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人食いダンジョンへようこそ!

一年新

!18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません!

タテ書き小説ネット[X指定] Byヒナプロジェクト

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︻小説タイトル︼
 人食いダンジョンへようこそ!
︻Nコード︼

1
 N5910BR
︻作者名︼
 一年新
︻あらすじ︼
 辺境の鉱山村に住む青年エリオットは、村の中で孤立していた。
彼には魔族の血が流れており、小さくても角の生えた異貌だったた
めだ。
唯一の肉親である母親が死んでから数年。母親の知己を名乗り尋ね
てきた若い女は、エリオットのことを知るなり淫魔の本性を現し、
こう囁く。
﹁貴方様はこれから多くの女を犯し、命を奪い、この世界を蹂躙し、
支配していくのです。まず手始めに⋮⋮私を支配し、蹂躙してくだ
さいませ﹂
剣も使えず、魔術で敵を倒せるわけでもない。ただ、わずかに魔力
を物質に付与することが出来るだけの半端な混血である青年は、情
報と道具と罠だけを駆使し、敵を撃退し、女性を犯し、屈服させ、
魔物に落とした上で支配することで、荒廃した世界を生き抜いてい
く。
これは、訪れたものを一人として帰さない恐怖の難所﹁人食いダン
ジョン﹂の主として君臨した一人の青年と、彼によって人生を狂わ
された女たちの物語。
※週一回程度の更新を予定しています。

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序章:人食いダンジョンへようこそ!︵前書き︶
複数の国家があり、魔族と人間などの種族が時折争いを行う、いわ
ゆるファンタジー世界を舞台にした作品です。
顔も知らない魔族の父の血を引くことで迫害を受けていた主人公は、
とある事件をきっかけに
ダンジョンの支配者、ダンジョンマスターとして生活することにな
ります。
力をつけ、より強くなるために必要なのは財力、武力、魔力。
既にこの世を去った名も知らぬ父はどうやら淫魔だったようで、魔
力を得るために人の命をすすり、女性を屈服させ、魔物に変えるこ
とでその勢力を伸ばしていくことになります。
ところが、主人公は剣豪でもなければ熟達の魔法使いでもありませ
ん。

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できることは、簡単な魔法の道具を作ることと、それを活用して罠
を仕掛けること。
山賊まがいの傭兵たち、冒険者チームなど、ダンジョンを攻略しに
来る相手を撃退し、女性を屈服させ、魔物に落として戦力として組
み込んでいくうちに⋮⋮主人公のダンジョンは、周囲から﹁人食い
ダンジョン﹂と呼ばれるようになっていきます。
この作品は過去にフランス書院美少女文庫新人賞に投稿した作品を
修正したものです。
︵修正前は色々とミスもありましたし、趣味に走りすぎたためレー
ベルと合わなかったのか、単純に実力不足かで落選したものと思わ
れます︶
R18指定となりますが、Hシーンだけではなく戦闘描写が多目で
す。
あまりきつくは無いと思いますが、時折残酷な描写もあるかもしれ
ませんのでご注意ください。
また、魔物娘が登場しますが、あまり人間の体格から離れたキャラ
クターは出てきていません。
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序章:人食いダンジョンへようこそ!
序章:人食いダンジョンへようこそ!
君は﹁ダンジョンの支配者﹂と聞いたら、どんな物を想像するだろ
う?
迷宮の奥に閉じこもり、魔界からモンスターを召喚しては世に解き
放つ邪悪な魔王?
トラップの研究に余念がなく、邪悪な研究にいそしむ陰険な魔術師?
その予想はまぁ半分くらいは当たっていて、残り半分は当たってい
ない。
なぜ僕がそれを答えられるかというと、今君と話している僕自身が、
いわゆるダンジョンの支配者だからだ。
もちろん、正義の味方ではないし、教会や領主たちからは魔王のよ

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うに扱われているけど、
残念ながら僕には魔族の血は半分しか流れていないし、育ちはこの
世界だから魔界のルールなんて知らない。
邪悪な行為は⋮⋮まぁ、一部は否定できないけど、喜んでやってい
るかと言われると、ちょっと反論したい。
僕だって好き好んで、腐りかけのゾンビなんかを使いたくはないん
だ。
だけど、あいつらは経費がかからないから、財政には非常に優しく
てね⋮⋮スケルトンも同様。
ゴーレムも経費がかからないし、うちにも少数いるんだけど、すぐ
に作れるわけじゃない。
それなりに初期投資が必要なんだ。
僕には厳しくも有能な教育係がいてね。この手の﹁魔族のたしなみ﹂
を習っている最中なのさ。
世間一般の人は、変な呪文を唱えたらすぐに魔物が沸いたり、火の
玉が飛んで行くと思っているだろうけど、 
当然そういうわけではない。時間やお金や魔力がかかって、それは
無尽蔵に湧き出すようなものではない。
色々苦労はあるものなんだけど⋮⋮
﹁ご主人様ーっ! 鉱山村の地区が突破されましたっ!﹂
﹁ちょっと、どうするのよ!? 神殿騎士なんて名前だけだと思っ
たけど、結構強いじゃない!?﹂
⋮⋮今部屋に飛び込んできた二人は、君も昨日会っているだろう。
僕のメイドたちだよ。

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二人とも元冒険者だっただけあって、攻め込んできた連中の強さは
大体実感できてるみたいだ。
元冒険者、ってところが気になったのかい?
⋮⋮﹁魔物の癖に﹂って?
この二人はもともと半年前くらいに僕の住処を荒らしにきた冒険者
だったんだ。
だから、メイドのしつけなんてできてないし、元は仲が悪くってね
ぇ⋮⋮え、聞きたいのはそこじゃない?
なぜ魔物になっているのか気になるんだね。そりゃ簡単さ、僕が魔
物にしたんだ。
うん、まぁ⋮⋮予想が付くと思うけど、捕まえてから僕の精を与え
て、ちょっと儀式をしてね。
﹁悪魔は人間を堕落させます﹂って教会で習わなかった?
僕は小さい頃、この村の教会で習ったよ?
僕だけじゃなくて、それなりに力の強い魔族だったら、けっこうで
きるやつは多いらしいよ。
もちろん、僕は本人の意思を無視して相手を魔族に落とせるほど強
くはないから⋮⋮
精神的に屈服させたりしてから精を注がないとダメなんだけどさ。
﹁あのときのご主人様、情熱的でしたぁ⋮⋮﹂
﹁ば、馬鹿! 何こんなときにそんな話してるのよ!﹂
うるさいな、今は僕がこの人に話をしてるの。こら、ズボンを下げ
ようとしない!
え、あぁ、神殿騎士か。うん、一筋縄じゃいかないし、全滅させて
も困るんだ。
何でかというと⋮⋮、あ、水盤持ってきてくれる?
ありがとう。これで君にも見えるかな?

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僕はもともと人間の中で暮らしていたんだけど、この血のおかげか、
生まれつきちょっとした魔法が使えたんだ。
エンチャンター
わずかだけど、魔力付与の才能があってね⋮⋮付与魔術師ってほど
じゃなかったけど。
親が死んでからは、道具や武具に魔力を付与しては、傭兵や山師、
行商人に売りつけて暮らしていたってわけ。
生まれは違うけど、育ちはこの鉱山の村だよ。
今では生きる屍と魔物の徘徊する危険な場所だけど、最初にこれを
やったのは、僕じゃないんだけどなぁ⋮⋮。まぁ、結果を利用させ
てもらったのは事実だけどね。
⋮⋮っと、また話が脱線したね。
これは魔法の道具の一つで、遠見の水盤。
たいした距離じゃないけど、遠くに設置した﹁目﹂となる物から見
える風景がこの水盤に映るって道具なんだ。
今の僕の実力だと、せいぜい鉱山の入り口とか、10分程度歩くく
らいの場所までしか届かなくってさ。
こんなとき以外は、玄関に来た客の顔を自分の部屋で見るくらいし
か使ってないんだよ。
おや、顔色が変わったね⋮⋮うん、君が館の中を調べてるのも全部
見てたよ。
僕の古馴染みの傭兵の紹介状を持ってくるまでは良かったけど、そ
の後が良くなかったね。
あの人たちは僕が昔からこういうことが出来ることは良く知ってる
し、それを君に知らせないわけがないんだ。
それが本当に信用していい相手なら、ね。⋮⋮正直、よく出来た偽
造だとおもうよ。

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ちょっとよろしくないこともする旅の行商人、ってのは決して嘘じ
ゃないだろうけど、本業は違うよね?
⋮⋮身体が上手く動かないと思うけど、気にしないでいいよ。
普通の毒やクスリとは違う、身体の動きを鈍くする薬がゆっくり効
き始めている頃だから。
商品として流通させるには、保管が難しいんだけど⋮⋮
その分知られてないから、君みたいに毒に耐性がありそうな子を相
手にするときには重宝するよ。
そうおもわないかい、暗殺ギルドのお嬢さん?
利尿作用が強いから、漏らしちゃうかもしれないけど⋮⋮まぁ、君
は客人だから、それくらいの粗相は許すよ。
⋮⋮あぁ、ちょうど映った。
今、神殿騎士とその配下の兵卒たちが坑道の入り口を突破したみた
いだ。
とほほ、ストーンゴーレムを作るのに結構かかったんだけどなぁ⋮
⋮。
うん、君もわかると思うけど、今回来ている兵士の構成は大して良
いものではないんだ。
そこそこ腕が立つ傭兵と、明らかに錬度の低い民兵が混在してるの
は、兵士達の装備が統一されていないのを見れば分かるでしょ。
領主や貴族たちの対立の煽りで、ろくな兵力もなく派兵させられた
んだろうね。正直捨て駒みたいなもんさ。
それで損害を減らしつつここまで来ているんだから、指揮官の能力
は高いんだろうね。
損害を出さないように気を使っているからこれだけのペースなんだ
ろうけど、あの娘に兵士を使い潰す気があったらもっと怖い相手だ
ろうね。

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あぁ、気が付いた?
そう。君が僕たちに拘束されている理由はそこ。
僕はあの指揮官の娘を知っているんだよ。
あっちは僕がここにいて、魔物の親玉やってるなんて知らないだろ
うけどさ。
君たちは⋮⋮おそらく、敵対する勢力の貴族に雇われていて、ここ
であの娘に死んでもらう予定なんでしょ?
ここに﹁取引ができるダンジョンマスター﹂がいることは、そっち
の界隈なら知っている奴も多いだろうけど⋮⋮
政治的な暗殺の道具に僕が使われるようになったとはね⋮⋮有名に
なるのも問題だ。
まぁ、僕も殺される気は無いから撃退はするんだけど。
君たちは彼女に生きていてもらっては困る。
でも、僕はちょっと別の理由があって彼女を僕のものにしたい。
そこにちょっとした違いがあるのが、悲しいすれ違いになったね、
暗殺ギルドのお嬢さん。
あぁ、震えなくていい。君がへまをしたからって、落ち込む必要は
無いよ。
ギルドにもどってどやされる前に、君はここで死ぬか⋮⋮堕ちるか
だから。
おや、なんで怖がっているの?
来る前に、このダンジョンの事を何度も聞かなかった?
この二人がここに来たのは、僕に情報を知らせるためだけじゃない
んだ。
君を僕が堕とすための下準備をしに来たんだ。
﹁お客様も、一緒にご主人様のモノになりましょう!﹂

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﹁あんたもヘマしたわね。あたしみたいな天才でもやられちゃった
んだから、諦めなさい﹂
まぁ、君が“素直“になるまで少し時間がかかるだろうから、それ
までちょっと昔話でも聞かせてあげようか。
あの娘がこの村に住んでいた頃の話とか、君の先輩になるこの二人
がどうやって堕ちたのか⋮⋮とか。
泣かなくっていいんだよ、生き方が少し変わるだけさ。
僕だって、一年前まではこんなことになるなんて思ってもいなかっ
たわけだし。
人生は波乱万丈。誰にとっても、一寸先は闇だ。
⋮⋮さぁ、哀れな犠牲者よ。
人食いダンジョンへようこそ!
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災禍呼ぶ血筋:半端者の出自
母が死んだ時、残された僕はちょうど15の年になったばかりだっ
た。
当時付き合っていた愛人と遠乗りに行き、酒に酔って愛人もろとも
馬車ごと崖から落ちたことが原因だった。
かなり酔っていたようで、正直自分が死んだことに気づいたかどう
かすら怪しい。
若いころは傭兵として過ごし、魔族と戦い、一時期は英雄とも呼ば
れたことがあったらしい人物の最後としてはあまりにもあっけなく、
それでいて母らしい死に方だった。
若い頃の事は詳しく知らないが、酒と色事を愛し、人生を楽しむこ
とにためらわなかった人だ。
老いと病で緩やかに衰えていくよりも、本人としては本望だったの

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かもしれない。
母は僕が生まれて間もない頃、僕を抱えてこの山奥の村にやってき
て、村はずれで酒場と宿屋を開業した。
鉄の鉱脈があることが知られている以外は何もない、山奥にある小
さな村だ。
母は危険な動物や、たまに出る魔物を倒すことのできる腕っ節の強
さを持ち、なおかつ時には村の男を楽しませてくれる酒場女だった。
そのため、母の存命中は僕の変わった外見に関してもとやかく言わ
れることは少なかった。
幼心に自分がマザコンになったようで不満だったが、影響も実際大
きかったからあまり文句も言えない。
⋮⋮人間ではない証の小さな角があるおかげで、僕は村の子供たち
から虐められていたからだ。
母は若い頃とある国の英雄の一人で、勇者の称号を受けて魔界に攻
め込んだ軍勢の一員だったらしい。
それがどの程度の軍勢で、どんな地位にいたのかは知らないし、母
がそれを語る事もなかった。
ただ、その結果はわかっている。
軍勢は壊滅し、母は魔族に捕らえられ、犯され、魔族の子供を身ご
もった。それが僕だ。
魔族とのハーフなんて、教会権力の強い地域にいたらそれだけで火
あぶりになりかねない。
人間の世界の裏側に有るといわれる﹁魔界﹂がどこにあるのか、僕
は知らないし興味もない。
だが、母はそこから逃げだし、僕を育てるためにこんな田舎に逃げ
込んだ。

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そんな子供だったので、遊び相手は自然か書物か、母親の客でもあ
る流れ者の傭兵たちが多かった。
流れ者の傭兵たちはすねに傷持つものも多く、僕が半魔族であるこ
とを気にするものもほとんどいなかった。
今考えればそれなりに可愛がってもらったようで、魔術をかじって
いた傭兵からまじないや魔法の基礎的な考え方を習ったりもした。
⋮⋮基礎を習っただけで、何かできたというわけではないが。
そんな自分に唯一できた同年代の友達は、毎年夏の時期にだけこの
村にやってくる女の子ただ一人。
光を浴びるとちょっと緑色にも見える、きれいな黒髪の女の子。
彼女だけは、僕の角を怖がりも馬鹿にもしなかった。
彼女は一年の中でも夏にしかこの村にいないことから、やっぱり村
の子供たちからは少し浮いていた。
だから、彼女とは自然と仲良くなる事ができた。
彼女は普段都会に住んでいて、大きな建物のことや、きれいな教会
のこと、商品が山のように詰まれた大きな市場のことなどを教えて
もらった。その代わりに、僕は彼女に森の歩き方や獣道の見分け方、
傭兵や流れ者が使う抜け道や虫の捕まえ方を教えた。宿の屋根裏部
屋で、一緒に本を読んだりもした。
そんな楽しい夏は5年ほど続いたが、終わりはあっけないものだっ
た。
そんな楽しい夏は5年ほど続いたが、終わりはあっけないものだっ
た。
僕が12歳の夏の終わりに、彼女は泣きながら﹁来年からは来れな
い﹂と告げて、それ以降来ることは無かった。

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それが、僕にある唯一の友達の記憶だ。
⋮⋮彼女の母親はこの地域を治める辺境伯の屋敷に仕えていた侍女
で、主人のお手つきになって生まれたのが彼女だった。
辺境伯の愛人として囲われ暮らしていた母親が流行病で倒れ、﹃父
親のわからない何処かの貴族の姪﹄として都会に引き取られていっ
たのだということを知ったのは、僕がもうちょっと成長してからだ
った。
母が死んでからは、稀にやってくる旅人や行商人、母の古いなじみ
の傭兵たちが来るときのみ営業する宿を住処としながら、一人で生
きていく道を模索しなければいけなかった。
なにせ、母が死んでからはなじみの客も減り、たまに来る傭兵や行
商人のみの商売では利益は無いも同然。
加えて、母親がいるときは別だったが、僕は村の一員とは認められ
ていない。
これは何も特別なことではない。古い村ではよそ者は嫌われるのは
当然のことだ。
母はまだ衰える前に死んだから良かったかもしれないが、村の男と
結婚するわけでもなく、身体が衰えて動けなくなれば、やはり村か
らはじき出されることになっただろう。
僕はただでさえこの角のおかげで嫌われていた。
母親が残してくれた財産が少しあったので、つつましくすれば三∼
五年程度は暮らしていくことはできるだろうが、それ以降は何も無
い。嫌われ者が農夫になるのも無理だろう。
⋮⋮皮肉なことに、僕の生活を守ったのは顔も名前も知らない父親
の血だった。
世界には、少数ながらも魔法は実在していることは知られていて、

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魔法を使うだけでは教会が火あぶりにするようなことはない。
こんな田舎では縁が無いけれど、都市に行けば、魔法の術や知識を
まとめ、学習する﹁魔法使いの学院﹂という場所まであるらしい。
とはいっても、魔法は一定以上を個人の才能に依存する技術であり、
魔法の才能が有る人間なんてものは百人に一人もいない。枯れ草に
火を放つだけの力でも、人間には使うことのできない力だ。魔法を
使える人間なんていうのは、その更に一部でしかないのだ。
ところが、魔族はその多くが多少なりとも魔法を使う。
︵だからこそ、魔法は﹁魔族の使うもの﹂という偏見が根強く残っ
ているのだが︶
魔族との混血である僕には、ほんのわずかだが魔法の才能があった。
この力を使って何かできないかと、母の弔いからの帰り道に思いつ
いた。
吟遊詩人の歌に出てくるように、火の玉を飛ばすとか、何かを凍り
つかせるとか、そんな事はやり方もわからない。色々と試してみた
けれど、当然ながらまったくできなかった。
昔習った基礎的な呪いである﹁着火﹂の魔法だけは使えたが、燃え
やすい枯れ草をたくさん用意して、何十分も念じて、へとへとにな
るころにようやく火がついた。これなら火打石をもってきたほうが
百倍早い。
僕にできたのは、魔力⋮⋮魔法の力を何かの物品に加えることだ。
石に魔力を加えると、その石が軽くなったり、ちょっと硬くなった
りした。
上手く説明できないが、どういう風に変化させたいのかを多少なり
とも制御できるようになるまで1年以上かかった。
独学でやっていたのだから、その辺が下手なのは勘弁してほしいが、
この1年が長いのか短いのかは比べる対象がいないから判断できな

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い。
それまで、何着もの﹁見た目よりも重くて壊れやすい服﹂や何本も
の﹁何かを叩くとすぐ壊れる木の棒﹂を作ってしまったか、あまり
思い出したくはない。
練習に使った石や木の枝に到っては、たぶん小山が一つ埋まるくら
いダメな結果を生みだした。
それでも、二年目の終わりには﹁通常よりもよりも少しだけ軽い鎧﹂
や﹁見た感じ短く見えるけど、少しだけ刃先が遠くに届く剣﹂を作
ることができるようになった。
品目に物騒なものが多いのは、こんな商品の需要があるのは有る程
度金を持っていて、装備品に投資をできる傭兵や冒険者︵と、それ
を扱う商人︶くらいしかいないからだ。とにかく作るのには時間が
かかるし、失敗することも多いのだ。焦げ付きにくい鍋とかも作れ
るようにはなったが、村人にはあまり歓迎されなかった。
災禍呼ぶ血筋:深夜の来訪者
傭兵たちに聞いたところ、こういう﹁魔力によって効果が上がった
エンチャント
アイテム﹂を作ることを﹁魔力付与﹂と呼ぶらしく、都会には学院
エンチャンター
で学んだ﹁付与魔術師﹂もいるのだそうだ。
道具の使い方やつくり方などの理屈がわかっていると魔力付与が成
功する確率も高くなる。
このことは経験的にわかってきたので、僕は色々な書物を買ったり
読んだりするようになり、色々と小便利な物を作れるようにはなっ
た。
本格的に学んだ付与魔術師には到底及ばないだろうけど、それでも、
王侯貴族がこぞって依頼するような学院の魔法使いとは違い、それ
なりに安価⋮⋮都市にいるという、本職の付与魔術師の作るアイテ
ムに比べれば破格の安さで魔法の武具を作ることができる人材がい

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ることは、傭兵たちにはよほど便利だったのだろう。
母親がいた当時からの付き合いがある傭兵たちも、生き残った人た
ちはそれなりの立場にあるものがいた。
僕は傭兵や冒険者になったわけではないが、村の近所での仕事の際
は同行させてもらい、武器や防具に関する実地での訓練も受けたし、
どういうものが必要とされるのかの調査もした。
戦士としての才能は大して有るわけではなかったが、最低限の戦闘
訓練が出来たのもいい経験にはなった。
彼らと彼らの知り合いに顔を売り、安価で試供品を譲り傭兵仲間に
宣伝をしてもらったおかげで、細々ではあるが商売は軌道に乗って
きた。
付与魔術師なんて名乗るのはおこがましいが、僕は﹁山奥の宿の主
人兼、魔法道具の商人﹂としての生活を始めていた。
あの女がやってきたのは、母が死んで三年目が過ぎ去ろうとしてい
た夏のことだ。
◆◆◆◆◆
﹁夜分失礼します⋮⋮この宿にアムローザという人物はいますか?﹂
いつもどおり泊まりの客がいない、蒸し暑い夏の夜。
普段は使われない宿の扉がノックされ、そんな声が聞こえてきた。
声からすると、ややハスキーな若い女の声。
呼ばれた地名はわからないが、アムローザというのは死んだ母の名
だ。
こんな田舎の街とも村ともいえないところだが、傭兵たちのネット
ワークは案外広い。

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傭兵仲間だったならば、母が死んだことは知っているはずだ。
宿の入り口に仕掛けた監視用の魔法道具⋮⋮小さなガラス玉から見
える風景を映した水盤⋮⋮には、フードを目深にかぶった修道女風
の女が映っていた。
周囲を確認するが、近場に隠れている仲間もいないようだ。
﹁どちらさまですか?﹂
工房というにはあまりに小さい厨房裏の作業場を後にして、宿の側
に戻る。
盗人ならば声はかけない、押し込み強盗ならばまず一人では来ない。
﹁あなた、アムローザの今の男?﹂
その女の第一声は、修道女風の外見からはかなり違和感があった。
なおかつ唐突で無礼な話ではあるが、言葉を発した本人はそのこと
に一切の違和感も自覚もないようだ。
フードで顔はよく見えないが、少なくとも死んだ母よりはよほど若
く見える。
自分と同程度か、少し年上程度だろうか。修道士の衣服に良く似た
厚手の貫頭衣は地味ながら高価な素材を使ったものであり、女の良
く発育したボディラインを隠すことはできていない⋮⋮というか、
よりくっきりと見せている。正直、長旅に向いているとは思えない
衣装だ。
手に持っている荷物も少ないし、どこから来たのかはわからないが
衣服も靴もろくに汚れていない。
つまり、警戒すべき相手だ。
とはいえ、まだ相手は客としての礼儀を崩してはいないし、自分も
そんなわけありの客を全て断れるほど裕福ではない。まずは相手か
ら情報を聞けるだけは聞いてみるしかないだろう。
﹁申し訳ありませんが、アムローザとはどのような関係でしょうか

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?﹂
自分の声は営業用としては及第点の声だったと思う。
﹁まぁ、昔の知り合いみたいなものよ。遠くから来て、疲れている
の。早くアムローザを呼んで頂戴﹂
いやな予感がひしひしと高まってくる。
母が死んだことを知らず、外見が若い︵おそらくはそれなり以上の
容貌の︶女が、お供も連れずにこんな田舎町に来るなんて常識的に
ありえない。
作業用でもあるが、角を隠すためにかぶっている帽子の位置を直す。
﹁アムローザは、三年前に事故でこの世を去りました。あなたはア
ムローザとはどのようなご関係で?﹂
少なくとも親子ほどに年が離れているように見えますが、という言
葉は流石に口に出さなかった。
相手の反応を見て逃げるかごまかすか決めようと思っていたのだが、
相手の反応は予想以上に激しかった。
﹁うそ!? あのアムローザが死ぬなんて信じられない!﹂
その拍子に、貫頭衣のフードが外れて女の顔があらわになった。
肩まで伸びた、ゆるく波打つ薄い蜂蜜色の長い髪の毛。
衣服に何らかの香を焚きこんでいるのか、わずかに甘い匂いのする
肌。
驚きに見開かれた目には、普段は節目がちなのだろう長いまつげと
同じこげ茶色の瞳。
清楚な神官のような顔をしているのだが、見ているだけで欲望を掻
き立てるような色気を発している。
自分の中の冷静な部分が﹁こいつはまともな相手ではない﹂と考え
ていたが、残りの大半は﹁この女を押し倒してその肉体を思うがま
まにしたい﹂という衝動に襲われていた。
衝動に耐えていられたのは、おそらく相手が自分を襲わせる気では

20
なかったことと、自分が多少なりとも魔術の知識などがあって、自
分の精神を律する方法をかじっていたこと。⋮⋮そして、自分は童
貞で、だからといって何をすればいいのかわからず戸惑っていたこ
とが影響していたのだろう。
自分の股間の肉棒は、自分が意識する前に既に期待に満ち溢れだし
ていた。
そんな状態の自分が冷静さを取り戻そうとする前に、女の方が冷静
ではなくなっていた。
﹁なんで、なんでそんな簡単にくたばるのよあの女! あたしの予
定が一気に狂ったじゃない!﹂
強気に振舞おうとしているのか口汚い言葉を吐き出しているが、女
が動揺しているのは自分にすら見てとれた。
この女は焦っている。何故だ?
﹁あなたは誰で、母とはどんな関係だったんですか?﹂
この言葉を発してしまったとき、自分のうかつさに激しく後悔した。
しかし、自分が何か取り繕う言葉を捜すより早く、女が動いた。
突然飛び込んで、抱きついてきたのだ。
もしかしたら襲われるかもしれないとは思っていたが、まさか全体
重を乗せて抱きつかれるとは思っていなかった。
名前も知らない女と自分は抱き合う形で宿の床に倒れこんだ。
﹁あなた、アムローザの子供なの?﹂
自分に馬乗りになり、女が言葉を発した。
気のせいか、女の姿が二重写しになり、髪や瞳の色が赤く見えた。
﹁あなた、確かに見てみればアムローザと同じ肌と髪の色ね。その
瞳の色はあのお方譲りかしら
⋮⋮ねぇ、その帽子を取ってくださらない?﹂
女は自分が一体どういう体勢になっているのかを気にしてもいない

21
ように、目をきらきらさせて問いかけてくる。
瞳の色は既に赤くなっている。ようやく、この女が幻覚の魔法で髪
や肌の色を変え、変装していたことを理解した。
﹁ということは、魔族⋮⋮?﹂
自分の言葉には、おそらくはっきりとわかるほどの恐怖が含まれて
いたと思う。
それでも、恐慌状態にならずにすんだのは、ありていに言えばこの
女魔族がまるで子供のようにはしゃいでいたからだ。
帽子を取って、角を確認すると女はまるで宝物を見つけたかのよう
に小さく歓声を上げた。
﹁やっぱり! あなたはアムローザとあのお方の忘れ形見なのね!
良かった、ここにきて本当に良かった⋮⋮!﹂
そんな頃になって、ようやく自分にも多少の冷静さが戻ってきてい
た。
それでも、自分の胸に女の柔らかい胸が乗っかっており、腰に相手
の太ももや股間が密着した状態なのだ、完全に冷静でいることは難
しい。
﹁つまり、あなたは魔族⋮⋮ということですか?﹂
﹁ええ、あなたを探していたの。詳しいことは後で話すとして⋮⋮﹂
女の指が、自分の胸をなぞるように触る。
気が付けば衣服の前半分は剥ぎ取られており、女の手は胸板をくだ
り、ズボンの紐を片手で器用に解いていた。
﹁せっかく会えたんですもの。せっかく、あなたが私を欲しがって
くれているんですもの﹂
生殺し状態だった肉棒が空気に触れ、衣服による押さえがなくなっ
たために空中にそそり立つ。
同年代の村の男たちと比べたこともないが、人並み程度のサイズ⋮
⋮だとおもう。
女の指がやさしく絡みつくと、我慢できずについ声が漏れてしまう。
女は気をよくしたのか、ゆっくりと指を上下させながら上半身を起

22
こし、僕のペニスに顔を近づける。
﹁まずは、貴方の精を私に注いでくださいませ⋮⋮わたしのご主人
様﹂
その言葉が終わるとすぐに、肉棒の先端は、女の唇の中、温かい粘
膜に包まれた。
災禍呼ぶ血筋:淫魔との一夜︵☆︶︵前書き︶
※サブタイトルに︵☆︶がついている部分が濡れ場のあるシーンと
なります。
23
災禍呼ぶ血筋:淫魔との一夜︵☆︶
じゅぷり、と音がしたように感じた。
冷たい外気に触れたペニスが粘膜に包まれると、一気に全身の温度
が上がったように感じて思わず声が上がる。
暖かい口腔の中で、細く長い女の舌がペニスに絡みつくように丁寧
に嘗め回す。
それが終わると、まるで猫がミルクを舐めるように、ぺロリ、ペロ
リと音を立てて外周部をゆっくりとしゃぶっていく。
時折、舌先を竿に残したまま、肉厚の唇が付け根や玉袋をほおばり、
唾液まみれにしていく。
しなやかな女の両腕は、逃がさないというように自分の腰に回され
ている。
横向きになってはいるが、女が自分の腰に抱きつき、顔を股間に埋
めているのだ。

24
時折、女は上目遣いにこちらの様子を伺うが、そんなことに気がつ
けるほど自分は経験豊富ではなかった。
女の思うがままに快感を与えられ、寸止めになっては切なげに腰を
押し付けることしかできない。
﹁ご主人様、女を抱いたことはございませんか?﹂
顔を上げ、鈴口を舌先でチロチロといじりながら女が聞いてくる。
﹁こんな⋮⋮田舎町でっ、こんな混じりモノが、どうしろって⋮⋮
言うんですかっ⋮⋮﹂
性欲がないわけではない。
けれど、この田舎町では商売女自体が稀であり、商売としてその需
要を満たせるのは自分の母だけだった。
母が死んでからは、鉱山の開発を進める男たちは時折連れ立って近
隣の街に女を買いに行っていたようだが、そこに自分の入る席はな
い。
農夫たちはそもそもそんな余裕があるものも稀だ。自分の妻や恋人
がいないものは、自分と同様に満たされぬ欲望を抱えて生きていく
のだろう。
こんな田舎の村には親が死んで孤児になったり、夫に先立たれて生
活力を失った女を村全体の所有物として囲う風習があるが、やはり
村の一員ではない自分にはその機会もないし、たとえその相手から
好意を向けられていたとしても、魔族の血を引く自分が抱いてしま
えば自分にも相手にも不幸しか待っていない。
だから、半ば諦めていた。
いつか金がたまって、この村を出て何処かの都市で商売を始められ
るようになるまではと、諦めるよう自分に言い聞かせていたのだ。
﹁うふふ⋮⋮我慢なんか、しなくていいんです。

25
貴方はもっと欲深く、強くなってもらわなくてはいけないんですか
ら。
こんな村滅ぼして、全ての女を犯して殺してしまってもいいのです﹂
ペニスをいじられながら、そのようなささやきを受けるとは思って
もいなかった。
女は既に貫頭衣を剥ぎ取り、豊満な肉体と、背中に生えた小さな翼
と、尻から生えた小さな尻尾をむき出しにして、自分の股間に跨っ
て来た。かすかに、鼻の奥に甘い香りが漂う。
自分の肉棒は既に発射寸前のところでじらされており、自分の目線
はかすかに湯気を上げる女の股間に釘付けになっている。
﹁それは、一体⋮⋮?﹂
問いかけることができたのが、自分の最後の理性だった。
﹁貴方は魔界に強大な勢力を持つ諸侯の一人、“調律者”スタルト
の血を引くお方⋮⋮。
人間の世界の理屈など無視して、魔界のルールで領土を奪い、支配
するのがふさわしいのです。
私はアスタルテ。貴方様にお仕えし、貴方様をその血筋にふさわし
い魔人へと教育するのが私の務め⋮⋮﹂
それだけ言うと、アスタルテと名乗った女は上体を倒し、自分に身
体を重ねゆっくり唇を重ねてきた。
﹁貴方様はこれから、多くの女を犯し、命を奪い、この世界を蹂躙
し、支配していくのです。
では、まず手始めに⋮⋮私を支配し、蹂躙してくださいませ﹂
アスタルテのしなやかに指に導かれて、自分のペニスがアスタルテ
の秘所に差し込まれていく。
﹁う⋮⋮うわぁっ⋮⋮!﹂
思わず、声がもれた。
圧倒的な舌技で射精寸前の状態でじらされていたペニスは、一気に
膣内に導かれたその瞬間に射精し、大量の精子を注ぎ込んだ。

26
圧倒されるような快感の中、意識が真っ白になるような射精感に押
し流されそうになる。
全ての精子を出し切った後、アスタルテは膨らんだ自分の腹部をな
でると、いとおしげに微笑んだ。
﹁うふふ、こんなに温かくて、いっぱい⋮⋮。
ご主人様、これから私は貴方様の下僕として、教育係としてお側に
仕えさせていただきます。
まずは、ご主人様のお名前をお教えくださいませ⋮⋮﹂
﹁な、名前⋮⋮。エリオット⋮⋮だけど﹂
アスタルテの顔は、邪悪な魔族とは信じられないような真摯さと、
それでいて信用していいかはわからない淫らさを同時に浮かべ、微
笑んだ。
﹁エリオット様、私のご主人様。アスタルテがこれからあなたを王
へと導きます⋮⋮﹂
それは、僕に向けてではなく、自分自身に言っているのかもしれな
かった。
とはいえ、その時の僕にそんなことを考える余裕があるわけも無く、
再び腹の奥底にたまりだした精を発射したくて、腰をむずむずと動
かしていた。
﹁あの、アスタルテ⋮⋮っていったっけ。その⋮⋮﹂
言葉を終える前に、膣内に残されたペニスが衰えていないことがわ
かったのだろう。
アスタルテはペニスが抜けないように器用に回転し、尻の双丘を突
き出す。
矢じりのような尻尾が、ペニスに絡みつき、内部へといざなうよう
にしごきたてる。
﹁ええ、エリオット様。まだまだ夜は長いんですから。もっともっ
と、あなたの欲望をぶつけてくださいませ⋮⋮﹂

27
◆◆◆
﹁はぁっ⋮⋮あっ⋮⋮!﹂
全身から湯気をあげながら、アスタルテが僕の身体に自分の身を預
けてくる。
自分がアスタルテの膣内に精を放ったのはもうそろそろ10回近く
なるが、ようやく彼女に満足を与えられたのだろうか。⋮⋮そんな
思考ができるほど、ようやく冷静になってきたとも言える。
正直、何をどうしていたのかあまり記憶がない。ただひたすらに、
唇を合わせ、舌を絡め、アスタルテの蕩けるような肉壷に肉棒を突
きこむことだけに精一杯だったのだ。
猿のように、という言葉がぴったり当てはまる形で、僕はアスタル
テの身体に溺れた。
気がつけば、冷たい土間の床で何時間も絡み合ったまま、朝を迎え
てしまった。
夜明けの時間帯特有の冷えた空気が流れ込み、ようやく涼しいくら
いになってきた。
今の時期は客がいないから助かったが、本来であれば客を迎え入れ
る土間が精臭であふれかえっている。
さて⋮⋮
﹁ぅん⋮⋮エリオット様、まだお元気⋮⋮﹂
復帰したアスタルテが膝立ちになって、背後から自分の腰に手を絡
めてくる。
背中と尻の中間辺りに、アスタルテの吐息がかかってくすぐったい。
彼女の指は再び自分のペニスをもてあそび、再戦を挑ませようとし
ている。
﹁流石にもう無理だよ。それに、客が来るかもしれない時間帯だ。

28
この部屋を掃除しないと﹂
﹁あら、では部屋を変えればいいのですね?﹂
からかうように言うものの、状況はわかっているのだろう。
振り返ると、既に幻術をかけなおしたのか、アスタルテの外見は夜
に見た修道女風の衣服に変わっている。
⋮⋮身体を洗ったわけではないので、むせ返るような精臭は隠せて
いないのだが。
﹁では、いったん部屋をお借りしますね⋮⋮あら、誰か来たようで
すね﹂
災禍呼ぶ血筋:村娘ダリア
﹁⋮⋮エリオットさん、起きてますか?﹂
ドアの前で声がする。声には聞き覚えがある。
農民たちは既に起きているが、鉱山の男たちはまだ寝ている時間で、
自分も普段はぎりぎり起きる程度の時間だ。
この時間の来客は珍しいが、来た人物はわかる。
村の農夫の娘ダリア。自分よりも一つ若い世代のため、子供のとき
に会っていたり嫌われた経験は無い。
自分に対して表立って敵意を向けない数少ない村人であり⋮⋮
半年前に唯一の家族であった父親が死に、﹁村人﹂から﹁村の共有
財産﹂になった娘だ。
そのため、村人が嫌う僕のところに、食料やその他の産物を届けて
くれる︵もちろん、対価は払っている︶役目を負うことになったか

29
わいそうな娘というべきか。
今は村長の家で世話になっているが、そのうち⋮⋮あるいは既に若
い男の精処理の役目を負っているのだろう。
容姿に派手なところは無いが、器量も悪くはないし、そのうちに誰
かが嫁にするのだろう。
それが幸いなのか、不幸なのか、僕にはわからないが。
彼女とまともな面識を持ったのは︵やはり僕を嫌っていた︶彼女の
父親が死んで以降のことなのだが、決められた時間以外にここに来
ることは無い。
もっとも、彼女も村に居場所が無いのか、ここに食料品などを置い
た後に多少世間話をすることくらいはあったが。
何はともあれ、扉の向こうにダリア以外の人物がいないかだけはチ
ェックする。これは習性みたいなものだ。
﹁⋮⋮ダリア、どうしたんだい、こんな早く﹂
特に異常が無いことを確認してからドアを開く。
荷物も持っていない。おそらくは水汲みに向かう途中に道をそれて
こっちに来たのだろう。
小柄で気の小さそうなダリアは、薄い茶色の髪をうなじで軽く結わ
え、背中の途中まで伸ばしている。
濃い茶色の瞳には、戸惑いと後悔が見える。何か隠し事をしている
か、懺悔に来たかのようだ。
﹁⋮⋮まぁ、入りなよ。お茶くらいは出そう﹂
土間に招き入れてから、激しく後悔した。先ほどまでの精臭が抜け
きっておらず、栗の花のようなにおいがする。
ダリアもこの臭いが何かわからないような年でも立場でもないだろ
う。なんともいえずに気まずい。

30
﹁あら、ご主人。新しいお客様ですか?﹂
白々しくも、アスタルテが声をかける。
ダリアが驚いたようにアスタルテを見ているが、ダリアに幻術は見
破れないだろう。
⋮⋮においで別のことはわかる気がするけれど。
﹁あ、あの⋮⋮。エリオットさん。お伝えしないと⋮⋮﹂
お茶を淹れるために、かまどに火を入れ、湯を沸かし始めた時点で
ダリアが口を開いた。
﹁うん、こんなに早く来るからには、何か話があるんだとは思った
よ。
なにか、困ったことでもあったのかい?
⋮⋮僕にできることは、そう多くないけれど﹂
言っていて情けないが、村の部外者である自分にできることは極め
て少ない。
ダリアは少しうつむくと、こう言った。
﹁出来るだけ早く、この村から逃げてください⋮⋮。
村長さんは、傭兵を雇ってあなたを殺すつもりなんです﹂
◆◆◆◆◆
ダリアの話を要約するとこうだ。
鉱山の開発の話が進み、今後は本格的に人も金も流れ込んでくる。
そうなると、宿や酒場などの需要も増すし、村の発展も見込める。
しかし、鉱山への道の途中には自分の宿があり、現在既に小規模な
がら商いは続いている。
母の存命中に教会の発行した権利やら何やらで、自分が生きている
間は新しく宿を立てるにしても多少面倒だし、そもそもこの宿のあ

31
る辺りを切り開いて村を広げるため、昔から住んでいる自分が邪魔
だ。
ならば、傭兵を呼んで山の危険な動物を退治するときに、まとめて
殺害し、事故死として処理してしまえばいい。
それに、あの宿には死んだお女将が溜め込んでいたお宝や魔法の道
具があるらしいから、︵形式上は村人である︶自分が死ねば、それ
は村の財産になる。
﹁⋮⋮はぁ、母さんの財産なんて金か宝石程度で、それも僕一人が
数年生活できるくらいしかなかったから、半分も残っちゃいないの
に﹂
﹁⋮⋮村長さんたちは、そのことはわかっていないみたいです。で
も、もう決まったことだからって﹂
ダリアは泣き出すのをこらえているようだ。自分が悪いわけでもな
いのに、罪悪感でも感じているのだろうか?
まぁ、嫌われ者の僕のところなんかに良く教えてくれたものだ。
﹁⋮⋮ご主人、もう村人に遠慮する必要は無いのでは?﹂
アスタルテが言葉を選びながら、剣呑な提案をしてくる。
まあ、実際のところ彼女の言葉は大体正しい。相手がそこまでする
つもりならば、こちらとしても黙って殺されるわけには行かない。
とはいえ、アスタルテに頼めば村を壊滅させるくらいやりそうにも
思えるが、自分自身にそんな力はないし、気分的にもあまり嬉しく
は無い。それに、ダリアの前でそういう話をするのも嬉しくは無い。
その辺、アスタルテは気を使って言葉を選んでくれているのだろう。
﹁あの⋮⋮修道女様ですか? エリオットさんとは、どのような?﹂
ダリアがアスタルテに聞いている。
まぁ、あの臭いとこの状況を考えると、明らかにこの修道女が怪し

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いのは明らかだろう。
﹁小さい頃に、エリオットさんのお母様に大変お世話になって⋮⋮
数年前に亡くなられたと聞いて、ようやくご挨拶に来たんです﹂
半分以上嘘だろうが。とは思いつつも黙っている。
ダリアはその言葉をどう受け取ったのかわからないが、アスタルテ
に話しかける。
﹁であれば⋮⋮エリオットさんと一緒に、逃げてください。
傭兵が来るのはおそらく今日か明日くらい⋮⋮。一緒にいると巻き
込まれるかも﹂
⋮⋮それは確かに考えていなかった。
アスタルテは魔族だ。襲われたらやり返すことは想像に難くない。
自衛はすべきだが、虐殺になるのは避けたい。いや、そもそもアス
タルテって強いんだろうか。
﹁⋮⋮ダリアさんでしたっけ。あなた、なんでここに?
その話をエリオットさんにしたら、あなたの村での立場は危なくな
るのではなくって?﹂
アスタルテの言葉に、そういえばそうだと気が付く。ダリアには、
この情報を僕に伝えて得することなど何も無い。
﹁その⋮⋮﹂
ダリアは困ったように自分のほうを見て、言葉に詰まる。心なしか、
頬が赤いように見えたのは気のせいだろうか。
⋮⋮もしかして。いや、それは無いだろう、いくらなんでも。
﹁ダリア、あなた、エリオットさんのことが好きなのね?﹂
アスタルテが切り込む。しかも断定。
それは無いだろうと思ってはいたが、ダリアは顔を赤らめて、目を
そむける。
﹁ダリア⋮⋮そう、なの?﹂

33
我ながら間抜けな質問だ。
ダリアは半分泣きそうな顔つきで、小さくうなずく。
﹁村のみんなからは酷いことばかり聞いてたけど、実際に会ったら
いい人だったし⋮⋮
お父さんが死んでから、みんなわたしに対する扱いが変わったけど、
エリオットさんだけはいつもどおりに接してくれたから⋮⋮﹂
⋮⋮それはそうだ。
僕にとってダリアは会う前は﹁名前しか知らない他人﹂で、彼女の
父親が死んでから時々会うようになっても﹁村の内側にいる、立場
の弱い他人﹂でしかなかった。
嫌っていたわけでもないし、どちらかといえば不幸な立場の彼女を
自分の立場に重ねて、村人に比べれば好意的に見ていたことは確か
だろう。
彼女に嫌われても生活に支障が出るから、愛想良くする事は心がけ
ていたし、嫌っているわけではないからそれはたやすいことだった。
それでも、半年前に家族を失い、庇護を失って﹁村人﹂から﹁村の
所有物﹂にされたばかりの娘には、僕の姿はまぶしく映っていたの
かも知れない。たとえ、それが現状からの逃避にすぎなかったとし
ても。
⋮⋮同年代の異性から好意の視線を受けることに、あまりにも不慣
れだったためだろうか。
それとも、僕がこの子をまともに見ようとしていなかっただけだろ
うか。
どちらにしても、それは本来お互いを不幸にしかしない選択肢だっ
ただろう。
﹁エリオットさん、どうせならその子を抱いておしまいなさいな。

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どちらにせよ、この村にはもういられないでしょうし﹂
アスタルテの言葉はむちゃくちゃだが、後半は正論だ。
しかし、今すぐに逃げるのは無理だ。何処かに移住するにしても、
財産がなければ生きていくことはできないし、この辺鄙な鉱山村か
ら近隣の街までは馬車でも半日、徒歩では数日かかる。
村人の捜索範囲からのがれることを考えれば、人の出入りの有る一
番近い街ではダメだ。せめてその先にある大きな都市に行く必要が
あるだろう。
﹁⋮⋮この村から逃げないといけないことはわかった。ただ、今す
ぐには無理だ。
今後のことを考えると、無理しても今日一日は準備に費やさないと
厳しい。
明日の朝早く、夜明けの鐘がなる前に村を出よう﹂
口に出せば、決意も固まる。
もう一つ、思いついたことがあった。
﹁ダリア。⋮⋮君も来るかい?﹂
好意からだけで言ったわけでは、残念ながら、ない。
彼女は自分に好意を持って、異性として好意を寄せてくれているし、
わざわざ自分にこのことを教えてくれた。
自分は、村人の中では唯一好意を持てる相手ではあるが、女性とし
て、恋愛や性の対象として意識したのはついさっきからだ⋮⋮それ
でも、利害は一致する。
彼女には庇護者がいなく、自分にはよその都市に移住したときの窓
口となったり、社会的な身分を得るための相手がいない。このご時
勢、戦乱で難民となる人は少なくない。
何処か遠くの都市に逃げて、故郷を失った若い夫婦として暮らすこ
とも出来るだろう。

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アスタルテには悪いが、そんな選択肢も有る⋮⋮
﹁⋮⋮っ!? いいんですか、わたしなんか⋮⋮﹂
ダリアは目じりに涙を浮かべている。自分の好意が受け止められる
とは思っていなかったのかもしれない。
まぁ、傍目にみてもアスタルテは美人だし、アスタルテと寝たこと
は部屋の臭いでばれているだろうから、そういう関係だと思われて
いるだろうし。
﹁⋮⋮これは、善意とか、好意だけの問題じゃないよ、ダリア。
僕が逃亡先で生活するときに、君が一緒にいればある程度有利にな
ると考えたからだ。
それに、君に心変わりされて、告げ口をされても困るしね﹂
なんとなく、ダリアを正面から見るのが気恥ずかしい。照れ隠しに、
計算のことをあえて口にした。
﹁⋮⋮ありがとう、エリオットさん。
わたし、一度戻りますね。あまり遅くなると疑われちゃうから⋮⋮。
夜明け前には、必ずここに来ます⋮⋮﹂
ぺこりと頭を下げると、ダリアは小走りに森の中を村に向けて去っ
ていった。
ダリアが嬉しそうに笑ったのを見たのは、初めてかもしれない。
﹁⋮⋮いいんですか、今抱いてしまえばあの娘は逃げられなくなっ
たのに﹂
アスタルテが少しだけ不満げに言う。今すぐにダリアを抱かせたか
ったらしい。
﹁なんで、そんなに女を抱かせたがるんだい?﹂
﹁それは簡単なこと。あなたは女を抱いて、精と心を奪えば奪うほ
ど⋮⋮魔族としての力に覚醒していくからです﹂
⋮⋮え? それはどういうことだ。

36
﹁意外そうな顔しないでください、エリオット様。さっき言ったで
しょう?
“あなた様を王へと導きます”と。
まずは、並みの人間ごときに倒されるようではいけませんので、手
早く戦うための魔力と、下僕を作ることを覚えていただきませんと
⋮⋮﹂
ちょっと待ってほしい、ダリアを抱くことと魔力を得ることの関連
性がわからない。
率直にそのことを伝えると、軽いため息と共にこんな返事が返って
きた。
﹁手っ取り早く説明しますと、あなたのお父上はいわゆる魔族の中
ナイトメア インクブス
でも夜魔、その中の淫魔 といわれるタイプの魔族でございました。
異性を淫らに誘惑し、堕落させ、その時に相手の心を支配する⋮⋮
時には気に入った相手を魔族に変えて、
そばに仕えさせえる。その血筋が、力がエリオット様にも受け継が
れておられるはずです﹂
⋮⋮つまり、女を抱くことで魔力が増え、いずれは女を抱くことで
その相手を支配できる?
無茶苦茶だ。
﹁エリオット様は、魔法の才能をお持ちではありませんか?
⋮⋮心当たりがあるようですね。その魔法の力は、もしかすると付
与魔術に近いものでは?﹂
⋮⋮図星だ。返す言葉も無いが、どうやら表情で全て理解したらし
い。
﹁その力こそが、その証明。既に自ら才能を開花させているのは、
大変すばらしいことです。
自分の魔力を自分以外の物体に付与する事は、あなたのお父上が持

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つ特殊な力でした。
並の淫魔には無いその才能こそが、あなたのお父上を魔界の実力者
にしたのです。
⋮⋮物質に魔力を与えるように、生き物に魔力を植え付けることで
魔物への変化を促進し、
己の望む姿へと変えていく。それこそが魔界の公爵“調律者”スタ
ルトの血筋の証﹂
⋮⋮無茶な話だが、一応の筋は通る。
魔法の理論などはかじっただけで詳しいわけではないが、物質に魔
力を付与するように、生き物に魔力を付与する事は不可能ではない。
それでも、自分が知識の上で知っているのは、一時的に身体能力を
上げたりする程度のものだ。
精神を堕落させ、屈服させて支配下に置く。これはわかりやすい。
魔力なんか無くても、権力と暴力があれば、他人を屈服させ支配す
る事は容易なのだから。
それでも⋮⋮人が魔物になるなど、ありえるのだろうか?
﹁ええ、ありえるのです。エリオット様。その証拠は、あなたの目
の前におりますので。
⋮⋮私がなぜあなたの母親を知っていたのか、不思議ではありませ
んか?﹂
アスタルテが近づいてきて、椅子に座った自分の後ろにまわる。
後ろからゆっくりと抱きつき、耳元に口を近づけてきて、囁く。
⋮⋮今の話を聞いて、予想はできていた。なぜ母を知っているのか、
母を訪ねてきたのか。
サキュバス
﹁私はあなたのお父上によって、人間から魔物へ⋮⋮淫魔へと変え
られました。
あなたの母上⋮⋮アムローザとは昔、共に戦った仲間。

38
魔物になって、歳を取らなくなって⋮⋮
今、アムローザとあのお方の息子に抱かれるなんて、運命とは不思
議なものですね﹂
背後の女体から、むせるような性の臭いがとどく。頭がくらくらと
する。
逃げる準備をしなければいけないのに、身体は女を求めて衝動を高
めている。
もしかして、アスタルテは僕に⋮⋮
﹁私も、多少ながら人を魔物に変える術は心得ています。けれど⋮
⋮あなたは既に半分は魔物。
変化を多少早くするのが関の山でしょうね。でも、あなたの心はま
だ人間のもの。
人を殺して魂を食らうことまでは求めませんけれど、魔族として心
も強くなっていただかないと。
そのために、さぁ﹂
既に窓からは朝日が差し込み、森を越えた村では既に朝の農作業が
始まっている頃だろう。
アスタルテは衣装をするりと落とすと、背後から耳たぶに舌を這わ
せる。
﹁もう一度、アスタルテを犯してくださいませ⋮⋮﹂
ダリアが立ち去った後、さっきまで彼女が座っていたその場所で、
僕はアスタルテを後ろから犯した。
39
禍炎の夜:命を奪うと言うこと
逃げ出す準備は、夕方には終わった。
家財道具などで持ち運べないものは最初から諦めた。価値の有る本
なども、最小限以外は置き去りにする。
食料は小型で保存が効くものと、今日明日で消費する分だけ。
持ち運びの可能な宝石や硬貨、貴重品、薬品。
そして売って金に出来るだろう魔法の道具たちと、それを作りだす
ための工房内にあった道具類。
衣類などは最小限にとどめても、大型のトランク二つ分になる。
念のため、宿の周囲には見張りようの﹁目﹂をぎりぎり遠くまで設
置し、最も遠くのものは森の木の上に置き、村の様子を遠くから見
えるようにした。
使う事は無いと思うが、武器や罠も準備して、いつでも使えるよう

40
にはしてあった。
願わくば、やってくる傭兵たちが鈍重な連中であるか、契約にまじ
めな連中で、契約外の仕事をごねてくれればありがたい。その分逃
げる時間が取れるというものだ。
この村によく来ていた傭兵たちは小規模な傭兵団が多かったが、そ
のほとんどが母の知人や元愛人だった。
そのため、土地勘のある傭兵は僕を殺すことをためらうのはわかっ
ているし、村長たちもそれは理解している。
おそらく、近隣の都市から、普段付き合いの無い傭兵団を選んで雇
うのだろう。
可能性があるのは、鉱山技術者たちや、鉱山の開発を行う貴族から
の紹介だろう。
流石に貴族の私兵が来ることは考えにくい。
相手に土地勘が無いだろう事が、唯一の希望だ。
夕方からはアスタルテも身体を求めてくることはなく、僕は淡々と
作業をこなした。
日が暮れる前に仮眠を取り、夜の早いうち目が覚めた。日の出まで
はあと数刻ある。
後は夜明け前に、ダリアが逃げてきたらそれにあわせてこっそりと
村を出ることだ。
ダリアがいなくなったことがわかるまで、おそらく半日以内。昼ま
でにはできるだけ距離を稼がなければいけない。
この季節は幸い、川沿いの小屋までたどり着けば顔なじみの行商人
か、傭兵たちの御用聞きがいるはずだ。
彼らは村人よりも僕のほうに近い。多少の代価を払う必要はあるが、

41
頼み込んで馬車に乗せてもらえれば、まず逃げ切れるだろう。
﹁⋮⋮エリオット様、水盤に変化が﹂
アスタルテの声は明らかに警戒を促すものだった。
急いで水盤の前に向かい、最も遠く⋮⋮村を遠くから見下ろせる﹁
目﹂の見ている風景をのぞきこむ。
遠くの風景で、映像は薄ぼんやりとしているが、明確に他の映像と
の違いがあった。
夜明けにはまだ早いのに、その映像だけは一部が明るくなっている。
村が燃えていた。
◆◆◆
﹁どうやら、傭兵たちが村を襲っているようですね﹂
アスタルテの声は冷静だ。
傭兵や冒険者という連中を信頼できるか、ということを聞かれたら、
普通は﹁まぁ信用できない﹂と返すだろう。
契約はしても、支払いが滞れば即座に契約は破棄され、支払いが終
わるまで傭兵たちは暴れ、居座る。強盗に化ける傭兵だっていない
わけではない。
今回は、その傭兵たちが雇い主に牙を向いたのだろう。
いままでこの村に来ていた傭兵たちは、僕の母が信用して連れてき
た相手だった。
彼らも仲介者である母の顔を立てていたからこそ村人に対しておと
なしくしていたわけで、
僕が彼らによくしてもらっていたのもその時代から知遇を得ていた
からに過ぎない。
だが、十年近くそんなおとなしい傭兵を見ていたからこそ、村長は
傭兵という物を見誤ったのだろう。

42
傭兵たちが今日の昼には到着していたのか、この夜半に村を襲撃し
たのか、その判断は付かない。
だがしかし、情報が傭兵たちに渡っていた場合、ここも襲われる可
能性は高い。
﹁⋮⋮ここが襲われる可能性が高い、罠を張ろう﹂
﹁ええ、その意見に賛成です、エリオット様。あなたは傭兵と戦っ
た場合、
おそらく3合打ち合うことも出来ないでしょうし⋮⋮傭兵が一対一
で挑んでくることは無いでしょうしね﹂
﹁僕は戦士としての才能は並以下でしかないよ。才能が有ったら傭
兵として村を出てた﹂
﹁自分の適性を把握しておくことと、自分を過信しないのは良い才
能です﹂
⋮⋮ダリアは無事だろうか。頭の片隅にかすかな不安は付きまとう
が、いまこちらから打って出るのも、逃げるのもあまりにも愚策だ。
手早くできる罠を仕掛け、じりじりと待っていると、宿の遠くの森
に仕掛けた﹁目﹂が反応した。
どうやら、ここの情報は知られているようだ。
﹁3人。一人は弓を持っていますね。武装は軽装鎧と槍⋮⋮あまり
いいものではありません﹂
自分にはぼんやりとしか見えていないが、アスタルテには映像の中
の暗闇がある程度見えているのだろう。
﹁⋮⋮念のため僕を殺しておこう、程度の考えみたいだね。腕が立
ちそうな奴はいる?﹂
﹁弓持ちは、こんな辺境に来る傭兵としてはそれなりに。他は烏合
の衆程度ですね⋮⋮といっても、エリオット様と比べれば、戦いな
れている分だけまだ強いでしょうけれど﹂
﹁アスタルテ、君はどの程度戦える?﹂

43
﹁その気になれば、この程度皆殺しにするのは簡単ですよ?
ですが、エリオット様にはまず人を殺すことに慣れてもらわなけれ
ばいけません﹂
⋮⋮自分から喜んで人を殺すようにはなりたくないけれど、このよ
うに火の粉が降りかかる場合は別だ。
人を殺して喜ぶの事と、人を殺せるようになる事の間には大きな差
がある。
ただ、それもアスタルテの仕掛けた罠に見えるのは仕方あるまい。
﹁⋮⋮自分を殺そうとする相手に情けをかけられるほど、僕は強く
ないよ﹂
事前に情報がわかっているというのは、本当にありがたい。
ここは自分の住んでいるところで、土地勘の無い彼らが情報を元に
やって来るならば、この道を通るだろうというのはほぼ確定で予測
できる。
ダリアから傭兵たちの情報が来ていなかったら、その備えすらでき
ていなかった。
いまさらながら、そのことを理解して背筋が寒くなる。
いい事かどうかはわからないが、アスタルテの訪問といい、ダリア
が来てくれたことといい、今の自分は運に恵まれていることだけは
確かだ。
ならば、最大限それを利用しよう。
◆◆◆
傭兵団﹁黒熊の爪﹂の副隊長である弓師ゲーリックは、自分の不運
を呪っていた。
村長が言っていた﹁村はずれの混ざり者﹂の住む宿は村からやや遠

44
く、暗い夜道を歩くのは慣れていても面倒なのだ。それに、村を襲
撃する仲間とは違い、こっちには女はいない。
村を襲って女を犯すのは、略奪をする際の大きな楽しみの一つだ。
大きな村ではないが、今頃他の仲間たちはお楽しみなんだろうかと
思うといらいらする。
とはいえ、自分が行かない限り、このぼんくらどもは魔法の道具も
何もぶち壊すか燃やしてしまうに違いない。
魔法の武具!
心躍る響きではないか。
その混じり者が本当に付与魔術師なら、痛めつけて屈服させ、傭兵
団の専属として連れて行くことも考えよう。
どちらにせよ、村長の依頼を聞く必要も無いのだ。
とはいえ、学院出でもないかぎりたいていそういう奴は偽者だ。魔
法のアイテムがあれば根こそぎ奪い取り、後は殺せばいい。酒場を
兼ねているのだろうから、酒くらいはあるだろう。
農夫ではないようなので、まだ起きるような時間でもない。村で起
きている略奪の悲鳴も、森を挟んでいるこの宿には届かない。かっ
たるいが、楽な仕事だ。
森が途切れ、ようやく目的の宿が見えてきた。部下に目配せをして、
裏口に一人回らせる。
軽く火をつけて、パニックを起こさせる。無防備に飛び出してきた
らそこを狙い撃ち、万が一武装して出てきても相手は一人、こちら
は二人。負ける要素は無い。
その時、森の奥でがさがさと音がした。動物かと思いつつも、振り
返る。ゲーリックはそこに信じられない物を見た。
若い男が、石弓を構えて自分を狙っている。戦場慣れした身体が、
叫び声をあげて飛びのく。放たれた矢は飛びのいたゲーリックの脇

45
を抜け、ちょうど振り返った部下の胸板を直撃する。
袋から空気が抜けるような細い声を漏らし、部下が倒れる。
その時、裏庭に回った部下が悲鳴を上げる。
その時になって、ようやく襲撃が察知されていたらしいことに気が
付く。体勢を立て直し、弓を構えようとするが、若い男は石弓を捨
て、短剣を構えて飛び込んできていた。
ある程度の訓練は受けているようだが、所詮は素人だ。弓は諦め、
男めがけて弓を投げつけ、その隙に腰の剣を抜く。投げつけられた
弓を振り払い、男が切りつけてくるが、落ち着いてみていればよけ
られる程度のものだ。
その瞬間、足元に張られた細い綱に脚を取られ、ゲーリックはわず
かに体制を崩す。
いくら戦場慣れしているといっても、森の中の道を外れると、草に
混じって低い位置に何本も細い綱が張り巡らされていると知る事ま
ではできなかった。
ぎりぎりで回避したかと思ったが、男の持っている短剣は意外と刃
先が長かったようだ。
わき腹を浅く切りつけられ、皮鎧を突き抜けて肉が立たれる。しか
し、そこまでだった。
男は今の攻撃で体制を崩しており、ほぼ無防備になっている。
奇襲というものは、一度しのいでしまえば、後は何とでもなるもの
だ。
とにかく、この男を殺してから考えればいい。
ゲーリックは剣を振り上げ⋮⋮背後から突き出された一撃に咽喉を
貫かれて絶命した。

46
禍炎の夜:魔と化す術︵☆︶
﹁エリオット様、まずは一難去った、というところですね﹂
弓持ちの傭兵を背後から殺害し、アスタルテは伸ばした爪から血を
ふき取った。
﹁あぁ、ありがとう⋮⋮危なく殺されるところだった﹂
﹁いえ、3対1でそこまでいければ、初陣としてはたいしたもので
す。
覚えておいてください、エリオット様。あなたは倒れてはいけない
のです、そして、正面から戦う必要はどこにも無いのです。
このように罠を張り巡らし、情報を知ることで少数の戦力で大きな
戦力を倒すことも可能です﹂
まったくだ。僕は正面から戦うのには向いていない。
この死んだ弓持ちだって、おそらくそこまで腕が立つ訳ではないだ

47
ろう。
それでも、正面から戦えば勝てるとは思えない。
見れば僕が撃った矢はもう一人の傭兵の胸板を貫いていた。こちら
はもう戦える状態ではない。
傭兵は血を流し、涙を流しながら痙攣している。当たり所が悪かっ
たのだろう、おそらく助かるまい。
⋮⋮自分で始めて人を殺すことになったのだ。せめて止めをさして
やるべきだろうか。
裏口では、仕掛けてあったトラバサミに挟まれた傭兵が叫び声をあ
げている。
⋮⋮情報はあちらから聞けばいいだろう。
﹁いてぇ⋮⋮死にたくねぇ、助けてくれ、助けて⋮⋮﹂
瀕死の傭兵は、泣きながら哀願する。残念ながら、僕には彼を助け
る術は無い。
﹁じゃぁ、知っていることを教えて頂戴。
知っている事を教えてくれたら、動けるようにしてあげるわ﹂
アスタルテはまるで聖女のように優しげな顔で傭兵に語りかける。
その言葉には真実が一切含まれていない事は気をつけて見ればすぐ
わかるが、瀕死の傭兵にはそんな余裕はなく、そこに縋る以外選択
肢はない。
わかったのは、彼らは合計10人程度の小さな傭兵団だということ。
村人はその5倍以上いるが、戦闘経験の差と奇襲であることなどを
考えれば、村に勝ち目は無いだろう。
どうやら、村の鉱山の採掘権を横取りしたい誰かの差し金で、村人
を事故で全滅させようとしていたらしい。
そのため、依頼を受けるふりをして村を襲い、村を全滅させたら、
さっさと引き上げて違う地域に移る⋮⋮

48
⋮⋮村長が僕にしようとしていたことと、同じことが起きただけの
ことだった。
喋っている途中で傭兵は血を吐いて死んだ。僕が殺した、最初の人
間だった。
アスタルテに頼まれ、死体は宿の土間まで持っていく。
自分が人を殺しても意外と冷静なことに、我ながら驚く。これも、
半分流れている魔族の血のせいなのだろうか。
その頃になって、アスタルテは裏口で倒れていた傭兵の手足の腱を
切って引きずってきた。
目つきはよくないがまだ若い、そばかすの残る少年だ。自分より若
いだろう。
⋮⋮手足の腱を切られたからには、もう二度と戦場に立つ事はでき
ないだろうが。
﹁エリオット様、今からあなたに実地でお教えすることがあります﹂
傭兵の身体を横たえ、アスタルテが声をかける。何らかの薬を飲ま
せたのか、魅了の呪文がかかっているのか、若い傭兵は薄い笑いを
浮かべ、半ば夢見心地になっている。
何を考えたのか、アスタルテは傭兵の衣服を切り取り、下半身を露
出させる。
興奮のためか、死の恐怖からか、傭兵のペニスは屹立していた。
﹁何をする気?﹂
自分たちの危機が去ったことが理解できたら、ダリアのことが心配
になってきていた。
傭兵たちが若い女をいきなり殺すことはない。略奪の対象は金品や
食料だけではないからだ。
しかし、ことが終わった後は別だ。特に、今回のような全滅が目的
の襲撃においては特に。

49
﹁心配されているのはわかりますが、聞いた限り、村には7人程度
の傭兵がいます。
このまま無策に突っ込んでいくのは無い、というのはわかっている
でしょう?﹂
アスタルテの声は冷静だが、何か嬉しそうだ。
確かに、理性ではわかっている。
所詮は他人。連れて行こうと思ったのも、安全がわかっていたから
なのだ。
この危険な状況では、ダリアを見捨てて今のうちに逃げるのが一番
いいのだ。
﹁ですから、多少なりとも戦力は充実させておきません⋮⋮っと⋮
⋮﹂
そう言いながら、アスタルテは傭兵のペニスを自分の膣内に導きい
れる。
傭兵は自分の置かれた状況を理解できていないのか、声を上げて腰
を持ち上げ、ペニスを深く深く突き込もうとする。
﹁エリオット様⋮⋮こちらに⋮⋮﹂
アスタルテが切なげな声を上げて誘う。
先ほどの言葉を考えるに、何か意図があるはずだ。
それに、僕自身も生命の危機に近づいたことで興奮しているのは事
実なのだ。
腰をぶつけ合う二人の脇にしゃがみ、アスタルテの顔に自分の顔を
近づける。
アスタルテの左手が頭に絡みつき、唇を求めてきた。
逆らわずに、他人とセックスの最中のアスタルテの唇を奪う。
男女の汗の臭い、体液の臭い、夜の森の臭い、血と内臓の臭い。
それらが絡み合い、焦らすように興奮を誘う。

50
⋮⋮言葉ではない、魔力の流れ。
今アスタルテが何を行っているのか、何をしようとしているのかが
自分の中に流し込まれてくる。
アスタルテの膣内に溜め込まれた魔力が、ゆっくりと傭兵のペニス
に浸透していく。
傭兵の精神がぽろぽろと崩れていくのが、感覚的に理解できる。
快楽に埋め尽くされ、思考能力や、自分を守ろうとする本能が何か
に塗りつぶされていく。
堕落というには、あまりにもそれは一方的な蹂躙だった。
﹁ふぅっ! ふーっ! ふぁあ、がーっ!﹂
傭兵が、獣のような声を上げて絶頂の到来を告げる。
﹁きてっ! 来なさい、私の中に! ぜんぶ! 全部解き放って!﹂
アスタルテの声に誘われるように、傭兵の腰がひときわ跳ね上がり、
驚くほど大量の精液が膣内に発射される。
その時、精液が飛び出すのと同じように、アスタルテの中から魔力
がペニスを伝い、全身に浸透していく。
傭兵の身体が痙攣するように飛び跳ね、その顔に、その身体に、ゆ
っくりと変化が発生しだす。
⋮⋮獣毛だ。
その時、アスタルテが僕から唇を振り払うと、傭兵の心臓めがけて
伸ばした爪を突き立てる。
暖かい血が噴水のように噴出し、雨のように降り注ぎアスタルテと
僕を濡らす。
傭兵の腰が一際激しく跳ね上がり、その生命の最後の精を注ぎ込む。
人間から魔物に変わりつつあった傭兵は、しばらくの間痙攣してい
たが、じきに息絶えた。
﹁人間の末期の射精は、何度受けてもすてき⋮⋮﹂

51
本来ならば恐怖すべきなのだろう。返り血を浴びてとろけた表情の
アスタルテを見て、僕が思ったのは即座にその唇に肉棒を叩き込み
たいということだった。
﹁アスタルテ⋮⋮﹂
立ち上がり、ズボンのベルトをはずす。屹立した肉棒をアスタルテ
の顔に突きつける。
もう、アスタルテが何をしようとしていたのかもどうでもよくなっ
ていた。
﹁エリオット様ったら⋮⋮ふふ、この状況で萎縮しないのは、とて
もいい才能ですわ﹂
鈴口をひと嘗めされるだけで、射精しそうになる。せめてあの温か
い口の中に射精したい。
﹁せっかくですから、エリオット様の魔力も分けていただきますね
⋮⋮んむ﹂
血まみれになって、三人の傭兵の死体を前に、魔族の女にペニスを
しゃぶらせている。
異様な情景だ。とてもまともじゃない。それでも、この状況に慣れ
てきている自分がいた。
昨日あれだけ⋮⋮正確には昼にも数回アスタルテの膣内に射精した
というのに、まだ射精の勢いは衰えていなかった。昨日まで童貞だ
ったことを差し引いても、自分がこれだけ性欲が強いなんて思って
もいなかった。
数分と持たず、アスタルテの口の中に精液を注ぎ込む。
蝋燭の弱い光に照らされ、口いっぱいに精液をためて微笑むアスタ
ルテは本当に淫蕩で美しかった。
僕の精液を嚥下すると、アスタルテはゆっくりと立ち上がる。
唇の端と股間から精液がたれ、身体は返り血と汗でぬれて、何房か
の髪の毛は肌にべったりと張り付いている。
まだペニスは射精したいと訴えていたが、一度射精して多少落ち着

52
いた頭はこれからアスタルテが何かをするのだと理解していた。
﹁エリオット様、先ほどお見せしたのが、人を堕落させ、魔物へと
変えるやり方の一つ⋮⋮
そして、次にお見せするのは⋮⋮﹂
◆◆◆
禍炎の夜:逆襲︵☆︶
﹁⋮⋮ちっ、一番よさそうなのは先に壊しちまったからな。
しけた村だ、脂の乗った女も大していやしねぇ﹂
夜明けまでは後数時間といったところか、それまでには村を出る準
備をしないといけないが、こんな辺境の村を訪ねるものもいないだ
ろう。
なんなら、廃墟になった村に一日くらい逗留してもいい。
黒熊の爪傭兵団は、大手の傭兵団から分離した人間で構成された小
規模な傭兵団だ。
娼婦や商人を随行させるような規模ではないし、仕事の多くはこの
手の荒い仕事で、仕事が無いときには依頼なしで村を襲うこともあ
る。
要するに、傭兵と強盗の間を行き来するごろつきなのだ。

53
傭兵隊長のハンスは村長の家だった建物から発見したブランデーの
小樽が空になったことを確認し、部下に投げつける。
既にほとんどの村人は殺し、逃亡を試みた連中も村はずれで処理済
み。
村長は依頼の詳細を聞いた後に、背後から一太刀で切り捨てた。
村の中に、まともに抱けそうな女は10人もいなかったので、一番
よさそうな若い女を犯した後は、全て部下に渡してしまった。
今回の仕事では口封じのため、女を奴隷として売ることが禁止され
ていた。
だから、ここで適当に犯した後は殺すしかない。
それは傭兵たち全員が知っているので、自然と扱いも雑になる。
どうせ最後は殺すのだ。多少傷つこうが、売るわけではないから気
にする必要はない。
﹁あがっ、あが、ああ、あああ⋮⋮﹂
半年前に結婚したばかりだという村長の娘が、二人の傭兵に前後か
ら串刺しにされている。
抵抗したためにしこたま殴られ、それなりにきれいだったろう歯は
全て折れていた。
逃げないように足首から先は切り落とされ、夫だった男の死体の上
にほうり捨てられている。
もう既に心が焼ききれてしまっているのか、時折狂ったような笑い
声を上げ、快楽を求める。
﹁ま●こ、ま●こいいの! もっと突いて! 突いでぇ!﹂
傭兵たちは笑いながらペニスを突き上げる。
﹁そういえば、あの若い娘はもったいなかったな﹂

54
﹁隊長が抱いてた女か、乱交の途中で逃げやがったからな⋮⋮まぁ、
あの傷じゃ生きていねぇだろう﹂
﹁ヨアヒムが追っかけてったぜ。何処か草むらの中で犯されてんじ
ゃねぇか?﹂
﹁あいつ、ちっちぇぇからなぁ! 俺たちに見られたくないんだろ
うさ!﹂
下卑た笑いを浮かべつつ、酒を飲みながら傭兵たちは女を犯す。
他に見落としは無いか外を見回らせている部下も、村はずれの宿を
潰しに言った副隊長たちもそろそろ帰ってくる頃合だろう。
特に副隊長たちは女を犯すチャンスを逃している。
都市に戻った時には娼婦でもあてがってやらないと文句を言いそう
だ。
﹁おい、お前たち。そろそろ片付けとけ﹂
ハンスの言葉に、部下たちは不満の声を上げるが、文句を形にする
わけでもなく従う。
﹁そういえば、あれやったこと無かったな﹂
﹁あぁ、逝っちまう時にイカせるってあれか﹂
﹁いい締りらしいぜ⋮⋮っと﹂
ずぶりと、ためらいもなく短剣が娘の胸に突き刺さる。
大きな乳房がぷるんとふるえ、大量の血が噴出す。
それを見て、狂った娘はようやく痛みに気が付いたのか、断末魔の
叫びを上げる。
﹁あぁーっ!? あ⋮⋮あぁぁぁあぁぁぁああっっ!!!!!﹂
﹁うひょっ! こいつはいい締りだ!﹂
﹁馬鹿野郎、服が汚れるじゃねぇか!﹂
その絶叫の中、ごんごんと大きな音がして扉がノックされた。
﹁なんでぇ、副隊長たちじゃねぇか﹂

55
のぞき窓から外を見た傭兵の一人が、笑いながら扉を開ける。
ハンスはその言葉を聴いて、何処かに違和感を覚えた。
ゲーリック達は確かにそろそろ戻ってくる頃だ、それはおかしくは
無い。
だが、あいつらがわざわざノックなんかするか?
俺たちが何をしているのかはわかるだろうに。
その瞬間、部下が悲鳴を上げた。
◆◆◆
飛び込んできたのは、確かにゲーリックと部下の二人だった。
ただし、もう人間ではない。
血の気の無い肌、身体を壊しても気にしない挙動と、そこから生み
出される怪力。わずかな腐臭。
ゾンビ
生ける屍だった。
﹁ひっ、ひぃぃい!?﹂
奪った酒を飲み、女を犯している最中だ。武器どころか衣服すら身
につけていない。
ゲーリックだったゾンビにのど笛を噛み千切られ、傭兵の一人が絶
命する。
パニックが起こった。
ゾンビはこの世界でも魔界に近いところや、死者の多い場所、戦場
跡などで自然発生することもある魔物だ。
力は強いが動きは鈍重で、一般の村人たちにとっては恐怖の対象だ
が、冒険者や傭兵にとっては落ち着いて対処すればそこまで怖い相
手ではない。
⋮⋮そう、落ち着いて対処できれば、だ。

56
ほぼ全員が徹夜で酒を飲み、女を抱いている。
酩酊しているし、疲労もたまっているし、そもそも武装していない。
完全に油断した状態での襲撃をうけ、状況を理解する前に追加で2
名が命を落とす。
何とか生き残りが体勢を立て直したときに、扉から何かが打ち込ま
れた。
火のついた松脂⋮⋮火矢だ。
それを理解する頃に、二射目が来た。
草や薬品を調合したものだろうか、燃え上がると同時に大量の煙を
発生させ、視界が一気に悪くなる。
呼吸も苦しくなるが、ゾンビたちにはそんな事は関係ない。
ハンスはテーブルの脇に立てかけてあった盾と太刀を取ると、裏口
に向けて走り出す。
背後で部下たちの悲鳴が聞こえたが、無視した。
念のため、明り取りの窓から近くに待ち伏せが無いことを確認する
と、一人で飛び出す。
この状況では、おそらく外を回っている部下もダメだろう。
町外れに隠してある馬が無事ならば、自分だけでも逃げればいい⋮⋮
そう思っていた矢先、足元が大きくゆがんだ。
罠だ。
◆◆◆
裏口を見張ることが出来る茂みの中から、石弓を構えて僕はずっと
待っていた。
表はゾンビたちとアスタルテが何とかするだろう。
最悪、全滅させなくても、逃げていくのならばそれでいい。

57
その時、傭兵が一人飛び出してきた。鎧は身につけていないが、盾
と武器を持っている。
それなりに使いそうだが⋮⋮一人だ。
裏口には、足元にちょっとした罠を仕掛けてある。
軽く土を持った薄板で隠してあるが、その下には薄めたランタン用
の油を詰めた、大量の小さな水袋。
バランスを崩して転んでくれればそれでよし、その上で水袋が破れ、
油をかぶってくれたら御の字だ。
狙い通り、相手は転び、手足に油をかぶった。
決めておいたとおりに狙いを定めて、石弓を一射。巧い射手ではな
いが、なんとか相手の脚に命中。
叫び声をあげ、傭兵がこちらに気づく。
石弓を投げ捨て、装填済みのもう一つの石弓を構える。
相手が起き上がったところにもう一射撃。今度はわき腹に命中。ま
だ倒れない。
傭兵が走り出す。盾を構えるが、油の影響か持ち方が不安定になっ
ている。
二射受けてまだ走ってきたのは予想外だった。その場を離れ、10
歩ほど離れたところに逃げる。
獣のような雄叫びを揚げて、傭兵が茂みに飛び込んできて⋮⋮その
姿がかき消えた。
茂みのすぐ手前に作っていた、落とし穴に落下したのだ。
のぞき込むと、当たり所も悪かったのか、傭兵は首の骨を折って絶
命していた。
﹁⋮⋮はぁっ﹂
止まっていた呼吸が元に戻り、荒く息を吐く。腰が砕けそうになり、

58
ひざを突いて踏みとどまる。
死んだ、殺した。これで二人目だ。
準備が少しだけ足りなかったら、複数の石弓をあらかじめ準備して
いなかったら、ゾンビたちに事前に落とし穴を掘らせていなかった
ら。⋮⋮死んでいたのは、自分のほうだ。
それでも、これで傭兵団の主力は潰したはずだ。
燃え上がる村長の家を見ながら、あの中にダリアがいないことを祈
る。
その時、アスタルテが駆け寄ってきた。
﹁エリオット様、家の中は全滅。ゾンビ3体も使い潰しました。
あと⋮⋮馬小屋の中に、あの娘を見つけました﹂
禍炎の夜:魔物へと堕とす︵☆︶
馬小屋の中で、ダリアは死にかけていた。
馬小屋の脇には、アスタルテが殺害したのだろう傭兵の死体が一つ
転がっているが、見向きもせずに中に入る。
犯されているところを逃げ出したのか、ここでつかまって犯されて
いたのか。
背中に大き目の切り傷があり、そこからの出血が続いている。
すぐに外科医に見せても、助かるかどうか悩む傷だ。ましてや、こ
んな田舎の村には外科医などいない。
﹁エリオットさん⋮⋮ごめんなさい、あの傭兵たち⋮⋮﹂
﹁いい、もう喋らないで! 今、血止めを⋮⋮﹂
自分で言いながら、嘘だとわかっていた。簡単な傷なら手当は出来

59
る。
痛み止めの薬品程度なら、少量なら戻れば持ってこれる。
ただ、それで助かるような状況ではなく、ダリアを発見したのはほ
ぼ手遅れになったときだったのだ。
﹁エリオット様、その娘はもう助かりません⋮⋮人としては﹂
アスタルテが口を挟む。その言葉には明らかに裏がある。
だが、それにのらない理由も無い。
﹁⋮⋮何をすればいいんだ?﹂
﹁お早い決断です。⋮⋮先ほど、私が行ったことを覚えておられま
すね?
今からあなたはこの娘を犯し、命が消え去る前に精神を砕き、魔力
を注ぎ込んでこの娘を魔族に変え、あなた様の下僕にするのです﹂
アスタルテの言葉は、意外なほどすんなりと受け入れられた。
どんな手段であれ、僕の望む結果を得るには今のところそれ以外に
方法は無い。
神に祈った事はあるが、かなえてもらったことも無い。
ならば、自分で出来ることをやるしかないだろう。
﹁この丸薬をこの娘に。自分で嚥下できないでしょうから、エリオ
ット様の口で噛み砕いてから飲ませてください﹂
⋮⋮くらりとする甘い香りの丸薬を渡された。おそらくは麻薬か媚
薬の類だろう。
受け取り、自分の服を剥ぎ取り、ダリアのそばに腰を下ろす。
﹁ダリア。今から君を僕の下僕にする。
⋮⋮これは、僕が勝手にやることだ。拒否はさせない﹂
﹁⋮⋮エリオットさん⋮⋮わたし、汚れて⋮⋮﹂
﹁いいから⋮⋮僕のものになれ﹂

60
小指の先程度の大きさの丸薬を口に含み、噛み砕く。
飲み込ませる前から、強烈な酩酊感に襲われる⋮⋮痛み止めもかね
ているのだろうか。
ダリアの背中に手を回し、上半身を起こす。
少し傷に触れてしまい、ダリアが傷みに顔をしかめるが、お構いな
しに唇を奪う。⋮⋮血の味がした。
最初は抵抗するそぶりを見せたが、丸薬とともに舌を差し入れると、
ダリアは目を閉じて舌を絡めてきた。
﹁⋮⋮っ﹂
丸薬の効果は絶大なようで、長い口付けを交わしていく間に、ダリ
アの身体から緊張が解け、積極的に舌を絡めてくるようになった。
血の気の引いていた肌はわずかながら色づき、小ぶりな乳房がぴん
と張る。
空いている手を伸ばし、股間をまさぐると、乾いた精液のあとを覆
い隠すように蜜が漏れ出してきた。
﹁エリオット様、痛みはあまり感じないでしょうが、彼女の残り時
間は長くありません。
やり方は、なんとなくわかっているでしょう?
ぶっつけ本番ですし、成功率は高いとはいえません。
さぁ、この娘を犯して、絶頂に導いてください﹂
唇を離すのが惜しい気がしたが、そうもいっていられない。
改めて乾草の上にダリアの身体を横たえ、両足を開く。
おとなしく地味な少女の、淫らに濡れた花弁が花開いていた。
﹁あ⋮⋮はずかし⋮⋮﹂
﹁今から君を犯す。君がぐちゃぐちゃになって、もう何もかもわか
らなくなるくらい犯す。

61
君は僕のものになる。僕の下僕になる。⋮⋮だから、全てを僕にく
れ﹂
あえて言う必要も無いのだろうけれど、言わずにいられなかった。
もしかしたらあったかもしれない、二人で暮らす未来はどこにもな
くなったけれど。
彼女の想いに気が付く事は、手遅れになるまで気づく事ができなか
ったけれど。
自分が今から何をするか、彼女には聞いてほしかった。
﹁⋮⋮はい⋮⋮。あなたの⋮⋮あなたの物にしてください⋮⋮
エリオット⋮⋮ご主人様⋮⋮私を⋮⋮犯して⋮⋮っ﹂
それは、アスタルテのよこした媚薬のためだったのかもしれない。
死を間際にした錯乱のせいかもしれない。
それでも、ダリアは目じりに涙を浮かべ、隷属の言葉を口にした。
羞恥のためか両手で顔を隠そうとする彼女の表情は⋮⋮なぜか、と
ても幸せそうに見えた。
﹁あ⋮⋮っ﹂
ずぶりとペニスを突きこむ。村の男たちにおもちゃにされ、傭兵た
ちに蹂躙されたダリアの膣は既にほぐれ、受け入れの準備は既に整
っていた。
膣は小ぶりで狭く、それでも、やわらかく締め付けてくる。
アスタルテと一晩猿のようにやりまくったとはいえ、女性をとりこ
にできるテクニックなど僕にあるわけは無い。
張り詰めた小さな乳房をつかみ、乳首をはじくように舌で転がし、
吸いつき、首筋にキスの雨を降らせる。
背中の傷が痛まないように、つながったままダリアの身体を持ち上
げる。
自分が胡坐をかいて、その上に向かい合うようにダリアの身体が置

62
かれる⋮⋮いわゆる対面座位だ。
脱力していることもあって、体重がそのままかかり、ダリアの膣内
に僕のペニスがより深く差し込まれる。
あまりの快感に、腰にもう精液がたまりだしている。
あまり持たないかもしれない。
その時、精巣にたまった精液と、そこに溜め込まれた自分自身の魔
力の存在を、僕は唐突に知覚した。
いや、理解したといってもいいかもしれない。
とにかく、もっと魔力を高めて、ダリアの膣内にたたきつけたい。
蹂躙したい。塗り替えてしまいたい。
強烈な欲求に、腰の動きが一段と早くなる。
気が付けば、僕は叫び声を上げていた。
﹁⋮⋮半分に薄まっているとはいえ、さすがはあのお方の血筋。何
をすればいいのかはわかっているみたいね。
さぁ、ダリア。あなたのほうも準備しなさい。
もっと淫らに、もっと奔放に。あなたはもう自由なの、あなたを縛
り付けていた村や掟や常識は、全てなくなって
しまったわ。我慢しなくていいの、あなたが望んでいたことを解き
放って。
口を開いて、思っていることを全て言葉にしなさい⋮⋮!﹂
アスタルテの言葉は、まるで教会の聖職者たちのようだ。
ただし、その教えは教会では絶対に認められない、欲望の教義。
征服欲に突き動かされながら、ダリアの膣内に腰を突き入れながら、
ぼんやりと聞いていた。
ダリアが何かいいたそうにしていたので、唇を離し、絡めていた舌
を話して自由にしてやった。

63
﹁⋮⋮わたっ⋮⋮わたし⋮⋮っ
気持ちいいの! ご主人様のおちんちんが気持ちいいの!
村長さんより! 村の男たちよりっ! 傭兵たちよりっ!!
もっと、もっとダリアのまんこにゴンゴンしてえぇぇっ!﹂
秘めていた欲望を口にして、何かが吹っ切れたようだ。
涙を流しながら、欲望を、恨みを、喜びを、悲しみを、全て告白す
る。アスタルテと僕はそれに合わせるように、 
よりダリアが淫らになれるように、言葉に反応し、責め、許し、よ
り強く犯した。
﹁村長の娘はわたしのことを嫌ってた!
彼女の旦那が私を性処理に使うから、比較されてるみたいだって!﹂
﹁あぁ、ダリア。君のほうが若いからね。
自分の男が取られると思ったんだろう。
実際に、そいつは君を抱きに来ていたんだろう?﹂
﹁おねえちゃんみたいだって、あこがれてたのに!
わたし、あんな人に抱かれたくなかったのに!
⋮⋮お父さんが死んで、村の男たちに犯されて、
泣いていた時に慰めてもくれなかった!﹂
ほほを伝う涙を舐める、耳を軽く噛み、首すじに跡が残るくらい強
く口付けをする。
﹁粉屋の子も! 鍛冶屋のおじさんも!
みんなわたしを抱いた後は、物扱いして!
女の人たちは、みんな私を馬鹿にして!
好きで⋮⋮好きでそうなったんじゃないのに!﹂

64
﹁でも、あなたはそれを少しだけ楽しんだんじゃない?
あなたたちよりも、私のほうが魅力的だって。
あなたはもともと素質があったのよ、男を楽しませて、狂わせる素
質が﹂
﹁みんな、お前のまんこは締りがいいって⋮⋮
そんなの知らないよ! 他の人のことなんか、知らない!
口も、おまんこも、おしりの穴も、全部使われた!
気持ちよくなんか無かったのに⋮⋮
気持ち悪いはずだったのに⋮⋮!﹂
﹁いつからか、気持ちよくなってきたんだね。ダリア?﹂
﹁ごめんなさい、ごめんなざいぃぃぃぃ!
わたし⋮⋮わたし、悪い子ですっ!
いけないことなのに、気持ちよくなって⋮⋮
いやなはずなのに、気持ちよくって⋮⋮
エリオットさんに⋮⋮ご主人様に抱いてほしいって、
犯してほしいって、ずっと思ってたの!
ずっと、ずっと、無理やり犯してほしかったのぉぉっ!﹂
閉じられていたダリアの心の奥が、無理やりこじ開けられていく。
快楽にとろけながら、恨みと快感と欲望を告白するダリアを、僕は
美しいと感じた。
そして、それを蹂躙し、支配したいと。
﹁ああっ、あー⋮⋮はぁっ、ちんぽ、ちんぽいいのっ!
⋮⋮ご主人様の、もっと⋮⋮ほしい⋮⋮のっ!﹂
ダリアの体温がゆっくりと下がり始める。

65
言葉が次第に途切れ途切れになり、意識が途切れそうになっている
のがわかる。
もう時間が無い。
自分もほぼ我慢の限界に達しているが、魔力が必要な分だけたまっ
ているのかは正直わからなかった。
それでも、やるしかない。
﹁ダリア、僕のものになれ。
人間なんかやめて、僕の下僕になれ!
僕のためだけに生きろ!
お前は一生僕の下僕だっ⋮⋮!!﹂
﹁して⋮⋮もっと⋮⋮あなたの、もの⋮⋮﹂
獣のような雄たけびを上げて、ダリアの膣奥にマグマのような射精
をぶちまける。
﹁あああーーーーーーーーーっ!!!﹂
呼吸が止まり、視界が一瞬ブラックアウトする。
僕の魔力がダリアの膣内に注ぎ込まれ、ゆっくりと彼女の体内を侵
食していくのがわかる。
⋮⋮それを確認しきる前に、僕は強烈な射精感の中で意識を失った。
◆◆◆
意識を失っていたのは、おそらく数分間だろう。
目を覚ますと、夜明け前の空気が心地よく冷たい。
﹁エリオット様、気が付かれましたね﹂
アスタルテが声をかけてくる。
ゆっくりを身体を起こす。ずきずきと、まるで深酒のあとの二日酔

66
いように頭が痛む。
﹁魔法を使う訓練をしていたとはいえ、初めての儀式ですから
⋮⋮それだけで済むのは、体力があるからでしょうね﹂
その言葉で、今までにあった出来事を明確に思い出した。
ダリアはどうなっただろうか?
﹁⋮⋮彼女は?﹂
﹁まだ、目を覚ましません。魔族として覚醒した場合、外見に何ら
かの変化が現れることが普通なのですが⋮⋮
まだ、目立った変化はありません。失敗した可能性もあります﹂
⋮⋮ぶっつけ本番で、相手は死にかけていた。状況としては最悪と
いえる。
﹁外見の変化は、必ず起きるものなのかい?﹂
内心の動揺を出さないように気をつけながら、アスタルテに問いか
ける。
﹁必ずとは言いませんが、高い確率で。
⋮⋮堕落とか、魔族化というものは、堕落させる本人に人間である
ことを諦めさせ、辞めさせ、なんらかの魔族に強制的に変化させて
しまうことです。堕落させる方法も種族や固体によって差がありま
すし、どの魔族になるかも、明確に決まっているわけではありませ
ん。
例えば、吸血鬼と呼ばれる類の魔族は、多くは相手の血を吸い、自
分の血にこめた魔力を相手に植え付けることで相手を堕落させます。
吸血鬼に堕落させられたものは、大体において同じ吸血鬼変やその
下位種族・眷属に変化します。
あなたのお父様は淫魔でしたので、セックスによって相手を堕落さ
せますし、相手の多くはわたしのように淫魔になることが多いです
が⋮⋮狙って変化させることも、その相手の本性によってばらつき
がでることもありました。
獰猛な戦士が人狼に、怠惰な盗賊がスライムになったこともありま

67
す。そう言った場合、多くは記憶や人格を半分くらい残しています
が、色々と失っていることもあります。⋮⋮一番多いのは人格が豹
変したり、信仰を失うことでしょうか。
もっとも、堕落させる際に手を抜いたり、魔力が足りなかったり⋮
⋮堕落する側の中に確固たるものが何も無い場合などは、個性も記
憶も失った、単なる獣のような固体になることも多いですね。後は
⋮⋮相手が死んでいる場合は、先ほどもごらんになったように、そ
のまま死ぬか、ゾンビとしてよみがえります﹂
横たえられたダリアを見つめる。
僕の精液にまみれた胸は上下することもなく、瞳も閉じられたまま。
⋮⋮だめだったのだろうか。
﹁ダリア⋮⋮﹂
⋮⋮その時、ダリアの瞳がゆっくりと開く。
﹁ダリア、気が付いたのかい?﹂
ゆっくりと上半身を起こし、ぎこちない動きで僕のほうを見る。
﹁たとえゾンビであろうとも、自分を堕落させた主人とは魔力での
つながりがあります。
主人を襲うことはありませんが⋮⋮ゾンビにでもなったのかしら?﹂
アスタルテが︵僕にとってはあまり考えたくない︶可能性を口にし
たとき、ダリアが口を開いた。
﹁ダリア⋮⋮わたし? なまえ?﹂
言葉がぎこちない。あれほどさらけ出した感情を、何処かに置き忘
れてしまったようだ。
﹁⋮⋮ダリア、僕がわかる?﹂
おそるおそる聞いてみる。一秒ほど間を置いて、彼女は答えた。
﹁⋮⋮名前⋮⋮エリオット様⋮⋮わたしの、マスター﹂

68
⋮⋮肺の奥から、安堵の息が漏れる。
どうやら、記憶も何もかもなくしてしまったわけではないようだ。
ダリアの身体を触ったり、眺めたりしていたアスタルテが、ダリア
の背中の傷跡を確認して何か納得したように言った。
﹁あぁ、なるほど⋮⋮さすがというべきですね﹂
﹁アスタルテ、勿体つけずに言ってくれ。どうだったんだ?
⋮⋮たとえゾンビでも、僕は文句は言わないよ﹂
﹁エリオット様、ゾンビにはここまで喋れるほどの知性はありませ
んわ。この子は⋮⋮もちろん、一般的なそれとは違いますけれど⋮
フレッシュゴーレム
⋮肉人形になったみたいですね﹂
﹁⋮⋮フレッシュゴーレム?﹂
ゴーレムという魔物の事は聞いたことがある。土塊や石で作られた
魔法の怪物で、魔法帝国の遺跡などで門番をしているという話だ。
今でも、学院などでは護衛に石のゴーレムを使うところがあるとい
う。⋮⋮見た事は一度も無いが。
﹁ええ、魔力によって動く人形です。フレッシュゴーレムは、人間
の死体や動物の死体を素材にして、魔術によってかりそめの命と命
令を与えたものです⋮⋮本来は自我などないのですが、この娘は素
材となった肉体が一つだけなのと、生きているうちにゴーレムにさ
れたこと、そして、エリオット様の魔力で堕落したことから、わず
かながら本人の記憶と性格を残しているようですね﹂
付与名術師としての訓練が、このときに役に立ったということだろ
うか。
ダリアが望んだ結果になったのかどうか、それはわからない。
自分自身、喜んでいいのか、悲しんでいいのかもわからない。
それでも、ここで死ぬよりは⋮⋮僕にとってはましだ。
﹁それより、エリオット様⋮⋮﹂
アスタルテが声をかけてくる。心なしか、声が艶っぽい。

69
﹁あんなに激しいセックスを見せられて、私だけお預けなのは我慢
が出来ません。
急ぐべき事は終わったのですし⋮⋮私にも、エリオット様のご寵愛
をくださいませ﹂
そういうと、アスタルテは衣服を脱ぎ捨てると僕の股間に手を伸ば
す。
﹁ちょ、ちょっと、アスタルテ、こんなところで⋮⋮っ!﹂
﹁マスター、お手伝いいたします⋮⋮﹂
見れば、ダリアがアスタルテと一緒に僕のペニスに口付けをしてき
た。
悲しい男の性か、二人の口付けによってペニスの堅さはもう既に元
通りだ。
﹁仕方ない、これが終わったら、宿に戻ってこれからのことを考え
るからね﹂
夜明けの日差しがさしてくる頃、村の中に嬌声が響き渡った。
それを聞くものは、自分たち以外、誰もいない。
⋮⋮一晩にして村人50人強と傭兵団10名が死亡した。
この事実は一月もせずに周辺の村に知れ渡り、鉱山村は悪魔に魅入
られた鉱山として名を売ることになる。
死体は全てゾンビに変え、人が近づかないように村に放った。
鉱山に現れた魔物が、村を滅ぼしたのだという噂と共に。
こうして、僕は鉱山村を支配する魔人⋮⋮ダンジョンマスターとし
ての第一歩を踏み出したのだ。 70
悪党の準備:傭兵隊長との対話︵前書き︶
第二部的な話になります。
鉱山村を結果的にダンジョンへと変えてしまった主人公に挑むのは、
統率の取れた悪徳冒険者の集団です。
今回登場する犠牲者は︻腕利きの女盗賊だった奴隷︼と︻気位の高
い女魔術師︼の2名になります。
71
悪党の準備:傭兵隊長との対話
﹁あっはっはっは! まったく、あのエリオット坊がダンジョンマ
スターになったと聞いた時には恐れ入ったぜ!﹂
﹁笑うなよ、ギュスターブ爺さん。僕だってなりたくてなったわけ
じゃないんだし﹂
豪快な笑い声が響く。
鉱山村が死者のあふれる地獄に変わり、僕が鉱山村のダンジョンマ
スターになってから約半年。
久しぶりに笑い声を聞いた気がするが、この男は来るたびにタダ酒
を飲んで大笑いしていく。
もっとも、それはあまりイヤなことではないし、僕はこの男が嫌い
ではないのだ。
それに、必要なことでも有る。

72
もはや営業を停止した自宅兼宿の一階で僕と向かい合わせに座って
いるのは、母の存命時からのなじみの
傭兵隊長ギュスターブ。
善人とも悪人とも言いがたいが、母曰く﹁とりあえず最低限の契約
と義理だけは守る男﹂だ。
そろそろ初老といってもいい年代だが、鍛えられた身体は並みの兵
士では相手にならないだろう。
それに、ギュスターブの一番の強みは個人の強さではなく、情報を
集め、的確に情勢を見抜く眼力だ。
村での事件が噂になるまでは、一月もあれば十分だった。
時折物見高い行商人や旅人、残り物で価値がある物を探す盗賊や、
腕試し気分の冒険者がふらりとやってきては、ひどい目にあってい
く。
逃げる者は追わせていないし、一応こちらで気が付いたときには助
けることもある。
だが、欲深く侵入した挙句、ゾンビの仲間入りをするものも少なく
は無い。
面倒くさいけど、ゾンビだって倒されれば減る。死体は新しいゾン
ビとして再利用しているのだ。
むしろ、短期間でよくもまぁここまで呼んでもいない客が来るもの
だと感心するくらいだ。
ギュスターブは一応僕を心配して来てくれたようだ。
少数の傭兵たちと、武装した状態で宿にやってきて、出迎えた僕に
言った言葉は
﹁⋮⋮なぁ、なんでお前ピンピンしてるんだ?﹂
というものだった。

73
事情を隠すことも考えたが、この村での僕の立場も知っているし、
そもそもこの爺さんをだませる気がしない。
加えて、この地域の裏稼業の連中に関しても詳しいギュスターブの
協力を得られれば、
この鉱山村を取り巻く周辺都市の状況がわかる。
情報。それは、こんなダンジョンに引きこもっている僕にはなかな
か手に入らないものだ。
そこで、こちらからは︵魔界の王だの何だのは除いて︶正直にばら
した結果が、この笑い声だ。
﹁時に、そろそろ教会がこの地域のことを気にしだしたぞ。
あいつらが動くにしてもしばらく先だろうが、逃げ出す準備をした
ほうがいいかもな﹂
﹁それって、もしかして爺さんたちがここを逃亡の中継地点に使っ
てるのがばれたってことかい?﹂
﹁その可能性も否定はしないが、そもそもここが教会で話題になっ
てないわけないだろうが﹂
背後のドアが開き、修道女姿のアスタルテとメイド姿のダリアが姿
を表す。
ダリアの手には酒とつまみの追加がある。
﹁だから私は反対だったんです、世俗の犯罪者の逃亡経路としてこ
こを提供するなんて﹂
アスタルテは未だにその決定には不満があるらしい。
話を聞いたギュスターブから提案があったのは、この人も来ないよ
うな、ゾンビのあふれた元鉱山の村を⋮⋮
正確には、ゾンビが来ない安全なルートと数日間の宿を提供できる
僕の家を⋮⋮、急ぎの行商人や逃亡中の
犯罪者の中継地点として使えないか、というものだった。

74
辺境の田舎とはいえ、この鉱山村から森の中を数日進めば他の都市
へと続く街道に出る。
半日歩けば川沿いの漁師小屋があり、そこは近隣のものだけが知る
休憩所になっており、行商人や傭兵が時折馬車を止めている。
山を越えることが出来れば、国境線を越えて隣国に密入国すること
も不可能ではない。
なので、世間から追われている犯罪者、秘密裏に国境を越えたい行
商人や冒険者たちにとって、そんなところに宿泊可能なベースキャ
ンプが出来るのは非常に便利なことなのだそうだ。
特に、魔物が出るために普通の人間は来ない場所で、そこのダンジ
ョンマスターが通行と安全に便宜を図ってくれるのだから、その有
効性は高い⋮⋮というのがギュスターブの言い分だった。
事件の後、すぐに逃げ出す必要は無かったが、魔族として生きる云
々はともかく、三人だけで見知らぬ土地で生きていけるだけの強さ
と経済力が僕には無かった。
僕は半分は人間なので身体にためておける魔力の貯蔵量が低く、拠
点を作り、そこに魔力を貯めておくことでようやく色々な物を維持
できるようになるといった程度らしい。
それでも、人間の魔術師よりは多少ましらしいのだが、何処か知ら
ない場所に拠点を構えるにはまだまだ魔力・財力・暴力のすべてが
足りなかったというわけだ。まさかダンジョンを引き払って引っ越
すのにも苦労するとは。
僕が魔力を高めるには女を抱くか、普通の魔族のように魔力がもと
もと多い土地を支配して魔力を供給させる必要がある。
余談だが、だから魔界の領主たちは魔力の高い土地をめぐって争う
のだそうだ。
財力を高めるには、何らかの方法で稼ぐ必要があり、旅をしている
途中では収入源がなくなるため難しい。

75
暴力は最も苦手な分野で、魔力を高めて自分を強化するか、魔物を
召喚したり作り出して戦力に当てるか、
財力を使って冒険者や傭兵を雇うかしかない。
だから、まずはギュスターブの言葉に乗って、少しでも金をためよ
うと思ったのだ。
結論から言うと、ギュスターブの紹介がある相手のみを客にした最
初の一月で、去年の総収入を大きく越えた。
多くは密輸を行う商人たちから得た収入で、その金額を見て、アス
タルテが文句を言う回数はそれなりに減った。
去年の収入が低かったかということもあるが、それでも魔法の道具
の販売で普通の農家程度の収入は得ていた。それでもこれである。
⋮⋮犯罪に手を染める人間が後を立たないわけだ。リスクを許容す
れば、収入はでかい。
とはいえ、これはギュスターブという目利きが後見人として存在し
ているからこそできる離れ業だろう。
それに、小さな暴力沙汰はアスタルテがカバーしてくれる。
望んで得た立場ではないけれど、今の自分の立場は幸運にも程があ
る⋮⋮ということは自覚している。
結局、僕一人の力で出来た事は今のところたいして無いのだ。
﹁まぁ、それはそれ、まずは今回の爺さんの取り分だよ﹂
それだけ言うと、銀貨の詰まった麻袋を取り出してギュスターブに
渡す。
あれだけあれば、農村の4人家族が1年は飢えずに暮らしていける。
﹁おぅ、全体の3割、確かにいただくぜ。
そういえば、あれ以降魔物を召喚する実力は上がったのか?﹂
﹁ギュスターブ、聞いてください。魔力の量はともかく、エリオッ
ト様は技術だけは確かなのですから﹂

76
アスタルテは、僕の成長に関しては我が事のように喜び勇んで会話
に乗ってくる。
あの事件以降、事実上廃坑となった鉱山を利用してダンジョンの建
設を始めた。
いざというときに逃げ込むための準備と、危険な実験を行うための
実験場の整備⋮⋮といったところだ。
昔話の魔法使いがみんなダンジョンの奥に引きこもった理由が良く
わかる。
単純に何かミスしたときに、外だと周囲に被害が出るのだ。
悪党の準備:冒険者チーム﹁赤烏﹂
ギュスターブからの仕事が無いときは、ゾンビたちに命じてダンジ
ョンを拡張・整備し、毎日のようにアスタルテとダリアを抱いては
魔力の供給を受けた。時折、女の客がいた場合は乱交にもつれ込ま
せることもあった。
︵本人が合意のことも、アスタルテが勝手に乱入させたことも有っ
た︶
時間のあるときには、密輸商人たちから買い取った魔術の書籍を読
み漁ったり、魔術の触媒となる物を入手したりしていた。
女を抱くようになったことと、規模が大きくなったことを除けば、
今までとあまり変わらない暮らしだともいえる。
﹁まぁ、いくつか呼び出したり作り出したりできる奴は増えたよ﹂
﹁⋮⋮入り口にいた、不恰好な門番がそれか?﹂

77
素直な感想にちょっとだけ傷つく。
﹁⋮⋮ゴーレムの作成実験さ。
実験で素材が高くつくのは勘弁してほしいから、そこらにあった木
材でつくったんだ﹂
﹁本来、生きた魔物を呼び出すほうが容易なはずなのですが⋮⋮
エリオット様は自分で作り出すほうがお得意なようで﹂
﹁今んところ、坊が呼び出せるのはゾンビとスケルトンと、あの案
内役に来たインプくらいか?﹂
ゾンビとスケルトンは、魔力で全て補うことが出来れば召喚という
形で呼び出すことも出来る。
ゾンビの補充のために人を殺すなんてまっぴらだし、ちっとも割に
合わない。
僕の実力が上がれば、他の魔物も召喚できるようになるのだそうだ。
インプとは人間の子供くらいのサイズの低級な魔族で、人間の魔術
師に召喚され、使役されることもある存在だ。
あまり高等な自我があるわけでもなく、どちらかというと魔力を元
に作り出しているような印象すらある。
色々と調べて、試して、初めてアンデッド以外を召喚に成功したの
がこれだ。
短距離を飛べるのと、簡単な会話が出来るのは便利だが、あまり強
いわけではないので来客用の道案内などに使っている。
外に並べてあるウッドゴーレムは、ゾンビを使いたくない宿周辺の
荷物運びなどに使うことになるだろう。
石を使ってゴーレムを作り出すことができれば、戦力としても申し
分ないのだけれど⋮⋮木材と石ではどうも勝手が違うらしく、今の
ところなかなかうまくいかないのが悩みの種だ。
今のところ出来ているのは、コマンドで決まった動作をする腕だけ
とか、すり足で動く下半身だけとかで、一体まとめて作ることはま
だ成功していない。⋮⋮ダンジョンマスターというのも、悪いこと

78
だけを考えていればいいというものではないらしい。
﹁魔力の総量を増やせば、つくる工程を省いて即時召喚が可能にな
るのです。
ですから、周囲の村や都市を責め滅ぼして魔力を高めるべきだと思
うのです﹂
ギュスターブのいないところではアスタルテは周辺への侵略を進め
てくるが、村を襲うだけならまだしも︵それも勘弁してほしいが︶、
現状の戦力で軍隊と戦う場合、勝ち目がないのは彼女も理解してい
る。
だから、この地道なやり方を我慢しているのだ。
﹁そうそう、万が一教会がここに関して調査をはじめた場合は、長
く隠しておくことは出来ないだろう。
俺たち傭兵は教会からも仕事を請けるし、あそこには金も権力もあ
るからな。
⋮⋮だから、それが始まったら、個人名は出さなくてもここの情報
はばれると思ったほうがいいぜ﹂
﹁気楽に言ってくれるなぁ⋮⋮。ここを出るにしても、次の行き場
を確保しておかないと話にならないんだから﹂
﹁だからまぁ、今すぐではないだろうけれど、備えはしておけって
事さ。俺たち傭兵は身軽なもんだが、ダンジョンマスター様となっ
ちゃあまり身軽にはなれないだろうからな⋮⋮っと、そうだ、思い
出した﹂
﹁なんだい、設け話かい? それとも、よくない話かい?﹂
﹁たぶん知らないとは思うが、お前、<水車都市エブラム>で起き
た事件を知っているか?﹂
エブラムという都市がある事は知っているけど、事件の事はもちろ
ん知らない。
そもそも、こんな田舎の引きこもり状態でどうやって知るというん

79
だ。
﹁まぁそうだよな。エブラムはここから馬で一週間ほどいったとこ
ろにある、この辺りでは大きめの都市だ。
一応、この辺りを押さえるエブラム辺境伯のお膝元さ。まぁ、エブ
ラム伯もそろそろ爺さんだがな。
この村の連中が買出しに出ていた街の、さらに先にある大都市だな。
都市部の人口はざっと一万程度。
周辺の町や村を考えると、あわせてその三倍に届くかどうか⋮⋮っ
てところか﹂
三万人の人口。この鉱山村の昔の人口が五十人程度、小さい頃に母
に連れられていった近くの街がその十倍程度。生まれてこの方、そ
んな大量の人間は見たことがない。
﹁エブラムには傭兵のほかに、遺跡の発掘や小規模な荒事を引き受
ける冒険者って言う連中がいる。
そいつらは大体二∼十人くらいで⋮⋮まぁ小さな傭兵団と行っても
大差ないな。荒事だけじゃなくて、何でも屋に近いか。その中に、
売り出し中の冒険者パーティ二つあった。
ホワイトドッグス
ひとつは遺跡荒らしを得意とする“白犬賊“。
レッドクロウ
もうひとつは戦い慣れした傭兵崩れが作った“赤烏“。
こいつら、仲が悪くってな。色々なところでいがみ合いをしていた
んだが⋮⋮この前カタが着いた﹂
﹁爺さん、その話はいわゆる街の噂話⋮⋮ってやつかい? それと
も、ここに何か関係が?﹂
﹁⋮⋮まぁ、最後まで聞け。関係がないわけじゃないんだ。
ある日、白犬賊のたまり場になっている酒場のボーイを買収して、
毒を盛った奴がいたらしい。
そこに赤烏の連中が飛び込んできて、裏町といえど都市の中で白犬
賊の連中をブチ殺したそうな。
もともと、白犬賊のリーダーである女盗賊と、赤烏のリーダーであ

80
る戦士はえらく仲が悪かったそうだ。
白犬族は過半数が死んでるが、一部は連れ去られて、どこに行った
のかわからない。
リーダーを筆頭に女の割合が多めの冒険者チームだったから⋮⋮
まぁロクな事にはなってないだろう﹂
﹁⋮⋮エリオット様には赤烏のリーダーくらいの残虐性を持ってほ
しいですけどね。
まぁ、街中でそんな事件を起こす短絡さはいりませんけど﹂
つまらなそうにアスタルテが茶々を入れる。ギュスターブ爺さんは
話の前置きが長いのが難点だ。
﹁都市内部で冒険者チームの殺し合いがあった。それなら、衛兵が
黙っていないんじゃないのか?﹂
﹁そう。赤烏は都市から逃げ出した。ほとぼりが冷めるまで、何処
かに姿をくらますだろう。
⋮⋮で、ようやくここでお前たちに話がつながってくる。
白犬賊の懇意にしてる行商人は、前に紹介してここに来たことも有
る奴でな。
そいつもとばっちりで殺されたみたいなんだが⋮⋮﹂
少しだけいやな気分になる。
顔見知りが殺されたというのは、たいした縁がないとしても心地よ
いものではない。
﹁下手すると、そいつからここの情報が漏れている可能性も有る。
漏れていなくても、比較的近い地域にあって、まだ建物が残ってい
て、ゾンビくらいしか出現情報がないダンジョンだ。
それに、赤烏の副長は、まだ小娘だが⋮⋮“学院”を出た本物の魔
術師って話だ。
そいつらが逃亡先にここを選んでもおかしくはない⋮⋮ってことを
伝えておこうと思ってな﹂
そういうと、ギュスターブ爺さんは渋い顔をしながらエールを喉に

81
流し込んだ。
⋮⋮爺さんがわざわざ言ってくるのだ、それなりに可能性が高い話
なのだろう。
悪党の準備:もてなしの用意︵☆︶
﹁⋮⋮マスター。⋮⋮今日は、いつもより元気⋮⋮?﹂
僕のペニスを濡らしたタオルでふき取りながら、使用人の衣装を身
につけたダリアが問いかけてくる。
翌日。ギュスターブが帰ってから、鉱山村周辺の﹁目﹂をより遠く
に設置する計画を実行に移したのだ。
そのため、魔力が枯渇して、身体が魔力を求めている。つまり、性
欲が強くなっているということだ。
アスタルテと一戦交えた後に、アスタルテには︵こいつ、空を飛べ
るのだ。最近まで知らなかった︶街道近くに﹁目﹂を置いてもらう
ために外に出ている。荷物もちにインプもお供につけた。
一息ついて、ダリアに水とタオルを持ってこさせたのだが、どうや
らまだ僕は満足していなかったらしい。
ダリアの手の中で、僕のペニスの角度は水平よりも上に持ち上がっ

82
ている。
黙っていると、ダリアは僕のペニスに残った精液を舐めとり始める。
主人に仕える事が存在意義でもあるゴーレムの性か、もともとの性
格なのか、ダリアは奉仕をするのが好みのようだ。
ただ、今はもっと直接的にダリアを犯したい気分だ。
あの時以来、ゴーレムになったダリアは自分から話しかけてくるこ
とも、求める事もなかった。
アスタルテが身体を求めてくるときに一緒に抱くことがほとんどで、
ダリアを単体で抱く事はほとんどなかった。
﹁⋮⋮ダリア、机のところに手を突いて。お尻を突き出してくれな
いか?﹂
﹁はい、マスター⋮⋮﹂
微かに頬を染め、ダリアは着衣のまま机に両手を突き、僕に背を向
けて尻を突き出す。
わざと荒っぽく股間に手を伸ばすと、ダリアの膣は既に湿り気を帯
びていた。
﹁ダリア、僕とアスタルテのセックスをのぞいていたのかい?﹂
自分から喋ることのないダリアは、こちらから話しかければ会話に
応じることが出来る。
魔物になって以来、性交に応じることにためらいはなくなったが、
ダリアの倫理観は田舎の教会で習うものが基礎になっているため、
羞恥心が強い。
そこをつついて、軽くいじめて反応を楽しむのは、結構楽しい。
﹁はい⋮⋮マスターと、アスタルテ様のセックスはお声が大きいの
で⋮⋮﹂
ひとさし指と薬指で、ダリアの秘唇をさすり、ゆっくりと開く。ぱ
くぱくと閉じたり開いたりを繰り返してもてあそんでいると、切な
そうに腰が動き出す。

83
﹁大きいので? 大きいからどうしたの?﹂
中指を動かし、ダリアの中に軽く差し込む。じゅくりと音を立てて、
受け入れ準備が始まっていた。
﹁あっ⋮⋮あの⋮⋮聞こえてしまって⋮⋮。わたしも⋮⋮﹂
手を離し、スカートをめくりあげる。
小ぶりな尻がむき出しになり、薄く陰毛が生えた、蜜に濡れた丘が
見える。
手を触れていないのに、呼吸をするようにぴくぴくと震えている。
﹁マスター⋮⋮どうして⋮⋮。あっ⋮⋮﹂
ゴーレムであるダリアはあまり表情を出すことが出来ないが、少し
振り返った顔は上気し、瞳は潤んでいる。
ゴーレムという魔物の特性上肌は乾燥しがちなのだが、内部は汁気
が多目だ。
天を突かんばかりに反り返った僕のペニスを目にして、小さく声を
上げる。
﹁どうしたの? 何かほしいなら言ってくれないとわからないな﹂
わからないというように、ダリアの言葉を待つ。自分にこんな趣味
があるなんて思ってもいなかった。
﹁あの⋮⋮マスターの⋮⋮ください⋮⋮﹂
羞恥に顔を染める。表情が乏しい分、瞳だけが泣き出しそうに潤ん
でいる。
もっと焦らしたいと考えていたのだが、僕自身が我慢できなくなっ
ていた。
ゆっくりと腰を突き出し、ダリアの膣にペニスの先端部だけを入れ
る。
﹁さぁ、ここからどうすればいい? ダリア、自分で動いてみて⋮
⋮ただし、机から手を離してはダメ﹂
ダリアは黙ったままゆっくりと尻を突き出し、自分の膣内にペニス
を出来るだけ深く導きいれる。
ぎりぎりまで尻を突き出しても、届くのは半分くらいまでの位置に

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なるように調整する。
ダリアが切なそうな声を小さくもらし、繰り返し繰り返し尻を突き
出す。
﹁あっ⋮⋮あっ⋮⋮ああっ⋮⋮。マスター⋮⋮せつない、です⋮⋮。
もっと⋮⋮あっ⋮⋮もっと、奥まで⋮⋮ください⋮⋮﹂
哀願の声に突き動かされるように、僕は身体ごと一歩前に動き、自
分からダリアの尻を突き上げる。
ダリアの腰に手を回し、逃がさないように押さえつけ、ペニスを何
度も叩きつける。
﹁あっ⋮⋮あっ⋮⋮ああっ⋮⋮あっ⋮⋮あっ⋮⋮っ
ああああっ⋮⋮あっ⋮⋮ああっ⋮⋮﹂
ダリアはセックスのときに、声を殺すようにあえぐ。
もっと声を上げさせたい。人間をやめさせたときのように、叫ばせ
たい。
ダリアの小刻みに揺れる背中と尻を見ながら、ふと思いついて、一
つ試してみることにした。
﹁あっ? ま、マスター⋮⋮そこは﹂
右手の親指で愛液を掬い取って、ダリアの肛門に塗りつける。
あまり経験はないのだろう、ピクリと激しい反応がある。
﹁ここは試したことがあるの?﹂
﹁村長さんが、一度⋮⋮痛くて、怖くて⋮⋮あまり⋮⋮よくなかっ
たみたいで、村長さんもそれ以来、一度も⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ふぅん。じゃぁ、僕がほしいって言ったら、ダリアは僕にさ
せてくれる?﹂
ダリアは僕の下僕だ。だから、本来はこんなことを言う必要はない。
それでも、ダリアは求められることが嬉しいらしい。
膣内がきゅっと締め付けられた。
﹁は⋮⋮はいっ、マスターがお求めなら。わたしの⋮⋮アナルを、
使って⋮⋮ください⋮⋮﹂
愛液をひとしきりまぶした後、ペニスを膣にピストンするのにあわ

85
せて人差し指をアヌスに差し込む。
まだきついが、ゆるゆると指で揉み解す。
それに反応して、膣も過敏な反応を見せる。
﹁マスター⋮⋮わたし⋮⋮あっ⋮⋮ああっ⋮⋮あっ⋮⋮あっ⋮⋮っ﹂
﹁いくぞっ、ダリアの膣にいっぱい出すよ!﹂
アナルから指を抜き、一気に腰の動きを加速する。
限界の訪れを耐えつつ、何度もペニスを叩きつけ、最後にはためた
精液を一気にたたきつけた。
﹁あっ、ああああああーーーーーーっ!!﹂
ドクン、ドクンと、最後の一滴まで注ぎ込む。
﹁⋮⋮熱い、マスターの精液⋮⋮﹂
身体から力が抜けたのか、ついにダリアは机から手を離し、床にへ
たり込んでしまった。
むき出しになった尻から、床に精液が漏れ出している。
全身から細かい汗を噴出し、潤んだ瞳で僕を見上げているすがたは、
なんとも言えずにそそる。
﹁まだだよ、ダリア。僕はまだ満足できていないんだ﹂
言葉通り、今激しくダリアの膣内に射精したばかりだというのに、
僕のペニスはまだ硬くなっていた。
魔力の供給を受けることで、精力が本当に尽きてくるまでは萎えな
くなってしまったのは便利なのだか、不便なのだか。
﹁⋮⋮はい、マスター⋮⋮。ダリアを、お使いください⋮⋮﹂
何かを期待するように、ダリアはさらにほほを染める。
期待にこたえるように、僕は彼女の望む命令を下す。
﹁お尻を突き出して、自分でアナルを開くんだ﹂
◆◆◆

86
﹁エリオット様、漁師小屋の辺りに発煙が。
規模からすると、おそらく10人程度の人間が火を使っているので
しょう﹂
アスタルテが戻ってきたのは、それから数時間後。
それが単なる行商人の可能性もあるが、規模からすると小規模な傭
兵団や冒険者の可能性が高い。
⋮⋮ギュスターブ爺さんの知らせは、まさに適切なタイミングで来
ていた訳だ。
﹁あの小屋の近くには、まだ﹁目﹂は設置できていないよね⋮⋮﹂
﹁インプに調査をさせていますけれど、見つかる可能性もあります
ね﹂
﹁⋮⋮まぁ、インプ一匹だけだと、見つかったら勝てないだろうね﹂
﹁弓使いが何名かいれば、まぁ殺されるでしょうね。
見つからなければ、少しくらいは情報を持ってこれるのですが⋮⋮﹂
まぁ、期待は薄い。成功すればラッキー、くらいの考えで行かなけ
ればいけない。
そういえば、ギュスターブが気になることを言っていた。
﹁ねえ、アスタルテ。学院の魔術師って、手ごわいの?﹂
僕の問いかけに、アスタルテは少し考え込み、答えた。
﹁千差万別ですが、まだ若くて冒険者に身を投じたというのならば、
大きくわけて可能性は二つ。
ひとつは、嘘をついていること。学院の出身というのはそう数が多
いわけではありませんし、若くして学院に入ることも正直才能がな
いと出来ないことです。
まじないを習って、簡単な呪文を使えるだけの冒険者が箔をつける
ために騙っていることも多いでしょう。
もうひとつは、本当に才能があり、学院に通っていた人物が何らか
の問題で学院を出た場合。
軍隊に雇われる魔術師はこちらの人間が多いです。

87
こちらは、実力は確実にありますので、いたらイヤな相手ですね。
⋮⋮ただ、若いのであれば、学院で学んだ期間は短いはず。
今回のような質の悪い冒険者パーティに加わるのですから、おそら
くは前者だと思いたいですね⋮⋮﹂
⋮⋮可能性の問題だけど、そこを楽観視するのはよくない。
情報を集めないと怖くてたまらないし、適切な対応が取れないだろ
う。
ならば、必要なのは時間だ。
﹁アスタルテ、ダリア。拠点を鉱山の奥の部屋に移そう。冒険者た
ちは、早ければ明日の朝にはここにやってくるだろうから、今夜の
うちに何とかしておこうか﹂
鉱山の中は、大規模な開発に備えてある程度整備されているとはい
え、古い手法でいい加減に掘られた区画も多い。鉱夫や数少ない技
師たちも、ほぼ全て傭兵たちに殺されてしまっている。
その上で、坑道の地図は全て僕が集め、多少の拡張を行っている、
すぐに到達することは難しいだろう。
この宿は、知られていなければ安全だし、知られていても無人なら
ばいきなり燃やされることはないだろう。
金目の物は隠しておくか、鉱山の拠点に移送しないといけない。
そんな時、インプが戻ってきた。
⋮⋮半分焦げていて、涙目になっていたのには閉口したが。
88
悪党の準備:赤烏の宴︵☆︶
﹁あのくそインプを追いかけなくていいの?﹂
川沿いの猟師小屋は、夏の季節だけ周辺の村から猟師が訪れる簡易
な休憩所だ。
十人前後が寝泊りできる簡易な小屋になっていて、街道から一時間
も歩けば到着することから、この辺りをよく通る行商人や傭兵たち
には知られた避難場所となっている。
そんな小屋の奥、小さな個室のドアを開き、声をかけたのはまだ十
代後半の背の高い少女だ。
痩せ型でややスレンダー、胸のふくらみは同年代の娘たちと比べれ
ばやや控えめで、手のひらで包めばすっぽりと隠れてしまう程度だ
ろう。
気の強そうな青い瞳に、胸元まで流れる青紫の長髪。顔かたちは人
形のように整っているが、挑発的で気の強そうな表情がその印象を

89
打ち消している。
﹁あぁ、どうせたいした悪さもしやしねぇ。お前さんが一発ぶち込
んだら逃げていったんだろう?﹂
振り返りもせずに声を返したのは、身の丈二mを超える巨漢だ。
その身体は筋肉で鎧の様になっており、野営中の今でも、寝巻き代
レザーアーマー
わりに軽装革鎧を着込んでいる。
革鎧にしみこんだ血と汗の臭いに少女は一瞬顔をしかめ、言葉を続
ける。
﹁レグダー、あの手の下級悪魔は、野良の場合もあるけれど、たい
てい上位の魔物にこき使われてるわ。
その鉱山のダンジョンにはダンジョンマスターがいるってうわさだ
し、もうちょっと注意したらどうなの?﹂
少女の言葉に、巨漢の周囲を取り巻く男たちが反応する。
﹁へへへ、心配性だなぁ、うちの魔術師様は﹂
﹁サラ、安心しろって。ここから鉱山まではまだ半日。モンスター
どもが出没するのはどうせ鉱山村の周囲だけなんだろう?﹂
﹁ここまでは来やしないさ、怖がるなって﹂
気楽な言葉に、サラと呼ばれた少女は苛立ちを隠さない。
ワンド
その右手に持った、星の装飾が施された短杖が小さく震える。
﹁サラって言うな! 私にはサーリアって言う名前があるのよ!﹂
サーリアににらまれて、何人かは苦笑いをして肩をすくめる。
学院を出たというサーリアの魔術は本物で、彼らはそれを疑ってい
なかったが、特に気にする者はいないようだ。
彼らは今現在酔っており、まともに考えてもいなかったし⋮⋮今は
副長のサーリアよりも、隊長であるレグダーが野暮用をしている最
中だったからだ。それに、魔術の才能で副長の位置におかれて入る
が、サーリアはまだ冒険者としては新入りで、レグダー以下傭兵上
がりの古参のほうが発言力は強い。

90
﹁⋮⋮っ、サラ、ちょっと待て。もうすぐ⋮⋮うぉ、シロ、出るぞ、
飲み込めよ⋮⋮っ﹂
レグダーは女の口を犯していた。
傷だらけで、金属製の首輪でつながれており、その首輪につながれ
た鎖の端はレグダーに握られていた。
シロと呼ばれた少女は、目の端に涙を浮かべながら、口の中に打ち
込まれた大量のザーメンを嚥下しようとする。
レザーアーマー
ところどころ裂け、かぎ裂きのできた赤色の軽装革鎧は既に防具と
しての用を成しておらず、頬は何度もひっぱたかれたのか赤くはれ
ていた。
わずかにそばかすの残る幼い顔は、何らかの媚薬を投与されている
のか、乾いた涙の後と精液のかすを幾重にも残しながら、被虐を強
制的な快楽と認識させられているようだ。
﹁んぐっ、んぐ、ぐ⋮⋮﹂
﹁とろいんだよ、雌犬!﹂
レグダーは突如シロの髪の毛をつかむと、頭を持ち上げる。
口の端から飲み込みきれない精液が漏れ、涎と一緒に漏れる。
﹁ひっ⋮⋮ごめん、ごめんなさい。ぶたないで、おねがい⋮⋮﹂
少女の顔は恐怖にゆがみ、目端から涙が流れる。
おそらくは数日にわたる強姦で腫れ上がったのだろう陰唇は真っ赤
になっており、そこには誰かに流し込まれただろう精液がまだ残っ
ていた。
﹁お前に上品な名前なんかいらねぇ。白犬のシロで十分だ﹂
レグダーはシロを部下たちの前に投げ出すと。﹁よし、犯せ﹂と宣
言した。
気の早い数人がズボンを下ろし、少女にのしかかっていく。
周囲で見物を決め込む男たちは下卑た野次を飛ばし、歓声を上げる。
﹁白犬賊のリーダー、義賊シャルロットもこうなっちゃタダの雌犬
ね。

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 ⋮⋮同情する気はないけど、見ている気も無いわ﹂
サーリアは無残な強姦ショーから背を向け、一人で占拠している個
室に戻る。
﹁よう、サラ! お前も混じっていけよ!﹂
﹁この雌犬とは違って、やさしくしてやるぜ!﹂
周囲の男たちの野卑な声にはこたえず、魔術師の少女は扉を閉める。
シロとレグダーは、元々は敵対する冒険者チームのリーダー同士だ
った。
盗賊上がりで遺跡荒らしや何でも屋を主な稼業とする白犬賊のリー
ダーで、勝気な少女盗賊のシャルロット。
傭兵団から部下を引き連れて冒険者となり、荒事を主に行っていた
赤烏のリーダーで、巨漢の戦士レグダー。
性格の違う二つのチームは水門都市エブラムの同じエリアを拠点と
していたことから仕事でよくかち合うことになり、チームの構成員
の性格も違うことから、お互いに嫌いあっていた。
対立は長くは続かなかった。
赤烏がある少女をさらう依頼を受け、白犬賊は少女を逃がす依頼を
受けた。
都市内での追いかけっこには、小回りが利き、トラップに習熟した
シャルロットがいる分、白犬賊に有利となった。
一ヶ月前に都市にやってきた魔術師サーリアを擁する赤烏も、街中
で火球を飛ばすわけには行かなかったのだ。
結果、白犬賊は依頼を成功させ、赤烏は評判を落とした。
その後、白犬賊の若者たちが、酒の席でおおっぴらに赤烏を罵倒し
たのが決定的な引き金となった。
サーリアが魔術の研究のために、様々な薬品を持っていたのも不幸
の一因だった。

92
お互いに活動地域や拠点は知られている。そして赤烏の構成員の多
くは元傭兵で、勝つための手段は選ばない。
白犬賊の拠点となっている酒場のボーイが買収され、白犬賊の飲む
酒には麻痺毒が仕込まれた。
毒を盛られたところに襲撃を受け、酒場は阿鼻叫喚の巷となった。
白犬賊にはリーダーのシャルロットを含めて九名の構成員がいて、
そのうち三人が女だった。
一人は襲撃の際に運悪く殺され、シャルロットともう一人の女性メ
ンバーはその場で捕らえられ、媚薬を浴びるほど投与され、強姦さ
れた。
盗賊であり、毒薬に多少なりとも体制があったシャルロットは生き
延びたが、赤烏の拠点に持ち帰られ、二十四時間続けて犯され続け
た結果、もう一人の少女は色に狂い、完全に壊れてしまった。
都市の衛兵たちが赤烏を手配したのは、事件の翌日だ。
衛兵が都市の門に手配書を回す前に赤烏はエブラムを抜け出してお
り、数時間後に、町外れの広場に発狂した全裸の少女が捨てられて
いるのが発見された。
シャルロットは、仲間だったその少女がそれからどうなったのかわ
からない。
﹁おら、白犬! さっさとしゃぶれ!﹂
﹁扉の鍵と、男の鍵の扱いは手馴れたもんだなぁ?﹂
男たちの声は、何を言っているのかもう良くわからない。
言われたことをして、相手を気持ちよくしないと。
とにかく言うことを聞かないと、殴られる。
何を言っても、犯される。
大量に投与された媚薬は、殴られた痛みを鈍らせてくれるが、恐怖
は鈍らせてくれない。

93
男のペニスを握り、しゃぶり、股を開いて膣と肛門を使わせていれ
ば、その間は怖いことをされないのだ。
﹁シロ、鳴け! 犬みたいに鳴いてちんぽをほしがれよ!﹂
﹁わ⋮⋮わん! ちんぽ、ほしいです、わんっ⋮⋮ひゃんっ!﹂
一週間前までは男勝りの気の強さで世を渡り、赤烏と敵対を続けて
いた冒険者チーム、
白犬賊のリーダー、シャルロットはもういなかった。
ここにいるのは、仲間を守ることも出来ず、人間としての尊厳を奪
われ、鍵空けと性欲処理の道具としてのみ存在を許される犬だった。
自分が誰だったのか、そんなことを考えることがもう怖かった。
何も考えず、ただ言われたことに従う。既に、そこにいる少女は半
分人間であることを諦めていた。
赤烏、侵入:前哨戦
鉱山村に赤烏が侵入したのは、翌日の昼手前だった。
山間のそう広くはない土地に、農村だったであろう地区が広がって
いる。
奥に行くにしたがって土地は山に近くなり、その一番奥に鉱山の入
り口がある。
リーダーである巨漢の戦士レグダー、副長の女魔術師サーリア、奴
隷にして盗賊のシロ。
それに加えて、盾持ちの重戦士が四名、弓持ち四名、盗賊が二名。
総勢十三名の冒険者パーティとなる。
狭い地下洞窟を探索する場合などは、古来より四∼六人程度のチー
ムをつくるのが定番だ。
しかし、開けた場所を行く場合は必ずしもそうではない。

94
もともと傭兵の多い赤烏は、軍隊の小型版といった隊列で侵攻を開
始した。
﹁⋮⋮十三名。割と多いね、統制もそこそこ取れているかな?﹂
﹁魔術師が一人、弓もちが四人。意外と厄介ですね﹂
射程の長い武器を持った相手に、動きの襲いゾンビは圧倒的に無力
だ。
今この村にいる魔物の数は、元からいた死体を使ったゾンビが六十
弱、
自分の魔力で呼び出したゾンビが二十、スケルトンが二十程度。
後は荷物もちにしかつかえないウッドゴーレムが数体と、
腕しかないゴーレムや脚しかないゴーレムの部品︵使える部分は罠
のパーツとして使っている︶、
後は怪我をしたインプが一匹だけ。
相手は戦場慣れしている連中のようで、正面から戦っては十倍の数
があっても蹴散らされる可能性がある。
それに、リーダー格の戦士は人間か疑いたくなるくらい野蛮で馬鹿
でかい。
ハルバード
一人だけ長柄の斧槍を構えているが、あんな物を広いところで振り
回されたら、ゾンビの二、三体一度に吹き飛ぶんではなかろうか。
村中に配置した﹁目﹂からの映像を眺めながら、僕とアスタルテは
敵戦力の分析をはじめる。
とにかく、まず最初にやるべき事は相手戦力の分析と、可能ならば
弱点を見つけることだ。
こっちにも弓はあるけれど、スケルトンに装備させても本職の弓兵
には勝てないだろう。
毒を塗ることも当然考えて準備はしてあるが、重戦士たちは全員が

95
最低限の金属鎧を身につけている。
プレートメイル
見たところ、リーダー格の巨漢が上半身と腰に板金鎧、足元は一部
グリーブ
を金属で補強した革長靴。
ブレストプレート チェインメイル
他の重戦士は金属の胸当てと鎖帷子をつけている。
ライトレザー ハードレザー
ほかは軽装革鎧や硬革鎧程度。
傭兵にしては装備が充実しているほうだ。下手すると貧乏な騎士と
その従卒よりいいかも知れない。
﹁⋮⋮正面から行くのは無理ですね、エリオット様﹂
﹁なんとか分断するか、鎧を脱がすか⋮⋮、あるいは動きを止めな
いと﹂
分断するための作戦は、少なからず作ってある。
問題は、その作戦がうまくいくかは、相手がどんな奴かによって成
功率が大きく変わるということだ。
﹁⋮⋮ねぇ、アスタルテ。あの女盗賊、首輪つけてない?﹂
﹁⋮⋮確かに。ギュスターブ殿から聞いた限り、赤烏に女性は魔術
師以外はいなかったかと﹂
考える。武力がない分、考えないと僕たちは負ける。
今までに聞いた情報から、想定される最も可能性が高いのは⋮⋮
﹁奴隷、だね。おそらくは殺された冒険者チームの生き残りだろう﹂
﹁生かしているという事は、売るか、性処理のためか、弾除けですね
⋮⋮あの扱いでは、売り物ではないでしょうが﹂
なるほど、という事は⋮⋮
﹁性処理のための奴隷を戦場につれてきて、鎖でつないでいても個
人行動させるのはありえないな。
つまり、弾除けとして連れてきていて、かつ盗賊としての技術を利
用されている可能性も有る﹂
﹁⋮⋮確認は必要ですが、利用できるかもしれませんね﹂
﹁どちらにせよ、多少戦力を削っても相手の動き方を見ないとなぁ
⋮⋮。

96
そろそろ村人たちのゾンビが遭遇するね﹂
平地で発見されたら、もう勝負にはならない。
怪しくない程度にゾンビを徘徊させているが、ほとんどは家屋の中
に潜ませている。
ゾンビには思考力がないので、決まった命令をしないといけないの
だ。
例えば、家の中に入ってきた相手に襲い掛かれ、とか。
早速村長の家で戦闘が始まった。
相手は二チームに分かれて、近場の家を確認しているようで、そち
らでも同時に戦いが始まったようだ。
たしか村長の娘だったゾンビが襲いかかるが、重戦士の盾でしっか
りと防がれている。
ここには合計三体のゾンビを配しており、残り二匹も襲い掛かる。
サラマンドラ
﹁契約に応え、星の杖より来たれ、強き火蜥蜴!﹂
戦士の後ろにいた女魔術師が何らかの呪文を唱えた。手に持ったワ
ンドから複数の炎が生み出され、ゾンビに火の塊が襲い掛かる。
⋮⋮こいつは厄介だ⋮⋮!
﹁あれは、契約精霊による召喚術ですね⋮⋮。どうやら、本格的に
学院出身の魔術師のようです﹂
アスタルテが冷静に相手の実力を教えてくれる。
﹁あの魔法はどのくらい強力なものなの?﹂
﹁学院ではいくつかの分野の魔術を教えるのですが、その中に様々
な精霊との契約を行い、
その力を借りる形で行使する︻精霊術︼という魔術があります。
おそらくはあのワンドが契約の象徴でしょう。学院の魔法では比較
的広く知られている一派ですね⋮⋮﹂
ゾンビたちは三匹ともこげ、動きがかなり鈍っている。

97
だが、重戦士の打撃を受けた一体以外は倒れてはいない。
﹁人間にとって、精霊との契約はそれなりに身体の負担となります。
それに、魔力を貯めておける量は魔族と比べて低いため、何度も連
発できるようなものではありません。
複数の相手に精霊を飛ばす技量はなかなかのものですが、その分威
力は落ちたのでしょうね﹂
﹁⋮⋮数で押し切れば、何とかならない事はない、ということか。
とりあえず、対処不可能なレベルではないとわかって安心したよ。
であれば、何とかしてこの娘をこっち側に引き込みたいな⋮⋮﹂
無意識のうちに、そんなことをつぶやいていた。
アスタルテがそれを目ざとく聞きつけて、
﹁エリオット様、その調子です。あの娘を捕らえ、犯して堕落させ、
私たちの下僕として迎えましょう。
魔術師を魔物に落とせば、有効に活用できるでしょうし⋮⋮♪﹂
もう一つの家も、戦闘は終わっていた。
あのリーダーらしき巨漢が、壁ごとゾンビをひき肉に変えている。
むちゃくちゃだ。
﹁あの筋肉ダルマはなんとかして無力化しないといけませんね。ゾ
ンビでは相手になりそうにありません﹂
﹁あいつに効果がありそうな罠は⋮⋮あれくらいか。はたしてうま
くいくかな⋮⋮?﹂
チェスト
見ていると、村長の家の宝箱に軽装の盗賊が取り付いている。
もともと村長の家にあったものに、ちょっと装飾を増やしたものだ。
中身はたいしたものが入っているわけではないけれど、こういうと
きのために罠を仕掛けている。
見事に罠は発動し、盗賊は指先を押さえてのた打ち回る。
ポイズンニードル
単純だけれども、効果は抜群。﹁毒針﹂だ。
徳の高い僧侶であれば、神の提供する奇跡によって毒を取りぞのく
ことができるという。

98
ただ、こんな冒険者パーティにそんな恩寵を与える神はいないだろ
う。︵邪神ならいるかもしれないが︶
毒消しの薬草を使っても、あの盗賊はおそらく丸一日は戦力にはな
らないだろう。
これで、負傷者が増えてくれれば相手の戦力は削れていく。
重戦士が怒鳴り、もう一方の家のほうからも人が集まってきた。
あの首輪の女盗賊が⋮⋮よく見たら、顔を腫らしているがまだ少女
だ⋮⋮が罠の解除に挑んでいる。
ギュスターブに頼んで、信頼できる筋から購入したトラップなのだ。
それなりに解除は難しいはずだが、前の犠牲者から状況を把握した
のか、腕がいいのか⋮⋮。
少し時間はかかったが、せっかくのトラップは解除されてしまった。
村に置いた宝箱の罠では、最も難しいものだったはずなんだけどな
ぁ⋮⋮。
﹁おそらく、腕のいい盗賊なのでしょうね。罠解除の道具として連
れてこられているようです﹂
アスタルテが状況からそう判断を下す。
この娘を分断すれば、トラップに引っかかる確率が上がる。ならば、
それは何とか達成したいところだ。
それに⋮⋮ろくな扱いをされていないのは、見ているだけでもわか
る。
自分は聖人君子ではないが、仲間に暴力を振るう奴は嫌いだ。
﹁アスタルテ、鉱山村のあたりにいたスケルトンの半分には弓を持
たせていたよね。この状況を活かさない手はないから、襲撃させて。
何人かに毒が入ればラッキーくらいだね。時間を稼ぐだけでいいよ﹂
﹁了解しました、エリオット様。どうなされます?﹂
﹁うん、宿を使う。インプを犠牲にして、誘導しよう﹂
﹁ダリアにも働いてもらわないといけませんね﹂

99
﹁そうだね。ダリアを宿の地下に案内しておいて。鎖でつなぐのは
趣味じゃないけど、彼らにはそのほうが伝わりやすいだろう﹂
うまくいくかはわからないけれど、準備した物は使っておこう。
このまま素直に鉱山に攻め込まれると、ジリ貧になるのはこっちだ。
赤烏、侵入:昼過ぎの決断
スケルトンアーチャー
骸骨の射手の襲撃で、戦士の一人が手傷を負った。
予想通り毒が仕込んであるようで、動きが鈍っている。
レグダーは舌打ちを一つすると、毒にやられた戦士と盗賊には村は
ずれに戻るように指示する。
倒したモンスターはゾンビ六、スケルトンアーチャー四。
得られた物は多少の財宝のみ。
しばらくの逃げ場所として考えていただけに収入は期待していなか
ったが、
時間を浪費しているのがイラつく。
サラの魔術も、調査に使えないわけではないが、それをするとサラ
マンドラを呼べる回数が減る。
本人から、一日に呼べる回数は四回が限度と聞いている。

100
無理をさせれば五回か六回はいけるだろうが、おそらくそれが限界
だ。
サラは赤烏に入ってから日が浅く、レグダーはその実力を完全には
把握しきっていない。
とはいえ、おおよそ体力の限界などは見えてきている。
この鉱山村は強くはないがしぶといゾンビたちが多くいて、サラの
魔術は効果を発揮する。
しかし、数が多いため、無計画に魔法を使わせるとすぐ限界を超え
るのは目に見えている。
安全になったタイミングで魔術を撃ちつくさせ、無力になったとこ
ろで犯す。
力ずくで犯し、媚薬で無理やりにでも従わせればいい。
メス
今度は少し媚薬の量を抑え目にすれば、シロ同様に従順な雌犬にな
るだろう。
レグダーは最初からシロ⋮⋮シャルロットを欲しいと思っていた。
気風がよく、交渉ごとにも強く、小柄な割には胸もでかい。
何度も自分の女になれと迫ったが、チーム同士の仲が良くないこと
もあり、色良い返事はもらえなかった。
だから、無理やり自分の物にしたのだ。
白犬賊に毒を盛り、襲撃をさせたのはレグダーの命令によるものだ。
他の女はついでで、部下たちに遊ばせればいいと思っていたが、一
人は襲撃のときに殺してしまった。
媚薬を投与しすぎたのか、シャルロットの自我は崩壊まではしなか
ったが、もう一人はあっけなく壊れた。
そのシャルロットも犯すときに何度も殴りすぎたせいか、かつての
快活な性格は消え失せてしまい、従順ではあるがおびえた子犬のよ
うになってしまった。

101
これは俺が欲しかったシャルロットではない。だから、部下たちに
も使わせた。
サラを犯すときはもうちょっとうまくやって、俺専用の雌にしよう。
胸は小さいし、本人もそのことを気にしているようだ。
小柄だが豊満なシロと並べて犯して、比べて嬲って遊ぶことにしよ
う。
レグダーはそんなことを考えていた。
﹁レグダー、またあのインプよ!﹂
サラの声で、レグダーは我に戻った。
見れば、片羽の焦げたインプがフラフラと村の別方向を飛んでいる。
﹁何処かに行く途中⋮⋮か?﹂
﹁おそらく、拠点か何かではないかしら?﹂
時間的には、そろそろキャンプの準備をするか撤退を考えなければ
いけない頃だ。
今から戻れば、日が沈む頃にはなんとか漁師小屋に戻ることが出来
るだろう。
しかし、たいした収穫もなく戻るのも腹が立つ。
ダンジョンマスターの拠点がこの村か、程近いところにあることは
裏稼業のうわさで聞いている、
金さえ払えば犯罪者を匿い、逃亡の手助けをしてくれるというが、
レグダー本人はそのダンジョンマスターを殺し、財宝と拠点を奪う
つもりなのだ。
しばらくほとぼりを冷ましてから、領主に鉱山を取り戻したとして
献上すれば都市で暴れた件は不問になるだろうし、報酬もたんまり
出る。
﹁よし、あのインプを追え。拠点があれば、押さえちまえ﹂
レグダーは命令を下すと、ゆっくりと歩を進めた。

102
赤烏、侵入:宿場にて
﹁こんな村はずれに宿が在るとは、驚きだぜ﹂
村を外れて、フラフラと遅いスピードで飛ぶインプを追跡し、かれ
これ一時間程度歩いただろう。
森を一つ挟んだ山間の道沿いに、昔は宿として使われていただろう
建物が見えてきた。
宿が見えた時点で、インプは打ち落とした。
こころもとなく
弓兵達が持っている矢の残り本数はそれぞれが十本以下になってお
り、何処かで補給をしたいところだ。
裏口と表に別れ、罠に注意しながら中に侵入する。
ここが発見される事は無いと踏んでいたのか、罠を仕掛ける暇もな
かったのか、宿は無防備なものだった。

103
水も酒も食料もそこそこの量が残されており、レグダーの部下たち
が歓声を上げる。
宿自体はたいした広さもなく、酒場、客間、倉庫とそこに併設され
た小部屋、外の厩︵ただし、馬はいなかった︶。
この地域では珍しく二階建てになっていた。
おそらくはダンジョンマスターの部屋だったのだろうが、荷物が持
ち去られ、がらんとしていたが、高価そうな書籍が何冊か残されて
いた。
﹁隊長! 倉庫の下に地下室がありやしたぜ!﹂
部下の一人が地下の倉庫を発見する。
どうやら、ワインセラーとして使われていたようだが、今では別の
要件に使われているようだ。
﹁女だ! どうやら、奴隷みたいですぜ﹂
地下室の小部屋には、簡素な木の寝台と寝具。そして、鎖でつなが
れた少女の姿があった。
◆◆◆
﹁⋮⋮で、あなたはそのダンジョンマスターに奴隷にされていたの
ね?﹂
メイドの少女の尋問はサラにやらせた。
誰がやっても同じ結果になるだろうが、男たちだと情報を聞きだす
前に犯してしまう可能性もあったからだ。
﹁⋮⋮はい、マスターの元でご奉仕させていただいています。
お客様たちのご来訪は伺っておりませんでしたので、何の準備も出
来ずにもうしわけありません⋮⋮﹂

104
十五分程度の会話の後、サラは一つの結論を出す。
﹁あの娘、少なくとも精神を支配されてる。まぁ⋮⋮ゴーレムみた
いなものね。
自分からダンジョンマスターに奉仕していると思い込んでるから、
ちょっと厄介ね。
もしかして、念入りに調べたらよく出来たフレッシュゴーレムだっ
たなんて可能性もあるけれど。
そもそもフレッシュゴーレムって力の強そうな人や獣の身体をつぎ
はぎするものだから、まぁありえないわね⋮⋮。
ただ、ダンジョンマスターはあの娘を捨てて逃げたみたい。
あのインプはこの娘に何処かに移動するように指示を持っていたの
かもしれないけど⋮⋮﹂
﹁ダンジョンマスターの奴隷か、おそらくは客をもてなすのに使っ
ていたんだろう﹂
レグダーはそう結論付けた。
﹁隊長、じゃぁ⋮⋮あいつは使っていいんですかい?﹂
﹁壊すなよ。せっかくの拾い物だ、都市に連れ帰って、売れば金に
なる。
⋮⋮なぁに、魔物の相手よりはましだろうさ。あの娘も俺たちに感
謝するだろうよ﹂
下卑た笑いが周囲から漏れる。周囲では既に酒盛りが始まっていた。
シロは光のない瞳で酒をついで回っており、メイドの少女に関して
も何も聞いていなかったように振る舞っている。
彼女なりの防衛反応なのだが、サラは少しイラついた顔になる。
﹁じゃぁ、私は二階の個室を借りるわよ。流石に付き合ってられな
いし、疲れてるの﹂
﹁⋮⋮おぅ、魔力がもうからっけつか?﹂
﹁まだ、火球一、二回くらいならいけるけど⋮⋮それ以上は無理ね。

105
少し眠るわ﹂
振り返るサラの背後で、レグダーが小さく舌打ちをしたことを彼女
はまだ知らない。
﹁⋮⋮あとで酒と飯くらい持っていく﹂
﹁レグダー、妙に気が利くじゃない? ありがとう﹂
﹁⋮⋮なに、大事な仲間だ。気にするな。⋮⋮後で色々相談したい
こともあるしな﹂
男たちが客室にメイドの少女を連れ込むが、流石に部屋の広さとの
兼ね合いもあり、まずは四人が少女を犯し始める。少女は従順で、
特に逆らうこともなく男たちに奉仕を始める。
﹁くそっ、待ちきれないぜ﹂
見物するだけでは我慢できなくなったのか、二人の男が酒場に戻り、
シロの腕をつかみ外に連れ出す。
空き時間にむらむら来たら、適当なところにシロを引っ張り込んで
犯すことに彼らは慣れきっていた。
それでなくても、既に酒が回っており、思考から緊張感は失われつ
つある。
エリオットの狙いどおり、戦力の分散が始まっていた。
◆◆◆
﹁うおっ、このメイドよく訓練されてるぜ。舌使いが⋮⋮﹂
呼吸が出来なくなるくらいの強さで、メイド姿のダリアののどにペ
ニスを突きこんでいる男が声を上げる。
水盤の向こうにその姿を見ながら、僕は小さくため息をつく。
出来ることなら、ダリアをこういう形でおとりに使うのは避けたか
ったが、相手との戦力差を考えると、他に上手い手も思いつかない。

106
ダリアの肌と体内には、念入りに媚薬と、遅効性の麻痺毒をすり込
んである。
フレッシュゴーレムであるダリア本人への効きはそれほど高くはな
いが、ダリアの粘膜からほぼ直接それを受け取る人間はそうは行か
ない。
麻痺毒が効果を表すまで、通常ならば2時間程度。激しい運動を行
っている真っ最中ならば、30分もたたずに効果が出てもおかしく
はない。
ならば、もう動き出さなければいけない時間だろう。
鉱山の奥に作られた拠点には、いくつもの細い道がつくられている。
そのうちひとつは僕の宿に程近い森の中までつながっており、そこ
に急場しのぎで水盤を運び込んで宿の様子を伺っているのだ。
ここに持ち込めた水盤は一つしかないので同時に多数の場所を見る
ことはできないが、とりあえずはうまく進んでいる。
﹁アスタルテ、外に首輪娘と傭兵二名が出た。チャンスだから、こ
こは潰しに行こう。娘のほうは僕が行くけど、傭兵二人を頼めるか
い?﹂
﹁エリオット様、ほぼ非武装の男二人くらい、問題はありません。
生きたまま捕らえるのはちょっと手間ですが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮最悪、殺してしまってもかまわないよ﹂
自分で出している指示に、だんだんと罪悪感を感じなくなっている
のがわかる。
傭兵たちと同じだと考えても、気が楽になるものではないが⋮⋮身
を守るためだ。
今は、客間でダリアと男が4名、外で首輪娘と男が2名、酒場に敵
リーダーと男が四名。二階に女魔術師がいる。
最高にうまくいっても、魔術師とリーダーを含む五名の戦士がいる

107
というのは正直気が重い。
昨晩のうちに急ごしらえで仕掛けたあの罠がうまく効いてくれると
いいのだが、期待しすぎるのも問題だろう。
ギュスターブ爺さんはこんなことを見越して、あれを持ってきたの
だろうか?
少なくとも、昨年の年収と同程度の金貨を支払って買った罠⋮⋮と
いうか、薬品だ。
効果がなかったら恨むしかないだろう。
赤烏、侵入:誘惑の時間
﹁⋮⋮やぁ、痛いの、いや⋮⋮﹂
﹁ほら、シロ、さっさと締めろ! ゆるくなっちまったな、このガ
キ﹂
﹁馬鹿、お前のナニがちいせぇんだよ!﹂
宿から少しはなれた厩の中で、シロは二人の男に犯されていた。
前戯も愛撫もない乱暴な挿入である。
腫れ上がり、まだ昨晩の腫れが引ききっていない股間が痛む。
この男たちの名を彼女は知らない。
一週間前までは軽蔑しきっていた相手に蹂躙され命令されるのは、
苦痛を飛び越し、被虐でも快感でもなく⋮⋮もう、何も感じなくな
っていた。

108
﹁⋮⋮すいません、道に迷ってしまって⋮⋮えっ⋮⋮? あなたた
ち、何を!?﹂
そんな時、見知らぬ女の声が聞こえてきた。
みれば、修道女風の女性が厩を覗き込んで、驚きの声を上げている。
シロからみても、均整のとれた体つきで、胸もシロと同様かそれ以
上に大きい。
魅力的な女性だった。
当然、シロを犯している二人の男にとっても、そう見えるのだ。
﹁よぅ、どうしたこんな辺鄙なところに?﹂
﹁きまずいところをみられちまったなあ﹂
男たちの目は欲情に濡れている。新しい獲物を見つけて、興奮して
いるのだ。
修道女は申し訳なさそうに、目をそらしながら弁解を試みる。
﹁申し訳ありません、覗き見をするつもりはなかったのですが⋮⋮
仲間とはぐれてしまい、困っていました。このあたりは魔物が出る
という話も聞いており、不安に思っていたところに明かりが見えた
もので⋮⋮﹂
そういいながらも、足は少しずつ後ろに下がり、逃げ出す機会をう
かがっているように見える。
﹁なに、困ったときはお互い様さ。魔物からは俺たちが守ってやる
よ﹂
﹁そうそう、せっかくのいい女だ、ここで逃がしちゃ申しわけねぇ﹂
男たちは酔いが回っているのか、元から修道女を強姦する気なのか、
じりじりと間合いを詰める。
その瞳に、まるで魅了されたような鈍い輝きがあることに、シロは
気づくことが出来ない。

109
﹁ひっ⋮⋮﹂
まるで誘うように、人気のない森の中に走り出す修道女、アスタル
テ。
誘われていることも、操られていることにも気が付かないまま、武
器も持たずに半裸の男二人は修道女を追って走り出す。
男たちは、宿の中にいるだろう仲間に声をかけることもしない。
◆◆◆
⋮⋮予定通りだ。
ゆっくりと近寄り、取り残された首輪の少女の肩に、やわらかいタ
オルをかける。
﹁⋮⋮だ⋮⋮れ?﹂
ぼんやりしたまま少女が振り返る。
盗賊である以上、クスリなどで朦朧としていない限り、僕の接近に
気が付かないわけがない。
ただ、瞳に光はなく、正常な判断力はないだろう。
﹁僕は⋮⋮まぁ、この辺の住人で、君を捕まえている冒険者チーム
とは、たぶん敵、かな?﹂
話しても通じるかわからないが、何らかの会話がないと間が持たな
い。
手を引くと、反抗もせずに立ち上がる。
﹁君が静かにしていてくれるなら、ここから逃がしてあげるよ﹂
﹁逃がす⋮⋮﹂
どうやら、既に壊れかかっているようだ。
軽く手を引くと、特に嫌がるでもなく付いて来る。
﹁あの人⋮⋮﹂
ぼんやりと少女はアスタルテの逃げていった森の中を見つめる。

110
どうやら、アスタルテを心配しているようだ。⋮⋮もともと、悪人
ではないのだろう。
とはいえ、ここで長居するわけにも行かない。
名前も知らない首輪の盗賊少女を連れて、森の中の仮本部に戻る。
気付け代わりに、ちょっと強いアルコールをかがせる。
逃げ出したり暴れたり出来ないように、あらかじめ拘束する仕込み
はしてあるが、たぶん使わないだろう。
少女は軽く咳き込むと、ようやく思考能力が戻ってきたようだ。
﹁あ⋮⋮あの、さっきあなたは、敵って⋮⋮﹂
﹁⋮⋮まぁ、君はあのチームの連中にひどい目にあわされていたみ
たいだし。
僕としては君があのチームの戦力になられると都合が悪い。
君たちの事情は詳しくわからないけれど、もし君が逃げたいのであ
れば、ここから逃げてもいい。
ホワイトドッグス
食料も、数日分なら渡すよ⋮⋮。たぶん、君は白犬賊の生き残りか
な?﹂
その単語を聞くと、少女はびくっと過敏な反応をした。
⋮⋮正直に言おう、地雷を踏んだと思った。
彼女にとって仲間だった白犬賊のメンバーは殺されているのだ。
僕は彼女の心の傷に塩を刷り込んだに過ぎない。
﹁⋮⋮ないの。もう、誰もいないの﹂
今まで感情も何もない、なすがままの状態だった少女の顔に激しい
感情が浮かぶ。
﹁わたしが、もっと⋮⋮。守れ、守れなかったの、みんな、毒で⋮⋮
ユリは殺されて、妹のリリは、私と一緒に犯されて⋮⋮壊されて⋮
⋮﹂
おそらく、感情を出すことができるのも久しぶりなのだろう、
あふれ出した激情は涙になってあふれ出し、僕は場違いな聴聞僧の

111
役を果たすことになった。
時間にしては数分だろう、少女は泣き続けた。
ようやく落ち着いてきた少女に、僕から声をかける。
今までは人間の対応、これからは魔族としての取引の時間だ。
﹁事情はわかった。君は赤烏にひどい目に合わされた。僕は赤烏と
敵対している。
僕らの利害は一致する。⋮⋮君は、赤烏のところから逃げるんだ﹂
この少女さえいなければ、赤烏の盗賊はそこまで腕が良いわけでは
ない。こちらの勝ち目は大幅に増える。
﹁あなた⋮⋮ダンジョンマスター、なの?﹂
﹁不本意ながら、ね。これでも魔族見習いなんだ⋮⋮さっき君が見
かけた修道女は、僕の仲間さ﹂
﹁⋮⋮あなたたちは、魔物なの?﹂
﹁まぁ、半分は。
結果だけいえば、この鉱山村にゾンビを大量に発生させたのは僕だ
よ。
⋮⋮殺したのは、僕ではないことが多いんだけどね。
とはいえ、君を殺す気はあんまりない。
僕はもともと商売人で、取引が出来るなら取引で済ませたい。
必要であれば、信頼できる傭兵団を紹介することも出来る﹂
この娘がこの取引を断る理由は、まずないだろう。
そう考えていた僕に、予想外の言葉が飛び込んできた。
﹁⋮⋮わたし、どこにも行くところがないの。
白犬賊のシャルロットは、もうバラバラで、どこにもいないの⋮⋮
ここにいるのは、ただ殴られて犯されるしか出来ない犬なの。
もう、あの事件の前に、自分が何をしていたのか、思い出せない⋮
⋮。
だから⋮⋮だから、ねぇ。わたし、あなたに殺されてもいい。どう

112
なってもいい。
だから、せめて、あなたの犬にして⋮⋮﹂
⋮⋮驚いた。
壊れかかっていると思ってはいたが、ここまで壊れていたのか。
人間はもろい。そんな事は頭ではわかっていたが、実際に見るのは
初めてだ。
⋮⋮少しだけ、悪い考えが浮かんだ。ならば、試してみようか。
﹁僕は半分とはいえ魔族だ。
僕の犬になるというならば、人間であることをやめることになって
しまうけど、
君はそれでもいいのかい⋮⋮?﹂
半分は善意⋮⋮というよりは、ためらいから。
残り半分は悪意と計算から、僕は彼女に聞いた。
彼女は断らないだろうと、確信めいた予感を抱きながら。
﹁⋮⋮はい。はい!
ご主人様ぁ⋮⋮シロは、シロはぁ⋮⋮ご主人様のためなら、人間や
めますぅ⋮⋮
だから、だからぁ⋮⋮ぶたないでください、捨てないでください⋮
⋮﹂
彼女が見ているご主人様は、僕のことではないだろう。
正確には、僕ではなくてもいいのだろう。
彼女を壊した今の飼い主への恐怖と、そこから救ってくれる都合の
いい誰かへの希望が混じって、彼女の正常な判断力を奪っているの
だ。
それでも、ここにいるのは僕で、彼女を今の状態から救えるのは僕
しかいない。
それが、僕の思うがままの結末であろうと、彼女の望みをかなえて

113
やろうじゃないか。
⋮⋮僕は今、魔族としての一歩を新しく踏み出したのだろう。
赤烏、侵入:女盗賊シャルロットの最後︵☆︶
﹁はぁ⋮⋮きもち、いいれふかぁ?﹂
ぺろぺろと、わざと音を立てるように彼女はペニスをしゃぶり上げ
る。
僕は椅子に座ったまま、軽く腰を突き出しているような状態。
彼女は床にひざを突いて、僕の股間に顔をうずめている。
厳しい環境で、相手を気持ちよくさせるためだけに特化したその舌
技は、肉体的な快楽だけではなく、嗜虐的な快楽、あるいは征服欲
を程よく刺激してくれる。
﹁ああ、気持ちいいよ、シャルロット⋮⋮は、もういないんだっけ。
今の君の名前は⋮⋮?﹂
そういえば、この娘の名前を知らない。
かつてシャルロットだった娘は、返答の代わりにペニスに唇をかぶ
せ、鈴口を執拗に舐めだした。

114
今日はまだ誰ともしていないから、あまり我慢できない⋮⋮という
よりは、我慢する必要がない。
﹁ああ、いい子だ。⋮⋮もう、出すよ﹂
軽く髪の毛を押さえ、あまり耐えることなく射精する。
ペニスをのどの奥に飲み込んではいなかったため、押さえ込みきれ
ずにペニスが小さな口から飛び出す。
飛び散った精液は、半分近くは彼女の顔を汚す。
﹁ご主人様の、あったかい⋮⋮﹂
その姿が、ちょっと嬉しそうだったので、まるで子供をあやすよう
に頭をなでた。
﹁⋮⋮あのぅ⋮⋮、ご主人様、シロをぶたないんですかぁ?﹂
何かあせって自分の顔に飛び散った精液を舐め取っていた彼女が、
僕の反応が意外だったらしく、少しあせったように聞いてきた。
どうやら、今の彼女はシロというらしいことと、何かあるたびに男
に殴られていたのだろう事はわかった。
﹁なんで? シロは僕を気持ちよくしてくれたんだろう?
殴る必要はないさ。君が僕のために生きているかぎり、僕は君を可
愛がってあげるよ﹂
道具に愛着を持つ事は、普通にあることだ。
ペットを可愛がることも、普通にあることだ。
ダリアを道具として扱わなければいけない反面、それに愛着を持っ
ているのも事実だった。
だが、それはきっとまともな愛し方ではないのだろう。
人間を愛することに、僕は慣れていない。
﹁⋮⋮っ!?﹂
ただ、それは荒くれ者の中で性奴隷としての日々を過ごした少女に
は、あまりにも衝撃的だったらしい。

115
ぽたり、ぽたりとシロの股間から愛液が垂れ、足元に小さな水溜り
をつくる。
﹁⋮⋮っ! シロは、ご主人様の犬ですぅ。道具になりますぅ。
いつでも使ってください、何でも、なんでもしますからぁ⋮⋮
やさしく、して⋮⋮ください⋮⋮﹂
本来の口調なのだろうか、口調に甘えたものが混じってきた。
ここまで哀願されたのならば、応えてあげるのがスジだろう。
それに、戦力は多いほどいい。
アスタルテに習ったことを思い出しながら、シロの小柄な身体を抱
き上げ、簡易寝台に寝かせる。
股間に手を添えると、シロが甘い声を漏らす。そこは既に万全の受
け入れ態勢を整えていた。
指を二本ほど浅く中に入れて、ゆっくりと動かしながら話しかける。
﹁シロ、では契約をしよう。魔物との契約だ、本当にいいんだね?
君はこれから、僕⋮⋮エリオットの下僕となり、人間をやめる。
君は教会の教えも、神の威光も捨て、僕個人のために尽くし、生き
るんだ。
そうすれば、僕は君を⋮⋮ずっと飼ってあげる﹂
最後は、本来は形ばかりとはいえ、契約条件を付け加える。
要するに、相手の心の奥底に﹁自ら望んで魔族と契約をした﹂とい
う意識を植え付けることで、心の枷を壊しやすくするための儀式に
過ぎない。
力のある魔族であれば、こんなことをする必要もないらしい。
こういう契約は、口約束でしかなくても何かを与えることがほとん
どなのだが、シロにはこれが効くのではないかと思ったのだ。
﹁はい! シロはぁ、エリオット様の犬になります!
なんでもします! わんっ! わん! 

116
だから、だからぁ⋮⋮いれてぇ⋮⋮入れてください!﹂
誰かと会話をして、自分の意思で男を迎え入れるのは、もしかした
ら初めてなのかもしれない。
それなのに、身体は強制的に開発された雌の身体になっているのだ。
彼女自体、慣れない状況に困惑しているのがわかる。
だから、ちょっと意地悪したくなった。
﹁シロ、ご主人様におねだりするのは、まぁ許してあげる。
でも、何をしてほしいのか、はっきり言ってくれないとわからない
よ?﹂
効果はしっかりあったようで、膣内に入れている指がきゅっと締め
付けられる。
﹁ぁ⋮⋮あのぉ、お⋮⋮おちんちん。⋮⋮ちんぽぉ、ペニスですぅ!
ご主人様のぉ、シロの、ぐちゃぐちゃのおまんこにぃ⋮⋮突っ込ん
で、ゴリゴリしてほしいのおっ!﹂
寝かしつけられた体勢のため、身体の自由はあまりない。
無論、自分で起き上がろうと思えば可能なのだが、僕が指を添えて
いるために、身体を起こすと指が外れてしまう。シロはそれを恐れ
て、身動きがとれないようだ。
その代わり、腰がぴくぴくと動き、切なそうに指に股間を擦り付け
てくる。
そこに、あえて指を離して、耳元でささやく。
﹁よし、いいだろう。では、自分の手で両足を抱えて⋮⋮入れて欲
しい所を、自分で僕に見せてよ﹂
シロの顔が、真っ赤に染まった。
それでも、一度口に出してしまった欲望は止めることが出来ない。
シロは両手で自分のふとももを抱えると、自ら股間を開く。
まだそこは腫れていたが、焦らされたためか既に蜜をたらしている。

117
とはいえ、これで挿入すると腫れた部分に当たって痛むのではない
だろうか?
医者が触診をするように、彼女の陰部をつつき、さわり、軽くつね
り、痛みはないかどうか確認していく。
痛みもある程度は快感として感じるようになっているようだが、腫
れた部分を触ると流石に痛むのか、わずかに顔をしかめる。
痛めつけるのを喜ぶほど、僕は嗜虐心を持ち合わせてはいない。
﹁シロ、僕がクスリを探している間、君はずっと欲しいものは何か
言い続けるんだ。
息が続かなかったら、一度止めて呼吸してもかまわないけど⋮⋮
言い続けるのをやめたら、してあげないからね?﹂
﹁はいっ、ご主人様のちんぽ、ご主人様のちんぽぉ⋮⋮ほしいです、
ちんぽほしいですぅ⋮⋮﹂
道具入れの中から痛み止めの軟膏を見つけ出して持ってくると、シ
ロは自分の口にしている言葉に興奮したのか、表情がさらに蕩けて
いた。
﹁ちんぽ⋮⋮ちんぽぉ、あぁ、ご主人様ぁ。ちんぽ、ほしいです⋮
⋮﹂
まったく、ここまで都合がいいとこっちが戸惑う。
痛み止めの軟膏を小瓶から取り出し、腫れたところに塗りつけてい
く。
﹁ひぁん♪﹂
軟膏の冷たさに、シロが声を上げる。
痛みが引いていくのと同時に、痛みで鈍っていた性感が戻ってきた
のだろうか、その声はさらに媚を濃くし、いつの間にか嬌声に変わ
る。
﹁ひぁ⋮⋮あぁん⋮⋮。ご主人様ぁ、もう、シロ我慢できませぇん
⋮⋮﹂
気が付けば、シロの股間は小さな水溜りが出来るくらいになって、

118
湯気をたてている。
シロの膣内に、ちょっとだけ乱暴に指を突きいれ、くちゃくちゃと
いじる。
膣内は熱く、きゅんきゅんと指を締め付けてくる。
愛液に濡れた指をシロの顔に突きつけると、ためらい無く指をしゃ
ぶりだす。
もう頃合だろう。
僕もそろそろ我慢できないし、時間もあまり余裕があるわけではな
いのだ。
赤烏、侵入:犬娘シロ︵☆︶
ズボンを下ろす、ペニスはもうがちがちに硬くなっている。
﹁あぁ⋮⋮ほしい⋮⋮ご主人さまぁ⋮⋮はやくぅ⋮⋮﹂
シロの声が一段と黄色くなる、完全に発情しているのは、もはや言
うまでもないだろう。
にゅるりと、ろくな抵抗も無くペニスがシロの膣内に飲み込まれる。
﹁あぁあぁぁああっ!! いいっ、いいのぉっ!﹂
シロが大きな声を上げる。ここが洞窟の中じゃなかったら、外に音
が漏れてしまうところだった。
シロの膣内は愛液が多く、熱い。
締め付けはそこまで強くないものの、包み込み、奥に引き込むよう
な蠕動をしてくる。
普段から鍛えているのか締め付けの強烈なアスタルテや、

119
経験が少ないためかゴーレムという種族の特性か、
最初は硬いのにこちらから責めるとゆっくりと蕩けていくダリアと
も違い、
シロの膣内はまるで沸いたばかりの風呂に突っ込まれたかのように
熱く、引きずり込んでくる。
何度もペニスを突きこんでいると、膣奥の壁にとん、とぶつかった
ような感触があった。
﹁ふぁああああああああっ!? あぁああ!?﹂
シロが妙な嬌声を上げ、目を見開く。
ぷしゃー、っと軽い音がして、下腹部に暖かい液体の感触と独特の
臭気がただよう。
⋮⋮シロは失禁していた。
見開かれた目がとろりとたるみ、膣はゆっくりと引き込むような運
動を続ける。
﹁シロ、行儀の悪い子だ。こんなところでお漏らしするなんて﹂
﹁⋮⋮っは、はぁん。ご、ごしゅりんさまぁ⋮⋮いま、いまの⋮⋮
らにぃ⋮⋮?﹂
本人も、何があったのかわかっていないようだ。
知識的には、子宮の入り口に届いたのではないかと思うが、僕だっ
てそこまで冷静でいられる余裕は無い。
﹁お仕置きが必要だね⋮⋮♪﹂
お仕置きといった瞬間、一瞬だけシロの身体が緊張で固まる。
しかし、即座にその緊張は解け、シロは甘えるように見つめてくる。
﹁ごしゅりんさまなら、いいれすぅ⋮⋮だめなシロに⋮⋮おしおき、
してぇ⋮⋮﹂
次の言葉を待たずに、唇を奪う。
シロが驚いている隙に体勢を入れ替え、両手をシロの背中に回し、

120
尻をつかんで持ち上げる。
立位の状態になった状態で、下から突き上げる。
自重でシロの身体がペニスに深く突き刺さり、何度も子宮を叩く。
身体を回転させるように、今度は僕が寝台に座り、シロと向き合う
形で抱き合う。
﹁そろそろいくよ。全部、残さずに飲み込むんだよ?﹂
僕の中で魔力は程よく高まっている。
ペニスを通じて、唇を通じて、少しずつ僕の魔力はシロの中に注ぎ
込まれている。
だが、止めを刺すにはやはり膣内に直接注ぎ込むのが一番早い。
そして、魔力を注ぎ込まれる側の理性は、できるだけそぎ落として
おくほうがいい。
あるいは、完全に僕に屈服し、服従しているほうがいい。
﹁はいっ、来てぇ! ザーメン、ご主人様のザーメンちょうだいぃ
ぃ!!﹂
﹁いくよっ、いくっ⋮⋮っ!!!!﹂
溜めに溜め込んだ分を、一気に吐き出す。
強烈な射精がシロの膣内を蹂躙し、今までに注ぎ込まれただろう男
たちの痕跡を上書きしていく。
﹁ああっ、あちゅいぃ、あちゅいよぉぉぉぉ! おなかあちゅいぃ
いっ!!!﹂
僕の魔力がシロの膣に、子宮に撃ち込まれ、そこから全身に巡って
いくのがわかる。
ダリアの時はわからなかったが、今なら少しはわかる。
僕の魔力が、シロの身体の構造を少しずつ書き換えている。
シロの見開かれた瞳から焦点が消え、ゆっくりと光が失われる。
そして、少しの間を置いて、瞳の焦点が戻り、力が戻っていく。
抱きかかえているシロの全身に薄く、産毛のような、さわり心地の

121
良い獣毛が生えてきた。
背中が跳ね、小さいながらも形のよいお尻の付け根に小さな隆起が
生まれ、皮膚を突き破って何かが飛び出そうとしている⋮⋮尻尾だ。
尻尾の周囲の肉が盛り上がり、追従するように形を整え、そこに豊
かな獣毛が生えそろい、尻尾になる。
僕の精を膣奥に受けてから数分で、シロは魔物としての新たな生命
を受け取った。
⋮⋮とは言っても、獣毛は近くで見なければわからない程度のもの
でしかなく、尻尾を隠してしまえば遠目には人間のままにしか見え
ない。
﹁ふぁ⋮⋮、これ、一体⋮⋮?﹂
自分の手の甲を見つめ、シロが不思議そうにつぶやく。
どうやら、シロの中の犬としての属性が表に出たようだ。
﹁⋮⋮シロ、文字通り、君は僕の犬になった。気分はどう?﹂
まだつながったまま、僕は新しい下僕に尋ねる。
ワードッグ
人犬としての新しい命を得た少女は、
始めて見るような朗らかな、そして淫蕩な笑みを見せて答えた。
﹁ご主人さまぁ、シロ、生まれ変わったみたい⋮⋮もぅ、最高ぉ!﹂
正直に言えば、まだ何度もシロの中に精を注ぎ込みたい気分ではあ
る。
しかし、今はそんなことを言っていられるほど余裕があるわけでは
ない。
半立ちのペニスを膣から引き抜き、立ち上がる。
シロが名残惜しそうにペニスを舐め、愛液と精液の処理を始める。
﹁シロ、ご主人様として、早速だけど命令があるんだ⋮⋮﹂

122
烏は堕ちる:夜戦
﹁きゃぁぁぁぁぁぁぁ!﹂
外から悲鳴が上がり、レグダーは一瞬で緊張を取り戻す。
媚薬と睡眠薬をこっそりと忍ばせた夜食と酒を届け、ようやくサラ
が口にした直後。
しくじったかと思いつつも、同じように緊張を取り戻したサラが声
をかける。
﹁レグダー、外からよ。あの娘の声じゃないの!?﹂
部下が屋外でシロを犯すのは初めてではない。
だが、どうやら運悪く村から流れ出てきたゾンビにでも襲われたの
だろうか。
大きな怪我でもされたとなると、明日以降の戦力ダウンは免れない。
舌打ちをすると、サラを伴い階下に降りる。

123
部下はそれなりに酔っているものの、寝てしまうようなことにはな
っていない。
ライトレザー アン
戦場での野営のときと同様に、すぐに身につけられる軽装革鎧や鎧
ダーアーマー
下防具を身につけ、窓の戸板を開けて外の様子を伺っている。
交代でメイドを犯していた残り四人も、何事かと部屋のドアを開け
て覗き込みに来た。
この建物に向けて、半裸のシロが走ってくる。
怪我をしたのか片足を引きずり、速度は遅い。
確か、二名ほどが外に連れ出したはずだ。そこを襲われたのだろう。
後ろからは、ゾンビらしき影が四、五体追ってくるのがわかる。
いつもならばシロが追いつかれる事は無いのだが、この状況だと追
いつかれるリスクはある。
﹁しかたねぇ、犬とはいえ罠解除の腕は惜しい。出るぞ﹂
暗いとはいえ所詮はゾンビ程度。
レグダーの指示の下、剣と盾を構えた重戦士と弓兵は一斉に飛び出
す。
﹁照らせ、炎のたいまつ!﹂
後ろでサラが炎の精を召喚し、戦場を照らす。
昼間のようにとは行かないが、敵の位置が明確にわかる程度で十分
だ。
建物から出て、弓兵が弓を構える。
シロはそれに気が付くと、転げるように脇によけ、弓の軌道から外
れる。
﹁よっしゃ、鴨撃ちだ!﹂
﹁ちっとだるいが、これくらい楽なもんさ﹂
﹁ゾンビどもめ、寝込みを襲おうとは生意気だぜ!﹂

124
数本の矢が飛び、それぞれゾンビに命中する。
流石に一回の射撃程度ではゾンビは倒れないが、それでも勢いが弱
まる。
﹁よし、さっさと片付けるぞ﹂
レグダーは三人の重戦士と共に、無造作にゾンビの前に進み出よう
として⋮⋮
弓兵たちとサラの視界から、その姿が突然消えた。
﹁落とし穴だっつ!﹂
悲鳴が上がる。重戦士たちの下半身が穴に落ちていた。
ここに来る時には無かった大きな溝が、道幅いっぱいに広がってい
る。
破れた布と、土ぼこりが風に舞う。
﹁⋮⋮<つかめ>!﹂
どこからか響いた誰かの声に、穴の底から悲鳴が上がった。
◆◆◆
うまくいった。少なくとも、最も警戒していた重戦士四名が穴に落
ちた。
赤烏の一行が宿に入る時は、固い板を穴の上に渡しておき、土を盛
って隠していた。
このときに足音で気付かれるとすべては計算しなおしになったのだ
が、ここはうまくいった。
そこに注意を向けさせるためだけに、あのタイミングで逃げられる
はずのインプを倒させたのだ。
あらかじめ屋根の上に待機させていた骸骨の弓兵を動かし、あわて
ている弓兵を撃たせる。
背後から、しかもほぼ鎧無しか軽装の弓兵たちはなす術も無く負傷

125
していく。
﹁くっ、何だこいつは!?﹂
﹁身体が重い、何だこれは⋮⋮!?﹂
穴に落ちた重戦士たちは、このときになってようやく自分たちの不
調に気づいたようだ。
ダリアの膣と口腔内に仕込んでいた遅効性の麻痺毒が回ってきたこ
とに、ようやく気が付いたようだ。
そして、穴の下にはちょっとした隠し玉が仕込んである。
準備にあまり時間が取れなかったため、ゾンビを動員しても下半身
が隠れるくらいの深さしか穴は掘れていない。
毒で動きを鈍くしていても、全員が罠にかかるわけでは無いから、
この程度ではすぐに脱出されてしまう可能性が高い。
なので、僕の研究の副産物である、腕だけしか出来ていないゴーレ
ムをいくつか丸太に結び付けて、溝の底に並べていたのだ。
僕のコマンドワード<つかめ>に反応して、近くの物をつかんで離
さないように設定したうえで、だ。
◆◆◆
﹁助けてくれ、誰かが俺の脚をつかんでるんだ!﹂
﹁くそっ、身体が重い!﹂
パニック
突然の苦境に、部下たちが恐慌状態におちいる。
レグダーはあせりながらも、無事な弓兵とサラに指示を出す。
﹁弓兵、上を押さえろ! サラ、ゾンビどもを焼き払え!﹂
サラは勤めて冷静になろうとしつつ、自分の身体の違和感に気づく。
︵⋮⋮なに、なんだか、身体が熱く⋮⋮こんなに疲れていたっけ?︶
そのわずかな不調が、レグダーが仕込んだ媚薬と睡眠薬の効果であ

126
ることを彼女は知らない。
シロが自分の脇を通り過ぎたことを確認すると、気力を振り絞って
精霊に声をかける。
サラマンドラ
﹁契約に応え、星の杖より来たれ、強き火蜥蜴!﹂
身体から魔力が抜けていく。おそらく、どうがんばっても後一、二
回が限度だろう。
炎が広がり、三体のゾンビに命中する。
一体は崩れ落ち、二体はかなり損傷し、動きが鈍る。しかし、まだ
二体残っている。
屋根の上のスケルトンアーチャーを警戒しつつ、二回目の呪文詠唱
に入る。
弓兵たちが応戦してくれているが、万が一矢が当たると呪文の詠唱
が途切れてしまうし、痛みで動けなくなる可能性が高い。
ワンドを掲げ、呪文の詠唱を始めたとき、横合いから誰かが飛び出
してきた。
﹁いただくですっ!﹂
﹁シロ!?﹂
盗賊の少女は突如サラの手首を打ち、ワンドを奪い取ろうとする。
盗賊と魔術師だ。不意打ちでもあるし、その肉体能力の差はいかん
ともしがたい。
サラはワンドを取り落とし、シロは落ちたワンドをひったくると森
に向けて駆け出す。
その時になって、ようやくサラはシロの背中に見覚えのない異物が
あることに気づく。
﹁⋮⋮え、しっぽ?﹂
﹁ご主人様、今です!﹂
その声が何らかの引き金である事は、聞かずともわかった。
ただ、どうしようもなかった。
屋根の上から落ちてきたガラス瓶が足元で割れ、急激に何かの液体

127
が蒸発し、煙となる。
見れば、それは落とし穴に落ちたレグダーたちの所にも落とされて
いる。
急激に身体がしびれ、意識が遠のく。
弓兵たちも、ゆっくりと倒れていく。
シロの予期せぬ裏切りに驚き、ひざを突き、仰向けに倒れる。
サラは屋根の上に、困ったような顔で自分たちを見つめる青年の姿
を見て⋮⋮意識を失った。
烏は堕ちる:捕獲
スタナー
ギュスターブから買い取ったのは、揮発性の麻痺毒だ。
効果範囲が狭いから、本来は屋内で使うための物。
屋外で使うのは向いていないが⋮⋮結果は上々だ。
運が悪いとしか言いようが無いが、麻痺せずに残った弓兵がゾンビ
とスケルトンアーチャーに嬲り殺しにされる。
それが終わると、僕は屋根から下りて、動けなくなっている一人一
人に強力な睡眠薬を投与していく。
ギュスターブから買い取った麻痺毒は即効性だが、効かなくなるの
も早いのだそうだ。
相手によっては五分もせずに動き出すというから、時間を無駄には
出来ない。
﹁ご主人様ぁ! シロ、ちゃんとできました!﹂

128
尻尾を振りつつ、シロが駆け寄ってくる。
頭をなでてやると、とても嬉しそうにすりついてきた。
﹁よしよし、後でまたご褒美をあげるから、今は僕を手伝うんだ。
シロ、小屋の中にダリアというメイドの子がいるから、その子を見
てきて。
この魔術師は⋮⋮そうだな、鉱山の部屋に連れて行こう。
ワンドを奪っておけばしばらく魔法は制限されるだろうけど、
猿轡をかませておいたほうが安全かな﹂
その頃になって、アスタルテが戻ってきた。
その後ろには、醜い豚面の怪物を二体引き連れている。
あれはオークという魔物の一種のはず⋮⋮
﹁エリオット様、お見事です。大成功ですね♪﹂
﹁アスタルテ、その二人は?﹂
まぁ、聞くまでも無いか。
アスタルテの顔はつやつやとしている。
﹁盗賊娘を犯していた男たちも、魔力を注ぎ込んだらこんな従順な
子になりましたわ。
私の下僕であるという事はエリオット様の下僕でもありますから、
好きにお使いくださいませ﹂
一時間足らずで男二人を魔物に変えるというのがどこまで大変なこ
とかはわからないけれど、まぁ素直にありがたい。
﹁アスタルテ⋮⋮同じように、この生き残りの冒険者を魔物に出来
るかな?﹂
このリーダーはどんな人物だったのかは推測するしかないけれど、
殺してゾンビにするよりは、魔物にして使役するほうが強い手駒が
手に入る。
可能であれば、戦力は増強しておきたかった。

129
﹁そうですわね、ダリアと、エリオット様が魔物にしたその盗賊娘
もお借りしてよろしいですか?
多少時間はかかりますけれど、やって見せますわ﹂
﹁⋮⋮頼りにしてるよ、アスタルテ。
さて、ではこいつらを持って帰ろう。⋮⋮<はなせ>﹂
コマンドワードを唱えると、落とし穴の中の腕だけのゴーレムがつ
かんでいた戦士たちの足を離す。
ゾンビたちとオークに命じて、男たちを運び出す。
シロが精液まみれのダリアをつれて戻ってくる。
では、ダンジョンに戻るとしよう。
⋮⋮結果として、﹁人間﹂は誰も生かして帰さないことになるだろ
うけど。
130
烏は堕ちる:堕落の儀式︵☆︶
気が付けば、背後から女を犯していた。
自分がさっきまで何をしていたのかもぼんやりとして思い出せない
が、
そんな思考も、ペニスを濡れた膣内に叩き込む快楽の前に追いやら
れる。
見れば、となりで部下がシロを犯していた。
シロは泣き顔ではなく、喜びと快楽に顔を染めて、自分から積極的
に腰を振っている。
自分が犯している女は修道女だった。
記憶にある顔では無いが、何処かで会ったかもしれない。
泣いている様な、誘っているような、むせ返るような色気の女だ。
力任せに尻をつかみ、ペニスを叩きつけると、修道女は悲鳴の様な

131
嬌声を上げる。
正面では別の部下が宿にいたメイド娘を前と後ろから貫いている。
メイド娘は声を殺しているが、顔が上気して快楽に耐えているのが
わかる。
それにしても、部下たちはなぜ全身に妙な模様を書き込んでいるの
だろうか。
疑問に思うよりも先に、周囲から聞こえる嬌声が興奮をあおり、も
っとこの女を泣かせたくなる。
女の体をひっくり返し、立ち上がる。
女のたいして重くも無い体重がかかり、女の体は自らペニスに突き
刺さる。
上半身の衣服は半ば破れ、下半身はむき出し。
股間の濃い茂みが濡れている。
空気が抜けるような声を出し、女が自分の首に両手を回し、首筋に
唇ををあて、嘗め回す。
しばらく楽しんだところで、急激に限界が訪れる。
獣のような叫び声を揚げているのが自分だと気が付くまでに少し時
間がかかったが、かまうことなく修道女の膣内に大量に射精を叩き
込んだ。
修道女が崩れ落ちたので、床に投げ捨てる。
起き上がった修道女とメイドが四つんばいで寄ってきてひざ立ちに
なり、自分のペニスを舐め清め始める。
気が付けば、シロが正面にいた。
なぜか尻尾が生えていたが、その表情や目つきは白犬賊のシャルロ
ットのものだった。

132
シャルロットは自分に向けて尻を突き出し、顔だけを向けて、両手
で尻を開き、愛液と精液にまみれた膣を見せ付け、誘った。
﹁ねぇ、レグダー⋮⋮、来て。お願い⋮⋮﹂
叫び声をあげて、シャルロットの尻を引き寄せる。
小さな体を持ち上げて、そのまま膣にペニスを叩き込む。
蜜にぬれた膣内は熱く締め付け、ぞくぞくとするような快感を叩き
込んでくる。
何度目かの射精をシャルロットに叩き込み、そのまま犯し続ける。
視界がゆっくりとぼやけていく。
快楽の中、世界が赤く染まっていく。
◆◆◆
⋮⋮なんだか、二日酔いの朝のように頭が重い。
目が覚めると、何処かの建物の中にいることがわかった。
となりで乱痴気騒ぎをしているのか、とてもうるさい。
部屋の中は割と暖かくて⋮⋮
﹁⋮⋮っ!?﹂
そこで意識が一気に覚醒する。自分達は罠にはまったのだ!
急いではねおき⋮⋮ようとして、両腕が拘束されていることに気づ
く。
見れば、簡素ではあるが寝台に寝かされており、シーツも敷いてあ
るし、タオルもかけてある。
最低限の世話はしてくれた⋮⋮というか、人間の文化を理解してい
るらしい。
ここのダンジョンマスターは村一つを滅ぼし、ゾンビのはびこる地
獄に変えたという話を聞いていたが、そのイメージとずいぶんずれ
る。

133
サラマンドラ
わたしは魔術師のサーリア、火の精霊と契約し、火蜥蜴を使役する
者。
よし、覚えてる⋮⋮ただ、契約の証である火蜥蜴を封じたワンドが
無い。
体の調子はまだ万全とはいえないが、不調というほどではない。
何か体の奥が熱を持っているから、もしかしたら風邪でも引いたの
かもしれない。
空腹の具合を考慮すると、気を失っていたのはどうやら数時間くら
いのようだ。
部屋の中を見渡すと、どうやら鉱山の中の一部を部屋として使って
いるらしいことがわかる。
どうやって換気しているのかわからないが、あまり空気がこもって
いる印象は無い。
小さなろうそくがともっており、部屋の中を薄く照らしているが、
光源がこれしかないために全部見えるわけではない。
が、一つだけ見えたものがある。
正面に椅子と机があり、そこで一人の男が突っ伏して眠っていた。
134
烏は堕ちる:女魔術師サーリア
﹁ちょっと! あんたなんでこんなところで寝てるのよ!
わけ
起きなさいよ! 状況がわからないわよ!?﹂
安堵からか、気の緩みか、不安を紛らわせるように魔術師が叫んで
いる。
いけないいけない、寝てしまった。
﹁⋮⋮あぁ、おはよう。
ごめんごめん、寝てた﹂
我ながら間抜けな一言だと思うが、事実だからしょうがない。
この魔術師が盗賊の真似事をして、縄抜けでもされていたら大変な
ことになったかもしれない。油断大敵だ。

135
﹁あんた誰? ここはどこ?
とりあえずあたしを助けなさいよ!﹂
元気がいいなぁ。
⋮⋮とりあえず、この娘をどうにかして切り崩していかないと。
この娘にとってはちっとも幸いでは無いけれど、
幸い今はこっちのペースでもって行くことができる。
﹁僕はエリオット、この辺りにこっそりと隠れ住んでる者だよ。
⋮⋮元々は、君たちが飲み食いしていた宿屋の経営者だったんだけ
どね﹂
うん、嘘は言っていないぞ。
﹁ダンジョンマスター⋮⋮?
いえ、こんなさえない奴がそんな大それたことすると思えないし⋮
⋮﹂
聞こえてる。聞こえてるんだけど。
まぁ、誤解してくれているなら無理に訂正する必要も無い。
﹁それはともかく、君の名前を教えてくれないかな。
別に、宿で飲み食いしたものの代金を請求する気は無いからさ﹂
警戒はしているようだが、どうやらこちらをそこまで危険とは見て
いないだろう。
⋮⋮まぁ、魔術が使えるといっても付与魔術ばかりだし、物理的な
戦いが強いわけでも、身のこなしが軽いわけでもないからなぁ。
やっぱり、アスタルテの言うようにはったりの効く衣装とかがあっ
たほうがいいんだろうか?
﹁サーリア。サーリアっていうの。
省略したらダメだからね﹂
意外と素直に応えてくれた。
⋮⋮この娘、もしかして世間知らずなんだろうか?

136
とりあえず、世間話に持ち込む⋮⋮のは難しいかな。
﹁さぁ、とっととこの縄をほどいてよ!
このままじゃ魔法も使えないし、走るのも億劫なんだから﹂
まぁ、縛っていたらそうなるよね。
﹁残念ながら、君を自由にするわけには行かないんだよね。
僕にも立場って物があってね?﹂
﹁あなた、さてはダンジョンマスターの手下なのね?
汚いわ! だましたのね!?﹂
⋮⋮この娘、実は結構間が抜けているのではなかろうか。
それはともかく。
﹁のどは渇いてない? あるいは空腹だったりする?
どうやら、食事の途中だったみたいだけど⋮⋮。
サーリアだっけ、君、仲間に毒を盛られていたの、気づいてる?﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
きょとんとした顔をしている。
どうやら、本気で世間知らずのようだ。
もしかしたら、見た目より若いのかもしれない。
﹁君が二階の部屋にいたのは確認してる。
そこに残されていた食事を確認したけど、
水差しの中に睡眠薬と媚薬が混入していたよ。
予想通り、君はあの中で一番遅くまで目を覚まさなかったし⋮⋮﹂
その言葉に、サーリアはぎょっとした顔になる。
媚薬がまだ体の中に残っていて、それを自覚したのだろう。
﹁ちょ、ちょっと!? どういうこと?
あなたが食事に睡眠薬と、その⋮⋮媚薬を盛ったって言うの!?﹂
まぁ、その反応もありえる。

137
この娘はあの荒くれ者たちの中においてかなり浮いている。
ギュスターブが言うには、たしか新入りなんだっけか?
﹁案外、世慣れてないね。君は仲間にクスリを盛られたんだよ。
⋮⋮まぁ、命をとろうって話じゃなくて、
君が寝ちゃったときによくないことをしでかそう、ってことだとは
思うけど﹂
﹁!!﹂
突きつけられた言葉を信じたくないという表情と、
ありえそうだと考える表情がサーリアの顔の上でせめぎあう。
﹁で、でも⋮⋮仲間に、そんなこと﹂
声が震えだした。もう一押ししておこう。
﹁仲間?
君はたぶん新入りだと思うけど、
彼らはそもそも仲間を大事にする連中だったかい?﹂
ギュスターブからの伝聞しかないので、実はこれはあてずっぽうで
言っているだけだ。
ただし、シロの扱いを見るに、あまり行儀のいい連中では無い事は
わかる。
﹁君は魔術師で、抵抗する力があるからシロのようになっていなか
ったのさ。
それでも、何もなければ今夜君は犯される予定だったんじゃないか
な。
⋮⋮まぁ、これはあくまでも僕の推測だから、
もしかしたら君を不安にさせるために言っているだけかもしれない﹂
サーリアは不安そうな顔で、それでも抵抗の意志を見せたままこち
らをにらむ。
﹁⋮⋮シロを裏切らせたのはあなたなの?
ダンジョンマスターなの?

138
シロはどうなったの? あの尻尾は一体⋮⋮?﹂
⋮⋮説明すべきだろうか。
ならば、もう見せてしまったほうがいい。
燭台に火を移し、部屋の明るさを調節する。
締め切ってあった壁を動かすと、となりの部屋の様子が見えるよう
になる。
嬌声と荒い息、むせ返るような精臭が漂ってくる。
その部屋では全身に妙な模様を刻まれた赤烏の残りメンバーと、
アスタルテ、ダリア、シロがくんずほぐれつ、
もう二時間以上乱交を続けているのだ。
烏は堕ちる:魔術師の困惑︵☆︶
﹁⋮⋮えっ、えっ!? ええええっ!?﹂
顔を真っ赤にして目を背けるサーリア。
もしかしなくても、そっち方面の経験が浅い⋮⋮
あるいは処女なのかもしれない。
この光景を見せたのにはしっかりと理由がある。
性的に興奮させるため、仲間の堕落する姿を見て希望をなくさせる
ためだ。
そして、学院で学んだ魔術師であるサーリアがこの部屋を見て、
その意図に気が付くかどうかを知りたかったのだ。
この部屋には床と天井に、僕の血液と精液を混ぜ込んだ染料で魔術
的な陣が書き込まれている。

139
アスタルテから聞きかじったものに、僕なりに調べて追加したもの
だ。
色々いじっているから、ぱっと見ではばれないかと思うのだが⋮⋮
﹁あれ、変成の魔方陣!? 何の刻印!? あれって儀式なの?
嘘、知らない! こんなの学院で習ってないわよ!?﹂
すぐにばれた。予想していたけどちょっとショックだ。
僕が魔族を作り出すときには、性交を通じて相手に魔力を流し込む
必要がある。
とはいえ、男相手にそんなことをするのは個人的にイヤだし、
一度に一人しか出来ないようでは効率も悪い。
ゴーレムを作るときに、物品の性質を変化させる工房を作る技術を
学んだので、
その技術を応用して効率よく魔物への変化ができないものかと実験
的につくったものだが⋮⋮
まぁ、理論的には間違ってなさそうなので、それだけでもよしとし
よう。
﹁シロをよく見てごらん。シロは僕のために人間をやめてくれたん
だ。
でも、今は楽しそうだろう?
君は、赤烏の男たちに慰め物になっているシロを見たことがあるだ
ろう?
その時、シロはあんなに楽しそうにセックスをしていたかい?﹂
僕の声に、サーリアは目をそらそうとしたが、そらせなかった。
ドッグスタイル
大男に犬の姿勢で犯されているシロが、僕たちに気づき、笑顔を向
けた。

140
﹁ごしゅりんさまぁ⋮⋮、サラぁ⋮⋮来てくれたんらぁ⋮⋮?
みて、レグダーのおちんちん、こんなにパンパンなのぉ⋮⋮﹂
﹁ひっ⋮⋮﹂
つながる局部を見て、サーリア⋮⋮サラと呼ばれていた⋮⋮が小さ
く息を呑む。
思い出したように、寝台から立ち上がり、逃げようとする。
﹁<つかめ>﹂
寝台に仕込まれたゴーレムの腕が、サーリアの足がつかまれる。
腕しかないとはいえ、ゴーレムの腕力を振りほどくにはサーリアは
か弱すぎる。
﹁あっ、あんた一体何者なのよ!?﹂
悔しそうに、恐怖を見せないように。
それでも、隠しきれないわずかの恐怖を抱えたままサーリアが僕に
尋ねる。
﹁だから、さっき言わなかったっけ?
僕はエリオット、この辺りの住人で、唯一の生きた人間⋮⋮
あぁ、人間なのは半分だけらしいんだけどね。
そして、ここのダンジョンマスターにして魔族見習いだよ﹂
その時、ひときわ大きな声を上げてレグダーと呼ばれた大男が何十
回目かの絶頂を迎え、倒れる。
他の男たちも、何度も絶頂を向かえ、意識も精神も朦朧としてきて
いることだろう。
そろそろ、彼らも魔族に堕ちるだろう。
固定されたサーリアの後ろに回り、こっそりと数歩移動する。
とある道具を使って、声をかける。

141
﹁サーリア、選ばせてあげるよ。
僕に抱かれるか、今から何か別のものに化けるかつての仲間たちに
犯されるか。
君はどっちがいい?﹂
﹁ばかっ! どっちもお断りよ! 火の精霊よ!﹂
サーリアは詠唱も呪文を使うために必要な身振りもなしに、無理や
り炎の精霊を召喚した。
無理な召喚のため、大量の魔力を消耗しているとは思うが⋮⋮
それはほぼ正確に声の発された位置を直撃した。
荒い息をつきながら、首をひねって背後を確認しようとするサーリ
アに声をかける。
もし直撃したら、僕は死んでいたかもしれない。
まぁ、今男たちに抱かれながらもすごい目つきでサーリアをにらん
だアスタルテが何かしていたかもしれないけれど。
﹁⋮⋮やっぱり、その状態でも精霊を呼べるのか。
流石だなぁ⋮⋮でも、備えはしてあるんだ﹂
﹁なんで!? 直撃しなかったの?﹂
サーリアは無理に首をひねろうとするが、先にこっちから前に回る。
サーリアの前に、小さな貝殻を持ってくる。
﹁⋮⋮っ!﹂
あぁ、気づいたみたいだ。
これは声を伝える魔法の道具で、短距離なら壁の向こうにだって声
を届かせることが出来る。
僕はサーリアの死角に移動し、壁の向こうに隠れてからこの道具越
しに声をかけたのだ。
決して安物では無いが、自作したものだし、目的は達した。

142
⋮⋮サーリアの魔力は、これでほぼ尽きただろう。
◆◆◆
机に載せてあったボトルからワインを取り出し、口に含む。
赤烏のリーダーが使った媚薬入りのワインだ。
おそらく僕が持っているものよりも強烈な効果だろう。
﹁な、なによ、ワインなんて飲んで。馬鹿にして、むっ!?﹂
サーリアの細いあごをつまみ、不意打ちで唇を奪う。
のども渇いていただろうし、空腹でもあったはずだ。
ワインを流し込むと、少しの間抵抗していたが、サーリアは半分以
上を飲み込んでしまった。
﹁君のチームメイトからの贈り物だ。
そのうち今以上に体が熱くなってくるかもしれないけど、我慢して。
僕は無理を強いることはしたくないんだ。
⋮⋮これでも、シロにも一度は逃がしてあげようって言ったんだよ?
彼女の希望は、あれだったけどさ﹂
﹁な、ナニ馬鹿なこといってるのよ!?
あんな状態だったら、逃げるに決まっているじゃない!?
なんでわざわざ同じ生活を続けなきゃいけないの?﹂
シロの選択が信じられないらしい。
まぁ、それは僕も同じだったから無理も無い。
ならば、本人から直に聞いたほうが早いだろう。
﹁シロ、この子に君がなんで僕の犬になったか、教えてあげてくれ
ないかな?﹂
見れば、赤烏の男たちは、最後の一人を除き既に精根尽き果てて倒
れている。

143
目が覚める時には、彼らはもう人間ではなくなっているだろう。
ダリアとシロという、僕の魔力によって魔物になった相手とのセッ
クスで魔力を注がれると、わずかながら僕の魔力が注がれているこ
とになる。
もちろん、ダリアとシロは相手を魔物にすることはできないので、
僕が後で儀式をする必要があるのだが⋮⋮そうすることで生み出さ
れた魔物は、ある程度僕がコントロールすることが可能になる。
シロがやってきて、拘束されたサーリアに抱きつく。
﹁サラぁ⋮⋮シロ、今とーっても幸せなんだよぅ?
だって、ご主人様はシロを殴らないし、やさしくしてくれるし⋮⋮
とっても、気持ちいいの﹂
大量の精液を浴びたシロは、当然ながら精液の臭いにあふれている
し、顔も体も精液まみれだ。
その臭いで、サーリアは顔をしかめる。
股間をもじもじさせているのは、媚薬が効いてきた証拠だろうか。
﹁シロ、あんた魔物なんかに⋮⋮!﹂
﹁だってぇ、シャルロットという人間はもうどこにもいないんだも
の。
あなたも知ってのとおり、シロは雌犬だもの。
人間じゃないからぁ、とーってもえっちな犬になるの。
だから、シロはご主人様にお願いして犬にしてもらったのよ♪﹂
﹁シロ⋮⋮あなた、そこまで⋮⋮﹂
今頃になって、シロのおかれていた状況を理解してサーリアが言葉
を失う。
そこに、シロが唇を奪った。
﹁むんっ⋮⋮!?﹂
﹁⋮⋮はぁ、サラちゃん、私にちょっとだけ優しかったから。
殴らないし、お薬くれたし。ちょっとだけ嬉しかったの。

144
だから、一緒にご主人様の犬になろう?﹂
シロはそういいつつ、サーリアの衣服を脱がしていく。
胸は小ぶりで、手のひらで包める程度の控えめな隆起に、
薄桃色の乳首がぽつんと自己主張している。
シロは容赦なくサーリアの乳首を舐め、しゃぶりだす。
﹁あっ、やめ、やめてっ!?﹂
﹁サラちゃん、シロがみんなに犯されているを見て、興奮してたで
しょ?
個室に入って、一人で声を殺してオナニーしてたでしょ?
シロ、知ってるよ。みんなが寝静まった後、何度も何度もオナニー
してたでしょ。
もう、オナニーしなくてもよくなるよ。
もっと気持ちいいことしてあげる。
もっと、気持ちいいことしてもらえるよ?﹂
意外な性癖を暴露されて、サーリアの顔色が真っ赤になったり真っ
青になったりする。
その時、アスタルテとダリアを犯していた大男がひときわ大きな声
を上げて、
大量の精液をダリアの膣からあふれさせ、気を失うように倒れた。
﹁シロ、しばらくの間その娘と仲良くしてあげて。
僕はその間に、みんなを起こしてこよう﹂
145
烏は堕ちる:増殖
僕の儀式はアスタルテの教育があるとはいえ我流だし、
正直に白状すれば、まだあまり手際もよくない。
サーリアには馬鹿にされるかもな⋮⋮と思ったが、
この異様な雰囲気と、体内を駆け巡る媚薬と。
加えてシロによって与えられる快感によって、サーリアは目を白黒
させている。
呪文の詠唱が終わり、部屋に仕掛けてあった変成の魔法陣が動き出
す。
僕が使える魔族化の儀式は、予想はしていたがあまり強制力の強い
ものでは無いようだ。
顔も知らない父親は、自分の意思で相手の変化を決めることが出来
たようだが、何も決めずに魔族に堕とすと相手の本性によって差が

146
出る⋮⋮程度のものだったという。
僕は、自分で相手を何にするか決めることは︵たぶん︶出来ない。
相手がどんな魔物になるかは、相手の本質や現在の状態に大きく左
右される。
もともと他人に従順な性質であり、なおかつ半ば意識を失い死にか
けていたダリアは、記憶と人格のほとんどを失いゴーレムになった。
雌犬として飼われており、自分を失っていたシロは僕を主人と認識
ワードッグ
する犬人になった。
さて、彼らは何に変わるのだろうか⋮⋮?
﹁ふぐぁ、ぐおぉおぉお⋮⋮!?﹂
﹁⋮⋮ううう、うあががががぁぁぁぁぁ!!﹂
意識をなくしたままの彼らから、うめき声が上がる。
数時間に及ぶ乱交と絶頂の中で意識を失っているので、
明確な自我を持ったまま魔物になるわけではない。
野生や自我を抑えて、僕に従順な魔物になってくれればありがたい
のだが。
﹁ひっ!? な、なにあれ⋮⋮﹂
快楽の波にもまれながらも、サーリアが一瞬引きつった恐怖の声を
上げる。
﹁あれはね⋮⋮魔物になるの。
ご主人様のために尽くすのって、とーっても気持ちいいのよぉ?﹂
シロの言葉は、果たしてサーリアに届いただろうか。
﹁嘘、そんなの知らない⋮⋮そんなの、そんな⋮⋮あっ﹂
シロがサーリアの唇をふさぐ。
指がサーリアの股間にのび、秘密の茂みの入り口近辺をやさしくい
じり始める。

147
甘い声が漏れ出すのを背後に聞きながら、僕は儀式に意識を戻す。
冒険者たちの体がふくらみ、はじけるように膨張し、頭髪が抜け落
ちていく。
口からは犬歯が伸びだし、皮膚が硬くなっていく。
オーク
﹁エリオット様、おめでとうございます⋮⋮。これは、豚悪魔です
ね﹂
アスタルテの言葉に、オウム返しに聞いてしまう。
﹁オークか⋮⋮
さっき見たばかりで申し訳ないけど、
豚みたいな顔以外詳しくは知らない魔物なんだよね﹂
﹁オークは様々な生き物と混血可能な魔界の下級種族です。
繁殖力が強く、性欲は旺盛。知能はそこまで高くはありませんが、
強力な統率者がいれば軍隊を組み上げることも可能です。
特に、あの大男はオークの上位種になったように見えますね﹂
オークたちはゆっくりと起き上がり、怪訝な顔で周囲を見回してい
る。
お互いを見ても、それを知り合いとは認識してはいないようだ。
⋮⋮相手が相手だからあまり罪悪感は沸かないが、彼らは記憶も名
前も失い、魔物になった。
魔物にしたのは、僕だ。そのことを忘れてはいけない。
﹁⋮⋮お前たち﹂
声をかける。
オークとなった彼らの思考がうっすらと伝わってくる。
犯したい、食いたい、殺したい。
下級魔族の持つ残虐な衝動が伝わってくるが、自分の支配下にある
からか、それは容易に押さえつけることが出来る。
﹁僕が誰か、わかるね?﹂

148
オークたちは怪訝な顔をして、しばらくした後に僕の前にひざまづ
いた。
何で僕に従っているのか、彼ら自身も理解してはいないだろう。
それでも、僕が彼らを支配している以上、彼らは僕に逆らえない⋮⋮
僕が彼らを支配下に置けている間は。
もし、何らかのきっかけで支配が外れたら、彼らはあの衝動に従っ
て破壊と殺戮を繰り返すのだろう。
⋮⋮人間の世界と魔族の世界が相容れない理由がよくわかった。
﹁僕に従えば、お前たちの望みをある程度は満たしてやろう。
だから今はおとなしくしていろ﹂
オークリーダーとなったかつての赤烏のリーダーが、その言葉を聞
いて小さくうなづく。
どうやら、儀式は順調に終わったようだ。
烏は堕ちる:サラ︵☆︶
戻ってきた僕の姿を見て、サラは先ほどと比べて明らかに恐れを抱
いているようだった。
それはまぁ、あんなところを見せたのだ。
怖がってくれなければ意味が無い。
わざわざ儀式を見せたのには目的がある。
僕が恐ろしい存在であると見せることで、
サラが僕に﹁勝てない﹂と思わせることだ。
サラは︵胸は控えめだけど︶それなりに美人だが、
一番欲しいのはその美貌でも肉体でもなく、魔法使いとしての能力
だ。
殺してゾンビにしてしまっては意味が無いし、
自我を失ってしまうと魔法の才能を忘れてしまう可能性がある。
だから、彼女は自分の意識を保ったまま、魔物になってもらいたい

149
のだ。
シロとは違い、基本的に僕と彼女は敵対関係にある。
自ら体を開き、魔物になることを望む事はまずない。
抵抗の意志がある場合、魔族にすることが出来るかどうかまだわか
らない。
最悪、魔力を与えて魔物にして、その結果支配できずに、
僕に襲い掛かってくるようなことがあってはたまらない。
であれば、話としては簡単だ。
サラが自分を失わないまま、僕に服従するように仕向けるのだ。
それには、恐怖によって彼女の抵抗心を奪うか、
シロを魔族にしたときのように、自分から魔族にして欲しいと言わ
せるか、思わせるか。
どちらも出来れば一番よいが⋮⋮
﹁サラぁ! あなた、まだ男に抱かれたことが無いのね?﹂
シロの驚きの声に、思考は中断することになった。
﹁ばっ⋮⋮馬鹿、シロ! あなたなんてこと﹂
シロの舌技でとろとろになったサラが、さらに真っ赤になって講義
する。
そういえば、先ほどのオナニーの話といい、今といい、羞恥心が強
いのだろう。
ならば、そこから自尊心を壊していくのもよさそうだ。
﹁サーリア、いや、サラ。君はまだ処女なの?﹂
直球の物言いに、サラは顔を赤くして口答えする。
﹁うっ、うるさいわね!
このあたしにふさわしい男がいないだけよ!﹂

150
処女である事は否定しなかった。嘘をつくのも苦手のようだ。
⋮⋮なんでこんな世間知らずの子が学院を飛び出したんだろう?
﹁学院にはいい男はいなかったのかい?
生まれも育ちもよくて、魔法の才能のある男は
それなりにいたとおもうのだけど⋮⋮
そもそも、君は本当に学院で魔術を学んだの?
実は箔をつけるためのハッタリなんじゃないの?﹂
この辺はあえて反発させるために言っている。
プライドも高そうだし、引っかかるんでは無いだろうか。
﹁う、うるさいわね!
学院の連中なんて、ほとんどが魔法の才能もロクにないような
貴族のぼんぼんばっかりじゃない!
魔術師の位なんて、わずかでも才能があれば
後は金と家柄で決まるようなものよ!
そのくせ、あいつら人の才能には嫉妬するし⋮⋮って、何言わせて
るのよ!
あたし、あんたに人生相談する気は無いわよ!?﹂
﹁つまり、君には金も家柄も無かった、と。
才能と努力は確かなのに、学院で出世する事はできなかったのかな。
だから、早めに見切りをつけて、
冒険者として実践の中で力をつけよう⋮⋮
そんなことを考えたのかな?
⋮⋮世間知らずとしか言いようが無いね﹂
﹁なっ⋮⋮!!﹂
羞恥心だけではなく、怒りで顔が真っ赤に染まる。
﹁君は自分の実力だけで生きていけると思い込んで、
ろくに調べもせずにろくでなしの冒険者パーティに加わった。
ろくでなしたちは都市の中で他の冒険者を殺すという罪を犯し、

151
君は運悪く犯罪者の仲間入り。
そして、仲間に犯される直前になって、
運良く、あるいは運悪くここに来た。
僕がいなかったら、君の行く末は、
首輪をつけた精液まみれの女奴隷以外になかったじゃないか?﹂
どうやら図星だったようだ。
歯を食いしばっているが、目が潤んでいる。
泣きたいのを我慢しているに違いない⋮⋮
実力もあったのだろうし、努力もしたのだろう。
ただ、この娘はとにかく友達を作るのも世渡りも下手で、
その上でちょっと運が悪かったのだろう。
﹁君は死ぬ。
君に嫉妬して、君を馬鹿にした学院の連中を見返すことも出来ずに。
君の才能は本物だ。知識量も並の魔術師以上だろう。
その才能を活かすことも出来ずに、
こんな辺境のダンジョンで全ては失われる。
とはいえ、ここにこなくても遠からず君は仲間だと思っていた
連中に薬を盛られて犯され、精液と媚薬まみれにされ、
ろくでもない男たちに足蹴にされながら底辺で生きる、
惨めなメス犬になっていただろうから⋮⋮うん、きっと大差は無い
だろうさ﹂
実のところ、この娘の才能は失うには惜しい。
というか、喉から手が出るほど欲しい。
だからこそ、念入りに反抗心を押さえておかないと、失敗したとき
が怖い。
とはいえ、心を砕いてしまっては仕方が無い。

152
僕は鞭の役。飴の役をするのはシロだ。
﹁ねぇ、サラぁ⋮⋮。ここで死んじゃうのは、もったいないよぉ。
一緒になろ? 一緒に魔物になって、ご主人様に飼ってもらおう?
とーっても、気持ちいいの。
サラはまだしたこと無いと思うけど、オナニーするよりも、もっと、
もーっと。
体も、心も、とけちゃうくらい気持ちいいのぉ⋮⋮﹂
﹁ばっ⋮⋮ばかっ、こんなところで、何言ってるのよ⋮⋮っ!?﹂
サラの表情が揺らぐ。
死の恐怖と絶望から、突然下世話な性の話にシフトする。
下世話ではあるが、それは紛れもなく﹁生きていく﹂ことだ。
シロはそこまで考えていないだろうけど、こうやって彼女の頭の中
の選択肢を
﹁殺されるか、シロと一緒に抱かれるか﹂
という二つだけにするのがこの会話の狙いだ。
猟師小屋には負傷した赤烏メンバー2名が残っているとはいえ、
実質的な勝敗は決したと言える。
サラを救いに来る相手はもういないだろうから、時間に余裕はある。
だが、時間をかけてしまうとサラの魔力が回復してしまうし、
いずれ思考力が戻り﹁自力で脱出する﹂選択肢を思いついてしまう
だろう。
無力化している今のうちに、彼女を堕としておきたいのだ。
﹁サーリア⋮⋮いや、サラ。
君がどちらを選ぶにしても、処女のまま死んでしまうのはもったい
ないだろう?
だから、選ばせてあげるよ。
僕に処女を奪われるか、かつての仲間たちに処女を奪われるか。

153
無理強いはしないから、選ぶといい﹂
かつての仲間たちとは、今僕の周囲で待機させているオークたちだ。
彼らのペニスはまだ活力を保っており、
僕が思ったとおりに、ゆっくりとサラの周囲に集まってくる。
僕が命令しない限り手出しはしないが、何を狙っているかは一目瞭
然。
ひっ、っと小さく声を上げてサラが身を硬くする。
まぁ、かつての仲間がこんな姿になってしまったら、
恐ろしいことこの上ないとは思う。
﹁ど、どっちもイヤァ⋮⋮死ぬのはいや、まだ死ぬのはいや⋮⋮﹂
ついに心が折れたのか、サラは泣き出してしまった。
シロはサラがなぜ泣いているのかいまいち理解できないようで、
心配そうにサラのほほを流れる涙を舐め取っている。
⋮⋮もう少し、揺らす必要がありそうだ。
﹁サラ、もう少し考える材料をあげるよ。
⋮⋮オークたち、サラを気持ちよくしてあげるんだ。
ただし、挿入してはダメだよ。
我慢できない時は、ダリアとアスタルテに頼むこと﹂
脇で控えていたダリアは粛々と。
僕のやることを見守っていたアスタルテは、
僕が何をしようとしているのかを察したようだ。
あまり乗り気ではないようだけれどやってきて、オークたちのペニ
スを刺激しだす。
オークたちは興奮に息を荒げ、サラの衣服を脱がしだす。
ダリアに命じて、香油を持ってこさせる。
衣服を脱がせ、ダリアはサラの体に香油を塗りこみ始める。

154
この香油には媚薬の効果もあり、サラが小さく息を荒げ始める。
﹁あ、な、なに、なにするのっ!?﹂
僕はそれに応えることなく、シロに手招きをする。
﹁シロ、僕を気持ちよくしてくれるかな?
君が抱かれているところを、サラに見てもらおう。
アスタルテ、ダリア、サラを気持ちよくしてあげてくれるかな?
⋮⋮ただし、最後まではイかせない事﹂
﹁ご主人様ぁ、わかりましたぁ!﹂
﹁わかりました、マスター﹂
僕の言葉に、シロとダリアは即答する。
﹁エリオット様、ずいぶんと意地悪になられましたね?
⋮⋮こちらの才能はおありのようで、私としては良いことなのです
が﹂
アスタルテが少しだけあきれたように声をかけてくる。
今、僕の考えを理解しているのは彼女だけだろう。
﹁協力して欲しいんだけど⋮⋮アスタルテは、こういうのは嫌かな
?﹂
﹁まさか。あなた様はいずれ魔界の王者となっていただく身。
そのお力になれるのであれば、よろこんで⋮⋮
といいたいところですけれど、オークの相手をするのはあまり好き
ではありません。
だから⋮⋮終わった後で、ゆっくりと抱いてくださいませ﹂
少しだけ微笑み、サラのところに向かう。
﹁いやっ! やだ、やめて! 触らないで!﹂
﹁サラといったかしら? あなた、まだ男を知らないのね?
⋮⋮色々と教えてあげるわ。
女同士でも楽しむ事はできるけど、ね﹂
アスタルテが脚を寝台に固定されたサラの背後に回り、声をかけて
すぐに唇を奪う。

155
いきなりキスされて目を白黒しているサラの腕を、太ももを、
小ぶりな胸を、オークたちのいかつい指がもみしだいていく。
ダリアが寝台の手前に立ち、顔をサラの股間に近づけて、
先ほどまでシロがいじっていた薄い茂みと割れ目に舌を這わせ、奉
仕を始める。
﹁えへへ⋮⋮ご主人さまぁ、シロ、気持ちいいところをサラに見て
もらうんです﹂
﹁そうだね⋮⋮。
彼女が自分の意思で僕たちのところにこれるように、じっくりと見
てもらおう﹂
烏は堕ちる:友釣り︵☆︶
寝台で無数のオークたちに全身を揉みしだかれ、
唇を、耳たぶを、うなじを、股間を刺激され続けるサラ。
その正面に陣取り、僕はシロの奉仕を受けている。
シロはサラに背を向けるようにして膝をつき、
小さなお尻を振りながら、ざらりとした舌で僕のペニスを愛おしそ
うに舐め続けている。
濡れやすい体質なのか、彼女の膣からは既に愛液が漏れ、
膝が痛くないように床に敷いたタオルに吸い込まれている。
﹁サラ、たくさんの相手から奉仕を受ける気分はどうだい?﹂
時折、サラの意識をとどめるために声をかけて反応を見る。
﹁ばっ、ばかなこと⋮⋮あっ⋮⋮いわ、言わないで⋮⋮
やっ、そこやめ⋮⋮あはぁっ?﹂

156
アスタルテがクリトリスを刺激したようだ。
僕は女性ではないので、その感覚は理解できないが、かなり刺激が
強いらしい。
結構きつそうな媚薬を投与されて、話し合いの時間を含めるとかれ
これ30分近く生殺し状態なのだ。それでもまだ反抗的な台詞を言
える精神力には素直に感心する。
﹁あの⋮⋮ご主人さまぁ。シロ、もう我慢できないですう⋮⋮﹂
﹁そうだね、僕もそろそろ入れたいな。
⋮⋮シロ、サラによく見えるように、後ろ向きになって、僕の上に
座って﹂
椅子に座ったまま、少し腰を前に突き出す。
シロは尻尾をくるっと回転させると、僕に背中を預けて、僕の股間
に跨る。
自分の指で膣口を広げて、僕のペニスにあてがおうとしてるのだけ
れど、
自分から入れるのはやはり慣れていないのか、旨く見つけられない
ようだ。
﹁あれ⋮⋮どこ? ご主人様のおちんちん、あ、そこかな?﹂
このまま困らせてもいいけれど、僕もじれったいままになるのはち
ょっと勘弁して欲しい。
シロの小さな腰をつかむと、自分のところに引き寄せて、ゆっくり
とペニスを突きこんだ。
尻尾がピンと跳ねて、シロの快感を主張している。
﹁あああ⋮⋮はぁぁ、入ってくる、ご主人様の、はいってくるぅ⋮
⋮﹂
見ると、アスタルテがサラの頭を押さえて、目線をそらせないよう

157
にしていた。
﹁ほら、御覧なさい。あんな小さな体に、ずっぽりと入っていく⋮⋮
とても、とーっても気持ちいいのよ。
今までの人生や、プライドや、大事な物を全て失ってもいいくらい
に。
あなたも、いずれわかるわ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮っ、そんな、そんなこと⋮⋮。あぁ、シロ⋮⋮あんなに、い
っぱい⋮⋮﹂
サラの目は少しとろけ、目線をはずすこともできず目を閉じること
もせず、僕とシロの結合部を凝視ししている。
調子に乗って、少しだけ大きく動いてサービスする。
﹁ふぁ!? ご主人さま、激しいですっ!﹂
﹁シロ、まだ処女のサラに教えてあげるんだ。
精液はどんな味で、中に出されたときにどんな風に感じるのか﹂
シロの耳元で、それでも、サラに聞こえるような大きさでつぶやく。
シロとサラが二人とも顔を赤らめ、シロが口を開く。
﹁あのねっ⋮⋮ご主人様の、やさしいの。
今までは、痛くて、怖くて、臭くて⋮⋮
おいしく思ったことなんか、一度も無かったの。
でも、ご主人様に犬にしてもらってから、
ご主人様のは、あたたかくて、おいしいの⋮⋮﹂
言葉を紡ぎ出すごとに、きゅっと締め付けてくる。
どうやら、僕に向けて言うのはよくても、他人に聞かせるのは割と
恥ずかしいらしい。
聞いているこっちもちょっと恥ずかしいけど、悪い気はしない。
視界の端で、あぶれたオークたちの相手をしているダリアに目配せ
をする。

158
ちょうどオークリーダーに頭を抱えられ、口腔内に射精を打ち込ま
れているところだったが、僕の意思は伝わったようだ。
オークの精液を口腔内に溜め込んだ状態でダリアが立ち上がり、サ
ラに近づいていく。
サラの鼻をつまみ、呼吸が出来ずに口を開いたタイミングを見計ら
ってキスをする。
ダリアの口の中からサラの口の中に、オークの精液が口移しで流し
込まれる。
﹁っ⋮⋮!? げほっ、臭い、なにこれ、くさいぃぃ!﹂
口移しが終わると、サラは涙目になりながら精液を吐き出す。
﹁⋮⋮これは、オークの精液です。
エリオット様の精液は、もっと⋮⋮おいしいです⋮⋮﹂
ダリアがまじめな顔でサラに語りかける。
そういうものなのだろうかと考えて、ようやくダリアなりの僕に対
する好意の表現なのだと気づく。
⋮⋮もしかして、僕がシロを抱いていることに対して嫉妬している
のかもしれない。
﹁あっ⋮⋮ご主人様、また大きく⋮⋮﹂
シロが敏感に反応する。そろそろ一度出しておきたい頃合だ。
僕は立ち上がって、シロを四つんばいにさせた状態でサラの元に向
かう。
﹁シロ、サラに挨拶してあげて﹂
僕の意図が伝わったのか、近くまで来たところで、シロが上半身を
起こしてサラにのしかかる。
シロとサラが抱き合った状態になったところで、一気にピストンを
強くする。
﹁あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ⋮⋮
いいよ、ご主人さまぁ、いいよぅ。
もっと、もっとぉ!﹂

159
両手を伸ばして、サラの頭を抱え込むようにしたまま、シロが快感
に声を上げる。
﹁ば⋮⋮馬鹿、シロ、なんでここで⋮⋮!?﹂
そういいながらも、体の前で拘束されているサラの両手は、
ついに自分の股間に当てられている。
もぞもぞしているのは、我慢できずに自慰を始めてしまったからだ
ろう。
﹁きてぇ! サラに見せてあげるのぉ!
シロがはしたなく雌犬まんこで行くところ、見てもらうのぉ!﹂
恥も外聞も無い叫びに、僕の我慢も限界に達した。
シロの尻肉を強くつかみ、ひときわ深くペニスを突きこみ、子宮の
奥に向けて射精する。
シロの膣内に、何度目かの精液が一気に打ち込まれる。
﹁いくの、イクのっ!
ああっ、あついっ、あちゅいよぉぉぉぉぉ!﹂
シロの体が大きく痙攣し、ピンと背がそる。
全身から細かな汗の粒が噴出し、薄い産毛にまとわりつく。
脱力したシロの体がサーリアにしなだれかかる。
﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮あ、そうだぁ⋮⋮﹂
何かを思いついたのか、シロが体を動かし、結合を解く。
まだ半分硬いままの僕のペニスを見てサラがぎょっとした顔になる
が、シロはお構いなしにペニスに残った精液を吸いだそうとする。
それが気持ちよくて、ちょっと腰が引ける。
﹁⋮⋮ん﹂
口の中に僕のザーメンを少し溜め込んで、シロはサラに向けて振り
返る。

160
何をされるのか察して、いやいやと子供のように首を振る。
﹁ちょっと、シロ、やめて、お願いだから⋮⋮むぐ﹂
シロの口腔からサラの口腔へ、今度はオークではなく僕の精液が注
ぎ込まれる。
長い口付けのさなか、呼吸困難になったのか、
サラは諦めたかのように僕の精液を嚥下した。
﹁えへへ⋮⋮サラぁ、おすそ分け、だよ⋮⋮。
ご主人様の精液はね、飲み込むと、エッチな気分になって、
もっと、もっと欲しくなっちゃうの⋮⋮
おなかの中があったかくなって、おなかの中にもっと出して欲しく
なって、切なくなっちゃうの。⋮⋮今ならわかるよね?﹂
サーリアの唇やほほをぺろぺろと舐めながら、シロがささやきかけ
る。
﹁そんなの、嘘⋮⋮嘘よぉ⋮⋮﹂
半分泣きながら、それでもサラの指は自分の股間をまさぐるのをや
めない。
もう自分がオナニーをしていることを自覚できていないのかもしれ
ない。
﹁プライドの高い子ね⋮⋮。
エリオット様、こういう子は、一度とことんまで汚してあげるとい
いですわ。
たいてい、こういう子はマゾッ気が強いものですから﹂
アスタルテが聞こえよがしに僕に提案する。
サラがそれに反応して声を上げるが、それはもう哀願にしか⋮⋮
しかも、明らかに被虐の快感を願う声にしか聞こえない。
﹁いやぁ⋮⋮やだよぅ。
もうザーメン臭くなるの、いやぁ⋮⋮
おまんこくちゃくちゃされるのもいやぁ⋮⋮﹂

161
今まで口に出さなかった隠語を使い出す。
タガが外れてきた証拠だろう。
ならば、そこを押してあげよう。
﹁オークたち、サラの顔に君たちのザーメンをぶっ掛けるんだ。
容赦しないでいいよ。
ダリア、シロ。オークたちが射精しやすいように手伝ってあげて﹂
﹁いやっ、いやぁ、やめてぇ⋮⋮!
オークチンポ、いやぁ⋮⋮﹂
﹁サラ、聞き分けの無い子だね。オークリーダー⋮⋮。
サラは、君のペニスを舐めてみたいみたいだよ?﹂
僕の許可を得たオークリーダーは、寝台の前に入り込むと興奮の声
を上げてサラの頭をつかむ。
乱暴になりすぎたらすぐ止められるように注意しつつ、オークリー
ダーがサラの顔面にペニスを突きつけるのを見守る。
なんども突き出される巨大なペニスにほほを叩かれ、イヤイヤする
ように顔を振っていたサラも、しばらくしたら諦めたように口を開
く。
オークリーダーの、子供のこぶしくらいの大きさのペニスはサラの
口にはなかなか収まらず、亀頭の半分くらいだけを口に含んだまま、
サラはもごもごと舌を動かす。
もどかしそうに、オークリーダーは何度か強引にペニスを突きこむ。
強引なイラマチオはしばらく続き、偶然のどの引っ掛かりを越えて、
喉奥にペニスが突きこまれた。
サラが目を見開き、息苦しそうにもがく。
流石にこのままでは窒息してしまう、オークリーダーに止めるよう
に命じて、アスタルテに一つ指示を出す。後ろでオークたちが動き
出すのがわかる。

162
オークリーダーは中止命令をかなり嫌がったが、
僕の命令には逆らえずに、しぶしぶペニスを引き抜く。
﹁げほっ、げほっ⋮⋮無理よ、そんなの入らないわよぉ⋮⋮﹂
サラが呼吸を整えるのを待ち、その間に仕込みをしておく。
具体的には、アスタルテ・ダリア・シロの3人がそろって、
サラの前に並べたオークたちの前立腺を刺激しているのだ。
何本ものオークのペニスが、肉の砲列となってサラに狙いをつける。
﹁ねぇ、サラ。こっち⋮⋮むいて♪﹂
シロの楽しそうな声に、うつむいて呼吸を整えていたサラが顔を上
げて、目を見開く。
なぜ、今まで体中を這い回っていたオークの指が消えたのか、よう
やく理解する。
オークたちはそれぞれのペニスをサラの顔に向けて、いっせいにし
こしことこすっていたのだ。
サラの顔をめがけて、オークたちが一斉に射精する。
びゅるびゅると音を立てて、
粘性の高い白濁したオークの精液がサラに降り注ぐ。
サラの青紫色の長髪が、白く染まる。
﹁あぁ⋮⋮汚い、オークのザーメン、汚い⋮⋮﹂
精液まみれになり、湯気を上げながら呆然としたサラがつぶやく。
唇から、意外と肉感的な舌が伸びて、唇の周囲のザーメンを舐め取
る。
両手は未だに股間に添えられたまま、オナニーを続けている。
シロがサーリアに駆け寄り、一緒になってザーメンを舐めとる。
まるで犬が仲間をグルーミングしているようだ。
﹁サラ、どうだった?
早くバージンなんて捨てて、一緒にご主人様に抱かれようよぉ♪﹂
﹁バージン⋮⋮抱かれる⋮⋮わたしのまんこに、ちんぽがつっこま

163
れるの⋮⋮?﹂
既に色々と麻痺しているのだろう。ぼんやりとした言葉が返ってく
る。
サラに近づいて、顔を覗き込む。
﹁サラ、君は悪い子だから、罰を与えないとね。
もっと汚してあげる、もっと虐めてあげる。
だから、どうされたいのか自分で言うんだ﹂
青い瞳の奥で、何かぐらぐらと揺れているのがわかる。
﹁いやぁ⋮⋮くさいちんぽ、押し付けないでぇ⋮⋮﹂
どうやら、今までの流れを見るに
﹁嫌なことを強制される﹂のがサラのお望みなのだろう。
さっきまでシロの中に入っていたペニスを突き出す。
﹁いやぁ⋮⋮いや、いやぁ⋮⋮んむ﹂
涙目になって、拒絶の言葉を口にしながらも素直に僕のペニスを口
に含む。
流石に経験など無いだろうから、舌使いは稚拙だけど、必死になっ
て吸ったりしゃぶったりを繰り返している。
﹁サラ、もっと舌を絡めて。
キスするみたいに先っちょや袋にもするんだ﹂
﹁サラぁ、シロも一緒に、ご主人様のおちんちんしゃぶるね。
⋮⋮私ね、あなたと仲良くなりたかったの。
だから、一緒になれて嬉しいなぁ⋮⋮﹂
シロが一緒になって奉仕をしてくる。
サラは目を白黒させながらも、シロにあわせて奉仕を始める。
﹁気持ちよくなってきたよ。
⋮⋮サラ、どこに出して欲しい?
顔? 口の中? それとも髪にかけて欲しい?﹂
﹁あ⋮⋮お、お口の中⋮⋮﹂
ちょっとだけ素直になったのか、サラがぼんやりと返答する。
﹁じゃぁ、顔に出してあげる﹂

164
﹁やっ⋮⋮お顔、いや⋮⋮﹂
﹁シロにも、シロにもかけてくださぁい♪﹂
シロがサラに口付けし、その合わさった唇の間にペニスが挟まれる。
その快感に、二回目の射精を叩きつける。
白濁がシロとサラの顔にかかり、二人の顔を汚す。
二人は黙ったまま即座に鈴口をすすり、残った精液を吸い取り始め
る。
﹁⋮⋮おいしい﹂
﹁サラもそう思うよね♪﹂
サラの顔面に、口内に精液を直接与えて、
ようやく自分の魔力が彼女の精神に入り込んで行くのがわかった。
そろそろ頃合だろう。
サーリアは⋮⋮いや、ちょうどいい。この名前は捨てさせよう。
﹁サラ、今から僕は君を犯す。
処女のサーリアは僕の女になり、
魔術師のサーリアは死んで、サラに生まれ変わる。
君の魂は汚され、精液まみれになって、
人間ではなくいやらしい魔物にされてしまうんだ﹂
サラはぼんやりした目で僕を見上げる。
﹁わたし⋮⋮死ぬの?﹂
﹁死ぬわけでは無いけどね。
処女で犯罪者の仲間だったサーリアはいなくなって、
いやらしいメスのサラになるんだ。
僕に魂を汚されて、人間でもなくなって、君は魔物になる。
エッチで汚らしい魔物になる﹂
﹁汚くて⋮⋮エッチになるの⋮⋮?﹂
﹁そうだ。精液まみれになって、抱かれるのが大好きになる。
まんこも、口も、お尻の穴も僕に捧げるメスになるんだ。嬉しいか
い?﹂

165
﹁お尻の穴まで⋮⋮やだ、きたならしい⋮⋮﹂
﹁そうだね、君は汚される。でも、それが君の望みだろう?﹂
﹁わたしの⋮⋮望み⋮⋮?﹂
﹁そうだ、君は無理やり犯されたいと思っていた。
けれど、サーリアは自分を守るプライドが高すぎて、
隠れてオナニーするだけしか出来なかった。
もう隠さなくていい。
もう強がらなくていい。⋮⋮それに、友達もできただろう?
⋮⋮これは契約だよ。本当に嫌なら、僕は君を魔物にしない。
だけど、君が望むなら、僕は君の処女を奪って、僕の女にして、魔
物にする。
⋮⋮さぁ、君の望みは?﹂
烏は堕ちる:淫魔と化して︵☆︶
﹁わたし⋮⋮わたし、本当はエッチなの!
もっとエッチなこと知りたいの! したいの!
奪って、犯して、汚して⋮⋮もっと、もっとサラにエッチなことし
て欲しいの⋮⋮!﹂
よし。彼女の言質は取った。精神的にも、まだ壊れてはいない。
﹁⋮⋮<はなせ>﹂
ずっとサラを捕まえていたゴーレムの腕が彼女の足を解放する。
サラの両足をつかみ、持ち上げて寝台に仰向けに寝かせ、脚を大き
く開かせる。
彼女の、まだ誰も通過したことの無い股間の茂みが目の前でひくつ
き、その下で小さな菊のような穴を隠すようにうごめいている。
鼓動の速さを表すように、呼吸するように、愛液に濡れた唇がぴく
ぴくと震えている。

166
顔を近づけて、クリトリスに軽くキスをする。
﹁ひあっ!? あっ、ああっ!?﹂
雷に打たれたように、サラの腰が跳ねる。
クンニリングスを受けるのはさっきと同じだが、ずっと中途半端な
刺激で生殺しにされていたのだ。
調子に乗って強く吸い付き、甘く噛み付く。
﹁やっ、いやっ、だめっ⋮⋮で、でちゃうぅぅぅぅぅっ!?﹂
叫び声と共に、プシャァっと言う音と共に少量の水がサラの股間か
ら吹き上がった。
予想外のことに、想いっきり顔に浴びてしまう。
⋮⋮実物を見るのは初めてだけど、これが潮吹きってやつか。
﹁サラ、子供じゃないのにお漏らしとは困った子だね﹂
からかうようにいうと、サラは何が起きたのかわからないといった
按配で、涙目になっていた。
﹁ご⋮⋮ごめんなさい、ごめんなさいっ! 今、何があったかわか
らなくて、我慢できなくって⋮⋮﹂
自分が小便をもらしたと思って、本気で戸惑っているのだろう。
ちょっと可愛いと思ったが、丁度良いのでそこにつけこむことにし
た。
﹁おしおきが必要だね⋮⋮サラ、おしりを向けて﹂
﹁えっ⋮⋮あの、怒ったなら謝るから⋮⋮おねがい﹂
﹁お尻を向けて﹂
叫ぶようなことはせず、淡々と命令する。
おびえたように、サラは体をひっくり返して、四つんばいになって
形のいいお尻を突き出す。
パァン!
﹁いたぁっ!﹂
サラの尻たぶに、うす赤く手形が残る。二回、三回とスパンキング
を行う。

167
﹁悪い子にはお仕置きが必要だね。サラは悪い子だからおしおきさ
れるんだよ?
サラはこれからいい子になる?﹂
スパンキングをしていたら、サラの股間からついに愛液が垂れてき
た。
改めて確認したが、マゾッ気が強いというのは本当のようだ。
﹁ごめんなさい、ごめんなさい、サラはいい子になります、いい子
になりますから⋮⋮﹂
﹁うん、サラはいい子だね⋮⋮じゃぁ、こう言うんだ。
﹃サラのおまんこに、ご主人様のおちんちんを入れて、サラを女に
してください﹄って﹂
﹁あ⋮⋮はい、わかりましたぁ⋮⋮
サラのおまんこに、ご主人様のおちんちん入れてください。
サラを女にしてください⋮⋮!
お願い、お願いします。このままじゃ、サラ、ばかになっちゃ⋮⋮
あぁぁぁぁ!﹂
その叫びが終わる直前に、サラの尻をつかみ、未開拓地であるサラ
の膣にペニスを突きこむ。
入り口は愛液で滑らかになっておりするりと入ったのだが、入って
すぐに強い引っかかりにぶつかった。
これが処女膜かと理解するより前に、力任せに突き破る。
﹁ああぁぁああっ! いたいっ、いたぁぁぁぁい!!﹂
処女を抱くのは初めてだから、正直どれくらいの痛みなのかわから
ない。
それでも、今の段階で彼女の精神を塗り替えなければいけない。
媚薬と今までの焦らしの効果で何とかなると信じるしかない。
﹁サラぁ⋮⋮おめでとう。女になれたね﹂
シロがサラの泣き顔にすりより、涙を舐め取る。
﹁ご主人様に女にして貰えて、本当によかったね。わたしみたいに、

168
痛いだけじゃないもの。気持ちいい?﹂
﹁ま⋮⋮まだ、わからな⋮⋮あっ!﹂
﹁すぐ⋮⋮よくなるよ﹂
そういうと、シロはサラの唇を奪う。キスの感覚に気を取られてい
る間に、痛みが和らげばいいのだが。
見れば、結合部は血で赤く染まっている。処女膜が破れた証拠か。
﹁エリオット様、血が出るのは初めだけです。しばらくゆっくりと
してあげてくださいませ﹂
アスタルテのアドバイスに従い、動きを緩める。
ピストンの速度を落とす分、他のところにも手を伸ばす。
小ぶりな胸に手を伸ばし、手のひらで隠せる程度のかわいらしい乳
房をもみしだき、乳首をこね回す。
乳首はかなり敏感なようで、もともと硬くなっていた乳首はかるく
こねるだけでさらに反応する。
スレンダーなのはいいけれど、もう少しおっぱいは大きくても罰は
当たらないよな⋮⋮
﹁あ⋮⋮あっ!?﹂
サラが突然声を上げる。
﹁胸が⋮⋮おっぱいが熱いの、あついのぉ⋮⋮!?﹂
﹁あれ、サラちゃん、おっぱいが増えた⋮⋮?﹂
シロのきょとんとした声に、改めて確認するとさっきよりも手に吸
い付く質感を感じる。
言われてみれば最初よりは心なしか質量が増えたような⋮⋮?
﹁エリオット様、それはあなたのせいですよ﹂
アスタルテの言葉に、今度は僕がきょとんとする番だった。
﹁わたしにはできませんが、あなたのお父上もその力をお持ちでし
た⋮⋮
人間を魔族に変えられるのですから、体を作り変えることもできな
いことではないのです。
とはいえ、普通はそんなことはできません。“調律者”特有の力で

169
すが⋮⋮
やはり、エリオット様は︻何かを作る/作り変える︼ことに才能を
発揮されますね⋮⋮﹂
アスタルテの目は何か懐かしい物を見るようなものだった。
白状すると、もう既にいない父親に、僕は少しだけ嫉妬した。
﹁あはは⋮⋮おっぱい、おおきくなった⋮⋮小さいの、気にしてた
から、ちょっと、嬉しい⋮⋮
あっ、なんか、くる? 何か来るの? やだ、怖い、なにこれ、何。
何!?﹂
きゅん、とサラの膣内が痙攣する。
どうやら、媚薬の効果か今までの蓄積の効果か、痛みが快感に切り
替わったようだ。
﹁流されていいよ、身を任せるんだ。口に出して、声を出して。も
っと汚れてもいいんだよ?﹂
背中にのしかかるようにして、耳元にささやく。耳たぶを軽く噛み、
息を吹きかける。
﹁ひゃ⋮⋮﹂
息が抜けたような声を漏らして、サラの上半身が崩れ落ちる。
股間が暖かく濡れる。少量だが、快感で本当に小便を漏らしてしま
ったみたいだ。
﹁またおもらし? サラはお漏らしするのがすきなの?﹂
﹁わ、わかんない⋮⋮わかんないのぉ⋮⋮きもち⋮⋮いいの、男に
抱かれるの、気持ちいいの⋮⋮﹂
次第に、魔力が蓄積していくのがわかる。
飲み込ませた精液からも、僕の魔力がゆっくりとサラの体の中を、
心の中を書き換えていくのが進行して行く。
﹁なら、サラ。そろそろ行くよ?﹂
﹁ふぇ⋮⋮? なに、どこに行くの⋮⋮?﹂
﹁サラのおまんこの中に、僕のザーメンをどぴゅどぴゅ注ぎ込むん
だ﹂

170
あえて下品な言葉を口にする。
振り返っていたサラの顔が、少しの恐怖といっぱいの喜びに満ち溢
れる。
﹁さぁ、サラ。ちゃんと口に出すんだ。君はどうなる? どうして
欲しい?﹂
﹁⋮⋮もっと、もっとサラを汚して! おまんこに、ご主人様のザ
ーメンをどぴゅどぴゅしてください!
もっと気持ちよくして、もっと悪い子にして!もっと、もっとくだ
さい! おねがいぃぃぃ!!!!!﹂
﹁出すよ! サラの中にいっぱい出すよ! 全部、受け入れるんだ
⋮⋮っ!﹂
どくどくどくっ!
ペニスから、鼓動と共に精液が飛び出したかのようだった。
打ち出された精液がサラの子宮口を叩き、その奥の子宮を、その向
こう側の体内を、精神を、僕の魔力が蹂躙していく。
﹁お⋮⋮おあ⋮⋮あ⋮⋮おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ⋮⋮♪﹂
崩れ落ちていた上半身が海老のように反り、動物じみたうめき声が
あがる。
恍惚の表情でサラがうめき、シロが愛おしそうにサラの肩を抱きと
める。
﹁シロ、シロォ⋮⋮セックスって⋮⋮最高ぉ⋮⋮﹂
ぷしゃ、ぷしゃぁぁぁぁぁ。
サラの上半身から力が抜け、倒れこむ。
絶頂と同時に失禁し、暖かい水溜りをつくりながらサラは失神した。
失神と同時に、サラの体に変化が起こる。
背中の肩甲骨の下辺りに、薄い影が生まれたかと思うと、皮膜のよ
うな小さな翼が生まれる。
突き出された格好になっているため、むき出しになった肛門のすぐ
上辺りから、同じように皮膜状の尻尾が生えてくる。

171
﹁あら、この子、わたしの同族になりましたわね﹂
アスタルテが少し驚いたように言う。
サキュバス
﹁ってことは⋮⋮女淫魔?﹂
インプ
﹁まぁ、サキュバスにも個体差は大きいのですが⋮⋮小悪魔に比べ
れば上位の悪魔の種族ですね﹂
﹁ふぅん⋮⋮とりあえず、目的は達成したし、ひとまずは僕のダン
ジョンは安泰、ってことか﹂
﹁ええ、そのとおりです。では、エリオット様。約束どおり、こん
どは私をゆっくりと抱いていただけますよね?﹂
アスタルテの言葉に便乗するように、ダリアも僕の手を引き、自分
の胸に当てる。
﹁マスター⋮⋮わたしも、お情けが欲しいです⋮⋮﹂
見れば、シロはまだ朦朧としているサラを抱きかかえて、股間から
流れ出る精液を舐め取っている。
どうやら、シロには︵サラ限定かもしれないが︶同性愛の傾向もあ
るようだ。
﹁オークたち。褒美を上げよう。そこにいる二人を犯してあげて﹂
その言葉にオークたちは沸き立ち、シロとようやく意識を取り戻し
つつあるサラは、自分たちがこれから受ける陵辱に、恐怖と⋮⋮ほ
んの少しの期待の様子を見せた。
﹁サラ、シロ。元は彼らも君たちの仲間だ。
これからは同じ僕の配下になるのだから、仲良くするといい。
⋮⋮今度は、気持ちよくなれるだろうからね﹂
僕たちが部屋を出ると、オークたちの歓声と、サラとシロの悲鳴と
も嬌声ともつかない叫びが響き⋮⋮数分もしないうちに、甘い声が
響き始めた。
◆◆◆

172
数日後。
猟師小屋で毒が抜けるのを待った赤烏の残りメンバーは、
戻らないレグダーたちを探し、改めて鉱山村を偵察にやってきてい
た。
彼らが見た物は、あまり変化の無い村の光景と⋮⋮
この前は見ることが無かった、武装したオークの集団。
オークリーダーはなかなか見ないサイズの巨体であり、その集団は
少数ながらも統制が取れている。
⋮⋮オークたちの武装が、彼らにとって見覚えがあるものであった
ことに気が付いたとき。
赤烏の残党は、赤烏という冒険者チームがもう存在しないことを理
解した。
赤烏の残党は少し水門都市エブラムに舞い戻り、そこから別の傭兵
団に混じって他の地方に逃れた。
彼らの口から、鉱山村には訪れた者を魔物に変える恐ろしいダンジ
ョンマスターがいることが広まり、鉱山村はいつしか﹁人食いダン
ジョン﹂と呼ばれるようになった。
173
第二序章:あらためて、ダンジョンへようこそ!
これが、僕がこのダンジョンのマスターになり、
あのメイド二人が僕のために人生を失い、魔物としての生命を得る
までのお話。
⋮⋮と、まぁこんな風に人生は転がっていくものさ。
君みたいな危なっかしい職業の人と渡り合うなんて、それまでは思
ったことも無かったんだから。
君はなかなか感じやすい体質みたいだね。
椅子の下がプールになるんじゃないかと思うくらい、色々と垂れ流
してるね。
話を聞いているうちに、自分でも犯されたくなってしまったの?
それとも、僕のメイド二人の熱烈な歓迎にそんなに喜んでくれた?
⋮⋮まさか途中で薬の効果を解除されるとは思わなかったよ。

174
暗殺ギルドにはいい薬師がいるみたいだね。
椅子自体に仕掛けをしていなかったら、危なく君を死なせなければ
いけないところだった。
サラの魔法はすばやく放てるんだけど、いかんせんあの子は手加減
が苦手でね。
まぁ、わかっていると思うけど、今の君は体力もないし、まともな
状態じゃないよね?
どうせ、仕事柄色々とその手のやり方は知っているでしょ?
それに、僕はたぶん君が知らない手法も使っているだろうから⋮⋮
もう、諦めてしまってもいいんじゃないかな?
欲しくなったら、いつでも取引には応じるよ?
それとも、今まさにこのダンジョンを攻略中の神殿騎士たちに、助
けを求めてみる?
そろそろ鉱山の中に入ってから一時間は経つかな?
君たちが仕掛けた内通者がいつ動くか、君は知っているんだろう?
その様子だと、もうちょっと先かな。
まぁ、うまくいってしまうと、君は助からないから難しい話だよね。
ところで、暗殺ギルドは君を助けてくれると思うかい⋮⋮?
わかってるみたいだね。
暗殺ギルドの仕事がうまくいくと、君を助ける必要も無くなる。
君がただの下っ端とは思わないけど、君一人のために動くほど暇な
組織じゃないだろうしね。
暗殺が失敗すると、神殿騎士たちはここにやってきて、もしかした
ら君を助けてくれるかもしれない。
魔物にさらわれていた旅の女商人を保護して、彼女たちは意気揚々

175
と水門都市エブラムに君を連れ帰るだろう。
君は、<水門都市エブラム>から逃げ出す前に、任務失敗の責任を
問われて何らかの罰を⋮⋮君の顔を見る限り、生きて帰ることはな
さそうだね?
あぁ、怖がらせちゃったね。ごめんよ?
よしよし、落ち着いて。誰だって、死にたくなんか無いよね?
なにが怖いの?
暗殺ギルドの上役が神殿騎士の軍に紛れ込んでいるから、その人に
ばれるのが怖いの?
あぁ、やっぱりね。恐怖で縛られているなら簡単さ。
その上役がいなくなってしまえば、何の問題も無いだろう?
僕はこのダンジョンのマスターだ。神殿騎士を生かすか殺すかでは
意見が分かれたけど、あの軍勢には敗退してもらう必要があるのは
変わりないし⋮⋮その準備もしてある。
君が色々と教えてくれるならば、君の上役が悲しい“事故”にあう
ことも簡単になると思わないかい?
君が望むならば、僕のところで働くのもいいんじゃないかな?
どっちにしろ、君はこのままではエブラムには戻れないだろうし、
僕もエブラムの裏側に詳しい人材が欲しいと思っていたところなん
だ。
僕は無理強いはしないよ。そこまで魔族の力が強いわけでもないし、
無駄に君を殺して楽しいわけでもない。
僕と手を組むのがいやなら、今そういってくれればいい。
すぐに解放するわけには行かないけれど、一通り落ち着いたら近く
の町に逃げ込める程度の食料を持たせて解放してあげるよ。
⋮⋮そこから暗殺ギルドの追っ手が来るかどうかは君の運しだいさ。
僕はその組織に関して詳しくないしね。
万が一、このダンジョンが攻略されてしまったら、まぁさっき言っ

176
たように神殿騎士たちに保護されることになるだろう。
選ぶのは⋮⋮ん、なに?
うん、そうだね。君の選択を僕は歓迎するよ。
今から人間としての君はいなくなり、どのような形になるかわから
ないけど、魔物としての君に生まれ変わる。
まぁ、メイドたちを見てもらえればわかると思うけど、どんな姿に
なるかはまだわからないよ。
じゃぁ、宣言して。
僕のところで庇護を受けるために、人間であることをやめ、暗殺ギ
ルドの構成員であることよりも僕の眷属であることを選ぶって。
そうすれば、契約は成立だ。
僕は君を守って、一緒に来ている暗殺ギルドの上役を倒すように働
きかけよう。
いいかい?
⋮⋮声が小さいね。もう一回言ってもらえるかな?
⋮⋮いいだろう。契約は成立だ。
君が目覚めたら、改めて何でこうなったかを聞かせてあげるよ。
さあ、体を楽にして⋮⋮今だけは全て忘れて、快楽を受け入れて。
⋮⋮さよなら、人間のお嬢さん。
目くるめく快楽の魔界へ、ようこそ。
177
水門都市エブラム:冬があけて
“赤烏”壊滅の噂は、公にはならないが、着実に浸透したようだ。
僕の故郷が﹁人食いダンジョン﹂として有名になってから、かれこ
れ半年が過ぎようとしていた。
一年の終わりがやってきて、祝い事もなく新年が訪れたが、ここで
は特に変わったこともない。
どちらにせよ、冬の間は戦も普通はないし、人間だって獣だってお
となしくしているものだ。
それに、半年の間、日々を無駄に過ごしていたわけではない。
魔力を溜め込み、強化する研究をしていたこともあるが、一番大き
いのは身の回りの整理を始めたことだ。
目的はただ一つ、引越し⋮⋮というか、単に逃げだす準備だ。
盗賊のシロと魔術師のサラを僕の眷属に加えてから、うかつに眷族

178
を増やすのは避けるようにしていた。
これにはいくつか理由があるが、単に来る客が減ったということも
ある。
まぁ、冬の季節に旅人が多いわけもないけれど、壊滅した⋮⋮とい
うか、僕が壊滅させた“赤烏”は、水門都市エブラムでもそこそこ
名が知られた荒くれ者たちだったことも原因だ。
それが撃退され、あまつさえ魔物と化してしまったということが噂
話として広まったのが、予想以上に効果を挙げていたようだ。
ギュスターブから紹介される逃亡者たちの中にも、そのことを聞い
てくる者がいた。
話をすれば受けは取れるのだろうが、あまり細かく話すのは避けた。
情報は武器だという事は、僕自身が嫌というほど思い知っている。
謎は謎のままであることが最も重要で、謎が解き明かされたとき、
そこには解決可能な障害しか残らない。
眷族を増やすことを躊躇するようになったのも、そのためだ。
⋮⋮実際に、事情も知らないまま﹁魔物にして欲しい﹂と頼んでく
る者もいた。
﹁高確率で死ぬけどいい?﹂と脅すことで追い返したが、追い返し
方も考えないといけない。
ギュスターブからの情報はそう頻繁に届くわけではない。
紹介状を持った客人が彼からの情報を持ってくることもあるが、直
接来る事は数ヶ月に一度だし、傭兵団が戦争に行ってしまえば、そ
の間は音沙汰なしになることも普通だ。
あの爺さんは殺しても死ぬような相手では無いが、何処かでうっか
りのたれ死ぬこともありえるのだ。
すると、今の僕は外部の情報から完全に遮断されてしまう可能性す
らある。

179
だから、彼からの情報だけを頼りにするのは危険だ。
そのため、冬があけてからは僕自身が時折遠出をすることにした。
このご時勢、旅の行商人は珍しいものではない。
治安はお世辞にも良いとは言えないから、大手の商会は隊商を組ん
で数を増やしてリスクを減らす。
そして、個人規模の小さい商人はあえてリスクを負うことで儲けを
狙うこともある。
行商人の身分は、商人のギルドや各地の領主、あるいは教会の発行
する許可証によって保障される。
それだけに、ギュスターブの伝手を頼って許可証さえ手に入れた後
は、身分を偽って旅をする事は容易だった。
水門都市エブラムは僕のダンジョンから一週間ほどの距離にある、
近隣では大きい都市だ。
エブラム辺境伯という人物が治める都市であり、この近隣の中では
最も大きい⋮⋮らしい。
それでも、僕が育った国全体を見渡せば、大都市とは言っても大き
さは並程度で、ここ以上に大きな都市はまだ他にあるらしい。
その上で、知識の上ではこの国だって、この大陸上にある4つの国
の中では中くらいの大きさだ。
しかも、覇権をかけて東の大国と争っているというのだから正直実
感がわかない。
僕の故郷は辺境というだけあって他国との国境に近いが、国の西側
に位置するため戦争とはあまり縁がない。
隣国と関係も悪くなく、生まれてこの方きな臭くなったことも無い。
もっとも、お互いの国にとって辺境なのだ。
鉱山の開発が大規模に進み出せばまた別だろうが、戦争をしても利

180
益がないというのが正直なところなのだろう。
僕は生まれの事もあって、生まれ故郷からロクに出たことがない田
舎者だ。
子供の頃に、母に連れられて二泊三日で遊びに行った人口500人
程度の街が、今までの生涯で最も遠出した記憶であり、最も大きい
都市の記憶だったのだ。
その何十倍も大きな都市に行くというのは、知識としてわかっては
いても実際に見ると圧倒されるものだった。
⋮⋮やわらかい表現をしても、エブラムに入ってから一時ほどの僕
の挙動は、まさに絵に描いたようなおのぼりさんだったことだろう。
﹁エリオット様、そんなにきょろきょろしていると行商人っぽく見
えませんよ﹂
と、アスタルテにたしなめられてしまうのも、都市に入ってから三
回目。
彼女はいつもの修道女っぽい衣装ではなく、旅の吟遊詩人のような
衣装を身につけている。
商人衣装の自分と詩人姿のアスタルテ。
本当は自分の部下なのだから、商人っぽい衣装を身につけるべきで
はないかとアスタルテには言われたのだが、都市に入ると明らかに
自分のほうがアスタルテの上役に見えなくなるのは予想されていた
ので、今回は敢えて衣装を変えてもらったのだ。
その判断だけは、正解だったと思える。
旅慣れた女詩人が田舎者の行商人に同行している姿は珍しいかもし
れないが、この大都市の中ではそこまで奇異に映るものではない。
まぁ、実際のところアスタルテもそこまで旅慣れていたわけでは無
いが、僕よりははるかにましだった。
二人で宿に泊まればそういう仲なのだと勝手に推測されて、あまり

181
詮索されないのもありがたかった。
これが田舎町ではこうはいかない。
どこから来たのか、どんな関係なのかと質問攻めに会うのは目に見
えている。
水門都市の名にたがわず、エブラムは都市の中央に大きな川が走っ
ている。
水に縁のある都市らしく、エブラムでもっとも信仰を集めているの
は教会の神々の中でも川の女神だという。
川の女神は、光の勢力に属する神群信仰を行っている教会の神々の
中では母親と若い女性を守るとされている神格のはずだ。
教会で信仰されているのは、主神である光の神を中心に何柱かの神
格。
最近読んだ異国の書物によれば、唯一新として光の神だけを認め、
他の神を否定する一神教という宗教と比較して、このような信仰の
形を多神教とか神群信仰というらしい。
川の女神のほかにも、傭兵や冶金技術者に信仰を集める炎の戦神、
貴族や知識階級に人気がある大樹の賢老など、教会の認める神々に
はその守護する分野によってバラエティが豊富だ。
⋮⋮とはいえ、昔から教会にはいい思い出がない。
それに、僕は半分魔族で、今となってはダンジョンマスターとして
魔物を支配しているのだ。
神様とやらが恩寵などくれるはずもないだろう。
水門都市エブラムではこの豊富な水資源を活用して、都市内部に幾
つもの水路と、動力としての水車が並んでいる。そして、それを根
元で統括する巨大な水門がこの町の特徴だろう。
また、エブラムから周囲の農村に向けて数本の大きな水路が走って

182
おり、エブラムの下流には辺境としてはかなり豊かな耕作地帯が広
がっている⋮⋮と、言うのは知識では知っていたが、やはり実際に
見るのとは違うのだ。
街のいたるところに細い水路があり、何に使うのかわからない程多
くの水車が回っている。
粉引き以外にも、利用法は多そうだ。
聞いた話によると、水門都市エブラムはもともと川の片側にしか都
市部がなかったのだが、現在のエブラム伯の治世になってから大掛
かりな治水工事を行い、結果として当時はまだ開かれていなかった
川の反対側にも都市が広がったのだとか。
こんなにも発展したのはそれからのことだということなので、エブ
ラム辺境伯という人物はそれなりの傑物なのだろう。
そんなこんなで、街中を軽く見回った後で治安のよさそうなエリア
の宿を確保して一息つく。
二人で酒場に下りて食事を取っていると、隣のテーブルで話してい
る内容が耳に入った。
﹁どうやら、ついに教会が動くみたいだな﹂
﹁あぁ、あの人食いダンジョンだろう?
なんでも、領主様のところのお嬢様が指揮を取るのだとか。
ありがたい話だな﹂
﹁しかし、なんでお嬢様なのかねぇ⋮⋮
確かに教会の聖堂騎士としての資格はお持ちだが、
軍歴は無いんじゃなかったか?﹂
﹁俺たちにはわからんが、政治的な取引なんじゃないの?
エブラム伯も歳の離れた姪には甘いんだろうさ﹂
﹁果たして、本当に姪なのかわからんがね。
案外何処かの女に産ませた実子だったりな﹂
﹁おいおい、冗談でも衛兵に聞かれたらドヤされるぞ?
まぁ、あのエブラム伯の血を継ぐ才能を持っているなら個人的には

183
歓迎だがね﹂
⋮⋮教会が動く、という言葉は捨てて置けない単語だった。
ギュスターブが何度も警告した言葉だし、教会の勢力というのはこ
の国を含む近隣諸国では非常に強い。
﹁エリオット様⋮⋮気になりますわね﹂
﹁あぁ、ちょっと話を聞いてみるよ﹂
田舎者ではあっても、もともと客商売をしていたのだ。
旅人や行商人相手の当たり障りの無い会話なら慣れたものだし、
行商人がどのような話を好むのかも覚えている。
﹁ちょっと、お話を聞かせていただいていいですか。
僕はこの都市についたばかりなんですが、なんだか物騒な話ですか
?﹂
﹁お、なんだい兄さん?﹂
﹁いや、今こちらでなんだか戦争が起きるような話題を話されてる
のが聞こえまして⋮⋮
駆け出しの行商人としましては、その手の話題は気になるんですよ﹂
﹁なんだ兄ちゃん、若いのに旅の空か⋮⋮
しかも、あんなきれいなねーちゃん連れての旅とはうらやましい﹂
﹁いやいや、彼女はここに来る途中に偶然一緒になった方でして。
この辺は不案内なんで、助けられてますよ。
あなた方はこの街の方ですか?﹂
ちなみに、アスタルテはこの手の会話が驚くほどできない。
もしかしたら魔族になる前は貴族だったのかもしれない。
酒を一杯おごる代わりに、彼らからそれなりにいい情報を聞くこと
ができた。
ギュスターブの傭兵団は隣国との国境線で発生した小競り合いに駆
り出されて不在であること。
水門都市エブラムの支配者であるエブラム伯爵は高齢で、実子は大

184
体若くして亡くなっていること。
残っている数名の血縁者はどうにも庶民に人気が無いこと。
大都市の神殿に預けられていた姪が数年前に呼び戻され、伯爵の政
務の補佐を行っていること。
その娘は庶民の出らしく、都市内に時々やってきては事務仕事をし
ていたりして、庶民からは人気があるらしいこと
⋮⋮彼らはこの姪を贔屓にしている事がわかったので、話半分程度
に聞いておくほうがよさそうだが。
この姪は神殿に所属する騎士団から正式に叙任を受けた、聖堂騎士
であること。
そして最も重要なのは、僕のダンジョンが教会から危険指定を受け、
正式な討伐対象となったらしいことと⋮⋮エブラム伯爵の姪である
聖堂騎士が、その軍隊の指揮官として選ばれたこと。
水門都市エブラム:町の宿にて︵☆︶
﹁⋮⋮と、言うわけで、いよいよ逃げ場所を決めないとね﹂
窓の隙間から緩やかに空気の流れがあるのか、小さな蝋燭の炎が揺
れる。
宿の奥に取った部屋で、数日振りの寝台に寝転びながら僕はアスタ
ルテに事情の説明を終えた。
あの後、男たちに誘われたアスタルテが歌と演奏を始めたので、
予想以上に遅くまで酒場に長居することになったのだ。
意外なことに⋮⋮というか、もしかしたら当たり前かもしれないが、
アスタルテは歌も楽器の演奏もとても巧かった。
その上、もともと男を誘惑することに長けた淫魔なのだ。
酒場は気が付けば満員御礼となり、アスタルテを誘う男たちはひっ
きりなしに酒を勧め、

185
酒を飲まされ、次々とつぶれていった。
関係の無いところに割り込んでいく類の商売向けの交渉は苦手でも、
その気になって寄ってきた男を誤解させてその気にさせる話術はし
っかりとできているようだ。
あと、かなり酒好きで、それなり以上に酒が強い事はわかった。
店の酒樽の中身が半減するほど繁盛したせいか、酒屋の店主からは
非常に感謝され、
僕の分を含めて食事の代金は全て店のおごりとなったのは思いがけ
ない幸運だ。
﹁ん。そうれすね、きょうかいはぁ、さすがに厄介ですからぁ∼﹂
ん?
アスタルテがおかしい。
見れば、瞳はとろんと濡れており、よく見ると偽装しているはずの
瞳の色が時折元の色に戻っている。
しかも、足取りはしっかりしているくせに、あからさまにろれつが
回っていない。
⋮⋮実はしっかり酔っ払っていたのだ。
﹁おいおい、大丈夫かい?﹂
水差しから木椀に水を注ぎつつ、アスタルテをベッドに座らせる。
﹁らいりょーぶ、でーんでん酔ってまへんよ?﹂
あ、だめだ。
変身をといてしまうようなことが起きる前に、寝かしてしまおう。
普段の住処ならともかく、ここは街中。
万が一正体がばれたらと思うと気が気ではない。
明かりは既に小さな蝋燭の火だけなので、そうそう見咎められるこ
ともないだろうが⋮⋮

186
﹁エリオット様、最近冷たいりゃないですかー﹂
なんだかご機嫌斜めだ。
﹁それは、まぁ確かに生きるためにひつよーなことは山積みれすけ
どぉ、
ダリアやー、シロやー、サラにかまけれ、わたしとはごぶさたりゃ
ないですかー﹂
⋮⋮明らかに、タガが外れている。
というか、アスタルテってこんな子供っぽいことを言う奴だったの
だろうか?
﹁せっかく二人でれてきたっていうのに、ちっとも手を出してこな
いしぃ、
旅人や村を襲ったりもしないしぃ⋮⋮わらしの教育はなんらったっ
ていうんですかぁ﹂
これは⋮⋮絡み酒だ。
ギュスターブと呑んでいるときも、アスタルテはここまで酔いはし
なかった。
元は母と同年代だったとはいえ、肉体は魔族と化した時からほぼ変
わっていないから、僕よりも数歳年上程度でしかない。
単に、意識の上では教育係ということと、母親の友人だったという
ことと、顔も知らない父親の情婦だったということが意識の端にあ
り、何処かで距離をとっていたのかもしれない。
だが、したたかに酔って、拗ねて僕に絡んでくるアスタルテはなん
だか子供のようで⋮⋮こんな姿を見るのは新鮮だ。
いつも主導権を握られているわけだし、今自分が生き延びているの
は彼女のおかげでもある。
そこには感謝しているが、たまには自分からアスタルテを好きにし
てみるのもいいかもしれない。
﹁じゃぁ、アスタルテは僕にどうして欲しいの?﹂

187
アスタルテと同じベッドに腰掛け、急に顔を近づけて問いかける。
こちらから動くとは思っていなかったのか、一瞬アスタルテが驚い
たように距離を離すが、すぐに顔を近づけてくる。
⋮⋮アスタルテの息は、甘い香りがするのと同時に、やっぱり酒臭
い。
﹁らって、せっかく魔界で偉くなってもらうために一生懸命教えて
るのに、
ちっとも奴隷や支配地域を増やしてくれないし、シロやサラにかま
けてばかりで⋮⋮﹂
珍しく伏目がちに愚痴をつぶやくアスタルテを見て、僕の中で何か
が決まった。
アスタルテの肩を強めに押し、ベッドの上に仰向けに押し倒す。
﹁えっ?﹂
﹁ねぇアスタルテ、言ってることが無茶苦茶だよ?
サラとシロは僕の奴隷にしたんじゃないか。
もっと増やせって言って、増やしたことに文句を言って、
君は何がしたいって言うんだい?﹂
﹁それは⋮⋮んっ﹂
何か言おうとしたアスタルテの唇に、指を二本差し込んで言葉をさ
えぎる。
舌や口腔内を二本の指でまさぐると、すぐにアスタルテは舌で指先
に愛撫を始める。
﹁そうだね。確かに僕はこの旅の間、君に手を出していないよ。
だって、生まれて初めてなんだよ。こんな遠出をするのも、野営す
るのも。
そこでいきなり野外で襲撃を怖がりながら女を抱けるほど、僕は図
太くないって﹂
アスタルテの目に、しだいに媚びた光が宿りはじめる。
あまり話を聞いていないのかも知れないが、気にせずに続ける。

188
余ったもう片方の手で、ゆっくりとアスタルテの衣服を剥ぎ取り始
める。
アスタルテは体を傾けて、自分から脱ぎやすいように協力するが、
半分ほど脱がしたところでもどかしくなって止める、
﹁だから、溜まっているのは君だけじゃないんだ。
⋮⋮でも、すぐにはあげない﹂
その言葉に、アスタルテは見も世もないような悲しそうな顔をする。
なんで、他の女がいないときだけ、アスタルテはこんなに子供のよ
うな表情を見せるのだろう?
﹁アスタルテ、今の姿勢のままで、自分で自分を慰めてよ。
僕の事は気にしなくていいよ。
長旅で疲れちゃったから、アスタルテがエッチな気分になるのを見
ていれば、
僕も元気になるかもしれないからさ﹂
実際のところ、大嘘もいいところだ。
僕のペニスは大いに張り切っているし、アスタルテだってその事は
承知だろう。
でも、そんな事はわかっていても命令するし、服従させる。
これはお互いを興奮させるための駆け引きなんだから。
それに⋮⋮いつか来る日のための準備だともいえる。
﹁ぷはぁ⋮⋮エリオット様、お願いです、お願いですから⋮⋮
オナニーしますから、見せますから、
せめてアスタルテにもエリオット様のおちんちんを舐めさせてくだ
さい﹂
﹁それは、一度君が僕の前でイってからなら、許してあげるよ。さ
ぁ、どうするの?
何もしないなら、僕はもう一つのベッドで寝ることにするよ。
明日も忙しくなるだろうし、ね﹂

189
アスタルテの顔が屈辱にわずかに歪む。
今まで主導権を握っていた相手に、逆に主導権を取られたのだ。
まぁ、悔しいだろうとは思うが、僕に忠誠を誓うと自分の口で言っ
たのだ。
それくらいは我慢させておかないと、いずれ駄目になる。
﹁さぁ、答えは?﹂
﹁⋮⋮わかり、ました。わかりましたぁ!
すればいいんですよね?
オナニーして、イキ狂えばいいんですよね!?
見て、見てください!
アスタルテのオナニー、思う存分⋮⋮﹂
酔った勢いもあるのだろう。羞恥心もあるのだろう。
その叫びは下手すると他の部屋にも聞こえるくらい大きく、はばか
りがなかった。
今までの臣下の分をわきまえた、あるいは教育係としての距離を置
いた会話とはまた違う、生のアスタルテの顔をはじめて見ることが
できた気がする。
アスタルテはベッドに直交するように寝たまま、左手で自分の乳房
を、右手で股間をいじりながら、目を閉じて自慰行為を開始する。
体をずらした拍子に、頭のところがベッドの端にたどり着き、半分
だけ宙に浮くような形になる。
ちょうど、腰掛けた僕のひざの近くにアスタルテの顔があるような
状態だ。
﹁あ⋮⋮あぁ、あん⋮⋮気持ちいい、気持ちいいけど⋮⋮﹂
かれこれ数分、慣れないオナニーを続けさせるが、どうにももどか
しいらしい。
ベッドから腰を上げ、アスタルテが目を閉じているのをいいことに

190
ちょっと悪戯をすることにした。
乳首を責める手をつかみ、股間に持っていく。
﹁目を閉じたままで聞いてね?
自分で股間をいじりながら、僕に今どこをどういじっているのか教
えて?﹂
言われたことに驚いたようで、驚きの表情を浮かべながら一瞬言葉
を失うアスタルテ。
目を開けなかったのは、それでも僕の言葉を守ろうとしたからだろ
うか。
﹁あの⋮⋮今、おまんこの外縁部をいじりながら、中に指をずぽず
ぽしています。
クリトリスをいじると、すぐに果ててしまうので、ゆっくり中をほ
ぐして⋮⋮ひあっ!?﹂
甲高い声を上げたのは、僕が手を伸ばしてクリトリスをちょっと強
くつまんだからだ。
膣内に出し入れしていた指が、驚くようにクリトリスを責める僕の
手をつかむ。
﹁あぁ、本当だね。すごく敏感になってる﹂
からかうようにささやくと、顔を真っ赤にする。
﹁ほら、指が止まってるよ? 続けて﹂
僕が促すと、再び淫らなショーは再開される。
そろそろ、僕も我慢ができなくなってきた。
﹁⋮⋮アスタルテ、目を開けて﹂
目を開けたアスタルテの眼前に、ズボンから取り出したペニスを突
きつける。
おそらくは臭いで、既にそこに何があるか予想していたのだろう。
アスタルテは、迷うことなく舌を絡め始める。
自ら体の角度を調節し、頭をベッドからはみ出させるように体を動

191
かす。
既に外見を隠すことも忘れたようで、深い赤色の髪の毛がカーテン
のように垂れ下がる。
﹁手が止まってる。続けて﹂
仰向けになっているため、上手くペニスをくわえられないアスタル
テを助けるように、自分のペニスの角度を下げ、腰を落とすように
してアスタルテに咥えさせる。
しばらくすると程よい角度がわかってきたので、僕は両手でアスタ
ルテの頭を抱える。
やわらかい髪の毛が指に絡み、親指で耳たぶを優しく愛撫しながら、
アスタルテの唇に、喉の奥に怒張したペニスを何度も出し入れする。
まるで、アスタルテの頭を道具扱いしているようで、なんだか背徳
的な気分と、支配する快感が混在する。
﹁っぷ、ぷふぁぁ⋮⋮んぷっ⋮⋮ぷぁ⋮⋮んむ⋮⋮﹂
喉の奥をペニスがこすりあげる快感に、思わず腰が泳ぎそうになる。
いつもとは頭の上下が逆になっているから、刺激を受ける部分も違
う。
アスタルテは時折思い出したように股間をいじるが、もう指の動き
は止まりがちになっている。
快感が過負荷を起こしているのか、すらりと伸びた足が時折ぴくぴ
くと振るえている。
﹁アスタルテ、クリトリスを自分で責めるんだ、一気に、イってし
まえ!﹂
アスタルテは何か応えたが、ペニスを咥え込んだ口から息が細く漏
れ出すだけだった。
それでも、彼女の指は別の生き物のように自分のクリトリスを強く
責めさいなむ。
ゆるく開かれていた両足がぴんと伸び、痙攣と共にぷしゅっと愛液
が飛び散る。

192
﹁う⋮⋮いくよっ、アスタルテの喉の奥に出すっ!﹂
喉の一番奥で射精しようとしたものの、タイミングを誤ってしまい、
口の中で射精が始まった。
ペニスは跳ねるようにアスタルテの唇を飛び出し、鼻先に、頤に、
喉に、乳房に熱い精液を振りまく。
﹁⋮⋮ぁあああああああっ!﹂
今までふさがれていた喉が開いたため、アスタルテが大きな声を上
げて絶頂の悲鳴をあげた。
いや、今まで叫んでいたけれど、音にならなかっただけか。
僕自身に疲労はほとんどないものの、快感のために腰が抜けそうに
なった。
これが淫魔の力なのだろうか⋮⋮、と、ふと気が付くと。
⋮⋮アスタルテは意識を失っていた。
残った精液を搾り出し、アスタルテのやわらかい髪の毛に刷り込む
ようにしながらふき取っていると、ようやくアスタルテは意識を取
り戻した。
ベッドの反対側の床には、愛液が大きなしみを作って湯気を上げて
いる。
﹁⋮⋮あぁ、ああ⋮⋮エリオット⋮⋮さまぁ⋮⋮﹂
意識を失っていたのは、ごく短時間だったようだ。
力を失っていた肢体がゆっくりと力を取り戻し、起き上がる。
﹁アスタルテ、酔いはまださめていないようだけど⋮⋮まだ、足り
ないよね?﹂
一度精を放ったとはいえ、まだ出したりない。
そして、アスタルテも口に出されただけで満足できるような相手で
はない事は、もうわかっていた。
﹁⋮⋮ええ、火がついてしまいましたわ﹂

193
唇に残った精液を舐め取りつつ、妖艶に笑う。
既に夜はふけて、月は中天を越えている。
季節は冬を超えたとはいえ、汗を書いた後の体には、まだ﹁空気は
冷たい。
窓を開けたら、流石に凍えてしまうだろう。
﹁とはいえ、このままでは終わった後に風邪を引きそうだ﹂
僕は部屋に備え付けられた暖炉に薪を積み上げ、トングを使って厚
手の陶器に入れてあった炭を投げ込む。
しばらく放置していたせいで、せっかく宿の主人が気を利かせ、あ
らかじめ加熱してくれていた炭は危うく火が消えかかっていた。
しかし、まだ完全に火が消えたわけではなく、何とか薪に着火する
役目を果たしてくれた。
暖炉の炎が部屋の中を照らし、近づいてきたアスタルテの裸体を陰
影で彩る。
﹁エリオット様⋮⋮火の世話よりも、わたしにあなたのお世話をさ
せてくださいませ﹂
しなやかな指が、僕の頭に絡みつく。
背中から抱きつかれ、耳たぶに甘く噛み付いてくる。
どうやら、酔いはさめてきたか、欲情がそれを上回ったようだ。
アスタルテの叫び声は、宿の半数近くの部屋に聞こえたに違いない。
結局、その後それなりの時間をかけて、二回ほどアスタルテの中に
精液を流し込んだ。
その後は二人とも力尽きたのか、精液をふき取ることも、衣服を整
えることももせず、裸体のまま泥のように眠った。
194
水門都市エブラム:パレードの昼
﹁エリオット様、頭が痛いです⋮⋮﹂
﹁そりゃ、あれだけ呑んでいたら二日酔いにもなるよ⋮⋮。
それに、あれだけ大騒ぎすれば⋮⋮﹂
﹁あ、その、そこは申し訳なく⋮⋮向こうでは乱痴気騒ぎが常でし
たので﹂
珍しく恐縮しているアスタルテだが、こちらとしては久しぶりに優
位に立ってちょっと気分がいい。
宿を出る際に、主人が苦笑いしながら﹁昨晩はお楽しみだったよう
で﹂といらないことを言ってしまうくらいには、派手に声を上げて
いたのだ。
こちらだって恥をかいたのは同じだが、まぁ、旅の恥はかき捨てと
いうことで気にしないことにする。

195
それにしても、魔界の生活というのは一体どんなものだったんだろ
うか。
えらく退廃的な気がするが、それは父親の血筋だけなのか、魔界全
体がそういうところなのかは判断がつかない。
アスタルテがどのような地位にいて、父がどのような人物だったの
かもわからない⋮⋮
だが、それを思い悩むのは贅沢な話だ。
まずは、身の振り方を考えよう。
﹁⋮⋮エリオット様、前方に人だかりがあるようですが﹂
確かに、エブラムの中央広場に向かう道路に、大勢の人が詰め掛け
ている。
聞こえてくるのはラッパの音と馬のいななき。パレードでもあるの
だろうか?
近づいてみると、城に向けて兵士達が隊列を組んで行進していると
ころに出くわした。
ちょうど自分達の前を先頭の集団が通過するところで、高く掲げら
ホーリーシンボル
れているのはエブラム伯の家紋と、教会の聖印。
そこで理解できた。
これが、僕を討伐するために派遣される軍なのだ。
﹁⋮⋮っ!﹂
悲鳴を上げそうになったのを、何とか押し殺す。
ここでいらぬ疑いをかけられても仕方がない、と理性では理解でき
ても、心臓がばくばくと脈打ち、思考がまとまらない。
数の差というものは圧倒的だ。
鉱山村を襲った傭兵達も、赤烏も、せいぜい10人規模の集団だっ

196
た。
しかし、今回は違う。
軍隊としては、大きな規模ではないのかもしれない。
それでも、今までの10倍近い数がいる。
目の前が暗くなるという経験をするのは初めてでは無いが、慣れた
いものでもない。
隣にいるアスタルテが、そっと背中を支えてくれたのがありがたか
った。
﹁これは⋮⋮すごい数だね﹂
﹁⋮⋮ここまで動きが早いとは思いませんでしたが、実際には軍隊
の行動は遅いものです。
今から急いで戻れば、数日は時間を稼げますよ?﹂
まだ二日酔いが抜けずに頭を抱えているとはいえ、今の僕よりはよ
ほど冷静なアスタルテの声にようやく落ち着きを取り戻す。
﹁⋮⋮確かに、大人数が移動するだけでも時間はかかるものだし、
その通りかもしれないな﹂
考えろ、考えろ。
落ち着きをなくしたら、生き残ることも難しい。
一人で戦うことのできない僕には、考えることしか有利になる手段
がない。
﹁⋮⋮見たところ、これが全てとは思えません。
これは、街の人々に出陣をアピールするためのイベントに過ぎない
でしょう﹂
アスタルテが僕が考え込んだのを見て、僕がわからないだろう情報
を付け足してくれる。
ありがたい。会話をしながらのほうが、思考はまとめやすい。
周囲は騒がしいので、人ごみの中で会話をするくらいなら誰かに聞
きとがめられることもないだろう。

197
﹁そう考える理由は何故だい?﹂
﹁まず、この中に物資輸送を行う部隊の姿が見えません。
⋮⋮個人個人が数日分の食料を背負って歩く傭兵や冒険者とは違い、
軍隊にはたいてい補給専門の部隊が付き従うものです﹂
確かに。
軍略や兵法の知識は聞きかじった程度なのだが、商売人である以上、
兵站の事ならば理解できる。
﹁そうか。確かに、城の前の広場に向かっているのもそのためとい
うことか。
この調子だと、この行列の行く先は都市中央の謁見広場。
エブラム辺境伯から改めて命令を受けるセレモニーといった感じか
な?﹂
﹁おそらくは、その通りでは無いかと。
今は昼過ぎですし、軍隊の行軍速度は速いものではありません。
そもそも、主な戦力は歩兵なのですから、徒歩での移動になると考
えるべきでしょう﹂
﹁騎兵は⋮⋮十騎程度か。あれは伝令役かな?﹂
﹁後は指揮官の護衛でしょうね。中央にいる羽兜を身につけた人物
が指揮官でしょうか﹂
﹁多分、それが昨日聞いたエブラム伯の姪だろうね。⋮⋮
ホーリーシンボル テンプルナイト
聖印を下げているし、聖堂騎士というのも合ってる﹂
指揮官は鎧姿の小柄な人物だった。
兜で容姿は確認できないが、女性だと言うのであれば確かに納得で
きる。
チェインメイル チェストプレート
飾りっ気の少ない実用本位の鎖帷子に金属の胸当て。
サーコート
その上から身につけている派手な深紅の陣羽織には、金糸で教会の
ホーリーシンボル
聖印が刺繍されている。
どのような人物なのかはわからないが、エブラムの人々の反応は決
して悪いものではない。

198
どうやら、庶民に人気があるというのは真実らしい。
指揮官の脇には、副官として随行しているのだろう紋章官の女性。
クレリック
反対側に従軍司祭らしき中年男性。
スーツ
エブラムの騎士だと思われる、指揮官よりも戦慣れしていそうな鎧
メイル
姿の騎兵が4名。
レザー
残りの騎兵は軽装の革鎧に小型の馬上弓とラッパを持っていた。
これはどうやら伝令兵のようだ。
過去にギュスターブや傭兵達から聞きかじった、軍隊に関する耳学
問を必死で思い出す。
騎兵が十ちょっと、一部でも金属の鎧を身につけ、儀礼用の剣と盾
を装備した正規歩兵が二十程度。
衣装はまばらだが、装備がそれなりに充実している兵士達が二十程
度⋮⋮これはおそらく傭兵団を一つ雇ったのだろう。
レザー
残りは明らかに体にあっていないお仕着せの革鎧を身につけ、槍を
抱えた歩兵達が占めている。
100人近い軍隊が片道一週間の行軍を行う。
つまり、最低でも100人×往復14日分の食料や、野営用具や寝
具などを運ぶ必要がある。
おそらくは、荷馬車も10台程度は準備されるのだろう。
ならば荷馬も最低10頭必要で、その分の飼葉や水だって運ばねば
ならない。
軍隊を維持するのも、運用するのも莫大な費用がかかるものだ。
騎士と傭兵はその馬も装備も自前だろうが、正規歩兵は騎士が配下
として雇用しているか、エブラム伯の配下だろう。
おそらくは近隣の村から募集されただろう歩兵達の装備はエブラム
伯がまかなわねばならず、
その食費やら何やらだけでもかなりの額の金が消えていく。

199
傭兵の雇用費だって、かなり高い。
﹁傭兵と正規歩兵を主戦力として、歩兵は荷馬の護衛やあまりきつ
くないところにまわす数合わせかな?﹂
﹁今の装備を見る限りでは、そう見えますね。
長弓兵が少ないようなので、比較的ましでしょうね﹂
アスタルテの意見に異論は無い、飛び道具はとにかく怖いのだ。
﹁長弓は扱うのに相当力が要るというし、数をそろえるのも難しい
んじゃないかな⋮⋮
なんでも、ギュスターブに聞いたところ、最近はバネや滑車を使っ
て機械式で弓を引く兵器の研究が進んでいるって言うね。
技術的にはもう出来上がっているみたいで、量産されるかどうかっ
て話だったけど⋮⋮
おそらくは、毒針の罠と同じような仕掛けなんじゃないかな﹂
﹁⋮⋮騎士達には不評でしょうね﹂
そんなことを話し合っているうちに、動揺していた自分の精神はあ
る程度は落ち着いてきた、
民兵が過半数近いとはいえ、正規兵と傭兵が40近くいる。
騎士達はおそらく指揮官の護衛だろうから、そこは置いておくとし
ても、最低でも半年前の赤烏と比べて4倍の戦力。
しかも、指揮官の人気もあるのか、街の人々の声援も明るく、見て
いる限りこの軍隊の士気は高い。
とにかく、正面からぶつかって勝てる見込みは無いことだけがわか
った。
200
水門都市エブラム:謁見広場の騎士
人の流れに押されるように、広場までやってきてしまった。
まぁ、今から急いで街を出ても、大して変わりはしないのでかまい
はしないし、
演説で行軍予定がわかればもうけものだ。
既に広場は物見高い住人や旅人が詰めかけ、外周部は人で埋まって
いる。
街の人口の一割近くがここに来ているのでは無いだろうか?
水門都市エブラムは数万人の固定人口を抱える、この地方では最大
の都市だ。
それはつまり、行商人や旅人などの流動人口はそれと同数程度ある
だろうということで、
おそらく都市全体では5万人程度の人間が存在している。

201
その都市の中央広場は、都市を貫通する大きな川を背後に、辺境伯
の城の正面にあった。
ギュスターブいわく、辺境伯といわれる割には質素な城との事なの
だが、僕にはあまりにも大きなものに見えた。
川を背負っているのは、かつて辺境に住んでいた蛮族との戦いのた
めだろう。
今では川の向こうにも城壁が作られ、新市街と呼ばれる地域が存在
しているのだが、
かつてこの城は川向こうの蛮族から住民を守るための壁でもあった
のだということが、なんとなくわかる。
広場は城がもう一つ入るのではないかと思われるくらい広く、端か
ら端まで歩いたら何分かかかるのではないかと思われる。
流石に、100人の軍隊といえども、その広場の中ではそこまで大
きくは見えなかった。
広場の中央には、少し小高くなっているエリアがある。
ステージ
シロとサラが依然話していた、講演台というものだろう。
祭りの日などには、あそこに劇団や楽師達が上って催し物をするの
だという話だ。
⋮⋮村では、村長が広場に脚立を持ち出して乗っていたっけ、と昔
のことを思い出す。
クライアー
そんなことを考えていると、派手な飾り帽を被った告知人が走りま
わり、今から派兵の儀式を始めることを触れて回った。
そもそも、人間の声は小さい。
ギュスターブのように、調子外れでもよく通る胴間声をがなりたて
られる場合を除くと、人間の声というのはなかなか遠くまでは届か
ない。
ましてや、これだけ人がざわついているのだから、広場の中央で交

202
わされる会話が聞こえる事は無いだろう。
僕のダンジョンには、最近になってようやく固定式の伝声用魔具を
設置したので、自分の部屋にいながらにして他の部屋の物音を聞く
ことができるようになったけど、まぁ普通そんな事はできない。
また、文字を読むことができる人間の割合もそこまで高いものでは
ない。
傭兵達は、給金の計算をする関係でほぼ全てが数字だけは読むこと
ができたが、文字を読める者は一割程度だった。
行商人は契約書を見る必要がある関係上、たいてい文字は読める。
場合によっては、複数の言語を理解できる場合もある。
この国で使われている言葉と文字は、近隣の国と大まかに共通して
いるためあまり困ることは無いというが、遠方の国と取引をする場
合などは言葉が通じなくて苦労することが多いのだそうだ。
農村では文字を読める割合はさらに低く、教会の神父様だけが文字
を読める、などということもざらだろう。
母の教育の賜物で、文字を読むことが小さい頃からできたのはかな
りの幸運なのだ。
ちなみに、今うちのダンジョンのメンバーでは、僕とアスタルテと
サラは文字が読める、
ダリアは文字が読めず、僕が必要に応じて読み書きを教えている。
シロは盗賊という職業柄、単語レベルでなら文字を読めることが多
いが、長文を読むのは苦手のようだ、
なんだかんだで、識字率は高い。
だから、お触れが出て、広場に張り出されたとしても、それを読む
ことができない人が過半数なのだ。
クライアー
告知人は、それらの人々に何が決まったか、何をするべきなのかを
伝える下級の役人⋮⋮の、はずだ。

203
なにせ、知識で知っていても現物を見るのは初めてなのだからそこ
は勘弁して欲しい。
﹁エブラムの民に告げる!
エブラム辺境伯は教会と共に、ここに一つのご決断をされた。
半年ほど前。
エブラムより七日ほど先、かつて鉱山の開発が行われていた村、
グランドルが恐るべき魔物によって滅ぼされた!﹂
グランドル。僕の生まれ育った村はそんな名前だった。
村から出なければ、名前を知る必要もない。
傭兵達や行商人達と会話をしなければ、そこに住んでいる人であっ
ても知る必要のない名前。
もう、住人の存在しなくなった村。
﹁そこは魔物が巣食い、近隣を通る旅人を恐怖に陥れているという
!﹂
広場の何箇所かで、何人かの告知人が同じ内容を喋っている。
鉱山村から程近いいくつかの村の住人ならともかく、おそらくエブ
ラムの住人はそんな村の存在も、魔物が住むようになっていたこと
も知らなかったのだろう。
人々が、ざわざわと不安そうにしだした。
⋮⋮まぁ、一週間旅した先というのは、普通は行かない距離だが、
実感としては﹁存在することがわかる距離﹂だ。
そこに魔物が⋮⋮実際にはたいした戦力では無いとしても⋮⋮いる
と知ったら、まぁ不安になるだろう。
﹁エブラム伯は悲しみ、調査を行い、魔物が周辺に出ないようにし
た!﹂

204
はて、そんなこと何もしてないと思うけど⋮⋮?
自分の顔に怪訝な表情が露骨に浮かんでいたのだろうか、アスタル
テが告知人の発言内容を補足する。
﹁あれは、今まで何もなかったことをいいことに好き勝手言ってる
だけですね。
それでも、実際に今まで何もなかったし、人々の不安を抑えるため
にはまあそこそこ有効な手段でしょう﹂
言われてみて、考える。
いままで、人々には何の情報もなかった⋮⋮あぁ、そうか。
﹁情報があれば、判断ができるように感じる、ってことだね﹂
﹁不安をあおる情報だけでは、政治はできないのでしょうし⋮⋮そ
れに、この後に続く言葉は⋮⋮﹂
告知人が大きく声を張り上げる。
﹁しかし、魔物の勢力は日に日に大きくなりつつあるとの知らせが
あり、
エブラム伯はついにご決断なされた!
エブラムの、そして周囲の村や町の安全を守るため、
エブラムの軍隊を派遣し、魔物討伐をご決断なさったのだ!﹂
なるほど、不安をあおって、その後に安心させることを話す。
それが、今回の派兵を行う理由なのだ⋮⋮という形に持っていくの
だろう。
脚本を書いた奴はちゃんと計算しているようだ。
﹁今回の指揮を取るのは、エブラム伯の遠縁の姪御様にして、
西の大都市パルミラの大神殿にて神殿騎士の叙勲を受けた聖騎士、
いと賢きオリヴィア姫!

205
それにエブラムの騎士たちが⋮⋮﹂
オリヴィア。
珍しい名前ではないが、ふと、昔のことを思い出す。
同じ名前をした小さい頃の友達は、まだ何処かで元気にしているの
だろうか?
﹁エリオット様、始まりましたよ。
ステージに上がった老人が現在のエブラム伯でしょうね。
それに、従軍司祭と、指揮官、脇に控えているのが紋章官⋮⋮?﹂
アスタルテが何かあったのか、少し怪訝な様子だった。
しかし、僕の目は既にステージに釘付けになっていた。
飾りの付いた兜をはずし、小脇に抱えた指揮官の女性。 
この地域では珍しい、光を受けて、かすかに緑っぽく見える短めの
黒髪。
メガネ
知識階級が時折つけている眼鏡というガラスでできた装飾品︵正確
には、視力補助具︶を付け直し、
セプター
司祭から聖印を、伯爵から宝石で装飾のされた指揮杖を受け取って
いるのは、
⋮⋮10年以上前に会えなくなった、あの娘によく似ていた。
﹁エブラムの皆よ。そして、エブラムとその周辺の村々を守るため
に集った騎士、兵士達。
皆に感謝を、そして、神と教会の祝福がありますよう﹂
100m以上離れているのに、指揮官オリヴィアの声はよく通った。
そして、その声はもちろん昔とは少し違ったけれど、あの子の声に
よく似ていた。
﹁この度、グランドルに巣食う魔物討伐の指揮を執ることになりま

206
した。
エブラム伯の遠縁にして、パルミラ大神殿にて任命された聖堂騎士
オリヴィアです。
あの村は、かつて今は亡き母の縁者が暮らしていたこともあり、子
供の私は夏になると避暑に行っていた、思い出深い場所でした。
それゆえに、今回起きた悲劇はとても悲しく⋮⋮邪悪なる魔物とそ
の支配者には怒りを覚えます﹂
意外な告白に、人々の間から驚きと同情の声が漏れる。
故郷ともいえる思い出の場所を、魔物によって蹂躙された悲劇の姫
君。
出来過ぎともいえるが、民衆はこんな物語を好むのは間違いない。
オリヴィア⋮⋮昔僕は、あの子の事をオリヴィーと呼んでいた⋮⋮
の宣言は大げさな身振りなどは一切交えず、同情を引こうというよ
うなものでもなく、むしろ淡々とした声だった。
だが、その声には少し寂しそうな響きがこもっているように感じた。
⋮⋮もっとも、それは僕がそう思い込みたいだけなのかもしれない。
﹁しかし、この戦いは私の個人的な怒りで戦ってよいものではあり
ません。
そもそも、近隣の村に被害が出てしまう事があってはいけません。
それに、隣国との国境近くに魔物が出現したとなれば国家としての
問題でもあります﹂
なるほど、そういう視点もあるのか。
できるだけ周囲に影響を与えないようにしていたつもりだが、言わ
れてみれば国境を越える密貿易の片棒を担いだこともあるわけで、
そこが問題になっている可能性は否定できない。
﹁それゆえに、私はここで川の女神と光の神々に宣誓致します。

207
我等は邪悪なる魔物を打ち倒し、平和を取り戻すでしょう!﹂
パルミラ大神殿の聖堂騎士団には川の女神、炎の戦神、大樹の賢老
の3柱の神の名をいただく3つの騎士団があるとは聞いていたが、
どうやらオリヴィアは女性だけで組織される川の女神の騎士団の所
属らしい。
おそらくは、炎の戦神の騎士団が実質的な軍事組織で、他の二つは
補助戦力的なものだと思いたいが⋮⋮その実力はまだわからない。
とはいえ、疑いはこれで確定した。
あの指揮官は、僕のダンジョンに攻め込んでくる今度の敵は。
人間としての僕にとって唯一の友達だった、あの娘だ。
遠征軍:暗殺者の影
翌日の早朝、僕らは夜明けとほぼ同時にエブラムを出た。
軍隊が街を出る前に、いくつか仕掛けておきたいことがあったから
だ。
エブラムから鉱山村までは普通の旅人だと一週間。
荷馬車を連れた軍隊の行軍は、ざっくりと考えて2日ほど余分にか
かるといったところだろうか?
途中に少し大きめの街があるから、そこに一日逗留するだろう事は
予測できる。
その辺も考えて、僕達は何もせずとも2日程度早くダンジョンに戻
ることができるだろう。
その時間を何とか活用しておきたいと思うのは、僕が臆病だからか
もしれない。

208
エブラムから半日ほど進んだところで、仕掛けを始める。
軍隊が通るだろう街道のなかで、街道を見下ろせて、なおかつ見つ
かりにくい森の一箇所を探す。
その中に隠れ場所をつくれば、準備は完了。
スケルトン
そして、街道の脇には、何とか呼び出せるようになった骸骨戦士の
小集団を待機させる。
もちろん、すぐに見つからないように伏せさせたり木の枝などでで
きる限りの偽装はする。
たかだか10体に満たない手駒で勝てるなどとは、これっぽっちも
思わない。
何が目的かというと、相手集団の戦力と戦術を知りたいのだ。
欲を言えば、少しくらい戦力を削っておきたいが、これは欲張りと
いうものだろうか。
﹁軍の先遣隊が通過するまで、後10分程度でしょう。どうされま
すか?﹂
﹁⋮⋮偵察兵を無駄に殺しても仕方ないから、見つからなければ放
置。
本体が通ったら、側面から奇襲をかけさせよう﹂
遠くから状況を見守っているうちに、アスタルテが何かに気が付い
たのか、
小声で僕にささやく。
﹁スケルトンの居場所の更に奥に、誰かいますね⋮⋮
おそらくは、斥候⋮⋮でしょうか?﹂
﹁え? それは、僕達とは別ということだよね?
⋮⋮僕達は発見されていたってことかな?﹂

209
﹁いえ、どうやら今ここに来たようです。
まだ、私達には気づいていないみたいですが⋮⋮
スケルトンに気が付くかもしれません。
それにしても、妙ですね﹂
アスタルテが訝しがる理由は、少し考えたらすぐに思い当たった。
﹁たしかに、エブラムの軍の斥候なら、来る方向が逆だね﹂
﹁エリオット様、何か思い当たる事はありませんか?
昨日お聞かせいただいた話では、あの指揮官とエリオット様は小さ
い頃のお友達だったとか﹂
なんだか口調がきつい。
昨日の夜にオリヴィアが過去の知り合いであることを説明したのだ
が、
その時から微妙にアスタルテの機嫌がよくないのは、もしかしたら
嫉妬しているのだろうか?
﹁可能性は幾つかある。
ひとつは、近所の村から物見遊山できていること。
でも、それならもっと街道にでて、よく見える位置に行くはずだ。
もうひとつは、僕の召喚したスケルトンを退治しに来た可能性。
誰かがあの遠征軍を影から護衛させている⋮⋮なんて事があれば、
ありえる話かもしれない。
ただ、その場合僕らのことに気が付いている可能性も高いけど、
今のところ見張られている気配は無い⋮⋮よね?﹂
ならば、可能性が高いのは⋮⋮
﹁僕達とは別の目的で、遠征軍にちょっかいをかけるつもりなのか
な?﹂
﹁その可能性が高そうですね。
⋮⋮私達には気が付いておらず、偶然同じような場所で待ち伏せし
ている可能性もあります。

210
貴族の社会は、きれいごとだけでは済みませんから﹂
その言い回しが気になって、たずねる。
﹁⋮⋮もって回った言い方は苦手だ。
何か予想できているのなら、教えてくれないかな?﹂
少しの間を置いて、アスタルテが答える。
﹁こんな危険な遠征です。
不幸な事故があっても、誰も疑いはしないでしょう。
なにせ、この遠征軍は危険な魔物と戦いに行くのですから﹂
﹁⋮⋮なるほど。
この場合、狙われる価値があるのは貴族のオリヴィーが一番可能性
が高いね。
しかし、なんで?﹂
これは、よくわからない。
何故、僕に利益のあるような行為をする誰かが存在するんだろうか?
﹁エブラムでも町人が噂していたでしょう。
今回、軍歴がないあの指揮官が選ばれたのは政治的な背後があった
のでは無いかと。
そう、軍隊が動いて、魔物を退治した。
これはれっきとした戦果ですし、栄誉あることでしょう。
おそらく、女性であるあの指揮官殿がエブラム辺境伯の後継者として
養子に迎え入れられることが正式に認められる程度には﹂
アスタルテの言葉は、あまりに淡々としていて感情が見えなかった。
しかし、言っていることの内容は、その意図を合わせると酷薄にす
ら思える。
﹁⋮⋮継承権を奪うために、暗殺するってこと?﹂
﹁エブラム伯の実子は全て亡くなっているのでしょう?
全てとは言いませんが、おそらく何人かは暗殺されたのでしょう。
貴族というのは、そういうものです。
人間であろうと、なかろうとそこは変わりません﹂

211
アスタルテの言葉にようやく感情が見えたが、薄ら寒くなるくらい
冷たく
⋮⋮あるいは、悲しそうに思えた。
﹁待って。少し考える時間が欲しい。
何の得があるのか、判断材料が足りない⋮⋮﹂
﹁エリオット様、残念ながら時間がありません。⋮⋮きましたよ﹂
◆◆◆
結論から言うと、オリヴィアの指揮能力はこけおどしでも飾りでも
なかった。
本人の戦闘能力はあまり高くはなさそうだが、とっさの判断力、軍
勢の動きと敵戦力の把握。
士気を高揚するための周囲への立ち回り、全て並以上にこなしてい
る。
一回だけしか見れていないので、それだけで全てを判断するのは尚
早だが、
側面からの奇襲を成功させたスケルトンの小部隊は、真っ先にぶつ
かった敵歩兵に多少の怪我をさせただけで、ほぼ損害を与えること
もできずにすりつぶされた。
オリヴィアは、兵士の損害を極力避けたうえでの勝利を選べる指揮
能力の持ち主なのだ。
隠れていた第三勢力は、アスタルテの指摘のとおりにオリヴィアを
狙っていたようだ。
スケルトンが襲撃をかけたときには動きが止まっていたようなので、
どうやらスケルトンの存在には気が付いていなかったらしい。
しかし、その後の動きは早かった。
乱戦が始まったと見るや、位置を変え、まぎれて小型弓で森の中か
ら狙撃を行った。

212
オリヴィアを狙ったのだろうその射撃は、近くで控えていた初老の
騎士が庇ったために不発に終わり、その騎士一人に軽い怪我をさせ
ただけで終わった。
射撃が終わったら即座に逃亡に入る辺り、この手の仕事に慣れてい
る者の動きだろう。
⋮⋮ここでわかった情報は幾つか。
第三勢力⋮⋮暗殺者は個人、あるいはいたとしても少数の協力者で
あること。
向かった方向は、僕のダンジョンの方角なので、いずれ接触してく
る可能性があること。
おそらく、僕らの存在には気が付いていないこと。
この情報が手に入っただけでも、ずいぶんと状況は僕に有利になる。
ダンジョンに帰った際に接触してくる相手がいるとしたら⋮⋮
まずこの暗殺者の仲間と見て間違いないだろう。
とはいえ、これだけでは情報が足りない。
それに、かつての友達に話を聞いてみたいという欲求は、非常に強
いものだった。
甘いといわれるかもしれないけれど。
もう僕の事は覚えていないかもしれないけれど。
次に合う時は敵と味方になってしまうけれど。
⋮⋮遠征軍が隊列を整えなおして移動を始めるころ、僕達もまたそ
の現場から立ち去っていた。
◆◆◆
エブラムから僕のダンジョンまで4日ほどのところに、人口500
人程度の街がある。
僕がかつて母親と来たことのある故郷以外では唯一の町だったが、

213
エブラムと比べてしまうとあまりにも小さい。
⋮⋮まぁ、国の中でも有数の人口を抱えるエブラムと比べるのが
そもそも悪いのだが。
僕達が逗留を始めてから2日目の昼過ぎ、遠征軍がこの村に到着し
た。
この事はあらかじめ街には知らされており、
町外れの広場には遠征軍用の野営地が作られていた。
夏祭りのときに人々が集まる広い敷地も、
100人の軍隊がテントを張るとあっという間に埋まってしまう。
幸い、この町には知り合いがいなかったため、旅の商人という触れ
込みで宿泊をしていた。
話を聞くと、遠征軍の指揮官と騎士達は町の長の館に
宿泊することになるのだという。
まぁ、貴族をもてなすのだから、町長としては名誉なことだろうし、
ある意味当然のことだろう。
オリヴィアに面会を求めるのは、アスタルテには止められた。
しかし、これは僕のわがままではあるが、情報を得るという意味で
も必要なことだし、自分の正体はばれていないからリスクは低いと
判断して、意志を押し通すことになった。
町長の館を訪れ、玄関先で面会を求めたとき、
最初に対応した若い兵士は怪訝な顔をした。
まぁ、当然だろう。
中年の騎士と、若い女︵といっても、自分よりは少し上だろう︶の
紋章官はさらに怪訝な顔をした。
素直に、自分は鉱山村の出身であることと、
オリヴィアが覚えているかはわからないが昔の知り合いであること。

214
そして、これは少し正確では無いが、事件があった当日に村から逃
げ出したことを伝え、多少なりとも村の情報提供はできると伝える
ことにした。
紋章官の女はあからさまに迷惑そうな顔をしたが、
騎士は地理の情報提供には興味を示した。
その上、昔の知り合いという言葉に興味を示したのか、とりあえず
期待はしないで欲しいが、聞いてみるだけ聞いては見るといってく
れた。
﹁では、オリヴィア⋮⋮様に、こうお伝えいただけますか。
いつも帽子を被っていた宿屋の息子が訪ねてきた、と﹂
騎士が家の中に戻っていくと、紋章官はため息をついて僕をにらみ
つけてきた。
﹁昔のご友人との事ですが、既に10年以上前のお話だとか。
オリヴィア様は既に貴族としての生活をされています。
あまり、あのお方の生活をかき乱すようなまねは避けていただきた
いのですが⋮⋮﹂
失礼では無いが、遠慮もない。
身分が違うからわきまえろ、という奴だ。
まぁ、貴族の女官上がりなのだろうか。
オリヴィア御付の女官なら変な虫がつくのを嫌うのは当然のことだ
ろうから、あまり気にしない。
懐かしい、会いたいという気持ちはもちろんあるが、
それ以上に遠征軍の情報を得るのが目的でもあるのだ。
そんなときに、後ろから
﹁エリオット殿、指揮官殿への面会はかなったのですか?﹂
と声がかかる。
最初に会ったときに見た、修道女姿のアスタルテがそこにいた。
﹁あら、修道女様はこちらの商人殿とはどのようなご関係で?﹂

215
紋章官はさらに面倒くさそうな、それでも神殿関係者に対する敬意
だけは残した声で
アスタルテに問いかけを行う。
﹁遠征軍の方ですね、あなた方に神の祝福がありますよう。
⋮⋮私は北の辺境から、最近こちらにやってきたのです。
母が、昔こちらのエリオット様のお母様に大変お世話になったので
す。
母が他界しまして、その遺品わけもかねてこちらの地方に旅してき
たのですが⋮⋮
幸運にもこの町で偶然ご子息に会う事はかないましたが、
その村がまさか魔物に襲われていたとは思いませんで、
どうしようかと思っていたところなのです﹂
⋮⋮まぁ、細かく突っ込まれるとぼろが出そうだが、
アスタルテなりに僕を援護してくれている。
第三者から情報の捕捉が入ると、信憑性は増すものだ。
⋮⋮その第三者がグルでは無いという保障はどこにもないが。
紋章官が値踏みをするような目つきで僕とアスタルテを見つめる。
その目つきには温かみは無く、商品や獲物を見るような冷酷さが宿
っているようにも思える。
この紋章官も貴族なのであれば、貴族の社会ってのはおっかないも
のなんだな、
とぼんやり考えていると、先ほどの中年騎士が従者らしき少年を伴
って戻ってきた。
216
遠征軍:指揮官との会談
﹁おおぃ、エリオット殿といったか。
オリヴィア様がご面会されるそうだよ。
なんでも、昔は仲の良い友達だったそうじゃないか!
こんなタイミングで、村の生き残りに会えるのは縁起がいいことだ。
面会時間は多くは取れないが、ぜひとも元気付けてやってくれ﹂
⋮⋮むしろ、驚いた。
オリヴィアが僕のことを覚えていてくれたこともだが、
この騎士の無防備さにも、だ。
数日前に襲撃されて、暗殺されかかったのだからもっと緊張感があ
ってもいいと思うんだが。
紋章官がこちらをにらんでくるが、それには気が付かないようなふ
りでやり過ごす。

217
アスタルテは何事も無かったかのように、宿に戻っていく。
従者が僕の荷物を持ち、中年騎士、僕、従者の三人で館の中を進む。
﹁⋮⋮さて、君が何を思ってここに来たのか、私にはわからん﹂
騎士が振り返り、語りかける。
一瞬、強い目線に射すくめられ、棒立ちになる。
短い通路の途中、窓枠は小さいものしかなく、背後には従者。
当然ながら、僕は非武装だ。何かあったら逃げ場が無い。
⋮⋮ちょっとうかつだったか。
﹁とはいえ、君の身のこなしはどこをどう見ても暗殺者には見えん﹂
騎士が表情を和らげて、言葉をかけてくる。
﹁なにせ、暗殺者やら傭兵なら今の私の殺気で体が動くだろうから
ねぇ﹂
﹁⋮⋮宿のなじみだった傭兵隊長には、センスがないと散々こき下
ろされましたよ﹂
﹁はっはっは、そいつはそのとおりだ。
だが、そのおかげで疑いはかなり薄くなったよ。
うちの姫様に暗殺者なんぞを近づけたくは無いのでね。
⋮⋮そういえば、さっき言っていた、
帽子をかぶっている云々ってのは何のまじないなんだね?
聴いた瞬間に、姫さんはこっちが言う前に君の名前を思い出したぞ
?﹂
⋮⋮参ったな、騎士の肩書きは伊達じゃないようだ。
多分、この騎士は実際に戦っても相当に強いだろう。
オークリーダーをぶつけて、勝てるかどうか⋮⋮
それに、言い方はよくないかもしれないが、多分この騎士はいい人
なのだ。

218
これから戦う相手が善人であるなんて、あまり嬉しいことでは無い。
だから、オリヴィアにはばれていることだし、つい素直に言ってし
まった。
﹁⋮⋮僕は魔族の血が少し流れていて、頭に小さい角が生えている
んですよ。
それで、村では子供のころ虐められていたんです。
たまに遊びに来るオリヴィー⋮⋮あ、いや、オリヴィア様だけが
唯一の友達だったといえるという⋮⋮まぁ、かっこの悪い話ですが
ね﹂
そう言って帽子をはずす。
大きくは無いが、髪の毛から飛び出している小さな角が見えるよう
になる。
騎士は小さく目を見開き、後ろで従者が体を固くするのがわかる。
﹁⋮⋮なるほど、うちの姫様は変わった友達がいるもんだ。
ただ、私は君のことが嫌いでは無い。
腕っ節は無いくせに、妙に度胸はあるからな。
なにせ、あの性格の悪い紋章官殿と一緒にいて平気な顔をしてるん
だからな﹂
そういうと、騎士はからからと笑う。
あの紋章官とこの人は反りがあわなさそうだものなぁ⋮⋮
﹁まぁ、こちらは商売人ですから、面の皮は厚くなりますよ﹂
なんだか和気藹々としてしまい、オリヴィアの執務室に通される。
そこにいたのは、あの時と変わらない、あの子だった。
◆◆◆
﹁エリオット、無事だったのね!
さっき、聞いたときには、本当に驚いたんだから!﹂

219
駆け寄ってきたのは、あのときよりも背が高くなって、あのときよ
りも美人になった女の子。
黒髪を肩の上で短く切りそろえ、小さめの眼鏡をつけている。
疲れがたまっているのか、少し目の下に隈ができているが、それ以
外はいたって健康のようだ。
⋮⋮平時だから鎧は脱いでいて、少しだけ防具としての効果がある
厚手の衣服を身にまとっているのだが、かえってそれがボディライ
ンを際立たせてしまっている。
あの頃は歳相応の子供の体だったし、お互いに幼かったのですっぽ
んぽんで水浴びをしたこともあったが、あれから考えると本当に女
性的な体つきになったものだと、10年近い年月の流れを実感する。
﹁昔は背丈もほとんど一緒だったのに、流石に頭半分近く抜かれた
のはちょっと悔しいけど⋮⋮﹂
まくし立てると、僕の手を取って引っ張ろうとする。
﹁ちょっと、ちょっとまってオリヴィー!
君には立場ってものがあるだろう。緊張して損したじゃないか!﹂
思わず小言を言ってしまうが、十年ぶりの再会の台詞がこれでは色
気も何にも無い。
﹁⋮⋮って、せっかくの再会なのに、なんで僕は小言を言わなきゃ
いけないんだよ﹂
この台詞に、騎士が大笑いする。
従者の少年は、ぽかーんと戸惑っている。
おそらく、この少年は貴族として、指揮官としてのオリヴィアしか
知らなかったのだろう。
オリヴィアは少しばつが悪そうな顔をしてから、改めて席を勧めて
きた。
﹁あはは、ごめんなさい。
あの時はもう会えないと思ってたし⋮⋮

220
村があんなことになって、もうだめだって思ってて。
でも、急にここであえるってわかって⋮⋮﹂
それだけ気にかけていてくれたのは、正直言うと嬉しい。
オリヴィアにとっても、僕は大切な友達でいてくれた。
﹁神様に感謝しないといけないわね。
悲しいことばかりだったけど、久しぶりに明るい出来事なのよ﹂
﹁⋮⋮そうなのかい?
事情を知らないこっちからすると、エブラムの貴族になって、
軍の指揮官になって、出世しているわけだから悪いことばかりでは
無いように見えるけど。
⋮⋮まぁ、僕はそっちの事情がわからないから、見えていないこと
もあるんだろうけどさ﹂
﹁まぁ⋮⋮色々ね。そっちも大変だったと思うけれど、
こっちにもそれなりに苦労はあるのよ﹂
﹁川の女神の聖堂騎士って聞いたときには驚いたよ。
あのおてんばなオリヴィーが? ⋮⋮ってね﹂
﹁ちょっと、昔の事は言わないでよ!
それに、野山を駆け回るような遊びばかり教えたのはあなたじゃな
いの﹂
しばらく、本当に他愛の無い昔話に花が咲いた。
このときの僕はダンジョンマスターではなく、このときの彼女は遠
征軍の指揮官ではなく。
本当に⋮⋮本当に、久しぶりに腹の底から笑った。
とはいえ、お互いに子供のままではいられない。
﹁⋮⋮さて、今回僕が尋ねてきたのは、昔話をするためだけじゃな
い。

221
もしかしたら、役に立つかもしれない情報を持ってきたんだ。
少なくとも、一年前に事件が起きた頃までの村の地形や建物の情報は
知っている人間がここにいるわけだしね﹂
従者がお茶のお代わりを注いでくれた辺りで、話題を切り替える。
オリヴィアも表情を切り替え、軍隊の指揮官としての表情をするよ
うになる。
今まで笑いながら︵といっても、武装して常に剣に手を当てていた
のだから、
僕のことも周囲のことも警戒しているのだろう︶二人を見守ってい
た中年騎士も、
身を乗り出して話に注意を向けてきた。
僕が彼らに伝えたのは、全てでは無いが、村が滅んだ原因と僕の現
状だ。
魔物や野生動物を退治するための傭兵を呼んだが、その傭兵達が来
た夜に村が燃えたこと。
自分の家は村から外れていたので逃げ出す算段が付いたこと。
そこからは傭兵隊長のギュスターブなどの伝手で、
細々と魔法の道具の行商をして生活していること。
村の地図を描いて、鉱山までの簡単な図面を作ったらオリヴィアと
騎士には大いに喜ばれた。
流石に、この地図がどの程度の戦略的価値を持つかはわかるようだ。
また、それにあわせて持ち込んだいくつかの魔法の武具を見せたと
ころ、
オリヴィアだけではなく騎士も興味を持ったようで、いくつかの武
具⋮⋮
飛距離の長い短剣や、水を通しにくい手袋など、
本来はギュスターブに売りつけようと思っていた小道具類を購入し

222
てもらえた。
﹁⋮⋮時に、エリオット殿。
君は解毒剤などを持っていないか?﹂
面会時間の終わり近くに、ガスパールと名乗った中年騎士が聞いて
きた。
残念ながら、薬品類は得意では無い。
アスタルテかサラに聞けば手に入るかもしれないが、現状は持ち歩
いていない。
そのことを伝えると、少し残念そうに騎士はうなずいた。
騎士が扉を開け、従者とともに客人の退出を触れに出て行く。
部屋を退出しようとしたときに、オリヴィアが後ろから僕の手を握
った。
背中に目はないから、彼女の顔は見えない。
少しだけ、その手は震えていた。
﹁エリオット⋮⋮私、あなたに会えてよかった。
また、会えなくなっちゃうかもしれないけど⋮⋮私のこと、忘れな
いでね﹂
その、弱気な声は。
明らかに、何かを予感している声だった。
﹁⋮⋮オリヴィー。ダンジョンに向かう前に、僕の家に立ち寄って
欲しいんだ。
二階の、いつも遊んでいた屋根裏部屋。
あそこに、まだ無事だったなら、ガラス玉がはまった、小さなペン
ダントが有る。
僕のつくった作品で、もし残っていたら、ぜひ、鎧の裏にでもつけ
ていて欲しい。
少しだけだけど、魔力がこもってるんだ。⋮⋮お守りくらいには、

223
なるからさ﹂
先回りして、仕掛けていくことはできる。
さっきの騎士の言葉。
襲撃犯が使った小型弓と、ここで会うことができなかった初老の騎
士。
語られない情報が、知っている情報と合わさり、一つの絵が見えて
くる。
﹁⋮⋮オリヴィー。
貴族の生活は、辛いの?﹂
﹁⋮⋮私が逃げたら、父様の立場が無いの。
あの村の鉱山の発展は、エブラムの発展に密接に関わっていて⋮⋮
あそこに魔物が住み着いた事は、エブラム伯の政治生命を脅かして
る﹂
その言葉に、呼吸が止まる。
僕は、生きてるだけでオリヴィアを苦しめていたのか。
﹁でも、本当は、それを言いがかりにしてエブラムの利権が欲しい
人がいるだけ。
私が今回失敗すれば、その責任を負わされてエブラム伯の首がすげ
変わる。
私が成功しても、何処かの貴族が私を嫁にしてエブラムを奪い取ろ
うとするの。
⋮⋮もし、私が男の子に生まれていたらなぁ⋮⋮って。何度思った
だろう。
もし、私が貴族の庶子じゃなければって、何度思っただろう﹂
そうか、僕がいたからというわけではないのか。
傭兵達が村を襲ったのも、原因のひとつはそこにあったのではない

224
だろうか。
あんな辺境の小さな村での事件は、こんなところにつながったのか。
⋮⋮一つ、欲望が生まれた。
こんな状況を作り出して、何処かで糸を引いている奴がいるならば。
その狙いをことごとく崩してやりたい。
﹁オリヴィー、会えて嬉しかった﹂
⋮⋮騎士と従者はまだ帰ってこない。
オリヴィーが気を許せる数少ない相手なのだと、あるいはそれ以上
のことを慮って、
わずかなりとも時間をくれたのかもしれない。
振り返り、手を取り、顔を見つめる。
眼鏡のレンズの向こうに、涙で潤んだ瞳が見えた。
﹁え⋮⋮﹂
少しだけ強引に、手を引いて抱き寄せる。
唇を奪い、舌を少しだけ差し込む。
ほんの数秒だけの、軽い接吻。
すぐに体を離して、振り返る。
あれだけの非道を働き、サラやシロを陵辱して、
ダリアやアスタルテともただれた日々を送る身だが⋮⋮
正直言えば、恥ずかしくてまともにオリヴィーの顔を見ることがで
きない。
﹁また会おう。きっと、遠くないうちに﹂
それだけ言うと、扉に向かい歩き出す。
ちょうど、従者が呼びに来る声が聞こえてきた。

225
遠征軍:紋章官の罠
﹁お待ちなさい﹂
館を辞すとき、外に出てすぐに声をかけられた。
見ると、あの紋章官がやってきた。
﹁オリヴィア様と旧知の方だという事は、承知いたしました。
それでも、あなたとオリヴィア様はもう住む世界が違うお方です。
くれぐれも、その事をお忘れなきよう﹂
そういうと、小さな布袋をこちらに渡してくる。
﹁これは?﹂
﹁⋮⋮商人であれば、察しは付くはずです。当座の支えにはなるで
しょう。
オリヴィア様の御厚意に感謝なさい?﹂
それだけ言うと、紋章官は去っていった。
袋の中には、滑らかな感触。

226
見ると、装飾が施された宝石が入っていた。
ざっと見ただけでも、価値は金貨20枚は軽く超えるだろう。
安く見積もっても、一年分の生活費にはなる。
手切れ金、ということなのだろう。
⋮⋮怒りに頭に血が上りかけたが、今から戻っても何にもならない。
捨ててしまおうかとも考えたが、ここで捨てるとオリヴィア側に迷
惑がかかる可能性もある。
肩を震わせながら、宿に戻る。
アスタルテにはすまないが、今日の夜は荒くなるだろう。
◆◆◆
﹁この宝石、何か仕掛けがされていますね⋮⋮
しかも、明らかに魔法的なものです﹂
宿に戻り、軽く食事を済ませてから部屋に入り、簡単に事情の説明
だけした後。
鬱憤を晴らすようにアスタルテを抱いた。
少し悪いとも思ったが、アスタルテはなんだか喜んでいた。
この辺り、何か僕にはわからない感情の機微があるらしい。
二回戦に突入する前に、あの紋章官から受け取った宝石をアスタル
テに見せたところ、この反応だ。
あの調子では、まともな宝石ではあるまい。
﹁アスタルテがあの紋章官の立場だったら、どうする?﹂
﹁お姫様とやらを守るならば、愚作ですね。
ごろつきという者は弱みを見せれば付け上がるもの。
金銭を与えるのは返って逆効果です﹂

227
あの紋章官は、そこまで馬鹿には見えない。
﹁では、別の意図があるのだろう。
その意図は一体なんだろうか?﹂
﹁悪い虫が付かないようにしたいのであれば、騎士達にも注意する
か、
ごろつきを雇って襲撃させるでしょう。
宝石を与える理由はありません。
エリオット様があの指揮官に与えたのは、地理と地形の情報、
ひと時の思い出話⋮⋮あ﹂
﹁何か、思いついたの?﹂
﹁紋章官から見て、エリオット様はどのように見えたのでしょうか
?﹂
アスタルテの表情から欲情の火が消え、生徒に何かを教えるような
目つきになる。
﹁⋮⋮そうだね。得体の知れない奴、商売人、金目当て、
オリヴィアの昔の友人⋮⋮あぁ、もしかしてそういうこと?﹂
一つ、思い当たる節がある。
自分があの立場だったら何を嫌うだろうか?
いきなり、味方に別の知り合いが登場する。
ごろつきで金をせびりにきたのならば、味方は嫌がるだろう。
しかし、そうではなかった。
自分が知らない過去の友人で、力を貸してくれるという。
それは、その友人が本心から力を貸してくれるなら喜ばしい。
これを嫌がるのは、その味方にとっての自分の価値が下がる場合
⋮⋮嫉妬している場合だ。
ぱっと見た限り、オリヴィアにそこまで執着しているのかどうかは
わからない。

228
もし、その友人が敵のスパイや暗殺者であれば、早く追い払いたい。
この時は、ごろつき同様だが、味方がだまされている可能性も有る
ので厄介だ。
しかし、そのリスクもなさそうだった場合どうだろうか?
もう一つの可能性は⋮⋮紋章官が、スパイだった場合だ。
味方になるかもしれない不確定要素というのは、
スパイからすれば敵が増える可能性に他ならない。
では、どうするか?
何処かで排除するに決まっている。
﹁アスタルテ、この宝石は密封できる容器に入れて封鎖しよう。
たしか、水袋に予備があったよね?﹂
荷物の中から、空になった水袋を出してふたを開け、宝石を袋ごと
投げ込む。
ガスが噴出する可能性を考慮し、水差しから水を注ぎ、革布で口を
閉じて紐で縛って口を閉める。
今回は念入りに、そこにさらに蝋燭の蝋を溶かして隙間を密封する。
日が落ちる直前だったが、宝石の入った水袋をもって外出し、村は
ずれの森の中に隠しておく。
これで、何かあったとしても巻き添えは出ないだろう。
一仕事終えて、僕とアスタルテは宿に戻った。
結果だけいうと、翌日は何も無く。
その次の日の未明に宝石からガスが漏れ出した。
朝になって離れた場所に水袋を見に行くと、革の水袋に穴が開いて
いて、その周囲で野鳥が何羽か死んでいた⋮⋮ご丁寧に、揮発性の
ガスだけではなく、少量の酸か何かも一緒に噴出させたようだ。
水袋に密封しても、同じ部屋の中だったら死んでいたなぁ、これ。
とりあえず、これで確定したことが有る。

229
あの紋章官は、オリヴィアの味方なんかでは無い。
おそらくは、あのときの暗殺者を手引きしたのもあの紋章官の仕業
だろうし、
その目的は⋮⋮オリヴィアを事故に見せかけて暗殺することだ。
既に、騎士が一人犠牲になっている。
ここで一つ、暗殺者達は知らないことがある。
人食いダンジョンの支配者がまさかオリヴィアの友人だったなんて、
普通の人間には考えつくとも思えない。
だから、そこにチャンスが生まれるのだろう。
その機会を逃すわけにはいかない。
急ぎ足で、僕とアスタルテは我が家であるダンジョンへと戻る。
仕掛けるまでの時間は、多く見積もって2日。
それまでに全ての仕掛けをしておかなくてはならない。
230
遠征軍:歓迎の準備︵☆︶
ダンジョンに戻った僕を出迎えたのは、シロの熱烈な愛撫とサラの
毒舌だった。
ダリアに様々な準備を言いつけ、二人にエブラムの裏社会についての
聞き取りをしようと思ったのだが⋮⋮
二週間の禁欲生活はこの二人にとって相当きつかったらしい。
文句を言うことは無いが、ダリアだって欲求不満になっているだろ
う。
あとで、ダリアも喜ばせてやらないといけない。
﹁あんた、人のこと魔物に⋮⋮こんな体に調教して、放置するなん
て信じられない⋮⋮っ﹂
﹁おいひぃれす⋮⋮マスターのおちんちん、二週間ぶりれすっ﹂
長いすに腰掛けた僕の左右に、シロとサラがそれぞれ座り込む。

231
メイド
今ではダリアと同様に、お仕着せ衣装なんて呼ばれる使用人の衣装
に身を包んでいるが、
小柄で胸が大きいシロにとってはやや衣装が大きめで、スカートか
ら尻尾が飛び出している。
僕のふとももに胸を置くようにして、股間に顔を埋め、愛おしそう
にペニスを舐めしゃぶる。
サラはいかにこの二週間が退屈で辛かったかを訴えつつも、横から
抱きつき、耳を甘噛みする。
左手でサラの腰を引き寄せ、唇を奪う。
右手ではシロの髪の毛をくしゃくしゃとなで、時折喉をなでさする。
﹁サラ、僕の事はご主人様って呼ぶように、っていったろう?﹂
唇を離した後、すこしボーっとしているサラを小さくしかりつける。
﹁だ、だってあんたが⋮⋮﹂
﹁口応えしない。サラは僕の何なの? 忘れちゃった?﹂
たまに、こうやって自覚させないとサラは地が出てくる。
彼女への支配力は、魔物にした時点で最低限の縛りができている。
それでも、敬意を持たせるとか忠誠心を持たせるという事は少し違
う。
例えば、オークたちに忠誠心を求めるのはまったく無駄だし。
ダリアとシロは元からの性格か、魔物になった際の魔物の特性か僕
に対しての忠誠心が高い。
依存しているといってもいいくらいだ。
しかし、サラは独立心が強く、支配できてもたまに言うことを聞か
ない。
まぁ、そこも楽しいところではあるのだけれど、おそらく客が来る
ことが予想される以上
ある程度メイドっぽいことができるようにしておかないと格好が付
かない。

232
﹁くっ⋮⋮﹂
顔を真っ赤にして、口ごもるサラ。
﹁そうか、サラは僕に対して忠誠心がなくなっちゃったのかな?
シロ、そろそろ欲しくなってきた頃だろう。
それに、それ以上されたら口に出しちゃうよ﹂
サラを無視して、夢中でフェラチオに精を出すシロに声をかける。
口で言葉を返す代わりに、尻尾を一際強く振り、喉の奥にペニスを
入れて、
全体に舌を絡めるように擦り付けてくる。
シロの耳をなでてから、少し頭を持ち上げる。
名残惜しそうにシロが口を離し、ホカホカと湯気を立てるペニスが
ぶるんと揺れる。
椅子から立ち上がると、二人のほうを振り向いて二人の頭をつかみ、
腰に引き寄せる。
﹁ちょっと⋮⋮!﹂
﹁うわぁ♪﹂
少しだけ強引に、二人の顔でペニスをはさむ。
シロの唾液でべたべたに濡れたペニスが、サラの顔を濡らす。
シロは喜んで、ハーモニカを吹くようにペニスの幹に唇を這わせる。
サラは少しだけ苦しそうにした後に、鈴口に舌先をチロチロと這わ
せる。
﹁うっ⋮⋮いくよっ!﹂
もともと、シロの唇で限界近くまでもってこられていたのだ。
我慢していたのを、一気に開放して二人の顔めがけて射精する。
あの宿から急いで戻ったため、約5日ほど溜め込まれた精液が飛び

233
出す。
どぷっ、っと言う音を立てて、粘性の高い白濁液が飛び散る。
﹁あ⋮⋮あぁ、あぁあぁ⋮⋮あつい⋮⋮ザーメン、あつい⋮⋮﹂
﹁あはは、おいしいの。ご主人様のザーメン、おいしいの⋮⋮﹂
シロはいつものように、サラの顔に飛び散ったザーメンを舐め取る
ように
グルーミングをはじめる。本来はその子犬がじゃれあうような姿を
眺めているのだが、
今日はサラの調教のために少し趣向を変えよう。
シロの腕を引っ張り、自分のほうに引き寄せる。
﹁サラ、そのまま。顔にかかったザーメンをふき取っちゃダメだよ
?﹂
﹁えっ、あんた、何を⋮⋮﹂
そういいながら、シロを後ろ向きに立たせて、両足を開かせる。
シロの両手は、長いすに座ったままのサラの肩に。
サラの視線からは、正面にザーメンまみれのシロの顔。その背後に
背中と尻、そして尻尾がぴくぴく動いているのが見え、その後ろに
僕が立っているのが見える形だ。
一発射精しただけでは、体力は多少減っていても5日分の性欲は収
まるはずも無い。
いきり立ったペニスがサラに見えるようにしてから、シロの尻肉を
両手でつかみ、宣言する。
﹁シロ、今から犬の格好で犯してあげる。
どっちがいい? どっちに出して欲しい?﹂
半年の間に、サラもシロも、ダリア同様に肛門を性器として使える
ように仕込んである。
シロはどちらも喜び、サラは快感という意味ではあまり感じていな

234
いのかもしれないが、
肛門を犯されるということに非常に興奮するようになっていた。
﹁今日はぁ⋮⋮久しぶりだから、まずはおまんこがいいのぉ!﹂
﹁⋮⋮了解﹂
湿ったパンツをずり下げ、素直におまんこにペニスを突き刺す。
既に準備はできているようで、ぬるりと言う感触とともに、
暖かい膣内にペニスが飲み込まれていく。
シロの背中がピンと張り、動きを止めるとゆっくりと力が抜けてい
く。
ゆっくりとペニスを引き抜くと、シロの口から少量の涎とあえぎ声
が漏れる。
﹁あぁ∼、あぁ、あ、あ、あぉ∼∼、くぅん。﹂
二、三度ゆっくりと抜き差しすることで体位は安定。
尻肉をもみしだいていた両手を自由にして、少し脚を前に踏み出し、
シロの胸をつかむ。
背中に覆いかぶさるようにして、産毛の生えたとがった犬耳を甘く
噛み、息を吹きかける。
﹁ふゃん! あぁっ、あっ、いやぁ、くぁん、くぅん﹂
小刻みにペニスを挿入するリズムにあわせ、シロの声が跳ねる。
﹁シロ⋮⋮あんた、そんなに、いいの? エリオットのちんぽ、い
いの?﹂
おあずけを食らったまま、蕩けていくシロの顔を正面から見せられ
ているサラとしては
たまったものでは無いだろう。
息が荒くなり、気が付くとシロの顔に残ったザーメンをサラが舐め
取っていた。
﹁んちゅ⋮⋮ぷはぁ、臭い⋮⋮なんで、こんな臭いザーメン⋮⋮﹂
﹁サラぁ⋮⋮キス、キスしてぇ⋮⋮ご主人様のザーメン、シロにも
ちょーだい⋮⋮﹂

235
﹁シロぉ⋮⋮﹂
そろそろ二回目の射精が近い。
今度は我慢する必要も無いだろう。
﹁シロ、サラに抱きついて﹂
僕の言葉に、シロは一切ためらわない。
上半身を自由にして、崩れ落ちるようにサラに抱きつく。
お互いの唇と舌は絡み合ったまま。
僕は崩れそうになったシロの下半身を抱えるようにして、熱々の膣
の最深部に精を放つ。
﹁いくよっ⋮⋮っ!﹂
びくん、どくどくっ!
腰が二度、三度と跳ね、シロの上半身が激しく揺れる。
尻尾がピーン!と跳ね上がり、数秒かけてゆっくりと力を失って崩
れおちる。
それでも、サラと唇を重ねたままで、シロは絶頂に導かれ失神する。
﹁あぁ、シロ⋮⋮シロォ⋮⋮だめよ、そんな⋮⋮だらしない顔でイ
ッちゃ⋮⋮﹂
力の抜けたシロの体を長いすに横たえ、
サラはシロの股間にから漏れ出してくる精液をすすり始める。
ひざ辺りまでパンツを脱がせたシロの股間に顔を突っ込み、
自分の股間をいじりながらつぶやく元魔術師の姿はこっけいなほど
可愛い。
﹁サラ、今君は何をしているのか教えてくれないかな?﹂
もちろん、見ればわかるんだけど。
﹁シロのおまんこから⋮⋮あんたのザーメンが流れてるから⋮⋮
⋮⋮って、一体何言わせてるのよあっ﹂

236
言葉を終える前に、僕の指が無防備なサラの尻をなで、膣に指を入
れたため、
サラの説明は中断することになった。
﹁サラ、どうして欲しいのかな?﹂
﹁⋮⋮ふーっ、ふー⋮⋮﹂
羞恥と欲情にはさまれて、サラが息を荒くしている。
半年の間あれほど犯し汚しても、サラはこの辺の羞恥心が捨てられ
ない。
僕がダリアを抱いている目の前でオークたちに一晩輪姦させ続けた
後でも、
サラの羞恥心は壊れなかった。
だからこそ、時々はこうやって羞恥心を刺激して楽しみたくなるの
だ。
薬品の調合中︵本当に危険な時は、流石にわかっているのでやらな
いが︶に背後から犯した時は、
シロが敵襲と間違えて飛び込んでくるほど大きな悲鳴が上がったも
のだが⋮⋮
サラが葛藤している間にも、そんなサラをみて僕のペニスはゆっく
りと活力を取り戻していく。
催眠されるように、サラの手が伸び、細い指がペニスをつまみ、顔
が近づき、唇が⋮⋮
といったところで、サラの頭を押さえる。
﹁え、あぁ⋮⋮ん、なんで⋮⋮?﹂
﹁サラ、どうして欲しいのかな? 言葉に出さないとわからないよ
?﹂
サラは一段と顔を赤くし、こちらをにらみつける。

237
﹁あ、あの⋮⋮ペニス⋮⋮おちんちん、ちんぽ⋮⋮を、
舐めたいの、しゃぶらせて⋮⋮くだ、さい﹂
自分でも言っていることがちぐはぐになっているのだろう、でも、
もう少し。
﹁誰にお願いしてるの? サラは僕の何なの? わからないのかな
?﹂
再び、泣きそうな顔になるサラ。
﹁あの⋮⋮サラは、いやらしいサラは、エリオット様⋮⋮
ご主人様の、エッチなメイドです。奴隷です﹂
どの言葉が正確かを悩んでいるのではない。
おそらく、サラはどのような言葉を使うのが、自分が一番興奮する
のかを探しているのだ。
﹁そうだね。雌犬のサラはご主人様の奴隷だ﹂
決め付けてあげると、本人は後で必ず否定するのだが、とても嬉し
そうな顔をする。
﹁で、雌犬で奴隷のサラは何がしたいの?﹂
﹁ちんぽ⋮⋮しゃぶらせてください。あたしも、シロみたいにぺろ
ぺろしたいの﹂
﹁その後は? ぺろぺろするだけでいいの?﹂
﹁あ⋮⋮あの、犯して⋮⋮犯してください! おまんこでも、ケツ
穴でも!
いっぱい、いっぱいご主人様にズボズボして欲しいの!﹂
よし、これくらいでいいだろう。
﹁じゃぁ、長いすに仰向けになって。脚を自分で開いて⋮⋮﹂
もう我慢できなかったのだろう。
サラはすぐに仰向けになると、長い小足を抱えるようにして開き、
股間を見せ付けてくる。
毛の薄い女陰は既に焦らされきって、パンティは既に水浸しになっ
ている。

238
パンティを膝まで持ち上げ、股間にペニスをあてがって、クリトリ
スの辺りに何度こすり付ける。
もどかしいらしく、尻を持ち上げて何とかペニスをキャッチしよう
とする。
タイミングを合わせて、力いっぱいサラが腰と尻を持ち上げた瞬間
に、一番奥まで貫く。
﹁あがっ⋮⋮あ、はぁ⋮⋮あ、あああ⋮⋮﹂
じゅわ、とぬくもりを感じると同時にサラは失禁していた。
長いすの下に、ぽたぽたと小便が水溜りを作る。
﹁またお漏らし?
サラにはお仕置きが必要だね⋮⋮﹂
甘い悲鳴が上がる。
僕が三回目の射精を終える頃には、サラは3回ほど絶頂を迎えてい
た。
239
密偵の訪問:訪問者テレーズ
﹁エブラムの暗殺ギルド⋮⋮れすかぁ?﹂
失神したままのサラにタオルをかけた後、
意識を取り戻したシロは情事の後始末をしながら質問に答えた。
﹁んー⋮⋮直接接触を持っていたわけじゃないですけど、
冒険者を含む盗賊たちの組合とは別に、荒事専門の集団がいるとは
聞いてます。
エブラムに昔からあったわけじゃなくて、何年か前に作られたみた
いですね。
確か、違法な薬⋮⋮麻薬とか媚薬とか、一部は盗賊の組合でも扱っ
てますけど⋮⋮の販売とか、もぐりの売春婦の斡旋とかを隠れ蓑に
してるって。
売春の絡みで貴族の一部とつながっていて、その辺で暗殺にも手を

240
染めているんじゃないかって噂されてましたけど、実際のところは
わからないです﹂
詳細はわからないけれど、実体はあると見て間違いなさそうだ。
﹁⋮⋮接触できるかな?﹂
﹁難しいと思いますぅ⋮⋮﹂
まぁ、そうだろうとは思う。
あちらも情報を知られないことが重要だという事は自覚しているだ
ろうし。
そういう意味では、ギュスターブを経由させてある程度ふるいにか
けているとはいえ、
一年近く犯罪者やら違法な行商人相手の営業を続けている僕のダン
ジョンは、
ある程度以上情報が知られていると思ったほうがいい。
⋮⋮あちらから接触してくる可能性もあるのでは無いだろうか?
アスタルテとダリアを呼び出し、引越し⋮⋮というか夜逃げの準備
と、
エブラムの遠征軍を分断・足止めするための準備の進み具合を確認
する。
夜逃げに関しては、半年かけて下準備をしていただけあって、
工房を破棄する覚悟さえすれば問題ない。
分断と足止めに関しては、あまり上手には進んでいない。
鉱山内部の地図があっても、鉱山技師を抱えているわけではないた
めだ。
シロに足止めのトラップを作らせたり、あらかじめ仕掛けてあるゴ
ーレムのパーツなどはあるが、坑道を利用した大掛かりなものとな
ると、流石に荷が重い。
死者や怪我人を減らしたい、なんて綺麗事を言って勝てるような規

241
模ではない。
坑道で落盤を起こすようなまねをしたとしても、とにかく分断して
足止ができなければ、
正面から坑道内部を蹂躙されて終わるだろう。
守られるべき大将である僕にはまともな戦闘能力がない。
運良く半数以上が迷子になってくれたとしても、25%の正規兵が
僕のいるところまで来たら、おそらくアスタルテがいたとしても手
数の暴力で僕は討ち取られてしまうだろう。
逃げるだけなら、モンスターたちに時間稼ぎを指示してさっさと消
えてしまえばよかった。
しかし、それはできない。
いや、しない。
オリヴィアに会って、話をして。
僕自身が、自分の中にある望みを理解してしまったから。
決めたのだ。
僕が人間だった頃の唯一の友達を。
命を狙われ、貴族社会の悪意と陰謀の波に翻弄され、逃げることも
泣くこともできないでいたオリヴィーを。
助け出して、堕として、僕のものにする事を。
◆◆◆
半日後、予想していた来客があった。
ギュスターブの紹介状を持った、旅の女商人。
主な取り扱いは貴金属と違法な薬品を少々。
紹介状は本物。書名にある名前はおそらくは他人のもの。
ショートヘアの利発そうな女商人は、一晩の宿の安全を求め、
遠征軍の情報を買わないかという取引を申し出てきた。

242
テレーズと名乗った女商人は、ダンジョンマスターが自分とたいし
て変わらない若さの
青年であることに大げさに驚き、様々な噂話の真偽を失礼にならな
い程度に聞いてきた。
相場どおりの保護料を受け取り、遠征軍に関しても
﹁いずれ来るとは思っていたが、予想より早いな﹂
程度の対応をする。
あまり演技は得意では無いが、嘘をついているとばれても、
逆に﹁知らなかったのを隠している﹂と思ってもらえれば幸運だ。
さて、相手はどう出てくるか⋮⋮?
﹁ダンジョンマスター殿⋮⋮いや、エリオットさんとお呼びして良
いでしょうか?
⋮⋮お噂には伺っていましたが、実際にお会いすると少し怖いです
ね﹂
テレーズの声は、多少の緊張を含んでいるが、明るいものだ。
意図的に明るくしているのかもしれない。
怖い、といっているのには理由がある。
今回、この客人に会うにあたって、多少メイクをしているのだ。
肌の色を変えるために色粉を使い、腕と顔の肌の色を青っぽくして
いる。
目の下に少し隈取をいれ、髪飾りをつけて角の数がわからないよう
にした。
化粧に関しては素人なので、その一切をアスタルテたち女衆に一任
した。
そのため、実際のところ自分がどんな外見なのかは自分でもまだ見
ていない。
ギュスターブに見られたら指をさして笑われるだろうが、まぁ仕方

243
ない。
化粧と見破られても、素顔がばれなければそれでいい。
万が一、この客人が紋章官から僕の外見を聞いていた場合に備えて
の警戒なのだ。
﹁あぁ、エリオットでいいよ。こんな外見だが、堅苦しいのは苦手
でね。
⋮⋮テレーズさんだっけ、あなたはその遠征軍のどのような情報を
つかんでいるのかな?﹂
相手の手札を確認するのは、交渉の基本。
多少のハッタリも、基本だ⋮⋮と、傭兵たちから良く聞いた。
商売は誠実にというのがモットーだったが、今はそういう時ではな
い。
﹁遠征軍の情報自体は、予想はしていたけれどもありがたいものだ。
面倒だから撤退するのも考えているし、良い情報にはそれなりの代
価を払うつもりはあるよ?﹂
僕とアスタルテの見立てでは、8日前に出立した遠征軍は、その厚
遇速度を考えると明日の昼過ぎくらいにはこの鉱山村に到着するだ
ろう。
村のはずれに陣地を建てて、実際の攻略はその次の日からではない
かと予想している。
さて、この娘はどんな情報を僕らに流そうとするのだろうか?
﹁⋮⋮遠征軍は7日前にエブラムを発ちました。
人数は100程度で、補給隊を含んでいますから実際の戦力は半分。
その中でも騎士や傭兵や正規兵はさらに半分、といったところでし
ょうか?
おそらくこのダンジョンの手前に到着するのは最も早くて明日の夕
刻以降でしょう。

244
こちらの魔物がどれほど恐ろしいのかは想像も付きませんが、
正面からぶつかるのは危険なのではないでしょうか?﹂
⋮⋮嘘は言っていないが正確ではない。
テレーズの情報は遠征軍の出発した日付を一日だけ遅らせている。
それに、戦力の見積もりも微妙に少なくしている。
間違えているというのは考えにくい。つまり⋮⋮
﹁君としては、僕と彼らがぶつかり合うのは好都合だったりするの
かな?﹂
その言葉に、一瞬だけテレーズの視線が止まる。
表情をほとんど変えないのはたいしたものだけれど、それでも一瞬
だけ目が泳いだのがわかる。
﹁⋮⋮そうですね。わたしが無事に逃げ切れるまで、遠征軍に足止
めをしてもらえると幸運です。
ですが、特にあなたが彼ら⋮⋮指揮官は女性なので、彼女達という
べきかな?⋮⋮と
戦っても、一介の行商人に得なことは無いですからねぇ﹂
アドリブにも強いようだ。どうやら単なる下っ端というわけではな
く、それなりの判断を下す権限は持っているだろう。
今の話も事前に情報がわかっていななければ、特に疑う必要性すら
感じない。
﹁まぁ、総数は多いが、実働戦力は半分以下。
おそらくさらにその半分は農民達から徴用された見張り程度のもの
だろう、というところか。
勝てなくは無いだろうけれど、無傷も難しい⋮⋮まぁ、無理に戦う
必要は感じないね。
とはいえ、そんな連中に背後から追われるのはごめんだ。
明日の夕方までに逃げる準備をしておいて、
後はこのダンジョンを使って時間稼ぎでもするとしようかな?﹂

245
どうせ攻め込んでくるのは二日後だろうから、
明日の夜までに動けばいいだろうしね、と付け加える。
テレーズの瞳が、少しだけ小ずるく歪んだ。
あれは獲物にかかった相手を見る目つきだろうか?
既にこの会話の中で戦いは始まっている。相手の打った一手は何を
狙っているものだろうか?
そんな頃に、メイド服姿のシロとサラが食事を持って部屋にやって
くる。
和気藹々として落ち着かない、騙しあいの会談は食事の最中も続い
た。
密偵の訪問:深夜の探索
﹁シロが言うには、押さえているけれどおそらくは盗賊の身のこな
し⋮⋮だってさ。
密偵といったところかな。荷物をあされば、色々と道具が出てくる
だろうね。
遠征軍を襲撃した小型弓の狙撃手はテレーズかな?﹂
腕の中のダリアにささやきながら、居室に設置した監視用の水盤を
覗き込む。
テレーズは深夜になると与えられた部屋を抜け出し、案内されたエ
リアをはずれ、鉱山の坑道内や工房を含むいくつかの部屋に忍び込
んでは何かを隠すように設置している。
盗みを働くわけではない。
地図をつくっている可能性はあるが、今テレーズが僕らに攻撃を仕

246
掛ける必要は無いはずだ。
なにせ、わざわざ遠征軍の戦力を低く見積もり、到着時刻を半日遅
く告げたのだ。
それも、僕が﹁逃げるのもありかな﹂といった後にだ。
彼女の狙いは十中八九、遠征軍と僕らをぶつけることだろう。
僕らを戦力として⋮⋮あるいは陽動として利用するつもりなのだろ
う。
であれば、何らかの手段で遠征軍にいる内通者⋮⋮おそらくは紋章
官⋮⋮と連絡を取り、進軍を早めてくるだろう。
つまり、最短で明日の昼には遠征軍はこのダンジョンに攻め入って
くる可能性がある。
ないとは思うが、最悪を想定して動くべきだろう。
﹁マスター⋮⋮あれ﹂
ダリアがささやく。
見れば、ダンジョンの入り口に設置した﹁目﹂からの映像で、ダリ
アが大型の宝石を地面に置いて何かしている。
伝声管を開き、音を拾えないか試してみる。
﹁⋮⋮はい、⋮⋮は交戦の意志は少なく⋮⋮﹂
﹁若い男で⋮⋮青い肌であることと、数本の角があることをのぞけ
ば容貌はあまり⋮⋮﹂
﹁ええ、明日の夕刻までの足止めは⋮⋮﹂
﹁ダンジョン内部⋮⋮わかるように⋮⋮﹂
﹁それまでに脱出⋮⋮﹂
全部を聞き取れるわけではない。
それでも、あの宝石を使って誰かと会話している事はわかる。
おそらくは、あの紋章官だろう。外見を変えておいて本当によかっ
た。

247
あの宝石は僕がサラを堕とすときに使った伝声装置よりも、よほど
遠くに届く強力なものなのだろう。
暗殺ギルドはよほどの金持ちか、金持ちが依頼人に違いない。
もう一つの可能性としては、魔術師や魔具職人を抱えているか。
⋮⋮暗殺ギルドは、少なくとも今の僕よりも資金や道具の面では
優れているのかもしれない。
正直、敵に回したくはないのだが。
テレーズの報告は終わったようだ。
彼女はひっそりとあてがわれた客室へと戻っていく。
伝声管を閉じ、水盤にテレーズと名乗った密偵を映したままダリア
にささやきかける。
﹁夜明け前くらいになったら、あの子が隠した何かを一つ持ってき
てくれるかな?﹂
ダリアは毒が聞きにくい体質なので、この手のことを頼むことが多
い。
﹁⋮⋮わかりました、マスター﹂
ダリアはそういうと立ち上がり、衣服を身につけ始める。
股間から漏れ出す精液を手でふき取ると、名残惜しそうに口で舐め
取る。
﹁マスターのためなら、壊されてもいい⋮⋮﹂
﹁おいおい、気軽に縁起でもないことを言わないでくれよ。
僕がいない間に何かあったのかい?﹂
ダリアは、表情に乏しい顔に少しだけ憂いをたたえ、小さい声でこ
うつぶやいた。
﹁マスターは、遠征軍の指揮官を助けて、大事にしたいと考えてる。
⋮⋮そうしたら、わたしはもういらなくなるんじゃないかって﹂
あぁ、そうか。
魔物としてのダリアには、過去の記憶はほとんど残っていないはず

248
だ。
時折、フラッシュバックするように断片的な記憶や感情が戻るよう
だが、
ゴーレムという種族の特性上それを表に出すこともめったにない。
それでも、僕が生み出したダリアという魔物の人生の一番初めと、
かつて人であったダリアという村娘の人生の最後には、
僕という人物に触れ、偽りであっても優しくしてもらえた記憶があ
るのだ。
この娘には、僕しか依存できる対象がない。
魔物として生まれたときから一緒にいたアスタルテはともかくとし
て、僕の周囲に自分と同じかそれ以上に寵愛される女が現れるたび
に、ダリアは自分の価値がなくなるのでは無いかとおびえていたの
だろう。
普段は、自分の分をわきまえて、表には出さないようにしているの
だろう。
村娘のダリアも、悲しいことや、辛いことを内側に抱えたまま生き
ていた。
やはり、魔物になってもそういう性質は変わらないのだろうか。
ダリアの腕を引き、もう一度ベッドの上に引きずり倒す。
﹁あ⋮⋮マスター?﹂
かすかにおびえるようなダリア。自分が言うべきではないことを言
ってしまったと考えているのだろう。
﹁ダリア、君は誰のものだ?﹂
これは奴隷の焼印の再確認。
サラは時折自分が僕の支配下にあることを思い出させる必要がある
が、ダリアもまた違った意味で僕のものであることを再確認させて
やらないといけないようだ。

249
僕がダンジョンマスターになることを決め、ダリアを魔物に変えた
あの時。
一瞬だけ考えることができた、もしかしたら存在したかもしれない
ダリアと生きていく未来の可能性はもうなくなったけれど。
たとえお互いの気の迷いであっても、一瞬でも好きになっていたか
もしれない相手を魔物に変え、自分の所有物とした以上。
ダリアが破壊されるか壊れるか⋮⋮あるいは僕が死ぬまで、ダリア
は僕の所有物だ。
﹁ダリア、答えるんだ。
君は誰のもので、誰のために存在する?﹂
﹁わたしは、マスターの⋮⋮エリオット様の所有物です。
わたしは、エリオット様のために存在しています。
だから、私をもっと使ってください。
壊れても、壊されてもかまいません!﹂
強い口調で問い詰めると、ダリアはおずおずと、しかし明瞭な意志
を持って答える。
﹁だめだ。君はわかっていない﹂
否定の言葉に、ダリアの表情が凍る。
その隙を突いて、一気に言葉を吐き出す。
﹁僕のものである事はいい。僕のために存在しているのも当然だ。
だけど、ダリアをいつ使うかを決めるのは僕で、君じゃない。
そして、勝手に壊れるなんて僕は許していない。
決して君に自由を与えるつもりは無い。わかるか?﹂
他人の人生を狂わせたのならば、最後まで支配しよう。
狂った言い分だという事は、十分なほど自覚している。
それでも、それが僕には必要なことなのだと思えたのだ。
⋮⋮僕は、既に魔物と化しているのかもしれない。

250
﹁⋮⋮はい。ダリアは、あなたのものです、マスター。
マスターの許可なく壊れることも、しません。
だから、わたしをずっとお使いください。
⋮⋮マスター﹂
ダリアは改めて僕への服従を誓うと、ほんのかすかに、嬉しそうに
微笑んだ。
◆◆◆
﹁アスタルテに協力して、テレーズが眠っているうちにあの香をた
いておくように。
朝になったら、彼女を呼んで広間へ案内してあげて。
朝日が昇る前に彼女が君を呼び出すベルを鳴らすことは無いと思う
けれど、
何かあればすぐに対応するように﹂
あれから、結局またダリアを犯してしまい、メイド服には皺が付い
てしまった。
まぁ、貴族の館では無いから多少皺があろうがなかろうがかまうこ
とは無いが、
精液の臭いが付いてしまうのはいささか気まずいかもしれない。
⋮⋮まぁ、僕は邪悪なダンジョンの支配者なのだから、
その辺の世間体を気にする必要もないのだが。
ダリアを部屋から送り出し、改めて鉱山の図面と向かい合う。
夜明けまでは後数時間。
仕掛けるだけの仕掛けは終わったが、まだできる事はあるかもしれ
ない。
テレーズはおそらく朝の食事が終わる辺りで暇乞いをするだろうか
ら、
それまでに捕獲しておくべきだろう。

251
勘がいい場合、夜明けの時点で逃げ出す可能性があるが、それだと
僕たちが何らかの疑いを持ってしまうために、おそらくテレーズは
朝の食事と挨拶が終わるまで逃げることはできない。
彼女がどの程度知っているかはわからないが、暗殺ギルドはまだエ
ブラムに登場してから年月が浅いということは、信頼できる構成員
も多くは無いということだ。
単独で交渉を任される以上、ある程度の権限は持たされていると見
るべきだ。
ならば、情報源としての価値は有る。
毒を扱う以上、通常の毒に対しては耐性を持っている可能性が高い。
並みの毒や薬品では歯が立たない可能性があるから、貴重ではあっ
てもまず知られていない手を使うべきだろう。
であれば⋮⋮
薬品の調整、魔物の配置変更、トラップの再点検、仕掛けの動作確
認。
済ませているうちに、おそらく夜が明ける頃合になってきた。
結局、徹夜仕事になってしまったが、できるだけの事は済ませた。
後はアスタルテに多少任せて、朝食の時間まで仮眠を取るべきか⋮⋮
その時、部屋に仕掛けてあった警報装置が小さく光った。
それは、宿に設置しておいたペンダントを誰かが手にとったという
しるし。
あの場所を知っている相手は、オリヴィアに他ならない。
⋮⋮早い。
テレーズの誤情報ではなく、僕達の想定していた予定よりも半日以
上早い。
そもそも、夜明け前に行軍する軍隊なんて聞いたこともない。

252
昨日のうちに到着していたというのも、行軍速度的にそれはありえ
ない。
であれば、答えは一つ。近隣にベースキャンプを置いて、早朝に少
人数で偵察に来たのだろう。
つまり、騎兵の機動力で一時間もしないところに本隊がいる。
今日の昼には、遠征軍の攻略が始まると見て間違いない。
密偵の訪問:攻略開始
﹁⋮⋮さて、これが今朝君が起きてから、僕に捕らえられるまでの
顛末さ﹂
テレーズと名乗っていた密偵は、既に椅子から崩れ落ちんばかりと
なっている。
椅子に固定されていなければ、間違いなく崩れ落ちていただろう。
下半身は全て衣服を剥ぎ取られ、小便と愛液を垂れ流している姿は
いささかかわいそうだが、残念ながらここで情けをかけても僕には
いいことが一つもない。
スタナー
何せ、まず解除できまいと思っていた貴重な麻痺毒を使ったのに、
一度は逃亡しかけたのだ。
正直、たいした相手だと思う。
﹁たすけて⋮⋮たすけて、たす﹂

253
意識が飛びかけているテレーズのほほを軽くひっぱたく。
ぼやけていた目の焦点が戻り、僕を見据える。
さっきまでは警戒と憎しみの色が。
今では、怯えと恐怖が色濃く映っている。
﹁テレーズ。いや、本当の名前は知らないけれど、暗殺ギルドのお
嬢さん。
君はさっき僕に誓ってくれたよね?
暗殺ギルドを裏切って、僕に仕える魔物になるって。
人間をやめて、僕のものになってくれるって。
だから、僕の奴隷になってくれた君に命令が二つある。
命令を忠実にこなすことができたら、きっと助かるよ﹂
朝から今まで、この密偵を屈服させるまでに結構な時間がかかった。
堕ちるのを邪魔しているのは、恐怖による支配だ。
暗殺ギルドは数名の頭目によって力による支配が行われており、
立場上は下級幹部にあたるこの娘も、頭目に対する恐怖によって縛
り付けられていた。
﹁そうそう。君の荷物の中に入っていた宝石の類、川に流しちゃっ
たから。
⋮⋮これで、おそらくはお仲間には君はもうここにいないと判断さ
れるだろうね﹂
だが、恐怖は目の前にあるより大きな恐怖によって覆るものだ。
そして、鞭は飴と同時に与えることで効果を増すものだ。
﹁どうせ、居場所は監視されていたんだろう?
これで、おそらく半日くらいは君の居場所はどこだからわからなく
なるだろうね。
⋮⋮わずかながら、暗殺ギルドの支配から逃れた気分はどうだい?﹂

254
僕が相手よりも上手である、そう感じさせることも必要だ。
それが実際にそうかどうかは別として、彼女がそう思い込めればい
い。
﹁命令⋮⋮命令、はい、聞きます、聞きますぅ!﹂
涙を流しながら、僕の言葉を待つ密偵娘。
今は僕に忠誠を誓っているけれど、一度自由にしたら元通りになっ
てしまうだろう。
たいした時間もかからずに、再び頭目への恐怖で縛り付けられ、元
に戻ってしまう事は想像に難くない。
であれば、ショック療法でもなんでもいいから、その恐怖から来る
忠誠心の対象をこちらに挿げ替えることができれば⋮⋮この娘は僕
の忠実な手駒になってくれるだろう。
﹁一つ目。遠征軍に入り込んでいる暗殺ギルドの人員を全て教える
こと。
また、どのような計画で指揮官を暗殺するのかも、知っている限り
詳しく話すんだ。
これに失敗すると、僕が君を殺さなきゃいけなくなる﹂
﹁いや⋮⋮死ぬのはいやぁ⋮⋮。あの子みたいに食われるのは嫌な
の⋮⋮﹂
﹁食われる?﹂
聞き覚えのない剣呑な単語に、思わず聞き返す。
﹁う、裏切り者は⋮⋮生きたまま、食われるの⋮⋮あの、頭目たち
に⋮⋮!﹂
それは一体どういうことだろうか?
裏切り者を見せしめのために豚にでも食わせるのかと思ったが、も
っとひどい。
﹁暗殺ギルドの頭目は、裏切り者を食ってしまうのかい?﹂
﹁⋮⋮はい、そうです。そうなんです。

255
エブラムに来る前に、今の頭目たちに乗っ取られたときに、前の頭
目が⋮⋮
生きたまま、縛り付けられて、骨をおられて⋮⋮
あいつらは化け物なの! 無理よ、勝てないのよぉ!﹂
密偵娘は、緊張の糸が切れたのか再び泣き出してしまった。
暴れ出さないようにシロに密偵娘を警戒させつつ、脇に控えていた
アスタルテに問いかける。
﹁魔物が人間の社会に入り込んでいるというのは、ありうることな
の?﹂
⋮⋮まぁ、ありえる話だとは思う。僕やアスタルテがその一例なの
だ。
﹁ええ、前例は多くはありませんが。
知恵の高い魔物であれば、人間社会の中で根を張ることも不可能で
はありません。
それにしても、まさかエブラムに魔物が巣食っているとは思いませ
んでしたわ。
⋮⋮でも、納得がいきました﹂
アスタルテは、何事か納得している。
﹁何をだい? 僕にもわかるように説明してもらえないかな﹂
﹁あの宝石⋮⋮並の人間に作り出せるものではありません。
おそらくは、エリオット様同様に魔道具製作の力を持つ魔物が絡ん
でいるのでしょう。
そして、その候補は⋮⋮あの紋章官、でしょうね。
なにか、嫌なニオイがしていましたので﹂
﹁あ、あああ⋮⋮アラクネ様、お許しを!﹂
密偵娘がおびえた声を上げる。まだ暗殺ギルドへの恐怖が強い。
アラクネ⋮⋮確か、北方の伝承にある蜘蛛の魔族の名前だ。
﹁アラクネですか⋮⋮嫌な相手ですね﹂

256
﹁アラクネ⋮⋮蜘蛛の魔族なんだっけ?
詳しい事はわからないけれど、強敵⋮⋮なんだろうね。
ねえ、君。そのアラクネは昨夜君が状況を報告していた相手かな?﹂
アスタルテに声をかけつつ、密偵娘のほほをひっぱたく。
パン、と軽い音を立てて密偵娘のほほが薄赤く染まる
顔は微笑んだまま。威圧感を与えるためには、得体が知れないほう
がいい。
アスタルテの教育の賜物だが⋮⋮おびえている女の子を叩くのは、
正直性に合わない。
硬直したままの密偵娘に優しい声をかける。鞭の次はすぐに飴。
遠征軍の攻略は着々と進んでいるが、今は情報を聞き出すときだ。
﹁教えてくれれば、痛いことにも、怖いことにも会わずにすむよ?﹂
﹁は、はい⋮⋮都から来るはずの紋章官と入れ替わっています。
私達のギルドの、二人いる頭目の一人です⋮⋮﹂
﹁もう一人は、来てるの?﹂
﹁いいえ、もう一人はエブラムに残ってます⋮⋮﹂
なるほど。チャンスはゼロでは無いかもしれない。
勤めて明るい声で、密偵娘に語りかける。
﹁なら、幸いだね。君は死ななくて済む事だろう﹂
﹁え⋮⋮?﹂
絶望させた後に、少しだけ希望を与える事は重要だ。
この密偵娘は利発な娘だから、パニックさえ起こさなければ計算が
しっかりとできる。
ある程度こちらが有利であるように思わせて、勝てると思い込ませ
ないといけない。
そして、そこさえ済ませれば、頭のいい子ならば自分の生存のため
に何をすればいいかを勝手に考えるはずだ。
﹁紋章官殿は、不幸な事故でお亡くなりになるのさ。

257
人食いダンジョンに住む危険な魔物を討伐するんだ、不幸な事故に
あう危険性は誰にだってあるだろう?
だから⋮⋮君の協力が必要なのさ﹂
﹁私の⋮⋮?﹂
目線で合図して、ダリアに昨日のうちに用意させていた首輪を持っ
てこさせる。
同時に、密偵娘を拘束している両手の戒めを解く。
アスタルテが密偵娘の背後に回り、妙な動きをしないか見張ってい
るのは当然のことだ。
﹁君は今から、改めて僕のものになると宣言して、その首輪を自分
ではめるんだ。
どういうものかは説明しないけれど、僕の奴隷である証だと思って。
裏切ったときに何かあるかも、程度で考えていてくれればいいよ﹂
実際のところは、そんな便利な機能は無い。
せいぜい、居場所がわかるくようになるらいだ。
それでもまぁ、この娘にはそれを嘘だと判断するだけの証拠は無い。
自分で首輪をつけるように仕向けたのは、まぁ儀式的なものだ。
自分の意志で元の飼い主を裏切ったのだと体に覚えこませることで、
再び裏切る可能性を少しでも低くしたいのだ。
密偵娘は、両手で首輪を握り締め、おびえたように考え込む。
色々な考えが頭の中を駆け巡っているのだろう。
まだ完全に落としきれていない証拠だ。
やはり、目の前で決定的な証拠を見せない限り、この娘が心の底か
ら折れることは無いだろう。
ならば、それを前提に考えるべきだ。
﹁前の頭目は食われたって言ったね。あの紋章官⋮⋮アラクネにや
られたの?﹂
少し、話題を変える。

258
密偵娘はふとこちらに視線を向け、何かを思い出したように小さく
震える。
﹁私含め、仲間達の目の前で、見せしめに⋮⋮生きたまま、アラク
ネの糸でぐるぐる巻きにされて、生き血をすすられて。もう一人の
頭目に全身の骨を砕かれて、丸呑みに⋮⋮あの人は、悲鳴をあげな
がら⋮⋮﹂
目から意志の光が失われている。
恐怖があまりにも深く刻まれているのだろう、思考能力がまた落ち
ているようだ。
再び、密偵娘は少し小便を漏らしたようだ。
まぁ、薬のせいで我慢が聞かなくなっているから仕方ないのだけれ
ど、下手すると僕なんかよりよほど肝の据わっているこの子に小便
を漏らさせるほどの恐怖⋮⋮というのはあまり考えたくない。
ダリアに目線で合図を送る。
ダリアが密偵娘の背後から近づき、抱きしめる。
﹁大丈夫。マスターに任せておけば、全部大丈夫﹂
淡々と口にすると、先ほどから止めていた愛撫を再開する。
さっきまでずっと密偵娘をなぶっていたサラとシロは現在ダンジョ
ン内に戻しているので、ダリアに一任することになった。
﹁あっ⋮⋮ああ、あ⋮⋮﹂
先ほどまでは叫び声をあげて絶頂していたのだ。
もう、我慢することも難しいのだろう。密偵娘が再び声を上げて身
もだえを始める。
⋮⋮ダリアの愛撫は、同姓ゆえか容赦が無い。
﹁さぁ、もう一度僕に忠誠を誓うんだ。
君の忠誠心なんか、そんなに期待できるものでは無いけれど。
だからこそ、生き延びたければ僕に気にいられるしかないのはわか
るよね?﹂
﹁マスターは、約束は必ず守ってくれます。私も、助けてもらいま

259
した﹂
これも、いわゆる飴と鞭というやつだ。
﹁君に望む事は、情報だ。
紋章官⋮⋮アラクネがどのような計画で暗殺を行う予定なのか、
どんな能力を持っていて、可能ならどんな弱点があるのか。
わかればわかるほど君の評価は上がるし、僕たちが勝つ可能性は増
える⋮⋮つまり、君が生き延びる確率も増える。
さぁ、テレーズ⋮⋮いや、本当の名前は何?﹂
股間に手を差し込まれ、執拗な愛撫に時折ぴくんぴくんと腰を浮か
しながらも、密偵娘は答える。
﹁わたし⋮⋮は⋮⋮あなたに⋮⋮従います。
あなた様に⋮⋮私は、ディアナはあなたに忠誠を誓います。
だから、助けて⋮⋮助けて、ください⋮⋮﹂
それだけ言うと、ディアナと名乗った少女は自ら首輪を付け、震え
る手で金具を留めた。
それから、僕のほうを向いて、涙と欲情でにごった瞳で微笑みかけ
る。
⋮⋮奴隷が主人に向けてみせる、媚を含んだ目線に近くなってきた。
なんとか、ここまでは持ってこれた。
ダリアに命じて、愛撫を止めさせる。
何時間も、何度も絶頂させては生殺しにすることを繰り返している
から、かなり消耗しているだろう。
タオルで体を清めさせつつも、気付け代わりに少量のワインを与え
る。
﹁ディアナ。君は今から僕の下僕だ。
だけど、もちろんアラクネがいる限り、君の忠誠心が安定すること

260
は無いだろうね。
だから⋮⋮まずは、アラクネを潰すことからはじめようじゃないか﹂
本来であれば、体を完全に発情させてあるディアナを抱いて、屈服
させて魔物にして支配するべきなのだけど⋮⋮
遠征軍がいつやってくるかわからない現状では、いかんせんタイミ
ングが悪すぎる。
﹁ご主人様、私はまず何をお話すべきでしょうか⋮⋮﹂
まだ少しぼうっとした顔で、ディアナが問いかける。
﹁まず、君が知る限りのアラクネの能力と、暗殺の作戦詳細。
君が夜のうちに仕掛けていたあの宝石は何のために使う予定だった
のかも、聞かせて欲しいかな。
⋮⋮実は、ダンジョンに仕掛けられたものをのぞいて、居住区に仕
掛けてあったものはほとんど場所を変えてしまったんだけどね﹂
その言葉を聞かせたとき、ようやくディアナの中で一つ諦めが付い
たようだ。
こちらが明確に一枚か二枚上手だということが納得できたらしい。
さて、ここからはこっちの手番だ。
遠征軍、暗殺者、そして僕達。
この命をかけたゲームの盤上にいる勢力は三つ。
僕達は遠征軍に負けてはいけない。
暗殺者は遠征軍を暗殺しなければいけない。
遠征軍は僕達を倒すつもりだが、放っておくと暗殺されてしまう。
そして、僕が勝つには遠征軍と暗殺者の勝利条件を共に潰さなけれ
ばならない。
僕らの有利なところは、ゲームの舞台となっているのが自分のダン

261
ジョンであることと、暗殺者の手札をある程度知ることができたこ
と。
不利なところは、助けて堕とす目標である遠征軍の指揮官オリヴィ
ーが有能であり、気を抜くと僕たちが倒されること。
状況はわかった。
できることも決まった。
あとは、流れにあわせて動くだけだ。
勝算は、ある。
聖堂騎士:戦術指揮者
﹁第一部隊、負傷3名、うち重傷者1名!﹂
﹁全て入れ替え! 負傷者は外に出して医療班まで戻って。
傭兵隊は、左側の通路を押さえてください!﹂
いくら坑道といえども、武装した人間が何人も攻め込むには狭い。
それに、高低差もある。自然と、戦闘の前線を構築できるのは2名
程度に限定される。
広い部屋に出れば別だが、細い坑道内部を進むのは、大人数でも少
人数でもあまり大きな差は無いのだ。
聖堂騎士オリヴィアは、周囲の状況把握能力に特に秀でた指揮官だ
った。
彼女がとった戦術は、単純にして明快。
少人数の攻略要員を、疲労がたまる前に入れ替えながら着実に征圧

262
エリアを増やしていく。
正規歩兵と傭兵を4つのグループに分け、2つのグループは前線に、
他のグループはその背後や側面で周囲を警戒しつつ休息。
民兵達は制圧が終わったエリアの警備と、負傷者の救護に集中させ
る。
紋章官は手早く情報をまとめ、負傷者を戻す手配などをこなしてい
く。
他国との戦ではないため、騎士や何処かの家の家紋を背負った相手
が出てくる事はまずない。
それゆえに、こういった征伐において紋章官の存在は儀礼的なもの
に過ぎず、たいていは戦闘記録を残す書記官という扱いになる。
⋮⋮偽者の癖に、手際は悪くない。
大型の相手が出てくれば、前線をゆっくりと後退させて弓兵が待ち
構える広いエリアに呼び込む。
呼び込んだ後は、弓でダメージを与えてから包囲して殲滅。
教科書どおりの戦術を、周囲の戦況変化に惑わされずに着実にこな
す。
耳が良く、様々な叫び声を聞き取っているのだろう。
状況の把握が早く、決断が早い。
おそらくは兵士の損耗を防ぐということに重点を置いているのだろ
うか、決定に迷いがない。
⋮⋮これが、戦場にはじめて出る人間の指揮能力だというのだろう
か。
﹁右通路奥、罠です!﹂
ピット
傭兵の一人が、扉のすぐ先の床に仕掛けられた小型の落とし穴に落
ちる。
スケルトン シール
罠に連動して、骸骨戦士の小集団が襲い掛かるのだが、すぐに盾持

263
ドベアラー
ち兵士がフォローに入り、時間を稼ぐ間に傭兵の救出が行われる。
遠征軍のダンジョン攻略は、進行速度は遅いが兵士の損耗がかなり
少ない。
罠や奇襲で負傷者はそれなりに出ているようだが、おそらく、戦闘
では直接の死者が出ていない。
罠やモンスター配置の意図を見抜かれている、というわけではない。
その上で、兵士を減らさないための手を選び、じわじわと攻め寄せ
てくる。
もしかしたら、オリヴィーの臆病な性質がそうさせているのかもし
れない。
⋮⋮小さい頃のあの子は、臆病というよりはむしろおてんばだった
けど。
しかし、その特性を確認する手間も、その特性が事実だとして利用
できる状況も現在の僕には無い。
攻略が終わったエリアには見張りの兵士が配置され、罠は埋められ
たり白墨や布でマークされ、征圧地域はゆっくりと増えている。
陣取りゲームの相手としては、聖堂騎士オリヴィアは嫌になるほど
ストレートで有能だ。
もしかしたら、一日で攻略するのではなく、じわじわと数日かけて
完全に鉱山を征圧するつもりなのか⋮⋮?
◆◆◆
﹁まいったね。予想以上にオリヴィーが手ごわい﹂
ダンジョンの奥の一室で、水盤と伝声管を並べて戦況を確認しなが
らつぶやく。
僕らの予想を下回ったのは、鉱山に入ってからの攻略速度だけ。
それも、すごく遅いというわけではない。

264
﹁あ、あの傭兵団の紋章には見覚えありますぅ。
たしか、北から流れてきた傭兵達が作った重装歩兵の集団で、
高給取りだけど逃げない⋮⋮ってタイプの奴らですね。
レンジャー
しかも、野伏が数人混じってますね。
新しいエリアに入ったときに、罠をチェックしに時々前に出ている
軽装の奴らがそうです﹂
﹁ねえ、エリオッ⋮⋮じゃなかった、ご主人様。
あの聖堂騎士の娘、本当に戦の素人なの?﹂
ダンジョン内部に別の仕掛けをしにいっていたシロとサラは、よう
やく戻ってきて僕と一緒に戦況の確認をしている。
インプの群れも、石のゴーレムも、時間稼ぎにしかならなかった。
いずれ逃げるときは置いていくしかないとは思っていたが、損害額
を考えると頭を抱えたくなる。
僕らの背後には、ぐったりとしたディアナと、ディアナをもてあそ
ぶアスタルテの姿。
ディアナはまだ完全に信用できるわけでは無いので、冷静になれな
いようアスタルテにもてあそばせ、中途半端に発情した状態を維持
させているのだ。
まあ、非常に体力を消耗するだろうから、逃げ道を断つという意味
でもある。
ディアナが知る限りの、暗殺ギルドの作戦はこういうものだった。
ダンジョン内に、ディアナが仕掛けた宝石⋮⋮実際のところ、爆薬
と毒の蒸気の二種類⋮⋮がある。
僕がディアナにつけた首輪同様に、あの宝石は紋章官からは大まか
な位置がわかるのだろう。
それが地図にもなり、罠にもなる。
奥に進み、都合の良いところで爆発させ、遠征軍を分断する。
毒の蒸気でオリヴィーが死ねばよし、死ななければ、紋章官が直接

265
手を下す⋮⋮というものだったようだ。
こんな鉱山の中で火薬を遣うとなれば、落盤や粉塵爆発の危険性が
高い。
紋章官が実際に手を下す事は、多分ないだろう⋮⋮本来ならば。
だが、ディアナの言うことを聞く限り。
僕があの紋章官と会話した数少ない経験を思い出す限り。
あの紋章官は、おそらく自分の手でオリヴィーを殺したがるだろう
という予感がしていた。
﹁ご主人さまぁ、今、後ろのほうで紋章官が何か地面に落としまし
たぁ﹂
シロの言葉に水盤を覗き込むが、﹁目﹂の見える場所ではもう見え
ない。
流石に、一箇所に幾つも目を設置できるわけではないのだ。
オリヴィーに持たせたちょっとした仕掛けがなかったら、遠征軍本
体の現在位置をここまで上手く追うこともできなかっただろう。
坑道の見取り図と、配置しなおした紋章官の宝石の配置を確認しな
おす。
この先は三叉路になっていて、しばらく狭い通路が続く。
坑道の広さは武装した兵士が2名並んでようやくすれ違える程度で、
武器を振り回すことができるのは一名程度。
オリヴィーは盾持ち一名と正規歩兵を二人一組で組ませ、ゆっくり
と攻略を進めているようだ。
前線以外ではほぼ制圧が終わり、水筒から水を飲んでいる兵士まで
いる始末。
長くても一時間程度で終わる合戦と違い、この手の攻略は長時間ず
っと緊張状態が続く。
それによる疲労は馬鹿にできたものではないのだが⋮⋮外部からの
横槍が入りにくいダンジョン故に、一度征圧したエリアは未知のエ

266
リアにさえ警戒していればこんな風に休憩もできるのだ。
正直、こんな運用ができるとは知らなかった。
暗殺ギルドがいなければ、僕達はほうほうのていでダンジョンから
逃げ出す以外になかっただろう。
搦め手はやはり搦め手。真正面からやってくる、戦力的に圧倒した
正規の戦い方には勝てないことが良くわかる。
⋮⋮しかし、それだけでは済まないのがこの世の中だ。
もしかしたら、僕は暗殺ギルドに感謝すべきなのかもしれない。
﹁場所を考えると、そろそろ紋章官が仕掛けてくるだろう。
この場所だと⋮⋮3番の隠し部屋に水盤を運んで。
シロとダリアは、兵士たちが無駄に死なないように、必要に応じて
隠し通路の壁を開いてかまわない。
どっちにせよ、この状態だと逃げ場があっても出口がない牢獄にし
かならないだろうし﹂
﹁わかりました、マスター﹂
﹁了解ですぅ!﹂
﹁アスタルテ、サラ。僕についてきて。
アラクネと一戦交えることになるだろうから、待機させていたオー
クリーダーも連れて行く。⋮⋮出し惜しみしてると、こっちがやら
れるだろうからね﹂
﹁⋮⋮レグダーだった魔物と組むのは、ちょっと複雑な気分ね﹂
﹁エリオット様、あの娘はよろしいのですか?﹂
アスタルテが問いかける。ディアナのことだろう。
﹁今はもう一度手の拘束だけして、後は自由にさせておく。
これで逃げ出せたら、それはそれで才能さ﹂
聞こえるように言っておく。
これを余裕と取るか、こちらにそこまでのリソースがないと取るか

267
はディアナ次第。
しかし、今彼女が暗殺ギルド側にすぐ寝返るとは考えにくい。
⋮⋮彼女がアラクネに魔物にされており、支配されている可能性も
ゼロでは無いのだけれど。
﹁⋮⋮アスタルテ。アラクネって
僕のように他人を魔物にできたりする?﹂
こっそりと聞きなおす。
﹁⋮⋮先に聞いていただければもっとよかったんですけど。多分で
きません。
アラクネは蜘蛛の形状や能力を持った魔族で、元々は蜘蛛の大公と
呼ばれる高位の魔族から生み出された仔だといわれています。
魔族として⋮⋮というか、魔物としての位置付けとしては、中級魔
族と呼ばれます。
そもそも、高位魔族は上・中級の魔族の中から突出した能力を持つ
方が個体名で呼ばれるだけで、オークやリザードマンなどの下位種
族と区別するために呼ばれているだけですけどね﹂
まぁ、その辺の講義は後日聞きたいところだけど。
﹁アラクネは蜘蛛の性質を強く持ちます。
それゆえに、個体差は多くありますが良く見られる特徴としては多
脚である、糸を放出する、巣を張るなどが多いです。
サディスティック
獲物を捕らえてからゆっくりと捕食するなど、加虐的な嗜好の持ち
主が多いですが、
仲間を増やす時はもっぱら出産⋮⋮というよりは産卵で行うことが
ほとんどです。
獲物に卵を産み付ける奴もいますけど﹂
なんだか、急にアスタルテの表情が曇った。
過去、魔界で魔族に堕とされた時に何かあったのかもしれない。
﹁なら、一つわかったことがある。
あの紋章官は、高い確率で⋮⋮

268
オリヴィーを自分の手でゆっくりと殺したがる﹂
﹁つまり、どういう結果になるのよ?﹂
僕らの後を追いながら、サラが問いかける。
﹁オリヴィーを追えば、自動的に紋章官と出くわす、ってこと。
しかも、このダンジョンの主とはディアナを通じて内通している扱
いだ。
その上でこちらを利用したと油断しているだろうから、オリヴィー
をすぐに殺したりせずに少しの間楽しむだろう。
だから、そこがチャンスだ﹂
現場になるだろうエリアにある隠し部屋に入り込み、水盤の準備を
始める。
その時、壁の向こう側で悲鳴が上がった。
どうやら、始まったようだ。
聖堂騎士:煙と闇の中
最初に発生したのは、刺激性のある黒い煙。
壁の隙間から漏れ出したそれは、近くにいた警備の民兵の喉の痛み
となって発見された!
﹁が、ガスだ!﹂
そう叫んだ民兵は、喉から血を吐くと床に崩れ落ち、咳き込み始め
る。
周囲に残っていた兵隊達に、動揺が波のように広がる。
本隊は既にガスが発生したエリアを越えて次の通路の攻略中だが、
この状態は分断の可能性も高い。
自身も下級貴族である若い伝令兵は、ガスの噴出ポイントが一箇所
だけであることを確認すると兵士達をそこから退避させ、指揮官で
あるオリヴィアに伝えるべく小走りに走り出す。

269
前線の部隊と後詰の部隊の間には、30mほどの距離がある。
たいした距離では無いが、狭い坑道の中では姿は見えないし、声も
反響してしまいなかなか通らない。
だからこそ、伝令兵の仕事がなくならないのだ。
﹁紋章官どの、背後にて黒煙が発生、毒性のあるもののようです!
このままでは危険です、私はオリヴィア様に報告いたしますので、
負傷兵と共にいったんお下がりを!﹂
通路の入り口近辺に控えていた紋章官に取り急ぎ報告すると、伝令
兵は前線に向けて走り出し⋮⋮わき腹に激しい痛みを感じ、激痛に
耐え切れず坑道の床に倒れ付す。
﹁⋮⋮っ!?﹂
パクパクと口を開くも、声が出ない。
﹁⋮⋮問題はありませんわ﹂
ゆっくりと近づいてきた紋章官の声は冷たい。
ようやく顔を上げると、気のせいか、壁に設置されたたいまつの炎
で背後から照らされた紋章官の姿が揺らめき、まるで何本も腕があ
るように見える。
レイピア
そのうち一本が、針のように細い刺突剣を構えている。
自分は誰かに斬り付けられたのか?
誰に? 何のために?
﹁声が出せないでしょう? あぁ、なんていい顔なのかしら﹂
その声に秘められているのは、間違いようの無い欲情。
﹁本当なら、あなたみたいな子は何日もかけて犯して、血をすすっ
て、涙を舐め取って、全ての誇りを打ち砕いてから殺すんだけど⋮
⋮今は時間が無いの。せめて、窒息と毒で苦しんで死んでいって﹂
伝令兵の顔に、粘着性の高い糸とも布ともつかぬ物体が吹きかけら
れる。

270
鼻と口をふさがれ、呼吸ができず、体の自由も利かない。
窒息することの恐怖におびえ、芋虫のように体をよじる伝令兵を見
下ろしつつ、紋章官は伝令兵の股間をブーツで踏みつける。
﹁あらあら、はしたないこと。
あなた、指揮官様に大事なことを伝えにいく途中の癖に、なんでチ
ンコをおったててしまっているの?﹂
下級貴族といっても、専属の鍛冶師を雇い続けられるほど裕福なわ
けでは無い。
なおや、長子以外ではなおさらだ。
レザー
加えて、伝令兵の装備は、もともと動きやすさを重視して革鎧が一
般的だ。
せめてものプライドで、金属製の胸当てを加えているが、下半身は
柔軟性の高い革でカバーすることが多い。
紋章官は、片足で器用に股間を保護するパーツを持ち上げると、死
の恐怖でそそり立ってしまった伝令兵のペニスをズボン越しにやわ
らかく踏みつける。
ホレて
﹁あなた、オリヴィア様に懸想してたでしょ。
何度も何度も、オナニーのネタにしてたでしょ。
いいこと教えてあげるわ。あの子、絶対に処女よ。
もし、有力な都市貴族達に体を売って交渉していれば、まずここに
来る事は無かったし⋮⋮
こんな貧相な戦力の部隊で派遣されて、捨て駒にされることも無か
ったわね。
大丈夫、あの子も慰み者にした後、あなたと同じように殺してあげ
る。
私のお古になっちゃうけど、死んだ後にあなたもあの子を犯すとい
いわよぉ⋮⋮。
お前のせいで俺は殺されたんだ、ってね﹂

271
サディスティックな笑いを浮かべながら、紋章官は死に行く伝令兵
のペニスを脚で刺激する。
声無き叫びをあげ、人生で最後の射精を放ち、伝令兵の命が尽きる。
射精と共に、紋章官は伝令兵の股間を踏み潰す。
血と精液が漏れ出し、ブーツを汚す。
﹁さぁ、ダンスをはじめましょうお嬢さん⋮⋮ゆっくり汚して、犯
して、手足をもいでから⋮⋮泣き叫ぶ顔を眺めながら殺してあげる。
大丈夫、幼馴染のあの男の子も、きっと先に待っててくれるから寂
しくないわよね﹂
我慢できないというように、紋章官は舌なめずりをすると、何事も
無かったかのように前線へと戻っていく。
◆◆◆
﹁落盤!﹂
﹁下がれ! 負傷者を救助する前に、まずは自分が安全域に!﹂
地響きが起こり、悲鳴が上がる。
パニックが起きないだけでもたいしたものだ。
あれはおそらく、後ろの広いエリアとこの通路を分断するために爆
薬を使ったのだろう。
さっき紋章官が隠した宝石の効果だろうか。
通路に残っている紋章官の仕掛けは、爆薬が2、毒が2。
正確には、ディアナが配置した物を、僕らが残したものだ。
通路の仕掛け全てを撤去すると、紋章官に察知されるし、そこまで
の時間が無かった。
ディアナの報告を受けていたという事は、この宝石は近くに行かな
ければ存在がわからないものだろうと予想していた。
通路からの追い込み先になるだろういくつかのエリアは、意図的に
宝石を撤去した場所もあるが、それに気が付いたかどうかはわから

272
ない。
配置を考えると、紋章官は本体も前線と中央と後ろを分離して、真
ん中にいるだろうオリヴィーを何処かに誘い込む⋮⋮あるいは、通
路を分断して小部屋にしてしまうのだろう。
今出て行って警告をすれば、オリヴィーは助かるかもしれない。
しかし、その場合は僕自身が何故そこにいたのか問い詰められるし、
遠征軍を追い払うことが事実上できなくなる。
だから、待たなければいけない。
紋章官が動き、遠征軍が戦力をばらばらにされたその後で、オリヴ
ィーが紋章官に命を奪われる前のタイミングを。
通路の﹁目﹂がひとつしかないのが恨めしい。
一度設置してから時間をかけて調整しないといけないのが、この目
の弱点だ。
上手いこと、持ち運んだ先でも見れるようになれば一番なのだが、
その辺りは僕自身が腕を上げないといけないだろう。
オリヴィーの位置だけは把握できているが、それ以外の状況は読め
ない。
再び爆発音が響き、悲鳴が上がる。
遠征軍の統制がついに崩れた。
紋章官が2つ目の手を打ったのだ。
◆◆◆
﹁ううっ⋮⋮皆さん、大丈夫ですか!?﹂
オリヴィアは、自分の言葉が自分でも良く聞こえないことを実感し
た。
先ほどの爆音で、一時的の聴覚が麻痺しているのだろう。
⋮⋮あれは、落盤なんかじゃない。
後続の部隊が救援に来てくれればいいが、おそらくは後続も同様に

273
何か仕掛けられている可能性が高い。
今までなんとか順調に進んでいたが、一気に状況は変わった。
⋮⋮人食いダンジョンを、甘く見すぎていたのかもしれない。
決して油断をしたわけでは無いが、オリヴィアは自責の念に駆られ
そうになる自分を必死で抑えた。
今はまだ危険なダンジョンの中。
周囲を確認して、救助できる仲間がいたら救助しなければいけない。
昔、一緒に遊んだり、一緒に本を読んだりした思い出の屋根裏部屋
で見つけた、綺麗なガラス玉のはめ込まれたペンダントを握り締め
る。
もう会うこともできないと思っていた友達は、立派な青年になって
いた。
もう一度会いたい。そう思うだけで、ほんの少し力が湧く。
返答は無いが、聴力が戻ってきた。
うめき声と、石が崩れる音が継続的に聞こえてくる。
目が見えなくなったのかとも思ったが、単に明かりを失っただけの
ようだ。
少し落ち着くと、ぼんやりと暗闇の中に何人かいるのが見えてきた。
護衛をしてくれていた無口だが気のいい傭兵と、まだ若い伝令兵。
傭兵は壁の下敷きになって、ピクリとも動かない。
伝令兵は、左の足首が変な方向に曲がってしまっているが、それ以
外に目立った外傷は無い。
前線を任せていた騎士のガスパールは別のエリアにいるようで、姿
が見えない。
自分の体の様子を確認する。
右足首をひねったらしいのと、他にも節々が痛む。
しかし、頭を打ったり、切り傷などの負傷はしていないようだ。

274
鎧を脱いだら内出血や打ち身は山ほどできているかもしれないが、
めだった怪我が無いことを川の女神に感謝する。
前後不覚になったのは、おそらくかなり短時間のはずだ。
痛みをこらえながら、精神を集中する。
坑道の床に座り込んだまま、聖句を唱える。
﹁聖なるかな、やさしく流れし川の女神よ。この闇を照らす光を与
えたまえ﹂
しばらくすると、オリヴィアの目の前にやわらかい光のエリアが生
み出される。
松明の火とは明確に違う、冷たく青味がかったやわらかい光だ。
聖堂騎士の一部、信仰心篤き者に下賜されるという神の加護。
グロウライト
その中でも、闇を照らす光はもっとも頻繁に利用される加護である
が、これが可能となるのは僧侶や神官であっても10人中3人程度
だといわれる。
精神を集中させたことから来るかすかな疲労を振り払うように、儀
状を支えにして立ち上がる。
周囲の状況を見るに、何らかのトラップが発動し、結果として落盤
に近い状況になったようで、先ほどまでは坑道内の通路だった部分
が、長さ5m程度の横幅の狭い小部屋になってしまっている。
﹁あぁら、お早いお目覚めですねぇ、オリヴィア様⋮⋮もっとゆっ
くり眠っておられると思いましたよ﹂
どこからかとも無く、紋章官の声が聞こえる。
﹁紋章官殿、ご無事ですか!
今、どちらに。怪我などはありませんか?﹂
周囲を見回しても、紋章官の姿が見当たらない。
明かりは弱いものなので、奥にいるのだろうか?

275
﹁あぁ、こちらですよ。何も知らないお嬢様。
アタシはね、アンタよりは夜目が聞くんでねぇ⋮⋮﹂
紋章官の口調の変化に、オリヴィアは一瞬不吉な物を感じた。
しかし、相手は都から戦績確認のためにやってきてくれた紋章官な
のだ。
遠征隊内での立場はどうあれ、敬意を払わなければいけない相手だ。
声のしたほうに振り向くと、闇の中に紋章官の白い顔が見える。
﹁⋮⋮紋章官殿、防具は、衣服はどうされましたか?﹂
何故、紋章官は兜を身につけていないのか。
何故、紋章官は上半身のもろ肌が見えているのか。
そして⋮⋮
﹁紋章官殿⋮⋮あなたは、誰なのだ⋮⋮?﹂
何故、紋章官の顔は上下が逆になっているのか。
その時、グロウライトの揺れる光が紋章官のいる方向を淡く照らし
出した。
﹁⋮⋮!﹂
そこに見えたのは、4本の脚部を持つ異形の下半身で天井に張り付
いている、紋章官と呼ばれていた人物。
中級魔族、アラクネの姿だった。
276
聖堂騎士:毒蜘蛛落とし
﹁あーっはっは! やっぱり貴族様だねぇ。
その様子じゃ、男に抱かれたことも、人を殺したことも無いんだろ
う?﹂
﹁そ⋮⋮それが、どうしたっ!﹂
戦いは圧倒的だった。
軍を指揮する立場としてならばその才能を発揮できるオリヴィーも、
騎士としての訓練はおそらく最低限積んだ程度なのだろう。
僕よりはましかもしれないが、薄明かりしかなく、足場も悪く、な
おかつ相手が人の動きでは無い挙動で襲い掛かってくる魔物なのだ。
3合も打ち合うことができず、オリヴィーの腕から剣が弾き飛ばさ
れる。

277
両足はアラクネの吐き出す糸に固められ、壁際に半ば縫いとめられ
たような状態になっている。
残されていた利き腕も、今武器を飛ばされてしまった。
天井から降り、アラクネはゆっくりとオリヴィアに近づく。
﹁あぁ、アンタはなぁんてかわいそうなんだ。
男も知らずに、こんな薄暗い鉱山の中で魔物に殺されてしまうのさ。
エブラム伯も、使えない姪っ子にさぞかしがっかりするだろうねぇ?
⋮⋮あぁ、なんだい。エブラム伯の隠し子だったってのは本当かい?
なら、少しくらいは悲しんでくれるかもねぇ?
あいつの血筋で有力そうな奴らは、大体若いうちに殺したってこと
だからねぇ。
あぁ、何回かはアタシが手引きしたこともあったっけ。あはははは
!﹂
アラクネの顔は見えないが、サディスティックな喜びに歪んでいる
ことだろう。
まだオリヴィーを殺す気は無いだろうが、いつ気が変わるとも限ら
ない。
自分が焦っているのが、なんとなくわかる。
冷静になれ、と心の中で何度も繰り返す。
◆◆◆
壁の向こう側で、オリヴィーが紋章官⋮⋮アラクネに捕らわれ、い
たぶられている。
伝声管は生きているので声だけは伝わるが、目は壁際を上手く移せ
る角度には配置されていない。
隠し通路があるエリアに仕掛けを密集させたのは僕自身の発案で、

278
その意図はこういったときにすぐに現場に突入できることだった。
しかし、爆発の余波で壁の一部が傾き、隠し通路の扉が開かなくな
ってしまったのだ。
﹁ご主人さまぁ⋮⋮だめですぅ。
これは鍵とかどうとか言うレベルじゃなくて、大工を呼んでくるレ
ベルですぅ!﹂
呼び出されたシロが、小声で泣きを入れる。
あぁ、仕方ない。
隠密に事を進めるのは無理になるけれど、これ以上悠長にはしてい
られない。
後ろに控えさせていたサラに声をかける。
﹁⋮⋮君の出番だ﹂
◆◆◆
﹁紋章官殿、あなたはまさか⋮⋮!?﹂
﹁あぁ、この姿を見て未だにそんなこと信じてるのかい?
本物の紋章官は、エブラムに入る前にとっ捕まえたよ。
今頃、エブラムの場末の何処かで豚みたいにヒィヒィ鳴いてるさ。
まぁ、もしかしたら死んでるかもしれないがね﹂
﹁⋮⋮き、貴様⋮⋮っ!?﹂
そのタイミングで、アラクネがオリヴィアにぐっと近づき、胸当て
の留め金をはずす。
金属の胸当てが落とされ、鎖帷子が姿を現す。
﹁鎧下の上から見てもわかるけど、それなりに育った身体じゃぁな
いか。
なんで、これを使って貴族どもにケツを振って媚びなかったのかね
ぇ?
なんだい、あの村であった幼馴染の男に懸想でもしてたのかい?﹂
懐かしい名前を出されて、身体が一瞬だけびくりと反応する。

279
﹁あはははははは!
なぁんだい、図星だったかい。
いやぁ、悪いねぇ。
そんなくだらないことで、そんないい身体になっても男も知らない
でいたとは。
なに、安心しな。
アンタはここで死ぬことになるけど、アタシが女の喜びって奴を教
えてからゆっくり殺してやるよ。
死んでから、あの男に腰を振ってやりな。
あいつも先に待ってるだろうからねえ!﹂
﹁⋮⋮あの人にっ!
エリオットに何をしたっ!?﹂
逆上して声を上げるオリヴィアを見下ろし、アラクネは楽しげにさ
さやく。
﹁おぉ、怖い怖い。これだからうぶな女は重いのさ。
あの男は今頃、何処かの森の中で死体になって、カラスにでもつつ
かれてるだろうよ。
あんたに会ってから2日目の夜には、もう死んでるのさ。
もうとっくに骨だけになってるんじゃないかねぇ。
⋮⋮アンタからの手切れ金ってことで渡した宝石は、二日後に毒が
噴き出すようになってたからね!﹂
紋章官の耳障りな高笑いを遠くに聞きながら、オリヴィアの表情が
凍る。
身体から力が抜け、気力が尽きたかのように視線が落ちる。
ずっと我慢しつづけた涙がこらえきれずに、ぽろり、ぽろりとあふ
れ出す。
﹁あぁ⋮⋮いい、いい顔だよオリヴィアお嬢さん。
間に合わなかった、何もできなかった、色々なことを後悔している

280
⋮⋮負け犬の顔だ。
とても⋮⋮いい。あぁ、たまらないね、濡れちまうよ。
ここのダンジョンマスターはとっくに逃げ出した頃だろう。
アンタはここで死んで、エブラム伯では無い他の勢力が無人になっ
たこの鉱山を手に入れるんだろう。
あんたが死ぬことは、とっくのとうに予定に入ってたのさ。
だからせいぜい、女の喜びって奴を教えてあげるから⋮⋮
アタシを楽しませてから死になよ、ねぇ⋮⋮ん?﹂
﹁化け物っ! オリヴィア姫からはなれろっ!﹂
先ほどまで気を失っていた若い伝令兵が、アラクネの背後から切り
かかる。
右足が折れているのか、決死の一撃は力が入りきらない。
ギリギリのところでアラクネの胴体には命中せず、硬質化した脚部
を傷つけるにとどまる。
脚部からどろりとした体液が漏れ出し、アラクネは苦痛と屈辱に顔
をゆがませる。
﹁このクズがっ、アタシに傷をっ!﹂
怒りに満ちた顔は、既に人間のものではない。
牙をむき出し、額に複数の眼を浮き上がらせた姿はまさに蜘蛛の異
形。
2対の腕、2対の脚部を自在に操り、飛びつく。
伝令兵は驚愕に声を上げる間もなく掴みあげられ、壁に投げ飛ばさ
れる。
爆発の影響で脆くなっている壁面が崩れ、伝令兵の上半身が埋まる。
﹁ふん、邪魔が入ったね⋮⋮さぁ、改めて二人っきりさ、お嬢様?﹂
その時、オリヴィアの正面、アラクネの背後の壁から、低い唸り声
と共に壁を叩きつける音が聞こえた。

281
知性の低い、怒りに満ちた声はオリヴィアには正体かわからないも
のだが、アラクネにとってはなじみのあるものだ。
﹁⋮⋮あら、アンタのメスのニオイに発情して、
ダンジョンのモンスターの生き残りが来たわねぇ。
オークって奴を見たことあるかい?
殺すことと、女を犯すことが大好きな豚人間さ。
あんたの初めてはオークに捧げさせてやろうかい?
それとも、あたしの前足でぶち破るかい?﹂
楽しげに話すアラクネは、自分が言い終わった後で一つ奇妙なこと
に気が付いた。
泣いているオリヴィアの反応が、では無い。
オークの唸り声と、壁を叩く音が消えたのだ。
その代わりに、小さいが、明瞭な声がかすかに聞こえる。
それは⋮⋮
◆◆◆
サラマンドラ
﹁契約に応え、星の杖より来たれ、強き火蜥蜴!﹂
掛け声と共に、以前見たときよりも一回り大きな火の玉が壁に向か
って飛んでいく。
爆音と共に、隠し扉が吹き飛ぶ。
﹁よっしゃ! 調子よーっし!﹂
﹁よし、偉いぞ、サラ!﹂
サラの髪の毛をくしゃっとなでてから、待機させていたオークリー
ダーに指示し、中に突入させる。
その巨体に隠れるように、僕、サラ、アスタルテ、シロが通路に飛
び込む。

282
﹁何っ!?﹂
蜘蛛の魔族アラクネが知らない、宝石が設置されていなかったエリ
アから突如吹き上がった爆炎。
そして、飛び込んできたオークが襲い掛かってきたことで、アラク
ネは少なからず動揺していた。
オークリーダーの一撃はアラクネの腕に直撃。
アラクネは小さく悲鳴を上げるが、そのまま器用に天井に張り付い
て移動する。
これは確かに戦いにくい相手だろう⋮⋮そう、近接武器で戦うとい
うならば。
﹁狙い撃ちぃ!﹂
シロが小型弓を構えて、天井に張り付いたアラクネに一射。
効くかどうかはわからないが、ディアナが持っていた毒の弓矢だ。
残念ながら、矢は硬質化した前脚部ではじかれてしまったが、時間
は稼ぐことができた。
サラマンドラ
﹁契約に応え、星の杖より来たれ、強き火蜥蜴!﹂
連続での魔法の利用は大きく制限される。
呪文詠唱中の移動制限だけではなく、精神の疲労も大きいし詠唱時
間も短くは無い。
サラ一人ならば、アラクネに接近されてずたずたにされてしまって
いただろう。
だからこそ、オークリーダーとシロが時間を稼いだのだ。
魔族になったことで体内の魔力上限も上がったのか、サラの魔法は
以前よりも威力を増し、アラクネを直撃する。
悲鳴を上げ、アラクネが落下する。
オークリーダーが何度も殴りつけ、一気に畳み掛ける。
その隙に、僕とシロとで手分けして、何箇所かに仕掛けを設置する。

283
⋮⋮設置といっても、液体の入った容器を投げ捨てるだけだけど。
サラは荒い息をつきながら、三度目の詠唱に入る。
アラクネは、まだ倒れない。
オークリーダーの顔面に糸が吹き付けられ、気を取られた隙にアラ
クネが跳ね、距離を稼ぐ。
﹁貴様達、ダンジョンマスターの手のものか⋮⋮っ!?﹂
こちらを振り向いた直後、アラクネの顔色が変わる。
僕らが入ってきた通路は明かりがともっているし、そもそも夜目が
聞くのだろう。
⋮⋮僕の顔を見て、一瞬だけ硬直する。
何日ぶりかの再会だ、驚いてもらわなければ顔を出した意味も無い。
﹁エリ⋮⋮オット⋮⋮?﹂
壁に貼り付けられたオリヴィーが、幽霊でも見たような声でつぶや
く。
隠れていたアスタルテがオリヴィーを拘束する糸を切り裂いている、
そろそろ自由になる頃だろう。
﹁き⋮⋮貴様、何故!?﹂
アラクネが問いかける。
僕は心の中で時間を数えながら、それでも精一杯の余裕を見せよう
と笑い顔を作る。
﹁幼馴染のピンチに助けに来るなんて、御伽噺みたいで少しかっこ
いいと思わない?﹂
意図的に、状況を混乱させる。僕の狙いに気づかれたらチャンスが
つぶれる。
思考を誘導しろ。気づかせるな。周囲を見させるな。

284
﹁手切れ金なんていっておいて、実のところは罠だもんな。
オリヴィーに近づく悪い虫を追い払うだけにしては、度が過ぎると
思ったよ﹂
﹁貴様⋮⋮あの罠に気が付くとは厄介な⋮⋮それにしても、何故⋮
⋮まさか、貴様﹂
アラクネは、どうやら自分の計画の前提が過ちだったことに気が付
いたようだ。
⋮⋮よし。
・・・
そっちに考えを誘導したかったんだ。
﹁あぁ、ディアナは全て計画を教えてくれたよ。
いい子じゃないか、酷使しちゃかわいそうだ﹂
﹁貴様が、貴様がここのダンジョンマスターだとっ!?﹂
そう。そこに気が付くのは、別にもう問題ない。
気が付いてほしくなかったのは、さっき僕とシロが周囲に撒き散ら
した揮発性の油の存在と⋮⋮
﹁サラ﹂
サラマンドラ
﹁⋮⋮来たれ、強き火蜥蜴!﹂
僕の背後で呪文詠唱を続けていた、サラの存在だ。
一瞬のうちに炎は燃え広がり、アラクネの体を包む。
悲鳴はかき消され、暗い洞窟の中は一瞬だけ昼間のような明るさに
なる。
揮発性の油はすぐに消えてしまう。
炎による傷は、正直なところ命を奪うには到らないだろう。
狙いは他にある。ひとつは衝撃、そしてもうひとつは⋮⋮呼吸。
坑道の中は空気がすぐに薄くなり、炭鉱夫たちはこまめに休憩をし
ないといけなかった。

285
ガラス瓶の中で火を燃やすと、中の空気が減るようで周囲の空気を
吸い込むような動きを見せた。
あまり上手くいかなかったが、瓶詰めの保存食をつくるときにこの
手段で密閉できないか試したこともある。
いくら魔物でも、呼吸は必要だろう。
もし、周囲の空気を一気に奪うことができたら⋮⋮
大きな音をたてて、アラクネが崩れ落ちる。
ぴくぴくと震えているが、動き出す様子はない。
⋮⋮。
﹁ふぅ!﹂
大きく息をつき、地面にしゃがみこむ。
どうやら、賭けには勝ったようだ。
⋮⋮奇襲でなければ、勝てたかどうかはわからない。
アラクネの身体が急に小さくなり、負傷した紋章官の姿に戻る。
⋮⋮アラクネは、完全に意識を失っていた。
◆◆◆
﹁エリオット!﹂
アスタルテに解放されたオリヴィーが、泣きべそをかきながら駆け
寄ってきた。
﹁生きてる! 生きてた!
⋮⋮よかった、よかったぁ⋮⋮﹂
後は、言葉にならない。
嗚咽交じりに何か言っているのだけど、僕には良く聞こえなかった。
しゃがみこんでいるところに飛びつかれたおかげで、派手にすっこ
ろんで、衣装は煤だらけになってしまったけれど、まずは一難去っ
た。

286
しかし、まだ終わってはいない。
オリヴィーには、色々と知られてしまった。
そして、僕の目的はアラクネを倒すことではない。
﹁⋮⋮オリヴィー、君に話したいことがあるんだ﹂
僕のことを。
そして、僕が君を手に入れることを。
聖堂騎士:持つもの、持たぬもの︵☆︶
⋮⋮気が付くと、木製の簡易寝台に寝かされていた。
鎧は脱がされているが、見回すと近くに置かれている。
薄手のタオルがかけられているところを見ると、丁寧に扱われてい
るのだと⋮⋮
そこまで考えて、聖堂騎士オリヴィアは今自分の置かれている状況
を思い出した。
紋章官が魔物に入れ替わられていて、危ないところを助けてくれた
のは⋮⋮
﹁お目覚めになりましたか?﹂
後ろから声がかかり、驚いて振り向く。
メイド
お仕着せ衣装を身につけた娘が、水差しを持って部屋に入ってきた。

287
そう、部屋だ。おそらくはあの鉱山の一部なのだろう。
﹁ここは⋮⋮そして、あなたは?﹂
オリヴィアの質問に、オリヴィアと同年代程度に見える少女は、少
しだけ考え込むと答えた。
﹁ここはマスターの支配するダンジョンの一室です。
あなたは、マスターに助けられて、この部屋に運ばれました﹂
﹁ダンジョンマスターに⋮⋮その、ダンジョンマスターというのは﹂
﹁エリオット様です⋮⋮あなたはご存知と伺っています﹂
メイドの少女の受け答えは、丁寧ではあるが少しだけとげのあるも
のだった。
悪意や敵意を向けられる事は宮廷で何度もあったが、初対面の相手
からこの反応を受けたことは無い。
﹁部下達は⋮⋮遠征軍の兵士達は、無事なの?﹂
個人よりも全体。まず問いかけるべきはこれだったと、オリヴィア
は自分を恥じる。
﹁あの紋章官の仕掛けた罠で死んだものもいるでしょう。
生き延びたものは、坑道のいくつかの行き止まりに閉じ込められて
います。
エリオット様のご指示で、伝声管を開放していますから、窒息する
事はありません。
⋮⋮まだ爆発騒ぎから一日は過ぎていません。飢えで死ぬ者はまだ
ないでしょう﹂
食料は外部の補給隊にしかないが、各人は小型の水袋程度ならば所
持している。
坑道内は乾燥が厳しいわけでもない。あと一日程度ならば死にはし
ないだろう。
実質的には、虜囚と言うことか。

288
命があるだけましだと思うべきだろう。
そこまで考えてから、オリヴィアはメイドの少女を観察し、どこか
見覚えのある面差しからあることに思い至る。
この子に良く似た子を、昔見かけたことがある。
﹁あなた⋮⋮もしかして、ダリアじゃない?
村長さんの家の、二つ隣に住んでいた女の子﹂
それに対して、メイドの少女は困ったような反応を返す。
﹁あなたは⋮⋮人間だった頃のわたしを知っているのですか?﹂
オリヴィアが今度は言葉に詰まる。
今、この少女は何と言った?
﹁人間だった頃⋮⋮って、あなたは人間ではないの?﹂
メイドの少女は、少し考え込むと、初めてオリヴィアと目を合わせ
て言葉を発する。
その瞳の中に、人間とは明らかに違う作り物めいた光と、明らかに
人間的な、何か悩んでいる様子が見える。
﹁あなたのおっしゃるとおり、わたしはダリアといいます。
あの村に住む、村娘でした。
でした⋮⋮というのには、理由があります。
わたしの中では、村娘だったダリアの記憶は、時折途切れ途切れに
思い出すような頼りないものです。
わたしはこの村が滅びた日に殺され⋮⋮エリオット様によって、魔
物にしていただいたから﹂
◆◆◆
﹁⋮⋮だから、わたしは人間だったときの記憶が途切れ途切れにし
か残っていません。
時々、急に思い出してしまうこともありますけれど、それはわたし
ではなくて、人間だったときのダリアの記憶でしかないのです﹂

289
おそらく、かいつまんで説明しただけなのだろう。
それでも、オリヴィアの心の中には深い泥のような何かがたまって
いく。
あんなにも会いたかった、会えて嬉しかった古い友達が、倒すべき
ダンジョンマスターだったことへの悲しみ。
そのエリオットが、オリヴィアの立場を知っていて、それでも助け
てくれたことへの喜び。
ダリアという少女が、人であることを失い、魔物にならざるを得な
かった事情への義憤。
そして⋮⋮目の前のダリアが、一途にエリオットを想っていること
への小さな劣等感と、
彼女がエリオットに抱かれ、愛されたという事実へのほんのわずか
な嫉妬。
そして、ダリアが同じように、自分に対して嫉妬を感じているのだ
ろうという確信。
﹁⋮⋮本当は、あなたを助けるのが怖かった﹂
ダリアが、告白するように小さくつぶやく。
﹁オリヴィア。あなたは、他のみんなとも違って、人間だったエリ
オット様を知ってる。
人間だった頃のわたしだって知らない、エリオット様のことを知っ
てる。
人間だったエリオット様に大事に思われていて⋮⋮今でも、あの人
はあなたを大事にしたいと思ってる。
あなたはあの人を倒す使命を持っているのに。
あなたが、わたしからあの人を遠くしてしまうのが⋮⋮怖い﹂
自分はゴーレムなのだというダリアの顔は、整ってはいるが表情に
乏しい。

290
それでも、愁いを帯びた瞳に、少しだけ涙がたまっているのが見え
る。
﹁ダリア⋮⋮あなた、エリオットのことが好きなのね﹂
確認する必要の無いことを、改めて問いかけてしまう。
ダリアは、声をださずに小さく頷く。
﹁でも、わたしはあの人にそんなことを願うことはできません。
わたしはご主人様のモノで、ご主人様のおそばにいることができて、
ご主人様のためにいつか死ぬことができたら⋮⋮それだけで、いい
んです。それ以上は、身の程を超えた望みですから⋮⋮﹂
目を伏せたダリアの手をとり、オリヴィアは声をかける。
﹁ダメよ、そんなのじゃ。
⋮⋮あ、あの。私は、その⋮⋮そういうことは、まだだれとも⋮⋮
だけど。
あなたがエリオットを好きな気持ちは、誰が止めていいものではな
いの﹂
驚きに、ダリアは小さく目を見張る。
それに気が付いて、気恥ずかしそうにオリヴィアが言葉を続ける。
﹁それは、その⋮⋮私も、私だって、そう。
あの人が⋮⋮好き。うん。
ダンジョンマスターがエリオットだって知って、驚いているし、悩
んでる。
でも、この前会って、子供のときみたいに馬鹿な話しをして、泣い
てるところを見られちゃって、
⋮⋮命を助けられて。やっぱり、わかっちゃったの。
私も、エリオットのことが好きだったんだって﹂
自分で口に出して、改めて自覚する。
そして、自分とエリオットを取り巻く複雑な状況に、少し悩む。
﹁だからって、あなたを邪魔する気はないし、あなたに遠慮する気

291
もないの。
⋮⋮まだ、どうするのか悩んでるんだけど、ね。
でも、命を助けられたのはいいけど、兵士達は捕まってる。
私の命をどうするかは、エリオットの胸先三寸。
どうなるかは、あの人しだいね。
せめて、兵士達だけでも生きて帰らせてもらいたいのだけど﹂
ほんの少しの沈黙。
小さく頷くと、ダリアは立ち上がり、オリヴィアに手招きをする。
﹁エリオット様のところに、ご案内します。
⋮⋮自分のしていることを、包み隠さず見てもらってかまわないと
のお言葉はいただいています。
あなたは、エリオット様がどのようなことをして、このダンジョン
の主となったかを知る勇気はありますか?﹂
その言葉に、オリヴィアは立ち上がる。
一瞬武装を整えようかとも考えたが、すぐに諦める。
武装をそのまま置いてあるという事は、こちらを手荒に扱う気は無
いという意思表示だ。
あるいは、いくら武装しても問題が無いくらい自分たちが強い、と
いう意思表示なのだ。
﹁ええ、エリオットが毒を盛ってきても、今の私には飲み干す以外
の選択肢が無いもの。
今、エリオットは何をしてるの?﹂
ダリアは、間髪入れずに答えた。
﹁女性を、犯しています﹂
◆◆◆
﹁はぁぁっぁああああああ!

292
はいって、はいってくるぅ!
いいっ、もっと、もっと。
ご主人様、もっと、ディアナで、
気持ちよく、なって、くださいぃ!﹂
実際に僕がディアナを犯したのは、彼女を捕らえてから実に半日以
上たってからのこと。
朝の食事のときに捕らえ、昼過ぎに遠征軍の攻撃が始まり、そこか
ら紋章官を倒すまで、何時間も生殺しにした後だった。
立たせたまま尻を突き出させ、自分で尻肉を開かせる。
力が入らないのか、膝が小刻みに震えている。
焦らすように、ゆっくりと襞をおしわけてペニスを挿入すると、我
慢できなくなったのか尿道から色の薄い小水が噴出す。
ディアナの膣は待ちきれないというかのように、やわやわと蠕動し、
ペニスを奥へと誘う。
朝にはあれだけ抵抗した密偵のプライドは、半日の時間責め続けら
れた性欲と、暗殺ギルドの報復の恐怖と、恐怖の象徴であった頭目
アラクネが捕らえられた事実で、ようやく完全に溶けた。
瞳は欲情に曇り、理知的な顔は快楽に蕩けている。
涙と涎を抑えることもできないその姿は、醜くもなまめかしく、少
しだけ可愛いとも感じられる。
薬学に強いアスタルテとサラが管理しているとはいえ、並の女性な
ら壊れてしまってもおかしくない量の媚薬を投与され、その上で半
日の間生殺し状態にされていたのだ。
エリオットが見ただけでも、10回以上は気をやっている。
いくら薬物と性の手管に長けた暗殺者でも、人間の体と心には限界
というものがある。理性が壊れる寸前なのだ。
壊れる寸前まで持っていって、心を完全に折ってから魔物に変え、
支配する予定なのだから、ギリギリまで持っていく必要があった。

293
そして、もう一つ。
﹁ふーっ!
ふぐっ、ぐっ!﹂
暴れようにも、両足は床に打ち込まれた楔に金属の鎖でつながれて
いる。
逃れようにも、4本の腕は全て天井から釣り下がる鎖につながれて
いる。
蜘蛛の魔族アラクネは、体を固定された状態で捕らえられて、犯さ
れていた。
聖堂騎士:蜘蛛糸ほぐし︵☆︶
蜘蛛人間の形態に変形していた時のアラクネは腕と足が共に増えて
いたが、今は下半身は人間のものに戻っている。
戦ったときに観察していたので、どの辺りに追加の脚部が生えてく
るかは予想できる。
その辺りにも、拘束を加えて妙な動きができないようにしてある。
牙で噛み付いたり、糸を飛ばしたりしないよう猿轡もかませている。
後で情報を聞きだす必要があるのだが、今はとにかく気力を奪い、
心を折ることが先決。
だからこそ、同じように大量の媚薬を投与し、数匹のオークに犯さ
せながら、目の前で部下の痴態を見せつけているのだ。
赤烏のメンバーで作ったオークも、今回の遠征軍との戦いで半分近
くに減ってしまった。

294
このダンジョンを捨てることは確定なので、結果的に数を減らす必
要はあったかもしれないが、手駒を失うのは寂しいものだ。
それに、仲間を失ったことでオークたちは怒り、その怒りを何かに
ぶつけたがっていた。
それもあって、オークたちにはアラクネを犯す許可を出した。
オークたちの荒く激しい腰使いには、相手を喜ばせようという気持
ちなどこれっぽっちもない。
アラクネと言っても、現在の体は人間の女性を基本としたものだ。
オークたちにとっては、腕の数などなんら問題となるものでもない。
時折、響くような唸り声を上げて、オークがアラクネの膣内に射精
する。
鎖につながれたアラクネの脚部に、黄色い精液がどろりと流れ出す。
紅潮した顔を持ち上げ、アラクネは僕のほうをにらむ。
⋮⋮まだ、足りないようだ。
﹁あああああああぁぁあぁあぁあぁ、頭目ぅ、ごめんなさいぃぃ。
あたし、ダメですぅ。ご主人様の奴隷になりますぅ。
もう、ギルドには戻れないんですぅ。
いや、殺されるのいやぁ、いいの、抱かれるの気持ちいいのぉ﹂
恐怖で縛っていたとはいえ、単独での交渉を任せる程度には信頼で
きた部下の裏切りと痴態は、アラクネのプライドと理性をどの程度
壊してくれるだろうか。
魔物にするタイミングもまだ考えている途中なので、まだ僕はディ
アナを魔物にしていない。
別に、膣内に性を放てば必ず魔物になるというわけではないのだが、
単純にそれを許すほど時間に余裕がなったのだ。
半日前からこの状態で、なおかつ人間であるディアナは体に無理を

295
させすぎないように、時々休憩を取らせているが、既に性欲が理性
の閾値を突破しているのか、うとうとしているとき以外は犯されて
いるか、自分で自慰を始めるかになっている。
これを後半日続ければ、おそらくは元に状態に戻すのは無理な程度
に壊れてしまうだろう。
少しだけ、かわいそうだと思わなくも無いが、だからといって自分
の命を危険にさらすことはできない。ディアナは何らかの方法で無
力化しておかなければいけない程度に危険な存在だ。
⋮⋮そして、その上で堕として手駒に加えたい程度に有能なのだ。
その合間に、オークたちに犯されているアラクネを眺め、声をかけ、
プライドを打ち砕くために様々な手を使った。
痛みを伴う拷問に近い事は、本人たちが行うこともあってか、耐性
を持っていたのか、あまり効果は無かった。
浣腸液を使った責めを行い、腹の中の物を全てぶちまけさせたとき
には、大きな反応があった。
アラクネはどうやら女としてのプライドは高いらしく、この手の攻
めが効く事がわかり、責めは大いに進んだ。
そして⋮⋮
﹁あぁっ、頭目の中、うねってます。
いい、張り型であたしが頭目を泣かせてるの!
こんなのはじめてぇ⋮⋮!﹂
ディルド
動物の角や、木材や、金属を使った男根の模倣物を、張り型などと
言ったりする。
いわゆる性玩具の一種で、金持ちの貴族であれば、張り型に様々な
装飾を施すのだという。
このダンジョンを宿にしていった胡散臭い商売人たちの一人が、こ
の手の玩具を商う商人だった。
その女商人から実地テスト込みで過去に買い取ったのが、滑やかな

296
牛の角で作られた双頭の女性用張り型だ。
僕には使う予定も機会も無かったので、主にシロがサラを責める時
くらいにしか使われていなかったのだが、その存在を思い出し、デ
ィアナに張り型を装備させてアラクネを犯させたのだ。
支配していた部下に犯されるのは、アラクネのプライドを大いに傷
つけているようだ。
ただでさえ紅潮していた頬をさらに真っ赤にして、怒りの表情が次
第に屈辱と快楽へと変わっていく。
そろそろ、頃合だろうか?
おもちゃ
ディアナはどうやら、過去にアラクネの性玩具としても使われてい
たようだ。
アラクネの性感帯らしきところを的確に責め、舐め、垂れてくる愛
液と精液をすすり、拘束された手足をいとおしげになでさする。
膣に指を躍らせ、時折は尻穴に指を突っ込み、くねくねと躍らせる。
おそらくは、自分が仕込まれたことをやり返しているのだろう。
ディアナの蕩け切った顔は、時に暗く、時にサディスティックな喜
びに満ちている。
﹁あぁ⋮⋮すてき。頭目のおまんこも、アナルも、もうぐっちゃぐ
ちゃなんです。
わかりますよね、自分のことですもの。
いつも、わたしたちを、もてあそんだ、あの糸が、あれば、よかっ
たんですけれど⋮⋮おおぉ。
これ
いい、頭目のまんこ、すてきぃ⋮⋮あはっ、今は無いから、髪の毛
で代用しますね?﹂
ディアナはアラクネの髪の毛を数本抜くと、それをアラクネの乳首
に巻きつけ、リボンのように縛り上げる。
微妙に刺激が入るのか、中途半端に立ったり落ち着いたりしていた

297
アラクネの乳首が、ぴんと張り詰める。
ディアナが再びアラクネの尻を抱え、腰を振り始めた頃。
アラクネの口をふさいでいた猿轡から、こらえ切れないよだれが垂
れだすのを確認して、僕はようやくアラクネの猿轡をはずすようオ
ークに指示する。
﹁ふあ、ぁあぁあああ。ぷはぁ、はぁっ、はぁっ⋮⋮あ、あんっ﹂
荒い息をつくアラクネに、右手を背後に隠しながら近づく。
﹁紋章官殿。いや、暗殺ギルドの頭目さん。
いまさらながら、気分はどうだい?﹂
アラクネは赤い顔のままこちらをにらみつけ、憎まれ口を叩く。
﹁くそっ、殺して⋮⋮あがっ!?﹂
実のところ、まだ蕩けきっていない場合は、口を開かせるのが目的
でもあった。
口の中に手を突っ込み、ディアナの荷物から奪った特殊な針を舌に
刺す。
針の表面に細かなスリットが切りこまれており、主に毒薬などを仕
ダート
込む全長5cmほどの投げ針だ。
今回は、手持ちで使うことになったけれど。
﹁貴様、何をっ!?﹂
﹁安心して、毒じゃないよ。ただ、もっと気持ちよくなれる薬さ。
ディアナに使ったものと同じだよ⋮⋮希釈する前の原液だから、デ
ィアナに使った量の倍くらいかな?﹂
実のところ、少し嘘だ。
アラクネに対しては、僕は壊してしまってもかまわないとすら考え
ている。
それに、回復されるとこちらがやられてしまう可能性すらある。
なので、この針には媚薬と毒薬が共に仕込まれている。

298
⋮⋮媚薬の量だけは、正確に申告したけど。
﹁⋮⋮っ!?﹂
アラクネの顔が曇る。
制御できないのか、顔の一部が変形し、側頭部や額に小さなひび割
れが⋮⋮いや、目が浮かび上がる。
﹁変身を維持できなくなってきたみたいだね。
この前はお互い身分を偽っていたから、お堅い挨拶しかできなかっ
たけれど⋮⋮
今はお互い秘密をさらけ出したわけだ。
遠慮なく、イッてしまってもいいよ?﹂
挑発的なその言葉に、アラクネは顔をしかめ、悪態をつこうとし、
口を開くタイミングで、ディアナが一際大きなストロークをお見舞
いした。
﹁⋮⋮きさまああぁぁ⋮⋮ぁぁんっ?﹂
初めてこの女の色気のある声を聞いた。
自分が上げた嬌声に気づき、口を押さえようとするものの、腕は全
て拘束されている。
何度も鎖を引きちぎろうと暴れたものの、深く打ち込まれた楔と鎖
はびくともしない。
﹁なに、せっかく、君が見捨てた元部下との旧交を温めるチャンス
なんだ。
邪魔するような無粋な真似はしないよ。
僕の事は気にしないで、思う存分イキ狂うといい﹂
プライドを打ち砕く。
勝てないと思わせる。
まず、アラクネの心を完全に折らない限り、交渉のテーブルにつく
ことは難しい。

299
命を奪うことは可能だが、できればその前に情報を仕入れておきた
い。
可能ならば、アラクネも支配下においてしまいたい。
どこまでできるかは未知数だが、できる限りの事はしよう。
﹁サラ、シロ。君達も、お客人の絶頂を見守ってあげるんだ﹂
途中で何度か出入りして、戻ってきて部屋に控えていた二人に声を
かける。
手持ち無沙汰で、あてつけられるようにセックスを見せ付けられて、
二人とも欲求不満になっているのは見て取れる。
というか、支配下にある魔物は精神的なリンクがあるためか、その
辺がある程度読み取れる。
とはいえ、僕の体もペニスも複数あるわけではない。
今日のところはこの二人には我慢してもらうしかないので、こんな
ところで役に立ってもらい、ついでに楽しんでもらおうという寸法
だ。
﹁お姉さん、蜘蛛の魔物なんですね。ちょっと怖いけど、つやつや
して足が綺麗です⋮⋮
おまんこと、おしっこするところは人間とかわらないですね?﹂
無邪気に、それでいて情欲にあふれた視線でシロが問いかける。
﹁無様ねぇ、整った顔が何度もイカされて、不恰好に歪んでる。⋮
⋮ふふふ、気持ちよさそうね?
ねぇ、どんな気分? 全てを失って、かつての仲間に後ろから犯さ
れるのって、どんな気分なの?﹂
見下すようにサラが言い捨てる。
相手のプライドに切り傷をつけるような物言いだが、かつての自分
にその姿を重ねているのかもしれない。
﹁一度でいいから、むちゃくちゃにしてみたかったのぉ!
おまんこも、ケツの穴も、頭目には犯されるばかりだったから⋮⋮

300
一度でいいから、あたしが上に乗ってぐっちゃぐちゃにしたかった
のぉ!
ごめんなさい、頭目を犯すの、気持ちよくて止めらんないのぉ!﹂
ディアナは既に半狂乱だ。
今まで押さえ込んできたタガが全て外れているのだろう。
アラクネの性奴隷としても使われていた密偵は、そのねじれた欲望
をかつての主人に向けている。
唇をかんで、目を閉じて、耐えて、耐えて。
それでも、屈辱と快感に声が漏れ、瞳が開く。
潤滑剤代わりに、張り型に媚薬を潤沢に塗布する。
リズミカルに打ちつけられる腰と張り型の立てる音が響く部屋に、
我慢のできなくなったアラクネの嬌声が漏れ出す。
﹁貴様⋮⋮あっ、あぁああ、殺して⋮⋮い、いいっ、や⋮⋮やぁぁ
ぁぁぁ⋮⋮あぁ、あ、ああああああ!﹂
唇の両脇から牙を伸ばしたまま、涙を流し、涎をふき取ることもで
きず、アラクネが声を上げ、腰を振る。
﹁あたし犯してる! 頭目を! あたしを何度も犯した蜘蛛を! 
あぁ、あぁ、あああーっ!﹂
今まで何度も絶頂に追いやられ、ついに体力の限界に達したのか、
ディアナは一際大きいストロークをアラクネの尻にぶつけると、膝
から崩れ落ちた。
301
聖堂騎士:蜘蛛糸絡み︵☆︶
ディアナは盛大に絶頂を迎え、意識は残っているがまともに動けな
いほど消耗している。

シロとサラに指示を出し、ディアナには薬品やスパイスを加えた温
リューワイン
かいワインを与えさせる。しばらく休ませたら、もう一働きしても
らわなければいけない。
一方、つながれたまま、高まった体を急に放り出したアラクネは、
切なそうに腰をくねらせる。
ディアナ
もう少しで絶頂に押しやられてしまうというところで、男根役がい
なくなったのだ。
中途半端に高められた性欲は、大量に投与された媚薬の効果とあい
まって非常にもどかしい状態になっていることだろう。

302
薬瓶をつかみ、アラクネのあごをつかむ。
抵抗は弱い。強くつかみ、口を開かせ、薬瓶の中の液体を注ぎこむ。
﹁飲むんだ﹂
できるだけ感情を見せないように、短く命令する。
アラクネは少しの間ためらう様子を見せたが、諦めたのか薬を飲み
下した。
ザーメン
﹁君達のところでも使っているかもしれないけれど、男の精液が欲
しくて欲しくてたまらなくなる類の奴さ。もちろん、さっき張り型
に塗ったのと同じタイプだから、直接その効果を腹の中で感じてみ
るといい。
果たして魔物に聞くのかはわからないから、ちょっと多めに試して
みることにしたんだ﹂
これも半分以上は嘘だ。精液が欲しくて欲しくて⋮⋮なんて、そん
な都合のいい媚薬があるのかどうか、僕は知らない。
単に筋肉を弛緩させ、性感を過敏にする薬なので、一般的に流通し
ているタイプのものとあまり変わらない。
ぬりぐすり のみぐすり
それに、皮膚に塗布する薬品と、経口摂取で飲む薬品が同じである
保障は無い。
⋮⋮まぁ今回の媚薬は粘膜に塗ればいいものなので、一応どちらで
も使えるとは聞いているが。
﹁人をはめて、陽動に使おうとした魂胆は気に入らないけど⋮⋮
別に僕達は暗殺ギルドと喧嘩をしたいわけじゃない。
ただ、君達の依頼人がどんな奴なのか、少し興味があってね?
これからの選択肢が増えるのはいいことさ。
取引ができるかもしれないというのは、商売人にとっては重要なん
だ﹂
そんな気は毛頭無いけれど、交渉ごとにはハッタリも必要だ。
さて、アラクネはどう出るか?

303
﹁⋮⋮そんなこと、吐くと思ったのかい、ぼうや?﹂
負けたくないというプライドと、体にたまった欲求を解消して欲し
いという切望が入り混じった複雑な表情をしているが、それでもア
ラクネは意志の力で屈服を拒んでいる。
魔物だから、薬の効きが人とは違うのかもしれないが、そんなこと
をいってもいられない。
﹁命を失うよりは、信用を失うほうがいいと思うけど?
なんなら、エブラム伯側に君達暗殺ギルドを雇ってもらえるように
交渉してみようか?﹂
まぁ、おそらくこの暗殺ギルドに親族を何人か殺されている事は伯
も理解しているだろうし、暗殺ギルドの後ろ盾がエブラム伯に知れ
たら大きな抗争が起きるだろうけれど。
﹁⋮⋮!﹂
アラクネが黙る。
腹の中で計算をしているのだ。
⋮⋮つまり、まだ冷静な計算ができる程度には、理性を残している
のだ。
それが意味する事はただ一つ。
まだ、交渉を始めるには早い。
オークに指示を出し、金属製のテーブルを持ってこさせる。
腕を拘束している鎖を一本ずつ外し、テーブルの台座に繋ぎ変える。
仰向けにされ、緩やかなカーブを描く腹部を天井に向けた形でアラ
クネが再度拘束される。
指先や手の甲、額の一部などが硬質化し、額や側頭部に瞳の数が増
えていることをのぞけば、少し大柄で豊満な女の体だ。
爪の先などに毒などを仕込まれていてはたまらないので、ミトン型
ガントレット
の金属製拘束具を取り付ける。

304
本来の用途とは違うが、まぁ今はちょうどいい。
拘束を取り替えている間も、アラクネの下腹部はぴくぴくと痙攣す
るように落ち着かなく動いている。
まだ、興奮と欲情の火はついたままのようだ。
この火を消さないように、維持し続けなければいけない。
テーブルを中心にして、床に描いた陣を崩さないよう、注意しなが
ら僕はテーブルに近づく。
﹁⋮⋮まだ、満足できていないみたいだね。
そっち
今は敵同士というわけでもないから、すこし、下半身の話し合いを
しようか?﹂
アラクネの表情が、少しだけ緩んだのがわかった。
バカ
そうだ、油断しろ。僕が女を犯すことを楽しむだけの扱いやすい男
だと誤認しろ。
そんな考えを表に出さないように、微笑を貼り付ける。
愛想笑いは、商売人の基本スキルだ。表情を取り繕うのは慣れてい
る。
ばれてもいい、その裏の考えさえ読まれることがなければいいのだ。
オークたちはまだ射精し足りない様子だけど、今このタイミングで
アラクネを犯させると、発情しきったアラクネを絶頂させ、満足さ
せてしまう可能性が高い。
イかせて
一度絶頂に達してしまうと、失神したり疲れきったりで会話できる
状態ではなくなることが多い。
それに、冷静になられてしまうのが一番困るのだ。
今はギリギリのところで性欲を満足させないまま、発情した状態に
保つ必要があるのでオークを使うことができない。
もともと、僕が自分でこの蜘蛛女を犯すことには大きなリスクがあ
る。

305
だから、オークに先に犯させ、妙な隠し玉を持っていないかどうか
を確かめたのだが、今はそのタイミングではない。
⋮⋮リスクがゼロになる事は、どこまで行ってもないのだが。
安全を維持するための手段は、2個3個と張り巡らせている。
自分自身には、既存の蜘蛛が持つような毒や、その他の毒が効果を
発揮しないように解毒薬をあらかじめ投与している。
それ以外にも、幾つか仕込みはしてあるが、使わないで済めば何よ
りだ。
意識の戻ったディアナを引っ張ってきて、アラクネの上に覆いかぶ
せるように寝かせる。
ディアナは自分のおかれた状況を理解すると、何も言わずにアラク
ネの唇を奪い、乳房を揉み解す。
ディアナとアラクネは、乳房を、股間を互いに擦り付けながらお互
いを高めあっていく。
﹁アラクネ。ディアナ。二人とも、僕のものにならないかい?
ディアナは、僕のものになってくれるって言ってくれたよ?﹂
アラクネの股間に手をあて、ゆっくりと揉み解しながら軽く反応を
見る。
﹁⋮⋮それも、いい⋮⋮かも、ねぇっ⋮⋮ああっ、あぁ、ディアナ、
いい﹂
首筋にディアナのキスマークを幾つも刻まれながら、アラクネはこ
ちらに答える。
﹁ご主人様のものっ⋮⋮あたしっ、頭目とっ﹂
ディアナは既に僕の言葉が全部は理解できていない。
もどかしそうに腰を振り、アラクネの性感帯を責め、時折僕に目線
を流し、欲望を伝える。
まぁ、確かに僕自身もディアナの中に一回射精しただけで、後は興

306
奮させることばかり気にしていたから、僕のペニスは今も痛いくら
いに勃起してしまっている。
シロやサラの物欲しそうな視線もわかるが、残念ながら、今は楽し
んで女を抱けるようなときではない。⋮⋮ダンジョンマスターとい
うのは悪いことを好き放題するものだという俗説は、本当に嘘っぱ
ちだ。
﹁さて、僕もそろそろ我慢できないな。挿れていいかな?﹂
聞こえるようにそうつぶやきながら、かがみこんで、絡みつく二つ
の陰部を観察する。
上になったディアナの陰部は、小さな三角形に陰毛が刈り込まれて
おり、今は愛液でぺったりと張り付いている。
もともと小ぶりな作りをしているようで、通常時の襞はぴったりと
閉じているが、アラクネに押し付けると少し開いて、蜜を垂れ流す。
下になったアラクネの陰部は、あまり手入れをしていないのか、硬
めの陰毛が広がっている。
上から垂れ流されるディアナの愛液と、自らが分泌する愛液であふ
れ、広がった陰毛が朝露に濡れたかのようにてらてらと光っている。
⋮⋮もちろん、朝露なんかとは違い、湯気が立ち昇らんばかりの熱
を持っているのだが。
ディルド
先ほどの張り型を手に持ち、二人から見えないようにして、ディア
ナに挿入する。
一応、僕がディアナにペニスを入れているように見えるはずだ。
﹁はあああっ⋮⋮んぅ、きたぁ、きたぁ⋮⋮﹂
背筋をのけぞらせ、待ち望んだ挿入にディアナは嬌声を上げる。
何回か浅くストロークし、ゆっくりと引き抜く。
﹁あっ⋮⋮あぁあぁあぁ、やだぁ、抜いちゃやだぁ⋮⋮﹂
涙目になり、ディアナが懇願する。たった一日で従順になったもの
だ。

307
ディアナの愛液で温まった張り型を、アラクネにゆっくりと挿入す
る。
⋮⋮無いとは思うけど、これで張り型を噛み砕かれたらもう堕とす
手が無い。
﹁あ⋮⋮あぁ、うあぁぁぁあぁぁぁあぁぁあ﹂
ビクンとアラクネの腰が跳ね、ディアナの下半身が一瞬持ち上がげ
られる。
よし、腹筋はすごいが、アラクネの膣内に仕掛けは無いようだ。
張り型を一気に引き抜くと、僕自身のペニスをアラクネの膣に挿入
する。
熱い。締め付けは強くないが、どろりと溶け出すような熱がペニス
を包む。
柔らかい肉がやわやわと包み込む。
﹁うあ!? う、うあぁあぁ!?﹂
どうやら、違いに気が付いたようだ。
少しだけ、瞳の開き方が大きくなる。
﹁あぁ! いいなっ、本物のちんぽいいなっ!
ご主人様、あたしも、あたしも本物ほしい!﹂
アラクネの反応で、ディアナは事情を察したようだ。
大きく尻を振って、僕にアピールする。
その時、この二人には見えない位置から合図が発される。
⋮⋮オリヴィアがこっちに来るようだ。
一瞬だけ胸が痛くなったが、振り払うように目の前に集中する。
・・・・・・
⋮⋮ちょうどいいタイミングだ。そろそろ仕掛け時か。
ペニスを抜き、入り口を軽くつつき、先端をいれたり出したりしな
がら問いかける。
﹁アラクネ、ディアナ。聞きたいことがあるんだ。
なか
素直に教えてくれたら、膣内にいっぱい出してあげる﹂
欲情に曇っていたアラクネの表情がぼんやりとする。

308
後背位で犯しているディアナの表情は見えないが、予想は付く。
﹁遠征を失敗させて、聖堂騎士オリヴィアを暗殺するように依頼し
たのは誰だい?
どんな目的があって、どんな背景があっての事なのか、知っていた
ら教えて欲しいな﹂
アラクネは、口を開こうとして、その瞬間にわずかながら理性が戻
ったようだ。
顔をゆがめて、口を閉じる。残念だが、ここは予想していた。
しかし、ディアナが口を開く。こちらが二つ目の狙いだ。
﹁依頼主はぁ⋮⋮都市貴族、都市貴族の従者ですぅ!
身分は隠してましたけどぉ、外套の下にちょっと見えた家紋⋮⋮鷲
獅子と塔の紋章はぁ⋮⋮﹂
﹁ディアナッ。黙りなっ!﹂
アラクネが牙をむき出して怒鳴る。
ディアナの体が刻み込まれた恐怖を思い出し、一瞬で硬直する。
⋮⋮やはり、まだ理性を残していたのか。
さて、どうするかと思ったとき、横合いから声がかかった。
﹁それは⋮⋮それはどういうことなの!?
鷲獅子と塔の紋章は、エブラム伯の娘婿でもあるランベルト男爵家
の⋮⋮!﹂
アラクネが、ディアナが、僕が視線を向ける。
女二人を犯している僕の正面で、壁際の扉が開き、メイド服のダリ
アに連れられて現れたのは⋮⋮聖堂騎士、オリヴィア。 309
聖堂騎士:生贄の儀式︵☆︶
﹁キアァッ!﹂
アラクネの反応は早かった。
おそらく、残していた最後の力を振り絞ったのだろう。
脚の末端部が硬質化し、急激に顔の上半分に蜘蛛の異形が浮き上が
る。
腰を跳ね上げ、首を思い切り反らし、上下逆の視界の中で、オリヴ
ィーを正面に捉える。
その口から、針⋮⋮いや、むしろ槍状に縒り上げられた硬質の糸が
射出され、オリヴィーの体に突き刺さる⋮⋮はずだった。
ばさりと、半透明の羅紗布が吹き飛び、大きな穴が開く。
・・・・・
アラクネの頭から見て正面のなにもない壁面に糸が突き刺さり、じ
ゅう、と嫌な音を立てる。

310
予想していたが、なんらかの接触毒だろう。
﹁っ!?﹂
アラクネが驚愕に8つの瞳全てを見開く。
﹁アスタルテ!﹂
見えない場所
拷問が始まった時から、常に蜘蛛女の死角に居続けたアスタルテに
指示を飛ばす。
ほぼ同時に、アスタルテは自分で行動を始めていた。
長く伸ばされた刃のような爪が、アラクネの喉を貫く。
﹁ひっ!?﹂
ディアナがようやく状況を理解し、悲鳴を上げる。
その瞬間、僕は改めてアラクネにペニスを挿入し、荒く突き上げる。
﹁あっ、がっ、がっ、はっ⋮⋮!?﹂
口を開くも、空気が漏れ、血が流れ、アラクネの発言は言葉になら
ない。
生命の危機を感じとり、ペニスから命を吸い取ろうとするかのよう
に強い蠕動を始める。
アラクネの両足がばたんばたんと跳ね上がり、体制を維持するのに
苦労する。
怯えるディアナの体を抑え、その右手を取る。
僕の右手には、腰に差してあった短剣が握られている。
﹁ディアナ、君との約束を守ろう。
僕と君とで、君を縛る恐怖を断ち切る。そして、改めて誓うんだ。
君は、これからの人生を僕の奴隷として生きる。僕のために生きる、
僕の道具になるんだ。
そうすれば⋮⋮新しい人生と、快楽を与えよう﹂
アスタルテは、既に儀式を始めている。

311
僕はディアナの手を取り、その手に短剣を握らせる。
アラクネの濡れた陰部にペニスを突き差しながら、短剣の切っ先を
アラクネの胸の二つの丘の間⋮⋮肋骨の合わせ目に沿わせ、力をこ
める。
﹁⋮⋮っ! ⋮⋮っ!﹂
恐怖、呪詛、悔恨、そして快感。
様々な感情がアラクネの顔に浮かび、ディアナ越しに僕を睨み付け
る。
あぁ、好きなだけ呪え。
お前を殺すのは僕だ。
﹁ディアナ。恐怖を⋮⋮断ち切るんだ﹂
ディアナの耳たぶをやさしく噛み、毒を流し込むかのように、ささ
やく。
僕の胸板と、ディアナの背中は密着し、ディアナの早鐘のような鼓
動を伝えてくる。
﹁⋮⋮あたしは、ディアナは、ご主人様の⋮⋮
エリオット様の道具になります!
暗殺ギルドを捨てます!
仲間を殺しても、全て無くしても!
あなたのモノに、道具にしてくださいぃ!﹂
その言葉が終わる直前に、ディアナの手に力を加え、アラクネの心
臓に短剣の刃を滑り込ませる。
綺麗に隙間に差し込む事はできず、骨を削る嫌な感触が刃越しに伝
わってくる。
アラクネの体が何度も跳ね、膣が強烈な蠕動を見せる。
アラクネは、死を直前にして絶頂に導かれていた。
アスタルテに命じて、首を落とさせる。
下半分は美しい女の、上半分は半ば以上が蜘蛛と化した魔族アラク

312
ネの首が落ち、床に転がる。
アラクネは気が付いただろうか。

彼女を拘束していたテーブルの周囲に張り巡らされた、半透明の視
リズマティック
線を捻じ曲げるカーテンの存在に。
そして、床に描かれた生贄の魔法陣に。
首を失った蜘蛛女の体は、死の絶頂に導かれたまま、快楽を感じ続
けている。
蜘蛛のように、頭を切り落とされてもまだしばらく体は生きている
のだろうか。
そんなことを考えるヒマもなく、儀式が完成に近づく。
﹁うっ、うぉおおおおおおおおおっ﹂
獣のような声を上げているのが自分だというのは、声を出してから
気が付いた。
少し予定より早いが、我慢しきれずに、アラクネの膣内に盛大に射
精する。
ドクッ、ドクドクン!
僕の魔力が、アラクネの体内に吐き出され⋮⋮そこで、儀式が完成
する。
⋮⋮今まで、セックスをすることで女達から魔力を受け取ってきた
事は何度もある。
僕自身の魔力の貯蔵量はそう多いものではなく、短期間のうちに魔
物の召喚や、付与魔術の儀式を行うときは、外部からの補給は不可
欠といってもいいものだ。
今行っている行為は、その延長線上にある。
セックスを通じて魔力を受け取るだけではなく、生命そのものを強
引に吸い取ることで膨大な魔力を手に入れる⋮⋮命を犠牲にした、
生贄の儀式だ。

313
知識として、知ってはいた。
アスタルテからも、いろいろと話は聞いていた。
だが、今まで一度も試すことはなかった。
一度に入手できる魔力量は多くとも、それっきりで終わってしまう
のは割に合わないからだ。一度に100を手に入れて終わるときと、
一度に5でも、30日維持できるのとでは後者のほうが得だろう。
それに、これほどまでに、膨大な魔力の奔流にさらされるとは予想
もできなかったのだ。
﹁いやぁ、イヤァァァァァ!?﹂
ディアナの悲鳴が上がる
﹁エリオット様!?﹂
ダリアの悲鳴にも似た声がする。
体が焼けるように熱い。ペニスを中心にして魔力を吸い取り、それ
が全身にいきわたるようになるまで、体内で魔力のバランスが崩れ
るという事は、知識上では知っている。
だが、これは何だ。
子供の頃、川でおぼれたときのように、周囲を様々な光景が、体験
が、記憶が、知識が流れ去っていく。
そのほとんどは、何かがうっすらと知覚できる程度で理解できるよ
うなものではない。
⋮⋮これは、もしかしたらアラクネの記憶や体験、知識なのかもし
れない。
命を喰らい尽くすというのは、ここまで恐ろしいものなのか⋮⋮!
おそらく、実時間は10秒にも満たない程度。
僕の体感時間は、何十分も経ったかのようだったが、儀式は終わっ
た。
テーブルの上には、恐怖に小水を漏らしてしまったディアナと、さ
っきまでアラクネだったかすかな塵。

314
切り落とされた首を残して、アラクネの身体は全て魔力に変換され、
・・・・
僕に喰われてしまった。
いや、僕が殺し、喰らったというべきだろう。
全身が焼け付くようだ。
体の節々から、魔力が漏れ出しているようにも思える。
二日酔いの朝のように気分が悪く、それで居て性欲は何ヶ月も禁欲
していたかのようにたぎっている。
﹁吸い取った魔力が、エリオット様の体の許容量を超えてしまって
いるようですね﹂
アスタルテが、淡々と説明する。
サラも、シロも、オリヴィーも、今起きた出来事に言葉を失ってい
る。
思考がまとまらない。
吐き出さなければ、この渦巻く何かを何処かに吐き出さなければ。
そう思ったとき、自分にくっついたまま怯えているディアナと、自
分に寄り添うようにしているダリアに気が付いた。
﹁⋮⋮や、お願い、ご主人様、怖いの、殺さないで、殺さないで⋮
⋮﹂
ダリアは、ディアナが逃げ出さないように両足を鎖でつないでいた。
そして、自らもお仕着せを脱ぐ。
﹁マスター⋮⋮辛いなら、私や、この子を使ってください。
私たちは、マスターの道具です。
使って⋮⋮ください﹂
その言葉で、することが明確になった。
つながれたディアナの脚をつかむと、引き寄せる。
﹁ひ!?﹂
逃げようとするディアナを押さえつけ、膣にペニスを容赦なく叩き

315
込む。
恐怖で欲情が消え去ったかとも思ったが、小水を漏らしたせいで潤
滑は問題なかった。
一気に差し込むと、恐怖の表情は消え、あっという間に発情してい
た状態に戻る。
﹁あつっ⋮⋮熱い、熱いです、ご主人様ぁ⋮⋮?﹂
おそらく、通常のセックスだったならば痛がらせるだけであったろ
う僕の強引な行為は、半日以上発情させ続けたディアナには強烈な
快感となってくれたようだ。
﹁ディアナ。今まで、アラクネにどんなことをされてきたんだい?
みんなの前で言ってごらん。
君は⋮⋮いや、お前は僕の道具だ。
何も恥じる必要は無いし、僕の命令に疑問を持つ必要も無いよ﹂
気を抜くと、唸り声を上げそうになる自分を抑えるために発したの
は、ディアナを辱め、自分の立場を再確認させる言葉だった。
⋮⋮次第に、僕も魔族としてふさわしい人格になりつつあるのかも
しれない。
そんな感傷に浸る暇もなく、僕は体の熱が命ずるままにディアナの
尻をつかみ、犯す。
﹁ふ、普段は娼館で働かされて⋮⋮あぁっ⋮⋮命令があったら、暗
殺対象に⋮⋮あっ、抱かれて、相手がいった瞬間に殺したり⋮⋮
一日中、頭目のおまんこを舐めさせられたり、ずっとお尻に張り型
を挿したまますごさせられたり⋮⋮﹂
そう聴いた瞬間、ペニスを引き抜くと腰を高く持ち上げ、アヌスに
ペニスを差し込む。
﹁ひぃぃぃぃいんっ! そうっ、それぇ!
嫌なのに、恥ずかしいのに、たまらないのぉ!﹂
周囲の視線が刺さるのが快感に変換されるのか、尻を犯されている
ディアナはあっという間に上り詰める。

316
ペニスを引き抜いた後には、ダリアが寄り添ってぺちゃぺちゃと音
を立てて舐め始める。
尻穴と膣の二箇所を同時に攻められて、ディアナはあっという間に
腰をびくびくと揺らすだけになる。
﹁あっ、あぁあ、あぁ、ああああ、ダメ、もうダメ、いくぅ、イキ
ます、ご主人様ぁ!﹂
﹁まだだ。僕が許可を出すまで我慢しろ﹂
酷な話だとは思う。それでも、この段階で何重にもしつけをしてお
きたい。
十回程度のストロークの後、ディアナのアヌスからペニスを引き抜
く。
半日以上もてあそんだせいで、腸液が垂れている以外にあまり汚れ
は付いていない。
それでもダリアは僕のペニスをエプロンで拭き、自分の舌で執拗に
舐め清める。
ダリアが掃除を終えると、改めてディアナの膣にペニスを挿入する。
﹁ディアナ、今から君を魔物にする。
人間のディアナは消えて、僕の忠実な魔物になる。
⋮⋮嬉しいかい?﹂
﹁は、はいっ⋮⋮嬉しいです!
あたし、もう人間止めます!
魔物になって⋮⋮ご主人様の道具になって、もっと気持ちいいこと
に使って欲しいの!﹂
もう、まともな思考力などは残っていないだろう。
それでも、心が完全に壊れてはいない。
恐怖も、快楽も、アラクネの下にあったディアナの魂を縛る全ては、
ようやく僕のものとなった。
きっと、この子は良い手駒になってくれることだろう。

317
﹁いく⋮⋮イくよっ! ディアナ、イけ!イき狂え!﹂
﹁イキますっ、狂いますぅ⋮⋮! あ、あ、ああぁぁあぁああああ
ああああっ⋮⋮!﹂
一際強く尻をつかみ、一番奥深くにペニスを挿入して、思い切り射
精する。
ドクドクと音がして、大量の精液が、あふれ出る魔力がディアナに
注がれる。
﹁熱い、熱いぃ⋮⋮!?﹂
プシャ、という音がして、ディアナが尿道付近から勢いよく水を噴
出す。
⋮⋮潮吹き、という奴だろうか。
そのまま、再び失禁してしまい、テーブルの上に暖かい水溜りをつ
くる。
テーブル上にわずかに残されていた、かつてアラクネだった灰と塵
は、そのまま流されていく。
ディアナは白目をむき、意識を失っていた。
◆◆◆
失神しているディアナの背中が、ピクリと震えた。
数本の筋が刺青のように走り、タイトなボディラインに紋様を描く。
紋様は星のような形状で、合計4つ。
それぞれを頂点として、背中に長方形を描くように配置される。
肩の下に二つ、腰の辺りに二つ。
星型の紋様が盛り上がり、肉腫のように膨れたかと思うと、突如そ
こから細身の腕とも脚とも付かない器官が生み出される。
硬質化した皮膚に覆われた4本の器官は、人間の体ではなく、むし
ろ蜘蛛の脚を思わせる。
﹁ふぁあ⋮⋮あたし、何が⋮⋮?﹂
見れば、ディアナの指先とつま先も同じように硬質化している。

318
おそらく、体になじめば同じように隠すことも可能になるのだろう。
﹁ディアナ、おはよう。
魔物になった気分はどうだい?
どうやら君は⋮⋮アラクネの眷属として生まれ変わったようだね﹂
あの紋章官はアラクネという固体名ではなかったのだろう。
アラクネは人型に近い蜘蛛の魔族全体を指す呼び名なので、おそら
くは暗殺ギルド内の通称だ。
ディアナは、紋章官とは少し違う四肢の増え方をしている。
僕の魔力が影響しているのか、生物的というよりは、やや硬質化し
た部分が金属質にも見える。
﹁あ⋮⋮あぁ、あたし、もう人間じゃないんだ。
あいつと同じ、力が手に入ったんだ⋮⋮あは、あはははは﹂
ディアナは小さく笑うと、ゆっくりと身を起こし、僕に向き直る。
膝を突いて、頭を垂れる。
追加された新たな四肢は、体に巻きつくように折り曲がる。
なるほど、少なくとも増えた手足のコントロールは問題なくできて
いるようだ。
﹁ご主人様。
これからあたしは、あなたのための蜘蛛になります。
暗殺でも、諜報でも、なんでもします⋮⋮だから、これからも、そ
の。
⋮⋮気持ちよくして、ください﹂
晴れ晴れとした顔で、明らかに媚を含んだ表情で、ショートカット
の密偵は僕に忠誠を誓う。
﹁あぁ、これからもよろしく頼むよ、ディアナ。
⋮⋮そうだね、君には後で相談したいことがあるんだ。
でも、今はお休み。君はとても消耗している﹂
何せ、何時間も食事もさせずに生殺しのセックスをさせていたのだ。

319
魔物になったとはいえ、食事も睡眠もなしでは体が持たないだろう。
﹁⋮⋮あ、ありがとうございます!﹂
よほど嬉しかったのか、ディアナは涙ぐんでいる。
暗殺ギルドはそんなに人使いが悪かったのだろうか。
アスタルテがディアナをつれて、寝室へと戻っていく。
さて、と立ち上がろうとした瞬間に、ふらりと目がくらんだ。
気が付けば、ペニスはまだ暴れたりないとばかりに屹立しており、
思考力はまた霞がかかってくる。
﹁オリヴィー⋮⋮﹂
見れば、気丈にもオリヴィーはこちらを見ている。
あれだけひどい状況を見せられて、それでもこっちを見てくれるの
は少し嬉しいが⋮⋮犯したい。
力づくで、衣服をちぎって、押し倒して⋮⋮いけない、思考が落ち
着かない。
手を差し伸べようとして、止めて、迷っているときに、ペニスが柔
らかい感触に包まれた。
﹁マスターはまだ、魔力があふれているみたいです。
オリヴィアさんと交渉をされるのに、その状況ではよくありません。
だから⋮⋮わたしを、お使い下さい﹂
320
聖堂騎士:奇妙な会談
﹁⋮⋮なんだか、奇妙なことになったね﹂
僕の言葉は、白々しいという言葉を通り越していっそ寒い。
正直、オリヴィーと目を合わせるのが少し怖い。
﹁⋮⋮それは、この状態のこと?
あなたがダンジョンマスターだという事を私に秘密にしてたこと?
それとも⋮⋮﹂
向かい合って座るオリヴィーも、こちらをまともに見ることができ
ない。
﹁あ⋮⋮あの、わたしのことはお気にせずに。
お、お続け⋮⋮くださ⋮⋮あっ﹂
あれから数分後。
ここは自分の部屋。

321
僕の椅子に座って、もじもじと膝と膝をくっつけているのは僕の幼
馴染で今は聖堂騎士のオリヴィー。
ベッドに腰掛けて、オリヴィーと気まずい雰囲気を共有しているの
が、この人食いダンジョンのダンジョンマスターである僕。
そして、僕に跨って、勃起したままのペニスを受け入れて、静かに
腰を振っているのがメイドのダリアだ。
﹁そ、そもそも、なんで人と二人きりで話をするというときに、
あなたは女の子を抱いていたりするのよっ!?﹂
顔を真っ赤にして抗議するオリヴィー。
﹁わたしは、マスターの道具のようなものですから⋮⋮
お気にせずに、お続けください。
こうしていないと、マスターの体の中から魔力があふれてしまうよ
うですし⋮⋮﹂
ダリアは僕の首に両腕を回し、まるで自分が僕の衣服でもあると言
いたげに密着している。
メイド衣装のスカートはそこそこ長めなので、僕のペニスがダリア
に突き刺さっているところを直接見られているわけではない。
まぁ、さっきあれだけ痴態を見せたのだから、いまさらどうだとい
う話でもあるのだけれど。
それでも、時折ダリアの腰が耐え切れずに動き、小さく声が漏れる
のは非常に気になるようで、オリヴィーはなかなかこちらをまとも
に見ることができない。
はじめて
⋮⋮処女だというのが本当なら、まあ、無理もないだろう。
﹁いや、恥ずかしい話、こうしていないとまともにモノが考えられ
ない⋮⋮というか、
気を抜くとオリヴィーに襲い掛かっちゃいそうでさ﹂
立場的には敵対していて、なおかつ相手は今僕の捕虜という状態だ

322
けど、あまりそういう気分にならない。
オリヴィーの前では、僕は自動的に人間として振舞ってしまうのだ
ろう。
オリヴィーが、聖堂騎士ではなく、僕の古い友人として振舞ってし
まうように。
﹁え、あ、その、あの⋮⋮﹂
襲い掛かるといった瞬間に、その情景を想像してしまったのだろう。
オリヴィーが茹蛸のように真っ赤になってあわてる。
それを可愛いと思いつつも、僕の神経は今まさに抱いているダリア
に向かう。
﹁ダリア、そろそろ出そう⋮⋮﹂
なか
﹁⋮⋮はい、マスター。わたしの膣内にお出しください﹂
耳元で、ダリアが小さくささやく。
ダリア なかだし
オリヴィーの目の前で、見つめられながら他の女に膣内射精をする
というのは、なんとも背徳感があふれるというか、いらない緊張が
あるというか。
当たり前だけど、僕の女にしてしまったサラやシロの前でするのと
はずいぶん違うものだ。
我慢できず、腰が跳ねる。
血管が脈打ち、射精にあわせてドクンドクンと音を立てる。
ベッドが一際大きくギシっと音を立てる。
﹁あたた⋮⋮かい⋮⋮﹂
膣内射精を受けて、ダリアがくたっと僕の体に身を任せてくる。
右手で腰を抱くようにして体を安定させ、ダリアとつながったまま、
改めてオリヴィーに向き直る。
ようやく、思考能力が戻ってきた。
﹁⋮⋮お、終わった⋮⋮の?﹂

323
両手で顔を覆っていたオリヴィーが、指の隙間からこちらをのぞき
見るようにして聞いてくる。
⋮⋮あまり顔を覆っている意味がないような気がするけど、それ。
﹁ん、あぁ。おかげさまでだいぶマシになったよ。
改めて、話をさせてもらえるかな。
⋮⋮友人でもあり、敵同士でもある僕達のこれからに関して﹂
オリヴィーは、僕の肩に頭を乗せて眠っているダリアを少しだけ恨
めしそうに見ると、観念したのかようやく僕と目を合わせる。
﹁そう⋮⋮ね。助けてもらったり、色々あったけど。
あなたは、この人食いダンジョンのマスターだもの、ね﹂
◆◆◆
﹁まず、遠征軍の指揮官として⋮⋮敗軍の将として、敵将としての
あなたに頼みがあるの﹂
交渉が始まってから、オリヴィーの第一声はまずこれだった。
﹁生き残った兵士達の救助、かな?﹂
﹁そう。私の采配ミスで傷を負わせてしまったけど、あなたの指示
で、まだ生きているものも多いと聞いたわ。一人でも多く助けたい
の﹂
そう。無理に倒す必要は感じていないから、殺す必要はなかった。
ただ、戦闘力はできるだけ奪っておきたかった。
そういう意味では、紋章官の仕掛けた罠は非常に好都合だったとい
える。
﹁⋮⋮できるかどうかでいえば、それは可能だよ。まだ、飢えて死
ぬような時間では無いだろう。
傷の手当をする程では無いけれど、把握しているなかで危険そうな
ところには水だけは補充しておいたよ﹂
﹁⋮⋮ふぅ、ありがと。助かるわ﹂
オリヴィーの表情が明るくなる。本当に部下を大事にしているのだ

324
ろう。
﹁それにしても、ずっと見ていたけどさ。オリヴィーは敵に回すと
本当に嫌な相手だな。
おびき寄せられない、引っかからない、突出しない。
攻略の進みは遅いけど、数が減らないからどうしようかと思った﹂
﹁そ、そんなこと⋮⋮あれは、臆病なだけなのよ。
指揮官たるもの、時には兵士の消耗を恐れずに仕掛けなければいけ
ない時がある、
というのは何度も習ったのだけれど⋮⋮やっぱり、怖くて。
でも、名高い人食いダンジョンのマスター様に褒めて貰えたのは、
素直に受け取っておくわ﹂
﹁虎の子のストーンゴーレムが全部壊されたときには、もう泣きそ
うだったんだぞ!
あれ、つくるのにどれくらいの予算と時間がかかったか教えようか
?﹂
﹁あぁ、あれは手ごわかったなぁ⋮⋮でも、あれって普通につくれ
るものなの?
お城の警備とかに補助として使えたら、夜の見張りの数を少し減ら
してもよくなっていいな、って﹂
あ、こいつ子供の頃とかわってない。
商売人の子である僕と遊びまわっていたせいで、貴族にありがちな
コスト無視の考えができないまま成長したのだろう。
﹁⋮⋮それは、まぁ。ゴーレムは命令をする相手次第だからね。
さて、命令で思い出したんだけど⋮⋮ランベルト男爵って言うのは、
どういう奴なんだい?﹂
その言葉に、オリヴィーの顔が曇る。
﹁⋮⋮エブラムの都市貴族の一人で、エブラム伯とは、親戚筋に当
たる方よ。
水運事業者に影響力の強い金貸し貴族で、実質的な地位は、今では
長子のルベリオ卿が持っているわ。

325
⋮⋮私の、婚約者候補の一人よ﹂
うわ、二面作戦か。
えげつないけど、成功しても失敗しても関与を疑われにくいから案
外いい方法だな。
﹁エリオット、考えてることが口から漏れてる﹂
﹁あ⋮⋮ごめん。
で、暗殺ギルドの話を聞くに、エブラム伯の子供達を暗殺したのも
そこが黒幕っぽいね。
オリヴィーを殺すか取り込むかで、ランベルト家にはどんな利益が
あるのかな?﹂
チェスを指すように、売り上げから商売の流れを読むように、僕ら
は情報と推論をやり取りする。
﹁⋮⋮エブラム伯はもともと子爵でしかなかった、しがない弱小の
山林貴族なの。
この村がある山だって、未だに書類上はエブラム伯の治める土地な
のよ?
治水工事の才能が有って、エブラムに水門を作って、水門と水路の
利用料と、それに伴う都市の発展でエブラム伯に任じられたのね。
もともと、エブラムは30年前まで辺境の大きな漁村だったって言
う話もあるし⋮⋮﹂
﹁ふむ。あの町は今のエブラム伯が一代で築いた街だって言うのは、
知識では知ってる。
この前初めてエブラムに行ったけど、僕は完全におのぼりさんだっ
たよ。⋮⋮で、ランベルト家は?﹂
ランベルト家、鷲獅子に塔の家紋を持つ貴族。
そして、暗殺ギルドの雇い主。
﹁ランベルト家はある程度の荘園もあるけど、主に両替商⋮⋮金融
がメインで、主に水運業者相手の商売をしてる。いえ、させている
と言ったほうがいいのかしら?

326
血縁的にはランベルト家のほうが少し格上だったみたいだけど、
ブレア家⋮⋮あぁ、エブラム伯や私の家ね⋮⋮が伯爵になったとき
に逆転したの。でも、血縁的にはかなり近いのよ。
だから⋮⋮エブラム伯の最後の実子である私と、病気療養中の大叔
父様が居なくなれば、エブラム伯の継承権はランベルト家に移るの﹂
頭の中で算板をはじく。誰に、どのように利益が動くのか。
﹁⋮⋮あれ、水運商売関連の利権がランベルト家にあるなら、エブ
ラムの商業利権って、エブラム伯にはあまりないの?﹂
﹁商売に関してはあまり。水門の利用権だけはそれなりに、かしら。
水路の利用権利は半ば公共のものとなっているし、水門の利益は、
水門と水路の維持費で半分以上消えるわ。だから、エブラム伯爵で
あるブレア家はあまりお金持ちじゃないの。
実質的に金銭的な豊かさならエブラム伯爵家はランベルト家には負
けるわよ﹂
オリヴィーの説明を聞いて、疑問ばかりが増えていく。
それでは、オリヴィーを殺す必要も、嫁にする必要もないのでは無
いだろうか。
﹁はて⋮⋮なんでオリヴィーを殺してまで継承権を欲しがってるん
だろう?
リスクを負ってまで、辺境伯の地位を欲しがる理由がわからない。
エブラム伯の名前ってのは、お貴族様にはそれほどまでに欲しいも
のなのかな﹂
素直な疑問に、少し間をおいて答えが返る。
﹁今のランベルト男爵は、エブラム伯とはあまり仲が良くないのよ。
次期当主のルベリオ殿がどう思っているかはわからないけれど、
立場的には次のエブラム伯は自分だと思っていたところで、
親戚のブレア家にエブラム伯の座を奪われたようなものだからね。
ただ、それだけが原因ではない⋮⋮と、思いたいわ。
そして、もう一つの大きな利権があるの﹂

327
大きな利権とは、一体なんだろうか。
﹁もったいぶらないで、教えてくれないかな。
その利権って、一体なんだい?﹂
その言葉に、オリヴィーは少しだけ口ごもった。
その視線が僕ではなく、ダリアを見ていることに気が付く。
﹁エリオット、あなた、ここしばらくの鉄の相場の動きは知ってい
る?﹂
残念ながら、ここに居る限りそれを知ることはできない。
それに、商売とはいえ、魔法の道具とこのダンジョンに関わる事以
外はまだまだ専門外だ。
ただ、鉄という単語に引っかかるものはある。
このダンジョンは、元々は⋮⋮
﹁ここ数ヶ月、中央で鉄の値段が徐々に値上がりしてきているのよ。
東との戦争が大規模になってきていることが一つの原因なんだけど、
それだけじゃなくて⋮⋮一年前くらいかな、今までこの国に豊富な
鉄を供給していた北の鉱山地帯で大きな事故があったみたいで、採
掘施設や技師が減っていて、鉄の流通自体が少なくなってきている
の。
もちろん、今日明日どうこうと言う話では無いわ。でも⋮⋮﹂
﹁ここに、開発途中で投げ出された鉄の鉱山がある、ということだ
ね﹂
いつの間にか意識を取り戻していたのか、ダリアが僕の腕の中でピ
クリと反応する。
一年前、鉄の鉱山。⋮⋮嫌な感じだ。
﹁グランドル村の鉱山は、調査の結果豊富な鉱脈を持っている事は
わかっていたわ。
でも、当時は北の鉱山地帯からの、豊富で安価な鉄が多く流通して
いた。

328
それに、ここから鉄を運び出すための流通も、エブラムから中央に
輸送する水運のルートも未発達。
製鉄産業を興しても、どうやっても費用に対して利益が見合わなか
った⋮⋮だから、大規模な開発は行われることはなかったの。
それでも、鉱山を閉じてしまうのはよくないと判断したエブラム伯
の判断で、少数の工夫と技師だけを置いて、少量の鉄の生産だけは
行われていたの。
⋮⋮有事の際、中央に武具の流通ルートを閉じられても、最低限の
備えができるようにね﹂
だんだんと、欠けていたパズルのピースが埋まっていく。
﹁⋮⋮なるほど、狙われていたのは、鉄の鉱脈か﹂
﹁エブラム伯本人も時々忘れそうになる、山林貴族である部分の権
利がここで急に表舞台に出てくるとは思わなかったでしょうね。
でも、こうなると、都市全体の利益のためにも、国家の利益のため
にも、グランドルの鉱山は改めて開発をしなければいけなくなった﹂
﹁しかし、その鉱山は一年前から邪悪なダンジョンマスターによっ
て支配されている⋮⋮か。
一年前に鉱山村を襲った傭兵団も、鉱山の採掘権を横取りするため
に来ていたっけな。
⋮⋮依頼主の名前を確認できなかったのが、本当に残念だ﹂
329
聖堂騎士:世界を裏切って
﹁マスター⋮⋮﹂
意識を取り戻したダリアが、ゆっくりと僕の上から降りる。
まだ屹立したままのペニスがむき出しになっているのだが、そこに
気が回るような状態ではなかった。
どうせ、上着で隠れてしまうだろう⋮⋮とも、考える余裕もない。
小さく一礼して部屋を出ようとしたダリアを引き止め、脇に控えさ
せる。
⋮⋮もう、昔の事は覚えていないのかもしれないけれど、ダリアに
はこの話を知る権利があると思ったからだ。
オリヴィーは少しうつむくと、少しだけ力ない声で話し始めた。
﹁だから、エブラム伯はここに軍を送り、取り戻さなければいけな
かったのよ。

330
エブラムの都市貴族には、エブラム伯に対して忠誠心を持っていな
いものも当然ながら存在するわ。
それらの一部が、この状況を中央に告げ口し、魔族討つべしとの機
運を高められてしまった。
軍を出さねば臆病者とののしられ、軍を出すにもエブラム伯は高齢
で、とても軍務に耐えられえるようなお体ではないの。
鉄鉱脈の生み出す利益予想に押されて、教会は魔族退治は栄誉であ
るとこの遠征軍にお墨付きを出したわ。中央もそれに乗せられ、エ
ブラム伯が動かない場合は、他に誰かここを討伐した物に鉱山の採
掘権を与えるとまで言い出したの。
⋮⋮だから、エブラム伯の隠し子であっても、ただ一人残った血縁
である私が、指揮官として呼び出されたの﹂
その声は硬く、感情を押し殺そうとして⋮⋮泣いているようにも思
えた。
﹁⋮⋮なんで、逃げなかったんだい?﹂
﹁エブラム伯の姪という立場で私が遠征軍の指揮を行い、成功さえ
すれば、この鉱山の採掘権はエブラム伯に⋮⋮お父様の元に残るの
よ。
それ以外の結果になれば、エブラム内部で権力闘争が起こり、内紛
が起きることはまず間違いないわ。
母が死んで、この村にこれなくなってから、私はエブラムで下級貴
族の姪という立場で育てられていたの。
私はあの町の人たちが好きだったし、お父様は私に優しかったし⋮
⋮もう、お父様以外に、私には家族がいなかった。独りぼっちにな
るのは⋮⋮もう、いやなの﹂
オリヴィーは、自分自身の判断を恥じている。
一人になりたくない、好きな町を、好きな人を守りたいという感情

331
で動く自分を責めている。
それの、何が悪いというのだろうか。
ならば、悪くないと言ってやる。悪くない結果に変えてやる。
そのための手段が、どのようなものであっても。
⋮⋮そんなことをする僕を、君は恨むだろうか。
﹁オリヴィー、もし、君がここで無事に部下をつれてエブラムに帰
ることができるとする。
僕は身を隠し、魔族は倒され、鉱山は取り戻され、遠征は成功した
と仮定しよう。
⋮⋮その後、君はどうなる?﹂
今回の仮定に入るのは、僕がとることができる手段の幾つか。
オリヴィーは現時点で、僕よりも多くのエブラムの貴族たちに関す
る状況を知り、推論を組み立てるだけの知性を持っている。
ならば、僕がすべき事は仮定から、その先を予想させることと⋮⋮
その中からオリヴィーを誘導すべき道を見つけ、それを選ぶように
追い込むことだ。
﹁⋮⋮え、と。おそらく、エブラム伯は私を養子として正式に後継
者に指定するわ。
都市貴族たちはがっかりするでしょうけど、自分の息子か本人を私
の婿にしようと画策すると思う。
私は女で、継承権を持ってはいても、女性で爵位を継ぐのはあまり
例がないから⋮⋮﹂
﹁前例がないわけではないのかい?﹂
﹁この国ではめったにないけど、例外的に女性が爵位を持って領地
運営をした例は皆無では無いわね⋮⋮だけど、なかなか許可は下り
ないわよ?
そもそも女性の継承権は優先度が低いし、継承権を持つ者が女性だ

332
けになるなんてめったにないし﹂
暗殺を考えないわけでは無いが、流石にランベルト家の血縁を皆殺
しにするのは現実的ではない。
継承権を持つ人物を女性だけにするのも難しそうだ。
﹁エブラムの場合、継承権はどうなるの?﹂
﹁病気療養中の大叔父様が第一継承権を持っているのだけど、健康
上の問題から辞退するつもりだと聞いているわ。その次がランベル
ト家の党首で、その次が血縁の私。でも、私は姪という扱いだけど、
正式に養子として認められると、私が継承権第一位に⋮⋮正確には、
私の夫となる人が継承権を持つことになるの﹂
⋮⋮ならば、可能性はあるかもしれない。
条件を細かく確認しよう。
﹁継承権第一位の女性が独身の場合は?﹂
﹁暫定的にその女性に爵位が継承されるわ。
ただ、中央から配偶者が勝手に送り込まれてくる可能性もあるわね。
一度結婚したら、教会の教えも強いから⋮⋮配偶者が死んだ後に、
幼い第一継承者が成人するまでの間、爵位を持っていた例ならそれ
なりにあるかしら。
とはいえ、今まで結婚なんて考えたことなんかなかったのに⋮⋮﹂
情報を処理し、確認をしている間は作業に没頭し、一時的に暗い気
分を忘れることができるようだ。
オリヴィーはこの辺、頭が良いというか、単純というか⋮⋮口に出
すと怒るから言わないでおこう。
﹁なるほど。結婚してしまえば、君は狙われることはなくなるんだ
ね。
⋮⋮ちなみに、離婚した場合の継承権は?﹂
離婚という単語を聞いてオリヴィーの表情が曇る。
川の女神の信徒でもあるオリヴィーは、まぁあまり離婚に対して好
意的ではないだろう。

333
﹁貴族の離婚は、まずできないと思ったほうがいいのよ。
個人の都合よりも、家同士のつながりのほうが重要なことも多いし、
離婚するのは家名に泥を塗るような行為だから。
⋮⋮だからこそ、貴族たちって愛人を何人も囲ったりするのよね、
男女問わず﹂
あ、違う方向で地雷踏んだ。
そういえば、エブラム伯の愛人の子であるオリヴィーにとっては色
々と悩ましい話題なのだっけ。
﹁ごめん。⋮⋮気分悪くしたなら謝る﹂
﹁エリオットが謝る必要ないわよ。私はそれでもお父様も、死んで
しまったお母様のことも好きだし﹂
⋮⋮予想外に、オリヴィーはやわらかい微笑を見せてくれた。
もう、このことは彼女の中では整理ができた問題なのだろう。
﹁でも、あなたも女性関係では絶対問題起こしそうよね⋮⋮いえ、
もう起きてると言うべきなのかしら?﹂
﹁え、それはちょっと、なんで僕に矛先が向くんだよ﹂
﹁そうです、そこでマスターを責めるのは筋違いです。
マスターは、ご自分で魔物に堕とした女は平等に抱いてくれていま
す﹂
﹁⋮⋮あの、ダリア。そうじゃなくって⋮⋮﹂
﹁あー⋮⋮うん、ごめんエリオット。なんか、話題がずれちゃった
わね﹂
しれっとした顔でとんでもないフォローをしてくれたダリアが、気
のせいか小さく舌を出して笑ったような気がした。
オリヴィーと僕はまた気まずそうな顔を見合わせ、数秒してから同
時に吹きだした。
笑いが止まらなくて、しばらくの間会議は中断した。

334
◆◆◆
﹁はあ、ひどい目にあった。腹筋が痛い﹂
﹁あ、あなたが妙なこと言うから悪いんじゃない⋮⋮もぅ﹂
ダリアの持ってきてくれた、よく冷えた水で喉を潤すと、話し合い
を再開する。
﹁さっきの話の続きだけど⋮⋮未亡人になった場合は、どうなるん
だい?﹂
オリヴィーの目が一瞬険しくなって、少し考え込んでから返答が返
ってくる。
﹁もし、子供が生まれていなければ、継承権はそのまま私に残るわ。
世継ぎが生まれない限り、この国においては姻戚の関係は残らない。
子供が生まれていた場合、その子に継承権が移るわ。
さっきも言ったように、継承者が小さい場合はその子が育つまでの
間、母親が爵位を一時的に継承することも⋮⋮って、もしかしてそ
んなこと考えてるの!?﹂
僕の考えを理解したのだろう。
立ち上がって、僕を睨み付ける。
そうだ、その怒りは正しい。そして、正しい故に、君は苦しんでい
る。
﹁ランベルト家の男達は、君に対して何をした?
これは戦いだろう。実際、少し運命が傾いたら君はあの坑道の中で
死んでいた﹂
僕が突きつける事実に、オリヴィーの動きが止まる。
﹁おそらく、人としては君が正しい。
ただ、貴族として正しいのかどうかは僕は知らないし、僕は人間で
はない立場から君に話をしている。
そして、君は今部下達と共に僕の捕虜になっていることを思い出し

335
て欲しい。
⋮⋮その上で、オリヴィー﹂
立ち上がって、一歩近づく。
オリヴィーが、息を呑んで一歩後ずさる。
その表情は、悔恨と、期待と、諦めと、決意が入り混じる複雑なも
のだ。
あぁ。
その顔を悲しみに歪ませたい。その顔を笑顔に変えて守りたい。
僕の中の欲望も、まとまりきっていない。
僕はまだ悪党にもなりきれず、善人には戻れない。
ならば、踏み出すしかない。
もう、戻れないところまで。
﹁僕と組め。
人間を裏切って、僕のものになれ。
君の守りたい物を守らせてやる。
君の命を救い、エブラムの平和を保たせるために⋮⋮
魔物である僕と、契約すると言うんだ﹂
数秒間の沈黙。
オリヴィーは、困惑するように聞き返す。
﹁⋮⋮エリオット。
私を、支配するの?
魔物にして、あなたのモノにする⋮⋮の⋮⋮?﹂
一瞬だけ、その表情に見えたそれは、僕が見たかった姿で⋮⋮一番、
見たくはなかったものだった。
﹁オリヴィー、それ以上言うな!

336
君には⋮⋮君にだけは、それは許さない﹂
叫んだ。
我慢できずに、叫んでしまった。
オリヴィーの顔に一瞬だけ浮かんだのは、安堵。
支配され、決断することを放棄できることへの、逃避への憧れ。
オリヴィーが唇を噛み、立ち尽くす。
僕が激昂した理由がわからないのか、ダリアが怪訝な顔で立ち尽く
す。
あぁ、そうだ。僕は、オリヴィーを特別扱いしている。
﹁⋮⋮だって、どうしようも⋮⋮
どうして、私が⋮⋮﹂
捨てられた子供のように、オリヴィーの瞳に涙が浮かぶ。
泣かせてしまった。
泣いている姿を見るのは、子供のときの、お別れ以来だ。
﹁⋮⋮僕が、嫌だからだ。
君が、オリヴィーが、決断を投げ捨てて、僕に全てを委ねてしまう
のが。
僕が好きなオリヴィーが、僕のたった一人の友達が、ただの人形に
なってしまうのは⋮⋮嫌だ﹂
本当に、自分の子供さ加減が嫌になる。
ダリアも、シロも、サラも、全て僕の都合で魔物に堕としたくせに。
オリヴィーには、僕の都合で堕とすことは変わりないのに、自由を
奪われる自由すら与えられない。
あぁ、わかっている。
オリヴィーが僕に甘えようとして、僕はそれを拒絶したのに。

337
僕は、きっと彼女に甘えているんだ。
﹁⋮⋮わがまま、なんだから⋮⋮。
昔っから、そう。いつもやさしいのに、こういうときだけ頑固で⋮
⋮﹂
しばらく嗚咽が続いた後、顔を上げた彼女は、少しだけ眼を赤くし
ていた。
﹁わかったわ、わかったわよ!﹂
小さく叫ぶと僕に向かって一歩踏み出す。
﹁これは、取引よ。
私は、あなたのモノになる。
心も、体も、あなたに捧げるわ。
でも、その代わりに、色々請求するわよ!
あなたが甘えさせてくれないなら、私だって、ガマンなんてしない
んだから!﹂
ふと、昔のことを思い出す。
何度となく繰り返した、小さな原因の口げんか。
どっちもごめんなさいといえなくて、でも、遊べないのは寂しくて、
お互いに何か条件をつけては、仲直りするきっかけを探していた。
﹁ああ、それでいい。
それくらいじゃないと、張り合いがないし⋮⋮君には、色々と働い
て欲しいこともある。
エブラムの安定には、色々と協力しよう。
オリヴィーがやるべきでは無い汚れ仕事は、魔物である僕が引き受
けよう、
エブラムの昼間は、全て君にやる。
だから⋮⋮僕は、あの町の夜をもらう。そして、君の全てを。﹂

338
一歩近づき、オリヴィーの手を取り、引き寄せる。
抵抗はなく、僕の腕の中に、オリヴィーの体がすっぽりとおさまる。
﹁なんだか、変な気分。
⋮⋮私、エリオットに、女にされちゃうんだよね?﹂
﹁⋮⋮あの時から、決めていたんだ。
きっと、君を僕のものにするって。
魔族ではなく、魔族である僕のために。
世界を裏切って⋮⋮僕のものになれ﹂
密約の夜:初夜︵☆︶
﹁⋮⋮なんだか、緊張するね﹂
ベッドに腰掛けたオリヴィーが、僕のほうを見ないままつぶやく。
僕自身も女を知らなかった頃のように、どうすればいいのかわから
ない気分だ。
オリヴィーが僕のものになることを受け入れて、今からその体を⋮
⋮処女を奪い、僕の証を刻み込むのだ。
さっきダリアに何度も注ぎ込み、落ち着いたはずのペニスが興奮に
いきり立っている。
﹁わ⋮⋮男の人の、その⋮⋮ものって、そんなになるんだ⋮⋮﹂
ちら、と見て顔を赤くするオリヴィー。
﹁ふ、普通だぞ?
別に、魔族の血が流れているからって、そんなに普通の人と変わる

339
とは思えないし﹂
大きさだけならオークリーダーなどの体の大きいモンスターには当
然のように負ける。
自分のペニスが人と比べて大きいのか小さいのか、同年代の男友達
が居なかった身としては実際のところよくわからない。
そんな会話をしていると、オリヴィーの肩が小刻みに震えているこ
とに気が付いた。
それはそうだ、彼女は何も経験がないのだから、何もわからないこ
とへの恐怖はあるだろう。
﹁⋮⋮あの、さ。神殿の女性騎士達の間では、そういう話題はなか
ったの?﹂
﹁ばっ、バカ、そんなこと今⋮⋮その、うー⋮⋮
耳年魔のルームメイトから、そんな話を聞いたこともあったけど、
そんな状態のおちんちんなんて見るのも触るのもはじめてよ!﹂
隣に座った僕に抗議するように、隣に据わった僕の肩をぽこぽこと
軽く叩く。
手を取り、ぐっと引き寄せる。
オリヴィアの上半身が泳ぎ、僕の胸元に引き寄せられる。
心臓が早鐘のように鳴る。
えっ、と驚いた顔のオリヴィーの頤を軽くつかむ。
慌てた表情のオリヴィアは、それでも、覚悟を決めたように瞳を閉
じる。
唇を奪う。
薄く閉じた唇同士を合わせるだけの、軽い接触のまま一呼吸が終わ
る。
震えていたオリヴィーの体が脱力し、こちらに体を預けてくる。
舌を伸ばし、唇を割って口腔内に侵入する。

340
オリヴィーは突然の侵入に驚いたようだが、僕の舌に噛み付くよう
なことはなく、おずおずと口を開き侵入を許す。
歯並びの良い歯を軽く舐め、奥に隠れていたオリヴィーの舌を誘う
ようにつつくと、探るように、ゆっくりと舌が絡んでくる。
強く吸い、僕の口の中にオリヴィーの舌を引っ張り込む。
帰す刀で、さらなる口の奥に届くように口腔内を舐め回す。
口の中にたまった唾液を、オリヴィーの口に流し込む。
口を離すこともなく、ためらうこともなく、オリヴィーは唾液を嚥
下する。
﹁⋮⋮初めて、なんだっけ。
初めては痛いって言うから、これを飲んで﹂
長めの接吻を終えて、体を離す。
オリヴィーは体の力が抜けたようで、ベッドに仰向けに倒れこんで
いる。
呼吸が乱れて、少し小ぶりながらも形のいい乳房が上下に揺れる。
今まで、処女を抱いた事はサラ以外に経験がない。
そのサラに関しては、媚薬やら策略やらで散々焦らしてから犯した
ので、正直まともな経験とはいえない。
⋮⋮なので、自分だけで、何も使わずに、初体験のオリヴィーを気
持ちよくすることができるかは正直言って疑問だった。
だから、少しくらいは慣れた手段の手助けを借りることにした。
﹁それは⋮⋮?﹂
僕の手の中にある、小さな丸薬を見つめる。
﹁媚薬。気持ちよくなるための薬だね。
ただ、さっきディアナに使った奴よりは、ずいぶんとおとなしいよ。
ほら、初めては痛いって言うし⋮⋮﹂
もたもたと上半身を起こし、オリヴィーは上目遣いに僕の事を見る。

341
﹁それは、命令?
それとも⋮⋮私のことを気遣ってくれたの?﹂
ほんの少し、媚びの含まれた言葉。
﹁両方。
いやだって言ったら、みんなで押さえつけてひん剥いてから、無理
やり気持ちよくする﹂
﹁ん⋮⋮わかった。私、エリオットのものになるんだもんね。
命令には⋮⋮従わなきゃ⋮⋮ね﹂
目を閉じて、口を小さく開く。
僕はまず丸薬を自分の口に入れて噛み砕くと、ワインを口に含み、
オリヴィーに口移しで飲ませる。
こくん、こくんと喉が鳴り、丸薬を飲み込んだことがわかる。
これで、しばらくすれば効果が出てくるはずだ。
﹁オリヴィー。
僕の女になった以上、君は僕に抱かれ、僕を喜ばせることを覚えな
きゃいけない。
さっき、ダリアがやっていた事は覚えてる?﹂
その言葉に、再びオリヴィーが顔を赤らめる。
サラと同じか、それ以上に羞恥心が強いみたいだ。
まぁ、育ちのよさ⋮⋮なのかもしれない。
﹁あ、あの⋮⋮殿方の、それを⋮⋮口でする、のよ、ね⋮⋮﹂
恐る恐る聞いてくる。
まだ、その声の裏には情欲の響きはなく、純粋に戸惑っているのが
わかる。
﹁そう。僕のペニスを、咥えて、舐めて、僕が気持ちよくなるとこ
ろを探すんだ。
まずは、触ってごらん?﹂
手を取って、自分のペニスに触らせる。
﹁あつ⋮⋮こんなに、熱いの﹂

342
一瞬びくりとして手を引こうとするが、僕が手を押さえているので
逃げられない。
オナニー
﹁軽く握って、上下にさすって⋮⋮オリヴィーは、自分で慰めた経
験はあるの?﹂
悪戯っぽく聞くと、再び茹蛸みたいになってしまう。
﹁これは命令だよ、オリヴィー。答えて﹂
﹁⋮⋮あのね、話に聞いた事はあったから、知識としては知ってい
たんだけど⋮⋮﹂
いたずらがばれた子供のように、両手の指を胸の前で組み合わせた
り、もじもじとつついたりする。
とりあえず、手を押さえたままだけど、このくらいは自由にする。
この反応を見る限り、まったく経験がないわけではない⋮⋮はず、
だ。
﹁知っていたんだけど?﹂
﹁⋮⋮自分で、下着越しに少しだけ触ったことがあったんだけど、
なんだか、刺激がすごくて、怖くて⋮⋮﹂
どうやら、快感に触れておびえてしまったらしい。
可愛い話だけど、僕のために、もっと淫らになってもらわないとい
けない。
﹁そうなの? その割には⋮⋮あ、そうそう。
攻略を始める前、このペンダントを拾ってから、多分野営地に戻っ
て、仮眠を取ったよね?﹂
オリヴィーが、何のことだろうとこちらに顔を向ける。
その胸には、僕が頼んで、宿で拾ってもらったペンダントが輝いて
いる。
両手を再びつかんで、ペニスを握らせる。とりあえず、慣れさせる
ことが大事だ。
﹁⋮⋮え、なんで移動経路が知られてるの!?﹂
﹁あのペンダントは、僕がつくった魔法の道具でね。ペンダントの
位置を確認できるようにしてあるんだ。

343
だから、オリヴィーがアラクネに襲われているときも、どこで襲わ
れているかがすぐにわかった﹂
もちろん、距離が開けばその分正確な場所はわかりにくくなるが、
大まかな方角と距離は予想できる。
このダンジョンくらい近くに居れば、かなりの精度で場所が確認で
きるのだ。そして⋮⋮
﹁⋮⋮仮眠中に、このペンダントをにぎって、切なそうに僕の名前
を何度か呼んでいたのは何だったの?﹂
声も、少しだけ聞こえるようにしていたのだ。
ただし、それは近くに居るときの話。本当は野営地まで離れてしま
うと何も聞こえない。
ちょっと引っ掛けてみたい、あるいはからかいたくなったのだ。
﹁えっ、あっ、あのっ、その、あ、あれは、あれは⋮⋮き、聞こえ
てたのぉ!?﹂
見事に引っかかり、真っ赤になってわたわたするオリヴィー⋮⋮あ、
痛い痛い。
軽くパニックを起こしかけたオリヴィーがペニスを思いきり握った
のだ。
﹁痛い痛い、そんな強く握らないで、折れちゃうよ!﹂
﹁あ、ご、ごめんなさい⋮⋮﹂
ぱっと手を離し、ペニスから手が離れる。
今まで僕の性器を握っていた手を、じっと見つめている。
まぁ、先走りの液体が少し指に付着しているのは、指摘しなくても
わかるだろう。
﹁⋮⋮オリヴィー、その指についている液体を舐めるんだ﹂
﹁!﹂
一瞬で動きが凍りつく。
﹁これは、命令だよ?﹂
﹁⋮⋮命令、なの?﹂

344
﹁あぁ、命令だ。だから、君はどうしようか決断する必要は無いん
だ。これに関しては、ね﹂
指先を見て、僕の顔を見て、それを何度か繰り返して。
もじもじとしながら、オリヴィーは指を持ち上げ、口に含んだ。
﹁⋮⋮なんか、変な味⋮⋮﹂
なんとも言いがたい顔で僕に報告する。子犬みたいで可愛い。
オリヴィーの頭に手をのせ、かるくくしゃくしゃとなでる。
﹁⋮⋮オリヴィーはいい子だね。可愛いよ﹂
返答に困ったようで、顔を赤らめてうつむいてしまう。
﹁でも⋮⋮さっき僕に嘘をついた罰だ。
今、ここで⋮⋮僕にオナニーしているところを見せてもらうよ﹂
◆◆◆
﹁⋮⋮あっ、これ、これ⋮⋮なんだか、熱くて、怖くて⋮⋮﹂
ベッドの上で、オリヴィーが体をくの字にして寝転がっている。
両手はスカートの上から股間に覆いかぶさるように置かれ、太もも
で挟み込むような形だ。
両手の自由度はほとんどないようだけれど、股間を布地越しにゆっ
くり刺激している。
いじっているというよりは押しているだけにも見えるけれど、それ
でも初心な体には刺激が強いのかもしれない。
とはいえ、僕は実のところ女性のオナニーがどういうものかろくに
知らない。
今度みんなに聞いてみようか⋮⋮いや、すごく嫌な顔をされる気が
する。
僕はその横で、ベッドに腰掛けた状態でその姿を眺めている。
やっぱり恥ずかしいのか、オリヴィーは僕に背中を向ける形だ。
自分でもやり方がよくわかっていないのか、オリヴィーはぎゅっと

345
目を閉じている。
見ているとひたすらにじれったいけれど、時折背中がぴくんと動く
ところを見ると、僕の命令を忠実に守って、ほぼ初めてのオナニー
に挑戦しているということなのだろう。
⋮⋮これは、主人になる立場としては色々と教え込んであげるべき
だろうか。
﹁ねえ、オリヴィー。あの時、なんで僕の名前を呼んでいたの?﹂
﹁⋮⋮!﹂
突然、というほどでもないのだけれど、急に言葉をかけた瞬間、オ
リヴィーは枕に顔を埋めてしまった。
﹁⋮⋮その反応は、自分でもわかっているんだよね?
僕に嘘をつくのはダメだよ?
心も体も僕のものになるって言ったのは、オリヴィー、君なんだか
ら﹂
枕から顔を少しだけ上げて、上目遣いに僕の目を見る。
﹁⋮⋮い、いじわる⋮⋮﹂
﹁当たり前だろう?
僕は邪悪なダンジョンマスターで、君はそのダンジョンマスターと
契約したんだよ?﹂
﹁うう⋮⋮もぅ⋮⋮﹂
ようやく諦めたのか、オリヴィーがぼそぼそと言葉を紡ぎだす。
﹁あの、ね⋮⋮途中、あの村で会いにきてくれたでしょ?
あの時、再会できたのが嬉しくて、泣いてるところを見られて⋮⋮
その、キ、キスされて⋮⋮
エリオットは戦う人じゃないけど、ペンダントの話を聞いて、
守ってもらえるような気分になって⋮⋮実際に守ってもらえるなん
て、あの時は考えてなかったけど、それが、嬉しくて。
もう一度、会いたいなって⋮⋮気が付いたら、その⋮⋮﹂
﹁休憩中で、他の騎士や兵士が近くにいるって言うのに、オナニー
しちゃったんだ?﹂

346
﹁い、言わないでよっ⋮⋮そ、その時はこんなにはならなかったも
ん﹂
オリヴィー、墓穴を掘ったな。
﹁へぇ、そうなんだ。
⋮⋮その時とは違うということは、今はどうなっているのかな?﹂
背中を軽くなでると、びくんと過敏な反応が返ってくる。
﹁あ、あの⋮⋮﹂
慌てるオリヴィーを尻目に、体の向きを直し、ちょっと小さなお尻
を両手でつかむ。
留め紐を解き、スカートを脱がせる。
横向きになっていたオリヴィーの体が仰向けにされ、両足が天井に
向けて伸びる。
スカートを脱がせると、貴族としての最低限の身だしなみなのか、
レースで控えめに飾られた絹のショーツが姿を見せる。
股間の部分が、濡れて色が変わっていた。
﹁⋮⋮濡れてる﹂
﹁⋮⋮馬鹿ぁ﹂
両手で顔を覆い、オリヴィーは泣きそうな声を出す。
その両手が、自らの愛液でしっとりと湿っている事は、本人だって
自覚していることだろう。
﹁いいんだよ、オリヴィー。これは自然なことだし、さっきの媚薬
の影響もある。
いやらしい
君が他人より一際淫乱だっていう証拠にはならないさ。
それに⋮⋮これから、僕のためにもっと淫乱になってもらうんだか
ら﹂
﹁もっと⋮⋮怖い、けど⋮⋮私。どうなっちゃうの⋮⋮?﹂
今、オリヴィーの頭の中には羞恥心と好奇心が混在しているようだ。
心の中に強く仕掛けられている、常識と良識の枷を外してやれば、

347
素直に快感に身をゆだねてくれるかもしれない。
やるならば、今だ。
密約の夜:快楽の犠牲者達︵☆︶
﹁どうなるも、こうなるもないよ。
僕の命令するままに、素直に気持ちよくなって、僕好みの女になる
んだ。
心も体も僕にささげるって言うのは、そういうことだろう?
これからは、オナニーする時は必ず僕の名前を呼ぶこと。
僕が居るところでは、僕に聞こえるように言わないとおしおきだよ?
⋮⋮だから、気持ちよいことを受け入れて﹂
濡れてしまったショーツを脱がせる。
せめてもの守りを固めるように、太ももをすり合わせるようにして
股間を隠すが、それはもう条件反射でしかないだろう。
僕は持ち上げていたオリヴィーの脚を離し、左手で顔を覆っている
両手をつかみ、頭の上に押さえつける。
右手であごをつまみ、顔を持ち上げる。

348
オリヴィーは瞳を閉じて、薄く唇を開け、口付けを待つ。
口付けと共に、右手を股間に伸ばし、少し乱暴に揉み解す。
驚きに目を見開くも、口はふさがれたまま。もごもごと何か言おう
とするが、全てその言葉は僕に飲み込まれる。
僕の体の下で、オリヴィーの体が震える。
腕から力が抜けたことを確認すると、拘束していた両手を開放する。
オリヴィーの両手が動き、僕にしがみつく。少し動きにくい。
そもそもオリヴィーは性行為が初めてなのだから、どうすれば上手
く抱かれることができるかなど知るわけもない。
実のところ僕も、そもそも相手が積極的な場合と、強引に拘束して
犯すか、相手がほぼ身動きが取れない場合でしか女を抱いたことが
ない。
処女のオリヴィーを、どうやったら優しく抱くことができるのかな
んて、実はわからないのだ。
それなりに長い時間、口づけをして絡み合ったままオリヴィーの陰
部を刺激し続ける。
まだ、中に指は入れていないが、愛液が豊富に分泌され、だんだん
と入り口がやわらかくなってきた。
そろそろ、次に進もうか。
﹁ぷは。⋮⋮オリヴィー、ずいぶん濡れてるね﹂
﹁うん⋮⋮なんだか、むずむずして、ちょっと怖い⋮⋮。
そこ⋮⋮に、エリオットの⋮⋮が、入る、んだよね⋮⋮?﹂
﹁そう。
君が大事にしていた純潔は、僕が奪う。
でも、まだ初めてだと痛いって聞くし⋮⋮オリヴィーは僕のものに
なったんだから、

349
僕に奉仕してもらうことも覚えないとね。
⋮⋮口で、してもらうよ。まずは、ちょっと強引にさせてもらうね﹂
股間から手を離し、ベッドの上に体を起こす。
なんというか、このわずかな隙間時間がなんとも間抜けな気分にな
るのだが、オリヴィーはそんなことが気にできるほど余裕がないよ
うだ。
ベッドの脇に立ち、いきり立ったペニスをオリヴィーの顔の前に突
きつける。
もちろん、大まかにこうなるようにベッドの高さは調節してある。
﹁四つんばいになって、頭を僕のほうに向けて⋮⋮そう﹂
﹁こう⋮⋮ひっ? え、えと⋮⋮近くで見ると、なんだか、ちょっ
と怖いね、これ⋮⋮
小さい頃は、もっと可愛い形だったような⋮⋮﹂
素直に四つんばいになって、ちょうど顔の目の前にペニスを突きつ
けられた状態のオリヴィーが戸惑う。
﹁小さい頃とは違うってば。それをいったら、オリヴィーだって昔
はおっぱいもぺったんこだったし、毛も生えてなかっただろ?﹂
﹁そ、それはそうだけど⋮⋮エリオットのところの女の人、おっぱ
いが大きい人多いな、って﹂
オリヴィーの胸は、乳首が少し上を向いたおわん形で、大きさ的に
は世間の平均か少し控えめくらいなのではないだろうか。
多分、ダリアと大して変わらない気がする。
⋮⋮アスタルテとシロは背丈は違えど胸は大きく、サラは逆に背が
高めで胸は控えめだ。
サラもそうだけど、やはりおっぱいの大きさは女性としては気にな
るものなのだろうか。
﹁どんな形でも、あまり気にした事は無いな⋮⋮気にするのは、そ
の胸でどれだけ僕を気持ちよくしてくれるかと、僕に気持ちよくさ
せられることができるか、だね。

350
さて⋮⋮じゃぁ、オリヴィー。僕のペニスを、その口で舐めて、く
わえて、気持ちよくしてもらえるかな?
初めのうちは、やり方もわからないだろうから⋮⋮僕のほうから、
少し強引に行くよ﹂
やわらかいオリヴィーの髪の毛をくしゃっとなでると、両手で頭を
つかむ。
﹁口をあけて。歯を立てないでね﹂
観念したかのように目を閉じ、口を小さくあける。
オリヴィーの小さな口の中に、ペニスの先端を付きこむ。
戸惑ったまま、目を白黒させながらも、オリヴィーはやり方も何も
わからないなりに、僕を気持ちよくしようと舌を動かしてくる。
ゆっくりと、ペニスを出したり入れたりする。
オリヴィーの整った顔に、小さな口に僕のペニスが出入りして、時
折表情が苦しげに歪む。
呼吸が上手くできないようで、鼻息がすこし荒くなっているのがわ
かる。
しばらくの間、喉の奥にひっかかってはえずきそうになったり、抜
き出されそうになっては慌てて咥えなおしたり、試行錯誤を繰り返
していたが、ようやくペースを理解したようだ。
頭を固定していた両手を離し、耳やほほを愛撫する。
ようやく余裕ができたのか、オリヴィーが上目遣いで僕の反応をう
かがうことができるようになった。
じゅぷじゅぷと、オリヴィーの小さな口から涎が分泌され、ペニス
を十分にぬらす。
あぁ。
オリヴィーが僕の前に膝をついて、僕のペニスに奉仕をしている。
僕を気持ちよくするために、考え、ためし、僕に媚びた視線を送っ
ている。
そうだ。

351
僕は君を愛したかった。
むちゃくちゃに汚して、支配したかった。
それは何も、矛盾することでは無いんだな、と唐突に理解した。
﹁オリヴィー、そうだ、上手だよ﹂
なでてあげると、表情が少しだけ蕩け、ペニスを咥えたまま微笑む。
ぺちゃぺちゃと、子猫がミルクを舐めるような音を立てて、オリヴ
ィーがペニスを舐める。
既に咥えるだけの状態からは卒業し、鈴口を舌先でつつき、側面を
軽く咥え、袋に舌を伸ばす。
先端部を口に含んだところで、腰を突き出し、深く差し入れる。
﹁だすよっ、君の口の中に、射精するからっ﹂
びくん、と腰が跳ねる。
ドプドプっと、大量の精液がオリヴィアの口の中に放出される。
精液を嚥下しようとして、何度かのどが動く。
ただ、あまりに射精の量が多かったのか、一部が唇とペニスの隙間
から漏れ出してしまう。
﹁えほっ、ケホ、ん⋮⋮﹂
耐え切れずにペニスを吐き出し、オリヴィーがむせて、大きく呼吸
をしなおす。
まだ勢いを失っていないペニスと、僕の下腹部にもたれかかるよう
に頭を寄せて、恨めしそうにつぶやく。
﹁⋮⋮こんないっぱい出るなんて、聞いてない⋮⋮全部、飲んであ
げたかったのに⋮⋮。
それに、変な味だし、ねばねばしていて飲み込むの辛いし⋮⋮﹂
指先でペニスをもてあそびながら、そんな文句を言ってくる。
﹁そのうち、平気になるって言う話だよ。僕自身は自分のを飲んだ
ことは無いからわからないけどね。
⋮⋮オリヴィー。そろそろ、いいかな?﹂
何をかは、言わなくてもわかるだろう。
オリヴィーは一瞬体を硬くするが、答える代わりに僕のペニスに残

352
った精液を舐め取り始めた。
﹁今から、君を犯す。
処女を奪って、完全に僕の女にする。
これはもう決めたことだ。だけど、君の口からしっかりと聞きたい。
僕に女にして欲しいと、僕に犯して、処女を奪って欲しいと言うん
だ﹂
ペニスを清め終わると、オリヴィーは少しだけ体を離し、ベッドに
座ったまま僕に向き直る。
僕も膝立ちの状態から腰を下ろし、視線を正面から受け止める。
﹁エリオット⋮⋮。
わたしは、ブレア家の一子にして川の女神の聖堂騎士であるオリヴ
ィアは。
これから先の人生、あなたのために生きる。
⋮⋮その、まだ女としての技術は未熟だけれど、いっぱい勉強する
から⋮⋮あなたが淫らになれといえば、もっと淫らになるから。
私を犯して、私を奪って。私があなたの女だと、この体に刻み込ん
で欲しい。
⋮⋮好き。あなたのことが、大好きだから。ずっと、好きだったか
ら。
むちゃくちゃに犯して⋮⋮あなたのモノにしてください﹂
オリヴィーの肩を押し、仰向けに寝かせる。
﹁両足を開いて、自分で、尻のお肉を開いて見せて。
ぐちゃぐちゃになって、僕を受け入れる準備ができたかどうか確認
してあげる﹂
﹁なっ⋮⋮じ、自分でって⋮⋮うぅ、エリオットのいじわる⋮⋮﹂
そんなことを言いながらも、僕の言葉に従うオリヴィー。
両足をMの字状に開き、尻肉を自らの手で引っ張り、股間を開く。
顔を近づけて観察すると、そこは既に愛液に濡れ、かすかに湯気を
立てている。

353
⋮⋮そのまま、包皮に包まれた小さな芽にキスをする。
﹁ひあぁっ!?﹂
反応は敏感だった。
オリヴィーが脚を閉じる前に頭をもぐりこませ、執拗にキスの嵐を
降り注がせる。
それに応じて、お尻に両手を回し、臀部を抱え込むような形でホー
ルドする。
自分の尻をつかんでいたはずのオリヴィーの両手は既に初期配置を
離れ、僕の頭を引き剥がそうとするように、時に顔をさらに押し付
けるように動き回る。
もちろん、外すわけもない。
舌を、唇を、時には鼻の頭を使って、オリヴィアの陰部と、包皮に
包まれたクリトリスを責める。
実時間にして、5分ほどだろうか。
延々と責め続けると、腰の跳ね方が変わり、オリヴィアの口から嬌
声とも唸り声とも付かない声が流れてきた。
﹁う、うばぁあ嗚呼、ああ、あああ、いぐ、いぐぅぅぅうう!?
やめで、やべてぇ⋮⋮もう、おかしぐなっちゃう⋮⋮!?﹂
顔を上げ、股間からおなかの少しだけ膨らんだ曲線を見越し、二つ
の胸のふくらみを越えた向こうに見えるオリヴィーの顔を見据える。
オリヴィーが涙を浮かべて、こちらに目線を合わせる。
小さくうなづくと、体を持ち上げて腰を動かし、今まで散々嘗め尽
くしたオリヴィアの秘唇にペニスをあてがう。
先端部はペニスを押し当てると、襞を少し開いて受け入れ準備が整
ったことを知らせる。
﹁この痛みは、僕が与えたものだ。君の処女は、僕が奪ったものだ。
決して忘れるんじゃない、オリヴィー。君が身も心も、魂も処女を
捧げるのは、この僕だ﹂

354
告げると同時に、一気にペニスを突きこむ。
何かに引っかかるような感触があり⋮⋮たいした抵抗もなく突き破
る。
騎士として訓練を受けていたのだ、ある程度は擦り切れかかってい
たのだろう。
とはいえ、痛みは痛み、激痛があるに違いない。
﹁⋮⋮っ!﹂
ぎゅっと目をつぶり、頭を振って痛みに耐えるオリヴィア。
媚薬を使っているとはいえ、見ていても痛々しい。
﹁一回、抜こうか?﹂
﹁やあ、ぬいちゃやだ!﹂
瞳に涙を浮かべながら、オリヴィーはペニスを抜くことに抵抗する。
﹁痛いけど⋮⋮痛いけど、我慢する。
エリオットの女になれたんだもの。せめて、初めての時は最後まで
⋮⋮﹂
いじらしい言葉に、僕のペニスがさらに反応する。
﹁あっ⋮⋮なかで、大きく⋮⋮﹂
体を倒し、オリヴィーの体に密着させる。ごろりと横に回転して、
オリヴィーを僕の上に乗せる。
腰を跳ねさせ、下から突き上げる。
オリヴィーの小ぶりなお尻が見えないのが残念だが、これから何度
も抱く機会はある。
今はまず、オリヴィーの痛みをまぎらわせることだ。
﹁脚を開いて、僕の腰に巻きつけるようなイメージで﹂
素直に従うオリヴィー。
その次に、僕は上半身を起こし、ベッドに座ったような体制に移行
する。対面座位という奴だ。
こうすれば、オリヴィーはさらに僕に密着することができる。
先ほど、ダリアがこの体位で僕に抱かれていたのを見て、オリヴィ
ーが何かもやもやしていたのは見ていた。

355
だから、同じ体位で抱いてあげることにしたのだ。
﹁ほら、さっきのダリアと同じポーズだ﹂
﹁あ⋮⋮これなら、まだ、痛みも⋮⋮あっ?﹂
自らの体重で、より深くペニスを迎え入れることになる。
それでも、こちらから積極的に動くことをいったん止めていること
と、媚薬が効果を発揮してきていること。そして、僕と抱き合う形
で密着している安心感から、オリヴィーの中で痛みが快感に追い抜
かれたのがわかる。
﹁おまんこに集中して。今、どうなっている?
君の中で、僕はどうなっている?﹂
耳元で、小さくは無い声で囁く。もちろん、聞こえるように言わな
ければいけないからだ。
﹁あの⋮⋮エリオットのおちんちんが、すごく大きくなっておなか
に埋まってる⋮⋮
たまに、ぴくぴくって動いて、おなかが⋮⋮おまんこが震えちゃう
⋮⋮﹂
その言葉に呼応するように、オリヴィーの膣内が小さく蠕動する。
自分で発した隠語で、新たに興奮のスイッチが入ったのかもしれな
い。
﹁いいね、もっと淫らになるんだ。今みたいに腰を振って、気持ち
いいところを探すんだ。
いやらしいことをもっと口に出して。淫らな僕のメスだってことを
みんなに教えてあげるんだ﹂
﹁うん、わかった⋮⋮おちんちん、エリオットのおちんちんが⋮⋮
暴れてるの。
私のおまんこの中で、さっきまで処女で、エリオットに全部奪って
もらったおまんこの中で、
私、初めてなのに、まだ痛いのに、なんだかふわふわして、気持ち
がいいの、

356
いいのっ、きもちいいのっ、おちんちん、エリオットのおちんちん
がいいのおっ!﹂
最初はゆっくりと、次第に激しくオリヴィーの腰が踊り始める。
それを誘導するように、さらに激しくなるように合わせて腰を突き
上げる。
ベッドがぎしぎしと軋みを上げ、言葉を発せなくなったオリヴィー
のあえぎ声と、僕が発する息遣いだけが部屋に響く。
﹁オリヴィー﹂
﹁エリオット⋮⋮好き、好きぃ⋮⋮﹂
舌を絡ませ、両腕を背中に回し、必死にしがみついてくるオリヴィ
ー。
﹁君は、僕のものだ。でも、君を魔物にはしない﹂
舌を絡め、唇を吸う合間に、諭し、言い含めるように言葉を重ねる。
﹁⋮⋮なんで⋮⋮?
他の人みたいに、魔物にして⋮⋮支配して、くれないの⋮⋮?﹂
﹁君は、人間としてエブラムに戻るんだ。
そして、僕達もエブラムに行く。君は僕のためにエブラムでの便宜
を図り、立ち回る。
僕は君がエブラムを守れるように影で力を貸し、汚れ仕事を引き受
ける。
そうするんだ。これは⋮⋮僕の命令だ﹂
﹁⋮⋮うん、そうね。そう願っていたのは、私だものね﹂
﹁エブラムに戻っても、君は僕の女だ。僕が抱きたいときに抱くし、
犯したいときに犯す。いいね?﹂
﹁うん。好きなときに、好きなだけ犯して。エリオットになら、い
つだっていい⋮⋮﹂
抱き合って、セックスをしている最中にもこれから先の陰謀をたく
らむ。
僕とオリヴィーには、そんな関係が似合っているのかもしれない。

357
﹁きっと、君はいずれ政略結婚をすることになるだろう。
その時は、僕と髪と瞳の色が似た相手を選ぶんだ。
⋮⋮オリヴィーに、他の男の子供なんて産ませたくない﹂
﹁⋮⋮うん、わかった。私、あなたの子供を孕む。
あなたの子供を産むために、夫となる相手を裏切るのね⋮⋮﹂
﹁そうだ、君は身体は人間のままだけれど、心も、魂も魔族である
僕のものだ。
⋮⋮だから、罪は全部僕のものだ。君は、僕のものだから﹂
﹁やだ⋮⋮私にも、少しくらい背負わせてよ⋮⋮
あなたのために、私にも、罪を⋮⋮﹂
大きくオリヴィーの体が震える。
本当にオーガズムを迎えるわけでは無いだろうが、体が射精を待ち
かねているようだ。
﹁いくよっ、オリヴィー。今から、君の中に、僕の精液を注ぎこむ。
これから先、何度も、何度も注ぎ込む。他の女達同様に、君は僕に
抱かれるために生きる。いいね?﹂
こっちもそろそろ我慢の限界だ。
尻肉に力をこめて、射精欲求を押さえ込む。
﹁うん⋮⋮出して!満たして!
私に、あなたのしるしを⋮⋮むっ!?﹂
オリヴィーの後頭部をわしづかみにして、強引に唇を奪い、口をふ
さぐ。
腰が跳ねる。
視界が虹色にぼやける。
周囲の音が遠くなる。
⋮⋮オリヴィー。
対面座位で抱き合い、唇を重ねあったまま、お互いを強く捕まえる
ように⋮⋮僕は、オリヴィーの膣内に盛大に射精した。

358
お互いの腰が跳ね、腹部が打ちあわされるように接触を繰り返す。
精液がペニスから打ち出されるたびに、オリヴィーの唇が振るえ、
舌の動きが止まる。
何回も発射された精液が、ついに膣内からあふれ出す。
最後の一滴を膣内に搾り出したとき、オリヴィーはくったりと崩れ
落ちた。
意識を失ったオリヴィーを、ゆっくりとベッドに寝かせる。
ペニスを引き抜くと、泡立ち、膣口からあふれ出した白い精液と赤
い鮮血がシーツにマーブル模様を描いていた。
荒い息をつきながら、部屋の入り口の、少し上を見つめる。
そこには、僕が自分で設置した﹁目﹂がはめ込まれている。
そして、伝声管も、一つだけ開けっ放しにしてある。
﹁みんな、入ってきていいよ。本当はみんなの前で紹介する予定だ
ったけど⋮⋮
寝てしまったから、また後で⋮⋮しながら、自己紹介をしようか﹂
◆◆◆
オリヴィーが目を覚ましたのは、それから五分程度後のことだ。
﹁⋮⋮あ、私⋮⋮﹂
﹁オリヴィア様、お飲み物をどうぞ﹂
すかさず、ダリアが冷えた果実水を渡す。
﹁あ、ありがとう⋮⋮﹂
まだ意識が明確ではないのか、ぼんやりと答えるオリヴィー。
﹁あぁっ、奥、奥まできてますぅ!
今日は、ずっとお預けだったからぁ⋮⋮嬉しいですぅ!﹂
おそらく、今の一際大きな声がきっかけで、周囲の音が戻ってきた
ようだ。

359
﹁えっ⋮⋮今の声⋮⋮えっ? えっ!?﹂
同じ部屋の中で、今はオリヴィー以外にも全裸・半裸の女性が5名。
みんな一様に、欲情で瞳を光らせている。
﹁オリヴィー、紹介するよ。ダリアはもう知っているし、ディアナ
はさっき魔物にするところを見ているよね?﹂
﹁え、ええ。で、でもなんでみんな脱いでるの⋮⋮?﹂
頭では理解しているのだろうけれど、まだ理性が理解を拒んでいる
のだろう。
荒療治になるけれど、みんな僕の女なのだ。
そのところだけは、理解してもらおう。
﹁決まってるじゃないか。君の歓迎会、だよ。
全員、僕の女だ。オリヴィー、君ともこれから長い付き合いになる
から⋮⋮全て知ってもらっておくほうがいいと思ってね。
あぁ、さっきオリヴィーを抱いたところ。皆見てたから﹂
僕に犯されているシロ以外のメンバーが、交互に挨拶しながらオリ
ヴィーを取り囲む。
﹁えっと、これって⋮⋮エリオット、つまりこの状況って⋮⋮﹂
事情を理解して、オリヴィーは再び真っ赤にほほを染める。
﹁⋮⋮オリヴィー、やっと、君に手が届いた。
君はやっと、僕のものになった。
だから、君は今日からこの女達の姉妹であり、仲間であり、恋人で
もある﹂
⋮⋮わかっているくせに。
心の奥底では、不安と一緒に、少しの期待に胸をどきどきさせてい
るくせに。
シロの絶頂にあわせて、膣内に盛大に射精する。
流石に、何度も連続でするのは無理だけど、ここは少しいいところ
を見せないと。
床に崩れ落ちるシロをそのままにして、オリヴィーの前に歩み寄る。

360
左右にいたアスタルテとダリアの腰を抱き、僕は宣言する。
﹁あらためて、オリヴィー。歓迎するよ。
⋮⋮人食いダンジョンへ、ようこそ!﹂
終章:さらば、人食いダンジョン
空は快晴。
春が近くなったのがわかる陽気の、眠くなるような穏やかな朝。
二台に分けられた大型の荷馬車には、食料と、そこそこの量の家財
道具と商売道具。
そして、隠れるように潜む数匹の魔物たち。
これが、今の僕が持っている全て。
﹁エリオット! こっちは準備できたわよー?﹂
﹁ご主人さまぁ、エブラムに引っ越すって本当ですよね?﹂
もともとエブラムで暮らしていたサラとシロの声は、心なしか明る
い。
ワードッグ
人犬のシロは外見がやや変わってしまっているため、人目の多いと
ころを通るときにはフードや衣装で体の一部を隠す必要があるが、

361
そこまで行動を制限される程ではない。
シロは過去にそれなりに名の通った冒険者だった経歴がある上に、
チームは既に壊滅している。
以前の知り合いに出会うこともあるだろうが、そこはリスクとして
許容するしかない。
冒険者に戻る事はできないが、ダリアと同様に僕に対する依存が強
いので、僕のそばに置くのがいいだろう。
僕の個人的な護衛として、知覚能力と罠の取り扱いに優れたシロが
居てくれる事は力強い。
ダリアともども、エブラムに付いたら文字の読み書きをしっかりと
教えないといけないけれど。
サキュバス
女淫魔のサラはアスタルテ同様、羽と尻尾以外は人間とほとんど変
わらない外見のため、活動は容易だ。
赤烏の犯罪記録はまだ残っているだろうが、そこはオリヴィーにフ
ォローしてもらうことになった。
もともと、サラ自身はあの事件に積極的に加担したわけではない。
実行犯は既に死に、人食いダンジョンの捕らわれ人となって、そこ
から逃れて逃亡生活を送っていたところで遠征軍のピンチを救った、
という筋書きを持たせれば、罪を補って余りある功績になるだろう。
この功績を評価させ、サラをオリヴィーのお抱え魔術師としてエブ
ラム宮廷に忍び込ませるつもりだ。
もちろん、オリヴィーの護衛という意味合いと、魔道具の利用法に
詳しいサラをオリヴィーの近くに置いて連絡役にすることの両方の
目的があるのはいうまでもない。
辺境の宮廷とはいえ、伯爵家お抱えの宮廷魔術師だ。
サラは突然の出世に、喜ぶより前に驚き、慌て、途方にくれていた。
⋮⋮サラには後で宮廷に着て行ってもおかしくないような衣装を買

362
ってやらないと。
そんなことをぼんやり考えていた。
◆◆◆
僕とオリヴィー、そして僕の女達で相談して決めた筋書きはこうだ。
トラップ
遠征軍は人食いダンジョンの魔物の卑劣な罠にかかり、分断されて
危機を迎えた。
司令官オリヴィアはダンジョンマスターに捕らえられたが、ぎりぎ
りで脱出に成功し時間を稼ぐことに成功する。
ぼく
その時、偶然近くを通りがかったグランドル出身の行商人が、遠征
軍の攻略をきっかけとしてダンジョンから逃亡してきた流れ者の冒
サラ ショートカ
険者と出会い、彼が子供の頃に偶然見つけていた坑道の秘密の入り
ット
口を教える。
サラ
冒険者はダンジョンに侵入し、逃亡中の司令官オリヴィアと出会い、
アラク
協力して仲間を助け出し、人食いダンジョンの主である、蜘蛛の魔

人を打ち倒した⋮⋮まぁ、そんなところだ。
アラクネの首は、腐らないように塩漬けにされた。
蜘蛛の異形をむき出しにした顔は、紋章官だといっても誰にも信用
されないだろう。
彼女には、ダンジョンマスターの替え玉として役に立ってもらうこ
とにした。
水門都市エブラムに遠征軍が到着するまで、行きの行軍速度を考え
ると9日程度。
最初にアラクネの罠が発動して、遠征軍が一回総崩れになったとき
しらせ
に、坑道の外に残っていた後衛部隊からエブラムに向けて伝令が出
発しているようなので、おそらく遠征軍よりも3、4日早くエブラ

363
ムに﹁遠征軍壊滅か?﹂という知らせが届く。
遠征軍が帰ってくれば、それが誤報だと言う事はすぐにわかるのだ
タイミング
が、その隙間時間でないとできないこともあるだろう。
僕達は、その仕事をするために、遠征軍と同行せずに、こうして先
行して出発準備をしている。
⋮⋮この遠征を成功させて、オリヴィアは鉱山の採掘権を手に入れ
る。
襲撃で失われたはずの鉱山の図面や調査資料は、ダンジョンの改築
のため全て僕が保管していた。
ストーンゴーレムなどを使って半年以上の間手入れをしていたので、
管理もできている。
アラクネが爆破した部分の再構築さえすれば、鉱山として利用する
下準備は万全なのだ。
これを利用して開発を再開すれば、遠からずグランドルは再び鉱山
の村として息を吹き返すだろう。
世間の想定よりも早く、鉱山は鉄を市場へ流すことが可能になり、
利益を生み出すに違いない。
そしてその利益はエブラム伯の⋮⋮そして、オリヴィーの権力地盤
となる。
僕の実家でもある宿も、一応再開する事は可能だが⋮⋮それは、や
めておくことにした。
あの宿はブレア家⋮⋮オリヴィーとエブラム伯爵に売却し、鉱山開
発をする技術者達の拠点として使われることになる。
その代わりに、僕はエブラムの新市街に一軒店を持つことになる。
魔法道具商いの店だ。
辺境でたまに来てくれる傭兵達だけを相手にするよりは、はるかに
大きな商売を見込むことができるだろう。
人を雇うことも考えるが、まずはダリアに店の管理と経営のことを

364
覚えてもらわなければいけないだろう。
鉱山村の人食いダンジョンは、これで消えてなくなる。
僕のダンジョンマスターとしての経歴は、これでおしまい。
◆◆◆
﹁⋮⋮エリオット様、よろしいのですか?
貧しい魔力とはいえ、多少なりとも魔力を持つ土地ではありました。
それを失って、次はどうなさるのです?﹂
アスタルテは僕をどうしても魔界の権力者にしたいらしい。
とはいえ、あのダンジョンにこもっていても効率が悪いのは彼女だ
って理解はしている。
エブラムに出ることに真っ先に賛成したのは、実のところアスタル
テだ。
﹁色々と、魔力を得る方法はある⋮⋮というのを教えてくれたのは
君だよ?
このダンジョンは、守りには適していたけれど、稼ぐにはどうして
も無理があった。
それに、僕がやりたいことも、エブラムのほうが適している。
⋮⋮かりそめの身分として、高級娼婦になる気はある?﹂
一瞬考え込んだアスタルテは、こちらを見ると小さく頷いた。
﹁僕達はエブラムの貴族たちに近づくチャンスを得た。
エブラムにはオリヴィーが居て、僕らに便宜を図ってくれる。
もし、小さな娼館を経営して、そこに不思議な快楽を提供する高級
娼婦が居る、となったら⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮なるほど、そういう魔力の補充を考えているのですね。
確かに、理屈上は可能になるでしょう﹂
僕が魔物にした女を娼婦として、店で様々な客を取らせる。

365
魔物の女達は客からわずかな魔力を吸収し、それらの魔力は女達を
通じて僕のところに集約される。
最初は微々たる物かもしれない。
それでも、商売を拡大して、魔物の娼婦を増やしていけば、生贄で
一気に魔力を奪い取るよりも効率よく、長期的に魔力を稼ぐことが
できるのでは無いだろうか?
それに⋮⋮ゆっくりと、知られないうちに、僕の女達は客を魔物に
変えていくだろう。
それこそ、蜘蛛の巣が音もなく張り巡らされていくかのように。
﹁エリオット様。あなたを選んだ私の目に狂いはありませんでした。
アスタルテは、これからもあなた様のものであり続けますわ﹂
深々と、アスタルテは頭を垂れる。
⋮⋮優秀な教育係にして、今は亡き母の友人でもあり、僕を魔物の
世界に連れてきてくれた淫魔のアスタルテ。
この女が居てくれなければ、僕はとっくに死んでいた。
でも、この女は僕の父親によって魔物にされた、いわば父親の女だ。
いずれ、僕のものだという焼印を押して、本当の主人が誰なのか上
書きしなければいけない日が来るだろう。
それはまだ、今ではないけれど⋮⋮
﹁いつか、君を完全に屈服させて、心も体も、僕専用の魔物にする﹂
心の中で、そうつぶやく。
情報は秘めたまま、知られないのが一番の武器になる。
﹁⋮⋮マスター、準備が整いました﹂
振り向けば、ダリアが最後の荷物を運んできていた。
ダリアは一言も文句を言わなかったが、このダンジョンを離れるこ
とにもっとも抵抗があった事は間違いない。
なにせ、彼女は人としても、魔物としても、この鉱山村以外の世界

366
を知らない。
﹁ダリア。僕の行くところについて来い。
お前は僕のものだ、忘れてはいないね?﹂
僕の言葉に、ダリアはほんの少しだけ嬉しそうにつぶやく。
﹁はい、マスター。わたしは、あなたのものです。
あなたが居るところなら⋮⋮どこにだって﹂
﹁これからは大都市に住むんだ。僕達は田舎者だから、初めは戸惑
うことも多いよ。
あと⋮⋮読み書きに計算、商売のあれこれ。ダリアには僕の代わり
に店を切り盛りしてもらうことも増える。
僕のものである以上、そっちもやらせるからね?﹂
怪訝な顔をするダリア。
﹁⋮⋮わたしが、仕事を?﹂
﹁そう。君は僕の一番の傍仕えで、普段からもっとも僕の一番近く
にいる。
だから、僕の表の仕事を覚えるんだ。他にやりたいことがあれば、
空き時間にやってもいい。
商売に関しては個別に給料も払うし⋮⋮頼りにしてるよ?﹂
子供の頃は親の所有物。
親が死んでからは、村の男達の所有物。
人として死んでからは、僕の所有物。
ダリアは今までずっと誰かのものであり続け、自分を自分のものに
したことがない。
僕のものであることは変わらないけれど、ダリアには少しだけ自由
を与えてみたい。
今まで知らなかった世界を知ることで、ダリアは何か変わることが
できるだろうか?
﹁⋮⋮ええと、まずは読み書きから⋮⋮ですね。
よろしくお願いします、マスター﹂

367
ちょっと困ったような顔で、それでも、少しだけはにかんで。
ダリアの顔は少しだけ、今までと違って見えた。
◆◆◆
馬車に乗り込み、御者席に顔を出す。
﹁ディアナ、しばらく御者は任せる。
エブラムに付いたら、早速働いてもらうよ?﹂
自ら忠誠を示すために、首輪をつけた元密偵は、軽く振り向くと、
少し媚を含んだ声で答える。
﹁はい、ご主人様。暗殺ギルドに最も早く情報を持っていくのは、
あたしの役目でしたし。
先行して聞こえてくるだろう情報は、遠征軍の失敗のみ。
遠征軍が戻る前の時間⋮⋮多分、2日くらいは、エブラムでは状況
がつかめない期間が発生します。
もともと、暗殺ギルドは人数が少ない少数精鋭の活動方針ですし⋮
⋮頭目はもう残り一人だけ。
こっちにつけたい
あたし同様に、寝返らせたい子もいるので⋮⋮あたしに、やらせて
ください。
あたし、ご主人様の役に立ちますから。だから⋮⋮その、成功した
ら⋮⋮﹂
恐怖の鎖から解き放たれ、蜘蛛女となったディアナは、当然僕の支
配下にはあるのだが、強制する前に自らの意思で僕に忠誠を誓い、
縛られ、支配されることを望んだ。
もともと、誰かの下で動くのが性に合っているのだという。
マゾ
野心家で、冷静で、強気に見えるのだが、実のところ被虐の性癖が
強いのだ。
﹁あぁ、上手くいったら、また抱いてあげるし⋮⋮暗殺ギルドは、
君のものになる。
しばらく、馬車を頼む。二台目の馬車もこちらに連動するように仕

368
掛けてあるけど、何か異変があったら報告。
あとでダリアに変わらせるから⋮⋮その後で、声が出せないように
してから、馬車の中で犯してあげるよ﹂
﹁はい、ご主人様。あぁ⋮⋮なんて、素敵﹂
その声に含まれる欲情は、野心か、それとも女の性か。僕にはまだ
区別はできない。
◆◆◆
馬車が動き出す。
山間の道を進み、鉱山村を見下ろす丘陵地を越える。
野営地に集結して、撤収の準備をしている遠征軍を見下ろし、振り
返って、生まれ故郷の村を眺める。
オリヴィーは遠征軍の生き残りを率いて、途中の村で兵士達の治療
と補給を済ませてからエブラムに戻ることになる。
先日会った騎士は無事だったようで、僕を見て大いに驚いていた。
何か感づいたかもしれないが、あの人は多分何も言わないだろう。
なんとなく、確信があった。
深い森と、鉱山と、川と、狭い田畑くらいしかなかった、今では生
きる住人の一人も居ない無人の村。
20年近い人生のほとんどを過ごした、大して良い事はなかったけ
ど、思い出の詰まった僕の故郷。
母の眠る墓だけが、今の僕に残された最後の縁だ。
感傷的になるかと思ったけれど、案外、寂しいとは感じないものだ。
母の墓前に報告だけは済ませた。
大酒のみで泣き上戸で、よく笑いよく怒っていた母のことだ。案外、
今の僕の事を見て呆れているかもしれない。
少なくとも、旅立つことを否定することだけは言わない、そんな人

369
だった。
宿にあった一番高級な酒と、ギュスターブたちと飲むときにいつも
使っていたゴブレットを墓前に捧げ、挨拶はそれで終わり。
ここでやり残した事は、もう、何もない。
きっと、戻ってくることは無いだろう。
馬車の幌を閉めると、故郷の風景は目の前から消え去る。
振り返り、僕を見つめる女達を眺める。
﹁⋮⋮さあ、これで人食いダンジョンはなくなり、僕達は新しい巣
に乗り換える。
みんなには、また色々と働いてもらうことになる﹂
左右に控えていたシロとサラを抱き寄せ、馬車の荷台に腰を下ろす。
﹁まずは、遠征軍が戻る前にエブラムの暗殺ギルドを乗っ取る。
⋮⋮そこが、僕達の新しい巣になる﹂
いつの間にか、女達は衣服を脱ぎ始める。
ダリアが僕の衣装を脱がし、たたみ始める。
シロとサラは股間に顔を埋め、僕に奉仕を始めている。
アスタルテが背後から抱きつき、耳に舌を這わせる。
人気のない森の中に、かすかに嬌声が漏れる馬車が入っていき⋮⋮
そして、遠くエブラムに向けて進んでいく。
◆◆◆
こうして、鉱山村に一年間巣食った魔物は姿を消し、人食いダンジ
ョンの物語は終わりを告げた。
エブラムの記録にはそう記載されているし、人々の多くにはそう思
われている。
その真実を知る者は、多くは無い。

370
そして⋮⋮物語の舞台は、水門都市へと移る。
その物語は、いつかまた何処かで語られるかもしれない。
あたらしいダンジョン
⋮⋮ようこそ、蜘蛛の巣の街へ。
終章:さらば、人食いダンジョン︵後書き︶
これにて、鉱山村の人食いダンジョンの話は終了となります。
お付き合いいただきました読者の皆様には、改めて大きな感謝を。
予定として、水門都市エブラムでの物語の構想はありますが、プロ
ットの修正とある程度書き溜めておきたいことを考えると、9月頃
に再開できたらなぁと考えています。
本編で描かれていない時期の出来事なども、余裕があったら⋮⋮な
ど、色々と夢は広がりますが、まぁなかなかうまくいくものではあ
りませんね。
何かご要望などありましたら、感想などに一言いただけますと幸い
です。

371
序章:蜘蛛の巣の街へようこそ!
だから、悪い事は言わないから、人知れずこの街を離れるか、僕の
庇護下に入ったほうがいいと言ったんだ。
僕は君を高く評価しているし、いい友人になれるかもしれないと思
ったんだ。
これはまぁ、本当だよ。
美人だなとか、色っぽいなとか、まったく思わなかったことがない
といえば⋮⋮まぁ、嘘になるけどさ。
君も知ってのとおり、僕は女性に飢えているわけでは無いし。
⋮⋮いや、その。
うん、気持ちいい事は当然好きだから、女の人を抱くのは好きだよ。
無理やりってのは、あまり好きじゃない⋮⋮そんな顔をしないでく
れよ、好きじゃないことと、それをしている事は両立してしまうん

372
だ。
いまさら隠しておく必要もないから、先に言っておくけれど、僕は
他人を魔物に変えることができる。
その上で、魔物にした相手を支配することができる。
⋮⋮まぁ、全部正直に言っているとは思わないだろう?
それでいいよ。君のように意志の強い人はなかなか堕ちないものだ
からね。
あぁ、そうだ。
僕のことを悪魔と呼びたければ呼べばいいし、その言葉を否定する
術を僕は持っていない。
生き残るためだとはいえ、直接は少なくとも、間接的に何人もの人
を殺したのは間違いない。
何人もの女性を魔物にしたよ。君もよく知っている、ダリアも魔物
だ。
⋮⋮驚いているね。外見からではわからない?
あの子は傭兵に襲われ、犯され、切り殺された。
正確には、僕が駆けつけたときには、出血多量で死に掛けていた。
この傭兵達の雇い主は⋮⋮多分、君の主君、あるいは主君だった男
だよ。
確証はまだ取れていないけれど、君の主君か、同じように鉱山利権
を狙った同じようなエブラムの都市貴族の誰かなのは確実さ。
そう。ダリアと僕は鉱山村グランドルの出身だ。
あぁ、その顔はどうやら気が付いたようだね。
そう、エブラム領主の姪にして聖堂騎士のオリヴィア嬢を危機から
救うきっかけとなった地元民というのは、誰でもない僕のことだ。

373
ちなみに、その情報は半分でしかない。
もう、わかっているだろう?
退治されることになっていた人食いダンジョンの主と言うのは、誰
でもない僕のことだ。
まぁ、色々あってオリヴィーとは和解して⋮⋮あぁ、言ってなかっ
たね。
僕とオリヴィーは昔からあの村で遊んでいた知り合いなんだよ。
10年近く会っていなかったから、あの子がダンジョンの魔物討伐
の指揮官になったと聞いたときには本当に驚いたけれど。
あの子は暗殺の危機にさらされていた。
それでも、あの子は逃げることができなかった。
暗殺を指示していたのは⋮⋮もう、言わなくていいよね。
それはもう君自身が一番よく知っているだろう?
﹁エリオット様、支度が整いました。⋮⋮驚きました、本当に⋮⋮
なのですね﹂
あぁ、ありがとう。
⋮⋮あの人が居ることに驚いているね。
無理もないとは思うけれど、あの人は事前に僕が堕としておいたん
だ。
まぁ、色々とあってね。
﹁⋮⋮エリオット様、その事はご内密にと⋮⋮﹂
あぁ、ごめんごめん。
ただ、あの人に君を罠にはめるような事はさせていないよ。
・・
僕がここで君に会えるように取り計らってもらったのさ。
もちろん、それ以前にも様々な情報を抜き出させたりはしていたけ
れどね。

374
君にも立場があるように、彼女にも彼女の事情があったんだよ。
それに、性癖はもっと⋮⋮いや、これ以上は本当に怒らせるから止
めておこう。
さぁ、改めて聞こう。
この世の中は綺麗じゃない。
この水門都市エブラムにも、表の顔も、裏の顔もある。
君は今まで表の世界で生きてきて、望まず裏の世界を垣間見て、一
歩踏み込まされてしまった。
それは僕が望んだことでも、君が望んだことでもないのは理解して
もらえるよね。
この街は蜘蛛の巣みたいなものさ。
遠くから見れば綺麗だけれど、どこもかしこも獲物を狙う罠ばかり
だ。
君のような人は、いわば蜘蛛の巣に掛かった蝶のようなもの。
これから先の選択肢は、食われるか、君も蜘蛛の仲間になるか。
僕が提示できるのは、この二つしかない。
このまま、本当に死が訪れるのを待つと言うならば、惜しいけれど、
僕は止めはしない。
君にその気がないのに、無理にこちら側に引き入れても僕に利益は
無いし、不安になるだけだ。
多分、君にとっても不幸なことだろう。
でも、もし。
悪党である僕に、少しでも好意を持ってくれていて、少しでも信じ
てくれたのなら。
こっち側に来る事は、不可能では無い。
まぁ、色々とやる事はあるのだけれど。君にとって嬉しいことかど

375
うかまでは保障できないけれど、半ばは僕の女になると言うことだ
からね。
あまり悩む時間は無い。
さぁ、決めて欲しい。
その上で、僕は君が欲しい。
だから、こう言わせてもらうよ。
ひとくいダンジョン
⋮⋮ようこそ、蜘蛛の巣の街へ!
0日目の夜:毒使いチャナの悪徳︵☆︶
日没の鐘が鳴り、水門都市エブラムの都市の各方向にある陸の門が
閉まってから、歓楽街には改めて灯りがともる。
辺境の都市としては大きいエブラムの街は、固定人口1万を超え、
通過していく隊商や、一時的に住み着いている職人たちを加えれば
5万近い住人を抱えている。
それゆえに、この大都市でしか保てない類の職業が多く存在する。
そのひとつが、専業の娼婦や男娼であり、専門の風俗店街だ。
タバーン
大き目の街に行けば、酒場兼宿屋の一角に数人の娼婦が陣取ってい
る事はさほど珍しくない。
しかし、それが組織化され、複数の建物で専門的に営業するとなる
と、並の大きさの町では維持することも難しいだろう。
そういう場所では、旅芸人の一座や旅の吟遊詩人たちがそのような

376
役割を請負って路銀を稼ぐこともある。
エブラムは水運の街であり、街中には縦横無尽に大小の水路が走っ
ている。
はしけ
歓楽街近辺には、エブラム伯の援助もあり、船を係留する艀の無い
ところには柵やベンチを作り、ランプを設置することが推奨されて
いる。
はしけ
そのため、元々常夜灯を設置することが義務付けられている艀以外
でも、夜であってもある程度は道が見えるようになっている。
それだけ、酔って水路に落ち、命を失うものが多いのだろう。
このエブラムでも、同程度の頻度で街路に灯りがともされているの
は大通りと広場くらいだ。
都市であっても、夜は暗いものなのだ。
歓楽街の外れにある倉庫から、一人の女が通りに顔を出す。
腰まである、一本にまとめて編み上げられた髪の毛が動きに合わせ
て揺れる。
女は南方系の血を引いているのか、やや褐色の強い肌色をしていた。
目は細く、何が楽しいのか、口元はにんまりと笑っているのがわか
る。
灯りがあっても、酒場の前以外はまだ薄暗い路地を迷うことなく抜
け、普通の通りへと移る。
女の目線が、進行方向先のベンチで止まる。
そこに、一人の女が座っていた。
通常であれば既に家の中で夜の祈りを捧げているか、酒場で飲んだ
くれているような時間だ。
飲みすぎて酔いを醒ましているようにも見えない。
ベンチに座っている女の影が、一瞬巨大な化け物のように見え、褐

377
色の女は一瞬だけ息を呑む。
その表情が柔らかくなったのは、ベンチの人影が立ち上がり、見覚
えのあるハンドサインを出したからだ。
﹁ナんだ、ディアナじゃないノ。
戻っていたなら、早く行ってくれればよかったノに﹂
南方の訛りが残る言葉で、褐色の女は声をかける。
ベンチから立ち上がった女⋮⋮ディアナは軽く手を上げ、気さくに
答える。
﹁そういわないでよ、チャナ。こっちだって大変だったのよ。
ついさっき滑り込みで入ってきたんだから、さ。
予定が少し変わって、一日遅れになったわ﹂
チャナと呼ばれた褐色の女と、ディアナと呼ばれたショートヘアの
女は共に、この水門都市エブラムに巣食う暗殺ギルドに所属する下
級幹部だ。
様々な汚れ仕事を請け負う裏家業⋮⋮これも、大都市では無いと維
持できない特殊な職業といえるだろう。
﹁ディアナ、ちょうど今日ノ昼に軍ノ伝令が来たって聞くわヨ。
アナタのやってたアレ、上手くいったみたいネ?﹂
見知った仲間のところまで近寄り、声を潜めて話を続ける。
流石に、誰が聞いているともわからないのだ。声も潜めるだろう。
﹁まぁ、トラブルがなかったわけじゃないけどね。
あたしとしては、時間は掛かったけど満足できる結果になった。
⋮⋮報告は明日でいいから、今日はあんたと喋って呑もうかと思っ
てね﹂
頭目が変わる前から、二人は組んでいた。
未だに、組織内での役割は違えど、一番近い存在だろう。
﹁あら、嬉しいこというネ? ちょうど、新しい子を調整してると
ころなノよ。

378
せっかくだから、味見していく?﹂
チャナの言葉に、ディアナは苦笑いで返す。ディアナの耳に小さな
ペンダントが飾られているが、暗闇の中、チャナは気づかない。
﹁あんたの趣味は癖があるからねぇ⋮⋮まぁ、せっかくだから、楽
しませてもらおうかしら?﹂
二人の女が連れ立って道を進む。
姿が闇の奥に消えてからしばらくして、一台の馬車が後を追うよう
に進んでいく。
◆◆◆
歓楽街からはずれ、商人たちが使う住宅街と倉庫街の中間辺りにあ
る小さな家屋に、チャナの隠れ家があった。
地上階はただの倉庫兼住居、ワインをしまう半地下の倉庫の奥にあ
る隠し扉を抜け、階段を降りていくと⋮⋮土と水、そしてあふれる
ほどの草木の緑の香りが充満している広い一角にたどり着いた。
﹁チャナ、アンタの薬草畑、また拡張したの?﹂
﹁そう。珍しいのが⋮⋮今度は菌糸が手に入ってネ? これが面白
い特質もっててサ。スライムって知ってるよネ⋮⋮﹂
ハーバリ
チャナは暗殺ギルド内の薬と毒の管理を一手に引き受けている薬草
スト
師だ。
もっとも、組織内でのあだ名は﹁毒使い﹂。
暗殺ギルドで使っている毒などの薬品は、チャナが育て、作り出し
たものがほとんどだ。
﹁詳しいことはわからないから、いいよ。それにしても、あの抗毒
剤は本当に効果があったわ﹂
ディアナの言葉に、菌糸の説明を始めようとしていたチャナはにや
りと笑う。

379
﹁無駄に済んだら一番だったけど、効果が実証できたのも嬉しいネ。
で、どうだったノ? 噂のダンジョンマスターとやらは﹂
﹁いい男だったわよ?
あのくそ女達から乗り換えたくなるくらい﹂
その言葉の裏にある事実は、まだディアナしか知らない。
上司に対するただの愚痴と受け取ったのか、チャナは苦笑して言葉
を返す。
﹁ここは平気だろうけど、誰かに告げ口されたら怖いヨ?
特に、蛇姫サマは蜘蛛姫サマが居ないと荒れやすいからネ。
⋮⋮さて、あらためて、紹介するヨ。
ハリー、フレッド。ご主人サマとお客サマにおもてなしをするんだ
ヨ﹂
柱の脇にあるレバーを操作し、チャナは奥の部屋に声をかける。
鍵が外される金属質の音が響き、しばらくするとジャリジャリと鎖
を引きずる音がする。
しばらくして現れたのは、歳の頃は12,3歳の二人の少年だった。
それぞれが小さなバスケットに一人分の水差しとコップ、そして小
さな酒瓶を入れて持ってきている。
一人はこの地方の生まれらしく、白い肌にこげ茶色の髪。元は強気
そうだったであろう整った顔立ちは、我慢できない何かに耐えるよ
うに震えている。
もう一人は南方の少数民族に聞くような、黒檀のような黒い肌に、
漆黒の髪。気弱そうで、少女のようにも見える顔立ちは、もう一人
の少年同様に震えている。
二人の少年は、革の首輪に金属の鎖でつながれ、両手には革の長手
袋、両足にも同様の、膝まで覆う革の靴下を身につけている。
それぞれの肌の色と逆に、白い少年には黒の、褐色の少年には白の
衣装だ。

380
そして、衣服はそれだけで、胴体は裸体をむき出しにしている。
何らかの薬品を使われているのか、歳相応の皮を被った小柄なペニ
スはこのような状態でも屹立している。
﹁白い肌のちょっと強気なのがハリー、黒い肌の内気な子がフレッ
ドだヨ。
ちょっと前に手に入れて、今日でそろそろ一週間くらいかナ?﹂
楽しそうにチャナが説明する。その瞳には欲情の火が灯り、細い舌
がぺろりと下唇を舐める。
﹁あんたのお稚児さん趣味も、来るところまで来た感じね。
で、なんでこの子達、尻尾を生やしてるの?﹂
バスケットを受け取りながらディアナが指し示した先は、少年達の
小さな尻。
そこには、肛門に差し込まれた尻尾状の飾りが垂れ下がっていた。
﹁そうネ⋮⋮ハリー、なんでそんな尻尾を付けてるか、お客サマに
教えてあげて?﹂
チャナは自分のところにやってきた白い肌の少年のペニスをつまみ
ながら、少年の耳元に囁く。
一週間の間に、様々な仕込をされたのだろう。
ハリーは一瞬戸惑い、顔を赤くし、屈辱に震えながらも小さな声で
答える。
﹁⋮⋮です﹂
しかし、その声は小さく、ディアナには届くかどうか程度の大きさ
だろう。
密偵として訓練を積んでいるディアナは全て聞き取る事はできたの
だが、チャナが望んでいることを理解し、こう答える。
﹁ハリー、声が小さくて聞こえないわ?
フレッドといったっけ。君はどうなの?
君もお尻に尻尾を生やしているけど⋮⋮好きなの?﹂

381
褐色の肌のフレッドは、ハリーよりも我慢ができないのか、勃起し
たペニスをディアナの手に擦り付けるように腰が浮いてしまってい
る。
既に、先走りの液体が漏れている⋮⋮おそらくは、チャナとディア
ナがここに帰ってくる前から勃起は続いているのだろう。
﹁ハリー?
お客サマの質問に答えなきゃネ。さぁ、もっと大きな声で鳴いて?﹂
チャナがハリーのペニスをねじる。
小さな悲鳴を上げ、歯を食いしばってからハリーと呼ばれる少年が
答える。
﹁あっ⋮⋮チャ、チャナ様に⋮⋮僕のお尻の穴を、ずぽずぽしても
らうためです!
すげえ⋮⋮すげぇきもちよくて、俺、女の子になったみたいで⋮⋮﹂
﹁そうよねぇ、最初は反抗的だったけど。ハリーはもうアタシにお
尻を責められて喜んじゃうヘンタイだものね﹂
チャナが嬉しそうに声をかける。
ディアナは小さく、あきれたように肩をすくめる。
◆◆◆
ディアナの長年の相棒であるチャナには少年愛の性癖がある。
それは彼女が親に暴行を受けていたらしいこともあって、成人男性
に恐怖を持ってしまっていることが原因なのらしいが、そこはいま
さらどうこう言うべきものではない。
暗殺ギルドの頭目であるアラクネによって、ディアナもチャナも愛
玩動物として犯されたり、売春宿で客を取らされたりすることがあ
った。
それはディアナにとっては、支配者の再確認であり、屈辱ではある
が苦痛ではなかった。
しかし、成人男性を相手に客を取らされるのはチャナにとっては大

382
きな苦痛であり、精神的ストレスになっていたようだ。
組織内である程度の地位を得てからは、チャナはこのような小さな
悪徳にふけるようになった。
親に捨てられた浮浪児、買い取った奴隷、時にはさらってきた子供。
無力な男の子を調教し、性の対象とすることでしか、彼女は快感を
得ることができないようだった。
ディアナの身につけている装飾品を通じて、僕⋮⋮付与魔術師にし
ダンジョンマスター
て、元人食いダンジョンの主であるエリオットは、薬草師チャナの
隠れ家の中の状況を確認していた。
何と言うか、性癖というのは色々だ。
﹁⋮⋮あの子達、かわいいですね、ご主人様ぁ﹂
ワードッグ
そういって一緒に水盤を覗き込んでいるのは、人犬にして盗賊のシ
ロ。
割と趣味が近いのか、尻尾がピコピコと振られている。
﹁⋮⋮かわいい、とは思うけどさ。ああいう趣味ってどうなの?﹂
サキュバス
顔を背けているが、見てはいるのだろう。口を出してきたのは淫魔
メイジ
にして精霊を扱う魔術師のサラ。
二人とも、僕の下僕にして眷属だ。
﹁いや、その⋮⋮僕は同性を抱く趣味は無いよ?﹂
確かに扇情的な状況ではあるし、二人の少年奴隷はけっこう顔立ち
が整っている。
かといって、同性であるという事実が心理的には大きく立ちはだか
る。
チャナ
それに、今回の目的はディアナが寝返らせたいといっていた薬草師
であって、あの子達は別だ。
﹁でも、あの二人、女の子みたいな顔つきですよぅ? ご主人様が
魔物にしてあげたらいいんじゃないですかぁ?﹂
﹁エリオット、あんたそもそも、あたしたちの⋮⋮その、お尻を散

383
々犯したくせに。
男だって同じお尻の穴じゃない。何か違いがあるの?﹂
サラの言い分には一理あるような気がするが、それは大きく違いが
あると言いたい。
ただ、男の魔物を手に入れることについては、あってもいい気がし
ていた。
﹁⋮⋮シロ、サラ。君達、あの子達とセックスしてみたい?﹂
◆◆◆
﹁ハリー、お前は男の子なノ? 女の子なノ?
ちんぽ、アタシのおまんこに入れてズコズコしたいノ?
それとも、ちんぽをあなたの尻まんこにいれられてズポズポされた
いノ?﹂
おそらく、隠語を言わせることで、言うことで興奮を覚えるタイプ
なのだろう。
チャナは細い指先で、勃起したままのハリーのペニスをもてあそん
でいる。
勃起が収まっていないのは、おそらく何かの薬物を使っているから
だろう。
﹁じゃぁ、フレッド。君はあたしにご奉仕してもらおうかな。
上手くできたら、あたしとヤラせてあげるわよ?﹂
ディアナはそういうと姿勢を変えた。少し視点が低くなる。
おそらく座っているソファの上で腰を落として、大きく股間を開い
たのだろう。
フレッドと呼ばれた少年が、ディアナの股間をまじまじと見つめて、
幼い表情に欲情をたぎらせている。
﹁お客様、おちんちん⋮⋮おちんちんが切ないです。出したい、出
したいですっ!﹂

384
切羽詰ったフレッドの言葉に、チャナが小さく叱責する。
﹁フレッド、お客サマに何をお願いしてるノかな?
アナタはご奉仕する奴隷なんだから、なんでご奉仕しさせちゃうノ
?﹂
﹁ひっ⋮⋮ご、ごめんなさい、ごめんなさい!
申し訳ありませんでした⋮⋮﹂
一週間で体には絶対的な恐怖が刻まれているのか、勃起だけはその
ままに褐色のフレッドが青ざめる。
﹁あぁ、怒っていないから大丈夫よ。⋮⋮じゃぁ、口でしてもらえ
る?﹂
フレッドはすぐざま膝を付き、ディアナの股間に顔を埋める。
子犬がミルクを舐めるような、ぺチャぺチャという音が聞こえ出す。
﹁あら、結構上手いわね⋮⋮﹂
その様子を見て、チャナが満足そうに声をかける。
﹁一週間かけて、ゼロから仕込んだからネ。結構いいでショ?﹂
それだけ言うと、顔を戻してハリーに再び声をかける。
﹁⋮⋮で、返事はまだ?﹂
返事の許可をもらったハリーは、切なそうに腰を動かしながら、大
きな声で叫ぶ。
﹁あっ⋮⋮い、入れたいです!
チャナ様のおまんこに、ちんぽ入れて、ズコズコしたいですっ!﹂
﹁よく言えました。じゃぁ、いいヨ?
さっきから、アタシもべちょべちょなんだヨね。
さぁ、ここにズコズコして⋮⋮﹂
チャナが自らの股間を大きく広げ、両手で脚を抱えて持ち上げる。
柔軟性が高いのか、ソファに腰掛けた自分の頭よりも上に、つま先
が簡単に持ち上がる。
待ちきれないというように、ハリーは勃起したペニスを挿入しよう
とする。

385
しかし、まだ慣れていないのだろう、上手くは入らず、何度かやり
直してようやく性交する。
﹁あぁ⋮⋮あぁ、ああぁ、あ⋮⋮いいっ、チャナ様の中。すごくい
いですぅ⋮⋮﹂
チャナは決して大柄ではない、むしろ小柄なほうだが、それでも少
年よりは体が大きい。
小さな少年と大人の女性の性交は、まるで男が女の肉体に包み込ま
れるようにも見える。
﹁ディアナ、悪いケど、フレッドを戻してもらえる?﹂
チャナは隣に座るディアナに声をかける。
ディアナは悪友の意図を察すると、自分の股間に顔を埋める褐色の
少年の頭を抑え、引き離す。
怪訝な表情でディアナを見上げるフレッドに、ディアナは命令を下
す。
﹁あなたのご主人様の命令よ、フレッド。
⋮⋮あっちに合流して、あなたのすべきことをしなさい。
やる事は、わかってるかしら?﹂
もう、仕込まれているのだろう。
フレッドが立ち上がり、勃起した小さなペニスを握り締める。
ソファに座るチャナ、その正面で恋を振るハリー。
そして、その後ろにフレッドが立つ。
チャナは両足を自由にし、ハリーの体をがっしりと押さえる。
ハリーは何をされるのか理解したようで、一瞬だけもがく。
﹁フレッド、やめ、止めて⋮⋮!﹂
﹁ハリー、君だって、僕にしたじゃないか⋮⋮それに、僕、もう我
慢できない⋮⋮入れたくて、入れたくて我慢できないんだ!﹂
フレッドがハリーの尻をつかみ、ハリーの尻穴から尻尾を引き抜く。

386
既に薬液が染み渡っているのか、腸液のニオイではなく、刺激性の
ある薬品の香りがした。
一、二度指で具合を確かめ、問題ないと判断したのかフレッドはた
めらい無くハリーの尻穴にペニスを突きこむ。
﹁あがっ!? あっ、ああああ⋮⋮﹂
苦痛と快楽の混合した何かに、ハリーが悲鳴を上げる。
チャナはバスケットの中にあった小瓶から、紫色の液体を自分の口
に含むと、ハリーに口付けてその液体を飲み込ませる。
﹁ハリー、フレッドに合わせて、腰を動かすんだヨ?
君のオトコノコでアタシも気持ちよくして、君のオンナノコでフレ
ッドを気持ちよくしてあげるんだヨ?﹂
﹁うわぁあああ、あああ、あ、あああ、あああ!﹂
フレッドも、ハリーも、もうまともな言葉が出てきていない。
異常な快楽に神経が焼きついてでも居るかのように、動物的なセッ
クスに熱中している。
おそらく、長くはかからないだろう。
⋮⋮こちらも、準備を始めよう。
◆◆◆
﹁⋮⋮チャナ、あんたの趣味もずいぶん突き詰まってきたわねぇ﹂
絶頂のあと、精根尽き果てて倒れている少年二人を眺めながら、デ
ィアナがつぶやく。
﹁そもそも、そんなお子様ので満足できてるの?﹂
﹁大人の男なんて、ガサツで大きくて痛いだけだヨ。
アタシはこれが一番いいネ。なにせ、逆らえないし、サ。
⋮⋮最初さえ押さえ込めば、薬を使って三日もあればこんな感じに
はできるヨ。
女にも使えるし、大人だってまぁ一週間かければ大体壊せるからネ。

387
⋮⋮あ、そういや、ディアナにも楽しませようと思ってたノに、寝
かせちゃった。
ごめんね、後で起こしてまたしようヨ?﹂
音からすると、チャナは濡らしたタオルで自分と少年達の体をぬぐ
っているようだ。
ディアナのピアスから、小さい音で僕の意志を伝える。
声は聞き取られてしまうから、音だけなのだが。
それでもディアナは、僕からの許可が出たことをすぐに理解して、
本題に切り込む。
﹁その力、もっと自由に使いたいと思ったことは無い?﹂
ディアナの一言に、意図を測りかねているのだろう
﹁⋮⋮どういうことカナ? 今の状況には決して満足しているとは
いえないケド、ディアナは何をしたいノ?﹂
﹁あたしね、今日はあんたをスカウトしに来たんだ。
あんただって、今の頭目に心から従っているわけじゃないだろう?﹂
聞こえてくる音が消えた。
チャナが明らかに警戒している。
﹁ディアナ⋮⋮あっちで、何かあったノ?
あいつらに、勝てるとでも思ってるノ?﹂
﹁⋮⋮まぁ、そうよね。あたしも最初はそうだった。だから⋮⋮﹂
空気を切る音、ガラスの割れる音、小さな悲鳴。
その頃になって、ようやく僕は地下の薬草畑にたどり着く。
◆◆◆
ディアナの残した仕掛けをたどって、薬草畑に入る。
鳴子などのトラップは、既にディアナが解除済みだが、念のためシ
ロにチェックはしてもらっていた。

388
ディアナは蜘蛛の異形を一部分表に出して、チャナを押さえつけて
いた。
両手は既に糸で絡め取られ、両足は押さえつけられている。
音を聞きつけて二人の少年奴隷が目を覚ますが、シロが手早く押さ
えつけて縛り上げてしまう。
支配されることに慣れきってしまった少年達は、騒ぐこともせずに
従った。
﹁チャナ。改めて紹介するわ。
鉱山村のダンジョンマスターであり、今のあたしの主人であり⋮⋮
あの蜘蛛女を殺し、あたしにこの力をくれたお方。
できれば、あなたもあたしと一緒に来て欲しいの﹂
チャナは顔をむけて、こっちを見る。
残念ながら、顔は見えないようにしている⋮⋮仲間になるまでは、
できるだけ自分の顔を明かしたくない。
いや、正確に言えばこれから先はできるだけ自分の正体につながる
情報は外に出したくない。
とはいえ、全身に染料を塗って肌色を変えるなんていうのも面倒だ。
だから、仮面をつける事にした。
祭りで使うような、羽根飾りの付いた道化の面だ。
ただし、色を塗ったりする時間も無かったので顔の部分は真っ白。
⋮⋮まぁ、壊れやすいものだし、手を抜けるところは抜いておきた
いというのも事実だ。
◆◆◆
﹁ディアナから話は聞いているよ、チャナ。
⋮⋮君の作った解毒剤は非常に効果的だった。
危なく、僕はディアナを逃がすところだった﹂
チャナはそれを聞くと、興味を持ったようだ。

389
﹁⋮⋮それはどうもダヨ。名前は知らないけど、魔物サン。
友好的になれるかどうかはわからないけどネ。
できれば、どういう状態でどういう効果があったか聞かせてもらえ
るかナ?﹂
どうやら、自分のつくった薬品の効果がどこまであったかに興味を
惹かれているらしい。
研究者というか、何と言うか。
まぁ、生きるために魔法の道具と付与魔術の研究をしている僕と近
いところがあるかもしれないが、この娘のほうがより純粋だ。
﹁その辺はおいおい話すこともあるだろうね。
僕は君の薬と毒の知識と技術に一定以上の敬意を持っている。それ
は嘘では無いよ。
だからこそ、こうしてディアナの頼みもあって、君を誘いに来たん
だ。
⋮⋮単刀直入に言おう。
アラクネは死んだ。僕達が殺した。
ディアナはこちら側について、僕の力で、アラクネの能力を受け継
がせることになった﹂
その言葉で、色々と理解したのだろう。
ディアナが異形を見せた時点で、わかってはいたのだろう。
それでも、理解したくなかったのかもしれない。
﹁魔族⋮⋮なのかナ?﹂
その声は強がっているが、震えていた。まぁ、無理も無い。
﹁まぁ、半分は正解⋮⋮としておこうか。とはいえ、アラクネのよ
うに個人で強いというわけでは無いよ。
だからこそ、みんなの力を借りたいのさ。手段を選んでいられない
程度に、ね。
君に望むのは、僕の仕事に手を貸して欲しいということだ。
ディアナに聞いたけれども、君も今の頭目たちに好きで従っている
わけでは無いんだろう?﹂

390
その言葉で、チャナの視線が泳ぐ。
計算をしているのだろう。ならば、こちらが有利だという情報を提
供してあげなければいけない。
﹁アラクネは死んだ。頭目は二人というから、残り一人。戦力は半
分だ。
残りの部下たちがどの程度残った頭目に従うかは、僕には完全には
わからないけれど⋮⋮
まぁ、君とディアナ以外をあらかじめ引き入れる気は無い。
少なくとも、今ならまだアラクネが死んだ事は知られていないので、
その機会を無駄にする気は無いよ﹂
﹁⋮⋮もしかして⋮⋮﹂
﹁僕にはディアナという協力者が居る。
そして、遠征軍が無事で、暗殺は失敗して、アラクネが殺されたと
いう情報はまだここにしか知られていない。
遠征軍が無事戻ったという伝令は、早ければ明後日の昼には届くだ
ろう。
だから、僕は明日には⋮⋮暗殺ギルドを襲撃して、乗っ取るつもり
だよ﹂
チャナは悩んでいる。
おそらく、この薬草畑の中には何処かに脱出ルートか、何らかの伝
達方法があるのだろう。
暗殺ギルドに恩を売るか、僕に付くか、どちらが望ましいのかまだ
悩んでいるのだ。
⋮⋮ならば、予定通り押すとしよう。
﹁ディアナ、君の望むとおりにしよう﹂
その言葉を聴いて、ディアナが喜んで擦り寄ってくる。
﹁シロ、サラ。さっき行ったとおり、君たちも僕の眷属として覚え

391
なければいけないことがある。
そこの二人の少年を解放して。⋮⋮二人とセックスをするんだ﹂
その言葉を聴いて、チャナとサラが同時に声を上げる。
﹁アタシの子たちをどうするのよ!?﹂
﹁は? 一体何をさせるのよ!?﹂
⋮⋮同時に言われても、聞き取れるとは思わないで欲しい。
﹁まず、チャナ。別に君から永遠に奪い取るなんて気はさらさら無
い。
ついでに、僕には子供だっていわれても、男を抱く趣味は無い。
これは、君に対して僕の力を見せるための宣伝みたいなものだと思
って欲しい﹂
次にサラを呼び寄せ、抱きしめて唇を奪う。
動きを止めて思考停止するサラに、改めて自分の考えを伝える。
﹁あと、サラ。シロと一緒に、さっき食い入るように見ていたろう?
別に君が少年趣味の変態だと言いたいわけじゃないよ。
⋮⋮それに、君には特にこれを覚えてもらわないと困るんだ。
僕の魔力を受けて、その上で魔法の知識があるのは君だけだ。
多分、君のほうがシロよりも上手くやれるよ⋮⋮僕と同じようにね﹂
392
0日目の夜:連鎖︵☆︶
シロが全ての入り口の鍵を閉めなおし、トラップをかけなおして戻
ってくる。
伝声管があったらしく、機能は止めてくれていたのはありがたい。
少年達はこれから何が始まるのかわからないようで、こちらを不安
そうに見ている。
﹁あの⋮⋮俺達﹂
﹁これから、どうなるんでしょう⋮⋮?﹂
おびえた子犬のような目だ。
おそらく、持ち主が負けて、自分達の主人が変わるのでは無いかと
思っているのだろう。
﹁あぁ、大丈夫。君たちを痛めつける気は無い。
⋮⋮結構強い媚薬を使われているみたいだね。まだ出したりないの

393
かい?﹂
少年達のペニスは再び勃起していた。
どうやら、かなり性欲を強化するような薬を盛られているようで、
盛りっぱなしに近い。
二人は恥ずかしそうに頷く。
﹁シロ、サラ。この二人とセックスしてあげるんだ。
ハリーとフレッドといったね。このお姉さん達に気持ちよくしても
らってくれ。
少し体に模様を描くけれど、それ以外は自由。相手にある程度任せ
て。
自分も、相手も気持ちよくなれるようにがんばるんだよ?﹂
シロは無邪気に、サラは恥ずかしそうに衣服を脱ぐ。
僕の血と精液、それにサラの愛液も混ぜてつくった染料を使い、床
に簡易的な魔法陣を描く。
染料の量に限界があるので、あまり大きな物は描けないが、まぁ十
分だろう。
少年達の体にも、魔力が伝達しやすいように紋様を描く。
特に、背中から後頭部の辺りには念入りに。今回はある意味実験で
もある。
サラとアスタルテ、それに自分で研究してある程度アレンジを加え
てあるが、果たしてどう作用するだろうか。
チャナは現在縛られた状態で見学中。
ディアナは、チャナに見せ付けるように僕にしなだれかかってきた。
⋮⋮まぁ、ご褒美くらいはあげていいだろう。
中途半端に元気になっていたペニスを出して、ディアナの前に突き
出す。
ディアナは嬉しそうに微笑むと、ためらうことなく咥える。

394
チャナは僕のペニスを見てヒッと小さく悲鳴を上げ、少年達は興奮
に当てられたのか、サラには褐色のフレッドが、シロには白い肌の
ハリーが近づいていく。
そして、3組の男女が絡みだす。
﹁あぁっ⋮⋮!お姉さん、お姉さん、ぼくっ、ぼくもうでちゃう!﹂
﹁ちょっと、まだはやっ⋮⋮。
もう、仕方ないわねぇ⋮⋮まだ硬いじゃない。ボク、まだできるの
?﹂
褐色の肌のフレッドは、女の子の様な整った顔を快楽に歪ませる。
我慢できずに射精しながら、それでもサラの中に自身のペニスを突
きこみ続けようとする。
﹁まだ⋮⋮まだ出したりないよう。もっと。もっと出したいの⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いいこと、ボク。慣れてないとは思うけど、もっとゆっくり
⋮⋮そう。
できるだけ我慢して⋮⋮﹂
サラは自分以上に性経験の少なさそうなフレッドを相手に、ぎこち
なくもリードをする。
そうしながらも、相手の快感と自分の快感を測り、魔力の流れをつ
かもうとしているのだろう。
僕にはアスタルテ以外にも魔物を作り出せる配下が必要だったし、
サキュバス
アスタルテと同じ淫魔であり、魔術師でもあるサラはもっとも有望
な候補だ。
正常位でフレッドを迎え入れながら、自分でも腰を上げて快楽を搾
り取ろうとしている。
隠していた小さな羽根と尻尾が表に出て、尻尾がフレッドの脚に、
尻に絡みつく。
﹁ふあっ? こ、これ⋮⋮﹂

395
﹁あぁ、気にしなくていいのよ。ボウヤ、さっきお友達のお尻にお
ちんちんを入れるとき、自分でもされたって言ってたわね?﹂
﹁あっ⋮⋮はい、チャナ⋮⋮様に、めいれい、されて⋮⋮﹂
﹁どっちが好きなの?
男の子としてするのと、女の子としてされるのと﹂
﹁あっ、どっちも、どっちもですぅ!
おちんちんも、おしりも気持ちいいですぅ!﹂
﹁うふふ⋮⋮可愛い。癖になる人が居るのも、ちょっとわかるわね﹂
サキュバス
少年を見つめる瞳は淫欲に濡れ、その姿はもういっぱしの淫魔だ。
⋮⋮まぁ、僕自身アスタルテとサラ以外のサキュバスには会ったこ
とが無いのだけれど。
﹁うっ⋮⋮や、やめて、激しいっ。でちゃう、オレ⋮⋮っ!﹂
﹁うふふ、出していいんだよぉ∼。ハリー君だっけ?
ご主人様からいいって言われたから、シロのおまんこの中にあった
かいのをピュピュッて出しちゃっても。
お口でも、お尻でもいいから⋮⋮ね?﹂
少しナマイキそうなハリーは、シロにさっきから乗っかられたまま
だ。
口調は男っぽくても、ハリーはどうやら受け身なようで、さっきか
らシロにリードされっぱなしだ。
シロがいくら小柄と行っても、まだ精通してからそう時間も経って
いなさそうなハリーやフレッドに比べればまだ身体は大きい。
僕に抱かれるまで、大人の男に無理やり慰み者にされてばかりいた
シロは、力づくで幼い少年を抱く経験に興奮しているようだ。
﹁ほら、君たちには無いでしょぉ?
おっぱい、触っても、つねっても、舐めてもいいんだよ?﹂
ハリーの両手をつかみ、自らの乳房にあてがう。
少年が必死に腰を振りながら、シロの胸をこねくりまわそうとする

396
が、大き目の乳房に対し、少年の手のひらはまだ小さく、つかみき
れない肉があふれ出すような状態になった。
﹁ほらっ、ほらっ、どんどん出してぇ。
もっと腰を振って! お姉さんで、いっぱい気持ちよくなってね⋮
⋮?﹂
シロが自ら女性上位の体位で激しく腰を振る。
珍しい体験に、シロの尻尾がパタパタと揺れる。
声も出せないまま、ハリーがおそらく二回目の射精をシロの中に放
つ。
シロとハリーの結合部から、愛液に混じって白く濁った精液が漏れ
出す。
﹁あははっ、ご主人様ぁ。この子、まだ元気なままですぅ!?﹂
シロが体を倒し、ハリーの上に覆いかぶさる。舌と指先で薄い胸板
⋮⋮乳首を責める。
変声期前の、ボーイソプラノが女の子のような悲鳴を上げる。
◆◆◆
﹁アタシの⋮⋮アタシの玩具を取らないでヨ!
ひどいヨ、ディアナ。なんデこんなことするノ?﹂
蜘蛛糸で両腕を拘束されているチャナが、僕ではなくディアナに言
葉をかける。
ディアナはそれに答えず、椅子に座った僕のペニスを舌先でチロチ
ロと嘗め回し、奉仕を続ける。
途中でようやく上目遣いに僕のほうを見たので、小さく頷いて答え
るように促す。
﹁あぁん⋮⋮もう、もうちょっとご奉仕したかったのに⋮⋮
チャナ、あなたが用心深いのは知ってるから、動けないようにして
たのよ。
どうせ、殺されることは無いだろうって考えているでしょ?

397
基本は、そうよ?
だって、あたしがあなたをご主人様に推薦したんだもの。
今、こうやって居るのはあなたにご主人様の素晴しさを知ってもら
うため。
⋮⋮あなた、こうでもしないと逃げそうだし﹂
﹁人を縛り付けて犯すナンて、今のところと変わらないじゃナイ?﹂
チャナの言い分は、この状況だと正直もっともだとは思う。
それでも、僕がまだ何か言うべきときでは無いだろう。
﹁あら、そうでもないわよ?
少なくとも、あたしは今自分の意思で抱かれたいと思っているし⋮⋮
あなたも、きっとそうなると信じてる﹂
それだけ言うと、一気に僕のペニスを喉の奥にまで飲み込み、頭を
大きく振って奉仕を始める。
呼吸も苦しいだろうに、それでもディアナは嬉しそうに見える。
ふと気が付いて、右足を上げて、ディアナの股間をまさぐる。
﹁んぶっ⋮⋮はぁん﹂
既に股間は愛液が漏れ出さんばかりになっていた。
急に与えられた刺激に、ペニスが唇から飛び出し、ディアナの鼻先
を叩く。
﹁ディアナ。お友達の前で這いつくばって、お尻を高く掲げてくれ
るかな?﹂
その言葉に、ディアナは返事をするのも惜しいというように従う。
縛り付けられたチャナの方を向いて、ディアナが頭を下ろし、尻を
突き上げる。
背中から生える蜘蛛の足が伸びており、チャナの前で蜘蛛女が威嚇
しているようにも見える。
とはいえ、その顔は淫らな被虐の喜びに満ちている。
﹁ディ⋮⋮ディア、ナ⋮⋮?

398
その体⋮⋮それよりも、その顔⋮⋮﹂
チャナが震えているのは、ディアナの背から伸びた蜘蛛の脚になの
か、それとも付き合いの長い友人の隠された性癖を見たからなのか。
﹁チャナ、これが、あたしが貰ったもの⋮⋮。
ご主人様ぁ⋮⋮ご主人さまぁ、ディアナを、ディアナを犯してぇ⋮
⋮﹂
無言で立ち上がり、掲げられた、小ぶりで引き締まった尻肉に平手
を打ちつける。
パァンと子気味良い音がして、ディアナが小さく悲鳴を上げる。
﹁ディアナ。悪い子だね⋮⋮友達の前で、こんなことをして。
説得をまじめにやらなかったのも、そこに居るチャナに見てもらい
たかったの?
自分は犯され、魔物に変えられ、それでもこんなに喜んでしまうマ
ゾですって知られたかったの?﹂
﹁う、嘘でショ⋮⋮? ディアナ、が⋮⋮マゾ⋮⋮!?﹂
チャナが信じられないというようにつぶやく。
部屋の中で抱き合っているシロとハリー、サラとフレッドが音に驚
き、動きを止める。
﹁すげぇ⋮⋮あんなのもあるんだ﹂
﹁あはっ、なら、君もやってみる⋮⋮?﹂
﹁あのお姉さん、叩かれて喜んでる⋮⋮﹂
﹁あいつは、そういう奴なのよ⋮⋮ボウヤもそうなの?﹂
二組の男女の周囲には、何発も放出された精液が水溜りをつくって
おり、シロとサラの股間は既に精液で泡立っている。
ゆっくりと時間を置いて、二発、三発とディアナの尻にスパンキン
グを与える。
嬌声が響き、ぽたりぽたりと愛液が床に垂れる。
﹁はや⋮⋮く⋮⋮早く、ご主人様のちんぽ⋮⋮ぶち込んで、ぶち込

399
んでくださいぃ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いいだろう。でも、何でディアナが僕に命令するんだい?
君は僕の奴隷になりたいって言ったよね。そんな奴隷には、お仕置
きを与えないと﹂
もちろん、怒っているわけは無い。ただ、ディアナはそうしたほう
が喜ぶのだ。
ゆっくりとペニスをあてがい、一気にディアナを貫く。
﹁おごぉっ⋮⋮﹂
空気が抜けるような声を上げて、ディアナの股間から暖かい液体が
床に流れ出す。
どうやら快楽とショックで失禁したようだ。
﹁いいっ、素敵です、ご主人様ぁ! 残酷で、ひどくて⋮⋮素敵﹂
ディアナのショートヘアを強く握り、無理やり体を起こさせる。
縛り付けられたチャナの前で、立ち上がった状態で背後から僕に犯
されている。
チャナは目をふさぐにもふさぎきれず、ちょうど自分の目線のあた
りで出し入れを繰り返す腰の動きを見続ける羽目になっている。
﹁うそ⋮⋮大人のガ⋮⋮ディアナの、⋮⋮ニ⋮⋮﹂
つかんだ頭を無理やりこちら側に向けさせ、強引にディアナの唇を
奪う。
犯されながら、ディアナは積極的に舌を絡め、小さな唇で精一杯僕
の唇を覆い隠そうとする。
そんな状態にありながら、僕は背後で進んでいる少年達のセックス
の中で、シロとサラから僕の魔力が少年達に染み込んでいくのを感
じていた。
あちらも、どうやら絶頂に達しそうだ。
こちらが射精する頃にタイミングを合わせられれば、まとめて魔物
にすることもできるというのが、サラと僕の予想だ。
﹁あっ、あっ⋮⋮ごめんなさい、ごめんなさい⋮⋮ああっ!!﹂

400
その瞬間、ディアナが全身を硬直させて一人絶頂に達する。
しまった、注意が外に向いていた分、ディアナの状態を確認できて
いなかった。
﹁あっ、でるっ、お姉さん、オレ、オレ⋮⋮っ!!﹂
﹁でます、またでちゃいます、おちんちんからどぴゅどぴゅってぇ
!﹂
数秒置いて、少年たちが耐え切れずに射精し、シロとサラも絶頂に
達した。
チャナを萎縮させているのはいいとして、魔物化の連鎖実験は中途
半端な結果に終わってしまった。
﹁うわ⋮⋮からだが、体が熱い⋮⋮!﹂
サラは見事に自分を抱いていたフレッドを魔物へと導くことができ
たようだ。
びくびくと震えるフレッドの腰には薄い獣毛が生え、膝の向きが逆
方向に曲がり、素足には蹄が浮き上がる。
さらさらの髪の毛に、ねじれた山羊のような角が⋮⋮年相応の小さ
な角だが⋮⋮生えてくる。
﹁⋮⋮サテュロス、か。中途半端な変身のようだから、後で魔力の
調節を覚えれば人間の中で生きていけるかな?﹂
そんなことを考えていると、シロが焦った様子で声をかけてきた。
﹁ご主人様、この子、なんか状態が⋮⋮!?﹂
振り返ると、ハリーが苦しそうにうめいている。
近づいて、魔力の流れに目を凝らす。
⋮⋮あぁ、この前の自分と同じだ。
魔力が中途半端に流れ、かといって魔物になりきれない状態で体内
で暴れているのだ。
僕が射精する前にディアナが絶頂してしまったので、魔力操作が出
来ないシロと抱き合っていたハリーには魔物になるきっかけを与え
られなかったのだ。

401
﹁まずいな、もう一度理性を飛ばすスイッチを入れてあげないと﹂
﹁でもでも、ご主人様ぁ。この子もう何回も何回も出して、今はし
おれちゃってますぅ⋮⋮﹂
⋮⋮困った、あまり状態がよくない。
僕は今のところ、相手が性的な絶頂を感じたときに精神のタガを外
し、そこで魂を蹂躙する⋮⋮魔物になるスイッチを入れる方法しか
知らない。
もう一つあるにはあるが、いくらなんでもこの少年を死なせて、ゾ
ンビを作るのはあまりにもむごい。
﹁あ⋮⋮お姉さん、お兄さん⋮⋮おれ、オレ⋮⋮からだが、体が熱
いよぅ⋮⋮﹂
熱っぽく潤んだ瞳で、ハリーは泣きそうな声を上げる。
﹁ご主人様、まだ出してないですよね?﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
﹁この子、そっちのほうも慣れてるみたいだし。
ご主人様のおちんちんで、この子を女の子として犯してあげたらい
いと思うんですぅ﹂
﹁あぁ、そういうことか⋮⋮って、ええ!?﹂
⋮⋮くそ、こんなことになるとは思わなかった。
さっき射精しそこなったせいで、中途半端に起ちっぱなしになって
いるペニスをシロの顔の前に突きつける。
シロが四つんばいになって僕のペニスに奉仕を始めると、条件反射
なのか、シロの体の下で仰向けになっていたハリーも一緒に舌を伸
ばし、僕のペニスに奉仕を始める。
⋮⋮男子の娼婦がいて、一定の需要があるとは聞いていたが、女性
が買うものだけなのだと思っていた。
しかし、この子は、明らかに男に買われることも想定して調教され
ている。

402
もしかしたら、この男っぽい口調も客の好みに合わせるように、敢
えてそうさせられているのだろうか?
思考が混乱する。
子供といえど、シロが一緒といえど、男にペニスを舐められるのは
奇妙なものだ。
奇妙な嫌悪感と罪悪感と興奮が混じり、ペニスはすぐに力を取り戻
した。
⋮⋮はたして、僕は大丈夫なんだろうか?
混乱しているとはいえ、やらなければいけない事はわかる。あまり
長い時間放置しても仕方ない。
シロとハリーの後ろに回ると、二人の結合部を覗き込む。
ハリーのペニスは既に力を失い、シロから零れ落ちている。⋮⋮シ
ロの愛液を掬い取り、ハリーの尻穴にもみこむ。
確かに、何度も使われていたのだろう。僕の指は抵抗なく吸い込ま
れ、きゅっと締め付けられる。
﹁あっ⋮⋮オレ⋮⋮ぼく⋮⋮あのっ⋮⋮熱い⋮⋮﹂
最初の強気な様子は一瞬で溶けてしまい、媚を含んだ弱々しい口調
に変わる。
最初にチャナに使われたときも同じようだったし、敢えて男っぽい
口調を使うように指示されていたのだろうか?
シロに上に乗られている姿勢上こちらを向くとまではいかないもの
の、ハリーは不安そうな潤んだ瞳で僕の動きを追おうとする。
⋮⋮おそらくは、性奴隷として訓練されたのだろう媚びた動きは、
本人が意図していなくても興奮を誘うだろう。
とはいえ、僕自身の偏見もあるかもしれないが、僕に男を抱く趣味
は無い。
それ以外に、助ける方法が思いつかないのだ⋮⋮はぁ、この子が女
の子だったらなあ。

403
まずは、四つんばい状態でハリーを押さえつけているシロの膣にペ
ニスを突き入れる。
﹁あっ⋮⋮ご主人様の、きたのっ、いきなり大きいのぉ⋮⋮!﹂
いつも以上に熱くなっているシロの膣内でしばらくその感触を楽し
み、愛液で濡れたペニスを抜き、狙いを定める。
女性の尻を犯す事は何度もやっているのに、相手が少年だというだ
けでかなり気持ち的には抵抗がある。
とはいえ、放置すればこの少年は死んでしまいかねない。
そうすれば、本目的であるチャナの感情が一気に冷め、敵対的にな
るだろう。それは避けたい。
半ば自分を鼓舞するため、声を出して宣言する。
﹁ハリー、今から君を犯す。
女の子みたいに、声を上げて感じてしまってもいい﹂
ハリーは驚いたように、わかっているはずの宣言をした僕に目を向
けた。
﹁⋮⋮オレ、女の子みたいに⋮⋮?﹂
シロにのしかかられ、仰向けになった状態で体を固定されているハ
リーに挿入する。
⋮⋮愛液やチャナが使わせていた潤滑剤があっても、入り口がかな
りきつい。
だが、チャナによる調教のおかげか、入り口さえ越えてしまえば後
はなめらかに挿入することができた。
﹁ふあぁああっ⋮⋮オレ⋮⋮男なのに⋮⋮こんな⋮⋮﹂
ハリーの困惑した声が聞こえる。
自意識は男、快感は女︵と、ハリーには思えるものなのだろう︶。
そのアンバランスに精神が揺れている。
おそらく、最初からこうではなかったはずだ。
チャナの調教の成果に、僕はただ乗りしているに過ぎない。

404
⋮⋮そう考えながら、ふと思いついたことがある。
案外、出来るのでは無いだろうか。
ハリーの言い分や希望も聞くべきだったのかもしれないが、気が付
いたら思いついたことを試し始めていた。
﹁君は男でも女でも、どっちでもいい。女の子になりたいなら、女
の子になってしまえばいい﹂
ペニスに意識を集中し、ハリーの中にある僕の魔力の流れをつかむ。
行き場を失って、出口を探してハリーの体内で暴れている魔力に方
向性を与え、制御し、僕の考えたことを組み込んでいく。
今までは無意識のうちに。今回は、意識して相手の存在を書き換え
る。
⋮⋮おそらくは、相手の思考さえも。
﹁さぁ、君の望みを教えよう。君は、女の子になりたかったんだろ
う?﹂
⋮⋮あぁ、わかった。これだ。
これが、相手を調律するということか。
僕は今、自分の都合でハリーという少年の存在自体を書き換えよう
としている。
元々、ハリーにそんな望みはなかったのかも知れない。
奴隷として調教され、嫌々身に付けた習慣でしかなかったのかもし
れない。
しかし、それを本人の望みなのだと決めつけ、その通りに精神も、
肉体も書き換えることが、今の僕には出来る。
全て変えてしまうことは出来ないまでも、方向付けて、そっち側に
調整することが出来る。
まるで、ピアノの音程を自分好みに調律するかのように。
﹁あっ⋮⋮胸が、お尻が⋮⋮オレ、オレ変だよっ、何か来た、きた

405
っ。怖い、怖いよぅ!?﹂
﹁ハリー、安心して。ご主人様がきっと気持ちよくしてくれるの。
何も怖くないから、受け止めて﹂
快感と魔力の蹂躙によって、自分の体が変化する恐怖にハリーが泣
き出す。
シロはその詳細はわからないまでも、ハリーの涙を舐め取る。
ハリーのペニスが力を取り戻し、ピンと起き上がったので、無造作
に掴みシロの膣にあてがう。
﹁シロ、ハリーの男の子も相手してやるんだ﹂
﹁あははっ、ボク、こっちも元気になったんだ♪﹂
﹁ふあああぁぁぁ、わかんない、わかんないよ!
どっちも、どっちも気持ちいいよぅ!?﹂
ハリーの嬌声をどこか遠くで聞きながら、僕はイメージする。
体内に、存在しない臓器を。
体表に、存在しない器官を。
魔力を操り、形を思い浮かべる。
そうあるように、作り変え、固定する。
﹁なんか、なんか来る!来る!怖いよ、怖いよぅ、あぁっ、あああ
ぁぁぁぁ﹂
自分の体が別のものに作り変えられている事が理解できているのだ
ろう、
快感と道への恐怖で理性のタガが外れたのか、ハリーはシロに抱き
ついて泣き出してしまう。
﹁大丈夫⋮⋮止めちゃうの。人間を止めて、エッチな魔物になっち
ゃうの。
あたしと同じように、ご主人様のメスに⋮⋮あっと、キミは男の子
だけど⋮⋮ご主人様の、魔物になるの﹂
シロが囁いた言葉は、図らずも正解を言い当てている。
僕が狙っているのは、それだ。
ハリーの尻と、縦に並んだシロの尻に交互にペニスを差し込む。

406
ハリーのペニスはシロのおまんこに差し込まれ、快感に動くことも
出来ない状態で震えている。
シロとハリーの快感が共鳴するかのように高まり、同時に僕の限界
も近づいてくる。
﹁行くよ、ハリー。さぁ、心も体も、混ざってしまうんだ⋮⋮っ!﹂
﹁ふあぁっ!? あ、あっ、あああああああ!﹂
ドクンっ、ドクンと、大きく二回に分けて射精がハリーの腸内に叩
きつけられる。
同時に、ハリーのペニスもシロの膣内で射精したのを感じる。
そして⋮⋮
◆◆◆
ゆっくりと体を離し、ぐったりとしたハリーを観察する。
少年的なショートカットに釣りあがった面差しはそのままだが、体
つきが少し女性的になった。
胸が少しだけ膨らみ、力なく垂れ下がったペニスの下に、新しい器
官⋮⋮女性としての膣が生み出されている。
﹁エリオット⋮⋮あんた、もしかしてその子を女に改造したの!?﹂
一息ついていたサラが目ざとくそこに気がつき、口を挟む。
﹁僕には同性愛の趣味は無いからなぁ⋮⋮できるかな、と思って少
し調整してみた。
完全に女にするまではいかなかったみたいだけど、女にもすること
が出来た、というべきかな?
ほら、最初にサラのぺったんこの胸を少し大きくしてあげたろ? 
あれの応用だよ﹂
﹁あぁ、あれならもうちょっと大きくしてくれても⋮⋮って、何言
わせるのよ!?
⋮⋮ってことは、この子は⋮⋮﹂
軽口を叩きつつも、サラはこのことが示す事実を理解しようとして

407
いる。
﹁自分でも、出来るかどうかはわからなかった。
でも、わかった。精神を強制的に書き換える事は、やはり難しい。
ハリーみたいに元々その傾向があったり、そういった調教を受けて
いたからこそ容易だったのは事実だけれど⋮⋮
僕は、相手の性別も変えることができるようになった。
いや、いずれそうなるだろう﹂
0日目の夜:妖華︵☆︶
﹁ハリー⋮⋮あ、あの。ご主人様⋮⋮?﹂
先ほど無事にサテュロスとなった褐色のフレッドが、同じ境遇だっ
た少年を心配している。
僕が主人だという事は本能的にわかるようで、僕に伺いを立ててく
る。
⋮⋮あぁ、そうだ。あれが無事に動いたかどうか見ておこう。
・・・・・
ディアナにはチャナをもてなしておくように伝え、フレッドに向き
直る。
﹁フレッド。君はこれから僕のために働いてもらう。
人として姿を保つ術も教えるし、働いて給料を貰う生活も与えてあ
げる。
その代わり、キミの人生は今からもう僕の物となった。

408
⋮⋮それはもう、わかっているね?﹂
実際には、必ずしもそうとは言えないのだが、成り行きとはいえこ
れは契約だ。
無理やり精神を支配する事はできるけど、可能なら納得した上で僕
の支配下について欲しいと思うのは僕のわがままだろう。
﹁⋮⋮はい。ボクはご主人様の下僕です。
どっちにせよ、チャナ様の玩具として生きる以外には道も無かった
し。
文句を言えるような立場じゃないし⋮⋮﹂
奴隷根性が染み付いている、と文句を言うのは簡単だろう。
しかし、僕は彼らがどんな人生を送ってきて、どうしてここに居る
のかも知らない。
一応精通している年齢で、農村部では立派な労働力になるとはいえ、
まだまだ子供なのだ。
そんな年齢で保護者も失い、奴隷として暮らしていたのであれば、
きっと誰だってこうなるのだろう。
だからといって、彼らを物として扱ってよい訳ではない。
そんな事はわかっているけれど、僕は彼らを魔物にして、下僕にし
て、道具にしている。
わかった上で行う悪事と、しらずに行う悪事、たちの悪いのはどち
らなのだろうか。
﹁あぁ、そうだね。僕は出来るだけ、優しい主人であるよう努力し
よう。
それでも、僕は魔物で悪党だ。
僕に拾われたのが幸運なのか不幸なのかはわからないが、それだけ
は諦めてくれ。
⋮⋮ハリーも今無事に魔物になった。

409
インキュバス ふたなり
キミとは違い、淫魔の変種⋮⋮両性具有の淫魔になったよ。
ハリーとは、仲がよかったの?﹂
フレッドにどこまで伝わるかはわからないが、説明だけはしておく。
﹁ハリーとは、同じ奴隷商人のところに買われて⋮⋮
ボク、こんな外見だから奴隷の中でも虐められてたけど、ハリーは
仲良くしてくれて⋮⋮﹂
フレッドはそういうと、ハリーを見る。
その瞳は、隠し様のない欲情の光が見える。
フレッドの股間で、ペニスが勢い良く立ち上がっていた。
﹁フレッド。
ハリーは今男の子でもあり、女の子にもなった。
もしかして、君はハリーを抱きたいのかい?﹂
その一言で、フレッドの顔色がさっと変わる。自分の欲望を自覚し
たのだ。
ハリーもようやく意識を取り戻し、自分の体と、自分を欲望に満ち
た目で見つめるフレッドの姿を見つける。
﹁あ⋮⋮オレ、一体⋮⋮この、これ⋮⋮からだ⋮⋮。
フレッド⋮⋮オレ、オレ一体⋮⋮?﹂
ポゼッション
﹁<憑依>。フレッド﹂
コマンドワード
小さい声で、あらかじめ設定してあった起動呪文を唱える。
自分の視界に、二重写しになるように同じような光景が写る。
目を閉じると、自分の視界とは明らかに視点の位置が低い光景⋮⋮
フレッドが見ている映像が見える。
⋮⋮よし。
ポゼッションオフ ポゼッション
﹁<憑依解除>。<憑依>。ハリー﹂
連続で切り替えが出来ることを確認する。
再び視点が切り替わり、目を閉じている自分自身と、ペニスをたぎ
らせたフレッドが見える。
よし、ハリーの視界に切り替えることも出来た。

410
・・
⋮⋮これが、今回この少年二人を魔物に変えるときに仕込んだ機能
だ。
この二人の魔物は、自分自身で物を見て、考えて、行動することが
出来る。
しかし、ある条件の下では僕に視界を提供し、その考えも、行動も、
僕に提供する⋮⋮考えを読み込み、場合によっては短時間支配する
ことが出来るだろう。
意識を集中して、ハリーの考えていること、感じ取っていることを
⋮⋮ん?
⋮⋮!?
下腹部に存在しない感覚を受けて、一瞬意識が乱れる。
⋮⋮そうだ、これがあった。しくじった。
サラやシロ、他の女達にこの仕掛けを組み込まない理由はここだ。
もちろん、魔物化するときに仕込むのが一番問題がおきにくいとい
う理由もあるが、僕自身に存在しない器官の感覚を受け取ると、自
分がその感覚情報を処理しきれなくなって、混乱してしまうのだ。
今、ハリーから受け取ったのはハリーの膣と子宮⋮⋮先ほど生み出
してしまった、女性としての器官の発する感覚だ。
ポゼッションオフ
﹁⋮⋮っ! <憑依解除>。﹂
呼吸を整え、見詰め合ったまま動けない少年二人に声をかける。
﹁フレッド。キミに最初の命令であり、最初のご褒美をあげよう。
⋮⋮ハリー、今君は、フレッドに抱かれたいと思ったね?﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
﹁⋮⋮なっ!?﹂
フレッドが疑問の。ハリーは驚きの声を上げる。
そう、さっき受け取ったハリーの中の女性器の感覚情報は、おそら
くは興奮。
ハリーは今、女性としてフレッドに抱かれたいと思っているのだろ

411
う。
﹁ハリーは魔物になり、女性としての機能も持った。男でもあるけ
れど、女でもある。
そして、今君のその勃起したペニスを見て女性としてのハリーは興
奮している。
⋮⋮まぁ、今までの経験で君に抱かれたことも、君を抱いたことも
あるんだから、わかっているんだろうね。
改めて命令だ。フレッド、女の子としてのハリーを抱いて、処女を
奪ってあげるんだ﹂
⋮⋮それとも、悩んでいるなら僕が奪ってしまうけど、いいのかい?
と、悪戯っぽく付け加える。
二人の少年⋮⋮片方は女でもあるが⋮⋮は困ったように見つめあい、
近づき、絡み合い始める。
これで、あの二人は様々な意味で離れにくい存在になっただろう。
あの二人の人生はもうめちゃくちゃだし、それに止めを刺したのは
間違いなく僕だ。
奴隷の生活から救い上げ、これからは食料を、着る物を、そして仕
事を与え、歪んではいても幸せな生活を与えよう。
そうすれば、もう、二人をくっつけた僕からも離れることは難しい
だろう。
⋮⋮裏切れない手駒が出来たのは、喜ばしいことだ。
自分の利益を考えないのであれば、この行き場を失った二人の少年
奴隷を無傷で解放し、結果として路頭に迷わせる方が正しかったの
かもしれない。
⋮⋮はたして僕は悪人だろうか、善人だろうか。
悪党であろうとしているが、それが上手く行っているのかは、未だ
にわからない。
自分が行っていることが善行だとはとても思えないが⋮⋮

412
さて、悩み事と寄り道は終了だ。
いよいよ、今夜の本当の目的であるチャナを堕としにいくとしよう。
◆◆◆
﹁⋮⋮待たせてすまないね。
あの二人は、君と僕が友好的な関係を結ぶことが出来たら、君にお
返しすることを約束しよう﹂
サラとシロは既に次の準備を行うため、外に戻っている。
ディアナはチャナの衣服を全て剥ぎ取り、糸でその肉体をデコレー
トするように縛り上げていた。
肉付きの薄い褐色の肉体に、白い糸がコントラストを刻む。
﹁ホントかナ?
暴力で勝てるやつってノは、大抵口約束を暴力で踏み倒すからネ?﹂
チャナは震えながらも、気丈に答える。
﹁まぁ、暴力で踏み倒すことも出来なくは無いよ。
実際に、君の上役であったアラクネの命を奪ったのは僕達だからね。
とはいえ、君を無理やり支配するつもりはあまり無いんだ。
無理強いして魔物にしても面倒なだけだし⋮⋮最悪、心を壊してし
まう。
ディアナを魔物にするときも、この子も、君の作った解毒剤も優秀
だったからね⋮⋮
危なく命か精神を壊してしまうかと思った﹂
﹁⋮⋮その割には、かなり気を使ってくれましたよね?
拷問をされている最中に、体力の維持のために食事を取らされるな
んて思ってもいなかった﹂
ディアナは笑って答える。
まぁ、その腕は惜しかったからなぁ。
﹁なので、ディアナの推挙もあって、君をスカウトに来たのさ。
君の腕を見込んでね⋮⋮毒使いのチャナ﹂

413
﹁で、モし断っタら?﹂
チャナが聞く。
まぁ、なかなか図太い。
﹁そうだね。あの子達は僕が連れて帰ってしまう。
そして⋮⋮放置も出来ないし、殺す気も無いけれど⋮⋮
君が僕と仲良くしてくれる気持ちになるまで⋮⋮﹂
その時、ちょうどいいタイミングでシロとサラがオークリーダーを
連れて帰ってくる。
﹁僕の部下であるあいつと、仲良くしてもらうかな?﹂
オークリーダーはこちらを見ると、チャナを見つけて興奮した声を
上げる。
﹁ひっ⋮⋮!? ま、魔物!? 街中に!?﹂
魔力からして他の女達は僕の配下だとわかるので、オークリーダー
は許可がない限り手を出せない。
それでも、僕の配下の魔物ではなく、捕まっている状態のチャナは、
オークリーダーの認識では犯していい獲物としか映らないだろう。
オークは元々他種族のメスを襲って犯すことを好む傾向がある。
食欲と性欲を満足させることが出来れば、その辺は容易に押さえ込
めるタイプの欲求ではあるが、久々にその欲求を満たすことが出来
ると思ったのか、オークリーダーのペニスがゆっくりといきり立つ。
﹁だから、ディアナの紹介にあったろう?
僕は人食いダンジョンのダンジョンマスターなのさ。だから、魔物
を連れている。
さぁ、君はどっちがいい?
あのオークに無理やり仲良くさせられるか、進んで僕と仲良くする
か﹂
糸のように細い眼を、少しだけ大きく開き、あせったようにチャナ
はつぶやく。
﹁あはは⋮⋮これは、とんだ悪党だったネ。

414
ディアナが惚れたのもわかる気がするヨ。
降参、降参だから、オークに犯されるってのは勘弁して欲しいナ﹂
﹁ああ、では契約成立だ﹂
指を鳴らし、オークを戻させる。
オークリーダーは不満げにしているが、シロに慰めるよう指示をし
ておいた。
外に出すのも手間なので、奥の部屋でシロがオークに奉仕を始める。
⋮⋮人間だった頃は、あれほどオークリーダーの素体になった男に
怯えていたのに、今では楽しそうに体を重ねることが出来ている。
シロは、魔物になってよかったのかもしれない。
同時に、サラがハリーとフレッドを連れて戻ってくる。
黒いサテュロスのフレッドは誇らしげにハリーの手を引き、白いふ
たなりの淫魔となったハリーは、股間から破瓜の血を滴らせ、それ
でもペニスを興奮に半勃ちにしたままで、フレッドに手を引かれて
やってくる。
﹁チャナ。君は今から、僕の配下となる。
⋮⋮では、今からあの子達を返そう。
今日から、僕の直属の部下であるあの子たちが、君の新しい支配者
となるんだ。
フレッド、ハリー。チャナは今日から君たちのものだ。
⋮⋮二人で、楽しませてあげるといい﹂
ディアナに指示して、拘束したままのチャナを糸で吊り上げ、立ち
上がらせる。
まだ小柄な二人が前後から犯しやすい高さで、両足を開いた体制で
固定する。
﹁え!? ちょっト?
聞いてないヨ? どういうこト!?﹂
チャナは狼狽し、慌てた声をあげる。
旧友であるディアナは悪戯っぽく、答えを返す。

415
﹁あんた、子供を抱くの好きでしょ?
子供の頃、大人たちに無理やりされたせいで、大人に抱かれるのが
怖いのよね?
だから、あのオークじゃなくって、この子達があなたを抱いてくれ
るのよ。
後で、ご主人様にも抱いてもらうといいわよ?﹂
﹁あ、アタシはリードされるのは苦手なんだヨ。
だから、これ話してくれないカナ?﹂
意外な答えだ。
案外、慣れていないのかもしれない。
﹁詳しい話は後にしよう。
チャナ、君が僕の配下になってくれたことを記念して、君を歓迎し
よう。
まずは、今魔物になったばかりの二人に抱かれるのを楽しんで欲し
い。
いずれ、君も魔物になるんだから﹂
﹁え⋮⋮あ、あのサ?
ハリー? フレッド⋮⋮?﹂
チャナが怯えた表情を見せる。
自分が自由に出来ない状況で犯されるのは、本当に苦手のようだ。
﹁チャナ様⋮⋮今まで、いろいろしてくれたよね﹂
少女みたいな整った顔立ちなのに、オスとしての自信をつけたフレ
ッドが一歩近寄る。
﹁チャナ⋮⋮様。オレ、嫌だって言ったのに、お尻にいっぱいいっ
ぱい、変な玩具をいれたり⋮⋮﹂
少年っぽい顔に、気弱な表情を浮かべてハリーが近づく。
﹁二人とも。その子は今は君たちの部下だ。
チャナ様って、言っちゃダメだよ。君たちの主人は僕で、チャナは
僕と君たちの配下。

416
⋮⋮今までされたことを、お返ししてあげるといい﹂
チャナは交渉によって僕の部下になることを了解してくれた。
それを、心の底から信用することが出来ないのは僕の弱さだ。
だから、チャナの心を少しだけ突き崩して、僕が支配できるように
する。
そのために、彼女のプライドをいったん壊す必要があるのだ。
チャナの口から、ひっ、と小さい悲鳴が上がる。
﹁チャナ⋮⋮今は、僕がチャナのご主人様だよ﹂
﹁今までされたことを⋮⋮チャナ様⋮⋮、チャナに、返す⋮⋮?﹂
チャナが奴隷の主人として慈悲深い存在であったならば、きっとや
さしい愛撫が待っているのだろう。
そうでなかった場合は⋮⋮
◆◆◆
﹁もうやめてヨぉ⋮⋮お願い、お願いヨぉ⋮⋮﹂
宙吊りにされた状態で、毒使いのチャナは弱々しく悲鳴を上げる。
あれから、おおよそ一時間。
何度も、何度も、恐ろしい声量の金切り声が響いた。
ここが地下で、防音の聞いた場所でなければ近くから衛兵が飛んで
きそうな叫び声だ。
何度も何度も叫び声をあげたのは、チャナだ。
時折、血行が滞らないようディアナがチャナのマッサージに入る以
外は、ハリーとフレッドの二人に全てを任せた。
もちろん、体の一部や命を失いかねないような行為に及ぼうとした
らすぐに止めるつもりだったのだが、そのようなことは一切起きな
かった。

417
少年たちは、一時間の間延々とチャナを焦らし続けたのだ。
乳房を舐め、乳首に、尻穴に、膣の周囲やクリトリスに媚薬を塗り、
適度に責めてから⋮⋮放置。
ペニスを膣に突きこんだとおもったら、すぐに抜いてハリーとフレ
ッドでじゃれあう。
口での奉仕を命じて、フェラチオを続けるチャナが興奮してきたら、
そこで止めてしまう。
前後からクンニリングスを仕掛けて、愛液が垂れてくるまで執拗に
膣と尻穴を舐め続け、チャナの腰が跳ねだしたところを見計らって
放置し、二人はチャナの目の前でシックスナインの体勢になって互
いに奉仕を始める。
両手を拘束され、両足は開脚した状態で宙吊りにされているチャナ
にはそこに混じることも、自分で慰めることも許されない。
子供だと思って油断した。
いや、子供だからこそなのかもしれないが⋮⋮この子達は、かなり
えげつない。
﹁ディアナぁ⋮⋮おねがい、お願い。拘束を解いてヨ⋮⋮
イケない。イケないのヨぅ⋮⋮。変になりそう、もうアタシ変にな
ルぅ⋮⋮﹂
もう、叫び声を上げる気力もないのかもしれない。
ディアナは僕に抱かれながら、上目遣いに僕を見つめる。
少年たちが、僕にチャナの目の前でディアナを抱くように頼んでき
たのだ。
断る理由もないし、彼らの意図もわかったので、こちらもゆるやか
にディアナとの性交を楽しんでいる。
小声でディアナに囁く。
ディアナはわざと大きめの声で返答を返す。
﹁チャナ、友達としては助けてあげたいのは山々なんだけどさ。
アタシはご主人様の奴隷で、あなたはご主人様の奴隷であるその子

418
たちの部下。
あたしが命令は出来ないから、あなたのご主人様に頼むしかないん
じゃないかしら?﹂
その言葉に、絶望したようにチャナは子供達を見る。
二人の小さな魔物は、楽しそうにかつての女主人を見る。
﹁お⋮⋮おねがいヨぅ、ハリー⋮⋮フレッド⋮⋮
いえ、ご主人サマ⋮⋮イキたいの、イカせて欲しいのヨぅ。
こんな生殺し、耐えらンないのヨぅ⋮⋮﹂
その声を聞いて、少年達はとても嬉しそうに見えた。
﹁⋮⋮どうしよう、フレッド?﹂
楽しそうに、ハリーが隣の少年に尋ねる。
﹁ご主人様、どうしますか?﹂
それに答えるように、フレッドが僕に聞いてくる。
﹁チャナを壊してはダメだよ。僕の大事な部下でもあるんだ。
どこまでやったら壊れるかは、おそらく散々実地で試されただろう
から⋮⋮まぁ、その少し手前まで。
君たちは、少しだけ優しい奴隷の主人になってくれ﹂
チャナがこの子達を壊れる寸前まで追い込んで、そこで止めていた
のは容易に想像がつく。
子供達は加減がわからないかもしれないから、ある程度釘を刺して
おく必要はあるが⋮⋮あまり心配は無いだろう。
その言葉を聴き、ハリーがこちらにむかってこう言った。
﹁あの、ご主人様⋮⋮オレ⋮⋮と、フレッドで、色々したいから⋮⋮
隣の部屋で、少し休憩してもらっていていいですか?﹂
⋮⋮まぁ、ディアナは同じような状況で半日以上責められていたか
ら、そうそうチャナが壊れるとも思えない。
長時間吊って置くのは流石にまずいので、両足の拘束を解く。
黒檀色のフレッド、褐色のチャナ、白い肌のハリーが、グラデーシ

419
ョンを描くように重なり合う。
既に、チャナの足元には失禁と愛液で小さな水溜りが出来ている。
時々フレッドの視点から状況を見張ることにして、僕とディアナは
隣の部屋に移動して休憩と食事を取ることにした。
隣の部屋から、悲鳴と嬌声が交互に聞こえだした。
◆◆◆
﹁⋮⋮お待たせしました、ご主人様。準備できましたから、来てく
ださい﹂
フレッドが僕達を呼びにきたのは、それからさらに一時間以上経過
したあと。
僕がディアナの膣内に2回目の射精をして、チャナの薬品棚を一通
りチェックし終わるかどうかという頃だった。
﹁ほら、チャナ。僕達のご主人様にあいさつするんだ﹂
﹁チャナさ⋮⋮い、いや、チャナ。
い、いつもオレたちに言わせてたみたいに、おねだりだぞ?﹂
二人の小悪魔は、チャナを様々な玩具で飾り立てていた。
チャナは薬草畑の、土がむき出しになっているあたりに仰向けにな
り、こちらに向けて両足をMの字に開いていた。
両手は自ら尻肉を開き、見せ付けるように濡れた股間を強調してい
る。
顔の上半分を覆い隠す目隠しマスク。
メスシリンダー
陶器で出来た小型の注入器から、かすかに刺激性のある香りが漂う。
おそらくは浣腸液の類だろう。チャナの下腹部はポコンと膨れ上が
り、尻穴には羽飾りつきの詮が押し込まれていた。
まるで、隠微な生け花のようだ。

420
目隠しマスクの舌では、あの細い目を見開いて涙を流しているのだ
ろう。
チャナの頬には涙が流れ落ち、乾いた跡がかすかに見える。
口元はだらしなく小さく開き、涎が垂れ流されていた。
﹁ご⋮⋮ごしゅじン⋮⋮サマ⋮⋮。
チャナは⋮⋮お子様チンポの奴隷で⋮⋮大人チンポが怖い、臆病な
メスです⋮⋮
けど、けどォ⋮⋮ごしゅじんサマのごしゅじんサマなら、大人チン
ポでもいいでス⋮⋮﹂
弱々しいしい声で、チャナが服従の言葉を述べる。
ハリーが痛々しそうな顔を見せ、フレッドは嬉しそうにチャナの乳
首を強めにつねる。
﹁ヒァっ!? ⋮⋮痛いヨ、ごめんなサイ、ごめんなサイ。チャナ、
何か間違えてまシた?﹂
完全に主従は逆転。フレッドは優しい声で間違いを指摘する。
﹁いいかい、チャナ。
僕達のご主人様に、なんで君が許可をだすの?
いいです、じゃないよね。ください、とおねだりをするんだよ?﹂
そういうと、フレッドはこちらを見つめる。
シロと良く似た、褒めてほしそうな子犬の目つきだ。
⋮⋮いや、この子はもしかしたら、猟犬かもしれない。
﹁フレッド、良くわかっているね。
厳しくする必要は無いけれど、僕のために考えて行動することが出
来るのはとても良い﹂
上手く育てれば、フレッドは優秀な使用人になるかもしれない。
苛烈にならないようにこちらが注意する必要があるかもしれないが、
その辺は良く考えておかなければ。
﹁あぁ⋮⋮。

421
申し訳ありマせん⋮⋮。
大人チンポ、チャナに⋮⋮子供チンポに興奮するヘンタイのチャナ
にぶち込んでくだサイ!﹂
チャナがついに懇願の声を上げる。
その物の言い様に、僕は小さく笑って小声でサラに声をかける。
﹁ねえ、あの娘もサラと同じように、下品な言葉を使われると興奮
するみたいだね﹂
シロとディアナはそれを聞いてクスリと笑い、サラは憮然とした顔
になる。
﹁わたしはその子みたいに糸みたいな目をしてないし、そんなヘン
タイじゃないわよ!﹂
⋮⋮自覚がないみたいだ。
ちょっとお仕置きしておくべきかもしれない。
﹁へぇ、そうなんだ。同じヘンタイ同士、後でサラにもいっぱい精
液を注いであげようと思ったんだけど。
ヘンタイじゃないならまた今度にしておこうかな?﹂
この言葉はてきめんに効いた。
何せ、オリヴィアが戻ってきたらサラはエブラムの宮廷に行かなけ
ればならない。
同じ街なので会えなくなることは無いが、今までどおりすぐに僕に
抱かれるというのは難しいだろう。
﹁⋮⋮わ、わかったわよ、認めるわよ!
あたしは⋮⋮サラは、下品な言葉を投げつけられて興奮するヘンタ
イよ!
だから、だから、もっとエッチしてよぅ!この悪党!﹂
小さく笑うと、後でね、と言い残してサラを放置。
きっと、捨てられた子犬みたいな目をしていことだろう。
まだおねだりの言葉を言い続けているチャナのところに近づき、耳
元で囁く。

422
﹁君に今から僕の精液を注ぐ。なんども君の小さなおまんこを貫い
て、ぐちゃぐちゃにして、
魔物の精液を注ぎ込む。いいね?﹂
﹁⋮⋮くだサイ。チャナに、魔物ザーメン⋮⋮くだサイ﹂
﹁チャナ、そうしたら君はどうなるか分かるかい?﹂
指先で、チャナのクリトリスを軽くもてあそびながら問いかける。
僕のペニスはもう準備万端なのだが、一応確認だけはしておきたい。
二人の仕込みは万全で、既にチャナの膣内は熱々に蕩けていた。
﹁どう⋮⋮なっちゃウの⋮⋮?﹂
﹁君も、魔物になるんだ。ディアナみたいに⋮⋮
ハリーや、フレッドみたいに。僕に忠実な、魔物に﹂
言い終わると同時に、ペニスをあてがい、一気に貫く。
二時間の間中途半端に焦らされていたチャナは、まるで吸い込むか
のようにペニスを飲み込む。
﹁おっ⋮⋮おおお、オおおおおオおお⋮⋮っ!!﹂
一気に溜め込まれていた分が解き放たれたのか、チャナの体が小刻
みに痙攣して一気に絶頂に持っていかれる。
﹁いや、怖い、おとなの大きいのが、ナカに!ナカにぃ⋮⋮
やなノぉ、大人チンポ怖い⋮⋮うぅン、あぁ⋮⋮﹂
恐怖に震えていた体も、完全に発情してしまっているために、蕩け
る方が早かった。
怖いという恐れの声はいつの間にか甘い響きを含み、腰がうねりだ
す。
一番奥に届いたときに、ペニスの下部に何かが当たっているのがわ
かった。
あぁ、もしかして⋮⋮
﹁ご主人様。チャナ⋮⋮の、おなかの中は、全部キレイにしてあり
ます﹂

423
ハリーが、もじもじとしながら報告する。
と言う事は、薬液だけかな?
﹁今、チャナのおなかの中は、チャナが育てていた特製のスライム
が詰めてあるんです﹂
﹁⋮⋮スライムぅ!?﹂
フレッドの言葉に、驚きを隠せない。
スライムは原始的な植物の一種で、湿地などに時折出現する。
知性などは無く、触れたものに反応して飲み込む、ゲル状の食虫植
物の一種⋮⋮と言う認識しかない。
大きく育った物が、ときおり不幸な旅人や動物を飲み込んで死なせ
てしまうので、世間的には魔物のようなものと扱われている。
種別によるが、強酸性の液体を分泌して、肉を溶かしてしまうよう
なものだと聞いていたのだけれど⋮⋮
﹁もしかして、こういうことのために品種改良を?﹂
目隠しをしたままのチャナに問いかける。
腰の動きは止めて、ペニスは先端部分を入れただけで焦らしておく。
﹁あっ⋮⋮いや、やめテ、抜いテ、抜かなイで⋮⋮﹂
﹁チャナ? 僕が聞いているのはそれじゃないよ?﹂
指先を小さな口に入れ、口腔内をまさぐる。
チャナの長い舌が指を舐め、奉仕を始める。
指を抜き、頬をつかみ顔を少し持ち上げる。
﹁このまま、お尻の栓を抜いてしまおうか?﹂
その言葉は結構聴いたようだ。チャナは焦った様に体をひねるが、
逃げられるわけもない。
﹁さぁ、答えて。チャナ、君はお尻の中に何を入れているんだい?﹂
今更になって羞恥心が高まったのか、それとも別種の興奮か、チャ
ナの頬が紅潮する。
﹁それハ⋮⋮品種改良したウーズですぅ⋮⋮菌糸類の一種デェ、ス
ライムと同じようナ⋮⋮

424
酸は弱いケド、毒性を⋮⋮もってテ⋮⋮品種改良しテ、毒を抜いテ
⋮⋮
媚薬と一緒に、入れるようにしたンです⋮⋮あぁっ、あん。
ご主人サマぁ、お願イでスぅ、怖いノ、もっと怖いノ欲しいノぉ⋮
⋮!﹂
﹁他にも、あるのかな?﹂
﹁ありマす、ありマスぅ⋮⋮全部、あげまス⋮⋮みんな、ご主人サ
マたちのモノですからぁ⋮⋮﹂
⋮⋮よし。
それを聞くと、再びチャナの中にペニスを突きこみ、何度も出し入
れを繰り返す。
﹁あぁあぁあぁあああアアア⋮⋮大人チンポ、いやァ⋮⋮届くヨぅ、
子供チンポだと、来れないトコまで来るゥ⋮⋮﹂
チャナの身体は小柄で、別に大柄でもない自分でも、容易に持ち上
げることが出来る。
シロと比べても、少し小さい。
だから、向かい合って正上位で挿入したまま、チャナを持ち上げて
立ち上がってみた。
﹁ひ!?﹂
目隠しをされているチャナからすれば、何が起きたのか一瞬わから
なかったのだろう。
きゅんと締め付けが強くなり、細い両足が僕の腰を締め付けるよう
に絡みつく。
尻を自ら割り開いていた両腕も、落とされないよう僕の背中に回さ
れ、抱きつかれたような形になる。
まるで赤ん坊を抱いてあやすような状態で、チャナの自重によって
腰は落ち、自動的にペニスによって奥まで貫かれる。
﹁ふ、深イぃ⋮⋮!?﹂
首が反り、チャナの頭が仰向けになる。

425
片方の手を開けて、チャナの後頭部をつかみ、引き寄せて唇を奪う。
最初は驚いていたようだが、すぐに舌を絡めてきた。
しばらくの間、呼吸も忘れたように舌を絡めあう。
気が付けば、僕のズボンがチャナの愛液でずいぶんと濡れてしまっ
ていた。
﹁さぁ、チャナ。そろそろ絶頂が近いんだね?﹂
ペニスにたまった魔力が、ゆっくりとチャナの胎内にしみこんでい
く。
鼓動が読み取れるようになり、絶頂の波が近づいているのがわかる。
﹁君の子宮に、精液をいっぱい注ぎこんであげる。
今の、淫らで無様な君が絶頂に達する瞬間を見てもらうんだ。みん
なに⋮⋮ね﹂
耳元でそう囁くと、目隠しを剥ぎ取る。
﹁!!﹂
周囲では、僕らを見て発情した観客たちがそれぞれにセックスを始
めていた。
サラが弱気になってしまったハリーを叱咤激励しながら自分を犯さ
せ、犯されながらハリーの女性器を指で愛撫している。
自ら四つんばいになり、高く尻を持ち上げて誘うディアナにフレッ
ドが飛びつき、尻を押さえつけて後ろから犯している。
シロは既に一戦終えた後のようで、仰向けに寝かせたオークリーダ
ーのペニスをハーモニカのように舐めしゃぶり、オークリーダーの
舌による後戯を楽しんでいた。
女たちが、みな淫らに遊びながら、チャナの事を見ていた。
突き刺さる視線を感じ、一気に前進に緊張が走った瞬間に、目隠し
同様に、チャナの尻に刺さった鳥の尾羽の付いた栓を引きぬき⋮⋮
抜き取ると同時に、一気に精を解き放つ。

426
密着した腹部ごしに、精液が注ぎこまれるのがかすかに感じられる。
﹁え⋮⋮見てル、みんナ⋮⋮に、みらレ⋮⋮っ!!!??﹂
チャナの絶頂は、一呼吸タイミングをずらして訪れた。
下腹部から腹部、胸へと痙攣にも似た震えが訪れ、言葉にならない
叫びを上げながら、両手両足をぎゅっと締め付けてくる。
我慢できなくなったのか、大きな音を立てて、チャナの尻穴から湯
気を立ててウーズが噴出した。
﹁あ⋮⋮ああア⋮⋮あああア⋮⋮むぐっ﹂
絶頂の叫びは、低い唸り声のような音だった。
それをふさぐように唇を奪い、舌を吸い、甘がみする。
糸の様に細かったチャナの眼が大きく見開かれ、ゆっくりと情欲に
濁り、蕩けていく。
力いっぱいしがみついていたチャナの全身からゆっくりと力が抜け、
仰向けに倒れる。
流石に地面が土の部分とはいえ、仰向けに倒すのはよくない。
まだペニスが突き刺さったままの腰を両手で押さえて、倒れるのは
防ぐ。
ハリーとフレッドがかけ寄ってきて、チャナの体を横たえる。
チャナの全身に、細かい震えが走る。
まだ意識は戻っていないが、魔物化が始まったようだ。
髪の毛や、指先に植物性の糸のような、小さな蔦の様なものが混じ
り始める。
肩の先や、指の背の一部が樹皮のように硬くなる。
下腹部の色素が抜け落ち、腰から下の肌が薄い黄褐色から、白に近
くなる。
﹁⋮⋮あぁ、なるほど。君の本性は、これか﹂
そこに生み出されたのは、アルラウネ。
人の姿を持ち、叫び声で人を惑わせる、毒を持つ植物の魔物。
少なくとも、それに良く似た性質を持つ魔物へとチャナは変わって

427
いた。
◆◆◆
﹁エリオット様、お見事です。これで、あたしも友人を殺さずに済
みますわ﹂
ディアナがそういって、チャナを起こし、長椅子へと運んでいく。
長い付き合いだというし、実際に大事な仲間だったのだろう。
無事に魔物に出来て、本当によかった。
⋮⋮そこまで考えて、ふと思い直す。
魔物に出来て良かった。それは、本当なのだろうか?
﹁どうしたんですか、ご主人様ぁ?﹂
﹁あ、あのさ⋮⋮約束、守りなさいよね?﹂
シロとサラの声に、思考が引き戻される。
そうだ、こんな事は、考えていても仕方がない。
﹁あぁ、約束は守ろうじゃないか。
シロ。サラを押さえつけて、お尻をこっちに向けさせて。
⋮⋮さぁ、待たせたね。お尻とおまんこと、どっちを犯して欲しい
?﹂
明け方近くまで緩やかに過ごし、僕たちはまとまって、久しぶりに
ベッドの上で眠りについた。
428
暗殺ギルド:昼から夜にかけて
翌朝。
チャナの隠れ家でそのまま一夜を過ごした僕達は、チャナの研究し
ている様々な植物や菌類を確認させてもらった。
毒や薬品は役に立つだろうが、それは今ではない。
暗殺ギルドの頭目、蛇姫と呼ばれる魔物はディアナとチャナに詳細
を聞く限りは﹁ラミア﹂と呼ばれる、大蛇の下半身を持つ女性型の
魔族だ。
知識の上では、もっと東方の大陸にいる魔物と言う話を聞いていた
のだが、何故そこにいるのかはわからない。
まぁ、それを言えばアラクネも北方の伝承に存在する魔物だし、魔
物が当たり前のように出現するということは聞いたことがない。
もちろん、魔界に行けば別なのだろうが、僕は魔界がどこにあるの
かも知らない。

429
エブラムに詳しいシロと、疑われにくい外見のダリアに馬車の扱い
を任せて、入れ違いにアスタルテを呼び出す。
ディアナの持つエブラムの地下水路の地図を中央に置いて、攻略手
段を考える。
実際には、ある程度方法は考えてあった。
地下に空間をつくるというのは、自然洞窟を利用しない限りかなり
大仕事だ。
小部屋を作るだけでも、最低限そこにあった土を何処かに持ってい
かなければならない。
壁面の補強、水はけの管理などなど、細かい中止点や心配事は上げ
ていけば枚挙に暇がないだろう。
地面を掘ることにかけては、専門の工夫やドワーフ達がいるといな
いとでは、その必要な期間と成果が大きく違うといわれる。
エブラムの水路は元々あった川と水路を整備し、使いやすいように
一部のルートを変更したものだ。
元からあった川を利用したと行っても、都市の各所に水路を掘り、
一部を地下水路として地下に押し込めたのは驚異的な技術力だった
はずだ。
30年も前に行われたこの都市計画は、その後追従する都市がある
とはいえ、この国でもまだ比肩する都市が多くあるわけではない。
︵もっとも、それは大きな川に接するエブラムと言う立地があって
のことだが︶
とかく、それぐらい専門性が高いのだ。
⋮⋮だから、そんなに広い空間をつくれるわけもない。
しかも、大抵は堅牢さを増すために密閉されており、換気はあまり
よくないのが常だ。

430
だから、揮発性の麻痺ガスが効果を発揮するだろう。そう思ってい
た。
その予想は間違ってはいなかった。
ただし、人間が出入りするエリアでは、と言う条件が付いていただ
けだ。
﹁⋮⋮可能性として、その蛇姫の居場所は地下水路に直結している
可能性が高いですね﹂
アスタルテが淡々と指摘するように、地下水路やその整備用の通路
の地図と、暗殺ギルドの位置を示す地図を重ね合わせると、蛇姫の
居座っているエリアは高い可能性で地下水路に⋮⋮しかも、何方向
かに分かれる分岐点に近いことがわかった。
エブラムの地下水路は広く、地上から見られるリスクを考えなけれ
ば都市内部の7割程度の場所に直接行くことができる。
この地図を入手するためには、エブラムの治安責任者や工事担当者
クラスによほどの鼻薬を嗅がせないと厳しいだろう。
軍事的にも、これを他の国や敵対勢力に知られるのは危険な代物だ。
⋮⋮どこから手に入れたのかは、確証がないが、一つ思いつく候補
はある。
暗殺ギルドが少人数で成果を上げることが出来ていたのは、この地
図を使った機動力があってのことだったのだろう。
そして、暗殺ギルドの残り一人の長であるラミアは、一歩間違えば
この地下水路に逃亡してしまう可能性がある。
そんなことになれば、おちおち街中を歩くことも出来ない。
﹁どうにかして、罠を仕掛けないとね⋮⋮逃がさないようにするか、
逃げられてもルートを固定できれば⋮⋮﹂
﹁ねぇねぇ、エリオット。あたしの知る限り、ラミアって単体でも
かなり力の強い魔物だって聞いてるけど⋮⋮
あたしたちの戦力で何とかなると思う?﹂

431
サラがもっともな突込みを入れてくる。
﹁正面から当たるのは愚策だね。何らかの仕掛けを使って無力化し
ないと、僕達には勝ち目がないよ。
⋮⋮可能なら支配したいけれど、アラクネ同様に一歩間違えたらこ
っちがあっという間に殺されてしまう﹂
明後日にはオリヴィアたちは帰ってくる。
知らせが届くのは、早くて明日の早朝。
つまり、暗殺ギルドが油断しているのは、長くても今日一日だけだ
ろう。
今夜までに勝負をかけなければ、僕達に勝ち目は無い。
ああでもない、こうでもないと、地図と暗殺ギルドの戦力調査結果
と、僕達のもって居る戦力と道具を見比べながら検討を重ねる。
しかし、どうやっても﹁高い可能性で地下水路に逃げ道があり、蛇
姫が地下水路に逃げた場合に止める手段がない﹂と言う問題の解決
には至らない。
色々と考えたが、まだ解決の糸口は見つからない。
その頃になって、ようやく空腹を感じるようになった。
地下だから明るさがわからないが、そろそろ昼時だろうか?
そんなことを考えたときに、ダリアとシロが全員分の食事を準備し
てやってきた。
﹁マスター、皆さんの分の食事をお持ちしました。
⋮⋮この街は、すごいですね。自分で作らなくても、宿に入らなく
ても、路上で軽食を売っているなんて⋮⋮﹂
サンドイッチ
﹁ここの包みパンはねぇ、安くておいしいのぉ♪
昔っからお金のない冒険者や傭兵が並んでたりしたのよ。
ちょっと、正体ばれそうだったからダリアに買い物をお願いしたん
だけどね♪

432
おじさんから結構おまけしてもらったみたいじゃない﹂
鉱山村から出たことがなかったダリアは、やっぱり僕と同じように
おのぼりさん状態になっていたようだ。
とりあえず、この街に慣れているシロと組ませたのは正解だったよ
うだ。
二人の手元のバスケットから漂うパンの香りにサラとディアナが歓
声を上げ、魔物になったばかりの少年二人も食事を見た瞬間におな
かを鳴らしてしまい、赤面する。
まぁ、昨日の夜から軽く菓子などはつまんだとはいえ、朝まで運動
し続けていたのだ。腹も減るだろう。
ぐったりとしていたチャナも、ようやく起きだしてきた。
﹁ナニ、この和気藹々とシた空気⋮⋮あ、アタシにも食べ物もらえ
ると嬉しいナ⋮⋮
あ、ちがった。あノ、ご主人サマ⋮⋮﹂
寝ぼけなまこで、昨日のことを思い出したのかチャナは急に口調を
改める。
﹁あぁ、普段はいつもどおりでいいよ。
別に僕は君の生活全てを支配しようとは思わないし、
君の言葉遣いが気に入らないからって罰を与えるような事はしない
し﹂
﹁⋮⋮ヘ?﹂
僕の言葉にきょとんとするチャナ。
彼女にとっては、そんなゆるい支配関係は今まで未経験のことなの
だろう。
ディアナを見て、僕を見て、何か納得したような顔つきで近寄って
くる。
﹁⋮⋮ディアナがアタシを呼んだワケが、なんとナくわかった気が
するヨ。

433
居心地がずいぶんとよさそうだネ?﹂
ディアナが空いている椅子を目線で差し、チャナは何の気負いも無
く腰掛ける。
まぁ、元々ここはチャナの住処だし。
﹁デ、今はナニを相談してタのカナ?﹂
チャナの質問に答える前に、僕はここに居る全員の支配者として、
宣言した。
﹁その話は後にして⋮⋮まずは、食事にしよう。正直、腹が減って
死にそうだよ﹂
◆◆◆
サンドイッチ レーシ
ダリアとシロが買ってきた包みパンは、いわゆる旅人向けの携行食
ョン
料の豪華版だ。
堅焼きパンの代わりに柔らかい丸パンを半分くらいカットしたもの
に、チーズとバターと燻製だけではなく、塩漬けの魚の切り身や細
かく刻んだ野菜を挟み込んだもの。
保存が利かない代わりに、安価な生鮮食品を使うことで値段を少し
下げたお弁当⋮⋮と言うところだろう。
まぁ、布や紙でくるむと便利なのだろうが、安価に販売するこの手
の弁当に、紙のような高級品を使うことは難しい。
東方の国では、柔らかい質の木材を薄く切ってなめした物を包み紙
として利用するという話を聞いた事はあるが、残念ながら現物にお
目にかかったことは無い。
食事をしながら、暗殺ギルド攻略の相談は続く。
サンドイッチ
包みパンをかじっていると、チャナ、ハリー、フレッドの3人が不
思議そうに僕のことを見ている。

434
﹁⋮⋮何か、変なことでもある?﹂
問いかけてみると、
﹁あ、いえ⋮⋮オレは、別に﹂
﹁ご主人様、いいのですか⋮⋮?﹂
ハリーとフレッドは歯切れの悪い回答。
一足先に僕とのやり取りに慣れたのか、チャナがその疑問に答える。
﹁ハリーとフレッドはアナタの奴隷で、アタシはこの二人のご主人
様ノ奴隷だヨ?
普通、主人は奴隷と一緒に食事ナんかしナイし、奴隷に与える食事
は主人の残り物っテ相場が決まってるヨ﹂
その言葉に、ディアナとアスタルテも同意する。
﹁まぁ、ご主人様は元々そういう生まれでは無いと思ってましたし
⋮⋮それが主人の義務であるとも思いませんし。
ちゃんと支配してくれていれば、あたしはそれで満足かな⋮⋮﹂
﹁エリオット様は、そういう支配階級の振る舞いをそろそろ覚えて
いただいても良い頃かもしれませんね⋮⋮
私たちは貴方様の奴隷なのですから、もうちょっと威厳を持ってい
ただいてもよろしいかと﹂
なるほど、そりゃまぁ、僕は貴族でもなんでもないからそんな生活
とは無縁だった。
使用人だって、ダリアを支配するまで使ったことがなかったわけで、
そんな常識を知っているわけもない。
﹁⋮⋮まぁ、いずれ考えるけど、君たち相手にそれやって、何かい
いことあるかい?
公の場でそう振舞わなければならないときが来たら、改めて考える
よ。
僕は成り行き上こんなことになってるけど、平民育ちなんだからさ。
礼儀作法やら、階級ごとの振るまいやら常識やらは⋮⋮正直、面倒
くさい﹂

435
そういって、サンドイッチを大きく頬張る。
⋮⋮味付けに使われているドレッシングが、なんだか喉に絡まる。
﹁あれ?
このドレッシング、なんだか流れないような⋮⋮﹂
ダリアがハンカチを差し出しつつ、僕の疑問に答えてくれる。
﹁それは⋮⋮お店の方に寄れば、高級なデザートなどに使う素材を
使って、味付け用のドレッシングをゼリー状にして振りかけている
んだそうです。持ち歩くときにこぼれてしまうと、味が薄くなって
しまうから、と﹂
なるほど、これが大都市の実力か⋮⋮
デザート用のゼリーって、そういえばこの前アスタルテとエブラム
に来たときに宿でおまけに出してもらったあの甘いスライムみたい
な奴か。確かにあれは変わった食感だった⋮⋮
﹁あぁ、わかりましたぁ♪﹂
シロが急に声を上げる。
﹁どしたのよ、シロ?﹂
怪訝な顔でサラが問いかけ、シロは得意満面の笑みで
﹁このゼリー、傾けるとすこし流れて、ちょっとプルプルしてて⋮
⋮何かに似てるなぁって思ったんだけどぉ。
ご主人様のザーメンとそっくり!﹂
その一言でみんなが壮大に咳き込む。
ダリアは口元に手を当てて赤面し、サラは大いにむせて食べていた
ものが一部噴出してしまっている。
ディアナ、チャナ、ハリーとフレッドの4名は思い切りむせた跡、
唖然として一部始終を見守っている。
﹁⋮⋮あの、シロさん。マスターでも、いつもいつもこんなに濃い
わけでは⋮⋮﹂
﹁ダリア! そこ一言多いから!﹂

436
天使が通り過ぎる間と言うのだろうか、気まずい沈黙が流れ、空気
を呼んでチャナが別の話題を切り出す。
﹁ソ、ソういえば、ゼリーで思い出したンだけど、アタシが育てて

ル植物にちょっと変わった子が居てサ⋮⋮
道をふさぐのに使えるカナ、と思ったンだけど、ちょっと強度が足
りナイかナ⋮⋮?﹂
ゼリーから話題をそらそうとして、結局同じスタート地点になって
いるのはどうかと思うけど、なにやらチャナには紹介したい植物が
あるらしい。
何か自慢したいのだろうな、と感覚的にわかる。
﹁チャナ、その子って、どういう子なんだい?
良かったら、見せてもらえるかな﹂
﹁ウン、いいヨ♪
アタシはアナタの魔物デ、アタシの子供達はアナタのためにあるン
だからね♪
この子は、スライムやウーズの変種でネ⋮⋮アレ?
ねえ、アタシの体がとこロどこロ妙な感じナンだけど、これっテ何
?﹂
ようやく自分が魔物になったことに気が付き始めたチャナに説明を
しながら、昼食の時間は過ぎていった。
◆◆◆
チャナの説明を聞いた後に、薬草倉庫に案内される。
ここもまた、地下水路に直結した秘密の通路があり、その中に倉庫
をつくっていた。
﹁この子だヨ﹂
チャナが、一つのガラス容器を指し示す。
ガラス容器は透明で、向こう側の壁が透き通って見える。
﹁まぁ、大きさには限界があるけれど、狭い道を塞ぐ位はできるン

437
だヨ。
とはいエ、一個の大きさハ道を塞ぐのに使っチャうと厚みがなかな
かネ⋮⋮﹂
説明を聞き、ためしに小さいサンプルを見せてもらう。
⋮⋮これは、もしかしたらいけるのでは無いだろうか。
地図を再度見直し、自分の魔力量と、今見たものの数を考える。
概算だけを頭の中で組み上げると、案外いけるのではないかと思え
る結果になった。
﹁⋮⋮チャナ、それをできるだけ多く準備してくれ。
部屋に戻って、作戦を練ろう。
⋮⋮案外、これはいけるかもしれないね﹂
◆◆◆
昼すぎ、僕達は地下水路を歩いていた。
地下水路の警備は滅多にないとは聞いていたものの、運悪く鉢合わ
せしたら作戦は水の泡だ。
なので、地図を確認しつつゆっくりと進む。
エブラムの地下水路は、水路に蓋をしたタイプの浅いものと、地面
をくりぬいた深いものの二種類があって、暗殺ギルドに近いエリア
は後者だった。
人間が3人くらい並んで歩ける幅の広い水路は、大雨の際等には水
門を開けるので満杯になることもあるようだが、通常は膝を少し超
える程度の深さまでしか推量は無い。
これくらいの水量なら、ラミアが泳いでくる事は十分に可能だろう。
ならば、騙す事が可能かもしれない。

438
あらかじめ計画したポイントに到着すると、シロに周囲を警戒させ
つつ、足場に白墨を使い簡易な魔法陣を描く。
僕の魔力はそう多いわけではない。
予定では、同じことをあと5回繰り返さなければいけないから、消
耗をできるだけ抑えなければ⋮⋮
触媒は、今までにダンジョンで溜め込んだ骨。
本当は、これで全部作り出すことが出来れば一番魔力の消耗が少な
いのだけれど、そこまで時間は取れない。
魔力さえ潤沢に使えれば、触媒なしでも召喚する事はできるが、そ
んな贅沢はできない。
スケルトン
数分間の儀式を終えると、骨は動き出し、増殖し、数体の骸骨が生
み出される。
ハリーとフレッドに運ばせていた、スコップと長靴、その他の板な
どをくくりつけ、指定した状況になったときに行うべき行動をしっ
かりと指定する。
スケルトンは知性がなく、応用がまったく利かない代わりに、ゴー
レムのようにあらかじめ行動を指定しておけば、そこそこ複雑な行
動をさせることが出来る。
もちろん、急遽変更なんていう器用な真似は出来ないから、ここで
指定をしくじるとやはり大事になる。
五分もすれば、そこにはスコップを持ち、長靴を履き、足腰に枝や
板を括り付けたえらく不恰好なスケルトンが残った。
ないとは思うが、誰かが通ったときに少しでも見つかりにくくなる
ように水の中でしゃがみ、隠れて待機するように指示をする。
これをあと5回繰り返し、別のところで大掛かりな仕掛けを行い、
地上に出たときは既に日は傾いていた。
へとへとに疲れていたが、後しばらくしたら暗殺ギルドへの襲撃を
行わなければいけない。

439
再び地下水路を通ってチャナの隠れ家に戻り、食事を取ってみんな
を仮眠させ、魔力補充のためにダリアを抱いた。
完全に日が落ち、エブラムを囲む門が閉じる。
その時点でハリーとフレッドに起こされ、慌てて準備を始める。
シロには地下水路で待機させ、馬車を暗殺ギルドへの入り口がある
建物の近くに止める。
ディアナとチャナが暗殺ギルドへと入っていく。
同時に、馬車の中に運び込んだ水盤を起動し、ディアナのペンダン
トから入る映像と音を確認する。
今のところは順調。
さぁ、今度はこちらが攻め込む番だ。
暗殺ギルド:強襲
﹁⋮⋮と言うことで、遠征軍は壊滅。蜘蛛姫は明日には戻られると
思われます﹂
暗殺ギルドの集会室は、小さな酒場程度の広さしかない地下蔵だっ
た。
ディアナは部屋の中央に立って、周囲にてんでバラバラに腰掛ける
構成員達に状況を説明する。
もちろん、内容は﹁暗殺ギルドの想定どおりに進んだ結果﹂であり、
事実ではない。
周囲にいるのは、下級幹部らしき人物が3名、一般構成員らしき荒
事になれている感じの男たちが8名ほど。
チャナは脇にある部屋にこもっており、こちらから様子をうかがい
知ることはできない。

440
⋮⋮話に聞いたとおり、暗殺ギルドは実働部隊の数が多くは無いよ
うだ。
部屋の奥には、薄いカーテンで周囲を覆われた穴がある。
穴は小さなものではなく、おそらくはこの地下蔵の2割程度の広さ
があるだろう。
その内側に小さな松明がともされているようで、内側に存在する何
者かの影が揺れている。
雑な言い方をすれば、異形だ。
地下の水路から伸びているのだろうか、人間の胴体と同じかそれよ
り太そうな大蛇の胴。その先端に女性のものらしき上半身が乗って
いる。
影しか見えないため、その正確な大きさ測ることが出来ないが、威
圧感はかなり強い。
﹁⋮⋮ディアナ、大儀であったのぅ﹂
カーテンの向こう側から響く声は、鈴を鳴らすように高く、声だけ
を聞けば幼くも感じる。
しかし、その声は無邪気に命を奪う酷薄な響きを秘めており、アラ
クネのものとは別種の恐怖を与えている。
﹁遠征軍の女指揮官も、アラクネに弄ばれ、喜びを知ってから死ん
だのであろ。
まこと、あやつは優しい奴よのぅ⋮⋮ともあれ、これで我等の巣も
安泰ぞ。
翌日にはアラクネも戻るとなれば、汝らには褒美を与えねばの﹂
ラミアの口調は、何処か異国の風情を感じるものだった。
貴族的な言葉遣いなのかもしれないが、オリヴィアがこういった言
葉遣いをしているのは聞いたことがない。

441
チャナが部屋から顔を出し、ディアナに向けて小さく頷く。
どうやら、準備は整ったようだ。
﹁⋮⋮いえ、それには及びません。
それに、グランドルのダンジョンマスターはなかなかの人物であり
ました﹂
ディアナがそれを見て、会話を続ける。
その言葉を聴いて、こちらでも準備を始める。
﹁ふむ、協力が得られたようで何よりじゃな。どのような奴であっ
た?﹂
チャナの動きには気づくことなく、ラミアはディアナに続けるよう
に促す。
﹁はい、恐るべき魔術の使い手にして、魔物を使役する魔族であり
ました。
配下にも、油断ならぬ腕利きが⋮⋮﹂
⋮⋮なんだか、僕の居ないところでずいぶんと大物にされている。
構成員達は興味を惹かれたように話を聞いており、ラミアは少しだ
け怪訝な顔をする。
自分達以外の魔物の話題は、まぁあちらとしても珍しい事なのだろ
う。
﹁ふむ。遠征軍が出るのもやむなし、といったところであったのじ
ゃな。
で、そやつはどうなった?﹂
﹁今回の遠征軍との戦いでは、大いに助力をいただき⋮⋮
我々暗殺ギルドは、あのお方の庇護下に入ることになりました﹂
﹁⋮⋮貴様、何を言うておる?﹂
ラミアの声に、一瞬にして苛立ちと殺気が混じる。
あまり、気が長い相手ではないようだ。
周囲の構成員も一瞬ぎょっとしたようだが、その殺気に当てられて
ディアナを囲もうと動き出す。

442
﹁あのお方はおっしゃられました。歯向かわぬのであれば、殺しは
しないと!﹂
しかし、言葉と共に、ディアナは隠し持っていたガラス瓶を床に落
としている。
きれいな音を立て、薄いガラスが砕ける。ガラス瓶の中に入ってい
スタナー
るのは、揮発性の麻痺毒。
チャナもこのタイミングにあわせて、麻痺毒を大量に発生させ⋮⋮
ディアナと共に、自ら麻痺して倒れる。
⋮⋮ディアナに関しては、これは半分は演技だろう。
あの子は魔物になってから、毒に対する耐性がさらに増したためだ。
◆◆◆
﹁よし、行け!﹂
一方、地上の馬車の中。
ディアナが仕掛けるのとほぼ同時に、馬車の中に潜んでいた戦力に
指示を出す。
周囲に人が居ないのは確認済み、入り口の見張りはアスタルテがあ
らかじめ魅了し、無力化している。
スケルトン
事前に呼び出しておいた骸骨戦士の部隊を飛び込ませる。
その後、マスクを付けたオーク達を飛び込ませる。
当然、マスクには麻痺毒への対策として、解毒薬となる薬草を編み
こんである。
これで、多少ガスが薄れた状態であれば戦えるだろう。
オークリーダーを筆頭に、5体のオーク小隊がスケルトンの後を追
い、飛び込んでいく。
遠征軍との戦いで、元赤烏のオーク達もずいぶん減ってしまった。
力量的には強くは無いが、揮発性のガスが一切聞かないスケルトン
が10体。

443
その後、少しガスが弱まってからオーク達が5体。
相手側は、合計11名の暗殺者と、実力がわからないラミアが一体。
麻痺毒がどの程度効果を表すのかわからないが、これで押し切る以
外、僕達には手がない。
僕だけではなく、残っていたメンバーにもマスクを付けるよう指示
を出し、僕達は自ら暗殺ギルドへと乗り込んでいく。
15匹の兵隊を前に出して、後ろから行くだけなのだ。
十分に恵まれた戦いだが⋮⋮油断は出来ない。
何せ、僕は戦いに向いていないのだ。
◆◆◆
戦いは順調に進んだ。
スタナー
ガス状になった麻痺毒による不意打ちで、5名ほどが動けない状態
になったのだ。
残りメンバーも、ガスの効果を受けないスケルトンを相手にして苦
戦している。
おそらくは、スケルトン程度であれば軽く倒してしまうだろう実力
の持ち主も数人混じっているのだろうが、ガスが薄まるまではその
実力を発揮できるわけもない。
6名の暗殺者に対して、10匹のスケルトンと5匹のオーク。
大まかに倍の数で押し切れば、よほど実力に開きがない限り勝ちは
揺るがない。
アスタルテを先頭に、征圧された通路を進む。
ラミアたちの部屋に入ったとき、狭い通路用に新調したオークリー
ダーの大型メイスが、立ち向かっていた暗殺者の顔半分を卵のよう
に砕いた。

444
﹁抵抗をやめろ! 倒れて動かないで居れば、襲うことは無い!﹂
僕が叫ぶと同時に、2名が武器を捨てて伏せる。残り3名、そして
ラミア。
スケルトンにはあらかじめ伏せたり倒れている者は襲わないように
指令済み。
オークは命令しているが、血に狂乱するとなかなかいうことを聞か
なくなるので、直接僕が出る必要があった。
そして、一番懸念していたのは⋮⋮
﹁ほぅ、貴様がグランドルのダンジョンマスターかえ?
魔族と聞いたが、脆弱な人間とほぼ変わらぬ姿よのぅ。
その玩具のような仮面の下の顔を見せてはくれぬのか?﹂
コイツだ。
カーテンは既に破り捨てられ、その姿は地下室の淡いランプに照ら
され、うっすらと浮かび上がっている。
その上半身は、背や手の甲が細かなうろこに覆われているが、美し
い少女のもの。
下半身は、腰から太ももの付け根までは人間と蛇が交じり合い、そ
こから先は大蛇の胴体につながっている。
カーテンの中は深い穴になっており、何本かの丸太や柱状の石材が
横や斜めに設置されている。
おそらくは、ラミアがこれを伝って移動するためだろう。
ラミアは既にこちら側に上がってきており、オークリーダーの腕よ
りも太い尾で、既に3体のスケルトンを壁に打ちつけ、破壊してい
る。
フォールチョン
その手に東洋風の曲刀を構えてオーク一体と打ち合っているが、そ
の最中こちらに言葉を飛ばしても問題がないところを見ると、実力
差は明確。
少なくとも、オークリーダーを含めた何人かで取り囲まないと厳し

445
いだろう。
予想してはいたが、アラクネ同様に戦闘能力が桁違いに高い。
いや、毒や搦め手に頼るアラクネよりも、直接の戦闘能力ではラミ
アのほうが上かもしれない。
﹁あぁ、その通りだよ、蛇姫。
僕は一人だったら、脆弱なものさ。だから、君と暗殺ギルドが欲し
い。
だから、こうやって僕達の実力を見せに来たのさ﹂
軽口を叩くものの、交渉のテーブルにつくことが出来る可能性は限
りなく低い。
暗殺ギルドはアラクネとラミアの二匹が仕切っていた組織で、その
資金源の一つにはベルトラン家がある。
その上、僕はアラクネを殺してしまっている。
ラミアとアラクネの関係性がどの程度のものかはわからないが、冷
静に計算されても、激情にかられても、友好的に話を進められる可
能性がとことん少ないのだ。
だから、力づくで屈服させるしか、ない。
﹁ほ、いいおるわ、たかが人間ごときが⋮⋮
む、それにしては⋮⋮まさか﹂
ラミアは気付いたようだ。
何故、ダンジョンマスターがここに居るのか。
ディアナ
何故、自分の手駒が僕に従っているのか。
ならば、時間がない。
準備が整うまで、少しでも時間を稼ごう。
﹁掛かれ﹂
その一言で、オーク達がいっせいにラミアに襲い掛かる。
残っているスケルトンも、半分をラミアの妨害に回す。

446
その時間で、ラミアの集中力を乱すべく声をかけながら、自分の手
前にあらかじめ調合してあった火薬を撒いていく。
背後で、サラが呪文の詠唱を始める。
アスタルテが幻覚の呪文を使い、周囲をぼやけさせる。
﹁あぁ、蛇姫。そのまさか、さ。
どうやら、頭の回転はアラクネのほうが速いようだね﹂
背後に待機させていたスケルトンが、こっそりと僕に近づく。
僕に似せた衣装と、同じタイプの仮面を身につけ、鉄片や小石や火
薬の粉末を大量に混ぜ込んだスライムを全身に絡ませた、不恰好な
案山子。当然、声を伝える魔具は身に付けさせている。
フォールチョン
曲刀がきらめき、オークリーダーが肩口に傷を負い怒りの声を漏ら
す。
強靭な尾に絡め取られ、一体のオークが耳障りな悲鳴を上げる。
﹁アラクネは、僕と戦い、死んだ﹂
相手がしっかりと理解する前に、理解を拒ませないように、大きな
声で宣言する。
﹁⋮⋮なっ!?
そんな、カゴメが貴様のような奴に負けるはずがない!?﹂
ラミアの顔が朱に染まる。怒りだ。
カゴメとは、おそらくアラクネの本当の名前なのだろう。だが、も
う意味のない事だ。
どうやら、ラミアはアラクネほど冷静ではない。見た目の通り、若
い魔物なのかもしれない。
⋮⋮これならば、付け入る隙があるか。
﹁信じなくてもいい、だけど⋮⋮ディアナ?﹂
ラミアの視線を切るために、控えさせていた隠し玉を動かす。
﹁ぐあっ!?﹂

447
ラミアが小さい悲鳴を上げて、背中をのけぞらせる。
本来はありえない、上からの射撃。
思わず振りかえるラミアの視線の先には、アラクネから奪った力で
天井に張り付く、蜘蛛の魔族と化したディアナの姿。
ディアナは惜しげもなく小型弓を捨てるとラミアの攻撃範囲から逃
れ、僕達のほうに撤退する。
既に、その隙に自分は部屋の入り口に戻り、待機させていたスケル
トンと入れ替わる。
ディアナが自分に似せた案山子の背後に降り立ち、背後の射線を気
にしながらもラミアに向き直る。
﹁これが、僕がディアナに与えた力だ﹂
魔具越しにラミアを挑発し、そこにディアナが追い討ちをかける。
﹁蜘蛛姫はご主人様に敗れ、殺され、その力を奪われ⋮⋮ご主人様
は、私にこの力をくれたわ。
死んだアラクネから奪い取った、この力を!﹂
そういいながら、スケルトンから離れ、ゆっくりと通路側に避難す
る。
﹁嘘じゃ!
嘘じゃ、嘘にきまっておる、そんなことがあるわけがない!
カゴメが、我を置いて逝くなど、あってはならぬ﹂
ラミアは半ば恐慌状態に陥ったようで、朱に染まっていた顔は血の
気が引いたように青白い。
ほんの少しだけ、気の毒に思えなくも無かったのだが⋮⋮手を止め
ることは出来ない。
﹁事実だ。アラクネは僕と戦い倒され、彼女が狙っていたエブラム
伯の姪は、僕と手を組んで生き延びた。
⋮⋮明日の昼には、アラクネの首を持って遠征軍がこのエブラムに
戻るだろう﹂

448
﹁⋮⋮っ!
貴様、きさまぁあぁぁぁぁぁあああぁああ!!!!!﹂
ラミアは周囲を取り囲むオーク達を強引に引き剥がすと、一足飛び
にこちらに⋮⋮僕に良く似た外見の、火薬と鉄片の塊となったスケ
ルトンに飛び掛った。
サラマンドラ
﹁⋮⋮契約に応え、星の杖より来たれ、強き火蜥蜴!﹂
今まで準備させていたサラの魔術が、ここに来て解き放たれる。
僕達は、いっせいに壁際に張り付き、部屋の中を見ないようにした。
◆◆◆
轟音が響き、壮絶な悲鳴が上がる。
部屋の空気が一気に消費され、通路から空気が補充される。
通路の部屋に近い中央部分にも、飛び散った鉄片や小石が転がって
いる。
⋮⋮流石に、急ごしらえでは石の床に突き刺さるような威力は出せ
なかったが、文句は言えないだろう。
理屈はこのようなものだ。
僕に似た背格好の案山子を用意する。今回は、スケルトンを使った。
衣装と仮面は同じ物を用意して、その内側に、チャナのところで入
手した﹁引火しやすいスライム﹂を抱え込ませた。
元々スライムは火にあまり強くないが、その中でも引火しやすい物
を選んでもらった。
それに、火薬を混ぜ込み、爆発するように爆ぜる粉を混ぜた。
火薬は僕自身は火薬の調合は知識で知っているが、実際に作るのは
まだ難しい。
グランドルの鉱山で取れるものではないため、過去に買い貯めてお
いた物を全て使い切った。
それでも、まだ一気に爆発するというには程遠いため、最初の火力

449
を持てる限り最大のものにしたのだ。
おそらく、案山子のすぐ傍に近づいていなければ大して効果もでな
いだろう。
それでも、僕が大将だと分かれば、何らかの形で攻撃してくる。
だから、足元に火薬もまいて、できる限りのダメージを与えられる
ようにした。
⋮⋮おそらく、火薬を使った仕掛けに長けた人材がいれば、この何
倍もの効率を出せるのだろう。
しかし、そんな人材は今はおらず、できるだけのことをやるしかな
い。
サラマンドラを召喚できるサラがここにいてくれたのが、唯一の利
点だろう。
﹁痛い! 痛い、痛い、痛いよ!
目が見えぬ! 耳が聞こえぬ!
誰か! 誰か! カゴメ! 助けて、カゴメ!﹂
部屋の中央では、体の数箇所から出血したラミアが泣き声をあげ、
のた打ち回っていた。
曲刀は瞬間的な熱と衝撃で刀身がゆがんでおり、もう使い物にはな
りそうに無い。
火傷、打撲、数箇所の切り傷。
アラクネと違い、ラミアは飛び道具を使うとは聞いていなかったの
で準備していたこの罠だが、予想以上の効果を発揮してくれた。
重症である事は間違いないが、それでもまだ叫び、動き回る体力が
ある。
爆発の影響で一時的に目をくらまし、耳が聞こえなくなっているよ
うだが、おそらくそれは数分もしないうちに回復してしまうだろう。
⋮⋮形勢は逆転したが、油断できるような状況にはない。

450
幼い子供のような悲鳴と泣き声に、少しだけ罪悪感に襲われる。
歯をかみ締め、腹の内側から出かかった何かを強引に飲み込む。
﹁いまだ、取り囲め!
暗殺ギルド頭目、蛇姫を討ち取るんだ!﹂
暗殺ギルド:水路の奥の姫君
相手は弱っている。
悲鳴を上げ、死んだアラクネに助けを求めるあの行為が僕達の油断
を誘う演技では無い⋮⋮とは言い切れないが、今までのやり取りか
らその可能性は低い。
それに、もし罠だとしても、今を逃すとおそらくこの後に好機は無
い。
暗殺者達は、既に降参しているか身動きが取れなくなっている。
加えて、自分達を支配するラミアが弱っているように見える状態で、
敢えてこちらに立ち向かう忠誠心は持ち合わせていないだろう。
恐怖による支配は、より大きな恐怖の可能性によって覆る。
それは、どこでだって同じことだ。

451
﹁グルアアァァァ!﹂
雄たけびを上げ、オークリーダーがメイスを振り下ろす。
ゴキリと音がして、ラミアの片腕がイヤな方向に曲がった。
﹁いやぁぁぁぁ!﹂
叫び声を上げ、ラミアが必死の反撃を行う。
﹁おのれ、貴様ら人間に這いつくばるというのか! ならば死ね、
しんじゃえ!﹂
巻き取られた尾が槍のように付きこまれ、オークリーダーのわき腹
を貫通する。
オークリーダーはさらに狂乱しメイスをめったやたらに叩き込むが、
尻尾によって距離を離されてしまい、その打撃は胴体に当たるのみ。
効いていないわけでは無いが、腕をつぶすような劇的な効果は望め
ない。
サラには連続で呪文の詠唱をさせているが、次の一撃が飛ぶにはも
う少し時間が掛かる。
﹁言っただろう、僕はダンジョンマスターだと。油断したのは君の
ほうだ﹂
注意をそらすために、声をかけて煽る。
どの程度効果があるのかはわからないが、何もしないよりはなしだ。
どうせ、戦闘中の僕にはこの程度のことしかできない。
オークを全員動員してラミアにあたらせるものの、狂乱するラミア
には中々近づくことが出来ない。
おそらく、体力の消耗などは度外視しているだろうから、あの狂乱
も長くは持たないだろう。
⋮⋮その時、ラミアがゆっくりと後退を始めた。
逃げるつもりなのだ。
いや、もしかしたら逃げるという意識すらなく、ただ怯えているだ
けかもしれない。

452
今ラミアの顔に浮かんでいるのは、怒りと痛み、そして恐怖だ。
残りの戦力と、ラミアから穴までの距離を考えると、逃亡を防ぐこ
とは難しい。
ならば、落下までに出来るだけ多くの傷を与えるしかない。
﹁サラ、いけるかい?﹂
振り返らずに声をかける。
返答の代わりに、呪文詠唱の最後の部分が聞こえた。
サラマンドラ
﹁⋮⋮強き火蜥蜴!﹂
炎が矢のように飛び、ラミアの胴体に命中する。
その瞬間に、ついに背中を向けてラミアは逃亡を開始する。
今追い討ちをかけさせれば、無防備な状態に大きな傷を与えること
が出来るだろう。
しかし、穴に落ちるリスクも高い⋮⋮
﹁追撃! 逃がすな!﹂
強く意志をこめて、オーク達に指令を与える。
スケルトンは何のためらいも無くラミアに飛び掛り、共に落ちてい
く。
オーク達は自分の負傷と、危険性を理解しているために多少躊躇す
るが、僕の強制には逆らえない。
⋮⋮実際に、戦闘を止めさせる以外で何かを強制したのはこれが始
めてだ。
オーク達はそれぞれが一撃程度の追撃を行い、穴のふちで立ち止ま
る。
しかし、一匹だけ踏み越えたものが居た。
オークリーダーは、わき腹から大量に血を流しながらラミアに飛び
掛り、ラミアの背中に強烈な一撃を与えると、そのままラミアと共

453
に落下していった。
◆◆◆
﹁⋮⋮ラミアは、予想通り水路に逃げ込んだようですね﹂
ディアナが淡々と説明する。
周囲で暗殺ギルドの生き残りがひれ伏し、僕達を見ている。
コマンドワード
声を伝える魔具を使い、地下水路の仕掛けに対して起動呪文を発す
ると、僕はようやく彼らに振り返る。
﹁詳しい話は後だ。君たちの上に君臨していた蛇姫を何とかした後
に、改めて君たちとは話がしたい。
⋮⋮君たちと敵対するつもりは、あまりない。僕が居ない間に知り
たいことがあれば、チャナに聞いてくれ。
彼女は、昨日のうちに僕の配下になることを了解してくれた﹂
ラミアの巣穴には、世話役が入るための簡易的な階段が用意してあ
った。
階段をくだり、5m近く下りてから周囲を見渡す。
予想通り、地下水路につながる隠し扉があり、そこが開かれていた。
扉の近くに、オークリーダーの体が転がっている⋮⋮落下時の衝撃
で、首が折れていた。
﹁⋮⋮レグ、ダー⋮⋮﹂
かつて、オークリーダーだった男の名前をサラがつぶやく。
﹁わき腹を貫かれた時点で、助かるような傷ではなかったかもしれ
ない。
だけど、あそこで止めておけばまだ生きていたかもしれない。
その上で、命令を出したのは僕だ⋮⋮君は僕を恨むかい?﹂
振り返って、背後に控えるサラの顔を見るのが、少しだけ怖かった。
赤烏のレグダーがどんな人物だったのか、僕が知っているのはその
一面でしかない。

454
その人生を終わらせて魔物にし、さらにその魔物としての命も、僕
が終わらせた。
かつてオリヴィアが言っていた。
﹁指揮官たるもの、時には兵士の消耗を恐れずに仕掛けなければい
けない時がある﹂
まさにその通りだ。
そして、オリヴィアがそれを怖がっていた理由も、よくわかった。
﹁⋮⋮何言ってるのよ、らしくないわね﹂
サラの声は、強気に聞こえたが、少しだけ震えていた。
﹁あいつはロクデナシだったし、いつかろくでもない死に方をする
のはみんな知ってた。
それに、あの鉱山村の洞窟で赤烏は全滅。
人間としてのあたしも、あんたに殺されたのよ。
⋮⋮結果的にあたしは人間ではなくなったけど、あんたに助けられ
たのも事実。
それを恨んでるとは、思われたくないわね。
あのロクデナシにしたら、きっと、恵まれた死に様よ﹂
その言葉は、すべてが本心ではないのかもしれない。
それでも、僕の心を少しだけ軽くしてくれた。
﹁まいったね、やっぱり僕なんかより君たちのほうがよほど覚悟が
出来てる﹂
振り返って、小さく笑う。
地下水路の先行偵察をしていたシロが戻ってきて、僕に飛びつき報
告をする。
﹁すごいですぅ!ご主人様の言ったとおりに、あの場所にいたです
!﹂
よし、狙い通りになった。
﹁あぁ、ありがとう、シロ。

455
⋮⋮みんながラミアの判断力をそいでくれたからこそ、成功したん
だ。
僕の力なんて、たいしたものじゃないんだよ⋮⋮きっと、ね﹂
﹁⋮⋮?﹂
怪訝そうな顔をするシロに、サラが小さく告げる。
﹁レグダーは死んだわ。まぁ、あのロクデナシにしては恵まれた最
後、よね﹂
シロはレグダーに対しては複雑な感情を持っていたことは間違いな
い。
魔物になって、悩む事も怯えることもなくなったが、その内心はわ
からない。
﹁⋮⋮それは、仕方ないんです。ご主人様のために死ぬなら、きっ
とレグダーも幸せです。
だって、シロがもしご主人様に先に死なれてしまったら⋮⋮シロ、
どこにも行けないですから﹂
案外あっさりしたものね、とサラは返す。
⋮⋮そうじゃない。
そうじゃないんだ、と言う言葉を飲み込み、小さく微笑む。
サラ。シロは、君ほど強くは無いんだ。
レグダーが死んだことに、シロが何らかのショックを受けないはず
がない。
シロが人間だった頃に⋮⋮女盗賊シャルロットを陵辱し、人格を破
壊するようなことをしでかした赤烏のリーダー、重戦士レグダーが
僕に敗れオークリーダーにされたときに、たしかに、シロとレグダ
ーの関係性は変わった。
それでも、過去を全て忘れたわけではない。
喜ぶにせよ、悲しむにせよ、そこには何か思うことがないわけが無
い。
それでもシロは、その上で﹁僕のためならば仕方がない﹂と言って

456
しまえるくらい、僕に依存してしまったんだ。
サラをオリヴィアのところに勤めさせることが出来て、シロにそれ
をさせられない理由はまさにそこだ。
ダリアもそうだが、シロはその人格の大部分を僕に依存してしまっ
ている。
古風な言い方をすれば﹁魂を売り渡してしまった﹂と言っても過言
では無いだろう。
サラを強制的に支配することはできるけれど、自由にさせておくこ
とも出来る。
僕と接触を絶って一年も放置すれば、サラは多分自分で人生を考え、
独立した魔物としてやり直すことが出来る。
これは、ディアナとチャナも同様だろう。
魔物にしたわけでは無いけれど、オリヴィアと僕は対等の存在とし
て密約を結んだ。
お互いを大事な存在だと思っているけれど、僕達は個別の存在とし
てお互いを認識している。
アスタルテは僕を利用しようとしていて、僕はそれに乗っている、
これも契約といえる。
彼女達は、僕によって人生を狂わされたり、僕に人生を賭けたりし
ているが、最悪僕がいなくても自分の人生の舵を取ることが出来る。
けれども、ダリアとシロには、まず間違いなくそれが出来ない。
二人にとって、僕と言う存在は自分の一部⋮⋮あるいは、存在の大
部分を占めている。
だから、彼女達は僕が居ないと、おそらく生きていく理由を見つけ
ることが出来ない。
彼女達は僕の存在が判断基準の最も上に来てしまい、それ以外のこ
とをおろそかにしてしまう。
シロがレグダーの死に関してたいした感慨をもてないのは、その原

457
因に僕が介在しているからなのだろう。
レグダーの死に関してシロが悲しむということは、僕を、そして自
分の存在を否定しかねないことなのかもしれない。
⋮⋮そのことにたいして、何ができるわけでもない。
それを悲しいと思うわけでもないし、後悔するわけでもない。僕は
生き残るために、自分の意志でそれを選んだ。
ただ、自分のした事は、そういうことなのだ。
それだけは、忘れてはいけないのだと考えている。
⋮⋮とはいえ、考え事をしていてもしょうがない。
軽く頭を振って、まとわり付く思考を振り払う。
準備を終えたディアナとアスタルテが降りてくるのを待ち、地下水
路を進む。
膝の上くらいまで水がたまった地下用水路は、大雨が降ったときに
河川の氾濫を防ぐためにつくられた地下のため池なのだという。
どれだけの技術と資本があれば、こんなものがつくれるのだろう。
そんなことを思いつつ、罠が仕掛けてある場所へと向かう。
周囲の通路からは、未だにバシャバシャと水音が続いていた。
⋮⋮あぁ、そうだ。
ストップ
﹁停止﹂
コマンドワード
声を伝える魔具に停止呪文を伝えると、通路のそこかしこから聞こ
えていた水音が止まる。
通りすがりに通路の曲がり角を見てみると、長靴を履き、幾つもの
スケルトン
枝や板を体に巻きつけた骸骨戦士が棒立ちになって待機している。
予定通りだ。
これが、ラミアを逃がさないための仕掛けだった。
﹁ねえねえ、ご主人様ぁ。設置するときも気になってたんですけど、
このスケルトン、なんで靴なんか履かせててるんですかぁ?﹂

458
シロが疑問を口にする。
種明かしはしてなかったっけ?
﹁こいつは、勢子だよ。
ラミアが水路に逃げ込む事はみんなで考えていて、どうすれば逃げ
道を塞げるか悩んでいただろう?﹂
昼に頭を悩ましていたのが、まさにそこだ。
﹁チャナのもっていた植物に、罠に使えそうなものがあったのだけ
れども、それを使うには細い通路におびき寄せる必要があった。
でも、ギルドから水路に逃げたところは十中八九水路の分岐点で、
どこに逃げるのかがわからない。
全部の水路に罠を張るには植物が足りない。
どうやって決まったルートにおびき寄せればいいのか、道を塞げば
いいのか。
どうすれば、罠があることに気づかれないですむのか、考えたんだ﹂
ラミアは水中で音が聞けるのかどうか、そこまではわからない。
ただ、少なくとも陸上での意思疎通が出来ることはディアナに聞い
てわかっていたし、水中を移動する際にも音や振動を聞き分けるか、
あるいは時々は水中から出て周囲を確認するとは思っていた。
僕達には数が足りない。
だから、水路を軍勢で埋めるような事はできない。
水路を一時的に壁か何かで塞ぐこともできたかもしれない。
しかし、それだと水の流れが止まってしまい、かえって異変に気づ
かれてしまう危険性があった。
そこで、スケルトンに長靴を履かせて、板や枝をくくりつけて、水
の中で足踏みさせたり、板で水を打ったりさせていた⋮⋮つまり、
音でかく乱していたのだ。
正直、あまり精密な作戦ではない。
注意深く音を聞きなおす程度に相手が冷静なら、これが不自然な音

459
である事はあっという間にばれてしまったことだろう。
暗殺ギルドとベルトラン家の協力関係がどれほどのものかは、正直
わからない。
ディアナから聞いた限りでは、資金援助をしている大口の顧客と言
う印象ではあるが、上層部でどうつながっているかまでは確認が取
れなかったのだ。
万が一ベルトラン家に逃げ込まれて、兵士達に攻め込まれてしまっ
てはひとたまりもないだろう。
だから、相手から冷静さを奪うこと。
冷静で居られない程度には傷つけ、焦らせることが今回の奇襲での
必須条件だった。
なぜならば、最後の通路に仕掛けられているトラップは⋮⋮
◆◆◆
通路の曲がり角でいったん立ち止まり、音を確認する。
大きな音はしない。
時折、かすかな泣き声とも悲鳴ともつかない、くぐもった声が聞こ
える。
どうやら、ラミアはしっかりと罠にかかったようだ。
曲がり角を超え、様子を伺う。
通路の真ん中、空中とも見える場所に、動きを拘束されたラミアが
固定されていた。
実際には、空中なわけがない。
これには、しっかりと種も仕掛けもある。
ゼラチナスキューブ
﹁これが⋮⋮固形のスライム?﹂
サラがあきれたように声を上げる。

460
そう、これはチャナが育てていた菌糸類の中でもっとも風変わりな
一つ。
あの透明なガラス瓶の中には、コイツがみっちりと詰まっていた。
ゼラチナスキューブはスライム種の中でも一風変わった性質を持つ
モンスター⋮⋮というか、植物だ。
ダンジョンなどの石造りの通路によく住み着いていて、通路を自分
で埋めてしまう。
透明度が高いために、存在自体に気が付きにくく、うかつに踏み込
んだ相手を麻痺させ、ゆっくりと消化する。
そんな、生きているトラップがこいつだった。
もちろん、ラミアの全体を埋め込めるくらい大量に貯蔵があったわ
けではない。
僕の魔力で急速に成長させることは出来たが、それでも限界はある。
この通路には、ゼラチンキューブを縦に、横に植え付け、何箇所か
は通路全体を埋めるように、他は出来るだけ細かい格子状になるよ
うに設置してある。
ラミアがここに飛び込むことを期待して、密度はやや薄くなっても、
3mくらいの長さにゼラチンキューブで網を作ったのだ。
予想以上に激しく飛び込んだようで、一番奥のゼラチンキューブの、
厚み5cm程度の壁まで頭が届いている。
おかげで、全身が完全に網に巻き込まれ、空中に浮かんでいるよう
に見える。
こうなってしまうと、支えを取ることのできないラミアはもがくだ
けで、脱出する事はまずできないだろう。
⋮⋮僕達は、ひとまずの勝利を得たようだ。
迂回路を通って、ラミアの頭がある方向に回る。
これだけの傷を負わせて、ラミアはまだ致命傷と言うには程遠い状
態だった。

461
おそらくは、折れた腕さえ回復すればまだ戦う事は可能であっただ
ろう。
﹁痛い⋮⋮痛いよぅ⋮⋮カゴメ、助けて⋮⋮助けてよぅ⋮⋮﹂
しかし、この時点にいたって、僕は一つの事実に気が付いた。
ラミアの心は完全に折れ、もうこの世に居ないアラクネに助けを求
める言葉を紡ぎ続けていた。
ぼろぼろと涙をこぼし、実も世もない風に怯えるラミアは、アラク
ネと比べると明らかに幼い。
蛇姫は、まだ子供だったのだ。
暗殺ギルド:蛇姫ミヤビ
﹁これが、蛇姫⋮⋮?﹂
僕の発した言葉は、地下水路の壁に反射して意外なほど大きく響い
た。
目の前で泣いているのは、間違いなく先ほどまで争っていたラミア
そのもの。
しかし、近づいてみることで改めてわかることがある。
まず、その容貌だ。
身体は大きいが、それは蛇の部分だ。
先端についている人間の部分は、いくら膂力があるとはいえ、ざっ
くりといえばシロと同じくらいの小柄さだ。
そして、その顔は傷ついてはいるものの、汚れや装飾などはゼラチ
ナスキューブによってはがされ、意外なほど幼い素顔を見せていた。

462
﹁うそ⋮⋮蛇姫って、こんなに若かったの⋮⋮?﹂
ディアナが小さくつぶやく。
身内であるはずのディアナが知らなかったというのも、おかしな話
だ。
﹁ディアナ、君は一応幹部だったんだろう?
それなのに、素顔を見たことが無かったのかい?﹂
﹁恥ずかしながら⋮⋮主な仕切りはアラクネが行っていて、
蛇姫とはあまり近くで言葉を交わすことも⋮⋮
そうか、いつもは濃く化粧していたから⋮⋮!﹂
一つ、思い浮かぶ。
もしかして、そういうことでは無いだろうか?
﹁そうか。ねぇ、アラクネは、蛇姫に関して何か言っていなかった?
恐ろしいとか、強いとか⋮⋮﹂
急に調子が変わった僕の様子に戸惑ったのか、ディアナは少し考え
込みながら答える。
﹁ええ、確かに、蜘蛛姫⋮⋮アラクネは、自分は蛇姫の配下である
ようなことを⋮⋮﹂
サラとシロは﹁また何か考え付いたのか﹂といった感じで、ラミア
の動きを警戒している。
アスタルテだけは、数秒遅れて僕と同じ考えにたどり着いたようだ。
﹁あら、エリオット様。
それってもしかして⋮⋮?﹂
﹁あぁ、アスタルテ。君の考えているとおりだと思う。
僕達が使っているのと、方法は同じだ。
情報を隠し、強いように見せかけ、接触させないようにする⋮⋮
⋮⋮アラクネは、蛇姫を守っていたんだ﹂

463
◆◆◆
﹁カゴメ⋮⋮助けて⋮⋮いたい、いたいよぅ⋮⋮﹂
おそらく、意識が朦朧としているのだろう。
ラミアはもうこの世に居ないアラクネに助けを求め続ける。
十中八九、ラミアはベルトラン家との接触は持っていないだろう。
僕達の予想が正しければ、その辺りの政治的な判断はアラクネが全
て一人で行っていたはずだ。
背後関係の情報を聞き出すのは、ほぼ無理。
そして、僕は彼女を保護していたアラクネを殺した仇であり、直接
交戦した敵でもある。
⋮⋮このまま命を奪うのがもっとも正しいのだろう。
それなのに、僕はその決断が出来ないでいた。
ラミアの顔を見て、その幼い素顔に同情してしまったと言うのも、
少なからずあるに違いない。
しかし、それだけではなく⋮⋮自分がこのラミアを昔から知ってい
デジャブ
るような、不思議な既視感に捕らわれていたのだ。
蛇姫に会ったのは今日が初めてだ。
それに、自分達以外の知性のある魔物に会うのも、アラクネを除く
とこれが初めてだ。
面識など、あるわけもない。
それなのに、何処かこの蛇の少女の面影を何処かで知っているよう
な気がする。
﹁ミヤビ⋮⋮?﹂
そんな言葉が、ふと口から漏れた。
その名前を聞いて、今までこちらに気づくことも無かったラミアが
ピクリとこちらを見る。

464
﹁う⋮⋮貴様⋮⋮何故、わらわの名を知っておる?﹂
その声に含まれる、警戒と恐怖。
今でも泣き出したい状況だろうに、精一杯強がっている。
ほんの少しだけ可愛いと思い、もっと泣かせたいと言うくらい欲望
も芽生える。
それはともかくとして、ラミアは僕のことを知らない。これで確認
が出来た。
⋮⋮それでも、何故僕がこの子のことを?
恐怖と怯え、そしてわずかな怒りをたたえたへ蛇姫の瞳を覗き込ん
だとき。
脳裏にいくつかの光景がフラッシュバックする。
⋮⋮泣き叫ぶラミアの少女。歪んだ顔で笑う男達。
ごて
聖堂と光の神の紋章。真っ赤に焼けた焼き鏝。
チャント
肉の焼ける臭いに、神の栄光を讃える祈りの声。
発情した雌の臭い。精液の臭い、血の臭い⋮⋮
幾つものシーンがめまぐるしく切り替わる。
人間を殺す快感、恐怖を克服する喜び。
人間に捕らえられた屈辱。
憎しみの感情と、誰かに対する悔悟。
自分にのしかかる、男の顔⋮⋮
それは、僕の顔だった。
﹁エリオット様!?﹂
﹁ご主人様!﹂
水音と共に、意識が一瞬飛んでいたことを自覚する。
膝から崩れ落ち、水路に倒れたのだと気が付いたときにはシロに飛
びつかれていた。
﹁どうしたんですかぁ!?

465
急に倒れて、シロ、すごく心配ですぅ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ああ、ありがとう。
今、見えたのは⋮⋮﹂
アラクネを殺したときに見た、流れ去る風景が再び脳裏に浮かんだ。
あれは、僕が殺し、全て吸い尽くしたアラクネの記憶⋮⋮?
シロとディアナに支えられ、蛇姫に近づく。
蛇姫は精一杯の強がりで僕を睨み付けるが、その瞳の奥には隠せな
い恐怖がある事がわかる。
﹁き、貴様⋮⋮近づくではない!
近づけば、わらわの牙で喉笛を噛み千切るぞっ﹂
精一杯牙を向く。
口の左右に、薄いスリット状の模様がある。
おそらく、蛇の魔物であるからには、口の骨格は外れるようになっ
ていて、人を呑み込める程度までは広がるのだろうが⋮⋮今現在、
そこまでの力は無いのだろう。
﹁怖がらなくても、いいんだ。
僕は知っている。君が幼いことも、アラクネ⋮⋮カゴメと言う名前
だというのは、さっきまで知らなかったけど⋮⋮彼女に君が守られ
ていたことも﹂
その言葉に、蛇姫は息を呑む。
知られたくなかったことを、知られてはいけないことを、何故知ら
れてしまったのかわからないのだろう。
今まで彼女が自分の存在を隠すために使っていた﹁未知の相手に対
する恐怖﹂を、今は自分で感じているのだ。
﹁な⋮⋮なんで⋮⋮それ、を⋮⋮?﹂
あまりにも未熟。
アラクネとは違い、もう取り繕うことも出来ないようだ。
だからこそ、アラクネはこの子を隠し、守ろうとしたのだろう。

466
﹁⋮⋮僕とアラクネは、互いを憎んではいなかったけれど、色々と
あって敵対した。
どっちが勝つか、最後までわからなかった。
それでも、最終的には僕が勝って⋮⋮アラクネは、僕が食った。
君を守ろうとしていたあの子は、もう居ない﹂
僕の声は、淡々としていただろう。
ディアナが何故アラクネの力を持っていたのか。
何故僕がミヤビと言う名前を知っていたのか。
感情では、なんとしても否定したいのだろう。
言葉を失った蛇姫の瞳が行き先を失ったかのように周囲を見渡すが、
彼女の助けになる物は何もない。
既に暗殺ギルドの頭目としての威厳は失い、そこには人間に怯える
幼い魔物しか居なかった。
そう、僕が見たものが正しいのであれば⋮⋮
﹁⋮⋮うっ、うえっ、えっ⋮⋮うあぁぁぁぁあぁぁぁん⋮⋮
カ⋮⋮カゴ⋮⋮あぁぁぁ⋮⋮あああああああ⋮⋮﹂
十数秒の後。
ついに、アラクネがもう居ないことを理解しなければならなかった
のだろう。
腕の痛みも、屈辱も、恐怖も全て忘れたかのように。
今はもういない、あのアラクネのために。蛇姫は、声を上げて泣き
出した。
⋮⋮よし、これで、心の外壁は折れただろう。
◆◆◆
﹁⋮⋮なんだか、妙な気分だわ。
頭目を殺されて、蛇姫に丸呑みにされたって言うのに。

467
恨み⋮⋮は、まぁそんなにあるわけじゃなかったけど、毒気を抜か
れちゃった﹂
ディアナがやや途方にくれたようにつぶやく。
﹁敵だったけどさ、あの紋章官も、守るものがあったのね⋮⋮
暗殺ギルドも、こいつら以外は人間だったのよね。
この様子じゃ、誰も信用できなかったのね。だから、恐怖と暴力で
支配する⋮⋮﹂
少しだけつまらなそうに、サラが答える。
シロは蛇姫に感情移入してしまったのか、ちょっともらい泣きして
いる。
﹁ご主人様ぁ⋮⋮この子、可愛そうです⋮⋮
敵だったのはわかりますけどぉ⋮⋮シロ、なんだか⋮⋮﹂
上手い言葉が見つからないのだろう。
シロは犬の魔物の特性か、仲間意識と言うものに対してはとても敏
感だ。
﹁恐怖と力で他者を支配するのは、魔物ではなくても当たり前のこ
とです。
法律、権威といった形の無い力は、常に暴力を背景に成り立ちます。
⋮⋮そこに感情が絡むことで、事態は混乱こそしますが、世の中が
良くなるような事はありません﹂
アスタルテが珍しくきつい言葉を使っている。
それに、口調はきついが、考えとしてはオリヴィアと同じような物
の見方をしている。
今までそれなりに長い時間を一緒に過ごしてきたけれど、アスタル
テは基本、権力者側の物の見方をしていることが多い。
そして、権力闘争の苛烈さも知っていた。
はじめは、アスタルテを魔物にした僕の父親が魔界の貴族階級だっ
たからなのだろうと思っていたけれど、最近は必ずしもそうとは限
らないと思えてきた。
テーブルマナー、言葉の使い方、わずかな言葉のアクセント。

468
もしかして、アスタルテは人間のときに貴族として生きていたので
は無いだろうか?
﹁アスタルテ、君の意見には基本的に賛成だけど、そればかりじゃ
寂しいかな。
⋮⋮まぁ、僕は甘すぎるとよく君に言われているけどね﹂
﹁⋮⋮いえ、エリオット様のそういうところに、この娘たちは魅か
れているところもあるでしょう。
ですが、それはあくまでもあなた個人の持つ特質で、世間の権力者
全てがそうでは無いのです。
それに、誰かの愛する人は、時に別の誰かの仇です、感情で政を動
かしては世は乱れます。
そう、このラミアにとってアラクネが大事な存在であったとしても、
私たちにとっては命をかけて戦った相手だったのですから﹂
﹁⋮⋮アスタルテ、さ。
昔の事は聞かないようにしていたけど、人としての生まれは貴族だ
よね?﹂
その言葉を聴いて、ディアナがピクリと表情を動かした。
シロとサラは、僕の言葉の続きを待っている。
﹁⋮⋮昔の話です。主に口出しするような差し出がましい真似をし
ました﹂
アスタルテはそれ以上話をする気は無いらしい。
僕はアスタルテに背を向け、改めて蛇姫に向き直る。
その際に、他のみんなには聞こえないように、ディアナにだけ唇の
動きで命令を出した。
﹁ミヤビ。君に話をしたいことがあるんだ﹂
﹁⋮⋮うえ⋮⋮?﹂
この大陸では東の地方の住人に多いという、つややかで黒い長髪が
ミヤビの顔に張り付いている。

469
指先で彼女の小さな頤をつまみ、ミヤビの顔がこちらに見えるよう
にする。
﹁君は、東の生まれかな?
生まれたのは、魔物の世界だったのかな﹂
サイン
そう聞きながらも、僕はミヤビの体の何処かにあるだろう“印”を
探す。
﹁⋮⋮わらわは⋮⋮﹂
答えをためらい、ぐっと唇をかむ。
それにかまわず、彼女の心にとげを突き刺す。
これが彼女を傷つけるだろう事はわかっている。
それでも、これで、もしかしたら⋮⋮
﹁僕は、カゴメ⋮⋮アラクネを倒し、食った。
その中で、アラクネの記憶らしき物を少しだけ見た。
彼女は、君のことが心残りだったようだよ﹂
再び、ミヤビは言葉を失う。
﹁その時に、君の名前を知った。
そして、それ以上のことも、断片的に見えた﹂
これは、一部は嘘だ。
アラクネがミヤビのことを心配していたというのはぼくの推測に過
ぎないし、何らかの悔悟の感情を持っていた事はわかったが、その
感情の対象まで読み取れたわけではない。
それは、多分正解だとは思うけれど、僕のためか、彼女のために都
合よく書き換えた言葉。
蛇姫の心を溶かし、敵対心を折る為の言葉の毒だ。
﹁命を奪い合うことになったが、お互いに憎みあっていたわけでは
ない。
⋮⋮もちろん、僕に殺されるときに僕を恨まないわけは無いけれど。
彼女の存在を食いつくしたときに、彼女の記憶が見えた。
⋮⋮君は、子供のときにさらわれたか、人間の世界で生まれた魔物
だね?﹂

470
﹁!?﹂
僕の言葉に、もっとも大きく反応したのは誰あろうアスタルテだ。
﹁えっ? どういうこと?﹂
素直に疑問を投げつけるサラ。状況がつかめないシロ。アスタルテ
の表情をじっと見つめているディアナ。
﹁僕の推測だけれど、この娘は、生まれたときから既に人間に捕ら
えられていた。
奴隷として人間に捕獲された魔物が、彼女の母親だろう﹂
あった。
ミヤビの下腹部に刻み込まれた小さな焼印の跡が、まだくっきりと
残っている。
空中に捕らえられている為簡単に見つけることが出来たが、蛇の体
でとぐろを巻いてしまえば見つける事はできないだろう。
焼印は、光の神の聖印をかたどり、その周囲に魔術的な紋章が加え
られていた。
僕にも詳しくはわからないが、おそらくは⋮⋮
﹁サラ、ここを見て。ミヤビ、この焼印を押されたのはいつごろか
覚えている?﹂
ミヤビは何も口に出さず、小さくかぶりを振る。
﹁⋮⋮あら、これって光の神殿の紋章⋮⋮?
それに、この模様は⋮⋮隷属の魔法!?﹂
さすが、魔術に関する知識量なら僕よりも頼りになる。
﹁あぁ、やっぱり。もしやと思ってはいたんだけど、自信が無かっ
たんだ。
⋮⋮ミヤビ﹂
﹁ひっ!?﹂
うつむいたままの顔を、少しだけ強引に持ち上げる。
ミヤビは泣き腫らした顔に、怯えの色を濃く浮かべている。
彼女を守っていた秘密という名前の鎧はもう存在せず、そこにいる

471
のは怯える元奴隷の魔物だった。
﹁生まれからずっとなのか、途中からなのかはわからない。
けれど、君は人間達の奴隷として過ごしていたね?
そして、アラクネ⋮⋮カゴメと共に逃げ出した。
これであっているかな?﹂
ミヤビが答えを返す前に、焼き印を見ていたサラが大きく声をあげ
る。
﹁エリオット、この形式はこの国のものじゃないわよ。
光の神の印である事は間違いないけど、形に特徴が⋮⋮これ、東の
大国ローダニアの形式だわ﹂
﹁ねぇねぇ、サラぁ。つまり、どういうことぉ?﹂
自分の上を飛び交う言葉の意図を計りかね、シロがサラに質問を飛
ばす。
﹁それは、つまり⋮⋮ねぇ、エリオット。この子⋮⋮﹂
﹁あぁ、そうだ﹂
再び、目に涙を浮かべたミヤビを見つめながら答える。
﹁この子は、ローダニアからの逃亡奴隷だ﹂
472
暗殺ギルド:暗殺ギルド掌握
﹁わらわを⋮⋮どうする気じゃ⋮⋮?
ふ、再び奴隷に戻る気など無い!
こ、殺せ! どうせ、このような⋮⋮このような⋮⋮﹂
気丈にも叫ぼうとして、勢いを失って言葉がこぼれる。
ミヤビにはアラクネのような心の強さは無かった。
だれだって、死ぬのは怖いのだ。
この様子では、奴隷の生活も辛い物だったに違いない。
人間の世界で奴隷として生きてきた魔物なんて、僕だって始めて耳
にした。
おそらく、この子は今までまともな人生経験を積むことなど出来な
かったのだろう。

473
たとえ、魔物として人を食い殺すような生活だったとしても、アラ
クネと共にいた時間だけが、彼女の中の数少ないまともな時間だっ
たのかもしれない。
ミヤビは感情の制御が出来なくなったようで、再び嗚咽を漏らし始
める。
⋮⋮まるで、親からはぐれた幼い子供のようだ。
パン。
ミヤビの頬を叩いたのは、僕では無くてアスタルテだった。
﹁ひっ⋮⋮﹂
怯えるように体をすくめるが、ゼラチナスキューブに拘束されてい
る故に身動きも許されない。
﹁怯えてばかりでは、何も始まりません!
アラクネは命尽きる最後のときまで抗い、争いを諦めませんでした。
それに比べて、あなたは何なの!
怯えて、震えていたってもう誰もあなたを助けてくれないの!
ならばせめて、生きるにせよ、死ぬにせよ、目を見開いていなさい
!﹂
怒っている。明らかに怒りの感情を抑えきれなくなっている。
何らかの要因が、アスタルテの感情を爆発させたのだろう。
アスタルテは激情にかられたまま言葉を続ける。
⋮⋮本来は止めるべきだが、もう少し続けさせよう。
ミヤビには災難かもしれないが、アスタルテの過去を、正体を⋮⋮
僕が彼女を完全に征服するための手がかりを、ここから得られるか
もしれない。
﹁ローダニアなのですか?
あなたは本当にローダニアの神殿に捕らわれていたのですか?

474
答えなさい!﹂
﹁ひっ⋮⋮あ、あの、この国と戦争してる東の国⋮⋮
人間の呼ぶ名前、わからないの⋮⋮
本当、本当なの⋮⋮帰りたい⋮⋮おうちに、帰りたいよぅ⋮⋮﹂
⋮⋮もう限界だろう。このままではミヤビが壊れてしまう。
﹁アスタルテ、そこまでだ﹂
﹁⋮⋮っ、しかし⋮⋮﹂
そこまで口に出して、アスタルテは今の状況を思い出したようだ。
恥じ入るように背後に下がる。
﹁⋮⋮怖い思いをさせたね。ミヤビ。
君は僕に負けた、もう勝ち目は無い。
素直に認めて、僕の言うことを聞くなら命はとらないし、
前にいたところに連れ戻したりはしない﹂
本当は、彼女が前にいたローダニアの神殿らしきところなんて、行
ったこともなければ知りもしない。
だから、連れ戻すなんて事ははじめっからできない。
嘘をついているわけでは無いが、騙しているのは確かだ。
それでも、こういったほうがこの子は安心できるだろう。
﹁う⋮⋮でも。おまえは⋮⋮﹂
一瞬、ミヤビの表情が大きく揺れる。
気が緩みだしたのか、言葉遣いも、僕に対する呼びかけ方も変わっ
ている。
貴族的な喋り方をしていたのは、おそらくはある程度演技だったの
だろう。
頼りたいのだろうけれど、僕はアラクネを殺した仇だ。
彼女の中で、アラクネの存在というのはよほど大きなものだったの
だろう。
自分の安全と引き換えの取引を持ちかけられても、まだその感情の

475
決着が付いていない。
そもそも僕を信じることが出来るか自体も疑わしいのだ、無理も無
い。
だが、そこを押し切ればこの子を殺さずに従わせることが出来るか
もしれない。
ならば、押し通そう。
﹁⋮⋮少し熱いから、我慢して﹂
松明の種火を使って、肩を拘束するゼラチンキューブを少しだけ溶
かす。
元々火に強くは無いゼラチンキューブだ。
火を近づけるだけで少し縮み、ゆっくりと体積を減らしていく。
胸から上くらいまでが動かせるようになり、楽になったのか、ミヤ
ビは小さく息を吐く。
小さなミヤビの頭に手を回し、ぽんぽんと子供をあやすように手を
動かす。
ビクッ、と体を緊張させるが、僕がそれ以上何もしないのを理解し
たのか、しばらくしたら緊張を解き、僕の胸に頭を預けてくる。
﹁怖い思いをさせたね。辛いことを、思い出させちゃったね。
⋮⋮君の大事な人を奪ったのは僕だ。それは、戦いの結果だった。
だから、僕はあのアラクネ⋮⋮カゴメと戦い、倒したけれど、恨ん
でいたわけじゃない。
暗殺ギルドに戦いを挑んだのも、君を恨んでいるからじゃない﹂
ミヤビは泣き出しそうになるのを我慢しながら僕の言葉を聴いてい
る。
ここで牙をつきたてることが出来れば彼女の勝ちなのだが、それは
おそらく出来ないだろう。
彼女には戦う理由が仇討ち以外になく、﹁死にたくない﹂以外の願
いも何も無いからだ。
ここで僕を殺しても彼女に未来はなく、悲しみに塗りつぶされ、彼

476
女の中で僕を殺したいほどの激情はもう失われている。
﹁僕は君を殺そうとは思っていないし、一緒に生きる道があればそ
れもいいと思っている。
でも、難しい話は後にしよう。
君の大事な人を奪ってしまって、ごめん。
せめて、今は⋮⋮ゆっくり、泣いていいんだ﹂
数秒、戸惑うような間があった後。
蛇姫ミヤビは、大きな声を上げてワンワンと泣き始めた。
⋮⋮あぁ、僕は何を言っているんだろうか。
これではマッチポンプもいいところだ。
アスタルテを鞭の代わりにして、今は僕がいい顔をして飴を与えて
いる。
足元に視線を落とす。暗い水面に映った自分の顔が波に揺れ、自分
を嘲笑っているようにも思える。
﹁後は僕に任せて⋮⋮
今日からは、僕がカゴメの代わりになろう。
君を守ってあげるから、君は僕の言うことを聞くんだ⋮⋮いいかい
?﹂
ミヤビは、しばらく泣いた後に、言葉を発さないまま、小さく頷い
た。
まだ拘束されたままのミヤビの頤をつまみ上げ、唇を奪う。
ミヤビが一瞬体を硬くし、数秒の硬直の後、諦めたように僕に身を
任せる。
未経験のことだったのだろうか、舌を差し込むと、目を見開いて真
っ赤になった後に、僕の舌の動きに合わせるように先の割れた細い
舌を絡めてきた。

477
⋮⋮奴隷としての生活を経験していただろうことを考えると、痛々
しい話だが、このラミアが男に犯された経験が無いとは思えない。
単に優しくされたことが無かっただけかもしれないし、ラミアの口
付けを奪うような男がいなかったのかもしれない。
ただ、妙に初心な反応が可愛く感じた。
たっぷりと唾液を飲ませて、耳をなで、髪の毛を触り、ようやく唇
を離す。
﹁あ⋮⋮あの、わらわに⋮⋮﹂
真っ赤になって、いまさら恥じらいの表情を見せるミヤビ。
どうやら、混乱のあまり腕の痛みも忘れているようだ。
﹁僕の保護下に入るという事は、僕の女になるということだよ。
ミヤビ、君は今から僕のものだ。君の生活を守るかわりに、僕のた
めにも働いてもらう。
⋮⋮いまのはまぁ、契約の手付け金代わりと言うところかな﹂
アスタルテ、サラ、ディアナの三人にはまだ警戒させたまま、僕と
シロの二人でミヤビをゼラチンキューブの拘束から外していく。
本来は奇襲に対する警戒はシロが一番適しているのだけれど、今の
シロは感情的に僕以上にミヤビに同情的になっているので、正直期
待できない。
ならば、警戒役にはディアナもいることだし、いっそのこと仲良く
させてしまおうと思ったのだ。
﹁あなた、ミヤビっていうの?
シロはシロっていうんですぅ。
今までは敵対していたけれど、これからは同じご主人様の下ですか
ら、仲良くしましょ?﹂
﹁え、えと⋮⋮シロ、あの⋮⋮じゃの?
わらわとおなじ⋮⋮と言う事は、おぬしもその、ご主人様⋮⋮の、
お嫁さん⋮⋮ということなのかの?﹂
﹁⋮⋮?
あぁ、それは素敵ですぅ!

478
シロはご主人様の犬ですけど、お嫁さんともいえるかもしれないで
す。
⋮⋮でも、ご主人様の奴隷でもあるんです。それは、みんな一緒で
す♪
シロ、ご主人様の魔物にしてもらう前は別のひどいところの奴隷で
した。
でも、ご主人様に犬に、奴隷にしてもらって、今とっても幸せなん
ですよぉ?﹂
⋮⋮そうか。
シロはレグダーたち赤烏に仲間を奪われて奴隷にされていたんだっ
た。
ミヤビの過去に、自分の過去を見ていたのかもしれない。
﹁⋮⋮まぁ、僕がいい主人かどうかは自分でいうことではないけれ
ど。
ミヤビ、君が僕に忠誠を誓ってくれているうちは、僕は君を守ろう。
これは、契約だよ﹂
お嫁さん、と言う言葉には正直驚いた。
魔物にも夫婦の契りってあるのだろうか?
淫魔のアスタルテとの接触が最初だったので、そもそもそんな事は
気にしたことが無かった⋮⋮。
﹁のぅ、ご主人⋮⋮様?﹂
﹁僕の事はエリオットと呼んでもいいし、ご主人様でもいいよ。
まぁ、わかれば何でもいいけれどさ。質問があるなら聞くよ。
この後は暗殺ギルドの残りの連中に頭目の交代を告げて、
君は何処か落ち着いたところで傷を治療しないとね﹂
治療するといったところで、ミヤビはなんだか嬉しそうな顔をした。
⋮⋮ディアナのときの反応から考えると、暗殺ギルドの構成員に対
する扱いの悪さは、ミヤビとアラクネがローダニアの神殿で受けた
扱いをそのまま踏襲していたことが原因なのだろう。
彼女達も、人間からまともに扱われたことがなかったのだ。

479
﹁あの、その⋮⋮のぅ、我が君﹂
我が君とは大仰な言い方だ。
ただ、ミヤビにとってそれくらいの存在として僕のことが見えてい
るならば、ありがたいし都合がいい。
﹁なんだい?﹂
﹁あの⋮⋮我が君は、人間なのかの?
それとも、わらわたちと同じ魔物なのかの?﹂
少しだけ心配そうに聞いてくる。
何でそんなことが気になるのだろうと思うが、人間にろくな印象が
無いのならば仕方ないだろう。
﹁僕は半分人間で、残り半分は魔物だよ。
育ったのは人間の世界だから、人間としての生活が身についている
けれど、ね﹂
半分外していた仮面を取り去って、角を見せる。
僕の人間ではない⋮⋮おそらくは、ミヤビにとっては味方の証拠に
見えるだろう部分を見て、ミヤビは嬉しそうに微笑んだ。
﹁我が君エリオット。⋮⋮カゴメの事は、恨みがないと言ってしま
えば嘘になってしまう。
それでも、わらわは負け、あなたに許されてここに生きているのじ
ゃ。
だから、わらわ、ミヤビはあなたの奴隷として⋮⋮妻の一人として、
これからあなたに寄り添うことに決めたのじゃ。
きっと、我が君は人の世につながれた魔界の民を救い出す、魔の王
となるべくして選ばれた方に違いないのじゃ。
これからも、よろしくお願いしたいのじゃ⋮⋮﹂
地下水路に、自由を取り戻した蛇姫の誓いの言葉が響く。
こうして、暗殺ギルドは陥落した。
深夜の襲撃開始から、実際には1時間も経たない短時間の出来事だ
った。

480
◆◆◆
﹁⋮⋮へぇ⋮⋮。そんなことがあったの﹂
その言葉にこめられた感情は、感心とあきれが半分づつ。
﹁いや、その⋮⋮。仕方ないじゃないか、殺すには少し忍びないし、
仲間に引き込めたことで戦力は強化できたわけだし﹂
なんで僕の声はなんだか言い訳がましくなっているのだろうか。
﹁嘘じゃないけどさー⋮⋮エリオット。あんた、ほんっとうに女を
だますのが上手くなったわよね?﹂
背後からちっとも援護にならない援護射撃が飛び、僕の立場はまた
悪くなる。
﹁せっかく朗報を届けに来たって言うのに、なんでこんなことに⋮
⋮﹂
◆◆◆
地下水路の戦いから半日ちょっと。
夕方の鐘が鳴る前に、エブラムに遠征軍の勝利を伝える早馬が到着。
この二日ばかり絶望的な状況だと思われていたため、エブラムは歓
喜に包まれた。
その日は夜まで大通りに人があふれ、倹約家であるエブラム伯が珍
しく酒と食料を人々に振舞った。
知らせから遅れること二日、聖堂騎士オリヴィア率いる遠征軍がエ
ブラムに凱旋。
前日にあらかじめ合流させておいたサラと共に、オリヴィアは広場
でのパレードに参加した。
その間、僕達は何もしなかったわけではない。
暗殺ギルドには僕の存在を詳しく知らせないまま、ディアナを新し

481
い頭目として組織の再構築を始めさせた。
アラクネの残していた書類や、金庫番の幹部から聞きだした金の流
れなどからランベルト家に繋がる糸を引き出し始めた。
ランベルト家は今のことろ動いていないが、いつか接触して攻略の
糸口を見つけないといけないだろう。
全滅したはずの冒険者チーム<赤烏>の魔術師サラが生きており、
オリヴィアの側近としてエブラム宮廷に取り立てられたことにエブ
ラムの冒険者たちは驚き、大きな話題となっていた。
しかし、サラが赤烏の新入りだった事は多くのものが知っており、
﹁運の良い冒険者﹂と言う扱いであまり疑いを向けられることはな
さそうだったのは幸いだ。
僕の事は各所での相談の上、公には伏せることにした。
オリヴィア付きの騎士ガスパールに伴われて、エブラム伯との非公
式の面会だけはすることになった。
だが、それを公にするのは自分にとって望ましいことではなく、オ
リヴィアからも﹁友人を政治闘争に巻き込みたくない﹂という話を
通してもらってこっそりと報酬だけを貰うことになった。
オリヴィアが暗殺者に狙われた事は既にエブラム伯も知るところと
なっており、武力の無い自分が巻き込まれるのは危険だろうという
判断を下してくれたのもこの人だった。
頭髪にも髭にも白い部分のほうが多くなり、背の高さの割には体は
痩せてしまっており、既に50を超え、60に手が届くのではない
かと言う老齢の人物だったが、その眼力だけは恐ろしく鋭い。
オリヴィアの危機を救ってくれたことと、友達でいてくれたことに
感謝の言葉をかけられたし、彼のその言葉には偽りは無かったと思
う。
それでも、あまり長時間話をしていると自分の裏の顔まで見抜かれ
そうで、正直生きた心地がしなかった。

482
ただ、エブラムでの商売を行う権利と、新市街の商業地区に店を借
りる際の保障を行ってもらえることになったのは、後ろ盾のない身
としては本当にありがたかった。
そして、遠征軍の期間を祝う二日間の祝祭が終わり、エブラムにい
つもどおりの日々が訪れる。
長い夏は過ぎ、厳しい冬が訪れる前にやってくる、収穫の季節を前
に都市は少しだけ浮かれているように見えた。
ようやく落ち着いて、サラに与えられた城郭の近くの建物でオリヴ
ィアと落ち合ったのが、あの地下水路の戦いからぴったり3日後。
鉱山村のダンジョンでの戦いから数えれば10日程度。
案外短いようでも、会えない時間と言うのは長く感じるものだった。
僕とサラと、地下通路をこっそり通ってやってきた︵サラに与えら
れた建物は、いわゆる隠し通路の先にある逃げこみ先として作られ
た家なのだそうだ︶オリヴィアの3人で改めて再会を祝した。
で、今までの話をしていたら、さっきのような状態に追い込まれて
しまったわけだ。
﹁その⋮⋮ミヤビっていったっけ。その子、どうなの?﹂
少し歯切れの悪い感じで、オリヴィアが聞いてくる。
最初に会ったときのように、事務仕事用に眼鏡をかけたまま、レン
ズ越しに上目遣い軽くににらんでくる。
眼鏡と言う物は学者や教会の人間、あるいは一部の商人など紙に書
いてある文字を読み、書く仕事をしているものであれば時々使って
いる道具だ。
磨き上げた水晶や、一部の鍛冶屋が作り出す硝子という透明な石を
加工したレンズを使って視力の補正を行う。
つまるところ、勉強のし過ぎや夜遅くまで書類仕事をしていたせい
でオリヴィアは目が悪いのだ。

483
とはいえ、今は僕の話を聞いてるだけなので、眼鏡をかける必要は
無いわけなのだが⋮⋮何か魔法の仕掛けでもしてあるのだろうか?
﹁エリオット、あんたなんでにらまれているかわかってないでしょ
?﹂
﹁え?﹂
サラにズバっと言い切られ、返す言葉も無い。
﹁⋮⋮うん、わかってた。エリオット、昔っからそういうところ鈍
感だもんね。
自分から動く時はあんなにも積極的なのに、どうしてこう⋮⋮﹂
呆れたように、諦めたようにオリヴィアも肩をすくめる。
﹁ええと、ね。エリオット。
私、何日もあなたに会えなくて寂しい思いをして帰ってきて、
忙しい日々も終わって、お父様にエリオットを紹介して、ようやく
時間が出来たぞー⋮⋮って、
そう思ったときにね。⋮⋮あなたの新しい女の子のことを聞かされ
たのよ?﹂
﹁お、オリヴィー?
なんか怒ってる!?﹂
﹁怒っては⋮⋮ないけど、さ。
エリオットが私のためにまた危ない橋を渡ってくれたのはわかって
るし、
それが成功したこともわかってる。だけど⋮⋮その。
少しくらい私のことを気にしてくれたっていいとおもうんだけどな
ぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あ﹂
オリヴィー、やきもちを妬いて少しすねてたのか。
﹁あははははっ、そうか、そういうことか。
ごめんね、オリヴィー。さびしい思いをさせてたよね﹂
﹁いいもーんだ。これからはサラに愚痴を聞いてもらえるし⋮⋮﹂

484
﹁あたしだって、エリオットには色々言いたい事はあるけどねー﹂
女二人に僕一人、これは不利な状態ではなかろうか。
﹁でも、文句は後で聞いてもらうから⋮⋮今は、あなたに甘えさせ
て﹂
オリヴィーは、前と比べて強くなった。
多分、硬くはなくなったけど、しなやかになったというか、したた
かになったというか。
それが、僕や、サラが近くにいられるようになったことで起きた変
化であって。
僕がオリヴィーに強さを与えられたのであれば、嬉しい。
﹁オリヴィー、サラ。
その⋮⋮いきなりってのはムードが無いかなって遠慮してたんだけ
ど。
⋮⋮しようか?﹂
表の顔、裏の顔:報告会︵☆︶
﹁じゃぁ、さ。せっかくだから二人で奉仕してくれるかな。
オリヴィーも、サラも、僕の女なんだから、さ﹂
キングサイズ
人間一人ではあまるようなかなり大き目のベッドに腰掛け、二人に
合図を送る。
二人は衣服を脱ぐのももどかしいのか、近寄ってくると僕の両隣に
座った。
﹁え⋮⋮と、奉仕って、何をすればいいかしら﹂
﹁こいつ、癖が悪いわよ∼。だいたいは⋮⋮ひゃっ?﹂
今のは僕がサラのわき腹をくすぐったのが原因。
﹁サラ、そんなこといわないでよ。
ペニスをくわえた
君だって、僕の股間に顔を埋めたままお尻を叩かれるのが好きなこ
とを知られたくないだろ?﹂
﹁なっ⋮⋮!?﹂

485
ちなみに、一部誇張しているけど本当のこと。
サラは奉仕させられるのと、お尻を叩かれることに興奮する癖があ
る。
手が届かないからと近くにいたアスタルテにスパンキングを頼んだ
ら、アスタルテが呆れるくらい乱れて絶頂したのだ。
﹁へぇ⋮⋮サラっていじめられるのが好きなの?﹂
オリヴィアが興味深そうに聞いてくる。
﹁うん、こんな澄ました顔をして、サラは汚されたり言葉で攻めら
れるのが好きなんだ。
淫魔に生まれ変わったって言うのに、責める方はからっきし。そう
だよね?﹂
敢えてサラに確認するのはまさに言葉攻めなのだが、サラはあわあ
わとしながら、それでも小さい声で答える。
﹁⋮⋮あの、その。自分でも知らなかったけど⋮⋮
エリオットにはじめて抱かれたときの癖が残ったみたいで⋮⋮﹂
油断しているのか、羽根はまだ見えていないが、お尻のところから
わずかに尻尾が顔を覗かせている。
アスタルテから幻影の呪文の使い方を習い、もう日常生活には支障
が無い程度まで熟達しているのだ。
﹁サラも、エリオットに女にしてもらったのね⋮⋮ちょっと妬ける
なぁ。
背も高いし、肌もきれいだし⋮⋮﹂
オリヴィアが大真面目な顔でサラの脚をなでる。
﹁そ、そんなことはいいから、ほら、エリオットが待ってるから、
オリヴィア﹂
二人から集中攻撃される危険を感じたのか、サラがオリヴィアに水
を向ける。
それもまた墓穴なんだけど、その辺サラは鈍い。
﹁じゃぁ、オリヴィーにお手本を見せてあげてよ。あのダンジョン

486
の中で抱いただけで、まだあまり経験が無いんだから⋮⋮僕に散々
開発されたっていうなら、その経験の差を見せてあげて﹂
腰を抱き寄せ、耳元で小さく、それでもオリヴィアにもしっかり聞
こえるように囁く。
予想通り、サラは茹蛸のように耳まで真っ赤になる。
﹁ちょっ⋮⋮これだから、もう⋮⋮﹂
﹁エリオット、こういう時ってちょっと人が変わるのね。⋮⋮そう
いえば、わたしを抱いたときもちょっとそんな感じだったかも﹂
そういいながら、オリヴィアは少し上の空だ。どこを見ているんだ
ろう⋮⋮?
﹁オリヴィー?﹂
﹁え? あ、その、なんでもないよ?﹂
﹁⋮⋮今、まじまじとエリオットのソレ、見つめてたわよね﹂
﹁あ、あのっ、そ、その⋮⋮じっくり見るのは、初めてだなって⋮
⋮﹂
ペニス
今、僕本体はまだ軽く起き上がっている状態だ。
初めてオリヴィアを抱いた時は、魔力が暴走しかかってほとんど勃
起が収まらなかったから、こういう状態のときを見るのは確かに初
めてかもしれない。
﹁一つ言っておくと、他の奴と比べたこともあんまり無いから、平
均的な大きさとかは知らないよ?﹂
見つめられているのを意識したせいで、少し元気になってきた。
﹁エリオット⋮⋮そもそも、アタシとオリヴィアの処女奪ったのは
あんたでしょーに。
二人とも、人間の⋮⋮その、ちんこなんてあんたの以外見たこと無
いわよ。
その、オークとかと比べるのもなんか違うし﹂
﹁う、うん。その⋮⋮殿方のそういうものは、小さい頃にお父様と
一緒に沐浴に入ったときくらいで。
後は、子供の頃にエリオットと川で遊んだときくらい⋮⋮あのころ

487
はエリオットのおちんちんが私に入ってくるとか、想像すら出来な
かったよね﹂
﹁⋮⋮ねぇねぇ、オリヴィア。その時と比べて、やっぱり大きくな
ったの、これ﹂
﹁うん、かなり⋮⋮﹂
⋮⋮なんか、すっごく居心地悪い。
なんで僕はここで自分のものにした女性二人に品評されているんだ
ろうか。
﹁オリヴィー、サラ。僕の物についての話は置いておいて、そろそ
ろお願いしていいかな?
朝になったら、またしばらく会えなくなってしまうんだし⋮⋮ね﹂
◆◆◆
﹁だから、こうやって⋮⋮口に含んで、ベロで先端を舐めたり⋮⋮﹂
﹁わ、わ⋮⋮そんな風になるんだ。わたしも⋮⋮そんなこと、して
たんだ﹂
サラは現在、ベッドにうつぶせになるような形で左側から僕の股間
フェラチオ
に顔を埋め、オリヴィーに見えるように奉仕を繰り返している。
普段は口の中に収めて吸い付くようにするのが好みのようなのだが、
今は他人に見せて教えることから、唇を覆いかぶせるのは最小限に
とどめて、舌の動きを解説している。
いつもは強気な口を利いて、滑らかに呪文を紡ぐサラの唇と舌が僕
の股間の陰毛をかき分け、陰茎に、カリに舌を這わせて、唾液をた
らしていく。
ザーメン
﹁先端の、精液が⋮⋮でてくる部分を⋮⋮こう⋮⋮﹂
元々真面目なのだろう、こんな状態でもしっかりと他人に説明を止
めない。
ちょっと悪戯心を出して、左手で髪の毛をなでていたのを止め、サ
ラの体の下に手を差し込み、右の乳首に愛撫を始める。

488
﹁ぴゃっ!? ちょ⋮⋮ちょっろ⋮⋮らにを⋮⋮んぷっ﹂
ちょうどペニスを深く飲み込もうとしていたところに奇襲を受けて、
言葉も上手く回らなくなっている。
﹁続けて、サラ。⋮⋮気持ちいいよ﹂
そういいながら、サラの実技をしっかりと見学しているオリヴィア
の腰を抱き寄せる。
﹁あ⋮⋮﹂
オリヴィアが何かを口にする前に、顔を寄せて唇を奪う。
眼鏡のレンズ越しに目が開かれ、ゆっくりと閉じられる。
舌を差し込むと、ためらい無く受け入れ、こちらに自分の舌をから
ませてくる。
⋮⋮舌の動きが活発なのは、どうやらさっきサラが見せた舌技を無
意識に練習しているようだ。
こちらの状況に気が付いたのか、サラの愛撫が強くなる。
左手を戻し、少し強めに頭を押さえつける。
息苦しそうな吐息が漏れるが、サラはこれで火がつくことももうわ
かっている。
﹁⋮⋮ぷは。オリヴィー、そろそろ君もやってみてくれる?﹂
﹁⋮⋮うん、でも、サラがまだ⋮⋮﹂
﹁二人一緒に、頼むよ﹂
おずおずとオリヴィアは頭を降ろし、ベッドに腰掛けた体勢ではサ
ラと二人で何かするにはやりにくいと思ったのか、サラと同じよう
にうつぶせにベッドに横たわる。
とはいえ、流石に女性二人を並べられるほどベッドが大きくないた
め、僕はベッドの中心に寝転がる形になり、対角線上にサラとオリ
ヴィーが膝をついて座り、僕に奉仕する形となった。
二人の舌が、片方は堂々と、もう片方はおずおずと左右からペニス
にからみつく。
舌先で下から上に舐め上げるように進み、途中から幹をくわえるよ

489
うに、お互いの顔を近づける。
まるで、僕のペニスを間に挟んで二人がキスをしているようにも見
える。
﹁⋮⋮ぷは⋮⋮なんだか、サラとキスしてるみたい⋮⋮﹂
﹁れる⋮⋮うん、まぁ、似たようなもの、かしらね。オリヴィア、
次は先端部分任せるわ﹂
サラは一方的に宣言すると、頭をさらに降ろし、玉袋を片方だけ口
に含む。
﹁そんなのも⋮⋮あるんだ⋮⋮ん﹂
オリヴィアは少しだけためらった後、屹立したペニスの先端部にゆ
っくりと口付けをする。
ためらいがちな舌がゆっくりと亀頭を舐めしゃぶり、すっぽりと温
かい口の中に包まれる。
﹁そうそう、サラもその調子⋮⋮オリヴィーは、その状態で舌を使
ってみて﹂
色々と手出しをしようにも、横たわった状態では何も出来ない。
手を伸ばして、二人の髪の毛や耳を軽くなでるくらいだ。
サラは隣の玉にターゲットを移し、時折玉袋の付け根まで舐めてく
る。
オリヴィーは調子がわかってきたのか、唇をすぼめてカリの部分を
締め付けるように刺激しながら、鈴口を舌先で刺激し続ける。
暖炉の火が、少しだけ弱まってきた。
気が付けば、こんな愛撫の授業だけで半時ほど使っているようだ。
そして、そろそろ射精の感覚が高まってきた。
﹁⋮⋮二人とも、そろそろ出そうなんだけど⋮⋮﹂
その言葉に、二人はほぼ同時に顔を持ち上げ、先端部分に執拗な奉
仕を始める。
二つの唇が、二つの舌が絡み合い、ふれあい、二人が目を合わせ、
視線を落とす。

490
腰が跳ねるように動き、強烈な絶頂感が駆け上る。
﹁うっ⋮⋮でるっ!﹂
ビュルル、と音が聞こえたような気がする。
数日間溜め込まれた精液が、派手に飛び出し、二人の顔を派手に汚
した。
サラは口に入った精液を味わうように口で遊ばせ、既にその目は欲
情の火がついたことを物語っている。
オリヴィアは眼鏡に飛び散った精液を興味深げに見て、頬や口に飛
び散った精液を指にとり、眺めている。
⋮⋮こちらも、サラほどではないけれどかなり興奮してきているよ
うだ。
ようやく上体を起こし、二人を両腕で抱きしめる。
﹁すごく、気持ちよかったよ﹂
そのまま、腕に力を入れて二人の顔を近づける。
中腰の姿勢になっている二人は、気が付けばお互いの顔に飛び散っ
た精液を舐め取り合い、口付けを交わしている。
背中から自分の体を倒す勢いに乗せて、二人も一緒にベッドに引き
倒す。
二人の顔を引き寄せて、まとめて唇を吸う。
三本の舌が絡み合い、少しの間ダンスを踊る。
僕の両腕は二人の尻肉をもみ、撫で回し、股間に指を伸ばす。
﹁ひあっ、エリオット⋮⋮そこ、触ってる、触ってるよぉ﹂
﹁この、スケベ⋮⋮二人まとめてなんて、贅沢ね⋮⋮﹂
二人は片手を伸ばして、僕のペニスをなでさすり、再び射精に導こ
うとしている。
﹁⋮⋮二人とも、覚えておくんだ。
僕は魔物で、ひどい奴だ。色々な女を犯して、魔物にしたり、配下
にしたり⋮⋮これからもおそらくは続くだろう。
それでも、僕は何度も抱きに来る。いいね?﹂

491
ふと、思い出して起き上がる。
二人が何事かと目線で僕を追うが⋮⋮いや、単に暖炉の薪を継ぎ足
しに行くだけなんだけど。
次第に暖かくなってきた時期とはいえ、夜はまだ少し冷えるのだ。
布団をかぶって寝るだけならいいけれど、もうしばらく起きている
だろうから。
振り返ると、夢のような光景が目に入った。
サラとオリヴィアが、自分の淫部を指で広げ、僕を誘っている。
まるで、ベッドの上に二輪の花が咲いたような、美しくも淫らな光
景。
﹁⋮⋮どっちが提案したの?﹂
問いかけに、二人は困惑したように目を見合わせる。
﹁⋮⋮つまり、相談したわけではなくて、我慢できなくなっちゃっ
たんだ﹂
ゆっくりと近づき、二人の股間を品評するかのように眺める。
さっきとは立場が逆転した感じだ。
サラは見られなれているけれど、オリヴィアは他人を交えてのセッ
クス自体がそんなに経験があるわけではない。
時折、ピクリピクリと小刻みに体が震えている。
クスリ
オリヴィアは濡れてはいたけれど、前は媚薬も使っていたし、まだ
少し痛むかもしれない。
ならば、もう少し前戯があったほうがいいかもしれない。
﹁オリヴィー、起き上がって、サラの上に覆いかぶさって。
そう、頭と足はサラとは逆に、僕のほうに頭を向けて⋮⋮何するか、
予想は付いた?﹂
オリヴィアがベッドの上に起き上がると、サラの脚をつかんで、ベ
ッドの端まで引っ張る。
﹁ちょ、ちょっと、言ってくれれば自分で動くわよ!?﹂

492
﹁今日は、ちょっと乱暴にしたい気分なんだ﹂
サラの文句を、返答としてはあまりにも適当な返答で返す。
まあ、これはサラが強引にされるのが嫌いではないことを知ってい
るから出来ること。
ダリアとディアナはどっちも平気で、アスタルテやシロは、どちら
かと言うとお願いされるほうが好みだ。
チャナは多分サラと似たようなものだろうけれど、あの娘はハリー
とフレッドに任せておくほうがいい。
⋮⋮それに、何と言うか、女を増やしすぎても僕が持たない。
﹁あの、エリオット?
サラに覆いかぶさるって、どんな風に⋮⋮?﹂
オリヴィアが怪訝そうに聞いてくる。確かに、そんな知識無いだろ
うなぁ。
オリヴィアが隠語に興奮するかわからないけれど、羞恥心はサラと
同じかそれ以上に強い。教え込んでみようかな?
﹁オリヴィーには、僕がサラを犯しているところを目の前で見ても
らうんだ。
だから、オリヴィーの顔はサラのおまんこの真上に。
オリヴィーが見ているだけもかわいそうだから、サラの顔の上にお
尻を落として。
で、サラに奉仕してもらうんだ﹂
﹁ああ、なるほど。合理的⋮⋮えっ?﹂
一瞬、状況は理解して、その結果どうなるかを理解しないまま返答
しかかってオリヴィアが凍りつく。
こっちも茹蛸のように、耳の先まで真っ赤になる。
﹁エリオット、あんた本当に鬼畜ね⋮⋮。オリヴィアって、幼馴染
なんでしょ?﹂
﹁大事にしたいからこそ、何も包み隠さずにいるんだよ。隠す気な
ら個別に抱きに来るって⋮⋮そんな時間も中々取れなくなりそうだ
し、そうなるとサラもオリヴィーも僕と会える時間が半分になるん

493
だよ?﹂
今のは、隠すことのない本心。
ただ、サラが言うような、一般的な恋人のオリヴィーを大事にする
やりかたというのは、正直思いつかない。
﹁⋮⋮エリオットに会えないのは寂しいから、わたし⋮⋮いろいろ
覚えるね。
でも、こんなことばっかりしてて公務中にエッチな気分になっちゃ
ったらどうしよう⋮⋮?﹂
オリヴィアはずいぶんと可愛いことを言ってくれる。
⋮⋮くそ、なんでオリヴィアを他の男と政略結婚なんてさせなけれ
ばならないんだろう。
つくづく、自分は欲深いと思い知る。
アスタルテに目覚めさせられてから、ほんのわずかな交流だけでダ
リアを抱き、成り行きで奴隷にされていたシロを犯し、戦いの結果、
意図的にサラを汚した。
情報戦と騙しあいの中で捉えたディアナを丸一日かけて犯しつくし、
ようやく助け出したオリヴィアを僕の女にした。
その全員を僕は欲し、未だに彼女たちが自由に僕から離れることを
許すことが出来ない。
⋮⋮魔物にしてしまった女達は、離れることも出来ないのだろうけ
れど。
抱いたというだけなら、殺して食ってしまったアラクネも、魔物に
したうえで少年奴隷の二人の奴隷に落としたチャナも、あのダンジ
ョンで時折抱いた密輸業者の女達もだ。
蛇姫ミヤビも、傷が癒えたらどうにかして抱いてやらないといけな
いと思っているし、あの娘を僕の配下にしたい。
これが魔物の血なのか、人間の性なのか、そんな事はもうわからな
い。
単に、僕個人の資質の問題なのかもしれない。

494
だが、今僕の手の中にある女達を失いたくは無い。それは、偽るこ
との無い事実だ。
表の顔、裏の顔:二輪の花︵☆︶
﹁⋮⋮ねぇ、エリオット、こう⋮⋮で、いいの?﹂
どうやら少し考え込んでしまったようだ。
気が付けばオリヴィアがサラに誘導されて、サラの股間を眺められ
る程よい位置におさまっている。
﹁うん、それでいいよ。ねぇ、オリヴィー。
サラのおまんこは今どんな感じかな。僕に教えてくれない?﹂
﹁そんなの、あなたが見れば⋮⋮あ、うん。わかった﹂
怪訝な顔で聞こうとして、密着しているサラがピクリと反応したこ
とに気がついたのだろう。
オリヴィア、やっぱり責めるほうにも適性あるんじゃないかな?
﹁エリオット、サラの下の毛って、髪の毛と同じで綺麗な深い青色
ね。

495
おつゆに濡れて、色が濃くなって見えるわ。
⋮⋮で、その⋮⋮お豆のような突起が⋮⋮﹂
﹁それはクリトリスって言うんだよ。オリヴィーなら知ってるよね
?﹂
﹁うう、その⋮⋮さては、私にそういうエッチな言葉を言わせるの
が目的ね?
⋮⋮いいわよ、もう。エリオットになら、何されても⋮⋮。
えっと、サラのクリトリスは綺麗なピンク色で、ちょっと大きい⋮
⋮いえ、大きくなっているのかしら。
下の⋮⋮お、おまんこのビラビラも、色は少し濃いけれど、綺麗な
形ね。
あ、今ひくひくした。⋮⋮サラ、感じてるの?﹂
横からちょっとサラの顔のぞき見ると、羞恥心に顔を真っ赤にして
いるのが見える。
オリヴィアの股間が目の前にあり、両足が頭の左右に置かれている
ので身動きが取れないのだ。
﹁サラ、お返しにそっちも説明してあげて。⋮⋮自分じゃ、普段見
ないでしょ?﹂
その言葉に、サラは少し嬉しそうに肯く。
﹁オリヴィアの陰毛は、綺麗に手入れされてるのね。
それに、綺麗な黒い毛だけど、元々生えかたは薄いのね、お手入れ
が楽そうでうらやましいわ。
クリちゃんも少し小さめで、皮をかむってるから⋮⋮んむ﹂
﹁ひゃっ!?﹂
サラが顔を少しだけ上げ、舌を使ってオリヴィアの包皮に包まれた
クリトリスをむき出しにしたようだ。
﹁やっ、それ、あの⋮⋮怖い、怖いの、体が⋮⋮﹂
初めてのときに比べて、感度は上がっているのかもしれない。

496
クリトリスへの刺激で腰ががくがくと震え、サラは両腕を使ってオ
リヴィアの脚をがっちりと押さえ込んだ。
﹁サラ、続けて。⋮⋮オリヴィー﹂
腰を落として、オリヴィーの顔と僕の顔の高さをあわせる。
制御しきれない快感にわずかに怯えているのか、レンズ越しの瞳が
少しだけ涙ぐんでいる。
﹁快感に身を任せていい。僕が許す。いや、僕が命令する⋮⋮もっ
と、淫らになれ﹂
答えを言わせる前に、唇を奪う。
舌を口腔内に進入させ、派手に口の中を荒らす。
股間ではサラの舌が、唇には僕の舌が侵入しているのだ。
入力される快感が閾値を超えたのか、オリヴィアの体が小刻みに痙
攣を始める。
サラに抱えられて下半身が不安定なこともあるのか、不安そうに僕
の方に腕を回してくる。
とはいえ、まだ先は長いし、いったん止めておこうか。
のばされたオリヴィアの手を自分の手でうけとめ、手を握りあう。
唇を離すと、名残惜しそうに唾液が互いの唇をつなぐ糸になる。
﹁ふあ⋮⋮﹂
熱でもあるように、オリヴィアは潤んだ瞳を向けてくる。
﹁オリヴィー、これをサラに入れるから、少し塗らしてくれるかな
?﹂
手をはなして立ち上がり、屹立したペニスを顔の前に突き出す。
少しだけ躊躇したものの、熱に浮かされたようにオリヴィアは上半
身を倒す。
小さめの顔が近づき、ゆっくりと唇がペニスを飲み込む。
オリヴィアの綺麗な黒髪を両手でつかみ、少しだけ強引に頭を引き
寄せ、喉奥までペニスを突きこむ。
息苦しそうにしながらも、必死に舌を動かし、唾液をためて奉仕し

497
てくれる。
両腕が回され、僕を逃がさないとでもいうようにホールドされる。
まだ慣れていないので、うまく喉奥まで飲み込むことはできない。
それでも、ペニスの幹に舌を絡め、唾液をたっぷりと垂らし、快感
を与えようとしてくれる。
このまま出してしまうことも考えたが、さっき出したばかりなのと、
このままではサラがお預けを食ったままなのを思い出す。さすがに、
いくらなんでも可愛そうだ。
十回ほど喉奥を前後させ、オリヴィアの呼吸が苦しくなる前に解放
する。
﹁ぷは⋮⋮ぁ⋮⋮﹂
﹁オリヴィー、よく見ていて。今から、サラにこれが入っていくん
だ﹂
このベッドは比較的背が高く、人の腰位まで高さがあるため、少し
かがむとちょうど良い高さになる。
﹁サラ、そのままオリヴィーに奉仕を続けてね﹂
そういうと、待ちぼうけを喰らっていたサラにゆっくりとペニスを
突き入れていく。
﹁わ⋮⋮ぁ、エリオットの、が、サラのを掻き分けるみたいに刺さ
ってく⋮⋮﹂
さんざん待たせたせいか、サラの膣内はかなり熱くなっていた。
魔術師なので、体を鍛えていないサラの膣内は締め付ける力がそう
強いわけではない。
だが、元々細身なのが影響しているのか、中が細いというか狭く、
ぴっちりとした感触が強い。
そのため、しっかりと濡らしてあげないないとちょっと痛がるのだ
が、今日に至ってはそんな気遣いなどまったく必要が無いほど、サ
ラは濡れていた。
﹁あ⋮⋮きた、きたぁぁ⋮⋮!﹂
そこで、ぴたりと動きを止める。

498
オリヴィアが怪訝な顔で結合部を見るが、その疑問はすぐに解けた
ようだ。
﹁あ⋮⋮なんで、なんで動いてくれないの?﹂
我慢できないのか、サラの腰がピクリピクリと動き出す。
膣内も、奥へいざなうように蠕動運動を始めるのだが、これはサラ
自信も理解していないだろう。
﹁焦らしたときのサラが可愛いからだよ﹂
﹁なっ⋮⋮﹂
奥まで突き入れると、サラの腹筋が軽く海老反るように持ち上がる。
﹁ふあっ!?﹂
もう何度も繰り返したやり取りなんだけど、いつになっても変わら
ない。
この辺、わかっていてやっているのでは無いかとも思ったのだけど、
本人はどうも気が付いていないようだ。
﹁うわぁ⋮⋮サラ、あなた気が付いてる? いまので、あなたの⋮
⋮その、おつゆが垂れてきて﹂
﹁いや、やぁ、言わないで、言わないでぇ⋮⋮﹂
最近、僕がいっても恥ずかしがりながら拗ねるだけだったのだが、
同性のオリヴィアに言われるのはまた違った趣があるようだ。
シロに言わせたこともあるが、シロの場合は言うより先に舌を出し
てしまうのでこう言った恥ずかしがらせるたぐいのことはあまりう
まくない。
﹁ふぅん、サラって、入れられながら恥ずかしいこと言われるのが
気持ちいいんだ⋮⋮﹂
初めて他人の性癖にふれるオリヴィアは、いろいろなことを吸収し
ようとしているのか好奇心旺盛だ。
﹁オリヴィー、そのまま、つながったあたりに奉仕してくれる?
僕よりも、主にサラに﹂
﹁ん、わかったわ。⋮⋮やっぱ、ここ、よね﹂
オリヴィーも眺めているだけでは暇になってしまうだろう。

499
ならば、責める側に回ってもらおう。
遠慮がちに、サラのクリトリスあたりをぺろぺろとなめ始める。
僕がペニスを突き出し、引き抜くのにあわせて竿と豆を舐めまわす。
﹁あぁ、ああぁぁぁあぁぁあぁ、あ、やめて、もっと、もっとして
よぅ⋮⋮﹂
﹁あら、サラってわがままなのね。やめてほしいの?してほしいの
?﹂
そうしていると、接合部に何か別の感触が生まれた。
見れば、ついに変身の術が維持できなくなったようで、お尻から生
えた青黒く細い尻尾が、僕のペニスに巻き付いていた。
それはまるで三本目の手のように、あるいは指のようにペニスをし
ごき、刺激する。
サラを淫魔にしてから半年以上たつが、こんなことができるなんて
知らなかった。
﹁サラ、ずいぶんと欲張りになったね。尻尾まで、僕のちんぽがほ
しいのかい?﹂
﹁ふぁっ⋮⋮? 尻尾⋮⋮あぁ、変身、とけちゃった、だめ、だめ
ぇ、もう⋮⋮﹂
ここからだとサラの顔が見えないが、オリヴィーの愛液と自分の涎
で顔はもうべたべたになっているに違いない。
あまり長い時間挿入していたわけではないが、さっきから口で奉仕
されていたこともあり、僕もそろそろ射精したい気持ちが強まって
きた。
今までの経験からすると、そろそろ⋮⋮
﹁欲しい⋮⋮欲しいの、エリオットォ、出して、出してよ⋮⋮﹂
ほら、おねだりが始まった。
いつもならここでじらして、僕がご主人様であることの再確認をす
るのだが、今日はそこまでする必要は感じない。
﹁オリヴィー、聞いてあげて﹂
それだけで察し、オリヴィアはサラのクリトリスを指先で弄びなが

500
ら声を上げる。
﹁えっと⋮⋮サラ。何が欲しくて、何を出して欲しいのかしら。
はっきり言ってくれないと、エリオットはそうしてくれないかも⋮
⋮﹂
﹁あぁ⋮⋮もぅ、オリヴィアまで⋮⋮わかったわよぅ、言うわよぅ
⋮⋮精液、ザーメン、エリオットのおちんちんから、エッチなお汁
をドピュドピュって、サラのおまんこにぶち込んで欲しいのぉ!﹂
﹁わ、サラったら⋮⋮﹂
開き直ったサラの、自分自身を興奮させるために使われる露骨な隠
語にオリヴィアが顔を赤くする。
すかさずサラからペニスを引き抜き、オリヴィアの顔に突きつける。
﹁あぁ!抜かないで、抜かないでよぉ!﹂
サラの声に突き動かされるように、オリヴィアはサラの愛液に濡れ
たペニスに舌を伸ばす。
﹁ん⋮⋮ここから、サラをこんなにエッチにしちゃうお汁がでるの
よね。サラ、まだ我慢できる?﹂
﹁無理よぅ⋮⋮もう、疼くの、おまんこがうずくのぉぉぉぉ﹂
オリヴィアの口の中を数回突き、ギリギリまで射精を我慢する。
﹁サラ、行くよ?﹂
﹁来て、きてぇ!⋮⋮!?﹂
射精寸前のペニスをオリヴィアの唇から引き抜き、そのままサラに
突き刺すと同時に射精する。
﹁いけっ、サラ、いけ⋮⋮っ﹂
ドクドクッ、と言う射精の感覚と共に、サラのもっとも奥まで一気
に貫き、腰ごと押し付ける。
オリヴィアの顔が僕の下腹部と腹に押し付けられるようにぴったり
とくっつく。
そこから体を起こし、僕の体を抱きかかえるようにしてキスを求め
てくる。
オリヴィアが体を浮かせたせいで、サラの顔にオリヴィアの股間が

501
再び密着したようだ。
叫び声をあげるはずのサラの口元からは、くぐもった音だけが漏れ、
膣内の強烈な収縮と蠕動、そして跳ね上がろうとして押さえつけら
れる腰の動きだけが彼女の絶頂を知らせていた。
オリヴィアの唇を奪いながら、僕は長い時間をかけて精液をサラの
膣内に出し尽くした。
◆◆◆
﹁⋮⋮サラ、サラ?﹂
サラの上から降りたオリヴィアが、気を失っているサラに声をかけ
る。
胸は上下しているので、呼吸は問題なし。少し気を失っているだけ
だ。
﹁イっちゃって、少し失神してるだけだよ。
⋮⋮オリヴィー、どうだった?﹂
﹁どうって⋮⋮な、なにがよ﹂
一瞬戸惑い、質問で返してくるオリヴィー。わかってるくせに。
﹁何がって、わかってるだろう?
人のセックスを見て、どう感じたか教えて欲しいんだ﹂
にっこりと笑ってオリヴィーに返答。多分今の僕は意地の悪い顔を
していると思う。
﹁⋮⋮もぅ、いじわるなんだから⋮⋮。
あのね。サラって、普段は強気で頭も良いし、人に気を使う割にち
ょっと口が悪いことが多いから、
エッチのときも強気なのかな⋮⋮って思ってた。
けど、その⋮⋮エッチのときって、こんなに可愛くなるんだな、っ
て。
エリオットが、いじめたくなるのもちょっとだけわかる、かな﹂
サラにタオルをかけながら、オリヴィーが答える。

502
その後姿が可愛くて、太ももに愛液がまだ垂れているのを見て、僕
のほうが我慢できなくなってきた。
さっきあれだけ射精した後だというのに、我ながらあきれる。
左手を伸ばし、オリヴィーの尻をなで、後ろから股間に手をさしこ
む。
﹁⋮⋮きゃっ、い、いきなり触るの?﹂
﹁うん。僕のものになってくれたんだから、その幸せを堪能させて
もらおうと思って﹂
オリヴィアは少し困ったような顔をして、それでも軽く脚を開く。
左手の指で、濡れたオリヴィアのおまんこをゆっくりといじる。
さっきあれだけサラに奉仕されたのだ、既に程よい熱を持って、じ
っとりと濡れている。
オリヴィアが右手を伸ばし、後ろ向きの状態で僕のペニスをつかみ、
ゆっくりと刺激をはじめる。
﹁困った人ね、エリオットってば⋮⋮さっきサラに出したばかりな
のに、もうこんなにして⋮⋮﹂
そこから、しばらくの間お互いの性器をいじりながら、他愛ない話
をしていた。
どっちが我慢できなくなるか競争していたわけではないのだけれど、
なんとなく、その先に踏み出すタイミングを計っていた。
そのうち、オリヴィアが僕のペニスをゆっくりと自分の股間に誘導
するようになってきた。
オリヴィアのおまんこがもうびしょびしょになっている事は、僕の
指が知っている。
お互いに黙ってしまい、目線も合わせないまま、僕は立ったままの
オリヴィアを背後から犯す。
少しだけ上半身を前に倒し、脚を軽く開くオリヴィア。
やや下についているオリヴィアの性器を、僕のペニスが左右に押し
広げて奥へと入っていく。
挿入は滑らかで、亀頭が中におさまると、その時点で緩やかに奥へ

503
といざなうような動きがある。
﹁あぁ⋮⋮はいって、くる⋮⋮エリオットの、おちんちん⋮⋮﹂
﹁今はまだ、先っちょが入っただけだよ⋮⋮オリヴィー、痛くない
?﹂
こんな状態だが、まだオリヴィアはセックスの経験自体は2回目だ。
まぁ、処女を奪った夜はみんなでもみくちゃにして、オリヴィアの
膣内にも2,3回射精しているけど⋮⋮
多分、まだ痛みのほうが強かったんじゃないかと思う。
﹁すこし、怖いけど⋮⋮あなたなら、平気。
それに、前よりは⋮⋮痛みも、ない⋮⋮し⋮⋮?﹂
戸惑うように、オリヴィアが言葉を切る。
どうやら、快感を感じられるようになってきたようだ。
﹁なにか、変⋮⋮?
気持ちいいんだけど、なんだか、もっと、こう⋮⋮﹂
﹁多分、それはオリヴィーの体がイク準備を始めたんだ。
サラみたいに、射精されておしっこを漏らしたり、失神したりして
絶頂するためのね﹂
﹁えっと⋮⋮お漏らしは、困る、かな⋮⋮?﹂
﹁それは、僕が決めることじゃないんだけど⋮⋮でも、気持ちよく
なってくれているなら良かった。
まだ、君を抱き足りないんだ。明日も君は公務だろうから、朝まで
⋮⋮とは行かないけれど。
あの蝋燭が消えるまで、この部屋にいてくれるかな?﹂
後ろから貫いたまま、オリヴィアの腹部を抱えるように腕を回す。
オリヴィアの腰がゆっくりと前後に動き出す。僕は前後だけではな
く、円を描くようにゆっくりと動きを加える。
﹁はぁ⋮⋮んっ⋮⋮、これ⋮⋮いいけど⋮⋮
エリオットの顔、見えない⋮⋮﹂
﹁⋮⋮向き合ったほうが、いい?﹂
﹁⋮⋮うん﹂

504
いちど身体を離すとき、別れを惜しむかのようにペニスから愛液が
糸をひく。
ベッドではサラが倒れているので、この家に用意されたばかりの椅
子に腰掛け、オリヴィアを呼ぶ。
﹁さぁ、こっちにおいで。
あの時みたいに、僕の上に﹂
いそいそとやってきて、椅子に座った僕に向き合うようにして跨る。
﹁えと⋮⋮ここを、これ、に⋮⋮あぁ、入ってくる⋮⋮﹂
再び、ペニスが温かいオリヴィアの膣内に飲み込まれていく。
形のよいオリヴィアの乳房が僕の胸に強く押し付けられ、形が変わ
る。
オリヴィアのお尻を持ち上げ、ゆっくりと上下させる。
激しく動かず、腰を揺らすだけでもお互いに快感が満ちてくる。
身体が密着し、時折唇を合わせては、言葉少なく抱き合う。
しばらくすると、僕の我慢が限界に近づいてきた。
﹁オリヴィー、これからは君のおまんこに射精する事はあまりでき
なくなる。
未婚の君に万が一子供が出来てしまったら、色々と問題だし⋮⋮ね﹂
﹁うん、そうだよね⋮⋮ちょっと、寂しいけど。あ、でも、今日は
まだ安全な日だから﹂
あぁ、月経の周期か。そういえば、周期は知らなかった。
﹁そうだね、偶然安全な時期に会えるならいいんだけど⋮⋮
そのうち、お尻で僕に愛されることも覚えてもらうよ﹂
﹁お、お尻⋮⋮?﹂
きょとんとするオリヴィア。まぁ、確かに知らないかもしれないな
ぁ⋮⋮
﹁お尻の穴も、女の子は気持ちよくなることができるんだ。
僕の女達は、全員使わせてくれるからね﹂
﹁⋮⋮サラも?﹂
﹁当然。ただまぁ、やっぱり気持ちよくなるためには時間がかかる

505
みたいなんだ。
いきなりお尻に入れちゃうと、裂けてしまうだろうしね。
サラの場合は、三ヶ月くらいかけてゆっくり開発したんだ﹂
﹁⋮⋮私も、それくらいでいけるかな⋮⋮?﹂
﹁多分⋮⋮うっ、そろそろ出そうだ﹂
﹁うん⋮⋮出して。思いっきり、私のおまんこに。私がエリオット
の女である証を、全部⋮⋮﹂
腰が浮く。跳ねそうになる尻を押さえ込むが、射精の躍動は押さえ
きれるものではない。
ドクン、ドクンと、脈打つように精液が打ち込まれていく。
﹁あぁ⋮⋮来た、きたぁ⋮⋮あ、熱いぃ⋮⋮﹂
椅子に座って抱き合い、身体を密着させたままのオリヴィアの膣内
に、僕はゆっくりと大量に射精した。
頭を胸板に預け、安心しきったようにオリヴィアが目を閉じる。
心地よい重みを感じながら、僕はしばらくの間オリヴィアを抱きし
めていた。
506
表の顔、裏の顔:魔道具商店と騎士ライラ
﹁ふあぁ⋮⋮流石に、眠い﹂
秘密の通路からオリヴィアを返し、短めの睡眠を取って目を覚ます。
朝になってもまだおきやしないサラをベッドから落っことして、昨
日のうちにオリヴィアから受け取っていた宮廷で使うためのお仕着
せをサラに着せる。
辺境といえど、宮廷は意外と朝が早い。
待たされる時間が長いのが原因のようだが、そもそもエブラム伯は
朝型で、昼過ぎにはその日の執務を終えるようだ。
⋮⋮とは言っても、それはあくまでもエブラム伯の事務仕事が終わ
るというだけだ。
裁可された書類はエブラムの役人達に回され、そこからまた色々な
ところに回っていく。

507
事務仕事だけではなく、近隣の都市との外交やら貴族たちとの面会
やら、地位が上がってくると人と会うこと自体が仕事として増えて
くるのだ、とオリヴィアは言っていた。
なので、最低でも昼前にはサラを登城させなければいけない。
ダンジョンでの昼も夜も無い生活に慣れたサラにとっては、しばら
くの間は苦労するだろう。
⋮⋮いっそのこと、睡眠時間がほぼ不要なダリアか、起きる時間を
かなりコントロールできるシロ辺りを毎朝派遣すべきだろうか。
なれない敬語を練習し続けるサラを城に向かわせてから、戸締りを
して旧市街に向かう。
⋮⋮ここは僕の家ではなく、公的には宮廷魔術師のサラの家なので
あまり出入りを見られないようにしよう。
今後、地下水路が使えるのであればそっちを使うのも手だろうな⋮⋮
旧市街は元々エブラムの都市部があるエリアで、ありていに言うと
狭くてごちゃごちゃしている区画が多い。
水門が出来てから新しく作られた新市街は新しい都市計画に基づい
て作られており、水路も計画的に作られ、商業区画は次第にこちら
側に移りつつある。
それでも、旧市街は川沿いの城を中心として放射状に広がっており、
中央の高級住宅街には蜘蛛の巣状に張り巡らされた水路沿いに都市
貴族の邸宅や大店の商人の住居などが並んでいる。
ゴンドラ
都市を歩くよりは、小型の船で水路を移動するものが多いのもこの
旧市街の特徴だ。
チャナや暗殺ギルドが根城にしていた歓楽街は、この旧市街のあま
り高級ではない一角にある。
なお、シロやサラなどの冒険者がたむろする冒険者の宿は新市街に
多く存在するし、あちらにも歓楽街は存在する。

508
僕が店を構える許可を得たのは、旧市街のほうだ。
理由は簡単なことだ。地下水路は非常に便利なものだが、新市街と
旧市街を分ける川の下には地下水路は繋がっていない。
普通の水路はあるけれど、僕がダンジョンをこの街に作り上げるに
は、どうしても城のある旧市街に拠点を構える必要があった。
◆◆◆
﹁マスター、お待ちしていました。
⋮⋮流石に、これは指示をいただかないと私には判断がつきません
⋮⋮﹂
ダリアが出迎えてくれたのは、旧市街の大通りから一本だけ道をそ
れた場所にある一軒の家屋。
元々商家だったらしく、道に面して大きめの扉があり、入り口から
入るとカウンター付きの取引所になっている。
家人の出入りは裏口から行うようで、入り口の脇に小さな小道があ
った。
﹁ご主人さまぁ、臭いからすると、元はどうやらパン屋か何かみた
いですよぅ﹂
奥の部屋から、探索をしていたのかシロが顔を出す。ほこりを被っ
ているのか、煤まみれだ。
﹁シロさん、髪の毛に煤が⋮⋮﹂
﹁あぁ、さっきパン焼き釜だったところに頭を突っ込んだから⋮⋮
ダリアも見てみてよ、これまだ使えるのかなぁ?﹂
⋮⋮あぁ、なるほど。言われてみれば納得する。
入ってすぐに数名が広がれるスペースがあり、その脇に低い棚があ
る。
カウンターもそこまで背の高いものではなく、一部は奥行きがある。
パン屋といわれてみれば納得だ、これならば多少改装するだけで店

509
としての用は足りるだろう。
﹁間取りは?﹂
﹁一応、書面がありますがあまり⋮⋮﹂
ダリアから古びた書面を受け取り、窓際で見てみる。
この家、流石に光の差込は少ない。パン屋としてはなかなか商品を
見せるのに困っただろう。
いや、パンの焼ける臭いで客を呼び込んだのかもしれない。
見ると、建物としては背が低いながらも地上二階、地下に1階分の
スペースがある。
パン屋の店舗エリア、奥には主人が待機していただろう狭い部屋と、
店舗部分よりもやや広いパン焼き釜付きの台所。
⋮⋮ここ、少し手直しすれば、そのまま付与魔術の工房として流用
できそうだ。
むしろ釜がある分鉱山村の僕の家よりも便利かもしれない。
地下は単に蔵として利用されていたようだ、湿気対策なのか薄い石
壁が張ってあり、防音性はかなり高そうだ。
水路まではやや距離があるように見えるが、この下には暗殺ギルド
の使っている地下水路が延びている事は確認済みだ。少し工事すれ
ば、出入りができるようになるだろう。
二回は家人の住居だろう、台所の上は煙突が生えていて部屋が作れ
なかったようだが、3,4人の家族が寝るだけならば十分な程度の
広さがあった。
まぁ、鉱山村のダンジョンと比べたら狭いものだが、ダリア、シロ、
僕の3人が居住する程度なら問題ないだろう。
馬車を置く場所が無いのは閉口したが、エブラムの都市部で馬車を
使うのは大きな荷物を日常的に運ぶ隊商や大店の承認くらいなのだ。
幸か不幸か、つれてきたオークはもう残り少ないため、チャナの地
下菜園に隠れ住ませている。

510
アスタルテには別の指令を与えて、現在はディアナとチャナを伴い
暗殺ギルド側で色々と動いてもらっている。
まぁ、具体的には暗殺ギルドが管理していた娼館の状況確認だ。
表の顔は、エブラムに小さな店を構える冒険者や傭兵向けの魔道具
商人。
その裏の顔は、エブラムの夜に手を伸ばすダンジョンマスター、と
言うところか。
正直、表はオリヴィアが治められればいいし、現在のエブラム伯が
健在なうちに何をする気も無い。
だから、手を伸ばすと言っても、せいぜい僕は寄生虫みたいなもの
だ。
単に、うまく隠れ住めればいいと思っているのだ。
今のところは、まだ。
部屋の片づけを行い、家具を設置し、数は少ないながらも商品にで
きる物をすぐ陳列できるよう並べておく。
まぁ、営業が出来るようになるまで一週間くらいは見ないとダメだ
ろう。
ギュスターブに世話してもらった一年で、このメンバーでも数年は
暮らしていけるだけの財産は一応ある。
もっとも、これを元手にして大手の商売の仕入れと魔法の付与を行
っていかなければならないので、結局は稼がなければならないのだ
が。
そんなことを考えながら荷物を降ろしていると、通りのほうから声
がかかった。
﹁⋮⋮おや、あなた方はここに引っ越してきたのか?﹂
見れば、自分より少し年上だろう女性がこちらを見ている。
そこそこ上質そうではあるが飾り気の少ない衣装。

511
女性にしては少し大柄で、動き方が明らかに戦闘訓練を受けている
それだ。
傭兵か冒険者だろうか、それにしてはわりと裕福そうに見える。
肩のところで茶色の髪を一束にまとめており、顔立ちは整ってはい
るが、意志の強そうな表情から可愛いよりも凛々しいと言う表現が
似合うだろう。華と言うよりも、石の彫刻のような美しさだ。
﹁ええ、今日からここで小さな店を構えようかと思いまして。
いろいろあって、このエブラムに移り住むことになったんですよ﹂
商売用の愛想笑いはなれたものだ。
この女性が何者かはさっぱりわからないが、おそらく相手はこっち
を普通の住人だと思っているのだろう。
無駄に疑われるようなことはしたくない。
﹁なるほど、確かにこの近隣ではもっとも商売には向いているな⋮
⋮しかし、パン屋の跡地に何の店を開くのかな?
もし良かったら、教えてもらえると嬉しいな﹂
あぁ、単に好奇心で聞いてきているだけだろう。
丁寧ではあるが、あけすけで悪意が無い。飾りが無い口調から、お
堅い職業の人ではないかと予想する。
⋮⋮下手したら、城勤めの騎士とか兵士とかではなかろうか。
﹁僕は商人のエリオットと申します、こっちにいるのは、使用人の
ダリア。
お姉さんは、戦うお仕事ですか? 歩き方が知ってる傭兵達に少し
似てますね﹂
﹁あぁ、そういえば名乗ってもいなかったな。申し訳ない。
私はライラ。まぁ、騎士といえば聞こえはいいが⋮⋮正直、たいし
たものでもなんでもなくて、
自分で馬も用意できず、家から主君の屋敷まで歩いて通うような木
っ端騎士さ﹂
その言葉には、かすかな自嘲と、捨てきれない誇りが同居している

512
ように思えた。
確かに、騎士は基本的に領主や貴族に使え、自分の戦力を提供する
代わりに雇用関係を結ぶ存在だ。
それゆえにある程度裕福でないと戦力を提供できないとみなされる。
動き方で戦闘訓練を受けている程度ならわかるが、腕前を見抜ける
ほどの眼力は僕には無い、
なので、ライラの実力がどの程度なのかは判断がつかないのだが、
騎士になるのって家柄がよくないのであれば相当難しいはずだ。あ
るいは、物凄い手柄を立てて一代限りで叙勲されたとか。
馬の無い騎士、か⋮⋮何か事情があるのかもしれない。
﹁ライラさんですね、よろしく。それにしても、今日は街の見回り
でもしているのですか?﹂
﹁いや、今日は偶然休みでね。一日空いたもののする事が無いので、
近所を散歩していただけさ。
すまないな、引越し作業を邪魔してしまって﹂
と言う事は、この女性は近所に住んでいるのか? 騎士が?
⋮⋮自分の常識には存在しないようなこともあるものだ。
﹁うちはパン屋ではなくて、ちょっと変わったもの⋮⋮ライラさん
なら関係があるかな。
魔法の道具を扱っているんですよ﹂
その一言で、目つきが変わる。
ただ、それは剣呑なものではなく純粋な興味だろう。
﹁魔法の、道具?﹂
﹁ええ、まぁ商売の秘密なのではっきりとはいえませんが、付与魔
術師に縁がありましてね。
普通に宮廷の魔法使いさんとかが作るものには及びませんが、ちょ
っと便利な武器や防具、
あるいは焦げ付かない鍋とかもありますよ﹂
﹁⋮⋮それは、鍋はともかく武具はぜひ見てみたい。値段が手ごろ

513
なら、なぁ⋮⋮﹂
かなりいい反応だ。悪い人ではなさそうだし、試供品を安く渡して
宣伝でもしてもらおうか。
﹁まぁ、まがりなりにも魔法の品ですからね。すごく安いとはいえ
ません。
でもまぁ、まだ開店前ですがお客さん第一号だ。ライラさん、商品
見ていきますか?﹂
騎士と言うならば、エブラムの城に登城するわけだから、そこで宣
伝をしてもらえるのはありがたい。
オリヴィアの影響力をそこで使うと、関係性がばれてしまうリスク
があるのだ。
それに⋮⋮少しくらいは自分の実力で商売の手を広げたい。
戦いでは僕はろくに役に立てないのだ、ならばせめて表の仕事だけ
でも自分の役割を果たせるようにしておきたい。
ついでに言えば、裏の顔だけで生きていけるほど、僕は覚悟が出来
ていない。
アスタルテは文句を言うだろうけれど、表の顔で成功できるならそ
れはそれでいいことなのだ。
◆◆◆
僕が商っている魔法の道具は、主に傭兵向けの武器と防具だ。
どちらかと言うと、防具のほうが注文は多い。
なにせ、防具は戦場でほぼ必ず身につけているものだ、なくす可能
性が低い。
そもそも、魔法の品は総じて高価だ。
矢や投擲用の短剣などの消耗品に魔法のアイテムを使うような奴な
んてめったにいないだろう。
僕が作る魔法のアイテムは、あまり欠点は無いものの﹁少しだけ便

514
利﹂といった程度の物が多い。
実際よりも少し短く見える剣、重さが通常よりも一割くらい軽い鎧、
金属がこすれる音を半分程度に軽減した鎖帷子。
もちろん、威力が高かったり、通常とは違う機能を付加した物を作
ることもできるが、まだそういった物を安定してつくるには付与魔
術師としての経験が足りないのだ。
そういえば、ギュスターブの傭兵団の連中に一番売れたのは、﹁中
が蒸れにくい﹂鉄兜だった。
矢が雨あられと飛んでくる戦場では面頬付きの鉄兜は必需品らしく、
顔と頭を覆った状態で長い間過ごしていると、仲が蒸れて大変なこ
とになるらしい。
汗が目に入ればそれだけで不利になるし、何よりも不快感が強いの
だそうだ。
⋮⋮そんなことを教えたら、ライラはしばらく呼吸困難に陥った。
﹁⋮⋮ちょっと待って、呼吸が、呼吸できない⋮⋮おなかいたい⋮
⋮!
はぁ、はぁ⋮⋮そりゃ確かに、鉄兜は重いし面頬を全部閉じたら蒸
れるのはわかるけど﹂
﹁ええ、僕の個人的な予想では、その傭兵団⋮⋮まぁこの街にも時
々来てるようですが⋮⋮は僕より年上の男性が多いですからね、皆
さん髪の毛が薄くなることを懸念しているのでは無いかと⋮⋮﹂
今のはちょっとしたジョークだけど、ギュスターブ爺さんもこの数
年で頭頂部が薄くなってきていることを気にしていたのは事実なの
だ。
﹁あはははは⋮⋮はぁ、ひどい、いくらなんでもそれはあんまりだ
よエリオット君﹂
どうやら、僕の呼び方は君付けになったようだ。
気安く呼んでもらえるようになって何よりだけど、どうやらライラ

515
は笑い上戸らしく、膝を突いて壁に手をかけ、倒れこまないように
耐えている。
⋮⋮よほど笑いに飢えていたんだろうか。真面目な人だと思ったけ
ど、意外な特徴があるものだ。
僕が魔道具商店を開く前日のこと、女騎士ライラとの縁は、このよ
うに始まった。
彼女が笑うということがどれほど貴重なことかを僕が知るのは、も
う少し後のことになる。
表の顔、裏の顔:娼館﹁蜘蛛の巣館﹂
﹁ご主人様ぁ、今の女の人、かなり強いですよぅ⋮⋮﹂
薄手の防水手袋をそこそこ長い時間眺めてからライラが立ち去った
後、姿を隠していたシロがこっそりと耳打ちした。
ははぁ、全く顔を出さずに気配を消していたのは、ライラを警戒し
ていたのか。
﹁うん、シロがそういうんだったら、強いんだろうね。
近所にあんな人が住んでいるなんて、安心なんだかおっかないんだ
か⋮⋮﹂
シロが言うには、騎士というだけでもその辺のごろつきよりは当然
強いが、あれはたぶん騎士の中でも結構強い部類だという。
この様子だと、オークリーダーを失った僕たちが正面から戦うと勝
てないくらい強い、ということだろう。
敵対しないで済むご近所さんであることが本当にありがたい。

516
もしかしたら知り合いかもしれない、今度オリヴィアにライラのこ
とを聞いてみよう。
﹁マスター、食事の準備ができました。
今日は夕方からアスタルテ様とディアナ様のところを視察する予定
で、それまではこのお店の準備時間となっています﹂
﹁ごはん! ごはんですぅ! ご主人様、シロ、おなかすいたです
♪﹂
厨房からダリアが顔を出し、声をかけてくる。
シロがうれしそうな声を上げ、僕の周りをくるくると回る。
⋮⋮うん、シロの外見を隠す幻覚の護符は早めに完成させよう。
この子だけ外にでれないなんて、さすがにかわいそうだ。
﹁ダリア、シロ。食事の後は二人に読み書きを教えるから⋮⋮逃げ
ないように﹂
と、シロの尻尾をつかんでから宣言する。
﹁うぅ、シロは犬だから勉強はできなくてもぉ⋮⋮だめ?﹂
﹁が、がんばります⋮⋮﹂
この二人は、まだ文字の読み書きが上手ではない。
特にダリアは生まれてこの方文字なんて習ったこともないので、最
初は簡単な数字と計算から始めることになった。
とはいえ、実のところ学習の機会が与えられなかっただけで、頭が
悪いというわけではない。
元々ダンジョンの罠や資材の管理を手伝ってもらっていた頃から、
数の把握など、計算の基礎的な事はなんだかんだいって出来ている
のだ。
才能がないわけではないから、そこに知識と経験で軽く道筋をつけ
てやるだけでいい。
馬車の中での簡単な座学と、寝る前に軽く講義しただけだが、加算
減算は問題なく把握し、簡単な乗算までは理解している。

517
除算はどうも考え方が納得いかないようだが、一つのリンゴを等分
するのは把握できなくても、5つのリンゴを二人で分けるという例
えの時は理解できていたから、まぁいずれ慣れるだろう。
シロも冒険者としては元々自然に分け前の計算を行っていたので、
そこに遅れることはなかった。
文字については、ようやく文字をすべて覚えたので、これからは有
る程度単語を覚えたら文章の書き方や決まり事を覚えてくれれば、
一通りの商売くらいはできるだろう。
都市で生きていく上で、商売を行うに当たって、簡単な数値の計算
と単純な単語が読み書きできるというのはそれなりに大きなアドバ
ンテージとなるだろう。
﹁あのあのぉ、ご主人様ぁ⋮⋮このお勉強が終わったら、シロとダ
リアにも、ね?﹂
気がつけば、さっさと食事を終わらせたシロがテーブルの下に潜り
込み、僕の股間に顔を埋めていた。
﹁こら、シロ。まだ昼間だってば﹂
﹁あ、シロさん⋮⋮﹂
ダリアがたしなめるものの、表情から心情的にはシロ側についてい
るのがわかる。
﹁だって、昨日はサラの新しいおうちにいってたんでしょ?
サラばっかずるいですぅ。あたしたちもエッチなことをして欲しい
ですぅ﹂
⋮⋮その言葉を言われてはなかなか反論しにくい。
しばらく会えない可能性があるからオリヴィアを抱きたかったのは
事実だが、サラと会うことは比較的に容易だ。
シロが文句を言うのはまぁ、わからなくもない。
﹁⋮⋮わかったよ、ただし、昼過ぎの鐘が鳴る前に今日の講義を終
わらせたらね﹂
目の前にニンジンをぶら下げることも時には必要、そんなことを自

518
分に言い訳した。
⋮⋮その日の講義は昼過ぎの鐘が鳴る前に終わった。
◆◆◆
﹁お待ちしていました、エリオット様。
⋮⋮今日はいったい何人抱いてきたのですか?﹂
妖艶にほほえむアスタルテ。今の格好は、最初に出会ったときと同
じ修道女の外見だ。
娼館の中に修道女というのは、悪い冗談のようにも聞こえるが、実
のところそうおかしな事ではない⋮⋮という説がある。
神殿は元々人々が集まる場所故に、歓楽街としての機能を取り込む
こともあるという。
神殿の周りにはお参りに来る人々を目当てにした小さな飲食店や販
売店が未だに多く、ちょっとした交流の場としても機能している。
エブラムではそういった風習はもうないが、数世代前にはまだ神殿
につとめる女性が巡礼者に体を提供していたという話もある。
川の女神などは元々女性の守り神でもあり、恋愛の守り手でもある
ため、古代にはそういった奔放な性の交流を推奨していたという話
もあるのだ。
神殿娼婦などと呼ばれたその女性たちが僧侶の地位を持っていたの
かどうかわからない。だが、決して社会的な身分は低くなかった⋮
⋮というのが、過去に読んだ本からの知識の受け売りだ。
﹁まぁ、ダンジョンにいた頃と大差ない⋮⋮かな。状況はどうだい
?﹂
﹁シロはおまんこに一回だけ出してもらえましたぁ♪﹂
﹁あっ、こら、そんなことは言わなくていいから⋮⋮﹂
ディアナとアスタルテに管理を任せた娼館は、旧市街の歓楽街にあ

519
る裏通りの酒場だった。漆喰を塗った壁の、石造りにところどころ
木材で補強と増築が行われた二階建ての建物。
入り口のところに、小さな銅板で作られた﹁蜘蛛の巣館﹂という看
板があるのが唯一の宣伝。けばけばしいほど派手ではなく、とはい
え趣味がいいとも統一されているともいえない飾りの数々。
元々、管理が適切とは言い難い状態だったようで、立地も建物も悪
くはないのに、あまり上等な娼館とは言い難い。
ディアナのようにアラクネに個人的に支配されている人物が娼婦と
して働かされる事もあったようだが、基本は専業の売春婦達が所属
している。半数はこの町の外周部⋮⋮つまりは貧民街に済んでおり、
残り半分は行き場もなくこの娼館に住み込みで働いているようだ。
いってしまえば、下流とは言わないが上等ではない並程度の娼館で
しかない。
このエブラムには性産業として娼婦や男娼が少なくはない数存在し
ている。
元々人口が多い上に、旅人などの流動人口が多いため、この手の産
業は他の都市よりも有る程度多いのだろう。
調べた限り、新市街に3カ所、旧市街に2カ所の娼館があることが
わかっており、確認できていない会員制の店や、普通の酒場の中で
営業を行う個人営業の娼婦を含めれば、エブラム全体の娼婦の数は
三百名程度いるのではないかと思われる。
流動人口をのぞけば、おそらく都市の人口の1%以上は何らかの形
で性産業に関わっている。これが多いのか少ないのか、僕にはわか
らない。
この店にはおおよそ十名程度の娼婦がいるようだ。これが多いのか
少ないのかも、やはり判断が付かない。
﹁あら、いらっしゃいませ。お待ちしておりました、ご主じ⋮⋮い
え、お客様﹂
奥から書類の束を持ってディアナがやってくる。

520
物見高い娼婦達が、ディアナの背後の通路からこちらをのぞき込ん
でいる。
⋮⋮まぁ、僕は例のごとく仮面をかぶり、大きめの帽子で外見を少
し隠している。
娼婦達の誰から情報が漏れるかはさっぱりとわからないのだ、まだ
僕のことを知らせる必要はない。
﹁やぁ、ディアナ。経営再建のために、いろいろと口出しをさせて
もらうよ。
まず、娼婦達のリスト作りと健康状態のチェックは済んだかい?﹂
客層の調査や、これからの経営の仕方など考えることは多いが、何
よりも先に売り物である娼婦達の現状を確認する必要があった。
病気を患っている者が有れば、療養させる必要がある。
性病を持ってしまっている場合は、直せるもので有れば治療をして、
治療が難しい場合は娼婦として働かせることはできないだろう。
とはいえ⋮⋮
﹁あんた、もしかして新しい持ち主かい?﹂
突然声がかけられ、思考は中断する。
見れば、ディアナの後ろから一人の女がツカツカと音を立ててやっ
てくるところだった。
薄い褐色の肌は、チャナほどではないが彼女に南方の血が混じって
いることを表している。
灰褐色の色の薄い髪の毛を腰まで伸ばした、細身で小柄な女だ。
胸の大きさは並より少し大きい程度なのだろうが、腰が細いため見
た目以上に肉感的な印象を与える。
見た目だけで言えば、おとなしく清楚な印象を受けるのだが、強気
そうな瞳と蓮っ葉な言葉が、この小柄な娼婦を一回り大きく見せて
いた。
﹁彼女はドーラ。娼婦達の中ではリーダー格の一人です﹂
彼女に背を向けているディアナが、ほとんど口を動かさずに声を届

521
けてくる。
なるほど、扱い次第ではやっかいになる、と言うことか。
﹁⋮⋮あぁ、一応はそうなるかな。君がドーラだね?
君たちの仕事にあまり横槍は入れないつもりだけれど、お互いに利
益を得るために工夫する事は必要だろう﹂
﹁なんであたいの名前を⋮⋮﹂
ふむ、一瞬だけど勢いが止まった。ディアナの背後で歩みも止まり、
僕とは数歩離れて立ち止まる。
まぁ、初対面の相手が名前を知っているのは確かに不気味だろう。
それを見越してこっそり名前を伝えてきたディアナの機転には頭が
下がるが、今の助言を活用できなかったらと思うと少しぞっとする。
⋮⋮ディアナもまだ僕が本当に主人としてふさわしいのか試してい
る、ともいえるのだ。
﹁あらかじめ書類を見ていたんだよ、それだけさ。
詳しいことはまだわからないが、名前程度は覚えておきたいからね。
前の経営者がどうだったかはわからないが、別に君たちを殺す気も
いきなり手放す気もない。
君は僕に何か言いたいことがあるようだけれど、まずはそれを聞こ
うか?﹂
さて、この一手でドーラはどう反応するだろうか?
﹁⋮⋮話が早いね。あんたが新しい経営者で、アスタルテのねーさ
んのご主人様って事は一応聞いてる。
ねーさんが信頼してるなら、一応信頼してもいいと思うんだが⋮⋮﹂
少し毒気を抜かれたような表情でドーラが答える。
アスタルテ、ここにきてからまだ二日たっていないはずだけど、娼
婦達からは信頼されているみたいだ。何があったんだろうか、後で
聞いてみよう。
﹁いや、確証がない事に賭けるのはバカのすることだ。君の判断は
間違っていないよ。

522
全てかなうと思われると困るが、希望を聞くだけは聞こう。
言うのは自由だ⋮⋮その前に、この店の水回りや、裏の水路の状態
なんかは改修する必要がありそうだとは言っておくよ。
そこの不満ならば、僕も認識した﹂
﹁その辺は、こっちとしても願ったりだ。裏の水路は水がよどみや
すくて、夏場は臭いがしてね⋮⋮
で、本題だ。あんた、この店の娼婦をどうするつもりだい?
具体的には、今この店にはいろいろあってすぐには仕事ができそう
にない娘が数人いてね﹂
強気に、にらみつけるような勢いでこっちを見つめてくる。
なるほど、彼女たちを守る気なのだろう。娼婦達から好かれるわけ
だ。
﹁治療ができないような状態だった場合は、正直わからない。
ただ、娼婦として働けないだけならば、酒場の裏方として働くこと
もできるだろう。
稼ぎは多くはないかもしれないが、どちらにせよ、報告を聞く限り
酒場としての営業はほとんどできていないようだしね。
それに、掃除や洗濯、炊事なんかも各自が勝手にやっているのなら
ば、まとめてしまった方がいい。
別に人を雇うことも考えているけれど、もしこの店の仲間を使うこ
とを望むので有れば、引退した娼婦の働き口として店の娼婦以外の
仕事を任せることも可能ではないかな?﹂
そもそも、娼婦って何歳くらいまでできるものなのか、実のところ
僕は知らない。
若いときはいい。いつか娼婦をやめて別の仕事を見つけたりするな
らばそれもいいだろう。だが、いつまでも続けられる仕事ではない
はずだ。
年をとれば容姿は衰えるし、避妊の方法はいくつか有るがそれが完
全とはいえたものではないために、誰の種かもわからぬ子供をはら
んでしまう妊娠のリスクと言う物は常につきまとう。

523
産婆の一部には堕胎を専門とする者がいるとも聞くが、それが安全
に終わる確率などはかなり部の悪い賭けのようだ。
﹁⋮⋮もしかして、誰か妊娠している娼婦がいるのかい?﹂
表の顔、裏の顔:過去の傷跡
﹁ああ、ちょっと訳ありでね⋮⋮
状況は説明するけど、あんたならどうする?﹂
⋮⋮正直、考えていなかったと言えば嘘になる。
これは受け入れなければいけないリスクだ、暗殺ギルドの管理の甘
さを考えれば、十分にあり得ることではあったのだから。
とはいえ、困惑していたことは間違いない。
出来るだけ、困惑を表に出さないように声を出す。
﹁うーん⋮⋮さすがに、それだけの情報では判断しようがないね。
堕胎するにせよ、産むにせよ、僕が勝手に決めるものではないだろ
う。
もし産むというならば、多少の援助をするくらいしかできないけれ
ど⋮⋮
その娼婦の意見も聞きたいし、君の意見も聞きたいところだね﹂

524
正直に言えば、ドーラの意見を聞いてみたいというのが正直なとこ
ろだ、
しかし、それを率直に言いすぎるとドーラに﹁操ることが出来る相
手だ﹂と思われる可能性がある。
出来れば友好的な関係を築き上げたいが、舐められるのは避けたい。
﹁⋮⋮放り出すと即座に言わないところは、いいと思うけどね。
あんた、アマちゃんだね﹂
﹁名目上とはいえ、これから君たちの親分になるんだ。
いきなり悪印象をもたれるのは避けたいだけだよ﹂
﹁⋮⋮それが甘いって言うのさ﹂
ドーラはたしなめるように言うが、その表情は少しだけ軟らかい。
どうやら、多少はお気に召してもらえたようだ。
﹁ついてきておくれ、実際に見てもらった方が早いだろう﹂
ディアナとアスタルテは他の業務をしてもらっているので、僕とシ
ロがドーラについて行くことになった。
﹁ご主人様ぁ、その人、赤ちゃんができたら娼婦をやめなきゃいけ
ないんですか?﹂
シロが小さい声で聞いてくる。まぁ、知識で知っていても実感はな
いかもしれない。
僕だって知識しかないし、女ではない以上実感なんかわかない。
﹁僕に聞かれても答えられないよ、それは⋮⋮まぁ、おなかの子供
が危ないから、激しい運動は出来ないだろう。戦ったり旅したりと
いうのも厳しいだろうね。
おなかが大きくなってしまえば、娼婦としての仕事もやりにくいだ
ろうし、そもそも子供が危ない。
一応、おなかが大きくなる前だったら薬で処理することも出来ると
は聞くけれど⋮⋮﹂
﹁処理って、どう言うことです?﹂

525
﹁⋮⋮母親の体に影響がでないうちに、人工的に流産させる⋮⋮つ
まり、生まれる前の子供を殺してしまうって事だよ﹂
﹁⋮⋮!?﹂
シロはその辺の知識があまりなかったようだ、ショックを受けたの
だろう、立ち止まってしまう。
﹁⋮⋮それがいいことか悪いことかで言えば、良い訳はないね。
だけど、世の中にはそうしなければ生きていけない人だっているん
だよ﹂
立ち止まったシロに気がついたのか、ドーラが振り返って口を挟む。
﹁子供を産んでも、自分が娼婦の仕事が出来なければ赤ん坊共々飢
え死にだ。
子供を産めたとしても、子持ちの娼婦なんてばれたら客の寄りつき
が悪くなる。
それに⋮⋮娼婦の子として生まれて、幸せになれると思うかい?﹂
﹁⋮⋮シロには、わかんないですぅ﹂
﹁判断するのは、一応僕だ。その娼婦のところに行くんだろう?﹂
ドーラは、再び歩き出す。
階段を降りて、半地下になったエリアに。
娼婦達が仕事に励むのは地上階から上の小さな部屋。
寝床が一つと、小さな衣装棚、安物の香水や化粧品、それに体を拭
くためのタオルや水桶をおくための小さな台をおいたらもう人が二
人入るだけでいっぱいになってしまうような部屋。
そこが娼婦達の戦場であり、仕事場であり、時に終の住処となる。
地下にあるその部屋は、それよりはかなり広かった。
おそらくはリネンなどを保管している部屋を一時的にあけているの
だろう。
﹁リリ、あたいだ。⋮⋮入るよ。他にもいるけど、怖がらなくてい
い﹂
ドーラが部屋の中に入って、その言葉をかけた瞬間、強烈な感覚が

526
流れ込んできた。
シロが、急に怯えたのだ。
自分で魔物にした相手だけに、シロたちの強い感情は、近くにいる
と自分のところにも伝わってくる。
振り返ると、半開きになったドアを見つめながら、シロはまるで何
か恐ろしい者がそこにいるかのように小さくふるえていた。
﹁⋮⋮どうしたの?﹂
手を握る。まるで痙攣するかのように小さくふるえている。
この娘は怯えているのだ、いったい、何に?
﹁この部屋の中にいる子は、元は娼婦じゃないんだ。
ただ、いろいろと辛いことがあったらしくてね⋮⋮、奴隷商人に売
られてここに流れてきたときには、もう心が壊れちまってた⋮⋮あ
れ、どうしたんだい?﹂
脳裏ではいくつかの音声が、情報がパズルのピースのようにつなぎ
合わさる。
心の壊れた少女、怯えているシロ、妊娠している⋮⋮
﹁ドーラ。もしかして、その妊娠している娼婦というのは⋮⋮﹂
そのとき、ほんの小さな音で、部屋の中から声が聞こえた。
僕が詳しい話を聞こうとしたその瞬間、シロが突如僕の手を振り払
い、ドーラの脇をすり抜け、部屋の中に飛び込んだ。
﹁ああああああああっっっっっっっ⋮⋮!!﹂
直後にシロの叫び声が響く。
地上階から、手が空いている娼婦達が何事かと顔を出す。
あぁ、やっぱり、そうか。
﹁⋮⋮こいつは、一体?﹂
娼婦達を部屋に戻しながら、ドーラがつぶやく。
⋮⋮説明をしないわけには、いかないだろう。
﹁⋮⋮あぁ、そういうことか。一応、予想でしかないんだけど⋮⋮
一年近く前のことかな。この町で二つの冒険者チームが対立し、片
方が毒を盛られ、その直後に襲われた。

527
チームリーダーを含め、数名いた女性冒険者も殺されるか、媚薬を
過剰投与された状態で犯され、壊されてしまうという事があったそ
うだ﹂
﹁⋮⋮あぁ、そのころにはもうこの町にいたから、その話なら⋮⋮
って、まさかあんたのところの!?﹂
ドーラの頭の回転は速い。今更シロのことを隠すのは無理だろう。
遅れて部屋に向かいながら、ドーラに最低限情報を隠した真実を告
げる。
﹁あぁ、シロというのは偽名だ。あの子は、かの人食いダンジョン
で全滅した<赤烏>に奴隷として連れ去られ、呪いを賭けられた<
白犬賊>の生き残り。そして、リリは⋮⋮﹂
﹁強姦されて、壊された女の子が街のはずれに捨てられてたっての
は聞いたことがある。神殿に保護されたって聞いてたけど、流れ流
れてまさかここにきていた⋮⋮リリがその本人だったなんてね。生
きてるだけでもましかもしれないけど⋮⋮神様ってのは、とことん
意地が悪いらしいや﹂
◆◆◆
﹁リリ、リリ! アタシよぉ、わかんないの? わかんないの⋮⋮
?﹂
﹁あ⋮⋮ああぁ⋮⋮あー、しー、しーる﹂
ベッドに寝かされた女性⋮⋮いや、年の頃はまだ若く、シロと同年
代だ。
妊娠初期なのか、まだ腹部が膨れたりはしていないようだが⋮⋮健
康状態が良くなかったのか、かなりやせている。
言葉がまともに話せないのか、シロ⋮⋮かつては白犬賊のリーダー、
シャルロットだった少女の頬に手を当てて、何かうれしいような、
悲しいような表情で何かをつぶやいている。
﹁アスタルテのねーさん、リリが調子悪かったのをなおしてくれた

528
んだ。
昨日までは風邪引いてて、調子も悪かった。あの人、見た目の通り
神官様なのかい?
お祈りも、治療も、あたしは学がないからどういう物なのかわから
ないけど堂に入ったもんだったよ﹂
⋮⋮あぁ、そうか。アスタルテはシロを魔物にしたときには他の場
所にいて、シロの懺悔にも似た話を聞いていなかった。
﹁アスタルテも、こんなところにいる以上まともではないと思って
いい。僕も同様だ。
ただ⋮⋮シロの過去について詳しく知っているのは僕だけだった。
アスタルテはこの子のことに関して、知る機会はなかったよ﹂
そんな言い訳をしても、誰にとっても救いにはならないけれど。
﹁この店にリリがきたのは、どこかの奴隷商人から流されてきたっ
て話だ。
見ての通り、心が壊れちまっててまともな会話が出来ない。ただ、
男をあてがうと腰を振ることは出来るってんで、最低ランクの娼婦
として働かされてた。
⋮⋮辛いことがあっても、それを言葉で伝えられない。小さな子供
くらいの判断力はあるけど、他の娼婦達だってこの子を支えられる
ほど余裕があるわけではない⋮⋮﹂
ドーラの言葉を考えるに、おそらく何もなければリリは近いうちに
この蜘蛛の巣館からも追い出されていたのだろう。
エブラムにだって乞食は存在する。新市街の貧民窟に行けば、地下
水路に張り付くようにいきる貧民は少数存在している。だが、リリ
はそこにすらたどり着けないだろう。
ドーラも、これ以上は守りきれないと半ば諦めていたのだろう。
彼女には、この壊れた娼婦を守る義務など無いというのに。
﹁リリ⋮⋮ごめんね、ごめんね⋮⋮アタシが、弱かったから⋮⋮他
のみんなも、リリも⋮⋮﹂

529
状況を理解できていないだろうリリの肩を抱いて、シロは泣いてい
た。
いや、今そこにいるのはシロではなくて、仲間を守れなかった事を
悔いている義賊のシャルロットだ。
僕の犬になることで、すべてを放棄したシロ⋮⋮無力感も、後悔も
すべて奪い取り、僕の犬であることを幸せとして受け入れることが
出来る、僕の魔物。
だけど、彼女がシャルロットという人間の人生を歩んでいたことは
決して無に出来るわけではない。<赤烏>に破れ、性奴隷として過
ごした屈辱の日々がなかったことになるわけでもない。
魔物になってから、まだ一年はたっていないのだ。
僕は誰かの記憶を消せると言うわけでもない。
サラとは違い、シロの心の傷が癒えているはずもなかった。
過去の傷口が開き、今になって血を流していた。
◆◆◆
⋮⋮何が出来るだろうか。
リリと呼ばれた娼婦は、シロに聞いた自分の記憶が確かならば元は
薬草士であり、荒事に向いている訳ではない。
その上で、その知識を活かすことももう出来ないほど、心が壊れて
しまっているし、子供をはらんでしまっているのはほぼ確実だろう。
妊娠しているだけなら、出産後にこの娼館の下働きとして働き口を
作ることも出来た。
壊れているだけなら、神殿に寄付とともに身を寄せさせると言う消
極的な方法もあった。
だが、そうではなかった。
そしてもう一つの大きな問題が、シロだ。
シャルロットという少女は、活発で勝ち気で責任感の強い人物だっ

530
たという。
魔物になったシロは、活発ではあるが勝ち気ではなく、僕の指示を
待つことの多い受け身な性格の魔物として暮らしている。これは、
シャルロットという人格では耐えきれない過去から、魔物にされる
ことで自分とは違う人の人生だと⋮⋮少なくとも、さっきまではそ
う思いこませていたのだ。
過去に出会ってしまった以上、このままではシロまで壊れてしまう。
それだけは、何とかして避けたかった。
﹁なぁ、エリオット⋮⋮といったっけ、あんた。
あの子⋮⋮あの顔、あの腕。あれってやっぱり⋮⋮人食いダンジョ
ンで?﹂
ドーラがこっそりと僕にシロの外見について聞いてくる。
まぁ、フードも外れているし、少し注意してみれば白色の体毛や獣
の相が大きく浮き出した末端が見える。気になるのは当然だ。
それでも、シロに聞こえないよう気を使っているのだろう。
﹁あぁ、いろいろあったらしい﹂
本当は僕が魔物にしたのだが、そこについてドーラに知らせる必要
はない。
⋮⋮少なくとも、ドーラを僕の魔物にするまでは。
﹁⋮⋮その後、いろいろあってね。僕のところで働いてもらってい
る﹂
ドーラが興味深げにこちらをみる。明らかに﹁どうやって自由にし
たのか﹂という質問を顔に出しているが、それを聞くことは我慢し
ているようだ。
⋮⋮あぁ、そうだ。隠さなければいいんだ。
少なくとも、ドーラはこの娼館を押さえるに当たって、本心からで
も、強制的にでも服従してもらえないと困る相手だ。
ならば、僕が敵ではなく、その上で敵に回すと恐ろしい相手だと言
うことを知ってもらおう。

531
﹁ドーラ、リリは僕が預かろう。詳しいことは、聞かないでいい。
あと、シロについても他の娼婦達にはまだ黙っていてくれ。アスタ
ルテとディアナは知っているから問題ない﹂
﹁あぁ、わかった。でも、この子をどうするつもりだい⋮⋮?﹂
ドーラの声色が、少しだけ変わった。
僕の声に、もしかしたら少し怯えたのかもしれない。
﹁⋮⋮うまく行けば、もう一度会えるよ。
僕が前の持ち主からこの娼館を引き受けたのは、単に商売がうまか
ったからと言うだけではないんだ。
ただ、それだけだよ⋮⋮シロ、いや、シャルロット﹂
ドーラは黙り、シロは涙でグシャグシャになった顔をようやくこっ
ちに向けた。
﹁エ、エリオ⋮⋮いや、ご主人様⋮⋮ごめん、ごめんなさい。アタ
シ、あなたの犬になったはずなのに⋮⋮﹂
その声は、シロの物と同じだけれど、僕の知らない物だった。
﹁いや、かまわないよ。君がシャルロットだっった事は変えようが
ないし、それを否定する気もない。
⋮⋮ただ、君は今、シロでも有ることは忘れないで欲しいな﹂
その言葉を聞いて、シロはあわててこちらに向きなおろうとする。
それを片手で制して、シロの前にひざを突き、顎に手を当てて持ち
上げる。
﹁君は僕の犬だ。僕は君のご主人様だ。その子は君の家族だったん
だろうけど、その責任を君一人で背負う必要はない⋮⋮ご主人様に
頼っても、いいんだ﹂
﹁だって⋮⋮この子は、シロじゃなくてシャルロットの⋮⋮もう死
んだはずの、シャルロットの﹂
﹁黙れ﹂
シロが僕の知らない女の子の顔で涙を流す。強い言葉で言葉をさえ
ぎる。
あぁ、シロの中に眠っていたシャルロットが目を覚ました。

532
⋮⋮シャルロットとしての彼女も、僕は今から魂を蹂躙して支配し
ようとしている。
何と強欲なことか、我ながらあきれるけれど、それが一番いい方法
だと⋮⋮僕にとっても、彼女たちにとっても⋮⋮思えたのだ。
﹁彼女⋮⋮リリと言ったか。彼女を元に戻すことは、僕には出来な
い。
ただ⋮⋮君はどうやってシャルロットからシロになった?﹂
﹁⋮⋮!﹂
﹁あぁ、そうだ。うまく行くかどうか、保証はない。だけど、やる。
改めて聞こう⋮⋮僕に従え、シャルロット。
そして⋮⋮君の仲間を、僕に売り渡すんだ。﹂
﹁⋮⋮うん、エリオット。ご主人様。シロとしてじゃなくて、シャ
ルロットとして、お願いします。
あなたに従います、あなたの犬にしてください、あたしも⋮⋮この
子も﹂
表の顔、裏の顔:壊れた娼婦リリ︵☆︶
その夜、人目に付きにくい時間帯を見計らってリリを店に連れてき
た。
ダリアに頼んで、地下の倉は片づけてもらい、ベッドを用意しても
らった。
ディアナに命じて、チャナが調合した媚薬やら香やらも準備した。
ドーラはリリが気になったのか、ついて行くと言い出した。
一瞬悩んだが、ディアナとアスタルテが視線を送ってきたので、任
せることにした。
⋮⋮おそらく、あちらも仕掛けるつもりなのかもしれない。
そっちは、二人のお手並み拝見と行こう。
ドーラは気っぷはいいし度胸もある方だろうが、普通の人間だ。
たぶん、うまくやるだろう。

533
シロとリリを残して、他の皆は地上階に戻らせた。
香に火をつける。乳香の香りだろうか、鼻につく甘い匂いが漂う。
﹁ご主人様ぁ⋮⋮シロ、どうすればいいですか⋮⋮?﹂
どうやら落ち着いてきたのか、シロの口調に戻っている。
﹁シロ、今回はリリもいるから、君はシャルロットとして振る舞っ
てもかまわない。
その上で、今から何をするのか、その狙いを説明する。
⋮⋮うまく行けば、リリは君同様に魔物になる。そのときに、今こ
こにいるリリと、また少し違う魔物の人格を作り出せるかもしれな
い﹂
正直に言えば、それが意図的に出来る保証などどこにもない。
サラのように、堕とすときのきっかけとして名前を変えさせた事は
あっても、シロ以外に人格まで変わった例などないのだ。
シロもそれはわかっているだろう。
シロという人格は、壊れかけていたシャルロットが望んで作り上げ
た、自分を守るための﹁もう一つの顔﹂にすぎないのだ。
それでも、リリの状況はあのときのシロと比較的似ている。
壊れた人間の精神に、魔物としての人格を同居させることができれ
ば。もしかしたら、リリは人としての生活を取り戻すことが出来る
かもしれない。
﹁だめでも、恨んだりしない⋮⋮お願い。あたしは、リリにもう一
度笑って欲しい。もう一度、名前を呼んで欲しいから⋮⋮﹂
少なくとも、シロは魔物としての人格を作り出し、シャルロットと
いう傷ついた人格を眠らせることで、多少なりとも元人格も安定し
たように思える。はたして、同じようにいくだろうか。
そして、懸念すべき事はもう一つ有る。まだ形になっていないかも
しれない、おなかの中の赤ん坊だ。
僕が母胎であるリリを魔物にした場合、生まれてくる赤ん坊は一体

534
どうなってしまうのか。
そんなことをする権利が僕にあるのか、考えても、答えなどでるわ
けがない。
だから、僕はもっと悪党にならなければいけない。
﹁シャルロット。君が恨もうと、どうしようと、これは僕が決めた
ことだ。
君は僕の魔物であり、僕は君の仲間であるリリを魔物に変える。い
いね?﹂
そういうと、丸薬状の媚薬を二つシロに渡す。
﹁命令だ。その丸薬をリリと君で飲んで、お互いを慰め合うんだ。
僕に友達を犯させるために、魔物にさせるために⋮⋮君の手を汚せ、
シャルロット﹂
﹁⋮⋮悪い人﹂
目尻に小さく涙を浮かべて、シャルロットが微笑む。
﹁義賊のシャルロットは悪い冒険者の奴隷から、悪い魔物の奴隷に
なって幸せに暮らしています。
だから⋮⋮もっと、そんな困った顔をしないで。ちゃんと命令して
ください。ご主人様﹂
振り返り、衣服をするりとおとす。
尻尾がゆさゆさと揺れ、隠しきれない興奮を知らせてくれる。
﹁リリ⋮⋮あたしね、ユリのことも、リリのことも、こうしてみた
いってちょっとだけ思ってた。
⋮⋮こんな風にかなうなんて、思ってもいなかったけど﹂
そういえば、シロはサラに対してもレズビアン的な絡みをすること
があった。
あれはサラに対してだけなのかとも思っていたが、どうやら根っこ
には元々そういう性質もあったようだ。
﹁あー⋮⋮? しー、る? しーる、しーる!﹂
どうやら、目の前にいるのが自分にとって懐かしい相手だと言うこ
とはわかるのだろう。

535
童女のような顔で、リリがほほえみ、両腕を広げて全裸になったシ
ロを抱きとめる。
それを横目で身ながら、僕は香に火をつけ、陶器の小さな壷に入れ
サイドボード
て寝台脇の小机に置く。
白紫の細い煙が、甘い香りを部屋に漂わせる。
木製の安っぽいコップに、果実のジュースを注ぎ、絡み合うシロに
手渡す。
シロは丸薬をかみ砕き、ジュースを口に含み、口移しでリリに飲ま
せる。
女に抱かれることはあまりなかったのか、リリは少し驚いたような
表情を見せ、少しだけこちらの様子をうかがう素振りを見せる。
どうやら、シロよりも僕の方が立場が上だと何となく認識している
らしい。
ほほえみを浮かべて入り口まで戻ると、許可をもらったと理解した
のか、シロとの口づけに意識を戻したのがわかった。
ゆっくりとした、長い口づけだった。
まぁ、他人の口づけを外から眺めるなんてそうそうなかったのだけ
れども。
リリの口の端からジュースがこぼれ、細い顎に、柔らかな首筋と胸
に細い線を描く。
白いシーツにオレンジ色の染みが出来るが、誰も気にすることはな
い。
息つぎをするように顔を少しだけ離したときも、お互いの舌が離れ
まいとするかのように互いを求め、絡み合う。
気がつけば、わずかに残されていたリリの肌着はすべて脱がされ、
ベッドの下に落とされていた。
シロもリリも、お互いに肌の色は白に近いが、リリはいっそう色白
で⋮⋮その乳房や腰に残る、細かくとも多くの傷跡がくっきりと残
り、彼女の今までの生活を物語っていた。

536
﹁リリ、リリィ⋮⋮ごめんね、ごめんね⋮⋮﹂
そういいながら、シロはリリの首筋を、鎖骨を、脇をなめ回し、サ
イズは人並みだが、やせているために妙に大きく見える乳房をなめ
回し、乳首に口づけをする。
﹁あっ⋮⋮あはぁ。しーる、あー⋮⋮﹂
あどけない、しかし次第に淫靡な色を刻しつつある喜びの顔を浮か
べ、リリはシロの髪の毛を摘み、頭をなで回す。
まるで、姉が泣いている妹をあやすように。
懺悔する罪人に、司祭が許しを与えるように。
きっとそれは、外側から見ている僕が勝手にそう見ているだけなの
だろうけれど⋮⋮シロが⋮⋮いや、シャルロットがこれで許された
と思えるなら、などと都合のいいことを考えていた。
子犬がじゃれ合うようなグルーミングの時間は、いつの間にか濃厚
な愛撫に変わっていた。
娼婦としての生活が長かったため、体が自動的に動いたのだろう。
リリが積極的にシロに多い被さり、背中に、首筋に、キスの雨を降
らせる。
その間に、おそらくは背後から男のペニスをなでさすろうというか
のようにシロの股間に手を伸ばし、そのままシロの股間をいじり始
める。
﹁しーる、ぬー、ぬー?﹂
﹁あっ⋮⋮リリ、そこは⋮⋮あっ、まって、あたしがリリを⋮⋮﹂
﹁あー、シロ、そのままでかまわないよ。思い切り旧交を温めると
いい。その結果は、どちらになっても僕の希望通りになるはずだ﹂
﹁そんなこと言ったって⋮⋮ひあぁああんっ!?﹂
リリはうれしそうにシロの股間に顔をつっこみ、前から後ろまで念
入りになめ回す。
﹁ひっ⋮⋮舌、長いぃ⋮⋮﹂
シロの尻尾が激しくパタパタとふるえている。
快感を強く感じているのだろう、本当に感情が隠せない尻尾だ。

537
とはいえ、今回の目的はリリを絶頂に持って行って魔物化すること
だ。
リリが一方的にシロを責め続けるのは本意ではない。
近づくと、リリの腰を軽く押し、シロの頭をまたぐように促す。
﹁あー? うあ﹂
どうやら、僕の考えはすぐ伝わったようだ。
リリは少しだけ恥ずかしそうに、シロの頭をまたぎ、自分の股間を
シロの顔の真上に置く。
そこは既にじっとりと湿っており、リリもまた濡れてきているのが
わかった。
シロはすかさずリリの股間にしゃぶりつき、激しく舌を動かす。
﹁んあっ!? あっ、あー、いー、いぁ⋮⋮﹂
責められるのに慣れていないのか、リリが切なそうな鳴き声をあげ
る。
全裸の二人の少女が、お互いの股間の顔をつっこみ、互いの性器を
舐めあう姿は異様に背徳的で。
その二人がかつては仲間であり、お互いに地獄をみた後の変わり果
てた再会だと言うこともあってか、特にシロは異常な興奮状態に陥
っている。
両手脚の白い体毛が隠しきれないくらい強く表に出てきて、顔にも
獣の異形が浮かび上がってきている。
異形と言っても、初戦は犬の形質が浮かび上がってくる程度ではあ
るのだが。
﹁あぁああ? あぁっ、しーる、しーるぅ⋮⋮﹂
リリも興奮してきたようで、シロの顔に自分の股間を押しつけんば
かりにして快感をむさぼっている。
﹁あっ、あぁっ、あ⋮⋮んぷ⋮⋮ちゅ⋮⋮﹂
責め続けられているシロも、一心不乱にリリの股間を責め続ける。
下になったシロの顔には、ぽたぽたと垂れてきた愛液が口元を中心
に飛び散っている。

538
このままだと、シロが先に果てそうだ。
さて、僕自身も興奮していないわけではない。そろそろ混じるとし
ようか。
◆◆◆
ベッドに腰掛けたリリが、楽しそうに僕のペニスを口に含み、舌で
舐めあげる。
口に含むのではなく、舌で外壁をなぞるような舌技だ。先端部から
始まり、カリ首、裏筋をたどり、幹を下り根本の袋を口に含む。
時折小さく痙攣するのは、床に座ったシロがリリの股間をずっと責
め続けているからで、もうかれこれ数十分は続けているだろう。
﹁リリといったね。仲間に抱かれるのは気持ちいいかい?﹂
﹁あー、あはっ⋮⋮ん﹂
言葉での返答は期待していない。
それでも、うれしそうに笑うと、ペニスへの刺激が強くなった。
言葉を話せず、心の壊れたリリに対して﹁契約を結ばせて心の枷を
はずす﹂というやり方は通用しない。
そもそも、心の枷が完全に壊れているからこうなっているのだ。
それが、魔物にするにあたって都合の良い方向に働くのか、そうで
はないのかはわからない。
まぁ、出来る限りの下準備をしてからやるしかないか。
﹁シロ、こっちにきて一緒にするんだ﹂
﹁はぁい、ご主人様ぁ⋮⋮﹂
シロは欲情で顔を赤く染め、少し酔ったような表情で答える。
体を起こし、ベッドにあがるとリリに寄り添うようにして僕のペニ
スに奉仕を始める。
﹁そろそろ、射精するけど⋮⋮シロ、出来るだけ長い間僕の精液を
口に含んで、ゆっくりとリリに渡してあげて欲しい。リリはたぶん
すぐ飲み込んでしまうから、君がコントロールすること﹂

539
﹁ふぁい﹂
シロはなぜそうしなければいけないか、理解はしていないだろう。
それでも、僕が言うことなら信用して従ってくれている。それは、
半ばシャルロットとして動いている今でも変わらないようだ。
﹁いくよ⋮⋮﹂
ざらついた舌と、長めで厚ぼったい舌から交互に責め立てられ、僕
の限界が近づいてくる。
自分の体の中に存在する魔力を知覚し、精液に魔力を集めるように
イメージする。
気がつけば、女を抱くときに魔物にするかどうか、意識せずに選べ
るようになっていた。
もちろん、今回は魔物にするために抱いているのだ、遠慮も何もい
らない。
魔力が高まるにつれて、僕の周囲の見え方が変わる。
今見えている物に加えて、薄くもう一つの視界が重なる。
それは、魔力の流れ。そして、命の流れだ。
﹁⋮⋮あ⋮⋮﹂
気がつけば、ドアの向こうで誰かがこちらをのぞき見ている。
おそらくはドーラで、その後ろに二人⋮⋮これは魔力からアスタル
テとディアナだとわかる。
どうやら、僕たちの姿をのぞかせて興奮させ、ドーラを抱くつもり
なのだろう。まぁ、それは予想通りだ。
ドーラには災難だが、諦めてもらうしかない。
シロは問題なくわかる、そして、リリは⋮⋮おなかの中に、小さく
弱いながらも、確かに一つの命が生まれかけていた。
存在することはわかった。ならば、影響を与えることも可能だろう。
その瞬間、二人の女の口の中めがけて僕は盛大に射精した。
﹁ご主人様のザーメン⋮⋮あついですぅ⋮⋮﹂
﹁あはっ、あー、あー?﹂

540
嬌声をあげて、二人が僕の精液を舐め、顔で受け止める。
ペニスの掃除が終わったあとは、仔猫のグルーミングのように、お
互いの顔に飛び散った精液を舐め取り合う。
予想通り、リリは精液を飲み込んでしまったようだ。そこまでは計
算どおり。
シロがリリに飛びつき、口付けを交わす。ゆっくりと、僕の精液を
リリの口の中に注ぎ込み続ける。
そうだ、それでいい。
物事を考える部分である頭に近い位置に、魔力をゆっくりと浸透さ
せる。
それで成功率が上がるかと言えば、上がるかもしれない程度の頼り
ないものでしかないけれど、うまくいけば壊れた心を多少修復でき
るかもしれない。
それに、修復したいのは、リリだけではないのだ。
﹁二人とも、ならんで、僕のほうにお尻を突き出して﹂
その言葉にすぐに従うシロ、それに習う様にリリもうつぶせになり、
尻を高く突き出す。
その間も、シロとリリの口付けは離れない。
淫らな臭いを放つ、美しい二つの桃が目の前に並んだ。
さぁ、はじめよう。
541
表の顔、裏の顔:操り糸︵☆︶
シロとリリの二人が横に並び、お尻をこっちに向けている。
二人の股間は既に愛液にまみれ、弱い明かりの下でてらてらと光っ
ている。
言葉にはならない声で僕に呼びかけながら、リリが小振りな尻を振
る。
既に欲情しているようだし、そもそも娼婦をしていたのだ。有る程
度事が進めば、体が自動的に発情するように覚え込んでしまってい
るのかもしれない。
シロも小さく尻を振るが、それ以上に大きく揺れる尻尾が雄弁に語
っている。
﹁シロ、目的を忘れちゃだめだよ。まずはリリを⋮⋮作り変えるん
だから﹂
そういいつつ、シロの膣にペニスを挿入する。

542
﹁ふあっ⋮⋮っ!﹂
押さえようとしても、高い声が漏れる。
膣内は既にかなり暖かくなっており、先端を添えるだけで引き込む
ように中に導かれた。
それにあわせるように、リリも物欲しげに声を漏らす。
即座にペニスを引き抜き、リリの尻に狙いを定めて膣の入り口に添
える。
後ろ向きで尻を突き出したまま、リリが待ちきれないように催促を
する。
膣の襞などの形は当然違うのだが、さっきよりも膣の温度がシロと
近くなってきた。
ゆるゆると、リリの膣も僕のペニスを引きずり込むような蠕動運動
が始まる。
まるで、先ほどのシロの膣内の動きをトレースするかのように。
⋮⋮よし、第一段階はクリアした。
シロを一緒に抱いているのには、リリを興奮させるための助手とい
う以外にも理由がある。
その一つが、これ。魔術的には﹁共鳴﹂とか﹁共振﹂などと言われ
るらしい。
音叉のように、隣の状態をトレースさせる儀式というか、現象だ。
正直、この理論には明確な確証がない。そもそも、魔術とか人を魔
物に変える技術にそんな多くの実例があるのかどうか、僕はわから
ない。
実際のところ、参考にしたのは付与魔術エンチャントの魔法道具量
産に関わる論文だ。
リリを魔物に作り変えるにあたって、シロに行ったような人格の上
書きを行うために、シロを手本として⋮⋮シロにもう一度魔物化の

543
儀式を施す。
すぐ近くで同じ︵しかも既に成功しているので、成功がほぼ確実な︶
儀式を行うことで、同じような効果がリリにも発揮されることを狙
っているのだ。
元々は付与魔術師が必要な精度の低い魔法の品⋮⋮回復の水薬とか、
鎧の強化とか⋮⋮を繰り返し何度も行う際に考案された手間を省く
ための技術であって、こんなところで応用が利くかどうかはわから
ない。
それでも、この理論が応用できなくてもリスクは少ないのだから、
試さない理由もなかった。
ゆっくりとシロの膣内で十回抜き差しを行い、クリトリスを愛撫す
る。
その後は、そっくりそのまま同じ事を、順番も変えずにリリにも行
う。
最初はバラバラだった二人の嬌声が、次第に声の高さが近づいてく
る。
シロの言葉の中に意味をなさないうなり声が増え、リリの言葉の中
には少しずつ意味を持った単語が混じり始める。
﹁ふあっ、あっ、あふぅ⋮⋮ん、ご主人⋮⋮さまぁ⋮⋮いい⋮⋮っ﹂
﹁ふあああ、あー、あーっ、しーるぅ、きもち⋮⋮いいぃ⋮⋮﹂
リリには尻尾がないため、シロの性感帯の一つである尻尾にはさわ
らない。
手順は変えてはいけない。
それにどんな意味があるのか、確証はないけれど。
それでも、僕自身がそれを信じられれば多分確率は変わる。
背中をなぞる。腰をつかむ、髪の毛をつかんで唇を奪う。
女達の反応も、次第にシンクロを始める。
僕が挿入していない間も、まるでペニスを突き入れられているかの
ように腰がふるえる。

544
シロに大きなストロークをたたきつけたときに、シロとリリが同時
に軽い絶頂に達する。
そのとき、ようやく見えてきた。
視界が二重写しになり、シロとリリの体を流れる魔力の流れが知覚
される。
二人の間には、既に何本か魔力の経路が出来ている。
それは口づけを通して出来た唾液であったり、絡み合った髪の毛で
あったり、軽く重なった指先であったり。あるいは、僕のペニスを
経由してシロからリリへと流れ込んでいた。
シロとリリの頭のあたりにはそれぞれ薄い雲のようなかたまりが見
え、それはゆっくりと近づき始めていた。
何となく、それが二人の心とか記憶とか、それに近いものなのだろ
うと理解する。
リリのそれは、所々にひびが入り、欠損が見える。
シロの物も同様に小さなひびが残っているが、その上から柔らかい
質感の色違いの雲が覆い被さっている。
ひびが入っているのはシャルロットの部分で、柔らかいのはシロと
しての部分なのだろうと、何となく感じられる。
これを、操作することが出来るだろうか?
シロとしての安定した人格を、リリに貸し与えることは出来るだろ
うか?
思案しながら、僕の手は雲に触れようとしているかのように二人の
頭に手を伸ばす。
髪の毛⋮⋮違う、額⋮⋮違う。
既にペニスは引き抜き、前に回って二人の顔や頭を⋮⋮正確には、
二人の心に接触するためにもっとも良いところがどこかを探す。
二人は自分が今何をされているのかもわからないだろう。
軽い絶頂から放置され、呼吸を整えながらされるがままになってい
る⋮⋮あった。

545
﹁﹁ひやぁっ!?﹂﹂
声がシンクロする。部屋の入り口に向けてお尻をつきだしたまま、
力が入らなくなったのかベッドに顔が落ちそうになる。
僕は両手を広げ、二人の耳に指を当てていた。
そこが、もっとも入りやすかった。
外から見ただけでは、何が行われているのかわからないだろう。
僕の視界の中では、指先から僕の魔力が二人の頭の中に入り込んで
いるように見える。
魔力と言っても、これも流れのようなもので、明確に見えるような
ものではない。
水の中に砂糖水を混ぜるように、わずかにそこに違いが感じられる
だけなのだ。
二人に何らかの影響がでているのは確かだが、僕自身何かをさわっ
ているという感覚以外には何もわからない。
﹁何か、何かはいってくる⋮⋮!?﹂
﹁ご主人さま⋮⋮だれかくる、だれかくる⋮⋮?﹂
どうやら、異物感を感じているのだろう。
心の中に侵入しようとしているのだ、無理もない。
だが、このままではせっかく共振させたのが分離してしまいかねな
い。
どうにかして、もっと深くに⋮⋮
一つ、思いついた。
イメージを固める。ぼんやりした力の流れでしかない魔力に、明確
な形を与える。
僕の体に残る、かつて食い尽くした相手の魔力の残滓がそのイメー
ジを固めてくれた。
それは魔力を紡いで作り出す蜘蛛の糸。
他人の心に入り込み、都合良くつくリ変えるための操り人形の糸。
イメージが明確になった瞬間に、指先から魔力の糸が二人の頭の中

546
に入り込むのがわかった。
﹁﹁ひゃっ⋮⋮﹂﹂
シロとリリの瞳が見開かれ、表情が一瞬ひきつる。
高く持ち上げられていた尻がふるえ、同時に小さく失禁する。
体のコントロールが出来なくなり、無意識の反応までが押さえられ
たのだ。
その瞬間に、僕は二人のすべてを支配したことを理解した。
﹁⋮⋮? おっと、いけない﹂
今、僕がすべての機能を支配している。
ということは、僕が命令しなければ彼女たちは呼吸も出来ないかも
しれない。
力を緩めるように、体の機能の大半を彼女たちの意志に戻す。
同時に、快感を司る部分をさがし⋮⋮その部分を少しだけつかむ。
﹁﹁ひ⋮⋮ひぁあぁぁあっ!!!!﹂﹂
効果は強烈だった、二人は同時に体をふるわせ、僕は耳に触ってい
るだけだというのに再び軽く絶頂したようだった。
二人の背中に細かな汗が噴き出す。膝ががくがくと揺れ、ベッドに
崩れ落ちそうになっている。
口元からは涎がたれ流れ、ひゅーひゅーと荒い息を吐いている。
⋮⋮あまりの効果に、僕自身が驚いていた。
ただ、これは危険だ。
この強制的な絶頂は、おそらく無理矢理にコントロールすることが
出来る。
しかし、このコントロールに集中しなければいけないために僕自身
が魔力を流し込むタイミングを逸する可能性が高いし⋮⋮冗談ぬき
で二人を壊してしまいかねない。
見れば、シロには特に以上はないが、リリの瞳はかなり強く充血し、
顔の紅潮も強い。
まるでのぼせているようだが⋮⋮これは、人間の体が僕の乱暴な実

547
験に耐え切れていないのではないか。
快楽中枢と思われる場所は時折弱く刺激するにとどめ、僕は次の行
動に移る。
二人をいったん解放し、水差しを手に取り、三人分の水を器に注ぐ。
出来ることはわかった⋮⋮焦る必要はないのだ。
◆◆◆
少しの休憩を挟んで、僕は再び二人の肉体を抱く。
先ほどの強制的な絶頂の余韻が残っているのか、二人の肉体は既に
快感の入力に対して反応過敏になっており、今度は二人とも積極的
にこちらに絡んでくる。
既に魔力の流れは見えている、焦る必要はないはずだ。
たまには、ゆっくりと楽しもう。
﹁あ⋮⋮ご主人様ぁ、もっと⋮⋮﹂
﹁あー⋮⋮ごしゅじんさ⋮⋮もっと⋮⋮﹂
リリにゆっくりと挿入しながら、空いている手でシロの股間をかる
くなでるように愛撫する。
シロの柔らかく大きな乳房と、リリの小降りだが肌触りの良い乳房
の感触を体で楽しみながら、時折口づけをして、舌を絡め合う。
﹁ひゃぁ⋮⋮あああ⋮⋮﹂
接合部から愛液が垂れ、ペニスを抜き差しするごとに小さな泡がう
まれる。
ゆっくりと快感を高めて、長い間絶頂に近い状態を保たせる。
そうしないと、今回の目的は達成できないのではないかという懸念
がある。
それは、壊れてしまったリリの心に、シャルロット⋮⋮シロの中か
ら﹁シロ﹂としての人格を移植し、リリとしての心が修復されるた
めの補助とすること。

548
そして、おそらく人間のままそれを施すとリリの肉体が持たない。
下手すると、シロの人格を一部失うシャルロットにも何らかの問題
があるかもしれない。だからこそ、二人を同時に魔物へと変えなけ
ればいけない。
﹁リリ、今、君は何をしてる?﹂
﹁あー、あ、あっ⋮⋮ごしゅいんらま⋮⋮えっち⋮⋮されて⋮⋮﹂
﹁リリ、ご主人様にエッチなことされて、気持ちよくなってるんだ
よね?
ふふ、かわいい⋮⋮もっとエッチになっていいの。シロと一緒に、
ご主人様のエッチな犬になりましょ⋮⋮?﹂
僕とシロの問いかけに、リリが少しずつまともな言葉を返し始める。
まだ、シロとつながったときの影響が残っているのだろう。
これを長い間維持し続けることが出来れば、自然に言葉を取り戻し
ていくのだろうけれど、そこまで時間はとれない。
だから。
﹁混ざれ、シロとリリ﹂
再び、二人の耳から魔力の糸を差し込み、強引に心にアクセスを試
みる。
シャルロットの心から、シロとしての心の一部を慎重につかみ、リ
リに移すように試みる。
﹁やっ、なに、これ、怖い、ご主人様、こわい、こわい⋮⋮!?﹂
僕の目には、シロである部分が半分ほど動きだし、僕の腕を経由し
て反対側⋮⋮リリの方へと移動していくように見える。
シロにとっては、何かが抜け落ちていくような感覚なのだろうか、
不安そうな声で僕に助けを求める。
シャルロットとしての人格に戻すのは、やはり無理なのだろうか?
とはいっても、一度始めた以上もとに戻すことも難しい。シロとし
ての人格をゆっくりとリリの方へと移動させ、リリの人格に多いか
ぶせる。
﹁やー、はいってー⋮⋮はいって⋮⋮るー⋮⋮こあい、こわ、い⋮

549
⋮﹂
リリの方でも、急に不安そうな反応が出てくる。
この拒絶的な反応は想定していなかったが⋮⋮やはり、他人の人格
を切り張りするなんて事は無理だったのだろうか?
見れば、シロの人格部分とリリの人格部分はその境界線上で解け合
うことなくきしみをあげている。シャルロットの人格は、融合して
いたシロの人格部分をはがされて痛むかのようにふるえている。
意識をシンクロさせたときはあんなにうまく行ったのに、人格の融
合は二人に大きな不可を与えている。どうする⋮⋮どうする⋮⋮?
数秒考え込んだが、出来る事なんて多くはない。
しかも、このままではシャルロットもリリもどちらも大きな負荷に
よっって何らかの傷を負う可能性が高い。最悪、シロもリリ同様に
心が壊れてしまうかもしれない。
それだけは、なんとしても避けたい。
一つ、ひらめいた。
シロという人格を乗せるにあたって、シャルロットという人格とく
っつけたときにはこれは問題がない。それは元々がシロという人格
とその記憶はシャルロットの人格から生み出された物だからだ。
リリはシャルロットではないから、シロという人格を受け入れるこ
とが出来ないのかもしれない。
ならば、シロとリリをシンクロさせ続けていれば、いっそのこと、
シャルロットの人格も混ぜてしまえば⋮⋮
思いついたときには、既に行動に移っていた。
シロとリリの瞳が同時に裏返るように上を向き、口元から涎と弱々
しい叫び声が同時に漏れ出す。
僕はシャルロットとリリの人格部分を無理矢理くっつけ、混ぜあわ
せる。
シロという安定した人格をそれぞれのサポートにするのではなく、

550
二人の共通の人格としてシロの人格を押しつけ、シャルロットとリ
リという人格は、シロという人格を安定させるために二人に共有さ
せる。
シャルロットとリリという二人はここで消えるか眠りにつくかして、
シロという人格を持った二人の女が残る。
僕が選んだのは、そういうやり方だった。
﹁二人とも、僕を恨むなら恨んでもいい。シャルロットとリリと言
う女の子はいなくなって、君たちはおそらくどちらでもない、シロ
に近い二人になるだろう。
その上で⋮⋮﹂
ぐったりとした二人をベッドの上にうつ伏せに重ねるように寝かせ、
耳から魔力の糸を送り込み、精神を犯しながらさらに膣に挿入する。
下には小振りなシャルロットの尻、上にはシャルロットよりは少し
大降りで柔らかいリリの尻が。
﹁しゃる⋮⋮しゃるぅ⋮⋮りりが、りりがくるの⋮⋮﹂
﹁リリ、リリが⋮⋮見える、リリが壊れたのが⋮⋮シャルロットが
壊されるのが⋮⋮﹂
熱に浮かされ、うわごとのように二人が言葉を紡ぐ。
快感と人格の混合という二つの負荷にさらされ、二人の神経は限界
近くまで高まっている。
本来は、人格が融合するのを見届けるまで待つべきなのかもしれな
いけど⋮⋮僕自身が、快感を押さえきれなくなっている。
心とは別の場所、胸の奥あたりに見えている、その人を表す何か⋮
⋮魂そのものなのかもしれないなどと考えても、そんな確信はどこ
にもないけれど⋮⋮が明確に知覚できる。
シャルロットの、既に僕の魔力によって刻印を押された魔物の魂。
リリのまだ人間の魂。そして、リリの下腹部に弱々しく輝く、未だ
生まれ落ちる前の⋮⋮赤ん坊のそれが。
﹁いくよっ、いくっ、いくぞっ!!﹂
﹁きて、きてぇ! もういちど⋮⋮﹂

551
﹁きてぇ⋮⋮いぐ、いぐぅ⋮⋮!﹂
最初は、リリの中に。
子宮の奥に精液が魔力を届けたのを見届ける前に、即座にペニスを
引き抜きシロの膣内に挿入し、二回目の精液を噴射する。
腰が吸い取られるような感覚を二重に感じ、シンクロ中の二人が数
秒ずれて二回分の絶頂を受け取ったことがかすかにわかった。
体を重ねていると、僕の魔力が二人の体にしみこんで⋮⋮僕という
魔物の刻印を刻んでいくのが感じられる。
シロ、いや、シャルロットには、ただの犬ではなく、より強く、忠
実な魔物として。
リリには、シャルロットに従い、その群の一員として僕に従う魔物
として。
イメージしたのは、そういうものだ。
そして⋮⋮僕がどうするべきなのか悩んだのが、リリのおなかの中
にいるまだ生まれていない命だ。
少しとはいえ、リリのおなかは膨らみを見せているのだから、しっ
かりとそこには命が息づいていた。そして、濃密な僕の魔力にさら
され、その命には生まれる前から僕の刻印が刻まれた。
血はつながっていないが、生まれる前から、この小さな命は僕の魔
物となった。
気力を振り絞って、ペニスを引き抜く。
意識を失っているリリを、同じく意識を失っているシャルロットの
上からどかして、ベッドの上に仰向けに寝かせる。
既に、変化が始まっていた。
リリの外見は、体型の大きな変化こそないものの、髪の色がシロの
魔物形態の物とほぼ同じ白に近づいていた。
手足の先も白い産毛が生え、爪が張り出す。
シロも同様に、今まで犬の形質を残していた部分が少し変化し、爪
や牙が鋭くなっていた。おそらくは、狼に近い性質になっているの

552
だろう。 
二人、いや、三人の魔物を生み出した僕は、疲労と高揚感に襲われ
ながらも水差しから直接水を飲み、息を整える。
今日の本題は終わったが、やれることはまだ残っている。
そう、この部屋はそれなりに防音されている代わりに、その様子が
上の部屋見えるようになっている。
上では、アスタルテとダリアがドーラにこの光景を見せているだろ
う。
ドーラはアスタルテのことを信用していたから、おそらくその糸に
気づかずに、僕が二人を魔物に変えたところを見ていただろう。
⋮⋮その手元に振る舞われた飲み物に、媚薬と麻痺毒が含まれてい
ることも気がつかないままに。
ちょうどそのとき、扉が開いた。
艶やかな顔をしたアスタルテが入ってきて、僕に恭しく報告する。
﹁準備は整いましたよ、エリオット様﹂
﹁⋮⋮据え膳にしてもらったなら、手を着けない理由はないね﹂
その言葉を聞いていたのか、ダリアがドーラを抱えたまま部屋に入
ってくる。
既にドーラはアスタルテ達によって何度も絶頂に追いやられたのか、
下半身だけは裸に向かれており、太股には幾筋もの愛液が垂れれて
いる。
﹁とても可愛かったですよ。娼婦達のまとめ役というだけあって、
とても感じやすい身体でした♪﹂
アスタルテは微笑むとドーラの頬をなでて、上着の上から乳首を軽
く摘む。
ベッドにおろされたドーラは僕の顔を見ると、ヒッっと小さな声を
上げて青ざめる。
⋮⋮あぁ、君はこれから、自分がどうなるのか理解しているんだね。
﹁ドーラ、僕は君の雇い主だ。そして、僕は今見たとおり、まとも

553
な人間じゃない﹂
優しく髪ドーラの毛を撫でつけ、耳を軽く摘む。耳から魔力の糸を
送り込み、心への侵入を試みる。
少し強めの抵抗があった物の、快楽に既におぼれているドーラは抵
抗を続けることも出来ず、僕の糸の侵入を許した。
﹁なに、これ⋮⋮何もされてないのに、気持ち⋮⋮いっ﹂
言葉の途中で、ドーラは首を持ち上げて僕のペニスを清め始める。
ベッドに寝ている体制なので、身体を傾けてドーラが奉仕しやすい
体制に持って行く。
もちろん、これは僕がドーラを操ってやらせているのだ。
一度侵入すれば、ここまで操ることが出来るのはわかった。
﹁エリオット様⋮⋮何か、新しい技術を身につけたのですね?﹂
どうやら、この様子から僕が何かしたことに気がついたらしい。ア
スタルテがそうつぶやいたが、僕は曖昧に返しておいた。
今の言葉を考えるに、アスタルテには魔力の糸は何となく感じるこ
とは出来ても、見えていない。これは、今後のためにも隠しておこ
う。
そう考えているうちに、ドーラをコントロールすることを忘れてい
た。しかし、再び火がついたのかドーラはトロンとした瞳で僕のペ
ニスに舌を使った奉仕を続けている。
﹁マスター。ドーラさんはアスタルテ様と私の奉仕で三回ほど絶頂
を迎えられましたが、まだ、その。男性のペニスを受け入れていま
せん﹂
ダリアが事務的に、最後に隠しきれない欲望を見せつつ報告する。
僕は左右の手でアスタルテとダリアの腰を抱き抱え、交互に唇を奪
う。
﹁二人とも、上出来だ。また、後で抱かせてもらうけど⋮⋮
ダリア、まずは君からだ。
人生は不条理だ、何も悪いことなんかしていないのに、突然それは
やってくる。

554
だから、君は⋮⋮ドーラという人間は今日ここでいなくなる。
僕が君を魔物にして、僕の物にしてしまう。
ドーラという個人が死ぬわけではないし、生活が一気に変わるとい
うわけでもない。
それでも、いろいろと変わっていくだろう。
君は魔物になり、僕のために魔物を増やしていく。
あの娼館の女達も、ゆっくりとかもしれないけど、魔物へと変えて
いく。
その手配は、君に任せるよ。君が守りたかった仲間だからね﹂
ドーラの顔に浮かんだのは、恐怖と後悔と、ほんの少しの欲情。
﹁そう悪くなかった、そういえるように努力はしよう。
それでも、君の意見がどうであれ、僕は君を僕の物に変える。
そこは、諦めて欲しいな⋮⋮っ﹂
ドーラの口の中に、顔に、髪に。
勢いよく僕の精液が飛び散り、焼印を付けるかのようにこびりつく。
﹁蜘蛛の巣の中にようこそ。そして、君も今日からその一員だ﹂
555
表の顔、裏の顔:質疑応答
ドーラは、なぜ自分が無意識に僕のペニスに奉仕を始めたのかもわ
かっていないだろう。
何かされたという確信はあるのだろうが、それがよくわからない媚
薬による物だと思っている可能性も高い。
﹁魔物⋮⋮魔物って、どういう⋮⋮?﹂
気の強そうな顔も、今はわずかな怯えと、無理矢理引き出された欲
情に染められている。
あぁ、かわいそうなドーラ。
僕なんかが雇い主になったばかりに、君はひどい目に遭っている。
﹁ドーラ、娼婦の仕事は好きかい?﹂
だから、せめて優しく魔物にしてあげよう。
怯える心は、少しだけ魔力の糸で制御しておく。
といっても、まだ正確に他人の心をコントロールするなんて芸当は

556
出来ないので、時々気持ちよくなる刺激を与えているだけなのだけ
れど。
それでも、他のことに気を取られれば恐怖はそっぽを向く。
命の危険が見えないことと、魔物になると言うことがどう言うこと
かわからない限り、ドーラが過剰に怯えることはないだろう。
両手に抱えている二人を一度離し、アスタルテにはリリとシロの介
抱を、ダリアには全員分の軽い酒を用意するように命じる。
万が一のことを考え、ディアナは上で周囲の様子を伺わせているか
ら、ディアナにも振る舞うように言付ける。
脇に追いやっていた椅子を引き寄せ、自分はそれに腰掛ける。
上半身を起こし、ベッドに腰掛けた状態のドーラ。
ベッドの奥に倒れ込んで失神していて、ようやく目を覚ましたシロ
とリリ。
二人に衣服を渡しているアスタルテと、トレイに人数分の蜂蜜酒を
用意してきたダリア。
ドーラにも蜂蜜種を渡そうとしたが、アスタルテがドーラのグラス
を奪い、口移しで飲み込ませる。
⋮⋮アスタルテ、割とこの子のことが気に入っているみたいだ。
しばらくアスタルテがドーラをもてあそぶのを眺めた後、彼女を囲
むようにして話を始める。
彼女を魔物にすることは決定済みだ、それでも、彼女が望んで、あ
るいは納得して魔物に変わるのと強制的に魔物に変えるのでは、僕
の負担が大きく違う。
今さっき抱いた二人から魔力はある程度戻ってきているので、精力
がつきているという事はない。
それでも、今日は一日働きづめで体力は落ちているし、ドーラを無
理矢理、しかも理性を残したまま魔物にするとなると、心を壊さな

557
いまま僕に服従させるためにかなり手間がかかる。
サラを魔物にしたときと同じくらい手間がかかるだろうと考えると、
ちょっと辛い。
だから、まずは彼女のことを知って、彼女の望みと僕の望みが相反
しないかどうかだけでも知っておきたいのだ。
﹁娼婦の仕事が好きか、って⋮⋮そんなこと言われても﹂
渡された木製のゴブレットから蜂蜜酒を飲み干し、人心地ついたの
かドーラはようやく声を絞り出す。
﹁なに、雇用主からの軽い質問だと思ってくれればいいよ。好きで
も嫌いでも、仕事としてよくやってくれているというのは知ってい
るわけだし﹂
﹁その前に、魔物にする云々ってのはどう言うことなの?﹂
あぁ、それはそうか。
﹁んー、まぁ、さすがに気になるよね。言葉通りなんだけど、リリ
とシロを見てわからないかな?﹂
その言葉にリリとシロは反応した。
ドーラの背後から左右に分かれて肩に抱きついたのだ。
﹁ドーラぁ、守ってくれててありがと♪﹂
﹁リリを助けてくれて、ありがと♪﹂
目を離していた間に、リリとシロの外見には再び小さな変化が起き
ていた。
体型は変わっていないのだが、リリの体毛の色と顔立ちがシロによ
く似たものに⋮⋮いや、シロの顔立ちも少し変わって、リリとの共
通点が多くなったようにも思える。
見れば、髪の毛に混じっていた犬の耳はそのまま残っているが、手
足の末端を覆う産毛のような体毛は隠れ、鉤爪もなくなって⋮⋮い
や、隠せるようになったのだろうと、何となく理解した。
顔に大きく現れていた犬の特性を強く表す異形もかなり薄くなり、
二人ともちょっと犬っぽい雰囲気があると言う程度に収まっている。
どうやら、外見の変化は二人で分け合った結果薄まったようだ。

558
﹁リリ⋮⋮なの? そっちのあなたは、シロって呼ばれてた犬娘⋮
⋮?﹂
ドーラはリリの変化に驚きつつも、シロの変化にも気がついたよう
だ。
まぁ、注意深さは普通にある、といった程度だろう。
﹁今回はちょっと例外だけど、僕はこんな風に他人を魔物にする事
が出来る。
魔物と言っても、荒野にでる豚人間とか動く死体というわけではな
くて、もうちょっと人間っぽい外見のヤツが多いかな。とはいえ、
どんな魔物になるかは正直わからない﹂
ディアナは蜘蛛の魔物だけれど、あれはアラクネから奪い取った魔
力を押しつけたせいでもある。
周囲に従うことしかできなかったダリアはゴーレムに、奴隷として
首輪をつけられていたシロはワードッグに。
獣のような殺して奪う生活をしていた赤烏の男達は、豚人間になっ
た。
かつてアスタルテは、無理矢理相手を作り替えない限りは、その相
手の本質に近い魔物になるのだと言っていた。
元々魔力の扱いになれていたサラは淫魔になったが、これは例外か
もしれない⋮⋮そういえば、アスタルテは魔物になる前には魔法使
いだったのだろうか?
それとも、好きに相手を作り替えられたという僕の父親とやらに、
無理矢理淫魔にされたのだろうか?
﹁魔物⋮⋮って、そういうこと、よね。アスタルテのねーさんも、
ディアナも、そこの召使いの子も⋮⋮なの?﹂
﹁そうだよ。アスタルテは僕が魔物にしたというわけではないけれ
ど、他のみんなは僕が抱いて魔物にした。これから、君もそうなる。
怖がらせてもかわいそうだから、あらかじめ説明しておこうと思っ
たんだ﹂
ドーラの瞳が細められ、少しだけ目線が斜め下を向く。

559
どうやら、計算を始めたのだろう。有る程度補助しているとはいえ、
なかなかどうしていい度胸をしている。
﹁あたしに拒否権はない⋮⋮のよね?﹂
﹁残念ながらね。ただ、質問が有れば有る程度答えるよ。あらかじ
め言っておくと、魔物になったからと言って死ぬ訳じゃない。人で
はなくなるけど、魔物の人生がそこから続くだけだね⋮⋮まぁ、特
技が少し増える程度だよ﹂
嘘ではない。だが、すべてを説明する必要もない。
僕に支配されることは今更変わらないのだし、それをあえて強調す
る必要もない。
﹁特技⋮⋮って?﹂
﹁君がどんな魔物になるかによるんだけれど⋮⋮まぁ、大抵人間の
時よりも身体は多少強靱になることが多い。ただ、過去の古傷が治
るとかまでは行かないけれど、痛まなくなる事は有るみたいだね﹂
この辺は、ディアナとシロから聞いているのでそれなりに確率は高
い。
﹁あとは、場合によるけれど、いきなり魔法が使えるようになると
かはないみたいだ。元から魔法が使えるなら、その威力や魔力の蓄
積量が⋮⋮って、この辺は難しいかな﹂
﹁んー、ちょっと残念かな。魔法ってすごいみたいだし、この前帰
ってきた領主様の秘蔵っ子のところに魔法使いが雇われてたし、冒
険者なんてやくざな商売から、一気にお城勤めなんて夢が有るじゃ
ない﹂
意外な一言に思わず吹き出しかける。サラ、この街では有名になっ
たんだなぁ。
﹁あと、その⋮⋮﹂
ドーラが少し気恥ずかしそうに声をかけてくる。
﹁なんだい?﹂
﹁古傷が痛まないって言ったけど⋮⋮その﹂
さっきとは打って変わって、言葉に元気がない。アスタルテとダリ

560
アが僕の脇であぁ、と小さな納得したような声を上げる。何か知っ
てるのかな?
﹁小さな怪我ならすぐに治るし、痛みには強くなることが多いけど
⋮⋮何か?﹂
ドーラが欲情とは違う方向で真っ赤になる。
何だろうこれは。
﹁マスター、それは⋮⋮﹂
﹁エリオット様、この子は仕事柄ちょっと悩みを抱えているんです﹂
ダリアとアスタルテが声をかけてくる。しかも、二人とも明らかに
ドーラをいたわるようなニュアンスが声に含まれている。
﹁ドーラは何か病気で苦しんでいるのかな? 仕事柄って事は、何
らかの性病にかかっている?﹂
性病が魔物になったからと言って治るとは限らない。それに、娼婦
が性病を持つというのはありがちな話ではあるが、割と致命的だ。
梅毒は発症すれば命に関わる上に、客にまで感染する。
﹁や、あの、さすがにそれは自分で防衛するんだけど、あの、その
⋮⋮うー⋮⋮﹂
あわてて性病説を否定するドーラ。
何だろうか、そんなに恥ずかしいこと⋮⋮?
﹁マスター、お気づきではないかもしれませんが、それを本人に言
わせるのはちょっとかわいそうかもしれません⋮⋮﹂
ダリアが進み出て、急にドーラの両足を抱えてひっくり返す。
フレッシュゴーレムのダリアは、見た目よりは遙かに力が強いため、
ドーラは抵抗も出来ずにひっくり返り、むき出しのお尻を僕に見せ
つける姿勢で固定される。
﹁あっ、バカ、やめて、お願いっ﹂
﹁私たちにはさんざんいじられて見られているのですし、あなたは
これからマスターに身体の隅々までいじられ、抱かれて支配される
んです。隠し事はなしです﹂
ダリア、なんかちょっと普段よりも意地が悪い?

561
そんなことを思いつつ、ダリアが目線で示すところ⋮⋮ドーラの引
き締まった小振りなお尻の中心部、菊のような形の⋮⋮あ。
﹁やだ、やめっ⋮⋮み、みないで⋮⋮﹂
﹁あー⋮⋮ごめん。ようやくわかった﹂
ドーラのお尻の穴の中から、ほんのわずかに小さな腫れ物がのぞき
見えている。
ここまでまじまじ見るのは初めてだけど、知識でだけは知っている。
痔だ。
◆◆◆
﹁ううう⋮⋮雇い主とはいえ、いきなりひんむかれて恥ずかしいと
ころを見られて、今日はなんてついてないの⋮⋮﹂
涙目でぼやくドーラ。
とはいえ、泣くほど恥ずかしい告白はもう終わったので、既に開き
直ったと言うところだろう。
笑い声を出さないように我慢しているが、顔が笑ってしまうのは勘
弁して欲しい。
﹁あー、うん。仕事柄仕方ないだろう、ねぇ⋮⋮﹂
ダリアはものすごくドーラに対して同情的な視線を投げている。
ゴーレムである故にあまり表情がないダリアだが、これだけつきあ
いが長いと感情を読まなくてもだいたいわかる。
﹁マスターはわからないと思いますけれど、とても⋮⋮大変なんで
す﹂
﹁ダリア、経験有るの?﹂
﹁マスターに魔物にしていただく前は、村のみんなに使われていま
したので⋮⋮お尻も、乱暴にされたことが。ドーラさんの物とは違
いますが、切れて、血が出て⋮⋮あれは辛いんです﹂
なるほど、お尻を使うときに時間をかけてほぐしてからではないと
だめな理由がよくわかった。⋮⋮って、あれ?

562
﹁ダリア、僕が君を魔物にした後にお尻を犯したけど、そのときは
平気だったよね? もしかして辛いのを我慢してたりするの?﹂
﹁いえ、そうではありません。その⋮⋮魔物にしていただいたとき、
背中の傷と一緒に傷がふさがっていて⋮⋮。あと、その。マスター
がしてくれたときは、準備して優しくしてくれましたので⋮⋮﹂
﹁あ、そうそう。シロも同じですぅ。魔物にされたときに、お尻も
おまんこも傷だらけだったのが結構早く治ったです♪﹂
僕自身も気がつかなかった、意外な効力だ。
﹁ほんと⋮⋮ねえ、えっと⋮⋮エリオットっていったっけ。あんた
に魔物にされたら、これって治るのかい⋮⋮?﹂
さっきとは違って、きらきらとした瞳でドーラが僕を見ている。
人間をやめる恐怖よりも、痔が治る期待の方が強いというのは、ま
ぁ。人間ってのはしたたかなものだとつくづく思う。
それにしても、姉御肌で強気な女性だと思っていたけれど、詳しく
知ればその第一印象は割と簡単に覆される。
娼婦達のまとめ役として、周囲から自分たちを守らなければいけな
いときはあんな風に強くなるのだろうけど、おそらくこっちの子供
っぽい現金な性格の方がドーラの地なのだろう。
﹁確実にとは言わないけれど、前例があるからね。そこは多分、期
待してもらっていいと思うよ。⋮⋮聞くまでもなさそうだけど、問
おう。ドーラ、君は⋮⋮﹂
﹁なるなるっ、魔物になるから。エリオットに抱いてもらって、魔
物になればいいのよね!?﹂
即答。というか質問終わる前に返答が帰ってきた。
﹁あら、意外な一面だけど⋮⋮あなたもエリオット様の前では自由
に振る舞えるのね﹂
アスタルテが苦笑しながらつぶやく。
さて、上で待機しているディアナには悪いけれど、そろそろ始める
としよう。
﹁では、みんな。ドーラの歓迎会だ。彼女が楽に魔物になれるよう

563
に、何度もイカせてあげて⋮⋮お尻のあれにはあまり手をふれない
ようにして、ね﹂
表の顔、裏の顔:ライラの盾
水門都市エブラムに住まいを移してから、二週間。
最初の二日で暗殺ギルドを乗っ取り、次の三日で新居を確保。
暗殺ギルドが管理していた娼館の確認をして、リリとドーラを魔物
にしたのまで含めても、わずか一週間。
それからの一週間は、表も裏も含めて、延々と仕事の処理を進める
ことになった。
あの後、全員からトロトロになるまでほぐされて、思考能力すら失
ワーキャット
いかかった後で僕に犯され、ドーラは見事に魔物⋮⋮猫の獣人とし
て目覚めた。
しかも、二面性のあるドーラの本性を反映したのか、通常の娼婦の
とりまとめ役としてのドーラを演じている場合は、外見の異形はす
べて消えてしまう。

564
気を抜いて、演技ではない本性を現しているときだけは猫の耳と尻
尾が生え、全身になめらかで手触りのよい体毛が生えてくる。尻尾
を使って男を気持ちよくすることもいち早くマスターしていた⋮⋮
もっとも、本人曰く﹁後ろの酒瓶をとるときに手がふさがっていた
ので、尻尾でつかめたらいいのにと思っていたら、案外使えた﹂の
だとか。
悩んでいた痔についても、彼女の言葉を借りれば﹁人生がひっくり
返ったみたい﹂に良くなったそうだ。
リリをのぞいた娼婦達は、ドーラの手管によってゆっくりと魔物に
変化させている。
もっとも、魔物化と言っても外見が大きく変わったのでは話になら
ない。
それに、僕に対して忠誠心を持っている訳でもない娼婦達には僕の
正体を教えるのはリスク意外の何でもないし、魔物になったと自覚
させる必要もない。
何でも、ドーラによる説明では、僕は﹁ベッドで女を抱くことで魔
法を使える魔法使いで、抱かれることで今まで以上に綺麗で健康に
なれる相手﹂として娼婦達に紹介されていたようだ。
そんな説明を信じる娼婦達も娼婦達だが、半分くらいはセックスを
使った健康法の一つくらいに思っていたようだし、実際に僕に抱か
れた後は魔物になって体の良い方向への変化を実感しているのだ。
まぁ、文句もでなかった。
なお、経験豊富な娼婦を絶頂に持って行くのはさすがに難しく、ド
ーラが常に一緒になってサポートしてくれていた事は付け加えてお
こう。
⋮⋮いろいろと勉強させてもらったのも、事実だ。
娼婦達の多くは、馬鹿ではないが教育の機会が無く、文字の読み書

565
きも出来ない者が多かった。
だから、僕からすれば荒唐無稽な設定も﹁そんな物なのか﹂と詳し
く理解もせずに受け入れてしまうのだろう。
まったくもって、ドーラに対する娼婦達の信頼はたいしたものだ。
さすがに、僕の体力と時間の問題があるために一日に一人か二人が
限界だが⋮⋮来週中には、通っている娼婦達も含めてすべての娼婦
の魔物化が終わる。
もちろん、極力外見が変わらないようにしつつも、自分の能力で出
来る限り娼婦達の外見に関する希望を取り入れながら、他人を魔物
にすることの経験値を高めていった。
そばかすをなくしたい、髪の色を変えたい⋮⋮今までは出来なかっ
た肉体の改造も、細かい表層的な部分であれば意図的に作り替える
ことが可能になってきた。
僕の作り出した魔物達が客に抱かれることで、その精力がわずかに
吸い取られ、魔力の微弱な蓄えとなって僕のところにも蓄積される。
今はまだたいした量ではないけれど、数が増え、蜘蛛の巣館が繁盛
すれば鉱山村の人食いダンジョンと同じ程度には魔力の供給源とし
て期待出来るかもしれない。
もし、経営が軌道に乗り、もう一カ所娼館を手に入れることが出来
たら以前よりも魔力の蓄積が豊富になる。
魔力の蓄えはいくらあっても困るものではない。
蜘蛛の巣館の経営はあまり良好とは言えない。何らかの経営改善策
を打ち出さないといけないだろう。
暗殺ギルドの頭目だったラミアの少女ミヤビは、僕が打ち倒してか
らは、従順なしもべとしてなついてくれている魔物だ。
彼女の身柄は暗殺ギルドとは別に僕が個人的に保護し、地下水路の
奥にある住処に時折見舞いに行くようにしている。
腕の骨折はさすがにすぐ治るようなものではなかったが、一週間で
痛みはほぼなくなったのだという。忠誠の証に自らの身体を差し出

566
したがる彼女は、ありがたいがほのかに悩ましい。僕がそう誘導し
たとはいえ、彼女自身は僕に抱かれたがっている。
傷が治り次第、ミヤビを抱くことになるとは思うのだが⋮⋮特に外
見に嫌悪感が有るわけではないのだが、下半身が蛇の身体の女性と
どうやってすればいいのかは割と悩ましいのだ。
ディアナとチャナには暗殺ギルドの再編を任せ、ある程度二人の好
きにさせることにした。
暗殺ギルドはランベルト家からの依頼を失敗し、エブラムの裏社会
での信用は少し失われた。
頭目がいなくなり、幹部だったディアナが頭目に躍り出たことで今
後どのようになるのか、様子見されているというのが正直なところ
だろう。
エブラムには暗殺ギルド以外にもこの手の暴力を扱う組織がある。
騎士や兵士や傭兵達ではなく、盗賊達の互助組織である盗賊ギルド
だ。
盗賊ギルドの構成員達からすれば、交渉を持たず勝手に動いている
暗殺ギルドは目の上のたんこぶ⋮⋮とまでは言わなくても、邪魔な
存在であることに違いはない。弱体化の情報が入ったならば、ちょ
っかいを賭けてくることは間違いないだろう。
とはいえ、盗賊ギルドだってこのエブラムには複数存在しているし、
一枚岩なわけではない。
ディアナと相談した上で、冒険者達が多く所属している盗賊のギル
ドの一つと連絡を取り、先方に上納金を払う形でそれらの組織の中
にとりあえずの居場所を作る事にした。
いろいろと制約は出来るが、暗殺ギルドはそもそも人数が少ない。
個別につぶされてしまい、無意味な争いで僕自身の手駒がなくなっ
てしまうことは避けたかった。
結果、元冒険者のシロの情報で、一番穏当そうで、力が大きくはな

567
い派閥と組む事になった。盗賊ギルド間のパワーバランスを崩し、
向こう側で互いに牽制させる事にしたのだ。
これは、有る程度はうまく行っているように思える⋮⋮少なくとも、
今のところは、だ。
フレッドとハリーは、チャナのところに常駐させ、文字の読み書き
や学問を学ばせながらもディアナ達との連絡役として使っている。
魔物にする際に仕込んだ、遠隔地から精神を乗っ取る仕組みはここ
で非常に便利に働いた。暗殺ギルドに関わらない場所から、情報を
聞き知ることも出来るからだ。
自分の正体が知られることは、単純に致命的な問題だ。なにせ、僕
は弱い。
暗殺ギルドだって一枚岩ではない。それに、忠誠を誓ってくれてい
るディアナだって常に完璧な忠誠心を持っているわけではないし、
僕自身が知らない別のところから情報が漏れることは、常にあり得
るのだ。
だから、極力僕の裏の顔は伏せ、暗殺ギルドとのつながりや、オリ
ヴィアやサラとのつながりも隠しておく必要があった。
サラに城勤めをさせたのは正解だった。
サラは魔法使いという職業上、魔法の道具を扱う僕の店にきても何
もおかしくはない。
頻繁にくるのは無理でも、週に一度やってくる程度で有れば何に疑
問ももたれないだろう。
それに、魔法の触媒を運ぶためにダリアをつれてサラの住処に行く
という口実も作ることが出来る。
まさか、女性であるダリアをつれてサラの家を訪ね、二人を同時に
抱いているとまでは︵下世話な想像としてはあっても︶あまり考え
ないだろう。
オリヴィアとはあれ以来さすがに会えていないが、お互いに忙しい

568
事はわかっている。
⋮⋮どこかで機会を見つけて会いたいものだけれど、月に一度くら
い、会話ができたら上出来だろうと予想している。
エブラムの住人達から見れば、魔法の道具を商う僕の存在はやはり
注意を引くものだろう。
しかし、それもおそらくは最初の頃だけだ。傭兵や冒険者達が客と
して訪れ出せばそこに埋もれていくだろう。
彼らには名を売ることが必要で、それぞれが個性的な外見をしてい
る事が多い。
それに、城に勤める宮廷魔術師となったかつての同業者であるサラ
に顔を売ろうとするものだってそれなりにいる。目立つのは彼らの
ほうだ。
店の売り上げ自体はさほどでもないが、店を開いてから一週間ほど
で客はそれなりに入るようになった。
最初の数日は近所の人たちが挨拶にきたり物見遊山にくる程度だっ
たが、ここ最近は、城に勤める騎士達が物見遊山に店を訪れること
がある。聞いてみたところ、原因は引っ越し当日に出会った騎士の
ライラだったことがわかった。
彼女がこの店で見た道具のことを惜しそうに話していたので、それ
が城の騎士や兵士達に広まったらしい。ライラには宣伝のお礼もか
ねて、彼女がチェックしていた売り物の中で一番安価な手袋を贈る
ことにした。
これでも一応は魔法の道具なのだが、自分が作っているものなので
原価は実のところかなり安くできている。︵もっとも、訓練期間に
投資した金額を考えるとそれはそれでコストが高いのだが︶
ちょっと高級なお店で飲み食いする程度の値段でしかないので、中
流階層のご婦人が買っていったこともあるのだ。
いくら生真面目なライラといえ、この値段の贈り物を断る事は⋮⋮

569
と思っていたが、﹁主君でもなく、自分の領民でもない相手から何
かをもらうわけにも⋮⋮﹂と大真面目に言い出したのだ。
相手の頭の固さは僕の一枚も二枚も上手だった。
さんざん押し問答をしたあげく、ダリアの﹁ならば、宣伝をかねて
貸し出しすると言うことではどうでしょうか?﹂と言う一言でよう
やく片が付いた。
ライラは申し訳なさそうに、それでも、ちょっとだけ嬉しそうに手
袋を身に付けて帰って行った。
⋮⋮普通、騎士は自分の領土や荘園を持つ貴族に仕えているため、
多くは主人の館に居住しているか、自分自身で屋敷を持つことが多
い。
住宅地としては中流から高級にあたるエリアと言っても、職人や商
人と同じように部屋を借りて住んでいる騎士というのは、やはり奇
妙だ。
それに、彼女は町中で会うときにはそれなりに上等だが地味な衣服
を身につけていることが多く、きらびやかに主君や自分の家の紋章
を見せびらかすことをしていなかった。
傭兵でもない、兵士でもない。それでいて、騎士と言うにはどこか
ずれているライラ。
本人に聞くのも何となく探っているようでばつが悪いし、ギュスタ
ーブ達の傭兵団はあと数週間、夏になる頃にはエブラムに戻ってく
ると言う。そのときに覚えていたら彼女のことを聞いてみよう。
季節は初夏。屋根の下でモグラのように働いてばかりの身には、そ
ろそろ日差しがまぶしい。
表の顔は、エブラムに開業したばかりの魔法の道具屋の店主。
裏の顔は、暗殺ギルドの支配者にして娼館の経営者。
どちらの顔も、魔物である僕と僕の魔物達を隠すための仮面にすぎ
ない。

570
それでも、すべてを偽りと言ってしまうには人々とのつながりは多
く、どれもこれも、本当の自分の一側面でしかないことを思い知る。
果たして、あの鉱山村を、生まれ故郷を去ったときのように、何か
があったときに僕はこの仮面を脱ぎ捨てることが出来るのだろうか。
そんなことを考えながらも、僕はエブラムの魔道具商人として表の
顔を広げていく。
裏の顔も、その奥の本性も知られないまま。
この街に、蜘蛛の巣のように糸を張り巡らせる準備をしなければな
らない。
この街で力を蓄えている理由は、たった一つ。
オリヴィアの権力を安定させるために、排除するべき相手がいる。
権力を奪うため、オリヴィアの命を狙い続けるだろうランベルト家。
塔と鷲獅子の紋章を持つ、エブラムの都市貴族。
彼らとの対決を行うときに、出来るだけ有利な状況でこちらから仕
掛けるためだ。
◆◆◆
およそ一月が過ぎ、東の国境での戦いに出ていたギュスターブ達の
傭兵団と、その雇い主であるエブラムの貴族達が帰ってきた。
もちろん、激しい戦いがあったわけではなく、小競り合いがちまち
まと続いているだけなので、負傷者らしい負傷者もほとんどいない。
傭兵の稼ぎには都合よかったであろう穏やかな戦争帰りの、見た目
だけは華やかな凱旋だった。
かつてアスタルテと二人で並んだ城の前の広場に、僕はダリアを伴
ってやってきていた。
近所の商店主達とのつきあいで、凱旋パレードを見に来たのだ。

571
ギュスターブはめざとく僕のことを見つけ、口をぱくぱくさせてい
た。
⋮⋮傭兵団のたまり場には伝言を言付けてあったが、それが届く前
に見つかったのだから当然と言えば当然だろう、幽霊でも見たよう
な顔をしていたから、後でこってりといやみを言われるに違いない。
あぁ、あの爺さんと酒を組み合わして、笑いながら話が出来るのが
こんなにも懐かしいなんて。久しぶりに計算抜きの笑いが浮かび⋮
⋮表情が凍り付いたのが、自分でもはっきりとわかった。
﹁どうしました、エリオット様。⋮⋮あそこにいるのは、ライラさ
ん⋮⋮でしょうか?﹂
僕の目線を追ったダリアの声が聞こえる。
あの時は、一緒にいたのはアスタルテだった。
まったく、この広場には嫌がらせの神でも住み着いているのだろう
か。
小さく息を吐くと、微笑みの形をした、穏やかな魔法道具商店の主
の仮面を付け直す。
周囲の商店主たちに気づかれなかったか注意するが、幸運にも誰も
僕に気がついていないようだ。
凱旋してきた騎士達を出迎えたのは、エブラムに駐留していた騎士
達。
その中でも、おそらくは武勇に優れた代表者達と思われる数名の騎
士達が馬に乗り、城から出て広場を通り抜け、遠征群を出迎える。
その出迎えの騎士達の中に、ライラがいた。
伸びた背筋、気性の荒そうな葦毛の軍馬を慣れた手つきで押さえつ
つ、目線は相手からはずさないままに馬を進めていく。堂々たる騎
士の姿だ。
ただ、そこには。
彼女が持つ、盾には。
鮮やかに描かれた塔と鷲獅子⋮⋮ランベルト家の紋章が有った。

572
曲馬団の祭り:ライラとの商談
﹁あぁ、見ていたのか⋮⋮まぁ、その。知り合いに見られていると
いうのは、さすがに気恥ずかしくもあるな﹂
少しだけ照れたように答えるのは、ランベルト家に仕える騎士ライ
ラ。
この店の近所に住む、領地を持たない騎士。
﹁あれは、その⋮⋮去年の馬術のトーナメントで上位に残ったなか
で、女性が私だけだったからだろうさ。一応、こんなガサツな身で
も、男性よりは見栄えがするだろうとの考えだろう﹂
田舎に育った身として、正式に習ったわけではないけれど乗馬くら
いは出来る。
ゆったりとした動きとはいえ⋮⋮いや、規則に則った綺麗な動きを
保ったまま馬上で手を振ったり、人々に指示をしたりするのがどの
程度疲れるか、動きにくいかはわかっている。しかも、式典用の全

573
身鎧を身に付けて、だ。
それでも、あのパレードにおいて、馬上のライラの姿は見事な物だ
った。
オリヴィアにも無理だろうし、ましてや僕にはとても真似できない
程度には。
﹁しかし、見事な物だったじゃないか。いや、ライラさんは騎士だ
から当然と言うかもしれないけれど、普通に馬に乗れるだけの僕な
んかから見たら、あれは信じられない動きだよ﹂
﹁馬がいいからさ。私の技術なんかたいしたものではないよ﹂
確かに、見るからに品も質も良さそうな馬ではあったけれど⋮⋮
ライラは、どうも自己評価が低いようだ。
﹁まぁ、それはともかく。今日ライラさんに相談したかったのは⋮
⋮﹂
ライラの言葉を少しだけ遮るように、前から考えていた話を持ちか
ける。
うちの店の商品を貸し出す代わりに、店の商品の宣伝をしてもらう
⋮⋮いわば、歩く看板としての役割だ。パレードで先導を勤めるく
らいの人物が身に付けているのであれば、それなりに効果も見込め
るのではないかと踏んだのだ。
◆◆◆
それにしても、世の中は皮肉なものだ。
この人の良い女騎士は、オリヴィアを殺そうとしたランベルト家に
仕えている人物だ。
ライラは、もしかしたらその一件に関わっているのだろうか。
何も知らないのだろうか。
もし、何も知らなければ彼女を通じてランベルト家の情報を収集で
きるのではないか。

574
あまりにも唐突すぎて、考えがまとまりきらない。
﹁⋮⋮のか?﹂
﹁あ、ごめん。聞き逃した。もう一回聞かせてもらえるかな?﹂
少し考えこんでいたようだ。ライラが呆れたような顔で言葉を続け
る。
﹁まったく、不用心な奴だな⋮⋮いくらこのあたりの治安がいいか
らと言って、盗人がでないわけではないぞ?﹂
﹁いやはや、面目ない。まだ店を開いて一月もたってなくて、どう
やって売り出していこうか色々と考えているんだ﹂
色々と考えているのは嘘ではない。この店の売り出しかたについて
以外の考えも多いのだけれど。
﹁まぁ、私に持ちかけてきたこれも⋮⋮その、店の営業のひとつ、
と言うことなのかもしれないが⋮⋮いいのか、こんなに高価な物を
?﹂
ライラが困ったような顔をする。
立場的には、敵⋮⋮少なくとも、いずれ敵対するランベルト家の騎
士であるライラのことが、僕は嫌いにはなれなかった。
職務中は知らないが、普段の彼女はとことん善良で、お節介焼きな
のだ。
引っ越してきた直後には、近隣の人たちにわざわざ紹介してくれた
のも彼女と彼女の乳母だったという老婦人だったし、商売の許可証
だけは持っていても面識があまりなかった地域の顔役を紹介してく
れたのも彼女だ。
紹介してもらった人たちに聞いても、ライラが損得勘定ではなく﹁
騎士としてこうあるべき﹂と思ったことを普段からしているだけだ
と言う推測に裏付けがとれただけだった。
しかも、時折下町の子供達に文字の読み書きを教えているらしい。
これはわずかながら謝礼を受け取っているらしいが、それでも金銭
での謝礼はもらっていないようだ。

575
騎士というのは一代限りであったりする事もあるし、地位としては
最下級ではあるが、一応は貴族の端くれだ。
ここまで庶民に親しむというのも、珍しい⋮⋮というのは、もしか
したら僕の偏見かもしれないが。
ただ、オリヴィアが貴族としては例外的な存在だったのと同じよう
に、ライラも騎士の中では例外的な存在なのだろうとは思う。
ライラに提示したのは、小さく僕の店の名前⋮⋮アスタルテにデザ
インを作ってもらった、派手すぎない花の模様に屋号を加えた物⋮
⋮の記載された武具の貸し出し。
蒸れにくく防水性能の高い手袋、肘までを覆う長籠手、鎧下につけ
る鎖帷子、金属板で補強した長靴。
それぞれ、僕が付与魔術によって普通よりも一割ほど軽量化してあ
る。
素材となる鎧自体は自分で作るわけではないのでコストはかかるが、
娼館の女達から少しずつ魔力の供給が入ってきた今の僕ならば量産
可能なレベルの付与魔術の成果だ。
あまり強すぎず、使う人間にとっては確実に違いがわかる。
一応、主力商品として考えている品なのだ。
﹁軽い⋮⋮。性能は大丈夫なのか?﹂
籠手を持ち上げて、金属部分の厚みを見てライラが声をかけてくる。
﹁もちろん、仕入れルートは商売上の秘密だけど、普通の籠手と大
して変わらない性能だよ。軽量化の魔法が付与してあるんだ﹂
﹁⋮⋮ちなみに、普通に買うとどれくらいに⋮⋮?﹂
おそるおそる、と言った感じでライラが聞いてくる。
うちの店で扱う商品の元素材は、エブラム内部ではなく他の都市に
行る鎧職人などから買い取っている。都市内部の他の人間から仕入
れた商品を魔法の品にして売っているとわかれば、僕が付与魔術師
だと気づかれてしまう。

576
これはできるだけ避けたいのだ。
仕入れに関してはギュスターブの紹介や、鉱山村のダンジョンで密
入国の手引きをしていたときに縁が出来た商人達というコネクショ
ンがあるからこそ出来ることなのだが、もちろんライラにも、他の
人間にも教える気はない。
なので、実際にはあまり質の良いものではなくても平均的な質にす
ることも出来るし、魔力さえ豊富にそそぎ込めば並よりちょっと上
質にすることもできる。
だから、実際にかかっているコストは普通の鎧を買うのと大差ない。
つまりそれは、どう安くしても普通の鎧を買うのと同じ程度にはか
かってしまうと言うことだ。
﹁ライラさんなら、ちょっとおまけして⋮⋮こんな物かなぁ﹂
﹁確かに、魔法の鎧としては破格なのだろうが⋮⋮手が届かないわ
ねぇ⋮⋮﹂
騎士としての義務感なのか癖なのか、男性的な口調でしゃべる事が
多いライラだが、時々こんな風に女性的な話し方が出ることがある。
﹁まぁ、僕も仕入れ値って物があるからね。損をするような商売だ
けは出来ないよ﹂
﹁それはそうね⋮⋮しかし、貸付か⋮⋮盾と鎧がないのは、その辺
を気遣ってくれたのか?﹂
並べた商品と提示したリストを見ながら、ライラがつぶやく。
こちらに問いかけているのか、自問しているのかちょっとわかりに
くいが、まぁ答えておいてもいいだろう。
﹁一応、騎士様には色々と義理とか主従関係とか有るんだろうな、
と思ってね。
パレードで見たときには、塔に鷲獅子の紋章のついた盾を持ってい
たし。家紋を描くかもしれないところに店の宣伝を入れるわけには
いかないでしょ?﹂
﹁⋮⋮それは、我が主に首をはねられそうだ﹂
お、ちょうどいい。

577
﹁ライラさんのご主人⋮⋮あるいは雇い主さんって、どんな人なん
だい?
 僕は余所者だし、紋章を読めるわけではないんで、貴族なんだろ
うなとしかわからなかったんだけど⋮⋮正直に言うと、その人とも
商売が出来るとうちとしては箔がつくかな、とも思ってる﹂
﹁はは、素直な奴だ⋮⋮まぁ商売とはそういうものなのだろうな。
それを怒ったり馬鹿にしたり出来るほど私は世間知らずではないが、
それがどの程度すごい物なのか実感できるほど世慣れているわけで
もない。
我が主は、ランベルト家の当主様だ。ランベルト家はブレア家⋮⋮
今のエブラム伯とも血縁のある由緒正しい貴族の家柄で、この都市
内でもそれなりの名家だ。
次期当主となるルベリオ様も⋮⋮政だけではなく、見事な武人でも
ある﹂
そのとき、一瞬だけライラが視線を泳がせたような気がした。
気のせいかとも思ったが、その違和感は残る。
⋮⋮もしかして、ライラは次期当主のルベリオに惚れているのだろ
うか?
﹁余計なことを聞くかもしれないんだけど、あのパレードの時にラ
イラさんが出迎えをしていたよね。あれって、ランベルト家の騎士
として出たの? それとも、エブラムのお城にいる騎士の代表とし
て?﹂
パレードに顔を出すのは、騎士としては名誉ある舞台だ。
ランベルト家の次期当主がそこに出ないと言うのは何かあるのだろ
うか?
﹁あれはまぁ⋮⋮家格の問題だ。ランベルト家は貴族でもあり、様
々な家との関わりも強い。だから、あの手の出迎えやら訪問には多
く顔を出す必要がある。しかし、ご当主様も、ルベリオ様も多忙な
お方だ。ブレア家ならばともかく、それ以外の家の事に大してどち
らかがわざわざ出向かれることは少ないのよ﹂

578
ふむ、ライラの言い回しをざっくり言うと、格下の貴族相手には代
理を派遣しているだけ、と言うことか。
オリヴィアに聞いたとおり、気位の高い貴族様らしい。
﹁それでも、ああいった場に出られるんだからライラさんもランベ
ルト家からは認められてるんだよね。女性の騎士だってそう多くな
いと聞くのに、たいしたものだと思うよ?﹂
僕の軽い追従に、ライラは自嘲気味に笑った。
それは普段の彼女のまっすぐな笑いではなく、やはり少し違和感が
残った。
﹁まぁ⋮⋮他の騎士に命じれば、色々とコストもかかるからね。そ
れに、いくらガサツだろうが女の方がパレードも華やかに見えるだ
ろう、と言うお考えでもあるようだよ。あれは、我々や城のえらい
方々のためではなく、兵士達や街の民衆に見せるための物だからな﹂
それはわかる。コストだけで言えばパレードなんて時間と費用の無
駄以外の何物でもない。
それでも、兵士を派遣して成果を上げたのだということと、無事に
帰ってきたことをアピールして民衆を安心させるためには必要なこ
とだ。
オリヴィアが帰還したときもパレードは開かれたし、その準備のた
めに遠征軍は街の手前で一夜あかすという時間の無駄も有ったと言
うことは聞いている。
それにしても、契約騎士⋮⋮いわゆる領地を持たず、主人との契約
によって仕える騎士であるならばその手の名誉ある場所に出れば、
有る程度の報酬はでるのではないだろうか?
どうやら、その辺が顔に出ていたらしい。
ライラが小さく笑うと、僕に告げた。
﹁私は契約騎士とは言っても、実質的にはランベルト家で騎士とし
て使ってもらっている身だ。騎士として、日々を過ごせるだけでも
十分なんだよ。
⋮⋮咎人の父を持つ、本来は潰えている家の騎士なのだからね﹂

579
◆◆◆
その日の夕方、久しぶりにサラが顔を出した。
﹁エリオット、聞いた?
なんでも、この街にサーカスの一座が来るみたいよ!﹂
上の空で聞いていたが、ダリアとサラにつつかれて注意を向けなお
す。
﹁マスター、その⋮⋮サーカス、というのは⋮⋮?﹂
﹁サーカス⋮⋮って、見せ物をする旅芸人の一座だったっけ。僕も
本物を見たことはないや﹂
﹁もっと規模は大きいみたいね。新市街の外の平原に一座が逗留す
る許可を求めてきたから、そこそこの期間いるんじゃないかしら?﹂
ふむ、それは興味深い。大規模な人の移動があるならば、商人は必
ずついて回るし、様々な情報や商品が動くことになるだろう。
ダリアやアスタルテ、娼館の女達にもたまにはこんなサービスをし
てもいい。
﹁そうだ。サラ、オリヴィアに聞いておいてほしいんだけどさ。
⋮⋮ランベルト家の騎士に、ライラという女性がいるんだ。この騎
士の家はどうやら没落⋮⋮と言うか、断絶しかかったらしい﹂
サラは黙って頷いた。おそらく今日の注文を届けにいく週末には話
が聞けるだろう。
﹁ランベルト家、ね。そうそう、エリオットにはあらかじめ言って
おくわね。
ランベルト家は、公式にはしていないけれど、ほぼ確定でお抱えの
魔法使いがいるわ。宮廷の一部にあんたと同じように”目”を仕掛
けてる。もしかしたら⋮⋮付与魔術師かも﹂
なるほど。今までと同じようには行かないようだ。

580
曲馬団の祭り:空中の歌姫
他人の人生と比べるのはばかばかしいが、僕の人生にはそれなりに
悩みは多い。
ランベルト家のまじめな女騎士ライラや、宮廷に監視用の魔道具を
仕掛けた何者かのこと。蜘蛛の巣館の経営の拡大や、これからの自
分の事。
多くは実務的なものであり、解決方法がわからない物はあっても、
自分が解決したいと思っている物ばかりなのは幸運なのだろうか。
そんなことを考えるようになったのは、サーカスの一座にいた男と
知り合ってからだ。
決して小柄ではない僕よりも頭二つは大きい、いわば巨漢だった。
ギュスターブの傭兵団にも、力自慢の大男は何人かいた。ただ、そ
れよりも明らかに大柄であることはわかる。

581
チャナ同様に南方の生まれであり、おそらくは混血のチャナとは違
い、純血の南方人。
石炭のような真っ黒い肌を持つサーカス団の護衛、黒き肌の大男ヌ
ビア。
彼がかつて愛した女を殺し、血のつながらない、自分が殺した女の
娘を育てていると知ったのは、彼らがもうどうしようもないところ
まで追いつめられた後だった。
◆◆◆
﹁これがサーカス、か⋮⋮いやはや、聞いていたよりも遙かにすご
い﹂
圧倒されていたと言っていい。
鳴り響くラッパに併せて、一座の座長らしき人物がなめらかな口上
を垂れ流し続ける。
彼は象という巨大な動物⋮⋮あれは、もう魔物と言ってもいいくら
い巨大な南方大陸の動物⋮⋮にまたがり、高い位置から周囲の視線
を浴びている。
ここからでは角度の問題でよく見えないが、座長は初老の人物だろ
う。かくしゃくとしたものだ。
そして、この象という動物の大きさ、そして臭い。近くによると、
確かにこれは魔力によって変質した魔物ではなく、牛や馬と同じ動
物なのだとわかるが⋮⋮一年近く牛馬と接触をしていなかったため、
久しぶりに嗅ぐその臭いにやや閉口した。
僕が店を構えた旧市街地区は、なんだかんだで商店主達の力が強い。
新市街は冒険者や旅人が多い分細々違うらしいが、大きく違うと言
うことはなさそうだ。
それはすなわち現在のエブラム伯が商人達に自由にさせていて、経

582
済活動が活発であることの何よりの証だろう。
ライラの紹介で、旧市街の商店主達に顔を知ってもらえたのは本当
にありがたかった。すべてがすべて好意的であるなどとは最初から
考えていなかったが、好意的につきあいを持ってくれる人が出来る
と言うことは少なからぬ取引が生まれることでり、情報が入ってく
ることでもあった。
そんなわけで、商店主達への挨拶もかねてサーカスを見に行くこと
になったのもつきあいの一環だ。サーカス団の初回の公演を、商店
の主人達とその家族や近しい部下達だけで、見に行けることになっ
たのだ。
もちろんこれは商人達が独自にやったというわけでもなく、エブラ
ム伯、あるいはその下にいるオリヴィアの考えなのだろう。
一応の名目は、エブラム伯や城の人間が最初に公演を見る際に、一
部の市民を先に招いて先行公開すると言うものだが⋮⋮実際のとこ
ろは商人達とサーカス団の間に発生する利害関係の調整が主目的な
のだろう。
明日の一般公開を前に、サーカス団の公演のあとは結構な時間打ち
合わせが行われることになっているのだ。
サーカス団は多くの観客を必要とし、経済効果も少なからず有る。
そこには現在既に商売を行っている商人達へのプラスマイナス含め
た影響があり、その調整もかねて新市街、旧市街の商人達はこの顔
見せに参加して良いことになったのだ。
まぁ、僕の店にとってはあまり影響がなさそうだが⋮⋮
﹁いやぁ、エリオット君。君もこの象という奴を見るのは初めてか
い?﹂
そういう風に声をかけてきたのは、旧市街の商店主達の顔役の一人
ジェンマ老人。
酒と食料品を小売店に卸す商いをしているジェンマ商会の元締めで、

583
小柄ながらも妙に動きの若い老人だ。
色々と気をつかってくれる人だが、思いついたことをぽんぽんしゃ
べっている人なのでこちらが何か言葉を返そうと思ったときには大
抵別の話題になっている。
﹁おい乾物屋、新市街の連中との出店の場所の調整は終わっていた
っけか﹂
﹁おぅ、こっちは新市街側だから、あいつ等にもちょっとはいい目
をみせてやらにゃいかんが、こっちだって商売だしな。新入りんと
こは、特に出店は出さないんだよな?﹂
一人経由して話題が僕のところに戻ってきた。
﹁ええ、うちは食料品は扱っていませんから。
どこかに看板でもおければいいんですけど、新市街から旧市街まで
わざわざ来る人も少ないでしょうからね﹂
﹁いやいや、それじゃいかんよ。せっかく色々な場所から人が来る
んだ。好事家だって来るかもしれん。ダリア嬢ちゃんにでも宣伝と
案内を頼んでみたらどうかな?﹂
﹁え⋮⋮いえ、わたしなどは⋮⋮﹂
突然話題にされて、僕の後ろでダリアが戸惑ったような声を上げる。
魔法道具商人のエリオットの店には、若くて可愛い娘が店番をして
いるというのは客よりも商店主達の間で話題になった。
僕が忙しいときにダリアに何回か書類を持って行ってもらったり、
店番をしているときに挨拶にきた人たちの応対をしてもらっていた
ことから、思いもよらず顔が売れてしまったというわけだ。
ダリアは見た目はほとんど人間と変わらないが、実際はダリアとい
う村娘の肉体をつかったフレッシュゴーレムだ。
彼女の村娘としての記憶はかすかにしか残っておらず、人として生
きていくための知識は有っても、人間だった頃に僕と交わした会話
や、村の男達の共同の性処理の道具だった頃の記憶はほとんど残っ
ていない⋮⋮はずだ。
それ故に、彼女は素直で教えたことを何でも吸収した。

584
ゴーレムの特性なのかどうかはわからないが、理解して吸収するこ
とは人並みでしかないが、何かを暗記することに関してはずば抜け
て優れている。これは言葉や数字だけではなく、図面にも当てはま
る。
誰かとの会議の席に同席させておけば、その会話の内容は後でほぼ
確実に再現させることも出来るし、何かの商品を細かく見せれば、
大まかな図面を再現する事も出来た。
そのため、店番だけではなくここしばらくは僕の秘書のようなこと
もしてもらっている。特に、表に出せない帳簿や予定などは、ほぼ
すべてダリアに任せているくらいだ。
若く慎ましく、飛び抜けて美人ではないものの十分に可愛らしいダ
リアは、年かさの商店主達にも非常に好意的に迎えられている。実
のところ、僕よりも人気はあるだろう。
﹁なんだい、エリオット君が嫉妬して表に出してくれないかな?﹂
おどけてジェンマ老人が言うと、みんなが笑う。
商店主達と比べると、僕もダリアも若い。
人の多いジェンマ商会だったら、僕の年齢だとまだ見習いを抜け出
した位だろう。
魔法の道具なんて変わった商いをしている変わり者だから、この若
さでもそこまで怪しまれることはないし、彼らには僕は年齢を少し
サバを読んで年上に申告しているが、それでも青二才なのだ。
まぁ、だからこそダリアと僕の関係を肴に商店主達はやいのやいの
と楽しんでいる。それは決して僕を軽んじているからではなく、彼
らなりの気安さの表れだとは理解できた。
ジェンマ老人などは直球で﹁で。お前さんどこかの大きな商人の娘
でも娶る気なのかね。それがないなら、早いところあの嬢ちゃんを
嫁にしてしまうといいよ﹂なんて言ってくる。
ダリアは困ったような顔をするが、自分が僕の物であるとみんなに
認識されるには嫌なことではないらしい。

585
そういえば、最近ダリアの表情が少しずつ豊かになってきたような
気がする。
﹁あの、皆様、そろそろ公演も始まりますので中に入られた方が⋮
⋮﹂
﹁あぁ、そうだね。ジェンマさん、みなさん、あの象も天幕に入っ
ていきましたし⋮⋮﹂
ダリアの言葉に重ねるように、僕もこの場をそろそろ流した方がい
いだろうと判断した。悪意はないのだが、彼らの話は長いのだ。
﹁ふむ、もうちょいとエリオット君が慌てるところを見たかったが、
さすがにサーカスを諦めるようなことではないな。では、エブラム
伯のご厚意だ。みんな楽しませてもらおうじゃないか﹂
ジェンマ老人の一言で、旧市街の商店主達、その家族や有力な部下
達が動き出す。
あぁ、わかった。
この爺さん、性格も話し方も違うけれど、どこかギュスターブ爺さ
んと似ているんだ。
◆◆◆
﹁さぁさぁ善男善女の皆様、ようこそおいでいただきました。
この水門の街にてこれより開かれますは、幻想曲馬団の織りなす一
時の幻。
見て楽しみ、聞いて楽しみ、浮き世にてたまった不満不平や疲れな
どをふわりとお忘れいただけますよう、一座そろって皆様を幻の世
界へとお連れいたします!﹂
一本の巨大な柱を支柱にして、円形の天幕が張られている。
その中の円形の広場がサーカスを行う舞台で、周囲には緩やかなす
り鉢状に、せり上がるような形で座席が組み上げられていた。
灯りが幾つか焚かれているとはいえ、外からの光を取り入れない天
幕の中は昼間といえども薄暗い。

586
気のせいか、座長の声に聞き覚えがあるような⋮⋮まぁ、田舎でず
っと暮らしていた僕にそんな知り合いはいないはずだ。あのダンジ
ョンで犯罪者達の避難所を提供していた際に会っているかとも思っ
たが、さすがにサーカス団を通した記憶もない。
なんだか、そんなことを思っていると座長もこっちを見ているよう
な気がしてきたから、気の持ち方というのはおかしな物だ。
それにしても、あの灯りは多分火を使っているから、こちらから魔
法の灯りを売り込んだら商売になるだろうか?
そんなことを考えていたら、僕たちの背後から誰かが飛び出した。
聞こえてきたのは、綺麗な歌声だった。
南方の国の言葉なのだろうか、テンポの速い、情熱的で何かもの悲
しいメロディなのだが、歌声の主が若いのか、どこか楽しそうにも
聞こえた。
観客達の視線が一斉にこちらを向く。性格には、僕たちのいる座席
の情報、側面の天幕を支える柱のあたりだ。
広場に楽隊が登場し、歌にあわせて伴奏を始める。打楽器がそれに
続き、緊張感を高めるようなリズムを刻む。
﹁ではまずはご紹介しましょう、第一の演目は空を舞う歌姫、一座
第二の歌い手にして、鳥の愛し子ネムによる空中飛翔にございます﹂
僕が振り返るのと、彼女が空に跳んだのはほぼ同時だった。
白い翼が目の前を通り抜けた。歌声は、その後から彼女について行
った。
歓声が上がる、いや、悲鳴さえも混じっている。
当然ながら翼は衣装だった、白い衣装の少女が、歌いながら天幕の
中の空を舞っていた。
知識の上でなら、僕はそれを知っていた。
天幕の上からぶら下げられた細いロープを握り、天幕内の高所に作
られた何カ所かの小さな舞台を止まり木のように渡り歩く。時には

587
他の団員が別の場所からロープを投げ、空中でロープを手放し、数
秒間の滞空ののちに乗り換えるという軽業の一種。
たしか、空中ブランコと言う演目だ。
﹁かつてその美しさを誇り、傲慢にも神々と己を比肩した美貌の持
ち主がおりました。彼女は自分と娘の美貌は川の女神にさえ比肩す
ると、そう誇ったのです。
優しき女神はその言葉を聞き流しましたが、他の神々は許しません
でした。神に己を並べるは傲慢であり、その心根は魔のそれである
と﹂
座長が朗々と語りを加える。この地方でも聞くことの出来る、教会
の説話の一つをアレンジしたものだ。
確か、美貌を自慢するあまりいつしか放埒になり貞淑さを失った母
と娘は、自らの夫を、自らの父親を一人の男として争いあった。そ
の結果は、信仰心を失っていない夫によって母と娘は翼を切り落と
され、美貌を失ったが心を取り戻した⋮⋮とか、そんな物だったよ
うな気がする。
﹁女と娘はいつしか魔に染まり、人の心も神定めし掟も忘却の彼方。
二人が見初めた一人の男は、あぁ哀れなるかな元は夫であり、父で
ある男だったのです!﹂
それに併せて、作り物の剣を持った大男が舞台に現れる。
全身を真っ白い甲冑と真っ白い兜に覆っているが、その肌の色は石
炭のごとき黒。
おそらくは純血の南方人だ。
彼は飛び回る歌姫を見て、戸惑うように頭を振ると、嘆くように剣
を振り回す。
歌姫はいつの間にか、衣装の色が変わっている。おそらくは薄い布
を翼の中に織り込んでいたのだろうか、半身を赤に、半身を黄色に
染めて、跳ぶときにどちらかの色が目立つように跳ぶことで母と娘
の二人を一役でこなしているのだろう。
気が付けば、他にも数名の若い娘が周囲で空を舞いだした。こちら

588
はまだ技量が未熟なのか、あの歌姫ほど派手に飛び回るのではなく、
天幕の外周を飛び回る程度なのだが、これはあの歌姫の技量がそも
そもおかしいのだろう。
﹁いやはや、あの歌姫はすごいねぇ。見た感じ相当若い⋮⋮おそら
くはダリア君と同じくらいか、もう少し若いかもしれんね。歌もな
かなか大したものだ﹂
隣にいたジェンマ老人がつぶやいた。
この人、この年でどれだけ目がいいんだろうか⋮⋮それに、歌の内
容もわかるのだろうか?
﹁もしかして、あの歌の歌詞がわかるんですか?﹂
﹁あぁ、南方大陸には行ったことがないが、都に行けばそれなりに
あっちの言葉を聞く機会もあるからねぇ。
座長の口上は、この地方でわかりやすいように話を変えているけれ
ど、歌詞とはまだ別ものだよ。あの歌は、決して報われてはいけな
い恋を嘆く歌なんだ。⋮⋮まぁ、歌姫の歌い方のせいでおもしろお
かしく聞こえるがね﹂
589
曲馬団の祭り:黒き巨漢
﹁あの歌は本来、引き裂かれた恋人の歌だ。
会いたいのに、好きなのに、何で会ってはいけないの?
⋮⋮ってね。あの歌姫は理由を知らずに両親と大喧嘩をする。
ほら、始まった﹂
ジェンマ老人の言葉につられてみると、なんと歌姫が大男に向かっ
て天幕の上に積まれた荷物をどんどんと落とし、放り投げている。
小さな歌姫が落とすことが出来るような物だから、実際にはあまり
重いものではないのだろうが、それでも勢いよく落ちる木箱や樽は
それなりの衝撃で落っこちる。
打楽器隊は大男が落下する荷物を受け止めるタイミングに合わせて
大きな音を鳴らし、楽団はコミカルな伴奏で笑いをとる。
﹁マスター⋮⋮あの樽、受け止めた型の足元を見るかぎり決して軽
くは有りませんね⋮⋮﹂

590
見れば、男の足元はわずかに靴が地面にめり込んでいるようだ。
もともと地面が大して固くはないところだと言うのもあるだろうが、
受け止めた衝撃をうまく流すこともしていないのだろう。⋮⋮そう
いう意味では、曲芸と言うよりはまさに極端な力自慢だ。
ダリアは驚きに目を丸くしている。ジェンマ老人や商店主達は、上
の歌姫を見たり下の大男を見たりしては笑い転げている。
そんな中、座長の口上は続く。
﹁いつしか女達は人であることを忘れ、鳥のごとき翼を持ってかつ
ての夫を、父を翻弄いたします。
神より賜った言葉は鳥と化した女達に届くことはなく、剣もまた空
を舞う鳥達には届かなかったのです。
そして、夜が訪れ、鳥達が翼を休めた頃に⋮⋮﹂
気がつけば、演奏は終わり、歌姫は舞台脇にある太い柱の一つに乗
り、そこでバランスを取っている。
こちらに近いのでよく見ることが出来たが⋮⋮確かに若い。
おそらくは空中ブランコという演目の特性上、小柄であり軽いこと
は大きく有利なのだろう。もしかしたらダリアよりも更に若いかも
しれない。
バランスをとりながら客席に向かって手を振っているのは、目のく
りくりした、人なつこそうな少女だった。
﹁ではここで改めて第二の演目を紹介いたします!﹂
座長が急に口調を改める。
打楽器隊が再びドラムロールを始める。
﹁王都よりさらに海の向こう、南方の大陸より訪れた黒き肌の巨漢。
わが一座最大の力自慢、大男ヌビアでございます!﹂
すると、先ほどまで木箱や樽を受け止めていた大男が、何段かに積
みあがった木箱や樽を軽々と放り投げ、床に落とす。
﹁南方の勇猛なる戦士の一族に売まれたこのヌビア、故郷では勇者
として名を馳せ、かつての戦争では敵国の騎士を鎧兜ごと持ち上げ

591
ては投げ捨てるという活躍をして大いに報奨金を得たと噂されてお
ります。
はてさて、噂の真偽はともかく、その力は果たして本物か否か、神
の言葉も届かず、剣も届かぬ魔の鳥にその力は通じるのでありまし
ょうや!?﹂
どうやら、演目はつながっていたようだ。
ジェンマ老人の話を信じるならば、まったく違う歌を説話に置き換
えているのだ、どう落ちをつけるつもりなのだろう?
ネムと呼ばれていた歌姫が、大男をからかうようにふたたび歌い出
す。
ヌビアと呼ばれた大男は剣を捨て、上半身を覆う白い鎧の衣装を大
げさに脱ぎ捨てる。
黒檀のような肌が露わになり、そのばかげた筋肉の量に観客が一瞬
言葉を失う。
ぱっと見た感じ、あの男はそんなに若くない。おそらくは三十以上、
四十未満と言ったところか、そろそろ全盛期から衰えだしてもおか
しくないはずだ。その上でまだあの筋肉の量なのかと感心する。
ドラムロールが強くなる。
ヌビアは突如、ネムが足場にしている太い柱の根本を抱える。
大男であるヌビアが両腕を回して、ようやく半分程度まで腕が届く
程度の丸太だ。
高さは、ざっと人間二人分以上有る。
要するに、切り出したばかりの材木のようなものだ。普通、あれを
持ち上げるには大の男が道具をつかってさえ3∼4人はかかるだろ
う。
﹁むっ⋮⋮くあああああ!﹂
鳴り響くドラムロール。歌い続けるネム。
天幕の中の呼吸が、一瞬止まる。
大太鼓がひときわ大きく鳴り響いた瞬間、柱がゆっくりと動き⋮⋮
一気に持ち上がった。

592
柱は地面に浅く埋め込まれていただけだった。それでも、手のひら
の長さ程度の深さはある。
柱の表面は綺麗に磨いてあった。それは傷つかないようにと言う配
慮ではあるだろうが、抱えるときには持ちにくいだけであり、決し
てヌビアの有利にはならない。
彼は、己の膂力だけでこの柱を持ち上げたことになる。
持ち上げられた柱の上で、バランスを崩したかのように揺れ、おど
けた感じでネムは周囲を見渡す。
そのとき、ヌビアが柱を落とすと、それに併せてネムは落下。
悲鳴が上がる前に、ネムはヌビアの腕の中にするりと収まり、首根
っこに抱きついた。
観客たちが呼吸を取り戻そうかと言うそのときに、絶妙のタイミン
グで座長が声を張り上げる。
﹁さてこのように鳥の娘は心を取り戻し、彼らは家路につくのであ
りました。
第一の演目、歌姫ネム!
第二の演目、力自慢のヌビア!
両者に皆様よりご喝采をいただければ幸いにございます﹂
天幕の中に呼吸が戻り、万雷の拍手が鳴り響く。
白い歌姫と黒い巨漢は、ほかの団員と入れ替わるように舞台袖へと
戻っていった。
⋮⋮話の整合性は、見事にごまかされてしまった形になったが、そ
こを気にするものはいないだろう。
確かに、見事な見世物だった。
◆◆◆
一時間程度の公演が終わった後、サーカス団の座長や会計係達と商
店主達の顔合わせ兼打ち合わせとして、会食が行われた。

593
エブラム伯の名代としては予想通りオリヴィアがきており、その後
ろには興奮さめやらぬ様子のサラと騎士のカスパール、それに数名
の護衛が控えていた。
さすがにここではおおっぴらにオリヴィアと知り合いであると知ら
れるのは避けたいから、お互いに必要最低限以外の話はしない。
そのあたりは、カスパールにも伝わっている。
だが、予想外のところで僕の秘密は有る程度ばれた。
挨拶周りにきた座長が持っている、銀のゴブレットを見たときだっ
た。
﹁⋮⋮あっ、そのゴブレットの刻印!?﹂
﹁⋮⋮? ⋮⋮あっ、おまえもしかして!?﹂
何年も使い込んでいると思われる、銀で表面を覆ったゴブレット。
メッキが一部はげて、錫か何かの地肌が見えてきているが、長く愛
用していることがよくわかる。
そして、そこに刻まれた模様と文章には、よーく見覚えがあったの
だ。
なにせ、僕の実家⋮⋮あの酒場件宿屋で使われていた物なのだから。
そして、相手もそれで気がついたようだ。目の前の若造が、なんで
ずっと帽子をかぶっているのかを。
突然、商店主の中で一番の若造かつ余所者と、よそからきたばかり
のサーカス団の座長が妙な声を上げたのだ、注目を引かないはずが
ない。
﹁どうしたね、エリオット君?﹂
ジェンマ老人の言葉も、今更隠しようがない事だが事態を進行させ
た。
﹁エリオットだって!? やっぱりお前、グランドルの宿にいたあ
の坊主か!?
知らないうちにでっかくなりやがってこのやろう。母ちゃん元気か

594
?﹂
座長が急に荒々しい言葉遣いになったので、周囲の人間もぎょっと
したようだ。
うん、僕はこっちの方がよく知ってる。
﹁あー⋮⋮やっぱりどこかで見たことがあると思ったんだ。
一体、いつサーカス団の座長に鞍替えしたのさ。とはいえ、何年ぶ
りだろうね。
小さい頃は遊んでもらったっけ。会えて嬉しいよ、ゴードン。
もしかしたら母さんが渡したのかもしれないけど、そのゴブレット
はうちの備品だったんだけどな﹂
僕が知っている頃とは頭髪の量がずいぶん変わってしまったが、座
長の正体は僕のよく知っている人物だった。
彼の名はゴードン。ギュスターブが母の愛人に収まる前に長くつき
あっていた傭兵で、僕に魔法の基礎を教えてくれた男⋮⋮呪い士で
もある人物だった。
◆◆◆
﹁⋮⋮そうか、アムローザは村がダメになる前に死んでたのか。
おまえに言うのも何だが、あいつはいい女だったなぁ⋮⋮﹂
母が死んだことを伝えると、さすがにショックだったようだ。
とはいえ、ゴードンもまた母が気に入った相手だ。母のことをよく
わかっていた。
﹁それにしても、まぁおまえの母ちゃんらしいと言えば、らしい死
に方だよ。
俺も死ぬときはそんな感じにざっくりといきたいもんだ﹂
しれっと漏れる言葉に、縁起でもないと周囲の団員たちがぼやく。
そして、それ以上に僕は周囲の目線が痛い。
こっちの原因は、確実にオリヴィアだ。

595
なにせ、オリヴィアが僕と遊んでいた当時に母の愛人だったのがこ
のゴードンだ。
当時のオリヴィアはゴードンこそが僕の父親だと思っていたらしく、
僕とオリヴィアは二人そろってゴードンに遊んでもらったこともあ
る。
それもあって、ついうっかりと
﹁グランドルの宿の⋮⋮あ、もしかして宿屋にいたゴードンおじさ
まですか?
私、小さい頃に遊んでいただいた記憶が⋮⋮﹂
とうっかり漏らしてしまったのだ。
﹁おぅ、あんたもしやオリヴィア嬢ちゃんか?
エリ坊、おまえのガキの頃の唯一の友達じゃねぇか!?﹂
との一言で、商店主達に僕とオリヴィーが知り合いだと言うことが
一発で知れ渡った。
幸い、サラが﹁えっ?﹂と声を上げてくれたときに二人とも状況に
気がついた。
ほとんど無意識のアイコンタクトで、二人で向き合って
﹁えーっ!?﹂
とお互い声を上げる事にしたのだ。
白々しいというなかれ、ここで﹁前から知り合いだった﹂と知られ
るのは様々な意味でよくない。
カスパールが助け船を出してくれたのは、本当にありがたかった。
﹁オリヴィア様、この男の商売の申請書に許可を出したのはあなた
本人でしょうに。
もっとも、顔を会わせたわけではないから気がつかなかったかもし
れませんが⋮⋮﹂
と、周囲に聞こえるようにぼやいてくれたのだ。
第三者からの情報の補足があれば、信憑性はかなり増す。
ジェンマ老人がどう思ったかに関してはわからないが、少なくとも
大半の人にとっては僕が﹁エブラム伯の跡継ぎの娘と幼なじみだっ

596
たことが、今お互いにわかった﹂という状況になったはずだ。
それ自体は、商店主たちにとっても悪いことではない。
結果的に、新入りだろうと身内に知り合いがいることがわかると相
手への気安さは増す。
オリヴィアとのことよりは座長と僕が知り合いだったことがきっか
けとなって、一座の会計士たちと商店主達の会議は大きなもめ事も
なく緩やかに進んでいるようだ。
城での仕事が残っているとのことでオリヴィア達は退席したが、出
店を出す予定もない僕はゴードンにとっつかまって昔話に花を咲か
せる羽目になっていた。
﹁おかげさまで、あのとき習った魔法の基礎が商売の役に立ってる
よ﹂
全部を言うわけではないが、昔ゴードンに習った魔術の基礎は僕が
生きていく上で大いに役に立った。
もしかして、今のゴードンは僕の知らない魔術を知っているのでは
ないだろうかと期待したのだ。
﹁おまえもあんまり才能は無かったか⋮⋮まぁ、商売が出来るって
事は最低限目利きが出来るようになったなら、それだけでも呪い士
は名乗れるな。
俺だって、偉そうに言っていたけれど、魔法の才能は小指の先ほど
しかなかったよ。結局は武器で戦うほうが向いていたわけだしな。
でもまぁ、やり方次第でサーカスの座長にはなれた、ってところか﹂
﹁⋮⋮と言うことは、あの演目の中でどこかに魔法をつかってる?﹂
﹁そいつは、企業秘密って奴だな。ただ、魔法で何でも出来るよう
なもんじゃないのはおまえだってわかるだろう?﹂
まぁ、その通り。
その後、灯りの魔法を付与した道具の話などでちょっとした商談を
していると、
﹁ねぇねぇざちょー、この人お友達なの?﹂

597
と、気がつけばゴードンの肩の上にさっきの歌姫が乗っかっていた。
固定されているわけではないゴードンの肩に、器用にしゃがみこん
でいる。
くりくりとした瞳が警戒心無くこちらを見ていた。
﹁ネム、今はお客さんとの商談の最中だから人の肩に乗るのはやめ
ろっていっとるだろ。⋮⋮まぁ商談とまではいかねぇが。ヌビアは
どうした?﹂
﹁あ、うん。片づけ終わったから、もうすぐ来ると思うよ。ヌビア
ー♪﹂
竜巻のように外に出て行く。なんとも身軽なものだ。
﹁あれはヌビアの娘でな⋮⋮親父べったりでまぁ、見事なもんだ。
うちの女たちは別の商売もしてるし、行く先々で男を作ったりもす
るんだが⋮⋮そろそろガキと言えない年だし、そろそろ他に男でも
作る頃かと思っていたんだがなぁ﹂
旅芸人たちが芸と平行して売春を行うのは別に珍しいことではない
が、まぁ、あの子くらいだと確かに少し早い気がする。
ゴードンがしれっと言う言葉に頷いてから、首を傾げる。
ヌビアはおそらく純血の南方人。
白い肌のネムはどちらかというと僕たちに近い⋮⋮さらに言えば、
北の鉱山地帯にいるようなあまり日焼けしそうにない白い肌の持ち
主だ。
血がつながっているとはとても思えない。
﹁あぁ、見ての通り血はつながってない、ヌビアの連れ子だよ。死
んだ嫁さんの娘だったらしいな。
あの面であんな娘がいるもんだから、死んだ嫁さんはどんな物好き
だったんだって、あいつらがここに来た当初は話題になったよ。
⋮⋮あぁ、そうだ。エリ坊、この街の傭兵たちに伝手はないか?
しばらくこの街に逗留するんだが、実際のところヌビアは元々傭兵
で、うちの団員と言うよりは用心棒でな。演目の中ではあまり出番
がないんだ。

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本人も、長く逗留するならば別の仕事も探したいと言っていたんで、
紹介できないもんかね?﹂
﹁それはいいけど⋮⋮ゴードン、この街にはギュスターブ爺さんの
傭兵団がいるから、そっちに話を振ったほうが早いんじゃないかな
?﹂
﹁なに? あの野郎まだ生きてやがったか⋮⋮今度酒でもおごらせ
んとな﹂
ギュスターブとゴードンは若い頃は同じ傭兵団にいたから、当然知
り合いだ。
どちらも母の愛人だった時期があるだけに当時は色々と反目もした
ようだが、時間の流れがそれらを流してしまったようだ。
﹁ざちょー♪ ヌビアが来たよー♪﹂
よく通る高い声が響き、ネムが巨漢を伴ってやってきた。
これが、僕とヌビア、そしてネムとの出会いとなった。
曲馬団の祭り:仮面をかぶって
﹁⋮⋮つまり、俺が使う武具を貸し出すから、その宣伝をしろ⋮⋮
と言うことか?﹂
ヌビアは僕らの使う言葉を話す事が出来た。
素っ気ないのは言語習得の問題ではなく、単に本人の性格だろう。
﹁⋮⋮俺は、口はうまくない。そういうのは、不向きだ﹂
﹁いや、無理に宣伝をする必要はないんだ。あなたが使う武具に、
うちの店の紋章が刻まれていればそれだけでいい。あなたが活躍す
るだけで、勝手にうちの宣伝になる﹂
﹁エリ坊、商売人の顔になったなぁ⋮⋮なら、うちのサーカス団に
も何か出すか?
こっちは客商売だし、パトロンは大歓迎だぜ?﹂
﹁ねぇねぇヌビア、新しい鎧買うのー?﹂
あぁ、混乱する。

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ダリアがしっかりと聞き取ってくれていることが本当に心強い。
﹁ええと、整理しよう。まずゴードンは⋮⋮﹂
﹁ゴードンさんは、このサーカス団のパトロンになっていただける
ならば歓迎すると﹂
﹁あぁ、そうそう。僕もあまりお金があるわけではないんだけど、
物で手助けするなら有る程度考えるよ。この街で公演をしてくれて
いる間だけでも、サーカスで宣伝をしてくれるならば効果はある﹂
話し合いの結果、サーカス団の支援者⋮⋮パトロンと言うほどは偉
くない⋮⋮としてエリオットの魔法商店は名を連ねることになった。
供出するのは、実用品となる道具と、演出用の細かい宝石細工だ。
宝石細工といっても、実際には宝石ではない。
衣装に付ける宝石⋮⋮実際にはガラスの欠片や金属片⋮⋮で、重さ
を軽くして、光をもっと反射する物が作れないかという注文だった。
これはどちらかというと錬金術師に頼むべき領域だが、光の反射率
を変えるだけならば僕にも出来るだろう。小さいものでいいならば、
魔力の消費も少ないのでおそらく量産も出来る。
正直、そんな物が商売になると言う考え自体が新しかった。
そう考えると、性能が必要ない装飾品というのも商品になるのかも
しれない。
いや、装飾品だからこそ、光り輝くことが性能となるのか。
もう一つは、これは完全に実用品で、頑丈で細いロープ。
空中ブランコで使うロープは安全性のためかなり太い物をつかって
いる。あれをもっと細くできれば本当に空中を跳んでいるように見
えるのではないだろうかというのだ。
﹁そういう細い糸でネットを作れば、客の前でも何かあったときに
安心できるんだよ﹂
とのこと。練習中は下に大きなマットを敷くのだが、本番では見栄

600
えの問題からそれが出来ない。
自然と、事故が起きれば大けがもするし、死ぬことだって有る。
ゴードンはそこを憂慮しているらしい。
﹁蜘蛛の巣みたいなイメージだよね、そのネットは。心当たりはあ
るから、調べてみるよ﹂
実のところ、それだけならばアラクネとなったディアナに頼めばす
ぐに作ることが出来る。
量産は難しいかもしれないが、まぁ何とかなるだろう。
⋮⋮そういえば、最近ディアナを抱いていないなとふと思い出した。
彼女には調べ物を頼んでいることもあるし、近いうちに会いに行こ
う。
ヌビアに関しては、ギュスターブを通してこの街の傭兵や冒険者に
紹介する事になった。加えて、彼の身体にあう武器防具はあまりな
いので、特注品を作ることにした。
ついでに、冒険者達のところにも店の道具の営業をかけてくること
にしよう。
今まではシロの正体が露見することを恐れてあまり積極的に営業を
かけていなかったのだが、シロがリリ共々外見も代わり、人間と見
分けがつかなくなった以上はあまり心配もないだろう。
あの二人は今﹁蜘蛛の巣館﹂で娼婦としての身分を持たせているが、
元々やっていた冒険者を兼業させるのも一つの方法かもしれない。
娼婦も冒険者もいわば浮き草家業だから、親和性は高い⋮⋮かもし
れない。
ただ、冒険者の中にも個人で時折売春行為を行う者はいるかもしれ
ないが、明確に兼業している者はそういないだろう。
⋮⋮あの二人も冒険者に復帰させて、うちの武器防具を持たせて店
の宣伝をさせるのもいいかもしれない。
﹁ねぇねぇ、あなたなんだか難しいお顔してるのね?﹂

601
﹁ん?﹂
気がつくとネムに顔をぺたぺたさわられていた。
気が付かなかったこっちもこっちだが、他人に対する警戒心が薄い
のだろうか。
﹁あ、こら、ネム。⋮⋮すまない﹂
ヌビアが大きな体を少しだけ小さくして謝罪する。
﹁あぁ、構いませんよ。僕も昔ゴードンに同じようなことをしてい
た気がするし﹂
﹁ばっかエリ坊、お前はこんなのじゃなくて、俺やギュスターブの
商売道具を勝手に持ち出してたんだよ﹂
ゴードンがすかさず茶々を入れて、小さく笑いが起きる。
一座の人々は柄の悪い奴もそれなりにいるが、一様に陽気で気さく
だった。
このあたりは、ゴードンがかつて在籍していた傭兵団にも通じる物
がある。
その中で、ヌビアだけは異質だった。
生真面目なのか、周囲にあわせようとしているが、どこか陰がある。
その理由がわかったのは、これよりももっと後のことだ。
◆◆◆
﹁エリオット様。この紙束は何でしょうか?
 ⋮⋮紹介状?﹂
珍しい物を見るように、アスタルテは僕の手作りの紹介状を眺めて
いる。
﹁うん、その通り。この店をもっと繁盛させるためには、客にきて
もらわないといけないからね。宣伝のチラシみたいなものさ﹂
﹁それで、紹介状を⋮⋮宣伝を行うのは悪くない考えだと思います
が、どのような形で、誰に紹介状を送るのでしょうか?﹂
もっともな質問だ。

602
紹介状というのはそもそも紹介者が信頼のできる相手に渡すもので、
一定以上の格式を感じさせる言葉だ。でも、僕が用意したのは少し
だけ飾りがついているけれど、蜜蝋で封もされていなければ、羊皮
紙にペンで手書きされただけの簡素なもの。
﹁配るのさ。酒場で、サーカスで。もちろん、配る相手は男性に限
るだろうけれど﹂
正直に言うと、僕はあまり字がきれいな方ではない。下手ではない
けれど、いわゆる読みやすければいいだけの商売人の文字の書き方
だ。
教会の牧師や貴族たちのような学のある文字が書けるわけではない。
ただ、これを受け取る人たちだって文字が読めるとは限らないのだ。
できるだけわかりやすい方がいい。
﹁配る人たちの階層を問わないので有れば、文字だけではなく絵も
あった方がよいですね⋮⋮。あとは、地図かしら﹂
﹁地図⋮⋮あぁ、確かに。それは考えから抜けていたよ。旧市街は
広いし、あの店は歓楽街から少しだけはずれているから、わかりや
すい地図があった方がいい﹂
アスタルテは独創的な考えを持つことは少ない。それはこの一年ち
ょっとのつきあいでわかってきたが、それ以上に彼女は誰かの考え
を補助し、思考の穴を埋めることに対しては非常に優れた能力を持
っていると言うことがわかっていた。
もっとも、魔界の暮らしの長さ故かそれ以前の生活故か、彼女は微
妙に浮き世離れしたところがあり、それらを実行に移すのには向か
ないのだが。
﹁⋮⋮一つ、案があるのですが﹂
珍しく、アスタルテが提案してきた。
﹁なんだい?﹂
﹁蜘蛛の巣館の娼婦たちは、正直に言えば質がまちまちです。ドー
ラを含めて数名は、簡単な教育を行うだけでももっと高級なところ

603
に行かせることも可能でしょう。
逆に、あまり器量のよくない者、技術的にあまり向いていない者、
年齢的にも衰えてきている者など、暗殺ギルドの管理が悪かったこ
ともあるのでしょうが、魔物にすることなどで改善されてきてはい
ますが、半数近くは今の店よりも格下の質の娼婦です﹂
﹁うん、それは何となくわかってる。ドーラが娼婦たちをひとまと
めにしてかばっていたのはそのためだよね﹂
﹁そうです。常連客の指名を見ても、ドーラが最も多いのは変わり
ませんが、指名は上位三名だけに集中しています⋮⋮最近はシロと
リリの二人を指名する人も出てきましたけれど﹂
それはさすがに問題だ。
蜘蛛の巣館の娼婦は全部あわせても十人ちょっと。七割近くがあぶ
れていることなりかねない。
﹁状況はわかった。で、アスタルテの提案はこの先なんだよね?﹂
﹁ええ、その通りですエリオット様。
 幸い、私たちには蓄えがあります。それに、隣の小さな酒場が経
営が危ういようで、主人は店を手放しても良いと言っているようで
す﹂
⋮⋮アスタルテは僕の部下だが、厳密には僕が魔物にした相手では
ない。
彼女が酒場の主人を魔物にしていた場合、僕がそれに気がつく可能
性は半分以下だろう⋮⋮が、魅了して操っているのかもしれないが
魔物にする利点がない。
ここは気にしなくていいだろう。
﹁隣の酒場を買い取れ、と?﹂
﹁その通りです。そちらにドーラたちを移して、高級娼婦として扱
います。
逆に、蜘蛛の巣館は少し値段を下げ、客層を広げてみてはどうかと。
店が広がれば、引退を望む年老いた娼婦たちを下働きの酒場女とし
て雇うこともできますし⋮⋮﹂

604
あ、そっちか。
おそらく、店の発展も利益の事も有る程度は考えているのだろう。
それでも、アスタルテの本心は今の最後の部分だ。年老いて魅力が
衰え、娼婦としては稼げずに放り出される寸前の娼婦たちを保護し
たいのだろう。
⋮⋮今の提案を実施した場合、どうなるのかを考える。
短期間の損益は仕方がないが、それは長期的に利益になる可能性が
あるか。あるいは、それ以外に何らかの利用方法があるか。
別に、年老いた娼婦たちを守りたいというアスタルテの気持ちは分
からないわけでもないし、それがいいとも悪いとも言う気はない。
僕もアスタルテも魔物で、あの人食いダンジョンでは人殺しを生業
としてきたのだ。
倒さなければいけないときは命を奪うし、助けたいときには助ける。
それは善悪の基準ではなく、単純に自分自身の欲望でしかない。
この提案は、アスタルテの欲望なのだ。
そこに何かの利益を見いだせるかどうかは、僕次第だ。
⋮⋮何か、もやもやした考えが浮かんでは消える。
少し考え込んだ後に、まとまりきらない考えを口に出し始める。
何か有れば、アスタルテが穴を埋めてくれるだろう。
﹁⋮⋮ドーラたち以外に、アスタルテにも出てもらう﹂
僕たちが今までやってきたこと、あのダンジョンを通過していった
密入国者たち、都市の商売人たち、貴族たち。
﹁それは構いません。あのダンジョンを出るときに、そう言ってお
られましたからね﹂
﹁うん。それだけじゃない。ダリアにも⋮⋮いや、サラにも、もし
かしたらオリヴィアにも顔を出してもらう事になるかもしれない﹂
アスタルテが驚いた顔をする。
﹁エリオット様、それは一体⋮⋮?﹂
﹁紹介状だ。紹介がないと入れない⋮⋮そのかわり、紹介状が有れ
ば、誰かはいっさい詮索しない。させない⋮⋮?﹂

605
﹁エブラムは広いとはいえ、高級娼婦を買うのは有る程度裕福な階
層の人間でしょう。それだと、おそらく顔を会わせればお互いにば
れてしまうのではないでしょうか?
本物の高級娼婦というわけではありませんから、一般の商店主でも
入れる程度に⋮⋮﹂
顔を会わせる。正体がばれてしまう。
こんな事に金を落とせて、正体がばれるのを嫌うのは誰だ。
立場も、地位もある⋮⋮聖職者、大商人、そして貴族。
﹁仮面を付けさせよう。表の酒場は出入り自由。その奥に娼婦たち
を置いた秘密の酒場を作る﹂
アスタルテは、僕が今話しながら何かを考えついたことに気がつい
たようだ。
話し方が提案する側から、僕の考えを補助する方向に変わった。
﹁その奥の酒場に入るには、信頼できる方からの招待が必要と言う
ことですね?﹂
﹁そうだ、秘密があるのは僕たちだけではないよ。誰がそこにいる
のかは他言無用。わかっても口に出さない。仮面を付けている間は、
見知らぬ誰かとして振る舞う事がルールだ。⋮⋮仮面の目の部分に
仕込みを入れれば、本当に誰かわからなくすることもできるかな﹂
﹁幻術の魔法を付与できれば、おそらくは⋮⋮﹂
﹁なら、逆のこともできる。特定の仮面に対して暗示をかければ、
その仮面を付けた人物を誰か別の人間に誤解させることもできるだ
ろう。⋮⋮もちろん、仮面の下を詮索しないのがルールだ、という
建前の上で﹂
これは、使えるかもしれない。
もちろん、うまく行くかはわからないし、経営がうまく行くかも明
確ではない。
それでも、試す価値はある。
﹁⋮⋮お忍びで遊びに来ているエブラム伯の跡継ぎが娼婦をやって
いる、なんて事ができたら﹂

606
そう言葉に出した瞬間、自分の下腹部にとても熱い何かが溜まるの
を感じた。
独占欲⋮⋮だろうか。
﹁エブラムの年若い貴族たちは、きっと興味を持つだろうね﹂
﹁⋮⋮それは、特定の仮面をつけた娼婦をオリヴィアさんだと認識
させる、と言うことですか?﹂
﹁⋮⋮本人を呼んでみたい気もするけどね。あぁ、そうか。本人は
別の仮面を付けさせて、貴族たちの弱点を握らせることもできるか
な﹂
﹁⋮⋮エリオット様、あなたは本当に強く⋮⋮いえ、悪党になられ
ました﹂
少し瞳を潤ませたアスタルテが、椅子から立ち上げる。
飲み物の準備をするために台所に向かおうとする、その後ろ姿にふ
と欲情を覚えた。
僕も、自分の考えに興奮しているのかもしれない。
この考えがうまく行くものか、それとも何か穴があるものかを確認
するのは明日にしよう。
﹁アスタルテ、そこで止まって。⋮⋮服を脱いで﹂
今は、この女を抱きたかった。
アスタルテを心の底から僕のものにできるのは、いつになるのだろ
うか。
607
曲馬団の祭り:他愛ない儀式︵☆︶
﹁エリオット様、なにもこんなところで⋮⋮﹂
そう言いながらも、アスタルテは僕の言葉に従う。
別に、ここは蜘蛛の巣館でもない、旧市街の僕の店だ。
今この家に残っているのはダリアだが、彼女は閉店後の倉庫の整理
をしているのでここにはいない⋮⋮まあ、今更見られて困るような
こともないのだけれど。
﹁なら、服は残していいよ。ただし、僕がやりやすいようにしてく
れるかな?﹂
敢えて選択肢はアスタルテに任せる。
アスタルテはどこを責めて欲しいのだろうか?
﹁あまり大きな声は出しちゃだめだよ。ダリアに聞かれるのはとも
かく、近所の人に派手な声を聞かれると、色々と噂されてしまうか
らね﹂

608
これはアスタルテと僕の遊びであり、主従関係の再確認。
僕は命令する、アスタルテは従う。
口約束だけで、実際には何の確証もないけれど、その立場はお互い
に理解し、従っているという事を確認するための他愛ない儀式。
もちろん、こんな事を繰り返してもお互いの本心などわかるわけも
ない。
とはいえ、アスタルテには最近娼館の管理を任せっきりだったので、
長時間一緒にいるのは久しぶりだ。
だから、抱くのもそれなりに久し振りなのだ。
ゆっくりと、衣服は身につけたままアスタルテはスカートをたくし
あげ、程良く引き締まった脚とおしりが露わになる。
修道女のような衣装に、黒く染めた絹糸で編まれた薄手のタイツが
隠されている。
それが妙に背徳的に映るのは何故だろう。
アスタルテは幻術を使うので、外見は有る程度自由に見せかけるこ
とができる。
以前エブラムに訪れたときの吟遊詩人の外見だと、以前会ったこと
のある相手にばれてしまう可能性もある。
そのため、最近は初めて僕と会ったときと同じ修道女の姿を取るこ
とが多い。
それ故に、実際には衣服はシルエットのおとなしい簡素な物を身に
付けていることが多いのだが、下着だけは質の良い高級品を揃えて
いる。
おそらく、オリヴィアと同程度にはいい物を揃えているだろう。
村娘のダリアや、冒険者として暮らしていたサラやシロにはない傾
向だ。
そう言えば、以前オリヴィアと相談して、サラに宮廷で使うための
高級な衣装を贈った時、サラは絹の下着の感触に心地よさと微妙な

609
居心地の悪さを感じていた。
⋮⋮まぁ、それが可愛くてその場で下着を汚してしまい、オリヴィ
アに呆れられたのだが。
思考を打ち切り、少しじらした形になったアスタルテの尻にゆっく
りと手のひらを這わせる。
﹁もっと、激しくしていただいていいのに⋮⋮﹂
﹁たまには、違うやり方も研究しないとね。ドーラにも色々と教え
られたことだし⋮⋮﹂
背中を向けたままのアスタルテのすぐ側に寄り、髪の毛の臭いを嗅
ぐ。少しだけ日に焼けた香りと、かすかに香水の香りが残っている。
片手は尻をなでたまま、空いた方の腕でアスタルテの髪の毛を軽く
つかむ。
﹁あっ⋮⋮﹂
髪の毛に指を絡め、アスタルテの顔をこちら側に向かせる。
少し腰をひねった形になり、スカートを託しあげたままで不安定な
体勢のアスタルテの唇を奪う。
軽く唇を押し当てるような口づけを数回繰り返し、その間もゆっく
りと尻をなで、もみ続ける。ただし、股間の部分には近づけない。
体勢を保てず、足下がふらつきだした頃合いを見計らってアスタル
テの身体を振り向かせ、向き合う形になる。
アスタルテの瞳がわずかに赤色になってきている、興奮と油断で幻
術が解けかかっているのだろう。外見よりも先に、赤く染まった瞳
が見えるようになるのは今までにも何度か経験している。
﹁もう⋮⋮私を実験台になさるおつもりですか?﹂
﹁嫌だった?﹂
﹁いえ、私はあなたの部下ですから⋮⋮お好きにお使いください。
ただ⋮⋮﹂
﹁ただ、なんだい?﹂
目をあわせたまま、アスタルテのしなやかな指が僕のズボンをゆる

610
め、おろそうとしている事に気がついた。
﹁じらされるのは、好きではありません﹂
◆◆◆
﹁⋮⋮マスター、倉庫の整理が終わりま⋮⋮っ﹂
地下から戻ってきたダリアが小さく息をのむ。
彼女から見えるのは、背中を向けたまま半分衣服の脱げかけたアス
タルテと、ほぼ裸になった僕。
お互いに性器に手を伸ばし、身体をくっつけないようにしてじれっ
たい愛撫を続けている。
お互いに最小限の接触で相手の絶頂を狙うだけの愛撫。
これはドーラから教えられた、客相手に時間稼ぎをするための遊び
なのだけれども、ゆっくりと相手をじらすには向いていた。
もちろん、自分もお返しをされるのだから、淫魔のアスタルテの相
手をするのは正直分が悪い。
アスタルテの股間には愛液が垂れだし、僕の指先はじっとりと湿り
だしていたが、僕のペニスも十分に臨戦態勢を整え、先端から汁を
こぼしそうになっている。
﹁あ、ダリア。いいところに来たね﹂
﹁ちょっと、この状態を見られるのは恥ずかしいですね⋮⋮﹂
ダンジョンの中にいた頃はお互いに全裸でも気にしなかったのに、
家の中でお互いに立ったまま愛撫を続ける姿を見られるのはさすが
に恥ずかしいのだろうか。
ダリアを見ながらアスタルテが少し気まずそうに言う。
﹁いえ、私は一昨日マスターに抱いていただきましたので、アスタ
ルテさんが私に気遣いをする必要はありませんが⋮⋮﹂
ダリアの返答は、こう言うときほど少しずれる。ゴーレムとはいえ
空気が読めないわけではないから、おそらくダリアは狙って言って
いるのだろう。

611
﹁いえ、そう言うことではなくて⋮⋮﹂
アスタルテの弁明にかぶせるように、僕はダリアに一つの頼みごと
をする。
﹁ダリア、後ろからアスタルテの両足を抱えて、赤ちゃんがおしっ
こをするときのように持ち上げてもらえるかな?﹂
﹁えっ、それって﹂
﹁わかりました、マスター﹂
僕の命令にダリアは戸惑わない。
特に、僕が何かいたずらをたくらんでいるときには。
アスタルテが落ち着きを取り戻す前に、股間に腕を差し込み、太股
を抱え込むようにして持ち上げてしまう。
﹁⋮⋮アスタルテさん、ずいぶんと興奮されているんですね。発情
した臭いがします﹂
﹁ちょっと、なにを言ってるのよダリア⋮⋮﹂
ゴーレムであるダリアの力は強い。一瞬たりとも止まることなくア
スタルテを持ち上げ、アスタルテの頭が天井にぶつからないように
隙間をたもって止まる。
僕の目の前には綺麗なへそと綺麗に刈りそろえられ、愛液に濡れた
陰毛が突き出される格好になる。
茂みをかき分けるように、ゆっくりと指を進める。
ダリアのサポートのおかげで、アスタルテの恥丘は前に突き出され
た格好となり、探索しやすいことこの上ない。
包皮に隠れている大きめのクリトリスを掘りだし、周辺を緩く押し
つける。
膣にふれないように、周辺部分を摘むようにもみほぐす。
すでに暖気は終わっていたのだろう、息を殺していたアスタルテが
次第に甘い声を上げるようになってきた。
﹁ふっ⋮⋮はぁ⋮⋮エリオット様、そろそろ⋮⋮おろしていただけ
ませんか⋮⋮﹂

612
両手は拘束していないが、ダリアに持ち上げられた状態で腕を振り
回してもバランスを崩すため、アスタルテは今のところは僕にいい
ようにされている。
﹁いや、もう少し。せっかちな男は嫌われるんだってさ﹂
﹁ドーラったら、余計なことを⋮⋮んっ﹂
手の先端を下向きにして、手の平を下腹部やクリトリスに押しつけ
るようにして、指先を膣の入り口にあてがう。
薬指と人差し指でゆっくりと膣を左右に開く。
ねちゃりと、粘性の高い音がした気がした。
愛液の溜まった膣に、ゆっくりと中指を潜らせる。暖かい粘液の感
触に包まれ、入り口にはこちらをはじき返そうとするような柔らか
な抵抗を感じる。
この体勢だと、僕の身体は腕をひねっている形だが、ふつうに立っ
た状態でアスタルテに向き合っているため、アスタルテと、彼女の
肩越しに僕の指先を見つめるダリアの顔がよく見える。
﹁ダリア、興奮する?﹂
﹁っ⋮⋮! はい⋮⋮私がされているわけではないのに、まるで、
私がマスターにさわられているように思えます⋮⋮﹂
﹁後でしてあげるから、もうちょっとお願いするよ。その体勢のま
ま、アスタルテの首筋にキスをしてあげていて﹂
僕の言葉に対する反応は同時だった。
﹁え、これ以上⋮⋮﹂
﹁はい、マスター﹂
ダリアがアスタルテのうなじから首筋に舌を這わせ、キスと言うに
はねちっこい口づけを始めると、アスタルテの膣が指先を柔らかく
締め付けてきた。
少し強引に指を突き入れ、膣口を開いていた指も加える。
﹁あっ⋮⋮あぁ、お、おやめくださ⋮⋮いい、エリオット様⋮⋮久
しぶりだから、我慢が⋮⋮﹂
アスタルテの声がどんどんと甘い口調に変わっていく。

613
そんなときに見計らって、さっと指を抜き取る。
﹁あん、なんで⋮⋮﹂
﹁なんで⋮⋮﹂
ダリアまでが同じ感想を漏らす。
﹁なんでって、アスタルテはこれより指の方が良かった?﹂
僕のペニスは、実際のところ興奮のあまりもうはちきれそうな状態
なっている。
僕自身も早くアスタルテの中に入れたくてたまらない、水気の少な
いダリアの膣だって、もう膣の内部は十分に濡れ、受け入れ準備が
できているだろう。
﹁いえ⋮⋮その、そっちの方が⋮⋮﹂
﹁そっちって、何のことだい? きちんと教えてもらえないと困る
な﹂
﹁エリオット様の、ペニスを⋮⋮﹂
﹁ダリア、何と言ったか聞こえたかい?﹂
﹁⋮⋮い、いえ。私には聞き取れませんでした、マスター﹂
アスタルテが羞恥に顔を赤くする。あぁ、この顔を見るのはこのエ
ブラムに始めてきたときの夜以来かもしれない。
﹁言い方が悪かったのかもしれない。僕に聞き取りやすい言葉で教
えてくれないかな﹂
﹁本当に⋮⋮意地悪なお方⋮⋮。ペニスを、おちんちんを、肉棒、
ちんぽ、名前はなんでもいいですからぁ⋮⋮エリオット様の、その
太いのをアスタルテのおまんこに入れてください﹂
﹁アスタルテ、声が大きいよ。隣に聞こえてしまったかもしれない
ね﹂
﹁アスタルテさんお声は、大きいですから⋮⋮﹂
﹁そんなぁ⋮⋮あ﹂
少しだけ涙目になったところ、アスタルテが息を吐ききったのを見
計らって前触れ無く突き入れる。

614
にゅるん、と。最初に亀頭が入り口を通過さえすれば一瞬の出来事
だ。
﹁かはぁ⋮⋮﹂
呼吸を乱され、タイミングをずらされてアスタルテが喘ぐ。
﹁そんな、一気に⋮⋮奥まで⋮⋮マスター、素敵です⋮⋮﹂
かすかにうっとりとした表情を浮かべるダリア。
一番奥に突き入れた段階で、動きを止めて膣内のゆるゆるとした締
め付けを楽しむ。
実際のところは、迂闊に腰を動かすと自分が先に果ててしまいそう
なのだが、そんなことはおくびにも出さないようにして落ち着くの
を待つ。
そのためにも、思考を少しずらそう。
その上で、アスタルテに関係のある事を今決めてしまおう。彼女の
本心も、少しは見えるかもしれない。
﹁アスタルテ。決めた。蜘蛛の巣館を二つに分ける。その前に、あ
そこの女たちを、残り全員一気に魔物に変える﹂
﹁ふわっ⋮⋮だって⋮⋮まだ半分くらい⋮⋮は、はぁっ⋮⋮!?﹂
僕の発言に驚いたのだろう、腰が跳ねて急に締め付け方が変わり、
危なく射精してしまうところだった。
腰と尻を動かせないように、両腕をダリアの腕と交差させるように
差し込み、アスタルテのお尻をがっしりホールドし、僕の腰をぶつ
けて押しつける。
﹁そう。雇用は守る。そのために、全員を魔物にして、完全に僕の
支配下に置く。方法はもう考えてあるし、外見も変わらないように
するのはそのままだ。あの娼婦たちを起点にして、このエブラムに
僕なりのダンジョンを作る。アスタルテは⋮⋮娼婦たち全員をあつ
めて、気づかれないように媚薬を飲ませること。ドーラたちに手伝
わせてもいい。わかったね?﹂
腰を前後に動かすのではなく、尻の筋肉を使って固定したまま押し
込むような動きをする。腰を押しつけたまま、円を描くようにゆっ

615
くりと回す。
ドーラに教えられた性の手ほどきを思い出しつつ、ぎこちないなが
らも実践に移す。
﹁は⋮⋮はい⋮⋮っ。私が、娼婦たちを魔物にする⋮⋮手引きを⋮
⋮っ。あっ⋮⋮いい、あぁ⋮⋮もっと、もっと強くしてください⋮
⋮﹂
その言葉で、僕は動きをぴたりと止める。
﹁⋮⋮っ!﹂
﹁このまま⋮⋮僕のは、今どうなってるか感じて。説明して?﹂
動きを止め、膣内のペニスを小さく動かすようにしてみる。
気がつけば僕の太股にまでアスタルテの愛液は垂れており、足下に
小さな水たまりができている。
なか
﹁ぴくぴくって⋮⋮上に、うごいてます⋮⋮その、私の、膣内で⋮
⋮﹂
﹁もうすぐ、射精するから。アスタルテの中に、久しぶりに精液を
そそぎ込む準備をしているんだ﹂
﹁そ、そんなことを言わなくても⋮⋮﹂
他愛ない言葉に、アスタルテが恥じらう少女のような反応を見せる。
アスタルテは経験豊富で淫らな淫魔のくせに、時折こんな初な反応
を見せることがある。
﹁マスター⋮⋮も、申し訳有りません⋮⋮わたし、もう⋮⋮﹂
ダリアの声に気がつくと、ダリアがゆっくりとバランスを崩しそう
になっている。
理由はわからないが、このままではアスタルテともども仰向けに倒
れてしまう⋮⋮
﹁ダリア、アスタルテを離して﹂
そう言うのと同時に、ダリアに体重を預けているアスタルテの身体
を引き寄せ、僕の体に重心を引き寄せる。
﹁あ⋮⋮ありが、とう、ござ⋮⋮﹂
心地よい重みがかかり、ペニスにより深くアスタルテが突きささる。

616
多少不自然な姿勢だったとはいえ、ダリアはゴーレムだ、この程度
の重さで値を上げるようなことは⋮⋮と、一瞬考えが浮かぶ前に、
アスタルテが息をのむのがわかった。
﹁あ⋮⋮ふあ⋮⋮っ﹂
膣内が小刻みな痙攣を始める。アスタルテの絶頂の前触れだろう。
さすがに、叫ばれると本当に近所に聞こえてしまう。
とっさに唇を奪い、声を押しとどめる。
舌を絡ませ、押し込む。アスタルテが僕の舌を飲み込もうとするよ
うに吸い込み、自由な両手で、ダリアの手から放された両足で抱き
ついてくる。
﹁ん⋮⋮っ!﹂
どくんっ! 
抱えたままのアスタルテの膣内に、我慢しきれずに勢いよく射精を
打ち込む。
一度では収まらず、二度、三度と噴水のように真上に精液を吹き上
げ、すべてをアスタルテの膣にたたきつける。
アスタルテの股間からは、失禁してしまったかのような量の愛液が
漏れ出していた。
膣に収まりきらない精液が逆流して、床にこぼれる。
僕も立っていることができず、ゆっくりと床に座り込み、アスタル
テの身体を解放する。
アスタルテは忘我の表情で荒い息をついていた。瞳は完全に赤く染
まり、翼はまだ見えないが、皮膜のしっぽは姿を現している。幻術
はほぼ解けかけているのがわかった。
少しの間呼吸を整えると、倒れてしまったダリアのところに近づく。
エプロンが濡れている。これはアスタルテの股間から漏れ出したも
のだが⋮⋮ダリアの表情を見て、何となく察した。
スカートの中に手を差し入れ、状態を確かめる。
﹁ダリア、感じすぎて軽くイっちゃったの?﹂
﹁⋮⋮あの、その⋮⋮申し訳有りません⋮⋮﹂

617
﹁待ちきれないなんて、悪い子だ﹂
倒れたダリアの頭を少し持ち上げて、そこに腰を突き出す。
精液と愛液で汚れたペニスが目の前に突き出される。
﹁ダリア、綺麗にしてもらえるかな。次は、君の番だよ﹂
曲馬団の祭り:蛇を抱く︵☆︶
﹁主様、ほれ、見てくださいませ、腕もこのとおり治りましたのじ
ゃ♪﹂
翌日の夜、僕はディアナを伴い地下水路の奥で療養するミヤビの寝
床を訪れていた。
アスタルテたちには、娼婦たちを魔物に変えるための下準備をさせ
ているため、ここにくることはない。
﹁あの傷がたったこれだけの日数で治るなんて⋮⋮やはり恐ろしい
ものですね。もっとも、私の身体もずいぶんと強靱になりましたけ
れど﹂
ディアナはミヤビの身体をしげしげと眺め、ありきたりな感想を口
にする。
アラクネの力を与えたディアナを、アラクネを殺されたミヤビの側

618
に置くのは少しだけ気が引けたが、さばさばした性格のディアナと
の相性は悪くないようだった。
世話係を任せていたこともあって、二人の関係は比較的良好だ。
表の顔ができてしまった以上、あまりおおっぴらに暗殺ギルドのデ
ィアナと顔を会わせることはやり辛い。蜘蛛の巣館で会うこともあ
ったが、ドーラたち娼婦の好奇心がいつむき出しになるかわかった
ものでもない。
だから、この地下水路の奥にあるミヤビの寝床が自然と打ち合わせ
場所になっていた。
﹁ミヤビ、いい子にしていたかい?﹂
﹁うむ、傷が癒えるまでは無理はしないと命令されておった故、自
分で獲物を狩ることも我慢しておったのじゃ。妾は主様の奴隷ゆえ、
命令には従うのじゃ♪﹂
大きな蛇体を揺らして、嬉しそうに笑う。
近づいて、頭をなで、頬をさわるだけでミヤビは嬉しそうにのどを
鳴らす。
﹁そうだね、いい子にしていたミヤビには、何かご褒美をあげない
と﹂
その言葉に、ミヤビは一瞬顔を真っ赤に染め、緊張した面もちで言
葉を紡いだ。
僕自身もそろそろ時期だとは思っていたが、ミヤビの心的外傷を考
えるとなかなか難しいのではないかと考えていたことだ。
﹁主様。妾は主様に敗れ、命を救われた。それ故、我が身を主様に
すべて捧げると決めたのじゃ。だから⋮⋮その⋮⋮妾を、主様の物
にしてほしいのじゃ﹂
ディアナが茶々を入れたそうにしているが、我慢しているのがわか
る。
まぁ、僕もミヤビの可愛らしい告白に少し興奮し、少しだけいじめ

619
たい気分なので、期待にはお応えしておくとしよう。
﹁僕の物にするって、もう君は僕の物だよ。いったいどうして欲し
いんだい? 詳しく言ってもらえないとわからないな﹂
真顔ではなく、少し笑って言う。ミヤビはまだ幼いところがあるか
ら、からかっているのだとわかるようにしてあげないと本当に困っ
てしまうかもしれない。
﹁い、いじわるなのじゃ⋮⋮そ、その⋮⋮男女の、えっちな⋮⋮﹂
そう言った時点で、ミヤビが少しおびえたような表情を浮かべる。
﹁そ、その⋮⋮主様はこのような蛇の体はお嫌いなのじゃろうか⋮
⋮妾は確かに、昔ひどい人間たちから化け物だの使えないだの言わ
れたし、抱かれても痛いばかりだったから、ディアナたちのように
主様を気持ちよくできないかも⋮⋮﹂
だんだんと不安になってきたのと、過去の体験から性行為に関して
自信がないのだろう。泣き出しそうな顔になってきて、それがまた
可愛いと感じる。
﹁大丈夫、ミヤビは悪くないよ。それは、そのときの人間たちがだ
めだったのさ。でも、僕もミヤビを抱くのは初めてだから、ミヤビ
はどんなところが気持ちいいのか、どこにおちんちんを入れられて
いたのか、僕に教えて欲しいな﹂
﹁ふあっ!? そ、そそ、そんないやらしい事を教えねばらなぬの
か⋮⋮?﹂
﹁ミヤビ、だってあなたはご主人様の奴隷なのでしょう? あたし
だって色々させられたわよ?﹂
ディアナが助け船⋮⋮と言うよりは、ミヤビをいじる会話に混じり
たかっただけだろう。特に止める必要もないので会話を続ける。
﹁今まで、乱暴な男たちに無理矢理されていただけだったんだろう
? でも、今は僕を気持ちよくしたいんだよね?﹂
﹁そ、そうなのじゃ⋮⋮いずれ魔物の王となる主様の嫁となるため
には、夜伽の場でも主様を気持ちよくできないと⋮⋮﹂
いじらしいことだ。魔物としては幼いミヤビは、それでも自分がど

620
うなりたいかをはっきりと考えている。
﹁なら、同じように僕もミヤビを気持ちよくしてあげたいんだ。も
ちろん、ディアナやダリアと同じようにね﹂
﹁あ⋮⋮あう⋮⋮わ、妾が主様に、気持ちよくされる⋮⋮﹂
﹁ご主人様って、そう言うときは本当に意地悪なのよ? もう許し
てっていっても、許してくれないの。頭の中が真っ白になって、よ
だれを垂らしながら絶頂してもまだ突きまくってくるし⋮⋮﹂
ディアナがあること無いこと吹き込み始める。ミヤビの表情が赤く
なったり青くなったりするのを眺めているのは楽しいが、ディアナ
にもサプライズは必要だろう。
﹁なら、まずはディアナがお手本を見せてくれるよ﹂
﹁え? あたしですか?﹂
﹁本当か? ディアナ、体のつくりは違うけれど、学ばせてもらう
のじゃ♪﹂
ミヤビにこう言われてしまったら、なかなか引くに引けないだろう。
それに、ディアナには頼んでいたことが幾つか有るし、聞いておく
べき事もあるのだ。
﹁仕方有りませんね⋮⋮あたしも、ご主人様にはひぃひぃ言わされ
たいと思っていましたから⋮⋮泣くまで犯してくださいね、ご主人
様﹂
◆◆◆
ディアナは見やすいようにと、壁を起点に蜘蛛の糸を張り巡らし、
蜘蛛の巣のような、ハンモックのような構造物を作り出す。
﹁たぶんいけると思っていましたけど、これでセックスをするのは
初めてですね⋮⋮﹂
最も低いところでも、僕の腰くらいの高さがある。
壁への接着面以外は粘性の低い糸を使っているのか、乗ってみると
以外と弾力があるハンモックだった。

621
﹁そうだ、サーカス団に頼まれた件だけど、この糸は量産できるも
のかな?﹂
衣服を脱ぎながら、ディアナに問いかける。
﹁体調次第ですけれど、あまり大きな量は難しいですね。あたし以
外に糸の生産専門のアラクネを生み出すというならば別ですが⋮⋮﹂
﹁まぁ、そこまで量産する必要はないよ⋮⋮と、蜘蛛の巣というの
はやはり安定しないな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮なら、あたしが動きますね﹂
軽く一押しされ、僕は蜘蛛の巣の上にひっくり返る。
倒れ込んでみると、動けないほどではないが横糸には弱い粘性があ
り、寝ている相手を固定するようになっていた。
ディアナに攻撃の意思がないことは確認できているからいいのだが、
無防備なことこの上ない。
﹁うふふ、ご主人様にはされっぱなしだから、たまにはあたしから
責めてあげますね﹂
﹁お手柔らかに頼むよ、ディアナ。なにせ、次はミヤビを抱いてあ
げなきゃね﹂
奉仕させることはあるけれど、強制的に奉仕されるというのは初め
ての経験かもしれない。
衣服もくっついているので、ディアナは僕の衣服をはだけさせるに
とどめ、胸板に顔を寄せて乳首に舌を這わせる。
﹁殿方だって、ここを責められれば感じるのよ?﹂
﹁そ、そうなのか⋮⋮精進するのじゃ⋮⋮﹂
どうやら僕は本当にミヤビの教材として使われるらしい。
気がつけば下半身も衣類をはぎ取られ、ディアナの細い指によって
しごかれはじめる。
﹁あら、責められるのもお嫌いではないようですね、ご主人様﹂
﹁まぁ、安心していられるときならね﹂
そう言いつつ、ディアナの顔を観察する。
興奮しているのは間違いないだろう、瞳は少し潤んでいるが、いた

622
ずらっぽい光が有るのも事実。
⋮⋮ずっとやられっぱなしは主人の威厳にかげりがでるかもしれな
いから、どこかで逆転はしたいところだ。
﹁ディアナ、僕を気持ちよくしてくれるのはいいのだけれど、ミヤ
ビが気持ちよくなれる方法も教えてあげてくれないかな。ミヤビも
知りたいよね?﹂
﹁えっ⋮⋮妾は主様が気持ちよくなってくれれば、それで⋮⋮いや、
その⋮⋮はい、痛くなくて、気持ちよいものであれば嬉しいし⋮⋮﹂
まぁ、ミヤビが僕の言葉に反対する可能性は低いから、この辺は予
想通り。
﹁と言うわけで、ディアナ。君が気持ちよくなるためにどうしてい
るかをミヤビに教えてあげて欲しいな﹂
﹁⋮⋮ご主人様はずるいですわ﹂
少しだけすねたような顔でディアナがぼやく。しかし、その瞳は先
ほどよりも輝きを増している事を見ると、本当に被虐の性癖が強い
のだろう。
﹁どういうところが気持ちよくて、どうして欲しいかを僕にお願い
するんだ。そして、今どんな風に気持ちいいかミヤビに逐一教えて
あげるんだ。あと、今僕は蜘蛛の巣にとらえられていて手も足も動
かせないから、そこは考慮してね﹂
我ながら注文が多い、いや、注文を多くされて喜ぶディアナのため
にわざと意地悪な命令をしているともいえる。
﹁は⋮⋮はい、ご主人様⋮⋮あなたは、本当に⋮⋮意地悪﹂
◆◆◆
﹁あ⋮⋮はぁ⋮⋮こうやって、自分で⋮⋮お豆を責めると、後で、
くる⋮⋮くるのがっ
⋮⋮深く⋮⋮﹂
あれから数十分、僕自身としては生殺しもいいところではあるのだ

623
けれど、ディアナは時折僕に舌で奉仕しながら、自分の性感帯を教
え、自慰行為を解説させられている。
ミヤビは体のつくりは違えど、女性器の構造は近い物があるようで、
クリトリスを責め続けるディアナの言葉を顔を真っ赤にしながら聞
いている。
﹁ミヤビ、君もまねしてみるんだ。自分で自分を慰めたことはある
?﹂
﹁ふぁ⋮⋮!? な、あ、あ、ありませんのじゃ!?﹂
慌てて否定するミヤビ。その直後に今の自分の発言が僕のお気に召
しただろうかと思案する顔になる。ラミアのくせに、子犬みたいだ。
﹁それはそれで良いことだね。ミヤビ、僕のために自分で感じやす
い体になるよう訓練してくれるかな?﹂
﹁はいっ、主様の為ならば⋮⋮って、それはつまり⋮⋮﹂
と、言われた内容を理解して一気に言葉がもごもごし出すミヤビ。
﹁つまり、あたしみたいにご主人様の前でオナニーしなさい、って
ことよ﹂
﹁ディ、ディアナ⋮⋮それは、それって⋮⋮ううう、これも主様の
ため、主様にふさわしい嫁になるため⋮⋮﹂
ミヤビは蛇体を伸ばし、腰の下部分とも、下腹部ともとれる少し膨
らんだエリアを広げる。ちょうど、女性の太股のように二筋の太い
筋肉の束があり、ミヤビの女性器はそこに隠されていた。
﹁あ⋮⋮濡れてる⋮⋮? やだ、主様の前でお漏らし⋮⋮﹂
﹁違うわよ、ミヤビ。あなた本当に人間に捕らわれて慰み者にされ
ていたの?﹂
ディアナの発言はもっともだ、ただ、それに対するミヤビの反応も
なかなか変わった物だった。
﹁へ⋮⋮? だって、その⋮⋮あれをするときは、変な薬を塗りた
くられて、鎖でつながれて⋮⋮痛いだけだったから⋮⋮﹂
本当に幼い頃だったのだろう。ミヤビの場合、同族も近くにおらず、
母親も死別しているために性に関する知識がない状態で犯され、こ

624
こに至ったためにそもそも性行為がなんなのかもよくわかっていな
いのだろう。
﹁大丈夫、ご主人様は鬼畜で意地悪だけど、きっと気持ちよくして
くれる⋮⋮ひあっ!?﹂
最後の悲鳴は、こっそりと糸をはずしていた僕が腕を引いて、ディ
アナの腰を引き寄せたから。生殺しがつらいのはディアナだって同
じだろう。
数十分の間オナニーを続け、何度か軽い絶頂を迎えたディアナの膣
内はすでに順は整っており、僕のペニスを難なく迎え入れた。
本人の望みと合っているかどうかはわからないが、ディアナはやは
り本人が意識していないときに挿入する方が反応がいい。
⋮⋮もしかしたら、意識して反応を押さえるようになっているのか
もしれない。
﹁ご主人さま⋮⋮い、いきなり挿入するなんて⋮⋮ひどい⋮⋮﹂
﹁君のご主人様は鬼畜で意地悪なんだろう? なら、これくらい当
然じゃないのかな?﹂
主人と下僕の、軽い認識の確認とじゃれ合い。
ディアナの目が軽く笑った後、急にぶれる。膣内が急激に蠕動し、
搾り取るように収縮を繰り返す。
﹁あっ⋮⋮さっきまで⋮⋮た、から⋮⋮る⋮⋮くるっ⋮⋮!?﹂
僕が状況を理解するより早く、高まっていたディアナはあっという
間に自分一人で絶頂してしまった。
しかも、頼んでいた調査の結果を聞くこともなく、気持ちよさそう
に失神してしまった⋮⋮おいおい、僕はどうすればいいと言うのか。
﹁参ったね、これは﹂
粘着力の弱まった蜘蛛の巣のベッドから上体を起きあがらせると、
背中にミヤビがぴったりとくっついてくる。
高めの体温と、膨らみ始めている胸の隆起がシャツの布地越しに感
じられる。そして、早鐘のような鼓動と、荒い息づかい。
﹁あ、あのね、主様⋮⋮まだ、その⋮⋮主様の、お、おちんぽが満

625
足⋮⋮して、ないから⋮⋮。妾で、その⋮⋮いや、妾にも、主様の
精を注いで欲しいのじゃ⋮⋮﹂
曲馬団の祭り:雅なる和合︵☆︶
チロチロと、細長くざらつく舌がペニスにまとわりつく。
技術はまだまだだが、その向こう側に、たどたどしいなりに懸命に
僕を気持ちよくしようと努力してるミヤビの顔が見えることで、精
神的にも複数種の興奮を得ることができている。
一つは、支配欲の充足による満足。もう一つは、純粋な行為に対す
る喜びだろうか。
﹁ろしゅりんさま⋮⋮ひ持ちよふ⋮⋮らってくれて⋮⋮まふか⋮⋮
?﹂
まだ僕の体はディアナが作り出した蜘蛛の巣のベッドの上。ついさ
っきまでディアナの膣内に入っていて、射精する前に中途半端に止
められてしまったため、すでに大きく堅くなっている。
蛇の魔物だけあってミヤビの舌の長さは十分だったが、いかんせん
その口自体は小さい。

626
時々、意を決したように亀頭をくわえようとするのだが、入りきら
ずに断念している。
﹁ミヤビ、僕に奉仕してくれているのは構わないのだけれど、自分
の準備はできているのかい?﹂
﹁え⋮⋮?﹂
戸惑うような目で僕を見上げてくる。幼い面差しが薄く朱に染まり、
僕の行った言葉の意味を理解したことがわかる。
﹁あ、あの⋮⋮﹂
舌をはずし、恥ずかしげに体を持ち上げ、僕の顔の近くに体を持っ
てくる。
﹁昔、されたときはここに⋮⋮妙な薬をぬられて⋮⋮﹂
彼女が手で指し示したのは、人間で言えば股間に当たる場所。
おそらくは太股のような働きをするだろう太い筋肉の束が二本あり、
その隙間に当たる部分だ。
そこに残されているのは、神の聖印をかたどった焼き印の痕。
見ていると、筋肉が緩やかに隆起し、隙間に挟まれ、巻き込まれる
ようにして隠れさていた部分が前に突き出された。
体の内部に巻き込まれているからだろうか、周囲よりもひときわき
め細かく柔らかい鱗がびっちりと一面を覆っており⋮⋮その中心部
に、わずかながら愛液をこぼす、小さな亀裂があった。
焼き印を見て、ミヤビが一瞬だけ泣きそうな顔になる。
見知らぬ人間の慰み者になっていたため、ミヤビは自己評価が低い。
おそらくは、自分が奴隷だったことを思いだして、今の自分の境遇
に戸惑い、自信を失ったのだろう。
﹁こんな焼き印、僕が上書きしてやる﹂
それだけ言うと、右腕を回してミヤビの体を強く引き寄せる。目の
前に性器が突き出すような形になり、僕の吐息を感じたのかぴくり

627
とふるえる。
焼き印に軽くかみつくようにして、そのまま性器の亀裂に沿うよう
に舌を這わせる。
潤滑油となるものは持ってきているが、まずはミヤビの体がどのく
らい女性として成熟しているのかを確かめたかった。
そして、過去にミヤビを陵辱した人間がいると言うことはわかって
いても、ラミアの体は人間とのセックスに適した作りをしているの
かどうかを調べなくてはならなかったのだ。
さすがに、苦痛を与えてしまうようではなんだか申し訳ないし、陵
辱者達と同じ事になってしまう。
﹁ぬ、主様⋮⋮その、なに、これ。妾の、主様がなめてる⋮⋮いや、
くすぐったいです、何かきます、あっ、あっ⋮⋮﹂
蛇体を抱き寄せているため右手は使えないが、左手の指を使ってミ
ヤビの性器をゆっくりとほぐし、開く。
入口の襞は少なくつるりとしているが、色の薄い膣内は締まりがと
ても強く、処女ではないと言うのに、指を入れるのにも苦労する有
様だった。
幼い頃に無理矢理陵辱され、その後人間との性的な接触は六になか
ったのだから、慣れていないのも仕方がない。
痛がらず、興奮してくれているのが救いではあるが、人間とは違う
作りにどう責めて良いものか戸惑う。
おそらく、膣内は大きな違いはなさそうだが、内壁部分は人間より
も頑丈にできているように見える。⋮⋮もしかして卵生だからなの
だろうか。
また、人間の女性の性感帯の一つであるクリトリスにあたる機関が
見あたらなかった。どこかにあるのかもしれないが、これは少し調
べないとわからないだろう。
﹁ミヤビ、今どうなっているか僕に教えてくれるかい?﹂

628
敢えて声に出してもらう。正確に確認するのがいいのだろうけれど、
プレイの一環として聞けば興奮を保ったまま色々と知ることができ
るかもしれない。
﹁い、いま⋮⋮人間のおちんぽをつっこまれるところに、主様の指
が⋮⋮くねくねって、優しくて⋮⋮なんだか、痛くなくて、むずむ
ずして⋮⋮﹂
どうやら、性感も目覚めきってはいないようだ、これは補助があっ
た方がいいだろう。
﹁そうだね。そのむずむずがすごく気持ちよくなってくるんだ。で
も、まだミヤビは子供だから、気持ちよくなるまでに少し時間がか
かるかな﹂
﹁いえ、主様さえ持ち良くなってくれればいいから⋮⋮﹂
けなげな言葉だが、それで満足するわけにも行かない。ミヤビを心
の底から僕のものにするには、体の芯から僕にひれ伏してもらう必
要があるのだ。
そう、人間を魔物にして虜にするのではなく、魔物を僕の虜にする
事ができなければ、僕の目的は達成できない。
﹁ディアナ、そろそろ目を覚ましたかい? 僕の荷物から、青いラ
ベルの瓶をとってもらえるかな。中身は、君ならわかるだろう?﹂
視界の橋で、ディアナが顔を上げるのが見えた。
ばつが悪そうな顔をしながら、服を着ることもなく僕の鞄を漁るデ
ィアナ。ここが地下水路の奥の知られていない部屋だとはいえ、僕
に対してはずいぶんと無防備に体を見せるようになった。いい傾向
だ。
﹁あら、これ⋮⋮チャナの﹂
くすりと笑うと、ディアナは瓶の蓋を少しだけゆるめると僕にむけ
て瓶を放ってよこす。受け取って、左手だけで蓋を開け、中に詰め
込まれた透明のスライムを取り出し、ミヤビの膣内に詰め込む。
﹁ひゃんっ!?﹂
⋮⋮そう、毒薬使いのチャナが使う、性感を高め、潤滑液代わりと

629
もなるスライムのローションだ。
もともとはチャナが少年奴隷の尻穴を責めるときのために使ってい
たものだが、女性にも使えることはチャナで実証済み。これならば、
ミヤビにも気持ちよくなってもらうことができると考えたのだ。
元々小さめのミヤビの膣には、用意したスライムは多すぎた。
ならばと、自分の体にもスライムを流し、そのままミヤビの上半身
を引き下ろし、抱きしめる。
豊満とは言わないまでも、年齢相応にそだったミヤビの乳房⋮⋮蛇
の下腹部にあたる胴体正面から顔には、蛇の鱗がなく柔らかい肌に
なっている⋮⋮に、へそのないつるりとした下腹部に、わきの下に、
体をこすりつけるように潤滑液を刷り込み、乳房を下からマッサー
ジするように優しくもみ上げる。
﹁あ、あ⋮⋮主様、奉仕するのは、妾の⋮⋮妾のほう⋮⋮﹂
なんとか自分から僕に奉仕したいのだろう、何とか主導権を握ろう
としているのだが、さすがに経験が違いすぎる。
僕がドーラにベッドの上ではまだかなわないのと同じようなものだ。
ミヤビの顎をつまみ、顔を引き寄せて唇を奪う。
最初は唇同士をふれさせるだけだったが、唇の表面を何度もなぞり、
薄く開いた唇に下を進入させる。
ミヤビの長い舌が、最初はおっかなびっくり、次第に大胆に、熱を
持って口づけに応えるようになる。
口づけを繰り返し、瞼に、首筋に、鎖骨に、鼻の頭に、時に軽く、
時に執拗に下と唇で愛撫を繰り返す。同時に、腰を撫で、性器の周
囲を押し、揉み、いじる。
気がつけば、ミヤビの蛇体は半分以上の体重をこちらに預け、蜘蛛
の巣のベッドはずいぶんと床に近づいてきていた。
ミヤビはそろそろ興奮で自分の体を制御できない状態になってきて
いる。
そろそろ、いい頃合いだろう。

630
﹁ミヤビ、君は僕の何だい?﹂
少しだけ顔を離し、問いかける。
その隙に下半身を少しずらして、準備を済ませる。
キスを中断されて不満そうな顔をしたミヤビは、僕の言葉を聞いて
はっとしたように口を開く。
﹁妾は、主様の奴隷です。所有物です。だから、好きに扱ってくだ
され、妾で気持ちよくなってくださ⋮⋮っ﹂
言い終わる直前、息を吐ききる頃を見計らって、潤滑液で十分に柔
らかくほぐれたミヤビの膣にペニスを突き込んだ。
筋肉質の膣の、閉め出すような強めの抵抗を突き抜けると、程良く
暖かい、うねるような感触が一気に僕のペニスを包む。
﹁ほぅあ、ああ、あああああ⋮⋮はいって⋮⋮るぅ⋮⋮。主様の、
主様のが、わらわのおなかの中に⋮⋮熱い、熱いです、主様ぁ⋮⋮﹂
突然の挿入に、ミヤビの体が大きく反応する。
制御が聞かなくなったのか、下半身にあたる蛇体が大きくうごめき、
蜘蛛の巣を押しつぶし、僕に巻き付いてくる。
完全に巻き付かれると、僕から動くことが難しくなる。その前に両
腕を動かし、ミヤビの両肩をつかみ、胴体を固定して腰を突き出す。
﹁あああっ⋮⋮主様の、あついのぉ⋮⋮今まで、痛いだけだったの
に⋮⋮﹂
腰が跳ねる。膣内はまるで僕のペニスを奥に飲み込もうとするよう
に細かな蠕動運動を繰り返し、僕のペニスを丸飲みにしようとする。
ミヤビのしっぽは僕の体に巻き付き、時折制御しきれずに周囲に飛
び跳ねる。
ディアナはおもしろそうにそれを眺めつつ、すでに近くの天井に避
難している。
ミヤビが自分を制御できず、蜘蛛の巣のベッドはついに耐えきれず
に壊れたが、元々ミヤビの寝床として大量の藁や毛布を敷き詰めて
あるため、石床に寝るようなことにはならない。
上になったり、下になったりしながら、僕はひたすらにミヤビの膣

631
にペニスを突き上げ続ける。
﹁主様、ぬし様、ぬしさまぁ⋮⋮あぁ、あああ、来る、くる、何か
来るのじゃぁ⋮⋮!?﹂
ミヤビの上半身を押さえつけ、馬乗りになった上体でピストンを繰
り返している最中、突然ミヤビの背中がものすごい勢いで跳ね上が
った。
こっちも、もう限界だっ⋮⋮
﹁ミヤビ、僕の精液を受けとめて⋮⋮っ﹂
﹁ちょうだい、主様の、ぬしさま、ぬしさまー⋮⋮っ!!﹂
どくどくどくっ⋮⋮、と。射精する音が自分にも聞こえた気がする。
その瞬間、ミヤビの下腹部に何か石ころのようなしこりがあるのを
感じる。
精と一緒に魔力が流れ込み、そのしこりを押し流す⋮⋮それがなん
なのかを自覚する前に、僕は欲望のままに精を、魔力をミヤビの体
にすべて解き放ち、ミヤビの体を僕の魔力で塗り替える。
ディアナの膣内で出し損ねた分を含めて、たまりに溜まった精液が
ミヤビの膣に一気に放出される。
射精の瞬間、不安そうな顔になってミヤビが手を伸ばしてきて、僕
の肩につまかる。
強く抱き寄せて、胸をくっつけた状態で、長い時間僕は射精を続け
た。
◆◆◆
﹁ぬし⋮⋮さま⋮⋮これで⋮⋮ぬしさまの⋮⋮おんな⋮⋮に⋮⋮﹂
僕の射精を全部受け止めると、ミヤビの全身は弛緩し、ゆっくりと
仰向けに倒れる。
頭を打たないように押さえながら、ミヤビの上半身を毛布の上にお
ろし、体に巻き付いたミヤビの下半身が脱力し、延びてしまうのを
確認する。

632
まだ吸い込むようにうごめいている膣からペニスを引き抜くと、入
りきらなかった大量の精液が漏れ出して床をぬらした。
さっき見えたしこりがなんだったのか、この時になってようやく理
解した。
ミヤビの下腹部にあった聖印の焼き印が、目の前でゆっくりとゆが
み、形を変えていく。
左半分は蜘蛛の巣の意匠、右半分は同じサイズの円形と、斜め上に
小さな突起の意匠。
焼き印が書き換わり、別の紋章になる。
そして、僕ははっきりと理解していた。これは僕の﹁しるし﹂だ。
蜘蛛の力を奪い、顔を無いものとして隠した、一本だけ角の生えた
半端者。
間違いようもない、考えていたわけではないけれど、これほど僕を
表した模様もないだろう。
僕は、魔族としてかどうかわからないが、僕自身の紋章を手に入れ
たのだ。
633
曲馬団の祭り:賞金首
サーカス団の男達が女を買うのは、そう珍しいことではない。
自分がスポンサーだということまでは言わないが、僕は彼らに招待
状を配り﹁蜘蛛の巣館﹂の宣伝をした。
彼らがサーカス団の人間だとばれないよう、見つかりにくいような
ルート︵地下水路を一部使ってもいる︶を案内をすることもあった。
これも、営業活動の一環だ。
もちろん、ゴードンには話を通してある。
団員が住人と色事がらみの⋮⋮特に、人妻との姦通がらみのもめ事
を起こさないように、下半身の世話は必要だったのだそうだ。
僕はゴードンに相談を受け、揉め事の起こりにくい娼館として﹁蜘
蛛の巣館﹂を紹介した。その代わりに、ゴードンからは団員達への
蜘蛛の巣館の宣伝と招待状の配布をしてもらった。

634
だから、ヌビアがその利用者になることは別におかしいことではな
い。
彼は現在は傭兵や冒険者としても仕事を始めており、稼ぎは悪くな
いはずだ。
独身であるわけだし、娘に隠れて女を抱きたくなるのもおかしいわ
けではない。
だが、彼はゴードンからの紹介ではなく、こっそりと僕個人に質問
をしてきたのだ。
彼は、サーカス団の仲間達には秘密にしたいのだと言った。
結果、僕が彼を案内をする羽目になった。
特におかしいわけではない、しかし、何か、どこかが引っかかって
いた。
ドーラが後で教えてくれたが、ヌビアが要求したのは小柄な⋮⋮も
っと踏み込んで言えば幼い感じの娘だったそうだ。
娼婦の中でもっとも背が低く、発育もあまりよくない娘がいたので、
彼女をあてがったのだそうだが、さすがにヌビアが娼婦を抱いてい
る間待っている義理はない。
店に戻り仕事を終わらせて、ある程度時間がたったら帰り道の案内
をして、彼から決して少なくはない謝礼を渡され、その日は終わっ
た。
ヌビアは二日とおかず蜘蛛の巣館を訪れるようになり、相手をした
娘は﹁こうも連続では体が持たない﹂と嫌がるようになり、他の娼
婦にもヌビアの相手をしてもらうようになった。
それから一週間程度過ぎ、別のところでヌビアの噂を聞いた。
◆◆◆

635
﹁⋮⋮戦争中の、東の国があるでしょ﹂
けだるい沈黙を破るように、天井を見ながらサラがつぶやいた。
地下水路からサラに与えられた家に通じるルートを見つけだしてか
らは、商品の受け渡しの時以外は必ずこの地下通路を通るようにし
ている。
今日も、荷物を渡したときに呼ばれたので、夜になってから訪れた
のだ。
サラを抱いた心地よい疲労の中、隣に寝転がりながらそれを聞いた。
なんでも、隣国のとある貴族が、南方人の大男に賞金をかけている
らしい。
もう2年近くたつらしいが、まだ賞金は支払われていないのだそう
だ。
冒険者達は場合によっては国境を越えて旅をする。商人達もそうだ。
戦争中だからといって、公益や流通がまるっきり途絶えることはな
い。
だから、このように情報は流れてくる。
﹁⋮⋮それが、ヌビアだって行う可能性は?﹂
上体を起こしていたサラを抱き寄せ、再びベッドに引っ張り込みな
がら問いかける。
少しの間を置いて、僕の胸に指で模様を描くようにしながら答えが
返ってくる。
﹁その男は、剣闘士としてある大貴族に買われ、そこの娘⋮⋮結婚
はしていたから、女主人の所有物として養われていたみたい。そし
て、ある日男は女主人を殺し、その幼い娘をさらって逃げた。その
際に、兵士10名程度を殺しているみたい﹂
ヌビアの、ネムの顔が思い浮かぶ。
どこも似ていないが、お互いを思い合う親子に見えた。
﹁殺された娘の親は、娘の無事な奪還と男の首に賞金をかけた。男

636
は国外に逃げたようで、未だに捕まっておらず、そろそろ2年近い
とか⋮⋮﹂
﹁サラは、サーカス団の公演は見たよね?﹂
﹁あの一座に、南方人の大男がいたわね。そして、小さい女の子も。
エブラムの田舎宮廷でも、そのことは知られている。戦争中の国だ
から、隠れる先としては充分。だけど⋮⋮﹂
言わんとすることはわかった。
﹁冒険者達には関係ないし、治安維持の問題から、兵士達も警戒せ
ざるを得ない⋮⋮か﹂
﹁あのサーカス団自体も、多かれ少なかれ後ろ暗いところはたたけ
ば出てくるでしょうし⋮⋮あそこの団長、エリオットの知り合いよ
ね?﹂
あぁ、そう言うことか。
サラは暗に﹁なんとか調べられないか、ゴードンに協力を取り付け
られないか﹂ということを伝えたいんだ。おそらく、オリヴィアが
僕に気を使ってくれているのだろう。
いや、オリヴィアにとってもゴードンは昔なじみか。
﹁つまり、調べて欲しい?﹂
﹁オリヴィアが気にしてるのよ。それに、都市貴族の中には人気取
りのために私兵を使って賞金首を捕まえようなんてところもあるか
も知れないし⋮⋮敵対している国から賞金をもらうなんて、できっ
こないのにね。どうせ、人食いダンジョンの魔物がいなくなってか
ら大きな話もないし、話題と人気が欲しいのよ﹂
この時期に貴族が人気を取りたがる理由は何だろうか。
僕⋮⋮いや、人食いダンジョンの魔物が倒されてからまだ一月程度、
エブラム泊の地位は当分安泰だろう。
戦争は一度兵士達が戻り、夏に向けて準備が進められている。とは
いえ、国境争いも大きな川を挟んでおり、ここ数年、大きな動きは
起きていないと聞く。
戦場で武勲をたてて⋮⋮ということも、なかなか難しそうだ。

637
﹁ランベルト家を筆頭に、オリヴィアの婿候補がひしめき合ってる
のよ。この夏の出陣を前に、オリヴィアと祝言をあげるのは誰かっ
て宮廷雀が噂してるもの﹂
﹁⋮⋮﹂
どうやら、僕の顔は相当不機嫌に見えたらしい。
﹁あんた、本当に独占欲強いのね。特にオリヴィアのことになると﹂
返す言葉もない。
﹁自分でも、驚くほどだよ⋮⋮君のことも、だけどね﹂
腕を回して腰を抱く。体を引き寄せる。
あきれたようにため息をついて、サラは僕に甘えるように体を寄せ
てくる。
﹁これから先、何人をこうやって捕らえるのよ、あんた。⋮⋮ホン
ト、ろくでもない奴に捕まったもんね﹂
◆◆◆
翌日。ゴードンに話を聞いたところ、以前も聞いたとおり、ヌビア
は後からこのサーカス団に加わった元傭兵で、ネムはその連れ子だ
った。
時期としては、一年ちょっと前から。
﹁ネムは身軽で、どうやら踊りなんかも仕込まれてるみたいだった。
死んだヌビアの女房とやらが仕込んだんだろうさ。⋮⋮俺たちは流
れ者ばかりで、過去のことを詮索するのはあまり好まれない。だか
ら、なにがあったかは調べてねぇな﹂
日中、曲馬団の公演前の事務所。
人払いをしてもらうまでもなく、公演の準備で忙しくここには自分
とゴードンしかいない。念のため、天幕の周囲は確認したけれど。
淹れてもらった茶がほのかな香りをたてている。南方の農園でとれ
るという、果実のような香りの茶だ。
﹁隠し事は上手くないから、早めに言っておく。ある筋から聞いた

638
噂話で、まだ広まってはいないんだけど⋮⋮﹂
サラから聞いた話を、ざっくりと短く伝えると、ゴードンは渋い顔
で考え込む。
﹁出所は⋮⋮まぁ、予想はつくが黙っとくか。お前さんから礼を言
っておいてくれ。しかしまぁ、うちとしては知らぬ存ぜぬで通すし
か有るまいな⋮⋮ネムは気がつけば一座でも指折りの軽業使いで歌
唄い、芸は少ないがヌビアも嫌われてるわけじゃない。元々あいつ
は傭兵だしな﹂
﹁うん。僕がどうこうできるような物でもないけれど、伝えておい
た方がいいとは思ってね。先走った都市貴族が喧嘩を売ってこない
とも限らないわけだし﹂
オリヴィアが危惧しているのは、おそらくこっちだ。
まず、ゴードンにその危険性を伝えておくことは悪いことではない
し、信頼を得ることができれば、調査もしやすくなる。
しかし、ゴードンの次の言葉はちょっと予想外だった。
﹁⋮⋮実はな、ヌビアの奴、ここでの公演が終わったらサーカス団
を抜ける予定なんだ﹂
﹁抜けるって⋮⋮彼は傭兵家業に戻るのか? ネムは?﹂
いや、言われてみれば、確かにその通りだ。ヌビアは芸人ではない
から傭兵や冒険者の仕事を斡旋してくれるように頼まれたわけだし、
ギュスターブに紹介するよう話を通しているのも事実だ。
﹁ネムは、本人にゃまだ聞いてないが、ヌビアとしてはこっちにお
いて置くつもりらしいぜ。確かに、ネムはまだ若いから、後数年は
空中ブランコで稼げるだろうさ⋮⋮本人は、嫌がるだろうけどな﹂
﹁ネムは、お父さんにべったりみたいだからね﹂
ヌビアにちょろちょろとつきまとうネムの姿が思い浮かぶ。
﹁エリ坊、お前はもうちょっと女って物を良く知っとく方がいいぞ
?﹂
﹁え?﹂
﹁まぁ、ネムとはろくに接点もないから無理もねぇが⋮⋮﹂

639
ゴードンの言葉は、そこで断ち切られた。
天幕の外でがしゃがしゃと音がして、聞き慣れた胴間声が飛び込ん
できたからだ。
﹁おぅ、ゴードン! 生きてやがったか! お。エリ坊じゃねぇか。
お前も来ていたか。エブラムに来てるとは聞いていたが、今日はア
スタルテ嬢ちゃんは一緒じゃねぇのか?﹂
﹁よぅ、ギュスターブ。この死に損ないめ、よほど死の乙女に嫌わ
れてるみたいだなこのやろう。で、そのアスタルテってのは誰だ、
オリヴィア嬢ちゃんとは別の女か。あの店番の嬢ちゃんとは違う名
前だな。ん?﹂
ギュスターブとゴードンは元々同じ傭兵団にいた同僚で、その上で
どちらも死んだ母の愛人だった事がある男だ。
僕がダンジョンマスターをしていたことはギュスターブしか知らな
いが、僕がガキの頃に世話になった男達に対して、僕は基本的に立
場が弱い。
﹁オリヴィア嬢ちゃん? ⋮⋮あぁ、もしかしてエリ坊の一人だけ
いた友達の子か。なんだ、再会できたのか?﹂
そうか、ギュスターブは戦場にいっていたから、ダリアやサラのこ
とは知っててもオリヴィアのこと知らないんだ。
﹁いや、その。エブラム伯の跡取りが⋮⋮ね﹂
初老に入っているはずの男二人は、再会を祝うための肴として、と
りあえず僕を選んだようだ。
﹁まぁ、なんだ。公演まで時間がないのが残念だが﹂
﹁つもる話はまた後日って事でよ﹂
﹁﹁詳しいとこ聞かせてもらおうじゃねえか、なぁ?﹂﹂
公演前の時間に会うことにしたのは正解だったが、結局それから一
時間程度、色々と問いつめられた⋮⋮厄日だ。
◆◆◆

640
ギュスターブとゴードンには話を伝え、それとなく探ってみてもら
えるように頼むだけは頼んだ。
その上で、彼らが問題ないと判断したならば、ヌビア達を追い出す
のではなくそのまま雇って欲しいという話はしてある。
サラから聞いた賞金首はヌビアである可能性は高い。
そう考えると、おそらくヌビアは傭兵として戦争に行き、長期間戦
場で過ごすことで身を隠すつもりなんだろう。
戦場にはネムをつれていけない。この国では非常に目立つヌビアと
別に行動している限り、ネムがこの国で追っ手に見つかる可能性は
低い。判断としては間違っていない。
そんなことを考えていると、もう夕方。夏を前に、日が落ちるのは
遅くなってきた。
ゴードンとギュスターブは今夜は一晩飲み明かすことだろうけど、
さすがに付き合っていられない。
勤めを終えたライラが帰って行くのも、暗くなってからではなくな
った。ヌビアが店にきたのは、そろそろ日が落ちる頃だった。
﹁⋮⋮例の通路を通してもらえないか﹂
ヌビアはうちの店の地下から、蜘蛛の巣館への通路を通している。
もちろん、僕が普段使う通路ではなく、別の通路なのだが。
小さな蝋燭を燭台に置き、台所の竈から火を付け、渡す。
大きな図体を小さくして、窮屈そうに地下に降りていくヌビアを見
送り、地下への通路をふさぐ。
二時間ほどしたら、ヌビアが帰ってくるから再度ふたを開ける。そ
れだけだ。
僕からヌビアに何か聞いてみるべきだろうか⋮⋮
こんこん、と店のドアがノックされる。
こんな時間に客とは珍しい⋮⋮まさかとは思うが、ヌビアを追う兵

641
士なんていう可能性もあるので、念のため﹁目﹂を通して店の入り
口を確認する。
そこにいたのは、予想外の人物だった。
﹁ネム⋮⋮だよね。どうしたんだい、こんな時間に﹂
ドアの外にいたのはネム。真っ白い肌の、血のつながらないだろう
ヌビアの娘。
果たして、本当にヌビアの娘なのかどうか、今ではもうわからない
が。
﹁エリオット⋮⋮さん。ええとね、ヌビア、どこ?﹂
ヌビアが尾行されていたのか⋮⋮?
﹁ヌビア? いや、どう言うことだい﹂
とぼけてみるけれど、ネムはまっすぐにこっちを見てくる。
大きい瞳には、ふだんからは思いもつかないくらい強い光がある。
﹁ヌビアは、女の人を抱きに行ってるんでしょ? 知ってる。でも
⋮⋮﹂
ぎゅっと手を握りしめている。口を強く引き結んでから、彼女は言
葉を紡ぐ。
﹁ヌビアに、他の女の人を抱いて欲しくないの。ネムが、ヌビアの
女になるの。だから、ヌビアに会いたいの!﹂
決して大きくはない声。
それでも、決意にあふれた声。
詳しいことはわかりもしないけれど、わかったことが一つだけある。
その決意はおそらくだれも幸せになれないところに向かっているの
だろうけれど⋮⋮ネムはそのことを理解している。
それでも、彼女はそれを選び、口に出した。
昼にゴードンが言おうとしていたことが、ようやくわかった。
脳裏をかすめたのは、サーカスをみたあの日にネムが歌っていた歌。
歌に合わせたゴードンの口上が、今頃のように思い出される。

642
﹁女と娘はいつしか魔に染まり、人の心も神定めし掟も忘却の彼方。
二人が見初めた一人の男は、あぁ哀れなるかな元は夫であり、父で
ある男だったのです!﹂
曲馬団の祭り:壁の向こうから
﹁⋮⋮僕は人として、君を止めるべきだと考えている。でも、君は
もうやめる気はないんだね?﹂
店の閉店作業はダリアに任せ、僕はネムを連れて地下水路を歩く。
蝋燭の炎がゆらゆらと地下通路を照らし、不安げなネムの顔を映す。
﹁ん。きめたの。もう、誰かにヌビアをとられるのは嫌⋮⋮﹂
ネムは様々な間違いを犯している。
父親に女としての愛情を向けること、夜に若い娘が一人で出歩くこ
と、そして、ほとんど面識のない僕にそんな大事なことを打ち明け
てしまうこと。
エブラムは比較的治安がよい都市だが、それでも歓楽街や貧民の多
い新市街の外周部などでは、犯罪は頻繁に発生する。
深夜に若い女の子が一人で歩き回るのは、酔漢や犯罪者に襲ってく
れと頼んでいるようなものだ。

643
確かに、僕の店がある旧市街はエブラムの内部でも治安がよいエリ
アだが⋮⋮
ネムが道ならぬ恋の相談を持ちかけたのは、人間ですらない魔物な
のだ。
﹁ママもそう⋮⋮ヌビアをとられたくないから、わたしを殺そうと
したの﹂
蜘蛛の巣館に向かう道すがら、ネムから色々と聞き出すことができ
た。
彼女は父親であるヌビアを、娘としてではなく、女として愛してい
た。いや、正確にはヌビアは父親ですらなかった。
ネムの母親もヌビアを愛しており、日々美しくなる娘に男の愛を奪
われることを恐れ、嫉妬した。教会の説話と違ったのは、ヌビアは
彼女たちの夫でも父でもなく、買われてきた剣闘士奴隷だったこと。
ネムの本当の意味での父親は、妻と娘を捨てたのか、ほぼ会うこと
もなかったようだ。
オリヴィアの言葉を思い出す。隣国のことは詳しくないが、大貴族
なのだからそう言うこともあるのだろう。政略結婚とはそう言うも
のらしい。
それでも、貴族でもないヌビアはそうではなかった。
奴隷の自分を厚遇し、信頼してくれる女とその娘を彼はどう思った
のだろうか。
尊敬したのかも知れない、愛したのかも知れない、利用しただけな
のかも知れない。
それは本人しか知らないことだが、結果、妻と娘は同じ男を愛した
のだ。

644
﹁ママはすごく怖い顔をしてた。やめてっていっても、やめてくれ
なかった。ヌビアが助けてくれたんだけど、気がついたらママは死
んで⋮⋮だから、ヌビアとわたしは逃げ出したの﹂
その声に、苦悩する色はない。
もう、悲しむこともなくなったのだろう。
そもそも、母親といえ自分を殺そうとした相手にどういう感情を持
っていたのだろう。
この少女の心の奥底には、僕には見えない黒いものが波打っていた
ようだ。
⋮⋮使えるのではないか。
そう思わなかったといったら嘘になる。
あの歌のように、この少女の心の奥底にはゆがんだ愛情がある。
この少女を利用すれば、ヌビアを自分の兵隊として⋮⋮
一瞬浮かんだ考えを振り払う。
自分でも、どうすべきかはまだわからない。
ただ、その考えは僕の腹の底にくすぶり続けている。
蜘蛛の巣館に到着して、ドーラに挨拶をした後に地下の支配人部屋
に向かう。
﹁あら、エリオット様。その子は⋮⋮﹂
﹁事情の説明は追々するよ、アスタルテ。水盤は使えるかい?﹂
書類仕事をしていたアスタルテに頼み、水盤の準備をする。
客が何か無茶をすることもあり得るため、すべての部屋には﹁目﹂
を仕込んである。
﹁ネム、今ならば引き返すことができる。君は父親の情事を見るこ
となく帰ることもできるし、僕はそっちを薦める。ここから先に進
むという事は、君はもう後戻りできなくなる事になる⋮⋮それでも、
いいのかい?﹂
アスタルテは大まかに事情を察したのだろう。沈黙したまま興味深

645
げにネムを見つめている。
ネムの返答は、予想通り。
さっきは背後にいたために見ることがなかったその表情は、何かぞ
っとするような、ささやかな笑顔だった。
﹁もう、戻れないの。戻る気なんかないの⋮⋮だって、ママがわた
しを殺そうとしなかったら、わたしがママを殺していたもの。きっ
と⋮⋮ね﹂
世間知らず、だけど、その中に闇を抱えている。
ならば、もう迷うまい。
﹁ネム⋮⋮君の望みを叶えよう﹂
アスタルテに目配せをして、その裏でドーラにも思念で指示を出す。
この程度の距離ならば、うっすらと考えを届けることができるよう
になってきた。
アスタルテが小さな器に入った液体を持ってきて、ネムに差し出す。
﹁お飲みなさい。あなたには必要よ﹂
疑うこともなく、ネムは液体に口を付ける。
アスタルテが普段飲んでいるのおはワインを水と果汁で薄めたもの
だから、ネムでもあまり問題なく飲めるだろう。
おそらく、僕の意図を読みとったアスタルテは媚薬を入れている事
だろう。
﹁エリオット、ヌビアはどこ? 早くあわせて﹂
﹁ちょっと待って。ヌビアがいる部屋は⋮⋮ここか﹂
思念を集中させ、水盤に指示を出す。
鉱山村にいたときの半分くらいの時間で、水盤には映像が浮かび上
がる。
ヌビアに抱かれているのは、幸運なことにすでに自分が魔物にした
娼婦だった。
やはり小柄で、この店の娼婦の中では肉付きが薄い⋮⋮そう、ネム
と同じように。

646
大柄なヌビアはベッドに腰掛け、娼婦を向かい合わせに自分に座ら
せ、貫いている。
もう何戦目なのだろうか、接合部には精液と愛液が泡立っていた。
﹁ヌビア⋮⋮﹂
ネムの顔が小さくゆがむ。もう、疑うべくもない。嫉妬だ。
﹁なんで? なんでそんな女を抱くの⋮⋮? ネムじゃだめなの?﹂
表情はくるくると変わる。怒り、嘆き、そして悲しみ。
⋮⋮もう一押しする必要があるか。
部屋に仕掛けてある小さな伝声管をあける。これも仕掛けが施して
あり、あちらの音声を大きく拾ってこっちの音を遮断するようにな
っている。
娼婦に向けて、指示を送る⋮⋮とはいえ、魔物になった自覚もない
子だ。暗示のようなもので、自分が何でそうしたかもわからないだ
ろう。
音声が入ってくる。娼婦がヌビアの首に抱きつき、耳元でこうつぶ
やく。
﹁⋮⋮もっとして、パパ﹂
効果は、確かにあった。
ヌビアがぎょっとしたように一瞬動きを止めたものの、明らかにそ
の一言は興奮剤として作用したようだ。
娼婦を貫いたまま急に立ち上がると、ベッドに組み敷くようにして、
背後から一気に貫きなおす。
﹁あぁっ⋮⋮やだ⋮⋮さっきより、大きい⋮⋮っ﹂
﹁くそっ⋮⋮おまえが⋮⋮そんなことを⋮⋮ネムッ⋮⋮あぁ、ネム
⋮⋮ネム!!﹂
あぁ、やはり。
ヌビアは、耐えていたのだ。
血のつながらない娘を、父親として愛そうとしていたのだ。
だから、押さえきれない欲情を発散しにきていたのに⋮⋮ネムは、
そのヌビアのことを最初から男としてしか見ていなかったのだ。

647
﹁ヌビア⋮⋮やっぱりヌビアも、ネムのこと⋮⋮﹂
ネムの表情は、喜びと欲情に満ちあふれている。
ドーラが静かに部屋に入ってくる。これも予定通り。
﹁ネム、君はヌビアに抱かれたいんだね。でも、君がヌビアの娘で
ある限り、ヌビアと君が人の世界のルールに従う限り、それはかな
わないだろう﹂
これは半分は嘘だ。ヌビアとネムは血がつながっていないので、婚
姻することも問題はないし、近親婚による問題もおそらくは発生し
ない。
水盤を見つめ続けるネムの横に立ち、話しかける。
﹁それでも、君はヌビアと結ばれるのを望むと言ったね。ならば、
人の世界のルールから外にでてしまう必要がある⋮⋮その手伝いを
することはできるけど、君たちは人間ではなくなってしまうかもし
れない。それでもいいのかな?﹂
繰り返す確認。
ネムの心はもう人間から次第に遠ざかりつつある。それでも、こん
なにしつこく確認するのは、ヌビアを何とかするためにはまだ時間
がかかるだろうからだ。
ヌビアを魔物にして、僕の手駒にすることができたらどれほど心強
いだろう。
しかし、望まぬ相手を魔物に変えても僕に従わせることができるわ
けではない。
ネムはヌビアを籠絡するための駒だ。
だからこそ、彼女の願いを理解した上で、彼女がヌビアを籠絡し、
僕の元に収まるように誘導しなければいけない。
だからこそ、媚薬を飲ませ、ヌビアの痴態を見せて判断力をこそぎ
落としているのだが⋮⋮どちらにせよ、ヌビアはネムをおいて去っ
ていくつもりだったのだ。
ネムには、選択肢は残っていなかったのかもしれない。

648
ネムは、振り向くこともしないままつぶやく。
﹁あのね、わたしは、ヌビアがいればいいの。人間のルールなんて、
もうとっくに捨てちゃったの。だって⋮⋮ママはわたしを殺そうと
して、ママを殺したのはわたしなんだもの。もうね、わたし、にん
げんじゃないの﹂
水盤に一粒の涙がこぼれ、映像を揺らす。その横顔は、笑いながら
涙を流すという複雑なものだった。
この時になって、ネムははじめから壊れてなどいなかったのだと理
解した。
母親を殺したのは事実なのだろう。母親と同じ男を愛してしまった
のも、事実なのだろう。
だが、母親に殺されかけ、母親を殺してしまって、平気でいられた
訳ではなかったのだ。
罪の意識に押しつぶされ、彼女はすべてを⋮⋮救いも、愛情も、何
もかもを、ヌビアに寄りかかることでしか自分を保つことができな
かったのだ。
小刻みにふるえているのがわかる。
一瞬、慰めてあげたいという気持ちがわき起こるが、押さえる。
そのために、アスタルテとドーラがここにいるのだ。
万が一にでも、一部でも、ヌビアに向いている彼女の思いを僕に向
けてはいけない。
僕はこれからネムを一本の矢に作り替えるのだ。
ヌビアという相手を射抜くための、ヌビアのことしか見ていない、
歪みきった矢に。
⋮⋮きっとそれが、この二人にとってのわずかな救いになるのだと、
自分に言い聞かせながら。
﹁ネム。ヌビアに抱かれたことはないんだね?﹂
﹁⋮⋮うん。だっこはしてもらえるけど、えっちはしてくれないの。

649
何度も何度も誘ったのに﹂
﹁他の男に抱かれたことはあるかい?﹂
﹁ない。興味ないし、しつこく言い寄ってくる奴がいても、ヌビア
に追い払ってもらうもん﹂
﹁⋮⋮なるほど。ならば、君の初めてはヌビアのためにとっておか
ないといけないね﹂
その言葉とともに、アスタルテとドーラがネムの体を取り押さえる。
ドーラから受け取った口枷をネムの口にくわえさせ、声を出せなく
する。
ネムは反射的にかわそうとしたものの、媚薬の効果で動きが大きく
鈍っている。
﹁むごっ⋮⋮!?﹂
その時になって、ようやくネムは自分がどれだけうかつな事をして
いたのか気づいたようだ。
﹁ネム。君の処女を奪うようなことはしない。だけど、ヌビアを君
のものにするためには、君はこれからいくつかの苦労をしなければ
いけない。その一つが、女としての快感を知り、男に快感を与える
方法を身につけることだ⋮⋮君も、あの娼婦のようにヌビアに抱か
れたいのだろう?﹂
おびえていたのも、数秒の間のこと。水盤の向こうのヌビアに目を
やり、僕の事を見てから、ネムは大きく頷く。
﹁ここは娼館⋮⋮娼婦達の仕事場だ。君はこれから、ヌビアがくる
たびにこっそりとここにきて、この二人に女として開発してもらう
こと。処女は必ず守るけれど⋮⋮後ろは開発させてもらうよ﹂
それだけを言うと、アスタルテとドーラに任せる。
﹁ふふ、若い子の教育なら任せてもらおうかね。姐さんのお手並み
も見せてもらうよ﹂
﹁そんなにたいしたものじゃないわよ? ⋮⋮エリオット様、何日
くらいで仕込みたいんですか?﹂

650
﹁あまり、時間はないと思う⋮⋮そうだね、次はお尻を犯せるくら
いにはなっていてもらわないと間に合わないかな﹂
我ながら無茶を言っているとは思う。
それでも、ヌビアを狙う賞金稼ぎ達がいつ動き出すのかもわからな
いのだ。
支配人室を出て、扉を閉める。
ネムが漏らしているのだろうくぐもった甘い声が、小さく聞こえて
きた。
曲馬団の祭り:カウントダウン開始
﹁エリオット。君は確か、新市街のサーカス団と縁があったと思っ
たが、間違いはないかしら?﹂
そう聞いてきたのは、ランベルト家に使える騎士のライラ。
ネムの調教を初めてから4日後の夕方、帰りがけに立ち寄った彼女
は唐突にそう言った。
⋮⋮どうやら、状況が動き出したようだ。
﹁やぁ、ライラさん。唐突だね⋮⋮一応、団長は昔縁があってね。
その縁でサーカス団の後援者としてうちの店も援助はしてるけど﹂
知らぬ存ぜぬを通すことはできない。
嘘をつくならば真実の中にわずかにちりばめるだけだ。
ダリアがライラの来店を見て、冷えた果実水を持ってきた。
冬も終わったばかりだと思っていたら、もう半袖のほしい季節が近
づいてきていた。

651
﹁ええ、実は⋮⋮あぁ、ダリア、ありがとう。すまないな、売り上
げにあまり貢献できない客で⋮⋮。あのサーカス団に、賞金のかか
った人物が入り込んでいるという話があってね。もし何か知ってい
たら教えてもらえないかと思ったのよ﹂
ライラはすがすがしいほど直球に物事を聞いてくる。
彼女のまっすぐな性分は時としてまぶしいし、隣人としては全くも
って好ましい特質だ。
﹁賞金って⋮⋮いくら何でも、エブラムに入るときの検問でチェッ
クされないものかな?﹂
実際には、衛兵すべてが賞金首の情報を知っているわけではないし、
変装したり荷物に紛れたりなどでごまかす方法はいくらでもある。
しかし、そんなことを今言う必要はないし、この国の賞金首ならば
そう思っても問題ないだろう。
﹁実は、その人物にかかっているのは他国での賞金らしいの。私も
詳しく知っているわけではないんだけど、二年近く前に主を殺害し
て逃亡した剣闘士なのだとか。何でも主の娘をさらって逃げたとい
う話で⋮⋮全くもって許し難い。だけど、正直その娘が無事とも考
えにくいのよ﹂
⋮⋮まともに考えればその通り。まさか、その二人が親子として潜
んでいるなんて考えにくいことだろう。
だが、あのサーカス団とまで絞り込まれているのであれば、もうヌ
ビアとネムにたどり着くまで長くはあるまい。
﹁団長は元々この国で傭兵をしていた人物だし、二年前はもうサー
カス団を率いていたと思う。これは調べればすぐわかると思うから、
疑いをはずしていいかな?﹂
﹁それなら、問題はなさそうだ。⋮⋮まぁ、どこかの戯曲のように
誰かに入れ替わられていた、なんて事がなければ問題ないだろう﹂
﹁あの人は僕が子供の頃の知り合いだから、入れ替わってるならい
ろいろびっくりだね﹂

652
﹁ああ、まったくだ。⋮⋮なので、もし何か団長殿に聞けることが
あったら、軽く聞いてみてもらえないか。なに、君一人を頼りにし
ているわけではないし、もののついででかまわないよ﹂
⋮⋮その口調から、本当に世間話ついでに聞きにきたのだろう事は
予想できる。
逆に言えば、ランベルト家はもうサーカス団にまで狙いを定めて調
査を始めているという事だ。
﹁あぁ、また明日にでも納品にいくから、その時にでも聞いてみよ
うかな。それにしても⋮⋮なんで他の国の賞金首を気にするの?﹂
気になるのはそこだ。
そして、ランベルト家はどういう情報源を持っているのか?
﹁私もそこまではっきりと聞いていないのだけど⋮⋮。まぁ、他国
で罪を犯したのであれば、この国で罪を重ねない理由もない。それ
に、元剣闘士の賞金首がこのエブラムに訪れた理由を考えると、い
くつかの可能性があるんだ。もちろん、これは私の予想だけれど⋮
⋮一番恐れるべき可能性は、エブラム伯とその姪で次期継承権第二
位を持つオリヴィア様の命を狙う刺客の場合だ﹂
その一言で、飲み込みかけていた果実水が気管支に入っておおいに
むせる。
そうか、そう考えることもできるのか!
﹁ど、どうした、大丈夫かエリオット!?﹂
﹁マスター、落ち着いて下さい!﹂
危なくライラに水を吹きかけるところだった。
ダリアからタオルを受け取り、むせる口元を押さえる。
﹁げほ⋮⋮大丈夫、ごめん﹂
あぁ、なるほど。
もともと、僕が知る限り嘘がつけるような人でもない。
おそらくこのまじめな騎士は、自分の主君の裏の顔を知らないのだ
ろう。
﹁マスター、オリヴィア様といえば⋮⋮﹂

653
ダリアがちらりと目線をよこす。
⋮⋮そうか。
﹁ライラさん、実はこの前そのサーカス団のところで⋮⋮﹂
ここでランベルト家のライラに情報を渡すのはリスクがあることだ。
だが自分がオリヴィアと知り合いだというのは、あのときに商工会
のメンツにはもうばれている。
ここでいっさい喋らずに、後で知られてしまった場合のリスクは計
り知れないものとなる。
僕が意図的にオリヴィアとの関係性を隠匿していると思われるのだ
けは、なんとしても避けなければいけない。
◆◆◆
﹁なんだって、君たちはオリヴィア様の旧友だったの!?﹂
ライラの唖然とした顔はなかなか見物だった。普段まじめで理知的
な面ばかりが目立つので、こう言うときは意外と子供っぽい表情が
際だつ。
﹁ええ、サーカス団のゴードン様に言われるまで気がつかなかった
のですが⋮⋮﹂
﹁子供の頃はよく遊んでたんだけどね⋮⋮まさかエブラムの住人だ
ったなんて思いもしなかった﹂
あのときにジェンマ爺さん達に話したのと同じ内容を伝える。
﹁なるほど、数年ぶりの再会、というわけか⋮⋮あれ? というこ
とは、君たちはもしかして⋮⋮﹂
ライラの顔が曇る。住人が全滅した鉱山村グランドル⋮⋮後の人食
いダンジョンの事は当然知っているだろう。
﹁実のところ、僕らも鉱山村がああなる数年前に村を出ていたから
⋮⋮でなければ、今ここで商売はできてないね﹂
﹁そうか。故郷の村があのようになってしまい、辛かったことだろ
う⋮⋮﹂

654
明らかに聞いてはいけないことを聞いてしまった、というような顔
になるライラ。
そう言えば、ライラも父親のことで苦労しているようだし、この辺
は気になってしまう部分なのだろうか。
﹁とはいえ、僕もダリアも身寄りが亡くなって村を出たから、あの
村には血縁は誰もいなかったんですよ。実際に、誰か他に村を出て
いた人だっているかもしれないけれど⋮⋮あまり、実感もないんだ
よね﹂
原因を作ったわけではないけれど、僕があの村を人食いダンジョン
なんて言われるようにした張本人だというのは口が裂けてもいえな
い。
そして、あの村に傭兵団を送り込んだのは誰か、まだわかってはい
ないものの⋮⋮ランベルト家も、その有力な候補なのだ。
﹁⋮⋮あまり、無理はしないようにね。商売がら、弱気を見せられ
ないのは理解するけれど⋮⋮ずっと仮面をかぶっていると、泣きた
いときに泣けなくなってしまうわよ﹂
核心からはずれているけれど、ちょっとだけ痛いところを突かれた。
確かに、僕はライラに対しても仮面をかぶっているので、そこに気
がついたのかもしれない。幸い、違う方向に解釈してくれているが
⋮⋮ライラは、こう言うところは時々鋭い。
﹁すまない、長居してしまったな﹂
しばらく世間話に華を咲かせてから、ライラは店を出た。
まぁ、明日の支度をするにも対して手間のかからない仕事だから、
そうそう困ることもない。
ふと、思いつく。
もしかしたら、ライラも僕たちに何か隠しているのではないだろう
か。
表裏のない好人物だと思ってはいるが、それを演技することはでき
る。僕がそうしているように仮面をかぶることはできる。

655
﹁いや、他にお客さんも来なかったし、問題ないよ⋮⋮そう言えば、
ライラさん﹂
﹁ん、なんだい?﹂
﹁ずっと仮面をかぶっている⋮⋮って言ってたけど、ライラさんは
そう言う経験はあるの?﹂
以前に聞いた、ライラの父は罪人だという自嘲気味の言葉。
ランベルト家の名代としてパレードの先頭を任されるほどでありな
がら、領地を持たない契約騎士。
領土も屋敷もなく、借り住まいに暮らす騎士というのは、確かに奇
妙なものなのだ。
﹁⋮⋮ん。そうだな﹂
ライラの目が、少しだけ遠くを見た。
﹁私だって、君たちに隠している部分というのはいっぱいあるよ。
この町の人たちにもだ。騎士と言ったって、あまり尊敬されるよう
なものではないんだ﹂
それは父親のことなのかと聞きそうになって、さすがに口を閉ざす。
⋮⋮僕が聞いていいことでは無いような、そんな気がした。
﹁エリオット君。君が政略結婚⋮⋮いや、商売上の有利不利を考え
ての婚姻というべきか。そう言うものに興味がないのであれば、ダ
リアを早く幸せにしてあげるといい﹂
急にそんなことを言われて驚いたが、ライラの口調はいたってまじ
めなものだった。
彼女は、僕から目をそらし、店の中で働いているだろうダリアの方
を⋮⋮まぶしいものでも見るように見つめていた。
その瞳だけは、嘘ではなかったように思える。
ライラが去ってから、ふと思い出す。
今日ヌビアがこなかったのは運が良かったといえる。
もし、ヌビアにこのことを知らせたらどうなるだろうか。
店に戻り、ダリアにふと聞いてみた。

656
﹁⋮⋮おそらく、ヌビアさんはその日のうちに一人で姿を消すので
はないでしょうか﹂
ダリアの予想は、僕のものと同じだった。
ヌビアにとって一番の弱点はネムだ。ヌビアはネムを父親として愛
しており、男として愛すまいとして苦悩している。自分のせいでネ
ムに危機が迫るのであれば、自分一人で何とかしようとするだろう。
僕に相談はしてこない。ある程度の信用はされているだろうけれど、
サーカス団にネムの居場所はあるし、僕がネムを任されるほどの信
用は築けていない。
﹁タイミング勝負になるけれど⋮⋮ネムを使うしかない、ね﹂
ランベルト家に知られるのは時間の問題だ。
その前に、ネムとヌビアを魔物に変えてしまうことはできるだろう
か。
ヌビアは腕利きの剣闘士で、理性で獣欲を押さえ込んでいる人物だ。
ふつうに説得しただけで、ハイそうですかとこちらの交渉に応じる
わけはない。
ならば、ヌビアの方からこちらに来させなければいけない。
﹁ダリア、通信の用意を。ディアナを呼びだしてから、サラを通し
てオリヴィーにも頼まないとな﹂
ドーラに聞いたところ、ネムの開発は順調に進んでいるが、まだ僕
の精液をそそぎ込んではいない。魔物にするわけにはいかないから
だし、ネムが僕に情を移すのを避けるためだ。
明日の夜には、それをしなければいけない。
場所は⋮⋮地下通路の、滅多に使われない区画を一つ使おう。
旧市街と新市街の狭間に近いが、暗殺ギルドの勢力範囲内なので、
近づいたものがあれば問題なくわかる区画はいくつかある。
⋮⋮計画はこうだ。

657
ネムに姿を消してもらい、こちらにきてもらう。
それと同時期に、ヌビアに対して追っ手をかける。この追っ手は僕
が出すわけではなく、オリヴィーを通じて兵士を派遣してもらう。
これは、勢子だ。
ヌビアが身を隠すもっともわかりやすいルートは、僕が教えた地下
水路だ。
すべてを知っているわけではないが、蜘蛛の巣館から旧市街の入り
口近くの水路入り口までは教えてある。
もともと、町の住人に見つかりにくいように教えたのだから、ここ
を使うことは容易に予想できる。
だが、ここから先は読めない。
僕がヌビアを売ると彼が考える可能性は低くない。それ故、教えて
いない道を進む可能性は非常に高い。これを絞り込んで、誘導しな
ければいけない。
それに、兵士以外の追っ手がかかる可能性も少なからずある。
サラの情報でも、ライラの情報でも、すでに賞金首の話は知るべき
人間は知っていると思った方がいいだろう。
ランベルト家の兵士や、賞金稼ぎや冒険者が追ってくる可能性は十
分にある。
最悪、ミヤビを使わないといけないかもしれない。
身代わりの死体を用意できればごまかしやすくなるのだが、ネムは
ともかくヌビアのような大柄な⋮⋮しかも南方人の死体など手に入
るものではない。
なので、彼らが死んだことにするのはあきらめ、行方不明で逃げ切
られたと思わせるのが妥当だろう。
考えをまとめていると、ダリアが準備を整えて僕を呼びにきた。
振り返り、部屋に行こうとする背中を抱き留め、振り向かせて唇を
奪う。

658
﹁悪いけど、店を閉めておいてくれないか。今日は何度も魔力を使
う。だから、終わった後に君を抱く⋮⋮いいね?﹂
﹁聞かずとも、お命じになってください。私はあなたのものです、
マスター。⋮⋮思う存分に、お使いください﹂
頬を染め、ダリアが口にする。いつも通りの、関係性の確認。
ダリアを残し、地下にしつらえた通信装置⋮⋮相手の映像を映す水
盤と、音声を伝える魔具⋮⋮のところにいって装置を起動する。
ディアナはすぐに応じ、いくつかの相談を持ちかけた後、深夜にこ
こにくるように指示を出した。
サラは寝入りばなだったようで不機嫌だったが、僕の顔を見て即座
におもしろそうな表情になった。
﹁⋮⋮ということを、明日オリヴィアに伝えてほしい﹂
﹁わかったわ。あと⋮⋮ランベルト家。前も言ったけど、あいつ等
最近町中にも仕掛けてるみたいよ。あと、どうやら最近冒険者上が
りの私兵を増やしたみたい。それも、よその町から﹂
﹁気になるね⋮⋮騎士を抱えているのに、さらにか。こっちからも
調査をしてみるよ。そう言えば、宮廷でライラって騎士を見るかい
?﹂
﹁あぁ、以前はなしてくれたご近所さんね。あたしは騎士達の場所
にはあまり行かないけど⋮⋮女騎士はそう多くないから、目立つと
思うんだけどね。オリヴィーにも聞いてみるかな。で、そのライラ
さんがどうしたの﹂
﹁今回の賞金首の話、ランベルト家がすでに知っているのは彼女の
行動でわかったんだけど⋮⋮彼女、何を心配してたと思う? ライ
ラは、剣闘士崩れの賞金首が何者かに雇われて、オリヴィアを狙う
んじゃないかって心配してたんだ﹂
﹁⋮⋮演技じゃなかったら、相当ね。あ、でもその騎士はあんたと
オリヴィアの関係は知らないんだっけ。ってことは⋮⋮ええ、月末
には新市街の視察があるから、それを心配してるんでしょうね⋮⋮
相当だわ﹂

659
そんな予定があったのか。
万が一、ランベルト家が仕掛けてくる事があったらどう対応すべき
だろうか。
﹁ともかく、話は伝えておくわ。それにしても⋮⋮なんで放ってお
かないの?﹂
サラの一言は、言われるまでそれに気がつかない自分を自覚させて
くれた。
なぜ、か。
﹁⋮⋮何でだろうね。僕はヌビアは実直な男で、肉体的にも強い戦
士だと思った。彼を魔物にしたら、とても強いだろうなと思ったこ
とは確かだよ﹂
嘘ではない。
嘘ではないけれど、それだけかどうか自信がない。
﹁⋮⋮ま、いいけどさ。お人好しでもめ事に首突っ込むのも程々に
ね﹂
そう言ったサラの顔は、少しだけ笑っていた。
なぜ笑っているのか、残念ながらよくわからなかった。
◆◆◆
ディアナが訪れるまで、まだ時間はある。
準備を終え、久しぶりに魔力を大量に使った酩酊にもにた感覚と疲
労を味わいながら、ダリアを抱く。
体になじんだダリアの肌触りと内側の熱を感じながら、これからど
うなるか考える。
ネムとヌビア。
ヌビアを誘導する方法とそのルート。
追っ手の想定と予定外の事態への対処。
﹁⋮⋮この蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下水路が、今の僕の
”迷宮”だ。ヌビア、君は望まないだろうが、歓迎しよう⋮⋮蜘蛛

660
の巣の都市へ、ようこそ﹂
曲馬団の祭り:地下迷宮への誘い
事態は動き始めた。
夕方頃、サーカス団に領主の騎士が少数の兵士を率いて﹁訪問﹂。
団長に事情聴取を行う。
所詮隣国の⋮⋮しかも、交戦中の国の賞金首だ、あまり大げさに動
くようなことでもない。
これはあくまでも人々に見せるのが目的であり、実際にテントの中
を捜索するかどうかは団長次第で⋮⋮予想通り、団長は兵士たちが
天幕の中を荒
らさせないように、大騒ぎにならないように、賞金首の人相風体に
一番近いヌビアの名を挙げる。
ヌビアはその時すでにサーカス団を出ており、どこにいるのかわか

661
らない。しかも、ネムの姿もない。
ヌビアが一人でどこかに出かけることが多いのはサーカス団の皆が
知るところであり、出て行くときにもさして疑いはもたれなかった。
騎士は事前に情報をつかんだヌビアが逃亡したものと想定し、関所
に通達を出す。
ヌビアの娘ネムについては、当然だが﹁もしや誘拐された娘では?﹂
という想定がされたものの、そこから先まで急いで調査する必要性
もない。
ネムについては、もし運が良ければ保護する程度で話は進んでいる
ようだ。
ここまでは、事前にオリヴィアと相談したとおり。
賞金稼ぎの真似事をする冒険者や、ランベルト家の私兵たちがどう
動くかは全くもって謎だ。
願わくば、彼らが動き出す前ならいいのだが⋮⋮ライラの様子を見
る限り、ランベルト家に関してはもうヌビアに目を付けている事は
間違いないだろう。
だからこそ、今手を打ったのだ。
僕は今、声を届ける魔具を使ってサラの報告をききながら蜘蛛の巣
館にきている。
ヌビアが今ここにいて、ネムは僕が別の場所で保護しているからだ。
状況だけ見れば、圧倒的に僕は有利な位置にいる。しかし、僕が狙
っている勝利条件は賞金首ヌビアの捕獲などではない。
その目的のためには、まだ仕掛けが必要だ。
﹁やぁ、ヌビア。奇遇だね﹂
﹁⋮⋮エリオット、お前も来ていたのか﹂

662
﹁そりゃ、君にここを紹介したのは僕だよ。利用だってするさ﹂
僕はこれからだけど、とだけ告げて﹁経営者だしね﹂という一言は
飲み込む。
まぁ、女を抱いた後に男と談笑したい奴はそう多くはないだろう。
そそくさと立ち去ろうとするヌビアに声をかける。
﹁そう言えば、聞いたかい? このエブラムに他国の賞金首が入り
込んできているって噂があるんだそうだ﹂
﹁⋮⋮いや、初耳だ﹂
ヌビアの反応はほぼ普段通り。こちらにいっさい気取られないよう
にしているのだろう。
こちらも、まだ疑われるわけにはいかないが、ヌビアがこのまま兵
士達に捕まってしまっては困る。
﹁他国で賞金がかかっているからって、この国で賞金が出るわけで
も無いとおもうんだけどね。なんだか騒ぎになってきているみたい
だよ。今日も、ここにくる前に兵士達が新市街に向かうのをみたん
だ﹂
﹁ふむ。俺のような余所者にとっては面倒な事だな﹂
﹁僕だって、そっちほどではないけれどこの都市に移住してきたの
は割と最近さ。新入りはお互い様⋮⋮だけど、新市街の方は結構な
兵士がうろついていたよ。なんだか面倒くさい話さ﹂
それだけ言うと、奥の部屋に向かうように立ち上がる。
ヌビアの身につけているものをチェックする。
残念ながら、僕が貸し与えたものは身につけていないようだ。何か
身につけていれば追跡できるんだけど。
立ち去ろうとするヌビアに、さも今思いついたように告げる
﹁あぁ、そうだ。これは言おうかどうか迷ったんだけど⋮⋮この前、
君の娘さんが君を捜してうちに来たよ﹂
ぴたりと、ヌビアの動きが止まる。こっちの出方をうかがっている
のだろう。

663
﹁詳しい話は聞いていないけれど、あの子は君をとても大事に思っ
てるみたいだ。どこかで、答えを出してあげた方がいいと思う⋮⋮
ただ、僕は君の事情はわからないからね。ばれないようにうまくや
るか、別の方法を探すかは君次第だ﹂
それだけ言うと、僕を呼びに来たドーラをともなって雲の巣館の奥
へと入っていく。
ここでヌビアの答えを聞く必要はない。
まだ僕がどこまで彼らの事情に踏み込んでいっているかはあかさな
い。
ネムがヌビアの娼館通いをどこまで知っているのかも、想像はさせ
るけれど、確定はさせない。
⋮⋮ヌビアに最初に接触するのはディアナに任せてある。
僕が黒幕だとあかすのは、最後の最後の予定だが⋮⋮それも、邪魔
が入らなければのお話だ。
ヌビアは曖昧な返答を返し、地下の通路へと戻っていく。
僕はドーラの軽い愛撫を受けながら、支配人室に入る。
そこには、水盤で今までのヌビアの痴態をずっと眺めながら、ドー
ラ達に開発されていたネムがいる。
よく通る声が響かないように猿ぐつわをかまされ、上半身の薄物は
汗で体にぴったりと貼りついて細身のボディラインを際だたせてい
る。
数時間の間何度もイかされたのだろう、裸の下半身もじっとりと汗
をかき、足下には愛液やその他排泄物が水たまりを作っている。
幼く見えるネムが、肉体の快感を強制的に開発されている。しかも、
これは彼女が自ら望んでのことだ。
愛する男を自分の肉体で虜にするため、その男が他の女を抱くのを
見せられながら、処女のまま娼婦としてのテクニックを植え付けら
れていく。
ひどく隠微なオブジェがそこにあるようで、軽く頭がくらりとする。

664
﹁あら、エリオットもこの子を見てぐっと来ちゃったの?﹂
ドーラが衣服越しに僕のペニスをなでさすり、興奮しているのを察
知したのだろう。
﹁そうするようにしむけたのは僕だし、ネムにそうさせたのは君た
ちだろう?﹂
それだけ言うと、ズボンを落とし下半身を露出させる。
部屋にいたドーラとシロがすかさずペニスに奉仕を始め、あっとい
う間に僕のペニスは屹立させられる。
﹁ネム、ちゃんと練習したかい?﹂
頭をなで、猿ぐつわをはずす。
﹁え⋮⋮エリオット⋮⋮? ネム、いっぱい練習したよぉ⋮⋮。ヌ
ビアに、ネムのおまんこで気持ちよくなってもらうんだもん⋮⋮も
う、他の女の人となんてさせたくないんだもん⋮⋮﹂
夢見心地なのだろう。幼いその表情が、よけいに隠微に見える。
厳密に言えば、農村などであればネムの年齢ならば早い子はそろそ
ろ嫁に入っていてもおかしくはない。
ネムはダリアよりも若いが、そこまでおかしな年齢ではないのだ。
ただ、細身で小柄なこともあり、実際の年齢よりもさらに若く見え
てしまう部分はあるのだろう。
﹁なら、練習の成果を見せてもらおうか。あと、ネムのおまんこは
ヌビアの為にとっておくんだ。だけど、お尻は使うのはわかってる
ね?﹂
﹁うん⋮⋮うんちの穴、ちゃんとドーラの言うとおりにきれいにし
たよ⋮⋮。恥ずかしかったけど、指も入るし⋮⋮その、ドーラのつ
かってるエッチな棒も、ちょっとずつ入るようになったし⋮⋮﹂
﹁ネムちゃん、お尻の才能があるですぅ。最初から、お尻で気持ち
よくなれてるし⋮⋮ちょっとお薬を塗るだけで、すぐにご主人様の
も入れられるようになります♪﹂
僕の亀頭をチロチロとなめることに飽きたのか、シロが口を挟む。
﹁シロ⋮⋮すぐにぺろぺろするんだもん⋮⋮﹂

665
リリが臨月に入ったので、シロは比較的暇なのもあるだろう。
どうやら、ドーラの居ないときはシロが主にネムの教育係をしてい
たようだ。
﹁ドーラ、シロ、そろそろ口をはなしてくれないかな⋮⋮このまま
だと、口に出してしまうよ﹂
﹁あら、出してくれてもいいのに。エリオットなら商売抜きでも抱
かれたいのにさ﹂
﹁シロも、しばらくご主人様に中に出してもらってないです⋮⋮﹂
⋮⋮週に一度は抱いていると思うのだけれども、欲張りなことだ。
たしかに、最近は自分自身が忙しいこともあって女を抱くことは二
の次になっているのも事実だ。
なかなかあえないオリヴィアや、暗殺ギルドでの仕事を優先させて
いるチャナにいたっては顔を合わせることも難しい。そう思うと寂
しいものだ。
⋮⋮二人とも、こんどどこかでじっくりと抱きたいものだけど。
二人のペニスが離れ、ネムの前に僕のペニスが突き出される。
﹁ネム、練習の通りにやってみてもらえるかな?﹂
﹁⋮⋮うん。エリオットのも、けっこう大きいんだね⋮⋮﹂
﹁ヌビアのは、もっと大きいと思うよ。これは、冗談でも何でもな
くて、見ていたからわかるだろうけれど⋮⋮﹂
﹁エリオットのおちんちんは、大人の男としては平均的なサイズよ
ね。並よりはちょっと太いくらい⋮⋮ただ、大きいからって気持ち
いいと思うのは男の身勝手だからね?﹂
﹁ご主人様のおちんちん、いちばん好きですぅ﹂
﹁口に入りきらないようなやつと、こっちがご奉仕しても鈍い奴は
いやなのよねぇ⋮⋮まぁ商売だからなんでもやるけどさ﹂
いや、その。別に自分のモノの品評を聞きたいわけではないんだけ
ど⋮⋮まぁ、平均サイズあると聞いて少しだけほっとしたのは否め
ないけれど。

666
ネムはぼうっとした目でひざをつき、見上げるように僕のペニスを
見つめて、小さい手を添える。
まだ慣れていないのだろうから、その手つきはややたどたどしい。
すこし戸惑うように、小さく舌を出して亀頭をぺろりとなめる。
﹁教えたでしょ、ゆっくりと周囲をまわって⋮⋮そのカリ首のとこ
ろもなめてあげて、竿の部分を甘くくわえたり、口に含んだり⋮⋮﹂
なめる技術はシロに仕込まれたようだが、他の大部分はやはりプロ
であるドーラが仕込んだようだ。
ドーラのざらつく舌、シロの熱いくらいに熱を持った舌と口の中、
そのほかにも各種様々な個性があるが、ネムはどうやらなめること
よりもペニスを奥に迎え入れる⋮⋮飲み込む事がことさら気に入っ
たようだ。
﹁ふふ、やっぱりこの子喉までいけるわね。惜しいなぁ⋮⋮その技
術だけでも、結構な売れっ子になると思うんだけど﹂
﹁んー、んーっ﹂
ネムが僕のペニスをくわえながらも、何か不満げにドーラに返す。
まぁ、言いたいことはわかる。
﹁ドーラ、ネムはヌビア以外に抱かれる気はないんだから、それは
言うだけ無駄だよ﹂
伝わったのが嬉しいのか、ネムが顔をさらに押しつけ、根本までの
み込もうとする。
呼吸が感じられ、軽く吸い込まれるような感覚がくる。これは、喉
にはいりかかっっているのだろうか。
﹁ぷはぁっ⋮⋮この体制だと、うまく入らない⋮⋮エリオット、ご
めんね﹂
そう言うと、急に飛び上がり、僕の頭にネムの足が巻き付けられる。
軽業のように、僕の体に巻き付いたネムの頭部が、僕の股間あたり
に位置するようになる。
一応、落下しないように腰の部分を抱き、軽く押さえる。
ネムがぶら下がった状態で、反り返ったペニスを口に含み、飲み込

667
む。
舌でペニスが口に進入する角度を調整し、喉の奥へ奥へと誘い込む。
ネムの顔が根本まで飲み込み、狭い喉に亀頭が押さえつけられる感
覚と、強烈
な吸引感覚がおとずれる。
﹁うわ、これはっ⋮⋮﹂
サーカス団の軽業で鍛えた業か、自分の腕の力だけで体を持ち上げ、
喉でピストンを行う。
﹁まさに曲芸⋮⋮さすがにこれはうちの娼婦にはできないわね﹂
﹁ネムちゃん、すごいですぅ⋮⋮﹂
確かに気持ちいいんだけど、これは落ち着かない。しかし、目の前
には濡れそぼったネムの股間があり、それが勝手にピストンされて
くる。何もし
ないのももったいないので、近づいたタイミングを見計らってこち
らからもなめ回してみることにした。
﹁⋮⋮っ!?﹂
反応は強烈、小さなお尻がばたばたと震え、のどの奥がいっそう強
く吸引される。
射精感が上ってくるのに併せて、いっそう強くネムの処女地をなめ、
吸い上げ、刺激する。
ぱくぱくと、興奮するのにあわせて小さな菊が呼吸するように開く
をの確認する。
尻穴の開発は、順調に進んでいたようだ。
射精の直前、腰を強くつかんで、小さいながらもはっきり見えてい
るクリトリスにキスをしながら、僕はネムの喉奥に大量の射精を打
ち込んだ。
ネムの体が強く痙攣し、数秒後に一気に力が抜ける。何度目かの絶
頂に達したのだろう。

668
崩れ落ちないように体を支え、床に横たえる。
僕に奉仕を始める前から何度も絶頂させられていたネムの目は、少
し焦点があわないような感じになっている。理性も少し融けてきて
いるのではないだろうか。
﹁⋮⋮男の人のせーえきって⋮⋮おいしい⋮⋮﹂
どうやら、あふれ出した一部の精液以外はすべて嚥下したようで、
夢見心地の状態でネムがつぶやく。
﹁あぁ、それはよかった。でも、きっと君にとってヌビアの精液は
もっとおいしいだろうね﹂
﹁ヌビア⋮⋮あぁ、ヌビアぁ⋮⋮抱いてほしいの、せーえき飲ませ
てほしいのぉ⋮⋮ヌビアぁ⋮⋮﹂
愛しい男に抱かれることを思い、体がさらに切なくなっているのだ
ろう。
媚薬も使っているし、短期間で未熟な体を女として開発しているの
は確かだ、それでも、一人の男への強い思いが処女をここまで隠微
な存在に変えてしまうと言うことに軽い戦慄を覚える。
きっと、彼女の母親も同じような変化をしたのだろう⋮⋮もともと、
魔物に堕ちやすい血筋だったのかもしれない。
﹁ネム、ヌビアは追われている。このままだと、ヌビアは捕らえら
れるか、殺されるか、君を守るために一人でどこかに旅立ってしま
うだろう。⋮
⋮君は、それはイヤなんだよね?﹂
﹁イヤなの、ヌビアと一緒にいたいの。ずっと一緒にいたいの⋮⋮﹂
口の端に精液の残りかすをつけ、愛液と汗にまみれたままで床に横
たわる少女は即座に答える。
﹁人として暮らすことは無理かもしれない。でも、ネムが人間のネ
ムではなくなり、ヌビアも人間のヌビアではなくなれば。二人とも
魔物になってしまえば、一緒に暮らす事ができるかもしれない。僕
はその手伝いができる。⋮⋮君は、魔物になることを望むかい?﹂

669
ネムがどう答えるかなんて、分かり切っている。
それでも、聞いておかなけれないけない。僕が自分自身に区切りを
つけるために。
﹁うん⋮⋮ネムは、ヌビアがほしいから。ネムは魔物になって、ヌ
ビアも魔物にして、ずーっと一緒に暮らすの⋮⋮だから、して。ネ
ムを、魔物にして⋮⋮!﹂
﹁わかった。僕は君がヌビアを魔物にするために、君がヌビアを手
に入れるためのできる限りのことを協力しよう。そのために、まず
は君の尻を犯して、半分を魔物にして⋮⋮それでも、まだ人間のま
まヌビアへの人質になってもらう。方法は、僕に任せて﹂
﹁おねがい⋮⋮﹂
それだけ言うと、ネムはうつ伏せになり、お尻を突き出す。
小振りなお尻が、何かを期待するように震えている。
﹁おまんこは、ヌビアだけだけど⋮⋮ヌビアを捕まえるためだし、
エリオットなら⋮⋮いいよ。ネムのお尻を⋮⋮犯して、ください⋮
⋮﹂
670
曲馬団の祭り:ヌビアを待ちながら︵☆︶
処女の尻を犯すというのは、なんだか逆転したことかもしれない。
幸か不幸か、僕には同性愛の趣味はないし、別に前が未使用でも使
用済みでもここに差があるわけもないと思うのだけど、なんとなく
ずれたイメージを受け止めてしまう。
ただ、それは今僕が尻を犯している少女には別の愛する男が居て、
少女の歪んだ恋を実現させるために彼女を犯しているというねじれ
た現実がそう思わせているのかもしれない。
ゆっくりと、傷を付けないように自分のペニスをネムのお尻の穴に
あてがい、ゆっくりと中にねじ込んでいく。
﹁なんか⋮⋮変な気分⋮⋮ネムのお尻の穴、いっぱい広がってる⋮
⋮﹂
潤滑油として、娼婦達が使う薬だけではなくチャナから調達したス

671
ライムの粘液もたっぷりと使う。
ドーラ達娼婦に開発させたとはいえ、まだ性的な経験の多くないネ
ムの体にあまり負担をかけたくはない。
指や器具であらかじめ広げてあるとはいえ、初めてペニスを受け入
れるのはやはり違うらしい。
強い抵抗があったが、数分間かけて、ようやく亀頭が中に入った。
﹁いっぱい⋮⋮いっぱい入ってる。お尻の中に、おっきなのがはい
ってる⋮⋮﹂
前に男を受け入れたこともないのだから、唇や喉以外で男のペニス
を受け入れるのは初めての体験だろう。
強烈な異物感に、ネムの体がまだ拒絶反応を示しているのだ。
それでも、すでに外部から発情させられているネムの体はゆっくり
と尻穴からの快感を受け取っていく。
最初は力んでいたが、かわいらしい乳首や背中、未開拓の処女地を
撫で、刺激されるとゆっくりと力が抜けていく。
亀頭が抜けてしまえば、あとは比較的容易だった。ゆっくりと、焦
らないようにネムの腹の中に残り部分を押し込んでいく。ネムはつ
ま先立ちになり、体はこの異物感に耐えようと、あるいは逃れよう
としている。
﹁ゆっくり動くよ、ネム。ちゃんと気持ちよくなれるように、快感
を受け入れて。ヌビアのは、きっともっと大きいからね﹂
まだここにいない、ネムの愛する男の名をあげて情欲の炎をあおる。
未熟ながらも、家族への愛という形で一年以上の間押さえつけられ
てきた男への愛は、ネムの性欲を一途にとがらせ、暴走寸前まで追
い込んでいた。
﹁ヌビアに⋮⋮もうすぐ、ヌビアに抱いてもらえるの⋮⋮あっ!?﹂
それだけで、ネムの直腸に痙攣のような動きが起きる。
きっと、膣内がきゅっと反応したのだろう。若くても、情念という

672
意味ではネムは立派な女だった。
ネムの歌うような高く澄んだ声が、淫らに音を跳ね上げる。
歌に合わせるように、ゆっくりと出し入れを開始する。
﹁あっ⋮⋮あぁ、ふあ⋮⋮あぁんっ⋮⋮!﹂
それは、ようやく理解し始めた性の喜びを歌い上げる淫らな鳥のさ
えずりだった。
短くとぎれつつ、吐息のように快感を感じていることを告白する。
﹁いいっ⋮⋮うんちするところなのに⋮⋮エリオットのおちんちん
で、ぬぷぬぷって⋮⋮なんで、なんで気持ちいいのっ⋮⋮!?﹂
﹁ネム、それでいいのよ。お口でも、お尻でも、当然おまんこでも、
男の人に気持ちよくなってもらって、気持ちよくなれるのが女なの。
だから、もっと気持ちよくなりなさい?﹂
ドーラはネムが倒れないように体を支えながら、時に唇をついばみ、
首すじに舌をはわせ、乳首をこするようにさすり、刺激を与え続け
る。
シロはどうやらサポートに飽きたのか、ネムの尻を貫く僕のペニス
に舌をはわせ、接合部に刺激を与えながら時折僕を上目遣いに見つ
める。
﹁後でシロにも手伝ってもらうから、今はお預けだよ⋮⋮。ネム、
今から僕は君のおなかの中に精液をいっぱい出す。君は、それをお
なかの中にためたまま、ヌビアに抱かれることになるんだ﹂
ネムは、その言葉に隠された僕の狙いを知らない。
それでも、ヌビアに抱かれるという彼女の望む未来が彼女にはまぶ
しすぎるのだろう。
ネムの背中が大きく痙攣し、絶頂が近いことをドーラが知らせてく
る。
自分の下腹部に精液とともに魔力が集まり出すのを自覚し、ゆっく
りとイメージを固める。
下腹部にたまったマグマのような魔力。それを、一部だけ引き延ば

673
し、ネムの腰を押さえる自分の手の先に持って行く。
蜘蛛の糸のように、魔力を補足縒り合わせる。
爪の先をペン先のようにイメージし、ネムの白い肌に、まるでそこ
が羊皮紙であるかのようにペンを走らせる。
イメージする。なめらかなネムの体に描くのは、彼女に与えたいと
思った姿と、反転させた魔法陣。
彼女の内側に向けた焼き印と、彼女から外に向けさせた焼き印。
ネムは人の身のままにして、すでに僕の道具となり果てた。
だけど、これはまだ途中だ。
両腕をネムの小さな後ろ頭に掲げ、指先から細く縒り合わせた魔力
の糸を侵入させる。
ネムの中にある心に忍び寄り、ある機能を縛り付ける。
特定の状況になるまで、絶対に機能しないようにして解き放つ。
快感を得やすいように、感度を上げておくこともついでにしておく
が、これはネムにとっては辛いかもしれない。
﹁ネム、出すよ。僕の精液を、腸内にいっぱいためておくんだ⋮⋮
っ﹂
﹁うん、きてっ⋮⋮きてぇ! 何かきそうなの、またイキそうなの
!﹂
それから十秒ほどで、僕が限界に達する。
どくどくと、精液が勢いよくネムの腸内に吐き出され、ネムの全身
が小刻みに刻まれ⋮⋮急激に平静な状態に収まる。
﹁おなかいっぱい、暖かい⋮⋮暖かいのに、イキそうだっったのに、
なに、なにこれっ⋮⋮!?﹂
自分の体の異変に戸惑うネム。
自慰やドーラ達との訓練で絶頂に達することは覚えているのに、明
らかにイキ損ねていることに驚いているのだろう。
﹁イケないようにしてあるんだ。ネム、君が次にイクのは、ヌビア

674
に抱かれたときだ。だから、それまでの間は、気が狂うほどの快感
を受け止めても、イクことはできない。⋮⋮ヌビアが早く来るよう
に祈るよ﹂
僕の想定では、ネムを魔物にするだけならば十分な魔力がそそぎ込
まれている。
だけど、まだ足りない。
それまで、ネムに魔物になられては困るのだ。
﹁そ、そんなぁ⋮⋮切ないよ、エリオット、これ、お尻が切ないよ
⋮⋮﹂
ドーラにはネムに服を着せるように指示し、シロには僕の衣装を用
意させ、移動の準備を命じる。
﹁詳しいことはわかんないけどさ、ネムをあたし達みたいに魔物に
して仲間にすんのかい?﹂
ドーラが聞いてくる。まぁ、詳しい説明はしていなかったから気に
なるのは当然か。
﹁半分はそうだ。ただ、知っての通りネムは彼女の父であるヌビア
に惚れぬいているからね。
 ⋮⋮親子そろって、いや、夫婦そろって僕の魔物になってもらう
つもりだ﹂
まぁ、ヌビアがそれを望めばね、と軽くつぶやく。
シロとネムをつれて、地下水路に入る。
もう、場所は決めてある。
あとは、ヌビアを呼び寄せるだけだ。
◆◆◆
旧市街の店を任せているダリアには、早めに店を閉めておくように
伝言を残してある。
ライラにはあの店にヌビアが訪れていることは話している︵なにせ、
冒険者としても活動しているヌビアのスポンサーは僕だ。知らせな

675
いわけには行かない︶から、ライラやランベルト家の人間が来るこ
とも予想してしかるべきだろう。
万が一を考え、元々多くあるわけではないが店に置いてある危険な
物品はすべて暗殺ギルド側に移してある。
地下水路への隠し通路はワイン樽や在庫を詰めた棚でふさいでおい
た。
家に帰ってきたサラから、ダリアがサラの家に避難を住ませたこと
を確認する。
アスタルテには何かあったときの予備として、町中に待機してもら
っている。
万が一、地下水路の中のミヤビに何かを頼むようなことがあれば、
今回の目的達成はかなり厳しい状況になっていると思わなければい
けないだろう。
暗殺ギルドの人員には、あえてヌビアに見つかるように地上への出
口付近で﹁賞金首の捜索﹂をさせている。
それを避けて、ヌビアが地下水路へと戻るところにディアナを接触
させる。
それが、この計画の第一段階だ。
﹁ご主人さまぁ、配置はこんな感じでいいですかぁ?﹂
シロはリリが居ないときは、以前と同じように甘えてくる。
依存心の向かう先はリリと僕に分散したとはいえ、リリがそろそろ
臨月なのであまり相手をしてもらえないのだろう。
﹁あぁ、それでいいはずだよ。後は灯りを暗くして、入り口から見
てもらえるかな?﹂
﹁⋮⋮イケないの、イキたいのに⋮⋮いけないのぉ⋮⋮♪﹂
僕はシロの声を聞きながら、地下の部屋に設置したソファに腰掛け
て、ネムの尻を犯し続けていた。

676
移動した後に軽い食事と休憩をはさみ、それからすぐネムを犯し始
めて、あれから二回ネムの直腸内に射精している。
おそらくは3回分の絶頂を強制的にキャンセルさせられているネム
は、思考力もやや衰え、ヌビアの名を呼び、絶頂を迎えられないこ
との不満を漏らすばかり。
﹁確認しました、問題ありませんよぉ⋮⋮いいなぁ、ネムちゃん。
ご主人様にいっぱい出してもらえて⋮⋮﹂
戻ってきたシロが、うらやましそうにネムをみる。
﹁⋮⋮でも、絶頂に届くときに強制的に元に戻されるんだけど、シ
ロはそれでもいいの?﹂
聞いてみると、一瞬イヤそうな顔をした後に
﹁あ、でもご主人様に意地悪されていると思えば、それはそれでか
まってもらえてていいかもですぅ﹂
と、すこしだけ恍惚とした表情を見せる。
﹁ヌビアが来てくれたら、シロを抱く番だよ。だから、それまでは
⋮⋮うっ!﹂
﹁あぁぁぁあぁあ⋮⋮あぁん、イキたいのにぃ⋮⋮イケないの、イ
ケないのぉ!﹂
もうネムの尻穴からは、腸液と精液が混じってあふれ出している。
かなり薄い陰毛しかはえていない膣周辺も、すでにあふれ出した愛
液でべとべとだ。
ネムの腸内に四回目の精液を放出してからほどなく、ディアナは無
事にヌビアに接触。
音声を伝える魔具を渡すことに成功したと連絡があった。
﹁案外、時間がかかったね﹂
これも、音声を伝える魔具でディアナに状況を確認する。

677
音を伝える、視覚を伝える。自分が保身のために身につけた最初の
技術は、今になっても有効に活用されている。
魔力が上がったことによって、音を伝えるだけなら、この都市の大
半はカバーできるようになっていた。
﹁ええ、すでに地上には暗殺ギルド以外にも賞金首を探す兵士が動
き回っていますので、見つからないように目標に接触するまで手間
取りました﹂
状況は悪い予想通りに動いている。対応できたからいいが、一日遅
かったらもうヌビアを助けることは無理だっただろう。
﹁ヌビアは魔具を受け取るときに、何か言っていたかい?﹂
﹁いえ、特に。ネムさんは無事だとお伝えしただけです﹂
あぁ、無理もない。ディアナもばくちを打つものだ。
下手を打てば、ヌビアがディアナを捉えようとして一悶着起きる。
﹁わかった。ディアナはそれとなく地上の様子を確認して、ギルド
のメンバーをまとめて戻ってかまわない。後はこっちで、あらかじ
め決めていた場所にヌビアを誘導する﹂
﹁地上の様子ですが⋮⋮偶然ですが、ランベルト家の女執事が馬車
で動き回っているのを見かけました﹂
一瞬で鼓動が早くなる。
﹁ランベルト家が動いたか。それにしても、女執事って?﹂
﹁ランベルト家の現党首は、自分と同年代の年老いた執事を使って
いますが、次期党首のルベリオ殿は都市貴族の女性を愛人兼執事と
して使っていると噂されています。下級貴族ですが、都市の裏事情
に通じた相手です﹂
⋮⋮何でそんなことを知っているのだろう?
ディアナの答えはこうだった。
﹁先ほど、すれ違った時に声を聞きました。聞き間違うはずもあり
ません⋮⋮あの女は、オリヴィア様の暗殺を依頼してきたランベル
ト家の使者の一人です﹂
ようやく、糸がつながった。

678
思考が先走りそうになるが、今はまだそのときではない。
﹁ディアナ、その女執事と暗殺ギルドはもう縁が切れてしまってい
るのかい?﹂
﹁連絡を受けていたアラクネが死にましたので、連絡手段がなくな
っているのです。ですが、これでこちらから接触する事は可能にな
りました﹂
﹁わかった。今はまだいい。でも、その女執事については調べてお
いて。ただ、そいつが出てきているということは⋮⋮ランベルト家、
表側だけではなく裏側でも本腰を入れてきたのか⋮⋮?﹂
曲馬団の祭り:蝙蝠の目
ランベルト家の動きは、まだ明確ではない。
地上にはすでに兵士や冒険者があふれている。めざとい奴は、地下
水路にも目を付けるだろう。
ある程度は仕方ないが、旧市街の僕のダンジョンにはできるだけ近
づけたくない。
今のところ想定できる手はいくつか。
まず、状況さえ許せばもっとも良いのは、ヌビアが地下水路から脱
出したという事実を作ってしまうことだ。
中途半端にふさがれている地下水路の出口の一つに、小舟を隠して
ある。
小舟には、ヌビアと同じサイズになるように荷物を積み込み、毛布
を巻き付けてある。

679
どこかのタイミングで水路を解放し、ヌビアが川から逃亡したとい
う目撃情報を作ればいい。
ただし、タイミングが遅すぎるとやはり問題だし、また、ヌビアが
どれだけの速度でこっちに来てくれるかが明確ではない。
ほかには、幻覚の魔法で壁を作り出し、地下水路の道を変えたよう
に見せる方法。
ただ、これは魔力の消費の問題で長時間維持できるものでもないた
め、誰か来るのがわかってから対応という対処療法にしかならない。
ほかにもいくつか案はなくはないが、何事もなければそれが一番だ。
地下水路の見取り図を取り出し、エブラムの地図と並べる。
見えているのは、伝声の魔具が今どこにあるかだけ。
⋮⋮ヌビアの現在位置だけが大まかにわかっていたのは、それでも
大きなアドバンテージだが⋮⋮
この地図のどこに誰がいてどう動いているのか。神ならぬ僕の目に
は見えるはずもなかった。
﹁⋮⋮これ以上考えても無駄だね。そろそろヌビアを呼ぶとしよう﹂
独り言のようにつぶやくと、ネムが愛しい男の名を聞いて嬉しそう
に微笑む。
もっとも、その微笑みは蓄積した快感により少し引きつった、ずい
ぶんと淫らなものであり。
ヌビアが今の状況を見たら僕を殴り殺すのではないかとも思われる
が。
定型の起動文言を唱え、伝声の魔具を起動する。
﹁⋮⋮聞こえるか、賞金首のヌビア。僕が誰だか、声を聞けばわか
るだろうと思う﹂

680
小さく、ヌビアの声が聞こえた。数秒間をおいて、言葉を続ける。
﹁これはお互いに声だけを伝える道具だ。君の声も、こちらに届く
ようになっている﹂
﹁その声は、エリオットか⋮⋮なにが目的だ﹂
当然の反応だ。
﹁⋮⋮話は後でする。君にはまず追っ手から逃れてもらう必要があ
る。周囲に追っ手の気配はあるかい?﹂
﹁⋮⋮ネムは無事か﹂
⋮⋮まぁ、そういう反応になるだろう。
﹁⋮⋮少なくとも、怪我はしていない﹂
シロに目線をとばし、シロが頷く。
﹁ネム、ヌビアに声をきかせてあげるんだ﹂
ネムはどこからか聞こえてくるヌビアの声にきょろきょろとしてい
たが、僕が机においた貝殻から聞こえて来るというのがわかったの
だろう。
﹁ヌビアぁ⋮⋮むぐっ﹂
今、よけいなことをヌビアに知らせたくはない。シロは僕の意図通
りネムの口をふさいでくれた。
﹁エリオット、貴様⋮⋮!﹂
﹁勘違いされても仕方ないが、僕は君の賞金には興味がない。とは
いえ、まったくの善意から君たちを助けようと言うわけでもない⋮
⋮だから、取引がしたい﹂
数秒の沈黙。
﹁⋮⋮言え。なにが望みだ﹂
声のトーンがさらに低くなる。まぁ、怒っているだろうことは想像
に難くない。
﹁まず、僕の指示に従って地下水路を動いてもらう。追っ手が来て
いるかも知れないから、周囲を警戒して少し迂回してもらう。まず
は、君を安全な場所に連れて行くことからだ﹂
﹁いいだろう。貴様の命令に従おう。ただし、ネムに手を出してみ

681
ろ。必ず、寸刻みにして殺す﹂
◆◆◆
それからしばらく、ヌビアを誘導をして地下水路を歩かせた。
一つは、ヌビア本人の方向感覚を奪うため。
もう一つは、地上の動きがヌビアを追っているかを確認するため。
正直に言えば、念のため程度の警戒でしかなかった。二回くらい迂
回させたら、時間もないことだし早々とヌビアを呼び寄せるつもり
だった。
しかし、地上に居るアスタルテから入った連絡が僕の血の気を引か
せることになる。
﹁エリオット様。ランベルト家の兵士達が旧市街の水路に向かって
います﹂
伝声の魔具から聞こえてきたアスタルテの声は、半分は警戒、半分
は疑問の色をしていた。
﹁⋮⋮今、ヌビアはちょうど旧市街のあたりにいる。どのあたりに
兵士達が向かったかわかるかい?﹂
アスタルテの報告によれば、ランベルト家の兵士たちの動きはまぐ
れ当たりと断ずるには危険すぎる精度だった。
急遽ヌビアに方向転換をさせ、新市街方面に向かわせる。
地下水路の水位が多いあたりで、そこには暗殺ギルドが使っている
地下水路移動用の小舟があるのだ。
﹁エリオット様、ランベルト家の兵士達が目的地を変え、新市街に
向けて移動を開始しました。⋮⋮行動を読まれているのですか?﹂
僕の沈黙を知って、アスタルテもその判断をくだす。
﹁あぁ、ほぼ間違いない。何らかの方法でヌビアは発見されている﹂

682
考えろ、考えろ、考えろ。
僕が最初から圧倒的に強かったことなんて、今までもろくにありは
しなかった。
だから、これはいつも通りの戦い。
有利は存在しないと思え、準備は最低限だと思え。敵は常に上手で
あると想定しろ。
どうやって、ヌビアの後を追跡している?
ヌビアに僕同様に魔具を持たせれば、追跡は可能になる。
ヌビアのスポンサーは僕だが、他になにも持っていないとは限らな
い。
﹁ヌビア、ここ最近、この貝殻⋮⋮声を伝える道具以外に、誰かか
らもらったもの、身につけているものはあるかい?﹂
﹁⋮⋮なにか、有ったのか﹂
僕の声から、状況の悪化を察知するヌビア。勘がいい。
﹁まず、質問に答えてほしい。そして、状況は良くない﹂
﹁⋮⋮食い物飲み物以外は、普段身につけているものしか持ってい
ない。あとは財布と金くらいか﹂
食品に追跡用の何かを混入させるのは、有効ではあるが今の段階で
はまず無いだろう。
ヌビアを発見していて、食事に仕掛けができるならば、ヌビアは捕
まっていないのがおかしいくらいだからだ。
残りは、金貨などの金⋮⋮だが、いつ消費されるかわからないもの
に託すのは正直あり得ない。
下手をすれば兵士達が﹁蜘蛛の巣館﹂に飛び込んでいくことになる。
ならば、まずは魔力のある品を追跡している可能性は大きく減った。
それ以外に⋮⋮
﹁ヌビア、周囲に人の気配は?﹂
﹁ない﹂

683
﹁なら、それ以外⋮⋮小動物とか猫とかが居たりしないか?﹂
﹁⋮⋮天井に、さっきから時々コウモリが飛んでいる位だな﹂
⋮⋮コウモリ?
地下水路にはネズミや野良猫などが時折住み着いていることがある。
コウモリも、多くはないが巣があることは知っている。
だが、今はそれが唯一の可能性だ。
﹁ヌビア、こっそりとコウモリの様子をうかがってほしい。数は多
いかい?﹂
﹁⋮⋮いや、ここにいるのは一匹だけだ。あと、わかったことがひ
とつある。あのコウモリ、何かペンダントのようなものが引っかか
っているな﹂
!!
﹁⋮⋮それだ﹂
間違いない、使い魔だ。おそらくは、コウモリを使役し、映像を伝
える﹁目﹂を持たせているのだろう。
忘れていた。サラが言っていたじゃないか⋮⋮宮廷内に﹁目﹂を仕
掛けている奴が居ると。まず、そいつに違いない。
﹁どうすればいい?﹂
ヌビアの声は冷静だった。ネムがつまらなさそうに僕の背中をつつ
いた。
⋮⋮事態を理解していないネムのせっつきで、少し冷静さが戻って
きた。
﹁今は、気が付かないふりをして。目的の小舟の所に付くまで、少
しゆっくり歩いてほしい。その間に、コウモリが増えたりしないか
を確認しておいてくれ﹂
それだけ言うと、別の伝声の魔具を取り出し、別の相手に呼びかけ
る。
﹁予定変更だ、すぐに動いてほしい⋮⋮﹂
◆◆◆

684
﹁⋮⋮小舟の所まで付いた。コウモリは時折姿を消すが、同じ個体
だ﹂
﹁わかった、もうすぐ準備ができるから、小船に乗って、流れに沿
って移動してくれ⋮⋮で、コウモリを撃ち落とせるかい?﹂
跳び道具がなければ、ディアナを呼び戻すか、もう一つの手を使う
しかない。
﹁おそらく大丈夫だ﹂
なら、いいだろう。
﹁小舟が移動を初めたら、コウモリが君を追って動き出すと思う。
そのタイミングで、コウモリを撃ち落としてほしい﹂
﹁コウモリが持っているペンダントのようなものは奪うべきか?﹂
﹁いや、そのまま放置して﹂
﹁わかった﹂
しばらくして、何かがぶつかる音と、何かが水に落ちる音が聞こえ
た。
ヌビアがうまいことコウモリを撃墜したんだろう。石でも投げたの
だろうが、ヌビアの怪力で投げつけられた石ならば、十分に人も殺
せるだろう。
ヌビアではない方につながる伝声の魔具に、改めて指示を出す。
﹁準備はできた。そっちは大丈夫? あぁ、そう。ヌビアという大
きな人が乗っている小舟を、流れとは逆に⋮⋮そう、あの部屋の近
くまで運んでくれるかな⋮⋮うん、頼むよ、ミヤビ﹂
即座に、ヌビアにも声をかける。
﹁そのうち、その小舟は水の流れに逆らって動き出すけど、そのま
ま乗っていて﹂
﹁なにを⋮⋮おおっ⋮⋮確かに。何かが、船の下にいるな⋮⋮﹂
ミヤビの気配に気が付いたのか。声の警戒度があがっている。

685
﹁それは僕の部下だから、警戒しなくていい﹂
﹁⋮⋮エリオット。貴様、いったい何者だ?﹂
改めて、ヌビアが聞いてくる。
﹁僕にだって、わからないことはあるよ。確実なのは、僕は君が知
っている表の顔よりは悪党だってこと﹂
﹁⋮⋮ただの悪党が、魔物を使役できるわけがない﹂
⋮⋮ミヤビの正体に気が付いたようだ。まぁ、もうそこは隠す必要
もないだろう。
言葉を紡ぐ前に、アスタルテから連絡が入る。
﹁エリオット様、ランベルト家の兵士が再び旧市街の水路に移動を
始めました﹂
よし、兵隊達は水路の下流の方に⋮⋮小舟が本来流れるだろうエリ
アに向かった。
コウモリの﹁目﹂をつぶしたときに、あえて小舟に乗って居るとこ
ろを見せたのはこのためだ。
ようやく、追跡を撒くことができたといえるだろう。
﹁僕はただの悪党だよ。ただの悪党で、魔法の道具を扱う商人で⋮
⋮、半分だけ人間で、残りは魔物の血が流れているらしいけれどね。
でも、ヌビア。そんな奴の所に、君の大事なネムは居るんだ﹂
沈黙をもってヌビアは返答する。
ヌビアの魔具の反応が、目的地に到着する。
﹁ヌビア、そこで降りて。明かりがついている道が一本だけあるか
ら、その灯りに従って進んでほしい。ネムは、その先にいる﹂
それだけ言うと、魔具の通信を落とす。
ある程度遠回りさせて、体力的に疲労してもらうことが目的だが、
ヌビアの体力を考えると無駄なことだったかもしれない。
ミヤビにも改めて連絡をいれ、下流の地下水路出口に隠した小舟を
水路に放つように指示をする。

686
ディアナ達には、その場の判断でヌビアが乗っているだろう小舟が
誰かに捕まりそうな場合は、火矢を打ち込むように指示をしておく。
準備はできた、後はヌビアを待つだけだ。
ネムから猿ぐつわをはずし、改めて媚薬の入った酒をお湯で割り、
口に含ませる。
﹁ネム、疲れた? もうすぐ、ヌビアが来るよ﹂
﹁大丈夫。ヌビアが来てくれるなら、きっと大丈夫⋮⋮﹂
ネムの体の中には、時間がたっても収まりきらない欲求不満が渦巻
いている。
絶頂に届く寸前で何度も寸止めされ、直腸の中には僕の魔力と精液
が渦巻いている。
椅子に腰掛け、ネムを引き寄せ、僕の上に座らせる。
ネムの尻を貫き、弱く快感を与えながら、両足を抱えて、部屋の入
り口の方向を向かせる。
⋮⋮ヌビアが部屋に入ったときに見えるのは、僕に尻を犯されてい
るネムの姿だ。
﹁ご主人さまぁ、もう来たみたいですぅ﹂
シロが曲がり角から声をかけてくる。
﹁あぁ、もう奥に引いて。万が一巻き込まれたら大変だからね﹂
シロはこっちに小走りに駆けてくると、ネムの頭をくしゃっと撫で
てから奥に隠れる。
改めて、この部屋に仕掛けた伝声の魔具を起動し、声をかける。
﹁不本意だとは思うが、ようこそ、ヌビア。ここは人食いダンジョ
ン⋮⋮僕の住処だ﹂
687
曲馬団の祭り:ヌビアとネム
﹁ネム!﹂
ヌビアの声が響く。
どうやら、部屋に入ってきたようだ。
﹁ヌビア⋮⋮来てくれた、ヌビアぁ⋮⋮!﹂
ネムが、待ちきれないと言うように男の名を呼ぶ。
﹁やぁ、よく来てくれたね、ヌビア。ネムは、ここだ﹂
ヌビアの目に映るのは、椅子に腰掛けた僕と、僕の上に腰掛け、尻
を貫かれているネムの姿。
﹁貴様! ネムに何をしたぁ!﹂
その言葉とともに、ヌビアの手元から戦斧が投げつけられ、狙い通
りにネムの頭の上⋮⋮僕の頭に斧が突き刺さり、けたたましい音を
立ててガラス板が砕け散る。

688
﹁!﹂
ヌビアの動きが止まる。
さて、ヌビアが即決タイプなのはわかった。次の行動に移る前に話
をしないと。
﹁ネムはまだ、女にはなっていない。君に捧げるために、前だけは
守っているんだ﹂
﹁ヌビア⋮⋮あのね、エリオットは悪くないの⋮⋮ネムが、お願い
したの﹂
僕の言葉で動きをいったん止め、ネムの言葉で考え込むように動き
が止まる。
次の行動に移られる前に、ヌビアを止めなければいけない。
﹁ヌビア、もうわかっていると思うけれど、左を見て。今、君が叩
き割ったのは鏡に映った像だよ﹂
落ち着いた風を装っても、ヌビアの決断の早さと攻撃の正確さには
冷や汗をかかざるを得ない。
ヌビアが激昂する可能性はあらかじめ予想されていたから、万が一
のためにL字型の部屋に陣取り、灯りを暗くした上で鏡の像を用意
していたのだ。
⋮⋮投げナイフや手斧ではなく、戦斧をいきなり投げつけるとは思
っても居なかった。
しかも、ネムに当たることはないと確信している。そうでない限り、
あんな危険な真似はできない。
﹁ヌビア、君はネムを女として見ている。それなのに、君はネムを
娘として扱おうとしているね?﹂
ヌビアがこちらを睨む。その目つきは、まるでこちらを呪い殺そう
としているようにも見える。
﹁⋮⋮そんな、ことは⋮⋮﹂

689
﹁なら、何故君は今そんなに怒り狂ったんだい?﹂
そう、それが何よりの証拠。
真実かどうかは、この際後回し。
あの一瞬の怒りを、そういうものだったのだと本人に自覚させるか、
錯覚させれば目的は達成される。
それに⋮⋮それはおそらく、間違っていないのだ。
﹁ヌビア、君はネムが僕に犯されたと思って怒り狂った。殺されて
いないことや、怪我をしていないことを心配していたのかもしれな
いが、その怒りは違うものだよね?﹂
ヌビアが黙る。
﹁君は、僕にネムをとられたと思ったんだ。ずっと自分に付いてき
てくれると、扱いに困りながらも、どこかでそう考えていたんだろ
う? それが裏切られた、あるいは、奪われたと思ったから、あん
なに怒ったのさ﹂
﹁ヌビア⋮⋮本当に? あたしのために、そんなに?﹂
﹁いや、俺は⋮⋮俺は、そんなことは⋮⋮﹂
ヌビアの言葉は、その苦しそうな表情とは裏腹だった。
⋮⋮もう一押し、か。
﹁なら、いいだろう? ネムの生活は僕が保障しよう。君はどこか
に逃げていけばいい。⋮⋮ネム、お尻の中に、もう一度出すよ﹂
﹁やぁ⋮⋮またなのぉ!? ヌビアがいいの、次はヌビアのがいい
のぉ⋮⋮あぁっ! おなかが⋮⋮熱い⋮⋮﹂
とどめとばかりに、ネムの直腸に精液をそそぎ込む。
ネムにはあらかじめいい含めてあり、ヌビアの顔をずっと見るよう
にさせている。
絶頂に届く寸前の、女の表情。
それが絶頂に届くことを許されずに、泣きそうになる少女の表情。
ネムの小さな腰を抱え、尻穴からペニスを引き抜く。
﹁さぁ、ヌビア。この子はまだ前は使っていない。君がいらないと
言うならば、僕がもらってしまうよ?﹂

690
それでもいいのかい、と挑発する。
シロが裏から現れ、ネムをゆっくりと床にたたせ、僕のペニスを清
める。
シロの瞳はすでに発情した雌のそれになっているが、まだシロを抱
くわけには行かない。
手で頭を軽く押さえ、待てと伝える。
﹁ネム、君からもお願いするんだ。ヌビアはお父さんではないと、
女にしてほしいと﹂
﹁エリオット、貴様ネムに何を吹き込んだ!?﹂
ヌビアの怒りは、ネムの一言によって押さえつけられた。
﹁⋮⋮違うの、ヌビア。これは、あたしがお願いしたの﹂
﹁そう、僕は依頼されたんだ。ヌビア、君を蜘蛛の巣館に案内した
その日にね﹂
ヌビアの表情が凍る。
﹁ヌビア、ほかの女の人を抱いちゃやだよ! ママだってイヤだっ
たのに、ほかの女なんてもっとイヤ!﹂
興奮したのか、涙をぽろぽろと流しだしたネムの肩を押さえ、引き
寄せる。
﹁ネムは、ヌビアを自分の男にしたいから邪魔をしてくれるなと僕
に言ってきた。そして、事情を聞いた。⋮⋮もちろん、僕は悪党だ。
ネムの思惑をすべてかなえるというわけではなく、ネムに取引を持
ちかけた﹂
﹁⋮⋮一体、その取引とは何だ⋮⋮!﹂
﹁君とネムをつがいにする。そして、その生活を保障する。その代
わりに⋮⋮君たちに、人間をやめてもらう﹂
ヌビアの表情が固まる。
あぁ、彼は理解している。本能で、経験で、そして、地下水路で見
たミヤビの影で。
﹁鉱山村グランドルの人食いダンジョンを知っているかい? 僕は、

691
あの村で育った﹂
その言葉だけで、ヌビアは要点を察したのだろう。
﹁お前が、ダンジョンの主⋮⋮だと? グランドルのダンジョンは、
この都市の軍隊に⋮⋮﹂
﹁もし、共犯だったとしたら? 君は聞いているだろう。グランド
ル攻略軍の指揮官であり、エブラム伯の跡継ぎであるオリヴィアは
僕と同じ村で過ごしていた時期があるということを﹂
﹁⋮⋮!?﹂
そう、あの場所にヌビアが居なくても、サーカス団の団長ゴードン
の前で僕とオリヴィーが知り合いだと言うことは知られている。
﹁オリヴィアは常に暗殺の危険にさらされている。僕は、魔物とし
て追われる定めにある、だから、僕たちは、この都市を表と裏から
掌握することにした。そして、ヌビア。君を追っている相手は、オ
リヴィアの敵だ。だから、君たちに手をさしのべ⋮⋮いや、手を出
したんだ﹂
救うなんてことは、とてもいえない。
これは取引、しかも、こちらが圧倒的に強い立場からの脅迫だ。
﹁ただ、それは僕の立場からの物言いでしかないし⋮⋮ネムが言っ
てこなければ、僕は君たちに手を出すこともなかっただろう。だか
ら、これは誘いでしかない。僕からの申し出を受けるかどうかは、
君たちが決めてくれ。⋮⋮追っ手は撒いた。しばらくの間は時間が
とれるだろう﹂
◆◆◆
﹁ネム。ここからは君がヌビアと話すんだ﹂
それだけ言うと、ネムを自由にする。
薄物の絹の上着だけを身につけ、下半身は生まれたままの姿。
全身に小さな汗の玉を浮かべながら、美しく淫らな小鳥が黒い巨漢
の元へと歩みを進める。

692
ネムの何倍も大きなヌビアは、小さな愛娘が近づくたびに、ほんの
少し後ずさる。
﹁ネム⋮⋮俺は、お前の⋮⋮﹂
﹁そんなの、わかってる﹂
ヌビアが何かを言おうとして、ネムが遮る。もう、何度も繰り返さ
れたやりとりなのだろう。
﹁ママがあたしを殺そうとして、あたしがママを殺した時。ヌビア
は守ってくれたけど、まだ子供だからって抱いてくれなかった。で
も、あれから二年たったんだよ?﹂
二年間、ネムは狂おしい情熱を抱いたまま、満たされることなく過
ごしてきた。
﹁あたしもう子供じゃないよ。ヌビアのことがほしくって、ベッド
の中でオナニーだってしたよ﹂
傭兵として、逃亡者として神経を張り巡らせていたヌビアだ。その
ことに気が付いていないはずがない。
﹁気が付いてたの? 気が付かなかったの? あたしがヌビアの名
前を呼びながら何度も何度もオナニーしてたの。⋮⋮サーカス団の
男達に、手を出されそうになっては逃げてたの﹂
サーカス団の女達は、副業として行く先々で春を売ることも多い。
ネムの年齢ならば、そろそろそちらの副業を始めてもおかしくはな
い年齢だった。
﹁普通じゃないなんて、もうわかってる。狂ってるって言われても、
そうだねって答えるしかない。あたしも、ママも、ヌビアが好きす
ぎて、相手を殺そうとしてしまって⋮⋮あたしはママを殺してしま
って。あたしが人間なんかであるわけ無いじゃない!!﹂
ネムは泣いていた。
それが、悲しみなのか、欲情なのか、それとも別の激情なのかは僕
にははかりしれないことだ。
﹁⋮⋮ヌビア、あたしを見ておちんちん大きくしてくれたよね。あ
たし、あのときようやく抱いてもらえるって、女にしてもらえるっ

693
て思ったの。でも、ヌビアはエリオットのお店から、エッチな女の
人のお店に⋮⋮﹂
そうか、ヌビアが僕を頼ってきたのは、もう限界だったからだ。
日を追うごとに美しくなるネムに、自分の欲望をぶつけてしまわな
いように、逃げ場を探していたのだろう。
﹁ネム、俺は⋮⋮っ!﹂
﹁⋮⋮ヌビア、君はもうこの街をでることは難しいだろう。何故他
国の賞金首である君を押さえようとしているのかはわからないが、
オリヴィアと敵対するある都市貴族が君の身柄を押さえようと必死
になっている﹂
これは、すべて事実。
いくつかの推測はできるが、わからないままだと言った方が嘘はな
いし、僕にも都合はいい。
﹁ネムが美しく育って、君も耐えるのが難しかったんだろう? だ
から、僕に頼んで、ネムと同じくらいの年頃に見える小柄な娼婦を
抱いた⋮⋮悪いけど、何度かその姿はネムに見せているんだ。君が
ネムの名を呼びながら、娼婦を抱いているところもね。だから、も
う隠し事はないと思ってくれ﹂
﹁ヌビア⋮⋮あのね、ネム、エリオットにお願いして、ヌビアを気
持ちよくできるように練習させてもらったの。ヌビアが抱いた女の
人に、どうしたらヌビアが喜ぶかを教えてもらって⋮⋮ネムも、い
っぱい気持ちよくなれるように、蜘蛛の巣館の女の人たちに習った
の﹂
﹁ネ⋮⋮ム⋮⋮? おまえ、一体⋮⋮﹂
ヌビアが、小さく言葉を発する。
気が付いたのだ、目の前にいる、自分がよく知っているはずの女の
子が。
自分が知らない一面をもち、それを目の前にさらけ出していること
を。

694
﹁ネムね、エリオットと契約したの。ヌビアをくれるなら、人間な
んかやめて魔物になるって。だから、エリオットは力を貸してくれ
たの。でも、ヌビアがイヤなら、いい⋮⋮エリオットにお願いして、
ヌビアだけでも、逃げられるようにしてもらうから⋮⋮あたしは、
魔物になって、心も壊してもらって、あたしじゃなくなるから。そ
うすれば、もうヌビアが居なくても寂しくないから⋮⋮﹂
ネムは詰めを誤った。
何故、ヌビアに逃げ道を作るのか。
何故、身を引く選択肢を作ってしまうのか。
⋮⋮それは、この二人が最後まで切れなかった、親子という絆が残
っていたからなのか。
舌打ちをすることもできない。ただ、見守るだけだ。
⋮⋮ネムは、ヌビアの目の前で両手を顔に当て、ぽろぽろと泣きじ
ゃくっている。
あれが演技でできるのであれば、問題はなかった。
ただ、あれは演技ではなさそうだ。
ネムは、男としてのヌビアを愛しながら、父としてのヌビアを心の
中から消すことができなかったのだ。
⋮⋮ヌビアが、女としてのネムに手を出しそうになる自分から、娘
としてのネムを守ろうとしたように。
どうやら、失敗だろう。
人の心を操ろうというのは、僕にはまだ無理だったのだろうか。
﹁⋮⋮エリオット、聞きたいことがある﹂
泣きじゃくるネムを見下ろしながら、ヌビアがつぶやく。
﹁あぁ、もう特に隠すことはない。答えられることは答えるよ﹂
﹁⋮⋮俺が魔物になれば、ネムを守ることができるのか?﹂
⋮⋮どう答えるべきだろうか。いや、策を弄するのは無駄だ。
﹁ネムがヌビアの娘だと言うことは知れ渡っている。ヌビアが死ん

695
だことが明確にならない限り、ネムもつけねらわれる可能性はある。
少なくとも、新しい名前と顔は必要だろう。そして⋮⋮僕が用意し
たのは、君たち二人ともを魔物として、この地下水路⋮⋮いずれ、
ここが僕のダンジョンになる。ここで僕の魔物として、二人で暮ら
す方法だ﹂
外見がどう変わるのか、今の時点ではわからない。
昼日中に町にでていくことは不可能になる可能性が高い。
人としての人生は、そこで終わる。
だけど、二人が一緒に暮らすことだけはできる。
それだけを告げると、ヌビアはしゃがみ、泣いているネムの頭を撫
でた。
﹁⋮⋮俺は、愛した女と、愛した娘が殺し合うことを止められなか
った﹂
ネムが涙でくしゃくしゃになった顔を上げる。
﹁⋮⋮俺は、かつての戦争で魔物に犯された女から生まれたらしい。
母は幼くして死に、父親は顔すら知らん。実際に魔物に犯されたか
どうかはしらんし、敵国の兵士に犯されたのを魔物に犯されたと言
っているだけの可能性も高い。ガキの頃から奴隷として売られた俺
が、人並みに誰かを愛することができるなんて、考えてもいなかっ
た。だから、血がつながっていなくとも、娘だけは守ってやりたい
と思っていた⋮⋮﹂
黙って、次の言葉を待った。
これはヌビアの懺悔。聴聞僧なんて柄ではないけれど、僕以外には
シロとネムしかここにはいない。
﹁だが、もう無理だ。あぁ、この娘は確かに俺の娘だよ。実の親に
惚れて、抱かれたいなんて思って⋮⋮あぁ、まともな人間の思考じ
ゃない。あぁ、本当に⋮⋮俺と、そっくりだ⋮⋮﹂
ヌビアは娘を犯したいという欲望と、守らなければいけないと言う
愛情の狭間で苦しんでいた。
事情が動いたとは言え、ネムが望んだとは言え、彼の理性のたがを

696
壊したのは僕だ。
﹁ヌビア、君の告白は、僕が確かに受け取った。神なんて知らない、
僕は魔物にすぎない。だから、一人の人間として、一人の魔物とし
て、君を許そう。⋮⋮君の娘を犯せ。君の欲望のままに。そして、
君の娘の望みの通りに﹂
ネムが顔を上げて、ヌビアの顔を見上げる。
ヌビアは、ネムを見て、ようやく笑った。
﹁あぁ、俺は父親失格だ。ずっと前から⋮⋮お前を誰にも渡したく
なんて無かった。お前を犯して、お前を泣かせて⋮⋮お前に俺の子
をはらませたかった!﹂
﹁ヌビアぁ⋮⋮はらませて、ヌビアの赤ちゃん⋮⋮! 抱いて、女
にして、においをつけて! もうとれないくらいに、強く、強く!﹂
こうして、血のつながらない父と娘は親子ではなく、つがいとなっ
た。
神の祝福無き婚姻が、僕という魔物の目の前で始まろうとしていた。
697
曲馬団の祭り:番︵つがい︶︵☆︶
﹁ヌビアぁ⋮⋮﹂
小鳥が餌をついばむように、ネムの唇がヌビアの顔にキスの雨を降
らせる。
ためらいがちに空中をさまようヌビアの腕が、ついにネムの腰を抱
き留める。
あちらは始まった。こっちも、そろそろ準備を始めよう。
﹁ご主人さまぁ⋮⋮シロ、もう我慢しなくていいですかぁ?﹂
背後から、シロが声をかけてくる。
動きやすいように短くしたスカートを持ち上げ、濡れそぼった股間
を見せつけてくる。
我慢できないのだろう。半日近く見るだけで生殺しになっていたの
も、すべてのこの時のため。

698
ネムと同じように、ずっと生殺しになっていてもらうためだ。
だから、ご褒美はちゃんとあげないと。
﹁あぁ、もう始まるからね⋮⋮ただ、僕が少し疲れてしまったから、
ちょっと温かい飲み物を持ってきてもらえるかな?﹂
﹁いぢわるですぅ⋮⋮﹂
そういいながらも、抱いてもらえるという期待に瞳を輝かせて奥に
戻る。
その間に、ディアナやアスタルテに指示を出し、状況を確認する。
偽装した小舟は河を流れ、追っ手に気が付かれたものの逃げ切れた
様子。
ならば、無理に火矢をいかけたりして疑問を呼ぶ必要はない。
魔術師だったろうランベルト家の女執事が他の使い魔を放ったら偽
装がばれてしまうかもしれないが、それはそれだ。
だが、あんな偽装をすると言うことは、通常は陽動だと考えるだろ
う。
だから、同じタイミングでヌビアはもうエブラムからは逃げ出して
いると判断する。
即座に反応すべきは都市の出口や街道の関所であって、まさか街中
に居残っているとは考えにくい。
だから、今日の間は問題ないだろう。
蜘蛛の巣館でも使っている、媚薬効果のあるという香に火をつけ、
部屋の隅の小さな香炉に入れる。
大したもののないこの部屋で、少しでも興奮の足しになればいいの
だが。
﹁お待たせしましたぁ♪﹂
小さなお盆に、お湯で湿らせたタオルと砂糖入りの紅茶を持ってシ
ロがやってくる。

699
椅子の脇のサイドボードに紅茶のセットを置き、何も言わずにタオ
ルでペニスを洗い清め始める。
何度も射精しているため、体力は使っているものの魔力的にはまだ
半分以上残っているのがわかる。
蜘蛛の巣館の娼婦達を魔物に変え、少しずつ魔力の供給を始めたこ
とは間違いではなかった。
あの店が繁盛すれば繁盛するほどに、僕の魔力は増えてきている。
そろそろ、鉱山村にダンジョンを構えていた頃よりも供給量は増え
るだろう。
﹁シロ、紅茶を飲ませてくれるかい?﹂
いたずらっぽく命令する。シロは意図を察し、微笑む。
掃除が終わり、立ち上がったシロは紅茶を口に含むと、いすに座っ
たままの僕に顔を近づける。
唇が触れ合い、温かく甘い紅茶が口移しでそそぎ込まれる。
紅茶を飲み干したあたりで、舌が差し込まれた。
普段のシロだったら、舐めて奉仕するのは好きでも、僕の方からや
らない限り自分からは舌を差し込んではこない。だが、今日は興奮
させすぎたせいか久しぶりに積極的だ。
片手を伸ばして、スカートの中を探索すると、既にそこはじっとり
と熱を持っていた。
くちゃりと、紅茶と同じくらい熱を感じる。粘度の高くなったシロ
の愛液がねっとりと指を濡らす。
膣内には指を入れず、あえて周囲を圧迫し、撫でるにとどめる。
﹁ご主人さま、じれったいです⋮⋮もっとぉ⋮⋮﹂
﹁もっと、どうしてほしいの? あんな風にしてほしいの?﹂
視線の先には、未だに口づけと愛撫を続けるネムとヌビアの姿。
シロは、抗議のつもりなのか黙って顔の位置を下げ、首筋に、胸板
に、乳首に、腹部に舌をはわせ、我慢できなくなったかのようにペ

700
ニスにむしゃぶりつく。
もちろん、僕たちの言葉はネムとヌビアにも聞こえているだろう。
あっちを煽るために、あえて近くでシロを抱いているんだから、意
識してもらわないと困る。
﹁ネム⋮⋮俺のを﹂
ついに、ヌビアが自分からネムに求めた。
ネムは嬉しそうに目を輝かせ、ヌビアの下帯をはずし、はちきれん
ばかりに反り返った黒檀色のペニスを解放する。
﹁これが⋮⋮ヌビアの⋮⋮﹂
小さな両手で根本をつかみ、くんくんと臭いをかぎ、まるで宝物を
見るように眺める。
我慢できないかのように、一気に飲み込もうとするが、ヌビアのペ
ニスは大きすぎてネムの小さい唇では一気のくわえることができな
い。
﹁うぉ⋮⋮ネム、俺の⋮⋮ネム、俺の女。おまえは、俺の女だ!﹂
ネムの小さな頭をつかみ、少し強引に前後させ始める。
呼吸が苦しいだろうに、ネムは両腕を回してヌビアの腰に回し、よ
り深く喉の奥にヌビアを受け入れようとしている。
だが、上方に屹立しているヌビアのペニスを斜め下から飲み込むに
は何かと不都合も多いだろう。
﹁ヌビア、ネムを持ち上げてあげるんだ。曲芸をしているときのよ
うに、頭を下向きに﹂
﹁⋮⋮どういう⋮⋮、あぁ﹂
理解したらしいヌビアの反応を見て、聞いていたネムが自分から動
く。
いったん唇を話すと飛び上がり、ヌビアの首に自分の両足を引っか
ける。
濡れそぼった股間をヌビアの目の前にさらし、自分はヌビアにぶら

701
下がるようにして、上からペニスに多い被さる。
﹁見られてる⋮⋮ヌビアに、あたしのびしょぬれのおまんこ、見ら
れてる⋮⋮﹂
それ自体に興奮し、自分で口に出すことでさらに興奮しているのだ
ろう。
ネムは顔を赤くし、今度は自分が上からペニスをくわえる。今度は
なめらかに、のどの奥まで飲み込んだようだ。
﹁こんなに、奥まで⋮⋮うおっ﹂
喉奥でペニスを締め付けられる快感に、ヌビアがうめき声を上げる。
ヌビアはネムの股間に顔を埋めようとしたが、体格差が有るために
そのままでは口が届かないようだ。
軽く腰を曲げ、ネムの胴体を少しだけ体から離す。
柔軟性に富むネムの背中は弓なりに反り、ヌビアが首を曲げる形で、
ようやくネムの股間に口づけをする。
今まで、ドーラや蜘蛛の巣館の娼婦達に開発されたことはあっても、
男の唇や舌がふれたことのない、しかも未貫通の性器に愛する男か
ら舌で奉仕を受けている。
その事実自体がネムの精神を溶かし、とろけさせる。
既にネムは瞳をとろんとさせ、無心にペニスに奉仕することに専念
している。
ヌビアの動きが小刻みになりる。おそらくは射精が近いのだろう。
﹁ネム⋮⋮ネムっ!!﹂
ビクン、とヌビアの動きが止まり、ひときわ強く腰が跳ねる。
ネムの喉に、胃に大量の精液が打ち込まれ、納めきれなかった分の
精液が唇の隙間や小さな鼻の穴からあふれ出ている。
ゆっくりと、ネムの下半身が弧を描いて床に戻り、力が抜けたかの
ように尻が落ち、頭がペニスからはずれていく。
﹁けほ⋮⋮っ。ヌビア⋮⋮いっぱい、でた⋮⋮ね⋮⋮﹂
﹁ネ、ネム。大丈夫か? 息苦しくないか?﹂
﹁うん、ちょっと驚いたけど⋮⋮ヌビア、気持ちよくなってくれた

702
んだよね﹂
不安げに娘を見守るヌビアに、ネムは向き直りつつ上半身起こすと、
ゆっくりと両足を開く。
﹁あの⋮⋮ネムの、ここ⋮⋮ヌビアの為に、とっておいたんだよ?
 ヌビアに気持ちよくなってもらうために、訓練してもらったんだ
よ。ヌビアに、いっぱい出してもらうために。だから⋮⋮﹂
ネムは指で、小さな襞をひらく。少し離れた僕のところにも、塗れ
た音が聞こえた気がした。
﹁ヌビアに、ネムの処女を破ってほしいの﹂
ヌビアがゆっくりと膝をつく。剛直をあてがい、ゆっくりとネムの
奥へと突き進む。
﹁あっ⋮⋮入ってくる! 入ってくる! ヌビアが⋮⋮パパが、あ
たしのヌビアが、膣内に⋮⋮!﹂
﹁おまえはもう俺の娘じゃない! 俺の⋮⋮俺の、女だ! ネム!﹂
﹁はいっ、あたし、ヌビアの女になった⋮⋮ヌビアに、抱かれて⋮
⋮っ!﹂
僕の体力が回復し、ペニスが再び屹立しだしたあたりでシロが口を
離す。
﹁⋮⋮ネムちゃん、少しうらやましいですぅ⋮⋮大好きな人と初め
てできるなんて﹂
横目でネムたちを眺めながら、シロが小さくつぶやく。
その言葉にはほんの少しだけ嫉妬がこもっているが、妹の成長を見
守る姉のような感情があるように見えたのは僕の気のせいだろうか。
シロの初めては、毒を盛られ、仲間を殺され、媚薬を過剰投与され
たうえでの強姦だったはずだ。
その悲惨な情景に比べれば、こんな地下水路であってもネムの初体
験は甘い夢のようなものに違いない。
思わず、頭を軽く撫で、耳たぶを軽く摘む。

703
僕の視線には、もしかしたら同情の色が移っていたのかもしれない。
シロはこちらに向き直ると、小さくほほえむ。
﹁でも、今は幸せです。ご主人様にもあえたし、サラや、ダリアや、
アスタルテさんとも。それに、リリには再会できたし⋮⋮リリも、
一緒の魔物にしてもらえたし﹂
﹁シロは僕の魔物だ。それは、これからも変わらない。だから、ま
た悪事に荷担してもらうよ。まずは⋮⋮僕に抱かれて、何度もイキ
狂うこと﹂
椅子から立ち上がり、追従して立ち上がったシロを抱き寄せて再び
唇を奪う。
シロの両手が、迷うように少しの間空中をうろついたが、僕の背中
に回される。
少しの間、柔らかい産毛に包まれたシロの感触を楽しんだ後に、シ
ロを床に寝かせる。
ちょうど、ネムと反対向き、頭を合わせるような位置にシロが位置
する。
シロは頭の上から聞こえてくる嬌声を聞きながら、同じように両足
を開き、僕を誘う。
しっぽがパタパタと、これから起こることを期待して小さく揺れて
いる。
﹁あの、ご主人様。シロも、もうがまんできないですぅ⋮⋮﹂
◆◆◆
石で作られた床に、有り合わせの木板を敷き、布で表面をカバーし
ただけの部屋。
寝具もないそんな地下水路脇の小部屋で、二組の男女が交合を続け
ている。
﹁ヌビア⋮⋮ヌビアぁ⋮⋮だしてっ、ザーメン、いっぱい出してっ
!﹂

704
﹁ご主人さまぁ⋮⋮もっと突いてください、もっと乱暴にしてぇ⋮
⋮﹂
ヌビアはこちらに目を合わせる余裕もなく、ただひたすらにネムの
ことを見つめている。
ヌビアはここにくる前に娼館で女を抱いているし、先ほど一度ネム
の喉に射精しているから、すぐには絶頂には達しないだろう。
僕自身も、今日だけで4度ほどネムの直腸に精液をそそぎ込んでい
る。
タイミングは無理に合わせなくても大丈夫だとは思うが、できれば
有る程度合わせておきたい。
ネムの小さな性器は、その大きさに不釣り合いなヌビアのペニスを
受け入れ、張り裂けんばかりに広がっている。
処女だったのだから当然血も出ているが、既に痛みを快感が塗り替
えているようだ。
まぁ、そのために前からドーラ達に頼んで体の開発をしてもらって
いたのだから当然といえば当然だが。
いつしかネムの声は激しく求めることから甘く、絡みつくような声
に変わっていた。
すぐ近くで甘い声を上げているシロに影響されたのか、それとも、
元からこのように淫蕩の才能があったのか、それはわからない。
シロもまた、僕に甘えるように腰を振り、足を絡め、細く叫び声を
あげる。
﹁ご主人様ぁ、シロも、ザーメンほしいですぅ⋮⋮おなかの中に、
いっぱい⋮⋮﹂
ネムもまた、同じことを言っていた。ふと、気になったことを聞い
てみた。

705
﹁リリみたいに、子供を生みたいのかい?﹂
﹁わかんない、ですぅ⋮⋮でも、ご主人様に支配されて、いっぱい
出してもらって、子供をはらんだら⋮⋮きっと、その、いいなって
⋮⋮﹂
僕が、父親になる。
死なないこと、殺されないこと、生きていくことだけに手いっぱい
で、そんなことは考えたことも無かった。
子供を生ませる⋮⋮か。
﹁僕とシロの子供だと、やっぱり魔物にしかならない。人の世界で
は生きられないかもしれないし、僕はその子をただの兵隊にしてし
まうかもしれない。それでもいいの?﹂
シロの中で、子を成すというのはどういうことなのだろう。
ひと突きして、子宮の入り口にふれたような気がする。
もう、シロの中はドロドロで、シロも思考能力が残っているとは言
い難い。
﹁いいんですぅ⋮⋮シロは、ご主人様に支配されているのがいいん
ですぅ⋮⋮ごめんなさい、お母さんになるより、ご主人様の雌であ
るほうが、命令されてひどいことされる方が、気持ちいいですぅ⋮
⋮﹂
そこには、雌の本能に支配され、魔物である僕の支配によって飼い
慣らされ、僕に服従することが快楽となった若い女の姿があった。
恋も知らないうちに荒くれ者に犯され、僕に魔物にされ、魔物の子
を成す。
それは、あまりにも酷なことに思えなくもない。
だが、赤烏の奴隷として命を長らえるか、弾除けとしてのたれ死ぬ
かという末路を考えれば、まだましなのだと考えるべきなのだろう。
僕は、彼女を救ったのだろうか?
そんな考えは、シロの膣のうねりで振り払われる。

706
気が付けば、ネムの表情も絶頂が近いことを示している。
そろそろ、始めるべき頃合いだ。
曲馬団の祭り:角と羽根︵☆︶
太股を抱え込み、シロの膣を貫きながら問いかける。
﹁ヌビア、娘を犯している気分はどうだい? ずっと抑えていた欲
望を解放した気分は、どうだい?﹂
﹁俺は⋮⋮っ、結局、父親にはなれなかった! 人間としても、道
を踏み外した。 なら、もう何もいらない。ずっと、こいつを抱く。
もう、娘じゃない、俺の、女だ。俺の、妻だ。ネムは、俺専用の⋮
⋮メスだ!﹂
つがい
﹁あぁ、そうだ。君はネムと番になったんだ。ネムは君のもの、君
はネムのもの。君たちは、人間であることをやめて、一組の番にな
るんだ﹂
﹁かまうものかっ! 人間であるなんて、もう、どうでもいい⋮⋮
! ネムの母親を⋮⋮妻が死ぬのを見届けた、いや、俺が殺したそ
の日から⋮⋮とうに人など、やめていたんだ﹂

707
肉のぶつかり合う音、愛液を肉棒がすり付ける摩擦、汗と愛液の臭
い、わずかな媚薬の香り。
そんな中で、黒檀色の巨漢は、懺悔とも欲望の告解ともつかぬ言葉
を吐き出した。
罪を許す聴聞僧は、ここにはいない。
﹁ネム、君のほしがっていた男は、君のものになった。君は僕と約
束したね。ヌビアが手にはいるなら、人間なんてやめてもいいって﹂
﹁うん⋮⋮いいのっ、ヌビアが、いいのっ⋮⋮! ヌビアだけいれ
ば、もう誰もいらないの! ネム、人間でも、魔物でも、かまわな
いの。ネムのおまんこにヌビアが入って、きもちいいのっ⋮⋮ずっ
と、ずっと一緒だもん⋮⋮!﹂
鳥の少女は、淫らな告白であり、婚姻の誓いを口にした。
しかし、婚姻を認めるべき司祭はここにはいない。
﹁わかった。地下水路の魔物である僕が君たちを祝福しよう。人の
世に認められたものではない。罪に問われるものであってもかまわ
ない。君たちは、お互いの欲望のため、そしてお互いへの⋮⋮互い
への愛のため。人の世界から、こちら側に来ることを自分の意志で
決断した﹂
魔力を高め、自分の内側から、外側へと意識を拡大する。
自分、自分が犯しているシロ。そのすぐ近くで絡まり合うようにつ
ながっているネムとヌビア。
ネムの下腹部⋮⋮直腸には、僕が何度もそそぎ込んだ魔力がまだ溜
まっているのがわかる。
それはネムの快感に合わせ、脈動するようにうごめいている。
あれを使うのが、今回の儀式の狙いだ。
指先に意識を集中し、自分の魔力をこよりのように縒り集めた糸を
イメージする。

708
魔力の糸を広げ、自分とシロをつなぐ。
同時に、ゆっくりとではあるが、ネムの下腹部にある魔力もまた糸
のように寄り集まり、ネムとヌビアをつなぐ。
﹁むぬっ⋮⋮!﹂
﹁ひあっ⋮⋮ヌビア、気持ちいいよぅ、もっと、もっとぉ⋮⋮﹂
すべてが感じ取れるわけではないが、全員の快感を緩やかに連結す
る。
今まで、シロとサラを使って実験したことはあるが、二組を同時に
つなぐことは初めてだ。
余り長い時間この状態を維持することはできないだろう。
あとは、できるだけヌビアが無防備なタイミングで起動すること。
だから、ヌビアの射精と、ネムの絶頂を近づけ、僕の射精もタイミ
ングを合わせてトリガーにする事ができれば、もっとも成功の確率
は高い。
﹁ご主人差まぁ、シロ、もう、もうイッちゃいますぅ!﹂
じらしすぎたせいか、シロがもう絶頂に達しようとしている。
快感をつなげているため、僕自身もシロに引きずられて強烈な射精
感におそわれる。
﹁シロ、もうちょっとだけ我慢して⋮⋮!﹂
できるだけ我慢して、引き積めて⋮⋮頭ではわかっているが、ヌビ
アとネムにつながってしまっているためか、欲望の制御が効かない。
﹁シロ、はらめ。魔物の子を、子宮いっぱいにザーメンを受けて、
はらめっ!﹂
﹁ネム、はらめ! 俺の子を! 俺とおまえの子をっ!﹂
口から突いてでるのは、僕の欲望なのか、ヌビアの欲望なのか、そ
れともネムとシロの欲望なのかももうわからない。
制御の効かない欲望は4人を巻き込み、一斉に絶頂へと押し流して
いく。
﹁イくっ、ご主人様のザーメンもらって、雌犬のシロはイキますぅ

709
っ!﹂
﹁ちょうだいっ、ヌビアの赤ちゃん、ネムのおまんこにいっぱいち
ょうだいっ!﹂
﹁行くぞ、ネム! 俺の女! 俺のメス! 俺の子をはらめええっ
!!﹂
﹁シロ、受け止めろ! 魔物の子を生め⋮⋮っ!﹂
意識がとばされそうな快感の濁流の中、ぎりぎりで残った理性で最
後の儀式を起動する。
自分の絶頂をトリガーにして、魔物への変化⋮⋮本来は自分の精液
を直接注いだ相手の体内を浸食し、魔物に変える⋮⋮を、遠隔地で
行う儀式。
僕が魔物にした女達をトリガーにすることはできても、まだ魔物で
はないネムを起点にしなければいけなかったため、結果としてはぶ
っつけ本番だ。理論上は可能だとわかっていても、どの程度の正確
性があるのかも話からなかったから、こんなに近くでやることにな
った。
僕の精液は魔力と一緒に、シロの子宮にそそぎ込まれていく。
その一部の魔力が、火花のように飛んでネムの直腸内に入り込み、
ネムの体中に⋮⋮内側に影響し、外側に薄く刻み込んだ呪紋を起動
させる。
それは、かつて赤烏の男達を魔物に変えた変成の魔法陣。人を魔物
に変えるこの儀式で、ネムもヌビアも魔物になる。
僕が直接抱いて魔物にした女達は、死の淵にあったダリア以外は過
去の記憶も残したままだし、人格には多少の変化はあれど元の人格
も知性も残していた。
しかし、遠隔的に魔物にした赤烏たちは、元の人格も獣同然だった
という点をさしおいても、記憶も知性も大きく欠損していた。
果たして、この二人にどの程度人格や記憶が残るのか⋮⋮それは、
終わってみなければわからない。

710
残るのは、記憶も人格も失った二人の魔物で、お互いをどう思って
も居ない。あるいは、二人は融合してひとつの魔物になる⋮⋮そん
な結末になることも、可能性だけならばあるのだ。
それだけは、伝えることはできなかった。
◆◆◆
絶頂の快感に飲み込まれ、シロは意識を失っている。
だから、僕だけが二人の変容を見届けることになった。
ゆっくりとシロを寝かせると、立ち上って観察を続ける。
歌うような、軽く高い鳴き声が響く。
叫ぶような、太く低い唸り声が放たれる。
二人の体は、ゆっくりと膨らみ、曲がり、絡み合う。
さいわい、肉体が融合することはなかったが、一部お互いの存在が
混じったことは確実だ。
ネムの体は両腕が大きく変容し、関節の作りが変わり、白い羽毛が
形成される。
体の背面部分を羽毛が覆いだし、風切り羽根が浮き上がる。
ヌビアの影響を一部受け継いだのか、全身に羽毛があるという訳で
はなく、体の前半分はおおよそ人間の姿を保っている。
その姿は、鳥。
かつて聞いたあの歌のように、愛に狂った少女は、魔の鳥⋮⋮ハル
ピュイアとなった。
ヌビアの変化は、一見分かりにくいものだった。
肩幅がさらに広がり、わずかながら背は低くなったかもしれない。
とはいえ、元々が巨漢なので、そう大した差ではないだろう。
下半身には大きな変化は見えないようだが、靴の中がはちきれんば

711
かりに張りつめているから、どうやら足の肥大化が起きているよう
だ。
上半身と両腕の筋肉は今よりもさらに太くなり、上着の胸の部分が
引き裂け、ちぎれ飛ぶ。
顔は大きくゆがみ、口の部分が前にせり出す。
両耳の脇に、皮膚を突き破るようにとがった骨が飛び出し、角とな
る。
その姿は、人身牛頭の怪物。
ミノタウルス。南方の伝承にある、迷宮の守護者がそこにいた。
⋮⋮両者とも、人間の形は失った。
ネムはその腕が人のものではなくなり、先端にかぎ爪はあって人の
手のように動かせそうに見えるが、そのままでは街にでることはで
きないだろう。
ヌビアは顔さえ隠せば大丈夫かもしれないが、果たして牛の骨格に
近くなった顔で、人の言葉を操ることができるのかはやや心許ない。
そして、心はどうか。
﹁⋮⋮ヌビア、ネム。君たちは魔物になった。幸い、一つに融合す
ることはなかったけれど、もうまともな人の世界には戻ることはで
きない﹂
魔力のつながりは今まで通りにできており、二人が反抗をたくらん
でも、無理矢理押さえつけることはできる。
それでも、二人の意志を聞かずにはいられなかった。
﹁⋮⋮エリオット、か﹂
低い声で、ヌビアだった男がつぶやく。
﹁記憶は残っているみたいだね﹂
﹁あぁ、薄ぼんやりとして、まるで他人のことのようだが⋮⋮俺が
ヌビアで、そこにネムがいることはわかる﹂
その言葉に反応するように、ネムだった娘が言葉をつなげる。

712
﹁ヌビア⋮⋮あなた、やっぱりヌビアなのね﹂
ヌビアのことを覚えているようで一安心だ。
﹁やぁ、ネム。自分が誰か、覚えているかい?﹂
﹁⋮⋮ネムはネムだよ? ネムはヌビアのもので、ヌビアはネムの
もの。えっと⋮⋮たしか、あなたはエリオット、だよね。他のこと
は、なんかわかるんだけど、すごくぼんやりしてる。あたしたち、
サーカスにいた⋮⋮んだよね﹂
﹁俺も、記憶に関しては曖昧な部分がある。が、かまわん。どうせ、
人としての人生は捨てた。ネムがいて、俺がいれば、とりあえずは
問題ない﹂
記憶に関しては、どうやら二人にとって重要性の低い部分は失われ
つつあるようだ。
だが、人格や知性は損なわれていない。
二人にとっては好都合かもしれないし、それは不幸なことかもしれ
ない。
﹁二人は、形としては僕の魔物だ。ただ、君たちを引き裂くつもり
は毛頭ない﹂
二人はその言葉を聞いて、改めて僕に注目する。
僕が話題を変えることに気が付いたのだろう。
﹁僕はこの街の裏側に魔物の住処を作っているし、その力で表の⋮
⋮エブラム伯の娘であるオリヴィアと協力して、この街を支配する
つもりだ。君たちの生活は僕が保証するから、僕の魔物としてこの
街の地下水路に住処を構えてほしい。その上で、必要なときに力を
貸してほしい⋮⋮おそらく、そう遠くない時期に戦いになるだろう
からね﹂
その言葉に、二人は軽く頷く。
﹁俺とネムは、この姿では街にでることもできないだろう。結果的
に、おまえに頼らざるを得ない﹂
﹁でもでも、ヌビアを取り上げるようなことしちゃやだよ!?﹂

713
二人の反応は、自分たちが魔物であることを当然として受け入れて
いた。
﹁もともと、俺は追われていた。ネムと離れ、こいつだけでも幸せ
に⋮⋮とも考えたが﹂
ヌビアはそういうと、ネムの細い体を抱き寄せて笑った。
﹁やはり、だめだった。誰にも、この女はゆずれない﹂
⋮⋮ヌビアが笑ったところを、僕は初めて見たかもしれない。
多分、人間の時には、決して見ることができなかったのだろ。
﹁なら、契約は成立と言うことでいいかな。ヌビア、ネム﹂
﹁ネム、綺麗なお布団と、寝るときのための止まり木がほしいな!﹂
﹁⋮⋮だ、そうだ。手配してもらえるか、新しい主﹂
ネムはどうやら、普段の居場所としてはヌビアの肩を止まり木とし
て決めたようだ。
ヌビアも元々ネムを肩に乗せていることが多かった。おそらくは、
この距離が二人のもっとも自然な位置なのだろう。
足下で、シロがようやく目を覚ます気配がした。
﹁あぁ、まずは君たちの住処と、仲間の魔物を紹介するよ﹂
満足そうにおなかを押さえ、小さなあくびをして起きあがったシロ
に全員分の衣服を用意させる。
﹁おなかも空いただろうから、食事も用意させよう。あぁ、そうそ
う。まだ言ってなかったね⋮⋮﹂
残っていた紅茶を飲み干す。さめていたけれど、甘さは残っていた。
﹁ヌビア、ネム。改めて歓迎しよう。エブラムの地下水路にこれか
ら生み出される僕の領土⋮⋮人食いダンジョンへ、ようこそ﹂ 714
過去の幻影:騎士と姫君
ヌビアとネムが僕の魔物になって、一週間ほど過ぎた。
ゴードンのサーカス団は花形であるネムを失い苦労していたようだ
が、逃亡者であるヌビアに関しては知らなかったということにして
一応おとがめなしとなった。
もっとも、ヌビアが賞金首なのはエブラムでもこの国でもなく、交
戦中の隣国の話だ。
エブラムの兵士たちに取り締まる権利は本来無いものだから、おと
がめもなにもない、というのが正直だろう。
サーカス団は予定の滞在期間を少しだけ前倒しし、次の都市へと移
る準備を始めた。
珍しくギュスターブ爺さんもエブラムに残っていたので、ゴードン
と僕との三人で別れの席を設けることになった。

715
﹁ゴードンはもう気づいているとは思うが、エリオット。数日前あ
たりから、お前らの近辺を誰かがかぎ回ってるぞ﹂
酒も回ってきた頃に、ギュスターブが突然つぶやいた。
﹁は?﹂
一気に酔いが醒めた。
﹁あぁ、エブラムの⋮⋮オリヴィア嬢ちゃんのところじゃないっぽ
いんだが、実際のところはわからん。きな臭いんで、早めに退散さ
せてもらうことにしたんだ﹂
と、当たり前のようにゴードンが返す。
一応警戒しているつもりだったけど、全く気が付かなかった。
ここ数日は蜘蛛の巣館に顔を出した以外に裏の仕事はしていないか
ら、怪しまれることはないと思うが⋮⋮シロを身の回りにおいてい
ないことが徒になったかもしれない。
それにしても、何で僕のことが。魔物の事がどこかから漏れたのだ
ろうか?
﹁身に覚えがないんだけど⋮⋮﹂
僕の声は震えてはいなかったと思う。
正体を知っているギュスターブはともかく、ゴードンにはまだばれ
ていないと思う。
杯を飲み干し、ギュスターブが言葉を続ける。
﹁俺の傭兵団の連中のところにも、この数日で魔法道具商人のエリ
オットって奴の噂を聞きに来た奴がいる。しかも、別の奴のところ
に、どっちも傭兵風の奴だったらしいが、別の奴が2回﹂
﹁⋮⋮傭兵のところに、魔法の武具の話を聞きにくるのはふつうじ
ゃないのかい?﹂
自分でも違和感を感じながら、ギュスターブに問いかける。
考えれば結論がでるかもしれないが、結論を出している相手が目の
前にいるんだ。聞いてしまっても損はない。

716
⋮⋮その上で、鵜呑みにするのは危険なのだけれど。
﹁お前の店、この街で噂話のレベルでご指名を受けるほど有名か?﹂
言葉もない。売り出し中ではあるが、まだ店の売り上げや知名度は
今の蜘蛛の巣館にすら及ばない。
﹁それに、ふつうは魔法の武器の入手先を聞きにくるもんだろう。
何で店を決めうちで聞きにこなけりゃいかん?﹂
ゴードンがビールを飲み干し、呆れたように言う。
﹁エリオット、お前ヌビアに武器を渡してただろう。それに、娼婦
を紹介していただろう。この街でヌビアが一番親しかったのはお前
さんだよ⋮⋮それに、ネムも﹂
それで得心がいった。まだ疑いは晴れていないのだ。
いや、ヌビアたちとの接点が残ったままだったことに、僕は無頓着
だったのだ。
ここは人里離れた荒野ではない。人が住み、多くの人目がある都市
だということを肝に銘じなければいけない。
そして、調査をしているのはオリヴィアの目の届いていない勢力⋮
⋮他の勢力の可能性もなくはないが、おそらくはランベルト家だろ
う。
﹁痛くもない腹を⋮⋮まぁ、何もないとはいわんが⋮⋮探られるの
は具合が悪い。なんで、早めにさよならって事さ。エブラムはそこ
そこ稼ぎがいいから、ちょいと惜しいんだがな。次は西のパルミラ
でも目指すかねぇ﹂
◆◆◆
翌日、店じまい間際にライラが店に立ち寄った。
彼女が来るのは、ヌビアが消えた翌日に聞き込みにきて以来だ。
﹁⋮⋮やぁ、エリオット。ダリア﹂
﹁いらっしゃいませ、ライラさん﹂
ダリアがいつもの通りに挨拶を返す。ライラは何か疲れ気味だ。

717
いつものように他愛ない世間話をした後、こちらから話を振ってみ
ることにした。
﹁どうしたんだい? 疲れているようだけど⋮⋮ヌビアの件は、ま
だ調査中なのかい?﹂
自分としても、貸し出した魔法の武具を持ち逃げされた形になるの
だから、有る程度気になるふりをしていないといけない、というこ
ともある。
それに、どの程度状況をつかんでいるのか、ライラが僕を疑ってい
るのか、表情から見えてくるものがあるかもしれない。
﹁あぁ、水路から出て行く小舟の目撃証言がある。おそらく、エブ
ラムからは逃亡した⋮⋮と見ていいだろう。私個人としては、まだ
確証はもてないんだけどね﹂
それはライラの勘なのか、何か物証があるのか。
﹁何か、気がかりなことでもあるのかい? 僕としては何か暴力を
振るわれたわけでは無いし、貸していた武器を返してもらえれば文
句はないんだけどね﹂
﹁君も被害者だからな⋮⋮。いや、これは確証があるわけではなく、
単に勘みたいなものだ。聞けば、あのヌビアという男は、かつて殺
した女の娘を育てていたというではないか﹂
﹁⋮⋮あぁ、ネムのことだね。ずいぶん、ヌビアになついていたよ
うに見えたよ﹂
﹁どういう関係だったのか、どういう人物だったのか、私にはわか
らない。だが、仲良くあった⋮⋮親子のような関係の相手を置いて
逃げられるようなものなのだろうか?﹂
﹁⋮⋮僕には、わからないな。一緒にいれば危ないと思ったのかも
しれないし、足手まといだからおいていくことにしたのかもしれな
い。当人たちのことは、多分当人たちしかわからないよ﹂
そういえば、ネムは行方不明ということになっていたけれど、一般

718
にはどう見られているのだろう?
ヌビアと共に逃げたのだと考えてもらいたいのだが⋮⋮
﹁⋮⋮あぁ、そうだ、な。すまない、私はいらないことを考えすぎ
ているみたいだ﹂
ライラが顔を上げ、軽く頭をふる。やはり、目元に力がないように
見える。
﹁ライラさん、お仕事はお忙しいんですか?﹂
ダリアが奥から冷やした水を持ってきてくれた。
﹁ああ、ダリア、ありがとう。⋮⋮これは、いいな﹂
ライラの表情が目に見えて変わる。暑い盛りは過ぎたとはいえ、実
りの季節まではまだ早い。
刻んだ果実を入れて、少しだけ香りが付いた冷たい水。
ダリアが誰かから聞いてきて作ってくれたのだが、暑い時期にはと
てもありがたい。
水を冷たいまま保管できる容器とか、作れないものだろうか⋮⋮魔
力も溜まってきたし、今ならやり方のヒントさえわかれば案外作れ
るかもしれない。
﹁ええ、神殿にお参りに行ったときに、親切な方から教えていただ
いたんです﹂
そんなところに行っていたのか。休みの時間帯は自由にして良いと
いってあるし、ダリアにはもっと自由に過ごして欲しいと思ってい
たから、喜ばしいことなんだけれど、ちょっとだけ意外だ。
﹁あぁ、神殿か⋮⋮そういえば、最近は公務以外では行っていない
な。たまには挨拶に行かないと。⋮⋮それにしても、エリオットは
果報者だな﹂
ダリアが少しだけ頬を染め、ライラが笑う。ライラは僕たちの関係
を、健全な恋人だと思っているのだろう。
﹁さて、長居しすぎたか。すまないね、長々と邪魔をしてしまって﹂
﹁いやいや、ライラさんの噂話もこっちには商売の種になるからね﹂
そのタイミングで、シロが戻ってきたことがわかる。ライラがまだ

719
店内にいるため、遠隔でしばらく待機するように指示しておく。
﹁では、また寄らせてもらうよ。買い物ができるくらいのゆとりが
有ればいいんだが、ね﹂
苦笑しつつライラが帰ると、少しの間をおいて入れ替わるようにシ
ロが帰ってくる。
﹁ご主人様ぁ、今の人、男のにおいがしました﹂
シロが言う今の人とは、間違いなくライラのことだろう。
男のにおい⋮⋮?
﹁それは、どう言うことだい?﹂
﹁その⋮⋮男の人の、精液の臭いです。ちゃんと拭いてると思いま
すけど⋮⋮﹂
シロは嗅覚が鋭い。おそらく、人間では気が付かないレベルの臭い
までかぎ取った結果の報告なのだろう。
﹁ライラは勤務からの帰りのはずだ。僕の店に寄る前に誰か男の所
に寄ったのか⋮⋮?﹂
あのきまじめなダリアが、勤務中にそういうことをするとは考えに
くい。
怪訝な顔をしていたのだろう僕の後ろで、ダリアが小さい声でつぶ
やく。
﹁ライラさん、もしかして⋮⋮﹂
﹁ダリア、何か気が付いたことがあるのかい?﹂
僕にはわからないことがダリアにわかったのだろうか?
少しためらった後に、ダリアが言葉を続ける。
シロは、ライラが飲んでいた水のはいったコップを手に取り、臭い
の確認をしている。
﹁今日のダリアさん、なんだか悲しそうな顔をしていました。今ま
でにも、時々あったんですけれど⋮⋮。私とマスターの事を話すと
き、あの人は、すごくまぶしそうにこっちを見るんです。だから、
もしかして⋮⋮﹂
﹁ご主人様ぁ、やっぱりですぅ。ミントの臭いとかで消してあるけ

720
ど、コップにも残ってます。お口でもしてあげてるんですね﹂
⋮⋮僕は何かを見落としている。
ランベルト家の騎士ライラ。
生真面目で、馬術の技量にも長けた美しい騎士。
そのくせ自己評価は低く、領土も持たない、罪人の父を持つという
彼女⋮⋮
もしや、ライラはランベルト家の中で誰かに抱かれているのではな
いだろうか?
ライラがベタぼれしている可能性もあるが、仕事中にライラがそれ
を許すというのも考えにくい。
そう考えると、そんなことができるのは、おそらくはごくわずか。
ライラは、ランベルト家の党首か、次期党首の妾なのだ。
それも、おそらくは望まぬ形での。
◆◆◆
﹁⋮⋮あなたの推測は、おそらく正しいわね、エリオット。騎士ラ
イラは、一部の騎士たちから”ベッドで騎士の座を得た”なんて言
われることもあるみたい﹂
翌日。サラの家の魔具を使って、サラとオリヴィアと連絡を取る。
この時期に、僕がこの二人と接触している事を知られるのはあまり
望ましくない。
もちろん、サラと商売としての取引は続いているので、家に行くこ
とはあるが、長々としゃべると怪しまれる可能性もある。
オリヴィアには、以前からライラのことを調べてもらえるように頼
んでいた。
その結果も、ダリアの予想を裏付けるものだった。
﹁ライラ・ハルバニア。下級貴族ハルパニア家の長女。領地はラン
ベルト家の現当主が管理しているわ。⋮⋮ハルパニアはランベルト

721
家の一派とされる騎士の家柄で、先代が10年ほど前に戦地で亡く
なっているの。長男は同時に死亡していて、ライラが現在唯一の家
督相続権を持つ人物ね﹂
オリヴィアは、かなり調べてきてくれていたのだろう。
﹁ライラは、自分が罪人の子と言っていた。それに関しては?﹂
﹁これは、確証があるわけではないけれど⋮⋮ハルパニア卿は戦場
で敵軍と内通したという噂があるわ。⋮⋮当時を知る人に聞く限り
では、ハルパニア卿は実直な方でそんなことは信じられない、とい
う話だったけれど﹂
後ろの方で、つまらなそうなため息が聞こえる。
サラは既にオリヴィアから話を聞いてるようだから、この話の結末
を知っているのだろう。
そして、その結末はさらにため息をつかせるたぐいのものだと言う
ことか。
﹁謀殺⋮⋮かい?﹂
﹁証拠はないのよ。パルパニア家はランベルト家の旗の下に集う家
柄だったから、実際の所、何があったのかもわからない。書類上、
家を継ぐものがいなくなって、まだ子供だったライラが家を継ぐ⋮
⋮正確には、彼女が夫をめとる⋮⋮までは財産や領地はランベルト
家が管理する。そういうことになってるの﹂
オリヴィアの声は、そういいながらもほぼ確信している声色だった。
ランベルト家は、オリヴィアに対しても同じようなことを仕掛けて
いるのだから、当然といえば当然か。
﹁⋮⋮当時は、ライラも10歳ちょっとくらいか。世間のことも知
りようがない、かな?﹂
ライラがあれだけ生真面目な正確を保っていられるのは、死んだ父
や兄を信じているからなのか、それとも憎んでいるからなのか、正
直判断は付かない。
裏表の無い人だと思っていたけれど、それは僕の見る目がなかった

722
だけか。
僕の沈黙を読みとったのか、オリヴィアは僕をそそのかすように言
葉をつなぐ。
﹁噂の評価は最悪だけれども、実績と実力の評価は高いのよ、彼女。
⋮⋮エリオット、彼女のことが欲しくなったんでしょ?﹂
﹁⋮⋮あぁ、最初は、敵にしたくないなとだけ思っていた。途中か
ら、巻き込まずにすめばいいなと思っていた。でも、今は違うね﹂
﹁騎士ライラは有力な戦力よ。その忠誠心はランベルト家にだけ向
けられているとみた方がいいわ⋮⋮もし、何かがあった際に敵に回
ったら、やっかいな相手。でも、もし彼女を味方にできたら?﹂
⋮⋮オリヴィアは、本当に僕と似ている。
僕の思考を読むのに長けているのかもしれないが、僕がこれから言
おうとしたことを、そのまま先に言ってきた。
今度は、僕が答える前に向こう側からサラの声が聞こえた。
﹁あんたたち、ほんっとに似たもの同士よね。あと、お互い内心隠
すのも無駄だからやめなさい。特にエリオット、あんたあの騎士の
こと気に入ってるんでしょ?﹂
なら、あたしやシロの時みたいにさっさと抱いてものにしちゃいな
さいよ、とあっさり締めくくる。
僕が軽く吹き出すのと同時に、オリヴィアも小さく笑っていた。
﹁あぁ、そうだね。ライラを、僕たちの側に引き入れよう。そのた
めには、事前準備がかなり必要になるだろうけれど﹂
723
過去の幻影:学院の魔術師
オリヴィアたちとの連絡を終えるころ、ダリアがお茶を淹れて持っ
てきてくれた。
﹁マスター、準備が整いました﹂
﹁あぁ、ありがとう。一休みしたら、そっちも片づけないとね﹂
茶受けには小さな焼き菓子が数枚。
最近、シロとダリアが街中で見つけた店のものらしい。
シロはリリの出産が近いのでなかなか出歩くことができない。その
ため、ダリアは一人で動き回ることも増えてきているようで、時々
こうやって指示していない菓子や飲み物を買ってくる。⋮⋮いい傾
向だと思う。
焼き菓子の包みをはがし、口に含む。焼き菓子の甘みが頭の疲れを
いやしてくれる。
もっとも、これからまた頭と魔力を酷使することになるのだけれど。

724
◆◆◆
一息入れた後、ダリアを伴って店の地下に降りる。
そこには既にダリアが儀式の用意をすませている。
近い距離ならば、コマンドワード一つでこなせることだが、距離が
離れると疲労が激しい。
だからこそ、このような儀式の準備が必要になる。
色砂で陣を描き、目的地においた触媒⋮⋮全く同じ種類の宝石⋮⋮
を中心に設置する。
ダリアは自分から何かをすると言うことは多くないものの、ゴーレ
ムとなった影響で記憶力は抜群によくなっている。
だから、儀式が必要な魔術を使うときは、自分の代わりに儀式の準
備をまかせることも多くなった。
簡単なものなら、資料を見ずに書き上げることも可能だろう。
陣の中に座り、精神を集中する。
意識を自分の体からもっと前に飛ばすように想像し、宝石の向こう
側にいるはずの相手をみようとする。
ぼんやりと、次第にはっきりと目の前の映像が二重写しになる。
◆◆◆
目に映ったのは、褐色の二つの丘。
それをわし掴んでいる黒檀色の小さな手。それが自分の手だと認識
するのにわずかにラグがある。
薄布の向こう側で見るように、自分が⋮⋮この場合、自分が憑依し
ている体が快感を感じていることがわかる。
あぁ、そういうことか。
状況を理解する。フレッドは、今チャナを犯している最中だ。

725
褐色の二つの丘はフレッドの目の前にあるチャナの尻であり、今そ
の尻をわし掴みにして、ペニスを突きこんでいるのだ。
﹁もっとォ⋮⋮もっと欲しいヨ! 強く、強くして欲しいんだヨ!
 ご主人様ぁ﹂
チャナの愛液は、わずかながら木の香りが混じっている。アルラウ
ネとなった影響は、体臭やわずかな皮膚の変化に現れる。
注意深く見なければわからないかもしれないが、こうしてみると、
手足の末端部分が植物的になっていることはよくわかる。
そんな風にフレッドに憑依したまま観察していると、フレッドのペ
ニスがひときわ強く反応した。もう我慢できないのだろう、射精の
前兆が見える。
⋮⋮さすがに、今体の支配権を奪うのはあまりにもあんまりだ。射
精が終わるのを待って、ぐったりとした所で、フレッドの精神を眠
らせ、僕が前にでる。
﹁ご主人様ぁ⋮⋮すっごくイイヨ⋮⋮。もう一回、もう一回お願い﹂
﹁チャナ、申し訳ないけれど時間だよ。⋮⋮ディアナはもう来てる
?﹂
射精直後の体は疲労感に包まれているが、若さ故だろうか、あっと
いう間に回復していく。
急に口調が変わった事に怪訝な顔をするチャナも、どうやらフレッ
ドではない誰かがここにいることがわかったのだろう。
﹁あら、来るって聞いてたけど、そうやって来たのネ。ディアナは
隣の部屋で待ってるヨ﹂
﹁⋮⋮監視がついている可能性があってね。後は別件で忙しかった
から、地下を通るのも手間だったってのもあるかな﹂
◆◆◆
ディアナを呼び入れて、簡単に打ち合わせを行う。

726
さすがに、フレッドの体に憑依したまま長時間の行動をしていると
疲労が激しいのだ。
﹁まずは、頼んでいたことの報告を聞こうか。蜘蛛の巣館の売り上
げ報告や、暗殺ギルドの定常の業務などは、後日書面でもらうだけ
でかまわない﹂
うわ、フレッドの体だから声までフレッドのものだ。わかっている
けど、違和感があるな。
取り急ぎ、知りたかったことをいくつか確認する。
﹁ランベルト家に関して⋮⋮特に、あの女執事に関して何かわかっ
たことはあるかな?﹂
ディアナが目で合図すると、チャナがまず報告を始める。
﹁個人での経歴は後でディアナにしゃべっテもらうけド、取引があ
った内容をまとめておくヨ。過去に3回の暗殺依頼と、その周辺調
査がある意外にも、主に薬品の⋮⋮まぁ、いわゆるあたしの作った
あの辺の取引をしてるヨ。これは結構つきあいが長いネ。取引はこ
の程度かナ?﹂
﹁ふむ⋮⋮誰を殺したのかと、何を買ったかは?﹂
﹁3回目は知っての通り失敗してるヨ。前の2回は、共に2年くら
い前⋮⋮まぁ、うちらがエブラムに居着いて、あの2匹に乗っ取ら
れた後だネ。対象はエブラムの商工会の顔役1人と、水門の管理を
していた爺さん。どっちも事故に見せかけてるヨ﹂
⋮⋮商工会か。ジェンマ商会あたりに聞けば、何かわかるだろうか。
水門に関しては、オリヴィアに何か聞けるかもしれない程度だ。
﹁薬は? どんな薬かと、量はどれくらいか知りたいな﹂
﹁一番多いなのは、労働者に配る興奮剤だネ。疲れを忘れるけど、
ちょっと体に悪くて習慣性がある奴。いわゆる麻薬ってヤツだけど、
商売できるような量じゃないヨ。後は、催眠薬、媚薬、毒⋮⋮薬草
や少量の宝石なんかも何度か注文があったね﹂
麻薬か、量が少ないと言うことは、ランベルト家の主な収入と言う
よりは、水利関係の裏側の家業で使っているのだろう。あるいは、

727
雇用人たちに使っているのか。
催眠薬、媚薬、毒⋮⋮どれも、貴族の社会ではよく使われるものな
のだろうか。薬草や宝石は⋮⋮?
﹁⋮⋮付与魔術か﹂
僕の推測は、ディアナが調べてきたことで補強される。
﹁おそらくはその通りです。あの女執事⋮⋮どうやら、西の都パル
ミラの学院で魔術を学んでいるみたいです。これは、ランベルトの
屋敷の下働きの者たちの噂なので、確定ではありませんが⋮⋮﹂
正式に魔術を学んだ魔法使いが敵にいるのは、やっかいな話だ。
﹁相手は人間だろうけど、正式に魔術を習っているのであれば僕よ
りもやっかいかもしれない。警戒は必要だね⋮⋮って、ディアナ、
その女執事は魔術師として雇われているわけではないのかい?﹂
執事というのは、主人に代わり家の業務を取り仕切る、使用人の中
でももっとも高い地位につく者だ。
それでも、宮廷魔術師に比べればその地位は低い。
ランベルト家は、どうやって魔術師を執事として取り込むことがで
きたのか?
﹁ええと、そいつの名前は⋮⋮﹂
﹁ガラティア。パルミラの下級貴族クルツ家の娘というふれこみで
すが⋮⋮本当かどうかはわかりませんでした﹂
そこは、パルミラの神殿に留学していたオリヴィーに聞けば多少わ
かるかもしれない。
油断はできない。相手が僕の知らない魔術を知っているだろうこと
は確実だ。
あとは、こちらの情報がどれだけ漏れているか⋮⋮。
﹁ディアナ、もう一度ガラティアに接触をとることは可能かな?﹂
質問に、ディアナは少しだけ眉をしかめる。
﹁⋮⋮正直、わかりません。我々が失敗したことはもうわかってい
るでしょうし、魔物の姿とはいえアラクネの首を見ているわけです。
アラクネが倒されたことは既に知られていると思った方がいいでし

728
ょう﹂
ディアナの判断は正しい。
アラクネと顔をつないでいたのならば、どこまで正体を知っている
かが未確定でも、甘く見積もることは危険性が高すぎる。
既に、相手には暗殺ギルドが何者かの手に落ちているだろうことは
予想されていると見るべきだろう。
﹁⋮⋮ディアナ、チャナ。暗殺ギルドの構成員に調査が行われてい
る形跡を調べて。僕がガラティアなら、暗殺ギルドに対して調査を
するはずだ﹂
シロが周囲の警戒をしていることもあり、まだ僕の店の周囲に妙な
調査が来たことは無いことがわかっている。⋮⋮ライラが唯一調査
と言えば調査だが、監視用の魔具を持っていたわけでもないし、生
真面目なライラに腹芸はできないだろう。
警戒すべきは、暗殺ギルド本体と、副業として持っている蜘蛛の巣
館。
そして、サラとオリヴィーの周辺か。
﹁⋮⋮ディアナ、連絡が付くのであれば、ガラティアに接触する準
備を。暗殺ギルドの新しい主として、再び挨拶に行ってもらうこと
になるだろうからね﹂
そう。
暗殺ギルドの情報収集能力は低くはないが、万能では無い。
そして、同様の盗賊たちの集団は、このエブラムにまだ複数ある。
こちらが上とは限らないならば、もっとも近くに自分たちから飛び
込むしかないだろう。
◆◆◆
﹁⋮⋮あなたが、暗殺ギルドの新しい頭目なのね?﹂
数日後、ディアナはガラティアと面会することになった。
ランベルト家の手の者かどうか確証はとれないが、この数週間で暗

729
殺ギルドの下部構成員数名に金や女が流れ込んでいることが確認で
きた以上、時間をかけることはできない。
念のため目と耳を持たせたが、隠し持たせているせいで、僕からガ
ラティアの顔は見えない。
僕の本体は店の地下で、ダリアに接客を任せながら遠隔的にこの会
談を聞いている状況となる。
何かあった場合、ディアナに対してできる手助けはほとんどない。
﹁ええ、ご存じの通り、前の子が失敗したからね。表にでたくはな
かったのだけれども、他に人材もいないし。詫び⋮⋮とは言いませ
んわ、詫びはあの子が命で支払うことになりましたから。以前の契
約内容の再確認と、契約の継続の意図を確認にきた、というところ
ですね﹂
この辺の虚言混じりの交渉は、ディアナがもっとも適している。
表情を変えずにいられて、その上度胸もあるのだから、表にでたく
ない僕としては重宝する代理人なのだ。
﹁あら、私なにかあなた方に依頼したことで、失敗したことなんて
あったかしら?﹂
ガラティアの返答は意外なものだった。貸しにしてくるとばかり思
っていたが、どういうことだろうか?
﹁⋮⋮ええ、申し訳ありません。それはあたしの思い違いでした。
あなたがどなたかの暗殺を依頼するなんて、あり得ませんからね﹂
ディアナの返答で理解する。相手も改めて言質を取らせたくないの
だ。
おそらく、今僕がやっているように別の場所で聞かれることを警戒
している。魔術師の手口を知っているからこそできる芸当だ。
ディアナにはあらかじめ目的だけは伝え、やり方は自由にさせてい
る。
僕はしばらくの間見守るだけだ。

730
﹁前の頭目が暴走した結果、詳しい仕事内容の引継ができていませ
んでしたので⋮⋮改めてご確認させていただきたいのですが、我々
とあなた様との取引内容は、薬品と少量の宝石類など。それで認識
はあっていますでしょうか?﹂
手探りで話が進む。
﹁ええ、基本的にはそう。あとは、街中の調査を時々お願いしてい
たくらいかしら﹂
街中の調査⋮⋮まぁ、そういう言い方になっているのか。
﹁なるほど、了解いたしました。私どものメンバーは調査もいたし
ますし、急なトラブルにも自力で対処いたしますので﹂
ディアナの言う急なトラブルとは、おそらく暗殺のことを指すのだ
ろう。依頼されているわけではなく、仕方なくそういう事態が起き
て処理してしまったと言うことにしたいのだろう。
﹁なら、これからも良好な関係を築くことができそうね?﹂
ひとまず、挨拶は無事に終わった⋮⋮と、思ったそのときに、ガラ
ティアは小さな言葉の爆弾を投げ込んできた。
﹁そうそう、地下水路の蛇姫様はお元気かしら? 元の場所にはい
ないようですけれど﹂
ミヤビが移動したことを知っている?
﹁それをどこで⋮⋮っ?﹂
ディアナが口にして、自分のミスに気が付いた。
しかし、これは僕でも無理だっただろう。相手が一枚上手だ。
冷静に考えれば、ガラティアがその知識を持っていてもおかしくは
ないのだ。
アラクネから大まかなことを聞いていた可能性は常にあるし、具体
的な場所やミヤビという名前を出したわけでもない。おそらくはブ
ラフだ。
しかし、僕たちはそれ以上に知りすぎている。
水面に顔を出さないように指示していたが、ヌビアの地下水路逃亡

731
の際にミヤビを使った所をガラティアの使い魔に見られていること
を僕たちは知っている。
大したことは知られていない。しかし、ガラティアはディアナが何
かを隠そうとしていることに気づいてしまった。
ヌビア逃亡の際に暗殺ギルドが手を貸したと思われているのだろう
か。
相手がなにを知っていて、なにを知らないのかわからない。では、
今こちらからできることは何か?
﹁読めるのよ、私。全部とは言わないけれど、あなたの考えている
ことがね。あなたはアラクネから聞いていなかったのかしら⋮⋮私
が、魔女だって?﹂
ガラティアが攻めに転じる。
ガラティア魔法使いだというのは噂になる程度に知られている情報
だ、価値は低い。
ここでその情報を開示する理由は何だ?
﹁あなたが新しい頭目? そうね、他の役立たずに比べれば悪くな
いわ。でも、理解しなさい。あなたのギルドは私の助力なしでは立
ち行かない、私の道具なの﹂
直接的な言葉に面食らう。ガラティアは歌うような節回しで言葉を
続ける。
﹁理解しなさい。あなたたちは腕、私が頭。
 心に留めなさい。あなたの前任者は、私の配下。
 体に刻みなさい。あなたの魂を縛るのは⋮⋮私であることを﹂
ディアナの体が動きを鈍くする。
支配下の魔物であるディアナの体に異常があることはすぐにわかり、
急いでディアナの思考を読みとりにいく。
ディアナの視界を借り、状況を確認する。視界のはしに薄い煙を上
げる香炉が目にとまる。
臭いを伝える魔具は無かった、だから、気が付かなかった。

732
しかし毒ではない、それならばディアナが気づく。
これは、心を落ち着かせる市販の香にわずかに混ぜ物をしただけの
もの。
ディアナにはまさしく、鎮静効果しか起きないだろう。
仕方ない。意識を切り替えて、ディアナの精神に潜り込む。
ハリーやフレッドのように、それに適した形に調整をしているわけ
ではないからあまり長くは入れないが、僕が産みだした魔物である
以上、体を支配することはできる⋮⋮みんなには、黙っていたかっ
たのだけれど。
視界にはいるのは、ガラティアの美しい顔。鮮やかな、赤と金色の
光彩が混じった瞳。
20代後半だろうか、一見気の弱そうな、儚げな女性なのに、今は
その瞳が妙に大きく見え⋮⋮!!
これは、催眠⋮⋮いや、邪眼か!
過去の幻影:魔物と邪眼
ディアナの身体は少しずつ麻痺し始めている。
無理矢理動かして、右手をつきだし、視線を遮る。
このままでは押し切られるかもしれないし、ガラティアの配下を呼
ばれたら捉えられる可能性もある。
荒事にはしたくない⋮⋮仕方ない、やり方を切り替えよう。
﹁⋮⋮いやいや、なかなか性急なやり方だね。ランベルト家の執事
殿﹂
ディアナの口から、ディアナの声で、違う言葉が発せられる。
ガラティアは一瞬驚いたような表情をしたが、即座に表情を切り替
え、にっこりとほほえむ。
﹁⋮⋮出てきていただけると思っていましたわ﹂
おそらく、これはブラフ。

733
ならば、こちらもブラフで対抗するしかない。
﹁この体は、私が使わせてもらっているのでね。いくつかあるうち
の一つにすぎないが、君に持って行かれると少し不便なんだよ。あ
ー⋮⋮ガラティア、と呼べばいいのかな。魔女殿﹂
少なくとも、ここまで知っているぞと情報を出して、相手に考えさ
せる。
﹁親しくない相手から名前で呼ばれるのは好みません。それよりも、
まずはあなたが自己紹介をするべき場面ではありませんか。あなた
はまだ名乗ってもいないのですよ?﹂
﹁ははは、これはおもしろい。暗殺ギルドのことを嗅ぎ回っていた
のは君と思ったが、違うのかね?﹂
こちらから名乗ってもいいが、相手がどの程度の情報を握っている
かを引き出したい。
誤解してくれれば御の字だが、それができなくても相手に確定情報
を握らせなければいい。
ガラティアの顔がわずかに真顔になる。
﹁あぁ、そうそう。なかなか見事な邪眼だね。学院とやらはそんな
物まで教えてくれるのかい? それとも⋮⋮﹂
﹁⋮⋮っ﹂
一瞬、表情が変わった。おそらく、怒り。
学院で習うようなものではないのだろう⋮⋮あれはおそらく、生ま
れつきだ。
流れが変わった、話を逸らしに来るのであれば、付け入る隙がある。
﹁学院でも、ここまで見事に使う者はそうそういませんが⋮⋮今は
私の話ではないですよ?﹂
なるほど、確定した事はあまりわかっていないようだ。
他に出す話題もなく、相手も苦しいと見える⋮⋮苦しいのはこちら
も同じだが。

734
﹁私が誰か? 君ならば推測くらいはついているとおもうがね、ガ
ラティア。私がどこからきたか、可能性はあまり多くないだろう﹂
相手の推測を補強する。いずれは確定してしまう情報ならば、細部
を誤解させる方に使うことにしよう。
﹁グランドル鉱山⋮⋮人食いダンジョンの魔物。こんなところに来
ているとは思いもしませんでしたね﹂
ガラティアはこちらの言葉尻から確定情報を取ったと思っているだ
ろうか。
﹁なに、何度も遠征軍を送られても面倒だからね。うまい具合に内
紛をしていたので、私の都合のよいように少し手を出させてもらっ
たよ﹂
嘘は言っていない。だが、真実を正確に言い表しているともいえな
い。
可能性は大量にある。僕の実力を、ガラティアは見切れてはいない。
僕が狙っているのは、ガラティアが僕の実力を過大評価することだ。
こいつは決して馬鹿ではない。楽観的に相手を見くびるようなら、
この立場にはいない。
だからこそ、交渉の相手としてお互いに距離を置くことを選ぶよう
にしむけたい。
ガラティアは考え込む、なにか口を開こうとする前に、思考を揺ら
すべく次の情報をたたきつける。
﹁あぁ、南方人の大男のことを考えているのかな?﹂
﹁!﹂
おそらく違うことを考えていたのだろうが、その一言で思考を縛ら
れる。
ギュスターブやジェンマ爺さんが時々使うテクニックだ。
ガラティアも会話の咳では強い立場に居ることが多そうだ、おそら
くは一方的に攻める経験しか持っていないだろう。
﹁あれは惜しいことをした。あのとき詳しく知っていたならば、是

735
非欲しかったのだがね﹂
これは嘘。だが、真実を混ぜることで確認しにくくすることはでき
る。
﹁あのときはまだ、完全にはこの子を食えていなかったのでね。こ
の子が君たちの動きを見ていて、何か起きていることはわかってい
たが、まだ手が出せなかったよ﹂
ここで、僕はいくつか誤情報を出した。
完全には食えていない、というのは他人を支配するのに時間がかか
ると言うこと。
まだ手が出せなかったというのも嘘。
ディアナがランベルト家を調べていたのは、半分本当。
疑ってかかるだろうし、地下水路に手を出せなかったというのは嘘
だと判断されてもおかしくはない。潜在的な敵に戦力を隠したがる
のは世の常だからだ。
だが、今回の一番の目標は﹁相手に僕のことを誤解させておきたい﹂
ということだ。
僕が他人を魔物に変えるのではなく、他人の精神を乗っ取る魔物だ
と誤認させておきたい。
それは、相手の注意の方向を﹁物﹂ではなく﹁人﹂に向けさせるこ
とになるからだ。
⋮⋮同じ付与術士としてみれば、おそらく実力は相手の方が上。
アラクネが持っていたあの宝石は、おそらくはガラティアが作った
ものだろう。
あれは僕には作れない。だが、目や耳は作れるが、ガラティアが注
意深く見れば見破られてしまうだろう。
だからこそ、﹁どこに僕の分身がいるかわからない﹂と言う意識を
刷り込んでおく必要があるのだ。
﹁人食いダンジョンとは、よく言ったものね。正体が分からないわ
けだわ⋮⋮もしかして、あなたの体の中にはエブラム伯の娘もいた

736
りする?﹂
いきなり別方向から直球を飛ばしてきた。相手もこちらの情報を引
き出そうとして必死だ。
﹁惜しいところだったんだがねぇ⋮⋮﹂
信じるかどうかは別として、そういっておく。
時間がかかるという説明を信じるならば、この一言にもある程度の
説得力はある。
﹁凱旋時にチャンスがあるかと思ったが、近づく暇がなかったよ。
チャンスがあれば食いたいものだ﹂
そういうと、ガラティアの方を挑戦的に見つめる。
一瞬だけ、ガラティアが体を硬くしたのがわかる。食われる可能性
を感じて、何か防御できる手段を準備したのかもしれない。
﹁なぁ、ランベルト家の執事殿。君はなぜその家に仕えているんだ
い? 君ならば⋮⋮あぁ、もしやもう掌握済みかな?﹂
今度は、こちらが聞き出す番だ。
もしかすると、ランベルト家はガラティアが既に掌握しているので
はないか?
﹁あら、そんなことはありませんわ。私はあくまでも執事ですから﹂
これは外したようだ、相手に冷静になる隙を与えてしまった。
﹁ランベルト家のみなさまは、とてもすばらしい方々ばかり。私が
お仕えするにふさわしいと考えていますの﹂
その表情は穏やかで、何か諦めたような気だるげな雰囲気がある。
⋮⋮オリヴィーやアスタルテが時々浮かべる表情によく似ている気
がした。
﹁あぁ、これは失礼。人の世界のことは詳しくないのでね。実力だ
けでは表にはでられない、ということか。すこし悲しいな⋮⋮﹂
下級とはいえ貴族の生まれで、学院を卒業した才媛であるならば本
来ならばパルミラの宮廷で魔術師になっているはずだ。
そうではなく、大都市とはいえ、パルミラに比べれば田舎と言われ

737
るだろうエブラムで、しかも都市貴族の執事をしているには何らか
の理由がある。
おそらくは、生まれもっての不利⋮⋮邪眼だろう。
ガラティアの左目には、地の色だろう濃い金色に、星を散らすよう
に小さな赤い模様が浮かんでいる。
生まれつき、この瞳をしていたのであれば貴族の女性としてのまと
もな生き方は望めなかっただろう。
ガラティアは答える。
﹁⋮⋮別に、町を支配したいとも思いませんからね。私は望む物が
手に入り、とやかく言われずに好きにできる環境があればいいので
すよ。政は殿方に任せておけばいいのですし﹂
おそらく、それは言うべきではなかった本心の一部。
﹁ならば、我々は程々の協力関係を築き上げる事ができるのではな
いかな? 私も、あまり人目に触れずのんびりと暮らしたいのだよ。
もちろん、多少の被害はでるかもしれんが⋮⋮街に影響がでるほど
ではないだろう﹂
こちらも、本心と嘘の情報を混ぜて相手に届ける。
﹁魔物のあなたが、この街でなにを望むのかしら。後学のために聞
かせてくださる?﹂
ガラティアはある程度緊張を解いてきている。
おそらく、信用はできなくても交渉はできる相手だと踏んだのだろ
う。
﹁そうだな⋮⋮人を食うのは、そんなに必要はない。年に一人二人
食えれば十分だ。むしろ、そうだな⋮⋮娼婦を10人くらい使わせ
てもらい、小さな娼館でも経営させてもらおうかな。生きていくの
に必要な物は、人とそう変わらないよ﹂
嘘と、はったりと、真実と、相手の情報を引き出すための情報を混
ぜた返事。
﹁まぁ、必要とあればまだこの街にダンジョンを作り出すだけさ。
面倒事は嫌いだから、できるだけ手を出さないでいる方が楽だがね﹂

738
﹁必要であれば、魔物を呼び出すこともできる⋮⋮と?﹂
ガラティアの眼が光る。
魔法も使わずに、今ここでは多くの見えない剣戟が飛び交っている。
﹁あぁ、大量に呼ぶにはそれなりの準備がいるがね。必要とあらば、
町外れに骸骨の群でも呼び出しておくかい?﹂
﹁いえ、今はその必要はありません。ですが、もしかしたらその力
をお借りするかもしれませんね﹂
﹁そのときは、この子を通じて依頼をしてくれ。この子は私のこと
をあまり覚えていないけどね﹂
﹁⋮⋮かわいそうな子﹂
﹁いや、なに。知らない方がいいことだってあるだろう? せっか
く暗殺ギルドの長になったんだ。張り切って働いてもらう方がいい
じゃないか﹂
僕の内側で、ディアナが小さく不満の声を上げているのがわかる。
とはいえ、表に出すほど彼女も馬鹿ではないから黙っているのだが。
ディアナに一つ指示を出すと、改めてガラティアに向き直る。
﹁では、そろそろ私は失礼するよ。後はこの子とよろしくやってく
れ﹂
﹁あぁ、そうそう。あなたの名前は?﹂
﹁⋮⋮人食いの魔物、とでも呼んでくれるかな﹂
それだけ言うと、ディアナに体の支配権を戻す。
すでに催眠による体の麻痺はとけている。素晴らしいことに、ディ
アナは僕が指示しなくとも、さっき自分が話をしていたところから
会話をつなげた。
﹁知られていましたか⋮⋮あれは、殺しました﹂
﹁⋮⋮なるほどね﹂
数秒の間を置いてガラティアが口にする。
﹁蛇姫は、トップの刷新に反抗的でしたので⋮⋮戦力としては惜し
いことをしました﹂

739
ディアナはさっきまでの話の直後であるかのように振る舞う。
ガラティアは少し考え込む。おそらく、ディアナが言っていること
がどういうことなのかを確認しようとしているのだろう。
おそらく、たどり着くのは﹁人食いダンジョンの主が蛇姫を殺し、
それを自分たちが倒したと認識させられている﹂という考えだろう。
このエブラムの中に、人食いの魔物の端末となった体はどれだけあ
るのか。
ガラティアにはまだ予想しかできない。
﹁⋮⋮そうね、あなたたちとは今までと同じように、いくつかの細
かい仕事をお願いできると思うわ﹂
そういうと、ガラティアはゆっくりと立ち上がった。
﹁今日はありがとう、有意義な話し合いをもてたわ﹂
過去の幻影:水面の下で
﹁やっかいですね⋮⋮権力を持った相手は、それなりに複数の手を
持っているものです﹂
店を訪れたアスタルテにガラティアとのことを話し、しばらくこの
店に近づかないよう伝える。
なにをしてくるか、予想はできてもそれ以上は常にあり得る。
魔法使い相手にいくら警戒して損はない。
今後、蜘蛛の巣館にも音声を伝える魔具を設置してもらい、蜘蛛の
巣館の管理をしているアスタルテにはしばらくそこに専念してもら
う形になる。
その上で、魔術についてある程度知識があるだろうことから善後策
を練るために相談を持ちかけたのだ。
本人は明言を避けるが、アスタルテはほぼ間違いなく貴族の生まれ

740
だ。
母と同世代の生まれであり、魔物にされて人間の世界には戻ってい
ないはずなので、アスタルテの知人から情報が漏れることはまず無
いだろう。
⋮⋮それ以前に、この国の生まれではない可能性も高いが、そこは
あえて今は聞くまい。
だが、貴族の世界の考え方、動き方はある程度知っているだろう。
僕が知りたいのは、そこだ。
﹁エリオット様、相手は貴族の執事として働いているのですか?﹂
念を押すように、アスタルテが聞いてくる。
少なくとも、知る限りはそうで、ランベルト家には老齢の現当主の
代から仕えているため、他には執事はいないようだ位のことしかわ
からない。
アスタルテは、右手を顎の下にあてがい、少し考え込みながら告げ
た。
﹁おそらく⋮⋮いえ、奇妙な形ですので、確証は取らないといけま
せんが⋮⋮相手の弱点は、忙しい、という一点につきると思われま
す﹂
﹁忙しい?﹂
あまりにもふつうな答えに、僕の声も呆気にとられたものとなった
のだろう。
﹁忙しいというのは、執事としての仕事が、ということですか?﹂
と、ダリアが代わりに質問を挟んでくれた。
﹁ええ。ランベルト家は話に聞く限りエブラムの都市貴族の中でも
勢力の強い一門。であれば、表向きの業務だけでも相当なものとな
ります。都市外部の領地や地方の荘園は専門の管理人をおくとして
も、一つの館を切り盛りするというのは大仕事ですし、執事であれ
ば館の中の業務よりは主の政務に関わることの方が多いでしょう。

741
執事というのは、主の右腕ともいえる存在です﹂
都市貴族の仕事。
確かに、色々あるのだとは思うが、僕はそこについてほとんど知ら
ない。
オリヴィアから大変だということだけは聞いたことがあるが、具体
的なことを知らないことに、今気が付いた。
﹁たとえば、どんな仕事があるんだい?﹂
﹁執事の仕事は、まずは配下の使用人たちの管理監督です。家の中
のことは女中頭が、館の周りのことは庭師や馬屋番が仕切るとして
も、彼らに指示を出したり、状況の報告を聞くのは執事です。もち
ろん、執事の責任を越えるようなことがあれば当主に指示を仰ぐこ
とになりますが、家の中の業務で執事の管理を越える物はまず無い
と言っていいでしょう﹂
﹁ふむ。ジェンマ商会の番頭みたいな立場だね。確かに、忙しそう
だ﹂
﹁それだけではありません。主が何らかの事業を行っている場合⋮
⋮ランベルト家は、何らかの事業所得を得ていると伺いましたが、
なんでしたっけ?﹂
ええと、確かオリヴィアに聞いた記憶がある。なんだっけな⋮⋮
﹁マスター、たしか、エブラムの水運業者を仕切っているのがラン
ベルト家です。そして、彼らに資金の貸付も行っています﹂
すかさず、ダリアが助け船を出してくれる。
﹁そうだった、水門の維持管理だけはエブラム伯が行っていて、利
用者たちに首根っこはランベルトにつかまれているようなことを言
っていたっけ﹂
﹁であれば、日々あがってくる水運業者や金貸しの報告をまとめ、
主に伝えるのも執事の勤めです。その中で、自分で判断をしてもよ
い程度の物は執事自身が決定を下します。これは、主の業務を減ら
す為です﹂

742
﹁⋮⋮番頭ではなく、大番頭クラスだね。ジェンマ爺さんの所に数
名いるだけの大物だ﹂
﹁まだありますよ。くだらなく思うこともありますが、貴族社会に
おいて社交という物は決しておろそかにできないものです。人を招
くことは家同士のつながりを告知することであり、その際にはもて
なしの力のいれ具合で関係は良くなったり悪くなったりします。ま
ぁ、このあたりは割愛しますが⋮⋮これもまた、面倒ですが重要な
業務です。当然、貴族社会では食事の好みから異性の好み、美術品
の所持数や鑑定眼まで様々な情報が重要とされます。すべてに精通
している必要はありませんが、誰がいつどう動いて、それについて
誰に指示を出すかを決めるのは、執事と女中頭の重要な業務となる
でしょう﹂
聞くだけでも頭の痛くなる作業量だ。
だが、これらの情報が示すことで、僕が必要としていた情報は一つ。
﹁⋮⋮なるほど、ほかに執事のいないランベルト家で、ガラティア
が本当に執事として働いているのであればその忙しさこそが彼女の
弱点となる、ということだね﹂
﹁ええ、驚かれることとは思いますが、貴族とは忙しいものなので
す。それ故に、我々と比べると、その邪眼使いの取ることのできる
手数はかなり少ないでしょう﹂
﹁相手が体制を整える前に、相手の懐に潜り込む⋮⋮か。できるか
な?﹂
﹁油断はできません。本人が動けないからと言って、相手の動きが
鈍いとは限らないのですから﹂
アスタルテが思案しつつ言う。
おそらく、それは僕も懸念していたこと。
﹁うん、本人が動けない代わりに、相手には配下がいるだろうし⋮
⋮それに。おそらく数日中に僕の存在は相手にばれる。確証はとれ
ないだろうけど、容疑者リストには入るだろうね﹂

743
﹁えっ、マスター、それはどういう⋮⋮﹂
ダリアだけが驚きの声を上げた。アスタルテもおそらくはわかって
いる。
﹁ダリア、僕らがエブラムに来たのは、なにがあったときだい?﹂
﹁それは、遠征軍が⋮⋮あ﹂
ダリアも気が付いたようだ。
﹁そう、人食いダンジョンの魔物がエブラムに入り込んだのは、遠
征軍が戻ってきたタイミングと同じだと言うことは相手には予想さ
れているだろう。そして、ガラティアのとる一つ目の手は間違いな
く、遠征軍の帰還と同時期にエブラムに入り込んだ人間の洗い出し
だ﹂
﹁エリオット様が商業許可証を発行されたタイミングも、記録には
残ります。都市貴族であるランベルト家の人間であれば、公的な記
録の閲覧をするのに何の支障もないでしょう﹂
﹁そんな⋮⋮では、それを防ぐ手段は何か無いのですか?﹂
ダリアが焦った声を出す。おそらくは、僕に危害が及ぶのを懸念し
て。
﹁公式の書類を偽造するのは非常に難しいことですし、破棄させる
のも問題です。エブラム伯がそれを知ったら、今度はエブラム伯に
疑われることにもなるし、オリヴィアさんの立場も悪くなるでしょ
う﹂
﹁今から手を打つのは、動きを察知された場合本当に危険になって
しまう。だから、そこは諦める。やるとするならば、ほかに怪しい
人物を作り上げて目をそらす⋮⋮まぁ、時間稼ぎ程度にしかならな
いかな﹂
では、どうすればいいか。
今までと同じことをしているだけでは通用しないだろう。
相手は、単純に攻め込んでくる軍勢ではなく、僕と同じ手段で、お

744
そらく僕よりも多い手札を持った相手。その代わり、相手には手番
が少ない。
お互いに同じ盤面で、違うルールで戦うことになる。
僕には何ができる、相手は何をしてくる。考えろ、考えろ、考える
のをやめたとき、きっと僕は負ける。
こちらの有利は、小回りが利くことと、正体を知られていないこと
だ。
相手の不利は、ランベルト家という勢力に所属しているだけに、隠
れきることができないことだ。
こちらの不利は、圧倒的に手駒の数が足りないことだ。
それに、つながりを悟られないために直接連絡を取ることは難しく
なる。
相手の有利は、貴族の家の権力を使うことができること、そこに付
随する人脈を使えること。資金力はあってもここにすべてをつぎ込
むことはできない⋮⋮資金?
何か引っかかる。
ガラティアはあくまでも執事であって、ランベルト家の資金すべて
を掌握しているわけではない。もちろん、邪眼で何かしている可能
性もゼロではないが、割とその可能性は低いと見ている。
それなのに、何か引っかかる。
﹁⋮⋮ランベルト家の主な事業は、水運関係と金貸し⋮⋮ランベル
ト家と取引をしている大口の顧客は誰だ?﹂
僕は何か見落としている。
都市は生き物だ。ガラティアが所属するランベルトという家は、こ
の都市の中でそれだけで存在しているわけではない。
そこには金の、人の、物のつながりが発生し、敵も味方も存在する。
﹁マスター、エブラムで水運事業者をまとめていて、なおかつ中小
の水運業者たちへの金融の取り扱いも行っているのは⋮⋮﹂
ダリアが、記憶を探しながら言葉を紡ぐ。彼女の顔が曇る。

745
﹁⋮⋮この都市で最大の小売商である、ジェンマ商会です﹂
お互いに気が付いていないだろうけれど、もうこの時点で僕たちは
つながっていた。
この都市は、水面下に何重もの糸を張り巡らせた巨大な蜘蛛の巣の
ような物だ。
僕も、ガラティアも、一つの蜘蛛の巣の上で相手の動きで糸が揺れ
るのを待っている。
迂闊に動けば、相手の所にあっという間に糸の揺れが伝わり、僕は
蜘蛛ではなく蜘蛛の巣にとらわれた蝶になる。
いや、お互いがお互いを食い合おうとにらみ合っているのだから、
どちらも蜘蛛であることには変わりないか。
﹁⋮⋮ジェンマ商会は、僕たちに敵意を持っている訳ではない。た
だ、お得意様のちょっとした頼みならかなえようとするだろう。僕
やダリアの情報はあっち側に流れると思っていいだろうね⋮⋮これ
以降、あの爺さんと話すときは気をつけないといけないな﹂
﹁かしこまりました、マスター﹂
ダリアの顔があまりにも真剣だったので、かえって自分の緊張が解
けた。
﹁ダリア、そんなに硬くなっったら、ジェンマ爺さんの思うつぼだ
よ?﹂
﹁えっ、あ、すいません。どう対応すればいいのか考えていて⋮⋮﹂
アスタルテも、ダリアの姿を見てほほえむ。
﹁ダリア、そんなに焦らなくていいのよ。意識するとかえって疑わ
れるわ⋮⋮そうね、何か聞かれたときに答えられるよう、打ち合わ
せをしておくことは大事かしら?﹂
◆◆◆
アスタルテとの相談が終わり、暗殺ギルドへいくつか指示を持たせ

746
てから送り出す。
そのままサラに連絡を取り、オリヴィアへの報告と、遠征軍の帰還
日近辺の資料を調べに来る相手が誰だったのか、わかれば調べてお
いてもらえるように依頼した。
サラからはうれしい知らせもあった。
依然頼んでいた触媒の加工が終わり、新しい魔具の作成ができるよ
うになったのだ。
これは、シロに以前持たせていた﹁認識をごまかす﹂タイプの魔具
の強力なもので、身につけている相手を別人に見せたり、身につけ
た人間には周囲の人間の正体を認識できなくしたりという幻覚の魔
力を込めることができると予想している。
ただ、店の地下に工房を構えたままというのはいささか不安があっ
た。
いつ、ランベルト家の息がかかった泥棒が進入するかわからないの
だ。
やはり、これを機に地下水路の奥に場所を移すべきだろう。小さい
作業用具だけは残すことにして、荷物をまとめる。
深夜にヌビアとミヤビを呼び、ミヤビの新しい住処の奥に運び込ん
でもらうことにした。それまでの間は、ダリアと僕の二人で荷造り
だ。
前に荷造りをしたのは、鉱山村がおそわれる直前と、この街に来る
直前だった。
最初はアスタルテに手伝ってもらって夜逃げの準備を。
その次はアスタルテだけではなく、ダリア、シロ、サラ、ディアナ
に手伝ってもらいエブラムに引っ越す準備を。
今回は、エブラムの街中から街中だが、イメージ的には半分夜逃げ
ともいえる。
﹁こうして急いで荷造りをするのは、鉱山村から夜逃げしようとし

747
ていた時以来だ﹂
中腰になることが多く、さすがに腰が痛い。ぼやきながら腰を伸ば
していると、ダリアがくすりと笑う。
﹁あのとき、本当にうれしかったんです⋮⋮私はあの村から外にで
たこともなくて、マスターが一緒に行こうと言ってくれて。あのと
きは荷造りの手伝いができなかったけれど、今回はお手伝いできま
すね﹂
﹁あのとき、アスタルテはほとんど手伝ってくれなかったからなぁ
⋮⋮まぁ、今のダリアと違って、アスタルテは魔具を作る手伝いも
していなかったから、なにをどうすればいいかわからなかったんだ
ろうけど⋮⋮おそらくは、元々育ちがいいんだろうね﹂
他愛ない会話、他愛なく過ぎていく時間。それが貴重なものだと、
頭ではわかっていた。
荷物を梱包し終え、ミヤビとヌビアに荷物を任せ、疲れ切った体を
横たえる。
珍しくダリアが自分から身を寄せてきたので、抱き寄せて唇を奪う。
ゆっくりと、お互いをいたわり合うように抱き合い、二人ともゆっ
くりと眠りについた。
僕は、ここで一つ身逃していたことがあった。
それは、些細なものであったけれど、後になって思えば、これが最
初の兆候だったのかもしれない。
気が付いていれば何かできたかというと、おそらくはなにも変わら
ないだろう。
それでも、気が付いているべきだった。
フレッシュゴーレムであるダリアは、鉱山村が傭兵団におそわれ全
滅した夜に瀕死の重傷を負い、僕に魔物にされた。
その際に、人間としてのダリアの記憶は失われ、今ここにいるのは
あの日に生まれた新しいダリアのはずだった。
この時、気付く事はできなかったが⋮⋮ダリアは、僕に魔物にされ

748
る前の記憶を取り戻していた。
過去の幻影:糸の手繰りあい︵☆︶
翌日、サラの所から預かった触媒を早速加工して作ったのは、小さ
な宝石のペンダントトップ。付与したのは、認識を阻害する魔法。
うまくできたかわからず、まずは自分でつけて試してみた。
⋮⋮一回目は、目的とは違う意味で成功。
僕は声をかけてきたダリアを認識できずに、トンチンカンな会話を
しばらく続けることになった。
落ち着いて確認すると、相手の姿をうまく認識できないことがわか
った。
誰かにつけさせるにしても、注意深い相手には気付かれてしまうし、
そもそもだます相手に身につけてもらうというのは何とも間抜けだ。
何かいい使い道が思いつくまで、これはお蔵入りになりそうだ。

749
数回、高価な触媒を無価値なゴミにしてしまったが、何度目かで目
的の効果を作り出すことに成功した。
この宝石を身につけることで、身につけた僕のことを見ても誰だか
認識できないし、それに違和感を覚えない。
たとえば、会話もできるし、取引もできる。それでも、後で自分が
誰と話したのかを確認できない。
ただし、どうやらこれは自分から近い距離にいないと効果を発揮し
ないらしい。
試しに街にでてみたが、遠くから知り合いが声をかけてきて、近づ
くと﹁あれ、だれだっけな﹂という表情に変わるのを見てそのこと
に気が付いた。
どうにも、近くに寄ってからではないと使うのは難しいようだ。
昼過ぎに、シロが買い物客のふりをして店に訪れ、依頼していたこ
とが一つ達成されたことを知らせてくれた。
そのため、今日は少し早めに店を閉め、衣装を変え、旧市街から新
市街へとでることにした。
◆◆◆
﹁そうなのよ、ほんっとーにあいつったらサイテー!﹂
騒がしい新市街の居酒屋に僕はいた。
机に差し向かいで座り、今日もてなしたらしき客人についての愚痴
を漏らすのは、一人のまだ若い女性。
言葉遣いは少し悪いが、それなりに品のある顔立ちをしている。
背はやや高めで、絹の布地とはいかないが、それなりに値の張りそ
うな布を使ったこざっぱりした服を着ていた。
﹁お屋敷勤めってのも大変だね。お給金は良いのかい?﹂
﹁良かったら、こんな愚痴なんかたたかないわよー。そりゃまぁ、

750
衣食住最低限はそろっているけど、旦那様たちのお召しになる物や
食べ物の値段を知ったらやる気もなくなるわよ﹂
少し小振りだが、形の良い乳房が机にくっつきそうなほど上体を倒
し、木杯に注がれた葡萄酒に手を伸ばす。まるで、小鳥を狙う猫の
ように。
彼女の名はグレイス。仕事は洗濯室女中で⋮⋮ランベルトの屋敷に
仕えるメイドの一人だ。
もちろん、これは暗殺ギルドに調べてもらったことで、使用人の中
で身持ちのあまりよくない相手をピックアップし、そこから情報を
引き出そうとしているのだ。
グレイスはもっとも早く引っかかった相手で、休憩時間や休みの時
には旧市街から新市街にわたり、居酒屋で酒を飲んだり、時には行
きずりの男と床を共にすることもあるという。
最低限の職業倫理はあるのか、どこに勤めているのかなどは言わな
いけれど、それはこちらが知っている。それさえわかっていれば、
会話の内容から中身を推測することは難しくない。
それに、調査結果によればグレイスは使用人としては少し金の使い
方が荒い。
貯蓄などはほとんどできていないか、あるいは、女の武器を使って
もう一つの商売をしているのか、どちらかだろう。
ガラティアが罠を仕掛けている可能性もあるが、調べによればグレ
イスは過去にも何度か同じようなことを繰り返している。
ガラティアが何らかの罠を仕込むにしても昨日の今日だ。
さすがに自分を釣り上げるために放流されている危険性は低いだろ
うと判断した。
﹁君みたいなかわいい子が、そんな大変な仕事ばかりしているなん
てね。神様は不公平だ﹂
あぁ、神様とか言う奴は不公平だ。そして、安全をくれる訳でもな

751
い。
偶然を装い酒をおごった時に、あのペンダントを身につけた。
そこから会話を続けているから、グレイスは僕が誰なのかもよくわ
かっていないだろう。
だが、それはアルコールの霧の向こうに忘れてしまったのだと思っ
てもらえればいい。
﹁あなた、行商人なのぉ? なにかさ、安くてかわいい装飾品って
ないかなぁ﹂
﹁あぁ、君に似合うペンダントがあるよ。余り安いというわけでは
ないけれど、よかったら少しくらいサービスするよ⋮⋮?﹂
念のため、酒に混ぜる媚薬を持ってきていたが、そんな物は無くて
もグレイスは誘いに乗ってきた。
早朝からの仕事があるから、それまでなら⋮⋮という条件付きだが。
﹁おにーさん、好みだから今日はただでしたげる♪﹂
昔使った宿はさすがに避けたが、新市街の行商人や旅人が使う安宿
に部屋を取ってあったので、そこにグレイスを招き入れる。
都市貴族たちが飲むには少し安物の、しかし、メイドたちにとって
はなかなか手が届かない酒とつまみを買い込み、部屋に入ったグレ
イスに振る舞う。
﹁これも良いけど⋮⋮これだけでいいの?﹂
遊び好きな旅の行商人とちょっとした火遊びを楽しむ。グレイスに
とっては、日頃の鬱憤をはらすための軽い遊びなのだろう。
だが、僕にとってはこれは戦いの一手番だ。
こんなことをしているが、実の所シロが周囲を警戒して怪しい動き
がないかを見張ってもらっているわけだし。
この子には悪いが、手早くいかせてもらおう。
◆◆◆

752
﹁やだ、旦那さんお上手⋮⋮﹂
媚薬入りの酒を飲ませてはいるが、すでに本人も楽しむ気でいるグ
レイスは性に対しても開放的だった。
指をあてがうと、濃い陰毛に覆われたそこは既に濡れている。
﹁雇い主のお手つきなんかには、なったりはしないのかい?﹂
貴族や大商人の若い男と家に仕える美しいけれど貧しいメイドのロ
マンスは、旅芸人や吟遊詩人たちの持ち歌の中では珍しいものでは
ない。
﹁そんなことばれたら、首を切られてしまうわよ。それに⋮⋮今の
当主様はもうお年で勃つものもたたないだろうし、若様はもう別に
お気に入りがいるみたいだし⋮⋮ねぇ、そんなことはいいからさ、
あたしを気持ちよくしてくれないのかな⋮⋮?﹂
そういうと、グレイスは僕の首筋に唇を押しつける。ちろちろと舌
が這い回り、鎖骨に、シャツをめくりあげて胸に、わき腹にと舌を
はわせる。
なるほど、ドーラ程ではないけれど、手慣れている。
こちらもゆっくりと上着をはぎ取り、おそらくは自慢の品なのだろ
う下着に包まれた胸と尻をゆっくりとさすり、お互いに高めあって
いく。
﹁旦那さん、結構遊んでるのね⋮⋮強そうな色してる﹂
そういうと、グレイスは上目遣いにこちらの顔をのぞき込み、僕を
ベッドに座らせると床に膝をつき、口での奉仕を始める。
肩で切りそろえてある赤みのある髪の毛をなで、様子を見る。
細身なグレイスは、指先だけは仕事柄肌が荒れているが、それ以外
はきれいな肌をしていた。特に、魔力を感じる持ち物もないし、こ
の子から魔力を感じることもない。
予想通り、ガラティアが何かを仕掛けた相手ではないことはほぼ確
定だ。
では、仕掛けるとしよう。

753
魔力を集中し、両手の指先から糸のような形でグレイスの耳に侵入
させるイメージを描く。
イメージに追従するように、魔力の糸がグレイスに入り込む。
糸が侵入するにつれて、グレイスの中にもやのような形が見え始め
る。
快感を感じながらも、その中をじっと見つめ、鼓動をうつように動
く中心を見定める。
これが何なのか、正確なことは僕にもわからない。それでも、ここ
がグレイスの心の中心部なのだと言うことは何となくわかっている。
頭を少し強く掴み、こちらを向かせる。
﹁あら、どうしたんで⋮⋮ひあっ﹂
目を合わせた瞬間に、魔力の糸を侵入させ、心の中を犯し、支配す
る。
弱い抵抗があっただけで、一度入り込んだ糸はグレイスの隅々を浸
食していく。
眼の焦点が一瞬合わなくなり、体の調整が一瞬とぎれたのか小水が
漏れる。すぐに体の支配権を戻し、暴力的な快楽を押しつけると、
今度は細かくふるえながら愛液を漏らし始める。
﹁な⋮⋮なに、これ⋮⋮こんな、こんなのってぇ⋮⋮!?﹂
﹁こんなに感じてくれているんだね、グレイス。さぁ、全部僕にゆ
だねて。ベッドに寝て、僕を受け入れる準備をするんだ﹂
あくまでも、自分の意志でやっているように思わせる。
あまり意味はないかもしれないけれど、その方がやりやすい。
﹁舐めてるだけでこんなになるなんて⋮⋮これで、おちんぽ入った
らあたしどうなっちゃうの⋮⋮?﹂
その瞳に映るのは、恐怖ではなく欲情。これならば、感情をいじる
必要はなさそうだ。
グレイスは足を細かく振るわせながら僕の体に寄り添うようにベッ

754
ドに横たわり、両手で自分の股間を開き、おねだりを始めた。
﹁こんなの、初めてなの⋮⋮欲しいの、ねぇ、お願い⋮⋮﹂
強制的に快楽を起動させられている姿は、哀れでもあり、劣情をそ
そる物でもあった。
竿を添え、じらすようにことさらゆっくりと挿入する。
﹁やだぁ、早く、早くしてよぉ! もっと、もっと欲しいの!﹂
グレイスを一気に支配して、魔物にしてしまいたくなる衝動に駆ら
れる。
だが、それはまずい。
魔物になると言うことは、僕との魔力のリンクが生まれてしまうと
言うことだ。
ガラティアにそれに気付かれた場合、一気に正体が知られてしまう
危険性を犯すのは避けなければいけない。
ふだんよりも長い時間をかけて、一番奥まで押し込む。
グレイスはすでに、一度目の絶頂を迎えていた。
◆◆◆
﹁じゃぁ、グレイスはその執事の女の人が嫌いなの?﹂
あれから大小併せて十回程度の絶頂を迎え、膣内に二回ほどの射精
を受けたグレイスはすでに意識がもうろうとしている。
ベッドに腰掛けた僕の上に座り、つながったままで緩やかに揺らさ
れているグレイスには隅々まで僕の糸が張り巡らされ、その気にな
れば指を触るだけで絶頂させることもできる程の深い催眠状態にな
っている。
これが、今回の一番の目的だ。口だけでは真実かどうかはわからな
いから、精神の奥まで支配した段階でのぞき見る。
趣味が悪いことこの上ないが、手段を選べるほど僕は強くない。

755
﹁あの執事、親方様が若い頃に見つけてきたからって偉そうにして
⋮⋮あたしより数年先に来ただけなのに。それに、騎士たちも何人
かあいつには逆らえないみたいで⋮⋮。若様はわかった上で好き勝
手やらせているみたいだけど、あんまり好きじゃない⋮⋮﹂
なるほど、ガラティアは屋敷内の人々の歓心を買うことにはあまり
積極的ではないが、支配している手駒はやはりあるようだ。
﹁⋮⋮それに、あの女、郊外に愛人を囲っているみたいなの﹂
ほう。それは大きな情報だ。
﹁都市からちょっと先の水門の近くに、お貴族様たちの別荘地があ
るの。水門管理人の家族や川渡したちの集落の近くに作られたのね。
あいつ、使用人のくせにそこにお屋敷を持ってるらしいのよ。たま
にそこに行っているみたいだから、きっと愛人を囲ってるのよ。浮
いた話の一つも聞かないし、そうに決まってるわ﹂
⋮⋮本当に愛人なのか、それは確認しなければいけないだろう。
だが、ガラティアの行動拠点の一つがわかったのは大きい。
﹁へぇ、それはおもしろいね。でも、グレイスは何でそんなことを
知ってるの?﹂
追加で何か聞けないかと気軽に口に出した言葉は、別の情報を掘り
出してしまった。
﹁えー⋮⋮秘密だけどぉ、あたし、密偵なの。あ⋮⋮密偵なんてい
ってもたいしたもんじゃないのよ。うちとは別のね、ライバルっぽ
いおうちの人からお金もらって、ちょっとした調べ物をしたりして
るの﹂
!!
そうか、エブラムの都市貴族は一枚岩ではない。
オリヴィーがいっていたように、都市貴族たちはエブラムの中で一
枚岩ではないと言うだけではなかった。エブラム伯に対向する勢力
の中でもいくつかの派閥があるということだ。
ランベルト家に対抗している都市貴族があれば、知っておいて損は

756
ない。
グレイスの金遣いの荒さは、そのライバルからの報酬があったから
か。
﹁さて⋮⋮じゃぁ、そこを詳しく教えてもらおうかな﹂
◆◆◆
数時間後、汗や愛液をすべてふき取り、着替えをすませたグレイス
は頬を染めながら夜の新市街を歩く。
﹁⋮⋮こんなに気持ちよかったのは初めてよ、旦那様。また誘って
くれてもいいのよ?﹂
﹁次にエブラムに来るのは、しばらくしてからだけど⋮⋮そのとき
は、また会ってもらえるかな?﹂
本心とは少し違う言葉を継げて、屋敷に戻るメイドを見送る。
グレイスは、僕の顔も名前も覚えてはいられない。ただ、快楽の記
憶だけが体と心に刻まれている。こちらがグレイスを見つけること
さえできれば、再び情報を得ることは容易だろう。
歩きながら、グレイスから聞き出した情報を頭の中で反芻する。
ガラティアが所持している、郊外の館のこと。
ランベルト家に密偵を送り込んでいる、別の都市貴族のこと。
次期党首であり、オリヴィアに求婚している人物であり、ライラに
首輪をつけている男、ルベリオのこと。そしてライラのこと。
やるべきことはいくつか見えた。同時に、やっかいなことも見えた。
相手の手札が見えない以上、警戒しつつ動かなければいけない。
お互いに、暗闇の中で剣を振り回している⋮⋮いや、足下につなが
る糸を手繰りあっているのか。
有利はある、不利もある。おそらく、先手は取ったが⋮⋮1対1で
は、まだ分が悪い。
﹁三人目がいれば、あるいは⋮⋮﹂

757
ふと思いついたことを調べるため、暗がりに隠れているだろうシロ
を呼び出す。
血の流れない闘いは、長く続きそうな気配を見せていた。
過去の幻影:黒駒の一手
ジェンマ商会から、昼食会の誘いがあったのは前日の夜のこと。
ダリアは有能な秘書と思われているのか、既に僕の内縁の妻だと思
われているのか、同伴を許可されていた。
まぁ、下手をすれば僕よりも商店主たちの人気は高いから、無理も
ない。
なんでも、エブラム内の事業主が集まる交流会のようなもので、あ
る程度の信用がないと本来であれば招待すらされない。
その事自体は、事前に噂で聞いていたし、呼んでもらえることは素
直にありがたい。
だが、この時期だということが引っかかる。
先手は確かにこちらが打ったが、あちらの一手目がこれではないと

758
いう保証はどこにもない。
しかし、エブラムの小売商としては最大勢力のジェンマ商会からの
誘いを蹴るのは、利益を逃す点でも印象を悪くする点でも、どちら
の理由からも避けたい。
⋮⋮ならば、どうするか?
◆◆◆
﹁おお、来たかエリオット君。君よりはダリア嬢に会えるほうが楽
しみではあったが、君も君の店も繁盛しているようで何よりだ﹂
会って早々、予想通りの言葉を飛ばしてくるジェンマ老人。
まぁ、この人はギュスターブと同じタイプの人だと考えているので、
この手の反応は好意からのものだろうとは思っている。
昼食会の会場は、ジェンマ商会が所有する川沿いの倉庫をひとつ開
放して行うものだ。
集まっているのはエブラムを拠点とするか、あるいは流通の関係で
エブラムを経由し、ジェンマ商会と関わりのある商店主達。
様々な儲け話が、商売の相談が、情報が流れていく。
ジェンマ爺さんに紹介され、何人もの流通関係の商人たちと挨拶を
させてもらった。
西の都市パルミラでの紙の需要が高くなっているとか、北の鉱山の
停止の影響から鉄の値上がりが懸念されるとか、エブラムの中にい
るだけでは聞こえてきにくい情報も多い。
魔法の道具を専門に扱う僕の店は、様々な商人たちに注目されるこ
ととなった。
それはそうだ、パルミラくらいの都市でも、魔法の道具を扱う店は

759
ごく少ないし、それらは騎士たちや冒険者達などの一部の人間にし
か関わりのないものであるという認識がある。
ところが、僕が主に扱っているのは安価な防具か日用品だ。
もちろん、通常の日用品と比べれば安いものでも倍程度の値段がす
るが、一般の市民でも手が届く程度のものだ。
だから、昼食が終わってもかなりの時間質問攻めにあうことになっ
た。
﹁重さが軽減⋮⋮とはいっても、どの程度わかるものなんだね?﹂
﹁持ち上げるときは、ほぼ変わらないでしょう。ですが、毎日その
鍋を持って歩く人物ならば明確に分かる程度です。また、数多く持
ち運ぶときなどは大きく違うでしょうね﹂
﹁その手袋は、水に濡れても中に水が染みてこない、と?﹂
﹁全くとは言いませんが、布を魔法で水に強くしていますので雨や
酒をこぼした程度なら⋮⋮先日エブラムを離れたサーカス団の芸人
にも提供していましたし、帽子に加工することもできます。ただ、
普通の布と比べると重いですよ﹂
﹁それだけのものを、どこから仕入れて⋮⋮?﹂
﹁まぁ、それは商売上の秘密というもので﹂
結果、売上はその日だけで一月分の金額を叩きだした。
帳簿を持ってきていなかったので、ダリアが居てくれてほんとうに
助かった。
◆◆◆
﹁居てくれてほんとうに助かった。あんなにいっぺんに話をされて
も収拾が付けられないよ﹂
﹁オリヴィアさんみたいに、多くの人をしきれるといいのですけれ
ど⋮⋮マスターも私も、そのあたりはさっぱりダメですからね﹂

760
大量の注文書と、ジェンマ爺さんからの土産物を持たされた帰り道。
まだ日は落ちていないが、そろそろ夕暮れの足音が聞こえてくても
おかしくはない。
足元の影はゆっくりとその姿を大きくし始めている。
街を行く人々も、次第にそわそわし始める時間帯だ。
﹁ちょっと、お茶でも飲んでいこうか﹂
﹁⋮⋮ええ、マスター。確か、その通りの角を曲がったところにこ
の前みつけた茶屋が⋮⋮﹂
これだけを見ていれば、仲の良い経営者と従業員、あるいは若い夫
婦にでも見えるかもしれない。
茶屋に入って、周囲を軽く見て席につき、注文をすると一息つく。
﹁ご主人様ぁ、侵入者は3名、おそらくは冒険者です。一人が通り
の入口に立って見えないようにして、後の2名がお店に侵入してい
ました﹂
聞こえてくるのはシロの声。
魔具を通しているので、声だけ聞こえる。
この店はシロがいる場所からほど近く、魔具で音を届ける事が可能
な距離だ。
実際に顔を合わすよりも、報告を聞くだけならこれでいい。
﹁⋮⋮ちょっと、疲れたかな﹂
それだけ言って、顔に頬杖をつくようにして口元を隠す。
万が一、しゃべっている唇を読まれたら困るからだが、いささか気
にし過ぎではないかと我ながら思う。
とは言え、ダリアと会話をしていないことを店員に怪しがられても
それはそれで困るのだが。
ダリアは時々自分と会話をしているようにして、僕が小声で返答を
しているかのように縁起をしてくれている。あまり演技がうまいわ

761
けでもないが、日常的な会話なら問題ないだろう。
﹁シロ、店に仕込んだ目に気づかれた様子はあった?﹂
﹁無いです。ただ、一緒に見ていたアスタルテさんが言うには、あ
ちらの盗賊さんもご主人様のと同じような目を身につけていたみた
いです﹂
⋮⋮それは、ガラティアが遠隔的に見ていたと考えて間違いない。
水路への通路を塞いでおいたのは正解だった。
﹁何か反応はあった? こちらの目を見つけられたとか﹂
天井の角に仕込んであるから、見つかったとは思いにくい。
ディアナみたいに天井を歩けるならば別だけど。
﹁それはないと思いますぅ。ただ、最後になるまでお金を持って行
ったりしなかったので、明らかに動きがおかしかったです。商品よ
りも帳簿や棚や寝室を調べていましたし⋮⋮﹂
やはり、僕の正体を調べているのは間違いない。
疑われているのだろう。
以前から準備していた町中の複数の隠れ家は、別件で全て使ってし
まったし、その関係で店の金もかなり目減りしている。
むしろ儲かっていないのかと不安視されるかもしれないが、地下水
路の魔物や暗殺ギルドと関わりがある物証は無いはずだ。
とはいえ、ここまで明確に相手側の手が伸びていることを感じるこ
とには恐怖がある。
かつてオリヴィーが指揮する遠征軍が、僕のしかけた罠にもはまら
ずに着実に近づいてくるようなあの感覚だ。
相手は僕以上の経験を持つ付与術師、そして都市貴族の権力を利用
できる立場にある。

762
その上で、その都市貴族はオリヴィーの命を狙っている相手でもあ
る。
どうやって立ち回ればいいのだろうか⋮⋮
ふと、口を隠している手に、ダリアの手が添えられる。
心配するような、安心させるような、笑っているようにも泣いてい
るようにも見える顔が僕を見ていた。
﹁⋮⋮あぁ、大丈夫。ちょっと考えこんでた﹂
まだ確定しては居ない。
この都市での生活に慣れてきていたけれど、地下に潜ることや都市
を一時的に離れることも考えなければいけないかもしれない。
﹁⋮⋮で、シロはその泥棒たちの行き先を確認できた?﹂
﹁戻り先は、新市街の安酒場でした。一応、途中で暗殺ギルドの人
と入れ替わったりもしたのですけど、酒場の中で誰かと会っていた
かまでは見れてないです⋮⋮けど、見張ってた人はまだ残っている
ので、後で聞いてみようかと思います﹂
﹁⋮⋮いや、すぐに戻らせてほしい。逆に監視される可能性もある
だろうし。そうだね、別の冒険者を尾行するような形で撤退させて
くれるかな﹂
﹁わかりましたぁ∼﹂
シロが早速動き出したのか、音の届く範囲から消える。
﹁⋮⋮どうでした?﹂
ダリアが心配そうに聞いてくる。
努めて明るい声で、答える。
﹁やっぱり泥棒が入ったよ。帰ったらちゃんと驚かないとね﹂
﹁⋮⋮くすっ、それを義務みたいに言うのは、なんだかおかしいで
すね﹂
僕らが泥棒が入ったことを知るのはこれからなので、そのとおりに

763
しないと怪しまれるのだけれど⋮⋮なにか、ダリアのお気に召した
ようだ。
まぁ、明るくなれるのはいいことだ。
少なくとも、本物の泥棒が予告なくやってきて一切合切持っていか
れるよりは被害額は少ないのだから。
◆◆◆
店に戻り、被害にあったものを確認する。
ダリアに頼んで、近所の住人たちに触れ回って泥棒が入ったらしい
ことを知らせ、街の警備兵に連絡をとってもらう。
警備兵たちが来る前に確認すべきは、相手の動き方とこちらがしか
けた罠にはまるかどうか。
魔力付与の素材として買い集めていた小型の宝石や布などで、価値
が高そうなものは幸運にも幾つか盗まれていた。
これで、おそらくは短期間だろうけど実行犯の現在位置を追うこと
ができる。
僕がガラティアの立場だったら信用できる部下ならば﹁何も取らず
に元に戻せ﹂と言うだろう。
信頼出来ない部下ならば、そんなことを言っても価値のある物を取
らずに我慢できる盗賊など居ないと判断するだろう。
おかしなものを盗んで追跡されたり大事になるよりは、あまり大き
な物ではない素材や金貨の強奪は許したと考えるのが自然だろう。
魔法の道具で盗まれたのは投げナイフ、女物の手袋とこれまた換金
しやすそうなものばかり。鍋くらい持って行ってもいいのに。
まぁ、注文を受けた中で数が足りなくなってしまったものもあるの
で、その調整は面倒くさそうだ。

764
そんなことを考えていると、ダリアが戻ってきた。
⋮⋮ライラまで一緒に来たのはびっくりしたが。
﹁エリオット、君は無事なのか?﹂
ライラの声は本当に心配そうだった。
だが、その胸に輝いているペンダントは、明らかに﹁目﹂の働きを
する魔力を秘めている。
⋮⋮どうする。
﹁あぁ、参ったよ。二人共留守だったから無事だけど⋮⋮不幸中の
幸い、ってところかなぁ﹂
偶然、街の巡回任務に入っていたライラがダリアを見つけ、警備兵
を呼んできたようだ。事務的な部分はダリアに頼み、ライラの対応
をする事になった。
⋮⋮おそらく、この会話はガラティアに筒抜けになっていることだ
ろう。
﹁ライラさんにはなにか検討つくかな、それにしても、おかしいん
だよ﹂
﹁おかしい、というのは?﹂
どこまでこちらの情報を公開するか。どこで目を無効化できるか。
話しながら考える。
﹁取られたものが、あまり高価なものじゃなくってね⋮⋮まぁ、助
かるといえば助かるんだけど﹂
と、盗まれたものがあまり大きなものではないことや、一切合切と
いうわけではないことを説明する。
ライラは少し考えると、こう答えた。
﹁価値がわかっていないのではないかな。魔法の道具は価値が分か
る人が見ないとわからないものだろうし、大きなものは売りさばく
にも出元が判明しやすいからね﹂
なるほど、ライラはその辺の事情もある程度は理解できているのか。

765
苦労しているだけあって、裏事情を予測できる程度には知っている
ようだ。
⋮⋮それ故に、誘導もやりやすい。
自分は魔法の事は知っているが、盗賊たちの裏事情はほぼわかって
いない市民という立場で色々と話し、ライラから知識を教えられて
いる。
そういうふうに、目の向こう側に居る相手に思わせたいのだ。
⋮⋮あぁ、それならば。
﹁⋮⋮そういえば、ライラもなにか良いことが会ったのかい? 見
覚えのないペンダントだね﹂
ライラは少しだけ気恥ずかしそうに、
﹁その⋮⋮我が主からの賜りものだ。ただ、何やら試験的に持って
おいてくれということを言われたから、何か深い意図があってのこ
とだと思うが﹂
なるほど、ルベリオがライラにこれを持つように指示したのか、提
案者は間違いなくガラティアだろう。
﹁あぁ、なるほど。多分⋮⋮ちょっとうちでは扱ってないけれど、
これはこの宝石に映ったものを遠くで見るための魔具じゃないかな
?﹂
﹁えっ?﹂
﹁確証はないけど、何かわずかに魔法の力を感じる⋮⋮と、思うん
だよね﹂
と、ジロジロと、なんの疑いもないようにペンダントを見つめる。
我ながら、嘘がうまくなったものだと思う。
ライラが顔を赤くしたのは、なにか思うところがあるのだろうけれ
ど⋮⋮
﹁ライラ、このペンダントを身につけたまま湯浴みとか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮わ、我が主は巡回時や行き帰りの時につけておくと良いとだ

766
け言われていたからな⋮⋮私がうかつだった⋮⋮﹂
あ、図星だ。
しかし、この反応を見ると、ライラはルベリオのことをにくからず
思っているのだろうか?
ライラの気持ちがわかれば、一番いいのだけれど。さすがにそこま
で突っ込んで聞けるほどの間柄ではない。
ライラはその後、何か悩みながら帰っていった。
ガラティアへ少しだけ嫌がらせができたかと思えば、まぁいいだろ
う。
◆◆◆
警備兵たちの調査も終わり、夜になってようやくゆっくり出来るよ
うになった。
うちに泥棒が入ったことを聞きつけたのか、ジェンマ爺さんからも
見舞いが届いた。
ジェンマ爺さんからもらった土産もまだ開封していないのに、律儀
なことだ。
まぁ、高い可能性として、ランベルト家と取引をしているジェンマ
商会は、昼食会に僕を呼ぶように頼まれたのだろう。きっと、この
店を開けておくためにだ。
その関係性には気がついていないかもしれないが、結果的に自分が
呼び出したことで被害に合わせてしまったことは気にしてくれてい
るらしい。
﹁さて、持たされた土産物でもあけてみるとするかな﹂
ダリアに持ってきてもらい、包みを開けると中からは日持ちのする
焼き菓子の詰め合わせと、一枚の紙片が出てきた。
書かれているのは、僅かな文章。

767
読んだ瞬間に、足元がふらついた。
あの昼食会にいたのは、この国のほぼ全ての地区に散らばる商人た
ち。
その中で、以前から僕を知っている相手は一人も居ない、居るはず
がない。
⋮⋮その紙には、ジェンマ爺さんの筆跡でこう書かれていた。
﹁君はどこから来た?﹂
過去の幻影:朝食を二人で
たった半日足らずの会合で、ジェンマ爺さんに見抜かれた。
どうする⋮⋮どうすればいい?
交渉事では、おそらくあの百戦錬磨の爺さんにはかなわない。
かといって、今ジェンマ爺さんを殺したからと言って、何の利益も
⋮⋮いや、不利益だらけだろう。
それに、あの爺さんのことは嫌いではない⋮⋮利害が絡む以上、最
終的にそうせざるを得ないかもしれないが。
考えても、答えが出てこない。
今までに仕込んでいた計画に指示を出しながらも、この事態を打破
する方法は見つからない。
出口のない思考の迷路にはまりこんでいくのが、自分でも分かった。

768
ジェンマ商会とランベルト家は大口の取引先だ。
ルベリオや現在の当主、それにガラティアとも面識がある可能性は
高い、いや、ほぼ確実に面識があるだろう。
昼食会に呼ばれる前に、店の奥にある様々な物を隠しておけたこと
だけが幸いだったが、このままでは、おそらくここに作り上げた生
活基盤はなくなるだろう。
その夜は、自分がなにをしていたのかの記憶も曖昧で⋮⋮気が付い
たら、ダリアの胸に顔を埋めて眠っていた。
母親に抱かれて眠っていたのは、村の子供たちに虐められて泣いて
いた小さな時分のことだった。
今、同じようにダリアの胸に顔を埋めて、子供の頃のように不思議
な安心感に包まれている自分がいた。
⋮⋮そのまま、もう一度眠りにつく。今度は、多少は穏やかな気分
で。
◆◆◆
パンの焼ける匂いがする。温かいスープの匂いが漂ってくる。
まだねむい頭を振って、上半身を起こすと、部屋の入口から声が聞
こえてきた。
﹁マスター、おはようございます。朝ご飯はしっかりと食べてくだ
さいね。空腹ではいい考えも浮かびませんから﹂
目が覚めると、ダリアが朝食を用意してくれていた。
いつもは昨夜作っておいたスープに買い置きのパン、それに日によ
ってサラダなどが合ったり無かったりという程度だけど、今日は朝
からダリアが厨房を使ったのか、温かいスープに、卵や加工肉を使
った炒め物が追加されていた。

769
﹁ダリア、朝から豪勢だね⋮⋮﹂
そうは言っても、鼻をくすぐる料理のにおいに胃袋は素直に従いた
がっている。
﹁わたしは、学問もわからないし頭も良くありませんから⋮⋮マス
ターが困っているときに、アスタルテさんや、オリヴィア様みたい
に一緒にお手伝いはできません。だから、せめてこれくらいしかで
きませんけど⋮⋮﹂
ふと、ダリアの声が弱くなったことに気が付く。目が少しだけ赤い。
⋮⋮僕は一体なにをしているんだ。みっともない。
﹁⋮⋮あぁ、うまそうだよ。ありがとう、励ましてくれて﹂
﹁い、いえ、そんなことは⋮⋮﹂
﹁さぁ、昨日は食べ損ねてしまったから、しっかり食べよう。考え
るのは、それからにしようか﹂
朝食を食べながら、二人でとりとめもなく雑談をした。
ジェンマ爺さんがなにを考えているのかという当面の問題から、最
近の食べ物の流行や、リリの出産祝いをどうしようかということや、
蜘蛛の巣館の娼婦たちの生活の保障をどうするかとか。
主にしゃべっているのは僕で、ダリアはうなづいて相づちを打った
り、たまに疑問点や僕の思考から漏れている部分を指摘してくれた
り。
もし、色々とばれてしまってこの街から逃げ出すか、地下に潜るこ
とになった場合どうしようか⋮⋮なんてことも話した。
﹁今は、逃げ出すにしてもミヤビさんの住処をどうするかが問題で
すよね⋮⋮ある程度水場が近くにないと不便でしょうし﹂
﹁ネムも、地下ばっかりじゃ不満もでそうだからなあ⋮⋮元は人間
だから、夜も多少は目が見えるらしいけど、それでもやっぱり明る
いうちに空を飛びたいだろうし﹂
﹁そういえば、ネムさん地下の奥で歌を歌っているじゃないですか。
街の全く別の所で、地下水路からその歌が響いているらしくって⋮

770
⋮﹂
﹁ということは、あの地下水路にはまだ知らない空気穴があるんだ
ろうなぁ⋮⋮﹂
そんなことを話していると、本来なら営業を開始する時間になった。
木戸がノックされ、見覚えのない来客がある⋮⋮一見はふつうの街
の住人だが、荒事に慣れた感じの男だった。
﹁朝早くから失礼。こちらは、魔法の道具を商っている店だと聞い
たのだが⋮⋮﹂
口調は丁寧で、言葉に訛りはない。都市の⋮⋮しかも上流階級の人
間だろう。
﹁ええ、取扱品には身近な物が多いですが、武具や防具、時には道
具もございますよ。何かご相談があれば承ります﹂
急いで身支度を整え、売り場にでる。
衣装からは判断ができないが、どこの手の者か⋮⋮
﹁⋮⋮実は、防犯に使える魔法の道具があると聞いた﹂
﹁ちなみに、どちらの方からお聞きになりましたか?﹂
男は一呼吸おいて、
﹁又聞きで申し訳ないが⋮⋮“曲馬団の裏方”からだ﹂
よし。表情には出さないが、内心で拳を握る。
曲馬団の裏方とは、とりもなおさず僕本人のことだ。
そして、この言い方をするように噂を流したのは僕自身で、ディア
ナ達に銘じてある都市貴族の関係者にだけ聞こえるようにした⋮⋮
ランベルト家と張り合っている都市貴族、ローランド家に。
﹁そちらでしたか⋮⋮ええ、表では出しておりませんが、様々な道
具を取り扱っております。では、詳細は奥でお伺いしましょうか⋮
⋮ダリア、店番を頼む﹂
◆◆◆

771
﹁ああ、遠隔地から別の場所を見張る道具ですか。防犯⋮⋮などと、
用途は伺いません。私は商売人ですので、対価に応じて商品をお渡
しするだけです。もし必要でしたら、使い方についての説明や、技
術的なご相談にも乗りましょう﹂
予想通り、ローランド家はランベルト家に対する諜報活動を行って
いた。
イザベルの雇い主であるローランド家は、農地や果樹園など、陸に
勢力を持つ都市貴族であり、財力や規模は並んでいても、この水門
都市エブラムではランベルト家に一格劣ると見なされている家柄だ。
﹁色々と、防犯も必要だし⋮⋮なにぶん、我が家を狙う不届き者の
中には忌々しい魔術の使い手、覗き見好きの恥知らずがいるようで
な﹂
この男、おそらくは執事ではあるまい。
当主の貴族仲間の友人や、一門の中にいる下級貴族の一人だろう。
あまりにもうかつすぎる⋮⋮これでは、確かにガラティアがいるラ
ンベルト家には勝てないだろう。
﹁なるほど。目には目を、魔術には魔術を、というわけですね。⋮
⋮もしかすると、すでにお屋敷などに目や耳が仕掛けられているか
もしれません。ちなみに、専属の魔術師は⋮⋮?﹂
まぁ、仮にも領主であるオリヴィアの所にも、魔術の知識のある学
士はいても魔術師はいなかったのだ。冒険者に混じっている魔術士
も、多くは魔力の才能がある、戦いに関わる呪文だけを覚えた﹁自
称魔法使い﹂ばかりで、こう言った小回りが利く技術の持ち主はな
かなかいない。
学院を中退したとはいえ、サラですら知識量はすごいが細かい魔術
の扱いは苦手としているのだ。
﹁呪文使いはいても、こういう事には、な⋮⋮﹂
﹁なるほど。私の仕入れ先はとある付与術士でして。必要であれば

772
お屋敷の防犯の確認なども頼むことができますよ。まぁ、外にでた
がらない相手なので、私が代理で赴くことになりますが⋮⋮﹂
◆◆◆
ローランド家との取引は、おおむね満足のいく結果になった。
ランベルト家が動く前にあちらが動いてくれたのは行幸だ。これが
どの程度の効果を持つかはわからないが、攪乱になってくれればい
いのだが⋮⋮
﹁マスター、あれを﹂
ダリアの言葉に振り向くと、窓際に小石がいくつか並べられている。
暗殺ギルドの構成員がおいた符丁だ。
⋮⋮窓を開けて石の配置を確認してから払い落とす。裏に回って、
木箱を持ち上げると、小さな紙片が残されている。
暗殺ギルドの人間に銘じて、ガラティアの別邸を調査させた報告結
果が帰ってきたのだ。
水門の先の保養地までは半日程度、馬を使わせて、急がせた結果が
あった⋮⋮
店に戻り、紙片を開く。
予想していなかったわけではないが、最悪に近い結果に目がくらむ。
調査には暗殺ギルドの構成員3名を向かわせた。二人は先行して、
一人は帰りの馬車を手配して通常の速度で。
帰ってきたのは、最後の一人だけ。
調査に赴いた二人は、少なくとも並の兵士に殺されるような腕前で
はない。
それに、一人は屋敷に、もう一人は少し離れた場所で周辺の確認を
していたはずだ。
それなのに、どちらも殺されていた。
遅れて街を通った三人目が、合流地点に何の符丁もなく、誰も来な

773
いことを確認して戻ってきたと言うことは、つまりそういうことだ。
これでわかったことがある。
保養地の別邸は、愛人を囲っているような場所ではない。
おそらくは、魔物やそれに近い能力を持った人物をそこにすませて
いる⋮⋮おそらくは、ヌビアと同じように逃亡している罪人だろう。
ランベルト家がヌビアを追っていた理由を、なんとなく理解した。
ならば、その家の住人を使って、ランベルト家が狙うのはただ一つ。
ライラが危惧していた通り、継承権を持つ人物⋮⋮オリヴィアの暗
殺だ。
◆◆◆
⋮⋮新しい我が主は、朝食中にその日の行動をほぼすべて決定する。
そこで情報を提供し、手段を提案し、決断を仰ぐ。
それが、私の仕事であり、楽しみ。
寝所への扉は、主人と合い鍵を持つ私以外は開くことができない。
扉の前に待機する夜番の兵士は、私を見ると居住まいをなおして敬
礼する。
小さくうなずき、鍵を使って扉を開ける。兵士の目線が私の腰から
尻のあたりを見つめているのは軽く無視する。
いつもと変わらない早朝の時間帯。
おそらくすでに目覚めておられるだろうが、もしまだお眠りのよう
であれば朝を告げるのも執事のつとめだ。
湯を汲んだ陶器の桶と、体を拭くためのタオル。
そして、午前中を過ごすための簡素な食事と、今日の業務に関わる
資料を装飾の入ったワゴンに乗せて運んでいく。

774
扉をくぐり、寝所への控え室に入る。
寝所に主が一人で眠ることはあまり多くない。奴隷女か、犬とした
女か、支配するために首輪をつけている女のどれかを置いておくこ
とがほとんどだ。
健康管理の一つでもあるし、我が主の日課のようなものでもある。
寝室への扉の前に、青ざめた顔の女が一人。
犬の分際で、まだ主人の行為になれないのだろうか。
﹁ライラ、おはよう。我が主はお目覚めか?﹂
﹁⋮⋮ガラティア殿。あの娘はまだ行儀見習いとして来たばかりの
はず。なぜ⋮⋮﹂
自分で止められもしないのに、そんなことを考えているのか。
﹁あなたは、剣を捧げた主の考えに不満でも?﹂
﹁⋮⋮﹂
言葉に詰まった犬と会話をする必要もない。
扉を開き、寝室に入り込む。
媚薬をわずかに含んだ香と、血のにおいがわずかに香る。
﹁おはようございます、ルベリオ様。朝食のお時間です﹂
﹁⋮⋮あぁ、わかった﹂
我が主、ランベルトの次期党首であるルベリオはすでに目を覚まし、
なにやら布で体を拭っていた。
昨夜夜伽をさせた女の衣装の残骸であることはすぐにわかった。
﹁湯とタオルをお持ちしました。こちらを﹂
お湯に浸し、硬く絞ったタオルを差し出すと、あたりまえのように
受け取ると体を拭い始める。
背は平均よりもやや上程度だが、肩幅は広く、胸板もそれなりに厚
い。
血筋特有の黒い髪の毛は短く切りそろえられ、彫りの深い顔立ちを

775
際だたせている。
主人の身を清めるのは本来ならばメイド達の業務だが、我が主は好
んで自分で自らを清める。
天蓋の付いた寝台の上には、すすり泣く少女。顔は腫れあがり、股
間からはまだ暖かい精液とわずかな破瓜の血が流れている。
確か、行儀見習いとして先月から働き始めた下級騎士の娘だ。
﹁女。お前の主を清めろ﹂
我が主の言葉に、すすり泣いていた娘はびくりと反応すると、おび
えたようにこちらを見る。
﹁なにをしているのですか? ご主人様があなたにご命じになって
いるのですよ?﹂
私の声は別に冷たいものでも何でもない。それに、家畜にあえて冷
たく当たる必要もない。
娘はのろのろと寝台から降りると我が主の前にひざまづき、口と舌
を使って我が主の股間を清め始める。
﹁この娘が、なにか?﹂
﹁特に、なにも﹂
我が主ルベリオは、一つだけ好むことがある。闘争だ。
闘争し、勝利し、支配する。
そのためには、調査し、計画し、準備する。艱難辛苦にも、難なく
耐える。
おそらく、この娘を犯したいと思ったわけでもないし、快楽のため
に抱きたかったわけでもないだろう。
後にこの娘の親に対して何かを行うときの下準備として行ったか、
この娘が愚かにも口答えでもしてしまったか、どちらかだ。
我が主にとって、女を抱くことは手段であって目的ではないようだ。

776
嫌いではないのだろうが、それが第一目的になっているところは見
たことがない。
それ故に、女に対して容赦はないし、目的がそもそも﹁快楽を得る
/与える﹂ことではなく心を折り支配することだ。
そのため、時折死者が出ることもあるが、そこは大したことではな
い。
都市貴族ランベルト家の権力はそれなりにあるし、死体の処理も執
事の役目だ。
それに、我が主は殺すべきではない相手は殺さない。常に、どこか
は冷静なのだろう。
だからこそ、私がおつかえする価値があるのだが。
食事に移る前に、軽く昨日のうちに入ったいくつかの報告を行う。
しばらくすると、娘の頭を掴み、口の中に精を打ち込む。
せき込む娘を放り出し、食卓に向かう主に衣装を差し出す。
部屋の外で控えていたライラが娘を抱える。
﹁⋮⋮ルベリオ様、この娘を休ませてもよろしいでしょうか﹂
﹁かまわん。ご苦労だった﹂
一礼すると、ライラは精液まみれの少女を抱え上げ、部屋から退出
する。
⋮⋮何度も我が主に抱かれ、犬にされているのに、けなげなことだ。
﹁ジェンマ商会に、何か注文をしていたようだが⋮⋮何か進展はあ
ったか?﹂
朝食をとりながら業務指示を終え、わずかな私的な会話⋮⋮表には
できない会話が始まる。
すでに私の行動から、ある程度なにが起きたかを予想しているのだ
ろう。
あぁ、そうです、我が主よ。
あなたは私が主と認める強さを持っている。

777
私が思うがままに活動することを認め、支える力がある。
だからこそ、私はあなたに従っているのだから。
﹁ええ、件の遠征軍と共に入り込んできた魔物の件です。疑いがあ
った魔具商人の店を調べました。⋮⋮が、今のところは証拠は発見
できずにいます﹂
﹁⋮⋮そいつが、もっとも疑わしい候補者だったか?﹂
﹁ええ、エブラムに入った日時や、商売の許可が下りた経緯が一番
怪しいのはここです。まだ、疑いは晴れていません﹂
﹁⋮⋮その店主は、エブラム伯の姪の恩人だそうだ。例の鉱山村で、
遠征軍が勝利するきっかけをもたらしたと言う話を聞いた﹂
﹁⋮⋮なるほど、疑いが強くなりましたね。他にも傭兵や冒険者な
どいくつか候補はありますが⋮⋮﹂
﹁私の妻となるべき女性の恩人だ。無碍に扱うわけにも行くまいが
⋮⋮ガラティア、例の日に、疑わしい相手はすべて消せ。選択肢か
らはずす必要はない﹂
﹁⋮⋮心得ました﹂
深々と頭を下げる。腹の底に、性欲に似た熱いものが持ち上がる。
あぁ⋮⋮この男を主に選んだのは、間違ってはいなかった。
778
過去の幻影:再び、地下水路にて
地下水路の、ネムとヌビアを魔物にしたあの部屋に今は陣が描かれ
ている。
ローランド家の使いとの商談が終わった後、少しはやめに店を閉め
て地下水路に潜ったのだ。
今、自分の秘密を守るためになにができるというわけでもない。
それでも、オリヴィアの暗殺という事が再び見えて来た以上、武力
を整えることを怠るわけには行かない。
エブラムの町中を戦場にする気はないが、それでも兵隊は必要だ。
オーク達はもうほとんどいない。
ヌビアやミヤビは、力強い戦力だが、表に出すわけには行かない隠
し玉だ。
今は、町中に出せる兵力が欲しい。

779
最悪、使い捨てることも可能な戦力が。
﹁マスター、準備できました。これで、なにを?﹂
ダリアが代表として質問をしてくる。
ディアナを含めた暗殺ギルドのメンバーには、ランベルト家とロー
ランド家の情報を集めるために動いてもらっているために、今動か
せるのはダリアとヌビアとネム、それにミヤビだけだ。
その全員がここで、僕の作業を手伝ったり見守ったりしている。
その上で、なにをしているかわかっているのは僕だけなのだから、
気になるのだろう。
ダリアは陣の書き方や儀式の準備を丸暗記しているだけで、すべて
を理解しているわけではない。
だが、これがなにをする為のものかはある程度知っているので、こ
の質問は単に他のメンバーの代弁をしているのだろう。
﹁これは、召喚と変成の魔術を使うためにアレンジした魔法陣⋮⋮
といってもわかりにくいよね﹂
﹁うん、わかんない﹂
ネムがよくわかっていない顔で頷き、ミヤビとヌビアは僕に続きを
促す。
﹁エリオット、俺たちが運んだその大量の武具や素材を使うと思っ
ていたんだが⋮⋮どこかから魔物を呼び出すのか?﹂
ヌビアの質問はもっとも。
﹁我が君のする事なのじゃ、きっと何か深謀遠慮があるのじゃろう。
妾はただ信じて待ちまする﹂
ミヤビは完全に思考を放棄していた。まぁ、実際の年齢もネムと大
差ないし、そこは仕方ないだろう。そういえば、ネムとミヤビは結
構仲がよいようだ。

780
﹁スケルトンの召喚の魔法陣をベースにしているのはわかりますが、
そこに変成の魔法を加えたもの⋮⋮ですよね、マスター﹂
ダリアにはスケルトン召喚の陣を準備してもらったので、そこから
変更を加えた部分はこの変成の魔法となる。
以前は、生き物を⋮⋮サラの仲間であった赤烏のメンバーをオーク
へと変えたのだが、今回は少し違う。
﹁うまく行くかはまだ未知数だけど⋮⋮スケルトンを素材として使
おうと思ってね﹂
地下水路には、ミヤビをとらえたときに作り出したスケルトンがま
だ残っているので、それを使った実験では、七割はうまくいったの
だが⋮⋮
陣の中央に血液、石灰、その他雑多な触媒を配置する。
その上に、砂利、鎖、石材や木材を組み合わせて、間接のない人形
のような形に配置する。
全身を覆う軽装鎧、長靴、手袋、兜に頬当てを、それぞれにあてが
う。
まるで、兵士の格好をした案山子のようにも見える。
寝転がったままなので、案山子としての役割は果たさないが。
ストーンゴーレムを呼び出すには多くの時間と魔力が必要で、それ
では必要な数がそろえられない。
そもそも、魔物の召喚は短時間だけか、少数だけであることがほと
んどで、常時軍勢を呼び出しておける召喚術の使い手などは、人の
世界では伝説の中でしか聞いたことがない。
死霊術士は、そのわずかな例外だが⋮⋮その力の源泉が忌まわしい
イメージの大きな物であることとと、呼び出す魔物の恐ろしい外見
故に恐れられている。
まあ、鉱山村の魔物に対する世間のイメージはそれだったのだろう

781
けれど。
僕に半分だけ流れている魔物の血のおかげだろうけれど、スケルト
ンは呼び出す事が容易な魔物だ。
それでも、実際僕が複数召喚できる魔物としては、小悪魔とならん
で二つしかない選択肢だ。
とはいえ、呼び出すのは比較的容易だといっても、人目に付くスケ
ルトンを表に出すわけには行かないし、動けば多少の音がでるので
隠密行動にも向かないのだ。
かなり前から⋮⋮具体的には、鉱山村にいた頃から設計だけは続け
ていた、召喚と変成を混ぜた呪文の設計書を取り出し、詠唱を始め
る。
自分の魔力を火種にして、周囲の魔力の流れを組み替え、呼び出し
を試みる。
理屈はいまだに説明しにくいが、この世界の裏側にあるところ⋮⋮
それを魔界というのかは、残念ながらわからないが⋮⋮から、スケ
ルトンを呼び出すのだ。
他の魔物は抵抗し、魔力を派手に消耗するのだが、スケルトンは比
較的すぐに呼び出すことができる。
魔法陣の内側に煙が上がり、触媒が魔力に反応してスケルトンの肉
体を形成し始める。
触媒が無くても呼び出すことは可能だが、それだとやはり魔力の消
費が激しいために、使える素材は何でも使う。
呼び出しの途中で、詠唱の中身を切り替える。
まだ存在が定まりきっていないスケルトンを、強制的に作り替える
のだ。
骨の上に、鎖と砂利で作り物の肉を。木材と石材で、体を形作る作

782
り物の外皮を。
武具を融合させて、外見を取り繕う。頭蓋骨も砂利に覆われ、兜と
頬当てに隠されて、見えなくなる。
⋮⋮詠唱が終わると、そこには全身を軽装の防具で隠した一人の兵
士が立っていた。
﹁⋮⋮うん、少し不格好ではあるけれど、即座には魔物とばれたり
はしない⋮⋮かな?﹂
僕のつぶやきには、ヌビアが答えてくれた。
﹁動き方⋮⋮次第、だな。スケルトンが元なのだろうし、会話は出
来ない。ならば、動き方がどうかで判断される﹂
なるほど。
試しに、スケルトン⋮⋮いや、もうスケルトンではない、偽装型の
ボーンゴーレムに命令を与え、歩き回らせたり、戦闘の型をとらせ
てみたり。
ボーンゴーレムは、ややぎこちないものの、人間とあまり変わらな
い速度で動いた。
体に身につけているパーツが増えた分、素早い動きはできなくなっ
ているが、それは仕方ない。
﹁ヌビア、どうだい?﹂
﹁⋮⋮短時間であったり、見張りの脇に置いてあるようなら大丈夫
ではないかと思う。だが、それでも動きにぎこちない部分があるな﹂
ヌビアはそういうと、歩き回っているボーンゴーレムの前に立つ。
融通が利かないために、ヌビアにぶつかって動きを止め、そこから
ヌビアを避けて動き出す。
⋮⋮確かに、前を見て歩行者をよけるということを逐一判断させる
のは難しいか。
元々、この手の魔物はどこかを守らせておくか、好き勝手に徘徊さ
せておくのが普通だ。

783
オーク達だって、普段はダンジョンの中で自由にさせておき、必要
に応じて命令をしていた。それに、元人間で、ある程度知能のある
オークとは違い、スケルトンもゴーレムも自立して何か判断するこ
とはあまりない。
自分が命令していけば、動かすことは可能だが⋮⋮それでは、多数
の運用ができない。
﹁悩ましいなぁ﹂
﹁なやましー、なやましー♪ でも、動いてるし強そうだよ?﹂
僕の言葉に反応して、ネムがヌビアの肩に飛び乗る。
﹁我が君は、この人形を使ってなにをする気なのじゃ? 人形は所
詮人形にすぎぬが、人形なりの使い方があろう。人形に人と同じ事
をせよというのは酷なのじゃ﹂
ミヤビがそういって、構って欲しそうにまとわりついてくる。
久しぶりに顔を合わすことができたので、それも無理のないことだ。
しっぽの先端がチロチロと小刻みにふるえているのは、シロのしっ
ぽと同じような物なのだろうか。
﹁で、これを何に使う気なんだ?﹂
その疑問はもっともだ。
﹁あぁ、それは⋮⋮そうだ、ヌビア。君は、近隣の都市や国で賞金
がかかっていて、しかも腕利きの犯罪者とかの情報を知っていたり
しないかな?﹂
﹁賞金首の噂? まぁ、ある程度は知っているが⋮⋮﹂
暗殺ギルドの構成員が帰ってこなかった、あのガラティアの私邸に
居るのは、
おそらくはオリヴィア暗殺のために集められた人材。
ガラティアがヌビアを探していたのは、おそらくはそこに組み込む
ためだったのだろう
そう考えると、その戦力としては犯罪者や賞金首が含まれている可
能性が高い。

784
﹁今後、おそらく人間⋮⋮魔術師の援護を受けた人間と、街中で戦
わなければいけない時がくる。それも、かなり近い時期に﹂
オリヴィアを狙うのであれば、今度行われるパレードを狙うのがも
っとも手っ取り早い。
﹁ふむ⋮⋮それが、賞金首連中だと考えているのか﹂
少し考えてから、ヌビアはゆっくりと言葉を紡ぐ。
﹁サーカス団で噂話程度に聞いた話だと、東のローダニアから国境
を超えてこの国に逃亡してきた連中がいるとは聞いている。この国
でも相手側でも、軍隊からの逃亡兵というのも居るだろうな。後は、
北の鉱山で5人殺した毒殺魔だとか⋮⋮﹂
﹁結構居るもんだね⋮⋮。その、国境を超えてきた連中ってのはど
んなやつらだい?﹂
毒殺は恐ろしいが、パレードの中の暗殺ではまだ危機は少ない。
もちろん、油断する訳にはいかないが、ガラティアはやるならば直
接的な手を混ぜてくるだろう。
﹁たしか、小規模な傭兵団だったか⋮⋮あまりに行いが悪いという
ので軍から処分されかけて逃げたとか。ローダニアの軍は民兵も傭
兵も多いし、規律があまり高いわけではない。まぁ、契約を交わし
ているだけで、傭兵に軍規を求めるのは難しいからな⋮⋮﹂
傭兵くずれと、逃亡兵か⋮⋮。それが敵の戦力となっている可能性
は否定出来ない。
すでに、暗殺者と思われる戦力はエブラムの郊外に待機している。
油断できる要素などどこにもないのだ。
﹁そんな連中を、あの執事殿が集めている可能性があるんだよ。暗
殺ギルドの人間が二人やられた以上、結構な腕利きだ。流石にミヤ
ビ達を街の表に出すわけには行かないし、ネムは上空からの偵察を
お願いするかもしれないけれど⋮⋮﹂
﹁いいよー? エリオットには助けてもらったもん、お手伝いする

785
♪﹂
﹁俺も、同様だ。借りは大きいからな⋮⋮この頭が隠せればいいの
だが⋮⋮﹂
ありがたい話だ。ヌビアの外見はただでさえ目立つ上に、ミノタウ
ロスとなった今は頭が人の形ではなくなっている。
まずはそこを何とかしなければいけないだろう。
﹁⋮⋮ふむ、我が君。その人形は、我が君にしか扱えぬ物⋮⋮かの
?﹂
﹁あぁ、僕が呼び出した本人であり主人だから、僕が命令をしない
と⋮⋮﹂
ふと、思い出す。
アスタルテは、自分が生み出したオークを僕に預けてくれていた。
アスタルテにとって僕は支配下の魔物ではないが、僕を魔物にした
のはアスタルテだ。同じように、僕が生み出した魔物にこのボーン
ゴーレムの運用を任せることはできないだろうか?
⋮⋮それで、いいのだろうか?
今、自分にできることはそれだけなのか?
他にやらなければいけないことがあるのではないか?
気を抜くと、足元から不安が霧のようにつきまとう。
ジェンマ商会のこと、ガラティアのこと、何か他に打てる手はない
のか?
ここで馬鹿みたいに戦力を強化だけしていればいいのか?
﹁⋮⋮マスター?﹂
ダリアが心配そうに声をかけてくる。
﹁あぁ、ごめん、考え事をしていた⋮⋮今日のうちに、増やせるだ
け増やしておこう﹂
今、出来ることは多くない。

786
戦力の補充も、必要なことは間違いないのだから、迷うのは危険だ。
まだ心配そうな顔をしたまま、ダリアは次の準備に取りかかる。
この部屋の床には、今実験した物と同じ陣があと3つ準備してある。
一度に呼び出せるスケルトンは最大で10体程度。
変成も同時に行うとして、半分の数を見込み、少し余裕を持たせる。
同時に4体のボーンゴーレムを作り出すことができれば、パレード
までにそれなりの数を量産することができるだろう。
﹁我が君、我が君。もし魔力が足りなければ、妾から魔力を奪って
くだされ﹂
﹁あぁ、ミヤビも、ダリアも、後で抱かせてもらうことになると思
う。色気のない場所ですまないけれど⋮⋮﹂
残された時間は多くない。
しばらくは、眠れない日々が続きそうだ。
過去の幻影:秘密の神殿
﹁⋮⋮で、明け方まで魔力の補充? うちの店に来てくれれば部屋
ぐらい提供したのに﹂
ドーラが呆れたように言う。久しぶりの蜘蛛の巣館であり、初めて
の二号館だ。
正確に言えば、ここはアスタルテの提案で買い取った別の店であり、
同じ建物ではない。
蜘蛛の巣館に比べると少し小さいが、上品な調度品や、少し広めの
部屋などがある。
ここは二階で、一回は広めのホールを持つ少し洒落た雰囲気の酒場
になっている。
﹁そこまで、余裕がないんだよ。ダリアにはほぼ不眠不休で動いて
もらっているし、最悪の場合、僕は君たちに店を任せて夜逃げしな
きゃいけない﹂

787
軽口をたたくが、正直いえば胃が重い。
本来はここに来る余裕もないのだが、事態が動き出す前に二号館の
営業開始が間に合ったので、それにあわせて確認しておきたいこと
があったのだ。
⋮⋮もしかしたら、多少なりとも事態を変える一手になるのではと
いうかすかな希望にすがって。
﹁エリオット様、お疲れのようですね﹂
奥から、アスタルテがやってきた。
蜘蛛の巣館の女たちには、詳しい事情は教えていない。ドーラが多
少知っている程度で、後はアスタルテ意外僕の現状を知るものはな
い。
最初に出会ったときの修道女の衣装によく似た、その上でさらに妖
艶な、背徳的な衣装を身につけたアスタルテ。
彼女の姿は、は色欲の神に仕える女司祭とでも言ったところだろう
か。
﹁あはは、やっぱり姐さんそういうの似合ってますよ﹂
そう喜ぶドーラも、いつも扇状的で露出の多い衣装ではなく、上流
階級の子女のような露出度の低い、それでいてボディラインの浮き
出る衣装を身につけている。
共通しているのは、その顔の上半分を軽く覆い隠す仮面。
額の部分に、僕が作り出した宝石の魔具⋮⋮認識を阻害する、誰な
のかをわからなくするための魔具を取り付けてある。
◆◆◆
﹁仮面舞踏会は、貴族のたしなみ⋮⋮とまでは言いませんけれど、
正体を隠して密談をしたい方は裕福になるほど多くなるものです﹂

788
きっかけは、アスタルテの発言だった。
身分を隠したい、正体を隠したい。僕にとってはなじみの考えだ。
それは貴族だけではなく、商人たちにだって町人にだって需要のあ
ることだろう。
それが、色事に関するものであればなおさらだ。
家庭があれば、立場があれば、誰だって醜聞は避けたい。
﹁秘密の神殿﹂⋮⋮それが、この場所の名前だ。
蜘蛛の巣館の二号店となるこの店は、表向きの屋号は変えてあり、
経営者が同じとは思われないだろう。
あくまでも、表向き酒場であり、すこし値は張るが誰でも入ること
のできる店だ。
ただ、普通の酒場と違う事があるとすれば、違いは二つある。
店内は薄暗く、迷路のように区分けされ、テーブル事に小さな明か
りをともしていること。そして、この店ならではのルールがあるこ
と。
来店時に、客は二つだけルールを告げられる、一つは、店の中では
全員仮面を身につけること。もう一つは、相手を呼ぶときは﹁仮面﹂
に付けられた名を呼び、本名を呼ばないこと。
⋮⋮一般の客には、店の提供するちょっとした遊びとしか思われな
いだろう。
﹁秘密の神殿﹂と名付けられたこの店は、実際の所、飲食ではなく
密談の場所を提供することを主目的として作られた店だ。
卓数は12、全部で50名も入れば店は埋まってしまうし、提供さ
れる食事も、味はそれなりのものだが種類は多くない。
提供するのに手間のかからない飲み物だけは種類も豊富に用意して
いるが、飲食店としての役割は正直にいえば限定されているといえ
るだろう。

789
一階の酒場は﹁礼拝堂﹂とだけ呼ばれる。
食堂で働く従業員たちの多くは、蜘蛛の巣館で働けなくなったり、
病気で娼婦の仕事ができない元娼婦たちだ。
元々は、アスタルテとドーラの二人が彼女たちの生活を保障したい
と言って持ってきた話だったのだ。
﹁礼拝堂﹂の奥には、﹁待合室﹂と呼ばれるいくつかの小部屋があ
る。
ここは建物に隣接しない出口からでることが可能になっている上に
音が外に漏れないように作られており、本格的な密談をする常連客
だけに解放される。
部屋の利用料も高いが、狙いがうまく行けば、大きな利益を生むこ
とになる。
一般的に、利用されるのはここまでだ。
誰かの紹介があって案内されてきた客か、蜘蛛の巣館から紹介され
てきた一部の客だけは、待合室の奥にある扉の奥に進むことを許さ
れる。
小さな階段を上り、﹁聖堂﹂と言う小さな金属のプレートがかかっ
た部屋に入る前に、ここで改めて専用の仮面を渡される。
この仮面の目の部分には、僕が作り出した魔具のレンズがはめ込ま
れている。
聖堂の中は小さな明かりだけがともった暗闇で、この仮面を付けて
いないと部屋の中を見通すことができない。
仮面を通してみると、そこには絢爛豪華な装飾で彩られた楕円形の
ホール。
⋮⋮ここが、高級娼婦を待機させた、蜘蛛の巣館の二号館なのだ。
聖堂では、客は信徒、商売女は神に仕える巫女という扱い⋮⋮つま

790
り、古代の神殿売春の真似事をしている。
もちろん、店に出る女たちは蜘蛛の巣館の中でも上等な女ばかりを
厳選している。
客も、最初の客は彼女たちの信頼する常連とその招待客だけだ。
一度に招くことができる客は、最大でも8名。
これは、小部屋の数とホールの数を合わせた最大のキャパシティで
あり、僕が作り出した﹁聖堂﹂の影響を及ぼせる数がそれしかいな
いと言うことでもある。
﹁聖堂﹂では、相手が誰かわかっていても名前は呼ばないのがルー
ルとした。
これは、店全体のルールでもあり、客の情報を隠すためのもの⋮⋮
だからこそ、ここに罠を仕込むことができる。
仮面に仕込んだ宝石は、暗闇を見通すだけが機能ではない。
その仮面をつけた人間を、特定の誰かと認識させる⋮⋮魔力によっ
て認識の操作をしているのだ。
たとえば、特定の仮面をアスタルテだと設定することで、ドーラが
仮面を付けても、シロが仮面を付けても客にはアスタルテに見えて
しまう。
もちろん、この仕組みは完璧にはほど遠い。声もある程度認識をず
らすことはできるが、会話の中身を変えることはできない。
よく知った人間に会えば、程なく偽物だとばれてしまうだろう。
だが、接点があまりない客であればどうだろうか?
もし、そこにいるのが、面識はないが顔だけはよく知っている相手
であったら?
秘密の神殿は、僕に魔力を供給する目的だけではなく、このような
実験を試すための場所でもある。
とはいえ、建物全体にこの魔術のために仕込みをしていたりするの
で、この魔術の効果が及ぶのは実の所この﹁神殿﹂内部のみ。

791
大げさに言っているものの、できるところだけ飾りたてたというの
が実状だ。
まだまだ、完成したと言うにはほど遠い技術なのだ。
僕が身につける仮面は、﹁神官長﹂と名付けた0番の仮面。
顔の上半分を覆い隠す無地の仮面に、片方だけ角が生えているよう
な装飾をつけてある。
聖堂の中にいる限り、この仮面を付けている相手の性別も体型も曖
昧にしか認識できず、声のトーンもわからなくなる。
つまり、僕以外がこの仮面を付ければ、たとえ僕がここにいないと
きでも﹁そこにいる﹂と思わせる事が可能になる。
⋮⋮もっとも、聖堂の神官長が誰かを明かす気などさらさらないの
だが。
◆◆◆
﹁エリオット様、そろそろお時間です﹂
アスタルテが告げると、下の階でざわざわとした物音や話し声が聞
こえてきた。
開店日である今日、黙っていては客なんか来るはずもない。
蜘蛛の巣館の客で、この店の﹁礼拝堂﹂側に移籍した娼婦たちのな
じみ客に招待状を出しているのだ。
条件は、同行者一人につき、銀貨2枚のバックマージン。3人つれ
てきたら、本人の飲食費は後で戻すという扱いだ。
元々、蜘蛛の巣館は高級な店ではないために、客層もあまり裕福な
層ではない。
それでも、シロとリリに宣伝をさせていた事もあり、冒険者や傭兵
の客も多少ながら入ってきたために、今日の客層はそれなりに雑多

792
なものとなっていた。
普段、冒険者や傭兵という人種と、街中で暮らす市民はあまり接点
がない。
それでも、この店では仮面をかぶることによってその壁を少しだけ
取り払うことができているようだ。
いずれは、客層をもっと裕福な層にまでのばしていく必要があるが、
広い階層が混じり合うことで、よりいっそう誰が誰なのかわかりに
くくなることを期待しているので、この雑多な客層を失う気はない。
﹁順調、の様だね﹂
階下から聞こえる声を聞きながら、とりあえずの成功に安堵する。
﹁あの子達だって、好きで身体を売っていた子ばかりじゃないから
ね。エリオ⋮⋮じゃなくて、ここでは神官長さまだったっけ、あん
たには感謝してるよ﹂
ドーラの声に、ほんのわずかに呵責を覚える。
本当は、感謝されるいわれはどこにも無いのだ。
僕は娼婦たちを自覚の無いままに魔物にして、いつだって操れるよ
うにしている。
下の階にいる女たちも、わずかながら意識をのぞき見ることができ
る程度には僕の支配下にある。
ホールの中でウェイターとして走り回っているハリーとフレッドに
至っては、完全に魔物にしてしまったわけだ。
﹁僕の目的にそって使っているだけだよ。それで彼女たちの生活が
成り立つのであれば、それはそれで良いことさ﹂
﹁あんた、人でなしのくせにお人好しな所もあるんだねぇ、ほんと
に﹂
呆れたように、楽しそうにドーラが笑う。
﹁そろそろ、聖堂の客が到着する頃合いだね。神官長の挨拶がすむ

793
までは寝落ちしたりしないでおくれよ?﹂
◆◆◆
今日集まったのは7名。
それほど裕福な客というわけではないが、城の衛兵や宿場の会計係
など、この街の中ではある程度の立場を持った人物も少数ながら混
じっている。
ハリーとフレッドに通され、それぞれの仮面を付けた男たちが不安
と期待に胸を躍らせて、座り心地の良い長椅子に腰掛けている。
﹁ようこそ、本日招待させていただいた7名の客人。私は神官長と
呼ばれています﹂
男たちは、怪訝な顔を向ける。
それは当然だろう、自分たちを招待した女ではなく、男か女かわか
らない奴がいるのだ。
﹁女たち⋮⋮この聖堂を守る巫女たちは、今あなた様がたをもてな
すための準備をしております。その間、私が少しだけ説明をさせて
いただきます﹂
普段、自分のことを僕と言っているので、私という言葉を発するに
は少し違和感がある。
それでもまぁ、営業でしゃべるのは慣れている。相手の反応を待つ
ことなく続ける。
﹁今宵はこの秘密の神殿の聖堂が初めてその営みを行うめでたき日。
そのため、すでにお聞きになっているとは思いますが、今日はあな
た方から一切料金をいただくつもりはありません﹂
その言葉に、半数近くの男が頷く。
﹁そのかわり、あなた方にはお願いがあります。あなたの知る限り、
多くの友人知人を持つ知り合いに声をかけて、この店のことを広め
て欲しいのです。もちろん、信用のおける方にのみ⋮⋮ね。あなた

794
方には、この神殿の神官となって、信仰を広める布教活動をお願い
したいのです。このお願いに異議がなければ、沈黙を持ってお答え
ください﹂
そう言いつつ、男たちに寝具を引いた長椅子を進める。
異議を発する物は、一人もいない。
﹁では、ここに誓約は成されました。神官たちを慰める、巫女をお
呼びいたしましょう﹂
手元にあった小さいベルを鳴らす。アスタルテとドーラが、5人の
娼婦⋮⋮蜘蛛の巣館の上位5名を伴い、部屋の中に入ってくる。
男たちの小さな歓声が漏れる。小さく口笛を吹く音が聞こえる。
﹁お待たせいたしました、今宵選ばれし7名の神官よ。巫女長とし
てご挨拶を﹂
アスタルテの声は堂々としたもので、本当に神殿で説法でも聞いて
いるかのような気分にさせられる。
それでも、その声の裏には男の欲望をくすぐる扇情的的な響きがあ
る。
それは、淫魔である性質故の物かもしれないし、本人の淫蕩な性か
もしれない。
﹁隠されし神殿の、秘密の聖堂が開くことを記念し、巫女たちの選
んだ男たち。あなた方は、今宵、この聖堂の神に仕える神官として
⋮⋮巫女たちに精を注ぎ、ともに淫らな儀式を行う事になります﹂
﹁⋮⋮という形で、今夜は楽しんでもらうからね。言ってあるとお
り、開店記念で今日だけは自由に、どの子を好きなだけ抱いていっ
て構わないから⋮⋮宣伝、よろしく頼むわよ?﹂
アスタルテの言葉を引き継ぐように、ドーラが現実的な補足を加え
る。
そう、今日呼ばれた7名はこの街の各階層に店の宣伝をするための
客だ。
だからこそ、今日は無料で女たちを提供する⋮⋮そういうことにな
っている。

795
﹁ド、ドーラ⋮⋮なぁ、聞きたいことが﹂
﹁ここでは、猫の巫女って呼んでくれなきゃだめだよ﹂
ドーラが客をいなす。遊びだと思っていても、徹底しなければ店の
ルールとして当たり前のことにすることができない、それでは意味
がない。
﹁猫の巫女⋮⋮自由に、ってことは、あんたや、そこの⋮⋮巫女長
⋮⋮も、いいのか?﹂
﹁もちろん♪ ただし、他の客と取り合いにならないように、仲良
くやってね﹂
﹁神官殿、ご希望とあれば、複数の神官殿で一人を相手に儀式を行
うことも、その逆もまた何時が望むがままです。気に入った相手と
個室に入るもよし、皆に見せつけるように、この場でするもよし⋮
⋮さぁ、あなたが望む相手をお選びください﹂
男たちが、思い思いに女たちの手を取り、自分の元に引き寄せる。
女たちが杯を渡し、軽い酒をそそぐ。ぎこちない愛撫が始まる。
それと同時に、僕は奥にある小部屋にもどり、媚薬の香を炊き始め
る。
かすかに粘つくような甘い香りが薄く立ちこめ、男たちの瞳に情欲
の色が浮かび始める。
この部屋は聖堂からは見えないようになっているが、この部屋には
水盤が用意され、聖堂の中も、待合室も、表の神殿もすべて監視で
きるようになっている。
ここが、この秘密の神殿の最奥部だ。
アスタルテがいるから、問題なくことは進むと思っているが、何事
もトラブルは付き物だ。改めて手順を確認し、儀式を始める。
すでに、最初の挨拶で7人の男たちから言質はとっている。
彼らは、この神殿の神官となることを無言のうちに誓うことに同意

796
した。
そして、彼らは媚薬の煙の中で、僕が魔物にした女たちを抱き⋮⋮
気が付かないうちに、僕の支配下に置かれることとなる。
彼らは僕に操られ、自分の意志だと思い込んで、自分の知る限りも
っとも影響力のある友人をこの聖堂につれてくる。
そして、その友人は魔物となり、また彼の知る限りもっとも影響力
のある友人を捜す。
一度に変えられるのは7人が限界で、おそらく平均すれば一日に魔
物にできるのは3人程度が限界だろう。
それでも、街の各所への影響力を持つ人物にこの糸が届くことにな
れば。
⋮⋮水門都市エブラムに、僕という魔物の蜘蛛の巣が張られること
になる。
そのとき、初めてこの街の中に、僕のダンジョンが生み出されるの
だ。
問題は、間に合うかどうか。
時間だけが、圧倒的に足りていないのだ。
797
過去の幻影:小さな窓から
秘密の神殿での一仕事を終え、後はアスタルテに任せて店に戻る。
どこで見られているかわからない以上、地上を動くときはあくまで
も﹁魔具商人のエリオット﹂でいなければいけない。
だから、地下水路を通って店に戻る。
新市街には、すこし行きにくくなってしまった。
水路を動くときは、たいていミヤビが護衛に付いてくれる。
普段は大げさだと思うが、今はありがたくもある。
目立つために地下水路から出られないミヤビとは、この一緒に歩い
ている時間が一番多いかもしれない。
暗殺ギルドからも、店からもまだ距離のある地下水路を歩いている
途中、水路をまたぐ小さい橋があった。

798
﹁主様、主様。良いことを教えてあげるのじゃ。実は、ここは妾の
秘密の場所で⋮⋮ほら、あれを見て欲しいのじゃ﹂
普段は水の中に姿を隠しているミヤビが、珍しく途中で声をかけて
きた。
振り向くと、水路から顔を上げたミヤビが、天井を指さしている。
っその小さな指を追っ手視線を上げてみれば、空気抜きのための縦
穴が空いている。
当て穴の大きさなど、小さな煙突程度しかない。
だから、僕やミヤビでは通りぬけることはできない。ハリーやフレ
ッドでも相当苦しいだろう。
それでも、ここからにると手のひらで隠せてしまいそうな、いびつ
な四角形の穴は、地上の⋮⋮明け方前の暗い夜空と、そこに光る星
の姿を見せてくれた。
⋮⋮手が届かないくらい、遠くにあるという星。
空を飛べるネムに聞いても、雲の上の方にあるからわからないと言
われた、遙か空の上にある星。
そんな遠い星も、この地下水路からは、四角い縦穴という小さなキ
ャンバスに描かれた絵のように見える。
⋮⋮夜空を見上げるなんて、一体いつ以来だろうか。
﹁⋮⋮ああ、ここからでも、空が見えるんだね﹂
﹁あれは、お星様というのじゃろ? 星がなんなのか、妾にはよく
わからないけど、きらきらして、宝石みたいにきれいなのじゃ⋮⋮
ミヤビには止められていたけど、妾はときどき、一人でここに来て
あの窓から空を見ていたのじゃ♪﹂
﹁⋮⋮ここからだけ?﹂
﹁外に出ると、人に見つかってしまう可能性もたあったから⋮⋮だ
から、ここが妾だけの秘密の場所なのじゃ﹂

799
そうか⋮⋮。
アラクネ以外の誰に対しても姿を隠していたミヤビは、暗殺ギルド
内部でも自由に動くことはできなかった。
人の出入りの滅多にない地下水路だけが、彼女が自由に動き回れる
場所で。
あの小さな天窓だけが、ミヤビが知っていた自由な世界。
それは、今になってもまだあまり変わっていないのだろう。
﹁この前、ダリアが教えてくれたのじゃ⋮⋮星には、空にとどまっ
たままの星と、空から流れていく星があるって。流れる星を見たら、
すぐに願い事をお願いしたら願いがかなうって、そんなおまじない
があるって﹂
はたしてミヤビは、この小さな窓から流れ星を見つけることはでき
たのだろうか?
⋮⋮ダリアから聞いたと言うことは、割と最近のことか。まだ、見
つけられるほど時間はたっていないのかもしれない。
﹁⋮⋮主様は、妾からカゴメを奪ったけれど⋮⋮でも、自由も優し
さもくれたのじゃ。それに、妾は主様の物になったのじゃし⋮⋮そ
の、主様になら、教えてもいいと⋮⋮あと、一緒にこんな事ができ
たら良いなって⋮⋮﹂
⋮⋮あぁ、そうか。
ミヤビが、僕に示せる好意は、もうこれしかないのだ。
そして、彼女の欲望もまた、これくらいしかないのだ。
ミヤビは言葉でもためらい無く行為を伝えてくるし、抱いて欲しい
とも求めてくる。
この子のそのあけすけな素直さには好意を持っているが、それは、
彼女が他に駆け引きの材料を何も持っていないことの裏返しだ。
幼い頃から人間の奴隷として育ち、その後はアラクネに守られてい
たミヤビは、自分一人で成長することも、悩むことも⋮⋮良くも悪
くも、成長する機会を持つことができなかったのだろう。

800
だからこそ、彼女が僕に示せる好意は自分の身体や心を与える以外
に選択肢がなく。
彼女が僕に望むことも、彼女の知っている極狭い範囲での希望しか
選択肢がない。
それは、僕が何を求め、何を好むか調べたり、会話の中で調べり駆
け引きの技術もないからであり、この世界にどのような楽しいこと
があるのかも知らないからだ。
熟練の戦士を打ち倒すほどの体力と腕力を持ち、ラミアという種族
の強靱な体躯をもちながら、ミヤビの欲望は悲しくなるほどに幅が
狭い。
抱いて欲しい、名前を呼んで欲しい、ほめて欲しい、頭をなでて欲
しい、近くにいて欲しい⋮⋮。
どれもこれも他愛ない願い事ばかりだが、彼女にとって、それ以外
の願いはまだ認識すらできていないのかもしれない。
⋮⋮ダリアとミヤビが仲良くなった理由が、ようやくわかったよう
な気がした。
貧しい農家の子として生まれ、教育もろくに受けられず、一人で生
きていく道を選ぶこともできず、父親の死の後、村の共同所有物に
なる以外に選択肢がなかったダリアと、生まれつき檻の中にいたミ
ヤビ、
二人の境遇は、案外よく似ている。
だからだろうか。
珍しく実現できるかわからないようなことを口に出してしまった。
﹁いつか、もっと広い場所から一緒に星をみよう。そのときは、二
人だけでも良いけれど⋮⋮ダリアも、ネムやヌビアも、みんなで一
緒に見るのもいいかな﹂
﹁主様⋮⋮やっぱり主様は、ダリアの言うとおり優しい方なのじゃ
♪﹂

801
ミヤビの声に、隠しきれない喜びが混じる。
この子を喜ばせてあげられたという、それだけのことでも少し心が
軽くなる。
⋮⋮それにしても、ダリアは一体ミヤビに何を吹き込んだのだろう。
﹁ダリアも、妾と同じように、ずっと檻の中にいたのじゃといって
おった。主様のことは、昔から知っていたけど、ずっと憧れていた
けど、自分が本当に辛いときに優しい声をかけてくれて⋮⋮助けて
くれたのじゃと言っておった﹂
まったく、何を⋮⋮え?
﹁ミヤビ、ダリアは、昔から知っていた⋮⋮と?﹂
﹁うむ、実際に言葉を交わしたのはずっと後になってからだと言っ
ておった。それから、読み書きも教えてもらったとか⋮⋮妾には、
難しいことはわからないけれど、ダリアが主様のことを話すときは
本当にうれしそうなのじゃ﹂
⋮⋮このときになって、僕はようやくここしばらくの会話の中で感
じていたかすかな違和感の原因を理解した。
ダリアは、人間だったときの記憶を取り戻している。
◆◆◆
思考はまとまらなかったが、ダリアはよく働いてくれている。
それに、今はそれよりも対処しなければいけない事が山のように残
っている。
地下水路から、店に戻るとダリアはもう起きているようで、軽い食
事の準備をしてくれていた。
まだ、日は昇っていないというのに。
ダリアが小さな竈でお湯を沸かしてくれている間、眠気のあまりう
とうとしつつも、記憶のことを聞いてみたくなった。
﹁⋮⋮ねぇ、ダリア﹂

802
ダリアは、少し困ったような顔で振り向くと、
﹁マスター、ご自分の顔がとてもお疲れになっていることをわかっ
てますか?﹂
と、こちらが口を開く前に問いかけた。
⋮⋮確かに、身体の節々が重い。秘密の神殿では、僕は魔力を使っ
てあの7人を魔物にしたが、僕自身は女を抱いているわけではない
ので、魔力の補給はできていない。
その疲れだろうか。
﹁マスター。魔力の問題ではありません、ここしばらくあまり眠れ
ていないじゃないですか。今日もお店の仕事はあるんですから、少
しでもお眠りになってください﹂
記憶のことを聞こうと思ったけれど、確かに思考がまとまらない。
それに、店を開けるのは多少遅くしてもいいけれど、営業はしない
といけない。
ジェンマじいさんの件はまだ頭が痛い話だが、あの昼食会でとった
受注は嘘でも何でもないのだ。
たしか、まだ今日のうちに魔力を込めなければいけない物がいくつ
か⋮⋮
気が付いたら、目の前に温かいスープが置かれていた。
あらかじめ煮詰めてある濃いスープにお湯を注いで、ちょうど良い
味と暖かさにするやつだ。
スープを腹にいれると、体の中が急に暖まったような気がした。
思考がまとまらない。どうやら、本当に疲れているみたいだ。
ダリアに促されるまま、店の奥の私室に戻り、ベッドに倒れこむ。
水に沈むように、意識が眠りの淵に沈んでいく。
その中で、ダリアが僕の頭に手を触れているのがわかった。
⋮⋮どんな顔をそているのかまでは、見ることができなかった。
◆◆◆

803
夢を見た。
どんな夢なのか、覚えていないけれど。
誰かが、ずっと呼んでいたような気がする。
◆◆◆
﹁マスター、起きてください、マスター﹂
⋮⋮身体をゆさぶられて、まどろみの中から浮かび上がってくる。
意識はまだはっきりしないけれど、ダリアが焦っている。ならば、
それは大変なことが起きたという事だろう。
﹁⋮⋮どうした、の?﹂
あくびが出掛かり、言葉がとぎれる。
﹁店を開ける時間⋮⋮ではあるのですが、来客が⋮⋮﹂
珍しい。昼とはいえ、こんな時間に客が来る店ではない。
起き上がり、服のしわを確認する。
店に出てもおかしい服ではないが、このまま寝てしまったので少し
汗のにおいがするかもしれない。
とはいえ、今から着替えていると待たせてしまう。
ならば、このまま対応してその後で着替えよう。
﹁すぐいく。ダリアは、お湯を沸かしておいて。あまり長居する客
かどうかはわからないけど、長く話をするならお茶も必要だろうし﹂
﹁あの、客はライラさんと、そのお連れの方で⋮⋮﹂
なんだ、ライラか。ならば、この時間というのも納得できる。
﹁あぁ、なるほどね﹂
ライラが約束通り宣伝して、夜の勤務開けに同僚でも連れてきたの
だろう。
﹁あの、他にもいて、その方は見知らぬ方です﹂
ふむ。

804
⋮⋮ダリアが何か困ったような声を出す。
普段ならば、そのことに気がつけたのだろう。
寝起きで、焦っていたことと⋮⋮ライラがいると言うことで、油断
したという事もあるだろう。
﹁ライラさん、申し訳ありませんね。営業開始の時間がかっちり決
まっているわけではないので⋮⋮﹂
店に出て、まず動きが止まる。
入り口にいたのは、一人の男。
ヌビア程とは言わないがみっしりと肉が詰まった、それでいて均整
のとれた身体。短く刈りそろえられた黒髪。
地味にまとめられているが、明らかに高級な素材を使った衣類。
他人を見下ろすことに慣れ、他人を見下すことを必要としないだろ
う自身と自負に満ちた、気負いの全くない表情。
その男のすべてが、人の上に立っているということを示していた。
あやうく膝をつきそうになるが、こらえる。
男の後ろに、ライラと⋮⋮帽子を目深にかぶった、男物にも見る衣
装を身につけた一人の女性。
ガラティアだと、すぐにわかった。だが、表情に出してはいけない。
﹁いらっしゃいませ、あなたは⋮⋮ライラさんの、雇い主さん⋮⋮
でしょうか?﹂
視線が合う。
強い。ガラティアの邪眼とは違う。魔力のこもった物ではなく、引
き込まれるような、射すくめられるような強い意志の力がぶつけら
れる様な印象さえ受ける。
突然、男の目つきが柔らかくなる。
﹁あぁ、その通り。ライラから話を聞いていたのか? まぁ、いい。
あらためて、名乗らせてもらおう。私はルベリオ。ライラの主だ﹂
﹁⋮⋮ご来店いただき光栄です。すでにライラさんから伺っている
とは思いますが、ぼ⋮⋮私はエリオットと申します。魔法の道具を

805
扱う商売をしています。立ち話もなんです。よろしければ、店内へ
どうぞ﹂
その言葉とほぼ同時に、ルベリオはためらい無く店内に足を踏み入
れる。
動きには無駄がない。戦士としての技量も一定以上あることは確か
だろう。
申し訳なさそうに目線をよこすライラ。
値踏みをするように、こちらを伺うガラティア。
⋮⋮いきなりここまで踏み込まれるとは、思ってもいなかった。
ガラティアに気を取られていて、僕は大きな見落としをしていた。
ランベルト家の次期当主ルベリオは、ガラティアを部下として扱え
る男なのだ。
﹁エリオット、挨拶もそこそこにすまないが、おまえにいくつか聞
きたいことがある﹂
⋮⋮長い午後になりそうだ。
806
過去の幻影:はがれた仮面
﹁お前が鉱山村の生き残り⋮⋮ということは聞いている﹂
一言で切り込んできた。回りくどいことはしないタイプか。
しかし、その言葉の意味はどこまで込められているのだろう。
﹁あの村で起きた魔物の発生に付いては、防ぐこともできず、対処
も遅れた。様々事情があったとはいえ、君にはそんな事情は関係の
ないことだ﹂
⋮⋮!
﹁⋮⋮ええ、まぁ﹂
警戒しなければならない。軽くかぶっているだけだった帽子を直し
ながら、答える。
何を考えている?
どこまで、何を知っている?

807
﹁都市貴族として公式な発言にはできないが、謝罪したいと思って
いた。守るべき領民を守れなかったのは、我々の罪だ﹂
その瞬間、心に残っている壁が一つ突き崩されたような気分になる。
こいつは、ランベルト家の次期党首。
事件の糸を引いていた可能性に、もっとも近い一人だ。
そう知らなければ、僕はこの言葉に心から感謝していたかもしれな
い。
﹁いえ、そのような事をおっしゃられましても⋮⋮﹂
反応に困る。言葉が多いわけでも、恫喝してくるわけでもないが、
やりにくい。
オリヴィアの、会話しているとなにか落ち着くのとは逆に、非常に
落ち着かない。
それでも、会話は進み、話題は変わる。
これも、この有無を言わせない感覚は、ルベリオという人物の持つ
ある種のカリスマなのだろうか。
﹁ならば、これはこちらの我が儘だ。聞き流してくれればいい。そ
れに、ここにきたのはそれだけが目的というわけでもないのだ﹂
﹁目的、とは⋮⋮﹂
ルベリオは早々と話題を変える。会話のペースがつかめない。
ここにはまだガラティアとライラもいるというのに、そちらに注意
を払うことができない。魔法でも何でもなく、ただただやりにくい。
ギュスターブやゴードン、ジェンマ爺さんのような老獪さともまた
違う交渉術だ。
﹁ごく普通のことだ。鉱山村の⋮⋮いや、魔具商人のエリオット。
お前と取引がしたい﹂
◆◆◆

808
﹁この店は、魔法の道具を扱っているとライラから聞いている﹂
それについては何の異論もない。
﹁パルミラのような大都市にある、学院出の付与魔術師が作った作
品とまでは行かないと言っていた⋮⋮とは聞いているが、そもそも
付与魔術師がどれだけ多いのか、という話でもあるな。このエブラ
ムには他に魔法の道具を扱う店が無いとは言わないが⋮⋮専門に商
う店など、片手で数えるほどもないぞ?﹂
その通り。競争相手は少なければ少ないほど良い。
それは、僕が商売を行うのに際して調べたことだ。
﹁それに、魔法を付与した日用品も商っていると聞く。その考えは
私には無かったし、それを比較的安価に提供するという事も同様だ﹂
ライラに宣伝を頼んだのは僕だ。なので、ここで情報が漏れている
のは仕方ない。
﹁⋮⋮ええ、おかげさまでそれなりに商いをさせてもらっています
よ。⋮⋮あぁ、少々失礼。ダリア、すまないけれど奥に戻って湯を
沸かしてもらえるかな?﹂
振り返って、ダリアに言葉をかける。
話の腰を少しでも折りたい。会話の主導権を握られたままというの
は、性に合わない⋮⋮
ふと、自分がここまで主導権を握りたがっていた事を自覚する。
交渉において、先手をとれないと弱いというは自分でも予想してい
たが、この場で自覚したくはなかった。
﹁ですが⋮⋮いえ、わかりました﹂
ダリアは当然ながらガラティア邪眼の持ち主であることも知ってお
り、自分を一人で残していくのが不安なのだろう。
しかし、普通に暮らしている街の住人であり、ライラ以外とは初対
面の僕たちはそんなことを知っているわけもないし、それを気取ら
れても逆効果だ。
それに、ダリアは僕ほど交渉の表に出た経験がない。

809
言葉尻をとられて、失言をしてしまったり、何かを見透かされる可
能性が高いのだ。
それを察してくれたのだろう。一礼すると、ダリアは奥へと下がる。
﹁ええと、お客様を立たせたままというのも良くないですね。茶を
用意させますので、席についてお話を聞かせていただけませんか﹂
振り向くと、さっきまで圧倒的な存在感で僕を圧倒していたルベリ
オは僕のことなど見向きもせずに、店に飾ってあった籠手や鍋を手
にとって色々といじっていた。
その目つきは、真剣ながら新しいおもちゃを見つけた子供のようで、
さっきまで話をしていた男と同一人物なのか疑いたくなるほどだ。
◆◆◆
﹁エリオット、この籠手は妙に軽いが⋮⋮﹂
﹁軽量化の付与をしていますから、同じ程度の物と比べると一割程
度軽くなっています。あとは、わずかながら錆びにくいですが、こ
れは誤差ですね﹂
﹁この鍋は何か魔法が付与されているのか?﹂
﹁内側にほんのわずかですが、火に対する防護の呪いを施してあり
ます。⋮⋮本来は、火除けの護符などに使う魔術なのですが、鍋の
焦げ付き防止に⋮⋮﹂
﹁あー⋮⋮それは考えたこともなかった。では、これは⋮⋮﹂
次から次へと、矢継ぎ早に質問を繰り出してくる。
もちろん、全て自分で作ったものだから即座に回答できるが、冷静
に考えをまとめる時間がとれない。
しかし、この反応はなんというか⋮⋮
﹁しかし、不躾な質問になるが⋮⋮エリオット。君は儲ける気がな
いのか?﹂
﹁え? いや、まぁそれなりに利益を出させていただいていますが

810
⋮⋮﹂
﹁君という奴は⋮⋮。確かに最高品質とは言わないのかもしれない
が、これだけの種類の魔法の品をたった一人で扱い、管理できてい
るのは普通じゃないぞ。それに、俺が首都で買い込んだ魔法の剣は、
確かに君の作った剣より切れ味がよいのかもしれないが、値段が百
倍違うぞ?﹂
ルベリオは明らかに興奮していた。
さっきまでこちらを﹁お前﹂と呼んでいたのが﹁君﹂になって、自
分のことも﹁私﹂から﹁俺﹂になり、話し方もかなり雑な物になっ
ている。
見れば、ガラティアはあきれたような顔をして、ライラはぽかーん
としている。
ということは、これがこの男の、ランベルト家次期党首の素の姿な
のか?
﹁エリオット、これは量産はできるのか? 軽い武器を、ある程度
量産する場合はどの程度の日数でできあがる? 積載量の多い荷車
の魔具はないか? 俺の魔法の剣を売り払って、その分である程度
の経験を積んだ兵士や騎士にこの店の武具を配った方がよほど効率
がいいじゃないか!﹂
﹁⋮⋮ルベリオ様、そろそろ落ち着いてくださいませ﹂
ガラティアがようやく口を挟み、ルベリオがふと我に返る。
﹁おお。⋮⋮すまないなエリオット。お前の店の品ぞろえと値段を
見て、勝手に盛り上がってしまった﹂
わずかに興奮は残っているようだが、口調も戻った。同様に、あの
威圧感も。
おそらくは、気分の切り替えが恐ろしく早いのだろう。
そしてこの男は、戦いという物に関して、僕やオリヴィアとかなり
近い考えを持っている。

811
一人の英雄ではなく、多くの兵士の強化。いつ出てくるかわからな
いような英雄が生まれるのを待つのではなく、軍隊を強くして勝つ。
となると、同じ戦術を取る相手と戦うことを想定すると、当然なが
ら質量が多いほうが強い。
相当に厄介な相手になりそうだ。
﹁改めて、確認させてほしい。条件さえ合えば、我がランベルトの
兵士の装備を任せてもいいと考えているのだ﹂
⋮⋮なっ!?
﹁我が主、いくら何でもそれは唐突すぎでは⋮⋮﹂
﹁ライラ、それはあなたの判断するべき事ではありませんよ?﹂
ライラも、その一言ににはあわてたようで、ガラティアにたしなめ
られている。
﹁さすがに、すぐ品をそろえるというのは難しいですが⋮⋮﹂
これは紛れもない事実だ。
﹁ふむ。たとえば、10名の兵卒に軽量な銅鎧、兜、槍と丸盾を用
意するとなった場合なら、どの程度かかる?﹂
即座に、具体性を持った質問が飛んでくる。
値段を聞かないと言うことは、そこは気にするなといっているのか、
値段によって時間が変わる可能性も考えているのかどちらかだろう。
﹁これは金額が多くなったからといって、時間を早めることができ
るかというとそういうものではありません。その、入荷にも時間が
かかりますので⋮⋮おそらくは、一月から一月半程度は﹂
実際には、在庫から見繕えばすぐだし、同じ性能の物でそれだけに
とりかかるのならば時間は半分もかからないだろう。
それでも、在庫ゼロの状態から作ることもありえるし、ジェンマ商
会経由で受けた発注もあるのだからそればかりに関わってはいられ
ない。
﹁⋮⋮ジェンマ商会経由で受けた依頼を後回しにするとしたら?﹂

812
﹁⋮⋮それならば、一月以内に﹂
ジェンマ商会から情報を得ていることを、ここで明言してきた。こ
の男は何を狙っているんだろうか。
﹁なるほど、間違いないな。エリオット、君だな?﹂
◆◆◆
﹁なにが⋮⋮でしょうか?﹂
正体がばれたのか?
なぜ? 本当に正体なのか? 別のことか? ブラフか?
心臓が早鐘のように鳴るのを止められない。
顔にだけは出さないように、落ち着いた声を出そうと努力を傾ける。
﹁⋮⋮商売人としては、やはり若いのだな﹂
若さで言えば、お前だってあまり変わらないだろう。
内心で強がっても、相手に届くはずもない。
﹁我が家は都市貴族の中でも商人とのつながりがそれなりにあって
な。このエブラムに定期的に入ってくる行商、隊商の出入りはある
程度管理している﹂、
何を言おうとしているのか。考えろ、考えろ。
聞き逃すな、考えることを止めるな⋮⋮
﹁他の魔具を扱っている店にも確認しているが⋮⋮注文を受けてか
ら、たった一月でそれだけの物をそろえるのは無理だ。魔法に関わ
る品の多いパルミラとの間は、隊商が往復すればどうやっても一月
ちかくかかるるのだからな。普通の隊商は、その間のいくつかの都
市でたいてい数日過ごすものだ﹂
⋮⋮!
パルミラまでは、街道沿いの駅を利用し、馬を取り替えていけば片
道一週間はかからない。
だからこそ、余裕を持って一月としていたが⋮⋮それは、あくまで

813
も記録上の最短。
実際にパルミラにいったことがない僕は、動きの鈍重なキャラバン
がどの程度遅くなるかの予測ができていなかった。
しくじった⋮⋮!
﹁それは⋮⋮﹂
﹁偽っていた事を責める気はない。商売上必要なこともあるのだろ
う⋮⋮だが、これは確認だ。お前が、店の品を作り出している付与
魔術師だな?﹂
◆◆◆
﹁⋮⋮参りましたね、そこまで見抜かれたのは初めてだ﹂
内心、安心していなかったといえば嘘になる。
そっちは、まだばれてもいいところだ。
﹁ほぼ独学ですし、パルミラの学院なんて行ったこともありません
よ。ですが、付与魔術が使えるのはその通り﹂
﹁どこで、お学びになられたのかしら?﹂
ここで初めて、ガラティアが問いかけてくる。
目を合わせようともしていないが、かえってそれがありがたい。
そちらを少しだけ向いて、自然な形で目を合わせないようにして答
える。
﹁死んだ母親が、もともと旅の魔術師でした。父親は知りません。
火の玉をとばすとか、そういう魔法の才能はありませんでしたが、
物に魔法を込めることだけは、少しできました﹂
これも嘘だが、調べようもないだろう。
そもそも母はこの国の人間でもないし、故郷はすでに滅んだ後だ。
﹁⋮⋮だからこそ、村から出ても生活をする事ができました﹂
これで、鉱山村にすんでいたエリオットの情報を調べることはでき
なくなった。

814
﹁そういえば、お前はエブラム伯の姪であるオリヴィア殿と知り合
いだったようだな。鉱山村の魔物を退治するときに、オリヴィアを
救ったという魔法使いと取引があるようだが、その辺の絡みかな?﹂
くそ、そっちからきたか。
そっちは、ゴードンに話したことと同じことを答える。
﹁あれは、ほぼ偶然⋮⋮ですね。あの近辺を行商で旅していたとき
に、逃げてきたサラさんを偶然助けることになったんですよ。僕が
したのは、食事と水を与えて、鉱山村の抜け道を教えたくらいで⋮
⋮そこから先は、オリヴィア⋮⋮様と、サラさんと兵士のみなさん
の活躍でしょう﹂
﹁なるほど、つまらぬ詮索をしてしまったな。許せ﹂
⋮⋮引き下がった。ひとまずは、助かったか。
﹁ルベリオ様、これなのですが⋮⋮﹂
視界の端でガラティアがルベリオに何か問いかけている。
﹁あぁ、うむ。エリオット、すまんが、これは何だ?﹂
﹁ええ、どれでしょうか⋮⋮っ?﹂
追求がやんで、油断していたのは間違いない。
だが、僕はもっと大きなミスを犯した。
ここにいる相手は、ルベリオだけではなかった。
そして、今の合図をみる限り、ルベリオは意図的に僕にプレッシャ
ーを与えて、注目を集めていた。
それは、交渉におけるちょっとした工夫程度のものだろう。ある意
味、自分を囮にして⋮⋮ガラティアの存在を忘れさせていた。
そちらに顔を向けた僕がみた物は、赤く目を光らせるガラティアの
顔。
⋮⋮邪眼使いガラティアに、無防備に向き合ってしまったのだ。
◆◆◆

815
﹁あなたは動けない。呼吸も会話もできるけれど、逃げることも嘘
もつけない。大丈夫、おかしな事をするつもりはないわ﹂
クスクスと笑うガラティア。整った顔に、嗜虐的な笑みが浮かぶ。
まずい⋮⋮ディアナの身体を使った時には避けることもできたのに、
まともに魅了されているのがわかる。
思考力が落ちる。考えがまとまらない。
中途半端な体勢のまま、身体が動かない⋮⋮
パサリと、深くかぶっていた帽子が落ちる。
ライラの、ガラティアの、ルベリオの目つきが同時に変わる。
⋮⋮魔力と同様に、顔も知らない父親から残された物。
僕が人ではない、魔族との混血であることを示す、額の角が露わに
なっていた。
過去の幻影:ガラティアの刃
﹁っ!?﹂
ルベリオが、ガラティアが、何よりもライラが一瞬で反応し、警戒
を露わにする。
無理もない。
魔物はこのエブラムでは何年も見られていない⋮⋮もちろん、公式
にはだが。
コボルト
都市を出て、農村や山岳地帯に行けば黒妖精による被害はよく聞く
話だし、沼沢地や洞窟などにはインプやゴブリンの小規模な集落な
どがあることは知識としては知られている。
それでも、この国は教会勢力の強さもあってか、魔物による大規模
な被害は滅多にないし、魔物が生活を脅かすというのは、山賊や大
型の野生動物に遭遇するのと比べても少ないだろう。

816
遺跡や古い時代の墓地などには、戦乱の時代に作られたゴーレムや
スケルトンなどの不死の兵隊が未だに動き回り、そこに残されたわ
ずかな宝を求めて冒険者たちが旅に出る。
とはいえ、そんな遺跡が大量にあるわけでもないし、かつて多くの
冒険者の命を奪った迷宮も、その多くは踏破され、破壊されている。
冒険者達の時代も終わりつつあるのだと言われて久しい。
この国においては、街道を旅する限り、魔物に襲撃される可能性は
盗賊団におそわれる可能性よりも低い。
冒険者の主な仕事も遺跡荒らしから護衛や荒事が主になりつつあり、
傭兵団と次第にかぶりつつあることから、両者はそのうち一つにな
るだろうと言う者までいる。
だからこそ、鉱山村の人食いダンジョンはあそこまで有名になった。
﹁エリオット、君は!?﹂
ライラが青い顔をして、それでも一瞬でルベリオと僕の間に割って
入っていた。
街中なのだから、当然鎧など着ているわけもない。それでも、騎士
としての習慣は主君を守るための壁となっている。
彼女が持つ護身用の小剣は既に抜き放たれ、僕に向けられているが、
その切っ先はわずかにふるえている。
答えようにも、声が出ないのだけれど、目線だけをあわせて⋮⋮ど
んな顔をすればいいのかわからないことに、そのときになって気が
付いた。
きっと、僕はずいぶんと困惑した間抜けな面をさらしているのだろ
う。

817
﹁ライラ、その男は動くことも、声を発することもできませんから
ご安心なさい﹂
そう声をかけたのはガラティア。少しだけ慌てていたかもしれない
が、既に落ち着きは取り戻している。自分の邪眼の効き目に自信が
あるのだろう。
⋮⋮確かに、身動きもとれないので何も言い返せないのだが。
﹁まさか、いきなり正解にたどり着くとは思ってもいませんでした
が⋮⋮。エリオット、答えなさい。あなたは魔物ですか?﹂
答える必要もないと思いつつも、気が付けば自分の口が答えを告げ
ている。
﹁⋮⋮半分は、魔物だ。半分は、人間だと思っている﹂
催眠状態に入っているのか、意識が残っているのに自由がきかない。
ガラティアの質問内容がまだ大き囲での確認のために、細かな答え
をしていないが、いずれ細かく聞かれれば僕の正体がばれる。
それに、ルベリオがどう動くかもわからない以上、僕の命がいつ奪
われてもおかしくない。
通じるのかわからないが、店の奥に引っ込ませたダリアにとにかく
逃げるように指示をとばす。
このままでは、二人そろって全滅だ。
アスタルテ、シロ、サラ、ディアナ、ネムとヌビア、ミヤビにも危
険を知らせるが、果たしてこの思考が外部に出せているのかはわか
らない。
直接僕が魔物にした女たちには思考を届けられるのだが、ネムを通
じて間接的に魔物にしたヌビアや支配はしたが元から魔物だったミ
ヤビにこれが届くかは疑わしい。
ドーラや蜘蛛の巣館の女達は僕が魔物にしたが、もともと僕の正体
を知らない彼女たちにこの状況を知らせる気もない。
⋮⋮どちらにせよ、この店に助けを呼んでも意味がない。

818
いや、ここでガラティアとルベリオを殺しておけば、オリヴィアの
命を狙う相手の主力はいなくなる。
既に立場を得てしまったサラを呼ぶわけには行かないが、やってみ
る価値はあるか⋮⋮?
﹁エリオットが、半分魔物⋮⋮?﹂
ライラの声は、今まで信じていたことが崩されたからか、悲しげに
響いた。
﹁ライラ、あなたは利用されていたのです⋮⋮エリオット、答えな
さい。使用人の娘は魔物ですか?﹂
﹁⋮⋮ダリアは、魔物だ﹂
ライラの顔がひきつる。ルベリオは少し考え込む。ガラティアも少
し言葉を止め、新しい質問を発する。
﹁エリオット、答えなさい。あなたがこの⋮⋮﹂
その瞬間、店の奥から、地下水路に向かう隠し扉のあたりから大き
な音が響く。
荷物の山を崩したような音。何があったんだ!?
﹁ライラ、行け﹂
ルベリオが落ち着いた声で命令し、ライラは苦しげな表情のまま、
即座に店の奥に駆け出す。
彼女はそこで、ダリアと談笑しながらお茶の準備を手伝うこともあ
った。その記憶が、これから起きるであろうことへの予測を邪魔し
ているのかもしれない⋮⋮そろそろ、そこに隠された地下水路への
扉を見つけていることだろう。
﹁エリオット、そこで待ちなさい﹂
ガラティアもライラの後を追う。ルベリオも同様。
⋮⋮今がチャンスか? いや、ダリアは何をしたんだ!?
ダリアは僕が魔物にした相手だから、その気になれば身体を支配し

819
て動かすこともできる。しかし、そのためには精神を集中させるこ
とが必要で、ガラティアに支配された状態ではそれもままならない。
そのとき、今度は地下から別種の轟音が響いた。
ライラのあげた、悲痛な怒号。叫び声は、おそらくはミヤビのもの
だろう。
激しい水音、爆音。その瞬間、身体を縛り付けていたガラティアの
呪縛が解けた。
動こうとしても動けなかった身体が急に自由を取り戻し、バランス
を崩して床にひざをつく。
﹁これは⋮⋮﹂
地下水路に向かおうとしたそのとき、店の入り口に誰かが来たよう
な気がした。
その次の瞬間には、頭を捕まれ、顔面を床にたたきつけられた。
!?
◆◆◆
視界が急に角度を変え、床だけしか見えなくなる。その端に、見覚
えのない誰かの靴。僅かな薬品臭。
鼻の奥に熱を感じる。口の中を切ったのか、しょっぱい血の味が広
がる。
﹁ふふふ、ふふふふ?﹂
耳から入ってくる音は、まるで洞窟の中にいるかのように妙な反響
をしているが、僕のすぐ近くで、小さい声で笑っている誰かがいる
事だけがわかる。
男とも女ともわからない、甲高い笑い声。
入り口から入ってきた誰かに、気が付いた瞬間には背後をとられ、
頭を捕まれて床に顔をたたきつけられたのだと理解するまでに数秒

820
かかった。
そのときにはすでに両腕を捕まれており、腕の自由も聞かない。背
中に体重がかかり、呼吸ができないほどではないが、起きあがるこ
ともできない。
﹁ふふふふふふふふふふふふふふ⋮⋮耳、切っていい? いいよね
?﹂
囁くような声がすると、右耳に冷たい感触が当てられる。刃だ。
一気に切り落とすのではなく、じらすように、楽しむように皮膚を
薄く切り、小さな切り込みを何カ所にもいれてくる。
⋮⋮なんだ、これは。何があった!?
痛みはたいしたものではないが、理解できない状態に頭が混乱する。
片手で頭をつかみ、片手で両腕を押さえ、片手で耳を⋮⋮!?
計算がおかしい、どういう事だ?
腹の底から、何か冷たい感触がせり上がってくるのがわかる。
これは、恐怖だ。今までの会話の中での緊張と恐怖とはまた別種の、
即物的な痛みと、謎の乱入者に対する恐怖。
まずい、パニックを起こしたらこの乱入者の思うつぼだ。
◆◆◆
﹁貴様、何者だ!?﹂
すぐ近くでライラの叫び声が聞こえた。
地下水路側からライラ達が戻ってきたのだ。
ダリアはどうなったのだろう。ミヤビは、ダリアは無事だったのだ
ろうか。
僕の後頭部をつかむ手は、まだ力を緩める気配すらない。
﹁⋮⋮そこまでにしておきなさい﹂
この状態から僕を救い出したのは、奇妙なことにガラティアだった。
﹁ふふふ? ⋮⋮つまんないのー⋮⋮﹂

821
その言葉を残し、僕を押さえつけていた手が全てはなされる。
﹁三番、勤めに戻りなさい﹂
﹁ふふふ⋮⋮?﹂
僕に見ることができたのは、扉の隙間をすり抜けるように店を出る
小柄な男。だぶだぶの衣装をまとっていて、体格⋮⋮腕の数は把握
できなかった。
﹁ガラティア殿、今の男は⋮⋮?﹂
﹁ライラ、あなたが知る必要はありません。⋮⋮敵ではないとだけ
理解しなさい﹂
ガラティアはサラが持っているのと同じ様な短杖を懐にしまいなが
ら、ライラの方を見もせずに言う。
そうか、調査に送り込んだ暗殺ギルドのメンバーを殺した奴の一人
があの﹁三番﹂と呼ばれた男なのだろう。
つまり、ガラティアが集めた暗殺者達の一人だ。
おそらく、僕が何か動き出すことを警戒して入り込んできた⋮⋮ガ
ラティアが護衛として隠れさせていたのだろう。
後ろに控えていたルベリオが、その時になって口を開いた。
﹁エリオット、すまんな。お前も多少疑っていたという事情もあっ
て、ライラとは別に護衛を付けていたのだが⋮⋮護衛が少々血気盛
んだったようだ﹂
軽い謝罪よりも、僕を疑っていたという一言が気になった。
そんなことはもうわかっている。
疑っているではなく、疑っていた。そう言ったのには意味がある。
そして、それは本来僕に知らせる必要のない言葉のはずだ。
﹁わかっているかもしれんが、お前は利用されていた﹂
それは、どういう事だ?
その瞬間、いやな予感が⋮⋮いや、考えたくない思考が組み上がる。

822
見れば、ライラは少し怪我をしている。なぜか、手に持っているの
は剣ではなくうちの帳簿だ。ルベリオとガラティアは無事だが、多
少埃をかぶっている。
明らかに不必要にたてられた大きな音。ミヤビによる攻撃。ガラテ
ィアが呪文行使のための短杖をとりだしていた事。
即座に戻ってきたのだから、おそらく戦いがあってもすぐに終わっ
ている。
これを見る限り、お互いにたいした傷は負っていない。それは何の
ために?
あぁ、簡単だ。ダリアは、僕のやり方を今までずっと見てきたのだ。
僕の、すぐ隣で。
﹁エリオット、先ほどは失礼しました。あなたの疑いは高い確率で
晴れました﹂
ガラティアが微笑む。その微笑みを信用する事は全くできないが。
﹁しかし、あなたには悪い知らせがあります。もう、理解されてい
るかもしれませんが⋮⋮﹂
ガラティアは表面上申し訳なさそうにするが、目元が笑っている。
楽しんでいるのだろう。今から告げられた言葉で、僕がどういう反
応をするか期待しているのだ。
ライラは、はっきりとわかるくらい気を落としている。
ルベリオの反応はわからない。彼との接点はまだ少なく、表情は読
めない。
⋮⋮ガラティアを喜ばせるのはまっぴらごめんだ。だが、それはダ
リアの計算を狂わせることになる。
﹁あなたは、あなたの使用人に操られていました。いいえ、はっき
り言えばあなたはあの娘にだまされて、あなたが主人のような振る
舞いをさせられていた、と言うべきでしょうね。⋮⋮そんな能力も
なかったのに﹂

823
そう言うと、楽しそうに顔を近づけてくる。
気を抜けば、再び邪眼による催眠を仕掛けてくるかも知れない。目
を合わせないよう、伏し目がちになって答える。
﹁⋮⋮それは、一体どういう﹂
ガラティアはライラに持たせていた帳簿を受け取ると、僕にそれを
見せる。
⋮⋮あぁ、やはり。隠してあるはずのもう一つの帳簿だ。
詳細は記号でしか書いていないが、様々な裏の収入を記載している
⋮⋮
﹁この帳簿の筆跡は、あなたのもの?﹂
﹁⋮⋮いいえ、帳簿は長らくダリアに任せていました﹂
﹁これは私の推測なのだけれど⋮⋮間違っていたら教えて。あなた
は、付与魔術の才能があった。そして、商売を始めた。帳簿を付け
たり、注文や素材の仕入れは、だいたいあの娘が仕切っていた⋮⋮
どうかしら?﹂
﹁仕入れに関しては、僕が主に行っていましたが、ここしばらくは
ダリアに任せられるようになっていました。帳簿は、そのとおりで
す﹂
ガラティアは満足そうにうなづき、ルベリオに目配せをする。
ルベリオはつまらなさそうにうむ、と答えると、無表情に僕たちの
方を眺めている。
ガラティアはわずかに興奮したように続ける。
﹁あなたは知らなかったかもしれませんが、帳簿は二つありました。
地下水路で、あの娘が落としていったものです﹂
音からすると、あの場所にミヤビがいたことはほぼ確実だが、それ
は一切口にしない。僕には知らせる必要もないと言うことだろうか。
﹁あの娘は、あなたを切り捨てて逃げました。もう、戻ってくるこ
ともないでしょう﹂
﹁⋮⋮そんな⋮⋮﹂

824
あぁ、だめだ。演技なんかできるわけがない。
ダリアがそう思わせることを狙っていた事がわかってしまうのだ。
棒読みもいいところだ、僕はやはり、仮面で顔を隠さない限り役者
になんかなれそうにない。
﹁どうせ、金庫の管理もまかせっきりだったのでしょう? あなた
はただ、言われるままに魔法の道具を作り、納品していた。もちろ
ん、営業もするし、あなたの職人としての腕を疑うものではないけ
れど⋮⋮あなたのこの栄光は、このエブラムに拠点を作りだすため
に、他人にお膳立てされたもの﹂
口をつぐむ。
ガラティアは目を少しだけ大きく開き、少し早口に喋り続ける。
﹁あの下層あがりの魔法使い娘が生かされていたのも、あなたが魔
法使いを助けたのも、ぜーんぶ筋書き通り。あなたのいうとおりね、
あなたがすごかったわけではなく、他人の思惑に乗せられていただ
け﹂
ライラが怒ったような表情で何か言いたげにしているが、拳を握り
しめて黙り込む。
﹁それでも、ダリアは⋮⋮﹂
何を言えばいいだろう。悔しいが、うかつなことをいえない。
﹁それに、あなた。記憶もいじられているわよ。⋮⋮あの事件が起
きる前のグランドル村の住民の一覧を調べたのだけれど⋮⋮﹂
⋮⋮まて、なぜそんなものがある?
形式上とはいえ、あの鉱山村を納めていたのはエブラム伯であるブ
レア家だ。
ランベルト家の人間であるガラティアが、なぜそんな資料を持って
いる!?
﹁古い資料にはあなたの名前があったけど、事件直前の物にはあな
たの名前の記載はない。だから、確かに事件の前にあなたは村から
出ていたみたいね。でも⋮⋮ダリアと言っていたわね、あの女。そ

825
の名前は事件直前の村の住人に含まれいてたわ﹂
ああ、知っている。
母の死後、僕は村にいながら、村人とは扱われていなかった。
﹁⋮⋮どういう、ことですか?﹂
﹁ダリアという娘は、あの鉱山村が魔物におそわれた時にあの村に
いた。そして、あの事件の生き残りは一人もいない⋮⋮つまり、死
んでいるのよ。あの娘は、ダリアという村娘の名をかたった別の何
者か⋮⋮あれこそが、人食いダンジョンにひそむ魔物の本体でしょ
うね﹂
⋮⋮残っていた恐怖が、冷たい怒りに置き換えられる。
はっきりとわかった。ガラティア、君はミスを犯した。
圧倒的な優位にあぐらをかき、自身の嗜虐的な部分を隠そうとしな
い。
資料を信じるあまり、現地の状況を知ろうともしていない。
だから、ダリアに足元を掬われたことに気がつかない。
僕も同じミスをしているし、既に生存者のいない鉱山村グランドル
の事情を知るのはガラティアには無理だったのだろうが⋮⋮それを、
確証と思い込んだのは僕にとっての大きな幸運だ。
それが、傭兵団を使い、村を焼いたのは君たちの命令だということ
を教えてくれた。
ああ、ダリア。
君はもしかすると、僕を越えたのかもしれない。 826
過去の幻影:提案と懐柔
﹁操られていたことを責める気は、ない﹂
ルベリオがようやく言葉を発した。
﹁混血であるというのは、奇妙であることだが、それ自体は悪では
ない。むろん、その力で悪事を働いていれば別だが⋮⋮君は、そう
ではなかったようだ﹂
おそらく、混血かどうかも疑っているのだろう。
ルベリオの目には感情という物がほぼ見えない。
これは、彼に感情がないのではなく、必要なとき以外は感情を表に
出さないように訓練ができているという事。
同時に、僕にはその真意を読み取ることができないということでも
ある。
先ほどの、自分の興味に集中したときに見せた素の姿はもう見えな
い。

827
ルベリオは僕をまだ交渉相手と見なしている⋮⋮とは考えにくい。
だが、何となくだが、殺す気であれば、彼は無駄な会話はしないだ
ろう。
つまり、ダリアの情報なりなんなり、まだ僕から引き出したい事が
あるのだ。
ならば、対等とはとてもいえないが、まだ交渉の余地はあるだろう
か?
﹁私は、魔物だからと言って無意味に殺す必要はないと考えている。
もちろん、人に害を成さないことが前提だが﹂
﹁⋮⋮それは、僕に言っているのですか?﹂
返答は、即座に帰ってきた。
﹁半分はそうだ。もう半分は、君を通じてあの娘に伝わる事を期待
している﹂
⋮⋮もしや、魔物を自分の配下に取り込むことを考えているのか?
﹁ゴブリンやオークなどの粗暴な魔物や、そこにいるだけで周囲に
危害を加える物は人とはともに暮らすことはできない。だが、人の
中にまぎれ、人として過ごすことができるほど知恵を持つならば、
法を守る限り人として扱っても問題はあるまい。⋮⋮まぁ、教会に
は言えない話だが﹂
最後の一言だけは、苦笑いをするような表情になる。
この国の教会は、他国に比べても魔物に対する姿勢は強硬だと聞く。
﹁僕のことも、黙っていてもらえると考えていいんですか?﹂
間違いなく、そういう条件の提示をしてきている。
お前の事は教会には黙っていてやる、生活も保障する。
だから、ダリア⋮⋮人食いダンジョンの魔物との交渉窓口となれ。
と言うことか。

828
﹁俺は、お前の能力を高く買っている。あの魔物とのつながりがあ
る以上、最低限の警戒はしないといかんのだが⋮⋮正直、ジェンマ
商会やブレア家にとられる前にお前を専属にして雇いたいくらいだ﹂
その言葉を聞いて、ライラが少しだけ安心したような顔になる。
どうやら、僕が殺されるのではないかと不安だったのだろう。律儀
というか、きまじめな人だ。
﹁歴戦の冒険者に及ぶわけではないが、俺も立場上それなりに多く
の魔法使いと会ったことがある。その多くは弓を撃つかわりに呪文
を唱える者で、残りの多くは魔法の研究をするが実践で役立てるこ
とをしない学者だった。お前のような職人であり、なおかつ新しい
事に魔法を応用する奴にはなかなかお目にかかれない﹂
⋮⋮もしかして、ルベリオは予想以上に僕の腕を買ってくれている
のかもしれない。
﹁なぁ、エリオット。たとえば、広い河を挟んでにらみ合っている
軍勢がある。弓を撃つ程度はできるが、有効な打撃ではない。馬で
河を渡ることはできるが、いい的になるだけだ。お前なら、こんな
時に何があればいいと考える?﹂
これはおそらく、長く続いている領土争いの戦場のことを言ってい
るのだろう。
まさか、戦場で僕の答えを試す気なのだろうか?
﹁⋮⋮地形を大きく変えるような事ができるのであれば別ですが、
まず無理であれば⋮⋮方法はいくつか考えられます。もちろん、実
現できるかどうかとか、コストは度外視した考えですよ﹂
考えるのは、嫌いじゃない。
それに、時間は必要だ⋮⋮相手の出方をうかがい、助けを待つため
の時間が。
考え込むふりをして、足下に落ちた帽子をゆっくりと拾い上げ、か
ぶりなおす。

829
﹁そうですね⋮⋮一つは、氷を使うことです。氷を作り出したり、
氷の魔法を使える魔法使いを多くそろえることができるならば、水
面を固い氷にすることが可能でしょう﹂
夏場には難しいし、慣例として、冬場は普通戦いを挑まないものら
しいが。
﹁それは、魔法使いの数をそろえるのが厳しいな。兵士は多いが、
魔法使いの数はやはり少ない。もう少し違う方法はないか?﹂
﹁では、上流の、敵陣から見えない位置に大きなため池を作るのは
どうでしょうか?﹂
﹁ため池? 河の流れでも変えろと言うのか?﹂
気の長い話だな、と言う顔でルベリオが返し、続きを促す。
﹁現地を知りませんので、タイミングや河の水量にもりますが⋮⋮。
わずかな時間だけでも、河の水量を大きく減らすことができればい
いのならば、変えることはできるのではないかと思います﹂
﹁⋮⋮エリオット、わずかな時間って、それはどういう事?﹂
おそらく、僕よりは実感を持って想定される現場を知っているのだ
ろう。
ライラが遠慮がちに質問をとばしてきた。
ルベリオは、少し考えこんでから推測を返してくる。
﹁空のため池を作って、攻め込む直前に水の流れを変えるというこ
とか?﹂
⋮⋮こっちの考えを当ててきた。
しかも、困惑しているライラとは違い、小さく笑っている。
﹁⋮⋮ええ、このときにも、小型の堤防を河の中に落として流れを
コントロールしたりする事は必要でしょうから、あらかじめ作って
おくか、魔法使いに河の一部を凍らせるなどの処理を頼むことは必
須になるでしょう。それでも、先ほどの案よりは遙かに少ないコス
トで済むでしょうね﹂
﹁河の流れを変えて、ため池に一時的に⋮⋮となると、水量は減る
⋮⋮あっ﹂

830
ライラはこの時点でようやく追いついたようだが、これはライラが
悪いわけではない。
おそらく、ルベリオはこの考えを既に持っていたか、ある程度は既
に考えていたのだろう。
だからこそ、こちらの発案を即座に理解できた⋮⋮いや、誘導され
ていた。
あるいは、試されていたとも言えるだろう。
﹁ですが、おそらくこれでは河の水量を減らし、攻め込むことがで
きるようになるかもしれない、と言うだけでしょうね。実際に川底
の地形などがわからない限り、確証はありませんよ﹂
さて、次はどう出てくる?
﹁川底は、中央で大きくえぐれるように深くなっていて、そこだけ
は馬や歩兵が通るには不向きだ。平地であれば馬が飛び越すことが
できるかどうか、と言う距離だが⋮⋮川底の石は所々小さいがとが
っている石もあってて、なかなか難しい﹂
即答。
これは、あらかじめ僕に聞こうとしていた問題のはずがない。
つまり、頭の中に抱えていた考えの一つをちょうどいいからやらせ
てみよう、と言う程度のことだろう。
なるほど、アスタルテの言うとおりだ。貴族にはやるべき事が多い。
﹁大きな段差は、幅が短いのであれば小型の橋を造ってしまうのが
良いのではないでしょうかね。重装甲の騎士が通るものは簡単では
ありませんが、歩兵が走り抜ける程度の強度であれば、数名で持ち
運べる物が作れるでしょう。これは、うちに任せていただければ多
少軽くしたり、頑丈にしたりすることは可能です﹂
﹁できれば、騎士を先に突入させたいが⋮⋮まぁ、兵士の損耗は仕
方ないか﹂
﹁川底の石が気になるのであれば、使い捨てでいいので、木材を貼

831
り合わせて巻物状にした長い絨毯でも作ればいいんですよ。あるい
は、兵士全員に丈夫な鉄靴を配布するのも良いでしょう。靴の底に
頑丈な素材を縛りつけるだけでも、それなりに効果はあるでしょう
し﹂
﹁⋮⋮鉄靴の営業をしてくるかと思ったが、本当に欲がないな﹂
あきれたような顔をしているが、ここで商売っ気を出してどうする
と言うんだ。
﹁僕の立場は今非常に弱いんですから、ここで欲をかいても意味が
ありませんよ﹂
その言葉を聞くと、ルベリオは小さくうなづいた。
﹁あぁ、それを自覚しているのはいいことだ。それを忘れない限り、
君の安全は保障しよう﹂
その言葉に、僕よりもライラがほっとした表情を見せる。
ガラティアは会話に興味はないらしく、僕が目線を会わせようとし
なくなったのを理解すると、僕の手元や足先を注視しているようだ。
⋮⋮おそらくは、ぼくがどこかにサインを送るか、何らかの怪しい
素振りをしないか見ているのだろう。まだ、こいつは僕にたいして
警戒を解いていない。
﹁さて。長居してしまったな﹂
椅子から立ち上がると、ルベリオは改めて周囲を見渡す。
﹁エリオット、この店に魔法の剣はあるか?﹂
店の倉庫から、いくつか持ってくる。
通常よりも軽いもの、切りつけたときに強い衝撃を与えるもの、実
際よりも短く見えるために避けにくい物。
もっとも売れるのは、軽いものだ。
﹁⋮⋮これだな。これを買おう﹂
ルベリオが選んだのは、かつてライラがためつすがめつしていたも
のの、領地からの収入を持たない契約騎士の懐では手が出せなかっ

832
たあの剣。
値段を告げると、懐から財布をとりだし、なかなか見ることのない
大金貨を何枚も取り出す。
まさか、即金とは⋮⋮
﹁⋮⋮ライラ﹂
﹁はっ、ご命令を﹂
ルベリオに名前を呼ばれて、ライラが驚いて襟を正す。
﹁お前には今までにも苦労をかけているが、お前の忠義は疑いよう
のない物だ。私が家督を継いだ際には、いずれお前にも領地を戻す
ことになるだろう﹂
ライラは一瞬何を言われたのかわからない、と言う表情になったが、
即座に自分を取り戻した。
﹁こ、この身には過分なお言葉です⋮⋮﹂
﹁この剣は、お前に与える﹂
ずい、と。いま購入したばかりの剣を差し出す。
戸惑いつつも、ライラは剣を受け取る。
﹁これは、今までの忠義への褒美であり、今から与える使命への詫
びだと思え。今からお前の騎士としての勤めをしばらく解く。騎士
ライラ、お前はしばらくの間この店に住み込み、エリオットの身辺
警護を行え﹂
は?
﹁えっ?﹂
僕以上に、ライラが豆鉄砲を食らったような顔になる。
﹁え、え、エリオットの店に? 住み込みで? いや、でも、私の
家は近くに⋮⋮﹂
ガラティアがあきれたようにライラに言葉をかける。
どうやら、僕の意志は気にしない事にしたらしい。
おぼこ
﹁未通女でもないでしょうに、今更恥ずかしがる必要もないでしょ
う。この男は、証拠隠滅のためあの魔物娘に殺される危険性がある
のです。そのためにあなたが護衛につけ、と我が主は言っているの

833
ですよ?﹂
◆◆◆
からんからん、と軽い音がして扉が開く。
﹁エリオット、ちょっと注文を⋮⋮って、あら?﹂
店に入ってきたのは、青い髪の娘。長い髪が揺れている。
腰のところと、肩に掛けた小さな鞄は見覚えのない物だが⋮⋮。
﹁⋮⋮あら、最近ブレア家に雇われた魔術師殿﹂
ガラティアが少し棘のある、それでいて礼儀を失さない程度の挨拶
をした相手はサラだ。
﹁あなた、確かランベルト家の⋮⋮え、もしや﹂
露骨に慌てたように、ルベリオをみるサラ。
﹁いや、気にする必要はない。偶然よっただけで、公務ではない﹂
﹁ランベルト家の、ルベリオ殿でしたか⋮⋮これは失礼をいたしま
した﹂
﹁いや、こちらの用事は済んだ。これ以上は商売の邪魔だろう。ガ
ラティア、準備を﹂
軽く言葉を交わすと、ルベリオはサラに対してはあまり関わらず、
上着を羽織りなおす。
﹁や、やぁ、サラ。今日は、何の注文だい?﹂
もちろん、注文など無い。サラのところに届ける品は大体決まって
いて、定期的に届けているのだ。
来るのが遅かったが、サラは僕の助けに応じて駆けつけてくれたの
だ。
﹁あぁ、ちょっと触媒が足りなくなってね。今度のオリヴィア様の
パレードの護衛にあたって、触媒が足りなくて呪文が使えないなん
てなったら恥ずかしいじゃない﹂
そういうと、サラは鞄と小袋を持ち上げて、軽く振ってみせる。
﹁あれ、ダリアさんは?﹂

834
﹁あー、その⋮⋮﹂
僕だけではなく、ライラまでが困った顔になる。
⋮⋮僕は演技で、ライラは本気でという違いはあるが。
扉が開き、ルベリオとガラティアが出て行く。からんからん、と軽
い音がする。
◆◆◆
﹁ルベリオ様、あのエリオットと言う男はどうなさるおつもりです
か?﹂
ガラティアは小さな声で問いかける。
﹁影達からの報告はどうだった?﹂
主は答えずに、別の問いかけを行うが、ガラティアは嫌な顔一つせ
ずに答える。
﹁暗殺ギルドのあの娘が近くまで来ていたようですけど⋮⋮ダリア
と言いましたっけ、あの娘が離れると同時に引いていきました。ま
た⋮⋮あの水路にいたラミア、暗殺ギルドにいたもう一人の魔物で
しょう。暗殺ギルドは完全にあいつ等に乗っ取られたのは確実です
ね﹂
﹁あらかじめ、居場所をつかめればいいが。あの水路から追うこと
は可能か?﹂
﹁⋮⋮厳しいですね。情報を握っていたのは暗殺ギルドなので、今
までに調べさせた部分だけではおそらく情報量で負けるでしょう。
影達も、相手の庭の中では力を発揮しきれませんから﹂
﹁そうか﹂
特に悔しがる様子もなく、男は答える。
﹁エリオットは、面白い奴だ。切り離して使えるのであれば、いい
働きをするだろう。だが、あれは利益を求める目ではないな⋮⋮﹂
﹁そのようなもの⋮⋮なのですか﹂
﹁あるいは、あいつを通じて鉱山村の魔物と取引ができるようにな

835
ればよし。が⋮⋮不確定要素になるのであれば、消す﹂
ガラティアは満足そうにうなづき、言葉を返す。
﹁手を取り合うことができるのは、喜ばしいことです。見張りはお
任せください。ライラもあの男の事を憎からず思っているようです
し⋮⋮ふふ﹂
﹁⋮⋮ライラが? そうだったのか?﹂
少し間をおいて、疑問の言葉がでた。
﹁我が主、あなたはそういうところは本当に興味がないのですね⋮
⋮。おそらく、ライラはあの娘に遠慮して、どこかで嫉妬していた
のでしょう。自分と違う、小さな幸せを見つけていたあの娘に⋮⋮
ふふ﹂
楽しげに笑うガラティアに、あまり興味なさそうに歩きながらルベ
リオは小さく問いかける。
﹁ふむ。そういうものか。⋮⋮で、今夜試すのか?﹂
﹁ええ、これならば、万が一失敗しても影響はありませんからね。
それに⋮⋮偶然ではありますが、良い情報が手に入りました﹂
﹁⋮⋮オリヴィアのところの魔法使いか﹂
﹁触媒が必要な魔法使いなど、未熟もいいところですが⋮⋮手の内
をさらすのは、賢いことではありませんね﹂
836
過去の幻影:彼女の願望
﹁え、ダリアいないの? で、その人は?﹂
﹁あー、その。私は⋮⋮﹂
サラの当たり前だが容赦ない質問に、ライラはひたすら困っている。
サラにはライラのことは教えてあるし、状況から大まかに察してい
るだろう。
それでも、何も聞かないのはかえって怪しい。
﹁ライラさんは、さっきいたランベルト家の若様のお付きの騎士さ
んだよ。色々事情があって、しばらく僕の護衛をしてくれることに
なったんだ。ダリアはしばらく安全なところに⋮⋮﹂
怪訝な顔をするも、引き下がるサラ。
助かったというような顔で露骨に安心するライラ。
この人は、本当に嘘がつけないんだな⋮⋮まぁ、騎士としての腕は
一流だし、だからこそ僕の護衛兼見張りとして置いていったのだろ

837
うけれど。
﹁ふぅん⋮⋮別にいいけど、やばいことに首突っ込んでいなくなる、
とかしないでよね。この店なくなると困るんだから﹂
﹁⋮⋮たしか、サーリア殿といったか。その、オリヴィア様おつき
の宮廷魔術師と聞いていたが⋮⋮﹂
戸惑ったようなライラの声に、サラはあっけらかんと答える
﹁あ、知られてるのね。よろしく、ライラさん。知ってるかもしれ
ないけど、あたしは元々冒険者だから。育ちはあまり良くないのよ﹂
あー⋮⋮と、ライラが少しだけ安心したような顔になる。
そりゃ、ガラティアと比べれば、サラは接しやすい相手だろう。
﹁それは、正直助かる。私も礼儀はそこまで得意な方ではなくて。
商売の邪魔をする気はないから、私のことは気にせずに進めてほし
い﹂
﹁いや、それかえって気になるんだけど⋮⋮﹂
苦笑しつつ、サラは鞄をあけて小さな書き付けを僕に渡す。
﹁触媒のリスト、これだけそろえてもらえる? 分量は、この鞄と
小袋に入る程度でいいから﹂
内容がライラの目に触れないように、奥に行きながら書き付けチェ
ックする。
これは、オリヴィーの筆跡だな⋮⋮
内容は簡単で、﹁サラに話を合わせて、適当な触媒を詰めてほしい﹂
という物だった。
何を考えているのか間ではわからないが、オリヴィーとサラは独自
に動いてくれていた。それだけでも心強い。
サラは精霊を使う魔術師で、短杖を使うだけで、実際のところ魔法
の行使にはあまり触媒を使わない。
あえて触媒を買いにきたと言ったのは、この店に来る言い訳以外に
も何か目的が⋮⋮あぁ、そういうことか。

838
◆◆◆
適当な触媒を詰めて店に戻ると、サラがライラを質問責めにしてい
るところだった。
僕が戻ったのを見ると、サラは突然こっちにやってきて
﹁ねぇ、あの人と同居ってどういう事よ!?﹂
と詰め寄ってきた。⋮⋮あ、半分本気で怒ってる?
﹁いや、まぁ護衛だから⋮⋮﹂
﹁あの子がいたからまだ⋮⋮っ﹂
それだけ言うと、サラは言葉に詰まったようにいったん止まる。
本気と演技の中間のような顔で、鞄をひったくるように受け取ると
﹁支払いは、いつものようにまとめて支払いにくるわ﹂
と言って、店を出ていく。
入れ違いに、ジェンマ商会の使いが荷物と手紙を運んでくる。
しばらく事務仕事をしていたが、ダリアがいないために手間取った。
⋮⋮ダリアの不在は、地味にこう言うところでも効いていていた。
◆◆◆
﹁エリオット、君は⋮⋮その。女性に人気があるんだな﹂
作業が一段落した所で、ライラが何とも言えない困ったような顔で
つぶやく。
サラは一体ライラに何を吹き込んだんだ?
﹁サーリア殿から、何の権利があってここに寝泊まりするのかと、
結構な剣幕で問いただされてしまった⋮⋮。なんというか、その⋮
⋮彼女は、君のことを男性として好いているのでは⋮⋮﹂
あー⋮⋮。
﹁いや、そんなことを言われても⋮⋮﹂
﹁あっ、そ、そうだな。あんな事があったばかりだというのに、失

839
礼な事を言ってしまった。すまない、謝罪する﹂
ライラが本気で頭を下げる。
サラとしては﹁僕を狙っていたけどダリアがいたから遠慮していた﹂
という立場に見せたかったという事か。
おそらく、この脚本を書いたのはオリヴィアだろう。
狙っていた男と﹁つながろうとしていたけれど、まだつながれてい
ない横恋慕した女﹂という姿を印象付ける事で、可能な限り接触が
少ないと見せて、魔物とのつながりを疑われる要素は薄くしておく
狙いなのだろう。
ルベリオとガラティアにうまく見せることはできなかったが、僕も
同じ立場ならそうする。
﹁いや、僕にもよくわからないんだ。だから、ライラさんが謝るよ
うな事じゃないよ﹂
偉い人にも知り合いができたしね、と力なく笑う。
ランベルト家は間違いなく大口の顧客になるが、まぁあの状況で喜
べるようなものでもない。
﹁それにしても、君は本当にすごいんだな。我が主⋮⋮ルベリオ様
があのように熱心に話し込むなんて滅多にない﹂
﹁いや、恐ろしい人だったよ。下手なことを答えたら切られるんじ
ゃないかと冷や冷やしてた﹂
その言葉で、ようやくライラの顔にわずかながらほほえみが戻る。
⋮⋮ライラは、普段はきまじめに口を結んでいるか、少し寂しそう
にしている印象が強いが、笑うと少しだけ幼く見える。
﹁まぁ、そう言わないで。あのお方はとても才能のある方なのだが
⋮⋮自分と対等に語りあえる友に飢えておられるのだ﹂
きれい、ではなく、可愛いなとその時初めて感じた。
﹁だから、もし君があのお方の友達になってもらえたら、私も嬉し
い⋮⋮あぁ、済まない。こちらの要求ばかりだな。⋮⋮なにか雑用
があれば、命じてほしいな。専門的なことはともかく、力仕事とか

840
日常の世話なら多少はできるから﹂
確かに、黙って立って見張っているだけだと、ライラ本人が申し訳
なさの固まりになりそうだ。
ならば、台所のあれこれを教えて、少し賄いでもしてもらおうか⋮
⋮れっきとした騎士のライラにそんなことをさせていいものか、少
し悩むけれど。
﹁じゃ、お茶の場所を教えるから⋮⋮﹂
立ち上がった表紙に、まだあけていなかったジェンマ商会からの手
紙が落ちる。
﹁あぁ、しまった。中身を確認していなかった﹂
さすがに、急ぎの用ではないと思うけれど。
内容は、明日の昼食の誘いだった。しかも、気が向けば来てくれと
言う不思議なもの。
返答を出すことさえ求められていない。
さて、あの爺さんは何を狙っているのだろうか。
◆◆◆
﹁いや、家主である君がベッドに寝てくれないと。私は野営の経験
も多いから、床で構わない!﹂
﹁そんなことを言われても⋮⋮女性を床で寝かせるのはさすがに気
が引けるんだけど﹂
トラブルが持ち上がったのは、その日の夜だ。
窓の鎧戸を落とし、小さな魔法の燭台に明かりをつけて部屋の明か
りを保つ。
感心していたライラが寝室を確認して、動きがピタリと止まった。
そう言えば、この家は大型のベッドが一つしかない。そこで、先ほ
どの会話となったのだ。
今まではダリアと一緒に寝ることがほとんどだった。ダリアは僕の

841
魔物であり、僕が抱く相手だったから、こういう気遣いは必要無か
った。
場合によってはシロやサラ、アスタルテも加わることがあったから、
ベッドサイズとしては大きいが、同衾するのはさすがに気が引ける。
しばらく真顔で話し合いをした結果、ベッドには僕が寝ることにし、
毛布や枕など、寝具類の主な物は床で寝ることになったダリアが使
うということで両者合意を得た。
何処で寝るかを真剣に話し合うなんて、あまりの馬鹿馬鹿しさにど
ちらともなく吹き出してしまい、しばらく笑いあった。
﹁⋮⋮あぁ、ようやく笑ってくれたね、エリオット﹂
﹁ずっとふさぎ込んでばかりもいられないからね。なにせ、明日は
あのジェンマ爺さんのところに呼ばれているわけだし⋮⋮あ、ライ
ラさん、寝間着﹂
﹁あ、いや、寝床を借りる身だ、その程度は⋮⋮﹂
そんなことを言われても、街中用の軽装鎧にあわせてある衣服は、
多少の防具としての性能を持たせてある物で、簡単に言うとごわご
わしていて着心地のよいものではないだろう。
鉱山村で傭兵相手に商売をしていた時、武具の修練をさせてもらう
時に何度も来たことが会って、その着心地の悪さはある程度知って
いる⋮⋮少なくとも、寝間着にしたいとは思わない。
寝間着もなかったのでダリアの使っていた寝間着を渡すと、ライラ
は何とも言えぬ顔で考え込んでから上着を一気に脱いだ。
﹁では、ありがたく⋮⋮ん?﹂
女性の裸に慣れすぎて、羞恥心に関する感覚が鈍ってきていたのは
事実だ。
だが、ただぼーっと見ていた僕が悪かったのだろうか。それとも、
ライラの不注意を責めるべきだろうか。
衣服の下から、ライラのちょっと固そうだけれども形のよい胸が露
わになる。

842
白布で巻き付けてあったのだろうが、それも丸ごと脱げ落ちてしま
っている。
何がとはいわないが、意外と大きかった。
⋮⋮もしや、サラが警戒したのはこれだったのだろうか?
﹁あっ!?﹂
﹁あ⋮⋮あ、ライラ、ごめん!﹂
急いで目をそらすものの、真っ赤になったライラが急いで胸を隠す
のが見えた。
﹁いや、その⋮⋮今のは私の不注意が招いた結果だ⋮⋮その、すま
ない。あ、ただ⋮⋮これからしばらく、敬称を付けるのも面倒だろ
うし。今は客ではないし、居候のようなものなんだから、単にライ
ラと呼べばいいから﹂
ライラはそうつぶやくと、照れたようにお休みといい、毛布をかぶ
ってしまった。
ライラの言葉自体も、普段のかしこまった口調と時々もれる砕けた
口調が混じってきている。やはり、普段は気を張っているのだろう
か?
﹁ええと⋮⋮おやすみ、ライラ﹂
そう言うと、明かりの強さを足下が見える程度に弱くして眠りにつ
く⋮⋮と、言うのは嘘だ。
眠った状態からでも、意識を集中することはできる。
そして、この状態ならば、僕が魔物にした女たちの精神に移ること
ができる。
ヌビアを追跡していた時のガラティアの動き方から考えて、わざわ
ざ使い魔に﹁目﹂の魔具を持たせていたことを考えれば可能性は低
い。
だが、僕がディアナを通じてガラティアを見たように、ライラの目
を通じて僕の身動きはガラティアに見られていないとは限らない。
だからこの時間だけが、味方との連絡が取れる時間なのだ。

843
◆◆◆
まずは、ダリアが心配だ。
いるとしたら、ネムとヌビアが隠れ住んでいるエリアだろう。
ネムの中に乗り移る⋮⋮起きてはいるようだ。
﹁あれっ、あたしの中にエリオットがいるよ?﹂
自分の頭の中で声がするようが、これは逆。
僕がネムの中に入り込んでいるために、ネムの声が聞こえるのだ。
﹁マスター、ご無事ですか?﹂
﹁我が君、大丈夫なのじゃ?﹂
ゆっくりと意識の波長を合わせ、ネムの視界を借りる。
視界の端で明かりが灯り、ヌビアがランタンを持ってくるのが見え
る。
僕は夜目が効かないから、それを気遣ってくれたのだろう。
よし、声でわかってはいたけれど、ダリアもミヤビもいる。
﹁すまないね、見張りがついているから、こういう形でしか連絡が
できなかったんだ﹂
ネムの声でしゃべっているから、違和感があるなぁ⋮⋮まぁ、そん
な細かいことは気にしていられないけれど。
事情は簡単に説明し、しばらくは地下水路とアスタルテのいる蜘蛛
の巣館のどちらかで過ごすように伝える。
﹁シロさんとディアナさんから、連絡がきています。あのとき、店
の外には少なくとも二人いたとのことです﹂
僕の頭をつかんだ﹁三番﹂と呼ばれるあいつの他にも、もう一人い
たのか。
用意周到というか⋮⋮ガラティアの暗殺者はいったい何人いるのだ
ろう。少なくとも、三人はいるようだけれども。

844
﹁深追いはしていないと思うけど⋮⋮何かわかったことは?﹂
﹁盗賊的な身の動きをする細身の男が一人、北方人らしき、肌の白
い女が一人だったそうです。それぞれ別個に移動したため、大まか
に旧市街に向かったこと以外は⋮⋮﹂
まぁ、深追いはしなかったのだろうし、それは正解だ。
二人で二人を追跡するのは、よほど実力差がない限りは無理だ。
これからしばらくは、ルベリオが僕を殺そうとしない限り逆に僕の
命は安全と言えるだろう。
だからこそ、地下水路のメンバーの防衛と機密保持を心がけなけれ
ばいけない。
情報漏洩が一番ありえるのは、正直に言えば僕と僕の店からだ。
﹁僕が知らない安全な逃げ場﹂を準備することを指示し、何も連絡
が付かなければシロを経由してサラかアスタルテに指示を仰ぐよう
に伝える。
アスタルテが進めてくれている﹁神殿﹂は順調に巣を広げているよ
うだが、まだ影響下にある人の数は少ない。目標となる相手につな
がるにはもう少し時間がかかるだろう。
ガラティアもルベリオも知らない、僕たちの唯一の秘密は、自分の
意志で考え、行動する頭が複数あることだ。
オリヴィアが、アスタルテが、それぞれ独自に動く事ができる⋮⋮
今では、ダリアも。
﹁残り時間は少ないけど、まだこの先はわからない。油断はしない
でほしいけど、今張りつめる必要はないからね。あと、ダリア﹂
名前を呼ばれて、ダリアがぴくんとはじかれたように反応する。
﹁はい、マスター﹂
﹁今回は、君のおかげで助かった。ありがとう⋮⋮ダリアもやるよ
うになったじゃないか﹂
﹁いえ、勝手なことをしてしまい申し訳ありません⋮⋮﹂
恐縮するダリアの頭を、ネムの手を借りてかるくなでる。

845
﹁何かあったら、自分の考えで行動するんだ。僕は、緊急の事態に
おいては君にそれを命じる。いいね?﹂
それは、相変わらずの確認作業。
僕が命じる。ダリアがそれを受ける。
彼女は僕の物であるということを、再確認するだけの他愛ない儀式。
﹁⋮⋮はい、マスター﹂
◆◆◆
サラも、僕が訪れるのを待っていてくれた。
しかも、オリヴィアとの連絡の準備まで整えて。
﹁やぁ、オリヴィー。今回はしてやられた﹂
﹁話を聞いて、呼吸が止まるかと思ったわよ。まさか、こんなに早
くあなたのところにたどり着くとは思わなかったけど⋮⋮いずれ遠
からず知られていたでしょうね﹂
﹁君の方も、対処がずいぶん早かったじゃないか﹂
﹁ちょうど、サラと一緒にいたのよ。周囲があまり信用できないか
らサラと過ごすことが増えるんだけど、おかげでサラってば私の愛
人扱いされてるのよ?﹂
⋮⋮いや、そんなことを言われても困る。
﹁僕は妬けばいいのかい?﹂
﹁むしろ、私とサラが妬く立場だとおもうな。騎士ライラと同じ屋
根の下ですものね﹂
﹁彼女はいい人だと思うけど⋮⋮何せ、後ろにいる相手が、ね﹂
おそらく、明日以降届くだろうライラの荷物にはガラティアの﹁目﹂
が仕込まれている可能性が高い。
前に僕が見破った以上、別の手法をとると思うが⋮⋮
しばらく相談を続けていると、なんだか妙な感覚が流れ込んできた。
⋮⋮?
これは、サラの感覚ではない。

846
サラは身体の主導権を僕に預けてくれているし、そのサラ本人も僕
の体から何か感じているようだ。
︵ねえ、エリオット。あなたの身体の方からなんだか、妙な⋮⋮︶
その瞬間、集中がとぎれてしまう。
甘く小さい痛みが走り、サラとの波長がずれた。
具体的には、サラには本来感じることのできない感覚が流れ込んで
きたのだ。
⋮⋮男性器への、性的な刺激が。
﹁⋮⋮ん⋮⋮?﹂
身体に意識を戻し、状態を確認する。
寝間着がはだけられ、胸を出した状態でベッドの上に仰向けに寝て
いる。
あの感覚は、ここからではない⋮⋮その瞬間、全てを理解する。
暖かい粘膜に肉槍が飲み込まれる感触。
﹁っ!?﹂
ズボンも半ば脱がされており、粗景部が露出している。
弱い光に照らされて、ベッドの上に多い被さる女性の裸身が見えた。
暗闇の中に、塗れたように光る瞳が見える。
予想通りではある。この部屋にいるのは僕以外に一人だからだ。
予想外でもある。彼女がこういう行動をするとは思っていなかった
からだ。
僕の股間に覆い被さるようにして、ぼくについばむような口づけを
していたのは⋮⋮ライラだ。
847
過去の幻影:幼なじみの分かれ道
﹁ライラ⋮⋮何を?﹂
敬称を付けるのも忘れていた。
ベッドの上に多い被さるように僕の股間に顔を埋めるのは、あの生
真面目な騎士ライラ。
それくらい、予想外だったのだが⋮⋮
﹁すてき⋮⋮ずっと、こうなりたかった⋮⋮﹂
身体の興奮とは別に、精神は一部分が急激に醒めていく。
欲情したライラの表情は確かに今まで見ていたまじめな姿とのギャ
ップが大きいが⋮⋮これは、彼女の本意ではないだろう。彼女の目
は、どこか遠くを見ているように見えた。
﹁おねがい⋮⋮わたしを、抱いてほしい⋮⋮﹂
チャーム メズマライズ
魅了、幻惑、言い方はいくつかあるが、ライラは誰かに操られてい

848
る。まず間違いなく、あの邪眼に。
はねのけるべきかとも思ったが、脳裏に残る警戒がそれを押しとど
めた。
﹁え⋮⋮まって、ちょっと⋮⋮﹂
おろおろと、周囲を見渡すような振りをする。
正しくは、おろおろとしているような振りをして周囲とライラを観
察する、だ。
ガラティアの魔術は、おそらくは生き物の視界は操れない。
それは、ヌビアを追っていたときにガラティアの使い魔が﹁目﹂と
なる魔具を持っていたことからの予想だ。だが、確定ではない。
僕が魔物にした相手に乗り移るように、ガラティアが今ライラの身
体に入り込んでいる可能性は?
﹁だめ⋮⋮なの⋮⋮? 抱いて、くれないのか⋮⋮?﹂
その声は、本気で寂しそうで、不安そうで。どこまでが演技なのか、
ライラの意志がどこまで残っているのかはわからない。
残念ながら、僕にはそう言うことができないからだ。
警戒しつつ、ライラと目を合わせる。
弱い明かりに照らされて見る彼女の瞳は、明らかにここではないど
こかを見ていたが⋮⋮どこか弱気だった。
﹁⋮⋮私は⋮⋮私は、ずっと見ていたんだ⋮⋮。あんなに、近くに
いた⋮⋮﹂
⋮⋮あんなに、近くに?
様子がおかしい。
演技させるなら、こんなつじつまの合わない言葉を言わせるはずが
ない。

849
つまり、今のライラはガラティアが直接操っているわけではないの
だろう。
催眠をかけるなり、邪眼で操るなりして、一定時間がたったり、特
定の条件下で動き出すように仕掛けられた暗示。
それが何だったのかはわからないが、おそらく、何を言わせるかな
どの厳密な操作はできないのだろう。
おそらくは僕に抱かれることを狙って発情させ、夜這いをかけるよ
うに指示をしたのだろうこれは、僕を抱き込みにかかったと考えて
いいのかもしれない。
だが、ガラティアの意図とは別のことが起きている。
﹁ライラ⋮⋮いつから、見ていたの?﹂
声をかけるのは、ちょっとためらわれた。
この部屋に、魔力が込められた品は自分が作り出した物しかない。
だから、僕が関知できない暗殺者が忍び込んででもいない限り、こ
の会話が盗み聞きされている可能性は限りなく低い。
それでも、ガラティアの手がどこにあるかわからない以上、警戒し
てしまう。
﹁小さい頃から⋮⋮とうさまが、生きていた頃から⋮⋮はじめてあ
なたにお会いしたときから、ずっと⋮⋮﹂
別の意味で、腹の底が冷える感覚がした。
ここから先は、聞いてはいけないのではないか。
ライラは身を乗り出し、僕の腹に、胸板に、騎士が貴婦人の手の甲
に口づけをするように唇を触れさせる。
﹁身分違いだなんて、最初からわかってる⋮⋮それでも、あなたの
⋮⋮あなたの近くで、貴方の剣として、盾として⋮⋮あるいは、端
女としてでも⋮⋮あなたの目指す先を、一緒に見ていたい⋮⋮﹂
おそるおそる、おびえるように、ライラの舌が体の表面をはう。

850
娼婦たちのように、舌と手や指を同時に扱うような技術は持ってい
ないが、懸命に奉仕を続ける。
どうしようか迷い、手を伸ばしてライラの髪の毛にふれる。
かすかに震えていた。⋮⋮さらに手を伸ばし、軽くライラの頭をな
でる。
僕が拒絶しないことに少しだけ安心したのか、舌の動きがちょっと
だけ活発になる。息継ぎをするように、時折こちらを上目遣いに見
上げてくる。
これは、愛の告白だ。
それが実際に行われたものなのか、果たせなかったものなのか、僕
にはわからない。
だけど、その告白の相手は明らかに僕ではないし、ここで僕が聞い
ていいようなものでもないはずだ。
ガラティアも、これを僕に聞かせて得があるわけでもない。
あの女の酷薄な部分は多くあるが、これを喜ぶとは思えないし、狙
っているとも思えない。やはりこれは意図せずおきたものと判断す
べきだ。
考える。自分がガラティアだったら、どうやってこの状況を作り出
す。
自分が誰かを操ろうと思うときに、どうやって絡め取る?
⋮⋮ネムとヌビアを魔物にしたときに、自分は何をした?
そう、相手を思う心を利用した。ああ、そうだ。自分も大差ないこ
とをしている。
ガラティアは僕がライラに惚れているなんて事は考えていないだろ
う。では、ライラが⋮⋮ああ、そうか。ガラティアはミスを犯した
のか。
﹁罪人の娘となり、家も、身分も失ったわたしを、貴方はそばにお
いてくれた。わたしは頭が良くないから、貴方の見ている未来はわ

851
からないけれど⋮⋮﹂
ライラが僕に好意的だったのは、僕に惚れていたからではない。
自惚れて、少しくらいはそう思ってくれていたと仮定しても、彼女
が最も強く想っていたのは、僕ではないのだ。
彼女は公平で正義感が強く、親切で、ちょっとお人好しで、この街
に来たばかりの僕とダリアに優しく接してくれていた。ただ、それ
だけなのだろう。
⋮⋮そして、彼女が本当に愛していた相手はたった一人。
ガラティアにそれが理解できなかったのも、仕方がない事なののか
もしれない。
僕だって、ダリアの想いに気がつくことができなかった。
騎士であるライラは自分の中で、その想いを忠誠心に置き換えてず
っと隠そうとしていた⋮⋮罪人の娘である自分にはその資格もない
と、自らを騙そうとしていたのかもしれない。
⋮⋮なんだか、オリヴィアに無性に会いたくなった。さっきサラを
通じて話をしたばかりだし、今そんなことはできるはずもないのに。
﹁道具でもいい。愛してくれなくてもかまわない⋮⋮子供の時から、
おそばにおいていただいたあの日から、貴方のことが⋮⋮﹂
ライラとダリアが、何となく仲が良いように思えたのは、このため
か。
二人は、どこか似ていた。
﹁好きだ⋮⋮。貴方の隣に立つことなんて、できないけれど。せめ
て、貴方のために⋮⋮貴方の剣として、生きたい⋮⋮﹂
弱い光が、僕の上で身体を持ち上げたライラの裸身を照らす。
均整のとれた、やや女性としては筋肉質ながらも柔らかい曲線を描
く身体。腰に接しているライラの茂みは、明らかに発情して、熱を
こもらせているのに⋮⋮

852
彼女は、泣いていた。
ルベリオ・ランベルト。君は、この女の事をどこまで知っているの
だろうか。
オリヴィアの命を狙い、そして今僕の生殺与奪権を握ろうとしつつ
ある敵に対して、僕は奇妙な共感を覚えていた。
そして、彼はこのライラの言葉を聞いたことがないのだろうと考え、
少しいらついた。
ライラはここにいて僕と抱き合っているけれど、彼女の心はここに
いない。
ルベリオはライラの心を奪っていることにすら気づかず、野心のた
めに邁進しているのだろうか。
なんだか、無性に腹が立った。
何故、あいつなんだ。何故、ルベリオにここまで一途なんだ。
自分がルベリオに嫉妬していると自覚したのは、実際のところ後に
なってからだ。
ライラの心は、僕の物にはできないだろう。
それでも、彼女をこのままにしておきたくはなかった。
奪って、僕の物にしてやりたかった。
これは罠だ。
ライラは、意志を持ったまま操られる人形。
後ろで糸を引いている人形遣いはガラティア。
ガラティアにその気があれば、僕はライラに殺されていた。
つまり、ライラは生きた罠であり、ガラティアには同じようにどん
な相手にも罠を仕掛ける力があると言うことであり⋮⋮ライラにも、
まだ何か仕掛けられている可能性は高い。
だが、ガラティアの仕掛けは完璧ではない。

853
ライラの心を制御しきれていないのもその一つで、おそらくは彼女
の能力も万能ではない⋮⋮はずだ。
遠征軍の時、オリヴィアの暗殺に自分の力ではなく、暗殺ギルドを
利用したのがその一つの証拠。
距離か、時間か、数が、精度か、人間である以上どこかに限界はあ
る。
精神に干渉し相手を操るガラティアの邪眼と、僕にできる人の身体
への魔力付与は違うものだし、それが干渉しあう可能性もある。
罠だとわかっていても、乗るしかない。
ガラティアに、ルベリオに気づかれないように。ライラ本人にすら
わからないように⋮⋮僕は、ライラを僕の物にする。
﹁ライラ⋮⋮今から、君を奪う﹂
腕を引き寄せ、ライラの身体を引き寄せる。
彼女は逆らわず、受け入れられた喜びを表す。
ライラの瞳は、僕を見ていない。僕は、ライラの背後にいる敵の動
きを見ている。
﹁⋮⋮ごめんね﹂
あぁ、そうだ。僕は魔物だ。
生き残るために、君を貪り食らおう。
⋮⋮だから、僕のものになれ。
854
見えない戦い:犠牲の羊︵☆︶
﹁ライラ、見せて﹂
それだけで、ライラはいそいそとベッドの上で体をひっくり返す。
筋肉はそれなりにあるはずなのに、不思議と柔らかい曲線を保った
ライラの脚が目の前を横切る。ちょっと大きめのお尻が、目の前に
突き出される。
﹁あの⋮⋮お見苦しいものですけど⋮⋮ご覧ください⋮⋮﹂
既に準備は出来上がっている。操られているからとはいえ、もとも
と色事の経験が多いのだろうか⋮⋮ああ、そういえば、ライラはル
べリオの情婦のように言われている事もあった。そう考えれば、お
かしくはないのだが⋮⋮ライラの告白とは少しちぐはぐだ。
少し考え込んでいると、ライラがそれを何か僕が不満を持ったと受
け取ったのか、指を股間にあてがい、ゆっくりと自分で開いた。
﹁こちらが⋮⋮私の、いやらしい⋮⋮その、穴⋮⋮に、なります﹂

855
明らかに、処女ではなかった。おそらく尻の穴も使い込まれている
だろう。
⋮⋮ああ、そういうことか。
﹁ライラ、夜はどんな仕事をしてくれるんだっけ。もう一度君の口
から説明が聞きたいな﹂
おそらく、ライラは知らない。
自分が、他人の性欲処理の道具にされていることを。
ガラティアが何か長期間にわたってライラに仕掛けをしていること
は確実だ。昨日の昼に遭遇したばかりの僕のために、わざわざこん
な仕掛けを作ったとは考えられない。ならば、これは何か。以前か
らライラはこの様につくりかえられていたと考えるのが普通だろう。
ルべリオは、おそらくそれを許容している。彼にとって、ライラは
道具だからだ。主な利用者もルべリオだろう⋮⋮と、そこまで考え
て違和感を覚える。
ルべリオはわざわざこのような手段を使ってライラをものにしなく
ても、ライラを抱きたくなったら抱ける立場だ。以前ランベルト家
の洗濯室女中から聞いた噂を考える限り、ルべリオはお気に入りの
女執事と、愛人らしき女を何人も連れ込んでいると⋮⋮
まて、その女執事はガラティアであって、ガラティアはルべリオと
男女関係にあるのだろうか?
見た限りでは、そこまでの関係はわからないが、もしガラティアが
ルべリオに対して愛情を抱いているのであれば、ライラは確かに邪
魔だ。
そう考えているうちに、ライラの告白が始まった。
﹁週の半分は、夜、あなたがお眠りになる隣の部屋にはべり、不審
者が立ち入らぬよう見張りを⋮⋮していますけれど、ときおりおよ
びいただいて、お情けをいただきます﹂
抱かれているのは、自覚しているらしい。

856
﹁ライラ、僕が他の娘を抱いているのを見てどう思う?﹂
﹁⋮⋮私は、そこに不満を持てる立場ではありませんから⋮⋮でも、
できれば、もう少し娘たちにやさしくしてあげていただければと⋮
⋮﹂
ルべリオの性癖をのぞきこんでいるようで、なんだか妙な気分にな
る。
﹁私には政治はわかりません。でも、他の家の娘を無理やりものに
するのは、相手に利益があるとしても⋮⋮その﹂
﹁続けて。これは命令だ﹂
放置しておくのもかわいそうなので、少し開いたライラの股間に指
をあてがい、軽くこすりながら命令する。かすかな喘ぎを漏らし、
数秒ためらったのちにライラは答える。
﹁騎士としては、認めたくない⋮⋮それに、それなら私に⋮⋮して
くれればいいのに、と⋮⋮﹂
個人の感想、か。ルべリオはおそらく、権力拡充のために他の貴族
の娘を犯している、ということなのだろうか。家同士の契約で行わ
れているにしては少し妙だが、これ以上は情報を引き出しても意味
がなさそうだ。多分、ライラは詳しい情報を知らされていない。
﹁ライラは、いじめられるのが好きなの?﹂
﹁あなた⋮⋮あなたにだけ、なんだ⋮⋮私は、そんなにはしたなく
なんか⋮⋮ない、はずだったのに⋮⋮。口を犯されるのも、指で奉
仕するのも、おしりも、普通に犯されるのも⋮⋮すき⋮⋮どれも、
だいすきなんだ⋮⋮﹂
おそらくルべリオにも抱かれているが、ガラティアのことだ、おそ
らくはほかの男にも使わせたに違いない。何人かの騎士の弱みを握
っているというのは、ライラを利用したのではないか。
⋮⋮嫌になるくらいありえて下種な考えだ⋮⋮だが、それを僕が責
めることはできない。僕だって似たようなことをしている。
﹁そうか。ライラは犯されるのが好きなんだ⋮⋮悪い子だね﹂

857
人差し指をゆっくりと挿入しながら、からかうようにつぶやく。そ
の瞬間、きゅっと締め付けが強くなる。
﹁あぁ、やっぱり⋮⋮それとも、いじめられるのではなくて罰を受
けるほうが好き?﹂
﹁ひっ⋮⋮﹂
探りを入れると、小さな悲鳴が上がる。それは、すぐに甘い響きを
帯びる。
﹁私は、罰されるの⋮⋮か⋮⋮?﹂
﹁そうだよ。ライラは悪いことをしたから、お仕置きを受けるんだ。
お仕置きを受けるときは、どうすればいいかな?﹂
どう反応するだろうかと思っていたら、ライラはいそいそとベッド
から降り、床に膝をついた。
﹁はい⋮⋮私は、罰を受け入れます⋮⋮なんなりと⋮⋮﹂
⋮⋮これは本格的だ。瞳には、まだ欲情の光が見えているのに。ラ
イラの中で、性欲と懲罰は何か近い位置にあるのかと思ったが、必
ずしもそうではないようだ。これは、あまり罰を与えるという方向
で触るのは避けておこう。
体を起こし、ベッドに腰掛けて膝をついたライラの髪の毛を触り、
頭をなでる。
﹁それで十分だよ。ライラ、君は悪くない⋮⋮だから、おいで﹂
﹁⋮⋮ありがたき、幸せ﹂
頭をなでられるのがうれしいのか、ライラは膝をついたままベッド
に腰掛ける僕に顔を寄せてくる。まるで、大型犬にじゃれ付かれて
いるような錯覚を覚えなくもない。
﹁ああ、すこし小さくなってしまった﹂
考え込んでいたせいで、反勃ち程度になっている僕のペニスを目ざ
とく見つけてライラが呟く。大事そうに指で支え、舌先でゆっくり
と奉仕を始める。
﹁⋮⋮ああ、気持ちいいよ。自分でも、するんだ﹂

858
﹁はい⋮⋮我が主⋮⋮﹂
くちゃくちゃと大きめの音がする。ライラは左手を自分の股間に添
えて、奉仕をつづけながらも自慰を始める。
﹁今日は、ご褒美に君の好きなやり方でやってあげるよ。どういう
ふうに⋮⋮されたい?﹂
実際の処、いつもどうされているかなんてわからないのだ。だから、
こう聞くことにした。
その瞬間、ライラは顔を上げて、頬を赤く染めた。
﹁あの⋮⋮その、私ごときにそのようなお言葉、もったいありませ
ん⋮⋮けど、その⋮⋮﹂
﹁今日は特別だよ。遠慮せずに言って、これは命令だよ﹂
﹁あの⋮⋮はい。ならば⋮⋮その⋮⋮わたしも⋮⋮ほしい、です﹂
何か、小さな声でつぶやいた。少しだけ意地悪な声で、囁く。
﹁聞こえなかったな。どうしてほしいのか、もう少し大きな声で、
僕にゆっくりと聞かせてくれないか﹂
暗い部屋の中、弱い明りの中で、さらにライラが顔を赤くするのが
わかる。
﹁わたしも⋮⋮あなたに、舐めて⋮⋮ほしい、です⋮⋮﹂
﹁よく言えたね。僕がほめてあげるよ﹂
ここからは、ガラティアの催眠をひっくり返すことにする。
今、ライラは僕をルべリオだと信じ込んでいる。ガラティアは、お
そらくそう思わせたいのではなく、僕に対して欲情させたいのだろ
う。そのほつれに付け込んで、ライラの中の僕とルべリオを混ぜて、
入れ替えて⋮⋮僕に忠誠を抱かせるように持っていけたら御の字だ。
どちらにせよ、明日の朝になればライラは僕に抱かれたことに気が
付く。ならば、その前に僕の女になったことを体にも、心にも理解
させたい。
魔物にするのではなく、心だけを組み替えて支配する。そうだ、僕
も所詮ガラティアの同類だ。
ライラというゲームの盤上で僕とガラティアが心の支配権をかけて

859
戦っている。ライラの本当の心なんて、知ったことではないと言わ
んばかりに。
◆◆◆
﹁あっ、ああ、あぁー⋮⋮した、舌が入ってくるぅ!﹂
ベッドの上にライラを寝かせ、自分から両足を抱えさせて舐められ
やすいように仰向けになる。
奉仕してばかりで表に出せなかった小さな欲望を表出させたライラ
は、女性としては大柄ながらも、少女のようにしどけなく、それで
いていやらしかった。
顔を突っ込み、犬がミルクをなめるように周辺部を、中心部を責め
ると、先ほどの抑えた叫び声が早くも漏れ出した。
﹁おぉ、おお⋮⋮こんな、こんなこと⋮⋮でも、気持ちいい⋮⋮で
す⋮⋮﹂
両腕で抱えていた脚が、快感に動かされるように足を閉じようと動
く。僕の頭を締め付けるように、もっと奥深くへと押し付けようと
しているようだ。
無言で、舌を奥深くに差し込む。わずかに塩気のある愛液が、奥か
ら次々と溢れてくる。あっという間に顎まで愛液に濡れるが、構う
ことなく舐め続ける。
﹁うあ、ああ、うあぁ⋮⋮そんな、そんなところまで⋮⋮あっ、あ
っ⋮⋮あー⋮⋮﹂
低い声で、小さく長い叫び声をあげて、ひときわ強くライラの体が
痙攣する。僕よりも少し年上で、成熟したライラの体はすでに女と
しての快楽をよく知っているようだった。
﹁おぉ⋮⋮あっ、やめて⋮⋮やめないで⋮⋮﹂
矛盾することを言いながら、ライラは僕の頭を押さえる。無意識に

860
だろう、頭を押さえる手はいつの間にか頭をなで、さするようにな
る。彼女の手が僕の額の角をかるく触った瞬間に、手の動きにかす
かな戸惑いが生まれた。
⋮⋮認識に齟齬が生まれだしている。ルべリオには角なんかないの
だから、当たり前だ。体格だって、背丈は大体近いが、ルべリオは
僕よりも一回り体格が大きい。
わずかな戸惑いが、少し足の力をゆるめたようだ。顔を上げ、両足
をつかんで開く。
﹁もしかして、声を上げるの我慢してる? ⋮⋮我慢しなくても、
いいよ﹂
﹁だって⋮⋮声、聞こえちゃう⋮⋮﹂
﹁いいんだ。そんなことは考えなくていい﹂
許可を与える、命令を出す。騎士としての心得なのか、ライラはこ
れらの言葉に従順に従うようだ。おそらく、自制心が強いのだろう。
自分の快楽や欲求よりも、誰かに迷惑をかけないことを優先して我
慢しようとする傾向があるから、許可や命令をしない限り、流れて
いかない。
﹁なら、命令だよ。次は、何をしたい? 何をしてほしい?﹂
﹁そんな⋮⋮こと⋮⋮言えるはず、ないじゃないか⋮⋮﹂
﹁命令、だよ?﹂
ライラがもともと性欲が強かったのかどうか、それはもうわからな
い。ただ、本人が意識しているところでも、していないところでも
性欲処理に使われていたのはほぼ確実で、成熟した体のライラがそ
の快感を嫌悪していない限りは⋮⋮
﹁⋮⋮その、あなたの、おちんちんを⋮⋮固くなった、それを、私
の⋮⋮その、赤ちゃんを産むための穴に⋮⋮﹂
それだけ言うと、目の周りが真っ赤になる。ああ、ライラは顔全体
ではなくて、目の周りが一気に赤くなるんだなと、細かなところに
目が行く。
﹁赤ちゃんを産むための穴? どこのこと?﹂

861
あえて、少し意地悪に返す。恥じらっている女の子を見るのが結構
好きなのだと自覚したのは、オリヴィアに指摘されてからだ。
﹁⋮⋮お、おまんこだ⋮⋮今、舐めてもらってたところ、もう、ぐ
ちゃぐちゃなんだ。気が変になりそうなんだ、だから⋮⋮﹂
﹁僕でいいの?﹂
やり取りの中に紛れ込ませる、小さな毒。
﹁いい⋮⋮ほしいんだ、無茶苦茶にして、ほしいんだ⋮⋮﹂
かわいそうなライラは、まだ気が付かない。今、君を抱いているの
は君が一途に愛し、その愛にこたえることのないルべリオではない。
﹁なら、今から君を抱く。君を犯す。君の腹の奥に、僕の精を打ち
込む。いいんだね?﹂
﹁⋮⋮うん、いいんだ。だから、はやく⋮⋮﹂
再び、ライラは両足を広げ、股間を手で広げる。かすかに湯気が立
ち上るのがわかる。
ゆっくりと、じらすように挿入を始める。
﹁おぉ⋮⋮お⋮⋮くるっ、入ってくる⋮⋮﹂
﹁我慢しなくていいんだ。僕も気持ちいいから、我慢せずに、好き
なだけ感じるんだ、ライラ﹂
その言葉が、心の堤防を切り崩したようだ。
言葉にならない、先ほどまでとは別の小さく甲高い声をあげて、ラ
イラは快感を伝えてくる。
﹁やっ、いいの、いいの⋮⋮奥に、もっとおくっ⋮⋮奥に来て⋮⋮
っ﹂
ああ、そろそろ目を覚ます時だ。
⋮⋮ライラ、僕を恨んだって構わない。
﹁ライラ、僕をよく見て。僕の名前がわかる?﹂
耳元でそうつぶやく。ルべリオとは違う一人称、額の角の感触、言
葉。
彼女の中で蓄積された違和感は、そろそろ目を覚ますころだ。
﹁え⋮⋮あなた⋮⋮き、君はっ!?﹂

862
蕩けた瞳に、わずかではあるが一瞬で理性の光と驚きが浮かぶ。
そのタイミングを逃さず、唇を奪う。腰の動きを激しくして、強く
抱きしめる。
頭は冷静になったかもしれないが、身体は絶頂の直前でじらされて
いる状態だ。
このまま⋮⋮絶頂に持っていく。
﹁んぐ⋮⋮んんっ⋮⋮ん! ん!?﹂
僕を抱きしめていたライラの両腕が、どうしたらいいのかわからず
に宙を泳ぎ、拒絶もできず、しばらく戸惑うように動いた後、再び
僕を抱きしめる。
唇を強く吸い、ライラの舌を絡めとる。同時に、ライラの膣奥に、
たまった精を一気に放出する!
ライラの目がひときわ大きく見開かれ、全身が強く痙攣する。両足
が、両腕が、逃がしはしないというかのように僕を強くおさえつけ
⋮⋮
射精が終わるころ、ライラの体から力が抜け、ベッドの上に大の字
になって崩れ落ちる。
⋮⋮さぁ、夜はまだこれからだ。
863
見えない戦い:じゃじゃ馬ならし︵☆︶
﹁なんで、こんなぁ⋮⋮あぁっ!﹂
ライラが意識を取り戻したのは、それから数分後のこと。
その間に、いくつか細工をさせてもらった⋮⋮とはいっても、大し
たことではない。ガラティアが何か仕込んでいる可能性があったの
で、その軽い確認と、暗示にかかりやすくするための少量の薬の投
与だ。
別に彼女を洗脳したいわけではない。ただ、催眠暗示で何らかのコ
ントロールを受けているライラがそばにいる以上、ガラティアが暗
示したのはどういう内容なのか確認しておきたい。
それに⋮⋮これは、自分でも意外な発見だったが、ライラを抱きた
い、困った顔が見たいという嗜虐の感情が湧き上がってくるのだ。
サラを屈服させ、ちょっと困った泣き顔にさせたくなるのと近いか
もしれないが、ライラにもまた、本人の意図しない所で男を狂わせ

864
る才能があるのかもしれない。
﹁こう言うのはずるいと思うけど⋮⋮そもそも、君が誘ってきたん
だよ?﹂
これは嘘ではない。ライラが操られていたという点を除けば、だけ
ど。もっとも、どこまでライラが覚えているかはわからないけれど、
少しでも覚えているのであればしめたものだ。彼女の責任感の強さ
は、こういう時に開き直ることを許しはしないだろう。
﹁あ⋮⋮なんで、私は⋮⋮確かに⋮⋮﹂
よし、どうやら覚えているようだ。
﹁驚いたよ、まさかライラの方からベッドに忍び込んでくるなんて。
⋮⋮でも、嬉しいな﹂
素直な意味でも、素直ではない意味でも。実際に、ライラを抱くな
んて考えてもいなかったけれど、魅力的な女性であることに間違い
はないのだ。
﹁う、嬉しいだなんて⋮⋮﹂
戸惑い気味に答えを返すのを尻目に、近寄って、ベッドに上がる。
ライラが一瞬体を引こうとするが、片側は壁だし、まだ力が入らな
いのか軽くみじろぎをするにとどまる。
ライラの横に寝そべり、裸体をゆっくりとなぞる。そのたびに、ラ
イラは小さく声を上げ、唇を噛む。
﹁気持ちいいなら、声を出していいよ。あまり、外に音は漏れない
ような作りだから﹂
﹁だって、そんなこと言っても⋮⋮私は、君のあああっ﹂
強く乳首をつまむだけで、ライラの身体には電流が走ったかのよう
な反応が起きる。媚薬の影響もあるが、ここまで発情しやすい体に
されているとは思わなかった。
﹁ライラは美人だけど、こんなに可愛いとは思わなかった﹂

865
これは素直な感想。そう言いながらも、手は乳首を離れ、さっきま
で蜜を溢れさせていた股間へと伸びる。股を閉じて手の侵入を拒も
うとするけれど、その力は弱い。
﹁か、可愛いだなんて⋮⋮私のような、無骨な大女を相手に何を⋮
⋮﹂
﹁そんなこと言われてもさ、もう一回したいんだ。ダメ⋮⋮かな?﹂
耳元で囁く。僕ではなくてハリーやフレッドのような子供が甘えた
ほうが効果は強いかもしれないが、まぁ仕方ない。ライラの方が僅
かに年上だろうし、平時はライラが年長者としてふるまっているの
だ。多少は甘えさせてもらおう。
﹁ダメ⋮⋮なんて、言われても⋮⋮﹂
﹁大女なんて言わないでよ。それでも、僕と大差ないじゃないか。
女性としては背が高めだけれど、きれいでかっこいいし⋮⋮声を上
げて乱れる姿は、とても可愛いし﹂
その一言で、閉じようとしていた股が力を失う。
﹁可愛いだなんて⋮⋮んぐっ﹂
身体ごとのしかかって唇を奪う。戸惑いながらも、唇が薄く開かれ
る。舌を差し込み、唇を割り、彼女の口の中に僕の舌をさまよわせ、
彼女の舌を引きずり出す。
体を起こし、仰向けになったライラの体の上に行こうとすると、身
体を引っ張られて真上に乗る形になった。両腕が回され、僕の背中
の上で組まれたのがわかる。
ペニスは固さを取り戻していたが、まだ挿入はしていない。普段は
押さえつけていたのか、鍛えられた大きな乳房は仰向けに寝てもま
だ形を崩さず、僕の胸板を押し返してくる。
ライラなら、ある程度体重をかけてしまっても大丈夫そうだと判断
し、両腕で体を支えるのをやめ、ゆっくりと体をおろし、ライラの
頭に手を回し、髪の毛をなで、唇を吸い続ける。
そのまま、数分体を押しつけ、緩やかに絡み合い、舌を絡ませ続け
る。部屋の中には湿った音と激しい息遣い、そしてベッドの小さな

866
軋みだけが響く。
﹁ぷは⋮⋮ああ、いい顔だよ、ライラ﹂
彼女の顔は、涙とよだれが少しこぼれていたけれど、微笑んでいた。
泣きながら、微笑んでいた。
﹁エリオット⋮⋮お願いだ、もう⋮⋮﹂
﹁うん。僕も我慢できない。今から、また君を抱くよ。僕のものに
なってよ、いいかな⋮⋮ライラ﹂
﹁ああ、来て。私も⋮⋮君が、欲しい﹂
腰を持ち上げて、ペニスを挿入しようとするが、他の子と違い体格
がほぼ同じため、微妙に場所がわからない。抱き合ったままという
こともあるのだけれど⋮⋮と、するりとライラの両手が解かれ、僕
のペニスに伸びる。片方で自分のひだを開き、もう片方の手でペニ
スを軽く握り、あてがう。さすがに恥ずかしいのか、顔は少しだけ
横を向いている。
﹁早く⋮⋮頂戴﹂
ゆっくりと、じらすようにペニスを挿入する。二回目の挿入だとい
うのに、いれたとたんに強烈な締め付けで危うく射精しそうになる。
一番奥まで突いてから、ゆっくりと引き抜く。抜け切る直前に、も
う一度中ほどまで入れて、戻す。ライラの反応を見ながら、ゆっく
りと抜き差しを続ける。
﹁エリオット⋮⋮もっと、激しくしても、いいよ⋮⋮?﹂
ライラが気を遣うように聞いてくる。息は荒いから、興奮してくれ
てはいるようだけど、まだあまり感じていないのだろうか?
﹁もっと、激しいほうが好きだった?﹂
﹁あの⋮⋮その、他の時は、もっと激しいことが⋮⋮っ、き、聞か
なかったことにしてくれっ!﹂
それだけ言うと、両手で顔を隠してしまう。
明確ではないかもしれないけれど、他の男に抱かれた時の記憶は体
には残っているのだろう。うかつに彼女があやつられていることを

867
思い出させてしまっても厄介なことになりそうなので、別のことを
聞くことにした。
﹁ライラは、激しいほうが好き?﹂
﹁いや、私としては⋮⋮あっ、ゆっくりしてもらえるほうが、気持
ちいい⋮⋮って、な、何を言わせるんだ⋮⋮私じゃなくて、君が気
持ちよくなることを﹂
顔を隠したまま答える。なるほど、男に奉仕することだけを仕込ま
れてきたから、自分が積極的に気持ちよくなるのに慣れていないの
かもしれない。
﹁僕は、君が気持ちよさそうに乱れるのが見たい。君が気持ちよく
なれば、僕も気持ちよくなる。だから、思う存分感じよ﹂
ライラは許可を求めているわけではない。ならば、こちらから甘え
たり、頼んだりするのがいいのだということがわかってきた。押し
に弱いというか、断れないというか。
﹁そんな⋮⋮こと、いわれても⋮⋮私は﹂
﹁今は騎士じゃなくていい。今は任務じゃなくていい。今は、一人
の可愛い女性として僕に抱かれてくれないかな﹂
﹁い、言うな。言わないでくれ、そんなこと⋮⋮﹂
乳房を責めても、ペニスを咥えても、欲情はしてもそこまで赤面す
ることがなかったライラの頬が赤くそまっている。明るいところで
見たら、リンゴのように赤くなっているのではないか。
どうやら、可愛いというのはライラにとって言われなれていない言
葉のようだ。
﹁ライラ、そういうとこ、すごく可愛いと思う﹂
﹁やっ、いや、そんなこと、いうな⋮⋮エリオット、そんなことを
言われたら⋮⋮﹂
腰が跳ねる。もともとかなり高ぶっていた身体だ、絶頂が近いのか
もしれない。彼女の脚が絡みつき、腰をホールドしようとする。
﹁なんで? 可愛い人に可愛いって言って、何が悪いの?﹂
﹁だって、そんなこと、言われたこと⋮⋮言われたら⋮⋮君が、君

868
のことが⋮⋮﹂
⋮⋮ルべリオは、偽りでもやさしい言葉はかけてくれなかったのだ
ろうか。父親は⋮⋮ああ、そうか。ライラの父親は、彼女が子供の
ころに不名誉な死を遂げたと言っていた。彼女は、罪人の娘として、
本来なら可愛がられ、甘やかされて育つべき時期にそれらを得るこ
とが出来なかった。
僕は村人から嫌われていたが、母や傭兵たちには、なんだかんだ言
って可愛がってもらえていた。
⋮⋮彼女は、飢えていたのだ。自分でも、気が付かないところで。
無言で唇を求める、何も言わず、彼女は答える。彼女の身体にうっ
すらと汗が浮かび上がる、僕の我慢もそろそろ限界だ。それに、こ
れ以上ため込むと彼女の身体に魔力を送り込んでしまう。今ライラ
を魔物にするのは不可能ではないかもしれないが、彼女は僕に忠誠
を誓っているわけではないし、心が折れているわけでもない。それ
に、ライラの変化は、おそらくガラティアに気づかれる。体を奪う
ことはできても、まだライラを堕とすことが出来る状態ではないの
だ。
それから、無言で唇を合わせたまましばらく体を揺らしあい⋮⋮騎
士ライラの膣の中に、二回目の射精を打ち込んだ。力いっぱい抱き
あったままで。
⋮⋮射精後、ライラも深い絶頂が訪れていたのか、しばらくの間ず
っと僕にしがみついていたが、しばらくしてようやく腕と脚が離れ
た。
無意識に体を起こそうとして、ペニスを清めようとしているのがわ
かる。体に仕込まれた、精処理道具としての動きなのだろうか。ダ
リアにも同じような癖があった。
腕を引っ張って、今度は僕の上にライラを寝かせる。
﹁いいよ。いいんだ。甘えていい。ライラ、僕は君を許す。だから
⋮⋮今は泣いていいんだ﹂

869
﹁え、エリオット。君は何を⋮⋮なにを、いって⋮⋮そんな、こと
⋮⋮いわれたら⋮⋮﹂
耐えようとしていたのだろう。主人から与えられた使命で、自分が
守るべき対象に弱みを見せるのは彼女としても不本意だったのだろ
う。それでも、僕は彼女を抱き寄せ、背中に手を当て、ぽんぽんと
軽く叩き続けた⋮⋮かつて、村の子供たちにいじめられて泣きなが
ら帰った僕を、母があやしてくれた時のように。
目を閉じて、何も見ないようにする。しばらくすると、ライラの頭
が僕の胸に乗り、小さくすすり泣く声が聞こえてきた。
彼女がどんな人生を送っているのか、僕にはほんの一部しか知る由
はない。彼女が愛しているのは僕ではなくルべリオで、ルべリオの
愛は彼女を向くことはないだろうことは、本人もわかっている。そ
んな相手に、一度抱いただけの僕が何が言えるというのだろう。
いつしか、僕は彼女の背後にいるガラティアの存在を忘れ、ライラ
を抱いたまま眠りについていた。
◆◆◆
目が覚めると、日はもうすぐ中天に差し掛かろうかという頃だ。教
会の昼の鐘が鳴るまではまだ余裕はあるだろうけれど、いつもより
はちょっと寝すぎたかもしれない。
胸にライラの頭が乗っている。お互いに全裸で、ライラ僕に抱きつ
くようにして眠っていた。
体を起こすと、ライラを起こしてしまうかもしれない。そんなこと
を考えていると、身体の動きを感知したのか、パチッと目を開く。
さすが騎士、寝ざめはいいようだ。
﹁うう、もっと寝ていたい⋮⋮が、日課をこなさねば⋮⋮﹂
⋮⋮いきなり弱音を吐いた。まだ寝ぼけているのかもしれない。騎
士だからと言って無条件で早寝早起きができるわけではない、努力
しているのだなぁ⋮⋮とぼんやりと思う。

870
意志の力でライラが目を覚ましたのは、それからきっかり十秒後。
﹁よし、私は目を覚ました。二度寝はしない。今日の任務は⋮⋮?﹂
どうやら、その時点でようやく現状に思い至ったらしい。
﹁おはよう、ライラ﹂
その言葉に、一瞬で抱きついていた身体を離し、かけていた毛布を
引っ張って胸を隠す。
﹁えっ、エリオット⋮⋮!? あっ、昨日⋮⋮﹂
だんだんと昨夜のことを思い出してきたのだろう、ゆっくりと頬が
赤く染まっていく。
﹁す、すまない。昨日のことは、その⋮⋮わ、忘れて⋮⋮﹂
﹁いや、それはどう考えても無理だと思うけど﹂
ライラは頭を抱える。⋮⋮まぁ、普段の彼女のことを考えると、こ
ういう反応になるだろうなぁ。日常的には、本当に堅物なのだ。
﹁し、しかしだな、君と私はこういう関係になるべきでは⋮⋮その、
私は君の護衛なのだし﹂
﹁ライラは、気持ちよくなかった?﹂
敢えて、話題をずらす。会話の矛先をずらす技術は、生真面目なラ
イラにはあまり無い。目をそらし、顔を赤くしたまま小声でぶつぶ
つと何やら返答をしている。⋮⋮悪くはなかったらしい。
同じベッドのすぐ隣で、この前までは生真面目で誠実な騎士様とし
か認識していなかったライラが裸で座り込んでいる。恥じらいに顔
を赤くして、わずかに目をそらし、膣にはまだ僕の精液を蓄えたま
まのライラが、妙に可愛く見える。
今日は、午後からはジェンマ商会の食事会だけど、まだ時間はある
だろう。
もう一度ベッドに倒れこむようにして、ライラの腕を引く。予想も
していなかったのか、彼女の身体は抵抗なく引き寄せられる。
﹁もう一度、いいかな?﹂
﹁⋮⋮き、君というやつは⋮⋮っ﹂
心はまだ堕とせないだろう。背後のガラティアもまだ健在である以

871
上、魔物にすることも今はできない。ならば、身体に教え込もう⋮
⋮僕に抱かれて、優しくされて、平穏に過ごす快楽を。
僅かな抵抗もむなしく、ライラは僕を受け入れる。窓から差し込む
光は、そろそろ昼が近いことを知らせていた。
見えない戦い:歓談・密談・商談
ジェンマ商会に到着したのは、指定の時間ぎりぎりだった。
案内してくれた番頭は、僕の隣にいるのがダリアではなく、ランベ
ルト家の家紋をつけていないにせよそれなりに顔を知られた騎士の
ライラであることについて礼儀を守って聞いてくることはしなかっ
た。
もちろん、彼らの主人であるジェンマ老人は別だが。
﹁おや、今日はダリア嬢ちゃんの代わりに変わった顔がならんどる
ね﹂
﹁ちょっと色々ありまして⋮⋮﹂
言葉を濁し、詳細を聞かれたら後で話そうという形で流そうとして
いる僕の隣で、この辺のやり取りに全く慣れていないライラが口を
挟んだ。

872
﹁ジェンマ殿、本来であれば私がこの場に同席するのは筋ではない
のですが、現在私は主命によりエリオットの護衛として参上してい
るのです。隣室などでも構わないので、護衛としての任務を果たす
ことを許してはいただけないでしょうか﹂
ああ、うん。全部とは言わないけど、言っていいと思ったことは全
部言ったね。
まぁ、聞かれたら話さなければいけないことだろうから仕方ないが
⋮⋮
﹁⋮⋮なるほど、ずいぶん大変なことになっとるようだ。君は確か、
ランベルト家に仕える騎士さんだねぇ。こういう言い方は失礼だが、
エリオット君はいつも美人を連れていて羨ましい限りだ﹂
冗談めかして言う。おそらく、意図的に空気を崩してライラの緊張
を解くつもりなのだろう。
﹁えっ、いや、その。私は無骨なだけで、そういうのは⋮⋮﹂
おべっかを使われなれていないライラは真に受けて慌てる。美人と
いうのは別におべっかでもなんでもなく、事実なのだけれど。
女性としては背が高いライラがその手の扱いに慣れていないのは、
昨晩から今朝にかけて僕がもう確認していることだ。
⋮⋮もしやこの爺さん、若い頃はよほど女遊びが好きだったのでは
なかろうか。
そんなことを考えたが、よく考えれば商売人としてジェンマ商会を
ここまで大きくして維持し続けている本人だ。どんな交渉だってあ
る程度うまくこなせるのは間違いないだろう。
ライラは途中から席をはずしてもらう必要があるのは事実だし、お
そらくジェンマ老人は柔らかく途中で引き離しにかかるだろう。そ
れは問題ない。
問題は、彼が僕とはどのような話をしようとしているか、だ。
時間が大きく取れるわけではない。だが、ライラという監視装置を

873
外して会話のできる機会を逃すのももったいない。手早く済ませよ
う。
﹁昨日、ランベルト家の次期党首であるルべリオ殿とお会いしまし
て。その時細々あったのですが、その結果、ちょうど近所に住んで
いたライラさんが護衛として通ってくれることになりまして⋮⋮ま
ぁ詳細はおいおいと﹂
僕の説明は、正直に言えば大したことを言っていない。
単に、ライラの言っていることを追認しただけだ。重要なのは最後
の一言で、詳しい話は後で、ライラがいない場所で話したいという
ことを伝えたかっただけなのだ。
﹁ほうほう、君はやはり大物だね。まさかこの町で一二を争う都市
貴族の若様から目をかけていただけるとは。ええと、ライラさんと
いったね、ちょうど席にも空きがあるし、お嬢さんも食事をご一緒
にいかがかな?﹂
ライラがぎょっとした顔になる。おそらくは脇で控えているつもり
だったのだろう。ジェンマ老人の発言内容から、考えていることを
推測する。なぜ、ライラを食事の席に招くのか。ダリアの席が空い
ているからだ、それはすぐにわかる簡単なことだ。ライラはランベ
ルト家の騎士だが、ジェンマが名前を知らなかったことから政・交
渉事などには全く顔を出していないことはすぐ見て取れる。では、
なぜそのライラを食事の席に着かせるのか?
⋮⋮おそらくは、ライラを疲れさせるためか。
﹁いいじゃない。せっかくのご厚意だから受け取っておこうよ⋮⋮
元はダリアの分だし﹂
最後の一言は、ライラだけに聞こえるように小さい声でつぶやく。
ライラにとって、ダリアは人食いダンジョンの魔物であると同時に、
自分の信じていた友人でもあった。そこをつくのはずるい事だと思
うけれど、ライラは断れなくなるのではないかと思ったのだ。
﹁は⋮⋮せっかくのご厚意ならば、ありがたく⋮⋮しかし、粗忽者
故にマナーなどは、その﹂

874
﹁なに、身内や知り合いの気楽な食事会ですよ。あまり気にするこ
ともない﹂
ジェンマ老人の言葉に嘘はないが、言ってないこと以外は全て嘘⋮
⋮ということは往々にしてある。ライラには悪いが、食事中ライラ
は味も何もわからないのではないだろうか。
◆◆◆
﹁これは⋮⋮この絶妙な味付け、芳醇な香り。奇跡のようだ⋮⋮っ﹂
僕の予想はあっけなく外れた。
今回の催しはジェンマ商会の大番頭たちとその家族、それに一部の
取引先を含めた二十人ほどの食事会だった。料理は商会に所縁のあ
る店の料理人を呼び技術の限りを尽くして⋮⋮とまではいかないが、
それなりに豪華なものだ。
ライラの食事のマナーは、最低限どころか僕よりよほどしっかりと
していた。
それはそうだ、いくら下級といえどライラは騎士の家に生まれて、
父親が死ぬまではそれなりの教育を受けていたはずなのだ。
ただ、ライラは騎士として真面目すぎたか、環境が贅沢を許さなか
った。
個人的にはそのどちらもが合わさった結果だと思うが、上等な料理
にライラの心の耐久力はあっけなく陥落した。
おいしい食事に夢中になってしまったのだが、礼儀として周囲の人
と何か会話しなければいけないという使命感があわさり、ライラは
礼儀を失さない程度に料理をぱくつきながら延々と今日の料理の素
晴らしさを語る妙な客人になっていた。
近くに座っていた参加者の子供たちから見れば、騎士というのはあ
こがれの対象になる職業の一つだろう。
しかも、パレードの先頭を任されるくらいに顔は知られているのだ
し、若く美しい女性騎士は多くない。気が付けばライラの周りには

875
小さい子供たちが集まり、おいしい料理に感激するライラと、それ
を眺めながらいろいろと質問する子供たちという光景が繰り広げら
れていた。
﹁ねえねえ、騎士様はふだんおいしいものは食べられないの?﹂
子供ならではの直球の質問だ。親は青い顔をしているけれど、ライ
ラ本人は気分を害した様子もなく、いたって真顔で受け答えをする。
﹁いや、そういうわけではないけれど、戦いの場に出るときは温か
いご飯が食べられるとは限らないだろう? それに、騎士だけでは
なく普通の兵隊のみんなもおいしいご飯を食べたいのは同じだ。だ
から、そういう時に私だけおいしいご飯を食べていたら、兵隊たち
が悲しい顔になってしまうからね。普段だって同じ心構えでいなけ
ればいけないんだ﹂
それは理想だ。あえて言えば、そういう考えもあるが現実的ではな
い。
だが、子供の時に父親から聞かされた理想がそのまま固まってしま
ったのか、ライラはおそらくそのルールを自分に課したまま生活し
ているのだろう。
﹁あのねあのね、このお料理、パパのお店の料理人が作ったのよ。
おいしい?﹂
﹁ああ、とても! 君のお父様のお店と、そこに来るお客さんは幸
せだな。こんなおいしい料理、宮廷の舞踏会で食べて以来だ⋮⋮こ
のままでは太ってしまって、馬に乗るときに馬が悲鳴を上げるかも
しれない﹂
元々真面目なうえに子供好きなのだろう。子供たちのあちこちに話
題がずれる質問攻めに対して、それなりの速度で料理を平らげなが
ら、ライラは生真面目に返答を返していく。
子供たちの笑い声が響く。巻き込まれるように、ライラも笑う。そ
の光景が妙におかしい。
ジェンマ爺さんが興味深げにライラを見つめ、親たちも安心したよ

876
うに微笑みを浮かべている。
母親や、傭兵たちには可愛がってもらえたから、愛を知らないなん
ていうつもりは毛頭ない。
それでも、僕の知る限り、ライラのような人物は見たことがない。
あえて言うならば、オリヴィーが少し近いかもしれないけれど、残
念ながらオリヴィーが子供に囲まれている姿は見たことがない。
︱︱ああ、これは、僕が知らない世界だ。
ふと、そんなことがすとんと腹に落ちる。
﹁いやはや、武勲と真面目なところだけが取り柄かと思っていたが、
ここまで子供に好かれるとは思ってもいなかった。人を見る目も少
し曇ったかねぇ﹂
ジェンマ老人が好々爺の顔でつぶやく。
﹁僕も、ライラさんにこういう一面があるというのは今知りました﹂
﹁なるほど。女性とは常に我々男には謎のままなのかもしれないが
⋮⋮まぁ、それもいい﹂
そのことに本人は気が付いていないだろうけれど、今日の食事会は
事実上ライラが主役となった。
食事を終えて、各自が商談や打ち合わせに移るとき、ライラは僕た
ちが何か策を練る前にご婦人方や子供たちに捕まっていた。
﹁ライラ様、よろしければ今度戦場のお話を⋮⋮﹂
﹁お姉ちゃん、遊ぼうよ!﹂
﹁いや、お誘いはありがたいのですが、私には護衛の任務が⋮⋮﹂
﹁ライラさん、僕はすぐ隣の部屋にいるから安心して﹂
僕の言葉を許可と受け取ったのだろう。子供たちが一斉にライラに
話しかける。
困った顔をしたライラを残し、僕はジェンマ爺さんに案内され、彼
の書斎へと移動する。
⋮⋮ここからが、今日の本来の目的だ。
◆◆◆

877
﹁まずは、楽にしてくれ。茶を出そう﹂
ジェンマ老人は自分で水差しから色のついた液体を薄い陶器のカッ
プに注ぐと、僕の処に持ってきてくれる。カップの脇に小さな紙が
添えられており、そこには﹁この部屋の中に、君がわかる限りで音
をどこかに伝えるものはあるか?﹂と記載されている。
なるほど、自分の屋敷の中でも盗聴される危険性があると考えてい
るのか。
周囲を見て、魔力を持ったアイテムやそれらしきものを探すが、特
に魔力の反応は感じられない。
﹁この部屋には、無いようですね。誰かが潜んでいた場合はわかり
ませんけれど﹂
﹁ふむ。やはり君自身にも魔法の才能はあるんだねぇ、エリオット
君﹂
⋮⋮しまった。あまりにも自然に共犯者として動かれたためか、隠
すのを忘れた。
元々怪しまれていたのは事実だとしても、これは明らかな僕の失策
だ。
﹁⋮⋮今更隠しても仕方ありませんが、そうです。どこまで使うか
はご想像に任せます﹂
﹁はは、まだまだ若い者に口では負けんよ﹂
そういわれても、自分のうかつさに腹が立つ。そのうえで、この男
の老獪さと憎めなさは学ぶところは多いのも事実だ。認めよう、単
純な交渉ではこの老人にはまだかなわない。だが、最初から降伏す
るつもりもない。せいぜい技術を盗ませてもらおう。
﹁⋮⋮あの娘の父親は、運の悪い男だったよ﹂
一瞬、何のことかわからなかったが、それがライラの父親のことを
指しているのだとは理解できた。
﹁彼女の父親は、不名誉な死を遂げたと聞きました⋮⋮ライラさん
のこと、初対面のような顔をしていましたけど知っていたんですね

878
?﹂
﹁面識はなかったよ。ただ、知識としてこの町の著名人や関係者は
押さえているだけさ﹂
確かに、この爺さんの記憶力には目を見張るものがある事はわかっ
ていた。そして、人脈の広さもだ。
﹁どのように、運が悪かったんですか?﹂
この話題から、どのように本題に持っていくつもりなのだろうか。
それとも、この爺さんの単純な思い付きで、僕にライラの過去につ
いて教えてくれるだけなのだろうか。
﹁ハルパニア卿は真面目で融通の利かない男だった。ランベルト家
に仕える騎士の中で、あれだけ忠義の深い男もそうそういなかった
だろうね。あの娘の今の姿を見れば、どんな教えを受けていたかは
想像できる⋮⋮父親と全く同じことを言うとは、ねえ﹂
その瞳が、一瞬だけ僕ではなく遠くを映した。
そうか、この爺さんはライラの父親と直接の面識があったのか。こ
の町に長く住んでいるし、取引先を考えても、年代的にも何もおか
しくはない。
人のつながりは、僕の予想など飛び越えるくらい複雑に絡み合って
いるのだと実感する。
﹁これは、あの娘には言わないでくれよ。あの娘の父親は、不正⋮
⋮具体的には、敵国への内通行為で処刑されたとされている。地位
を失って契約騎士などにされている以上、知っているかもしれんが
ね﹂
内通。裏切り者。ライラの心に影を落とす、自分の父親の理想への
背信。
それは、前にオリヴィーに聞いたことと同じ内容だった。
﹁だがね、あいつはそれができるような奴ではなかったんだよ。少
なくとも、経済的にあいつが潤っていたことなんて一度もなかった。
調べきれなかったが、証拠も何もない。戦場での即時処刑だから、
名誉も何もないし、裁判の記録もない。息子も同じ戦場で事故死し

879
ている﹂
言葉の一つ一つが、明らかにある方向を向いている。
噂では聞いたことがあった。確かに、そういうことはありそうだと
思ったこともあった。だが、それを当時を、本人を知る人物が口に
するということはどういうことか。
﹁ランベルト家の中でどのような事情があったのか、わしにはわか
らんよ。だが、ほぼ間違いなくあいつは謀殺されたのだろうね﹂
ランベルト家を主な取引先とするジェンマ商会。そこを取り仕切る
この老人は僕に何を伝えようとしているのだろうか。
﹁⋮⋮それは、今回およびいただいた件とは別の話題でしょうけれ
ど、興味深い話です。自分がそこから何ができるかは、まるで見当
が付きませんけれど﹂
半分は本当だ。契約騎士としてランベルト家に抱えられているライ
ラを、改めて政治的に救済する手段は今の僕にはない。
それに、ライラは本来今日ここに来るはずのない人物だ。本当の話
題は、この後に来るはずだ。
ジェンマ爺さんは今度は人の悪い笑いを浮かべ、改めて言葉を発す
る。
﹁ああ、お前さんには一つ詫びをしておこうと思ってね。だが、そ
っちも私に隠していることがあるんだから、これはおあいこだね﹂
⋮⋮この老人は、どこまで気付いている? 何を知っている?
﹁ああ、安心してくれ、これはランベルトの連中には伝えてないか
らね。⋮⋮君が鉱山村のダンジョンマスターで、オリヴィア嬢ちゃ
んと取引したのだろうってことは﹂
⋮⋮真実か、ひっかけか。仮面をかぶれ、平静を演じろ。
ここは、もう戦場だ。
880
見えない戦い:リスク
﹁⋮⋮それは助かりますね。それがばれたらライラさんになんて言
われるかわからない﹂
相手の表情と口調を見るに、演技の可能性は捨てきれないが、おそ
らく確証があるのだろう。下手にごまかすとこちらが弱みを見せる
ことになる。ならば、ばれてもかまわないと考えているようにふる
まう。この爺さんに足元を見られたらちょっと怖いことになりそう
だ。
﹁ふむ、否定はしなかったんだねぇ。君はとぼけることもできたか
と思うけれど、なぜ今の言葉を肯定したか聞かせてもらえるかな?
 私の戯言やひっかけだとは思わなかったのかい?﹂
﹁ひっかけを否定しても、そこには僕が否定したという結果しか残
りませんよ。何も知らないふりをしてもよかったですが、どうせ何
かしら裏は取っているのでしょう? あなたに言葉の騙し合いで挑

881
むのは分が悪いですよ、ジェンマさん﹂
ジェンマ老人は満足そうに頷くと、手元の湯呑から茶一口を飲む。
チャナに調合させた毒に対抗する薬は既に飲んでいるが、おそらく
ここで妙な毒を盛るという事はないだろうし、僕も出してもらった
茶を遠慮なく飲む。
口の中が乾いていることに、その時になって気が付く。
﹁では、問題だ。エリオットという新進の商売人が、身分を一部偽
っていることに気が付いたこの老人は、君の身元をさぐるためにど
んな手を使っただろうか? まぁ、外しても損はしないし、当てて
もたいして得はないが爺の道楽に付き合ってくれたまえ﹂
⋮⋮何を考えている?
この爺さんは、おそらく別ルートで僕の正体を確認している。それ
は、まだわかる。鉱山村のダンジョンはギュスターブの紹介で一部
の人間には知られていたから、調べることが不可能というわけでは
ないのだ。
だが、それは別として、なぜ僕に問いかけをするのか。僕がダンジ
ョンマスターだと理解したうえで、食事会に呼び、こうやって他者
を排除した場で話を持ち掛けたのか。
⋮⋮高い可能性で考えられるのは⋮⋮取引相手として、僕を見定め
ようとしているのか。
﹁僕は正体をある程度隠していましたけど、商売はしていました。
だから、どこからか情報が漏れる可能性は常にあります⋮⋮ジェン
マ商会は、裏社会の商売にも目を光らせているみたいですね﹂
さて、これはこっちからのひっかけだ。裏社会の商人や逃亡者に、
国境を超えるための拠点と安全な宿を提供していたのは事実。そこ
でダンジョンマスターだという名乗りをしていたのも事実。しかし、
それは鉱山の奥の洞窟ではなく、僕の実家だった宿を使って行って

882
いた商売だ。
ダンジョンで実際に魔物を生み出すシーンを見せたことはないし、
ダリアとアスタルテを魔物と見破った︵それを僕らに見破られた︶
客はとりあえず記憶にはない。
﹁罠や鍵を扱う女の行商人を覚えているかね。なんと名乗ったかは
わからんが⋮⋮﹂
確かに、その人は何度か来た記憶がある。アスタルテが魅了し、操
って僕に抱かせようとしたときに自分から迫ってきた開放的な女性
だった。ついでに、罠や鍵だけではなく貞操帯やら張型を商う商人
でもあった記憶がある。というか、抱いたことがある相手だったか
⋮⋮
﹁お恥ずかしい話だが、あれは一応私の血縁でね。公式には商会か
らは破門したんだが、あれはあれで面白い情報を持ってきおる。ま
ぁ、もちろん他にも情報源はあるがそれはそれだ﹂
溜息が自然と漏れる。だが、そこが最も大きい情報源ならば、僕が
魔物を生み出すことはばれていないかもしれない。
﹁そこまで知られていては仕方ないですね。ええ、彼女からはいろ
いろと買い物もしましたよ﹂
﹁諦めがよすぎるのも、他意を疑われるよ?﹂
その一言で言葉に詰まる。思考を読まれてるんじゃないだろうか?
﹁場所が場所なら、あなたを殺して姿をくらましたほうがマシなん
じゃないかと思えてきましたよ。本当におっかない人だ⋮⋮で、で
す﹂
口がうまく回らない。ゆっくりと、意図的にいつもよりもゆっくり
と話さないと、言葉に詰まってしまいそうだ。いい加減に切り返さ
ないと完全にペースを持っていかれる。
﹁あなたは、オリヴィー⋮⋮いえ、ブレア家とどのような取引を御
望みですか?﹂

883
これは賭けだ。さっき、ジェンマ爺さんは僕とオリヴィーの取引に
ついて真っ先に言及した。魔物の主だとか、魔物だとか、そういう
ことは抜きでだ。おそらく、そこだけは確証がなかったのではない
だろうか。
曲馬団のゴードンとの会食の際に、初対面だと言わんばかりの演技
をした時にジェンマ爺さんは同じ場所にいた。疑ってはいるかもし
れないが、まだ確証がなかったからこそ、あのようなひっかけをし
て来たのではないか⋮⋮見事に引っかかったわけなので、えらそう
なことは何も言えないが。
﹁⋮⋮ふむ、せっかちだねぇエリオット君﹂
柔らかくたしなめる口調だが、否定はしない。
この爺さんは商人だ。僕も商人のはしくれだ、取引ができる相手な
らば、まずは話を聞こうというのは間違っていないが、それは相手
と取引をして自分に利益があるときのみ。ジェンマ商会は、ダンジ
ョンマスターである僕と取引をしてもおそらくはうまみがない。な
らば、何を狙っているのか。
﹁⋮⋮僕を通じて、水面下でエブラム伯⋮⋮または、オリヴィア様
本人と何らかの友好的な関係を持ちたいのではないかと思いまして。
そして、もしそれをお望みであれば、窓口になることは可能ですよ﹂
⋮⋮ただ、まだわからないことがある。ジェンマ商会はエブラムで
も最大の小売り商店であり、当然ながらエブラム伯とも取引はある。
そのうえで、何を狙っているのか。考えろ、考えろ⋮⋮交渉の技術
ではとてもかなわないならば、思考をトレースしてひたすら追いす
がるだけだ。
﹁まったく、可愛げのないやり手だよ君は。ダリア君がいなければ
孫娘の誰かの婿に迎えたいくらいだ﹂
褒められた、と受け取っていいのだろうか。
﹁半分以上は正解だ。さて、では次だ。君はこう疑問に思ったかも
しれない。ジェンマ商会はエブラム伯とも取引があるのに、なぜ今
更⋮⋮とね﹂

884
図星だ。相手も僕の考えをトレースしようとしているのだ。
﹁おそらくは⋮⋮非公式に、今以上の取引をしたいか⋮⋮﹂
ふと、思い出す。ランベルトの連中には伝えていないという言葉。
ジェンマ商会の最大の取引先は間違いなくランベルト家で、エブラ
ム伯や、ランベルト家の一応の対抗馬であるローランド家とも取引
はあるが、おそらく額面だけならば二つ合わせてもランベルトには
⋮⋮
﹁⋮⋮もしかして、ランベルト家と距離を置こうと?﹂
ふと漏らした一言に、初めてジェンマが眉を上げる。
﹁なんで、そう思うのかね?﹂
﹁さすがに、正確な数字などはわかりませんが、小売りを主な商い
とするジェンマ商会は、配下に多くの水運業者を抱えているランベ
ルト家との取引が一番大口で、お得意様のはずです。実際に、この
前の昼食会に僕とダリアを呼んでくれたのはランベルト家からの何
とはなしの要請があったのではないでしょうか﹂
爺さんは黙って先を促す。
﹁つまり、それくらい蜜月に見えるジェンマ商会とランベルト家の
間に、何らかの問題が発生した⋮⋮いや、まだ発生していなくとも、
あなたは将来的に何らかの危険があるとみなして、ブレア家にも近
づこうとしている⋮⋮最悪、ランベルト家と縁が切れたとしても商
会を維持できるように﹂
自分で話しているうちに、ふと思いついたことがそのまま口をつい
て出た。当てずっぽうだが、案外いいところを突いているのではな
いだろうか。
ジェンマ爺さんは、なんだか嬉しそうな表情だ。正直、先日までは
ただ人のいい老人に見えていたこの笑みは、今になっては割とおっ
かないものだと感じるようになっていた。
﹁いやぁ、いい読みだ。商売人としては当然だが、一つの取引先に
依存しすぎると何かあった時が怖いからね⋮⋮特に、あそこはあと

885
何年かすれば今の当主が息子に家督を譲るだろうからねぇ﹂
代替わりによる取引先の変化に備えている、というだけにしてはお
かしい。もっと何か知っているのではないだろうか。
﹁本当に、それだけですか?﹂
﹁おお、怖い質問だねぇ。だが、いい質問だ。答える必要はないが、
取引相手へのサービスとして個人的な考えを伝えておこう﹂
⋮⋮取引相手、という言葉にちょっとグッとくる。この爺さんに、
少なくとも取引をする価値があると認められたのはおっかない反面、
少しうれしい。ただ、警戒は常に持っておかないといけないが。
﹁ルべリオ殿は、おそらくは親父よりも有能だ。もっとも、まだ経
験の差という物は埋めがたいが⋮⋮才能という点では、オリヴィア
嬢ちゃんよりも図抜けていると思う﹂
そこについては、なんとなくわかる。オリヴィアに才能がないとい
うわけではない。むしろオリヴィーは軍の統率も、経済や政治につ
いてもそつなくこなす才媛なのだが⋮⋮ルべリオは、あえて言うな
らば怪物だ。
﹁確かに、あの人は怖いですね。才覚もそうですけれど⋮⋮何をす
るのか、わからない﹂
そうだ、あの男は人懐こさと冷酷さが同居していた。威圧感と親近
感を同居させることが出来ていた。脇に控えるガラティアの事もあ
って、計り知れないことこの上ない相手だった。
﹁あれに代替わりしたら、取引の仕方は大きく変わるだろうという
のがわしの予想だ。それはおそらくうちには不利になる可能性が高
そうに思えてね⋮⋮小さいころから時折会ってはいるので、多少知
っているが⋮⋮あの子は昔から極端な子だった。満たれているから
というのもあるだろうが、欲望の種類が人と違うというか⋮⋮多く
の人々が欲するものに興味を示さず、普通は知ろうとも思わないも
の、手に入りにくく難解なものにすぐ挑戦するようなところがあっ
た﹂
ああ、なんとなくわかるような気がする。小さい頃からあんな感じ

886
で無茶をしていたのだろうなと、根拠もなく感じた。
﹁あの執事を拾ってきてからは、その傾向には拍車がかかった。最
初はあの執事は現当主の愛人のような立場だったが、今ではすっか
りとルべリオ殿に侍るようになったようだ⋮⋮まぁ、あの執事もあ
まりまっとうとは思えんがね﹂
ガラティアの危険性にはやはり気が付いているようだ。何か僕が知
らない情報をつかんでいるだろうか?
﹁おそらく、数年のうちにランベルト家の状況は大きく変わる。今
の当主とはうまくいっているが、次の当主と必ずしもうまくいくと
は限らない⋮⋮それに、この国が安泰とも限らんからね﹂
最後の一言だけが、妙に規模が大きい。
﹁この国が、というのはどういうことですか?﹂
﹁東の大国ローダニアとの小競り合いが何年も続いているのは知っ
ているかね? パルミラやエブラムは前線から遠いから、あまり気
にしているものはいないが⋮⋮小さな領土の取り合いで、十年以上
続くというのはなかなかない﹂
東のローダニア。この国と領土争いをしている大国であり、ミヤビ
がかつてとらわれていた国。野心が強く、常にこの国を狙っている
⋮⋮というのが、この国で一般的に言われている事だ。もちろん、
あちらに行けば見方は逆転するのだろうけれど。
﹁僕は戦と政については素人です。何か、おかしいものなんですか
?﹂
﹁ジェンマ商会は、さすがに前線に近い首都の商会の連中とまでは
いわないが、ローダニアの商人とも取引をしている。お互い、戦争
ってのはあのくらいの小規模なものなら、かえって物が売れるよう
になったりもする。この十年で、物価は少しづつ上がったが、うち
もそれなりに利益を出させてもらっているよ⋮⋮ただ、うまく行き
過ぎている気がしてなぁ﹂
利を稼ぐことを是とする商人が、利益が上がり続けることに違和感
を覚えている。それがこの爺さん独自の嗅覚なのか、一般的な感覚

887
なのかはまだ僕にはわからない。
﹁エブラム伯は地位はともかく戦についてはそこまで名を馳せた方
ではないし、ランベルトやローランドのほうが騎士と兵士の数は多
い。今のままあと十年続いてくれるならそれはそれで、個人として
はどうかと思うが商会としては願ったりかなったりだ。だが⋮⋮そ
れも、変わらないという事はあるまいし、変わるとなればおそらく
とんでもない変わり方をするだろうね﹂
ルべリオとの会話を思い出す。彼は戦場での策をいくつも考え、実
際にどう作り出すかまでを想定している。確かに、彼が家督を継い
で自分の配下を指揮するようになったら、大きく変わるのかもしれ
ない。
﹁野心家は嫌いではないが⋮⋮ルべリオ殿は欲望の質が普通と違う
気がしてね。あれがよい方向に向くか、とんでもない大嵐になるか
⋮⋮たとえ一割でも可能性があるならば、そこに対して手を打って
おきたくなる臆病なたちでね﹂
⋮⋮もしかしたら、この爺さんは僕に忠告をしているのかもしれな
い。あるいは、情報を与えることによって僕の考え方をコントロー
ルしようとしているのかもしれない。だが、ジェンマ商会を預かる
本人がリスクを感じ、僕のような後ろ暗い人間を使ってでもオリヴ
ィーとの関係を深めようとしている。考えるべきは、僕とオリヴィ
ーがこの取引に乗ることにどのような利益があって、どのような危
険性があるか。
⋮⋮あとは、こちら側から何か提供できる情報は⋮⋮ああ。
﹁こちらからも一つ⋮⋮。ランベルト家の執事ガラティアさんです
が、西のパルミラの学院で魔術を学んでいた、という話も聞きます。
確かに、少なくとも一つ魔術を使います。邪眼⋮⋮なんて言われま
すが、他人の心を操る術を使うんですよ﹂
ジェンマ爺さんの顔が一瞬固まり、目線が動く。
﹁⋮⋮道理で﹂

888
何か、思うところはあったらしい。
お互いに、ある程度利害が一致するだろうことは予想が出来てきた
⋮⋮どこまでが真実か、お互いに隠したままではあるが。
見えない戦い:ウィスタリア︵★︶
﹁ガラティアさんに関して、何か思うところがあったんですか?﹂
 ジェンマ爺さんが片眉を上げる。おそらく、何か考えているのだ
ろう⋮⋮返答は直後に来た。
﹁なに、以前うちの重要情報が時々漏れていると思われるようなこ
とがあってな。損をするようなことではなかったが、気持ちの悪い
思いをしたことがあったよ。そう考えると納得がいくが⋮⋮まぁ、
疑いすぎも危ないか﹂
 明確な返答ではないが、おそらく爺さんの頭の中で過去にあった
事柄がいくつか結びついたのだろう。そして、そのうえでこの人は
僕が仕掛けた罠ではないかと疑っている。
 ただ、それでもわかるのはかなりの確率でジェンマ商会の中にも
操られている人物がいるという事だ。僕がランベルト家のメイドに
対して行ったように、本人に自覚があるとは限らないのが厄介なと

889
ころだろう。
﹁さて、まあ話題は変わるが、君は香炉や美術品など、ローダニア
の産物に興味はあるかい?﹂
 そういいながら、奥の棚から大きな地図に様々な工芸品、農産物
などの図が描かれた書類を取り出す。布袋から小さな香の塊と、金
属と石を組み合わせた香炉を机の上に置き、ゆっくりと火をつける。
 確かに、ローダニアでは香の文化が発達しているとは聞くが、程
度の違いこそあれこの国でも生産されているものだ。急に話題を変
えられて一瞬何かと思ったが⋮⋮彼の手の先に、それとは明らかに
違う小さな紙片がつままれているのが見える。密書、だろうか?
 ここまで用心深くしたうえで、声に出すことを警戒しているとい
うことは⋮⋮読んだらこの香炉で燃やせ、という事か。
﹁ローダニアですか、知識の上でしか知らないのですが、大国だと
聞いています。教会勢力が強いとか⋮⋮﹂
 そういいながら、地図をのぞき込み、工芸品を手に取る合間に黙
って紙片を受け取る。会話を続けながら、ちらりと紙片を見ると旧
市街の小さな飲食店のチラシと、何らかの符丁が記載されている⋮
⋮なるほど、今後は非公式な伝達ルートを持つという事か。これは、
今日話すことではない。
 ならば、今日の重要な話題はもう終わりという事だろう。ライラ
もそろそろ疲れてきている頃だろうし、あとは表の商売の話をして
帰るだけだ。
 何も言わずに紙片を香炉に落とす。薄い紙はあっという間に灰に
なる。
﹁君の魔法の品を量産することが出来れば、ローダニアとまではい
かないが、学術都市パルミラや首都イストレンに売り込めるんだけ
どね⋮⋮﹂
﹁いや、さすがにそこまで手を広げられるほどでは⋮⋮?﹂
 ふと目に留まったのは、地図に記載された一つの地名。この国で

890
はなく、東の大国ローダニアの国境から少し奥にある、山間の都市
ウィスタリア。
 どこかで見た⋮⋮いや、聞いたことがある名前だ。ここにダリア
がいてくれたらすぐに思い出してくれただろうに。あるいは、知識
量の豊富なサラやアスタルテが⋮⋮ん?
 思い出した、アスタルテだ。もう、ずいぶん昔のことのように思
えるけれど、最初に出会ったあの夜に、彼女は既に故人だった母の
ことを﹁ウィスタリアのアムローザ﹂と言ったのだ。
 わざわざ苗字を持つ程の家柄なんて、よほどの古い家柄でもなけ
れば貴族くらいしかいない。たいてい、小さな村や町では名前だけ
で事足りるし、同じ名前でも職業が違うからそれで済む。
 遠くの土地に旅するときに、生まれ故郷の名をつけて名乗ること
は少なくない。ウィスタリアのアムローザ、僕の母親が名乗ってい
たであろう名前。その地名が、この地図に記載されていた。
﹁⋮⋮ローダニアというのは、山がちな国なんですね﹂
﹁まあ、川で区切られているといっても結局のところ地続きだから
ね。あっちにも山の多いところはあるだろうさ。それに⋮⋮まあ、
あの国は魔物も多いと聞くから、国の面積は広くても、国力はこの
国とあまり変わらない⋮⋮といったところじゃないかな﹂
 魔物が多い。ああ、そうなのか。僕の顔色は変になっていないだ
ろうか。呼吸を意図的に整えるようにして、努めて明るい声を出す
よう心掛ける。
﹁僕が言うのもなんですが、この国は魔物が少ないですからね。あ
ちらはいろいろと大変なのではないでしょうかね⋮⋮魔族との戦い
とか﹂
 どうやら、この言葉は僕の昔の立場をネタにした軽い冗談と受け
取ってもらえたようだ。苦笑いと共に返ってきた答えは、予想通り
のものだった。
﹁なんでも、十数年前だかには国を挙げて魔族討伐に向かったなん
てこともあったようだよ。実際のところ、それが本当なのかどうか

891
はわからないし、政治闘争の手段だったのかもしれない。君として
は、興味があるのかい?﹂
﹁⋮⋮魔族と取引ができるかどうかはわかりませんからね﹂
﹁ふむ、君はなかなかに欲深いようだね。他国どころか、魔物とも
取引をする⋮⋮いや、君だからこそ考え付くことかもしれないな﹂
 それからの会話は、比較的順調に終わった。ランベルト家の対抗
馬であるローランド家の現当主の話題を聞いたり、月末に予定され
ている、エブラム伯の後継者としてオリヴィアをお披露目するパレ
ードの話などで軽く話をした程度で終わった。
 予想外の処で、予想外のことを知った。今そのことを考えるべき
ではないとわかっているのに、思考が乱れる。予想をしていなかっ
たと言えば嘘になる。だから、他のみなには秘密でディアナに調べ
させて板という事もある。だが、これでほぼ確定した。
 ミヤビをとらえた地下水路での取り乱した姿。ウィスタリア。母
と同年代に魔界に旅立った仲間の一人⋮⋮。もうあの国での地位は
失っているかもしれないが、アスタルテはローダニアの貴族だ。
◆◆◆
﹁どうやら、ジェンマ商会のご老人にしてやられた、という顔だな﹂
 昼食からの帰り道、こちらも少し疲れた様子のライラが声をかけ
てきた。そんなに疲れているように見えるだろうか。アスタルテの
ことで思考がまとまらなくなっているから、それを見透かされてい
るのかもしれない。
 アスタルテは何か目的があって、僕の処に来たのだろう。僕を王
にするというのは、本気なのかもしれないし、別の意図があるのか
もしれない。だが、どちらにせよアスタルテが今動く理由はない、
はずだ。
﹁ライラさん、そんなに疲れているように見えるかな? ⋮⋮まあ、
あの爺さんの相手をするのはえらく緊張するけどさ﹂

892
﹁君はもうちょっと年長者に敬意を払っていると思ったのだが⋮⋮﹂
 ライラとしては、そこはごく当たり前の感覚なのだろう。それは
まぁ、正しい。とはいえ、僕の感想は別だ。
﹁いやぁ⋮⋮あの爺さん、本当に食えない爺さんなんだよ。同じ商
売人として尊敬はするけど、取引先としては本当におっかないんだ
からさ⋮⋮ああ、本当に疲れた﹂
 そう言いながら、ようやく自分が本当に緊張していたのだと自覚
する。肩の筋肉がこわばっている辺り、自分の臆病さに呆れたり感
謝したりだ。
﹁ふむ、なるほどな。君に悪意があるとは思わなかったが、あのご
老人に本気で挑まれたらきっと肝が冷えるだろうな﹂
 ジェンマ商会がランベルト家に対して危機感を抱いているとか、
ガラティアがジェンマ商会に探りを入れているとか、目端が利く人
間だったり、商売や政を知る人間なら納得するだろうけれど、ライ
ラには言えない。
﹁そういえば、そっちはどうだったの?﹂
﹁私の方か⋮⋮皆には、親切にしていただいたし、ご婦人方にいろ
いろと話を聞かれたが、なんというか⋮⋮自分がもてなすのも上手
くはないのに、もてなされるのは更に慣れていないのでな。なんだ
か、見世物になったような気分といえばいいのか⋮⋮﹂
 予想通りだけど、こっちも苦労はしていたらしい。まあ商家の家
人とはいえ、商売の話よりは騎士の華々しい話を聞く方に興味が向
くのは当然だろう。それに、話術が巧みというわけではないけれど、
誠実でお節介焼きのライラは単純に人に好かれるのだ。
 ちょうどいい。先ほどジェンマ爺さんから知らされた店もこの近
くだし、少し休憩という形で寄ってみよう。
﹁お互いに、お疲れさまという事で⋮⋮ちょっと、休んでいかない
?﹂
﹁ああ、それは⋮⋮って、エリオット、君はこんな時間からこんな
ところで何を!?﹂

893
 急に、ライラが驚いたような声を出す。何か気に障る事でも言っ
ただろうか⋮⋮あ、そういう事か。
﹁いや、さすがに連れ込み宿はもうちょっと裏通りに行かないとな
いし、今回は普通に飲み物でも飲んでいこうよって言っただけなん
だけど。もしかして⋮⋮﹂
 最後だけは、少しからかうように囁く。
﹁ばっ、ば、馬鹿者、何を言っているかと⋮⋮!﹂
 小声で叱るように反論するが、目元が赤くなっている。普段が真
面目な分、こういう時の恥じらいは今でも新鮮で、そそるものがあ
る。取り急ぎ、目的の店で飲み物を買うと同時に符丁を伝え、商品
や釣り銭と一緒に小さな書簡を受け取り、店に戻る。ライラが起き
ている間は、この書面を確認することはできないし⋮⋮
 店に戻るなり、店内に刺客が潜んでいないか警戒するライラの後
姿を眺めながら扉の鍵を閉める。一通り確認を終えて戻ってきたラ
イラの背後に立ち、引き締まったお尻に腰を密着させる。もう、僕
は興奮している。
﹁なっ⋮⋮﹂
 何が自分のお尻にぶつかったのか、即座に理解したのだろう。慌
てた声が漏れる。耳元で、小さな声で囁く。
﹁あんなこと言うから、その気になっちゃったよ。今すぐしたいな﹂
﹁え、エリオット!? な、何を馬鹿なこと。今はまだ昼間だぞ!
?﹂
 再び、目元が羞恥で赤く染まる。言葉では拒絶しているが、その
言葉にも勢いがない。何か新たに言う前に、大きめだけど引き締ま
ったお尻をつかむ。
 予想通り、ライラの身体は逃げない。少し押して、店のカウンタ
ーの処に押しやる。鍵は閉めているので客は入ってこないが、ライ
ラは知る由もない。ゆっくりと手を進め、彼女の下半身の衣装を剥
ぎ取っていく。とはいっても、今彼女が着ている衣装は上下が分か

894
れている物だけではない。内側のスカートは後ろから持ち上げて、
腰の辺りに巻き込む形で留める。
﹁あっ⋮⋮しわになってしまう﹂
﹁ごめんね、あとで畳んでおかないと﹂
 そういいつつ、自分のズボンの腰紐をゆるめる。既に僕の準備は
できている。既に彼女の下着はわずかに湿り気を帯びているのが目
に見えている。質素な暮らしをいとわないライラだが、今回の会食
のためにそれなりの衣装を身に着けている。つまり、下着も手触り
の良い、少し刺繍の施されたものだ。おそらく、彼女にとっては貴
重な逸品だとは思うのだが⋮⋮我慢が出来ない。ペニスを股間にあ
てがい、こすりつけるように前後させる。すぐに、内側から愛液が
しみだしてきて下着を汚す。
﹁待って、いくらなんでも、ここだと⋮⋮﹂
 そんなことを言いながらも、カウンターに手をついて、まるで店
番をしているように立ったまま。僕よりも力は強いのだから、突き
飛ばせば終わるのに、それもできない。股間に張り付いた下着を指
でつまみ、横にずらす。既に温まったライラの入り口から愛液とわ
ずかな湯気が漏れ出す。
 腰を押さえつけるように軽く押し、尻を突き出させる。ゆっくり
とペニスをあてがい、彼女の中に挿入する。
﹁ああ⋮⋮入ってくる、こんな明るい時間なのに。こんなことして
しまって⋮⋮﹂
 腰から手を離し、困ったような、蕩けるような表情でつぶやくラ
イラの肩を引き、顔をこちらに向ける。上半身をすこしひねって後
ろを向こうとするライラに身体を合わせるようにして唇を奪う。
﹁ん⋮⋮はっ、んあ⋮⋮んぷ﹂
 しばらく唇や舌を絡めあい、ゆっくりと抜き差しを味わう。唇を
離したときに、ふと意地悪をしてみたくなった。
﹁あ、誰か店に入ってくるかな?﹂
﹁ひっ!?﹂

895
 効果は強烈。急に膣が締め付けられ、危うく精を搾り取られそう
になる。
﹁や、やだ、いけない、誰か入ってきたら見られてしまうじゃない
か﹂
﹁そうだね。見せつけてあげようか?﹂
 そんなことを言いながら、一気に動きを強める。再び腰をつかみ、
大きなストロークで腰を打ち付ける。ライラの上半身がついに崩れ
落ち、カウンターの天板に髪の毛が広がる。
﹁ほら、音が聞こえなかった? お城のサラさんかな? それとも
⋮⋮﹂
﹁や、やだぁ、許して、エリオット、お願い、はやく、はやく⋮⋮﹂
 その時、本当に店の前に誰かが訪れ、ノブを鳴らした。当然、鍵
はかけてあるので開くことはないし、この店の中は音が外に漏れに
くいように仕掛けをしてあるから、耳ざとい盗賊でもなければ中の
様子がうかがえるわけもない。だけど、ライラはそのことを知らな
い。
﹁見られる、見られちゃう⋮⋮っ!﹂
 彼女の膣内の動きがひときわ激しくなる。緊張のあまり締め付け
が強くなり、それを快感に置き換えてしまったのか、彼女は駆け足
で絶頂に近づいていく。ドアの向こうから、声が響く。音を伝える
魔具を仕掛けているため、ドアの外の音は内部によく聞こえる。
﹁もしもし、エリオットさん⋮⋮ライラお嬢様⋮⋮?﹂
 僅かに、聞き覚えがある声だ。確か、ライラさんの処の乳母だっ
たろうか。
﹁ば、ばあや⋮⋮っ!?﹂
 羞恥心、緊張、破滅的な未来への予測、そんなものが立て続けに
訪れて、ライラの身体はそれでもまだ貪欲に快楽を求めている。僕
もそろそろ限界だ。
 手を前に回して、ライラの口をふさぐ。
﹁今、外に出すと、ばあやさんが店に入ってきたら匂いでばれちゃ

896
うかも⋮⋮なかに出していいかな?﹂
 夜に何度も中に射精しているのだから、こんなことを聞くのは今
更だけれど、それでも彼女には昼の間に自覚して欲しかった。ガラ
ティアに操られ、強制的に発情する夜だけではなく、昼間にも、操
られていない状態のライラのままで僕に抱かれ、精を注がれること
を。
 声を出さないまま、彼女が頷くのがわかった。もう、我慢する必
要はない。
﹁出すよ、ライラの中に、思いっきり出すよ⋮⋮!﹂
 最後に、思い切り強く腰を打ち付け、出来るだけ奥に精液を注ぎ
込む。彼女の背筋がピンと伸び、半ば立ち上がった状態で止まる。
腰を抱き、倒れこまないように自分の方に引き寄せる。口に当てて
いた僕の手はいつしか彼女の口に指を差し込み、口の中をもてあそ
んでいる。
 衣服に包まれたままの上半身が、ぴくぴくと震える。
﹁⋮⋮お昼は出かけると言っていたから、まだ長引ているのかしら
ねぇ⋮⋮﹂
 声だけを残して、乳母が立ち去っていく。ライラの家は近いので、
あとでまた来るつもりなのだろう。それを伝えようと思ったら、彼
女の身体はゆっくりと力を失い、膝をつく。
 上半身を保持しておくこともできず、ゆっくりと床に肩を、頭を
下ろしていく。僕に捕まれていた腰の部分だけが高い位置に残り、
引き締まったお尻を頂点にした小さな山が形成されていた。
﹁ごめん、下着を汚しちゃったね。⋮⋮今度、新しい下着を買って
あげるから﹂
 とはいえ、その日は下着を買いに行く暇などなく。ライラは膣内
に僕の精液をため込んだまま、少しサイズが小さいダリアの下着を
僕から借りることになった。

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見えない戦い:乳母の願い事
 湯を沸かして、温めたタオルで体の汗をぬぐい、身支度を整えた
あたりで店の鍵を開けておく。
 それからしばらくして、ライラの乳母が再び店に訪れた。
﹁お嬢様、お戻りでしたか。エリオットさんも、お疲れ様ですねぇ﹂
 確か、ナンナさんだったか。既に初老といっても差支えないが、
歩くのが少し辛そうだという事以外はいたって元気だ。この老婦人
が、ライラの身の回りの世話をしているらしい。
﹁ばあや、どうしたの?﹂
 少し早口でライラが聞く。さっきの扉越しの情事を思い出してし
まっているのだろうか、少し顔が赤い。そして、ナンナさん相手に
なると彼女の喋り方が変わることに今更ながら気が付いた。
 普段は騎士としておかしくないよう、男言葉でしゃべっているこ
とが多い⋮⋮というか、しゃべり方そのものが堅いのだが、時々出

898
る女性的なしゃべり方はここで培われたのか。
 ⋮⋮子供のころに父親と兄を失い、それからはこの人が親代わり
だったのだろう。そりゃ、この人相手に堅い喋りが出来るわけもな
いか。
﹁お嬢様、今日は週一回の⋮⋮﹂
﹁あっ、そうだった﹂
 と、こっちを向いてどうしようという顔になる。あれは何か板挟
みになっている顔だ。付き合いは長くないが、考えていることが顔
に出るら非常にわかりやすい。
﹁何か用があるなら、それを優先してくれて構わないよ⋮⋮って、
僕がここにいるとそうもいかないのか﹂
 ライラがここにいるのは、主であるルべリオが奥の護衛を命じた
から。鉱山村のダンジョンマスターであったダリア︵と、ライラは
信じ込んでいるし、ルべリオ達もまだそう思ってくれていると思い
たい︶が情報を握っている僕のことを消しに来ると思っているのだ。
実際にはそんな危険はないのだけれど、それをライラが知る由もな
い。
 ⋮⋮ガラティアとルべリオは、そこまで単純に信じ込んでくれて
いるかはわからないけれど。実際、ライラを護衛につけているのは
僕の動きを封じるための牽制でもあるのだろう。
﹁やはり、大事なご用件なのですか?﹂
 詳しい事情を何も知らないナンナさんは、心配そうに僕の方を見
る。
﹁ううん⋮⋮条件を考えると、僕が一緒に行けばいいんだよね、ラ
イラさん?﹂
﹁しかし、店を開けたままにしておくのは⋮⋮﹂
﹁別に、毎日開けていなければいけないというものでもないよ。実
際に、今日はジェンマ商会にお呼ばれしていて店を開けていなかっ
たし﹂

899
 数秒考えて、ライラは僕に同行してほしい旨を告げた。行先は、
ライラの家。今日は午後から子供たちに読み書きを教える約束だっ
たのだとか。
◆◆◆
﹁こら、授業を受けるときはちゃんと座りたまえ。君たちが大人に
なったときに苦労をするんだぞ?﹂
 素直に言うと、そこは戦場のような騒ぎだった。大人が十人も入
れば座るのもつらいくらいのライラの家の客間に集まっているのは、
大きいところで十歳程度、小さいところではまだ畑仕事の手伝いを
するのも苦労しそうな子までいる。
 ここにいるのは、近所の子供と、エブラムの住人ではあるが、新
市街の貧しい︵といっても、都市内に住めるだけ恵まれているのだ
が︶家庭の子供たち。なので、お上品とはお世辞ですらいえない、
貴族階級ではない普通の子たちだ。
 教会の学校があるといっても教育には金がかかる。特に都市部で
は人の数が多い分、教育の機会を与えられる子は多くはない。エブ
ラムは大都市であるといっても、識字率がすごく高いというわけで
はないのだ。
 ライラが教えているのは、教会で教わるような訓話を中心にして
はいるが、要は基礎的な読み書きだ。文字が読めるだけでも、この
子たちの将来の可能性はぐんと広がっていく。いくら初歩の初歩だ
けとはいえ、それを本当にわずかなお礼のみで教えているというの
だから、貧しい家庭の親からしてみれば本当にありがたい話だろう。
 それに、ジェンマ商会でも思ったが、ライラはお堅いが、杓子定
規に物事を決めつけるようなタイプの堅さを持っているわけではな
い。不器用で真面目にぶつかっていくためか、もともとの人柄ゆえ
か、子供たちに好かれるのはここでも同じようだ。
 子供たちからすると、ここに僕という異物がいるのがすごく気に

900
なるらしくてさっきからチラチラと視線を感じる。何回か、具体的
にライラの恋人なのかとも聞かれたが、笑って流しておいた。なに
せ、こちらは商売人、この程度の鉄面皮はお手の物だ⋮⋮まあ、授
業が終わった後にはライラが子供たちにからかわれて顔を真っ赤に
するのだろうけど。
﹁エリオットさんは、このエブラムに定住されるのですか?﹂
 温かいお茶を出してくれたナンナさんがそんなことを聞いてきた
のは、授業が終わってから子供達に食べさせるおやつを準備し終わ
った頃。
﹁そうですね。商売が軌道に乗れば、他の都市に店を構えることも
あるかもしれませんが⋮⋮基本は、このエブラムに居を構えている
かと思いますよ﹂
 世間話に付き合うのも商人の基本スキル。それに、ライラの世話
役であるこの老婦人は単純にいい人なのだ。時間は過ぎるが、付き
合うのに何の苦労もない。
﹁こんなことをお聞きするのも野暮ですが、お嬢様はあなたのこと
がかなり気になっているようですねぇ﹂
 くすりと笑う。まぁ、ライラのことを昔から見ている人なのだ、
ライラがもうちょっと隠し事がうまくても、きっと隠し切れなかっ
たに違いない。
﹁彼女は騎士の身分、自分は生まれも育ちも確かではない平民です
よ。さすがにそれは⋮⋮﹂
﹁騎士をやめてしまえばいいのですよ。無理などせずに⋮⋮﹂
 小さい声でつぶやいたのは、たぶん僕以外には聞こえなかった。
﹁⋮⋮ナンナさん、なぜ、そんなことを?﹂
﹁お嬢様は、お亡くなりになったお父上の汚名をそそぎたいのです。
だから、争い事なんか好きではないのに騎士の身分にしがみついて
いる。でも、女が戦場で成り上がるのはむつかしいこと﹂
 子供たちに囲まれ、ころころと表情を変えるライラをいとおしそ

901
うに眺めつつ、言葉を続ける。
﹁婚姻をすることも、政治の一つとしては必要なのでしょうが⋮⋮
難しいことはわからないこのばあやにも、格式も、領地もないお嬢
様とは見合いをしてくれるような家はないだろうという事はわかる
んですよ⋮⋮もちろん、騎士の地位を狙って、地位を買う婚姻は存
在しますけど﹂
 それは、ライラ自身が蹴ってしまったと小さく笑う。
﹁騎士であることは、必ずしもお嬢様の幸せには結び付かないので
はないかと思うのです。だから⋮⋮騎士であることを捨て、家を捨
てたとしても、お嬢様が幸せになれるのであれば⋮⋮とは、思うの
ですけれどもね﹂
 そう、騎士であり続ける事、名誉を守り、家を再興することはラ
イラの悲願であり、彼女を縛り続ける呪いのようなものだ。だから、
この老女はライラにそのことを言えないに違いない。
﹁だから、僕に?﹂
 そう、ナンナさんはライラの心を変えることはできない。だから、
彼女は部外者である僕に期待しているのだ。
 ⋮⋮その期待に応えることは、多分できないのだろうけれど。
﹁ええ。エリオットさんはお嬢様が気を許している数少ない殿方で
すから⋮⋮それに、ジェンマ商会の昼食会にお呼ばれするほどの商
人さんならば、生活する力もあるのでしょうし﹂
 と、老女はくすりと笑う。ライラより茶目っ気はありそうだ。
﹁僕なんかと付き合うと、不幸になるだけですよ⋮⋮﹂
﹁あら、それを決めるのは殿方ではありませんよ。女の幸せを決め
るのは、結局のところ、本人がどう思っているかでしかないのです
から﹂
 そこで授業は終わり、ナンナさんとの会話はそこで途切れること
になった。
◆◆◆

902
 店に戻り、ライラに手伝ってもらいながら夕飯の準備をして二人
で食事をとる。ライラは騎士としての訓練か、ナンナさんの教育の
たまものか、想像よりは料理が出来るほうだった。
 軽く酒を進めて、酔ったところで唇を奪う。少し抵抗してきたけ
れど、それも軽い演技でしかなく、すぐに腕の中で蕩けていく。そ
の日何回目かの射精は、食卓の上で何度もライラの膣内に放たれた。
 疲れ切ったライラが眠りに落ちるのを確認して、睡眠薬を用意し、
お湯で割ったワインと共にライラの唇に流し込む。これで、しばら
く起きてくることはないだろう。
 ライラを寝室に寝かせて、動き出したら手元で警報が鳴るように
してから地下にこもる。久しぶりに⋮⋮といっても、大して日付は
変わっていないが、各所に連絡を取るのだ。
﹁⋮⋮魔物を動かしてほしい?﹂
 面食らったのは、まずこれだった。オリヴィアから開口一番言わ
れたのは、エブラムの周囲一日程度のあたりに、実際の被害は出さ
ない程度で魔物を出現させたいというものだった。
﹁今、こっちが嫌なのは兵力を隠したまま動かれる事なの。そのう
えで、ランベルト家は裏側の兵力を増やしていると思われる⋮⋮あ
なたの見たっていう、腕の多そうな密偵も含めてね﹂
 確かに、表の兵力がエブラムに周囲に派遣されるよなことがあれ
ば、都市内部で身動きがとれる兵力は減る。しかし、ランベルト家
はそもそも私兵を隠し持っていることは知られており、あの暗殺者
たちのような厄介な連中が他にもいるだろうことは予想できる。か
えって不利なのではないだろうか?
 そのことを問うと、オリヴィアとサラは答える。
﹁あんた、まだわかんないの? あんたが毎晩抱いてる女、どこの
誰だと思ってんのよ﹂
﹁⋮⋮あ、そういう事か﹂

903
﹁こほん⋮⋮騎士ライラは、真面目で馬術も優れた人だけど、その。
あなたの見張りとして常におかれていると私たちの行動に支障が出
るでしょう?﹂
 あ、オリヴィーがちょっとライラに嫉妬してるのがなんとなくわ
かった。立場上、彼女を抱くことが出来た回数はそう多くないから、
無理もない。⋮⋮正直言えば、今だって抱きたい気持ちはあるのだ。
手が届かないからこそ欲しくなるのかも知れないが、何とも言えな
い。
﹁サラ、あとでシロを向かわせるから、そっちでダリアたちと連絡
を。地下水路の状態はダリアがほぼ暗記しているし、大まかな魔物
の動かし方は君もわかるだろう?﹂
 アスタルテは神殿でずっと作業中。狙うべきところは既に相談し
てあるが、彼女の処にはなかなか連絡が取れない。深夜でも客をと
っている場合があるため、ドーラの体に憑依して会議をするのがむ
つかしいのだ。
﹁暗殺ギルドの方は、今のところチャナに依頼した研究の結果待ち
だけど⋮⋮﹂
 というところで、オリヴィーが言葉を挟む。
﹁厄介な状態になっているみたいよ。私が把握している限り、構成
員が二人殺されてる。末端とはいえ、もともと人が多いところでは
ないって聞くし﹂
 どうやって知ったのだろうと思ったら、町の衛視たちからの報告
を逐一チェックし、噂話を聞いて回った結果判明したのだという。
暗殺ギルドのメンバーリストをあらかじめ渡してあるとはいえ、顔
まではわからないはずだ。どれだけ地道な作業を続けているのだろ
うか。
﹁出来ることをしているだけよ。幸い、そういった資料を見ること
あできる立場にあるし⋮⋮それに、表からしか動けないなら、表の
世界でせいぜい相手を引っ張りまわして消耗させるしかない。私た
ちが生き残るためには、使える手は何でも使わないとね﹂

904
 ⋮⋮その言葉で、少し楽になった。ダリアもそうだけど、オリヴ
ィアも、僕が何かしなくても自分の考えで調べ、判断し、行動して
くれている。
 人食いダンジョンの魔物は、頭が一つだけではない。そのことが
実感できたことが、妙にうれしかった。
﹁出来るだけ、やってみよう。うまくいったら⋮⋮また﹂
 そのあとはジェンマ商会のことを伝え、作戦会議はわずかな時間
で終わった。各所に軽く連絡を回し、改めて布団に入る。ライラを
抱えたまま、朝までゆっくりと眠った。
見えない戦い:その首を落とせ
その日、騎士ライラは昼前に自宅に戻り、身支度を整えて湯浴みを
した。
湯浴みと言っても、よほどの富豪でなければ自宅に浴場など持てる
ものではない。
水利に恵まれたエブラムでは十年ほど前に公衆浴場が作られたこと
もあり、入浴の風習を持つ市民も多いが、一般的には水浴びをする
か、湯を沸かし身体を拭くのががせいぜいだ。
騎士とはいっても、領土も財産もない契約騎士のライラには、乳母
が沸かしてくれた湯と、清潔に洗われた乾いたタオルが用意されて
いるだけでも贅沢と言えた。
﹁お嬢様、もう出立されるのですか?﹂
﹁うん、街道沿いに魔物がでたという話があったから。せいぜい手

905
柄を立ててくるよ﹂
乳母のナンナは、彼女が仕える主であり、子供の頃から世話をして
きたライラがどのような事情でエリオットの店に数日宿泊すること
になったのかの詳細は知らされていない。
﹁お嬢様がわざわざ出なくとも、お家には他にも騎士がいるでしょ
うに⋮⋮それに、エリオットさんでしたか。ランベルトの若様はあ
の方を重用されているご様子ですし⋮⋮お嫌いではないのでしょう
?﹂
﹁なっ⋮⋮そ、それとは関係ないでしょう!?﹂
だからこそ、ナンナはエリオットとライラの関係に未来を垣間見る。
﹁あの方は荒事は点でダメそうですけれど、商売ごとは得意そうで
すし⋮⋮昨今、騎士も戦場だけでは生きていけないというではない
ですか。ばあやとしては、旦那様にするには悪くないと想うのです
けれど﹂
意識せずとも、ライラの顔が赤く染まる。複雑すぎる関係の相手で
はあるが、好意を持っていないわけではないし、何度も抱かれた快
感を身体が記憶しているのだ。
﹁その⋮⋮時間がないから、その話は後日!﹂
逃げるように出て行く女主人を、年老いた乳母は微笑みつつ見送る。
あの子がこんな風に微笑むことができ、年頃の娘のように顔を赤く
する事ができるなんて、去年までは考えることもできなかった。
﹁あの様子では、もう身体を重ねた事はあるようだけど⋮⋮お嬢様
はどう考えておられるやら﹂
連れ合いである夫はライラの兄と父親に同行し、戦場から帰ること
はなかった。ナンナが元々仕えていたライラの母親は体が弱く、産
褥で若くして命を落とした。
自分の子を産むことの無かったナンナにとって、ライラは主であり、
同時に自分の子も同然で、ささやかな幸せを願うのは無理もないこ
とだ。

906
﹁エリオットさんも、もう少し強引に迫ってくれれば良いのですけ
ど﹂
◆◆◆
ライラがランベルト家の門をくぐり、他の騎士たちとともに出立の
準備をすべく倉庫に向かおうとすると、執事のガラティアに呼び止
められた。
﹁騎士ライラ、貴方は後発部隊として明日の朝に出立となりました。
それに伴い、後ほどルベリオ様から指示があります。今夜はこの館
に泊まって行きなさい﹂
下働きも含めれば女官は多いが、武人としてこの館に詰めているの
は騎士のライラをのぞくと奥方の護衛をする女武官が少数いるだけ。
ライラが宿泊するというのは、すなわちルベリオの警護をすると言
うことだ。
﹁⋮⋮わかりました。ところで、エリオットの警護は今後⋮⋮﹂
﹁それは、貴方の考えるべき事ではありません。部屋で待機してい
なさい﹂
一言で会話を打ち切られ、ライラはわずかに苛立ちを覚える。女執
事はそれを気にする様子もなく言葉を続ける。
﹁貴方が護衛についた数日で、襲撃はありませんでした。これは、
おそらくあの魔物たちにとって急いで殺す必要がない⋮⋮我々に知
られて困るようなことは、あの男は知らないと言う事でしょう。そ
こに貴方を置く理由はもうありません﹂
それだけ言うと、興味をなくしたかのようにさっさと通り過ぎてい
く。
﹁⋮⋮﹂
小さく拳を握り込み、黙ったままライラはあてがわれている小部屋
へと入っていく。
使用人たちによって既に鎧などの準備は終わっていたが、ライラは

907
戦場で自分が命を預ける物に対しては自分で必ずチェックを入れる
事にしていた。
まず目を引くのが、数日前にルベリオが買い与えた魔法の剣。エリ
オットの店に置かれていた、彼女の収入では一年かけても買えそう
になかった、軽量でありながらも通常よりも堅くしなやかな、守り
に長けた長剣だ。お抱えの彫金師が鞘にランベルト家の紋章を彫り
込んでおり、略式ながらも見栄えは悪くない。
自分の物となった魔法の剣をためつすがめつしつつ、他の装備の確
認もしていく。女騎士である彼女を快く思わない騎士は少なからず
いる。くだらないことだが、装備に小さな細工をされたことも一度
や二度ではない。
幸い、今回はなにも細工はされていない。それに、手袋はエリオッ
トから宣伝用に貸し出された物を持ち歩いているので、これは細工
のされようがない。
﹁⋮⋮手袋に、籠手に、剣に⋮⋮このままだと、エリオットの作品
に下着以外の全身を包まれそうだ﹂
つぶやいた瞬間に、昨夜までの情事を思い出してしまい顔を赤くす
る。
一体、自分はどうしてしまったのだろう。確かに、嫌いではなかっ
た。男性としては、好ましく想っていたことは違いない。それでも、
エリオットにはダリアがいて、自分とは関わりがないと考えていた
はずなのに。気がつけば、まるで娼婦のように自分からエリオット
の腰にまたがって⋮⋮
その後、エリオットが積極的に求めてくるようになっても、その時
の負い目と、エリオットからダリアを奪ってしまったのは自分なの
だというわずかな罪悪感が彼女にエリオットを拒ませなかった。
ランベルト家の中で、ライラを仲間と認める騎士は多くなかった。
ルベリオはそのあたりを気にする事もなかったが、決して優しいわ
けでもなかった。いくら子供の頃はともに育ったからと言って、処

908
刑された罪人の子である自分を優遇するわけがないとは理性ではわ
かっていたし、それは時折ルベリオの夜伽を勤めるようになってか
らも変わることはなかった。そして、自分がエリオットを喜んで受
け入れてしまった事を認めるには、ライラは生真面目すぎた。
﹁⋮⋮父様、兄さま。家を取り戻すまで、もう少しです⋮⋮﹂
あのとき、何年ぶりかにルベリオがかけてくれた、騎士としての自
分を認める言葉。領土を戻し、家を再考する。それは、ライラの悲
願であり、彼女にかけられた呪い。
そのために、すべてを犠牲にして生きてきた。女としての幸せを求
めることなど、あのときからとっくに諦めていた。せめて騎士とし
て、領民たちを守り、誇り高き騎士の道を歩み、父親の不名誉をは
らすことだけが、十歳のライラが自分にかけた呪いであり、誓い。
既に、両親の顔も兄の顔もぼんやりとした記憶の中にしか残ってい
ないのに、そのことだけは今もライラの中で霞むことはなかった。
◆◆◆
﹁帯剣して入室せよとのことです﹂
使用人がライラを呼びにきたのは、夕方の会合が始まるにはやや遅
い時間だった。出発は明日だというのに、剣を持てとは珍しい。馬
上試合の前のように、儀礼的に剣を打ち合わせたりするのだろうか
などと考えながら、ライラは館の中を歩く。
部屋に向かう通路の途中で、他の騎士にすれ違うことがないことに
気がつき、使用人に確認する。
﹁他のみなさまは、半時ほど前からお集まりですが⋮⋮﹂
なにやら怯えた様子の使用人にそれ以上聞くこともできず、広間に
入る。
騎士たちが集まり、軍議を行ったり酒盛りをしたりする部屋だ。武
装して集まることが多いため、絨毯が敷かれた客間などではなく、
石板が敷かれている。

909
扉を開けた瞬間に、むっとするような熱気と、ここ数日でかぎ慣れ
た臭いが鼻を突く。
﹁ライラ、来たか。お前が後から呼ばれた理由は、見ればわかるだ
ろう﹂
部屋の奥、一段高いところにある椅子に腰掛けたルベリオが声をか
ける。
ルベリオとライラを挟む部屋の中には、武装を解き、全裸・半裸の
騎士たちがいた。そして、その中央に倒れているのは、精液まみれ
になった一人のメイド。たしか、洗濯室の女中だ。お仕着せのメイ
ド服はずたずたにやぶれほぼ半裸といっていい状態になり、肩で切
りそろえられた赤毛が乱れ、顔も髪の毛も精液と血にまみれている。
顔を殴られたのか、頬は腫れ、口からは精液だけではなく血も流れ
ている。
﹁これは一体⋮⋮!?﹂
部屋の壁際に立っていたもう一人の女性、執事のガラティアが言葉
を返す。
﹁この女は、他の勢力から金を受け取り、様々な情報を流していま
した。魔法で監視をする道具を仕掛けたのが発覚し、こうなってい
ます﹂
騎士たちの一部は、ライラを見てわずかに気まずそうになり、大半
は気にしていないか、にやにやと笑いを浮かべている。
﹁なに、罰を与えるのも勤めと言われてはなぁ﹂
﹁ライラ卿には、この役目はつとまりませんからな﹂
一瞬、頭に血が上りかける。主君を裏切る行為は許すわけには行か
ないが、このような暴行を加えるのが騎士だというのか。しかし、
それはガラティアの計らいだろうけれど、彼女の主であるルベリオ
の許可の物と行われたのは明白であり、彼女はそれに文句を言うこ
とはできない。
﹁⋮⋮これが尋問だとしても、もう少しやり方という物があるので
は無いでしょうか﹂

910
感情を抑え、それだけつぶやく。
周囲の騎士たちが馬鹿馬鹿しいと言うかのようにライラを眺めるが、
彼女はそれを気にしないことにした。実際に、このメイドは殺され
てもおかしくないのだ。
﹁⋮⋮ローランド家に雇われた、と白状したよ﹂
ルベリオの言葉に、ライラも言葉を失う。ローランド家はランベル
ト家と張り合うエブラムの名門の一つであり、荒っぽい気風で知ら
れる一門だ。勢力もそれなりに強く、正面から争うとなると、負け
ることはないとしても被害は大きいだろう。
﹁真実だとしても、虚偽だとしても、今仕掛けるわけにはいかん。
奴らも証拠を残すほど愚かではないだろうし⋮⋮この女の証言に信
憑性などは求められん﹂
既に、抗争をした場合の想定は済んでいるのだろう。エブラムの都
市内で都市貴族同士が抗争を始めれば被害を被るのは市民だし、エ
ブラム伯の動きによっては両家ともペナルティを被る可能性は低く
ない。
﹁確かに⋮⋮しかし、今回の会議は明日からの都市周辺の魔物退治
の話だったのでは?﹂
﹁それは、ある程度決まっている。おまえたちは指示に従い従軍し
てくれれば良い。これは余興にすぎんよ。ランベルトの一門は揺る
がぬと、皆が確認するためのな⋮⋮さて、ライラ﹂
ルベリオの声は、大きくはないがしっかりと響いた。
﹁他の男たちは、既にこの女に罰を与えた。この女にはもう利用す
る価値がない⋮⋮最後はお前だ、その首を落とせ﹂
﹁なっ⋮⋮!?﹂
ライラの顔が引きつる。予想できなかったわけではない。だが、実
際にそうなって納得できるものではない。
殴られて顔は腫れているが、決して器量が悪いわけではなかった。
あまり接点があったわけでもないが、この館の人間の顔は大体覚え
ていた。確か、グレイスと言っただろうか。

911
﹁や⋮⋮たすけて、殺さないで⋮⋮おねがい、なんでもします⋮⋮﹂
十人程の男に犯され、暴力を振るわれた哀れな間者。こんな事にな
るとは考え付かなかったのだろうか。それとも、それを覚悟してい
たのだろうか。
逃げようとしても脚が折れているのか立ち上がることもできず、腕
の力で上半身を起こし、身体を引きずるようにして少しでも遠ざか
ろうとする。しかし、周囲を囲む騎士たちに阻まれ、すぐに追い詰
められてしまう。
感情をどこかに置き忘れたような顔で、ライラが剣を抜く。
僅かに、切っ先が震える。
﹁ライラ、その女は裏切り者だ。お前には、わかるだろう﹂
ルべリオが発したその言葉には、何の感情もこもっていない。それ
でも、周囲の騎士たちは笑みを浮かべる。裏切り者であり、戦場で
処刑された親を持つライラの顔を見る。
﹁お前はランベルトの騎士だ。だから、私のために剣を振るえ﹂
ゆっくりと、切っ先が持ち上がる。
﹁お願い、助けて、たすけて、ころさないで、いや、いやっ!﹂
ライラの口から、小さく言葉が漏れる。
それは、死の恐怖におびえたメイドにも、周囲でにやにやと笑いな
がら眺めている騎士たちにも届くことはなかった。
﹁裏切りは、許されない。騎士として、許すことは⋮⋮できない⋮
⋮私は、私は⋮⋮﹂
一閃。
悲鳴は途中で寸断され、広間の壁の向こうに届くことはなかった。
グレイスの首は天井近くまで跳ね上がり、血しぶきをまき散らしな
がらライラの脇に落ちる。身体は床にたたきつけられ、少しの間ビ
クンビクンと痙攣していたが、糸の切れた人形のように動かなくな
る。
切断面から血が溢れ出し、床を赤く染める。血臭が部屋にあふれる。
﹁見事!﹂

912
﹁おお、悩むかと思ったが、やるではないか﹂
男たちはライラに喝采を浴びせ、その剣の腕前を湛える。
ライラの表情は、凍ったように動かない。
﹁騎士たちよ。この通り、騎士ライラは我らの同胞であり、忠実な
るランベルトの騎士だ。疑う必要はない﹂
ルべリオが声をかけると、男たちは衣服を羽織り、戻り支度を始め
る。
﹁明日の出立は、夜明けから一刻ののち。今宵は早めに休まれると
よいでしょう﹂
ガラティアが騎士たちに声をかけながら、使用人を呼び出し、つい
先ほどまでメイドだった死体の処理を指示する。
ルべリオが立ち上がり、ライラの前に立つ。
﹁見事だ、ライラ﹂
﹁ルべリオ様、私は⋮⋮﹂
そこでようやく気付いたのか、ライラが顔を上げる。
﹁今宵の伽を命じる。剣はガラティアに命じて清掃などは行わせて
おく。体を清めて、すぐ俺の部屋にこい﹂
913
見えない戦い:嫉妬
 何度、絶頂を迎えただろう。何度、精を打ち込まれただろう。
 女のことを考えてもいないような、それでも多くの経験を積んだ
だろう、壺を得た乱暴な愛撫はライラの身体に押し流すような快感
を与えた。
 男の物に奉仕し、従う事の喜びは、この数日間エリオットに開発
されたことでより強く感じるようになっていた。
 エリオットは節度をわきまえた絶倫だと思ったが、ルべリオは節
度など関係のない絶倫だった。疲れ切るまでライラを抱き、気が向
いたら眠り、ライラが眠りに落ちた後も気まぐれに再び抱いてくる。
そこには、ライラの意志は関係していない。ルべリオは、ライラの
焦がれる男は、女を抱くときに指示を出す以上の言葉もかけない。
何度も絶頂に導かれながら、そのことだけが寂しく感じた。
﹁ライラ、エリオットはどうだった?﹂

914
 そう聞かれたのは、何度目かの交わりを終えた明け方近くなった
頃だった。呼吸を整え、返事をしようとしていたが、顔がわずかに
赤くなるのがわかった。今抱かれた相手に、前に抱かれた相手のこ
とを聞かれた経験など、ライラには当然ながら無い。
﹁悪くは思っていないようだな⋮⋮。いずれお前は、またあいつの
処に戻すことになるかもしれん。既に抱かれたようだが、咎める気
は無い。むしろ、お前があいつを繋ぎ止めることが出来るならば、
それもいい﹂
 何を言っているのか、理解するまでに時間がかかった。
﹁あの男は、まだ完全に信用するわけにはいかない。だが、手放す
のも惜しい。お前があいつを飼い馴らすことが出来るのであれば、
お前の家にあいつを迎え入れて家を再興するのも一つの考えだな⋮
⋮騎士としてはお前が出ればよいし、あいつは戦えないだろうから、
家の発展に尽くさせればいい﹂
 家の再興。それは、ライラが小さなころから焦がれてきた願い。
そして、エリオットを婿に取るというのは、ナンナも勧めてきたこ
と。偶然とはいえ、お膳立てはできていた。何より、誰もがライラ
はエリオットのことを好いていると考えていたし、それは決して嘘
ではなかった。
 昼前には出立なので、夜明け前にはライラはルべリオの寝所から
自分の部屋に戻る。昨夜メイドを斬り捨てたあの剣は、きれいに手
入れされた状態で戻されていた。鎧も手入れが行き届き、支度品は
すべてそろっている。今までにないような手厚い扱い。
 それなのに、ライラの顔は色を失っていた。
﹁ルべリオ、我が主よ︽マイロード︾⋮⋮私は、あなたの騎士だ。
あなたの命に従うことに、何の異議もない。家のことを考えてくだ
さっているのも、わかる、けれど⋮⋮﹂
 何度も彼女を抱いた、魔道具屋の店主の顔が浮かぶ。ライラは確
かに、あの男に惚れてきている自分を自覚していた。ダリアに対す

915
るわずかな罪悪感と、エリオットに惚れているのだろうブレア家の
魔術師に対する、自分が抱かれたことへのわずかな優越感。彼は魔
物であるダリアに操られていた被害者で、才気あふれる魔道具の作
成者で、何も落ち度はないはずなのに⋮⋮
﹁エリオット⋮⋮私は、お前をつなぎとめるための道具なのだな。
騎士ではなく、女としての価値を認められて⋮⋮あの人は、私より
も、お前を手に入れたがっているんだな⋮⋮﹂
 誰にぶつけられるわけでもない。表に出してよいものでもない。
自分でも、決して認めたくなどはなかったけれど、とめどなく暗い
感情が溢れ出す。
 その感情は、嫉妬。騎士ライラは、エリオットに対して嫉妬して
いる事を自覚した。そして、それを認めることが出来ずに、抑える
こともできずに、ただ、声を殺して泣いた。騎士として戦場に出る
ようになって以来、ずっと我慢していた涙が抑えられずにいた。
 以前はエリオットの胸で少しだけ泣いて、今、同じ男への嫉妬で
再び。遠くで鶏が鳴き、朝の訪れを告げる。しばらくの間、朝の祈
りも忘れてライラは泣き続けた。
◆◆◆
﹁口さがない宮廷雀には、オリヴィアはここ最近ハーレムを作って
るなんて言われてるのよ﹂
 サラの家。久しぶりの逢瀬の跡、サラの一言でお茶を吹きだしそ
うになる。しかも、その原因には心当たりがあるのだ。だけど⋮⋮
﹁オリヴィアは女性なのに?﹂
﹁同性愛を疑われてるわね。そのせいで、私の処にも影響が出てる
んだから﹂
 確かに、宮廷に敵が多いオリヴィアはサラと一緒に行動している
ことも多い。しかも僕に会いに来うため頻繁にサラの家に来ている。
サラとオリヴィアが同性愛者だというのは、確かに一時期噂になっ

916
ていたらしい。
﹁で、あんたが調べてきた情報で動くと、それが強化されるのよね。
今度のローランド系の下級貴族の娘とか⋮⋮冗談抜きで、オリヴィ
アにぞっこんになってるみたいよ?﹂
 何をしたんだ、オリヴィー⋮⋮?
 とはいえ、その指示を出したのは僕でもある。ライラの記憶を読
んだときに、ルべリオが強引に犯して弱みを握っている女性のこと
がわかった。
 それは、ランベルト家とは対立しがちな都市貴族ローランド家に
与する下級貴族の娘。最近まで姿勢にいたオリヴィアとは違い、そ
の年頃でずっと貴族として暮らしていたならば、婚約者ももう決ま
っているのだろう。そんな娘を犯すという事は、表ざたになればか
なりの大事。おそらくは、ガラティアが記憶を封じているか、逆に
脅して秘密にさせているのだろうと予想していた。そして、家の格
を考えると、表ざたになった場合つぶされるのは娘の家だ。
 あの二人は、楽しみのためだけにはそんなことをする相手ではな
い。特にルべリオはそうだ。では何のために?
 ランベルト家がローランド家に対して探りを入れさせるために、
弱みを握ろうとしているのではないかと予想し、そのことを調べら
れないかと話をしたのは僕だ。それからしばらくして、こういう話
を聞いたという事は、オリヴィアはうまくやったのだろうけれど。
﹁他にも、いるの⋮⋮?﹂
 興味半分、恐れ半分で聞いてみる。オリヴィアが他の男に⋮⋮と
いうのはちょっと怖いが、オリヴィアが他の女性をというのは正直
想像すらしていなかった。ただ、僕とオリヴィアはよく似ていると
いう事を考えると、納得できてしまいそうなのが何とも言えない。
﹁以前、神殿がらみで助けた若い神官の女の子はあれ以来オリヴィ
アの処によく来るようになったわね。もっとも、公にはなっていな
いけどあの子もひどい目にあわされていたのを助けたから、オリヴ
ィアの処以外では居場所がないのかもしれないけど﹂

917
 その事件は僕らも一枚かんでいて、後処理をすべてオリヴィアに
任せてしまった形になっていた。結果、オリヴィアは神殿への影響
力を少し増やしたという事で、アスタルテをこっそりと本物の神殿
に忍び込ませたりもさせてもらっている。
﹁神官の娘、下級貴族の娘、それに魔術師のサラ、か。なかなか豪
華なハーレムだね﹂
 笑い話のように言っているが、おそらくオリヴィアはある程度意
図的にその噂を許容している。あるいは、反発を受けない程度に強
化しようとするだろう。貴族たちの若い娘から支持を得るというの
は、トラブルの可能性も付きまとうが決して悪いことではない。
﹁おかげで、貴族の若い娘たちの間でオリヴィアの人気が上昇中よ。
背が高いわけではないけど、聖堂騎士として戦場にも出ているから
男役としても適任だろうし⋮⋮あんた、気を抜くとその辺の娘にオ
リヴィアを寝取られるかもね﹂
﹁⋮⋮もしそうなったら、オリヴィーは寝取る側に回ると思う﹂
﹁あー⋮⋮それは言えるかも。あたしもあんたからオリヴィアに乗
り換えようかしら? ⋮⋮情婦の数、そのうちに追い抜かれたりす
るかもしれないわね?﹂
 久しぶりの他愛ない会話。既に一度サラの膣内に精を放っており、
ベッドの上でじゃれあったまま他愛ない会話を続けている。そして、
いつの間にか話は本題に移る。
﹁パレードまで、残りの日数は多くはないよね。ランベルトが仕掛
けてくるなら、まず間違いなくそこだと思う﹂
﹁オリヴィアはローランド家の若様に働きかけて、ローランド家と
ランベルト家で警備の華やかさを競わせるつもりみたい。要するに、
表側の兵力を釘付けにしたいってところね。裏側だけでも大変なの
に、表の兵力も動員されたらたまらないってことで﹂
﹁狙うとすれば、裏側の戦力での暗殺だろうから、表の兵力はどこ
撫で影響するやら⋮⋮とはいえ、道の封鎖とかに使われると、地味
に厄介か﹂

918
 この都市には何本もの道と水路が走っている、騎士や兵士が表だ
って攻めてくることはないが、通行を禁止する騎士たちが、暗殺者
が通る道や隠れる場所を結果的に保護しているなんてことは十分に
あり得る。
﹁正確な地図は相手側も所持していることは間違いない。地下水路
の情報は、暗殺ギルドに最初の地図を渡したのがあいつらだろうこ
とを考えると、ある程度把握はされていると思うけど⋮⋮﹂
﹁情報を最新のものに更新してはいない、ってところでしょ? ミ
ヤビやディアナを見てる限り、あまりそういうことに気を使わなそ
うだし﹂
 僕が殺したアラクネも、そういう事務仕事に気を使うタイプでは
ないと思われた。ただ、それを期待して動きを決めるのは少し危う
い。
﹁まぁ、そこは期待するしかないね。リスクは大きめに考えておく
べきだけど﹂
 ベッドから降りて、サラが台所に向かう。例の短杖を持って、贅
沢なことに魔法でかまどに火をつけている⋮⋮横着にも程がある。
﹁サラ、その杖って代わりは聞かないのかい?﹂
﹁んー⋮⋮学院でもらった、火の精霊と契約したものだからね。も
っと長く学院にいれば、他の精霊とも契約したり、もっと立派な杖
に移し替えることもできたかもしれないけど﹂
 早くも湯が沸く音が聞こえてきた。火力を調節する事も出来てい
るのだろう、これがどのくらい凄いことなのかは判断が付かないが、
サラの技量は確実に上昇している。
﹁精霊の契約って、宝石に封じるって聞いたことがあるけど⋮⋮﹂
﹁そうよ、本来意志を好むのは大地の精霊だけなんだけど、宝石に
は種類によって精霊の好むものがあるの。たとえば、あたしが契約
している火の精霊なら大抵は紅玉ね。ざっくりいうと、色とかイメ
ージが近いもの、って言うべきかしら﹂
 なるほど、紅玉はそれなりに高価なものではあるが、小さいもの

919
なら今の僕には容易に入手できる。というか、倉庫の中に小さい欠
片ならいくつか転がっているはずだ。
﹁なるほど⋮⋮その契約を別の紅玉に移し替えたり、別の火の精霊
と契約をするという事は可能?﹂
﹁また何か悪巧み? そうね、ちょっと時間がかかるけど、今のあ
たしなら出来るわよ。⋮⋮正直、火の精霊と相性が良すぎただけで
他の精霊とも契約ができないわけではないし。今なら、魔力的にも
う一人の火の精霊と契約することも可能かもしれない。これはメリ
ットがないだろうけど﹂
 少し考え込む。以前オリヴィアが指示した、ランベルト家への攪
乱。あれを考えると、もう一手ここで打っておくのは悪くない。
﹁サラ、明日もう一度来るから⋮⋮﹂
 そう言っていると、急に隠し扉が開いた。
﹁えっ!? ⋮⋮ちょっと、サラ。家の中だからって下着くらい身
に着けたほうがいいわよ?﹂
 出来てきたのはオリヴィア⋮⋮と、どこかで見覚えのある少女。
道を覚えさせないためだろう、目隠しをしている。思い出した、ラ
イラの記憶の中で見た、ルべリオに犯されていた娘だ。
﹁オリヴィア様、やっぱり魔術師様と⋮⋮ひっ?﹂
 オリビアの指示で目隠しを外して、周囲を見渡しているうちにこ
ちらに気が付いたのか、小さく悲鳴を上げてオリヴィアの手を握る。
不審者を見る目というよりも、もっと露骨な恐怖心を持っているよ
うだ。
﹁ああ、その人は大丈夫。私の友人なの⋮⋮って、エリオット、服
着てよ。うら若き女性の前なのよ?﹂
﹁せめてノックくらいしてくれよ、オリヴィー。こっちにだって準
備ってものがあるんだ﹂
 上着を羽織り、背中を向けて下着を身に着ける。既に男に犯され
ていることを知っているからと言って、この辺の礼儀を失する必要
もない。

920
 サラが薬缶に水を継ぎ足し、四人分の茶が用意される。急いで用
意された、茶菓子もろくにない茶会が始まった。
﹁紹介するわ。あなたも知ってると思うけど、こちらは私に使えて
くれている魔術師のサラ。こっちの男性は、私の古い友達で⋮⋮あ
なたを診てくれる魔術医のエリオット﹂
 魔術医? 何言ってるんだ⋮⋮と思ったが、視線で今は合わせる
ように言っているのがわかった。とりあえず黙ってにこにこしてお
くことにする。医者と言われたからには、偽物でもそれっぽくふる
まっておくとしよう。
﹁お医者様⋮⋮なるほど、だからお姉さまはここに﹂
 お姉さま⋮⋮なのか。サラから聞いてはいたけど、笑いをこらえ
て少しいかめしい顔になる。
﹁ええ、ここなら何があっても知られることはないから、あなたを
診てもらうには最適なの。街中に出てお医者様に行くのを見られる
と困るし⋮⋮この人たちは、口が堅いから信用していいわ﹂
 ああ、読めてきた。僕が引いた図面をもとに、オリヴィアはこう
いう風に話を進めたのか。
﹁ええと⋮⋮お初にお目にかかります。家の名は明かせませぬが、
わたくしのことはニナとお呼びください﹂
 サラは自分が呼ばれているわけではないのを察し、早々と注意を
他に向けた。具体的には、僕が設置した目を使って周囲の監視をし
ているのだが。
﹁よろしく、ニナ。先ほど紹介いただいたエリオットです。僕の処
に来るという事は、何か体の調子にすぐれない所でも?﹂
﹁その⋮⋮﹂
 赤面し、固まってしまう。わずかながら、指先が震えているのは
ルべリオに強姦された時のことを思い出しているからだろうか。ニ
ナの手にオリヴィアが手を添えて、改めて説明する。これは、オリ
ヴィアとしては初めから狙っていたことなのだろうか。
﹁エリオット、あなたにお願いしたいのはこの子が妊娠していない

921
かどうかを確認して欲しいの﹂
 ⋮⋮確かに、リリを魔物にしたときのことは伝えてあった。おそ
らくはそこから、僕ならばニナの体内に新しい命が宿っているかど
うかを調べることが出来ると踏んだのだろう。しかし⋮⋮
﹁調べることはできるけど⋮⋮。いいのかい? 男性に対して恐怖
心を持っているみたいだけど、僕がそれを調べる方法をこの子は知
ってるの?﹂
 オリヴィアが困ったような顔をして、ニナの肩を抱く。
﹁ニナ、あなたにとっては辛いことかもしれないけど。エリオット
に気持ちよくしてもらう必要があるの﹂
﹁えっ⋮⋮でも﹂
 それはそうだろう。どうする気なんだ?
﹁大丈夫よ、ニナ。私も一緒にしてあげるから﹂
 その言葉で、ニナはわずかに顔を赤らめる。オリヴィアの胸に顔
をうずめ、お姉さまとなら⋮⋮などと小さくつぶやいているのがわ
かる。オリヴィアに向けた僕の視線は割と冷淡だったように思うが、
オリヴィアはにこやかに笑った。あ、もしかしてそっちも目的か。
﹁エリオット。私とこの娘をよろしくね﹂
 そこにいるのは、頼もしくも心強い僕の相棒。魔物ではなくても、
人食いダンジョンの魔物の頭の一つ。おそらくは、半分は本気でこ
の娘に同情しているのだろう。だが、残り半分はそうではない。
 僕はルべリオの狙いを妨害することを目的として、オリヴィアに
情報を流した。どうやら、その先の目的を見つけているらしい。
 詳しい話は、またあとで聞かせてもらうとしよう。
922
見えない戦い:傷物の娘
 ニナを落ち着かせるように色々と話しかけつつ、オリヴィアはこ
ちらに聞こえるように彼女が犯された状況を確認する。
 ニナの父親はローランド家の遠縁である下級貴族で、偶然ではあ
っても、ニナはローランド家の長女の学友だった。彼女は一応の格
闘技や剣術は習っているらしいが、おそらく僕よりは強い程度でし
かないのだろう。
 学友であるローランド家の長女ノーラは男勝りで活発な娘だとい
うことで、気弱そうでおとなしい、どちらかというとオリヴィアに
近いこの子はノーラの脇に控えるような形で、仲の良い学友として
過ごしているようだ。おそらくは、親も将来的には宮廷でその位置
に着くことを望んでいるのだろう。
 彼女の家の主君筋であるローランド家とランベルト家は対立して

923
いるが、彼女の家は家業の関係もあり、ランベルト家とも取引があ
って両者の中間にいるような形となっていた。その関係で、ランベ
ルト家から誘いがあり、断りきれずに短期の行儀見習いとしてラン
ベルト家の女主人に仕え始めたのが一月ほど前のことだった。
 しばらくの間は、何もなかったようだ。ともに武門であってもラ
ンベルト家はローランド家に比べるとまだ文官の多い家系で、書物
を読むのが好きな彼女は貴族たちの私塾に通うことも許されていて、
比較的穏当な生活を送っていたはずだった。突如、ルベリオの夜伽
を命じられ、強引に犯されるまでは。
 夜伽を拒否し、刃向かっただけでひどく殴られたという。確かに、
化粧で隠しているが顔にわずかに痣が残っている。痣はそのうち消
えるだろうが心の傷は治るまい。
 当然のように、ニナは処女だった。ローランド家の計らいで、友
好的な都市貴族の男性と婚約しているが、この事実が知られたら婚
約は破棄される可能性も高い。それに、彼女が原因でランベルト家
とローランド家の抗争を引き起こすことになる。それは、心優しく
気の弱いニナにはできることではなかった。
 実の親にすら相談できず、ニナは追いつめられ、ふさぎ込んでい
た。
 ローランドの一門はランベルト家と比べても尚武の気風が強く、
荒っぽい。これが知られたら両家の間で武力抗争が始まるのはまず
間違いなく、一方的に相手を滅ぼしでもしない限り、仕掛けた側が
後々不利になるのはわかっている。それが理解できてしまう程度に、
彼女は頭が良かった。そして、それを回避する方法は彼女の親族ご
といなかったことにしてしまうことだ。誰かがその手段を選ぶ可能
性は低くはなかっただろう。
 仲の良かったノーラとも顔を併せにくくなり、宮廷に間借りして
いる私塾の片隅でふさぎ込んでいるところに訪れたのがオリヴィア

924
だった⋮⋮と言うわけだ。
﹁オリヴィア様に、相談に乗っていただいて⋮⋮最初は、ブレア家
の方に言えることでもないと想っていたのですが、お姉さまは元々
貴族ではない育ちで、そう言うことは何度か見てきたと⋮⋮﹂
 小さな声で言葉を紡ぐ旅に、頭の左右で三つ編みにされた髪の房
が小さく揺れる。ああ、下級貴族とはいえど、箱入り娘なのだ。オ
リヴィアがその手のことを普通より知っているのは事実だけど、庶
民の生活も社会も知らないのだ。だから、知識はあってもあっけな
く騙される。⋮⋮とはいえ、情報をあらかじめ仕入れてから近づい
たオリヴィアを疑うのは難しいだろうけれど。
 そう言ったことを、確認するようにニナと話しつつ、オリヴィア
が少し照れた感じでこちらに向き直る。
﹁さすがに、人前で話せるようなことではなかったから⋮⋮ブレア
家に迎えられる前に私が使っていた部屋に来てもらっって、相談す
ることになったんだけど﹂
﹁あの、ちょっとびっくりしましたけど、知識の上ではそう言うこ
ともあるって知ってはいて、その、お姉さまに⋮⋮気持ちよくして
いただいて﹂
 オリヴィアがこういう手段を使うのは、間違いなく僕の影響なの
で何とも言い難い気分になる。ただ、男に強姦されて怯えた女性の
心を癒せるのは、僕のような見知らぬ男ではないのは間違いない。
﹁ええと、聞きにくいことなんだけど⋮⋮ローランド家のお嬢様に
はこのことは話したの?﹂
﹁いえ、その⋮⋮ノーラとはこんなことしたことなかったし、迷惑
をかけたくないし⋮⋮私がランベルト家で行儀見習いをすることに
なってからは、お互いになんだか話しづらくて﹂
 なるほど、家の格としては遙か上のローランド家のお嬢様を呼び
捨てにできるというのは、本当に仲がいいか相手を馬鹿にしている
かのどちらかで。話し方からさあっす留におそらくは前者だろう。
そして、オリヴィアがニナをハーレムに入れたなんて言われている

925
この状況だと、その娘がオリヴィアのところに怒鳴り込んでくるの
は時間の問題では無かろうか?
﹁オリヴィー、ニナと仲良くなるのはいいんだけど、ローランド家
のお嬢様とことを構える気なのかい?﹂
 その言葉にオリヴィアがほほえみ、言葉を返す。
﹁逆よ。仲良くなっておこうと思って⋮⋮それに、ランベルトの狙
いを考えると⋮⋮﹂
 と、ニナを見て言葉を止める。この子は世間知らずだが馬鹿では
ない。おそらく、言い過ぎると気づくと思ったのだろう。が、それ
より前にニナが反応した。
﹁お姉さま、大丈夫です。ランベルトの方々は、私を餌にしてノー
ラに危害を加えるつもりだろうと言うことは予想がつきます﹂
 ⋮⋮予想以上に、心は強いのかもしれない。
﹁⋮⋮ニナ、ここからは治療が終わってからにしましょう? 私も
一緒だから、怖がらないで。貴方の秘密を知ってしまったから、私
も秘密を教えるけど⋮⋮この人、私の愛人⋮⋮いえ、恋人なのよ﹂
 と、こちらを向いてウインク。
﹁えっ⋮⋮あ、でも、確かにお姉さまはブレア家に迎えられる前ま
では庶民の中でお仕事をされていたといいますから、おかしくは⋮
⋮﹂
 突如、この都市の未来の主の秘密を聞かされて焦るニナ。そのタ
イミングでニナの唇を奪い、腰を抱き寄せる。⋮⋮あ、うん。僕が
よく使う手法だ。
﹁ベッドに行きましょう、ニナ。言いたくないことは言わなくてい
いから。だから、自分で命を絶つようなことはしてはダメ。私と、
エリオットとでなんとかするから、今は安心して身を任せて⋮⋮﹂
◆◆◆
﹁そうだ、ニナ。あなた、目が悪いのでしょう?﹂

926
 ベッドの上、既に一度抱かれているサラはやや不満そうながらも
椅子に座って見学に回る。ニナはいつの間にかオリヴィアに服を脱
がされ、生まれたままの姿になっている。痩せ形で小柄な身体。乳
房も少し控えめで、長い黒髪が印象的だ。色白の肌の所々にうっす
らと残る痣が痛々しい。そんなことを思いつつ、僕も羽織っていた
服を脱ぎ捨てる。
﹁はい、でも、高価なものですし、あの時に壊れてしまって⋮⋮﹂
 あの時とは、ルベリオに犯されたときのことか。本当に、他人の
ことには無頓着な男だとつくづく思う。
﹁あなた、私みたいに書物の読みすぎで目を悪くしたのでしょう?
 確かにまだ高価なものだけど、無いと苦労するわ⋮⋮だから、こ
れを﹂
 自分の荷物の小さな小箱から中身を取り出す。眼鏡だ。
﹁私の予備だから、もしかしたら度が合わないかもしれないけど⋮
⋮どう?﹂
 ニナに眼鏡をかけさせ、改めて問いかける。
﹁あ⋮⋮よく、見えます。でも、これはお姉さまの﹂
﹁いいのよ。あなたには必要なものだし、あなたはこれから私と同
じ男に抱かれる仲間なんだから⋮⋮私からの首輪みたいなものだと
思ってもらえると嬉しいな﹂
 赤面するニナ。ちょっと照れくさそうなオリヴィア。誰がこんな
ことを教え込んだんだろう⋮⋮と、サラを見ると、あきれた顔をし
て、顎でこっちの方を指してきた。僕は今まであんなことを女たち
にしていたのか⋮⋮ 
﹁エリオット、こっちに来てくれる? あなたが今から私たちを犯
すんだから、ちゃんと獲物のことを見てほしいな﹂
﹁ああ、わかった。それにしても、そのやり口は誰に似たんだか⋮
⋮ニナ、大丈夫? 君が怖かったり嫌だったりしたら、無理せずに
言ってもらえないとこっちが困るからね﹂
 ベッドの上を歩いて近づく。見下ろして、二人の女性が僕のこと

927
を見上げているのは、ちょっとだけ気分がいい。二人とも、色白で
きれいな肌をしているな⋮⋮と思うと、さすがにペニスが高ぶって
くる。今日はまだサラの膣に一度だしただけなのだ。
﹁あは、大きくなってきた。もっと大きくなるけど⋮⋮大丈夫?﹂
﹁その⋮⋮ちょっと、怖いですけど。あのときよりは、怖くない⋮
⋮かも、しれません﹂
 オリヴィアに手を捕まれ、おっかなびっくりでニナの指がペニス
に触れる。ゆっくりとさすり出すと、角度が持ち上がる。サラに指
示をして、媚薬効果のある丸薬と、チャナの所から時々届く潤滑油
を持ってきてもらう。後者はさっきサラと使ったばかりで、二割く
らい減っている。
 オリヴィアに丸薬を渡すと、ためらわず口に含み、半分に割って
からニナの口に含ませる。長いキスが続き、ゆっくりとニナの喉を
丸薬の半分が通過したことがわかる。
﹁しばらくしたら、体が熱くなってくるから⋮⋮それまでは、エリ
オットを気持ちよくしてあげましょ﹂
﹁ええと、これ⋮⋮を、どうすれば﹂
﹁私と同じことをしてくれればいいわ﹂
 まるで仲の良い姉妹のように、オリヴィアとニナが左右から僕の
ペニスに口づけをする。肩口を越えるくらいの長さの、緑色にも見
える黒髪と、背中まで届く長い編み込まれた黒髪が揺れる。その間
にも、オリヴィアの手はニナの股間に忍び込み、ゆっくりと刺激を
与え続けている。僕もなにかすべきかと考えたが、ベッドの上で立
って奉仕を受けているので、ニナの身体に手が届かない。
 仕方ないので、二人の頭に手をのせ、柔らかくなでる。ニナは一
瞬怯えたように身体を堅くしたが、しばらく僕が力を入れないでい
たことに安心したのか、再び動き出した。⋮⋮なにも言わずに、迂
闊に体に触れるのは注意した方が良さそうだ。
﹁ほら、殿方のものだって、怖いだけじゃないのよ。その⋮⋮確か
にちょっと見た目はびっくりするけど、慣れれば可愛いと思うこと

928
も⋮⋮まぁ、持ち主によるけど﹂
﹁ほ、ほうでふは⋮⋮ぷはっ⋮⋮あ、あの。エリオット⋮⋮さんは、
これで大丈夫でしょうか?﹂
 口の中に含んだ状態から亀頭を外に出し、目線をあげて申しわけ
なさそうに伺いをたててくる。申し訳なさそうな、わずかにおびえ
が残った子犬のような顔にちょっと嗜虐心がわく。その背後でオリ
ヴィアが絶えずニナの身体にいたずらを仕掛けており、目線で僕と
同じことを考えていることがわかった。
﹁うん、気持ちいいから安心して。最初に襲われたときは怖かった
かもしれないけど、今は怖いことはしないから。オリヴィーと一緒
に、僕のことを気持ちよくしてくれるかな?﹂
﹁あっ⋮⋮はい、あの⋮⋮こう、ですか⋮⋮?﹂
﹁ああ、気持ちいいよ、ニナ。少し、頭を触るからね⋮⋮オリヴィ
ーも、続けてあげて﹂
 オリヴィアがそれに応えて、声をかけながらニナの股間を刺激す
る。その隙に、ゆっくりと魔力を練り上げ、ニナの頭に両手を置き、
魔力の糸をゆっくりと侵入させる。本来ならばゆっくりと楽しみた
いところだけど⋮⋮そこまでの余裕もない。この子はオリヴィアが
僕の所に献上した獲物であり、もしかしたら、ランベルト家にたい
する何らかの備えになる娘だ。
 本人もわからないうちに、僕の魔力を浸透させていく。あの執事
のように目線を会わせるだけとは行かないが、身体を重ね、油断し
ているところを突くことで他人の身体を支配することはできるよう
になってきた。魔力の流れを観るかぎり、ニナは妊娠してはいない
ようだ。
 だが、弱みを握られている以上、再び犯されることは十分にあり
得る。そして、ローランド家を味方に引き入れるためには、この娘
には重要な役割を果たしてもらわなければならない。僕のことは一
度忘れてもらう必要があるだろうし、魔物にすることはまだできな
くても、色々と仕込みをしておく必要はある。オリヴィアもきっと、

929
この子を巻き込むべきか考えはしたのだろうけれど⋮⋮放置してお
けば、ニナは自ら命を絶っただろう。ならば、生きていく術を与え
よう。
 その日、ニナは僕たちに抱かれて何度も絶頂し、顔を紅潮させな
がら戻っていった。彼女の役目は、ローランド家のお嬢様をオリヴ
ィアの所に誘導すること。ランベルト家と変わらないやり口で、結
果だけをかすめ取るのだ。
 ⋮⋮僕たちは、結局の所ランベルト家の同類だ。自分たちの方が
ましだなんて、考えるべきではないだろう。だが、それでも勝てる
のかどうかわからない。ルベリオの、ガラティアの打った手は後い
くつ残っているのだろうか。それを知ることはまずできないだろう
し、良くてもしのぎきることしかできないだろう。
 パレードの日まで、後数日。
930
見えない戦い:作戦会議
 ニナを帰した後、彼女から得られた⋮⋮正確には、彼女から強制
的に読み取った情報を元に、ルべリオの狙いを考える。念のため、
ニナの心を少し弄って僕にあった記憶を曖昧にしておいたが⋮⋮肉
体ではない部分を変化させるのは慣れていない。もともと、記憶を
読みとることだって、相手を抱いて心の枷を外さなければ出来ない
のだ。視線を合わせるだけでこれらを済ませるガラティアとは使い
やすさという点で大きく劣る。
 ガラティアの邪眼は、その能力がどこまでの物かはまだ全容がわ
からない。ただ、小さく見積もっていいものではない。それに、今
の敵はガラティアだけではない。彼女の主ルべリオを含め、ルべリ
オの父親であり、何を考えているのかわからない現在の当主だって
いる。ランベルト家という巨大な化け物もまた、複数の頭を持つ巨
大な力なのだ。果たすべき責務があまりにも多く、打てる手数が僕

931
らに比べれば少ないという事を差し引いても、とてもではないが油
断できる相手なわけがない。
﹁で、ローランドのじゃじゃ馬娘がやられちゃう予定だった日はい
つなの?﹂
 サラの質問は、僕の知らないローランド家の子女に関する簡潔な
説明がくっついていた。
﹁パレードの前日⋮⋮だけど、じゃじゃ馬なのかい?﹂
 オリヴィアはニナと共に戻ってしまい、意見を聞くことはできな
い。そもそも、ここに来る時間を捻出する事もなかなか難しいのだ。
その分、サラはオリヴィアの話をよく聞いているし、宮廷でもそれ
なりに調査をしているようだ。まぁ、もともとの性格上あまり友達
を増やしているわけではないようなのが不安といえば不安なのだが。
﹁あたしが聞いた数少ない噂でも、遠目に見た感想としても、じゃ
じゃ馬以外の感想はないわね。身内に対しては優しいみたいだけど、
ちょっと怒りっぽくて、暴力的⋮⋮とまでは言わないけれど、ドレ
スを脱がせば駆け出しの女戦士っていっても通じると思うわよ?﹂
 ローランド家は尚武の気風が強く、個人の強さを尊ぶ傾向がある
というのは聞いていた。ランベルト家よりも全体的に荒っぽく、騎
士たちも喧嘩っ早いというあまりよくはない噂も聞いている。が、
当主の娘もそうなのか⋮⋮
﹁狼に襲われて、一人で長剣振り回して退治したこともあるのよ﹂
﹁そりゃ、本格的だね。でも、オリヴィーも最低限の実践経験は積
んでいるから、無傷とはいかなくても一応そのくらいはできるんじ
ゃない?﹂
﹁数匹の群れよ?﹂
﹁⋮⋮前言撤回﹂
 うん、貴族の娘としてはそりゃ異例だ。騎士であるライラならと
もかく、数匹の狼と渡り合うのはよほど状況がよくない限り一人で

932
は厳しい。というか、僕ならあっという間に食い殺されるだろう。
﹁次期党首である兄貴のほうは、それに輪をかけた筋肉ダルマね。
ランベルト家の次期党首も体格が良いけど、あれより一回り大きい
わよ﹂
 ⋮⋮あまり考えたくない。僕自身、一般的な成人男性としては平
均的な背丈なのだと思っているんだけど。
﹁ブレア家は弱腰、ローランド家は喧嘩屋、ランベルト家は陰険⋮
⋮っていうのが、今の代の当主と家の評判ね。少なくとも、ローラ
ンド家は次の世代も同じ家風を守る予定みたい﹂
 ルべリオのやつ、そんな狼の子供みたいな女性を傷物にするつも
りなのか。いろいろ策を練っているのだろうけれど、あまりの豪胆
さに感心しつつも呆れる。
﹁⋮⋮ルべリオが手を出した後の結果を見てみたい気もするけれど、
ガラティアがいる以上成功する確率は高い⋮⋮というか、ほぼ確実
だろう。何を狙っているのかまではわからないけれど、ランベルト
の計画を成功させて僕らに有利な結果にはならないだろうね。邪魔
しよう﹂
 少なくとも、ローランド家には陰謀の面でランベルト家に勝てる
要素は殆どない。陰謀を企むことが出来る人材はいないわけではな
いが、圧倒的に動きが遅いのだ。僕の処に来た都市貴族はローラン
ド家の一門に所属する若い都市貴族の一人だったが、あの男一人だ
けが動いているだけで他の仲間との連携は取れていないようだった。
その分、暴力に訴えるのは早いようだけれど。
 そもそも、そのためにオリヴィアは僕の処に話を持ってきたのだ。
彼女が何を危惧しているのかは全て聞いたわけではないが、敢えて
危惧することを放置するのは明らかに愚策だろう。
﹁とはいっても、どうすんのよ。まさかあんたがそのじゃじゃ馬を
籠絡するつもり?﹂
﹁それが出来れば苦労はしないけど、そもそも面識もないんだよ?﹂
﹁あたしを魔物にした時だって、面識なんかなかったじゃない。生

933
まれとかは違うけどさ、その辺はあんまり違いはないんじゃない?﹂
 ⋮⋮ふむ、確かに、貴族の家の娘ということで最初からそういう
考えを持っていなかったのは事実だ。ルべリオたちがしようとして
いることをこちら側がしてはいけない理由はない。どうにかして、
彼らのお膳立てを奪うことはできないだろうか⋮⋮?
﹁出来るかどうかはわからないけど、手を打つことはできるかもし
れないな。あっちがニナを使うつもりなら、こっちはニナを逆に利
用できるかもしれない⋮⋮サラ、今度オリヴィーと一緒に、宮廷に
噂を流して欲しいんだけど﹂
﹁あんた、本当に悪巧みしてるときは活き活きしてるわね⋮⋮で、
どんな噂なの?﹂
﹁最初に教えてくれたような奴だよ。つまり、オリヴィーがニナを
彼女のハーレムに入れた、っていうね﹂
﹁別にいいけど⋮⋮ランベルトの連中に何かしていることを気づか
れるんじゃない?﹂
﹁パレードまで時間がないし、おそらくあいつらはそれは無視して
くると思う。その噂を聞かせたいのは⋮⋮ノーラといったっけ、そ
のじゃじゃ馬のお嬢様は。彼女の耳に届けたいんだ﹂
◆◆◆
 その日の夜。久しぶりの地下水路であり、僕のダンジョンに戻っ
て、挨拶もそこそこに早速色々と実験を行う。今日ばかりは手が足
りない、ダリアだけではなくサラも呼び出して実験の助手としてこ
き使う。
﹁マスター、この魔具の配置はこうでいいのでしょうか?﹂
﹁エリオット、この術式だと、内側は効果ないけどいいの?﹂
 今までずっと僕の脇にいて、今まで見せた魔法と儀式の知識を記
憶しているダリアと、もともと魔術の知識については僕よりも豊富
なサラの二人以外は手伝う事もできない。ミヤビは僕の役に立ちた

934
いのだろうけれど、会話に入り込むこともできずにやきもきしてい
るのが目に見えてわかる。
﹁鉱山村で使ってた、視線をゆがませる布とかは使えないの?﹂
 手を動かしたまま、サラが聞いてくる。
﹁あれは、ちょっと遠くにいる相手の位置をずらして見せる⋮⋮と
かのには使えるんだけどさ。明るいところであれを使うと、そもそ
もみんなから見えちゃうよね。それに、馬車の中のオリヴィーを守
るのには多分使えない﹂
 暗殺の手段は、選択肢だけでいえば実に多彩だ。直接切りつける
方法をとることは難しいだろうけど、すべての護衛を斬り捨てて暗
殺者が突っ込んでくる可能性だってある。
 ただ、暗殺者が自分の命を捨ててまでオリヴィアを殺すことにこ
だわるかどうかは微妙ではないかと考えている。ガラティアが雇っ
ていると思われる、各地で罪を犯して追われていた腕利き達は別に
暗殺対象に恨みがあるわけではない。ガラティアの邪眼で操られて
いる可能性もあるが、おそらくは金で雇われているのだ。だから、
彼らは自分の身の安全を考えていると想定する。そう考えると、一
番ありそうなのは弓や魔法での遠距離からの狙撃。後は、爆弾など
で馬車ごと吹き飛ばす方法だ。
 手元にあるのは、馬車の図面と、幻覚の魔術と認識を歪める魔術
を埋め込んだいくつかの宝石。以前、何度も実験しては失敗した変
装用の魔具の応用だ。馬車の図面に合わせるように魔具を配置して
いく。
 計算上はこれでいい。作業を二人に任せて、今度は町の地図を置
いたテーブルの前に立ち、パレードのルートを確認する。まず間違
いなく、このパレードで暗殺が行われるだろう。それほどに、エブ
ラムにおけるオリヴィアの人気は高かった。これは、オリヴィアが
鉱山村の魔物を倒した実績があるという事ではなく、弱腰と言われ
る現在のエブラム伯の統治がうまくいっており、それに対して住民

935
たちが応えているという側面が強い。
 それに、これはオリヴィアが正式にエブラム伯の継承者としてお
披露目を行うパレードでもある。たかが地方都市の統治者とはいえ、
エブラムはこの国では有数の大都市のひとつ。他の都市から視察に
来る商売人、貴族、国王から継承許可の書面を持ってくる使節に至
るまで、この都市に集まってくる。それを見物に訪れる人々も多け
れば、そこで商売を見込んでやってくるものだっている。既に商業
地区の宿は部屋が埋まりつつあり、娼館も場所によっては一時的に
旅籠に鞍替えするところまである有様だ。
 それだけの人間が流入してくるという事は、いつも以上に不審人
物の出入りが容易になり、警備は難しくなるという事。
 警備計画はオリヴィアから受け取っているが、その警備には﹁民
衆が暴れださないように、パニックが起きないように﹂という大規
模な事態への備えなども含まれてしまうために、ピンポイントでの
暗殺への備えは後手に回る。だからこそ、僕達がその穴を埋められ
るようにしたいのだ。
﹁ヌビア、ディアナ。君たちがこのパレードを狙うとしたら、どこ
から狙う?﹂
 ディアナは少し考え込み、ヌビアは考えながら言葉を紡ぐ。
﹁人が多いからな⋮⋮俺が狙う場合は、人ごみから斧でも投げつけ
るくらいしか思い浮かばん。だが、手段を問わないなら⋮⋮屋根、
か﹂
﹁屋根? ああ、弓兵を配置するってこと?﹂
﹁そうだ。警備もそこは気を付けると思うが⋮⋮大型の投石器や弩
弓を設置できれば、屋根の上から馬車を狙う事もできるだろう。以
前も噂であったが、弓使いの傭兵で、味方殺しで追われている男が
このエブラムの近くまで来ていたという話があった。噂でしか知ら
んが、片目とか呼ばれている傭兵で、待ち伏せや隠れての射撃を得
意としていたらしい。ただ⋮⋮並の腕ではあだ名まではつかんし、

936
本当に片目だとしたら、弓兵として食っていくことすら怪しいはず
だ⋮⋮とはいえ、こいつが雇われている保証もないがな﹂
 屋根の上⋮⋮か、確かに、馬上の騎士たちには届かない場所だ。
﹁いや、どっちにしろ弓への対処は考えないといけないよ。もちろ
ん、騎士たちも対策は考えているだろうからオリヴィアと後で情報
交換はするけど、穴埋めや緊急で対応できるのは僕たちのほうだ。
最悪の事態を想定しておこう﹂
 警備に当たる騎士たちだって無能ではなく、むしろ有能な人材が
多い。なぜかというと、能力が無ければ戦場で死ぬことになるから
だ。それに、警備に当たる騎士たちの業務は実のところ暗殺者や不
審者の対策だけではない。最も警戒すべきは観客の多さだろう。
 元々エブラム伯の遠縁という扱いで、低い地位で働いていたオリ
ヴィアはエブラムの商業関係者には実務面での人気と評価が高い。
それに、若い女性がエブラム伯の後継者という事になれば周辺の都
市貴族たちだけではなく、物見高い行商人や近隣の村の住人たちだ
って見物に来ることが予想される。予想される流入数に文官たちが
悲鳴を上げているというのはもう聞いているし、宿の確保が出来ず
に対処に大騒ぎになっているというのは知っての通りだろう。貴族
たちが多忙なように、騎士たちもまた多忙だ。
 このエブラムにおける騎士の数は、正確な数を知っているわけで
はないが、おそらく百人に届くかどうかだろう。ライラのような契
約騎士という例外もなくはないが、騎士とはそもそも貴族の一員で
あり特権階級なのだから、そんなに数は多くない。兵士はその十倍
程度いるかもしれないが、周辺の村を巡る巡回警備なども考えれば、
都市の警備に半数も避けるわけがないという予想はできる。
 ヌビアに襲撃しやすそうなポイントを教えてもらいながら地図を
眺めていると、ディアナが別の話題を持ち出した。
﹁暗殺ギルドのメンバー何人かの死因に、毒殺があったの。相手側
には毒使いがいることは確定とみていいでしょうね⋮⋮それに、こ
れはちょっと確証がないけれど、火事で死んだ奴が一人﹂

937
 ディアナの言葉には、ある程度以上の警戒が含まれていた。既に
暗殺ギルドの生き残りの何割かが不審な死を遂げているのだ。明ら
かに、こちらを狙う何者かがいるという話は聞いていた。
﹁あれから、何かわかったことは?﹂
﹁それを調べていた奴が、火事で死んだんです。事故にしては、ち
ょっと出来すぎな話で⋮⋮もっとも、隠れ家の隣近所もまとめて燃
え尽きているから、そいつを狙ったものなのか、単に火の始末の失
敗なのかはわからないですね﹂
 貧民街だから、まともに調べもつかないという。チャナにも毒の
調合も解毒剤の量産も頼んでいるが、毒の対策はもっと本腰を入れ
なければいけなかっただろうか。そして、毒使いの姿がわからない
ことはかなり危険だ。
﹁隣近所の住人は、生き残っていないのか?﹂
 ヌビアの質問に、ディアナが応える。
﹁いないわね。貧民街の隠れ家で、誰が住んでいたのかもわからな
いけど、ほぼ全員焼死体で発見されたみたい﹂
﹁ならば、それは全員殺されているな。証拠を消すためにまとめて
燃やされたんだろう。それは、たちの悪い傭兵の手口に近いぞ﹂
 周囲の被害を顧みない、という事か。その上で、発見されていな
い。よほど狡猾なのか、疑われようのない外見なのか。
﹁せめて、外見だけでもわかればね⋮⋮﹂
﹁今のところ、生き残りがいないから⋮⋮火事の件については、一
応城の兵士が来て調べてはいたみたいだけど。ああ、そうだ。言わ
れていた事、調べが付きました⋮⋮両方とも﹂
﹁まずは、早急に知りたいことを聞こうかな。あのルべリオの護衛
にいた男⋮⋮三号とか呼ばれていたっけ﹂
﹁確定とまでは言えませんけど、首都で事件を起こした暗殺者です。
手口は至近距離からの殺傷。主な獲物は、短刀などの刀剣と、おそ
らくは腕力⋮⋮締め殺した相手も多いです。あだ名は三本腕。おそ
らくは単独で動く相手のようです。半年くらい行方が分かっていな

938
かったのですが⋮⋮﹂
﹁確かに、妙に腕力強かったなぁ⋮⋮三本腕とは、よく言ったもん
だ。至近距離からってことは、そこまで近づいてくるってことだよ
ね。確かに、僕じゃあまりあてにならないけど、あいつの気配は全
く分からなかったものなぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮気配を消す相手か。エリオット、あんたは戦いに関してはか
らっきしだから、気が付かなかった可能性もあるが⋮⋮﹂
﹁ああ、ご主人様はそっち方面はからっきしですからね﹂
 散々な評価だけど、事実なので文句も言えない。
﹁店の中にいたなら、入ってくる場所は表と裏の扉か窓だ。ふつう
の相手ならさすがに気が付くだろう。その上で、貴族が私的な護衛
に使っている奴ならば、実力は本物なのだろうな﹂
﹁何か対策は無いかな? 魔法を使った形跡だけはなかったんだけ
ど﹂
﹁ご主人様、魔法なしでそれだけできるほうが大事ですよ? ⋮⋮
あなたは魔力が見えるから、そういう相手が来たときは便利なので
しょうけれど﹂
﹁⋮⋮できるだけ、広いところを通るくらいしかないな﹂
 ヌビアの返答は、的確だがそっけない。と、思っていたら補足が
あった。忘れがちだが、ヌビアはあまりしゃべらないだけで頭の回
転は悪くない。
﹁人ごみの中は最も見分けがつかないから危険だ。あらかじめ決ま
っている人員以外が近づいてきたらわかるようにしておく、という
のが最もわかりやすい対処だ﹂
﹁ねーねー、ヌビアぁ。何かむずかしいお話?﹂
 ⋮⋮大抵、ネムがちょっかいをかけてきて話が中断するせいで、
最後まで喋らずに終わることが多いせいだとわかったのは、割と最
近のことだ。
﹁怪しい奴をどうやって見つけようか、って話をしていたんだよ、
ネム。退屈な話でごめんね﹂

939
﹁ネム、わらわだって主様に構って欲しいのを我慢しておるのじゃ。
ここは我慢するのが良いのじゃが⋮⋮﹂
 ネムはどうやら待っているのに飽きてしまったらしい。ダリアと
サラは作業中、ヌビアとディアナは僕と会議中。チャナは暗殺ギル
ドで別の仕事をやってもらっている最中だし、アスタルテとドーラ、
ハリーとフレッドは﹁神殿﹂で表と裏の仕事をしてもらっている。
シロは蜘蛛の巣館でリリの様子を見ていて、ジェンマ商会への細か
な連絡をさせている。
 パレードの日まで、もう残りわずか。相手の狙いはともかく、打
ってくる手と、その手段がわからない。考えろ、考えろ、考えろ⋮⋮
﹁⋮⋮のう、主様。言うべきか迷っていたのじゃが、今の主様はと
てもその、怖い顔をしておられるのじゃ。きっと、お疲れなのじゃ
⋮⋮﹂
 ミヤビが恐る恐るという風に声をかけてくる。はて、そんなに僕
は怖い顔をしていただろうか?
﹁確かに、眉間にしわが寄ったままだな﹂
 と、ヌビア。ダリアとサラも言葉を続ける。
﹁確かに、お疲れのはずです。マスターはこの二日ほど、ほとんど
お休みになっていませんし⋮⋮﹂
﹁まぁ、あれだけ連続でやってれば疲れるはずよねー。精力はとも
かく、体力は人並みでしょ?﹂
 とはいえ、まだわからないことも多いし、調べるべきことも、や
るべきことも大量にあるのだ。休んでいる暇はない。
﹁⋮⋮エリオット﹂
 ヌビアが少し低い声で名を呼ぶ。意見を聞かれていないのに自発
的に発言するのは、彼にしては珍しい。
﹁確かに、お前は疲れているようだ。戦場では、冷静さを失ったり、
調子を崩した奴から倒れていく。お前は、今疲れから冷静さを失い
かけているようだ。悪いことは言わない、休息をとれ﹂
﹁なっ⋮⋮﹂

940
 なんで命令されなければいけないんだ⋮⋮と、頭に血が上りかけ
たところで違和感を覚えた。なんで僕はこんなに頭に血が上ってい
るんだ?
﹁確かに⋮⋮今、意味もなくカッとした。参ったな、これはミヤビ
の言う通りだ﹂
 ヌビアはわずかに安堵したようだ。僕は彼らの主人だ、見限られ
るようなまねはできない。
﹁済まないけど、ダリア、実験の続きを頼む。サラも、時間になっ
たら戻らなければいけないから、無理なら途中で構わないから﹂
﹁はい、マスター。私はここから動けませんから、ミヤビさんに送
ってもらってください﹂
﹁もうすぐ終わるから、心配せずに寝てなさいよ。あんたが起きる
頃にはもう完成してるわ﹂
 僕たちはランベルト家に比べれば、本当に小さな勢力かも知れな
い。それでも、僕がいなくても判断し、行動できる仲間がいる。僕
が間違っているときに、それを指摘してくれる仲間がいる。鉱山村
の魔物は、頭が一つだけではないことを改めて実感する。できない
ことは任せて、手が届かない所は、出来るだけやって諦めよう。ど
っちにせよ、相手の情報がすべてわからないこの状況では、準備が
どれだけ必要かなんてわからないし、終わることはない。
﹁主様、お疲れならわらわの背に乗って欲しいのじゃ♪﹂
﹁それは魅力的だけど、歩けるうちは自分で歩くよ。ミヤビ、手を
つないでいこうか﹂
﹁は、はいなのじゃ!﹂
 ここにいる皆は、僕が魔物にしたり、僕が支配した魔物だ。それ
でも、彼らは今の処自発的に僕の欲望に付き合ってくれている。利
害関係も、支配関係もつながっているとはいえ、彼らは命令しても
いないことに手を貸してくれている。それが、なんだか凄く嬉しか
った。
﹁なら、悪いけど僕は先に休ませてもらうよ⋮⋮みんな、ありがと

941
う﹂
 わずかに足元がふらつくけれど、ミヤビと手をつないでいればよ
ろけずに済む。他愛もないことを離しながら地下水路を歩き、店の
そばの人気のない出口から地上に出る。
 店に戻り、戸締りをして、軽く水を飲んでから着替える気力もな
くベッドに倒れこむ。夢を見ることもなく、僕は眠りに落ちていた。
見えない戦い:彼女との距離
 気が付けば、ぐっすりと寝てしまっていたようだ。おかげで調子
はいいが、窓を開けたら日はもう高いところまであがっている。寝
過ごした⋮⋮とはいえ、自営業だから時間に余裕はあるが。
 寝ている間にシロが来ていたようで、簡単な朝食の準備と、ジェ
ンマ商会からの密書が届いていた。やはり、パレード当日の人出の
多さと治安の問題に頭を痛めているらしい。それに加えて、いくつ
か良い報告があった。既に当たりはついていたのだろうが、ガラテ
ィアの操り人形になっている人材が判明したとのことだ。彼らはし
ばらくの間、商会のコアとなる情報は知らされなくなる。少なくと
も、ジェンマ商会はランベルト家の情報網から一歩抜け出すことが
出来た。
 ⋮⋮まてよ、ならば頼みごとが出来るかもしれない。ジェンマ商

942
会はこのエブラムの小売り大手で、隊商の護衛として冒険者を雇う
事もそれなりに多い。
 冒険者という存在は、まだこの町に存在する戦力の中では誰も手
を付けていない部分だし、ジェンマ商会が冒険者を大口で雇っても、
そこまで怪しまれることはない。何よりも、こうすれば敵側に戦力
が増えることがない。
 倉庫を漁り、別目的のためにたくさん作っていた﹁目﹂を揃える。
依頼料の建て替えを頼むのも筋違いなので、金銭の代わりになるも
のとして、今までジェンマ商会経由で依頼を受けていた取引で発生
する僕への支払いを、そのまま依頼料としてあててもらうことにす
ればいい。
 朝食をとりながらペンと紙を用意し、ジェンマ商会への依頼をし
たためる。内容はこうだ。
 エブラムの冒険者で、身体の空いている者たちがいたら彼らを雇
用して、パレードの前日から当日に仕事をしてもらう。仕事の一つ
は、城の警備兵が回りそうにない場所や、パレード巡回ルートのそ
ばにある空き家や民家の調査。暗殺ギルドや、取引のある盗賊ギル
ドに調べてもらった情報から、既にいくつかの怪しい場所は確認し
てある。僕だったら、この辺りに刺客を忍ばせるだろうという場所
だ。
 エブラムは人口が緩やかに増えつつある都市なので、既に人が住
み着いている場合もあるが⋮⋮最悪の場合、住民を排除して部屋を
占拠することだってあり得るだろう。もし、そういった場所が見つ
かれば御の字だし、もしそういった場所があった場合、高い確率で
荒事が発生する。騎士たちならば対処ができるとしても、彼らの数
には限りがあるし、このような当てずっぽうの作業に割り振る余裕
はない。冒険者に依頼するのは、そのリスクを自力で解消できる可
能性が高いことと⋮⋮たとえ殺されたとしても、戻ってこないチー
ムがあるというその事実が僕に危険を知らせてくれるからだ。

943
 午後になって、様子を見に来たシロに密書と道具類を託し、ジェ
ンマ商会とのやり取りに使う例の店に向かわせる。
 通常より遅れて店の営業を始めると、気の早い旅人たちが既に都
市を訪れているのか、冷やかしで訪れる客がそれなりに多く来てい
た。こんな路地裏の店にまで冷やかしが来るのだから、大通りはも
っとすごいことになっているのだろう。
 客の多くは一般の旅人で魔法の道具を珍しがっているだけだが、
中には遊歴の騎士らしき人物やよその町の冒険者などがいるようで、
これはどうなっているのか、効果はどれほどなのかと、質問攻めに
あう。
 客をさばいていると、店の入り口にライラがやってきていた。僕
の顔を見て安堵の表情を浮かべたが、僕が目を合わせると何やら申
し訳なさそうに目を伏せる。何かあったんだろうか?
 エブラムの郊外に出したモンスターの数はそう多くなく、パレー
ドが近づき旅人が多く訪れるようになるころには生き残っていても
引き換えさせるようにしていたので、昨日の朝くらいからはもう安
全にはなっているが、おそらくは昨日一日も確認に費やしていたの
だろう。見れば、鎧だけは外しているようだが旅の装束はまだ土埃
が落ちておらず、都市に戻って報告をしてすぐに帰ってきた⋮⋮と
いうところだろう。
 何かあったのかもしれないが、それをこちらから聞くのもおかし
な話だ。いつも通りに声をかけるとしよう。
﹁ああ、ライラさんお疲れ様。良ければお茶でも飲んでいってよ、
手が離せないから、準備は自分でしてもらうことになるけど﹂
﹁しかし、商売の邪魔を⋮⋮あ、そうか。ならば、遠慮なく﹂
 他の客の興味の目線を避けるように、裏口に回るべく店を出る彼
女を見届けて仕事を続ける。今日の客は本当に多いが、その分細か
い商品は結構売れている。
﹁がっ!?﹂

944
 店の出口で悲鳴が上がる。見れば、ライラが客らしき男の腕を捻
じりあげていた。男の袖から、自分が作った商品が落ちる⋮⋮盗人
か!?
﹁それは商品だから、欲しいならば代価を払って買う事だな。旅人
のようだが、この町でパレードの前に牢屋に入れられたいのか?﹂
﹁助かったよ、まったく気が付かなかった﹂
﹁⋮⋮まぁ、君の警護をする任務を解かれたわけではないからな﹂
 照れているのか、ちょっと早口で返してくれるライラ。盗人を突
き出している余裕もないので、散々脅かした後に、手首に端切れの
革紐を結んで﹁これを三日以内にはずすと、手首が腐るかもしれな
い﹂と脅かしてから釈放した。魔法について無知なようで、涙目に
なりながら男は逃げて行った。
 僕にとってはただの自己防衛なのだが、客にとってはちょっとし
た見世物になったようで、ライラがまず囲まれた。騎士姿の女性が
ちょっとした立ち回りを見せたのだ、無理もない。これは何も言わ
ずに戻るのも無理だろう。
﹁こちらはランベルト家に仕える騎士のライラ殿。まさに今彼女の
使っている防具のいくつかは、この店の品を提供させていただいて
おります﹂
 と、宣伝も兼ねてライラの紹介をする。非常に困った顔でこっち
をにらむが、嘘は一切言っていない。すました顔で彼女からの無言
の抗議を受け流す。
 ライラが盗人を捕まえたときのガントレットの動きの滑らかさが
わかる相手にはわかったようで、この日はガントレットが二つ売れ
た。
◆◆◆
﹁パレードの警備につくことになったよ。しかも、オリヴィア様の
馬車のそばだ⋮⋮なんというか、大変重要な役を仰せつかってしま

945
った﹂
 店の営業を終えた後、結局家にも帰らずに居残ってくれたライラ
にお茶を用意する。街道警備の結果、はぐれ者と思われるオーク一
体と、スケルトンの群れを一つ壊滅させたらしい。⋮⋮一人ですべ
て倒したわけではないと思うけれど、今回外に出した戦力の何割か
はライラが倒している計算だ。まぁ、実力を認めさせるにはよかっ
たのだろう。
﹁オリヴィーの近くにライラさんがいてくれるなら、僕としても安
心だね﹂
 これは、素直な本心だ。ランベルト家は別として、少なくともラ
イラ自体にはオリヴィアに危害を加える理由もない。
﹁私は、オリヴィア様とろくに面識がないんだが⋮⋮君から聞く限
りでは、気さくで優秀な方のようだな﹂
﹁まぁ、もともと平民として育っているわけだからね。貴族の人に
比べれば気さくなのは当たり前だと思うよ。サーカス団の処であっ
たときに少し話した程度だけど、多分根っこは変わってない。この
町の商人たちからすると、聖堂騎士というよりは優秀な役人ってい
うイメージのほうが強いんだろうけどね﹂
﹁深窓の令嬢だとばかり思っていたが⋮⋮実務家なのだな。あとは
まぁ⋮⋮情けない話だが、守るべき相手が自分より武勲にすぐれて
いないとわかるのは少し心が休まるよ﹂
﹁僕よりはよっぽど強いけど、さすがにライラさんには手も足も出
ないと思うよ。そういえば、噂話で聞いたけど、ローランド家って
いう貴族のお嬢様がすごく強いって﹂
 この辺りまでなら、噂話・与太話のレベルで済むだろう。何か情
報を聞くことが出来れば御の字だ。
﹁ああ、あの方か⋮⋮ローランド家は我が主の家とはあまり良好な
関係とも言えないのだが、長女のノーラ殿は悪くないぞ。あと一二
年修行すれば、騎士として叙勲するのに何の不備もないだろう。何
度か試合をしたことがあるが⋮⋮馬上槍は苦手なようだが、戦いの

946
腕前は私も苦戦するくらいだ﹂
﹁え? ライラさんが苦戦するって、それは騎士としてもう十分な
腕前なんじゃないの?﹂
 ライラは自己評価が低いが、それでも自分の実力が並より上だと
は分かっているだろう。それを告げると、ライラは少しだけ笑って
告げた。
﹁ああ、うん。そっちはいいんだ。修行が必要なのは⋮⋮礼儀作法
のほうで、な﹂
﹁ああ、そういう⋮⋮﹂
 ライラとしては、他所の家のご令嬢のことをあまり悪く言いたく
はないようだ。話題を変え、食事の準備をしていると来客があった。
ライラは警戒したが、僕はもう予想がついていた、なにせ、僕が言
い出した計画だ。
﹁ここが、ジェンマ商会から聞いたエリオットの店でいいのかい?﹂
 やってきたのは、割と身なりの良い数名の冒険者達。ジェンマ商
会から依頼を受けて、早速やってきた⋮⋮というところだろう。
﹁ああ、ジェンマ爺さんからの紹介ってことは、これかな?﹂
 そういうと、昼の間にあらかじめ用意して置いた魔具を取り出す。
音を伝える、小さな貝殻だ。この程度の物であれば、量産は可能に
なっていた。
﹁エリオット、ジェンマ商会からというのは⋮⋮﹂
﹁ああ、パレードに合わせてあっちも警備を厚くするっていうから
ね。そこに売り込みをかけたんだ。万が一の連絡に使えるものがあ
るよって﹂
 半分は本当、半分は嘘。ジェンマ商会を通じて冒険者を雇ってい
るのは僕だ。そのために、僕の道具で冒険者を強化する事も計算の
うち。使い方を説明しながら、ライラにも説明をしていく。
﹁我がランベルト家にも、そういうアイテムはあるが⋮⋮そこまで
小さい物はないな﹂
﹁使い捨てだからね。値段を考えると、高価な代物だよ、これ﹂

947
 そう、僕が自分で使う分には何度でも再利用が出来るのだが、魔
法を使えない人が使うためには道具自体に魔力をこめなければいけ
ない。これだけのものを量産できるのは、蜘蛛の巣館の女たちをす
べて魔物にして、魔力の供給が多くなったからに他ならない。
﹁とはいえ、あまり遠くに行くと音が通じなくなる。姿が見えなく
なる程度まで平気だとは思うけど⋮⋮どこまでが大丈夫でどこから
がダメか、自分たちで確認はしておいてくれよ?﹂
 都市の中であろうと、戦場であろうと、情報の伝達が素早くでき
るというのは何かと便利なことだ。冒険者たちもその価値はわかっ
てくれたようで、早速試してみるといって帰っていく。もっとも、
あの魔具の性能はあまり良いものではない。何故ならば、あれは伝
える音を半分にして、残り半分をもう一つのスペア⋮⋮僕の手元に
ある魔具にも届けるように設定してあるからだ。これは、先にジェ
ンマ商会側で配ってもらっている予定の﹁目﹂もそうだ。
 正直、役に立つかどうかはわからない。すべての情報を把握でき
るとも思えない。だが、何も手を打たないよりははるかにいい。そ
う考えていると、ライラが難しい顔でこっちを見ていた。
﹁どうしたの、ライラ?﹂
 二人きりの時になると、もう敬称をつける必要もなくなった。
﹁エリオット、君は本当にすごい奴だな。私には勝ち目がないよ。
我が主にも売り込んでみればいい、きっと目の色を変えて⋮⋮﹂
 ライラの声は、自嘲とも、悲しみとも取れるもので、いつもの彼
女には似合わない響きを持っていた。何か、僕に言えないことを抱
えているのだとなんとなく察することが出来たけど、それが何なの
かはわからない。
﹁⋮⋮ライラ?﹂
﹁あ、いや、済まない。今日は、安心してもよさそうだろうか。私
は、戻らせてもらうよ﹂
 礼儀を守ったまま、ライラは退去を告げる。気にはなるが、追求
すべきだろうか?

948
﹁⋮⋮何か、愚痴くらいなら聞くからさ。いつも気にかけえもらっ
てばかりだし。何か出来ることがあれば⋮⋮﹂
﹁いや、君は何も悪くないんだ。ただ、ほら、ばあやも心配するだ
ろうし、身体も清めたいからな﹂
 間違ったことは言っていないけれど、明確に何かを隠している。
それが、僕にとって何か害になるようなものかもしれないけれど、
むしろライラの方が心配だった。彼女は何に苦しんでいるのだろう
か。
﹁そっか。ナンナさんによろしく﹂
 僕にできることは少ない。ここで強引に抱くこともできたかもし
れないけれど、ライラとの関係を無理に壊すようなことはしたくな
い。それに、ライラがいなければ夜のうちに作業を進めることが出
来る事もある。
 扉が開き、ライラが出ていく。その後ろ姿は、まるで泣いている
ようにも見えた。
ダンス・マカブル:駒の配置
﹁ルべリオ様、準備は整いました。あとは、ローランドの娘を刈り
取るのみかと﹂
 報告するのは、ランベルト家の執事であるガラティアの声。淡々
としたその声に、ほんのわずかな欲情の響きがある事に気が付くも
のは、そうそういないだろう。そして、彼女の欲情が向く主はその
ことに気が付いても、彼自身の気が向かなければ一切それを無視す
る。
﹁あの下級貴族の娘、果たして素直に言う事を聞くだろうな? 舌
でも噛んで死ぬかもしれん﹂
﹁その時はその時でございます。あの家には我がランベルトの息の
かかった金貸しに多くの借財がある身。葬儀の代金を出せば、あの
父親は喜んでご学友を紹介してくれることでしょう﹂
 その言葉に少し考え込むと、満足したのかルべリオは小さく頷く。

949
﹁準備に時間がかかったのは仕方ないが、パレードの直前になると
はな﹂
﹁延期なさいますか? パレードの前にことをなしておけば便利で
はありますが、無理に押し込むほどの物でもありません﹂
﹁いや、準備はしたんだ。あのじゃじゃ馬を押さえつけてものにす
るのは、骨が折れそうだがそれはそれで必要なことだ。なにせ、場
合によってはしばらく第一夫人を務めてもらわねばいけないからな﹂
﹁基本、そのようになるはずです﹂
 この部屋にいるのは、ルべリオとガラティアの二人のみ。窓際に
置かれた宝石は時折魔法による青い光を放っている。魔術での侵入
を警戒しているのか、見るものが見れば、それは侵入者を発見する
ための魔術を付与したものだとわかった事だろう。
﹁⋮⋮で、パレードの手筈は?﹂
﹁移動の予定表と警備の手筈から、“片目”を例の場所に。“双子
”は群衆の中に、“三号”は広場の曲がり角に置き、“四人組”は
場所を選んで潜伏するように言伝てあります﹂
﹁本当の依頼人を知っているのは、三号以外には?﹂
﹁いません。感付いたとしても、証拠がありません故。とはいえ、
双子などは気づいても気にもしないでしょうが⋮⋮あの二人だけは、
扱いに気をつけねばなりませんね﹂
﹁殺人でのみ欲情するか、因果な性癖だ﹂
﹁興味がおありでしたら、抱いてみますか? 誰か一人は殺させる
必要があるでしょうが⋮⋮﹂
 執事の言葉に軽くかぶりを振り、ルべリオは酒杯に残ったわずか
な酒を飲み干すと地図に向かい合う。エブラムの町の地表を現した、
精度の高い地図だ。
﹁地下水路の入り口には注意をしておけ。例の魔物は地下水路から
くる。あのラミアは厄介だろうからな﹂
﹁私兵をそこかしこにある水路に張り付かせるのは、あまり効率が

950
よくありませんが⋮⋮懸念材料ではありますから。ローランドの若
造が警備の数で張り合ってこなければ、このような心配をする必要
もなかったのですが﹂
 見れば、城門前の広場にはパレードを表すのだろう長く伸びた駒
の行列が置かれている。中央に、主賓が乗るだろう馬車。その前に
は緑色に塗られたブレア家の伝令兵が二騎、左右には赤と青に塗り
分けられた騎士と兵士の駒が大量に並ぶ。それを眺めながら、ガラ
ティアは珍しく苛立ちを隠さない声を上げる。
﹁こんな無駄な見世物に、正規の兵力と予算を使うなど無駄もよい
ところです。所詮、ブレア家の娘の気を引き、ランベルト家に挑発
をすることだけが目的なのでしょう﹂
 苦笑いしつつ、ルべリオは執事に答える。
﹁あの猪武者は、バカ正直にあの女に結婚でも申し込むつもりなの
だろうさ。性欲に正直なだけで、人格は悪い男ではないよ。まぁ、
頭の良さは保証しないがね﹂
﹁愛人を何人もかこっていると聞きますが、今のところまだ弱みと
なるような人物は見つけられていないですね⋮⋮﹂
﹁奴は部下の女騎士や冒険者を抱くのがお好みだ。貴族は後々面倒
だからな、そういう点では奴は馬鹿ではないよ﹂
﹁⋮⋮息のかかった女の兵士を冒険者に仕立てあげて、釣り上げて
みるのも一興ですね﹂
﹁悪くない。だが、それは今考えるべきことではないな。一応は、
義兄となるかもしれない相手だ、対面した時に顔を取り繕う備えは
しておけ﹂
 そういうと、ゆっくりと駒を動かし始める。既に知らされている
順路を通り、おそらくは観客でごった返す旧市街の大通りを抜けて、
橋を渡って新市街へ。一応の都市計画に沿って作られている新市外
は道が広くなり、広場も大きい。しばらく考えこみ、ガラティアに
目をやる。少しの間何かの呪文を小さく唱えていたガラティアは、
黒く塗られた駒を都市図の各地に配置していく。

951
﹁現在、こう配置しています﹂
﹁⋮⋮ふむ、悪くない。が、新市街は無しだ。道が広いし、裏道も
整理されている。ならば⋮⋮片目は最後に残しておく。まずは三号
を使う⋮⋮ブレアの娘のそばにいるのは、ライラと、ローランドの
女騎士。一人くらいならば問題はないだろう﹂
﹁ええ、その時に双子にも動くよう伝えましょう。ライラは気にす
る必要はありませんが⋮⋮おそらく、馬車に護衛としてあの魔術師
の娘が同乗していると思われます﹂
﹁⋮⋮あぁ、エリオットの店に買い物に来ていた青い髪の女か﹂
﹁学院をまともに出た精霊術の使い手であれば、精霊を呼び出すた
めの触媒など対して使わないものです。所詮冒険者上がりの未熟者、
それさえわかっていれば、三号がもののついでに首でも折っていく
でしょう﹂
﹁⋮⋮あの男は、今回の件をどこまで知っている?﹂
 急に、声を潜めてルべリオが聞く。
﹁自分の事と、仕掛ける前に双子の手助けが入るとのみ。警戒心の
強い男ですから、こちらのことを鵜呑みにはしないでしょうが﹂
﹁ならば、事が済めば例え仕損じてもすぐに街を出て姿をくらます
ように伝えるようにしておけ。郊外の別荘に、食料と報酬、しばし
の路銀を用意しておき、好きに持っていけ。逃亡の手助けは出来な
いから、独力で⋮⋮と﹂
﹁ずいぶんと冷たいことを仰いますわね、我が主。それでよろしい
のですか?﹂
﹁三号が無事に仕事を終えたら、片目には目標を変更するように伝
えろ﹂
﹁⋮⋮了解いたしました、我が主。そこまでお考えであれば、わた
くしから申すことは何もございません﹂
﹁後は、念のため聞いておくが⋮⋮家の整理と、ライラについては
もう準備はできたのか?﹂
﹁滞りなく﹂

952
 そっけない返答。だが、その言葉を返す執事の瞳は欲情に濡れて
いる。
﹁ならば問題ない。ガラティア、軽く飲めるものを⋮⋮お前の分も
だ。双子のことは言えんな。相変わらず、殺すことを考える時だけ、
お前は雌の顔になる﹂
﹁そのことをご存じなのは、我が主、あなただけでございます。そ
れに、このようなことどんな人物にもある話⋮⋮あなただって、策
や戦術を練るとき、やあの操られていた哀れな付与魔術術と話し込
むときには別の顔になるではありませんか?﹂
 言い返す女の言葉に小さく笑い、首肯する。
﹁違いない。俺に食いついてこれて、俺の知らぬこと、見ていない
部分を指し示せる相手は少ない。野心の少ない男だが、話し相手と
しても、魔術の利用を考える相手としても使える男だ。うまくいけ
ば、ライラをめとらせてこちら側に加えておきたいところだが⋮⋮
まぁ、そううまくいくとも限らんだろうな﹂
﹁いつでも殺せる準備をしておきながら、その相手を惜しむのはあ
なたの悪い癖です。ですが⋮⋮危険がないとあなたは雄にならない。
そのことは、あの日より存じ上げておりますので⋮⋮﹂
 戸棚にしまい込んでいた水差しと蒸留酒を取り出し、精巧な細工
がされた銀細工のゴブレットを二つ並べる。
 執事は身に着けていた衣装を落とす。まるで木の枝のように細身
だが、押さえつけられていた胸の突起だけがバランスを崩すような
大きさを誇示している。
﹁殺す分だけ⋮⋮打ち込んでくださいませ。孕むことのないだろう、
人間の種を⋮⋮﹂ 953
ダンス・マカブル:恋のから騒ぎ
 エブラムの宮廷は、パレードを目前にしてにぎわっていた。その
中でもひときわ目立つのは、鉱山村の魔物討伐を成功させ、エブラ
ム伯の跡継ぎとして正式に認められた伯の遠縁の姪であり、西の大
都市パルミラの大神殿では河の女神の聖堂騎士として叙任された実
績の持ち主であり、元から商才のある能吏として商人たちに知られ
ていたオリヴィアその人だ。
 しかし、遠征から戻ったオリヴィアには一つ新しい噂が付いて回
っていた。いつごろからか、宮廷雀たちの口の端に広まったその噂
は、彼女が女性しか愛せないのだという事。
 遠征の際に手柄を立てた冒険者にして美しい女魔術師サラを自ら
の宮廷魔術師として雇い入れたのを始めとして、エブラムの神殿に
おける大神の一柱である大樹の賢老の神官団の要職にある女神官と

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も密接な関係を持つという。男性の権力者たちから見ると、そこに
は各所の権力に自分の影響力を伸ばしていく姿が見えているのだろ
うが、権力争いから遠い娘たちにその部分は見えない。
 ⋮⋮サラは連絡役であり、女神官はとある事件で別の悪徳神官に
誘拐され、犯されていたのを救ったことがきっかけだったが、どち
らもその結果オリヴィアの人脈となり、彼女の権力を固めることと
なっている。だが、それはどちらも表に出すわけにはいかないこと
だ。オリヴィアはそれらの噂も全て真実を隠すための目くらましと
して受け入れていた。
 理知的ではあっても特に見た目が男性的とは言えないオリヴィア
だが、貴族の若い娘たちからすれば接点がほぼなかった謎の人物だ。
その上で貴族の娘達と聖堂騎士であり役人であるオリヴィアの着飾
り方はやはり違うため、そこに異性装の兆し⋮⋮男性性を見てしま
う娘は多かったようだ。
 そのオリヴィアが次に手を出したのはなんと自分たちと同じ下級
貴族の娘。しかも、ブレア家と張り合う名家の一つ、ローランド家
の令嬢ノーラのお気に入りであるニナ。オリヴィアがニナを連れて
歩いているというのは衆目を引かないわけがなく、この事はすぐに
ノーラの知ることとなるだろう。雀たちは嵐の気配に怯え、期待し
ていた。
 宮廷の片隅に、貴族の娘たちが集まるサロンがある。エブラムの
サロンは首都やパルミラのそれと比べれば小規模かもしれないが、
それでも結構な広さはある。その中央に近い小さなテーブルを占拠
し、顔を近づけて小声で話し合っている二人の女性がいた。
 その周囲には丁寧な無関心とでもいうようなものが張り廻らされ
ており誰もが注目しながらも、声をかけることはしない。オリヴィ
アとニナだ。

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﹁脅迫は、今日の夕方に⋮⋮指定された場所に彼女を連れて行け、
というものであっているかしら?﹂
 小さな声で確認するのは、ニナに命じられた脅迫の内容。ニナは
それを拒むことが出来なかったが、それを失敗させることはできる。
﹁はい⋮⋮でも、このようなやり方で﹂
 ためらうように、伏し目がちにつぶやくニナ。
﹁でも、あなたはあの子を守りたいのでしょう?﹂
﹁⋮⋮はい。でも﹂
 ニナは躊躇う。事態は既に彼女個人で収集できる範疇を超えてい
るし、彼女が守りたいものは一つだけではない。だから、彼女はオ
リヴィアを頼る決意をした。
﹁あなたが知っているノーラさんは、こうなったらどうすると思う
? それは、私なんかよりはあなたのほうがよく知っているでしょ
?﹂
﹁多分⋮⋮ノーラは、直接来ると思います﹂
﹁あなたに聞いたこの方法が、ちゃんと伝わると⋮⋮﹂
 その一言を言い切る前に、サロンの空気が変わった。給仕の脚が
止まり、若い青年貴族たちも一瞬息を飲んだ。オリヴィアはそちら
を向くこともせず、微笑みながらニナとの会話を続ける。⋮⋮本当
は、まだ処理しなければいけない陳情の書類が残っていることを気
にしているなんて、この場にいる誰にも分らないだろう。
 二人のテーブルの前にやってきたのは、女性としてはやや肩幅の
広い女の子だ。背は低くはないが、少し小さな印象を受ける。鍛え
上げた細身の肉体の上を女性らしい柔らかな脂肪の薄膜で覆ってい
る。まるで神殿に飾られた戦乙女の彫刻のような少女がそこにいた。
﹁⋮⋮ブレア家のお嬢さん、ちょっといいかしら?﹂
 その声を聴いて、ニナがびくっと震える。意識して声量を落とし
ていることがわかる、抑制された⋮⋮それでも、抑えきれない激情
が透けて見える声だった。

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﹁⋮⋮そろそろ来る頃だと思っていたわ、ローランド家のノーラさ
ん。あなたとは、一度ゆっくり話をしてみたかったの﹂
 落ち着いた声で返しているが、オリヴィアもノーラの怒りに飲ま
れないように気を張り詰めている。冷静にさせてはいけない、でも、
ここで爆発させても、ごまかせなくはないが、よくはない。
﹁今日は、あの青い髪の女は一緒じゃないのね﹂
﹁魔術師のサラの事かしら? 彼女には彼女にしかできない仕事も
あるから、必ず一緒にいるわけじゃないの。⋮⋮この宮廷では新参
者に過ぎない私には、手伝ってくれる友人がもっと必要なのよ﹂
 相手は怒っているが、馬鹿ではないはずだ。それを期待して、オ
リヴィアは言葉を選ぶ。
﹁あ、あの、ノーラ⋮⋮﹂
 何とかしなければと、ニナが声をかける。ノーラは彼女の顔を見
て、小さな違和感を覚え、気が付く。
﹁ニナ、その眼鏡⋮⋮﹂
 今、ニナが身に着けている眼鏡は彼女の持ち物ではない。ルべリ
オに犯されたときに壊れてしまった自分の眼鏡の代わりに、オリヴ
ィアが予備の眼鏡を貸し与えているのだ。結果、オリヴィアの眼鏡
のほうが細かな装飾が付いているとはいえ、二人は同じ眼鏡をかけ
ていることになる。女性ゆえに、装身具については他の男達よりも
よく気が付く。宮廷雀たちも、これがあったから間違いないと判断
したのだ。
 つまり⋮⋮ノーラの親友は、新参者のオリヴィアに奪われた、と。
 オリヴィアが口元に手を当て小さく表情を変える。人によっては
笑ったように見えただろう。ノーラの顔色が変わる。
◆◆◆
﹁確認して﹂
 オリヴィアの小声での言葉も、音を伝える魔具にかかれば耳元で

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囁かれているようなことになる。水盤を経由して、オリヴィアの見
ている光景を確認する。確定とは言えないが、視界内に魔法で隠れ
ている相手や、魔力のかかったアイテムは見当たらない⋮⋮いや、
視界の端に一つ何か仕掛けられている。
 サラから預かったサロン近辺の情報を照らし合わせて、それがガ
ラティアの仕込んだ﹁目﹂だろう事を確認する。これは、あってい
い。むしろ、これがあるからこの場所を選んだといってもいいくら
いだ。
﹁問題ない、その子は怒り狂っているみたいだけど、魔法をかけら
れているとは思わない⋮⋮ただ、水盤を通してみている以上確実と
は言えない、気を付けて﹂
 僕の声は、眼鏡のつるに着けた装飾を通じてオリヴィアに届く。
 了解と返す余裕はないだろうに、ギュッと魔具を握る音で返事が
あった。
 今日は仕入れ日と称して店は閉めている。パレードに向けて様々
な事が同時に動いているけれど、それでも僕がバックアップに回ら
なければいけないことが一つだけ残っていた。それが、オリヴィア
によるローランド家のノーラの誘導だ。
 犯されたニナは、そのことを婚約相手に知らせるという脅迫をさ
れ、親友であるノーラをどこかに誘導することを約束させられてい
た。おそらくはルべリオがノーラを物にするというのが、ガラティ
アが描いた筋書きだろう。その目的がすべてわかるわけではないが、
ランベルト家の成功は僕たちの不利になる可能性が非常に高い。だ
から、妨害することにした。
 結果的にノーラを助ける事にはなったが、別にそれが正しいから
ではなく、利害の問題でしかない⋮⋮まぁ、これでオリヴィアがノ
ーラを味方に取り込むことが出来れば、ローランド家を味方につけ
ることが出来るかもしれない。未来への投資はしないよりはした方
がいいだろう。

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﹁ダリア、水差しをもってきて⋮⋮﹂
 当たり前のようにつぶやいて、今ダリアは地下水路の奥にいるこ
とに気が付く。彼女が地下水路に身を隠すようになってからしばら
くたつが、いまだにこの癖が抜けない。まだ日が高い時間だから、
シロもディアナもまだ寝ているか調査を続けているだろう。アスタ
ルテは別件で“神殿”にこもらせたっきりだが、彼女ならうまくや
ってくれるだろう。
 ⋮⋮アスタルテの過去についてわかったこともあるが、それを本
人に確認するのはまだあとになりそうだ。その確証をとるためにジ
ェンマ商会に頼み事をしているが、まだ荷が届いたという話は来て
いない。
 そんなことを考えていると、水盤の向こう側では事態が動いてい
た。
◆◆◆
﹁何でそんな奴に、という顔をしているわね﹂
 ことさらゆっくりと立ち上がり、オリヴィアが言葉を紡ぐ。
﹁そんなこと⋮⋮っ﹂
 少しだけ構えた体勢で、ノーラがオリヴィアを睨む。部屋の奥に
いてこの事態を見守っていた宮廷雀が小さく悲鳴を上げる。
﹁ノーラさん、あなたはニナさんの親友と聞いています﹂
 オリヴィアが小さく唾をのむ。ノーラの言葉を遮るように、やけ
に明るく、煽るような口調で、ある言葉を口にする。
﹁そうよ、あなたなんかに⋮⋮﹂
﹁炎の戦神の金床にかけて。私はニナさんとも知り合ったばかりだ
から、あなたのことが羨ましいの。だけど、あなたとは一緒にお話
しできそうにないわね﹂
 からかうように届けられた一言。しかし、オリヴィアの顔に余裕
はあまりない。不敵な笑顔を張り付けているが、近くで見れば小さ

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く汗が浮いていることがわかるだろう。
 ノーラは、その一言で顔色が真っ赤になり、直後に青くなる。言
葉が途切れ、視線が斜め下に向く。数秒間の沈黙の後、ノーラは正
面を向き、宣言する。
﹁へぇ、そうなの⋮⋮。でも、あたしはあなたと話したいことがあ
るの。ニナも来て。まさか、断りはしないわよね?﹂
 オリヴィアは小さく頷き、ニナに同行を促す。ニナは既に蒼白に
なっているが、オリヴィアと一緒に歩き出す。
﹁ねぇ、ノーラさん。どこに行きましょうか? 散らかっているけ
れど、私の執務室にでもいきましょうか?﹂
﹁なんでそんなところに。いいから、黙ってついてきてくださる?﹂
 周囲のざわつきを気にする様子もなく、ノーラは歩いていく。オ
リヴィアはゆっくりと周囲を見渡し、微笑みを浮かべるとニナを連
れてそのあとに続く。さぞかし、周囲には得体のしれない笑みに見
えただろう。
 宮廷を出て、ローランド家の紋章が入った馬車に乗り込む。派手
な飾りがされているとはいえ、ローランド家の家風を示すように大
きく、堅い屋根付きの馬車だ。おそらくは襲撃された時の防衛まで
想定して作ったものだろう。
 乗り込むと同時に、ノーラが御者に命じて馬車は動き出す。ガラ
ガラと車輪が響きを上げるが、扉を閉めるとそのうちに気にならな
くなる。
﹁子の中なら、盗み聞きされる事もないわ⋮⋮で、一体どういうこ
となの?﹂
 先ほどまでの怒りは収まったのか、ノーラが早速声を上げる。そ
の声を聴いて、ニナが漸く安心したのか目じりに涙を浮かべ、抱き
つく。
﹁ノーラ⋮⋮よかった、わたし、ノーラとオリヴィア様が喧嘩にな
ったどうしようって、ずっと、ずっと心配で﹂

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 飛びついて来た親友に驚きつつ、助けを求めるようにオリヴィア
を見る。彼女は口元に何かを掲げ、小さくつぶやいていたが、すぐ
に落ち着いたようにノーラに向きなおる。
﹁この馬車の中には、妙な仕掛けはされてないみたいね﹂
﹁馬車も御者も我が家の信頼できるものだから、当然に決まってる
じゃない。いったいあなた、あたしに喧嘩を売る以外の何がしたか
ったの?﹂
 ノーラは十分に理性的だったが、気が短いのは事実らしい。涙を
浮かべて抱きついている親友をあやしながら、それでも意識は油断
ならない新参者であるオリヴィアに注意を向けている。
﹁あぁ、ごめんなさいね。私、臆病なのよ。でも、よかったわ。ニ
ナから聞いた、二人だけの秘密の暗号が通じて⋮⋮意味を聞いてい
ても、私がそれを言って信じてもらえるか心配してたのよ﹂
﹁何が臆病よ、あんだけ派手にやらかしやがって⋮⋮炎の戦神の金
床にかけて、ってのは、ここから話すことはあべこべよ⋮⋮ってい
う取り決めなの。ニナがあんたにそれを教えたってことは、何か理
由があると思っただけ。何もなかったら本当にそのきれいな顔叩き
潰してやるわよ﹂
﹁⋮⋮あなたが強引にニナを連れて行ったという証拠を残したかっ
たの。そうしないと、彼女に不利益が残ってしまうから﹂
 その言葉で、ノーラの表情が一変する。
﹁どういうこと? もしかして⋮⋮﹂
﹁そう、彼女は脅迫されてる。犯人が誰かについては、まだ確証が
ないから言えないけれど⋮⋮その標的は、あなたよ﹂
﹁ごめんなさい、ごめんなさいノーラ⋮⋮わたし、何もできなくて
⋮⋮あなたにも、言えなくて⋮⋮死んでしまおうって思って、でも
怖くて⋮⋮﹂
﹁ば、馬鹿! 死ぬだなんて、何言ってるのよ! あんたにはちょ
っと頼りないけど婚約者だっているし、それに⋮⋮ああ、もうどう
いうことなのよ﹂

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 泣きじゃくるニナをなだめながら、オリヴィアに先を促す。
﹁⋮⋮私には敵が多いの。それで、色々調べているときに偶然その
子が抜き差しならない状況に追い込まれたことを知ったのよ。私と
しては、あなたが味方になってくれるか敵に回るかまだ分からない
状態から、敵側に回るのを阻止したかっただけ⋮⋮私が彼女を助け
たのは単に打算の問題。だから、私には感謝しないで﹂
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。

2015年9月12日00時47分発行
http://novel18.syosetu.com/n5910br/

人食いダンジョンへようこそ!

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PDF小説ネット発足にあたって
 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
たんのう
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。

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