔物の姿がなくなったらしい。
 どんだけ乱獲したんだよ。

2805
﹁だからこの休みを機に、リュートという義理息子が出来たのだか
ら、我輩の夢を叶えたくてな。暇な時間があるなら付き合ってくれ
ないだろうか?﹂
 オレより先にクリスが反応を示す。
﹃リュートお兄ちゃんが、お父様のようにムキムキになるのですか
?﹄
 暫く考え込むクリス。
 突然、肩を掴み真剣な表情で迫ってくる。
﹃リュートお兄ちゃん、お兄ちゃんは今のままで十分素敵です! 
だからあんまり筋肉をつけるのは止めてください!﹄
 クリスはいったい何を想像したのだろうか。
 オレは彼女を安心させるように声をかける。
﹁どんな想像をしたか分からないけど、いくら頑張ったってオレが
旦那様のような筋肉をつけるなんて不可能だよ﹂
 オレはクリスを落ち着かせながら、旦那様に向き直る。
﹁分かりました。では明日で良ければ、自分も特に用事はありませ
んので筋トレにお付き合いします﹂
﹁そうか、そうか! なら明日、宿の中庭を借りて早速トレーニン
グに励もうじゃないか! はははははははっはは!﹂
 オレの返答に旦那様は心底嬉しそうに声を上げる。

2806
 これほど喜んでもらえるなら了承した甲斐があるというものだ。
 また相手は嫁であるクリスの父。
 義父の願いなら無下にはできない。
 ︱︱そして、話は冒頭へと戻る。
 筋トレするのはいいが、どうして上半身裸にならなければいけな
いのかが疑問だが。
 オレは旦那様の指示に従い一番小さな像を担ぐ。
﹁さぁリュート! 存分に筋肉を震わせるぞ!﹂
﹁はい、旦那様!﹂
 そしてスクワットを一緒に開始した。
﹁1! 2! 3! 4! 5!﹂
 オレは声を出し、膝を曲げて、伸ばして繰り返す。
 旦那様もオレの掛け声に合わせて、同じペースでスクワットをす
る。
﹁どうだ! リュート! 筋肉が震えてきたか!﹂
﹁は、はい! 震えてきました!﹂
﹁そうか! そうか! はははははっはははっはは! それではも
っと震わせていくぞ!﹂
 こんな調子で旦那様と筋トレが続く。

2807
 最初はまだ余裕があったから、このように受け答えしながら体を
動かすことができたのだが。
﹁どうした、リュート! 動きが止まっているぞ!﹂
﹁は、はい! す、すみません!﹂
 息を切らしながら、オレはスクワットを繰り返す。
レギオン
 オレだって現役の軍団幹部だ。体力&技術維持のため筋トレもす
るし、ランニングや射撃、格闘、他戦闘技能訓練を継続しておこな
っている。
 体力には自信があったが、旦那様の筋トレは想像以上に過酷だっ
た。
 一番最初のスクワットを始めて未だに終わらせようとしないのだ。
 むしろ、旦那様はウォーミングアップがようやく終わったと言い
たげに、速度を上げる。
﹁はははっははははあ! リュート! やっぱり筋トレは最高だな
!﹂
﹁は、は、はい。さ、最高です﹂
 オレは息も絶え絶えになりながらも、なんとか返答する。
 体からは汗が滝のように流れ出ているが、反対に旦那様は一滴の
汗も垂らさずさらに速度を加速させる。
 本当にこの人は怪物だ⋮⋮ッ。
 それからどれぐらい経っただろう。
 ようやく旦那様が終了の声をあげる。

2808
 背負っていた石像を地面に下ろすと、オレは膝に手を付いて息を
切らす。
︵まさか最初のスクワットだけでこれほど体力を消耗するとは⋮⋮︶
 正直、旦那様の筋トレを甘く見過ぎていた。
 迷わず了承した昨日の自分を殴ってやりたい⋮⋮ッ。
 そんなオレの後悔とは正反対に旦那様は喜々として、次の訓練メ
ニューに移ろうとしている。
﹁さぁリュート! 軽く体もほぐした所で次は腹筋にいくぞ! 腹
筋が終わったら、次は背筋、胸筋、腕、肩などの筋肉も満遍なく鍛
えていくぞ! まったく義理息子とやる筋トレは最高だな! あは
はっはははっはっははは!﹂
 旦那様はいつもより楽しげに笑い声をあげる。
 逆にオレは旦那様が提示した訓練メニューを前に絶望をしか感じ
なかった。
 どうやらオレは今日、命を落とすらしい。
 異世界に生まれ変わり、今まで生きてきて一番強く命の危険を感
じた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

2809
 旦那様と筋トレをした翌日、夜。
 オレはギギさんと一緒に宿屋の地下にあるバーカウンターで酒精
を飲んでいた。
 昨日は旦那様の夢﹃息子ができたら一緒に筋トレをしたい﹄を叶
えるため、中庭で筋トレに付き合った。
 結果、旦那様のハードな筋トレを体験する羽目になり、死にそう
になった。
 それでもクリスの父、オレの義父である旦那様を悲しませないた
めにも、残りの筋トレメニューを様々な精神的犠牲を払い、なんと
か根性でやりきった。
 その日は汗だらけの体にも関わらず風呂も着替えもせず、そのま
まベッドへ気絶するように眠った。
 翌日、全身の骨が折れ、筋肉が千切れたんじゃないかと疑うほど
の痛みに襲われる。
 とりあえずスノーの治癒魔術で全身を癒してもらった後、嫁達の
手を借り風呂&着替えを済ませる。
 まるで要介護老人のようだった。
 治癒魔術のお陰で朝方は辛かった筋肉痛も大分マシになったが、
体は怠く昼間はずっとベッドで横になった。
 お陰で寝過ぎたため、夜になっても目が冴えてしまっていた。
 そんなオレにギギさんが声をかけて来てくれて、睡眠薬代わりに
宿屋地下1階のバーで男2人酒精を飲むことになったのだ。

2810
﹁リュート、今朝は大変だったらしいな﹂
﹁昨日の旦那様と一緒にやった筋トレで全身筋肉痛になっちゃって
⋮⋮。でも、治癒魔術をかけてもらったお陰で今は体がだるい程度
で済みましたが﹂
﹁そうか﹂
 ギギさんは相づちを打つと濃い色の酒精︱︱ウィスキーに似た液
体を半分ほど飲み込む。
 オレは彼の隣でワインにハチミツを入れた酒精を舐めるように飲
んでいた。
 現在、オレ達が宿泊している宿屋は港街ハイディングスフェルト
でも、高級な宿屋に分類される。
 そのためこの世界では珍しく、地下にバーなんて施設が存在して
いるのだ。
 広さは学校教室を3つほどあり、ほぼ中央にピアノらしき楽器が
置かれている。時間、日によって演奏されるようだ。オレ達以外に
も宿泊客の男女がテーブルについて酒精とツマミ、会話を楽しんで
いた。
 オレとギギさんは男2人、カウンター席に並んで座っている。
 カウンター越しに魔人種族らしき男性マスターが無言で仕事をし
ている。
 前世、地球では行ったことがない大人の世界にオレは今居るのだ。
 ギギさんが半分ほど残ったウィスキーを飲み干し、同じ物を注文
する。

2811
 マスターが頷き、ボトルを取り出す。
 ギギさんは注がれる琥珀色のウィスキーを眺めながら、話しかけ
てくる。
﹁旦那様を悪く思わないでくれ。あの人はリュートがクリスお嬢様
と結婚して本当に嬉しいんだ。だから、昨日は長年の夢が叶って加
減も忘れてはしゃいだんだ。決して、リュートに悪意があったわけ
じゃない﹂
 ギギさんが飲みに誘ったのは、旦那様のフォローも兼ねてだった
らしい。
 オレは思わず苦笑しながら、相づちを打つ。
﹁もちろん、分かってますよ。旦那様に悪意がないことぐらい﹂
﹁そうか。ならいいんだ。変なことを言ってすまん﹂
﹁いえ。むしろ気を遣ってくれてありがとうございます﹂
 ギギさんはマスターから新しいウィスキーを受け取ると、すぐに
口をつける。
 オレは彼に酒だけだと体に悪いからとツマミのジャーキーのよう
な香辛料のきいた干し肉を進めた。
 ギギさんはそのひとつを掴み、口に放り込む。
 しかし考えてみると、こうしてギギさんと一緒に酒精を飲んだこ
とは未だなかったな。
 魔人大陸のブラッド家屋敷で出会った時、まだオレが子供だった
のと、ギギさんが旦那様を捜しに旅立ち長い期間顔を合わせなかっ
たという理由もあるが。
﹁⋮⋮リュート、いい機会だからオマエに話しておきたいことがあ

2812
るのだが﹂
 ギギさんは口にした干し肉をウィスキーで流し込み切り出す。
レギオン
﹁軍団のメイヤ・ドラグーンについてだ﹂
﹁メイヤですか?﹂
 ギギさんの口からメイヤの名前が出る。
 意外な人物の名前があがり、オレは思考をめぐらせる。
 ギギさんとメイヤの接点は薄い。
 彼がこの場で名前をあげるほど、2人の関係は深くないはずだ。
 もしかしたらメイヤがギギさんに対して何かやらかしたのかもし
れない。
︵もしそうなら後でしっかりギギさんに謝らせないと︶
 オレがそんなことを内心で考えていると、ギギさんは釘を刺して
くる。
﹁勘違いして欲しくないのだが、彼女が俺に対して何か不快な言動
をしたわけじゃない。そういう類の事ではないんだ﹂
 なら、ギギさんはメイヤについて何を話そうとしているんだ?
 オレが続きを待っていると、
﹁⋮⋮本来、俺のような部外者が口にするようなことではないのだ
が、リュートが全く気付いていないようだから忠告しておこうと思
ってな﹂
︵忠告とはずいぶん穏やかじゃないな⋮⋮︶

2813
 ギギさんがメイヤに対して何か思うところがあるらしい。
 まさか彼女が、オレ達を裏切る敵対行為をしているところでも目
撃したのか?
 だが、メイヤがそんなことをするのは100%ありえないと断言
できる。
 では、いったいギギさんは彼女についてどんなことを忠告しよう
としているんだ?
 オレが固唾を呑んでギギさんの言葉に耳を傾ける。
 ギギさんは言いにくそうに、話を切り出す。
﹁リュートは気付いていないかもしれないが⋮⋮メイヤ・ドラグー
ンはリュートに対して好意を抱いているぞ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ?﹂
 オレの呆れた声音をギギさんは、﹃メイヤの好意を向けられてい
ることを、自分の指摘でようやく気付いた﹄と勘違いする。
﹃やれやれ﹄と呆れたように首を軽く振り、ギギさんが口を開く。
﹁やはり気付いていなかったか。リュートは昔から女心には鈍かっ
たからな﹂
︵オマエが言うな!︶とオレは思わず叫びそうになり口を押さえる。
 ギギさんはどこか得意気に語り出す。
﹁リュートがブラッド家に勤めていた時、クリスお嬢様がオマエに
好意を抱いていたことにも最後まで気付かなかったほどだから、当

2814
然といえば当然だが。俺が言うのも何だが、リュートはもう少し﹃
女心﹄というのを勉強した方がいいぞ。組織を運営する上で学んで
おいて損はない﹂
 あれほど露骨に受付嬢さんから迫られ、好意に気付かず、皆の目
の前で﹃知人宣言﹄をしたギギさんだけには言われたくないです。
 彼はオレのツッコミを入れたい表情にも気付かず、饒舌に語り続
ける。
﹁リュートのような若人に、俺のように女心を理解しろというほう
が難しいかもしれないが⋮⋮。だが、努力はするべきだ﹂
 ギギさんはウィスキーに口をつける。
 さきほどまでダンディーだったその姿も、彼が﹃女心﹄について
語るたびギャグにしかみえなくなる。
﹁リュートにはすでにクリスお嬢様、他にも妻がいるが、ちゃんと
した態度をメイヤ・ドラグーンにとるんだぞ。後、男として女性に
恥をかかせるマネだけはするなよ﹂
 いやいや、もうすでにギギさんは受付嬢さんに対して再起不能な
ほど恥をかかせたじゃないですか!
 正直、呆れを通り越して、ギギさんが﹃女心﹄の話をするたび笑
いそうになる。
 ギギさんがウィスキーを飲み干し、こちらに顔を向けてくる。
﹁難しいとは思うが、リュートならやれる。頑張れ﹂
﹁ぶふっ!﹂
﹁? どうした?﹂

2815
﹁い、いえ、すみません⋮⋮ちょっと酒精が喉に入ったみたいで⋮
⋮﹂
 まさか﹃真剣に女心を語るギギさんが面白かったから﹄とはいえ
ない。
﹁そうか。辛かったら酒精はやめて果実水とかにするといい﹂
﹁は、はい、ありがとうございます。もうダイジョウブデス﹂
 笑いそうになるのを堪えると声が震える。
 だが、ギギさんは気付かず心配そうにオレのことを労ってくれた。
﹁いい機会だ。今夜はオレがリュートに﹃女心、女性の心の機微﹄
について教えてやろう﹂
 止めてください。笑いを堪えるのが辛くなりすぎて死んでしまい
そうです。
 オレの無言の訴えは、ギギさんが新しいウィスキーをマスターに
注文するため顔をそらしたせいで見逃されてしまう。
 ギギさんはずっと変わらない表情だったせいで気付かなかったが、
もしかしたら酔っているのかもしれない。
 バーに来てからずっとギギさんはウィスキーをストレートでがば
がば飲んでいた。その可能性は高い。でなければあのギギさんが﹃
女心﹄について語り出すなんてマネする筈がない。
 ギギさんが新しいウィスキーを手にすると、真剣な顔と表情で語
りかけてくる。
 それがオレの笑いをさらに刺激してくる。

2816
﹁いいか、リュート⋮⋮まず﹃女心﹄を学ぶ上で大切なのは︱︱﹂
 こうしてギギさんによる﹃女心とは﹄講座は、バーが営業終了に
なる深夜遅くまで続いた。オレはその間ずっと必死に笑いを堪え続
けた。
 オレは旦那様との筋トレとはまた違った苦しみを味わうことにな
った。
第245話 筋トレとバー︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月7日、21時更新予定です!
今回は、普段女性キャラとの会話が多いので、たまにはこういう話
もいいかなとやってみました。どうだったでしょうか?
個人的には旦那様の筋トレやギギさんとの飲み話は書いててすごく
楽しかったです。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動

2817
報告をご参照下さい︶
第246話 ココノの努力と少女達
 リュート達が獣人大陸、ココリ街を出発してから約2ヶ月以上経
過していた。
 新純潔乙女騎士団本部は、リュート達の不在穴埋めをしつつ通常
業務をおこなっている。
 嫁達の中、1人残された元天神教巫女のココノ・ガンスミスはと
いうと︱︱リュート達の私室の掃除を担当していた。
 黒髪をおかっぱに切りそろえた彼女は巫女服を動きやすいようヒ
モでまとめて、はたきを手に気合いを入れる。
﹁今日も頑張って綺麗にしますね﹂

2818
 両手を胸の前に握り締め、ココノは鼻息荒く断言。
 身体が小さいので、その姿はとても可愛らしい。
 その様子を護衛メイドの1人が、見守っていた。
﹁奥様、お手伝いをしなくても本当によろしいのですか?﹂
﹁はい、リュート様達のお部屋は妻として、どうしてもわたしの手
でやりたいのです。すみません、わがままばかりを言って﹂
﹁わがままなんて。むしろ、お手伝いいただき感謝しています﹂
 本来、シアの指示でリュート達の私室管理は掃除を含めて、メイ
ドの彼女達が担当することになっていた。
 しかし、1人残されたココノの心情を思い彼女達は担当を譲って
いるのだ。ある意味でこれはココノの我が儘ともいえる。
﹁ですが午後からの訓練もありますから、あまり無理をしないよう
にしてください。いつでもお声をかけて頂ければ、私達がやります
ので﹂
﹁ありがとうございます。その時は宜しくお願いしますね﹂
 ココノは笑顔で答える。
 護衛メイドは一礼して部屋を出る。
 その後、ココノは1人でもう一度気合いを入れて掃除に取り掛か
った。
 布団は外へ出し、日の光にあたるように干す。
 ハタキを手に埃を落とし、箒とちりとりで集めゴミ箱へと捨てる。
 濡れた雑巾で床を拭き、調度品も綺麗に磨く。

2819
 午前中には一通りの掃除が終わる。
 昼食後、休憩を挟み午後からココノは訓練を開始した。
 いつもの巫女服を脱ぎ、動きやすい戦闘服に着替えている。
 しかし、サイズがやや大きいため手足の裾を折り曲げていた。
 ココノの訓練は、新純潔乙女騎士団の手が空いている少女達が交
替で担当している。
 彼女達が交替で体力作りやAK47の発砲、格闘訓練などをココ
ノに教えていた。
 今日はラヤラが担当する番だ。
 彼女も戦闘服姿でココノの前に立つ。
﹁そ、それじゃまずはいつも通り準備体操の後、ランニングで﹂
﹁はい、ラヤラ様﹂
﹁フヒ、ら、ラヤラ様なんて、名前呼び捨てで問題ないよ。ココノ
ちゃんは、ウチの友達だし﹂
﹁相手に﹃様﹄をつけるのが癖になってて⋮⋮すみません、ラヤラ
様を名前だけで呼べるように頑張ります!﹂
﹁が、頑張る方向性がフヒ、なんだか違う気がするけど⋮⋮が、頑
張って﹂
 そんな天然な会話を交わしながら、2人はまず準備体操を始める。
 準備体操が終わると、体力作りのためココノはグラウンドを走る。
 本来は、AK47を手に走らせるが、ココノは元々病弱でまだそ

2820
こまでには至っていない。
 ラヤラもココノと一緒に並走して走る。
﹁ゆ、ゆっくりでもいいから、じ、自分のペースで走って﹂
﹁は、はい!﹂
 ココノを励ますようにラヤラは声をかける。
 グラウンドを5周したところでココノは、足が縺れて転んでしま
った。
 並走していたラヤラは慌てて、転んだココノへと駆け寄る。
﹁だ、大丈夫!?﹂
﹁は、はひ、だ、大丈夫です。ま、まだ走れます﹂
﹁無理は、フヒ、駄目。今日のランニングはここまで。す、少し休
憩しよう。水を持ってくるから、木陰で休んでて﹂
 ラヤラは有無を言わさず、指示を出す。
 ココノは走って苦しいのか、体の弱い自分が辛いのか眉根を寄せ
指示通り立ち上がり、グラウンドの端へと移動する。
 端に植えられた木々を背に地面へと座った。
 頬から、形のよい顎へと大粒の汗が流れ落ちる。
 膝が熱を持ち、肺と喉が裂けるように痛い。
 ココノは体力の無い自身を悔しく思う。
︵もっとわたしに力があればリュート様達のお役に立てるのに⋮⋮
一緒について行くことができるのに︶

2821
 ギュッと心臓の辺りを服の上から手で握り締める。
 ランニングで早鐘のように鳴る心臓の痛みとは違う苦しさが、胸
を襲う。
︵乗り物をあやつるのには自信がありますが、それだけじゃリュー
ト様達にお役に立てないし⋮⋮︶
 たとえ一輪車や自転車に乗れても、リュート達の役には立たない。
 ハンヴィーを乗りこなせても、リュートやシアだって動かせる。
ココノである必要はないのだ。
 だから彼女は体力作りやAK47の発砲、格闘訓練など始めた。
 今後もリュート達は獣人大陸以外に仕事で行くことがあるだろう。
 その際、今回のように置いて行かれないため、彼女はリュート達
の足手まといにならないよう戦う術を学んでいる。
 しかしある程度戦えるようになったとしても、魔術師でもなく、
発砲が上手いわけではない。そんな彼女がリュート達と一緒に付い
ていくのは難しいと分かっていても、努力せずにはいられなかった。
 呼吸が落ち着く頃に、ラヤラが水を持ってくる。
 お礼を告げ受け取り、一息に飲み干した。
 よく冷えた水が火照った体に心地いい。
 水を飲み干すと、ラヤラが心配そうに声をかける。
﹁きょ、今日のところはこの辺にしておこう。む、無理するのはよ
くないから﹂

2822
﹁いいえ、この後の格闘訓練も是非お願いします。少しでも強くな
りたいのです⋮⋮ッ﹂
 ココノの体は疲労しているが、心は炎のように燃えている。
 彼女の真っ直ぐな熱心さにラヤラもほだされ、迷いはしたが了承
した。
﹁わ、分かったよ。この後、予定通り、射撃訓練するね。で、でも、
フヒ、ウチは撃てないから側に居て撃ち方だけ教えるね﹂
﹁ありがとうございます!﹂
 休憩と水分を摂ったお陰で体力が多少回復する。
 ココノは立ち上がると、ラヤラと一緒に射撃訓練場へと足を運ん
だ。
 夕方、少し前に訓練を終える。
 日が沈む前に干していた布団をココノが回収して敷き直す。
 夕食は新純潔乙女騎士団メンバーと摂る。
 食後は他メンバーもつかう専用リビングで、外交担当のラミア族
ミューア、事務担当の3つ眼族バーニー達とお茶をしていた。
 バーニーが心配そうにココノへと尋ねる。
﹁最近、ずいぶん無理しているみたいだけど大丈夫、ココノちゃん﹂
﹁ご心配頂きありがとうございます、バーニー様。これでも最近は
訓練のお陰か体も少しだけ丈夫になったんですよ﹂

2823
 ココノは巫女服の袖を捲り腕を曲げ、力強さをバーニーにアピー
ルする。
 力こぶはまったく出来ておらず、バーニーも微苦笑するしかなか
った。
 そんなココノに、香茶を飲んでいたミューアが苦言を告げる。
﹁夫の帰る場所を守るのも妻として、立派なことだと私は思うわよ﹂
﹁ミューア様⋮⋮でも、わたしは⋮⋮﹂
 3人が座るテーブルの空気が暗くなる。
 バーニーがどうにか空気を変えようと話題を探していると、彼女
の幼馴染みが怒りを露わに3人が座る席へと顔を出す。
 クリスの幼馴染み3人組、最後の1人であるケンタウロス族のカ
レン・ビショップだ。
 バーニーがこれ幸いに話題をふる。
﹁どうしたのカレンちゃん、そんなに怒って?﹂
﹁よく聞いてくれたバニ! 実は実家から手紙が届いていて、先程
部屋で確認したら兄ィに結婚話が来ているらしいんだ!﹂
 彼女は綺麗な顔立ちなのに、頬を膨らませることで怒りをアピー
ルする。その態度が子供っぽくてなぜか周囲を和ませる。
 ココノも先程の暗い空気を忘れたようにカレンの話に参加した。
﹁結婚話ならおめでたいことじゃないんですか﹂
﹁おめでたいもんか! 兄ィがどこぞの女性と結婚だなんて! 私
がしっかりと納得する人じゃなきゃ認めんぞ!﹂

2824
 カレンの態度に事情の分からないココノが困り、バーニー、ミュ
ーアに視線で助けを求める。
 代表してミューアが教えてくれた。
﹁カレンは3人兄妹で、彼女は末っ子の妹なの。長兄とは年が離れ
て、彼女の物心が付く前には父の仕事を手伝っていたらしいわ。だ
から、年の近い次兄にカレンは懐いて、彼のやること全てマネして
たらしいの﹂
 カレンが現在のように、自分から武器を取り戦うようになったの
も次兄の影響が大きい。
 もっと詳しい話をするなら、長兄が実家のトップとして経営を担
当。
 次兄は長兄の補佐下に付き、一族の若い衆を纏める傭兵家業のト
ップを務めている。
 長兄、次兄ともに仲が良く、互いを補い合いビショップ家を支え
ているのだ。
 カレンは次兄の影響で、現在の武人のような性格になってしまっ
た。
 ミューアがココノの時のように苦言を告げる。
﹁いい加減、カレンも親離れあらため、兄離れしなさいな﹂
﹁べ、別に兄離れはしている! 実際、獣人大陸でこうして働いて
いるではないか! ただ私の眼鏡に適う人物でなければ義理姉とし
て認めないと言っているだけだ!﹂
︵︵それって兄離れ出来てないんじゃ⋮⋮︶︶

2825
 ココノとバーニーがそれぞれ心の中でツッコミを入れた。
 ミューアが呆れたように溜息をつき、指摘する。
﹁ならどんな人なら、兄の嫁として認めるの?﹂
﹁そ、それは⋮⋮真面目で、優しくて、働き者で、夫を大切にして、
芯のしっかりとした性格で、次兄の部下達からも一目置かれ、地位
や名誉に胡座を掻かず努力して、私が尊敬︱︱まで行かなくても兄
ィを﹃この人なら任せる﹄と思える人なら認めてやらなくてもない﹂
﹁まるでリュートさんが育ての親の再婚相手に提示しそうな条件ね。
そんな人、居るわけ無いでしょ﹂
﹁だったら私は認めない! 絶対に認めないぞ!﹂
﹁まったくカレンは⋮⋮歳のわりに子供なんだから⋮⋮﹂
 ミューアはカレンの母親のように彼女の現在に頭を痛め、額を手
のひらで押さえる。そんなやりとりを前にココノとバーニーがおか
しそうに微笑みあった。
﹁あーみんなーここに居たんだー﹂
 そんな姦しい少女達の輪にさらに燃料が投下される。
 燃料となる人物はリースの妹である、ルナ・エノール・メメア第
3王女だ。
 彼女の声に振り返ったココノ達が目を丸くする。
﹁ど、どうしたのルナちゃんその格好は⋮⋮﹂
 ルナはいつもの長い金髪ツインテールだが、何日もお風呂に入っ

2826
ていないせか艶はなく、毛先がぱさついていた。
 白桃のような健康的な肌は薄汚れ、大きな目のしたにクマができ
ている。
 私服の上から羽織っている白衣も油汚れなどで所々黒くなってい
た。
 ルナはふらつきながら、ココノ達のテーブルにつき置かれている
茶菓子を勝手に食べる。
﹁あぁ∼疲れたときにはやっぱり甘い物よね。染みるわぁ∼﹂
﹁ルナ様、どうしたのですかその格好は? 顔色も凄く悪いですよ﹂
﹁ちょうどリューとんから頼まれていた新兵器に一区切り付いたか
ら出てきたんだ。顔色が悪いのも2? あれ、3日ぐらい徹夜した
からだと思う。あれ、4日だっけかにゃ?﹂
 ルナの瞳が遠い方角を見詰めながら、呂律が回っていない台詞を
吐き出す。
 彼女はリュートから﹃兵器研究・開発部門﹄に入れられた人物だ。
 彼が不在中、リュートに代わって新純潔乙女騎士団で使用する新
兵器を開発しているのだ。
 そんな彼女は魔術師の才能があるため、疲れたら治癒で疲労を癒
していたらしい。結果、かなり長期間の兵器開発をおこなっていた
様だ。
﹁もうルナちゃん駄目だよ。いくら魔術が使えるからって、そんな
無茶しちゃいつか体壊しちゃうよ!﹂
 バーニーの叱責を、ルナが笑いながら受け流す。

2827
﹁分かってるんだけど、リューとんからまかされた新兵器開発が意
外と面白くって。切りの良いところまでって繰り返すうちに朝にな
っちゃって﹂
 うつろな目で舌を出し、自分の頭を拳で叩く姿は可愛らしいが痛
々しい。
﹁それでいったいどんな新兵器を作っているんだ?﹂
 カレンは武人らしく新しい兵器に興味津々といった表情で尋ねる。
﹁う∼ん、教えたいのはやまやまんだけど、リューとんからまだ許
可取ってないかいら説明できないんだ。ごめんね、カレカレ﹂
﹁そうか、ならしかたないな。だが、カレカレは止めてくれ﹂
 カレンの訴えを無視して、ルナはココノへと向き直る。
﹁いくつか新兵器があるんだけど、その一つが完成したらきっとコ
コノンの力になると思うんだ。きっとリューとんもそのつもりで開
発しようとしてたんだと思うよ﹂
﹁わたしの力にですか?﹂
﹁うん! だから楽しみにしててねココノン!﹂
 ルナが笑顔で断言する。
︵リュート様がわたしのために⋮⋮︶
 その言葉を聞くと運動をしたわけでもないのにギュッと胸が締め
付けられるように痛む。

2828
 だが、その痛みはココノにとってとても心地良いものだった。
 ルナが席を立ち伸びをする。
﹁それじゃ糖分も補給できたし、研究所に戻って続きでもやろうか
な!﹂
﹁まだやるの! ルナちゃんは一旦お風呂に入って、寝たほうがい
いよ!﹂
﹁なぁ! カレカレは止めてくれないか!﹂
 バーニーがルナに休むよう引き止め、カレンが自身の呼称訂正を
求める。
 そんな姿をミューアが微笑ましく見守っていると、護衛メイドの
1人がメモを片手に彼女の側へと歩み寄る。
 護衛メイドから受け取ったメモをミューアが確認する。
﹁!?﹂
 彼女には珍しく驚愕で席を立ってしまった。
 椅子が弾かれたように音を立てる。
 そのせいでリビングに居る人目を全て集めてしまう。
﹁ど、どうしたのミューアちゃん、怖い顔して?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 バーニーが代表して問いかけるも、ミューアはすぐに返事をしな
かった。

2829
 目を細め彼女の内部で様々な可能性、検討、考えを広げる。
 数秒間の沈黙の後、彼女は神妙な表情で言葉を告げた。
﹁⋮⋮緊急事態がおきたわ﹂
﹁緊急事態?﹂
 カレンが小首を傾げる。
 ミューアは頷き、さらに言葉を重ねた。
﹁リュートさんの大切な人に魔の手が伸びている。一刻も早く彼に
知らせないと大変なことになるわ﹂
 そして、ミューアはその﹃大切な人﹄の名前を告げる。
 その場に居る全員が﹃大切な人﹄の名前と狙う相手の名前を聞き、
先程のミューアに負けないほどの驚きの表情を作り出した。
2830
第246話 ココノの努力と少女達︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月10日、21時更新予定です!
日常編も次がラスト! 次の章は一体どんな話になるのかな? 是
非是非お楽しみに!
また最近、特に寒くなってきているので皆様、風邪を引かないよう
にお気を付けてください。自分も最近若干引きそうになりまして、
なんか体調悪いな⋮⋮と思ったのでいつもより温度の高いお風呂に
入って、食事も1.5倍の量を食べて、やや早い時間に布団へと入
り温かくして寝ました。しかし、ちゃんと外から帰ってきたら手洗
いとかしてるんですけどね⋮⋮。まぁ引くときは引くんですが。

2831
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第247話 ノーラとの距離感
﹁ぐぬ⋮⋮ッ﹂
 ギギさんとお酒を飲んだ翌日、朝。
 ギギさんは自室の布団から起き上がれないほどの二日酔いになっ
ていた。
 オレに﹃女心とは﹄と持論を展開し、聞かせている最中、ツマミ
も食べずずっとウィスキーをロックでパカパカと飲んでいた。あれ
だけ飲めば酷い二日酔いにもなるか。
 クリス曰く︱︱﹃リュートお兄ちゃんと酒精が飲めたのがよっぽ
ど嬉しかったんですよ﹄と言っていた。
 それじゃまるで久しぶりに会った親戚のオジさんのようじゃない

2832
か。
 だが、もしそうだとしたらオレ自身、なんだか嬉しい。
 水を持っていくと、ギギさんは頭を押さえながら礼を言う。
 その日は、午後過ぎまでギギさんは自室から出てくることはなか
った。
 数日後、オレは訓練も兼ねて街の外へモンスターを狩りにでかけ
ることにした。
 今回のメンバーは︱︱
﹁みんな! 今日は一緒に頑張ろうね!﹂
﹃ノーラちゃんもよろしくお願いします﹄
﹁は、はい、クリス様達の足を引っ張らないよう努力したいと思い
ます。はい﹂
 オレ、スノー、クリス、そして元黒のメンバーのノーラだ。
 今回は名目上、訓練ということになっているが、本当の目的はノ
ーラのクリスに対する苦手意識を克服するためだ。
ピース・メーカー
 ノーラが一時的にPEACEMAKERメンバーに加入して、す
でに1ヶ月以上経っている。
 しかし一向に馴染む気配をみせない。

2833
 クリスへのトラウマもあるが、仲良く話などをする子がいないの
も問題だろう。1人でもいいからまず、彼女が心を開けて話が出来
る人物が居れば、それを切っ掛けに他のメンバーとも仲良くなるの
はそう難しいことじゃない。
 黒の下部組織を解散させるまでの付き合いとはいえ、今は同じ組
織にいるのだ。互いに距離をあくよりも、仲良くした方がいいに決
まっている。
 オレにはノーラも心を開いているが、シャナルディアを通した歪
んだ信頼だ。

 ノーラからすればオレは﹃黒﹄の枠内に入ってしまうため、PE
ース・メーカー
ACEMAKERメンバーと仲良くなるための玄関口にはなれない。
 そのため今回のメンバーは、基本すぐに誰とも仲良くなれるスノ
ー。
 トラウマ相手ではあるが、歳が一番近いクリス。
 このメンバーで自分達の組織とは関係ない、魔物という共通の敵
を倒す共同作業をおこなうことで一体感を出し、仲良くなろうとい
う計画である。
 またクリスへのトラウマも解消できれば一石二鳥だ。
ギルド
﹁それじゃまず、冒険者斡旋組合へ行ってクエストを受注するか﹂
 オレが先を歩き、後ろをスノー、クリス、さらに後をノーラが続
く。
 スノー、クリスには今回の目的を話している。そのため2人は積
極的にノーラへ話しかけるが、彼女の反応はいまいち悪い。
 たまにオレへ助けを求めるような視線をチラチラと向けてくる。

2834
ここで助け船を出したら、元の木阿弥だ。
 ノーラには悪いが、気付かないふりをしよう。
ギルド
 冒険者斡旋組合に入ると、いつも通り数字番号が焼き印された木
札を受け取る。
 番号が呼ばれるまで待つ。
 5分ほどでオレが持つ木札番号が呼ばれた。
 カウンターへと皆で移動する。
﹁いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件でしょうか?﹂
﹁!?﹂
 オレは思わず驚きで椅子に座ったまま器用に後退ってしまう。
 オレだけではない。
 スノー、クリスも小さな悲鳴を上げてオレの背後に隠れた。
 なぜこれほど怯えているかというと⋮⋮今回、オレ達の担当をし
てくれたのが、いつもの受付嬢さんだったからだ。
 彼女は営業スマイルとは思えない聖母のような微笑みを浮かべた
まま、驚き後退ったオレに対して小首を傾げる。
﹁どうかなさいましたか?﹂
﹁い、いや、どうって⋮⋮どうしてアルバータで受付嬢をしている
貴女がここにいるんですか!?﹂
ギルド
﹁実はハイディングスフェルト冒険者斡旋組合で突然、欠員が出て
しまって、なので急遽臨時で私が応援要員として送られたのです。
私はまだこちらに来て日が浅いので異動させやすいというのもあっ
たのでしょう﹂

2835
 彼女はオレの言葉に対して理性的に応対してくる。
 な、なんだこの違和感は⋮⋮。
 最後に見たのは、ギギさんに事実上ふられ絶望していた姿だった。
 いつもなら魔王すら凌駕する黒いオーラを垂れ流している筈なの
に、今はまるで聖母のような慈愛の光を全身から放っている。
 逆にそんな状態の受付嬢さんを前にすると、安堵するより底知れ
ない恐怖しか感じない。
 受付嬢さんがオレの顔色を読んだのか自ら話し出す。
﹁リュートさんが怯えるのもしかたないですね⋮⋮。昔の私はカッ
プルや恋人、既婚者を前にすると可愛らしく嫉妬しちゃったりしま
したから﹂
 いや、あれは﹃可愛らしく嫉妬﹄のレベルを超えています。
 今にも邪神が降臨するんじゃないかと疑う程の恐怖しか感じませ
んでしたよ。
 オレがツッコミを入れそうになるのをグッと堪えていると、彼女
は話を続ける。
﹁でも、ギギさんに振られて気付いたんです。私には1人の男性を
幸せにするより、皆さんの笑顔をもらえるこの﹃受付嬢﹄という仕
事が合ってるって。だから、これからは結婚を諦めて、仕事に生き
ようと決心したんです﹂
 どうやら、ギギさんに振られたのがショック過ぎてどうやら受付
嬢さんは明後日の方角に壊れてしまったらしい。

2836
 ま、まぁ本人が仕事に生きると言うのであればこちらが止める権
利はない。
 実際、性格はあれだが、仕事は丁寧で確実、冒険者の実力を見抜
きクエストを勧める技量は実体験で理解している。
 とりあえずオレは席に座り直し、改めてクエストの依頼をする。
﹁そうですね。最近はずっとこの周辺に魔物が近付かなくなったせ
いで、討伐クエスト系はやる人が激減しちゃって⋮⋮﹂
 旦那様とギギさんが狩りまくったせいですね、分かります。
﹁でもまた最近、魔物達が集まりだしてるみたいですよ。ただどん
な魔物が集まっているのかまだ調査中なので、はっきりと分かるま
ではやらないほうが無難かもしれません﹂
﹁大丈夫です。もし無理そうなら逃げますから﹂
﹁それなら、特定の魔物を狩るのではなく、周囲の調査クエストを
受注してはいかがでしょうか? これなら仮に魔物がいなくても安
いですが報賞金は出ますし、リュートさん達レベルの方が受けてく
ギルド
ださるなら冒険者斡旋組合としても心強いですし、安心です﹂
 調査といってもそれほど難しいことではない。
 向かった先の状況がどんな風になっているのか、戻ってきたとき
報告してくれればいいらしい。
 その先で魔物を退治し素材を持ち込めばもちろん買い取る︱︱と
いうものだ。
 あまり冒険者レベルが低い者が向かった場合、レベル以上の魔物

2837
と対峙する可能性がある。そうなったらほぼ死亡は確定。
 だから、ある程度、冒険者レベルの高い者がやってくれたほうが
ギルド
冒険者斡旋組合側も安心するらしい。
 今回の目的はお金目当てではない。
 別にこのクエストを受けても問題ないだろう。
﹁分かりました。では、受けさせていただきます﹂
﹁ありがとうございます。それでは皆さんのタグをおかしください﹂
 オレ、スノー、クリスが受付嬢さんにタグを渡す。
 ノーラは冒険者登録をしていないらしい。
 まぁ登録してなくても、一緒に戦うことはできるからいいか。
﹁後、こちらが過去、周辺に出た魔物の種類と剥ぎ取り部位の一覧
表になります。よかったら持っていってください﹂
 クエストの受注をすませると、受付嬢さんから紙を渡される。そ
こには過去、港街ハイディングスフェルト周辺で確認された魔物の
名前、特徴、注意点、剥ぎ取り部位が簡単ながら書かれた紙だった。
ギルド
 そしてオレ達は冒険者斡旋組合で角馬を1人1頭借り、街を出た。
 向かう先は街から2時間ほどかかる森の側だ。
 平野に魔物が居なくても、森の中には居るだろうという目論見が
あったからこの場所を選んだ。
 角馬で移動中、オレとスノーはノーラに色々話しかけた。
 彼女に怖がられていないオレを通して、スノーと仲良くなっても
らおうとしたが、互いに共通する話題があまりなくいまいち話は盛

2838
り上がらなかった。
 無難な受け答えをしていると、気付けば目的地に着いてしまって
いた。
 これから戦う魔物退治で、帰り道の話題を作れればと思っていた
が︱︱
 ある意味、予想通り平野には魔物の姿が全くなかった。
 しかし、オレ達の姿に気付いたのか、森の中から魔物の群れがす
ぐに姿を現す。
 魔物は大きな蛙だった。
 大きさは成人男性ほどで、色はグリーン。
 体格に似合わず意外と素早い。それだけ跳躍力があるようだ。
 森の奥からゲコゲコと100匹近く姿を現す。
 受付嬢さんから貸してもらった魔物一覧で確認すると、特徴から
バルーン・フロック
﹃風船蛙﹄と呼ばれる魔物だと分かる。
 街周辺に出る魔物としてはほぼ最弱。
 恐らく旦那様とギギさんが、街周辺の魔物をあらかた倒してしま
った。そのせいで風船蛙がこれほど数を増やしたのだろう。
 注意点は毒を吐くのと、膨らんでいるときは攻撃をしてはいけな
いことらしい。
 膨らんでいる時、攻撃してはいけない︱︱の意味が分からないが

2839
近付かなければ脅威ではない魔物のようだ。
 なのでオレ達は早速、攻撃を加える。
 試しにAK47を発砲すると、銃弾が柔らかそうな皮膚を突き破
り簡単に風船蛙を倒してしまう。
 ちなみに風船蛙の剥ぎ取り部位は、毒腺だ。
 それからオレとスノーがAK47で、クリスがSVD︵ドラグノ
フ狙撃銃︶、ノーラが簡単な魔術で攻撃をする。
 特に苦労することなくサクサクと倒していくが、オレ達の誰かが
恐らく毒を吐き出す為に体全体が膨らんだ風船蛙を倒してしまう。
 瞬間、風船蛙が名前の通り膨らんだ風船を針で刺したように粉々
に弾け飛んだ。それだけならまだいい。
 さらに鼻を突く悪臭が襲ってくる。
 一番最初に反応したのはスノーだ。
﹁くさぁい! リュートくん、これ臭すぎるよ!﹂
 彼女はAK47から両手を離し、スリングだけぶら下げる。
 その両手は鼻を押さえ、大きく後ろに後退った。
 人であるオレですら臭さで目に涙を浮かべるほど臭い。
 獣人種族で、白狼族のスノーはたまったものではないだろう。
 クリス、ノーラもスノーほどではないが、鼻を押さえ後退ってい
た。

2840
バルーン・フロック
 だが、風船蛙達はチャンスと判断したのか、ゲコゲコと突撃して
くる。
 意外と素早いため、臭さを我慢して反撃。
 だが、臭さで手元が狂い膨らんでいた風船蛙を撃ち抜いてしまう。
 破裂。
 オレですら堪えきれず、吐きそうになる悪臭が広がる。
 しかし、非難を受けている暇はない。
 風船蛙はそれでも構わず突撃してくる。
 今度はクリスか、ノーラかは分からないが迫りすぎた敵に反撃。
 膨らんだ風船蛙を破裂させ、さらに酷いことになる︱︱というル
ープを繰り返してしまった。
 膨らんだ風船蛙を攻撃してはいけない理由がこれか!
 確かにこれは毒と同じように注意する点だ!
 この場で一番鼻の利くスノーは、悪臭に耐えかねすでに後方へ退
避。
 オレ達も倒した風船蛙の回収を諦めて、全力でその場から逃げ出
した。
 逃げる際、角馬に乗り走ったせいで、悪臭+乗り物酔いコンボに
オレは途中で吐いてしまう。
 スノー、クリス、ノーラ、女性陣は髪や衣服などに風船蛙の匂い
が付いたと滅茶苦茶落ち込んでいた。

2841
 まだ帰るまで時間は大分あったが、オレ達は体についた悪臭に耐
えきれず街へと戻ることを決意する。
 帰り道、魔物退治で一体感を持つ筈が、誰1人口を開かないお通
夜モードで帰還することになってしまった。
ピース・メーカー
 こうして、オレが計画した﹃ノーラ、PEACEMAKERに溶
け込む企画﹄は失敗に終わってしまった。
第247話 ノーラとの距離感︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月13日、21時更新予定です!
すみません! 前回、日常編ラストと宣言しておきながら終わりま
せんでした⋮⋮。予想以上に1話が長くなりすぎたので急遽分割し
ました。なので次こそ日常編ラストになります!
次こそは絶対に終わりますんで!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動

2842
報告をご参照下さい︶
第248話 緊急事態
ギルド
 街に戻ると、角馬を返すためにも冒険者斡旋組合へと戻った。
 オレが室内に入ると、冒険者達や社員達が鼻を押さえて距離を取
り出す。中にはそのまま建物外へ出る奴すらいた。
 分かっているよ。
バルーン・フロック
 体中に﹃風船蛙﹄の匂いが染みついて臭いことぐらい。
 そんな中、受付嬢さんは笑顔で応対してくれた。
 その姿はまるで本物の聖母のようで、あまりの眩しさに間違って
惚れそうになる。
 いかん、いかん、ちょっと優しくされたからって靡くなんてどこ
のちょろいヒロインだ。
 惚れたとしても、あの受付嬢さんだけはヤバイ。

2843
 手を出したら、一生涯全部持って行かれてしまう。
 オレは心を強く持ちながら、受付嬢さんに向かった先の状況を報
告。
 魔物一覧表を返して、報酬金を受け取る。
ギルド
 冒険者斡旋組合を出て宿へ向かう。
 一階ロビーでオレ達の帰りを待っていたのかギギさんが居た。
 しかし、ギギさんはオレ達の匂いに気付くと、慌てて距離を取り
自室へと戻ってしまう。
 普段、クリスを猫かわいがりしているギギさんがだ。
 今のオレ達はどれぐらい臭いんだよ!
 兎に角、部屋に戻ってすぐさま体を洗い流す。
 服も宿に頼んで洗濯に出したが、あまりの臭さに特別料金を取ら
れてしまった。
 まさに踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁さて、どうしたもんか⋮⋮﹂

2844
 宿屋のカフェスペースで香茶を飲みながら思案する。
 結局、前回のクエストでスノー&クリスは、ノーラとの距離を縮
めることはできなかった。
 彼女達が悪いのではない。
 ただ運が悪かっただけだ。
 今は香茶を飲みながら、次の作戦を考え中なのだが、なかなか良
い案が浮かばない。
 少々、考えすぎて行き詰まっている。
﹁あら、リュート様。難しいお顔をしてどうかなさったのですか?﹂
 そんな思案中のオレに、通りかかったメイヤが声をかけてくる。
 彼女は正面の席に座ると、男性ウェイターに香茶を注文する。
 メイヤの注文品が届くまでの間に、悩んでいた内容を話して聞か
せた。
 彼女は男性ウェイターに香茶のお礼を告げてから、柔らかな微笑
みを浮かべる。
﹁なるほど、それで先程からずっとお悩みになっていたのですね﹂
﹁そうなんだよ。メイヤ、何か良い案はないか?﹂
﹁でしたらこのリュート様の一番弟子にして、右腕、腹心、次期正
妻候補のメイヤ・ガンスミス︵仮︵もうすぐこの仮は外れますけど
ね!︶︶のわたくしにお任せください! リュート様がお望みなら、
ノーラさんと1時間ほどでこのわたくしが仲良くなってみせますわ
!﹂

2845
 メイヤの自称に色々増えているのが気になったが、彼女の﹃1時
間で仲良くなる﹄に興味を惹かれる。
﹁1時間って⋮⋮随分、自信があるんだな﹂
﹁むしろ、リュート様は天才的頭脳故に難しく考えすぎたのですわ。
年頃の女の子同士が仲良くなるなんて、リュート様がお考えになる
ほど難しくないんですのよ﹂
 メイヤは優雅に香茶に口を付けながら告げる。
 彼女も言動はアレだが、年頃の女性だ。
 男性の自分より、その辺の機微を良く理解しているのだろ。
﹁だったら、メイヤにノーラのこと任せてもいいかな?﹂
﹁ええ、わたくしでよければ喜んで!﹂
﹁助かるよ! それじゃさっそく、ノーラを呼んでくるから﹂
 オレは一度カフェスペースから立ち上がり、自室に1人で居るノ
ーラを呼びに行く。
 10分ほどで再びメイヤの待つカフェスペースに戻ってくる。
 ノーラはオレの後ろで、相変わらず借りてきた猫のように落ち着
かなく立っていた。
 そんな彼女にメイヤが笑顔で声をかける。
﹁お忙しいところお呼びだてして申し訳ありませんでしたノーラさ
ん。どうしても、わたくしがノーラさんとお話がしたくてリュート
様にお願いをしちゃって﹂
﹁い、いえ、ノーラも別にやることなくて暇でしたから⋮⋮﹂

2846
 彼女はきょときょっと視線を動かし、メイヤへと返答する。
 う∼ん、メイヤを疑うわけではないが、本当にこんな状態のノー
ラと1時間過ごしただけで仲良くなることなんてできるのだろうか?
 メイヤが笑顔でノーラへとうながす。
﹁さっ、いつまでも立っているのはなんですから、どうぞお座りく
ださいな。ここのカフェのクッキーはなかなか美味なんですよ﹂
﹁あっ、あ、あの、お気遣いありがとうございます﹂
 ノーラはオレとメイヤを見比べる。
 オレが座るよううながすと、大人しくメイヤの正面へと座った。
 メイヤはノーラの香茶とクッキーを勝手に注文する。
﹁それじゃオレはちょっと用事があるから席をはずすよ。少しした
ら戻ってくるから、それまでメイヤの相手を頼むな﹂
﹁えっ!? は、は、はい。頑張ります⋮⋮﹂
 オレのセリフを聞いて、最初﹃お茶を飲むだけって聞いたのに!
? 1対1で相手をしろなんて聞いてない!﹄と顔をしたノーラだ
ったが、すぐに従順に従う。
 オレは胸中で心配しながらも、メイヤとノーラを2人っきりにす
るべくカフェスペースを離れた。
 ⋮⋮1時間後。

2847
 メイヤとノーラが気まずい空気になっていないか心配しながら、
カフェスペースに顔を出すと︱︱
﹁さすがメイヤお姉様! ノーラ、ちょう感激です! 尊敬します
!﹂
﹁あらあら、ノーラさんったら、そんな大したことじゃないのよ﹂
 いったい何が起きた?
 ノーラが1時間前とはうって変わって、明るい表情でメイヤに話
しかけていた。
 座っていた席も、最初は正面だった筈なのに、いつのまにか2人
はソファースペースに移動。
 ノーラはメイヤの隣に座り、キラキラとした瞳で彼女と会話をし
ているのだ。
 精神だけが別人と入れ替わったお陰で懐いたと言われても信じる
レベルのギャップだ。
 いったい2人の間に何があっというんだ!?
﹁リュート様、どうしたのですか? そんなところに立たれて﹂
 メイヤがオレに気付くと楽しげな会話を打ち切り、声をかけてく
る。
 オレがどう返事をすればいいか迷っていると、
﹁リュート様、用事がお済みでしたら、お茶でもいかがですか?﹂
﹁あ、うん、そうだな。もらおう﹂
﹁ノーラさん、リュート様のお茶の注文をお任せしてもいいかしら
?﹂

2848
﹁はい! 是非、任せてくださいメイヤお姉様!﹂
 ノーラは喜々としてソファーから立ち上がると、運悪く奥へ引っ
込んでしまった店員を呼びに行く。
 お陰でメイヤと2人で話をする時間が取れた。
 オレは彼女の正面ソファーに腰を下ろす。
﹁メイヤ、いったいどんな魔法を使ったんだ? たった1時間でノ
ーラとあそこまで仲良くなるなんて﹂
﹁魔法だなんて大げさですよ。ただわたくしは、ノーラさんにリュ
ート様やスノーさん達と一緒に体験した冒険譚を聞かせてあげただ
けですよ﹂
 彼女の台詞に納得する。
 ノーラは元黒メンバーだ。
 シャナルディアの影響で、オレには従順に従い敬われている。
 そんなオレ達の冒険譚を聞かせたら、ウケるのは間違いない。こ
れは盲点だった。
 またこの異世界は娯楽が少ない。
 オレ達の冒険譚はノーラにとっては格好の娯楽なのだろう。
﹁盛り上げるために多少の脚色をしてしまいましたが⋮⋮﹂
 メイヤはぼそりと聞き捨てならないことを呟く。
 おい、脚色ってなんだよ、脚色って!
 オレが問い詰める前に、ノーラが注文を終え戻ってくる。
 彼女は再び、メイヤの隣、ソファーと座る。

2849
 ノーラは大きな瞳にキラキラとした光を瞬かせ、オレにメイヤと
の話を聞かせてくれる。
﹁リュート様、メイヤお姉様から聞きました! メイヤお姉様って
本当に凄い方なんですね! ノーラ、お話を聞いて凄く憧れちゃい
ました!﹂
 おい、メイヤ、いったい彼女にどんな話をしたんだ。
 ノーラが目を笑顔でメイヤから聞いた話を教えてくれる。
﹁リュート様が、魔物に食べられ死んだと信じたスノー様を偶然、
妖人大陸の魔術学校に立ち寄ったメイヤお姉様が励まし立ち直らせ
たり!﹂
 うん?
﹁リュート様とクリス様が、メイヤお姉様の元へ連れて来られ、一
目でメイヤお姉様はリュート様の才覚を見抜き、自分を一番弟子に
して欲しいとお願いした話とか!﹂
 あれ?
﹁ノーラが一番ワクワクしたのは、メイヤお姉様が作戦・立案・指
揮を執り、クリス様のお母様を悪いヴァンパイア族から救出した話
です! リュート様、スノー様、クリス様を従え、メイヤ様が悪い
ヴァンパイア族達を千切っては投げ、千切っては投げたところなん
て何度聞いても飽きないぐらい面白かったです!﹂

2850
 ノーラから出てくる話は、実体験と随分かけ離れているのだが⋮⋮
 オレはメイヤをジト目で見詰めるが、彼女はまったく動揺せず優
雅に香茶を口にする。
 ノーラはそんなメイヤに、憧れのトップスターに出会った少女の
ような表情で話しかける。
﹁メイヤお姉様、もしお暇でしたらもっとノーラにお話を聞かせて
ください!﹂
﹁ええ、構いませんわよ。今日の午後、お茶会を開きますからその
時でよければ﹂
﹁はい! 是非お願いします﹂
 その後、オレはメイヤに話があるからと、ノーラに離席してもら
う。
 彼女は午後のお茶会が楽しみだと、再度お礼を告げ来たときとは
正反対に、軽い足取りで自室へと戻って行く。
 確かに結果だけみるなら、大成功だろう。
 どうも釈然としないが⋮⋮メイヤはオレの希望通り、ノーラと仲
ピース
良くなってくれた。これでメイヤを通して、ノーラが他のPEAC
・メーカー
EMAKERメンバーと仲良くなるのは時間の問題だろう。
﹁⋮⋮ありがとう、メイヤ。ノーラと仲良くなってくれて。話の内
容は随分アレだけど﹂
﹁いえいえ、わたくしとしても可愛い妹分ができで嬉しかったです
から。お話の内容はノーラさんと仲良くなるため多少のスパイスを
利かせただけですわ。許容範囲ですわよ﹂
 メイヤは悪びれたようすもなく、胸を張って断言する。

2851
 オレは彼女への追求を諦めた。
﹁とりあえず結界オーライってことで。改めてありがとうメイヤ。
何かお礼がしたいんだが、欲しい物とかあるか?﹂
﹁えぇ∼お気になさらないでください。わたくし、そんなつもりで
ノーラさんと仲良くなったわけではありませんから∼﹂
 オレの何気ない台詞に、メイヤの表情が崩れる。
 謙虚な台詞とは裏腹にクネクネ体を揺らし、右手で左手首を撫で、
視線を何度も向ける。
 彼女の要求しているブツをオレはすぐに理解した。
 婚約腕輪か⋮⋮ココリ街に戻って落ち着いたらと思っていたが、
現状特にやることはない。
 本人が望むならもう作って渡してもいいのかもしれない。
﹁⋮⋮とりあえず、何かお礼のプレゼントを渡すから、今夜にでも
メイヤの部屋に行くよ﹂
 この台詞に、メイヤは先程のノーラとは比べものにならないほど
瞳をキラキラと輝かせる。
﹁本当にお気になさらないでください。わたくし、本当にそんなつ
もりはありませんからっ﹂
 再び、謙虚な台詞を告げるが、口元のニヤケをまったく隠そうと
はしない。
 オレはそんな彼女の態度に微苦笑しながら、断りを入れて先に席
を立つ。

2852
 メイヤの期待に満ちた熱視線を背中にあびながら、オレはカフェ
スペースを出る。
 向かう先はリースの所。
 婚約腕輪を作るため、彼女から魔術液体金属をもらうためだ。
 オレはリースの居そうな場所に思いをめぐらせ、歩調を早めた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 メイヤはリュートと別れると、地下1階のバーへと向かう。
 数日前、リュート&ギギが飲んでいた宿屋のバーだ。
 本来、夜にしか空いていないバースペースだったが、メイヤが階
段を下りると扉の前に男性店員2名が立っており、分厚い防音仕様
の扉を開き中へと迎えてくれる。
 メイヤはそれが当然とばかりに、男性店員に黙礼もせずさっさと
バー店内へと足を踏みいれた。
 バー店内には、音楽を奏でるスペースがある。
 日によって演奏されることがあり、音楽を聴きながら客達は談笑

2853
を楽しむ。
 なぜか今回は昼間にもかかわらず、楽団が揃いそれぞれ楽器の調
整をしていた。
 メイヤはそんな彼、彼女達にも目をくれず同じようにステージへ
上がる。
 まるでメイヤはオーケストラを指揮する指揮者のようだった。
 彼女は楽団に背を向け、彼・彼女達がいない者のような態度を振
る舞った。
﹁⋮⋮ついに来ましたわ﹂
 彼女は誰に聞かせるでもなく1人呟く。
﹁ついに来ましたわ! わたくしの時代が!﹂
 その声はすぐに大きくなった。
﹁雨にも、雪にも、風にも、嵐にも、雷にも負けず、陰に日向にこ
っそりとアピールをし続け早数年⋮⋮! 今夜! ようやくこの世
界の歴史上前にも、後ろにも今後出現しない偉大な魔術道具開発の
大天才神である愛しの! あぁぁあ! 愛しのリュート様からよう
やく正妻の結婚腕輪を贈られますわ!﹂
 メイヤは自分の体を抱き締め、狂おしく悶える。
 一方、背後にいる楽団員達が楽器の調整を終え、無表情で合図を
待っている。

2854
 その対比はなかなか壮絶な光景だった。
 もしこの様子をリュートが目撃したら、ドン引きするのは確実だ
ろう。﹃やっぱり結婚腕輪を贈るのはなかったということで﹄と言
われかねないレベルだ。
 しかし、メイヤはそんなことも気にせず、興奮したまま高らかに
叫ぶ。
 バーが防音仕様で本当によかった。
﹁あぁ! 今夜が待ちきれませんわ! もうリュート様への愛しい
想いが溢れすぎてこの繊細で傷つきやすいわたくしの心が今にもは
ち切れそうですわ!﹂
 ﹃繊細﹄とか﹃傷つきやすい﹄とか言う言葉は、メイヤとは本来
かけ離れたものなのだが︱︱彼女は大仰に両手を広げ宣言する。
﹁だから、わたくし歌います! この想いを少しでも吐き出すため
! そして愛しいリュート様に想いが少しでも届くことを願って!﹂
 メイヤの背後に居る楽団が演奏準備に入る。
﹁聞いてくださいまし、この想い! ﹃リュート様マジラブ300
0%正妻の理! メイヤ・ガンスミスの正妻力が留まるところを知
らない!﹄ですわ!﹂
 無駄に長い自作の歌タイトルを告げると、楽団が演奏を始める。
 メイヤは一心不乱に歌い出す。

2855
 本当にバーが防音設備完備でよかった︱︱楽団員達は皆そう思っ
た。
 ちなみにバーや楽団の人達は、メイヤが自身の資金を使い無理矢
理開き、集めた人達だ。
 おおよそ考えられる無駄遣いでも、世界ランキングトップ3に入
るレベルだろう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 無事、リースを見付け、オレは彼女から魔術液体金属の小樽を受
け取る。
 リースはスノー、クリス、そして元女魔王のアスーラと連れだっ
て街へ買い物に出ようとしていた。もちろんシアは影のように彼女
達の後へ付いていく。
 丁度、宿から出たところだった。
 オレも街への買い物に誘われたが、メイヤの結婚腕輪を作らなけ
ればならないため断りを入れる。
 自室に戻ると早速、メイヤの結婚腕輪を製作に取り掛かる。
 彼女に贈る腕輪のイメージは細部の微調整以外はほぼ完成してい
るため、製作はそう難しくない。

2856
 ソファーに腰掛け、小樽をテーブルへ置いて手を中へ入れようと
すると︱︱
 ノックの後、返事も聞かずに扉が開く。
﹁リュートくん!﹂
 部屋に入ってきたのは先程、街に買い物に出かけた筈のスノー達
だった。
 いくらなんでも帰ってくるのが早すぎるだろう。
 オレが疑問を抱いていると、意外な人物が顔を出す。
﹁ら、ラヤラ! どうしてここにいるんだ!?﹂
 獣人種族タカ族、ラヤラ・ラライラ。
ピース・メーカー UAV
 PEACEMAKERの疑似無人機を担当する少女だ。
 本来、獣人大陸のココリ街で働いているはずなのだが、どうして
ここにいるんだ!?
 彼女は汗だくで、顔や衣服が汚れている。
 まるで何日もお風呂に入っていない状態だ。
﹁き、緊急事態が、フヒ、起きたってみ、ミューアさんに言われて
団長達が居るここまで、と、飛んできました。詳しい内容は、ミュ
ーアさんから渡されたこの手紙に、フヒ、かかれてあります﹂
 緊急事態?

2857
 確かにラヤラは膨大な魔力と種族特性でほぼ1日中飛ぶことがで
きる。
 彼女が無理をすれば、飛行船よりずっと速く大陸間を移動するこ
とができるだろう。
 その無茶をするために極力荷物を減らして、身軽にしてここまで
文字通り飛んできたらしい。
 とりあえず、疲労困憊のラヤラをベッドに寝かせて休ませる。
 シアには胃に優しく、食べやすい料理を持ってくるよう指示を出
す。
 そしてオレはここまでして急いて彼女が持ってきた手紙の封を切
り、内容を確認した。
﹁!?﹂
﹃リュートお兄ちゃん、手紙にはいったいどんなことが書かれてあ
るんですか?﹄
 クリスが緊張した表情で問いかけてくる。
 オレは彼女にすぐ返事をすることができず固まってしまった。
 手紙を持つ腕が震えるほどだ。
﹁リュートさん、大丈夫ですか? 顔色が青いですが⋮⋮﹂
 リースの心配する声に意識がようやく再起動する。
﹁⋮⋮すまない心配をかけて。もう大丈夫だ。しかし、確かにこれ
はミューアがラヤラに無理をさせて運ばせるわけだ﹂

2858
 手紙を掴む腕に力が篭もる。
01
﹁⋮⋮﹃始原﹄が、エル先生を取り押さえるため動き出そうとして
いるらしい﹂
レギオン 01
 魔術師S級が率いる最強の軍団、始原が見せている不穏な動き。
 その場に居るアスーラを除くスノー達全員が息を飲む。
 オレ達が魔物大陸で﹃魔王と5種族勇者の物語﹄について、真実
を知った。
01
 その後すぐ始原が、オレとスノーの育ての親であるエル先生に接
触しようとする。
 これは偶然か?
 どれだけ贔屓目にみてもそれはありえない。
01
 恐らく始原は、オレ達がこの世界の真実に到達したことを知って
いる。
 だから、エル先生を捕らえて、オレ達に対する交渉材料や誘き出
すエサにするつもりなのだろう。
 想像するだけで体中を流れる血液が燃えているように熱くなる。
﹁リュートくん⋮⋮﹂
 スノーの静かな問いかけ。
 しかし、声音にはオレと同じかそれ以上に燃えさかる怒気が含ま
れている。
 もちろん、オレの返答は決まっている。

2859
﹁これ以上、悠長に飛行船の順番を待っている暇はない。どんな方
01
法を使ってでも今すぐ飛行船を確保して、始原達より早くエル先生
を保護しよう!﹂
 オレの言葉にスノーだけではなく、クリス、リース、ラヤラ。そ
してアスーラまで頷いてくれる。
 オレも力強く頷き返し、手紙をしまうとすぐに部屋を出た。
 そして、スノー達に出発の指示を鋭く飛ばした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 獣人大陸、ココリ街。
 新純潔乙女騎士団本部。
 午後、ココノは自室で窓を開き、太陽に向かって祈りを捧げてい
た。
 床に膝を突き、手を胸の前で組み、目蓋を閉じ祈りを捧げ続ける。
﹁⋮⋮天神様、どうかリュート様、そして皆様をお守り下さい﹂

2860
レギオン 01
 現代最強の軍団、始原がリュート達と敵対するかもしれないと知
って、ココノは時間を見付けてはこうしてリュート達の無事を願い
祈りを捧げていた。
 自分にはこれぐらいしか出来ることがないと歯噛みしながらも、
ただひたすら無事を願う。
 扉をノックする音。
 ココノは祈りから顔を上げ、扉を開く。
 そこには新・純潔乙女騎士団団員の1人が居た。
 どうやらココノにお客様が来たらしい。
﹁お客様ですか?﹂
 しかし、今の時期に彼女を訪ねてくる人物に心当たりがなく思わ
ず首を傾げてしまう。
 そして、部屋に1人の人物が入ってきた。
 ココノが驚きの表情を浮かべる。
﹁あ、貴方様は⋮⋮ッ!?﹂
                         <第13章
 終>
次回

2861
01
第14章  始原編︱開幕︱
第248話 緊急事態︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月16日、21時更新予定です!
なんとか前回の予告通り、日常編ラストを書くことができました!
 思った以上に長くなってしまいましたよ!
さて、さて次はいよいよ始原との戦い。いったいどうなるのかまだ
プロットすら出来ていないので、明鏡シスイにも分かりません。あ
ぁ、早くプロット書かないとな。
さて、最近また随分と寒くなってきました。そのせいか入浴剤に興
味が出てきたのですが、あれって薬局で買えるんですかね? 今度
ためしに薬局をのぞいてよさげなのを買って試してみよう。入浴剤

2862
を使うなんて、中学校以来かな?
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第249話 死亡フラグ
ピース・メーカー
 現在、オレ達、PEACEMAKER&ギギさん、旦那様、元女
魔王アスーラ、ノーラ全員は魔物大陸から、レンタル飛行船で妖人
大陸へと急ぎ戻っていた。
 本来なら、オレ達がレンタル飛行船を借りるのはまだ先だったが、
先約を入れていた商人に結構な額を積んで頭を下げ、無理を言って
順番を変わってもらった。
 本当ならこういう横入り的方法は褒められたことじゃないが、現
在は緊急事態のためそうも言っていられない。
 オレはレンタル飛行船のリビング兼食堂のソファーに座りながら、
あらためて獣人種族タカ族のラヤラが持ってきてくれた手紙に目を
通す。

2863
 手紙には外交担当のミューアが、現状を端的に書いてくれていた。
01
 なぜか始原のトップ、人種族魔術師S級のアルトリウス・アーガ
ーが、エル先生の身柄を取り押さえるため動き出そうとしているら
しい。
 この情報は彼女の手駒からもたらされた、かなり精度の高い情報
とのことだ。
 手紙には、新・純潔乙女騎士団もエル先生の保護のためすぐに動
くと書かれてあった。
 距離的に考えれば新・純潔乙女騎士団の方が近い。いくら相手が
01
始原でも、彼らより早くエル先生を保護してくれるだろう。
 だから、きっと大丈夫。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
 手紙を受け取った後、何度もそう自分に言い聞かせている。
 だが、言葉とは裏腹に胸中では不安が渦巻いている。
﹁リュートくん、はい、香茶﹂
﹁スノー? いつからそこに⋮⋮﹂
 気付くと、ソファーの隣にスノーが香茶を目の前に置いて隣に座
っていた。
 彼女が微苦笑する。
﹁さっき部屋に入ったんだけど、やっぱり気付いてなかったんだね。
凄く怖い顔で何か考えごとしてたもんね﹂

2864
 言われて思わず手で顔に触れる。
 その様子がおかしかったのか、スノーが微かに笑う。だがすぐに
狼耳をぺたりと倒し落ち込み、暗い表情を浮かべる。
﹁リュートくん⋮⋮エル先生、大丈夫かな⋮⋮。もし、エル先生が
酷い目にあうようなことがあったら⋮⋮﹂
 スノーは想像して不安を強めてしまったのか、ギュッとオレの服
を強く掴んでくる。
 オレはスノーを慰めるため、彼女の肩に手を回し、抱き締める。
 スノーは逆らうことなく、自身の頭をオレの首筋に埋もれさせた。
﹁大丈夫に決まっているだろ。エル先生は魔術師Bプラス級の凄腕
だし、新・純潔乙女騎士団の皆が保護するために動いてくれてるっ
01
て、手紙に書いてあっただろう? 始原に捕まる前に、彼女達がき
っとエル先生を保護してくれているよ﹂
﹁うん⋮⋮そうだよね﹂
 オレはスノーの頭を何度も撫でながら、彼女を励ますため言葉を
並べる。
 しかし、それはオレ自身に聞かせるためでもあった。
 暫く、そうやって抱き合っていると、リビングに通じる扉が開く。
 旦那様、ギギさん、そして幼女姿の元女魔王アスーラが顔を出す。
 扉の音に気付いたスノーがオレから離れ、赤くなった目元を擦る。
 オレは立ち上がり、3人を出迎えた。

2865
﹁すみません、旦那様、ギギさん、アスーラ様、皆さんを今回の件
に巻き込んでしまって﹂
﹁ははははははあ! 気にするなリュート! それに一緒に行くと
言い出したのは我輩達だ! リュートが気に病む必要はないのだぞ
!﹂
 旦那様の言葉通り、本当ならこの3人とは魔人大陸で別れて、オ
レ達だけでエル先生を保護するため妖人大陸に行くはずだった。
 しかし、旦那様達が、﹃自分達も一緒に行く﹄と宣言。
 最初はもちろん断った。
 今回の一件はあまりに危険度が高い。
01
 下手をしたら始原と正面衝突する可能性が高いからだ。
 また旦那様が付いてくるなら、アスーラを1人で魔人大陸にある
ブラッド家へ送り出すわけにはいかない。
 必然、彼女も一緒に行くことになる。
 つまり、現在進行形で命を狙っている相手が居るかもしれない場
所へ行くと言うことだ。なのにアスーラは、迷いもせず断言した。
﹃リューの子孫であるリュートが困っておるのに、妾が動かないわ
けがなかろう?﹄
 魔法核を抜かれ幼女姿のため、腰に手を当て胸を張る姿は頼りに
なるというより、﹃可愛らしい﹄といった感じだった。
 しかし彼女の心意気は本当に嬉しく、ただただ頭が下がった。
 こうして最終的には押し切られ、旦那様達も付いてきてくれるこ

2866
とになった。
 正直な話をすれば旦那様、ギギさんが付いて来てくれて本当に心
強い。
01
 あの始原と戦う可能性が高い以上、戦力はいくらあっても困らな
いからだ。
﹁⋮⋮それでも、本当にありがとうございます﹂
 旦那様のいつも通りの笑い声を聞きながら、改めてオレは3人に
お礼を告げる。
 アスーラは頬を染め、口元に手を当て瞳を艶っぽく潤ませる。
﹁あぁ、その律儀で真摯な性格⋮⋮ッ。まるで昔のリューをみてい
るようじゃ⋮⋮!﹂
 どうやら昔、結婚の約束までした相手の態度とオレが似ていたら
しく、彼女は初恋をしたばかりの少女のように真っ赤になって身悶
える。
 ⋮⋮この幼女が情報操作されていたといえ、世間に広まっていた
恐怖の元魔王なんだよな。
 危険を顧みず付いてきてくれたのは嬉しいが、目の前で身悶える
少女に複雑な感情の目をついつい向けてしまう。
 そんなオレにギギさんが声をかけてきた。
01
﹁リュート、安心しろ。たとえ始原がリュートの恩師に手を出そう
としても俺がきっと止めてみせる。だから、あんまり難しく考えす

2867
ぎるな。悪いことばかり考えるのはリュートの悪い癖だぞ﹂
﹁ギギさん⋮⋮﹂
 まるで弟の心配をする兄のような態度で頭を乱暴に撫でてくる。
 しかし、オレは彼の言葉に安堵するより、危機感を覚えてしまう。
 ギギさんの瞳がまるでブラッド家で執事をしていた時、山賊時代
の両親や仲間達の弔いのため旦那様に挑む色をしていたからだ。
 ギギさんこそ、自分の命を蔑ろにする癖がある。
 オレの胸を嫌な予感が過ぎる。
 念のため諫めようと口を開きかけるが、
01
﹁そうですわ、リュート様! 始原ごとき木っ端など、このメイヤ・
ガンスミス︵仮︶がリュート様の代わりにけちょんけちょんに叩き
ブツしてやりますわ!﹂
﹁流石です! メイヤお姉様!﹂
 突然、メイヤ&元﹃黒﹄のノーラが空気を読まず話に割って入っ
てくる。
 てか、こいつら何時のまにリビングに入ってきたんだ。
 まったく気付かなかったぞ!?
 メイヤは瞳に怒りの炎を爛々と燃やしながら握り拳を固めて断言
する。
レギオン
﹁所詮は端役軍団の分際で、神たるリュート様をお育てになった聖
母にして、わたくしのお義母様でもあるエル先生に手を出そうとす
るとは! まさに神をも恐れぬ行為! さらに許し難いのは我が覇

2868
道︵リュート様の可愛いお嫁さん♪︶の邪魔をするとはぁぁぁあッ
! このメイヤが絶対に許しませんわ!﹂
01
 メイヤの始原に対する怒りは凄まじい。
 ラヤラの緊急事態の一報で、オレが彼女へ贈る結婚腕輪の話が流
れてしまったせいだ。
01
 メイヤはその直接的原因である始原に対して、今回並々ならぬ敵
意を抱いている。
 そんなメイヤをノーラは、尊敬の眼差しで見詰めている。
01
 前にノーラが所属していた組織﹃黒﹄は、始原に危険視され狙わ
れていた。
01
 故に彼女は始原の強さをよく知っている。
 なのにメイヤはまったく恐れるどころか、力強く倒すと宣言して
いるのだ。ノーラの瞳に頼もしく映るのも分からなくはない。
 しかし、2人とも以前とは考えられないほど仲良くなったよな⋮
⋮。
 この2人は相性がいいらしい。
01
 その後、メイヤの始原糾弾大会にオレ、スノー、アスーラまで巻
き込まれてしまう。
01
 スノー達は女子らしいトークで、始原に対して非難し始める。
 そしていつの間にか、旦那様とギギさんがリビングを出て行って
しまっていた。お陰でギギさんと話をするタイミングを失ってしま
う。
 オレは胸に嫌な予感を覚えながら、スノー達の会話に相づちをう
った。

2869
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 レンタル飛行船から眼下を見下ろすと、懐かしい光景を目にする。
 数年ぶりに育ち過ごしたアルジオ領ホードへと戻ってきた。
 レンタル飛行船を着陸させると、オレとスノーは孤児院へ向けて
駆け出す。
 肉体強化術で補助されているため、まるで風のように速い。
 数年前と変わらない孤児院の建物がすぐに見えてくる。
 孤児院であらたに引き取ったであろう子供達が、薪を籠に入れ中
へ入ろうとしている。
 勢いよく走り寄ってくるオレ達に気付くと、恐怖し慌てて建物内
へと入ってしまった。
 新しく入った子供達のため、卒業してしまったオレやスノーのこ
とはしらない。当然の反応とも言える。
 逆にこれでエル先生が子供達に呼ばれて、外へ顔を出すかもしれ
ない。
 しかし、オレの予想はある意味で当たり、ある意味で外れてしま
う。

2870
 オレとスノーが孤児院に辿り着くと、中から人が出てくる。
 子供達に手を引かれ顔を出したのは、オレやスノーもお世話にな
った孤児院を手伝ってくれているオバさんだった。
01
 なぜエル先生じゃないんだ⋮⋮まさかもう始原に連れ去れたのか
!?
 緊張した表情を浮かべていたオレとスノーに、オバさんが懐かし
そうに声をかけてくる。
﹁あら、リュートくんにスノーちゃんじゃない! 久しぶりね! 
大丈夫よ、この人達はこの孤児院の卒業生だから。ほら、ちゃんと
挨拶しなさい﹂
 オバさんにうながされ、子供達が挨拶をする。
 あまりにのんびりた態度にオレは毒気を抜かれた。
01
 彼女達の態度から、まだ始原に攫われていないことを知ったから
だ。
 オレは気持ちを落ち着かせて、オバさんに声をかける。
﹁ご無沙汰してます。すみません突然、押しかけてしまって。エル
先生はいらっしゃいますか?﹂
﹁エル先生なら急患が出たからって朝早く、隣町へ行ったわよ。時
間的にもそろそろ帰ってくると思うけど﹂
 隣町や大きな街に治療で行くのは珍しいことではない。
 この治癒も孤児院にとって大切な収入源になる。

2871
 しかし、タイミングが悪いな。
 隣町ならレンタル飛行船を使えばすぐだ。
 迎えに行った方がいいかもしれない。
﹁リュートくんに、スノーちゃんなの?﹂
 声に振り返るとそこにはエル先生が立っていた。
 兎耳に、ピンクの髪、美人だが人々を安心させる柔和な表情をし
ている。
 手には買い物籠を持ち、隣町でついでに買ったのか食材が入って
いた。
 数年ぶりにあう懐かしい姿と、エル先生の無事を確認できて涙腺
が弛みそうになる。
﹁エル先生!﹂
﹁きゃッ、もうスノーちゃん、突然抱きついたら危ないでしょ﹂
 スノーは思わず走りより、エル先生に抱きつく。
 彼女はスノーを口では叱りながらも、母親のように優しく何度も
頭を撫でていた。
 オレはゆっくりと歩み寄り、ビジネスマンのように腰から頭を下
げエル先生に声をかける。
﹁ご無沙汰してます、エル先生﹂
﹁ふふふ、リュートくんたら、そんな畏まらなくてもいいのに﹂
 エル先生はオレの態度と言葉遣いが面白かったのか、口元に手を
上品に笑う。

2872
 さすが小国とはいえお姫様!
 エル先生の双子の妹であるアルさんに教えてもらったことだが、
あらためて見ると確かにエル先生にはどことなく気品がある。
 なのに同じ双子であるアルさんは背丈や顔は一緒なのに、高貴さ
が微塵も漂っていない。
 どうして双子なのにこれほど差があるのだろうか?
﹁すみません、久しぶりあったのでどう話せばいいのか分からなく
て⋮⋮﹂
﹁難しく考えず、昔のように話してくれればいいの︱︱ッ!?﹂
﹁エル先生?﹂
 抱きついていたスノーが顔を上げ、エル先生の名前を呼ぶ。
 彼女が突然、身を堅くし息を止めたからだ。
 スノーがエル先生から体を離し、オレへ﹃どうかしたの?﹄と視
線で問う。
 オレ自身、何が起きたか分からず首を横へ振った。
﹁どうやら無事だったようだな。しかし、本当にアルさんとそっく
りなんだな⋮⋮﹂
 声がした方へ視線を向けると、ギギさん達がようやく追いつきこ
ちらへと歩み寄ってくる。
01
 ギギさんはエル先生の姿を確認して、まだ始原がエル先生が触れ
ていないと知り、のんびりと感想を告げていた。
﹁り、リュートくん、スノーちゃん⋮⋮2人はあの方とお知り合い
なの?﹂

2873
﹁えっ?﹂
 先程、身を堅くしたエル先生の視線がギギさんへと固定されいた。
 しかも、その頬は赤くなり、瞳は少女マンガの恋する乙女のよう
に潤んでいる。
﹁はっ?﹂
 オレはエル先生とギギさんを交互に見比べる。
 ギギさんはいつもの押し黙った表情。
 エル先生は、心臓の鼓動を押さえるように胸に両手を重ね熱い視
線を向けている。
﹁あっ?﹂
 尊敬するエル先生のことだ。
 オレはすぐに彼女の感情を理解するが、認めたくない気持ちが圧
倒的に大きい。
 なぜか知らないが、エル先生はギギさんに惚れている!?
 はぁ!? どうしてなんで!?
 オレは悪い予感が外れた事は嬉しかったが︱︱頭を抱えその場に
うずくまることしか出来なかった。
2874
第249話 死亡フラグ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月19日、21時更新予定です!
皆さんが意外と入浴剤を使っているんですね。というわけで、思い
切ってとりあえず近所の薬局で、温泉入浴剤を購入しました! タ
イミング合わなくてまだ使っていないのですが、今から使うのが楽
しみです!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動

2875
報告をご参照下さい︶
第250話 ファーストコンタクト
 それは数年前のこと︱︱
 エル先生は海運都市グレイに所用で出向いたらしい。
 用事を済ませ、街中を歩いていると、目の前で見知らぬ子供が転
んだ。
 子供は膝をすりむいて泣き出してしまう。
 この異世界でもっとも聖母に近いエル先生が、そんな子供を見過
ごすはずがない。
 彼女は駆け寄り、服についた土を払って、子供を立たせた。
 すりむき血が滲む膝を治癒魔術で躊躇いなく治癒する。

2876
 しかし、不幸にもそのことがエル先生と子供の2人を危険にさら
してしまう。
 2人の側を通りかかった馬車の荷台︱︱そこに積み上げられた木
材のロープが切れてしまったのだ。
 治癒魔術を使っていたため、エル先生は咄嗟に他魔術で防ぐこと
ができなかった。それでも子供を守るため、抱き締めて木材から庇
ったらしい。
 だが、2人は木材に押しつぶされることはなかった。
﹃大丈夫か?﹄
 声に顔を上げると、ギギさんがエル先生達を守るため割って入り、
魔術で落下してきた木材を防いでいたのだ。
﹃は、はい。ありがとうございます。お陰で助かりました﹄
﹃⋮⋮そうか﹄
 エル先生や商人からお礼と謝罪を聞き流し、ギギさんはすぐにそ
の場を離れた。
 エル先生はそんなギギさんに慌てて駆け寄り、声をかけたらしい。
﹃あ、あの本当にありがとうございました! お名前を教えて頂い
てもよろしいですか?﹄
 しかしギギさんは振り返りもせず、

2877
﹃名乗るほどの者ではない﹄と断言。
 人混みに紛れたらしい。
あの人
﹁︱︱そんなギギさんはまるで昔の婚約者のようで⋮⋮じゃなくて
! その⋮⋮﹂
 エル先生が珍しく、顔を赤くしてパタパタと手を振り必死に誤魔
化そうとする。
 どうやらつい口が滑ってしまったらしい。
 現在、オレ達は孤児院の裏手にある広場に集まってエル先生の話
を聞いていた。
 机やテーブル、お茶、茶菓子などは全てリースの﹃無限収納﹄か
ら取り出した。
 可愛らしく慌てるエル先生にオレが代表して告げる。
﹁大丈夫です。アルさんからお話は聞いているので。ここに居るメ
ンバーはほぼ知っていますから﹂
﹁そうだったの? もうあの子ったら、子供達には内緒にしててっ
て頼んだのに﹂
 オレの言葉に、エル先生は頬を膨らませ双子の妹に腹を立てた。
﹁でも、どうしてわたし達にまでお姫様って黙っていたんですか?﹂

2878
 スノーの質問にエル先生は微苦笑を浮かべる。
﹁姫と言っても本当に小さな国だし、私が﹃お姫様﹄だなんて似合
わないでしょ?﹂
﹁いえ! そんなことまったくありませんよ! エル先生がお姫様
って知ってオレはすぐに納得しました! 話を聞いて昔を振り返り
高貴な雰囲気とか出て、﹃どうして気付かなかったんだろう!﹄っ
て思うぐらいですよ!﹂
﹁ありがとう、リュートくん。お世辞でも嬉しいわ﹂
﹁お世辞じゃありませんよ!﹂
 エル先生はオレの言葉に恥ずかしそうに微笑む。
 ちくしょう! 可愛すぎる!
 こんな素晴らしい人が、ギギさんに惚れているなんて!
 だいたいオレがその場にいたら、ギギさん以上に上手くエル先生
と子供を助けていたね!
 憎い! その場にいなかった自分が憎い!
 はっ!? とオレはある可能性に気が付き、エル先生に進言する。
﹁でも、一目ですぐ助けてくれたのがギギさんって分かりましたね。
もしかしたら違う人かも知れませんよ?﹂
 エル先生を助けた時のギギさんは、旦那様を捜すため北大陸へ向
かっている真っ最中だった。
 時期的にその途中で寄った時、エル先生と子供を助けたのだ。
 昔のギギさんに比べて現在は、傷が増え、右目を眼帯でおおって
いる。

2879
 昔と比べて大分、容姿が変化している。
 これなら﹃他人のそら似ではないか?﹄と押し通すことができる
だろう。
 スノー、クリス、リース、シアは、オレがどうにかしてエル先生
とギギさんを引き離そうとしていることに気付く。
 妨害はして来ないが、あからさまに呆れた視線を向けてきた。
 ⋮⋮だが、エル先生とギギさんを引き離せるなら、嫁達の冷たい
視線ぐらい耐えきってみせる!
ピース・メーカー
 だてにPEACEMAKER団長として修羅場をくぐっていない!
 恐らくこの日のためにオレは今までの試練を乗り越えてきたのか
もしれない!
﹁ギギさんはどうですか!? 身に覚えなんてありませんよね! 
よね!﹂
﹁確かにそんなことをした記憶はあるが⋮⋮緊急事態だったのであ
んまり顔や特徴を気にせず助けたからな。リュートの言う通り、﹃
人違い﹄という可能性もあると思うが⋮⋮﹂
 オレの必死な言葉に、ギギさんは過去を振り返る。
 ギギさんの自信なさげな言葉に、エル先生が笑顔で答える。
﹁大丈夫よ、リュートくん。助けてくださった恩人を見間違えるな
んて失礼なことしないわ﹂
﹁そう⋮⋮ですか⋮⋮﹂
﹁ギギさん、あの時は助けて頂き本当にありがとうございます﹂
 エル先生の言葉に、ギギさんは黙って頷く。

2880
 大天使であるエル先生に断言されては、それ以上オレが言及する
わけにもいかず黙るしかなかった。
︵リュートくん、リュートくん︶
 落ち込んでいるオレへ隣に座るスノーが小声で話しかけてくる。
︵気持ちは分からなくはないけど、でもギギさんって前にリュート
くんが言ってた条件に凄く当てはまる人だと思うよ?︶
︵条件?︶
 確かに昔、﹃どのような男性ならエル先生の夫として認めるのか
?﹄と妻達に尋ねられた。
 その時︱︱﹃真面目で、優しくて、働き者で、自分のことより妻
を大切にして、他の女性に目移りしない一本気のある性格で、収入
が安定していて、エル先生を守れる強さがあって、義理堅く、周囲
から一目置かれ、地位や名誉に胡座をかかず努力して、僕が尊敬︱
︱まで行かなくてもエル先生を﹃この人なら任せられる﹄と思える
人なら許す!﹄と言った記憶がある。
 ⋮⋮た、確かにギギさんは見た目こそ強面だが、真面目で優しく、
ブラッド家でも評判のいい働き者だった。
 またギギさんなら性格上、妻を大切にするだろう。
 受付嬢さん、アルさんに言い寄られても気付かないほど鈍感のた
め、結婚すれば奥さん以外は目にも入らないはずだ。
 魔術師Bプラス級のため、収入面も問題なし。エル先生を守れる
強さもある。
 義理堅く、周囲から一目置かれ、地位や名誉に胡座をかかず努力

2881
している。
 そして何よりオレはギギさんを師匠として尊敬している⋮⋮確か
にそう考えると、ギギさんは嫌というほど条件を満たしている人物
だった。
 さらにギギさんには恩がある。
 奴隷に売られ女性と間違えられてブラッド家に買われた時、ギギ
さんが後押ししてくれなければ自分は返品されていたかもしれない。
 3日間でクリスと距離を縮めることが出来たのも、ギギさんが絵
本を持って来てくれたからだ。
 他にもギギさんが剣術や体術を教えてくれたから、今こうして生
き延びることができたわけで⋮⋮。
﹁んギギギギギ⋮⋮ッ﹂
﹁どうしたリュート。凄い顔をしているが、体調でも悪いのか?﹂
 オレが過去を振り返り、あらためてギギさんにお世話になってい
たのと尊敬していることを自覚してしまい苦悶する。
 そんなオレにギギさんは心配そうに声をかけてくれる。
 その優しさが今はオレを苦しめていた。
 悩み抜いた結果、オレは︱︱
﹁いえ、大丈夫です。急に頭痛がしただけですから﹂
﹁大丈夫、リュートくん? 念のため治癒をかけておく?﹂
﹁すみません、エル先生、心配をかけてしまって。でも、本当に大
丈夫ですから﹂

2882
 オレはエル先生を心配させないため、意識して爽やかな笑顔を作
る。
 考え抜いた結果として、オレはこの問題を考えないことにした。
 ギギさんは、自分に対する好意に酷く鈍感だ。
 下手にオレが動いてエル先生から遠ざけようとして、2人の間に
フラグが立ったらたまったものではない。
 ここはギギさんの鈍感力に賭けて、静観しておくのが得策だろう。
 オレは頭と気持ちを切り替え、エル先生に何故オレ達が孤児院に
慌てて駆けつけたのか話をする。
 もちろん、エル先生にこの異世界の真実を告げるわけにはいかな
い。
ピース・メーカー 01
 ゆえにオレ達、PEACEMAKERが始原に目を付けられ、敵
01
視され。始原がオレ達の尊敬するエル先生を人質として押さえよう
と動いていることを告げる。
 一通り話をした後、オレは頭を下げた。
レギオン
﹁すみません、エル先生。軍団同士の争いに巻き込んでしまって!﹂
﹁顔を上げてリュートくん。リュートくんが悪いわけではないんで
しょ?﹂
﹁はい。自分が絶対的正義とはいいません。でも、エル先生に顔向
けできないようなことは断じてしてません。それだけは信じてくだ
さい﹂

2883
 オレの言葉をジッと聞いていたエル先生は、微笑みを浮かべる。
﹁分かりました。リュートくんを信じます。それで、私はどうすれ
ばいいのかしら⋮⋮﹂
01
﹁エル先生には申し訳ないんですが、始原との問題が片付くまでオ
レ達が準備する安全な場所へ移っていて欲しいんです﹂
 とりあえず、獣人大陸のココリ街に戻り、それからミューアの手
を借りて隠れ家にエル先生を匿う予定だ。
 しかし、この提案にエル先生は困った表情を浮かべる。
﹁でも、それだと子供達が⋮⋮﹂
﹁もちろん、子供達を残していくようなマネはしません。全員連れ
て行きます﹂
01
 始原の問題も早急に解決するとダメ押しする。
﹁分かりました。それならリュートくんの指示に従います﹂
﹁ありがとうございます! それじゃお疲れのところ申し訳ないん
ですが、必要な荷物を纏めて飛行船に移ってください。準備が出来
次第、すぐに出発しますから﹂
 この指示を受け、エル先生が孤児院の建物へと向かう。
 荷物を纏めるのと、子供達に説明をするためだ。
 その間にオレ達の方も準備を進める。
01
 いつ始原が来るか分からないため周辺の警戒。
01
 始原との問題が片付き、エル先生達が戻ってこれるか分からない

2884
ため、孤児院の建物管理をオバさんに任せる。もちろん、相応の賃
金を支払ってだ。
 またオレ達と入れ違いで新・純潔乙女騎士団が町へ辿り着いたら、
戻ってくるよう手紙と伝言を預ける。
 リースにはエル先生達の荷物、追加の食料などを﹃無限収納﹄に
しまってもらった。
 諸々の準備を終えて、飛行船に乗り込みとすぐに出発する。
 子供達は31人、エル先生も入れると飛行船室内はいっぱいにな
ってしまう。
 だが今は一刻を争う。
 しばらく皆には不自由な思いをさせるが、隣の大陸のココリ街ま
でだ。
 それほど長い時間はかからない。
 飛行船に乗り込むのも、空を飛ぶのも初めてな子供達は興奮気味
に甲板へと集まり、小さくなった町を見下ろしていた。
﹁すげー! 町があんなにちっちゃい!﹂
﹁わたしにもみせてーっ﹂
﹁わぁ、あっちにとりさんがいるよぉ﹂
 そんな彼、彼女らをエル先生がまとめる。
﹁あんまり身を乗り出しては駄目ですよ。危ないですから。大きい
子は、小さい子が身を乗り出さないように気を付けてあげてくださ
いね。後、寒いのでもう少ししたらお部屋に入りますよ﹂

2885
 子供達の元気な返事が聞こえてくる。
 まるで前世の小学校遠足に立ち会っている気分だ。
﹁ギギさん、どこに行くんですか?﹂
 子供達を見守っていたギギさんが、背を向け飛行船内へと戻って
いく。
﹁⋮⋮俺がここに居ても、子供達を怖がらせるだけだからな﹂
 そう言って、背を向け歩き出す。
 エル先生はその背中を名残惜しそうに見詰めながらも、声をかけ
ることができずただ見送ることしかできなかった。
 これは想像していた以上に、2人の仲が進展することはないだろ
う。
 どちらも恋愛に奥手で、立場上、気軽に自分から行動を起こせな
い。
 オレが妨害しなくてもよさそうだが⋮⋮なんか納得いかないな。
﹁どうしたのリュートくん、難しい顔して?﹂
﹁いや、なんでもないよ。それよりそろそろ風も出てきたし、これ
以上は体を冷やすから子供達を室内に戻そう﹂
﹁そうだね﹂
 オレはスノーの問いを適当に誤魔化す。
 エル先生に声をかけて子供達を室内へ移動させようとすると、

2886
﹁賛成だ、こちらとしても童達に余計な話を聞かせて、手を汚した
くはないからな﹂
 ︱︱いつの間にか甲板に見知らぬ1人の男が立っていた。
 顔以外、全身甲冑を身にまとい少し体を動かすだけで金属音が響
く。
 体格はまるでラグビー選手のようにガッチリとした体型。身長は
190cmを越えていた。
 髪を短く刈り込み、目つきも鋭い。
 その姿はまるで歴戦の騎士団長と言った風格を漂わせている。
︵︱︱こいつ本当にいつの間に甲板に居たんだ!?︶
 音や気配もまったくなく、忽然と甲板に姿を現したとしか思えな
い。
 こちらの驚愕をどう捉えたのか、相手は律儀に挨拶を始める。
01
﹁挨拶が遅れた。始原団長、人種族、魔術師S級のアルトリウス・
アーガーだ﹂
01
 これが始原団長とのファーストコンタクトだった。
2887
第250話 ファーストコンタクト︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月22日、21時更新予定です!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
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報告をご参照下さい︶
2888
第251話 交渉
 一般的な魔術師としての才能を持つ者はBプラス級が限界だと言
われている。
 その先のA級は一握りの﹃天才﹄と呼ばれる者が入る場所だ。
 さらにその天才すら越えたS級は﹃人外﹄﹃化け物﹄﹃怪物﹄と
呼ばれる存在である。
 この異世界にS級は5人しかいない。
 妖精種族、エルフ族、﹃氷結の魔女﹄。
ロン・ラオシー
 竜人種族、﹃龍老師﹄

2889
 魔人種族、﹃腐敗ノ王﹄。
じゅうおうぶしん
 獣人種族、﹃獣王武神﹄。
ばんぐん 01
 そして人種族、﹃万軍﹄、始原団長、アルトリウス・アーガー。
 また﹃世界と1人で戦える男﹄と言われる人種族最強の魔術師で
ある。
 そんな魔術師S級の男が、まるで最初からそこに居たように立っ
ていた。
﹁ッ!?﹂
 甲板に出ていたオレ、スノー、ギギさんが咄嗟に動く。
 オレとスノーが、エル先生と子供達を守るように背後へと隠す。
 ギギさんはアルトリウスへといつでも攻撃を加えられるように戦
闘態勢を取る。
 しかし、アルトリウスはまったく動揺をみせず、尋ねてくる。
ピース・メーカー
﹁⋮⋮PEACEMAKER団長、リュート・ガンスミスとは君で
いいのか?﹂
 スノー、ギギさんを順番に見て、最後にオレに声をかけてきた。
ピース・メーカー
 情報としてPEACEMAKER団長は人種族だと聞いているの
だろう。警戒心を露わにしている者達のなかで人種族はオレしかな

2890
いため、消去法で判断したらしい。
 どう返答するべきか逡巡したが、素直に答えることにした。
ピース・メーカー
﹁ああ、オレがPEACEMAKER団長、人種族、リュート・ガ
ンスミスだ﹂
﹁やはりか⋮⋮できれば話し合いをしたいのだが、時間は今大丈夫
か?﹂
﹁じ、時間って⋮⋮ッ﹂
 こちらの警戒心を本当にまったく気にせず、アポなしで尋ねて来
た知人のように問いかけてくる。
﹁ははははは! 良いではないかリュート、話をしても! 折角、
あの魔術師S級殿がわざわざ尋ねてきたのだからな!﹂
 声に振り返ると、船内から旦那様が姿を現し、勝手に話を決めて
しまう。
 旦那様の背後からリースが姿を現しお茶会の準備を始める。
﹁では、子供達よ! 我輩達は大切な話をするから、皆は船内に入
っていいなさい! エル殿、引率を頼むぞ!﹂
﹁は、はい! それでは皆さん、外はもう寒いですから中に入りま
しょうね﹂
 エル先生が小学校の遠足を引率する先生のように子供達を船内へ
と入れて行く。
 今になって旦那様の意図を理解した。

2891
 もし今すぐ、彼と戦った場合、背後にいた子供達を巻き込むこと
になる。怪我で済めばいい。大抵の傷はエル先生が治癒で治してく
れる。
 だがもし死んでしまったら⋮⋮。
 少し考えれば分かることじゃないか。
 アルトリウスの登場に、自分が想像するよりずっと混乱していた
ようだ。
 それを見抜いたから、気持ちを落ち着かせるためにも旦那様が相
手の話に乗ったのだろう。
 リースが甲板に﹃無限収納﹄からテーブル、椅子を出す。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 リースがオレを一瞥し、船内へと戻って行く。
 ⋮⋮どうやら、すでにクリス、シアの戦える人材には武器を手渡
し済みのようだ。
 恐らく旦那様の指示だろう。
﹁はははっはっはあ! アルトリウス殿、遠慮無く好きな席に座っ
てくれたまえ!﹂
 旦那様が勝手にホスト役を担当する。
 いや、ありがたいからいいけど⋮⋮
 オレ、旦那様、アルトリウスが席に座る。

2892
 スノーとギギさんは、オレと旦那様の背後にボディーガードのよ
うに立つ。
 席に座ると、シアが待ち構えたように盆に香茶と茶菓子を持って
姿を現す。
 まさかとは思うが、お茶に毒とかいれていないよな⋮⋮。
 オレの心配をよそにアルトリウスは何も気にせずにお茶に口をつ
ける。
 続いて旦那様もカップに手を伸ばした。
﹁はっはははははは! 相変わらずシア殿の淹れるお茶は美味いな
!﹂
﹁恐れ入ります﹂
 シアは旦那様の言葉に一礼してから背後へと控える。
 てか、地味に旦那様とシアは仲が良いな。
﹁⋮⋮それで、今回の突然の来訪はどういった理由ですか?﹂
 オレは旦那様達から視線を外し、アルトリウスへと問う。
 彼は一度、甲板に居るオレ、スノー、旦那様、ギギさん、シアの
順番に見て回り、考える素振りをしてから口を開く。
﹁⋮⋮ガンスミス卿は魔物大陸で魔王を復活させたな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 暫しの沈黙、互いの眼光が重なりあう。
 先にアルトリウスが手の内を明かす。

2893
﹁無理に誤魔化さなくてもいい。この情報は精度の高いものだ。で
なければわざわざ突然、おしかけたりなどしない﹂
﹁精度の高い、ですか⋮⋮誰から聞いたのかだいたい予想は付きま
すよ﹂
 オレは背もたれに体を預けて、足を組み替える。
 アルトリウスはこの返答を予想していなかったのか、表情を変え
る。眉根を寄せた程度だが。
 オレはさらに優位を得るため切り込む。
﹁情報を持ち帰ったのはハイエルフ王国、第1王女、ララ・エノー
ル・メメアですね﹂
﹁⋮⋮いや、違うが⋮⋮どうしてここでララ嬢の名前が出るんだ?
 彼女はずいぶん前に失踪してまだ行方が分からないはずだが?﹂
 アルトリウスはこの場で出るとは考えもしていない名前が上がっ
たようで、困惑した表情を浮かべる。
 次に彼は、ララ失踪にオレが関与しているのかといった視線を向
けてきた。オレは誤解をとくため﹃黒﹄についての話をする。
 詳細は省き、﹃黒﹄という組織とそしてそれを実質運営していた
のがララだと教えた。
 話を聞き終えたアルトリウスは、顎に手を当てオレからもたらさ
れた情報を精査していた。
﹁⋮⋮なるほど合点がいった。ララ嬢が﹃黒﹄に付いていたのなら、
我々がどれだけ手を尽くしても奴らが捕まらないのも納得できると
いうものだ﹂

2894
 ララの精霊の加護﹃千里眼﹄と﹃予知夢者﹄の二つを持っている
のは有名な話らしい。
 しかし、まったく違う人物の名前をドヤ顔で言うとは⋮⋮数分前
のオレを殴ってしまいたい!
 恥ずかしさに身悶えしそうになるオレを気遣ったのか、アルトリ
ウスが話を切り出す。
﹁ガンスミス卿については﹃紅甲冑事件﹄以降、念のため身辺を調
オリハルコン
べさせてもらっていた。いつかは神鉄に到達する可能性を秘めてい
レギオン
る軍団だと、うちの若い奴が言っていた﹂
01
 始原の獣人大陸外交・交渉部門を担当している人種族、セラフィ
ンさんあたりが言っていたのだろうか?
サイレント・ワーカー レギオン シーカー
﹁最初は疑っていたが、いつのまにか静音暗殺率いる軍団、処刑人
を撃破し、魔王まで復活させるとは⋮⋮。あの時、もっとあの時話
を聞いておくべきだったと少々後悔もした。もし話を聞いていれば、
シーカー
処刑人に釘の一つでも刺せたのだがな⋮⋮﹂
 アルトリウスが香茶を飲み干すと、シアがそつなく新たにそそぐ。
﹁まあそれも今更の話だがな⋮⋮だから今度は将来の話をしにきた。
単刀直入に言わせてもらう。⋮⋮自分達の仲間にならないか?﹂
﹃戦闘になるだろう﹄と思っていたのだが、意外な要求をされる。
 こちらの表情を見て警戒心が強いのを察したのか、アルトリウス
はさらに語る。
﹁ガンスミス卿の恩人であるエル嬢を狙ったのも、戦闘で人質にす

2895
るためではない。あくまで冷静な話し合いをするため仲介を担って
もらおうと思ったんだ。だが、少々礼を欠いた行動であることは確
かだ。先に謝罪したい。すまなかった﹂
 オレが文句を付ける前に、アルトリウスが先を取る。
レギオン
 さすが世界最強の軍団といったところか。
 そして彼は次に条件を提示してきた。
﹁魔王と黒残党の引き渡しをお願いしたい。折角、﹃五種族勇者﹄
という神話で民衆が纏まっているんだ。世界にいらぬ混乱を広めて
傷つく人々を出したくはない﹂
﹃五種族勇者﹄という神話はこの世界に多大なる影響を与えている。
ギルド
 たとえば冒険者斡旋組合だって、五種族勇者達によって作られて
いる。
 子供達に読み聞かせる絵本にも、五種族勇者が題材として使用さ
れている。
 だが、実は﹃五種族勇者﹄は、恩人であるアスーラを裏切った卑
怯者共だと知られれば、子孫であるアルトリウス達が非難、軽蔑さ
れるだけではすまない。
ギルド
 冒険者斡旋組合の民衆による求心力低下、そして﹃五種族勇者﹄
をブランドに掲げている商品のイメージ損失。
 その他様々に、多大な被害が出るだろう。
 アルトリウスは話を続ける。
﹁もちろん魔王と黒残党を口封じに殺害するつもりはない。だが、
真実を広められても困るため、我々が指定する屋敷に生涯軟禁させ

2896
てもらう。軟禁と言っても見張りを付ければ外へ出る事も可能だし、
欲しい物があれば遠慮なく与えるつもりだ。まぁ維持費と考えれば
安いものだ。彼女達の生活が心配なら、定期的に見に来られるよう
善処しよう﹂
﹁⋮⋮どうしてそこまで譲歩するんだ? それにオレ達だってすで
に知っているんだ。彼女達と一緒にオレ達も軟禁するつもりなのか
?﹂
 オレの返答に、アルトリウスが首を横に振る。
ピース・メーカー 0
﹁PEACEMAKERを軟禁するつもりはない。むしろ我々、始

原と一緒にこの世界を守る側について欲しい﹂
 アルトリウスの声音に熱が篭もる。
ピース・メーカー
﹁我々はPEACEMAKERが所持する魔術道具に興味がある。
あれは、自分のような魔術道具の門外漢でも分かる技術革命だ。だ
が、同時にあまり広まっても困る代物でもある。誰でも簡単に魔物
や魔術師を殺害することができる魔術道具が世界に広まれば、権力
者達はこぞって量産し、全民衆を兵士にするだろう。そうなれば過
去、妖精、人種、獣人種族連合対魔人種族のような争いを引き起こ
す火種になりかねない。だから我々で適性に管理すべきだと考えて
いる﹂
 彼の指摘は正しい。
 前世、地球のアフリカでは、大人は少年達にAK47を手渡し、
少年部隊を作り出した。
 たとえAK47を持つのがやっとという年齢の子供でも、発砲さ
えできれば大人に致命傷を与えることができる。
 さらに子供ならアフリカなどの発展途上国では孤児や浮浪者が多

2897
く集めやすい、集団に溶け込め、まだ若いため無茶を簡単にする。
また相手に子供を殺させることで、士気低下も狙える。
 オレ達が持つ銃器が広まれば、この世界でも必ず起きる出来事だ
ろう。
﹁どうだろうか? 条件としては大分いいと思うが?﹂
﹁︱︱では、もし一般市民が知ったら?﹂
ピース・メーカー
﹁⋮⋮残念だが消すしかない。だからこそPEACEMAKERと
手を組み、そのようなことが起きないよう尽力していきたいと考え
ている﹂
 深い溜息を漏らし、アルトリウスへ返答を返す。
﹁なるほど、分かりました。なら⋮⋮﹂
 オレは﹃H&K USP﹄を抜き放ち、アルトリウスへと銃口を
向ける。
ピース・メーカー
﹁これがPEACEMAKERの答えだ!﹂
トリガー
 そして、迷わずアルトリウスへ引鉄を絞った!
2898
第251話 交渉︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月25日、21時更新予定です!
活動報告に﹃新宿ゲーマーズ﹄様の文章を書きました。
よかったらご確認ください。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

2899
第252話 アルトリウスの魔術
﹃H&K USP﹄から放たれた9mmが、魔術師S級のアルトリ
ウスを襲うが、彼は抵抗陣であっさりと防いでしまう。
 オレは椅子から蹴り立ち、油断なく﹃H&K USP﹄を構える。
 この攻撃に旦那様は表情を変えなかったが、ギギさんやスノーは
驚いていた。
 アルトリウスが口を開く。
ピース・メーカ
﹁⋮⋮まさか突然、攻撃をしかけてくるとは。PEACEMAKE

Rという名前の割りに意外と団長は好戦的なんだな﹂
﹁そんな条件を出されたら、好戦的にもなるさ﹂
﹁こちらとしては大分譲歩した条件だと思うんだが⋮⋮。もし提示
した条件に納得できないのなら、そちらの条件を教えて欲しいのだ

2900
が﹂
 アルトリウスは席に着いたまま、未だ構えも取らず余裕の態度も
崩さない。
 オレはそんな彼を睨み付けながら、返事をする。
01
﹁たとえどんな条件を出されても、オレ達は始原と同盟を結ぶつも
サイレント・ワーカー レギオン シーカー
りはない。オマエ達は結局、静音暗殺︱︱軍団、処刑人の代わりを
探しているだけだろ。自分達の手足となって暗殺する集団を。確か
にそういう点でオレ達は適任だよな。なんていったって倒した張本
人達なんだから﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁そしてなにより真実を隠すため、事実を知った相手を殺すってい
レギオン
うのが気にくわない。もしオレ達が力のない弱小の軍団だったら、
こんな好条件で誘いはせず、さっさと潰していたんだろ?﹂
﹁⋮⋮否定はしない﹂
 アルトリウスの言葉に奥歯が軋む。
ピース・メー
﹁だとしたらやっぱり同盟は結べない。オレ達、PEACEMAK
カー
ERの掲げている理念は、﹃困っている人や救いを求める人を助け
る﹄だからだ﹂
01
 だから、始原の考えとは相反しているため下につくことはできな
い。
﹁別にオレは﹃真実を絶対に伝えないといけない﹄とか﹃正義﹄を
信望しているわけじゃない。ただオマエ達がやろうとしていること
はいつかは確実に失敗する。だからその提案に乗るつもりはない﹂

2901
﹁失敗か⋮⋮だが、我々はこれまで﹃五種族勇者の真実﹄を保守し
ているが?﹂
﹁それがいつか絶対に失敗するっていうんだよ。実際、オレ達に世
界に広まっている真実とやらがが嘘だとばれたじゃないか。今後、
オレ達が吹聴しなくてもそんな奴等がどんどんでてくるぞ。そいつ
ら全部を殺して口を封じるのか?﹂
﹁世界の維持のためにそれが必要ならな﹂
 オレはUSPを構えながら首を振った。
 馬鹿らしい。あまりにも馬鹿らしい考えだ。
﹁そんなこと実際できるわけないだろ。人の口に戸は立てられない。
だいたいそんな労力をいつまでもかけられるわけがない。そして、
罪もない人々を殺す片棒を担ぐ訳にはいかない﹂
 彼らのやろうとしていることはついた嘘を隠すために、さらに嘘
を重ねるようなものだ。
 さらに矛盾点が生まれて嘘を付き、最後は取り返しの付かなくな
る。
 彼らの嘘も今はまだ有効だが、数年、数十年後、いつになるかは
分からないがそれは確実に暴かれる。
ピース・メーカー
 そんな無駄で、意味のない虐殺ショーにPEACEMAKERを
参加させるわけがない!
 ︱︱しかも、あくまでオレの勘だが、その真実があばかれるのは
遠い未来ではない。
01
﹃魔法核﹄を奪ったララは、始原と繋がっていたわけじゃなかった。
ララ本人か、彼女の属する組織かは分からないが、誰かがこの世界
の根底をひっくり返す何かをしようとしているのはまず間違いない。

2902
 恐らく、その時、﹃五種族勇者﹄の子孫が隠している真実は白日
の下となるだろう。
ピース・メーカー
﹁⋮⋮なるほど分かった。PEACEMAKERとは争うしかない
わけか。できれば、我々と同盟を結んで欲しかったのだが﹂
﹁悪いがそれはできない﹂
﹁まったく、世の中というのは自身の思うとおりには中々いかない
な︱︱ならばしかたない。話を広められても面倒だ。ここで始末を
つけておくか⋮⋮?﹂
﹁ッ!﹂
 アルトリウスが席を立つ。
 友好的だった空気から一変。溢れ出るほどの敵意を向けられる。
 オレも負けじと奥歯を噛みしめ、対峙する。
 この場で同盟を蹴ったのには先程述べた理由以外にもある。
01
 始原は強い。
レギオン オリハルコン
 軍団ランキングトップの神鉄だ。
ピース・メ
 もし彼らと同盟を組み、銃器の知識を提供すればPEACEMA
ーカー 01
KERと始原の強さは二度と埋められないほど広がる。
 唯一、対抗できるのはまだ銃器の知識を与えていない﹃今﹄しか
ないのだ。
01
 また今なら始原団長、アルトリウス1人である。

 団長である彼をこの場で倒すことができれば、わざわざ強大な始

原という組織全体と戦う必要はない。
 さらに現在、こちらは旦那様やギギさんが居る。
﹁今、同盟を決めてくれるなら裏切り防止のため、ガンスミス卿の

2903
嫁を差し出してもらうつもりだったが、船内に居る恩師に変えても
構わないぞ?﹂
﹁貴様⋮⋮ッ!﹂
﹁落ち着けリュート!﹂
 アルトリウスはあくまで好意として条件を提示したつもりのよう
だが、嫁とエル先生を引き合いに出され、カッと頭が熱くなる。
 ギギさんの叱責を耳にしながらも、体が動いた。
 手にしていた﹃H&K USP﹄全弾をアルトリウスに向け発砲
する。
 彼は余裕の態度を崩さず、抵抗陣を形成。後方へ下がりながら、
船首方向へと向かう。
 話し合いは決裂︱︱と見て取ったスノー、シア、ギギさん、旦那
様も攻撃へと移る。
ストーム・エッジ
﹁踊れ! 吹雪け! 氷の短槍! 全てを貫き氷らせろ! 嵐氷槍
!﹂
 スノーの攻撃魔術と連動するようにギギさんが風×風の中級魔術
で腕に風の刃を纏わせアルトリウスに迫る。
 ギギさんを回避しても、旦那様がさらに控えている。
﹁若様!﹂
 シアの呼びかけに﹃H&K USP﹄を仕舞い、腕を伸ばす。
 彼女は船内に戻り、リースからAK47を取ってきてくれた。
 クリス、リースも武装済みで、船首ギリギリに追い詰められたア

2904
ルトリウスにPKMとSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶で狙いを定める。
 オレはAK、シアはいつものコッファーで狙いを付ける。
 ダン! ダダダダダダダダダン!
 複数の発砲音が重なり、アルトリウスに迫る。
 抵抗陣を作り出すか、肉体強化術で身体を補助して左右どちらか
に周り込んで回避すると読んでいたが︱︱彼は迷わず飛行船から飛
び降りてしまう。
﹁なっ!?﹂
 オレはその行動に驚き慌てて、駆け出し彼が落ちた船首から顔を
出す。
 下は草原で、街道が延々と伸びているが落ちたはずのアルトリウ
スの姿、形はどこにもない。
 太く、でかい影がオレ達の乗る飛行船の陽光を遮る。
 反射的に顔を上げると、ドラゴンが羽ばたき鷹揚に空を飛んでい
た。
 ちょっと待て! こんな巨大な飛行物体、今までどこにも飛んで
いなかったぞ!?
 しかもドラゴンの体は炎のように赤く、1キロ先からでも目立ち
発見できる。
 こんな近く接近されるまで気付かないなんてありえないぞ!
 ドラゴンはゆっくりと旋回する。
 その背中に見知った顔を発見した。

2905
 飛行船から落ちたと思ったアルトリウスが、腕を組んでこちらを
見下ろしていた。
﹁ふむ、やはり興味深いな、ガンスミス卿が持つ魔術道具は⋮⋮。
やはり今ここで殺すのは惜しいが⋮⋮﹂
 アルトリウスはまるで食堂の注文でどちらを頼むか迷うような素
振りをする。
 何か思いついたらしく、こちらに視線を向け一人呟く。
﹁ガンスミス卿はまだ若い。だから、鼻っ柱がまだ強すぎるのだろ
う。なら、若者特有の無駄な自信を少々潰せば大人しくなるかもし
れんな⋮⋮﹂
 まるで暴れる犬をどう躾ければいいか思案するような態度だ。
 アルトリウスは方針が決まったのか、両手を広げ天を仰ぐ。
 すると、彼の体中を強大な魔力が漲り、周囲に10の巨大な魔法
陣が浮かび上がる。
 その魔法陣からは色や体格、頭の数すら違うドラゴンやグリフォ
ンなどが姿をあらわす。
﹁な、なんだよこれ⋮⋮﹂
 一体でも倒すのが困難な魔物が軽く10体も姿を現したのだ。
 驚愕するなというほうが無理だろう。
 呆然と周囲を見回すオレ達に、アルトリウスが告げる。

2906
﹁我が﹃特異魔術﹄で呼び出した眷属達だ。ガンスミス卿、その尖
った鼻を直々にへし折ってやろう﹂
 彼はドラゴンの背に乗り、腕を組んだまま告げる。
ばんぐん 01
﹁この﹃万軍﹄、始原団長、アルトリウス・アーガー直々にだ﹂
第252話 アルトリウスの魔術︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月28日、21時更新予定です!
やばいっす、色々しんどい⋮⋮
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

2907
第253話 窮地
 目の前に突然、魔法陣から出現したドラゴン達の登場に驚き、オ
ピース・メーカー
レ達PEACEMAKER側は呆然とその光景を眺めてしまう。
ばんぐん 01
 ドラゴンやグリフォンなどの召喚︱︱これが﹃万軍﹄、始原団長、
アルトリウス・アーガーの特異魔術だというのか!?
 ダァーンッ!
 最初に硬直から解けたのはクリスだ。
 彼女は手にしていたSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶から7.62m
m×54Rを放ち、一番近くにいた黒いドラゴンの眼孔を穿ち絶命
させる。

2908
 彼女は一体倒しただけでは留まらない。
 ドラゴンを一体瞬殺されたアルトリウス側が硬直するその間に、
クリスはさらに2、3発と発砲して連続でドラゴンをしとめていく。
 まさにワンショット・ワンキルだ。
 一瞬後に他のドラゴン&グリフォンは驚きによる硬直から解かれ、
慌ててクリスから距離を取り警戒する。
 アルトリウスは純粋な驚きの表情を浮かべて問う。
﹁まさか瞬く間に3体も倒されるとは⋮⋮彼女はいったい何者なん
だ?﹂
﹁決まっているだろ。自慢の嫁の一人だよ!﹂
 クリスのお陰でこちら側も硬直が解け、それぞれ自分達が出来る
ことをしようと動き出す。
 スノー、リース、シア、ギギさんは銃器と魔術でドラゴン&グリ
フォンを牽制。
 飛行船に近づけないようにする。
 クリスはその間に自由に動き、倒せる敵をドンドン撃ち落として
もらう。
 今もドラゴンより素早く動くグリフォンを、一発で眼孔から脳内
を破壊する。
 旦那様はというと︱︱
﹃ガアァァアァァアァァァッァア!﹄

2909
 赤黒い鱗を持つドラゴンが、口を開くと隕石のような灼熱の塊を
吐き出してくる。
 赤く燃える隕石は飛行船を撃ち落とそうと真っ直ぐ高速で迫るが、
その間に旦那様が割って入る。
﹁ふんぬ!﹂
 旦那様が拳に魔力を纏わせ一閃!
 閃光のような一撃で隕石は粉々に砕けてしまう。
﹁ははっはははははっはは! どうした! どうした! もう攻撃
は終わりかね! この程度ではまったく筋肉がふるえないぞ!﹂
 さすが旦那様!
 ドラゴンの攻撃を楽々防いでくれる!
 クリス親子が攻守を担当してくれるお陰で、多数のドラゴン&グ
リフォンに囲まれてもなんとか飛行船は空を飛んでいた。
 この状況にアルトリウスが感心する。
﹁まさかドラゴンとグリフォンをこれだけの数相手にしてまだ堕ち
ピース・メーカー
ないとは⋮⋮まだ我はPEACEMAKERを過小評価していたら
しい。︱︱ならばこれでどうだ!﹂
 再びアルトリウスの体を魔力が漲る。
 今度は空中に数百、千近い魔法陣が浮かび上がる。
﹃!?﹄

2910
 魔法陣からは翼竜が姿を現す。
 オレ達は一瞬で翼竜の群れに囲まれた形になる。
 アルトリウスが何気ない口調で告げる。
ピース・
﹁今度は質ではなく、量で攻めさせてもらう。さて、PEACEM
メーカー
AKER諸君、どうする?﹂
﹁飛行船の高度を下げろ! このままだと落とされる!﹂
 オレはすぐさま飛行船高度を落とすよう指示を出す。
﹁リース! GB15を頼む!﹂
﹁分かりました!﹂
 オレはリースから﹃GB15﹄の40mmアッドオン・グレネー
ドを受け取ると、複数で突撃してくる翼竜達に向けて発砲!
 破裂音と共に翼竜達が複数堕ちていくが、数が多くて焼け石に水
状態だった!
 それでもスノー達も続いて攻撃をしかけ、一匹でも多く落とそう
とする。
﹁きゃぁ!?﹂
 しかし、多勢に無勢。
 飛行船の真下から攻撃を加えられ、船体が激しく揺れる。
 オレ達にとって完全な死角のため迎撃ができない。
﹁我輩に任せるがいい!﹂

2911
﹁だ、旦那様!?﹂
 旦那様は言葉をかけるより速く飛行船から飛び降りる。
 そのまま落下して、飛行船真下に向かうと⋮⋮
﹁ふんぬばら!﹂
 腕を一閃、二閃︱︱下に群がっていた翼竜達をあっと言う間に仕
留めてしまう。
﹁ららばいらぁ!﹂
 今度は真下に両腕を振り抜くと、遠くの地面が爆発。
 その勢いでふわりと浮き上がる。
 さらに腕を一閃した勢いで再び甲板へと戻ってきた。
 旦那様はポージングをとりながら断言する。
﹁筋肉に不可能はなし!﹂
 いや、あんなことができるのは旦那様だけですから⋮⋮。

﹁⋮⋮先程のドラゴンブレスを防いだのといい、今のといい、PE
ース・メーカー
ACEMAKERにはとんでもない人材がいたもんだな。報告には
無かったはずなのだが⋮⋮﹂
ピース・メーカー
 いいえ、旦那様はPEACEMAKERメンバーではありません。
 自分の義父です。
 わざわざ親切に教えてやる必要はないが。

2912
 しかし、旦那様のお陰で下に群がっていた翼竜達を排除できたが、
ダメージを受けすぎたらしい。
 飛行船本体を支えている魔石が攻撃によって空中へ落下。
 そのせいで高度がどんどん下がっていく。
﹁みんな! 何かに掴まれ、振り落とされるぞ!﹂
 飛行船はそのまま地面へと不時着。
 勢いよく平野の地面を削りながら、激しい振動を起こしオレ達を
振り落とそうとする。
 不幸中の幸いで下を歩いていた人達は居なかったため被害を出す
ことはなかった。
 しかし、これでオレ達は移動手段を失ってしまう。
 つまり、アルトリウスから逃げる手段がなくなったということだ。
 だが、空から落ちて墜落死がなくなった分、まだ戦いやすくなっ
ただけマシか。
﹁飛行船を中心に密集! 中に居るエル先生達を守りながら、敵を
排除するぞ!﹂
 オレの指示に皆が従う。
 飛行船を中心に空から襲ってくる翼竜達を迎撃する。
﹁ふむ、空だけからだけだと決め手にかけるな。ならば地上からも
攻めさせてもらおう﹂
 彼はドラゴンの背に乗ったまま、翼竜達を従え、再び魔力を全身

2913
に漲らせる。
 地面に例の魔法陣が多数出現。
 まるで地面から生えてくるように身長が約2m、金属鎧が体に張
り付いたように装着している。手には大剣、斧、メイスなどの近接
武器を握り締めている。
 その数は100体近い。
 おいおい、あんな魔物は見たことがないぞ!?
 こちらの表情で察したのか、アルトリウスが何気ない態度で告げ
る。
﹁知らないのも無理はない。こいつ等は我が特別に作り出した﹃ア
イアンゴーレム﹄という魔物だからな﹂
﹁作り出した?﹂
ばんぐん
﹁言葉通りだよ、ガンスミス卿。魔法陣と二つ名の﹃万軍﹄でよく
勘違いされるが、我の特異魔術は魔物の召喚ではない。それはあく
まで能力の一つだ。我の特異魔術は﹃自身の魔力をエサに魔物を従
え、好きに変質させることができる﹄ことだ﹂
 アルトリウス曰く、魔物を捕らえて自身の魔力を与えると、その
魔物は自分の使い魔になる。
 さらにイメージした姿を描きながら、魔物に魔力を与えるとその
通りに姿を変質させることができるらしい。
﹁こいつらは元々ただのオークだったのが、﹃中身まで金属の魔物
を作りたい﹄とイメージして魔力を与えたらこのような姿になった
のだ。だから、正確には﹃アイアン・オーク﹄というのかな?﹂

2914
 アルトリウスは上からオレ達を見下ろしながら、悠々とした態度
で言葉を続ける。
﹁まあ、この特異魔術も万能ではなくいくつかの制限があって、必
ずしもイメージ通りの魔物にはできないのだが︱︱まあ今はそれは
どうでもいいことか﹂
 くそっ、いくら多少の制限があったとしても、アルトリウスの特
異魔術は反則すぎだろ!
 つまり、彼が望めば八首のドラゴンや架空の﹃自分が考えた最強
の魔物﹄などを作れるというわけか!
﹃アイアンゴーレム﹄が、中身まで金属だと思えない滑らかな動き
で距離と縮めてくる。
 その動きは意外と素早い。
﹁このぉ!﹂
 オレはAK47を発砲。
 ダン! ダダダダダダ!
 しかし、﹃アイアンゴーレム﹄は弾丸をたらふく浴びるがびくと
もしない。
 さすがに中身までぎっちり金属だけあり、AK程度では足止めす
らできない。
﹁リュートさん! こちらを!﹂
 リースが無限収納から取り出した対戦車地雷とソケットを手渡し

2915
てくれる。
﹁ありがとう、リース!﹂
 オレは手早く対戦車地雷にソケットを差し込み、迫り来る﹃アイ
アンゴーレム﹄の群れに投擲した。
 爆発音と共に数体の﹃アイアンゴーレム﹄がバラバラになり空中
を舞う。しかし、所詮は数体。彼らは後から、後から金属の津波の
ように押し寄せてくる。
 ここでも活躍したのは旦那様だ。
﹁ははあははははっはあ! どうした! どうした! そんな硬い
筋肉では駄目だぞ! 筋肉とはもっと柔軟で、包容力があり、その
上で巌のように硬くなければならないのだぞ!﹂
 旦那様は素手で﹃アイアンゴーレム﹄を殴り飛ばす。
 貫通したり、砕けたりはしないが腹部を殴れば金属の胴体がくの
字に折り曲がる。腕や足の付け根を殴れば、衝撃に耐えきれず関節
が折れてしまう。
 どうにか﹃アイアンゴーレム﹄の攻勢に耐えられているのも、旦
那様が無双してくださっているお陰だ。
﹁むぅ?﹂
 旦那様の訝しむ声。
 再び、地上に魔法陣が光る。
 そこから人丈はある巨大なイソギンチャクのような生物が姿を現
した。
 数は4匹。

2916
 イソギンチャクは触手を伸ばし、旦那様に絡みつく。
﹁なんのこれしき! 我輩の筋肉にかかれば︱︱うぬ!?﹂
 最初こそ、楽に触手を引き千切っていたが、途端にその速度が落
ちる。
 旦那様の表情が歪む。
﹁これはまさか⋮⋮我輩の魔力を吸い取っているのか!?﹂
﹁正解だ。魔力を捕食する特殊な魔物で、作り出すのに苦労した﹂
 他者の魔力を喰らう魔物まで作り出せるなんて⋮⋮いくらなんで
も反則だろう!?
 なんでもありじゃないか!
﹁旦那様! 今、助けます!﹂
 オレがAK47を向けると射線に﹃アイアンゴーレム﹄が割って
入りイソギンチャクの魔物をガードする。これで旦那様を助け出す
ことができない!
 旦那様がいない今、﹃アイアンゴーレム﹄の群れを止めることが
できない!
 旦那様も心配だが、このままではオレ達が物量に押し負けてしま
う!
 そうなればオレ達だけではなく、背後に居るエル先生達にまで被
害が出る!

2917
 オレが汗を掻きながら状況を好転するための方法を模索している
と︱︱
﹁︱︱なんだあれは?﹂
 アルトリウスがオレ達から視線を外し、高速で迫ってくる飛行船
に目を向ける。
 飛行船と言ったが、その形は今まで見たことがない独特のものだ
った。
 その飛行船は鋼鉄色で、両脇からドラゴンのように巨大な羽根が
伸びている。
 羽根の下にはプロペラが回り、通常の飛行船では考えられない速
度でグングンとこちらに迫ってくる。
 謎の飛行船に一人の男性が立っていた。
﹁はっぁ!﹂
 甲板から飛び降りると、彼を中心に同じ姿・形の人影が3つ出現
する。
 その人影が光の柱となり1つがアルトリウスの乗るドラゴンへ、
残り2つが﹃アイアンゴーレム﹄と殺到する。
﹁!?﹂
 アルトリウスが危機感を覚え咄嗟に退避。
 ドラゴンとゴーレムは光に飲み込まれ消失する。

2918
 甲板から飛び降りた男は、オレ達の前にふわりと着地すると、彼
は︱︱黄金色の前髪を弾き高々と宣言する。
﹁どうやら随分と待たせてしまったようだね、親友よ!﹂
 彼は前歯をダイヤモンドのように輝かせて、決め顔を向けてきた。
ロンド
﹁人種族、魔術師Aマイナス級、人呼んで﹃光と輝きの輪舞曲の魔
術師﹄! アム・ノルテ・ボーデン・スミス︱︱推参!﹂
第253話 窮地︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、1月31日、21時更新予定です!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

2919
第254話 エル先生の判断
親友
﹁どうやら随分と待たせてしまったようだね、永遠のライバルよ!
ロンド
 人種族、魔術師Aマイナス級、人呼んで﹃光と輝きの輪舞曲の魔
術師﹄! アム・ノルテ・ボーデン・スミス︱︱推参!﹂
﹁あ、アム!? どうしてオマエがここに!?﹂
 あまりに突然の登場にアルトリウスとの戦いも忘れて思わず問い
詰めてしまう。
 アムは当然とばかりに前髪を弾き、前歯をキラリと光らせる。
 彼、アム・ノルテ・ボーデン・スミスは、かつてスノーと同じ妖
人大陸の魔術学校に通っていた少年だ。
 そして当時、彼はスノーに好意を抱き﹃結婚して欲しい﹄と迫っ

2920
ていたが、まったく相手にされなかった。
 またアム自身がスノーより弱いのを気にして、魔術学校を卒業し
た後、実家の北大陸へは戻らず世界を回り武者修行した。
 だが実は、武者修行の件は実弟がアムを遠ざけるための策︱︱つ
まり、アムの実弟、オール・ノルテ・ボーデン・スミスが兄を引き
摺り落とし当主の座につこうとしたために、実兄アムに修行に旅立
つべきだと吹き込んだのだった。
 結果、北大陸にて白狼族を探していたオレ達はオールと戦う羽目
になり、オールは作戦が失敗すると巨人族を集める魔術を使用し、
ピース・メーカー
自身の都市を潰そうとした。オレ達、PEACEMAKERは、白
狼族達やアムと協力してなんとか防ぐことができた。
 そんなアムは現在、父親引退後、北大陸の玄関口の一つである港
街ノルテ当主を務めているはずだが⋮⋮。
 どうしてこんなところにいるんだ?
﹁どうやら久しぶりの再会でミスター・リュートを驚かせてしまっ
たようだね。何、君達が依頼していた飛行船が完成したから、ぼく
が獣人大陸にある本部に届けに行ったんだ。そしたら知り合いが誰
もいなくて焦ってしまったよ。しかたないから、ミスター・リュー
トの新妻になったミス・ココノに挨拶をしに行ったら、なんでも色
々ピンチだというじゃないか! だから、ミス・ココノの運転で急
いで馳せ参じたのさ!﹂
 やっぱり、あの飛行船はオレが頼んだ新型か!
 しかも、ココノが運転しているらしい。
 彼女は魔術師でもないし、体も弱いが乗り物関係に関しては天賦

2921
の才能がある。
 通常の飛行船とは大きく違う新型飛行船でも、彼女なら安心して
任せられる。
﹁助かったよ、アム。お陰でエル先生や子供達を逃がす手段が確保
できた!﹂
 オレは後方に控えているラヤラに指示を出す。
﹁ラヤラ! 新型飛行船に乗り込んで、ココノにここへ着陸させて
皆を連れて逃げるよう伝えてくれ!﹂
﹁フヒ! り、了解しました!﹂
 ラヤラが飛び立ち、翼竜から高速で逃げる飛行船へ向けて飛び立
つ。
﹁後は、皆が乗り込むまでオレ達が時間を稼げばいいんだが⋮⋮ッ﹂
 触手に絡みつかれ魔力を吸われていた旦那様は、アムの登場で隙
ができた時にギギさんが救出していた。
 しかし、助けるのが遅く旦那様は魔力をほぼ吸い尽くされ、戦線
離脱を余儀なくされていた。
 ここで旦那様が抜けるのは痛い。
﹁安心したまえ! ミスター・リュート! 相手が誰であろうと、
このぼくが退治してくれよう!﹂
 アムが自信たっぷりに前髪を弾き断言する。
 今はその言葉が頼もしい。

2922
 アムはすでに抜いていたレイピアを一閃し、呪文を唱える。
﹁輝け光の精霊よ! その力を持って地上に聖なる姿を現したまえ
ライト・ミラー
! 光鏡!﹂
 彼の魔力が光を屈折し、3人の新たなアムを作り出す。
 新たに姿をあらわした3人のアムは、光精霊の力を借りて作り出
した虚像だ。しかし、アムの魔力によりレイピア部分だけ、本物の
ように相手を傷つけることができる︱︱それが彼が得意とする魔術
だ。
 前回なら、この虚像3体を敵へ嗾け、手にしたレイピアで直接攻
撃するのだが、
ライト・スピア
﹁翔ろ! 千里遠くまで! 光槍!﹂
 虚像が光に変化してレーザーのようにアルトリウスが得意魔術で
作り出した怪物達を飲み込む。
 あれほどオレ達が手こずっていたアイアン・ゴーレムすら一撃で
撃破してしまう。
﹁あ、アム⋮⋮魔術師の級が上がっているから強くなっているとは
思ったけど⋮⋮随分、凄いことになったな﹂
﹁ふっ、ぼくにかかればこれぐらい当然さ。何せ君達の飛行船は、
通常の代金の三倍かかるらしくてね。だから税収をあてたら予算が
⋮⋮。そこで代金を稼ぐため巨人族狩りをしているうちに魔術師と
しての腕があがったのだよ!﹂

2923
 巨人族の体素材は建築材&研究材料等に利用され高値で取引され
るらしい。
ピース・メーカー
﹁⋮⋮PEACEMAKERは本当に人材が豊富だな。まさかこれ
ほどの魔術師がまだ居たとは。それにあの飛行船⋮⋮実に興味深い﹂
 アルトリウスが視線を向けてくる。
レギオン
﹁増長する理由がよく分かった。若い軍団がここまで力を付けてい
るのは初めて見たぞ。だからこそ潰し甲斐があるというものだ﹂
 再びアルトリウスが特異魔術を行使する。
 地面と空中に千を優に超えた魔法陣が浮かび上がり、見たことも
ない魔物やアイアン・ゴーレム、甲冑をまとったドラゴンの群れ。
他にも多種多様な魔物達が姿を現す。
 アムがその光景に絶句していた。
﹁⋮⋮まさかとは思うがミスター・リュート。彼は魔術師S級のミ
スター・アルトリウスか?﹂
﹁よく分かったな。彼の特異魔術のことを知っていたのか?﹂
﹁まさか。しかし、これだけの魔力と芸当ができる人種族など彼し
かいないだろう﹂
 確かに言われてみればそうだ。
﹁まさかあのミスター・アルトリウスと剣を交えるとは魔術学校時
代、夢にも思わなかったぞ﹂
﹁すまない、変な事情に巻き込んでしまって⋮⋮﹂

2924
親友
﹁何を言う永遠のライバルよ! 約束したではないか! ﹃もし将
来君達が危機に陥ったら必ず助けに行く﹄と! 今が恩義を返す時
さ!﹂
 北大陸を離れる前のパーティーで彼はそんなことを言っていた。
 オレは言われるまで忘れていたが、アムはずっと約束を覚えてい
たらしい。
 まったく律儀な男だ。
 そんなアムが小声で告げてくる。
ライト・スピア
︵光槍は9回しかつかえない。すでに6回使用したため残りは3回。
使うタイミングはミスター・リュートに任せる︶
 まさか能力の弱点を教えてくるとは思わなかった。
 それだけオレを信頼してくれているのだろう。
 こちらも小声で返す。
︵分かった。アルトリウスの隙を作るから奴に叩き込んでくれ︶
︵了解した!︶
﹁作戦の相談は終わったか?﹂
 アルトリウスは君主のように鷹揚な態度でこちらの準備が終わる
まで待っていた。
 オレ達が覚悟を決めたのを確認して、挑戦的な笑みを浮かべる。
﹁さぁ、若人達よ、あらがってみせろ﹂
 この言葉に反応して、呼び出した魔物達が一斉にこちらへ向けて

2925
突撃してくる。
﹁リース! 出し惜しみはなしだ! ありったけの武器を出してく
れ!﹂
﹁分かりました!﹂
 彼女は言葉通り、﹃無限収納﹄から今まで作ってきた武器全てを
取り出す。
オートマチック・グレネードランチャー
 オレはすでに40mm弾がセットされている自動擲弾発射器を受
け取り、迫り来る魔物の群れに発砲する。
 着弾するたび、40mm弾に仕込まれた魔石が破壊され、爆炎を
巻き上げる。
 そんな爆炎の中をアイアン・ゴーレム達は爆風に蹈鞴を踏みはす
るが怯まず接近してくる。
 そんな群れ目掛けてアムが叫ぶ。
ライト・スピア
﹁光槍!﹂
 アイアン・ゴーレムは2つの光に飲み込まれ消失するが、数が多
すぎて全部を始末することは難しい。残りはリースが出してくれパ
ンツァーファウストや対戦車地雷で倒していく。
 それでも魔物達は怯まず、どんどん距離を縮めてくる。
 頭であるアルトリウスを倒さない限り、彼らが止まることはない。
﹁スノー、こっちを頼む!﹂
﹁任せて! リュートくん!﹂

2926
オートマチック・グレネードランチャー スタングレネード
 スノーに自動擲弾発射器を任せると、オレは特殊音響閃光弾のピ
ンを抜き、残った魔力全部を肉体強化術に回す。
 そして、弾幕の先︱︱戦況を楽しげに眺めているアルトリウスへ
向けて全力で投擲する。
﹁ッゥ!?﹂
 先程から爆発している40mm弾のような物と勘違いしたアルト
リウスは、抵抗陣を作り出しガードする。しかし、いくら爆発の衝
撃や破片などを防ぐ抵抗陣でも、240万カンデラの閃光までは防
ぎようがなかった。
スタングレネード
 アルトリウスは特殊音響閃光弾に注意を向けていたため、閃光を
直視してしまう。
 彼は苦しげに目を押さえ、体を折り曲げた。
﹁アム! 今だ!﹂
親友
﹁任せたまえ! 永遠のライバルよ!﹂
 アムはすでに最後の虚像を作り出し、狙いをアルトリウスへと向
けていた。
ライト・スピア
﹁翔ろ! 千里遠くまで! 光槍!﹂
 最後のレーザーが真っ直ぐアルトリウスへと向かう!
スタングレネード
 彼は特殊音響閃光弾のせいで目を痛め、バランスも大きく崩して
いる。
 回避は不可能だ︱︱と思ったが、突然、アルトリウスの姿がその
場から消失する。

2927
﹁き、消えた!?﹂
 オレは思わず声を上げてしまう。
 レーザーはアルトリウスのいなくなった場所を虚しく通り過ぎた。

﹁大したことじゃない、﹃転移﹄だ﹂
﹁!?﹂
 背後から聞こえてきた声音に、慌てて振り返るとアルトリウスが
立っていた。
 彼はなんてことない、という態度で説明を続ける。
﹁我が作り出した魔物の一体︱︱あの杖を持ちロープ姿のゴブリン
がいるだろう? アイツの見える範囲で我を転移させることが出来
るんだ。このようにな﹂
 最後の言葉通り、再びアルトリウスが姿を消し、先程指さしたロ
ープを被ったゴブリンの隣に立つ。
 あの力を使って、誰にも気付かれることなくレンタル飛行船の甲
板に姿を現したわけか⋮⋮。
 転移とか反則過ぎるだろう。
 彼のパフォーマンスに集中できるようにとの配慮のためか、魔物
の侵攻は一旦止まる。
 しかし、こちらに打つ手はもうない。
ピース・
 もう一度アルトリウスが侵攻を指示すれば、オレ達PEACEM

2928
メーカー
AKERは物量に磨り潰される。
 ようやく新型飛行船がオレ達の側に着陸する。
 これに乗れば、新型飛行船の速度を考えれば逃げることは不可能
ではない。
 しかし、全員が乗り込むまでアルトリウスが待っているはずがな
い。
 さらに転移という力まである。
 無事、飛び立ったとしてもすぐに乗り込まれ、魔物を召喚。
 簡単にオレ達の飛行船を墜落させることができる。
︵けど、このままじゃ全滅する⋮⋮ッ、一体どうすれば⋮⋮!︶
 オレは奥歯を噛みしめ、逆転の手を模索する。
 しかし何もアイデアは出てこない。
 指先が冷たくなり、頭が白く塗られていく。
﹁落ち着け、リュート﹂
﹁ぎ、ギギさん⋮⋮﹂
 肩を叩かれ、声をかけられる。
 振り返るとギギさんが隣に立っていた。
﹁リュートは今すぐあの飛行船に乗り込め。その間の時間は俺が稼
ぐ。たとえ、この命を失おうとだ﹂
﹁ギギさん! そんなこと認めるわけ︱︱﹂
﹁リュート﹂
 オレの反論を静かで力強い声で遮られる。

2929
﹁早く行け﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
 反論を許さないギギさんの声音。
 本当にギギさんを犠牲にするしか方法がないのか!?
 ギギさんはオレ達を守るように前へ出た。
 アルトリウスが興味深そうに問いかける。
﹁貴殿は何者だ?﹂
﹁獣人種族、狼族、魔術師Bプラス級、ギギだ。リュート達がこの
場を離れるまで、この命に代えても魔物一匹たりともここは通さん
⋮⋮ッ﹂
﹁いい気迫だ。ならばその言葉、どこまで本気か確かめさせてもら
おう﹂
﹁是非もなし⋮⋮ッ!﹂
 ギギさんの体から魔力が溢れ出る。
 まるで魂そのものを燃焼させ、魔力にしているような膨大な量だ。
﹁⋮⋮﹃命に代えても魔物一匹たりともここは通さん﹄なんて、何
を言ってるんですか!﹂
﹁ッッ! え、エルさん!?﹂
 だが、そんな鬼気迫るギギさんの耳を、いつのまにか側にいたエ
ル先生が引っ張りプンプンと怒る。
 まるで昔、リボルバーを暴発させたオレを叱るような態度だった。

2930
 後方で子供達と一緒に居るはずのエル先生の登場に、オレ達だけ
ではなく、敵であるアルトリウスも驚いた表情を浮かべていた。
 そんな周囲の反応など気にせず、エル先生はギギさんを叱る。
﹁ギギさん、そうやって﹃命に代えても﹄なんて自分を大切にしな
い行為、リュート君や子供達の前でするのは教育に悪いので止めて
ください。将来、マネしたらどうするつもりですか。それにもっと
自分のことも大切にしないと駄目ですよ!﹂
﹁え、エルさん。痛いので耳を引っ張るのは止めていただきたいの
だが⋮⋮ッ﹂
﹁ギギさん、分かりましたか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はい﹂
 エル先生の迫力に負けたギギさんが、飼い主に叱られた忠犬のよ
うに尻尾を垂らす。
 先程まであった緊迫感は完全に霧散してしまう。
 エル先生が納得し、ギギさんの引っ張っていた耳から手を離す。
 ギギさんは耳を撫でながら、遠慮がちに反論する。
﹁ですが現状、誰かが殿を勤めなければ、リュート達は敗北してし
まいます。なので自分がその役目をやろうとしただけで⋮⋮﹂
﹁ギギさんの仰りたいことは分かります。ですが、皆で考えれば誰
も犠牲にせず、助かる方法があるはずです﹂
 例えば︱︱とエル先生がアルトリウスへと向き直る。
﹁アルトリウスさん、貴方の最初の目的は私を手にして、リュート
君達と平和的にお話をするつもりだったんですよね?﹂

2931
 こちらの動向を楽しげに眺めていたアルトリウスが、突然話を振
られてやや戸惑いつつも返事をした。
ピース・メー
﹁⋮⋮その通りだ。最初は貴殿の身柄を押さえ、PEACEMAK
カー
ERと話をするため仲介を担ってもらおうと考えていた﹂
﹁なら、私の身柄を今からアルトリウスさんへ預けます。なので今
回は一旦矛を収めて、改めて互いにお話をしてはどうですか?﹂
 エル先生の提案に、オレやギギさん達は驚愕の表情をする。
 唯一、アルトリウスが面白いものを見るような表情を作った。
﹁え、エル先生! 何を言い出すんですか! それじゃさっきのギ
ギさんのと変わらないじゃないですか!﹂
﹁全然、違いますよ。私は死ぬつもりなんてありません、子供達の
面倒も見なければいけませんから。それにアルトリウスさんの目的
はあくまで私の身柄です。命を奪うつもりなんてありませんよね?﹂
﹁⋮⋮もちろんだ。エル嬢の安全は我が保証しよう﹂
 最後の問いかけにアルトリウスが返答する。
﹁なら、今からそちらに行きますので、後日また冷静にお話し合い
をしてくださいますか?﹂
﹁分かった。今回は面白いものを多々見ることができた。特に貴殿
の判断が特にだ。だから、エル嬢がこちらに来て後日、話し合いの
席を設けるというなら矛を収めよう。⋮⋮どうするガンスミス卿?﹂
﹁ぐぅ⋮⋮ッ﹂
 どうするもこちらに選択肢はない。
 このまま戦闘を続行すれば、オレ達の敗北は確定。

2932
 エル先生を引き渡し、後日、話し合いの場をもうけるしかない。
﹁決まりだな﹂
 こちらの沈黙を是とアルトリウスは取る。
 エル先生がオレの頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
﹁リュートくん、そんな悲しそうな顔をしないで。別に今生の別れ
ではないのだから。話し合いが終われば、私はまた皆のところにち
ゃんと戻って来ますよ﹂
 オレの頭を撫でるエル先生の手のひらが微かに震えていた。
 いくら彼女がBプラス級の魔術師でも、1人敵陣へ人質として引
き取られることが怖くないはずがない。
 エル先生は次にギギさんへと向き直る。
﹁ギギさん、リュート君や子供達のことよろしくお願いしますね﹂
﹁⋮⋮エルさん、必ず自分が貴女を皆のところへ連れて帰ります。
たとえどんなことがあろうとも⋮⋮ッ﹂
 ギギさんは拳から血が零れるほど強く握り締めながら、言葉を振
り絞る。
 そんなギギさんの言葉に、エル先生は震えが止まった手のひらを
体の前で重ね、満面の笑みで返事をした。
﹁はい、ありがとうございます! ギギさんが迎えに来てくださる
のを楽しみにしてますね﹂

2933
 オレ達の挨拶が終わると、エル先生は1人︱︱魔物の群れを横切
り、アルトリウスへの前へと移動する。
 彼女がアルトリウスの前に辿り着くと、アルトリウスは断言する。
﹁話し合いが終わるまで、エル嬢の身柄は預からせていただく。そ
01
れまでの彼女の安全は、始原団長、アルトリウス・アーガーが責任
を持とう﹂
 そしてオレ達の返事も待たずに、アルトリウスはエル先生を隣に
立たせ、肩を抱き寄せる。
 次の瞬間、ローブを纏ったゴブリンと一緒に2人の姿は消失し、
上空を飛行していたドラゴンの背に転移していた。
 空と地上に残っていた魔物達も、アルトリウスとエル先生が乗る
ドラゴン以外はいつの間にか姿を消していた。
 そしてアルトリウスは最後に宣言する。
ピース・メーカ
﹁話し合いの日時については、獣人大陸にあるPEACEMAKE
ー ピース・メー
Rへ使者を派遣させる。⋮⋮また後ほど会おう、PEACEMAK
カー
ERの諸君﹂
 そして、アルトリウスはドラゴンを操り、その場から去っていく。
ピース・メーカー
 こうしてオレ達PEACEMAKERと魔術師S級のアルトリウ
ス・アーガーとの初戦が終わりを告げる。
 そしてオレはエル先生を乗せたドラゴンの姿が小さくなっていく
のを睨み付けながら、自分自身に言い聞かせるように1人呟く。

2934
﹁このまま終わってたまるか⋮⋮この借りは絶対に返してやる︱︱
ッ﹂
第254話 エル先生の判断︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
2月6日、21時更新予定です!
現在ちょっと色々立て込んでおりまして、次は1回お休みさせてい
ただきます。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません⋮⋮!
また感想返答を書かせていただきました。
よかったらチェックしてください。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!

2935
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第255話 対始原兵器
01
 始原のトップ、人種族、魔術師S級のアルトリウス・アーガーと
の戦い。
ピース・メーカー
 オレ達、PEACEMAKERはほとんど手も足も出ず惨敗して
しまった。
 全滅の危機を救ってくれたのがエル先生だった。
ピース・メーカー
 元々、アルトリウスの目的は、PEACEMAKERと話し合い
をするための人質としてエル先生を狙っていた。
 彼女が大人しくアルトリウスに付いていくことで、矛を収めさせ
たのだ。
﹁リュート様!﹂

2936
 オレがエル先生を乗せたドラゴンが彼方に消えるのを見送ってい
ると、新型飛行船を操縦していた妻の1人、ココノが駆け寄ってく
る。
 旦那様の説得のため魔物大陸に向かう際、彼女は体が弱いため獣
人大陸にある新・純潔乙女騎士団本部に残ってもらった。
 そのせいでココノと会うのは久しぶりだ。
 いつもの巫女服姿で、前より血色がよくなっている気がする。
 彼女は駆け寄ってくると、オレの胸に飛び込んできた。
﹁リュート様! お久しぶりです。ご無事でなによりです﹂
﹁⋮⋮ごめん、ココノ。色々、心配させちゃったみたいで﹂
 ココノはオレから離れると、滲んだ目元を指で弾き首を横へ振っ
た。
﹁いえ、リュート様や皆様が無事なら⋮⋮それにわたしの方こそあ
まりお役に立てず、すみません⋮⋮﹂
﹁何言ってるんだよ。新型飛行船を操縦してアムを連れてきてくれ
たり大活躍じゃないか。むしろ、今回はオレのミスだ⋮⋮﹂
 魔術師S級の実力というのを甘くみていた。
 ︱︱その結果、エル先生が人質となり、レンタル飛行船は大破、
皆を全滅の危機に陥れてしまった。
 落ち込み溜息を漏らすオレの周りに皆が集まり、慰めてくれる。
﹁リュートくんの落ち込む気持ちは分かるよ。でも、エル先生は人

2937
01
質になったけど待遇は始原団長が直々に保証してくれたし、わたし
達もまだ戦える。だから、落ち込むのはまだ早いよ!﹂とスノー。
﹃そうです! 私達、皆の力を合わせて絶対にエル先生を救い出し
ましょう!﹄とクリス。

﹁ですね。エル先生の件や魔王関係に関しても、私の実家経由で始

原達へ抗議したいと思います。さすがに彼らのやり方や考えたかに
私は納得できません。真実を知った者を私利私欲のために殺害する
なんて⋮⋮。絶対に許されるべきではありません﹂とリース。
 彼女達の言葉が胸に染みる。
﹁⋮⋮そうだな。落ち込んでいる暇はないな﹂
﹁それでリュートくん、これからどうするの?﹂
﹁とりあえず、皆の無事を確認。その後、壊れたレンタル飛行船の
残骸を回収しよう﹂
 オレが指示を出すと、皆は一斉に動き出す。
 まず孤児院の子供達に怪我がないかの確認。
 運良く怪我人はなし。
 エル先生が連れ去られたことで心配そうにしていたので、兎に角、
今後彼女が戻ってくるまでオレ達が子供達を保護するからと落ち着
かせた。
 レンタル飛行船について。
 底が完全に破壊し、廃棄はほぼ確定だろう。

2938
 違約金がどれだけ請求されるか考えるだけで頭が痛くなる。
 壊れたレンタル飛行船は、リースの無限収納にしまう。
 細かい木片などはそのまま放置するしかない。
﹁若様、よろしいでしょうか?﹂
﹁どうした、シア﹂
﹁あの新型飛行船で本部に戻るなら、途中でこちらに向かっている
団員を拾っていくのはどうかと思いまして。人数を考えると少々手
狭になりますが、あの速度ならすぐに本部へ着くと思いましたので﹂
 シアの意見に納得する。
 確かにこちらへ向かっている新・純潔乙女騎士団の面々の移動ル
ートは分かっている。
 なら途中で拾って、本部に戻るのはありだ。
 新型飛行船は、従来型に比べて圧倒的に速度が速い。
 その理由は、飛行船本体に付けられた翼下にあるレシプロエンジ
ンのお陰だ。
 従来型の飛行船の場合、魔石を船底に敷き詰め空へと持ち上げる。
 持ち上げた後、海にある船同様、帆を張って風の力によって進む
のだ。そのため前世、地球の航空機に比べて圧倒的に遅い。
 オレはその事に対してずっと不満を抱いていた。
ピース・メーカー
 しかし、運良く費用を気にせずPEACEMAKER専用の新型
飛行船を造る機会を得たため、温めていた案を実現することができ
たのだ。

2939
 その案とは魔石で浮かんでいる飛行船に、翼とレシプロエンジン
︵×2︶を搭載させることだ。
 前世、地球で最初に公式に︵大規模公開実験という意味で︶空を
飛んだのは1783年6月、フランスの製紙業者であるモンゴルフ
ィエ兄弟製作の紙製熱気球である。
 さらに1794年、フランス革命の革命軍が偵察のために気球を
使用した。
 熱気球の次に登場したのが、飛行船だ。
 そして1903年、おなじみのライト兄弟によって皆がよく知る
翼が伸びている飛行機が発明される。
 つまり地球での航空機の進化は﹃熱気球﹄↓﹃飛行船﹄↓﹃飛行
機﹄という流れを汲んでいるのだ。
 もしこの進化の流れを現在の異世界に当てはめるなら、まだ﹃熱
気球﹄の段階だろう。
 ただ浮かんで、帆を張って風の力で前進しているのだから。
 オレはさらに推し進め、カイレー卿のように蒸気機関でプロペラ
を回し前進させる﹃飛行船﹄を作りだしたことになる。
 ちなみにレシプロエンジンとは、簡単に言えば自動車のエンジン
と同じ構造のピストンエンジンである。
レシプロケーション
 ピストンの往復運動を回転運度に変えプロペラを回し、推進させ
るのだ。

2940
 燃料は本来ならガソリンを使用。
 だがこの異世界にガソリンなんて物はなく、魔石の魔力を使用し
どうにか動かすことができている。
 レシプロエンジンは新型飛行船の設計図を送る前に製造し、北大
陸へと送っていた。
 正直にいえば前世、地球で使用されているジェットエンジンを開
発し、搭載したかった。しかし、さすがにジェットエンジンの開発
は不可能だった。
 むしろよくレシプロエンジンを開発できたと思う。
 獣人大陸、ココリ街、本部にもすぐに着くため手狭でも問題ない
だろう。
 一通り片付けと確認を済ませると、オレ達は新型飛行船に乗り込
む。
 操縦をココノに任せて、まずはこちらに向かっている新・純潔乙
女騎士団の面々と合流する航路を取った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレ達は、カレンを筆頭にエル先生を助けるために移動していた
団員達と無事合流。

2941
 彼女達を新型飛行船に乗せて、一度、獣人大陸、ココリ街にある
本部へと戻ってきた。
 孤児院の子供達は、エル先生が戻ってくるまでオレ達で面倒を見
る。
 孤児院に子供達だけを残して、何かあったら大変だからだ。
 また今回の一件で、元魔王であるアスーラ、黒の元幹部メンバー
のノーラが酷く落ち込んでいた。
 自分達がオレの側に居るせいで、迷惑をかけ、エル先生が攫われ
てしまったと自己嫌悪しているのだ。
 そのため彼女達は︱︱
﹁妾の存在がリュートに迷惑をかけて本当にすまない⋮⋮﹂
﹁ノーラもです⋮⋮もしリュート様の恩人様と交換できるなら、す
ぐにでもノーラを引き渡してください﹂
 暗い顔で肩を落として告げてくる。
 オレはそんな2人の頭を撫で落ち着かせた。
01
﹁迷惑なんて思ってないし、エル先生との交換材料として始原が迫
っても引き渡すつもりはないよ。だから、二人ともそんなに気を落
とさないでくれ﹂
 表向き2人は落ち着いてくれたが、胸中までは難しいだろう。
01
 彼女達のためにも早くエル先生を奪還して、始原の問題を片付け
なければ。

2942
 獣人大陸、ココリ街に久しぶりに戻ってきたオレ達がまずしたこ
とは、レンタル飛行船屋の門を叩くことだ。
 リースの無限収納から出した飛行船の残骸を前に支店長が頭を抱
えていた。
 レンタル飛行船屋の保険に加入していたため、新造費用の半額負
担で済んだ。元々そこまで大きくない飛行船だったのと、半額負担
のお陰で一般的には安く済んだ。
01
 しかし始原の問題を片付けたら、絶対に奴らに払わせてやる。絶
対にだ。

 旦那様、ギギさん、アムはすぐに魔人大陸、北大陸へは戻らず始

原との問題が片付くまでこちらに残ることを決意する。
 特にギギさんの覚悟が強く、本部に到着してすぐ旦那様との訓練
のためグラウンドを貸して欲しいと告げてきた。
 本部に戻ってきて翌日、午後。オレは主要メンバーを集めて今後
01
の始原について対応を話し合う。
ピース・メーカー 01
 PEACEMAKERとしては、始原の下につくつもりはない。
01
 アスーラやノーラも始原に引き渡すつもりはない。
 またエル先生も絶対に取り戻すと断固とした態度を取る方針だ。
 もちろん強行策ばかりではなく、一応はリースの実家であるハイ
01
エルフ王国側から始原に働きかけてもらい、着地地点を探す予定で
ある。
01
 ︱︱その会議で、﹃もう一度始原と戦いになった場合はどうする
のか?﹄という話し合いもなされた。
 結論として︱︱まずは話し合い。
01 ピース
 しかし、もし始原との戦いが避けられないのであれば、PEAC

2943
・メーカー
EMAKERとしても引くつもりはない︱︱という結論に達した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 話し合いが終わった日の夜。
 オレはルナと一緒に兵器研究・開発部門に宛がっている研究所へ
と向かっていた。
﹁それで、こっちを出る前に頼んでおいた新兵器の進捗は?﹂
﹁リューとんの計画書通り進んでるよ。ただルナだけだったから、
手が足りなくて完成とはいってないけど、ほぼ問題なく終わってい
るよ﹂
 オレとルナが向かった先は、体育館ほどはある大きな建物だ。
 新・純潔乙女騎士団本部にスノー両親問題を片付け、北大陸から
戻ってきた時に急遽建造したものだ。
 中は暗く、スイッチを探して灯りをつける。
 魔術光が内部を照らした。
 オレとルナの目の前に、鋼鉄の大型兵器が鎮座している。
 前世、地球、ドイツが1917年にクルップ社&エアハルト社に
よって開発された傑作対空砲︱︱8・8cmFlak18だ。
 正確にはFlak18をこの世界向けに改良したものだが⋮⋮。

2944
﹁⋮⋮凄いな、よくここまで完成させたな﹂
﹁リューとんが設計を終わらせてくれてたし、難しい箇所もある程
度終わらせててくれたから、ここまで形になったんだよ﹂
 ルナが肩をすくめる。
﹁それにまだ例の砲弾の調整が上手くいってないの。そっちは留守
だった分、リューとんが頑張ってね﹂
﹁了解。ルナには苦労かけるよ。今度、甘い物でもごちそうするか
ら。それで勘弁してくれ﹂
 オレは彼女に倣って苦笑しながら、言葉を返す。
﹁それでもう一つの兵器の方はどうなってる?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 この問いにルナは苦い物でも噛みしめたように、眉間へ皺を寄せ
る。
﹁⋮⋮そっちはまだ実験段階。正直、今回の戦いに投入できるかわ
かんない﹂
﹁了解。できれば間に合わせたいから、オレとメイヤも協力するよ。
01
恐らく、こっちが対始原の切り札になるはずだ﹂
 ルナはオレの話を聞いて、逡巡してから問いかけてきた。
﹁あの、さ⋮⋮本当にあんなの作るつもりなの?﹂
﹁うん? どういう意味だ?﹂
﹁だって⋮⋮あんなの⋮⋮確かにリューとんの今まで作ってきた魔
術道具って、ルナでも﹃凄い!﹄って分かるものばかりだったけど。

2945
AKとか、スナイパーライフルとか、これとか﹂
 ルナは8・8cmFlak18に視線を向ける。
﹁⋮⋮でも、あれは今までのとは違うっていうか⋮⋮上手く言えな
いんだけど、確かに凄い兵器だとは思うけど、実際に完成させて使
おうとするなんて、ちょっと怖いよ﹂
﹁ルナの気持ちは分かるよ。普通、あんな物を作ろうなんて、考え
る方がどうかしてるよな⋮⋮﹂
 オレは目を閉じる。
 そして、あの光景を思い出す。
 アルトリウスの手によって千を超える魔法陣が展開され︱︱眼前
を埋め尽くす程の魔法生物に圧倒されたあの瞬間を。
01
﹁⋮⋮でも、今回、戦うことになるかもしれない相手はあの始原だ。
切り札や奥の手は何枚あっても困らない。だから、オレは皆を守る
ためなら、誰が相手だろうと容赦はしない。絶対にだ⋮⋮ッ﹂
﹁⋮⋮ルナもクリスちゃんやココノちゃん、みんなと離れ離れにな
るのは嫌だし、傷つけられるのはもっと嫌だよ。ごめんね、変なこ
といって⋮⋮﹂
﹁いや、こっちこそ、変な物ばかり作らせてごめんな﹂
 オレはルナの柔らかな金髪を慰めるように撫でた。
01
 ︱︱そして、オレとルナ、メイヤは翌日、対始原兵器の開発に努
めた。

2946
第255話 対始原兵器︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、2月9日、21時更新予定です!
色々、大型兵器などが出てくるようになりました。
8・8cmFlak18なんかの細かい説明は、また別話でやる予
定なのでお楽しみに∼。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

2947
第256話 エルとアルトリウス
 ︱︱時間は少し遡る。
ピース・メ
 多少の戦闘はあったが、アルトリウスは予定通りPEACEMA
ーカー
KERと話し合いをするための人質として、リュートの恩師である
エルを無事確保することに成功した。
01
 彼女をドラゴンの背に乗せ、アルトリウスは妖人大陸にある始原
本部を目指す。
01
 始原本部を一言で表すなら、﹃城塞﹄だ。
 巨人族でも相手にするのを想定しているのかのような、分厚く巨
大な城壁。

2948
 城も民衆や他国に権威を主張するためではなく、あくまで戦闘・
防衛を重点に置いた堅牢な作りに特化している。
 それ故、他国の城にはない独特の威圧感を放っていた。
 二人を乗せたドラゴンは、城上部に設置されている離着陸場の滑
走路へと翼をはためかせ着陸する。
 ドラゴンが身を屈めるとアルトリウスが1人、先行し下りる。
 彼は手を伸ばし、エルが下りる助けをしようとする。
﹁あ、ありがとうございます﹂
 エルは最初躊躇ったが、アルトリウスの手を取りドラゴンから下
りる。
 ドラゴンはまるで最初から居なかったように、光の粒となって消
え去った。
 ほぼ同時に奥にある扉が開き、秘書官のような凜とした女性とメ
イド達が複数出迎えてくる。
﹁お帰りなさいませ、団長﹂
 秘書官とメイド達は左右に並び、同時に自らの主に頭を下げる。
﹁付いてこい﹂
 アルトリウスは秘書やメイドの挨拶を無視して、エルに一言告げ
るとさっさと1人歩き出す。
 彼女は戸惑いながらも指示を無視するわけにはいかず、彼の後に
付いて城内へと入った。

2949
 アルトリウス、エル、秘書&メイド達の順番で城内を歩く。
 壁には絵画や壺、甲冑など装飾品は一切無い。
 廊下を照らす魔術光源が等間隔に並んでいるだけだ。
 本当にただひたすら戦うための質実剛健な作りである。
 どれぐらい歩いただろうか︱︱アルトリウスがある一室へと入る。
 そこは先程までの無骨な雰囲気はない。
 どこぞの王家私室だと紹介されても納得するだけの調度品が揃い、
埃一つ無いほど丁寧に掃除されている。
01
 ここは始原本部にある貴賓室の一つだ。
 アルトリウスがようやく背後を付いて来ていたエルへと振り返る。
ピース・メーカー
﹁エル嬢には、PEACEMAKERとの話し合いが終わるまでこ
こで生活をしてもらう。申し訳ないが、念のため魔術防止首輪を装
着してもらうが、構わないか?﹂
﹁はい、構いません﹂
﹁協力感謝する。もし部屋を出る場合は、事前に近くに居る者に伝
えてくれると助かる。それともし何か不自由があったら、メイドを
呼び告げてくれ、余程酷い要求でなければ叶えるつもりだ﹂
 メイドのくだりで、入り口に並ぶメイド達が再び一斉に頭を下げ
た。
 エルは昔の王宮暮らしを思い出したのか、恐縮した曖昧な微笑み
を浮かべてしまう。
 アルトリウスはある程度自由を与え、もし不満があればすぐに対
応すると告げた。
 これはエルを気遣うため発言したものではない。

2950
ピース・メーカ
 リュート達が慕うエルを粗末に扱った場合、PEACEMAKE

Rとの話し合いがこじれる可能性があったからだ。
ピース・メーカー
 アルトリウスとしては、できるだけPEACEMAKERの技術
は吸収したい。
 そのための必要措置だ。
 エルは一通り、部屋を見回す。
 トイレ、風呂、寝室、簡単な料理が作れるキッチンなど必要な物
は全て揃っている。
 孤児院での生活と比べたらまさに雲泥の差だ。
 彼女は暫し考え込んでから、アルトリウスの目をしっかりと見据
え要求する。
﹁では、一つだけわがままをお聞き下さい﹂
﹁分かった。言ってくれ﹂
﹁仕事をさせてください﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 エルの発言にアルトリウスは困ったように眉根を寄せた。
 入り口に立つ秘書やメイド達は、主の表情の変化に思わず息を飲
んでしまう。
 エルは構わず話を続けた。
﹁リュート君達とのお話は時間がかかりますよね? それならそん
な長い間お世話になるんですから、少しでもお役に立てるよう、お
仕事をやらせて欲しいんです。⋮⋮駄目でしょうか?﹂
01
﹁⋮⋮いや、駄目ではないが⋮⋮エル嬢は始原にとっての賓客だ。
仕事をしないことを気にせず、遠慮せず好きなことをしてもらって

2951
構わない。むしろ、ここに留まることが仕事のようなもなのだが⋮
⋮﹂
 アルトリウスの台詞に、エルが微苦笑を浮かべる。
﹁お気遣いはありがたいんですが、好きなことと言っても⋮⋮子供
達のお世話や孤児院の運営とかが私のやりたいことなので。流石に
ここではそれは出来ませんし、それに何もせずぼぉーっとする方が
私としては落ち着かないんですよ。こう見えて力はありますし、炊
事洗濯にも自信があるので、遠慮なく仕事を任せてください﹂
 エルは自信ありげに両拳に力を込め、胸の前に持ってくる。やる
気満々と彼女は全身でアピールした。
 そんな彼女の台詞&態度に、再びアルトリウスが眉間に皺を作る。
01
 確かに始原本部に居る間は子供達の世話も、孤児院の運営もでき
るはずがない。
︵遠回しに我々を批難しているのだろうか⋮⋮︶
 確かにエルからすれば、アルトリウスは我が子のように可愛がっ
ているリュートの敵だ。そういう感情が絶対に無いとは言い切れな
い。
01
 もしかしたら、少しでもリュート達の助けをするため、始原本部
内を周り有利になる情報を集めようとしている可能性もある。
 だが、ここで拒絶したら、﹃要求を叶える﹄と言った自分の言葉
は嘘になる。しかも高価な宝飾やドレス、魔術道具ではなく﹃仕事﹄
だ。
 舌の根も乾かぬうちに拒絶したら、自分の器が小さいと思われる
かもしれない︱︱微かにアルトリウスのプライドが刺激される。

2952
 そして、逡巡した結果をアルトリウスは告げる。
﹁⋮⋮分かった。何か仕事がないか明日までに探しておこう。だが、
今日はもう休め。戦闘、移動と多々あったからな﹂
﹁ありがとうございます。では、お言葉に甘えて今日は休ませて頂
きますね﹂
 食事はすぐメイド達にこの部屋に持ってこさせると告げ、アルト
リウスは貴賓室を後にした。
﹁⋮⋮ふぅ﹂
 廊下を歩き、背後に居る秘書に悟られないよう微かな溜息を漏ら
す。
ピース・メーカー
︵PEACEMAKER達と戦った時より、疲れた気がするな⋮⋮︶
 アルトリウスは思わず精神的な疲れを自覚してしまう。
 このまま自室に戻って眠ってしまいところだが、まだ仕事が残っ
ている。
 彼は忘れないうちに指示を出す。
ししてん
﹁各大陸に居る四志天達に緊急会議を開くため、本部へ早急に来る
よう伝えておいてくれ。連絡用翼竜は後程、滑走路へ出しておく﹂
ししてん 01
 四志天︱︱獣人大陸、魔人大陸、竜人大陸、妖人大陸の始原支部
を収める各種族のトップ達だ。
 獣人大陸では獣人種族が、魔人大陸では魔人種族が、竜人大陸で

2953
は竜人種族が、妖人大陸の妖精種族領では妖精種族のトップがそれ
ぞれ支部を取り仕切っている。
 大陸を治める種族がトップに立つ方が、現場の文化・風習をよく
理解しているためやりやすいだろうという配慮だ。
 この指示に秘書が返事をする。
﹁畏まりました﹂
﹁それと明日までに、エル嬢でも出来そうな仕事を探し、手配する
ように。ただし彼女が我々にとって賓客であることを忘れるな﹂
 この指示にも、彼女はそつなく返事をする。
 アルトリウスは他に指示を出す内容を考えながら、仕事場である
政務室へと向かった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌朝、昼、政務室。
 昼食を手早く済ませ、アルトリウスは溜まっている書類仕事を処
理していく。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
01
 始原団長だからといって、ただ戦場を駆けずり回っていればいい
訳ではない。

2954
 むしろ地味な書類仕事や雑務の方が多いぐらいだ。
 彼が目を通し確認や了承をしなければいけない重要案件は多い。
 アルトリウス自身それをよく理解しているため、愚痴一つ漏らさ
ず書類仕事に没頭していた。
01
 愚痴を言えないのは、始原団長として、五種族勇者の血を引く者
として部下や他者に弱い部分を見せられないという面もあるが⋮⋮。
 アルトリウスが秘書に書類の一枚を突き返す。
﹁この天神教本部との会合だが、取りやめる。また後日、こちらか
ら連絡する旨を伝えておいてくれ﹂
﹁宜しいのですか? 新・教皇が即位して開かれる初の会合ですが。
こちらの都合で伸ばしてようやく日時を取り付けたのを再び反故に
するのは⋮⋮﹂
﹁構わん。坊主達には好きに喚かせておけばいい。どうせ何もでき
ピース・メーカー
はしないのだから。PEACEMAKERへの対応が優先だ﹂
﹁⋮⋮分かりました。では、その様に処理しておきます﹂
 秘書が席から立ち上がり、書類を受け取り戻る。
 その背にアルトリウスが思い出したように問いかけた。
﹁エル嬢の仕事先はどこに決まったんだ?﹂
﹁はい、いくつか検討した結果、﹃団員達や志望冒険者達向けの調
理補助﹄が無難かと思い手配させていただきました﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
01 レギオン
 始原はトップ軍団だけあり団員達や入団希望者の冒険者が多い。
 そのため彼ら向けの朝・昼・晩の食事調理の手はいつも足りない。

2955
 本人も炊事洗濯には自信があると言っていたし、野菜の皮むき、
魚の処理、肉調理など仕事は山ほどある。また表に出ないため団員
達とトラブルになる心配もない。
 城外に出る仕事でもないため、確かに無難ではあった。
︵ただ後々外部から文句を付けられないよう、一度労働環境を確認
する必要はあるな⋮⋮︶
 アルトリウスは決断するとすぐに指示を出す。
﹁念のためエル嬢の労働環境を確認したい。この後、時間はあるか
?﹂
﹁武器・防具予算の会議、他2件入っておりますが、まだ暫く時間
はあります。今すぐ向かい、確認するだけなら影響はないかと﹂
﹁わかった。この書類を片付けたら、調理場へ確認に向かう。万が
一、時間がかかるようだったら待たせておけ﹂
﹁了解いたしました﹂
 アルトリウスは手早くやりかけていた書類を片付けると、エルが
働いている仕事場︱︱調理室へと向かった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
01
 始原第三調理場。
 そこがエルの働く仕事場である。

2956
01
 訓練をする始原の若手団員達、そして審査を受けるため訓練場に
01
集まったりしている始原入団を希望する冒険者達。
 そんな彼ら向けの食事を作る専用の調理場である。
 調理場は広いが、大型の鍋や竈、調理器具が所狭しと置かれてい
る。
 まるで小学校給食を作る調理場に似ていた。
 団員達に昼食を出し終えたらしく空っぽの鍋、汚れたシチュー皿、
スプーン、フォークなどの食器類、調理器具が洗わず置かれていた。
 それを見て、まるで戦場跡のようだな、とアルトリウスは胸中で
呟く。
 第三調理場では、エルを含めて20人が働いており、今は皆が一
つにテーブルに集まって大皿に盛られた料理を食べている最中だっ
た。
 第三調理場の責任者が、アルトリウスに気が付き慌てて立ち上が
る。
﹁こ、これは団長! 何かご用でしょうか!?﹂
﹁邪魔をする。今日、賓客であるエル嬢がこちらで働くことになっ
た。その視察だ﹂
 アルトリウスは視線を責任者から、エルへと向ける。
﹁仕事は問題ないか?﹂

2957
﹁はい、お陰様で。私のわがままを聞いてくださってありがとうご
ざいます﹂
 エプロンを身につけたエルは、丁寧に頭を下げた。
 彼女の態度は自然で、嫌々仕事をしている様子はない。
 仕事場も調理室だけあり、手入れが行き届き空間が清潔に保たれ
ている。ここなら彼女を働かせても問題はないだろう。
 だが、一つ気になることがある。
﹁⋮⋮エル嬢、貴女はいったい何を食べているんだ?﹂
 彼女達が先程から食べていた料理︱︱それは魚の骨を油で揚げた
ような食べ物だった。
 まさか賓客であるエルに、こんな粗末な料理を食べさせたとあっ
01
ては始原の面子に関わる。
 アルトリウスは一瞬﹃皆が彼女を虐めているのか?﹄とも考えた
が、だったら皆で一緒に食べているのはつじつまが合わない。
 彼が不思議がっていると、エルが察して事情を説明した。
﹁今日は私達の予想以上に団員の方達がいらっしゃって、作った料
理がなくなっちゃったんです。だから、自分達の食べる分を作って
いる最中なのですが、その間の繋ぎとして﹃骨せんべい﹄を皆さん
と食べていたんですよ﹂
 今日の団員の昼メニューは、魚のフライ、パン、シチューである。
 その全てを食べられてしまったため、エル達は一からパンを焼き、

2958
シチューを作っていた。
 しかし、さすがに腹が減ったので、エルが今日のフライで使った
魚の骨を油で揚げ、塩を振り皆で食べられる﹃骨せんべい﹄を作っ
たのだ。
﹁昔、リュートくんが孤児院へ里帰りした時、豆芋でポテトチップ
スっていうお菓子を作ってくれたんです。その時、彼から、こうい
う料理もあるって教えてもらって前に作ったことがあるんですよ。
よかったら、お一ついかがですか?﹂
﹃!?﹄
 部外者であるエルは、あまり考えずアルトリウスへ料理を勧めて
しまう。
 責任者は﹃本来、料理で捨てるはずの魚骨を油で揚げた料理など
食べさせるなんて!﹄と血相を変え止めようとした。
01
 見方によっては始原のトップであるアルトリウスを馬鹿にしてい
る行為である。
 その証拠に彼の背後に控えていた秘書が、眉間に皺を寄せエルを
睨み付け注意してくる。
﹁エル様、そのような粗末な料理を我らの団長へ勧めるのはお止め
ください。それに団長はすでに腕利きの料理人が作った昼食を済ま
せています﹂
﹁あっ、ご、ごめんなさい。私ったら気付かずに⋮⋮。すみません
でした﹂
 エルは秘書の注意に申し訳なさそうに頭を下げる。
 他の調理場仲間達は、秘書の注意程度で済んだことに安堵した。

2959
 エルと今日一緒に働いて、その人柄、仕事の手際、気遣いなどか
ら調理場仲間達は彼女に好感を抱いていた。
 そのため今回のミスで、彼女が罰せられたり、待遇が悪くなった
りすることを望んではいないのだ。
 しかし、勧められた当の本人であるアルトリウスは、
ピース・メーカー
﹁折角のすすめだ。それにPEACEMAKER団長の考案した料
理⋮⋮興味がある。﹂
﹁アルトリウス様!?﹂
 秘書が驚きの声をあげる。
 彼はそれを無視して、大皿に盛られた魚せんべいを1つ口にする。
﹁!? ︱︱うまい﹂
 油で骨がカリカリに揚げられ、パリっとした食感が癖になる。
 塩味が利いて、後を引き酒が欲しくなる一品だ。
 つい、2つ目を食べ、3つ目に手を伸ばしてしまう。
﹁ぷっ⋮⋮ふふふふふ⋮⋮﹂
 エルは我慢できず口元を両手で可愛らしく押さえて、笑い出す。
 これに調理仲間や秘書は顔を青くする。
01
 彼女は正面から始原のトップ、人種族、魔術師S級のアルトリウ
ス・アーガーを笑っているのだから。
 エルは目の端に浮かんだ涙を指先で拭い謝罪を口にする。

2960
﹁ごめんなさい、笑ってしまって。でも、さっきお昼を食べたのに
夢中になって骨せんべいを食べている姿を可笑しくて⋮⋮ふふふ﹂
﹁すまない。これはエル嬢達の昼食だったな﹂
﹁気にせず食べてください。私達のパンやシチューが出来るまでの
繋ぎですから。それに男の子はすぐお腹が空くから、一杯食べない
といけないもんね﹂
 エルはまるで孤児院の男の子を相手にするように、アルトリウス
へと満面の笑みを浮かべる。
 この時、アルトリウスの胸が戦場でもないのに高鳴った。
 いや、それ以上に心臓が鼓動する。
 アルトリウスは胸の痛みを堪えるように眉間に皺を深く刻んだ。
 その場に居るエル以外の皆が、顔を青くする。
 アルトリウスが彼女の言葉に苛立ち、眉根を寄せたと誤解したか
らだ。
﹁⋮⋮邪魔をした。エル嬢、今後とも調理場の仕事を頼む﹂
﹁はい、分かりました。頑張りますね﹂
 アルトリウスはエルに背を向け、足早に調理場を出て行く。
 秘書が慌てて彼の後を追いかけた。
 アルトリウスは秘書のことなど気にせず、一人黙々と歩き続ける。

2961
 調理場を出て随分経つのに、胸の高鳴りや痛みは止まらない。
 むしろ、時間が経てば経つほど強くなり、熱いほど熱を持ち始め
てしまった︱︱
第256話 エルとアルトリウス︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、2月12日、21時更新予定です!
エル先生、マジ傾国の美女だね!
もしくはサークルクラッシャーの姫ポジ?
始原もPEACEMAKERと戦う前に、エル先生が原因で内部分
裂とかおきそう。
でも、傾国の美女って言われると貂蝉のイメージなんだけど、恋姫
○双のせいでアレな姿に上書きされたのは内緒だぞ。

2962
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第257話 お酒の飲み過ぎには注意しましょう
﹁むぅ⋮⋮﹂
 アルトリウスが貴賓室のソファーから身を乗り出し、テーブルに
置かれてある盤面を覗きこむ。
 彼は今、エルが滞在している貴賓室のリビングで、彼女とリバー
シをしていた。
 最近のアルトリウスは、仕事が終わると夜、エルの部屋を訪ねて
いる。
 最初は、捕虜のような立場の彼女を気遣うという名目だ。
 部屋を訪れては﹃生活に支障はないか?﹄﹃不満はないか?﹄﹃
何か必要な物はないか?﹄と尋ねる。時には高価な衣服やアクセサ

2963
リーを持ってきたり、著名な曲芸師を呼ぼうかとも提案した。
 しかし、エルは微苦笑しながら、それら全てを断る。
 アルトリウスは、
﹁エル嬢、遠慮することはない。立場上、貴女は我々の客人だ。客
人をもてなすのは我々の勤め。どうか、望みを言って欲しい﹂
﹁そうですか⋮⋮それなら、一つだけ我が儘を言ってもいいでしょ
うか。実は欲しい物があるんです﹂
﹁分かった、早急に用意させよう。それで欲しい物とはいったいな
んだ?﹂
﹁それは︱︱﹂
 エルが欲しがったのは﹃リバーシ﹄だった。
 しかも、一般庶民の間に随分前から広まっている台座を半分に折
り畳むタイプ。
 値段は盤とコマ合わせて大銅貨5枚︵5000円︶だ。
01
 遊戯道具としては高い分類だが、始原財源から考えたらタダのよ
うな物だ。
 アルトリウスとしては、もっと値段の高いリバーシを買ってこよ
うとしたのだが、エル曰く︱︱
﹁孤児院で使っていたのと似たのがよくて﹂
 そう言われては彼としても反論しようがなかった。
 リバーシを秘書を通じて買わせ、エルの部屋へと向かう。

2964
 彼女は喜びリバーシを受け取ると、アルトリウスをゲームに誘う。
﹁我が儘ついでにもう一つだけお願いしてもいいですか? リバー
シの相手をして欲しいんですが﹂
 この申し出にアルトリウスが困惑した表情を浮かべる。
 まさか﹃一緒にゲームで遊びましょう﹄と誘われるとは予想して
いなかったのだ。
01
 彼は始原トップで、﹃世界と1人で戦える男﹄と呼ばれる人種族
最強の男が困ったように頭部を掻く。
﹁エル嬢、申し訳ない。我はこういう遊戯の経験がないのだ⋮⋮﹂
﹁大丈夫ですよ、私でもすぐに覚えられるぐらい簡単ですから。教
えてあげますから、そこへ座ってください。飲み物は香茶でいいで
すか?﹂
 エルはソファーを勧めると、簡易台所へと消える。
 簡単な料理ならそこで作れるほど調理器具や材料は揃っているた
め、お茶を淹れるぐらいならすぐだ。
 そしてアルトリウスは、ソファーでテーブル越しに向かい合い、
エルからリバーシの遊び方を教えてもらった。
 それ以後は、毎夜仕事が終わった後に彼女とリバーシで遊ぶこと
が、彼にとって日頃の疲れを癒すかけがえのないものになった。
 今夜も彼女と一戦交えているが、戦況はあまりよろしくない。
﹁むぅ⋮⋮﹂

2965
 何度目か分からない唸り声を上げながら、アルトリウスが黒のコ
マを置く。
 パタパタと白が黒へと色を変える。
﹁それじゃ私はここに、えい﹂
﹁ぐぅッ⋮⋮﹂
 エルが白コマを置くと、先程取られた分以上の黒コマが奪われて
しまう。
01
 アルトリウスも始原トップだけあり、幼い頃から英才教育を受け
てきた。それ故、頭は切れ、すぐにリバーシのコツを掴む。
 だがエルは、リバーシが世に広がる前からこのゲームをやってい
る。
 流石に年期が違うため、未だアルトリウスは彼女に勝てずにいた。
 それでも回を重ねることで、接戦を演じるようになってきた。
 しかし、エルに勝てないのは何もリバーシだけではない。
 エルとアルトリウスの間に置かれているテーブルには、リバーシ
だけではなく酒精とツマミも置かれていた。
 酒精はアルトリウスが持ち込み、ツマミはエルが貴賓室にある簡
易調理室で作った手作りだ。
 二人は夜、こうしてリバーシをしながらワインを飲み、ツマミを
食べ、遊び、談笑していた。
 アルトリウスが盤面に視線を向けたまま、自分のグラスを手に取
り飲み干す。

2966
 彼は雑に飲んでいるがこのワイン瓶一本で一般家庭年収分もする
高級ワインである。
 もちろんエルはその値段を知らず、﹃飲みやすい酒精ですね﹄と
褒めていた。
 グラスのワインを飲み干すと、新たに注ぐため陶器瓶に腕を伸ば
すが︱︱中身はすでに空だった。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 テーブルにはまだツマミがあり、アルトリウスとしても飲み足り
ない。
 彼は正面に座るエルへ、お伺いを立てるように陳情する。
﹁エル嬢⋮⋮酒精が切れたようだが、新しいのを開けてもいいだろ
うか﹂
﹁駄目です。約束した3本目じゃないですか。それ以上は体に毒で
すよ﹂
 一度、アルトリウスが飲み過ぎて顔色は全く変えないが、一人で
は戻れないほど足下をふらつかせたことがあった。
 その時は扉の外で控えていたメイドに声をかけ、男手を借りて彼
を自室まで運んでもらった。
 以後、エルが体にもよくないからと、酒精制限をかけたのだ。
 最初はアルトリウスも抵抗したが、エルに却下されすごすご諦め
てしまう。
 そんな彼、人種族最強の魔術師S級が再度、エルに戦いを挑む。

2967
﹁しかし、まだツマミも残っているし、ゲームも途中だ。もう1本
⋮⋮いや、半分ぐらいはいいんじゃないだろうか﹂
﹁なら、竜人大陸で飲まれている茶々というお茶を淹れますね。健
康にもいいですし、翌朝、二日酔いになり辛くなるらしいですから﹂
﹁いえ、しかしだな⋮⋮﹂
﹁何か問題でも?﹂
 正面に座るエルが笑顔で尋ねる。
 アルトリウスは︱︱
﹁⋮⋮茶々でかまわない。健康にいいしな﹂
﹁では、早速淹れてきますね﹂
 すぐに敗北を宣言。
 簡易調理室へと向かうエルの背中をただ見送った。
01
 本来であれば、この始原本部でアルトリウスの言葉は絶対だ。
 彼が黒といえば、白も黒くなる。
 なのにエルが相手だと簡単に負けてしまう。
︵まさか自分が、1人の女性にここまで翻弄されるとはな⋮⋮︶
 彼がその気になれば一国を滅ぼす力を持つ。
 エルを殺害するなど、それこそ指一つ動かさず出来る。
 なのに今のアルトリウスは、エルに勝てる気がしない。物理的に
ではなく、精神的にだ。頭が上がらないのだ。
 それが妙に今のアルトリウスには心地よかった。
 彼は思わず自嘲してしまう。

2968
﹁⋮⋮我も所詮、1人の男ということか﹂
﹁? 何か言いました?﹂
 茶々を淹れて戻ってきたエルが不思議そうに小首を傾げる。
﹁逆転の手がないか考えていたら口に出ただけだ﹂
﹁ふふふ、そんな手があるといいですね。でも、今回もこのまま逃
げ切らせてもらいますよ﹂
 茶々を配り終え、エルが胸を張り断言する。
 その態度すらアルトリウスからすると可愛らしく、愛しく眩しい
ものを見るように目を細めてしまう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ピース・メーカー ししてん
 そして、PEACEMAKERとの戦いから数週間後︱︱四志天
が集まり会議が開かれる。
ししてん
 四志天がこうして集まるのは、年1回。
 それ以外で集められることはほとんどない。
01
 それ故、始原本部は今朝早くから準備に追われていた。
 食事や部屋、会議場の最終準備、他やることは多岐に渡る。
 そのため使用人達の手が足りず、少々問題が起きてしまった。

2969
 その問題とは︱︱
 エルは今日も変わらず、第三調理場へと向かう。
 今日も他団員達のため野菜の皮むきなどをする予定だ。
 いつもなら担当メイドが一緒に第三調理場まで送るが、今日は大
切な会議があり手が足りないらしい。
 エルは気を利かせて、担当メイドを応援に向かわせた。
01
 彼女自身、すでに始原本部で生活して数週間目。
 調理場への道もすっかり慣れてしまったから問題ない、とメイド
に伝える。
 担当メイドもその言葉に甘えて、他部署へと応援に行ってしまう。
 そしてエルは1人、調理場へと向かった。
 ︱︱すると、向かう途中の廊下で、1人の見慣れない女性が先か
ら歩いてくる。
 褐色の肌、エルフの特徴である尖った耳。そして銀の髪を背中ま
で長く伸ばしている。
 身長はエル自身と同じぐらい。
 胸は彼女よりも小さいが十分、巨乳に分類できるだろう。
 身に纏っている衣服は黒革にブーツ。
 美貌と鋭い目つきも相まって、鞭を持たせたら﹃SM女王﹄をそ
のまま務められるような女性だった。

2970
 彼女はエルに気が付き、真っ直ぐ彼女の元へと向かってくる。
 黒エルフの視線はまるで獲物を見付けた肉食動物のように、エル
から外れない。
﹁ちょっといいかしら﹂
 黒エルフがエルに声をかける。
﹁見ない顔ね。それにその首のは、魔術を封じる首輪よね? 貴女、
誰かの奴隷とかかしら?﹂
01
 エルも始原本部で生活をして随分経つが、彼女に見覚えはない。
 そう返答することもできたが、彼女は友好的な笑みを浮かべて自
己紹介する。
﹁訳あって数週間前からこちらでお世話になっている獣人種族、魔
術師Bプラス級のエルと申します﹂
﹁!? そう、貴女が⋮⋮ッ﹂
 黒エルフが双眸に鋭い光を放つ。
 だが、彼女も笑顔を浮かべて自己紹介を返した。
﹁あたしは妖精種族、黒エルフ族、魔術師A級のシルヴェーヌ・シ
01 ししてん
ュゾン。始原・四志天の1人。妖人大陸支部を収めているわ。どう
ぞ、よろしくね︱︱泥棒猫さん!﹂
﹁ッゥ⋮⋮!?﹂
 エルは突然頬を叩かれ、床へと倒れる。
 自己紹介から突然の動きだったためエルは反応できず、まともに
一撃を受けてしまう。

2971
 口が今の衝撃で切れて血がこぼれ落ちる。
 廊下に倒れたエルを、シルヴェーヌと名乗った黒エルフがゴミを
見るような目で見下ろしてくる。
﹁貴女がアルト様を誑かしてるっていう雌兎ね。どんなのかと思え
ば今の攻撃も避けられない鈍くさい奴じゃない﹂
﹁わ、私は別にアルトリウスさんを誑かしてなんていません。⋮⋮
何かの誤解です﹂
 エルはぶたれた頬を押さえながら、なんとか反論する。
 しかしシルヴェーヌは鼻で笑う。
﹁あたしが知らないとでも思っているの? あたしの支部は妖人大
01
陸にあるから、この始原本部から近いの。だから、色々話が聞こえ
てくるのよ。使用人達の間じゃもっぱらの噂らしいわよ。毎晩、ア
ルト様を部屋に引き込んで酒を飲ませて色目を使っているって。す
ぐに駆けつけたかったけど、あたしはあんたと違って色々忙しい身
だから動けなくて、何度怒りに身を震わせたか⋮⋮ッ﹂
﹁本当に違うんです! 確かにアルトリウスさんは毎晩、部屋に来
てお酒を飲んでいます。でも、本来部外者の私が寂しくないよう様
子を見に来てくれているのと、リバーシの相手をしてくださってい
るだけなんです﹂
 シルヴェーヌは他人に聞こえるほど奥歯を鳴らす。
﹁そうやってか弱い振りをして、アルト様を部屋に連れ込み誑かそ
レギオン
うとしているのね⋮⋮ッ。たかだが弱小軍団の捕虜の分際で⋮⋮ッ﹂
﹁ぐぅ⋮⋮ッ!﹂

2972
 シルヴェーヌの爪先がエルの腹部にめり込む。
 腹部を押さえ呻くエルを、シルヴェーヌは冷たい視線で見下ろす。
﹁身の程を弁えなさい。アルト様と貴女みたいな貧民じゃ、住む世
界が違うのよ﹂
 シルヴェーヌは苦しむエルをその場に残し、元来た道を戻って行
く。
 ︱︱どれぐらい時間が経っただろう。
 エルは痛みが落ち着いた後、調理場へは向かわず自室の貴賓室へ
と戻った。
 魔力が使えないため部屋にある物で治療をする。
 暫くすると、エルが調理場に来ないことを心配したスタッフが、
彼女の部屋を訪れた。
 エルは扉越しに体調が悪いので、今日は休むことを告げる。
 腫れた顔を見せたら心配をかけてしまうからだ。
 エルはソファーに座り、考える。
︵確かにシルヴェーヌさんの仰る通り、アルトリウスさんに甘え過
ぎていたのかもしれません︶
01
 1人、始原本部に連れてこられて、心細くなかったといえば嘘に

2973
なる。
 不安を募らせていると、連れてきた責任感からかアルトリウスが
色々気を遣ってくれた。
 最初は立場的に遠慮していたが、ここ最近は多々甘えてしまって
いたのも事実だ。
01
 いくらアルトリウスが気遣ってくれるとはいえ、相手は始原トッ
プ。
 それを見て部下が面白く思わなかったのも当然といえる。
 その配慮が自分に足りなかったと、エルは自己反省した。
 ソファーにもたれかかりながら、天上を見上げる。
 つい、自己嫌悪から溜息を漏らしてしまう。
﹁溜息を漏らすと幸せが逃げるといいますよ。それに折角の美貌を
曇らすなんてとても勿体ない﹂
﹁!?﹂
 落ち込んで天上を見上げていた視線を、慌てて声がした方へと向
ける。
 ソファー正面にいつのまにか1人の男性︱︱らしき人物が笑顔を
浮かべて座っていた。
 金髪を背中まで伸ばし、顔立ちも女性と見間違うほど整っている。
そのため最初は女性と勘違いしそうになったが、衣服から男性だと
判断した。
 彼はソファーから立ち上がると、警戒するエルへ深々と頭を下げ
挨拶をする。

2974
﹁突然の来訪、申し訳ありません。ノックをしても返事がなかった
ため、勝手に入らせていただきました。ご容赦を。僕は人種族・魔
術師Aプラス級、ランス・メルティアと申します﹂
 ランスと名乗った青年は、さらに笑顔を浮かべて告げる。
﹁初めましてエルさん、ずっと、お会いしたかったです﹂
 エルと︱︱大国メルティアの次期国王であり、リュートを昔の友
と呼ぶランス。
 リュートを繋ぐ糸同士が初めて交差する。
第257話 お酒の飲み過ぎには注意しましょう︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
2月18日、21時更新予定です!
済みません、上記通り1回お休みで次回は18日とさせていただけ
ればと思います。
今回の完全にプロットが切れたのと、多々用事が重なってしまった
のが原因です。申し訳ないです。
もっと上手くスケジュール管理が出来る人になりたい⋮⋮。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!

2975
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第258話 ランス・メルティアの苦言
 アルトリウスが会議室へと向かう。
ししてん
 すでに会議室には、四志天が集まっている。
﹁アルト様!﹂
﹁シルヴェーヌか、どうしたこんなところで﹂
ししてん
 すでに会議室に集まっているはずの四志天の1人、妖精種族黒エ
ルフ族、魔術師A級のシルヴェーヌ・シュゾンが途中の廊下でアル
トリウスを出迎える。
 彼女は頬を赤く染め、恋する乙女の瞳で告げる。
﹁敬愛するアルト様に早くお会いしたくて、ここでお待ちしており

2976
ました。よろしければ会議室までご同行してもよろしいでしょうか﹂
﹁かまわん。好きにしろ﹂
﹁はい! ありがとうございます﹂
 アルトリウスの返答に、彼の背後にいた秘書が面白くなさそうに
一瞬だけ眉根を寄せる。
 そんな彼女にシルヴェーヌが﹃ふふん﹄と勝ち誇った表情で、彼
の隣に並んだ。
 シルヴェーヌは肩が触れ合いそうになるほど距離を詰めながら廊
下を歩く。
 彼女はまるで祭りを迎えた町娘のように、ウキウキとアルトリウ
スに色々なことを話しかける。
 アルトリウスのため大金を積み上げ古く珍しい酒精ワインを持参
したこと、また大粒の宝石が手に入ったため著名な服飾職人にオー
ダーメイドで衣装を製作したので、是非それを着た自分をアルトリ
ウスに見て欲しいこと︱︱等々、彼女は彼の関心を買おうとアピー
ルする。
 しかし、アルトリウスは彼女の話を聞きながら、エルのことを考
えていた。
︵自分の周りの女性は、シルヴェーヌのように高価な衣服、宝石、
菓子などを贈れば喜んでくれるんだが⋮⋮エル嬢は逆にそういうの
を贈ろうとすると恐縮する。彼女にはいったい何を贈れば喜んでく
れるのだろうか︶
 今のところエルに贈って喜ばれたのは大銅貨5枚︵5000円︶

2977
のリバーシだ。
 以後は、いくらプレゼントを贈ろうと提案しても、微苦笑を浮か
べ流されている。
 そのためリバーシ以降、プレゼントを受け取ってもらったことが
ない。
︵どうすれば彼女に受け取ってもらえるのだろうか。あの年頃の女
性が欲しいと思うものか⋮⋮︶
 アルトリウスは横を見る。
 隣にはエルと年頃が近いだろう女性であるシルヴェーヌが居る。
 もしかしたら彼女なら、答えを知っているかもしれない。
﹁シルヴェーヌ﹂
﹁なんでしょうか、アルト様﹂
﹁突然ですまないが、異性から贈られて嬉しい物はなんだ?﹂
﹁異性から贈られて⋮⋮はっ!? そ、そうですね! あたしとし
ては宝石や衣服、装飾品などを贈られたら嬉しいですね﹂
﹃それはすでに提案した﹄と胸中でアルトリウスが呟く。
 彼女は難しい顔をする彼に気付かず、さらに捲し立てた。
﹁で、ですが! あたしとしては意中の男性から貰えるならどんな
プレゼントでも嬉しいです。例えその辺りに咲いている野花を贈ら
れたとしてもです﹂
 チラチラと赤い顔でシルヴェーヌが隣を歩くアルトリウスを盗み
見る。
 彼は顎に手を当て、ようやく納得する答えを聞くことができ、シ
ルヴェーヌの視線にまったく気付いていなかった。

2978
﹁そうか⋮⋮花か。花があったな⋮⋮確かに花なら︱︱﹂
 ブツブツと1人、納得し何度も頷く。
 想像の中で、エルがアルトリウスの花束を受け取り、満面の笑顔
を向けてくれる姿を描く。
 心無しかアルトリウスの口元はいつもより弛んでいた。
 そんな噛み合わない会話をしながら、2人は会議室前の扉へと辿
り着いた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ししてん
 会議室に入ると、すでに四志天3名が着席し待機していた。
 アルトリウスの姿を確認すると、彼らは一斉に立ち上がる。
﹁なんだ、シルヴェーヌの姿がどこにもないと思ったら、また大将
に引っ付いていたのか。相変わらず執念深い女だな! がはははっ
はは!﹂
ぎゅうぞく
 最初に口を開いたのは獣人種族牛族、魔術師A級のアゲラダ・ケ
ルナーチだ。
 牛族の名前通り、顔は牛で体は人のミノタウロスである。身長も
高く3m近くはあるだろう。
 体格通り腕力に優れ、さらに魔術師としてもA級の実力を持つ。

2979
01
 始原内で単純な戦闘能力・火力だけなら、随一の実力者だ。
﹃うるさいわね馬鹿牛! アンタには関係ないでしょ!﹄とシルヴ
ェーヌに怒鳴られても、彼は気にした風でもなく笑って受け流す。
じゃぞく
 次に口を開いたのは、魔人種族蛇族、魔術師Aプラス級のヴァイ
パー・ズミュットだ。
 コブラのように広がった顔に、口からチロチロと赤い舌が出入り
する。
 上半身は鎧を身につけた人の形をしており、下半身は蛇の姿をし
ていた。
 彼は座っていた席から立つと、深々と礼儀正しく挨拶をする。
﹁オヨビイタダキはせサンジましタ。ダンチョウにイタリマシテは
ゴソウケン、うれしくオモイマス﹂
 顎の形か種族的問題かは未だ分からないが、ヴァイパーの言葉は
擦過音が交じりとても聞き取り辛い。
 しかし、その分を補おうとしているためか、見た目に反して礼儀
を尽くす人物だった。
 最後は竜人種族、魔術師Aマイナス級、テン・ロンだ。
 こちらも席を立ち、深々と臣下の礼をする。
﹁お久しぶりです団長。我々を呼ぶほどの重大案件と聞きましたが、
いったい何があったのですか?﹂
 目が糸のように細く、黒い髪を背中まで伸ばしている。

2980
 着ているのは、ゆったりとした中国の軍師が着ているような特徴
的な衣服だ。
 戦闘能力はこの部屋にいる者達より劣るが、ある特異魔術により
竜人大陸支部のトップに収まっている。
﹁テン、それは今から話をする。まずは待たせて済まなかった。早
速だが会議を始めよう﹂
ししてん
 アルトリウスが上座に座ると、四志天3名は再度着席し、シルヴ
ェーヌも空いている椅子に座る。
﹁まず現在の状況を把握してもらう。資料を﹂
﹁かしこまりました﹂
 アルトリウスの背後に控えていた秘書が、全員分の資料を各自の
前へと置く。
 魔王に関する話のため、彼&彼女達しか部屋にはいない。
 そのためメイドを入れることができず、秘書が雑務を担当しなけ
ればならないのだ。
 資料を配り終えると、アルトリウスが直々にページを捲りながら、
ピース・メーカー
PEACEMAKERと戦った感想も含めて状況を説明した。
 女魔王の復活。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERに情報を知られてしまったこと。
 彼らを出来るなら、手の内に入れたいこと。
01
 現在、彼らの恩師を賓客として始原本部へ連れてきたこと︱︱な
どだ。
﹃彼らの恩師を∼﹄のあたりで、シルヴェーヌが鼻で笑う。

2981
 気にはなったが、尋ねる理由もないためアルトリウスは流した。
ぎゅうぞく
 一通り説明を終えると、牛族のアゲラダが青筋を立て叫んだ。
レギオン
﹁弱小軍団にあのダン・ゲート・ブラッドが居るとは、本当ですか
大将!?﹂
﹁うるさいわね! そんな叫ぶ必要ないでしょ!﹂
 シルヴェーヌの批難も無視して、暑苦しい鼻息を漏らす。
 まるで赤いマントで煽られている闘牛のようだった。
ピース・メーカー
﹁所属はしていないが、調べた所PEACEMAKER団長に1人
娘が嫁いでいる。ダン・ゲート・ブラッドは行方不明だったが、最
レギオン
近見付かって同船していたようだ。それに弱小軍団と侮るな。彼ら
は十分強い。油断していると足下をすくわれるぞ﹂
﹁つまり! 今度の戦にも奴が出てくるってことですね! おおお
おぉ! 燃えてきた! 今度こそ奴を叩きつぶしてやりますぜ!﹂
﹁⋮⋮随分、燃えているようだが、このダン・ゲート・ブラッドと
何かあったのか?﹂
 アルトリウスの疑問に、アゲラダは意味あり気な笑みを浮かべる。
﹁はい、昔、まだ大将に拾われる前冒険者をしていた時に少々︱︱
まさかこうして再び相まみえるとは!﹂
 アゲラダは蒸気機関車のように鼻息を上げまくる。
 そんな彼にアルトリウスが水を差す。
ピース・メーカー
﹁まだPEACEMAKERと争うとは決まっていない。まずは話

2982
し合い、出来ればこちらに引き込みたい。そのための会議だ﹂
﹁団長がすでに一戦交えたようですが、その戦力差から従順になる
可能性はありませんか?﹂
﹁⋮⋮正直に言えば分からない﹂
﹁シンジツがヒロマッテハオソいです。スグニしまつするベキカト﹂
﹁魔術道具の完成度も高く、人材も良質だった。始末はいつでも出
サイレント・ワーカー
来るのだから、ただ切り捨てるのは勿体ない。それに静音暗殺の穴
埋めも出来るならしておく方が今後のためになる﹂
﹁ならばアルト様との一戦が鮮明のうちに会合を持ち、互いの妥協
点を探るべきだと思います。そのために︱︱﹂
 テン、ヴァイパー、シルヴェーヌ、そして時折アゲラダが意見を
ピース・メーカー
出し、今後のPEACEMAKERとの対応を話し合っていく。
 そして長い話し合いの時間の中で、アルトリウスは彼らの意見を
参考にしつつ、自身の考えをまとめていった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
01
 始原本部貴賓室で、エルと大国メルティア次期国王、人種族魔術
師Aプラス級、ランス・メルティアが向き合う。
 金髪を背中まで伸ばしたランスはソファーから立ち上がり、挨拶
をする。

2983
﹁突然の来訪、申し訳ありません。ノックをしても返事がなかった
ため、勝手に入らせていただきました。ご容赦を。僕は人種族・魔
術師Aプラス級、ランス・メルティアと申します﹂
 ランスと名乗った青年は、整った顔に笑顔を浮かべて告げる。
﹁初めましてエルさん、ずっと、お会いしたかったです﹂
﹁こ、こちらこそ初めまして、獣人種族、魔術師Bプラス級のエル
と申します﹂
 エルも慌てて立ち上がり、挨拶をする。
 二人は挨拶を済ませると、ソファーに座り直す。
 まずはランスが笑顔で切り出した。
01
﹁改めて突然の来訪、申し訳ありませんでした。始原本部に所用が
あり折角だから、アルトが入れ込んでいるという噂のエルさんに一
目お会いしたく伺ったのです。⋮⋮ですが、何度ノックしても反応
がなかったので、もしかしたら部屋で倒れているのではないかと心
配して入ってしまいました。本当に申し訳ありません﹂
﹁いえ、こちらこそ気付かずすみませんでした。少々ぼんやりして
しまって⋮⋮。それにアルトリウスが入れ込んでいるなんてデマで
すよ。ただこちらの生活にまだ慣れない私を気遣ってくれているだ
けです﹂
 ランスの視線が頬へと向けられる。
﹁なるほど⋮⋮ちなみにぼんやりとしていた原因は頬の傷に関係が

2984
?﹂
﹁ッ!?﹂
 エルはランスの登場に混乱し、頬の傷のことをすっかり頭から抜
け落ちていた。
 慌てて隠すがもう襲い。
 彼女は珍しく誤魔化すため、嘘をつく。
﹁こ、この傷はその⋮⋮部屋の中でころんでしまって﹂
﹁頬だけじゃありませんよね? ⋮⋮先程、立ち上がる際、お腹を
庇う動きをしてました。そちらも転んだ時に?﹂
﹁え、えっと、その⋮⋮は、はい、そうです。転んだ時に一緒に痛
めてしまったんです﹂
 エルは嘘に慣れていないせいか、目は泳ぎ、どもり、声音が不自
然に高くなっている。まったく誤魔化せていない。
 しかしランスはそれを指摘するほど野暮ではなく、気付かないふ
りをする。
﹁なるほどそれは運の悪い。よければ僕が魔術で治癒させて頂いて
もよろしいですか?﹂
﹁えっと⋮⋮よろしいのですか?﹂
﹁もちろんですよ! 美しい女性の傷ほど、見るに堪えないものは
ありませんから﹂
 ランスは自然な動作で立ち上がり、エルの隣へと座る。
 エルの頬に手をかざし、
ヒール
﹁︱︱手に灯れ癒しの光よ、治癒なる灯﹂

2985
 あっさりと頬の傷を癒す。
 同様にシルヴェーヌに蹴られ、内出血したお腹も治癒魔術であっ
さりと治す。
 エルは笑顔でお礼を告げた。
﹁ありがとうございます﹂
﹁いえいえ、僕は大したことをしてませんから﹂
﹁それでその⋮⋮⋮⋮さらに図々しいお願いなんですが、私の傷の
ことを誰にも言わないで頂けないでしょうか﹂
﹁アルトにもですか?﹂
﹁はい。お願いします﹂
﹁それは構いませんが、今後の安全のためにもアルトには教えてお
いた方がいいんじゃないんですか?﹂
 ランスは遠回しに、﹃転んでついた傷﹄ではなく﹃誰かの悪意に
よって付けられた傷なら自衛するためにもアルトへ進言しては?﹄
と尋ねる。
 エルはその事に気付かず、建前の言葉を述べた。
﹁心配をかけたくないんです﹂
 実際はシルヴェーヌを庇っているのだ。
ピース・メー
 自分がアルトリウスに彼女のことを告げれば、PEACEMAK
カー
ERに﹃安全は保証する﹄と宣言した手前、シルヴェーヌは処罰さ
れるだろう。
 しかし、彼女は自分とアルトリウスの間を誤解して嫉妬に駆られ

2986
てしまっただけ。
 同じ女性として感情は理解できるため、出来れば知られたくなか
ったのだ。
 本来、自分自身で治癒すればよかったが、魔術防止首輪のせいで
魔術は使えない。
 だが、ランスのお陰で傷痕が残ることなく綺麗に治ったため、わ
ざわざシルヴェーヌを貶めるようなマネをしたくない︱︱というの
がエルの本音である。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 ランスはエルの感情を概ね把握していた。
 その上で彼女を評価する。
﹁貴女はお強いんですね﹂
﹁? いえ、戦闘はあまり得意ではありません。どちからというと
治癒に特化した魔術師ですので﹂
﹁いや、そういう意味ではなく⋮⋮﹂
 エルの天然発言に思わずランスは苦笑してしまう。
 この返答に、ランスは彼女の評価をさらに一段上げた。
01
 彼女は敵陣である始原本部に居るのに、まったくぶれていない。
芯の強さがある。
 いくら善人でも、敵陣に居たら怯え、萎縮し部屋に篭もるのが普
通だ。
 親しい人間関係をその中で新たに築くのは、ほぼ不可能と言って
いいだろう。

2987
 なのに彼女はあっさりと親しい人間関係を構築してしまった。
01
 さらに本来敵意、よくて無関心を向けられる筈の始原本部内で、
彼女は自身を中心に以前より明るい雰囲気を作り出している。
 悪意を持って接して来た相手に対しても、決して変わらない善性
により処罰を与えず助けようとしている。
 エルは困っている人がいれば助けずにはいられないのだろう。例
えそれが自分を傷つけた敵だろうと。
 こういう相手は気が付くと、自身の周りには多くの味方が付いて
いるものだ。
 そして彼女のような大きな器の持ち主は⋮⋮とてもじゃないがア
ルトリウスには扱えない、とランスは判断する。
︵あいつは世間知らずな坊ちゃんなところがあるからな。何もかも
自分の思う通りになると信じている。強引な手段をとればとるほど、
エルさんの心は離れると知らずに⋮⋮。残念だが、彼とエルさんで
は相性が悪いな︶
 アルトリウスがエルを手に入れるため強引な手に出る。
 彼女の心まで全てを手に入れようと︱︱。
 しかし、そのたびにエルの気持ちはアルトリウスから離れてしま
う。
 単純な暴力や権力では、意志の強いエルを心変わりさせるのは不
可能だ。
 その行いで彼を嫌うならまだマシだ。
 だが、エルはアルトリウスを許し、どうにかして間違いを正そう

2988
と親身に説得するだろう。
 その態度がさらにアルトリウスをエルに縛り付ける鎖となってし
まうのだ。
 ある側面から見るとエルは聖女のようだ。自分に敵意を向ける相
手すら許し、正しい道へ導こうとする。
 しかし別の視点から見ると、逃れない麻薬のような甘美さを持つ
毒婦とも言える。
 エルという存在は、男にとって︱︱特に孤独な権力者ほど、溺れ
る底なしの沼のような存在である。その魅力に取り付かれたら逃れ
るのは難しい。
レギオン
 エルは下手な魔術師や軍団より厄介な人物だとランスは断定する。
︵だが、今日はエルさんをこの目で見て、直接話ができて本当によ
かった。彼女がこの異世界でのリュート︱︱堀田くんの実質的育て
の親か︶
 親の影響を受けない子供はいない。
ピース・メーカー
 リュートがPEACEMAKERという﹃困っている人や、救助
レギオン
を求める人を助ける軍団﹄を創設したのに、エルの影響が0という
ことはありえないだろう。
 その事実を自分の目で確認できたことにランスは満足する。
 その後、ランスはすぐにエルの貴賓室を後にした。
 彼女の魅力に自身が絡め取られないため、早々に離席を選んだ。

2989
 廊下を歩いていると、アルトリウスと顔を会わす。
 彼はいつもの秘書を連れず、1人の共も連れずに歩いていた。
 アルトリウスはランスに気付くと、首を捻り声をかける。
﹁なんだランス、来ているなら声をかけてくれればいいものを﹂
﹁今日は大切な会議の日だろう。僕の用事は終わったから、邪魔を
しないようにと思ってさ。アルトはこれからエルさんのところかい
?﹂
 ランスがエルのことを知っていたことに眉根を寄せるが、すぐに
納得する。
 彼の耳の早さはアルトが認めている。それにエルに関しては秘匿
している訳ではない。
﹁⋮⋮彼女が体調を崩したと聞いてな。会議がちょうと一時休憩に
入ったので、様子を見に行く途中だ﹂
﹁ふ∼ん⋮⋮見舞いね﹂
﹁なにか問題でもあるのか?﹂
 ランスの態度にアルトリウスは不快そうに眉根を寄せる。
 彼は気にせず苦言を呈する。
﹁友人として言わせてもらうなら、エルさんに深入りするのは止め
た方がいい。アレはヤバイ﹂
 この発言に本気でアルトリウスは不機嫌そうに顔を顰めた。
 構わずランスは続ける。
﹁君は他者が自分の思う通りに動くと信じ切っている。坊ちゃん気
質だから、先の未来予想を甘く見積もりすぎる。それはアルトの悪

2990
癖だ。︱︱問題は君に実際、力と権力、金、カリスマがあり、ある
程度は未来を動かせることだ。さらに頭もキレるから謀略、策略、
根回しまで出来てしまう。結果、一度も失敗せずここまで来てしま
った。それが問題なんだよ。分かるかい?﹂
﹁何が言いたい。第一、それならランス自身が我と同じではないか﹂
﹁確かにある意味で僕自身、君同様欲しいものは何でも手に入れる
、、、、、
ことができる。けど僕自身は知っている。底が見えないほどの絶望
も、地獄のような屈辱的日々も。⋮⋮だから君のようにはならない﹂
 ランスが続ける。
﹁エルさんを望むのはもう止めろ。あの人は決して君のものにはな
らない。望めば望むほど自身の首を絞める結果になる。執着すれば
するほど手に入らなかったときとの落差を生む。⋮⋮初めての体験
だろう、君にとって。それは致命傷になる。確実だ。だからこれ以
上、彼女に傾倒するのは止めた方が良い。最悪、命を落とすことに
なるぞ?﹂
 アルトリウスが殺意にも似た敵意を瞳に込めて、ランスを睨み付
ける。
 しかし彼は飄々と微笑みを浮かべて受け流す。
 先にアルトリウスが負けて、黙り込んでランスの脇を通り抜けエ
ルの部屋と再び向かう。
 その背にランスが再度、声をかけた。
﹁忠告はしたからな﹂
 だが、アルトリウスは返事もせず、一度も振り返ることなく廊下
の角に消えてしまった。

2991
第258話 ランス・メルティアの苦言︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
2月21日、21時更新予定です!
感想返答を書きました。
よかったらご確認ください。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

2992
第259話 始原からの提案
 新・純潔騎士団本部、応接間。
01
 期限通りにやって来た始原側の交渉人を前にして、オレ達は今後
のことを話し合うことになった。
01
 交渉人は、一度顔を合わせたことがある始原の獣人大陸外交・交
渉部門を担当している、人種族のセラフィンだった。
 応接室のソファーに座りながら、オレは久しぶりに彼女と対面す
る。
 セラフィンと前回話をしたのは、元純血乙女騎士団団長のルッカ
を倒した直後だ。
レギオン
 あの時は、彼女が属する軍団と戦うことになるとは思いもしなか
った。

2993
 彼女はセミロングの髪を揺らして頭を下げた後、顔を上げて眼鏡
の位置を少しだけ指で整える。
﹁お久しぶりです。ガンスミス卿﹂
﹁⋮⋮どうも、本日はお忙しい中、わざわざお越し頂き誠にありが
とうございます﹂
ピース・メーカー
﹁仕事ですから⋮⋮しかし、まさかうちとPEACEMAKERが
ことを構える事態になるなんて⋮⋮。とても残念です﹂
 セラフィンは心底残念そうに溜息を漏らす。
 そのタイミングで、彼女とオレの前に香茶が置かれる。
 香茶を出したメイドは、シアではない。
 彼女の直部下であるメイド部隊の1人が今回給仕を担当していた。
 現在、シアはある用事で獣人大陸を離れているためだ。
 メイドは作業を終えると、部屋の隅により待機する。
 一呼吸、間を入れてからオレは口を開く。
01
﹁自分としては、何もしないならば始原に矛を向けるつもりはあり
ません。ですが、そちらが牙をむけるなら容赦はしないだけです﹂
ピース・メーカー
﹁わたくし達としてもPEACEMAKERと矛を向け合うつもり
はありません。ただ真実を知った以上、対処せざるを得ないだけで
レギオン ピース・メ
す。しかも相手はあの現軍団でもっとも勢いのあるPEACEMA
ーカー
KER。故にわたくし達の団長は潰すのは惜しいと思い、同盟を提
示したのです。その提示を拒否してきたのはガンスミス卿だとお聞
きしましたが?﹂

2994
 オレはその指摘を鼻で笑う。
﹁同盟? そちらの団長が提示した条件は国でいうなら植民地支配
レベルでしたよ? あれを飲むことなんて、出来るはずがないでし
ょう﹂
﹁確かにガンスミス卿の奥方や恩師を人質にするような発言を団長
はしたらしいですが、それはしかたのないことだと割り切ってくだ
ピース・メーカー
さい。わたくし達としてもすぐにPEACEMAKERを信用する
訳にはまいりませんから。それは必要な措置だと思いますが?﹂
﹁同盟の意味をもう一度考えた方がいいですよ?﹂
ピース・メーカー レギオン
﹁PEACEMAKERも力を持つ軍団として、世界に責任を持つ
べきだと思いますが?﹂
 オレとセラフィンの視線が絡み合う。
 そこに男女の甘い語らいは一切ない。
 まるで2頭の肉食動物が出会い、今にも飛びかかろうと互いに隙
を狙っている状態だ。
01
 そして始原との関係を巡る長い話し合いは、それからも長い時間
続いた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 結局、セラフィンとの話し合いは昼食を挟み、日が暮れるまでお
こなわれた。
 しかし、互いに妥協点を見いだすことができず、話し合いは一時

2995
決裂。
 次回へと持ち越される。
 次の話し合いで、今度は互いの条件を提示し合い、譲歩部分を見
つけ出す予定になる。
01
 セラフィンは一度、獣人大陸にある始原支部に戻る。
 支部で今回話し合った内容を検討するのだろう。
 そのため次回の話し合いは20日後になった。
 そして、翌日、オレは溜まっていた仕事を片付けるため部屋で書
類仕事に専念していた。
 オレが書類仕事をしている間、スノー&クリスも新・純潔乙女騎
士団メンバーを連れて通常の業務と訓練をこなしてくれている。
01
 メンバー達は始原と揉めていることを知りながらも取り乱さず、
ピース・メーカー
誰1人逃げずPEACEMAKER側に残ってくれていた。
 本当にありがたい話だ。
 リースとシアは今回の一件で、実家のハイエルフ王国エノールに
01
始原の暴挙を止められないか相談しに行っている。
 新型飛行船を使えば、妖人大陸にあるハイエルフ王国へ行くのは
それほど難しくない。
 ちなみにまだ新型飛行船に名称を付けていない。
 その話を聞いたメイヤが瞳をキラキラと輝かせ、オレに迫り名称
案を告げてきた。
﹁それなら、﹃天才魔術道具開発者リュート様によるメイヤ・ガン

2996
スミスとのラブラブ合作号﹄というのはどうでしょうか!﹂
 メイヤの案はもちろん却下した。
 確かにメイヤはエンジンを手伝ってくれたが⋮⋮長い上に、恥ず
かしすぎるだろそれ。
 彼女は本気で新型飛行船にそんな名称を付けたいのか? いや、
本当にメイヤのことだから本当につけたいんだろうな⋮⋮。
 溜息が自然と漏れてしまう。
 そんな彼女も現在はルナと一緒に兵器研究・開発部門にて新兵器
の量産に取り組んでいる。
 最近、徹夜続きらしく本当に申し訳ない限りだ。
 後で甘い物でも持って顔でも出すか⋮⋮。
 またココノはというと︱︱
 天神様が既になくなっていること、五種族勇者の裏切りの真実を
聞いて倒れてしまった。
 原因不明の熱により現在もベッドで寝こんでいる。
 元天神教の巫女のココノからすれば信じがたい事実のオンパレー
ドだ。
 寝こんでしまうのはしかたがない。
 彼女の看病はノーラとアスーラに任せている。
 ココノは目を覚ますと、天神様についてや五種族勇者の裏切りに
ついて色々質問してくるため、ノーラとアスーラが側についている
のだ。
 彼女達の話を聞いてココノ自身、感情の整理を付けようとしてい

2997
るのだろう。
 部屋にノック音が響く。
 声をかけると、外交担当のラミア族ミューア・ヘッドが顔を出す。
﹁今お時間よろしいですか?﹂
﹁ああ、ちょうど切りの良いところまでいったら大丈夫だよ。それ
で調査結果が出たのか?﹂
ギルド
﹁はい、予想通り、冒険者斡旋組合はクロでしたわ。裏もとれてい
ます。これがその書類です﹂
﹁はぁ⋮⋮やっぱりか⋮⋮﹂
 オレは頭を抱えそうになるのを何とか堪えた。
 ミューアが差し出した書類を受け取り目を通す。
01
 前回、始原がエル先生を押さえようと動きだしたことを、ミュー
アの諜報のお陰でいち早く察することができた。
 そしてカレン率いる部隊が、彼らより早くエル先生を保護するた
め動き出した。
ギルド
 だがなぜか出発間際、冒険者斡旋組合から突然の緊急依頼を入れ
られたらしい。
 しかも内容は大したことがなく、無理矢理やらされた。
01
 結果、カレン達は出発が遅れて、オレ達と始原がかち合った形に
なる。
ギルド
 もし冒険者斡旋組合の依頼がなければ、カレン達の方が1、2日
早く接触・保護できていたはずだ。
 ミューアが妖艶な笑みを浮かべて告げる。

2998
ギルド
﹁冒険者斡旋組合は元々、魔王からこの世界を救ったとされている
01
5種族勇者達が設立したものですから。真実を隠すため始原と一緒
に協力していたのも不思議ではありませんわよね﹂
﹁だよな⋮⋮あいつらとことを構えたときから予想はしてたけど、
ギルド
まさか本当に冒険者斡旋組合と敵対することになるなんて﹂
ギルド
 現在のところ冒険者斡旋組合からカレン達の出発を邪魔された以
外、特に横槍や嫌がらせの類は受けていない。
01
 だが今後、始原との関係、アスーラの名誉回復のため五種族勇者
の真実を広めようとしたらどうなるか分からない。
01
 最悪、始原と戦っている最中、背後から刺される可能性すらある。
﹁このことを皆に開示しますか?﹂
01
﹁⋮⋮いや、まだ皆には教えない。ただでさえ始原と一瞬即発状態
ギルド
なんだ。さらに冒険者斡旋組合までなんて、流石に士気にかかわる。
この情報はまだオレとミューアの間だけにしておいてくれ﹂
﹁団長との秘密なんて嬉しいですわ﹂
 ミューアが場を和まそうと冗談っぽく返事をする。
 ⋮⋮冗談だよね?
ギルド
﹁と、とりあえず、継続して冒険者斡旋組合にも注意してくれ。も
01
しかしたら始原と平行して話し合いをするかもしれないから、その
つもりで﹂
﹁はい、了解いたしましたわ﹂
ギルド
 場合によっては冒険者斡旋組合を脅すため、弱みを出来るだけ握
っておいて欲しいと暗に告げる。

2999
 もちろん、ミューアも理解しており意味深な笑みを浮かべて了承
した。
 この件はとりあえず、ミューアに任せておけば問題ないだろう。
 彼女が退席すると、オレはどっと疲れた体に鞭を入れ再び仕事へ
と戻った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 オレは一通り事務仕事を終え、兵器研究・開発部門の様子を窺う
ため廊下を歩いていた。
 その先に、先日助けに駆けつけて来てくれた金髪の美男子︱︱人
種族魔術師A級、アム・ノルテ・ボーデン・スミスを見つける。

 彼や旦那様、ギギさんは、新・純潔騎士団本部に来てからいつ始

原と再び争っても大丈夫なように、自主訓練に励んでいる。
 特に気合いを入れて訓練しているのはギギさんだ。
 旦那様やアム、スノーやクリス、他団員達を相手に時間があれば
訓練を重ね、自身を高めている。
 旦那様やアムも自主訓練をしているが、他団員達から頼まれれば
彼女達の指導にも快くあたってくれている。
 魔術師A級の指導など本来、こうして気軽に受けられるものでは

3000
ない。
 まず一握りの天才しかなれない魔術師A級を見付けることから始
めないといけない。
 その時点でかなり難度が高いのだ。
 アムもオレに気が付くと、前髪を弾き挨拶してくる。
親友
﹁やぁ、永遠のライバルのミスター・リュート。こんなところで会
うなんて珍しいね﹂
﹁事務仕事が溜まってたからな。オレはこれからメイヤ達のところ
に顔を出すけど、アムは訓練の帰りか?﹂
﹁いや、これからまだレディー達に訓練を頼まれていてね! まっ
たく人気者は辛いよ!﹂
 アムは嬉しそうに前歯を光らせる。
﹁すまないな。団員達の訓練をしてもらって。さらに新領主として
忙しいのに、こっちの問題に付き合ってもらって﹂
﹁そこは謝るところではないぞ、ミスター・リュート。ぼくはあの
時の借りを返すためにここにいるんだ。君が謝ることなど一つもな
いさ。それに領地は頼れる部下達や妻のアイスが上手くやってくれ
ているはずだ。心配することはない﹂
﹁そっか。部下とアイスがやってくれているなら心配︱︱あれ? 
今、妻のアイスって言ったか?﹂
 オレは台詞の途中で、疑問を口にする。
 アムが嬉しそうに笑顔を浮かべた。
﹁言ってなかったかい? 君達が帰った後、ぼくとアイスは結婚し
たんだよ! ほら、この通り左腕に腕輪もある﹂

3001
 アムは左腕を掲げ、腕輪を見せた。
 今まで袖の下に隠れていたため気付かなかったが、本当に結婚腕
輪が嵌っていた。
 しかし、オレ達が去った後すぐ結婚とは⋮⋮。
 アムはスノーに惚れていた。
 そのため彼は、スノーに様々なアプローチをおこない、さらに彼
女の強さと肩を並べようと魔術師学校を卒業後、弟に唆されたとは
いえ武者修行の旅に出た。
 アムは本気でスノーに惚れていたのだ。
 そうでなければ武者修行の旅に出たり、顔すら覚えて貰えないの
に必死にアピールし続けられるはずがない。
 だが、振られてすぐ同じ一族である白狼族のアイスと結婚したな
んて⋮⋮。
 彼が振られた原因である自分が言うのもなんだが、少々節操がな
さ過ぎるのではないか?
 オレの胸中に気付かず、アムは話を続ける。
﹁君達が帰った後、残った白狼族や皆と一緒に、ノルテの再出発を
記念するパーティーを開いてね。その時、僕はアイスのお酌を受け
つつ、お酒を飲んでいたんだが︱︱気付くとアイスとお互い裸でベ
ッドに寝ててね。シーツに赤い痕もあってね。記憶に無いんだが、
どうやら酔っぱらったぼくが彼女と一夜を過ごしてしまったらしい
んだ﹂

3002
 お酒⋮⋮記憶にない⋮⋮赤いシーツの痕⋮⋮すぐに全てを察する。
 ごめん、アム、軽蔑したりして。君はむしろ被害者だというのに!
 オレは涙が溢れそうになり、思わずこぼれ落ちないよう堪える。
 そんなオレに気付かず、アムは話を続けた。
﹁でも記憶が無いと言ってもぼくも男だ。責任をとってアイスと結
婚したんだよ。まぁ! 今では世界で一番彼女を愛しているけどね
! それにもうすぐ彼女とぼくの愛の結晶が誕生するんだ! 今か
ら楽しみでならないよ!﹂
 アムは心底嬉しそうに話をする。
 結ばれ方はアレだが⋮⋮彼は今、アイスと結ばれ本当に幸せそう
だった。
 本人達が納得しているようだし、外野がとやかく言うのは野暮だ
ろう。
﹁って、子供がもうすぐ産まれるのか!? だったら、こんなとこ
ろにいないですぐに帰った方がいいんじゃ! だってアイスは初産
だろ?﹂
﹁いや、彼女の周りには一族やぼくの部下、専門の医師も揃ってい
るから心配ないよ。むしろ、君達の恩義を返さずに戻ったらぼくが
マイワイフ・アイスや皆に怒られてしまうよ﹂
 アムはキリリとした表情で断言する。
 本心はすぐにでも戻りたいだろうが、オレ達に恩義を返したいと
いう気持ちも本当なのだろう。なんて義理堅い奴だ。
 アイスとの結婚や子供の件は驚いたが、オレは祝福の言葉を贈っ

3003
た。
01
 そして、始原の一件が片付いたらアイスの初産に間に合うよう新
型飛行船で送ることを約束する。
 彼はその約束を聞いて、嬉しそうに喜んでくれた。
01
 アムやアイスのためにも早く始原との問題を片付けたいものだ。
 そして、オレとアムは挨拶をして、別れた。
01
 それから20日後、2回目の会合で始原側からある提案を出され
た。
 その提案とは︱︱
3004
第259話 始原からの提案︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
2月24日、21時更新予定です!
ちなみに︱︱このあいだ電車を待っていたら、隣に男性が並びまし
た。
髪を金に染めた30代後半から40代の後半、ダボッとした服を着
た眼鏡の男性です。
まぁ、ここまでは普通ですが︱︱なんとその人が突然、自分の横で
ヒップホップ系の踊りを始めたのです! しかも腕などが当たらな
いようにちゃんと左右、後ろを確認して!
えっ!? 何!? どうして踊ってるの!?
正直、どう反応すればいいのかさっぱり分かりませんでした。暫く

3005
すると電車が来て、乗り込みました。自分は一駅で下りたので、す
ぐに別れたためその後、男性がどうなったのか知りません。
あの時、自分はどう対処すればいいか未だに分かりません。むしろ
﹃ヘイ! ブラザー! ここからライトミラーのタイムだぜ! ヒ
ュイーゴー!﹄とか言って、一緒に踊った方がよかったのでしょう
か? マジ、ILLっすわ。
そんな感じで、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第260話 涙と怒りと
 話は少しだけ遡る。
01
 始原本部。
ししてん
 アルトリウスは四志天との会議を終わらせた後、部下に指示を出
ピース・メーカー
しPEACEMAKERへの対応を任せた。
 そして彼はエルが体調を崩したと聞いて、会議の途中で見舞いへ
出た。
 途中、友人である大国メルティアの次期国王、人種族、魔術師A
プラス級、ランス・メルティアと出会う。
 ランス曰く︱︱﹃友人として言わせてもらうなら、エルさんに深
入りするのは止めた方がいい。アレはヤバイ﹄
 決して彼女はアルトリウスのものはならず、最悪のめり込み過ぎ

3006
て、命を落とす危険すらある︱︱と忠告を受けた。
 しかし、アルトリウスはランスの言葉を馬鹿馬鹿しいと聞き流し
た。
︵エル嬢にのめり込んだからといって、命を落とす? どうして女
性に懸想したら、命を落とすことになるのだ? ランスはたまに意
味不明なことを言う。我から言わせてもらうなら、それはランスの
悪癖だ︶
 これ以上は構っていられないと、ランスをその場に置いて彼はエ
ルの見舞いへと向かう。
﹃忠告はしたからな﹄と背後から聞こえてくるが、彼は足を止める
ことはなかった。
 だが結局、アルトリウスはエルとその日、顔を合わせることはな
かった。
 彼女は扉越しに﹃体調が悪いので、今日は1人静かにしていたい
ので⋮⋮﹄と断られてしまったからだ。
 折角、見舞いに来たのに顔も合わさず、扉越しに追い返されたこ
とに対してアルトリウスが憤ることはない。
 相手は女性だ。
 妙齢の女性達は、体調が悪い姿や寝間着姿などを異性に見られる
のを嫌う。
 それぐらいアルトリウスも知っている。

3007
 だから、彼は大人しく引き下がった。
﹁体調が良くなかった頃にまた来る﹂と告げて。
 エルの体調が戻ったのは、それから3日後のことだった。
 その日、アルトリウスが政務室で事務仕事をしていると、秘書か
らエルが第三調理場へ復帰したことを教えられる。
 アルトリウスはその報告に安堵する。
 体調が戻らず、ずっと心配していたのだ。
 そしてすぐさま秘書に、エルへ送る花束と一緒に飲むための酒精
ワインを準備するよう告げた。
ししてん
 花束をプレゼントに入れたのは、四志天の会議前、妖精種族黒エ
ルフ族、魔術師A級のシルヴェーヌ・シュゾンとの会話した時に、
シルヴェーヌの言葉で﹃好きな人からのプレゼントならば野花でも
嬉しい﹄と聞いたためだ。
 高価な贈り物に萎縮するエルだが、花ならばきっと喜んでくれる
だろう。
 両手で抱えきれないほどの花束を受け取ったエルが、満面の笑み
で︱︱﹃わぁ、とても綺麗です! ありがとうございます、アルト
リウスさん!﹄と喜んでくれる姿が目に浮かぶ。
 さらに久しぶりにエルと顔を合わせて話ができる。
 アルトリウスは普段は厳めしい自身の顔も、今晩のことを考える

3008
と自然と弛むのを自覚した。
 しかし、彼の予想はあっけなく裏切られる。
 仕事を終え、夕食を摂り、エルが居る貴賓室へと向かう。
 左手には秘書に準備させた色鮮やかな花々の束。
 右手には大国メルティアの商人から仕入れた年代物の酒精ワイン
だ。
 この酒精ワインを飲み、エルの手作りツマミを口にして、一緒に
リバーシをする。
 彼にとってこの時間こそ、何物にも代え難い幸せな一時になって
いた。
 貴賓室へ入るためには、その前にある待合いの部屋に入り中に居
るメイドに取り次ぎを頼む。
 メイドがノック音の後、貴賓室に入りエルへ来客の有無を告げる。
 そして、許可を取った後、ようやく室内へと入ることができるの
だ。
 前回はメイドに取り次ぎを頼んだ後、エルの体調が悪かったせい
で扉越しにしか話をさせてもらえなかった。
 昔と同じように許可を取った後、室内に入り幸せな一時を過ごす。
 アルトリウスが過去の幸せな時間を思い返していると、メイドが
室内から戻ってくる。
 いつもならここで扉を開き、中へ入るよううながすのだが⋮⋮

3009
 メイドは再度扉を閉めた。
 アルトリウスは眉間に皺を刻む。
﹁エル様は昼間の労働で疲労し、今夜はもうお休みになるとのこと
です。申し訳ありませんが、面会はまた後日にして欲しいと⋮⋮﹂
 メイドは本当に申し訳なさそうに告げた。
01
 彼女からすれば、始原トップのアルトリウスを追い返すことなど
本来できるはずがない。
 しかし、体のいい人質とはいえ客人扱いしているエルの要望を無
視して、中へ入れるわけにもいかなかった。
 この拒絶にさすがのアルトリウスも気が付く。
︵エル嬢が自分を避けている⋮⋮︶
 その事実に、彼はドラゴンの体当たりを喰らう以上の衝撃を受け
る。
 何時、自分は彼女に避けられるようなマネをしたのか、自身の非
を顧みる。
 だが、そんなものはない。
 現につい最近までエルと楽しく、幸せな一時を過ごしていた。
︵それなら、彼女は何時こんな風に心変わりをした?︶
 記憶力の良い彼の頭脳がすぐに答えを導き出す。
ししてん
 四志天との会議。
 ランス・メルティアと貴賓室に続く廊下で会った時︱︱彼女は体

3010
調不良を理由に初めて会うのを避けられた。
︵ランスが何かいらぬことを告げたのか!?︶
 もしかしたら、ランスがアルトリウスを友人として心配し、エル
に釘を刺した可能性がある。
﹁ひぃッ﹂
 メイドが小さな悲鳴を漏らす。
 アルトリウスは全身から魔力が溢れるほど怒りに震えていた。
 ランスは彼にとってもかけがえのない友人だ。
 しかし、もし友人としてエルに何か余計な余計なことを言ったと
いうなら︱︱許せるものではない。
 場合によってはその体に手痛い報いを与える必要がある。
 アルトリウスは静かに内側で暴れ狂う怒りを、大きく溜息をつき
落ち着かせる。
 ここで怒り、暴れても意味はない。
 原因であるランスに問い質さなければ意味はないのだ。
﹁エル嬢に伝えてくれ。﹃また来る﹄と。それとこれを彼女に﹂
 アルトリウスは怯えているメイドへ伝言と花束を預ける。
 右手の酒精ワインを握りつぶしそうになりながら、踵を返し部屋
を出た。
 その足は自室ではなく、政務室へと向かう。
 これから秘書を呼び出し、明日のスケジュールを調整する必要が

3011
ある。
 ランスを会い問い詰めるためにだ。
 スケジュール調整後、アルトリウスは自室に戻りエルと飲む筈だ
った酒精ワインを一本すぐに開ける。
 しかし、怒りが腹の底から湧き出し続けるため一向に酔わず、味
もろくに分からなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、午前中のスケジュールをキャンセルしたアルトリウスは、
妖人大陸最大国家メルティアへと向かう。
 ドラゴンで勝手に庭へと降り立ったが、彼に敵意や注意を告げる
兵士や貴族など誰1人いない。
 むしろ、下手をしたら小さな国なら滅ぼすことができるドラゴン
をただの乗り物として扱うアルトリウスを畏怖し、敬畏すらしてい
た。
 そんな視線を無視して、アルトリウスはドラゴンを送り返す。
 彼はメルティアには何度も来ているため、慣れた様子で近くに居
る兵士へランスに取り付くよう告げる。
 自身は我が家のように歩き慣れた道を進み、いつもの中庭へと向

3012
かった。
 周囲から隔離され、日差しが差し込む中庭の一角。
 天気がいい日はここでお茶を飲むことになっている。
 まるでアルトリウスが訪れることを知っていたようにテーブル、
椅子、給仕を勤めるメイド、茶菓子、カップ、他茶会に必要な物は
すでに揃っていた。
 彼が席に着くとメイドが香茶を淹れる。
 アルトリウスはカップに手を付けず、腕を組み黙りとランスを待
つ。
 約20分ほどで、ランスが飄々とした態度で姿を現す。
﹁なんだい、アルト。急に押しかけてくるなんて。これでも僕は第
一王子として色々忙しい身の上なんだけど﹂
01
 始原トップ、S級魔術師であるアルトリウスにこのような軽口を
きける者は少ない。
 友人関係と限定するならアルトリウスにとって、ランスしかそん
な人物はいない。
 普段はその軽口を楽しむところだが、今ははらわたが煮えくり返
っているため苛立ちが強まるだけだった。
 ランスは彼の苛立ちに気付かず、微笑みを浮かべたまま対面に腰
掛ける。
 メイドが香茶を淹れるとすぐさま口をつけ喉を潤す。

3013
 メイドは一礼してから席を外す。
 彼女の姿が見えなくなったのを確認して、ランスが口を開いた。
﹁それでどうしたんだい、突然訪ねて来て。何か緊急事態でもおき
たのかい?﹂
﹁実は⋮⋮﹂
 アルトリウスはランスを睨みつつ、エルに避けられていることを
告げる。
ししてん
 四志天との会議日、ランスはエルと会話をした。
 その後から彼女の態度がおかしくなった。
 だから、ランスがエルに﹃何か忠告でも言ったのではないか?﹄
と疑っていると。
 事実、ランスはエルと会話した後、自分に釘を刺してきた。
 エルに何か余計なことを言っていてもおかしくはない。
 一通り話を聞き終えたランスは真剣な表情で尋ねた。
﹁⋮⋮本当にそんなことを聞くために、わざわざ城まで来たのかい
?﹂
﹁そうだ。で、エル嬢に何か言ったのか?﹂
 ランスは疲れを吐き出すように長い溜息を漏らす。
﹁言う訳ないだろ。どうして僕が、君に恨まれるようなことをしな
いといけないんだ﹂
﹁しかし、オマエは廊下でエル嬢は諦めろと忠告してきたじゃない
か﹂

3014
﹁そりゃ君が友人だから言ったんだ。どうして初対面のエルさんに、
余計なことを吹き込むなんてことを僕がしないといけないんだよ。
言う理由も、義理もないのに﹂
 ランスは呆れたように背もたれによりかかる。
︵だいたい惚れ込んでいるのはアルトの方。エルさんはアルトに特
別な感情を持っている訳じゃないから、どうこうしようもないんだ
が⋮⋮︶
 ランスは胸中で呟くが、声に出して指摘したりはしない。
 アルトリウスは先程までの殺気だった雰囲気はなりをひそめ、い
つもの厳めしい顔で正面に座る友人を見詰める。
﹁⋮⋮それは本当か?﹂
﹁嘘ついてどうするんだよ。神に誓って︱︱って、この世界、すで
に神様は死んでるんだった。なら僕と君の友情に誓って嘘はついて
いないよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁どうして、そんな胡散臭い者を見るような目をするんだよ。僕の
誓いが信じられないのかい?﹂
﹁そうやって昔も騙されたことがあったからな。甘い物が苦手な我
に騙して食べさせたり﹂
﹁君も根に持つタイプだね。謝ったら許してくれたじゃないか﹂
﹁冗談だ﹂
 場の空気が明らかに緩くなる。

3015
 どうやら誤解はとけたらしい。
 だが、すぐに再びアウトリスが難しい顔をする。
﹁ではなぜエル嬢は我を避けるようになったんだ? ランスは何か
聞いていないか?﹂
﹁いや、聞いてないけど﹂
 嘘はついていない。
 ランスは彼女についていた傷から、予想はついた。
 しかし、エルからは何も聞いてはいない。
 ランスの答えにアルトリウスが納得する。
﹁そうか⋮⋮疑ってしまって悪かった﹂
﹁いいさ、気にしてないよ﹂
 ランスはヒラヒラと手を振り、香茶を口にする。
 アルトリウスは改めて、相談を持ちかけた。
﹁なら、どうしてエル嬢は我を避けるようになったんだ⋮⋮ランス
はどう思う?﹂
﹁そんなに気になるなら本人に直接会って訊けばいいじゃないか﹂
﹁だから、会ってくれないのだ。最近は部屋の中にも入れないんだ
⋮⋮﹂
 相変わらず厳めしい顔だが、彼をよく知る近い者なら世界の終わ
りのように落ち込んでいるのが分かった。
 ランスは改めて溜息を漏らす。

3016
01
﹁天下の始原団長、人類最高峰のS級魔術師が何言ってるんだよ。
なら無理矢理でも扉を開ければいいじゃないか。あそこで君に逆ら
える奴なんて誰もいないわけだし﹂
﹁しかし、婦女子の部屋に押し入るのは⋮⋮それに強引な態度を取
ったらエル嬢に不快に思われるかもしれない﹂
 大柄な巨体の癖にいじいじと言い訳を並べる。
 ランスはそんな友人に根気よく付き合う。
﹁けど、このままは嫌なんだろう? だったら強引にでも聞き出す
しかないじゃないか。それに多少強引な方が女性は嬉しいらしいぞ﹂
﹁そうなのか?﹂
﹁一般的に言われている恋愛観の一つとしてはね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 ランスは一応の予防線を張る。
 この答えにアルトリウスは戦場で作戦を練る指揮官のように黙り
込む。
 口元を片手で押さえ暫く静かに考え込んだ。
﹁⋮⋮なるほど参考になった﹂
﹁役に立ててよかったよ。それでこの後はどうする? よかったら
いい時間だし、昼食を一緒にどうだい?﹂
 アルトリウスとしても、押しかけてきた手前断り辛くご馳走にな
るこにした。
﹁それではご馳走になろう。他にも世間一般で知られている恋愛観
について話を聞きたいからな﹂
﹁いや、だから僕は君がエルさんに執着するのは反対な立場なんだ

3017
けど⋮⋮その辺、理解しているのかい?﹂
 ランスの台詞をアルトリウスはさらりと受け流す。
 そしてアルトリウスは、ようやく淹れられた香茶に口を付ける。
 香茶はすっかりぬるくなってしまったが、一つ案件が片付き気持
ちが落ち着いた彼には非常に美味しく思えた。
 この時、アルトリウスはエルに﹃どうして自分を避けているのか
?﹄と多少強引にでも聞き出すことを誓ったのだった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
01
 ランスとの昼食を終え、始原本部へとアルトリウスは帰ってくる。
 時間的にエルが仕事を終え、貴賓室に戻っているはずだ。
 アルトリウスは到着してすぐ、彼女の居る貴賓室へと向かった。
 貴賓室前の部屋で待機していたメイドが、アルトリウスに気が付
き一礼。
﹁エル嬢は在室か?﹂
﹁はい、いらっしゃいます。お取り次ぎを確認いたしますので少々
お待ちください﹂
﹁いや、しなくていい﹂
 メイドが体を強張らせる。
 エルの了承、拒否関係なく彼女に会うとアルトリウスが全身で示

3018
す。
01
 主にこれほど強引に出られては、始原に雇われているメイドが出
来ることなどない。
 彼女は大人しく主の邪魔にならないよう、貴賓室前の部屋からす
ら出て廊下に移動する。
 アルトリウスはメイドが出て行くのを確認。
 1人になったのを確認して、貴賓室の扉をノックした。
﹁エル嬢、アルトリウスだ。話があるのだが﹂
 しかし、返事がない。
 もう一度ノックして声をかけるが、やはり反応はなかった。
︵もしかしたら賊に襲われていたり、急病で倒れているかもしれな
い。これは必要な措置だ︶
 誰に対する言い訳かは分からないが、胸中で呟きドアノブを回す。
 久しぶりに貴賓室へと入る。
 鼻腔を微かな甘い匂いがくすぐった。
 それは花や菓子の匂いではない。
 女性が放つ自然な芳香である。
︵⋮⋮部屋がエル嬢の匂いで満ちているのか。前は頻繁に入ってい
て分からなかったな︶
 エルが部屋に滞在して大分経ち、彼が数日入れなかったからこそ
匂いに気付くことが出来た。

3019
 アルトリウスは思わず、胸一杯空気を吸ってしまう。
 吸いながらも視線はエルを探して部屋を彷徨う。
 すぐに彼女の存在を見付けた。
﹁すぅ⋮⋮﹂
 エルは私服でソファーに横たわっていた。
 仕事が終わり、部屋に戻り一息ついたら睡魔に襲われたのだろう。
 意気込んで来たものの予想外のオチにアルトリウスの決意が、風
船から空気が抜けるように萎んでしまう。
 流石に今、彼女を叩き起こして問い質すのが間違いだというぐら
いは彼でも理解できる。
﹁まったく、寝るなら部屋に行くよう言ったのはエル嬢ではないか﹂
 つい数日前、貴賓室での晩酌。
 飲み過ぎて眠くなったアルトリウスを、エルが苦笑しながら叱っ
た。
 今でも鮮明に思い出せる。
 今度はアルトリウスが苦笑しながら、寝室へ毛布を取りに向かう。
 問い質すことができなかった感情と避けられている答えを知る恐
怖。
 半々の気持ちを抱えながらだ。
 毛布をソファーで眠るエルにかける。

3020
 彼も床に膝を突き、彼女と同じ目線に並ぶ。
 いつも大人びいた彼女が、眠っていると子供のように幼くなる。
 その表情がとても可愛らしい。
﹁エル嬢に寝顔を見たと言ったら、顔を真っ赤にして怒りそうだな﹂
 アルトリウスはその光景を容易に想像でき、思わず笑みがこぼれ
てしまう。
﹁んっ⋮⋮﹂
 エルの吐息。
 彼女を起こしそうになり慌てて口を噤む。
 暫くすると規則的な寝息が聞こえてくる。
 アルトリウスは眠るエルを愛おしげに見詰め、つい手のひらで髪
を撫でてしまう。
 その手がきめ細かい頬へ伸び、壊れ物を撫でるように指を這わせ
る。
 この時、アルトリウスは望外の幸せを味わっていた。
﹃自分はエルを心の底から愛しているんだ﹄と彼はこの時、初めて
自身の気持ちを余すことなく自覚する。
 しかし、その幸せは一瞬で潰える。
﹁︱︱さん﹂
 エルが零す。

3021
﹁リュートくん、んっ⋮⋮ギギ⋮⋮さん⋮⋮﹂
 涙と寝言。
 一粒の真珠のような涙が目尻から零れ、アルトリウスの指先を濡
らす。
 アルトリウスの初めての愛は、彼女の涙と寝言で粉々に砕かれて
しまう。
 無意識にエルの涙で濡れた右手を痛いほど握り締めていた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 アルトリウスはエルを起こさないようにそっと立ち上がり、貴賓
室を出る。
 前部屋、廊下に出る。
 メイドが手本のように待っていた。
﹁エル嬢は部屋で眠っていた。彼女が起きた後、体を温める飲み物
を用意しろ。それともし彼女が体調不慮を訴えた場合は、速やかに
治癒術師や薬剤師を手配しろ﹂
﹁畏まりました﹂
 アルトリウスはメイドに指示を出すと貴賓室を後にする。
 歩き慣れた廊下を規則的に歩く。
 歩いて、歩いて、歩いて︱︱貴賓室から遠い位置。
 眠るエルを起こさないほどの距離に移動して、彼は初めて激情を

3022
全身で吐き出した。
﹁がぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁあああぁああぁぁッ!!!﹂
 ドラゴンの嘶きのような大声をあげ、壁に拳を叩き込む。
 右手、左手、蹴り、頭突き︱︱体から溢れ出る魔力の奔流を止め
ようともしない。
 体の内側から吹き荒れる感情を本能に従い吐き出し続ける。
 近くを通りかかった、声に気付いた部下達が集まっても気にせず
破壊行為は続く。
 いつもならトップとして部下の前では毅然とした態度を取る。
 そうしなければ下に示しが付かないから。
 しかし、今はどれほど部下達の目に晒されても、感情を抑えるこ
とができない。
 いつも完全にコントロールできている感情の制御がまったくでき
ないのだ。
 ただ怒り狂う獣のように感情のまま暴れることしかできない。
 ︱︱どれほど時間が経っただろう。
 アルトリウスは肩で息をしながら、破壊され尽くした壁、遠巻き
に怯える部下達、額や手から汗と一緒に流れる血にも構わず呟く。
﹁︱︱してやる﹂
 そこにはとてつもない﹃嫉妬﹄という原始の炎を宿っていた。
 彼はこう思ったのだ。彼女が自分を拒絶したのは、元の場所に戻

3023
りたいからだと。
 そして気が付いた︱︱彼らがいる限り、エルが自分のものになる
日は永遠に来ないのだ、ということを。
 一度味わってしまったあの幸せを、再びこの手に掴むことは出来
ないのだということを。
︵ならばどうする!? ⋮⋮簡単なことだ。彼女の帰る場所をなく
せばいい。全てを灰燼に帰して、途方に暮れる彼女の側に居続けれ
ばいい。逃げようとするならば、籠の中に閉じこめてしまえばいい。
そして俺だけを見つめるようにすればいい。なんだ、簡単な事じゃ
ないか、そうだ︱︱全て消してしまえばいい︶
ピース・メーカ
﹁そうだ、殺してやる。リュートも、ギギも、PEACEMAKE

Rも、全員皆殺しにしてやる! 誰が一番強いのか! 誰が一番優
れているのか! 誰の側に居るのが正解なのか! 我がどれほど優
秀な人間で、強い雄なのか彼女に見せ付けてやろうじゃないか!﹂
 アルトリウスは破壊された壁、散らばった破片、トップの凶行に
怯え集まった部下達を無視しして歩き出す。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERと交渉した担当者が明日には内容報告に到
着する。
ピース・メーカー
 その担当者に次回の交渉時、PEACEMAKERに渡す条件を
書きだした書類を作成するためにだ。
01 ピース・メーカー
 1つ︱︱場所を決め始原、PEACEMAKERで戦争をおこな
う。
 2つ︱︱負けた方が、勝った方の条件を無条件に受け入れる。
 3つ︱︱勝利条件は互いのトップを倒した方の勝ち。
 4つ︱︱他、条件がある場合は次回交渉までに纏めて提出。以後、

3024
さらに話し合うこととする。
 なぜこんな面倒な条件をつけるのかというと⋮⋮アルトリウスが
本気を出せば皆殺しは容易い。しかし、それではエルに恨まれる可
能性がある。
ピース・メーカー
 だから、試合のような形式を整えPEACEMAKERと戦い事
故を装って皆殺しにするつもりなのだ。
﹁殺してやる⋮⋮リュート、ギギ︱︱﹂
 呟きながら、自身の執務室へと足早に向かう。
01
 始原団長、人種族、魔術師S級、アルトリウス・アーガーが今度
ピース・メーカー
は本気の殺意をまとってPEACEMAKER殲滅に動き出す。
3025
第260話 涙と怒りと︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
2月27日、21時更新予定です!
なんか気付いたら分割したほうがいいぐらい長くなってたよ。
でも、一息に読んだ方が面白いと思うので全部アップします。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

3026
第261話 条件の提示
01
 始原団長、人種族、アルトリウス・アーガーは母の顔を知らない。
 約3000年前、アルトリウスの祖先はアスーラを罠に嵌め殺害
しようとした。
 魔王である彼女がいつ自分達を裏切るか分からない恐怖。
 そして魔王に救われたという事実に耐えきれなかった自尊心から、
他五種族達と協力し殺害しようとしたのだ。
 しかし魔王アスーラの殺害は失敗に終わり、彼女は失踪。
 以後アルトリウスの祖先達は、この世界を救ったのは﹃五種族勇
者達だ﹄と世界に広めた。
 そしてアーガー一族は、その事実を秘匿し続けてきた。

3027
 彼らは秘密を隠蔽するため、真実を知った者は抹殺。
ギルド レギオン
 使える人材は冒険者斡旋組合の軍団システムを利用し、自分達側
に取り込み組織を大きく成長させてきた。
ギルド レギオン 01
 冒険者斡旋組合初の軍団、始原を維持するためアーガー一族当主
には長男、次男、性別など関係なくトップたりえる実力が求められ
た。
 それ故、アーガー一族は独特の結婚システムを導入している。
 まず現当主が男性の場合、多額の資金を払い優秀な人種族の女性
を複数招き子供を出産してもらう。
 当主が女性の場合は逆だ。
 産まれた子供は引き取られ、アーガー一族専属の教育施設に預け
られる。
 その中でも優秀な者がアーガー一族の次期トップに立つことにな
る。
 このシステムを導入してから、アーガー一族のトップは常にA級
以上の魔術師がその座についている。
 トップに立てなかった子供はどうなるかと言うと︱︱噂の域を出
ないが、跡継ぎ争いが発生しないよう身分を剥奪する等の処分され
ていると言われている。
 トップに立った当主が不慮の事故や病気で亡くなった場合のスト
ックとして身分を隠し生活をしている、またトップが乱心した場合
に処理をするための部隊に組み込まれている、他には戦力を増強す

3028
01
るため始原の1兵隊として組み込まれている︱︱など様々なことが
言われている。
 しかし、正確なことはアーガー一族のごく僅かな者達しか知らな
いらしい。
 そんなアーガー一族に久しぶりに魔術師S級の素質を持つ子供が
産まれた。
 それがアルトリウスだ。
01
 彼は10歳にして、当時始原トップに立っていた父を越えていた。
 膨大な魔力、そして強大な特異魔術を身に宿していたアルトリウ
01
スは、他兄弟達と優劣を比べられることもなく次期始原トップとし
ての扱いを受ける。
01
 始原トップに必要な高度な教育を受け、自分より年上の人々に傅
かれ、望めば嗜好品、武器、魔術道具、etc⋮⋮欲しい物は何で
も手に入れられる。
 名誉が欲しければ、自身の実力で簡単に手にすることができた。
 どれほど強い魔物、魔術師、冒険者でも彼の力を以ってすれば相
手にもならない。
 強固な城塞、一国が相手だとしても自分が飼いならすドラゴン1
00体を出せば民衆ごと灰にすることすらできる。
ばんぐん
 彼はいつしか人々から﹃万軍﹄と呼ばれ、畏怖されるようになっ
た。

3029
01
 いつしかアルトリウスは父の後を継ぎ始原トップ、団長の座に着
く。
 自身の持つ人の領域を逸脱した力を持ちながらも驕らず、アーガ
ー一族の教えをただ愚直に守り続けていた。
 その教えを守るためなら小国ケスランを滅ぼすことも躊躇わなか
った。
 目の前で燃え消えていく国を前にしても、心に痛みすら感じない。
 アルトリウスは産まれた時から、アーガー一族の教育を受けてい
る。
 故に、自分の生き方に疑問も、不満も抱いてはいなかった。
 このまま秘密を堅持し、時期が来れば優秀な人種族の女魔術師と
交わって複数の子供を産ませる。
01
 その中の1人に何時か始原トップを譲るまで、自分が座を守り続
ける。
 そんな生き方を受け入れていた。
 しかし、獣人種族のエルと出会うことで、彼の心に変化がもたら
される。
ピース・メーカー
 最初はPEACEMAKERとの交渉材料の一つ程度にしか認識
していなかった。
 だが、気が付けば、エルという女性が自身の胸の大部分を占めて
いることに気が付いてしまう。

3030
 仕事中や会議の席で、ふと彼女のことを考えてしまう。
 夜、一緒にリバーシで遊び、彼女お手製のツマミを口にしながら
たわいのない雑談をする。その一時が何よりも大切だと思ってしま
う。
 エルが体調を崩したと聞けば、動揺し仕事が手につかなくなる。
 どれほどの強敵や激戦の戦場に立ったとしても揺るがないアルト
リウスがだ。
 彼女に避けられていると知った時は、目の前が真っ暗になり倒れ
そうになった。
 それほど深くエルという女性を自分は愛しているのだと︱︱アル
トリウスはようやく自覚したのだ。
01
 しかし、始原のシステム、積み上げてきた責任を自分の代で放棄
するわけにはいかない。
01
 エルを愛してはいるが、始原トップとしての責任もある。
 そのため表だってエルを自身の妻として娶るのは難しい。
 また将来的に、複数の人種族の女性と交わり子供を作らなければ
ならない。
 だが、心から愛しているのはエルのみだ。
 表向き彼女は内縁の妻とする。
01
 始原トップとしての勤めを果たし、次代を担う子供が成長したら
席を譲り引退する。
 その時、エルと二人で静かな場所に移り住み正式に一緒になる。
 静かな場所で、何不自由のない、安全な生活。
 もちろん、二人に拘るつもりはない。

3031
 エルと自身の子供を作ってもいい。
 エルが営んでいた孤児院には、生涯困らないだけの金銭的援助を
する。
ばんぐん
 もしその孤児院に危機を及ぼす相手が居るのなら、﹃万軍﹄の自
分が出て根本から叩きつぶすつもりだ。
 そんな幸福な将来を邪魔するものは何人たりとも許さない。
ピース・メーカー
 ︱︱だから、PEACEMAKERは潰す。
 ギギというエルを惑わす薄汚い獣人を叩きつぶす。
 彼女もきっと彼らが消えれば目を覚ますだろう︱︱誰が自分を一
番幸せにするのかを。
﹁エル嬢の幸せを邪魔する者は、我が全て排除してやる。彼女は絶
対に誰にも渡さない︱︱ッ﹂
 アルトリウスは暗い炎を瞳に燃やし、自分自身に言い聞かせるよ
うに呟く。
 ランスの忠告は彼の中で完全に熔けて消えてしまっていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
01
 2度目の話し合いの席で、始原の交渉人であるセラフィンから提

3032
案を出された。
 場所を決めて決闘のように互いに戦い、敗者は勝者に従うという
ルールだ。
 この提案を聞いて、オレはすぐに返事をしなかった。
ピース・メーカー
 PEACEMAKER団員達と相談したいと言って、次回の話し
合いの席まで返事を保留する。
 そのため話し合い事態は、1回目に比べて驚くほど短く済んだ。
01
 翌日、オレ達は始原の提案についての会議をする。
 今日は久しぶりに実家のハイエルフ王国エノールに戻っていたリ
ースとシアが参加していた。
 他にもスノー、クリスが参加している。
 ココノは熱は下がったが体力が落ちているため、現在も療養中だ。
 メイヤはルナと一緒にこちらの切り札となる兵器の量産をしてい
る真っ最中である。オレもこの会議が終わったら、そちらに応援に
行く予定だ。
 シアを除き、皆テーブルを囲うように席へ座っている。
 オレはシアが皆に香茶を配りおえてから、話を切り出す。
01
﹁さて、それじゃ会議をする前に、エノールから始原への働きかけ
の結果について皆にも聞かせてくれないか?﹂
﹁分かりました﹂
 オレはすでにリースの口から報告を聞いている。
 彼女は皆の注目が自身に集まるのを確認して、話を切り出す。
 まずリース父は、五種族勇者がアスーラを罠に嵌め謀ったことを

3033
知っていた。
 これは代々国王しか知らない真実である。
 知ったからといって他言は厳禁とされてきた。
01
 始原のやることに関しても、薄々気付いていたらしい。だが確証
レギオン
は持てず、またトップ軍団はもはや一国のようなもの。
 下手な手出しは内政干渉でしかない。
01
 だが、リースからの話を聞いて国王は正式に始原へと抗議。
 しかし、相手の知らぬ存ぜぬでのらりくらりとかわされている。
ギルド
あまり強く出れば、大国メルティアや他国、そして冒険者斡旋組合
が口を出す可能性が出てくる。
01
 つまり、現状始原を押さえるのは難しいとのことだ。
 リースが肩を落とし謝罪する。
﹁⋮⋮すみません。お役に立てなくて﹂
01
﹁リースちゃんのせいじゃないよ! 悪いのは始原のほうなんだか
ら!﹂
﹃そうです! スノーお姉ちゃんの言う通りです! だから、元気
だしてください﹄
 スノーとクリスは気落ちしている彼女を慰める。
 オレは彼女達のやりとりを眺めながら、区切りのいいところでリ
ースへと話をうながす。
﹁他にもリースに頼んでいた件があるんだけど、そっちも皆に聞か
せてあげてくれないか?﹂
﹁はい。もう一つリュートさんに頼まれていたのは、スノーさんの
師匠である﹃氷結の魔女﹄さんの行方についてです﹂

3034
 妖精種族ハイエルフ族、魔術師S級の﹃氷結の魔女﹄。
 現在行方が分からなくなっている、スノーの師匠だ。
 ハイエルフ王国なら、彼女に関する情報があるかもしれない。
01
 スノーの師匠がこちら側につけば、始原と互角以上にやりあえる
かもしれない、と思ったのだ。
 しかし、ことはそう上手くはいかなかった。
﹁すみません、色々情報を集めてみたのですが、有力な手がかりは
ありませんでした⋮⋮﹂
﹁わたしも色々心当たりあるところに問い合わせたんだけど、全然
見付からなかったよ。ごめんね、リュートくん﹂
 放浪癖があるため、現在どこへ居るのか分からないらしい。
 オレ自身、八方手を尽くしたが影すら掴むことができなかった。
 スノーから聞いた話だが、師匠の力はとてつもなく︱︱﹃彼女が
展開した領域に入る全てを凍り付かせる﹄という特異魔術らしい。
 例えそれが攻撃魔術だろうが、弓、岩石投げ、ドラゴン、マグマ
の怪物、巨人族だろうが︱︱兎に角、凍り付かせて粉々のパウダー
にしてしまうらしい。
 故に﹃氷結の魔女﹄と呼ばれ、恐れられているとか。
 スノー曰く、恐らく銃弾や手榴弾、パンツァーファウストすら届
く前に凍り付かせ師匠に到達する前に粉々になるだろうとのことだ。
 おいおい、強すぎるだろう⋮⋮まさか魔術で﹃絶対零度を作り出

3035
しているのではないか?﹄と疑うレベルだ。
 そんな師匠がこちら側の味方に付いてくれたら、どれほどよかっ
たか⋮⋮。
 しかし、居ない者はしかたない。
﹁とりあえずスノーの師匠については、引き続き捜索を続けよう。
見付かったらラッキー程度に考えるしかないか⋮⋮。それじゃ次は
01
始原の提案についてか。個人的な意見だと条件付きで賛成かな﹂
﹁リュートくんの条件って何?﹂
﹁3番目の条件︱︱﹃勝利条件は互いのトップを倒した方の勝ち﹄
の部分を、敵はそのままでいいから、こちら側の条件を﹃エル先生
奪還﹄に変更してもらうんだ﹂
 つまり︱︱オレ側の勝利条件は、﹃戦場にエル先生を置いてもら
い︵防護手段はアルトリウス側が用意︶、それをこちらが奪還すれ
ば勝利﹄。
 敵の勝利条件は、﹃こちらのトップ︵リュート︶を倒せば勝ち﹄。
 こうすれば、戦場でエル先生を救出できるので、わざわざ彼女を
01
奪還するため始原本部に乗り込む必要はない。
 また今回の決闘で勝ったからと言って、彼らが本当に約束を守る
か分からない。そのためにもエル先生の身柄保護は最優先事項だ。
01
 始原に勝つのは当然として、エル先生を確実に奪還するのも大切
である。
 それに決闘という条件がいい。
 上手く場所を指定すれば、こちらの用意した兵器を十全に生かす
ことができる。

3036
 これらのことを踏まえて、スノー達に話して聞かせた。
﹁なるほど⋮⋮確かにエルさんの安全確保は確実にしておきたいで
すね。後から彼女が人質に取られては何もできなくなりますから﹂
 リースはオレの提案に頷き賛成する。
﹁わたしもリュートくんの意見に賛成だよ!﹂
﹃私もです!﹄
 さらにスノー、クリスとも賛成してくれる。
 大筋の方針は決まった。
01
 他にも細かい話し合いをして、始原の決闘に賛成する。
01
 オレ達は始原に﹃エル先生﹄と﹃こちらの指定する日時場所﹄の
条件を付け加えてくれるなら受けると返事をした。
01
 この条件に始原側は二つ返事で了承。
ピース・メーカー 01
 こうしてPEACEMAKERと始原、二度目の戦いが決定した。
3037
第261話 条件の提示︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
3月2日、21時更新予定です!
本当は戦闘に入る予定が、アルトリウスの過去や主人公達のやりと
りが思いの外増えてしまった⋮⋮。
次こそは戦闘に入るのでお楽しみに!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

3038
第262話 始原、戦力
 獣人大陸にある、とある平野。
ギルド
 普段は冒険者がここからさらに奥にある森へ冒険者斡旋組合から
依頼を受けて、魔物を狩りに行く。
 この平野はその通り道だ。
 そんな通り道であるはずの野原に、武装した兵士が隊列を組む。
 しかもこの世界の5種族ではない。
 異形︱︱魔物の軍勢だ。
オーガ
 一般兵士のように鋼鉄製の鎧、大楯を装備し強化された大鬼部隊
1000体。
 巨大な弓を手にしたオーク、弓兵部隊1000体。

3039
 軽装だが、脚力に特化したゴブリン歩兵部隊1000体。
 この時点で、大抵の軍隊に勝利できる戦力だ。
 さらに目を引くのは巨大な動く城のような羽根の無いドラゴン。
りくりゅう
 陸竜と呼ばれる特殊な種をさらに強化した魔物である。
 他にも多数の魔物達がまるでよく訓練された兵士のように毅然と
整列している。
 総勢、約1万。
 全てをアルトリウスが特異魔術で召喚した後、さらに強化してい
る。
 これらはただ突撃させるだけで、簡単に一国を滅ぼせる戦力であ
る。
 だが、今回はそれだけでは終わらない。
01 ししてん
 ここにさらに、始原の幹部である四志天が参加している。
﹁いやはや、何度見ても団長の魔物軍隊には味方である自分ですら
畏怖を覚えますね﹂
01
 始原陣地。
 平野に魔術で無理矢理、緩やかな丘が作ってある。
 これはアルトリウスが、丘の上からエルが観戦しやすいようにと
配慮したからだ。
 アルトリウスは丘の中腹に腕を組んで立ち、自分が喚び出した魔
物の軍勢を眺めている。

3040
 そんな彼の元に、竜人種族魔術師Aマイナス級、テン・ロンがや
ってくる。
 目が糸のように細く、三国志時代の軍師のような衣服を身に纏っ
ている人物である。
ピース・メーカー
﹁テンか⋮⋮PEACEMAKERの様子はどうだ?﹂
﹁我々同様、陣地構築後、戦闘準備をしているようですが、どうも
今まで見てきたのとは違うようで⋮⋮実際にご確認したほうが分か
テイアンコン
りやすいですかね。﹃天空座視﹄﹂
 テンは両手を広げ、意識を集中し特異魔術を使用する。
 目の前に1m×1mの長方形の平たい透明な土台が生まれ、そこ
に同色のドームが作り出される。
ピース・メーカー
 そのドームに約5km先にあるPEACEMAKER陣地が映し
出される。
テイアンコン
 これがテン・ロンの特異魔術である﹃天空座視﹄だ。
 彼は戦闘能力は高くないが、代わりに敵軍の陣地、罠、伏兵、兵
士配置などをリアルタイムで映し出し、第三者に見せることができ
る。
 前世、地球で言うところのスパイ衛星のようなものである。
01
 この特異魔術でテン・ロンは始原竜人大陸支部のトップについた
のだ。
﹁奴等は何をしているんだ?﹂
 テンの特異魔術で映し出されたリアルタイム映像を前に、さすが
のアルトリウスも首を捻る。

3041
ピース・メーカー 01
 PEACEMAKER側も始原と同じように魔術で丘を作ってい
た。
 今度はその丘に穴を掘り、今まで見たことのない魔術道具を横に
並べている。
 他の団員達もまた地面を掘り返していた。アルトリウス達は知ら
ないだろうが、塹壕を掘っているのだ。さらに金属製の棘がついた
紐︱︱鉄条網を張り巡らせ、その先の地面も掘り返して何かを埋め
ている。
 人数は総勢で40人にも満たない。
 その全員が忙しそうに戦闘開始時間に間に合うように動いている。
 塹壕や鉄条網、地雷などを知らないアルトリウスやテンからする
と、未開の部族が怪しげな儀式をしているようにしか見えなかった。
 テンが困惑しながら、アルトリウスに尋ねる。
﹁団長⋮⋮本当に彼らは我々に勝つつもりなのでしょうか?﹂
 戦力比は約1万vs約40。
 戦力差は約250倍である。
 これで勝負を挑み勝とうというのだから正気の沙汰ではない。
﹁もしかしたら、意地を張りすぎて引き返せなくなっているのでは
? だから自棄になり奇行に走っているのではないですかね﹂
ピース・メーカー
﹁⋮⋮それはないな。奴ら、PEACEMAKERはそれほど甘い
レギオン サイレント・ワーカー
軍団ではない。だとしたら、静音暗殺あたりに潰されていたはずだ。
気を抜かず監視を続けてくれ﹂

3042
﹁了解いたしました。何か異変がありましたらすぐにお伝えします﹂
じゃぞく
 テンとの会話が終わると、入れ違うように魔人種族蛇族、魔術師
Aプラス級のヴァイパー・ズミュット。
 妖精種族、黒エルフ族、魔術師A級のシルヴェーヌ・シュゾン。
ぎゅうぞく
 獣人種族、牛族、魔術師A級のアゲラダ・ケルナーチが姿を現す。
﹁アルトリウスサマ、ヴァイパー隊、じゅんびガトトノイマしタ﹂
 ヴァイパーはコブラのような外見にもかかわらず、丁寧に片膝を
突き礼儀正しく報告する。
 チロチロと赤い舌が何度も出る。
﹁ドラゴン飛行部隊の準備も整いました。いつでも飛び立てます﹂
 シルヴェーヌもヴァイパーにならい片膝を突いて、優雅に報告を
する。
 アルトリウスを見上げる瞳は、今すぐ飛び立ち敵を蹂躙したい欲
求と彼に女として見初めて欲しいという欲求︱︱二つが混ざり合い
独特の光を醸し出していた。
 一方、牛族のアゲラダは今すぐ戦いたいという好戦的なギラギラ
とした光を放ち、
﹁大将! 早く突撃の号令をかけてくれ! 早くダンのクソ野郎と
戦わせてくれよ!﹂
 挨拶もせず鼻息荒く、声をあげる。
 この態度に、礼儀にうるさいヴァイパーとアルトリウスに熱を上
げているシルヴェーヌがきつい視線を向ける。

3043
 アルトリウス自身が手を挙げアゲラダの無礼を許し、二人を落ち
着かせる。
 ヴァイパーとシルヴェーヌが、アルトリウスの合図で立ち上がる。
ししてん
 彼は目の前に並ぶ四志天を見回し、ゆっくりと口を開いた。
ピース・メーカー レギオン
﹁これからPEACEMAKERとの戦を始める。相手は軍団とし
てのランクも格下で、戦力差は約250倍︱︱普通に考えれば我々
が負ける道理はない。しかし、相手はそんな風に奢った者達を屠り、
レギオン
ここまでのし上がってきた軍団。油断は禁物だ﹂
ししてん
 この言葉に四志天面々が表情を引き締める。
 さらにアルトリウスが続けた。
﹁だがいつも通り戦えば我々に敗北はない。命令は一つ︱︱蹂躙し
01
ろ。以後始原に逆らおうなどと気が一欠片もおきないぐらい、徹底
ピース・メーカー
的にだ。PEACEMAKERを叩きつぶせ⋮⋮ッ!﹂
ししてん
 アルトリウスの言葉に、四志天が各々声をあげる。
 そしてちょうど戦闘開始の時間近くになり、彼らはそれぞれの配
置につき、事前に交わしていた打ち合わせ通り進軍を開始する。
 アルトリウスはテンを連れて、丘を登る。
 丘頂上には簡易ながら仮設司令部が作られていた。
 その見晴らしの良い場所に魔術防止首輪をつけられたエルが、心
ピース・メーカー
配そうにPEACEMAKERがいる陣営の方角を見詰めていた。
01
 今回、彼女がリュート達に奪われると始原の敗北となる。

3044
 なのにアルトリウスは彼女を仮設司令部に隠そうともせず、むし
ろ積極的に戦場を見せようとしていた。
 エルがアルトリウスの姿に気が付くと、悲しそうに顔を歪める。
﹁⋮⋮どうしてリュート君達とアルトリウスさんが戦わないといけ
ないのですか? 話し合いをするのではなかったのですか?﹂
﹁もちろん最初はそのつもりだった。だが、その段階はすでに越え
てしまった。たとえエル嬢の頼みでも止めることはできない﹂
 それに︱︱と彼は胸中で呟く。
ピース・メーカー
︵PEACEMAKERを蹂躙する。これこそエル嬢の目を覚まさ
せるために必要な行為なのだから⋮⋮ッ︶
 彼はエルの隣に並び、同じ方角を見詰める。
01
 その視界に広がる始原の軍団が動き出す。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 まず最初に動き出したのはヴァイパーの部隊だ。
リベラシオン
﹁﹃才限突破﹄﹂
じゃぞく リベラシオン
 蛇族であるヴァイパーの特異魔術、﹃才限突破﹄は彼の配下に居
る部下達の基礎能力を一時的に2倍に引き上げる。さらに部下の人

3045
数に応じて、彼自身が強化されるというものだ。
 アルトリウスが召喚した多数の魔物達を部下にすれば、自分自身
も魔術師S級に近い存在となれる。
01
 このコンボでヴァイパーは始原に仇成す敵対者達を倒し続けてき
た。
 自分の力が、アルトリウスの下でなら100%以上振るうことが
できる。
 それを理解しているから、彼を慕い、敬畏を払ってきたのだ。
01
 そして今回もアルトリウス︱︱始原に逆らう敵対者を潰すために、
ヴァイパーが動き出す。
﹁しょうりヲ、アルトリウスさまニササゲよ! ヴァイパーブタイ、
ぜんしん!﹂
 ヴァイパーの一声により、強化された魔物達が熟練の兵士の如く
進軍を開始する。
 次に動いたのはシルヴェーヌだった。
 所々金属の鎧を身に纏ったレッドドラゴンに跨り声を張り上げる。
﹁さぁ行くわよドラゴン飛行部隊! アルトリウス様に勝利を捧げ
ましょう!﹂
 ドラゴン達はシルヴェーヌの声に反応し、声を高々にあげる。
 ドラゴン飛行部隊、計500騎が周囲に風を舞上げ空高々に飛び
立って行く。

3046
 本来、たとえアルトリウスのドラゴンといえど基本的に主である
彼以外は、一部を除いて背に乗せるようなことは殆ど無い。
 それだけ気位が高いのだ。
 さらにドラゴン達は単騎でも特出して強すぎるため、大抵の相手
は1匹出せば手も足も出さず倒すことができる。
 故に、ドラゴン達は連携を余り得意とはしていない。
 また主のアルトリウス以外の命令を聞くのも難しく、場合によっ
てはまったく従わないこともある。
 それはアルトリウスの呼び出したドラゴン達の弱点のひとつでも
あった。
 その弱点をカバーしたのが、シルヴェーヌの特異魔術だ。
マリオネット・カンパニー
 彼女の特異魔術﹃人形使役者﹄。
 これによって、最大500匹のドラゴンを同時に操ることができ
る。
 もちろん、操るドラゴンに対してクリアしなければならない条件
はある。
 しかし、相手は自身の上司であるアルトリウスのドラゴン達。彼
が協力してくれれば、条件を達成するのはそう難しいことではない。
 シルヴェーヌもまたアルトリウスの下にいればこそ、自身の力を
十全に発揮することができるのだ。だからこそ、彼に心酔し、愛さ
れたいと願ってしまう。
 故にアルトリウスに敵対する存在全ては、彼女にとっても敵とな
るのだ。

3047
﹁さぁ、可愛いドラゴン達。アルトリウス様に逆らうゴミ共をぐち
ゃぐちゃに潰してやりましょう!﹂
﹁がっはははっははは! 待っていろダン! 体という体を串刺し
にして、あの日の屈辱を貴様の生き血で洗い流してやる!﹂
 一方、アゲラダは鼻息荒く、豪快に雄叫びを上げ部下を引き連れ、
ただ突撃する。
 彼は馬車を改造した乗り物に騎乗し、角馬の代わりにアルトリウ
スが喚びだした3つ眼の暴れ牛の魔物に引っ張らせていた。
 アゲラダの乗る魔物牛車の後を、アルトリウスが出した魔物達が
追いかける。
 そこに指揮官としての采配は微塵もない。
 ただ野盗の群れのように突撃する。
 アゲラダがそんな自由を許されているのは、彼の個人的戦力がア
01
ルトリウスを除いて始原トップだからだ。
 攻撃方法はいたってシンプル。
 彼の体に巻き付けられた鎖︱︱その先が杭に繋がっている。
 杭もただの鋼鉄製で、壊れ難いように魔術で強化しているだけだ。
 アゲラダはこの杭を、膨大な魔力で強化し投擲するのだ。
 その威力は一発で攻城の門を粉々に砕き、ドラゴンの鱗すら楽に
貫通する。
 ダン・ゲート・ブラッドが防御に特化している魔術師とするなら、

3048
彼は攻撃力に特化した魔術師だ。
 彼の一撃を止めようと100人の魔術師が抵抗陣を重ねがけした
が、無駄だった。それほどの威力を秘めている。
ピー
 そんな戦えばどんな強国でも滅ぼせる常勝無敗の軍勢が、PEA
ス・メーカー
CEMAKERに向かって迫る。
 だが、途中異変に気が付く。
 最初に気が付いたのはシルヴェーヌだった。
 いつもなら、敵は自分達の戦力に恐れおののき、逃亡を図ったり、
悪夢を視るような目でただ呆然と見上げていたりする。
ピース・メーカー
 しかし、PEACEMAKERにそんな絶望的空気は微塵もない。
 皆、冷静沈着に動き、4つ並んだ巨大な魔術道具に群がっている。
 刹那︱︱4つ並んだ魔術道具が爆発したのかと錯覚するほど火を
噴き出す。
 シルヴェーヌが意識を保っていられたのはそこまで︱︱彼女が最
後に見た光景は視界を覆うまばゆい光のようなものだった。
3049
第262話 始原、戦力︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
3月6日、21時更新予定です!
情報解禁! ということで活動報告に軍オタ3巻の情報を載せさせ
て頂きました!
よかったらご確認ください。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

3050
第263話 8.8cm対空砲と第二次世界大戦の3大発明
﹃砲﹄という兵器がある。
 砲という兵器と聞いて、一般的には質量のある弾を飛ばす大砲を
思い浮かべるだろう。
 しかし、厳密な技術用語としては、そういった火薬を使って弾を
飛ばすのを﹃砲﹄とは呼ばない。
﹃砲﹄とは、昔は城を攻める時などに使われる投石機等のことを指
していたためだ︵故に左側に石の字が入っている︶。
 ここでいう大砲などの場合、﹃火砲﹄と呼ぶことになっているの
だ。

3051
 火薬を使って弾を飛ばす砲︱︱だから、火砲。
 なので以後、﹃砲﹄とは言わず﹃火砲﹄と呼ぶことにする。
 さて、初めて大砲︵火砲︶が戦争に用いられたのは1247年の
﹃セビルの戦い﹄だと言われている。
 当時の火砲は石の弾を飛ばす石弾砲だった。
 そして16世紀には鉄の弾が普及し、さらに火砲の性能を大きく
向上させ始めたのは18∼19世紀頃に弾道の研究が始まってから
のことである。
 そして気が付けば火砲は、戦場になくてはならない兵器となって
いた。
 各種の火砲が戦術・戦略的に状況を左右するようになり、現代の
軍でも火砲を所持していない国家はないほどにである。
 現代の陸戦でも、死傷者の過半数は砲弾によるものと言われてい
るほどだ︵小火器は戦闘に使用するというよりは、制圧に使用され
る事が多い︶。
 前世地球で日本で一人暮らしをしていた時、テレビニュースか何
かでやっていたが﹃地上兵士が戦場でもっとも怖い攻撃は何か?﹄
と質問されて1番が重火器︵火砲︶による攻撃だと即答していた。

3052
 音もなく攻撃を受け、死んでしまうから︱︱らしい。
 空からの空爆などは、まだ爆撃機が見えて爆弾を落としてくるた
め回避する方法はある。
 しかし、重火器︵火砲︶の場合、数km先から音よりも速く弾が
飛んできて爆発するため回避のしようがないのだ。
 それ故、戦場で砲弾の破片を防ぐため軍用ボディーアーマーが発
達した。
 現代の軍隊でもボディーアーマーに関しては重要視されている。
なぜなら被害を抑えるだけではなく、士気の向上にも役に立つから
だ。
 ちなみに地上兵士が2番目に怖い攻撃が、狙撃手らしい。
 こちらも気が付くと音より速く、攻撃を受け死亡または負傷する
からだとか。
 ︱︱話を戻す。
 つまり、大陸間弾道ミサイルや航空機などが発達した前世地球の
ハイテク戦場でも、山岳拠点に潜伏するテロリストゲリラの制圧で
も、重火器︵火砲︶というものは必要かつ今後も重要視される兵器
の一つだということである。
 それほど重要な兵器の一つである火砲が将来的に、この異世界で
も必要になる日が来るかもしれないとオレは思い続けてきた。
ピース・メーカー
 だからオレはPEACEMAKERの兵器研究・開発部門を立ち
上げると、すぐ火砲の研究&開発に取り組んだのだ。
 そして、﹃どの重火器︵火砲︶の研究と開発をするか?﹄を何日

3053
も考え続け、最終的にある重火器︵火砲︶を採用することにした。
8.8 Flak
 その重火器︵火砲︶とは︱︱ドイツが開発した8.8cm対空砲
である︵実際に開発したのはFlak18。以後年式数字は省略︶。
 アハト・アハトとも呼ばれる︵8のドイツ語がアハトのため︶。
 第二次世界大戦でもっとも活躍した火砲の一つだ。
8.8 Flak
 ではなぜ、オレがこの8.8cm対空砲を開発しようと思ったか
というと﹃趣味!﹄ではなく⋮⋮﹃好きだから!﹄でもなく⋮⋮﹃
対空砲として開発されたが対地攻撃にも活用できる性能を持つ﹄た
めだ。
 対空砲とは︱︱空を飛ぶ航空機に対して迎撃するための火砲であ
る。
 そんな対空砲をドイツ軍は、対地︱︱進攻してくる戦車などの迎
撃のために使用したのだ。
8.8 Flak
 ここで8.8cm対空砲が対空砲としてではなく、対地攻撃に使
用された戦場の例を挙げよう。
 1941年6月15日。
 イギリス軍第7機甲師団、第4インド師団で構成された攻撃部隊
によって、作戦は開始された。
 イギリス軍の戦車約200両、兵士20000人以上の大部隊だ。
 彼らの目的は、イタリア領リビアにあるトブルクのイギリス軍が
ドイツ軍に包囲され孤立しているその包囲を破り、エジブト方面に
て優勢に立つためだった。

3054
 この作戦は当時のイギリス首相、ウィンストン・チャーチル自身
が﹃バトル・アクス﹄と命名するほど力が入れられた作戦であった。
 それを証明するように今回の作戦に使用された戦車は、当時の最
新戦車﹃マチルダMk.?歩兵戦車﹄である。
 マチルダMk.?の簡単なスペックは以下になる。
 主砲:40mm対戦車砲
 最高速度:時速24.1km
 前面装甲:75∼78mm
 マチルダMk.?歩兵戦車の前面装甲は、約75mmもある。
 当時、アフリカにある枢軸軍︵ドイツ&イタリア軍︶の戦車砲や
対戦車砲︵最大のもので50mm PaK38対戦車砲︶などでも
貫けないほど装甲が厚かったのだ。
 そのためイギリス軍兵士達は、この最新鋭戦車に強い信頼感を寄
せていた。
 そしてハルファヤ峠をマチルダ戦車を先行、歩兵を随伴させイギ
リス軍︵第4インド師団︶が進軍。
 これに対してドイツ軍守備隊が砲撃し、戦いの幕を開いた。
 だが︱︱最初こそ悠然と進んでいたイギリス軍だったが、ドイツ
軍陣地から敵砲弾が発せられるとマチルダ戦車の装甲を楽に貫通。
破壊されてしまったのだ。
 しかも距離、約1kmからというはるか彼方からの砲撃で、だ。
 これにより、マチルダ戦車のほとんどは砲撃の餌食になり戦線を

3055
離脱、壊滅してしまう。
 こうして、3日間の戦闘により結局、イギリス軍は敗北。
 バトル・アクス作戦は失敗に終わる。
 少々、話は長くなってしまったが、この戦闘でマチルダ戦車を破
8.8 Flak
壊したのが8.8cm対空砲である。
 ドイツはイギリスの﹃バトル・アクス作戦﹄を事前に察知。
8.8 Flak
 8.8cm対空砲を対地戦闘︵対戦車用︶に使用したのだ。
8.8 Flak
 13門の8.8cm対空砲がこの戦いに投入され、それらによっ
て3日間の戦闘でマチルダ戦車を含めた91台の巡行戦車を破壊し
たのだ。
8.8 Flak
 では、なぜ8.8cm対空砲がマチルダ戦車の分厚い装甲︵前面
装甲78mm︶を貫けたのかというと︱︱
8.8 Flak APCBC
 この戦いにおいて、8.8cm対空砲の高性能徹甲弾の威力が飛
び抜けていたためだ。
8.8 Flak APC
 具体的な数値としては、8.8cm対空砲から放たれた高性能徹
BC
甲弾は、約1.8kmから85mm︵弾道角30度︶の装甲板を貫
通する威力を持つ。
APCBC
 この圧倒的な貫通力を持つ高性能徹甲弾は、旦那様の防御力を持
ってしても防げないだろう。
8.8 Flak
 この事例だけで8.8cm対空砲がどれだけ凄い火砲か分かって
もらえただろうか。
8.8 Flak
 オレはいざというときのため、この8.8cm対空砲を研究&開

3056
発しておくことにしたのだ。
 ︱︱話はアルトリウスが率いる魔物達が進攻を始める時より、少
しだけ遡る。
ピース・メーカー
 戦いを前にして、オレ達PEACEMAKERは整然と陣地構築
をおこなっていた。
 魔術で丘を作り、そこに穴を掘る。
 穴の周りに土嚢を積み上げ補強。
8.8 Flak
 そこに8.8cm対空砲を設置する。
8.8 Flak
 通常、8.8cm対空砲は牽引車で引っ張り目的地に移動し、目
的地に運んだ後は、牽引車から外し指定位置まで人力で押して運ぶ
必要がある。
 だが、オレ達にはリースが居る。
 彼女の無限収納があれば牽引車などがなくても好きな場所に移動
させることができる。
 本当にリースの無限収納は万能だ。
8.8 Flak
 穴の中に8.8cm対空砲を固定。
 なぜ穴の中に入れるのかというと、敵に発見し辛くさせるためで
ある。
8.8 Flak
 そして、4台の8.8cm対空砲を並べる。

3057
8.8 Flak
 1台の8.8cm対空砲を操作するのに必要な人員は10名。
 単純計算で4台あるため40人必要になる計算だ。
 他にも、砲弾の時限信管の計算をする人員も必要になってくる。
実際はもっともっと人数が必要なのだ。
ピース・メーカー
 しかし、PEACEMAKERにそんな人員はいない。
 第一、砲弾の時限信管をセットするには、高度な計算が必要にな
ってくる。
8.8 Flak
 なぜ計算が必要になるかというと⋮⋮8.8cm対空砲は本来、
上空約数千mなどの高度を、約300km/hで飛行する敵機を撃
ち落とすための兵器だ。
 そんなに高く、高速で動いている物体をスナイパーライフルのよ
うにピンポイントで当てるのは不可能である。
8.8 Flak 8.8 Flak
 そのため8.8cm対空砲の場合︱︱まず8.8cm対空砲を約
80∼100mの間隔で正方形の形に4台を配置する。
 まだレーダー照準が無い時代、高射算定具と呼ばれる横に長い望
遠鏡がくっついた装置で空を飛ぶ敵機の射角、方位角を割り出す。
 高射算定具で計算されたデータは、ケーブルで接続された諸元誘
導装置を通して電気信号で4つの砲へとデータが送られる。
 そのデータを元に手動で砲弾運搬員が、砲弾が爆発する時限をセ
ットするのだ。
 しかし、計算された時間に砲弾運搬員が、手動で砲弾の時限をセ
ットする時間は含まれていない。
デッド・タイム
 そのためそうした時間を差し引いて計算する必要があった。

3058
8.8 Flak
 またここまで計算しても、1台の8.8cm対空砲で敵機を撃ち
落とすのは難しい。だから空を飛ぶ敵機の未来位置を計算、4台で
発射し箱形に弾幕を構成するのだ。
 だが、さすがにオレでも高射算定具、電気信号で各砲にデータを
送る装置なんて作れないし、知識もない。
 満足な人員もいない。
 航空機迎撃に必要な高射算定具、諸元誘導装置などを作る技術も
ない。
 だが、そういった技術はないが、魔術的技術なら十分にある。
 そこでオレは魔力に反応して爆発するVT信管の開発に着手して
いたのだ。
 では、VT信管とはどういったものなのか?
 前世、地球の第二次世界大戦で兵器の3大発明は何か知っている
だろうか?
 正解は﹃原子爆弾﹄﹃レーダー﹄﹃VT信管﹄と言われている。
﹃原子爆弾﹄﹃レーダー﹄は多くの人がどのような物か知っている
だろうが、﹃VT信管﹄は馴染みが薄いだろう。
﹃VT信管︵Variable Time Fuse=自在式時限
信管︶﹄は当時、アメリカが開発した新しい信管だ。
 先程説明していた時限信管は、手動で爆発する時間を設定しなけ

3059
ればならない。
 しかしこのVT信管は、発射後、敵機に近づくと勝手に爆発する
のだ。
 なぜ敵機に近付くと自動で爆発するかというと︱︱発射後、砲弾
内部にある送受信装置が作動。砲弾の周囲15mの範囲にドーナツ
状の電波を放射する。
 発射後、目標︵敵機など︶に電波が触れると、反射波を信管が受
信して自動的に爆発するのだ。
 VT信管の効果は高く、当時の日本特攻機の多くがこれによって
落とされてしまったらしい。
 また現在の地球では、対空砲弾以外にもVT信管が使われるほど
広がっている。
 オレはこのVT信管を、魔術文字や魔石などを使用し開発するこ
とを決意した。
 だが、さすがにそうそう簡単には作り出すことができなかった。
 まず電波を発生させたり、反射波をキャッチして反応する仕組み
が作り出せなかった。
 第一、メイヤやルナが電波や反射波などを理解するのが難しく、
オレ自身説明が上手くできなかった。
 そこでオレは電波や反射波のことは一旦忘れて、魔力に反応して
爆発する仕組みを作り出すことに切り替えたのだ。
 これならメイヤやルナもイメージしやすい。
 その結果、出来たのが設定した魔力に反応して、自動で爆発する

3060
﹃MVT信管﹄を作り出すことに成功する。
 仕掛けはそれほど難しくない。
 砲弾内部に魔石をセット。発射後、魔石を閉じこめている陶器が
破損して同時に砲弾内側に刻まれた魔術文字に魔力が流れ込む。
 そのまま砲弾頭部に描き込まれた魔力を察知するための、魔術文
字に魔力が流れ込み起動する。
 この外側の魔術文字が約10m以内にある一定値の魔力に反応す
ると自動で爆発するのだ。
 魔術師や高位の魔物などは、微かながら魔力を漏らしている。
 その魔力に反応するよう設計したのだ。
 これによりオレ達は細かい計算をして時限信管をセットすること
から解放された。
8.8 Flak
 お陰で8.8cm対空砲を担当する人数は、砲手1名、砲の操作
要員2名、砲弾の装弾手1名、全体を指揮する班長1名、計5名に
抑えることができた。
 4台で20人に抑えることができる。
8.8 Flak
 また現在は、8.8cm対空砲を設置後、MVT信管を装填し終
えたメンバー達は、他の作業を手伝っている。
 細かい照準は敵が来てからすればいい。
 塹壕はスノーとカレンが手分けして魔術で土を製作してくれた。
普通に掘るより圧倒的に早い。
 細かい修正に数人が駆り出されている程度だ。

3061
 鉄条網はリースが無限収納から取り出した束を、旦那様が素手で
掴み事前に決めていた場所に杭を突き刺して回っている。
 もの凄い速度で鉄条網が完成していくのは有り難いが⋮⋮痛くな
いのだろうか?
 むしろ対戦車地雷設置に手間取っている。
 こちらは完全に人海戦術を使って一つずつ設置していた。
01
 オレはというと︱︱ラヤラが上空へ上がり、始原陣地を確認。下
りてきて地図へと配置を描き込んでいく。
 またクリスもその目の良さを使って観察。
 地図にラヤラの位置からは気付かない情報を描き込んでいく。
﹁あちらさんの兵力は約1万か⋮⋮﹂
 その兵力全てがアルトリウスが召喚したというのだから呆れる。
 さすがに5階建てマンションのような羽根のない巨大なドラゴン
が現れた時は自分の目を疑ってしまった。
 だってもうあれはドラゴンと言うより、怪獣じゃないか。
 しかも、そんな怪獣が3体出現した。
レギオン
 普通の軍団や国、軍隊ならこの時点でサジを下げている。
 あんな動く城のような怪獣と戦えなんて誰だって嫌だろう。
 他にも確認した限り、飛行型のドラゴンが500体。
 アルトリウスによって強化された魔物の兵士が9000体以上。

3062
 さすが﹃世界と1人で戦える男﹄と言われる人種族最強の魔術師
である。
 こんなの個人がひょいと軽く出す戦力じゃない。
 魔術師S級が﹃人外﹄﹃化け物﹄﹃怪物﹄と呼ばれる理由がよく
分かる。
 あちらの戦力を一通り把握し、自分の戦力と比較してオレは答え
を出す。
﹁よし、予想の範囲内だ﹂
 オレは一人頷く。
 最悪の事態も想定して、オレとメイヤ、ルナで時間いっぱいまで
今回使用する兵器を量産し続けてきて良かったと心底思う。
01
 始原もこちらの予想通り、戦力にものをいわせて正面突破をして
くるだけのようだ。
 どうやら作戦変更の必要もないらしい。
﹁リュートくん、塹壕作り終わったよ﹂
 スノーに声をかけられ、地図から顔を上げる。
 他の担当からも準備完了の報告をもらう。
 どうやら開戦時間に無事、間に合ったようだ。
ピース・メーカー
 オレは集まったPEACEMAKERメンバー達を前に指示を出
す。
﹁作戦に変更はなし! 事前におこなった打ち合わせ通り頼む! 

3063
レギオン
驕り高ぶり踏ん反り返ってこちらの実力も見抜けないトップ軍団に、
文字通り痛い目を見せてやろう!﹂
 オレの掛け声に、メンバー達が元気よく声を返してくれる。
 皆、あれだけの戦力を前にしても、誰一人心折られている者はい
ない。
 全員、きびきびと持ち場へとつく。
 オレはそれを見送りながら、自分自身の担当場所へと移動する。
01
 暫くすると戦闘開始時間になり、始原の軍勢が動き出す。
 地響きを鳴らし、何の策もなく突撃してくる魔物の軍隊と巨大な
羽根のないドラゴン。
 約500体の飛行型ドラゴンは、羽根を広げて飛び上がり真っ直
ぐこちらへと向かってくる。
 さすがに空を飛べるドラゴン達は速い。
 敵の地上部隊より早く、オレ達の陣地へと到達するだろう。
 そのため先に倒す︱︱という理由もあるが、地上部隊を倒すため
にもさっさと制空権は確保しておきたい。
 通常、対空射撃をする場合、測距儀と呼ばれる横に長い筒を用い
て敵飛行機までの直線距離、高低角を測り2つの値から三角関数の
計算から高度をはじきだす。
 そこから敵飛行機の移動する未来位置を算出し、そこへ向けて射
撃をおこなう。
 一応、試作段階だが測距儀を製造した。

3064
 しかし、実験をしてみてクリスが目算で指示を出した射撃の方が
目標に当たることが判明。測距儀がまだ試作段階のせいもあるが、
今回は時間がないためクリスに射撃指示をおこなってもらうことに
なっている。
 オレは隣に立つクリスからドラゴン達の未来位置を聞き、声を上
8.8 Flak
げて各4つの8.8cm対空砲に射撃する方位︵方向︶、射角︵角
度︶の指示を出す。
 ドイツ軍のように電気信号で位置や弾頭の時限を伝えられると楽
なのだが⋮⋮。
8.8 Flak
 準備を終えた8.8cm対空砲部隊達へオレは、右手を挙げ開戦
を告げる声と共に振り下ろす。
﹁撃てぇぇッ!﹂
 爆音。
 真っ赤に燃える放火。
 MVT信管榴弾は、光の矢の如くこちらへ向かってくるドラゴン
達の群れへと迫る。
 刹那、信管が魔力に反応し爆発!
 密集していたドラゴン達がバラバラと落ちていく。
 発砲後、空薬莢が自動的に排出される。
8.8 Flak
 8.8cm対空砲の場合、発砲後、空薬莢をわざわざ取り出す必
要がないのだ。
 そのお陰もあり、よく訓練された兵士が扱えば1分間に15発の

3065
砲弾を発射することができる。
 訓練する時間があまり取れなかったため、オレ達で平均1分間に
10∼12発だった。
 それでも4台から1分間に最低10発として、40発が発射でき
る計算になる。
 すでに次弾が装填され、発砲の合図を待っていた。
 オレは再び右手を高々と上げ、振り下ろす。
﹁撃てぇぇッ!﹂
 再度の爆音。
 1回目の砲撃で無事だったがドラゴン達も、2回目の砲撃でその
大部分が木の葉のように落ちていく。
 だが、この砲撃で飛行型ドラゴン達を皆殺しに出来るとは思って
いない。
 今回、砲撃に使っているのは榴弾である。
 榴弾とは早い話が、破片手榴弾のようなものだ。
 通常、銅製の弾殻︵粉砕壁とも呼ばれる︶の内側に炸薬が充填さ
れている。
 爆発すると多数の弾殻破片、爆風で敵機を攻撃するのだ。
 この榴弾でドラゴンが倒せるならそれにこしたことはない。
 だが、この攻撃で死にはしなくても、羽根を破られたり、爆発音
に驚き落下しその衝撃で動けなくなったりするだけでもいいのだ。

3066
 最終的に飛行型ドラゴンを空から排除し、こちら側が制空権を取
れればいいのだから。
01
 また地上に生きたまま落下すらば、後から来る始原地上部隊の足
止めになってくれる。
 予想通り、落下したがまだ息のある飛行型ドラゴン達を踏みつぶ
す訳にはいかず、5階建てマンションほどの高さを持つ羽根の無い
ドラゴンが立ち止まる。
 魔物の兵士達も突然の出来事に困惑している。一部はドラゴン達
を迂回し、こちらに攻めてこようとしていた。
 一方︱︱空中にはすでに50体ほどのドラゴンしか残ってはいな
かった。
 これだけの威力を見せ付けているのに、飛行型ドラゴン達は懲り
ずにまだ愚直に真っ直ぐこちらの陣地へと突撃してくる。
 元々約300km/hで飛行する航空機を相手に設計された対空
砲で、さらにMVT信管の榴弾を使用している。
 なのにその砲弾からただ真っ直ぐ突撃して逃れられると本当に思
っているのだろうか?
 だが、相手は所詮大きなトカゲだ。
 そんな判断もつかないのかもしれない。
 とりあえず、まだ地上部隊は無視してオレは、制空権を確保する
べく3度目の発砲指示を出す。
 発砲音。
 砲火︱︱この3回目の砲撃により空中のドラゴン達は一掃される。

3067
 ⋮⋮さて、次はいよいよ地上部隊に対応しようか。
第263話 8.8cm対空砲と第二次世界大戦の3大発明︵後書き︶
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3月9日、21時更新予定です!
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3068
第264話 FAEB
ししてん
 アルトリウス&四志天が率いる1万を超える軍勢と、オレ達は戦
いを開始する。
 まずは邪魔な飛行型ドラゴンを排除。
 予定通り、無事制空権を獲得する。
 アルトリウスが新たに飛行型ドラゴンを呼び出す前に、さっさと
地上部隊を潰させてもらおう。
8.8 F
 まぁ、もし新たに飛行型ドラゴンが出てきたら、また8.8cm
lak
対空砲の餌食になってもらうだけだが。
 オレがそんなことを考えていると、事前の打ち合わせ通りココノ
01
&リースを乗せたレシプロ機が音を立て始原地上部隊へと突撃して

3069
いく。
 レシプロ機にはまだ名前をつけていない。
 複座型で、2人は前後に座っており、役割は完全に分かれている。
 前の座るココノが操縦を担当し、後ろのリースが攻撃を担当する
のだ。
 素材の関係でレシプロ機には座席を覆うほどのキャノピーを付け
られなかった。そのため操縦席に小さな風防を備え付けただけだ。
 この状態で空を飛んだ場合、吹きさらしで操縦しなければならな
い。
 そのため彼女達はコートを羽織り、マフラーを巻き手袋を嵌めて
いる。まるで彼女達だけ雪山にいるような格好をしていた。
 事前の打ち合わせの際、ココノに地上部隊の迎撃を頼んだら珍し
く声を大きく上げて、張り切っていた。
 どうやらオレの妻として戦闘に参加できるのがとても嬉しいらし
い。
 ココノは魔術師の才能はなく、体も弱いため旦那様を説得に向か
う際、彼女は新・純潔騎士団本部に残ってもらった。
 その事を随分気にして、オレ達がいない間ずっと体力作りに励ん
でいたらしい。
 戦闘に参加できる有無で嫁達に対する態度を変えることなんて、
絶対にないんだが⋮⋮。
 ココノ本人的には色々思うところがあったようだ。
 個人的には彼女の体が心配だし、本当は戦闘に参加してもらうの
はためらった。だが、人手不足と彼女の頑張りを考えて、今回の作

3070
戦に参加してもらうことにした。
 そしてさらに、ココノにしか任せられない役目をお願いしたこと
でテンションが上がっているのだろう。
 現状、彼女ほど開発したレシプロ機を上手く扱える人材はいない。
 だいたい﹃レシプロ機﹄と見た目から言ってはいるが、性能的に
は気球に近い作りになっている。
 ココノ達が乗るレシプロ機には魔石が敷き詰められており、スイ
ッチを入れると魔石が起動し機体を浮かび上がらせる。
 一定の高度に達すると、エンジンを動かし一番前に付いているプ
ロペラが回り前進。次第に速度を上げていく。
 このレシプロ機擬きの利点は、滑走路がなくてもヘリコプターの
ように垂直離陸が可能な点だ。
 これによりほぼ場所を選ばず飛び立つことができる。
 また一定時間同じ場所に滞空し続けることも理論上可能である。
 そんなレシプロ機擬きが、速度を上げ大きく弧を描くように旋回。
オレ達から見て敵軍右側から再度突入する。
 後部に座るリースが席から身を乗り出し、左手を外へと伸ばす。
 前方プロペラの反対側、尻尾部分の尾翼を気にしながら﹃無限収
納﹄から巨大な乾電池に長方形の羽根を付けた物が地上目掛けて落
下していく。
01
 地上にいる始原地上部隊が、落下してくる巨大乾電池をわらわら
と避けるように広がる。
 その動きは冷静で、まるで歴戦の兵士のようだった。もし落下し
てくる巨大乾電池のような物がただの岩のような質量兵器だったら、

3071
地上部隊が怪我を負うことはほぼなかっただろう。
 そうあれはただ巨大な金属の塊などではない。
 巨大乾電池が地面に落ちるより早く爆発。
 地上に巨大な火の玉が産み落とされる。
 火の玉はある程度燃え上がると、すぐに消えてしまう。
01
 その後、残ったは始原地上部隊の無惨な死体だ。
 火の玉の範囲から外れていた他地上部隊達が我に返ると、蜂の巣
を突いたような騒ぎになる。
 ココノ&リースはそんな彼らの動揺など気にせず、次々に巨大乾
電池︱︱燃料気化爆弾︵Fuel Air Explosive 
Bomb=FAEB、又はFAE︶で絨緞爆撃していく。
FAEB
 これが今回の切り札の一つ、燃料気化爆弾である。
FAEB
 ︱︱では、燃料気化爆弾とはいったいどんな爆弾なのか?
 まず構造から説明すると︱︱液体燃料が詰まっている容器に2つ
の信管︵近接信管&時限信管︶をつけた爆弾である。
FAEB
 上空から落下する燃料気化爆弾は、近接信管によって上空で破裂
し燃料を広範囲に散布する。
 次に時限信管が作動し、散布され空中に留まっている液体燃料に
着火。
 空気中の酸素と混ざった液体燃料が燃え上がり、非常に強い衝撃

3072
波を発生させ地面の敵を圧殺する︵爆発の火力で敵兵を殺すのでは
なく、強い圧力を維持することによって圧殺︶。
FAEB
 例えば、人が燃料気化爆弾の圧力を受けた場合、肺と内臓が潰さ
れ即死する。
 この時、燃料散布、着火、爆発まではほぼ一瞬で、燃え上がり巨
大な火の玉を作り出すがすぐに消えてしまう。
 遠くから見た場合、巨大な火の玉が産まれてすぐ消えるのが確認
できるだろう。
FAEB
 燃料気化爆弾はそんな爆弾だ。
FAEB
 ではなぜ人を圧力で即死させるほどの威力が、燃料気化爆弾には
あるのか?
 通常の爆薬は成分の中に酸素が含まれている。
 この酸素を使い、外気を必要とせず爆発することができる。
FAEB
 一方、燃料気化爆弾の場合、散布された液体燃料を空気が絶妙に
混合することによって燃え上がる。
FAEB
 この時、通常の爆薬と違って、燃料気化爆弾は大気中に散布する
ため酸素を好きなだけ取り込むことができる。
 例えるなら通常の爆薬は、自分の財布に入っている資金だけで好
きな物を買うことができる。
FAEB
 一方、燃料気化爆弾の場合は、銀行から自由に資金を引き出して
物を買うことができる。
 どちらがより多くの物を買うことが出来るか、子供でも分かるだ
ろう。

3073
FAEB
 それ故、燃料気化爆弾の重量あたりの威力は、一般的な爆薬と比
べて約10倍以上にもなるらしい。
FAE
 そして今、開発に携わったルナでさえ使用を躊躇する燃料気化爆

弾が、リースの無限収納から大量にばらまかれる。
FAEB
 リースの無限収納なら、重量を気にせず多数の燃料気化爆弾を所
持して、空中で投下することができる。
 故に物量にものをいわせた絨緞爆弾を実行することができた。
FAEB
 燃料気化爆弾が落ちる度、真っ赤な火の玉が空中に浮かんでは消
える。
 その爆発の下は、正に阿鼻叫喚。
8.8 Flak
 最初に8.8cm対空砲に撃ち落とされまだ息のあったドラゴン
達ですら圧殺され物言わぬ骸を晒す。
FAEB
 それでも彼女達は手を抜かず、燃料気化爆弾を投下し続ける。
01 FA
 始原地上部隊を通り過ぎると、旋回し再度右側から周り燃料気化
EB
爆弾を投下しようとする。
 そんなココノ&リースを乗せたレシプロ機を狙い、金属製の太い
杭が敵陣から投擲された。
 しかし、当たるどころかその高度に達する前に失速し、杭は落ち
ていく。
 たとえ杭が高度に届いたとしてもまず当たりはしない。

3074
 高度数kmを約150mk/hで移動する小さなレシプロ機を、
杭のような点攻撃で撃墜するのはいくら何でも不可能というものだ。
 他にも地上部隊の生き残りが矢を放つが、同じように届かず失速
し、落下していた。
 杭を投げた牛頭の人物がレシプロ機に向けて何かを叫んでいる。
 さすが距離があるため何を叫んでいるのかまでは分からないが、
構わずオレは指示を出す。
 モールス信号で、ココノ&クリスに念のため退避を命じる。
FAEB
 レシプロ機本体ではなく、落下する燃料気化爆弾を狙われては堪
らない。
 モールス信号の光は晴れていれば約5km先からでも確認できる
らしい。彼女達も信号に気が付き、退避する。
8.8 Flak
 この時、すでに8.8cm対空砲は、敵地上部隊へと照準を合わ
せていた。
 もちろん弾薬はMVT信管榴弾である。
﹁撃てぇえッ!﹂
 杭や矢を飛ばしていた地上部隊へMVT信管榴弾が撃ち込まれる。
 その砲撃でレシプロ機に対空攻撃をしかけていた部隊が沈黙する。
 再び、ココノ&リースが爆撃コースに入り未だ生き残っている地
FAEB
上部隊に容赦なく燃料気化爆弾を投下していく。
 五階建てマンションのような巨大な羽根のないドラゴンも、活躍

3075
の場もなく爆発の圧力に頭部が押しつぶされ目や口、耳らしき場所
から血を流し死亡する。
 生き残った地上部隊も練度の高さが災いして、固まって回避行動
をとろうとする。しかし、いくら魔物の足が人より速いとはいえ、
FAEB
レシプロ機の速度、燃料気化爆弾の有効範囲からそうそう逃げられ
るはずもない。
 結果、まとめて圧殺されてしまう。
﹁とりあえずここまでは予定通りだな﹂
 相手の航空戦力を撃破し、制空権確保。
 その後、完全アウトレンジからの空爆で地上部隊を殲滅する。
8.
 またさらに敵の航空戦力が追加された場合、レシプロ機を下げ8.
8 Flak
8cm対空砲で撃墜後、再び空爆をおこなう予定だった。
 敵の長所を潰し、自分達の土俵でひたすら戦うというシンプルな
作戦だ。
 また敵勢力が侵攻してくるまえに砲撃や空爆で敵戦力・軍事基地
等を破壊するのは、近代戦の常套戦術である。
 ちなみに前世、地球の場合、戦場で敵兵が互いの姿を目視する前
に攻撃を受けるのが当たり前だ。
UAV
 さらに極悪になると無人機による爆撃によって、地球の反対側に
居ながら敵司令官などを爆殺したりすることができる。
 それに比べればまだ自分達の攻撃は可愛い方だ。
 少なくても敵同士が互いに目視できる距離にいるのだから。

3076
 一応保険として対戦車地雷を埋め、鉄条網&塹壕を掘り、旦那様
やアムにいつでも戦えるよう準備してもらっていた。
 だが、この分だと必要なさそうだな。
︵さて、次は⋮⋮あの2人のが上手くいってくれればいいんだが︶
 オレは次の作戦に移っている2人の成功を気にする。
01
 この作戦が、対始原の勝負を決めるものだからだ。
第264話 FAEB︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
3月12日、21時更新予定です!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

3077
第265話 始原との決着
 アルトリウスが目の前の光景に呆然とする。
﹁馬鹿な⋮⋮ありえん⋮⋮﹂
サイレント・ワーカー レギオン
 相手は静音暗殺を破った実力ある軍団だ。
 たとえ戦力を整えても一筋縄ではいかないだろうと、彼自身考え
ていた。
 ︱︱しかし、蓋を開けたらどうだ?
01 ピース・メーカー
 まさか自分達始原がPEACEMAKERと接触するどころか、
近付くことすらできず部隊が壊滅させられるとは誰が想像しただろ
う?

3078
 だが、現在、それが目の前で起きている。
 空をドラゴンより速く飛ぶ小型の敵飛行船から、大きな筒が投下
されるたび巨大な火の玉が生まれ落ちる。
 その範囲に居る魔物兵士達は、悲鳴を上げるより早く絶命してし
まう。
 下草と魔物達の焼ける臭いが辺り一面に広がる。
 生き残った者が、小型飛行船に向けて攻撃をしかける。
ぎゅうぞく
 獣人種族、牛族、魔術師A級のアゲラダ・ケルナーチが得意の鉄
杭を投擲するが、小型飛行船まで届かず落下してしまう。
じゃぞく
 次に魔人種族、蛇族、魔術師Aプラス級のヴァイパー・ズミュッ
トが、弓兵達に指示を出し小型飛行船を狙うがやはり届かない。
 矢は虚しく落下し、地面や息絶えた仲間の死体に突き刺さる。
 こちら側の攻撃がまったく届かないのだ。
 なのに小型飛行船が素早く戦場から離脱した。
 アゲラダはなぜか勝ち誇り、ヴァイパーは訝しがっていたが生き
残った兵士達をまとめ部隊の再編を図ろうとする。
ピー
 そんな彼らを嘲笑うかのように今度は、上空からではなくPEA
ス・メーカー
CEMAKER陣地から強烈な一撃が叩き込まれる。
 妖精種族黒エルフ族、魔術師A級のシルヴェーヌ・シュゾンが率
01
いるドラゴン部隊を壊滅させた大型魔術道具が、始原地上部隊を攻
撃したのだ。
 上空からの攻撃に気をとられていたのと、あの魔術道具が空から

3079
侵攻する魔物を倒すための物だと油断していた。
 完全な不意打ちだったため、アゲラダとヴァイパー部隊は何が起
きたかも分からず壊滅してしまう。
 さらに2人を倒した後、再び小型飛行船が舞い戻り上空から攻撃
を再開する。
 筒が投下されるたび、真っ赤な火の花が生まれては消える。
 そこはまさに地獄のようだった。
ピース・メーカー
 PEACEMAKER側のエルでさえ、目の前の地獄のような光
景に青白い顔をしていた。
 信じられないと言いたげに、口元を両手で押さえている。
﹁⋮⋮様﹂
 アルトリウスもそんな彼女の横顔と、今目の前で起きている惨劇
を交互に見比べてしまう。
 まるで悪夢を見ているように︱︱
﹁アルトリウス様!﹂
﹁!?﹂
 竜人種族魔術師Aマイナス級、テン・ロンに大声と肩を掴まれ意
識の焦点が現実に戻る。
 テンは鬼気迫る表情でアルトリウスに進言する。
﹁アルトリウス様! 追加の戦力を出すか、何かの策であの小型飛
ピース・メーカー
行船か、PEACEMAKERにある大型の魔術道具を破壊しなけ
れば、我が方の部隊が全滅してしまいます!﹂

3080
﹁⋮⋮分かっている。追加の戦力を出す。下がっていろ﹂
 テンの進言にアルトリウスは返事をする。彼が肩から手を離し、
下がると魔力を漲らせ︱︱千近い魔法陣が浮かび上がり翼竜を喚び
出す。
ピース・
﹁三分の一はあの小型飛行船を! 残りは散開しながらPEACE
メーカー
MAKER陣地にある魔術道具を破壊しろ!﹂
 アルトリウスの命令に従い翼竜達が飛び立つ。
 細かい戦術的命令をするのは難しいため、どうしても大雑把な指
示になってしまう。
 翼竜達は命令通り三分の一が小型飛行船に向かって突撃する。
 小型飛行船は戦う素振りも見せず、すぐに撤退。
 その速度は翼竜とは比べものにならない。そのため翼竜達は追い
つけず、小型飛行船は悠々と自軍陣地へと戻ってしまう。
 小型飛行船が自軍陣地を越えると、再び巨大な魔術道具が火を噴
く。
 小型飛行船を追いかけていた三分の一の翼竜達は、まとまってい
たせいですぐに撃ち落とされてしまう。
 次に三分の二の翼竜達はアルトリウスの指示通り、散開して、P
ピース・メーカー
EACEMAKER陣地へと向かおうとするが︱︱大型魔術道具は
ぐるりと水平に回転。
 側面や後方へ回り込もうとする翼竜達を、分担して撃ち落とし始
める。
 運良く火砲から抜け出た数体が一矢報いようと大型魔術道具へ突

3081
撃するが、魔術師A級のダン・ゲート・ブラッド、魔術師Aマイナ
ス級のアム・ノルテ・ボーデン・スミス、他スノー、クリス、シア
によって触れることすら出来ずに撃墜されてしまう。
﹁ぐぅ⋮⋮ッ!﹂
 アルトリウスは思わず歯噛みする。
ピース・メーカー
 物量で火砲を突破しても、PEACEMAKER陣地には魔術師
A級のダンを始め、多数の力有る団員達がいるのだ。
 翼竜数体程度では、どうにもすることができない。
りくりゅう
 しかし彼らを越えて巨大魔術道具を破壊できそうな魔物︵陸竜な
ど︶はいるが、今度は火砲を突破することができないのだ。
 翼竜のように千単位の物量や、空爆より速く到達するスピードが
ない。
 あちらを立てればこちらが立たない状態だ。
 さらにアルトリウスの弱点として、彼自身、無限に魔物を喚び出
せるわけではない。
 最大で約3万体が限界だ。
 すでに約1万1千体ほど喚び出し済み。
 また喚び出せる魔物全てが戦闘系ではない。
 3万のうち約1万は非戦闘系の魔物だ。
 例を挙げればローブを被ったゴブリン。
 このゴブリンは視界内の範囲で人や魔物を転移させることができ
るが、戦闘系と呼ぶには腕力や戦闘技術は未熟だ。

3082
 魔術も転移という破格能力に特化したせいで使えない。
 他にも傷を治す魔物や土木関係の魔物。
 食料、索敵、地上移動用など︱︱非魔物系魔物が占めている。
 よって現状、アルトリウスが呼び出せる戦力はすでに1万を切り、
約9千ほどになっていた。
ピース・メーカー
 その戦力で現在のPEACEMAKERを倒せるのか?
 アルトリウスが冷や汗を流す。
りくりゅう ピース・メー
︵転移ゴブリンで陸竜や残るドラゴン達を直接、PEACEMAK
カー
ER陣地へ直接転移させるか? いや無理だ。転移ゴブリンは見え
る範囲しか人や魔物を転移させることができない︶
 現在、平野で対峙しているが、約5km先の陣地は普通の視力で
は見えない。
 頑張って約300mぐらいだろう。
 また転移ゴブリンにも送れる重量が存在する。
りくりゅう
 陸竜やドラゴンを一息で送るのは不可能だ。
われ
︵では我が直接、肉体強化術で身体を補助して平野を突撃。単身、
ピース・メーカー りくりゅう
PEACEMAKER陣地へ接近して、陸竜達を喚び出すか?︶
 想像して生唾を飲み込む。
 今、目の前に広がる死屍累々、地獄と表現してもまだぬるいあの
死地を行く︱︱想像しただけで冷や汗が止まらない。
 まだ持ち駒には、速度に特化した地上を走る魔物が居る。

3083
 それに跨り行けば⋮⋮行けるかもしれないが⋮⋮どうしてもアル
トリウスは決断できなかった。
 いつもはどんな死地だろうが、危機だろうが冷や汗一つ、表情も
変えずに乗り越えてきた。
 しかし今は目の前に広がる平野に1歩踏み出すことすら躊躇して
しまう。
 初めて襲われる背筋が震え、骨の髄まで冷える感覚に戸惑いを覚
えいた。
︵こんな筈ではなかったのに⋮⋮ッ!︶
01 ピース・メーカー
 アルトリウスの予定では、始原がPEACEMAKER側を蹂躙。
 彼にとって邪魔な存在を殺害しつつ、エルに自分がどれほどの力
を持っているか誇示するはずだった。
 しかし、結果はまったくの逆。
ピース・メーカー レギオン 01
 むしろPEACEMAKERに、世界で初めて出来た軍団、始原
が追い詰められているのだ。
レギオン
 約3000年もトップを走り続けてきた最古にして最強の軍団が、
レギオン
数年前に出てきた約40人にも満たない新参軍団にだ。
︵こんな馬鹿なことがあっていい筈がない⋮⋮ッ!︶
﹁アルトリウス様ッ、上を!﹂
 怒りに震えるアルトリウスに、テンが再び声をかける。
 彼の言葉に従い視線を向けると、小型飛行船がこちらへと向かっ
てきていた。

3084
 翼竜達は全滅したため、悠々と真っ直ぐ向かってくる。
 そして、小型飛行船から伸びた手から筒が姿を現し、投下される。
﹁︱︱ッ!?﹂
 アルトリウスの全身を恐怖が走り抜ける。
 彼は咄嗟に転移ゴブリンを召喚!
 喚び出すまでのタイムラグがもどかしい。
 時間にして約3秒といったところだ。
 ローブを纏った転移ゴブリンを喚び出す。
﹁きゃっ!? あ、アルトリウスさん?﹂
 アルトリウスは、エルの腕を掴みすぐさま転移!
﹁アルトリ︱︱ッ!?﹂
 テンが何か叫んでいたが、彼まで助ける余裕はない。
 アルトリウスはテンを切り捨て、約250m先、戦場とは反対側
の後方へと転移する。
 念のため前方へ魔力を注いだ抵抗陣を展開。
 背後にエルを庇いアルトリウスが身構えるが︱︱一向にあの美し
くも怖気を震う赤い火の玉は生まれ出てこない。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂

3085
 念には念を入れ、数秒ほど集中して先程までいた自軍陣地に注意
する。
 だが、なんの変化もない。
︵どうやら、運良くあの魔術道具が上手く動かなかったらしいな︶
 お陰で陣地から離れたとはいえ、火の玉に巻き込まれずに済んだ。
 アルトリウスは自分達の安全を確認した後、気を緩め、溜息を漏
らす。
 その僅かな隙を彼︱︱ギギは見逃さなかった。
﹃ギ! グギギィッ!﹄
 アルトリウスが抵抗陣を解き、集中力を弛めると同時に転移ゴブ
リンの首と胴体が分かれる。
﹁アルトリウスぅぅぅぅうううぅぅうッ!!!﹂
﹁﹁!?﹂﹂
 叫び声に驚き、顔を上げると上空から弾丸のようにギギが、アル
トリウスを目掛けて落下していた!
 アルトリウスは集中力を緩めていたのと、ギギの予想外の行動に
驚き咄嗟の反応に遅れてしまう。ギギはさらに魔術を使用したのか
加速する。
 アルトリウスは咄嗟に再度抵抗陣を展開。
 ギギは真っ直ぐアルトリウスへと突っ込む。
 抵抗陣があるのも気にせず、そのままアルトリウスを蹴り飛ばす。

3086
﹁ぐうぅッ︱︱ッ!﹂
 流石に魔術師S級のアルトリウスでも、上空数kmから自由落下、
さらに加速しスピードに乗ったギギの蹴りを抵抗陣で防ぐことはで
きなかった。
 衝撃を吸収し切れず、アルトリウスは力一杯蹴られたボールのよ
うに吹き飛び地面をバウンドし転がる。
 頭部を地面に打ち、蹴りの衝撃を吸収し切れず片腕の骨が折れて
いる。
 地面に俯せになりながら、アルトリウスは何年振りか分からない
ほど久しぶりに痛みを味わう。
 これほどのダメージは子供の頃、まだ自身の力を上手く扱えなか
った時以来だ。
﹁お、おのれ⋮⋮おのれ⋮⋮ギギッ!﹂
 しかも、エルの想い人らしきギギに不意を突かれ蹴り飛ばされた。
 ダメージ以上に、その事実がアルトリウスのプライドを酷く傷つ
ける。
ピース・メーカー
 PEACEMAKER側からすれば、ほぼ理想通りに奇襲作戦に
成功したことになる。
ピース・メーカー 8.8 Flak FA
 PEACEMAKER側の作戦は︱︱8.8cm対空砲や燃料気
EB 01
化爆弾で始原の耳目を集める。
 その隙にラヤラが、ギギを抱き上げ上空へ。
01
 大きく迂回して、始原の背後で待機。

3087
FAEB
 レシプロ機でフェイクの燃料気化爆弾を投下すると、予想通りそ
の威力を目の前にしたアルトリウスがエルを連れ転移。
 転移直後、アルトリウス達を捕捉し、ラヤラが急降下、ギギを彼
らへ向けて手放す。
 そしてギギは転移後、もっとも邪魔な転移ゴブリンを排除し、ア
ルトリウスに不意打ちの一撃を放ちエルから彼を引き離したのだ。
01
 今回、最も注意すべき点は始原側の戦力ではなく、いかにしてエ
ルをアルトリウスから奪還するかだ。
ピース・メーカー
 エルの奪還がPEACEMAKER側の勝利条件でもあるが、戦
闘に巻き込んで彼女を傷つける訳にはいかない。
 またアルトリウスには転移ゴブリンが居る。
 馬鹿正直に側へ行っても、転移ゴブリンが居る限り彼はエルを連
れて易々と好きな場所に逃れることが出来る。
 そのためまず転移ゴブリンを排除するという考えに至るのは自然
な流れだ。
 そこで考え出されたのが、ラヤラに誰かを抱えて飛んでもらい転
移直後、油断している隙に転移ゴブリンを排除。
 ついでに側に居るだろうアルトリウスも倒すというものだ。
 しかし、言うのは簡単だが実行はとてつもなく難しい。
 まずラヤラと一緒に上空へ待機しなければならない。そのため彼
女同様、長時間魔力を使い生命維持できる魔術師でなければならな
くなる。
 その時点で、リュートは弾かれてしまった。

3088
 次に空中から急降下し、奇襲をしかける。
 その際、パラシュート無しでスカイダイビングをするようなもの
だ。
 かなりの度胸が求められる。
 この時点でアムが断念。
 高速で落下しながら、エルを傷つけないようアルトリウスや転移
ゴブリンを排除する自信はないと辞退した。
 スノーやシアも最初は手を挙げたが、彼女達には他の役割もある。
 本人の強い希望もあり、最終的にはギギがこの役目を担当するこ
とになった。
 ちなみにダン・ゲート・ブラッドは、どちらの条件も満たしてい
たが、重すぎてラヤラが長時間持ち上げるのが不可能だったため却
下された。
 作戦が決まると、ラヤラとギギは何度も訓練を重ねていた。
 その努力が実り、無事、2人は作戦を完遂することが出来たのだ。
 しかし、いくらギギが魔術師Bプラス級の凄腕でも、数km先か
らパラシュート無しで落下、アルトリウスに蹴りを入れて無傷とい
うわけにはいかない。
﹁⋮⋮⋮⋮ッ﹂
 ギギは声を出さないが、アルトリウスを蹴り飛ばした右足は明後
日の方角へ曲がり、着地の際、魔力を集中してクッション代わりに
した左腕はぐちゃぐちゃに折れている。

3089
 他にも目には見えないが吸収し切れなかった衝撃で、肋骨が折れ
ている。他にも多数の傷を負っている。
 負ったダメージだけなら、アルトリウスよりも酷いのは一目瞭然
だ。
﹁ギギさん!﹂
 そんなギギの元へエルが駆け寄る。
 側に駆け寄り、ギギの傷を反射的に確認する。
 魔術師として、長年町や村人達を治癒してきた彼女ならではの行
動だ。
 そして一目で傷の深さを理解する。
 魔術防止首輪で魔術は使えず、治癒できない。
 エルは自分の無力さと、ギギの無茶な行動、それを喜ぶ自分を恥
じて瞳から大粒の涙を零してしまう。
﹁ギギさん、なんて無茶を⋮⋮ッ。言ったじゃないですか、もっと
自分を大切にしてくださいって!﹂
﹁すまない⋮⋮グッ、話は後で聞きますので、今は自分の指示に従
ってください﹂
﹁⋮⋮分かりました。ちゃんと後でお話をしますからね﹂
﹁いくらでも付き合います。まずは手を⋮⋮ッゥ﹂
 エルは一旦、告げたい言葉を飲み込みギギの手を掴む。
 痛みに顔を顰めるギギを気遣いながら、彼の右手を取り立つ手伝
いをする。
 ギギは痛みを堪えながらも立ち上がると、エルを力強く無事な右
手で抱き締める。

3090
 彼女は頬が赤くなるのを自覚しながら、ギギの指示で彼の首に自
身の腕を回す。
 そんな光景をアルトリウスが歪む視界で見詰めていた。
﹁エル嬢⋮⋮ぐぅッ、どうして我ではなく、そんな男に⋮⋮ッ!﹂
 何度も転がったのと、頭を打ったせいで視界がまだぐらぐらと揺
れている。魔力も上手く循環できず魔物達を喚び出すこともできな
い。
 これがリュート達が見抜いたアルトリウスの弱点の一つだ。
 確かに多数の魔物を喚び出すアルトリウスは脅威だ。しかし、あ
くまで魔物を喚び出せるのは彼1人。
 もしアルトリウスが気絶、または彼に喚び出す時間を与えなけれ
ば、ただの魔術師でしかない。
 そのため今回のような奇襲を思いついたのだ。
 予想通りダメージを負ったアルトリウスは、僅かな時間ではある
が、魔物を喚び出すことができずにいた。
 2人から距離があるため、俯せになりながら腕を伸ばすが届かな
い。
﹁エル嬢⋮⋮エル嬢、待ってくれ⋮⋮どうしてだ。エル嬢は我に何
度も笑顔を向けてくれたではないか⋮⋮ッ。なのに、どうして⋮⋮
そんな奴の元へ君は行っているんだ⋮⋮!!!﹂
 確かに理論上、﹃魔物を喚び出す時間を与えなければただの魔術

3091
師でしかない﹄が、それはあくまで理論上だ。
 事実、不意打ちを喰らい暫し魔物を喚び出せなかったアルトリウ
スだが、時間と共にダメージは回復。
 彼を行動不能に陥れた時間は、約1分にも満たない。
﹁許さん⋮⋮ギギ⋮⋮絶対に許さんぞ⋮⋮ッッ!﹂
 すでに彼の周囲には魔法陣が展開。
 ギギからエルを奪い返そうと、自身が出せる最大戦力を喚び出す。
 アルトリウスは、ラヤラがギギの右手を掴み空へと逃亡している
光景を見る。
 ギギの首に腕を回すエルを般若の形相で睨み付ける。
 彼は怒りのあまり、頭を打った際の血が目に入り視界が赤く濁る
のも気にしない。
 ただひたすら、自身から愛しいエルを奪おうとするギギやラヤラ
を憎悪した。
︵殺してやる! 我からエルを奪う者、全て! エルは我の者だ!︶
 本来であれば、この時点でギギ達は詰みだ。
 すでに空高く舞い上がっているが、すでにアルトリウスの側には
新たに喚びだした転移ゴブリンが居る。
 彼らのすぐ目の前まで移動するのは造作もない。
 さらにギギは奇襲の代償として口から血を零している。
 アルトリウスは知らないが、ラヤラは攻撃の一切ができない。
 追いつかれれば彼らに抗う術はない。

3092
 ︱︱そう、追いつければだ。
 アルトリウスが気が付く。
 彼が居る頭上に小型飛行船⋮⋮レシプロ機がグルグルと円を描い
ていることに。
 怒りで視野が狭まり気付くのに遅れてしまったのだ。
FAEB
 レシプロ機からすでに燃料気化爆弾が数個纏めて投下されていた。
 アルトリウスが転移で先行し、ギギ達の前に転移しエルを奪い返
そうとするが︱︱転移が発動するよりほんの僅かだけ早く視界が紅
蓮の炎に包まれる。
FAEB
 そして、アルトリウスと魔物達は燃料気化爆弾の炎に飲み込まれ、
消えてしまった。
3093
第265話 始原との決着︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
3月18日、21時更新予定です!
今日、駅前で階段を上がっていたら躓き、咄嗟に左腕を手すりにぶ
つけて転倒を免れました。しかし、左腕をぶつけたせいで今もめっ
ちゃ痛いっす! とりあえず今は、左腕に湿布を貼り痛む度に﹃く
ッ! 左腕が痛む! 秘めた封印が解けそうになるとは⋮⋮まさか
奴等が復活しようとしているのか!?﹄と中2病ごっこを楽しんで
います。
明日も痛むなら病院にいかないと。頭のじゃないですよ?
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。

3094
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第266話 戦いの終わり
01 ピース・メーカー
 始原率いる1万超の軍勢と、PEACEMAKERが戦うその前
日に。
 元ハイエルフ王国の第一王女ララ・エノール・メメアが質問する。
ピース・メーカー 01
﹁PEACEMAKERと始原、どちらが勝つと思われますか?﹂
﹁決まってるよ。勝つのは堀田くん達だ﹂
 この質問にメルティア王国の次期国王、人種族魔術師Aプラス級、
ランス・メルティアが即答する。
 2人が居る場所はメルティア王国、ランスの私室だ。
 ランスはララに淹れてもらった香茶に顔を寄せ、まずは鼻で楽し
む。

3095
 一通り香りを堪能した後、口を付ける。
ピース・メーカー 01
 明日、PEACEMAKERと始原が、指定した場所で戦闘をお
こなう。
 敗者が、勝者の言うことを無条件に聞かなければならないという
ものだ。
 彼の正面ソファーに座るララが、意外そうに目を丸くする。
01 ピース・
﹁相手はあの始原ですよ? いくら現代兵器で武装したPEACE
メーカー
MAKERでも勝利は難しいと思うのですが⋮⋮﹂
01
﹁もしかして、予知夢で始原が勝つシーンでも見たのかい?﹂
 ランスの言葉に、ララが微苦笑する。
﹁ランス様もご存知ではありませんか。私の精霊の加護﹃予知夢﹄
は確かに強力な能力ですが、その扱いも難しいことを﹂
 ララ曰く、﹃予知夢﹄と﹃通常の夢﹄は見ている時にどちらであ
るか認識できるらしい。
 また予知夢を見ていると認識できても、意味の分からない断片的
な情報が羅列されるだけだ。そこから将来的に必要な情報を抜き出
し、吟味しなければならない。
 実際、そこまで﹃便利な能力﹄というわけではないのだ。
 ランスはララの微苦笑に、悪戯っぽく笑い返す。
﹁ははは、ごめんごめん。もしかしたらと思ってさ。とりあえず、
僕がどうして堀田くん達が勝つと思ったかというと︱︱思想の違い

3096
かな﹂
﹁思想の違いですか?﹂
01
﹁始原は⋮⋮というかアルトは強い。Aプラス級の魔術師が何十、
何百束になっても彼には勝てないだろう。だからこそアルトは、堀
田くんに負ける﹂
 ランスは再び断言した。
﹁アルトは自身のやり方で勝ち続けてきたから、慢心して今まで同
じようにスタイルを変えず堀田くん達に挑むはずだ。なぜなら、そ
れで今まで勝ってきたんだから。⋮⋮でも、堀田くん達は、一度ア
01
ルトの力を体験している。それを踏まえて、始原との勝負を承諾し
た。つまり、彼らに対抗する兵器、または手段を開発したんだろう﹂
 ランスは、目の前に座るララに楽しげに話し聞かせる。
﹁この世界では、基本的に魔物と戦うために魔術や武器が発達した。
けど、僕達の世界では同族である人間を効率よく、いかに大量に殺
すかを目的に進化を遂げてきた。﹃殺す﹄という点において、魔術
に比べて広さも深さも圧倒的に現代兵器の方が勝っている。⋮⋮た
とえば僕がいた世界、アメリカという大国が戦争をしたとしよう。
彼らは最初に可能な限り敵の戦闘力を削るため、遙か遠くから攻撃
を開始するんだ。トマホーク巡航ミサイルなら、射程が2000k
mを超えたのもあるからね﹂
 2000kmと聞いて、ララが﹃うわぁ﹄と顔をしかめる。
 想像を超えた、あまりの長距離からの攻撃にドン引きしているの
だ。
 このトマホーク巡航ミサイルで、アメリカは敵の地対空ミサイル

3097
基地や通信施設を破壊する。
 他にもステルス機、爆撃機、戦闘ヘリなどで核爆弾やミサイルを
大量に撃ち込み敵の戦闘態勢を崩す。
UAV
﹁次にミサイルを装備した無人機で、敵の動向を偵察する。場合に
よっては装備したミサイルで敵を攻撃する。実際、敵の重要人物が
UAV
無人機で爆殺されたって聞いたことがあるな﹂
 そして最後に地上戦。
 ミサイル、爆弾等で破壊できなかった敵基地などを壊滅させる。
 これが大雑把な戦闘の流れである。
﹁僕が居た世界では、兎に角徹底的なアウトレンジで敵勢力の戦闘
能力を奪う。そして大打撃を与えてから、その後ようやくアルトが
考えるような地上戦をやるんだ。召喚する前に、アウトレンジから
ガンガン叩かれたら、いくら魔術師S級のアルトでもどうしようも
ないよ﹂
﹁つまり、それが思想の違い︱︱ということですね﹂
﹁そういうこと。しかし、さすがに堀田くんでもトマホークなんて
01
作れないだろうけどね。でも、徹底的なアウトレンジで始原を叩け
る兵器を開発しているはずだ。そんな兵器を相手に、正面から突撃
するような旧時代の戦いをするなんて。僕が部下なら絶対にやりた
くないね﹂
﹁私もです。絶対にお断りします﹂
 ランスは皮肉っぽく肩をすくめ、ララが同意する。
マシンガン
 第一次世界大戦時代、ある軍隊の指揮官が機関銃や有刺鉄線、塹
壕、車、飛行機が存在する戦場で、それらはあくまで騎兵の添え物
であると力説したらしい。

3098
マシンガン
﹃騎兵こそが戦場の勝敗を分ける!﹄と彼は信じて疑わず、機関銃
と有刺鉄線で守られた陣地へ向かって部下を突撃させ、大損害を出
したそうだ。
 新しい物は受け入れ辛く、古い物は捨て辛い︱︱ということであ
る。
 ランスからすると、知らないとはいえアルトがその指揮官と重な
って見えるのだろう。
﹁エルさんに良いところを見せようと思う余り、目を曇らせ敵を侮
り慢心する。だから、あれほど注意したのに⋮⋮。まぁエルさんが
いい女で、惚れる気持ちも分からなくはないけどね。彼女を自分の
ものにしたい気持ちは男として分かるよ﹂
﹁ッ︱︱﹂
 ランスの言葉を聞いて、ララの瞳に嫉妬の色が浮かぶ。
 その様子をランスは気付かないふりをしつつ、楽しげに眺める。
﹁⋮⋮さて明日は念のため、現地入りしよう。彼らに気付かれない
位置で監視して、堀田くんが殺されそうになったら助けてあげない
といけないし﹂
﹁了解しました。候補者ストックは多いに越したことはありません
からね﹂
 ララの同意にランスが微笑み、嫌味っぽく告げた。
﹁それに彼︱︱堀田くんと僕は昔からの友達だからね。友達は大事
にしなくちゃいけない。⋮⋮そうだろう?﹂

3099
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ピース・メーカー 01
 オレ達PEACEMAKERと始原との戦闘の終盤に、ギギさん
がエル先生を奪還。
FAEB
 リース&ココノが、アルトリウスに燃料気化爆弾を投下する。
 エル先生&ギギさんを抱えて飛び上がったラヤラの背後で、真っ
赤な炎が産まれる。
01
 その炎が始原との戦いの幕引きとなった。
 元々、今回の争いの勝利条件は、﹃相手側のトップを倒した方の
勝ち﹄だ。
 オレ達側はやや変則で﹃エル先生奪還﹄である。
 そのため敵を壊滅状態に陥らせ、ギギさんがエル先生を奪還した
時点で勝敗は決しているのだ。
01
 始原の生き残りもそれを理解しているらしく、陣地から両手を挙
げ、こちら側へと歩み寄ってくる。
01
 竜人大陸にある始原支部、責任者を務める竜人種族、魔術師Aマ
01
イナス級、テン・ロンと名乗る人物が、始原の降伏を宣言。
ピース・メーカー
 これにより争いは正式にPEACEMAKERの勝利として終結
した。
 争いが終われば、次にやることは戦後処理だ。

3100
FAEB
 アルトリウスの喚びだした魔物達は、彼に燃料気化爆弾が投下さ
れた後、暫くして綺麗さっぱり消えてしまった。
 テン・ロン曰く︱︱アルトリウスが引っ込めたか、気絶、または
死亡したため消滅したらしい。
 お陰で万近い魔物の死体を処理せずに済んだ。
ししてん
 しかし、魔物の指揮をしていた四志天は、アルトリウスが喚びだ
した魔物ではないためその場に残る。
 しかも運がいいことに、テン・ロンを除く他3人は微かに息があ
った。
8.8 Flak
 最初に8.8cm対空砲で撃墜された黒エルフ、シルヴェーヌは、
爆発に対して反射的に抵抗陣を形成し、致命傷を避けた後に気絶し
て落下。
 その後運良く乗っていたドラゴンがクッションになったため、即
死を免れる。
FAEB
 そして、そのままドラゴンの影に倒れ、燃料気化爆弾の有効半径
に幸運にも入らず気絶していたらしい。
じゃぞく
 蛇族、ヴァイパー・ズミュット。
ぎゅうぞく
 牛族、アゲラダ・ケルナーチ。
8.8 Flak
 両名も彼女と似たような感じで、8.8cm対空砲の砲撃を本能
的に防御し即死を避ける。
 即死は避けられたが、そのまま深い傷を負い気絶してしまう。
 だが、これが彼ら2人の命を救った。
 下手に動き回らず気絶したため、リース&ココノは、地上を動く
敵がほぼいないことを確認。

3101
FAEB
 2人から離れた位置にまばらに残っていた魔物達に燃料気化爆弾
を投下し、そして次にアルトリウスのところへと向かった。
 もし下手に2人が逃げようと動いたら、リース&ココノは容赦な
FAEB
く燃料気化爆弾を頭上に投下しただろう。
 魔術防止首輪を外され、ギギさんの治癒をし終えたエル先生は、
3人が生きていると聞いて治療をするため駆け出す。
 すでに一箇所に集められた3人をエル先生が次々に魔術で治癒し
ていく。
 治癒途中、気絶していたシルヴェーヌが目を覚ます。
﹁ぐぅッ⋮⋮はっぁ、ど、どうして⋮⋮あたしが地上に?﹂
﹁まだ動かないでくださいね。治癒の途中ですので﹂
﹁き、貴様は!? ツッ︱︱!﹂
﹁駄目ですよ。まだ傷が塞がっていないのに動こうとするなんて!﹂
 シルヴェーヌはエル先生に気が付くと、鬼の形相で起き上がろう
とする。
 しかし、まだ傷は塞がっていないため起き上がれず、彼女は再び
横になった。
 シルヴェーヌは状況を確認しようと、なんとか動かせる首をめぐ
らせる。
 彼女のすぐ側で、仲間であるヴァイパーとアゲラダが他魔術師か
ら治癒を受けていることに気が付く。
 彼らの負傷と、視界に居たテン・ロンが首を横に振るのを見て状
況を理解する。

3102
﹁あたし達は負けたのか⋮⋮﹂
 状況を理解すると、彼女の体から力が抜ける。
01 レギオン
﹁まさかあたし達始原が、40人にも満たない弱小軍団に敗北する
なんて⋮⋮﹂
 シルヴェーヌが悔しげに歯噛みすると、治癒を続けるエル先生を
睨み付ける。
﹁⋮⋮それであんたは何をしているの?﹂
﹁治癒です。シルヴェーヌさん、無理をしないでください。まだ治
癒は終わっていないのですから﹂
﹁見れば分かるわよ。あたしが言いたいのは、﹃どうしてあんたが
そんなことをするか﹄よ﹂
 しかしエル先生はそんな台詞に眉一つ動かさずに、懸命に治療を
続ける。
 シルヴェーヌはさらに口を開き、問い詰める。
﹁しかもあたしはあんたを叩いて、倒れたところを蹴ったのよ。そ
んな相手を治癒するなんてどうかしてるわ﹂
 近くで負傷した彼らを見ていたオレは、シルヴェーヌの言葉を聞
いて反射的に彼女に敵意を向ける。
︵ん? 今、こいつ、エル先生を﹃叩いて﹄、﹃倒れたところを蹴
った﹄って言ったのか?︶
 言ったよね。確実に言ったよね?

3103
 オレ達のエル先生にこいつは暴力を振るったってことか!?
 許さん! 絶対に許さんぞ!
 エル先生、退いて! そいつコロセナイ!
 オレが声を上げるより早く、エル先生がシルヴェーヌの台詞に答
える。
﹁⋮⋮確かにあの時はとても痛くて、怖かったです。でもたとえ相
手がどんな人でも、傷つき倒れている人を見捨てることなんて私に
はできません。だから、これは私の我が儘です﹂
﹁⋮⋮ふん、お人好しめ﹂
﹁でも、本当はそれだけじゃないんです。シルヴェーヌさんは私に
治癒されるのを嫌がると思って、あの時の仕返しとして治癒してい
るんですよ。これは私の仕返しなんです﹂
 エル先生は悪戯っぽく、シルヴェーヌへと微笑む。
 彼女はその返答に目を白黒させ、悔しそうな、笑い出しそうな表
情へとコロコロ変える。
 途中で感情の処理が難しくなり、耐えきれず彼女はエル先生から
顔を背けてしまう。
﹁⋮⋮お人好しって評価を訂正するわ。やっぱりあんたは性格が悪
いわよ﹂
﹁当然です。こう見えて、私は意外と昔のことをよく覚えているタ
イプなんですよ﹂
 言葉のやりとりは友好的ではないが、そこになぜか女性同士の妙
な結束感を感じる。
 エル先生に﹃シルヴェーヌに報復を加えるので離れてください!﹄
とは言い辛い雰囲気だ。

3104
 仏頂面をしているオレをよそに、シルヴェーヌが話を切り替える
ように尋ねてくる。
﹁ところで、アルト様はどうなったの? あたし達のように怪我を
負ったりしてないわよね?﹂
﹁それは⋮⋮﹂
 エル先生が表情を曇らせ、言葉も詰まらせる。
01
 オレを含めて、始原関係者のテン・ロンも難しい表情を浮かべた。
 結論から言うと︱︱アルトリウスは姿を消してしまったのだ。
01
 始原の降伏を受け入れた後、アルトリウス本人と会うため、彼が
FAEB
最後に燃料気化爆弾を投下された場所へと向かった。
FAEB
 その部分の草は燃え、燃料気化爆弾の衝撃により土が露出してい
たが、アルトリウスの姿はどこにもなかった。
 現在、ラヤラが上空からアルトリウスを探しているが、まだ見付
かったという報告は受けていない。
 恐らく死んではいない。
FAEB
 燃料気化爆弾の性質上、死体が燃え尽きるということはないため
だ。
 たぶん転移できるゴブリンか、それに近い魔物の力でどこかへ移
動したのだろう。
 引き続きラヤラには空から捜索してもらう予定だ。
 シルヴェーヌが一通りの状況を聞いて、心配そうに表情を歪める。

3105
 そんな彼女をエル先生は慰め、落ち着かせた。
 これ以上、怪我人を興奮させるわけにはいかず、この話題は打ち
切られた。
ピース・メーカー
 そして、勝者側のPEACEMAKERメンバーがなぜか戦後の
後片付けに奔走するはめになる。
 ⋮⋮まぁこちら側の兵器で草原に火が付き燃えていたり、地面が
めくれてたりなどしたせいなのだが。
 しかし、日が暮れる最後まで、アルトリウスの姿を見付けること
ができなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 日が暮れた夜。
 夜空に分厚い雲がかかり、世界から光が失われたように暗くなっ
ていた。
 そんな暗闇の世界。
 アルトリウスが最後に居た場所。
 その地面が﹃ぼこり﹄と音を立て、下から一本の腕が生え出てき
た。

3106
第266話 戦いの終わり︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
3月21日、21時更新予定です!
活動報告をアップしました。
よかったらご確認ください。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

3107
第267話 祝賀会
01
 始原との戦闘後、彼らは﹃負けた方が、勝った方の条件を無条件
ピース・メーカー
に受け入れる﹄の約束通り、今のところはPEACEMAKERの
指示に従ってくれている。
ピース・メーカー 01
 PEACEMAKERの戦力を見せたのと、始原の象徴であるア
ルトリウスが未だに行方不明だからだろう。
ピース・メーカー
 戦闘後の翌日もPEACEMAKERメンバーで捜索したが、ど
こを探しても見付からなかった。
 そのため現状、彼は行方不明扱いになっている。
01
 アルトリウスのいない始原についてだが、現在ミューアに出向し
てもらいっている。

3108
01
 テン・ロンに協力を仰ぎ、ミューアが主導する形で今まで始原が
やってきた5種族勇者関係の隠蔽、協力者や被害者の洗い出しなど
をおこなっている。
 今後はアスーラのためにも、魔王の誤解や5種族勇者がひた隠し
にしてきた真実など時間をかけて明かしていく予定だ。
 オレ達としても、急に5種族勇者の件を公表して、市場やこの世
界を混乱に陥らせるつもりはない。
01
 その辺の情報公開の塩梅も、今後ミューアや始原暫定団長である
テン・ロンなどと話をしていかなければならないだろう。
01
 また始原を倒して以後、面倒なことが増えた。
 その面倒事とは︱︱オレに会って是非挨拶がしたいと、お偉いさ
ん達の訪問申し込みが激増したのだ。
 特に挨拶をしたいとひっきりなしに連絡を寄こすのは、天神教会
ギルド
と冒険者斡旋組合本部だ。
01
 まさか始原が敗れるとは夢にも思わなかったのだろう。
ピース・メーカー
 寄こされる手紙にはPEACEMAKERやオレを持ち上げ、褒
め讃える文章がうんざりするほど並び、贈られてくる品々はどれも
﹃超﹄が付く高級品ばかり。
01 ピース・メーカー
 彼らも始原を打破したPEACEMAKERの牙が、自分達に向
かないよう必死なのだろう。
ギルド
 もちろん五種族勇者の件に関しては、天神教会や冒険者斡旋組合
本部のやり方に腹は立つ。

3109
01
 しかし、だからといって秘密を知った奴を殺そうとした始原のよ
うに、即行動を起こし断罪するほど自分達は凶暴ではない。
ピース・メーカー 01
 第一、PEACEMAKERは始原を打破したと言っても、メン
バーは全部で40人いないのだ。
ギルド
 もし天神教会や冒険者斡旋組合が敵に回ったら、オレ達だってた
だではすまない。
 だから、真っ正面から喧嘩を売るつもりはない。
01
 また今まで始原がおこなっている業務を奪うつもりも、引き継ぐ
つもりもない。
ピース・メーカー 01 レギオン
 PEACEMAKERと始原では、やはり軍団として規模も、格
も違い過ぎる。
01
 なのに無理をして始原の立ち位置を奪っても、デメリットしかな
い。
 もちろん、今までの仕打ちは忘れていないため、何かしらの罰は
与えるつもりだ。
 その罰はまだ考え中である。
01
 なぜなら始原との戦後処理が山積みでまったく終わっていないた
め、そこまで手が回らないからだ。
01
 あまりに手が足りないため、すでに引退して始原戦にも参加しな
かったガルマを呼び戻そうかと考えるほどである。
﹁くそ、仕事が多すぎる⋮⋮。あー、休みたい⋮⋮﹂
ピース・メーカー
 そして今日もオレはPEACEMAKER本部執務室で、書類と
の格闘をおこなっていた。
 なぜ勝った側の自分達がこんな苦労をしなければならないのか?

3110
 これならまだドラゴン100匹と戦っていた方がまだ楽というも
のだ。
 扉がノックされる。
 返事をすると、シアが書類を手に顔を出す。
01
﹁失礼します。今、お時間よろしいでしょうか? 始原、アルトリ
ウスに関しての調査報告書が上がってきたのでお持ち致しました﹂
﹁ありがとう。すぐに目を通すよ﹂
 オレが手を伸ばすと、シアはすぐに書類を差し出す。
01 ピース・メーカー
 始原戦の事後処理をしつつ、オレ達PEACEMAKERは消え
たアルトリウスの行方を引き続き調査していた。
FAEB
 報告書によると、アルトリウスが燃料気化爆弾に飲み込まれた場
所を再調査。詳しく調べると、その地面に彼が逃げ込んだらしき痕
跡が発見された。
 そのため彼が生きている可能性は極めて高い。
01
 なのに未だ始原本部や支部に姿を現していない。
 周辺の都市、街などにも姿を現した痕跡はなし。
 完全に行方をくらませている。
 他にも信憑性の低い目撃情報や噂、彼が潜んでいる可能性が高い
国や地域などなど︱︱色々な情報が書かれてあるが、どれもあてに
ならないものだった。
 オレは溜息をついて報告書から顔を上げる。
﹁有力な手がかりはなしか⋮⋮こりゃまだ当分、エル先生の護衛は

3111
外せないな﹂
﹁部下の護衛メイド達には、より一層警戒するよう伝えておきます﹂
01
 始原戦後、エル先生に囚われていた時の話を詳しく尋ねた。
01
 もし始原に囚われているあいだ酷い目に合っていたのなら、こち
らとしてもそれ相応の態度を取るつもりだった。
 しかし、黒エルフのシルヴェーヌの誤解から暴力を振るわれたが、
それ以外はとても大切に扱われた︱︱と、エル先生本人から言われ
て、酷いことはしないように釘を刺されてしまう。
 そのためエル先生に暴力を振るったシルヴェーヌにすら、オレは
手を出すことができなかった。
 オレはその時、思わず悔しさに歯噛みしてしまったほどだ。
 さらにエル先生に話を聞くと、どうもアルトリウスが彼女に執着
していることが判明。
01
 シルヴェーヌや他始原幹部からも話を聞き、﹃アルトリウスがエ
ル先生に懸想している﹄可能性が非常に高まる。
 あの鉄仮面が、エル先生に部屋へ入れてもらえず部下の目の前で
01
雄叫びをあげ、始原本部の壁を破壊していたらしい。
 彼の入れ込みレベルは、執着、妄執の域に達している可能性があ
る。
01
 そのためエル先生を始原戦後、妖人大陸にある孤児院には戻せな
かった。
 1人で居る時にアルトリウスに襲われ、連れ去られる可能性があ
るからだ。
 それ故、彼の所在が確認できるまで、エル先生はシアの直部下で
ある護衛メイド達に警護してもらっている。

3112
01
 始原に勝ってエル先生を奪われたら︱︱試合に勝って、勝負に負
ける状態になってしまう。
 しかし、いつまでもエル先生を新・純潔騎士団本部に置いておく
わけにはいかない。
 個人的には側に居てくれた方が心強いし安心なのだが、本人が子
供達を心配して帰りたがっているのだ。
 その声を無視し続けるのは難しい。
﹁とりあえず、引き続きアルトリウスの調査を継続して、居所を掴
むしかないな﹂
﹁それまではエル様は我々が護衛しますのでご安心を﹂
﹁頼りにしてるよ。それから︱︱﹂
﹁? 若様?﹂
 オレはシアに声をかけた後、背もたれに体を預け考え込む。
 一応、念は入れておいた方がいいか⋮⋮。
 突然、考え込むオレにシアが首を捻り声をかけてくる。
 彼女の声に反応するように視線を戻し、指示を出す。
﹁シア、もう一つ頼みがあるんだが⋮⋮﹂
﹁なんでしょうか?﹂
 そしてオレは念のための保険として﹃ある物﹄をシアに用意して
おくよう指示を出す。
 彼女は話を聞き、珍しく口元を悪戯っぽく弛ませ了承。
 一礼し部屋を退出した。

3113
 シアが部屋を出た後、オレは再び背もたれに体を預ける。
﹁さて、一応の保険はかけておいたが、上手くいくかどうか⋮⋮﹂
 オレは溜息を一つして、再び書類作業に戻った。
 ︱︱それから約一ヶ月後。
 一通りの戦後処理が片付き、ようやく終わりが見えてきた。
01
 そのため、延期していた始原戦の祝勝会を開くことができた。
01
 ミューアが始原本部から一時的に戻ってきたため、そのタイミン
グに合わせたという理由もあるが。
 前回、ココノの歓迎会を開いた時のように、普段なら食堂で夕食
ピース・メーカー
を摂る時間、PEACEMAKERメンバー達がグラウンドに集ま
っていた。
 グラウンドにはテーブルが並び、その上に料理やお酒などが山ほ
ど並んでいる。
 前世、地球のようにビュッフェ形式で食べ物を取り、好きな席に
座って食べてもらおうという趣向だ。
 皆がグラウンドに集まっているのを確認してから、オレは挨拶の
ため声をあげる。
﹁えー、本日は参加して頂きまして本当にありがとうございます!

3114
01
 始原との戦いに勝ち、恩師であるエル先生を傷1つなく救い出せ
たのも一重に皆様のお陰です。ささやかではありますが、祝勝会と
いうことで料理やお酒、ジュースなどを用意したので存分に楽しん
でください。⋮⋮では話が長くなるのと煙たがられるので挨拶はこ
の辺で﹂
 挨拶が終わると、皆が皿を手にテーブルへと並ぶ。
 そこに並べられた料理や酒などを好きなだけ取っていく。
 料理の準備はシアの部隊である護衛メイドが勤めた。
 これも訓練の一環だとかで。
 現在もシアは自ら指揮を執り追加の料理などを製作している。
 彼女達もある程度、作業が終わったら祝勝会に参加する予定だ。
 ラヤラが両手の皿に料理を山盛りに載せ、席に着くと美味しそう
に食べ始める。
﹁ハフ、ハフ、フヒぃ、か、唐揚げ美味しい﹂
 ラヤラは唐揚げの他に、ステーキ、肉の串焼き、焼き鳥、ハンバ
ーグ、竜田揚げに、トンカツ、チキン南蛮︱︱兎に角、肉系の料理
を皿に盛って嬉しそうに食べている。
 本当に肉が好きだなラヤラは⋮⋮。
 しかも、ラヤラは小柄の割りに、食べる量が旦那様とほぼ変わら
ないのだ。
 あの小柄な体のいったいどこに、あれだけの食べ物が入るのだろ
うか⋮⋮。

3115
﹁むぐぅ! うぐぅッ!﹂
 不思議がっていると、ラヤラが口に食べ物を入れ過ぎて喉を詰ま
らせる。
 彼女は料理しか手に取らず、飲み物を確保していない。そのため
胸を自分で叩くぐらいしか方法がなかった。
 オレは呆れながらジュースを手に取り、彼女の前に置いてやる。
 ラヤラはコップに注がれたジュースを一息で飲み干し、詰まった
食べ物を押し流すことに成功した。
﹁ふ、フヒ、ありがとうございます。あ、危なくち、窒息死すると
ころでした、フヒ﹂
﹁どんだけ口に詰め込んでるんだよ。誰も取らないからちゃんと噛
んで食べるんだぞ。消化にも悪いし﹂
﹁き、気を付けます、フヒ﹂
﹁でも、ラヤラには感謝しているよ。ラヤラのお陰で無事にエル先
生を助け出すことができたんだから﹂
﹁い、いえ、ウチはウチの出来ることを、フヒ、やったまでですか
ら﹂
 でも、と彼女は話を続ける。
FA
﹁エルさんとギギさんを、フヒ、助けて飛び上がった後、燃料気化
EB
爆弾をギリギリで回避出来ましたけど、フヒ、とても熱くてウチが
焼き鳥になるかと思いました。た、タカ族だけに﹂
 精一杯のコミニケーションとしてギャグを言ってくれたんだろう
が、その冗談は笑えない。

3116
 ラヤラによる救出が間一髪だったとの報告を聞いて、後からオレ
は少々背筋が寒くなったものだ。
﹃ラヤラちゃん、追加の料理お持ちしましたよ﹄
﹁みんなで一緒に食べよー!﹂
﹁ラヤラ様のお好きなお肉の他に、体によさそうなサラダもお持ち
しましたよ﹂
 ラヤラ渾身のギャグを、オレが乾いた笑いで流していると、背後
から声をかけられる。
 追加料理を手にしたクリス、ルナ、ココノが姿を現す。
 さらに背後にはカレン、ミューア、バーニーのクリス幼なじみ三
人組も居る。
﹃リュートお兄ちゃんも酒精だけではなく、ごはんちゃんと食べて
ますか?﹄
﹁もちろん、ちょこちょこ食べてるから大丈夫だよ﹂
﹁お肉や揚げ物だけではなく、ちゃんとお野菜も食べてますか? 
よかったらリュート様も一緒に食べてください﹂
 オレを見付けたクリス&ココノ嫁コンビが、かいがいしく世話を
してくれる。
 両手に花とはまさにこのことだ。
 ルナも興奮気味に、話しかけてくる。
﹁リューとんも、あのチキン南蛮とか、トンカツとかもう食べた!
? あれ、滅茶苦茶美味しくない!?﹂
 もちろん食べたさ。
 だって、その料理を最初に作ったのはオレなんだから。

3117
 どうやらルナは新メニューを気に入ったらしく、いかに美味しか
ったか語りかけてくる。
01
 今回始原戦でのルナの功績は、とてつもなく大きい。
8.8 Flak FA
 もし彼女がいなければ8.8cm対空砲、MVT信管、燃料気化
EB
爆弾、他、戦いに間に合わずこちら側が負けていただろうな。
 そんな彼女が喜んでくれるなら、新料理を作って本当によかった。
 カレン、ミューア、バーニーとも会話をした後、席を離れる。
 次に旦那様やアスーラ、ノーラなどと挨拶を交わす。
 そして次に向かったのは、スノー、リース、メイヤ、エル先生、
ギギさんが居る席だ。
 オレを見付けると、スノーが声をかけてくる。
﹁リュートくん、ちゃんとご飯食べてる?﹂
﹁大丈夫、ちゃんと食べてるよ。ていうか、さっきもクリスとココ
ノに同じことを言われたよ。そんなに食べてないイメージがあるか
?﹂
﹁確かにそういうイメージがちょっとありますね。リュートさんは
食事を摂るより、挨拶回りや皆がちゃんと食べて問題ないか確認し
ているイメージがあるので﹂
 オレの台詞に、リースが優しげな笑みを浮かべながら返答する。
 席順としてはエル先生の隣にスノー、正面にメイヤ、リース、下
座にギギさんが座っていた。

3118
 立っているのも何なので、オレは空いている上座に腰を下ろす。
﹁リュートは線が細すぎる。だから、あまり食べていないイメージ
がついているのではないか? 正直、もう少し食べて肉を付けた方
がいいと思うぞ﹂
﹁そうですか? これでも結構、食べて筋肉がついた方なんですが﹂
 ギギさんのアドバイスに思わず腹を触る。
 事務仕事は増え、運動量が相対的に減ってしまったが、筋トレな
どは欠かさないため昔に比べて筋肉量は増えているのだが⋮⋮。
﹁リュート君、食べたと言ってもまだ余裕ありますよね? 遠慮な
く、こっちのお皿のを食べていいですからね﹂
﹁ありがとうございます、エル先生﹂
 オレは彼女に勧められるまま、フライドポテトや唐揚げが乗った
皿に手を伸ばす。
 そんなオレにメイヤは席を立つ、わざわざ背後から回り込んで皿
を突き出してくる。
﹁リュート様、ささ、こちらもお食べください! あぁ! お飲み
物も無くなりそうですわね。すぐにお持ちしますわ! 果実の酒精
でよろしかったですわよね!﹂
﹁あっ、うん、それじゃお願いしようかな﹂
﹁はい! お任せください! リュート様の一番弟子にして、右腕、
腹心、次期正妻候補のメイヤ・ガンスミス︵仮︶が痒いところまで
届くお世話をさせて頂きますわね!﹂
 メイヤは喋りながら、ちらちらとエル先生に視線を飛ばし終える
とビュッフェテーブルへと突撃する。

3119
 どうやらかいがいしくオレの世話を焼くことで、正妻・嫁アピー
ルをエル先生にしているようだ。
 エル先生もさすがに気付いているらしく、曖昧な表情を浮かべる
ことしかできなかった。
 リースが気を利かせて、話を振る。
﹁ですがエルさんが大きな怪我もなく、無事で本当によかったです
ね﹂
﹁これもリュートくんやスノーちゃん、リースさん、みんなのお陰
です﹂
﹁えへへ、エル先生のためだもん。これぐらい当然だよ﹂
 スノーはエル先生の隣に座り、娘のように甘えていた。
 そんなスノーの頭をエル先生は愛おしげに撫でる。
﹁それと⋮⋮私が無事なのは、ギギさんが助けに来てくださったお
陰です。本当にありがとうございます﹂
﹁いえ、自分はただリュートの作戦を実行したにすぎません。自分
一人では何もできませんでしたよ﹂
﹁それでもありがとうございます。⋮⋮でも、もうあんな無茶はし
ないでくださいね。もっとギギさんは自分を大切にするべきです﹂
﹁⋮⋮善処します﹂
﹁絶対ですよ?﹂
﹁はい、なるべく﹂
 エル先生が笑顔で念を押すと、ギギさんは﹃頭が上がらない﹄と
いう態度で返事をする。
 はっ? 何この﹃妻には逆らえない旦那﹄のようなやりとりは?

3120
 ギギさんも、﹃尻に敷かれるのは悪くない﹄雰囲気をぷんぷん出
している。
 あぁあ∼あ! なんだか急にAK47やパンツァーファウスト、
8.8 Flak FAEB
対戦車地雷や8.8cm対空砲、燃料気化爆弾の整備をしたくなっ
てきちゃったな。
 滅茶苦茶、整備したくなってきたなぁぁあぁあッ!
﹁リュート様、どうかなさいましたか? まるで親の敵を目の前に
したような表情をして﹂
 飲み物を取りに行ったメイヤが戻ってくる。
 スノーやリースは、オレの胸中に気付いたのか﹃大人になりなさ
い﹄とでも言いたげな視線を向けてくる。
 大丈夫、分かってる。
 ほんと分かってるから。
 オレは酷く冷静だ。
 円周率だって言えるぞ、3.1415︱︱
﹁ギギさん⋮⋮﹂
﹁エルさん⋮⋮﹂
 2人はいつの間にか見つめ合い、まるで恋人同士のように互いの
名前を呼び合う。
 はっ? 今、祝勝会中なんですけど。
 なのになんで2人は2人の世界に突入してるの!?
﹁リース、ちょっとAK47だして分解整備したくなったから。あ
とマガジン10本一緒に出してくれ﹂

3121
﹁駄目に決まってるじゃないですか。大人しくしていてください﹂
 リースは呆れながら釘を刺してくる。
 ギギギギィッ!
 どうしてオレはこの日に限って、サイドアームすら部屋に置いて
きたのだろうか!
 後悔の念が胸を渦巻く。
 そんなオレの怨念︱︱ではなく、執念︱︱でもなく、願いが届い
たのかエル先生がギギさんから距離を取る。
﹁すみません、ちょっと失礼しますね﹂
﹁エル先生、どちらに行くんですか? 食べ物ならオレも一緒に取
りに行きますよ﹂
﹁え、えっと、リュート君、その⋮⋮﹂
 オレは一緒に席を立つ。
 この申し出にエル先生が困った表情を浮かべる。
 その態度に首を捻っていると、スノーに窘められる。
﹁リュートくん、リュートくんはいいからここに座っていて﹂
﹁いや、でも、取ってくる量が多かったりしたら、エル先生一人じ
ゃ大変だろ? だったらオレも一緒に︱︱﹂
﹁いいから座ってて﹂
﹁⋮⋮はい﹂
 スノーの妙な迫力に気圧され、席に座り直した。
 エル先生はスノーに目で礼を告げ、笑顔を浮かべる。

3122
﹁申し出ありがとうリュート君。でも、1人で大丈夫だから﹂
﹁エル先生がそう言うなら⋮⋮﹂
﹁それじゃちょっと失礼しますね﹂
 エル先生は笑顔を浮かべてテーブルを離れる。
 彼女が向かった先は本部建物だった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁ふぅ⋮⋮少々飲み過ぎてしまいましたね﹂
 席を離れたエルは新・純潔乙女騎士団本部へと戻ってくる。
 彼女は暗い廊下を歩き、1階のトイレへと向かう。
 彼女は廊下を歩きながら、先程のやり取りを思い返す。
﹁リュート君は興味のある分野は洞察力や研究熱が高い子なんです
が⋮⋮それ以外だととっても察しが悪くなる時がありますね﹂
 危うくギギの前で﹃トイレへ行く﹄と言わされそうになった。
 ギギ自身、リュートとのやり取りで、エルがどこへ行こうとした
のか察しただろう。
 思い出すだけで顔が羞恥心で赤くなる。
 エルは頬を赤く染めたまま、女子トイレへと入っていた。
 ︱︱そんな彼女の背後。

3123
 廊下の曲がり角で、女子トイレに入るエルを見詰める影。
﹁はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ⋮⋮﹂
 顔は火傷を負ったのか、汚れた包帯を巻いていた。
 全身を覆う鎧も傷だらけで、一部破損していたりと見る影もない。
 一見、すぐに息絶えそうなほどボロボロだが、目だけが獣のよう
に爛々と光り輝いている。
01
 彼こそ、始原のトップ、人種族最強の魔術師S級、アルトリウス・
アーガーだ。
 彼はエルがトイレに入ったのを見送ると移動開始。
 今度は女子トイレ出口に近い場所に身を隠す。
 そして、エルが出てくるのを待ち続けた。
 どれぐらい経っただろう︱︱女子トイレの扉が開きピンク髪の女
性が出てくる。
 アルトリウスは音も立てず、背を向け歩き出す彼女の背後へと近
付き︱︱背後から抱きつく。
 右手で逃げられないよう腰を、左手は叫ばれないように彼女の口
元を押さえる。
﹁⋮⋮ッ!?﹂
 彼女は突然のことに振り返ろうとするが、アルトリウスが手で押
さえているため首を動かすことすらできない。
﹁エル嬢、助けに来たぞ。さぁ、我と一緒に邪悪な魔王の城から抜

3124
けだそう﹂
 彼は爛々と光る目で、背後から告げる。
﹁我が準備した2人で暮らす家に︱︱一緒に行こうじゃないか⋮⋮
ッ!﹂
 窓からさしていた星明かりが、雲に隠れる。
 同時に2人の姿も暗い闇の中へと消えてしまった。
第267話 祝賀会︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
3月24日、21時更新予定です!
活動報告にメイヤのキャラクターイラストをアップしました!
よかったらご確認ください!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

3125
第268話 アルトリウスの終わり
﹁我が準備した2人で暮らす家に︱︱一緒に行こうじゃないか⋮⋮
ッ!﹂
 窓からさしていた星明かりが、雲に隠れる。
 同時に2人の姿も暗い闇の中へと消える。
﹁︱︱ギャァッ!?﹂
 雲が流れ、星明かりが再び戻る。
 悲鳴を上げた人物︱︱アルトリウスの左太股に深々とナイフが突
き刺さっていた。
 さすがのアルトリウスも予想外の痛みに拘束を緩めてしまう。

3126
 その隙を逃さずピンク髪の女性は右腕を素早く振り上げ、アルト
リウスの肋骨目掛け肘打ちを叩き込む。
﹁ぐゥッ⋮⋮!﹂
 アルトリウスは息を詰まらせ、さらに拘束が弛んだ。
 彼女は彼の左腕を掴むと、捻りながら背後へと回り込む。
 足を払い冷たい床へとアルトリウスを拘束する。
 その時の衝撃で長いピンク色の髪が床へと落ちた。
 アルトリウスは痛みを感じながらも、首を背後にめぐらせ声を上
げる。
 そしてようやく自身が罠に嵌められたことを知る。
﹁カツラ!? 貴様、エル嬢の偽者か! 謀ったな!﹂
 エル先生役をやったのは、シア直属の護衛メイドの1人だ。
 背格好が近い人物を選んだ。
 唯一、髪色が違うためカツラを被ってもらっていた。
 アルトリウスがエル先生に執着していることを知り、シアに頼ん
で準備しておいた替え玉を準備しておいたのだ。
 彼女はトイレに先回りして待機。
 エル先生と入れ替わり、廊下へと出たのだ。
﹁当然だ。このオレがまだ危険の可能性があるうちに、エル先生を
一人フリーにするはずないだろう﹂

3127
 アルトリウスに気付かれないよう隠れていたオレ、リース、ギギ
さん、旦那様が姿をあらわす。
ピース・メーカー
 クリスは狙撃ポジションについて、他PEACEMAKERメン
バー達は彼を逃がさないよう武装して建物を囲んでいる。
 本物のエル先生は、トイレの窓から抜け出し、別の場所に避難し
てもらっている。
 護衛としてスノー&シアが付いているから安心だ。
 オレ達の姿を確認すると、アルトリウスが睨み付けてきた。
コンバット
 オレ自身、手にした戦闘用ショットガン、SAIGA12Kの銃
口をアルトリウスへと向ける。
﹁この⋮⋮魔王の手先め! エル嬢をどこへやった!﹂
﹁誰が魔王の手先だ。だいたい、この前の戦いで﹃負けた方が、勝
った方の条件を無条件に受け入れる﹄と決まったと思ったんだが?
 なのに後からエル先生を狙いやがって。これって条件違反じゃな
いのか?﹂
 オレは溜息をつきながら指摘するが、アルトリウスは睨み付けた
まま眼光を緩めない。
 絶対にオレ達に屈さないと、その目が如実に語っていた。
01
 一応、相手は正面から戦った始原のトップだ。
 形式的にだが、降伏を促す。
﹁とりあえず、こちらとしてはこれ以上貴方と戦うつもりはない。
これ 01
魔術防止首輪を大人しくつけて、始原から迎えが来るまで大人しく
こちらの指示に従うなら、これ以上の乱暴はしないが⋮⋮どうする

3128
?﹂
﹁ふっ⋮⋮決まっている﹂
 アルトリウスが乾いた笑みを漏らし、敵意を漲らせた声で告げた。
﹁誰が貴様ら魔王の手下に屈するか! 我は人種族最強の魔術師S
級、アルトリウス・アーガーだぞ! 貴様らをここで撃ち倒し、エ
ル嬢を見事救い出してくれる!﹂
 アルトリウスは叫び声を上げると、魔術を展開。
 この狭い廊下に前回のように大量の魔物を召喚しようとした︱︱
が、
﹁ま、魔力が⋮⋮ぐぅ、上手く巡らせられない!?﹂
 当然、このケースも想定していた。
 偽エル先生が刺した小型ナイフには、痺れ薬がタップリと塗って
ある。
 そのため体が痺れ、思考も鈍り、魔力が上手く巡らせられないで
いるのだ。
 どうやら、交渉の余地はないらしい。
トリガー
 オレは躊躇わず、SAIGA12Kの引鉄を絞る。
ショットシェル
 銃口からビーンバッグ弾、非致死性装弾が飛び出しアルトリウス
の顔面にぶち当たる。
﹁ぐがぁ!?﹂
 流石の魔術師S級も魔力なしでは至近弾に耐えきれず、気を失う。
 オレは再び溜息をつきながら、指示を出す。

3129
﹁彼に魔術防止首輪を付けて、傷の治療をした後は地下牢へ入れて
おいてくれ﹂
 この指示に皆が頷く。
 気絶したアルトリウスの首に魔術防止首輪が付けられ、身に付け
ていた鎧などが外されていく。
 それらが終わると、リースが治癒魔術で足のナイフの傷とビーン
バッグ弾で撃たれた箇所を癒す。
 治癒が終わり、武装解除された彼を、4人がかりで地下牢へと運
び込む。
 こうしてようやく、アルトリウスとの戦いが終わりを告げた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 その日の深夜︱︱アルトリウスを捕らえた後、結局、祝賀会は早
々に打ち切られた。
ピース・メーカー
 地下牢へ続く扉の前には、武装したPEACEMAKERメンバ
ーが2人一組で歩哨をしている。
 アルトリウスが囚われている地下牢へ行くためには、この入り口
を必ず通る必要がある。
 彼を地下牢に入れた後、入り口から人がいなくなったことは1秒
たりともない。

3130
 つまり、彼女達の目を欺き地下牢へ入ることは、本来何人にも出
来ないはずだ。
 ⋮⋮しかし今、アルトリウスが入れられている牢屋の内側に、1
人の黒い影が降り立っていた。
 影は頭から黒い外套を被り、ズボン、手袋、ブーツ、顔を隠す仮
面を身に付けている。
 何者かは自らの姿を外部に漏らさぬよう徹底していた。
 お陰で男なのか、女なのか性別すら分からない。
 影は未だ気絶し横たわっているアルトリウスの首に巻かれた魔術
防止首輪に触れる。
 いつの間にか、魔術防止首輪は影の手に握られていた。
 影は首輪を床に落とし、今度はアルトリウスの体に触れる。
 そして、二人は暗い闇の中へ忽然と消えてしまった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁︱︱ッ、ここは⋮⋮?﹂
 アルトリウスが目を覚ます。
 まず目に入ったのは、夜空に輝く星々と黒い仮面だ。
﹁!? 何者だ! ッゥ⋮⋮﹂

3131
﹁⋮⋮何だ、もう起きたのか。相変わらず頑丈だなぁ、アルトは﹂
﹁その声はランスか?﹂
 アルトリウスの言葉に、黒い影のような衣装を身に纏っていた人
物が、空気穴すらない仮面を取り素顔を晒す。
 頭から被っていた外套も取ると、女性と見間違うほど整ったラン
スの顔と金髪が星空の下に晒される。
 さらによく見れば、彼の背後に1人の女性が立っていた。
 その容姿にアルトリウスは見覚えがあった。
 ハイエルフ王国、エノール、妖精種族、ハイエルフ族の元第一王
女であるララ・エノール・メメアだ。
 彼女は随分前から行方不明。
ピース・メーカー
 PEACEMAKER、リュートとの会話から魔王復活を目論む
﹃黒﹄に所属していたことを知った。
 そんな彼女がなぜアルトリウス達と同じ、﹃黒﹄を追っていたは
ずのランス・メルティアと一緒に行動を共にしているのだ?
﹁⋮⋮そうか、そういうことか﹂
 アルトリウスが目の前の状況と所持する情報から、友人であるラ
ンスの立ち位置を推測する。
 ゆっくりと立ち上がり、歯噛みする。
ピース・メーカー
﹁初めて直接、PEACEMAKER団長であるリュートと会話を
した時、魔王復活をララ嬢から聞いたのかと指摘され困惑した。な
ぜなら、魔王復活の情報は、ランス︱︱オマエから聞かされたのだ

3132
からな。しかし、ララ嬢と一緒に行動しているということは⋮⋮﹃
黒﹄と繋がっていたという訳か。どうりで我らが全力で捜索しても
メンバーが1人も捕まらないわけだ﹂
01
﹃黒﹄を追っていた自分たち始原の情報が、ランスを通して﹃黒﹄
のメンバーであったララに伝えられていた。
 故に﹃黒﹄メンバーを捕らえることができなかったのだと自嘲し
てしまう。
 アルトリウスは目の前に立つ友人を睨み付ける。
﹁ランス⋮⋮なぜ、すぐに協力し﹃黒﹄のメンバーを捕らえなかっ
たのだッ!﹂
 激昂するアルトリウスを前にして、ランスは表情を変えずに喋り
出す。
﹁⋮⋮もちろん、アルトには悪いと思っていたよ。騙していたりし
てさ。でも、僕にもある目的があってね。魔王復活を止めたり、5
種族勇者の秘密が漏れるより重要な目的がさ﹂
﹁目的? それは一体どんなものだ﹂
﹁あー、説明してもいいけど、もし話を聞いたら友として協力して
くれるかい?﹂
﹁⋮⋮話の内容による﹂
﹁分かったよ。それじゃ教えてあげる。僕がやろうとしているのは
︱︱﹂
 3人が居る場所。
ピース・メーカー 01
 PEACEMAKERと始原が戦った獣人大陸の平野に風が吹く。
 ランスの話は風が吹く音に紛れて第三者には聞こえなかった。

3133
 アルトリウスが話を全て聞き終えると、暗闇でも分かるほど青い
顔をする。
 彼は思わず声をあげる。
﹁馬鹿な! そんなこと出来るはずがない!﹂
﹁出来るよ。だから僕はこうして﹃魔法核﹄を手に入れたんだ﹂
 ランスはアルトリウスに見せるため、魔法核を取り出す。
 魔法核は本物であると主張するようにその存在感を放っていた。
 その内包する力に、アルトリウスでさえ息を呑む。
 彼は魔法核からランスに視線を戻すと、青い表情で指摘する。
﹁もし⋮⋮仮にそんなことが出来たとして、五種族勇者の真実が世
間に知られる以上の災禍を迎えることになるぞ! 正気か!?﹂
﹁もちろん、理解しているさ。その上で長い間、準備してきたんだ
から。黒すら利用してね﹂
 ランスの返答に苦虫を噛みつぶした表情をアルトリウスは浮かべ
る。
 今度は彼の側で佇むララへと話を振る。
﹁ララ嬢もランスのやろうとしていることを知っていて、協力して
いるのか!? もし実際にそんなことが起きれば、ララ嬢とて人事
では済まされないのだぞ!﹂
 この問いかけにララは涼しい顔で答える。
﹁もちろん。全てを知った上でランス様に協力していますよ。ラン

3134
ス様の為なら、自分の命︱︱いえ、親や妹の心臓だって笑いながら
抉りだしてみせます﹂
﹁ッ︱︱!?﹂
 かつて家族と呼んでいた存在すらも、彼女は笑顔で殺すことが出
来る。
 それはつまり、見ず知らずの奴等なら罪悪感すら抱かず殺害でき
るということだ。
 アルトリウスはその言葉に背筋に冷たい汗を流す。
﹁こ、この凶人共が!﹂
 アルトリウスは叫び声を上げると、2人から距離を取り魔術を展
開。
 魔法陣から魔物が姿を現す。
﹁この世界と人々のため︱︱5種族勇者の子孫、アルトリウスが貴
様等を殺して止めてみせる!﹂

﹁⋮⋮やれやれ。この世界では数少ない友達だから、わざわざPE
ース・メーカー
ACEMAKERの地下牢から助けてあげたのに。その言い草は酷
いんじゃないかな?﹂
﹁黙れ! 貴様はもう友でもなんでもない! この世界の裏切り者
共め!﹂
ピース・メーカー
 アルトリウスはPEACEMAKERに敗北した後、まだ魔物を
補充していない。
 そのため攻撃に使用できる魔物の数は数千ほどしかいない。
 しかし、相手は魔術師A級とBプラス級のみ。
 現状の戦力でも十分殺害は可能だ。

3135
 さらにアルトリウスとランスは付き合いが長いため、互いの能力
を熟知している。
 アルトリウスは攻撃系の魔物をランスとララへ放つ。
 最初にランス達に到達した狼型の魔物が内側から破裂し、死亡す
る。
 これがランスの特異魔術だ。
 魔力を気体にして魔物の内側に注入、破裂させて殺害することが
できる。使い方によって大量の魔物や人、敵を一気に殺害すること
ができる。
 アルトリウスはランスの特異魔術を警戒し、最初に距離を取った
のだ。
 さらに念には念を入れ、翼竜に乗り2人から距離を取る。
 空高く飛べば、ランスの魔力気体を吸い込むことはもうない。
 地上では召喚した魔物の群れが、ランスとララへ猛烈な攻撃を仕
掛けている。
 2対1000の戦い。
 上空からアルトリウスは、その戦況を見詰めていた。
 誰が見ても、ランス達が敵う筈がない。
 だが、彼はすぐに思い出す。
 この場所で、同じように圧倒的戦力差を覆され大切な人を奪われ
たことを。
﹁︱︱がっぁ!?﹂

3136
 気付いた時には遅かった。
 激しい痛みに振り向けば︱︱自身の背中から、誰かの腕が生えて
いる。
 手が自分の体内に突き立てられている、そう理解した瞬間、その
腕がアルトリウスの背中の肉を突き破り、心臓を体内から掌握する。
 今、アルトリウスの全てを支配している者こそ︱︱ランス・メル
ティアだった。
﹁ば、馬鹿な! 何時のまに背後へ⋮⋮! ﹂
﹁あれ? 教えていなかったっけ? これが僕の2つ目の特異魔術
﹃転移魔術﹄だよ。僕は距離を関係なく瞬時に移動することができ
るんだ﹂
 この力で地下牢に閉じこめられていたアルトリウスを助け出し、
彼の首に付いていた魔術防止首輪を外したのだ。
﹁馬鹿な!? 2つ目の特異魔術だと!?﹂
 ランスの言葉にアルトリウスが目を丸くする。
 彼は血を吐き出し絶叫した。
﹁特異魔術は魂の質が通常とは異なるため起きる現象! そのため
1人に一つが原則のはず! 1人の人間に2つの特異魔術などあり
えない!﹂
 さらに付け足すなら、転移魔術はそれだけで他魔術が一切使えな
くなるほど高度な魔術である。
 ﹃転移魔術の使い手を含む集団と戦う時は、奇襲に備えて抵抗陣

3137
を用意しておく﹄のが常識なほど、警戒される希少で極悪な能力な
のだ。
 実際アルトリウスの転移ゴブリンも、転移魔術以外はほぼ使えな
い。
 転移という破格の能力に特化しているせいだ。
 ランスが特異魔術師だとしても、転移以外にも魔術を使用できる
ことじたい破格なのだ。
﹁ぐッ⋮⋮﹂
 ランスの魔術によって心臓が破壊される。
 薄れる意識で彼は愕然とする。
︵もし二つの特異魔術が使用でき、さらにその一つが転移魔術など
︱︱魔術師S級レベルではないか⋮⋮ッ︶
 口から再び血が溢れ流れる。
 意識も保つことが難しくなった。
01
 最後にアルトリウスが思ったのは5種族勇者や始原のことではな
い。
﹁エル嬢、我は⋮⋮﹂
 たった1人の女性のことだった。
 そして︱︱魔物達の姿が煙のように消え去った後。
 残ったのは心臓を抉られ、地面に落下したアルトリウスだけだっ
た。

3138
 一方、ランスはいつの間にか再びララの側に立っていた。
 まるで一歩もそこから動いていないという態度で⋮⋮。実際、転
移で移動したため、確かに一歩も動いてはいないが。
﹁やれやれ、折角助けたのに結局、自分の手で殺害することになる
なんて。これじゃまるで僕が口封じのために殺したようなものじゃ
ないか﹂
﹁計画を知り、妨害しようとしたのですからしかたなかったと思い
ますが﹂
 ランスは魔術で水を作り出し、血で濡れた手を洗う。
 ララはポケットから取り出したハンカチを彼に差し出しながら、
フォローする。
 彼は笑顔でララのハンカチを受け取り、手を拭いた。

﹁ありがとう。さて、つい勢いで殺しちゃったけど⋮⋮アルトリウ

スの死体、どうしようか?﹂
﹁このまま放置しておけば、血の臭いに引かれた魔物が処理すると
思いますが?﹂
﹁さすがにそれは、元友人としてどうかと思うんだよね。火葬でも
しようか、それとも僕の力で地中深くに転移させようか。どうした
もんだろうね﹂
 ランスは手にかけたアルトリウスの死体を前に、映画俳優のよう
に演技臭く肩をすくめてみせた。 3139
第268話 アルトリウスの終わり︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
3月27日、21時更新予定です!
久しぶりに風邪を引きました。しかも1日寝こむレベル。うあぁー、
こんなに酷いのはマジで久しぶりです。
天井がグルグル回ってます。
こういう時、可愛い女の子が看病に来るイベントとか起きないかな
⋮⋮あっ、見えた! 明鏡シスイを看病してくれる女の子が来てく
れたよ! あはははっはは! と︱︱昨日はそんな感じでした。今
日もまだダメージが残っている感じです。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。

3140
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第269話 地下牢
01
 始原との戦い勝利の祝勝会途中、エル先生を連れ去ろうとアルト
リウスが姿を現した。
 彼がエル先生に執着していたことを知っていたオレは、彼女を守
るため一計を案じる。
 シアに頼み、エル先生の偽者を準備しておいたのだ。
 お陰で無事にエル先生を守り、アルトリウスを生きたまま捕らえ
ることが出来た。
 気絶したアルトリウスは魔術防止首輪を付け、地下牢へと押し込
み歩哨を立て、オレの許可があるまで誰も入れないようにしておい
た。
01
 そして始原本部と連絡を取り、彼を引き取ってもらう予定だった

3141
のだが︱︱
 翌朝、アルトリウスへ朝食を届けるついでに、オレは様子を見て
おこうと地下牢へと下りた。
 魔術防止首輪を付けているため、現在の彼は一般人と変わらない。
 しかし念のためシア、スノー、ギギさんにボディーガードとして
付いて来てもらう。
 地下牢外では、いざという時のためクリスやリース達に待機して
もらっている。
 旦那様にも来て欲しかったが、体格が大きすぎて逆に邪魔になっ
てしまう可能性があったため遠慮してもらった。
 旦那様と一緒に地下に下りたら、酸素濃度とか薄くなりそうだし
⋮⋮。
 シアが朝食を載せたお盆を持ち、オレが先頭で地下へと下りる。
 アルトリウスが入っている牢屋へとすんなり辿り着く。
 彼は牢屋に備え付けられているベッドで横になっていたため、ま
だ眠っていると思ったが、よく見れば掛け布団を被っていない。
 床に落ちている。
 さらに眠っている筈なのに胸が上下しておらず、両腕は腹の上に
置かれ重ねられ指先1つ動いていない。
 これではまるで死体のようじゃないか⋮⋮
﹁リュートくん、リュートくん、なんかおかしいよ。あの人から凄

3142
い血の匂いがするよ﹂
﹁⋮⋮ッ!?﹂
 一応警戒して、目を魔力で強化。
 アルトリウスの胸に、トリックや偽装ではなくぽっかりと穴が空
いている。
 オレは背後に居る3人に声をかける。
﹁スノー、シアは下がっていてくれ、ギギさん、一緒に中へ入って
確認してもらってもいいですか?﹂
﹁もちろんだ。むしろ俺1人でもかまわないが?﹂
﹁大丈夫です。一緒に行きます﹂
 ギギさんに気を遣われながらも、鍵を開け中へと入る。
 アルトリウスは胸に穴が空いている以外、まるで眠っているよう
に目を閉じている。
 オレは魔術防止首輪を避けて、彼の首筋に指で触れる。
 皮膚は氷のように冷たく、脈を確認することはできなかった。
 間違いなく死んでいる。
 余りの生々しさに後退ると、ギギさんが入れ替わるように前へ立
つ。
 ギギさんが顔を近づけたり、周辺を確認する。
﹁⋮⋮どうやら背後から心臓を貫かれたのが死因のようだな。その
わりには部屋が汚れていない。むしろ、部屋が汚れないよう殺害後、
あいた胸の処理が施されているな﹂

3143
 言われて気が付く。
 体に穴が空くような攻撃をうけているのに、地下牢の部屋は血痕
が1つもない。
 これは異常なことだ。
 ギギさんの言葉を信じるなら、アルトリウスは背後から心臓を潰
されたことになる。
 自殺として処理するには無理がある。
 つまり、アルトリウスを殺害した第三者が居るわけなのだが⋮⋮
ピース・メーカー
 PEACEMAKERメンバーである歩哨は、オレ達以外、誰も
通していない。
 地下牢の周囲は地面のため窓ひとつない。
 地面を魔術で掘った場合、オレ達の誰かが魔力を感じ取り気付く
だろう。
 かと言って、深夜に手で掘るには時間が足りない。
 ギギさんが難しい顔をする。
﹁唯一の入り口は封じられ、地面を魔術や人力で掘るのも不可能。
ではどうやって、誰がアルトリウスを殺害したのだ? まさか最初
から地下牢に隠れ潜み、アルトリウスが運ばれてきた後、殺害した
のか?﹂
﹁そ、それじゃまだこの地下牢にその犯人さんが居るってこと!?﹂
 スノーがギギさんの推理に驚き、慌てて臨戦態勢を取る。
 シアも手に朝食のお盆を持ちながら周辺を警戒した。
 そんな2人に落ち着くようオレは声をかける。

3144
﹁大丈夫、この地下牢にアルトリウスを殺害した人物なんて潜んで
いないよ。第一、アルトリスが地下牢に運ばれるのを予想して最初
から隠れ潜んでいること自体無理がある。それにもし居たら、すぐ
にシアやギギさんが気付くはずだしね﹂
 気配察知にすぐれた2人なら、たとえ一番奥の地下牢に犯人が隠
れていても絶対に気付くはずだ。
 またオレ自身、どうやって出入り口のない地下牢に忍び込みアル
トリウスを殺害したのか? 誰が彼を殺害したのか? その方法と
犯人が誰か、なんとなく予想が付いていた。
 オレの言葉にスノーが驚く。
﹁凄いよ、リュートくん! それで誰が犯人で、どうやって地下牢
に忍び込んだの?﹂
﹁あくまで推測だけど、犯人は転移で地下牢に忍びこんだんだろう。
アルトリウス自身が転移を使うゴブリンを使役していたんだ。似た
ような力を持つ魔術師や魔物が居てもおかしくない。そして気絶し
たアルトリウスを、別の場所に連れ去り殺害した後、再びこの地下
牢へ連れ戻ったんだろう﹂
 これで地下牢の部屋に血痕1つない説明がつく。
 シアが興味深そうに頷き、尋ねてくる。
﹁では、犯人は一体誰なのですか?﹂
﹁⋮⋮あくまで推測でしかないけど、犯人は︱︱ハイエルフ王国エ
ノール、元第一王女、ララ・エノール・メメア。もしくはその関係
者だろう﹂
ピース・メーカー 01
 PEACEMAKER、始原、5種族勇者、黒、魔王関係でこの
ようなことをする人物は、彼女かその関係者しかいない。

3145
 なぜアルトリウスを殺害し、わざわざ再び地下牢へ死体を置き去
りにしたのか分からないが⋮⋮。
 オレの答えにシアが悲しそうな表情を浮かべる。
 この話を聞いたリースがショックを受ける可能性があるからだろ
う。
 スノーやギギさんは、オレの推測に納得し何度も頷く。
﹁⋮⋮それでどうする。死体をこのまま放置するわけにはいかない
だろう﹂
01
﹁ですね。とりあえず腐らないように処置をします。その上で始原
側にアルトリウスを引き渡します﹂
 ギギさんの問いにオレは答える。
 ララがこうまで早く動くとは予想できなかった。オレはアルトリ
ウスの死に、深く疲れたため息を漏らした。
 念のため地下牢の奥まで調査したが、隠れている人物や手がかり
は一切なかった。
 アルトリウスの遺体は、スノーに頼んで氷漬けに。
 ギギさんが作り出した土製の棺桶に入れて、地上へと運び出す。
 いざと言うときのため待機させていたクリスやリース達に事情を
話し、解散させた。
ピース・メーカー 01
 こうして後味は悪いが、PEACEMAKERと始原の戦いに完
全に決着が付く。

3146
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 アルトリウス死亡後︱︱残る事後処理を済ませていく。
 一番気が重いのが、彼の死をエル先生に伝えることだ。
 アルトリウスに襲われそうになったというのに、地下牢に入れら
れたと知ると﹃会って話がしたい﹄と迫られた。
 流石に捕らえた直後は彼も興奮しており話し合いにならないのと、
まだ気絶しているため許可しなかった。
 アルトリウスが目を覚まし、一度オレが会って彼の興奮が落ち着
いていたら話し合いの場を設けると約束した。
 結局、エル先生との約束を破る形になってしまったのが、さらに
オレの足を重くする。
 しかし、黙っていてもいつかはバレる。
 オレは意を決して、エル先生が使っている客室へと足を運んだ。
﹁そうですか。アルトリウスさんがお亡くなりに⋮⋮﹂
 エル先生には﹃心臓を他者にえぐられた云々﹄は秘密に、彼の死
亡だけを伝えた。
 彼女はソファーに座り、オレとスノーはその対面に腰を下ろして
いる。
 最初、ポツリと呟くと、次にエル先生は涙を零した。

3147
﹁ごめんなさい、リュートくんとスノーちゃんの前なのに⋮⋮。で
も、親しくしてくれていた人がいなくなったと思うと⋮⋮あの時こ
うしていれば、って思うことがたくさん浮かんできて⋮⋮﹂
﹁泣かないでエル先生! エル先生のせいじゃないよ。エル先生は
いっぱい、頑張ったよ!﹂
﹁ありがとう、スノーちゃん⋮⋮﹂
 スノーがエル先生の隣に座り直し、背中を撫で慰める。
 エル先生は無理に笑顔を作りながらも、彼女の肩に頭を寄せ涙を
零した。
 1人で行くのはしんどかったのと、こうなった場合、慰める役目
を頼むためスノーも同行してもらっていた。
 スノーと目が合う。
﹁⋮⋮⋮⋮︵こくり︶﹂
 彼女が頷き﹃ここは任せて﹄と合図してくる。
 オレも同じように頷いて、スノーに後を任せた。
 オレはエル先生に気付かれないよう、そっと部屋を抜け出す。
01
 アルトリウスの遺体は、外交担当のミューアにお願いして始原本
部へ運んでもらう。
 その際、新型飛行船の使用許可を出す。
01
 新型飛行船なら、始原本部まですぐに着く。
 またいざというときドラゴンからでも逃げられるため、何かトラ
ブルが起こって緊急で逃げ出す際は役に立つだろう。

3148
﹁リュートさん、お心遣い頂きありがとうございます﹂
﹁むしろ、護衛としてカレンやクリスとかを連れて行って欲しいぐ
らいだけど﹂
01
﹁いえ、下手に武装して始原本部へ行くといらぬ誤解を与えかねま
せんから﹂
 ミューアはクリスと同じ歳とは思えない妖艶な笑みを浮かべて返
答する。
01
 彼女曰く、アルトリウスの遺体を護衛満載で始原本部へ送り届け
た場合、当時起きた状況を説明しても﹃彼らが団長を殺害したので
は? だから、反撃を恐れて武装しているのでは?﹄と誤解を与え
る可能性があるからとのことだった。
ピース・メーカー
 そのためPEACEMAKERメンバーは、彼女を含めて新型飛
行船を運転するココノと雑務を担当する他3名︱︱計5人で行く。
 他3名に護身用として﹃H&K USP︵9ミリ・モデル︶ タ
クティカル・ピストル﹄を装備させているだけだ。
 不安がないと言えば嘘になる。
 オレはココノに向き直る。
﹁ココノももし少しでも危険を感じたらすぐに逃げるんだぞ?﹂
﹁大丈夫です。新型飛行船があれば、たとえドラゴンに追いかけら
れても問題ありませんから。リュート様はどうかご心配なさらず。
皆様のことはわたしがお守りします!﹂
﹃ふんすっ!﹄とココノは両手を握り締め、鼻息荒く断言する。
ピース・メーカー
 どうやらオレやPEACEMAKERの役に立てるのが嬉しいら

3149
しい。
 体力もココノが積極的に体を動かしたお陰で、比べものにならな
いほどついている。
 しかし、やはり心配だ。
 体力がついたといっても、未だ一般人より弱い。
 足があるといっても、船を下りた後、奇襲を受けたら逃げる前に
全滅だ。やはり密かにでも護衛を付けて警護に当たらせるべきでは
ないか?
 新型飛行船で護衛チームと一緒に移動。
01
 始原本部近くで、護衛チームは一旦下りる。
01
 そして影からココノ達を警護すれば、始原の人々に気付かれる心
配はない。
 これで下手な刺激を与えなくて済む。
 しかし、この案はココノ、ミューア2人から却下された。
 露見した場合のリスクが高すぎるらしい。
ピース・メーカー
 PEACEMAKER側に非はないが、アルトリウスはこちらの
本部地下牢で死亡している。
 なるべく誠実に対応し、印象を良くしたいとのことだ。
 こうして押し切られる形でココノ達の出発を見送る。
 本当に怪我一つなく戻ってきて欲しい。
 もし彼女達に何かあれば︱︱あまり考えたくないが、今度こそ﹃
8.8 Flak
戦争﹄だ。本部頭上に8.8cm対空砲の雨を降らせることになる。
そうなればこちらにも少なくない損害が出ることもあるだろう。
 そうならないためにも、オレはとにかく彼女たちの無事を祈る。

3150
01
 とりあえずココノ、ミューアが無事にアルトリウスの遺体を始原
へ引き渡し、無事に戻ってくれば今回の一件は一応かたがつく。
01 01
 ミューアは戻ってきても始原との事後処理で、暫くは始原本部と
ピース・メーカー
PEACEMAKERの間を行き来することになるだろうが。
 2人が戻ってきたら、エル先生をようやく妖人大陸にある孤児院
へ送り届けることができる。
 それまでに彼女も気持ちを落ち着かせることができるだろう。
 今まではアルトリウスが彼女に執着していたため、孤児院に一人
ピース・メーカー
にするわけにはいかずPEACEMAKERで匿っていた。
 しかし、後味は悪いが彼の死亡でその心配はなくなった。
ピース・メーカー
 本当ならエル先生には、このままPEACEMAKER本部へ残
って欲しいが、本人曰く﹃子供達が待っていますし、それにあの孤
児院は彼との夢の場所ですから﹄。
 そう言われたら、引き止めることはできなかった。
 また旦那様、ギギさんを魔人大陸へ。
 駆けつけてくれたアムを北大陸へと送る予定だ。
 旦那様、ギギさん、アムも問題が片付いたら、自分達で勝手に帰
るつもりでいたらしい。
 オレは3人を引き止め、﹃新型飛行船ならすぐに送り届けられる﹄
と言い聞かせ足止めした。
 さすがにここまで世話になったのだから、送り届けるぐらいした
い。
 それに北大陸には、スノーの両親が居る。
 今回の件や女魔王アスーラ、オレ両親の件や黒トップ、シャナル

3151
ディア・ノワール・ケスランについて話をしておきたい。
 また魔人大陸に旦那様を届けるのは、オレ自身の区切りでもある。
 旦那様を魔人大陸へ連れ戻すことで、ようやくブラッド伯爵家に
起きた﹃ヴァンパイア事件﹄が終わるのだ。
 送り届ける時間を作るため、頑張って事務処理をしないとな。
﹁さて、仕事を始めるか⋮⋮!﹂
 オレは伸びをしてから、書類仕事を終わらせるため執務室に向か
って歩き出した。
                         <第14章
 終>
次回
第15章  日常編5︱開幕︱
3152
第269話 地下牢︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月2日、21時更新予定です!
誤字脱字のご指摘ありがとうございます! 現在は忙しく、ちょこ
ちょこ程度の速度でしか直せず申し訳ありません。気長にお待ちし
ていただければ幸いです。
そして次は日常編になります!
昔でてきたキャラクター達を再度出して会話を色々させて行きたい
と思います。
またこの日常編が終われば、次は新章に突入です!

3153
こちらの方も是非お楽しみに!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第270話 黒下部組織
 新型飛行船﹃ノア﹄に乗り、最初に向かったのは妖人大陸にある
アルジオ領ホードだ。
 エル先生を孤児院へと送り届けるためだ。
 別れる時、エル先生とギギさんの間には神妙な空気が漂っていた。
 2人は互いに想い合っているのだが、ギギさんが孤児院に残るこ
とはない。
 なぜなら彼は、ブラッド家に旦那様を無事届けなければならない
からだ。
 そして以後は、ブラッド家で死ぬまで働くつもりなのだろう。そ
れが裏切った自分の贖罪だと信じて。
 エル先生も子供達を置いて、ギギさんと一緒にブラッド家に行く

3154
わけにはいかない。
 そのためどうしても気まずい空気が流れてしまう。
 しかし何時までもこの場に残っているわけにはいかない。
 エル先生と孤児院の子供達に手を振って別れを惜しみつつ、オレ
達はホードを離れる。そして次に向かったのは、組織﹃黒﹄の下部
組織が存在すると言われる孤島だ。
 女魔王アスーラを巡ってオレ達と戦った﹃黒﹄は、下部組織に資
金調達、裏仕事、情報収集、他雑務を担当させていた。
 その下部組織のまとめ役が、細い針の道具︱︱つまり﹃注射器﹄
を開発した人物らしい。
 人種族の男で、歳は二十半ばを過ぎている。
 名前はレグロッタリエ。
 魔術師としての才能はないが薬学に秀でており、裏社会で名前を
馳せていた。それ故、﹃黒﹄の目につきスカウトされたというわけ
だ。
 一番の特徴は首筋から喉にかけて入れ墨をいれていることらしい。
︵嫌な記憶が蘇るな⋮⋮︶
 前世、オレを殺害したイジメの主犯格でもある相馬亮一が、同じ
ように首に入れ墨をいれていたことを思い出す。
 あの時は恐怖で逃げてしまったが⋮⋮この世界に来てからオレは
修羅場をくぐり抜けて来ている。
 もしあの時のように襲われても、今なら冷静にAK47の弾丸を
弾倉が空になるまで撃ち込める自信がある。

3155
︵しかし、入れ墨に、薬学、そして注射器⋮⋮まさか自分のように
相馬もこっちの世界に生まれ変わったのか?︶
 だとしたらどんな確率だ。
 第一、もし彼が相馬なら、自分よりなぜ歳が上なのだ?
 自分は彼に殺された。
 ならば必然的に、相馬はオレの死後に死亡しているはずだ。
 であれば、オレがこちらの異世界に生まれ変わったもっと後に転
生するのではないか?
︵まぁ転生云々なんてものを、時間的尺度で測ってもしかたないけ
どな。それにその注射器の開発者とやらに会えば、転生者かどうか
なんてすぐに分かるわけだし︶
 ﹃黒﹄の下部組織が存在する孤島に向かいながら、オレはそんな
ことを考えていた。
 オレ達が向かっている孤島は、6大大陸の中心にある﹃中央海﹄
に存在する。
 孤島とは呼んでいるが、実際には小さな島が密集しているものを
1つの島に見立てて呼んでいるらしい。誰かに会話を聞かれても場
所が分からないようにという、裏組織なりの考えもあるのかもしれ
ない。
 一番大きな島は﹃凹﹄の形をしており、その窪みへ隠れるように
商船を襲う船や小型飛行船などが置かれている。
 潮の流れもあり、海で溺れて偶然流れ着くことなど到底ありえな

3156
い、誰からも知られていない島。
 確かに影に潜んで行動する者達からすれば、これほど素晴らしい
場所はない。
 周囲は海で、近付く影があればすぐに気が付くことができる。
 そして誰かが逃げ出そうとしても泳いで辿り着く距離に陸地はな
い。さらに、人を襲う鮫に似た生き物が海にはうようよおり、人が
泳いで近づいてくることもない。
 オレ達が乗っている新型飛行船ノアは、﹃黒﹄下部組織の舟や小
型飛行船が密集して場所を占領しているため、やや沖の方に下降し
停船した。
 もちろん、下部組織の船や小型飛行船の動きを見張るには少し離
れた方がいい、という意味合いもある。
 この島には﹃黒﹄下部組織の本部があるため、砂浜にはノーラの
姿に気付いた部下達が出迎えるように砂浜に集まっている。
 皆、男性で身体が大きく、人相がとても悪い。
 彼らより一歩前へ出ている男性は、ドクロマークの帽子に眼帯、
左手はフックのような義手を嵌め、腰からサーベルを下げている。
 遊園地のアトラクションで出てくるいかにもな海賊ファッション
だ。
 ノーラの話では、注射器を作った入れ墨の男が彼らのトップだっ
たはず。
 あの如何にも海賊長といった格好の男性がトップの筈がないのだ
が⋮⋮。
 海賊長は自分が代表者だと言いたげに、男達より前に立っている。
 さらに遠目に見ても男性達は笑顔だが、どこか落ち着かない空気
を孕んでいる。

3157
 長年、荒事をくぐり抜けてきたため、一発でピンと来た。
 オレは振り返り、小声で皆に﹃一波乱ありそうだから武装してお
くように﹄と指示を出す。
 ノーラは最初、オレの言葉に驚いていた。
 当然だ。
 ﹃黒﹄組織の幹部であるノーラが居るのに、彼女ごと襲おうとし
ている︱︱とオレが言うのだから。
 しかし、予想通り、船を下り砂浜に足を付けると︱︱男達は腰か
ら下げていたサーベル、ナイフ、弓矢、背後に隠し持っていた鈍器
を取り出し襲いかかってくる。
 中には一応、魔術師Bマイナス級が数人交じっていた。
︵⋮⋮やれやれ、ようやく着いたっていうのにとんだ歓迎会だな︶
 オレは愚痴りながらも、辺りに視線を向ける。
 敵の数は、ざっと100名。
 一方こちらが用意した戦闘員はオレ、シア、旦那様、ノーラの4
人だけ。
 残りの人員には新型飛行船ノアに攻撃が届き破損しないよう防御
を頼む。
 万が一、船が壊れた修理が面倒だ。
 ギギさんは最後まで自分も戦うと食い下がったが、オレはそれを
却下した。
 エル先生と別れてからずっと、ギギさんは普段の強面の顔をさら
に顰めていることが多かった。
 そんな不安定な状態で、戦わせるわけにはいかない。

3158
 ギギさんが不覚を取るとは思わないが、何事も絶対はないのだ。
 それにここで男達と戦うのは、実のところ旦那様1人だけである。
 オレ、シアも船を下りたが、あくまでノーラの護衛として付いて
きただけだ。
 最初から戦うつもりはない。
 そのためノーラを背後に隠し、オレはSAIGA12Kを非致死
性装弾の弾倉を入れている。シアはいつも通りコッファーを手にし
ていた。
 そして準備万端が整ったオレ達の前で、旦那様vs黒下部組織︵
海賊風味︶×100人との戦いが今始まる!
 圧倒的な数の前に立ちはだかるのは旦那様唯一人。
 男達は三下台詞を叫びながら襲いかかってくる。
﹁ヒャッハー! 男は皆殺しにしろ! 女達は絶対に逃がすな! 
俺様達の女にしてやるぜ!﹂
 笑い声を上げながら突撃してきた男が、自分のもっとも近くにい
た旦那様へサーベルを両手で振り上げ襲いかかる。
﹁くたばれデカブツ︱︱えっ?﹂
 旦那様は男の攻撃を防御しようともせず、上半身裸のまま刃を受
けた。
 結果、男が手にしてたサーベルの方が折れてしまう。
 男は半分になったサーベルと旦那様を何度も見比べる。もちろん
旦那様の肌に傷など毛筋ほどもついていない。

3159
﹁はははははは! 駄目だ! 駄目だ! 全然駄目だ!! 君達に
は筋肉が足りなさすぎる!!﹂
﹁うごぉ!?﹂
 旦那様は襲いかかってきた男をデコピン1つで一番後方まで吹き
飛ばす。
 吹き飛ばされた男は、倒れたまま動かなくなった。
 指先1つでダウンって、旦那様はどこの世紀末覇者だ。
 てか、どっちが勝つも何も、旦那様相手にただの剣や弓では、傷
どころか産毛を剃れるかどうかも怪しいだろう。
 旦那様は機嫌良さげに、両手の拳をぶつけガンガンと鳴らす。
 飛行船ノアにずっと乗っていたため、筋トレしかできず体を目一
杯動かせるのが嬉しいらしい。
﹁ははははは! どうしたどうした! 遠慮はいらないぞ! 全力
でぶつかってきなさい!﹂
﹁舐めやがって! オマエら! あの筋肉だるまを囲め! 槍持っ
てる奴らは外から突け!﹂
 旦那様は策もなく家の庭を散歩するように真っ直ぐ、男達へと向
かって歩く。
 男達は挑発されたと勘違いし、馬鹿正直に真っ正面からぶつかっ
ていく。
﹁ちくちょう! どうなってやがるッ槍がささらねぇぞ!?﹂
﹁剣もだ! おい魔術師! 魔術師に攻撃させろ!﹂
フレイム・ランス
﹁任せろ! 我が手に灯れ炎の槍! 炎槍!﹂

3160
 男達の怒声に似た指示で、魔術師が3本の炎槍を作り出し旦那様
へと向ける。
 炎の槍は旦那様をめがけて矢のように飛ぶが︱︱
﹁ふんぬ!﹂
﹃ぎゃぁぁぁぁ!?﹄
 旦那様が右アッパーを一閃。
 この時生み出された突風により、男達と炎の槍が文字通り吹き飛
んでしまう。
 この一撃だけでほぼ半数が脱落する。
 運良く突風の範囲外にいた残り半数が、旦那様と自分達の圧倒的
戦力差に凍りつく。
 そりゃ一撃で仲間の半分が脱落したんだから、呆然とするよな。
 彼らが旦那様に挑むなど、素手で戦車に突撃する歩兵より無謀だ。
﹁ま、まだだ! こんな化け物、正面から相手にする必要はねぇ!
 ノーラや後ろにいる男達を人質に取ればまだ俺様達が勝てるぞ!﹂
 この場のトップらしき海賊男が、他部下達を鼓舞する。
 男達は指示通り、旦那様を左右に大きく迂回し避けてオレ達を人
質にしようと群がってくる。
 彼らもどうにかして戦況を覆そうと必死なのだ。
﹁ははははは! 君達の相手は我輩だというのに、いったいどこへ
行こうというのだね! それに女性を人質にとろうとするなど紳士
的ではないぞ!﹂
 しかし、残念! 旦那様からは逃げられない!

3161
 旦那様は自身を避け、左右に分かれてオレ達の方へ向かってくる
海賊達に対して超高速で横移動。
 つまり、反復横跳びをしながら、彼らの移動を遮り通せんぼした
のだ。
 その動きが速すぎて、まるで旦那様が分身しているように見える。
 彼らでは、100年かかっても、旦那様のその壁を越えることは
できないだろう。
 ちなみにギギさんが旦那様の﹃女性を人質にとろうとするなど紳
士的ではない﹄の部分で、目に見えて落ち込んでいた。
 奥様を人質にとったことを思い出してしまったのだろう。
 オレがギギさんの心配をしていると、旦那様が海賊達を次々倒し
ていく。
﹁ははっはははは! まだまだ! 全然、筋肉が震えないぞ! も
っと全力でかかってきなさい!﹂
 旦那様が笑い声を上げて、拳を振るうたび人が木の葉のように飛
ぶ。
 後で話を聞くため、殺害しないようお願いしているのだが⋮⋮死
んでないよな?
 一応、下は硬い地面ではなく砂浜だから大丈夫だとは思うが。
 そして、特に海賊達が活躍することも、旦那様から逃げ出すこと
もできず︱︱彼らはあっさりと壊滅させられた。

3162
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 気絶した海賊達を新型飛行船ノアに乗っていたスノー達にも手伝
ってもらい、拘束していく。
 一箇所に纏め終えてから、代表者らしき海賊船長風の男を叩き起
こし、話を訊くことに。
﹁それでどうしてオレ達︱︱﹃黒﹄の幹部であるノーラを襲ったん
だ? 面識はあったはずだろう。それにオマエ達のまとめ役である
注射器を作った入れ墨の男はどこにいるんだ?﹂
﹁へっ、誰が貴様らなんかに屈するかよ。たとえ拷問を受けたって
仲間は売れねえぞ﹂
 旦那様に手も足も出せず、負けた割にはまだ強気な口が聞けると
は⋮⋮。
 さすが小規模とはいえ、組織のトップだけはある。
 だが、言葉通り拷問して情報を引き出すわけにはいかない。
 どちらが悪役か分からないし、女性陣の目がある。
 それにオレだって、拷問なんて気分の悪くなることはやりたくな
い。
 なら彼の口を割るのを諦めて、他に捕らえた男性達を締め上げる
手もあるが⋮⋮精度という意味では下っ端が持つ情報は当てになら
ない。
 やはり、海賊船長風の男から情報を聞き出すべきだろう。
 本当はこんなことをしたくないが⋮⋮ここのは心を鬼にして﹃爽

3163
やかに汗をかける拷問﹄を受けてもらうことにしよう。
﹁素直に話してくれないのならしかたない⋮⋮旦那様、この男が﹃
自分から話したくなる﹄まで筋肉トレーニングをしてやってくださ
い﹂
﹁はははっはっは! 任せたまえ!﹂
﹁ちょ、ちょっと待って! 何をするつもりだ!﹂
﹁怯えることはない! ただ我輩と一緒に筋肉を震わせて、気持ち
いい汗を流すだけだ!﹂
﹁お、俺様にそっちの趣味はねぇ!﹂
 男はナニと勘違いしたのか、青い顔で悲痛な叫び声をあげる。
 旦那様はそんな縛られたままの船長風の男をひょいと担ぎ、広い
スペースのある砂浜へと移動。
 男の縄とほどき、旦那様主導の筋肉トレーニングの幕が開く!
 ⋮⋮約一時間後。
﹁ぜー、はー、わ、わかった。お、おれさまの、はーぜー、知って
いる情報全部を話すから、ぜーはー、もう勘弁してくれ⋮⋮﹂
 男は海から上がってきたばかりのように全身汗で濡れ、砂浜の上
に寝ころぶ。
 一方、男と同じ︱︱いや、それ以上のハイペースで筋トレをして
いた旦那様は汗ひとつかかず、息すら乱していなかった。
 2人の筋トレを眺めていたオレ達でさえ胸焼けするような運動を
していたはずなのに⋮⋮。

3164
 旦那様にとってあの程度は準備体操にもならないらしい。
 オレはリースからコップを受け取り、男に水を飲ませて情報を聞
き出す。
 男は水を飲み干すと、息を切らしながら話をし出す。
﹃黒﹄メンバーがオレ達を追いかけ、魔王大陸へと行った後、入れ
墨の男レグロッタリエが下部組織を掌握。
 彼に逆らう者は、いつの間にか連れてきていた無骨なロングソー
ドを背負った男に皆殺しにされる。
 またレグロッタリエは、近々世界を統べる程の力が手に入ると断
言。
 自分側につけば﹃黒﹄メンバーの少女達を好きにしていいし、今
後の地位も約束すると言ってきた。
 暴力と甘言、二つを使い分け男達を手なずけたらしい。
﹁それでそのレグロッタリエって奴は今、どこにいるんだ? この
中にはいないようだけど﹂
﹁あいつは数日前、やることがあるって言い残して、ロングソード
の男を連れて島を出たよ。近々帰ってくるって言ってたがな﹂
 つまり、オレ達はタイミング悪く、入れ墨の男を取り逃がしたら
しい。
︵でも、なんだこの違和感は⋮⋮まるでオレ達が島に来るのを分か
っていたように逃げ出した気がするのは︶
 そう︱︱まるで﹃予知夢﹄の能力を持つ、ララのようなタイミン

3165
グの良さだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 入れ墨の男レグロッタリエとロングソードの男が、とある大陸の
海岸へと辿り着く。
 そんな2人を出迎える1人の少女。
﹁お疲れ様。移動大変だったでしょ。近場の町に宿をとってあるか
ら、そこでまずは休みましょう﹂
 ハイエルフ王国エノール、元第一王女、ララ・エノール・メメア
が、目の前の男性2人を笑顔で出迎えた。
3166
第270話 黒下部組織︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月5日、21時更新予定です!
お花見に行ってきました! と、言っても桜が咲いている公園ベン
チでお昼ご飯︵セブンののり弁︶食べただけだけど⋮⋮。
⋮⋮で、でも、一応桜を見ながら食べたからこれも花見だよね!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶

3167
第271話 再見! 北大陸
 襲いかかってきた男達から一通り話を聞き終えると、縛り上げた
まま一箇所に集め拘束。
 男達は北大陸のしかるべき法的機関に引き渡すことになる。
 小型飛行船や船は使えないように破壊する予定だ。
 さすがに船を孤島に放置して、誰かに海賊行為を続けられても困
るからだ。
 ﹃黒﹄下部組織の研究所施設も見て回ったが、特に隠れ潜んでい
る人物はいなかった。
01
 また始原に対抗するため﹃人工的に魔術師を増やせないか?﹄と
彼らは研究を重ねていたようだ。
 そのため魔物の死体や意味不明な薬品、器具、魔術道具などが多

3168
量にある。
 流石にこれらの片付けをスノー達にやらせる訳にはいかない。そ
のため後日、必要な人員を手配して訪れた際、研究施設を閉鎖する
ことになった。
 オレ達は船底に男達を押し込むと、一路北大陸へと出発した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 向かう先は北大陸のノルテ・ボーデンだ。
 ノルテは北大陸の港で玄関口の1つであり、領主であるアムが現
在統治する最大都市でもある。
 新型飛行船ノアを街内側にある広場へと着地させる。
 後程許可を取ってから、屋根のある飛行船専用の倉庫へと移動さ
せるつもりだ。

 倉庫使用に関する権限は、貸しが山ほどある北大陸支部冒険者斡
ルド
旋組合にあるためすぐに取れるだろう。
 さらに船底に押し込んでいた孤島の男達をノルテ・ボーデン警備
兵へと引き渡す。
 元々、北大陸は輸出する品目が少なく、外貨を稼ぐために留置所
を建設。
 積極的に他国の犯罪者を引き受け、代わりに資金援助を受けてい
る大陸なのだ。

3169
 引き受けた犯罪者達は、留置所に連行され地下資源を掘り出す人
材として活用される。
 他国は犯罪者を長期留置する場所や維持費などを削減でき、北大
陸側は危険な地下資源を掘り起こす人材確保と資金援助、さらに掘
り起こした資源をそのツテで輸出することが出来る。
 そのためか﹃北大陸の出身です﹄と告げると田舎者扱いされて馬
鹿にされる。
 これが北大陸という土地だ。
 アムに連れられ、城へと向かう。
 数年ぶりにノルテ・ボーデンへと戻ってくる。
 今回が初のココノ、ギギさん、旦那様は物珍しそうに城内部を見
て回る。
 オレ達は客間へと通された。
 暫くするとアムと一緒にその妻である獣人種族白狼族のアイスが、
子供を抱いて姿をあらわす。
 アイスは長い銀髪の髪はストレートで、背中まで伸びている。獣
耳にはピアスを付けていた。
 身長は高く、胸が小さくスレンダーな体型は母になっても変わっ
ていない。
﹁ようこそいらっしゃいました、皆様﹂
﹁アイスちゃん、久しぶりだよ!﹂
﹁スノーも元気そうでよかった﹂
 スノーが、久しぶりに会う友人&同族のアイスに笑顔を話しかけ

3170
る。
 前はアムが一方的にスノーへ懸想していた。
 アムの幼なじみで昔から彼を慕っていたアイスは一時スノーを敵
視していたが、今は子供を産んだせいか、昔に比べて圧倒的に穏和
になった印象を受ける。
 これが正妻となった女性の余裕か!?
 アイスが初対面であるココノ、ギギさん、旦那様との挨拶を終え
た後、皆の前に香茶が配られる。
 そしてなぜかシアがノルテ城のメイド達を仕切って、お茶を配膳
していた。
 ああ、そういえばノルテを離れる時、城のメイド達に教祖のよう
に慕われていたっけ。
 シアが香茶を配膳している間、女性陣はアイスの周りに集まり彼
女が抱く子供︱︱シユにメロメロになっていた。
 シユは女の子で、白銀の髪に獣耳、ふさふさの尻尾もちゃんと生
えている。
 アム&アイスは、2人とも整った顔立ちをしているため、シユも
将来美少女になりそうだ。
 だから︱︱というわけではないが、女性陣はシユの可愛さに蕩け
そうな顔をしている。
﹁可愛いよ、可愛いよ! 可愛すぎるよ!﹂とスノー。
﹃ほっぺたもプニプニしてます﹄とクリス。
﹁お手ても小さくて、本当に可愛らしいです﹂とリース。
﹁あ、あのアイスさん、シユちゃんを抱っこさせて頂いてもよろし
いですか?﹂とココノ。
﹁もちろん、構わないわよ﹂

3171
 アイスはココノのお願いを笑顔で了承する。
 ココノは愛おしそうにシユを抱き締めた。
 シユも人見知りしないのか、不思議そうにココノを見上げている。
﹁われも! われも! 抱っこしたいのじゃ!﹂とアスーラ。
﹁アスーラ様、次は是非、ノーラにお願いします﹂とノーラ。
﹁うふふふふふ⋮⋮いつかリュート様とわたくしのあいだにもシユ
ちゃんのように可愛らしい赤ん坊が産まれるのですのね﹂
 ココノのお願いにアスーラ、ノーラも続く。
 1人だけ、シユを前に変な妄想をしている奴がいる。全くメイヤ
は⋮⋮。
 スノーはココノが抱くシユを覗きこみながら、アイスに話しかけ
る。
﹁でも話を聞いて驚いちゃったよ。まさかアイスちゃんがすでに結
婚して、子供まで産んでるなんて﹂
﹁スノー達が帰った後、色々あって︱︱﹂
 アイスがその﹃色々あった﹄部分を語り出す。
 話の内容はアムから聞いた物と一緒だ。
 今度はアイス視点で話し聞かされる形になる。
・・ ・・・
﹁アム様が偶然、強いお酒を飲んでしまって。側に居た私がたまた

まアム様を私室へお連れしたんです。でも、私もお酒を飲んでいて、
気付いたら一緒のベッドへ寝てて⋮⋮﹂
 女性陣はアイスの話を興味深そうに聞き入る。

3172
 某一番弟子は﹃その手があったか!?﹄という顔をしていた。
 ⋮⋮おいこら、いったい何をするつもりだ一番弟子。
 そんなわいわいと賑わう女性陣の邪魔をしないようオレ達男性陣
は大人しくソファーに座り話をする。
﹁悪いなアム、うるさくてしちゃって﹂
﹁何、気にすることはない! 地上に舞い降りた天使であるシユを
前にしたら騒ぎたくなるのも当然さ!﹂
 アムは意味もなく前髪を弾く。
 さらに意味もなく前歯を光らせた。
 本当に意味ないな⋮⋮。
﹁それでミスター・リュート達は暫くこちらに居るのだろう?﹂
﹁ああ、そのつもりだよ。スノーのご両親に色々話をしないといけ
ないから。悪いんだが、白狼族がいる雪山奥まで案内できる人の手
配を頼めるか?﹂
﹁お安いごようさ! それじゃ明日までに手配しておくよ!﹂
﹁いや、そんな急がなくても、近日中でいいから﹂
 またオレ達が北大陸へ居る間は、この城の客間を好きに使ってい
いと許可を与えられた。
 街に出て宿屋を探すのもありだが、わざわざ断る意味もない。
 またスノー達がシユの近くに居られることを喜んだため、断る理
由もなくなった。

3173
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日、二重の巨大城壁を越えて、雪山へと入る。
 最初、アイスが直々にオレ達を村へ案内しようとしたが、さすが
に止めた。
 まだ子供は小さいため、母親と離すのは問題があったからだ。
 そしてオレとスノーの2人は、ちょうど買い出しに来ていた白狼
族達と合流し雪山にある白狼族の村を目指す。
01
 今回、スノーの両親に﹃黒﹄や始原、女魔王などについて話をす
る予定だ。
 込み入った話になるため、他嫁やアスーラ、ノーラは置いてオレ
とスノーの2人で会いに行くことになった。
 これから向かう場所にいる白狼族︱︱彼らは、北大陸の雪山に住
む少数民族だ。
 彼らは巨人族と呼ばれる動く石像の群れの間を縫うように移動し
生活をおこなっている。
 そうして年中移動しているため定住先を持たず、北大陸の奥地を
転々としているのだ。
 前回は村へ行くのに先遣隊がいる場所から3日ほどかかった。
 しかし、今回は街の近くに白狼族が村を作ったお陰で、1日ほど
で白狼族の村へ辿り着くことができた。
 今回は見晴らしのいい雪原に村が作られていた。
 白狼族は遊牧民のように移動するため、移った場所で雪と氷でイ

3174
建物
グルーを作る。
 そのため村の印象は雪景色も混ざって、全体的に白い。
 白狼族の子供達は雪で遊び、女性達は保存食を作っている。
 男性達は仕留めた獲物の毛皮を剥いだり、肉の解体などをおこな
っている。
 そんな白狼族の人々が、村へ向かってくる人影に気が付く。
 最初は時季外れの来訪者に警戒を強めたが、距離が縮まりオレ、
スノーの姿に気が付くと一斉に笑顔を浮かべる。
 雪で遊んでいた子供達が真っ先に駆け出して来た。
﹁リュート兄ちゃんだ! えぇ、なんで!?﹂
﹁スノーお姉ちゃん!﹂
 子供達がオレとスノーの周りに集まる。
 女の子はスノーへ嬉しそうに抱きついたりした。
 遅れて大人の女性、男性達もオレ達に駆け寄り輪を作り出す。
 その輪の中に、スノーの母親であるアリルの顔もあった。
 身長はメイヤぐらいで、胸も大きい。肩にギリギリ触れない程度
に伸ばしたセミロングの髪から白い獣耳が出ている。
 オレ達より年上だが、顔立ちは整った美人で、どこか儚げな印象
を受ける。
 そんなアリルさんが、白い頬を嬉しそうに赤く染めスノーを抱き
締める。
﹁スノーちゃん、お帰りなさい。どうしたの急に﹂
﹁ただいま、お母さん。色々あって北大陸に来たからお母さん達に
顔を見せるのと、お話がしたくてきたんだ。お父さんは?﹂

3175
﹁お父さんは若い人達の狩り指導に行っているの。夕方には帰って
くると思うわ。リュートさんも遠いところ来てくれてありがとうご
ざいます﹂
﹁いえ、こちらこそ押しかけてしまって。これつまらない物ですが﹂
 オレは元日本人らしく謙遜しながら、持ってきたお土産をアリル
さんに渡す。
 お菓子、砂糖、酒、香辛料など生活に使えそうな物と嗜好品を選
んで持ってきた。
 形に残る物だと逆に気を遣わせそうだったため、お土産は消費物
にしておいた。
 リースが居れば﹃無限収納﹄に入れてトン単位で持ち込めるのだ
が、今回は欠席してもらったため量は少ないが。
﹁ごめんなさい。変に気を遣わせちゃって。とりあえず立ち話も何
だから部屋に行きましょう。温かいお茶を淹れるから﹂
 アリルさんの好意に甘えて、オレとスノーは白狼族の村へと足を
踏み入れた。
 その日の夕方には、スノー父であるクーラさんが若い衆の狩り指
導から戻ってきた。
 オレとスノーの歓迎会ということで、村全体で豪華な夕飯と酒が
出される。
 白狼族の皆に歓迎され、おもてなしを受けた。
 宴会後、スノー父のクーラさん&アリスさんのイグルーへと移動。
 今夜ここがオレ達の寝場所になる。

3176

 寝る前に、今回オレ達が白狼族の村を訪れた理由︱︱﹃黒﹄や始

原、女魔王などについて話をした。
 シャナルディア・ノワール・ケスラン。
﹃黒﹄のトップが、オレの父、シラック王の弟の娘だったこと。
 渡された﹃番の指輪﹄が、女魔王アスーラを目覚めさせる鍵だっ
たこと。
01
 始原に女魔王の存在と世界の真実を知られたことを悟られ、戦い
を挑まれたが無事撃退したこと︱︱。
01
﹁始原と同じように世界の真実を隠し続けてきた大国メルティアは
未だに沈黙を保ったままですが、オレ達に手を出す可能性は低いと
思います﹂
01
 いくら大国メルティアでも、魔術師S級がトップだった始原を下
ピース・メーカー
したPEACEMAKERにおいそれと手は出せないと思う。
8.8 
 もしこちらに軽い気持ちでちょっかいをかけてきたら、8.8c
Flak FAEB
m対空砲と燃料気化爆弾を城が崩れるまで撃ち込んでやるつもりだ。
 一通り話を聞いたクーラさんが、口を開く。
﹁まさか女魔王︱︱アスーラ様とケスラン王国にそんな関係があっ
たとは⋮⋮。しかもあのシャナルディア様が﹃黒﹄という組織を作
せいむ
って生夢にかかってしまったとは⋮⋮﹂
 クーラさんが肩を落とし、片手で顔を覆う。
 アリルさんも暗い表情をしていた。
 やはり、2人はシャナルディアと面識があったのか。
 機会があれば2人を魔物大陸で眠っている彼女の元へ連れて行く

3177
のもありだ。
 もしかしたら、知り合いである2人に声をかけられ、目を覚ます
可能性がある。
 クーラさんが気持ちを切り替え、場の空気を明るくするように話
を振ってくる。
01
﹁しかしまさかあの始原まで倒すとは⋮⋮リュート君は本当に凄い
な﹂
﹁いえ、これも妻であるスノー達が支えてくれるお陰です﹂
﹁えへへへ、そんなことないよ。リュートくんやみんなが頑張った
からだよ﹂
 スノーは褒められたのが嬉しかったのか、座ったまま器用に尻尾
をパタパタとさせる。
﹁なのでもうクーラさんやアリルさんを狙う人達はいません。だか
ら、今のように隠れて生活しなくても大丈夫になったとお伝えした
かったのです﹂
﹁ありがとう、リュートさん。でも私達は今の生活に十分満足して
いるから大丈夫ですよ﹂
 現在、スノー両親は追っ手に狙われないよう雪山で生活をしてい
る。
 しかし元々、白狼族は雪山を移動しながら生活をする一族だ。
 アリルさんの言葉は気を遣った訳ではなく、本心からだろう。
 それでもオレはスノー両親を狙う存在がもう居なくなったことを
伝えたかった。
 たとえ白狼族として生活をしていれば安全だと言っても、﹃自分

3178
達が狙われている﹄と怯え生活するより、﹃もう心配がいらない﹄
と知った方が心理的ストレスとは無くなり楽になる。
 だから、どうしても伝えたかったのだ。
﹁話は分かった。それでリュート君の母君であるサーリ様の行方は
分かったのかい?﹂
﹁⋮⋮いえ、現在も行方不明です﹂
 ノーラ達から聞いた話では、﹃黒﹄もオレの実母であるサーリの
行方は分からないらしい。
01
 また始原戦後、彼らの情報を洗い出したが実母に関する情報はど
こにもなかった。
 恐らくだが、生存は絶望的だろう。
﹁⋮⋮そうか、リュート君にとって辛い話題を振ってしまい申し訳
ない﹂
﹁いえ、覚悟はしていましたから﹂
 薄情かも知れないが、前世の記憶を持つ自分はこの世界の実母に
対する情は薄い。
 孤児院で育ったのが拍車をかけている。
 むしろクーラさんやアリルさんの方が、オレより思い入れが強い
だろう。
 オレは暗くなった空気を変えるため、話題を振る。
 そして、スノーと一緒に義両親と深夜遅くまで会話をした。
3179
第271話 再見! 北大陸︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月8日、21時更新予定です!
富士見様のHPで軍オタ3巻の表紙が公開されました!
今回はメイヤが表紙を飾っています!
そして軍オタ3巻は4月18日、発売になります。皆様是非、よろ
しくお願いいたします!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動

3180
報告をご参照下さい︶
第272話 久しぶりのブラッド家
 白狼族の村からノルテの城へ戻ってくると、ギギさんが妙に落ち
込んでいた。
 皆に話を聞くと、どうやらアムとアイスの娘であるシユちゃんに
怖がられたため、落ち込んでいるらしい。
 旦那様には喜んで抱っこされ、笑顔を向けるが、ギギさんは顔を
見ただけで泣き出すとか。
 そのためギギさんは、シユちゃんに近づけず距離を取らされてい
るのだ。
﹁リュート、俺の顔はそんなに怖いんだろうか⋮⋮旦那様にはあん
なに懐いているのに⋮⋮﹂

3181
 ギギさんは本気で落ち込んだ表情をして、オレに相談してきた。
 旦那様は筋肉モリモリで、威圧感はあるが常に笑顔で明るく紳士
的な態度を取るため恐怖感はない。
 だからシユちゃんも、旦那様には恐怖を感じず笑顔を向けるのだ
ろう。
 対して実際、ギギさんは強面だ。
 エル先生の件もあり、最近は眉間に皺が深く刻まれさらに人相が
悪くなっている。
 オレ達は慣れているから怖がることはないが、初対面の相手は一
歩引いてしまうかもしれない。
 しかし、まさかそれを本人に直接言う訳にもいかず、オレは適当
に誤魔化すしかなかった。
 そしてそれから数日後、オレ達はノルテを後にする。
 アムから﹃急がずともいいではないか。もっと滞在していきたま
え﹄と勧められたが、﹃旦那様を早く奥様達が待つ屋敷へ帰したい﹄
と伝え納得してもらった。
 吹雪が止んだ後の、晴れ渡った空。
 アムやアイス、シユちゃんとの別れを惜しみつつ、オレ達は新型
飛行船ノアに乗り込み魔人大陸を目指し飛び立った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

3182
 魔人大陸は、世界地図の中心から見ると、時計で言う10時の位
置に当たる。
 個人的に魔人大陸には苦く辛いものから感慨深いものまで、多く
の思い出が詰まっている大陸である。
 アルセド達に騙され奴隷として売られたり、旦那様に奴隷館で買
われ、ブラッド家に連れてこられてクリスと出会ったり︱︱本当に
人生を変える一大イベントが多かった。
 一歩、いや半歩でもずれていたらオレは今頃、鉱山で強制労働か、
男娼などで客を取らされていたかもしれない。
 想像しただけで鳥肌が立つ。
 今こうして、嫁達にかこまれ幸せに過ごせているのは奇跡に近い
ことなのだと改めて実感する。
 そして飛行船ノアは、魔人大陸へ入ると真っ直ぐブラッド家を目
指す。
 ブラッド家に飛行船の専用倉庫はないが、裏手に広い草原がある
ため止める場所に困ることはない。
 だが、すぐ着陸させるのは勿体ない。
 旦那様の帰還を知らせるために、ココノに頼んで屋敷上空をグル
グルと回る。
 その際、クリス、旦那様、ギギさんには飛行船の縁に立ってもら
い戻って来たことをアピールしてもらう。
 こうして派手に演出することで、ギギさんがセラス奥様の指示通
り無事旦那様を連れ戻したことを宣伝する。
 こうすることでほんの少しではあるが、ギギさんの過去の一件を

3183
払拭する一助になればいいと思ったからだ。
 ギギさんに意図を説明すると、渋られる可能性が高いので﹃皆に
旦那様が帰還したことを一目で伝え安心させたい﹄と誤魔化し納得
させた。
 使用人達が上空を旋回する飛行船に気が付き、旦那様達を目にす
ると何人かが屋敷内部へと駆け出す。
 奥様を呼びに行ったのだろう。
 ココノに合図を出して屋敷の裏手にある平原に飛行船を着陸させ
る。
 さらにここから奥に行くと森がある。
 昔あそこに多数のトラップをしかけたり、クリスがM700Pを
持ってギギさんの足止めをしたりしたな。
 そんな感慨に耽りながら飛行船から下りるため甲板へ出ると、セ
ラス奥様をはじめブラッド家の執事長を勤める魔人種族、羊人族の
メリーさん。
 メイド長を勤める獣人種族、ハム族のメルセさん。
 他懐かしい使用人の人達が集まっていた。
 旦那様が最初に飛行船を下りる。
 旦那様とセラス奥様が、数年ぶりに顔を合わせる。
﹁ただいま帰ったぞ。遅くなってすまなかったな﹂
﹁おかえりさない。長旅ご苦労様﹂
 2人は言葉短く会話を重ねる。
 奥様は﹃ダン・ゲート・ブラッドなら、どんな場所からでも絶対
に戻ってくる﹄、旦那様は﹃セラス・ゲート・ブラッドなら、何が

3184
あっても家や使用人達を守っていてくれる﹄と信じていたと言葉に
せず目で語り合っていた。
 そこにはある種の理想的な夫婦像があった。
﹁ギギも夫を連れ戻してくれて、本当にありがとう﹂
﹁⋮⋮いえ、自分はやるべきことをやっただけです﹂
 ギギさんは奥様の言葉に謙遜し、深く一礼する。
 セラス奥様が背後で待ち構える使用人達を振り返り、頷く。促さ
れたメリーさん達使用人が、雪崩のように旦那様へと殺到した。
﹁だ、旦那様! お帰りなさいませメェ∼⋮⋮ッ!﹂
﹁旦那様、よくご無事で⋮⋮ッ﹂
 久しぶりに聞くメリーさんの語尾。
 メルセさんも普段クールな人物なのだが、今回は目に涙を溜めて
旦那様へと声をかける。
 他使用人達も思い思いの言葉をかけたり、抱きついたりしていた。
﹁ははっははは! 皆も元気そうでなにより、なにより! そうそ
う! 皆にお土産も買ってきてあるぞ! 楽しみにしているといい
!﹂
 旦那様はまるで旅行から帰ってきたような態度で、豪快に笑う。
 旦那様の笑い声を久しぶりに聞いて、使用人達も自然と笑みがこ
ぼれる。
 ああ、そうだ。この空気感こそブラッド家だ。
 オレ自身、ブラッド家に旦那様が帰ってきたことでようやく﹃ヴ

3185
ァンパイア事件﹄が終わったのを実感した。
 旦那様をこの場所、皆の元へ連れ戻すことができて本当に良かっ
た。
﹁うん?﹂
 気が付くとクリスが、オレの手を握り締めていた。
 言葉には表さないが、彼女の微笑みがオレと同じように﹃事件を
解決し、長年抱えていたことに区切りをつけることができた﹄と言
っていた。
 オレも微笑み、彼女の小さな手のひらを握り返す。
 数年にわたったブラッド事件は、こうしてようやく本当の意味で
解決を迎えることができた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 旦那様と奥様&ブラッド家使用人達の感動的再会が終わると、屋
敷へと誘われる。
 その前に飛行船ノア用の倉庫を魔術で作り出しておく。
 魔人大陸は基本的に天気が悪い。
 多少の雨は問題ないが、わざわざ濡らす必要もない。
 旦那様&奥様に許可を取り、専用の倉庫を作りに取り掛かる。
 普通の方法で建築した場合、時間がかかる。

3186
 そのため魔術が使えるスノー、リース、シア、メイヤ、ギギさん
にお願いして土で雨露を凌げる倉庫を造ってもらう。
 他使用人達はその間に屋敷へと戻り、オレ達が寝泊まりする客室
の掃除、足りない食料の買い出し、他歓迎の雑務に慌てて取り掛か
る。
 魔術で作り出すため、倉庫は30分ほどで出来上がる。
 久しぶりに親子3人が揃ったクリス、旦那様、奥様は楽しげに会
話をしつつ先頭を歩く。
 オレ達はその後に続く形でブラッド家屋敷へと向かう。
 屋敷へ入ると、執事長のメリーさんが恭しく出迎えてくれる。
﹁ようこそブラッド家へ。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。わた
しはブラッド家の執事長を任されておりますメリーと申します。以
後、お見知りおきをメェー﹂
 先程まで久しぶりに旦那様と再会し、﹃メェ∼﹄と涙声だったの
に、今はどこにだしても恥ずかしくない﹃執事﹄といった態度で出
迎えてくれる。
﹁お疲れのところ申し訳ありませんが、まだお部屋の準備が整わず
少々客室にてお待ちください。ご不便をおかけして申し訳ありませ
んメェー﹂
 そして、オレ達は客室へと案内される。
 客室にはすでにメルセさんがお茶の準備をして待ち構えていた。
 さすがブラッド家メイド長、おもてなしに隙がない。

3187
﹁むぅ⋮⋮ッ﹂
 なぜかシアが、メルセさんを前に目を細める。
 他家のメイドを前にして初めて見る態度だ。
 まるで自分と同等の実力者を前にしたライバルキャラクターのよ
うな顔をする。
 いや、別にブラッド家のメイドに対してシアが対抗意識を燃やす
必要はないよね?
 客室などの準備が終わるまで、オレはセラス奥様と初対面の嫁達
やその他︱︱リース、ココノ、シア、アスーラ、ノーラの紹介をす
る。
 紹介を終えたところで、旦那様が兄弟であるピュルネッケン達に
売られた後何があったのか、旦那様と時折交代しつつセラス奥様に
話し聞かせる。
 旦那様が鉱山で働かされていたこと。
 成果を上げすぎて、上層部に疎まれ再び売られたこと。
 売られた先が魔王アスーラの元だったこと。
 そして、今度はオレ達が話の中心になる。
 旦那様を取り戻すため魔物大陸へ行き、最終的に﹃黒﹄との戦闘
になった。
レギオン 01
 そして、世界の真実を知り軍団トップ、始原との戦いをしたこと。
 冒険譚好きな奥様は、目を輝かせて旦那様やオレ達の話を聞き入
った。
 一通り話を聞くと、奥様は満足そうに笑顔を零す。

3188
01
﹁まさかリュートが貴方やあの始原に勝つなんて、本当に凄いわ。
最初はメイド服を着ていたせいで、女の子と間違うぐらい華奢で可
愛らしかったのにね﹂
﹁リュート様がメイド服⋮⋮?﹂
 この話が初耳だったココノ、アスーラ、ノーラが驚きでこちらを
見てくる。
﹁い、いや、まぁリューはけっこう女顔よりだし、た、たしかにメ
イド服が似合うかもしれんな!﹂
﹁そ、そうですよ! むしろ、リュート様のメイド服姿とか見てみ
たいですよね!﹂
﹁わたしは妻としてリュート様がどんな趣味でも受け入れます⋮⋮
ッ。今度、ココリ街に戻ったらお洋服屋さんを見に行きましょう。
クリス様達とよく行くお薦めの可愛らしいお店があるので﹂
 アスーラ、ノーラ、ココノの順番に語りかけてくる。
 ココノは笑顔で買い物に誘ってくるが、両手は首から提げている
天神教会の聖具を握り締めていた。
﹁変な勘違いしないでくれ。オレに女装趣味はないよ。昔、女の子
と間違われてメイド服を着るよう渡されただけだよ﹂
﹁でも、とても似合っていたわよ。またリュートのメイド服姿を見
たいぐらいだわ﹂
﹁奥様、勘弁してください。アレはまだ子供だったのと、華奢だっ
たのは約1年の船旅で食べさせてもらえずやつれていただけですよ﹂
 笑顔でさらりと怖いことを言い出すセラス奥様に、溜息を吐きな
がら釘を刺す。

3189
 アレはオレの中でも黒歴史の1つなのだから、マジで勘弁して欲
しい。
﹁わたし的にはリュートくんの執事服姿を見てみたいな!﹂
﹁確かに見てみたいですね。私もクリスさんのように執事服姿のリ
ュートさんにお世話して欲しいです﹂
 スノー、リースが目を輝かせて盛り上がる。
 女子はスーツとか執事服とか、フォーマルな格好好きだよな。
﹁リュート様の執事服姿⋮⋮メイヤお嬢様⋮⋮ぐふふふ、お嬢様と
執事プレイ⋮⋮昼は主と執事ですが、夜になると立場逆転⋮⋮﹃さ
チェンバー
ぁメイヤお嬢様、オレのNATO弾を薬室に飲み込んで﹄﹃ら、ラ
カートリッジ ハンマー
メですわ! 弾薬規格が合わなくてキツキツなの! 今、撃鉄で雷
パウダー レシーバー
管、起爆されたら、発射薬が多すぎて暴発しちゃう! 機関部が滅
茶苦茶になっちゃうのぉ!﹄。ふふ⋮⋮ぐふふ⋮⋮﹂
 メイヤは1人俯き、耳まで赤く染めて妄想世界へと埋没する。
 口元からだらしなく涎が垂れていた。
 この弟子どうすればいいんだろう⋮⋮最近、本当にメイヤの扱い
に困っている。
 とりあえず、メイヤのことは置いておいて、さらにオレ達は楽し
い雰囲気の中、会話を重ねる。
 暫くすると客間の準備が整ったので、移動の疲れもあるから︱︱
とオレは断りを入れ客間へと行くことに。
 席を立つ前に隣に座るクリスの肩を叩く。
﹁オレ達は先に客室に行ってるから、クリスはもう少しここでゆっ
くりしていってくれ﹂

3190
﹃⋮⋮ありがとうございます、リュートお兄ちゃん﹄
 クリスはオレの意図を察すると笑顔でお礼を告げてくる。
 数年ぶりの親子水入らずだ。
 クリス、旦那様、セラス奥様︱︱3人で話したいこともあるだろ
う。
 オレ達はクリスに気を利かせて、3人を残して客間を後にした。
 客室は2階の奥にある。
 メルセさんの案内で客室へ着くと、3室に別れる。
 オレ、スノー、リース、ココノのガンスミス家。
 アスーラ、ノーラの元女魔王&黒組。
 メイヤはオレの弟子として1部屋を与えられた。
 シアにも部屋が用意されたのだが、﹃夜間何があるか分かりませ
んので、ノアで寝泊まりさせて頂ければと思います﹄と断られてし
まった。
 確かに倉庫は作ったが、何があるか分からない。
 警護の意味で居てくれるなら助かるのは確かだ。
 飛行船ノアの生活環境も、力を入れているため下手な宿屋より豪
華だ。
 ブラッド家屋敷との行き来が面倒だが、寝泊まりするだけなら問
題ないだろう。
 オレは許可を出し、シアに夜間はノアに泊まってもらうことにし
た。

3191
﹁リュートくん、リュートくん、御夕飯までまだ時間があるけど何
する?﹂
 ソファーに座ってくつろいでいると、背後からスノーが抱きつい
てくる。
 質問をしながら匂いを嗅いでくるのは勘弁して欲しい。
 息がくすぐったい。
﹁オレは久しぶりにブラッド家に戻って来たし、知り合いの使用人
達に挨拶しに行こうと思ってる。スノー達は悪いんだけど、適当に
夕飯まで過ごしていてくれないか?﹂
﹁分かりました。では、そうさせていただきます﹂
﹁折角ですから、リバーシの続きをやりませんか?﹂
﹁いいですね。スノーさんには負け越しているので、今度は勝ちた
いです﹂
﹁ふっふっふっ、わたしは昔からやってるからね。年季が違うんだ
よぉ﹂
﹁今度は負けませんからね。シア、準備をお願い﹂
﹁かしこまりました﹂
 リースが意気込み、シアに指示を出す。
 彼女はどこから出したのか、リバーシの盤&コマをいつのまにか
ソファーの間にあるテーブルに並べ、香茶&茶菓子の準備すら整え
ていた。
 表情には﹃ブラッド家メイドにも仕事では負けませんから﹄と書
かれてあった。
 いや、だから、別に張り合うことでもないだろう。

3192
 スノーはオレから離れると、隣に座りリバーシの白を選択。
 リースは黒を手にする。
 ココノはリースの隣に座り、ニコニコと楽しげに笑顔で2人を応
援した。
 オレはそんな彼女達に断りを入れて、知り合いの使用人達に挨拶
をするべく部屋を出た。
 数年前まで執事見習いとして働いていたため、屋敷の内部構造は
把握している。
 この時間、どこで誰が、どんな仕事をしているのかも把握済みだ。
 これも﹃昔取った杵柄﹄と言うのだろうか?
︵さて、まず最初はどこに挨拶へ行こう⋮⋮︶
 オレは腕を組み、今、挨拶に伺い邪魔にならない人達の顔を思い
浮かべたが、その足を止める人物がいた。
﹁リュート、ちょうどよかった﹂
﹁ギギさん、どうかしたんですか?﹂
﹁話があるのだが、いいか?﹂
 階段を下りる手前で、ちょうど上がってきたギギさんと顔を合わ
せる。
 先程、客間の時に彼は居なかった。
 飛行船ノアから荷物を運んでもらっていたからだ。
﹁実は先程、旦那様達に呼ばれてな⋮⋮⋮⋮その、ブラッド家を解
雇されたんだ﹂
﹁⋮⋮はっ!? か、解雇ってクビってことですか!? ど、どう
して突然! ちゃんと約束通り旦那様を連れ戻したのに!?﹂

3193
ピース・メーカー
 オレに話って、もしかしてPEACEMAKERに再雇用してく
れとか? もちろんギギさんならウエルカムだよ!
 それとも旦那様に義理息子として抗議して欲しいとか?
 オレの表情変化にギギさんが微苦笑を漏らす。
﹁怖い顔をするな。ブラッド家を解雇されたのは、不手際があった
からじゃない⋮⋮旦那様達が﹃もうケジメをつけたのだから、ブラ
ッド家に縛られることはない﹄と仰ってくれたんだ。エルさんを⋮
⋮大切にしろと﹂
 えっ⋮⋮ちょ、何この流れ⋮⋮
 ギギさんが頬を染め、告げてくる。
﹁エルさんに結婚を申し込もうと思うのだが⋮⋮どうだろうか?﹂
 ギギさんがエル先生に結婚を申し込む?
 つまり、エル先生がギギさんと結婚するということ?
 え? えぇ? えぇえぇぇ?
﹃どうだろうかって?﹄って⋮⋮そんなの答えは1つに決まってい
る。
 滅茶苦茶、邪魔してぇぇぇぇええっぇぇぇぇぇぇえッ!!!
 オレは胸中で思わず本音を絶叫してしまった。

3194
第272話 久しぶりのブラッド家︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月11日、21時更新予定です!
なんだかんだでもうすぐ軍オタ3巻発売日!
当日は購入者特典SS&なろうSSをアップする予定なので、今頑
張って通常アップ分と並列で書いています! 今のところ予定では
購入者特典SS﹃もしリュートが、最初にメイヤのところへ売られ
たら?﹄。
なろうSSは﹃メイヤさんの女子力﹄というタイトル予定です︵当
日、タイトルや内容が若干変更になる場合があります︶。
軍オタ3巻表紙もメイヤ、なろうSSもメイヤ、軍オタ3巻購入者
特典SSもメイヤのメイヤさん尽くしでお送りしたいと思います!

3195
当日は軍オタ3巻含めて全部、読んでくださると嬉しいです。
また今回も連続投稿予定してます! が、頑張るぞい︵震え声︶。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第273話 クリスと思い出街デート︱︱そして、そこには﹃絶望﹄が待ってい
 恩のあるギギさんに﹃エルさんに結婚を申し込もうと思うのだが、
どうだろうか?﹄と相談された。
 滅茶苦茶邪魔をしたいが、まさか本当に実行するわけにもいかず
⋮⋮
﹃い、いいいいい、いいいんじゃないですか﹄と震える声音で返事
をした。
 この答えにギギさんは、頷き﹃ありがとう、リュート﹄と嬉しそ
うに微笑んだ。
 ギギさんはエル先生に贈る結婚腕輪資金を貯めるため、暫く冒険
ギルド
者斡旋組合で稼ぐといいだす。
 腕輪を買った後、妖人大陸までギギさんを新型飛行船ノアで連れ

3196
て行く約束もした。
 ⋮⋮別にオレはエル先生とギギさんの結婚を認めた訳じゃない。
 しかし、ギギさんには奴隷時代助けてもらった恩があるし、エル
先生も彼に想いをよせているのは明白だ。
 でも2人が結婚する協力をするとなると、﹃ぐぎぎぎぎぎ﹄と歯
ぎしりする気分になる。
﹃いっそ本当に2人の結婚を妨害するか?﹄とも考えたが、エル先
生の悲しむ顔を想像したら吐き気を覚えるほど胸が痛くなる。
 でも︱︱とよく分からない葛藤を繰り返していると、クリスがオ
レ達の泊まっている客間へと顔を出す。
 彼女は恥ずかしそうにミニ黒板を掲げた。
﹃リュートお兄ちゃん、もし明日お暇なら一緒にお出掛けしません
か?﹄
﹁お出掛け?﹂
﹃はい! その家の近くの街へ、久しぶりに2人で出かけられたら
なと思って﹄
 近くの街︱︱執事時代、クリスと一緒にカレンの誕生日プレゼン
トを買いに行った街か。
 オレとクリスにとって思い出深い街である。
 確かに折角の機会だし、出かけるのは悪くない。
 それに部屋に居たらずっとエル先生とギギさんのことを考えてし
まいそうだ。
﹁了解。それじゃ明日一緒に行こうか﹂

3197
﹃ありがとうございます! 明日、楽しみにしてますね!﹄
 こうして、オレはクリスとデートの約束をした。
 明日は思い切り気分転換をしよう。オレはそう決めて、ギギさん
とエル先生のことを自分の頭の中から追い出すように努めた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌日。
 使用人の男性に馬車を出してもらい、オレとクリスは2人で近く
の街へデートに出かけた。
 前来た時はギギさんが護衛をしてくれたが、今日は彼は朝早くか
ら屋敷を出た。
ギルド
 エル先生に贈る結婚腕輪資金を作るため冒険者斡旋組合へと向か
ったのだ。
 歯ぎしりしそうになる気持ちを落ち着かせる。
 折角、今日はクリスと2人で思い出の街をデートするのだ。
 負の感情に支配されたらもったいない。
 オレとクリスを乗せた馬車は、約1時間かけて近くの街へと向か
う。
 街は平野にあり、高くはないが壁に囲われている。
 前に来た時と殆ど変わっていない。
 昔と同じように門で検問を受けた後、街の中へと入る。
 大きな建物は無く、一般庶民達が集まって出来た商業都市といっ

3198
た感じだ。そのせいか雑多で、行き交う人も多い。
 馬車預かり所に馬車を預ける。
 場所代と角馬の水代を渡す。
 ここまで連れてきてくれた使用人に馬車のことを任せて、オレ達
は街へと出かける。
﹁相変わらずこの街は人通りが多いな﹂
﹃ですね⋮⋮﹄
 商人の丁稚、露店商、主婦達の買い物、ごつい男達が荷物を運び、
うるさいぐらい何人もの声が響き渡っている。
 さらに特徴的なこととして、他大陸とは違い、魔人大陸では多く
の種族が入り交じっている。そのせいでカオス具合がより一層深ま
っていた。
 しかし不快感はなく、むしろそれは街の活気につながっている。
 いつまでも眺めている訳にはいかない。オレ達もこの活気の渦に
潜り込もう。
 オレは2、3度咳払いをしてからクリスに手を伸ばす。
﹁それじゃ僕たちも行きましょうか、クリスお嬢様﹂
﹃はい! 行きましょう!﹄
 執事時代のように﹃お嬢様﹄と呼んで手を差し出すと、クリスは
可笑しそうに微笑む。
 オレも自然と笑みが漏れ出た。
 オレ達は互いに微笑み、互いに手を握り締める。
 まるで昔の執事時代に戻ったように、オレ達は雑踏の中へと歩き

3199
出した。
 今回のデートに明確な目的があるわけではない。
 ただ久しぶりに魔人大陸のブラッド家に戻って来たため、昔を懐
かしみ折角だからと街へ来たのだ。
 オレとクリスは雑踏の中を歩きながら、両脇に並ぶ露店を見て回
る。
 気が付くといつのまにか雑踏を抜け出し、人気もまばらな区間に
出る。
 先程の露店とは違い、人通りは少なく歩く人々も仕立てのいい服
に袖を通していた。
﹁ああ、ここって前にカレンの誕生日プレゼントを買った店がある
通りか﹂
 執事時代、クリスと一緒にカレンの誕生日プレゼントを買った宝
石店がある。
 高級店が集まった区間のため、一般市民はこちらに来ることは殆
どない。
﹃お兄ちゃん、折角なのでそのお店によりませんか?﹄
﹁そうだな。ここまで来た訳だし行ってみるか﹂
 オレはクリスに手を引かれて、宝石店へと向かう。
 商品を買うつもりはないが、見るぐらいいいだろう。
 向かった宝石店は白い石を使った白亜の店だ。

3200
 昔と変わらず白い高級感のある店構え。
 前世の日本の銀座一等地にあっても通用する高級感がこの店には
ある。
 オレ自身、昔は一介の執事でこの手の店に入るのに気後れした。
レギオン 01 ピース・
 現在は軍団トップだった始原を打ち破った新進気鋭のPEACE
メーカー
MAKER代表である︱︱のだが、やはり生来の気質か二の足を踏
んでしまう。
 逆にお嬢様であるクリスは、コンビニレベルの気軽さで店へと入
って行く。
 オレは彼女に手を引かれ、緊張しながら扉を潜った。
﹁いらっしゃいませ。これはブラッド様、ご無沙汰しております﹂
﹃はい、ご無沙汰してます﹄
 以前、カレンの誕生日プレゼント購入を担当してくれた老紳士風
店員さんが、再び応対してくれる。
 店内にはオレ達しかいない。
﹁今日はどういったご用件でしょうか?﹂
﹃近くまで寄ったので、久しぶりに立ち寄らせていただきました﹄
﹁それはそれは、是非ごゆっくりしていってください﹂
﹃ありがとうございます﹄
 クリスと老紳士店員は、朗らかに言葉をかわす。
 こういうやり取りは未だになれないな。
 オレが黙っていると老紳士店員が気を利かせて話を振ってくる。
﹁こちらの方は前にブラッド様とご一緒に執事としておこし頂いた

3201
⋮⋮﹂
レギオン
﹁はい、その節はお世話になりました。今は執事を辞して、軍団の
代表を務めていますが﹂
レギオン
﹁執事から、軍団代表とは随分差がありますね﹂
﹁確かに自分でもそう思います﹂
 オレの返答にクリスが可笑しそうに微笑む。
 釣られてオレ達も微笑みを漏らした。
 老紳士店員がまるで孫達の成長を見詰めるように目を細める。
﹁可愛らしい彼女様ですね。是非、大切にしてあげてくださいね﹂
﹁いえ、彼女ではありません。クリスは自分の妻です﹂
 クリスは嬉しそうに左腕にある腕輪を見せる。
 老紳士店員はなぜか嬉しそうに破顔した。
﹁これは失礼しました。ブラッド様、遅くなってしまいましたが、
ご結婚おめでとうございます﹂
﹃ありがとうございます!﹄
 お礼を言った後、老紳士店員と話をして店を出た。
 次に来るときは、妻達全員を連れて買い物に来ると約束をして。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 宝石店を出た後、オレとクリスは露店のある通りに戻る。

3202
 そして、2人でぶらぶらと歩いて回った。
 小物雑貨を冷やかし、花屋で色とりどりの花々を眺める。
 衣服店に顔を出し、店員とクリスがたわいない会話を交わす。
 執事時代、宝石店を出た後、一緒に見て回った道をオレ達はなぞ
っているのだ。
 狙ってやった訳ではなく、気付いたら同じように回っていたのだ。
 だが、ここまでなぞったら最後までやり通した方が面白い。
 言葉にしなくても、互いに同じようなことを考えていたため次に
向かった店は、露店で売っている揚げ菓子を買いに行く。
 前世、地球でいう揚げパンに近い。
 パンに似た食べ物を油で揚げ、砂糖と香辛料をまぶした品物だ。
 大きさはコンビニで売っている肉まんぐらいで、値段は銅貨2枚
︱︱約200円である。
 この揚げ菓子は、この街の名物品でクリスが学生時代、立ち寄り
カレン達と一緒に食べた思い出の品だ。
 ブラッド家に居る皆にも食べさせたいが、冷めると途端に不味く
なるため買って持ち帰ることは推奨されない。
 行儀悪くオレ達は歩きながら食べる。
 クリスは小さな口を動かし、美味しそうに食べる。
 オレも食べるが、わざと半分残す。
 クリスが食べ終わったのを見計らって声をかけた。
﹁お嬢様、よかったら僕の分も食べませんか?﹂

3203
 彼女は意図を理解し、オレの食べかけをちらちらと盗み見る。
﹃リュートお兄ちゃんの分をとるなんて悪いです﹄
﹁気にしないで下さい。自分はもうお腹いっぱいなので﹂
﹃それでは遠慮無く、いただきますね!﹄
 昔、この場所で交わした台詞を思い返し、2人でやり取りをする。
 なんだかくすぐったく、口元がつい弛んでしまう。
 クリスも同様らしく、目が合うと可笑しそうに微笑んだ。
 オレ達は互いに笑い合いながら、雑踏を歩く。
 さすがに歩き疲れたため、休憩がてらお茶を飲むことになった。
 昔、2人で入ろうとした食堂を発見。
 前回とは違って昼時を過ぎていたため、席は空いていたがオレ達
は外のベンチに腰掛けた。
 これも執事時代をなぞる行為である。
 オレ達は昔したように木製のコップに注がれた果実水を買ってベ
ンチに座り、並んで喉を潤す。
﹁確かこうして2人で並んで休憩していた時、あのオジ達⋮⋮ピュ
ルネッケン達と顔を合わせたんだよな﹂
﹃ですね﹄
 ピュルネッケン達が今、どうなっているのか知らない。
 知りたくもないが。
 もしまたブラッド家に手を出そうというなら、海を越えてオレ達
ピース・メーカー
PEACEMAKERの全戦力をもって叩きつぶしてやる。
 でも、とクリスが文字を書く。

3204
﹃あの人達が騒動を起こしたから、今こうしてリュートお兄ちゃん
ピース・メーカー
やPEACEMAKERのみんなと出逢えて、今一緒に過ごせてい
るとも言えるんですよね﹄
﹁クリスの言う通り、そういう面もあるか⋮⋮。でも、だからとい
って、あんな辛いことはあんまり起きて欲しくないかな﹂
﹃ですね。けど、わたしはリュートお兄ちゃんと一緒ならどんな辛
いことでも、一緒に乗り越えられると信じています﹄
 クリスはトラウマになってもおかしくない﹃ヴァンパイア事件﹄
を思い起こしてなお、オレと一緒ならどんなことでも乗り越えられ
ると断言する。
 オレだってそうだ。
 クリスと一緒なら、絶望的状況でも乗り越えられる自信がある。
ピース・
 さらにスノー、リース、ココノ、メイヤ、シア、他PEACEM
メーカー
AKERメンバー達が一緒なら、世界を敵に回しても勝ってみせる。
 皆と一緒なら、なんだってできる。
 そんな熱い想いがオレの胸を満たした。
 クリスも同様の想いを胸にしているらしく、オレの手を掴む力が
強くなる。
﹁これからもずっと一緒に居てくれよな﹂
﹃もちろんです! ずっと一緒です﹄
﹁クリス⋮⋮﹂
﹁りゅー、と、お兄ちゃん⋮⋮﹂
 気付けば彼女の瞳は潤み、そっと目蓋が閉じられる。
 オレもクリスが愛しくて、彼女の頬に手を添え顔を近づける。

3205
﹁⋮⋮いいですね、幸せそうで﹂
﹁﹁!?﹂﹂
 背筋も氷る呟き。
 オレとクリスは、声に気が付き視線を向ける。
 そこには魔物大陸で仕事をしているはずの受付嬢さんが立ってい
た!
 彼女に似た受付嬢さんは他大陸にも居る。
 なのになぜ﹃あの﹄受付嬢さんだと一目で分かったかというと︱
︱星の瞬きすら飲み込む黒いオーラを放っていたからだ。
 クリスと作っていた2人の世界は、ブラックホールより黒いオー
ラによって飲み込まれ砕かれる。
 クリスが幸福そうな表情から一転して、泣きそうな顔でオレにす
がりついてくる。
 オレだって泣きそうだ。
 あまりの黒いオーラに泣きそうになりながらも、尋ねる。
﹁ど、どうして魔物大陸で仕事をしていた受付嬢さんが、こ、こん
なところにいるんですか?﹂
 彼女は魔物大陸、港街ハイディングスフェルトでギギさんに振ら
れてから、﹃仕事に生きる!﹄と断言。
 聖母のような光をまとって、真摯に働いていたはずだ。
 なんに今はあの時の光が嘘のように消えて、周囲の風景を歪める

3206
ほど黒いオーラを放っている。
 人通りの多い通りのはずなのに、彼女の周りだけは人が避けるよ
うに通り過ぎる。
 屈強な冒険者すら、ドラゴンを前にしたように下を向いて避けて
いくのはシュールを通り越して、恐怖心すら抱く。
﹁⋮⋮実はリュートさん達に宣言した通り、結婚を諦めて仕事に生
きようと頑張ったんです﹂
 話を振られ受付嬢さんがぽつぽつと語り出す。
﹁頑張って、冒険者さん達にあったクエストを出したり、アドバイ
スをしたり。頑張って、人材育成や魔物部位剥ぎ取りのマニュアル
ギルド
作成をしたり。頑張って、頑張って、仕事をして冒険者斡旋組合の
不正や汚職などの暗部を暴き、上司や幹部達を告発して辞任させて
人生の落伍者に追い落としたりしてたら⋮⋮⋮⋮⋮⋮左遷されちゃ
いました﹂
 やり過ぎだよ!
 途中まではしっかり仕事していたから、感心していたのに!
 最後で受付嬢の仕事を飛び越え過ぎだろう!
 なんで受付嬢が上司や幹部達の暗部を暴いてるんだよ!
 いや、告発自体は立派な行為だよ?
 でも、何事も限度ってものがあるじゃないか!
﹁﹃魔物大陸だと女性は危険だから﹄﹃実家に近いほうが働きやす
ギルド
いだろ?﹄と言われて、今はこの街にある冒険者斡旋組合倉庫で働
いているんです。倉庫っていっても今は誰も来ない建物なんですけ
どね。そこで日がな1日、机に座っているだけなんです。ずっと1
人で⋮⋮自分自身の将来みたいに⋮⋮皆から笑顔をもらえる﹃受付

3207
嬢﹄という仕事を頑張ろうと思ったのに、どこで間違えたんでしょ
ギルド
うね⋮⋮ふふふふふふ⋮⋮いっそ、冒険者斡旋組合を辞めて冒険者
にでもなってやろうかしら﹂
 多分、最初から全部間違っているんだと思います。
 恐らく上層部も、色々な問題を知る彼女を強制的に辞めさせるこ
とが出来ず、左遷させたのだろうな。
レギオン
﹁ところでお2人はどうしてここに? 獣人大陸に軍団の本部があ
るはずですよね?﹂
﹁えっと、クリス⋮⋮妻の実家に用事が、あッ⋮⋮!?﹂
 オレは自身の失言に気が付く。
 空気が氷る。
 受付嬢さんを取り巻く黒いオーラの色が濃くなり、範囲が広がる。
﹁嫁⋮⋮実家⋮⋮家族に挨拶⋮⋮へぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇええッ
!﹂
 そこに︱︱絶望︱︱が存在した。
 クリスは受付嬢さんに睨まれ、壊れたオモチャのようにガクガク
震えていた。
 オレも彼女に睨まれ、今にも泣き出し心臓が止まりそうだ。
 さっき﹃クリスと一緒なら、絶望的状況でも乗り越えられる自信
がある﹄と思ったが、無理です。
 この絶望は彼女と一緒でも乗り越えられません。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERが一緒でも無理です。

3208
 死んでしまいます。
01
 これならまだ始原ともう一度戦った方がマシだ!
﹁そ⋮⋮﹂
 オレは膨れ上がる重圧から逃れたい一心で、震える声で呟く。
﹁そ、そういえばき、奇遇ですね。ギギさんも今、こっち来ていて
⋮⋮お、お金を稼ぎたくてクエストをこなしているんですよ﹂
﹁え、ギギさんが冒険者としてクエストを?﹂
 受付嬢さんの圧力が消える。
 まるで重力1000倍から、通常に戻ったような解放感だ。
 受付嬢さんがこの情報を聞き、考え込む。
 彼女のなかでどんな方程式が展開されているかなんとなく察した。
 ギギさんが冒険者をしている ↓ 自分も冒険者として一緒にク
エストをこなす ↓ 危険なクエストを一緒にこなしていくうちに
芽生える恋心 ↓ゴールイン!
 また冒険者になればギギさん以外の男性とも知り合いになれる 
↓ 冒険者として一緒にクエストをこなす︵以下略︶。
ギルド
﹁私、冒険者斡旋組合を辞めて冒険者になるわ!﹂
 受付嬢さんは暗黒オーラを吹き飛ばす太陽のような笑顔を浮かべ
て断言する。

3209
﹁左遷されたからと言ってくよくよするより、心機一転新しいこと
にチャレンジする方が人生を豊かにするわよね! ありがとうリュ
ート君、クリスちゃん! 辞める切っ掛けを作ってくれて! それ
じゃ私、用事ができたから失礼するわね!﹂
 受付嬢さんは瞳を星のように輝かせて、雑踏を走り抜ける。
 オレとクリスが返事をするより早く、その背中は見えなくなって
しまう。
 暫くしてクリスが、悲しそうな瞳で見つめてくる。
 違う、違うから!
 別に彼女の重圧から逃れたくてギギさんや他男性冒険者を生け贄
に捧げるマネをしたわけじゃない!
 ただ気付いたら、先程の台詞を口に出していたんだ!
 しかし、どれほど言い訳しても、オレの良心は痛み、罪悪感が潰
れそうなほどのしかかってくる。
大魔王
 オレの無意識の台詞によって、この世に魔王を越える受付嬢さん
を解き放ってしまったのは事実なのだから⋮⋮。
 その日の夜、ギギさんがクエストを終えブラッド家へと帰ってく
る。
 彼を待っていたオレは、すぐさま声をかけた。
﹁ギギさん、お疲れ様です!﹂
﹁どうしたんだリュート? こんなところで﹂

3210
﹁ギギさんとエル先生が上手くいくよう応援したくて! オレ、ギ
ギさんのこと応援するんで頑張ってください!﹂
﹁そうか⋮⋮ありがとうリュート⋮⋮﹂
 ギギさんは言葉少ないが、心底嬉しそうに微笑みを返してくれる。
 そんな好意的態度がオレの良心に激痛を、罪悪感の重量が数倍に
増す。
 もし今回の一件でギギさんが受付嬢さんに寝取られたら︱︱考え
ただけで胃が痛くなる。
 ごめんなさい、ギギさん。
 オレは好意的な態度を取られるほどの奴じゃないんです。
 やって良いことと、悪いことがあると知っています! でもわざ
とじゃないんです! 気が付いたら口に出ていたんです!
 本当にごめんなさい!
 とりあえず今のオレに出来ることは、ギギさんを応援することぐ
らいしかなかった。
3211
第273話 クリスと思い出街デート︱︱そして、そこには﹃絶望﹄が待ってい
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月14日、21時更新予定です!
さてさて軍オタ3巻発売まで後7日、後一週間です!
ここでさらに追加情報が公開です。まさかあのキャラが3巻に!?
活動報告にて、硯様による新規キャラクター絵をアップさせて頂き
ましたので是非ご確認ください!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動

3212
報告をご参照下さい︶
第274話 ヴァンパイヤ風邪
 受付嬢さんに会った翌日︱︱オレはクリスの自室で床に正座させ
られていた。
 正面にはスノー、リース、ココノが立ち。
 クリスが心配そうに少し離れた場所で、こちらを見守っている。
 スノーはジト目になって腰に手を置き、まるでダメな子に言い聞
かせる若妻のように、頬をふくらませて怒った顔で言う。
﹁⋮⋮リュートくん、わたしもエル先生が誰かと結婚するのは寂し
いよ。できればもう少し、﹃わたし達のエル先生﹄として居て欲し
いと思ってる。でも、同時にエル先生には幸せになって欲しい。そ
れはリュートくんも同じだよね?﹂
﹁⋮⋮はい、同じです﹂

3213
・・
﹁なら、なんでギギさんのことをあの受付嬢さんに話しちゃったの
?﹂
 昨日、受付嬢さんに﹃ギギさんがお金を稼ぐため冒険者として活
動している﹄と話したことがスノー達にバレてしまった。
 オレ&クリスの態度が怪しかったため、2人同時に問い詰められ
話してしまったのだ。
 結果、こうして嫁達にお説教を受けている。
 オレはスノーの視線を受けて、冷や汗を流しながら慌てて弁明す
る。
﹁もちろんオレだってエル先生やギギさんには幸せになって欲しい
と思っているよ! 受付嬢さんの件に関しては、2人の幸せを邪魔
しようと嗾けたわけじゃないんだ! 口を滑らせただけだよ! 他
意はなかったんだ!﹂
﹁でも、リュートくんのエル先生に対する態度はちょっと度が過ぎ
ているところがあるし⋮⋮無意識に妨害しようとしたんじゃ⋮⋮﹂
 スノーの言葉に他嫁達も﹃あぁ⋮⋮﹄と納得したように呟く。
 いや、だからっていくらなんでもあの受付嬢さんを嗾けるマネな
んてしないよ!
 ⋮⋮しないよね?
﹁ですが、これで本当に受付嬢様とギギ様が結婚されたら、エル先
生様がおかわいそうです﹂
﹁うぐッ!?﹂

3214
 ココノはエル先生の心情を想像し、共感。
 彼女はその光景を考えてしまったのか、目尻に涙を潤ませる。
 オレ自身もココノに倣い想像する。
 受付嬢さんにギギさんが寝取られたのを知って、孤児院で密かに
涙するエル先生︱︱想像しただけで発作的に拳銃を自身のこめかみ
に当てたくなる。
 ギギさんも性格上、エル先生を第二夫人になんてしそうにない。
 ギギさんが受付嬢さんと結婚した場合、エル先生は二度も大切な
人を失うことになるのだ。
 事の重大さは理解していたが、改めて自分がやらかしたミスに足
が震える。
﹁とりあえず現状を把握しなければ、対策も打てません。シア、状
況の報告をお願いします﹂
﹁かしこまりました﹂
 リースの言葉にいつのまにかシアが音もなく、オレ達の前に姿を
現す。
 シアは忍者か何かなのだろうか?
﹁いえ、自分はメイドです﹂
﹁⋮⋮心を読むのは止めてくれないか﹂
 思わず素で返事をしてしまう。
 先日の事件発覚後、リースはシアに﹃現在受付嬢さんがどこで、
何をしているのか﹄の情報収集を命じていた。
 シアはその命令を受け、昨日今日で情報収集を終えたらしい。

3215
 彼女は表情を変えず淡々と報告する。
ギルド
﹁受付嬢様は、冒険者斡旋組合へ辞表を提出。即時、退職を要求す
るも留意を求められております。留意する場合、待遇改善として上
層部に上がるポストを提示されていますが、受付嬢様はこれを拒否。
上層部と相談するため時間が欲しいと縋られているようです﹂
ギルド
 つまり、冒険者斡旋組合を辞められて、暗部の情報を流されると
危惧し、慌てて冷遇改善をしようとしているのか。
 上層部ポストといっても権限や名前だけの席はいくつかある。そ
れらに彼女を座らせようとしているのだろう。
ギルド
 冒険者斡旋組合からすれば情報を流出させられるより、ずっとマ
シだ。
 しかし、彼女が求めているものは昇進でも、賃金の値上げでもな
ギルド
い。冒険者斡旋組合と受付嬢さんの要求が噛み合っていないため、
実際に彼女が辞めるまで時間がかかりそうだ。
 これならギギさんにちょっかいを出す暇はないだろう。
 オレは情報を整理して、最悪の事態にならないと知り安堵の溜息
を漏らす。
 嫁達も同じように息を漏らした。
 しかし、シアがさらなる情報をもたらす。
﹁さらに、こちらはまだ裏が取れていない不確定な情報ですが⋮⋮
業を煮やした受付嬢様が、有無を言わさず辞職を強行する可能性が
あります。﹃私には時間がないの! 残り少ない結婚幸せチャンス
を邪魔する奴は、許さないんだから! 親の結婚プレッシャーに比
べれば貴方達の脅しなんてそよ風レベルなんですからね!﹄と絶叫
したのを数人が耳にしたとかしないとか⋮⋮﹂

3216
﹁受付嬢さん⋮⋮ッ﹂
 なぜかオレは涙が流れそうだった。
 もう誰か幸せにしてあげてよ!
 オレは彼女の幸せを願わずにはいられなかった。
 しかし、ギギさんとの仲を応援するかどうか話は別だ。
 リースがシアの情報を聞き終え、現状を整理する。
ギルド
﹁つまり、冒険者斡旋組合側は受付嬢さんを引き止めていますが、
今にも強行して辞職しそうなのですね。ギギさんがあとどれぐらい
で、目標資金を貯められるか分かりませんが、あまり悠長に構えて
いる時間はないということですね﹂
﹁ならどうする? わたし達でギギさんのお手伝いする?﹂
﹁ですが、ギギ様の性格上、その申し出はお断りされる可能性が高
いと思います﹂
 スノーの案をココノが否定する。
 確かにギギさんの性格を考えたら、断られるのが目に見えている。
﹃ならギギさんが目標金額を早く達成するようにお祈りをするぐら
いしかありませんね﹄
﹁あぁ、それぐらいしか方法はないか﹂
﹁⋮⋮いえ、もう一つだけ方法があります﹂
 クリスの案にオレが答えると、リースが真剣な表情でその言葉を
否定する。
 その場に居る全員の視線が彼女に注がれる。
 リースは震える声音を精一杯抑えて、案を提示した。

3217
﹁⋮⋮ギギさんがエル先生の結婚腕輪資金を貯めるまで、受付嬢さ
んが接触するのを妨害するんです。それが恐らく⋮⋮たった一つ、
私達できる役目です﹂
 彼女の案に皆が絶句する。
 あの受付嬢さんの妨害をするだと!?
 それは﹃死﹄と同義語ではないか!
 リースが無理矢理笑顔を作り、オレに向き直る。
﹁もちろん夫の責任を背負うのも妻の役目。その際は⋮⋮私もリュ
ートさんにどこまでもお供致します﹂
﹁わたしも! リュートくんと一緒に行くよ!﹂とスノー。
﹃私もお兄ちゃんと一緒に大魔王と戦います!﹄とクリス。
﹁わたしは何もできませんが、妻としてリュート様や皆様と共に地
獄の底までお供します﹂とココノ。
 妻達が震える足を叱咤し、名乗りをあげる。
 これにシアも声をあげた。
﹁⋮⋮護衛メイドとして、自分も皆様とどこまでもお供します。た
とえ、そこが地の果てであろうとも﹂
﹁みんな⋮⋮ありがとう⋮⋮﹂
 オレは思わず涙ぐむ。
 受付嬢さんの邪魔をする︱︱そうなった場合、無事でいられる確
率は限りなく低いだろう。
 それでも参加するという彼女達を前に﹃感動するな﹄と言うのが
無理な相談だ。

3218
 オレはなんて素晴らしい妻とメイドを持ったのだろう!
 そして、オレは妻達と自室で抱き合う。
 メイドであるシアはその光景を幸せそうに眺め小さく頷いていた。
 こうしてオレ達はミッションインポッシブル的な﹃ギギさんが結
婚腕輪資金を稼ぐまで、受付嬢さんとの接触の妨害をする﹄という
オレ達史上最大の作戦へ向けて、戦略・戦術会議をそのまま開催す
ることとなった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁⋮⋮一体何をしているんだ、リュート達は?﹂
 今日も夕方近くにクエストから帰ってきたギギさんが、ブラッド
家屋敷の様変わりように呆れた声を漏らす。
 朝、屋敷を出た時は、愛するいつものブラッド家だったのに、夕
方戻ると難攻不落の要塞に変わっていた。
ジェネラル・パーパス・マシンガン
 城壁上部には鉄条網が張られ、所々にPKM︵汎用機関銃︶が設
置されている。さらに周囲には地雷が埋められ、バリケードが張ら
8.8 Flak
れ、8.8cm対空砲が複数設置されている。
 ブラッド家使用人どころか、旦那様まで楽しそうにヘルメットを
被って土木作業をしている。
 スノー達も一生懸命、屋敷要塞化の協力をしていた。

3219
 そんな彼女達を指揮するオレに、帰ってきたギギさんが声をかけ
てきたのだ。
 オレは彼に振り返ると、笑顔で挨拶をする。
お仕事
﹁お帰りなさい、ギギさん! 今日もクエストお疲れ様です!﹂
﹁ただいま⋮⋮それでいったいリュート達は何をしているんだ?﹂
﹁ちょっと色々あって、屋敷を要塞化しなくちゃいけない事情にな
りまして⋮⋮﹂
 さすがに﹃受付嬢さんがギギさんと接触する際に篭もるため最終
防衛陣地を構築しています﹄とは言えない。
 手順としては︱︱オレやスノー達が話し合いブラッド家を最終防
衛陣地にして、一時ギギさんを屋敷へと連れ込む。
 そして受付嬢さんが攻め込んできた所を、地雷、鉄条網、PKM、
8.8 Flak
8.8cm対空砲などで時間を稼ぐ間に、ギギさんにはオレとクリ
スが使った秘密の抜け穴を使用してもらい屋敷外へと逃げてもらう。
 森の小屋にはすでにレシプロ機が待機しており、ココノがギギさ
んを空中輸送。
 素早く街へ移動してもらい、飛行船で大陸外に逃げ延びてもらう
予定だ。
 この程度の作戦で受付嬢さんから逃げられるかどうか不安は残る
が⋮⋮。
レギオン
﹁屋敷を要塞化するほどの事態? どこか軍団でも攻め込んでくる
のか?﹂
﹁それくらいならまだ良かったんですが⋮⋮﹂
01 レギオン
 始原レベルの軍団が複数攻めて来てくれた方がまだマシだ。

3220
 落ち込むオレにギギさんが狼狽える。
﹁よくわからんが、もし俺に出来ることがあるなら遠慮無く指示し
てくれ。なんでもするぞ﹂
﹁いえ、大丈夫です。ギギさんはただ自分の身の安全だけを考えて
いてくれれば﹂
﹁? そうか? 良く分からないが気を付けよう﹂
﹁ちなみにギギさん、訊きたいことがあるんですが⋮⋮結婚腕輪の
資金は後どれぐらいで貯まりそうですか?﹂
 それによって作戦が多々変わってくる。
 後2、3日で貯まってくれるならありがたいが、もし数週間かか
るようであれば受付嬢さんが参戦してくる可能性が跳ね上がる。
 イコール、彼女と事を構える可能性も同時に高くなるということ
だ。
 できれば受付嬢さんと事を構えたくない。
 オレだってまだ命は惜しい。
 そんな心配をしていると、ギギさんはとんでもないことを言い出
す。
﹁結婚腕輪の資金はすでに溜まっているぞ﹂
﹁⋮⋮はぁ!? マジですか!﹂
﹁ああ、元々材料費自体は高い物ではないからな。狼族では抜けた
犬歯を1つは自分が認めた友人に贈り、1つは自分の愛する人に贈
るという風習があるんだ。その犬歯を利用して腕輪を作ろうと思っ
て材料費を稼いだんだ﹂
﹁じゃ、じゃ今日はなんでわざわざクエストをやりにいったんです
か!?﹂

3221
﹁リュートの使う新型飛行船、﹃ノア?﹄と言ったか⋮⋮あれの飛
行船代を稼ごうと思ってな。あれならすぐエルさんの居る妖人大陸
へ行くことが出来る。だが、通常の飛行船より速いだろ? だから、
それ相応の運賃を支払わないといけないから、今日も頑張って稼い
できたんだ﹂
 オレは立ち眩みしそうになる。
 そんな理由で今日もクエストに行っていたのか!?
﹁なに他人行儀なことを言ってるんですか! お金なんて無くても
ギギさんを妖人大陸へ送り届けますよ!﹂
﹁いや、ちゃんと対価は得るべきだ。友人、知人だからといって優
遇されるのは間違っている﹂
﹁友人、知人から無理を押して頼み込んでくるなら話は別ですが、
オレ達自身がやりたいんです! そう言うことなら今すぐに妖人大
陸へ行きましょう! 一刻も早く!﹂
﹁今からか? さすがに早すぎるだろう。クリスお嬢様ももう少し
ご実家でゆっくりされたいだろうし﹂
﹁大丈夫です。クリスも必死になってすぐに行った方が良いといい
ますから絶対に!﹂
 オレはギギさんの背中を押し、作業をしているクリスの元へと連
れて行く。
 彼女も一通りの話を聞くと、すぐに妖人大陸へ行くよう進言して
きた。
 それはもうギギさんが後ずさりするほど必死に!
 しかし、ギギさんの結婚ということで旦那様、セラス奥様も同行
したいと言い出す。
 結果、今すぐに出発は難しく最速で明日の昼前の出発になった。

3222
 翌日、昼前。
 予定通り、オレ達はブラッド家を後にして、新型飛行船ノアで妖
人大陸へを目指す。
ギルド
 シアの調査では未だに受付嬢さんは、冒険者斡旋組合側と揉めて
おり辞職にはまだ時間がかかるらしい。
 オレのせいでギギさんが受付嬢さんに寝取られなくて本当によか
った!
 一応、念のため最大速度で魔人大陸を後にする。
 再度魔人大陸へ来た時、受付嬢さんにいい人が見付かっているの
を願わずにはいられなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 新型飛行船ノアはすぐに妖人大陸へと舞い戻ってくる。
 今回はギギさんの結婚ということで、旦那様、セラス奥様、メル
セさんが一緒に付いてきた。
 メルセさんは旦那様&奥様のお世話のため同行した形になる。
 移動途中、問題が起きた。
 クリスが熱を出して寝こんでしまったのだ。
 オレ達は慌てて、治癒魔術をかけるが回復する兆しは無し!

3223
 元々治癒魔術は病気に効き辛い。体力を回復させる程度で、後は
本人次第のところがある。
 なので急いで近場の医者がいる街へ移動しようとしたが⋮⋮旦那
様&奥様が安心するよう声をかけてきた。
﹁落ち着くがいいリュート。クリスがかかったのは﹃ヴァンパイヤ
風邪﹄だ﹂
 旦那様&奥様が﹃ヴァンパイヤ風邪﹄について説明してくれる。
﹃ヴァンパイヤ風邪﹄はヴァンパイヤが一生に一度だけかかる風邪
のことらしい。一度かかったら再発はしない。
 他種族がかかる心配もないらしい。
 この風邪にかからず一生を終えるヴァンパイヤも居れば、子供の
頃すぐにかかるのもいるとか。
 なんだか盲腸とおたふく風邪を一緒にしたような病気だ。
 6∼7日ぐらい熱は続くが、命に別状はないと教えてくれた。
 とりあえずクリスは熱が下がるまで飛行船のベッドで眠ることに。
 クリスはギギさんがエル先生に告白するシーンを見られないこと
を残念がっていた。
 しかし、まさか眠っているベッドの前で告白してもらう訳にもい
かない。
 兎に角、クリスは熱が引くまで安静にしているようにと釘を刺し
ておいた。
 そんな一波乱がありながらも妖人大陸へと辿り着く。
 大陸に入るとすぐにオレ&スノーの育ったアルジオ領ホードとい
う小さな町が見えてくる。

3224
 ここにエル先生が営む孤児院があるのだ。
 新型飛行船ノアを止めて、エル先生が居る孤児院へと向かう。
 ギギさんは自身の犬歯を利用した結婚腕輪を作り終えている。
 後は腕輪をエル先生に手渡せば、2人は夫婦になる。
︵はぁ⋮⋮ついにエル先生とギギさんが結婚か⋮⋮︶
 覚悟していたことだが、溜息が漏れそうになる。
 流石に受付嬢さんの一件もあるため、2人の邪魔をするわけには
いかない。
 エル先生を悲しませるようなマネは出来ない。
 しかし⋮⋮しかし⋮⋮ッ!
 2人が結婚すると胃の辺りが重くなり、溜息が出そうになる。
︵エル先生の幸せを望んでない訳ではないけど⋮⋮︶
﹁⋮⋮リュートくん、また変なこと考えてるでしょ。ここまで来て
ギギさんの邪魔をするつもりなら、いくらなんでも怒るからね﹂
 隣を歩くスノーが目ざとく釘を刺してくる。
 さすが赤ん坊時代から一緒の幼馴染みで嫁。
 オレの考えていることなどお見通しなのだろう。
 オレは慌てて小声で返答する。
﹁ま、まさかそんなつもりないよ! オレだってエル先生やギギさ
んの幸せを願っているんだから﹂
﹁だったらいいけど。本当に変な気をおこさないでよね﹂

3225
 スノーに言質も取られてしまう。
 今更、撤回する訳にもいかず、オレ自身、諦念的心情でギギさん
の後に続いた。
 皆は孤児院入り口から距離を取る。
 ギギさんだけが、1人入り口の扉へと向かった。
 彼1人が中に入り、エル先生に結婚腕輪を差し出し、プロポーズ
する。
 エル先生が結婚腕輪を受け取った後、2人に孤児院外へ出てもら
い祝福する予定だ。
 ギギさんが結婚腕輪が入った箱を確認し、扉をノックする。
﹁んんッ! ふっぅ⋮⋮﹂
 緊張のためかギギさんが咳払いをする。
 なぜかオレの右腕をスノー、左腕をリース、前を阻むバリケード
のようにココノが立っている。
 何これ? オレが妨害しないようという布陣に見えるんですけど?
 そんなに信用ないのか? 無いんだろうな。エル先生関係につい
ては自分自身、自信がないほどである。
 そうこうしていると扉が開く。
 中から姿を現したのは︱︱オレやスノーもお世話になった孤児院
を手伝ってくれているオバさんだった。
﹁あらあら! えっと⋮⋮たしか、ギギさん? だったかしら?﹂
﹁はい、獣人種族、狼族のギギと申します。エルさんはいらっしゃ

3226
いますでしょうか?﹂
 ギギさんはおばさんを怖がらせないように紳士的態度で接する。
 おばさんは、エル先生の名前を出されると、頬に手を当て溜息を
つく。
﹁それが聞いてくださいよ。エル先生ったら、今朝早く凄い人に連
れて行かれちゃって﹂
﹃!?﹄
 流石にこの展開は予想してなかった!?
 エル先生が連れて行かれた!? 誰だ、その凄い人って奴は!
 オレ達のエル先生に手を出すなんて不届き者が!
 一体どこの誰が連れ去ったっていうんだ!?
 ギギさんも慌てた様子で問いかける。
﹁え、エルさんが連れされられた!? いったいどこに! それに
誰に連れ去られたというんですか!?﹂
﹁それがねとっても凄い人で、なんとあの魔術師S級、獣人種族、
じゅうおうぶしん
﹃獣王武神﹄って名乗ってて、もう驚いちゃったわ﹂
 ⋮⋮えっ?
じゅうおうぶしん
 魔術師S級、獣人種族、﹃獣王武神﹄ってあの?
 おばさんの言葉が嘘でなければ、エル先生は再び天才すら越えた
﹃人外﹄﹃化け物﹄﹃怪物﹄と呼ばれる魔術師S級に連れ去られた
ことになる。

3227
 ︱︱どうやらエル先生とギギさんとの結婚は、天神様はもういな
いが恋の神様的何かによって妨害を受けているらしい。
 当人のギギさんは、あまりの事態に暫し固まって動かなくなって
しまった。
第274話 ヴァンパイヤ風邪︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月16日、21時更新予定です!
ついに軍オタ発売まで残り3日となりました!
という訳で上記更新日は間違いではありません、明日16日、17
日、そして18日︵発売日︶と連続更新になります! さらに発売
日18日にはなろう特典SSと、購入者特典SSのifシリーズ︵
今回はメイヤとのifシリーズとなります!︶もアップ予定です!
 是非小説と一緒に楽しんで頂ければ嬉しいです。
さらに献本が贈られて来ましたので活動報告にアップしました! 
大きなサイズでの表紙もアップしておりますので、よかったご確認
してください。メイヤとリュートがいい感じです!

3228
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第275話 獣王武神
 一般的な魔術師としての才能を持つ者はBプラス級が限界だと言
われている。
 その先のA級は一握りの﹃天才﹄と呼ばれる者が入る場所だ。
 さらにその天才すら越えたS級は﹃人外﹄﹃化け物﹄﹃怪物﹄と
呼ばれる存在である。
 この異世界にS級は5人が居た。
 妖精種族、エルフ族、﹃氷結の魔女﹄。
ロン・ラオシー
 竜人種族、﹃龍老師﹄

3229
 魔人種族、﹃腐敗ノ王﹄。
ばんぐん 01
 人種族、﹃万軍﹄、始原団長、アルトリウス・アーガー。彼は何
者かに殺害された。故に現在、人種族には魔術師S級は存在しない。
じゅうおうぶしん
 ︱︱そして、獣人種族の魔術師S級、﹃獣王武神﹄だ。
 獣人大陸奥地から動かない獣人種族最強の魔術師。
 大陸奥地から出てこないため滅多に人前には現れず、名を上げる
ため戦いを挑みに向かった者達は、1人も生きて帰ってこなかった
と言われている。
 数少ない情報を繋ぎ合わせると身の丈3mはある益荒男で、傷を
負っていない箇所がないほど全身傷だらけ。
 食事は基本的に血の滴る生肉。大酒飲み。
 逆らう者には容赦せず、腕を振り抜いただけで100人の魔術師
を倒すことができるほど強者らしい。
 そんな化け物のような魔術師にエル先生は攫われたのか!?
 こうしちゃいられない!
 今すぐ新型飛行船ノアで、連れ去られたエル先生の後を追い奪還
しなければ!
 固まっているギギさんや妻達に声をかけようとすると、聞き覚え
のある声音で呼びかけられる。
﹁リュート君、スノーちゃん⋮⋮ギギさん達まで、どうしてここに
いるんですか? 確か魔人大陸にダンさんを送り届けに行ったはず

3230
じゃ﹂
﹁エル先生! 無事だったんですか!?﹂
 声に振り返ると、そこには連れ去られたはずのエル先生が立って
いた。
 エル先生はいつもの服装で、特に逃げるため必死になった様子は
なく、衣服が汚れていることもなかった。
じゅうおうぶしん
 S級魔術師獣王武神に連れ去られたという様子ではなく、ちょっ
とした用事で出かけて戻ってきた︱︱という感じだ。
﹁エル先生、大丈夫だったんですか!? 今、おばさんから、あの
じゅうおうぶしん
獣王武神に連れて行かれたと聞いたんですが!﹂
﹁はい、そうなんです。隣町で急患が出て、行き慣れているので私
1人でも大丈夫だと言ったのですが⋮⋮﹃安全のため僕もついて行
く﹄と無理矢理、手を引いて連れて行かれちゃって﹂
﹁ん?﹂
﹁はい?﹂
 あれ? なんだか話が噛み合っていないような⋮⋮。
﹁エルお姉ちゃん、彼らはいったい何者なんだい?﹂
 エル先生との食い違いに首を捻っていると、彼女の後ろに居てす
ぐに気が付かなかったが1人の少年が立っていた。
 金髪のショートカットに、獣耳。背後から黒と黄色の縞模様の尻
尾が動いているのが分かる。その耳、尻尾から獣人種族とすぐに分
かった。
 身長は低い。オレの胸元ぐらいしかないせいで、女性にしては背

3231
の高いエル先生の背後に隠れてしまうほどだ。
 動きやすさを重視した革製胸当て、膝・肘当てを身にまとってい
る。
 目は大きく、口を動かすと犬歯が覗く。
 顔立ちも整っている美少年で、睫毛も長いせいか中性的な雰囲気
があり、スカートをはいていたら女性と見間違ってしまいそうだ。
 しかし、今彼はエル先生のことを﹃エルお姉ちゃん﹄と呼ばなか
ったか?
 場の空気がさらに困惑に染まる。
 当事者の1人であるエル先生が状況を整理するため、ある提案を
する。
﹁とりあえず玄関先で立ったままお話をするのも何ですから、お茶
を飲みませんか? そしてお互い順番にお話をして、状況を整理し
てはどうでしょう﹂
﹁さすがエル先生! それじゃ早速、お茶の準備をしますね! 人
数も多いですから、孤児院の裏庭をお借りします。リース、頼む﹂
﹁分かりました、お任せください﹂
 そして、オレ達は孤児院の裏手へ回る。
 リースの無限収納からテーブル、椅子、お茶、茶菓子などを出す。
 シアがそれらを受け取り、魔術でお湯を沸かして席に着いた各人
の前へ香茶を出していく。
 その際、メルセさんも手伝いをした。
 2人の熟練メイドが動いたため、特にオレ達が手伝いをすること
もなくすぐにお茶会の準備が整う。

3232
 落ち着いたところでまずはエル先生と見慣れない美少年から、話
を切り出した。
とら
 エル先生と一緒にいた獣人種族の美少年の名は︱︱獣人種族、虎
ぞく
族、魔術師S級、タイガ・フウー。
じゅうおうぶしん
 そう彼こそが獣王武神その人である。
 誰だよ﹃身の丈3mの益荒男﹄と言い出した奴は⋮⋮。
 彼曰く、自分は元々エル先生の婚約者だったらしい。
 しかし、エル先生が人種族の男性と駆け落ち。
 最初は死ぬほど落ち込んだが、彼女が幸せになるならと身を引い
た。
 しかし、最近になって偶然、エル先生が人種族の魔術師S級、﹃
ばんぐん
万軍﹄アルトリウス・アーガーに攫われたと知る。
 慌てて彼女を助けに行こうとしたが、すでに事件は解決し彼女も
無事だと知り安堵したらしい。
 タイガは、ずっとエル先生が駆け落ちした人種族男性と幸せに生
活していたと思っていた。しかし、今回のアルトリウスの一件で決
して彼女が穏やかな生活を送っていないことに気が付いた。
 改めてエル先生の件について調べると、すでに駆け落ちした人種
族男性は死亡。
 彼女は女の細腕で孤児院を経営していることを知る。
 その事実を知ったタイガは、1人エル先生が経営する孤児院を目

3233
指し旅だった。
 今度こそエル先生と結婚し、一生彼女を守ろうと誓ったらしい。
 そしてつい3日前ほど、孤児院に到着。
 エル先生との久しぶりの再会を果たした。
 手伝いのおばさんが言っていた﹃連れ行った云々﹄も、隣町で急
患が出たためエル先生が1人で向かおうとしたところ、タイガは彼
女の安全を考えて魔術師S級である自分が護衛に付くと無理矢理手
を引いて隣町へ向かったらしい。
 つまり誘拐ではなく、ただの勘違いだ。
 一通り、タイガが説明するとエル先生が一部否定する。
﹁タイガ君は私の婚約者ではありませんよ。タイガ君にも何度も言
っているじゃないですか﹂
﹁そんな! 昔、﹃大きくなったら、結婚しようね﹄って約束した
のに!﹂
﹁あれは子供の頃のお話です。それにタイガ君が一方的に言ってき
ただけで、私は応じると答えた覚えはありませんよ﹂
﹁うぅ∼酷いです、エルお姉ちゃん﹂
 どうやらエル先生が子供時代。
 まだ獣人大陸奥地の小国のお姫様の時エル先生は、双子の姉︱︱
アルさんに連れて行かれ城を抜け出した。
 その際、森で1人泣いているタイガと出会う。

3234
 励ますと、彼はエル先生に懐いた。
 そして、彼が﹃大きくなった結婚しようね﹄と約束を求めてきた
らしい。
 エル先生は曖昧に笑い頭を撫でただけだったとか。
﹁それでどうしてリュート君達はここに居るの?﹂
 エル先生側の事情を聞き終えると、今度はこちら側へと質問して
くる。
 オレ達は返答に窮した。
 オレが﹃ギギさんが結婚を申し込みたいと言うのでここまで連れ
てきました﹄とは言えない。
 人生において大切なプロポーズの台詞を奪うようなマネは流石に
できない。
 ギギさんに視線を向けると、小さく頷く。
 席を立ち、手にしていた箱を開きエル先生の席へと歩み寄る。
 エル先生もただ事ではない空気を察して、席を立ち2人は互いに
向き合う。
 ギギさんは蓋を開いた箱をエル先生へ差し出した。
 彼女も箱の中身に気が付き、両手で口元を押さえて驚く。
﹁!? これは⋮⋮﹂
﹁そうです。結婚腕輪です。狼族の風習で、抜けた犬歯の1本は信
頼する親友に贈り、もう1本は生涯を共にする妻へと贈るんです﹂
﹁ギギさん⋮⋮ッ﹂
 エル先生の瞳から真珠のような涙が浮かび上がり零れる。
 ぐぐぐぐぐ⋮⋮ギギギギギ⋮⋮エル先生が﹃生涯で一番の幸せ﹄

3235
という表情をしているため、邪魔するわけにもいかず歯噛みするし
かなかった。
 気が付けば再び、右腕をスノー、左腕をリース、立ち上がるのを
妨害するようにココノが両肩に手を置き押さえつけてくる。
 彼女達に押さえつけられては、流石に振りほどき邪魔をすること
もできない。
﹁ンギギギギぃ⋮⋮ッ﹂
 思わず歯ぎしりが口から漏れる。
 今なら血涙を目から流せそうだ!
 プロポーズは最終段階を迎える。
 ギギさん自身、照れているのが分かるほど顔を赤くし告白する。
﹁これをどうしてもエルさんに贈りたくて、リュート達の力を借り
てここに来ました。自分は口べたで⋮⋮気の利いたことは言えない
のですが、え、エルさん、エルさんには自分と生涯を共にして欲し
くて、その自分とけっこ︱︱﹂
﹁ちょっと待った!﹂
 最後の台詞を言い終わる前に、タイガが割って入る。
 彼は両手を広げエル先生の前に割り込み、ギギさんを睨み付ける。
﹁今更何をしに来たかと思えば⋮⋮ギギさんでしたか? 貴方にエ
ルお姉ちゃんと結婚する資格なんかない!﹂
﹁いいぞ! タイガ! もっと邪魔しろ! ︵おい! いい加減に
しろ! ギギさんの邪魔をするな!︶﹂
﹁リュートくん、本音と建て前が逆だよ﹂

3236
﹁リュートさん、お口をちょっと閉じましょうね﹂
﹁リュート様、失礼します﹂
﹁もごもが!?﹂
 スノー&リースからツッコミを入れられ、肩に手を置いていたコ
コノが背後からオレの口を押さえる。
 わざとじゃないんだ! つい本音が出ただけで、悪気はないんだ
よ!
 しかし、オレの声も真剣に見つめ合う3人には届かなかったらし
い。
 3人はオレ達を蚊帳の外に話を進める。
 タイガがギギさんを睨み付けながら吐き捨てた。
﹁僕は無理矢理エルお姉ちゃんを手籠めにしようとしたアルトリウ
スは許せない。でも一番許せないのはギギさん、貴方だ! アルト
リウスの手からエルお姉ちゃんを救ったと本人から聞いた。その時、
僕は知らずに獣人大陸の奥地にただ居ただけだ。その点に関して僕
には何も言う資格はない⋮⋮。けど、どうして想いを寄せるエルお
姉ちゃんを残して魔人大陸に行ったんだ! どうして側に居て支え
ようとしなかったんだ!﹂
﹁ッ! そ、それは⋮⋮﹂
﹁エルお姉ちゃんが貴方に好意を抱いているのは、僕だってすぐに
分かった。だからなおさら許せない! 互いに愛し合って居たのに
どうして見捨てたりしたんだ! そのせいでお姉ちゃんは二度も愛
しい人との別れを経験したんだぞ!﹂
 タイガの瞳にさらに力が篭もる。

3237
﹁貴方はエルお姉ちゃんと結婚後、もし﹃旦那様﹄とやから彼女を
捨てて魔人大陸へ戻ってこいと言われたらどうするつもりだ? 恩
や義理、そんなものの為にまたエルお姉ちゃんを見捨てるんじゃな
いのか?﹂
﹁!? ち、違う! そんなこと︱︱!﹂
﹁僕は!﹂
 ギギさんの台詞をタイガが遮る。
﹁僕なら絶対にエルお姉ちゃんの側から離れない! 何があっても
だ! そのために獣人大陸で築いた地位も僕は捨ててきた! エル
お姉ちゃんの側にずっと居続けるために! ギギさん、僕は貴方を
絶対に認めない! たとえ貴方が世界中の人々から認められてもだ
!﹂
 タイガの台詞にギギさんが後ずさり、片膝を突く。
 外部的痛みではなく、魂に突き刺さる心情的痛みに膝を突いたの
だ。
 だが、確かにタイガの言葉は一理ある。
 可能性はほぼゼロだが、もしエル先生とギギさんが結婚。
 その後、旦那様がエル先生と共に魔人大陸へ来るよう迫ったらギ
ギさんは断れるだろうか?
 旦那様が裏切ったことを盾に迫られたら、ギギさんは断れない気
がする。
 そうなったら、エル先生はこの孤児院を閉じて、子供達と共に魔
人大陸へついて行くだろう。
 結局、それはギギさんがエル先生の優しさに甘えているだけだ。
 家庭を持つなら、しっかりとエル先生を守って欲しい。

3238
 いくら相手が旦那様相手でも、毅然とエル先生を守って欲しい。
 一方、タイガは今まで築いてきた地位や名声を捨てて、エル先生
の元へ馳せ参じた。
 これから何があろうと一生側に居て守ると、言葉ではなく態度で
示している。
 今の時点でどちらが信用できるかなんて口にしなくても、ギギさ
ん本人がよく分かっているだろう。
 当事者の1人であるエル先生が、対峙する2人に声をかける。
﹁タイガ君、ギギさん、私はもう気にしてませんからそれぐらいで、
ね?﹂
﹁⋮⋮いいえ、エルさんがよくても自分自身が許せません。他者に
指摘され、初めて自分がどれほどエルさんを傷つけることをしたの
か知りました。⋮⋮本当にすみません﹂
 エル先生の言葉を聞いて、ギギさんは首を横に振る。
 彼はゆっくりと立ち上がると、改めてタイガと正面から向き直っ
た。
﹁ですが、自分はエルさんを諦めるつもりもありません﹂
﹁ギギさん⋮⋮﹂
 エル先生が嬉しそうに頬を染める。
 ぐぐぐぐぐぐ⋮⋮ッ!
﹁どうすれば自分がエルさんに相応しく、彼女を任せられると認め
てくれるだろうか? ここで旦那様との縁を切れば納得する、とい
うなら従おう﹂

3239
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 ギギさんは本気だ。
 もしタイガがそう要求したら、この場で旦那様や奥様と縁を切る
と宣言するだろう。
 旦那様達も胸中は悲しむが、表面上は笑顔で納得するだろうな。
 ギギさんやエル先生に負い目を持たせないように、明るく。
 だが、それで本当にいいのだろうか?
 折角、﹃旦那様を見付けて連れ戻す﹄という区切りをやり遂げ、
ギギさんの愛するブラッド家の皆と再び縁が持てたのに。
 それを自ら断ち切らせるなんて⋮⋮
﹁だが、俺はできれば旦那様や奥様、ブラッド家の皆と二度と会え
ないようにはなりたくない。これは俺自身の我が儘だ。だから、あ
えて自分の我が儘を押し通させてもらう。タイガ殿、アナタを倒す
ことでエルさんに俺が相応しいと認めて欲しい。そして、ブラッド
家との縁を持つことも認めて欲しい﹂
 ギギさん!? 何を言い出すんだ! 相手は魔術師S級の化け物
だぞ!
 他の皆もあまりの無茶条件を耳にして、顔色を変える。
 もちろんタイガ本人もだ。
 ギギさんはエル先生へと視線を向ける。
﹁すみません、エルさん。勝手に条件を提示するようなまねをして﹂
﹁いいえ、私は信じていますから。ギギさんが私を絶対に迎えに来
てくれるって﹂
 2人は見つめ合い目で会話をする。

3240
 一瞬にして2人だけで世界を構築した。
 そんな世界をタイガが破壊する。
じゅうおうぶしん
﹁面白い。魔術師S級、獣王武神を倒せるような相手なら僕も安心
してエルお姉ちゃんを任せられます。倒せればですけどね﹂
 タイガは背を向け歩き出す。
﹁場所を変えましょう。ここでは狭すぎます﹂
﹁⋮⋮分かった、行こう﹂
 2人が向かった先は、新型飛行船ノアも停めている町外の草原だ。
 移動しながらルールを決める。
 殺害はなし。
 武器・魔術道具の使用は問題なし。
 気を失うか、相手が負けを認めたさせた方が勝ち。
 またこれ以上、試合続行不可能と判断した場合は止めに入る。
 問題が起きた場合、さらにルールに追加する︱︱とりあえず以上
だ。
 2人はこの条件に納得する。
 立会人役は、いざという時に止めに入ることが出来る旦那様にお
願いした。
 旦那様はいつもの笑顔ではなく、真剣な表情を浮かべ2人にルー

3241
ルの確認をする。
﹁殺害はなし。武器・防具・魔術道具などの使用は許可。気を失う
か、相手に負けを認めさせた方が勝者。またこれ以上、試合続行は
不可能と我輩が止めに入る。以上だ。双方、問題はないか?﹂
﹁僕はありません﹂
﹁自分もです﹂
﹁うむ、では互いに離れるがいい﹂
 旦那様の話を聞くため、近付いていた2人は背を向け互いに距離
を取る。
 約10m離れた時点で向き直った。
 オレやスノー達、セラス奥様、メルセさん、エル先生が見守る中、
旦那様は高々と手を挙げる。
﹁では、ゆくぞ⋮⋮試合、始め!﹂
﹁ウオオオオォオオォオォ!!!﹂
 勝負合図と共に、ギギさんが肉体強化術で身体を補助。
 馬鹿正直に真っ正面から突撃する。
 正反対にタイガは、指先1つ動かそうとせずただ立ち続けていた。
 ギギさんはそんな相手に向け、躊躇いもせず拳を叩き込む。
 その速度は弾丸とほぼ変わらず、恐ろしい風切り音をここまで響
かせた︱︱が、その拳はタイガへと触れることすらできなかった。
 彼は攻撃に合わせて体を少しだけ後ろに反らしたのだ。
 とてつもなく目が良いのだ。コンマ数?でギギさんの攻撃を見切
っているのだろう。

3242
 驚くことに魔力で一切身体を強化せずにだ!
 どれだけ動体視力にすぐれているんだよ!
﹁この程度なのか? これじゃ到底、エルお姉ちゃんを任せること
なんてできないな﹂
﹁くっ!?﹂
 ギギさんは慌てて距離を取り体勢を立て直そうとするが︱︱
﹁次は僕の番だ﹂
﹁!?﹂
 タイガはいつのまにかギギさんとの距離を縮めていた!
 間合いを詰める速さも驚愕ものだが、もっとも注目すべき点は肉
体強化術発動のなめらかさだろう。
 気付いたらいつのまにか全身を魔力で強化されていた。
 その静けさは今まで見てきた一流の魔術師達のなかでも、次元が
違うレベルである。
ピース・メー
 しかし、この程度なら重火器、兵器を装備したPEACEMAK
カー
ERで十分倒せるレベルだ。
 この程度で魔術師S級︱︱なはずがないよな。
 タイガがなぜか優しくギギさんの体に触れる。
 ギギさんも攻撃ではなかったのと、あまり素早かったので回避は
できなかった。
 一瞬後、驚愕がオレ達を襲う。

3243
 ギギさんの全身を覆っていた魔力が霧散する。
﹁肉体強化術が解除された!?﹂
 オレは思わず叫んでしまう。
 タイガがこちらにも聞こえるように声を出す。
テンカウント・シール
﹁これが僕の特異魔術﹃10秒間の封印﹄だ。僕に触れられた魔術
師は10秒間一切の魔術が使用できなくなる﹂
﹁ぐがぁ!?﹂
 タイガはまるで虫でも払うように腕を振るう。
 ギギさんは吹き飛び地面を転がった。
﹁それまで! 勝者、タイガ!﹂
 旦那様は慌てて勝負の判定を告げる。
﹁僕に勝ったら約束通り、エルお姉ちゃんとの仲を認めてあげるよ。
じゅうおうぶしん
この僕、魔術師S級、獣王武神にね。それまで何度だってギギさん
の挑戦を受けるよ﹂
 タイガが倒れたギギさんを冷たい瞳で見下ろし、王者の風格で断
言した。
3244
第275話 獣王武神︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月17日、21時更新予定です!
ついに軍オタ3巻が明後日18日発売になります!
そして今日から発売日まで連続更新をします! 発売日当日は、本
編更新だけではなく各種特典SSなども公開されますので、そちら
も是非読んで頂けると嬉しいです。
書き下ろしも盛りだくさんの軍オタ3巻をよろしくお願いします!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!

3245
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第276話 エル先生のお・ね・が・い♪
とらぞく
 獣人種族、虎族、魔術師S級、タイガ・フウー。
じゅうおうぶしん テンカウント・シール
 彼、獣王武神の特異魔術﹃10秒間の封印﹄。
 彼に触れられた魔術師は﹃10秒間一切の魔術が使用不可になる﹄
らしい。
 つまり、文字通り肉体強化魔術、治癒魔術、攻撃、防御系魔術も
全て使用できなくなる。
 10秒の使用不可中に再度触れられても10秒が追加されること
はない。
 10秒が切れた後、再度触れられればさらに追加で10秒魔術が
使用できなくなるが。

3246
 また対戦相手側がタイガに触れても、魔術が使用不可にはならな
い。
 この特異魔術によってタイガは幼い頃、イジメられ、周囲から距
離を取られていたらしい。
 魔術の才能は、この世界で特別な意味がある。
 魔術師としての才能の有無で﹃勝ち組﹄﹃負け組﹄が決まる。
 王族や貴族、高貴な血族達は魔術師以外との婚姻を嫌う傾向があ
り、一般的に皆魔術師との結婚を望む。
 そんな尊い力を﹃触れただけで使用不可にする﹄特異魔術を持っ
たタイガがイジメられたのは、ほぼ必然だったのかもしれない。
 当時はまだ力の条件が分かっていなかった。
 それ故、一時的に魔術が使えなくなるのではなく﹃もしかしたら
一生使えなくなる可能性があるのかも?﹄と危惧する者にとっては、
絶対にタイガは近付きたくない相手だろう。
 そして、同じ魔術師からも﹃異物﹄として忌み嫌われたら、一般
人にも距離をとられるのは必然だ。
 そんな中、タイガはエル先生と出会った。
 エル先生は子供時代も聖母のように優しく、皆から距離を取られ
ていたタイガに怯えもせず手を差し伸べた。
 もしオレが同じ立場でも、そんな風に優しくされたら惚れてしま
うだろう。

3247
 そしてタイガはエル先生︱︱当時お姫様だった彼女に見合うよう
に努力を始めた。
 努力して一流の魔術師になれば、エル先生と釣り合い結婚できる
と信じて。
 しかし、彼女は人種族の男性と駆け落ち。
 タイガは落ち込むが、努力を続けた。
 エル先生を想って努力したが、彼女が他の男性と駆け落ちしたか
ら止めては自身の恋心を否定することに繋がると思ったからだ。
 そして彼は自身の特異魔術を磨き上げ︱︱魔術師S級という破格
の地位に辿り着いた。
﹃なるほど、そんなことがあったのですか﹄
 こほこほ、とクリスが赤い顔で咳を漏らす。
 オレは﹃ヴァンパイヤ風邪﹄を引いたため新型飛行船ノアで寝て
いたクリスに、現在まで起きた状況を説明した。
 あの後、目を覚ましたギギさんが再度タイガに勝負を挑むが、敗
北。
 その後すぐさまさらなる再戦を申し込んだが、旦那様がストップ
をかけた。
 ギギさんの体を気遣い追加ルールで、勝負を挑むのは1日1回と
なる。
 現在はギギさんは孤児院でエル先生から手当を受けている。
 ⋮⋮チッ!

3248
 とりあえずギギさんが宣言通りタイガに勝つまで、エル先生との
仲は進展しない。
 正直いつになるか分からない状態だ。
 そのため旦那様達は一度魔人大陸にある屋敷に戻るという話も出
たが、クリスが現状﹃ヴァンパイヤ風邪﹄を引いている。
 飛行船での移動は精神的に疲労するかもしれない。
 なので彼女の﹃ヴァンパイヤ風邪﹄が治るまでは、ここに残るこ
とになった。
 オレはクリスの額にある布を手に取り、氷を入れた桶に布を浸し
絞る。
 再度、彼女の額に乗せた。
 クリスはお礼を告げると、疑問をミニ黒板に書く。
﹃でも、どうしてギギさんは、そんな条件を出したのでしょうか?
 エル先生は気にしないと言っていたんですよね?﹄
﹁だね。でも気持ちは分かるよ。男として﹂
 男の意地というやつだ。
 タイガの指摘があまりに当を得ていたのだろう。
 言葉で膝を突くくらい胸に食い込む程に。
 だから﹃旦那様達との縁を切らず、エル先生も娶る﹄なんて無茶
を言い出したのだろう。
 だが⋮⋮同じ男として気持ちは分かるが、いくらなんでも無謀す
ぎる。
 タイガは強い。

3249
 もちろん相手は魔術師S級だから当然といえば当然だが、問題は
タイガの特異魔術とギギさんとの相性だ。
 10秒間とはいえ触れられたら魔術が使用できなくなるとか反則
だろう。
8.8 Flak FAEB
 まだオレ達なら8.8cm対空砲や燃料気化爆弾、対戦車地雷、
狙撃などなど︱︱遠距離での攻撃が可能だ。
 接近さえ許さなければまだ勝機はあるが、ギギさんは違う。
 ギギさんはこの世界で最もスタンダードな魔術師だ。
 魔術で肉体を強化し、近&遠距離を無難にこなすオールラウンダ
ー。
 だが、それは魔術の使用が大前提にある。
 タイガに触れられるのを全部回避し、倒すのはどう考えても無理
がある。
 逆にタイガはギギさんに一度でも触れさえすれば、勝ちは決まっ
たも同然だ。
 10秒間は、魔力の使えない魔術師を無力化するのに十分過ぎる
時間である。
 正直、ギギさんが勝てるビジョンが見えない。
﹁このまま硬直状態が続けばエル先生とギギさんが結婚することは
ないのか⋮⋮。なんとかしてあげたいけど、オレの力じゃどうにも
できないし。困ったなー﹂
﹃リュートお兄ちゃん、顔が笑顔過ぎます。言動と表情がまったく
合っていませんよ﹄
﹁そんなことないって♪ いや本当に残念だぞ☆﹂

3250
﹃もう、お兄ちゃんっ﹄
 クリスが頬を膨らませて怒る。
 冗談だって冗談。
 しかし実際のところ現状ギギさんに勝ち目は0.1%だってない。
 本当にこのままだとエル先生とギギさんの結婚は永遠になさそう
だな。
 それに気になる点はまだある。
 なんというか⋮⋮感覚的な話になるが、タイガを見ていると妙な
違和感に襲われるのだ。
 最初は中性的な美少年︱︱と思っていたが、よく見ると手首は細
く、声もまだ第二次成長期が来ていない子供のような美しいソプラ
ノボイス。
 腰つきがちょっとエッチで、胸に微かな膨らみがあるような気が
するのだ。
 それじゃまるでタイガは男装した女の子のような︱︱
﹃どうかしましたか?﹄
﹁い、いやなんでもないちょっとぼんやりしちゃって﹂
 オレは慌てて言葉を濁す。
 まさかそんなマンガやアニメのようなことがあるはずないよな。
 オレはついよぎった疑念を振り払った。

3251
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 勝負を申し込んで3日目。
 昼食後、ギギさんがタイガに勝負を挑む。
﹁ぐがぁッ!﹂
﹁今日も僕の勝ちだね﹂
 戦いが始まって1分もかからずギギさんが敗北してしまう。
 今日は戦い方を変えて、遠距離で攻撃。
 その際、事前に片足が埋まる程度の落とし穴、草原の草を縛りつ
くった足引っかけ、油を撒いて火を付け煙幕を作り出したり︱︱兎
に角、トラップを事前に準備して足止めしつつ遠距離からの攻撃を
加えていた。
 今回は手段を選ばずギギさんが勝負を挑んだのに、全てをタイガ
は意にも介さず回避。
 すぐにギギさんとの距離を縮め、魔力を封印し殴り倒す。
 まったく足止めにならなかった。
﹁これぐらいの妨害なんて僕にはなんの意味もないよ。もっと硬く
てえげつない足止めを喰らって遠距離から攻撃を受けたこともある
から。もちろん、その相手は全員倒したけどね﹂
 彼は倒れたギギさんに言葉を投げかけ、さっさと1人で孤児院へ

3252
と戻る。
 ちなみにタイガは町の空き家を借りて寝泊まりしている。
 空いた時間は全て孤児院のために費やしてるらしい。
 子供達の面倒を見て、雑務を率先し手伝い、エル先生がおこなう
学習・基礎魔術授業の補佐も完璧にこなしているとか。
 魔術師S級のタイガから、魔術の指導を受けるなんて⋮⋮。
 どの大陸に存在する王や大貴族でも実現不可能な贅沢だ。
 タイガは金銭や地位、名誉などで靡くタイプではないからな。
 もし武力で従えようとしたなら、タイガは単独で城に攻め入りト
ップの首を悠々と狩ることができる実力者だ。
 なのに魔術師S級を鼻にかけず、美少女のような中性的な顔立ち
と礼儀正しく町の住人に接している。
 子供達にも勉強だけではなく、遊びにも積極的に加わっていた。
 お陰でタイガはすぐに人気者になり、彼と遊ぶ倍率は高く子供達
が﹃一緒に遊ぼう﹄と取り合いになっているとか。
 一方ギギさんは⋮⋮礼儀正しいのだが片目は眼帯で、体に傷痕が
無数にあり、片耳も千切れている強面。
 口べたで言葉が少なく黙っているため、怒っているように見える。
 そのため町人から話しかけられることは殆どなく、子供達からも
距離を取られている。
 まるでジャ○ーズvsヤクザのような構図だ。
 エル先生が2人と並んだ場合、タイガは﹃美男美女﹄。
 ギギさんの場合、﹃美女と野獣﹄。

3253
 あれ? もしかしてギギさん、敗北決定じゃね?
 タイガに倒されたギギさんの治療をエル先生が担当する。
ヒール
﹁手に灯れ癒しの光よ、治癒なる灯﹂
 エル先生は気絶しているギギさんを膝枕して、治癒魔術をかける。
 口を切り流れていた血が止まり傷が塞がる。
 グギギギギ⋮⋮エル先生の膝枕⋮⋮だと!
 エル先生が口元についた血をハンカチで拭いていると、ギギさん
が目を覚ます。
﹁エルさん、すみません。ありがとうございます。もう大丈夫です﹂
 ギギさんはお礼を告げると体を起こす。
 エル先生は柳眉を下げ、立ち上がったギギさんを見上げ口を開く
が︱︱途中で止め俯く。
 再び顔を上げると、彼女は静かな微笑みを浮かべていた。
﹁⋮⋮がんばってください、ギギさん﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます、エルさん﹂
 ギギさんも変化に気付いていながら、追求しない。
 エル先生は背を向けると、孤児院へと帰っていく。
 旦那様や奥様、スノー達はクリスの様子を見に新型飛行船ノアへ
と向かう。
 必然、オレとギギさんがその場に残される。

3254
 意図的に残された感じもあるが⋮⋮状況的に思惑へ乗っておくか。
﹁ギギさん、1つ訊いてもいいですか?﹂
﹁どうした突然。もちろん構わないが﹂
﹁なんでわざわざタイガと戦っているですか? エル先生とギギさ
ん、2人で﹃結婚する﹄と押し通せば、彼も渋々ながら引き下がっ
たと思いますよ。結局、当人同士の問題なんですから﹂
 タイガは2人の結婚に反対の態度を取っているが、魔術師S級な
どを笠に着るわけではない。エル先生を想う同じ者として、ギギさ
んの不誠実な態度が気に入らないと言っているだけだ。
 今からでもエル先生と2人で、タイガを説得すれば結婚はすぐに
できるだろう。
 男としてタイガを倒し、旦那様達との縁&エル先生も守る︱︱と
いう気概は分かるが。
﹁⋮⋮俺はリュートが羨ましいんだ﹂
﹁へ?﹂
 ギギさんの意外な返答に変な声が漏れ出た。
 ギギさんは過去を思い返すような遠い目をした。
﹁昔、ブラッド家でリュートに戦闘技術を教えていた頃、旦那様と
模擬戦をしたことがあっただろう?﹂
﹁ありましたね。今でも軽いトラウマですよ、あれ﹂
﹁旦那様も手加減をしていたが、個人的に勝てるとは思っていなか
った。クリスお嬢様と力を合わせて旦那様と戦うことで、お嬢様の
立ち直るきっかけとリュートの戦闘経験になればと。魔術師として

3255
の才能がないのに、本当に旦那様相手に最後まで立っているとは思
っていなかったんだ﹂
 今頃になってこんな話を聞かされるとは⋮⋮。
 そりゃ当時、旦那様相手に﹃10秒持ち堪える﹄なんて非人道も
いいところだろ。
 むしろ、よくオレもクリスの助言があったからと言って乗り越え
られたよ。
﹁そして俺の期待通り、リュートはブラッド家を救ってくれた。旦
那様を連れ戻すため、魔物大陸の洞窟で旦那様と本気で戦い勝った
り、最近ならあの魔術師S級のアルトリウスに勝ったり⋮⋮。その
たびに俺の胸は熱くなった。自分もリュートのようにどれほど高い
壁や障害が立ちはだかろうとも屈せず乗り越えていきたい、と。憧
れたんだ﹂
 ギギさんは眩しい者を見るように目を細める。
﹁だからこれは我が儘だ。リュートのように、俺もどんなことがあ
ろうとも大切な人達を守りたいんだ﹂
﹁ギギさん⋮⋮﹂
 オレはギギさんの言葉に、納得のいかない中途半端な悩み顔をし
てしまう。
 彼は何を勘違いしたのか、微苦笑を浮かべて肩を叩いてきた。
﹁変な責任感は感じなくていい。あくまで俺が勝手に思っているこ
とだ。今回のエルさんとの結婚云々にリュートが責任を感じる必要
はない﹂

3256
﹃それじゃ俺は再度、作戦を立て直し、訓練する﹄と言い残しギギ
さんが、背を向け離れる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 その日の夜。
 夕食を食べ終えたオレは、新型飛行船ノアの甲板縁に腰掛け夜風
を浴びていた。
﹁う∼ん、まさか今回の無茶無謀がオレの影響だったとは⋮⋮﹂
 嬉しいというより、疑問のほうが多い。
﹁まさかギギさんからそんな目で見られていたとは⋮⋮﹂
 自分としてはただ必死に、がむしゃらに足掻いてきただけだ。
 ギギさんが憧れるようなカッコイイ場面など1つもなかったと自
分では思うのだが⋮⋮。
 オレは腕を組んで考え込む。
 天使リュート﹃つまり、ギギさんがタイガに挑んでいるのも、僕
にも責任があるってことだよね? だったらギギさんに協力してあ
げないと!﹄
 悪魔リュート﹃何言ってんだよ! このままタイガが勝ち続けれ
ば、エル先生とギギさんは結婚しない! エル先生がタイガに靡く

3257
こともないから、エル先生はずっとエル先生のままで居てくれるん
だぞ! なのにわざわざそんな美味しい状況を捨てるなんてありえ
ない!﹄
 天使リュート﹃確かにエル先生がオレ達のエル先生じゃなくなる
のは悲しい。でも! エル先生の幸せを考えたら、2人を応援する
のは当然じゃないか!﹄
 そうだよな。
 恩師であるエル先生と恩人であるギギさん⋮⋮2人の幸せを考え
たら、応援するのが筋だよな。
 悪魔リュート﹃はぁ⋮⋮馬鹿だなオマエ達は何も分かってない﹄
 天使リュート﹃どういう意味だよ、分かってないって。これが最
善の答えじゃないか!どこが違うっていうんだよ!﹄
 2人の幸せを応援するのが正義だろ!
 それ以上の正義が他にあるとうのか?
女神
 悪魔リュート﹃⋮⋮エル先生を魔の手から守る以上の正義がこの
世にあるとでも?﹄
﹁﹁その発想はなかった⋮⋮!!﹂﹂
 やばい、﹃目から鱗が落ちる﹄とは正にこのことだろう!
 目の前がパァァと明るくなった気分だ。
﹁リュート君?﹂
 声をかけられ下を向くと孤児院に居るはずのエル先生が立ってい

3258
た。
 オレは肉体強化術で身体を補助。
 甲板から地面に着地する。
﹁エル先生、どうしたんですか、こんな夜に﹂
﹁実はリュート君にお願いがあって⋮⋮﹂
﹁エル先生のお願いなら大貴族殲滅、一国を滅ぼすことすら厭いま
せんよ! 何だって言ってください!﹂
﹁どうして血生臭いたとえばかりなんですか。私はそんな怖いお願
いをしに来たんじゃありません。ギギさんについてです﹂
 エル先生が俯き、お願いを口にする。
﹁今、ギギさんは私のためにタイガ君に挑んでいます。なのに私は
何もしてあげられることがない。むしろ、2人が争うの止めたいと
すら思っている。でも、それはギギさんやタイガ君自身のためによ
くないことなんでしょう⋮⋮﹂
 そして、と彼女は胸をギュッと手のひらで握り締めながら告げる。
﹁恥ずかしながら、タイガ君ではなくギギさんに勝って欲しいんで
す。これは私の我が儘で、醜いエゴです。⋮⋮でも、勝って欲しい
んです﹂
﹁エル先生⋮⋮﹂
﹁だから、リュート君、ギギさんは多分、困っていると思うから彼
の力になってあげて。お願い﹂
 エル先生は深々と頭を下げた。
 先程の脳内会議を思い出す。

3259
 ︱︱ここで、エル先生のお願いを断るか?
 ありえない!
 オレがエル先生の頼みを断るなど、ウオッシュトイレを今後使わ
なくなる以上にありえない!
ピース・
﹁分かりました、エル先生! オレが︱︱いえ、オレ達PEACE
メーカー
MAKERが全面的にギギさんへ協力します!﹂
﹁ありがとう、リュートくん﹂
 エル先生は顔を上げると笑顔を作る。
 この笑顔を守るためなら、たとえ自分の悶えるような心すらねじ
伏せてみせる!
 そして、エル先生と約束を交わした翌朝。
 オレはギギさん達を残し、新型飛行船ノアで魔物大陸へと旅だっ
た。
じゅうおうぶしん
 そこに魔術師S級、タイガ・フウー、獣王武神に勝利するために
必要な﹃あるモノ﹄があるからだ。
3260
第276話 エル先生のお・ね・が・い♪︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月18日、21時更新予定です!
軍オタ3巻が明日18日発売になります!
そして連続更新2日目! さらに明日は発売日当日ということで各
種特典SSなども公開されます! そちらは現在、製作中です。た
ぶん間に合うと思います︵震え声︶。
そんな感じで! 軍オタ3巻はメイヤが表紙+書き下ろし追加も多
数書かせていただきました! WEB版を読んだ方でも楽しめる内
容となっておりますので、是非よろしくお願いします!

3261
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第277話 エル先生&ギギさん︱︱結婚の行方は?
 魔物大陸に出発、クリスは町の空き家を借りてそこで休んでいて
もらおうかと思ったが、﹃寝てるだけだから大丈夫です﹄と押し切
られた。
 確かに寝ているだけだが、移動に伴う揺れや気圧変化で疲労する
かもしれない。
 しかし本人がオレ達と一緒に居たいと言うので、一緒に魔物大陸
へ行くことに。
 今回、スノーはその場に残ってギギさんに銃器の扱い方を指導し
てもらうことになった。
 初めは一緒に行きたがったが、オレの目的を聞くと一瞬で了解し
てくれた。
 ギギさんも最初はオレの協力申し出を渋ったが、﹃エル先生から

3262
依頼だから﹄と告げ、何とか作戦に同意してもらった。
 今回、魔物大陸に行くのはオレ、クリス、リース、ココノ、シア、
メイヤの6人だ。
 新型飛行船ノアで一路、魔物大陸へ。
 魔物大陸へ着くとすぐM998A1ハンヴィー︵擬き︶に乗って
目的のモノを探し出し、ゲット。
 すぐに野外で、メイヤと一緒に﹃出張! 魔物大陸で武器製造バ
ンザイ!﹄を開催。
 完成した秘密武器を手に、急いでスノー達が待つ妖人大陸へと戻
った。
 スノー達と合流すると、今回の奥の手である武器の使用方法を説
明。実際にサンプルを使用してもらいギギさんが扱いやすいように
微調整をする。
じゅうおうぶしん
 こうしてなんとか魔術師S級、タイガ・フウー、獣王武神を倒す
準備が整った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 準備が整った午後、いつものように新型飛行船ノアが停めてある
草原へと移動する。
 草原には、ギギさんといつもの動きやすい革鎧を身に纏ったタイ

3263
ガが対峙する。
コンバット
 ギギさんは戦闘用ショットガン、SAIGA12Kを手にし、予
備弾倉、近接用ナイフ、他装備を身に付けていた。
 間に立つ旦那様が、いつものように試合の条件を2人に告げる。
﹁殺害はなし。武器・防具・魔術道具などの使用は許可。気を失う
か、相手に負けを認めさせた方が勝者。また、これ以上試合続行は
不可能と我輩が判断したら止めに入る。以上だ、双方問題はないか
?﹂
 頷くのを確認した後、旦那様が2人に離れるよう合図する。
 ギギさんとタイガは、約10m離れたところで向き合う。
 皆が見守る中、旦那様は高々と手を挙げる。
 ︱︱出来る限りのことはした。
 後は﹃策﹄が上手く行くか、運を天に任せるだけだ。
﹁では⋮⋮試合、始め!﹂
﹁おおおぉおぉッ!﹂
 手が振り下ろされたと同時に、ギギさんが動く。
 SAIGA12Kの銃口をタイガへ向け、円を描くように動きな
トリガー
がら引鉄を絞る。
 銃口から非致死性装弾の一粒弾である木製プラグ弾が発射される
が、タイガは未だに肉体強化術で身体を補助せず、体を少し動かす
だけで回避してみせる。

3264
 非致死性装弾とはいえ、木製プラグ弾を軽く回避するとは⋮⋮ど
んだけ動体視力がいいんだよ。
﹁ッ!?﹂
 しかし流石に次弾の9粒弾︵木製︶は、涼しい顔では回避できな
かったらしい。
 鋭い視線を向けた後、拡散する9粒の木製弾を足に魔力を集めて
高速で動き回避する。タイガは最初こそ焦ったような表情を浮かべ
たが、すぐに涼しい顔に戻る。
﹁くッ!﹂
 ギギさんが歯噛みしながら後方へ。
 タイガから距離を取りながら弾倉を交換しようとする。
 しかし彼もその隙を逃さず、疾風のごとくギギさんへと接近。
 だが、その瞬間︱︱
﹁な!?﹂
 タイガが驚愕する。
 ギギさんが後退を止めて、弾倉交換途中のSAIGA12Kを投
げつけてきたからだ。
 タイガとしてはそのSAIGA12Kこそ、今回の勝負の切り札
だと思っていたのだろう。予備弾倉だって山ほど所持していた。な
のに、それをあっさり手放してきたのだから驚くのも無理はない。
スタングレネ
 ギギさんはその隙を逃さず、流れるように手にした特殊音響閃光
ード
弾をタイガの目の前に投げる。

3265
 タイガは肉体強化術を使用せずとも、弾丸を見切るほど動体視力
に優れている。
 だが︱︱175デシベルの大音量と240万カンデラの閃光を目
の前で浴びたら、タイガのように五感が常人以上に優れた者には堪
らないだろう。
 目を灼かれ、聴覚を狂わされている間にギギさんが気絶させる︱
︱という作戦だった。
 強烈な閃光。
 室内なら窓ガラスすら割る音の衝撃がタイガを襲う。
﹁ふん、つまらないね。この程度の策なら、何度もやられてきた。
もちろんすでに対処方法も確立済みさ﹂
 タイガは目を閉じ、耳をぱたりと倒し音をシャットアウト。
 なのに位置を移動し、殴り、昏倒させようとしていたギギさんの
居場所を正確に把握し接近する。
 ギギさんは焦った様子で、咄嗟にナイフを取り出し突き出すが、
タイガはあっさりと手首を掴んで止めてみせた。
 未だに目を閉じ、耳を塞いだ状態でだ。
﹁遅すぎて欠伸がでちゃうよ﹂
﹁そ、そんな馬鹿な!? どうして俺の攻撃を止めることができた
んだ!﹂
﹁簡単さ。さっきみたいに僕の感覚が鋭いことを逆手にとって、強
烈な音や光で混乱させようとしてきた奴等が何人もいた。だから、
目と耳がなくても空気の動きを肌で感じて、相手の居場所や攻撃を
察知し、戦えるように訓練したのさ﹂

3266
 事実、タイガは目と耳を閉じた状態でギギさんの位置を正確に把
握、攻撃を止めてみせた。どうやら本当に空気の動きを察して、戦
えるらしい。
 おいおい、全くどこの達人だよ。
 そしてこの瞬間、当然ではあるがタイガがギギさんの体に触れて
いる。
テンカウント・シール
﹃10秒間の封印﹄が発動。
 10秒間、ギギさんの魔力が封じられる。
 これにタイガは目と耳を閉じたままで勝ち誇ったように、
﹁今回も僕の勝ち︱︱﹂
﹁いいや、今回は俺の勝ちだ。それとやはり戦闘中は目を開けてお
いたほうがいいぞ﹂
 ギギさんがタイガの台詞に被せるように、勝利宣言をする。
 タイガが反論するより速く、ギギさんは息を止めナイフのスイッ
チを入れた。
﹁ぐがががががぁあッ!!!???﹂
 タイガはギギさんの手を離すと顔を押さえて、悶絶する。
 まるで鶏の首を絞めたような苦しみようだ。
﹁り、リュート君! あれ止めて治療しなくて大丈夫なんですか!
? タイガ君、凄く痛そうですけど!﹂
 痛みに悶絶していると勘違いしたエル先生が慌てた様子で話かけ
てくる。
 オレは落ち着くようにジェスチャーし、彼女を安心させる。

3267
﹁大丈夫です、タイガに怪我はありませんから﹂
﹁で、でもあんなに苦しそうにしてるわよ﹂
バルーン・フロック
﹁そりゃ苦しいでしょう。なんてったって鼻に直接、風船蛙の濃縮
悪臭を吹き付けられたんですから。特に彼のような嗅覚が優れた獣
人種族には﹂
 流石に距離があるためオレ達まで匂いは届かない。
 唯一、例外はスノーだ。
 彼女は鼻を押さえて非常に渋い顔をしている。
じゅうおうぶしん
 今回、対獣王武神用に開発した武器は︱︱非致死性兵器の1つで
ある﹃SKUNK﹄という名前の兵器を応用させてもらった。
 ︱︱では﹃SKUNK﹄とはいったいどういう非致死性兵器なの
か?
﹃SKUNK﹄は、イスラエル国防軍が開発した非致死性兵器で、
ある意味で最も酷い兵器である。
 とても臭い匂いの液体を霧状にしてまく悪臭兵器だ。
 その臭いは強い腐敗臭や下水の臭いだと言われている。
 もし衣服についた場合、最高で5年間臭いが付いて取れないらし
い。
 毒性は無く材料も天然成分を使っているとか。
 オレ達はまず魔物大陸へ行き、ハンヴィーで移動。
バルーン・フロック
 風船蛙を捕獲し、悪臭の液を手に入れる。
 その液をさらに濃縮し、昔作った﹃wasp knife﹄︱︱
﹃スズメバチナイフ﹄に入れておいたのだ。

3268
﹃wasp knife﹄は文字通りスズメバチの一刺しのように、
ナイフの柄の部分に仕込んである高圧ガスがスイッチを押すことで
刃の部分から一気に噴射される。これにより刺した臓器や対象物は、
そのまま木っ端微塵に粉砕されてしまうという恐ろしいナイフだ。
バルーン・フロック
 今回は炭酸ガスの代わりに、濃縮風船蛙液を入れておいた。
バルーン・フロック
 スイッチを入れると、濃縮風船蛙液が霧状に吹き出る。
 移動中の船内で作ろうと思ったが、匂いが漏れて酷いことになる
可能性があったため、野外で製作することになった。
 匂いが漏れて寝ているクリスが酷い目にあったら嫌だからだ。
 感覚が常人より鋭いタイガは、もちろん嗅覚も当然他者より優れ
ている。
バルーン・フロック
 そんな彼の鼻へ濃縮風船蛙液を吹きかけたらどうなるか?
 悶絶すること必至だ。
 まるで花粉症の人に、杉花粉を顔に吹き付けるような鬼畜の所業
である。
スタングレネード
 ギギさんには特殊音響閃光弾で倒せなかった場合、これを使うよ
うにと言っておいた。
 説明を聞いたギギさんが、眉間に皺を寄せ﹃えげつないな⋮⋮﹄
と素で呟くほどだ。
バルーン・フロック
 過去、風船蛙の臭いが染みついたオレ達をギギさんが出迎えてく
れた。しかし、その臭さにクリスを猫可愛がる彼でさえ、逃げ出し
たほどの臭さである。
 その濃縮版を同じように嗅覚が鋭いタイガへ使用するよう告げた
のだから、﹃えげつない﹄と感想が漏れるのは当然ともいえる。

3269
 10秒経過し、ギギさんが魔力を使えるようになる。
 肉体強化術で身体を補助。
 未だ臭さに悶えるタイガを気絶させるため、腹部を狙い殴りかか
る。
﹁フンッ!﹂
 だが、タイガは臭さに悶え、目も開けられないというのにギギさ
んの拳を回避。
 彼の体に抱きつき、攻撃を封じ込めようとする。
 ボクシングでいうクリンチだ。
 時間を稼いで臭さから回復しようとしているらしい。
 ギギさんも千載一遇のチャンスをものにしようと必死に足掻く。
 恐らくここで決めなければ、今後同じ手は二度と使えないため勝
利するのは格段に難しくなるだろう。
﹁この!﹂
﹁くうぅ! 離すものか! エルお姉ちゃんとの結婚なんて絶対許
さない!﹂
テンカウント・シール
﹃10秒間の封印﹄を発動する余裕もないほど互いに鎬を削る。
 しかし、均衡は長くは続かない。
 未だ悪臭ダメージで魔力の流れも悪いタイガは、体格差もありギ
ギさんに突き飛ばされる。
 ギリギリ相手の左腕を掴んでいるが、拳を振るう空間が出来上が
ってしまう。

3270
 タイガは咄嗟に片腕で喉をガード。
 腹に魔力を集中、恐らく腹筋にも力を入れているためギギさんが
全力で殴りつけても気絶まではいかないだろう。
 咄嗟にギギさんはそう判断したのか、今度は自ら相手との距離を
縮める。
 ようやく悪臭ダメージは薄れてきたのか、タイガも落ち着き始め
ている。
 恐らくこれが最後の攻撃になるだろう。
 ギギさんはタイガとの距離を縮め、掴まれた左腕で相手の肩を掴
む。
 さらに空いた右腕でベルトを掴みタイガを持ち上げようとした。
 前世、柔道でいうところの肩車を仕掛けようとしている。
 これならギギさんの体ごと、タイガに叩き付けることができる。
互いの体重と肉体強化術で加速した速度と共に地面へと叩き付けら
れれば、いくらタイガといえど無事ではすまない。
 旦那様がレフェリーストップで止めに入る確率も高いだろう。
 視力が回復を始め、うっすらとタイガは目を開く。
 相手の意図を悟り、足でベルトを掴まれないように阻もうとする。
 ギギさんの右手は足に弾かれベルトを掴み損ね︱︱意図せずタイ
ガの股間を鷲掴みにしてしまった。
 贅沢を言っている場合ではない。
 このまま投げて、地面に叩き付けなければ千載一遇のチャンスを
不意にすることになる。
 ギギさんは迷わず力を込めて持ち上げようとした︱︱のだが、突
然、驚愕の表情で動きが止まる。
 一方、タイガにも異変が生じた。

3271
﹁きゃぁぁ!?﹂
 タイガの口から痴漢にあった女性の悲鳴が響く。
﹁す、すすすまない! 決してわざとではないんだ!﹂
 ギギさんは慌ててタイガから、離れると珍しくおたおたとキョド
リ弁明を始める。
 タイガもギギさんに掴まれた股間を押さえて、その場にぺたりと
座り込んでしまう。
﹃?﹄
 意味深な態度を取り始めた2人以外は、状況が分からず互いに顔
を合わせて首を捻るしかなかった。
 そこに﹃ヴァンパイヤ風邪﹄を引いていたクリスが、姿を現す。
﹁クリス!? もう寝てなくていいのか!﹂
﹃はい! お陰様で先程起きたら熱も下がり、体のだるさも嘘みた
いになくなりました﹄
 彼女はミニ黒板を向け、笑顔で答える。
 顔色はよく嘘を言っている様子はない。
﹃ところでギギさんの件はどうなったのですか?﹄
﹁それが突然、2人があんな風に動かなくなってさ﹂
 指さした先でタイガは座り込んだまま、涙目でギギさんを睨み付
けていた。

3272
 ギギさんは冷や汗を掻き、蛇に睨まれたカエルのように動かなく
なっている。
 クリスはそんな2人を見て、首を傾げた。
じゅうおうぶしん
﹃あの座っている人が、獣王武神さんですか?﹄
﹁そうだけど?﹂
 オレの答えにクリスは意味が分からないと言いたげに、さらに首
を傾げる。
 そしてクリスはミニ黒板に爆弾発言を書き込んだ。
﹃だってあの座っている人、女の子ですよ?﹄
 クリスの予想外の指摘に、その場に居た全員︵クリス、ギギさん、
タイガを除く︶が驚きの声音をあげた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁つまり、タイガ君は本当は﹃タイガちゃん﹄だったのですか?﹂
﹁⋮⋮はい、そうです。嘘を付いててごめんなさい﹂
 エル先生の問いに、タイガは地面に正座して尻尾と耳をタレなが
ら謝罪を口にする。
 勝負は一時中止し、タイガがなぜ﹃男装をしていたのか﹄などの
詰問会を開くことに。

3273
 彼︱︱ではなく彼女はエル先生に問われ、性別を誤魔化していた
理由を滔々と語り出す。
 当時、幼かったタイガは﹃女の子同士では結婚できない﹄と成長
する途中で気が付いた。
 しかし、エル先生に感じた憧れや孤独から救ってくれた恩を感じ
る気持ちは本物だった。
 故にいつか彼女の﹃剣や楯になれればいい﹄﹃自身の力が役に立
てればいい﹄と思い投げ出さず努力を続けた。
 だが、エル先生が人種族男性と駆け落ち。
 落ち込みはしたが、彼女の幸せを願っていたらしい。
 それでも努力は続けて気が付けば、魔術師S級と呼ばれるまでに
なった。
 結果、言い寄る男性貴族や﹃嫁になれ﹄という挑戦者が増えたら
しい。
 それが煩わしく男装を始めた。
 いつしかいいよる男性貴族を拒絶、﹃嫁になれ﹄と迫ってくる挑
戦者をぼこぼこにしていくうちに﹃背丈は3mある益荒男云々﹄と
いう噂が流れ出す。
 どうやらタイガに倒された挑戦者や無理に婚姻を迫った男性貴族
達が、見栄を張って話を誇張したらしい。
 彼女としても変な気を持った男性が言い寄ってこなくなったため、
進んで噂話を否定することはなかった。

3274
 それから10数年︱︱エル先生がアルトリウスに攫われ、無理矢
理結婚させられると偶然耳にする。
 情報を集めるとエル先生は、駆け落ちした人種族男性と死別。
レギオン
 妖人大陸で孤児院を営み、今回運悪く軍団同士の抗争に巻き込ま
れ、人質にされた。
 そしてエル先生に惚れたアルトリウスが、強引に結婚を迫ってい
ると聞いたのだ。
 エル先生に恩を感じていたタイガは激怒。
 自身の命と引き替えにしても、アルトリウスを殺害し、エル先生
を解放させようとした。
 しかし、獣人大陸から出た時すでに事件は解決していた。
 引き返すのも癪なのでそのままエル先生に会いに行く。
 タイガは10数年以上ぶりにエル先生に出会う。
 彼女もタイガのことを覚えていたが、男装をしていたため性別を
間違われる。
 初めてエル先生と出会った時も髪は短く、子供でズボン姿だった
ため勘違いをしたままだったのだ。
 恩人の間違いを否定するのも躊躇っていると、今度はギギさんの
件について話を聞いた。
 いくら旦那様に恩を返すためとはいえ、エル先生を捨てるなど︱
︱タイガは今度はアルトリウスではなく、ギギさんに激怒する。
 そこにちょうどオレ達が、ギギさんを連れて登場。
 タイガはギギさんを目の前にして激怒し、﹃僕は貴方を絶対に認
めない!﹄云々と言ってしまう。
 ギギさんも対抗して、﹃タイガを倒して認めてもらう﹄宣言をし

3275
たため後に引けなくなったらしい。
 ⋮⋮つまり、最初からクリスが﹃ヴァンパイヤ風邪﹄を引かずに
その場にいたら、ここまでややこしいことにならなかったわけだ。
 ちなみにギギさんは、タイガを投げる際に右手で股間を掴んだ。
 その時、男性についている物がないのに気付き、彼女の性別に気
付いたらしい。
 だから、突然離れて謝りだしたのか。
 一通り話を聞いてエル先生が納得する。
﹁ごめんなさい。私がタイガちゃんの性別を勘違いしなければこん
な大事にならずにすんだのに。本当にごめんなさい!﹂
﹁エルお姉ちゃん、あやまらないでください! すぐに否定せず、
ギギさんに喧嘩を売った僕が一番悪いんだから!﹂
 エル先生に謝られて、タイガはあわあわと慌て出す。
 そんな2人にギギさんが割って入った。
﹁いや、一番の原因は自分がエルさんに対して中途半端な態度をと
ったからだ。最初からしっかりと態度を示していればこんな大事に
はならなかった。⋮⋮すまなかった﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 タイガは謝るギギさんを真剣な表情で見詰める。
 エル先生に改めて向き直り問う。
﹁⋮⋮男の人は勝手だ。自分の都合しか考えないで、女性を扱う。
エルお姉ちゃんにはもっと相応しい人がいるんじゃないの? もし

3276
そんな人が現れる可能性が少しでもあるなら、僕はその日まで全力
でお姉ちゃんを守るよ。たとえ自分の命が尽きたって構わない﹂
 その瞳はどこまでも真剣だが、敗北を確信した色を浮かべていた。
 エル先生は微苦笑して、タイガの問いに首を振る。
﹁確かに可能性としてはそんな人がいつかくるかもしれないわ。で
も、その人を私が好きになることはないわ。⋮⋮むしろ、もうあの
人以外、誰かを想うことなんて無いと思ってた。でも、ギギさんと
出会って、話をして、ほんの短い間だだけど一緒に過ごせて幸せを
感じたの。ギギさんの不器用さや真面目さ、自分のことを後回しに
して他者を助けようとする心を知って⋮⋮この人と一緒にいたい、
ほんの少しでもいいからこの人を支えたい、と思ったの。たぶんこ
んな風に想う人はたとえ何年、何十年、何百年経ってもあらわれな
い。⋮⋮それだけは断言できるわ﹂
 エル先生はタイガの思いに真っ直ぐ自身の気持ちを告げる。
 それだけ彼女が自分の思いを真剣に語ったからだ。
 タイガは座り込んだまま力なく、項垂れ、小さく呟くことしかで
きなかった。
﹁⋮⋮ギギさん、僕の完敗です﹂
 ギギさんとの勝負も、エル先生の気持ちという面でもタイガは敗
北を喫した。まさに彼女の言葉通り、﹃完敗﹄である。
 そんなタイガの前に、ギギさんが片膝を突き視線の高さを合わせ
る。
じゅうおうぶしん
﹁獣王武神殿、今後は君に変わってエル先生を守ることを誓おう。
もしこの誓いが破られたと感じたら、またいつでもエルさんを奪い

3277
に来るといい﹂
 彼の言葉に涙を浮かべていたタイガが顔を上げる。
 そして、瞳に再び意志の光を宿し、断言した。
﹁⋮⋮その時は必ず奪いに来ます。絶対に﹂
 ギギさんはタイガを慰めると、立ち上がりエル先生と改めて向き
直る。
 彼は結婚腕輪を取り出し、告白をした。
﹁⋮⋮エルさん、自分と結婚してください﹂
 ギギさんはドラマや映画のような長台詞は吐かず、ストレートに
用件だけを伝える。
﹃ロマンチックではない﹄という人もいるかも知れないが、オレと
しては﹃ギギさんらしい﹄と思ってしまった。
 エル先生も同様だったらしく、笑顔を浮かべて返事をした。
﹁はい、喜んで!﹂
 エル先生が結婚腕輪を受け取る。
 純粋な幸福の笑顔から真珠のような涙がこぼれ落ちる。
 それは喜びの涙と呼ばれる奇跡の光だった。
じゅうおうぶしん
 こうして獣王武神問題は解決し、エル先生とギギさんは晴れて結
婚をした。

3278
 ︱︱一方、オレこと︱︱リュート・ガンスミスは現実を目の前に
して血涙&吐血した。
第277話 エル先生&ギギさん︱︱結婚の行方は?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月25日、21時更新予定です!
お陰様で、軍オタ3巻が今日18日に発売になりました!
ついに発売ということで、長かったような短かったような不思議な
感じです。
表紙はメイヤです。今回も多数の追加シナリオを書かせて頂きまし
た。なので1∼2巻同様、なろう版をお読みになっている方でも楽
しめる内容になっております!
また連続更新も今回が最後!
しかし、軍オタ3巻購入者特典SS&なろう特典SSの2本もアッ

3279
プします。なので合計3本アップすることになります︵なろう特典
SSは長いので本編に︵次のページになります︶、購入者特典SS
は本日15年4月18日の活動報告にアドレスをアップさせて頂き
ます︶。
⋮⋮正直、各種特典はさらっと書くつもりが、予想以上に筆が乗り、
分量がいつもアップする文章より多くなる結果になりました。どち
らの特典もメイヤがほぼメインなので、そのせいで筆が乗ってしま
ったんでしょうね。
なのでご興味のある方は是非、読んでくださると嬉しいです!
さらに軍オタ3巻のネタバレ書き込みOKな活動報告を作りました。
なので3巻感想書き込みはそちらに書いていただくようお願いしま
す。こちらにも前回同様、感想返答を別枠にて書かせて頂ければと
思っております。
というわけで、盛りだくさんの軍オタ3巻発売記念更新をお楽しみ
下さい! 是非3巻を宜しくお願い致します!
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
3280
なろう特典SS メイヤさんの女子力︵前書き︶
こちらは軍オタ3巻なろう特典SSになります。
本編は同時更新で、一つ前になりますのでお気をつけください。
3281
なろう特典SS メイヤさんの女子力
﹁え? 理想のお嫁さん選手権?﹂
 獣人大陸にあるココリ街は、港から入った物資を陸地奥の街々へ
輸送する中間地点に存在する1つだ。
 そんな都市に新・純潔乙女騎士団の本部がある。
 本部の執務室でオレことリュート・ガンスミスが書類仕事をして
いると、下半身が蛇で上半身が人のラミア族、ミューア・ヘッドが
新たな書類を手に話を切り出してきたのだ。
 その書類に書かれている内容が先程の台詞︱︱﹃理想のお嫁さん
選手権﹄という企画だった。

3282
 オレは書類を受け取り、内容とミューアの顔を交互に見詰める。
﹁⋮⋮またどうしたんだこれは?﹂
﹁商店の人々から相談を受けまして。なんでも最近、﹃若い男女の
結婚率が下がっていてどうにかならないか?﹄と。調査の結果、結
婚率が下がっている理由として、﹃出会いがない﹄﹃普段の仕事が
忙しすぎて、相手を知る機会がない﹄というのが主な理由らしくて。
ならばイベントを開き、男女の仲を取り持とうと思ったしだいです﹂
ピース・メーカー
 PEACEMAKERが音頭を取り、イベントを開く理由は︱︱
他の商店が主導だと禍根が残った場合、以後の対処が難しい。その
ピース・メーカー
ため中立のPEACEMAKERに白羽の矢がたった。
 ミューアが笑顔で続ける。
ピース・メーカー
﹁PEACEMAKER外交部門担当としても、今回の商店からの
願いを受け入れたいと考えています。理由としては街の商店に貸し
を作れるのと、イベントを主導することで街の皆様とより親密にな
れるかと思うのですが。いかがでしょう?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ピース・メ
 彼女が口にしていることはとても立派で、商店&PEACEMA
ーカー
KER側にも利益のある有益なイベントだ。
 しかし、ひっかかりを覚える。
 イベントを開く利点、双方の利益、開催の意義︱︱全てが綺麗に
整えられ過ぎているのだ。
 まるで決闘中、敵がわざと隙を見せ誘われている⋮⋮そんな感覚
を覚えた。

3283
 だが、このイベントを却下するのは簡単だが、拒否する理由を作
るのが難しい。
 適当なことを告げても有能なミューアなら即座に反論してくるだ
ろう。
 ごり押しで却下することもできるが⋮⋮下手に藪をつついて蛇ど
ころか︱︱八岐大蛇を出すことはない。
 それにひっかかりは、オレの勘違いという可能性もある。
 あくまで彼女は善意でイベントを開きたがっているだけかもしれ
ない。
 なら無下にするわけにもいかない。
 ⋮⋮決して自己保身に走ったからではないよ?
 オレは書類の名前欄にサインを書く。
﹁確かにミューアの言う通り商店達に貸しを作るのも、住人達と関
係を深めるのも良いことだ。読んだ限り予算もかからなそうだし。
これぐらいの費用なら、バーニーも許可をくれるだろう﹂
﹁ありがとうございます、リュートさん。バニちゃんにはすでに報
告済みで、許可をとってますから大丈夫です。一応、団長であるリ
ュートさんに、最初にサインを頂こうと思って﹂
 うわ、根回し済みですか⋮⋮ますますひっかかりを覚える。
 しかし、オレは何も言わず書類をミューアに返した。
﹃好奇心猫を殺す﹄だ。
 ミューアは書類を受け取ると、笑顔で執務室を後にする。
﹁何も問題が起きなければいいんだが⋮⋮﹂
 オレは彼女の背を見送った後、ぽつりと本音を漏らしてしまった。

3284
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ミューアは執務室を出ると、3つ眼族のバーニー・ブルームフィ
ールドが居る事務室へと向かう。
 その途中、ある人物とすれ違った。
 リュート・ガンスミスの一番弟子であるメイヤ・ドラグーンだ。
 彼女はまるで誰かを待っていたかのように廊下壁に寄り掛かり、
腕を組んで佇んでいた。
 メイヤとミューアの視線が交差する。
﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂
 彼女達は会話を交わさない。
 しかし、ミューアがウィンクを一度だけする。
 メイヤが待ち望んだ答えはそれだけで十分だった。
 メイヤは寄り掛かっていた壁から離れると、自身の研究室へと歩
き出す。
 その道すがら、彼女は我慢できなず笑みをこぼしてしまう。
︵無事、﹃理想のお嫁さん選手権﹄の許可が下りたようですわね︶
 許可が下りた場合、ウィンク1回。
 却下の場合、ウィンクなしという事前に打ち合わせをしていたの

3285
だ。
︵これでリュート様の前でわたくしの﹃理想のお嫁さん力﹄を存分
に発揮! 見せ付けることができますわ!︶
 実際の﹃理想のお嫁さん選手権﹄の発案者は、メイヤ・ドラグー
ンだったのだ。
 もちろん実際に商店達からは、先程ミューアが告げた相談が持ち
かけられているが、現状そこまで深刻ではない。
 メイヤはその話を小耳に挟み利用することを思いついたのだ。
︵﹃理想のお嫁さん選手権﹄でわたくしが出場し、リュート様の前
でブッチギリでトップに立つ。そうすればリュート様は、わたくし
の﹃理想のお嫁さん力﹄に気が付き、感涙。即、結婚を申し込んで
くるはずですわ! 天才! 圧倒的天才発想力! 我ながら自分の
天才的頭脳に身震いを覚えてしまいますわ! もちろん、そんなわ
たくしの天才的才能もリュート様の神大天才的才能の前では塵屑以
下の存在でしかありませんけど︶
 そして、イベントを開くためミューアに相談を持ちかけた。
 彼女はココリ街にある某高級甘味店、食べ放題券で手を打ってき
た。
 食べ放題券は、メイヤがミューアの友達を含めて甘味を驕るとい
う約束書類である。
 こうしてミューアが、イベント書類を製作。
 許可をもらうまえに念を入れて、根回しを済ませた。
 そして無事、リュートから開催の許可をもらう。
 これで正式なイベントになったため、大手を振って開催すること

3286
ができる。
﹁今度こそ⋮⋮今度こそ⋮⋮リュート様のお嫁さんになってみせま
すわ! ふふふふふふふっふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
ふふ⋮⋮﹂
 太陽光が差し込まない研究室に続く暗い廊下に、メイヤの低くく
ぐもった笑い声が静かに響き渡った。
 そして、無事、問題も起きず﹃理想のお嫁さん選手権﹄が新・純
潔乙女騎士団本部グラウンドで開かれた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹃さぁ、ついに始まりました﹃理想のお嫁さん選手権﹄! 今回の
イベントで司会を務めるリースお姉ちゃんの可愛い妹、ルナです!﹄
ピース・メーカー
﹃そして、解説は私、PEACEMAKER外交部門担当のミュー
ア・ヘッド。今回の審査員を務めるのは護衛メイド、シアさんです。
シアさんよろしくお願いします﹄
 グラウンドに待機しているシアが話を振られて、綺麗に一礼する。
 新・純潔乙女騎士団本部グラウンドには、約100人の参加者女
性と観客達が集まっている。

3287
 司会のルナ、解説者のミューアはグラウンド端に机を並べ進行を
おこなうことになっている。
 2人の声は音を増幅し、周囲に響かせる魔術道具︱︱マイクを使
用しているためグラウンドの端に居ても聞こえてくる。
 オレはというと、他観客達と一緒になって観戦︱︱ではなく、混
乱が起きないよう警備員のまとめ役、監督役をしていた。
ギルド
 観客来場者数は予想していたより多く、急遽冒険者斡旋組合にク
エストとして依頼。
 冒険者達を警備員として雇い入れることになったほどだ。
 まあ、責任者と言っても警備員側や会場に問題が無いか立ってい
るだけなのだが。
 観客は将来のお嫁さんを見定めるためか若い男性の割合が多いが、
一イベントとして楽しく見物しに来た子供からお年寄りまで集まっ
ている。
 娯楽が少ないこの異世界とはいえ、皆暇すぎるだろう⋮⋮。
 さらに意味が分からないことにスノー、クリス、リース、ココノ
が今回のイベントに参加していた。
 別に彼女達がオレに三行半を突き付けるため、新しい婿捜しをし
ている訳ではない。
 参加者が集まらない可能性があったため、水増し要員としてミュ
ーアが皆に﹃参加してしてくれないか?﹄と頼んだのだ。
ピース・メーカー
 彼女達の他にもPEACEMAKER側から、メイヤ、バーニー、
カレン、他が参加している。
 しかし、こちらの予想以上に参加者が集まったため警備員の手が
足りず、冒険者を急遽雇う結果になった。

3288
 ルナが楽しげに声をあげる。
﹃それでは早速行きましょう! まず一つ目の﹃理想のお嫁さん選
手権﹄種目は︱︱体力です! でも、なんで理想のお嫁さんに体力
が必要なの?﹄
﹃理想のお嫁さんに必要な技術として炊事家事、家庭維持など多々
ありますが、その資本となる体力がなければいけません。なのでま
ず最初に体力を測定テストをさせて頂きたいと思います﹄
﹃テストは簡単、今から町内を一周して、最初にこの場所へ戻って
きた上位50名が次のテストへ進むことができます! ちなみに不
正をしようなどと考えないように。護衛メイドのシアが走る皆を監
視するので! むしろ、彼女の目をかいくぐり不正をおこなった人
ピース・メーカー
は是非、PEACEMAKERへ入団してください!﹄
 ルナの言葉に思わず納得する。
 確かにシアの監視をかいくぐり不正をおこなえる人材なら、是非
欲しい。
 オレが彼女の言葉に頷いていると、ルナは元気よくスタートの合
図を口にする。
﹃準備はいい? それじゃよーい⋮⋮スタート!﹄
 彼女の言葉に合わせて一斉に、参加者達が走り出す。
 はてさて、最初にゴールするのは誰だろう?
 今回のテストで脱落する2名は容易に想像できるのだが。

3289
 そして、十数分後︱︱トップグループが戻ってくる。
 1位スノー、2位がカレンだった。
 今回、魔術の使用は禁止されているが、やはりこの2人が運動能
力は飛び抜けて高い。
 その後、続々とマラソンを終えた女性達が戻ってくる。
 そして最下位は⋮⋮
﹁︱︱︱︱︱︱﹂
﹁ぜーはーぜーはー、足が痛いよ、体が痛いよぉ∼﹂
 ココノは息をしているのか心配になるほど青い顔で動かず、バー
ニーは涙目で倒れていた。
 彼女達2人が逆トップ陣、ビリ︵ココノ︶とビリ2︵バーニー︶
だ。
 ココノは昔に比べて体力がついたからといって、トップ50名に
入るのは無理だろう。
 バーニーは魔術師だが、最近は訓練をせずにずっと座って事務仕
事をしている。完全に運動不足だ。
 しかも、2人は途中で棄権すればいいのにわざわざ完走したのだ。
 その根性はとても素晴らしいが、
﹁ココノ、大丈夫か?﹂
﹁だ、大丈夫です⋮⋮少々、意識が遠くなったぐらいで⋮⋮﹂
﹁いや、それ大丈夫じゃないだろう。本当に無理するなよ。でも、
完走して偉いな。ココノは根性あるよ﹂
﹁えへへへ、ありがとうございます、リュート様﹂

3290
 倒れていた彼女を日陰の木下に移動させ、持ってきた水を飲ませ
る。バーニーはまだ体力が残っていたらしく、ふらふらしながら休
憩室に1人で向かった。
 現状、オレは警備員の監督、責任者のため現状そこまで忙しくな
い。
 そのため木陰にココノを移動させて、彼女に膝枕をしてやった。
 ココノは嬉しそうに微笑む。
 オレはそんな彼女の頭を何度も撫でる。
 オレ達がいちゃついている間にも、﹃理想のお嫁さん選手権﹄は
続く。
﹃続いての種目は﹃頭脳﹄です! って、頭脳って何をするの? 
頭開いて見せるとか?﹄
 何そのグロイの⋮⋮。
 ミューアが微苦笑で否定する。
﹃違いますよ。理想のお嫁さんに必要な技能の1つ、それは計算力
です。妻として家庭を預かるのならお金の計算が出来なければいけ
ません。なので今から問題を出しますので、分かった人からシアさ
んに耳打ちしてください。先に正解した20名が次の種目に移れま
す﹄
 先程の種目で50名が、20名に絞られるのか⋮⋮結構、シビア
だな。
﹃周囲に聞こえるよう声に出したり、相談し合うのは禁止です。も
しやった場合は失格となるので注意してくださいね﹄

3291
 ミューアが注意事項を告げ釘を刺す。
 ルナが事前に用意していた問題を告げた。
﹃それでは問題いきます! 1から100までの数字の合計はいく
つになるでしょう!﹄
 確かこの答えは﹃5050﹄だったかな?
 普通に計算すると面倒だけど﹃1+100=101﹄﹃2+99
=101﹄﹃3+98=101﹄と足していくと必ず合計が﹃10
1﹄になる。
 それが50個になるので﹃50×101=5050﹄となるわけ
だ。
 この計算のやり方を知らないと、答えるのは結構大変だ。
﹁はい! 分かりましたわ!﹂
 メイヤがすぐに手を挙げ、シアの元へと駆け寄る。
 メイヤはシアの耳元に口を寄せ、答えを告げる。
﹁⋮⋮正解です﹂
﹁よっし! ですわ!﹂
 さすが天才魔術道具開発者。
 一発&トップバッターで頭脳種目を突破する。
 彼女に遅れて商人の娘さん達が、3人ほど団子で続く。
 2番目の子は不正解。
 3、4番目と順番に答えた子が正解して抜ける。

3292
 これで残る枠は17名だ。
 続いて手を挙げ、シアの元へ向かったのはクリス&リースだ。
 2人とも順番にシアの耳元へ答えを告げる。
﹁⋮⋮正解です﹂
 2人とも無事、正解し抜ける。
 これで残る枠は15名だ。
 これで残っている嫁はスノーのみだが⋮⋮オレが彼女の様子を窺
うと、
﹁えっと1+2+3+4+5+6+7+8+9+10で55でしょ。
そして11+12
︱︱﹂
 スノーは律儀に1∼100までの数字を足しているらしい。
 一方、スノーの近くに居るカレンも⋮⋮
﹁100+99で199。98+97で195。そして96+95
︱︱﹂
 スノーと同じで、100側から順番に足していっていた。
 あれでも2人は魔術師学校を卒業したエリート魔術師だ。
 スノーに至っては一握りの天才でしか至れない魔術師Aマイナス
級魔術師なのである。本当に彼女達はエリートなんです。
 でもなぜだろう。
 2人を見ていると目からしょっぱい水が流れ出そうになる。

3293
 もちろんスノー&カレンが、この頭脳種目を突破することはなか
った。
﹃さぁ﹃理想のお嫁さん選手権﹄の種目も残すところあと2つ! 
残る参加者も約100名から、たったの20名まで絞られました。
この中から誰が﹃理想のお嫁さん﹄という素晴らしき栄光を手にい
れるのでしょうか!﹄
 ルナが興奮した様子で声をあげる。
 この喋りに観客達も盛り上がり、雄叫びのような声をあげた。
 そして声が静まるのを待って、ミューアが次の種目を告げる。
﹃続いての種目は﹃掃除力﹄です。健康的な生活を送るためにも、
汚い部屋ではいけません。理想のお嫁さんなら、夫や子供ためにも
自宅を綺麗に維持する必要があります。今回の種目ではそんな﹃掃
除力﹄を競ってもらいます。それでは準備をしますので少々お待ち
くださいね﹄
 ミューアの言葉で、選手達の前にテーブルに載った汚れた壺が1
人1つ置かれる。
 机の脇には水が入ったバケツと掃除用具一式が置かれている。
 ルナが元気よく種目の説明をした。
﹃今から皆さんにはこの汚れた壺を掃除してもらいます! 綺麗に
なったと思った人から順番に手を挙げてください。護衛メイドのシ
アが審査してOKなら合格。でも基準に達していなかった場合はや
り直しになるから気を付けてね! 先に合格した上位10名が、最
終種目に進めるよ!﹄

3294
﹃何度でもやり直しして問題ありませんが、その分時間を取られる
のでその間に他選手に抜かれる可能性があるから要注意してくださ
いね﹄
 ミューアがナイスタイミングで合いの手を入れる。
 確かに速度を重視して、手を抜けば審査に時間を取られて他選手
に遅れる可能性がある。
 この種目では速さだけでなく、正確さも要求される奥が深いもの
になりそうだ。
﹁⋮⋮でも、この種目で真っ先に脱落する人物の予想がつくんだが﹂
﹁リュートくん気が合うのね。わたしもだよ﹂
﹁失礼ながら、わたしも予想がつきます⋮⋮﹂
 頭脳種目で脱落したスノーが隣に座って、オレの言葉に反応する。
 呼吸が落ち着いたココノも、体を起こし申し訳なさそうに声をあ
げる。
﹃今回の審査を護衛メイドのシアが勤めるけど、彼女の腕前がどの
程度なのか示すためデモンストレーションとして壺を掃除してもら
いたいと思います!﹄
 ルナの掛け声で、シアの前に汚れた壺が置かれる。
 確かに審査員である彼女の実力が分からなければ、自分達に下さ
れる評価が本当に正しいのかどうか納得し辛いだろう。
 しかし遠目だが他のより汚れている気がする。
 あれが本当に綺麗になるのだろうか?
﹁⋮⋮それではやらせて頂きます﹂

3295
 シアは人目が集まったのを確認すると、壺の掃除にとりかか︱︱
終わっていた。
 先程まで汚れていた壺はまるで新品のごとく綺麗になっていた。
 って! どうやってあの一瞬で掃除を終わらせたんだよ!
 見守っていた観客達もあまりの速さに﹃⋮⋮おおっぉぉおおっぉ
っぉおぉッ!﹄と驚愕の声と万雷のような拍手が贈られた。
 彼女は表情をかえず右手を胸に、左手でスカートを掴み正式な挨
拶をする。
 これだけの実力を見せ付けられたら、シアが審査をするのは誰も
反対しないだろう。
﹃それじゃ場も温まったところで早速いくよ! 選手の人達準備は
いい!?﹄
 ルナの声に、観客達の視線がシアから選手20名に向けられる。
 緊張感が当たりを包み込んだ。
﹃それでは掃除力種目、壺掃除! よーい⋮⋮スタート!﹄
 がしゃん!
 ルナの掛け声と同時に彼女の姉であるリースが、掃除用具を取ろ
うとして机にぶつかり壺を落とす。
 壺は物の見事に割れてしまった。
﹃はい! リースお姉ちゃん失格!﹄
 ルナはなぜか嬉しそうに笑顔で指先を向ける。
 オレ達も予想通り過ぎて、驚きもない。

3296
 リースが再度の挑戦を要求するも、シアによって却下される。
 たとえ相手が仕えるべき主でも、審査員として公平性を貫くつも
りのようだ。シアは一度決めたら頑固なため、絶対に撤回はしない。
 リースも抗議を諦め、トボトボとこちらへ歩いてくる。
﹁お疲れ、残念だったな。結構いいところまで残ったのに﹂
﹁うぅぅ⋮⋮最後が壊れやすい壺掃除ではなく、お部屋やお庭、衣
類の洗濯などだったら壊すこともなく最終種目まで残れたのですが
⋮⋮﹂
 なぜだろう。
 リースのドジで部屋なら破壊、庭なら焼失、衣類の洗濯は雑巾以
下の布切れになりそうなイメージがあるのは⋮⋮。
 スノー&ココノも同じイメージだったらしく、彼女達も明後日の
方角を向き黙り込む。
﹁はい! 終わりましたわ! シアさん、審査をお願いしますわ!﹂
 そうこうしていると一番最初の審査申込者が出た。
 メイヤ・ドラグーン、その人だ。
 シアとは比べられないが、相当早い。なのに遠目からでも分かる
ほど丁寧に汚れが落とされていた。
 シアが近付き、机を一周。
 汚れがないか壺の中まで覗き込みチェックする。
﹁⋮⋮合格です﹂
﹁よしッ! ですわ!﹂
﹃オォォォォオオォォッォオ!﹄と観客から驚きの歓声があがる。

3297
 メイヤは先程の頭脳種目でもトップ通過した。
 さらに今回の掃除力種目でも堂々のトップ通過とは驚きだ!
 メイヤに遅れること10分ほど、続々手を挙げシアに審査しても
らっていく。
 手が挙がるのに焦り、掃除を終わらせようと急ぎ、完全に終わっ
ていないのに審査を願う子達も多かった。
 結果、再度のやり直しで逆に時間を無駄に消費する。
 その中でクリスは焦らず、丁寧に壺を掃除する。
 自身の納得がいくまで磨いた後、手を挙げた。
﹁⋮⋮合格です﹂
﹁!﹂
 クリスが珍しくガッツポーズする。
 自身の胸の前で両手を握り締めたのだ。
 ギリギリ最後の10人目に滑り込む。
 こうして最終種目に挑む10名がグラウンドに残る。
 ルナが興奮気味にマイクへ向けて叫んだ。
﹃さぁよいよいよ﹃理想のお嫁さん選手権﹄最後の種目を迎えたよ
! つまり! 今、グラウンドに居る女の子達は、最も理想のお嫁
さんに近い子達ということ! ちなみにルナの一押しはもちろんク
リスちゃん! ちょー可愛いよ!﹄

3298
 ルナの声に観客達の注目がクリスに集まる。
 彼女は恥ずかしそうに俯いた。
 私情を入れるな私情を。後、観客の中で﹃嫁に是非欲しい!﹄と
いう奴等がちらほら居たがクリスはオレの嫁だ! 絶対にやらんぞ!
﹃それじゃ最後の種目を発表するよ! では、発表どうぞ!﹄
﹃最後の種目は︱︱料理です﹄
 ルナの振りに、ミューアが重々しく答える。
 さらに彼女は続けた。
﹃料理は生きるうえで絶対に欠かせない要素。毎日、夫や子供、義
理両親などに食べさせたり、不意の来客に台所にある材料で対応し
なければならない場合もあります。つまり、料理とは﹃理想のお嫁
さん﹄に絶対に欠かせない技能ということです﹄
﹃なので今度は皆さんに、料理を作ってもらうよ。準備をするんで
ちょっと待ってね﹄
 ルナの声に壺&机が片付けられ、今度は10名の前に簡易台所が
用意される。
 他にも食材を乗せた台が集められて準備されていく。
 その間に、ミューアが最終種目のルールを説明する。
﹃最終種目に残った皆様には、あるテーマに乗っ取り1時間以内に
料理を作ってもらいます。今回も審査員は護衛メイドのシアさんに
勤めてもらいます。シアさんに料理を食べてもらい、最も美味しか
った人が優勝となります。シアさん、よろしくお願いします﹄
 シアが観客、10名の少女達にそれぞれ一礼する。

3299
﹃でもシアの腕前がどの程度か分からないと、審査に納得できない
でしょ? なのでシア、これからちょっと何か作ってみて。ちょう
どルナ達も小腹が空いたから、なにか食べたいし﹄
 シアはルナの無茶振りに一礼すると、食材が置かれた台へと向か
う。
 彼女専用に余分に作られた台所へ向かい調理かい︱︱終了!? 
だから早すぎるだろ!
 シアは涼しい顔で皿に乗せた料理をルナ&ミューアが座る席へと
運ぶ。
 シアは一度、マイクを借りて料理の説明をした。
﹃魚の香草焼きでございます﹄
 魚をおろし蒸して、最後に香草⋮⋮葱に近いハーブをのせて熱し
た油をかける。これにより香草の匂いが魚に移って臭みが消える︱
︱と彼女が説明する。
 おかしい。そんな手間暇をかけた気がしないのだが。オレの感覚
ではいつの間にか出来ていた気がする。
 しかし誰もそこには突っ込まない。
 ルナ&ミューアが食べて感想を告げる。
﹃これ美味しい! 魚って生臭いからあんまり好きじゃないけど、
これ凄く食べやすいんだけど!﹄
﹃しかも余計な調味料を殆ど使ってないから、魚本来、素材の味を
楽しめて美味しいですね。匂いも香ばしくて鼻をくすぐります﹄
 うわぁ、マジで美味そう。

3300
 油で香草を焼いたせいか、グラウンド全体に美味そうな匂いが広
がる。
 観客達もごくりと喉を鳴らすのが聞こえてくるようだ。
 ミューアが口をハンカチで拭いてから、営業スマイルで宣伝する。
﹃他観客の皆様は、小腹がお空きになった各露店が今回はイベント
ということで出店していますので、是非そちらでご購入ください﹄
 この宣伝で少なくない人数が露店へと移動する。
 実はこの露店を出すよう進言してきたのもミューアだった。
 彼女は露店から出店料を取っている。
 良い場所ならそれなりの値段を取るらしい。
 そのためああやって、宣伝をしたのだろう。
 ⋮⋮まさかとは思うが、シアの料理も彼女が美味そうな匂いが広
がる物とか指定したんじゃないだろうな?
 ミューアならやりそうだ。
﹁!?﹂
 そんなことを考えると、彼女がこちらに向き直り目が合いニッコ
リと笑顔を浮かべてきた。
 心を読むのは止めて欲しい。いや、マジで。
 ミューアは視線を観客達に戻すと改めてルールの説明をする。
﹃シアさんの実力も分かったところで、今回の種目のルール説明を
します。制限時間は1時間。テーマに沿った品物で、時間内であれ
ば何品でも作って頂いて構いません。あんまり欲を掻いて作り過ぎ

3301
ると、時間が足りなくなりますから気を付けてください。材料&調
味料は目の前にあるのものを使用してくださいね﹄
﹃それじゃ最終種目、料理のテーマを発表するよ!﹄
 ルナがマイクを手にしたまま、食材が乗った台へと向かう。
 そこから1つのパプリカに似た食材を手にする。
 そのまま齧り付いた。
 彼女は満足そうに頷き飲みこ︱︱﹃オェ⋮⋮ッ!﹄と飲み込めず
吐き出してしまう。
 おい、やんごとなきお姫様なにしてるの?
﹃リューとんが料理勝負の前はこれをやらないといけないって言っ
てたけど、これ本当に必要なの?﹄
 あっ、これオレのせいだ。
 昔、ネタというか冗談で言ったのを覚えていたのか⋮⋮
 ルナはシアが差し出したコップの水を飲み干す。
 彼女は気を取り直し、元気よくテーマを叫んだ。
﹃最終種目、料理のテーマは﹃夕食﹄だよ! さぁ、料理スタート
!﹄
 ルナの合図で10名の少女達が動き出す。
 少女はお盆を手にまずは食材が乗った台へと向かう。
 それぞれ目的の品物を手に取ると、調理台へと戻り料理を始める。
 席に戻ったルナとミューアが解説を始める。

3302
﹃最終種目のテーマは夕食だけど、注目する点とかあるの?﹄
﹃そうですね。夕食というだけあり味だけではなく、家族の健康も
考えてバランスのいい食事に気を付けるか。それとも友人達を招い
た夕食会を想定して作るか。夫や子供の好みに合わせて好きな食べ
物を作るか。意外と色々な方向性があるので、どの方向に合わせて
作ろうとしているのか注目すると面白いと思いますよ﹄
 ルナの疑問に、ミューアがテンポ良く答える。
 ここに来て2人ともやりとりが随分スムーズになったな。
 観客達も納得し、少女10名の方向性をそれぞれ楽しげに議論し
あっている。
 いい雰囲気だ。
﹃個人的に注目しているのは、クリスちゃんかな。一体どんな料理
を作るんだろう。ずっと果物を切ったり、生クリームを作ったりし
ているけど。最初からデザートを作るつもりなのかな?﹄
 オレもクリスに注目していた。
 彼女が持ってきた材料は夕食というより、デザート物しかない。
 最初にデザートを作って、後半に夕食系料理を作るつもりなのだ
ろうか?
 夕食をある程度簡単にして、プラスにデザートで豪華さを強調す
る的な?
﹃私が個人的に注目しているのはメイヤさんですね。彼女はかの有
名な天才魔術道具開発者のメイヤ・ドラグーンですが、体力を競っ
たマラソン以外全て1位通過。天才は何をやらせても天才なのか?
 今回の料理種目でもどんな夕食を作るのかちょっと楽しみにです﹄
 ミューアは上手くメイヤの知名度を利用し、観客達の期待値を煽

3303
る。
 そのメイヤは鬼気迫る勢いで中華鍋に似た鍋を振るい炒飯を作っ
ていた。
﹁うぉおおぉ、ですわ!﹂
 さらに同時並行で挽肉をこね、細かく切った野菜を投入、繋ぎも
入れる。
 湯を沸かし、卵をとく。
 寝かせていた小麦粉の生地を小さくのばす。
 まるで本物の料理人のように忙しく動き回る。
 というか、メイヤって料理作れたんだ。
 魔術で氷を作り出し、何かを冷やし始める。
 最初の種目では体力を測るため魔術使用を禁じたが、今回は解放
されている。
 全ての技能で料理を作るのが嫁だからだとか。
 他少女達も最終種目に残っただけあり手際いい。
 どんどん美味そうな料理が仕上がっていく。
﹃30分経過。残り時間は後半分だよ!﹄
 ルナの声に少女達の動きがさらにあわただしくなる。
 さらに時間が経過。
 ルナがカウントダウンを始める。
﹃10秒前! 9、8、7、6、5、4、3、2、1︱︱終了! 
はい、そこまで!﹄

3304
 彼女の掛け声と共に少女達の手が止まる。
 無事、全員が料理を時間内に作り終えたようだ。
 各自のテーブルに料理が並べられる。
﹃それではシアさん、各自の料理を試食と感想をそれぞれお願いし
ますね﹄
 ミューアが席に残り、シアを促す。
 ルナは彼女の声を拾うため、シアの側へとマイクを手にかけ出し
た。
 まず最初にシアが向かったのはクリスのところだ。
 彼女の夕飯は︱︱﹃山盛りパンケーキと生クリーム、季節のフル
ーツ添え﹄らしい。
 ミニ黒板にドヤ顔でクリスが文字を書き、ルナが読み上げる。
 これに対してシアは試食をせず判定を下した。
﹃クリス様は失格です﹄
﹃ちょっ! なんでクリスちゃんが失格なの! まだ食べてないの
に!﹄
﹃料理種目のテーマは﹃夕食﹄です。クリス様がお作りになった品
は夕食ではなく、おやつです。なので失格です﹄
 確かにあれは夕食というより豪華なおやつだ。
 クリスがショックを受け、ルナが援護するが判定は覆らない。
 シアは一度下した判定はたとえ主でも絶対に覆さない。
 1つ前の壺掃除でリースが証明済みだ。

3305
 決定を覆すことができず、クリスは作った料理を手にオレ達の側
へやってくる。
﹁残念だったな、最後まで残ったのに﹂
﹃本当に残念です。パンケーキは夕食としても食べられて、美味し
いんですが﹄
 気持ちは分かるが、男としては山盛りの生クリームを夕飯として
は食べたくないかな。
﹃甘味﹄だけじゃなくて、他の味も欲しい。
 クリスが作った料理をスノー達と分け合い食べながら、シアの審
査を眺める。
 クリスの他、2人終わったところで次はメイヤの番だ。
 ルナがマイクを向け、夕食テーマタイトルを告げてもらう。
﹃わたくしはの夕食は、﹃愛するあの人︱︱我が夫︵仮︶のお好き
な竜人大陸伝統料理﹄ですわ!﹄
 メイヤが作った料理は餡かけ炒飯、卵スープ、焼き餃子、デザー
トにフルーツゼリーが並ぶ。
 夕食テーマタイトルは﹃あいたたた﹄だが、品物自体は凄く美味
そうだ。
 餡かけ炒飯も細く肉を切り、濃いめの味付けがされ炒飯にとろり
とかけられている。
 焼き餃子は野菜が細かく入れられており、卵スープも優しい味が
して美味い。

3306
 最後にデザートとして甘過ぎない冷たいゼリーがあるのは嬉しい。
 メイヤと結婚する夫の好みに合わせた料理を作ったようだ。
 これが見事、オレの好みと一致するんだよね⋮⋮不思議だな∼。
 メイヤが得意満面の笑顔でこちらを見てくるので、苦笑いを返し
ておいた。
﹃⋮⋮どれも美味しいです。仕事が丁寧でスープ、おかず、メイン、
デザートとバランスも取れています。野菜を細かく切り餃子にした
のも良い点です。これなら野菜嫌いな子供でも美味しく食べられま
す。ただがっつり系が多いので、女性には嫌がられるのが注意点で
はありますが﹄
 シアがポイントを押さえたコメントをマイク越しに告げる。
 彼女は地球の料理番組に出しても人気が出そうだな。
 メイヤが終わると次へと移る。
 こうして最後まで全員が作った料理をシアが批評した。
 一口ずつだが最終種目に残った9名︵クリス失格のため︶の料理
全てを口にする。
 そんな彼女がルナ達が居る席へ移動。
 腕を組み暫し考え込む。
 いつも最善手を即座に導き出すシアにしては珍しく、熟考してい
るようだ。
 迷ったすえ、ついにシアが動く!
 ルナの耳元に優勝者の名前を告げた。
 ルナは﹃ふむふむ﹄と頷く。
 シアが離れると、彼女は元気よくマイクへと叫ぶ。

3307
﹃ついに﹃理想のお嫁さん選手権﹄の優勝者が決まったよ! シア
も珍しく悩んでいただけに今回はレベルが凄く高かったみたいだね
! それじゃ前置きはこれぐらいにして優勝者の発表をするね! 
栄えある﹃理想のお嫁さん選手権﹄優勝者は︱︱どるるるるる︱︱﹄
 ルナは器用に下でドラムロール的音楽を流す。
 それもどこで覚えたんだ?
 緊張感がピークに達したのを察して、ルナが今まで一番の声をあ
げる。
﹃メイヤ・ドラグーンンンンンン!﹄
 名前を告げられると一瞬の静寂。
 その後、歓声と拍手が津波のように押し寄せる。
 優勝者のメイヤも自身の名前が呼ばれ、喜びを全身であらわす。
 この後、シアから1人ずつの寸評を簡単に入れられ、他少女達も
負けはしたが本当に僅かな差でしかなかったことを彼女は強調した。
 観客達も残った少女達に惜しみない拍手を送る。
 こうして﹃理想のお嫁さん選手権﹄は、メイヤの優勝で幕を閉じ
た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

3308
﹁リュート様! みてくださいまし! わたくし、優勝しましたわ
!﹂
 メイヤは全ての勝負に打ち勝ち、ルナから手渡された﹃理想のお
嫁さん選手権﹄のタスキをかけて、リュートの元へと駆ける。
 リュートもメイヤを笑顔で出迎えてくれた。
﹁メイヤ、おめでとう! まさか優勝するとは思わなかったよ﹂
﹁これも全てリュート様が応援してくださったからですわ! リュ
ート様の応援する声がわたくしの耳に確かに聞こえました! ﹃オ
レの愛しい一番弟子にして正妻のメイヤ! オマエなら絶対に優勝
できる! だから頑張れ!﹄と。あの熱い応援がなければわたくし
は、一種目のマラソンで敗退してましたわ﹂
﹁声に出して応援した記憶がないん︱︱﹂
﹁だからこそ! この優勝は全てリュート様あってこそ! つまり、
この﹃理想のお嫁さん選手権﹄の優勝者はリュート様と言っても過
言ではありませんわ!﹂
﹁それだとオレがお嫁さん側になるから違うだろう⋮⋮。まぁとり
あえず、優勝おめでとう。それじゃオレは片付けの監督があるから。
また後でな﹂
﹁ありがとうございます! ⋮⋮あの、それだけですか?﹂
 リュートは再度祝いの言葉を告げると、自身の仕事に戻ろうとす
る。
 メイヤはそんな彼を慌てて引き止めた。
﹁? ああ、まだオレの監督仕事が残っているからな﹂

3309
﹁そうですが、そうではなく! もっと他に伝える言葉などありま
せんか? 多分残っていると思うのですが﹂
﹁他に伝えること?﹂
 リュートは足を止め、腕を組み考える。
﹁ああ、そうだ! ひとつ言い忘れてことがあった﹂
﹁もうリュート様のあわてんぼうさん☆ でもそんなところも素敵
ですわ!﹂
﹁この後の打ち上げ会場はミューアが押さえているから、片付けが
終わったら一旦彼女の側に集合な﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
﹁それじゃ悪い。本気で片付けの監督をしないといけないから﹂
 そして、リュートはメイヤを残し、片付けの監督役をするために
皆の元へと向かう。
 メイヤは1人﹃理想のお嫁さん選手権優勝者﹄のタスキを肩にか
け、呆然としていた。
﹁⋮⋮えっ?﹂
 そして祭は終わりを告げる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
3310
 さて︱︱オレことリュートから、﹃理想のお嫁さん選手権優勝者﹄
の後日談を簡単に報告したいと思う。
 片付けを終えた後、ミューアが確保した打ち上げ会場に皆で雪崩
れ込んだ。
 彼女が予約した打ち上げ会場は、ココリ街にある某高級甘味店だ
った。しかも、食べ放題、飲み放題だと言う。
 なんでもメイヤが自腹で今回の打ち上げ会場を確保したらしい。
 なぜか理由までは分からないが、﹃理想のお嫁さん選手権﹄がよ
っぽど楽しみだったのか?
 その優勝者であるメイヤは、まるで燃え尽きた真っ白な灰のよう
に椅子に座って机に体を投げ出していた。
 よっぽど昼間のイベントが堪えたのだろう。
 メイヤも基本的に運動系ではなく、体を動かさない研究職だから
な。
 今日は色々疲れたんだろう。そっとしておいてやろう。
 また﹃理想のお嫁さん選手権﹄を通して、奮闘する少女達を目の
前にした男性陣が、今度は頑張ってアプローチを始めたらしい。
 特に最後まで残った8人の少女達︵クリス&メイヤは除く︶に、
男性陣がデートの誘いが集まっているとか。
 8人以外にも、彼女達の頑張る姿を前に胸をときめかせた男性達
が、目当ての女の子に交際を申し込んでいるらしい。
 ミューア曰く、商店の人々も喜んでくれているとか。早くも第二
回の開催を開こうという声が出ているとか。

3311
 とりあえず、どうやらイベントは特別な問題も起きず、皆に喜ば
れたようで何よりだ。
 唯一、問題があるとしたら︱︱なぜかシアに最も多く交際申し込
みが集まっている。
 商店でも大店のところからお見合いの席を是非設けて欲しい、ウ
ピース
チの息子の嫁として是非嫁いで欲しい、との問い合わせがPEAC
・メーカー
EMAKER本部へと多数押し寄せている。
 本人は﹃自分は若様、奥様方に仕えるメイドです。自身の結婚に
興味はありません﹄と一蹴。
 申し込まれる見合い話を断り続けている。
 そりゃ体力、知力、掃除力、料理力を見せ付けられたら﹃是非﹄
という声が挙がるのは当然だろう。
 もし次があるなら、もう少し自重するよう釘を刺しておこう。
 さらに問題があるとしたら、メイヤが選手権以降、元気がないぐ
らいだ。
 よっぽど疲れたのだろうな。
 近日中に連休などを作りゆっくりと休ませてやろう。
 とりあえず個人的には大きな問題が起きず終わってくれてほっと
している。
 二回目を開く際も大きな事故、怪我、問題がないことを祈ってい
る。

3312
なろう特典SS メイヤさんの女子力︵後書き︶
 こちらは軍オタ3巻発売﹃なろう読者向け特典SS﹄になります。
 とりあえず⋮⋮書きすぎた⋮⋮。
 特典SSだから﹃短めのやつをさくっと書くか﹄とか思っていた
ら、いつもアップするシナリオ文章の約2倍もある話を書いてしま
った。
 なにやってんだろうオレは⋮⋮。
 いや、楽しく書けたけどね!
 いつもは活動報告にアップするのですが、なにぶん文章量が多い
ため本編にアップさせて頂きます。なろうシステム的に文章量が多
すぎると、活動方向ではアップできないので。

3313
 さてさて、兎に角、今回の話は﹃理想のお嫁さん選手権﹄です。
 ぱっと頭に思い浮かんだネタで、﹃リュートの嫁︵候補を含む︶
で一番嫁力が高いのは誰だろう?﹄と思ってプロットも作らず書い
てみました。
 結果はご覧の通りです。
 書いてて思ったのは﹃意外とメイヤの嫁力って高いんだ﹄ってこ
とでした。
 なのになんでいつまで経ってもリュートと結婚できないんでしょ
うねー︵棒︶。
 そんな感じで3巻小説もメイヤ、軍オタ3巻発売﹃なろう読者向
け特典SS﹄もメイヤ、軍オタ3巻購入者特典もメイヤ︱︱とメイ
ヤ尽くしでした。
 途中で書いててメイヤゲシュタルトが起きそうになりました。
 書きすぎて混乱してきて﹃メイヤの口調ってこれであっていたっ
け?﹄と疑心暗鬼になりました。
 そのたびに手元にある軍オタ3巻やネット版を読んで口調などを
確認しました。作者なのに⋮⋮。
 と、そんな感じでメイヤでいっぱいの3巻&特典SSでした。
 引き続き軍オタ1、2巻も発売中なのでまだ読んでいない方は是
非よろしくお願いします。
 硯様の4コマなどもお薦めです。
 今回の3巻は特に面白く、あんなの絶対笑ってしまいますわ︵笑︶

3314
 なので是非ご購入頂きチェックしてくださると嬉しいです。
 それではこんな感じで。
 また通常の更新に戻ります。
第278話 エル先生&ギギさん結婚式
 ギギさんがエル先生に結婚を申し込んでから、1週間後︱︱2人
の結婚披露パーティーの準備が着々と進んでいた。
 狼族の結婚式は相手の身内を呼び、内々で宴を開き結婚を祝うら
しい。
 この辺りは魔人種族に似ている。
 しかし、﹃エル先生結婚﹄の一報を聞きつけた人達が﹃自分達も
エル先生を祝いたい! 結婚式に参加したい!﹄と言いだし、続々
と町に集まってきた。
 さらに話が広がり、エル先生のお世話になった人々、孤児院卒業
者達が集まってきているらしい。
 流石エル先生、素晴らしい人望だ。

3315
 そのため2人の結婚式は、身内だけではなく大々的にやることが
決定。
 ほぼ町興しイベント扱いになっている。
レギオン ピース・メーカー
 そのためオレ達︱︱軍団、PEACEMAKERが主導で準備を
おこなっている。
 スノー&メイヤには、町外のすぐ側に土魔術で建物を建造しても
らっている。
 町内の空き家はシアが掃除と補修をしながら、使用可能にしてい
るが、それでも集まる人数に対して宿屋代わりの建物が圧倒的に足
りない。
 そのためスノー&メイヤには、魔術で簡易な建物を建造してもら
っているのだ。
 結婚式が終わるまで、雨風を凌げればそれでいい。
 クリス、リース、ココノは海運都市グレイへ行ってもらい料理に
必要な材料、調味料、酒精、果汁類、食器、調理器具などを買い足
しに向かってもらっている。
 他には臨時で作った建物に置く安物の椅子、ベッド。当日の飾り
付けや木材、結婚ドレス衣装の生地などだ。
 それらをリースの無限収納に入れてもらう。
 料理やエル先生の結婚ドレス衣装は町のおばちゃん達がはりきっ
て準備している。
 町の広場を会場に使用するため、皆がエル先生&ギギさんを見え
るように舞台を作る。その日曜大工的作業は町の男達が参加してく
れていた。
 オレはスノー達を含めて、それらの総まとめを担当していた。

3316
﹁リュート、今大丈夫か?﹂
﹁どうしました、ギギさん?﹂
 広場で舞台製作の進捗などを確認していると、ギギさんが話しか
けてくる。
 本人は色々作業を手伝いたがっていたが、ギギさん本人に自分の
結婚式準備をさせるわけにはいかず、大人しくしているよう旦那様
経由で釘を刺している。
 しかし、そんなギギさんにも唯一してもらわないといけないこと
がある。
﹁当日、メインに使う獲物を参考に狩ってきたんだが、あれで問題
無いか確認してほしいのだが﹂
﹁ああ、例のやつですね﹂
﹃例のやつ﹄とは︱︱他種族にはない、獣人種族が結婚式でおこな
う一般的風習のひとつ。
 それは結婚式の日、夫が狩ってきた獲物をメインに据えることだ。
 理由は﹃この旦那はこれだけ狩猟の腕があるから、嫁いだ嫁さん
や産まれてくる子供達を飢えさせる心配はありません﹄というアピ
ールをするためらしい。
ぶたいのしし
﹁確か予定では豚猪の丸焼きを作る予定でしたよね? 獲物はどこ
に?﹂
﹁孤児院の裏手だ。まずはリュートとエルさんに確認してもらおう
と思ってな﹂
 オレは舞台製作の男性達に断りを入れ、ギギさんと一緒に孤児院
裏手へと向かう。

3317
 当日になって獲物を狩って調理法を決めるより、事前に一度テス
トで調理をしておいた方がいいと思いギギさんに頼んでおいたのだ。
 メインに据える予定だが、今回の結婚式に参加する人数があまり
に多い。
 なのでメイン料理といっても、参加者全員が口にできるわけでは
ない。あくまで儀式の見映えとして、エル先生とギギさんの目の前
に﹃ドン!﹄と置くための料理だ。
ぶたいのしし
 現状、﹃豚猪の丸焼き﹄にしているが、他にインパクトがあり見
映えのいい料理があるならそちらに変更する可能性もある。
ぶたいのしし
 だが、﹃豚猪の丸焼き﹄より見映えのいい料理ってなんだ?
 塩釜焼きとかか?
 エル先生とギギさんが2人ならんで大きな塩の塊をハンマーで仲
良くたたき割る姿をイメージする。⋮⋮うーん、インパクトはある
が、かなりシュールな気もする。
 兎に角、ギギさんの狩ってきた獲物を見て、当日も同じのが狩れ
るか確認。さらに調理をエル先生や他料理担当のおばちゃん達と相
談しないとな。
 他にも飾り付けや、当時の配膳方法決めなども課題も残っている。
 まだまだやることは多いが、これもエル先生のためだ!
 そう思えば、どれほど無理難題もまったく苦にならなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

3318
 そして、結婚式当日。
 朝からココノは新型飛行船ノアを操縦し、結婚式に参加希望者を
シャトルバスのように運んできた。
 お陰で町の広場は人が多く集まっていた。
 町の祭でもこれほど人が集まったところはみたことがない。
 まず間違いなく、町が誕生してから最多の人数が集まっただろう。
 広場に作った壇上にドレス姿のエル先生、緊張しすぎて顔が強張
っているギギさんが音楽に合わせてあがる。
 エル先生のドレスの裾は地面に付くほど長い︱︱ウェディングド
レスという概念はこの世界に無く、彼女が着ているのは貴族が社交
パーティーに参加する際に着用するような豪華なドレスだった。
 その長いドレスの裾を同じようにドレス姿に着飾ったクリスとコ
コノが、裾を持ち一緒に移動する。
 集まった人々はエル先生とギギさんが登場すると、鳴り響く音楽
を消す勢いで、拍手と歓声があがった。
 落ち着いたところで町長からの挨拶が始まる。
 声を大きくするマイクのような魔術道具を使い、エル先生が初め
てこの町に訪れた時から話は始まった。眠たくなるような長い話が
ようやく終わると、別の人が壇上にあがる。
 次はエル先生が急患など出た時に行く、隣町の町長がマイクを握
り話を始める。その人もまた話が長い。
 なんでこの手の人達は話を無駄に長くしようとするのだろう。
﹁リュートくん、メイン料理の準備完了だよ。いつでもいけるよ﹂
﹁よし、それじゃ合図を出すから、タイミングを合わせて運んでく
れ﹂

3319
 結局、メインの料理はギギさんが狩ってきた豚猪を丸焼きにした。
前世、地球の豚より一回り大きな獲物だ。
 孤児院の裏手にある森から、ギギさんが今朝早くに狩って来た。
 そんな大きな豚猪を丸焼きにしたため、見た目のインパクトがと
にかく凄い。乗せられる大皿がないため、魔術液体金属で巨大な盆
を作った。左右にある取っ手を掴み成人男性が4人以上でないと持
ち運べない。
 しかし、それでは見た目が悪いので、出す場合は着飾ったスノー
&メイヤが、肉体強化術で身体を補助。
 エル先生達の前に運んでもらう予定でいる。
 お偉いさん達の話が終わったところで合図を送る。
 スノー&メイヤが肉体強化術で身体を補助して、巨大な盆に載っ
た豚猪の丸焼きを壇上へと運ぶ。
 移動の際、その大きさから祝いにきた客達から、驚きの声が上が
る。
 エル先生とギギさんの前にメイン料理を置く。
 シアが黒子のように2人へ鋭い刃物とフォークをさりげなく手渡
す。
 獣人種族で広く知れ渡っている結婚式の儀式は二つあり、1つは
﹃男性側が獲物を狩ってくる﹄。
 もう1つは、﹃その獲物を新郎新婦が互いに食べさせ合う﹄だ。
 前世、地球でいうところの﹃結婚指輪の交換﹄と﹃初めての共同
作業であるケーキ入刀﹄を混ぜ合わせた儀式のようなものだ。
 互いに食べさせ合うことで、﹃生涯互いに支え合うことを誓う﹄
らしい。
 エル先生が最初に鋭い刃物とフォークを使い﹃豚猪の丸焼き﹄を

3320
切り分ける。
 切り分けた肉をエル先生が、フォークで刺し笑顔でギギさんへと
差し出す。ギギさんは遠目でも分かるほど、顔を赤くし肉を食べる。
 次にギギさんがエル先生からフォークを受け取り肉を刺し、彼女
へと﹃あーん﹄する。
 エル先生も恥ずかしそうに小さく口を開き、ギギさんの差し出し
すフォークを口にする。
 互いに食べ終われば、晴れて2人は夫婦となる。
 観客達からお祝いの言葉と嵐のような拍手が鳴り響いた。
 こうしてエル先生とギギさんは正式に夫婦となった。
 2人の結婚儀式が終わると、集まった人々の食事会が始まる。
 2人の注目が集まっている間にオレ達は、食事会の準備を済ませ
ていた。
 広場の端々に屋台のようにテーブルを準備して、料理を並べる。
今回はあまりに参加者が多いため、ビュッフェ形式を採用した。
 皿を受け取った人々が好きな場所へと並び、準備した料理を係の
者から受け取る。酒精&果実水も同じようにテーブルに並べられ、
係の者から受け取る形式だ。
 この係員も交代制である。
 また椅子やテーブルも用意はしたが、人数に対して圧倒的に足り
ないが集まった人々は特に不平不満を告げず楽しげに飲み食いして
いる。
 今回の主役であるエル先生とギギさんは壇上の席で立ったまま、
次々に挨拶しに来る客達の相手をする。

3321
 女性陣はエル先生へ﹃おめでとう﹄を告げているのか、声をかけ
られるたび彼女は瞳を潤ませていた。
 ギギさんは男性陣から嫉妬混じりの台詞を受けているのだろう。
緊張しながらも何度も頷き、真剣な表情で応えていた。
 その男性陣の中に、昔、子供の頃、リバーシの権利を買った商人
マルトンが居た。夫人らしき女性を連れて、エル先生達に挨拶をし
ている。
 マルトンは足繁く孤児院に通ってきていたのでエル先生を好きな
のかと思っていたが、すでに他の女性と結婚してたのか⋮⋮。
 彼らの挨拶が終わると、今度は旦那様&セラス奥様が壇上に上が
り2人に声をかける。
﹁ははははは!﹂
 旦那様の笑い声が、広場のお祭り騒ぎの声すら突き破り聞こえて
くる。
 エル先生は旦那様とセラス奥様から声をかけられ、返事をしてい
るようだ。旦那様達にとってギギさんは大切な家族だ。
 ギギさんを頼む的なことを言っているのだろう。
 恩人である2人から祝福の言葉を受けたせいか、ギギさんは涙を
一滴零す。その彼に連れられエル先生もついに涙を零した。
 セラス奥様が笑顔でハンカチを取り出し、エル先生の母親のよう
に涙を拭き声をかけている。
 旦那様はギギさんの肩を何度も叩き、ここまで聞こえてくる高笑
いをあげていた。
 次に壇上へ上がったのは男装女子の魔術師S級、タイガ・フウー、

3322
じゅうおうぶしん
獣王武神と獣人種族、ハム族のメルセさんだ。
 別に会話を聞くつもりはなかったが、側に料理を運ぶ機会があっ
たため偶然、やりとりを耳にしてしまう。
﹁エルお姉ちゃん⋮⋮うぅぅ、結婚、おめでどう∼∼∼ッ﹂
﹁ありがとう、タイガちゃん﹂
 最強の魔術師の一角であるタイガは、結婚するエル先生を目の前
に号泣。
 先程まで涙を零していたエル先生が今度は逆に、ハンカチを取り
出しタイガから零れる涙を拭ってあげていた。
 一方メルセさんは、ギギさんと向かい合い祝福の言葉を告げる。
﹁⋮⋮本日はご結婚おめでとうございます﹂
﹁ありがとう。メルセ、ブラッド家の屋敷を頼む﹂
﹁はい、頼まれました﹂
 ほんの短いやり取りだったが、エル先生はタイガの頭を撫で慰め
ながらメルセさんへと声をかける。
﹁メルセさん⋮⋮貴女は⋮⋮﹂
﹁はい、そうです。ですが、もう気持ちの整理はつけていますので。
今は心からお2人のご結婚を祝福しております﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁ギギさんはあまり女心というものを理解しておらず、鈍いところ
があります。口に出さなければ伝わらず、義理や恩などの男性理論
で動いてしまうのが常です。なのでご苦労なさると思いますが、ど
うぞ呆れず見捨てず側に居てやってください﹂

3323
﹁はい、心得ました。メルセさん、ありがとうございます﹂
 女性2人に何か思うところがあったのか、2人は互いに見つめ合
い微笑む。
 ギギさんは自身の悪口を言われていると思ったのか、挙動不審に
2人のやりとりを見守っていた。
 作業が終わり、自分の担当へと戻る。
 オレはビュッフェで客達に料理を手渡していた。
 ちょうど料理を貰いにくる客達の相手も一段落したところで、シ
アとリース、スノーが顔を出す。
﹁若様、ここは自分が代わりますのでどうぞご挨拶にお行きくださ
い﹂
﹁いや、でもまだ交替の時間じゃ⋮⋮﹂
﹁ちょっと早くてもいいじゃないですか。それにきっとエルさんや
ギギさんもきっと待っていますよ﹂
﹁リースちゃんの言うとおりだよ。早く、行こう﹂
 リースに背中を押されて、スノーに手を引っ張られる。
 どうやら孤児院出身組として、オレとスノーに気を遣ってくれた
らしい。
 オレは礼を告げて係を代わった。
﹁ありがとうリース、シア、それじゃちょっと挨拶をしに行ってく
るよ。でも、その前にシア⋮⋮﹂
﹁はい、なんでしょう若様﹂
﹁⋮⋮リースには配膳の係りをやらせないでくれ。折角、作った料
理が勿体ないから﹂

3324
﹁ご安心を。心得ております﹂
﹁リュートさん、シア! どういう意味ですか、それは!﹂
 いや、どういう意味も何も⋮⋮彼女に係を任せたらドジって料理
をぶちまける未来しか見えない。
 オレは言葉にせず曖昧に笑い、係をリースとシアに任せる。
 そしてスノーと一緒に挨拶列に並んだ。
 しばらくすると、オレ達の番が回ってくる。
﹁リュートくん、スノーちゃん⋮⋮﹂
 オレ達を前にすると、エル先生の瞳がさらに潤む。
 ギギさんも緊張とき、親しげな視線を向けてきた。
﹁エル先生、ギギさん、結婚おめでとうございます! エル先生の
ドレス姿、凄くキレイだよ!﹂
 スノーが屈託のない笑顔と言葉で祝いを告げる。
 エル先生は彼女の言葉に笑顔で応える。
﹁ありがとう、スノーちゃん。スノーちゃん達が頑張ってくれたお
陰で、ギギさんとこうして夫婦になれたわ。それだけでも幸せなの
に、こうして素晴らしい式をあげることができて本当に嬉しい﹂
﹁えへへへ、エル先生に喜んでもらえて良かったよ!﹂
 スノーがエル先生に嬉しそうに抱きつく。
 彼女も母親のようにスノーを受け入れ、何度も頭を撫でた。
 スノーがエル先生から離れると、オレを促してくる。

3325
﹁リュート⋮⋮﹂
﹁リュート君⋮⋮﹂
 2人はオレを前にすると、嬉しさや喜びの感情を一瞬だけ出した
がすぐに抑えた。オレが敬愛するエル先生の結婚をまだ納得してい
ないと思っているのだ。
 だから、こちらの感情を察して、喜びを抑えているのだろう。
 そんな2人にオレは︱︱一度、深く深呼吸してから、
﹁エル先生、ギギさん⋮⋮ご結婚おめでとうございます﹂
 祝いの言葉を告げる。
 2人は驚きで目を丸くした。
 その反応はやや心外だ。ここまで来て自分が﹃結婚断固反対!﹄
などすると思っていたのだろうか?
 オレは2人の反応に気付かないふりをして、ギギさんに向き直る。
﹁ギギさん、エル先生のことをよろしくお願いします。どうかエル
先生を幸せにしてあげてください﹂
﹁ああ、もちろんだ。この命にかけて約束する。絶対にエルさんを
幸せにすると⋮⋮ッ﹂
 次にエル先生へと向き直る。
﹁エル先生⋮⋮自分が覚えている一番古い記憶はエル先生の笑顔で
す。そのせいか自分はエル先生の笑顔が大好きでした。なのでこれ
からはギギさんと一緒にいつまでも幸せな笑顔で居られる家庭を作
ってください。自分も微力ながら応援してますので﹂
﹁リュート君、ありがとう⋮⋮本当にありがとう⋮⋮っ﹂

3326
 エル先生はオレの手を取ると堪えきれず涙を零す。
 その涙は悲しみで流れているのではない。
 喜びの感情から来る感動の涙だ。
 スノーも目を赤くしながら、ハンカチを取り出しエル先生の涙を
ぬぐい始める。
 オレは彼女の手を離し、スノーと入れ替わるように距離を取る。
 2人が落ち着くのを待つ間、ギギさんに視線を向けると彼まで涙
を零していた。声もあげず、黙々と涙を零す男泣きの姿は︱︱ちょ
っと怖かった。
 流石にいつまでも2人を独占している訳にはいかず、オレとスノ
ーは切りのいいところで舞台を下りた。
 エル先生の涙で湿ったハンカチで、スノーも自身の涙を拭う。
﹁でも意外だったよ。リュートくんがあんなにあっさり2人の結婚
を認めるなんて﹂
﹁あっさりじゃないよ。葛藤とか、嫉妬とか色々あったさ︱︱でも、
結局オレはエル先生が幸せになるなら、それでいいんだ。エル先生
が幸せなら、自分のエゴや嫉妬心とかどうでもいいんだよ﹂
 自分の感情より、エル先生の幸せが最優先だ。
 それだけ彼女には恩義がある。
﹁それにもういい加減、オレもエル先生から心情的、精神的にも巣
レギオン
立ちをしないと。オレには嫁さん達が居て、夢を叶えるための軍団
がある。いつまでも同じ場所に踏み止まってはいられないよ﹂
﹁リュートくん、ちょーかっこいいよ﹂

3327
 スノーは瞳を潤ませ、頬を赤くしながらオレを見詰めてくる。
 若干、気の抜けた褒め言葉だったせいで、微苦笑してしまったが。
 オレ達はその後、リース&シアの元へ戻り係を交替。
 今度はクリス、リース、ココノ、シア、メイヤなどのが挨拶をし
に行った。
 挨拶が終わると、エル先生とギギさんの結婚を祝う声がどこかし
こにも木霊した。
 2人も嬉しそうに声に応えて酒精を飲み、料理を食べた。
 オレ達も仕事をしながらだったが、幸せな気分で飲み食いをした。
 これほどの幸福感に浸れる祝い事は初めてかもしれない。
 こうして、エル先生とギギさんの結婚式は、皆に祝福されながら
和やかに終わった。
3328
第278話 エル先生&ギギさん結婚式︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月28日、21時更新予定です!
嬉しいご報告があります! なんと軍オタ1巻、2巻、3巻︱︱重
版が決定しました!
︵詳しくは活動報告に﹃軍オタ1、2、3巻が重版決定!﹄の文章
をアップしましたので、そちらをご確認頂けると嬉しいです︶
さらに3巻帯にも書かれていましたが、なんと軍オタのコミカライ
ズが決定しました!
これも読んで下さり、応援して下さっている皆様のお陰です、誠に
ありがとうございます!

3329
ちなみにコミカライズ作画を担当してくださるのは止田卓史様です。
詳細情報は今後判明次第活動報告に書かせて頂きます+軍オタ小説
の帯などでご報告させて頂ければと思います。
また、軍オタ1∼2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵2巻なろう特典SS、1∼2巻購入特典SSは14年12月20
日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動
報告をご参照下さい︶
第279話 ダンス・ダンス・ダンス
 結婚式が終わって数日後︱︱オレ達は獣人大陸へ戻るため孤児院
を後にすることにした。
レギオン 01
 軍団のとしての仕事や始原問題もまだ残っているため、居続ける
わけにはいかないからだ。
 その際、旦那様とセラス奥様、メルセさん達を魔人大陸へと送り
届ける予定だ。
 タイガはしばらく町に住むらしい。
 彼女は元々獣人大陸奥地の国へ仕えていた。国へ戻ればまた元と
同じ地位を与えられるらしいが、今更興味もないらしい。だから、
この町に残って身の振り方を考えるとか。
 魔術師S級の彼女なら、何をしようと引く手あまただろう。

3330
 オレ達はエル先生、ギギさん、タイガに別れを告げ新型飛行船ノ
アに乗り込む。
 後ろ髪を引かれる思いだが、迷いを断ち切り別れを告げる。これ
が永遠の別れではない。その気になればこのノアで毎週だって会い
に来れるんだ。悲しむ必要なんてないんだ。
 そう自分に言い聞かせ、飛行船を出発させる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 魔人大陸へ向かいブラッド家へと戻ってくる。
 ブラッド家は出発前に要塞化したままの姿だった。
 そのため獣人大陸に戻る前にもとに戻す作業に取り掛かる。
 基本的にリースの﹃無限収納﹄で屋外に設置していた兵器などを
しまって、塹壕を魔術で埋めるだけだ。そこまで手間はかからない。
 その間に受付嬢さんの襲撃︱︱ではなく、来訪があった場合、対
処できないかもしれないと思ったが、留守を任されていたメリーさ
ん曰く﹃その人なら、ギギに用があるとリュート達の出発と入れ違
いに訪れましたよ。そして彼がリュートの故郷である孤児院へ一緒
に戻ったと告げたら帰られましたメェー﹄と言ってきた。
 話を聞いた瞬間、冷汗が滝のように溢れ出る。

3331
 どうやらオレ達は運良く彼女と入れ違ったらしい。
 もし彼女が通常の飛行船を使っているなら、魔人大陸から妖人大
陸まで一ヶ月近くかかる。そうすると今頃、受付嬢さんは妖人大陸
についた頃かもしれない。
 ギギさんに会いに行ってすでに彼が結婚していると知ったら⋮⋮。
 だ、大丈夫だよね?
 彼女もあれで一応常識はわきまえているし、それにエル先生&ギ
ギさんの側には世界最強の魔術師の1人である魔術師S級、タイガ・
じゅうおうぶしん
フウー、獣王武神が居るんだ。
 だから受付嬢さんを無力化することだって︱︱いや、相打ちぐら
いにはもっていけるよな?
 片づけを済ませ数日滞在した後、ブラッド家を後にする。
 旦那様との話し合いの結果、元魔王アスーラはブラッド家屋敷に
残ることになった。
 最初、嫌がっていた彼女だったが、近いうちにまた会いにくると
約束して納得させる。
 元﹃黒﹄のノーラも孤島研究所の片づけは後回しにして、一度魔
物大陸へ戻ることになった。シャナルディアの様子を確認したいの
と、他姉達に現状の報告をするためだ。
 実際、研究所はあのまま放置して朽ちるのを待ってもいい。急ぐ
必要はない。
 なのでノーラを送り届けるため魔物大陸経由で、獣人大陸へと戻
ることになった。
 魔物大陸の奥地まで連れて行こうと思ったが、本人に断られた。

3332
﹁大丈夫です、リュート様。新型飛行船といえど魔物大陸を飛ぶの
は危険ですから。それとこれを受け取ってください﹂
 ノーラは嵌めていた指輪をはずし、差し出してくる。
﹁この指輪は、ノーラがシャナルディアお姉様から下賜された指輪
で、リュート様のお父様であるシラック・ノワール・ケスラン王が
所持していた遺品だそうです﹂
﹁いいのか、そんな大切なものを⋮⋮﹂
﹁はい。ノーラにはもう必要のない物です。それにシラック王もリ
ュート様がお持ちになっていたほうが嬉しいでしょうから﹂
 そしてオレはノーラから指輪を受け取る。
﹃ノームの指輪﹄という名前で、土でゴーレムを作ったりすること
ができるらしい。
 確か前、魔物大陸の魔王が眠る地下に潜る時にノーラが使ってい
たな。
 ある程度のなら、土や岩を好きな形にすることができるとか。
 オレはお礼を言ってありがたく指輪を受け取った。
 顔も知らない父親の遺品だが、オレが持っておくべきだというこ
となのだろう。
ピース・メーカー
 そしてオレ達は久しぶりにPEACEMAKER本部のある獣人
大陸、ココリ街へと戻ってきた。
 ︱︱本部へ戻ってきて数日後。

3333
 旅の疲れもいえ、溜まっていた事務仕事を消化していく。
01
 外交担当のミューアの尽力により、始原問題も終わりが見えてき
た。行方不明中のアルトリウスに代わりロン・テンという竜人種族
01
が始原をまとめているらしい。
 まだ問題は残っているが、大分落ち着いてきた。
 書類仕事やララ問題などはあるが、ようやくのんびりした平和を
手に入れたのだ。
 オレは執務室で書類仕事をこなしながら、そんな平和な時間を堪
能していた。
﹁失礼します﹂
﹁し、失礼します⋮⋮﹂
 そんな風に仕事をしているオレに、件のミューア・ヘッドと3つ
眼族のバーニー・ブルームフィールドが顔を出す。
 ミューアが微笑みを浮かべながら、声をかけてくる。
﹁すみません、リュートさん。今、お時間大丈夫ですか?﹂
﹁ああ、構わないけど。珍しいな2人そろってオレを訪ねてくるな
んて﹂
﹁いえ、私は付き添いですわ。バニちゃんがリュートさんにお話が
あるらしくて﹂
﹁バーニーが?﹂
 ミューアの言葉にバーニーへ視線を向ける。
 事務員の彼女はおずおずと処理したはずの書類を突き返してくる。

3334
﹁あの、この書類なんですが、不備があってもう一度書き直して欲
しくて⋮⋮﹂
﹁不備? ごめん、迷惑かけてすぐに直すよ。それでどこをミスし
ていてるんだ?﹂
﹁えっと、どこっていうか⋮⋮サインがおかしくて⋮⋮﹂
 バーニーが1枚の書類を取り出し、オレへと見えるように持ち上
げる。
﹁リュートさんのサイン部分が全部﹃エル先生が結婚したエル先生
が結婚したエル先生が結婚したエル先生が結婚した﹄としか書いて
なくて⋮⋮﹂
﹁? どこに問題があるんだ?﹂
 オレは本気で分からなくて首をひねる。
 昔からオレはこんなサインを書いていたはずなんだが。
 この返事にミューア&バーニーが、﹃うわぁ﹄と変人を見るよう
な目で見てくる。
 突然、2人はこそこそと話し合う。
 漏れ聞こえてくる会話で﹃目が死んでいる﹄﹃笑顔が逆に怖い﹄
﹃クリスちゃんやスノーさん達奥さんはよく我慢できるね﹄などか
なり失礼なことを言っていた。
 なんだいったい。まさか部下からの下剋上的反乱の複線かなにか?
 ミューアが話を切り上げ、向き直る。
﹁リュートさん、エル先生さんはもうギギさんと結婚したんです。

3335
いい加減、現実を見つめてしっかりと受け止めてください﹂
﹁い、いいいいいやややだなミューアははははは、もちちちろんん
んんしっかりと受け止めてててていいるぞ!﹂
﹁落ち着いてください、声がぶれぶれですよ﹂
 ミューアが冷静にツッコミを入れてくる。
﹁とにかく、ちゃんとサインを書いてください。このままじゃ書類
が通らずバニちゃんが困ります。今日中に修正をお願いしますね﹂
﹁お願いします﹂
 2人はミス書類の山を机に積み上げ、執務室を出て行く。
 残されたオレは机へと突っ伏した。
﹁分かってる! 分かってるさ⋮⋮! エル先生が結婚したって、
ちゃんと分かっているさ! でも感情の整理がもう少しくらいかか
ってもいいじゃないか⋮⋮﹂
 しかし、こちらの感情や心情など関係なく仕事は待ってくれない。
 津波のように怒涛の勢いで押し寄せてくる。
 処理しなければ滞り、自分以外の部署が被害をこうむるから止め
るわけにもいかない。
 再びノック音が響く。
 次に顔を出したのはメイヤだった。
8.8 Flak
﹁リュート様、8.8cm対空砲の件なのですが⋮⋮っと、どうか
なされましたか? それに書類の山は⋮⋮﹂
﹁いや、ちょっと色々あってな⋮⋮﹂

3336
 メイヤは机にあるミス書類を手に取り、状況を察する。
お義母様
﹁なるほど⋮⋮リュート様はまだエル先生の一件を引きずっている
のですわね﹂
﹁うぅっ⋮⋮自分でもダメだとは思っているよ。思っているけど⋮
⋮そうそうすぐ割り切れるものでもないだろ﹂
 メイヤもミューアやバーニーと同じように、この件に関して指摘
してくるかと思い予防線を張ってしまう。しかし、彼女は先ほどの
2人とは違い否定の言葉を口にしなかった。
﹁お気持ちお察ししますわ。確かにリュート様は歴史上後にも先に
も存在しえない崇高な神的存在ですが⋮⋮同時にわたくし達と同じ
ように﹃心﹄を持っているのですから、そうやって感情に引きずら
れることもありますわ。決して恥ずかしいことではありません﹂
﹁メイヤ⋮⋮﹂
 彼女の言葉に思わずジンと胸を痺れさせる。
 メイヤはソファーに座ると、ぽんぽんと自身の膝を叩きうながし
てくる。
﹁リュート様は未だ疲れが取れ切れていないご様子。わたくしの膝
でよければお使いください﹂
 オレはメイヤにうながされ、ふらふらと蝶が花に引き寄せられる
ように彼女の膝に頭を乗せる。彼女はオレの頭を愛おしげに撫でて
きた。
﹁わたくしでよければ存分に感情を吐露してくださいませ。何時間

3337
でもおつきあいしますわ﹂
﹁メイヤ⋮⋮﹂
 顔を上げると彼女は笑顔を浮かべて断言する。
 その笑顔はまるで聖母マリアのようだった。
︵あれ? メイヤってこんなに美人で、可愛かったっけ? それに
とってもいい匂いがするし、太もももはとても柔らかい︱︱やばい
! 意識したら急に恥ずかしくなってきたぞ!︶
﹁? どうかなさいましたか?﹂
﹁い、いや、なんでもないよ⋮⋮っ﹂
﹁そうですか? では、遠慮なくどうぞ﹂
 メイヤはこちらの頭を撫でながら、オレの気が済むまで愚痴大会
に付き合ってくれると宣言。
 今更﹃メイヤを意識してしまい恥ずかしくなったから止めます﹄
とはいえない状況のため、オレはとりあえずメイヤの言葉に甘えて、
胸に溜まっていた不満を彼女に漏らして聞かせた。
 メイヤはその間ずっとオレの話に真剣に耳を傾け続けてくれたの
だ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
3338
 1日が終わり、夜のとばりが降りる。
 仕事を終えたメイヤ・ドラグーンは1人、夜のココリ街を歩いて
いた。
 彼女はまっすぐ会員制クラブへと足を運ぶ。
 この会員制クラブは、ココリ街でも上位の商人や富裕層しか入れ
ない。
 一見さんお断りで、会員の紹介があっても審査で問題があれば問
答無用で弾かれる。
 ここはそんな特権階級者が使用する特別なクラブだ。
 そんなクラブの出入り口前には、ボディーガード兼余計なトラブ
ルを起こさせないための抑止力として強面の男達が立っていた。
 男達はメイヤに気がつくと、会員チェックもせず端により扉を開
き一礼する。
 彼女はそれが当然とばかりの態度で、男達に見向きもせずクラブ
内へと入っていった。
 階段を下り地下へと降りる。
 分厚い扉を執事のような老紳士店員が開き、メイヤを出迎える。
 クラブは地下にあり、扉も分厚いため防音がしっかりとしている。
そのため外部の喧噪は聞こえてこないし、ここでの会話が外へ漏れ
ることもない。
 地下に作られているのに息苦しさはなく、天井や床、壁などに埋
められた魔術光が計算された光で室内を照らした。
 お陰で明るすぎず、暗すぎない光で店内を照らし出していた。

3339
 店内は広く、バーカウンターがあり、﹃世界中の酒精があるので
は?﹄と疑うほど壁一面に並べられていた。
 反対側奥にはステージがあり、いつもはここで客達の邪魔になら
ないようシックな生演奏がおこなわれている。
 またいつもであれば王宮でも使用されているソファーやテーブル
などがゆったりと会話や酒精を楽しめるように置かれているのだが、
今回はメイヤの都合で店内にはほとんど無く、一部残されたものが
壁際に移動させられている。
 もしかしたら後ほどメイヤが使用するかもという配慮のため、極
少数残されているのだ。
 ソファーやテーブル、観葉植物や他家具が片づけられ、店内には
広いスペースができていた。
 ステージには楽器を持った楽団が上がり、準備を始める。
 ステージ前には従業員入り口から、動きやすい格好で統一された
男女が姿を現し、体を動かし始める。
 すでに準備体操を終わらせているため、体を冷まさないための処
置でしかない。
 メイヤはそんな彼、彼女達の前へと立つ。
 メイヤはまるで彼らを意識せず、歓喜の表情を浮かべて語り出す。
﹁ついに⋮⋮ついに我が世の春が来ましたわ⋮⋮! リュート様が
わたくしの! わたくしの膝の上に頭を乗せたのです! そうつま
り﹃膝枕﹄ですわ! リュート様に膝枕! これは歴史的偉業です
わ! さらにわたくしが頭を撫でたら、リュート様が顔を赤くした
のを見逃さなかったですわ! 完全に来てます! これも全てわた
くしの計算通り! 流石、リュート様に劣るとはいえ元天才と呼ば
れた才女ですわ!﹂

3340
 メイヤは自画自賛し、その場で高笑いをする。
お義母様 お
﹁リュート様はエル先生を敬愛していますわ。なら、わたくしもエ
義母様
ル先生のように落ち着いた聖母のような態度で接すればリュート様
も一発! ⋮⋮まさに読み通りの展開ですわ!﹂
 メイヤの高笑いがより一層大きくなる。
 彼女は完全に勝利を確信した笑みで断言する。
﹁これで結婚腕輪は間違いなくわたくしの左腕に飾られますわ! 
あぁあ! 早くこの左腕にリュート様から贈られる結婚腕輪をはめ
たいですわ! ですが、ここは我慢。まだまだ我慢ですわ⋮⋮ッ。
それにもう勝利は目前! 正妻としての余裕を持った態度で臨むべ
きですわ!﹂
 メイヤはすでにリュートの正妻になったつもりで、自身の態度を
改めた。
﹁ですが! この滾るマグマのような想いを押しとどめることは不
可能ですわ! ですからわたくし今夜は踊ります! リュート様を
想うマグマすら蒸発させる愛を押しとどめるために!﹂
 メイヤの言葉にステージ上の演奏楽団と男女バックダンサーが準
備に入る。
﹁届いてくださいまし、この想い! 演目は﹃赤くなったリュート
様がきゃわわわわわわわわ過ぎてわたくしの心臓がキュンキュン鳴
りすぎて止まりそう!﹄ですわ。さぁ音楽、レッツゴーですわ!﹂

3341
 彼女の合図と同時に音楽が鳴り出す。
 メイヤは音楽に合わせて踊り出し、バックダンサー達も一糸乱れ
ない動きで彼女に続く。
 こうして地下の会員制高級クラブで、メイヤ&メイヤダンサーズ
達は朝日が昇るまで踊り続けた。
第279話 ダンス・ダンス・ダンス︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
5月01日、21時更新予定です!
執筆メインに使っているノートPC︵XPでネット不接続︶がぶっ
壊れました。いや、もう本当、突然に。考えてみれば9年以上使っ
ていたやつなので、そりゃ壊れてもしかたないですよ。しかも1度、
そのノートPCにコーヒーをまるごとこぼしてこともありますから
︵お陰で当時メーカーに修理へ出しました︶。また自分はフラッシ
ュ内部にデータを入れて書くため、PC本体に執筆データは入れず、
バックアップも他フラッシュに毎回とってます。なのでデータや作
業的には問題がないのですが、新しいノートPCはなれるまでちょ
っとやり辛いです。まぁデータが消えていないだけマシですが。

3342
後、今PC安いですね。文字打つだけだから、そこまで性能を必要
としないからか全体的に安くなったな∼。時代は進歩してますね。
また感想返答を書かせて頂きました。よろしければご確認ください。
軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第280話 帰ってきた、武器製造バンザイ!
﹁メイヤ!﹂
﹁リュート!﹂
﹁ルナの!﹂
﹁﹁﹁武器製造バンザイ!﹂﹂﹂
 打ち合わせ通りのタイミングで三人そろって声をあげる。
 場所は新・純潔乙女騎士団本部内に専用の工房。
 その工房内にオレ達3人は集まっていた。
﹁武器製造は、魔物大陸でメイヤと2人で出張版をやったけど、こ
うして3人揃ってやるのは久しぶりだな﹂
01
﹁だね。リューとんもメイヤっちも、始原やギギさん問題とかでそ

3343
れどころっじゃなかったしね。かく言うルナも色々忙しくてそれど
ころじゃなかったけど﹂
 オレの言葉にルナが同意する。
 彼女の指摘通り、ここ最近は3人で集まって﹃武器製造バンザイ
!﹄をやるほどの時間的、心理的余裕がなかった。
 こうして久しぶりに集まって、開発に集中できるのは平和の証と
もいえるんだな。
﹁それでリュート様、今回はいったいどんな武器をお作りになるの
8.8 Flak FAEB
ですか? また8.8cm対空砲や燃料気化爆弾などをお作りにな
るのですか?﹂
﹁さすがにそこまで大がかりなモノは作らないよ。将来的には色々
そういう大型系で作ってみたいものがあるけどね﹂
 それらはこの場ですぐ一朝一夕でできる代物ではない。
﹁今回、作るのは﹃非致死性兵器﹄だよ﹂
﹁なるほど﹃SKUNK﹄のようなものですわね﹂
﹁なにそれ? ルナ、知らないんだけど﹂
スタングレネード ショットシェル
 メイヤは特殊音響閃光弾や非致死性の散弾装弾、SKUNKのこ
とを知っているため納得したが、ルナは分からず小首を傾げた。
 そんなルナのために﹃非致死性兵器﹄について改めて説明をする。
 非致死性兵器とは文字通り﹃使用しても相手を死なせない兵器﹄
のことである。

3344
 軍隊が過激なデモや暴動を起こす一般市民に対処し死傷者が出た
場合、大きな問題になってしまう。
 軍隊にとって非戦闘員である一般市民の鎮圧ほど難しいものはな
いのだ。
NLW
 そこで開発されたのが、非致死性兵器⋮⋮ノンリーサルウェポン
である。
NLW
 非致死性兵器は、最先端の兵器を開発し続けているアメリカだけ
ではなく、他各国で研究・開発が進められている分野でもある。
NLW
 非致死性兵器は、21世紀において成長率2桁もある注目すべき
成長市場でもあるのだ。
NLW
 そんな非致死性兵器には対象によっていくつかにカテゴリ分けさ
れているが、一般的に思い浮かべられるのは対人兵器だろう︵対車
両兵器としては、自爆テロを起こそうとする車両を止める装置など
もあるらしい︶。
NLW スタングレネード
 オレ達が今まで作った対人用の非致死性兵器は、特殊音響閃光弾
や木製プラグ弾。
じゅうおうぶしん
 最近だと魔術師S級、タイガ・フウー、獣王武神用に開発した臭
い匂いの液体などをまく﹃SKUNK﹄。
 あれは本当に臭くて、野外で出張版﹃武器製造バンザイ!﹄をし
たほどだった。
NLW
 他にも海外には面白い非致死性兵器が存在する。
NLW
 たとえば︱︱無線操作で動くドローンに非致死性兵器を複数装備
させて、相手を襲うというものもある。

3345
NLW
 ドローンには様々な非致死性兵器が装備されていて、逃げても逃
げても追いかけてくるのだ。
NLW
 こういった面白い非致死性兵器の他にも、画期的なモノも多い。
 代表的なモノとしてアクィブ・ディナイアル・システム︵ADS︶
が有名だろう。
 簡単に原理を説明すると電磁波︵ミリ波の周波数、95Ghz︶
を人体に照射して皮膚温度をある程度の高温︵ただし細胞に損傷を
与えない程度︶まで熱するのだ。
 つまり電子レンジの原理で敵の皮膚温度を上げ、痛みを与えるの
である。
 このADSは実際にアフガニスタンで投入されたとかなんとか。
NLW
 他にもレーザー光などを使用する非致死性兵器も存在する。
NLW
 しかし、さすがにこれらの非致死性兵器を作る技術力はない。
 今回、オレが作ろうと思ったのは﹃テーザー銃﹄︵ちなみにテー
ザー銃はテーザー社より発売されているものになる︶と呼ばれる非
NLW
致死性兵器だ。
 早い話がスタンガンである。
トリガー
 銃の形をしたスタンガンで、引鉄を絞ると電極が付いた2本のワ
イヤーが伸びて、目標に命中した瞬間に数万ボルトの高圧電流が流
れ相手を無力化するのだ。
 射程は約5∼7mとそれほど長くない。

3346
 そのため今回はワイヤレスタイプを製造するつもりだ。
 ワイヤレス︱︱という言葉通り、通常は先ほど説明したように2
本のワイヤーが伸びて相手に命中すると電流が流れる。
 しかし、これでは射程が短いのと、1回発砲したらお終いだ。
 そこでワイヤレスタイプとは︱︱散弾銃の装弾、12番径と同じ
大きさの弾に電源、電流が導線&針が一緒に入っている。
 目標に弾が当たると、針が刺さり導線を通って電流を相手に流す
という仕組みだ。
 ワイヤレスタイプのため、射程距離はワイヤータイプに比べて数
倍伸びた。
 弾丸のように飛翔する弾の中に電源を入れなければいけないため、
電力は小さくなったがそれでも相手に当たれば数十秒間行動を阻害
することができるらしい。
 今回開発にあたって、電源の代わりに雷の魔力を溜めた魔石を使
用する予定だ。
 そのため通常のテーザーワイヤレスタイプ︵TASER XRE
Pという名前だ︶より、1発当たりのコストが高くなる。
ピース・メーカー レギ
 だが今やPEACEMAKERは押しも押されもしないトップ軍
オン
団。
 これぐらいの出費は問題なしだ!
NLW
﹁でもどうして今更、非致死性兵器なんて開発しようと思ったの?
 まさかこれからココリ街の人達を弾圧するから、鎮圧用兵器を作
っておこう︱︱ってわけじゃないでしょ?﹂
﹁あたりまえだ! ルナはオレをどんな目で見てるんだよ﹂

3347
 冗談と分かりつつ、こちらもツッコミを入れる。
NLW
 オレは一度咳払いをしてから、非致死性兵器を製造する理由を告
げた。
﹁前にリースに頼まれたんだよ。今度、ララと戦う時に彼女を倒し
て捕まえたい。そして、どうしてこんなことをしたのか真意を聞き
出したいって﹂
NLW
﹁なるほど、なるほど。だから非致死性兵器を作るんだぁ﹂
﹁⋮⋮そういえば、ルナとしてはララをどう思っているんだ?﹂
 ハイエルフ王国、エノールの元第1王女、ララ・エノール・メメ
ア。
まほうかく
 さらに元﹃黒﹄の幹部で、現在はそれすら裏切り魔法核を奪い逃
走中である。
 そんな彼女をルナはどう思っているのだろうか?
﹁うーん⋮⋮どうって言われても⋮⋮﹃色々やらかしてるなぁ∼﹄
としか思わないかな。別にリースお姉ちゃんみたいに捕まえて、﹃
どうしてそんなことをするのか?﹄って聞くつもりも、興味もない
し。ララお姉ちゃんもいい大人なんだし、なんか考えや信念とかが
あるんでしょ? だから、ルナはルナができることとやりたいこと
をするだけだよ﹂
 それに︱︱と彼女は続ける。
﹁ルナの予想じゃララお姉ちゃんはダメ男に唆されているだけな気
がするんだよね。ララお姉ちゃんは優秀だけど、昔からダメな男を
放っておけないっていうか、ひっかかりそうな性格だったし﹂
﹁ルナ⋮⋮オマエ以外と毒舌なのな﹂

3348
﹁そう? ルナは見たまま、思ったままを言ってるだけなんだけど
なぁ﹂
 彼女はオレの評価に心外そうに返事をした。
 そんなやりとりを眺めていたメイヤが、声をかけてきた。
﹁リュート様、そろそろ時間ももったいないですし⋮⋮﹂
﹁そうだな。悪い、悪い。それじゃ早速始めようか。まずは魔術液
体金属を使おうか﹂
﹁魔術液体金属ですわね⋮⋮あっ﹂
 作業台の上に置いた魔術液体金属が入った小樽を取ろうと、オレ
とメイヤの手が伸びて触れ合う。
 オレ達は反射的に手を引っ込めて、頬を互いに赤くしてしまう。
 あれ? メイヤってこんなに可愛かったっけ?
﹁メイヤ⋮⋮﹂
﹁リュート様⋮⋮⋮⋮﹂
 心臓が高鳴り、オレとメイヤはしばし無言で見つめ合ってしまう。
﹁⋮⋮ねぇ、ルナ、邪魔みたいだから部屋から出てようか?﹂
 ルナのツッコミ的提案に我に返ったオレとメイヤは、誤魔化すよ
NLW
うに笑みを浮かべ非致死性兵器制作作業に取りかかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

3349
NLW
 一方、リュート達が非致死性兵器制作に取りかかっている頃、メ
ルティア王国、執務室。
 メルティア王国の次期国王、人種族魔術師Aプラス級、ランス・
メルティアは書類仕事に追われていたが、最後の一枚を書き終える。
 彼は椅子に座ったまま大きく背中を伸ばした。
﹁はぁ、ようやく終わったよ。どれだけ偉くなっても、こういう実
務的な仕事からは逃れられないものなんだね﹂
﹁お疲れ様です、ランス様﹂
 ララがまるで秘書のように、淹れたての香茶を彼の前へ置いた。
﹁ありがとうララ。うん、良い香りだ﹂
﹁褒めて頂きありがとうございます。それでこの後は予定通りに?﹂
﹁もちろん。そのために前倒しで書類仕事を終わらせたんだから﹂
 ランスは香茶がそそがれたカップを手にしたまま、微笑みを浮か
べる。
 微笑みのはずなのだが︱︱まるで邪悪な肉食獣が獲物に飛びかか
る寸前の表情に酷似していた。
﹁楽しみだな。この異世界で直接、堀田くんに会えるなんて﹂
ピース
 ランス・メルティアはメルティア王国の代表者として、PEAC

3350
・メーカー
EMAKERと会う約束を取り付けるよう使者を出していた。
 前世、地球の記憶を持つ2人が、もうすぐ初めて直接顔を合わせ
る。
第280話 帰ってきた、武器製造バンザイ!︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
5月04日、21時更新予定です!
気が付いたらなんと感想コメントが5000を超えていました!
皆様、多くの感想をお書き頂き本当にありがとうございます! 執
筆の合間に何度も読ませて頂いております!
今後も感想返答などで返信していきたいと思いますので、お気軽に
感想を書いてくださると嬉しいです。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な

3351
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第281話 初顔合わせ
 執務室で今日も書類仕事に精を出していた。
NLW
 非致死性兵器の方はある程度ひな形ができたので、後はメイヤ&
ルナに作業をお願いした。
 さすがに武器開発だけに注力できる立場ではないからな。
﹁リュートさん、ちょっとよろしいですか?﹂
 扉ノック後、ミューアが顔を出す。
01
 確か彼女は始原問題で本部へ行っていたはずだが、戻って来てい
たのか。
﹁お疲れ。ちょうど一息入れるつもりだったから平気だよ﹂
﹁それはちょうどよかったです。実はテン・ロン経由でメルティア

3352
の次期国王候補であるランス・メルティアから、リュートさんにご
挨拶をしたいというお話が来まして﹂
 テン・ロンは竜人種族、魔術師Aマイナス級。
01
 元竜人大陸支部トップで、現在は始原本部のまとめ役をしてもら
っている。
 ミューアと密接にやりとりをしている人物だ。
 そしてメルティアは妖人大陸の最大国家である。
 このこの世界でのオレの生まれ故郷でもある、ケスラン王国を潰
した国家でもあるのだが︱︱オレ自身は覚えていない赤ん坊時代の
ことなので、特別恨みなどはない。
 だが、今更﹃挨拶を﹄なんて言われると少々身構え、疑ってしま
うのは仕方ないことだと思う。
﹁⋮⋮ミューアはどう思う? このタイミングで挨拶なんて﹂
ピース・メーカー
 PEACEMAKERの外交部門・諜報部門を任せているミュー
アに尋ねた。
 彼女は微笑みを崩さず意見を口にする。
01
﹁元々ランス・メルティアと、元始原トップだったアルトリウスは
長年の友人関係だとか。ですが、そんな彼の仇討ちのために挨拶を
01
したいなどと言い出したとは考え辛いかと。あの始原を破った我々
と敵対してもリスクがあるだけで、メリットはありません。またも
し敵を取るためリュートさんの命を狙うなら本人が直接狙うのでは
なく、プロに頼むのが道理かと思います﹂

3353
 ミューアの言葉に納得する。
 まさか、大国の次期国王候補である王子が直接暗殺者としてオレ
の首を狙うとは考え辛い。
 オレ自身、噂話を耳にした程度だが︱︱王子は優秀な魔術師で、
為政者の資質もある人物らしい。
 そんな相手がいくら友人を殺害されたといっても、国と友を天秤
にかけるタイプではないだろう。
﹁相手は大国メルティアの王子様だ。断るわけにはいかないな。こ
っちはいつでもいいから顔合わせのセッティングを頼んでもいいか
?﹂
﹁むしろありがとうございます。これでテンの顔を潰さなくてすみ
ます﹂
 あぁ、確かにここで断ったらテンの顔を潰すことになるか。
01
 さらに彼は今や始原の実質トップ。
 断れば表だってオレ達に対して敵対することはないだろうが、面
白くは思わないだろう。
﹁それじゃ調整頼むな﹂
﹁はい、任されました﹂
 ミューアは笑顔で返事をすると、後日また相手と意見を交わし日
時を調整してから報告に来ると告げた。
 そして約1ヶ月後、大国メルティア、次期国王候補であるランス・
メルティアとの顔合わせの日がおとずれる。

3354
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 大国メルティア、次期国王候補であるランス・メルティアがPE
ース・メーカー
ACEMAKER本部をおとずれる当日。
 シアの部隊である護衛メイド達が朝から忙しく動き回っていた。
 別に準敵国の王子が来たから﹃暗殺の可能性を疑いオレを完全に
護衛しよう﹄と意気込んでいるわけではない︵もちろんその点は注
意を払っているだろうが︶。
 大国メルティアの実質トップが来るということで、馬鹿にされず
しっかりと応対できるように最終確認をしているだけだ。
 オレも約10日前から、当日着る衣服を着続けるようシアに強要
されていた。
 彼女曰く、当日に新品同様の衣服を着て前に出たら見栄を張った
田舎者扱いされる。普段からこの程度の衣服は着慣れているとアピ
ールをするためらしい。
 つまり、衣服に着られてるのではなく、着こなしている風を装い
たいとか。
 そのために当日着る衣服を、約10日前から普段着として袖を通
し着慣らしておいたのだ。
 オレはこの日のために着慣らしておいた衣服に袖を通し、軽く溜
息を漏らす。
﹁別にいつもの服でいいと思うんだけどな⋮⋮﹂
ピース・メーカー 01
﹁ダメですよ、若様。今やPEACEMAKERは、始原を打破し

3355
レギオン
たトップ軍団。若様はその団長なのですから、はるべき見栄は張り
ませんと相手になめられてしまいます﹂
 シアがオレが着た衣装をチェックする手を止めず、苦言を呈する。
 髪や眉、耳のなかまでチェックされてようやくシアからOKが出
る。
 普段から無表情な彼女だが、なんだかやりとげた感を溢れさせて
いる。オレは襟元の息苦しさに辟易しながら、廊下へと出る。
 相手はすでに客間に来ているらしい。
 オレはシアともう1人護衛メイドを引き連れて客間へと向かう。
 客間前に辿り着く寸前、護衛メイドの1人が先に出て扉の前に立
つ。
 シアは一度、オレの格好を再度確認してから、部下へ無言で頷く。
 彼女も頷いた後、扉をゆっくりとノック。
 室内にいる相手の気配を探りつつ、タイミングを計って扉を開く。
 客間には1人の美男子と、頭からすっぽりとマントで顔と体まで
隠した人物が、彼の座るソファーの背後に立っていた。
 大国王子の付き人にしてはずいぶん変わった格好である。
 美男子はこちらの反応など気にせず、ソファーから立ち上がりオ
レを笑顔で出迎えてくれた。
﹁初めましてずっとお会いしたかったです、ガンスミス卿。僕は人
種族、魔術師Aプラス級、ランス・メルティアと申します﹂
ピース・メーカー
﹁ご丁寧にありがとうございます。PEACEMAKER団長、人
種族、リュート・ガンスミスです﹂

3356
 互いに挨拶を終え、ソファーで向き合うように座る。
 シアがいつのまにか淹れ終えていた香茶を、オレ達2人の前に置
く。
 香茶を配り終えると、彼女達はこちらの邪魔にならないように離
れて、壁際へと立つ。
 まるで調度品のように息を殺し、気配を消し立っている。
 その姿はメイドというより、暗殺者に近いんじゃないだろうか?
 とりあえずシア達のことは置いておき、オレは改めてランス・メ
ルティア︱︱という人物を観察する。
 身長は180cmほど。
 背は高いが﹃体格が良い﹄という感じではない。金髪を背中まで
伸ばし、顔立ちも女性と見間違えるほど整っているせいだろうか。
 また絶えず掴み所がない微笑みを浮かべている。
 しかし、胡散臭さや頼りなさは微塵もなく、一種人を惹きつける
カリスマ的雰囲気を醸し出していた。
 これが次期メルティア国王確実と目されているランス・メルティ
アか。
 ⋮⋮しかしなぜだろう。初対面のはずなのになぜか彼に既視感を
覚える。
 まるで数十年ぶりに懐かしい人に出会ったような錯覚に襲われる
のだ。

3357
 ランスはこちらの困惑に気づかず、友好的な微笑みを浮かべて話
を切り出す。
﹁お忙しい中、お時間を作って頂きありがとうございます。本当は
もっと早くにご挨拶に伺いたかったのですが、なにぶん自由が少な
い身の上。遅参したこと、寛大なお心でお許し願いたい﹂
﹁そんな大仰な。むしろ、気を利かせてこちらからご挨拶に伺うべ
きところを、わざわざ遠方から来てくださったのです。歓迎するの
は当然じゃないですか﹂
﹁そういってくださるとありがたいです。不躾ついでにもう一つ、
できればメイド達の席を外して欲しいのですが。少々耳にさせたく
ないお話がありまして﹂
﹁⋮⋮ご安心ください。彼女達は優秀なメイドです。ここで耳にし
た内容を他言することはありませんよ﹂
 一瞬、﹃暗殺でもたくらんでいるためシア達が邪魔なのか?﹄と
疑い反応が遅れてしまった。
 なんとか笑顔を浮かべて友好的に返答する。
 この答えにランスは、申し訳なさそうな笑いを堪えているような
曖昧な表情を浮かべて告げてくる。
 その台詞にオレの頭から爪先まで冷たい怖気が走り抜けた。
ピース・
﹁僕自身は居てもらっても一向にかまわないんですが、PEACE
メーカー
MAKER団長さんとしては醜聞が悪いんじゃないかと思って。だ
って﹃困っている人や救いを求める人を助けたい﹄、でしたっけ?
 そんなスローガンを掲げている団長さんが、校舎裏でイジメられ
ていた友人を見捨てて逃げた︱︱なんて知られたら色々まずいじゃ
ないですか?﹂
﹁︱︱ッ!?﹂

3358
 なんでこいつはオレの前世のおこないを知っているんだ!?
 たとえ﹃予知夢﹄の力を持つララにだって、前世のおこないなん
て分かるはずがない。
 唯一、それを知っているのは、あの場に居た当事者達しかいない
はずだ。
 まさか︱︱今目の前にいる彼は⋮⋮
﹁シア⋮⋮悪いが、席を外してくれないか。オレが許可を出すまで、
絶対に誰もこの部屋に入れないようにしてくれ﹂
﹁⋮⋮かしこまりました﹂
 わずかな逡巡。
 しかし、シアはこの指示に逆らわず部下を連れて部屋を出る。
 オレは改めて正面ソファーに座るランスへと向き直った。
 彼は相変わらず掴み所がない微笑みを浮かべている。
 シア達メイドが一礼して部屋を出て、扉が完全に閉まったのを確
認してから︱︱オレが口を開くより早くランスが声をかけてきた。
﹁⋮⋮ようやく邪魔者がいなくなったね。お陰で他人のふりをしな
くてすむよ。ああいう改まった言葉遣いって、疲れるから苦手なん
・・・・
だよね。久しぶりだね堀田くん。数十年ぶりになるのかな? まさ
か君までこの世界に転生していたとは思わなかったよ﹂
 容姿、人種、背丈、声まで違うのに、ラフな喋り方や仕草で彼が
誰なのかすぐさま理解する。
 額と言わず全身からびっしょりと冷たい汗が流れ、オレは無意識
に震える声で彼の︱︱前世での名前を絞り出すように口にした。

3359
たなか こうじ
﹁た、田中⋮⋮孝治﹂
 前世、同じ私立高校に通い一緒に相馬達からイジメを受けていた
友人。
 高校2年に進級すると、オレだけ相馬達とクラスが分かれたお陰
でイジメから解放された。
 結果、相馬達の矛先は田中1人に向けられてしまう。
 そしてオレは校舎裏で田中が相馬達にイジメを受けている現場を
目撃する。
 田中がオレに気付き、助けを求める視線を向けてきた。
 しかし、相馬達が怖くてオレは逃げ出してしまった。結果、その
日の夜、田中は首を吊って自殺してしまったのだ。
 以後、色々あってオレはこちらの異世界へと転生。
 もう二度と田中を見捨てた時のようなことをしないため、この世
界では強くなろうと誓った。
 勇気を持ち、困っている人、助けを求める人が居たら絶対に助け
ようと誓った。
 それが見殺しにしてしまった田中へのせめてもの償いだと︱︱
 ⋮⋮しかし、まさかその本人である田中孝治が、自分と同じよう
に生まれ変わってこの異世界に転生していたとは想像もできなかっ
た。
 オレの驚愕と困惑、罪悪感が胸から噴出しぐちゃぐちゃになった
顔とは正反対に、ランス︱︱いや、田中は、

3360

﹁よかった。覚えていてくれたんだね。そうだよ。君が見捨てた田
・・・
中孝治だよ。本当に久しぶりだね﹂
 高原に吹き抜ける風のように爽やかな笑顔で正体を明かした。
第281話 初顔合わせ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
5月07日、21時更新予定です!
嬉しいご報告があります!
なんと硯様が、軍オタ重版を記念してtwitterにスノーカラ
ーイラストを描いてくださいました!
例の話題の紐のごとく、スリングがスノー胸を持ち上げようと形を
やや食い込んでいるのが最高です!
ご許可をいただいたのでアドレスを張らせて頂きます。https:
//twitter.com/suzuri99
本当に可愛らしく、素晴らしいイラストなのぜ是非チェックしてみ
てください!

3361
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第282話 要求
﹁⋮⋮まさか、君までこの世界に転生していたとは思わなかったよ﹂
 目の前に座っている次期メルティア国王と目されているランス・
メルティアが、懐かしそうに声をかけてくる。
 オレは震える声音で尋ねていた。
たなか こうじ
﹁た、田中⋮⋮孝治﹂
﹁よかった。覚えていてくれたんだね。⋮⋮そうだよ。君が見捨て
た田中孝治だよ。本当に久しぶりだね﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
 彼はにこにこと笑顔のまま、こちらの傷を抉るように告げる。
 しかし、彼の言うことは事実で反論のしようがない。

3362
﹁安心しなよ。今更、あの時のことを責めるつもりはないから。前
世のことだしね。それにこの異世界に転生した僕は妖人大陸最大の
国家メルティアの王子で、昔とは比べものにならない美男子になっ
たうえ、魔術師としても成功している。まさに日本にあった転生物
語の主人公みたいなチートキャラクターになれたからね﹂
 逆にオレは両親を大国メルティアに滅ぼされ、孤児院へと預けら
れた。
 さらに魔力値は低く魔術師になれる可能性は0。
 可愛い幼なじみが側に居たのがせめてもの救いだ。
 そう考えるともしかしたらむしろ物語の主人公然としているのは、
田中孝治︱︱ランス・メルティアの方かもしれない。
﹁でも、もし未だに僕に対して謝罪する気持ちがあるなら⋮⋮。と
ある計画を手伝ってくれないかな?﹂
﹁計画?﹂
﹁僕は元の世界︱︱地球、日本に戻りたいんだ﹂
 意外な答えが返ってきた。
 この異世界で魔術師で美男子王子様というチートキャラクターに
なっているのに、元の世界に戻りたがっているなんて⋮⋮。
 いや、違うな。もし現在のチート人生を捨ててまで戻りたいとい
う渇望があったら、自殺なんてするはずがない。
 考えられることは一つ。
 オレの当たって欲しくなかった答えを、田中が邪悪な笑顔で語り
出す。

3363
﹁僕は、元の世界に戻って復讐したいんだ。⋮⋮僕を苦しめた世界
そのものに。親、兄、教師、生徒達、社会、世界構造全て︱︱世界
そのものに、復讐をしたいんだよ﹂
﹁⋮⋮気持ちは分かる。でも、どうやって元の世界に戻るつもりだ。
この世界の科学レベルではありえないし、魔術師S級を何人連れて
きても戻ることなんて不可能だ﹂
﹁確かにS級といえど人の域だからな。別世界の移動なんて不可能
だろう。⋮⋮けど、もし人の域を超えた﹃神﹄の力ならどうだい?﹂
﹃神の力﹄。
 この言葉で全てを理解する。
 田中の後ろに佇むマントを被った人物が誰であるのか。
 ララの後ろで糸を引いていた人物が誰であるのかを。
﹁僕自身、公的な立場があまりに強すぎて、表だって動くことは難
しかったんだ。でも、運良く僕に協力してくれる人物が居てね。お
陰で﹃神の力﹄を得ることに成功したんだ。もう気づいていると思
うけど、一応紹介するね﹂
 田中が手を挙げると、今まで背後に黙って立っていた人物が。
 被っていたマントを脱ぐ。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 その下からは凛々しく、美しい顔立ちの美女︱︱ハイエルフ王国、
エノール、元第1王女、ララ・エノール・メメアが姿をあらわす。
 改めて見ると意志の強いキリリとした美人なのだが、可愛らしい
ほんわかとした雰囲気を持つリースとどこか似ている。

3364
 やはり実の姉妹同士だからだろうか。
 ララはオレを敵意溢れる目でずっと睨んでいる。
 どうも彼女は前から、オレを嫌っているようだ。
﹁もう知っていると思うけど彼女、ララが僕の代わりに動いてくれ
しんかく ま
たお陰で、ようやく6つに分かれてしまった﹃神核﹄の一つ、﹃魔
ほうかく
法核﹄を手に入れることができたんだ﹂
﹁知っているよ。﹃黒﹄を︱︱シャナルディアやノーラ達を騙し、
裏切ってな。オレ自身その場に居たからよく知っている﹂
﹁裏切りや欺きは否定しないけど、元々﹃黒﹄はそのために作られ
た組織だからね。僕達からすれば役割を完遂し、天寿を全うしたと
いえなくもないんだよ﹂
﹁ちょっと待て、それってどういう意味だ?﹂
﹁堀田くんも知っての通り、五種族勇者や魔王の件を深く調べるの
きんき 01
は昔から禁忌とされてきた。ほんの少し調べただけで始原や自国の
メルティア、他組織なんかに目をつけられる。いくらララに﹃千里
眼﹄と﹃予知夢者﹄という力があっても、動き辛くなる。だから、
組織を作って、隠れ蓑︱︱スケープゴートにしたんだよ﹂
 田中は笑顔でオレの質問に答える。
﹁﹃黒﹄という隠れ蓑があったお陰で、僕やララはずいぶん動きや
すかったよ。まさか﹃黒﹄の陰にメルティア王子や元ハイエルフ王
国の王女様が居るなんて、誰も思わないだろ? それにちょうど、
01
メルティアと始原が共同でケスラン王国を落とした。その際、頭に
据える人材としてシャナルディア・ノワール・ケスランなんて最適
な人材が出るってララの力で分かっていたし。本当に最高だったよ﹂

3365
 悪魔的残忍な計略を純粋無垢な笑顔で語る友人︱︱目の前の光景
は、もう彼はオレの知っている田中ではないのだということをまざ
まざと教えてくれた。
まほうかく
﹁けど、折角手に入れた魔法核だけど、この程度じゃまだまだ元の
世界に戻る力はない。⋮⋮だから、堀田くんが前世で僕を見捨てた
しんかく
ことをもし未だに悔やんでいるなら、魔法核を﹃神核﹄に変える手
伝いをしてもらいたいんだ﹂
﹁⋮⋮オレに何をさせるつもりだ?﹂
﹁大丈夫、君には危険なことはさせないよ。だって、僕たちは友達
じゃないか﹂
﹁﹃君には﹄ってことは、他の誰かをまた犠牲にするつもりか?﹂
まほうかく
 魔法核を手に入れるのでさえ、何人もの人々が苦しんだ。
しんかく
 さらにその上位版である﹃神核﹄を手に入れようというのだから、
犠牲なしということはありえないだろう。
 そんなことくらい簡単に想像がつく。
 田中は今日の天気を告げるようにさらりと答える。
﹁正確の数字は分からないけど、最低1万人、最大で2、3万人ぐ
らい死ぬんじゃないかな? 多少の増減はあるだろうけど﹂
﹁ッ!?﹂
 正直、想像以上に多かった。
 前世、地球上でも最も安全と言っていい都市に住んでいた田中が、
邪気のない微笑みで﹃最低1万人、最大で2、3万人ぐらい犠牲に

3366
する﹄と声音を変えず断言したのだ。
 この異常さは同じく、前世の知識やモラルを持つ自分以外には誰
にも分かるまい。
 異世界転生チート主人公が悪に傾いたらこれほど厄介になるとは
︱︱
 オレはソファーから立ち上がると、窓際へと向かう。
 窓を開け、部屋の空気を入れ換える。
 外は気持ちいいほど晴れている。
 このまま部屋での話を忘れて、今すぐ外に出かけたい程の天気だ。
 しかし本当にそうするわけにはいかず、深呼吸して気持ちを落ち
着かせた。
 田中達に背を向けたまま、窓の外へ向けて何度か瞬きをする。
 風がオレの頬を撫でて、部屋の空気を入れ換えてくれる。オレは
溜息をつき気持ちを入れ替え、窓を開けたままソファーへと座り直
す。
 田中の瞳を真っ直ぐ見つめ、決心した言葉を告げる。
﹁確かにずっとオレはあの日、田中を見捨てて逃げ出したことを後
悔していた。許されないとは思うが、できるなら謝りたいとずっと
思ってきた。⋮⋮本当にすまなかった﹂
 オレは田中に対して謝罪をする。
 顔を上げ再度話を進めた。
﹁そして何の因果か、オレはこうしてこの世界に転生した。だから、

3367
今度こそ﹃勇気を持ち、七難八苦があろうとも逃げ出さず、助けを
求める人がいれば絶対に力を貸そう。人助けをしよう﹄と誓った。
オレは誰かを見捨てるようなことを、2度としたくないと思ったん
だ﹂
レギオン
﹁そうだったんだ。軍団の理念の由来は僕からきていたのか、知ら
なかったな。でも、いくら困っている人や助けを求める人を何万人、
何十万人君が救おうと︱︱僕が堀田くんを許すかどうかは関係ない
けどね﹂
 微笑みを浮かべたまま彼はばっさりと斬って捨てた。
﹁それで答えは? 協力するのか、協力しないのか﹂
﹁⋮⋮すまない。協力はできない﹂
﹁はぁ⋮⋮やっぱりね。偽善者の君ならそういうと思ったよ﹂
 田中は微笑みの表情を変えず、飄々とソファーから立ち上がる。
﹁交渉は決裂ということで。こちらから堀田くん達に手を出すつも
りは今のところないけど、もし妨害をしようとするなら遠慮無く叩
き潰すから、覚悟してくれよ。⋮⋮それじゃ行こうか、ララ﹂
﹁はい、ランス様﹂
 ララはマントを被り直し、田中の後へと続こうとする。
 オレはそんな二人の足を言葉で止めた。
﹁悪いが⋮⋮本当に悪いと思っているが、今ここで二人を帰らせる
わけにはいかない。捕らえさせてもらう。そして、どうやって魔法
核を神核にするのか話してもらう。関係ない人々を数万にも犠牲に
する方法をここで確実に潰させてもらう﹂
﹁僕達を今この場で捕らえて情報を聞き出す、ね。でも、僕はメル

3368
ティアの使者としてここに来ているんだよ? その使者を、しかも
王子を捕らえるなんて国が黙っていると思うのかい?﹂
 オレもソファーから立ち上がり、田中達と対峙する。
ピース・メーカー 01
﹁PEACEMAKERは始原を倒したお陰で、少なからず発言力
がある。外交努力でなんとかするよ。もちろん、方法を聞き出し、
潰した後はメルティアに事情を話してから田中を解放するつもりだ。
以後、多少の不自由は覚悟してくれ﹂
 恐らく魔術防止首輪をつけ、城内か郊外で軟禁といった生活が待
っているだろう。だが、王族である彼なら、表舞台からは消えるが
何不自由のない生活を送れるはずだ。もちろんそうなるようオレ自
身、努力するつもりでいる。
 オレは田中の足︱︱太ももへ向け指をピストルの形に作る。
﹁?﹂
 田中はオレの行動の意味が分からず首を捻る。
 彼は想像もつかないだろう。
 先ほど窓あけた際、瞬きをモールス信号代わりにして﹃クリスを
狙撃位置に配置して、合図があったら発砲するように﹄と指示を出
していた。
 オレが向ける指の先︱︱田中の太ももを打ち抜かせ無力化するつ
もりだ。
 オレはクリスに分かるよう発砲動作をする。
 同時に、窓外から発砲音が響きわたる。

3369
 完全な不意打ち。
 弾丸は狙い違わず田中の太ももへ︱︱当たらなかった。
 なぜならその場から田中が姿を消したからである。
﹁!?﹂
 予想外のできごとにオレが驚愕する。
 超スピードで回避したわけではない。
 その場合、空気が乱れ・動きが確実に分かる。
 透明化でもない。
 弾丸はむなしく空を切り、床に穴を作り出す。
 もし透明化でも、見えなくなるだけで弾丸の回避は不可能なはず
だ。
 では、いったいどうやって弾丸を回避したんだ!?
 そして田中はどこへと消えたんだ!
﹁酷いじゃないか、堀田くん。突然、スナイパーライフルで撃つな
んて﹂
﹁!?﹂
 背後からの声。
 オレは咄嗟に声から距離を取る。
 もちろん肉体強化術で身体を補助。
 特に目に力を込めて、今度こそどんな小さな予兆も見逃さないよ
うにする。

3370
 そんな努力を嘲笑うように再び田中に驚愕させられる。
 彼の手になぜかクリスのSVDが握られていたからだ。
 オレがクリスのために製造したSVDだ。見間違うはずなどない。
﹁しかしまさかこの異世界で⋮⋮ドラグノフ狙撃銃っていうんだっ
け? スナイパーライフルを作るなんて。ここは剣と魔法と魔物の
世界だよ、世界観を壊すような真似しないで欲しいよまったく﹂
 田中は飄々とした態度で、珍しそうにSVDを眺めながら軽い調
子で文句を告げてくる。
 なぜ彼がクリスのSVDを手にしているんだ?
 本当に訳が分からずうまく頭が回らない。
﹁堀田くん、これ金髪の女の子に返しておいて。撃たれてイラっと
したのもあるけど、珍しいから思わずちょっと強引に手から奪っち
ゃったからさ﹂
﹁⋮⋮どうやってクリスから、SVDを奪ったんだ?﹂
﹁どうって? まだ気づいてないのかい? ラノベや漫画、アニメ
の定番能力じゃないか﹂
﹁ランス様﹂
 SVDをソファーに置く田中に、ララが声をかける。
ピース・メーカー
﹁部屋周辺、出入り口を武装したPEACEMAKERメンバーに
押さえられました。部屋の出入り口には金属製鞄を手にしたメイド
達が続々と集まっています。部屋に押し入られ、万が一があるかも
しれません。ここはすぐに戻るのが得策かと思います﹂
 これがララの精霊の加護の一つ﹃千里眼﹄か。
 まるで実際に見ているように周辺で何が起きているのか分かるら

3371
しい。
﹁そうなんだ。ならそろそろお暇しようかな。あっ、後、僕達と一
緒に来ていた従者達には﹃用事ができたから先に帰っている﹄と伝
えておいてくれ。煮るなり焼くなり尋問するなりしてもいいけど、
彼らは何も知らないから意味ないよ。まぁ偽善者の堀田くんなら、
危害を加えることはないだろうから安心だけど﹂
 田中はララの肩を抱き寄せる。
﹁また今度っていうのはおかしいけど⋮⋮もし僕の計画を邪魔する
なら、今度こそ家族や仲間共々殺すから覚悟して挑んでね。それじ
ゃ失礼するよ﹂
 再び、田中はオレの目の前から姿を消す。
 今度はララ共々だ。
﹁若様、ご無事ですから!?﹂
 彼らが部屋から姿を消すと同時に、シアが護衛メイド達を連れて
部屋に雪崩込んでくる。
 手にコッファーを装備してだ。
 メイド達はオレを中心に包囲網を築く。
 隣でシアが部屋を見回し、警戒しながら声をかけてきた。
﹁ご指示を破り部屋に入ったことをお許しください。緊急事態と思
い勝手に動かせて頂きました。後ほど自分がどんな罰もお受けしま
す。それで彼らはいったいどちらへ? 窓の外から逃走したのでし
ょうか?﹂

3372
﹁⋮⋮⋮⋮最悪だ﹂
﹁若様?﹂
 シアが心配そうに声をかけてくる。
 だが、彼女へすぐに返事をする気力がわかない。
 なぜなら田中の力、部屋の外︱︱約二〇〇m離れた場所にいるク
リスからSVDを取り上げたカラクリに思い至ったからだ。
︵転移とか反則だろう⋮⋮こっちが軍隊なら、あっちは王道チート
能力ってか︶
 さらに質の悪いことにララの精霊の加護﹃千里眼﹄と﹃予知夢者﹄
である。
 その力に田中の転移が加わると途端に極悪になる。
 こちらの奇襲や襲撃は通用せず、逆に動向は筒抜けで一人になっ
たところを各個撃破や夜襲、不意打ちなどし放題だ。
01
 これならまだ始原と戦った方がマシである。
 だがこのまま何もしなければ、数万人単位で犠牲者を出すことに
なる。流石に見逃す訳にはいかない。
 正義感や義憤といった感情もあるが、その数万人の犠牲者の中に
エル先生やギギさん、旦那様、セラス奥様、メルセさん、メリーさ
ん、アムやアイス、シユちゃんなどが入るかもしれない。
 オレの親しい人々が犠牲になるかもしれないのだ。
 黙っていることなどできるはずがない!

3373
 だが、すぐに気持ちを切り替えて皆に事情を説明して、対策を立
てる話をすることができなかった。
 あそこまで変わり果ててしまった田中に、オレは少しだけ気持ち
の整理をつける時間を必要とした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ランス達はココリ街から一瞬でメルティアの私室へと戻ってくる。
 使者としての報告は後に回して、彼らはのんびりとお茶を楽しむ。
﹁⋮⋮しかし、ここまで予想通りに敵対してくれるなんて、本当に
驚きだよ。思想が凝り固まっている人物を動かすのは楽でいいけど、
あまりやりがいや達成感がないのは問題だね﹂
﹁それでは、次のステップに移っても問題ありませんでしょうか?﹂
 ララの問いに、ランスは笑顔で答える。
﹁うん、よろしく頼むよ﹂
﹁⋮⋮了解しました﹂
 いつもならば忠誠心の高いララは、ランスの指示にすぐさま返答
していたが、今回は反応があからさまに遅れる。
 まるで彼女の心情を表すように。
 それに気づかないランスではない。

3374
﹁どうしたんだい、ララ?﹂
﹁いえ、その⋮⋮例の作戦なのですが⋮⋮本当にやらなければなら
ないのでしょうか?﹂
 ララは怯えたようすで、ランスの顔色をうかがいながら尋ねる。
 ソファーの反対側に座る彼は、いつもの微笑みを浮かべたまま返
答した。
﹁もちろん、必要なことだよ。ララはやりたくないの?﹂
﹁はい、できればやりたくありません。あんなこと︱︱﹂
 長年仕えてきた﹃黒﹄の仲間達ですら、ランスのためにあっさり
と見限った。
 そんな彼女がはっきりと敬愛するランスに反対意見をのべた。
 彼はそんなララに対して怒らず、ソファーから立ち上がると彼女
の隣に座る。
﹁ら、ランス様!?﹂
 さらにララを抱き寄せ頭を撫でた。
 彼女は耳の先まで赤くし、頭のてっぺんから湯気が出そうなほど
照れる。
 そんなララにランスは子供に言い聞かせるように話しかけた。
﹁気持ちは痛いほど分かるよ。他に方法はあるかもしれないけど、
・・
不確かなのは君も納得済みだろ? だからアレを避けることは難し
い。ララには苦労をかけるけど、僕からは﹃どうか頑張ってほしい﹄
としかいえない﹂
﹁⋮⋮すみません、今更、話し尽くしたことを反故にしようとして

3375
しまい。私はランス様のためにも、絶対に計画を成功させてみせま
す﹂
 彼女は顔を上げると、耳まで真っ赤にしながらも強い意志が宿る
瞳で断言した。
 そんなララをランスは正面から抱きしめる。
﹁ありがとうララ、愛しているよ﹂
﹁私もです、ランス様﹂
 この時、ララは世界中の幸せを集め独占しているような感覚に陥
った。
 今、この場で死んで悔いはないほどの多幸感。
 彼女は目を閉じ、正面から抱き合っていたため、この時、ランス
の表情を確認することはできなかった。
                         <第15章
 終>
次回
第16章  ランス編︱開幕︱

3376
第282話 要求︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
5月15日、21時更新予定です!
な、なんとか書けたー!
堀田&田中の初顔合わせで、さらに因縁やこれからの展開の伏線、
感情の交差などなど色々書くことが多くて大変でした。
てか、次のプロットまったく考えていません︵笑︶。
なのでちょっと時間を取らせて頂ければと思います。
というわけで、ちょっとお待たせして申し訳ありませんが今後も軍
オタをよろしくお願います!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。

3377
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第283話 ランス&ララへの対応会議
 田中︱︱大国メルティアの次期国王、魔術師Aプラス級ランス・
メルティアと、ハイエルフ王国エノール元第一王女、ララ・エノー
ル・メメアが姿を消した後、オレは皆に事情を話すため集まっても
らった。
 彼らと一緒に来た従者達は念のためシアの護衛メイド部隊によっ
て拘束されている。
 話し合いが終わった後、オレが直接出向き伝言を伝える予定だ。
ピース・メーカー
 とりあえずPEACEMAKERのトップメンバーであるスノー、
クリス、リース、ココノ、メイヤ、シア。
 ミューア、カレン、バーニー、ルナ、ラヤラに集まってもらう。

3378
ピース・メー
 田中との前世の関係を伏せて、ランス&ララとPEACEMAK
カー
ERが敵対することになったのを告げた。
 その敵対理由は、彼らがこの世界の数万人の人間を犠牲にしてラ
まほうかく しんかく
ラを使い手に入れた魔法核を、神核へ昇華するためらしい。
ピース・メーカー
 この計画にオレ達、PEACEMAKERが協力するよう求めら
れたため却下。
 彼らの計画を知った以上、無視することはできず敵対することに
なった︱︱と説明した。
 一通りの話を聞くと、まず最初に直情型のカレンが激怒し机を拳
で叩く。
﹁なんという馬鹿げた計画だ! それが責任ある大国の次期国王の
やることか!﹂
﹁⋮⋮申し訳ありません。そんなおぞましい計画にうちの姉が主犯
格として関与して⋮⋮﹂
 このカレンの激怒に真っ先にリースが本当に申し訳なさそうに謝
罪する。
 この計画にはランスだけではなく、ハイエルフ王国のエノール、
元第一王女であるララも深く関与している。
 実妹として、姉の最終目的を聞かされていたたまれなくなったの
だろう。
 カレンの左右に座る幼なじみ、ミューアとバーニーが両側から彼
女を突く。
 カレンは冷や汗を掻きしどろもどろで弁明する。

3379
﹁ち、違うんです、リースさん! カレンは貴女のことを責めてい
るわけではなく⋮⋮その勢いで言ってしまったというか⋮⋮⋮﹂
﹁でも、実際、カレカレの言う通りだよね。民を守り、国を発展さ
せるべき王族が数万人も犠牲にして意味わかんない神核? ってや
つを手に入れようなんて。何を言われてもしかたないよ。ララお姉
ちゃんも、何やっているんだか﹂
 一方、ルナは冷めた声音で告げる。
 実姉であるララの目的を知って、心から呆れているのだろう。
 カレンは小声で﹃カレカレは止めてくれ⋮⋮﹄と呟いていた。
﹁数万人を犠牲にする儀式もそうだが、ランスの能力も厄介だ﹂
﹃転移ですね﹄
 クリスがミニ黒板で文字を書く。
 彼女がオレ以外で、その驚異を味わった唯一の人物だ。
01
﹁でも転移魔術なら始原の団長さんも使ってたよね。だけどわたし
達はそんな人を倒しているんだから、今回も大丈夫じゃないの?﹂
 スノーの楽観論にミューアが口を挟む。
ピース・メーカー
﹁確かにPEACEMAKERは、アルトリウスさんに勝利してい
ししてん
ますが、元四志天の1人テン・ロン曰く、彼の転移魔術にはいくつ
かの制約があるらしいのです。代表的なのは﹃視認できる距離しか
移動できない﹄ですね。ですが話を聞く限り、ランスにはそういっ
た制約がないようですね﹂
 実際、彼はクリスがいる狙撃ポイントにあっさりと転移した。

3380
 彼女が居た場所は建物の隅。
 カーテンの隙間から銃口をわずかにのぞかせ狙撃体勢を取ってい
た。
 物理的に部屋の内部を見ることは不可能である。
 なのに彼はあっさりと彼女が居る部屋に転移。
 驚きながらもクリスは咄嗟に銃口を向ける。
 だが、彼がSVDに触れると、その笑顔とともに愛銃が姿を消し
たのだ。
 しばしクリスは混乱したらしい。
 さらに可能性の一つとして、アルトリウスの転移は距離にも制約
があった。しかし、ランスの場合、それすらない可能性がある。
 マジでチートキャラクターではないか。
﹁さらに最悪なのが、ララと手を組んでいることだ⋮⋮﹂
 もし、マジで距離関係なく転移できるとしたら、ララの﹃予知夢
者﹄﹃千里眼﹄と合わさったらとんでもなく極悪になる。
﹃予知夢者﹄で、奇襲を見透かされ、﹃千里眼﹄で詳細を把握。
 後は好きな時間、タイミングで魔術師として限りなく高位に属す
るランスが転移して襲撃することができる。
 襲撃後はいつでも楽々自身の部屋に一瞬で戻ることが可能だ。
8.8 Flak FAEB
 つまり8.8cm対空砲や航空機による燃料気化爆弾投下などが
ほぼ使えないということである。
 他国の協力を求めても無駄だろう。

3381
 下手に周辺国が攻め込もうとしたら、ランスがその国へ転移し王
族や上層部を皆殺し︱︱なんてことをするかもしれない。
 無駄に犠牲が増えるだけだ
 前世、地球の衛星で敵陣地を発見、行動を監視、隙をついてステ
ルス機で強襲、爆撃︱︱それ以上の理不尽攻撃だ。
 チートキャラクター×2を敵に回すとどれだけ厄介か、現在進行
形で体験中である。
﹁あ、あの、の、もももしかして、地下牢から、フヒ、アルトリウ
スさんが消えたのも、その、ら、ラ、ランスさんのせいなんでしょ
うか?﹂
 ほぼ間違いないだろうな。
 話は続く。
﹁とりあえず、まずこちらのするべきことは戦力の強化だ。ランス
達が儀式を始める前に、魔術師S級のタイガに協力を求めるつもり
テンカウント・シール
だ。彼女の﹃10秒間の封印﹄はかなり有効だからな﹂
 シアがリースのあいたカップに新しい香茶をそそぐ。
 彼女は礼を告げた後、オレに質問をぶつけてきた。
﹁タイガさんの他にも、魔術師S級の方に協力を求めることはでき
ないのでしょうか? スノーさんの師匠さんなど﹂
﹁内容が内容だからお願いすれば協力してくれると思うけど、まず
どこに居るか分からないから接触のしようがないんだよね﹂

3382
ロン・ラオシー
﹁竜人種族の﹃龍老師﹄は、魔術師S級ですが他の魔術師とは大き
く違い戦力にはなりませんわ﹂
ロン・ラオシー
﹁メイヤは﹃龍老師﹄のことを知っているのか?﹂
ロン・ラオシー
﹁はい、たいした内容ではありませんが。﹃龍老師﹄はドラゴン研
究に情熱を燃やす少々変わった魔術師でした。ドラゴン研究に熱を
入れすぎて、最終的に彼自身がドラゴンになってしまったのですわ。
ドラゴン関係の知識を仕入れるのならベストな相手ですが、戦力に
なるかというと⋮⋮﹂
 メイヤが言いよどむ。
 正直、大型であれ中型であれ、チートキャラ相手に今更ドラゴン
が仲間になってもたいした戦力にならないな。
 ドラゴン知識も今回は必要にならないだろうし。
﹁それと最後の一人、魔人種族、﹃腐敗ノ王﹄は絶対に手を貸さな
い﹂
 カレンが断言すると、他幼なじみであるクリス、ミューア、バー
ニーが頷く。
﹁﹃腐敗ノ王﹄は絶対に魔神大陸から出ないし、力を借りに行って
逆に配下のゾンビにされた奴がいるとかいないとかっていう話もあ
るぐらいだからな﹂
﹃腐敗ノ王﹄はアンデッド系魔物を自身の部下として使役するらし
い。
 系統としてはアルトリウスのような魔術師が近いが、大きく違う
点は、生物ならたとえドラゴンでも触れただけでアンデッド系魔物
にして自分の部下にしてしまうとか。

3383
 あくまで噂らしいが︱︱ランスと戦う前にそんな相手とコンタク
トを取って敵対したら目も当てられない。
﹁それじゃ協力を求めるのはタイガとスノーの師匠に絞ろう。下手
に声をかけて敵対関係になんてなりたくないからな。タイガはエル
先生達のところにまだ居るか確認して、いなかったらどこへ行った
のか情報を集めよう。スノーの師匠に関しては、とりあえず後回し
だな﹂
 次にミューアへ向き直り指示を出す。
﹁ミューアは少々危険だと思うが、ランス達の情報を集めてくれ。
奴らは今、メルティアに居ると思うから。そしてランスに他の能力
がないか、どうやって儀式をおこなうのか、できれば儀式をする正
確な日時も分かるとありがたい。後、怪しい動きがあったらすぐに
知らせてくれ。最悪の場合、戦力が整っていなくても犠牲者を出す
前に、彼らを止めるために動かないといけないからな﹂
﹁了解しました。すぐに情報集めと警戒網の構築に取り掛からせて
いただきますね﹂
﹁ああ、頼む﹂
 オレはカレン、バーニー、ルナ、ラヤラへと視線を向ける。
﹁オレ、スノー、クリス、リース、ココノ、メイヤ、シアは飛行船
ノアで孤児院へと向かう。もしそこにタイガがいなければ、情報を
集めて彼女の後を追うつもりだ。その期間、本部のことは任せた。
問題が起きた場合は、前回のようにラヤラに手紙等を持たせてこち
らによこしてくれ﹂
 この言葉にカレン達は素直に同意してくれた。

3384
 改めて皆の顔を見回す。
﹁今回は数万人の命がかかっている。しかも戦闘員でもなく覚悟を
しているわけでもない、関係ない一般人の命が奪われるかもしれな
い。そんな非人道的行為は絶対に止めるべきだ。そして現状、止め
ピース・メーカー
られるのはオレ達︱︱PEACEMAKERしかいない。だから、
なんとしてもランス達を止めよう。今回はいつも以上に苦しい戦い
になると思うが、どうかみんな力を貸してくれ﹂
 皆、覚悟を決めた返事をする。
 席を立つと皆、自身のやるべきことをするため動き出す。
 オレもタイガを探しに妖人大陸にある孤児院へ向かう準備をしな
ければならない。
 お陰で事件解決まで、メイヤへ贈る腕輪作業は延期にするしかな
い。
 流石に数万人の犠牲者が出るかもしれない事件を前に、腕輪製作
をしているわけにはいかないだろう。
 メイヤに申し訳なく、部屋を出て行く彼女に視線を向けた。
 動き出した皆の中で、彼女が一番気合いが入っている。
 ぶつぶつと呟きを漏らしながら、今にも涙を流さんばかりに怒り
心頭だった。
﹁折角、もう少しでリュート様とラブラブチュッチュッできるそう
なるほどいい雰囲気になっていたのにランスだかクラウスだが知り
ませんがわたくしとリュート様の幸せ結婚計画を邪魔するなんて絶

3385
対に許されませんわこの落とし前は奴の人生末期まで取り立てやり
ますわうふふふふふふふふ運命で結びあっているリュート様とわた
くしの神聖不可侵絶対聖域である結婚を邪魔した報いを頭から爪先
徹頭徹尾唯我独尊骨の髄まで味わわせてやりますわうふふふふふ⋮
⋮﹂
 さらにメイヤはぶつぶつと目を血走らせ呟きながら、部屋を出て
行く。
 まるで某受付嬢さんが垂れ流す黒いオーラが、メイヤからも漏れ
出し始めているかのようだった。
 ⋮⋮オレは彼女に結婚腕輪を贈っても本当にいいのだろうか?
 そんなメイヤの姿を見て、思わずそんな考えがこみあがってくる。
 受付嬢さんといえば、確かオレ達が妖人大陸を出発したのと入れ
違いに辿り着いたはずだ。
 つまり、すでにエル先生&ギギさんが営む孤児院へと到着してい
るはずだ。
 2人が新婚夫婦らしく仲睦まじくしている姿を目撃して、彼女は
どんな行動をおこしたのだろうか?
 まさかとは思うが、逆上して2人を襲ったりはしないよな?
 受付嬢さんはあれでちゃんと一般常識は持っているはずだし⋮⋮。
じゅうおうぶしん
 それにエル先生とギギさんの側には魔術師S級、獣王武神、タイ
ガ・フウーが居る。
 何があっても彼女が2人を守ってくれるはずだ!
 ⋮⋮たぶん。

3386
 オレは一抹の不安を抱えながら、とにかく急いでエル先生&ギギ
さんが営む孤児院へと急いだ。
第283話 ランス&ララへの対応会議︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
5月18日、21時更新予定です!
すみません、お待たせしました! 明鏡シスイです!
さてようやく﹃ランス編﹄をアップすることができました!
私生活が忙しかった&再び風邪を引いてしまい色々大変でしたわ。
というか、今年の風邪はなかなかしつこいですね。さらに風邪予防
のため、マスクもつけて、家に帰ったらすぐ手洗い・うがいをして
いるのに引いてしまうなんて。皆様もお気をつけて!
また活動報告もアップしました!
さらに﹃軍オタ3巻ネタバレOK活動報告﹄にも感想返答を書かせ

3387
て頂きました。
こちらはネタバレを含むのでチェックの際はご注意くださいませ。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第284話 タイガとの接触
ピース・メーカー
 準備を終えPEACEMAKER本部を出発する。
 新型飛行船ノアのお陰ですぐに妖人大陸にあるアルジオ領ホード
へと辿り着くことができた。
 いつもの草原に飛行船を止めると、二つの人影が歩み寄ってくる。
﹁エル先生! ギギさん!﹂
 オレが声をかけると、ギギさんが手を挙げ応える。
 最初に孤児院によって二人に挨拶をしようと思ったら、本人達が
出迎えてくれるとは。
 スノーも駆け寄り、エル先生へと抱きつき匂いを嗅ぎ出す。

3388
 他嫁達も集まり、挨拶を始めた。
 オレは一歩引いて、同じように距離を取るギギさんへと声をかけ
る。
﹁まさか出迎えてもらえるとは思いませんでした。よくオレ達が来
るって気づきましたね﹂
﹁たまたまエルが外へ出て、飛行船の音と姿に気がついたんだ。折
角だから、二人一緒にリュート達を出迎えようという話になってな﹂
 ⋮⋮うん? あれ、今、何かおかしな⋮⋮気になる点があったよ
な。
 今、ギギさんはエル先生のことを﹃エル﹄と呼び捨てにしてなか
ったか?
 前まで﹃さん﹄付けだったはず。
 夫婦になったから他人行儀は止めようということなのだろうか。
 お、落ち着け、落ち着くんだリュート⋮⋮夫婦なら当然の呼び合
いだ。
﹁ところで、リュート達こそいったいどうしたんだ? ずいぶん早
い帰省だな。寂しくなかったから︱︱なんて性格的にも、抱えてい
る仕事量的にもありえんか。何かトラブルでもおきたか?﹂
﹁はい、実はちょっと問題が起きまして。タイガに協力を要請しに
来たんですが、彼女まだ町にいますか?﹂
じゅうおうぶしん
﹁獣王武神の力を借りたいとは、穏やかではないな。彼女ならまだ
町にいる。孤児院でゆっくりと近状を聞きたいところだが、急いだ
方がよさそうだな。俺が案内しよう﹂
﹁ありがとうございます、ギギさん﹂

3389
 嫁達の挨拶も区切りがついたところで、孤児院へ向かい歩き出す。
 その先にタイガが住む家があるからだ。
 全員で行っても邪魔になるだけなので、事情を説明にオレだけが
行くことになる。
﹁エル先生もお久しぶり︱︱というほど時間は経ってませんが、お
元気そうでなによりです。ギギさんとの生活はもう慣れましたか?﹂
﹁リュート君も元気そうで先生、嬉しいです。ギギさんにはよくし
てもらっていますよ。最近は子供達も怖がらず、なついていますし
ね﹂
 それはよかった。
 ギギさんは見た目強面で、無口だから近寄りがたい雰囲気を持っ
ている。
 なれると面倒見がいい大人で、逆に親しみやすくなるのだが⋮⋮。
﹁最近は私の代わりに魔術師基礎授業を担当してもらっているんで
すよ。ギギさんは教え方が上手くて生徒達からの評判もいいんです﹂
﹁確かにギギさんって、人に教えるの上手いですよね﹂
﹁昔、リュートに教えていた頃があっただろう。あの経験があった
から、今の生徒達に合った訓練を教えることができるんだ。指導が
上手いというのなら、それは全てリュートのお陰だ﹂
 ギギさんは謙遜ではなく、本気でオレのお陰だと断言してきた。
 別にオレは何もしていないのだが⋮⋮。
 でも懐かしいな。
 ブラッド家で執事見習いをしていた頃、毎日ギギさんに魔術&体
術の稽古をつけてもらっていた。

3390
 ギギさんと組み手をしたり、剣術稽古をしたり、魔術知識につい
ての座学など。
 後は旦那様との模擬試合もギギさんにやらされたな。
 ⋮⋮今思い返しても胃の底が冷たくなる。
 今更ながらよくあの訓練をオレは乗り越えることができたな。
 だいたい、最初は﹃クリスに擬似的な達成感を味わわせ、トラウ
マを克服させる﹄のが目的だったはずだ。
 なのに、途中からクリスと仲良くするオレに対して、ギギさんが
イヤガラセ的に旦那様との対戦難度を上げていた気がする。
 アレ? おかしいな⋮⋮本来、懐かしい思い出のはずがなぜか殺
意の波動しか出てこないぞ?
﹁そういえばついこの前、受付嬢さんと会ったぞ﹂
﹁!?﹂
 しかし、彼の一言でそんな思い出は一瞬で吹き飛んでしまう。
ギルド
﹁なんでも冒険者斡旋組合を辞めて冒険者になったらしくてな。ち
ょうど妖人大陸による用事があったから、わざわざ結婚祝いを言い
ギルド
に来てくれたんだ。リュートは彼女が冒険者斡旋組合を辞めたのを
知っていたか?﹂
﹁は、はい! 直接、本人から聞きましたって! 結婚呪いに来た
って!? な、何か変なことされませんでしたか!?﹂
﹁? なんだ変なこととは? 普通に祝いの言葉をもらっただけだ
ぞ。後、結婚呪いではなく祝いだ﹂

3391
 珍しいギギさんのツッコミ。
﹁リュート君達がお世話になった方ですから、色々お話をしたかっ
たんですが、なにぶんお忙しいらしくすぐに町を去ってしまったん
です﹂
 エル先生が残念そうに溜息を漏らす。
 ⋮⋮洗脳されている様子も、精神汚染されている感じも、脳手術
を受けている気配もない。
 つまり、本当に祝いの言葉だけを告げてただ立ち去ったというの
か!?
 エル先生は受付嬢さんのことを思い出し、微笑みを浮かべる。
﹁とても美人さんで凛とした女性でした。わたしはどうも昔から抜
けているところがあるので、ああいう仕事ができる女性像には憧れ
ます。格好いいです﹂
 受付嬢さんからすれば、エル先生こそ憧れる存在じゃないだろう
か。
 隣の芝生は青い︱︱というやつだな。
 とりあえず受付嬢さんの襲来で誰も傷つかなかったのは本当によ
かった。
 孤児院へと辿り着く。
 エル先生は子供達だけを残し続けるのは心配なため、ここからは
ギギさん一人で案内してもらう。
 町中に入ると、ギギさんが顔なじみらしい住人達と挨拶を交わし
ていく。

3392
 流石に現在住んでいるだけあり、地元のはずのオレより知り合い
が多い。
 町の子供達にも指導するため、その繋がりで知り合ったのだろう。
 タイガの自宅は、前回エル先生争奪騒動で使用していた空き家だ。
 すでに彼女が買い取っているらしい。
 あいつ、このままホードに骨を埋めるつもりなのだろうか?
 ギギさんが扉をノックすると、中から誰何を問う声が聞こえてく
る。
 ギギさんは扉越しに聞こえるように、やや大きな声で告げた。
﹁ギギだ。実は︱︱﹂
﹃ちょ、ちょっと待て一〇分! ううん、五分だけ待ってて!﹄
 タイガはギギさんの話を聞かず、奥に引っ込むのが音で分かった。
 さらにばたばたと派手な音が続く。
 宣言通り五分後︱︱扉が開いた。
 オレは扉とギギさんの影に隠れてしまう。
 位置的にタイガからは見え辛くなる。
 だが、彼女は元々空気を読み、気配を察するのが得意のはずなの
だが⋮⋮なぜかオレの存在に気がついていない。
﹁と、突然、押しかけてくるなんて非常識じゃないか。これでも僕
は忙しいんだぞ﹂
 オレも彼女の顔は確認できないが前に聞いた彼女の声より高い気
がする。
 さらに艶があり、まるで﹃憧れのお姉さんと結婚した義理兄が、

3393
最近なぜか気になっちゃって。そしたら突然、義理兄が一人暮らし
の私の家に訪ねて来ちゃってどうしよう!﹄という感じの声音だ。
 ギギさんはいつもの真面目な表情とトーンで会話を続ける。
﹁すまない、突然押しかけてしまって。だが、重大な用件があって
訪ねさせてもらったんだ﹂
﹁じゅ、じゅじゅじゅ重大な用件!? そんなギギさんには、エル
お姉ちゃんがいるのに!?﹂
﹁安心しろ。エルも了承済みだ﹂
﹁え、エエエ、エルお姉ちゃんも了承じゅみ!? そ、そんな新婚
なのに!? だいたい僕はエルお姉ちゃんと違って背は低いし、美
人じゃないし、スタイルだって悪い。その上、ずっと性別を誤魔化
すために男装してたから、全然女の子っぽくないし⋮⋮﹂
﹁新婚なんて関係ない。タイガが必要だから来たんだ。後、あまり
自分を卑下するのは関心しないぞ。タイガは十分美人だし、女性ら
しいと俺は思うぞ﹂
﹁それって本気? 僕のことからかってない?﹂
﹁当然、本気だ。嘘や冗談を言いにわざわざここまで来るはずがな
いだろう﹂
﹁ぎ、ギギさん⋮⋮ッ﹂
 なぜだろう。
 位置的に顔が見えないのに、タイガが乙女モード全快で顔を赤く
染め、瞳を潤ませていると想像できるのは⋮⋮。
 いい加減、噛み合っているようでいない話に区切りをつけた方が
いい気がする。このままだと誰も幸せになれなさそうだし。
 ギギさんのためにも、タイガのためにも。

3394
﹁ギギさん、そろそろいいですか?﹂
﹁ああ、済まない。実はリュートがさっき訪ねて来てな。タイガに
話があるからと、家まで連れてきたんだ﹂
﹁え? り、リュート?﹂
 ここでようやくタイガはオレの存在に気がつく。
 しばし、ギギさんとオレとを見比べる。
﹁え? エルお姉ちゃんも了承しているって?﹂
﹁ああ、リュートと一緒にタイガを訪ねる許可は取ってある。孤児
院も時間的にそこまで忙しくないから大丈夫だろう︱︱タイガ、ど
うして俺を睨む﹂
﹁べ、つ、に! どうせそんなことだろうと思ったし!﹂
﹁? そうか﹂
 ギギさんはタイガが突然、不機嫌になった理由が分からず首を捻
る。
 だが、答えは出ず﹃若い女性の考えは分からない﹄と思考を放棄
した表情をしていた。
 本当にギギさんは、女心に聡いですねー︵棒︶。
 そんなこんなでオレとギギさんは、タイガ自宅へと入る。
 通されたリビングで、彼女がお茶を入れてくれるのを待つ。
 彼女が住んでいる家は一軒家だ。
 四人家族が問題なく住める質素な部類だ。

3395
じゅうおうぶしん
 魔術師S級、獣王武神が住んでいるには随分ギャップのある家で
ある。
﹁はい、どうぞ﹂
﹁ありがとう、いただこう﹂
 タイガは香茶を入れると、席に座る。
 オレとギギさんは椅子に腰掛け、間にテーブルを挟んでタイガが
座る形だ。
﹁それでリュート、僕に話ってなに?﹂
﹁タイガはメルティア王国の次期国王、人種族魔術師Aプラス級、
ランス・メルティアを知っているか?﹂
ばんぐん
﹁まぁ名前ぐらいは。確か﹃万軍﹄と仲がいい人じゃなかったっけ
?﹂
 ギギさんに水を向けるとタイガと同じような認識だった。
 オレはそんな二人に、ランスの計画について話をする。
 ︱︱一通り話を聞き終えると、タイガとギギさんは同じように眉
間へ皺を寄せた。
﹁数万人の犠牲者を出す儀式とは⋮⋮リュート達が揃ってタイガを
探しにくるわけだ﹂
﹁僕に頼ったのは正解だよ。転移だかなんだか知らないけど、そん
テンカウント・シール
な外道な奴、僕の﹃10秒間の封印﹄で魔力を封じてぼこぼこにし
てやる﹂
 タイガは肉食獣のような笑みを浮かべて、指をぽきぽきと鳴らし
始める。

3396
﹁それじゃ、ランスを倒すのに手を貸してくれるってことで問題な
いか?﹂
﹁もちろん。その犠牲者の中にエルお姉ちゃんや僕の知り合いが含
まれたりしたら︱︱って考えたら我慢できないからね﹂
﹁俺も協力しよう。何かして欲しいことがあるなら遠慮なく言って
くれ﹂
 タイガだけではなく、ギギさんも協力を申し出てくれる。
﹁ありがとうござます。では、ギギさんにはエル先生や子供達、こ
の町を守って欲しいんです。ないとは思いますが、ランスがアルト
リウスのように人質を取るとも限りませんから﹂
﹁分かった、彼女達のことは任せておけ﹂
 こうしてオレはタイガとギギさんの協力をとりつける。
 タイガ宅を出た後、彼女も一緒に孤児院へと向かう。
 ギギさんはそのまま孤児院へ。
 タイガはオレについて飛行船ノアに行き、スノー達と挨拶をした
いらしい。
 前回のエル先生争奪騒動でタイガはスノー達と仲良くなっていた。
 年頃の女性達はすぐに仲良くなるよな。
 孤児院でギギさんと別れると、飛行船までタイガと2人っきりに
なる。
 オレはつい彼女に尋ねてしまう。
﹁タイガはさ⋮⋮ギギさんのことが好きなのか?﹂

3397
﹁は!? はぁぁ!? な、なんだよ、突然! ギギさんを愛して
いるだなんて!?﹂
 言ってないよ。
﹃好きか﹄とは尋ねたが、﹃愛している﹄なんて聞いてないよ。
﹁さっきギギさんに対する態度がおかしかったからさ、なんとなく
そう思ったんだけど⋮⋮﹂
レギオン
﹁ふ、ふん! 軍団の団長のわりには人を見る目がないね。僕のギ
ギさんに対する態度を見てたら、どうしてそういう結論に達するの
か分からないよ﹂
 そうか。
 正直、小学生相手でもバレバレの態度だと思うんだけど。
 彼女は両手の指を重ねていじいじと動かしながら、話を続ける。
﹁そりゃ卑怯な手段とはいえ、魔術師S級になって初めて僕を倒す
寸前までいった人だから、気にならないっていえば嘘になるけど。
後、子供達に真剣に魔術を教える姿とは、ちょっと︱︱ほんのちょ
っとだけ格好いいとし、性格も真面目で、エルお姉ちゃんを真っ直
ぐ愛してる姿は⋮⋮姿は胸が痛くなるほどまぶしいけど。別にギギ
さんのことなんてなんとも思ってなんかないよ!﹂
 あかん。
 いつのまにか完全に攻略してますわ。
 ギギさんはどこの鈍感ハーレム主人公だよ。
 どうして出てくる女性全員をいちいち攻略するんだ?
 少しは自重して欲しい。

3398
﹁それにあのお姉様だってギギさんとエルお姉ちゃんの仲睦まじい
姿を見て諦めたぐらいだし⋮⋮僕が入り込む隙間なんてないよ﹂
﹁うん? お姉様って、タイガにお姉ちゃんがいたのか?﹂
﹁違うよ。ついこの間、ギギさんを訪ねて元受付嬢さんが来たんだ
よ。その時、色々あって﹃お姉様﹄って呼ぶようになったんだ。本
当に⋮⋮色々あって⋮⋮﹂
 タイガは受付嬢さんとのことを思い出したのか、目から光が消え
て、自分で自身を抱きしめぶるぶると震え出す。
 何したの受付嬢さん!?
 だいたい何だよ﹃色々﹄って!
 怖くて聞けないよ!
﹁タイガは受付嬢さんが、エル先生達と話をするところを見てたの
か!? 彼女がギギさんを諦めるほどの何かあったのか!?﹂
﹁そういえばお姉様とリュート達は知り合いだったんだね。挨拶自
体は本当に普通だったよ。エルお姉ちゃんが、リュート達が冒険者
の駆け出し時代からお世話になっているって知って、何度も頭を下
げてお礼を言ってたぐらいだよ﹂
 光景が目に浮かぶようだ。
 人は好意を向けられる相手を嫌いになることは難しい。
 エル先生の純粋無垢な心で、嘘偽りなく何度もお礼を言われ、好
感を持たれて接されたら相手を憎むのは不可能だ。
 そりゃ素直に祝いの言葉を告げて引き下がるしかない。
 つまりエル先生の女神力が、受付嬢さんの魔王力を凌駕したとい
うことだ。
 流石、オレ達のエル先生!

3399
﹁受付嬢さんはその後、どうしたんだ?﹂
﹁﹃自分探しの旅に出る﹄って言ってすぐに町を出て行ったよ。今
頃どこで、何をしてるんだろうお姉様は⋮⋮﹂
﹃自分探しの旅に出る﹄って、貴方は思春期真っ盛りの若人か!
 いや、別にいいんだけどね。
 それに個人的にも受付嬢さんには幸せになって欲しいし。
 わりとマジで。
第284話 タイガとの接触︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
5月21日、21時更新予定です!
最近、某既存商品グルメ漫画最新刊を購入しました。
その影響で冷凍食品をちょこちょこ買っては食べているのですが、
最近のは本当に美味いですね!
パスタ系は非常食もかねて安い時にストックしていましたが、他冷
凍食品系は手つかずでした。
ピザ、ちゃんぽん、タンタン麺、お好み焼き、うどん︱︱など食べ
てみましたが、どれも水準が高い。
昔、食べたときはそこまで﹃美味い﹄って感じではなかったんです
けどね。

3400
技術は進歩してるな∼。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第285話 スノーの母校、魔術師学校
 タイガとの約束を取り付けた後、彼女を連れて飛行船ノアへと戻
る。
 タイガがスノー達と挨拶を交わしたいと言い出したからだ。
 前回の騒動でいつのまにか仲良くなっていたらしい。
 スノー達には彼女の許可を取り付けた話をした。
 その後は飛行船のリビングでお茶会が始まる。
 シアが給仕を務め、お土産用として余分に買っておいたお菓子を
出し、女子会を始める。まぁ、オレも居るから正確には女子会では
ないのだが。
 その席でタイガに、スノーの師匠である﹃氷結の魔女﹄について

3401
の居場所や何か情報がないか尋ねた。
 同じ魔術師S級同士なら何かしら繋がりがあるかと思ったのだ。
﹁えっ、スノーちゃんってあの﹃氷結の魔女﹄の弟子だったの?﹂
﹁うん、そうだよー。あれ、話してなかったっけ? 師匠からは﹃
氷雪の魔女﹄っていう二つ名ももらったんだ﹂
﹁凄いね。あの人、気に入った弟子にしか二つ名を与えないって有
名なのに。しかも自身の﹃氷結の魔女﹄に近い二つ名をもらえるな
んて、よっぽど気に入られたんだね﹂
 そうなのか。
 つまり、スノーの才能がそれだけ彼女に認められたと言うことか。
﹁でも居場所となると、僕自身、獣人大陸の奥地に引っ込んで他と
の関係は絶っていたからちょっと分からないな。魔術師S級同士で
も交流って無いから﹂
 やっぱりそう都合良くはいかないか。
 申し訳なそうに謝ってくるタイガを適当に落ち着かせる。
ピース・メーカー
 またオレ達は一度PEACEMAKER本部に戻る予定だ。
 ミューアがランスに関して何か情報を掴んでいないか確認するた
めだ。
 タイガには引き続き連絡が取れるよう孤児院から移動しないよう
頼んだ。
 彼女も当分はこの町を離れるつもりはなく、了承してくれた。
 流石に﹃ギギさんが居るから町を離れないのか?﹄とは聞けなか
った。誰しも踏み込んで欲しくない領域というものがある。

3402
 こうしてタイガとの約束も取り付け、翌日慌ただしくオレ達は本
部がある獣人大陸へと戻った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 戻った翌日、午後︱︱すぐにミューアと顔を合わせ情報を聞く。
 オレの執務室で、彼女が書類を手渡しながら説明してくれた。
﹁今のところランスに妖しい動きはありません。ただルナちゃんの
お姉さんであるララさんの動きがどうしても掴めなくて。一応、人
員を増やし調査を進めますがあまり期待はできないかと﹂
﹁確かにランスはともかく、ララは﹃千里眼﹄と﹃予知夢者﹄の能
力持ちだからな⋮⋮。こちらの情報網がばれている可能性も考慮し
て慎重に動いてくれ﹂
﹁了解しましたわ。それで次はスノーさんの師匠さんについて情報
を集めてみたのですが⋮⋮こちらもあまりよくありません﹂
 ミューアから新たな書類を手渡される。
 スノーから特徴を教えてもらい、﹃氷結の魔女﹄の人相描きを作
成。この異世界中にそれをばらまき、現在情報を集めている最中だ。
 だが、現在届いている目撃情報はどれも微妙で有力な手がかりは
ない。
﹁まだ時間が経っていないから仕方ないが⋮⋮このやり方じゃ見つ

3403
け出すまでに相当な時間がかかるな﹂
﹁ですね。やはり直接動き探し出す方がよろしいかと思いますわ﹂
﹁分かった。それじゃ犯人は犯行現場に現れる︱︱じゃないけど、
とりあえずスノーが師匠と出会った場所に行ってみよう。何か手が
かりがあるかもしれない﹂
﹁それは確かにありかもですね﹂
 ミューアは感心したように胸の前で﹃パン﹄と手を叩く。
﹁また本部を留守にして悪いが、後のことは頼む。もし問題や動き
があったらラヤラを使って知らせてくれ。すぐに戻るから﹂
﹁了解しました。では、そのように手配しますね﹂
 彼女は笑顔を浮かべると、各部署の調整のためすぐさま部屋を出
る。
 なんだかいつの間にか、ミューアがオレの秘書のような役割をす
るようになったな⋮⋮。
 しかしスノーが師匠と出会った場所といえば必然、彼女が通って
いた魔術師学校側になる。
 今更ながら、スノーの通っていた魔術師学校をオレは一度も見て
いない。
 彼女が過ごした学校がどんなところか興味はあった。
 しかし仕事が忙しかったり、事件が起きたりと慌ただしいせいも
あり実際に行くことはなかった。
 今回だって、スノーの師匠捜しなど用事がなければ、正直足を踏
み入れようとは思わなかっただろう。
﹁いや、確か師匠捜しの他にも用事があったような⋮⋮﹂

3404
 オレは顎に手を当てて考え込む。
 卒業証書はスノーの友人であるエルフ族のハーフ、アイナが好意
で届けてくれたんだ。その席で他にも何か言われたような︱︱
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ、スノーの学生時代の荷物、取りに行くの
忘れてた﹂
 どうやら師匠捜しの他にも、学校に行く用事ができたらしい。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ピース・メーカー
 PEACEMAKER内部の調整を終えて、オレ達は再び飛行船
に乗り旅立った。
 向かう場所は、妖人大陸北部にあるスノーの母校である魔術学校
の側にある都市ザーゴベルだ。
 その都市でスノーは師匠である﹃氷結の魔女﹄に見初められ弟子
入りしたらしい。
 都市ザーゴベルの飛行船専門の倉庫を借りて、ノアを停める。
 普通の飛行船に比べてノアは主翼があり幅が広いため、約2隻分
使用することになる。
 そのため費用も2倍支払わなければならなかった。
 こればっかりは仕方ない。
 オレ、スノー、リースは魔術師学校へ行き荷物を回収。

3405
 クリス、ココノ、メイヤ、シアが宿屋の確保にと分かれた。
 リースは﹃無限収納﹄でスノーの荷物を収納してもらうために来
てもらう。
 シアは最初、リースの護衛メイドとしてこちら側の参加を希望し
た。しかし、クリス達だけでは警戒という意味でやや心配があった
ため、クリス側に入ってもらった。
 ちなみにメイヤは珍しく、﹃オレの側に居たい!﹄と騒がずクリ
ス側に入る。
 どうやら魔術師学校にトラウマがあるようだ。
 まぁトラウマというよりは黒歴史に近いんだろうが。
 都市ザーゴベルから、魔術師学校まで定期的に馬車が行き来して
いる。
 それも魔術学校の生徒や親達、他関係者が往復するため学校側が
もうけた交通手段である。
 一般人も運賃さえ払えば乗ることができる。
 その馬車で1時間ほどかかる。
 もちろん時間があれば観光がてら徒歩で移動してもかまわないの
だが、今回は急いでいるので馬車を使う。
 実際魔術師学校へ向かうのか他の場所へ行くのか分からないが、
徒歩で移動する人も多い。
 そして約1時間後、スノーの母校である魔術師学校が見えてくる。
﹁おぉ、なんだか凄いな﹂
﹁ですね、北大陸の城壁も凄かったですが、こちらもまた立派です
ね﹂

3406
 オレとリースは観光客よろしく馬車から降りると、魔術師学校の
城壁を見上げて感想を告げた。
 魔術師学校は見るからに頑丈な城壁によって囲われていた。
 スノーの話では城壁は二重になっているらしい。
 その二重の城壁の内側に校舎や学生寮が建てられている。
 これほど立派な城壁を魔術師学校に建てるのには理由がある。
 もちろん外敵を阻む意味もあるが、主に内部からの魔術を防ぐ意
味合いが大きい。
 そのため広い平野に作られ、周辺に民家や他建物を造るのは法律
で禁止されているとか。
 いつまでも見ていないで守衛所に向かい許可を取りに行く。
 スノーが卒業生で、守衛も顔を覚えていたためスムーズに入出許
可をもらうことができた。
 その際、なぜか守衛がオレの顔を見て﹃あれが⋮⋮﹄と呟き仲間
内にこそこそ話し始めた。
﹁?﹂
 悪意的なものは感じない。
 むしろ好奇心的な視線だった。
 まるでようやく見たかったパンダを見た動物園客のような態度で
ある。
 流石にリースも気がついたらしく、話しかけてくる。
﹁なんでしょうか、あれは?﹂

3407
﹁なんだろう。オレ何かしたか?﹂
﹁どうしたの二人とも、早く行こう﹂
 スノーに促され、一つ目の城壁をくぐる。
 さらに進んで二つ目もくぐった。
 その際、やはり﹃あれが⋮⋮﹄という視線と会話を耳にする。
 しばらく進むと校舎が見えてきた。
 頑丈そうな石造りで、校舎というより城塞といった趣がある。
 オレ達は校舎へ入り、まず一階の職員室へと向かう。
 この時間はまだ生徒達が授業中らしく人気がない。
 学舎独特の静けさと緊張感が漂っている。
﹁失礼します﹂
 スノーは廊下にオレとリースを残して、職員室へと入る。
 荷物を取りに来たことを告げ、倉庫の場所を聞くためだ。
 その間、リースと小声でたわいない話をする。
 普通に声を出して話さないのは学校の静けさに引きずられたから
だ。
 10分もかからず、スノーは一人の男性を連れて職員室から出て
きた。
﹁どうも遠いところからわざわざお越し頂きありがとうとございま
す。私はここで魔術道具授業を担当してます。人種族のカルアと申
します﹂
ピース・メーカー
﹁初めまして、PEACEMAKER代表、人種族、リュート・ガ
ンスミスです﹂

3408
﹁妻のリース・ガンスミスと申します﹂
 オレとリースは、カルアと名乗る男性に正式な挨拶をする。
 彼は線の細い、頭皮が薄くなりかけている神経質そうな男だった。
﹁どうもご丁寧にありがとうございます。それでは早速、倉庫に案
内させて頂きますね。こちらへ﹂
 カルアに促され、廊下を歩き出す。
 どうやらスノーの荷物がある倉庫は校舎内にあるらしい。
 カルアは歩きながら、興味深そうにオレのことを見てくる。
 ⋮⋮悪いが、自分にそっちの趣味はない。
 居心地が悪く思わず尋ねてしまう。
﹁あの、なにか自分の顔についているでしょうか⋮⋮﹂
﹁い、いえすみません。まさか﹃魔石姫﹄と呼ばれるドラグーン様
の師であるガンスミス卿にこうして会える日が来るとは思っておら
ず、少々興味がわいてしまって⋮⋮﹂
﹁メイヤが弟子だとご存じなんですか?﹂
﹁もちろんです。先程もお伝えしたとおり、私はここで魔術道具に
ついて教えています。なのでドラグーン様の情報はある程度耳に入
ってくるんですよ﹂
 そういえばメイヤは﹃魔石姫﹄と呼ばれる天才魔術道具開発者だ
ったっけ。
 普段の言動のせいですっかり忘れていた。
 またカルアは過去一度、メイヤと会ったことがあると嬉しそうに
口にする。

3409
 さらに彼の口から重要な情報が流れ出てきた。
﹁それにあのスノーくんが自慢していた﹃リュートくん﹄様をこう
して見られるなんて。後で他教員に自慢できますよ﹂
﹁え? スノーが自慢? それって⋮⋮﹂
﹁ご存じありませんか? 彼女は在学中︱︱﹃リュートくんより格
好いい人はいない﹄﹃リュートくんの匂いは最高、一嗅ぎしただけ
で天国が見える﹄﹃リュートくん以上の男性なんて存在しない﹄な
どなどスノーくんが常に言っていたので。特に彼女は男子生徒の人
気が高く、言い寄られるたびに先程のようなことを言って断ってい
ましたね﹂
 オレはカルアの話を聞いて頭を抱えてしまう。
 つまり、あれだ。
 守衛の人達もスノーが無駄に持ち上げていたオレが訪ねてきたか
ら、好奇心を抑えきれず見てきたわけだったのか⋮⋮ッ。
 もう顔から火がでそうなほど恥ずかしい!
﹁スノー、頼むから変な持ち上げ方をしないでくれ⋮⋮﹂
﹁?﹂
 スノーはオレの言葉の意味が分からず、首を捻る。
 彼女は本気でオレが﹃世界中で誰よりも格好いい男性﹄だと思っ
ているらしい。
﹁あのなスノー、オレが世界一格好いいなんてないんだよ。頼むか
ら変な持ち上げ方をしないでくれ。恥ずかしいから﹂
﹁いえ、スノーさんの仰るとおりです、リュートさんは誰よりも格
好いいです! だから自信を持ってください﹂

3410
 スノーに意図を伝えていると、今度はリースが声をあげて断言す
る。
 まさかここにももう一人、オレが﹃世界で一番格好いい﹄と思っ
ている人物がいるとは⋮⋮ッ。
 気持ちは嬉しいのだが、恥ずかしさが先に立つ。
 そんなオレ達をカルアがにこにこと微笑ましそうに眺めていた。
﹁ガンスミス卿は奥様方に愛されてうらやましいですね﹂
﹁すみません、騒がしくして⋮⋮﹂
 オレは謝罪しつつ、スノーの私物を保管している倉庫へと向かっ
た。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 スノーの私物をリースの﹃無限収納﹄でしまった帰り道。
 再び馬車に揺られて今度は都市ザーゴベルを目指す。
﹁はぁー酷い目にあった。もう二度とオレは魔術師学校に行かない
ぞ。側にだって近寄るものか﹂
﹁そんな恥ずかしがることないのに。リュートくんが世界一格好良
くて、いい匂いがするのは本当なんだから﹂
﹁そうですよ。スノーさんの仰る通りです!﹂
﹁⋮⋮君達、身内びいきって言葉を知っているか?﹂

3411
 馬車は御者以外、客は自分達しかいないが、幌もないただの荷台
にベンチを左右に並べただけの簡素な作りのため、声が簡単に外へ
と漏れてしまう。
 そろそろ都市ザーゴベルが見えてくる。
 出入り口や周辺には都市を出て他街や村、魔術師学校へ行く人達
は存在する。
 だからあまり大きな声で﹃世界一格好いい﹄を主張しないで欲し
い。
 通りすがりの人達に聞かれたら恥ずかしいからだ。
 心配していると、正面から旅マントを頭から被った二人組が徒歩
で歩いてくる。
 オレは二人の耳に入らないうちにスノー&リースを黙らせるため
動いた。
﹁とにかくあんまりそういうことは言わないでくれ、恥ずかしいか
ら﹂
 二人は不満そうだが、渋々納得してくれた。
 とりあえずこれで一安心だろう。
﹁︱︱ッ!?﹂
 二人に釘を刺せたことで安堵し、なんとなく先程の二人組に視線
を向けた。
 そして気がついてしまう。
 二人組の一人の首筋から喉にかけて彫られた入れ墨に。
︵首筋から喉にかけて掘られた入れ墨⋮⋮まさか本物か? こんな

3412
ところで出会うなんて!?︶
﹃黒﹄にスカウトされ下部組織のトップを任されていた人物。
 人種族、男性、名前はレグロッタリエ。
 オレ達の前から姿をくらませた人物が、そこに存在していた。
第285話 スノーの母校、魔術師学校︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
5月25日、21時更新予定です!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶

3413
第286話 レグロッタリエと︱︱
 スノーの母校である魔術師学校の帰り道。
 馬車に揺られて都市ザーゴベルの出入り口が見えだした頃、オレ
はこちらへ向かって歩いてくる二人組の存在に気がついた。
﹁︱︱ッ!?﹂
 驚きで思わず息を呑んでしまう。
 二人組の一人の首筋から喉にかけて、入れ墨が彫られていること
に気がついたからだ。
﹃黒﹄にスカウトされ下部組織のトップを任されていた人物。人種
族で名前はレグロッタリエ。

3414
 姿をくらませた男が、目の前から歩いてきたのだ。
 さらに隣を歩く人物は、自身の背丈と同等の長さの剣を背負って
いる。
 入れ墨にロングソード。
 彼らを最後目撃した海賊達からの証言と一致する。
 流石に人違い︱︱という可能性は低いだろう。
︵けど、ここで取り押さえようとするのは止めておいた方がいいな
⋮⋮︶
都市ザーゴベルの出入り口が近いため、ここからそう遠くない
距離に都市内へ入ろうとする行商人、旅人、馬車や冒険者、親子な
ど︱︱多数の人々で溢れている。
 この場で彼らを捕らえようとすれば、騒ぎになるのは避けられな
いだろう。
 事前に聞いている相手の実力から、オレとスノー、リースが居れ
ば生きたまま捕らえるのは難しくない。
 しかし相手も捕らえられないように全力で抵抗してくるだろう。
 その際、下手をしたら出入り口で待っていたり、出て行こうとす
る一般人達を巻き込み人死にを出す可能性がある。
 流石にそれは避けたい。
 またこの場ですぐ取り押さえるのではなく、二人をこのまま泳が
せて二人の狙いや他協力者の有無などの情報収集をする選択肢もあ
る。

3415
 ランスの方の問題があるため、そちらを選ぶのは難しいかもしれ
ないが、選択肢は多いにこしたことはない。
 幸いスノーとリースは、﹃リュートくんの格好いいところは?﹄
と話に興じている。
 先程釘を刺したため、他者に聞こえないよう顔を寄せ合い小声で
話し合っているのだ。
 オレはスノー達に声をかけるかで迷う。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 オレは一瞬考えて、﹃声をかけない﹄を選ぶ。
 スノー、リースはお喋りに夢中である。
 わざわざそれを遮り、男達の注意を引くことはない。
 彼らとすれ違った後、そっと声をかけて状況を伝えて2人の後を
付けるなり、ある程度一般市民達と距離が離れたところで捕縛すれ
ばいい。
 幸い、リースが居るため武器弾薬等に困ることはない。
 オレは不自然にならないよう気を付けつつ、彼らが通り過ぎるの
を待つ。
﹁⋮⋮あれ?﹂
﹁入れ墨の︱︱﹂
 スノー、リースがすれ違おうとしていた男達と目を合わせる。

3416
 ちょうど話が途切れ、視線を向けた先に男達がいた。そして同時
に男達も、馬車に乗るオレ達を興味深そうに見ていた。
 完全なる偶然である。
 スノー、リースが入れ墨に気がつき声を漏らす。
 彼女達も特徴から彼らが何者なのか悟ってしまい、反射的に声が
漏れたのだ。
 結果、相手もオレ達が自分達を知る人物だと分かってしまう。
 こうなったら取れる選択肢は多くない。
﹁スノー、リース! こいつは元﹃黒﹄の下部組織トップだ! 2
人ともこの場で取り押さえるぞ!﹂
﹁了解だよ、リュートくん!﹂
﹁分かりました!﹂
 悔やんでもしかたない。
 オレが声をかけると2人は打ち合わせもなしに行動を開始する。
 スノーが肉体強化術で身体を補助。
 オレ達の誰よりも早く2人を取り押さえるため飛びかかる。
 その間にオレはリースの﹃無限収納﹄に収まっている銃器を受け
取り、スノーの後へと続く。
 まさに阿吽の呼吸だ。
 男達もすぐさま行動を開始。
 ロングソードを背負う男が、スノー同様肉体強化術で身体を補助。
 入れ墨の男︱︱レグロッタリエらしき人物の衣服を掴むと、すぐ

3417
さま後方へと飛びオレ達から距離を取る。
アイス・ソード
﹁我が手で踊れ氷の剣! 氷剣!﹂
 スノーは2人の動きを止めるため、足を狙い攻撃魔術を放つ。
 人一人を抱えたまま後方へ下がるより、彼女の攻撃魔術が襲いか
かる方が速い。
 その状態で選べる選択肢は多くない。
 案の定、敵は足を止めて抵抗陣を形成。
 ロングソードの男はレグロッタリエを背後へ隠し、自身の身体を
楯とする。
 その間に装備を調えたオレとリースが扇状に2人を囲んだ。
 オレは突然、戦闘を開始したことに驚く角馬や御者、都市ザーゴ
ベル出入り口に集まっている一般人に被害が及ばないよう注意しつ
つ、2人組に話しかける。
﹁元﹃黒﹄の下部組織トップのレグロッタリエさんですね。自分達
ピース・メーカー
はご存じだとは思いますが、PEACEMAKER団長、リュート・
ガンスミスと申します。多々話をお聞きしたいのでご同行願います
か?﹂
 自分達のやっていることが、紳士的ではないのは百も承知だ。
 しかし、折角、彼らの身柄を取り押さえるチャンスを無駄にはし
たくない。
﹁⋮⋮チッ、めんどくせ。まさかこんな場所で会うなんてマジ笑え
ねぇんだけど﹂

3418
 レグロッタリエらしき人物は、オレ達を無視して悪態をつきなが
ら八つ当たり気味に地面をがりがりと蹴っていた。
﹁ッ!?﹂
 一通り気が済むまで地面を蹴った彼は、顔を隠していたフードを
取り、初めてオレ達を見据えた。
 褐色の肌、血のように赤い瞳も目立つがなにより目を引くのは入
れ墨だ。
 首だけではなく、喉から頬にかけてまで彫られていた。
 心臓が高鳴る。
 動機が激しくなり、視野が絞られるように狭く感じた。
・・・
 姿形、人種、声音︱︱全てがあいつを思い出させる。
 なぜか腹部や胸まで痛み出す。
﹁リュートくん?﹂
﹁⋮⋮リュートさん?﹂
 流石に嫁達はオレの以上に気がつき、銃器を構えながらも心配そ
うにこちらの様子をちらりとうかがう。
 オレが彼女達の心配を払拭しようと声をかけるより早く、レグロ
ッタリエが口を開く。
﹁悪いがまだオマエ達とやり合うつもりはないんだわ。今、やって
も負けは確定だし、筋書き的に早すぎる。ってことで今回は引かせ

3419
てもらうわ﹂
 レグロッタリエ達が出てきたはずの都市ザーゴベルへと向かい走
り出す。
 反応は遅れたが慌ててオレ達は彼らを足止めするため、AK47
トリガー
の引鉄を絞る!
 狙いはもちろん足。
 太股を撃ち抜いて動きを止めるつもりだ。
 しかし︱︱レグロッタリエの相方であるもう一人の男が背中から
ロングソードを掴むと、自分達へ当たりそうな弾丸全てを弾いて見
せた。
﹁なっ!?﹂
 今まで弾丸を回避したり、抵抗陣などで防いだりする人物達は見
てきたが、ロングソード︱︱剣で弾くのは初めて見た。
 剣で銃弾を弾く派手なことをしたせいで、被っていたフードが脱
げてしまう。
 結果、さらにオレは驚かされる。
 冒険者新人時代。
 初めて受けたクエストの途中で彼らと出会った。
 男でイケメンの獣人種族、猫耳族、アルセド。
 女で魔人種族、悪魔族、ミーシャ。
 無口な男でチームリーダー、人種族、エイケント。

3420
 その後、彼らに声をかけられオーク狩りへと行くため、一時的に
チームを組んだのだが︱︱罠にはめられて魔人大陸へと売られる結
果になった。
 復讐を誓うも現在のところアルセドは薬物採取のし過ぎて自爆。
 ミーシャは娼婦となり、魔物大陸で何者かによって殺害されてい
る。
 そして最後の一人︱︱リーダー格であるエイケント。
 彼がオレの目の前にいる。
 ロングソードを使うと聞いてまさかとは思っていたが、彼がレグ
ロッタリエとつるんでいるとは⋮⋮。
 しかし、数年ぶりに出会うエイケントは色々変わっていた。
 まずスノーに対抗できるレベルで魔術を使っていた。
 アルセドの時もそうだが、エイケントもなぜか魔術を使えるよう
になっていたのだ。
 これは﹃黒﹄が開発しようとしていた人工魔術師薬によるものだ。
 結局、アルセドはその薬物を多用し自滅したわけだが⋮⋮。
 さらに頬や首などに多数の傷と縫った後がある。
 まるで人体改造を受けた怪人のような風貌だ。
 オレが驚いていると、レグロッタリエが懐からガラス瓶を取り出
し投げつけてくる。
 地面へ落下しガラス瓶が割れると、中の液体が紫色の煙を上げて

3421
オレ達へと迫ってくる。
﹁2人とも煙に気を付けろ! 絶対に浴びたり、吸い込んだりする
なよ!﹂
﹁分かったよ!﹂
﹁了解しました、気を付けます﹂
 明らかにやばそうな煙を前に2人へ釘を刺す。
 スノー、リースはオレの言葉に反論せず、素直に従う。
 煙は運悪く風にのり、先程まで乗っていた馬車の角馬まで届いて
しまう。
 角馬達は泡を吹き倒れ事切れる。
 即死かよ⋮⋮
 あの煙がどれだけやばいものか一瞬で分かった。
 レグロッタリエには魔術師としての才能はない。
 代わりに薬学について光るものがあるとは聞いていたが、これほ
どとは⋮⋮
 下手な魔術師より厄介だぞ。
 煙を突っ切り彼らを追うのが最短距離だが、浴びないように大き
く迂回して都市ザーゴベルへ出入り口へと向かう。
﹁おっと、それ以上近づけば、周囲にさっきのをばらまくぞ?﹂
 彼らの足は速くもうすでに出入り口前まで到達してしまっていた。
 一般市民は逃げまどい、兵士達がレグロッタリエを取り押さえよ
うと集まってくるが、先程の煙を見て尻込みしている。

3422
 無理もない。
﹁俺様達は一度街に入ってから姿をくらませた後、適当に出て行く。
探そうとは思うな。もし俺様達の後を追うようなら︱︱ありったけ
の薬をこの街にぶちまける。街一つ潰せる量はあるから安心しろ﹂
 レグロッタリエは続ける。
﹁安心しろ。また近いうちに俺様達は会うことになる。その時は恨
みを晴らさせてもらうさ﹂
﹁恨みだと?﹂
 オレの問いかけに彼は意味深に笑う。
﹁ああ。恨み、復讐さ⋮⋮。まさかあの女の言うとおりオマエまで
この世界に居るとは思わなかったぞ。実際に目にして確かに納得し
たがな。もうすぐ、後少しであの金髪野郎と一緒にオマエも殺して
やるよ。俺様の人生を狂わせた罪を裁き、たっぷりと罰を与えてや
る﹂
 レグロッタリエをエイケントが抱きかかえ、一息で城壁頂上へ。
 そのまま市街へと入っていた。
 街を守る警備兵が慌ただしく動き出す。
 彼らはオレ達に対しても警戒して、近づいてくる。
 当然だ。
 恐らくこの後、何があったかの説明をしなけれならないだろう。
 クリス達との合流はかなり遅れそうだ。

3423
 しかし︱︱
︵最後の台詞、奴がまとう空気感⋮⋮まさかとは思うが田中がこの
異世界に居るぐらいだ。あいつがいたっておかしくはない。できす
ぎだとは思うが⋮⋮︶
 オレ達は銃器をおろし、兵士達に無抵抗をアピールしながら別の
ことを考えていた。
そうまりょういち
︵奴は⋮⋮レグロッタリエは、相馬亮一ではないのか?︶
 相馬亮一︱︱前世、イジメの主犯格で、オレを殺した男と再び異
世界で出会ってしまった。
3424
第286話 レグロッタリエと︱︱︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
5月28日、21時更新予定です!
今月発売のドラゴンマガジン7月号の付録で﹁OPPAIドラゴン
マガジン﹂という冊子がありまして、そこに軍オタも載っておりま
す︵ちなみに見開きの入浴シーンです︶!
硯様が描くスノー達の可愛らしく、ちょっとエッチなイラストが大
変素晴らしいです!
もし書店等で見かけたら是非、お手に取って頂ければ幸いです。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!

3425
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第287話 手がかり
 都市ザーゴベル出入り口での騒動。
 当事者として警備兵士に捕まり、話を聞かれた。
 本来なら一晩は別室にて隔離されるが、オレ達がハイエルフ王国
ピース・メーカー
エルノールの名誉貴族でPEACEMAKERトップ陣ということ
ですぐに解放された。
 オレ、スノー、リースは解放されてすぐにクリス達へと合流し、
状況を説明する。
 元﹃黒﹄の下部組織トップのレグロッタリエとオレをはめて奴隷
として売ったエイケントと偶然遭遇したこと。
 取り押さえようとしたが、逃げられてしまったことを全て聞かせ

3426
る。
 クリス達はすぐさま彼らを追うことを提案するが、却下した。
 今回の遭遇は本当に偶然で、オレ達を狙って彼らが接近して来た
わけではない。
 何よりこの街の住人全てが人質に取られているのだ。
 下手にちょっかいを出して全滅︱︱なんてことは避けたい。
 何よりランスの問題がある。
 レグロッタリエ達の行方も気になるが、まずはランスの方を片づ
けるのが肝要だろう。
 念のため周辺を警戒しつつ、その日はクリス達が取った宿ですぐ
に休んだ。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 翌朝、スノーの案内で皆一緒にスノーが師匠に初めて出会った場
所へと向かう。
 スノーを先頭にオレ、クリス、リース、ココノ、メイヤ、シアの
順番で街を行く。
 もちろん周辺警戒は怠らない。
 レグロッタリエ達が襲ってきても対処できるよう準備を整えてい

3427
る。
ギルド
 市場を抜け、冒険者斡旋組合前を通り過ぎ、一般住宅街を越える。
 途端に場所の雰囲気が悪くなる。
﹁⋮⋮なぁスノー、本当にこっちでいいのか?﹂
﹁うん、そうだよ。どうかしたの?﹂
﹁いや、だって⋮⋮なんだかこの辺、柄が悪くないか?﹂
 まだ昼前だというのに、今オレ達が居る場所は薄暗く、ジメジメ
としている。
 建物は汚れ、地面に寝そべる人々、異臭が鼻を突き、近くから悲
鳴と喧嘩音が響いてくる。酒精の陶器瓶がそこかしこに転がってい
る。
 スラム、裏街道、マフィア街︱︱大きな街ならどこにでもある裏
社会的貧民街だ。
 目的地はまだまだ先でまだ足を踏み入れたばかりだというのに、
オレ達の場違い感が凄い。
 カラスの群れに白い鳩が紛れ込んでいるレベルだ。
 一目でこんな場所に来る人物達ではないと100m先でも分かる。
 しかもスノーが師匠に出会った場所はこのさらに奥らしい。
 入り口の時点で﹃入ってくるな﹄﹃出て行け﹄﹃関わるな﹄と如
実に語っている。
 しかしさらに奥にあるというなら進まない訳にはいかない。
﹁⋮⋮シア、周辺の警戒もだが、ココノとメイヤのことも今以上に
気を付けてやってくれ﹂

3428
﹁了解いたしました、若様﹂
 オレ、スノー、クリス、リースなら並の相手が襲いかかってきて
も撃退は容易いが、ココノ&メイヤは非戦闘員である。
 もちろんオレ達も2人を守るつもりだが、護衛のプロであるシア
に念のため警戒を強めておくよう頼んでおいたのだ。
 気を取り直して奥へと進む。
 建物の影や干しっぱなしの洗濯物、蓋をするように広げられた布
などのせいで奥に進むに連れて本当に薄暗くなっていく。
 まるで生い茂った森の中を進んでいる気分だ。
 野生動物の代わりに、浮浪者や体育座りで膝を抱えぶつぶつと呟
いている人達が居る。
 さらに進むと売春宿っぽいのが目につく。
 ︱︱歩調が遅くなると、前後からなぜかプレッシャーがかけられ
る。
 オレは慌てて歩調を先程より速くして通り過ぎた。
 しばらく歩くと目的地へと辿り着く。
﹁ここが師匠と初めて出会った場所だよ!﹂
 彼女が紹介した場所は裏社会的貧民街では珍しく立派な屋敷だっ
た。
 高い塀に、門。
 建物も高く、清潔な水の匂いもしてくる。恐らくプール等の施設
があるのだろう。

3429
 ⋮⋮こういう建物は、前世地球のネットで見たことがある。
 ブラジルの貧民街にマフィアのボス邸があり、他建物とは違って
そこだけは別世界のように立派だった。
 周囲のボロ建物との落差に強烈な印象を受けた記憶がある。
 つまり、オレが何を言いたいかというと⋮⋮
﹁スノー、あのさ⋮⋮ここってもしかしなくても結構ヤバイ建物だ
ったりする?﹂
﹁やばいかどうか分からないけど、この辺を管理している事務所だ
って言ってたよ﹂
 あっ、やっぱり、一番来ちゃ行けない場所じゃん。
﹁す、スノー! こんな危ない場所に来るなら事前に教えておいて
くれ! てか、本当にこんな場所で師匠と会ったのか!?﹂
﹁うん、そうだよ。でも、どうしたのリュートくん、急に小声で話
したりして? それにクリスちゃんやリースちゃん、ココノちゃん
までどうして身を寄せ合って震えているの?﹂
 そりゃこの裏社会を取り仕切るマフィアのトップ事務所前に居る
と分かったら、クリス達が怖がるのも当然だ。
 もちろんマフィア以上に強い旦那様やアルトリウス達などと戦っ
てきたが、裏社会の人物はまた違った怖さがある。
 クリスやリースの戦闘能力なら後れを取ることはまず無いだろう
が、彼女達は女の子である。
 怖がるのは当然だ。

3430
 唯一、態度を変えないのはメイヤとシアぐらいだろう。
 この2人はある意味で規格外のため当然だが。
﹁と、とりあえず場所は分かったからここは一旦引くぞ! 相手に
気づかれる前にさっさとこの場を離れよう!﹂
﹁どうして? まだ師匠について何も聞いてないのに。とにかくま
ずはお話を聞こうよ。すみませーん!﹂
﹁す、スノー!?﹂
 彼女はオレが止めるより早く、奥の建物まで聞こえるように門を
強く叩く。
 慌てて彼女の手を掴み止めるがもう遅い。
﹁なんじゃ! こんな朝っぱらから!﹂
 門が開き、強面の男が顔を出す。
 いかにも裏側の人物だ。
 なのにスノーは気にせず、いつもの調子で話しかける。
﹁ボスさんに訊きたいことがあって来たんですけど、居ますか?﹂
﹁うちのボスがこんな時間に居るはずがないじゃろうが。ガキども
が。痛い目に遭う前にとっとといね!﹂
﹁それじゃ番頭さんいますか? あの人とも面識があるから名前を
言ってくれれば分かって︱︱﹂
﹁いねと言ってるじゃろうが! いい加減にせんと体に分からせる
ぞ!?﹂
 男が一歩前へ出る。
 シアが手にしているコッファーの握りを調整し始めたのが気配で

3431
理解する。
 ここでこいつを︱︱この組織を潰すのは容易い。
 しかし、市街戦なんてしたくないし、無用な恨みなど買いたくな
い。
 ここは素直に撤退するのが正解だろう。
﹁お、お嬢!? スノーお嬢じゃないですか!?﹂
 オレが謝罪して引き下がろうとすると、門の奥から強面だが計算
高そうな人種族男性が姿を現す。
 彼は慌てたようすでスノーへと駆け寄った。
﹁ごめんなさい、番頭さん。急に押しかけちゃって。ちょっとお聞
きしたいことがあって﹂
﹁いえいえ! お嬢を拒む門はうちにはありませんよ! むしろ仰
って頂ければお迎えに上がったのに﹂
 番頭と呼ばれた男性は、上司に会ったかのように丁寧にスノーへ
と頭を下げる。
 今までスノーの相手をしていた男性が、目を丸くして尋ねる。
﹁あ、兄貴、このガキ︱︱じゃなくてお嬢さんとはお知り合いで?﹂
﹁馬鹿野郎! この方はあのスノーお嬢さんだ! オマエだって話
ぐらいは聞いているだろうが! どうしてすぐに気がつかない!﹂
﹁銀髪の獣人種族⋮⋮まさかあの伝説の⋮⋮!?﹂
 最初にスノーの相手をしていた男性が突然、地面へはいつくばる。
﹁すみませんでした! あのスノーお嬢様とは知らず、失礼な口を

3432
きいてしまって! 本当に申し訳ありませんでした!﹂
﹁こいつが随分、舐めた態度とったようですね。落とし前に腕の1
本でもいっときますか?﹂
 番頭と呼ばれた男性が剣呑な雰囲気を漂わせる。
 はいつくばる男が﹃ヒィイイィイ﹄と悲鳴を小声で漏らし震え上
がった。
 スノーは相変わらずのマイペースで答える。
﹁気にしないでください。新人さんならわたしを知らないのも無理
ないですから。許してあげてください﹂
﹁スノーお嬢がそう仰るなら。おい、命拾いしたな。お嬢に感謝す
るんだな!﹂
 はいつくばった男は何度も頭をぺこぺこ下げてスノーにお礼を告
げる。
 なんだこの世界は⋮⋮。
 オレ達側は誰もついていけず、スノー達のやりとりをただ眺めて
いた。
﹁それでね、今日訪ねたのは他でもなくて、訊きたいことが会って
来たの﹂
﹁でしたら、立ち話もなんですのでどうぞ中へ。さぁ、奥の皆様も
是非!﹂
 番頭に促されるとスノーはさっさと奥へと入っていく。
 まるで通いなれた友人宅を移動するように進む。
﹁スノーお嬢さん、お疲れ様です!﹂

3433
﹃お疲れ様です!﹄
 途中、廊下の左右に他種多様な種族の強面な男達が並び、スノー
へと一斉に挨拶をする。
 スノーはなれた様子で軽く手を挙げ答えた。
 一方、連れであるオレ達はドン引きだ。
 クリス&ココノなど怖がってオレの腕に掴まっている状態だ。
 そしてオレ達は応接間へと辿り着く。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 なぜこれほどスノーが、都市ザーゴベルの裏社会マフィアに慕わ
れているかというと︱︱話は数年前に戻る。
 当時、まだスノーは魔術師学校へ通っている学生だった。
 休日、1人で都市ザーゴベルでショッピングを楽しんでいると、
スリに遭ってしまう。
 金銭なら諦めもつくが、盗まれたのは﹃S&W M10 2イン
カートリッジ
チ﹄リボルバーの弾薬。
 予備弾としてバラでポケットに入れていたのが災いした。
カートリッジ
 スノーは弾薬についた自身の匂いを辿り、貧民街へ。
 都市ザーゴベルの裏社会マフィア事務所へとたどり着く。

3434
カートリッジ
 そのまま彼女は事務所へ乗り込み、弾薬が回収されるまで男達を
ちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回りをした。
 そこに騒ぎをききつけ、偶然通りかかった﹃氷結の魔女﹄の目に
とまり弟子にならないかと勧誘されたらしい。
 そこで話が終われば簡単なのだが︱︱男達は﹃氷結の魔女﹄ごと
メンツのためスノー達を潰そうとした。
 しかし、逆に2人がかりで事務所ごと氷漬けにされてしまった。
 氷は事務所だけにはとどまらず、貧民街全体におよびかけたらし
い。
 男達は彼女達との実力差に気づきすぐにわびを入れた。
 裏社会では強い者に逆らっても一銭の得にならない。
 以後、彼女達には絶対に手を出さない、家業も金貸しなどまとも
なものしかやらないと約束し、許しを願った。
 スノー師匠はなぜかこの事務所を気に入り滞在。
 スノーの修行をつける場所にしたらしい。
 だからスノーも通いなれており、案内もなく応接間へと行けたわ
けか⋮⋮
 応接間ソファーに座り、マフィア組織のナンバー2である番頭と
スノーから話を聞き、状況を理解する。
﹁ちなみにボスは仕事で現在他都市にいらっしゃってて、申し訳あ

3435
りません﹂
﹁気にしないで、わたし達が突然押しかけてきたんだもの﹂
 スノーが手をあげ、番頭の謝罪に応えた後、こちらの本命につい
て尋ねた。
﹁それで師匠について何か知りませんか?﹂
﹁はい、実は約1年前に姐さんがうちを訪ねてきまして﹂
 スノーが﹃お嬢﹄で師匠が﹃姐さん﹄なんだ⋮⋮
﹁近くまで寄ったから顔を出しに来たと仰いまして。数日、こちら
に滞在した後、ふらりと出て行ってしまって﹂
﹁行き先は聞いてない?﹂
﹁すみません。詳しくは︱︱いや、そういえば⋮⋮﹃島に行くかも﹄
云々とか言ってましたね﹂
 ここでようやく有力な手がかりを得ることができた。
 どうやら都市ザーゴベルから﹃島﹄へ移動したようだ。
 もちろん一年前の情報で、途中で気が変わって別の場所へと行っ
たかもしれない。
 だが、今までに比べたら前進したと言っても問題はないだろう。
 オレ達はお礼を告げた後、事務所を後にする。
 あまり長居していたい場所ではないからだ。
 その帰り道、スノーと話をする。
﹁しかし、まさかスノーがああいう人達と知り合いだったとは⋮⋮﹂

3436
﹁別に顔は怖いけど話せばちゃんと分かってくれる人達だから、そ
んなに怖がらなくても大丈夫だよ﹂
 スノーの言う話云々とは︱︱話し合い︵魔術で叩きつぶす︶とい
う意味なんだろうな。
﹁でも。あんな場所で魔術の修行をしていたなんてな。確かに庭も
あるし場所から考えると広いと思うけど、魔術の修行をするほどの
スペースがあるとは思えないんだが。いったいあそこでどんな修行
をしたんだ?﹂
﹁えっとね、あそこでやったのは魔術の修行じゃなくて﹃恋する乙
女の恋が叶う1、2、3レッスン﹄を習ったんだよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂
﹁あっ!? 今の内緒だったんだ! もうリュートくんったら、誘
導尋問が上手いんだから!﹂
 スノーは腕を掴み引っ張ってくる。
 いや、どっちかというと自爆だった気がするのだが⋮⋮。
 とりあえず詳しい話を聞くと︱︱
 師匠は恋する乙女を応援するのが趣味らしい。
 スノーと出会い一目で恋する乙女だと見抜いたとか。
 そして、師匠の下で恋を叶えるためレッスンを受けたとか。
 恋人に刺激を与えるため、プライドを捨て自ら﹃食べて欲しいワ
ン﹄といったわんわんプレイも率先してやるべきとなどと教えを受
けたらしい。
 ︱︱考えてみれば昔、子供の頃、犬扱いすると怒っていたな。

3437
 どういう心境の変化だと思っていたら⋮⋮。
 魔術訓練に関してはやり方を口答で受けたら出来たらしい。
 これだから天才肌というやつは。
 本当に頭が痛くなる。
 しかし魔術師S級の人達って、どうして皆アレな感じなんだろう。
 スノーの師匠も、アルトリウスも、タイガも⋮⋮
 まぁ、とりあえずスノーの師匠に関する有力な情報は掴んだ。
 この情報を元に師匠を捜すとしよう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ところ変わって、妖人大陸、アルジオ領ホード。
 タイガがギギと一緒に、孤児院裏庭で魔術の基礎授業を生徒達に
教えていた。
 タイガは不意にくしゃみをしてしまう。
﹁くしゅん!﹂
﹁大丈夫か?﹂
﹁だ、大丈夫。急に鼻がむずむずしただけだし⋮⋮キャッ!﹂
﹁ふむ、確かに熱はないようだな﹂

3438
 ギギは無造作にタイガの額に手を当て熱を測り出す。
 彼女は慌てたようにギギから距離を取った。
﹁だ、大丈夫だって言ってるでしょ!﹂
﹁いや、しかし万が一風邪を引いていたら大変だろう。現に顔も赤
いようだし、もし少しでも気配があるなら無理をせず休んだ方がい
いのではないか?﹂
﹁あ、赤いのは風邪のせいじゃなくて⋮⋮あー! もー! とにか
く大丈夫だから気にしないで!﹂
 タイガが赤い顔のままぷりぷりと怒る。
 ギギは声を荒げる彼女に対してそれ以上つっこめず、大人しく引
き下がった。
﹁もし体調が少しでも悪くなったら言うんだぞ﹂と気遣いつつ、授
業を再開したのだった。
3439
第287話 手がかり︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
6月03日、21時更新予定です!
近くにカレーの食べ放題店が出来ました。
しかも、そこで某グルメ漫画で出ていたC○N世界一おいしい食べ
物ランキングで堂々1位の﹃マッサマンカレー﹄があるらしく近々
食べてこようと思います。
1人で⋮⋮。
あんまり辛いのは得意ではないのですが、どんな味なのか楽しみで
す!
1人でですが⋮⋮。
他にも珍しいカレーがあるらしいので、色々試してみたいと思いま

3440
す!
1人で家族、恋人、友達などのグループを眺めながら⋮⋮。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第288話 彼と彼女たちの関係
 時間は少しだけさかのぼる。
 妖人大陸、最大国家メルティア。
 その王宮で今宵は晩餐会が開かれていた。
 貴族子弟達のお披露目をかねたイベントである。
 広い室内は大量に設置された光魔石により真昼のように照らされ、
贅をこらした料理が並び、庶民の収入では手が届かない酒精が湯水
の如く消費されていく。

3441
 そこかしこで貴族同士挨拶を交わし、互いの娘や息子を紹介しあ
ったり、若者同士で集まり雑談を楽しんでいた。
 そんな中で一段と華やかな輪があった。
 メルティアの次期国王、人種族ランス・メルティアを囲む輪であ
る。
 彼の周りには年頃の女性貴族達が集まり、熱病にうなされる患者
のように頬を赤く染めてランスを褒め讃えていた。
﹁ランス様、今宵は一段と凛々しく、まるで物語に出てくる勇者様
のようですわ﹂
﹁ランス様は美しいだけではありませんのよ。ゴウドビィー地区の
件、お聞きしました。ランス様が考案し、指揮した治水工事のお陰
で、今年は一度も河は氾濫せず死者もでなかったとか﹂
﹁素晴らしいですわ。容姿だけではなく、頭脳までも明晰だなんて﹂
﹁あら、貴女、知らないの? 先月、隣国ザグソニーア帝国での軍
事訓練でランス様がご活躍したお話を。模擬試合で魔術師兵士10
人を相手にして、ランス様がお一人で相手に傷一つ負わされず勝利
したのよ﹂
﹁素晴らしいですわ! 頭脳や美しさだけではなく、魔術にも秀で
ているなんて。きっとランス様こそ現代に蘇った勇者様ですわね﹂
 女性達は恋︱︱というより憧れや崇拝に近い瞳でランスを見つめ、
さらに賛辞を送る。
 彼は微笑みを絶やさず謙遜した。
﹁治水工事は確かに僕が案を出しましたが、手足となって動いてく
れる部下や職人の人々が居たからこそです。模擬試合に関しては、
僕が王族ということもあり魔術師の皆さんに華を持たせてもらった

3442
だけすよ。そして何より、僕など今目の前にいらっしゃる皆様の美
しさに比べたら、たいしたことなどありません。むしろ皆様を独占
しているせいで、他の男性達に恨みを買わないか心底怯えています
よ﹂
 ランスはすらすらと世辞を並べると、女性陣は赤い頬をさらにリ
ンゴより赤く染め上げる。
 彼の言葉通り、貴族内部ではランスを快く思わない存在も居る。
 彼がこのまま王座につけば、自身の利益を損なう人物だったり、
想い人が彼にのめり込んでいたりなど︱︱理由は様々だ。
 その上で彼らはランスに直接、間接的に手を出そうとはしない。
 自分達がどれほど策を練ろうが周到に罠を用意しようが、全て看
破され逆に利用されてしまうのが関の山だからだ。
 過去、ランスを罠にはめようとして、逆に彼に手痛く反撃をくら
い没落した貴族もいるほどだ。
 彼はまるで﹃未来﹄が視えているかのようで、こちらの手の内を
全て読まれてしまう。
 故に対抗相手はおらず、弟や妹がいるにも関わらず、彼こそが大
国メルティアの次期国王だと皆が断言しているのだ。
 どのような手を使おうがランスを次期国王の座から外すのは不可
能なためだ。
 また、彼は数々の発明品やアイデアで国力を強化もした。
 簡単に例をあげれば﹃水車﹄﹃堆肥などによる農業革命﹄﹃治水
工事﹄﹃福祉﹄﹃医療改革﹄﹃公共事業による雇用の創出﹄etc
︱︱ランスの功績を挙げればきりがない。

3443
 そのため民達から信頼も厚い。
 若者に限って言えば現国王より、支持が高い。
 若い兵士達の間ではとくに顕著で、﹃ランスのためなら死ねる﹄
と豪語する人物も多数存在する。
 周囲のランス・メルティアの評価は眉目秀麗、文武両道、知勇兼
備︱︱さらにカリスマも備えた傑物である。
 ランスとの歓談を楽しんでいた貴族子女達の輪が割れる。
 その割れた輪に出来た道を、女性が1人彼に向かって歩み寄って
くる。
 ザグソニーア帝国、第一王女、ユミリア・ザグソニーアだ。
 彼女はランスの婚約者である。
 絹のように滑らかな銀髪。手足、腰などは掴んだら折れてしまい
そうなほど細い。胸は一般的に比べて大きく、その美貌も合わさっ
シルバーローズ
て周辺の有力男性達からは﹃銀薔薇﹄と呼ばれ羨望の的になってい
た。
 そのあまりの美しさに彼女に懸想する一部男性有力者達からラン
スを恨み、彼を王座から追い落とそうとした事件が起きたほどだ。
 もちろん、ランスがそんな彼らの罠を見抜き逆に利用して、二度
と立ち直れないほどたたきのめしたわけだが。
 妖人大陸、最大国家メルティア王国。
 国力はやや落ちるが2番手のザグソニーア帝国。
 ランス、ユミリア二人の婚約は、大国関係をより強固にするため
の政略結婚である。
 国同士が互いの子供達を嫁がせ同盟関係を強固にするのはよくあ

3444
る話である。
 ランスは婚約者を前に、右手を胸に、左手を後ろへと回し頭を下
げる。
﹁ようこそおいでくださいました、ユミリア様﹂
﹁こちらこそ、お招き頂きありがとうございます、ランス様﹂
 ユミリアも右手を胸に、左手でスカートを軽く持ち上げる正式な
挨拶を返す。
﹁ランス様にお会いできない日々は、世界から色が失われたように
精彩を欠き、とても単調な日々でした。しかし、こうして会えたお
陰でわたくしの世界に再び色を取り戻すことができましたわ﹂
﹁僕こそ、ユミリア様にお会いできない辛い日々は、仕事に没頭す
ることで誤魔化そうとしました。しかし、どうしても貴女様のこと
をつい考えてしまい胸を痛めておりました。こうして会い、言葉を
交わすことでようやく苦しみから解放された思いです﹂
﹁まぁ嬉しいです。ランス様がわたくしと同じ気持ちだったなんて﹂
 ユミリアはランスの言葉にうっとりと瞳をとろけさせる。
 二人の婚約はあくまで王国と帝国の同盟関係を強化するための政
略結婚でしかない。
 しかし、ユミリアは他の貴族子女達同様に、ランスの美貌や英知
にすっかり骨抜きにされていた。
シルバーローズ
 また周囲も﹃銀薔薇﹄とランスが見つめ合う姿が、絵になりすぎ
て割ってはいるどころか溜息を漏らすことしかできなかった。
 2人は先月の帝国でおこなわれた軍事演習見学以来、久しぶりの

3445
再会に周囲を気にせず話し込む。
 しかし、目立つ2人だけに、周囲からの視線が針山のように突き
刺さるため、どちらからともなく、煩わしい人目を避けるようにバ
ルコニーへと逃れる。
 ユミリアはようやく一息ついたとばかりに、ランスの胸へと体を
寄せた。
 彼も甘えてくる婚約者を笑顔で受け止める。
﹁本当にお久しぶりです、ランス様。ああ、できることならこうし
てずっとお側に居たいです﹂
﹁いずれ僕達が結婚すれば毎晩こうして抱きしめ合うことができま
す。現在は互いの立場上、そう簡単にお会いすることはできません
が。結婚するまでの辛抱ですよ、ユミリア様﹂
﹁意地悪な人。2人っきりの時は﹃ユミリア﹄とお呼びくださいと
お願いしたはずですのに⋮⋮﹂
﹁失礼しました。どうもまだ人目がある場所からの切り替えができ
ていなくて︱︱ユミリア。これでいいかな?﹂
﹁はい!﹂
シルバーローズ
 ユミリアと呼ばれた﹃銀薔薇﹄は、年相応の笑顔を浮かべる。
 彼女は笑顔を浮かべたまま、ランスへと問いかけた。
﹁そういえば、ランス様とお会いした時にお聞きしたいことがあり
まして﹂
﹁なんだい? あらたまって﹂
﹁小耳に挟んだのですが、なんでも最近、女性を1人お側に置いて
いるそうですが﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂

3446
 ランスは彼女の問いに笑顔を浮かべたまま、しばし沈黙する。
﹁とある事業で彼女の力がどうしても必要で、食客として招えてい
るだけだよ。ユミリアが疑うような関係じゃないさ﹂
﹁いえ、別に責めているのではありません。わたくしはランス様を
尊敬し、愛しています。妾の1人や2人、ランス様ほどの才覚であ
れば囲うのは当然だと思います。それに父様から﹃妾を侍らすのは
男性の不治の病だ﹄と聞いております。なのでお気になさらないで
ください。ただ継承権の問題がありますから、隠し子などの問題は
起きないようお願います﹂
 ランスは彼女の落ち着いた意見に微苦笑を浮かべるしかなかった。
 ユミリアの指摘通り、計画は最終段階にさしかかっているため、
今までとは違いララを側に置いている。
 自身の側に置けば彼女にも食事が必要になり、衣類の洗濯、着替
え、風呂などの問題も出てくる。
 到底、忙しい彼一人で賄える問題ではないし、逆に周りの関与が
何もないようにするのも怪しすぎる。
 大国の次期王子が夜な夜な地下や誰も近づけさせない部屋に食事
や着替え、必要品を運ぶのだ。どう考えても怪しい。
 まさか食事などを運ぶたびに、口封じで使用人を殺害するわけに
もいかない。
 離れた場所などに囲うなら話は別だが、自身の側で人を隠そうと
した場合、上位者ほど意外と難しいのだ。
 そんな彼の視界に人影が映る。

3447
 いつも友好的な笑みを絶やさず、誰にでも平等に接しようとする
ランスの表情に微かなヒビが入る。
 小さなヒビだが、普段完璧な彼だけあり大きな違和感として気づ
かれてしまう。
﹁ランス様、どうかなさいました?﹂
﹁いえ、なんでもないよ。ユミリア、そろそろ中へ戻ろう。あまり
長い間、夜風を浴びるのは体によくない﹂
﹁はい、では一緒に戻りましょう﹂
﹁ごめん、この後、知人と話をする約束をしてて、少々席を外させ
てもらうよ。だから、また後ですぐに会おう﹂
 ランスは反論を許さず、すぐにユミリアを晩餐会が続く部屋へと
エスコートする。
 彼女を部屋へ届けると、彼は晩餐会を抜け出し、バルコニーから
見えた人影を追い中庭へと出る。
 晩餐会会場から漏れる光で出来た影の前にランスが辿り着く。
 その影から一人の女性が姿を現す。
 元ハイエルフ王国、エノールの第1王女、ララ・エノール・メメ
アである。
 現在はフードを深く被り、耳や顔を変えるペンダントをつけてい
るためランスと本人以外、彼女がララだと分かる人物はいない。
﹁⋮⋮ここには顔を出すなと言いつけていたはずだが?﹂
ピース・メーカー
﹁申し訳ありません。ですが、PEACEMAKERに動きがあり
ましたので、すぐにご報告した方がいいと思いまして﹂

3448
 半分本心で、半分嘘である。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERに動きがあったのは事実だが、﹃千里眼﹄
でランスとユミリアの会話している姿を確認しているうちに我慢で
きずに出てきてしまったのだ。
﹁私の妹ルナが、何か新しい兵器を開発したようです。恐らく対ラ
ンス様用の兵器かと思います﹂
﹁ふむ⋮⋮それはどんな兵器か分かるか?﹂
﹁申し訳ありません。開発をおこなっていたのは地下でこの距離か
らでは﹃千里眼﹄でも確認はできず⋮⋮﹂
﹁なるほど分かった。詳しい話は後で聞かせてもらおう。報告ご苦
労﹂
﹁ランス様﹂
 2人が会話をしていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
 先程別れたはずのユミリアが、メイドを一人伴い彼の後を追い中
庭へとおりて来たのだ。
 ランスを間に挟みララ、ユミリアの視線が交差する。
 ユミリアはまるでララがいないかのように振る舞った。
お義父様
﹁ランス様、メルティア現国王がお呼びですわ。話があるそうで探
していらっしゃいましたわよ﹂
﹁わざわざありがとうございます。そのような些事、使用人達にや
らせればよかったのですのに﹂
﹁些事などではありませんわ。わたくしにとってランス様と関われ
ることは全て宝石より価値ある出来事ですから﹂
﹁ははは、僕は随分愛されているのですね﹂

3449
お義父
﹁はい、心から尊敬し、愛していますわ。それではメルティア現国

王をお待たせするのは心苦しいので、もう行きましょう﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
 ユミリアの言葉でランスがララから離れ、彼女の元へと向かう。
 ユミリアはこれ見よがしに彼の腕に自身の手を絡めた。
 その際、顔だけをララへと向け、鼻で息を漏らす。
 ランスに声をかければこうして自分の言葉に従い、寄り添ってく
れる。
 女性としてある種、最高の優越感をララへと見せつけたのだ。
 ララは無意識のうちに手のひらを痛いほど握りしめ、奥歯を悔し
げに鳴らしてしまう。
 ララとてハイエルフ王国、エノールの元第1王女だ。
 地位や美貌はユミリアに負けているとは思わない。
 胸は完敗だが、種族的寿命のお陰でユミリアよりずっと長い間、
若い姿で居られる。これは胸のハンデを埋める好材料になるはずで
ある。
 だが、現在、最終計画の遂行中である。
 まさかここで自分が行方不明中の﹃ハイエルフ王国、エノールの
元第1王女﹄だと明かすわけにはいかない。
 政治、計画的にも致命的問題が生じてしまう。
﹁君、ユミリア様は僕がエスコートする。君は彼女を部屋までお連
れするように、そして僕が戻るまで誰も出入りさせないようにして

3450
くれ﹂
﹁かしこまりました﹂
 ユミリアが伴っていたメイドへ、ララを部屋まで連れて行くよう
指示を出す。
 晩餐会が終わるまで部屋から出ないよう処置をすることも忘れな
い。
 そしてランスは指示を出し終えると、一度も振り返ることなくユ
ミリアを伴い晩餐会会場へと戻っていった。
 その背中をララは会場から漏れる光でできた影に包まれながら、
見送ることしかできなかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 いつまでもこの場に止まることも、ましてや晩餐会会場へ乗り込
む訳にもいかない。
 またランスから指示を受けたメイドが、部屋へ戻るよう促してく
るため、ララは渋々晩餐会会場に背を向け歩き出す。
 その後ろをメイドが付き従った。
 部屋へ戻る廊下を歩く間ずっと、ララは自身の親指の爪を噛む。
 ガジガジと︱︱
﹁あの女、ランス様に⋮⋮調子にのって⋮⋮いっそ⋮⋮を殺して⋮

3451
⋮﹂
 爪を噛みながらブツブツと独り言を呟き続ける。
 あまりに爪を噛みすぎて血がにじむ。
 それでも構わず噛み続ける。
 部屋の前に辿り着くと、メイドが扉を開く。
 ララは反抗することもなく、すんなりと中へと入っていった。
 扉を閉めた後、メイドは扉の前に立ち、誰も出入りできないよう
監視する。
 約2時間後︱︱晩餐会場衣服姿のまま、ランスがララの部屋へと
訪ねる。
 挨拶もせずメイドへと詰問した。
﹁彼女は部屋に居るかい?﹂
﹁はい、いらっしゃいます。また誰も部屋を訪ねた方はいらっしゃ
いません﹂
﹁そうか。ご苦労様。後、部屋にお茶を運んできてくれ﹂
﹁かしこまりました﹂
 メイドは指示通り、扉の前から離れるとお茶の準備へと取り掛か
る。
 ランスはノックしてから、部屋へと入った。
﹁ごめん、遅くなった。待たせたかい?﹂
﹁いえ! 全然、待っていません。それに先程は突然押しかけてし
まい申し訳ありません。ランス様のご迷惑を考えずに﹂
﹁気にする必要はないさ。確かに緊急の話だったわけだし﹂

3452
 ララはランスのフォローされると、顔を赤く染めうっとりと彼を
眺める。
﹁それにしても政略結婚っていうのは面倒だな。無碍に扱い機嫌を
損ねて同盟関係にヒビを入れるわけにもいかないし。周囲の目もあ
るから常に仲睦まじく演技しなければならないし。本当に面倒だよ﹂
﹁⋮⋮ですが、ランス様の最終目的のため避けては通れない道。後
もう少しだけ我慢してください﹂
 ララはにやけそうになる口元を何とか抑え、ランスの愚痴を諫め
る。
 あくまでランスがユミリアの相手をするのはメルティアの次期国
王という仮面があるからだ。2人の計画は最終段階に突入している。
 本来なら、もうユミリアの相手やメルティアなどどうでもいい事
柄だ。しかし、ここまで来て投げだし下手な影響が出て、最終計画
に響いても面倒だ。
 だから、田中孝治はランス・メルティアという仮面を最後まで被
り続けているのである。
 地球へと戻り親、兄、教師、生徒達、社会、世界構造全て︱︱世
界そのものに、復讐を遂げるために。そのためなら完璧な王子とし
て演技をして、帝国の王女と政略結婚をしてダンスも踊ろう。
﹁そうだな。後は彼女を帝国へ送り届ければ、ようやくまとまった
時間が取れる。その間にケリをつけるとしよう﹂
﹁⋮⋮はい。ランス様﹂
﹁ところで、その指はどうしたんだい?﹂
 彼はララの親指から血がにじんでいることに気がつき質問する。

3453
 彼女は慌てて指を隠すがもう遅い。
﹁こ、これは、その⋮⋮戻る途中、ぶつけて切ってしまったようで﹂
 まさか苛立ちから血が滲むまで自身で噛んだとはいえない。
﹁そりゃ大変だ、すぐに治療しないと︱︱手に灯れ癒しの光よ、治
ヒール
癒なる灯﹂
﹁ランス様⋮⋮﹂
 ランスはすぐさまララの指を治癒する。
 そんな彼をララはうっとりした表情で眺めた。
 指の治療が終わると、ランスはその手を握りしめララと見つめ合
う。
﹁もうすぐ時間がとれてあの場所へ行ける﹂
﹁はい、手はずは全て整っています﹂
﹁なら後はしっかり皆が踊ってくれるよう上手く調整するだけだな。
最後まで堀田くん達を手のひらで踊らせよう﹂
﹁はい、ランス様﹂
 メイドがお茶を入れて戻ってくるまで、2人は手を握り見つめ合
い続けた。
3454
第288話 彼と彼女たちの関係︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
6月06日、21時更新予定です!
ランスくんが色々フラグを立てています。いや、もう、本当どうな
るんだろうこの後⋮⋮
後、カレーの食べ放題に行ってきました!
食べ放題でしたが、すぐにお腹いっぱいになってあんまり食べられ
ませんでした。
若い頃はもっと行けたのに⋮⋮まぁあんまり無理してお腹いたくし
てもしかたないですよね!

3455
え? もちろん一人で行きましたが? 何か問題でもありますかな
? かな?︵瞳から光を消しながら︶
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第289話 対ランス銃器
 都市ザーゴベルでスノーと師匠が出会ったという場所︱︱裏社会
を取り仕切る事務所を後にしたオレ達は、そのまま宿へと向かった。
 スノーの意外な交友関係に驚かされたのもそうだが、レグロッタ
リエ&エイケントの問題などもあったため非常に疲れてしまったの
だ。
 オレは食事を取るとさっさと寝てしまった。
 さらに翌日から3日ほど都市ザーゴベルに残り、スノーの師匠や
レグロッタリエの情報収集をおこなった。
 しかし、予想はしていたが、どちらもまったく情報は入ってはこ
なった。

3456
 唯一スノーの師匠に辿り着く有力な手がかりは、裏社会事務所で
仕入れた﹃島に行くかも﹄というもののみだ。
 手がかり0よりはマシだが、これではどうしようもない。
 さてこれからどうしようかと悩んでいると、ラヤラがオレ達を追
いかけて来たのだ。
 街でオレ達のことを聞き込んだらしく、夕方頃に宿屋へと顔を出
した。
 彼女自身は詳しい情報を聞いてはいないが、ミューアからの手紙
を預かってきたらしい。
 早速、開封して内容を確認する。
 手紙にはルナに頼んでいた武器の開発にほぼ成功したことと、ラ
ンスに動き有りという2つの情報が書かれてあった。
﹁どうやらスノーの師匠を味方に付ける時間はなさそうだな﹂
 レグロッタリエも気にはなるが、今はランスを止めることが先決
だ。
 彼を放置すれば数万人の犠牲者が出てしまう。
 オレ達はすぐさま宿を引き払い、新型飛行船ノアで獣人大陸にあ
ピース・メーカー
るPEACEMAKER本部へと舞い戻る。
 スノー達は旅の疲れもあるだろうから、休憩を指示。
 オレは自身の執務室でミューアを相手に現在の状況を聞く。
 彼女は有能な秘書のように、現状分かっているだけの情報を懇切
丁寧に説明してくれた。

3457
 ミューアの情報網のお陰でランスが目指している目的地、彼らの
不和の具体的内容をしることができた。
 ランスの目的地は妖人大陸最北端。
 妖人大陸を支配した魔王が封印されているという場所だ。
﹁︱︱なるほどランスとララの間に亀裂があるかもしれないのか﹂
﹁亀裂というか、よくある恋愛問題だと思われますが﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁どうかなさいましたか?﹂
﹁いや、さっきの話は本当なのかと思ってさ﹂
 ミューアが仕入れた情報の一つ︱︱ザグソニーア帝国第一王女、
ユミリア・ザグソニーアとリースの姉ララ・エノール・メメアが、
ランスを巡って対立している。
 そのせいでララはランスに偏った愛情を向けている可能性がある
というものだ。
 つまり、強固な関係を築いていると思っていた二人の間はこちら
が想像していたより危ういのかもしれない、という報告だ。しかし、
オレは一通り話を聞いてなんだが腑に落ちない、微かな違和感に襲
われてしまった。
 オレの言葉に、ミューアは不機嫌な態度も取らず上がってきた情
報精度の高さを強調した。
﹁はい、ほぼ間違いない信頼度の高い情報です。なぜならララさん
の案内などを担当したメイドからの情報ですから﹂
﹁⋮⋮考えてみたら、大国メルティアのメイドとはいえ内部の人間

3458
をよく抱え込めたよな﹂
﹁色々、ツテがありまして﹂
 ミューアは微笑みを浮かべたまま答える。
 大国のメイドを抱き込むなどツテでどうにかなるレベルを超えて
いる気がするのだが⋮⋮。
 ミューアに関しては下手なことを言わないのが得策だろう。
 オレは咳払いをして、先程感じた疑問点を口にする。
﹁ランスの目的地も分かった。ララとの仲もつけいる隙があるかも
しれない。全部、オレ達にとって有利な情報だ。けど、それってあ
からさま過ぎないか?﹂
﹁⋮⋮作為的なものを感じるということですね﹂
﹁少々、神経質過ぎるとは思うけどな﹂
 まるで材料や器具、場所まで全て用意されて﹃はい、遠慮なく料
理してください﹄と促されている気がするのだ。
﹁いえ、そういう感触は意外と馬鹿にできませんわ。確かにリュー
トさんの仰る通り、情報をわざと掴まされた可能性はありますね﹂
﹁仮にそうだとして⋮⋮何故そんなことをするか、だが﹂
﹁いくつか推測は立てられます。我々を罠にはめるため。もしくは
我々の注意を自分達に引きつけている間に、他で本命を動かす。ま
たアルトリウスのように、注意を引きつけている間にリュートさん
の大切な人達を押さえるなどですね﹂
 ランスには転移魔術がある。
 オレの親しい人を人質として押さえるには打って付けの能力だ。
 今までそうした動きがないことから、その可能性は低いと思うが
⋮⋮

3459
﹁妖人大陸がブラフで、オレ達を引きつけて転移で本命へ移動︱︱
っていう可能性はあるかもしれないな﹂
﹁確かに一番ありえそうですね﹂
 だがその可能性を疑い二人の後を追わない︱︱なんてマネはでき
ない。
 実は﹃他の場所が本命と思わせること自体が罠﹄だってありえる。
 第一、ミューアの情報を疑う理由が勘の域を出ていない。もしか
したらオレ自身、考えすぎているだけかもしれないのだから。
ピース・メ
﹁⋮⋮でも念のため準備だけはしておこう。元々、PEACEMA
ーカー
KER全員で行くつもりはなかったし﹂
 全員で行ってもランスの転移やララの千里眼に翻弄されるだけだ。
 いつものメンバーで望むのがベストだろう。
﹁ミューア、申し訳ないがこの後すぐ飛行船の手配をしておいてく
れ。もしオレ達を引きつける罠だった場合、すぐに動けるように。
その際、倒すのが目的ではなくランス達の居場所特定、妨害がメイ
ンだ﹂
﹁了解しましたわ。ではこの後、すぐに﹂
 ミューアは一礼して、部屋を出るとそのまま飛行船の手配へと向
かう。
 今から押さえるのはなかなか難しいだろうが、ミューアなら上手
くやってくれるだろう。
﹁⋮⋮さて、この選択が吉と出るか凶と出るか⋮⋮﹂

3460
 オレは執務室の椅子に体重を預けて軽く息を吐き出した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ミューアとの話し合いを終えたオレが次に向かったのは、急遽作
った﹃地下兵器研究・開発部門﹄だ。
 そこでルナに任せていた銃器が完成したという一報を受けて確認
しに向かう。
﹃地下兵器研究・開発部門﹄なんて名前は大層だが、地下倉庫を片
づけてスペースを作っただけだ。
 なぜ地下かというと、少しでもララの﹃予知夢﹄や﹃千里眼﹄か
ら隠蔽するための苦肉の策である。
 どこまで彼女に有効かは分からないが⋮⋮。
 階段を下りて扉を開くと、そこにルナが待っていた。
﹁お帰りリューとん。結局、スノーちゃんの師匠は見つからなかっ
たんだって?﹂
﹁もう知っていたのか? 情報が早いな﹂
﹁さっきクリスちゃん達と会って話してたから、残念だけどこれば
っかりはしょうがないよね。とりあえず、リューとんに依頼されて
いた銃器の試作品が出来たから確認してもらえる?﹂
 そして彼女は目の前のシーツを取り外す。
アンチ・マテリアル・ライフル
 シーツの下からは︱︱バレットM82。俗に言う対物狙撃銃が姿

3461
を現す。
 第一次世界大戦から第二次世界大戦初期にかけて、12.7mm
や14.5mmの対戦車ライフルが製造された。しかし、戦車の装
甲技術向上により意味をなさなくなった。
 しかし第二次大戦後、対戦車ではなく対車両や敵が所有するレー
ダー等の精密機器・地雷等を破壊する目的等でアメリカ軍が使用す
るようになる。
 また狙撃銃だけあり、1.6km以上先の目標を狙撃し、無力化
する目的にも使用される。
 ちなみに、﹃50口径︵12.7mm︶の対人使用は国際条約で
禁じられている︵故に対物と名付けられている︶﹄という有名な話
がある。しかし50口径︵12.7mm︶が人体に与えるダメージ
が大きすぎて、人に使うのは残酷であるから︱︱と言われているが、
﹃国際条約で禁じられている﹄というのは間違いである。
 ﹃国際条約﹄であるハーグ陸戦条約の23条5項で﹃不必要な苦
痛を与える兵器、投射物、その他の物質を使用禁止﹄とあるが、5
0口径︵12.7mm︶が﹃不必要な苦痛を与える兵器﹄として禁
止された過去はない。
 また50口径︵12.7mm︶の対人使用を禁止している国もな
いのだ。
 つまり、バレットM82は﹃対物﹄と称されてはいるが、人に向
けても問題ないと言える。
 実際、アメリカの警察の特殊部隊SWAT︵Special W

3462
eapon And Tactics、つまり特殊火器戦術隊︶で
アンチ・マテリアル・ライフル
は対テロなどを理由に対物狙撃銃が購入され、配備が進められてい
るのだ。
 第一、戦争では50口径︵12.7mm︶より大きな口径の大砲
で敵兵を撃っている。50口径︵12.7mm︶だけを禁止する理
由はない。
 話をバレットM82に戻す。
 バレットM82のスペックは以下の通りになる。
 口径  :12.7mm︵12.7×99mm NATO弾︶
 全長  :144.8cm
 バレル長:737mm
 重量  :12.9kg
 装弾数 :10発
 50口径︵12.7mm︶という7.62の約5倍も重く、薬莢
カートリッジ
の長さは10cmもある怪物弾薬である。
 故に反動を軽減するために、工夫がされている。
マズル・ブレーキ
 一番分かりやすいのは、特徴的な銃口制退機だろう。
マズル・ブレーキ
 銃口制退機を上から見ると扇状になっているのが特徴だ。
 左右に穴が開いており、50口径︵12.7mm︶発砲の際に生
じる強烈な発射ガスをななめ後方に拡散させることにより、後方に
かかる反動を軽減しているのだ。
アンチ・マテリアル・ライフ
 元々、対物狙撃銃の開発は前からおこなっていた。
 しかしアルトリウス問題などがあったため、一時中断していたが、
今回のランスとの対決のために開発を再開したのだ。

3463
 その開発を任せたルナが不安そうに告げてくる。
﹁でも、そのランスって人にはSVDの弾丸を回避されちゃったん
でしょ。なのに威力が上がったからって同じスナイパーライフルで
戦いを挑んでも大丈夫なの? 前回の件をクリスちゃんも引きずっ
ているようだし⋮⋮﹂
 確かに威力が上がったとはいえ、同じように狙撃をしてもランス
&ララコンビに通用する可能性は低い。
 クリスがランス狙撃をあっさりと回避され、SVDを奪われたこ
とを引きずっていることも知っている。だからこそ彼女を立ち直ら
せるためにも、ランス達の裏をかくためにもバレットM82が必要
なのである。
﹁大丈夫、その辺はちゃんと考えてあるよ。むしろ前回の借りを倍
にして返してやるつもりさ。だから期待しててくれ﹂
﹁⋮⋮リューとんがそこまで言うなら信じるよ﹂
 ルナはオレの言葉を信じて表情の明るさを取り戻す。
 そしてオレはルナが製作したバレットM82の具合を確かめるた
めに手を伸ばした。
3464
第289話 対ランス銃器︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
6月09日、21時更新予定です!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶

3465
第290話 別行動
 ランスは自室で溜息混じりでララの手を借り、公務用の衣服へと
着替える。
﹁まったく、どうしてこう王族や貴族というのは建前やメンツを重
要視するのかね。僕から言わせれば非効率も甚だしいよ。まったく﹂
 本来ならメイド達の手を借りるが、今回はララに手伝ってもらっ
ていた。
 彼はこの後、朝から約1週間かけて妖人大陸第二の国力を誇るザ
グソニーア帝国第一王女、ユミリア・ザグソニーアと一緒に周辺地
区を回らなければならない。
 そのためララとの会話はこの着替えの時間しかとれないのだ。

3466
 まさか公務で婚約者と一緒に愛妾︵と勘違いされている︶を連れ
て回るわけにはいかない。
 ましてララは行方不明になっているハイエルフ王国、エノールの
第一王女。
 もし彼女がランスの愛妾扱いされていることが知られたら、問題
になるのは確実だ。
 そのことを理解しているララは、ネックレスで容姿を替え、人目
がある場合は外套を頭からすっぽりと被っている徹底ぶりだ。
 だが、今回はランスの私室で人目もないため、外套はとっている。
﹁元王族としては耳が痛いですね﹂
 ララは幸せそうな微笑みを浮かべながら、ランスの愚痴に付き合
う。
 彼は彼女の台詞に反応して慌てて否定した。
﹁ララを非難しているわけじゃないよ。僕はあくまでうちのメルテ
ィア王国のやり方について疑問を提示しているだけだから﹂
﹁もちろん、分かっていますよ﹂
 今のララにはリースや敵対者に向ける鋭い気配はない。
 まるで童女のような朗らかな空気をまとっていた。
 ランスはララの言葉に息を漏らすと、愚痴を再開する。
﹁ならいいけど。しかしわざわざユミリア王女を帝国に送るついで
に、メルティア王国城下をパレード形式で通り、そのまま一緒に僕
が領内でした事業の視察を彼女とおこなうなんて。もちろん狙いは
分かるよ。一緒にパレード形式で通ることでメルティア国民に僕と

3467
ユミリア王女の仲を強調。それを通して王国と帝国の仲が強固だと
いうことをアピールする、という狙いだって。視察もその一環だと﹂
 ランスはさらに深い溜息を漏らす。
﹁しかしあまりに面倒で不毛だ。転移を使えば一瞬で行き来出来る
距離をわざわざ馬車でいかないといけないし、パレードで見せ物に
されるなんて⋮⋮。だいたい両国の関係が強固だと主張するならも
っと効率的な方法があるだろう。どうしてわざわざこんな面倒な手
間をかけるのかね。予算と人員、時間の無駄だと思わないかい?﹂
﹁確かにランス様の仰るとおりですが、そうやって資金や人材を使
用することで市場は回り、モチベーションのアップもはかれます。
さらにランス様は民衆達の人気がありますから、機会があれば表に
出したいのですよ。そうすることでより人気を得て、体制を盤石に
出来ますからね。使えるのもは使っておかないと、ということでし
ょう﹂
﹁まったく次期国王とかもてはやされているけど、体の良い人気取
り道具か﹂
 ランスは冗談っぽくオーバーリアクション気味に肩をすくめる。
 だが、すぐに瞳を鋭く尖らせた。
﹁だがこの公務が終われば時間が取れる。そうすればよいよ妖人大
陸最北端へと行けるわけか。エサは十分撒けているか?﹂
﹁はい、問題ありません。全て計画通りに進行しております﹂
﹁堀田くんも多々策を練ってくるだろうが、ララの﹃予知夢﹄や﹃
千里眼﹄の前じゃ丸裸同然。彼のやろうとしている行動、策、全て
が見通せる。こちらはそれを利用してやればいい。まったく楽な作
業だよ。ララの精霊の加護は本当に便利だな﹂
﹁⋮⋮はい、ありがとうございます﹂

3468
 ララは褒められたが、すぐに反応を返さず一瞬の間を作ってしま
う。
 ランスは気づかず話を続けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ララはランスを公務へ見送りだした後、一人あてがわれている私
室へと向かう︱︱と見せかけ外出するための通路へと足を向ける。
 その彼女の足を止める存在が立ちはだかっていた。
﹁あら、偶然ですね愛妾さん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 ザグソニーア帝国第一王女、ユミリア・ザグソニーアがメイドを
背後に従え立っていたのだ。
 ララの私室は隠蔽上、隔離された部屋をあてがわれている。
 そのため意図的に待っていなければ、今回のように会うことなど
ありえないのだ。
﹁ランス様とお会いしていたようですが、もしかしてわたくし達の
公務のため準備をお手伝いしてくれていたのですか? ご苦労様で
す﹂
 ユミリアは朗らかな笑みを浮かべて話しかける。

3469
﹁来年の今頃にはわたくしとランス様は結婚し、正式な夫婦になっ
ています。そうなればわたくしもメルティアへ移り、ランス様を妻
としてお支えすることになります。その時は愛妾さんも一緒にラン
ス様を仲良く陰ながら支えましょうね﹂
 言葉は前向きで、ララを認めて一緒にランスを支えようと告げて
いる。
 しかし、言外に自分があくまで正妻。ララは妾なのだから立場を
わきまえるようにという意図が込められていた。
 妾の分際で正妻である自分を差し置いてランスに取り入ろうとす
るな、と。
 ランスは大国メルティアの次期国王。
 そして、妻となるユミリアは帝国の第一王女。
 血統、地位、美貌、年齢、国力︱︱全てに置いてこれほど理想的
な結婚相手はいない。
 端からララはお呼びではない。少しでも自分達の間に入り込める
とでも思っているのか︱︱と、ユミリアの背後に居るメイド達がく
すくすと笑い告げてくる。
 もちろんララ自身、彼女が何を言わんとしているのか理解してい
る。
 その上で愚者を前にしたように溜息を漏らした。
 その吐息はとても小さなものだったが、ユミリア達の耳には確か
に聞こえた。
 彼女達の友好的な態度が、一瞬で不快感を表すように眉根を顰め
る。

3470
 背後に控えるメイド達が、不快感を露わにララを口撃する。
﹁なんですか、その態度は。ユミリア様の前ですよ﹂
﹁まったくこれだから出自も分からぬ卑しい者は⋮⋮﹂
﹁いくら貴女がランス様の愛妾でも、ユミリア様が一声かければ即
座に捨てられるのですよ。ユミリア様と貴女、どちらがランス様に
愛されているのかも分からないのですか?﹂
﹁黙りなさい、小鳥ども⋮⋮ッ﹂
 ララが告げる。
 大声を出したわけでもないのに、一瞬でユミリアとメイド達は喉
を掴まれたように黙り込む。
 彼女達は無意識に半歩だけ後ずさっていた。
﹁貴様達にランス様の何が分かるの。彼を真に理解しているのは私
だけ。オマエ達はただの歯車にもなれない捨て駒。捨て駒なら捨て
駒らしく、黙って口を噤んでにこにこ笑っていなさい﹂
 帝国の第一王女に対して聞く口ではないが、誰もララへ反論する
ことができなかった。
 彼女達はまるで喉元を剣で撫でられているような寒気を覚える。
 ララが再び歩き始める。
﹁ひぃッ⋮⋮!﹂
 ユミリアとメイド達は壁際へと後ずさり、ララのために道をあけ
る。
 王族としてのプライドより、生物としての本能が勝った結果だ。

3471
 ララはそれ以上何も告げず、一瞥も向けずただ目的のために動き
出す。
 最初からユミリア達などと目に入っていなかったという態度で︱︱
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ララはユミリア達と分かれた後、一人メルティアの城下街へと出
ていた。
 彼女が向かうのはスラムに近い裏側。
 娼館や妖しげな薬屋、違法品でも買い取る道具屋など妖しい店が
並んでいる。
 まだ昼間ということもあり人通りはほとんど無い。
 もうすぐ表の大通りでランスとユミリアのパレードが行われるた
めという理由もあるが。
 彼女は外套を頭からすっぽりと被ったまま、さらに奥へと進む。
 進んだ先。
 スラムにほぼ入りかけているぼろい宿。そこが彼女の目的地だ。
 ララは中に入る。
 一階は酒場としても利用され、昼間から飲んでいる客も居る。
 ララはすでに千里眼で彼らの位置を把握していたため、迷わず昼
間から飲んでいる客の一つ。テーブルへと腰を下ろす。

3472
﹁随分と早かったな。もう少し時間がかかると思っていたんだが﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 入れ墨の男、人種族、レグロッタリエ。
 そして同席する人種族の男、エイケントが酒場で昼間からだらだ
らと酒を飲んでいた。
﹁無駄口はいいわ。もうすぐランス様が妖人大陸最北端へと出発す
る。貴方達の準備はいい?﹂
﹁もちろん今すぐ出発できるほど完璧さ。なぁエイケント﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 レグロッタリエに話を振られたエイケントだが、反応せずただ黙
って腕を組み続けている。
﹁ところでちゃんとあの金髪野郎には気づかれていないんだろうな
?﹂
﹁ええ、大丈夫。細心の注意を払っているから﹂
﹁はぁっ! だとしたらとんだ間抜けだな! これだから高いとこ
ろを見ている奴は。自分の足下がどうなっているのかも理解してな
いか︱︱﹂
 レグロッタリエの台詞が途中で止まる。
 先程のユミリアへの殺気など生ぬるい殺意の視線に最後まで話す
ことができなかったのだ。
﹁ランス様をおとしめる発言は許さないわ﹂
﹁すまん、失言だ。悪かったって。だから、そう怖い顔で睨むなよ﹂

3473
 レグロッタリエは両手を上げ降参とアピールする。
 その態度にララは殺意を霧散させた。
﹁俺様達はあくまでギブアンドテイクの仲だ。ビジネス相手を怒ら
せる趣味はないよ﹂
﹁分かったらいいの。今後は気を付けて﹂
﹁へいへい﹂
 レグロッタリエは酒精を飲み干すと、席を立つ。
 エイケントも後に続いた。
﹁それじゃ俺様達は予定通り動く。そっちもしくじるなよ﹂
﹁分かっているわ。そっちこそ失敗しないでね﹂
 ララの釘刺しにレグロッタリエは鼻で笑って奥へと消える。
 荷物を取りに行ったのだろう。
 ララは最後まで彼らを見送らず宿屋件酒屋を後にする。
 こうしてランスも知らない話し合いが終わり、それぞれが動き出
した。
3474
第290話 別行動︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
6月12日、21時更新予定です!
今月6月9日に発売の月刊ドラゴンエイジ&エイジプレミアムに、
軍オタコミカライズが掲載されます!
自分は一足先に献本で読ませて頂きました。
止田先生により漫画版として描かれた軍オタは、テンポがよく、絵
に迫力があり、説明箇所部分も上手く処理されていてとても読みや
すかったです。特に注目する点は最初のリザードマン達との戦いで
すね。スノーが可愛く描かれており、特にリュートが﹃あれ、リュ
ートってこんなにかっこよかったっけ?﹄と思うほど迫力がある戦
闘シーンが描かれてありました。

3475
またリュート&スノーの赤ん坊から、子供時代の姿が可愛らしく軍
オタファンは必読の面白さでした!
なので是非、お手にとって見て頂けば幸いです。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第291話 タイガvsランス
ピース・メーカー
 オレ達PEACEMAKER側の準備が整うと、早速ランス&ラ
ラの目的地であり、妖人大陸を支配した魔王が封印されていると言
われている﹃妖人大陸最北端﹄へと移動する。
 今回立てた作戦を成功させるためには、彼等より早く現地に着く
のが肝要である。だから、準備を終えたら早々に旅立った。
 本部や予備戦力の運用に関してはミューア達に任せる。
 途中でアルジオ領ホードにある孤児院により、エル先生やギギさ
んに挨拶後、タイガと会う。
 タイガは気合いが入っているらしく、﹃ようやく来たか!﹄と鼻
息荒く指の骨を鳴らし始める。

3476
﹁どうか無茶はしないでくださいね﹂
﹁大丈夫ですよ、エル先生。オレにはスノー達、みんながついてま
すから﹂
 オレは心配するエル先生に笑顔で答える。
 一方、ギギさんがタイガに声をかけると︱︱
﹁タイガも気を付けるんだぞ﹂
じゅうお
﹁ギギさん、誰にそんなこと言っているの。僕は魔術師S級、獣王
うぶしん
武神だよ。ランスなんて若造けちょんけちょんにしてやるんだから﹂
 タイガは片腕を曲げて力こぶを作り、自身の強さをアピールする。
 しかし、彼女の細腕程度で作れる力こぶなどたかがしれている。
さらにタイガは可愛らしい美少女のため、言動が合っておらず力強
さより微笑ましい可笑しさが先に立つ。
 ギギさんも普段の強面の表情をゆるめ、彼女に同意した。
﹁そうだったな。だが、油断は禁物だ。それとリュート達を頼む﹂
﹁任せて。ギギさんこそエルお姉ちゃんのことお願いね﹂
 2人は互いに拳を突き出し、軽く打ち合う。
 互いの実力を認め合っている戦友同士のような挨拶だ。
 傍目から見ると爽やかな1ページだが、タイガ本人からすると不
味いのではないだろうか。
 試合とはいえ正面から戦った同士。
 だからギギさんからは、可愛らしい美少女、異性ではなく戦友や
同志的な扱いを受ける。
 それでは自称﹃女心専門家︵笑︶﹄の鈍感系ギギさんには100

3477
年経ってもタイガの気持ちに気づくことはないだろう。
 オレはエル先生側の人間だから、二人の仲を応援するつもりはな
い。
 だがタイガの初々しさとギギさんの鈍感ぶりを前にしていると、
無性に胸が痛くなるのだ。
 とりあえず無事、タイガと合流し新型飛行船ノアで、妖人大陸最
北端へと移動した。
 妖人大陸最北端︱︱妖人大陸を支配した魔王が封印されていると
いう場所である。
 実際に訪れると特に変わった点のない森だった。
 魔物は居るが特別強くはなく、森を抜けた開けた場所に謎遺跡が
あるわけでもない。
 ごく普通の森だった。
 正直、拍子抜けである。
 タイガ曰く︱︱
﹁元々﹃妖人大陸を支配した魔王が封印されている﹄と言われてい
るけど、本当にそうなのか明確な証拠はないんだ。実際、封印され
ている場所が発見された訳でもないしな﹂
﹁そうなのか?﹂
﹁学者達の研究じゃこの地下にその遺跡があるかも︱︱って言われ
てるけど、掘り起こして魔王を復活させても馬鹿らしいから誰もや
らないんだ。そして気味が悪いからって、誰も近づかないから森が
開発されることもないんだってさ﹂

3478
 結果、森は放置されているらしい。
 さて、そんな森のどこでランス達が儀式をおこなうか分からない
ため、オレ達は手分けして森全体にトラップをしかける。
 途中で現れる魔物も邪魔されないように倒し、間引いていく。
 飛行船で上空から確認した限り、それほど大きな森ではないため
トラップ設置と魔物の間引きは1日ほどで完了する。
 後はどこからランス達が現れてもすぐ対応できるように、定位置
へと待機した。
 待機から三日後︱︱ランスとララが正面から姿を現す。
 彼らはオレ達が居ることを理解して、戦いの邪魔にならないあけ
た広場へと迷い無く足を踏み入れた。
﹁待たせてしまったかい? 堀田︱︱いや、リュートくん﹂
 ランスはにこにこと友好的な笑顔を浮かべて、待ち合わせ場所に
遅れて到着したような態度を取る。
 一方、ララは反対に敵意を込めた瞳でオレとタイガを睨みつけて
いる。
 ランスは広場にオレとタイガしかいないことをわざとらしく首を
動かして確認する。

﹁あれ、他の娘達はどこに居るんだい? 前回はリュート君との話

3479
し合いの後、すぐにお暇しちゃったから、ご挨拶したかったんだけ
どな﹂
﹁⋮⋮下手な演技はよせ。ララの千里眼で気づいているんだろう。
スノー達が他の場所に散っているって﹂
﹁何だい、つれないな。そこは少しぐらい乗ってくれてもいいじゃ
ないか。まぁ君の言うとおり、すでにどこに誰がいるか確認済みだ

けどね。ただ、二人だけどこに居るか分からない娘がいるけど﹂
 スノーには他の場所から二人が来ないか監視してもらっていた。
 リース、メイヤ、ココノは新型飛行船ノアに居てもらっている。
何かあったらすぐにノアを動かせるよう準備してもらっている。リ
ースは非戦闘員であるメイヤ&ココノの護衛だ。

 そしてランスが言った﹃二人だけどこに居るか分からない娘﹄と
はクリス&シア組のことだ。
 彼女達はこちらの切り札として、狙撃位置についてもらっている。
 正直、オレ自身、彼女達がどこに偽装して隠れているのか聞いて
いないため分からない。もしかしたら、すぐそこの茂み当たりに隠
れている可能性だってある。
 シアをクリスのスポッターにしたのは理由がある。前回、緊急事
態とはいえクリス一人に、ランス狙撃を任せた。結果、転移魔術で
距離を縮められ為す術もなく、SVDを奪われてしまった。
 SVDを奪われるだけならいい。
 もしランスが本気だったら、クリスを殺害することも可能だった。
 その反省を生かし、今回はシアにクリスのスポッターについても
らったのだ。他にもクリスの偽装につきあえる人材が彼女しかいな
い︱︱という理由もあるが。

3480
﹁他にも森中にトラップをしかけているよね。ブービートラップっ
ていうんだっけ? 手榴弾に細いワイヤーを仕掛けたり、わざと分
かりやすいように足下に設置して本命は木の上にぶら下がっている
迫撃砲の弾とか。本当にああいうコスイというか、卑怯な手が好き
だよねリュート君って﹂
 微笑みを絶やさないがランスは、ちくちくと言葉で攻めてくる。
 コスくて卑怯だから、自分も見捨てたんだよね︱︱と言外にたっ
ぷりと嫌味を乗せて。
 オレはその指摘に反論できず黙り込んでしまう。
 そんなオレの前にタイガが割り込む。
 まるでランスとの壁になるように。
﹁言いたいことはそれだけ? だったらもう倒していいよね?﹂
とらぞく
﹁これはこれは初めまして獣人種族虎族、魔術師S級、タイガ・フ
じゅうおうぶしん
ウー、獣王武神様。僕は人種族魔術師Aプラス級、ランス・メルテ
ィアと申します。以後、お見知りおきを﹂
 ララの精霊の加護﹃千里眼﹄か﹃予知夢者﹄で知っていたのか、
タイガの正体をすらすらと言い当てる。
 タイガは美形であるランスの輝く笑顔を前に、不機嫌そうに顔を
顰める。
﹁本当にいちいち演技臭いヤツね。僕の一番嫌いなタイプだよ﹂
﹁そうですか、残念です。タイガさんのような可愛い人に嫌われる
なんて﹂
 おどけた調子でランスが答える。
 彼の隣に居るララが、不機嫌の度合いを深めた。

3481
 彼女同様、タイガの尻尾がぴたりと止まり、不機嫌を超えた不快
感を全身から発散する。
﹁⋮⋮リュート、もうこいつ倒していいよね?﹂
﹁構いませんよ。触れることが出来るなら、ですが﹂
 リュートへの問いかけなのにランスが答える。
 タイガの機嫌が一層悪くなるが、彼は余裕の態度を崩さない。そ
れだけ転移魔術に自信があるのだろう︱︱しかし、その余裕もすぐ
に崩れてしまう。
﹁ガァアァッ!?﹂
﹁ら、ランス様!﹂
 気づくといつのまにかランスの腹部へ、タイガの右拳がめり込ん
でいた。
 まるで映画フィルムのコマを落としたかのように、オレ自身認識
できなかったのだ。
 ランスの苦悶の表情とララの悲鳴を無視して、タイガが一方的に
告げる。
テンカウント・シール
﹁﹃10秒間の封印﹄。オマエは今から10秒間一切の魔術を使え
ない﹂
 ランスの隣に立つララがすぐさま肉体強化術で身体を補助。
 彼を助けようと、タイガへと挑む。
 肉体強化術で殴りかかったのも、近距離のため攻撃魔術より出が
速いという点で殴りかかったのだろうが、タイガ相手に完全な裏目、

3482
悪手だ。
 近距離最強の魔術師S級、タイガ・フウーに殴りかかるなど。
 ララもそれなりに訓練はしているようだが、所詮それなりだ。
 タイガは彼女を一瞥もせず、ハエでも払うように左腕を振るう。
ララは頬を殴られ、悲鳴を上げるまもなく地面を転がった。
 一方ランスは、殴られた腹部を押さえて地面にうずくまっていた。
 ララを気遣う余裕すらない。
 タイガは容赦せずランスを蹴り飛ばす。
 再びランスは10秒間魔術の一切が使えなくなる。
 彼は顔や衣服、髪を土で汚しながら、告げた。
﹁い、一体どんな魔術を使ったんだ。まったく攻撃を感知すること
ができないなんて⋮⋮ぐぅうッ、何も感じることができなかったぞ
⋮⋮ッ﹂
﹁魔術なんて使ってない。純粋な技術よ﹂
 タイガはすたすたと未だ痛みに悶えるランスへと歩み寄りながら
説明する。
﹁貴方達は知らないだろうけど、生物は攻撃を加えられてもすぐ反
応して対処なんてできないの。不意打ちとか、だまし討ちって話じ
ゃなく、たとえ正面から攻撃を加えられても。その時間はほんの僅
か︱︱瞬きにも満たない。でも、その僅かな間は殴りたい放題でき
るってわけよ﹂
 前世の漫画やアニメ、ラノベで仕入れたにわか知識だが︱︱脳味
噌が行動を指示するまで僅かな時間がかかるらしい。

3483
 つまりタイガはその短い時間のあいだに縮地か無拍子だかで一息
にランスとの間合いを詰めて殴り付けたということか。
 ギギさんとの戦闘時は本当に手加減してたんだな。
 彼女は肉体強化術で身体を補助しつつ、歩み寄ったランスの首を
片手で掴み持ち上げる。
 これで再び10秒間、彼は一切の魔術を使えなくなってしまう。
﹁ぐっ⋮⋮ガァァアッ⋮⋮﹂
 自分より小柄な少女に喉を片手で掴まれ持ち上げられているせい
で、息が上手く据えずランスが苦悶の声を漏らす。
 タイガは一切、そんなことを気にせずオレへと問いかけてくる。
﹁ほい、終わったぞ。それでこいつはどうする? 殺すかい?﹂
 まるでカブトムシでも捕まえたような軽い態度に正直引いてしま
う。
じゅうおうぶしん
 これが魔術師S級、獣王武神か。
3484
第291話 タイガvsランス︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
6月18日、21時更新予定です!
流石に6月に入ったせいか最近ずっと天気が悪いですね。もう梅雨
入りしたのかな?
洗濯物もため込んでいるとカビが生えそうで怖いですね。後、食品
関係とかも。
梅雨が過ぎたらもう夏ですね!
海、山、プール、家族連れ、恋人同士、青春︱︱うん! 自分には
一切! 関係ありませんね! むしろ、今年もそういう雑念・煩悩
等は一切振り払って、部屋に引きこもって皆様に少しでも面白いと
思ってもらえるように軍オタを書き続けたいと思います!

3485
自分は皆様が喜んでくれればそれで満足ですから! だから自分に
は夏とか関係ないし! 興味とか本当にないし!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第292話 ランスとバレットM82
﹁ほい、終わったぞ。それでこいつはどうする? 殺すかい?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 オレはAK47を握りしめたまま、固まる。
 まさか転移魔術が使える田中ことランスをここまであっさり倒す
とは思っていなかったからだ。
とらぞく じゅうおうぶしん
 獣人種族虎族、魔術師S級獣王武神は、相手の脳味噌が行動を神
経伝達する前に攻撃を加えることでランスを無力化した。
 そりゃ転移魔術を使われる前に倒すのが理想論だが、本当に実行
して倒すとは⋮⋮。
 ギギさんとの試合に負けて、彼にあっさりと惚れるチョロい少女

3486
というイメージしかなかった。
じゅうおうぶしん
 だてに魔術師S級で、獣王武神という二つ名で呼ばれていないな。
 お陰で対ランスように罠を張り、銃器を製造したのだが無駄にな
ってしまったが。
 まぁ問題なく片づくのならそれにこしたことはないんだけど⋮⋮。
﹁どうしたのリュート? ぼんやりして。早くどうするか指示が欲
しいんだけど﹂
﹁い、いやごめん。ちょっと考え事してて﹂
﹁で、どうする、殺すならこのままやるけど﹂
﹁もしもの場合はその覚悟もあったけど、タイガのお陰で殺さず無
力化できたしそのまま魔術防止首輪をつけて︱︱﹂
﹁ランス様から手を離せ⋮⋮ッ!﹂
 オレ達の会話を遮り、ララが鬼の形相で睨みつけてくる。
 タイガに殴られた頬は赤く腫れ、唇から血を流していた。全力攻
撃を見向きもされず、鎧袖一触された相手に対して、未だ怖じけず
向かおうとする気概はあっぱれだ。
 しかし、相手はタイガ。気合いどうこうでなんとかなる相手では
ない。
 たとえこのままランスを右手に掴んだままでも、ララレベルの相
手なら問題なく無力化できるだろう。
 タイガはララを挑発するような態度を取る。
﹁そういえば貴女もいたんだね。貴女の相手はリースだから、手加

3487
減してあげたんだけど⋮⋮。もし僕と戦おうっていうなら、リース
こいつ
には悪いけどランス同様にこの場で無力化させてもらおうかな﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
 ララはタイガの態度に歯噛みする。
 自分ではたとえ逆立ちしても彼女に勝てないということが分かっ
ているからだ。
 元々、ララ自身高レベルの魔術師だが、彼女の怖さはむしろ精霊
の加護である﹃予知夢者﹄&﹃千里眼﹄コンボでこちらの手の内を
暴かれることだ。
 魔力を持たない者達にとっては強敵だが、前線に立つタイプでは
ない。
 そこまで考えてオレは違和感を覚えた。
︵ランスがここまで追い込まれることを、ララは﹃予知夢者﹄で視
ていなかったのか?︶
 もし視ていたのなら警告するだろう。
 仮に視ていなかったせいで警告できなかったとしたら、彼女の﹃
予知夢者﹄にも穴があるということか。
﹁!? リュート! その場から離れろ!?﹂
﹁は?﹂
 オレがララの能力に対して考察していると、突然タイガが声を上
げる。
 彼女自身、ランスから手を離し、今度はオレの腕を掴むと彼らか
ら大きく距離を取った。
 咄嗟に反応できず、無理矢理、引っ張られたせいで腕が痛い。

3488
﹁ど、どうしたんだよタイガ!? 突然、血相変えて腕を引っ張る
なんて! しかも折角捕まえたランスの手を離すなんてもったいな
い!﹂
﹁しょうがないだろう。あそこに居たら危険な気がしたんだから。
僕だってランスに止めを刺したかったけど﹂
 タイガの手から逃れたランスは、苦しそうに咳をしながらも再び
立ち上がる。
 彼の側にララが駆け寄る。
﹁げほ、まったく流石が魔術師S級。こちらが反応するより速く、
攻撃をしかけることができるなんて⋮⋮警戒しているつもりでした
が、まだ甘くみていたようですね。しかもリュート君達にすら見せ
ていない初見の魔術にまで気づいて回避するなんて﹂
﹁ちょっと待て、いつオマエは魔術を使ったんだ!? タイガの﹃
テンカウント・シール
10秒間の封印﹄で魔力自体封じられていたはずだろ!﹂
﹁魔術道具に僕の特異魔術を封じ込めていたんですよ。ある一定時
間魔力を送らないと作動する仕組みにしてね。魔力を封じられた場
合の奥の手です。まさか早々に使用するとは思わなかったよ﹂
 ランスはやれやれと肩をすくめる。
﹁魔力を無色透明で無味無臭の気体に変え敵へと吸引させ、内側か
ら破裂させ殺害することができるんだ。なのにどうやってタイガさ
んは、僕の魔術に気がついたんですか? 今後の参考に教えてくだ
さいよ﹂
﹁勘だよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂

3489
 理論的な理由ではなく﹃勘﹄と断言されたため、ランスとしても
それ以上何も言うことができず、曖昧な笑みを浮かべるしかできな
かった。
 ランスは笑みを浮かべたまま、腕を振るう。
﹁それじゃ今度はこちらの番ということで。リュート君、タイガさ
ん、簡単に死なないでくださいね﹂
﹁リュート、こっちへ来い!﹂
 タイガが慌ててオレの腕を引き、場所を無理矢理移動させる。
 どうやらランスが気化魔術を使用したらしい。
 無色透明、無味無臭のためオレにはまったく分からない。だが、
タイガは感知できるらしく、オレの腕を引っ張り範囲から逃がして
くれた。
﹁この野郎!﹂
 タイガは気化魔術からオレを守るので手が回らない。そのため、
AK47を手にするオレがランスの無力化を狙う。
 彼へ向けて弾丸を発砲するが、肉体強化術&転移魔術で回避され
る。
 やはり殺さず無力化するなど甘い考えでどうにか出来る相手では
ない。
 オレは再びランスを︱︱田中を殺さないといけないのか⋮⋮。
 前世の時は見捨てて、今度は直接、はっきりとした殺意を持って。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂

3490
 だが、ここで彼を見逃せば被害は万単位で出る。
 迷いは一瞬だった。
 オレはどこかに隠れているクリス&シアへと合図を送る。
 合図はランス達に気づかれないよう、極些細なものだった。
﹁この!﹂
 オレは攻撃用﹃爆裂手榴弾﹄を取り出し投げつける。
 手榴弾は爆発し、半径10mに衝撃波を発生させるが、ランスは
抵抗陣を形成し難なく防ぐ。
 元々、今ので仕留められるとは思っていない。あくまで彼の足を
止めるのが目的だ。
 彼の背後、遠くの丘の上。
 現在居る広場を眼下に納められる場所にクリス&シアが姿をさら
す。
 クリスの手には黒々とした長い筒︱︱バレットM82がランスを
背後から狙い定める。
 瞬間、爆音。
 音速以上の速度で、ランスの背後、完全な死角から12.7mm
︵12.7×99mm NATO弾︶が撃ち込まれる︱︱が、ラン
スは背後を振り返ることなく転移魔術で回避してみせた。
 彼はいつもの変わらない微笑みで答える。
﹁残念だったね、リュート君。でも、今の狙撃はすでに知っていた

3491
んだ。知っていれば転移魔術での回避は容易いよ﹂
 やはり﹃予知夢者﹄でどのタイミングで狙撃するか知られていた
か。
 だが、これは奥の手の伏線に過ぎない。
 オレは舌打ちして、残りの弾丸を兎に角ばらまく。さらにクリス
がランスを狙い狙撃する。まるでこちらの策が全てあばかれ、追い
つめられている風を装いながらだ。
 ランスは遊技でも楽しむようにAKとバレットM82の弾丸を転
移魔術で回避してみせる。さらに気化魔術を散布し、タイガの手助
けも妨害してくる。
 彼女が引っ張り連れ回してくれなければ、今頃すでに内部から破
裂していただろう。
 クリスが再度、ランスを狙いバレットM82を発砲する。
 ランスは最初こそ微笑みを浮かべていたが、今はうっとしそうに
顔をしかめる。
﹁意外と諦めが悪いんだねリュート君のお嫁さんは、いくらやった
って無駄だと︱︱ッグゥ!?﹂
﹁ランス様!?﹂
 転移魔術で回避後、突然、地面が爆発。
 使用直後だっため、ランスは再度転移魔術で回避することが出来
なかった。
 反射的に抵抗陣でガードするも、全てを防ぐことはできず足や腕
にダメージを負ってしまう。

3492
 ランスは地面に膝をつき、ずたずたになった両腕に苦悶の表情を
浮かべながらオレを睨みつけてきた。
﹁リュート君⋮⋮君はいったい何をしたんだ!﹂
﹁別に特別なことはしてないよ。ただ手榴弾を地面に埋めただけさ﹂
 オレの答えにランスは﹃意味が分からない﹄という表情を作る。
 転移魔術に弱点があるとしたら、﹃連続で使用できない﹄という
点だ。
 もっと正確に言うなら、転移後すぐに転移魔術は使用できない。
その僅かな時間を狙って攻撃をしかければ、回避されないと踏んだ
のだ。
 だが、どこに転移するか分からないため、転移直後を狙うのは難
しい。
 では、どうやって転移直後のランスへと攻撃をしかければいいの
か?
 考え込んでいると、前世、地球でのことを思い出す。
 前世、地球で狙撃手が、最も遠くから相手を狙撃し殺害した距離
はオーストラリア特殊部隊メンバーによる2815mである。
 これは有名な話だ。
 では、狙撃手が﹃1発の弾丸で複数の相手を殺害した﹄その最多
人数が何人か知っているだろうか。
 答えは6人である。
 あるイギリスのスナイパーが、自爆テロを行うとするタリバン兵
士に対して、起爆スイッチを狙撃。

3493
 爆弾を爆発させ、6人のタリバン兵を殺害したらしい。
 オレはこの情報を思い出した。
 どこに転移するか分からないのなら、なるべく広範囲に攻撃をし
かければいいのだと。
 結論を出した後は早かった。
 オレは今回の戦いの舞台となる広場に手榴弾を埋めまくった。
 結果、バレットM82の弾丸は回避されるが、地面に埋まってい
る手榴弾を撃ち抜き爆破させ転移直後のランスへ狙い通り攻撃を当
てることができた。
 本当にここまで上手くはまるとは思っていなかったが。
 一通り話を聞いて、ランスがずっと浮かべていた微笑みを醜く歪
める。
 だが、オレに憎しみを吐き出すより速く、再びクリスが狙撃を開
始。
 ランスは咄嗟に転移魔術で回避するが、弾丸は地面に埋まってい
る手榴弾を撃ち抜き爆発する。
﹁グガァアァ!?﹂
 ランスは爆発にまきこまれ、地面を転がった。
 オレはその好機を逃さず、地面に倒れたランスへと向けて手にし
ていたAK47を向ける。
トリガー
 そして、ためらわず彼へ向けて引鉄を絞った。

3494
第292話 ランスとバレットM82︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
6月21日、21時更新予定です!
ランス戦も次で最後です! ランスとララがどうなるのか是非、ご
確認してください!
感想返答を書きました。
よかったらチェックしてください。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な

3495
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第293話 誕生︵前書き︶
すみません、遅れました。
3496
第293話 誕生
 AK47の7.62mm×ロシアンショートが、重傷を負ったラ
ンスへ発砲されるが︱︱その弾丸をララが割って入り抵抗陣で弾き
飛ばす。
﹁ランス様! ここは一度撤退を!﹂
﹁ぐッ、しかし、この僕がリュート君達程度に撤退なんて⋮⋮﹂
﹁死んでは元も子もありません! ご決断を!﹂
﹁させるか!﹂
 千載一遇のチャンス。
 ここでランスを倒さなければ、以後彼を無力化するのは難しいだ
ろう。

3497
 オレはAK47につけている﹃GB15﹄の40mmアッドオン・
グレネードの狙いを付ける。
 同時にクリスもバレットM82で狙いを付けていた。
 ほぼ同時に発砲。
 着弾し、地面に埋めていた手榴弾にも誘爆し予想以上の爆発を引
き起こすが、手応えがない。
 判断に迷っていたランスだったが、自身の不利を悟りプライドを
捨て転移魔術で撤退したのだ。
 その証拠にランスやララの姿は無く、服の切れ端一つ落ちていな
い。
 オレはすぐに丘の上に居るクリス&シアへとモールス信号で合図
を送る。
 もしかしたらランス達は近場に転移したのかもしれない。
 一番見晴らしのいい場所に居る彼女達なら何か見えるかもしれな
いと期待したのだ。
 ︱︱だが、彼女達が見つけるより早く、禍々しく邪悪な魔力の流
れに気づいてしまう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
3498
﹁クソ! クソ! クソ! まさか僕がここまで追い込まれるとは
! リュート君達を少し甘く見過ぎていたようだ⋮⋮ッ﹂
 ランスは忌々しそうに毒を吐き出す。
 彼らが移動した場所は、森の入り口側にある平野だ。
 ゴツゴツとした岩が多数有り、その一つにランスは腰掛けていた。
 そんな彼に心配そうな表情を浮かべて、ララが駆け寄る。
﹁ランス様、私の願いのせいで、申し訳ありません⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いや、ララの判断は間違っていない。あの場は撤退するしか
なかった﹂
﹁ありがとうございます。とりあえず治療するので背中を向けてく
ださい。特に背中の傷が酷いようなので﹂
﹁それじゃ頼む﹂
﹁はい、お任せください﹂
 ランスは痛みを堪えながら、ララの治療を受けるため彼女に身を
任せる。
 ララは治療するため、ランスの背中へ回ると︱︱懐から毒々しい
色のナイフを取り出し、体重をかけて刃を彼の背中に突き刺す。
﹁ッゥ!?﹂
 ランスの口から刃によって押し出されたように呼気が漏れ出る。
 彼は激痛を堪えながら、残った精一杯の力で背後のララを振り向
きざま突き飛ばし距離をとった。
 だが、体は立っていられないほど力が抜け、うつぶせに倒れてし

3499
まった。
﹁ら、ララ⋮⋮どうし、て⋮⋮君が僕を裏切るなんて⋮⋮﹂
﹁ランス様が悪いのです。ずっと尽くしてきた私を裏切り、あんな
女と結ばれようとするなんて⋮⋮。どうして私だけを見てくださら
なかったのですか!?﹂
 彼女の手にはしっかりとランスを突き刺したナイフが握られてい
た。
 突き飛ばされた拍子に体から力が抜けたのだ。
 元々毒々しい色の刃が、ランスの血に濡れたせいでさらに醜悪な
色になる。
﹁ギャハハハ! まさか長年尽くしてきた忠臣に裏切られるなんて
ざまないな!﹂
﹁き、貴様は⋮⋮ッ! レグロッタリエ!?﹂
 大きな岩の影から、喉から頬にかけて彫った入れ墨が特徴のレグ
ロッタリエと、背中にロングソードを背負ったエイケントが姿を現
す。
 ランスはララを通して黒下部組織を統轄していたレグロッタリエ
の存在を知っていた。
 そして彼が前世の自分と深い関わりがある人物だと。
﹁長かった。ようやく、オマエに復讐できるかと思うとわくわくが
止まらないぜ。前世の俺様の人生を台無しにした報い今こそはらさ
せてもらうぞ﹂
﹁ふ、ふざ、けるな⋮⋮僕を自殺に追い込んだことを棚に上げて復

3500
讐なんて⋮⋮﹂
﹁うるせい! 俺様が納得出来なきゃ! 意味ねぇんだよ!﹂
 相馬亮一︱︱レグロッタリエは腰から下げていた剣を抜き、ラン
スへと歩み寄った。
﹁クッゥ! どうして魔術が使えないんだ!﹂
 ランスは転移魔術で兎に角一度、自国に戻ろうとしたが、上手く
いかず声をあげる。
 そんな様子をレグロッタリエがせせり笑う。
﹁無駄だ。無駄だ。ララのナイフがずっぷり刺さったんだろう。だ
ったら魔術は後1時間は使えねぇよ。あれには俺様特性の魔術防止
薬をたっぷりと塗り込んであるからな。ついでに痺れ薬も追加した
から動きも鈍くなってるだろう?﹂
 彼の指摘通り魔力が上手く働かず、魔術が起動しない。
 体も痺れて思うように体を動かすことができず、這って逃げるこ
ともできなかった。
﹁ら。ララ、助けてくれ! ぼ、く達はあんなに愛しあったじゃな
いか! ぼくはララだけを愛しているんだユミリアのことは誤解だ。
政略結婚で彼女に愛なんて一切ない!﹂
 痺れ薬が効いているらしくランスは呂律が殆ど回っていない。
 そんなランスにララは精一杯の愛しい笑顔を向けた。
﹁ご安心くださいランス様。ランス様の死後、私達は誰も近づけな
い場所で一生過ごすのです。だから寂しくありませんよ。ランス様

3501
の全ては私が面倒を見ますから﹂
﹁ら、ララぁあぁあぁぁあぁッ!﹂
 ランスが痺れる喉で雄叫びを上げる。
﹁ぎゃはははは! マジ愛されてうらやましいわ! それじゃさっ
さとやらせてもらうぞ﹂
﹁分かっているでしょうけど、なるべく傷つけないようにね﹂
﹁分かってるって、こいつで心臓を一突きするだけだって﹂
 レグロッタリエは痺れて体の動きが悪くなったランスを仰向けに
寝かせると、躊躇無く心臓に剣を突き立てた。
﹁がはァっ!﹂
 剣の圧力に負けて肺に残っていた最後の空気が漏れ出る。
 同時にランスの四肢から力が抜け落ち、瞳から光が消えてしまう。
 レグロッタリエは剣を抜くと、念のためか首筋に手を当て脈をは
かる。
﹁ふはぁ! どうやらマジで死んだらしいな。んで、例のヤツはど
こにあるんだ﹂
﹁それ以上、汚い手でランス様に触れるな! 彼は私のものだぞ!﹂
﹁了解、了解。怖いね、嫉妬する女っていうのは﹂
 レグロッタリエは人を殺害した直後だというのに、罪悪感一つな
くけらけらと笑いながら身を引く。
 ララが愛おしそうにランスの瞼を閉じ、彼の唇へと自身のを重ね
た。

3502
まほうかく
 満足そうに顔を話すと、ランスの腰から一つの﹃魔法核﹄を取り
出し、
 レグロッタリエは喜色満面の笑みで魔法核を受け取った。
﹁後は好きにしなさい。魔王にでも、なんにでもなって好きに殺し
合っていなさい。私達は2人だけで、誰も居ない場所で静かに暮ら
すから﹂
﹁ひゃははは! ご協力感謝しますってね。機会があったらまた会
おうぜ!﹂
﹁絶対に嫌!﹂
 ララは断言すると肉体強化術で身体を補助。
 ランスを抱き上げ、その場から移動し姿を消す。
 そんな彼女を見送り終えると、レグロッタリエは受け取った魔法
核を躊躇なく口に含み飲み下す。
 レグロッタリエを中心に黒い風が舞い上がる。
 膨大な魔力が実体化し、収まりきらず周囲へと放出しているのだ。
﹁ぎゃははははあ! これが魔力を身につけた気分ってヤツか! 
最高に気持ちいいぜぇぇえぇぇ!﹂
 こうして新たな魔王が誕生する。 3503
第293話 誕生︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
6月24日、21時更新予定です!
﹃ランス戦も次で最後です!﹄とか言ってたけど、できませんでし
た!
すんません。どうも風邪を引いたみたいで体調がめちゃくちゃ悪い。
吐き気と頭痛とだるさが酷くて、最後まで書けませんでした。とり
あえず切りのいいところまでアップします。
次のアップのときこそはちゃんと終わらせたいと思います。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!

3504
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第294話 魔王
 ランス、ララを見つけるより早く背筋が寒くなるような邪悪な魔
力を感知する。
 慌てて駆けつけると、そこにはレグロッタリエとエイケントが居
た。
 なぜ彼らがここに居るんだ!?
 しかもなんだこの魔力量は! 人がこれほどの魔力を持つことが
できるのか!?
 レグロッタリエはオレとタイガに気がつくと、愉快そうに笑みを
作る。
﹁随分遅かったな。もうこっちの用事はすんじまったぞ﹂

3505
﹁オマエ、魔術は使えなかったはずだろう⋮⋮どうして﹂
﹁だから言ってるだろ、﹃用事﹄はすませたって。ランスをぶち殺
して、﹃魔法核﹄を奪って俺様が取り込ませてもらったんだよ﹂
 確かに﹃魔法核﹄があれば、魔術師としての才能が無い者でも魔
術を使うことができるようになるだろう。
 しかしあのランスを殺害して、﹃魔法核﹄を奪うなんてできるこ
となのか?
﹁なんだよ、その顔。疑ってるのか? まぁ気持ちは分かるけどな﹂
 レグロッタリエが愉快そうに笑う。
﹁けど、内部協力者︱︱ララのお陰で話は随分スムーズだったぜ﹂
 そして彼はララから話を持ちかけられたことを話し出す。
﹃予知夢者﹄によれば︱︱ランスがこのままだとザグソニーア帝国
第一王女、ユミリア・ザグソニーアと結ばれる。そして彼女の献身
で目的を忘れて、二人は幸せな家庭を築くらしい。
 その際、今まで汚れ仕事を引き受けてきたララを簡単に捨てて⋮
⋮。だから、そうなる前に殺害してでも、ランスを自分のモノにし
ようとララは画策したらしい。
 だが、下手に自分が動けば勘のいいランスに気づかれる。
 そこでレグロッタリエに話を持ちかけた。
﹃魔法核﹄を渡す代わりに、自分の作戦に協力して欲しいと。

3506
 彼は最初、ララを疑っていたらしい。
 当然だ。ランスの忠臣である彼女が、彼を裏切るとは考え辛い。
何かの罠だと疑っていた。
 だからいくつか交換条件を出した。
 その一つにレグロッタリエの復讐も兼ねて止めは自分に刺させて
欲しいなどと。
 ララは迷い無く同意する。
 さらに彼女の言葉通り、ランスは今居る場所に瀕死の重傷で転移
してきた。
 またララはレグロッタリエ達が用意した対魔力防止ナイフ。
 彼が独自に調合した魔力封じの毒ナイフで躊躇いなく背後から刺
した。
 そして約束通り、止めを刺させてもらった。その際、妨害するそ
ぶりは一切見せなかった。
﹁だが今更そんなことはどうでもいい。こうして無事﹃魔法核﹄を
手に入れることができたんだからな。これで俺様の目的が果たせる﹂
﹁目的?﹂
﹁復讐だよ。俺様をこけにした奴ら、組織、国⋮⋮その全てに復讐
するのさ! その後はこの世界を支配して好き勝手にやらせてもら
うつもりだ。女、酒、金、クスリ、権力! 全てを俺様がこの力で
支配するのさ! 過去の魔王達のように!﹂
 オレは彼の目的に思わず汚物を見るように眉根を寄せてしまう。
 ここまで欲望を剥き出しにする奴も珍しい。
 まるで一昔前の漫画やアニメに出てくる悪党そのものだ。
 レグロッタリエは愉快そうな表情で視線を向けてくる。

3507
﹁そういえばオマエにも恨みがあったな。折角だから力試しも兼ね
てやらせてもらうのもありだな﹂
﹁そうか。なら力試しも兼ねて死んでろ!﹂
 オレが返答するより速くタイガがレグロッタリエへと躍りかかる。
テンカウント・シール
 ランスにもおこなった縮地からの10秒間の封印でレグロッタリ
エの魔力を封じようとするが︱︱
﹁ッゥ!?﹂
﹁おい猫女、今何かしたか?﹂
 レグロッタリエの体から溢れ出る黒い魔力に吹き飛ばされ、近づ
くことさえできなかった。
﹁タイガ!?﹂
 吹き飛ばされた彼女へ視線を向けると、目と目が合う。
 まだそれほど長い付き合いではないが、アイコンタクトで相手が
何を望んでいるのか理解した。
 オレは手にしていたAK47をレグロッタリエへと向けて発砲。
 AK47の7.62mm×ロシアンショートは、レグロッタリエ
から吹き出る黒い魔力によって阻害される。オレは構わず発砲して、
再装填し直した﹃GB15﹄の40mmアッドオン・グレネードを
発砲する。
 流石にレグロッタリエも片腕を前に突き出し、魔力を意図的に吹
き出す。
 お陰で40mmアッドオン・グレネードが直撃しても、彼自身は
傷ひとつ負っていなかった。

3508
﹁ひゃはははっははあ! マジ凄いな魔術っていうのは! あれだ
けの爆発を受けても傷一つつかないなんて!﹂
﹁それは魔術じゃない。ただ魔力を垂れ流しているだけだよ、馬鹿
者め﹂
﹁!?﹂
 レグロッタリエの背後から少女の声が聞こえてくる。
 タイガがいつの間にか彼の後ろに回り込み体に手を触れていた。
 AK47の銃弾、40mmアッドオン・グレネードも意識と魔力
の流れをオレに向けさせるための囮だ。
 その隙に彼女が魔力の出が薄くなった背後に回り込んだのだ。
 タイガとはまだ短い付き合いのはずなのにアイコンタクトだけで
よくここまで意思疎通ができたものだと、自分自身を褒めたいぐら
いだ。
テンカウント・シール
 10秒間の封印により、レグロッタリエの魔力が封じられる。
 嵐のように吹き荒れていた黒い魔力が嘘みたいに消失する。
﹁こ、この雌畜生があぁあぁぁッ︱︱グガァア!?﹂
 振り向きざまタイガに殴りかかろうとしたレグロッタリエだった
が、タイガは相手にせずすぐさま距離を取る。
 そして程なく、バレットM82の12.7mm︵12.7×99
mm NATO弾︶、50口径弾が撃ち込まれ胴体から真っ二つに
へし折れる。
 クリスが狙撃したのだ。

3509
﹁うぇ、ぐ、グロい⋮⋮﹂
 50口径弾の場合あまりの威力に人体が真っ二つになると聞いた
が、実際目の当たりにすると驚くより、グロさが際だつ。
 だが、それ以上にショックな出来事が目の前で起きた。
 まるで逆回し再生のようにレグロッタリエの体が再生し、千切れ
た上半身と下半身がくっついたのだ。
 さらに再び黒い魔力風が流れ出す。
 これに一番驚いたのはタイガだ。
テンカウント・シール
﹁そんな! 僕の10秒間の封印はどんなモノでも10秒間は魔力
を封印することができるのに! まだ10秒経っていないのに魔力
の封印が解けるなんてありえない!﹂
﹁さぁ知らねぇよ。魔力の値が大きすぎて防ぐ時間が短くなったん
じゃねぇの﹂
 レグロッタリエは心底興味なさそうに千切れた箇所を撫でる。
 そこはすでに傷一つなく再生し、破れた衣服だけが怪我を負わせ
たことを物語っていた。
 彼は殺されかけたことに怒らず、反省するように頭を掻く。
﹁魔術を使っていると思ったら、これ魔術じゃないのかよ。魔術師
じゃなかったから、違いがよく分かんねぇなぁ。これはしばらく自
分の力を確認して練習する必要がありそうだな﹂
 彼がオレ達に視線を向ける。
 反射的にオレ達は構えた。
﹁そう怖い顔するなよ。今日はもう止めだ。とりあえず俺様はしば

3510
らく魔術の練習をするわ。復讐はその後だ﹂
 レグロッタリエは地面に手をつき魔力を注ぎ込む。
 彼の下の地面が隆起しドラゴン型のゴーレムへと姿を変える。ど
うやら溢れ出る魔力で強引にドラゴン型ゴーレムを作り出したらし
い。
﹁魔術の練習がてらオレ様を虚仮にした奴らをまずは皆殺しにして
やる。最終的に帝国の屑共を地上から消してやる。そして最後はオ
マエらだ。せいぜい残り少ない余生を楽しむんだな! ひゃはあは
はははははは!﹂
 エイケントがドラゴンに飛び乗ると、ゴーレムはまるで生物のよ
うに羽ばたき空高く飛び上がる。
 レグロッタリエの高笑いを響かせながら、彼らはその場から離脱
してしまう。
ピース・メーカー
 オレやタイガ、他PEACEMAKERメンバーは誰も彼らを追
うことはできず、去る姿をただ呆然と見送ってしまった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ララは誰もいない場所で1人、ぺたりと座り込み泣いていた。

3511
 両手で顔を覆い童女のように涙をこぼしているのだ。
﹁私はなんてことをしたのでしょう⋮⋮﹂
 後悔、悲しみが涙のように後から後から溢れ出てくる。
 そこに1人の青年がいつの間にか、ララの前に立っていた。
 青年は彼女の前に片膝を突くと、そっと頭を優しく撫でた。
 ララは手のひらの感触に赤くなった瞳で見上げる。
﹁ありがとう、ララ。作戦とはいえ辛い役目を押しつけてしまって﹂
﹁ランス様⋮⋮﹂
 レグロッタリエの手で心臓を剣で突き刺され、死んだはずのラン
スがそこにいた。
 ランスの血色はよく、服を着ているため外見からは分からないが、
ララやレグロッタリエに刺された傷は最初から無かったように治癒
されている。
 ランスはその表情に笑みを浮かべる。
﹁けど、お陰でレグロッタリエは何の疑いもなく君の言葉を信じて、
自ら﹃魔法核﹄を取り込み魔王となった。こちらの思惑通りに﹂
 ララに裏切ったふりをさせて自身を殺すように見せかけたのも、
全てはレグロッタリエの疑念を消し魔法核を取り込ませ喜々として
その力を使わせるためだ。
 レグロッタリエはララがランスを背後からナイフで刺すまで、彼
女を疑っていた。
 何かの罠ではないかと。

3512
 だが、ララがランスを刺した後、自分が止めを刺すまで彼女は微
動だにしなかった。
 お陰で、ララが本気でランスを自分のモノにするため殺そうとし
ているのだと納得したのだ。
 またララの﹃ランスを他の女に取られるぐらいなら、殺してでも
自分のモノにする﹄という演技が真に迫っていたため、説得力がま
したのだ。
 ララ自身表には出さないし、ランスが望むなら他女性への元に行
くのも構わないが︱︱本心ではそう思っているのが上手く感情とし
て出たのが功を奏したらしい。
 ランスはララの髪を撫でながら、男女問わず虜にする笑顔で告げ
る。
﹁レグロッタリエが魔王として暴れてくれる間に、僕達は裏で次の
計画へと移ろう。また少々大変な目に遭わせるけど僕についてきて
くれるかい?﹂
﹁はい、もちろんです! ついて行きます。世界の果てでも、たと
え地獄の底でも⋮⋮ッ﹂
﹁ありがとう。愛してるよ、僕の可愛い人﹂
﹁あぁ、ランス様⋮⋮ッ。私も愛しています。愛しています﹂
 そして二人の影が重なり合う。
 その影は暫くの間ずっと離れることはなかった。
                         <第16章
 終>

3513
次回
第17章  魔王編︱開幕︱
第294話 魔王︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
6月30日、21時更新予定です!
ようやっとランス編が終わりました!
前回は風邪を引いてしまったせいで、半ばで区切ってしまいました。
この話は前回、今回を通して読まないと意味の分からない話になっ
てしまうので本当に申し訳なかったです!
とりあえず、ランス編を最後まで書けてよかったです。
次はいよいよ魔王編です!
単純に現代兵器×魔王ってどうなるの? というのを書くつもりで
す。

3514
まぁまだプロットを作っていないので、どうなるかまったく予想で
きないですが︵笑︶。
またランス&ララの行動もちょこちょこ入れていければと思います!
さらに皆様、最近は本当に天気が安定しないで風邪にはお気を付け
てください!
心配して感想欄、メール等で励ましのお言葉を送ってくださった皆
様ありがとうございます!
とりあえず風邪は治ったので後は再度ひかないように気を付けない
と。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
3515
第295話 新兵器の開発
 オレは魔王となり飛び去ったレグロッタリエを呆然と見送ってし
まった。
 我に返ったオレがまず初めておこなったのは、レグロッタリエの
後を追う準備ではない。
 まず最初に皆の無事を確認することだった。
 スノー達全員の無事を確認した後は、一度飛行船ノアに戻って状
況を確認する。
 シアがいつもの調子で居間に集まった皆の前に香茶と甘いクッキ
ーを配膳する。配膳が終わり、彼女が壁際に待機するのを確認して
から、現在の状況を告げる。
 皆と情報を共有した。

3516
﹁ララお姉様が嫉妬心からランスさんを裏切り殺害して、身を隠し
たなんて⋮⋮﹂
 やはり最初に反応したのはリースだった。
 実姉の意外な行動に顔色を変える。
﹁ランスを裏切って殺害した現場を見た訳じゃない。あくまでレグ
ロッタリエからの口から説明を聞いただけだ。もしかしたらオレ達
を謀るために嘘をついている可能性もある﹂
﹁でも、レグロッタリエに嘘をつく理由がないよ。しかも実際、魔
法核を取り込んで魔王になっちゃんたんでしょ? ランスが﹃黒﹄
を作ってまで探した魔法核を手放す理由も思いつかないし﹂
 スノーの指摘通りだ。
 ランスがわざわざ手に入れた魔法核を手放す理由がない。
 そうなるとやはりレグロッタリエの言葉は事実なのだろうか?
 しかしオレ自身どうしても違和感を覚える。
 まるで事前に用意された舞台演劇に、知らずに付き合わされてい
るような感覚だ。
﹁わたしとしては魔王が復活したのも驚きです。まさかこの時代に
魔王が復活するなど⋮⋮これからいったいどうなってしまうのでし
ょうか﹂
 元天神教の巫女だったココノは、六大魔王についての見識も深い。
 それ故、一般の絵本や物語で綴られているものだけではなく、よ
り具体的な情報も所持している。
﹃魔王復活﹄と聞いてこの先に起きる事態に怯えてしまっているの

3517
だ。
 現に顔色は悪く、隣に座るクリスが心配そうに彼女の背中を撫で
た。
 そんなココノの心配が皆に伝播して場の空気が暗くなってしまう。
 だが唯一、1人だけまったく意に返さず声高に断言する。
﹁怯えることはありませんは、ココノさん! たとえ魔王が復活し
かみだいてんさいしん
たとしてもこちらには天神様すら超える神大天才神であるリュート
神様がいらっしゃいますわ! 魔王だろうが、大魔王だろうが、魔
王軍だろうが、リュート様にかかれば指先1つで塵1つ残さず抹殺
できること請け合いですわよ! むしろ魔王復活などリュート様の
偉大さを世界全土に広げるための楽勝イベント程度の意味しかあり
ませんわ!﹂
 ⋮⋮﹃神﹄が3つも重なっちゃってるよ。テンポ悪いな。
 でもメイヤのこういうところは素直に凄いと思う。
 彼女はオレなら本当に魔王を倒すのなど、朝飯前だと信じ込んで
いる。
 そのためメイヤの言葉には説得力があり、聞いている相手も馬鹿
馬鹿しいと苦笑いするが﹃もしかしたらそうかも﹄と微かに思って
しまう。
 そのお陰で場の暗かった空気が明るくなり、前向きになれる。
 こういう時、ムードメーカーの重要性を再確認してしまう。
 いや、でも、メイヤはムードメーカーではなくオレの一番弟子な
のだが⋮⋮
 とりあえず場の空気も変わったところで、今後についての話し合

3518
いをおこなう。
﹁メイヤの発言みたいに魔王を楽勝で倒せる訳じゃないが、オレは
彼らと戦うつもりだ。放置して犠牲者を多数出すつもりはない。そ
のためにも犠牲者が出る前に、いったん本部に戻って武装と人数を
整えてレグロッタリエの後を追うつもりだが、皆はどう思う?﹂
﹁⋮⋮部外者の意見だけど、僕としては準備を整えて後を追うのと
は別に、今すぐにでも全世界に魔王復活を伝えるべきだと思う﹂
 タイガが挙手して告げてくる。
﹁魔王なんて規格外の怪物がうろついているのを知っていて通達し
なかったら、後々何を言われても弁解できないと思うんだけど。そ
のための既成事実ぐらいは作っておいた方がいいと思うよ﹂
 確かにタイガの言うとおりだ。
 実際、戦力を整えて戦って本当に勝てるかどうか分からない。
 取り逃がした後、﹃そちらの国に魔王が行きましたよ﹄なんて遅
れて連絡を入れられた国からしたらたまったものではないだろう。
 報告・連絡・相談は社会人としての基本だ。
 特に帝国には知らせておいた方がいいだろう。
 レグロッタリエが何を目的にしているか分からないが、去り際、
﹃帝国云々﹄と言っていたし。
 帝国とは妖人大陸にあるザグソニーア帝国のことだろう。
 しかし、オレ達にザグソニーア帝国へのツテがない。
 まさかいきなり乗り込んで﹃魔王が復活して、帝国が狙われてい
ます!﹄とか言って信じてもらえる可能性は0だ。

3519
 さてどうしたものかと、頭を悩ませているとリースが提案する。
﹁ならばお父様、エノール経由でお知らせするのはどうでしょうか
?﹂
 エノールは、リースの母国であるハイエルフ王国のことだ。
 彼女の父、国王を通して帝国に危機を伝えるのはありだ。
 またついでに全大陸に﹃魔王復活﹄の知らせもしてもらおう。
レギオン 01 ピース・メー
 軍団トップの始原を破ったと言っても、やはりPEACEMAK
カー
ERの知名度はさすがにまだ低い。
ピース・メーカー
 エノール国王とPEACEMAKERでは、やはり前者の方が説
得力が高いのはしかないだろう。
 基本方針も決まったところで一路、ハイエルフ王国・エノールへ
と向かう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 久しぶりにハイエルフ王国・エノールへと戻ってくる。
 リースにとっては久しぶりの帰省だ。
 ルナも連れて来れたらよかったのだが、遊びに来た訳ではないの
だからしかたがない。

3520
 オレ達は国王と会い、今までの経緯を報告する。
 そして各国に魔王が誕生したことを知らせて欲しい。特にザグソ
ニーア帝国が狙われている可能性が高いことを知らせて欲しいと伝
える。
 国王は二つ返事で了承する。
 今日は城へ泊まることを進められたが、魔王問題があるため申し
訳ないが固辞させてもらった。
 ちなみにリースの弟はすでに産まれて、王族としての教育を受け
ているらしい。
 彼女だけは出発前に時間を作り、弟と話をしてきた。
 リースが戻るのを確認してから、オレ達は獣人大陸ココリ街にあ
る本部へといったん戻る。
 本部へ戻ると、皆にはいったん休憩を言い渡した。
 オレはミューアの元へと行き事情を説明。
 彼女の諜報部隊を使い魔王がどこへ行ったのか情報を集めてもら
う。
 魔王がどこに居るのかも分からないと、移動のしようがないため
だ。
 ミューアは魔王誕生に驚きつつも、二つ返事で了承する。
 情報収集は彼女に任せておけば安心だ。
 ミューアに指示を出した後、オレはメイヤを連れてルナと一緒に
研究所兼工房へと移動する。
 今回は魔王となった対レグロッタリエ用の武器開発に乗り出す。
﹁それでリュート様、いったいどんな銃器を開発するおつもりなの
ですか?﹂

3521
﹁今回開発するのは﹃ブローニングM2﹄だ﹂
カートリッジ
 対ランス用にバレットM82を開発したが、その弾薬である50
口径︵12.7mm︶を使用する機関銃が﹃ブローニングM2﹄で
ある。
 アメリカの銃器設計者であるジョン・M・ブローニングが開発。
 1933年にアメリカ軍に制式採用された。
 口径が50口径であることから﹃キャリバー50﹄と呼ばれたり、
他にも﹃マ・デュース︵メデューサ︶﹄等の愛称で呼ばれたりして
いる。
﹃ブローニングM2﹄の驚くべき点は、制式採用されてから約80
年以上が経っているのにも関わらず、現役で使用されていることだ。
 普通は廃れたり、後継が出てきたりなどして消えるものなのだが
⋮⋮
 元々、﹃ブローニングM2﹄は第一次大戦時代末期に開発が始ま
った。
 目的は当時の最新兵器である﹃戦車﹄を破壊するためだが、戦車
の発達により、まったく通用しなくなった。
 さらに朝鮮戦争後の1950年代には当時急速に発達したミサイ
ルや無反動砲により﹃ブローニングM2不要論﹄さえ出てきた。
 しかしこれが誤りであることは、現在でも使用されていることか
ら分かる。
 なぜこれほど使用されるかというと︱︱ライフルでは威力が足り

3522
ない距離を高速で移動する敵と相対する際、その速さ故にミサイル
や無反動砲では撃破しそこねてしまうことが多い。まさに帯に短し
たすきに長しで、どれも﹃ブローニングM2﹄の代替品にはなりえ
ない。
 他に代替がないため﹃ブローニングM2﹄は現在でも使用され続
けているのだ。
 重機関銃=ブローニングM2と言っても間違いではないレベルで
ある。
 あまりに長年使われ、代替が無いため﹃代替なき老兵﹄とも呼ば
れているとか。
 またブローニングM2は、重機関銃としてだけではなく狙撃銃と
てしても優れている。
 使用される50口径︵12.7mm︶の43gと重い弾頭が、初
速898m/秒で発砲される。その威力は約2km先の人をも殺害
する力がある。
 またブローニングM2はフルオート射撃以外にも、1発ずつ撃つ
単発射撃も可能だ。
トライポッド
 三脚の上に本体を置くため安定する。
トライポッド
 M2自体の重量も約38kg、三脚は約20kgあるため発砲し
ても反動がほとんどない。
 撃つだけなら小学生でも出来るレベルである。
 つまり、構造上、狙撃にとても向いているのだ。
 実際の例をあげると︱︱M2による長距離狙撃の公式記録は約2.
3kmだ︵アメリカ海兵隊カルロス・ハスコック、ベトナム戦争時
によるもの。この記録は35年間破られることがなかった︶。

3523
 こうした点から、前世ネットで聞いた程度の知識だが︱︱アメリ
カ軍では対物ライフルより、M2の方が好まれているらしい。
 長距離射撃は問題無いし、重機関銃のため弾も沢山撃てるからだ
とか。
 遅まきながらブローニングM2機関銃のスペックは以下になる。
 口径  :12.7×99mm
 全長  :163.5cm
 バレル長:114・3mm
 重量  :38・1kg
 発射速度:450∼600発/分
 初速  :898m/秒
 射程距離:約4km︵有効︶、最大は約6km
 装弾数 :100発金属リング︵弾薬箱︶
 レグロッタリエはバレットM82の狙撃で、胴体から真っ二つに
なったが、すぐに自己再生した。
 今思い出してもあの回復速度は異常だ。
 しかし逆に言えばバレットM82でも一度は致命傷を与えること
ができるということである。
 いくら魔王といえど無限に自己再生できる訳ではない。
 だったらレグロッタリエが二度と再生できなくなるまで攻撃を加
えれば、そのうち倒すことができるということだ。
 そのためにM2を開発しようと考えたのだ。
カートリッジ
﹁さすがリュート様ですわ! バレットM82の弾薬を無数にばら
まく重機関銃なんて! あぁぁぁあ! 想像しただけで体が火照っ

3524
てしまいますわ!﹂
 なぜ、体が火照る。
 メイヤは自分で自身の体を押さえてくねくね動き出す。
 前世、手を叩くと音に反応して動く人形のようだった。
 そんな彼女を脇に置き、ルナが納得していない表情で問いかけて
くる。
﹁でも、M2だけで本当に魔王に勝てるのかな⋮⋮。ちょっと不安
なんだけど﹂
﹁もちろんルナの不安も分かるよ。だから念のため他にも兵器を開
発する予定だ。とりあえず先にM2を作ってからそっちに取り掛か
るつもりだよ﹂
﹁今からM2以外にも兵器を作るの? 時間足りないんじゃないか
な⋮⋮﹂
﹁大丈夫、その辺も考えているよ﹂
 オレは心配するルナに片目を瞑り、M2製作後に作る兵器につい
て教える。
 その兵器とは︱︱
3525
第295話 新兵器の開発︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月3日、21時更新予定です!
気づいたら6月今日で終わり! 早い! 早すぎる!
だってつまり今年ももう半分お終いってことだもんね! そりゃ早
いよ。
あっ、ちなみに8月に軍オタ4巻が出ます! 詳しい情報はまた後
日ということで∼。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
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Sは15年4月18日の本編をご参照下さい︶
第296話 食堂にて。
 ココリ街、新・純血乙女騎士団本部。
 研究所から抜け出したオレとメイヤ、ルナは夕食を摂るため食堂
へと向かう。
 前はメンバーが順番で食事当番をしていたが、さすがに忙しくな
ってきたのと雇用創造のため、街のおばちゃん達に依頼して食堂で
働いてもらっている。
 お盆に今夜の夕飯を載せ、先に来ていたスノー達に混じり夕飯を
摂る。
 長椅子、テーブルに座り皆でわいわい食事を摂るのは、キャンプ
などに来ているようで楽しくなる。

3527
 シチュー、パン、サラダに焼き物。
 どれも高級レストランには敵わないが、素朴な家庭料理の味がし
て個人的には気に入っている。
 嫁達とそんな夕飯を食べていると、ミューアが顔を出す。
﹁相席よろしいですか?﹂
 彼女も仕事が終わり、夕飯を摂りに来たらしい。
 もちろん断る理由はなく座るよう進める。
 彼女は笑みを浮かべて、席へと座った。
﹁食事の席で申し訳ないのですが、折角なので時間短縮のために仕
事のお話をしても?﹂
 ミューアはシチューにスプーンを付けながら、オレの答えを待つ。
 もし駄目なら構わないと、態度が示している。
 別に反対する理由がないため促す。
﹁ああ、構わないよ。それで何かあったのか?﹂
﹁はい、いくつか情報が入ってきて︱︱まずは魔王に関しての各国
の動きです﹂

 リースの父であるハイエルフ王国エノール国王が、各国や冒険者
ルド
斡旋組合に対して﹃魔王誕生﹄の知らせを告げた。
 しかし、反応はいまいち鈍いらしい。
 最初こそエノール国王の言葉として各国が身構えたが、現在のと
ころ表だって魔王による被害や動きはない。そのため﹃本当に魔王
が誕生したのか?﹄という疑念が強まり、一部では警戒態勢をとい

3528
ているとか。
 確かにいつまで経ってもこない災害に備え続けるのは厳しい。
 特に国家は警戒度を少しあげるだけで資金がかかる。何も起こら
ないのにそれを維持し続けるのはなかなか難しい話だ。
 一番荒れているのは、妖人大陸で最大の領土を抱えるメルティア
王国だ。
﹃次期国王であるランスが、魔王の仲間によって殺害。遺体は持ち
去られた﹄とエノール国王が報告した。
 まさか自身の長女が﹃男女の縺れでそちらの王子を殺害した﹄と
は言えない。
 これに対してメルティア国民は悲喜交々だとか。
 純粋にランスの死を悲しむ国民や兵士が大勢いる一方、逆にラン
スを目の敵にしていた貴族達は大喜びしている。
 元々、国王の直系である血筋を引いた男子が彼しかいなかった。
ランスが死亡したことで、次期国王の座がぽっかりとあいてしまう。
 その座に自分達の息がかかった人物を据えようと画策しているら
しい。
 そんな彼らが次期国王の座を獲得するため、ランスの死を利用し
﹃ランス王子の敵を取ろう!﹄と声高に叫び対魔王戦を扇動してい
る。お陰で市民や兵士、冒険者まで巻き込んでいるらしい。
 どうしてだろう⋮⋮その行動が死亡フラグにしか思えないのは。
 さらに良くない動きが妖人大陸にはあるらしい。
 ミューアが上品にパンを千切って食べながら告げる。

3529
﹁実は帝国からリュートさんに﹃魔王について詳しい訊きたい﹄と
いうお話がありまして﹂
﹁? それの何が問題なんだ。レグロッタリエは帝国に恨みがある
ようだし、狙われているなら少しでも情報を知りたいと思うのが普
通じゃないか﹂
﹁表向きはあくまで﹃魔王について詳しい訊きたい﹄ですが、私の
ピース・
ツテによれば本当の狙いはリュートさん⋮⋮この場合、PEACE
メーカー
MAKERを帝国陣営に取り込みたいのが狙いです﹂
 王国だけではなく、帝国内部にまでミューアの情報提供者がいる
らしい。
 もうツテってレベルじゃないだろう。
 だが、ミューアについては今更だ。
 オレは少し考え帝国の狙いについて言及する。
﹁⋮⋮まさかとは思うが、帝国はオレ達を引き込んで軍事力でメル
ティア王国を上回り、いつか大陸トップに立つつもりなのか?﹂
 ミューアは﹃正解です﹄というように笑みを浮かべる。
 魔王が誕生したというのに、それをダシに国家覇権を狙おうとす
るなんて正気じゃない。
01
 確かにオレ達はあの魔術師S級率いる始原を打破した。下手な国
家より軍事力という意味で強いが⋮⋮
ピース・メーカー
﹁彼らが狙っているのはPEACEMAKERの軍事力だけではあ
01
りません。現在、私達はアルトリウスさんがいないとはいえ始原を
01
事実上傘下にしています。メルティア王国と懇意にしていた始原を
引きはがすだけでも、王国の戦力や士気は大幅に落ちますから﹂

3530
 忘れてた。
01
 確かに始原をオレ達が現在も預かっていた。
ピース・メーカー 01
 PEACEMAKER+始原が組んで戦えば勝てる国家はないん
じゃないか?
﹁帝国はメルティア王国との仲を強固にするため第一王女、ユミリ
ア・ザグソニーアとランスさんを婚約させました。しかし、彼が殺
ピース
害されたことにより婚約は破綻。これ幸いに頭角を現したPEAC
・メーカー
EMAKERの団長であるリュートさんに彼女を嫁がせようとして
いるみだいですね﹂
 この発言に食堂の空気が凍り付く。
 正確には嫁&一番弟子周辺の空気が凍り付いた。
 ミューアは﹃やだ、私ったらつい失言しちゃった。めんごめんご
☆﹄と言いたげに片目を閉じ、舌を出して可愛らしく自分にげんこ
つを﹃コツン﹄と落とす。
 いやいや、分かってやっただろう。
 どうすんだよ、この空気!
﹁好きあっているならともかく、政略のため結婚するなんて違うと
思う﹂とスノー。
﹃スノーお姉ちゃんの言う通りです。政略結婚なんて間違ってます
!﹄とクリス。
 スノーの真面目口調、これは彼女が不機嫌な証拠だ。それが逆に
怖い。
 クリスは可愛らしく頬を膨らませて﹃ぷんぷん﹄と怒っている。

3531
﹁立場上政略結婚を否定するつもりはありませんが、リュートさん
は決してそのようなものを受けないと信じています。受けませんよ
ね⋮⋮?﹂とリース。
﹁権力者に嫁がせていた天神教の元巫女としても強くは言えません
が⋮⋮リュート様はお受けしませんよね?﹂とココノ。
 リースは目を細めてこちらを見つめながら問いかけてくる。
 ララの行動を聞かされた後、彼女の対応を前にすると冬でもない
のに震えてしまう。
 ココノは瞳をうるうると潤ませ、小動物のように見てくる。罪悪
感で心が痛みそうだ。
﹁でも、皆さんの言葉通り、ユミリア王女としても今回の戦略結婚
は乗り気ではないようですね。彼女は、格好良く魔術師として優れ
たランスさんに他者が目に入らないほど懸想していたようですから。
リュートさんとの婚約を聞かされて落ち込んでいるらしいですわよ﹂
 またまたミューアが爆弾を投下する。
 嫁達の空気が先程以上に悪くなる。
 ミューアもまた失言にしたことに気づいて、﹃やだ、私ったら!
 もうミューアのバカバカ。ドジッ娘でごめんね。テヘペロ﹄とい
うお茶目顔をして可愛い娘ぶる。
 そんな可愛い娘ぶられても。
 可愛いというより怖いのだが⋮⋮。
 怖いと言えばスノー達がミューアの発言に怒り出し、手がつけら
れなくなる。
﹁落ち込むなんて、信じられないよ! リュートくんの方がランス

3532
さんよりずっと格好いくて、良い匂いがするのに!﹂とスノー。
﹃そうです! そうです! 信じられません! 絶対にリュートお
兄ちゃんの方が格好いいのに!﹄とクリス。
 2人が怒りながらオレの方がランスより格好いいと言ってくれる
が、自分自身で贔屓目に見ても彼に容姿で勝っているとは到底思え
ない。
 スノー&クリスが格好いいというたびに、前世親戚のおばちゃん
達に﹃ハンサム、男前﹄と褒められている気分になる。
﹁確かにリュートさんは魔術師としての才能はありませんが、人間
的魅力に溢れています。ユミリア王女はランスさんが魔術師として
の才能がなかったら婚約を渋っていたのですか? それは本当に愛
しているというのでしょうか﹂とリース。
﹁天神教の元巫女が天神様のお言葉を口にするのは恐縮ですが︱︱
﹃愛とは与えられるものではない。互いに与えあうものである﹄。
なのに人を愛するのに外見や魔術師としての才能の有無で愛を出し
たり引っ込めたりするなんて。ユミリア王女様は悲しい御方ですね﹂
とココノ。
 2人は﹃人の魅力は外見や能力、才能ではない﹄と言いたいよう
だ。
 逆に言うと自分は外見、能力、才能もランスに負けているいうこ
とか⋮⋮。
 分かっていたことだが、正面から突きつけられると微妙にへこむ
な。
 だがここまではまだ問題ない。
 今まで大人しかったメイヤが立ち上がり、ポーズを取りながら声
を上げる。

3533
﹁我らの親愛なる創製神・リュート様。その姿は神々しく、声音は
不死鳥の囀り、ご威光は地上を普くそそがれ、民達に幸を与える存
在。ですが、だからといって慈悲深き唯一神たるリュート様の広き
心に甘え、たかだが一国が政治利用しようなどと笑止千万! その
ばんざい
万罪は決して許されざるものではないですわ! 彼らに自身の愚か
さを紅蓮の業火のなかで味わわせてやるべきですわ!﹂
 メイヤは中2病的台詞を叫びながら、いちいち大仰なポーズを取
る。
 片手で片目を隠したり、口元に持ってきたり、両手を左右から顔
の前に持ってきたりだ。
 正直、埃がたつから止めて欲しい。
 だが、嫁達はオレの胸中とは反対にメイヤの言葉におおいに賛同
していた。
﹁メイヤちゃんの言うとおりだよ!﹂
﹃さすがです! メイヤお姉ちゃんの仰る通り私達の間につけいる
隙などないと知らしめましょう!﹄
﹁私もメイヤさんの意見に賛成です。リュートさんの妻になるには、
政略などのような中途半端な気持ちでは務まらないことを教えるべ
きです﹂
﹁わたしも皆様の足を引っ張らないように頑張ります!﹂
 なぜか知らないが女性陣的には先程のメイヤ発言は、﹃政略結婚
なんて中途半端な覚悟で嫁は務まらないし、資格もない。早々に出
直しなさい﹄と言葉や態度で示す流れになる。
 皆の熱気は側に居るだけで汗をかきそうになるほど熱い。

3534
 この状態で帝国に魔王の説明をしに言っても大丈夫なのだろうか?
 今回はオレ一人で行った方が良いかもしれない。
 いや、スノー達は今回ばかりは許してくれないだろう。
 なんで魔王と戦う前に﹃女の戦い﹄のような空気になっているん
だよ⋮⋮。
 オレは今回の騒動を引き起こしたミューアへと視線を向ける。
 彼女は食事を終え、美味しそうに香茶を飲んでいた。
 すまし顔が憎たらしい。
 しかしまさか帝国に行かない訳にもいかない。
 オレは一人、これから起きる騒動を予想し溜息をついた。
3535
第296話 食堂にて。︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月6日、21時更新予定です!
読者様の指摘で軍オタが300話突破していたことに気づきました!
いや、本当に最初﹃?﹄と首を傾げていましたが、改めて確認して
気づいた次第です。どんだけ鈍いんだよ自分⋮⋮。
お祝いのお言葉を頂きました皆様本当にありがとうございます、ま
だまだ軍オタは続きますので、どうぞこの後も引き続きよろしくお
願いします!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。

3536
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
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第297話 帝国での出会い
 帝国が政略結婚を狙っているからといって距離を置くわけにはい
かない。
 今、彼らの国は魔王レグロッタリエに狙われているのだ。
 少しでも詳細な情報を渡し、備えてもらう必要がある。
 それに政略結婚するつもりはないし、妖人大陸の覇権に手を貸す
つもりない。
 その立場を堅持していれば、相手も諦めてくれるだろう。
 予定している兵器開発をルナに任せて、オレ達は飛行船に乗って
ザグソニーア帝国を目指す。
 今回使用するのは、通常の帆船型飛行船である。
 現在、新型飛行船ノアは改造中なので使用することができないた

3537
めだ。
 昔は通常の帆船型飛行船を使用していたが、ノアに慣れた身では
とても遅く感じてしまう。
 これでも一般的には速い移動方法の一つなのだが。
 しかし遅いことが必ずしも悪いことではない。
 久しぶりに少しだけのんびりできるし、スノー達も帝国に着く前
に化粧や衣装、装飾品を着こなす練習に没頭している。
 どうもザグソニーア帝国についたら、﹃政略結婚の隙など微塵も
ない!﹄ということを言外に一発見せつけるつもりらしい。
 この日のために出発前、彼女達はココリ街で買い物をして飛行船
へと積み込んでいた。
 メイヤなど金糸を惜しげもなく使った見事なドラゴン・ドレスを
準備する気合いの入れようである。
 スノー達もメイヤに負けないほど気合いを入れて準備に取り掛か
っている。
 問題がおきず、無事にレグロッタリエに関して話が出来ればいい
のだが⋮⋮。
 一抹の不安を抱えながら、飛行船はザグソニーア帝国領内へと入
っていく。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

3538
 ザグソニーア帝国。
 妖人大陸で大国メルティア王国に次ぐ、第二の実力国家である。
 首都人口、8万人。
スラム
 貧民街など一部を除いて、それ以外は治安維持により比較的安全
が保証されている。
 帝国の特徴として他国と違い魔術師育成に力を注いでいる。
 魔術師としての素因があれば種族、年齢、出生、犯罪歴すら問わ
ず採用され、または帝国が運営する魔術師学校へと入学。授業料・
生活費一切免除される。
 だがこれほどの好条件でも、帝国の運営する魔術師学校へと入学
する者はそう多くない。
 理由は卒業後は絶対に帝国軍部への入隊が必須だからだ。
 領内ではともかく、他大陸からわざわざ入学する物好きはほぼい
ない。
 まれに多々問題を抱えた人物が外部から入学する場合はあるが⋮
⋮。
 そのため帝国は他国と比べて圧倒的に軍に所属する魔術師が多い
のだ。
 飛行船が帝国につくと専用の飛行船倉庫へと案内され停泊した。
 倉庫へ入れると後は帝国兵に任せる。
 オレ達は飛行船を下りると、すぐに帝城へと案内される。もちろ
ん向かう先は、ザグソニーア帝国皇帝が待つ部屋だ。
 部屋は豪奢な客室で、入った瞬間に贅を尽くして作られているこ
とが分かった。

3539
 部屋に入ると、ザグソニーア帝国重鎮らしき人物達がすでに部屋
で待機していた。
 その中心に品のいい紳士的な人物が立っている。彼こそザグソニ
ーア帝国のトップ、ユガリアル・ザグソニーア皇帝だ。
ピース・メーカー
﹁お初にお目にかかります。PEACEMAKER団長を務めます
リュート・ガンスミスです﹂
﹁ザグソニーア帝国、ガリアル・ザグソニーアだ。リュート殿、遠
いところから足を運んで頂き感謝する﹂
 銀髪に髭、細身で昔はさぞハンサムだっただろうと思わせる面影
がある。
 皇帝というより、屋敷の執事をするほうがイメージ的にぴったり
だ。
 次にガリアルの口から順番に、背後に控える人物︱︱やはりザグ
ソニーア帝国重鎮達が紹介される。
 皆、基本的には友好的な態度を取っている。
 なかには態度や言葉こそ友好的だが、目がまったく笑っていない
者が何人かいた。どうもオレ達が帝国に取り込まれるのが迷惑な人
物もいるらしい。
 特に軍部関係者にその反応が顕著のようだ。
 そしてある意味で一番、オレを歓迎していない人物がいた。
﹁そして我が娘のユミリアだ。ユミリア、リュート殿、挨拶を﹂
﹁⋮⋮はい、お父様。ザグソニーア帝国、第一王女、ユミリア・ザ
グソニーアと申します。以後お見知りおきを﹂
 ユミリアは父親と同じ銀髪で、腰などは掴んだら折れそうなほど
細い。なのに胸は大きく、お尻も女性らしいラインを描いている。

3540
 顔立ちも整っており、銀髪もあわさって神秘的な美しさを漂わせ
ていた。
シルバーローズ
 聞いた話ではその美しさから彼女は﹃銀薔薇﹄と呼ばれ、貴族達
からは羨望の的になっているとかいないとか。
 そんな彼女はオレが部屋に入ると、眉根を寄せた。
 気持ちは分かる。
 スノー達は息荒く声高に否定していたが、一見すると女性と見間
違うほどの美青年であるランスと比べれば、どちらが格好いいかは
一目瞭然だ。
 美青年、妖人大陸一の次期国王だった王子様、魔術師A級のラン
レギオン
スと婚約していたのに、彼が死亡すると今度は有力軍団とはいえ元
一般人のオレと政略結婚させられそうになっている。
 結婚相手がランスからオレでは、その落差が顔に出てもしかたな
いだろう。
 帝国側の挨拶が終わると、次はこちらの番になる。
 スノー達が妻として挨拶をする。
 その中でガリアルが反応したのは、2人だ。
 1人はリース。
 ガリアルが目を広げ、問いかける。
﹁まさかとは思うが⋮⋮リース殿は、ハイエルフ王国、エノールの
第2王女、リース・エノール・メメア殿か?﹂
﹁はい、皇帝陛下。お久しぶりです﹂
 リースはよそ行きの笑みを浮かべて礼儀正しく挨拶をする。
 飛行船でこちらに向かう際、リースから昔、まだ皇帝となる前の

3541
ガリアルと顔を合わせたことがあると聞いた。
 なんでもハイエルフ王国、エノールでのパーティーに当時の皇帝
と一緒にガリアルが顔を出して挨拶を交わしたとか。
 そのため正体を隠すのは難しいとのことだったので、今回はこち
らから明かすことにした。下手に隠して問題扱いされても面倒だか
らだ。
 とはいえ会ったのはその一回だけだが。
﹁まさかリュート殿が、ハイエルフの王族を娶っているとは⋮⋮。
しかもリース殿はあの当時と変わらず美しいままですな﹂
 ハイエルフ族は長寿で、生涯に1人としか結婚しない。
 故に長寿と夫婦愛を司る種族として、人種族から絶大な支持を受
けているのだ。
 そんなハイエルフ族の王族が、オレの妻の1人になっている。
 皇帝の瞳には驚きもあったが、羨望も混じっている気がした。
 もしかしたら当時一目惚れしたが、立場上彼女を嫁に迎えること
ができず泣く泣く諦めていたのかもしれないな。
 リースは営業スマイルを浮かべて答える。
﹁ハイエルフ族は生涯1人と結ばれ添い遂げると一般的に言われて
いますが、歴史上側室を持ったり、私のように一夫多妻制の輪に入
る者もいます。ですが表沙汰になると面倒なので、どうか内密にお
願いします﹂
﹁分かりました。帝国皇帝である我が名に誓い内密にいたしましょ
う﹂
 この一件をネタに帝国側が、オレ達を自分達に取り込もうとする

3542
可能性がある。
 だがリースは別にやましいことをしている訳ではない。もしそう
なったら大義名分として脅されたことを掲げて、帝国に抗議すれば
いいだけだ。
 そしてガリアルが次に反応したのはメイヤ・ドラグーンにだった。
 さすが﹃魔石姫﹄という二つ名まで持つメイヤだ。
 妖人大陸の帝国皇帝にまで名前を覚えられていたのは驚きである。
﹁話には聞いていたが、まさか魔術道具開発の天才であるあの﹃魔
石姫﹄が本当にリュート殿の下に居るとは⋮⋮﹂
﹁皇帝陛下のお耳にどのように届いているかは分かりかねますが、
わたくしの才などリュート様の前ではゴミ屑、ガルガルのフン以下
ですわ。リュート様こそこの地上に舞い降りた魔術道具開発の神。
ちょうかみ
その英知、知識、発想力は天神様を超えて超神レベルだと断言して
も言い過ぎることはありませんわ﹂
 メイヤ、褒めすぎだ。
 オレに対して冷たい態度を取っていた帝国魔術道具開発のお偉い
さんが、文字通り目の色変えたじゃないか。﹃あの魔石姫にそこま
で賛美される存在はどれほどなのか!?﹄と驚愕し、絶対に帝国に
引きずり込もうと文字通り目の色を変えてしまった。
ちょうかみ
 だいたい超神ってなんだよ。
 ゴロ悪いってレベルじゃないだろう。
﹁あの魔術道具開発の天才である魔石姫にここまで手放しに褒めら
れるとは、リュート殿は本当に素晴らしい開発者なのだな。是非、
我が帝国の魔術道具開発部門で指導して頂きたいぐらいだ﹂
﹁自分など帝国魔術道具開発部門の皆様と比べたら⋮⋮。彼女は少
々物事を誇張する癖があるだけです﹂

3543
 帝国皇帝はメイヤの話を聞いて、興味深そうに食いついてきた。
 一方、娘であるユミリアはよそ行きの微笑みを作っているが、瞳
はまったく興味なさそうだった。もし人目がなければ枝毛探しを始
めそうなほど冷めている。
 挨拶も終わり、魔王の話に移ろうとしたが皇帝から、オレ達が移
動で疲れているだろうからと詳しい話は明日ということになった。
 帝国に居る限り、帝城への滞在するよう勧められ、また後日オレ
達を歓迎するパーティーを開くとも言われた。
 パーティーはともかく、帝城への宿泊は辞退し城下街で宿を取ろ
うとしたが、わざわざ魔王の件で話を聞くため呼び出し、城にも泊
めなかったら外聞が悪い。なのでどうか帝城へ泊まって欲しいと言
われた。
 さすがに固辞するわけにもいかず、帝城へと泊まることになる。
 正直、城にいるとユミリアを側につかされ、既成事実を積み上げ
られそうで嫌なのだが⋮⋮。
 とりあえず、その場は一度解散。
 魔王の話は明日午後、関係者を集め会議室で話し聞かせることに
なる。
 オレ達は部屋を後にすると、客間へと案内された。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

3544
 豪華な客間へと案内され、荷物を置いた後は一度帝城を出た。
ギルド
 冒険者斡旋組合に、現在帝国に居るということを報告するためだ。
 正直、面倒だがやらないわけにはいかない。
 折角なので帝国見物ついでに、皆で出かける。
 最初、帝国側から護衛として兵士をあてがわれそうになる。恐ら
く監視の意味もあるのだろう。
 しかし、兵士を連れて観光もへったくれもない。
 また下手に護衛を引き連れて街で顔を売るようなマネもしたくな
かったので、丁寧に断りを入れた。
 城下街は大変にぎわっていた。
 ここまで賑わい、人が多い街に来たのは初めてだが、それ以外取
り立て珍しい感じはしない。
ギルド
 事前に聞いておいた冒険者斡旋組合へと向かう。
 建物が規則によって整然と建てられているため、迷うことなく冒
ギルド
険者斡旋組合へと辿り着く。
ギルド
 建物内に入ると、いつもの冒険者斡旋組合だ。
 ざっと見た限り、例の受付嬢さんによく似た親戚や本人はいなさ
そうだ。
 もしかしたら北大陸のように上役として、奥に居るだけなのかも
しれないが。
ギルド
 オレはさっさと冒険者斡旋組合へ報告を済ませて、建物を出る。
 積極的に受付嬢さんの親戚と関わり合うつもりはない。
 用事を済ませて﹃さぁ帝国観光だ﹄と意気込むと、背後から声を
かけられる。
ピース・メーカー
﹁すまないが、そこにいらっしゃるのはPEACEMAKER団長

3545
殿か?﹂
 男性の声。
 聞き覚えはない。
 振り返るとそこには下半身は馬、上半身は人のケンタウロス男性
が立っていた。
 下半身は分からないが、上半身の人間部分は鍛え抜かれているの
が着ている金属鎧の下からでも分かる。今にも金属鎧がはじけそう
なほど筋肉が太いのだ。
 だからと言って筋肉ゴリラというわけではない。
 顔立ちは整っており、のばした髪を首もとで縛っている。
 髪は長いが丁寧に洗い清潔にしているため、不潔感は微塵もない。
 しかし、そんな彼にまったく覚えがない。
 ケンタウロス族の知り合いといえばカレンぐらいなのだが⋮⋮
 無視するわけにもいかず、向き直り答える。
ピース・メーカー
﹁はい、PEACEMAKER団長のリュート・ガンスミスですが。
申し訳ありません。どちら様でしょうか﹂
﹁すみません、紹介が遅れました。私はケンタウロス族、魔術師B
レギオン
プラス級、アームス・ビショップと申します。そちらの軍団で雇っ
て頂いているカレン・ビショップの兄です﹂
 丁寧な物腰でカレンの兄であるアームスが自己紹介する。
 カレンに兄が居るとは知らなかった。
 クリスに視線を向けると、﹃コクコク﹄と頷く。どうやら本当ら
しい。
ピース・メーカー
﹁これは失礼しました。改めてPEACEMAKER団長を勤める

3546
人種族、リュート・ガンスミスです。カレンさんにはいつもお世話
になっております﹂
﹁うちの愚妹がリュート殿のお役に立てているのなら安心です﹂
 話を聞くとカレン兄であるアームスは、実家の仕事で帝国へと来
ていたらしい。
 魔王が復活。帝国が狙われていることを知ったため、皇帝が武器
&防具を各地に大量発注したのだ。
 カレンの実家もその発注を受けた一つで、元々高品質の武器&防
具を作るということで反対側の人種族帝国でもその名前を知られて
いる。
 アームスは飛行船に武器&防具を詰め込み、部下達と一緒に急い
で帝国へと来たらしい。
 ちなみに街中で金属鎧を着ているのも、実家の宣伝のためとか。
﹁クリス殿とは実家で何度か顔を合わせた程度ですが、覚えてもら
えてて嬉しいです。また結婚祝いの挨拶が遅れて申し訳ない。何分
忙しいもので﹂
﹃お気になさらず。結婚の祝いの言葉はカレンちゃんからいっぱい
頂いていますから﹄
﹁そう言って頂けるとありがたい。どうか今後ともカレンとは仲良
くしてやってください﹂
﹃はい! もちろんです!﹄
 顔見知り程度だが、クリスとも面識があるため2人は軽く会話を
する。
 アームスがクリスからオレへと向き直った。

3547
﹁リュート殿は美しく、可愛らしい妻殿達がいらっしゃって羨まし
いですね﹂
 アームスはクリスとの会話を終えるとベタな褒め言葉を贈ってく
る。
 スノーやクリス、リース、ココノ、メイヤが照れる。
 いや、なんでメイヤが照れるんだよ。
 気にしたら負けという類のものだろう。
 オレもベタ褒め言葉に、ベタな返しをする。
﹁はい、自分にはもったいない妻達です。アームスさんはご結婚は
?﹂
﹁いえ、私はまだ。実家は兄の子供が継ぐので、自分は理想とする
女性を追い求めようとしているのですがなかなかいなくて。父はい
い加減、結婚しろと見合い話を多々持ってくるのですが﹂
 アームスが﹃その見合い話の中に理想の人はいない﹄と言いたげ
に溜息をつく。
 これだけイケメンで、実家も金持ち、次兄でその気になれば女性
はよりどりみどりのはずだ。
 なのに理想とする人がいないとは。
 つい、好奇心でアームスの理想とする女性像を尋ねてしまう。
﹁失礼ですが、アームスさんの理想とする女性とはどんな人なんで
すか?﹂
﹁一言で現すなら、﹃強い人﹄ですね﹂
 ちょっと意外な答えに黙り込んでしまう。
 女性に強さを求めるのが予想外だったからだ。

3548
 彼は気にせず話を続ける。
﹁自分の実家はご存じの通り、武器や防具を製造・販売しており、
傭兵の派遣もおこなっています。本業は兄に任せて、私は戦いに出
るのが好きなのです。なので妻には一緒に肩を並べて戦って欲しい
のです﹂
 なるほど、そういう考えなのか。
 アームスはBプラス級の魔術師だ。
 彼に並ぶ実力者の女性で、一緒に肩を並べて戦ってくれる女性と
なるとなかなかいなさそうである。
 さらにアームスは続ける。
﹁欲を言えばさらに私より圧倒的強く、背に乗って戦ってくれる女
性が好ましいですね。私をまるで本物の角馬のごとく扱い戦場を一
緒に駆け抜ける姿を想像するだけでたまりません﹂
 アームスはその光景を想像したのか、興奮して顔を赤く染め荒く
息をつく。
 あっ、これ一緒に戦ってくれる戦友としての嫁が欲しいのではな
く、自分を支配して、従わせてくれる圧倒的強者が欲しいのだ。
 そりゃいくらお見合いを進めても、結婚しないわけだ。
 ある意味で理想が高すぎるだろう。別方向で。
ギルド
 彼の性癖を目の前にげんなりすると⋮⋮冒険者斡旋組合建物が目
に入る。
 あっ、居た。
 アームスの理想にぴったりな相手が。
 しかしあの人を紹介しても本当にいいのだろうか?

3549
 強さという意味ではある意味最強である。もしかしたら彼女より
強い存在はこの世界にはいないかもしれない。
 けれど、それは腹ぺこの虎の檻に生肉を放り込むようなものだ。
物事には限度があり、色々無事ではすまなくなるかもしれない。
 オレが紹介するかどうかで悩んでいると、アームスが﹃まだ仕事
があるので﹄と挨拶を残し去っていく。
 去り際、当分帝国での仕事が残っているため、何かあれば声をか
けて欲しいといわれた。
 まだ時間があるようだから、今度会った時にでも彼女を紹介して
みよう。
 オレはそんなことを考えながら、こちらかも挨拶をしてアームス
と別れた。
 いい加減、彼女にも幸せになって欲しいしな⋮⋮。
3550
第297話 帝国での出会い︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月12日、21時更新予定です!
今日、時間を作って歯医者に行きました。
途中、電車がホームに来ていたので階段を急ぎました。
結果、足を滑らせました。幸いすぐにバランスをとって転倒は防ぎ
ましたが、背後にいたお姉さんを驚かせてしまいました。
雨の日に滑る状態で階段を急いでおりるのはヤバイですね。
皆様、絶対マネしちゃ駄目ですよ?
⋮⋮ちなみに電車には乗り遅れました。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。

3551
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第298話 歓迎パーティーにて
 ザグソニーア帝国に到着した翌日。
 魔王レグロッタリエについて、知る限りの情報を伝える。
 しかしいまいち帝国側の反応は鈍かった。
﹃今更魔王が誕生しても、昔に比べて進歩した魔術の前ではたいし
た敵ではない﹄と考えているのだろう。
 特に軍部のお偉いさん方から、そのような考え方の気配があから
さまに漂っている。
 オレはややうんざりしながら、兎に角、犠牲を最小限にするため
にも、真摯に真剣に情報を伝え聞かせた。
 そして、会議が終わったその日の夜。

3552
ピース・メーカー
 PEACEMAKERを歓迎するためのパーティーが開かれた。
 もちろんオレ達が主役のため欠席するわけにもいかず、皆正装姿
でパーティーへと参加していた。
 会場には帝国の貴族達、一部大商人などが混じっている。
 彼、彼女達は代わる代わるオレ達に挨拶をしてきた。
レギオン 01
 軍団トップだった始原を撃破したのが効いているのか、オレ達と
なんかとコネを作ろうとする者達が引きも切らない。
 用意されている料理を楽しむ暇もなく、次々に挨拶される。
 慣れないことをしているため疲れもたまる。
 リースやメイヤなどはこの手の催しになれているため、とまどい
無く人々を捌いていた。
 また意外にもココノがそつなく挨拶をする人々の相手をこなして
いた。
 彼女に小声で尋ねると、笑みを浮かべて返してくれる。
﹁元天神教の巫女見習いとして司祭様や巫女様について周り、補佐
などをしていたので慣れているのです﹂
 なるほど。
 確かにそれなら慣れているのも分かる。
 そうやってひたすら挨拶をしていると、会場の音楽が変わる。
 どうやら帝国トップがお出ましのようだ。
 階段から娘である第一王女、ユミリア・ザグソニーアを連れて、
帝国皇帝ガリアル・ザグソニーアが姿を現す。

3553
 会場に居る全ての耳目が彼らのもとへ集まる。
 会場入りしたガリアルは声をかけてくる貴族達に対して片手を挙
げ答えつつ、娘を連れて真っ直ぐオレ達へと向かい歩いてくる。
 皇帝であるガリアルも帝国の威信を現すようにめかしこんでいる
が、会場の目は娘ユミリアに集まっていた。
 ユミリアは今夜のため準備したのか、絹のように滑らかな銀髪が
栄えるように計算されたドレスを身にまとっている。首元には下品
にならないギリギリを狙った首飾り、耳たぶのイヤリングがきらり
と魔術光を反射する。
シルバーローズ
﹃銀薔薇﹄と呼ばれる美貌を、今夜は最大限まで引き上げようと化
粧にも気合いが入っていた。
 もちろん気合いを入れているのは、ユミリア本人ではない。
ピース・メーカー
 オレの︱︱もっと正確に言うならPEACEMAKERの武力を
手に入れるため政略結婚させようと周囲が後押ししているのだ。
 この場に居る誰もが、意図に気がついている。
シルバーローズ
 それでも納得できない一部独身男性貴族達は、﹃銀薔薇﹄ユミリ
アを惚けた表情で見つめ、次にオレへと嫉妬の視線を交互に向けて
くる。
 うっとしいにもほどがある。
 ユミリア王女は確かに美人だと思うが、あからさまに﹃貴方、タ
イプじゃないんですよね﹄という態度を取られたらどんなに美しく
ても萎えるというものだ。
 だいたいスノー達の反対を押し切ってまで結婚したいと思うタイ
プではない。

3554
 胸中で寸評していると、いつのまにか正面に皇帝ガリアルが到着
する。
 オレは右手を左胸に、左手は拳にして腰へ回し、頭を軽くさげる。
 スノー達女性陣は右手を左胸に、左手をスカートの裾を掴み、少
し持ち上げる。
 この世界で一般的な正式挨拶だ。
﹁ガンスミス卿、楽しんでくださっているかな﹂
﹁本日はお招き頂き誠にありがとうございます。お陰様で妻共々楽
しませて頂いております﹂
 さすがに﹃帝国貴族達の挨拶がうっとおしい﹄とは言えない。
 オレは笑みを浮かべて適当に挨拶をする。
 ガリアルは満足そうに何度かうなずき、側にいるユミリアを促す。
﹁それは何より。我が娘のユミリアも今夜はガンスミス卿の武勇を
聞く機会だと楽しみにしている。面倒だとは思うがどうか相手をし
てやって欲しい﹂
﹁⋮⋮ガンスミス卿、是非お願いしますわ﹂
 父親に促されユミリアがワンテンポ遅れて願ってくる。
 だがその表情には明らかに﹃興味がない﹄と書いてあった。
 あくまで﹃帝国の軍事力を強化するため、オレを落としてこい﹄
と命令され渋々従っているにすぎない。
 そんな心の内を見せられるだけで、気持ちが滅入る。
 さらに側にいるスノー達の無言プレッシャーが増大するから、本
気で嫌になる。
 ガリアルはオレの内心を知ってか知らずか、微笑みを浮かべてそ
の場に娘を残し去る。

3555
 本人は他貴族達との挨拶へと向かったのだ。
 残されたユミリアが作り物の笑顔で促してくる。
﹁この場は騒がしく、リュート様の武勇をお聞きするのは相応しく
ないかと。よろしければ静かな場所でお話をお聞かせ頂けませんか
?﹂
 表情や口調はとても友好的だが、まったく興味がないという気配
がびんびんしてくる。
 あくまで帝国のため、父親の命令に従っているのがありありと分
かる。
 さらに、その台詞に側にいるスノー達のプレッシャーの強さが増
す。
 ここはお互いのためにも、帝国側に取り込まれるつもりはないた
めユミリア王女とは政略結婚できない旨を伝えよう。
 オレが口を開き、告げようとするが、
﹁そのお話、是非とも自分にもお聞かせ願いたい。この帝国を守護
する魔術騎士として勉強させて頂ければと思います﹂
 儀礼用衣装に身にまとった若い男性が割って入ってくる。
 背丈は180cmほど。髪は短く刈り込まれ、衣服の下からでも
分かるほどがっちりと鍛えられている。顔立ちも整っているが、男
性モデルのかっこよさではない。
 まるで前世、地球でおこなわれていたスポーツ、ラグビーの花形
選手的野性味がある。
 ランスが美男子な貴公子なら、彼はワイルドハンサムといった感
じである。

3556
﹁横合いから失礼します。自分はザグソニーア帝国魔術騎士団副団
長を務めます人種族、魔術師Aマイナス級、ウイリアム・マクナエ
ルと申します。どうしても一軍人としてガンスミス卿の武勇をお聞
きしたく思い、不躾ながらお声をかけさせていただきました﹂
﹁ウイリアム様﹂
﹁ユミリア王女陛下につきましても、突然のご無礼申し訳ありませ
ん﹂
﹁い、いえ、お気になさらず。確かに軍人でいらっしゃるウイリア
ム様なら、リュート様のお話をお聞きしたいと思うのは当然ですわ
よね﹂
﹁ご懇情、誠に痛み入ります﹂
 ユミリアが赤い顔で慌ててフォローを入れる。
 ウイリアムは生真面目に頭を下げた。
 ユミリアはさらに頬を赤くして、潤んだ瞳で彼を見つめる。
 どうやらランスの死後、ユミリアの次なる想い人は彼らしい。
 だから、不作法にも話に割って入ったのをわざわざフォローした
のだろう。
︵なんというか⋮⋮ユミリア王女は惚れやすい人なんだな︶
 ウイリアムと名乗った男性も、ユミリアを見つめる目が熱い。
 彼もどうやら彼女に惚れているようだ。
 ウイリアム・マクナエルのことは、一応知っている。
 帝国へ来る前、何があるか分からないからとミューアが主要な重
要人物をまとめた紙束を渡して来た。そして飛行船で着く間に皆で
読み覚えたのだ。
 ウイリアムはその束に載っていた1人である。

3557
 帝国では魔術師のみで構成された騎士団︱︱帝国魔術騎士団が存
在する。
 もともと魔術師は国家にとって大変貴重な人材である。しかし騎
士団を構成できるほど優秀な人数を集められるかというと難しい。
 だが帝国はこの異世界的にも珍しいほど魔術師に対して、幼い頃
から圧倒的な優遇措置をとっている。そのため魔術師の数が他国家
に比べて多いのだ。
 その人員を集め構成したのが帝国名物の帝国魔術騎士団である。
 ウイリアムは若いながらも魔術師Aマイナス級に到達。
サウザンド・ブレード
﹃千の刃﹄という二つ名を与えられ、帝国最年少&最速で副団長の
座についた。
 将来は最年少&最速の団長になるのは確実である。
 若く優秀で見た目もいいし、帝国軍部の花形部署のエリート。や
や好戦的な面があるが、性格も真面目。それだけの好スペックのた
め、帝国に住む女性達からはアイドル的に愛されているとか。
 まさに憧れの的という奴だ。
 ランス死後、ユミリア王女も彼に夢中らしい。
 ちなみに現在の帝国魔術騎士団団長は魔術師Aプラス級が担当し
ている。
 ウイリアムはユミリアを見つめる熱い視線から、別の意味で熱い
視線をオレへと向けてくる。
 その顔には﹃恋敵&帝国軍人として負けられない﹄と書かれてあ
った。

3558
ピース・メーカー
﹁ガンスミス卿のPEACEMAKERが打ち立てた数々の伝説を
自分は耳にしてきました。しかも伝え聞くところによるとガンスミ
ス卿自身、魔力はほとんど持っていないとか。そんな魔術師でもな
レギオン
い人が冒険者となり、軍団を立ち上げ、あのアルトリウス殿が率い
01
る始原を打ち破ったお話を是非お聞かせください。いったいどのよ
うな魔法をお使いになったのですか?﹂
01
 ウイリアムは﹃オマエ、魔術師でもないのにどうやって始原を倒
したの? どうせアレだろ。卑怯な手でも使ったんだろう﹄と言外
に含ませてくる。
 さらに場所を移さず、衆人環視のあるパーティー会場で声高に周
囲に聞こえるように発言している。
 お陰でオレ達の周りにいた人々が何事かと視線を向けてくる。
 その中に皇帝であるガリアルも居た。
 しかしウイリアムは気にしない。
 むしろ皇帝の耳目を引くのに成功したことを喜んでいるふしさえ
ある。
 帝国に来てオレ達を一番敵視しているのは、ウイリアム達帝国軍
人だ。
ピース・メーカー
 皇帝はなんとかPEACEMAKERを取り込もうとしている。
レギオン
 魔術師S級のアルトリウスに勝った軍団が手に入ったら、妖人大
陸の覇権は帝国のものになると信じている。
 実際、それは間違いではない。
 だが、帝国の軍部は面白くないだろう。
 今まで帝国を守護し、第2位の大国まで押し上げたのは自分達だ
という自負がある。
ピース・メーカー
 なのに現皇帝は、PEACEMAKERを手に入れようと躍起に

3559
なっている。場合によっては軍部より上の地位に置くつもりだ。
 帝国軍部からしてみれば、今までの自分達や先人の努力を踏みに
じる行為である。
 到底納得できるものではない。
ピース
 さらにウイリアムにとっては想い人のユミリア王女が、PEAC
・メーカー
EMAKERを取り込むための政略結婚の道具にされそうになって
いる。
 そんな状況で皇帝の不興を買おうとも黙っていられず、オレに声
をかけてきたのだろう。
 若さ故のなんとやらか。
 ⋮⋮もしかしたらウイリアムの意志ではなく、帝国軍部の意向も
あるのかもしれない。
 オレは言葉を選び謙虚に答えた。
01
﹁始原に勝てたのは運もありますが、優秀な軍団メンバーによると
01
ころが大きいです。皆一丸となって始原と戦ったからこそ得られた
勝利だと考えています。自分1人では、手も足もでなかったですよ﹂
﹁ガンスミス卿は謙虚な御方ですね。自分の耳にしたお話では﹃単
騎でも無双﹄と聞いたのですが﹂
 それどこ情報? どこ情報だよ?
﹁なので是非、今から自分とお手合わせ願えませんでしょうか?﹂
 いや、なぜそうなる。
 オマエは武勇伝を聞きにきたんじゃないのかよ。
 話のもって行き方が強引過ぎるだろう。

3560
 話しかけられた時点で予想はしていたが、彼︱︱彼ら軍部の狙い
はオレとの模擬試合だ。
 模擬試合をすることで、ウイリアムがオレを圧倒しぼこぼこにし
て恥を掻かせる。
 しかもこの衆人環視の中でだ。
ピース・メーカー
 恥を掻かせることで、皇帝や周囲に﹃PEACEMAKERはた
いしたことがない。帝国軍部こそ最強!﹄と喧伝したいのだろう。
ピース・メーカー
 ここで断っても、後日﹃PEACEMAKER団長は、ウイリア
ムが怖くて逃げ出した﹄と言って回るんだろうな。
 今は魔王レグロッタリエに集中し、協力するべきなのに⋮⋮。
 なんでオレ達がこんな権力闘争ごっこに付き合わなければならな
いのか。
 頭を抱えそうになるのをなんとか堪える。
 別にオレは帝国軍部と争いに来たわけじゃない。
 少しでも魔王レグロッタリエの被害を押さえるため協力しに来た
のだ。
 穏便に断りつつ、帝国軍部とよりよい関係を築くためまずは話し
合いをしよう。
 だがオレが答えるより早く、妻達が返答した。
﹁でしたらまず最初に私達がお相手して差し上げますね﹂とリース。
ピース・メーカー
﹁いきなりPEACEMAKER団長であるリュート君と手合わせ
するより、団員であるわたしと戦う方が参考になると思うよ﹂とス
ノー。
﹃スノーお姉ちゃんと言うとおりです。微力ながら、戦いの参考に
なればと思います﹄とクリス。

3561
 突然の妻達による﹃自分達が戦います宣言﹄にさすがのウイリア
ムも言葉を詰まらせる。
﹁い、いえですがさすがにご婦人方と戦うのは⋮⋮﹂
﹁ご遠慮なさらないでくださいウイリアム様。こちらのご3方はリ
ピース・メーカー
ュート様の妻でもありますが、PEACEMAKER団員メンバー
でもあります。なのでウイリアム様のご参考になると思いますよ。
それにあくまでこれは余興ですから﹂とココノ。
 いくらスノー達が団員とはいえ、今はパーティードレス姿の貴婦
人。
 そんな彼女に挑まれたからと言って﹃分かりました。では戦いま
しょう﹄と即答できるはずがない。
 困惑するのが普通である。
 一方スノー達は友好的な態度を取っているが目が笑っていない。
 あのココノすらウイリアムを逃がさないように、﹃余興﹄という
言葉で退路を断ってくる。
 逃げて! ウイリアム君、逃げて!
 彼女達は本気で君を衆人環視の中、ぼこぼこにしてプライドを叩
き折るつもりだ!
 オレはさすがに大事になりそうなので止めに入ろうとしたが、
﹁リュート様、こちらのお料理とっても美味しいですわよ。ささ、
この一番弟子であるメイヤ・ドラグーンが﹃あーん﹄して差し上げ
ますわ﹂
﹁若様、腕に埃が﹂
 オレが妨害しようと察したメイヤ&シアが、連携して止めに入っ
てくる。

3562
 メイヤはオレの口に料理を詰め込み発言を妨害。
 シアは埃云々でオレの腕を掴み行動を阻害してくる。
 メイヤ&シアがここまでオレに対してあからさまな妨害をしてく
るとは⋮⋮。
 彼女達自身もそうとう腹を立てているようだ。
ピース・メーカー
﹁私達は夫に比べたら力不足ですが、PEACEMAKERの力を
知りたいというウイリアム様のご希望、是非叶えて差し上げたいと
思います﹂
 リースが仕返しとばかりに﹃貴方のような三下なんて、リュート
さんが出るまでありません。私達だけ十分血祭りに上げられます﹄
笑顔で告げる。
 いや、リースはこんな酷い口調はしないが。あくまでオレの意訳
である。
 一方、先程とは逆に衆人環視の中、挑発されたウイリアムは引き
下がる訳にはいかない。
 挑発を受け隠しきれない怒りを抑え込み、こちらも笑みを浮かべ
て了承する。
﹁⋮⋮分かりました。ではまずはご婦人方にご指導ご鞭撻頂きます﹂
 こうして余興という名の公開処刑が決定する。
 この決定にオレは堪えきれず頭を抱えた。
 もう駄目だ。
 信じて送り出した若きエリート魔術騎士副団長が、想い人である
ユミリア王女の目の前でプライドをへし折られぼろぼろにされるバ

3563
ッドエンドの未来しか見えない⋮⋮ッ。
 魔王に対抗するため帝国に来たのに、どうしてこうなったのだろ
うか。
第298話 歓迎パーティーにて︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月15日、21時更新予定です!
ちなみに恐らく次のアップ日に軍オタ4巻に関する情報を活動報告
へとアップできると思います。
なのでどうぞ15日は活動報告をご確認頂けると嬉しいです。
もしかしたらちょっと後ろにずれこむかもしれませんが。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S

3564
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第299話 決闘、スノー&クリス編
 オレ達はウイリアムに連れられ帝国自慢の兵士訓練所へと向かう。
 ドーム型で特殊な建材と魔術により、大抵の攻撃魔術でも破壊す
ることができない仕様になっている。
 そのため帝国の魔術研究所の実験場でも、同じ物が建築されてい
た。
 この異世界では娯楽が少ないため、パーティー会場に居た人々の
殆どがわざわざ移動して見物に来ていた。
 もちろんその中に皇帝ガリアル、娘のユミリア皇女の姿もあった。
﹁ウイリアム様、どうかお怪我をなさらぬようお気を付けてくださ
い﹂
﹁ありがとうございます、ユミリア皇女殿下﹂

3565
 魔術騎士団副団長である若きエリート、魔術師Aマイナス級のウ
イリアムとユミリア皇女は、まるで恋人同士のように見つめ合い挨
拶を交わす。
 あくまで建前上は臣下に声をかけているだけのため、誰もその点
を非難することはできない。
 ウイリアムが挨拶を終え、訓練所の中央へと移動する。
 中央にはすでにスノーが準備を終えたPKMを1挺足下に置いて
待ちかまえていた。
 二人とも会場衣装から着替えていた。
 いくら座興とはいえ決闘をおこなうのだ。万が一があってはまず
い。
 スノーはいつもの戦闘服に袖を通していた。
 ウイリアムは白銀の甲冑を身にまとっている。どうやら魔術的な
何かが付与されているのか、微かに光っていた。あれだと夜間いい
的になりそうな気がするのだが⋮⋮。
 ウイリアムが強者の笑みを浮かべスノーへと話しかける。
﹁まさかあの﹃氷結の魔女﹄から二つ名を与えられた、﹃氷雪の魔
女﹄殿と矛を交える栄誉を頂けるとは感激です。決着の方法は、先
程の条件で本当に構いませんか?﹂
﹁﹃どちらか先にその場から動いたら負け﹄で問題ないよ。だって
この後、クリスちゃんやリースちゃんとも決闘しないといけないで
しょ。わたしの時で魔力を使い果たしたら可哀相だし﹂
 ウイリアムの笑みが深まる。

3566
 彼は﹃自分が本気を出したら、オマエなんてマジぼこぼこに再起
不能にしちゃうから。後の2人が戦えなくて可哀相﹄ととったらし
い。
 だが、スノーに彼を馬鹿にするつもりはない。
 素直に思ったことを口にしているだけだ。
 裏の意味や嫌味などこれっぽっちもない。
 しかしウイリアムはそうとは捕らえなかった。
﹁お気遣いありがとうございます。では、自分も余力を残すため3
人ずつぞれぞれ333枚の刃でお相手しましょう﹂
 宣言と当時に彼の背後で透明な騎士が剣を掲げるように魔力で作
られた大剣、333の刃が姿を現す。
 ザグソニーア帝国魔術騎士団副団長、魔術師Aマイナス級、ウイ
リアム・マクナエル。
サウザンド・ブレード
 二つ名を﹃千の刃﹄。
 彼も特異魔術師で二つ名の通り千枚の刃を作り出すことができる。
 単純に千枚の刃を作り出すだけではなく、一つ一つに属性を付与
することもできる。
 つまり炎、氷、風、雷などの属性を状況によって使い分けること
ができるのだ。
 刃で攻撃するだけではなく、相手の剣・弓・魔術を防ぐ盾にもな
る。
 今まで見てきた特異魔術の中でもっとも汎用性が高い。
 だが、いくらなんでも舐めすぎだ。
 相手は同じ魔術師Aマイナス級のスノーだそ。

3567
 しかも彼女は珍しくAK47ではなくPKMを扱うつもりらしい。
﹁別に魔力が残るなら千枚使ってもいいんだよ?﹂
﹁いえ、大丈夫です。騎士に二言はありません﹂
 スノーが気を遣い声をかけるが、火に油を注ぐだけだった。
 ウイリアムからすれば﹃本気を出さないと、負けちゃうよ﹄と言
われているのに等しい。
 もう一度言うがスノーに相手を挑発する意図はないのだ。
﹁では、2人とも合意したと言うことで決闘を始めさせて頂く﹂
 審判役を務める騎士の1人が語り出す。
 双方納得し、互いに距離を取る。
 約10mの距離で向き合う形になった。
 ウイリアムの背後には333の刃が規則正しく従う。
 その姿をユミリア皇女はうっとりと眺めていた。
 スノーは肉体強化術で身体を補助。
 PKMを軽々と持ち上げる。
トリガー
 すでに引鉄を絞れば発射可能状態だが、ウイリアム自身刃を従え
ているのだから文句はあるまい。
 審判役が手を挙げる。
﹁互いに正々堂々戦うように。それでは始め!﹂
 挙げた手が勢いよく振り下ろされる。
 同時にウイリアムが背後に控えている333の刃に声を飛ばした。

3568
﹁踊れ、ソードマン! 汝らは輝きは美しく、斬れぬものは︱︱﹂
﹁それじゃいくよ、ファイヤー!﹂
 だが台詞はスノーのかけ声と発砲音で遮られる。
 ダダダダダダダダダダダダダダダダンッ!
 スナイパーライフルにも使用される7.62mm×54Rがウイ
リアムへ向けて200発ほど発砲される。
 彼は攻撃の指示を途中で止めて、反射的に魔術で作り出した刃を
盾にする。
 7.62mm×54Rの弾丸は、刃を2枚砕き3枚目でようやく
ストップする。つまり単純計算で200発を防ぐのに、刃が600
枚必要になる。
 だがウイリアムはスノーに挑発されたと勘違いして見栄を張り、
1000枚作り出せる刃を333枚しか使わないと宣言。
 単純計算で残り267枚ほど足りない。
 さらにスノーは追撃をおこなう。
ストーム・エッジ
﹁踊れ! 吹雪け! 氷の短槍! 全てを貫き氷らせろ! 嵐氷槍
!﹂
 氷×風の中級魔術。
 スノーの上空で小型の竜巻が疼く巻き、無数の鋭い氷りの刃が舞
う。刃は彼女が手にするPKMの如く、ウイリアムを狙い無数に発
射される。

3569
﹁おっ、おおおおおおおぉぉッ!﹂
 上空、正面からの二重攻撃。
 すでに刃は破壊し尽くされ、彼は抵抗陣を形成してなんとか防御
に徹する。
 しかしPKMと攻撃魔術による2重攻撃に耐えきれるはずもなく、
どんどん魔力が削り取られていく。
 このままでは魔力を全て削られ体中が穴だらけになる。
 彼が生き残る道は一つしかない。
﹁くううぅッ⋮⋮!﹂
 ウイリアムは抵抗陣を周囲に形成しつつ、肉体強化術で身体を補
助。
 その場から転がるように抜け出した。
﹁そ、そこまで! 勝者スノー・ガンスミス!﹂
 審判役の騎士が慌てて勝者を告げる。
 これ以上、追撃させないためだ。
 取り決めを破り下手に続行させて、あの嵐のような攻撃を継続さ
れたら重大な怪我を負いかねない。
 ウイリアムもそれを理解しているため、額といわず顔中から冷や
汗を流していた。
﹁さ、さすが魔術師Aマイナス級の﹃氷雪の魔女﹄殿。これほどの
強さとは恐れ入りました。自分の負けです﹂
﹁ありがとうございます。でも、ウイリアムさんが本気だったら、
勝負は分からなかったよ﹂

3570
﹁くッ⋮⋮﹂
 もし仮に彼が二つ名の通り、1000枚の刃を従えていたらPK
Mの200発を止めてもまだ余裕があった。
 スノーを舐めて333枚という制限を自分でかけなければ、彼女
の指摘通り十分勝算はあった。
 スノーに嫌味を言われたと誤解しているウイリアムは、悔しそう
に唇を噛む。
 だが正直、もし彼が1000枚の刃を出したなら、スノーはもう
一挺PKMをもって両手で撃てば200+200で400発撃てる。
 弾丸を止めるのに3枚必要なため単純計算で1200枚必要にな
る。
 結局、結果は変わらないのだ。
 さて次の決闘相手は、クリスだ。
サイレンサー・スナイパーライフル
 彼女はVSSを手にしている。
 ウイリアムは次の相手が小柄の少女で、魔術師ではないことに勝
利を確信した表情を浮かべた。
 ウイリアムは訓練所入り口で観戦しているユミリア皇女と目を合
わせる。
﹃次こそはユミリア皇女殿下に勝利を捧げます!﹄と瞳で訴えてい
た。
﹃ウイリアム様、どうかお怪我だけにはお気を付けてください﹄と
ユミリア皇女は目で返す。
 まるで2人は舞台劇の主人公&ヒロインになったかのように、自

3571
分に酔いしれている感じだ。
ピース・メ
 だが、勝利を切望しているところ悪いが、相手はPEACEMA
ーカー
KERでもほぼ最強の存在︱︱クリス・ガンスミスだ。
 しかも彼女はほぼ無音で、連続発砲できる変態スナイパーライフ
ルのVSSを収めている。
 オレならその時点で背中を向けて全力疾走するね。
 逃げられる可能性はほぼ0に等しいけど⋮⋮。
 そしてクリスとウイリアムは、次の決闘方法を決める。
 クリスが﹃先に相手へ一太刀︵一撃︶を入れたら勝ち﹄を提示。
 ウイリアムはすぐに了承した。
 こうして2戦目の勝負方法が決定する。
 先程のスノーと同じように訓練場中央、約10mの距離で互いに
向き合う。
 審判役が手を挙げる。
﹁それでは準備はよろしいか?﹂
﹁もちろんです﹂
﹃私も問題ありません﹄
﹁では互いに正々堂々戦うように。それでは始め!﹂
 挙げた手が勢いよく振り下ろされる。
 すぐさまクリスは肉体強化術で足だけを強化。後方へと飛ぶよう
に下がり距離を取る。
 一方、ウイリアムは先程スノーによって遮られた詠唱を奏でる。

3572
﹁踊れ、ソードマン! 汝らは輝きは美しく、斬れぬものは無し!
 我が敵を切り裂け!﹂
 背後に控えていた新たに作り出した333枚の刃がクリス目掛け
て飛び出す。
 彼女目掛けて襲いかかる刃の1本が回避されて訓練所に突き刺さ
り、炎を巻きあげ地面を赤く熱する。
 他の1本は氷属性を付与されているらしく、突き刺さると地面を
凍らせた。
 1本1本に属性を付与することができるとは聞いていたが、なる
ほどああいった感じなのか。
 確かにあれは汎用性が高そうだし、十全に機能していたらやっか
いそうだ。
 しかし、今のウイリアムは魔術師ではないクリスを侮り、攻撃の
手も333枚中100しか使っていない。
 他は自身の防御のため周囲に浮かべている。
 相手は小さな少女で、魔術師でもない。武器はよく分からない魔
術道具だ。
 侮る気持ちは分からなくないが、相手はあのクリスである。悪手
以外の何物でもない。
 クリスは向けられる100本の刃を回避し続ける。
 現在まだ1発も撃っていない。
 クリスは目がいいため、魔力で足だけを強化し回避を続ける。
 さらに彼女の体が小さいためなかなか当て辛いのだろう。

3573
 さすがに苛立ったウイリアムが、さらに100本を追加する。
 これで200だ。
 クリスはさらに後方へと下がり、ウイリアムを中心に円を描くよ
うに動く。
 彼との距離は200m。
 ほぼ訓練所をいっぱいに使い動き、回避する。
 ⋮⋮正直、身内から見ても凄いと思う。まるでクリスは回避ゲー
ムをやっているかのごとく次々襲いかかってくる剣を避けまくる。
 最初こそウイリアムの魔剣の動きを賞賛していた観客達も、気づ
けばクリスの動きに魅了されていた。
 そりゃ魔術師でもない小柄の少女が魔術師Aマイナス級の攻撃を
あれだけ上手く避け続けるのを前にしたら、魅せられてもしかたな
い。
﹁ッ!﹂
 さすがに危機感を覚えたウイリアムが、勝負に出る。
 追加で100本を投下。
 これでクリスに襲いかかる刃は300本になる。
 だが、今度は彼女も動く。
 クリスは迫る刃を回避し、出来た僅かな隙間のような時間にVS
Sを構える。
﹁すぅー﹂

3574
 遠くにいる筈なのに、
﹁はぁー﹂
 彼女の呼吸音が聞こえた気がした。
 しかし、いまだにウイリアムの周囲は33本の剣が守護している。
 馬鹿正直に弾丸を放っても約200mなら防ぐのはそれほど難し
くないだろう。
 クリスはいったいどうするつもりだ?
トリガー
 心配をよそにクリスがそっと引鉄を絞る。
 ほぼ無音の発射音。
 弾丸は9mm×39の亜音速弾は、ウイリアムではなく側に浮か
ぶ魔剣へと向けられ放たれた。
 一瞬、クリスが狙いをミスしたのかと疑ったが︱︱
﹁ぐあぁぁッ!?﹂
 ウイリアムは悲鳴を上げ右足を押さえてうずくまる。
﹁こ、この勝負、クリス・ガンスミス!﹂
 審判役は驚愕しつつも声を上げ勝者を告げる。
 どうやらクリスは周囲に浮かぶ魔剣に弾丸が防がれるのを計算し、
跳弾を利用してウイリアムの足を貫いたらしい。
 300の剣を回避しつつ、それだけの芸当が出来るとは⋮⋮。

3575
 本当にクリスは凄い。
 ウイリアムも格下相手に負けたことより、クリスの超絶技巧に舌
を巻いていた。
 そして最後の一騎打ちは︱︱
﹁それではよろしくお願いしますね﹂とリースが穏やかな微笑みを
浮かべて挨拶をする。
 しかしその可愛らしい笑顔とは正反対に、彼女はオレを馬鹿にさ
れて腑が煮えくりかえっている。
ピース・メーカー
 ウイリアムはある意味、PEACEMAKERで一番怖い人物を
怒らせてしまった。
 彼はこの一騎打ちを生き残ることができるのだろうか⋮⋮
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ︱︱そして、とある場所で。
 リュート達が一騎打ちをしているまさにその時、一つの悪が蠢く。
﹁⋮⋮さて準備は整った。そろそろ盛大な花火を打ち上げるか﹂
 魔王化したレグロッタリエが、羽根を広げる。

3576
﹁目指すは、ザグソニーア帝国だ﹂
 彼は暗闇の中、耳まで裂けるような不気味な嗤いを浮かび上がら
せた。
第299話 決闘、スノー&クリス編︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月18日、21時更新予定です!
活動報告に軍オタ4巻の記事をアップいたしました!
よろしかったらご確認ください!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい︶

3577
第300話 リース決闘編、そして︱︱
 最後の決闘相手はリース・ガンスミスだ。
 正直、怒らせたら一番怖いのが彼女である。
 リースが最後の決闘方法の勝負内容を提案する。
﹁私はスノーさんやクリスさんに比べてあまり戦闘は得意ではあり
ません。なので互いの全力をぶつけ合うというのはどうでしょうか
?﹂
﹁全力ですか?﹂
﹁はい。全力の一撃を出すので、それをウイリアム様が全力で止め
る。もしその一撃を防ぐことができたらウイリアム様の勝ちという
ことです﹂
﹁⋮⋮分かりました。それで問題ありません。自分としてもご婦人

3578
を傷つけるのは本意ではありませんでしたので。また全力を出して
もいないので、最後ぐらいは出させて頂ければこちらとしても助か
ります﹂
 クリスに敗北した後、ウイリアムの目から光が消えていた。
 そりゃ魔術師でも無い格下認定していた年下の少女に、衆人環視
の前で敗北したのだ。
 敗北した後、彼はユミリア皇女殿下へと視線を向けると、彼女の
瞳からもキラキラとした恋する乙女オーラが消えていた。
 2連続敗北したせいで興味が薄れてしまったらしい。
 お陰でウイリアム君の目はさらに光を失う。
 だが、リースの勝負方法提案で一息に光を取り戻した。
﹃自分としては相手が女性だし、傷つけると色々まずいから本気出
してなかったから負けただけだし。本気だせるなら絶対負けないし﹄
︱︱などと考えているのだろう。
 でも、最初に決闘を申し込んできたのはウイリアムで、女性陣と
の決闘に納得したのも、ハンデとして333本しか刃を使わないと
言い出したのも本人だったはずだ。
 しかし、さすがにここまで2連敗。
 1人は魔術師Aマイナス級だから言い訳できるが、2戦目のクリ
スは魔術師でもない少女だ。このままでは彼や帝国軍部のメンツは
ぼろぼろだろう。
﹃次こそは絶対に勝つ!﹄という気合いを現すようにウイリアムの
背後に1000本の刃が姿を現す。

3579
﹁では、私も準備をしますね﹂とリースは手をかざし、訓練所中央
8.8 Flak
に8.8cm対空砲を出現させる。
 ハイエルフ族は精霊の加護と呼ばれる魔術とは別の力を持つ。
 リースの場合は物なら何でもしまえる﹃無限収納﹄だ。
 そこから第二次世界大戦でもっとも活躍した火砲の一つアハト・
アハトを出現させる。
﹁こ、これは⋮⋮ッ!?﹂
 突然、目の前に全長約7・7mの金属の固まりが出現したことに、
ウイリアムが驚きの声を漏らす。
 彼の驚愕に反応するかのごとく背後に控える魔剣達が揺れる。
8.8 Flak
 確かに8.8cm対空砲の一発も、一撃といえば一撃だが⋮⋮⋮。
 詐欺に等しい行為ではないだろうか。
 現にPKM、VSSの洗礼を受けたウイリアムも、それら数十倍
大きくした金属の固まりを前に目を白黒させている。
8.8 Fla
 しかしリースは気づかないふりをして、さっさと8.8cm対空

砲の発砲準備に取り掛かる。
8.8 Flak
 本来は1台の8.8cm対空砲を操作するのに10名は必要だが、
今回は別段上空から迫る敵を倒すわけでもないのでリース一人で十
分だろう。
8.8 Flak
 本来は8.8cm対空砲にある4ヵ所のアウトリガーのマウント
を地面におろし、アンカーを撃ち込み固定させるのだが︱︱リース
は土系魔術でマウントを固定してしまう。
 砲身を支える支持架のチェーンロックを外せば準備OKだ。

3580
 本来はここから迎撃するため射撃管制装置で砲弾の時限信管の計
算などをしなければならないのだが、今回はただ正面に居るウイリ
アムへ向けて発砲すればいい。
 そのため砲身を水平にして砲弾をセットすれば終わりだ。
 リースが笑顔で告げる。
﹁こちらの準備は終わりました。そちらはどうでしょうか?﹂
 それは死神による死刑宣告に等しい。
 ウイリアムは青い顔をしているが、かといって想い人の皇女や皇
帝、他貴族達の前で大見得切ったあげく今更、﹃やっぱり無理です。
ごめんなさい﹄とは言えない。
 さすがにこれは可哀相で、リースに声をかけて止めようとするが
それより早くウイリアムが答える。
﹁⋮⋮こちも準備出来ました。いつでも大丈夫です!﹂
 ウイリアム!? マジでやるつもりかよ!?
 彼は﹃男には引けない戦いがある﹄と言いたげな、格好いい笑み
を浮かべながら、背後に控えさせていた魔剣1000本を前方に展
開。
 自分を守る盾のように配置する。さらにウイリアムは周囲に抵抗
陣を形成し、がちがちに固めた。
 最初は心配していたが⋮⋮これなら1発ぐらいならもしかしたら

3581
耐えられる可能性もあるかもしれない。
 ウイリアムはスノー、クリスに立て続けに負けてしまったが、あ
れは彼がスノー達を侮りハンデをつけてしまったからだ。
 なんだかんだ言って彼はザグソニーア帝国魔術騎士団副団長、魔
サウザンド・ブレード
術師Aマイナス級、﹃千の刃﹄の二つ名を持つ騎士だ。
 将来的には最年少で魔術騎士団団長も確定のエリート中のエリー
トである。そんな彼が今度は手加減も慢心もせず、全力で防御に徹
8.8 Flak
しているのだ。まさに鉄壁の守り。8.8cm対空砲の1発ぐらい
きっともしかしたら防いでくれるはず!
 いや、ウイリアムなら必ず耐えてくれるはずだ!
 そんな淡い希望を抱いてしまう。
 ⋮⋮て、なんでオレはいつのまにかウイリアムに感情移入してい
るのだろう。
 双方準備が整ったのを確認して早速、最後の決闘をおこなう。
8.8 Flak
 審判役はさすがに近くで合図を出したら、8.8cm対空砲の衝
撃に巻き込まれるのでオレ達の方まで退避してもらった。
 さらにオレ達も入り口ギリギリまで下がり、観客を守るためその
場に居る魔術師全員に抵抗陣を形成してもらう。
﹁それでは最後の決闘を始めます﹂
 審判役の人が手を挙げる。
 2人から距離があるため声は届かない。
 挙げた手を振り下ろしたのを確認して、リースが発砲する手はず
になっている。

3582
 緊張感が観客全員に伝わる。
﹁では、始め!﹂
 リースが審判役の手が振り下ろされたのを確認して、主撃発レバ
ーを引く。
 爆音。
 真っ赤に燃える放火。
 魔剣は粉々に砕け散り、ウイリアムは紙屑のように吹き飛び空中
を舞い無惨に地面へと激突する。
 ⋮⋮うん、やっぱり耐えられるはずないよね。
8.8 Flak
 分かっていたことだが、さすがに8.8cm対空砲の一撃は受け
きれなかった。
 砲弾に当たる前、爆風の時点で魔剣は粉々に砕け散り吹き飛ばさ
れる。
 そりゃ前世、自衛隊の富士総合火力演習場で戦車が発砲するとそ
の衝撃波で観客の眼球が押され﹃ぐにゃり﹄と歪むらしい。
 自分も行ってみたかったが、結局抽選に漏れ続けたが⋮⋮行って
みたかったが! 本当に行ってみたかったのに! 宝くじが当たる
より、オレは総火演の抽選に当選したかった!
 すまない。思わず心の慟哭を本能のまま叫んでしまった。
 話を戻すと、総火演のイベントに行ったことはないが、観客から
戦車との距離はもちろん離れている。なのに衝撃波で視界が歪むレ
ベルだ。
8.8 Flak
 なのにウイリアムは8.8cm対空砲の正面、約15∼20mの

3583
距離から耐えようとした。
 むしろ、その勝負に挑んだ勇気を褒めたいレベルである。
 ちなみに砲弾は信管を抜いて発砲していたのか、爆発はせず訓練
所の壁を粉々に破壊した程度で済んでいた。
8.8 Flak
 それでも帝国側からしたら8.8cm対空砲の威力に度肝を抜い
ていた。
 魔術師が数人係で、魔力が底をつくレベルで張った抵抗陣の内側
でも衝撃派を感じ、中には腰を抜かした人もいた。
 驚愕するのも当然といえば当然だ。
 呆然としていた帝国側の魔術師達が我に返り、慌てて倒れたウイ
リアムへと駆け寄る。
 彼は上半身を抱き起こされ、気絶し白目をむいているのが分かっ
た。
 目から血涙、耳から耳血、口からは血泡を吹いていたがどうやら
生きてはいるらしい。
 魔術師達が青い顔で治癒魔術をかけ始める。
 でも考えてみれば、ウイリアムは気絶はしたが身体に大きな傷は
8.8 Flak
ない。ある意味で8.8cm対空砲の一撃に耐えたともいえるので
はないか?
 敢闘賞として引き分けにしてもいいぐらいだ。
8.8 Flak
 オレがそんなことを考えていると、8.8cm対空砲を﹃無限収
納﹄にしまったリースが戻ってくる。
﹁おかえり、リース。ちょっとやりすぎたんじゃないか?﹂
8.8 Flak
﹁そんなことありませんよ。ちゃんと8.8cm対空砲は直撃を避
けるようにしてましたし、魔術師Aマイナス級なら爆風を受けても
死なないと踏んでいましたから﹂

3584
 なるほど全て計算尽くだったわけか。
 しかし、少々やり方が過激すぎやしないか?
 胸中でツッコミを入れていると、訓練所全体が揺れる。
8.8 Flak
 地震か!? もしくはさっきの8.8cm対空砲の一撃で訓練所
が崩れる前兆!?
 も、もし崩れたらやっぱり建て直し資金はオレ達側が出さないと
いけないのか!?
 そうなると事務を担当するバーニーから冷たい視線を向けられる
から勘弁して欲しい。
 ただでさえあの子は財布の紐が堅いのに!
 変な心配をしていると、訓練所の天井が破壊されガラガラと落下
してくる。
 瓦礫はほぼ中央に落ちた。
 その場にはすでに誰も居なかったため、瓦礫による怪我人はなし。
 舞い上がった煙に皆が顔を覆っていると、聞き覚えのある声が訓
練所に響いた。
﹁ははっははははは! ごきげんよう帝国諸君!﹂
﹁レグロッタリエ!?﹂
 声は確かに彼のものだったが、姿形が最後に見たものと一変して
いた。
 背中からは翼が生え魔術などを使わずとも空へと浮かんでいる。
 額からは角が2本生え、口元からは牙が出ている。体の厚みも二
倍になり、手のひらは禍々しくなり、爪はナイフのように伸びてい

3585
る。
 まるで物語に出てくる魔王そのものの姿に変わり果てていた。
 最も大きな変化は魔力だ。前回は膨大な黒色の魔力をただ垂れ流
していた。しかし今の彼はしっかりとコントロールできているらし
く、黒い魔力は今のところ一切出していない。
まほうかく
 これほどの短時間に魔法核の扱いを心得たと言うことか?
 レグロッタリエもオレ達に気がつき、﹃なんでこいつらがここに
居るんだ?﹄という顔つきをする。
 だが、すでに人を辞めたからか鷹揚な態度で気にせず、オレ達を
見下ろし一方的に用件だけを告げる。
﹁知った顔も居るようだが、俺様の用件は一つだ。美姫、ザグソニ
シルバーローズ
ーア帝国、第一皇女、ユミリア・ザグソニーア︱︱銀薔薇をもらい
受けに来た。大人しく皇女を差し出せ。そして帝国は俺様の下につ
け。さすれば世界の半分はオマエ達にくれてやるぞ? どうする、
皇帝?﹂
 レグロッタリエは眼下に居る帝国人達が皆一斉に息を呑む。
 スノー達も突然の要求に目を白黒させていた。
 一方、オレはというと⋮⋮現場の緊迫した空気からずれているの
は重々承知しているが︱︱まさか﹃娘を差し出し、幕下になれば世
界の半分を云々﹄という一種懐かしい台詞を魔王から聞けるとは思
っておらずちょっとした感動を覚えていた。 3586
第300話 リース決闘編、そして︱︱︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月24日、21時更新予定です!
と、言うわけで! ついに本編だけで300話達成しました!
皆様の応援のお陰で軍オタをここまで続けてこられました。本当に
ありがとうございます!
300話を達成して明鏡シスイ的には⋮⋮﹃新規の読者様、頭から
最後まで読んだら大変だろうな﹄と思わず考えてしまいました。
まぁなろうを読んでいると勢いさえつけば案外これぐらいの量でも
数日で読めるんですけどね。
とりあえず、これからも軍オタを頑張り最後まで書ければと思いま
す。

3587
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第301話 vs魔王レグロッタリエ
 突如訓練場に乗り込んできた魔王化したレグロッタリエは、眼下
に居る帝国人達に告げる。
﹁知った顔も居るようだが、俺様の用件は一つだ。美姫、ザグソニ
シルバーローズ
ーア帝国第一皇女、ユミリア・ザグソニーア︱︱銀薔薇をもらい受
けに来た。大人しく皇女を差し出せ。そして帝国は俺様の下につけ。
さすれば世界の半分はオマエ達にくれてやるぞ? どうする、皇帝
?﹂
 この場に相応しくないのは重々承知だが、オレは思わず感動して
しまう。
 だって、﹃世界の半分をやるから云々﹄なんて魔王から直々に聞

3588
けるなんて思わなかったからだ。
﹃世界の半分をやるから云々﹄は、男子が﹃言われたい台詞ランキ
ング﹄のトップ10には入る台詞だろう。
 他にも﹃昨晩はお楽しみでしたね﹄や﹃貴様の力はその程度か?﹄
﹃実はオマエには許嫁が居る﹄なども存在する。
 もちろんこれは自分の一方的な意見ではあるが。
 オレが変な感動をしている一方、魔王レグロッタリエと帝国皇帝
が話を進める。
﹁貴殿が魔王レグロッタリエか⋮⋮まさか本当に実在したとはな﹂
﹁ふん、そんなことどうでもいいだろう。それでどうする? 娘を
差し出すのか、出さないのか?﹂
﹁⋮⋮一つ訊きたい。何故、我が娘、ユミリアを求める?﹂
﹁俺様は元々ザグソニーア帝国のスラム街で産まれた﹂
﹁な、なんと!? 貴殿は我がザグソニーア帝国出身なのか!?﹂
 レグロッタリエは律儀に語り出し、皇帝も彼の言葉に丁寧なリア
クションを返す。
ピース・メーカー
 一方、微妙にはぶられているオレ達、PEACEMAKERメン
バーはさくさく戦闘準備をおこなう。
 その間、レグロッタリエは過去話を語り出し、帝国側は律儀に聞
いていた。
たたき
﹁親の顔を知らず、似たようなガキ共とつるんで盗みや強盗をし、
時には仲間を売ったりして兎に角その日を生き延びる。そんなクソ
みたいな生活をずっと送っていた。そして俺様が10歳ぐらいの時、
ユミリアを目にした。当時、帝国は﹃スラム街の住人にも仕事と施

3589
しを﹄とスローガンを掲げて支援をやったよな。国民の人気取りの
ために。あの時、ユミリアが耳目と人気を集めるための御輿として
担がれていたはずだ﹂
﹁た、確かに⋮⋮当時そのようなことをしましたが⋮⋮﹂
 皇帝の側にいた大臣らしき人物が口ごもる。
﹁あの時、綺麗なドレスを着て、手に一杯の菓子を持ち、街やスラ
ムのガキ達に手渡すまだ幼いユミリアに俺様は見惚れてしまったん
だ﹂
 彼らがノリノリで語り合っている間も迎撃準備を整える。
8.8 Flak
 8.8cm対空砲はさすがに見逃されないのと、現状発砲した場
合、魔王の言葉に聞き入っている帝国側に被害を出す可能性がある
ため使用不可。
 念のためすぐに取り出し準備できるように、リースには囁き告げ
ておく。
 スノーはAK47に徹甲弾の弾倉を選択。
アンチ・マテリアル・ライフ
 クリスはVSSから、対物狙撃銃のバレットM82へ。
アリス
 オレもリースから、ALICEクリップで止められた装備一式を
受け取り装着。手にはスノーと同じAK47。﹃GB15﹄の40
mmアッドオン・グレネードの準備をする。
 リースはパンツァーファウストを手に取る。
 ココノ、メイヤには安全のため下がってもらう。
 シアには2人の護衛についてもらった。
 もちろん彼女の武器はコッファーだ。

3590
 準備を終えても魔王は語り、帝国側は聞き入っている。
 まだ﹃世界の半分云々﹄の返答をまだしていない。その前にこち
らの判断で勝手に攻撃をしたら駄目なのか?
 というか、帝国側の兵士達は話に聞き入っていないで、戦う準備
ぐらいしろよ。
 声に出してツッコミを入れたいが、どうも話が佳境に入ったらし
い。
 皇帝は重々しく告げる。
﹁⋮⋮なるほど。その時に我が娘ユミリアを娶りたいという分不相
応な願いを抱き、魔王に身を落としたのか﹂
﹁いいや、違うね﹂
 皇帝のドヤ顔回答を、レグロッタリエは即座に否定する。
 魔王は割れたような壊れた笑みを浮かべ、楽しげに告げる。
﹁俺様は愛と甘いミルクの味しかしらない幼いユミリアを見て思っ
たんだ! こいつを汚したい! あの可愛らしい顔を苦痛と絶望、
快楽と破壊の狂気に汚してやりたいってな! 俺様の下で汚れてい
くユミリアの姿を想像しただけで、下着がぐちょぐちょになったぜ
!﹂
 レグロッタリエの壊れた笑いに、ユミリア皇女が短く悲鳴を上げ
る。
 これはどうやら決裂しそうだな。
 皆に目配せして、開始早々現在の最大火力をぶち込む確認をする。
 しかしレグロッタリエは本当に救いようがないほど屑だな。

3591
 ある意味、ここまで屑だといっそ清々しくもある。
﹁さぁ皇帝! 再び問おう! ユミリア皇女を俺様に差し出せ! 
さすれば世界の半分をくれてやる!﹂
﹁断る! 我が娘、ユミリアを貴様のような魔王に渡すわけにはい
かぬ! 騎士達よ! 汝らの力を魔王に示せ!﹂
 皇帝の言葉にようやく周りにいた帝国騎士達が、戦闘準備を開始
する。
 腰に下げている剣を抜き、観客として集まっていた貴族達の護衛
と魔王に突撃する兵士に分かれる。
 遅い。
 それぐらい命令される前にやっておいて欲しいものだ。
ピース・メーカー
 オレ達、PEACEMAKERメンバーはさっさと攻撃を開始す
る。
 AK47︵徹甲弾︶、バレットM82の12.7mm︵12.7
×99mm NATO弾︶。
 オレはGB15の40mmアッドオン・グレネードで、リースは
パンツァーファウストを発砲する。
 爆音、爆風が訓練所に居る人々にまで届く。
 帝国側の間で﹃やったか!﹄という声が聞こえてくる。
 止めてください、変なフラグを建てるのは。
﹁⋮⋮ふはははは! その程度の攻撃で俺様に傷をつけられると本
気で思っているのか? パチンコ玉程度にしか感じぬぞ!?﹂
 全く、帝国側が変なフラグを建てるからまったくの無傷じゃない
か。

3592
 そんな冗談はともかく、レグロッタリエは前回ただ漏れてしてい
ただけの黒い魔力の風を自身の周囲に展開。
 彼を中心に黒風が高速で回転している。どうもあれでオレ達の攻
撃を防いだらしい。
 となると見た目は黒い風だが、想像以上に硬いらしいな。
﹁抜剣!﹂
 ようやく戦闘準備を整えた帝国自慢の魔術騎士団員達が剣を抜き、
肉体強化術で身体を補助。訓練所の床を蹴り、空中に浮かぶレグロ
ッタリエに切りかかる。
 手にした剣は魔剣らしく、魔力を通して淡く光り輝く。
 その攻撃は、魔王の周囲に渦巻く黒風を切り裂いた。
 どうやら魔力を含んだ攻撃だと破壊しやすいらしい。
 これは貴重な情報だ。
﹁隙有り! 魔王よ、覚悟しろ!﹂
 すぐに後続が追いすがり、若い魔術騎士が嬉々として黒風が薄く
なった部分へと切り込んでいくが︱︱
﹁隙だと? そんなものどこにあるのだ﹂
﹁ぐあぁ!?﹂
 一瞬で先程の2倍の厚さの黒風が生み出され、追撃してきた若い
魔術騎士の魔剣を防ぎ、本人を吹き飛ばす。
 どうやらレグロッタリエは本気を出していなかったらしい。
 黒風はまさに攻防一体の万能武器。魔術騎士達の隙間を縫って、
オレ達も攻撃をしかけるが黒風に弾かれて防がれる。どうも向かっ

3593
てくる攻撃をオートで防ぐようだ。
 背後でシアが﹃攻防一体最強武器はコッファーです。異論は認め
ません﹄と瞳で訴えてくる。
 別に張り合わなくてもいいだろうに。
 だが、レグロッタリエの黒風は攻撃、防御能力だけではなかった。
﹁ぎゃははは! それじゃユミリア皇女は勝手に俺様がもらってい
くぞ!﹂
﹁きゃぁああ!﹂
 黒風はまるで黒い蛇のように伸びて素早くユミリア皇女の体に巻
き付くと、彼女を易々と持ち上げる。
 これにはさすがに皇帝も慌てて声を荒げる。
﹁我々の警備はいらぬ! ユミリアを、娘をなんとしても取り戻す
のだ!﹂
﹃オオオォォッ!﹄
 皇帝の指示に、貴族達を守護していた魔術騎士達すら雄叫びを挙
げレグロッタリエへと突撃する。
 しかし、黒風に阻まれ近づくことさえできない。
 オレはリースに視線を向けると、彼女は頷き動き出す。
 その間、注意を引きつける意味も込めて、オレもユミリア皇女救
出へと突撃する。
 足と目だけに魔力を注ぎ強化!
 短期決戦で駆け出す。

3594
 魔術騎士達が多数いるため、目くらましにはなる。
 だからと言ってこのままではユミリア皇女に近づくのは不可能で
ある。
 オレ自身、例の黒風によって阻まれてしまう。
 だが、すでに対策は立ててある。
アリス
 ALICEクリップにセットされたポーチから、ボールサイズの
玉を取り出す。
 黒風の攻撃を回避しつつ、ピンを抜きレグロッタリエへと投擲!
﹁馬鹿が! 今さら手榴弾程度が俺様に通用すると思ったのか!?﹂
 レグロッタリエは馬鹿にした声を上げる。
 だが、彼の指摘は間違いだ。
 オレが投げたのは手榴弾ではない。
スタングレネード
 特殊音響閃光弾だ。
 オレは目を硬く瞑り耳を押さえる。
 瞬間的に175デシベルの大音量と240万カンデラの閃光が生
み出され、レグロッタリエへと襲いかかる。
 光は障害物があるためあまり意味は無いが、音は違う。
 さすがの黒風も音まで防げない。
﹁!?﹂
 レグロッタリエは人の名残か、大音量に耳を押さえてひるんでし
まう。
スタングレネード
 近くに居た数人の魔術騎士とユミリア皇女が、特殊音響閃光弾に
対応できずもろに効果を浴び苦痛の声をもらしていた。

3595
 一時的なものだから我慢してもらおう。
 同時に黒風の動きが鈍くなり、オレはその隙を逃さずユミリア皇
女へと駆けつける。
 黒風の触手は緩んでいるがまだ彼女を捕らえて離さない。
 オレは一本のナイフを取り出し、魔力を注ぐ。
 黒風はどうも魔術的攻撃には弱いようなので、リース父から褒美
オリハルコン
としてもらった神鉄へと魔力を通し攻撃の手段としたのだ。
 オレは残り少ない魔力を注ぎつつ、黒風を切断。
 ユミリア皇女を抱えて、無事着地して退避。
 走りながら、魔術騎士達に指示を飛ばす。
﹁抵抗陣を形成して全員、その場に伏せろ! でかいのを撃ち込む
!﹂
 この言葉でウイリアムの悲劇を目撃した魔術騎士達は全てを理解
する。
 彼らは抵抗陣を形成してその場に伏せる。
 数人の騎士がオレとユミリア皇女を囲い同じように抵抗陣を作り
出す。
﹁今だ! やっちまえ!﹂
8.8 Flak
 オレの台詞に、8.8cm対空砲を準備していたスノー達が、耳
を押さえて怯んでいたレグロッタリエへ向けて発砲!
 轟音を再びたて、砲弾が魔王レグロッタリエへと襲いかかる。
 彼は咄嗟に黒風でガードする。

3596
 だが黒風は楽々千切れて、本体であるレグロッタリエ本人ごと訓
練所建物外へと押し出される。
 遅れてさらに爆発音が響いてくる。
 しばらくは誰も声を出さず、動かなかった。
﹁や、やったのか⋮⋮?﹂
 また帝国側の誰かがフラグを建てる。
 マジで止めて欲しいんだけど。
﹃⋮⋮⋮クッハハッハハ! さすがに早々簡単にユミリア皇女は奪
えないか﹄
 どこからともなくレグロッタリエの声が聞こえてくる。
 どうも魔術的なもので、声をオレ達がいる訓練所まで届けている
らしい。
﹃今日のところは挨拶がてら顔を出しただけだ。そう簡単に目的を
ピース・メーカー
達成しては面白くないからなぁ? PEACEMAKERや貴様達
の哀れな足掻きにも同情して引かせてもらおう。しかし次は準備を
整えて、帝国を訪問させてもらうぞ。その時こそ必ずユミリア皇女
は俺様が頂く! さらに帝国を滅ぼした後は、王国、他大陸と全て
を俺様が支配してくれる!﹄
 レグロッタリエは自身の欲望を一切隠そうとせず、醜悪なまでに
晒し吐き出す。
﹃それではまた会おう、愚か者諸君﹄

3597
 レグロッタリエの声が水に溶けるように消えていく。
 まさにベタな魔王的撤退だったな。
 オレはユミリア皇女をお姫様抱っこしたままそんなことを考えて
いた。
第301話 vs魔王レグロッタリエ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月27日、21時更新予定です!
数日前の7月某日、19時21分15秒︱︱窓の外で花火がうちあ
がっていました。
そう花火大会です!
あの綺麗な光の下で多くの家族、恋人、友人などが楽しく過ごして
いるのです。別に深い意味はありませんよ、ははっはっはっは⋮⋮。
自分ですか?
自宅で一人、ご飯を食べながら軍オタ更新文章を書いてましたよ?
暑い外に出ず、クーラのきいた部屋でご飯を食べながら楽しく書い
てましたよ?

3598
ダカラ別ニ羨マシイトカ感情アリマセンヨ?
さて、そんなこんなで感想返答文章も書きました!
なので活動報告の方も是非、チェックよろしくお願いします!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第302話 ユミリア皇女とのお茶会
 魔王復活。
 帝国強襲される。
 その二つはすぐに妖人大陸各国に広がり、他大陸にも波及した。
 運がいいことに訓練場を強襲した魔王レグロッタリエが逃走した
先が判明した。
 帝国の近くにある山へと戻る姿を、偶然移動中の商人達が見かけ
たのだ。
 元々その山は山賊達の根城で有名な場所らしい。
 どうも膨大な魔力で無理矢理山を城へと改造しており、禍々しい
空気を漂わせているとか。山周辺に住む魔物の活動も活性化し、凶
暴化。

3599
 さらにその影響は広がっているらしい。
 魔王確認後︱︱メルティア王国や他人種族メインの国家から、帝
国に支援の申し出が殺到しているらしい。
 どうも今回の魔王レグロッタリエを人種族のみの手で倒そうとし
ているようだ。
 五種族勇者のが行っていた行為について、突然権力や武力を持っ
て訂正すると被害が甚大になる。
ピース・メーカー
 PEACEMAKERとしては、徐々に五種族勇者の間違いを正
し、元女魔王アスーラの名誉を回復していくつもりだった。
 そのため現在でも五種族勇者はこの異世界に最高の栄光として輝
いている。
 メルティア王国、ザグソニーア帝国、他小国は、魔王レグロッタ
リエを人種族のみの手で倒すことで、五種族勇者の栄光を今度は人
種族だけで独占しようというのだ。
 もしここで魔王を倒せば、新しい伝説として数百年ずっと語り継
がれる。
 勇者、英雄として語り継がれることは、どんな美酒でも太刀打ち
できない歴史的名誉である。
 故に近場のハイエルフ王国エノールや他妖精種族国家、獣人大陸
からも支援や人材の申し出がでているが、人材はもちろん物資すら
極力頼らないと現在人種族連合国は言っている。
 さらに冒険者達もぞくぞくザグソニーア帝国に集まり、一兵士と
しての参戦を望んでいる。
 もちろん彼らも、次代の五種族勇者という栄光を掴むため参戦し

3600
ているのだ。
 現状、人種族は実力さえあれば部隊に組み込まれ、弱くても雑務
員として雇われる。
 それ以外の種族になると適当な理由をつけ追い返される。
 さらに人種族&他種族の軍団︻レギオン︼やチームが、協力を申
し出ると断られてしまう。まだ断られるだけならいい。
 実力のある軍団︻レギオン︼やチームの場合、他種族の前で堂々
と彼、彼女達を切り捨て人種族だけ兵士として入るように勧誘を始
めるとか。
 そのせいで一時、他種族とかなり険悪な雰囲気になり、衝突する
一歩手前まで行ったらしい。
ギルド
 なんとか冒険者斡旋組合が立ち回り、仲裁しているとか。
ギルド
 冒険者斡旋組合も今回の魔王討伐で、多々業務がある。その上、
このようなもめ事処理まで押しつけられ、阿鼻叫喚らしい。
ピース・メーカー
 ちなみにオレ達、PEACEMAKERにも魔王討伐の話が来た。
 遠回しにだが、人種族であるオレ&ココノだけで魔王討伐に参加
しないかと誘われた。
 もちろん、そんな話を受けるはずもなく、早々に帰ってもらった。
 まったく失礼にもほどがある!

 だが、他種族から反感を買いつつも、魔王討伐という栄光につら
れて人がどんどん集まってくる。
 彼らは自分達が負けるとは想像していないらしい。
 気持ちは分からなくはない。
 昔々のお話、お伽噺に出てくる魔王が実際に姿を現した。

3601
 しかし現在は魔術の研究もすすみ、戦略&戦術的、武器、防具、
魔術道具などなど︱︱全てが時間とともに進化している。
 地球でいうなら︱︱物語に出てくるドラゴンが、現代に蘇った。
 でも科学技術が発達しているから何とでもなるよね?
 そんなノリなのだろう。
 オレが﹃種族関係なく魔王と戦うべきだ!﹄と主張しても帝国は
柔らかい物腰で受け流し、メルティア王国は﹃ランス様の弔い合戦
は自分達だけで本来はおこないたい。だが、妥協して人種族のみで
我慢している﹄と主張。
 他小国はメルティア王国の意見に賛成の声をあげている。
 結果、オレの主張は誰にも届かず却下されてしまった。
 正直、敗北フラグを立てている気しかしない。
 彼らは勝つ気満々だが、これで負けたら色々面倒だろうな。
シルバーローズ
 面倒といえば、﹃銀薔薇﹄。
 ザグソニーア帝国第一皇女、ユミリア・ザグソニーアから、今日
も強引にお茶会へと出席させられていた。
 どれぐらい強引かと言うと⋮⋮一人で歩いていたら、無理矢理引
きずり込まれたくらい強引にだ。
 ユミリアは瞳にハートマークを浮かべながら、うっとりとした表
情で話しかけてくる。
﹁今日も是非、リュート様の武勇をお聞かせくださいませ!﹂
﹁い、いやー武勇も何も、大事に巻き込まれたりしたことは何度も
ありますが、自分1人ではなく皆の力があったからこそ切り抜けら
れた訳で。自分自身の力は大したことありませんよ﹂

3602
﹁謙虚なんですね。そんなところも素敵です!﹂
 瞳と言わず、全身からハートマークを乱舞させる勢いで、ユミリ
ア皇女が返答してくる。
 どんな返答をしようと彼女の中で好感度が鰻登りで上昇してしま
うらしい。
 オレは思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。
 どうしてこんなことになったのかというと︱︱あの時ユミリア皇
女を魔王レグロッタリエから助けたのをきっかけに、惚れられたら
しい。
 ユミリア皇女曰く⋮⋮﹃魔王に捕らえられ怯えていましたが、リ
ュート様のお姿を見たとき雷鳴のような鋭い音が聞こえました。そ
れ以後、周りから音は消えリュート様の凛々しいお姿しか目に入り
ませんでしたわ﹄
スタングレネード
 特殊音響閃光弾のせいですね。
 175デシベルの音で耳が一時的に聞こえなくなっただけです。
﹃リュート様に抱えられ、恐るべき魔王から助けてくださった後も
私の意識はくらくらしてしまいました。きっとリュート様の魅力に
打ちのめされてしまったのですわ﹄
スタングレネード
 はい、それも特殊音響閃光弾のせいですね。
 瞬間的とは175デシベルの音を聞いたら、意識もくらくらする
に決まっています。
 本人に直接そう説明したのだが、﹃そうなんですか。さすがリュ
ート様、博識なのですね﹄と瞳をハートマークにしたままで、好感
度を上げるだけの結果になった。

3603
 どうもユミリア皇女は惚れっぽいらしい。
 しかも惚れたら一直線の性格らしく、前回の素っ気ない態度が嘘
のようにぐいぐいと攻めてくるのだ。
 正直に言ってこの人は苦手だ⋮⋮。
 だからと言って相手は皇女、下手な態度は取れないから扱い辛い。
﹁と、ところで素敵といえば、訓練所で妻達と決闘したウイリアム
殿も素晴らしい方ですね。あれほどの若さで魔術騎士副団長で魔術
師Aマイナス級なんて。自分は魔術師としての才能が無いので、魔
術が扱える方は羨ましく思いますよ﹂
﹁? ウイリアムですか? 確かに帝国の魔術騎士団にそのような
人が居ましたわね﹂
 うわ⋮⋮興味無くなったとたんにこの態度。
 だから、この娘は苦手なんだ。
 オレがユミリア皇女の態度に背筋を寒くしていると、部屋の扉が
ノックされる。
 皇女付のメイドが応対すると、部屋にシアを連れたメイヤが姿を
現す。
﹁リュート様、こちらにいらしたのですか﹂
﹁め、メイヤ! どうしてここに!?﹂
﹁竜人大陸から来た商人が滅多に市場に出回らない珍しい茶葉を持
ってきたので、是非ユミリア皇女にと思いまして。リュート様もユ
ミリア皇女とお茶会ですか?﹂
 メイヤはまるでどこぞの由緒ある名家のお嬢様のような物腰で返
答する。

3604
 ︱︱いや、考えてみたらメイヤは、竜人大陸の国王とも懇意で、
次期国王と目される第一王子と幼馴染みになるほどの貴族の出だっ
た。
 日頃の言動のせいですっかり彼女がお嬢様だということを忘れて
いた。
 竜人大陸でも有数の貴族で、﹃魔石姫﹄と名高い彼女を追い返す
ことはユミリア皇女でも難しい。
 ユミリア皇女は微笑みを浮かべているが、全身から﹃ジャマヲス
ルナ﹄という刺々しい空気を発している。
 メイヤはまったく気づかないふりをして、茶会に参加する。
﹁シア、早速お茶を入れてちょうだい﹂
﹁かしこまりました﹂
 シアは一礼すると、メイヤが持ち込んだお茶の準備を始める。
 ユミリア皇女は微笑みを浮かべたまま、当たり障りのない話を振
る。
﹁メイヤ様のお持ちになったお茶、大変楽しみですわ﹂
﹁竜人大陸でも珍しいお茶なので、ユミリア皇女のお口に合うか心
配ですが﹂
 メイヤも微笑みを浮かべて、ユミリア皇女側が準備したお茶の香
りを楽しみ、口にする。
 座る動作、カップを口に運ぶ動き、会話の流れ︱︱どこをとって
も優雅なお嬢様である。
 ⋮⋮もしかしたら今、目の前に居るのは魔王レグロッタリエが準
備した偽者じゃないのか?
 オレが正体を疑っていると、メイヤがお茶を褒める。

3605
﹁エルノカーシス産の茶葉ですわね。香りの華やかさが他の香茶と
はやはり違いますわね﹂
 ユミリア皇女の表情に亀裂が入る。
 どうやら正解らしい。
 さらにメイヤはたたみかけた。
﹁カップやソーサーもカリリング製で、しかも細工から名匠である
キールキキ作ですわね。さすがユミリア皇女。カップ一つとっても
センスがありますわね﹂
﹁お、お褒めにあずかり光栄ですわ。メイヤ様﹂
 確か前世日本では、茶の湯の席で出される茶器、掛け軸、茶菓子
等を客が賞賛する際、それらの品に対する見識が求められたらしい。
 メイヤは香りと一口飲んだだけで、茶葉の生産地、カップの作者
すら言い当てた。
 ゲストとしてかなり教養が高い部類だろう。
 そうこうしているとシアが、お茶の準備を整える。
 メイヤが持ち込んだ茶葉は、竜人大陸でよく飲まれる茶々だ。
 茶々はウーロン茶のような色合いと風味で、飲み方も前世、地球
でのように小さなカップに注がれて出される。
﹁ユミリア皇女のお口に合えばよろしいのですが。リュート様もど
うぞ﹂
﹁それでは頂きますね﹂
 ユミリア皇女は出されたカップに手をつけまず香りを確認する。
次に香茶より黒い茶々に口を付けた。

3606
 だが先程のメイヤのように茶葉の名前をすぐに出すことが出来な
い。
 十分な間をおいてメイヤが正解を口にする。
さん
﹁ロウ・コウ山で栽培し、取れた茶葉を使った﹃ロウ・コウ茶々﹄
さん
ですわ。ロウ・コウ山には多種多様なドラゴンが住み着き、そのた
め栽培の際、危険が多く茶葉の収穫量も極わずか。ですが香りは他
の茶葉に比べ段違いに強く、風味も爽やかなのが特徴の茶葉なので
すわ﹂
﹁さ、さすがメイヤ様。これほどの茶々を頂けるなんて光栄ですわ﹂
 ユミリア皇女はお世辞を口にするので精一杯だった。
 この時点でメイヤとユミリア皇女の格の違いが決定されてしまう。
 後はメイヤの独壇場だった。
 畳みかけるように部屋に置かれている美術品を褒め、さらに格の
違いを見せつける。
 後はメイヤが主導権を握り、気づけば茶会は解散となった。
 オレはメイヤに連れられて帝国城の廊下を歩く。背後から音もな
くシアが続く。
﹁リュート様ったら、いくらなんでも油断が過ぎますわ﹂
﹁ごめん、まさかあれほど強引にユミリア皇女が行動をおこすとは
思っていなくてさ﹂
 珍しくメイヤにしかられ、謝罪を口にする。
 確かに少々油断していた。
 オレがしょげていると、メイヤはおかしそうに微笑む。

3607
﹁ですがいくらリュート様がミスをなさっても、この一番弟子であ
るメイヤ・ドラグーンがフォローしてみせますわ! なのでリュー
ト様はどうぞご安心してお過ごしくださいませ﹂
﹁め、メイヤ⋮⋮ッ﹂
 メイヤの男前な発言に思わず胸が﹃キュン﹄と高鳴る。
 あれ? メイヤってもっとこうアレな感じじゃなかったっけ?
 今の彼女はとても頼もしく見えてしまった。
第302話 ユミリア皇女とのお茶会︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月30日、21時更新予定です!
ユミリア皇女がチョロインと思ったら、主人公もチョロインでした
︱︱というお話ですね︵笑︶
しかし最近はマジで暑い!
なにかの拷問か! っていうぐらいに暑いですね。
お陰でクーラー&アイスを大量消費してしまいます。あんまり体に
よく無いんですけどね。
皆様も夏の暑さ&体調管理にどうぞお気を付けてください!

3608
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第303話 アームス、再び
 レグロッタリエが帝国の近くにある山︱︱グラードラン山を魔力
で強引に魔王城化してしまう。
 結果、周辺に黒く濁った魔力が垂れ流れ魔物と交わり、強化&凶
暴化させている。
 今回の魔王討伐に参加しない︱︱正確にはさせてもらえなかった
ギルド
冒険者斡旋組合の依頼により、残った冒険者達は強化&凶暴化した
魔物退治をさせられていた。
 放置すれば近隣の村を襲うし、集まっている人種族兵士達は準備
に忙しいのと出発前に損害を出したくないためやりたがらない。
 強化されているため倒すのは大変だが、その分素材価値が上がっ
ているため報酬は悪くないとか。
 また魔王討伐軍的には、魔王と戦う前、他魔物に横やりを入れら

3609
れないよう冒険者達に露払いをさせる狙いもあるようだ。
ギルド
 その支援に帝国が国内にある冒険者斡旋組合支部をせっついてい
るとかなんとか噂話がまことしやかに囁かれている。
ピース・メーカー
 オレ達、PEACEMAKERも魔王討伐に参加させてもらえな
いため、魔物討伐に参加していた。
 放置して近隣の村などが襲われたらたまったものではない。
 オレ達はM998A1ハンヴィー︵擬き︶に乗り込み、ほぼ毎日
魔物討伐へと出かけていた。
 帝国城内に留まると、ユミリア皇女につきまとわれる︱︱という
理由もあるが。
 現在はあのお茶会以来、メイヤが盾となってくれているため強引
な面会や誘いは激減した。
 一度、ユミリア皇女が無理矢理、オレをお茶会に連れ出そうとし
た。
 しかしメイヤが間に入り、﹃ユミリア様、そのお茶会是非わたく
しも参加させてください。とっておきのお菓子とお茶を持ち、リュ
ート様と伺わせて頂きますわ﹄と発言。
 この言葉にユミリア皇女は唇の端をひくつかせて引き下がる。
 メイヤは言外に﹃これ以上リュート様にちょっかいを出し邪魔を
するなら、今度そ叩きつぶしますわよ?﹄と言ったのだ。
 彼女がその気になれば、オレの前でユミリア皇女に恥を掻かせる
など造作もない。実際、前回のお茶会で証明している。
 故にユミリア皇女は突然用事を思い出してお茶会を中止し、オレ
の前から引き下がったのだ。
 この時ほどメイヤを格好いいと思ったことはない。
 もしオレが女子なら、﹃胸キュン﹄してチョロイン化していただ

3610
ろう。
 話を戻す。
 今日も強化&凶暴化した魔物を討伐するためM998A1ハンヴ
ィー︵擬き︶に乗り込む。
 約1時間近く走った場所にある森近く。
 そこには開墾しながら田畑を広げる村がある。
 オレ達はそこで森や平野から出てくる魔物達を狩りまくる。
﹃オオオオォッォッォォォッォォォッ!!!﹄
 狐のような三角耳、鋭い牙、すばしっこそうなやせ細った体躯。
そして尻尾が竹箒のように広がり、そこだけ毛のボリュームがある
魔物。
 初心者冒険者の登竜門的魔物であるガルガルだ。
 しかし魔王の黒い魔力に汚染され、色は黒く、尻尾は三つ又に分
かれ、牙が長く伸びている。
 明らかに強化されていた。
 ガルガル改? ガルガル2、もしくはガルガルパワーアップバー
ジョン?
 呼び名が分からないが、3匹の強化されたガルガルがオレ達に向
かって突撃してくる。
 ダン! ダン! ダン!
 クリスのSVD︵ドラグノフ狙撃銃︶が3発放たれる。
 弾丸は寸分違わずガルガルの頭部にヒット。
 10秒かからず倒してしまう。

3611
 どれだけ強化されようと所詮ガルガル。
 クリスの敵ではないか。
 リースが手慣れた様子で、動揺もせず﹃無限収納﹄に倒したガル
ガルをしまう。
 本来、ガルガルは討伐証明に尻尾だけを切り取る。残りは埋める
か、焼くか、魔術水薬をかけなければならない。その死体を食べて
他の魔物が繁殖させない措置だ。
 しかし今回のガルガルは魔王の魔力の影響で、全身の毛皮が強化
されているため防具に使用可能らしい。
ギルド
 冒険者斡旋組合は、尻尾だけではなく全部を持ち帰るよう推奨し
ているのだ。
﹁しかしよろしかったのですか、若様﹂
﹁何が?﹂
 シアがコッファーを手に話しかけてきた。
 もちろん護衛メイドだけあり周辺の警戒は怠らない。
 現在オレ達は村近くの草原と森の境界付近に居る。森沿いを歩き
ながら、向かってくる魔物を退治しているのだ。
﹁ハンヴィーを魔王連合や他軍団に見せるように移動したことです。
わざわざ手の内をさらすのはどうかと⋮⋮﹂
 帝国からこの場に移動する際、ハンヴィーを使用した。
 その時、冒険者や他人種族の兵士達が、﹃なんだあれは?﹄と驚
きの目で見つめてきた。
 あまり冒険者が自分の手の内をさらすのは好まれない。
 状況によっては、その手の内が自身の命を救う鍵になる場合があ

3612
るからだ。またハンヴィーの性能は馬車とは比べ物にならないため、
面倒な人物達から﹃是非、購入したい!﹄と話を持ち込まれこじれ
る可能性がある。シアはその点を気にして問いかけてきたのだろう。
 オレは自分の考えを彼女に聞かせる。
﹁念のためだよ。今回の魔王戦で緊急事態が起きたら、馬車より圧
倒的に速いハンヴィーを使いたいからさ。今は魔王の影響で魔物が
変質しているだろう? 見慣れないハンヴィーが高速で迫ってきた
ら新手の魔物だと思って攻撃される可能性がある。そういうのを避
けるために今のうちに認知を広めておこうと思っていたんだ﹂
 もし邪魔されて助かる命が助からなかった場合、目も当てられな
い。
 昔ならいざ知らず大抵の面倒は現状、解決するのは容易いという
こともある。
 シアは頭を下げてきた。
﹁失礼しました。若様のお考えに気づかず﹂
﹁こっちこそちゃんと説明しなくてごめんな﹂
﹁リュートくん、アレって⋮⋮﹂
 スノーの声に視線を向ける。
 帝国方面から、武装した集団が駆けてくる。
 最初、角馬に乗った騎士かと思ったが、どうも違う。
 文字通り人馬一体となったケンタウロス族達だ。彼らもこちらに
気がつき、速度を落として近づいてくる。
 先頭を進むのはカレンの兄、ケンタウロス族魔術師Bプラス級、
アームス・ビショップだ。

3613
 彼は細工が施された細い槍を手に、上半身を金属甲冑で隙無く包
んでいた。顔だけは視界確保のためか、兜などを一切かぶっていな
い。
 後ろに控える同じケンタウロス族の若者達も武装こそ違うが似た
ような格好をしている。
﹁こんなところでお会いできるとは奇遇ですね。リュート殿﹂
﹁ですね。でもまさかアームスさんがまだ帝国に残っているのは驚
きですよ。てっきりもう帰国なさったのかと﹂
 アームス達は家業の武器や防具を製造・販売している。
 今回帝国には注文を受けた武器&防具を届けに来ていたのだ。
 すでに荷物の引き渡しを終えているため、てっきり魔人大陸に戻
ったものと思っていたのだ。
﹁仕事は終わったのですが、魔王が本当に誕生したと言うことで折
角だから、義勇軍に参加しようと若い奴らと盛り上がったのですが
断られてしまって。ただ帰るのも面白くないので、これから販売す
る新武器の性能チェックも兼ねて、魔王に強化された魔物退治に挑
んでいたんですよ﹂
 家族に﹃魔王配下の魔物達と戦った﹄と土産話作りの意味もある
らしい。
﹁リュート殿達も魔物退治ですか? てっきり魔王討伐軍の重要な
役職を与えられているとばかり思っていましたが﹂
﹁実はウチも魔王討伐軍には入れてもらえず弾かれたんですよ。だ
から、せめて近隣住民のため魔物退治に勤しんでいたんです﹂
 正確にはオレとココノ以外お断りと言われ、こちらから蹴ったわ

3614
けだが。
 アームスはオレの返答に呆れた表情を浮かべる。
レギオン ピース・メーカー
﹁今現在最強の軍団、PEACEMAKERの協力を断るとは⋮⋮。
これは魔王討伐軍の敗北は決定的ですね﹂
﹁いやいや、正直、自分達が参戦したからといって確実に魔王に勝
てる保証はありませんよ﹂
 謙遜ではなく事実だ。
 いくつか対魔王兵器を準備はしているが、確実に倒せる保証はな
い。
 しかし、アームスは意見を変えなかった。
﹁確かに保証はありませんが確率はあがります。ですが、今の魔王
討伐軍は功名心が先立って他国兵士達との連携が取れていません。
人数だけはそろっていますが、それだけで勝てるほど魔王は甘くな
いでしょう﹂
 アームス達義勇兵が断られた理由も﹃他種族だと連携が取れない
ため今回は見送らせて頂く﹄と言われたかららしい。
 人種族同士ながら、そこまで体格や食事、移動速度、もろもろに
差はほとんど無い。
 確かに人種族で統一すれば雑事が楽になるということはある。
 だが実際は体のいい拒絶理由でしかない。
 アームスは見識が深く、広い視野を持ち、武勇にも優れ、家柄も
いい。下半身は馬だが、顔立ちは整っており、髪を伸ばしているが
手入れも十分されているため不潔感はなく、性格もいたって真面目。
 これほどの逸材はなかなかいないと思う。

3615
 唯一、欠点があるとするなら︱︱
﹁魔王討伐に名乗りを上げるほどの女傑と出会えると思い楽しみに
していたのですが、参加を断られるとは本当に無念です。今回こそ
自分を頭から爪先まで支配してくれる剛の女性と出会えるチャンス
だと思っていたのですが⋮⋮ッ﹂
 アームスは心の底から悔しそうに歯噛みする。
 ⋮⋮この性癖さえなければ本当に優秀な人材なのだが。
 後ろで彼の部下らしき人物達が﹃またかよ⋮⋮﹄という呆れた表
情を浮かべる。
 どうもケンタウロス内部でも彼の性癖は特殊な部類に入るようだ。
 彼は冷静さを取り戻し、話を戻す。
﹁失礼、少々興奮してしまいました。ゆえに今回の魔王討伐はほぼ
失敗すると思います。リュート殿達も下手に巻き添えを食う前に帝
国から去った方がいいかと。自分達も明日には魔人大陸へ戻るつも
りですし﹂
﹁ご心配して頂きありがとうございます。ですが魔王とは少なくな
い縁があるのと、彼らを放っておくわけにはいきませんから﹂
ピース・メーカー
﹁確かPEACEMAKERの理念は⋮⋮なるほど、リュート殿達
は本当に素晴らしい人達ですね。妹がリュート殿達の下に勤めてい
ることを誇りに思います﹂
 この人は本当に性癖さえ絡まなければ誠実ないい人だよな。
 マジで機会があったら⋮⋮あの人をアームスさんに紹介してもい
いかも。
 アームスさんならあの人の魔王オーラに耐えられるかもしれない

3616
⋮⋮!
 ちなみにここで﹃あの人﹄の名前を口にしてはいけない。
 口にしたらこの場に現れそうだからだ。
 前世、某海外魔法小説に出てくる﹃あの人﹄のようにだ。
﹁突然で申し訳ないのですが、魔人大陸に戻るなら一つお願いがあ
るのですが﹂
﹁なんでしょう。リュート殿達には妹がお世話になっているのでな
んでも仰ってください﹂
﹁ありがとうございます。実はある人に伝言をお願いしたいのです﹂
﹁伝言ですか?﹂
 オレはアームスさんが魔人大陸に戻る前に、もう一度会えたらあ
る人物に伝言を頼むつもりだった。
 これも対魔王戦の保険の一つだ。
 アームスさんは一通り伝言を聞くと心良く了承してくれる。
﹁分かりました。必ずお伝えします﹂
﹁ありがとうございます! よろしくお願いします!﹂
 こうしてオレ達は挨拶を交わし、その場で別れる。
ピース・メーカー
 そして再びオレ達、PEACEMAKERで魔物狩りを始めた。
3617
第303話 アームス、再び︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月3日、21時更新予定です!
次回アップ日に軍オタ4巻の表紙アップ許可を頂きました!
なので次のアップ日は活動報告をご確認ください!
4巻表紙も素晴らしい出来なので、是非是非お見逃しなく!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶

3618
第304話 イニシアチブ
﹁姫様、どうか今一度お話をさせてください!﹂
﹁くどいです。私はウイリアム様と話すことなどありませんわ﹂
 帝国城、廊下。
 侍女を連れたザグソニーア帝国第一王女、ユミリア・ザグソニー
シルバーローズ
ア。その美貌から﹃銀薔薇﹄と呼ばれるユミリアの前に一人の若い
騎士が立ち、彼女がそれ以上進むのを妨害していた。
 彼はザグソニーア帝国魔術騎士団副団長、魔術師Aマイナス級、
ウイリアム・マクナエル。
 つい最近までユミリアが懸想していた相手である。
ピース・メーカー
 しかし現在ユミリアは彼から乗り換え、PEACEMAKER団

3619
長のリュート・ガンスミスに夢中になってしまっていた。
 ユミリアは冷たい視線をウイリアムへと向ける。
﹁私は忙しいのです。今日こそなんとしてもメイヤさんの妨害を乗
り越えて、リュート様をお茶会に誘うのです。ですからこれ以上、
邪魔をしないでください﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
 はっきりと拒絶され、ウイリアムは耐えきれず進路を開けてしま
う。
 ユミリアは彼が傷ついた表情を浮かべても一切気にせず、侍女を
連れてさっさと廊下を進む。
 最近まったくお茶会で同席することが出来ず、自身をアピールで
きていない。必ず今日こそはリュートを誘い出さなければ、とユミ
リアは意気込んでいる。
 ウイリアムはその背を暗い瞳で見つめてしまう。
︵⋮⋮どうしてこんなことになってしまったんだ︶
 もちろん原因は理解している。
 自分自身の失態のせいだ。
 元々ユミリアは大国メルティアの次期国王ランス・メルティアと
結婚が決まっていたが、魔王レグロッタリエがランスを殺害。
 結婚は白紙となる。
 愛しいランスが死に、意気消沈していた彼女をウイリアムが慰め
たのを切っ掛けに、2人は密かに惹かれ合ったはずだった。

3620
ピース・メーカー
 だがユミリアはリュートが団長を務めるPEACEMAKERの
軍事力を帝国に引き込むため政略結婚させられそうになる。
 最初、彼女はリュートとの政略結婚を拒絶していた。
ピース・メーカー
 そのためウイリアムはPEACEMAKER歓迎パーティーで、
リュートに模擬戦闘を申し込んだ。
 帝国軍部として﹃帝国に外部軍事勢力の取り込みなど必要ない!﹄
ということを示し、ユミリアを望まない政略結婚から救うためだっ
た。
レギオン
 故に当時、彼の士気は高く、﹃妖しげな魔術道具を使う軍団など
に絶対負けない!﹄と意気込んでいた。
 しかし結果は惨敗。
 リュートと戦う以前に、訓練場で彼の嫁3人に敗北してしまった。
 最後の決闘など、相手の一撃︱︱巨大な筒の化け物のようなもの
に耐えきれず意識を失ったのだ。
 帝国でもエリート花形部隊である帝国魔術騎士団に最年少&最速
サウザンド・ブレード
で副団長の座に着き、次期団長確実の﹃千の刃﹄という二つ名すら
与えられたウイリアム・マクナエルがだ。
 さらに最悪なことに、魔王レグロッタリエが訓練所を襲撃。
 ユミリアを人質に取り奪い去ろうとした。
 その間、彼は気絶し白目をむき続けた。
 ウイリアムが気絶している間に、リュートが彼女を助け、さらに
魔王を撃退してしまったのだ。
 これで帝国軍部とウイリアムのメンツは丸潰れ。

3621
 当初の﹃帝国に外部軍事勢力の取り込みなど必要ない﹄という目
標を達成するどころか、引き込むための大義名分を与えたに等しい。
 自分の大きな失態に吐き気すらもよおす。
 暫くの間、ウイリアムはその場から動くことができなかった。
 しかし、彼も皇女の後をいつまでも追い続けられるほど暇ではな
い。
 午後になり、ウイリアムは帝国国内にあるとある屋敷へと向かう。
 屋敷は帝国内でも五指に入るほど大きく、シンプルだが品の良い
作りで、内部に置かれている美術品や調度品も綺麗に統一されてい
る。見識ある者が目にすれば廊下に飾られている壺一つでも平民の
人生が買えるほどの品だとすぐに気づくだろう。
 だが注目すべき点は、屋敷の大きさでも美術品の値段、使用人の
教育が行き届いている点でもない。
 屋敷全体を包む重圧感である。
 まるでこの屋敷だけ外部と重力が違うのではと錯覚するほど体に
重さを感じるのだ。
 ウイリアムは子供の頃から何度も来ているが、未だにこの重圧感
に慣れない。
 彼は使用人の案内で屋敷の主が居る書斎へと通される。
﹁失礼します﹂
 書斎に入ると一人の初老男性が、壁際に並んでいる本棚前で一冊

3622
本を手に取り、開きながら読んでいた。
 彼はウイリアムが書斎に入ったのを横目で確認すると、きりの良
いところまで読み本を棚にしまう。
﹁よくきたウイリアム、座りなさい﹂
﹁はい、失礼します﹂
 ウイリアムは指示に従いソファーへと座る。
 ちょうどメイドが香茶を入れて部屋を訪れる。
 配膳が終わると一礼して部屋を出た。
 ウイリアムは扉が閉まり10秒ほど経ってから、持ってきた書類
を正面ソファーに座る人物へと差し出す。
﹁各国からの出兵人員の内訳が出ましたのでご報告させて頂きます。
団長のほぼ指示通りの戦力比になったと思います。こちらが詳細の
資料となります﹂
﹁ふむ⋮⋮﹂
 ウイリアムが﹃団長﹄と呼んだ人物は、差し出された書類を手に
取る。
 彼こそ、帝国ザグソニーア帝国魔術騎士団長を務める人物。
 人種族、魔術師Aプラス級、レイーシス・ダンスだ。
キメラメイカー
 二つ名を﹃合成生物士﹄と呼ばれ帝国内外では恐れられている。
 魔力で好きなように生物を作り出すことができる。そのため利点
を好きに備えた生物を作り出すことができるのだ。
 また魔力の塊のため、最後は自爆特攻させることもできる。
 たとえ自爆させてもレイーシスの魔力によって作りだされている
ため、すぐに再度呼び出すことも可能だ。
 もちろん魔力が底をつきるまでという条件はあるが。

3623
 初老前だというのに筋肉や肌の張りに衰えはない。瞳はカミソリ
のように細く、髪をオールバックになでつけている。
 強面ではないが、騎士団団長などやっているせいかビジネスヤク
ザ的迫力がある。彼の空気が伝播して、屋敷内部が重苦しくなって
いるのだ。
 そんな彼が今月の上がりを確認するような視線で、ウイリアムか
ら渡された書類に目を通していく。
 対魔王レグロッタリエ戦に参加する人種族連合の戦力は以下であ
る。
 王国が2万、うち1000人が魔術師。
 帝国が2万、うち1500人が魔術師︵魔術騎士含む︶。
 他国から兵士が1万人。
 ︱︱合計5万の軍勢だ。
 王国側は自軍の兵士をもっと参加させたいと帝国側に訴えていた。
 今回の戦は、自国の次期国王だったランスの敵を取る弔い合戦だ
からと。
﹃ランスの敵﹄という大義名分を掲げてだ。
 実際は自軍の兵士が魔王の首を取る確率を少しでも上げるため、
自国戦力を強化したいのが狙いなのは誰の目からも明らかである。
 しかし、それは王国だけではない。
 帝国も自国でそれを手に入れたいと考えている。
 もし魔王の首を落とすことができれば、﹃五種族勇者﹄の栄誉を
その国が独占できるのだから。
 国益を考えれば狙うのは当然である。

3624
 そのため帝国は﹃自国領内の問題のため、他国兵参加には制限を
加える﹄と主張しイニシアチブを取っていた。
 お陰で王国側と戦力比について揉め、最近ようやく落とし所を見
つけることができたのだ。その戦力比は団長であるレイーシスの提
示したものにほぼ近づけることができた。
 彼は書類を確認し終えると、表情を変えずテーブルへと置く。
﹁⋮⋮報告ご苦労、副団長﹂
﹁はっ、恐縮です﹂
﹁ではここからは騎士団の団長、副団長ではなく親戚同士というこ
とで話をする。堅苦しいのは止めよう﹂
﹁⋮⋮分かりました、オジ上﹂
 レイーシスとウイリアムは遠縁ではあるが親戚同士である。
 そのためウイリアムは子供の頃から年に一度はこの屋敷を訪れて
いた。
 しかし、何度来ても屋敷の重圧感には一向に慣れない。
﹁今日、皇女とは話ができたのか?﹂
﹁いえ⋮⋮申し訳ありません﹂
﹁まったく皇女にも困ったものだ﹂
 レイーシスは王女の惚れっぽい性格に溜息をつく。
 その性格を利用して、帝国で現在最も人気のあるウイリアムを彼
女へと近づけ惚れさせたのはレイーシスなのだが。
 レイーシスは暫し考え込み明日の天気の話をするような気安さで
告げる。
﹁ウイリアム、今回の魔王の首は君が取るんだ﹂

3625
﹁オジ上⋮⋮随分気軽に言ってくれますね﹂
﹁私は達成できる能力ある者にしか指示を出していないつもりだが﹂
 それに︱︱とレイーシスが続ける。
﹁魔王を討ち取った勇者となれば、再び姫は君に瞳を向けると思う
が。どうだろう?﹂
﹁ッ!﹂
 その言葉にウイリアムは息を呑む。
 魔術騎士団長という立場を利用し、ウイリアムとユミリアを近づ
けさせたのはレイーシスである。
 彼の狙い、それはウイリアムとユミリアを結ばせ、ウイリアムを
皇帝の座へと押し上げることだ。
 そして自分はウイリアムを影から操り、実質帝国の実権を手にし
ようと企てているのだ。
ピース・メーカー
 現皇帝がPEACEMAKERを取り込もうとしているのも、帝
国軍部︱︱実質レイーシスの影響力を少しでも下げるためという意
味合いもあるのだ。
 ウイリアムも馬鹿ではない。
 レイーシスは歳を取りすぎ、自身でユミリアを娶るのは醜聞が悪
い。だから、自分を利用していることも理解している。
 分かっていながら、その策に乗った。ザグソニーア帝国第一王女
シルバーローズ
ユミリア・ザグソニーア、﹃銀薔薇﹄を、ウイリアムは心から愛し
ているからだ。
 ランスとの婚約が決まったと知った時、心が砕けそうなほど絶望
した。

3626
 そしてその後ランスが死に、ユミリアから自分を﹃愛している﹄
と告げられた時、天神様の元へ向かいそうになるほどの気持ちにな
った。
 ウイリアムはたとえ自身が駒として権力闘争に利用されだけだと
しても、ユミリア皇女と結ばれたかったのだ。
 レイーシスはそのことをよく理解している。だから再度告げた。
﹁ウイリアム、魔王レグロッタリエの首を取れ。そしてユミリア皇
女の瞳を再び自身へと向けるのだ﹂
﹁⋮⋮分かりました、オジ上。今回の戦、全力で魔王の首を取らせ
て頂きます﹂
 ウイリアムは硬い決意を宿した瞳で頷く。
 その言葉にレイーシスは満足そうに頷いた。
 そしてそれから約1ヶ月後︱︱人種族連合が魔王レグロッタリエ
を討伐するため帝国から出兵した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 魔王レグロッタリエに耳目が集まる中、騒動に紛れ動く影があっ
た。

3627
01
﹁さて、それじゃまずは始原本部へ行こうか。お姫様を助け出すと
しよう﹂
﹁はい、ランス様﹂
 大国メルティアの元次期国王、人種族・魔術師Aプラス級、ラン
ス・メルティア。
 ハイエルフ王国エノール第1王女、ララ・エノール・メメア。
01
 二つの影が、始原本部を見下ろしていた。
第304話 イニシアチブ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月9日、21時更新予定です!
無事、軍オタ4巻表紙を活動報告へアップしました!
よかったらご確認ください!
また、富士見ファンタジア文庫様HPで、軍オタの特別記事に4巻
表紙がアップされています。こちらの方も是非是非チェックよろし
くお願い致します!
次はいよいよ人種族vs魔王戦です。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!

3628
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第305話 プライド
﹃ワァァァアァ!﹄と、直接脳味噌を揺さぶるような大歓声が響く。
 帝国の民衆や他人々に見送られ、魔王レグロッタリエを討伐する
ために人種族連合が進軍を開始する。
ピース・メーカー
 ユミリア皇女の計らいでオレ達PEACEMAKERメンバーは
貴賓席に案内され、帝国内部を通って城門を出て行く人種族連合の
行進を見物することができた。
 ユミリア皇女の狙いではこの場に自分も居てオレとの仲を深める
予定だったが、彼女は民衆達や兵士達の鼓舞のため貴賓席ではなく、
進軍パレードの御輿に同乗し手を振っていた。
ピース・メーカー
 そのため貴賓席にはオレ達PEACEMAKERメンバーしかい
ない。
 眼下を彼女が乗った御輿が通り過ぎた時、ユミリア皇女が一瞬、

3629
悔しそうな顔をしたのはちょっと忘れられない。
 まさに﹃策士策に溺れる﹄だ。
 ユミリア皇女はもちろん戦場へ行く訳ではなく、城門で進軍する
兵士達を見送ったら戻ってくる予定だ。
 恐らく︱︱間違いなく足早にこの貴賓席へと戻ってくるだろう。
 彼女と顔を合わせる前にパレードを見終えたオレ達は、早々に席
を立つ。
 向かう先は飛行船を停めてある飛行船所だ。
 歩きながら一人ぼやく。
﹁魔術師も多いし、一般兵士の装備も充実している。何事もなく無
事に魔王を倒せればいいんだけど⋮⋮。やっぱり無理にでも参加す
るべきだったかな⋮⋮﹂
﹁でも、リュートくんとココノちゃん以外は参加しちゃダメなんて
言ったのはあっちだよ。無理に条件を合わせて参加しても、たいし
た戦力になれるとは到底思えないし﹂
 隣を歩くスノーがすぐに否定してくる。
 確かにオレとココノだけが参加してもたいした戦力にはならない。
 リースが付け足す。
﹁しかもリュートさん達が参加しないなら、﹃装備を渡し、使い方
を教えろ﹄って言ってきたんですよ。流石にそんな条件は呑めませ
ピース・メーカー
ん。なので決してPEACEMAKERの理念に背いているとは思
いません﹂
ピース・メーカー
 PEACEMAKERの理念は、﹃困っている人、救いを求める

3630
人を助ける﹄だ。
 今回は救いの手を差し出したら、あちらが拒絶した︱︱とも言え
なくはないのだが。
﹃もっと他にやり方があったのでは?﹄と考えてしまうのだ。
﹃お兄ちゃんは十分、自身のできることをしたと思いますよ﹄とク
リスが慰めてくれる。
 オレは彼女の慰めに微笑みを返す。
︵だが、どうも今回の魔王戦は嫌な予感がしてならないんだよな⋮
⋮︶
 それに魔王戦をともにするのは拒絶されたが、まだオレ達にもや
れることがある。
 もし人種族連合が敗北した場合、被害を最小限に抑えるための準
備をしておくつもりだ。
 理想は被害を最小限に抑えて、彼らが魔王レグロッタリエに勝利
することだが⋮⋮。
 そのためにリースとココノには、一度獣人大陸、新・純血乙女騎
士団本部へ戻ってもらうつもりだ。
 一応、保険として作った物がルナの手で出来ているはずだから。
 通常の飛行船では時間がかかるため、レシプロ機に乗って二人に
は本部へ戻ってもらう。
 わざわざ飛行船を停めてある場所まで来たのは、リースの﹃無限
収納﹄からレシプロ機を取り出すところを見られるのを避けるため
だ。
 レシプロ機なら飛行船ノア並に素早く本部へと戻ることができる。
 オレの考えを伝えると、メイヤは楽しげに言葉を漏らす。

3631
﹁確かに時間的にもアレが完成している頃合いですね。わたくしも
実際戻って確かめたいぐらいですわ﹂
 できればメイヤにも一緒に戻って欲しいが、残念ながらレシプロ
機は二人乗り。
 彼女が乗るスペースは無い。
 リースは﹃無限収納﹄からレシプロ機を取り出す。
 肉体強化術で身体を補助。
 飛行船倉庫内から皆の手で外へと押し出す。
 まるで飛行船内部から取り出したようにだ。
 外に出ると、ココノが操縦席に座り、リースが後部座席へと腰を
下ろす。
﹁それでは行ってきます、リュート様、皆様﹂
﹁すぐに戻るつもりですが、私達が戻るまで無茶をしないでくださ
いね﹂
﹁もちろんだよ。二人が戻ってくるまでは、自分達の安全を優先に
行動するつもりだよ﹂
 リースの﹃無限収納﹄には、無数の弾薬や重火器が収まっている。
 彼女が現場を離れるということは、補給路を断たれるのと同義だ。
そんな状態で無茶をするつもりは毛頭無い。
 それぞれ挨拶をすませると、ココノが底に収まっている魔石を起
動させる。
 一般的な飛行船と同じように浮かび上がり、ある一定の高度に達
するとエンジンを起動。
 飛行船前方にあるプロペラを回して、前へと進む力強い推進力を
得て空を気持ちよさげに進み出す。

3632
 オレ達はレシプロ機の姿が見えなくなるまで、空を見つめ続けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹃グガアアァァァァアァアァァ!﹄
 腹の底まで響く咆哮。
 ただの一般兵ならこの咆哮だけで、戦意を喪失しその場に座り込
んでいただろう。
 魔王レグロッタリエが根城にしているグラードラン山へ向かう人
種族連合の前に、ドラゴンが立ちふさがる。
 体調は7mはある。ドラゴンは全身の鱗が禍々しいほど黒く、吐
き出す火炎も通常のレッドドラゴンのより強力で毒を含んでいるよ
うだった。
 唯一の救いは先程から単体又は、多くても3匹程度で人種族連合
に襲いかかってきていることだ。
 人種族連合は、事前に冒険者の力を借りてグラードラン山へ向か
う街道や周辺の魔物は駆逐していた。
 だがこの周辺にあれほどの数のドラゴンが居るなど、例が無い。
 恐らく魔王が召喚、または連れてきて自身の魔力で強化して人種
族連合へけしかけているのだ。
 最初こそドラゴンの出現に、魔力を持たない一般兵士達は恐れお
ののいた。

3633
 しかし、3回目の襲撃あたりで、彼らはドラゴンに襲撃されても
余裕の態度を崩さなくなる。
 なぜならドラゴンの襲撃を受けるたび、ザグソニーア帝国魔術騎
サウザンド・ブレード
士団副団長、人種族、魔術師Aマイナス級、千の刃のウイリアム・
マクナエルが撃破していたからだ。
 彼は10本の刃を固めて作った大きな刃に乗り、空を駆ける。
 その姿はまるで風を波のように乗りこなすサーファーのようだっ
た。
 空を駆けるウイリアムへ、ドラゴンが毒々しい黒炎を吐き出す。
 本来ではあれば逃げるところだが、ウイリアムは怯えもせず正面
から吐き出された黒炎へと突撃する。
﹁氷をまとい踊れ、ソードマン! 汝らに凍らせられぬモノはなし
!﹂
 気合いが入りまくったウイリアムの声に合わせて、1000本の
うち100本が一斉に冷気を溢れさせる。
 刃はドラゴンを突き刺すのはではなく、ウイリアムの前に花弁の
ように集まり盾を作り出す。
 黒炎は彼に触れることすらできず弾かれてしまう。
 どれだけ黒炎に毒が含まれていても刃は魔力で作り出されたもの
だ。
 毒に犯されても一度消し、再度出現させれば新品同然に輝く。
 ウイリアムは黒炎を突き抜けると、300本の刃を生み出し収束
させ一本の巨大な剣にする。

3634
﹁風をまとい踊れ、ソードマン! 汝らに切り裂けぬモノはなし!﹂
 勢いそのままに、風の攻撃魔術をまとった300本を収束させた
刃をドラゴンへと叩き込む。
﹃グガアアァァァァアァアァァ!﹄
 強靱な鱗を持つドラゴンといえどこれには耐えきれず、首が切断
される。
 血しぶきが舞い散り、力を失った巨体が重力に引かれて地面へと
落下し激突する。
 地震のような震動と同時に人種族連合から歓声があがった。どれ
もウイリアムの功績を讃えるものだ。
 ウイリアムはその歓声に、手を挙げて答える。
 まるで神話か、お伽噺に出てくる英雄、勇者のように。
 彼の英雄然とした態度に再び一般兵士達から歓声が上がる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 その様子をザグソニーア帝国魔術騎士団長、人種族魔術師Aプラ
ス級、レイーシス・ダンスが見つめていた。
 ウイリアムをわざわざ単騎で襲撃をかけてくるドラゴン達と戦わ
せているのは彼の命令によるものだ。
 レイーシスは今回の戦いでウイリアムを﹃勇者﹄として押し上げ
ようとしていた。
 ドラゴンと一対一で戦わせるのも、その作戦の一つである。
 ドラゴンは倒された後、王国軍の魔術師達の炎の魔術により焼か

3635
れて行く。
 通常、ドラゴンの鱗や肉、血などには高い価値が付く。
 しかし今回、魔王の強化を受けているドラゴンにはまったく利用
価値がない。
 最初、倒した後、兵士達が鱗を剥がそうとしたら毒に犯されたの
だ。結果、その兵士は解毒の魔術効果も虚しく死亡してしまった。
 これが人種族連合の初の戦死者となった。
 どうやら魔王に強化されたドラゴンは血の一滴まで呪いのような
猛毒に染まっているらしい。
 そのため利用価値が無いどころかただの危険物でしかない。
 故にわざわざ魔力を消費して死体をいちいち焼いているのだ。
 死体を放置して折角の領地が毒まみれになり使えなくなっては、
魔王を倒しても意味は無い。
 ドラゴンは帝国所属のウイリアムが倒しているため、事後処理は
王国側の魔術師に押しつけている。
 レイーシスが燃やされるドラゴンを眺めていると、声をかけられ
た。
﹁さすが帝国。魔術師の若い芽が順調に育っており羨ましいですな﹂
﹁⋮⋮クンエン魔術師長殿﹂
 メルティア王国魔術師長、人種族魔術師Aプラス級、クンエン・
ルララル。
 王国の魔術師達をまとめる魔術師長である。
 レイーシスより明らかに年上の老人で、ローブに袖を通し魔力を

3636
高める秘宝のペンダントや指輪をはめ、手には杖を握り締めている。
一目で﹃老魔術師﹄と思わせる格好をしていた。
 見た目は人が良さそうな好好爺だが、魔術能力はとにかくエグイ。
アシッド・レイン
 二つ名は﹃酸惨雨﹄。
 二つ名から分かるとおり、酸の雨を降らすことができる。
 通常の酸ではなく魔力で作られた代物だ。彼が本気で作り出した
酸はどんなものも溶かすほどの力を持つ。
 ザグソニーア帝国魔術騎士団長。
 メルティア王国魔術師長。
 互いに長年その座についているため会議や祭儀、イベントがある
たびに顔を合わせている。
﹁我が王国も魔術師達の教育には力を入れているつもりなのじゃが。
どうもウイリアム殿ほどの傑物はおらなんだ。唯一近い実力者はラ
ンス様じゃったからな。本当に惜しい方を無くしたわい﹂
﹁ありがとうございます。ウイリアム副団長には私からクンエン殿
が褒めていたと伝えておきましょう﹂
﹁そうそう傑物といえば魔術師S級、アルトリウス・アーガーがお
ったな。彼も亡くなったらしいが⋮⋮まったく優秀な若者からどん
どん死んでいく。だがまぁどこぞの人物は彼がなくなって喜んでお
るかもしれんがな﹂
 長年顔を合わせる仲だからと言って、友好的なわけではない。
01
 人種族最強の魔術師S級、始原団長、アルトリウス・アーガー。
ばんぐん
 二つ名は﹃万軍﹄。
 彼の能力は﹃魔物を捕らえて自身の魔力を与えると、その魔物は
自分の使い魔になる。さらにイメージした姿を描きながら魔物に魔

3637
力を与えると、その通りに姿を変質させることができる﹄というも
のだった。
 あくまで万を超える魔物を召喚できるのは、彼の能力の本質では
ない。
 そんな彼が現れるとすぐに人種族の魔術師達をごぼう抜きして、
すぐに人類最強の称号である魔術師S級を獲得した。
 そのごぼう抜きされた中にもちろんレイーシスも居る。
キメラメイカー
 彼の能力は﹃合成生物士﹄。
 魔力で好きなように生物を作り出すことができる。そのため利点
を好きに備えた生物を作り出すことができるのだ。
 また魔力の塊のため、最後は自爆特攻させることもできる。
 たとえ自爆させてもレイーシスの魔力によって作りだされている
ため、すぐに再度呼び出すことも可能だ。
キメラメイカー
 彼の﹃合成生物士﹄は、アルトリウスの力とよく似ていた。
 故にレイーシスを敵視しているものは、彼の力を﹃アルトリウス
の下位互換﹄とあしざまに陰口を叩いていた。
 ザグソニーア帝国魔術騎士団長という最高権力の一つに長年座る
レイーシスにとって、この陰口は我慢できるものではなかった。
 そして、クンエンもレイーシスを敵視し、陰口を言った一人だっ
た。
 同じ魔術師Aプラス級で、帝国と王国の違いはあれど互いに魔術
師達のトップに立つ人物。ライバル視しない方が無理である。
 レイーシスは舌打ちしそうになるのを堪え、冷静な声音で返答す
る。

3638
﹁確かに彼ほど優秀な人材がなくなったのは悲しいことです。そし
て彼の死を利用せんとする輩がいることも、本当に許しがたいこと
ですな﹂
 自分を馬鹿にするために、死者に鞭を打つとは最悪だ︱︱と今度
はレイーシスが逆襲する。
 クンエンも表面上は穏やかだが、内心はどうだろうか。
 そしてドラゴンの死体処理が終わると、進軍が再開される。
 レイーシス、クンエンは互いに挨拶をしながら再び自身の部隊へ
と戻って行く。
 レイーシスは進軍しながら、先程の会話を思い出し苛立ちで歯噛
みしてしまう。
︵やはりこの屈辱を晴らすためには、この手に力を得なければなら
ぬな⋮⋮︶
 ウイリアムを今回の魔王討伐で勇者にしようと画策しているのは、
別に彼が親戚だからではない。
 ウイリアムを勇者にして、ユミリア皇女を娶らせる。
 そしてレイーシスは彼らを裏やら操るつもりだ。もちろんこの程
度では終わらない。
 帝国を足がかりに、王国や他人種族国家を飲み込みレイーシスが
人種族のトップに立つつもりでいるのだ。
 人種族としてトップに立つ。
 そうなって初めてアルトリウスに与えられた屈辱をそそぐ事がで
きるのだ。

3639
︵そのためにもウイリアムには上手く魔王を倒してもらわねばな︶
 彼は進軍しながらどうやって王国やその他他国に手を出させない
ようにしつつ、ウイリアムと魔王を戦わせるか、という算段をいく
つも立てる。
 自分が人種族の頂点に立ち、プライドを回復させるためだけに。
第305話 プライド︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月12日、21時更新予定です!
もうすぐ軍オタ4巻の発売日です!
気づいたらもうすぐそこまで来ているので色々驚きですわ。
近日中に活動報告にて登場キャラクターイラストや各種店舗様・な
ろう特典等々、色々なご報告ができると思いますので是非是非お楽
しみに!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な

3640
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第306話 黒い煙
 人種族連合が帝国を出立し、途中ドラゴンなどの邪魔が入ったが
無事に魔王レグロッタリエが住まうグラードラン山へと到着する。
 以前は木々で覆われ多数の動植物がいたグラードラン山だったが、
現在は緑一つ無いはげ山と化している。ごつごつとした岩肌が露出
し、草木は枯れ腐り、生命を感じるものはひとつとしてなかった。
 グラードラン山にはまりこむように岩の城がのぞき出ている。
 山を削り創り出したかのような、巨大な建造物だ。
 恐らくあれが魔王レグロッタリエの居住地なのだろう。
 遠目にも禍々しい気配が漏れ出ている。
 その城を守るように魔王軍が広がり、人種族連合を待ち受けてい
た。

3641
 背丈5m以上はある巨像を筆頭に、腐った死体となり動くゾンビ。
元はグラードラン山を根城にしていた盗賊達だったのだろう。武器、
防具も汚れてはいるが各自所持している。
 他にもスケルトン、背丈が約2mはある人型ゴーレム、ガーゴイ
ル、死んでもなお動く魔物のリビング・デッド達。
 珍しいところではローブを頭から被る骸骨のリッチ。
 これは魔術師が死に強い怨念を持ち魔物と化したものだ。
 当然、魔術を使ってくる。
 他にもボーン・ドラゴン。
 骨だけのドラゴンだがなぜか空を飛び、黒い炎を吐き出す。
 大きいボーン・ドラゴンが一体。
 他、二回りは小さい翼竜の骨から作り出されたボーン・ドラゴン
が数多く存在する。
 魔王軍総数約3万。
 魔王レグロッタリエはまるで生者を嫌うように死体や非生物達の
みで軍団を構成していた。
 唯一の生者は、魔王軍の指揮官らしき人物だ。
 背中に人の背丈程もある大剣を背負い、一番後方に陣取っている。
 幼い頃のリュートを罠にはめた人種族、エイケントだ。
 彼もレグロッタリエ同様に背丈が倍になり、厚さも2倍になって
いる。
 背中から黒々とした羽根が生え、足も人のものではなく山羊のよ
うな形をしていた。
 全身を金属鎧でかためて兜を被っているため、表情まで読むこと

3642
はできない。
 魔王軍はグラードラン山を背に、人種族連合とにらみ合う。
 彼らが立つ場所は平野で、特に障害もない。
 山は木々などが枯れて腐っているのに、草原だけはいつも通り茂
っている。その対比が何か邪悪な空気を増幅させていた。
 人種族連合の拠点はこの場から大分後方ですでに作られ、軍議︱
︱どの国が一番最初に攻め込むかという話し合いもすでに済んでい
る。
 最初に魔王軍と激突するのは、帝国&王国以外の小国連合軍だ。
 斥候からの情報から、魔王軍の戦力が人種族連合以下と知り今ま
でただ付いてきていただけの小国連合軍が色気を出したのだ。
﹃自分達だけでも倒せるのではないか?﹄と。
 その申し出を帝国や王国が拒絶すれば、﹃大国だけが利益を得よ
うとしている!﹄と誹られる可能性がある。
 魔王軍と戦う前から人種族連合が空中分解など笑い話にもならな
い。
 故に小国連合軍に先制を譲ったのだ。しかし、実際は帝国&王国
側の狙い通りに進んでいる。
 本命はあくまで魔王レグロッタリエの首だ。
 帝国&王国側は地上戦力の雑魚達を小国連合軍で削り、あわよく
ば壊滅させ、自分達は兵力を温存。そして、魔王城へと雪崩れ込み
首を討つ算段を立てていた。
 後は帝国、王国どちらが先に魔王の首を取るかの勝負になる。
 レイーシスはウイリアムに魔王の首級を取らせるため、城に乗り
込ませるまでは魔力をなるべく温存させるように申し渡している。
 状況によっては魔王軍司令官らしき人物も、ウイリアムに狩らせ

3643
て彼の名声を上げる道具にするつもりだ。
 魔王軍が動き出す。
 それに呼応するように人種族連合も攻撃を開始する。
 まず始めに雨あられと魔術師達の攻撃魔術が魔王軍へと降り注ぐ。
 しかし相手は非生物。
 自分達を貫く攻撃魔術を無視して突撃してくる。
 一方、人種族連合側も自分達の名を上げるため、現世に出現した
魔王軍と矛を交える喜びに嬉々として突撃していく。
 一般兵士ですら、普段は尻込みしてしまう約2mのゴーレム相手
にどう猛な笑みを作り挑む。
 突撃の勢いのまま鋼鉄の槍でゴーレムを突き刺そうとする。
 最初は削れはするが弾かれる。しかし勢いよく腕ではなく、体ご
とで槍を何度も突き刺す。
 そのうち、一人がゴーレム内部にあった黒い玉を破壊する。
 同時にゴーレムが動きを止め砂となって崩れてしまう。
﹁玉だ! 内部に黒い玉がある! それが核となってゴーレムを動
かしているぞ!﹂
﹁玉は体の中心! 人でいうところのみぞおちの辺りにある! そ
こを重点的に狙え!﹂
 弱点が分かれば殲滅速度は格段にあがる。
 鈍器系︱︱メイスやハンマーなどを持つ兵士が中心となり、ゴー
レムの胸目掛けて振り下ろす。
 衝撃で玉が割れるたびに、中に入っていた黒い煙が外へと漏れ出
ていく。

3644
 ゴーレムを倒すたびに歓喜の声があがる。
 だが精神を昂揚させただけでは勝てない魔物も存在する。
 たとえば背丈5m以上はある巨大な敵。
 2階建ての建物より大きな人型巨像が腕を振り上げ、おろす。
 至極単純な攻撃だが効果は抜群だ。
 近くに居た一般兵士達が軽々と吹き飛ばされる。
﹁俺達ではこいつは無理だ! 倒そうと思うな! 注意を引きつけ
魔術師様の援護に徹しろ!﹂
 一般兵士が槍で足をチクチクと刺し注意を引きつけている間に、
魔術師が攻撃魔術で倒そうとするが、人型巨像は大きすぎて通常の
魔術では効果が薄い。
 他の魔王軍、ゾンビや魔物のリビング・デッド達を燃やしたり、
魔術を使うリッチの相手もしなければならないため、人型巨像だけ
に集中するわけにはいかない。
 再び人型巨像が腕を振り上げる。
 慌てて一般兵士が声を荒げた。
﹁た、退避しろ! すぐに距離を取るん⋮⋮ッ!?﹂
 距離を取るよう指示を出そうとした指揮官が、途中で台詞を止め
てしまう。
 突然、人型巨像達へ粘度のある液体の塊がまとわりつくと、まる
で泥を水に混ぜるように敵を溶かし始めたのだ。
﹁おお! これはメルティア王国魔術師長クンエン・ルララル様の
アシット・ボール
酸球! 王国最強の魔術師殿が助力してくださったぞ! 今のうち

3645
に胸にある黒い玉を破壊するんだ!﹂
﹁し、しかし今攻撃をしたら我々の武器も熔けてしまうのでは⋮⋮﹂
﹁安心しろ。クンエン様の魔術は溶かす対象を選別することができ
るのだ。我々の手にする鋼鉄製の武器を使えば問題はない!﹂
 厳密にはクンエンが使うのは﹃酸﹄ではない。
 溶かす対象を限定することで、より強力に作用するようになって
いるのだ。
 クンエンの助力により次々に人型巨像は溶かされ、核となる黒い
玉を露出していく。
 一般兵士達︱︱王国側の兵も混じって次々人型巨像やゴーレムを
討伐していく。
 他にも一般兵士達が手も足も出ない魔物が居た。
 空を飛ぶボーン・ドラゴン達だ。
 元々一般兵士達が持つ対空兵器など弓矢や投石、投げ槍などしか
ない。
 そのため空からの攻撃には強くない。
 また相手はボーン・ドラゴンのため点攻撃である弓矢などは効果
が薄かった。
 結果、一方的な被害だけが出る。
ししょう
﹃4生に別れて流転し、顕現せよ。火炎鳥!﹄
 王国魔術が活躍した後、まるで張り合うようにザグソニーア帝国
魔術騎士団長、人種族魔術師Aプラス級、レイーシス・ダンスが腕
を振るう。
 彼が魔力で作り出した燃えるツバメが姿を現す。

3646
 燃えるツバメは風のように空中を駆け、確実にボーン・ドラゴン
達の羽根の根本を狙い突撃する。
 着弾すると燃えるツバメが爆発。
 火に弱いボーン・ドラゴン達はあっさりと羽根を根本から折られ、
次々に地面へと落下していく。
 羽根をもいだボーン・ドラゴンへ、帝国兵士達が雪崩のように群
がり頭を次々に砕いていった。
 アンデット系やスケルトン系は、なぜか頭部を破壊するとその活
動を止めるのだ。
 兵士達が手を下さずとも、地面に落ちた衝撃で頭部が砕け活動を
停止するボーン・ドラゴンもいた。
 他にも地上に叩きつけられた衝撃をものともせず抵抗するボーン・
ドラゴンもいたが、その場合はレイーシスが燃えるツバメで止めを
刺す。
 ここにレイーシスの強みがある。
 燃えるツバメはレイーシスが作り出した魔力の塊だ。ゆえに自爆
特攻することにまったくためらいがない。しかも確実に彼の狙う箇
所へと突撃し爆発する。
 レイーシスがその気になれば、空を飛んでいたボーン・ドラゴン
達を上空で爆砕させるのは容易かった。
 羽根の根元ではなく、首を狙い爆発させればいいのだから。
 そうしなかったのは、地上に居る兵士達に倒させることで士気の
向上を図ったのだ。
 彼の狙い通り、自分達を苦しめていたボーン・ドラゴン達を自ら
の手で仕留め兵士達は士気を最高潮へと高ぶらせる。

3647
﹁敵はほぼ壊滅状態だ! 最後の止めを刺せ! 人種族の! 世界
の命運を我々の手で守るのだ!﹂
﹃ウォオオオォッッッォォ!﹄
 兵士達がレイーシスの煽りに鼓舞され、声をあげる。
 実際はまだまだ魔王軍の兵力は存在したが、流れや勢いは完全に
人種族連合へと傾いている。このまま維持できれば、そう時間はか
からず魔王軍を壊滅することができる。
 王国、帝国、他他国がその後どうやってイニシアチブを取り、自
分達の兵力を魔王本丸へと突撃させる権利を得るかの牽制が、すで
に人種族連合内部では発生していた。
 そんな圧倒的不利な状況にもかかわらず、魔王軍の司令官らしき
人物︱︱エイケントは微動だにしない。
 まるで全て予定通りに進行していると言いたげにだ。
 そして︱︱彼の自信を証明するかのように、異変は果敢に最前線
で戦っていた兵士達から現れる。
﹁おい! オマエ、怪我してるじゃないか! 後方へ下がれ!﹂
﹁何を言ってるんだ! 俺はどこも怪我なんてしていないぞ!﹂
 兵士はその指摘に語気を荒げ否定する。
 名を上げるためのレースから自身を遠ざけるための計略とさえ考
えてしまう。
 だが、次の指摘に我が耳を疑う。
﹁鼻から血が流れ出ているじゃないか!﹂
﹁え?﹂

3648
 槍を持つ手を止め、自身の鼻へと触れる。
 ぬるり︱︱とした感触。
 手には自身の血が付着していた。
 彼だけではない。
 鼻血を指摘した同僚もまた、鼻から血を流していた。
 黒い煙が戦場に広がり始める。
第306話 黒い煙︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月15日、21時更新予定です!
軍オタ4巻の発売日まで後8日! ほぼ一週間前みたいなものです
よ!
当日は書店に並んでいるのを見に行けるかな⋮⋮行けるといいな⋮
⋮。
と、とりあえず許可が下りたので活動報告にララ&ルナのキャラク
ターイラストを載せさせて頂きました! 是非、活動報告をご確認
ください!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。

3649
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第307話 BC兵器︵前書き︶
す、すみません! リアルでちょっと多々あって遅れてしまいまし
た!
遅くなってしまい申し訳ありません!
3650
第307話 BC兵器
 地球で、人類史上もっとも古い兵器が何かを知っているだろうか?
 答えは﹃生物・化学兵器︵Biological Chamic
al Weapon︶﹄である。
BCW
 記録上で一番古い生物・化学兵器は、おおよそ紀元前6世紀、ア
ッシリア人︵現在の中東に存在︶が戦争時、敵方の井戸へ麦角病の
毒を流し込んだらしい。
 ちなみに麦核病の毒はLSDと似た成分である。
 そして近代に入り第一次世界大戦時、19世紀末から化学工業が
発達。
 第一次大戦中、ドイツ軍が百数十トンの塩素ガスを散布。連合軍

3651
は中毒者・死者合わせて約2万人に上った。
 その後、連合軍側も塩素ガスを使用し、熾烈なガス戦が繰り広げ
られる。
 そして多数の死者・中毒者を出した後、1925年、ジェネーブ
条約で第一次世界大戦で使用された化学兵器&今度科学の進歩によ
って使用される生物兵器が禁止された。
BC
 だが、それにも関わらず来たるべき戦いに備え、各国は生物化学

兵器の開発を続けた。
BCW
 そして第二次世界大戦後は、生物化学兵器は核兵器と同時に語ら
れるほどになってしまう。
BCW
 しかし人道的理由から戦後生物化学兵器は批判の的になり、19
72年に﹃生物兵器禁止条約﹄が多国間で締結される。
 核兵器の急速な進化、反戦思想&人道主義の盛り上がり、兵器と
BC
しての不安定︱︱最後に生物兵器禁止条約の締結により、生物化学

兵器国家間戦争の道具としての役目は終え、葬り去られてしまった。
BCW
 しかし現在でも生物化学兵器の脅威はある。
﹃貧者の核兵器﹄と呼ばれるだけあり、テロ等で使用される場合が
ある。
 彼らからすれば国際条約を守る必要などないからだ。
BCW
 そんな﹃貧者の核兵器﹄である生物化学兵器︱︱それが魔術によ
って生み出され、現代人すら知らない未知の物質・効力によって、
この異世界で人種族を蹂躙していく。

3652
﹁がぁぁあ!﹂
﹁ごぼ! げぼ!﹂
﹁た、助け︱︱ッ!?﹂
 まず初めに明確な症状を訴えたのは前線で戦っている一般兵士で
ある。
 彼らは、敵の非生物を動かしていると思わしき黒い玉を破壊。そ
のたびにあふれる黒い煙を吸い込んでいた。
 症状は鼻血から始まり、吐血、発熱、嘔吐、意識が朦朧とし、次
第に呼吸困難に陥る。
 そんな状態でまともに戦えるはずもないし、敵を倒すためには黒
い玉を破壊しなければならない。そのためらいが命取りとなり、攻
撃の手が鈍り逆に攻め込まれ前線は崩れ魔王軍側に蹂躙されてしま
う。
 一般兵士達に比べてまだマシなのは魔術師達だ。
 黒い煙が毒だと分かれば、解毒魔術で自身を治癒すればいい。だ
が、その分、戦場でのサポートは出来なくなる。また魔術師達は自
分の身を守るので精一杯となり、魔術の使えない一般兵士達を見捨
てるしかなかった。
 さらに最悪なのが、黒い煙が遅効性だったことだ。
 お陰で黒い煙が十分人種族連合に行き渡った後に症状が出始め、
気づくのに遅れてしまった。
 もちろん帝国魔術騎士団長であるレイーシス・ダンスも例外では
ない。
 激しい嘔吐感、口いっぱいに広がる鉄臭い味︱︱黒い煙に犯され
立っているのも辛くなる。彼は慌てて自分自身に解毒魔術をかける。

3653
ポイズン・ヒール
﹁生者を蝕む死の足音を消し去りたまえ。毒よ去れ⋮⋮ッ﹂
 だがそれ以上は何もできなかった。
︵これはただの毒煙ではない⋮⋮魔術が妨害されている!?︶
 通常、魔術師の魔術を妨害する方法はいくつかある。
●魔術防止首輪を付けさせる。
●眠らせたり、痺れさせたり、意識を奪う。
●詠唱を妨害して、魔術を使わせない。
 ︱︱などだ。
 だが、この黒い煙は痺れや眠気などによる妨害で魔術を阻害して
くるわけではない。
 まるで魔術防止首輪をじわじわと付けられるように、魔力を封じ
られている感覚を味わう。
 レイーシスの長い魔術師生活でも、こんな症状を与える毒物が存
在していたなんて知らなかった。
 何より毒物をこのような形で戦場に使うなど、想像していなかっ
た。
 もちろん彼や帝国魔術騎士団は、毒を持つ魔物との戦闘も多々こ
なしてきた。
 だが、戦場で毒物を使用した場合、敵だけではなく味方にも被害
がでる可能性が高いのと、名誉や誇りを著しく損なってしまう。故
にそんな非人道的行為は誰もしてこなかった。

3654
 なのに今回、魔王は自軍を非生物で統一し、毒物を無効化。
 人種族連合よりわざと少ない人員を用意し、彼らを嬉々として戦
わせ玉を破壊させた。
 結果、人種族連合の被害は甚大なものとなる。
︵撤退しかない⋮⋮が、奴らは無事に私達を逃がすつもりはあるの
か?︶
 現状、人種族連合は毒物による想定外の攻撃に総崩れ。
 向かってくる敵を倒せば、さらに毒煙が広がり被害を受ける。そ
のため皆、攻撃を躊躇っていた。
 さらに撤退はただ逃げればいい訳ではない。
 規律を保ち整然と順序立てて下がらなければ、追撃を受け逆に被
害を拡大してしまう。
 また毒煙被害により倒れている一般兵士達。死んでいるなら遺体
を見捨てるという選択肢もあるが、息があるが毒により動けなくな
っている者達はどうすればいいのか。
 見捨てて撤退した場合、士気は二度と立て直せないほど落ちるこ
とになるだろう。
 だが撤退しなければ、このまま攻撃もできず毒に完全に冒され、
なぶり殺しにされる。
 生きたまま亡者共にかじりつかれる最後は迎えたくない。
﹁この⋮⋮ッ、魔王軍共めぇえ!﹂
﹁ウイリアム!?﹂
 ザグソニーア帝国魔術騎士団副団長、魔術師Aマイナス級、ウイ
リアム・マクナエルが毒に冒されているにもかかわらず、治癒を後

3655
回しに口から血を流しながら突撃する。
 群がる魔物達を玉を破壊し黒煙を浴びるのも構わず、壊し突き進
む。
 狙うは魔王軍の後方で悠然と佇むエイケントだ。
 ウイリアムは魔王軍の魔物達を無視し、唯一の生物で指揮官らし
い彼を倒すことで一発逆転を狙っているらしい。
 毒に冒され、魔力を封じられ始めようとも構わずだ。
﹁馬鹿なマネをッ。功名心に駆られおって!﹂
 そんな無謀な突撃をするウイリアムに対して、レイーシスが珍し
くあからさまに感情を表に出して舌打ちする。
 だが、もう遅い。
 ウイリアムは魔物の群れを抜け、全身に黒い煙を浴びながらもエ
イケントへと辿り着く。
﹁魔王の手先よ! ザグソニーア帝国魔術騎士団副団長、ウイリア
ム・マクナエルがその首をもらいうける!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 ウイリアムは残りの魔力を総動員して魔力の大剣を作り出す。
 エイケントも背中に背負っていた大剣を握り締め両手で構えた。
﹁セイヤァ!﹂
 気合い一閃!
 ウイリアムが大上段から大剣を振り下ろすが︱︱エイケントはそ
の一撃を自身の剣ではなく周囲から発生させた黒い魔力の壁によっ

3656
て阻む。
 それは魔王レグロッタリエが使用していたのと同じものだ。
 ウイリアムは話には聞いていたが、初めて目にする防御壁。
 血が溢れる口元をギリリと引き締め、睨みつける。
﹁どうした! その剣は飾りか! 正々堂々剣を振るえ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 しかし、彼の怒声に対してもエイケントに反応無し。
﹁ガアァァアアァアッァアッ!﹂
 ウイリアムは獣のような絶叫をあげ、あらん限りの力と魔力で大
剣を振るう。
 しかし、その全てはエイケントの黒い魔力の壁に阻まれ防がれた。
 完全な状態のウイリアムなら、この魔力の壁を強引に突破するこ
とも可能だっただろう。
 だが、それを使う魔力と体力は今の彼には残っていない。
 無理をして魔物を倒し、黒い煙を全身にたっぷりと浴びたため最
前線で戦っていた一般兵士達より体調が悪くなっているのだ。
 本来であれば意識を失い倒れてもおかしくない状態だ。
 彼を動かしているのはただ一つ。
﹁俺は負けられない! 負けられないんだ! ユミリア皇女のため
にも!﹂
 愛するユミリア皇女に再び笑顔を向けてもらうため。
 ただそのためだけに彼は剣を振るう。

3657
 しかし、精神力だけでは超えられない状況というものは存在する。
 ウイリアムの魔力、体力が底をつく。
 精神力だけで動かしていた体はある一定ラインを超え停止してし
まった。
 そんな彼にエイケントは、作業のように手にしていた大剣で腹部
を貫く。
﹁ぐふぁ⋮⋮ッ﹂
 口から血を流し、魔力で作り出した大剣も霧散する。
 ウイリアムは為す術もなく地面へと倒れてしまう。
 自分の体に重なる影。
 足下しか見えないが、エイケントで間違いない。
 彼は自分に止めを刺すため、近づいたのだ。
﹁ユ、ユミリア皇女⋮⋮﹂
 死の淵。
 走馬燈は流れない。
 ただただ胸を占領するのは。愛しい人の姿だった。
 そんなウイリアムの体に新たな影が重なる。
 エイケントが初めて危機感を感じ、慌てた様子の足裁きでウイリ
アムから距離を取る。
 次の瞬間、彼の視界を壁が覆い尽くす。
﹁はははははっはははは! いいぞ! いいぞ! 愛しい者のため
に無茶をする! 向こう見ずな蛮勇こそ若者の特権だ! 我輩は嫌

3658
いではないぞ!﹂
 視界を覆い尽くした壁が愉快そうな笑い声を上げ話しかけてきた。
 ウイリアムは力を振り絞り腕を突き、うつぶせの上半身を起こす。
 よくみればそれは壁ではない。
 いや、ある意味でとんでもなく丈夫な肉の壁といえなくもない。
 すでに相手は上半身の衣服を脱ぎ捨てていた。
 分厚い胸板、上腕二頭筋、腹筋などはくっきり割れ、足の筋肉は
衣服からで分かるほど筋肉が浮かびあがり鍛え抜いていることを如
実にあらわしている。
 肌は黒く、金髪をオールバックにした筋肉城壁が立っていた。
 どうやらこの筋肉の塊がウイリアムとエイケントの間に上空から
割り込んできたらしい。
 彼が降りてきたと思わしき飛行船⋮⋮と言っていいのか分からな
い物が空を飛んでいた。
 ウイリアムの常識では、飛行船に鳥のような羽は生えていない。
 さらにその飛行船は左側だけなにか筒のような物が飛び出してい
る。
 そのせいで非対称となり、妙な違和感を感じてしまう。
 目の前に立つ筋肉達磨とウイリアムの視線が合う。
 筋肉の塊は笑顔で断言した。
﹁ただ惜しむらくは⋮⋮筋肉が足りないぞ! 若人よ、もっと筋肉
を鍛え抜かねばダメだぞ! 筋肉があれば大抵のことはなんとかな
るのだ! はははははっはっっはっははあ!﹂
 一頻り笑った後、彼はウイリアムから、エイケントへと視線を向

3659
けると笑みを深めて告げる。
﹁では、久方ぶりにたっぷりと筋肉を振るわせてもらうぞ!﹂
 こうして人種族連合vs魔王軍の戦争に、魔人種族魔術師A級、
ダン・ゲート・ブラッドが参戦した!
第307話 BC兵器︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月16日、21時更新予定です!
軍オタ4巻の発売日まで後5日! 
今回も連続投稿を予定しています!
今回の連続投稿は本編ではなく、特別版ということで﹃クリス ス
ナイパー編﹄を連続投稿させて頂ければと思います。
本編を連続投稿するのは少々難しかったので、このような形になり
ます。
また近日中に、活動報告に各店舗様SSや発売日当日にアップする
なろう特典SS、購入者特典SSについて詳細を載せさせて頂けれ
ばと思います。

3660
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵1︶︵前書き︶
今回の連続投稿は本編ではなく、特別版ということで﹃クリス ス
ナイパー編﹄を連続投稿させて頂きます。
3661
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵1︶
﹁本当にありがとうございました⋮⋮ッ﹂
 場所はココリ街、新・純血乙女騎士団本部の応接間。
 20歳ほどの女性が、正面ソファーに座るオレとクリスに頭を下
げる。
 彼女は今回の依頼主である。
﹁自分達は依頼されたクエストを達成しただけです。しっかりと報
酬ももらっていますしね﹂
﹃リュートお兄ちゃんの言う通りです。なのでお気になさらないで
ください﹄
 オレとクリスが声をかけると、彼女は瞳の端に浮かんだ涙を指で

3662
拭い微笑みを浮かべる。
﹁ですがお2人のお陰で無事に魔術道具を破壊することができまし
た。お陰で祖父も安心して天神様のもとへ召されたと思います。な
ので改めてありがとうございます﹂
 顔を上げた女性が再び頭をテーブルにつけそうなほど下げる。
 オレとクリスは顔を見合わせ微苦笑した。
 ここまで来たら彼女の気が済むようにさせよう。
 ちなみに今回の依頼は︱︱彼女の祖父が所持していた魔術道具が
悪徳魔術道具店の主により騙され奪われてしまった。
 その魔術道具には他とは違い変わった不思議な力が宿っていた。
その力を悪徳魔術道具店の主が悪事に利用しようとしたのだ。
 だが彼女1人ではどうしようもできない。
 しかも騙されて奪われた証拠もなく、取り返すための莫大な資金
もない。そのため悪事に利用されるぐらいなら、と破壊を決意した
のだ。
 しかし問題があった。
 その魔術道具は手のひらに乗る水晶玉のようなモノだが、とにか
く硬いらしい。
 祖父曰く﹃ドラゴンが乗っても大丈夫!﹄と自慢していたとか。
 どこのCMだよ。
 前世、小耳に挟んだ情報では某CM会社は本当に100人乗って
壊れないか確認しているとか。正直、ちょっと乗ってみたい。
 話がそれた。

3663
 唯一、魔術道具を破壊する方法は、ある一点に強い力を叩きつけ
るしかない。どんな物体にも要となる部分があり、そこを破壊され
れば壊れるという場所がある。魔術道具は頑丈な代わりその部分が
極端に脆いらしい。
 もちろん手から落ちて偶然石などにぶつかり割れるほど脆くはな
いが。
 だが相手も弱点を理解しているため、滅多に表には出さないし、
使用時は不規則に高速で回転を始めてしまう。
 とてもじゃないが普通の方法では破壊できない。
 困っていると彼女はクリスの噂を耳にした。
﹃どんな奇跡でも起こす少女﹄が居るらしいと。
﹃彼女に依頼すればどんな達成不可能なクエストでも必ずクリアす
る﹄とまことしやかに囁かれているらしい。
 凄い言われようだ⋮⋮。
 彼女は噂を辿り藁にもすがる思いでココリ街本部へと訪れる。
 クリスは事情を聞きすぐに承諾。
 オレは念のためミューアに頼み彼女の話の裏をとってもらう。
 ミューアから﹃嘘偽り、問題なし﹄の確認を取り行動を開始。
 行動を起こしてから決着までは早かった。
 悪徳魔術道具店の主は、ある商売で魔術道具を取り出し使用した。
玉が高速回転するまで周りを囲みガード。力を使用する刹那、周り
のガードがとけた。
 その一瞬にクリスが高速で回転していた魔術道具を狙撃。
 一発で破壊した。
 あの時の悪徳魔術道具店の主&部下達の唖然とした顔は面白かっ

3664
た。
 破壊された時、漫画のように目玉が飛び出した気さえする。本当
に面白いリアクションだった。
 依頼主も一緒に現場へ同行し、目の前で魔術道具破壊を目撃した
お陰で揉めることなくクエスト達成金を支払ってくれた。
 今日、彼女はそのクエスト達成金を支払いに来ているのだ。
 一通り彼女と話を終えると、最後に深々とお礼を告げられる。
 オレとクリスが玄関まで送ると、彼女は恐縮して何度も頭を下げ
帰っていった。
﹁さて、これで無事依頼を達成したし、通常業務に戻るとするか﹂
﹃ですね。私もこれから部下達に狙撃指導をしなければいけません
から﹄
 クリスの狙撃指導か⋮⋮。
 来た廊下を戻りつつ、どんな指導をしているのか尋ねてみた。
﹃特別なことはしません。なぜなら狙撃に近道はありませんから。
ただ練習あるのみです﹄
 クリスが言うともの凄く説得力があるな⋮⋮。
依頼
 事件解決後、オレ達がこうして会話をしている間に次の事件が動
き出していた。
 しかも招かざる客を伴ってだ。

3665
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 クリスによって違法に奪った魔術道具を破壊された悪徳魔術道具
店の主は、妖人大陸にある都市の一つに来ていた。
 観光や商売目的ではない。
 彼は魔術道具を破壊された腹いせに、クリスを捕まえようとある
機関を尋ねたのだ。
 腹の出た背の低い男︱︱悪徳魔術道具店の主が悪党顔で涙を流し
訴える。
﹁そうなんです! 私が正規の手段で手に入れたとある魔術道具を
こともあろうに元の持ち主である女が因縁を付けて返せと言って来
たのです。それを断るとその女は、ある人物にクエストを依頼して
魔術道具を破壊してきたのです! お陰でわたしは取引先を失って
しまいました! その被害はとても金額では表せないほどです! 
レギオン
しかし相手は武力と権力を持つ著名な軍団! 私では彼らの悪を捌
ネメシス
くことができません! なのでどうか! 天罰機関のお力でどうか
! 悪を捌いてくださませ!﹂
ネメシス
 天罰機関とは、かなり特殊な機関で彼らはどの国家・種族にも属
さないし、縛られない。
﹃天神様に代わり裁かれない悪に鉄槌を﹄と信条を掲げ実際に大陸、
国境を越え武力、権力などで守られのうのうと生きる悪を裁く超法
規的機関である。

3666
 地球でいうなら﹃国境なき医師団﹄の警察機構のようなものであ
る。
 確実に悪事たる証拠を挙げ、その国の法や場合によっては世界的
に決められている罰則に則り悪を裁く。
 そのためこの異世界の権力者達からは蛇蝎の如く嫌われているが、
民衆や一部権力者達からは絶大な人気を博しているため軽々に手を
出すことはできない
ネメシス
 だが天罰機関は、民衆の寄付金だけではなく、嫌われている権力
者達の援助金と裏付けによって運営をおこなっている。
 権力者達からの援助金は一律で、それ以上の金額はもらっていな
い。
 もちろん援助金は強制ではないが、払わなければ﹃あの家は何か
悪巧みをしている。だから援助金を出したくないのだ﹄と陰口をた
たかれる。
 金額も彼らからすれば本当に微々たるもの。
 下手に後ろ指を指されるより支払った方が早いのだ。
ネメシス
 悪徳魔術道具店の主は、そんな天罰機関の隊員である1人の少女
にクリス達のことを訴えていた。
 歳や背丈はクリスと同じぐらいだろう。
 胸の大きさはクリスよりもさらに小さい。
 燃える太陽のような真っ赤な髪を伸ばし、スカート、タイツらし
きものを身にまとっている。すらりと伸びた足を組み替えるたび、
歳分相応の色気が漂う。
 大きい瞳が、目の前の男をジッと観察し続けている。

3667
 彼女は人種族、魔術師Aプラス級、フーコ・ソー・レイユ。
ネメシス
 天罰機関で、最年少入隊。
 最年少で100人隊隊長まで上り詰めた天才少女だ。
 彼女の一声で100人の人々が武装し動き出す。
ネメシス
 将来はほぼ間違いなく天罰機関の一角を占めると期待される超新
星である。
ネメシス
 天罰機関の切り札とさえ言われている。
ネメシス
﹁⋮⋮それで天罰機関の私達に捕まえて欲しいと﹂
﹁はい、その通りでございます!﹂
﹁分かりました。天神様の名に誓い全力であたらせて頂きます﹂
﹁おお! ありがとうございます! 私に出来ることならなんなり
とお申しつけてくださいませ!﹂
﹁では、早速︱︱貴方がおこなっている不法行為についてお話をお
聞かせ頂けますか?﹂
﹁へ?﹂
 男は﹃意味が分からない﹄と小首を傾げる。
 彼女は殆ど表情を変えず、淡々と事実だけを述べる。
﹁調べはついており、確定した証拠も揃っています。念のためご本
人から間違いが無いか確認しておきたいだけです﹂
﹁⋮⋮すみません。わたしく、用事を思い出しまして﹂
﹁アコ・ニート、確保﹂
﹁チェリース!﹂
 アコ・ニートと呼ばれた女性は、フーコの背後に控えていた彼女
の副官である。
 見た目は二十歳前後の人種族女性だ。

3668
 癖毛のある髪を無造作に伸ばし、大きな瞳がくりくりと動く。
 胸やお尻は男性好きがする大きさだが、全体的に引き締まってお
りとても女性らしい。しかし、瞳が悪戯小僧のように輝いてるため、
美人ではあるが少年っぽい雰囲気が出ている。
 異性と男友達のように付き合いそうなタイプだ。
 彼女は逃げだそうとした悪徳魔術道具店の主を取り押さえる。
 悪徳魔術道具店の主は逃げようともがくが、アコに腕を後ろに押
さえられ首も掴まれているため逃げ出すのは不可能だ。
 彼はそのまま廊下で待機していた隊員達に引き渡され、自宅があ
る都市の法に基づき裁かれることになる。
 こうして一つの悪が終わりを告げた。
﹁フーコさん、無事、引き渡し完了ッス!﹂
﹁ご苦労様﹂
﹁それじゃもう帰っていいッスか?﹂
﹁⋮⋮この後、まだ仕事があるから帰られると困るのだけど﹂
﹁ええぇ、もう十分働いたらいいじゃないっすか。家に帰って酒精
を飲んで、だらだらしたいっす﹂
﹁減俸になりたいのなら、かまわないわよ﹂
﹁いや! 労働って尊いッスよね! ウチ、頑張りますよ!﹂
 手のひらを返したようなアコの態度に、フーコはむっつりとした
表情をさらに硬くする。
 とりあえず本人がやる気になったので、それ以上は追求せず部屋
を出て自分に宛われている執務室へと向かう。
 そこには今日中に処理をしなければならない書類が溜まっている
のだ。

3669
 廊下を歩き、すれ違うたび足を止め端により敬礼をしてくる隊員
達に彼女も応えながら進む。
 そんなフーコの後ろに付きながら、アコが尋ねた。
ピース・メーカー
﹁ところでフーコさん、マジであのPEACEMAKERのクリス・
ガンスミスに手を出すつもりですか? あの場はただ話を合わせた
だけッスよね?﹂
﹁いいえ、約束通りクリス・ガンスミスを逮捕するつもりよ﹂
﹁マジッスか!? いやでも、あの魔術道具の破壊は騙されて奪わ
れた依頼人が、苦肉の策としてクリス・ガンスミスに仕事を依頼し
たんですよ。確かに違法行為ではあるッスけど⋮⋮﹂
 途中、執務室に到着し扉を開けたたため話が途切れる。
 室内に入りフーコが自室の椅子︱︱彼女の背丈より大きい席へ腰
掛けるとアコが話を再開した。
ピース・メーカー
﹁しかもクリス・ガンスミスはあのPEACEMAKER団長、リ
ュート・ガンスミスの妻ッス。フーコさんも知らないわけないッス
シー
よね。ハイエルフ王国エノールの名誉貴族で、暗殺集団軍団﹃処刑
カー 01 レギ
人﹄や軍団トップの﹃始原﹄すら打ち破ったっていう現在最強の軍
オン
団ッスよ! そんな相手の嫁に手を出したら命がいくつあっても足
りないッス! 犯罪を犯したって言っても筋はあちらにあるわけッ
スし、下手にちょっかい出さない方がいいッスって、いやマジで﹂
ネメシス
﹁アコ・ニート、天罰機関の理念は?﹂
﹁﹃天神様に代わり裁かれない悪に鉄槌を﹄ッス﹂
 フーコは表情を変えず、背もたれに体を預け足を組み替える。
ネメシス レギオン
﹁悪は悪。私達、天罰機関はそのために存在するわ。最強の軍団だ

3670
からなんて関係ない﹂
 フーコの瞳が窓から差し込む陽とはまた別の光で輝く。
﹁必ず、クリス・ガンスミスの両手に縄をかけてみせるわ﹂
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 ︱︱数ヶ月後。
 クリスの元に新たな依頼が舞い込む。
 新・純血乙女騎士団本部応接間で依頼人と向かい合う。
 依頼人は妖人大陸のとある地方貴族だ。
﹁お初にお目にかかる。ファン家当主、人種族、ヨーテシア・ファ
ンと申します﹂
 背筋がピンと伸びた初老男性で、白髪をオールバックに口髭も白
くなっている。
 しかし見た目以上に老いは感じない。
 背丈は高く、服の上からでも分かるほどがっちりとしている。部
屋からソファーに座るまでの足取りもしっかりしており、下手をし
たら体力勝負でオレの方が負けそうなほど活力に満ちている。
 ヨーテシアが早速、依頼内容を口にする。

3671
﹁我がファン一族の分家の当主が病気で死去。そのため長男が次の
当主として着くことが決定しております。しかし、それを面白く思
わない次男が、長男を亡き者にしようとしているのです﹂
 元いた地球やこの異世界でもある意味、よくある話である。
﹁ファン一族では、たとえ分家でも当主につくものは﹃長の儀式﹄
と呼ばれる儀式を受けなければなりません。﹃長の儀式﹄を仕切る
のは、次期当主の補佐役︱︱つまり次男が段取ることになっている
のです。次男はその儀式の最中に長男を暗殺するつもりなのです。
しかも自身が仕掛けた暗殺︱︱とは周囲に思わせないようある物を
使用してです﹂
﹁ある物ですか?﹂
﹁はい、なんでも次男は﹃座ると死ぬ椅子﹄という物を手入れたよ
うなのです﹂
﹁それは何かの魔術道具ですか?﹂
 オレの問いにヨーテシアは首を横へと振る。
﹁いいえ、私自身未だに信じられないのですが⋮⋮その椅子に毒物
や魔術的な何かがしかけられている訳ではないらしいのです。しか
し座ると数日以内にその人物は事故や病死などで死んでしまうとか。
現在、確認されているだけで7人は亡くなられているらしいです。
なので裏の世界では﹃呪われた椅子﹄として恐れられているとか。
次男は大金を払いその椅子を手に入れ、﹃長の儀式﹄の際、その椅
子に長男を座らせるつもりなのです。事故、病死なら彼に疑いの目
がいくことはありませんから﹂
 隣に座るクリスが、息を呑む。
 横目で確認すると、お化けの話を聞いた子供のように怖がってい

3672
た。
 魔術や魔物がいる世界で、そんなオカルト的な話があるとは⋮⋮。
 元居た世界、地球でも似たような話はある。
 確かイギリスに実在する61人を呪い殺した﹃バビーズチェア﹄
という椅子が。
 バビーズという殺人犯が愛用した椅子で彼の死後、その椅子に座
った人は死ぬと言われている。
 現在はイギリスの博物館に誰も座れないように天井からぶら下げ
ているとか。
 正直、目の前にあったら絶対に座りたくない。
 オレはヨーテシアに質問する。
﹁ならヨーテシアさんが次男の代わりに儀式を仕切り、椅子に座ら
せないようにすることは出来ないのですか?﹂
﹁出来ません。たとえファン家当主である私でも、﹃長の儀式﹄に
口や手を出すことは禁じられています。また長男が次男に逆らい椅
子に座らない場合も、﹃長の資格無し﹄になってしまうのです。儀
式を汚したということで﹂
 まったく厄介な約束事だ。
﹁儀式前に次男への罪を問い捕らえることもできず⋮⋮唯一、救う
方法は、﹃座ると死ぬ椅子﹄を長男が座る直前に破壊することです。
儀式途中であからさまな妨害をした場合、長としての資格を剥奪さ
れます。しかし、不慮の事故で儀式が中断するのは問題ありません。
なのでクリスさんには儀式の途中で椅子を破壊して欲しいのです﹂

3673
﹃あからさまな妨害﹄とは、覆面男性が乱入したり、魔術師が攻撃
魔術で妨害したりなどあからさまな行為のことを指す。
 さらにヨーテシアが続ける。
﹁しかし次男は用心深く、儀式直前まで椅子を人目には出さないで
しょう。また当日は領民が儀式を見物に来ます。そんな衆人環視の
中、誰にも邪魔されず破壊することができるのは﹃奇跡を起こす少
女﹄と呼ばれるクリスさんしかおりません! どうか長男を救って
やってください!﹂
 ヨーテシアは大きな体を二つに折り曲げ、正面ソファーに座るク
リスへと仕事を依頼する。
 彼女はミニ黒板に文字を書き、オレへと見せてくる。
﹁ヨーテシアさん、顔を上げてください﹂
 彼が顔を上げると、クリスが笑顔でミニ黒板を彼に見せる。
﹃分かりました。そのご依頼、お受けいたします﹄
﹁ありがとうざいます! 何か私に出来ることがあればなんなりと
申しつけてください﹂
 ヨーテシアは再びテーブルに額がつく勢いで頭を下げる。
 その後、彼に儀式を開く詳しい場所の様子や流れなどを確認。
 さらにヨーテシアにして欲しいことを告げる。
 ヨーテシアにして欲しいこと、それは︱︱

3674
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵1︶︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月17日、21時更新予定です!
軍オタ4巻の発売日まで後4日! 
前書きにも書いた通り、今回の連続投稿は本編ではなく、特別版と
いうことで﹃クリス スナイパー編﹄を連続投稿させて頂きます。
ついにクリスのライバルキャラが登場! 今回のお話のノリは、イ
メージ的にはゴ○ゴ13×ル○ン3世のような感じかと。
将来的に話が進んだ場合、絶対このライバルキャラはクリスがピン
チになった時に駆けつけて、﹃私以外に倒されるなんて認めない云
々﹄とか言いそう。そしてさらに話が進んでクリスに執着するクレ
ージーサイコ○ズ化しそう。あくまでイメージですが。

3675
と、言うわけで連続更新第2弾! 明日もこんな感じで続けたいと
思います。
また活動報告に各店舗様SSや発売日当日にアップするなろう特典
SS、購入者特典SSについて詳細を載せさせて頂いております。
また富士見ファンタジア様より、軍オタ4巻の献本も届いたので帯
付きの表紙画像を撮影したものをアップさせて頂いております。
宜しければ是非チェックのほどよろしくお願いします!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵2︶︵前書き︶
今回の連続投稿は本編ではなく、特別版ということで﹃クリス ス
ナイパー編﹄を連続投稿させて頂きます。
3676
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵2︶
 クリスに依頼をした人種族、ヨーテシア・ファンの分家次男、ジ
ーナー・デルクの元へある情報がもたらされる。
のろいいす
 その情報とはもちろん、クリスが﹃座ると死ぬ椅子﹄︱︱呪椅子
破壊の依頼を受けたという情報だ。
 ジーナーは深夜、書斎でくつろいでいる際、その情報を老執事か
ら聞かされる。
 途端に彼は、苦虫を飲み下すような表情に変化する。
﹁クソ、本家の老いぼれめ。余計なマネをしよって⋮⋮。兄が当主
に就いたら分家が衰退するのがなぜ分からん。いや、奴はそれを狙
っているのか?﹂

3677
 次男は苛立ち再び酒精を口にする。
﹁だが、呪椅子は我が家の地下室にある。あそこに到達するには厳
重な警備をかいくぐらなければならん。儀式を開くギリギリまであ
そこに隠しておけば、後は衆人環視の中だ。そうそう手はだせんだ
ろう﹂
 分家、長男と次男の屋敷は別。
 長男の息のかかった者が訪ねればすぐに分かる。
 しかし老執事は首を横へ振った。
﹁旦那様、その程度の警戒では確実に破壊されてしまいます。なぜ
なら当主の依頼した相手は﹃奇跡の少女﹄と呼ばれる凄腕ですので﹂
﹁奇跡の少女だと?﹂
 老執事は語り出す。
﹃彼女に依頼すればどんな達成不可能なクエストでも必ずクリアす
る﹄と言われている。
 実際、何度も常人であれば達成不可能なクエストをパーフェクト
に完遂しているとか。
 結果、誰かが言い出したかは分からないが﹃奇跡を起こす少女﹄
﹃奇跡の少女﹄と呼ばれるようになる。
 彼女は呼吸するように奇跡を起こす、とか。
﹁⋮⋮ならば我々の権力で潰す。もしくはクエスト依頼を今からで
も拒否しろと圧力をかければ﹂
 次男の提案に老執事が首を横へ振る。

3678
ピース・メーカー
﹁それはあまりに危険です。その少女はPEACEMAKER団長
ピース・メーカー
の妻。PEACEMAKERと言えば、人種族最強と謳われた魔術
01 レギオン
師S級、アルトリウスが率いる始原を倒した軍団。つまり現在最強
ピース・メーカー
の軍団はPEACEMAKERです。下手に権力を振りかざせば、
やられるのはこちらでしょう﹂
﹁ではいったいどうすればいいというのだ!﹂
 八方ふさがりの状況に次男は激高し、手にしていたコップを机に
叩きつける。
 まだ中に残っていた酒精が飛び散り机や彼の手を汚す。
 しかし老執事は怯えず、主にある提案をする。
﹁わたくしめに一つ案がございます﹂
﹁なんだ! 言ってみろ!﹂
﹁はい。クリス・ガンスミスは﹃奇跡の少女﹄と呼ばれるほどの天
才です。わたくしのような凡夫に止める術は思いつきません。なら
ば冒険者には冒険者を。魔術師には魔術師を。そして天才には天才
をぶつけるのはいかがでしょうか?﹂
 荒ぶっていた次男の目に理性的な光が灯る。
﹁なるほど天才には天才をか。妙案だな。で、奇跡の少女にどんな
天才をぶつけるつもりだ?﹂
ネメシス
﹁はい、天罰機関の天才少女、人種族、魔術師Aプラス級、フーコ・
ソー・レイユでございます﹂
ネメシス
﹁天罰機関、あの気に喰わん物乞い機関か。だが、確かに奴ら自慢
の出世頭なら﹃奇跡の少女﹄クリスに対抗することができるかもし
れんな⋮⋮﹂

3679
 次男はしばし考え込む。
ネメシス
 天罰機関に近づけば、呪椅子の件が露見する危険。
 クリスのクエスト達成を阻止する可能性を天秤にかける。
 次男が邪な笑みを浮かべる。
ネメシス
﹁⋮⋮よし天罰機関へ仕事を依頼してやろう。たまには寄付金分、
働いてもらわぬと割に合わんからな﹂
﹁かしこまりました。ではすぐにアポイントメントを取らせて頂き
ます﹂
クリス フーコ
 こうして世界のある場所で、天才少女vs天才少女の戦いが本人
達の意志とは無関係に決定される。
 クリスに依頼をした人種族、ヨーテシア・ファンの分家次男、ジ
ーナー・デルクが妖人大陸になる都市の一つへと来ていた。
ネメシス
 彼が向かった先は、もちろん超法規的機関︱︱天罰機関だ。
 彼と老執事は応接間に通され、テーブル越しにとある少女達と顔
を合わせる。
ネメシス
 天罰機関の天才少女、人種族、魔術師Aプラス級、フーコ・ソー・
レイユ。
 人種族、アコ・ニートだ。
 フーコがソファーに座り、アコが彼女の背後に立つ形である。

3680
 フーコが一通り話を聞き、長い赤髪を弾く。
ピース・メーカー
﹁なるほど、PEACEMAKERに所属するクリスという少女に
儀式用の椅子が狙われていると﹂
﹁はい。私の兄が分家当主として就任するための大切な儀式に使わ
れる椅子です。この椅子は特注品で今更換えがききません。もし破
壊されたら儀式はおこなえなくなってしまいます﹂
 次男、ジーナーが身を乗り出し続ける。
﹁本家当主であるヨーテシア・ファンは、どうも昔から私のことを
目の敵にしておりまして。今回の儀式失敗も私に恥をかかせるため
︱︱いえ、もしかしたら私を儀式も満足に出来ない無能として処罰
し、長兄を補佐する人材を自分のところから出す算段なのかもしれ
ません。分家をより自分側に引き込むため、内部から浸食しようと
ネメシス
しているのかも⋮⋮。本来であれば自分達の問題。天罰機関の手を
ピース・メーカー
煩わせるわけには参りませんが相手はあのPEACEMAKERに
所属する﹃奇跡の少女﹄クリス・ガンスミス。我々のような地方貴
族では権力、武力でも対抗などできません。なので情けない話です
ネメシス
が、頼るのは天罰機関しかないと思い訪ねさせて頂きました。突然、
押しかけこのような不作法な願い大変恐縮ですが、どうかご協力の
程よろしくお願い致します﹂
 次男&老執事は、深々と頭を下げる。
 フーコは表情を変えず答える。
﹁事情は分かりました。今回の件は私、フーコ・ソー・レイユの名
にかけてご協力させて頂きます﹂
 この返答に背後に立つアコが顔を引きつらせる。

3681
 頭を下げている次男は、少女達の見えない位置で悪い笑みを浮か
べた。
 顔を上げた彼の顔にはそんな影はすでに一切消えていた。
﹁ありがとうございます! 天才少女と謳われるフーコ様のご協力
を得られるのなら、これほど心強いものはありません! 私達にで
きることなら遠慮無く仰ってください! 全面的にご協力させて頂
きます!﹂
﹁ありがとうございます。その際は是非よろしくお願いします﹂
 次男&老執事が退席後、応接間に残ったフーコにアコが喰ってか
かる。
﹁フーコさん! なに承諾してるんッスか!? どう考えてもウチ
らを都合良く使おうとしているだけッスよ! しかもマジであのク
リス・ガンスミスと事を構えようだなんて!﹂
ネメシス
﹁言ったはずよ。悪は悪。私達、天罰機関はそのために存在するわ。
レギオン
最強の軍団だからなんて関係ないわ﹂
﹁いや、しかしッスね⋮⋮﹂
 アコは上司が意見を変えないことに気づき頭を抱えた。
 一方、フーコは珍しく楽しげに微笑みを零した。
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

3682
ピース・メーカー
 とある午後、PEACEMAKERを珍しいお客さん2人が訪ね
てきた。
ネメシス
 その珍しい2人とは天罰機関の隊員である。
ネメシス
 天罰機関は国境を越えて、﹃天神様に代わり裁かれない悪に鉄槌
を﹄という思想を掲げる超法規的機関だ。
 前世、地球で言うところの国境なき医師団の警察組織バージョン
のようなものだろうか?
ピース・メーカー ネメシ
 事務&会計担当のバーニーから、PEACEMAKERも天罰機

関へ寄付している、と報告を受けている。
 なんでもある程度の地位ある組織が寄付をしておかないと、世間
から色々後ろ指を指されるらしい。
 たいした金額ではないので、問題はないとか。
ネメシス ピース・メー
 第一、天罰機関に調べられて困るような犯罪をPEACEMAK
カー
ERはしていない。
 何があったか知らないが、もし色々調べたいと言われたら、どう
ぞお好きにと返すつもりだ。
ピース・メーカー
 もしそれでPEACEMAKERの犯罪をでっち上げようとする
ネメシス
なら、天罰機関を潰せばいいだけだ。
 オレが﹃恥じること無し!﹄という顔をしている側で、ミューア
が意味深な笑みを浮かべていた。
ネメシス
 彼女は﹃天罰機関が来た﹄と耳にすると、なぜか固まった笑みで
自身の執務室へと引き返していく。
 微かに聞こえきた言葉は﹃アレとアレ、それからアレとアレ、ア
レも書類を焼却処分しておかないと。でもどうして気づかれたの?
 手回しは完璧だったはず︱︱﹄とぶつぶつ漏らし奥へと消える。

3683
 うん、オレは何も聞かなかったぞ!
ネメシス
 天罰機関はどうもクリスに用件があるらしい、と連絡を受ける。
 オレは﹃なぜクリス?﹄と疑問を抱きながらも、街の警邏に出か
けている彼女をすぐに呼び戻すよう手配。
ネメシス
 彼女が戻ってくるまで天罰機関の2人には待ってもらうことにな
った。
ネメシス
 クリスが戻ってくると、オレは彼女を連れて天罰機関が待ってい
る応接間へと顔を出す。
 応接間のソファーには2人の女性が座っていた。
 2人はオレとクリスの姿を確認するとソファーから立ち上がり、
挨拶をする。
 主導で挨拶を始めたのが、クリスとほぼ同じぐらいの背丈で同世
代っぽい少女のほうだった。
﹁突然の訪問にもかかわらずお時間を頂きまして誠にありがとうご
ネメシス
ざいます。私は天罰機関100人隊隊長、人種族魔術師Aプラス級、
フーコ・ソー・レイユです。どうぞ、よろしくお願いします﹂
﹁同じく隊長補佐、人種族アコ・ニートッス﹂
 驚きを表に出さないようにしつつ、胸中で舌を巻く。
 この目の前に居る少女の方が、上官だったとは。
ネメシス
 しかも、魔術師Aプラス級で、100人隊隊長。天罰機関でもか
なりの上位者っぽいな。

3684
 オレは驚きつつも挨拶をする。
ピース・メーカー
﹁お待たせしてすみませんでした。PEACEMAKER団長、人
種族のリュート・ガンスミスです。そしてこちらがオレの妻の魔人
種族、ヴァンパイア族のクリス・ガンスミスです﹂
 クリスは紹介すると、可愛らしくぺこりと頭を下げた。
 互いに一通りの挨拶を済ませるとソファーへ座り直す。
 ちょうどいいタイミングで、シアが部下を伴い香茶と茶菓子を運
んでくる。
ネメシス
 天罰機関のフーコ、アコにも新しい香茶と茶菓子へ交換。
 シアの訓練のお陰で、部下達も一流メイドらしい動きで配膳を終
えた。
 部下達は一礼して部屋を出る。
 シアはメイド長として、世話をするため入り口側で待機した。
ネメシス
 挨拶を終え、お茶、茶菓子も出たところで天罰機関へ用件を尋ね
る。
﹁ところで今日はいったいどのようなご用件で?﹂
 ⋮⋮まさかとは思うが、ミューアが本当に何かオレ達の知らない
ネメシス
ところでやらかして、天罰機関が出張るようなことになったんじゃ
ないだろうな。
 しかし、オレの予想はあっさりと裏切られる。
﹁実はつい最近、ヨーテシア・ファンの分家次男、ジーナー・デル
ネメシス
ク氏が直接天罰機関を訪れ、﹃助けて欲しい﹄と泣きついてきたの

3685
レギオン
です。なんでも近いうちにおこなわれる儀式をある軍団団員に妨害
される、その儀式に使用する特注品の椅子を破壊されたら自分の信
頼は地に落ちてしまう︱︱と﹂
 なるほど。
 次男の野郎、また面倒なところに泣きつきやがって。
レギオン ピース・メーカー
﹁その軍団団員というのがPEACEMAKERのクリスさんとお
聞きして、本当かどうか確認に来たのです。仮に本当だとしたら、
ピース・
無許可で他者の財産を破壊するのは立派な犯罪行為。PEACEM
メーカー
AKERは﹃困っている人、救いを求める人を助ける﹄という理念
レギオン
を抱える素晴らしい軍団。まさか本当にそのような犯罪行為をおこ
なうなんてことはありませんよね?﹂
 フーコが足を組み替える。
ネメシス
﹁もし仮に本当だとしたら、天罰機関は犯罪を許すことはできませ
ん。たとえ相手がどれだけ強大な力、権力を持っている相手であっ
てもです﹂
ピース・メーカー
 フーコは﹃たとえPEACEMAKERが相手でも、犯罪者は罰
する﹄と脅しをかけてきた。
 出入り口側に立つシアが、ゆらりと静かな敵意を昇らせる。
 フーコの隣に座るアコと名乗った女性は、顔色を悪くしていた。
隊長補佐である彼女からは覚悟を決めた者の気配は感じない。
ピース・メーカー
 彼女的には﹃PEACEMAKERと事を構えたく無いが、上司
に無理矢理ついてこさせられた﹄という感じである。
 オレはシアに目配せして落ち着かせる。

3686
 彼女から陽炎のように昇る敵意はすぐに霧散した。
 だが、薄い蓋の下ではまだくすぶっているのが分かる。
 オレは改めてフーコへと向き直る。
﹁仰っている意味が分かりませんが、その儀式については知ってい
ますよ。ジーナー・デルク氏の本家、ヨーテシア・ファンさんから
招待状を頂いているので。最近、知り合ったのですが是非、僕達夫
婦で見学に来ないかと誘ってくれているんですよ。ですが﹃儀式を
邪魔しろ﹄というお話は聞いた覚えはありませんね﹂
 嘘は言っていない。
 正確には﹃呪われている椅子を破壊しろ﹄だ。
 儀式を邪魔しろなんて一言もいわれてないし。
﹁そうですか。それならば問題ありませんね。実は当日、ジーナー・
デルク氏から儀式警護の責任者を任せられまして。余計なもめ事が
ピース・メーカー
起きないと知って大変安心しました。PEACEMAKERが儀式
の妨害をするというのは、ジーナー・デルク氏の勘違いのようです
し﹂
 フーコは冷たい微笑みを浮かべる。
﹃もし儀式の邪魔をしたら、警備責任者である自分達が容赦なく取
り押さえる﹄と目が訴えていた。
 不味いな。
 このままじゃ本当に邪魔されかねない。
 オレは逡巡して、迷いつつも話を切り出す。
﹁ところで話は変わるのですが⋮⋮もし仮にの話なのですが、ジー

3687
ナー・デルク氏が長兄が邪魔に思っており、儀式を利用して﹃座る
と死ぬ椅子﹄に座らせようとしていたらどうします?﹂
﹁座ると死ぬ椅子? それは何かの魔術道具か、毒物が塗布された
暗殺道具の類ですか?﹂
﹁いえ、魔術や暗殺道具とかの類ではなく、未知の呪い的何かなん
ですが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 先程まで﹃キレ者のキャリアウーマン﹄だったフーコが、可哀相
な、同情するような表情を向けてくる。
 駄目だ。全部、素直に話したところで信じてもらえそうにない。
 魔術というオカルトが存在するというのに、﹃魔術﹄で説明でき
ない事象を信じてもらえないとは。
 前世、地球でも警察署に、﹃呪いの椅子に座らせようとして、肉
親を殺害しようと企てています!﹄とどれだけ真摯に説明しても受
け入れられないのと一緒だ。
 どうしたものか⋮⋮
 オレが悩んでいると、クリスが手を重ねてくる。
 彼女と目を合わせると、微笑む。
﹃今回の一件は絶対に自分で何とかする﹄と瞳が訴えていた。
 妻を信じるのが夫の役目だ。
﹁⋮⋮すみません。さっきの発言は忘れてください。とにかく、自
分達はヨーテシアさんから招待を受けています。承諾した手前、今
更変更する訳にはいかないので、予定通り儀式に参加させて頂きま
すね﹂
﹁そうですか。では儀式の席でまたお会いできることを心から楽し

3688
みにしております。道中の旅路、夫婦共々無事に過ごせることを願
っております﹂
 フーコは最後まで嫌味っぽい台詞を残す。
 隣に座るアコは終始青い顔のままだった。
 2人は挨拶をした後、席を立ち新・純血乙女騎士団本部を後にす
る。
 フーコ達を見送った後、オレは改めてクリスと話し合いをする。
 場所は彼女達と話をした応接間だ。
﹃話に夢中で茶菓子に手を付けていない﹄とクリスの主張で戻るこ
とになる。
 さすが魔人種族。
﹃小麦はパンではなく、ケーキを作るためにある﹄と豪語するほど
の甘味好きの種族だけはある。
 さて食べていない茶菓子を口にしながら、クリスと依頼について
の話をする。
ネメシス
﹁しかし、まさか天罰機関なんて厄介なところに目を付けられると
は想像もしてなかったよ﹂
﹃私もです。しかもあんな若い女の子が隊長だなんて﹄
﹁それを言ったらクリスも、その若さで一部隊の隊長じゃないか﹂
 確かにそうですね、と彼女は朗らかに微笑む。
 雑談もそこそこに早速本題へと入った。
ネメシス
﹁天罰機関︱︱フーコは確実にオレ達の妨害をしてくるぞ。儀式妨
害の現場を押さえて、手に縄をかけるつもりだ。儀式の場所は本家

3689
儀式広場。周囲は雑木林で、他にも狙撃ポイントは多数あるから問
題無いと思うけど⋮⋮﹂
﹃長の儀式﹄がおこなわれる場所は、本家側にある儀式広場だ。
 結界を張るように4つの角に石柱が立ち、壇上を囲っている。椅
子はこの壇上中央に置かれる習わしだ。
 儀式の際、領民代表者やその家族、他関係者が集まる。彼らはそ
の日のために建てられる観客席で儀式を見学する。
 舞台の奥は雑木林で、クリスの腕なら木々の上からでも狙撃でき
るはずだ。
 場所は本家側のためこちらに地の利がある。
 しかし、なぜか一抹の不安を拭えなかった。
 相手があのやり手そうなフーコだからだ。
 フーコの射抜くような鋭い瞳を前にすると、まるで名探偵を前に
した殺人犯のような気分になる。
 後でミューアにフーコとアコを調査してもらおう。
 クリスもオレと同様らしくフーコの存在に不安を覚えているよう
だ。
 彼女は顎に手を当て考え込む。
﹃⋮⋮お兄ちゃん、保険として作って欲しい物があるのですが﹄
 クリスは胸中で考えたこと語って聞かせる。
 彼女が保険としてオレに作らせようとした物は︱︱
3690
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵2︶︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月18日、21時更新予定です!
軍オタ4巻の発売日まで後3日!
前書きにも書いた通り、今回の連続投稿は本編ではなく、特別版と
いうことで﹃クリス スナイパー編﹄を連続投稿させて頂いており
ます。
しかし、本当にもうすぐ軍オタ4巻の発売ですね。8月20日なん
てまだまだ先︱︱と思っていたのに結構あっというまでしたわ。
ちなみに昨日、運良くタイミングが合ったため夏コミに参加させて
頂きました。その際、書籍版の絵師の硯様と漫画版を描いて頂いて

3691
いる止田卓史様にご挨拶させて頂きました。お忙しい中にもかかわ
らず、笑顔で応対して頂き誠にありがとうございました!
しかし数年ぶりにコミケに参加しましたが、﹃こんなに人が多かっ
たっけ?﹄という程、人混みが凄かった⋮⋮。でも、やっぱりいい
ですね、祭りという感じで。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵3︶︵前書き︶
今回の連続投稿は本編ではなく、特別版ということで﹃クリス ス
ナイパー編﹄を連続投稿させて頂きます。
3692
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵3︶
 妖人大陸のとある地方。
 そこで3日後に、﹃長の儀式﹄がおこなわれる。
 ファン一族当主、ヨーテシア・ファンの本家側にある儀式広場で
は、着々と﹃長の儀式﹄が準備されていた。
﹃長の儀式﹄を見物するための観客席が大工達の手により建てられ
ている。
 4つの石柱が結界のように囲うステージがあり、そこに当日﹃呪
いの椅子﹄が置かれるのだ。現在は何も無く、準備を進める使用人
達が周辺の雑草を毟ったり、風雨で汚れたり、欠けた部分の修復を
おこなっている。

3693
 オレとクリスはその様子を眺めていた。
 オレ達は儀式5日前ほどに到着し、ヨーテシアの屋敷に宿泊して
いた。
 こちらに着いて早々、建物や儀式舞台、雑木林、他周辺を見て回
り地理や具合を確認していた。
﹁お二人はいつも一緒なのね。仲が良くて羨ましいです﹂
﹁ど、どうもッス﹂
ネメシス
 儀式準備を眺めていたオレとクリスに、天罰機関が声をかけてく
る。
 人種族、魔術師Aプラス級、フーコ・ソー・レイユ。
 人種族、アコ・ニートだ。
 彼女達は儀式開始の1ヶ月前から来ており、部下達を連れて周辺
警護に当たっている。
 特にステージ周りは24時間、必ず3人以上が待機していた。
 彼女達はヨーテシア屋敷ではなく、分家次男の屋敷に宿泊してい
るようだ。
 オレとクリスが本家屋敷に到着すると、知らせてもいないのに世
話になるヨーテシアより先に、フーコ&アコが待ちかまえていた。
 どうやってオレ達がいつ到着したのか知ったのだろう。
 その後、屋敷を一歩でも出ると、フーコ&アコ、もしくは彼女の
部下がオレ達について周り目を光らせる。
 絶対に細工はさせないと目で訴えていた。

3694
 特にステージに近づくと余計警戒してくる。
 非常にうっとうしい。
 だが、さすがに彼女達も本家屋敷には入れない。
 一度、フーコが本家屋敷を自由に出入りする許可をもらいに、フ
ァン家の当主ヨーテシアを訪ねた。
 しかし、彼は﹃突然、押しかけ屋敷内を歩き回りたいなど無礼千
ネメシス
万。天罰機関は犯罪だけではなく、家族のプライベートまで探るよ
うになったのですか?﹄と発言。
ネメシス
 ヨーテシアは天罰機関に睨まれるのを覚悟して、フーコ達を追い
ネメシス
返したのだ。さすがに天罰機関といえど、それ以上は理由もなく屋
敷へ押しかけるわけにはいかない。
 お陰で本家屋敷内部だけは監視の目も無く自由に歩き回れた。
 待ちかまえていたフーコ達に嫌味を込めて、オレは返事をする。
﹁どうも今日も見回りご苦労様です。そちらも毎日お仕事精がでま
すね﹂
﹁ええ、まぁ。儀式を執り行うジーナーさんからの依頼ですから。
仕事に手を抜くわけにはいきませんから﹂
 フーコはオレの嫌味に対して、表情筋ひとつ動かさず赤髪を弾く。
 この少女の顔が実は作り物の仮面だったと言われてもオレは信じ
るぞ。
 逆にアコは嫌味に対して青くなったり、涙目になったり、表情を
ころころ変えている。
 小さく︱︱殺さないで、殺さないでッス。自分は上司の指示で動

3695
いているだけの下っ端ッス。恨むなら上司を、と本当に小さく小声
で呟いている。
 オレも口の動きでなんとなく﹃そう言っているのか?﹄と予想す
るぐらいだ。
 だが恐らく間違いない。
 この子は速攻で上司を売っていた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
 オレがアコに呆れていると、クリスとフーコが黙って見つめ合っ
ていた。
 年齢、背丈、性別などが同じで、また2人とも周囲から﹃天才﹄
と恐れ、もて囃されている。
 故に何か思うところがあるのかもしれない。
 オレとクリスは一礼してから、当主屋敷へと戻る。
 扉が閉まるまで、フーコの視線が背中に刺さり続けていた。
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 フーコは本家屋敷に戻るリュートとクリスの姿が見えなくなるま
でずっと見つめ続けていた。
 彼らが姿を消すと、緊張していたのかアコが息を漏らす。

3696
ピース・メーカー
﹁はぁ∼怖かったッス。見ましたさっきのPEACEMAKER団
ネメシス
長の冷たい目! あれは軽く万は殺ってますね。自分の天罰機関隊
員としての勘がそう言ってるッスよ﹂
﹁⋮⋮貴女の勘はまったく当てにならないわ。前も自信満々に犯人
と断定していた人がまったく無関係な人物だったし﹂
﹁あれ? そんなことありましたっけ?﹂
 アコは﹃まったく記憶に無い﹄と首を傾げる。
 彼女を放っておいてフーコは改めて、本家屋敷を見つめ、次に儀
式会場へと視線を走らせる。
 本家屋敷は二階建て。地下室︵正確には半地下だが︶もあり、鉄
格子が土台に一ヵ所だけ存在した。
 本家屋敷は周囲の建物に比べて圧倒的に高く、立派だ。
 儀式会場までは約300mしか離れていない。
 椅子を狙うのにちょうどいい狙撃ポイントが多々ある。
 そんな彼女にアコが顔を近づけ小声で問う。
﹁でもいいんッスか? このままジーナーの言葉に従って動いて。
ピース・メーカー
PEACEMAKER本部で団長が言ってた﹃座ると必ず死ぬ椅子﹄
。あれマジ話だったじゃないですか。このままじ自分達、殺人の片
棒を担ぐことになるッスよ﹂
 本部を出た後、すぐにリュートが口にした﹃座ると死ぬ椅子﹄に
ついて調査した。
ネメシス
 天罰機関レベルの組織になれば裏にも通じる情報網をいくつも持
っている。時間はかからず情報が集まった。
 リュートの言う通り、その椅子は魔術的、毒物も無しに座った人

3697
物は事故や病死などで死んでしまう。現在、確認されているだけで
7人は死んでいるとか。
ネメシス
 天罰機関の調べでは実際はもっと多くの人が亡くなっているらし
い。
 フーコは本家屋敷に背を向け、今度は儀式会場を目指し歩き出す。
﹁構わないわ。﹃座ると死ぬ椅子﹄はクリス・ガンスミスが破壊す
るから﹂
﹁は? えっ? 何言ってるんッスか。ウチらはそれを阻止するた
めに、部隊まで動かして邪魔をしてるんじゃないッスか﹂
 リュートとクリスが外に出れば誰かが監視し、常に儀式会場には
隊員が、裏手の雑木林や屋敷周辺、他場所も常に巡回し目を光らせ
ている。
ネメシス
 他にもフーコは天罰機関の力を動員して、全身を覆う金属甲冑を
準備させている。
 当日、﹃座ると死ぬ椅子﹄の周囲に盾と剣を持たせた彼らを立た
せる予定だ。
 通常の﹃長の儀式﹄にはそんなものは無い。
 今回だけの特別演出としてゴリ押す予定である。
 この案にジーナーは一人喝采を送り、絶対に押し通すと約束して
くれた。
﹁クリスちゃんの使う魔術道具は、高性能な弓矢って話じゃないで
すか。確かえっと﹃ハイパーアルティメットアルバトロンストライ
トグランダーエンド﹄でしたっけ?﹂
﹁⋮⋮スナイパーライフルよ。かすりもしてないじゃない﹂

3698
 アコのデタラメすぎる名前に、さすがのフーコも呆れて足を止め
てしまう。
 溜息をつき、再びステージへ向かい歩き出す。
﹁金属片を信じられないほど遠くまで飛ばし、相手を殺傷する魔術
道具よ。リュート・ガンスミスが作り出したらしいわ。そのスナイ
パーライフルを使って、クリス・ガンスミスは今まで﹃奇跡﹄をお
こしてきた﹂
﹁でもいくら遠距離から人を殺傷できるほど威力があっても、金属
甲冑と盾を持って囲まれた椅子を破壊するなんて無茶ッスよ﹂
﹁地に足をつけたままならね﹂
﹁どういうことっすか?﹂
 彼女達はようやく儀式会場へと到着する。
 会場周辺に居た隊員達が挨拶をしてくる。
 また他人々が儀式会場の準備をひたすら続けていた。
 フーコは儀式会場に背を向け、本家屋敷に視線を向ける。
﹁2階の窓や屋根の上、天井裏から穴を開けて狙えば、甲冑達の頭
を越して椅子を破壊することが出来るわ。甲冑を手配したのは破壊
を防ぐためじゃない。椅子破壊を狙う場所を限定するためよ﹂
 彼女は幻想の弾丸を見ているように視線を再び儀式会場へと向け
る。
﹁クリス・ガンスミスは儀式当日、必ず体調不良で欠席する。そし
てスナイパーライフルを手に屋敷上部から椅子を狙い破壊するわ﹂

3699
 フーコの建てた作戦は以下の通りである。
 当日、隊員や他第三者達に儀式ではなく、屋敷上部を監視しても
らう。
 そして椅子を破壊した弾丸︱︱金属片を確保。
 この二つを証拠にクリス・ガンスミスの手に縄をかけようという
のだ。
 椅子を破壊する前からすでにクリス・ガンスミスは頭から爪先ま
で、フーコ・ソー・レイユの罠にかかってしまっているのだ
﹁クリス・ガンスミスは私の手の中。彼女の敗北はすでに決定され
ているわ﹂
 彼女は表情こそ、いつもの仮面を被ったように無愛想だったが、
声音は自信に溢れていた。
 そんな彼女の自信にアコが水を差す。
﹁いや、でも、クリスちゃんはこのままだと捕まるって分かってる
んじゃないッスか? なら椅子を破壊しない可能性があると思うッ
スけど﹂
﹁いいえ、クリス・ガンスミスは必ず椅子を破壊するわ。たとえ自
分の負けが決まっていたとしても、手に縄がかけられると分かって
いても、必ず﹂
 フーコは一片の迷い無く断言する。
 彼女の声音にはある種、人智を超えた信頼がクリスにあった。ダ
イヤモンドより硬い確信。天才少女同士のシンパシー。何か感じる
のものがあったのかもしれない。
 アコは﹃そういうもんッスかね﹄と胡散臭そうに言葉を漏らして

3700
いた。
 フーコはそんな部下の言葉を無視して、準備される舞台を眺める。
 常に世界を冷めた目で見つめる彼女にしては珍しく、勝利を確信
した歓喜の光がその目に輝いていた。
 そして3日後、長の儀式がとりおこなわれる。
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵3︶︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月19日、21時更新予定です!
軍オタ4巻の発売日まで後2日!
前書きにも書いた通り、今回の連続投稿は本編ではなく、特別版と
いうことで﹃クリス スナイパー編﹄を連続投稿させて頂いており
ます。
﹃クリス スナイパー編﹄も明日で最終話です! お楽しみに!
また今回、感想返答を書きました。
よかったらご確認してください。

3701
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵4︶︵前書き︶
今回の連続投稿は本編ではなく、特別版ということで﹃クリス ス
ナイパー編﹄を連続投稿させて頂きます。
3702
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵4︶
﹁お隣よろしいですか?﹂
 長の儀式が始まる当日。
 結界を張るように建てられた4本の石柱に囲まれた儀式舞台。そ
の舞台を見やすいように建てられた観客席の一角にオレは一人で座
っていた。
 本来は妻であるクリスが隣の席に座る予定だったが、朝から体調
を崩し残念ながら欠席することになった。
 現在は客間のベッドでファン一族の当主であるヨーテシアの手配
したメイドの世話を受けつつ、ベッドに横へなっているはずだ。
ネメシス
 そんな空いた席に天罰機関の天才少女、人種族、魔術師Aプラス

3703
級、フーコ・ソー・レイユが座る。
 オレはまだ隣に座る許可を出していないが、今更どけとは言えな
い。
﹁今日はクリス・ガンスミスさんはどうなされたんですか?﹂
﹁妻は体調を崩して屋敷で横になっていますよ﹂
﹁そうですか。私の予想通りですね﹂
﹁どういう意味ですか?﹂
﹁そのままの意味ですよ﹂
 彼女は長い赤髪を優雅に弾く。
 その仕草は勝者は自分だと無言でアピールしているようだった。
 わざわざ指摘して、墓穴を掘るのも不味い。適当に話を変えよう。
﹁今日はあの相方さんは一緒じゃ無いんですね﹂
﹁彼女は今、警備責任者として働いてもらっています。普段は仕事
をさぼってばかりいるので、これぐらいはやってもらわないと﹂
 珍しく仮面のような表情を崩し、眉間に皺を寄せ溜息をつく。
 音楽が鳴る。
 観客席の反対側に楽団が並びスタートを知らせるように音楽を鳴
らし始めたのだ。
 音楽に合わせて、儀式の舞台に続くレッドカーペットを正装した
分家長男が歩き出す。
 長男の後をさらに正装した子供2人が続く。
 長男は観客席に愛想を振りまき、舞台を目指し歩いた。

3704
 ここまでは一部を除いて通常の﹃長の儀式﹄だ。
 本来であればすでに舞台には椅子が置かれ、そこに座る予定にな
っていた。
 しかし、分家次男が﹃演出﹄ということでごり押しし、椅子を最
後に置くことになっている。
 クリスに椅子を破壊させないための策だろう。
 ちなみにその次男であるジーナーは、儀式舞台袖で﹃長の儀式﹄
を見守っている。
 その表情は自身の勝利を確信したように満足げだった。
 長男が儀式舞台正面で立ち止まる。
 まだ椅子が無いため上がる意味がない。
 続いて、音楽が変わり椅子が運び込まれる。
﹁!?﹂
 オレは微かに腰を浮かせてしまう。
 全身を金属鎧で固めた騎士達がレッドカーペットを歩む。
﹃座ると死ぬ椅子﹄を持つ騎士を中心に、椅子を守るように甲冑騎
士達が行進する。
 観客達がこの演出に﹃わぁ!﹄と沸き立つ。
 全身金属甲冑姿の騎士達が歩く姿は、まるでお伽噺のようで心躍
るのだろう。
ネメシス
 金属鎧姿の騎士を目にしてすぐに天罰機関︱︱いや、フーコの狙

3705
いが分かった。
 オレは忌々しく、隣に座る彼女を睨む。
﹁やってくれたな⋮⋮﹂
ネメシス
﹁はい、いい演出だと自負しています。わざわざ天罰機関から人員、
鎧や盾、剣を運んできてよかったです﹂
 彼女は足を組み替え、わざとオレの台詞を別の意味で受け取り返
答する。
 騎士達も長男達の背後で一時ストップ。
 彼らは左右に分かれて最初に儀式舞台へと上がる。
﹃座ると死ぬ椅子﹄を舞台中央へ玉座のように慎重な手つきで配置。
 配置を終えると、彼らは舞台を降りず剣と盾を手に、﹃座ると死
ぬ椅子﹄の周囲を固めた。甲冑騎士が一糸乱れず剣と盾で儀礼的な
動きをして金属音を鳴らすと、観客達は一斉に歓声をあげる。
 確かに見応えはあるがオレ個人として気に入らない。
﹃座ると死ぬ椅子﹄の3方向を金属の壁で塞がれたようなものだ。
 唯一、空いているのは正面だが、そこには長男が居る。
 まさか彼ごと﹃座ると死ぬ椅子﹄を撃つわけにはいかない。
 フーコはタイツのような素材で覆われた足を組み替える。
﹁これだけの準備を整えても、クリス・ガンスミスさんは金属の破
片を飛ばす魔術道具をきっと使用されるでしょう。今までどんな事
件もその腕で解決してきた、その自負があるでしょうから。ですが、
今回はそれが命取りです﹂

3706
 彼女は言葉を続けながら、余裕の表情でその唇で笑みを形作る。
﹁魔術道具が使用された後、使用された金属の破片を真っ先に回収
するように甲冑騎士や周りの者達に伝えてあります。そして、その
証拠を元に奥様であるクリス・ガンスミスさんを逮捕させて頂きま
す。ガンスミス卿は奥様に無駄な抵抗をしないよう説得して欲しい
のです。下手に暴れて罪状を増やすのは理性的ではありませんから。
もちろんガンスミス卿もです。一応、お二人が暴れてもいいように
部隊を準備していますが、余計な手間はかけたくないので﹂
﹁⋮⋮何を仰りたいのか分かりませんね。妻なら先程も言ったよう
に体調を崩して客室で寝ていますよ﹂
 フーコはつまらなそうに溜息をつく。
﹁ガンスミス卿、助言を一つ。自分で言うのも何ですが、こういう
ことはあまりやらないので。頑張ったお2人に対しての殊勲賞と思
ってください。﹃勝負というのは始まる前から終わっている﹄もの
です。今回の一件は勉強代と思って素直に罪を償ってください。そ
して二度と罪を重ねないようつまらないクエストを今後は受けない
ことをお勧めします﹂
﹁だから、先程から何を仰っているのか分からないのですが﹂
 オレは同じような台詞を再び告げる。
 フーコは気分を害したように眉根を動かし、唇を尖らせた。微か
な変化だが年相応の女の子っぽい反応で思わず笑いそうになる。
 その態度がさらにフーコの機嫌を悪くする。
 まるで圧倒的差で勝利したのに、デタラメで的外れないちゃもん
を付けられたような気分になったのだろう。

3707
 もしかしたら﹃男らしくない﹄と胸中で蔑んでいるのかもしれな
い。だとしたら、成功だ。彼女はまだオレ達の狙いに気づいていな
いということだ。
 音楽が変わる。
 長男が音楽に合わせて一歩一歩儀式舞台の階段を上がる。
 子供達は階段を守る狛犬のようにその場に待機した。
 観客達の視線も今では長男一人に注がれている。
 彼は一段ずつ着実にあがる。
 階段を上りきると一端止まった。
 一呼吸置いてから、椅子に︱︱﹃座ると死ぬ椅子﹄に座るため長
男は一歩を踏み出す。
 強い風が吹き抜ける。
﹃きゃぁぁあ!﹄
 長男が、椅子に座ろうと行動を起こした、その時。
 悲鳴があがり、視線が長男ではなく石柱の一本に注がれる。
 石柱が長年の風雨に耐えかねたのか、先程の風により折れて倒れ
始めたのだ。石柱はまるで切り倒される一本の木のように最初はゆ
っくり、しだいに自身の重さで速度を増し倒れる。
﹃危ない!﹄と誰かの叫びに反応したのか、目視で気づいたのか分
からないが﹃座ると死ぬ椅子﹄の周囲に居た騎士達が倒れてくる石
柱に慌てて逃げ出す。長男も脱兎のごとく舞台を降りる。
 運良く最初はゆっくりと倒れていたので、逃げ出す時間は十分に
あった。

3708
 さすがに金属甲冑で全身を固めているとはいえ、石柱は十数トン
はあるだろう。
 倒れた勢いも追加したら金属甲冑ごと潰されるのがオチだ。
 石柱が倒れると耳をつんざく破壊音、粉塵が舞い上がり、小石や
石粒が周辺に飛び散る。
 舞い上がった粉塵に観客や騎士、演奏者達が視線を儀式舞台から
視線をそらす。
 粉塵が晴れると、そこには石柱に潰され壊れた﹃座ると死ぬ椅子﹄
があった。
 飛び散った小石、砂、石粒がぶつかり怪我をする者はいそうだが、
幸い死者は出ていない。
﹃座ると死ぬ椅子﹄が破壊されたことに気づいたジーナーが、絶望
の表情でその場にへなへなと座り込む。
 オレはその光景を見届け、隣に座るフーコへと話しかける。
﹁まさか石柱が根本から倒れるなんて。こんなアクシデントあるん
ですね。でも死者が出ず、椅子が石柱の下敷きになった程度でよか
ったですよ﹂
﹁ッッッ! そこ! 危ないので舞台に近づかないように! アコ
さんはすぐに隊員を集め現場を確保! 私達以外、誰も近づけさせ
ないように!﹂
 フーコはオレを一睨みしただけですぐに指示を出す。
ネメシス
 彼女の指示に従い天罰機関隊員達がきびきび動き出した。
 彼らは舞台を囲むと、倒れた石柱やその周りに這い蹲り何かを探
し始める。
 他にも彼女の指示に従い怪我人の治療が始まる。

3709
 オレも席を立ち本家屋敷に戻ろうとすると、フーコに呼び止めら
れた。
﹁しばし、座っていてください。お訊きしたいことがあるので﹂
﹁分かりました。ですがなるべく早くお願いします。妻の様子を見
に行きたいので﹂
 改めて座り直す。
 そんなオレをフーコは忌々しそうに睨み付けて来た。
 数分後、彼女の部下であるアコが涙目で駆け寄ってくる。
 彼女は青い顔でフーコの耳元へ何かを告げる。
 フーコはアコの報告を聞くと、苛立ちから驚きの表情へと一変す
る。
﹁嘘!? 目撃者も、金属片も見つからない!? どういうこと!
 ちゃんと監視してたの!? よく探したの!?﹂
﹁も、もちろんッス! 抜かりは無いッス! でも誰も目撃してな
いし、金属片も見つからないッスよ!﹂
﹁そんな⋮⋮だったらどうやって⋮⋮ッ!?﹂
 フーコが呆然とした表情で倒れた石柱を見つめる。
 石柱、屋敷を何度か交互に見つめ︱︱彼女は何かを察したのか、
表情を怒りと逡巡でこわばらせる。どうやら彼女は答えに気づいた
らしい。
 正直、答えに辿り着けるとは思っていなかったので、内心舌を巻
いてしまう。
 彼女は悔しげに奥歯を噛みしめ、オレを睨みつけてくる。

3710
﹁まさかこんな奇抜な方法で出し抜かれるなんて⋮⋮﹂
 単純に激高し怒鳴り散らすなら誰にでもできる。
 だが、彼女は激情を押さえ込み深い溜息をついた後は、いつもの
冷静な表情を作る。
﹁⋮⋮クリス・ガンスミスさんに伝言をお願いできますか?﹂
 オレは返答せず無言を貫く。
 彼女は了承と受け取り言葉を続けた。
﹁﹃今回は私の完敗です。ですが次こそは必ず貴方の手に縄をかけ
てみせる﹄と﹂
 フーコは告げ終えるとさっさとその場を後にする。
 自ら陣頭指揮を執り、石柱の片づけ、怪我人の治療に乗り出すら
しい。
 さらにその上で、こちらの動向を気にかけているようだ。背中に
彼女の視線を感じる。負けを認めつつも、未だ付け入る隙を探って
いるのだ。
︵できれば二度とやりあいたく無い相手だな︶
 だが、そういうのに限ってまたぶつかり合うのが世の常なんだよ
な⋮⋮やれやれ。
 オレは凝った肩を解しながら、愛しい嫁が待つ本家屋敷に向かっ
て歩き出した。

3711
 ちなみに後日︱︱ジーナーと老執事、彼に関わった人物達がフー
コの手により、犯罪の証拠を確保され軒並み処罰された。
 元雇い主すら、罪人であれば逮捕するとはまったく容赦のない人
物だ。
ネメシス
 正直、もう二度と天罰機関は関わりたくないものである。
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 さて、ではどうやってクリスがあの﹃座ったら壊れる椅子﹄を証
拠も残さず破壊することができたのか?
 答えは人種族、ヨーテシア・ファンが訪れた時まで遡る。
﹁石柱に細工ですか?﹂
 クリスの意外な要望にヨーテシアは驚きの表情を作る。
﹁もちろん倒れるように細工することは可能ですが⋮⋮椅子本体を
破壊するのではないのですか?﹂
﹃できなくはないですが﹃儀式途中であからさまな妨害をした場合、
長としての資格を剥奪される﹄というお話だったので、なるべく自
然な形で壊せればと思いまして﹄

3712
﹁なるほど、お心遣いありがとうございます。しかし本家から儀式
の舞台までは約300mほどあり、かなり離れていますが狙った箇
所に当てるなど⋮⋮本当に大丈夫でしょうか?﹂
﹃大丈夫です! お任せください!﹄
 実際、前回の依頼で高速&不規則に回転する水晶玉サイズの魔術
道具をクリスは破壊している。
 その魔術道具はある一点に強い力をかけないと破壊できない代物
だ。
 今回は約300m先とはいえ、止まっている石柱だ。
 クリスにとってこれほどのイージークエストは無いだろう。
﹁⋮⋮分かりました。では屋敷に戻り次第、口の堅い職人に頼み早
急に取り掛からせて頂きます﹂
﹃よろしくお願いします!﹄
 こうしてオレ達は、早々に﹃石柱を倒して椅子を破壊する﹄作戦
を計画した。
 しかし、ここで問題が起きる。
ネメシス
 もちろん問題とは天罰機関、フーコ・ソー・レイユの参戦だ。
 クリスは一目でフーコが油断ならない人物と見抜くとオレにある
物を作って欲しいとお願いしてきた。
カートリッジ
 そのある物とは︱︱石で出来た弾薬である。
カートリッジ
﹁またなんでそんな物が必要なんだ? いつもの弾薬じゃ駄目なの
か?﹂
﹃あくまで保険です。フーコさんは私が撃った弾丸を回収して、そ
れを証拠に捕らえようと考えていると思うので﹄

3713
カートリッジ
﹁ああ、なるほど、確かにあり得るな。だから、石で出来た弾薬が
必要なのか﹂
ブレットコア
 正確には石で出来た弾芯だが。
ブレットコア
 石で出来た弾芯を使用することで、石柱を破壊。石柱が儀式舞台
ブレットコア
に倒れれば砕け、破片が飛び散る。その中に使用した弾芯を紛れ込
ませようとしているのだ。
 まさに木を隠すなら森である。
﹃それで作れるでしょうか?﹄
﹁たぶん⋮⋮作れると思う。クリスが満足するレベルを作り出すの
は少々時間がかかると思うけど﹂
 たとえば対テロ部隊が、鍵がかかっている扉をショットガンで破
壊する際、ブリーチング弾やディスインテグレイター弾、ハットン
弾などで破壊する。
 スラッグ弾の一種で、硬度の高い金属などを粉末化して固めたも
のだ。
 粉末を固めることで発砲した際、鍵だけを破壊し弾は砕け散る。
そのため鍵以外の物や人などに二次被害を出さないようにする。
 別名﹃マスターキー﹄とも呼ばれている。
 またゴム弾や木材で作られた木製プラグ弾なども存在する。
 なので決して石材で作れない訳ではない。
ジャケット
 ただそうなると証拠を残さないためにも金属製の被甲が使用でき
ないのが辛い。
ジャケット
 被甲はなんのためにあるのか?

3714
 弾丸の底を除いて金属でおおった状態のものをフルメタル・ジャ
ケット弾と呼ぶ。
 フルメタル・ジャケット弾は19世紀後期、スイス軍、ルビン少
佐により開発された。
 当時は発射薬が黒色火薬から、より強力な無煙火薬に変わり鉛の
弾丸が銃身内のライフリングにしっかりと噛み合わず、滑り、しか
もゆがみ、いびつに変形することが分かった。
 そのため鉛の弾丸に薄い金属を被せたフルメタル・ジャケット弾
が開発されたのだ。
 このお陰で発射薬の燃焼ガスを利用し、弾薬の装填、排莢を自動
でおこなえるようになり、連射が可能になった。
ジャケット
 ちなみに被甲の原材料は﹃銅+ニッケル﹄や﹃亜鉛=ギルディン
グ・メタル﹄等が使用される。
 話を戻す。
 ゴム弾や木製プラグ弾はあくまでライフリングを必要としないシ
ョットガンなら問題は無い。
スラッグショット
 ショットガンのようにライフリング無しで、一粒弾の場合、正確
に狙えるのはせいぜい100mが限界だ。
 しかし今回は約300m離れた場所の石柱を狙う。
 さらに発砲音を極力減らすためVSS︵サイレンサー狙撃銃︶を
使用するという話でまとまっていた。
 VSS︵サイレンサー狙撃銃︶なら分解し、鞄に入れて持ち運べ
るから目立つことも無い。
 またVSS︵サイレンサー狙撃銃︶の特徴として、9mm×39

3715
ジャケット
の専用の亜音速弾を使用する。今回は石材製、被甲無しでこれを実
現しなければならない。
 前世、地球の科学技術ならほぼ不可能だっただろう。
 しかしこちらの異世界には魔術が存在する。
 魔術で石弾を作り出す。
ジャケット
 被甲も魔術で代用できそうな石や土で作り出せるだろう。
 ただし時間はかかりそうだが。
 こうしてオレはメイヤの協力の下、石弾を開発した。
 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 儀式当日。
 クリスは体調不良ということで儀式を欠席した。
 彼女はVSS︵サイレンサー狙撃銃︶を収納された鞄を手に本家
屋敷地下室へ。
 地下室と言っても半地下で鉄格子から、目標となる石柱を確認す
ることができた。
 クリスもフーコが準備した全身金属甲冑姿の騎士達に驚く。
 すぐに弾丸を防ぐ目的で﹃座ると死ぬ椅子﹄の周辺に立つ人員と
理解したからだ。
 もし石柱が倒れて巻き込まれ死亡したら不味い。

3716
 しかし騎士達は石柱がある方面を向く。
 石柱との距離もあるため回避は難しくないと判断。最悪の場合は
観客席に居る愛しい夫、リュートがフォローしてくれるとクリスは
信じた。
 組み立て終えているVSS︵サイレンサー狙撃銃︶を手にクリス
が台座の上に立ち、構える。
 彼女の身長が低すぎて、事前に地下室に置いた台座を引っ張り出
す。
 屋敷に到着後すぐに地下室を確認。
 自分では背伸びをしても届かないことに気づき、ちょうどいい高
さの台座を急遽探し出し地下室に運び込んだのだ。
 儀式が終盤へとさしかかる。
 このまま放置すれば、長男は﹃座ると死ぬ椅子﹄に腰を下ろして
しまう。
﹁すぅー﹂
 クリスが息を吸う。
﹁はぁー﹂
 微かに吐き息を止める。
 VSS︵サイレンサー狙撃銃︶の銃身が鉄格子から出ないよう気
トリガー
を付けつつ、そっと︱︱引鉄を絞る。
 微かな発砲音。
 外では楽団が音楽を流しているため、外部の人達にはまったく聞

3717
こえないだろう。
 排出された薬莢が地下室の床に落ち硬質な音を立てる。
 それはまるで舞台終了を告げるベルのようだった。
 クリスは倒れる石柱と慌てて逃げ出す騎士達を確認。無事、騎士
達が逃げ出し﹃座ると死ぬ椅子﹄の上に石柱が倒れるのを目撃した。
 誰も死者を出さなかったことに安堵する。
 VSS︵サイレンサー狙撃銃︶を再度分解し、鞄へと収納。つい
でに落ちた薬莢を拾い鞄の中へとしまった。
 後は何事もなかったように本家当主に当てがわれた客室ベッドに
潜り込むだけだ。
 クリスは外から聞こえてくる人々の喧噪を耳にしながら、鞄を手
に客室へと戻って行った。
 こうして無事にクリスは﹃座ると死ぬ椅子﹄破壊という依頼を達
成することに成功したのだった。
3718
クリス・スナイパー 見えざる射手と消える弾丸︵4︶︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月20日、21時更新予定です!
軍オタ4巻の発売日まで後1日!
前書きにも書いた通り、今回の連続投稿は本編ではなく、特別版と
いうことで﹃クリス スナイパー編﹄を連続投稿させて頂いており
ます。
﹃クリス スナイパー編﹄も最終話です!
よいよ明日、ついに軍オタ4巻が発売します!
また明日は21時に購入者特典SS、なろう特典SSも本編と一緒
にアップする予定です。

3719
なので是非、お見逃し無く!
また今回、感想返答を書きました。
よかったらご確認してください。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼3巻購入特典SSは15年4月18日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第308話 ダン・ゲート・ブラッドの参戦︵前書き︶
本編に戻ります。
3720
第308話 ダン・ゲート・ブラッドの参戦
 戦場に一陣の風が吹く。
 溜まっていた黒い煙は風によって吹き散らされる。
 魔術によって風をおこし、戦場を正常化した人物︱︱ギギさんが
新型飛行船ノアから飛び降り、旦那様の側に着地する。
﹁旦那様、いくら味方陣営が危機だからといって、毒煙が漂ってい
るなか突撃するなど無茶です﹂
﹁はっははっはぁ! すまぬ、若人が危機に瀕しておったからつい
つい体が動いてしまってな!﹂
﹁で、でも、危険を承知で人助けをするなんてさすがだと思います
!﹂
とらぞく じゅうおうぶしん
 ギギさんに続いて獣人種族虎族、魔術師S級、獣王武神ことタイ

3721
ガ・フウーが飛び降り着地し、旦那様に声をかける。
 タイガはどうも旦那様の前では、普段のツンツンした態度を取ら
ない。
 彼女は実質、ギギさんの義父ポジションである旦那様に対して、
態度を決めかねているようだ。
 下手に尖った態度を取って、旦那様に嫌われたらギギさんにも距
離を取られかねない。かと言って、積極的に自身を売り込み外堀か
ら埋めてギギさんの第二夫人的ポジションに収まるべきか。その場
合、﹃敬愛するエル先生を裏切ることになるのでは?﹄と自問自答
しているようだ。
 これが微妙な乙女心というものだろう。
 だがとりあえず、旦那様、ギギさん、タイガならこの場を任せて
も大丈夫だろう。
 オレは新型飛行船ノアから身を乗り出し、声をかける。
﹁オレ達は人種族連合の皆を助けに行きますので、そちらはお任せ
します!﹂
﹁ははははっはあ! 任せておけ、リュート! さぁ魔王軍の将よ
! 互いに筋肉を震わせようぞ!﹂
 旦那様はウイリアムの治療&警護をギギさんとタイガに任せると、
自分は大剣を構える魔王軍側の指揮官らしき人物と向き合う。
 オレはその様子を見送りつつ、宣言通り人種族連合の救助へと向
かった。

3722
 対魔王戦が始まる少し前。オレはカレンの兄、ケンタウロス族魔
術師Bプラス級アームス・ビショップと再会した。そして商売を終
えて魔人大陸に戻る彼に、旦那様へと言付けを頼んでいた。
 相手は魔王レグロッタリエ。戦力は多いにこしたことはない。た
だ魔人大陸と妖人大陸は正反対の場所にある。
 通常の飛行船では、魔人大陸へつくのに約1ヶ月ぐらいかかる。
往復なら単純計算で約2ヶ月かかることになる。
 もしかしたらその間に、人種族連合が出立し、状況によってはオ
ピース・メーカー
レ達PEACEMAKERも魔王と戦っているかもしれなかった。
 なので旦那様はあくまで保険程度に考えていた。
 しかし、旦那様は人種族連合が魔王討伐へ向かった数日後にザグ
ギルド
ソニーア帝国の冒険者斡旋組合へ到着していたのだ。
 さらに妖人大陸にあるアルジオ領ホードにある孤児院によってギ
ギさん&タイガを連れてきていた。
ギルド
 冒険者斡旋組合経由で旦那様達の到着を聞かされた時は冗談だと
思った。
 アームスの言付けがスムーズに行ったとしても、旦那様の到着が
どう考えても早すぎる。
﹁ははははは! リュート、クリス! 出迎えご苦労!﹂
ギルド
 しかし、冒険者斡旋組合へ行くと見知った筋肉の塊がこれまた聞
き慣れた笑い声で話しかけてきた。
 ダン・ゲート・ブラッド伯爵以外の何者でもない。
ギルド
 大声で笑っているせいか、冒険者斡旋組合の人達の視線が集まる。

3723
ギルド
 さらに冒険者斡旋組合端に置かれている長椅子には、口から舌を
出し、生きる屍状態のギギさんがいた。苦しそうに何度も呼吸を繰
り返している。
 そんなギギさんの側に膝を床に突き甲斐甲斐しく世話をするタイ
ガの姿も確認した。
 旦那様に話を聞くと︱︱アームスから言付けを聞くと、その日の
内に屋敷を出発。
 通常の飛行船では間に合わないと気づいた旦那様は、飛行船や船、
馬車などの乗り物を使用せず自力で魔人大陸から妖人大陸へと到着
したらしい。
 そして戦力が必要だろうと、途中でホードによってギギさん&タ
イガを回収しこれまた走ってザグソニーア帝国に先程辿り着いたと
か。
 ギギさんは昼夜関係なく走らされたため、虫の息状態らしい。
 繰り返すが魔人大陸から妖人大陸は正反対の場所にあり、間には
中央海︱︱前世、地球で言うところの太平洋がある。
 飛行船や船を使わずどうやって旦那様は、中央海を渡ったのだ?
 オレはつい尋ねてしまう。
 すると旦那様はいい笑顔で答えくれた。
﹁もちろん泳いでだ! 普段使わない筋肉を鍛えることができてよ
かったぞ! たまには泳ぐのも悪くないな! はははっはっははは
!﹂
﹁お、泳いでって⋮⋮! だって、あの、中央海をですか? どれ
ぐらい距離があると⋮⋮﹂
﹁筋肉に不可能は無いからな!﹂
 明るい満面の笑顔で断言される。

3724
 旦那様にそう言われると﹃そういうものか﹄と納得してしまうか
ら怖い。
 さらに驚くことに︱︱
﹁あ、あのすみません。も、もしかして貴方様は魔術師A級のダン・
ゲート・ブラッド様でしょうか?﹂
 旦那様には当然劣るが、かなりのガチムチの獣人男性が憧れの先
輩に声をかけるように、勇気を振り絞って声をかけてくる。
 その声に旦那様は快活に答える。
﹁その通り! 我輩はダン・ゲート・ブラッド伯爵! 誉れ高き闇
の支配者、ヴァンパイア族である!﹂
﹁まさかこんなところでご本人にあえるなんて! 溢れ出てくる魔
物に他の冒険者達が怖じ気づき、避難民を見捨てて逃げ出した中、
一人皆を守るため魔物達と戦い見事誰も死者や怪我人を出さず守り
抜いた伝説! その時、自分はまだ子供で避難民の一人だった母に
連れられて逃げるだけでした。でも、ダン・ゲート・ブラッド様に
憧れて冒険者になったんです! あ、あの握手しても頂いてもいい
ですか!﹂
﹁ははっっははは! そうか、そうか! 構わぬぞ!﹂
﹁お、俺も! ダン様が洪水で町が水没の危機に陥っている時、助
けてくださった者ッス! あの時は本当にありがとうございました
! 当時は俺もまだ子供でダン様が、決壊し溢れ迫ってくる濁流を
筋肉で押しとどめる姿を見て冒険者になったんッス! あの姿に憧
れて今でも筋肉を鍛えてるッス!﹂
﹁ははははは! そうか、そうか! ウム、なかなかいい筋肉では
ないか!﹂
﹁ダン様の金属みたいな筋肉に比べたら俺のなんておもちゃッスよ﹂

3725
 え? なに? ﹃筋肉で濁流を押しとどめる﹄って? 意味が分
からなすぎる。
 それに避難民を守るため溢れ出てくる魔物と一人で戦った? 初
めて聞いたぞ。
 クリスに視線を向けると彼女も初耳だったらしく、首を横に振っ
ていた。
 しかも彼らだけでは終わらない。
 彼らを切っ掛けに﹃俺も、俺も﹄と遠巻きにオレ達のやりとりを
うかがっていた男達が旦那様の周りに群がり始める。
 しかも全員男性で兎に角、頭から爪先まで鍛え抜いた筋肉に覆わ
れた野郎達だった。
 彼らは口々に旦那様に讃え、目を輝かせて迫っていた。
 アイドルに群がるファンレベルではない。
 信者の前に神自身が降臨したレベルの熱狂だ。
 彼らは、﹃魔王誕生﹄の一報を耳にし、次世代の五種族勇者にな
ろうと帝国に集まってきた獣人、魔人種族の冒険者達だ。
 彼らは人種族ではないため、腕に覚えがあっても人種族連合の魔
王討伐に参加できなかった者達だ。
 中にはオレ達のように﹃仲間を捨てて人種族連合に合流などでき
ない﹄と参加しなかったらしい人種族の姿もある。
ギルド
 あまりに集まりすぎたために、冒険者斡旋組合内に混乱が起きる。
 そのため急遽、旦那様との話し合いを打ち切りオレとクリスで列
整理を開始した。
 オレが列整理を担当し、クリスがミニ黒板に﹃ここが最後尾です﹄
という文字を書き人を誘導する。
ギルド
 列は冒険者斡旋組合室内だけでは収まらず、外まで伸びる。さら
にその列を目撃し、﹃あのダン・ゲート・ブラッドが帝国に!?﹄

3726
と噂を聞きつけた人々︱︱全員ガチムチの男性達が集まり列が一向
に切れることはなかった。
 基本的に旦那様と握手&軽く挨拶で1人10秒ほどかかる。それ
を過ぎると、オレが強制的に男性をはけさせ、次へと回す。
 途中、ギギさんの世話をしていたタイガも、列整理に参加しても
らう。
じゅうおうぶしん
 ⋮⋮ちなみに魔術師S級の獣王武神であるタイガに、男達は誰も
見向きしなかった。
 全員、キラキラと瞳を輝かせて旦那様一人に注視している。
 正直、ちょっと⋮⋮アレな光景で引いてしまったのは内緒だ。
 こうして2時間以上かけて、突発的に始まった﹃ダン・ゲート・
ブラッド握手会﹄はつつがなく終えることができた。
 これ以上、騒ぎが起きないうちにオレ達はグロッキー状態のギギ
さんに肩を貸し、帝国城へと戻った。
 翌日。
 帝国城内で与えられている客室に集まり、旦那様達に状況を説明
した。
 そして魔王討伐への協力を取り付ける。
 ちょうどリース&ココノが、改造を施した新型飛行船ノアに乗っ
て戻って来た。
 しかも、人手が必要だろうと、ココリ街の治安維持がギリギリお
こなえる人数を残して新・純血乙女騎士団メンバーを連れて来てく
れた。
 魔力の補給をおこない休息のため一泊。

3727
 翌日、朝、オレ達は魔王討伐に向かった人種族連合の様子をうか
がい、場合によって救助のために介入する準備を整えて帝国を出発
した。
 悪い予感はあたり、戦場では黒い煙が充満し、一般兵士達から次
々に倒れていた。
 オレはすぐにあの煙がBC兵器の類だと気が付く。
 元々、魔王レグロッタリエは人時代、薬学に精通した人物だった
らしい。
 恐らくあの黒い煙も、薬&魔術による混合で作られた類の毒煙だ
ろう。
 オレが胸中でずっとしていた悪い予感。それは彼が薬学に精通し、
前世地球にBC兵器があることを一般常識と知っていて実行する可
能性があったためだ。
 しかし確かにこの世界にBC兵器に関する条約は無いが、本気で
実行するとは思わなかった。
 BC兵器の被害がどれだけ酷いものか、前世地球の歴史授業習っ
たはずではないか!
 だがいくら憤ってもしかたない。
 オレ達は、これ以上人種族連合に被害が出ないよう行動を開始。
 旦那様、ギギさん、タイガは現在、突撃し魔王軍側の指揮官らし
き人物︱︱遠目に色々肉体が変化しているが恐らくエイケントの相
手とウイリアムの救助を頼んだ。
 さらにもしも魔王が出てきたら、3人に足止めをお願いしてある。

3728
 話を聞くと、旦那様は毒煙を風魔術で吹き飛ばしていないにも関
わらずノアから飛び降り、ウイリアムの助けに向かってしまったよ
うだ。
 ギギさんが慌てて空気を清浄化し、タイガ共々旦那様の後に続い
たのだ。
 オレ達はその様子を見送り、今度は自分達の役割を果たしに向か
う。
 戦場は混乱し、倒れている毒煙をたっぷりと浴びて動けない一般
兵士も多い。
 そのため一度戦場を横切り、スノー、リース、シア、メイヤ、ル
ナ、カレンに土魔術で壁を作ってもらった。
 壁を作り、倒れている兵士と魔王軍兵士を分断したのだ。
 もちろん全員を完璧に分断するのは難しい。
 あくまでこれ以上、魔王軍兵士達の追撃をさせないように、倒れ
ている一般兵士達がいない場所から強引に壁を作り分断したのだ。
 まるで急造の﹃万里の長城﹄である。
 隔離し切れなかった魔王軍兵士達は、カレンの仕切りで新・純血
乙女騎士団メンバーに任せる。
 新型飛行船ノアを止めて、地上から飛び降りることができるギリ
ギリの距離まで降下。
 手にAK47︵GB15装着済み︶を持った新・純血乙女騎士団
メンバーが降りて行く。
 戦闘服に身を包み、手にAK47を持ったカレンが告げる。
﹁どうやら黒い玉はゴーレムやガーゴイルなどの胸の中心にある。
そいつらは基本的に手足のみを破壊するよう気を付けろ。他は叩き

3729
つぶしてよし! 基本的には二人一組で行動すること! 以上! 
では行動開始!﹂
 カレンのかけ声に従い新・純血乙女騎士団メンバーが動き出す。
 またスノー、シアも遊撃として参戦。
 基本的には新・純血乙女騎士団メンバー達が危険に陥らないよう
にするためと、万が一黒玉を破壊した場合、スノー&シアが風を起
こして吹き飛ばす役目を担う。
 とりあえず地上の応急処置的対処はこれで問題ないだろう。
 魔王軍側の追撃が収まれば、人種族連合側に余裕ができ、味方の
救助に向かう頭数ぐらいは揃えて動き出すはずだ。
 問題は壁の反対側。
 分断した魔王軍兵士達がスノー達の作り出した壁を破壊し、追撃
を再開しようとしている。
 一部では破壊され、進入を許していた。
 所詮は急造の壁だ。城塞のような強固さはない。
 だがこれも想定内である。
﹁それじゃそろそろ新型飛行船ノア・セカンド︵名称はまだ未定︶。
ルナの改造してくれたガンシップのお披露目といこうか。ルナ、コ
コノに話しておいた通りのコースを進むよう伝えてくれ﹂
﹁了解だよ、リューとん!﹂
 本来、ガンシップはこういう使い方をする機体ではないのだが⋮
⋮そんなことを言っている場合ではない。
 ルナは指示を受けると嬉しそうな声をあげ、ココノに指示を出し

3730
に行った。
 残りのオレ、リース、クリスは準備に取り掛かる。
 さて、それじゃ早速性能テストも兼ねて、反撃を開始しようか!
第308話 ダン・ゲート・ブラッドの参戦︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月27日、21時更新予定です!
ついに軍オタ4巻の発売日です!
他にも軍オタ4巻発売を記念して、小説購入者特典SS&なろう特
典SSをアップさせて頂いております。
小説購入者特典SSは、8月20日の活動報告にアドレスをアップ
しています。そちらから別HPへと移動して頂ければ閲覧できる形
となります。
なろう特典SSも、活動報告へアップさせて頂きました。後日、も
しかしたら本編にアップするかもしれないのでルビ振りタグの﹃|
︽︾﹄を一部使用しています。

3731
また活動報告には﹃軍オタ4巻ネタバレ&購入者特典SS感想﹄を
アップしています。
軍オタ4巻のネタバレと購入者特典SSの感想は、こちらにお願い
致します。
複数の活動報告をアップするので、お間違いないようお気を付けて
ください。
軍オタ4巻はある意味、丁度区切りがよくまとめて読むには良い内
容となっておりますので︵もちろんまだまだ続きますが!︶、宜し
ければ軍オタ書籍版をまだ読んで居ない方はこの機会に手にとって
頂けると幸いです!
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼4巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
3732
第309話 ガンシップ
 前世、地球には﹃ガンシップ﹄と呼ばれる航空兵器がある。
 ガンシップはベトナム戦争中に米国で開発された機体で、主な任
務は近接航空支援、武装偵察などだ。ベトナム戦争では八面六臂の
活躍を見せた。
 だが当時、その活躍にも関わらず、世界の他の国はガンシップを
作成しようとしなかった。
 あまりにも特殊な航空機だったからである。
 どれだけ変わっているかというと︱︱まず正面の敵、目標物を攻
撃することができない。
 なぜなら左側の側面にしか火器を搭載していないからだ。

3733
 では、どうやってガンシップは敵を攻撃するのか? 
 最新型であるAC−130Uを例にあげると︱︱まずは飛行しな
がら敵を探す。
 敵を発見したら、上昇し左側側面を地上へ向けて傾ける。
 照準が完了したら25mmガトリング砲︵毎分1800発発射可
能︶や105mm榴弾砲、40mm機関砲を目標へと叩き込む。
 目標を中心に左へ定点旋回、つまりグルグルと回りながら火力を
集中させるのだ。
 ガンシップは各種火器︱︱25mmガトリング砲、105mm榴
弾砲、40mm機関砲を搭載しているため航空機の搭載火器として
史上最強だとも言われている。
 これだけ聞くと他国、特にソ連がマネして作り出さなかったのが
疑問に思うかもしれないが、もちろんガンシップにも欠点は多い。
 まず図体が大きい。
 AC︱130Uの全長は29.8m、全幅︵翼幅︶は40.4m
もあるのだ。
 そのため能力を十全に発揮するためには、味方が制空権を確保し
ている必要がある。
 また基本的に図体が大きいため、ガンシップの活動は目立ちにく
い夜間が多いと言われている。

3734
 オレはブローニングM2機関銃の製造に踏み切った際、﹃ではM
2を効率よく活躍させるためにはどうすればいいのか?﹄と考えた。
 M2は重く、本体重量だけで38.1kgある。
トライポッド
 台座の三脚は約20kg。
 合計で58.1kgとかなりの重量になる。
 リースの無限収納を使用すれば、持ち運びは可能だし、魔術師な
ら肉体強化術で無理矢理持つことも可能だが、効率は悪い。
 すぐに思いついたのは、M998A1ハンヴィー︵擬き︶に設置
することだ。
 しかし、ハンヴィーにM2を一丁載せても現状あまり意味がない。
 そこで思いついたのが新型飛行船ノアをガンシップに改造する案
だ。
 これならM2を大量に配置できるし、速やかに目的地へと移動さ
せ、地上の敵目標を一方的に叩くことができる。
 ザグソニーア帝国へ魔王レグロッタリエの報告があったため、飛
行船ノアのガンシップ化はルナに一任した。
 現在、飛行船の脇腹を改造し、3台のM2が等間隔に並んでいる。
オートマチック・グレネードランチャー
 マウントからM2本体を外し、代わりに自動擲弾発射器を設置す
ることも可能だ。
 今回はグレネードだと味方まで傷つける恐れがあるため、M2オ
ンリーで行く。
 将来的には前世、地球のガンシップAC−130Uのように10
5榴弾砲×1基、40mm機関砲×1基などを設置したいな。

3735
 さて将来の夢想に浸っている暇はない。
 オレ、クリス、リースはそれぞれのM2の前に立ち発砲準備を整
える。
 まずフィード・カバー︵蓋のようなもの︶を開くため、フィード・
カバー・ラッチを押して上へと押しオープンにする。
 次にベルトに繋がった12.7mm︵12.7×99mm NA
TO弾︶の第一弾薬を給弾口に差し込む。
 後はフィード・カバーを閉じて、M2本体右脇についているコッ
キングハンドルを力一杯引き戻す。
 これで準備完了だ。
 後は両手でハンドルを握り、トリガーを押せば発射される。
 ちょうど準備が整うと、ココノが船を左側を傾け急造で作った壁
に沿うような飛行コースに入る。
﹁クリス! リース! 壁の内側に居る敵だけを狙うんだ! 間違
っても味方にあてるなよ!﹂
﹃了解です!﹄
﹁はい! 気を付けます!﹂
 射撃センス溢れるクリス、PKMを扱い慣れているリースなら問
題は無いだろう。
 新型飛行船ノア・セカンドは速度を落とし、オレ達が射撃し易い
ように気を遣ってくれる。
 視界に敵が入り込んだ。

3736
﹁ファイアー!﹂
 オレが叫ぶと同時にクリス、リースが両手でハンドルを握り親指
でM2のトリガーを押し込む。
 銃口から弾頭だけで43gもある12.7mm︵12.7×99
mm NATO弾︶が、初速約900m/秒で壁を超えようとして
いた魔王軍無機物の兵士達を容赦なく撃ち倒していく。
 まさに金属の雨霰だ。
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!
 背丈5m以上の人型の巨像、ゾンビ、スケルトン、人型ゴーレム、
ガーゴイル、リビング・デッド、リッチ達、魔王軍兵士達を有象無
象区別無く掃討していく。
 ゾンビ、スケルトン、人型ゴーレム、ガーゴイル、リビング・デ
ッド、リッチ達は為す術もなく倒されていく。
 元山賊であるゾンビが反射的に金属製盾を構えて防御しようとす
るが、その盾ごと撃ち抜き破壊していく。
 オレ達が通った後に残ったのはグチャグチャになった魔王兵士達
の残骸だ。
 唯一、堪えたのは人型の巨像だけだ。
 他は運良く弾丸が当たらないか、腕足などが千切れた魔王兵士達
のみ。
 彼らはほぼ無力化されたと言っていいだろう。
 オレ達は黒玉関係なく破壊したため、壁の内側には黒煙が溢れ出
る。
 その煙はギギさんの風魔術で安全に散らしてもらう。
 オレ達自身は飛行船内のため黒煙の影響を受けることはない。

3737
 壁を通り過ぎたため、ココノは速度を上げて2周目に入るため舵
を切る。
 攻撃が止んだのを切っ掛けに、破壊を免れた人型の巨像が攻撃を
しかけてくる。
 岩を掴み投げてくるが、投げた先にはすでに飛行船ノア・セカン
ドの姿はない。
 よしんば姿があっても、岩の届かない高度に達しているためどち
らにしろ意味がないが。
 ココノが高度を下げ、左側を傾け再び飛行コースに入る。
 オレ達も再びM2のトリガーを押し込む。
 相手の攻撃が届かない空から一方的に攻撃を叩き込むため、完全
に作業ゲー状態に陥る。
 まだ破壊を免れている巨像の群れがあったため、そこに火力を集
中する。
 ココノもオレ達の意図を察したのか、今度は真っ直ぐ壁を抜けず、
巨像の群れを中心にグルグルと回り出す。
 先程は単純に壁に沿って飛び去ったため、本来のガンシップの使
い方ではなかった。
 今回は人型の巨像の群れを中心に、左へ定点旋回しながら火力を
集中させることができた。
 本来のガンシップの使い方を今まさにしているのことになる。
 巨像達も腕を交差して耐えようとするが、M2×3が周囲をグル
グルと回り雨霰と12.7mm︵12.7×99mm NATO弾︶
を叩き込み続ける。
 さすがに頑丈な巨像でも耐えられるものではない。
 見事、巨像の群れを一網打尽にすることができた。

3738
 素晴らしい成果だといえよう。
 なのにグルグルと回り、巨像の群れを殲滅している最中、なぜか
味方であるはずの人種族連合の兵士達が青い顔でオレ達を見上げて
いた。
 兵士達は、黒い煙を吸った戦友を助ける手も止めて、﹃あれがも
し自分達に向けられたら⋮⋮﹄と想像し顔色を悪くしているようだ。
 個人的には飛行船ノア・セカンドはまだまだ改造途中のため、現
状そこまで驚愕するほどの性能があるわけではないのだが⋮⋮。
 むしろ個人的には、旋回途中で見える旦那様vsエイケントの戦
いの方が驚愕してしまう。
 主に旦那様に対してだ。
 飛行船ノア・セカンドがぐるりと周り、再び旦那様とエイケント
の戦いを見ることができる。
 人種族だったエイケントだったが、現在は背中から黒々とした羽
根が生え、足も人のものではなく山羊のような形をしている。さら
に背丈が倍になり、筋肉の厚さも2倍以上になっている。
 そんな﹃怪物﹄と呼んで差し支えない姿に変貌しているエイケン
トだったが、彼はそれ以上の怪物︱︱ダン・ゲート・ブラッドに手
も足もでなかった。
﹁ははっっははっはあ! どうした! どうした!﹂
 エイケントが手にしている大剣を肉体強化術も併用し、周囲から
発生させた黒い魔力の壁を剣にまとわせた一撃を旦那様へと振るう。
 旦那様はその一撃を防ぐ素振りも見せず、分厚い胸板で受ける。

3739
 正確には旦那様の全身を包む魔力の壁によって、大剣は受け止め
られ皮膚すら傷つけることができずにいた。
 しかし仮に魔力の壁がなくても、あの筋肉に大剣が刺さるとは到
底思えない。むしろ折れるんじゃないだろうか。
﹁はははは! 次ぎは我輩から行くぞ! フンヌバぁ!﹂
 旦那様は拳を固めて振り抜く。
 フェイントもなにもないただの大振りパンチ。
 しかし、エイケントが大剣&黒い魔力で防ごうとするが、カタパ
ルトに載せて発射された戦闘機のごとく地面を削りながらぶっ飛ぶ。
 エイケントの手にしてた大剣は半ばから折れて、彼の腕も変な方
向へ曲がっている。
 口から黒い血すら吐き出していた。
 まさに鎧袖一触という言葉が相応しい状況である。
 エイケントも物理攻撃が効果無しと判断すると、吐血しながらも
腕を治癒。
 腰から下げていた袋から黒い玉を複数取り出し自ら割る。
 溢れ出た煙を、自身の黒い魔力と混ぜ合わせ旦那様へと向かわせ
る。
 咄嗟にギギさんが魔術で風を作り出し、吹き飛ばそうとするが黒
い魔力に守られているのかびくともしない。
 そのまま旦那様へと殺到する。
 黒い煙が旦那様を包み込む。
 ギギさんがここからでも分かるほど、青い顔で旦那様へと声をか
けていた。

3740
 そんなギギさんに旦那様は︱︱
﹁ははっははっははは! 安心しろ、ギギ! 煙を浴びたとしても
吸い込まなければどうということはないのだ!﹂
 喋っているということは、今まさに呼吸をして煙を吸い込んでい
るのではないのか?
 もしかしたら旦那様を守る魔力の壁が、黒い煙を弾き空気だけ選
別し取り込んでいるのかもしれない。
 だとしたら本当に常識外の人だな⋮⋮
 エイケントにぼこぼこにされて、現在ギギさん&タイガに守られ
ているウイリアムが、そんな旦那様の姿に目を輝かせていた。
 まるで将来、自身が目指す理想像を目の前にした少年のような瞳
だ。
 こうやって旦那様ファンは増えていくんだろうな。
 一方、憧れの対象である旦那様はというと、エイケントを殴った
手を納得いかなそうに動かしている。
 何か問題でもあったのだろうか?
 いぶかしんでいると事態が急変。
 部下の劣勢を悟ったためか、エイケントの背後に黒い煙が溢れ出
て集束していく。
 黒い煙はとある姿へと形を作る。
 魔王レグロッタリエが姿を現した。

3741
第309話 ガンシップ︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
8月30日、21時更新予定です!
お陰様で、軍オタ4巻無事発売しました。
連続更新や特典SSなどのアップも無事に終えられてほっとしてお
ります。
これもひとえに皆様の応援のお陰です。
これからも頑張って軍オタを書いて行ければと思います。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼4巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻な

3742
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第310話 魔王vs旦那様
 魔王レグロッタリエの登場にオレは、飛行船ノア・セカンドの照
準を壁内側の敵から魔王へと切り替える。
 操縦を担当しているココノは、M2を発砲しても旦那様達に被害
が及ばない位置にノア・セカンドを移動させる。
 お陰でレグロッタリエを十分に観察することができた。
 彼はウイリアムとの一騎打ちに乱入してきた時より、さらに変貌
を遂げていた。
 背中から生えた翼はさらに増えて、合計4枚に。
 瞳孔は縦に伸び、血のように真っ赤に染まっている。体の大きさ、
筋肉量もさらに増大し、下半身は黒々とした獣のものに変化してい
る。
 扱う魔力量もさらに増大したのか、周囲を漂う黒い魔力が増えて

3743
いた。
 呼吸をするたび、口から炎のように黒い魔力が漏れ出ている。
 より凶悪な魔王の姿に変貌しているのだ。
﹁貴殿が魔王レグロッタリエか?﹂
 旦那様の問いに魔王レグロッタリエは、凶悪な人相で目を細める。
﹁ああ、そうだ。むしろ貴様は何者だ? 俺様の直部下を殴り飛ば
した上、攻撃を防ぎもせず傷ひとつつかないなんて。こいつは魔術
師A級ぐらいは瞬殺できるよう改造したつもりだったんだが。くそ、
まだまだ改良の余地はあるということか﹂
﹁やはりそうか⋮⋮しかもかなり強引な改造を施しているな。これ
は改造というより、むしろ拷問に近い責め苦。彼がどうして未だに
正気を保って動いているのか分からぬほどだぞ﹂
 旦那様の台詞の意味が分からず、オレは首を捻ってしまう。
 クリス、リースに視線を向けるが、彼女達も同様だった。
 唯一、魔王レグロッタリエが感心したように口笛を吹く。
﹁よく気づいたなオッさん。そいつに気づくとはオッさんこそ、常
人離れした観察眼だぞ﹂
﹁ははははっはあ! いいや、観察眼ではないぞ。先程、殴った際、
筋肉に触れて分かったのだ。筋肉は嘘をつかぬからな!﹂
﹁き、筋肉?﹂
 レグロッタリエも予想外の返答だったらしく、どう反応していい
か分からない表情を浮かべる。

3744
 彼は気持ちを切り替えて自慢気に話を切り出す。
﹁ま、まいい。オッさんの言う通り元々こいつは魔術と薬物で魔術
が使えるように改造していたが、俺様が﹃魔法核﹄を手に入れた後、
さらに体中を︱︱それこそ魂や脳味噌、筋肉繊維の一本レベルで弄
ってやったのさ。お陰で魔術師としての才能が無い凡人が、今じゃ
大抵の魔術師共を楽に潰すレベルに到達している。すげぇだろう?
 ただちょっと苦しみが酷いぐらいだが。こんな風に﹂
 レグロッタリエが指を鳴らす。
 まるでテレビのスイッチが入ったようにエイケントがうめき声を
漏らす。
﹁︱︱ろじでぐれ。ごろじでぐれッ。だのむ、ごろじでぐれぇぇえ
!﹂
フルフェイス
 エイケントは面頬兜を被っているせいで表情までは分からない。
 しかしそのスリット越しに漏れる声は正直に言って人のものとは
思えないものだった。
 オレ自身、この異世界に転生してそれなりの修羅場を超えてきた
つもりだ。しかし、彼のあげるその苦痛と絶望の声を聞いて震え上
がってしまう。
 声を聞いただけで吐き気をもよおすレベルだ。
 再びレグロッタリエが指を鳴らすと、オルゴールの蓋を閉めたよ
うに哀願の声が止む。
 レグロッタリエが残忍な笑みを浮かべ、得意げに語る。
﹁普段はうるさいから魔術で強制的に止めてるが、暇な時に目の前
で叫ばせると超笑えるぜ。なぁマジウケるだろ?﹂

3745
﹁外道め⋮⋮﹂
 旦那様が愉快そうに笑うレグロッタリエを前に、ぽつりと呟く。
 かなり小さな呟きだったはずなのに、飛行船ノア・セカンドに居
るオレの耳にまで聞こえてきた。
﹁ッ!?﹂
 旦那様を中心に、空気が変質したのを肌で感じる。
 ピリピリと肌がひりつき、本能的に旦那様から距離を取ろうとす
る。
︵初めてだ⋮⋮旦那様が怒っている姿を見るのは⋮⋮︶
 偽冒険者に騙され、ブラッド家で執事として数年過ごしたが、旦
那様が怒っている姿を見た記憶がない。
 たとえ実の兄弟に罠に嵌められ奴隷として売られても、豪快に笑
って流したほどだ。
 そんな旦那様が今、本気で怒っていることを離れた位置にいなが
らも理解する。
﹁⋮⋮ギギ、タイガ殿も彼を連れて離れてくれ。リュート達も手出
しは無用。魔王達の相手は我輩がする﹂
﹁ハッ! 調子に乗るなよオッさん。だが丁度いい。今現在、俺様
の力がどれほどのものか試させてもらうか。エイケント、オマエは
城に戻ってろ﹂
 レグロッタリエの命令を受けたエイケントは、機械人形のように
黙って指示に従い城︱︱グラードラン山へと戻る。
 ギギさん、タイガ、オレ達も二人から距離を取った。

3746
 旦那様が首に手を置きごきりと音を鳴らす。
 レグロッタリエはにやけた笑みを浮かべ、四枚の翼を広げて見せ
た。
 その態度は完全に旦那様を見下している。
﹁シャアァッ!﹂
 最初に動いたのはレグロッタリエだ。
 周囲に漂う黒い魔力が槍状になり旦那様へと殺到する。
﹁ふんぬばぁ!﹂
 旦那様は回避をせず、全力の右ストレート。
 魔力が拳から放たれ、光の柱のように黒槍ごとレグロッタリエを
飲み込む。
 しかし、レグロッタリエは黒い魔力で盾を形成。無傷で一撃を防
ぐ︱︱が、すでに旦那様の姿は正面には無い。
 瞬間移動レベルの速度で背後へと回り込んでいた。
 振り下ろしの右。
 レグロッタリエはすでに気づいており、挑発的な笑みを作り黒い
魔力で盾を形成。
 旦那様の攻撃を再び防ごうとする。
 だが、旦那様の右手は盾を突き破り、レグロッタリエの左腕を易
々と切断してみせる。
 これには流石のレグロッタリエも驚愕の声をあげた。
﹁馬鹿な! 俺様の黒盾を破っただと!?﹂

3747
 よく見れば旦那様は拳をとき、指を一直線に伸ばしている。
 早い話が手刀だ。
 拳ではなく、手刀にすることで貫通力をあげて黒盾を突破したの
だろう。
﹁悪いが逃がさぬぞ﹂
 レグロッタリエは驚きながらも慌てて距離を取ろうとするが、旦
那様はそれを許さない。
 体格に似合わない圧倒的速度で肉薄し、勢いを殺さず拳を振るう。
 ギリギリで拳と自身の間に黒盾を滑り込ませるが、突然旦那様の
リアクティブ・アーマー
拳が爆発。爆発反応装甲のような全身を覆う魔力の壁を自ら爆発さ
せることで攻撃に転用したらしい。
 オレ達も旦那様と正面から戦ったことがある。
 だが、あの時もまだ本気を出しておらず、手加減されていたらし
い。
 黒盾のお陰でダメージは無いが、近距離での爆発のためレグロッ
タリエは大きく体勢を崩し、地面へと転がってしまう。
 その隙を逃すほど旦那様は甘くない。
﹁ふんぬばぁぁあ!﹂
 大地を鉄床とし旦那様は拳を振り下ろした。
 1度では終わらない。2度、3度、4度︱︱鉄球のようにがっち
りと固めた両腕を交互に何度も振り下ろす。
 相手に攻撃、回避、逃走の隙を与えないように、高速で何度も何
度も拳を叩きつける。

3748
 レグロッタリエは一発拳を受けるたび、地面へと埋まっていく。
 旦那様が地面ごと殴りつけるたびに、微震のように大地が揺れて
いるようだ。
 飛行船ノア・セカンドの中に居るのにかかわらず、拳を撃ち込む
音がここまで聞こえてくる。
 まるで人型掘削機のようだ。
 見ているだけで背筋が寒くなる。
 いくら魔王とはいえ、あれだけの攻撃を受けたら原型を保ってい
られないのではないか?
﹁ぬるばぁあ!﹂
 最後のトドメとばかりに、旦那様が深く拳を叩きつける。
 大地はさらに陥没し、ひび割れがそこを中心に広がる。
 ミサイルでも落ちたように土煙も一緒に舞い上がった。
 しばらくすると、風が吹き抜け土煙を拭い去る。
 旦那様は大地に拳を打ち付けた状態のまま微動だにしていなかっ
た。
 ゆっくりと拳を大地から引き抜くと、旦那様は手に着いた汚れを
払うように両手を叩く。
﹁さて、偽者は倒させてもらったわけだが。次こそは魔王本人と拳
を交える栄誉を賜りたいのだが⋮⋮それとも貴殿は、人前には出ら
れないほど臆病者なのかね?﹂

3749
 旦那様の指摘に反応し、ひび割れた大地から黒い煙が漏れだし再
び魔王レグロッタリエの形を作る。
 旦那様と再び距離を取り対峙した。
 魔王レグロッタリエは驚きの表情を作り出していた。
﹁⋮⋮マジかよ。魔力で作り上げているとはいえ、本物のと寸分変
わらない姿形、中身を作り出しているんだぞ。見破るなんてマジ何
者だよ﹂
﹁はははははっはああ! 言ったであろう! 筋肉は嘘をつかぬと
!﹂
 旦那様が大笑いしながら、断言する。
 すぐに笑い声を止めて真剣な表情を作り出した。
﹁さぁ早く城から抜け出し我輩と勝負するがいい。それとも直接、
城まで訪ねた方がいいかな?﹂
﹁ふん、どちらもごめんだね。それに十分、時間稼ぎはさせてもら
ったしな!﹂
 彼の勝ち誇った声と同時に、グラードラン山を中心として黒い魔
法陣が浮かび上がる。
 まるで蓋を開けたようにあの黒い煙があふれ出し、どんどん広が
っていく。
 その範囲はさらに拡大し、ついには旦那様のすぐ目の前まで迫っ
てくる。
﹁旦那様! オレ達の船に乗ってください!﹂
 オレは慌てて声をかけ、旦那様も一瞬、迷いを見せたがすぐに肉
体強化術で身体を補助し、高度を落とした飛行船ノア・セカンドに

3750
乗り込む。
 旦那様が乗り込むと、すぐにオレ達も戦線を離脱。
 さらに黒い煙は広がり続け、区切っていた壁すら飲み込む。
 幸い人種族連合側は、追撃を食い止めたお陰で部隊を立て直すこ
とに成功。
 カレン達に習い、黒い煙に冒され倒れた仲間を助け出すことに注
力していた。そのため広がる黒煙の範囲に生存者はいない。
 だが、生きている者を優先したため、遺体までは回収できていな
いようだ。
 壁を乗り越え、さらに広がり︱︱黒い煙はようやくその広がりを
止める。
﹁ひゃひゃひゃひゃひゃ! 人種族連合の諸君! 美味しい命をど
ネグロ・ドーム
うもご馳走様! お陰でこうして黒煙結界を完成させることができ
たよ!﹂
ネグロ・ドーム
 黒煙結界の内側から、魔王の嘲笑の混じった声が戦場全てに響き
渡る。
 魔王レグロッタリエは愉快そうに話を続ける。
﹁毒煙に満ちた結界は広がり続ける。どこまでも広がり、最終的に
は妖人大陸を丸ごと全て飲み込むだろう。勇敢なる者はこの毒煙に
満ちた結界に入り、俺様を倒すがいい! そうすればこの結界の浸
食も止まる。さぁ! 勇者の名を得たい者は遠慮無く足を踏み入れ
るがいい! 目の前まで辿り着けたら相手をしてやるよ! ひゃひ
ゃひゃひゃひゃ!﹂

3751
 魔王の嘲笑混じりの笑い声はどこまでも響き渡る。
 黒煙の力を文字通り体で味わった、目の前で見た人種族連合達に
この煙に満ちた世界に足を踏み入れるのは不可能だ。
 しかし放置すれば魔王の言葉通りどこまで広がり、最終的には妖
人大陸を丸ごと飲み込まれてしまう。
 止める唯一の方法は魔王レグロッタリエを倒すしかないらしい。
 あの毒煙に満ちた世界に入り、魔王を倒す。
 もうそれはほぼ不可能ということじゃないか?
 遠目に見える人種族連合の兵士達の顔には皆、絶望の色が浮かん
でいた。
 そんな彼らを嘲笑うように、魔王レグロッタリエの笑い声が響き
続けた。
3752
第310話 魔王vs旦那様︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
9月3日、21時更新予定です!
最近、本当に天気が安定しないですね。
梅雨なのか! とツッコミを入れるほど雨が続き気温も真夏日から
一気に下がり体調を崩しやすい天気が続いています。
皆様も風邪などにはお気を付けてください。
また、軍オタ1∼3巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼4巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S

3753
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第311話 絶体絶命?
 人種族連合大敗。
 その一報がザグソニーア帝国に届くと、まず最初は﹃誤報﹄だと
上層部は否定した。
 次に早角馬による撤退してくる兵士達の情報が次々に入り込む。
 さすがに上層部も﹃誤報﹄と一蹴することはできず、自信満々に
送り出した人種族連合が大敗したことにショックを隠し切れずにい
た。
 そして、大敗の情報はすぐに妖人大陸に存在する国家全土に衝撃
として届く。
 今回の魔王戦で、人種族連合側の死傷者は合わせて5千人近い。
 現在でも、黒煙に冒された兵士達が多数おり、毒の治療を施さな

3754
ければ死傷者は1万人を超える。そうならないためにも、オレ達、
PEACEMAKER︻ピース・メーカー︼が所有する新型飛行船
ノア・セカンドに黒煙に冒された兵士達をギリギリまで乗せ、帝国
へと急いで飛んだ。
 帝国につくと魔王戦で﹃人種族ではないから﹄と外された他種族
の魔術師達が掻き集められ治療を開始。
 今度は他種族の魔術師達を乗せて、今だ撤退中の兵士達のところ
へと戻り治療をしてもらう。
 こうして魔石の魔力が切れると、帝国国内の魔石店から強制的に
魔力充填が終わっているのと交換しながら、3日かけて黒煙に冒さ
れた患者や重傷者、治癒や解毒魔術を使える魔術師達のピストン輸
送を繰り返した。
 ほぼ3日間は寝ることができなかった。
 お陰で多数の人々が救えたのだからよしとしよう。
 ちなみに今回の魔王戦で最も被害の大きいのは、メルティア王国
である。
 メルティア王国魔術師長、人種族魔術師Aプラス級、クンエン・
ルララルが戦死。
 黒煙で弱ったところを魔王軍にやられたらしい。
 ランスに続いて二人目のA級魔術師を失ったことになる。
 魔術師は失ったからといって、すぐに補充できるものではない。
 さらにA級は一握りの﹃天才﹄と呼ばれる者が入る領域。
 A級の魔術師育成し、実際に魔術師長としても使えるように育成

3755
するのに最短でも数十年はかかるだろう。
 人的損害という意味では最悪の結果といっていい。
 他国も王国に比べればまだマシな程度だ。
ネグロ・ドィーム
 撤退する際、思いの外、黒煙結界の広がりが速かった。
 そのため鎧や武器︵剣、槍、弓︶など、食料と飲料以外の他物資
を捨てて身軽な状態で撤退しなければならなかった。
 馬車に自力で歩けない怪我人や黒煙に冒された重傷者などを乗せ
て、とにかく迅速に戦場から逃げ出す必要があったのだ。
 人命には替えられないからとはいえ約5万人分の武器、防具、魔
術道具、物資を全て合計した場合の金銭的損失は計り知れない。
 しかも失ったからといって、明日明後日で補充できるものではな
い。
 再び彼らが今回のように装備を調えるのに、数年はかかるだろう。
 下手な小国にとっては人的被害より、こちらの経済的ダメージの
方が深刻化もしれない。
 とはいえ、兵士達も今回の惨敗で肉体的、精神的に二度と戦えぬ
状態になっていた場合、その穴を埋めるための人員補充をしなけれ
ばならない。
 経済、人員的にももう一度、人種族連合が誕生することはありえ
ないだろうな。
 国を潰す覚悟で徴兵や資金を注ぎ込めば話は別だが、そんなギャ
ンブルに打って出る国家は存在しない。
 今回の戦で、魔王を倒すことは不可能だと身をもって思い知った
のだから⋮⋮。

3756
 撤退戦を終え二日後。
 事後処理は帝国側に押しつけ、オレ達、PEACEMAKER︻
ピース・メーカー︼団員達を含めて休息を取らせてもらった。
 さすがに団員達まで帝国城内で休ませるわけにはいかず、資金を
払い帝国城近くの高級宿を確保。
 ただ飛行船ノア・セカンドを放置するわけにはいかず、二人一組
で飛行船倉庫内部で歩哨に立ってもらう。
 無いと思うが帝国や他国が情報を盗み出そうと忍び込む可能性が
あったためだ。
 一応の用心である。
 一通り休み、状況をまとめ終えたカレンが報告のためオレ達を訪
ねてきた。
 帝国城にわざわざ来てもらって申し訳ないが、盗聴を警戒し、オ
レ達は全員で飛行船ノア・セカンド内へと移動する。
 船内のリビングにPEACEMAKER︻ピース・メーカー︼が
揃う。
 団員達を代表してカレンが一人出席している。
 旦那様、ギギさん、タイガは出席していない。
 さすがに旦那様達まで居たら船内のリビングでは手狭になってし
まうためだ。
 さて、場所を移動し終えてあらためてカレンから報告書を手渡さ
れる。
 シアも邪魔にならぬよう配慮しつつ。香茶を配り回っていた。
 シアを除く全員に書類が行き渡ったところで、カレンがポイント
を押さえて説明を開始する。

3757
﹁今回の戦闘で切り傷、あざ程度の怪我を負った者は多数いますが
死者はなし。2名ほど黒煙を誤って吸い込み毒化。すぐに対処した
ため大事には至っていません。今回使用した弾薬と銃器を含めた装
備品の摩耗状況は次のページにまとめてあります。今回で派手に壊
した者はいないので、次も問題なく使用できるかと思います﹂
﹁カレン、質問いいか?﹂
﹁なんでしょうか、団長﹂
 カレンは現在、PEACEMAKER︻ピース・メーカー︼団員
としてここに居る。
 そのためオレのことを名前呼びではなく、﹃団長﹄と口にした。
 別に名前呼びでもかまわないのだが、彼女なりのケジメなのだろ
う。
﹁この﹃不純異性勧誘﹄ってなんだ?﹂
﹁不純異性勧誘とは、我が団員達が周辺警戒と撤退補助に着いてい
たのですが、撤退中の兵士達が声をかけ場合によって夜、自分の寝
床に来ないかと誘ってくる事案が多発していたようです﹂
 つまり、所謂、﹃ナンパ﹄か⋮⋮。
 撤退中に何をやっているんだか。
 確かに今回参加した団員達は全員少女で、可愛い子達が多い。そ
んな可愛らしい彼女達が戦乙女のごとく颯爽と現れ、自分達が苦戦
していた敵を次々に倒し、助けてくれる。
 好意を抱き声をかけたくなる気持ちは分かるが、時と場合を考え
て欲しいものだ。
 しかしナンパを﹃不純異性勧誘﹄とは、カレンも言葉に苦慮した
のだろうか。

3758
﹁もちろん我々の中に、そんな声に従う者はいませんでした。ただ
しつこい輩が何人か居たので、少々手厳しい扱いをしたりはしまし
た﹂
﹁これは後で抗議しておかないと⋮⋮。どの国の兵士がしつこく声
をかけて来たのか後で報告してくれ﹂
﹁了解しました﹂
 オレの指示を忘れないようカレンはメモする。
 彼女のメモが終わると報告が再開される。
 内容自体はたいしたことはなく問題なく終わる。
 問題があるとすれば最後の報告である。
ネグロ・ドィーム
﹁団員の調査によると現在、黒煙結界はグラードラン山を中心に約
15kmを超えたようです。さらに内部の草木や虫、動物に至まで
全部が死亡、または枯れてしまっています。恐らく内部で生きてい
る生物はいないかと思います﹂
 この報告にさすがの皆も驚愕する。
ネグロ・ドィーム
 まさか黒煙結界がそこまで広がっているとは⋮⋮。
 救いがあるのは、最初こそ勢いよく広がっていたが現在は拡大ペ
ースが落ちているらしい。
 またグラードラン山周辺は草原と山が中心で、周囲に村や町は無
い。
 せいぜいグラードラン山周辺の山に山賊や犯罪者達が居たかもし
れないが、状況的にも避難勧告を出す暇はなかった。
 報告が終わると皆がそれぞれ感想を漏らす。
﹁でも凄いよね。まさか山丸ごとどころか凄く遠くまで黒煙の結界

3759
を作り出すなんて。さすが魔王だけはあるよ﹂とスノー。
﹃ですね。まさかここまでとは⋮⋮。﹃妖人大陸全土を黒煙で満た
す﹄と宣言するだけはあります﹄とクリス。
﹁確かにそんなこと言ってましたね。妖人大陸は他大陸と遜色がな
いほど広いのですが、これだけの力を見せつけられるとはったりと
は簡単には言えなくなりますね﹂とリース。
﹁も、もしこのまま黒煙が妖人大陸だけではなく、海を越えて他大
陸にまで広がったりしたら⋮⋮﹂とココノが自身の想像に顔色を悪
くする。
﹁大丈夫だって、ココノン。どうせ今回もリューとんが開発した兵
器で魔王なんてお茶の子さいさいで倒してくれるって。だから、そ
んな心配する必要なんてないない﹂とルナが明るく応える。
﹁yoyoyo リュート様は天才。魔王は無才。神天才リュート
様に逆らうこと確実に大敗! 魔王、己の非才、悔やんで失望! 
リュート様新兵器に全敗確実ですわyo!﹂
 ⋮⋮メイヤはなぜラップ口調なのだろう。
 しかし、カレンを含めて皆がこの事態に対して、オレが何か新し
い兵器をすでに準備していると思い希望に満ちた視線を向けてくる。
 そんな皆の視線が痛い⋮⋮。
 オレは素直に自身の現状を皆に伝える。
﹁申し訳ないが⋮⋮対魔王兵器の準備は一応していたけど、こんな
ネグロ・ドィーム
黒煙結界は想定外だよ。それに黒煙を超えて魔王が住むグラードラ
ン山へ攻撃をしかける方法は⋮⋮現時点ではちょっと思いつかない
かな﹂

3760
8.8 Flak
 たとえば現状もっとも射程が長い8.8cm対空砲でも、水平射
撃での最大距離は約14kmだ。
 高射砲として使用した場合の最大距離は、約10kmである。
 つまり、今オレ達が持つ手持ちの兵器では魔王が居るグラードラ
ン山へ攻撃をしかける事ができないということだ。
FAEB
 唯一の方法は上空から燃料気化爆弾をばらまき押しつぶすことだ
が⋮⋮。
FAEB
 燃料気化爆弾は、前世地球でもベトナム戦争中、洞窟陣地の破壊
に使用された。今回、使用するのも有りではある。
 しかし、魔王レグロッタリエは膨大な魔力を使用してグラードラ
ン山丸ごと城塞化した。
FAEB ネグロ・ドィーム
 燃料気化爆弾で破壊できる浅い層に自身が居たり、黒煙結界を維
持する重要な魔法陣︵起動させる装置︶等を置くとは考え辛い。
 地下深くに隠している脱出路だって無数にあると考えるのが当然
だ。
FAEB
 燃料気化爆弾は魔王を引きずり出したり、結界を破壊する決め手
にはなりえないだろう。
 では、どうやってグラードラン山奥深くに居る魔王を引きずり出
したり、結界を破壊すればいいのだ?
 それこそ山そのものを吹き飛ばすほどの火力が必要になってくる。
 さすがにそこまで行くと、戦略核レベルになってしまうが⋮⋮も
ちろんオレに﹃核﹄なんて作れる技術、知識もない。
 知っていてもこの科学技術ほぼ0の魔法異世界でどう頑張っても
﹃核﹄なんて作れる筈がない。

3761
﹃⋮⋮⋮⋮⋮﹄
 その場に居る全員が黙り込む。
 ︱︱もしかしたらこの状況はかなりマズイかもしれない。
第311話 絶体絶命?︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
9月9日、21時更新予定です!
メイヤのラップ⋮⋮あれももしかしたら変更するかも。
深夜、変なテンションで書いたらあんな感じに⋮⋮。
また感想返答を書かせて頂きました。
よろしければご確認ください。
また、軍オタ1∼4巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼4巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶

3762
第312話 現在の状況
 グラードラン山に住む魔王レグロッタリエは、いつしか人々の間
こくどく
で﹃黒毒の魔王﹄を呼ばれ、恐れられるようになった。
 人種族連合の兵士達が戦場から戻ってきて、その時の様子を詳し
く話したせいだろう。
 現在、﹃黒毒の魔王﹄の名に恥じず、グラードラン山を中心に約
ネグロ・ドィーム
15kmを黒い煙で満たす黒煙結界を広げている。
 速度は落ちたものの、黒煙は今もなおジワジワと妖人大陸を浸食
するように範囲を広げている。
 結界の高度は約2km。
 ちょうど空に雲が漂っているぐらいの位置だ。
 結界の高さも徐々に広がっているのかもしれない。

3763
ネグロ・ドィーム
 黒煙結界内部の草木は雑草一本枯れ果てており、大地すら死んだ
ように黒く濁っていた。
 もちろんそんな中を動く生物の姿はない。
 結界内部に入った生物は虫一匹すら逃れることは出来なかったの
だ。
 情報収集のためレシプロ機に乗り、偵察に向かってもらったクリ
ス&ココノは、結界内部で動くモノを確認。
 どうも前回の魔王戦で死亡した人種族連合の兵士達が、ゾンビ化
しているらしい。
 負傷者を優先し助け、既に亡くなった人々の遺体は申し訳ないが
回収する余裕はなくその場に置いてきてしまった。
 その遺体が魔王の力によりゾンビ化しているようだ。
 他、逃げ遅れた近郊の森、山などに住む動物や魔物達も死亡しゾ
ンビ化。
 グラードラン山周辺へと続々集結しているらしい。
 どうも魔王レグロッタリエには、結界内部で亡くなった死体を眷
属化する力があるようだ。
 結界の範囲が広がれば、その分、魔王の戦力が強化されてしまう。
ネグロ・ドィーム
 この黒煙結界を超えてどうやって魔王を倒すのか?
 帝国トップ陣は昼夜関係なく対策会議にあけくれた。
 このまま結界が広がると一番最初に飲み込まれるのはザグソニー
ア帝国だからだ。
 対魔王戦で共に轡を並べた他国の指揮官達は、魔王戦で受けた被
害が甚大のため、一度立て直すために本国へと戻ると言い出してい

3764
る。
 特に小国が﹃これ以上、被害を受けたくない﹄と一斉に手を引き
たがっているのだ。
 しかし敗残したとはいえ、彼らの軍は十分戦力として勘定できる。
 魔王を倒さなければ結界を止めることができない。
 そのためにも帝国側としては小国の戦力といえど逃がしたくない
のだ。
 たとえ魔術師がおらず、武器や防具が無い兵士だとしても。
 だが現状、結界を超えて魔王が住むグラードラン山まで行くのは
不可能だった。
 旦那様のように周囲を抵抗陣などで覆い移動するにしても、黒煙
の直接の被害が防げても息ができない。
 結界内部が黒煙で満たされているからだ。
 自身の魔力&魔石を使用し、魔力で空気を生み出し進む案も出た。
 実際に帝国の魔術師に実験として試してもらったが、確かに移動
は可能だ。
 しかしグラードラン山の移動だけで多大な魔力を消費。
 戦闘中も二つの魔術を使用し続けなければいけない。
 どちらも維持しつつ、魔王を倒すのは不可能だと判断された。
 つまり魔王が結界内部から出てこない限り、帝国側に手だてが無
いということになる。
ピース・メーカー
 もちろん帝国はオレ達PEACEMAKERに泣きついてきた。
ネグロ・ドィーム
 どうにかして黒煙結界を超えて、魔王レグロッタリエを倒せない
か、と。

3765
 帝国に泣きつかれたからではないが、オレ達も急遽頭を捻り対黒
煙結界対策に乗り出していた。
 今日も対黒煙結界用兵器に乗り込み一路、グラードラン山を目指
す。
 新型飛行船ノア・セカンド。
 通常はそこにブローニングM2を設置しているが、一部を撤去。
8.8 Flak
 そこに8.8cm対空砲︱︱アハト・アハトを設置した。
ネグロ・ドィーム 8.8 Flak
 黒煙結界の範囲が広がり、8.8cm対空砲の射程圏外だという
なら圏内にすればいいという発想だ。
 ガンシップの105mm榴弾砲の代わりともいえるが。
 使用する際、使う砲弾は﹃MVT信管﹄ではなく、徹甲弾である。
ネグロ・ドィーム
﹃MVT信管﹄だと黒煙結界内に入ると、黒煙の魔力に反応して爆
発してしまうため意味がないからだ。
ネグロ・ドィーム 8.8 Flak
 黒煙結界の上空から、一つの8.8cm対空砲を使い徹甲弾を撃
ち込む。
 もちろん、それなりの効果はある。
8.8 Flak
 なんといっても8.8cm対空砲の徹甲弾の威力は高く、1・8
km先の85mmの装甲板を貫通することができたという。
 しかしグラードラン山破壊までには至らない。
 また一発撃つたびに衝撃によって飛行船ノア・セカンドがぐらり
と大きく傾く。
 本体自体が重い。約8トンもある。
 飛行するだけで魔力がガンガン消費され、そう長く飛ぶことがで
きない。さらに撃つたびに衝撃を吸収しているせいか、魔力消費の
激しさも増す。

3766
 非常に効率が悪い。
 恐らく山を破壊し切る前に、妖人大陸が飲み込まれてしまうだろ
う。
 正直、完全な手詰まりである。
﹁むむむむむ⋮⋮﹂
 午後、飛行船ノア・セカンド居間。
 オレはソファーに座り、腕を組み唸り声をあげていた。
 シアがいつのまにか側に居て、香茶を淹れて部屋の脇へと移動す
る。
 先程、グラードラン山を攻撃してきたオレ達は、帝国へと戻って
きた。
8.8 Flak
 とりあえず魔石交換と8.8cm対空砲や飛行船のチェックなど
をメイヤ&ルナが担当してくれている。
 他、人手がいりそうな場合は新・純血乙女騎士団の手を借りてい
る。
 オレは休憩がてら、現状を打破する方法を考えていた。
︵アハト・アハト一つじゃ山を破壊できないなら、飛行船を増やし
てそこに並べるか? 山上空まではノア・セカンドで引っ張ればい
けるか? いや、無理か。通常の飛行船の甲板に並べたアハト・ア
ハトじゃ山へ向けられない。かと言って今から手分けして飛行船を
横っ腹に穴を開けるなんてできないしな︶
 空を飛ぶ船なんて突飛な代物だが、前世地球のようにバランスを
考えなければならない。

3767
8.8 Flak
 ただでさえくそ重い8.8cm対空砲や反動に耐えられるように
しなければいけないのだから、早々簡単に改造などできることでは
ない。
 オレは腕をとき、右手で顎を撫でる。
︵それじゃ、第二次世界大戦時代にドイツが開発したV1やV2の
ようなものを今から作り出すか?︶
 ミサイルの祖となるモノを開発したのが第二次世界大戦中のドイ
ツである。
 つまり、今からミサイルを作り出し、攻撃しようというのだ。
 自分の発想に頭を抱える。
︵確かにそれができれば一番いいけど⋮⋮今からミサイルを作り出
すなんていくらなんでも無理だろう! だいたい誘導装置や姿勢制
御、推進力とかこの異世界の魔術で代用できるのか?︶
 正直、考えれば考えるほど無理だと理解できる。
 他にもミサイルではないが、飛行船に弾薬や爆発物を詰め込み突
撃させることも考えたが︱︱搭乗者はその場合確実に死亡。
 搭乗者を乗せない場合は、たとえば山の真上から落としても風や
落下の位置を少しでもずらしただけでそれる可能性が高い。
 それならまだリースの﹃無限収納﹄に超巨大な岩を入れて落下さ
せた方が効果ある気がする。
︵明日、一度そっちで試してみるか⋮⋮︶
﹁若様﹂

3768
 考え事に没頭しているとシアが声をかけてくる。
 理由を問いただすより早く、部屋にスノーが雪崩れ込んでくる。
 どうやらシアは彼女がこちらに向かっていることに気づき、声を
かけてくれたらしい。
 スノーはわたわたと慌てた様子で外を指さす。
﹁リュートくん、大変だよ! 空から魔王配下の魔物がいっぱい来
たよ!﹂
 空から魔王配下の魔物が押し寄せて来ていると聞いて、オレ達は
慌てて飛行船外へと出る。
 飛行船を停めている倉庫を出ると、空を骨だけの姿になったカラ
スほどの大きさの魔物達が旋回し飛んでいた。
 その数は確かに多いが、帝国を落とすにはあまりにも少ない戦力
である。
 骨だけのカラス達は、民衆を襲うわけでもなく街へ散らばり、あ
るモノは旋回しながら、あるモノは屋根に止まりどこからともなく
声を発する。
﹃傾聴せよ! 傾聴せよ! 魔王様のお言葉を、傾聴せよ!﹄
 骨カラスが一斉に喋り出す。
ネグロ・ドィーム
﹃親愛なるザグソニーア帝国民衆達よ、降伏せよ。黒煙結界は広が
り続け、近日中に帝国を飲み込む。汝達の掲げる愚昧な皇帝は未だ
抗う術を模索しているが、そんな道は無し。財産、生命、隣人、家
族、友、恋人を救う唯一絶対の方法は、ただ一つ、降伏のみ! 無

3769
知無能な皇帝を捨て、我を仰げ。さすれば汝達の食するパンは永遠
に与えられるだろう!﹄
 さらに骨カラス達が先程の台詞を繰り返し叫び出す。
﹁まさかここまでやるとは⋮⋮魔王は確実に帝国を潰しにかかって
るな﹂
 この異世界でプロパガンダ︱︱情報戦を仕掛けてくるとは思わな
かった。
BCW
 生物化学兵器や情報戦を仕掛けてくる魔王とは、いくらなんでも
酷すぎる。もう少し魔王の自覚を持って行動して欲しい。
 オレは思わず深々と溜息をついてしまう。
 だがこのまま放置する訳にはいかない。
 すぐに指示を出す。
﹁シア、すぐに皆を集めてあの骨カラスを退治してまわってくれ。
他に被害が出ないように使用するのはSAIGA12K、非致死性
装弾のみ。なるべく可及的速やかに骨カラス達を排除してくれ﹂
﹁了解致しました。ですが、帝国側に許可を取らなくてもよろしい
のですか? 後々、問題にされる可能性もあると思うのですが﹂
﹁できればそうしたいんだけど、アレを放置する方がマズいんだ﹂
﹁そうなのですか? ただ声を出すだけで、民衆に危害を加える様
子はありませんが⋮⋮﹂
﹁確かに骨カラス達はただ声を出して、叫んでいるだけだが⋮⋮単
純に危害を加えるより質が悪いんだよ。なぜかというと︱︱﹂
 オレはその場に居る一人の少女へと視線を向ける。
 釣られシアも目を向けた。

3770
﹃迷うことはない。すでに近隣の村々の住人達は我が軍門へと下っ
ている。他にも一部の帝国住人達は我が元へと下っている。唯一絶
対の正しい道を選んだそんな彼らは今、柔らかなパンと温かなスー
プ、安全な寝床でのびのびと生活をしている。全ての苦しみから解
放され、この世の楽園で正を謳歌しているのだ﹄
﹁そ、そうだったんだ! まさか魔王がみんなにご飯をあげて、保
護していたなんて⋮⋮。もしかして魔王っていい人なの?﹂
﹁⋮⋮確かにこれは危険ですね﹂
﹁だろ。普通、こんな馬鹿な話に引っかかるはずないんだが、中に
は本気にして魔王の元へ行く人達がいるかもしれない。だから、早
々にあの骨カラス達を倒さなければいけないんだ﹂
﹁り、リュートくん! 痛いよ、どうして突然頬をひっぱるの?﹂
 魔王のプロパガンダにひっかかりそうになったアホの娘のスノー
にお仕置きする。
 彼女の頬を掴みぐにぐにと引っ張ったのだ。
 スノーの頬はまるで出来立てのお餅のようにぐにぐに伸びてちょ
っと楽しくなる。
﹁了解しました。では、早急にメンバーを集めて対処させて頂きま
ネグロ・ドィーム
す。また念のため、このことを黒煙結界の監視に当たっている帝国
兵士に連絡しておいた方がよろしいかと﹂
﹁だな。そうするとやっぱり一度、帝国城に行く必要があるな。シ
アは部隊を集めて骨カラス対処に当たってくれ。オレは帝国城へ行
って事後承諾の形になるが話を通してくるよ。その後はレシプロ機
を使って監視に当たっている兵士に言付けてくる﹂

3771
 シアは再び﹃了解致しました﹄と告げ、すぐさま行動を起こす。
 スノーの頬から手を離すと、彼女は両手で顔をさすりながら問い
かけてきた。
﹁だったらわたしもお城へ行こうか?﹂
﹁いや、一刻も早く骨カラスを退治したいからスノーはシア達を手
伝ってくれ﹂
﹁分かったよ﹂
﹁いいか、あの骨カラスがどんないいことを言っても全部嘘だから
信じるなよ。もしそんな話を信じている奴がいたら、ちゃんと否定
するんだぞ?﹂
﹁大丈夫! もう絶対に魔王には騙されないよ!﹂
 ⋮⋮本当に大丈夫かな。
 オレは心配しつつも、骨カラスを退治するため街へ向かうスノー
の背中を見送った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 結果として骨カラスを倒すのには、帝国兵士の手も借りて夜遅く
までかかった。オレ自身、SAIGA12Kを手にして城下をグル
グルと走り回ることになった。
 相手に攻撃能力はなくただ喋るだけ。
 しかし、飛び回るせいで倒すのに時間がかかってしまったのだ。
 さらに後から聞いた話だが、骨カラス達の話を真に受けて帝国住

3772
ネグロ・ドィーム
人達が若干名ほど黒煙結界を超えようとしたらしい。
 事前に見張りを担当していた兵士達によって取り押さえられ、死
者がでなかったのは幸いである。
ネグロ・ドィーム
 黒煙結界を超えても温かいスープやパン、寝床などある筈がない。
 ただ黒煙に冒されて死亡。
 魔王の配下として列に加わるだけで、敵の戦力を増やす意味しか
ない。
 骨カラスを撃退した翌日。
 オレは帝国城内で与えられている客間、リビングのソファーへ腰
を下ろしていた。
 眠い目をこすり、頭を悩ませる。
︵今回は無事、骨カラスを倒すことができたけど、あんなのが連日
押し寄せて騒いだらスノーはともかく、住人達の中にも本気にして
出て行く人が居るかもしれない。防ぐ手だては、魔王を倒すことな
んだけど⋮⋮︶
 現状、グラードラン山に近づく手が無いため頭を悩ましているの
だ。
 そんなオレの元に1人の女性が颯爽と姿を現す。
﹁リュート様、お困りのようですわね﹂
 メイヤは壁に背中を預け、ポーズを決めていた。
 オレは不安に思いながら見返していると、彼女は得意げな表情で、

3773
﹁リュート様の一番弟子であるこのメイヤ・ガンスミス︵正妻第一
候補大本命まったなし!︶に秘策ありですわ﹂と断言した。
第312話 現在の状況︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
9月12日、21時更新予定です!
今日、友人と一緒に某KFCの食べ放題へ行ってきました。
﹃よ∼し、いっぱい食べちゃうぞ!﹄と意気込んだら、6ピースが
限界でした。
油&濃い味付けにやられました。あれは食べ放題で食べるものじゃ
ないですわ。
なので今でもちょっと胸焼けが。
でも、隣の席の女性が一人で19ピース食べたのは純粋に凄いと思
いました。

3774
まじであれだけ食べられるのは凄いですわ⋮⋮。
また、軍オタ1∼4巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼4巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第313話 天才メイヤの華麗なる秘策
﹁リュート様のためならどっこいしょ! 結婚腕輪のためならなん
のその! リュート様との未来のためにもどっこいしょ! もうひ
とつおまけにどっこいっしょ!﹂
 竜人大陸内でなら知らぬ者がいない天才魔術道具開発者であるメ
イヤ・ドラグーンは、ツルハシ型の杖を持ち地下トンネルを掘って
いた。
 向かっている先はもちろん魔王レグロッタリエが居るグラードラ
ン山だ。
ネグロ・ドィーム
 彼女は地上が黒煙結界で足を踏み入れられないなら、﹃グラード
ラン山まで続く地下トンネルを掘る﹄というアイデアを思いついた
のだ。

3775
 地下なら黒煙は入り込まないし、魔術を使用すれば通常の何倍も
効率的にトンネルを掘ることができる。
 メイヤはこのアイデアを思いついた瞬間、リュートには劣るが自
分自身の天才性に震えてしまったほどだ。
 とりあえずリュートへ﹃地下トンネル﹄の話をした後、まずは効
率化を図る実験をするため、メイヤ1人で作業すると告げた。
 リュートからは﹃無茶はするなよ﹄と心配そうな表情で見送られ
る。
﹁はぁぁ! あの時のリュート様のわたくしを心配する表情! 涎
が出そうなほど最高でしたわ!﹂
 メイヤはリュートの表情を思い出し、魔術光の下で一人身もだえ
しながらツルハシ型の杖を振るう。
 魔術によって土が掘られ、同時に左右・天井部分を強化し崩壊を
防ぐ。
 この作業をメイヤが持つツルハシ型の杖が自動的にやってくれて
いるのだ。この杖は彼女が今回のトンネル掘りを効率よくおこなう
ため急遽製作した魔術道具である。
 1人でトンネルを掘っているのも、この魔術道具の性能テストの
意味合いが強い。
 実際に使用してみて浮かび上がった問題点はいくつもある。
 まず、魔力消費に無駄がある。
 さらに杖自体の耐久度が足りない。掘った土は人力で運び出さな
ければならないため、その効率的方法を考えなければいけない。
 実際に使用してみて多々改善点が浮き彫りになる。
 これら問題点は後ほどリュートに相談し、改善する予定だ。

3776
﹁それに最近の特にユミリア皇女の魔の手から救い出してからのリ
ュート様の目! あれはわたくしに惚れてしまった目ですわ! さ
らにリュート様を悩ませる結界問題をわたくしが解決したら! は
ぁぁぁっぁあ! もう絶対確実にわたくしの左腕に燦然と輝く太陽
のような腕輪がはめられるのは間違いないですわ! うひょぉおお
おぉおおぉおおぉおおおぉおっ!﹂
 メイヤは薄暗いトンネルの中、人様にお見せできない表情を浮か
べ今までの3倍ほど速いスピードでトンネルを掘って行く。
﹁ら、らめぇえ! リュート様、そんな奥深くまで掘られたら、メ
イヤ、らめなのぉおおおぉおぉ!﹂
 竜人大陸では竜人種族の民の尊敬を集め、竜人王国国王と同等の
知名度を持ち、天才魔術道具開発者という名声を一身に集める。
 また実際、七色剣を開発。
 リュートの技術を盗み、流用したとはいえ﹃魔力集束充填方式﹄
という間違いなく歴史に名を刻む偉業を達成している。
 そんな彼女はバラ色の未来を想像し絶叫しながら、ガンガンとツ
ルハシ型の杖を振るい続けていた。
 ボコ︱︱と不吉な音が背後から聞こえてくる。
 メイヤが絶叫を止めて振り返ると、約10m先の地面から白いモ
ノが姿を現したのだ。
 大きさは約30cm。鋭い爪のようなモノはあるが、脅威は感じ
られない。なぜならその爪は地面を掘るためのものだからだ。
 地面から顔を出したのはスケルトンのモグラである。

3777
 どうやら魔王は、地下からトンネルを掘られ接近する可能性も考
慮してスケルトン・モグラを地面に放っていたらしい。
 スケルトン・モグラはメイヤが掘っている地下トンネルに気づく
と転進。
 もぐもぐと来た道を急速に戻る。
 メイヤは慌ててスケルトン・モグラの開けた穴へと急行し、仲間
を呼ばれる前に倒そうとするが︱︱それより速く黒い煙が穴から吹
き出す。
﹁きゃぁぁあ、ですわ!﹂
 メイヤは悲鳴を上げつつも、魔術で穴を塞ぎ黒い煙を止める。
 しかし、スケルトン・モグラが仲間を呼んだのか次々足下に穴が
空き黒煙が入り込んできた。
 黒煙はあっというまに地下トンネルに充満する。
 メイヤは作業を断念し口元を押さえ、ツルハシ型の杖を握りしめ
慌てて入り口へと引き返した。
 こうしてメイヤの﹃地下トンネル作戦﹄は、水泡に喫した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
﹁あうぅぅ∼∼∼、わ、わたくしの華麗なる計画が⋮⋮んぐぐぐぐ
!﹂

3778
 地下トンネル計画に邁進していたメイヤだったが、スケルトン・
モグラなる天敵により作戦は水泡に帰してしまった。
 現在は黒煙を吸い込んだせいで毒化。
 自身で解毒魔術を使用し毒は消したものの体力が落ち、帝国城内
の客間ベッドにて横になっていた。
﹁とりあえず計画は残念だったけど、メイヤが無事でよかったよ﹂
 全員でお見舞いに押しかけるのも迷惑なので、今回はオレと、
﹁ですね。地下を通ってグラードラン山まで近づくのはかなりの良
策だと私も思ったのですが﹂
 リースの二人で部屋を尋ねていた。
 この組み合わせにメイヤが不満そうに唇を尖らせる。
﹁お見舞いはありがたいのですが⋮⋮できればリュート様お1人で
来てくださった方が色々都合がよろしかったのに﹂
﹁すでに黒煙の毒を消しているとはいえ、病人のようなものです。
リュートさんを1人で行かせたらメイヤさんは無茶をするからその
押さえが必要なんです﹂
﹁わたくしのリュート様を敬愛する想いは、押さえつけられるほど
安くありませんから!﹂
 リースはまるで幼稚園の先生が、園児に言い含めるようにメイヤ
へと告げる。
 それに対してメイヤは、﹃ドヤァ﹄と自慢気な表情を浮かべた。
 サイドテーブルに彼女は﹃無限収納﹄から取り出したリンゴをす
り下ろした病人食や温かいスープを取り出し並べる。

3779
 本人の目の前で果物を剥いたりしないのはやや情緒に欠けるが、
リースの﹃無限収納﹄なら温かいスープは冷めず、リンゴのすり下
ろしも出来立てのように瑞々しい。
 何よりドジっ娘のリースが果物を剥いた際、ナイフで指を切るイ
ベントが起きずに済むというメリットがある。
 メイヤは体を起こすと、頬を赤く染め両手を胸の前で握り締め落
ち着かなそうに体を揺らす。
﹁美味しそうなお見舞い品、誠にありがとうございますわ。ですが、
わたくしは体力が落ちて匙を持つのも難しい身の上。これでは折角
頂いた料理を頂くことができませんわ。本当に困りましたわねー︵
棒︶﹂
 わざとらしい台詞を漏らし、メイヤがちらちらとサイドテーブル
に並べられた料理とオレを見比べる。
 流石に気づかない訳がない。
﹁分かったよ。食べさせてあげるから落ち着いてくれ。まずはリン
ゴのすり下ろしてでいいか?﹂
﹁はい! よろしいですわ!﹂
 メイヤは喜色満面の笑顔で断言してくる。
 オレは器を取り、スプーンですり下ろされたリンゴをすくいメイ
ヤへと向ける。
﹁はい、メイヤ、あーん﹂
﹁あーん、ですわ﹂
 メイヤはひな鳥のように口を広げる。

3780
 スプーンを口に入れると、美味しそうにすり下ろしリンゴを咀嚼
する。
 彼女は体力が落ちているにもかかわらず、全力で声をあげる。
﹁美味! 圧倒的美味ですわ! ただすり下ろされたリンゴだとい
うのに、リュート様が手ずから﹃あーん﹄してくださっただけで、
この世のモノとは思えないほど美味を発するなんて! リンゴの実
は天使の歌声のように柔らかで、果汁は神の雫のように甘露! ま
さに天上世界至高の料理といえるレベルに達していますですわ!﹂
﹁め、メイヤ、落ち着け。まだ体力が回復していないのに大声だし
たら体に響くぞ﹂

﹁問題ありませんわ! リュート様から頂いたすり下ろしりんごに
より、もう完全復活しましたわ!﹂
 いやいや﹃愛﹄ってなんだよ。
 オレが食べさせたのは、ごく普通のすり下ろしたリンゴだから。
 鼻息荒く興奮するメイヤに押されていると、今度はリースが笑顔
で湯気が昇る熱々のスープをすくい差し出してくる。
 その笑顔は妙に迫力があった。
﹁それじゃ次は私が食べさせてあげますね。はい、あーんしてくだ
さい﹂
﹁え? り、リースさん、でも、それまだ熱いままじゃ。冷まして
頂かないと⋮⋮熱!? やっぱりまだ熱いですわ!﹂
 リースは笑顔のまま熱々スープを冷まさず、メイヤに食べさせよ
うとする。
 前世、地球でこういう番組をテレビで観たことあるな。
 興奮して顔を赤くしていたメイヤだったが、熱さに我に返り今度

3781
は青ざめた表情を浮かべていた。
 どうやらリースの迫力ある笑顔に気が付いたらしい。
﹁さぁ遠慮無く、食べてくださいね。食べないと体力は回復しませ
んからね。スープのお代わりはまだ沢山ありますから遠慮無くどん
どん食べてくださいね﹂
﹁あ、あのリースさん、興奮して騒いでしまったのは申し訳ありま
せんですわ。で、ですのでどうかお、穏便に⋮⋮あ! あああぁぁ
ぁあ、ですわ!﹂
 その後、もう一度だけメイヤは騒いだ反省の意味を込めて、熱々
ままスープを飲まされる。
 飲んだ後は、ちゃんと体力を回復させるため大人しく自分で食べ
ることになった。
 メイヤの見舞いも終わり、オレとリースは飛行船ノア・セカンド
が止めてある飛行船倉庫へ向けて歩き出す。
﹁メイヤが黒毒に冒されたって聞いた時は焦ったけど、あれなら大
丈夫そうだな﹂
﹁ですね。あれだけ元気ならすぐに体力も回復しますね。本当に良
かったです﹂
 飛行船倉庫は広さを必要とするため、どうしても遠くなる。
 そのためオレとリースは並んで歩きながら会話をしていた。
﹁ですが本当に困りましたね。地下が駄目ならやはり空から行くし
かないんでしょうか﹂

3782
﹁黒煙の中を移動するのはまず無理だろうから、それしか方法は無
いだろうな。短時間だけ黒煙内部でも動ける防護服を作って、一気
呵成に魔王を倒すしかないだろう﹂
 現状、それが考えられるベストな答えだ。
 しかし、オレ達の考えを突然、第三者が否定する。
﹁無理だな。そんな安っぽい策では俺様は倒せないぜ﹂
﹁﹁!?﹂﹂
 声に反応し、視線を向けると塀の上に骨カラスが止まっていた。
﹁けけけけけ!﹂
 聞き覚えのある声。
 間違いなく魔王レグロッタリエのものだ。
 どうやら骨カラスを中継し、声を発しているらしい。
﹁念のため警戒網も作っておいたが、まさか本当に地下トンネルを
造ってくるとはね。一瞬焦らされたが、きっちり潰させてもらった
ぞ。これで﹃地下から﹄っていう手も使えなくなったわけだ﹂
 骨カラスを中継しているため表情を読むことは出来ないが、魔王
はこちらを嘲笑しているのを感じ取る。
ネグロ・ドィーム
﹁空も駄目! 地上も無理! つまり黒煙結界の拡大を防ぐのは不
可能ってことだ! ぎゃはっはは! ねぇねぇどんな気持ち? ﹃
困っている人、救いを求める人を助ける﹄っていう理念を掲げてい
るのに手も足も出ない気分は? ほらほら帝国の人達が困っている
よ。早く助けてあげないと!﹂

3783
﹁この、野郎⋮⋮ッ﹂
 オレは悔しさに拳を硬く握り締める。
 隣に立つリースも鋭い視線を骨カラスへと向けていた。
ネグロ・ドィーム
﹁だったら望み通りオマエを倒して、黒煙結界の拡大を防いでやる。
首を洗って待ってろ!﹂
﹁ぎゃはっははは! やれるものならやってみろよ! オマエ達に
歪められた俺様の人生! その復讐をきっちりと果たさせてもらう
ぞ! ぎゃはっははは!﹂
 USPを抜き、骨カラスを打ち砕く。
 リースはレグロッタリエの発言に心底不快そうな表情を作る。
﹁スラム出身で、幼少時代から身寄りが無く苦しい思いをしたせい
で健やかな人生をおくれなかったことには確かに胸が痛みます。で
すが、だからと言ってその自身の不幸をリュートさんや私達、他他
者のせいだと恨み魔王となってまで復讐しようだなんて間違ってい
ます! リュートさん! 絶対に彼を︱︱魔王レグロッタリエを倒
しましょう!﹂
﹁⋮⋮そうだな。絶対に魔王レグロッタリエを倒そうな﹂
 オレは彼女の勘違いをわざわざ訂正はせず、同意の言葉を告げる。
 そしてオレ達は再び飛行船倉庫へと向かって歩き出した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

3784
﹁ははははっはははは! どうした、どうした! まだまだいける
はずだ! 自分の可能性、自分の筋肉達を信じてもっと動かすのだ
!﹂
﹁はい! ダン師匠!﹂
 飛行船ノア・セカンドが停めてある倉庫の扉を開くと、むんむん
と汗くさい男臭、飛び散る汗、体から昇る湯気、暑苦しい声などで
満たされていた。
 飛行船に居るはずのスノー達に見舞いの報告や先程遭遇した骨カ
ラス越しの魔王について話すつもりだったが、目の前の光景にオレ
&リースは意識が飛びその場に立ち尽くしてしまう。
 そんなオレ達にクリスの父、オレの義父にあたるダン・ゲート・
ブラッドが気づき楽しげな笑い声をあげた。
﹁はははっはあ! ようやく来たか、リュートよ!﹂
﹁ど、どうも旦那様。でもどうしてここに? しかもどうしてウイ
リアム殿が筋トレをしているのですか?﹂
 なぜか旦那様を﹃師匠﹄と呼び一緒に汗だくになって筋トレをし
ている人物︱︱ザグソニーア帝国魔術騎士団副団長、人種族、魔術
師Aマイナス級、ウイリアム・マクナエルがいた。
 二人は仲良く並んで一緒に上半身裸で、ひたすらスクワットをし
ていたのだ。
 足下は彼らの汗で汁だく状態である。
 オレが尋ねると笑顔で説明してくれた。
 どうやらウイリアムは、旦那様に助けられた後、その戦いぶり、

3785
強さに感銘を受けた。
 もっと強くなるため、旦那様に弟子入り。
 故に現在は旦那様と一緒にひたすら筋肉トレーニングに明け暮れ
ているらしい。
 今回は旦那様がオレに用事があったため飛行船ノア・セカンドを
尋ねてきた。
 ちょうど入れ違いでオレがメイヤの見舞いへ行ってしまった。
 戻ってくる間を無駄にしないため、筋肉トレーニングを始めたら
しい。
 確かに旦那様と魔王の戦いぶりを前にしたら、その強さに憧れる
気持ちは分からなくもないが⋮⋮ウイリアムが迷走している気がす
るのはオレだけだろうか?
 しかし、ウイリアムはこちらの心配を余所にいい笑顔を浮かべ、
汗を流している。
﹁ダン師匠の下につきまだ数日ですが、魔術師として自分に足りな
いモノがよく分かりました。それは筋肉だと﹂
 真剣な顔で何を言っているんだろうこの人は。
﹁筋肉が足りないから、魔王の部下に遅れを取り、毒などに冒され
てしまったんだって。筋肉が足りないばっかりに⋮⋮ッ﹂
 ウイリアムは心の底から悔しそうに歯噛みする。
 この人はどんどん残念エリート化しているな。
 一方、旦那様は彼の発言に腕を組み頷きつつ励ます。
﹁確かに貴殿にはまだまだ筋肉が足りない。筋肉が不足している。

3786
しかし、筋肉が足りないことに気づけた。ならば鍛えればいい。筋
肉に真摯に向き合い、慈しみ、愛すればその分筋肉も応えてくれる
のだ﹂
﹁師匠⋮⋮素晴らしいお言葉です!﹂
 ウイリアムは本気で旦那様の台詞に感動し、涙をすら浮かべてい
た。
 2人のインパクトが強すぎて、先程の魔王との会話がどうでもい
い気分になる。
 隣に立つリースも汗くささと2人のやりとりに意識が未だに飛ん
でいた。
﹁と、ところで旦那様、自分に用事とはいったいどのようなことで
すか?﹂
﹁ふむ、ギギから聞いたのだがなにやらリュートは困っているらし
いな。困っていることがあるのなら、遠慮無く我輩を頼るといい!
 どんなことでも力になるぞ!﹂
ネグロ・ドィーム
 黒煙結界問題で四苦八苦しているオレを心配して、何か力になれ
ないか尋ねてきたらしい。
 旦那様の気遣いに心が温かくなる。
 しかし、倉庫内で滝のように汗を掻き、筋トレをするのは勘弁し
て欲しい。
﹁あれ? そういえばギギさんは今どちらに?﹂
 ギギさんが旦那様の側にいないのは珍しい。
 そしてギギさんの側にタイガがいないのもだ。
 オレの問いに旦那様は笑顔で答える。

3787
﹁ははっはははあ! 筋肉トレーニング後の食事を用意すると言っ
て大分前に出て行ったのだ! タイガ殿も一緒にな! 筋肉を育て
るためにはトレーニングだけではなく、バランスの良い食事も大切
だからな! まったくギギはよく気が付く!﹂
 2人とも汗くさい匂いに耐えかねて逃げ出したか⋮⋮。
﹁あっ﹂
 不意に声が漏れる。
﹁? どうかしたかリュートよ﹂
﹁リュートさん?﹂
 意識を取り戻したリースと旦那様が声をかけてくる。
 オレは順番に彼女達の顔を見た。
 リース、旦那様、ギギさん、飛行船、グラードラン山︱︱パタパ
タとパズルのピースが填って行く。
ネグロ・ドィーム
﹁もしかしたらこの方法なら、黒煙結界を攻略できるかもしれない﹂
 オレの言葉に、皆の表情が引き締まった。
3788
第313話 天才メイヤの華麗なる秘策︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
9月15日、21時更新予定です!
Gが⋮⋮出ました。
もう本当に勘弁してください。すでに9月も10日過ぎているのに!
出ないように色々気を遣って、生ゴミだって夜、寝る前にビニール
まとめこまめに捨てているのに。
本当にマジで勘弁して欲しい⋮⋮。
Gだけは駄目なんです。本当にGだけは⋮⋮。
少々本気でGが出ないという北海道に移住を考える今日この頃です。

3789
また、軍オタ1∼4巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼4巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
第314話 想定外
 レシプロ機が限界高度まで上昇する。
 前席にはパイロットのココノ、後部座席にはリースが座っていた。
 レシプロ機は通常のモノではなく、本体の下に籠が無理矢理セッ
トされている。
 なぜならその籠の中にダン・ゲート・ブラッドが収まっているか
らだ。
 本来であれば彼もレシプロ機内部に座らせるべきなのだが、あい
にくスペースが無い。 苦肉の策としてこのような形になってしま
った。
 雲を抜けるとそこは真っ青な青空が広がっている。
 現在、飛んでいるレシプロ機のほぼ真下に黒毒の魔王レグロッタ

3790
リエが根城にしているグラードラン山が存在する。
 ココノは、無理矢理上昇したレシプロ機を水平に保つ。
 通常の機体であれば旋回などしなければその場に留まることはで
きないが、この機体は魔石によって浮遊している。
 そのためヘリコプターのように一ヵ所にじっと滞空し続けること
ができるのだ。
 リースが腕を伸ばし、﹃無限収納﹄からあるモノを取り出す。
 それは大きな杭のようなモノだった。
 一目で重量があると分かる杭のようなモノは、﹃無限収納﹄から
解放されると一瞬だけ滞空。
 すぐに自らの重力に引かれ、落下を始める。
 リースは自らの仕事を成し遂げると、レシプロ機の下に待機して
いるダン・ゲート・ブラッドへと告げる。
﹁ご武運を!﹂
﹁ははっははっはは! 後は任せよ! とう!﹂
 ダン・ゲート・ブラッドは迷わず籠から飛び出し、落下を開始す
る杭にしがみつく。
﹁ふん!﹂
 彼は杭にしがみつくと、足の裏を爆発させ速度を加速。
リアクティブ・アーマー
 前回の対魔王戦で爆発反応装甲のような全身を覆う魔力の壁を自
ら爆発させることで攻撃に転用していた。
 今度はそれを攻撃ではなく、加速するための推進力に転用してい
るのだ。

3791
 一度では終わらない。
 何度も何度も魔力を注ぎ込み、継続的に爆発させ速度を加速させ
る。
 分厚い雲に触れると、速度、はたまたダン・ゲート・ブラッド自
身の熱量のせいか、雲は一部消失してしまう。
 加速はまだまだ止まらない。
 すでに音速を突破。
 空気の壁を突き破り、ソニックブームを巻き起こし、摩擦熱で赤
リアクティブ・アーマー
く発熱する。なのにダン・ゲート・ブラッド本人は爆発反応装甲で
守られているせいか余裕綽々の表情を浮かべていた。
 まるで彗星のように、杭は高速でグラードラン山へと突撃する。
 しかしこのままでは流石にダン・ゲート・ブラッド本人ごと激突
してしまう。
 彼は落下の途中で、杭の底部へと右手を支える。
 右手に力を込めたのか、筋肉が膨張。
 魔力も注がれ尋常ならざるエネルギーを発している。
 ぼこぼこと右腕の筋肉が血管を浮かべ、深い渓谷を作り出す。
﹁ふんぬばぁああッ!﹂
 気合い一閃!
 杭はさらに速度を加速させ、レーザー光線のごとくグラードラン
山へと真っ直ぐ突き刺さる。
 杭は魔王城化していたグラードラン山へと深く、深く食い込み︱
ピース・
︱最後は内側から大爆発を起こす。その爆発は今までPEACEM
メーカー
AKERが作り出してきたどの兵器よりも激しい爆発を伴っていた。

3792
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
 バンカー・バスターという兵器の名前は、軍事に興味が無い人で
もテレビニュースやネット、映画などで耳にしたことがあるだろう。
 英語で書くと﹃Bunker Buster﹄。
バンカー
 地下塹壕を破壊するための兵器である。
 では、それは一体どんな兵器なのか?
 第二次世界大戦時中、イギリスが地下施設破壊を目的として開発
したのが始まりである。
 バンカー・バスターの祖となるのがグランドスラム︵Grand
slam︶とトールボーイ︵Tallboy︶と呼ばれる二つの超
大型爆弾だ。開発者はバーンズ・ウォリス。
 どちらの爆弾も地中深く貫き入ってから爆発して強烈な衝撃波を
生み出し、地中内部にある施設を根こそぎ破壊するものだ。
Tallboy
 トールボーイの重量は約5400kg。
 炸薬は約2360kg。
 高度5500mから投下するとほぼ音速︵時速約1200km程
度︶へと達し、地中へとめりこみ、その後遅延信管によって炸薬が
爆発し、地下施設を破壊するのだ。
Tallboy
 トールボーイは1944年6月に初めて使用され、第二次世界大
戦が終わるまで多数投下された。

3793
Grandslam
 ちなみにグランドスラムは、重量が約10トン。炸薬量は約5ト
ン。トールボーイが戦果をあげたことによって、バーンズ・ウォリ
スの手によってさらに大型化したものが開発され、陸橋や潜水艦の
基地等の破壊に使用された。
 そして、これらのアメリカ版が|バンカー・バスター︽Bunk
er Buster︾と呼ばれる航空兵器である。
 正式名はGBU︱28|バンカー・バスター︽Bunker B
uster︾。ディープスロート︵Deepthroat︶とも呼
ばれている。
 GBU︱28|バンカー・バスター︽Bunker Buste
r︾は意外にも、余剰の203ミリ榴弾砲の砲身を利用して作られ
ている。
 砲身先端を尖らせ、中に爆薬を詰めて、信管、誘導装置を取り付
けただけの代物なのだ。
 なぜこんな適当︱︱げふんげふん、現状ある物で知恵を絞り出し
作り出された兵器なのかというと、ちゃんと理由がある。
 1990年にイラクがクウェートに進軍し、1991年1月に多
国籍軍によって湾岸戦争が開始されると、アメリカは地下深くにあ
るイラク地下施設について、航空攻撃にて破壊する手段がないこと
に気づかされた。
 そのため急遽イラク地下施設を破壊するための兵器開発が始まっ
たのだ。

3794
 そしてGBU︱28|バンカー・バスター︽Bunker Bu
ster︾を開発。
 停戦するギリギリに完成し、1991年2月28日にイラク軍の
地下司令部爆撃に使用された︵実際の開発期間は1ヶ月程度と言わ
れている︶。
 間に合わせ的兵器であるGBU︱28|バンカー・バスター︽B
unker Buster︾だったが、その威力は予想以上だった。
 これまでほとんど被害を与えられなかったイラク軍の地下塹壕を
破壊することができるようになったのだ。
 そのため、湾岸戦争終了後もアメリカ空軍は多数のGBU︱28
|バンカー・バスター︽Bunker Buster︾を発注し、
さらにはイスラエル軍や韓国軍にも輸出されている︵イスラエルや
韓国の仮想敵国が、地中深くに核施設等を持つと目されているため︶

 見た目は細長く、先端が尖っており、漁船などで使用される銛の
ような形をしている。
 全重量の約30%が炸薬が占めていると言われ、見た目の細さに
比べてコンクリートなら約6m、土なら30mまで貫通することが
できるのだ。
 このようにバンカー・バスターは、その高い破壊力から﹃破壊力
は核兵器に次ぐ﹄とさえ言われている兵器である。
 しかし性能上地面深くに埋まり爆発するため、普通なら僅かな煙
があがる程度のはずだ。
 なのに現在、オレ達が居る飛行船を揺るがすほどの爆発が起きて
いた。

3795
 甲板で様子を確認していたオレ、スノー、クリス、メイヤ、シア。
そしてなぜかウイリアムが居た。
ピース・メーカー
 他、PEACEMAKERメンバーは、帝国を守ってもらうため
に残ってもらった。
 カレンに指揮を任せ、ルナもさすがに危険なため残してきた。
 そんなオレ達は爆発の衝撃により揺れる飛行船から落とされない
ように、反射的に近くにあるものへと捕まる。
 揺れが収まり、飛行船上空からグラードラン山の様子を確認する。
 頂上は消失し、そこを中心に大きく抉れクレーター状になってい
た。大小の岩石がごろごろと転がり、まるで噴火のエネルギーに耐
えかねて内側から壊れた火山のようだった。
ネグロ・ドィーム
 問題の黒煙結界は爆風に吹き飛ばされたのか消失。
ネグロ・ドィーム
 様子を観察するも、再び黒煙結界が再構成される気配は微塵もな
い。
 さらにグラードラン山周辺に集まっていた魔王の僕化したアンデ
ットやスケルトンなどの魔物達は土砂と爆風に飲み込まれ全滅して
いる。
﹁ま、まさかこんなことになるなんて⋮⋮﹂
 オレは自分が立てた計画が、予想以上の成果を出した喜びより、
驚愕が勝り思わず声音が震えてしまう。
 魔王レグロッタリエに骨カラスを通して挑発された後、オレはリ
ネグロ・ドィーム
ースや旦那様を前に黒煙結界攻略を思いついた。
 その攻略方法は、バンカー・バスターによって内部からグラード
ラン山を破壊することだった。

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 バンカー・バスターを使用すること自体は初期の頃から考えてい
たが、上空から投下するにしても誘導装置や推進力などが作り出せ
なければ意味が無いため、お蔵入りしていた。
 しかしアルトリウス戦で、ギギさんがラヤラに抱きかかえられ上
空から降下。そのまま勢いを殺さずアルトリウスを蹴り飛ばし、エ
ル先生を助け出した。
 そのことを思い出し、﹃なら旦那様にバンカー・バスター本体を
直接持ってもらって、誘導装置&推進力などの代わりになってもら
えばいいのでは?﹄という発想に至ったのだ。
 地上、地下からもいけないのなら、高々度から兵器による破壊︱
︱というなかなか強引な方法になってしまった。
 だが、誘導装置&推進力の代わりになるのはいいとして、﹃投下
後、旦那様の安全はどうするのか?﹄という問題が発生する。
 旦那様へ素直にその話をすると︱︱
﹃ははははっはあ! 心配は無用! 我輩には筋肉があるからな!
 だからリュートは細かいことを気にせず我輩に頼るがいい!﹄
 と、豪快に笑っていた。
 オレは旦那様の言葉を信じて、メイヤ&ルナの手を借りてバンカ
ー・バスター作成に取り掛かる。
 作成と言ってもあるだけの魔術液体金属を持ち出し弾体を作成。
 推進力、姿勢制御装置、誘導装置、操舵翼などは旦那様に頼りで
排除し、オレ達は兎に角弾体を投下し易い形にしつつ先端を尖らせ
て重くし、内部に可能な限り魔力で炸薬を詰めこんだ。
 最後に信管を底部に設置。
 これは弾体がなるべく内部まで潜り込んでから爆発させたいため、

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信管を後ろに設置することで遅延化させたのだ。
 重量を増やしたのは運動エネルギーを増大させるためだ。
 結果、10数トンはある弾体が出来てしまった。
 こんな重い物を計れる秤は無いため、正確な重さは分からないが。
 こうして完成したのが﹃マジック・|バンカー・バスター︽Bu
nker Buster︾∼旦那様を添えて﹄だ。
 高度な制御装置や誘導装置などを全て旦那様に頼る形になった。
 前世地球のバンカー・バスターに比べたら、兵器と呼べる代物で
はないが、現状、魔術を使用してもここまで再現するのが限界であ
る。
 さすがにマジック・|バンカー・バスター︽Bunker Bu
ster︾をレシプロ機に搭載して飛行することは不可能なため、
リースの﹃無限収納﹄に一時的に入れておく。
 レシプロ機に旦那様が乗るスペースが無いため急遽、籠を作り設
置した。
 後は飛行船ノア・セカンドでグラードラン山側へ移動。
 レシプロ機の魔力を節約するためである。
 そして結果はご覧の通りだ。
 個人的な予想では前世地球のバンカー・バスターぐらいの威力が
出れば御の字と考えていた。
 しかし、目の前に広がる光景は⋮⋮明らかにそれ以上の被害を与
えている。
 バンカー・バスターの枠を明らかに逸脱している。
 旦那様が張り切って全力で投擲したから? もしくは旦那様の魔

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力が弾体にこもり中身の炸薬と変な反応を起こしこのような事態に
なったのかもしれない。
 明らかに物理法則を超えているような⋮⋮。
 だが、﹃旦那様だし﹄と考えると納得してしまう自分がいた。
第314話 想定外︵後書き︶
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
9月21日、21時更新予定です!
Gに関するアドバイスありがとうございます!
自宅は5階なのでめっちゃ油断していました。
とりあえず薬局に行き、設置型ホウ酸団子系を無事設置。水回りや
生ゴミ、油物などのゴミもより一層気を付けて片づけました。
でも昨今、北海道にも出没とのことで、最悪の場合は北極当たりに
移住を考えねばなりませんね⋮⋮。もしくはアイスランドとか?
もしくはロシアに移住してAKのリアル情報をお伝えする﹃リアル
軍オタ﹄でもお送りしますか︵笑︶

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また、軍オタ1∼4巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
︵1∼4巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻な
ろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典S
Sは15年4月18日の本編をご参照下さい。︶
軍オタが魔法世界に転生したら、現代兵器で軍隊ハーレムを作っちゃいました
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。

2015年9月15日21時04分発行
http://ncode.syosetu.com/n2872bw/

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PDF小説ネット発足にあたって
 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
たんのう
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。

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