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異世界魔術師は魔法を唱えない(旧題:異世界魔術の有用性)

もち

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︻小説タイトル︼
 異世界魔術師は魔法を唱えない︵旧題:異世界魔術の有用性︶
︻Nコード︼

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 N5389BX
︻作者名︼
 もち
︻あらすじ︼
 勇者召喚とやらでやってきたのはいいが、この世界の魔術はショ
ボイ、仲間は弱い、元の世界にも帰れないという、どうしようもな
い状態だった。
とりあえずこの世界での安全を確保するため、使える物はすべて利
用してやる。
洗脳や暴力を駆使してでも異世界の安全な生活を求めて暗躍する、
そんな感じのお話です。
第1話︵前書き︶
初めまして、正月休み中に書いてみました。拙い文章ですが、暇な
ときに読んでくれると嬉しいです。
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第1話
﹁ああっ、これで4人目の勇者様の召喚も成功しました!﹂
 俺の目の前で叫んだのは金髪碧眼に豪奢なドレスを着た、まるで
中世のお姫様のような格好をした女だ。というか、俺は別に勇者じ
ゃないと思うのだが。
 俺は現在、どこか別の世界へと来ている。
 研究室で新しい戦略級術式の開発に勤しんでいたところ、強制召
喚型の魔方陣が突然展開され、気付いたときには四方を兵士らしき
奴らに取り囲まれていた。そこで正面の女が言ったのが先程の台詞
だ。
 学会でも何回かあった報告例から考えるに、ここは魔法依存の文
明を築いている中世レベルの国家で、俺は大方勇者召喚という適当
な人物を呼び出せる強制召喚術式により呼び出されたということな

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のだろう。兵士らしき奴らが着けている時代遅れの鎧からするに、
俺の予測も間違ってはいないだろう。
﹁勇者様、どうかしましたか?﹂
 思考に集中していたため、何も話さないでいる俺を不思議に思っ
たのか、女が話しかけてくる。格好からするにどう考えても下働き
の感じではない、おおかた姫とかそこら辺の人物だろう。
﹁ああ、すまない。召喚陣で呼び出されたのは分かるが、ここはい
ったいどこなのだろうか?﹂
﹁あら、勇者召喚についてはご存知なのですね、それならば話が早
いです。ここはアンリエント王国の王宮内で、私はアンリエント王
国第一王女ソフィア・ル・アンリエントと申します。我々は勇者様
に協力をお願いしたくて呼ばせて頂きました。お名前を伺っても宜
しいでしょうか?﹂
﹁これはご丁寧に。私はヤード・ウェルナーと言う者だ。私が呼ば
れた理由について尋ねさせてもらってもいいだろうか?﹂
﹁それに関しましてはヤード様の他にも勇者様がいらっしゃいます
ので、国王の方から皆様にお話させて頂きます。どうぞこちらへ﹂
 俺の他にも呼ばれているのか、同じ世界か同じ文明レベルの奴が
いるといいんだが。
 彼女は私を促し、先を歩いていく。廊下には高価な調度品が置い
てあったりするが、あまり機能的な造りはしていないようだ。長い

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廊下や階段を延々と歩き、やっと目的の部屋らしき所へ到着する。
 入り口の横に立っている兵士達が扉を開けると、中には国王らし
き男と王妃らしき女が玉座らしき場所に座っていて、その脇に若い
男達がおり、周りにはやたら金がかかっていそうな服を着た者達が
立っている。
 入り口のすぐ近くには20代後半ぐらいの男が2名と10代後半
ぐらいの女が1名、多分これが呼ばれた勇者達だろう。男の片方は
明らかにこの世界の文明レベルでは作れないような迷彩色の服を着
ている。
 姫に促されてそいつらの横に並ぶと、姫は国王の近くに行ってし
まった。
﹁勇者達よ、良くぞこのアンリエント王国に参られた。私はアンリ
エント国の国王ヴェルギリウス・ル・アンリエントである。突然呼
ばれて戸惑っているとは思うが、理解できるまで何度も説明はしよ
う。まずはそなた達のことを教えてはもらえんか?﹂
 流石は国王、普通に話しているだけでも、声に威厳みたいなもの
が感じられる。俺達は顔を見合わせると、反対側の端にいた男、赤
髪のイケメン君が自分を指差した。どうやら先に発言してくれるら
しい。
﹁私はナギア帝国蒼天騎士団所属のアレク・ギルフレイアと申しま
す。大精霊様のお告げにより、魔王討伐の命を受けてこの世界に飛
ばされて参りました﹂
 イケメン君改めアレクはどうやら神や精霊と言った存在が実在す
る世界から来たようだ。
 勇者召喚といっていた強制召喚型の魔法は、神からのお告げのよ
うに、その世界の形式にあった形で展開する。神が実在するような

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文明では託宣のような形が取られるので、奴の世界では大精霊とや
らが神の代わりなのだろう。
 別に精霊だから偉いとかそういうわけではないが、精霊信仰が存
在して真面目に信じていると言うことは、この世界とあまり文明レ
ベルでは変わらないはず。まあ服装なんかはちょっと違うが、騎士
隊所属とか言っていたし大体同じぐらいだろうと思う。
 アレクが名乗り終わると、次は隣の女が前に出た。身長は割と高
い。165から170といったところか。シスターみたいな服を着
て、金髪碧眼のいかにもな感じの女だ。
﹁初めまして。聖光教会で司祭位を頂いております、フェアリスと
申します。神からの託宣を受けまして、微力ながらこの世界の人々
を助けるべく召喚陣なる物に導かれて参りました﹂
 綺麗なお辞儀をしながら話すフェアリスだが、どうやらこいつの
世界にも神が存在するらしいな。ということはこいつの世界も同じ
レベルというのか。科学技術や魔導技術のレベルが一定の水準以上
になれば神や精霊といった存在は信仰力を失い消滅するはずだから、
俺からするとこいつらは自分の世界の文明レベルが低いですよと叫
んでいるような物だ。真面目に話が合う人間がいない気がしてきた。
 フェアリスが話し終わると、次はもう一人の男が前に出る。
﹁どうも、自分は共和国軍特殊作戦部所属のサガミ・リョウヘイで
す。私が飛ばされる際にはお告げのような物はありませんでしたが、
作戦行動中に魔法陣の光に包まれ、気が付いたときにはこちらにい
ました﹂
 軍隊所属か、召喚陣のみで飛ばされてきたということは、とりあ
えず近世かそれ以上の文明レベルの世界から飛ばされてきたようだ。
 それにしても作戦行動中とは可愛そうに。自分の部隊がどうなっ

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ているか気になっていることだろう。しかし彼の態度からは不安の
色は一切見えない。流石は軍人だと思わず感心した。
 さて、次は俺の番だが、こういう大勢の前で話すのは苦手だ。他
の奴らは肩書きからしてこういうのも慣れているだろうが、研究室
に引きこもっていた俺はこういう大勢に注目されるシチュエーショ
ンの経験があまりない。内心ドキドキしながら、何とかまともに見
えるよう胸を張りながら前に出る。
﹁どうも、私はジーノ超魔導帝国魔導研究室、戦略級術式開発班所
属のヤード・ウェルナーだ。研究室にいるところを召喚陣に引っか
かり、ここに飛ばされてきた﹂
 周囲の視線が集まっているのが分かる。勇者という存在に期待の
眼差しを送っている者や明らかに珍しい物を見る目つきでこちらを
見ている者など様々である。特に俺の格好に注目している奴が多い。
確かにこちらではジャージは珍しいと思うが、そんなにジロジロ見
ないで欲しい。視線を感じながら後ろへと戻る。
﹁うむ、そなた達がこちらにやってきた理由は理解した。ではそな
た達をこちらへと呼んだ理由について話そう。我が国は現在ダーロ
魔帝国と戦争状態であり、国境地帯では幾度と無く激しい戦闘が繰
り広げられている。だが彼の国は掟破りの行為を始めたのだ。戦場
に強大な魔物を解き放ち、我が国の精鋭達が次々と倒されていった。
ようやく魔物を倒したときには、多くの兵の命が失われていた。こ
のままでは前線の崩壊は必至である。そこで苦肉の策として、勇者
召喚を使わざるを得なかったのだ。そなた達には是非、魔帝国の軍
勢を倒して欲しい﹂
﹁質問を一つしたいのだが﹂

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﹁よかろう、言ってみよ﹂
﹁仮にその魔帝国とやらを撃退した後、元の世界に帰れるのか?﹂
 これは割と重要な問題だ。最悪の場合自分で送還陣を書くことは
出来るが、その場合色々手間が掛かるので下手したら数年がかりの
作業となってしまう。そんなに仕事を開けたらまず間違い無くクビ
になってしまう。
﹁それは⋮⋮残念だが出来ぬ。勇者召喚は呼ぶことしか出来んのだ﹂
 国王の言葉を聞いて勇者達に動揺が走る。まあ学会でも送還魔法
の存在率は約4割と報告があったので、多分出来ないだろうと考え
ていた俺は動じなかった。心の中では悟りの境地に達していたが。
グッバイ、俺の仕事。
 勇者達の中でもサガミの動揺が酷い。先程までの冷静な態度が崩
れ、目がそこかしこに泳いでいる。先程までは態度には出していな
かったが、よほど作戦やら部隊やらが心配だったのだろう。
 そんな勇者達の動揺を見て、周りの奴らは何やらひそひそと話し
ている。ソフィアは不安そうに俺達を見つめている。ここは一人冷
静な俺が何かを言うべき場面なのだろうか。
﹁そなた達には申し訳なく思う。出来る限りこちらでの待遇は便宜
を図るので、どうか許して欲しい。情けない話だが、もはやこの国
は、そなた達だけが頼りなのだ﹂
﹁私からもお願いします、勇者様たちだけが希望なのです。どうか
この国を魔帝国から救って下さい﹂
 危ない、妙な責任感で話し出さなくてよかった。国王とソフィア

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のお願いを聞いて、アレクとフェアリスがはっとした顔で前に出た。
﹁お任せ下さい、国王陛下。大精霊と我が剣に誓って、この国の危
機は必ずや救って見せましょう﹂
﹁ええ、助けを求める者には救いの手を差し伸べるのが当然の行い
です。非力ゆえ戦うことは出来ませんが、兵達を癒すことなら出来
ます。私の力もどうかお使い下さい﹂
 二人の発言に周りの奴らからおおっ、という歓声が上がる。二人
に先走られたせいで断りにくくなってしまったではないか、正直止
めて欲しい。隣のサガミも微妙そうな顔をしているので、どうやら
俺の考えが変わっているわけではなさそうだ。俺はこの国の人間で
も死にたがりでも何でもないので、好き好んで戦場で戦いなんてし
たくないと考えるのが当然だろう。
﹁そうか! 我が国の危機に駆けつけた勇者達に栄光あれ!﹂
 国王の声の後に大臣達も﹁栄光あれ!﹂と叫んでいる。気付いた
ら巻き込まれているのはいつものことだが、何とも余計なことをし
てくれたものだ。サガミはため息をつくと、吹っ切れたような顔で
国王に向かい綺麗な敬礼をした。お前までやる気出すなよ、これも
う完全に断れる雰囲気じゃなくなってしまったね。諦めの境地に達
した俺は、顔面神経痛にかかったような引きつった笑みを浮かべて
おくことにした。
 謁見の後、ひとまず俺達はそれぞれに与えられた部屋に行き、そ

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の後アレクの部屋に集まった。現在この部屋にいるのは勇者4人と
姫、部屋付きのメイドの6人である。
﹁まず各自の能力について教え合うことから始めようと思う。始め
は私から行かせて貰うので、順に言っていってくれ。私は主に魔法
剣で戦う。魔法は使うことが出来ないが、精霊達の加護が宿るこの
剣でなら、魔帝国の兵達が何人来ようとも倒すことが出来るだろう﹂
 アレクは自信ありげな顔で剣を抜いた。確かにそこそこの魔力が
込められている。しかし国同士の戦争に対人戦用の能力は微妙だな。
戦術級術式すら使えないとは、流石は中世といったところか。
 とりあえずどんなものか見せてもらうと、剣の周りに電光が走っ
ている。アレク曰く五つの属性を持たせることが出来るそうだが、
やはりこいつは余り戦力にならないな。
 アレクが一通り魔法剣を見せ終わるとフェアリスの方を向き、フ
ェアリスが頷いて立ち上がる。どうやら次はフェアリスの番のよう
だ。
﹁私は戦闘用の魔法は出来ませんが、癒しの魔法が使えます。死ん
でさえいなければどんな重傷者でも治すことが出来ると思いますの
で、後ろで負傷者の手当てをしたいと思っています﹂
﹁神の恩寵である回復魔法を人の身で使うことが出来るなんて⋮⋮
フェアリス様は聖女だったのですね﹂
 姫に聞いたところによると回復系術式は聖女と呼ばれる人間しか
使えないそうだ。まさか魔導技術の発達がここまで遅いとは。個人
の能力に寄らない回復系術式は何種類か知っている。なかでも神の
恩寵と言われる信仰心を元にした術式は最も原始的なものだ。それ
なのに、この世界ではそれすら使えるものが少ないとは驚きだ。こ

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の世界のあまりにも低い魔導技術のレベルに感動すら覚えてきた。
 俺がこの世界のヘボさを嘆いていると、サガミが立ち上がった。
やはり軍人らしく背筋がビシッと伸びていて好印象だ。
﹁私は工作魔術しか使えないが。対人戦闘力はそれなりに高いと思
う。私自身の考えとしては諜報や偵察といった任務の方が向いてい
ると思っている。部隊の振り分けの際には一考してくれると助かる﹂
 サガミの言う工作魔術は、ゴーレム作成とか武器作成みたいな種
類の術式だ。初期文明の発展の際に、魔術に頼らない進化を遂げた
後に魔導技術体系を確立した世界でときどき見られる、結構レアな
術式と言っていい。少なくとも科学技術の知識があるということで、
他の二人よりも使えそうだ。戦闘は工作魔術で作った武器を使った
戦い方をするらしい。
﹁それじゃあ、次はヤード様の番ですね﹂
 考え事をしていると俺の番が回ってきた。ここは俺の世界の凄さ
をアピールするチャンスなので、自信ありげな感じで話してやろう
と思う。
﹁ああ、基本的な魔術は全て使えると思ってくれていいが、特に第
4種戦略級術式と、第7種精神感応系術式を専攻していたので、そ
れらの術式を得意としている。戦場に赴くなら後方支援担当だと有
り難い﹂
 第4種戦略級術式とは、魔法陣を用いた超遠距離広範囲を対象と
することの出来る魔法の術式体系で、第7種精神感応系術式とは、
魔法の発動の際の発音・動作要素を必要としない、念話や窃思など
が出来る魔法の術式体系のことだ。

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﹁待て、お前が何を言っているのか分からん。戦略級とは大規模な
範囲魔法のことだろうが、もう一つの方をもう少し詳しく説明して
くれ﹂
 サガミがそんなことを言ってくる。これ以上ない位に簡単な説明
だったのに、魔導技術のレベルが低い奴らはこれだから困る。仕方
が無いので実演として念話を発動する。
︵つまりはこういう魔法だ︶
︵あれ? ヤード様、今お話しになりました?︶
︵これは⋮⋮大精霊のお告げのようなものということか?︶
︵託宣のような感じがしますが、あなたが話しかけているのですよ
ね?︶
︵音を媒介としないで会話することが出来る魔法か。それにしても
詠唱も道具も無しに使えるとは、素晴らしい魔法の使い手だな︶
 約一名分かってないのがいるみたいだが、勇者達には伝わったの
でよしとする。
 本当は念話じゃなくて洗脳や窃思の方が得意なのだが、魔法を理
解できない未熟な文明の奴らにはこの素晴らしさが理解できないと
思われるので、言わない方がいいだろう。
﹁その魔法は、例えばここから前線となっている国境まで飛ばすこ
とが出来るのだろうか?﹂

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﹁ああ、人物の特定が出来ていれば大丈夫だ。何か目印のような物
を持っていてもらえば、この世界のどこにいても特定することが出
来る﹂
 サガミがいい事を聞いてきたので答える。あまりに凄い術式に驚
き固まっているかと思って周りを見ると、驚愕しているのはサガミ
だけだった。他の奴らは﹁それが何か?﹂と表情で語っている。う
ん、正直奴らのレベルの低さを舐めていた。これは反省せねば。
 一応炎とか出して見せたが、そっちの方が褒められたのがショッ
クだ。戦略級術式は実演できなかったがまあいいだろう。この分で
は見せても大差ないと思うし、魔法陣を描くのも大変だし、なによ
り使用する魔力量が多すぎて無駄撃ちなんぞしたくない。
﹁よし、これから私達4人は力を合わせて魔帝国と戦っていこうと
思っている。そのためにはお互いに信頼し、協力し、助け合ってい
こうではないか。もちろん毎日の鍛錬を忘れずに行い、この国に早
く馴染めるよう努力していくことも大切だ。そして⋮⋮﹂
 長い長いアレクの話に飽きてしまった俺は、真面目に聞いている
フリをしながらこれからの事を考えている。正直な話、俺はこいつ
らと違って戦争しに行くなんてゴメンだ。誰がわざわざ死ぬ可能性
のある戦いに参加しようと思うのか。行くにしても危険の少ない場
所にして欲しい。いざとなったらこの城から逃亡することも視野に
入れておこうか。
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第1話︵後書き︶
ここまで読んでいただき、有難う御座います。誤字脱字の報告など
ありましたら、よろしくお願いします。
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第2話
 会議の後は国王や姫達と一緒に食事を取り、そのまま部屋に帰っ
た。残念ながらシャワーも風呂も無いらしく、身体をお湯で拭くぐ
らいしかやっていないそうだ。
 俺は意外と綺麗好きなので、一日風呂に入らないだけでもかなり
の苦痛だ。仕方が無いのでせめて身体を拭うぐらいはしようと思い、
お湯を持ってきてもらう。
﹁失礼します、お湯をお持ちしました﹂
 お湯を持ってきたのはこの部屋付きのメイド、ティアさん。見た
目は20代前半ぐらいで、肩口までの長さの黒髪を持つ可愛らしい
顔立ちの人だ。俺の好みにもばっちり合っている。

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﹁ヤード様、お体お拭きします﹂
﹁そうか、すまないな﹂
 いえいえ、と笑いながら返してくるティアさん。研究室にもこう
いう娘が欲しかった。
 服を脱ぎ上半身を晒すと、意外と筋肉質だった俺の身体に驚いた
のか、ティアさんは目を大きく開いている。戦略級術式は魔力の他
にかなりの体力も持っていくので、研究室に篭っていても毎日の鍛
錬は欠かさないのが現代魔導師のあるべき姿だ。
﹁とても鍛えられていますね。魔法使いの方々は、あまり鍛えてい
ない人が多いと思っていたので、ちょっと驚きました﹂
﹁私の世界では、魔導師は己の身体を鍛えている者が多いのだよ﹂
 しげしげと見つめられたので力を入れて筋肉を盛り上がらせてみ
る。その姿を見て、俺の身体を拭きながら頬を染めているティアさ
ん。この反応は好感度がアップしたに違いない、我が人生の春が来
るのも遠くないなと思った瞬間、俺の脳内に警告音が鳴り響いた。
︵﹃第1魔導障壁、貫通されました、第2魔導障壁、防御に成功。
攻撃術式の逆探知に成功しました。攻撃術式は至近距離からの第7
種物質干渉系によるもの﹄︶
 物質干渉系ということは攻撃ではなく肉体情報を探ろうとしたの
だろうか。それにしても何という事だ、至近距離には現在ティアさ
んしかいない。彼女が俺に対して術式を発動したのは明白だ。誰か
に脅されて魔術を仕込まれていたのだろうか。それとも実は洗脳状

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態になっているかもしれない。
 嫌がるティアさんにこんなことをさせる奴は誰だ、と思いながら
ソートスティール
窃思を発動する。
︵おかしい、何故ステータスが見れないのでしょう? まさかこち
らの意図に気付いて魔法防御用の魔道具を仕込んでいるとか? で
もそんな物を着けている様子は無いし⋮⋮このままでは公爵様に報
告が出来ない⋮⋮︶
 術式が発動して、彼女の真っ黒な心の声が聞こえてきた。
 クソ、どうせこんな展開だろうと思ってたよ。術式を発動したの
が彼女しかいないんだから、どう考えても彼女が一番怪しい。でも
彼女は脅されてやっていたと信じたかったんだ。正直な話、脅され
ている彼女を救い出して好感度アップを狙っていたんだ。
 一通り心の中で嘆いた後、まずは公爵が誰なのかを調べないとい
サイコメトリー
けないので、記憶閲覧を発動してみた。分かったことは、公爵とは
ディアン公爵という、謁見のとき右側の方にいた男だということだ。
なんて事だ、まさか国に疑われているとは。助けてくれと言ってお
きながら、こちらのことは信用していなかったという事か。
﹁拭き終わりました。また何かありましたらお気軽に声をおかけ下
さい﹂
 俺が色々考えているうちに身体を拭き終わったようで、お湯を持
って退出しようとする彼女を慌てて呼び止める。俺はこんな扱いを
されても黙っている程お人よしではないので、元凶のディランとい
う奴にこの仕打ちに対するお礼をしようと思う。
 ティアさんは俺のタイプなので、今回のことは見なかったことに
する。

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﹁ちょっとこちらでも同じ術式が発動するか試したい。協力者が必
要なので、すまないがつき合って貰えないだろうか?﹂
﹁あ、はい、大丈夫です。どんな魔法なのですか?﹂
﹁接触していない相手に接触しているかのように他の術式を飛ばせ
るようになる術式だ。これがあれば前線の兵に回復も飛ばせるよう
にすることが出来るんだ﹂
﹁素晴らしい魔法ですね! 分かりました、私でよければ協力させ
て下さい﹂
 俺の術式に興味があるようで、彼女はお湯を床に置いて嬉しそう
にこちらにやってくる。この笑顔が演技だとわかってしまったから
には、嬉しさよりも悲しみが湧いてくる。
 術式の発動条件を満たすために元の世界の硬貨を渡すと、彼女は
不思議そうに裏返したり指で弾いてみたりしている。今から発動す
る術式に関して嘘は言っていないので、もし彼女が虚偽を見抜く魔
道具か何かを持っていてもこちらの意図には気付かないだろう。
﹁そのコインは持っていてくれ。今から使う魔術は、そのコインを
持つものにしか使えないし、相手の同意も必要なんだ。魔法抵抗の
魔道具などを持っているなら、それも外してくれ﹂
﹁そういったものは持っていないので大丈夫です。いつでも始めて
ください﹂
 彼女はそういっているが、対洗脳術式用の障壁が展開しているの
は既に分かっている。不可視状態なので気付かれていないと思って
いるようだが、記憶を読んでいるのでバレバレである。まあこれぐ

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らいの障壁なら貫通できるのであってもなくても変わらないのだが。
ドミネイト
 許可も頂いたので第2種精神感応系術式、支配を発動する。
 この魔術は術者の所有物︵主に首輪︶を与えられた相手しか対象
に出来ず、さらに術式を使われることに同意している場合か、あら
かじめ定められた契約を破った相手の場合のみ使うことが出来る術
式だ。
 効果は対象の記憶や感情を自由に操作することができ、さらにそ
の対象が術者から離れていても接触型の術式︵普通は尋問・拷問用
の術式︶を飛ばすことが出来るようになるという便利なものだ。
ブレインウォッシュ
 この術式は洗脳とは違って操作した後の相手の記憶や感情を普通
の状態として固定してしまうので、解呪などの対抗魔術でも治すこ
とが出来ない。人の記憶を弄るなんて許されないとか言われるかも
しれないが、俺としては抵抗できない奴が悪いと思う。
 術式の効果が現れた彼女は、記憶を弄られ精神を変質させる時に
生じる怖気で身体を震わせるが、すぐに落ち着きを取り戻し、先程
とは違う感じの目でこちらを見つめてくる。
﹁お前の本当のご主人様は誰だ?﹂
﹁ヤード様です﹂
﹁お前がディアン公爵に従っているのは何故だ?﹂
﹁ご主人様の命令で、奴から出来る限りの情報を引き出すためです﹂
 よし、うまくいったみたいだ。これで彼女は俺のコマとなった。
先程までの演技とは違い、本当の笑顔でこちらを見つめてくる彼女
はとても可愛い。せっかくなので俺に対する好感度を出来る限り上
げておいたのだが、この判断は間違っていなかったようだ。
 操作された好意を嫌う者もいるかもしれないが、愛なんて所詮は

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脳内麻薬と電気信号が作り出す錯覚だ。そんなに特別視するような
物でもない。

﹁よし、公爵についてお前の知っている情報を教えてくれ﹂
﹁分かりました。公爵は反王家グループのリーダーで、魔帝国とも
繋がっています。今回私が命じられたのは、ご主人様を含む勇者達
の能力を調査し、出来るならば隷属魔法のかかった腕輪をつけさせ
ることでした。魔帝国に勇者達を引き渡した暁には、魔帝国での公
爵位が与えられると言う約定を交わしているそうです。この件を知
っているのは、公爵とクロイツァ伯爵、グートラン伯爵、ニルド男
爵と、私を含む勇者様方の部屋付きの者達の8名です﹂
 なるほど、劣勢の王国を見捨てて、魔帝国に亡命しようとしてい
たのか。確かに勇者という外部の者に頼る他無いこの国は、いつ沈
んでもおかしくない泥舟のようなものだ。だが俺達、というか俺を
奴隷にしようとするとはとてもじゃないが許せない。これはどうや
ってお返ししてやろうか。
 俺がふと顔を上げると、ティアさん、もうティアでいいか。ティ
アがもじもじと身体を揺らしながら、何かを欲しそうな目でこちら
を見ているのに気付いた。そういえば彼女にご褒美を与え忘れてい
た。
﹁ああ、すまないな。褒美をやるからここへ来い﹂
 ベッドを叩いて横に座るよう促すと、嬉しそうにそこに座りこち
らに寄りかかってくる。服越しでも分かる彼女の柔らかさに、こち
らの気分もいい感じに高まってくる。
 ベッドに押し倒して唇を奪うと、舌を伸ばし積極的に絡め合おう
としてくる。歯茎を舐め、唾液を送りこみ、彼女の荒い息遣いを聞

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きながら口の中を存分に堪能する。彼女の口の中は何故か甘いよう
な気がした。彼女もこちらを抱き寄せて俺とのキスを楽しんでいる
ようだった。
 口を離すと名残惜しそうに舌を伸ばしてくるので、唾液を垂らし
てあげると美味しそうに飲み込んでくれた。
﹁どうだ、満足したか?﹂
﹁あ、ご主人様⋮⋮その⋮⋮﹂
 俺の問いかけに、彼女は答えにくそうに顔を逸らしている。恥ず
かしながらも股間を押さえて、何かを期待するようにちらちらとこ
ちらを見てくる様子には、こちらも興奮を抑えずにはいられない。
 しかし、そこであえて彼女の様子に気付かない振りをして立ち上
がり服を調える。そうすると彼女は悲しそうな顔になってこちらを
見つめてくるのだ。
﹁どうした? 何か言いたいことがあるなら言ってみろ﹂
﹁⋮⋮ご主人様にもっと奉仕させてください。私の身体でご主人様
を喜ばせて差し上げたいのです﹂
﹁いいだろう。服を脱いで待っていろ﹂
﹁っ! はいっ!﹂
 嬉しそうな声をあげ、彼女はいそいそと服を脱ぎ始める。俺も服
を脱いでベッドの上へと上がる。彼女は意外と着やせするタイプの
ようで、胸は思ったよりも大きかった。恥ずかしそうに腕で隠そう
としているが、かえって彼女の胸の大きさを誇張しているように見

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える。
﹁まずは俺の物を舐めてもらおうか﹂
 彼女の目の前に肉棒を突きつけると、待ちきれなかったように先
端に口付けをしてくる。ティアのような女性が、舌を伸ばし俺の肉
棒を美味しそうに舐め上げているのを見ると、何とも言えない優越
感が湧きあがってくる。
 初めてなのかあまり上手ではないが、根元から先端までを丹念に
舐めて、口の中で必死にしゃぶっている。彼女の熱心な奉仕のおか
げで、肉棒は彼女の唾液でべとべとになっている。
﹁んんっ⋮⋮ごひゅじんひゃま、どうれふか⋮⋮?﹂
 肉棒に奉仕しながら俺の方を上目遣いで見てくる彼女を見ている
と、急に悪戯心が湧いてきた。彼女の頭を掴むと、喉の奥にまで叩
き込むように腰を動かす。喉奥に衝撃を受けたせいで彼女がえづい
ているが、その反応が心地よい刺激となって俺を感じさせるので、
彼女が苦しんでいるにも関わらず何度も腰を叩き込む。彼女の方も
苦しいだろうに肉棒を吐き出さず、むしろ必死に舌を動かして舐め
しゃぶってくる。
﹁んっ、そろそろ出そうだ、口に出すぞっ﹂
 俺の言葉に頷きながら、彼女はさらに激しく奉仕し始める。いよ
いよ出そうになったので、喉の奥まで届くよう思いっきり肉棒を突
き入れて射精する。喉奥に当たった反射反応で彼女の喉がきゅっと
絞まり、その刺激を感じながら、彼女の喉に大量に注ぎ込む。
 彼女は戻しそうになりながらも必死に精液を飲もうとしているよ
うだが、飲みきれない分の精液が逆流してきて、口から少し零れて

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いる。零れた精液を拭い取り飲み込むと、こちらに向けて蕩けたよ
うな笑みを浮かべた。
﹁はあぁ⋮お掃除させて頂きます⋮⋮﹂
 中に残った精液を吸い取り、唾液と精液でべとべとになった肉棒
をぴちゃぴちゃと音を立てて舐め清めている。そんな姿を見ている
と、俺の方も再び固くなってきたので、奉仕中の彼女を止め、仰向
けに寝かせる。
﹁そんなに熱心に奉仕されては我慢が出来ん。今からお前の中に入
れるぞ﹂
﹁はい、ご主人様の熱い肉棒で、私の膣内にご主人様の形を刻んで
ください﹂
 そこまで言われて断れるはずも無く、既に濡れている彼女の膣穴
を一気に貫く。初めてではないのか、膜を破るような抵抗は無かっ
たが、中は処女のようにきつく肉棒に絡みついてくる。彼女の方も
痛みは感じていないようで、積極的に快感を得ようと自ら腰を動か
している。やわやわと指が沈み込んでような彼女の胸を揉みしだき
ながら、彼女の言ったように俺の形を覚えさせるべく子宮口に届く
ように深く肉棒を叩き込んでいく。
﹁あぁああっ! ご主人様ぁ、気持ちいいですぅ!﹂
﹁ああ⋮お前の中も気持ちがいいぞっ! さっき出したばかりだが
すぐに出てしまいそうだ!﹂
 俺を抱きしめてキスをねだってきたので答えてやると、俺の舌に

23
積極的に絡めてきて、唾液も美味しそうに飲み込んでいく。彼女の
膣内は俺の精液を搾り出すようにきゅっときつく締め付けてくるの
で、こちらも存分に彼女の中を味あわせてもらう。
 彼女の方は完全に蕩けきっており、まるで恋人を見るように頬を
染めて、腕や足を絡めて肌を密着させてくる。その柔らかい感触を
楽しみながらも、こちらの余裕はそろそろ無くなってくる。
﹁ティア、中に出すぞ!﹂
﹁はいっ! ご主人様の子種を私の中に注いでくださいませっ!﹂
﹁ああ、イクぞっ!﹂
﹁はぁあああん! ご主人様の子種汁が、私の中に入ってきますぅ
!﹂
 思いっきり彼女の奥に腰を打ちつけ射精する。彼女も精液が撃ち
つける快感で絶頂に達したのか、膣内がきつく閉まり、精液を搾り
出そうとしてくる。あまりの気持ちよさに今まで出したこと無いほ
ど大量の精液が出ているのを感じるが、彼女の方もそれは同じだっ
たようで、あまりの快感で背を逸らしながら絶頂し続けている。
﹁はあ⋮⋮はあ⋮⋮ありがとうございました、ご主人様﹂
 彼女が落ち着くまで待った後、恥ずかしそうに顔をうつむかせな
がらも、嬉しそうな声でそう言ってくるので、思わず押し倒して第
二戦を始めてしまうほどに、そのときの彼女は可愛かった。

24
第2話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
25
第3話
 昨日は結局3回もしてしまった。体力的には少し辛いが、精神的
にはこれ以上ないぐらいに絶好調だ。黒髪美人は最高だな。まあそ
れは置いといて。
 あの後聞いた話によると、どうやらディアンは魔帝国の軍が攻め
てきた際に、内側から騒ぎを起こしつつ敵兵を引き入れる役目を負
っているそうだ。勇者達もそのときに離反させて王国を混乱させよ
うという算段らしい。
 まあ勇者達を引き渡す方は既に達成不可能になっているのだが、
そのときまで奴にはばれない様にしておくのがいいだろう。俺から
のサプライズプレゼントだ。他にも何かしてやりたいが、どういっ
たものがいいだろうか。
﹁ご主人様、お着替えの方お持ちしました﹂

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 ディアンへの制裁方法を考えていると、ティアが換えの服を持っ
てきてくれる。流石に換えの服は持って来ていないので、この国の
物を持ってきてもらうことにしたのだ。
 始めは貴族が着るという服を持って来ようとしたのだが、あんな
ゴテゴテした服は俺の趣味には合わないと言ったら、もっと動きや
すい服装を持ってきてもらった。
 これは平民が着る服らしいが、生地が悪くて少しガサガサする。
ジャージの快適さが実感できるな。
﹁ティア、今後の予定はどうなっている?﹂
﹁勇者様達は、まず午前中には第二王女のマルガレーテ様から前線
の状況と方針についてお話があります。それが済み次第、予定では
午後には早速前線へと送り出されるようです﹂
﹁第二王女か、この国には王女しかいないのか?﹂
﹁いえ、第一王子のロベール様と第二王子のランド様がいらっしゃ
います。昨日の謁見の時にもいらっしゃったはずですが⋮⋮﹂
﹁そうか、そういえばあの時何人かいたな﹂
 昨日はそれどころじゃなかったから、気付かなくても仕方がない。
 それにしても早速前線に行くのか、これはかなり悪い状況だと思
うが、なってしまったものは仕方が無い。
 とりあえず朝食の時間まではティアといちゃいちゃしながら過ご
すことにするか。

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 昨日と同じく、国王達と一緒に朝食を取ることになった。一つ違
うのは、昨日はいなかった女が一人増えていることか。多分あれが
第二王女なのだろう。
 金髪碧眼なのは一緒だが、縦ロールというやつだろうか、髪型が
貴族っぽい。優しい雰囲気のソフィアとは違い、釣り目気味で話し
方もはきはきとしていた。割と気が強い感じの女だ。
 食事が終わると、第二王女に続いてぞろぞろと移動する。移動中、
なんだかこっちを睨んできたのだが、初めて会った奴に何故睨まれ
なければいけないのだろうか。
 会議室のような部屋に入り、順に座っていく。今回の参加者は勇
者達とこの王女だけだ。
﹁改めてご挨拶申し上げます、第二王女のマルガレーテと申します。
勇者様達の実力は既に聞き及んでいますわ﹂
 凛としたよく通る声で自己紹介をするマルガレーテ。ソフィアの
方は姫って感じだが、こいつは王女って呼んだほうがしっくり来る
な。御伽噺に出てくるような縦ロールが似合ってはいるが、見た目
はソフィアのほうが好みだ。
﹁さて、早速ですが現在の状況についてお話させて頂きます。現在
我が軍と魔帝国軍は国境近くにあるグルタ要塞のところでにらみ合
っております。もし仮にここの要塞が敵の手に落ちるようなことが
あれば、我が国の防衛ラインは大きく後退することになりますが、
敵は我が軍よりも遥かに多くの人員を使った物量作戦を展開してお
りまして、要塞の人員も物資も足りない状態です﹂
﹁つまり我々はその要塞の防衛をすればいいのだろうか?﹂

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﹁ええ、それもしてもらいたいのですが、もっと重要なのは要塞に
送り届ける物資の護衛です。現在要塞の周辺では魔帝国の軍が物資
の運搬を妨害しているのです。このまま篭城させ、食料が枯渇し耐
え切れなくなった我が軍が打って出てきたところを叩く算段なので
しょう。逆にここで要塞に冬まで戦えるだけの物資を送り届けるこ
とが出来たのならば、冬を乗り越えられない魔帝国の軍は撤退せざ
るを得ないはずですわ﹂
﹁なるほど、つまりは持久戦というわけだ﹂
﹁篭城というなら、野外で戦うよりも色々とお役に立てると思いま
す﹂
﹁はい、勇者様方のお力があれば必ずや我が軍が勝利すると信じて
おりますわ﹂
 王女様達の会話が続いているが、要するに物資は送るから冬まで
篭城してろ、ということだ。俺としては要塞になんぞ立て篭もった
らいい的だと思うのだが、これは魔術に対する感覚の違いって奴だ
ろうか。
 現在要塞には700人ほどの兵士がいるらしいが、敵はその十倍
以上の兵力で要塞を攻撃しているそうだ。あまりにも兵力に差があ
りすぎだ。これなら勇者に頼るしかないというわけも、ディアンが
寝返ろうとしていた理由も分かるというものである。
﹁ヤード様。先程から何かお考え中らしいですが、私の話は聞いて
頂けましたか?﹂
 先程から何の反応もない俺が会議を聞いていないように見えたの

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か、唐突にこちらに話を振ってくる。この王女は相変わらずこちら
を睨んだままなのだが、これは俺のことを嫌っているというより侮
っている感じの目だと気が付いた。
﹁ああ、そちらの話は十分に理解できた。私に構わず、どうか話を
続けてくれ﹂
 視線が不快に感じたので、少し嫌味な声色を込めて返してみる。
案の定王女は顔をしかめて軽蔑するような視線を隠そうともせず送
ってくる。
﹁⋮⋮そうですか。残念ですが私、あなたにはそれほど期待してお
りませんの。昨日のことはお姉様から伺いましたが、他の勇者様方
は素晴らしい魔法を披露して下さったのに対し、あなたの魔法は正
直期待外れだったそうですね。私の話が退屈でしたのなら、どうぞ
退出なさって結構ですわ﹂
 何というか、実に脳筋な考えをしている女だ。確かに昨日実演し
テレパシー
た念話は見た目こそ地味かもしれないが、戦争においては最も重要
な情報を伝令などよりも遥かに早く伝えることが出来る便利な術式
だというのに。
 あまりの残念さにむしろ憐憫の情が湧いてくるが、周りの奴らの
中で王女の言葉に否定的な表情を見せているのはサガミだけだ。こ
の王女の言葉に頷いているのを見るに、中世組は王女の言葉に全面
的に同意のようだ。情報戦の大切さも理解してないとは、これだか
ら中世の人間は嫌いだ。
 まあいくら無知だからといって、人を侮っていい理由にはならな
い。売られた喧嘩は買う主義なので、さっさと帰らせてもらうとす
るか。

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﹁ああ、どうやら私は不要のようだから、ここで抜けさせてもらう。
失礼した﹂
 そういって部屋を後にする。部屋を出て行く俺を見て、なんだか
勝ち誇った表情を浮かべている王女を見て、いつかこいつに痛い目
を見せてやると決意した。
 会議室を出て部屋に戻ると、ティアに第二王女についての情報を
聞く。王妃が産んだ二番目の子で王位継承権的には四番目、つまり
一番低い。
 そのおかげでかなり自由に振舞えるらしく、騎士団を率いて前線
に赴き指揮を執ったりもしているようだ。今はグルタ要塞の指揮官
もしているらしい。
 指揮官としての腕はあるようで、城の兵士達からの評判も高く、
王子達よりも信頼を寄せられているそうだ。
 しかしながら、今はそんなことはどうでもいい。必要なのは弱点
となるような何かだ。
﹁マルガレーテ様に関しましては、失態や醜聞などは聞いたことが
ありません。王位継承に関してはもともと望みが殆ど無いので、親
子の仲も兄弟姉妹の仲もいいと聞いております。あのような性格を
なさっているので、男性だけでなく女性の方からも好かれていらっ
しゃるそうです﹂
﹁この国ではなかなか有能な人物と言うわけだ⋮⋮同性愛の気があ
るとか、何かそういった噂はないのか?﹂
﹁そういった話も聞いたことがありません。確かに王妃様やソフィ

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ア様には男性の家族よりも親しげに接していらっしゃるそうですが、
少々潔癖な方なので、同性愛に限らず夫婦以外の男女の仲もあまり
好ましく思われていないとのことです﹂
﹁ならば弱みを握るよりも、周りから追い詰める方向で行くとする
か。何か良い案はないか?﹂
﹁そうですね、マルガレーテ様は幼い頃から恵まれた環境で育って
きたので、およそ味方と思われている人間に裏切られたことは無い
はず。多数の人間に醜聞を広めるよりも、家族や部下に裏切られた
と思わせるような策が良いかと思われます﹂
 可愛い顔をして真っ黒な発言をしているティア。彼女はあまり怒
らせないように勤めようと思う。
 それにしても離間工作の真似事とはな、俺としては軽い仕返し程
度でいいんだが。ティアは俺が侮られたのがそれほどまでに悔しい
のだろう、マルガレーテの話をしたときからずっと顔を曇らせてい
る。
 抱き寄せて頭を撫でてやると安心したのか、こちらの胸に顔を摺
り寄せてくる。よしよし、可愛いメイドのためにも頑張ってやって
やるか。
 一番仲がいいというソフィアを当たってみる。おそらく昨日の話
をマルガレーテに伝えたのは彼女だろう。
 内密な話があると先程念話で伝えておいたので、部屋に入ると既
にソフィア以外には誰もいなかった。
﹁すまないな、話があるなどと急に言い出したりして﹂

32
﹁いえいえ、勇者様の頼みなら私程度の時間を割くなど簡単なこと
ですから﹂
 メイドが入ってきて、紅茶を二人分用意して出ていく。一応探知
をしてみるが、部屋の周辺に怪しげな人物はいないようだ。念のた
めに遮音結界を張っておき、準備を万全にする。
﹁昨日のことは既に第二王女様にも伝えられたようで﹂
﹁ええ、勇者様達の魔法のことはちゃんと伝えておきましたよ。マ
リーは特にサガミ様の魔法が気になったようです﹂
 マリーとはマルガレーテの愛称らしい、だとしたらソフィアはソ
フィとか呼ばれているのだろうか。
 上機嫌に話し続ける彼女にばれないように窃思を使うと、確かに
昨日のことを伝えたのは分かった。しかしながら、俺の情報はやは
り正確に伝わってはいなかったようだ。
 俺の次に術式について詳しいだろうサガミですら勘違いしている
と思うので仕方が無いかもしれないが、皆俺の戦略級術式というの
を勘違いしている。戦略級とは攻撃用の術式だけではなく、超長距
離転移や集団意識誘導なども含めての術式なのだ。
 そもそも攻撃用の戦略級術式は星間戦争の際にも使われるほどの
大規模なものだ。大体が敵味方の区別無く、下手をすると国の一つ
や二つぐらいを殲滅してしまうぐらいに大雑把なものしかないから、
既に戦端が開かれている場所や自国内での使用は不可能と言ってい
い。
 しかし彼女らの想像の威力は大幅に間違っており、十数名を吹き
飛ばせる程度の威力だと思っているらしい。そんなものは戦略級で

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はなくただの範囲術式程度で、戦術級ですらない。
 範囲術式など使える魔術師はそれなりにいるだろうから、俺のい
まいち頼りない情報を聞いたマルガレーテが俺を侮っている気持ち
は分からないわけではない。まあだからといって仕返しをやめるつ
もりは無いんだが。
﹁話の腰を折って済まないが、聞いていただきたいことがある﹂
﹁そういえば何かお話があるとの事でしたね。私などでいいのでし
たら、何でもお話になって下さい﹂
ガイドポスト
 ここで第7種精神感応系術式、思考誘導を使う。これは相手の理
性を鈍らせ、こちらの言葉に疑問を持たせなくする術式だ。
 別に相手の思考を操作できると言ったものではないが、これも洗
脳と違って対抗術式で解呪されない上に支配と違い条件が無いので、
使い方によってはかなり便利な魔法である。
﹁実は今、マルガレーテ様と言い争いをしてしまったのだが、どう
やら私は足手まといか何かだと思われているようなのだ﹂
﹁それは⋮⋮大変失礼を致しました、妹に代わって謝罪させて頂き
ます。お気分を害されたでしょうが、きっと妹も勘違いをしている
だけだと思うのです。どうか寛大な心で許してあげて下さい﹂
﹁ああ、大丈夫だ。こちらの態度にも非があったのだから、彼女が
悪いと言っているわけではないんだ。恥ずかしながら会議室を飛び
出してきてしまったのでな、ただ彼女と和解できるように協力して
欲しいのだ﹂
﹁そうですか。それならばぜひとも私にも協力させて下さい﹂

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 ニコリと笑っている彼女を見ていると、本当に妹との仲が良さそ
うなことが分かる。これなら予定通りにいけそうだな。
﹁ありがたい。あなたと彼女はとても姉妹仲がいいと聞いているの
で、あなたと私が仲良くしている所を見せたなら、彼女の誤解も解
け、和解できるようになると思うのだが、どうだろうか?﹂
﹁素晴らしい考えですね。私もそれがいいと思います﹂
 既に話がおかしくなっているのだが、彼女は気付いた様子もなく
俺の意見に賛同している。マルガレーテの性格を聞いた限りでは、
俺とソフィアが仲良くしているのを見たらさらに仲が悪くなりそう
だと気付くのが普通だと思うが、俺のかけた思考誘導のせいでそん
な疑問も湧いてこないのだろう。
 さて、まだまだ作戦は始まったばかりだ。席を立つと彼女の近く
へと行き、きょとんとしている彼女の手をとる。
﹁実は先程までの話、今からあなたに伝える言葉を言いたいが為で
もあったのだ﹂
 彼女の目をしっかりと見つめながら、一呼吸おいてその言葉を告
げる。
﹁ソフィア様、一人の男としてあなたを愛している﹂
 言葉と共に魔術を発動。
ハピネス
 第7種精神感応系術式、楽園。効果は対象を幸せな気持ちにする
だけ。精神感応系術式の中で最も簡単な術だ。
マッドネス
 ついでに狂化もかける。こっちは本来の効果で使えば相手の理性

35
を剥ぎ取り興奮状態にさせるものだが、あえて効果を落として少し
興奮する程度にしてある。
 この二つの術式を受けた彼女は、どう考えても唐突で怪しい俺の
告白を素直に信じてしまう。一瞬驚きで固まっていたのだが、はっ
と意識を取り戻すと頬を赤らめて顔を逸らした。
﹁ご、ご冗談はお止め下さい。私達はまだ出会ったばかりではあり
ませんか⋮⋮﹂
﹁一目惚れという言葉もある通り、時間は関係ない。私のことは嫌
いなのだろうか?﹂
﹁決して嫌いなどではありません! あっ、その、いえ⋮⋮﹂
 恥ずかしがりながらもちらちらとこちらを見ているのは、期待し
ていると考えていいのだろうか。今彼女の中では、俺の告白と同時
に感じた多幸感と興奮で、まるで恋をしたような錯覚にとらわれて
いるはずだ。
 理性が抑制され上手く働かないので、王族である彼女と俺のよう
な得体の知れない人間とはそもそも付き合えないといったことは思
いつきもしないようだ。
 俺に対しどう反応していいか迷っている彼女を軽く引き、鼻が触
れそうな位置まで近づけさせる。真っ赤になっている表情は、ティ
アほどではないが可愛いと思う。
﹁ソフィア様、私の愛を受け取ってもらえないだろうか?﹂
 自分で言うのもなんだが、気持ち悪いな俺。ともあれここでダメ
押しにもう一発の楽園を発動。身体の緊張が解け、とろんとした表
情になる。これはもう大丈夫だな。

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﹁はい、ヤード様。私もあなたのことを愛しております﹂
 とても綺麗な笑顔で返事をしてくるソフィア。お互いに見つめあ
い、自然と唇が触れ合う。初めてなので軽くに留めておいて唇を離
す。
﹁ソフィア様⋮⋮﹂
﹁ソフィと呼んで下さい⋮⋮﹂
﹁ソフィ、愛している﹂
﹁私も愛しております、ヤード様﹂
 腰を抱いてぎゅっと引き寄せると、彼女もこちらの頬に手を添え
てきた。
 そのまま二度目の口付けをする。こちらから舌を伸ばし、彼女の
可愛らしい唇を押しのけて口腔内へと入る。彼女の方もおずおずと
舌を伸ばしてきたので、優しく舐め上げてみる。何度か試すうちに
彼女の方からも舌を絡めようとしてきたので、お互いの熱さを感じ
ながら舌を絡ませる。
 初めてのキスで上手く呼吸が出来なかったのだろう、口を離すと
下を向き胸に手を当て少し息を弾ませている彼女。
 そんな様子を見ているとまたキスしたくなってしまったので、彼
女の頬に手を当ててこちらを振り向かせて口を付ける。まだ息が整
っていなかったので、荒い吐息が当たるのを感じながら彼女の口の
中を思う存分堪能する。
 彼女の方も俺の口の中まで舌を伸ばしてきた。口の中と舌が触れ
合った場所がなんとなく気持ちよく感じる。

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 俺達はお互いの唾液を混ぜ合い、舌の感覚がなくなるかと思う程
に濃厚な口付けを、城の者が昼食の時間を告げに来るまで交わし続
けた。
 よし、これでマルガレーテに仕返しをする準備は整ったというこ
とだ。
第3話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
38
第4話
 昼食のあとの兵達が出発の準備で慌しく動き回っている中、ソフ
ィの協力でマルガレーテを呼び出すことにした。ソフィの部屋で二
人がくるのを一人待っていると、二人分の足音が聞こえた。こちら
も身なりを整えておく。
﹁お待たせしましたヤード様。お願いされた通りマリーを呼んで参
りました﹂
﹁済まないな。この忙しい中、時間を割いて頂いて﹂
 笑顔でこちらに話しかけてくるソフィとは対照的に、マルガレー
テの方はいかにも不本意だと言わんばかりの不機嫌な表情を浮かべ
ている。目が合うと敵意に満ちた視線を送られたのだが、こちらは

39
いかにも真面目な顔で受け流す。
 二人とも席に着く。俺とマルガレーテは正面で向かい合う形とな
っている。ソフィはマルガレーテを先に座らせたあと、俺の隣に座
ってきた。それを見てマルガレーテはさらに顔を顰める。
﹁お姉様。どうしてその男がここにいるのです? 急ぎ私に話した
いことがあると言うから来たのですが⋮⋮﹂
﹁ええ、マリー。その話というのは、あなたとヤード様の不仲につ
いてなのです。私が二人の仲を取り持つ機会は、この出発前のわず
かな時間しかなかったのでしたから﹂
 ソフィの言葉にこちらを睨み付けてくるマルガレーテ。どうやら
俺が彼女に何か吹き込んだとでも思われているらしい。実際その通
りなのだが。
﹁済まない。私が彼女にお願いして場を用意してもらったのだ。マ
ルガレーテ様、先程のことはこちらの非協力的な態度が原因だった
と反省している。無礼な態度を取ってしまった事をお詫び申し上げ
たい﹂
 マルガレーテが何かを言う前に先手を取って謝罪する。予想外だ
ったのか、彼女は目を数回瞬かせてため息をついた。再びこちらを
見てくるが、先程までの睨み付ける様な眼差しは送ってこない。
﹁いえ、私も先程は言い過ぎましたわ。こちらこそ、勇者様を侮る
ような発言をしてしまって申し訳ありませんでした﹂
 根はいい奴だったようで、こちらの謝罪を素直に受け入れてきた。

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立ち上がり手を伸ばしてきたので、こちらも立ち上がって握手をす
る。
 俺達の様子をみていたソフィは、安心したようにニッコリと微笑
み、俺に寄りかかってくる。姉の突然の行動に、マルガレーテは驚
愕の表情を浮かべた。
﹁お姉様、一体何をなさっているのですか! 家族以外の殿方にし
な垂れかかるなど、はしたない真似はお止め下さい!﹂
﹁いいのですマリー、私はヤード様をお慕いしているのです。意中
の殿方と寄り添い合いたいと願うのは、女ならば当然の感情なので
すよ﹂
﹁お、お慕い!? 自分が何を言っているのか分かっているのです
か! とにかく離れて下さい!﹂
 姉の豹変振りに着いていけないマルガレーテは慌てて俺とソフィ
を引き離そうとするが、ソフィも振り放されまいと俺の腕を掴んで
抵抗している。そのおかげでソフィの豊かな胸が俺の腕に押し付け
られて、その柔らかさを十分に楽しませてもらえた。
 流石に力では負けないようで、俺の腕からソフィを引き離すこと
に成功したマルガレーテは、彼女の腕を引っ張って自分の隣へと座
らせた。
﹁ヤード様、これは一体どういうことなのですか? お姉様はこの
ようなことをされる方ではありません。もしや、あなたはお姉さま
に、何かよからぬことをしたのでは⋮⋮?﹂
﹁いや、私は﹁ヤード様が何をしたというのですか! いくらマリ
ーが私のためを思っているからと言って、この方を疑うなど許しま

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せん!﹂﹂
 俺が何か言う前に、ソフィが凄い勢いで妹に食いついた。いやあ、
俺愛されてるね。
 ソフィは姉からの怒鳴り声に身を竦ませていたマルガレーテを放
って、こちらへと抱きつき唇を重ねてきた。ぎゅっとしがみ付いて
こられたので、俺も彼女の腰に腕を回し抱きしめた。
 お互いの愛情を確かめるような口付けを交わした後、彼女はそっ
と離れて照れ笑いのような表情を浮かべてこちらを見てきた。
﹁マリー、私は自らの意思でヤード様を愛しているのです。誰が何
と言おうと、この気持ちを変えることはありません﹂
 妹に向かって堂々と宣言するソフィ。マルガレーテは姉の告白を
聞くとうろたえて辺りを見回し、縋りつくような目線をこちらに送
ってきた。
﹁あなたには残念な話かもしれないが、私もソフィを愛している。
もちろん冗談などではない﹂
 俺の言葉に決定打を打たれたマルガレーテは、糸が切れたように
椅子に倒れこむ。よほどショックだったようだ。そんな様子を見て
いると、俺の心も爽快感で溢れてくる。せいぜい俺に喧嘩を売った
ことを悔やむがいい。
 急に用事を思い出したといって、マルガレーテは逃げるように退
出していった。後に残された俺とソフィは、既に彼女の事を忘れて
出発前の最後の口付けを楽しんだ。

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 補給物資の積み込みも終わり、遂に出発の時間がやってきた。国
王を始め、城の多くの者達が見送りに来ている。勇者達には、国王
や王子達が次々と激励の言葉を述べていく。
 勇者達の腕にはしっかりと腕輪がはまっていた。あれが例の腕輪
か、ということは既に勇者達は操られていると言うことだ。何と情
けない奴らだろうか。
 俺はというと涙を流して別れを惜しんでいるソフィの相手をして
いる。王女を泣かせているということで、周りからの注目が凄い。
人目のあるところではあまり目立つようなことはしないで欲しかっ
たのだが、彼女は俺の心配に気付くことはなかった。
﹁勇者様方よ、どうか我らの国を救って下さるようお願い申し上げ
る﹂
﹁それでは行って参ります! 必ずや魔帝国の兵達を撃退して見せ
ましょう!﹂
 アレクが俺達を代表して言ってくれる。馬車が城門を出て行く姿
を見送る人々の中にティアの姿を見かけた。彼女は俺に付いて来た
がったのだが、残念ながら今回の輸送任務には入れなかったようだ。
出発の準備をしている間、俺に抱き付いて離れなかったほどだ。ち
ょっと好感度上げ過ぎたかもしれない。
 城下の人々も俺達に声援を送ってくるので、手を振ってそれに応
える。見た目は完璧なアレクには黄色い声援が飛んでいるが、平民
服の俺は周りの人々からお付きの者とでも思われているのか、全く
視線を感じない。このぐらい目立たない方が良いんだ。
 町を抜けて郊外の森に入った。目的の要塞までは4日ほど掛かる
らしい。それまではいくつかの町や村を通りながら、比較的安全な

43
道を通っていくらしいので、2日ほどは出番がないだろうと言われ
た。時間が掛かっても、安全ならそれでいい。
 一応安全を守るためにサガミが先頭の馬車に乗っているが、それ
以外の勇者は列の中央にいる馬車の中だ。既に勇者達の腕輪にかけ
られた術式は解除してある。いきなり襲われるのは御免だからな。
 中世組とは話し辛いし、一緒に乗っているマルガレーテは先程の
件で落ち込んでおり話しかけるのも躊躇われる様な雰囲気なので、
現在の馬車の中はとても居心地が悪い。フェアリスは勇敢にも彼女
に話しかけているが、反応は無いようだ。
 原因を作った俺が言うのも何だが、重い空気に耐えられず隅に縮
こまっていると、アレクが近くに寄ってきた。お前もこの重い空気
に耐えられなくなったのか。
﹁ヤード殿、マルガレーテ様が気を落としている理由を知らないか
? 朝の時点では王族に相応しい気迫を放っているような御仁だっ
たのだが、あそこまで彼女の気を滅入らせるものは一体何なのだろ
うか?﹂
﹁すまないな、私にも分からない﹂
﹁そうか、何とかフェアリス殿が立ち直らせてくれればいいのだが
⋮⋮﹂
 諦めろ。元凶の俺がソフィとの関係は嘘だったとでも言わない限
り、そう簡単には立ち直らないだろう。フェアリスにもそろそろ諦
めろと言って来たほうがいいのだろうか。
ハピネス
 試しに楽園を発動してみると、生気が戻らないままの表情で口元
だけはニヤついている。かなり不気味な光景に、流石のフェアリス
も引いていた。術式を解除しても彼女の笑みは消えなかった。試さ
ない方がよかったな。

44
﹁そ、そうです! ヤード様、お願いがあるのですが!﹂
 とうとうフェアリスもこちらに逃げてきた。間近であれを見たせ
いか、若干顔が青褪めている。
﹁お願い?﹂
﹁はい。ヤード様は魔法に詳しいとの事。出来れば私に魔法を教え
て頂きたいのです﹂
 ふむ、確かにこの空気のまま過ごすぐらいなら、術式の講義でも
やっていた方がマシだろう。しかし問題はこいつらにも分かるよう
な講義が出来るかどうか分からないということである。
﹁あなたは術式を発動するとき、どういった手順を取るのだろうか
?﹂
﹁そうですね⋮⋮神に祈りと魔力を捧げることで力のようなものが
与えられ、それを身体の外に出そうとすることで魔法が発動します。
威力は神への信仰心によって変わります﹂
 こいつは一体何を言っているんだ。こいつの信じる神とやらはこ
の世界にいないのに、誰が何を与えてくれているというのか。
 そもそも魔法という言い方をしているから駄目なんだ。魔導技術
はれっきとした技術なので、万人が同じ術式を使えば同じ効果が出
るものだということを分からせないといけない。
 次の町に着くまで術式の基礎を徹底的に講義したが、結局中世組
は理解してくれなかった。もうこいつらに術式を教えるのはやめよ
う。

45
 今日はこの町の外側で野営をするらしい。
 一応俺達は町の宿で寝られるように手配されていたが、兵達に外
で寝させておきながら自分達だけ宿に泊まることなど出来ない、と
ご丁寧にアレクが断ってしまった。
 せめて見張りは自分達だけで、と兵達に言われたので、現在サガ
ミの張ったテントでゴロゴロしている。やはりサガミはなかなかや
る男だ。
 しばらくはそうしていたが、暇を潰せるような物など何も無いの
で町に行くことにする。酒でも買ってこないとやってられない。
 お小遣いはティアに貰っているので、何とかなるだろう。
 しばらく経った後、俺は路地裏で彷徨っていた。
 適当に歩いて酒場を探そうとしていたのだが、なんとどの店も看
板を出していなかった。そのことに気付いたときにはもう路地裏で
迷子だったのだ。
 こんなことなら人に聞けばよかったと思いながら歩いていると、
奥の方で声がするのでそちらに向かってみた。
 するとそこには1人の女性を襲っている2人の男達がいたのだ。
何も警戒せずに来たのでもちろん気付かれた。
﹁お願いします! 助けてください!﹂
 女の方は服がボロボロになっており、暴行された跡が見受けられ
た。まだ下着が残っているので犯されてはいないようだ。
 男達の方は全員皮鎧を着けているので、流れの傭兵か何かだろう。
股間が立っているのが気持ち悪い。

46
﹁なんだてめぇ? この女を助けに来たってのか?﹂
﹁ぶっ殺されたくなけりゃ、とっととどっかに行け!﹂
 急に怒鳴られると驚くじゃないか。別にこの女を助けに来たわけ
フィアー
ではないが、イラッときたので恐怖を放つ。
 術式を受けた男達はぶっ倒れて泡を吹いている。きっと心が壊れ
そうなほどの恐怖を味わっているのだろう。
 女は自分を襲っていた男達が突然倒れたことに驚いていたが、俺
がやったと気付いたのか、こちらに顔を向けてきた。
 さっきは気付かなかったが、赤髪のなかなか可愛い娘だ。服が破
れて下着や肌が見えている。胸も服の上から分かるほどには大きい。
劣情を催してしまうではないか。
 ふと周りを見ると、先程まで彼女を襲っていた男達がいる。目の
前には素敵な女性が半裸でこちらを見つめている。周りに人影は無
し。よし、やるか。
﹁あ、あの、ありがとうございます⋮⋮﹂
サウンドプルーフ
 お礼を言ってきたが、無視して遮音結界を貼る。これで叫び声も
もれないようになった。
 謎の作業をしている様子を不思議そうに見ている彼女に襲い掛か
る。ソフィとはやってなかったので色々溜まっているのだ。これは
不可抗力という奴だ。
 自分を救ってくれたと思っていた男が実は別の強姦魔だっただけ
だと気付き、慌てて逃げようとする彼女を押し倒す。
﹁いやっ、止めてっ! 放してっ!﹂
 嫌がる女性の声は、これはこれでいいものであると実感した。

47
 暴れる彼女を抑えながら服を剥ぎ取る。形のいい胸が外気に晒さ
れ、ちょうどいい位の大きさである乳首が現れる。
 さっそく頂こうとするのだが、彼女の抵抗が思いのほか激しくて
面倒だ。
﹁大人しくしないと奴らのようになるぞ﹂
 男達は傍目には死んだようにも見えるので、脅しの効果は抜群だ
ったようである。
 とたんに抵抗をやめた彼女の身体を撫であげながら、最後の下着
を取り去ると、なかなか男好きのするスタイルであることが分かっ
た。
 ガタガタと震えながら怯える目でこちらを見られると、嗜虐心が
湧きあがってくる。
﹁こんないやらしい胸をして、男を誘っていたのだろう?﹂
﹁ち、違っ! ひゃあっ!?﹂
 乳首を指で摘んでくりくりと弄ってやると、驚きながらも抵抗す
るような様子は無い。
 意外と反応がよかったので、今度はその大きな胸を揉みしだきな
がら、少しだけ硬くなった乳首を舌で舐め上げる。
 喘ぎ声を抑えているのか、荒い呼吸になりながらも必死に口を噤
んでいる彼女。舌の感触に慣れてきて少し表情が和らいだ瞬間を狙
って乳首を甘噛みする。
﹁っあぁああ! それダメぇ!﹂
﹁ふぅ、何がダメなんだ? ちゃんと言ってくれないと分からない

48
な﹂
﹁乳首噛まないで、お願いします!﹂
 噛まないでと言われて止めるわけが無いので、もう片方の胸を手
で弄りながら、乳首を噛み、吸い付いた。先程までの余裕が無くな
ったのか、彼女の喘ぎ声が止まらない。
 それにしても、母乳が出ているわけでもないのに、乳首を吸って
いると甘いような感じがする。ティアもそうだったが、不思議だ。
﹁どうした、胸を弄っているだけで感じてしまったのか?﹂
﹁違う、感じてなんかないのぉ⋮⋮﹂
﹁そうか、なら調べてやろう﹂
 彼女の太股の間に手を突っ込んで開き、膣穴に指を突っ込んでみ
る。どうやら処女のようだ。
﹁やっ、そこは止めて下さい⋮⋮﹂
﹁感じてないと言ったが、お前の股間は濡れているようだな﹂
 愛液で濡れた指を見せ付けると、顔を逸らしてしまった。恥ずか
しいなら強がらなければいいのに、馬鹿な女だ。
﹁ほら、こっちを向け﹂
 頬を引っぱたいてこっちを向けさせる。

49
﹁あまり素直にならないなら暴力を使うしかないのだが﹂
﹁すっ、済みませんでしたっ! 言うこと聞くから殴らないでっ!﹂
﹁そうだ、大人しくしているなら手荒な真似はしないんだ。分かっ
たな?﹂
 俺の言葉に頷く彼女。ようやく大人しくなったので、俺も下を脱
ぎ肉棒を取り出す。初めて見たのか、顔を逸らしてはいるが、気に
なるようでちらちらと見ている。
 肉棒を膣穴にあてがうと、覚悟を決めて目を閉じている彼女。そ
んな反応をされると虐めたくなってしまうではないか。
﹁お前、何と言う名前だ?﹂
﹁え? み、ミラ、です⋮⋮﹂
﹁そうか、なかなかいい名前だ、お前の姿にも合っている﹂
﹁は、はい。ありがとうござっ⋮⋮!?﹂
 会話をして気を逸らした瞬間にぶち込んだ。痛みで言葉も出ない
のか、ぱくぱくと魚のように口を動かしている。
 一気に子宮口まで貫いたのだが、かなり狭いようだ。ただでさえ
処女なので狭いというのに、痛みのせいで膣が痙攣を起こしたらし
く、千切れそうなほどの締め付けで、気持ちいいを通り越して痛い。
信じられないほど痛い。
﹁ぐっ、これはヤバイ!﹂

50
 本当に千切れる位に締まってきたので、慌てて楽園を使う。多幸
感で痛みが和らいだのか、締め付けが緩んで程よい狭さになった。
 彼女の方は術式の影響で気持ち良さそうな顔を浮かべているが、
肉棒を動かすとまた痛みが襲ってきたのか、表情が苦痛で歪んでい
る。
﹁ちょうどいい締りだ、お前の中は気持ちがいいぞ!﹂
﹁あっ、ありがとっ⋮⋮ございますっ! あんっ!﹂
﹁ほらっ、処女のくせに感じているとはっ! お前はとんでもない
淫乱だな!﹂
﹁私っ、淫乱じゃ、あんっ! 何でっ、何で感じるのぉっ!?﹂
 快感と痛みの両方が襲ってきて、顔をぐちゃぐちゃにしながら喘
いでいる様子を見ながら、そろそろ俺も限界に近付いていた。
﹁喜べっ! お前の中に出してやるっ﹂
﹁っ! いやっ、それだけは許してぇっ!﹂
﹁そろそろイクぞ! 俺の精液を受け取れぇっ!﹂
﹁あぁあああああ! ダメぇええええ!﹂
 必死に逃れようとする彼女を押さえつけて、思いっきり奥まで叩
き込んで射精する。
 精液が膣内に打ち付けているのが分かるのか、絶望した声を上げ
ながら絶頂する彼女。膣が締め付けてくる快感を感じながら、彼女

51
の中に全て吐き出す。
 肉棒を抜くと、精液が垂れてきて彼女の股間を汚す。動く力すら
ないのか、俺が離れたと言うのに逃げ出そうともしない。
 とてもすっきりした。さて、後片付けをしようか。
 まだ倒れている彼女に恐怖を発動して昏倒させたあと、男達の服
エクストラクトメモリー
を脱がして金を抜き取り、3人に記憶抽出を発動する。これは記憶
をオーブの形で抜き取る術式だ。
 俺とであった瞬間から今までの記憶を抜き取って3つのオーブを
手に入れると、直に地面に叩きつける。オーブは粉々に割れ、欠片
は溶けるように消えていった。
 最後に彼女の上に男の1人を乗せる。これで俺が襲った証拠はな
いな。どう見ても奴らが襲ったようにしか見えない。
 遮音結界を解除し、裏路地を後にする。
 帰りに酒を買って帰ったのだが、なんと既に立ち直っていたマル
ガレーテに見つかってしまい、説教されて酒も没収されてしまった。
残念だ。
52
第4話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
53
第5話 ※グロ注意︵前書き︶
サブタイトルの所にも書きましたが、グロテスクな表現があります。
54
第5話 ※グロ注意
﹁暇だ。何か時間を潰せるようなものはないのか﹂
 要塞に向けて出発してから2日。既に危険な魔物や魔帝国の兵達
がいるかも知れない地域へと入ったのだが、何の襲撃もない。
 出発前には襲撃なんぞ起こって欲しくはないと思っていたのだが、
馬車の中で揺られているだけで一日が終わると、せめて何かイベン
トの一つでも起こって欲しくなる。
﹁魔法使いの方々と言うのは日々魔法の研鑽に勤めているものと考
えておりましたが。あなたのような自堕落な方に出会ったのは初め
てですわ﹂
﹁そうだぞ、ヤード殿。己の力を高めるためにも日々の修練は怠っ

55
てはいけないのだ。魔法の修練には付き合えないが、身体を鍛える
ための訓練ならば私も付き合おう﹂
 馬車の中には鬱陶しいのが二人とずっと祈りを捧げている奴が一
人。
 術式についての話など出来る奴もいないので、自然と何もせずに
ボーっとしている時間が増えている。
 マルガレーテの言う通り、俺もこの世界の人間や術式に関しては
調べたいこともあるのだが、資料も検体もないので調べようが無い。
いっそそこらの人間を襲って手に入れようかと考えてみたりもした。
ああ、誰でもいいから開頭させてくれ。
﹁敵襲だ!﹂
 その言葉を聞いた瞬間、馬車に乗っていた4人全員が外に飛び出
す。
 すぐさま辺りを確認する。どうやら奇襲を受けたようで、前の方
の馬車が一台やられている。剣戟の音や魔物の唸り声に混じって、
銃声が聞こえる。どうやらサガミが交戦中らしい。
﹁勇者様方、敵は魔帝国の兵十数名と黒狼が2体だそうです。サガ
ミ様が交戦中との事なので、急いで向かって下さい﹂
﹁了解した!﹂
 マルガレーテの言葉を受けてアレクが走り出す、流石は元騎士だ。
奴に遅れて俺も向かう。フェアリスは足手まといになるので残って
いるようだ。
 交戦場所が見えるところまでやってくると、既に何名かの兵士が

56
倒れている。うめいているので生きてはいるようだ。一応味方を見
メジャーヒール
捨てるのは悪いので、すれ違いざまに上級治癒をかけていく。
 先頭ではアレクとサガミが巨大な狼2頭と戦っていた。既に帝国
兵の方は片付けたのか、周りに敵兵らしき奴らが転がっている。
﹁ヤード殿! 我らはこの魔物を抑えておく! その間にこの魔物
を倒せるような魔法を準備しておいて貰いたい!﹂
﹁了解した﹂
 奴らが狼を抑えてくれるので、安心して魔法陣を描き始める。傍
目から見ると地面に落書きをしているようにしか見えないので、な
んと締まらない光景なのだろうか。
 そもそもその程度の敵は瞬殺とは行かないまでも、俺の力を借り
ないで倒すぐらいの実力があってもらわないと困る。もちろん俺の
労働量的な意味で。
﹁出来たぞ。離れてくれ﹂
 俺の言葉を聞いて、二人はすぐに狼と距離をとる。その隙を狙っ
ディスインティグレイション
て第4種攻性術式、分解を発動させる。
 狼は魔法陣から放たれた光線をかわそうと身を捻るが、わずかに
掠ってしまう。その瞬間に狼2頭は塵となって消えた。
﹁⋮⋮驚いた。あなたの魔法は想像以上だったよ、ヤード殿﹂
﹁ああ、まさかここまでの魔術を使えるとは﹂
 術式の威力に驚いた二人が俺を褒めているが、元の世界ならあん
な術式は使えて当然のものだ。この程度で驚くようでは、まだまだ

57
知識と修練が足りない証拠だ。
 まあ別に俺は奴らの師匠ではないのでいちいちそんなことは口に
出さないが。
﹁皆さん、大丈夫でしたか?﹂
 フェアリスがこちらに走ってきた。戦いの音が消えたのでやって
ヒール
きたのだろう。俺達が無事なのを確認すると、傷ついた兵に治癒を
かけ始める。
 負傷者の治療はこのままフェアリスに任せておいてもいいだろう
から、自分の目的を果たすことにする。
 死んだ敵兵の中でも状態のいいものを選んで運んでいく。出来れ
ば頭に傷の無い、若い魔導師のものがいい。
﹁ヤード様、何をなさっているのですか?﹂
 死体を選んでいると、マルガレーテがこちらの方へ近付いてきた。
まあ回復もせずに死体を漁っている姿は、どう見ても不審者にしか
見えないだろう。
﹁ああ、あなたの言う術式の研鑽をしようと思い、検体用と解剖用
の人体を確保しているのだ﹂
﹁死霊魔法の類でも使うのですか?﹂
﹁いや、この二人は微かに脈があるから、生きているうちに頭を開
いて脳の構造を確認するだけだ。ついでに情報も聞き出しておく﹂
﹁そ、そうですか⋮⋮﹂

58
 俺の話に若干顔を青褪めさせるマルガレーテ。まあこの二人は完
全に死体なんだが。
﹁失礼、女性に聞かせる話ではなかった。今の話は忘れてくれ﹂
﹁⋮⋮脳を云々に関しては聞かなかったことにします。敵兵から聞
き出した情報は、こちらにも伝えてくれるのでしょうか?﹂
﹁ああ了解した、それでは﹂
 襲われた馬車の荷物を他の馬車へと移している兵達には悪いが、
2つの死体を担いで近くの森の中へ入っていく。ここから先は人に
は見せられない。
 人目に付かない所まで移動すると二人を下ろす。二人は褐色の肌
をしており、髪に隠れて見えなかったが耳も長い。これはダークエ
ルフというやつだろうか?
 死体を動かないようにきつく縛ってから魔法陣を描き始める。こ
れを使っているところを見られるわけにはいかないからな。
リザレクション
 魔法陣が完成し次第、第6種特殊回復系術式、蘇生をかける。脳
が無事で死後24時間以内なら、どんなに酷い状態でも生き返らせ
ることが出来る。
 意識が戻った二人は周りを見渡していたが、男の方は自分が縛ら
れていることに気付くと暴れ始めた。もちろん解ける様子は無いが。
ちなみに男と女が一人ずつだ。
﹁目が覚めたな。どうだ、生き返った気分は?﹂

59
﹁クソ、殺せ!﹂
﹁お前は魔導師か?﹂
﹁だったら何だというんだ! 何も話す気はない!﹂
 よかった、魔導師のようだ。間違えて持ってきていたら、とんだ
赤っ恥だった。
 男の方はこちらへ叫ぶ元気があるようだ。女の方はガタガタと震
えているが、死んだときの光景がフラッシュバックしているのだろ
う。
イモータリティ
 男へと近付くと、第2種肉体干渉系術式、不死をかける。これで
この男はどんなことをされても死ななくなった。
 男は自分が何をされたのかは分かっていないが、何かされたのは
分かっているので、こちらを睨み付けている。
﹁ではまずは開頭を行う。安心しろ、死にはしない﹂
﹁ご、拷問をする気か! 何をされようとも決して敵になど話さん
!﹂
レイソード
 光刃を発動し、血を跳ねさせないようにゆっくりと男の頭に切り
込みを入れていく。
 痛みで叫び声を上げて暴れているが、手元が狂うといけないので
しっかりと押さえつけた。
 頭を横に一周するように切り込みを入れ終わると、頭蓋骨ごと頭
を持ち上げ、かぱっと開く。生きたままの脳を手に入れるにはこれ
が一番手っ取り早い。
 男は自分の身に何が起こっているのか分からず暴れ続けているが、
女の方は男を見て顔を真っ青にして震えている。

60
クリスタライズ
 結晶化を使い、脳を生きたまま結晶化すると、男はビクンと一度
身体を跳ねさせて動かなくなった。この状態でも術式が切れるまで
は死なないのでちょっと不気味だ。
 術式を解除すると、またもやビクンと身体を跳ねさせて動かなく
リザレクション
なった。脳を失ったので、もはや蘇生でも生き返れない。
﹁さて、次はこちらか﹂
 女の方を向くと、涙を流していやいやと首を振っている。自分も
同じ目に合わされると思っているようだ。別にもう同じことはしな
いのだが。
﹁許して下さい! 何でも話しますから!﹂
 次の実験を始めるため、こいつも開頭することにする。
 泣き叫ぶ彼女を押さえつけて、同じように頭を開く。自分の頭が
どうなっているかは気付いているので、絶望に満ちた表情をしてい
る。
﹁おい、その状態で何か術式は使えるか?﹂
﹁い、いえ、手を動かせないと⋮⋮﹂
﹁そうか、今拘束を解くが、逃げ出そうとはするなよ?﹂
 相手がこくこくと頷いたので拘束を解いてやると、彼女は地面に
へたり込みこちらを見上げてきた。
﹁何か簡単な物でいいから使ってみろ﹂

61
﹁は、はい! ﹃命の源、流れ行くもの、天から与えられし神の恵
みよ、現れたまえ﹄!﹂
 両手で何かの印を作りながら呪文を唱えると、彼女の目の前に水
球が現れた。そのときの彼女の脳の動きを記録すると、次の実験の
ため針を取り出す。
﹁動くなよ、手元が狂うと大変なことになる﹂
﹁え? あの、何を⋮⋮っ! がっ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!﹂
 不安そうにこちらを見ている彼女の頭を掴むと、何箇所かに針を
突き刺す。脳を直接弄られて、彼女は痛みと不快感で白目をむき奇
妙な声を上げている。水音が聞こえたので下を見ると失禁していた。
 このままでは続行できないので、時間を置いて彼女を落ち着かせ
る。
﹁よし、先程のものをもう一回使ってみろ﹂
﹁え、あ、はい⋮﹂
 先程と同じ術式を発動させると、同じように水球が現れる。駄目
ヒール
だな、失敗のようだ。治癒をかけて元に戻し、また針を突き刺して
脳を弄くる。
﹁あ゛っ、や゛っ、や゛め゛でぇええええ! あ゛あ゛あ゛ぁ!﹂
 針を突き刺すたびに身体を震わせている。手元が狂うので動かな
いように頭を押さえつけながら処置を施し、彼女が目覚めるまで待
つ。これを何回か繰り返した。

62
 先程と同じ術式を発動させるが、先程までとは比べ物にならない
ぐらい水球が大きくなっている。この結果には彼女も驚き目を見開
いている。
 うむ、脳の術式効率化改造は上手く出来たようだ。術式を行使す
る際の彼女の脳の反応も把握したし、次は彼女の持っている情報を
引き出すとする。
フィアー メ
 彼女を恐怖で昏倒させて頭を元に戻す。傷跡が残らないように上
ジャーヒール エクストラクトメモリー
級治癒もかけたあと、記憶抽出を使い、魔帝国に関する情報とここ
での出来事を全て抜き出す。
 尿で濡れた下を脱がして荷物の中にあった魔導師用のローブをか
けた後に頬を叩いて覚醒を促すと、彼女はしばらく唸った後に目を
覚ました。
﹁あれ、ここは⋮⋮?﹂
﹁大丈夫か? お前はここで倒れていたのだが﹂
﹁あ、そうですか⋮⋮あれ? 何でこんな所に、家に帰らなきゃ。
あれ? 私の家、どこだっけ?﹂
 ああ、魔帝国の情報を全て抜き出したせいで、彼女の故郷の記憶
も忘れさせてしまったのか。これは誤算だった。別に狙ってやった
わけじゃない。
 可哀相に、一度抜き出したら元に戻せないので残念ながら彼女は
このままだ。
 このまま生きているぐらいなら殺してしまった方が彼女の為だと
思い、手にかけようとした。
 彼女の顔を見ていると、ふと利用価値を思いついた。こいつは敵
兵だから、王国の人間から変な同情心をかけられる心配があまりな
い。

63
 人体実験がし放題ではないか。よし、こいつを弟子にしよう。
﹁お前、名はなんと言う?﹂
﹁名前ですか? エルマイア、エルマイア⋮⋮すいません、家名が
思い出せないです﹂
﹁いや、いい。エルマイア、記憶が戻るまで私について来ないか?
 命と寝床は保障出来ると思う﹂
﹁⋮⋮そうですね。行く当てもないので、よろしければ連れて行っ
て下さい﹂
﹁あなたと言う人は、一体何をお考えになっているのですか!﹂
 敵兵を堂々と連れ帰った俺は、またもマルガレーテに説教を喰ら
う羽目になった。彼女の反応は理解できるので、今回は甘んじて受
け入れることにする。
﹁済まないな。しかし、この世界の魔導技術を調べるには多くのサ
ンプルが必要なのだ﹂
﹁でしたらもう一人の男のようにすればよかったでしょう! どう
したら連れ帰ってくるような結論になるのですか!﹂
﹁男ならばそうしていたが、女性にはある程度気遣うべきだという
のが私のモットーでな﹂

64
﹁この似非紳士! そんな無駄な考えはお捨てなさい!﹂
﹁まあまあ。いくら敵だったといえども、一度救った命を無闇に奪
うのはあまりにも無慈悲な行いですよ。それに彼女は記憶を失って
いるそうですし、もはや襲撃してきた人とは別人と考えてもよろし
いのではないですか?﹂
﹁フェアリス様、しかし⋮⋮﹂
﹁何かあったときはヤード様と私で責任を取りますから、この場は
これでお仕舞いにしようではありませんか。彼女も怯えてしまって
いますし﹂
 馬鹿みたいなやり取りをしている俺達を見かねたのか、フェアリ
スが間に入ってくる。流石のマルガレーテも彼女には強気に出られ
ないのか、憮然とした表情で俺を見つめてくる。
 話題の中心であるエルマイアは、自分を殺そうとしていたマルガ
レーテを見て、怯えて俺の服を掴んでいる。
﹁今後はもう少し慎重に行動することにしよう﹂
﹁ええ、是非ともお願いしますわ。いつもこのようなことを起こさ
れては、こちらの神経が擦り切れてしまいます﹂
 最後にこちらに嫌味を言うと、ここで話はお仕舞いのようで、彼
女はこれ以上この話を続けようとはしなかった。
﹁それにしても、帝国兵は全員このような容姿をしているのか?﹂
﹁いえ、ダークエルフはそれなりの数はいますが、全員と言うほど

65
ではありません。ダークエルフは魔物の使役と魔法が得意なので、
大体は魔法使いになるそうです。何か気になることでも?﹂
 ふむ、人間かと思って拾った死体はダークエルフのものだったら
しい。他の人間のサンプルも手に入れなくてはいけなくなった。こ
ちらも予想外だ。
﹁似たような容姿の者は他の国にはいないのか?﹂
﹁帝国にはダークエルフしかいませんが、エルフの仲間は他の国に
もいますし、北の方にはエルフの国家も存在します。我が国にも少
数ですがエルフが住んでおりますわ﹂
 なるほど、知的生命体が人間以外にもいるとなると調査のし甲斐
があるな。まだ彼女の方も調べが終わっていないし、しばらくの間
は暇を潰せそうだ。
66
第5話 ※グロ注意︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
67
第6話︵前書き︶
本日2つめの投稿となっていますので、ご注意を。
68
第6話
 エルマイアから奪った記憶には魔帝国の部隊配置の情報があった。
一回目の襲撃の後は敵のいる道を避けていくことが出来たので、予
定通り4日目に要塞に着くことができた
 待ちに待った支援物資が届いたことで、未だに戦闘状態が続いて
いる要塞の雰囲気は、場にそぐわないほど明るかった。俺達勇者が
来たことにより、この状況も打破出来るのではないかという期待も
あるのだろう。
﹁さて勇者様方、ここまで無事に来られたのは幸いです。後は魔帝
国が撤退するまで耐えるのみですので、頑張りましょう。しかしな
がら皆様も護衛で疲れていらっしゃるかと思いますので、今日のと
ころはゆっくりと身体を休めてくださいませ﹂

69
 今日の仕事は兵達がやってくれるらしいので、お言葉に甘えるこ
とにする。
 案内された部屋は二人部屋のはずなのに、城の部屋よりもかなり
狭く、かつての研究室を思い出させる。なんとなく落ち着いてしま
うのは、俺に引き篭もりの気があるからだろう。
﹁あの、本当にここに泊まらせていただいてもいいのでしょうか?﹂
﹁ああ、問題ない﹂
 同室となったエルマイアが恐縮そうに尋ねてくるので、そう返す。
そもそも彼女をこの部屋にしたのは俺の希望だ。
 始めは女性2人に反対されたのだが、魔導の秘儀を教えるため部
外者に見られるわけにはいかないと説得すると、しぶしぶ引き下が
った。
 別に秘儀などありはしないが、他の人間に見られると厄介なのは
間違いない。この世界の人間は、身体を弄繰り回すのは禁忌だと思
っているようだしな。
 彼女に俺の魔導技術を教えて、ゆくゆくは俺の代わりに動いても
らおうと思っている。
 この世界に来てから割と好き勝手に振舞ってきたが、これ以上目
立つような行動は避けた方がいい。目立ちすぎると厄介ごとに巻き
込まれやすくなるからだ。
 ほどほどの実力を見せて、他の勇者の方が有能だと人々に思わせ
ておけば、重要人物として俺の身が狙われるようなことも減ってく
るだろう。
 しかし、もし俺が動かなくてはいけないような事態が発生した場
合、身代わりになってくれる人物を立てておいた方がいい。そこで

70
彼女を利用するのだ。
 まあ、ある程度実力がないと疑われるので、彼女にはこの世界の
基準よりは高い能力を持ってもらうことになる。
﹁最初に言っておくが、この部屋で行われたことは他言無用だ。分
かったな?﹂
﹁はい、分かりました。決して誰にも言いません﹂
﹁よし、では俺は少し用事があるので、お前はこの部屋で待ってい
ろ﹂
 知らない場所で置き去りにされるのは今の彼女には辛いだろうが、
すぐに戻ってくるので心配ないと伝えると、微笑みを浮かべながら
頷いたので多分大丈夫だろう。
 自分の部屋を後にして、サガミの所へとやってくる。ここは一人
部屋のようだ。部屋に入ると筋トレをしているサガミと目が合った。
休みなのにご苦労なことだ。
﹁サガミ殿、少し話があるのだがいいか?﹂
﹁ああ、大丈夫だ。入ってくれ﹂
 一つしかない椅子に座らせてもらうと、サガミはベッドに座った。
筋トレをしていたせいで暑苦しい狭い部屋で男二人とか、早く出た
い。
﹁単刀直入に言わせてもらう、あの王女に諜報活動のような情報の
大切さというものを教えてやってくれ﹂

71
﹁理由を聞いてもいいかな?﹂
﹁単純な物量で負けている王国では、技術と情報が普通の国の場合
よりも大切になってくるのは分かるだろう。先日の奇襲も、ここの
軍が相手の動きを把握していなかった証拠だ。遅くとも冬の間に手
を打たなければ、冬が終わった後この国は負けるだろう﹂
﹁ああ、その可能性は十分に考えられる﹂
﹁王女もそうだが、この国は場当たり的な対策しかしてこなかった
のだろう。私達を呼んだのがいい例だ。だが、戦いと言うものは相
手の動きを知り、先手を取らなくては勝つことが難しくなる。この
国にはそういった判断材料が欠けているのだ﹂
﹁私も概ね同じ見解だ。しかし私から伝えるようにする理由は何だ
?﹂
﹁こちらは酷く私的なことだが、私は彼女に嫌われていてな。私か
ら伝えるよりもそちらが伝えた方が、彼女も素直に聞き入れてくれ
ると思ったからだ﹂
﹁⋮⋮そうか、分かった。彼女には私の方から伝えておく﹂
﹁ああ、よろしく頼む。くれぐれも私のことは出さないでくれよ。
それでは私はこれで﹂
 用件が終わったので、急いで部屋を出る。冬が近くなってきたせ
いか、部屋の外は涼しい。早く自分の部屋に戻って口直しにエルマ
イアの顔でも見なければ。

72
 その後は何事もなく、エルマイアと一緒に食堂で夕食を済ませる
と自分の部屋に戻る。
 一応マルガレーテの方から兵達に伝えておいたとはいえ、やはり
敵国の人間は憎いのか、彼女を睨んでくる兵士も少なからずいるの
で、彼女は俺の腕にしがみ付いている。彼女には悪いが、腕に当た
る大きく柔らかな感触を楽しませてもらった。
﹁さて、エルマイア。これからお前に術式を教えようと思う﹂
﹁ヤードさん、私のことはエルと呼んで下さい。そんな風に呼ばれ
ていた気がします﹂
﹁そうか、では私のことは師匠かマスターと呼んでくれ﹂
﹁はい、マスター。よろしくお願いします﹂
 床の上で正座をしようとする彼女を止め、ベッドに座らせる。魔
帝国で習った礼儀作法が変に残っているせいでやりにくい。
﹁お前には第4種、つまり魔法陣を用いた術式を理解してもらう。
そもそも魔法陣とは動作や音声で表すには膨大過ぎる情報量を持つ
術式を発動する際に使うもので、これを極めればこの世界すら滅ぼ
せるような術式を使うことも出来る﹂
﹁マスター、お話が難しくてよく分かりません﹂
﹁いいか、魔法陣を使えれば凄い魔法が使えるようになるんだ﹂

73
﹁はい、よく分かりました﹂
﹁まずは一つ第4種の術式を見せてやろう。ついて来い﹂
 外が見える場所までやってくる。外は既に暗くなっており、遠く
の景色は見えにくくなっている。これならば大丈夫だろう。
﹁エルフは夜目が利くらしいが、あの遠くにある山は見えるか?﹂
﹁ちょっと暗いですが見えます﹂
﹁よし、そこから目を離すなよ﹂
 近くに落ちていた木の枝で、地面にぐりぐりと魔法陣を描いてい
く。10分ほどかけて、直径5メートル程の魔法陣が完成したので、
早速発動する。
 術が発動すると、先程示した山の中腹辺りまでがごっそりと消滅
する。
マイナーブラックホール
 これが第4種戦術級術式、下級重力球の効果である。目標の地点
に極小規模のブラックホールを生み出すという術式だ。
 山が突然消え、驚いてこちらと山の方を何度も振り返るエル。こ
ういう感じに何か反応があると教え甲斐がある。
﹁ま、マスター! 山が消えちゃいました!﹂
﹁ああ、そうだな。これが魔法陣を使うと言うことだ。このことは
秘密にしておけ﹂
﹁はっ、はい!﹂

74
 これで魔法陣の強さを分かってくれたことだろう。あとは適当に
教えていくだけだ。
 エルは先程の術式を見て、声を潜めながらも子供のようにはしゃ
いでいる。このぐらいなら誰かに気付かれることも無いし、別にい
いだろう。
 実演をした後、少しだけ基本的な知識を教えたところで眠気が襲
ってきたので、切り上げて眠ることにした。
 ベッドの中でウトウトしていると、身体の上に誰かが圧し掛かる
重さを感じて、急いで跳ね起きる。
 するとそこには暗殺者などではなく、エルが乗っていた。寝ると
きの姿なので、俺も彼女も当然パンツしかつけていない。胸が丸見
えである。
﹁何をしているんだ⋮⋮?﹂
﹁あ、マスター。マスター、凄く身体鍛えてますね⋮⋮﹂
 俺が起きたことに気付くと、彼女は顔を寄せてきた。気のせいか
彼女の顔は赤みが差しており、息遣いも荒い。これはもしや発情し
ているのか?
 心当たりが無いのでマルガレーテに念話を送ってみるが、反応が
ない。寝てはいないようだが、何かに集中でもしているのかもしれ
ない。仕方ないのでティアに念話を送ってみると、繋がった。
︵ティア、少し質問をしたいのだが大丈夫か?︶

75
︵この声はご主人様ですね! こちらは大丈夫ですよ。どのような
質問でしょうか?︶
 とりあえずエルをつれてきた経緯について話し、先程までの行動
を伝え、発情している原因に心当たりは無いか聞いてみる。この間
にもエルはこちらの胸に顔を擦り付けている。
︵おそらくご主人様の魔法を見たからだと思います。元々エルフは
人より遥かに長寿で、繁殖にはあまり積極的ではありません。その
せいか、自分よりも強い個体を見ると子孫を残そうと身体が勝手に
発情するそうです︶
︵そうなのか⋮⋮いや、分かった。こんな時間に済まないな︶
︵いえ、いつでもご連絡下さい。お待ちしております︶
 念話を解除しエルの方を見る。強い者に発情してしまうのなら、
軍隊の中では大変だっただろうに。他の男に発情しないくらい彼女
はかなり実力のある魔導師だったのだろうか?
 しかし、今の俺にその気は無いので、彼女を引き剥がし押さえつ
ける。俺が何をしようとしているのか分からないようで、不安げな
目でこちらを見てくる。
﹁今のお前は身体が勝手に反応しているだけに過ぎない。後で後悔
する羽目になるような真似はするな﹂
﹁え、そんな、私はマスターのことがちゃんと好きで⋮⋮﹂
﹁悪いがお前と私の関係は師弟関係を超えない。男女の付き合いを
するほど、お前のことを愛してはいないのだ﹂

76
 彼女は弟子として置いているだけで、特に肉体関係を持とうとは
考えていなかった。別に実験対象に性欲は湧かないし、ここで彼女
とやったら女性陣につるし上げられてしまう。そんな面倒は御免だ。
 彼女はすぐに私に拒絶されたと気付き、顔を真っ青にしながら足
元にすがり付いてくる。
﹁違うんです! 私はただマスターと一緒にいたいだけで! 愛し
てくれなくてもいいですから!﹂
﹁落ち着け、お前の気持ちは分かったから⋮⋮﹂
 何とか彼女を落ち着かせようとする俺の言葉を遮るように、突然
ドアが叩かれる。
﹁申し訳ありません! 指揮官がお呼びです! 急ぎの用件とのこ
とですので、どうか急いでご仕度を!﹂
 タイミングがいいのか悪いのか、こんな時間に緊急の呼び出しと
は、まさか魔帝国が攻めてきたとでも言うのか。とにかく急いで服
を着て出かけようとすると、エルがしがみ付いてきた。
﹁お願いします! 私を見捨てないで下さい、マスター!﹂
﹁分かった、安心しろ。お前は私の弟子なのだから、こんなことで
見捨てようなどとは思っていない。先程の行いについて何か罰を与
えようとも思っていない。お前も早く忘れて寝ていろ﹂
﹁嫌です! 私も連れて行ってください! もうこんなことはしま
せんから!﹂

77
﹁無茶を言わないでくれ。すぐ戻るから、大人しく部屋で待ってい
ろ﹂
 何を言っても離れてくれないので、呼びに来た兵士にも手伝って
もらって、無理やり彼女を引き剥がす。そのまま抑えてもらって、
俺は目的の部屋へと走り出す。
 後ろではエルが叫び続けている。ここまで俺に執着しているのは
記憶がなくなった弊害だろう。やってしまったことに後悔はしない
が、これからはこういったことが無いように猛省せねば。
 部屋の中に入ると、他の勇者達とマルガレーテの他に、男が二人
いた。確か副指揮官と参謀とか名乗っていた気がする。
﹁全員集まりましたか、では早速会議を始めましょう﹂
 俺が席に着くと、マルガレーテがそう切り出す。何やら緊張した
顔をしている。まさか本当に魔帝国がもう攻めてきたとかではない
だろうな。他の奴らも真剣な雰囲気を出している中、俺は走って喉
が渇いたので水を飲んでいる。
﹁何があったのですか?﹂
﹁ええ、実は今日の晩、北の監視塔が正体不明の攻撃を受け、山ご
と消し飛ばされました。付近に﹁ぶほぉっ!﹂⋮⋮何ですか、話の
腰を折らないで下さい﹂
﹁す、済まない、続けてくれ﹂

78
 やばい、それ俺だわ。監視塔があるとか全然知らなかったわ。
 まさかの話に思わず飲んでいた水を噴き出す。隣にいたフェアリ
スが思いっきり水を浴びて、こちらをジト目で睨んでくる。濡れた
ベールを外している彼女に謝りながら、この状況をどう切り抜ける
かで、俺の頭はいっぱいだった。
﹁⋮⋮続けます。付近は残骸すら落ちておらず、何かに抉り取られ
たような様子だったそうです。私はこれを敵の新魔法の行為による
ものと考えています﹂
﹁クソっ! このような時に新たな魔法だと!﹂
﹁山を吹き飛ばせる程の魔法なんて聞いたことがない。敵はこんな
恐ろしい切り札を持っていたということか⋮⋮何か対策は⋮⋮﹂
 俺以外の全員がその魔法とやらについて議論を交わしている。正
直に言ってしまおうか。いや、それでは俺の術式の強さが目立って
しまう。どんな苦しい言い訳でもいいから、何とかごまかさなくて
は。
﹁あー、ちょっといいか?﹂
﹁何でしょうか、ヤード様?﹂
﹁その現象について心当たりがあるのだが⋮⋮﹂
 俺の言葉を聞き、全員の視線が俺へと向けられたのが分かる。よ
し、言い訳は考えた。後は疑われないように堂々とした態度を取っ
ておくだけだ。

79
﹁ヤード様、それは本当ですか?﹂
﹁ああ、そもそもそれは敵の攻撃ではない﹂
﹁そ、それは本当ですか!?﹂
﹁ああ、原理は説明が難しいので省かせてもらうが、あれは単なる
自然現象だ。もっとも、仮に何十億年生きたとしてもお目にかかれ
るかどうか分からない、極めて珍しいものでもある。それに私はあ
の現象に対処する為の術式を知っているので、万が一にもここに被
害は出さない﹂
 いかにも胡散臭い説明だが、堂々と説明する俺を見て全員が信じ
てくれたようだ。先程の緊張感が嘘のように緩んでいるのが分かる。
﹁勇者様、一体あれはどのような現象だったのですかな?﹂
﹁多分サガミ殿なら聞いたことがあるだろうが、あれはブラックホ
ールというものだ。極小規模のものだがね。あらゆる物を吸い込ん
でしまう点のようなものだ﹂
﹁そうか、ブラックホールだったのか⋮⋮まさかそんな現象が起こ
っていたとは⋮⋮﹂
 サガミはやはり知っていたようだ。他の奴らはサガミも知ってい
たと分かって、完全に俺の話を信用したようだ。何とか誤魔化せた
な。
 一応兵士達には明日の朝今回のことを伝えて、無駄な動揺をさせ
ないようにすることを決めた後、すぐに会議は終わった。

80
 急いで部屋に戻ると、扉を開けた瞬間にエルが抱きついてきた。
どうしても離れてくれないので、今日は仕方なく同じベッドで寝る
ことになった。明日には元に戻ってくれると嬉しいのだが。
第6話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
81
第7話
 要塞に着いてから二週間が経った。
 魔帝国はちまちまとした攻撃を続けてはいたが、支援物資が届い
た要塞の守りはその程度の攻撃ではびくともしなかった。
 そんなわけで勇者が出撃するほど強い敵が来ていないが、ここ二
週間俺達勇者達は暇だったわけではない。
 アレクは兵士達を鍛えていたし、サガミは何人かの兵を与えられ
て、諜報員としての訓練をさせている。フェアリスは負傷者の回復
をやっているうちに兵士達から女神のように崇められていた。本人
は恥ずかしがって必死に否定していたが。
 俺はと言うと、エルの特訓をしている時間以外は壊れた壁の補修
をしていた。元々は無くなった北の監視塔を新しく立て直すだけの
つもりだったのだが、おかげで工作兵達からは人気者だ。他の兵か

82
らは一番知名度が低いが。
 エルの特訓は概ね順調だ。始めのうちはこの世界の常識に囚われ
ていたが、魔法の記憶を抜いてやると途端に術式への理解が早まっ
た。既に戦術級術式を発動出来るだけの知識は覚えたので、後は魔
力量を増やすのと魔力操作の精度を上げるだけだ。
 あの夜からエルは俺に対してスキンシップが増えた。とはいって
もあの時のような過剰な物ではなく、腕に抱きついてくる程度なの
で許している。
 冬が近付いてきたせいで、外は上着を羽織らないと駄目な寒さに
なっている。今の時期でこれだから、冬に戦闘を行えない理由がよ
く分かる。あと一月も待てば冬に入るので、そこまで耐えればティ
アやソフィの待つ城へ帰る事が出来る。
 しかし、何事もそう上手くはいかないことは今までの人生でよく
分かっている。きっと何かが起こるはずだ。その考えは間違ってい
なかったようだ。
﹁大変です! 魔帝国の方に動きがありました!﹂
 その伝令が伝えられたのは、ちょうど朝食を取っている時だった。
 緊急の会議が開かれ、当然ながら俺もそこに呼ばれた。いつかの
夜のように緊張感の漂う部屋の中で、兵士が慌しく地図を準備して
いる。
﹁先程北の監視塔から連絡が来ました。遂に魔帝国の軍がやってき
たそうです。軍の規模からして、冬に入る前に圧倒的な兵力差で決
着をつけようという算段でしょう﹂

83
﹁敵の戦力は前回の襲撃と同じぐらいですか?﹂
﹁いえ、確認しただけでも前回の戦力よりも多いことは間違いない
とのことです﹂
﹁まさか、そんなに兵がいるわけが⋮⋮﹂
﹁兵の数はあまり変わっていないそうですが、従えている魔物の数
が予想よりも遥かに増えているようです。本気でここを落とすつも
りなのでしょう﹂
 会議を聞きながら、俺はどうやって他の勇者達を目立たせようか
と考えていた。
 今までの働きではちょっと弱いので、もっと人々の心を奪わせる、
物語の英雄のような行動をさせなくては。しかしこいつらの実力で
は魔物を大量に狩るのは難しいし、一体どうしたらいいのか。

﹁会議の途中失礼します!﹂
 伝令兵が扉を開けて入ってきた。マルガレーテに近寄り耳打ちを
すると、今まで険しい顔をしていた彼女が一気に青褪めた。
﹁な、何てこと⋮﹂
 どうやらかなりヤバイ情報のようで、頭を抑えてテーブルに突っ
伏す彼女。
﹁奴ら、よりにもよってドラゴンを従えていたらしいわ﹂
 丁寧なしゃべり方を忘れるほど、ドラゴンは強敵なのか。周りの

84
人間の様子を見るに、その見解で間違いなさそうだ。
﹁しかし、我らには勇者様方がいるではないですか﹂
﹁ただのドラゴンなら大丈夫でしょうが⋮⋮﹃紅鱗﹄だそうです⋮
⋮﹂
﹁まさか! どうやってあの化け物を従わせたと言うのですか!﹂
 勇者達以外の人間があまりにうろたえているので、どんな化け物
か聞いてみる。
 ﹃紅鱗﹄とは、名前の通り鮮やかな紅の鱗を持つドラゴンらしく、
魔帝国北部の山脈に生息しており、たまに麓まで下りてきて辺りの
獲物を襲うのだという。普通のドラゴン一匹でも大きな町を落とせ
るぐらいの強さらしいが、その﹃紅鱗﹄は他のドラゴンを餌に出来
るほどの強さを持っているのだそうだ。
 もたらされた絶望的な情報に、会議室の雰囲気が最悪になってい
る。まあ普通はそうだよな。
 しかし、俺にとって見ればまたとないチャンスだ。これを利用す
れば、一気にこいつらの名声を上げられる。英雄になってもらうの
はアレクがいいだろう。多分一番調子に乗ってくれる。フェアリス
は既に人気だからいいとして、俺とサガミもそれなりの役割があっ
た方がいいな。
 勇者だけで少し話がしたいと言って、3人を会議室から連れ出す。
﹁それで、話というのは何だろうか?﹂
﹁ああ、私たちの力で﹃紅鱗﹄というドラゴンを倒そう﹂

85
﹁しかし、皆様のお話ではそのドラゴンはとても強大だということ
ですが⋮⋮﹂
ガイドポスト
 困惑した表情で俺を見てくる3人に思考誘導を発動する。そのド
ラゴンを倒してもらわなければ、俺が困るんだよ。
﹁私の見立てでは、そのドラゴンを倒すことが出来そうなのは、ア
レク、あなただけだ﹂
﹁私か? しかし私の力では、そのドラゴンを倒せるとは思わない
のだが﹂
﹁いや、倒せる。あなたの剣には隠された力がある。それに気付い
たからこそ言っているのだ﹂
﹁そうなのか、まさか私の剣にそのような力が⋮⋮﹂
 よし、信じた。いい調子だ。お前なら簡単に信じてくれると、俺
は信じていたよ。
﹁他の魔物には構わずに、一直線に例のドラゴンに向かってくれ。
おそらく攻撃した瞬間に秘めたる力が解放されるはずだ。魔物の相
手は私とサガミ殿がしよう。サガミ殿もそれでいいだろうか?﹂
﹁ああ、任せてくれ﹂
﹁あの、私は何をすればよろしいのでしょうか⋮⋮?﹂
﹁あなたには兵達の鼓舞をお願いする。おそらく﹃紅鱗﹄が倒され

86
るまでは怯えて戦いにもならないだろうが、そこを何とか勇気付け
てやって欲しい。これは兵達に人気のあるあなたにしか出来ないこ
とだ﹂
﹁分かりました。危険な役割を担っている皆様には及びませんが、
精一杯頑張らせて頂きます﹂
 勇者達がやる気になった。これで準備は出来た。後は俺が術式を
発動させるタイミングを間違えなければ、アレクは英雄になれるだ
ろう。
﹁全員聞いて欲しい! ﹃紅鱗﹄は私達が必ず倒す! どうか怯え
ずに、持てる力を出し切って戦って欲しい!﹂
 現在、出陣前に要塞のほぼ全員が集まっている。既にマルガレー
テが作戦について語り終わった後で、今はアレクが勇者を代表して
喋っている。
 ﹃紅鱗﹄が出てきているのは皆知っているようで、兵達の間には
動揺が広がっている。俺は横で聞いているフリをして、貰った杖で
地面に魔法陣を描いている。
マスヒロイック
 第4種戦術級術式、集団鼓舞。これは範囲内の特定の人間︵今回
は味方のみ︶の恐怖を和らげ、興奮状態にし、精神攻撃に耐性を与
える術式だ。術式が発動し、動揺していた兵達の表情が引き締まる。
﹁よし、皆覚悟は出来ているな! 行くぞ!﹂
 アレクの言葉と共に出陣の合図が出て、兵達はそれぞれの持ち場

87
へと向かっていった。俺も他の勇者達に合流しようとしたところで
腕を引っ張られる。見るとエルが不安そうな表情をしていた。
﹁マスター、本当に大丈夫なのですか?﹂
﹁ああ、アレクがやる気になっているし、余程の事が無い限りは大
丈夫だろう﹂
﹁でも、万が一のことがあったら⋮⋮﹂
﹁安心しろ、何があっても戻ってくると約束しよう。それともお前
に心配されるほど、私は弱いと思っているのか?﹂
﹁い、いえ! マスターはとても強いです!﹂
﹁ならば大丈夫だ。心配することなど何も無い﹂
 頭をぽんぽんと叩き、彼女の傍を離れる。振り返ると、安心した
ように笑顔の彼女がいたので、軽く手を上げてから勇者達の下に向
かった。今のは少しカッコよかったと思った。
 敵の中に攻城用に使われる魔物が多数存在したので、俺を含む勇
者3人とサガミが鍛えた部隊は、要塞から離れた高台の上で待機し
ていた。
 既に別の場所では戦いの音がしているのが聞き取れる。ここで戦
線が開かれるのも時間の問題だ。
 すると我が軍の右から敵の部隊が奇襲を仕掛けてきた。突然の出
来事に右側の部隊は瞬く間に崩壊していった。

88
 遅れて近くの兵達が援軍に向かい、何とか戦線を維持していると
いった状況だ。 
 右側は当初俺達の部隊が配属される予定だったが、朝になってい
きなり、マルガレーテが配置を変更した。おそらく内通者がいて情
報が漏れていると考えたのだろうが、その予想は的中してしまった
ようだ。
 魔物の咆哮や敵兵の掛け声が上がっているのを聞いて、アレクや
部隊の奴らもそちらに向かおうとしているのを止める。
 ここで俺達が向かえば作戦は台無しになってしまう。俺達の仕事
はあくまでも敵の本隊と﹃紅鱗﹄を倒すことだ。
 しかし戦力差は絶望的か⋮⋮これは予定よりも派手な術式で﹃紅
鱗﹄を瞬殺して、敵の士気を挫くしかないな。
 右側の戦闘が始まって少しすると、正面から敵の本隊が見えてき
た。
 多数の魔物とそれを従えている兵達がいて、そいつらの上には紅
色のトカゲが飛んでいた。50メートルぐらいある。あれが例のド
ラゴンだろう。
 ドラゴンの姿を見ると、今までやる気に満ち溢れていた兵達がう
ろたえ始める。まあ俺もあれは怖いし、仕方ないと思う。
 怖気づく王国軍に向かって術式や魔物が放たれる。術式の方は事
マジックジャマー
前に張っておいた魔力減退陣のおかげでこちらに届く前に消えてい
るが、魔物の方はどんどんとこちらに迫ってくる。
 なかでも恐ろしいのは﹃紅鱗﹄だ。あれがこちらに向かってくる
のを見て逃げ出さない王国兵達は意外と根性がある。もし俺が術式
を使えなかったら一目散に逃げ出す自信があるね。
 アレクも剣を構えてはいるが、わずかに剣先がブレている。自信
を失くすなよ。ここで止められたら計画が台無しになってしまう。
何とかせねば。

89

マッドネス
 ふと思いついて、試しに﹃紅鱗﹄に狂化をかけると、見事に効い
てしまった。突然制御を振り切って暴れだし、周りの兵や魔物を襲
い始めるドラゴンに、敵の軍は混乱し、魔物達の統率も乱れている。
 アレクはこの惨状を見て好機だと思ったのか、大きく息を吐くと
こちらの方を向いた。表情には自信に満ち溢れた様子が見て取れる。
うまくいったようだ。
﹁チャンスだ! 二人とも、行くぞ!﹂
﹁﹁了解!﹂﹂
 掛け声と共に走り出すアレクと、それについていくサガミ。俺は
後衛だ。アレクの前に飛び出してきた敵を、サガミと協力して正確
に排除していく。ついでにこっそりと魔法陣を描き始める。
 とうとうアレクが﹃紅鱗﹄の元へとたどり着く。一度立ち止まり、
﹃紅鱗﹄と対峙しているアレク。だが﹃紅鱗﹄はアレクの方を見て
いない、というか気付いてもいないだろう。
﹁剣よ! この魔物を倒す力を貸してくれ!﹂
 真実を知ったら確実に黒歴史になるだろう台詞を吐いて、アレク
が切りかかった。剣が当たりそうになった瞬間、こっそり描いてい
た魔法陣を発動する。
 アレクの剣の先から﹃紅鱗﹄を丸ごと包めるほど巨大な光線が発
射される。途切れることなくどこまでも伸びていき、地平線の彼方
まで一気に走った光線が消えると、後に残ったのは身体の殆どを失
った﹃紅鱗﹄の残骸だった。
グレーターレーザー
 これが第4種戦略級術式、極光の威力である。この術式は相手の

90
術式抵抗や耐術式障壁を無効化する特殊な高強度レーザーを放つ。
熱や光に耐性があろうが、当たった物をプラズマ化するので物理的
な防御も不可能である。ちなみに有効射程は大体2000万キロメ
ートルだ。
 一瞬で息絶え、飛ぶための魔力を失って地面に叩きつけられたド
ラゴンの残骸を見て、両軍の兵士達が驚き固まっている。レーザー
の拡散光と熱気で肌や目を焼かれ、のた打ち回っている敵兵の呻き
声だけが響いていた。
﹁﹃紅鱗﹄は倒した! 王国の兵達よ、我らの後に続け!﹂
 アレクは剣を振り上げると戦場に響き渡るような大きな声で叫ん
だ。同時に要塞には俺の方からアレクの手によって﹃紅鱗﹄が倒さ
れたことを伝えた。
 途端に王国軍からは歓声と共に兵達が突撃を開始する。切り札を
一瞬で殺された魔帝国の兵達はもはや軍としての形を保てないほど
に混乱していたので、次々と王国兵に倒されていった。
 後は残党狩りのようなものだ。俺はこっそりと兵達の手には負え
ないような魔物を狙っていき、最後まで逃げ出さずに戦っていた敵
兵は二人の勇者と兵達によって狩りつくされた。
 驚くほどあっけない幕引きとなったが、こちらの死者は100名
程度に対し、相手の方は全体の半数にも上った。元々の戦力差が1
0倍以上なのだから、王国にとってこの勝利は奇跡のようなものだ。
 要塞に戻ると大きな歓声が鳴り響いた。少し前まで死にそうな表
情を浮かべていた奴らも、今では笑っていた。
 アレクは大勢の人に囲まれて質問攻めに遭っている。全員があの

91
ときの光についての質問をしているが、アレクすら原理が分かって
いないのを説明するのは無理だろう。今も﹁大精霊様の力のおかげ﹂
としか言ってない。
 俺とサガミの所にもそれなりに多くの人が集まっていたが、人に
囲まれるのが苦手な俺は、エルの近くに避難することにした。今だ
にエルが敵の仲間だと思っている奴もいる程なので、殆どの人間が
近寄ってこなくなった。
 エルは俺が無事に帰ってきたことですっかり機嫌も直り、ニコニ
コと笑いながら給仕をしてくれている。
﹁マスター、あちらの方へ行かなくてもいいのですか?﹂
﹁騒がしいのは苦手なのでな﹂
﹁⋮⋮私はご一緒させて頂いても宜しかったのでしょうか?﹂
﹁何を言っている。お前は私の弟子だろう? 傍にいた所で文句な
ど言うはずがない﹂
﹁っ! はい!﹂
 俺の言葉に喜びを隠そうともせずに返事をする。ちょうど酒が切
れたので、追加の酒を取ってきてもらう。
﹁⋮⋮主賓がこんな端にいるとは。ヤード様、皆あなたの武勇伝を
聞きたがっておりますよ?﹂
 俺が端にいるのが気になったのか、マルガレーテがこちらにやっ
てきた。わざわざ指揮官が呼びに来ることも無いだろうに。

92
﹁本日の主役はアレク殿だろう。私の活躍など彼に比べればどうと
言うほどのことでもないものだ﹂
﹁あら、ご謙遜を。多くの魔物を倒したことは聞き及んでおります
わ。それに皆と勝利の喜びを分かち合ってみてもよろしいのでは?﹂
﹁今回の戦いは一時しのぎにしか過ぎないのだがね。冬が終わり寒
さが和らげばまた大軍で攻めてくるだろう。私は魔帝国との戦争が
終わる時まで喜ぶのは止めておこう﹂
﹁⋮⋮無粋なお方。たとえそうだとしても、大軍を相手に大勝を得
たならば、喜びの言葉の一つも言って然るべきでしょう。やはり私
はあなたのことが嫌いですわ﹂
﹁そうか、それは残念だ﹂
 俺の返事を待たずに彼女は戻っていこうとしたが、少し歩いた所
で立ち止まり、こちらに振り返った。
﹁そうそう、突然ですが勇者様方は一足先に王城へと戻っていただ
きます。出発は明日なので今夜のうちに準備をしておいて下さい。
あと、あの娘を連れて行っても構いませんが、それによって起こる
厄介事はご自身の手で何とかして下さいね﹂
 それを伝えると、今度こそ彼女は戻っていった。
 明日帰ることができるのはいいのだが、当初の予定では冬まで守
り続けるのではなかったのか。いくら敵の大軍を追い返したと言っ
ても、安全が確保出来るまでは残すのが普通ではないのか。
 もしかして城の方で何か起こっているのだろうか。
 そこまで考えて、考えすぎだと思いなおす。きっと勝利に気が緩

93
んでいるだけだろう。
 むしろこのお祭り騒ぎを明日にまで引きずらないよう努める方が
大切なことだろうと思い、自室へと引き返した。
第7話︵後書き︶
この後から投稿速度が落ちると思います。
できる限り続けていこうと思っているので、これからもよろしくお
願いします。
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
94
第8話
 帰りの道中は何事もなく進み、予定よりも1日早い3日で城まで
たどり着いた。城に入るとすぐに謁見の間に呼ばれ、国王からお褒
めの言葉を貰った。今回の働きにより、俺達には褒賞が与えられる
らしい。
﹁先日の戦いは実に見事なものであったと聞いておる。その栄誉を
称え褒章を送ると共に、我が国の更なる発展を願い、アレク・ギル
フレイアに男爵の爵位を、サガミ・リョウヘイ、ヤード・ウェルナ
ーの2名には準男爵の爵位を与える。フェアリス殿には、後日教会
の方からアンリエント東部の協働司教の座が与えられるそうだ﹂
 いきなりの展開に驚いているが、何とか顔には出さないように努
める。どういった反応をすればいいのか分からなかったので、サガ

95
ミと同じようにしておく。そしてアレクが代表して前に出た。
﹁我ら一同国王陛下の臣下となり、この剣を国のため民のために振
るうことを誓います﹂
﹁うむ、そなたらの力があれば、必ずや憎き魔帝国を打ち倒せると
信じておる。これからも我が王国に尽くしてくれることを期待して
おるぞ﹂
 周りの人々から拍手が起こる。どうやら受け取りは拒否できない
らしい。まあ今回は拒否する理由も無いからいいんだが。爵位があ
ったほうがいざという時役に立つかもしれないからな。準男爵がど
れほどのものかは知らないんだが。
 ふと視線を感じ周りを見回すと、何やらこちらに向かって睨んで
いる奴がいる。あれがディアンか。なるほど、見るからに悪役面を
している。きっと予定ではあの要塞は落とされていたのだろうが、
俺達の戦力が予想以上だったので計画が崩れたと言うわけだ。
 奴の計画は割といい線いっていたとは思うが、唯一の誤算は俺と
いうオーバースペックな人間がいたことだ。せいぜい俺に喧嘩を売
ったことを後悔するがいい。
﹁ヤード様!﹂
 謁見の間から出ると、ソフィがこちらにやってきた。人目がある
ので抱きついたりはしないが、こちらの手を両手で包み、潤んだ瞳
で見つめてくる。

96
﹁必ず無事で帰ってきてくれると信じていました﹂
﹁ああ、あの程度の敵では私達を倒すことは出来んよ﹂
﹁この後は何もありませんよね? よろしければ一緒にお茶がした
いのですが、どうでしょうか?﹂
﹁是非、と言いたいのだが、この後少しやることがあってな⋮⋮そ
れからでも構わないか?﹂
﹁そうですか、では都合のいいときでいいですから、いつでもお越
し下さいね﹂
 少し残念そうにそういう彼女に謝りながら別れる。ソフィに付き
合うのもいいんだが、それよりもティアの優先度の方が高い。エル
はフェアリスの部屋に行かせてあるので、久しぶりのティアに二人
きりで会うため、急いで部屋に向かう。
 部屋に入ると、ティアの姿は無く、代わりに別のメイドが一人い
た。腰まで届く長さの金髪をうなじの部分で一本に縛っている。胸
は実に残念だ。あれは何と言うんだったか。彼女はこちらに気付く
とお辞儀をしてきた。
﹁始めまして、準男爵様。少し前よりこの部屋付きとなったロザリ
ーと申します﹂
﹁代わったとは聞いていなかったが、前の部屋付きの者はどうした

97
?﹂
﹁以前の者は部屋付きを外されました。その後どうなったかは聞い
ておりません﹂
 妙な話だな、代えられるなら一言ぐらい言ってもいいと思うんだ
が。急いでティアに念話を送る。
︵ティア聞こえるか?︶
︵ご主人様ですか?︶
︵ああ、今どこにいる?︶
︵今は⋮⋮どこかの地下牢だと思います。任務をこなせなかった為
に部屋付きの4人全員が懲罰を受けています︶
 何ということだ、これは完全に俺のミスだ。彼女のことを気に掛
けなければいけなかったのだ。早く助け出さねば。しかし、このメ
イドに見られるわけには行かない。
﹁済まない、身体を拭きたいので湯を持ってきてもらえるか?﹂
﹁はい、少しお待ち下さい﹂
 彼女が部屋を出て行ったのを確認すると、急いで魔法陣を描き始
める。メイドが帰ってくる前に事を終わらせなければ。
︵以前渡したコインは持っているな?︶

98
︵はい。⋮⋮これで何かをするのでしょうか?︶
︵いや、それを持っていてくれるだけでいい︶
 場所は把握した。凄まじいペン速で魔法陣を描き上げ、起動する。
グレーターテレポートアザー
 第4種時空間跳躍系術式、上級他者転移。特定の人物や物体を誤
差無しで転移させる術式だ。
 術式を発動させると同時に魔法陣が輝き、光が収まるとそこには
ボロボロの服を着たティアの姿があった。彼女は何が起こったのか
分からない様子できょとんとしている。
 彼女に抱きつき頭を撫でる。幻ではないことに気付いた彼女も俺
の後ろに腕を回し抱きついてくるが、自分の姿を見ると慌てて俺の
腕から逃れて離れる。
﹁す、済みません。数日牢に入れられて汚れていますので、私を抱
きしめられたらご主人様まで汚れてしまいます⋮⋮﹂
﹁そんなことは気にするな。それよりもお前が無事で良かった﹂
﹁ご主人様⋮⋮﹂
 感極まって涙目になる彼女を引き寄せて口付けをする。彼女の方
から舌を入れてきたので、こちらもそれに応え舌を絡ませ合う。久
しぶりの彼女との口付けに思わず最後までしたくなる感情を抑えて、
ゆっくりと口を離す。唾液が糸を引いているのが何とも淫靡な光景
だ。
﹁ティア、湯を取りに行かせている者が帰ってくるので、どこかに
隠れてくれ﹂

99
﹁は、はい﹂
 とはいっても隠れるような場所など机とベッドの下ぐらいしかな
いので、仕方なくベッドの下に入ってもらう。
 彼女が隠れた後すぐに、ロザリーが帰ってきた。かなりギリギリ
のタイミングだったようだ。
﹁準男爵様、湯をお持ち致しました﹂
﹁ああ、そこに置いてくれ。後は私が自分でやる﹂
﹁いえ、準男爵様のお身体をお拭きしますのも部屋付きの仕事です
ので﹂
﹁これは命令だ。自分でやるのでお前は部屋を出て行ってくれ﹂
﹁ですが⋮⋮﹂
 命令だと言っても何故か食いついてくるこいつの態度に不信感を
ソートスティール
感じ、窃思を発動した。
︵服を脱ぐなんて、隷属魔法をかけられるまたとない好機じゃない。
ご主人様からも出来るだけ早く連れて来いって言われてるし、これ
を逃すわけにはいかないわ。︶
 誰かの回し者だったのか。それにしても隷属魔法か。他の勇者達
の腕輪に細工を仕掛けていて良かった。こんなこともあろうかと奴
キャンセラレイション
らの腕輪に解呪を永続化してかけておいたのだ。ここで奴らに消え
られては困るからな。
 まあ俺を隷属させようなんて言うなら容赦はしなくていいな。好

100
きにやらせてもらおう。
﹁⋮⋮そこまで言うなら仕方ない。やはりお前が拭いてくれ﹂
﹁はい、分かりました﹂
︵やった、これでこいつを手に入れたも同然ね。ご主人様に逆らう
なんて馬鹿な奴︶
 服を脱ぎ奴に背を向ける。身体を拭くフリをしてこっそりと魔道
具を取り出しているのはバレバレである。俺の首に腕を回し、締め
上げながら魔道具である腕輪をつけている。
﹁﹃神の桎梏よ、この者を縛り、捉え、この惨めな存在に、主の威
光を知らしめよ﹄!﹂
 彼女が面倒くさい呪文を唱え、術式が発動する。途端に俺の頭の
中に警告音が響き渡る。
︵﹃第1魔導障壁、貫通されました。第2魔導障壁、貫通されまし
た。第3魔導障壁、防御に成功。攻撃術式の逆探知に成功しました。
カウンターマジック
至近距離からの精神感応系術式によるもの。反撃します。対抗術式
ヒュプノ
検索。催眠を発動します﹄︶
 俺の術式防御に呪文を阻まれ、逆に術式を受けてしまう彼女。術
式の効果で身体の自由を失い、ボーっとした表情になる。催眠とは
字の通りの効果で、相手を催眠状態に出来る。効果の方は完全に支
配の劣化型だ。
 彼女が動かなくなったのを見て、服を着直し付けられた腕輪を外
す。サイズが小さかったせいで腕が赤くなってしまった。

101
﹁お前は今から俺の言うことを聞くんだ。分かったな?﹂
﹁はい﹂
﹁よし、俺が手を叩くと普段のお前に戻る。お前が俺に催眠をかけ
られたことも覚えている。ただし俺の言うことには逆らえず、その
場から一歩も動くことが出来ない。そして俺が再び手を叩くと催眠
状態に戻る﹂
﹁はい、分かりました﹂
 手を叩くと、目に生気が戻ってくる。自分が催眠をかけられたこ
とは分かっているので、こちらを睨んでくる。
﹁っ! な、何であんたが操ってんのよ!﹂
﹁説明する必要はないな。それより何故俺を襲ったのか、詳しく聞
かせてもらおうか﹂
﹁⋮⋮ご主人様にそう命じられたからよ。あんた達がご主人様の計
画を邪魔したせいで、状況が悪くなったって言ってたわ﹂
﹁お前の主人は誰だ? 主人は誰と繋がっているんだ?﹂
﹁ディアン公爵様よ。ご主人様は誰とも繋がっていないわ﹂
 そうだとは思っていたが、やはりディアンか。これは何とかしな
ければ、このまま放っておくと俺よりもティアが危ない。なんて執
念深い奴なんだ。

102
 それにこいつのこともある。ティアほどディアンには信用されて
いなかったようだが、奴と繋がっていたことだけでも許しがたい。
どんな報復をしてやろうか。
 どうしようかと悩んでいると、ベッドの下からごそごそと言う音
を聞いた。そういえばもうティアを出しても大丈夫だ。呼び出すと
ベッドの下から這い出てくる彼女の姿を見てロザリーの表情が驚愕
に歪んだ。
﹁何であなたがここにいるの? 懲罰を受けている最中じゃ⋮⋮?﹂
﹁ああ、やはりロザリーでしたか。ご主人様、彼女は私の後輩に当
たる関係です﹂
﹁あなた公爵様を裏切ったの!? 恥を知りなさいよ!﹂
﹁⋮⋮このように先輩達にも生意気な態度を取っていまして、何と
か直そうと努力もしましたが結局このままでした。ここはご主人様
に躾けてもらうのがよろしいかと﹂
﹁そうか、それでいいのか?﹂
﹁はい﹂
 ティアがこんな提案をしてくるとは予想外だ。余程彼女の態度に
対して鬱憤が溜まっていたのだろうか。まあいいか。手を叩いて催
眠状態にする。
﹁俺が止めるように言うまで、お前は俺に反抗的な態度を取り続け
る。しかしお前が反抗的な態度を取るたびにお前は発情してマンコ
が疼いてしまい、イく事も自分で慰めることも出来ない。今言った

103
ことは目が覚めると覚えていないからな﹂
﹁はい﹂
 手を鳴らすと、我に返ってこちらをまた睨みつけてくる。だが早
速発情したのだろう、股間を押さえて、顔を歪めている。心なしか
顔が赤い。
﹁どうした、股間など押さえて。もしや催したのか?﹂
﹁あんたには関係ない⋮⋮っ!?﹂
 もう立っていられなくなったのか、彼女は股間を押さえてその場
に蹲ってしまう。たった二回でもうこれとは、彼女は快感に弱いの
か。なんだか面白くなってきた。
﹁何かお願いがあるなら聞いてやらんこともないぞ?﹂
﹁い、嫌よっ、んっ⋮⋮誰があんたに何か、っ!?﹂
 どんどんと墓穴を掘っていく彼女を見ていると実に気分がいい。
やはり仕返しと言うものは素晴らしい。ティアの方を見ると無表情
に彼女を見下ろしていたが、こちらの視線に気付くと首を振る。ど
うやらまだ足りないご様子だ。
 何回か言葉を投げかけたが全て反抗的な態度を取られ、もう限界
なのか彼女は目を見開きながら口を閉じることもままならなくなっ
ている。太股の内側までぐっしょりと濡れ、床に小さな水溜りが出
来ている。
 そろそろかと思いもう一度ティアの方を伺うが、またもや首を振
られる。ティアはかなりの鬼畜だな。

104
﹁どうした? 今ならどんなお願いでも聞いてやるぞ? 隷属魔法
をかけるんだろ?﹂
﹁あ⋮⋮あ⋮⋮﹂
 とうとう返事も出来なくなってしまった。この分だと呼吸も危な
いな。流石に殺す気はないのでこの辺にしておこう。
 ティアに確認を取るため振り向くと、彼女も仕方がないといった
風に頷いた。まだやる気だったのか。
﹁ああ、もう素直になっていいぞ。ただし自慰はするなよ?﹂
 許可を出すと同時にこちらに飛び掛り、股間をこちらの物に押し
当ててくる。えらい変わり様だな。
﹁お願い、入れて! このままじゃ気が狂っちゃうのぉ!﹂
﹁そうだな、俺の物はまだ固くなってないから、入れて欲しいなら
まずはここに奉仕してもらおうか﹂
 俺の言葉を聞き彼女は俺の下を脱がして下半身を露出させる。そ
してベッドに座る俺の前に跪いて、股間に顔を埋めてくる。
﹁ん、んぅ⋮⋮﹂
 よほど俺の肉棒を入れて欲しいのか、喉奥まで咥え込み、根元か
ら先までを慣れた舌使いで包み込むように舐め上げている。幼い顔
をして、中身はとんだ淫乱のようだ。俺の肉棒も彼女の奉仕で硬く
なってくる。

105
﹁んっ、んんぅ、ふ⋮⋮んぅ⋮⋮﹂
﹁随分とご執心だな。そんなに味わいたければこちらから動かして
やる﹂
 そう言ってこちらからも腰を動かすと、舌を絡ませ頬を痩けさせ
ながら激しくしゃぶってくる。そこまで熱心にやっているのを見る
と、早く射精して欲しいといっているように思えてくる。だがまだ
出してやるわけにはいかない。
 頭を掴み彼女の喉をオナホールのように使う。彼女の顔が苦しげ
に歪むがお構い無しだ。口の端から毀れた唾液が飛び散り、彼女の
口の周りと俺の股間を濡らしていく。
 射精寸前になると彼女を股間から引き剥がし、そのまま彼女の顔
に向かって射精する。彼女の顔は精液でべとべとになり、とても卑
猥な雰囲気を醸し出している。
 こちらが命じるよりも先に、自分から精液を拭い取り口に含んで
いく。ご丁寧に、飲み込んだ後こちらに向かって口を開いて飲み込
んだのを見せ付けてきた。どうしようもなく淫乱な奴だ。
﹁イッたんだから、これ入れて⋮⋮お願い⋮⋮﹂
 あちらはまだイッていないので、股間を押さえながら俺の物を舐
めて綺麗にした後、愛液でぐちょぐちょに濡れたマンコを肉棒に擦
りつけてくる。俺も一度イッたぐらいでは萎えないので、連戦でも
大丈夫だ。
 一応ティアの方を確認したが、彼女はいつもと変わらぬ笑顔で続
きをどうぞと手で示してくる。こちらも大丈夫そうだ。

106
﹁後ろを向いて四つん這いで尻を突き出せ﹂
﹁あ、うん⋮⋮﹂
 俺の言葉に素直に従うロザリー。きっと興奮しすぎで俺の言葉に
強がって反抗することが出来ないのだろう。
 四つん這いになった彼女の膣穴に俺の肉棒を当て、ゆっくりと沈
めていく。それだけで軽くイッたようで、膣内が締まってくる。
 いい反応を返してくるので、子宮口に届くぐらいに奥深くまで入
れる。ゆっくりと入れているのに彼女は少し動くたびにイきまくっ
ている。
 彼女は小柄なので俺の肉棒は根元まで埋まらない。子宮口を押し
上げながら彼女の中の感触を味わっている。
﹁どうだ、今子宮口に当たっているのが分かるか?﹂
﹁わ、分かるからっ! やめっ、あっ! あ、あ、あ、そこグリグ
リしないでぇ!﹂
﹁止めてと言いながら、俺の物を締め付けてくるのは何故なんだ?﹂
﹁きっ、気持ちいいからっ、んぅっ! 気持ちいいからですぅ! 
ふぁああ!﹂
 自分に逆らっていた女を組み敷いて喘がせるのは実に気分がいい。
俺が彼女の奥を突くたびに善がり声を上げ、俺の物を締め付けてく
る。彼女の身体は男に媚びる為の訓練でもしていたのかと思うほど
気持ちがいい。胸は実に残念だが。

107
﹁最後は一番奥に出してやろう。俺の精液が欲しいか?﹂
﹁う、うん、奥で出して!﹂
﹁素直になったな、そろそろイクぞ!﹂
 腰を打ちつけ根元まで入れる。先端が子宮口へとめり込んだのを
感じながら彼女の子宮内に射精する。
﹁あぁあああああぁ! イッちゃうぅううう!﹂
 彼女も俺と同時にイッたようだ。俺の精液が彼女の子宮内に吐き
出され、絶頂が続いているのか、膣内がビクビクと波打つように動
いている。
 彼女の中から肉棒を抜くと、彼女が倒れこむ。どうやら気絶した
ようだ。まあ元々ギリギリの状態だったからな。
 精液と愛液で濡れた肉棒を拭こうと何かないか探していると、テ
ィアが俺の股間に顔を埋め、口の中で綺麗に舐め取ってくれた。し
かし綺麗になったはずの肉棒をまだ舐め続けている。どうやら彼女
も欲しいようだ。
﹁ティア、お前も抱いてやろうか?﹂
﹁あ、いえ、私は汚れていますので⋮⋮﹂
 そういえばそうだった。しかし彼女と久しぶりに会ったのだから、
正直俺の方が彼女を抱きたいと思っている。
﹁ならば身体を拭いてやろう。服を脱いでくれ﹂

108
﹁はい、ご主人様﹂
 彼女が服を脱いでいる間にロザリーを動けないように縛って転が
しておく。邪魔なので喋れないよう猿轡もかましておく。こいつの
相手もそれなりだったが、お楽しみはこれからだ。
第8話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
109
第9話
 ティアに脱げと言っておいて悪いのだが、持ってきてもらった湯
が冷めていたので暖め直している。彼女にはベッドの上でシーツに
包まってもらっているので寒さとかは大丈夫のはずだ。
 お湯がいい温度になると、こちらに呼ぶ。小さな傷がいくつかつ
メジャーヒール
いていたので、傷一つ残さないよう上級治癒で直す。後は拭くだけ
だ。
 最初は自分でやろうとしたので、何とか説得して拭かせてもらう
ことにする。存分に楽しませてもらおう。
 まずは両腕からだ。折れてしまうのではないかと思うほど細い腕
だが、ちゃんと柔らかさは感じられる。こう見えて力も結構あるか
ら侮れない。肩、首元と拭いていく。ここまでは彼女も恥ずかしが
っているだけだ。

110
 次は背中を拭いていく。自分からは見えない位置であるのに、シ
ミ一つ無い完璧な肌だ。擦ったりしないようにゆっくりと拭ってい
く。
﹁ん⋮⋮気持ちいいです、ご主人様﹂
 彼女もそんなことを言ってくるが、楽しませてもらっているのは
俺も同じだ。脇を拭くとちょっとくすぐったそうに身を竦めるが、
綺麗にするのが第一なので構わず拭き続ける。
 さて、次はお楽しみの胸だ。この世界の女性の平均よりも明らか
に大きいバストをお持ちなので、ここはちゃんと綺麗にしておかな
いと大変だろう。
 胸に触れると程よい弾力を感じさせる。先に上半球を拭いていき、
続いて下半球を持ち上げながら拭く。手にはなかなかの重量が掛か
ってきた。大きい胸を持つのも大変そうだ。
 胸の谷間も汗が溜まるので綺麗に拭いておく。左右からかかる圧
力を感じ、ここの間を使いたがる男達の気持ちがなんとなく分かっ
た気がした。
 胸の頂点はあえて擦れる程度の強さで拭いてある。触れるたびに
身体を硬くさせて、快感に耐えている様子を見ていると、こちらも
もう少し悪戯をしたくなってくる。
 まずは拭き残しのチェックだ。胸をじっくりと見て、さらに揉ん
で確かめる。下から持ち上げ揉みしだくと、柔らかな感触が指を包
み込んで、手が埋まるような錯覚さえ覚えた。
﹁ご主人様⋮⋮どうでしょうか?﹂
﹁ふむ、とても綺麗な肌だ。だが一箇所だけ問題があるな。ここだ﹂

111
﹁ひゃう!﹂
 乳首を突っつくと、可愛らしい声を上げる。拭いているだけなの
に、乳首を立たせてしまうとは。これはお仕置きだな。乳首を摘み、
くりくりと捏ね繰り回す。
﹁ふぅっ⋮⋮んんっ⋮⋮﹂
 眉を顰めて口を押さえているティア。別に声を出したっていいの
に。
 ティアに声を出させたくなって、乳首を口に含んで舌で転がす。
まだ彼女の甘い匂いが残っているような気がした。
﹁ん、ご主人様、そこはっ⋮⋮﹂
 彼女も乳首で感じてきたようで、声にも艶が混じっている。
 とりあえず先に身体を拭き終わろう。お楽しみはそれからでも遅
くない。
 腹と尻を拭き、足を片方ずつ拭いていく。指の間まで丁寧に拭く
と、あまり触られない場所を触られたので敏感に反応していた。
 さて、最後は股を拭かなくては。少し濡れている股間を綺麗に拭
き、布を戻す。中は布で拭くと傷がつくかもしれないからな。ティ
アも分かっているようで、自分で広げている。膣穴がはっきりと見
えた。
 雌の匂いを漂わせているそこを舌で軽く突くと、膣穴が締まるの
が見える。その反応が面白くて何度か繰り返すと、ティアが頭を押
さえてきた。

112
﹁ご、ご主人様。焦らすなんて酷いです⋮⋮﹂
﹁済まないな。お前の反応が面白くて調子に乗ってしまった﹂
 今度は全体的に舐めてやる。少し尿の臭いがしたが、ティアのな
らばその位のことは耐えておこう。
 膣穴の中にも舌を入れて、中をねっとりと嘗め回す。膣穴が舌を
締めつけてくるがお構い無しだ。どんどん愛液が溢れてくるので、
俺の口の周りもべたべたになってしまった。
 これで身体は拭き終わったな。彼女の方は既に出来上がっており、
俺も彼女の身体を拭き終わる前から硬くなっている。
﹁ティア、俺も我慢が出来そうにない。お前を抱いてもいいか?﹂
﹁はい、ご主人様。私でよければ﹂
 俺を見て微笑みながらそう返すティアの姿に辛抱溜まらず、彼女
に飛び掛った。既に前戯は済ませたようなものなので、最初から彼
女の膣穴に挿入する。
 彼女の中は熱く、俺の肉棒をやわやわと締め付けくる。やはり彼
女が一番だ。
﹁ああ、ご主人様の肉棒が入っています!﹂
﹁久しぶりに抱いたが、やはりお前は素晴らしい。まるで俺の為に
作られたように相性がいいぞ﹂
﹁ご主人様に使って頂けて、とても嬉しいです﹂

113
 嬉しさのあまり俺に抱きついてくるティア。こちらも抱き返しな
がら腰を打ち付ける。
﹁あっ、ん、あんっ! いい、んっ、いいですぅ!﹂
﹁お前の中も最高だぞ! もっと俺を感じさせてくれ!﹂
﹁は、はいっ! あ、はぁんっ!﹂
 喘ぎ声を出している彼女に口付けをして口を塞ぐ。舌を絡ませあ
い、お互いの口の中を隅々まで嘗め回し、唾液を混ぜ合わせる。彼
女の方も積極的に動いてくるので、こちらも負けじといつもより激
しくなっている。
 しかし、久しぶりの彼女の魅力にやられたのか、2回目だという
のにすぐに射精感が沸きあがってくる。何とか彼女を喜ばせようと、
腰を激しく突き入れ、彼女の膣内をかき回したが、とうとう限界が
迫ってきた。
 口付けをしたまま射精する。彼女も出された瞬間同時に絶頂し、
俺の物を締め付けてくる。口を塞がれている為声は出ていないが、
その代わりにぎゅっと抱きしめられる。
 彼女の中に出し終わると、肉棒を引き抜く。膣からは精液が垂れ
てきた。
﹁ありがとうございました、ご主人様﹂
﹁いや、俺の方から誘ったのだから、こちらの方こそ礼をいう﹂

114
 三回戦目はしなかった。正確にはやろうとした所で、床でもぞも
ぞと動いているロザリーの存在に気付いたからである。
 途中で起きて暴れていたのだろう。彼女はまたもや発情しており、
股間の下の床が濡れてしまっている。掃除の手間を増やすのは感心
しないな。
 とりあえず彼女の拘束を解き、手を叩いて催眠状態に戻す。催眠
状態でも身体を跳ねさせているのは、さすが淫乱なだけはある。
﹁次に手を叩くとお前はいつものように戻る。しかし、俺達には危
害を加えられないし、手を出そうとする奴がいるならそいつを倒せ。
ご主人様とやらには、ここで起こったことは伝えずに、﹁この阿呆
が﹂とでも言っておけ﹂
﹁はい﹂
 手を叩くと、彼女の様子は元に戻る。発情してしまった身体は戻
しようが無いが、とりあえず動けるほどにはなっているようだ。彼
女は服を調えるとこちらを睨みつけてきた。
﹁何だ? 用がないならこの部屋を出て行ってくれないか?﹂
﹁言われなくても出てってやるわよ!﹂
﹁ロザリー、仕える者に暴言を吐くなどいけませんよ﹂
﹁っ! 申し訳ありませんでした!﹂
 彼女は扉を乱暴に閉めて出て行った。煩いのが消えたのでやっと
二人きりになれる。ティアの方を向くと何故か困った顔をしていた。

115
﹁どうした?﹂
﹁ロザリーを帰してよかったのですか? あのようなことをされて
は、ますます公爵はご主人様を狙ってくると思います﹂
﹁ああ、それが狙いだ。注意を俺に向けさせることで、お前へ加え
られる危害を減らす。奴の手駒では俺をどうにかするなど出来そう
にも無いと分かったからな﹂
﹁ですが、それでは何も問題が解決していません。ご命令さえ頂け
れば、私が公爵を暗殺してきます﹂
﹁それこそ問題は解決しない。奴には関係者共々まとめて落ちてい
ってもらわなくては。それに暗殺では公爵に復讐したとは到底言え
ないからな﹂
 仮にディアンを殺したところで他にも魔帝国と繋がっている奴が
いる以上、俺の安全が確保されたとは言えない。ここは逃げられな
い状況で社会的な制裁を加えて、芋づる式に他の奴らも巻き込んで
もらうのがいい。
 おそらくロザリーからディアンにあの言葉を伝えたら、これ以上
あのような手を使ってくることはないだろう。2度も計画を妨害さ
れた奴は、他の勇者達を手に入れるためには、まずは俺をどうにか
しようと考えるのが普通だ。そこを利用させてもらう。
﹁お前にも手伝ってもらう。おそらく奴は近々動き出すだろうから、
早めに手をうたなくてはな﹂
﹁ご主人様は何か考えがお有りなのですね﹂

116
﹁作戦と言うほどの物でもないがな。それにいざとなったら別の国
にでも逃げればいいだけだ﹂
 俺の返答は得心のいかないものだったようで、少し困った顔をし
てこっちを見てきた。彼女にはあのように言ったが、勝算が無いわ
けではない。
 奴が俺に対してしてくるのは直接的な暗殺か俺を犯罪者につるし
上げるといった所だろう。前者は力技でどうとでも出来るので、俺
が次に対策すべきなのは後者だ。
 一番ありえそうなのは魔帝国との内通だな。ちょうど俺にはエル
と言う弱点がある。ダークエルフという一目で敵国の住人だと分か
る姿を隠していないので、公爵の耳にも既に入っていることだろう。
 俺の弟子だということも周りに伝えてあるので、俺と、魔帝国と
の繋がりを主張するにはうってつけの人間だ。ついでに元敵兵だっ
たということも少し調べれば分かるだろう。
 まあ俺を犯罪者に仕立て上げるまでは、彼女の生存はある程度保
障されているだろう。その他のことは俺の知るところではない。彼
女との約束では、彼女が犯されようが構わないのだ。
 それよりも先にティアの安全だ。ここはソフィアに協力してもら
うついでに、ティアも匿ってもらう。多分引き受けてくれるだろう。
念話を起動し、ソフィアに呼びかけてみる。頼みたいことがあるか
ら話がしたいと念話で了承を取ったので、ティアには再び隠れても
らい、一人でソフィの部屋へと向かった。
﹁いらっしゃいませ。今日ヤード様とお茶を飲めるとは思ってもい
ませんでした﹂

117
 中に入ると今回もお茶の準備がされており、言われるままに席に
着いた。先程彼女と話したときには今日は用事があると伝えておき
ながら、頼みたいことがあるとは馬鹿にしたような話なのだが、彼
女の方はそれを気にした様子は無い。
 こちらに微笑みかけている彼女の様子は、純粋に俺と話が出来る
ことを喜んでいるようであったが、残念ながら雑談をするよりも先
に話すことがある。
﹁ソフィ、先程念話で伝えたが、今日は頼みがある﹂
﹁私に出来ることであれば喜んでお手伝いさせて下さい。それで、
どんな頼みごとなのでしょうか?﹂
﹁ああ、実は密かに匿ってもらいたい人間がいる﹂
 俺は彼女にティアのことを話し、続いてディアンの所から脱走し
て追われていること、ディアンが魔帝国と繋がっている可能性が高
いことを話した。
 彼女はディアンのことを聞いてだいぶ驚いたようだ。彼女の中で
のディアンの印象は、彼女に時折妙な視線を送ってくること以外は、
国政にも真面目に参加してくれている貴族といった感じらしい。特
に魔帝国との戦争に関してはいろいろと協力をしてくれているそう
で、戦略会議にも加わっている程国王からの信頼も高いらしい。
 傍から聞いていると別人のような評価だ。だがこちらの情報源は
確かなものだ。何と言ってもその公爵子飼いの部下からの情報だか
らな。ソフィは俺の話と自分の考えのどちらを信じるのか決めるた
めに、部屋に連れてきて欲しいと頼まれた。
﹁済みません、ヤード様のことを信用していない訳ではないのです
が⋮⋮﹂

118
﹁いや、下手をすれば王国を揺るがしかねない問題だ。慎重になり
過ぎるぐらいの方がいい。では早速呼ぼう﹂
グレーターテレポートアザー
 先程使った上級他者転移を書いた紙を使い、ティアをこの部屋に
呼び出す。ソフィはいきなり現れたティアに口元を押さえて驚いて
いるが、二回目だというのにもう転移に慣れた様子のティアは、こ
ちらの姿を見つけると礼をしてくる。
﹁ご主人様、何か御用でしょうか?﹂
﹁ああ、お前をソフィに紹介しようと思ってな。ソフィ、彼女がテ
ィアだ。元部屋付きで現在公爵から逃亡中だ﹂
﹁王女殿下に置かれましてはご機嫌麗しく。ただいまご紹介に預か
りましたティアと申します﹂
﹁え、ええ。始めまして、私はアンリエント王国第一王女ソフィア・
ル・アンリエントと申します。あなたがヤード様のお話になってい
たティアさんですね﹂
﹁王女殿下、私のような者にそのような言葉遣いをなさらないで下
さい。私はただの平民ですから﹂
﹁いいえ、ヤード様が自らを危険に晒しても助けたいと思う方なら
ば、私も出来る限りあなたを助けてあげたいと思うのです。ですか
ら遠慮は無用です、私のことはソフィとでも呼んで下さい﹂
 ソフィとの会話に緊張で身体が強張っていたティアも親しみやす
さを感じたのか、次第に緊張もほぐれ話が弾んでいるようだ。これ

119
ならば匿ってもらうのも大丈夫だろう。
 そう思っていると、ソフィがふと何かに気付いたようにティアに
近付いた。彼女の匂いを嗅いでいるのかと思っていると、途端に困
ったような顔になった。
﹁ティアさんからヤード様の匂いがします⋮⋮これは一体どういう
ことなのでしょうか? もしかして、お二人は既に愛し合っている
のでしょうか⋮⋮?﹂
 ソフィの放った予想外の言葉に思考が停止した。そういえばやっ
た後は軽く拭いただけで、臭いなどは取れなくてもおかしくは無い。
しかし何故俺のだと分かるんだ。
 何とか言い訳を考えたが、咄嗟に思いつかなかったのでティアに
目線で頼んでみる。少し不思議そうに眉を顰めた後、こちらの意図
を理解してくれたのか軽く頷いた。頼む、何とか誤魔化してくれ。
﹁実は身体が汚れていたので拭う為に服を脱いだのはいいですが、
まだ湯の準備が出来ていなかったため、先程までご主人様のベッド
シーツに包まっていたのです。匂いはその時に付いたものかと。決
して殿下とご主人様の仲を裂こうとは思っておりません﹂
﹁あ、そ、そうなのですか⋮⋮済みません、お二人の関係を疑った
りして⋮⋮﹂
 ソフィが彼女から離れる。何とか誤魔化せたか。
 俺達の関係を誤解したと思い、恥ずかしそうに赤くなった顔を抑
えている。実際はやっているのだが、教えると機嫌を損ねるばかり
か、下手をすると反逆罪にされかねないからな。
﹁ソフィ、急がせて悪いが結論を聞かせてくれないか?﹂

120
﹁あ、そうでした。ティアさん、一つだけ質問をしたいと思います﹂
﹁はい、何でしょうか?﹂
 ソフィはティアに向き直ると彼女のほわほわした雰囲気が急に変
わり、マルガレーテと比較しても劣ることの無い威厳のようなもの
が感じられた。やはり彼女は普段は頼りなさそうに見えても王族だ
ということが実感できる。
﹁あなたは決してヤード様に対して嘘偽りをつかず、どんな事があ
っても彼を裏切らないと誓えますか?﹂
﹁はい、私の命が無くなろうともご主人様を裏切るような真似は決
してしないと、誓います﹂
﹁そうですか。では私もあなたを信じることにしましょう。ヤード
様のお力になってあげて下さいね﹂
 緊張感のある雰囲気が霧散し、またいつもの優しそうな雰囲気に
戻るソフィ。これで一応ティアは安全か、次はエルを確保してこな
いと。
 しかし、ソフィが一緒にお茶の時間を楽しみましょうと強く誘っ
てきたので、仕方なく付き合ってあげた。給仕はティアにやっても
らった。
 少し余計に時間が経ってしまったが、そろそろエルを迎えにいか
なくてはならないので、少し満足した様子のソフィとティアを置い
て部屋を出る。エルはフェアリスの部屋に行っているはずだ。
 フェアリスの所へ向かう途中で、何か焦っている様子のフェアリ

121
スが向こう側からやってきた。彼女は一人だけで、当然ながらエル
の姿はない。こちらの姿を見つけると、急いでこちらの方へ近付い
てきた。
﹁や、ヤード様、どこに行っていたのですか! お部屋にいないの
で随分探してしまったではないですか!﹂
﹁それは済まない事をした。それで、そこまで慌てて俺を探してい
るということは、エルに何かあったのか?﹂
﹁そ、そうなのです! エルマイアさんがこちらの部屋に来られて
いたのですが、突然騎士の方々が入ってきまして、エルマイアさん
を魔帝国との内通者だと言って連れ去ってしまったのです! 私も
何かの間違いだと止めたのですが、彼らには届かなかったようで⋮
⋮﹂
﹁事情は分かったが、問題ない。少々早いが予定通りだ﹂
﹁予定? 予定とは何でしょうか?﹂
 俺の言葉が分からないといった風に首を捻っているフェアリス。
彼女にしてみれば仲良くしていた相手が無実の罪で連れ去られたの
で、何とか見つけ出して冤罪を証明したいのだろうが、もう少し待
ってもらわなくては。

﹁この国の腐敗を取り除くため、私達の安全を確保するために彼女
は捕まったのだよ。それに報いる働きをするのが彼女への恩返しだ﹂
﹁エルマイアさんは私達を何者かから守るために、自分が捕まって
みせる必要があったということですか?﹂

122
﹁概ねその解釈で合っている﹂
 違うのはエル自身にはそんな考えなど全くない、ただの被害者だ
ということだが、別に教えてやる必要もない。それよりも今は公爵
達を逆に陥れることだ。絶頂からどん底に叩き落される公爵をあざ
笑ってやるのだ。
 押さえきれずニヤリと口を曲げるのをフェアリスに見られた。そ
のときの彼女の視線はとても冷たかった。
第9話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
123
第10話
 ただ今俺は謁見の間にいる。
 いつもと違うのは、俺の手には枷がはめられており、周りを武装
した騎士達に囲まれているということだろう。俺の部屋に入ってき
た騎士が、俺に枷をつけて連れてきたのは先程のことだ。どうやら
罪人として連れてこられたらしい。
﹁それではディアン公爵、彼の者の罪状を述べよ。一体如何なる罪
で彼を裁くというのか?﹂
 国王が正面の玉座に座っており、斜め前に例の公爵がいる。弁護
士も弁護人もいないこの状況は、ひたすら俺に不利な証拠を挙げて
いくだけの場だ。国王は、まだ決めかねているという所か。公爵の
肩を持つわけではないなら構わない。

124
 国王の言葉を受けてディアンが前に出た。こちらの方を向いて意
地の悪い笑みを浮かべている。
﹁それでは申し上げます。今回の罪人ヤード・ウェルナーは国王陛
下の信頼を裏切り、あろうことかダーロ魔帝国と繋がりこちらの情
報を流していたという罪があります﹂
 ディアンの発言に周囲からはどよめきが起こる。俺は予想通りの
展開なので驚きもしないが、国王も驚いている様子はなかった。こ
の反応はどう見るべきなのだろうか。
﹁ふむ、ウェルナー準男爵よ、これは真実であるか?﹂
﹁私が密偵の真似事とはなかなか面白い冗談だとは思うが、あいに
く私は国王陛下や第一王女殿下を見捨てるような真似をした覚えは
ない。これに関しては公爵のでっち上げだろう﹂
﹁なっ!? 貴様、陛下に対してその言葉は無礼であろう!﹂
﹁その文句は勇者召喚をした人間に言え。私も好きでこんな言葉を
使っているのではない﹂
 ディアンは怒りで顔が真っ赤になっている。はは、タコみたいだ
な。
 他の貴族達も概ね同じ反応のようだ。無礼も何も、勇者召喚のお
まけで付いてきた言語を翻訳してくれる能力が発動しているから、
こんな口調に聞こえるだけだ。俺はこの国の言葉を喋っているわけ
ではない。
 どうやら敬語関係の言葉はこちらの世界の基準に合わせて翻訳さ

125
れているようで、フェアリス以外の勇者の口調が割りと無礼に聞こ
えるのはそのせいだ。
﹁ではそなたはこの件に関しては無実であると、そう申すのだな?﹂
﹁その通りだ。私は漏らすような機密情報など持っていないし、仮
に持っていたとしてもわざわざ魔帝国に教えようとも思わない。何
故行った事もないような国に協力しなければならないのだろうか?﹂
﹁だがしかし、貴様が魔帝国と通じていたことを証明する者がいる
のだ! おい、連れてこい!﹂
 後ろの扉が開き入ってきたのは、両腕を拘束され猿轡を噛まされ
ているエルだった。何故か捕まる前の服装ではなく、ボロボロの貫
頭衣になっている。これはもしかしなくても何かされたようだな。
一応洗脳の類にはかかってないようだが。
 こちらを見つけると、青褪めていた彼女の表情に赤みが差した。
知り合いを見つけて少し安心したのだろう。だが騎士達に引っ張ら
れ、こちらを通り過ぎてディアンの前まで運ばれていった。
﹁陛下、この者がその証拠でございます。準男爵はこの者の師匠と
名乗っていると聞き及んでおります。この者は元魔帝国の兵士だっ
たようで、勇者達により返り討ちにされ準男爵に助けられたそうで
す。そのときより連れているそうですが、要塞や王宮の中で敵兵を
連れ歩くなど、まさに売国奴の行いではないでしょうか!﹂
﹁彼女は記憶を失っていると伝えてあるはずだ。それにもし私がス
パイならば、彼女を堂々と連れ歩かずに、どこか人目につかない場
所に隠している方が、疑われなくて済むと思うのだがね﹂

126
﹁そういって誤魔化そうとしても無駄だ、この者の記憶が元に戻ら
ぬ保障がどこにある。戻らないと言っているのは、どうせ苦し紛れ
についた言い訳か何かであろう。神ならぬ身にして、未来のことが
分かる訳もない﹂
 エルは必死に首を振って否定しているが、ディアンは彼女のこと
を意図的に無視している。まあ普通はそうするよな。敵国の人間の
証言など、自分に都合のいいものしか拾わないのは当然だ。
 国王は俺達の話に入ってくる様子は無く、黙って一部始終を聞く
つもりのようだ。エルのことはあえて無視しているようだが、記憶
が無くなっていると言っても自分の国民を殺した敵国の人間なので、
仕方がないといえばその通りだ。
﹁記憶が戻らないのは確かだ。彼女の記憶はとあるオーブに封じ込
められている。もしそのオーブを使ったからといって、彼女の失わ
れた分の記憶は元に戻らず、永遠に失われるだけだ﹂
﹁何!? そのオーブとやらはどこにある!﹂
﹁私の荷物の中にあったはずだが、調べていなかったのか?﹂
﹁くっ! おい、お前達、この者の部屋から荷物を全て持って来い
!﹂
 ディアンの命令で騎士達が俺の部屋から荷物の入った袋を持って
きた。ひっくり返して中身を出すと、要塞からの帰りで買ったお土
産がボロボロと零れてくる。大概は見られても用途が分からないの
でいいのだが、出てきたある品を見て何人かが絶句している。
﹁これは隷属の腕輪ではないか! どこでこのような物を手に入れ

127
た!﹂
 ディアンが腕輪を取って全員に見えるように掲げている。そうい
えばロザリーに着けられた後、解呪して別の呪文をつけておいたの
があったはずだ。もはや隷属の腕輪ではないのだが、この世界の魔
道具は全て同じ形でもしているのだろうか。
﹁陛下、準男爵はこの腕輪を使っていたに違いありません! 禁忌
とされている隷属魔法を使うなどこの国の人間がすることではない
でしょう。この者が魔帝国と繋がりのある確かな証拠ではないでし
ょうか?﹂
 ディアンの言葉に少しばかり考えて、ため息を吐く国王。おそら
くこれは出来過ぎだとでも考えているのだろう。はっきり言って、
この世界に来たばかりの俺が、禁忌とされている魔道具をホイホイ
手に入れられるはずが無いのだ。
﹁ウェルナー準男爵よ、この腕輪は王国内では製造も使用も禁止さ
れた品である。どこでこれを手に入れたのであろうか?﹂
﹁国王陛下、その腕輪を詳しく調べれば分かることだが、それは隷
キャンセラレイション
属の腕輪とやらとは別のものだ。解呪という、肉体や精神の変化、
呪い、術式の効果による麻痺や眠りなどの状態異常を消す術式を、
それをつけた者に常時かけ続ける魔術が付与された腕輪だ﹂
﹁何を馬鹿な、この魔道具に刻まれた刻印は確かに隷属魔法のもの
だ。魔道具というのはそんなに簡単に作れるものではない﹂
﹁魔道具とは言っていない。それは元々かかっていた術式を解除し
て、解呪を一定期間持つようにさせたものを付与しただけだ。魔道

128
ディスペル
具ではないから効果は術式消去で消せる。術式抵抗も消してあるか
ら試してみるといい﹂
 散々迷ったが、結局ディアンは魔導師を呼び出した。魔導師が術
式消去を唱えると、腕輪からは魔力が感じられなくなった。完全に
効果が消え去ったようだ。魔道具の場合、術式消去を受けても機能
が一時停止するだけで魔力自体は消えない。
 魔導師のほうも分かったようで、ディアンを見ると首を振ってい
た。ディアンは信じられない物を見るような目で腕輪を見ている。
そもそも本当に隷属がかかっているなら無造作に袋に突っ込んだり
はしないし、荷物を取りに行けとも言うわけがないだろう。
﹁⋮⋮なるほど。これはもはや隷属の腕輪ではないとして、一体こ
れをどこで手に入れたのだ? 元々かかっていたのは隷属魔法だっ
たはずだ﹂
﹁私を狙ってきた相手だ。刻印が隠されていたが、他の勇者達も同
じ腕輪をつけられていたので同様の処理をした。誰の差し金なのか
分からなかったので国王陛下にも黙っていたが、それは謝罪させて
もらう﹂
 俺の返答に国王が少し顔を顰める。要塞へ行く前から勇者達は腕
輪をつけていたのだ。俺がスパイだというなら、俺にその腕輪を渡
した者がいるということである。
 ディアンは悔しそうに舌打ちをした後、当初の目的であるオーブ
を手に取った。
﹁これが先程言っていた物でいいのだな?﹂
﹁そうだ。その中に彼女の失われた記憶が入っている﹂

129
 ディアンはオーブを手に取ると中を覗き込んだり、振ってみたり
している。記憶を見るには術式を使わなければいけないのだが、面
白いので黙っている。しばらくするとこちらにやってきた。色々試
してみたが全て失敗に終わったらしい。
﹁このオーブはどうやって中の記憶を見るのだ﹂
﹁術式を使う。とはいってもそこにいる魔導師では使えない代物だ。
見たい記憶があるなら取り出すが、どうする?﹂
﹁お前が真実を隠し、嘘の情報を見せるような術式を使うかもしれ
ないのにか?﹂
﹁その時はそこにいる魔導師にでも見破ってもらえ。そのような姑
息な真似をしなくても、私が無実であることは変わらないからな﹂
﹁ふん! その中にある記憶がその者のものだと分かるような記憶
を出せ﹂
﹁では彼女が最後に勇者達と戦った時の記憶でいいな﹂
イジェクト
 排出を発動し、国王とディアンに直接中の情報を送る。一回使っ
た記憶は消えてしまうので、魔帝国軍の情報は既に入っていない。
 彼女の記憶は国を出発したところから勇者達に出会って倒される
までのものだ。当然これ以前に俺と彼女が会うことは時間的に不可
能と言っていいだろう。国王は情報を確認して納得したのか、こち
らを見て頷いてくる。ディアンも悔しそうに睨みつけてくるので、
どうやら反論の余地がないようだ。

130
﹁私は記憶を失う以前の彼女に会っていないことは分かってもらえ
ただろうか? 記憶を失った後に帝国軍との接触は無いことは、第
二王女殿下も認めてくれるはずだ﹂
﹁ふむ、どうやらそなたの言う通りのようだ。そなたが間諜だと言
うには少々証拠が少ない﹂
 国王は俺の疑いは晴れたとばかりに、俺の発言に同意してくれる。
だがディアンはまだ諦めていないようだ。騎士に命じて何かを持っ
てこさせている。
﹁記憶が無くとも、手紙の仲介くらいは出来てもおかしくない。聞
けば要塞では二人部屋で魔法の修行などしていたそうではないか。
以前の知り合いのフリをして近付き、中の情報を書き留めて渡すな
ど簡単ではないのか?﹂
﹁何が言いたい?﹂
 ディアンは俺に向かって何かの文章を差し出してきた。そこに書
かれた筆跡からエルの書いた文字だと分かった。なるほど、エルを
監禁していたのはいざという時の証拠をでっち上げるためだったの
か。
﹁これを見ろ。これはあの者が隠し持っていた文書である。見るか
らに王国の文字ではないし、軍の使用する暗号でもない。おそらく
魔帝国の暗号で書かれているので、内容は把握できていないが、王
国の軍備に関する情報が書かれていると思っている。彼女が間諜で
あることはこの手紙が証明してくれる。もちろんそんな人間を引き
入れた者も同罪だろう﹂

131
﹁それを何故彼女が書いた物だと決め付けられるのだろうか?﹂
﹁筆跡の鑑定をしたからだ。確かに同じ字の癖があったから間違い
ない﹂
﹁⋮⋮くっ﹂
﹁どうした? やっと真実を話す気になったのか?﹂
﹁くっ、はははははっ! それが証拠だと!?﹂
 あまりにも間抜けなのでつい笑いを堪えきれなくなってしまう。
俺が突然笑い出したのを呆然と眺めているディアンだったが、馬鹿
にされていると気付いて顔を真っ赤にさせて詰め寄ってくる。
﹁何がおかしい! お前が手引きをしたと言うことはこの文書が証
明しているのだぞ!﹂
﹁公爵殿、私を犯人にしたいのは分かるが、その文書はあまりにも
愚かな手段だったな﹂
﹁何だと! 罪を逃れようと適当なことを言うな!﹂
﹁実に馬鹿馬鹿しいことだが、そこまで言うなら教えてやろう。彼
女は帝国の言葉を話すことも、帝国の文字を書くことも出来ない。
もちろん暗号も含めてだ﹂
﹁なっ!?﹂
﹁試しに聞いてみるといい。彼女はここで一度も話をしなかっただ

132
ろうから分からないかもしれないが、彼女が私達と話している言葉
はエルフ語だ。エルフ語には文字が存在しないらしいが、どうやっ
て暗号を書くのだろうか?﹂
 彼女が勇者以外と話をしなかった理由はここにある。彼女がどう
しても他の人間と話したがらなかったので無理やり聞いたのだが、
要するに王国の人々が何を言っているか分からなかったから、怖が
って近寄れなかったのだ。
 勇者は召喚された際に、相手の話す言語を理解し、自分の話す言
語を相手の話す言語に翻訳する能力をつけられているので会話でき
る。しかし他の人間はエルフ語を喋らないため、彼女にしてみれば、
いきなり言葉の通じない外国にいるようなものだ。
 記憶を抜いた後はエルフに会う機会も無く、かといって王国の言
葉を覚えるだけの時間も無く、従って会話が出来る俺やフェアリス
の近くにずっといたわけである。
﹁しかし、これはあの者が書いた文書だと分かっている! 王国語
でもエルフ語でも帝国語でもないのなら、これが暗号で無いとどう
やって証明するのだ!﹂
﹁それも簡単だ。そこに書かれているのは確かに彼女の字だが、そ
れは機密文書などではなく、一種の魔法陣だ。文字のみなので構成
は甘いが魔力を流せば発動するだろう﹂
﹁なっ!?﹂
 ディアンは手紙をまじまじと見つめているが、奴にあの文字は読
めないだろう。知識のある魔導師なら朧げながら何の術式が書いて
あるかは判断できるだろうが、奴の手駒にそこまでの人材はいなか
ったようである。

133
﹁不思議な話だな。何故これを彼女が書いたと知っている? この
魔法陣は私の世界の文字で書かれているし、その文字を知っている
者は私と彼女しかいない。これを見ても彼女が書いたとは分からな
いはずだ﹂
﹁そ、それはっ、あの者が持っていたのだから、本人が書いたと考
えても不思議ではあるまい!﹂
﹁さらに教えておくが、この魔法陣の術式は書いた者の記憶や周り
の状況を記録し、再生できるようにするものだ。これを使えば彼女
がこの魔法陣を書いた時の状況が分かると思うのだが、本当に発動
してもいいのだな?﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
 観念したようにガクリと膝を折るディアン。一応魔法陣を起動す
ると、地下室らしき場所でこの魔法陣を書いている彼女と、何人か
の人間が写っている立体映像が現れた。その中には当然ながらディ
アンもいる。
 だがしかし、俺を陥れようとした復讐はこんなもので終わるわけ
がない。
﹁ディアン公爵、そなたは勇者であり、我が国のために力を貸して
くれたウェルナー準男爵にあらぬ罪を着せ、彼の者を反逆者として
陥れようとした。このことに間違いはないな?﹂
﹁いえ陛下、私はこの国のためを思ってやったのです。敵兵を弟子
とし、第一王女殿下を誑かし、果てはこの国を乗っ取らんとする簒
奪者に裁きを下してやりたかったのです。決して陛下を欺こうとし

134
た訳ではありません!﹂
 ディアンの話を聞き流しながら、念話でソフィに連絡する。そろ
そろ彼女が到着してもいい頃だと思う。
︵ソフィ、探し物は見つかったか?︶
︵はい、今城に戻りましたので、もう少しお待ち下さいね。そちら
はどのような状況でしょうか?︶
︵ああ、こちらは公爵が必死に言い訳をしているところだ︶
︵そうですか、では急ぎますね︶
 念話を切ると、ディアンはまだ国王に言い訳を続けていた。二人
に近寄っていくと、こちらに気付いたようで、二人ともこちらの方
を向いてきた。
﹁どうしたのだ? ああ、手枷ならばすぐに外そう。おい、ウェル
ナー準男爵の手枷を外してやってくれ。彼の無実は明らかとなった﹂
﹁それよりも国王陛下、ディアン公爵がこのような真似を行った本
当の理由を私は調べていたのだが、聞いてもらえないだろうか?﹂
﹁お前っ、口から出任せをっ!﹂
﹁それは真か。よし、話してみよ﹂
﹁彼が私を罪人に仕立て上げようとした理由、それは私が彼の計画
の妨げになっているからだ﹂

135
﹁ほう、その計画とは?﹂
﹁公爵が魔帝国と内通し、勇者達を魔帝国へと引き渡す計画だ。見
返りに公爵は魔帝国での地位を約束されている﹂
﹁そのようなことはありません! 国王陛下、こやつの言うことを
信じてはなりません!﹂
﹁ディアン公爵、少し黙っておれ﹂
 ディアンが必死に食い下がっているが、既に国王は奴への関心を
失ったようだ。
 ちょうどそのとき部屋の扉が開き、ソフィ達が入ってくる。
﹁おお、ソフィアか。一体どうしたのだ?﹂
﹁公爵様の行っていた悪事の証拠と、公爵様が勇者様達に隷属魔法
をかけようとしたことを知っている人物を届けに参りました﹂
 彼女がそう言って手で示したのは彼女の後ろに着いてきたティア
だ。国王の前なので頭を下げたままの状態となっている。僅かに身
体が震えているのは緊張しているということだろう。
﹁そなたがソフィアの言う人物か。面を上げよ﹂
﹁はっ!﹂
﹁お父様、私の方から紹介させていただきます。彼女はティアとい
い、私の命でディアン公爵の手駒の一人として潜り込み、公爵の調

136
査をしていました。証拠の在処も彼女の情報で分かったのです﹂
﹁そうか、ティアと言ったな。感謝する﹂
﹁いえ、国のために尽くすのは当然の義務です!﹂
 ソフィが持ってきた魔帝国とのやり取りが書かれた手紙や、ティ
アの証言と隷属の腕輪から公爵が犯人であることは一目瞭然だ。奴
は地面に手をつきガクガクと震えている。まさか自分が陥れられる
とは思ってもいなかったのだろう。国王の命令で騎士達が公爵を連
れていった。
 この後、公爵が自棄になって共犯者を吐いていったおかげで、3
人の爵位持ちが関係していることが分かり、全員爵位を取り上げら
れ幽閉されたそうだ。
 公爵の子飼いの者達も全員秘密裏に処刑されたので、今回の事件
の関係者で捕まっていないのはティアだけだ。ロザリーはティアが
何かしたそうなのだが、詳しいことは知らない。
 しかしこれで俺を狙っていた奴はいなくなった。前よりは安全に
なったことだろう。俺は大体満足したのでこれ以上何かする気はな
いのだが、協力してくれたソフィとティアが不満そうだ。どうやっ
て彼女達の機嫌を取ろうか、また頭を悩ませることになった。
137
第10話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
138
第11話
﹁屋敷を買おうと思う﹂
 俺の放った突然の言葉に、ティアはどう反応していいか分からな
くて目を瞬かせている。
 この世界に転移してきて一月が経ったが、未だに俺は城の中で世
話なっていた。日常の生活に不自由はないが、出来ることも限られ
てくる。そろそろ自分の居場所の一つも持っていいだろう。
 本音を言えば、研究室と保管庫が欲しい。今までは荷物袋の中に
入れていたが、サンプルを手に入れてきても、それを置いておく場
所がないのだ。
﹁屋敷ですか、それはいい考えですね。貴族の皆様は地方にある屋
敷とは別に王都に屋敷を持っていますし、ご主人様も準男爵になら

139
れたのだから、屋敷を持っても特に反対は無いでしょう﹂
﹁ああ、いつまでもこの城で厄介になっている訳にはいかないし、
この部屋ではこれ以上物を置いておくことも出来ないからな。しか
し、屋敷を買うのはいいが、そんなに気安く買える物なのか?﹂
﹁そうですね、まず貴族の屋敷は貴族街にしか建てられませんし、
爵位によって屋敷を建てる場所や屋敷の大きさも決められています。
ご主人様の場合は準男爵ですので、屋敷を持てるのは東地区になり
ますね﹂
 貴族街があるのは聞いていたが、爵位によって住める土地が変わ
るとは、何とも面倒くさい話だな。まあ貴族とはそういう体裁を大
事にする人種だと割り切らないといけないと言うことか。
﹁あと、屋敷を建てるなら国王様の許可と他の貴族の方の紹介状が
必要になります。中古の物件を買うにしても国王様の許可が必要な
ので、屋敷を買う気がおありならば、お早めに面会の方を申し込ん
でいた方がよろしいかと﹂
﹁そうか、やはり簡単には手に入らないのだな。しかし、面会か⋮
⋮今から頼んだとして、いつ頃になるか分かるか?﹂
﹁ご主人様の爵位ですと本来ならば1ヶ月程度の期間が掛かります
が、勇者様達は可能な限り優遇せよとのことですので、遅くても二
日ほどで面会が叶うと思います﹂
﹁そうか、今まであまり恩恵がなかったが、それを聞くと勇者と言
うのはやはり特別なんだという気がするな。まあそもそも勇者はこ

140
の世界に召喚される時点で断る選択肢がなかった分、優遇措置を取
るのが当然の対応とも言えるがな﹂
﹁ご主人様はこの世界がお嫌いになったのでしょうか⋮⋮?﹂
 俺の言葉を聞いたティアが悲しそうな声でそう尋ねてきた。これ
は少し失言だった。

﹁召喚された事自体はあまりいい出来事ではないが、そのおかげで
お前と出会えたことは幸運だと思っている。だからそんなに悲しそ
うな顔をしないでくれ﹂
 これは本心だ。元の世界ではあまり人付き合いがいい方ではなか
ったので、信頼できる友人も少なかった。
﹁ご主人様⋮⋮﹂
 感動で目を潤ませながらこちらを見つめてくるティア。そんな姿
を眺めているのもいいのだが、先ほどの話が途切れてしまったので
続きを促す。
﹁ご主人様が屋敷を買うつもりならば、そう取り次いでくれるよう
にお願いしてきますが、どうしますか?﹂
﹁そうだな、とりあえずソフィに聞いてから考えることにしよう。
もしかすると即時面会も可能になるかも知れんからな﹂
 そう考えてソフィに聞きに言ったところ、面会どころか彼女の方
から国王に許可を取り付けておくから、先に屋敷を選んでおいてく
れと言われた。どうやら彼女も俺が屋敷を持っていないのは気にな

141
っていたらしい。
 他の勇者の分も合わせて許可を貰いにいくから気にしないで欲し
いと言われたが、流石に後でお礼を言っておいた方がいいだろう。
 一国の王女を使い走りにするとは、勇者と言うのはどれだけ偉い
のだと思ってしまうが、家が欲しいのも事実なので、ここは素直に
彼女の好意に甘えさせて貰う。
 早速屋敷を選びに行くため城を出る。お供には案内役の人とティ
アを連れてきた。エルも付いて来たがったのだが、彼女が街中を歩
き回るのはまだ危険だろうし、貴族の屋敷の知識なども持ち合わせ
ていなかったので、今回は留守番させることにした。
 普通の貴族は馬車で移動するらしいが、馬車は乗り心地が最悪な
ので、妥協案としてあまり得意ではない馬に跨って行くことにした。
 東地区は王宮からも見えていたので大まかな位置は知っている。
城から歩いていけないこともないぐらいの距離だ。割と近くに平民
街があるので貴族の人気はあまりないらしく、領地を持っていない
騎士爵や俺のような準男爵ぐらいしか住んでいる者がいないそうだ。
 現地に着くと早速屋敷選びをする。人気がないのは本当のようで、
他の地区はもっと活気があったのに、ここはまるで人が住んでいな
いかのように静かだ。まあ静かなのはありがたいことだが。
 東地区に入って少し進んだところにある屋敷の前で止まった。結
構新しい印象を受けるが、どうやらここが空き物件のようだ。
﹁ここはどうでしょうか? 以前の持ち主が金策に困って売ってし
まわれたのですが、建物自体は年月もあまり経っておらず、準男爵
様の持てる最大規模の屋敷でもあります﹂

142
 案内役がこの屋敷の説明をしてくれているのを聞きながら、俺は
周囲の建物を観察するが、他も空き物件となっているようだ。人気
がないのが分かるが、実に勿体ない話だ。
 屋敷はそこまで王宮と離れていないので、いざというときに都合
がいいだろう。庭は広いので何かに利用できそうな感じもある。後
は屋敷自体がどうなっているかだ。
﹁地下室は付いているか?﹂
﹁ええと⋮⋮はい、地下室も付いております。他にも使用人用の部
屋の数も十分な数が揃っていますし、準男爵様の仰っていた研究と
やらに使えそうな窓なしの部屋もございます﹂
﹁そうか、他にこれと同じような条件の物件はないのか?﹂
﹁この屋敷が一番の優良物件でして、他の屋敷はこれと比べると一
段劣るような物しかございませんが⋮⋮﹂
 そうなのか、とティアに尋ねると、彼女の目から見ても確かにこ
この屋敷はとてもいい物件だそうだ。金額はこの前貰った報酬の半
額程度だったので十分に払える額だ。
 屋敷の値段は基準が分からないためティアに丸投げ状態だが、彼
女も金額的にもお買い得で大丈夫だと言っていたから本当に大丈夫
なのだろう。
 中も入って一通り見せて貰ったが、埃が積もっている以外は特に
悪いところもなく、掃除をしたら今にでも住めそうな感じだった。
﹁よし、ここにしよう﹂
﹁そうですか、では後の手続きはこちらの方でやっておきます。使

143
用人の募集などはもうやって頂いて結構ですよ﹂
﹁ご主人様、使用人の方は私がそれなりの人材を選んでおきますの
で、町の中など回ってみてはいかがでしょう?﹂
 なるほど、全て他人任せでも何とかなるものだな。それならば町
を歩いて回ってくるとしようか。
 城の中では買い食いなど出来なかったから、久しぶりにやってみ
ようかと思い、ティアに馬を任せ、徒歩で平民街のほうへ向かった。
﹁あなた、ヤード・ウェルナーですわね?﹂
 大通りに出ていた露店で買い食いをしながら町を歩いていると、
いきなり一人の女に絡まれた。
 平民服を着てはいるが肌や髪の状態から言って貴族か裕福な商人、
それも結構上の身分の者だろう。間違っても平民ではない。
 金髪碧眼の典型的な貴族の容姿だが、生憎顔に心当たりがない。
歳は二十歳くらいだろうか、実に男受けしそうな服を着ているあた
り、娼婦か何かに落ちぶれてしまった貴族だろうか。
 こんな街中で俺に絡んでくるような人間には心当たりがある。ま
ず間違いなくディアンの関係者だろう。他に恨まれる心当たりはな
い。
 ディアンの件で復讐に来たと考えるのが妥当だろうが、それなら
ば声を掛ける前に刺していると思うんだが、一体何なのだろうか?
 彼女の言葉を無視して黙っている俺に業を煮やしたのか、こちら
に詰め寄って来た。

144
﹁私はディアン公爵の側室だったルーシアと言います。あなたのせ
いでディアンが幽閉され、爵位も返上されてしまいました。実家に
戻っても疫病神扱いで、とうとう追い出されてしまいましたわ。あ
なたにはこの責任を取ってもらいます﹂
 いきなり現れて何を言っているんだ、この女は。ディアンが爵位
を返上された切っ掛けを作ったのは俺だが、結局悪いのは奴が魔帝
国と内通していたからで、間違っても俺のせいじゃない。何故そん
な奴の身内を俺が助けなくてはいけないのだ。
 とりあえず通行人の邪魔にならないよう路地の方へ移動する。こ
の女は追いつめられていて何をしでかすか分かったものではない。
人目に付くと厄介なことになりそうな予感がしたからだ。
﹁済まないが、公爵家が取り潰されたとに不満があるなら私ではな
く国に言ってくれ。私はディアン元公爵にあらぬ罪を着せられかけ
た被害者で、彼が爵位を返上された件は自業自得だ﹂
﹁それでも貴方さえいなければ、あの人もあんな強硬手段に出るこ
とはありませんでしたわ!﹂
﹁話が通じていないのか? 私に非がない以上、そちらの訴えに耳
を貸す理由は何処にもない。そもそも彼は魔帝国と内通するという
重罪を犯していた。ディアンが失脚したことで起こった不利益は、
彼に直接取ってもらうといい﹂
 これ以上話をするのも面倒なので俺が立ち去ろうとすると、彼女
が前に回りこんで来た。何て鬱陶しい奴だ、ディアンの側室とは本
当らしい。こういう所は奴によく似ている。
﹁あなたに構っている暇は無いのだがな。道を開けてくれないか?﹂

145
﹁私の話を聞いてくれないのであれば、ここで服を脱いで叫びます﹂
 とうとう脅迫までしてきた。本当にやれるのか試してみてもいい
のだが、こういう場合は女性の意見が有利になりそうなので止めて
おく。流石に無実の罪で訴えられるのはもう御免だ。
﹁私に一体どんな責任を取れと言うのだ?﹂
﹁私が不自由のない生活を送れるくらいの金額を都合して下さい。
貴方のせいで生活が壊れたのだから、これは正当な要求ですわ﹂
﹁そこまでの金が欲しいのなら娼館に身売りでもするのだな。先ほ
ども言ったが、私が貴女の面倒を見る理由はない。被害者面をして
いるのは勝手だが、こちらにそれを押し付けるのは止めて貰おう﹂
﹁しょ、娼館に身売りなどと、よくもそんな外道のようなことが言
えますね!﹂
 結局は生活費か。まあ公爵の側室に入れるぐらいだからそれなり
の家の娘だったんだろうが、おかげで家を追い出されると自分で稼
ぐことも出来ないような役立たず、と言う訳だ。
 容姿は悪くないのだから娼婦になったなら人気も出ると思うのだ
が、彼女にはその覚悟すらない。挙句の果てに被害者の俺に見当外
れの要求をしてくるというのか。救いようのない馬鹿である。
 立ち去ろうとすると、後ろでごそごそと音がする。振り返ると彼
女が服を脱いでいるところだった。まさか本当にやるとは、この根
性があるなら十分普通の店で働いていけるだろうと余計なことを考
えてしまう。

146
 慌てて彼女を止めると、彼女は半裸のまま抱きついて来た。傍か
ら見ると路地裏で発情しているカップルだが、現実はそんなに甘い
状況ではない。
﹁離してくれ、人が来たら勘違いされるだろう﹂
﹁嫌です! 私を助けてくれると約束するまでは離しませんわ!﹂
 何て面倒くさい女だ。ディアンもよくこいつを側室にしたものだ。
フィアー
少々鬱陶しくなってきたので恐怖を使おうとしたのだが、ふといい
案を思いついた。
 そうか、責任を取れと言うのならば取ってやろう。メイド兼実験
用の素体というところか。丁度新しい屋敷を買うことだし、こんな
馬鹿でも働き手は多い方がいいだろう。
﹁仕方がない、貴女を助けると言っても、私に提案出来るのは私の
屋敷で働けるようにすることぐらいだ。元のような生活を送れるこ
とはないだろうが、それでもいいのか?﹂
﹁はい、それでも娼婦に落ちるよりいいです。お願いします﹂
 俺の言葉を聞きいれ、ようやく離してくれた。働くといってもメ
イドとしてとは誰も言っていない。文字通り身体を使って実験の方
を手伝ってもらうつもりだ。
 彼女に服を着せると、金をいくらかと鍵を渡して屋敷の場所を伝
え、ティアに挨拶をしておくように言って送り出す。
 彼女が立ち去ったのを確認して、俺も城に戻っていった。

147
 城に戻りソフィに屋敷の件を伝えると、既に許可は取り付けてい
たようで、国王からの書状を渡された。
 屋敷について聞かれたので場所や覚えている特徴を伝えると、後
日遊びに行きたいと言われたが、それは流石にお断りさせてもらっ
た。婚約者でもない独身男性のところに王女が遊びに行くものでは
ない。
 次の日には屋敷の手続きが終わったと報告を受けたので、エルを
連れて早速向かうことにした。ティアは使用人達の人選が終わった
そうで、屋敷で先に待っているとのことだった。
 屋敷に着くと、既に屋敷前の掃除が終わっていた。昨日の今日で
早いことだと思いながら中に入ると、ティアや使用人らしき男女達
が並んで待っていた。その中にはルーシアの姿もあった。
﹁お帰りなさいませ、ご主人様﹂
﹁ああ、使用人はこれで全員か?﹂
﹁はい、急ぎで集めたのですが、皆何処かの家で雇われていた者ば
かりです。技量は確かなのでご安心下さい。紹介は必要ですか?﹂
﹁ああ、頼む﹂
 執事のクルトを始め全員の紹介を受けたが、そんなに大勢の名前
は覚えられなかった。紹介が終わるとそれぞれの仕事に戻ってもら
ったが、ルーシアだけ呼び止めた。
﹁何でしょうか?﹂
﹁お前には別の仕事を用意してある。とりあえず付いて来い﹂

148
 訝しがるルーシアとエルを引き連れて地下室に向かう。ここの扉
は分厚い金属で、防音もしっかりしている。この屋敷を作った人物
がどんな趣味を持っていたのかは知らないが、ちょうどいいものを
残しておいてくれた。
 地下室には手足を拘束出来る台が置いてあり、周りには拷問用の
器具が置いてあった。それを見たルーシアは表情を引きつらせて逃
げ出そうとしたが、彼女の後ろに立っていたエルに捕まった。
﹁あ、貴方達、一体私に何をする気なの?﹂
﹁安心しろ、別にお前がディアンの側室で憎いから拷問してやると
か、そういう意図はない。ただ実験に協力して貰うためだ。この部
屋を選んだのは、今からすることに丁度この台が便利だったからだ
な。エル、そいつの服を脱がせて台に固定しろ﹂
 エルが指示通りに彼女を固定すると、今回使う道具を取り出す。
何の変哲もない術式を書くための術式用インクと筆だ。これで彼女
の身体に術式を書いていくのだ。
 彼女は取り出された道具を見て何をするのか分かっていないよう
だ。まあ分かったところで既にどうにもならないのだが。
﹁エル、お前は下の方からやれ。大切な身体だから無茶はするなよ﹂
﹁はい、昨日聞いた通りにすればいいんですよね?﹂
﹁ああ、多分暴れるから慎重にな﹂
﹁ちょっと貴方達、こんな拘束までして、一体何をする気なの?﹂

149
 彼女の言葉は無視して早速書き始める。まずは手からだな。指の
先から肩の方に向かって魔力を収束させる術式を書き込んでいく。
﹁熱っ、何をしたんですか!? ねえ、ちょっと答え、あぐっ!﹂
 ちなみに術式用インクは人の魔力と劇的に反応するため、触ると
まるで熱湯のように感じられる。さらに皮膚に浸透してしまうため
洗っても落ちないし、いくら拭いても滲む事すらない。塗られた部
分を切り取るしか、このインクを落とす手段はない。
﹁マスター、爪の所はどうしますか?﹂
﹁爪はいいから他の部分を先に書け。先の方からだぞ﹂
﹁痛い痛い痛い! 止めて、お願い!﹂
 ルーシアは痛がっているが、もちろん止める気はない。肩まで書
き終わったので、次は反対の腕だ。エルの方はまだ片足の途中だが、
気にせず進めることにする。
﹁あぎゃぁあああああ! やめでぇえええええ!﹂
﹁五月蝿いぞ、少しは静かにしていろ﹂
 エルが太股の部分を書き始めると、激しく暴れて抵抗するので、
頬を叩いて大人しくさせる。あまりの痛みで彼女は失禁してしまっ
ている。濡れた部分を拭いて、再びどんどんと書き込んでいった。
﹁許じで、許じでぇええええ!﹂

150
﹁仕方ないな⋮⋮エル、お前の分も私が書くから、こいつを抑えて
おいてくれ﹂
﹁はい、マスター﹂
 しばらくは大声で泣き叫んでいた彼女だったが、そのうち彼女も
抵抗を止め、ただ時折身体を跳ねさせるぐらいの反応になっていた。
書きやすくなったので一気に仕上げていく。
 腕と足を終わらせ、今度は顔を書いていく。悲鳴を上げる体力も
尽きたのか、口から意味不明の呻き声を発している。胸から腹にか
けて書き終わると、エルの方も下半身を書き終えていた。
 ピクリとも動かなくなった彼女を裏返して、同じように書いてい
く。全く反応がなくなったので死んだかと思い状態を確認したが、
心臓が動いているようなので安心して作業を続けた。
ヒーリング
 全身の施術が終わったのは二時間後だった。彼女に体力回復を施
し、意識が戻るまで待つ。
 しばらくして起きた彼女は、自分の身体を見て絶句していた。ど
うやら刺青のように見えるのが問題のようだ。後で知ったことだが、
この国では刺青は娼婦や奴隷など下層民のする物らしく、中流階級
以上の人間にとっては軽蔑の対象となっているらしい。
﹁こんな姿では、もう外を歩けませんわ⋮⋮﹂
﹁心配しなくても、お前が外を歩き回ることはもう無い。お前のそ
の姿を分かる奴に見られたら、少々厄介なことになるからな﹂
﹁え、どうして⋮⋮?﹂
﹁どうしても何も、この国で人体実験など許されているとは思えな

151
い。特に元とは言え、この国の貴族を使っていると知られたら、ま
ず間違いなく私は重罪人扱いだ﹂
 こいつを屋敷の中で飼い殺しにするのは既に決まっている。彼女
には外に出したくない別の理由もあるのだが、それは言わなかった。
こいつの価値はこの世界だとかなりの物になったのだが、本人には
詳しく教えない方がいいだろう。
 それにしてもこの女、かなり痛みに強いようだ。一回ぐらいショ
ック死するかと思っていたが、少々神経は図太いらしい。これなら
ば他の実験にも耐えることが出来るだろう。
 肉体的にはいくら死んでもらっても構わないが、精神が壊れると
直すのにかなりの時間が掛かる。出来れば最期まで壊れないで欲し
い。
 まずは他種族で試してみるのがいいか。いきなり魔物はハードだ
ろうしな。
 この屋敷の問題が片付いたら、この国にもいるというエルフに会
いに行ってみようか。それとも他の種族の方がいいか、なんてこと
を考えながら、これからの人生が、もはや自分のものでないことを
察した彼女の、絶望に満ちた表情を眺め続けた。
152
第11話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
153
第12話
 現在、俺はようやく手に入れた研究室で、机に突っ伏して呻いて
いた。周りには投げ捨てられた失敗作の魔道具が転がっており、足
の踏み場も無いぐらいだ。
﹁付与魔術が此処まで難しいものだったとは⋮⋮﹂
 外では工事の音が響いている。屋敷を買ったのはよかったのだが、
肝心なものが無かったのをすっかり忘れていたのだ。そう、風呂で
ある。こちらの世界は貴族すら風呂を使っておらず、身体を拭く程
度しかしていなかったのである。
 この世界の衛生観念は意外と発達していた。しかしトイレや下水
道などの設備は揃っていたのだが、身体を洗うために風呂を作ると

154
いった発想は流石に出てこなかったようである。
 平民は、基本的に水は井戸汲みか川へ汲みに行くかの2択であっ
て、魔道具で水を作るといったことはしていない。城や上級貴族の
屋敷では魔道具を使っているらしいが、値段も維持コストもかなり
掛かるそうなので、俺は買うことが出来ない。
 だがそれは術式の使えない奴らの話である。魔道具で水が作れる
ことが分かっているなら、後は自分で作ればいいではないかと考え、
早速試作品をいくつか作ってみた。しかし作ってみたはいいのだが、
実用に耐えうる物が一つも作れなかった。
 現在躓いているのは、大量の水を出そうとすると簡単に壊れてし
まうという点だ。少しずつ出していくのが関の山で、こんなもので
は風呂を満たす量など到底賄えるものではない。
 魔道具も術式の一つならば簡単に出来るだろうと思い取り組み始
めてみたのだが、結果はご覧の有様である。いくら術式には自信が
あるからといって、専門でもない分野に無学で挑むのは間違ってい
た。ここはやはり現物の一つでも手に入れなくては話にならない。
 幸いにして魔道具を扱っている店は聞き出してある。金は持ち合
わせが無いが、これ以上風呂のない生活も耐えられないので、強硬
手段で行くとする。
 町の大通りに面した場所に目当ての魔道具店はあった。見た目は
他の店とそう変わりはない造りだが、よく見るとご丁寧に防犯用の
結界が張ってある。つまりはそれだけ高価な物が置いてある店とい
うことである。
 店内に入るとやはり魔道具店というのは伊達ではなく、数々の種
類の魔道具が置いてあった。結界を張ることの出来るごつい魔道具

155
や、アクセサリーのような小さい魔道具まで揃っている。
 これを全部売ったとしたら上流貴族よりも金を持っているのでは
ないか、と思われるほどの品揃えに感心するばかりである。
 ただ今回の目当ては水を出す魔道具と水を温める魔道具なので、
それらの品には用が無い。店内をふらふらと見て回り、お目当ての
品を見つけた。
 どちらの値段も俺の屋敷と同じぐらいの値段だ。これは高すぎる。
安かったら買ってもいいかと思っていたが、この値段は流石にぼっ
たくりなのではないか。
 俺が魔道具の前で唸っているのを見つけたのか、店員らしき男が
近付いてきた。
﹁ようこそいらっしゃいました。お目当てはその魔道具ですか?﹂
﹁ああ、この魔道具はどれ程の水を作り出せるのだ?﹂
﹁その魔道具でしたら、1時間に酒樽2つ分ぐらいの水が出せます
ね。これ程強力な効果の物は、多分他の店では買えないと思います﹂
 酒樽2つ分ということは、大体1900リットルか。それぐらい
出せればそこそこの広さの風呂ならば大丈夫だろうが、今作らせて
いるのはそんな小さなものではないので、もっと強力な物が欲しい。
﹁そうか、これ以上の物は作られていないのか?﹂
﹁質の良い精霊石が手に入るならば作れると思いますが、それなら
ばもっと人気の魔道具用に回されると思います﹂
 精霊石とは元の世界では魔石と呼ばれていた物で、魔力溜まりと
呼ばれる場所で生成される真球の塊だ。名前に石と付いているが別

156
に鉱石の類ではなく、高濃度の魔力が結晶となった物である。
 魔石はほぼ例外なく空気中の魔力を吸収する性質がある。そのお
かげで半永久的な魔力供給源として使うことが出来、魔道具には欠
かせない物となっている。
 質が良いと言うのは魔力吸収率の良い魔石のことで、大体直径が
3センチ以上の魔石のことを言う。こういった魔石は大体が高出力
の魔道具に使われる。
﹁ん? お前がこの魔道具を作っているのか?﹂
﹁はい。申し遅れました、私はここの店主のロバートと申します﹂
 店員かと思っていたが店主だった。他の人間が作っていると思い
きや、ここは個人経営の店だったらしい。
 魔道具を作れる店主が初見の客に近付いてくるとは何とも無用心
ではあるが、これはチャンスだ。こいつの記憶を見れば魔道具の作
サイコメトリー
り方も分かるはずだ。早速店主に向かって記憶閲覧をかけた。
 しかし、パキッという術式の干渉し合う音が聞こえて、こちらの
術式が防がれる。これは術式抵抗か。軍属の魔導師すら使っていな
かった物を、まさか在野の魔導師が使うとは予想していなかった。
 俺の術式を受けた店主は俺から離れ、こちらを牽制するように懐
から出した杖を構えた。一瞬の怯みも無い様子から、かなり戦闘慣
れしているものと思われる。
﹁一体何の真似でしょうか? 私も何回か強盗に襲われたことはあ
りましたが、まさか勇者様に攻撃されるとは。事の次第によっては
許されませんよ﹂
 どうやら俺の顔は割れていたようだ。あまり事を荒立てたくは無
かったのだが、こうなってしまっては仕方が無い。

157
 それにしてもいくら油断していたからといって、俺の術式を完璧
に防ぐとは驚いた。この店主はなかなかの魔導師だったようだ。
 こういう奴を徴兵すれば軍の戦力も上がるのに、何故先に外部戦
力に頼ってしまったのだろうか。この国はそこまで平民を使いたく
ないということか。
﹁いや、正直驚いた。そこまでの実力があるならば、魔道具店など
やらずに、軍に入って戦功を上げたり、更なる魔導の研究に励んで
みたりしようとは思わなかったのか?﹂
﹁私は魔道具を作っている方が性に合っているのですよ。そんな話
をしても誤魔化されませんよ。まさか先程の魔法は間違いだったと
言い出すつもりではありませんよね?﹂
﹁別に言い訳を言うつもりは無い。それ程の実力を腐らせているの
は、ただ残念だと言うことを伝えたかっただけだ﹂
﹁そうですか、それでは大人しく捕まっていただきましょう。外で
なら私も勝ち目は薄かったのでしょうが、ここは私の店の中です。
魔法使いが自分の領域内で負けることは、決してありえないですか
らね﹂
﹁⋮⋮お前程度の実力で私に勝てると? まさかそんな与太話を聞
けるとは思ってもいなかったぞ。お前の蛮勇に免じて一つ忠告をし
てやる。俺に何か術式を使うつもりなら、止めておいた方が良い﹂
﹁与太話などではないことを証明して差し上げましょう! ﹃天の
光よ、神の名の下に、邪悪を貫く灼熱の槍となり、彼の者を討ち滅
ぼし給え﹄!﹂

158
 店主が杖を構え呪文を唱えると、杖の先に光が集まってきた。
 いつも思うのだが、こいつらは何で術式を音声要素で発動させよ
うとするのか。音声要素はかなり変換効率の悪い要素だ。戦場で使
うには物質要素の方が手っ取り早く発動出来ると思うのだが。
 奴の呪文から察するに、発動するのはレーザー系の術式だ。店の
中だというのになんとも大胆なことだ。下手をすれば火事になると
思うのだが、それほど自分の術式制御に自信があるらしい。ただこ
ちらの忠告を無視したのは間違いだったな。
﹁っ! ぐあ⋮⋮っ!﹂
 店主が突然苦しみ始め、杖を取り落とす。今店主は想像を絶する
ような激痛が頭の中に起こっているはずだ。店主が無駄な会話をし
マジックスタンピード
ている間に発動しておいた第7種精神感応系術式、術式暴走のせい
である。
 効果は対象が術式を発動しようとすると、その術式を無数に展開
させる。自身の能力を遥かに超える術式を強制展開されるため、そ
の負荷が術者の脳に凄まじい激痛となって現れるのだ。下手をすれ
ば廃人になるぐらいだから、かなりの負荷が掛かることが分かる。
 全ての術式に均等に魔力が注がれてしまうため、当然ながら発動
に必要な魔力も足らなくなる。結果的に発動しようとしていた術式
は失敗し、術者の魔力も根こそぎ奪われる。
 結果的に激痛で精神的にも肉体的にも疲労し、魔力も枯渇した魔
導師が一人出来上がると言うわけだ。一応忠告はしておいたのに、
その忠告を全く聞かずに発動する奴が悪い。
﹁がっ、ぐぅううう⋮⋮!﹂
サイコメトリー
 痛みでのた打ち回っている店主にまた記憶閲覧を使う。魔力がな
くなったことで術式防御も消えているので、問題なく魔道具の制作

159
方法を読み取っていく。
 欲しい情報は集まったので、術式を解除する。術式の暴走が収ま
って痛みが引いてきたのだろう、今にも倒れそうになりながらも立
ち上がった。
﹁こんな事をして⋮⋮ただで済むと、思っているのですか⋮⋮? 
この事は、国に伝えますよ⋮⋮﹂
﹁好きにしろ。ただし俺を倒してここから逃げられたらの話だが﹂
 この世界の人間は狡賢さが足りないと言うか、変に素直な所があ
るな。せめて俺が立ち去った後に立ち上がればよかったのに。まあ
素直に伝えに行かせるわけもないので、起き上がろうが倒れていよ
うが関係ないのだが。
﹁くっ! その余裕が命取りになることを﹁そこまでだ﹂⋮⋮ぎゃ
あああああ!?﹂
フィアー エクストラクトメモリー
 店主を恐怖で気絶させ、記憶抽出を使い、ここでの記憶を抜き取
る。これで今回の目的は達したので、大人しく帰ることにする。
 店主の知識により、魔道具は問題なく完成した。どうやら色々手
を加えていたのが良くなかったらしい。
 風呂が出来たと言うので、早速見に行く。
 出来上がった風呂はちょっとした温泉ぐらいの広さがあった。土
地は余っているのでこのぐらいの広さでも全然構わないが、残念な
ことに傾きが付いてないので水はけが悪そうだ。あとで溝でも彫る

160
か。
 ちなみに屋外ではない。移動のたびに外に出るのが嫌なので、屋
敷に無理やり増設させた。露天風呂にしてもよかったのだが、この
辺は冬が長く、川が凍りつくほど寒くなるそうなので止めておいた。
 無事に完成させた魔道具をいくつか取り付ける。これで風呂の完
成だ。早速起動してみると、問題なくお湯が出てきた。これでよう
やく風呂に入ることが出来るな。
 風呂にお湯が入っていく様を見ていると、エルがやってきた。ど
うやらお湯の流れ込む音が気になってきたらしい。彼女も風呂は見
たことがないのか、物珍しそうな顔で中を見回している。
﹁凄いですね、マスター。温泉を作ったのですか?﹂
﹁いや、これは風呂と言う人工的に作ったもので、勝手に湧き出て
いる温泉とは別物だ﹂
 どうやら温泉はあるようだ。ただ熱すぎるため入浴などはしなか
ったそうだが。
﹁それにしてもこんなに大量の水を出すなんて、川から転移でもさ
せているんですか?﹂
﹁その方法は浄化が面倒だからな、水を直接精製している。それに
しても温泉があるのだな。ならば何故誰も風呂を作ろうとしないの
だろうか?﹂
﹁マスター、普通の人はこんなに大量の水を使う魔道具なんか手に
入りません。これに付いている魔石を売ったなら、普通の人は一生
生活に困らないどころか、お釣りが大量に貰えるぐらいです﹂

161
﹁そうか、それならば素直に魔石を売った金で買えばよかったな⋮
⋮いや、それだと何処で魔石を手に入れたのか聞かれるだろうし⋮
⋮﹂
 俺が魔石を売れるかどうか悩んでいる隣では、エルがお湯に手を
伸ばしたり引っ込めたりしている。どうやら記憶の中の温泉と同じ
ぐらいの温度だと思っているようで、中に手を突っ込んで良いのか
どうか迷っているようだ。
 俺が手を突っ込んでみせると、自分も恐る恐る手を中に入れ、意
外と熱くなかったことに驚きながらも、しばらくするとはしゃぎ始
めた。
﹁マスター、これが風呂と言うものなのは分かりました。これは何
に使うのですか?﹂
﹁身体を洗ったり、疲れを取ったりするためだな﹂
﹁身体を拭くのにこんなに大量の水を使ってしまうのですか? 何
だか勿体無い気がします⋮⋮﹂
﹁拭くためじゃない、中に入るんだ﹂
﹁え? でも汚れたまま中に入ったら、水が汚れちゃいますよ?﹂
﹁そのためにお湯を出し続けているんだろうが﹂
 エルは風呂に入るということがあまり理解できないようだ。仕方
が無いので風呂に入ってみるように指示をする。その場で脱ぎだし
たので脱衣所まで戻らせてから、改めて風呂に入らせる。ちなみに
俺は外に出た。もちろん入っていない。

162
 気の抜けたような声が風呂の中から響いてきて、しばらくすると
着替え終わったエルが出てきた。
﹁凄いです、マスター! 何だか気持ちよかったです!﹂
﹁ああ、ここで身体を洗えば布で拭くよりも清潔が保てるだろう。
基本的には私が入るために作ったのだが、時間を決めて使用人達に
も解放しておこうと思っている﹂
﹁それはいい考えですね。きっと皆気に入ってくれると思います﹂
 ちなみにエルが既に敵国の人間でないことは使用人達に伝えてあ
る。心の中ではどう思っているのか知らないが、表面上は俺の身内
として接しているようだ。そこまでエルのことを気にしていないの
は、彼女よりも嫌われている存在がいるからだろう。
 現在この屋敷で最も嫌われているのはルーシアだ。顔にまで書き
込んである術式刻印が、他の人間からは刺青にしか見えないらしく、
さらに元々コネで入ってきたと思われていたのもあって他の使用人
からは軽蔑されている。
 彼女を嫌っていないのは事情を知っている俺とエルだけだ。他に
彼女の味方となってくれる者はいない。使用人達に虐められるより
はましだと思ったのか、嫌われる原因となった二人を頼ってくる彼
女の姿はとても滑稽だとしか言いようが無い。
 俺としても大いに利用価値のある彼女を見放すようなことはしな
いが、境遇を改善してやろうと思うことも無い。
 そもそもここに雇われたことからして、彼女の見通しの甘さは残
念なレベルだと言うしかない。出会い頭のあんな態度では、遅くな
いうちに娼婦になっていたことだろうからな。
﹁ご主人様、夕食の準備が出来ました﹂

163
 話をしていると、ルーシアが俺達を呼びに来た。髪で隠そうとは
しているが、頬にまで書き込まれた刻印は誤魔化せそうにもない。
もはや彼女が以前の暮らしを取り戻すのは不可能だろう。
﹁夕食ですって。マスター、行きましょう﹂
﹁ああ。ルーシアも呼びに来てくれて済まないな﹂
 頭を撫でてやると、彼女は嬉しいような悔しいような、そんな顔
をした。俺のことは憎いが、元々公爵の側室として周りからちやほ
やされていただろうから、他の奴らが嫌っている分だけ優しさに飢
えているのだろう。
 まあ彼女が俺のことをどう思っていようと、逃げ出さないのなら
いい。何と言ったって今の彼女はまさに金の卵を生む鶏だ。
 それに大人しくしている分には可愛げがある。元々公爵の側室に
入れるだけの美しさは持っているのだ。集られるのは御免だが、頼
られる分には悪い気はしない。
 ティアが一番なのは変わりそうにも無いが、エルとルーシアは他
の奴らより優遇しておこうと思っている。
 俺の手を振り払えずに大人しくしている彼女には、今後も頑張っ
てもらおうと思う。
 ちなみに後日、他の勇者達に風呂を作ったことを教えたところ、
サガミが是非とも入ってみたいといってきたので招待した。奴の世
界にも風呂の文化があったらしい。

164
第12話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
165
第13話
 冬季に入り、寒さが本格的に厳しくなってくる中で、久しぶりに
城からの呼び出しがあった。
 行ってみるとフェアリスを除く他の勇者達も呼ばれていたようで、
皆呼ばれた理由については心当たりがないそうだ。戦闘能力ぐらい
しかない勇者達を呼んだということは、魔帝国との戦いは一時的に
止まっているようだし、別の国と揉めているのか?
﹁勇者達よ、よく来てくれた。そなた達に是非ともやって貰いたい
仕事がある﹂
﹁仕事ですか、一体何でしょうか?﹂
﹁うむ、実はこの国の北西にあるレシアーナに赴き、エルフ達との

166
同盟を結んできて欲しいのだ﹂
 レシアーナというのは本来、エルフ達の国があるレシアーナ大森
林地帯のことだ。エルフ達の国に名前はないらしく、しかしそれで
は呼びにくいので、他の国からは土地の名前を借りてレシアーナと
呼ばれている。
 レシアーナのエルフ達はそれぞれが人間よりも強い魔力を持って
いるが、基本的に他の種族と係わり合いになろうとしない。それど
ころか森の奥へ入ろうとするエルフ以外の者は容赦なく殺してしま
うらしい。
 住んでいるのはウッドエルフとハイエルフで、そのうち人に姿を
見せるのはウッドエルフだけだそうだ。どうして見たことも無いエ
ルフを知っているかと言えば、この国のエルフが交易を行っている
らしい。
﹁しかし、何故今頃になって同盟を結ぼうと考えたのだろうか? 
魔帝国の脅威に備えると言うのであれば、もっと早いうちから同盟
を打診していてもおかしくはないだろうに﹂
﹁それには事情があってな、レシアーナのエルフ達はエルフ語しか
話さないのだ。エルフ達はエルフ語が人間に知られるのを嫌ってい
るため、エルフ語が話せる人間がいなかったのだよ﹂
﹁そこで翻訳能力を持った私達勇者に行ってもらいたいというわけ
か﹂
﹁話が早くて助かるの。冬が終わったならば魔帝国は再び我が国を
攻めてくるであろう。それまでに何としてもエルフ達の協力を得な
くてはならん﹂

167
﹁分かりました、陛下。エルフ達も魔帝国の行いを知ればこちらに
協力してくれることでしょう。どうか我らにその役目を引き受けさ
せて頂きたい﹂
﹁うむ、そう言ってくれると信じていたぞ、アレク男爵。他の二人
もアレク殿と協力し、エルフとの同盟を結べるよう力を貸してくれ﹂
﹁御意に﹂
 レシアーナか、どう考えても手を組んでくれるとは思えないが、
色々なエルフを見る機会だと思えばそれほど悪くはないな。
 欲を言えばいくつかサンプルとして持ち帰りたいぐらいだが、そ
んなことをしては国交断絶とかいう話では無くなるので、今回は止
めておこう。
 レシアーナへ出発するのは3日後と決まった。色々とエルフの事
情について調べておいた方が、交渉も捗るだろうという判断だ。俺
は現地についてからの方が、調査が捗るんだがな。
 二人は書庫の方で調べ物をすると言うので、俺はエルに話を聞い
てくると二人に断って、一足先に帰らせてもらうことにした。
﹁ヤード様!﹂
 廊下を歩いていると、ソフィがなかなかの勢いで走ってきた。そ
のままの勢いで飛び込んできたので慌てて受け止めると、少し身体
が仰け反った。最近運動をサボリがちになっていたので反省せねば。
 彼女は息を切らせてこちらに抱きついてくる。他の奴が見てない

168
か辺りを見回し、誰もいないことに安堵して、彼女をそっと引き離
した。
﹁どうしたのだ、ソフィ? そこまで急いでいたと言うことは、何
か深刻な話があるのか?﹂
﹁ヤード様が今度はレシアーナの方へ行かれると聞きました⋮⋮ま
だこちらに帰ってきて一月も経っていないのに、またヤード様と離
れ離れにならなくてはならないなんて⋮⋮﹂
﹁ソフィ、これは国王の命なのだ。私も決して君と離れたくて行く
のではない﹂
﹁それでも私は寂しいのです⋮⋮﹂
 再びこちらに抱きついてきたのだが、ここで振りほどいてもいい
ものかどうか迷ってしまう。思考誘導は支配と違って無理やり従わ
せることが出来ない以上、ここで嫌われてしまえば関係修復に無駄
な労力を割かなくてはいけなくなる。
 仕方なく彼女を抱きしめ返すと、彼女はこちらに寄りかかり、体
重を預けてきた。傍から見ると恋人同士にしか見えないな。誰かに
見られていないことを祈るしかない。
﹁ヤード様⋮⋮﹂
 彼女が潤んだ目でこちらを見つめてきたかと思うと、目を閉じて
顔を寄せてきた。どう見ても口付けを待っているので、そっと唇を
重ね、直ぐに離す。廊下で長々と出来るわけがない。
 彼女の方もそれは分かっているようで、文句を言うこともなく俺
から離れて微笑みを浮かべている。

169
﹁ヤード様、続きを私の部屋で⋮⋮﹂
﹁貴様! そこで何をしているんだ!﹂
 突然の声に振り向くと、そこには若い男が一人いた。金髪碧眼の
典型的な貴族だが、知らない顔だ。
 ソフィの方はこいつが誰か知っているようで、少し困ったような
顔をして男の方を見ている。
 男はこちらに近付いてくると、俺の方を無視してソフィと向き合
い爽やかな笑顔を浮かべた。
﹁ソフィア様、このような所でお会い出来るとは思ってもいません
でした﹂
﹁あの、トーマス様もお元気そうで何よりです﹂
 ソフィは若干引き気味に応えていた。そんな様子を気にすること
も無く、彼女にいろいろと話しかけていた男だったが、彼女の視線
がこちらを向くと、奴もこちらを見て詰め寄ってきた。
﹁貴様、勇者の一人の⋮⋮ええと、何だったか⋮⋮まあいい﹂
 男はソフィを俺の視線から隠すように立ち、こちらに指を指して
きた。
﹁貴様、ソフィア様は私と結ばれるべきお方なのだ! 貴様のよう
な下賎な者が触れていい相手ではない!﹂
﹁あ、あの、ヤード様、これは違⋮⋮﹂

170
 ソフィの否定にも気付いていないのか、男は聞かれてもいないソ
フィと自分との関係について話し始めた。
 こいつはトーマス・バークフィールドという名前で、バークフィ
ールド伯爵の長子だそうだ。何でも社交界デビューした時に会った
ソフィに一目惚れしたそうで、以来ずっと彼女に求愛しているのだ
という。
 それだけやって断られているなら、多分脈は無いのだろうと思う
のだが、彼は自分が伯爵を継ぐのを待ってくれていると都合よく解
釈しているらしい。
﹁それなのに、嫌がるソフィア様に無理やり抱きつき、あまつさえ
口付けを迫るなどと⋮⋮貴様も貴族ならば恥を知りたまえ! いや、
貴様が謝ろうとも彼女は許したりはしないし、私が絶対に許さない
!﹂
﹁ならどうすればいいんだ⋮⋮﹂
﹁決闘だ! 貴様が負けたのならば彼女にした事を悔い改め、二度
と近付かないと誓うがいい!﹂
﹁トーマス様、勝手なことを仰らないで下さい!﹂
﹁いえ、いいのです、ソフィア様。あなたの気持ちは十分に理解し
ております。必ずやこの愚か者を倒して見せましょう﹂
 どうやらこいつは人の話を聞かないタイプの人間のようだ。きっ
とこいつの頭の中では、彼女の言葉も自分を心配しての発言だと、
都合よく解釈されているに違いない。
 ソフィの方は完全に嫌がっているのだが、奴には彼女の表情が不

171
安がっているようにでも見えたのか、彼女を抱き寄せ安心するよう
に言っている。
﹁済まないが、私は調べ物があるので決闘などに割いている時間は
無いのだが⋮⋮﹂
﹁明日だ! 明日の早朝より、この城の訓練場で待っているぞ! 
もし約束を違えたならば、王族を侮辱した罪で裁いてやる! さあ、
ソフィア様。このような者と一緒にいるなど害しかありません。お
部屋にお送り致しましょう﹂
﹁や、止めてください! 私はヤード様とお話を⋮⋮﹂
 奴はそう言い残すと、ソフィを連れて足早にこの場を去っていっ
た。何だか嵐のような奴だった。
 さて、エルにレシアーナのエルフについて話を聞きにいくとする
か。
﹁レシアーナですか? あんな所行っても仕方がないと思いますよ
?﹂
 レシアーナのことについて尋ねると、エルはそう応えた。
 レシアーナのエルフ達は大の人間嫌いで、人間達の傍で暮らして
いるエルフ達すら軽蔑の対象なのだそうだ。この国と交易をしてい
ると聞いたときもかなり驚きだったそうだ。
 ハイエルフのことについて聞くと、彼らは森の中心にある魔力溜
まりに住んでおり、他のエルフよりも遥かに強い魔力を持っている
らしい。一部のウッドエルフしか会うことが出来ず、詳しいことは

172
彼女も分からないそうだ。
﹁そうか、それは同盟を組むなんて不可能にしか思えないな⋮⋮﹂
﹁あ、そういえばハイエルフについてはいろいろと面白い噂があり
ますよ。魔法は彼らの使うものが始まりだとか、森から出ると死ん
でしまうから出てこないのだとか。後は他のエルフと違って物凄く
短命だとかですね﹂
﹁それが役に立つ情報とは思えんな。もっと交渉のきっかけになり
そうなものは無いのか?﹂
﹁済みません、これ以上は知らないです⋮⋮﹂
 これ以上は聞き出せそうもないので、次は彼女の記憶を抜き出し
たオーブの方を見てみる。しかし分かったことは、魔帝国が彼らに
接触を図っていることだけだった。もしかしたら既に魔帝国側にな
っているかもしれないな。
﹁そういえば、マスター。帰ってきたとき不機嫌そうでしたが、何
かありました?﹂
﹁ああ、馬鹿に絡まれてな。色々と面倒ごとに巻き込まれてしまっ
たわけだ﹂
 次々と厄介ごとが舞い込んでくるな。勘弁して欲しいものだ。
 この鬱憤は今晩ティアを可愛がることで解消しよう。

173
 次の日、約束どおりに訓練場に行くと、既にトーマスが待ってい
た。他にも何人かの姿が見えるが、これは審判と観客ということか。
今回の騒動の中心人物であるソフィの姿もある。
 トーマスは騎士鎧を着て訓練用の剣を持っている。話に聞くとこ
ろによると、彼は一応剣術大会で入賞出来るほどの腕前だそうだ。
﹁よく逃げずに来たな。まあソフィア様の前で恥をかくのとどちら
がマシかと言われれば、あまり大差はないがな﹂
﹁御託はいいから早く始めてくれ。こちらはこんなことに時間を使
うのも勿体無いぐらいだと思っているのだが﹂
﹁その余裕何時まで続くかな?﹂
 見届け役の一人がこちらに剣を一振り渡してくる。まさか俺が剣
を使うことになるとは思いもしなかったが、念のため昨日ティアに
決闘の作法を聞いておいてよかった。
 術式の発動は原則禁止で、魔道具の使用も不可。寸止めが基本だ
が、別に打ち込んでも反則ではない。事前に決められた武器、今回
は剣以外の使用は不可。もちろん素手も不可。相手が参ったという
までか、武器を弾き飛ばすなどして戦闘不能にさせたら勝ちとなる。
誤って殺してしまった場合も反則にはならない。
 魔導師がやるようなルールではないが、決闘は普段騎士以外はし
ないので、その辺のルールも騎士に合わせたものとなっているらし
い。
 剣を振ってみるが、やはり訓練用とはいえ重い。これが命中した
ら骨折ぐらいはしそうだな。

174
﹁貴様、早く鎧を着けろ﹂
﹁いや、鎧は着けなくていい。早く始めようか﹂
﹁貴様、それで私が手加減するとでも思ったら大間違いだぞ!﹂
 二人が構えたのを見て、見届け役も前に出る。両者の間に緊張が
走っているように見えた周囲の人間は、固唾を呑んで見守っている。
﹁ではこれよりトーマス・バークフィールドとヤード・アル・ウェ
ルナーの決闘を開始する。両者共に悔いの無いよう全力を尽くせ⋮
⋮始めっ!﹂
﹁もらったぁあああ!﹂
 審判の合図と同時に突っ込んでくるトーマスに、俺は慌てず剣を、
投げつけた。人間が投げたとは思えない速度で飛んでいった剣は、
鎧を砕きトーマスの腹に直撃し、奴ごと壁まで飛んでいった。訓練
用の剣でよかったな。真剣なら鎧ごと貫通して死んでいたぞ。
 まさか俺が本当に正々堂々とやるわけが無い。そんなことをして
シャープシュート
も勝てないからな。今の投擲は事前にかけておいた狙撃の効果だ。
対象の射撃や投擲の精度と威力を大幅に上昇させる術式だ。本来は
狙撃用の術式だが、近距離で使っても十分な効果がある。
 ズルズルと崩れ落ちるトーマス。一撃で動かなくなった奴を全員
が驚きの表情で見ているが、見届け役が彼に近寄り意識が無いこと
を確認している。
﹁トーマス・バークフィールドは戦闘続行不能と判断し、ヤード・
アル・ウェルナーを勝者とする!﹂

175
 見届け役がそう告げると、何人かの人間が慌ててトーマスの下へ
駆け寄る。頬を叩いたり揺さぶったりして意識を戻そうとしている
が、そんなことをしても激痛でまた気絶してしまうんではないか?
 近付いてみると、口から血を流しており、腹の辺りが奇妙に凹ん
メジャーヒール
でいる。どうやら内臓が破れた様だ。上級治癒をかけて元通りに直
してやる。一応殺すのは可哀想だしな。
﹁ヤード様!﹂
 奴から離れるとソフィが駆け寄ってきた。流石に大勢の人の前な
ので抱きついたりはしていないが、こちらに熱い視線を送ってきて
いるのが分かる。
﹁必ず勝って下さると信じていました。私のために有り難うござい
ます⋮⋮﹂
﹁気にしなくていい。元々あなたは勝手に巻き込まれただけなのだ
からな﹂
 今にも抱きついてきそうな様子のソフィをどうしようかと悩んで
いると、トーマスの意識が戻ったようだ。腹を押さえながら立ち上
がった奴は、こちらの方を見るとおぼつかない足取りで詰め寄って
きた。
﹁貴様、これで勝ったとは思うなよ。騎士の誇りである剣を投げる
など、神聖な決闘を侮辱する行為だ。この報いは必ず受けさせてや
る﹂
﹁トーマス様! 決闘の勝者を侮辱するのは恥ずべき行為ですよ!﹂

176
 ソフィが怒っているのが分かったのか、悔しそうに口を噤んでこ
ちらを睨みつけてくるトーマス。反則をしていない俺を咎められる
理由が他に思いつかないのか、舌打ちをして訓練場を出て行こうと
する。
﹁待て、まだ私が勝利した報酬を決めていない﹂
﹁はっ、何かと思えばそんなことか。いいだろう、言ってみろ﹂
﹁では今後ソフィアに近付くことを禁じる。ついでに私に対して行
った侮辱の数々を謝罪してもらおうか﹂
﹁っ!? 貴様っ!?﹂
﹁そちらが出した条件と大して変わらないはずだが、何か文句でも
あるのか?﹂
﹁くっ、これまでの非礼は済まなかった。この通り謝罪させてもら
う﹂
 悔しそうな顔を隠しもせずに、謝罪してくるトーマス。どう見て
も反省しているようには見えないが、予想通りの反応だったので仕
方ないと思うことにする。
 奴は顔をあげるとこちらを睨みつけ、そのまま立ち去っていった。
 去り際の態度を見るに、何かやらかしそうな気配がする。一応念
のために屋敷の結界を強化しておくか。
 訓練場から出ると、ソフィに屋敷を見てみたいと言われたが、丁
重にお断りした。こんな決闘の後で連れて行ったらどんな噂が立つ

177
か分かったものではない。
 ソフィが悲しそうな表情をしているのを横目に見ながら、また彼
女の機嫌取りに付き合うのかと思うと、頭が痛くなってくる気がし
た。
第13話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
178
第14話
 一度レシアーナのエルフについて集まった情報を交換するため、
俺含む勇者3人は書庫に集まった。
 書物が大量においてあり、かつての研究室を思い出させる。あの
頃はこんな世界に飛ばされるとは思っていなかったのに、どうして
こうなってしまったのか。
﹁どうだ、あの娘から何か情報は掴めたのか?﹂
﹁いや、それらしい情報は何も知らなかった。ハイエルフには都市
伝説並みの噂があると言うことぐらいか﹂
﹁そうか、こちらも書庫の中にそれらしい記述のあった書物は見つ
からなかったんだ⋮⋮﹂

179
 俺と同様にアレクも何の情報も掴めていなかったようだ。これは
サガミの方も期待できないなと思いながらそちらの方を向くと、何
やら真面目な顔つきで俺達二人に頷いてきた。
﹁実は中の様子を知っているエルフと接触することが出来てな﹂
﹁何! それは本当か!﹂
﹁ああ、彼らの生活やルールについて教えてもらった。流石にハイ
エルフのことは知らないようだったが﹂
 サガミが聞いた情報を俺達に伝えていく。生活は狩猟と採集が中
心で、農業はしないらしい。
 ルールに関しては、エルフ語以外の言語は使ってはいけないとい
うこと。交易に行く者以外のエルフは外に出てはいけないこと。森
の木を無闇に切ってはいけないこと。ハイエルフに関する話を他の
種族にしてはいけないこと。
 色々と面倒屈そうな話ばかりだが、ハイエルフとはそんなにも重
要な存在なのだろうか?
 サガミの話が本当だとするならば、翻訳能力で話が通じるからと
いって安心は出来ない。俺達の話している言語はエルフ語ではない
からな。
﹁後は、ハイエルフは非常に短命だと聞いた。このことは秘密らし
いから、口外無用だ﹂
﹁短命とはどれぐらいだ? エルフの短命だから100年ぐらいか
?﹂

180
﹁20年も持たないらしい﹂
﹁⋮⋮それは本当にエルフなのか? ハーフでさえ100年以上は
平気で生きているのがエルフという種族だぞ?﹂
 どうやらハイエルフとは身体構造的に欠陥のある種族のようだ。
でなければ20年で死ぬなど有り得ない。そもそも20年も生きら
れないのに、どうやって種を保っているのかすら分からない。魔力
溜まりと何か関係があるのだろうか。
﹁そのエルフには会えないのか?﹂
﹁ああ、私に話したことは今回の件以外には使わないでくれと言っ
ていた。私も、もうこの件で彼に近付かないように約束をした﹂
﹁そうか、それなら仕方ないな﹂
 結局それ以上の情報もないので、今日の所は解散となった。二人
とも引き続き調査をすると言っていたが、正直これ以上の情報が出
るとは思わないので、俺は先に帰らせてもらった。
 家に帰ると招待状が届いていた。差出人はサイモン・レイ・バー
クフィールド、トーマスの父親だ。
 息子との決闘の件で何かお怒りなのだろうか? どう考えても決
闘の事しか思い当たらないので行きたくないのだが、残念ながら爵
位が上の者の誘いを断るのはマナー違反で村八分らしい。
 仕方ないので夕食はいらないとティアに告げ、馬に乗って西地区

181
のバークフィールド邸にまで向かった。
 西地区に入って少し進んだ所に伯爵の屋敷はあった。流石に伯爵
の屋敷は俺の屋敷とは大きさが全然違う。まず2倍以上はある。下
手したらもっとあるかもしれない。
 門の所で感心しながら屋敷を見ていると、使用人らしき男がやっ
てきた。
 男に促され付いて行くと、食事の準備がされたテーブルに、既に
バークフィールド伯爵が座っていた。元は騎士らしいので、かなり
ガタイが良い。
﹁おお、よく来てくれましたな。さあ、どうぞ座って下さい﹂
 席に座ると、料理が運ばれてくる。家で食べているのよりも高級
そうな料理の数々だが、食事にさして興味のない俺は、いきなり招
待してきた伯爵にずっと注意を向けている。
 一通り料理を楽しんだ後、伯爵は満足そうな顔をしながらこちら
に話しかけてきた。
﹁今日のことは済みませんでしたな。息子のトーマスは昔からソフ
ィア殿下に夢中でして﹂
﹁いや、こちらにも非があったと思っている。しばらくしたら約束
も撤回するつもりだった﹂
﹁そうですか。いやいや、良かった。私もこんなことでトーマスと
ソフィア殿下の仲が悪くなるのを心配していたのですよ。二人とも
昔から仲睦まじい様子でしたので﹂
﹁ふむ、あの二人はそこまで仲が良かったのだな﹂

182
 親馬鹿が過ぎるな。あれで仲がいいと言ったら、世界中のストー
カー被害者が抗議してくることだろう。
 それよりもトーマスが一向に姿を現さないのが気になる。奴のこ
とだからこっそり料理に毒でも盛ってくるのかと思って、わざわざ
解毒用の術式の準備もしてきたのに。
 それともこれは帰り道に襲ってくるパターンか? 相手の出方が
分からないので、一応聞いてみるか。
﹁そういえばトーマス殿はどうしたのだ? 先程から一度も姿を見
ていないのだが﹂
﹁おお、トーマスは何やら用事があると言うことで、今は屋敷にお
りません﹂
﹁用事というのは?﹂
﹁さて、そこまでは聞いておりませんでしたので⋮⋮﹂
 こいつも怪しいな。夕食の時間にいなくなるなどありえないだろ
う。電灯も無いこの世界では、夜間は本当に真っ暗になってしまう。
そんな中でやらなくてはいけない事など、急ぎの用か秘密にしたい
ような事ぐらいだ。
 こいつが俺を食事に招待したのは足止めか。そうなると狙いはソ
フィの方か。
︵トーマスめ、今頃上手くやっておるかな? こんな気味の悪い奴
を足止めしろなどと無茶なことを言いおってからに⋮⋮︶
ソートスティール
 伯爵に窃思を発動すると、やはり思っていた通りのようだ。屋敷

183
には結界が張ってあるので、万が一そちらが襲われても問題ない。
それよりソフィだ。
﹁伯爵殿、済まないが急ぎの用を思い出したので、帰らせてもらう﹂
﹁もう少しゆっくりしていってもいいのですがな。急ぎの用とやら
はそれほど大切な用事なのですかな?﹂
﹁ああ、これ以上ないぐらいにな﹂
 喋っている合間に完成した魔法陣を起動する。魔法陣の放つ光に
グレ
驚いている伯爵の顔を横目に見ながら、第4種空間跳躍系術式、上
ーターテレポート
級転移が発動し、指定した座標、今回はソフィの部屋へと転移する。
 転移した先で見たのは、ソフィの部屋のベッドに座っているトー
マスと、奴に抱きかかえられているソフィの姿だった。
 トーマスはいきなり現れた俺に驚いているが、直ぐに落ち着きを
取り戻すと、こちらに向かって不敵な笑みを浮かべてくる。
﹁これはこれは、ウェルナー準男爵。こんな時間に王女の部屋に侵
入するとは、不敬にも程があると思うぞ?﹂
﹁それはこちらの台詞だ、トーマス。こんな時間に王族の部屋に入
っているとは、余程命知らずの者か、そうでなければただの馬鹿だ
な。一体どうやってこの部屋に忍び込んだ?﹂
﹁忍び込んだとは心外だな。メイドも兵士も快く通してくれたに決
まっているではないか﹂

184
﹁⋮⋮こんな奴に買収されるとは、この国の警備体制は最悪だな﹂
﹁何を言っているんだ。私はソフィアに誘われてここにいるのだ。
そうだろう、ソフィア?﹂
﹁あぅ⋮⋮あ、んんっ⋮⋮はぃ、あっんぅ⋮⋮﹂
 話を振られたソフィは、焦点の合っていない眼でこちらを見てい
る。彼女は既に裸身を晒していて、股間からは愛液が滴っている。
 奴が彼女の胸やクリトリスに指を這わせ、その度に彼女は気持ち
良さそうな声を上げている。どうやら薬か何か盛られたようだ。
﹁見ろ、彼女も私の愛撫を受け入れて気持ち良さそうにしているで
はないか! 今からお前に私達が結ばれるところを見せてやろう!
 ソフィア、ここに欲しいのだろう!﹂
﹁あ⋮⋮ほ、欲しぃ⋮⋮ですぅ⋮⋮﹂
 別にソフィは俺の物と言ったつもりは無いが、それでもこのよう
に見せ付けてくると、腹立たしさが込み上げてくる。奴は優越感に
浸りたいのか、こちらの方に見せ付けるようにしながら、自身の肉
棒を彼女の股間に擦り付けている。
 俺に復讐したかったというのならソフィを手篭めにしようとする
のは分かるが、それは自身の破滅を意味する行為だ。奴は魔導師と
約束を交わすという事の重大さが微塵も理解できていない。
 魔導師の交わす約束は一種の術式のような物で、破った者は破ら
れた相手への術式に抵抗することが出来なくなる。知識の無い者は
簡単に考えているようだが、少しでも魔導を知った者ならば、それ
がどういう結果をもたらすのかが容易に理解できる。

185
﹁そうか、その前にこれを受け取ってくれないか?﹂
 奴に向かってコインを放り投げると、律儀にそれを受け取った。
奴は受け取ったコインを裏返したりして確かめているが、何の変哲
も無いコインだと分かると、こちらに顔を向けて笑った。
﹁何だ、これは? 餞別のつもりなら受け取ってやってもいいが﹂
﹁残念だったな。恨むなら、私との約束を破った自分の愚かさを恨
んでくれ﹂
﹁何を言っているんだ?﹂
ドミネイト
 支配を発動。即座に奴は魂の抜けたような表情になったが、直ぐ
に元の顔に戻ると、こちらを見てきた。
﹁⋮⋮ん? 何故私はこんな所にいるのだろうか?﹂
﹁気にするな。それより彼女を離してやれ。お前に抱えられていて
は落ち着いて休めないだろう﹂
﹁ん? ああ、済まない﹂
 彼女をそっとベッドに横たえると、奴は全裸のまま立ち上がった。
正直見たくも無いので視線を下に向けないように気をつける。
﹁よし、お前はもう帰っていいぞ。彼女に構っているよりも大切な
用事があるのだろう?﹂

186
﹁ああ、そうだった! 待っていて下さい、今行きます!﹂
 全裸のまま部屋を飛び出していくトーマス。明日の朝には城中で
人気者になっているに違いない。何処へ行ったかはもちろん言わな
い方がいいだろう。
 それよりもソフィだ。彼女に近付くと、身体の疼きが収まらない
のか、勝手に自慰を始めていた。胸や股間を触りながら、虚ろな目
で笑っている。妹に続いて姉のこんな表情を見てしまうとは、運が
いいのか悪いのか分からないな。
ニュートラライズポイズン
 準備しておいたが使うことの無かった解毒を発動するが、彼女に
使われた薬が思いのほか強力だったようで、身体の疼きが完全には
止まっていないようだ。まあ意識を回復できるぐらいには効いたの
でよしとする。
 少ししてソフィが目を覚ました。寝ぼけているようで、可愛く欠
伸をしながら辺りを見回している。
﹁⋮⋮ふぇ? ヤード様⋮⋮?﹂
﹁こんばんは、ソフィ﹂
﹁こんばんは⋮⋮﹂
 俺がいることに気付いたソフィはお辞儀をした後ボーっと俺の方
を見ていたが、やがて意識が覚醒してくると、今自分の置かれてい
る状況に気付いた。
 あわててシーツで身体を隠し、眼から上だけを出してこちらの様
子を伺ってくる。叫び声を上げないところは流石彼女も王族だと思
った。
﹁あ、あの、どうしてこの部屋にヤード様が⋮⋮?﹂

187
﹁ああ、バークフィールド伯爵の屋敷に招待されたのだが、トーマ
スがいなかったので、これはソフィの身が危ないと思ってな﹂
﹁トーマス様ですか? ⋮⋮あ⋮⋮っ!?﹂
 先程の痴態を思い出したのか、こちらに背を向けて頭からシーツ
を被ってしまう。何と声をかけていいか迷っていると、彼女のすす
り泣く声が聞こえてきた。
 こういった状況は非常に苦手だ。俺の人生経験からすると、ここ
は黙って彼女の話を聞くのがいいと思うのだが、果たして本当にそ
れで合っているのか。
﹁ヤード様、私はもうあなたに会わす顔が在りません⋮⋮あんな人
に弄られたのに感じてしまい、自分から求めるような言葉を吐いて
⋮⋮﹂
 ここはひとまず彼女を安心させた方がいいな。安易に彼女の言葉
を肯定しては、彼女を手駒として使えなくなってしまう。
﹁ソフィ、こちらを向いてくれ﹂
﹁嫌です⋮⋮お願いですから⋮⋮﹂
﹁ソフィ!﹂
 俺の声にビクッと身体を跳ねさせ、恐る恐るこちらを向いてくる。
そんな彼女の顎を掴み、こちらの方から強引に口付けをする。
 始めのうちは彼女も離れようと抵抗していたのだが、開いた腕で
離さないよう身体を抱きしめ口付けを続けているうちに、彼女の方

188
が折れて舌を伸ばしてきた。そのまま二人で舌を絡ませあい、彼女
が身体を預けてくるまで続けた。
﹁ヤード様⋮⋮﹂
﹁ソフィ、これだけは言っておこう。私はどんな事があろうとも、
私は君を愛している﹂
﹁あ⋮⋮! わ、私も愛しています! どんな事があっても、ヤー
ド様を愛し続けます!﹂
 彼女が感極まって抱きついてくる。シーツが落ちて彼女の裸身が
晒されるが、そんなことはお構いなしにこちらに肌を擦り付けてい
る。落ち着いてよく見ると、彼女の肌は赤くなっていて、薬の効果
がまだ残っていることが分かる。
 彼女の方もそれが分かっているようで、こちらの足を太股で挟み
こんで、股間で擦ってくる。熱いため息を吐きながらこちらを見つ
めてくる彼女の姿は、いつもの清楚な彼女とはまた違った良さがあ
る。
 しかしここで彼女と最後までしてしまったら、物理的に誤魔化す
ことができなくなる。そのままソフィとの結婚へ行ってしまうか、
不敬罪で捕まるかの二択だ。どちらの場合も俺の望む生活から遠ざ
かってしまうので、彼女の誘惑には乗らないよう努める。
 そんな風に思っていたが、ふとある考えを思いついた。前は駄目
でも後ろなら大丈夫じゃないか?
 そう考えると、目の前で俺を誘ってくる彼女を拒絶しなくてもい
いような気がする。そうと決まれば行動あるのみだ。
﹁ソフィ、君の身体を綺麗にするために、まずは私の屋敷へ行こう﹂

189
﹁ヤード様の屋敷ですか? でも、こんな時間に外出は出来ません
よ?﹂
﹁それは大丈夫だ﹂
グレーターマステレポート
 魔法陣を一瞬で描き上げる。第4種戦術級術式、上級集団転移を
発動し、我が家へと戻る。
 俺の部屋に転移したのだが、部屋にはティアがいたようで、いき
なり現れた俺達に目を瞬かせている。それでもすぐに我に返った彼
女が近付いてきた。
﹁お帰りなさいませ、ご主人様。それに⋮⋮ソフィア様ですね。一
体どうかなされたのですか?﹂
﹁説明は無しだ。とりあえず彼女の着る物と、あと風呂を沸かして
くれ﹂
﹁畏まりました﹂
 ティアが出て行くのを確認して、ソフィのほうを見る。彼女はメ
イドに身体を見られるのは慣れているのか、ティアに見られたこと
には何の反応も無かったが、こちらの視線に気が付くと身体を抱く
ようにしてしゃがみこんだ。何となく悪い気がしたので、ローブを
渡した。
 しばらくしてティアが予備のメイド服を持ってきたので、それに
着替えたソフィを連れて風呂へと行く。
﹁ヤード様、風呂とはどういう所なのでしょう?﹂
﹁温泉は分かるか?﹂

190
﹁いえ、分かりません﹂
﹁そうか、風呂はとてもいい所だぞ。人肌より少し高いぐらいの温
度の水を張った入れ物だ。身体を休め、清めるのには丁度いい﹂
 俺の漠然とした説明では風呂というものが全く理解できなかった
ようで、不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。まあ説明するよ
りも実際に見た方が早いので、多少急ぎ足になりながら風呂へと向
かった。
第14話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
191
第15話︵前書き︶
前話を読んだら分かりますが、後ろを使います。
多少ぼかしていますが、嫌いな方は注意して下さい。
192
第15話
﹁広いですね、これが風呂というものですか⋮⋮﹂
 全裸のソフィがお湯の張った浴槽を覗き込んで呟いている。こう
言っては何だが、彼女と風呂は非常にミスマッチだな。彼女のいか
にも貴族然とした姿がこの風呂の雰囲気と合わない。
 まあそんなことはどうでもいいとして、まずは彼女を洗ってやる
ことにする。手招きをすると、滑りやすい足元に気をつけながらこ
ちらに近寄ってくる。もちろん腕で胸や股間を隠しているが、片腕
だけでは彼女の胸は収まらないので、谷間が丸見えだ。
﹁何でしょうか?﹂
﹁身体を洗ってやるから、ここに座ってくれ﹂

193
 主にティアのために作った石鹸で、彼女の身体を洗っていく。く
すぐったそうにしているが、こちらに身体を押し付けてくるのでこ
ちらもお返しに抱きしめたりしている。
 この世界の人間は皆毛を剃っていたが、彼女もそうだったようで
見事にパイパンだ。衛生的にやっているのだろうが、こちらとして
は整えている方がよかったりもする。
 とりあえず身体を洗い終わると、彼女の方は出来上がったみたい
で、こちらを見つめてきた。
﹁ヤード様、ヤード様のお情けを私に下さいませんか⋮⋮?﹂
﹁ソフィ、それについて少し話がある﹂
﹁何でしょう?﹂
﹁いくら私達が愛し合っているからといって、私は準男爵で、君は
王族だ。私達がよくとも周りが騒ぎたて、引き離されてしまうのは
眼に見えている。だから君の処女は、私が君と結婚出来る身分にな
るまで待ってもらえないだろうか?﹂
﹁⋮⋮そうですね、ヤード様の仰る通りです。今日は諦めます﹂
 言葉に凄く落ち込んだ表情になってしまったソフィの頭を撫でる。
ソフィも期待していたようだが、流石に王族の処女を奪うのはハー
ドルが高すぎる。しかし、本題は此処からだ。
﹁しかし、ソフィ、私も君と一緒になりたいのだ。だからここを使
おうと思う﹂

194
﹁ひゃっ!? そ、そこは不浄の⋮⋮﹂
 ソフィの菊蕾の周りを指で触ると、敏感な反応を見せてくる。ま
だトーマスに盛られた薬の効果が残っているのもあるだろうが、元
々ソフィは敏感なのだろう。
 菊蕾を指で突くと、きゅっと締まってくる。何度も繰り返すと、
次第に彼女の息が上がってくる。初めてにしてはいい反応だ。
﹁さあ、ソフィ。まずは中を綺麗にしようか﹂
﹁ふぇ⋮⋮?﹂
 ソフィを四つん這いの体勢にすると、ティアとのプレイ用に作っ
ておいた浣腸器を用意する。器具無しで作るのは大変だったが、そ
の辺の苦労が報われると分かっていたから作ることが出来たのだ。
﹁今から中に浣腸液を流し込むが、動くなよ?﹂
﹁は、はい⋮⋮﹂
 彼女の菊蕾に浣腸器を挿し込み、ゆっくりと浣腸液を注いでいく。
 腹の中に液体が流れ込む感覚に少し身体を揺らしているが、大丈
夫そうなのでどんどんと流し込んでいく。
 彼女のスタイルの良い腹が少し膨らんできたのが分かるぐらいに
なると、彼女の方も少しずつ息が荒くなってきた。
﹁や、ヤード様、まだ終わらないのでしょうか?﹂
﹁ああ、もう少しだ。頑張ってくれ﹂

195
 何回か継ぎ足して、彼女の腹がぽっこりと膨れるぐらいにまで注
いだ。彼女もそろそろ限界のようで、汗を垂らしながら何とか出さ
ないように踏ん張っている。
﹁これで良い。ソフィ、もう出してもいいぞ﹂
﹁そ、それはどこに⋮⋮?﹂
﹁ああ、あそこの穴だ﹂
 指差したのは排水用に作った穴だ。もちろんただの穴ではない。
ディメンジョナルゲート
次元門の術式を常時展開しておく魔道具を仕込んでいるおかげで、
どこか別の空間に飛ばされるようになっている。
 当然風呂の中なので、身体を隠してくれるような壁などは一切無
い。彼女も排泄欲求に耐えるのと羞恥心のどちらかを天秤にかけ、
排泄欲求の方が勝ったようだ。
 ぐるぐると腹を下したような音を鳴らしながらも、必死に排水口
にまでたどり着いた。
﹁ヤード様、み、見ないで下さい⋮⋮﹂
﹁何を見ないで欲しいのだ?﹂
﹁そ、それは⋮⋮っ! だ、ダメ、もう出ます!﹂
 ぷすっ、と気の抜けた音が出た後、彼女は一気に中に溜まった液
体を出した。液体が彼女の菊蕾から勢いよく出ている姿は、何と言
うか、圧巻だ。

196
﹁あぁああああ! 見ないで下さい! お願い、見ないでぇえええ
!﹂
 液体だけでなく塊も排出し、彼女の排泄は終了したようだ。
 余程恥ずかしかったのだろう、ソフィは顔を真っ赤にしている。
排泄のせいで少し開き気味になっている菊蕾がひくひくと動いてい
るのが見える。
﹁うう、こんな姿を見られては、もうヤード様に貰って頂くしかあ
りません⋮⋮﹂
 彼女にお湯をかけて綺麗にしてやると、そのまま後ろから抱きし
める。以前なら身体を隠しているところだが、彼女も一回恥ずかし
い姿を見られたおかげで、羞恥心が減っているようだ。
﹁では、ソフィ、もう一度しようか。一度だけでは綺麗にならない
からな﹂
﹁え⋮⋮?﹂
 その後2回ほど浣腸をしたが、綺麗な液体しか出なくなったので
準備は完了した。ソフィも何度も浣腸をされたおかげで、おれが菊
蕾に触ると恥ずかしがりながらも気持ちの良さそうな声を上げるま
でになった。
﹁ソフィ、そろそろ良いだろう﹂
﹁は、はい。ヤード様、お願いします⋮⋮﹂

197
 四つん這いになり、こちらに尻を掲げてくるソフィ。彼女の菊蕾
に指を一本だけゆっくりと入れていく。何度もした浣腸のせいで緩
くなっていたそこは、俺の指を飲み込んでいく。
﹁あ、あぁあああ⋮⋮指が入ってくるのが、分かります⋮⋮んっ⋮
⋮﹂
﹁初めてなのにこんなに簡単にくわえ込むとは⋮⋮ソフィのここは
意外と貪欲なのだな﹂
﹁いやぁ⋮⋮言わないで下さい⋮⋮﹂
 彼女の中は熱く、時折こちらの指を締め付けてくる。膣とは違っ
た感触に指を動かして確かめようとすると、彼女は苦しそうな声を
上げた。
﹁や、ヤード様⋮⋮んっ、かき回さないでぇ⋮⋮あっ、んんっ⋮⋮﹂
﹁そんなことを言っても、ソフィのここは締め付けてくるのだがな﹂
 指で中をかき回すと、彼女もだんだんと慣れてきたのか、苦しそ
うな声の中に喘ぎ声が混ざり始める。彼女も指の動きに合わせて少
しずつ腰を動かし始めているので、なかなかこちらの才能があるよ
うだ。
﹁これならば2本入るかもしれないな﹂
﹁え、待って下さ⋮⋮っ! ああっ!﹂
 指を引き抜くと、切なそうな叫び声を上げて身体を震わせている。

198
どうやら軽くイッてしまったようだ。これは大丈夫そうだな。
 荒い息をついている彼女に、今度は2本の指を差し込む。先程よ
りも速めに入れたのだが、彼女の菊蕾は少しきついが2本とも飲み
込んでいった。
﹁これ、凄いっ⋮⋮お腹の中が圧迫されてっ⋮⋮っ!﹂
﹁こちらでもこれだけ感じられるのならば、そろそろ入れても良い
のかもしれないな﹂
 2本の指を少し激しく出し入れしてみるが、彼女は痛がるどころ
か、むしろ快感を感じているようだ。こちらの指にあわせて自ら腰
を振っている彼女を見ていると、そろそろ我慢が出来なくなってき
た。
﹁そろそろ、一回イかせてやろう。ほら、これでどうだ﹂
﹁あ、ダメっ、何か来ちゃうぅ! あぁああああっ!﹂
 指を激しく出し入れし、思い切り中をかき回した。彼女は背を反
らして甲高い声を上げながら絶頂した。絶頂の際に菊蕾が閉まり指
を締め付けてくる。
 倒れこんだ彼女から指を抜くと、ぽっかりと穴が開いた状態にな
っている。ひくひくと物欲しそうに動いている様子はなんとも卑猥
だ。
 俺は彼女を抱きかかえ、向かい合うように上に座らせた。彼女の
菊蕾に俺の肉棒を当てると、彼女もこちらを見てきた。
﹁ソフィ、入れるぞ﹂

199
﹁はい⋮⋮ん、んんんんんっ!﹂
 ソフィの腰をゆっくりと下ろしていくと、彼女の中に俺の肉棒が
どんどんと入っていくのが分かる。初めてなのに肉棒を根元まで飲
み込むと、彼女は熱い息を漏らしながら締め付けてきた。
﹁ソフィ、君の中はとても熱いな。こんなにも感じてくれていると
は嬉しいぞ﹂
﹁わ、私も、ヤード様と一つになれて⋮⋮嬉しいです⋮⋮﹂
 やはり指とは違うのか、少し苦しそうな表情をしていたので、動
かずに彼女が落ち着くのを待つ。彼女が抱きつき舌を伸ばしてきた
ので、それに応えてやると、嬉しそうに舌を絡めてきた。
 少し経って彼女の息が落ち着いてきたので、少しだけ腰を動かし
てみる。彼女の方も俺の肉棒の大きさに慣れてきたようで、舌を絡
ませながらも甘い息が漏れ始める。
 少しずつ腰を動かす速さを上げていくと、彼女の息もまた段々と
荒くなっていき、遂には口を離して喘ぎ始める。
﹁ヤード様の物がっ、んっ、奥まで、届いてっ、あ、あんっ!﹂
﹁ソフィの中も具合が良いぞっ、私の物を締め付けてくるっ、くっ
!﹂
 膣とはまた違う感触だが、特に入り口の辺りの締まりが強く、中
も激しく動いているので気持ちがいい。彼女も締め付けることによ
り、強く快感を味わっているようだ。
 押さえが利かなくなって激しく出し入れしているにも拘らず、彼

200
女はもう快感しか感じていないようだった。口を半開きにして喘ぎ
声を漏らしており、自分からももっと快感を得ようと腰を動かして
いる。
﹁ヤード様っ! も、もうダメです! 何か来ちゃいまっ、ああん
っ!﹂
﹁いいぞ、私もそろそろイッてしまいそうだ!﹂
﹁あ、ダメっ! き、来ちゃ、あぁああああぁあああ!﹂
﹁くっ、出るぞっ!﹂
 彼女が絶頂したのか中がきつく締まり、こちらも我慢できずに中
に出してしまう。精液が中で出ているのか分かるのか、こちらの射
精に合わせてまた締め付けてくる。彼女の表情は蕩けきっており、
普段の清楚な印象とは違う艶がある。
 全て彼女の中に出し終わり肉棒を抜くと、力が抜けたのかこちら
にもたれかかってきた。彼女の菊蕾からは今出したばかりの精液が
流れ出てくる。どうやら色々あって疲れていたらしく、そのまま寝
てしまったようだ。
 そんな彼女の様子を見て、これ以上は無理だと判断し、お湯で綺
麗に汚れを流して風呂を出た。彼女の着替えはティアを呼んでやっ
てもらったのだが。
グレーターマステレポート
 その後は上級集団転移で彼女を城へ送り届けてきた。屋敷に泊ま
らせると色々問題が出てくるからな。

201
 次の日も勇者3人で集まったのだが、昨日以上の情報は出てこな
かったということで、すぐに解散となった。後は出発に向けて色々
準備をしておけということらしい。
 時間が空いたのでソフィの所へ行く。幸い彼女も暇だったようで、
部屋を訪ねると快く迎えてくれた。
﹁ヤード様、昨日はありがとうございました。あのままトーマス様
に襲われていたら、どうなっていたことか⋮⋮﹂
﹁昨日のことは忘れた方がいい。もうこんなことは起こさせないよ
うにしたからな﹂
 彼女は自分の言葉に身震いしている。まあ彼女にしてみたら、奴
の行為は恐怖以外の何者でもなかったからな。
 あの後、トーマスは全裸で城を駆け抜けていった所を何人かの人
間に見られ、城内を騒がせ国を侮辱した行為だということになり、
バークフィールド伯爵は子爵に降格し、本人は城への出禁を言い渡
された。
 バークフィールド子爵は錯乱している息子に恐怖し、トーマスを
心神喪失状態だとして地方へと戻した。あのような事を仕出かした
ので、もう奴は跡継ぎにはなれないだろう。
﹁⋮⋮そうですね。昨日のことは悪い夢だったと思うことにします。
それにその後はヤード様と一つになることが出来たのですから﹂
 頬を押さえて恥ずかしそうにしているが、嬉しそうな声で話して
いる彼女。しかし、だれかにこんな話を聞かれるわけにもいかない
ので、これ以上話さないように手振りで伝える。
 彼女も慌てて口を噤み、周りの人に聞かれていないか確かめてい
る。既に買収された人間達は解雇済みで、新しい人に変わっていた。

202
仕事が速いことだ。
﹁そういえば、ヤード様のお屋敷はかなりの数の魔道具が使われて
いたのですが、屋敷を買った後にあれほどの魔道具を買うお金はあ
ったのでしょうか?﹂
﹁あれは買ったのではない。買うと高すぎるので、全て自作した﹂
﹁自作ですか、それは凄いですね!﹂
 どうやら魔道具を作れる人間はほんの僅かしかいないらしく、王
都では俺が行った店の他にあと1件しかないそうだ。完全に需要に
供給が追いついていないらしく、あそこまで法外な値段になってし
まうというわけだ。
 さらにいえば魔道具の核である魔石自体もそれなりに珍しいもの
で、直径2センチ程度の魔石を買おうとすると、平民なら一生遊ん
で暮らせるぐらいの金が掛かるそうだ。
 今屋敷の研究室にはその程度の大きさの魔石ならゴロゴロ転がっ
ているのだが、どうやらこの国ではそんなものでも莫大な金になっ
てしまうらしい。
﹁それにしてもヤード様はあれほどの精霊石を、どうやって手に入
れたのでしょうか?﹂
﹁済まないな、それに関しては魔導の深淵を理解しようとする者に
しか教えられない﹂
﹁そうですか⋮⋮あ、盗掘は駄目ですよ?﹂
﹁そこは大丈夫だ。この国の管理する採掘場に手を出したわけでは

203
ない﹂
 そもそもこの国の何処で魔石が採れるかなんて知らない。取れた
としても極僅かな量しか取れないのだろう。元々魔力溜まりで自然
発生する魔石というのはあまり無いのだ。
 元の世界では人工魔石を使っていた。そちらの方が魔力吸収率も
良いし貯蔵魔力量も多いので、天然物などはゴミ扱いの代物だった。
﹁それはそうと、魔道具の話題つながりなのだが、受け取って欲し
いものがある﹂
 懐から指輪型の魔道具を取り出し、ソフィに渡す。残念ながら金
や白金などの材料も美術への造詣もないので、鉄製の台座に術式を
掘り込んで魔石をくっ付けただけの、なんとも地味な指輪だ。
 それでも彼女からしてみれば十分に驚くべきものだったらしい。
嬉しそうに指輪を受け取ると、手に付けて眺めている。
﹁ヤード様、この指輪は一体?﹂
キャンセラレデ
イィシテ
ョクントポイズン
﹁その指輪は解呪と毒探知を常時発動出来る魔道具だ。それを付け
ていれば昨日のような事態も防げるだろう。あまり格好の良い物で
はないが、付けておけばある程度の安全が確保できる﹂
﹁そんな凄い魔道具を頂いてもいいのでしょうか?﹂
﹁ああ、君の安全が守れるというのなら、その程度の魔道具は惜し
くない﹂
﹁そんな、私のためを思って⋮⋮ヤード様⋮⋮﹂

204
 それにその魔道具は他の者にも渡している。彼女の機嫌を損ねる
かもしれないので、そんなことは伝えないが。
 レシアーナに行けばまた何時帰ってこられるか分からないので、
この程度の保険はしておく方がいい。ソフィが襲われることはもう
無いだろうが、俺の屋敷の人間が襲われることはあるかもしれない
からな。
 さて明日はとうとうレシアーナに出発か。今日のうちに準備を整
えておかなくてはいけないな。
第15話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
205
第16話
 レシアーナへの出発は、まだ日も出切っていない早朝からだった。
 今回は見送りの人間はあまりいない。まあ身内だけの方が気楽で
いいから問題ない。それよりも昨日の夜の方が大変だった。
 今回連れて行くのはエルだけにしようと思ったのだが、念のため
ルーシアも連れて行くことにした。本人にしてみれば自分の味方が
一人もいなくなる状況が続くのが耐えられなかったのだろう、連れ
て行くと伝えると素直に頷いていた。
 しかしルーシアを連れて行くことにティアが反対し始めたのだ。
どうやら新参者が付いていき、自分が留守番なのが許せないようだ
った。俺としては留守にする屋敷には一番信頼できるティアを置い
ておきたかったのだが、どうしても意見を変える様子が無かった。
 結局彼女が満足するまでベッドの上で攻め続けたのだが、おかげ
で今日は寝不足だ。

206
 前回と違い、今回のメンバーは勇者3人、エルとルーシア、アレ
クについて来たメイド、後は案内役兼御者の7人だ。あまり目立た
ないようにするため、一つの馬車に雑魚乗りしている。そのおかげ
でかなり狭い。
 護衛の騎士も付けた方が良いと言われたのだが、あまり大人数で
行くと相手に威圧感を与えてしまうというのと、そもそも勇者より
も弱い護衛を連れて行った所で大して役には立たないだろうと言っ
て、今回は遠慮してもらった。
 相手が魔導師の場合、多人数は有利に働かない。範囲攻撃をくら
った場合に中央付近の奴らは逃げられないからである。そして襲っ
てくるような実力の魔導師は大体が範囲の術式を使うことが出来る
ので、やはり護衛はいらないということだ。
 俺の術式が相手に効かない場合も想定すると、大勢でエルフの所
に行った場合、向こうが敵対的だったのなら全員無事に逃がせる保
証がない。準備無しでいきなり逃げろと言われて逃がせるのは20
人ぐらいが限界だ。
 レシアーナのエルフ達が魔帝国側についていないことを祈るばか
りである。
﹁マスター、今日泊まる予定の町が見えてきましたよ﹂
 前の方の景色を見ていたエルがそう報告してくるが、俺は興味が
無いので適当に手を振って返しておく。今日泊まる町は村に毛が生
えた程度の規模の町らしいので、あまり宿の質にも期待できそうに
ない。

207
 予想の通り宿は寂れており、粗末なベッドが付いているだけで、
サービスもクソも無い様な殺風景極まりない部屋である。ついでに
窓も塞がれているせいで暗い。
 仕方ないので酒か何か買って来ようと一人で町に向かったのだが、
まだ昼間だというのに何故か酒屋が閉まっている。よく見ると他の
店も同じように閉まっているのが殆どである。
 これは何か厄介事が起こっている予感がする。部屋の中で大人し
くしていようと宿に戻ろうとした俺に、一人の老人が近付いてきた。
﹁旅のお方、もしかして魔法使いの方ですかな?﹂
 老人は俺の格好から魔導師であることを見抜いて話しかけてきた
ようだ。こんなことなら平民服でも着ていればよかったと思う。
﹁ああ、そうだが、私に何か用か?﹂
﹁おお、やはりそうでしたか! 神よ、この出会いに感謝致します
!﹂
 俺の返答に嬉しそうな表情を浮かべて神に祈り始めた老人を見て、
また何時ものパターンかと内心ため息をつきながら、次の言葉を待
った。
 正直な所、こんな人間は放っておいて逃げ出したいのだが、王都
以外の人間にも顔が割れていることが判明しているので、迂闊な行
動が出来ない。まあいざとなったら記憶を消せばいいのだが、何処
で誰が見ているかも分からないからな。
﹁魔法使い様、どうかこの町を救ってくだされ!﹂
﹁⋮⋮とりあえず話を聞こうか﹂

208
﹁有り難うございます。実は以前よりこの町はたびたび盗賊団に襲
われていました。それでもこれまでは反撃して追い返すことの出来
る程度の集団だったので、襲われているといってもあまり大きな被
害は出ていませんでした。しかし最近盗賊団に魔法使いが入り、今
までよりも大規模な襲撃を仕掛けてくるようになったのです﹂
﹁つまりそいつがいるから盗賊団に勝てなくなったというわけか?
 それなら町の外から別の魔導師を雇ってくればいいのではないか
?﹂
﹁そう思い何人かを王都まで向かわせましたが、騎士団も傭兵も一
向にやってこないのです。おそらく使いに出した者達は途中で襲わ
れたらしく⋮⋮﹂
﹁なるほど、だから偶々やってきた私に声を掛けたと言う訳か。そ
れで、何処に盗賊団の拠点があるのかは分かっているのか?﹂
﹁いえ、それは分かっておりません。南の方角からやってくること
ぐらいしか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮残念だが、私は今別の仕事を引き受けている。片手間に終わ
らせられないような仕事は引き受けられない。他を当たってくれ﹂
﹁そんな! そんなことを仰らず、どうかお願いします! 報酬な
らいくらでもお払いしますから!﹂
 老人は地面に額を何度も叩きつけてお願いをしてくる。これを断
ったら外道認定されそうだ。周りを確認すると何人かの人間がこち
らを見ている。どうやら先程からの様子は全て見られていたらしい。

209
最悪だ、これは逃げられそうも無い。
﹁⋮⋮ご老人、顔を上げてくれ﹂
﹁ま、魔法使い様⋮⋮﹂
﹁そこまで頼まれては仕方ない。その頼みは引き受けよう﹂
﹁本当ですか! よかった、これでこの町も救われる!﹂
 俺達の様子を見ていた周囲の人間も、老人の言葉を聞いて喜んで
いる。報酬も聞いていないのだが、これは割に合わない額でも引き
下がる訳にはいかなさそうだ。
 いつもこのように巻き込まれてしまうのは、もはや呪いか何かな
のか、そう思わずにはいられなかった。
 ちなみに報酬は予想通りに雀の涙ほどの額を提示された。もう少
し上げさせようとしたのだが、老人がまた泣き叫ぶので、泣く泣く
その額で引き受けることとなった。
 宿に帰ってアレク達に盗賊の討伐の件を話した。するとサガミは
賛成だったが、アレクは反対だった。どうやら王命を無視して他の
事をするのは許せないらしい。
 どうしても手伝ってはくれなさそうなので、サガミに後のフォロ
ーとルーシアの護衛を任せて、エルと共に森へ向かった。
 薄暗く道も無い森の中は歩きにくく、かなりの体力を消耗したが、
エルはまるで平地でも歩いているかのように軽い足取りで進んでい

210
た。改めてエルがエルフであることを認識させられる。
﹁マスター、人が通った跡を見つけました﹂
 前を行くエルがそう声をかけてきたので、エルの示す場所を確認
するが、人の跡どころか、一体何故分かったのかと言いたくなるほ
どに、周りの景色と変わりが無い。
 その跡を辿って行くエルに付いていきながら、連れてきて正解だ
ったと何度も思う。先程から獣の気配を察知したり、危なそうな場
所を避けて歩いたりしてくれている。これもエルフの能力なのだろ
うか。
 エルの後に続いてしばらくすると、洞窟らしき場所が見えてきた。
周りにはいかにも盗賊といった格好の男が立っている。あれはどう
やら見張りのようだ。
﹁どうしますか、マスター?﹂
﹁入り口を塞いでしまえば終わりなのだが、一応中を確認しないと
他にも拠点があるかも知れないからな⋮⋮﹂
﹁あの入り口の奴を捕まえて、あとは生き埋めということでいいの
では?﹂
﹁過激だな⋮⋮だが中に生存者がいるかも知れないから、その案は
却下だ﹂
 いい案が思い浮かばず、その場でもたもたしていると、俺達が草
むらでこそこそ会話しているのに見張りの男が気付いたようだ。中
に応援を呼び、こちらに向かってくる。

211
﹁仕方ない、実践訓練だ。エル、お前が全員やれ﹂
﹁はい、マスター﹂
アイススタチュー
 エルは杖を取り地面に魔法陣を描き始めた。それと同時に氷像を
放ち、先頭の何人かを氷の中に閉じ込めた。
 盗賊達は相手が魔導師だと分かり、何人かは逃げ出し、また何人
かは洞窟の中へ入って行った。おそらく魔導師を呼んでくるつもり
なのだろう。
 半数程度に減った盗賊達は恐れずに突っ込んでくるが、前の氷が
邪魔をして思うように進めていない。その間にエルの魔法陣が完成
したようだ。
 盗賊達の足元が揺れ、地面から夥しい量の水が吹き上げてきた。
全員直撃したようで、一瞬のうちに天高く飛ばされている。あれで
は万に一つも助からないだろう。
アクアゲイザー
 エルが発動したのは第4種自然操作系術式、間欠泉だ。地下水脈
を根こそぎ引っ張ってくるこの術式は、大量の水が噴出すのに加え、
地盤沈下という二次被害まで出してしまう。
 地面が激しく揺れ、水が噴出した辺りの地面から急速に沈んでい
く。洞窟の入り口は崩れていないが、中はおそらく無事で済んでい
ないだろう。言いつけを守らない奴だ、後で説教だな。
 その後大量の水と共に、飛ばされていた盗賊達が落ちてきた。皆
見るも無残な姿になってしまっているので、思わず同情してしまう。
息のある者は一人もいなかったが、当然の結果だろう。
﹁誰だ! 私の家を襲っている奴は!﹂
 怒鳴り声と共に、中から女が一人飛び出してきた。盗賊達とは違
い、土に塗れた三角帽子と魔導師用のローブを身につけている。お

212
そらくあれが例の魔導師なのだろう。顔立ちが人間よりも細長いの
を見ると、どうやら彼女はエルフらしい。
﹁お前達か! よくも、死んで詫びろ! ﹃風よ、切り裂け﹄!﹂
 彼女はこちらに気付き、すぐに術式を発動した。
 聞いている限りでは風の刃を飛ばす術式のようだ。目には見えな
いが、おそらく飛んできているのだろう。エルが慌てて回避したの
で、全弾俺に命中した。
︵﹃第1魔導障壁、防御に成功。攻撃術式の逆探知に成功しました。
近距離からの第1種自然操作系によるもの﹄︶
 全て最初の障壁で無効化されたので無傷だったが、エルにはもう
少し回りを見て戦うように注意しなくては。
 それにしてもあの魔導師は意外と優秀なようだ。短縮詠唱を使え
る魔導師には初めて会った。無詠唱ではないのが残念だが、そもそ
も無詠唱が出来る奴は俺とエルぐらいしか知らないので仕方が無い。
 あの女魔導師は俺が無傷なことに一瞬驚いていたが、直ぐに元の
表情に戻った。
﹁お前達、さては北の町の奴らに雇われた魔法使いだね? 私が竜
殺しの魔法使いアドリアナなのは知っているだろうに、全く馬鹿な
奴らもいたもんだよ﹂
 アドリアナと名乗っている女魔導師には悪いが、全く知らなかっ
た。名前すら聞いたことが無い。エルは言葉が分からないので何の
反応もしていない。俺達が何も喋らないのを、自分を恐れているの
だと勘違いした彼女は、高笑いをしている。

213
﹁あの、あなたが南の町を襲った魔導師なんですよね?﹂
﹁なんだ、お前ダークエルフか。そうだよ、あの町の人間ときたら、
こっちが金目の物を全て寄越せといったのに歯向かって来やがった
んだ。お返しに何人か殺したら皆黙りこくっちまったけどね﹂
﹁そうですか。よく分かりました﹂
 エルが警告も無しに氷像を発動し、油断していたアドリアナはそ
れを避けられずに直撃した。しかし彼女は腕が少し凍っただけだっ
た。どうやら術式抵抗は高いらしい。
﹁なんて奴だ! まだ勝負を始めてもいないだろ!﹂
﹁これは勝負ではなく殺し合いです。油断する方が悪いのです﹂
﹁小賢しい! これだからダークエルフは! 正面から戦う度胸も
無いくせに、言い訳ばかりしやがって!﹂
﹁では、今から始めです﹂
﹁っ! ﹃風よ、押し潰せ﹄!﹂
 エルが氷像を何発も叩き込む。流石に抵抗を抜いたのか、アドリ
アナの片腕は凍りつき、使い物にならなくなっている。
 ただアドリアナも黙って受けていたわけではない。エルの真上か
ら突風が巻き起こり、彼女は地面に叩きつけられた。どうやら術式
の強度は相手の方が上らしい。見た目は20にもなっていないよう
に見えるが、かなりの修練を積み重ねた魔導師なのだろう。
 急いで立ち上がろうとしたエルに、おそらく追撃の風の刃が飛ん

214
で来る。無理な体勢のまま地面を転がり回避すると、エルのいた地
面が大きく爆ぜる。何故あんなものが来るのが分かるのだろうか。
﹁﹃風よ、切り裂け﹄! ほらほら、どうしたんだい!﹂
﹁くっ! ワイルドエルフの分際で!﹂
 どうやらアドリアナはワイルドエルフとかいうエルフらしい。名
前からして荒野に住んでいるエルフだろうか。でもここ森の中だよ
な。
 くだらないことを考えていると、アドリアナの動きが止まってい
アイスソ
る。足元には氷で出来た茨が巻きついていた。どうやらエルが氷縛
ーン
茨で足を凍らせたようだ。どんどんと身体を這い上がり、あっとい
う間に腰の所まで来ている。
 アドリアナは足を抜こうと思い切り足を引っ張っているが、そん
な程度で抜ける術式ではない。エルの方もようやく風の刃が止まり、
立ち上がって土を払っている。
﹁いやらしい術を使いやがって、これだからダークエルフは嫌なん
だよ!﹂
﹁単純に風をぶつけてくるだけのあなたには言われたくないです﹂
 頭を残して身体が凍ってしまったアドリアナは、悔しそうにエル
を睨みつけている。
 エルの方は相手の動きを封じたので余裕を見せている。しかし、
魔導師の戦いにおいて身体を封じただけでは全く安心できない。あ
れも後で説教だな。
﹁馬鹿が、引っかかったな! ﹃烈風よ、彼の者に裁きを﹄!﹂

215
 近付いてくるエルを見て、突然ニヤリと笑ったアドリアナは、風
の刃で地面に彫られた魔法陣を発動させた。
 エルは慌てて回避を試みるが、少しばかり遅かった。足元から発
生した竜巻に巻き込まれ、あっという間に姿が見えなくなるエル。
おそらく中では風の刃が彼女を切り刻んでいるのだろう。
 少しして風が止むと、全身をズタズタに切り裂かれ、夥しい量の
血を流しているエルの姿があった。
﹁す、済みませ⋮⋮マス⋮⋮タ⋮⋮﹂
 最期の力を振り絞りこちらを向いてそう呟くと、地面に倒れこむ。
流れ出る血の量は、彼女の命が尽きたことを如実に語っていた。
﹁ダークエルフの分際で、この私に楯突いた報いだよ。さて、次は
お前の番だね﹂
 エルを一瞥して、こちらの方を向いてくるアドリアナ。先程から
俺が加勢をしなかったのを、俺が足手まといだと思っているのか、
余裕の表情を浮かべている。どうやら先程の無効化の件は忘れてい
るらしいな。
﹁アドリアナと言ったか。余裕を見せるのは結構だが、私の弟子を
殺したぐらいでいい気になられては困る﹂
﹁はん! あんたこいつの師匠だったのか! こいつが弱いのはあ
んたのせいだったってわけだね!﹂
﹁確かに彼女はまだ修行中の身だったからな。実践不足なのが足を
引っ張っていたようだ﹂

216
﹁あんたなら勝てるってのか? 馬鹿を言うんじゃないよ! ﹃風
よ、切り裂け﹄!﹂
 俺に向かって風の刃を飛ばしてきた。警告が来るので何かが障壁
に当たっているのは分かるが、やはり風は見えない。あの術式は意
外と便利だな。
﹁ちっ! どうやらあいつより強いのは本当らしいね。ならこれで
どうだ! ﹃風よ、押し潰せ﹄!﹂
 俺を中心に足元の草が一斉に吹き飛ばされた。だが肝心の俺が全
く動いていないのを見て、アドリアナは苦虫を噛み潰したような表
情を見せている。
 いくつもの攻撃を放ってきたが、全て俺の障壁に無効化されてい
る。先程から大技を撃てるようにこちらからの攻撃は控えているの
だが、エルに放ったような術式を使ってこない。
 それにしてももう少し術式の種類が豊富だと思っていたが、どう
やらあまり多くの術式は使えないらしいな。この様子だとそろそろ
こちらの番だろうか。
﹁さっきから動かないようだけど、守ることしか出来ないのか!﹂
﹁何だ、もう動いていいのか?﹂
 予想よりも少し早かったが、問題ない。それでは今度はこちらか
ら攻めさせてもらおう。

217
第16話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
218
第17話
 手早く地面に魔法陣を描き、即座に起動する。第4種精神感応系
アストラルシフト
術式、精神次元転移が発動し、一面が白だけで出来た空間に転移す
る。この場に存在するのは俺とアドリアナだけだ。
﹁これは⋮⋮? お前、一体何をしたんだ!﹂
﹁ここは精神世界という、元の世界とは少し位相がずれた世界だ。
肉体は元の世界に残して、精神と魔力だけをここに持ってきたとい
う訳だ。ここでの肉体的な死は存在しないが、ここで死んだら元の
世界では廃人になる﹂
﹁馬鹿な、空間跳躍は不可能と証明されている魔法のはずだ!﹂

219
﹁お前の常識に当てはめられても困るんだがな。実際出来ているの
だから、少しは現実を直視しろ。ああ、ここでも元の世界と同じよ
うに術式を発動できるぞ﹂
﹁っ! 馬鹿にしやがって! ﹃風よ、切り裂け﹄!﹂
 風の刃が飛んでくるが、魔導障壁も元の世界と同じなので、問題
なく全て無効化した。いい加減実力の差が分かってきたのか、汗を
垂らしながら真剣な表情でこちらを睨みつけてくる。
﹁お前のことは割と気に入ったから、色々と試させてもらうことに
した。勝てばここから出してやるし、お前のことを襲わないと約束
しよう﹂
﹁それは本当か?﹂
﹁ああ、魔導師の交わす約束だ。お前にも分かるだろう?﹂
﹁分かった。それで、ルールは何だ?﹂
メジャーヒール
 彼女がこちらの提案に乗ってきたので、まずは上級治癒で彼女を
回復させる。こちらの行動を訝しがっている彼女だが、回復には素
直に応じてきた。
 こちらとしても彼女の状態が悪いとあまり楽しめないからな。弱
った相手を倒しても何の面白みも無い。
﹁さて、今からやってもらうのは簡単だ。今から私が召喚する魔物
を全て倒してくれ。全部で2回召喚を行うが、間には回復もしてや
る。敗北の条件はそちらが死んでしまう事だ﹂

220
﹁分かった。早速始めてくれ﹂
 さて、彼女も準備が出来たようだし、精神世界だけで使える術式
アストラルサモン
を試すことにする。第8種物質生成系術式、精神召喚。発動と共に
十数匹の黒狼が現れる。
 黒狼の召喚に驚きの表情を隠せない彼女。まあ召喚は普通、呼び
出す対象と契約を交わさないと無理だが、この術式は召喚といって
も呼び出すのではなく作り出す術式なので問題ない。
 呼び出されるや否や、アドリアナに向かって飛び掛っていく黒狼
達に、彼女は咄嗟に反応し風の刃を飛ばしていく。
 普通の魔導師ならば一体でも辛い敵のはずだが、それを十数匹相
手にしても一歩も引いていない。流石は竜殺しといったところか。
 四方から襲い掛かる黒狼に風の刃を当てつつ、危ないときは自分
を中心に突風を吹き上げることで、たまに掠る程度で黒狼の接近を
許さない。

 的確に一匹ずつ倒していき、とうとう最後の一匹が倒される。彼
レストレーション
女もそれなりに魔力と体力を使ったようなので、復元で失った魔力
と体力を完全回復させる。俺の魔力が殆ど減っていないので、彼女
の魔力量もあまりたいしたことがないようだ。
﹁まず一回目はクリアだな。おめでとうと言っておこうか﹂
﹁御託はいいから、次のを早く出せ!﹂
﹁慌てるな、次はお前の大好きなドラゴンでも出してやろう﹂
﹁はっ、私にドラゴンとは。どれだけ来てもさっきの黒狼と変わら
ないよ! 勝ちが見えてるんじゃないのか?﹂

221
﹁たいした自信だな。それではその実力を見せてもらおうか﹂
アストラルサモン
 先程の魔法陣とほぼ同じ物を描き、起動する。精神召喚が発動し、
二匹のドラゴンが現れる。どちらも同じ個体だが、それを見たアド
リアナの表情が一瞬で引きつる。
 俺が出したドラゴンは以前見たことのある﹃紅鱗﹄だ。一匹だけ
でも他のドラゴンとは格が違うらしいが、それが二匹。彼女の表情
が引きつってしまうのも無理は無い。
 二匹のドラゴンは出てきた瞬間から彼女に襲い掛かった。慌てて
風の刃で応戦するが、並みのドラゴンの鱗は切り裂けても、﹃紅鱗﹄
の鱗は切り裂くことが出来なかった。
 二匹は彼女に向かって炎を吐き、爪や尾で彼女を切り裂き、叩き
伏せようと猛攻を加えており、彼女は必死に避けるだけとなってい
る。
﹁無理だ! いくら私でも﹃紅鱗﹄二匹なんて誰も勝てるわけが無
い! 負けを認めるから許してくれ!﹂
﹁情けないことを言うな。勇者はこいつを一撃で倒した。お前もも
うちょっと頑張れば、傷ぐらい与えられるかも知れんぞ?﹂
﹁何でもするから許して! このままじゃ本当に死んじまう!﹂
﹁魔導師が何でもするなんて、軽々しく口にするな。こいつらと死
ぬまで戦えと言ったっていいんだが?﹂
﹁クソ、この悪魔め! 死んでしまえ!﹂
 二匹の攻撃を避けながら、器用にもこちらに攻撃を飛ばしてくる

222
アドリアナ。
 まさかこの二匹を作り出した俺が、こいつらよりも弱いとでも思
っているのだろうか。彼女の攻撃は全て無効化され、俺に傷一つ与
えられない。
 あまりの状況に、彼女の表情は絶望で歪んでいる。見栄を張らな
ければ一匹で済ましてやろうと思ったのだが、あんな台詞を吐かれ
たので、ついつい二匹にしてしまった。まあ彼女の自業自得だ。
 もう少しは頑張ってくれるかと思ったが、彼女の態度に一瞬で興
が冷めた。
﹁⋮⋮っ! しまっ!﹂
 それなりに長い戦いの末、一瞬だけ彼女の気が緩んだ。そこを二
匹のドラゴンが見逃すはずも無かった。二匹の爪により、彼女の身
体はバラバラに引き裂かれ四散した。ここでの死んでも元の世界で
死にはしないが、これで元の世界の彼女は廃人となってしまった。
 この世界であった中では一番強いと思われた彼女でも、﹃紅鱗﹄
二匹には勝てなかった。この世界の住人はやはりまだまだのようだ。
エルにはこいつらを瞬殺出来るぐらいの実力を付けようと思った。
アストラルシフト
 勝敗が着いたので精神次元転移を解除し、元の世界へと戻る。そ
こには先程までの戦いの後が残っており、エルの死体もちゃんと残
っている。
リザレクション
 エルに近付き蘇生を発動する。どうやら頭部はちゃんと守ってい
たようで、呻き声を上げて起き上がった。
﹁⋮⋮済みませんでした、マスター﹂
﹁ああ、後で説教だ。覚悟しておけ﹂

223
 彼女は大丈夫なようだったので、次は中空を見つめてよだれを垂
らしているアドリアナの方へ向かう。エルフは総じて人間よりも美
形なのだが、こうなってしまうと元が美人なだけにかなり残念な光
景だ。
 一応彼女の目の前で手を振ってみるが、反応は無い。残念ながら
完全に廃人となってしまったようだ。一応他の盗賊がいないか確か
エクストラクトメモリー
めるために記憶抽出を使ったが、どうやらこれで全員だったようだ。
アーティフィシャ
 さて、証拠に彼女を連れ帰るため、第7種精神感応系術式、擬似
ルパーソナリティー
人格を発動し、彼女に擬似人格を植え付ける。殆ど機械的な応答し
か出来ないが、無いよりはマシだ。
﹁さて、俺の言葉が聞こえるか?﹂
﹁はい﹂
﹁お前の名前は?﹂
﹁名前はまだ設定されていません、設定をお願いします﹂
﹁アドリアナ。お前の名前はアドリアナだ﹂
﹁アドリアナ、記憶しました。私の名前はアドリアナです﹂
 大体がこの調子なので面倒くさい。アドリアナはエルに任せて、
俺は洞窟の中を調べることにした。
 中はエルの発動した術式のせいでガタガタになっており、所々天
井や床が崩れている。奴の記憶では何人か捕まえられた者がいるら
しいので、そちらの方へ向かった。
 牢屋のような場所にたどり着くと、鎖に繋がれた人間達とエルフ

224
がいた。ちなみに殆ど女で、男は一人しかいない。彼女達の身体に
は暴行を受けた跡が見える。男達は殺されるか売られるかしたんだ
ろう。
 男の方を叩いてみると気が付いたようだ。こちらを睨みつけてい
たが、助けに来たと名乗ると、態度を一変させた。
﹁助けに来てくれたのですね! 有り難うございます!﹂
﹁女達は酷い有様だが、お前は無事の様だな﹂
﹁いえ、そうではないのですが⋮⋮﹂
 男が鎖に繋がれた手で後ろを押さえているのを見て、全てを悟っ
た。この話題は出さないようにしよう。
 部屋の外にあった鍵で鎖を外してやると、男は久しぶりに自由に
動くことが出来るのを嬉しがり、はしゃいでいる。
﹁よし、お前も鎖を外すのを手伝ってくれ﹂
﹁分かりました!﹂
 女達の鎖も外していく。彼女達はしばらく目が覚めなかったが、
こいつのように頑丈ではなかったと言うことだろう。
 やがて何人かの意識が戻ってくるのを確認したので、一応今の状
況を説明しようと近付いた瞬間、何人かの女達に飛び掛られた。彼
女達は俺の服を脱がせようと手をかけてきたり、服の上から舐めよ
うとしてきたりしている。
﹁私のオマンコ、ぐちゃぐちゃに掻き回してぇ!﹂

225
﹁ダメよ! 私の中にいっぱいザーメン出してもらうんだからぁ!﹂
﹁んぅ⋮⋮早くオチンポ様を清めさせて下さい⋮⋮﹂
 彼女達は既に正気を失っているようだ。無理やり引き剥がし隣を
見ると、奴も同じ目に会っているのだが、奴は嬉しそうな表情で襲
ってくる女達と遊んでいた。
 正気を保っている女はいないかと探したが、どうやら全滅らしい。
精神力の高いはずのエルフまでもが正気を失っているのだから、当
然かもしれない。
 ここまで彼女達の正気を失わせるのはかなりの薬でも使わない限
り不可能だろう。解毒用の準備は一人分しかないので、とりあえず
ニュートラライズポイズン
エルフに解毒を使う。
 術式の効果が現れ、彼女は正気を取り戻した。あちこちに張り付
いた精液が、彼女がここでされたことを雄弁に語っている。
 体力が戻っていないにも関わらず、ふらつく足で立ち上がり、こ
ちらを警戒して下がっている。ここまでの辱めを受けながらも心が
折れていなかったようだ。流石はエルフといった所か。
﹁安心しろ。ここの盗賊は全て倒した。私はお前達を助けに来た者
だ﹂
﹁あなた、人間なのにエルフ語が話せるの⋮⋮?﹂
﹁エルフ語が話せる訳ではないのだが、まあエルフ語も理解できる
と思ってくれ﹂
﹁何かの魔法かしら? 便利な物ね⋮⋮﹂
 俺の言葉が通じたので、警戒をしながらも話しかけてくる。どう

226
やら彼女はエルフ語しか話せないようだ。ということは、彼女はレ
シアーナのエルフなのかもしれない。
 女達が群がってくるのを全て男の方に押し付け、彼女と向き合う。
﹁人間に助けられるとは思わなかったけど⋮⋮一応感謝はするわ﹂
﹁気にするな、助けたのはついでだ。お前達はレシアーナのエルフ
か?﹂
﹁ええ、夫もいたはずなんだけど、どこにいるのか知らない?﹂
﹁他にもいたのか。残念ながら、この洞窟には他に捕まっている者
はいないようだ﹂
﹁そう⋮⋮﹂
 アドリアナの記憶によると、彼女以外のエルフは全て売り払うか
殺してしまったようだ。売られた奴らの所持品が残っていればまだ
探す方法もあるのだが、何も無いのでどうしようもない。
 気丈に振舞っているが、よく見ると肩が震えている。夫がどうな
ったのか分からないのはさぞかし悔しいだろうが、悲しみを堪えて
いる様子の彼女には、慰めの言葉を掛けるのは間違っているだろう。
﹁とりあえずここを早く出たい。一人で帰るのが無理ならレシアー
ナまで送っていくが、どうする?﹂
﹁そこまで私に便宜を図ってくれる理由は?﹂
﹁もともとレシアーナには行く予定だったから、ついでにどうかと
誘っているだけだ﹂

227
﹁⋮⋮そうね、良かったら一緒に連れて行ってもらえないかしら?﹂
 彼女は色々と考えを巡らせていたようだが、一人で帰るのは危険
だと判断したようだ。盗賊に捕まったせいで、一人で森へと帰るこ
とが怖かったのだろう。言葉では強がっているが、見るからにほっ
としている。
﹁そうか、それでは短い間だが宜しく。私の名前はヤード・アル・
ウェルナーと言う﹂
﹁私はナタリアよ、よろしく﹂
 そういえばレシアーナのエルフ達は大の人間嫌いだと言っていた
が、ナタリアの反応は人間を嫌っているようには見えない。彼女が
変わっているのだろうか。
 彼女に着ていたローブを渡し、未だに犯され続けている男を蹴り
上げ叩き起こし、女達を引き連れて外に出る。アドリアナの方も一
通り設定が終わったようで、エルと共に俺が出てくるのを待ってい
た。
﹁っ! 何故こいつがいるの!?﹂
 ナタリアはアドリアナの姿を目にした瞬間に俺から離れて戦闘態
勢を取った。そういえば説明するのを忘れていた。
﹁そこまで警戒しなくていい。アドリアナの精神はもう死んだ。あ
れは彼女の肉体を操っているに過ぎない。﹂
﹁っ! あのアドリアナを倒したって言うの? てっきり彼女の隙

228
を見て助けに来たのだと思っていたけど、まさか彼女を倒していた
なんて⋮⋮﹂
﹁そこのウッドエルフ、マスターをこの程度の者と比べるとは、無
礼にも限度という物があります﹂
﹁エル、喧嘩腰になるのは止めろ。皆助かったばかりで憔悴してい
るのだからな﹂
﹁分かりました、マスター﹂
 エルの態度を見て驚いた表情で俺の方を見てくるナタリア。そう
か、ダークエルフが人間を師匠扱いしていることに驚いているのか。
 他の奴らは大丈夫だったかと後ろを振り返ると、あの男は女達に
抱きつかれてそれどころではないらしく、だらしなく顔を歪ませな
がら、彼女達のなすがままになっている。こちらのことはあまり気
にしていないようだ。
 さて、この人数を連れて森を歩くのはかなり危険なので、ここは
素直に術式を使うことにする。
グレーターマ
 地面に魔法陣を描き、魔法陣の中に皆を入れて起動する。上級集
ステレポート
団転移の効果で、一瞬にして町に着いた。
 他の連中もこれには驚きだったようで、きょろきょろと辺りを見
回しているが、俺達が帰ってきたことに気付いた町の人々が、こち
らへと駆け寄ってくる。どうやら彼らの知り合いを見つけたようだ。
 ナタリアはエルに任せて、先に宿の方に行ってもらった。宿泊客
が一人増えるぐらい何とかなるだろう。
 アドリアナを連れて例の老人を探したところ、奴はこの町の町長
だったらしい。まあそんな気はしていたが、わざわざあんな芝居を

229
してまで俺に頼んできた礼に、報酬の額を上乗せさせてやった。
 現在、アドリアナは町の中央で手足を縛られている。これから行
われるのは私刑だ。彼女や盗賊達に殺された人間の家族が寄って集
って彼女に石を投げつける。避けることも出来ないで、色々な所に
石が当たり血を流している。
 主に石を投げているのは、家族を殺された子供や老人、それも女
達が多い。男達の方は憎憎しげに彼女を睨みつけているが、石を投
げつけている者の他に、彼女を下心に満ちた目で見ている者もいる。
 あの様子だと、この後彼女は男達に犯されるな。彼女もエルフな
ので、普通の人間女性よりも遥かに整った美しい顔をしているし、
割とスレンダーなエルフに似合わず、男好きのする体つきをしてい
るから無理も無い。
 そんな現場を見ていようとも思わないので、連れ帰ってきた他の
人間のことは町長に任せ、俺は早々にその場を立ち去った。
 宿に帰ってきたのはそろそろ夜になろうかという時間帯だった。
既に眠気が頂点に達していたので、晩飯を食べた後は自分の部屋に
戻りベッドに倒れこんだ。
 しかし、このまま寝ようと思っていると、不意に部屋のドアが叩
かれた。人が眠ろうとしているのに邪魔をする奴は誰だと思いなが
ら扉を開けると、そこにはナタリアがいた。
 彼女はなにやら困ったような表情を浮かべている。顔を逸らして
いるのだが、時折ちらちらとこちらの表情を伺ってくる。
﹁何か用か?﹂
﹁⋮⋮寝ている所を起こして御免なさい。でもあなたに頼みがあっ

230
て⋮⋮﹂
﹁ん? 直ぐに終わるなら聞いてもいいが⋮⋮﹂
 俺の言葉が終わる前に抱き付いてくる。こちらに自分の身体を擦
りつけながら熱っぽい息を吐いていた。頬を紅潮させ、こちらに擦
り寄ってくる様子は、どう見ても発情している。
どこかで見た反応だと思いながら、呆れた目で彼女を見ると、こち
らの視線に気付いて見つめ返してくる。
﹁頼みというのは、私を抱いて欲しいの。お願い、身体が疼いてし
まって⋮⋮﹂
﹁残念だが、今日はかなり疲れている。今日の所はお引取り願おう﹂
ロック
 彼女を引き剥がし、扉を閉めて施錠をかける。外では彼女が何や
ら言っているが、流石に寝不足で彼女の相手をしているような体力
は無い。
 エルフ達が強い異性に発情するのは完全に忘れていたが、夫がい
るはずのナタリアまでお構い無しにこちらにやってくるとは。少し
は夫に悪いと思ったりはしないのだろうか。
サウンドプルーフ
 外が五月蝿いので遮音結界を張り、静かになった所で今度こそ眠
りについた。
 翌朝、出発前にアドリアナの所に行ってみると、そこには身体中
を血と精液で汚しながら息絶えた彼女の姿があった。
 盗賊団などやらずに魔導師として軍に入ればよかっただろうに、
人に恨まれるようなことをして調子に乗った結果がこれだ。あまり
にも惨めな姿だが、全て彼女の行った行為の報いなので同情はしな

231
かった。
第17話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
232
第18話
 盗賊団を倒してからレシアーナ大森林地帯に着くまでの3日間、
延々と狭い馬車の中で気まずい思いをしていた。馬車の中には7人
も乗っていたのだが、その内の俺を含めた4人は俺の関係者なので、
狭い空間の半分以上を占めていた訳である。
 しかもナタリアは俺以外の人間を警戒しており、エルは俺に近付
いているナタリアを睨んでいたり、ルーシアは勇者3人以外の者達
に冷たい目で見られていたり、とにかく殺伐とした人間関係が馬車
の雰囲気を最悪なものにしていた。一時は御者の隣に避難しようと
思ったほどだ。
﹁そういえば、レシアーナに着いた後はどうするのですか?﹂
﹁知らん。今まで誰も辿りついた人間がいないから、その場で対応

233
していくしかないだろう﹂
﹁国の使者だというのに、何とも適当な話ですね⋮⋮﹂
 エルがため息混じりに呟くが、そういうことは国王に言ってくれ。
俺は既にナタリアというウッドエルフを見ているので、目的の半分
は達成しているといっても良いだろう。
 まあハイエルフも見てみたい気持ちはある。エルフを名乗ってい
るのに短命な理由とかを調べてみるのも面白そうだ。
 それにレシアーナには周辺の地脈が集まっているので、おそらく
相当な規模になっているはずの魔力溜まりも一度見てみたい。ハイ
エルフとも関係があるに違いないしな。
﹁レシアーナでは人間は歓迎されないと思うけど、気を悪くしない
でね?﹂
﹁人間は殺されると噂に聞いているが、実際はどうなのだろうか?﹂
﹁勝手に入った人間はそうなるけど、ちゃんと正規の入り口から入
れば殺されることは無いわ。ただ人間の町のように宿がある訳では
ないから、そこだけは注意してね? もし野宿が嫌だったら、あな
ただけでも家に来ると良いわ﹂
 ナタリアは嬉しそうな声で俺に提案してくる。しかし俺だけで彼
女の家に泊まったら、確実に彼女に襲われるだろう。せめてエルだ
けでも入れたいが、険悪な雰囲気を出している彼女を泊めて問題で
も起こされたら、それこそ任務に差し障りが出る。
﹁⋮⋮考えておこう﹂

234
﹁ええ、あなたなら大歓迎よ﹂
 夫が生きているかもしれないのに、人妻が軽々しく男を誘うなよ。
内心でそう突っ込みを入れる。
 昨日はお預けをくらったせいで、彼女はやたらくっ付いてくる。
もし彼女の部屋に泊まることになったらどうしようか。
 レシアーナの手前で馬車を止めた。ここからは馬車が入れないた
め、歩きで進んでいく。御者は近くの町で俺達の帰りを待っていて
くれるそうだ。
 馬車が立ち去るのを見送ると、早速レシアーナの中へ入ろうと進
み始めようとするが、ナタリアに手を掴まれて立ち止まった。
﹁待って、そこから入ると撃たれるわ。入り口はこっちよ、ついて
きて﹂
 ナタリアに引っ張られるままについていき、しばらく歩いた所で
彼女が止まった。しかし入り口らしき物は何も無い。
﹁ここが入り口よ。私達の住んでいる集落まで案内するから、後か
らついてきてね。道を外れたりしては駄目よ?﹂
 入り口と言われても、先程の場所とどう違うのかが分からない。
こういうのはサガミなら分かるかもしれないと思い、そちらの方を
見てみるが、奴も首を振っている。他の人間も同じ反応をしている。
 困惑する俺達に構わず、ナタリアが森の中に入っていき、その後
をエルがついていった。彼女を見失わないように慌てて追いかける
が、道が無いので歩きにくいことこの上ない。エルフ達は普通の道

235
を歩くようにすいすい進んでいるのに、こちらは追いつくのが精一
杯だ。
﹁マスター、大丈夫ですか?﹂
﹁大丈夫ではない。何故こんな場所を平然と歩いていられるのだ⋮
⋮﹂
﹁何故と言われても⋮⋮エルフは足場の状態が多少悪くても、普通
に歩けますから﹂
﹁何とも羨ましい能力だな⋮⋮﹂
 後ろに下がってきて、俺のペースに合わせて併走しているエルを
見ていると、その平然とした様子に少し苛立ちを感じる。エルフは
色々と便利すぎるだろう。
 ふと後ろを見ると、ルーシアがかなり遅れていた。お嬢様育ちの
彼女には、足場の悪い森の中は厳しかったようだ。このままだとた
どり着く前に倒れてしまうと思い、彼女の傍に行く。
﹁かなり辛いだろうが、大丈夫そうか?﹂
﹁は、はい⋮⋮大丈夫です⋮⋮はぁっ、はぁっ⋮⋮﹂
 どう見ても大丈夫には見えないので、彼女を背中に担いでいくこ
とにする。いくら彼女の体重が軽い方だといっても、人間一人分の
体重はかなり辛い。大量の汗を垂らしながら、必死の思いで何とか
ついていった。
 森の中をハイペースで進み続け、しばらくすると森が少し開けた

236
場所に出た。どうやらここが集落らしい。そこには木で作られた小
屋が何件かあり、何人かのエルフの姿も見える。
 俺達が現れたのを見て、エルフ達は警戒を露にしている。いきな
り襲ってくるようなことは無いが、こちらを憎んでいるかのように
睨みつけてくる。何とも近寄りがたい雰囲気だ。
 微妙な緊張感の漂う中、ナタリアが彼らの方へと走っていく。エ
ルフ達は予想外の人物が現れたことに驚いていたが、直ぐに喜びの
声を上げて彼女を迎え入れた。
﹁皆、ただいま﹂
﹁よかった、無事だったのか!﹂
﹁他の奴らはどうした?﹂
﹁分からないわ。私の捕まっていた場所にはもう誰もいなかったか
ら⋮⋮﹂
﹁そうか⋮⋮そういえば、レヴィンはどうした?﹂
﹁それも分からないの。売られたのかもしれないし、死んでしまっ
たかもしれないわ⋮⋮﹂
 エルフ達は色々と情報を交換している。こちらに聞こえてくる話
を纏めると、どうやらナタリアと夫のレヴィン、他数人のエルフは
交易の隊商に参加していたのだが、そこでアドリアナ達に襲われて、
何人かのエルフが捕まってしまったらしい。
 そのおかげで人間への敵愾心が高まり、交易を現在中止している
らしい。入り口から入ってきた俺達を即座に殺すようなことはしな
かったが、いつでも殺せるように何人かのエルフが森に入ったとき

237
からついてきていたらしい。
 見張りには全く気付かなかったが、森の中であそこまで身軽に動
けたなら、隠密行動も簡単に出来るだろうな。もう少し警戒してお
こう。
 エルフ達の話が終わったようで、彼らの何人かがこちらに近付い
てきた。全員武器を構えているのは、もしものときの用心だと思い
たい。
 アレクやサガミもイザという時に直ぐ戦えるよう、自分の得物に
手をかけている。
﹁待って、あの人間達は私をここまで運んできてくれたの。それに
あの魔導師はアドリアナを倒して私を救ってくれた恩人なの。彼ら
は私達に危害を加えに来た訳じゃないわ﹂
﹁済まない、挨拶もまだしていなかったな。私はアンリエント王国
で男爵位を受け賜った、アレク・ロイ・ギルフレイアと言う。後ろ
にいる者達は私の仲間だ。ここに住むエルフ達と同盟を結びに、こ
こレシアーナにやってきたのだ﹂
﹁人間と我らが同盟だと? あまり夢は見ない方がいいと思うがな﹂
﹁魔帝国に勝つためならば、夢のような話でも実現してみせる。こ
の森を治めている者と話がしたいのだが、案内してはくれないだろ
うか?﹂
﹁そちらが勝手に来たのだ。探すのも自分達でやればいいだろう。
ただし揉め事は起こさないでくれよ﹂
 アレクの頼みを断ったエルフ達は、そのまま離れていった。どう

238
やら戦いにはならなかったようだが、ここのエルフ達には決定的に
嫌われてしまったらしい。
サイコメトリー
 記憶閲覧をこっそり使ってみたが、なんとこの中の誰も、ハイエ
ルフの居場所を知らなかった。一応他の集落の場所は記憶しておい
たので、手当たり次第に探っていくしかない。
 そろそろ日が暮れるので、寝床を確保しなくてはいけないが、俺
達を泊めてくれそうなエルフがいない。この森の夜はかなり冷え込
むらしいので、仕方なくナタリアに泊めてもらうように交渉した。
﹁寝室は一つしかないけど、居間に二人と炊事場に一人は寝られる
と思うわ。あとは倉庫ね。嫌なら野宿してなさい﹂
﹁それなら私とサガミ殿とヤード殿が居間と炊事場を使い、女性達
には倉庫を使ってもらうというのでどうだろうか?﹂
﹁何馬鹿なことを言っているの? 男なら男らしく倉庫に入ってな
さいよ。家の中は女の子達に譲りなさい﹂
﹁理不尽な⋮⋮﹂
﹁まあ、アレク殿。ここは婦女子に譲ってやるのが紳士の行いだと
思うぞ﹂
 結局アレクのメイドとエルが居間に、ルーシアが炊事場に、残り
は倉庫ということになった。アレクは納得のいかない顔をしている
が、サガミは倉庫でも良いようだ。
 夕食はナタリアがご馳走してくれた。しかし調味料が殆ど使われ
ていないせいか、味がしなかった。まるで生の野菜を齧っているか

239
のような料理を平らげて、倉庫へと向かった。
 倉庫といっても扉は閉められるので、寒さはかなり和らげられて
いる。ただ、毛布がない。藁を敷いて、藁に包まって寝るしかない
のだが、そのせいでアレクの機嫌は最高に悪い。
 サガミはこんな事態にも慣れているのか、藁で寝床を作っている。
やはり軍人はこういった所がスマートだな。
 俺も寝床を作ろうとすると、ナタリアが呼びに来た。
﹁ヤード、あなたはこっちじゃないわよ?﹂
﹁ん? どういう意味だ?﹂
﹁どういう意味って⋮⋮まあいいわ、付いてきて﹂
﹁いや、私はここでいいのだが﹂
﹁ここは私の家よ? いいから付いてきて﹂
 ここで意地を張っても彼女は引かないだろうと判断し、大人しく
彼女に付いていき家の中に入る。女性陣は毛布を一枚提供されてい
るので、倉庫よりも数段暖かそうだった。
 彼女達を横切って寝室に入る。中にはベッドが一つ置いてあるだ
けで、他に寝床は無かった。扉を閉めた彼女は、既に興奮して頬を
紅く染めている。こちらの胸に手を添えて、そっともたれかかって
きた。
﹁ここまで来てくれたってことは、期待してもいいのよね⋮⋮?﹂
 気分的にはここで彼女の誘いに乗ってもいいのだが、今彼女とし
てしまうとエルや勇者二人の心象が悪くなる気がする。特にエルは

240
駄目そうだ。
 あと彼女の夫の生死が分かるまで不貞は止めた方がいいだろう。
人の恨みとは恐ろしい物だからな。いつ刺されるか分かないような
リスクを背負ってまで手を出すほどの価値は、残念ながら彼女には
無い。
﹁お前は夫がいる身だろう。私を誘ってくれるのは嬉しいが、それ
は一時の感情に流されているだけだ﹂
﹁そんなこと言わないで、私を抱いて﹂
﹁悪いが、私も遊びでここに来たわけではない。無駄なリスクを背
負うような真似はしたくない﹂
﹁⋮⋮そう、分かったわ﹂
 俺からすっと離れると、そのままベッドの方へと倒れこむ。顔を
押し付けているが、肩が震えている所からすると泣いているようだ。
﹁御免なさい、顔を見られたくないから出て行って⋮⋮﹂
 こちらの方を見ないで言った言葉に頷くと、彼女の寝室を出る。
扉を閉めると我慢するのを止めたのか、彼女の泣き声が聞こえてき
た。
 俺に断られたからといってそこまでするとは、もし彼女の夫が生
きていたらかなりの修羅場になりそうだな。まだ見ぬその男には悪
いが、生きていないことを願う。
 ふと視線を感じてそちらの方を見ると、エルとメイドがこちらの
方をまじまじと見つめていた。俺が入ってすぐ出てきたと思ったら、
今度はナタリアの泣き声が聞こえたので、これはナタリアが振られ

241
たなと思っているようだ。
 メイドの俺を見る目は、まるで女の敵を見るような侮蔑に満ちた
視線だったが、エルの方は何となく嬉しそうな視線だ。俺が彼女の
誘いに乗らないと信じていたのだろうか。
 二人の視線に晒された俺は、逃げるように倉庫へと向かった。俺
が帰ってきたのをみたアレクが俺に同情するような視線を向けてき
たので、心外だと言わんばかりに不機嫌な顔を見せて先程作った寝
床に横になった。
 次の日、早朝から出発することになったのだが、なんとナタリア
も着いてくると言い出した。
﹁私が付いていった方が、他のエルフ達に誤解されなくてすむと思
うの﹂
﹁何を言っているんだ! 人間達に便宜を図る必要が何処にある!﹂
﹁そうだ、ナタリア、こんな奴らと一緒に行くなど許されることで
はない!﹂
﹁レヴィンに悪いとは思わないのか!﹂
 案の定他のエルフ達には大反対を喰らっているが、彼女は何処吹
く風で彼らの言葉を聞き流している。
 こちらとしては付いてきてもらった方が、何かと都合がいいよう
な気がするのだが、若干名彼女の同行に反対している者もいる。エ
ルは当然反対してくるとは思っていたが、なんとサガミも反対らし
い。

242
 別に彼女を嫌っているとかそういう素振りは全く見えなかったの
だが、何か都合の悪いことでもあったのだろうかと思い、こっそり
とサガミに話しかけた。
﹁何故反対なのだ? 彼女がいた方がこの森では安全だ。当然賛成
してくれるものだと思っていたのだが﹂
﹁ふむ、ヤード殿には教えておこう。彼女が付いてくるべきではな
いとする理由は、あなたと彼女の仲を疑っているからだ﹂
﹁⋮⋮そのことか。確かに彼女に誘われたが、あれはエルフの習性
のようなものだ。それに私は今回の任務中、彼女とそういった仲に
なることはないと伝えた﹂
﹁そちらが良くても彼女の方が問題なのだ。エルフの発情は知って
いるが、理性で押さえることが難しいほどだと聞いている。何かあ
ってからでは遅いとは思わないか? それに、彼女の夫は、おそら
くまだ生きている﹂
﹁⋮⋮何だと?﹂
﹁このことは他の者にも伝えないようにしてくれ。私がレシアーナ
のことについて話を聞いたエルフの名前だが、彼女の夫と同じ、レ
ヴィンと言う名前だった。どうして王都にいたのかは知らないが、
生きている可能性がある以上、不貞を働くのを黙って見過ごすわけ
にもいかない﹂
﹁確かに。売られたエルフもいるのだから、王都に彼女の夫がいて
もおかしくはないな﹂

243
 なんという偶然だ。もし本当に彼女の夫だとしたら、俺は不倫一
歩手前の所までいっていたのか。やはりその場の雰囲気に流されな
くて良かった。
 しかしこうなると、彼女を連れて行くのは色々とまずいな。俺は
手を出す気は無くなったが、いつかのエルのように寝込みを襲われ
ては抵抗出来ないかもしれない。他の人間もいるからなどという貞
操観念に期待できるとも思わないしな。
﹁命の恩人を見捨てるなんて私には出来ないわ! いいから私のこ
とは放っておいて!﹂
 サガミと話している間に、あちらの方もそろそろ終わりに近付い
ているようだ。
 ナタリアは大声を上げた後、森の中へと走っていってしまった。
何人かのエルフ達が追いかけていったが、ナタリアの足の速さに追
いつけていないので、その内逃げ切られてしまうだろう。
 俺達は彼女が戻ってくる前に出発することにした。彼女には悪い
が、サガミの話を聞いた後では俺も彼女が付いてくる事には反対だ。
エルフの精神力は人間よりも高いが、こと発情中に関しては全く信
用出来ないからな。
244
第18話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
245
第19話
 現在、森の中で野宿中である。
 あれから集落を見つける度に泊めてくれるよう交渉をしたが、泊
めてくれるどころか、門前払いをされたり、集落に入ろうとしただ
けで攻撃されたりしていた。
 最初の集落の反応は、ナタリアがいたおかげだということが良く
分かったが、彼女を置いていくように出発したのでどうしようもな
い。
 迂闊に寝たら死んでしまうかもしれない寒さなので、エルと交互
に防寒用の結界を張っているのだが、おかげで満足に睡眠も取れな
い。一度焚き火で暖を取ろうとしたら、エルフ達が襲ってきたので、
火も使えない。
 他の連中が寝ている所を見ると殴ってしまいそうになるのを必死
に耐えながら、そろそろ交代の時間なのでエルを起こす。

246
﹁あ⋮⋮交代ですね⋮⋮﹂
 エルも連日の疲れで目にクマが出来ている。どう考えても睡眠時
間が足りていない。あと二、三日ほど探してもハイエルフの場所が
分からなかったら、こいつらを置いて三人で帰ってやろうか。
 今にも倒れそうな表情で結界を張ろうとしているが、上手く張れ
ていないようだ。俺の結界は解除してあるので先程から外の寒さが
吹き込んできている。他の連中も寒そうにしているが、そんなこと
は気にしないようにしている。
﹁ご主人様、これをどうぞ﹂
 俺と共に起きていたルーシアが水と保存食を渡してくる。火が使
えないので術式で直接水を温めているのだが、睡眠が足りないので
魔力が回復していないのと、結界を張っている魔力消費が馬鹿にな
らないので、あまり術式を使うことも出来ない。
﹁疲れが溜まっているようですが、大丈夫ですか?﹂
﹁あまり大丈夫ではないな。流石に二人だけで結界を張り続けるの
は辛い﹂
﹁そういった魔道具を作ればいいのではないですか?﹂
﹁魔石があっても他の素材が無いから作れないのだ﹂
﹁そうですか⋮⋮﹂

247
 残念そうな表情を浮かべているルーシアを見ていると、最初から
こういう態度を取っていれば良かったのにと思ってしまう。大人し
くしている分には、育ちの良さが分かるお嬢様だったのだ。今では
全身に刺青を入れた、どこの部族だと思ってしまうような姿になっ
てしまったが。
﹁マスター、ちょっといいですか?﹂
 エルが俺を呼んでいるので、そちらへ近付く。先程から結界の制
御が上手くいっていないようだが、何か問題でも起こったのだろう
か。
﹁どうした、魔力が切れそうなのか?﹂
﹁いえ、魔力はいいのですが、さっきから結界を張ろうとしても上
手くいかなくて⋮⋮﹂
 困った顔でこちらを見てくるエル。顔立ちはいいのだが、クマの
せいでかなり歳を取ったように見える。
 しかし結界が上手く張れないのか。原因は三つ考えられる。
 まず魔力不足の場合、結界を維持するのに必要な魔力が足りなく
て、結界に穴が出来たり、消滅してしまったりする。
 次に他の術式の干渉を受けた場合、これは発動自体が失敗するの
で違う。
 そこまで考えて、彼女が結界を上手く張れない理由に思い当たる。
最期の一つ、空間に漂う魔力が多すぎて、術式の制御が不安定にな
っているのだ。
 俺のような魔導師になると、その辺の制御は息をするように出来
るので分からないが、エルぐらいの魔導師は、術式が空間に漂う魔
力にまで干渉してしまい、上手く制御が出来なくなってしまうのだ

248
という。
 つまりは近くにかなりの魔力を発する何かがあるということだ。
誰かが馬鹿みたいに大量の魔力を開放していないならば、近くに魔
力溜まりがあるということだ。
 ルーシアをよくよく観察してみると、彼女の頬が少し紅くなって
いる。彼女にした術式刻印は、空間に漂う魔力を胎内に吸収し溜め
込むというものだ。一応オンオフは出来るのだが、いつもは勝手に
切らないようにといってあるおかげで此処の魔力を吸収しすぎたら
しい。
 ちなみに人間は大量の魔力が身体を流れると快感を覚えてしまう
ので、彼女の様子からしても、ここの空間に大量の魔力があること
が分かる。
 やっとハイエルフの居場所らしき場所に着いたという事か。これ
は明日にも会えるかもしれない。
﹁あの、ご主人様⋮⋮﹂
 ルーシアがこちらの腕を軽く引っ張ってきた。どうやら彼女もそ
ろそろ限界らしい。
﹁ああ、分かった。もう吸収の方は止めておいていい。エル、一度
結界を解除してくれ﹂
﹁はい、そろそろなんですね﹂
 エルもルーシアの事情が分かっているので、ナタリアの時のよう
な反応はせず、素直に結界を解除してくれる。
 エル達から見えない場所までルーシアを連れて行く。寝ていると
分かっていても、いつ起きるかは分からないからな。彼女も人に見
られるのは嫌がるので見えない方が都合がいい。

249
 完全に見えない所までくると、彼女は少し躊躇いながらもスカー
ト部分を持ち上げる。既に興奮しているようで、下着の股間に当た
っている部分は湿っている。
﹁ご主人様、お願いします⋮⋮﹂
 顔を背けながらそう言ってくる。彼女の処理が出来るのは俺しか
いないので、嫌々ながらも俺に頼むしかないのだ。別に俺の趣味の
ためにやっているのではなく、あくまで実験の為だったのだが、彼
女にはそんなことは関係ないだろうからな。
 彼女の下着をずらし、膣穴に指を入れる。既に濡れているそこは、
俺の指を難なく飲み込んでいく。
﹁んっ⋮⋮んぅ⋮⋮﹂
 片手で口を押さえて声が漏れないようにしているが、俺の指に反
応して締め付けてしまうので、本人の意思とは関係なく感じてしま
うのだろう。
 手が入ってしまうぐらいにかなり深くまで指を突っ込み、彼女の
子宮口に指を届かせて、彼女に掛けた封印の解除を行う。そのあと
は指を抜き、足を震わせながら立っている彼女を見る。
﹁もう出していいぞ﹂
﹁はい、ふっ⋮⋮んんっ⋮⋮﹂
 彼女が下腹部に力を込めると、少しして丸い珠が落ちてくる。こ
れは彼女の胎内で生成された人工魔石だ。封印はこれが一定の大き
さになるまで落ちないようにするためのものである。
 今回出てきた魔石は直径3センチ程の物だ。かなり上質な魔石だ

250
と言っていい。これが店で売ればかなりの金になるのだから、この
世界はまだまだ魔導技術が発達していないと言える。
﹁ルーシア、もういいぞ﹂
﹁は、はい⋮⋮﹂
 いそいそと服装を整えるルーシアを見る。元々は魔物や他種族の
子を孕ませてみようと思っていたのだが、まさかの資金源になった
ので今のままで放置している。実験がしたくなったなら、彼女以外
に都合のいい女体を手に入れればいいと思う。
 彼女に情が湧いたと言われれば、そうなのかもしれない。ただそ
れはペットとかに対する物と同じだ。彼女を抱きたいかと言われれ
ば、それは違うと断言できる。
 俺も女なら誰でもいけると言った嗜好ではないので、全身刺青の
女はあまり抱きたいとは思わない。現に彼女の裸身を見ても全く欲
情しないのだ。
﹁ありがとうございました、ご主人様﹂
﹁気にするな。また出来たら言ってくれ﹂
﹁⋮⋮はい﹂
 彼女の方もそれが分かっているのか、俺に見られていても素直に
従うようになった。ただ彼女の自尊心は傷つけられているようで、
魔石を取り出す際に、彼女の身体を見ても俺が全く興奮しないので、
いつも悔しそうな顔をしている。
 ちなみに俺とエル以外の人間は今の彼女の身体を見たことが無い
が、多分見たら彼女を化け物か何かだと思うだろう。普通刺青は背

251
中や身体の一部に入れるだけで、彼女のように全身に広がるような
物はしない。
 エル達の所に帰り、次の交代時間が来るまで眠ることにする。結
局エルは結界を上手く張れないままで、俺が交代したときには結界
内がかなり冷えてしまっていた。
 次の日、近くに魔力溜まりがありそうなことを皆に告げ、付近の
捜索を開始する。安全のため何組かに分け、それぞれに決めた方角
を調べ始めた。俺はルーシアと、アレクはメイドと、後の二人は単
独行動だ。
 皆別の方向に進んでいったのだが、しばらくすると俺達の方向に
サガミがやってきた。奴は俺達とは正反対の方向に行ったはずなの
だが。
﹁サガミ殿、何故こちらに来ているのだ?﹂
﹁いや、私は真っ直ぐに進んでいたはずなのだが⋮⋮﹂
 ふむ、サガミはこういった森の中での行動も慣れているはずなの
で、まさか方角を間違えたりはしないだろう。ということは奴でも
気付かなかった仕掛けがあるに違いない。
 サガミが本来行くはずだった方向に進んでいく。少し歩いていて
も特に何の変化も無いと思っていたが、不意に頭の中で警告音が響
いた。
︵﹃第1魔導障壁、貫通されました。第二魔導障壁、貫通されまし
た。第3魔導障壁、貫通されました。第4魔導障壁、貫通されまし

252
た。最終魔導障壁、抵抗に成功。術式効果を減少させます。攻撃術
式の逆探知に失敗。撤退を推奨します﹄︶
 障壁が全て突破されたようだ。まさかの事態に少し焦る。
 俺の魔導障壁を全て突破するなら、戦略級の術式並の威力が必要
なはずだ。つまりはそれ程の術式を使える奴がこの辺りにいるとい
うことでもある。急いで戦闘用の強化障壁に切り替えたが、既に通
してしまった術式には効果が無い。
 後ろに下がろうとするが、何故か真っ直ぐ後ろに下がることが出
来ない。それどころか正面を向いているはずなのに、まるで横を向
いているかのような感覚に襲われる。どうやら方向感覚や場所の認
識を狂わせる術式のようだ。
アナザーワールド
 この術式には心当たりがある。第4種戦略級術式、異界反転だ。
大体星一つ分ぐらいにまで範囲を広げられる術式だが、範囲を狭め
れば狭めるほど効果が上がる。
 今回は魔力溜まりの周辺だけのようだから、その効果は計り知れ
ないものとなっているはずだ。俺の魔導障壁が抜かれるのも頷ける。
これは油断していた。
グレーターアンチマジック
 すぐさまこちらも魔法陣を描く。第4種戦略級術式、上級無効化
フィールド
結界を発動する。これも範囲を狭めれば効果が劇的に上昇する術式
だ。効果は術者以外の使った全ての術式効果を無効化する。
 範囲を俺の周辺のみにすることで、異界反転を無効化することが
出来た。ふと他の二人を見ると、それぞれ別の方向に進んでいる。
近寄って止めると、自分が全く見当外れの方向に進んでいたことが
分かったようだ。
﹁まさかこれほどの範囲を対象に出来る魔法があるとは⋮⋮私には
見当もつかない﹂
﹁凄い魔法ですね、ご主人様は掛からなかったのでしょうか?﹂

253
﹁いや、私も危ない所だった。今後はもっと用心しなくてはな﹂
 ここにこのような術式が掛かっているのを見ると、どうやらハイ
エルフがいるのはここで間違いないようだ。俺の術式はそこまで時
間が持たないので、早く皆を連れて向かった方が良さそうだ。
 他の人間も呼び寄せて、俺の結界の効果範囲に入れて先程の方角
へ向かう。木だけしかなかった森の景色は少しずつ変化し、発光し
ている謎の浮遊物体や、時々落ちている魔石など、魔力溜まりで見
られるような景色へとなっている。
 魔力溜まりでは空間内の魔力が多すぎて、普通の生物は長くいら
れないのだ。一時間もすれば普通の人間は魔力に当てられて発狂す
るだろう。常人より遥かに耐性のあるはずの魔導師でも一週間もい
られない。
 現在は俺の結界のおかげで効果と一緒に魔力も消しているが、こ
れを解いたらまず間違いなくアレクとメイドが倒れるだろう。刻印
を起動させていない今のルーシアも危ない。
 こんな所で住んでいるハイエルフという生き物は、本当にエルフ
なのだろうか?
 しばらく歩いていくと、正面に神殿のような建物が見えた。どう
やらあそこがハイエルフの住処のようだ。
 門番もいないので勝手に中に入らせてもらう。中は広い空間があ
り、奥に通路がいくつかある。あまり奥に入っていってもいいのだ
ろうか考えていると、正面の通路から一人のエルフが歩いてきた。
﹁本当に辿りつくとは思いませんでしたが、ようこそいらっしゃい

254
ました。あの方がお待ちですので、こちらの方へどうぞ﹂
﹁ああ、私達は王国の⋮⋮﹂
﹁ええ、そちらの事情は全て分かっておりますよ、アレク様。同盟
に関しては、まずはあの方の話をお聞き下さい﹂
﹁っ! ⋮⋮分かった。早速案内してくれ﹂
 こちらの事情も知られている。どこかで監視でもされていたのか?
 こちらの事を知っている事といい、先程の術式といい、どうも主
人とやらはこの世界の魔導技術を遥かに上回っているようだ。同盟
を組めればかなりの戦力になることが期待できるが、果たしてそん
な奴が王国に協力するだろうか。
﹁どうぞ、こちらの部屋です﹂
 ある部屋の前で止まると、俺達に中に入るよう促してくる。アレ
クから順に入っていくと、長い机を挟んだ奥に一人の人物が座って
おり、それを見た全員が絶句した。
 そこにはエルフよりも整った美しい容姿をした女の姿があった。
もはや人形といっていいほどに完璧な姿に、アレク達は息をするの
も忘れて見入っている。
﹁ようこそ、お客人方。私がこの屋敷の主、エレインです﹂
﹁あ、ああ、私はアンリエント王国の、アレク・ロイ・ギルフレイ
アと申します。この度はこのレシアーナに住む者達と同盟を結びた
くやって参りました﹂

255
﹁ええ、存じております。ですが、あなたの望む応えは得られない
でしょう﹂
﹁⋮⋮ということは、我らと手を取り合うのは不可能だということ
でしょうか?﹂
﹁レシアーナに住む者達は争いを望んでいないでしょう。攻めてく
る者がいれば武器を取り戦うのは理解できますが、自らの力で守れ
ないものならば、それは滅びるべきなのではないでしょうか?﹂
﹁魔帝国という脅威がありながら、黙って見過ごすのは道義に反す
る行いではないのですか?﹂
﹁魔帝国も王国も同じことです。相手が仕掛けてきたわけでもない
のに、わざわざ他国に攻め入る理由は無いと思いますよ﹂
﹁こちらと組めば、もし魔帝国が攻めてきてもレシアーナの安全は
保障する、といってもですか?﹂
﹁それこそ無意味な提案でしょう。森を守るのに、彼らが他人の力
など借りるとは思えません﹂
 どうやらエレインは全く譲る気がないようだ。まああれほどの術
式を使えたのなら、魔帝国に滅ぼされるようなことは起こらないか。
﹁ではそちらが同盟を結んでくれる条件を教えてもらえませんか?﹂
﹁⋮⋮ありませんね。レシアーナのエルフは平穏を最も好んでいま
す。誰も好き好んで戦渦に巻き込まれようとは思わないでしょう﹂

256
﹁そうですか⋮⋮﹂
 一瞬だが彼女の言葉が詰まった。つまりは何か望みがあるが、そ
サイコメトリー
れは言えないということだ。ここで記憶閲覧を使いたいが、彼女に
抵抗される可能性があるので却下だ。
 しかし、先程からの話を聞いて、一つ思い当たったことがある。
アレクには悪いが、こいつでは同盟を組んでくれるとは思えないの
で、ここからは俺が交渉しよう。
﹁済まないが、これ以上結界を張り続けるのは厳しい。魔力溜まり
の外で話をしたいのだが﹂
﹁そうですか、しかしそちらの都合は私に関係がありません。ここ
から出て行きたいのであれば彼に送らせますが、どうしますか?﹂
 エレインは俺達を案内してきたエルフを指してそう言った。そう
いえばこいつもこの中で平然と動いているな。こいつもかなりの実
力者のようだ。
﹁アレク殿、後の交渉は私に任せてくれないか? 手柄はそちらの
物で構わない﹂
﹁そうか、あまりそちらに負担を強いるのも良くないからな。ここ
は大人しく出て行こう。後は頼んだぞ﹂
 俺を残して他の奴らは退出していった。後に残った俺とエレイン
が対峙する。さあ、交渉はこれからだ。

257
第19話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
258
第20話
﹁さて、次の交渉役はあなたということでいいのでしょうか?﹂
﹁ああ、私はヤード・アル・ウェルナーと言う﹂
﹁ええ、存じております。アレク様ほどではありませんが、なかな
かお強いと聞きました﹂
﹁言われるほどたいした事はしていない﹂
 エレインはどうやら俺がやったことについてはあまり知らないよ
うだ。術式で直接見ていたわけではなさそうだな。森の外のエルフ
から話を聞いたのかもしれないが、こちらの事をあまり知らないの
は好都合だ。

259
﹁さて、話を始める前に一つだけ言っておきたいことがある﹂
﹁何でしょうか?﹂
﹁王国はレシアーナと同盟を結ぶつもりでいるが、私としては最悪
ウッドエルフとは同盟関係にならなくても構わないと思っている﹂
﹁⋮⋮仰っている意味が分かりかねます。王国はレシアーナのエル
フ達と同盟を結ぼうとしているのではありませんでしたか?﹂
﹁アレク殿はそうだったが、私個人の考えでそれは違うと判断した。
王国はレシアーナに住んでいるエルフをまとめて一つの勢力だと考
えているが、ハイエルフとウッドエルフ達が共存しているようには
見えない﹂
 先程まで俺が感じた彼女の態度と、ウッドエルフの誰一人として
ハイエルフの詳しい居場所を知らなかったということを考えると、
ハイエルフがウッドエルフを治めているようには見えない。むしろ
ウッドエルフが一方的にハイエルフを慕っているだけに見える。
﹁なるほど、面白い考えですね。続けてください﹂
﹁外にあった結界といい、先程からの他人事のような態度といい、
ハイエルフはウッドエルフ達を率いている訳ではないということだ。
それにも拘らず、ウッドエルフ達がハイエルフの秘密を守り続けて
いるように、何故かウッドエルフはハイエルフに便宜を図っている﹂
﹁⋮⋮﹂

260
﹁ハイエルフとウッドエルフの関係は共存でも支配でもない、ウッ
ドエルフからの一方的な関係だ。神とその信者のような関係が近い
か。交易をしている者達が盗賊に襲われたのに抗議も無かったとい
うことは、ハイエルフは彼らに対して特に思う所は無いということ
だ﹂
﹁そんなことはありませんよ。彼らも大切な森の一部です﹂
﹁森の一部とは枝葉が折れた程度の感覚なのだろう? ハイエルフ
を指導者とした一つの国として考えるなら、国民たるエルフが襲わ
れているのに静観するなど有り得ないことだ。それこそ彼らのこと
を気に掛けていない証拠ではないか?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁であれば、まずはハイエルフとだけ同盟を結ぶ。最悪ウッドエル
フ達の協力が得られなくても構わないが、おそらく彼らは何も言わ
ずにハイエルフについていくだろう。過去に何があったかは知らな
いが﹂
 彼女は顔色一つ変えずに俺の話を最後まで聞いていた。失敗だっ
たかと一瞬考え訂正しようとしたが、それより早く彼女がため息を
ついたので、何とか思いとどまる。
﹁とりあえず合格といった所でしょうか。確かに彼らは我々のこと
を崇めているようです。幾度か森を守りましたから我々を森の守護
神だとでも思っているのでしょう。しかし、それが分かった所で今
度はどんな条件を提示してくれるのでしょうか?﹂

261
﹁いや、それならば随分と楽になる。ウッドエルフに変な義理を感
じているのであれば交渉も難しかっただろうが、ハイエルフの望み
を満たせばいいだけならば、これほど簡単なこともない﹂
﹁既に私達の望みが分かっていると? ならばお聞かせ願いましょ
う﹂
﹁ああ、お前達のような存在が最も欲しているものなど大体同じだ。
永遠の生に朽ちることの無い身体、不滅の精神。こんな所だろう﹂
﹁⋮⋮私達がそのようなものを強く望んでいると、何故言えるので
す? それは生物ならば誰しも一度は望むものではないでしょうか
?﹂
﹁誤魔化さなくていい。出来損ないの精霊は皆同じものを欲してい
る。完全な存在になるためにな﹂
﹁っ!﹂
 俺の言葉に初めて彼女の表情が揺らいだ。バレていないとでも思
っていたのだろうが、こんな場所に住んでいる連中が生身を持つ生
物であるはずが無い。だとすれば霊体か精霊かどちらかなのだが、
霊体が魔力溜まりに入ったら、まず間違いなく消し飛ぶ。つまり消
去法で精霊の方だ。
 ハイエルフなどと名乗ってはいたが、彼女は生物ではなく魔力体、
つまり神や精霊といった類のもので、それも不完全な状態で生き続
けているという出来損ないの存在だろう。
 普通の精霊は核があり、身体を維持している魔力が流出しないよ
うにしているのだが、彼女のような精霊は、核がないため魔力が常

262
に拡散し続ける。寿命が短いのも、魔力溜まりから出ないのも、全
てはこのためだ。
 魔力溜まりでは空間に存在する魔力が他の場所より遥かに多いの
で、魔力が拡散しにくくなる。それでも完全に止めることはできな
いが、普通の状態では長くても1年も持たないことを考えると、遥
かに長時間の生存が可能になる。
 だが所詮は出来損ないだ。完全な状態ならばこんな森の中でひっ
そりと暮らしていなくても大丈夫なのだ。魔力の拡散による死の恐
怖とは無縁の存在なのが本来の精霊なのである。
 俺の提案が予想外だったのか、先程まで全く変化の無かった表情
が崩れ、うろたえている。
﹁⋮⋮よく私達の正体が分かりましたね。確かに私達は精霊と呼ば
れる存在です﹂
﹁魔導の道を極めようとする者なら、これぐらいは分かって当然だ
ろう﹂
﹁しかしこちらの望みが分かった所で、永遠の生など手に入るはず
もありません。こちらも色々と試しましたが、結局全て失敗に終わ
りました﹂
﹁出来ないのならば条件になど出さない。精霊に核を入れる術式な
ど、遥か昔に出来ている﹂
﹁っ! それは本当なのでしょうか!?﹂
 先程までの冷静な態度が一変している。俺の提示した対価に惹か
れているようだ。こちらの返事を待ちきれないようにそわそわと身

263
体を揺らしている姿は、先程と同じ人物とは思えない。
 こちらとしても、不完全とはいえ精霊という珍しい存在と会えた
だけで十分良いものが見られたので、もう少し条件を上乗せしても
大丈夫だと思っていた。何せ教本に載っていただけで使う機会が全
く無かった術式だ。惜しくも何ともない。
﹁無論だ。もし同盟を組むというのなら、ハイエルフ全員にその術
式を施してもいい﹂
﹁是非お願いします! その条件ならば、もちろん同盟の話は引き
受けましょう﹂
﹁有り難い。ここまでやってきた甲斐があったというものだ﹂
﹁でもその前に一つ確かめさせて下さい。あなたが本当にその手段
を持っているのかどうかを﹂
﹁あいにくと必要な物は持って帰ってもらった荷物の中に入ってい
る。証明は明日でいいか?﹂
﹁ええ、そちらの都合の良い時で構いません﹂
 こうしてひとまずの交渉は終わった。明日また持ってくるとして、
今日の所は皆の所に戻ることにする。そろそろ魔力も切れそうなこ
とだしな。必要な物の数をそろえないといけないので、ハイエルフ
の人数を聞いておいた。全員で7名だそうだ。
 無事に交渉も終わり皆の所に戻ってくると、そこにはナタリアが
いた。先日逃げ出してから見ていなかったのだが、どうやらあの後
から俺達の後を追っていたらしい。

264
 エルは話し相手が勇者しかいなかったので、同性の彼女とは表面
上は仲良さそうに話していた。何事もなかったかのように他の連中
に混じって話しているが、彼女を見ると先日の件を思い出して微妙
な気分になる。
﹁皆泊まる所に困っていると思ったから、私がちょうどいい所を借
りておいたわ。私の家よりも広いから、皆の分の部屋はあるわよ﹂
﹁そうか、それは有り難いな﹂
 ナタリアに案内されて付いていったそこは、彼女の家よりも大き
く、全員泊まれる広さはあった。これでもう野宿をしなくてもいい。
 ちなみに皆を送ってくれたエルフはもういなかった。聞いた所に
よると、彼は神官のような立場だそうだ。神官と言ってもハイエル
フは存在しているので、仕事は主にハイエルフの世話だそうだが。
 アレク達には今日の話を伝え、明日またあちらの方に行くことを
伝えておいた。まだ正式には決まっていないがほぼ確実だというこ
とを知り、アレク達もほっとしている。
﹁しかし、陛下の命ではレシアーナ全体と同盟を結べとのことだっ
たが、本当にいいのだろうか?﹂
﹁ハイエルフがこちら側についたのなら、まず間違いなくウッドエ
ルフもこちら側につく﹂
﹁そうか、それならば大丈夫だろう﹂
 味気の無い夕食を済ませ、魔力を回復させる為に、今日の所は寝
ることにする。一応防犯用に、敵意を感知する魔道具を起動してお
くと、ベッドに飛び込んでそのまま眠りに落ちていった。

265
 微睡みの中で不意に口に何かが当たったような気がした。それが
唇を開き、俺の口腔内へと入ってくる。甘ったるい匂いと味に舌を
伸ばし舐めると、それはこちらの動きに合わせて絡まってきた。
 目を少し開けると、ぼんやりとした視界いっぱいにナタリアの顔
があった。積極的に俺の舌に絡まってきたのは、彼女の舌だったら
しい。
 彼女も俺が起きたことに気付き、嬉しそうに目を細めるとこちら
に唾液を送ってきた。彼女の唾液は何故か甘く、本能のままに唾液
を啜り、彼女の口腔内に舌を入れて、中の物も全て嘗め尽くすよう
にする。
 やがてお互いに口を離すと、発情して紅くなった彼女の顔が目に
入った。どうしてこんないい女を抱かなかったのだろうか、かつて
の俺はとんでもない馬鹿者だったようだ。
﹁ふふ、どうだった? もっとしたくなっちゃったでしょ?﹂
 淫靡に微笑む彼女を見ていると、彼女を俺の物にしたいという征
服欲が湧き上がってくる。そうだ、彼女が誘っているのだから、望
み通りに彼女を抱いてやる。
 そこまで考えて彼女を抱き寄せようとしたとき、自動発動に設定
アウェイク
しておいた術式、覚醒が発動した。その瞬間頭の中に掛かった靄が
すっきりと消え去り、現状を正しく認識できるようになった。
 どうやら俺は何かをされて、彼女を抱こうとしていたようだ。流
石に寝ぼけているからといって女を襲ったりするような夢遊癖は持
っていない。まず間違いなく彼女に何かされたのだろう。
 俺の目に理性が戻ったことが分かったナタリアは少し驚きを見せ
たが、すぐにニッコリと笑ってこちらの上に覆いかぶさってきた。

266
﹁おい、ナタリア。一体何をした?﹂
﹁あなたが抱いてくれなかったから、その気になるような薬を使っ
たの。まさか人間が理性を保っていられるとは思わなかったけど、
これなら一緒に楽しめるわ﹂
﹁薬だと⋮⋮?﹂
﹁エルフの媚薬よ。本当は性欲の少ないエルフ向けの薬でね、異性
の匂いを嗅ぐと発情状態のエルフと同じような状態になるの。普通
の人間なら理性を無くして襲ってくる所よ?﹂
 つまりこの激しい身体の疼きは媚薬のせいだということか。こん
な状態でも理性が保てるとは、エルフの精神力は化け物だな。
 彼女は俺の股間の肉棒を擦りながら、こちらに身体を押し付けて
くる。間近になった彼女の匂いに身体が反応している。既に俺の肉
棒は臨戦態勢だ。
ヒュプノ
 上手く意識が集中できないが、何とか催眠を発動させる。これで
キャンセラレイション
ナタリアの動きを止められると思ったが、その瞬間、解呪の効果が
発動し、一瞬で無効化されてしまった。
 彼女も少し驚いた表情をしているが、こちらはもっと驚きだ。何
故解呪が発動したのだと思いよく見ると、彼女の腕には見たことの
ある腕輪がはまっている。勇者達の腕に付けさせた物だ。彼女も俺
の視線に気付いたようで、腕輪をこちらから隠すようにした。
﹁いきなり魔法を使ってくるなんて、ちょっとびっくりしちゃった﹂
﹁お前、その腕輪は⋮⋮﹂

267
﹁これは借りてきたの。親切な人に効果も教えてもらったわ﹂
 誰かと言われても、詳しい効果を知っているのはエルと勇者ぐら
いしかいない。俺がハイエルフの所から帰ってきた時か。何故喋っ
てしまったんだ。
ディスペル
 術式消去で解除しようとしても、視界に入っていない対象を選ぶ
ことが出来ないので、どうすることも出来ない。
﹁くっ、こんなことをして、どうなっても知らんぞ⋮⋮﹂
﹁大丈夫よ、後悔なんてしないから﹂
 こちらのものが硬くなったのに気付いた彼女は、下半身を曝け出
し、俺のズボンや下着も脱がせてしまった。抵抗しようとしたのだ
が、発情中の彼女から感じられる雌の匂いを嗅ぐと、抵抗する意思
を奪われてしまう。
 下着を脱がされると、硬くなり反り返っている俺の肉棒が見える。
俺の上に跨った彼女は、俺のものを自分の秘部に押し当て、ゆっく
りと擦り始めた。滑らかな彼女の肌は、愛液のおかげでいっそう滑
りやすくなっており、挿入するのとはまた違った快感を与えてくれ
る。

﹁どう、ヤード? 入れたくなってきた?﹂
﹁止めろ、今ならまだ間に合う⋮⋮﹂
﹁もう、まだその気になってないの? しょうがないなぁ⋮⋮﹂
 彼女は媚薬らしき薬を口に含むと、こちらに口づけをしてきた。
口を閉じようとしたが、あの甘い匂いに当てられて、彼女の舌を拒

268
むことが出来なかった。そのまま彼女から送られてくる媚薬を飲ん
でしまう。
 再び意識が朦朧としてくるが、それよりも身体の疼きが我慢でき
ないほどになってきた。こちらに口を付けたままのナタリアの腰を
持ち上げ、膣穴に肉棒を突き入れた。
﹁んっ! んんっ、んぅ!﹂
 こちらと口づけをしているため叫べない彼女が、口の中で声を出
しながらもこちらと舌を絡めてくる。上と下を同時に犯していると
いう事実に興奮を抑えられなかったので、もっと彼女を喘がせよう
と腰を動かす。
 少し無理のある体勢だが、構わずに彼女の中を激しく掻き回す。
彼女も媚薬のせいで興奮しているためか、膣内はまるで溶けてしま
うのではないかと思う程に熱かった。こちらも媚薬のためにいつも
よりも遥かに興奮しているのが分かる。
 もはや理性の利かない状態で彼女を犯し、媚薬で高まった興奮の
せいで、すぐに彼女の中に出してしまった。
 肉棒を引き抜くと彼女の中から漏れ出てくる精液が見える。何と
も卑猥な様子に、また俺の肉棒が反応し勃ってくる。
﹁精液が出てる⋮⋮これであなたの子供が出来るのね⋮⋮﹂
 一発ではまだ出来ないかもしれないが、そんなことよりも今はこ
の性欲を何とかしなくては。まだまだ身体の疼きも収まっていない
ので、彼女には頑張ってもらわないといけない。早速彼女を持ち上
げると、少し驚いたような顔をした。
﹁え、もうするの? ちょっと休ませて⋮⋮﹂

269
﹁休んでいる暇があると思うか? 俺に薬を盛った責任は取っても
らおう﹂
 俺の上から降りた彼女を持ち上げ、四つん這いの姿勢にする。そ
してまだ精液が残っている彼女の膣穴に、後ろから一気に肉棒を突
きこむ。
﹁あぁああああ! 入ってくる!﹂
﹁今からお前の中を掻き回して、孕むまで中出ししてやる﹂
﹁嬉しい、私のオマンコもっと突いて! あなたのオチンポで滅茶
苦茶に掻き回して孕ませて!﹂
 彼女を孕ませようと、奥まで抉り込むように叩き込むと、彼女も
こちらの動きに合わせて腰を振ってくる。これも薬の効果か、彼女
の身体は子を孕む準備が整っているかのように、子宮が降りてきて、
子宮口に先端が当たっているのが分かる。
﹁夫のいる身で他の男を誘うなど、お前はどうしようもない淫売だ
な!﹂
﹁だってあの人よりもあなたの方がいい! あなたの子供産みたく
なっちゃったの!﹂
﹁絶対に孕ませてやるから、覚悟しておけよ!﹂
﹁嬉しい! あなたの子供を産ませて!﹂
 言葉のやり取りだけでも興奮してくるが、彼女の中は一回目より

270
も具合がよくなっているような気がする。こちらの肉棒に絡みつく
ような、やわやわと締め付けてくるような感覚に、早くも二回目の
射精が近付いてくるのを感じる。
﹁ナタリア、また中に出すぞ!﹂
﹁来て、私の中にいっぱい注ぎこんでぇ!﹂
 その言葉を聞いていよいよ我慢できなくなり、子宮口に先端を押
し当てて勢いよく射精する。二回目だというのに、どこにこんな量
の精液があったのだと思うほど、大量の精液が出ているのを感じる。
 肉棒を引き抜くと、まだ残っていた精液が彼女の背中や尻にかか
る。紅潮した肌に精液が付いているのは、何とも艶かしく見える。
俺の肉棒もまだまだやれるというように硬さを保っている。
 媚薬の効果が切れるまで彼女を何回も抱き、とうとう疲労で倒れ
てしまったのは、そろそろ夜も明けてくるという時間帯だった。
 ナタリアも疲労困憊の様子で、俺の腕を枕にして一緒に寝てしま
ったのだが、俺を起こしに来たエルにナタリアと寝ている俺の姿を
ばっちりと見られてしまい、エルの機嫌を直すのに苦労する羽目に
なってしまった。

271
第20話︵後書き︶
活動報告に書きましたが、番外編について、キャラや場面を募集を
しています。
詳しくは活動報告の方をご覧ください。
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
272
第21話
 現在俺とサガミ、ついでにナタリアだけで話をしている。
 内容は当然ながら昨日の出来事についてだ。彼自身こうなるかも
しれないことを予想していたというが、俺も薬まで使われるとは思
っていなかったので、これは警戒が足りなかったと反省している。
﹁まったく、こんなことにならないよう警告したのだが、どうやら
無駄だったようだ﹂
 ナタリアはサガミの忠告も何処吹く風といった様子で、俺に寄り
かかってニコニコとしている。昨日の出来事はそれほどまでに嬉し
い出来事だったらしい。
﹁あ、そうそう。借りてたこれ、返すわ﹂

273
 ナタリアが腕輪を渡すと、微妙に顔を顰めながら受け取るサガミ。
腕輪は奴の物だったようだが、あの様子だとナタリアが勝手に取っ
たようだな。
﹁⋮⋮何故か見つからないと思っていたが、ナタリア殿が盗ってい
たとはな﹂
﹁ええ、おかげでヤードと最後まで出来たわ。有り難うね﹂
﹁サガミ殿、何故腕輪を彼女に貸したのだ。それにその腕輪の効果
も話したのか?﹂
﹁貸した覚えはないんだがな。腕輪の効果を話したのも私ではない﹂
﹁腕輪の効果はエルマイアから聞いたのよ﹂
﹁それよりナタリア殿、今の話を聞いていたのか? 元を辿ればそ
ちらがヤード殿を誘惑しなければ、こんなことにもならなかったの
だ﹂
 腕輪をはめながらため息混じりに呟くサガミだが、ナタリアは全
く反省の色を見せていない。最初に会ったときはもっとまともな性
格だと思っていたのだが、俺の勘違いだったようだ。
﹁強い者に惹かれてしまうのはエルフの性よ? それにヤードだっ
て私のことを受け入れてくれたんだから、あなたには関係ない話じ
ゃない﹂

274
﹁エルフならば、本能に流されないほど強靭な精神力を持っている
だろうに。それに夫のレヴィン殿には申し訳ないと思わないのか?
 賊に襲われ生死も分からない状態だというのに、妻がこんな不貞
を働いていると知ったら、彼はどう思うだろうか﹂
﹁あの人とは別れるわ。襲われたときも私を置いて逃げ出そうとし
た程度の男なのよ。そんな人よりもヤードの方が何倍も魅力のある
男性に見えるんだから、もうあの人なんてどうでもいいの﹂
 二人が言い争っているのをただ呆然とした顔で眺めているだけの
俺。そもそも俺はナタリアの暴走に巻き込まれただけで、彼女とし
たのは不可抗力だ。夫と別れろとも言ってないし、彼女にアピール
した記憶も無い。
 ここは身を潜めて二人の争いが終わるのを待っていよう。そう思
っていたのだが、こちらの方にも話が飛んできた。
﹁ヤード殿は今後どうするつもりなのだ? 不可抗力とはいえ彼女
としてしまったのなら、それなりの責任を負うのが筋というものだ﹂
﹁そうね、あんなにされたらきっとヤードの子供も出来ちゃってる
だろうし、ここはもうヤードに私を貰ってもらうしかないわね﹂
﹁⋮⋮待ってくれ。確かに彼女としたのは事実だ。しかしあれは薬
のせいで、俺自身望んだことではない。責任を取るにしても、まだ
しばらくの間考える時間をくれないか? 起きていきなりこんな話
では、あまりにも早急だと思うが﹂
 サガミは俺の言葉を聞いて渋々ながらも提案を受け入れてくれた。
しかしナタリアの方は反対のようで、泣きそうな顔になって俺にし
がみ付いてきた。

275
﹁そんな! あんなに激しく愛し合ったのに、あれは間違いだった
って言うの!﹂
﹁落ち着け、ナタリア。どう考えてもあれは君の仕業だったろう?﹂
﹁あなただって、私を求めてきたじゃない!﹂
 ナタリアは俺の言葉に涙声で返してくる。サガミはやれやれと首
を振り、さっさと出て行ってしまった。どうせこんな痴話喧嘩に巻
き込まれたくないからだろうが、自分が集めておいてそれは無いん
じゃないかと思う。
 それにしても面倒なことになった。既に他の連中にも昨日のこと
が伝わっているらしいので、ナタリアの記憶を消せばいいという問
ガイドポスト
題では無くなった。仕方ないので。ナタリアに思考誘導をかける。
﹁ナタリア、聞いてくれ。別に君にしたことを否定しようとか、そ
ういう訳で言ったのではない﹂
﹁なら、どういう意味で言ったの?﹂
﹁君にしたことについてはいつか責任を取る。だから少しの間待っ
ていてくれないか?﹂
﹁本当に? 絶対に責任を取ってくれるの?﹂
﹁ああ、必ず﹂
﹁⋮⋮分かったわ﹂

276
 とりあえず彼女に関しては保留だ。もしかしたらうやむやに出来
るかもしれないが、望みは薄そうだ。
 彼女が落ち着いた後、自分の部屋に戻ってハイエルフ達に使う魔
石を準備する。今回使用するのは直径7センチほどの巨大な物だ。
天然の魔石は1センチ大きくなるのにも数百年から数千年の時が必
要になる。なので、これ程の大きさの天然物を見つけるのはほぼ不
可能である。
 この世界では国宝になるぐらいの逸品であるが、人口魔石で作ろ
うと思ったら数時間で作れる代物なので、俺としてはまったく有り
難みが無い。こんな魔石よりも、むしろそれを作っているルーシア
の方が遥かに重要だ。
 ハイエルフの人数は7人だそうだが、一応ここには10個の魔石
がある。減った分はまたルーシアに作ってもらうことになりそうだ。
これを一つ作るだけで、彼女にはかなりの負担がかかるのであまり
量産が出来ない。これも何とかしたい所だ。そろそろ他の人間も捕
まえてこないといけない。
﹁マスター、皆さん準備が出来たそうです﹂
 エルが俺を呼びに来た。皆さんといっても行くのは勇者3人とエ
ルだけである。エルが必要なのは、俺がハイエルフに術式を使う間
の結界を担当してもらうためだ。正直アレクがいなければ連れて行
く必要もないのだが、一応代表だから正式な契約を結ぶ際にいなく
てはいけない。何とも面倒なことだ。
﹁分かった、すぐ向かうから待っていてくれ﹂
﹁分かりました﹂
 エルは俺の部屋に入ってくると、ベッドに座った。既にシーツは

277
取り替えられているので、昨日の痕跡はもう残っていないと思うが、
彼女はどうも気に入らないようである。
﹁マスター、ナタリアさんについてなのですが⋮⋮﹂
﹁どうした?﹂
﹁ここでの任務が終わった後、彼女を王都の屋敷に連れ帰るのです
か?﹂
 どうしようか。全く考えていなかった訳ではないが、このまま連
れ帰るのもどうなのだろうか。一応旦那が生きている可能性が高い
わけだし、王都まで来てもらうのも一つの案なのだが。
﹁とりあえず彼女の件は保留だ。あまり皆に言いふらすなよ﹂
﹁心配しなくても、私はエルフの人としか話せませんよ﹂
 心配するなと言われても、前科があるので信用できない。
 曖昧な答えだったが、彼女の方もこの場はそれで収めてくれるよ
うだ。いざとなったら記憶を弄ることも考えている。別にナタリア
に恨みは無いが、俺も厄介事はなるべく少ない方がいいからな。
﹁本日もようこそ。お待ちしておりました﹂
 神殿の入り口で俺達を出迎えたのは、昨日のエルフではなくエレ
イン本人だった。本人はいたって無表情でいつもと変わらない様子

278
だが、どれだけ待ち遠しかったのかがすぐに分かってしまう。
 彼女はいつでもいいと言ったのに、翌日からここの主人が入り口
で俺達を待っているのだ。これが期待していないといったら嘘にな
るだろう。
 昨日と同じ部屋に案内された俺達は、エル以外が席についている。
出してくれた飲み物を飲んでみたが、あまり美味しいものではない。
エルフの食卓事情はあまり良くないようだ。
﹁エレイン殿、我らとの同盟を結んでくださるそうで。感謝します﹂
﹁ええ、ヤード様の出した条件が本当だったならの話ですが、彼が
嘘を言っているとも思いませんからね﹂
﹁そうですか。ではヤード殿、頼んだぞ﹂
 アレクが俺に話を振ってきたので、椅子にもたれかかっていた身
体を起こし、割と真面目に見える表情を作った。寝不足で疲れてい
るのだが、一応正式な使者なので、態度はそれなりに良くしておか
なくては。
﹁その話なのだが、ここでやるには少し都合が悪い﹂
﹁何故だ? 何か隠さなくてはいけない技術でもあるのだろうか?﹂
﹁いや、肌を露出させなくてはいけないからな。ここで彼女の身体
を無闇に晒すようなことはしてはいけないだろう﹂
﹁そ、そうなのですか⋮⋮肌を⋮⋮﹂

279
﹁ふむ、そんな事情があるのなら仕方がないな﹂
 エレインは無表情ながらも恥らいを見せている。核を入れるのだ
から、胸部を何かで覆われていては話にならない。昨日話したと思
っていたのだが、どうやら俺の思い違いだったようだ。
﹁別に疚しい気持ちは無い。私に肌を見られるのが嫌だというのな
ら、私の弟子が術式を使えるようになるまで待ってもらうことも出
来るが。大体半年ぐらいで叶うだろう﹂
﹁いえ、大丈夫です。医者に身体を見せるようなものと思えば⋮⋮﹂
﹁そうか、では他の部屋に移ろうか﹂
﹁はい、参りましょう﹂
 エルにアレク達の結界維持を代わってもらった。俺はエレインに
付いていき、近くの部屋に移動した。先程の部屋と同じような造り
だ。
 彼女は部屋に着くと早速服を脱ぎ始めようとした。それはいいの
だが、脱いでもらう必要があるのは上半身の服だけで、下から脱ぎ
始めた彼女は何か勘違いをしているのか。
﹁エレイン殿、胸の部分だけ脱いでくれれば結構だ。下は脱ぐ必要
が無い﹂
﹁そ、そうなのですか。私としたことが勘違いを⋮⋮﹂

280
 彼女はほんの僅かに顔を赤らめながら、一度服を戻して改めて上
を脱ぎ始めた。彼女の上半身が露になると、そこには見事というし
かないほど素晴らしいバランスの胸があった。
 しかしながら昨日搾り取られた俺は、今の彼女を見ても全く性欲
が湧き上がってこない。変な誤解はされなくて済むが、これは幸運
と言えるのだろうか。
 魔石を取り出し、人間ならば心臓がある位置に魔石を押し当てる。
彼女は使われる魔石の大きさに目を奪われていた。こんな物を使っ
ていいのかと目が雄弁に語っているが、こちらとしてはタダで手に
入れた物にそんな思い入れは無い。
﹁この魔石を核の基礎として入れるわけだが、身体に馴染むまで最
長で10分ほど痛む可能性がある。死にはしないと思うが、覚悟し
ておいてくれ﹂
﹁はい、お願いします﹂
ニュークリエハ
イーシモ
ョナンイズ フルエレメンタラ
 核化と適応を組み合わせた第5種特殊物質生成系術式、精霊核形
イズ
成を発動する。
 彼女の肌にどんどんと魔石が沈んでいき、完全に身体の中に入っ
た。途端に彼女の無表情な顔が崩れる。中では核を作り出す際の激
しい痛みが彼女を襲っているはずだ。これは個人差があって、早い
者なら数十秒で終わるが、遅い者は先程言ったように10分かけて
ようやく終わる者もいる。
 彼女の場合は2分ほどで終わったようだ。彼女の身体を襲ってい
た痛みが消え、身体の調子も元に戻ったようだ。起き上がるとまず
は服を着なおし、服に付いた埃を払っている。
 これで彼女も核を得た完全な精霊となったわけだ。普通に立って
いるだけでも先程とはまるで違う存在感がある。出来損ないと完全
な精霊は、その存在からして人形と人間ぐらいの差があるので当然

281
だろう。
﹁どうだ、核を得た感想は?﹂
﹁⋮⋮素晴らしいです。どうしても止められなかった魔力の流出が
完全に止まっています。それどころか、周りから少しずつ魔力を吸
収している感じがしますね﹂
﹁それはあなたを敬っているエルフ達の魔力だろう。普通の精霊は
信者の祈りに込められた魔力を吸収することが出来るからな。今ま
では核が無かったせいで出来なかったようだが﹂
﹁これが⋮⋮我々はこんなにも彼らに慕われていたのですね⋮⋮﹂
 まあ出来損ないの状態では信者の祈りなどそこら辺の石程度の価
値しかなかったのだろう。魔力が得られず、流出も止まらないのだ
から当然といえば当然だ。
﹁これで私の条件が真実だと証明されただろう。先ほどの部屋に戻
って、こちらの代表と話をつけて欲しい﹂
﹁そうでしたね、早速戻りましょう﹂
 アレク達の部屋に戻る。彼女とアレク達が同盟の条件を細かく決
めているのを見ながら、俺は寝不足で倒れそうになるのを堪えるの
が精一杯だった。
 無事に同盟を結んだので、早速王都へと帰ることにしようと思い

282
ながらルーシア達の待っている小屋に向かうと、そこには二人のダ
ークエルフがいた。どちらも魔導師のローブに身を包んでいること
から、ここに住むエルフではないことが分かる。
 彼らは俺達を珍しそうに見ていたが、エルを見かけると驚いたよ
うに眼を見開き、こちらに近寄ってきた。
﹁エルマイア、生きていたのか。襲撃が失敗して殺されたとばかり
思っていたよ﹂
﹁本当に良かった! あの後レシアーナにまで来ていたのね﹂
 親しげな様子でエルに話しかけてくる二人組。どうやらエルの仲
間だった奴ららしい。魔帝国の記憶が一切無いエルは、二人が話し
かけてくるのを困った顔で聞いていた。意味が分かっていない所か
らすると、どうやら魔帝国の言葉で話しかけられているらしい。
﹁なんだ、お前達は。いきなり近付いてきて挨拶も無しとは﹂
﹁その言葉、魔帝国の者ではないな。しかしエルフ語とも違う⋮⋮﹂
﹁王国の勇者ね? たしか翻訳能力があったはずよ﹂
 アレクが話しかけたせいで、一瞬でこちらの身元が割れてしまっ
た。勇者だと分かっているのにこの余裕に満ちた態度は、こちらな
ど簡単に倒せるということなのだろうか。
 アレクとサガミは一歩下がって武器を取り出している。こちらは
やる気のようだ。だが相手は勇者と分かった上で構えていないのだ
から、何か対抗策があるかもしれない。無闇に戦闘を仕掛けるのは
間違っている気がする。

283
﹁王国の者は野蛮ね。敵を見たらすぐに切りかかろうとするんだか
ら﹂
﹁それが普通の反応だ。敵を見て構えもしないお前達が腰抜けなだ
けではないか?﹂
 お互い一触即発の雰囲気を醸し出しているので、俺は離れた所で
見ていることにしよう。こんな所で戦ったらエルフ達が飛び掛って
くるに決まっている。今も気配は感じないが、どうせどこかで俺達
のことを見張っているはずだからな。
﹁おい、そこのお前! 仲間が戦おうとしているのに、何故逃げよ
うとしているんだ!﹂
﹁少しは考えろ。私はお前達と戦いに来たわけではない。無駄な戦
闘をして何になる?﹂
﹁そちらに戦う気がなくても、こちらとしては勇者を倒せればこれ
以上の収穫はないわ。この二人を倒したなら、次はあなたよ﹂
 ああそうか、最近勇者らしいことをしていなかったから、自分達
の重要性をいまいち理解していなかった。要塞での戦闘でかなりの
活躍を見せたアレクは、ここで倒しておきたい相手なのだろう。
 こちらは構えてもいないのに、いきなり切りかかってきた。残念
ながら戦闘用に張ってある障壁に阻まれて攻撃は届かなかったが、
すこし驚いた。おかげで眠気が覚めたが、寝不足のせいで急速に苛
立ちが募ってきた。
﹁エル、やれ﹂

284
﹁はい、マスター﹂
アイススタチュー
 俺の合図でエルが氷像を発動した。まさか仲間から攻撃されると
は思っていなかったのか、二人は全く避けられずに氷の中に閉じ込
められた。
 一瞬で無力化された二人を見て、アレクは驚き固まっている。サ
ガミは少し驚いていたが、すぐに状況を把握して武装を構え直した。
こういった見た目が派手な術式は、やはり魔導師以外には衝撃が強
いな。
﹁無力化しました﹂
﹁いや、動けなくても使える術式はある。この前の失敗で学ばなか
ったのか?﹂
 予想通り少しずつ氷が薄くなっている。中で氷を溶かすような術
式でも発動したのだろう。氷の表面に罅が入り、中から氷を突き破
って二人が出てくる。
﹁エルマイア! どうしてそんな奴の言うことを聞いているんだ!﹂
﹁待って、さっきもエルは帝国語が分かっていなかった様子だった
わ。多分前の襲撃のせいで記憶を失っているんだと思う﹂
﹁察しがいいな。彼女を連れ帰ったときには、既に以前の記憶は無
かったぞ﹂
 消したのは俺だが、そこまで伝える必要も無い。俺の言葉ですぐ
にエルの状態を把握した二人は、俺をまず倒そうとしているのか、
こちらに向けて術式を発動しようとしている。こいつらも無詠唱は

285
出来ないようだ。アドリアナを引き渡してしまったのは勿体無かっ
たか。
﹁﹃神よ、浄化の炎で、目の前の敵を、焼き尽くし給え﹄!﹂
﹁﹃神よ、我が手の中に、咎人を滅す断罪の刃を、与え給え﹄!﹂
 二人の術式が発動した。こちらに向けて炎の塊を飛ばしてくる男
と、光の剣を出して切りかかってくる女。しかし俺に攻撃が届く前
に、二人の身体を何本もの矢が貫いた。
 矢の飛んできた方を見ると、弓を構えたエルフが何人かいた。や
はり俺達を見張っていたようだ。彼らは倒れた二人を一瞥すると、
再び森の中に消えていった。
﹁まさかエルフ達が近くで見張っていたとは⋮⋮﹂
﹁この森で火を使うのは、やはり危険なようだな⋮⋮﹂
 アレクとサガミも突然の出来事に対応できず、呆気に取られてい
る。エルフ達は去っていったが、その後の処理はどうするつもりな
んだろうか。
 ふと倒れた二人を見ると、胸の辺りが動いている。どうやら二人
とも生きているようだ。全身を射抜かれているが、死んでいないの
なら何とでもなる。
 とんだ幕引きだったが、まずはこいつらがこの森に来た理由を調
べよう。
 立ち上がれないほどの痛みで呻く二人を気絶させ、小屋の隣にあ
る倉庫の方に移すことにした。

286
第21話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
287
第22話︵前書き︶
一部拷問描写がありますので、嫌いな方は注意願います。
288
第22話
シジル
 小屋に着くと、ダークエルフの二人を縛り、術式封印を使って術
マジックスタンピード
式の発動を不可能にする。ついでに術式暴走をかけておいたので、
万が一封印が破られても安心だ。
﹁魔法封印の処置は終わったのだろうか? 彼らの情報を聞き出し
たいのだが﹂
﹁それは私がやろう。そういった事に対しては自信がある﹂
﹁そうか、では任せたぞ﹂
 二人とも奴らから情報を聞きたがっていたが、奴らを使ってちょ
っと試したいことがあるので任せてもらった。ついでに情報も取り

289
出しておくので嘘は言っていない。
サウンドプルーフ
 気絶中の二人を入れている隣の倉庫に移る。遮音結界を張って周
アウェイク
りから聞かれないようにした後、覚醒で彼らを起こす。多重展開は
それなりに疲れるが仕方ない。
 術式の効果で二人はすぐに気が付いたが、自分達が縛られている
事に気付くと、振りほどこうと暴れ始めた。
﹁あなた、これを解きなさいよ!﹂
﹁こんな事をして、どうなるのか分かっているのか?﹂
﹁捕まっているというのに強気な態度だな。まずは立場の差を分か
らせてやってもいいのだが?﹂
﹁殺されようとも情報は吐かんぞ﹂
 男の方の言葉を聞いた俺は、躊躇い無く女の方の腹を蹴り上げる。
水の詰まった皮袋を蹴ったような鈍い音がして、女は壁に叩きつけ
られた。
 全く予想していなかったのか、無防備な腹に直撃したので、女は
口から血を吐きながら、ビクンビクンと身体を跳ねさせている。
﹁貴様、何故リリーを蹴った! 狙うのならば私だろう!﹂
﹁お前を蹴って何になる? いいか、こちらの質問に答えなければ、
その度に彼女が代わりに蹴られる。助けたいなら早く応えることだ
な﹂

290
﹁ジャ、ジャスパー⋮⋮私なら大丈夫だから⋮⋮こいつの言うこと
なんか、聞いては駄目よ⋮⋮﹂
 女はリリーで男はジャスパーか。まあ明日には忘れているな。彼
女は一発蹴られただけでグロッキーな状態だが、精一杯の強がりを
言っている。だが男が死んでも言わないような覚悟を決めてもらっ
ては駄目なのだ。
﹁ジャスパーと言ったか、正直に全てを話せば彼女だけ解放してや
ろう。もちろん言わなければこのまま続けるだけだが、どうする?﹂
﹁⋮⋮断る。そのような脅しに屈するぐらいならば、死んでしまっ
た方がマシだ﹂
﹁そうか﹂
 女を仰向けに転がし、胸を思い切り踏み潰す。ボグッという鈍い
音がなり、骨の折れる手ごたえがした。折れた胸骨が肺に刺さった
のだろう。口から血が溢れ、声も出せずバタバタと暴れながら血を
吐き出している。
 男は俺の行動を呆気に取られた表情で見ている。まさかいきなり
殺してしまうとは思っていなかったのだろう。
 少しして動かなくなった彼女は、激痛で目を見開いた苦悶の表情
で絶命した。それを見た男も我に返り、こちらを睨みつけ、縛られ
て思うように動けない身体で必死にもがいていた。
﹁貴様、何と言うことを!﹂
﹁死んでも良いと言ったのはお前なのだが﹂

291
﹁だからといって、いきなり殺してしまうことは無いだろうが!﹂
リザレクション
 男が見えるように女に蘇生をかける。壊れた身体も元通りになっ
てすぐに意識を取り戻した彼女は、口に残っていた血を吐き出し、
信じられないような目でこちらを見ていた。
 男の方も死んだと思った彼女が突然起き上がったことに驚き、言
葉も出せないでいる。
﹁⋮⋮あなた、一体私に何をしたの?﹂
﹁死んだから生き返らせた。それだけだ﹂
﹁っ!﹂
﹁馬鹿な、そんな魔法が使えるわけが無い!﹂
 俺の応えに二人とも予想通りの反応を返してくれる。死ねば情報
を吐かなくても済むと思っていた二人だが、死んで逃げる事が不可
能となった事に絶望の表情を浮かべる。
 殺される覚悟はしていたようだが、死ぬ以上に辛い目に会う覚悟
サイコメトリー
はしているはずもない。情報はここに運び込んだ際、記憶閲覧で既
に入手済みなので、別にこいつらに吐かせる必要はないのだ。今や
っているのは先程のお礼とストレス発散をかねてのものだ。
﹁そう思うのなら好きにしろ。どの道お前達には選択の自由など無
い﹂
﹁⋮⋮教えれば、彼女だけでも逃がしてもらえるのか?﹂

292
﹁ジャスパー!﹂
﹁っ! 済まない、リリー。敵の甘言に乗ってしまう所だった﹂
 どうやら男の方は意外とメンタルが弱いようだ。それに女に対す
る態度を見ていると、こいつらがただの同僚とは思えない。もう一
度男の記憶を見てみると、実は恋人であることが判明した。
 この情報をどう活用しようか考えている間、二人は何やら目で会
話をしている。お互いを信頼し合った二人の態度に、何かが閃きそ
うな気がする。そのときふと俺の心に悪魔が囁いた。この二人の仲
を裂いてみたら面白いのではないか?
﹁おい、リリーとか言ったな。こちらを向け﹂
﹁何? むぐっ!?﹂
 彼女がこちらに振り向いた瞬間、彼女の口の中にナタリアから没
収した媚薬を入れる。反射的に飲み込んでしまった彼女はそれを吐
き出そうとしているが、俺の経験では口に入った時点で手遅れだ。
俺が飲まされた量の数倍は入った気がする。
﹁な、何を飲ませたの!﹂
﹁毒ではないから安心しろ。それよりも気が変わった、私に従えば
命だけは許してやる﹂
﹁何を馬鹿な⋮⋮﹂
﹁まあそう言うとは思っていた。一つ賭けをしよう﹂

293
﹁何の賭けっ!? んぅっ!﹂
﹁今お前が飲んだのは媚薬だ。私は今からここを出るが、その間そ
この男と好きにしていろ。私が戻ったときにもう一度お前の答えを
聞こう。もちろん中で何をしていてもいいが、男の拘束を解いたり、
ここから脱出しようとしたりすればお前の負けだ﹂
﹁あ、悪趣味ね。んっ⋮⋮いいわ、乗るしか、ないんでしょう⋮⋮
?﹂
﹁話が早くて助かる。では頑張ってくれ﹂
 早くも媚薬の効果が聞き始めたようだ。適量を遥かにオーバーし
ていたが、一体どうなることやら。人間なら確実に発狂してしまう
量だが、エルフの精神力の高さに期待しておこう。
カームダウン
 部屋を出る前に男に鎮静をかける。効果は単純で、どんな状態で
も興奮したりパニックになったりせず、冷静な状態を保てるという
ものである。
ロック
 部屋を魔導師幽閉用の結界で隔離し、扉にも施錠をかける。これ
で奴らは出られなくなった。あとはしばらく経ってからもう一度来
ればいいだけだ。
 男から読み取った情報では、どうやらあの二人はレシアーナと同
盟を組みに来たらしい。交渉が失敗したら武力で攻め落とす算段も
あったようだ。二人が戻らなかった場合、明日の朝に魔帝国が雇っ
た冒険者達が攻める予定らしい。
 冒険者達は200人程度だが、竜殺しが何人か混じっているよう
だ。これはエルの修行に使えるな。今晩こっそり野営地を襲いに行
くことにしよう。

294
 アレク達に伝える前に、エレインに念話で確認を取ってみる。
︵エレイン殿、聞こえるか?︶
︵あら、ヤード様ですか? お帰りになったと思っていたのですが、
どちらにいらっしゃるのでしょう?︶
︵これは遠くから声を使わずに話す術式だ。それよりエレイン殿に
一つ伝えなくてはならないことが出来た︶
︵はい、何でしょうか?︶
︵実は魔帝国が雇った冒険者が200人ほど、森の近くに集まって
いるらしい。先程魔帝国の使者を捕らえたのだが、どうやら彼らも
同盟を結びに来たようだ。従わない場合は冒険者を使いこの森を襲
うつもりだったらしい︶
︵そうですか、貴重な情報を有り難うございます。ですが、レシア
ーナのエルフは冒険者達にも引けを取らないと思いますよ。力を貸
してもらわずとも撃退できる相手だと思うのですが︶
︵竜殺しが何人かいるらしい。流石にそれを相手にしては、ウッド
エルフ達も分が悪いだろう︶
︵なるほど。ならばここは私が出ましょう。こちらが竜殺し達を集
めたよりも強いということを見せておいた方が、王国側としても安
心でしょうから︶

295
︵それは有り難いが、こちらからも一人出して良いだろうか? 弟
子の修行には丁度いい相手なのでな︶
︵分かりました。冒険者達の場所は分かっているのですか?︶
︵それは大丈夫だ。今夜襲撃をかけようと思うのだがどうだろうか
?︶
︵ええ、それで構いません。では夜になりましたらこちらの方へい
らっしゃって下さい︶
︵了解した。捕まえた者達に関してはどうしようか?︶
︵魔帝国からの使者が来たことなど聞いていませんでしたから、そ
ちらのお好きなようになさるといいでしょう︶
︵有り難い。では今夜に︶
 念話を切り、エルの元へ向かう。今夜のことを伝えなくては。ア
レク達には黙っておくことにしよう。どうせ聞いた途端に奴らの所
へ行ってしまうだろうからな。
 エルは小屋の外で無詠唱の訓練をしていたようだ。どうやらアド
リアナに負けたのがそれほど悔しかったらしい。俺から見れば別に
彼女はアドリアナに劣っているとは思わない。単純に経験の差と油
断のせいで負けたのだと思っている。
 訓練をしている彼女を呼び、今夜のことを伝える。汚名返上の機
会を得たとばかりに喜んで誘いに乗ってくる。その喜びようにまた
油断しないかと考えるが、今回はエレインもいるから大丈夫だろう。
アイシクルランス
﹁マスター、氷槍の多重発動術式を作ってみたのですが、どこか術

296
式がおかしいようで上手く出来ません。どこが悪いんでしょうか?﹂
﹁多重発動か。対多人数なら範囲術式の方が、単体術式よりも効率
がいいと思うが﹂
﹁でも範囲では細かい制御が出来ませんから、撃ち洩らしが出る事
があります。単体用術式を多重発動した方が確実なんです﹂
﹁範囲術式の制御ぐらいは普通に出来るようになってもらわなくて
は困るのだが。まあいい、お前の期待に沿えるような術式は一つあ
るが、必要魔力が足りていない。今のままでは一発で倒れるかもし
れないぞ﹂
﹁そうですか、どうしたら魔力を上げられますか?﹂
﹁そんな簡単に上げられるものではないが、一時的にという条件な
ら出来なくもない。偶々だが必要なものも揃っているから教えてや
ろう。夕食後に倉庫に来い﹂
﹁有り難うございます、マスター﹂
 その後はエルの作った術式を見ながらしばらく暇を潰した。頃合
いを見計らい倉庫の中を盗み見ると、そこには男の肉棒を必死に舐
めながら自慰をしている女の姿があった。どちらも下半身を露出し
ており、女の方は既に濡れているのが見て取れる。
 媚薬のせいで身体が疼いて仕方ないのだろうが、入れようにも男
の方は全く勃っていない。何とか勃たせようと男のものを口に咥え
舐め回しているが、俺のかけた術式のせいで男は悲しそうな表情で
女を見ているだけだ。

297
﹁待たせたな、答えの方は準備が出来たか?﹂
 扉を開け放ち、二人に言葉を投げながら中に入る。男はこちらが
入ってくるなり睨み付けてきたが、女の方はこちらを見ると顔を逸
らした。二人の反応の違いに笑みを浮かべつつ、男を無視して女の
方だけを見る。
﹁どうした、まだ答えを決めかねているのか?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁リリー、早くあいつに言ってやるんだ。お前のような下種はお断
りだと﹂
 彼女はこちらに顔を合わせようともせず、こちらの視線を避ける
ように俯いている。身体を腕で抱くように隠し、足もぴったりと閉
じてこちらに見られないようにしているが、身体の疼きは取れない
ようで股をすり合わせている。
 俺から離れようとする彼女を無理やり抱き寄せ、彼女の顔が俺の
胸の所に当たるようにする。彼女の荒い鼻息が胸に当たっているの
を感じつつ、俺を振りほどこうとはしない彼女の背中をつつっと撫
で上げると、プルプルと身体を震わせている。
﹁おい、リリーを放せ﹂
﹁どうした、力は入れていないから簡単に振りほどけると思うぞ。
それとも私に抱かれるのが嫌ではないのか?﹂
﹁だ、誰があなたになんか⋮⋮﹂

298
 強がっている彼女だが、もはや媚薬のせいで一刻の猶予も無いは
ずだ。彼女の背中に回り後ろから抱きついたが、抵抗しないことか
ら見ても彼女の考えていることは明らかだ。
 服の中に手を入れ、片手で胸を揉みつつ、もう片手で彼女の割れ
目を弄る。先程まで自慰をしていたそこは、俺の指に敏感な反応を
見せた。嫌がりながらも愛撫を止めようとしない彼女の様子に、俺
の肉棒も滾ってくる。
﹁お前のここは随分と見境が無いな。敵である私の指で感じている
とは﹂
﹁感じてなんか⋮⋮んんぅ⋮⋮﹂
﹁おい、彼女に触るな。汚らわしい王国の狗が﹂
﹁どうだ、そろそろ入れて欲しくなってきただろう。お前の態度次
第では、私の物を入れてやってもいいのだが?﹂
 俺も肉棒を取り出し、彼女の尻に当てる。少しうろたえているよ
うだが、身体はそれを求めているのは分かっているので逃げようと
はしない。
ガイドポスト サイレンス
 ここで思考誘導を使い、男に沈黙をかけて邪魔をされないように
しておく。
﹁本当は分かっているのだろう? お前の身体はこれを欲している
ということが﹂
﹁違⋮⋮私は、そんな⋮⋮ひうっ!﹂
 彼女の言葉を最後まで言わせずに、クリトリスを摘んで捏ね繰り

299
回した。少し悲鳴が漏れたが、口を噤んで必死に快感を堪えている。
 だが先程までお預け状態だったせいで、彼女の精神力も弱まって
いるようだ。自由に動けるはずなのに、俺の手を払いのけようとし
ない。彼女の手を取り、俺の肉棒を掴ませる。
﹁ああ、熱い⋮⋮﹂
﹁これを入れて欲しいのだろう? 我慢しなくても良い。お前は使
えない男と一緒にいながらも十分堪えたのだ。少しぐらいなら入れ
ても許されるに違いない﹂
﹁駄目よ⋮⋮許される訳が⋮⋮﹂
﹁ならば素股ならばどうだ? 入れるわけではないから大丈夫だろ
う﹂
﹁そ、そうなの⋮⋮? それなら⋮⋮﹂
 彼女の閉じた足の間に肉棒を突き入れる。太股まで愛液で濡れて
いるため、あまり抵抗なく入れることが出来た。流石に鍛えてある
ので足の肉付きは良く、まるで本当に挿入しているかのような感じ
がする。
 割れ目を擦り上げているため、彼女の方も快感を味わっているよ
うだ。まだこちらに屈服したという意識は無いだろうが、身体の方
は既に俺の愛撫を受け入れて従順になっているのは何とも言えない
征服感がある。
﹁やっ⋮⋮これ、変になる⋮⋮っ!﹂
﹁お前が奉仕しても勃たなかったあの男とは違うだろう?﹂

300
﹁⋮⋮んっ﹂
 男を気遣っているようだが、内心では彼女も男に失望していたの
だろう。確かに自分の恋人が求めているのに勃たない男など、不能
と思われても仕方が無いからな。俺がそうしたのだが、あまり上手
く頭が働いていない彼女には、裏切りのように思ったことだろう。
 彼女が油断している所に、少しだけ肉棒を彼女の中に挿入する。
彼女も慌てて手で股間を押さえるが、掴まれる前にこちらの方から
引き抜く。俺の行いに、彼女は何か言いたそうな視線を送ってきた。
﹁済まない、勢い余って入ってしまった﹂
﹁そ、そう⋮⋮偶々なら、仕方ないわね⋮⋮﹂
﹁だが気持ち良かっただろう? もうあんな男に義理立てするのは
止めておけ。お前がこんな状態なのに、怒るどころか勃ってもいな
いような奴だぞ?﹂
 俺の言葉に男の方を見る彼女。奴はこちらを睨みつけてはいたが、
術式の効果で言葉を出せず、縛られているので暴れることも出来な
い。これも術式の効果で先程からの彼女の痴態を見ても、股間の物
は先程から全く反応を見せていなかった。
 彼女がそんな男を見て失望したような表情を浮かべたのを、俺は
見逃さなかった。再び男への視線を外させると、膣穴に肉棒を当て
る。
﹁分かっただろう、あの男が彼女一人満足させることが出来ないよ
うな腑抜けだと。もう我慢せずに俺に身体を預けてはどうだ?﹂

301
﹁でも⋮⋮﹂
﹁大丈夫だ、お前は良く耐えた。少しぐらい我が侭に振舞っても、
誰もお前を咎めたりしない﹂
 彼女を急かすように少しだけ入れては抜くという行為を繰り返し、
彼女を肉体的に高ぶらせていく。これまでは直接の刺激が無かった
為に理性を保っていられたのだろうが、ここで一気に追い詰めてい
く。
 彼女も我慢の限界だったようで、こちらの物を受け入れているの
に全く抵抗をせず、それどころか切なそうなため息を吐いて、こち
らを見つめてきた。
﹁ではもう一度聞こう。私に従うか?﹂
﹁⋮⋮はい﹂
 とうとう彼女の心が折れた。返事と共に思い切り腰を叩きつけ、
肉棒で彼女の膣内を一気に貫いた。今までの態度が嘘のように、声
にならない叫び声を上げて俺の動きに合わせて腰を振り出した。
 彼女の太股辺りを掴んで持ち上げ、男の前へと行く。結合部を見
せ付けるように近づけると、男は呆然とした表情でそれを見ている。
カームダウン
鎮静を解除してやると、一瞬で肉棒が滾り、触っても無いのに果て
てしまった。
 彼女の痴態をじっと見つめている男に理性の光はもう無い。今ま
で感情が抑えられていたのが一気に開放されたのだろう。絶叫して
サイレンス
いるのかもしれないが、まだ沈黙は効いているので分からない。
 彼女も男のことは全く気にも掛けず、貪欲なまでに腰を振って快

302
楽を味わっている。絶頂してもまだ足りないのか、動きを止める様
子が無い。
 絶頂時の締め付けで、俺の方も耐えられなくなり、彼女の中に精
を吐き出す。ぼたぼたと愛液交じりの精液が流れ出て、男の顔を汚
していった。身動き一つ取らずにいる男を見て、どうやら気絶した
ということを悟った。
 その後時間が許す限り、彼女の中に中出しを続けた。気を失った
彼女の満足そうな顔を見ながら、これで彼女も思い残すことは無い
だろうと勝手な考えを抱きつつ、彼女をまた拘束し、術式封印をか
けてその場を去った。
第22話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
303
第23話
 夕食後、エルと共に倉庫へと向かった。中は先程のままの状態な
ので生臭く、拘束された裸の男女が倒れている。意識を失って動か
ない彼らの周りには、先程の精液や愛液が飛び散っていた。
 エルは嫌なものを見るように顔を顰めながらも中に入ってきた。
なるべく足元に気をつけながら歩いている。俺は靴が汚れる程度、
そこまで気にしないので普通に歩いているが、彼女はどうしても踏
みたくないようだ。
﹁マスター、ここで一体何をするつもりなんですか?﹂
﹁先程言っただろう。お前の魔力を一時的に引き上げる。こいつら
を使ってな﹂

304
 視線で男女を示す。既に喧嘩を売ってきた報いは受けさせたし、
エレインにも好きにしろと言われたので、その通りにさせてもらう
のだ。
 エルに今から使う術式を説明する。初めて使う物だが、難易度は
そこまで高くないので多分大丈夫だろう。エルも理解したようで頷
いている。
 エルは倒れている二人に近付き魔法陣を描き上げると、二人の頭
マナセイズ
に手を当てて術式を発動した。第4種精神感応術式、魔力掌握の効
果により、彼らの持っている魔力が全てエルの方へと移っていく。
 奪った魔力の分だけ保有魔力量とその最大値を増やせるのがこの
術式の効果だが、効果時間は一日ほどで、さらに魔力を奪われた側
の人間は、奪われた分だけ永久に魔力が失われる。
 彼らもそこそこの魔導師だったかもしれないが、これからはもう
魔導師としては生きていけなくなってしまった。任務中に俺達に絡
んできたのが悪いのだが、彼らも運が悪かったと思う。
﹁マスター、全て取り終わりました﹂
 どうやら終わったようだ。二人を見ても見た目に変化は無いが、
起きたとき魔力が全てなくなっていることに気付いて絶望するだろ
う。俺だったら死んだ方がマシだと思う。
﹁凄いですね、魔力が倍以上になってます﹂
﹁お前の魔力がまだ低い証拠だ。これからも訓練を怠るなよ﹂
﹁はい、マスター﹂

305
シジル
 もはや二人は魔法が使えないので術式封印も解除した。結界と施
錠だけしておけばいいだろう。用が済んだのでエレインの元へ向か
おう。
 日も落ちて辺りが暗くなった頃、エルを連れてエレインの待つ神
殿へと着いた。既に出撃の用意をしていたエレインは、こちらに向
けて微笑みを浮かべている。随分と人間らしくなったものだ。
﹁お待ちしておりました。早速ですが冒険者達の所へと向かいたい
と思います﹂
﹁それは良いが、ここからだと全力で走ってもたどり着く頃には夜
が明けるぞ﹂
﹁その点は心配ありません﹂
 そう言ったエレインは、無詠唱で術式を発動した。目の前に空間
の亀裂が走り、向こう側には別の景色が覗いていた。
 無詠唱が使えることにも驚いたが、何よりこの世界の魔導技術で
は不可能だと思っていた空間歪曲をやって見せたことに驚きを隠せ
ない。こんなことが出来るとは、流石は精霊だな。
 俺が驚いているのを王国の脅威になりそうな術式を見たせいだと
思ったのか、エレインはパタパタと手を振って否定してきた。
﹁空間に魔力が満ちていないと駄目ですから、この魔力溜まりの近
くまでしか使えませんよ﹂
﹁いや、流石はハイエルフといった所だな。想像以上だ﹂

306
 早速亀裂を通って向こう側に行く。近くでは集団で騒いでいるよ
うな声が聞こえる。十中八九冒険者達だろう。火を使っているよう
なので、明かりの方へ見える所まで近付いてみると、目当ての奴ら
がいた。
 火を囲んで騒いでいる奴らを見ていると、近くにウッドエルフが
いることに気がついた。大方彼らが森の中に入ろうとしたら撃つつ
もりだったのだろうが、一人だというのに勇敢なことである。
 エレインはエルフに下がるよう指示を出した。ハイエルフなど見
たこともないだろうに、エレインがハイエルフだと一発で気付いた
彼は、指示に従って森の奥へと去っていった。
﹁どうしましょうか?﹂
﹁マスター、私に任せてもらっても良いでしょうか?﹂
 エルがやる気に満ちた表情で言ってきた。先程の多重発動の問題
は解決したのだろうか。本番で失敗されても困るので、今回は俺の
方も手伝うことにする。
マスマジックカリキュレーション マジックス
 第7種精神感応系術式、多重術式演算を使ってやる。これは術式
タンピード
暴走と似たような効果で、術式を発動した際、設定した数まで術式
を複製する。これにより多重発動にかかる術式制御がいらなくなる
というものだ。
 そもそも術式暴走は、これを作っている際に出来た失敗作だった
のだが、無力化用の術式としては思いの外出来が良かったので、つ
いでに術式として最適化したものだ。
﹁マスター、これはどういう効果なのでしょうか?﹂
﹁単体魔術を一発だけ撃ってみろ。今回は200に設定してあるか

307
ら、199発分の術式が複製される﹂
﹁⋮⋮こんな便利な術式があるなら、先に教えてくれても良かった
のではないでしょうか﹂
﹁この術式は自分に掛けられないから、言ったとしても意味が無か
ったのでな﹂
﹁お二人とも、お話に割り込んで申し訳ありませんが、そろそろ動
かれてはどうでしょうか?﹂
 エレインが会話をしている横から話しかけてきたので、そろそろ
動くことにする。エルの方を見ると彼女も頷き返し、少し冒険者達
の方に近付いて術式を発動させた。
 瞬間、冒険者達は凍りつき、さらに氷が震え始めて一斉に砕けた。
アイススタチュ
シーャター
あれは氷像と破砕を合成した術式だな。殆どの冒険者は今の攻撃で
死んだはずだ。
 粉々に砕けた冒険者達だが、完全に凍らなかった術式抵抗の高い
奴らが残っていた。だがそいつらも殆どは腕や足が砕けて動けない
ようだ。立ち上がることが出来たのは僅かに3人だけである。
﹁そこの奴、隠れてないで出てこい!﹂
 どうやら居場所がばれたらしい。エルにかけた術式を解除して森
の中から出る。剣士らしい姿の男が二人と魔導師のローブを着た者
が一人だ。アドリアナさえ凍ったエルの氷像が全く効いていないの
が二人、どうやらこいつらが竜殺しらしい。
﹁いきなり襲ってくるとは驚いた。レシアーナの者は随分と卑劣な
考えをお持ちの様だな﹂

308
﹁冒険者ならいつ死んでもいいという覚悟ぐらいしているだろう。
それに私も今の攻撃をした者もレシアーナの人間ではない﹂
﹁ということは王国の人間か。レシアーナが既に王国側だったとは、
魔帝国としては残念だろう。こうなったのならもはやレシアーナを
倒すしか無さそうだ﹂
﹁冒険者3人でレシアーナを落とせるとでも思っているのか?﹂
 相手は帝国語で話しているのか、エルもエレインも黙って相手を
見ているだけである。締まらない光景だが、相手は竜殺しなので油
断は禁物だろう。
﹁エレイン殿、そちらには今話している男を任せる。エル、お前は
残りの二人だ﹂
﹁分かりました﹂
﹁はい、マスター﹂
 男がまだ何か言っているが、無視して攻撃を開始する二人。流石
に2対1は厳しいので、一人目を倒し終わるまでは、もう片方は俺
が止めておくことにする。
 エルは魔導師風の奴に突っ込んでいった。観戦していたいが、残
りの一人がこっちに向かってきたので仕方なく相手に向き合う。ど
うやら軽戦士タイプのようで、皮鎧を着けていた。
﹁俺の相手はお前らしいな。魔導師しかいないとは言え、よくも俺
達の前に立ちふさがったものだ﹂

309
﹁何だ、魔導師相手には自信でもあるのか?﹂
﹁ああ、魔導師がどんなに早く詠唱をしようとも、俺の剣速の前で
は唱えきる前に真っ二つにされる。つまり近付いた時点でお前に勝
ち目は無いということだ!﹂
﹁自己紹介は結構だ。やるなら早くやってみたらどうだ?﹂
デイズ
 こいつが色々喋っている間に幻惑を発動する。途端にボーっとな
って立ち尽くす男。これでエルの方を見ても大丈夫だろう。先にエ
レインの方を見ると、相手は何本もの木の根に貫かれて絶命してい
た。彼女は涼しい顔をしているが、実力の差があるから当然の結果
だろう。
 エルの方を見るとなかなか善戦しているようだ。相手は主に火を
使うようで、律儀に森を守っているエルは攻撃を避けずに相殺して
いた。
 相手はアドリアナのように戦闘経験が豊富なわけでは無さそうだ。
エルと術式の数で真っ向勝負を挑んでいるようだが、無詠唱を使え
ない奴がエルに手数で挑むのは間違っている。案の定どんどんと押
されていき、最期は氷の槍に貫かれて死んだ。
﹁エル、次はこいつだ﹂
 彼女が休む暇も与えずに次の相手を示す。息が多少上がっている
が、まあ大丈夫だろう。エルが近付いてきたので、男から離れて術
式を解く。我に返った男はきょろきょろと周りを見回し俺の姿を探
しているが、エルが来たのを見るとそちらの方へ構える。
﹁先程の男は口だけのようだな。まさか戦わずに逃げ出すとは﹂

310
﹁⋮⋮何を言っているのか分かりません﹂
﹁お前、ダークエルフの癖に王国側につくとは、恥を知れ﹂
﹁分からないと言っているんですが、仕方が無いですね﹂
アイスランス
 エルに話しかける男にいきなり氷槍を放つと、男は予想以上に速
い動きでこれを回避した。そのままエルの方へ突っ込んで、切りか
アイススタチュー
かってくる。これを氷の壁を作って防ぐと、お返しに氷像を発動す
るエル。
 いい勝負なのだが、エルの方が一枚上手のようだ。相手が回避す
るのを前提で術式を撃ち込んで、地面に魔法陣を描いている。アド
リアナの真似をしているようだ。
 描いている術式を見て、エレインの手を取って森の中に避難する。
あまり表情に変化は出ていないが、僅かに不思議そうな顔を浮かべ
ついてくるエレイン。どうやらエルは戦闘中は周りが見えなくなる
タイプらしい。
 そして遂にエルの魔法陣が完成する。即座にこれを起動するエル。
スノウバウンド
第4種物質生成系術式、凍獄が発動し、魔法陣を覆うように激しい
吹雪が発生する。周りにあった死体ごと男を覆いつくした雪は、即
座に固まって動きを封じてくる。やがて全身が雪と氷に覆われた男
のオブジェが出来上がった。
 感心した様子で彼女を見ているエレインだが、俺としては何故一
人に対してこんな範囲術式を使うのか理解出来ない。集団相手には
単体術式の多重発動がいいと言うし、彼女にはなにかこだわりでも
あるのだろうか。
シャター
 破砕を使い、男のオブジェを粉々に砕いたエルがこちらへと走っ
てきた。

311
﹁どうでしたか? 前よりも上手に戦えたと思うのですが﹂
﹁もう少し回りの被害を考えろ。あのままあそこにいたら私達まで
巻き込まれていた﹂
﹁⋮⋮済みませんでした﹂
 反省はしているようだ。教訓として生かしてもらわなくては意味
がいないので、今後に期待する。さて、ここでの用事も済んだこと
だし、小屋に戻ることにしよう。
 翌朝、何事もなく起床出来た俺は、皆が起きる前にエルを起こし
た。先に倉庫の女、リリーといったか、彼女と共に転移で屋敷へと
戻ってもらうためである。他の奴らには先に帰らせたとでも言って
おけばいい。
 倉庫を開けると、昨日と殆ど変わらない状態で二人が倒れていた。
違うのは、昨日は重なっていた二人が、今日は離れていることだろ
うか。元凶である俺が言うのも何だが、どうやら仲違いしたようだ。
﹁では、この女はルーシアと同じ処置をしておけばいいのですね?﹂
﹁ああ、終わったら地下倉庫にでも放り込んでおいてくれ。一応彼
女のことはティアだけに伝えておいてくれ。多分上手くやってくれ
るだろう﹂
 手短に彼女の扱いを伝えると、魔法陣を起動する。転移が終わり
彼女達の姿が消えると、転移時の光で目が覚めた男がこちらを見て

312
いた。昨日までの反抗的な視線は鳴りを潜めている。
﹁⋮⋮彼女をどうするつもりだ﹂
﹁良くて実験用の母体だな。敵に負けた魔導師の扱いなんてこんな
ものだろう﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁まあしばらくすれば、彼女もお前と同じ所へやってくるだろう。
それまで暫しの辛抱だ。ではな﹂
ディスインティグレイト
 話しながら描いていた魔法陣を起動させ、男は分解で塵となって
消えた。そういえば男の精液ぐらいは採取しておけばよかったと今
になって考えたが、ダークエルフなど後でいくらでも手に入るだろ
う。
 それよりも早く王都に戻って、ナタリアの旦那を探し出さねば。
そう考えると胃が痛くなってくるが、これも自分が撒いた種だと思
うことにしよう。最近では厄介事に巻き込まれ過ぎていると思う。
 倉庫を片付けて、出た後には、男の塵も飛ばされて無くなってい
た。
 魔石をそろえてエレインの所へ行き、残っていた他のハイエルフ
たちにも核を入れてやった。皆美形揃いのハイエルフ達に囲まれて
いるのは威圧感があったが、彼女達の裸体を見れたので良しとする。
 ハイエルフは精霊なので、生物のように子供を作るのではなく、
株分けのように一つの個体から似たような個体を魔力で作り出す。
それ故彼女達もエレインと同じ女性型しかいなかった。元々全て一

313
つの個体から生み出されたので当然といえば当然だ。
 ここでの用事が全て終わり、後は帰るだけとなった。アレクなど
はようやく帰れることに喜びを隠せないようだ。貴族暮らしに慣れ
ている奴には、ここでの暮らしはさぞかし辛かったのだろう。
 ハイエルフが総出で送りにきてくれたので、他のエルフ達は遠く
から見守るだけになっていた。彼女達の姿など見たことが無いだろ
うに、何故すぐに分かるのだろうか。やはり雰囲気なのか。
 ここでナタリアがまたも俺達についてくると言い出した。そんな
気はしていたのだが、やはりこの森に残ってはくれないらしい。
﹁絶対についていくわ。あれだけ私を求めてくれたんだから、置い
ていくなんてそんな酷いことしないわよね?﹂
﹁⋮⋮エレイン殿、ここのエルフが森を出るのは掟破りではないの
か?﹂
﹁そうですね、あなたと一緒ということなら大丈夫でしょう。私達
を敵に回してまで秘密を喋るとは思えませんし。彼女のことは任せ
ましたよ﹂
﹁⋮⋮ああ、分かったよ﹂
﹁そう言ってくれると思ってたわ! ヤードの屋敷、どんな感じか
楽しみね﹂
 笑顔で言ってくるナタリア。エレインが駄目と言ってくれたなら
良かったのだが、どうやら彼女は俺達の仲を勘違いしているようだ。
最後の希望も消えたので、諦めてナタリアを連れ帰ることにした。

314
 昼食を食べたあとに近くの町の方向へと出発した。わざわざエレ
インが町の近くまでの道を開けてくれたので、町へはすぐにたどり
着くことが出来た。御者と合流し、王都までのんびりと揺られなが
ら帰っていく。
 後日改めて褒美を出すということで国王への報告も終わり、アレ
ク達と別れてルーシアとナタリアを連れて城を出た。
 色々あったが久しぶりに風呂に入れることを楽しみにしつつ屋敷
に戻ると、何故か我が家では俺が無類のエルフ好きということにな
った。わざわざエルを弟子にし、リリーを送ってきた事に続き、ナ
タリアまで連れ帰ってきたせいだ。
 ティアなどはエルフの真似をした長い耳をつけてきたので、止め
るように言っておいた。誤解もいい所なので否定しておいたのだが、
本人が言った所で説得力がなかったのか、噂はどんどんと広がって
しまった。
 後日、ソフィにもそのことを涙目で聞かれた。勘弁して欲しい。
315
第23話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
316
第24話
 レシアーナの件で王の間に呼ばれた俺達は、報酬の金貨を貰った。
前回よりも多いのはやはり国王も同盟が結べるとは思っていなかっ
たからなのか。
﹁よくやってくれた。そなた達のおかげで、王国も魔帝国の脅威に
怯えるばかりではなくなるだろう﹂
﹁勿体ないお言葉です﹂
﹁うむ、出発前に伝えられなかったが、そなた達にはレシアーナへ
と行く際に、新たな爵位を与えようと考えていたのだ。さらに同盟
を結んだ事実を踏まえて、ギルフレイア男爵には伯爵位を、ウェル
ナー準男爵には子爵位を、サガミ準男爵は男爵位を与えるものとす

317
る﹂
﹁はっ、アンリエント王国と陛下には、更なる忠誠を捧げます﹂
﹁期待しておるぞ﹂
 一応の体裁として俺達が出発する前に爵位を貰ったことになって
いる。これは同盟を結びに行った代表のアレクが男爵では、相手を
侮っていると取られかねないと思ったからだろう。確かに伯爵なら
ばかろうじて代表として面目が立つ。
 しかし俺が2つも爵位を上げられたのは何故だろうか。今回の交
渉の手柄は全てアレクに譲るように、エレインにも頼んでおいたの
だが。
﹁おお、ウェルナー子爵。そちらには別の件でレシアーナ代表のハ
イエルフから感謝状が届いておる。何でもハイエルフの危機を救っ
てくれたとか。これで早速あちらに貸しが出来た。よくやってくれ
た﹂
 あれは主に俺とエルのためだったのだが、相手が感謝してくる分
は素直に受け取っておく。しかし一気に二つも爵位が上がると、屋
敷やその他色々な所を変える必要があるのだろうか。後で聞いてお
くことにする。
 国王との謁見も終わり、今はナタリアを連れてとある所へ向かっ
ている。顔バレを防ぐため、今回は二人とも変装をしていた。
 サガミから聞き出した情報を元に、目的の場所にたどり着く。つ

318
いた建物は、誰がどう見ても娼館だ。現在は昼なので営業はしてい
ないが、女を連れて入るのには抵抗があるな。しかしながら用事を
済ますためには入らざるを得ないので、仕方なく扉を叩く。
 少しして、中から男が一人出てきた。格好からして従業員では無
さそうだ。ここの支配人とかオーナーだろうか。
﹁済みません、ただ今営業時間外なんですよ﹂
﹁分かっている。ここにレヴィンとかいうエルフがいると聞いてや
ってきたのだが﹂
﹁⋮⋮ああ、奴ですか。この前来た男の知り合いで?﹂
﹁まあそんな所だ。会わせてもらえるか?﹂
﹁はあ、まあいいですが。寝てる奴もいるんで、あんまり騒がない
で下さいよ﹂
 俺とナタリアを見て、一瞬で痴話喧嘩の類だと見抜いた男は、う
んざりした顔で返してきた。他にもこう言って殴りこんでくる奴が
いるのだろう。
 ともあれ許可を得たので、ナタリアを連れて娼館の中に入った。
娼館など入った事も無い彼女は、珍しそうにきょろきょろと周りを
見回している。
 営業時間ではないので、中は掃除をしている者がいるぐらいだっ
た。目が合うと訝しげな表情をされた後に、同情されたような視線
が来る。時間外に女連れで来ている奴の目的など一つぐらいしか考
えられないから、当然の反応な気もする。
 レヴィンの場所を尋ね、教えてもらった部屋へと行く。ノックは
しなくていいということなので、ナタリアを部屋の外に待たせてそ

319
のまま入ると、中は一人部屋だったようで、エルフが一人寝ていた。
一人部屋とは売れっ子なのだろうか。一瞬そう頭の中をよぎったが、
それ以上考えるのは止めた。
﹁起きろ﹂
﹁⋮⋮ん、まだ休憩時間中だと思うんだけど﹂
 男は寝ぼけながら起き上がった。少しやつれてはいるが、エルフ
だけあって今でも十分に美形だった。こいつがナタリアの夫らしい。
﹁それは済まなかったな。お前にナタリアのことで話があるのだが﹂
﹁ナタリア? もしかして彼女の知り合い?﹂
﹁ああ、先日盗賊に捕まっていた彼女を助けた。今は普通に暮らし
ている﹂
﹁それ本当? もう少し早く助けに来てくれたら、俺も助かったん
だけど。何でもっと早く来てくれなかったんだよ﹂
﹁盗賊を倒したのは偶然だ。本当ならば通り過ぎる所だったのだか
らな﹂
﹁じゃあ彼女に伝えてよ。俺はここにいるから助けてくれってさ﹂
 何だこいつは。意外と軽いというか、人を舐めているような態度
だ。ナタリアがどうしてこんな奴と結婚する気になったのか気にな
る所だ。

320
﹁まあその話は伝えておこう。だが今日来たのは別の用件だ﹂
﹁何?﹂
﹁夫がいることを知っていながら、彼女と一晩寝てしまった。申し
訳ない﹂
 頭を下げながら謝罪する。一発殴られるぐらいなら覚悟しておこ
うと思ったのだが、全く動きが無かったことを疑問に思い顔を上げ
た。奴は平然とした顔で俺を見ていた。
﹁そう、じゃああんたが彼女の替わりに俺の身請け金を払ってくれ
よ。それでチャラってことで﹂
﹁⋮⋮それで良いのか?﹂
﹁いいよ、元々彼女とはあんまり上手くいってなかったしね。でも
不倫されたなら、それなりの金を貰わないと納得出来ないしさ﹂
 人のことはあまり言えないが、こいつはかなりのクズのようだ。
まあ金で解決出来るならそれに越したことは無いが。
 そう思っていると、扉を勢いよく開けてナタリアが入ってきた。
怒りに満ちた表情で奴を見ている。どうやら聞き耳を立てていたら
しい。
 奴も彼女が突然入ってきたことに戸惑いを隠せないようだ。俺と
彼女の顔を交互に比べて、事態を把握しようとしている。
﹁レヴィン! あなたがそこまで下種な奴だったとは思いもしなか
ったわ!﹂

321
﹁や、やあ、ナタリア。今の話はちょっと誤解があると思うんだ。
ちゃんと話し合おう﹂
﹁話すことなんか何も無いわ! 最低! あなたとなんか、もう離
婚よ!﹂
﹁待ってくれ、そう、君の事は心配していたんだ。でもこんな生活
を続けていたから、ちょっと魔が差して⋮⋮﹂
﹁五月蝿い、このクズ! ヤード、行きましょ! こんな奴、一生
ここで働いていれば良いんだわ!﹂
 ナタリアはそのまま部屋を飛び出していった。人のことを放って
おいて飛び出していくのは、彼女の癖か何かなのだろうか。後に残
った俺は、呆然とするやつの方を見て、肩を叩いた。
﹁とりあえずここから出るための金は払おう。彼女の件はそれから
⋮⋮﹂
﹁え、本当にくれるの? 有り難う! お礼に、もう彼女のことは
君に任せるよ!﹂
﹁⋮⋮そんな適当に決めていい事ではないと思うのだが﹂
﹁いいって、それよりここではエルフってだけでレシアーナよりも
モテるからさ、ナタリアに構ってる暇はあんまりないんだよ﹂
 なるほど、下種とはまさにこういう奴を言うんだろうな。まあ奴
が納得しているならそれでいい。ナタリアはこいつと仲直りをする
つもりもなさそうだし、この件はこれでお仕舞いだろう。

322
 帰り際に先程の支配人らしき男に身受けの金を払って開放してや
るように言っておいた。予想していたよりもあっけない幕切れだっ
たが、まあいい。
 ナタリアを探したが見つからなかったので、先に屋敷へと帰るこ
とにした。家の前まで来ると、門の前に見知った顔がいるのが見え
る。フェアリスだ。
﹁フェアリス殿、何か用か?﹂
﹁ああ、探しました。ヤード様、近頃流れている噂は本当でしょう
か?﹂
﹁噂?﹂
﹁ええ、何でもヤード様は何人ものエルフを囲って遊び呆けている
という⋮⋮﹂
﹁全くの誤解だ。そのような信憑性のない噂に踊らされない方が良
いぞ﹂
﹁しかし、その噂を聞きつけた教会の方が、ヤード様を異端の罪で
裁くという話が出ていまして⋮⋮﹂
 まさかの話に頭痛がしてくる。エルフの知り合いが割と多いのは
事実だが、別にエルフが好きなわけじゃない。好みの度合で言えば、
ナタリアよりもティアの方がいいに決まっている。
 話を聞くと、最近の噂を聞いた教会の誰かが俺を異端だと言い始

323
めたらしい。そもそも教会に入信した記憶はないのだが、この世界
では優秀な魔導師ほど敬虔な神の信徒であると信じられているので、
教会からすれば俺はとても敬虔な信徒であるらしい。
 それにしてもまだナタリアを連れ帰って間もないのに、どうして
噂が広まるのがここまで早いのか。屋敷の人間が情報を洩らしてい
るだけとは思えない。
﹁済みません、エルマイアさんとずっと一緒にいても手を出さなか
ったので、ヤード様はそんな無節操な人ではないと分かっているつ
もりだったのですが⋮⋮﹂
﹁いや、もしかすると噂が流れたからそれに便乗しただけで、元々
私を陥れようとしていたのかもしれない。何とか件の人物に話をつ
けることは出来ないだろうか?﹂
﹁今日明日で会う事は出来ないと思います。皆さん忙しそうですか
ら﹂
﹁そうか、それまでは何処で身を隠していようか⋮⋮﹂
 この件は早急に調べてもらった方がいいな。フェアリスと分かれ、
ティアにこの件についての情報を集めてくるように頼んだ。本気で
俺を異端扱いしている可能性も無い訳ではないが、噂の広まる速度
が速すぎることを考えると、教会の手引きがあったと見るのが妥当
だろう。
 ふとナタリアのことが気になった。もしかすると、教会が彼女の
方にも手を伸ばしているかもしれない。そう考え来た道を引き返し
た。

324
 通りには彼女を見た人間がいなかったので、裏路地の方を探して
いる。昼間だというのに何やら怪しげな人間が多く、あまり雰囲気
は良くない。王都だというのに治安が良くないのは問題だと思う。
 遠くの方で聞き覚えのある叫び声が聞こえた。急いでそちらに向
かうと、ナタリアと男達が争っていた。普通の冒険者以上には戦え
る彼女だが、広くも無い路地で複数人に襲われては、流石に敵わな
かったらしい。地面に組み伏せられた彼女の顔は、既に殴られたよ
うな痕がある。
フィアー
 恐怖で男達を昏倒させ、彼女の元に近寄る。俺が来たことに気付
いた彼女は、全身をボロボロにした状態で立ち上がった。顔だけで
なく全身を暴行されたようだ。
メジャーヒール
 急いで彼女に上級治癒を掛ける。徐々に血色が良くなり全身の傷
跡も消えて、服以外は元通りになった。俺が来ていたローブを掛け
てやると、彼女は嬉しそうに俺に抱きついて頬に口づけをしてきた。
﹁あなたならきっと来てくれるって信じてたわ﹂
﹁済まないな、すぐに探しに来るべきだった。それよりどうして君
を襲ってきたのか分かるか?﹂
﹁心当たりは無いわ。歩いていたら突然襲ってきたんだもの﹂
エクストラクトメモリー
 動きからしてただのごろつきでないことは確かなので、記憶抽出
で記憶を抜き出す。結果分かったことは、こいつらは教会の回し者
だということと、命令を出したのは司教のフィルポットという男だ
ということだ。何故俺を狙っているのかは分からなかった。
﹁つまりこいつらは、私とヤードが結婚するのが気に食わないのね
?﹂

325
﹁おい、ちょっと待ってくれ。まだ一度も結婚するなど言っていな
いだろう﹂
﹁責任とってくれるって言ったじゃない﹂
﹁そもそもレヴィンの対応が予想以上に酷かったのだ、あんなに簡
単に別れるとは思っていなかった⋮⋮﹂
﹁あんな奴とヤードを比べるなんてとんでもないわ。さっきも私が
襲われている所に颯爽と現れて助けてくれたし⋮⋮﹂
 結婚するならティアとしたい。しかしながらソフィにもそれらし
いことを言ってしまったので、ソフィを娶ることになったら正妻に
選ばなくてはいけないだろう。王族を差し置いてメイドやエルフが
第一夫人などまず有り得ない。
 彼女を妻にするにしても第三婦人がいいところだろう。第二は当
然ティアだ。
 襲われたことはもうどうでもいいのか、勝手に妄想の世界へと入
り込んだナタリアを連れて屋敷に戻った。
 屋敷にはまだフェアリスがいた。エルが招き入れたらしいが、人
の家で勝手をするなと言いたい。まあ彼女には聞きたいことがあっ
たので、今回は大目に見よう。
﹁あら、ヤード様、お邪魔しています。それにそちらはナタリアさ
んですね。初めまして、教会の方でお世話になっています、フェア
リスです﹂

326
﹁ナタリア、彼女も勇者の一人だ﹂
﹁⋮⋮ああ、あなたも勇者なのね。ナタリアよ、よろしく﹂
 ナタリアはいきなり話しかけてきたフェアリスに警戒しているよ
うだったが、勇者と分かると警戒を解いた。
 フェアリスは俺を待っていたそうなので、エルには席を外しても
らった。ナタリアと話しながら立ち去っていくエルを見送った後、
フェアリスと向き合う形で席につく。
﹁フェアリス殿、いきなりで悪いのだが、フィルポットという男を
知っているか?﹂
﹁ええ、司教のフィルポット様の事ですね。彼は確か、ヤード殿が
異端だという噂には否定的だったはずです。あの方がどうかしまし
たか?﹂
﹁つい最近名前を聞いたので、ついでに尋ねさせてもらっただけだ﹂
﹁そうですか。あの方なら、ヤード様の無実を証明する手助けをし
てくれるかもしれませんね。一度尋ねてみてはどうでしょうか?﹂
 フェアリスの提案は割といい案だと思う。彼女の考えとは違うだ
ろうが、今回の目的を直接調べた方が早いだろう。人を襲っておい
て例の噂には否定的な立場を取っているなど、どう考えても裏があ
る。
﹁そうだな、フェアリス殿から頼んでくれないか? 私の関係者だ
と教会に入れるかどうかかさえも分からないからな﹂

327
﹁いいですよ。では私の方から伝えておきますので、また面会の日
付が決まったらお知らせしますね﹂
﹁済まないな﹂
﹁いえ。それでは長居をしてしまいましたので、この辺りでお暇さ
せてもらいますね﹂
 フェアリスは席から立ち上がり、メイドに案内されて部屋を出て
行った。彼女が屋敷から出て行ったことを確認すると、ティアを呼
んだ。
﹁何か御用でしょうか﹂
﹁フィルポット司教とやらについて、何か知っている情報はあるか
?﹂
﹁フィルポット司教ですか。フェアリス様が協同司教を勤めている
教会の司教をしている男です。元は異端審問官などもやっていたそ
うです。周りからは誠実な人物と評価されています﹂
﹁何か以前に失敗したとか、担当する地域で事件が起こっていたり
とかはないのか?﹂
﹁司教自身にも、担当する教会や教区にも悪い噂はありません。他
の地域より治安も比較的良く、敬虔な教徒が多いようです﹂
 思っていたよりも真面目な人物だった。では何故俺達を襲ってき
たのか。襲撃者達が、雇い主とフィルポットとを勘違いしていた可

328
能性もあるが、そうなると首謀者が誰か分からなくなるな。
 こんなことなら襲撃者の一人でも連れてくるべきだった。雇い主
の名前が簡単に出たことで油断していたようだ。
﹁フィルポット司教の周りには、誰か怪しい人物が近付いていたり
しないのか?﹂
﹁そこまでは分かりません。すぐに調査してきます﹂
﹁調査か、別に必要ない気も⋮⋮いや、やっておいてくれ﹂
﹁分かりました。では明日までには調べて参ります﹂
 ティアが部屋を出て行くのを見送りつつ、今後の予定を考える。
とりあえずほとぼりが冷めるまで、庭に秘密の地下室でも作ってお
こうか。あまり居心地が良さそうではないが、まあ仕方ない。
 早速庭に出て適当な広さの場所を選んで地下室を作った。強度は
魔道具で無理やり高めているので、地震が来ても崩れるような心配
はない。家具を持ち込むと秘密基地のようで、子供の頃に戻ったよ
うにテンションが上がってきた。
 そんな子供じみた事をやっていた俺に、また事態を悪化させる知
らせが届いた。
 フェアリスが異端者に便宜を図っているという咎で幽閉されたら
しい。これはまた面倒くさい展開になってきたな。 329
第24話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
330
第25話
 このアンリエント王国では、並の貴族よりも教会の権威が強い。
アンリエントの東部に、世界を作った神が眠っているという伝説の
ある霊峰があり、この世界の人間は大体その神を信じているせいだ。
 おかげで国王といえども教会を意のままに従わせることは出来ず、
結果として俺とフェアリスに異端の罪が掛かっても、おいそれと手
出しが出来ないでいるのだ。
 そもそも何故俺が異端かというと、俺が魔導師なのにエルフを妻
に迎え入れようとしていると思われているからだ。
 この世界の術式は神に祈る形で発動させるため、必然的に魔導師
は教会に集まってくる。
 強い魔導師はそれだけ敬虔な信徒であると見做されるのだ。ただ
しそれは人間だけで、エルフなどの他種族はたとえ魔導師といえど

331
も、神の信徒とは思われない。
 レシアーナでもそうだったのだが、人間の国に所属していないエ
ルフは基本的に独自の神や精霊を信仰している。精霊を信仰してい
るエルフ達は異教の徒として認識されているが、それ自体が異端な
訳ではない。
 問題は異教徒と婚約をしていると思われている俺の方だ。王国の
教会の教えでは、異教徒と結婚するのは異端とされているので、俺
は教会から見ればまごう事なき異端者であるというわけだ。
 ちなみにフェアリスは俺と親密な仲であるという疑いで幽閉され
ている。異端を庇うのはそれだけで罪になるからだ。他の勇者達も、
保身のため俺とは関わらないようにしている。
 現在俺は屋敷の庭にある隠し部屋に身を隠しているし、フェアリ
スは何処かの教会に幽閉中だ。ティアに聞いたところによると、フ
ェアリスが教会へと戻って司教に俺の面会について尋ねた所、待ち
構えていたように教会の守衛達が彼女を捕らえたのだという。
 フェアリスは信用出来ると言っていたが、この分だとフィルポッ
ト司教は黒だろう。
﹁何か司教についての情報は分かったか?﹂
﹁ええ、あまり噂になるような人物ではありませんね。少々出世欲
が強いとのことです﹂
﹁例えば俺とフェアリスを異端の罪で裁いたとして、奴の評価が上
がるものなのか?﹂
﹁それはないでしょう。ご主人様が異端であると言い出したのは彼
ではありませんし、既に異端審問に関わる身でもないでしょうから﹂

332
﹁そうなると、奴と繋がっている奴がいるのかもしれないな⋮⋮﹂
 しかし俺とフェアリスを陥れて得をする奴など、悪いが他に心当
たりが無い。ディアンやバークフィールドの復讐の線で考えるにし
ても、フェアリスまで巻き込む必要性がないからな。
 魔帝国という線も考えられるが、流石に他国の間者と会っている
なら、一介の司教がティアの諜報能力を掻い潜れるとも思えない。
今は俺の所でメイドをやっているが、これでも彼女は元々優秀な密
偵だったのだ。
﹁そういえば屋敷の人間はどうしている?﹂
﹁特に変わりはありませんが、エルマイア様とナタリア様はお部屋
から出さないよう伝えておきました﹂
﹁そうか。まあこの屋敷にいる間は大丈夫だろうが、万が一のため
には必要な事だ﹂
 それにしても暇だ。フェアリスと連絡を取ろうにも、結界の中に
閉じ込められているのか、彼女に渡した腕輪の場所すら認識出来な
い。こうなったら自分の足で捜しに行くか。
﹁ご主人様、あの⋮⋮﹂
 ティアが声を掛けてきたので彼女の顔を見ると、申し訳無さそう
な表情をしていた。なるほど、ご褒美が欲しいというのか。
 彼女を抱き寄せると、抵抗無くこちらの胸に身体を預けてきた。
レシアーナに行っている間は彼女に構うことも出来なかったからな。
夜には存分に可愛がってやるとして、今は口付けだけしてやろう。

333

 日も落ちてきたので、そろそろ行動を開始するか。一応保険に隠
イド
密を使い、気配察知や術式の探知には引っかからないようにする。
グレーターテレポート
 司教がいるという教会に上級転移で行こうとしたが、教会自体に
結界が張ってあるらしく、仕方ないので近くまで跳んでから歩くこ
とにした。
 堅牢な石造りの建物がそびえ立っている様は、ちょっとした城の
ような威圧感を感じる。
 教会に張り巡らされた結界は外からの術式を遮断する効果だった
ので、普通に通り抜けることが出来た。中に入ると俺の魔力反応が
感じられる。試しにフェアリスに念話を送ってみると、繋がった。
どうやらここに閉じ込められているようだ。

︵フェアリス殿、聞こえるか? ヤード・ラス・ウェルナーだ︶
︵ヤード様ですか? 済みません、捕まってしまいました⋮⋮︶
︵それは分かっている。司教の居場所を知っていたら教えてくれ︶
︵司教様ですか。先程まで私と話していましたが、今はおそらく自
室に戻られていると思います︶
︵そうか、ではその自室の場所を教えてくれ︶
 曖昧な説明だが、何とか司教の部屋の場所を理解した俺は、フェ
アリスに礼を言って念話を切った。二階の端の部屋に司教がいる可
能性が高いので、早速向かうことにする。

334
 日が落ちているので、周りには人気が無く、時々見回りに来る人
間がいるぐらいだ。中は思ったよりも入り組んでおり、たびたび行
き止まりに当たってしまったが、物陰に隠れながら慎重に進み、目
的の部屋までやってきた。少し扉を開けて中の様子をうかがうと、
40代程度の男がいるのが見える。あれがフィルポットか。
 奴は机に向かって何やらやっている。こちらには気付いていない
ようなので、ギリギリ術式の効果範囲に入るよう身を乗り出して、
ソートスティール
窃思を使った。
︵⋮⋮まだ捉えたばかりだから仕方ない。最悪既成事実さえ作って
しまえば、後はこちらのものなのだ。まだあの男を捕らえてもいな
いし⋮⋮︶
サイコメトリー
 あの男とはおそらく俺のことだろう。記憶閲覧を使うには少々距
離が足りないが、これ以上近付けば視界の端に入ってしまうかもし
れないので仕方が無い。一度扉を閉め、再びフェアリスに念話を送
る。
︵フェアリス殿、一つ質問があるのだが。先程司教と何を話した?︶
︵あの話ですか⋮⋮無実を証明するための手段を教えてもらっただ
けです︶
︵ふむ、何かの取引か?︶
︵いえ、ヤード様と親密でないことを証明するために、司教様と婚
姻を結んではどうか、という話でした。敬虔な信徒同士で婚姻を結
べば、異端の疑いは晴らされるだろう、と︶
 まさかの話に頭痛がする。まさか今回の件、そんなくだらない理

335
由で起こしたのか。流石に他の目的もあると信じたい。何故毎度こ
んな下らない事件に巻き込まれなくてはいけないのだ。結婚したい
なら勝手に告白でもしておけばいいだろう。
︵⋮⋮それで、そちらはその提案を呑んだのか?︶
︵まさか。異端の疑いを晴らすために婚姻を結ぶなど、そんな破廉
恥なことは出来ません︶
︵まあそうだろう。だがあの司教はそちらを諦めてはいないぞ︶
︵そうなのですか⋮⋮︶
 念話越しでも分かるほど疲れた様子のフェアリス。まあ確かに年
齢的に倍はある相手との結婚は、お互い好き合ってでもいないと出
来ないだろう。それにあちらは下心が透けて見えている。
 フェアリスを逃がしてやった方がいいのではないかと思ったが、
ここであまり目立つような行動をしても危ないと考え、今回は彼女
を置いていくことにした。
 そのとき司教の部屋から誰かが出てくる音が聞こえた。慌てて念
話を切って廊下の角に隠れると、中から司教が出てきた。向かった
先は腕輪の反応がある方向だ。おそらくフェアリスの所に行ったの
だろう。
 夜に婦女子の部屋へ赴くということと先程の思考から考えて、何
となく司教の目的が察せてしまう。流石にここで知り合いを見捨て
るのはいかがなものか。幸い奴も人目につかないよう移動している
ようだし、同じ勇者仲間として彼女を助けに行ってやろう。
 しかし考え事をしている間に奴を見失い、何処へ行ったか分から
なくなった。腕輪の反応を頼りにうろついているが、それらしい場

336
所に部屋が無い。一体どういうことだ。
 フェアリスに念話を送ってみたが、全く反応が無い。念話に出ら
れないのは意識が別の物に向いていたり集中したりしている時なの
で、既に司教が部屋に着いてしまったようだ。
 これ程探しても見つからないということは、隠し部屋か何かがあ
るに違いない。そう思ったとき、微かに悲鳴のような声が聞こえた。
そちらの方へ行ってみるが、ただの壁だ。一応叩いたり押してみた
りしたが、反応がない。
 仕方が無いので最終手段を使うことにした。手早く魔法陣を二つ
ディスインティグレイト
描き上げ、まずは壁に向けて分解を撃つ。一瞬で分厚い壁が塵と化
し、その奥には部屋があった。
 遮音用の結界が張ってあるその部屋には、服を破られて裸のフェ
アリスと、彼女を組み敷いている司教がいた。二人ともいきなり壁
が消えたので驚きのあまり固まっている。
チック
 隙だらけの司教にもう一つの魔法陣を起動し、窒息を放って気絶
フィアー
させた。恐怖の場合はトラウマが残る可能性があるが、こちらは脳
に後遺症が残る可能性がある。まあこんな事をするような奴には、
もしそうなったとしても罪悪感は覚えないのだが。
 本当に何も無い部屋だったようで、当然彼女の換えの服も無さそ
うだ。まだ呆然としているフェアリスに俺のローブをかけてやると、
自分が助かったことに気付いて涙を流し始めた。
﹁や、ヤード様、有り難うございます⋮⋮﹂
﹁礼は後でしろ。誰かが来る前に急いでここを離れるぞ﹂
﹁は、はい﹂
ハイド エクストラクトメ
 見張りに見つからないように彼女にも隠密をかけ、司教に記憶抽

337
モリー
出を使ってここでの出来事を抜き出す。これで俺が下手人だとは分
からなくなった。
リペア
 フェアリスの手を取り急いで脱出する。分解した壁は修復で見た
目だけでも戻しておく。壁が分厚いので完全には治せないが見た目
は全く違和感が無いので、これで誤魔化しは利くだろう。
グレーター
 結界の範囲外まで逃げてくると、彼女を当て身で気絶させ、上級
テレポート
転移で屋敷まで戻った。
 とりあえず地下の隠し部屋に連れてくる。ここならば見つかる可
能性はかなり低いだろう。
 いざという時のために用意しておいた簡易ベッドを出し、フェア
リスをその上に寝かせていると、俺が戻ってきたことを何処で見て
いたのかは知らないが、すぐにティアが入ってきた。
﹁お帰りなさいませ、ご主人様﹂
﹁ああ、とある事情でフェアリスを匿おうと思っている。食事は一
人分多めに用意しておいてくれ。あと、彼女に替えの服と毛布を持
ってきてやってくれないか?﹂
﹁分かりました﹂
 すぐに替えの服と毛布を持って来てくれたので、とりあえずフェ
アリスの近くに服を置き、毛布をかけておく。彼女はまだ目が覚め
る気配が無い。そんなに強くした覚えは無かったのだが。
 しかしフェアリスの裸を散々見たせいで、こちらも少しムラムラ
とした感情が出てくる。いつもは特に何も感じていないが、フェア
リスもそれなりにいい女だ。あの司教が襲いたくなる程度の美貌と
身体は持っている。
 興奮してきたので、まだ帰っていなかったティアをベッドへと押

338
し倒す。彼女の方も期待していたのか、フェアリスが寝ているとい
うのに抵抗もしない。
 胸に顔を埋めると、彼女の甘い匂いがした。そのまま彼女の豊か
な双丘を服の上から揉みしだく。服越しでも分かる柔らかな感触を
味わっていると、彼女が俺の手を取った。
﹁ご主人様、ここも⋮⋮﹂
 彼女は俺の手を自分の秘部へと導き、物欲しそうな目で見つめて
きた。スカートの中に手を入れてみると、下着は既に湿っており、
彼女が興奮していることが分かった。
﹁もう濡らしているとは、そんなに私の物が欲しかったのか﹂
﹁はい、ご主人様の物で貫いて欲しいです⋮⋮﹂
 甘えるような声で言ってくるので、当然その言葉に応えてやる。
足を持ち上げ、彼女の下着を脱がせると、俺もズボンと下着を脱い
で、肉棒を取り出す。
 そのまま正常位で彼女の膣穴に肉棒を当てて貫こうとした所で、
ふと視線を感じフェアリスの方を見た。
 慌てて顔を背けて寝ているフリをし始めたが、こちらの様子を伺
っていたのには気付いた。彼女のことだから、俺達を見たら止めに
入るか叫ぶか、どちらかだと思っていたのだが、面白い展開になっ
てきた。 
﹁ティア、入れて欲しかったら精一杯いやらしく誘ってみろ﹂
﹁はい⋮⋮ご主人様の熱く滾っているその肉棒で、私のいやらしい
雌穴を突いて、中を掻き回して下さい⋮⋮﹂

339
﹁ああ、存分に味わえ﹂
 彼女の膣内を一気に貫き、そのまま激しく突きまわし始めた。フ
ェアリスが近くで寝ているため、彼女はあまり大きな声を出してい
ないし、今も口を閉じて必死に声を押し殺している。
 だがそれでは面白くない。彼女を持ち上げ、結合部がフェアリス
にも良く見えるようにして、下から彼女の膣穴を貫く。淫靡な水音
をたてながらもこちらの物を貪欲にくわえ込んでくる彼女の様子を、
ちらちらと見ているのが分かる。
﹁ほら、自分が今どうなっているのか説明してみろ﹂
﹁ご、ご主人様の物でっ⋮⋮私の中が突き上げられています⋮⋮ん
んっ﹂
﹁ちゃんと声を出せ。喘ぎ声も出ていないぞ﹂
﹁申し訳ありませっ、ああっ! それいいですっ、子宮がガンガン
突き上げられてぇっ!﹂
 腰を掴んで深く刺さるように押し込んでやると、途端に声を上げ
て喘ぎ始めた。こちらを向いて舌を伸ばしてきたので、俺も舌を伸
ばして彼女の物と絡ませる。もちろん腰を動かすのを止めたりはし
ない。
﹁そうか、これが良いのか。もっと突いてやろう﹂
﹁あぅんっ! 有りがとっ、ございますっ! ああ、奥まで来るぅ
!﹂

340
 肉がぶつかり合いパンパンと小気味の良い音を鳴らしながら、激
しく腰を振ってお互いに快楽を味わう。膣内は俺の肉棒をいい具合
に締め付け、こちらの射精感を煽ってくる。
 久しぶりの彼女の肉体はとても刺激的で、俺もすぐに絶頂の時が
近づいてくるのが分かる。
﹁くっ、ティア、そろそろ出すぞ!﹂
﹁はいっ、私の子宮にっ、熱い精液たっぷり注ぎこんでぇ!﹂
﹁だ、出すぞ、くぅっ!﹂
﹁あぁあああっ! ご主人様のが入ってきますぅ!﹂
 ティアの腰を押し付けて、膣内に精液を注ぎこむ。彼女の中は俺
の物を全て搾り取るかのように蠢き、いつも以上に大量の精液が出
された気さえする。
 たっぷりと彼女の中に出し終わって肉棒を抜くと、ティアはすぐ
に俺の物を口に咥え、残った精液を吸い出し、いやらしく音を立て
ながら掃除をしてくれた。
 フェアリスの方を伺うと、顔を背けながらも頬が赤くなっている。
起きるなら今のうちだと思ったが、彼女が寝たフリをやめる気配が
無かったので、二回戦を始めることにした。
341
第25話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
342
第26話
 ティアと二回やった後、彼女は屋敷の方へと戻っていった。この
部屋に残っているのは俺と寝たフリを続けているフェアリスだけだ。
ティアが出て行っても起き上がる気配が無いので、彼女は俺達の情
事に気付かなかったということにしたいらしい。
 まあ文句を言われるよりは良いので、俺も彼女のことは放ってお
いて寝ることにした。
 そろそろ意識が遠のいてきた時、フェアリスがもぞもぞと動いて
いる気配がした。気付かれないようにそっと伺うと、やはり彼女は
ごそごそと動いていた。
 寝相が悪いのかと思ったが、なにやら粘着質な水音がする。改め
て彼女を見ると、少しばかり息が荒くなっており、頬も赤く染まっ

343
ている。どうやら自慰をしているようだ。俺とティアの情事に当て
られたのか、まさかそんなことをするような奴だとは思わなかった。
 真面目な神官であった彼女も、所詮は若い女ということか。普段
は真面目で清楚な人物なので、知らず知らずのうちに身体を持て余
しているのも無理は無い。
﹁⋮⋮ん⋮⋮んぅ⋮⋮﹂
 何か小声で呟いている気もするが、ここからだと聞き取れない。
これ以上彼女の自慰を見ていても仕方が無いので、さっさと寝るこ
とにする。
﹁んっ⋮⋮あぅ⋮⋮﹂
 少し声が大きくなって、動きを止めた。どうやらイったようだ。
毛布を整えて、彼女も眠りの体勢に入った。結局最後まで聞いてし
まったが、俺も早く寝ることにしよう。
 目が覚めると、既にフェアリスも起きていた。いつもの修道服の
ような服ではなく、横に置いていた替えの服に着替えているので、
いつもと印象が違った。
 彼女は自分の寝ていた場所を見ながらため息をついていた。いい
年をしておいて、何か粗相でもしたのだろうか。
 俺の視線に気付いた彼女は慌てて毛布を上にかけ、ぎこちない笑
みを浮かべながらこちらの方を向いてきた。
﹁お、おはようございます、ヤード様﹂

344
﹁こんな地下では、今が朝かどうか分からないと思うが﹂
﹁そうでした、ここは一体何処なのでしょうか?﹂
﹁私の屋敷にある地下室だ。教会の目から逃れるには十分だろう﹂
﹁あ、そのことですが、昨日は危ない所を助けて頂いて有り難うご
ざいました﹂
﹁気にするな。司教を調べに行ったついでだ﹂
 とりあえず彼女が何か知っているか確かめるために、昨日司教か
ら読み取った考えを彼女に教える。だが彼女は何も知らなかったよ
うで、力なく首を振った。
 司教の目的が彼女だと言うことは分かったが、俺を捕らえる方に
も力を入れているとなると、他にも何か目的があるのだろうか。
 しまったな、あそこで急がずにそのあたりの記憶も抜いてくれば
よかった。あの時は焦っていたので、そんなことにまで気が回らな
かった。
﹁あの、済みません⋮⋮﹂
﹁ん? どうした?﹂
 彼女が声をかけてきたので、一時思考を中断して彼女の方を見た。
もじもじと股を擦り合わせているのを見て、すぐに事情を察した。
﹁用を足すならあそこでしてくれ﹂

345
 俺が指差した方向には、風呂場についているのと同じ穴がある。
穴の繋がっている所も一緒だ。一応仕切りもついているが、元々一
人で隠れるように作った場所なので、音を遮れるほどの効果はない
だろう。
 当然ながら彼女も聞かれるのは嫌に決まっているので、困った顔
でこちらを見てくる。仕方ないのでティアを呼ぶことにした。
 念話で呼び出すとすぐに駆けつけた彼女に、フェアリスを風呂の
隣に設置してあるトイレに連れて行くよう頼む。この地下室から脱
衣所の方には直通で行けるようにしたので、そちらの方でしてもら
えばいい。ついでに風呂で身体を洗ってやるように伝えておいた。
 彼女達が風呂に行ったのを見て、こちらも出した寝具を片付ける
ことにした。毛布を剥ぎ取ると、ベッドにシミが出来ていた。昨日
の自慰のせいか。何とも言えない微妙な気分になったが、洗って乾
かしておいた。
 風呂から戻ってきたフェアリスは、自分の寝ていたベッドのシー
ツが剥がされているのを見て、慌てた様子でこちらに近寄ってきた。
﹁や、ヤード様、私の寝ていたシーツはどうしたのですか?﹂
﹁ああ、それなら片付けた。気にすることは無い﹂
﹁うう⋮⋮あ、有り難うございます⋮⋮﹂
 羞恥で顔を真っ赤に染めてしゃがみ込んでしまったフェアリスを
横目で見ながら、ティアがこちらに近寄ってきた。
﹁ご主人様、お手紙が届いております﹂

346
﹁誰からだ?﹂
﹁はい、ソフィア様からです﹂
 ソフィからの手紙か。封を切って手紙を読んでみる。今夜彼女の
部屋に来て欲しいということが書いてあった。俺が屋敷にいるのは
彼女も知らないはずなのだが、よく手紙を出そうと思ったな。ティ
アならば俺の居場所に届けてくれるとでも信じていたのだろうか。
 とりあえず今晩お邪魔することにしよう。もちろん正面からでは
なく、転移を使って直接入るのだが。
 夜になるまでは暇なので、新術式の研究でもすることにした。
 俺がやっている所を興味深そうに見ているフェアリスだが、彼女
の使う術式としての形式が違いすぎるので、全く理解できていない
ことだろう。
 しばらくはこちらの作業を見ていたが、やがて傍を離れていった。
そして元々の日課だったのか飽きたのかは分からないが、神への祈
りを始めた。
 まあこの部屋でやることが無いというのは分かるので、好きにさ
せておくことにした。
 夜になり、ソフィとの約束のために城へ行く準備をする。フェア
リスはここで大人しくしていてもらうことにして、彼女のお守りを
ティアに任せた。フェアリス一人だと何かと不安だからな。
グレーターテレポート
 フェアリスに見られないよう風呂場へ移動し、上級転移を使う。
ソフィの部屋へ移動すると、彼女は俺が転移で来るのを分かってい

347
たかのように、こちらの方を向いていた。
﹁いらっしゃいませ、ヤード様﹂
 椅子を引きながらこちらに挨拶をしてくるソフィの姿は、以前よ
りも艶めいて見える。あの夜の一件からぐっと魅力が上がったと思
う。
﹁ああ、失礼する。それで、今日私を呼んだ理由は何なのだろうか
?﹂
﹁はい、最近ヤード様が教会の方から異端の疑いがあると知らせを
受けまして、疑いを晴らして差し上げたいと思ったのです﹂
﹁なるほど、それは有り難いが、どうやってその疑いを晴らすのだ
ろうか?﹂
﹁ええ、とても良い方法が﹂
 彼女は自信有り気に返してきたので、教会にコネでも持っている
のかもしれない。続きを聞こうとした所で、部屋の扉が叩かれた。
どうやら俺以外にも客が来たらしい。しかし、入ってきた人物は予
想外の人間だった。
﹁ソフィア、邪魔するぞ﹂
﹁ええ、急なお願いを聞いてくださって有り難うございます、お父
様﹂
 入ってきたのは国王だった。突然の事に面食らったが、すぐに椅

348
子から立ち上がり必死に言い訳を探す。夜なのに娘の部屋にいる男
を、親がどう思うかなど一つしかない。
﹁国王陛下。これには訳が⋮⋮﹂
﹁よい、ウェルナー子爵。そなたがいることは娘より聞いておった。
楽にしてくれ﹂
﹁有り難い⋮⋮﹂
 一瞬駄目かも知れないと思ったが、国王の方は俺がいることをあ
まり気にしていないようだ。ソフィは俺が慌てている姿を見て、声
を押し殺して笑っている。こんなサプライズはいらなかった。
﹁さて、ソフィアよ。こんな時間にしたい話とは何だ?﹂
 国王が厳しい視線を送っているのだが、彼女は微笑を崩さずに俺
の方を手で示した。
﹁ヤード様との婚姻の許可を頂きたいのです﹂
﹁なっ!﹂
 いきなりの発言に驚いたのは俺の方だ。彼女がそう思っているの
は知っているが、まさか父親に向かっていきなりそれを言うとは思
わなかった。
 国王の様子をうかがったが、彼はあまり驚いた様子も無く、娘に
厳しい視線を送り続けていた。
﹁⋮⋮ソフィアよ、何故今なのだ。まずはその理由を聞かせてもら

349
おうか﹂
﹁はい。以前よりヤード様とは婚姻の約束をしておりました。彼は
然るべき地位を手に入れるまで待っていて欲しいと言われていまし
たが、今の教会の暴走を止めるために、私達の仲を公にするのがい
いと思いまして﹂
﹁⋮⋮そうか、別に王族が恋愛結婚をしてはならんなどと言うつも
りは無い。しかしウェルナー子爵がお前を娶るには、少々爵位が足
らん。それは分かっているのか?﹂
﹁ええ、ですからお父様をこの場に招いたのです。どうかヤード様
の爵位を上げるようご助力願えませんか?﹂
﹁⋮⋮﹂
 国王は娘の頼みに目を瞑って唸っている。娘に協力してやるかど
うかを考えているのだろうか。しかしそのとき俺が考えていたのは、
この件を無かったことに出来るかどうかだった。
 まさかいきなり父親と面会とは思わなかった。もっと男女の仲は
ゆっくり進むものではないのかという、どうでもいい考えが頭の中
を駆け巡っていた。
﹁⋮⋮うむ、良いだろう。子爵が爵位を上げるに相応しい手柄を得
る機会を与えればよいのだな?﹂
﹁はい﹂
﹁では、以前から難攻不落と言われておる、イストリアの砦を攻略
してきて貰おうではないか﹂

350
﹁イストリアですか? それは流石に難しいと思うのですが⋮⋮﹂
﹁娘をくれてやるのだ、それ位の才は見せてもらわねば困る。とい
う訳だ、子爵﹂
﹁ん? ああ、了解した﹂
 考えに夢中であまり話を聞いていなかったが、国王に尋ねられて
咄嗟に返事をしてしまった。何とか砦とか言っていた気がしたが。
﹁では明日正式な命令として伝えるとしよう。それでいいな、ソフ
ィア?﹂
﹁はい、有り難うございます﹂
﹁では、私はこれで立ち去るとしよう。子爵よ、我が娘ソフィアを
妻としたいのならば、娘の期待に見事応えてみせよ﹂
 国王はそれを言うと部屋を出て行った。国王は結婚自体には反対
していなかった。その可能性は十分にあると思っていたのだろう。
これはソフィに上手く逃げ道を塞がれていたようだ。彼女も伊達に
貴族達の中で生きてはいないということか。
 まあソフィとの結婚自体はする可能性があると思っていたので、
無理に抵抗するようなものではない。今は話に上がった砦が落とせ
るかどうかだけを考えるべきだ。
﹁あの、ヤード様⋮⋮﹂
﹁ん? どうした?﹂

351
﹁ヤード様の意思も聞かずに婚姻の話を持ち出したこと、済みませ
んでした﹂
﹁ああ、そのことなら気にしなくていい。いずれはそうなるだろう
と考えていたからな。それよりもその砦というのはそれほど落とす
のが厳しい場所なのか?﹂
﹁ええ、魔帝国の攻撃拠点となっている場所です。あそこを押さえ
ることが出来れば、魔帝国も以前のように大軍で攻め入ることが難
しくなるでしょう。ですが、あちらもそのことは分かっているので、
その砦にかなりの戦力を集めています﹂
﹁なるほど、王族を娶るだけの爵位が欲しいなら、それ相応の厳し
さはあって然るべきということか﹂
﹁あそこは地形的に攻めにくくなっているそうなので、騎士や兵士
だけでは厳しいでしょう。おそらく少しは魔導師を付けてくれると
思いますが、ヤード様の方でも数を揃えておいた方がいいと思いま
す﹂
﹁その助言は参考にしたいが、他の魔導師へのツテが無い。まあエ
ルを連れて行けば、後は兵士だけでも大丈夫だろう﹂
﹁そうですか。ヤード様がそう仰るのなら、きっと大丈夫なのでし
ょうね﹂
 流石にその考えはどうかと思ったが、彼女が納得している以上余
計なことは言わない方がいいだろう。
 詳しい話は明日するそうなので、今夜は帰ることにした。ソフィ

352
は少し寂しそうにこちらを見ていたが、早めに帰らないと国王に変
な誤解をされかねない。
 屋敷の地下に戻ると、既にフェアリスは寝ていた。何故か自分の
ベッドではなく俺のベッドの上で毛布に包まって寝ている姿を見て、
叩き落してやろうかと思った。
 翌日、国王に正式な命令を貰うために、再び王宮へ行った。教会
の関係者ははじき出してくれたようで、俺を捕まえようとしてくる
者はいなかった。
﹁ウェルナー子爵、そなたにはイストリア砦の攻略を頼みたい﹂
﹁了解した。必ずや彼の砦を落として見せよう﹂
﹁うむ、よくぞ言ってくれた。そなたには砦攻略のための兵を付け
よう。どれ程の人数が必要か?﹂
 今日の朝ティアに聞いたところ、以前その砦を攻略しようと10
00人の大部隊で掛かったが敵の猛反撃に会い、敢え無く撤退した
そうだ。おそらく今回は、それ以上の兵でも大丈夫だと言われたが、
あまり数が多いのは有利ではない。むしろデメリットになるだろう。
﹁100名もいれば十分だろう﹂
﹁あの難攻不落の砦をたった100名の兵で攻略するだと? それ
も今は冬で、速攻で砦を落とせなければならぬというのに、馬鹿な
ことを言うな!﹂

353
 今俺に突っかかってきているのは、ソフィの兄であるロベール第
一王子だ。前回のイストリア攻略の軍を指揮していた人物でもある。
奴からしてみれば到底信じられない数字だろうが、そもそも敵を殲
滅するだけなら俺一人でも出来るのだから、数はあまり関係ない。
 それに奴が言っていたように、今の季節に野外で行動するのは厳
しい。やるなら奴の言うように速攻で落とす必要があるので、大軍
で移動するのは無理なのだ。
﹁前回は優秀な魔導師がいなかったのが敗因だ。一定以上の実力を
持つ魔導師にとっては、的の動かない攻城戦は簡単だ。なにせ敵が
一箇所に固まっているのだからな﹂
﹁だが相手にも魔導師は多数いるはずだ。それほどの数の魔導師を、
一体どうやって揃えるというのだ?﹂
﹁それも必要ない。参加する魔導師は、私と弟子のエルマイアの二
人だけだ。それ以上いても意味が無い﹂
﹁冗談は止めておけ。いくらお前とその弟子が優秀な魔導師だとし
ても、何倍もの数の魔導師を相手に出来るはずがない﹂
 奴は要塞での戦いを見ていなかったので分からないかもしれない
が、たとえアドリアナクラスの魔導師が何人も出てきた所で、俺の
脅威になるようなことは無い。エルも事前の準備さえ出来ていれば、
数人相手だろうが圧勝できるだろう。
 これ以上奴と会話するのも無駄なので、国王の方を向いておく。
俺が露骨に視線を外したのを見た奴は、怒りで顔を真っ赤にしてい
る。

354
﹁国王陛下、兵を100名借りさせてもらっても良いだろうか?﹂
﹁うむ、余程の自信があるようだな。ではその自信がただの見栄で
ないことを期待しておるぞ﹂
﹁有り難い﹂
 その後の話し合いで、出立は三日後と決まった。それまでは英気
を養っておくように言われたのだが、教会から逃げ回っている最中
なのに、そんな余裕があると思っているのか。
 話し合いが終わり、さっさと屋敷の方へ戻ろうとしていると、ロ
ベールがやってきた。先程無視したことでも言いに来たのか?
﹁ウェルナー子爵、少し話があるから付き合え﹂
﹁ふむ、こちらは構わないが﹂
 こちらの返事を待たずに先に進んでいく奴に付いていき、奴の自
室と思われる部屋に着いた。中は殆ど調度品が無く、まるで王族ら
しくない部屋だ。この世界の貴族にしては珍しい。
 ロベールは俺を促し、椅子へと座らせた。これも実用性重視なの
か、全く装飾の類が施されていない椅子だ。
 奴は何かの地図を持ってきて、机に広げた。何処の地図か分から
なかったが、中央の建物を中心に、割と詳細な地形図が描かれてい
る。もしやこれはイストリア砦の周辺図か。
﹁さて、ウェルナー子爵。以前の物で申し訳ないが、これはあの砦
付近の地形を纏めた地図だ。私が攻めた時はこの辺りから攻め込ん
だのだが、少数で行くならばこちらの場所からでも大丈夫なはずだ﹂

355
 地図を指しながら、俺に攻めやすい場所や逆に敵から見える危険
な場所を教えてくれている。どうやら先程の件は無関係のようだ。
﹁情報は有り難いが、何故私に教えてくれるのだろうか? こう言
っては失礼なのだが、私とそちらはあまり仲が良くないと思ってい
た﹂
﹁当然だ、私もお前のような奴は好きではない。だがお前が死ねば、
妹がどれほど悲しむのか分かったものではない。いいか、絶対に生
きて戻れ。たとえ砦が落とせなくても、お前は生きてここに戻って
くるのだ。惚れた女の願いも果たせない男には、妹を任せることは
出来ん﹂
 国王もマルガレーテもそうだったが、こいつもソフィには甘いら
しい。王妃も同じような感じなのかもしれない。
 一通り地図の説明を終えると、こちらを睨んでくるロベールに礼
を言って部屋を出ようとした。
﹁決して妹を泣かせるような真似はするなよ﹂
﹁ああ、大丈夫だ。必ず生きて帰ってくると誓おう﹂
 奴とそう言葉を交わして部屋を出た。
 死ぬつもりは無いが、万全を期すためにエルにも新しい術式を教
えておこうと思う。先程の情報で、予定していた術式の射程内で、
砦を収めているような場所も把握できた。
 残る問題はエルの術式と戦闘時の甘さだな。後者は言っても直ら
ないのでどうしようもないが。

356
第26話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
357
第27話
 城から屋敷に戻ると、地下室に行く前にエルの所に行った。目的
は今度の任務で必要な術式を教えるのと、訓練の監督だ。
 エルの部屋に入ると、丁度術式の訓練をしていた所のようだ。床
に蹲り口を押さえている。彼女の周囲には術式の構成が現れては消
えるのを繰り返し、その度に彼女は全身を震わせて耐えている。
 レシアーナから戻ったときから、彼女はずっと魔力量増大のため
の訓練をしている。出来るだけ短時間で増やしたいと言ってきたの
で、一番ハードだが効率のいい方法を教えていた。
 魔力を切らした状態で術式を発動させ続けるというものだが、こ
うすると術式を発動させるために、身体が外部から無理にでも魔力
を取り込もうとしてしまう。その際に最大魔力量がほんの少し増え
るのだが、代わりに全身の激痛と嘔吐感が襲ってくる。

358
 これを一日5時間で一ヶ月続けたら、個人差はあるが最大魔力量
は大体4割程度増える。一年で50倍から60倍ほどだ。実際には
ある時期から途端に上がりにくくなるので、この方法だと精々30
倍までにしかならないのだが。
﹁エル、今日の修行はそこまでにしておけ。お前に覚えてもらいた
い術式がある﹂
﹁あ⋮⋮マスター⋮⋮﹂
 訓練のせいでこちらに気付いていなかったようで、焦点の合わな
い目でこちらを見てきた。汗やら何やらの液でベタベタになってい
るので、とりあえず顔を洗うように言った。
 近くに合った入れ物に水を出して彼女に手渡す。それを使って彼
マナトランスファー
女が顔を洗っている間に、魔力譲渡で彼女の魔力を回復させる。普
通のエルフよりも遥かに最大値が高いが、俺から見れば大して変わ
らない量なので、完全に回復させてもまだ余裕だ。
﹁有り難うございます。それで、覚える術式とは何でしょうか?﹂
ハルシネイション
﹁ああ、精神感応系の白昼夢という術式だ。今度イストリア砦とい
う所を攻略しなくてはならなくなってな、その際兵士達に使う予定
だ﹂
﹁なるほど、どのような効果なのですか?﹂
﹁心理的な無防備状態を作ると同時に、幻覚を見せる。足止めや扇
動用の術式だな﹂

359
﹁それを覚えればいいのですね、分かりました﹂
 エルに見せるため、魔力を込めない見本用の魔法陣を描く。術式
を理解していない者が見たら一瞬で覚えるのを諦める程の複雑な物
だが、エルはしばらく眺めていただけで大体理解したようだ。
 床に魔法陣を描き始めたが、実際に発動する前にまず先に空撃ち
をして発動するかを確かめるのだが、やはり初めてなので失敗して
しまう。それでも何回か試みて、何回かの挑戦を経て成功するよう
になった。後は術式の精度を上げていくだけだ。
 試行錯誤しながら何回も繰り返し発動しているのを眺めていると、
急に魔法陣を描くのを止め、何か不満げな表情でこちらを向いてき
た。
﹁あの、マスター⋮⋮﹂
﹁何だ、何かおかしい所でもあるのか?﹂
﹁いえ、何故この時期に砦の攻略などするんでしょうか? どうし
てもしなくてはならなかった訳でもあるのですか?﹂
﹁ああ、例の噂を払拭するためだそうだ﹂
﹁⋮⋮もしかして、ソフィア様と結婚されるのですか?﹂
 彼女に伝えたはずはないのだが、どうやら僅かな情報だけで推測
したようだ。
﹁ソフィの提案だが、現状ではそれが一番効果的だと思ったからだ。
実際、あの司教をどうにかした所で、私がエルフ好きだという噂は
収まらん﹂

360
 ディアンやバークフィールドの場合、本人をどうにかすれば収ま
るような事態だったが、今回は教会や噂をする者達が相手なので、
一つずつ潰していくといった方法が取れない。
 確かに教会の連中を説得するよりも、俺とソフィが仲睦まじいと
いうことを示した方が、色々と話が早い。本当はソフィの策に嵌っ
ただけとも言えるのだが。
 エルは俺の話を聞いて俯いたが、少しして顔をあげると、こちら
に向かって真剣な表情をしてきた。
﹁ヤード様、私も妾としてヤード様の傍に置いて貰えないでしょう
か?﹂
﹁無理だ、何のためにソフィとの婚姻をすると思っているのだ。お
前を妾にしては何の意味も無いだろう。ナタリアにも言えることだ
が、しばらく他の女を迎え入れる気はない﹂
﹁そうですか⋮⋮では噂が消えた時ならどうでしょうか?﹂
﹁今の所お前と師弟の情はあるが、そういった感情は抱いていない﹂
﹁⋮⋮はい﹂
 エルは先程よりも落ち込んだ様子で訓練を再開した。俺が断れば
こうなるのは分かっていたが、エルよりもまずは自分の事の方が大
切だ。
 エルが安定して魔法陣を描けるようになったので、今日の所はこ
れぐらいにしておいた。心構えの方はまた明日でもいいだろう。

361
 エルの部屋を出て地下室に戻ろうとしたとき、ティアが急いだ様
子でこちらにやってきた。
﹁良かった、ここにいたのですね﹂
﹁どうした?﹂
﹁今教会の人間がやって来ています。門で止めていますが、いつ入
られるか分かりません。見つからない内に地下室の方へお戻り下さ
い﹂
﹁分かった、すぐに戻ろう。お前は奴らを引き止めて⋮⋮﹂
 言いかけたところで、誰かがこちらに近づいてくる気配がした。
急いで近くの角に身を隠すと、向こう側からやってきたのは教会の
人間だった。
﹁ここはウェルナー子爵の屋敷です! お待ち下さいと申したはず
なのに、勝手な真似はお止め下さい!﹂
﹁子爵が身を隠す時間を稼ぐ算段だったのだろうが、そうはいかん。
屋敷の中を改めさせてもらうぞ﹂
 そう言って、奴らは一番近くにあったエルの部屋に入っていった。
何やら中で揉めている様な声が聞こえ、しばらくすると教会の人間
が出てきた。
 奴の顔には恍惚とした表情が浮かんでおり、端的に言って気持ち
悪い。そのままふらふらとした足取りで歩き出し、やって来た方へ
と戻っていった。

362
 奴が去っていったタイミングで、エルが部屋の中から顔を出し、
辺りをきょろきょろと眺めている。ティアに気付くと、何かを渡し
て部屋に戻った。
 ティアは受けとった物をしばらく眺めていたが、それを持ったま
ま俺の方へとやってきた。
﹁ご主人様、先程の者がこれを落としていったようです﹂
 そう言って手渡されたのは、教会の奴らが着けている十字架だっ
た。別に変わった物ではないのでどうしたのかと思ったが、よく見
ると少し意匠が違う。
﹁それは魔帝国の方で信仰されている宗教の物です﹂
﹁つまり先程の奴は魔帝国と繋がりがあると言うことか?﹂
﹁いえ、これ自体は珍しいものではありません。おそらくこれをこ
の屋敷で見つけたと言い張って、ご主人様が魔帝国と繋がっている、
とあらぬ罪を擦り付けようとしたのでしょう﹂
 何とも卑怯な奴らだ。まあ入った部屋が悪かったので失敗に終わ
ったが、勝手に人の屋敷に入ってくるとはどういうつもりなのだろ
うか。正門以外には不法侵入者用の結界が張ってあるが、今度から
は入り口にも張っておかなくてはいけないな。
 地下室に戻ると、フェアリスは変わらずに祈りを続けていた。こ
うして見ている限りでは他の連中が言っている﹁聖女﹂という称号
が相応しいと思うのだが、ここ数日の様子を見るに、普通の女と変
わらないとしか思えない。

363
 こちらが帰ってきたことに気付いたのか、祈るのをやめてこちら
の方を向いてきた。
﹁お帰りなさいませ。お城の方はどんな様子でしたか?﹂
﹁普段と一緒だ。それより俺は三日後からしばらくの間ここを留守
にする。ここにいても構わないが、そちらはどうする?﹂
﹁⋮⋮お言葉に甘えさせてもらっても構わないでしょうか? 今戻
っても司教様と婚約を結ばされそうですので﹂
 てっきり戻って司教を説得しますとか言うと思ったのだが違った。
初めのうちの印象は、聖職者にありがちな夢見る乙女のような奴だ
と思っていたが、実際は、割と現実が見えている奴だったようだ。
﹁好きにしろ。何かあったらティアを頼れ﹂
﹁有り難うございます。無実を証明出来たなら、このお礼は必ずい
たします﹂
 そうか、と適当に返事をして、暇つぶしの魔道具製作に取り掛か
る。彼女もまた祈るのに戻ったようだ。何ともお互いに無関心なこ
とだが、俺は人付き合いが得意ではないので、むしろ有り難い。
 眠くなってくるまでずっとこうやって過ごした。外の様子が分か
らないのは少々窮屈だが、何時もとやっていることが同じなので不
便に思うことはなかった。
 そうやって出立の日まで時間を潰そうと考えていたのだが、夜に

364
なってナタリアが尋ねてきた。部屋に篭りっきりの生活は、彼女に
は耐えられないようである。
 しかしながら彼女にはフェアリスのことを伝えていなかったため、
俺と同じ部屋にいる彼女を見て、ナタリアの機嫌が一気に悪くなっ
てしまった。
﹁私のことは遠ざけておいて、何で他の女と一緒にいるの?﹂
﹁お前を避けたのは噂の払拭のためだ。彼女がここにいるのは、俺
と同じく教会に追われているため、一時的に避難させているだけだ﹂
﹁それなら私もここにいるわ。いいでしょう?﹂
﹁駄目だ。お前までいなくなったら、俺とお前が駆け落ちしたとで
も流されるに決まっている﹂
﹁それなら、今晩だけでいいから泊まらせて。朝になったら自分の
部屋に戻るから。それでいいでしょう?﹂
﹁⋮⋮フェアリスもここにいるのだから、少しは自重してくれ﹂
 ナタリアは俺の言葉を聞いて、フェアリスを睨み付けた。話が振
られるとは思っていなかったフェアリスは、ナタリアの射殺される
ような視線に怯えて頷いていた。
﹁ほら、彼女もここにいて良いって言ってるわ。これで何も問題は
ないわよね?﹂
﹁⋮⋮好きにしろ﹂

365
 結局ナタリアは一晩ここに泊まっていくことになった。夕食を届
けにやってきたティアは、ナタリアがいるのを見て少し眉を吊り上
げたが、すぐに冷静な表情に戻って追加の夕食を持ってきてくれた。
 寝るときも場所がないので俺のベッドで一緒に寝る破目になった。
俺はそのつもりは無かったが、ナタリアとしてはベッドに誘ってく
れた時点で抱いてくれると思っていたらしく、フェアリスが眠った
のを見てこちらに身体を摺り寄せてきた。
﹁ねえ、ヤード。早くしましょうよ﹂
﹁今日は勘弁してくれ。フェアリスもいるのだぞ?﹂
﹁彼女は寝てるから問題ないわ。それよりもう我慢できないの⋮⋮﹂
 フェアリスの方を伺ってみると、確かに寝ているように見えるが、
僅かに頬が赤くなっている。今回も寝たフリで通すようだ。
 ナタリアはこちらの足に自分の足を絡みつかせて、身体をこちら
に押し付けてきた。興奮しているのか、少し体温が高いような気が
する。
 片手をこちらの服の中に手を入れて、肌を直接撫でてきた。もう
片方の手は、こちらの手を取って、彼女の割れ目に導いてきた。
﹁ヤード⋮⋮﹂
 こちらの名前を呼びながら、俺の手を使って自慰を始めてしまっ
た。彼女の股間はすぐに濡れてきて、指を簡単に飲み込んでいく。
いやらしい水音が響いて、こちらも興奮してしまう。
 その痴態を聞いているフェアリスも顔を真っ赤にしながら、こち
らの様子をちらちらと伺い始めた。気付かれていないと思っている

366
ようだが完全にばれている。
 結局その後、しつこく誘ってくるナタリアに負けて一回やってし
まった。フェアリスもこちらの行為をバッチリ聞いていたようで、
終わった頃にもう一度彼女を確認すると、呼吸が少し荒くなってい
た。
 その日以降は何事もなく過ぎて、出立の日になった。防寒具に身
を包んだ兵士達が忙しく馬車の準備をしているのを眺めながら待っ
ていると、見送りをする者達が来た。
 今回見送りに来た知り合いはソフィとロベールだけだった。ソフ
ィの方は心配しているのを全く隠せていない様子で、こちらの無事
を祈ってきた。信頼されていない訳ではないと思うが、彼女もかな
りの心配性なのだろう。
 ロベールは相変わらず真面目な顔を不機嫌そうに歪めていた。あ
まり会話をしたくないのか、こちらから話しかけなかったらそのま
ま見送るだけとなっていたようだが、後で聞いた話だと、教会の者
が城に来ないよう手配していてくれたのはこいつだったようだ。
 二人とその他城の者に見送られつつ出発した。今回は知り合いが
エルだけなので、随分と無茶が出来そうな気がする。
 王都を出てからは大体要塞と同じ方向なので、以前も通った道を
行っている。しかし以前と同じくやることが無いので、エルに術式
を教えるぐらいしか暇を潰せない。
 そのエルも、俺がナタリアと寝たことを知ったのか、あの日以来
機嫌が悪くなっており、正直同じ空間内にいたくない。それでも一

367
緒の馬車にいる以上はある程度話しかけなくては間が持たない。
﹁エル、術式の方は制御出来るようになったか?﹂
﹁⋮⋮ええ、マスターが他の女の子達と遊んでいる間に﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
 皮肉を返されて、さらに馬車内の空気が悪化した。これは何とか
しないと作戦に支障がでるレベルの問題な気がする。しかしいい手
立ても思いつかないので、ティアに相談することにした。
 念話をティアに繋ぎ、現状の説明をして、どうすれば彼女の機嫌
を戻せるか尋ねてみた。
︵彼女を抱いてあげるというのは駄目なのでしょうか?︶
︵正直なところ抱きたくない。積極的なエルフは一人でもう沢山だ︶
︵では仕方ありませんね。しかし、彼女の言い分も少しは聞いてあ
げなくてはいけないと思いますよ︶
︵善処しよう︶
 念話を切って、再びエルに向き合う。彼女は不機嫌な表情を隠し
もしないでこちらを見ている。
﹁エル、何が気に入らないのかは知らないが、言いたいことがある
なら言ってみろ﹂
 エルはその言葉に、少し何かを考えるような顔をしていたが、す

368
ぐにこちらに向き直った。先程までとは違い、真面目な表情になっ
ている。
﹁⋮⋮マスターは私を女としては見てくれないのでしょうか?﹂
﹁⋮⋮今はお前に魅力を感じていないが、絶対にお前に惚れること
が無いとは言い切れない﹂
﹁では、私がナタリアさんのように積極的になれば、チャンスはあ
るということですか?﹂
﹁彼女のような攻め方では気が変わらないと思うが、チャンスはあ
るだろう﹂
 その言葉に彼女は俯いて悩み始めたが、ため息を吐くと顔を上げ
た。その表情は先程までとは違い、何時もの表情に戻っている。
﹁分かりました。マスターが他の女の人と寝ていることは、もう忘
れることにします﹂
﹁そうか﹂
﹁はい。これからは私も積極的に行きます﹂
 そう言ってこちらに抱きついてくるエル。流石にここで彼女を突
き放したら、今の会話が全て台無しになってしまうので、大人しく
彼女がしたいようにさせている。
 次の町に着くまで、そうして彼女はずっと抱きついたままだった。

369
第27話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
370
第28話︵前書き︶
昨日の投稿は少し遅れてしまいました。
読んでいない方は気を付けてください。
371
第28話
 イストリア砦が近づいてきた所で、一度部隊を止めた。まだ砦は
見えていないが、ここからは作戦に従って行動してもらうようにす
る。
 人が来ないように結界を張り、その中に兵士達を集める。皆こん
な少人数で攻めるのはありえないと思っているようで、恐怖で震え
ている者もいるが、それは予想通りなので問題ない。
 俺はエルに指示をした後、兵士達の前に立った。エルが魔法陣を
描き、それを起動した。
ハルシネイション
 兵士達はエルの発動した白昼夢の効果を受け、皆ボーっとしたよ
うな表情になったが、すぐに元通りの表情になった。
﹁兵士達よ。今から我々はイストリアの砦を攻略する。私が今から
言うことを信じて戦って欲しい﹂

372
﹁子爵様、この人数で砦を攻略するなど不可能です。どのような手
を取るおつもりなのですか?﹂
 術式の効果を受けてもまだ少し意識の残っている者が、俺に質問
をしてきた。今から言おうと思っていたが、あちらから訊いてくれ
るのならば話が早い。
﹁安心してくれ、今私の弟子がお前達に一騎当千の英雄となる加護
を与えた。今のお前達を敵が見たなら、恐れ戦き逃げ出すか、それ
すら出来ずに降服してしまうかのどちらかだろう。もちろん敵はお
前達に矢の一本、剣の一太刀すら当てられないし、当てようとも思
わない﹂
﹁本当ですか!? それなら大丈夫だ!﹂
ハルシネイション
 俺の言葉を疑うことなく信じてしまうのは、白昼夢の効果だ。集
ガイドポスト
団心理を利用すれば思考誘導よりも強力な効果を出せるので、おそ
らく戦場で恐れを抱くことはなくなっただろう。
 ついでに術式の効果が切れれば掛かっていたときの記憶はおぼろ
げにしか残らないので、今から行う事をあまり覚えていないで欲し
いときにはうってつけの術式だと言える。
 ここまではこいつらの不安を取り除くための作業だ。そしてここ
からは敵を殲滅して、俺の予定通りにするための作業をすることに
する。
﹁皆私が勝てると思っている理由が分かっただろう。敵は必ず降服
してくる。しかしお前達は降服してきた兵士を見逃してはいけない﹂

373
﹁何故でしょうか?﹂
 ここで俺は悲しそうな表情を作って兵士達を見渡す。突然俺がそ
んな顔をしたので、一体何事かと兵士達の困惑した視線が集まって
くるのが分かる。
﹁忘れてしまったのか? お前達の家族や恋人、友人達がどうなっ
たのかを。男は殺され、女は犯され、老人も子供も関係なく、全て
の者が魔帝国の兵士たちに奪われたのだ﹂
﹁あ、ああ、そうだった。俺の妻も子供も、奴らに殺されてしまっ
た!﹂
 今叫んでいる奴に本当に妻や子供がいるかどうかは分からないが、
ハルシネイション
これも白昼夢の効果である。
 俺が今言った通りの映像をエルが脳内に作り出しているのだが、
効果は覿面だったようだ。どいつもこいつも砦の方向に憎しみの言
葉を投げ、今にも襲い掛からんばかりの表情をしている。
 手を打ってこちらに注意を戻させる。兵士達の表情は先程までの
顔とは違い、魔帝国への敵意に満ちた悪鬼のような表情を浮かべて
いる。
﹁皆、魔帝国の者達を許せないと思うだろう。存分に敵兵を殺すと
いい。しかし復讐として兵以外の者を傷つけるのは禁じる。我らは
人間として、奴らと同じ非道をするわけにはいかない。敵兵や抵抗
する者は皆殺しにし、抵抗を止めた民間人は捕虜にして暴行は加え
ないようにしろ﹂
 一応砦の中にも民間人がいる場合があるので、これも言っておく。
偶々敵兵達の家族や出入りの商人がいた場合、殺してしまうと評判

374
が悪くなるし、何より実験体に使えるかもしれないからな。
そんな考えがあるとは知らない兵士達は俺の言葉に感激している。
中には真の英雄だといった声も上がっているが、そんな出来た人間
ではない。
﹁それでは皆、砦へ向けて出撃だ! この者の後に続き、砦を落と
すのだ!﹂
 エルを先頭に、兵士達が砦へ向けて動き出した。彼女にはこのま
ハルシネイション
ま兵士達に掛けた白昼夢の維持と、俺が今から掛ける術式に抵抗し
た敵兵を優先的に殺すように指示してある。
 砦が見えてきそうな位置まで来ると、魔法陣を描き始め、それを
ピースフルマインド
起動する。第4種戦術級術式、戦意喪失が砦一帯を巻き込んで発動
した。
 効果は闘争心や暴力を振るうという行為に強力な忌避の感情を抱
かせ、襲ってくる相手に対し友好的な感情を抱かせ無抵抗にする。
これにより砦の人間達は兵士達が襲いかかってきても一切の抵抗を
せずに捕まってくれるというわけだ。
 砦からも確認できる位置に王国兵が現れたにも関わらず、見張り
の者達は味方が来たかのように手を振っている者もいる。エルが砦
の門を破って、中に兵達が突入する所までは確認できた。
 外からでも分かるほどの悲鳴が響き渡っているが、中ではきっと
地獄のような光景が行われていることだろう。抵抗をしない敵兵に
対し、敵を討つように執拗な攻撃を加えている兵達の姿が容易に想
像できる。
 しばらく経って中に入ると、既に砦の兵士は皆殺しにされた後だ
ったようだ。そこら中に倒れている死体を避けつつエルを捜すと、
生き残った者が纏めて閉じ込められている部屋の中にいた。

375
﹁あ、マスター。砦の兵は皆殺しにしました。脱走出来た兵も一人
もいません﹂
﹁そうか、ここにいるのは一般人か?﹂
﹁大体はそうです。後は抵抗しなかった兵士が少しいるぐらいです
ね﹂
﹁なるほど⋮⋮ん?﹂
 捕虜を見渡していると、中に一人見たことのある顔の男がいた。
アドリアナの所で捕まっていた奴だ。奴もこちらに気付くと、笑顔
になってこちらの方へ近寄ってきた。
﹁やあ、お久しぶりです﹂
﹁お前はあの洞窟にいた男だな。何故こんな所にいるのだ?﹂
﹁はい、助けてもらった後、色々と各地を回っていたのですが、こ
こに近づいたときに捕まってしまいまして⋮⋮﹂
ソートスティー
サルイコメトリー
 話を聞いたが怪しさが拭えなかったので、窃思と記憶閲覧を使っ
て確かめた。しかし奴の思考にも記憶にも怪しい所は無く、本当に
各地を回っていたのが分かり、警戒を解いた。
﹁そうか、それは運が無かったというべきか﹂
﹁二度も助けてもらったので、運がいいのだと思いますよ﹂

376
﹁まあひとまずの間、お前も捕虜と一緒にしておくがいいか?﹂
﹁はい。あ、私の名前はヴァンと言います﹂
﹁では、ヴァン。この砦のごたごたが片付いた後で開放してやるか
ら、それまでは待っていろ﹂
 ひとまず奴については放っておいて、先に砦の中の死体を処理し
なくては。今はまだ寒い季節とはいえ、放っておけば色々と酷いこ
とになる。
 急いで死体を外に運び出させ、俺が術式で開けた穴に死体を投げ
込んでいく。敵兵はこちらの数倍以上はいたので、全て運び出す頃
には一日が経っていた。しかし今からは砦内の掃除が待っている。
これはしばらく満足に寝ることが出来なさそうだ。
 さらに二日後、砦内の掃除と砦にあった物資の確認、捕虜の確認
が終わったので、王都に使いを出した。これでここを守るための増
援が送られてくる予定になっている。
 捕虜達の所へ行き、王国の者は金を持たせて開放してやった。足
がないので一番近くの町までは馬車で送ってやることにしたのだが、
ここで働くといってきた者はとりあえず清掃員や料理人として雇っ
てやった。
 ヴァンはここで雇われる方を選んだようだ。各地を回ろうとして
も今の手持ちでは心もとないということだった。
﹁助かりました。捕まる前はもう少し持っていたんですけどね﹂
﹁気にするな、特別扱いするわけでもないのだからな﹂
 その後王国から派遣された兵達が来るまでは、砦を守り続けるぐ

377
らいしか仕事が無いので、捕虜の所に行くことにした。一人だけ気
になる人間が混じっていたからだ。
 捕虜は牢屋に収容してあるので、そちらに出向いてお目当ての人
物を発見する。俺が近づいてきた音に気付いて、こちらを睨み付け
てきた女性が目当ての人物だ。記憶を見させてもらったところ、何
と魔帝国の王族らしいことが分かっている。
 これは魔帝国に間諜を送り込むチャンスなのではないかと考え、
彼女をこちらに引き込むことにしたのだ。
﹁⋮⋮何か用でも?﹂
﹁ああ、お前には色々と聞きたいことがある﹂
 このように俺の術式に抵抗して強気な態度を崩していないのだ。
ちなみに抵抗できた奴は他に3人しかいなかったようで、全て兵士
だったのでエルが殺してしまっていた。こいつも魔導師だったよう
だが、軍服を着ていないので運よく民間人と間違われて捕まったわ
けだ。
 大規模の魔法は威力が弱くなりがちなので、効かない人間がいる
のは不思議なことではないが、4人もいたとは驚きだ。魔帝国の兵
は王国の兵よりも遥かに質が高いように思える。
﹁私に拷問をしたところで、何も話さんぞ﹂
﹁いや、お前は軍属の魔導師だったようだな。お前がこちらに従う
ならば、他の奴らは解放してやってもいいぞ?﹂
﹁⋮⋮私の知っている情報だけでいいのだな?﹂
 記憶を見させてもらったところ、こいつはかなり他人を大事にし

378
ているようで、前線にきた理由もこれ以上国民を犠牲にしたくない
という気持ちがあったからだ。利用するにはもってこいだな。
﹁ああ、それで構わないとも﹂
﹁分かった、これは約束だ。必ず解放してもらおう﹂
﹁いいだろう。ただし、本人の意思を第一に考えさせてもらう。自
分から残るといった場合は約束の限りではないぞ?﹂
﹁分かった、では先にそちらの条件を果たそう。何が聞きたい?﹂
﹁そうだな、その前にまずこれをやろう。指にはめろ﹂
 俺は持ってきた指輪を牢屋越しに彼女に渡した。砦で見つけた物
なので価値がいまいち分からないが、付いている宝石は本物なので、
安物でないことは確かだ。
 彼女は始めは魔道具かと警戒していたが、魔石がついてないので
違うと分かり、困惑した様子でそれを身に着けた。まあ捕虜に指輪
を渡してくるような人間は俺も聞いたことがないから、その気持ち
はよく分かる。
﹁何だこれは? よもや求婚でもしているのか?﹂
﹁気にするな、俺からの贈り物だ﹂
 条件を全て満たしたので、魔力を大量に注ぎ込んで威力を上げた
ドミネイト
支配を発動する。無事に彼女の術式抵抗を破って効果が発動した。
ボーっとしたような表情になり、すぐに元の表情に戻った。

379
﹁自分の名前を言ってみろ﹂
﹁オリンピア・リア・グラン・ダーロです﹂
﹁では俺はお前の何だ?﹂
﹁私の忠義全てを捧げるご主人様です﹂
﹁お前の果たすべき使命は何だ?﹂
﹁魔帝国に戻り、ご主人様に奴らの情報をお伝えすることです﹂
 よし、全て上手くいったようだ。試しに足を中に入れてみると、
すぐに顔を近づけ靴を舐め始めた。指を中に入れると嬉しそうにそ
れを咥え、しゃぶり始めた。先程まではあれほど強気だった彼女も、
こうなっては可愛いものだ。
 面白くなってきたので、彼女の口の中を指で弄り回す。指が頬の
内側をなぞり、歯を擦るたびに、彼女は歓喜に身を震わせている。
 指を引き抜くと彼女の唾液がついてベトベトになっていた。彼女
の服でそれを拭いた後、牢屋の鍵を開けて彼女を解放した。
﹁そういえば先程の約束はどうしようか?﹂
﹁あんな者達など解放しなくても構いません。先程の約束は無かっ
たことにして下さいませんか?﹂
﹁お前がそういうなら、あの約束は無かったことにしよう﹂
 約束も撤回させたので、彼女に魔導師用のローブを着せ、それを
ボロボロに引き裂く。こうすることで、彼女が必死に脱出してよう

380
に見せる。多分綺麗なままよりは信憑性が増すだろう。
サイコメトリー
 一応、記憶閲覧などの術式対策に魔導障壁を展開できる腕輪を渡
しておく。彼女は術式抵抗も高いので、これを着けていれば彼女の
頭の中を覗かれることは無いだろう。
 彼女に馬を一頭渡し、魔帝国の方へ送り出した。これで魔帝国軍
の動きが少しは分かるようになればいいのだが。
﹁マスター、今のは捕虜の女ではなかったですか?﹂
 エルがこちらに近づいてきた。どうやら彼女の顔を覚えていたら
しい。
﹁ああ、記憶を弄ってこちらの手駒にしておいた。これで前よりも
魔帝国の動きも分かるようになるだろう﹂
﹁そうですか、流石はマスターです﹂
 一応ここの砦が落とされたことは伝えてもいいと言ってあるので、
そう遠くないうちにここを攻めてくるだろう。しかしその頃には俺
はもう王都だし、彼女が逃げたことは俺とエルしか知らないので、
責任が俺に来ることはない。
 さて、王国からの援軍が来るまではエルの訓練でもして暇を潰す
ことにしよう。
 二週間以上経って、やっと王都からの援軍が来た。何と援軍に来
たのはロベールだった。
﹁流石だな、ウェルナー子爵。まさか本当に砦を落とすとは思わな
かったぞ﹂

381
﹁私は、自分のした約束は守る人間だからな﹂
 次々と補給物資が運び込まれていく中、ロベールと俺は砦内のあ
る部屋で話をしていた。
﹁父上も喜んでいたぞ。王都に帰ったら妹との婚姻を認めるそうだ﹂
﹁それは重畳だ。こちらも苦労した甲斐があったというものだ﹂
 これでやっと帰れるということだな。少々長かったので屋敷にい
るティアや風呂が恋しく思える。王への報告が終わったら真っ先に
風呂に入ろう。
﹁それで話は変わるが、エルマイアだったか、彼女をここに置いて
いって欲しいのだ﹂
﹁ん? 何故だろうか?﹂
﹁援軍に来ておいて情けない話だが、急な編成で魔法使いの数が少
ないのだ。彼女もかなりの使い手だと聞いたので、しばらくの間力
を貸して欲しい﹂
﹁彼女は王国語を話せないのだが﹂
﹁それは大丈夫だ。通訳の出来るエルフを雇えた。レヴィンという
者だ﹂
 まさかここでナタリアの元夫か。あいつにエルを襲えるほどの実
力は無さそうなので、下手に強いエルフが付くよりも安心だ。

382
 ロベールの指示でレヴィンが入ってきた。こちらの顔を見るなり
驚いたような表情になったが、すぐに笑顔になってこちらへとやっ
てきた。
﹁誰かと思ったらあのときの気前のいい人じゃないか。でも通訳は
必要ないんじゃない?﹂
﹁私ではない。通訳が必要なのは、私の弟子のダークエルフだ﹂
﹁ダークエルフか。もしかして噂のエルフ好きの子爵ってあんたの
ことだった?﹂
﹁エルフ好きではないが、その噂の人物は私で間違いない﹂
 通訳そっちのけで色々と話しかけてきたレヴィンだが、流石にじ
れったくなったロベールが咳をすると、すぐに話すのを止めて大人
しくなった。空気が読めない訳ではなさそうだ。
﹁まあ少々話好きのようだが、通訳には問題ないだろう﹂
﹁そのようだな。後気になることは⋮⋮最大でどのぐらいの期間に
なりそうなのだ?﹂
﹁最長で春までだな﹂
﹁⋮⋮まあ私は別に構わないが、彼女が何と言うか⋮⋮﹂
 そのとき丁度エルがやってきたので、先程の話を聞かせて、どう
したいのかを尋ねた。

383
﹁マスターが残れというのならば従います﹂
 彼女はロベールに向かって話しかけたが、エルフ語は伝わらない
ので、彼はレヴィンの方を見た。その視線に気付いたレヴィンは早
速通訳を始める。
﹁子爵様が残れって言ったならいいってさ﹂
﹁そうか。それではエルマイア殿、よろしく頼む﹂
﹁君はエルマイアって名前なんだ。こっちの偉い人はロベール王子
様で、俺は通訳のレヴィン、これからよろしくだってさ﹂
﹁どうも、こちらこそよろしくお願いします﹂
 この様子なら置いていっても問題は無さそうだ。エルにはしばら
くこちらで過ごしてもらうことになったが、俺は一足先に王都へ帰
らせてもらおう。
384
第28話︵後書き︶
番外編のリクエストはまだ受け付けています。
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
385
第29話
 王都に帰って来ると王都中の人々が見物に集まっていた。既に王
都中に勝利したことが伝えられていたらしい。そんな民衆の視線に
耐え切れず、俺は引きつった笑みで手を振っていた。
 城に戻ると、休む暇も無く謁見の間に通された。中には貴族達と
国王、それにソフィがいた。
﹁砦の攻略、見事であった。あれほどの寡兵でイストリアを攻略す
るとは、そなたの実力は言葉通りの本物であったと言うことだな﹂
﹁いや、兵達もよく戦ってくれた。この勝利は私の力だけでは掴め
なかっただろう﹂
﹁謙遜せずともよい。さて、褒美を受け取る前に、まずはそなたの

386
帰還を誰よりも心待ちにしておった者に声を掛けてやれ﹂
 国王の言葉にソフィの方を向くと、彼女は待ちきれなかったよう
にこちらに走り寄ってきて、俺の胸に飛び込んできた。大人しい性
格の彼女が人前でこんなことをしてしまうほどには、俺の帰りが待
ち遠しかったということだろう。
﹁ソフィア王女、約束通り戻ってきたぞ﹂
﹁ええ、ヤード様。必ず帰ってきてくれると信じていました﹂
 彼女がこちらを抱きしめてきたので、こちらも抱きしめ返した。
周囲の貴族からは感嘆の声が上がっているが、一部の人間は悔しそ
うな顔をしており、中には怒りに満ちた表情を隠しもしない奴もい
る。
﹁仲が良いのは結構なことだ。子爵よ、今日より伯爵を名乗るがい
い。娘との結婚も認めよう﹂
﹁有り難い﹂
﹁うむ、他の褒美は後で屋敷に送らせるので、先に屋敷に戻るとい
いぞ。結婚となれば色々と準備も必要だろうからな﹂
﹁そうさせてもらう事にしよう﹂
﹁うむ、式の日取りは後で知らせよう﹂
 王の言葉を最後に謁見も終わり、俺はソフィを部屋に送った後屋

387
敷に帰った。
 地下室に入ると、未だそこにはフェアリスの姿があった。俺が帰
ってくると笑顔でこちらを出迎えてくれた。
﹁お帰りなさいませ、ヤード様﹂
﹁ああ、ただ今戻った。ソフィア王女との結婚が決まったので、フ
ェアリス殿も私も異端の疑いは晴れることだろう﹂
﹁まあ⋮⋮それは良い知らせですね﹂
 いつものフェアリスならもう少し喜ぶかと思っていたが、彼女は
俺の言葉を聞いてぎこちない笑みを浮かべていた。何か気に掛かる
事でもあったのかと眺めていると、ティアとナタリアが入ってきた。
﹁ご主人様、お帰りなさいませ﹂
﹁ヤード、帰ったなら先にこっちにも顔を出しなさいよ﹂
 ティアは俺の帰りを心待ちにしていたようで、いつもは冷静な表
情の彼女も今は喜んでいるのが分かる。ナタリアも強気の口調だが、
俺の帰りが嬉しかったようで、口元が少し綻んでいた。
 久しぶりにあったので色々と話したいことも会ったのだが、ティ
アに出かける前に伝えておいたことが気になっていたので、先に司
教のことについて聞いてみた。
﹁あの司教は随分と慎重に行動していたのですが、やっと裏を掴め
ました。直接の繋がりはないのですが、どうやらランド第二王子と

388
関係があるようです﹂
﹁第二王子だと?﹂
 確か唯一側室から生まれた王子で、歳はソフィと同じぐらいの奴
だった気がする。あまり印象に残っていないので、詳しいことは分
からない。
﹁何故第二王子と組むことが私を襲うことに繋がるのだ?﹂
﹁王位継承権が下がることを恐れているのではないでしょうか?﹂
 ティアの言葉を聞いて、その可能性を考え付かなかった事を反省
する。確かにソフィと俺が結婚して一番困るのは奴かもしれない。
 この国の王位継承権は、正室の男子から順に与えられ、その次に
正室の子供の子供、つまりは正室の孫に王位継承権が与えられるこ
ととなっている。側室の子供は継承順的には最後となっているので、
もし俺とソフィが男子を産めば、その子供は今の継承順では二番目
になってしまうのだ。
 今はランドがロベールの次に継承順位が高いが、正室の第一子で
あるロベールとは違って、奴の順位はかなり危うい状態にあるとい
うわけだ。
﹁なるほど、そういえばそうだったな﹂
﹁さらに言えば、第二王子の母親アーシュラ様の実家であるサヴェ
レ家は、代々教会の枢機卿や司教を輩出してきた家系でもあります。
王子も教会への影響力はかなり持っているのでしょう。ただフィル
ポット司教とは直接の関係がなかったので、そこまでたどり着くの
に時間が掛かりました﹂

389
 しかし今度は王子が敵か。はっきり言って公爵よりも厄介な相手
だ。やはりあの司教を排除して終わる問題ではなかったな。
﹁何か良い手はないか?﹂
﹁王族を正面からどうこうしようとするのは無理があるかと⋮⋮直
接の面識は無いはずなので、司教との繋がりを立証しようとしても
先に手を打たれると思います。ご主人様が直接手を下すしかないの
では?﹂
﹁仕方ないな。何か事を起こされる前に、王子の方に出向いてこよ
う﹂
 奴も普段は城にいるのですぐに見つかるだろう。今夜にでも今回
の件から手を引かせるように動こう。
 俺がティアと話をし終わるのを見て、フェアリスがこちらの方に
近づいてきた。その傍ではナタリアが暇そうにしている。彼女は一
度襲われているのに、今回の事件にはあまり興味が無さそうだ。
﹁ヤード様、私もそろそろ家の方に戻ろうと思います﹂
﹁そうか、私がソフィア王女と結婚すると決まったのはつい先程だ。
疑いが晴れるまでまだ時間が掛かると思うが、危険ではないのか?﹂
﹁いつまでもヤード様の好意に甘えるわけには行きません。これ以
上足手まといになるのはもう嫌ですし、結婚の決まった男性の家に
いつまでも厄介になっていては、別の噂も立つかもしれませんから﹂
 こちらとしてはフェアリスが捕まってどうにかされる方が、面倒

390
事になる可能性が高いのだが、彼女が言うことも正論なので止めよ
うとは思わない。首謀者も割れた事だし、そろそろこの件も終わる
だろうからな。
﹁そうか、また何かあったら連絡をくれ。出来る範囲でなら手を貸
そう﹂
﹁ええ、長い間お世話になりました。有り難うございます﹂
 ティアに彼女を送るように伝え、二人が出て行くのを見送った。
先程から全く喋っていなかったナタリアは、二人がいなくなると同
時にこちらに近寄ってきた。
﹁ヤード、随分長い間会えなくて寂しかったわ﹂
﹁済まなかった。戦闘自体はすぐに終わったのだが、引継ぎに手間
取ってな﹂
 割と長い間会えなかった分を取り戻すかのように、彼女は俺に抱
きついて身体を撫で回している。俺を誘っているのは明白だが、今
はそれよりも風呂に入りたい。
 彼女をやんわりと引き剥がし、不満そうに見てくる彼女に口付け
をする。しばらく舌を絡ませて、ゆっくりと口を離した。
﹁今はこれでお仕舞いだ。また後にしてくれ﹂
﹁⋮⋮分かったわ、絶対だからね。今夜なら大丈夫よね?﹂
﹁私も一応婚約者のいる身なのだ。結婚を先に控えているのに、他
の女性を妊娠させるわけには⋮⋮﹂

391
﹁ん? 妊娠ならもうしてると思うわよ?﹂
﹁⋮⋮待て、今なんと言った?﹂
﹁だから、もう妊娠してると思うわよ?﹂
﹁確かにあの時避妊していなかったのは事実だが、エルフの受精率
は人間よりも低いと聞いている。それなのに何故そんなことが分か
る?﹂
﹁だってあの媚薬を使ったじゃない。あれはただの媚薬じゃなくて、
妊娠しにくいエルフのために、受精率を上げる効果もあるの。あれ
を使って妊娠しなかったっていうのは聞いたことが無いわ﹂
﹁なんでそんな物を使ったんだ⋮⋮﹂
 ただでさえ厄介事が重なっているのに、これ以上増やさないで欲
しい。ストレスで胃が締め付けられるように痛くなってきた。
 あの媚薬にそんな効果までついているとは普通思わないだろう。
彼女が言っていることが本当なら、既に俺は彼女を孕ませている可
能性が高い。
 ついでにリリーだっけか、あいつも妊娠している可能性があるの
か。彼女が妊娠するのは普通の女性が妊娠するのとは訳が違うので、
後で念入りに調べておかなくてはいけない。
﹁エルフというのはどのぐらいで子供を産むのだ?﹂
﹁大体1年ぐらいよ﹂

392
 これは面倒なことになってきた。とりあえずソフィには正直に話
さないといけないだろう。貴族が子供を作る事は、民間人のそれと
は訳が違う。何と言ってもお家騒動が巻き起こる可能性があるのだ。
 特にソフィの子供よりも先に生まれたなら目も当てられない。一
応ソフィの子供が次代の当主になるのが普通だが、そんな事はお構
いなしに他の貴族共が群がってくる可能性が高い。
﹁出来てない可能性もあるのではないか?﹂
﹁そう思う?﹂
﹁⋮⋮いや。先程の話が本当なら、それは無いな﹂
 これは本格的に詰んだ。後はソフィの許しを得て、しばらくして
から妾や側室として入れるしかない。私生児などもっての外だ。
 思考が泥沼に嵌まっていく様な錯覚を感じる。とりあえず彼女の
ことは後にして、今は司教と王子の件に集中しよう。そのためには
まず風呂に入りに行かねば。
 混乱した思考のまま、何故かナタリアを連れて風呂に入った。彼
女も風呂がお気に入りのようで、逆上せるまで長い間入っていた。
俺も限界を間違えて意識を失ったので、風呂に入りに来たメイドに
発見されるまで二人とも逆上せて倒れていた。
 風呂での醜態の記憶を封印しつつ夜まで待ち、城に転移してラン
ド王子の部屋に向かう。奴が城にいるのは門の所の兵士に尋ねたの
で確実だ。
デイズ
 部屋の前には見張りの兵士がいた。幻惑を使い幻惑状態にして、
その隙に中に入る。

393
 部屋の中にはロベールやソフィと同じ金髪だが、他の3人とは似
ていない青年が一人。謁見の間で何度か見たことがあるので、奴が
ランド王子だと分かった。
サウンドプルーフ
 奴一人しかいなかったので、叫ばれる前に遮音結界を張る。奴は
突然の侵入者に驚き、口をパクパクと開閉させていた。そうしてい
るのを見ると、馬鹿のようにしか見えない。
﹁夜分遅くに失礼する。話が会って来たのだが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮っ! お前、ウェルナーか! 王族の部屋に勝手に入るとは
不敬だぞ!﹂
 やっと口を利けるようになったと思ったら、第一声はそんなどう
でもいいことだった。不敬も何も、今からすることは不敬罪などと
いう程度の話では無いのだが。
﹁あまり機嫌が良くないようだな。ならば単刀直入に言わせて貰お
う。今すぐ私とフェアリスから手を引くように、司教に伝えておけ﹂
﹁な、ななな、何のことか分からないな﹂
 俺の言葉に明らかに動揺した口ぶりで返してくる。ポーカーフェ
イスになれとまでは言わないが、少しは態度を取り繕うことを覚え
た方がいい。こんなのがソフィと同じ王族だと思うと、涙が出てく
るな。
﹁分からないならそれでいい。さて、話は変わるが、まずはこの椅
子を見てくれ﹂
﹁ん? 椅子が何だと言うんだ⋮⋮﹂

394
マイナーディスインティグレイト
 一番近くにあった椅子を掴んで、劣化自壊を発動する。しばらく
何も変化が起こらなかったが、突然椅子がバラバラに四散してしま
った。その光景を見たランドは、何が起こったのか理解できずに、
バラバラになった椅子の破片を見て呆然としていた。
 隙だらけの奴に近づき、肩を叩く。その感触で我に返った奴は、
俺から急いで距離をとり怯えるような視線を向けてきた。
﹁い、一体何をしたんだ!﹂
マイナーディスインティグレイト
﹁これは劣化自壊という術式でな、効果は見ての通り物体をバラバ
ラに分解するというものだ。切断しているわけではないので、鎧を
着ようが関係ない。発動条件はその物体に触っていること。効果が
現れるタイミングは私にも分からない。ここまで言えば、もう分か
るな?﹂
﹁わ、私にその魔法を掛けたのか! 早く解け、解いてくれ!﹂
 もちろん奴に術式など使っていない。というよりも、先程の術式
は、直接対象に触れていなければ駄目なので、服越しに肩を叩いた
所で発動条件を満たすことが出来ない。
 まあそこまで奴に教える気はない。言わなければ勝手に勘違いし
て、術式を解く事と引き換えにこちらに色々と譲歩してくれるだろ
う。
﹁そうだな、私の言うことに一度だけ従ってもらうというのはどう
だ?﹂
﹁そ、それでいい! いいから、早く解いてくれ! まだ死にたく
ない!﹂

395
﹁そうか、確かに約束したぞ﹂
 もう一度奴に近づいて、肩を叩いて適当な言葉を呟く。奴は俺が
やっていることが分かっていないので、まだ死ぬかもしれない恐怖
に怯えて震えている。
﹁術式は解いたぞ﹂
﹁そ、そうか⋮⋮助かった⋮⋮﹂
﹁では約束だ、私に従ってもらおう﹂
﹁⋮⋮ああ、いいだろう。私に一体何を頼むつもりだ?﹂
﹁なに、難しいことではない。先程も言った通り、これ以上俺やフ
ェアリスに関わろうとするな。これだけだ﹂
﹁わ、分かった。だが私が異端にするように頼んだのはお前だけだ。
フェアリスだったか、彼女のことは何も知らない﹂
﹁お前は黙って私の言った通りにすればいいのだ。余計な口を叩く
な﹂
﹁す、済まない、許してくれ⋮⋮﹂
 奴が謝っている姿を見ていくらか気分が晴れたが、これだけで終
わらせても信用できない。
 紙を取り出し、今回の約束を書き込んでいく。下の部分に俺の名
前を書き込んで、奴に渡す。

396
﹁それに名前を書け。文字は何でも構わない﹂
 奴はこくこくと頷いて、俺が渡したペンを取って名前を書き込ん
オース
だ。書き終わった紙を受け取り、誓約を発動する。これで奴はこの
紙に書かれた約束を破ると、約束の重さで決定した罰が下るように
なった。ちなみに今回の罰は浄化、つまり火刑だな。
﹁よし、先程の約束を破ったなら、その瞬間にお前は全身を炎に焼
かれて死ぬことになる。くれぐれも言動には気をつける事だな﹂
﹁ああ⋮⋮﹂
 これでこれ以上こいつが関わってくることはないだろう。紙をし
フィアー エクストラクトメモリー
まうと、奴を恐怖で昏倒させ、記憶抽出で先程の約束以外の、ここ
に俺がいた記憶を抜き出す。
 まだ幻惑状態の兵士達の横を通り抜け部屋を出る。俺の姿が兵士
達に見えなくなる所まで進んでから、術式を解除してやる。何が起
こったのか分からない兵士達は、辺りをきょろきょろと見回してい
た。
 城を出て屋敷に戻ってきた。相変わらず司教は俺のことを捕まえ
ようとしているようで、屋敷の前に人影が見える。司教はまだ俺が
ソフィと婚約したことを知らないのであろう。しかしそれも明日明
後日には解決できる事柄だ。
 これで今回の件は収まるはずだが、まだ司教に復讐を遂げていな
い。フェアリスを助けたときにした事は、とても復讐したとは言い
がたい。人を異端扱いし、ナタリアを使って俺を脅そうとした事を
考えると、出来れば社会的に抹殺したい。
 となると、やはり破門が妥当か。出来れば俺が直接働きかけない

397
方がいいのだが、どうしようか。
 地下室に戻りフィルポットを陥れる策を考えていると、ティアが
やってきた。何やら困ったような表情を浮かべている。また問題が
起きたのか。
﹁ご主人様、以前送ってこられたエルフのことなのですが⋮⋮﹂
﹁ああ、あれか。どうかしたのか?﹂
﹁いえ、とりあえず世話はしておりますが、必要ないのであれば処
分した方が妙な噂を立てられずにすむと思います﹂
 まあ確かに捕まえたときは研究用に使えると思っていたが、持っ
ているだけで疑われるので、今ではマイナスにしかならない。いっ
そのこと殺してしまった方がいいのかもしれない。
 そう思っていると、ふといい考えが閃いた。あれを使えば司教に
無実の罪を擦り付けることが出来るのではないだろうか。
 そうと決まればフェアリスにも協力してもらおう。早速フェアリ
スに念話を送り、とある頼み事を伝えた。フェアリスは突然の話に
驚いていたようだが、こちらの頼みは聞いてくれるようだった。
︵それは構いませんが、司教様は本当にそんなことをされているの
ですか?︶
︵ああ、これは確かな情報だ。司教が手を打つ前に動きたいので、
悪いが急いで伝えてくれ︶
︵分かりました︶
 フェアリスとの念話を切ると、こちらも準備のために屋敷の地下

398
室に閉じ込めてあるダークエルフの様子を見に行った。
第29話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
399
第30話
 階段を下り、以前ルーシアの施術をした地下室に入る。既に中は
改築されており、人が一人ぐらいなら暮らすことができる空間にな
っている。今回はそこにいる人物に用があった。
 明かりをつけると、暗闇に紛れ込んでいたその人物の姿が見える
ようになった。全身にルーシアと同じ術式刻印を刻み込まれたダー
クエルフ、確か名前はリリーだったか。以前エルに屋敷に連れ帰る
よう任せておいたのだが、世話をティアやエルにまかせっきりにし
ていたので、会うのはレシアーナ以来だ。
﹁⋮⋮何?﹂
﹁久しぶりに会うのに、随分な台詞だな﹂

400
 嫌悪しか感じられないといった表情でこちらを見てくるが、もう
会うこともなくなるのでどうでもいい事だと無視する。逃亡防止の
ための鎖が付いていて逃げられないので、俺が近づいてもその場か
ら動こうともしない。
 それにしても部屋全体を見回しても、魔石が一つも落ちていない
のが気になる。ティアが回収していないんだとすれば、考えられる
要因は一つしかない。
﹁魔石が無いようだが⋮⋮﹂
﹁は? ここは魔力溜まりじゃないのに、何を馬鹿なことを言って
いるの?﹂
 こいつの様子からしても魔石を作り出していないことは確かなよ
うだ。見たところ術式刻印にも間違いはないし、これは妊娠してい
るのが確実になったな。まさか一番最初に俺の子を身篭ったのがこ
いつだとは。
 まあ妊娠している分には問題ない。俺との子供だというのは他の
人間には知られていないから、これも司教のせいにでもすればいい。
﹁まあいい。それよりもお前に利用価値が出来た﹂
﹁⋮⋮今度は何?﹂
﹁早い話が生け贄だ。とある男にあらぬ罪を被せるためのな﹂
﹁⋮⋮そう、好きにすれば﹂
 自暴自棄な態度を取っているが、こいつにはこちらに協力しても

401
らわなくてはいけないのだ。演技でも何でもいいから、男に媚びた
ヒュプノ
態度になってもらう必要がある。催眠を使い、彼女の意識を奪った。
﹁私の声が聞こえるな?﹂
﹁はい﹂
﹁よし、お前は男に奉仕するために生まれてきた雌奴隷だ。自分か
ら進んで奉仕したくなり、奉仕して喜んでもらうことがお前の喜び
だ。そして奉仕をして感じてもらうと、自分の事のようにお前も感
じてしまう。分かったか?﹂
﹁はい、分かりました﹂
﹁では今から私が手を鳴らすとお前の意識は元に戻る。しかし、私
が先程言ったことは決して忘れない。さらにもう一度私が手を叩け
ば、再びこの状態になる。分かったか?﹂
﹁はい、分かりました﹂
 俺が手を叩くと、我に返って再びこちらを生気のない眼で見てく
る。だが先程と違い、どんどんと頬に赤みが差していっている。
﹁どうした、何か言いたいことがあるなら言ってみろ﹂
﹁あの、私にあなたの肉棒を咥えさせて下さい。精一杯奉仕させて
頂きますから﹂
﹁断る。お前が奉仕する相手は私ではない﹂

402
イジェクト
 そう言って、彼女の頭の中に排出でフィルポットの姿を送る。こ
れはナタリアを襲撃した男達から奪った記憶だ。
 フィルポットの顔や姿を覚えたようなので、後はフェアリスが捕
まっていた場所にでも放り込んでおけばいいか。フェアリスも今頃
他の司教に話をつけている所だろう。
﹁今見た人に奉仕をすればいいのですね?﹂
﹁ああ、誰が何と言おうが、奴がお前のご主人様だ。口では嫌がる
かもしれないが、そういう時は腹に子がいるとでも言ってやれ﹂
﹁分かりました﹂
﹁そうだ、物分かりがいいのは良い事だ﹂
﹁それで、どこに行けばあの人に会えるのですか?﹂
﹁安心しろ。私が連れて行ってやるから、少しの間眠っていろ﹂
﹁え?﹂
フィアー
 疑問の表情を浮かべた彼女を恐怖で気絶させた後、フェアリスに
念話で連絡を取った。今他の司教を連れて教会の隠し部屋に向かっ
ている最中だという話だ。これはこちらも急がなくては。
グレーターマステレポート
 上級集団転移で教会の近くにまで移動する。前回と同じ方法で結
界内に入り、そこから今度はフェアリスが捕まっていた隠し部屋に
転移した。
 頬を叩いて彼女の意識を取り戻すと、彼女は先程とは違う部屋に
いるのが分かり、周りをきょろきょろと見回し始めた。

403
﹁あの、もう着いたのですか?﹂
﹁ああ、少し待っていれば目当ての男がやってくるだろう。それま
では騒がずに大人しくしておけ﹂
﹁はい﹂
 後は俺のことを言いふらさないようにすればいいな。記憶を抜く
と俺が催眠を掛けた人物だと認識できなくなるので、もしものとき
に催眠状態に戻せなくなるかもしれない。仕方ないが、今回は別の
方法にする。
 俺の言うことを聞いて大人しく座った彼女を、手を叩いてまた催
眠状態に戻す。
﹁お前は私のことを誰にも話せないし、話そうとも思わなくなる。
もちろん私が知り合いだと分かるような態度もするな。分かったな
?﹂
﹁はい﹂
 手を叩いてまた元に戻すと、彼女にはここにいるよう指示をし、
周りに人がいないかどうかを音で確かめて部屋の外に出る。今回は
人がそれなりにいたので、見つからないように外まで出るのは大変
だった。
 教会の外に出た後、何食わぬ顔をしてフェアリスの到着を待って
いると、少しして何人かの人間を連れた彼女がやってくるのが見え
た。司教らしき服を着た男と一緒に来ている戦士風の男達は、俺の
記憶ではあの服装は異端審問官のものだった。

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﹁ヤード様、お話の通り司教様をお連れしました﹂
﹁あなたがウェルナー伯爵ですか。私はマルコと言います。異端審
問所で司教位を勤めさせてもらっています﹂
﹁ヤード・レイ・ウェルナーだ。夜分遅くに済まないな、よろしく
頼む﹂
﹁いえ、こういったことは相手が動く前に行動する方が良いのです。
さあ、早く行きましょう﹂
 挨拶もそこそこに、彼女らに加わってフィルポットの部屋まで行
く。幸い奴は出かけていなかったようで、部屋で何かしているよう
だった。
 扉を開けて、一緒に来ていた異端審問官達が一斉に奴を取り囲ん
だ。突然の出来事でしばらく硬直していたが、我に返ると怒りを顕
にして椅子から立ち上がった。
﹁何だ、お前達は!﹂
﹁フィルポット司教、あなたに異端の疑いが掛かっている﹂
﹁な!? 馬鹿な! そんな訳があるはずがないだろう!﹂
﹁それはこちらが判断する。それに証人もいるのだ。そうでしょう、
ウェルナー伯爵?﹂
 俺を見つけた司教は、魚のようにパクパクと口を動かしている。
まあ屋敷にまで入って見つからなかった男が目の前に来たら、奴の
ようになるのかもしれない。

405
﹁ああ、私の屋敷の者が見かけたのだが、先日フィルポット司教が
ここにダークエルフを連れ込んだというのだ﹂
﹁馬鹿な! この教会の何処にダークエルフがいるというのだ!﹂
 ちなみに目撃者はティアという設定だ。先にティアには話を合わ
せるよう伝えてある。彼女はフィルポットを調べるためにこの辺り
をうろついていたこともあるので、いくらか説得力もあるだろう。
 奴は怒りで顔を真っ赤にしながら怒鳴っている。腹に一物抱えて
いる奴は、皆同じような反応をするな、としみじみ思う。
﹁フェアリス殿、司教はあのように言っているが、何か隠し場所に
心当たりは無いか?﹂
﹁え? あ、ああ、それでしたら一つ心当たりがありますけど⋮⋮﹂
 突然話を振られたフェアリスは、動揺しながらも返事をしてくれ
た。大方俺も知っているだろうにとでも思っているのだろうが、あ
の夜のことは秘密にしたいというこちらの意図に気付いてくれたよ
うだ。
 奴もフェアリスがあの部屋のことを言っているのが分かったのだ
ろう、何とかしてこの場を切り抜けようと頭を悩ませている。
﹁そ、そうだ。そんなことよりも、この二人を異端として捕まえな
くてはいけないのではないか? そうだろう、マルコ司教殿?﹂
﹁この二人に関しては無実であったと、つい先程異端審問所の所長
が判断を下しました。あの噂は根も葉も無いただの噂であったとい
うことです﹂

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﹁そ、そんな馬鹿な⋮⋮﹂
 マルコの言葉に呆然としているフィルポット。まあ奴にしてみれ
ば寝耳に水のような事態だろう。先程まではランドの助力を信じて
いたのかもしれないが、それももはや潰えた。
 隠し部屋に向かって進むフェアリスにフィルポットを含めた全員
でついていく。フィルポットは隠し部屋にいるあの女のことは知ら
ないので、まだ自分が有利だと信じてふてぶてしい態度を取ってい
る。
 隠し扉の前にやってくると、開けるよう指示されたフィルポット
がしぶしぶと壁に鍵を差し込んだ。そしてゆっくりと扉を横に引い
ていくと、中には当然のごとくダークエルフが一人いた。
﹁なっ!?﹂
﹁ほう、ウェルナー伯爵の情報は正しかったようですな﹂
 彼女は突然俺達がやってきたことに眼を瞬かせていたが、フィル
ポットの顔を見つけると途端に笑顔になり、奴の下へと近寄ってき
た。
﹁ご主人様!﹂
﹁こ、こやつは何を言っているのだ? 誰か分かる者はいないか?﹂
﹁司教、このエルフはお前を主人と呼んでいるのだ﹂
﹁な!? 出鱈目を言うな!﹂

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﹁そうか。では皆にも分かるようにしてやろう﹂
トランスレイト
 俺は彼女に向かって翻訳を発動する。これは俺に掛かっている翻
訳能力と同じ効果を発揮する術式だ。必要になるかと思って前もっ
て作成しておいた新術式だ。言語の問題もこれでカバー出来る。
﹁おい、そこのダークエルフ。今お前の言葉が皆に理解できるよう
にしてやった。もう一度先程の言葉を言ってみるといい﹂
﹁有り難うございます! ご主人様、私の言葉が分かりますか?﹂
 彼女の言葉は翻訳能力によって全員に伝わるものとなった。彼女
の言葉に、俺を除く全員が凍りつく。俺の言っていた通りにフィル
ポットを主人と呼ぶエルフが教会にいたのだ。
 フェアリスもここに彼女がいることには疑問を抱いていないよう
だ。彼女が捕まってから捕らえられたことにしたので、時系列的に
は問題ない。
﹁ば、馬鹿な! 私はこのダークエルフなど知らん!﹂
﹁そんな⋮⋮お腹の中にはご主人様の子供がいるのですよ!﹂
 俺の言いつけ通りの言葉を彼女が言ったことで、奴は顔を真っ青
に染めている。フェアリスも驚きで顔を青褪めさせ絶句しているし、
マルコや他の異端審問官も険しい表情になっている。
﹁フィルポット司教、異教徒と交わり、あまつさえ孕ませてしまう
ことがどういうことか、あなたならば分かっていると思っていたの
ですが﹂

408
﹁違う! 私はそんな事はしていない!﹂
﹁それは彼女を調べれば分かることですし、異教徒と教会で交わっ
ていることが分かれば、あなたはこの上ない禁忌を犯していること
になります。これは忌むべき異端の行いですよ﹂
﹁そんな、こんな事があっていいはずが無い⋮⋮﹂
﹁ご主人様、どうしたのですか? どうぞ私の身体に欲望を吐き出
して下さい﹂
 奴はガクリと膝をつきうな垂れている。彼女は奴に擦り寄ると、
奴の肉棒を取り出し舐め始めた。ピチャピチャといやらしい音が響
き、フェアリスは頬を赤く染めて顔を逸らしてしまった。
﹁何と言う⋮⋮フェアリス殿をどこか別の場所で休ませてあげなさ
い﹂
 マルコは未だ険しい顔で奴らを見ていたが、異端審問官達の方を
見てフェアリスをここから離すように指示し、男達のうちの一人が
フェアリスを連れて行った。
﹁硬くなってきましたね。ではここで奉仕させてもらいます﹂
﹁や、止めてくれ⋮⋮﹂
﹁ああ、ご主人様の物が私の奥にまで入ってきます⋮⋮﹂
 二人の方を再び確認すると、蒼白な表情を見せている奴とは対照

409
的に、彼女の方は完全に発情したように頬を赤くしている。奴の肉
棒を股間に埋め腰を振っている彼女を見ていたマルコは、首を振っ
てから男達に何か指示を出した。
 男達の一人が未だ繋がっている二人に近づき、剣を抜いて彼女の
首を刎ねた。吹き上がる鮮血に一瞬呆然と見ていたフィルポットは、
我に返ると驚くべき速さでマルコに近寄り、許しを乞い始めた。
﹁お願いだ、これは誰かの陰謀なのだ、命だけは助けてくれ!﹂
﹁⋮⋮実際に耳にし、眼にしてしまっては、もはや誤魔化しも利き
ません。せめてもの慈悲で、苦しまぬよう天国へと送って差し上げ
ましょう。やって下さい﹂
 マルコの合図でフィルポットの首が刎ねられた。斬られた場所か
ら血を噴出しながら、リリーの上に倒れる。二人の周りは血溜まり
となって、まさに地獄絵図といった光景だ。
﹁これが使命とはいえ、身内を手に掛けるのは何とも心が痛むもの
ですね。さあ、後始末は私達がやりますので、伯爵殿はフェアリス
殿の傍にいてあげて下さい﹂
﹁⋮⋮ああ、分かった。感謝する﹂
 飛んできた血で少し服が汚れてしまったが、そんなことは問題が
解決した達成感に比べれば屁でもない。今すぐスキップで駆け出し
たい気分を抑え、神妙な顔をしてマルコの言葉に応えた。
 離れた場所に転がっているリリーの生首を見て、少しだけ同情の
ような気持ちが湧いてくる。一度だけだが、彼女を抱いたせいだろ
うか。俺に敗れてからは悲惨としか言いようの無い出来事しかなか
ったが、これも自業自得だと思い直し、その場を去った。

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 フェアリスの所へ行き、傍にいた異端審問官に戻ってもいいと伝
える。そうしてフェアリスと二人きりになると、彼女の方から話し
始めた。
﹁⋮⋮何故司教様はあのようなことをしたのでしょう?﹂
﹁知らん。そちらに逃げられて鬱憤が溜まっていたのではないか?﹂
﹁私が逃げなければ、あのエルフの女性は無事に過ごせたのでしょ
うか?﹂
﹁仮定の話を言っても仕方がない。奴がここに彼女を連れ込み、犯
し、孕ませた。それだけだ﹂
 やった人物を奴ではなく俺に替えれば、今言ったことは事実であ
る。これぐらいのことで彼女に不信感を持たれては堪らないので、
いたって真面目な口調で告げる。
﹁⋮⋮あの、ヤード様。二人はどうなったのでしょうか?﹂
﹁二人とも殺された﹂
﹁そうですか⋮⋮﹂
 その言葉を聞いて落ち込む彼女。自分を襲った相手にまで同情し
ているようだ。殺すことは無いとでも思っているのだろうが、俺か
ら言わせると、生かしておくよりもずっと良い。恨みを持った相手
は放っておくと碌なことにならないからな。

411
﹁巻き込まれたエルフには同情するが、これで私達を疑う人間がい
なくなったのだ。結果的には良い方向に行ったということで納得す
ればいいのではないか?﹂
﹁ヤード様は冷たいのですね⋮⋮私は罰せられるにしても、殺され
るような罪ではないと思っています﹂
﹁優しい考えだな。しかしその同情は、司教にとっては屈辱となっ
ただろう。そして必ずまた私達を陥れようと画策してくるはずだ。
罰で人の心が浄化されれば問題は無いのだが、実際には罰や慈悲で
は、そう簡単に人の心を変えることは出来ないのだ﹂
﹁そうですね、ですが私は自分の考えが間違っているとは思いませ
ん。やはりあの二人を殺すべきではなかったと思うのです﹂
﹁好きにしたら良い。私はそのようには考えられないが、人の意見
を間違っていると言えるほど出来た人間ではないからな。自分の事
だけで精一杯だ。そちらも自分の意思を貫き通せば良いと思う﹂
﹁有り難うございます⋮⋮﹂
 そう呟いて、それっきり黙りこんでしまうフェアリス。殺された
二人について葛藤している様を見ると、若さゆえの悩みがあるのは
いいことだと思う。
 しかしそれ以上に、今フェアリスに対して語ったことを思い出し
て、あまりに臭い台詞に自己嫌悪してしまう。勢いで喋ってしまっ
たが、俺は元々そういうタイプの人間ではないはずだ。ちょっとシ
リアスな場の空気に流されてしまっただけなんだ。先程の言葉を消
し去りたいと猛烈に思っている。間違いなく黒歴史に残る発言だっ
た。

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 俺が無言で悶えているのを見て、フェアリスは笑いを堪えきれず
小さく噴き出した。まだ吹っ切れてはいないだろうが、彼女はアレ
クよりも遥かに場の空気が読める人間なので、これ以上落ち込んで
いては雰囲気が悪くなると思ったのだろう。
﹁ヤード様、色々と有り難うございました。お礼に今度私の家に来
て下さい。自慢できる腕ではありませんが、料理でも振舞わせて下
さいね﹂
﹁それは断らせてもらう。あまり味にはこだわりが無いが、流石に
人間の食べ物に限る﹂
 残念ながら、何度か彼女の料理の腕を見る機会があったのだが、
あれは料理と呼ぶには抵抗がある代物だった。口に入れた瞬間に吐
き出しそうになるほどの味だった。
﹁な!? 何てことを言うのですか! 失礼ですよ!﹂
﹁失礼なのは私ではなく、あの料理だ。まずそちらが食材に謝った
方が良いと思うぞ﹂
﹁言いましたね! 絶対に食べさせますから!﹂
 顔を真っ赤にして怒っているフェアリス。先程までの雰囲気がぶ
ち壊しだが、俺はこっちの方が楽でいい。
 彼女がこちらに何か言っているのを聞き流しつつ、そろそろ夜が
明ける頃だと暢気な事を考えていたのだった。

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第30話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
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第31話
 二人の遺体を片付け終わったようで、俺達の所へマルコがやって
きた。俺が浴びたよりも遥かに大量の血に塗れ、真っ赤に染まって
いたはずの司教服も着替えていた。
﹁終わったようだな﹂
﹁お待たせして済みません。異端者の情報を伝えて頂き有り難うご
ざいました﹂
 フェアリスは人を殺したというのに穏やかな表情のマルコに納得
できない様子だったが、流石にここで議論しようとは思わなかった
ようで、悲しげな表情を浮かべているだけだった。

415
﹁そういえば伯爵殿、先程も言いましたが、あなたに掛けられてい
た異端の疑いは無実であったと通達が来ました。あらぬ罪で疑った
こと、申し訳ありませんでした﹂
﹁気にしなくていい。大方フィルポット司教が裏で手を引いていた
のだろう﹂
﹁有り難うございます。ですが、疑われるような生活を送っている
のもまた事実です。異教徒を回心させてくださるのはこちらとして
も有り難いのですが、あまり距離が近いのも問題ですよ﹂
﹁⋮⋮分かった。考えておこう﹂
﹁分かって戴けて何よりです。ああ、何でしたらあなたの弟子のエ
ルフや他の方々も、入信してみませんか? 神は異種族だからとい
って信仰心を拒むようなことは致しませんよ。数は少ないですが、
エルフの信徒もいるのですから﹂
﹁ふむ、それは⋮⋮﹂
 エルやナタリアのことを言っているのだろうが、唐突に釘を刺し
ソートスティール
てきたのが何となく気になったので、窃思を使ってみた。
︵⋮⋮気付かれずに入れるとは、彼の力は並の魔導師とは比較にな
らない。出来れば国王や騎士達からは引き離しておきたいものだ。
勇者を二人引き抜けば、異端審問庁の権力も更に上がることだろう。
最悪、彼の身内に教徒がいればいい⋮⋮︶
 まあわざわざフェアリスの言葉を信じて来てくれただけとは思っ

416
ていなかったので、この男にも何かよからぬ考えがあることは覚悟
していた。それでもマルコの考えはただの引き抜きのようなので、
放っておいてもフィルポットのときのような問題は起こらないだろ
う。
﹁そうだな、彼女達にも勧めておこう﹂
﹁そうですか。ええ、それがいいでしょう﹂
﹁それではもう夜も明けたので、これで失礼させてもらう﹂
﹁おお、そうでした。引き止めてしまって申し訳ありませんね。ま
たいつかお会いしましょう﹂
 マルコに別れを告げ、フェアリスを連れて教会を出た。彼女も眠
そうにしているので、一応家まで送っていくことにした。
 減った体力と眠気を回復しながら屋敷に戻り、服を着替えてナタ
リアの所に向かった。彼女は既に起きているようで、部屋ではなく
庭で弓の訓練をしていた。
 基本的にウッドエルフは皆弓の扱いが上手いが、彼女の腕は平均
以上だ。ほんの僅かな大きさにしか見えない的に次々と矢を命中さ
せている。こうして一心に弓を引いている彼女は美しいと思う。
﹁ナタリア、ここにいたか﹂
﹁どうしたの? 何か私に用事でもあるのかしら﹂

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 彼女が一旦休憩を入れるまで待ってから声を掛けた。俺の存在に
気付いていたようで、いきなり声を掛けても驚きはしなかった。
﹁ああ、教会に行くぞ。お前には洗礼を受けてもらう﹂
﹁え、この国の神を信仰しろっていうの? ヤードがどうしてもっ
て言うならいいんだけど⋮⋮﹂
﹁違う、このままだとまた異端審問に掛けられかねないので、表向
きは回心したという事実を作るだけだ。別に信仰を変えろと言うつ
もりは無い﹂
﹁ああ、そうなの。分かったわ﹂
 納得してくれたようでよかった。断られたらどうしようかと思っ
たが、その心配は無用だったようだ。
 しばらく彼女の弓の訓練を眺めた後、軽く朝食を摂って彼女を連
れて教会へと向かう。今回は転移を使わずに、普通に歩いていった。
 街中を歩いていても、ナタリアには興味を引かれる物ばかりのよ
うで、楽しそうにきょろきょろと辺りを見回していた。少し歩いて
いくと露天市をやっているようなので、ついでに寄ってみる。まだ
早い時間だが既にかなりの数の店が出ており、人で賑わっていた。
﹁凄いわね、行商についていった所でもこんなに大勢の人はいなか
ったわ﹂
﹁まあ仮にも王都だからな。それよりあまりうろつくなよ﹂
﹁分かってるわ。子供じゃないんだから﹂

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 そうは言うものの、彼女は面白そうな物を見つけるたびにそちら
の方へと行ってしまうので、俺も度々追いかける破目になっている。
 結局欲しそうに眺めていた首飾りを買ってやり、露天市を後にし
た。彼女は首飾りを着けてとても上機嫌な様子だ。そんなに高い物
でもないが、そこまで喜ばれるならば買った甲斐もある。
 露天市を出てさらに歩き続け、結局そろそろ昼になるかという時
間になってようやく教会に着いた。歩きでも行けるだろうと思って
いたが、予想よりもかなり遠かった。
 帰りは転移を使うことにして、近くにいた教会の人間に洗礼を受
けに来たことを伝える。洗礼は結構な人数の人間が受けに来るよう
なので、相手の対応も慣れたものだった。
 ナタリアはすぐに洗礼を受ける部屋に通され、俺は外で待ってい
た。しばらくして彼女が出てきた。どうやら無事に終わったようだ。
﹁何も変わってないけど、本当に出来たのよね?﹂
﹁洗礼の儀式など、商会の入会手続きのようなものだ。そんなに大
それたものではない﹂
﹁ああ、そんなものなのね⋮⋮期待して損したわ﹂
 彼女は儀式と聞いて特別なイメージでも持っていたのかもしれな
いが、教会の儀式は形だけの物が多い。中には神の加護を得る物も
あるらしいが、そんな人間には会ったことがないので眉唾物だ。
 ともあれ、これで彼女も立派な教会の信徒だ。帰りに今回の洗礼
を担当していた者に金貨を数枚握らせる。これは決して疚しいもの
ではない。気持ちばかりのお布施だ。
 あちらも分かっているので、ニコニコと笑みを浮かべながら受け
取った金を服の中にしまう。ここまでが決まっている一連の流れだ。

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 彼女を連れて転移で屋敷に戻った。久しぶりに外に出られたので
彼女も満足そうだ。遅い昼食を取った後、彼女と別れて部屋に戻っ
た。
 エルにはこちらに戻ってきたときにでも受けさせよう。そうすれ
ばもう妙な噂を流されることもなくなるだろう。
 それから特に事件が起こることも無く、式の日がやってきた。直
前まで式の準備で周りが忙しくなっていたが、何とか当日までには
間に合った。
 式は城の礼拝堂で行われる。周りには数々の参列者達が集まって
おり、俺とソフィは祈祷台で大司教とかいう奴の長々とした話を聞
き祝福の言葉を貰うと、最後にソフィの指に指輪をはめた。
 周りからは拍手と歓声が聞こえてきたが、こちらは場の雰囲気に
飲まれないようにするのが精一杯で、お祝いの言葉も聞こえていな
かった。
 礼拝堂での式が終わると、今度は他の国の大使やその他著名な人
物に挨拶をすることになった。
 この時点ですでに俺は勘弁して欲しいと心の中で叫んでいたが、
ソフィはまったく微笑を崩すことなく対応していた。やはり育ちの
差は大きいようだ。
 顔も名前も知らない人間達が俺達に祝いの言葉を掛けてくれるが、
顔も知らない他人から祝われても嬉しくも何ともない。中には王族
と結婚した俺に近付こうとしているのが丸分かりの人間もいて、心
労で倒れそうだ。
 何とか笑顔を崩さないように対応し、やっとの思いで乗り切った
ときには身体はともかく精神的に疲労困憊していた。

420
 これでまた夕方からは俺の屋敷でパーティーだ。分かっていたと
はいえ、たった半日でかなりの精神力を消耗してしまった。現在は
休憩のためソフィと共に彼女の部屋に避難しているが、もうすぐに
でも出なくてはならない。
﹁ヤード様、大丈夫ですか?﹂
﹁ん、あまり大丈夫でもないが、これも君と結ばれるためだ﹂
﹁ヤード様⋮⋮﹂
 彼女が顔を近づけてきたので、口付けをする。化粧が落ちるかも
しれないのでほんの軽く程度だが、それでも彼女は満足できたよう
だ。
 ソフィと共に城を出て屋敷に戻り、今度は屋敷でパーティーを行
う。今回はソフィと離れているため、いざという時に頼れる人間が
いないので心労も加速している。
 ここでも俺に近づいてくる奴が多く、奴らのあしらいに苦労して
いると、見知った顔がやってきた。アレクとサガミだ。
﹁ヤード殿、結婚おめでとう! まさかソフィア王女と、とは予想
もしていなかった﹂
﹁ご成婚おめでとう。ヤード殿には言いたいこともあるが、この場
では無粋だろう﹂
 アレクは俺達の結婚を素直に祝福してくれているが、サガミは何
か思う所があるようだ。まあこいつはナタリアとも関係を持った事

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を知っているからな。
﹁ああ、有り難い。フェアリス殿は一緒ではなかったのか?﹂
﹁彼女も後で来るそうだ。それにしてもヤード殿が一番先に結婚す
るとは、思ってもいなかった﹂
﹁まあ半分偶然のようなものだ﹂
 その後も少し話をした後、二人は離れていった。そして少しして
フェアリスがやってきた。
 彼女は祝いの席には似つかわしくない微妙な表情を浮かべていた
が、こちらにやってくると笑顔に戻っていた。
﹁ヤード様、おめでとうございます﹂
﹁ああ、何やら浮かない表情をしていたが、何かあったのだろうか
?﹂
﹁い、いえ、何でもありませんから!﹂
 妙に慌てているが、まあいい。アレクやサガミがパーティー用に
正装をしているのは何とも思わないが、彼女がそういった格好をし
ているのは珍しいので、思わず眺めてしまう。
 今日の彼女は胸元が開いたドレスを身に着けている。彼女には珍
しいと思ったが、メイドが勝手に決めた服らしいと聞き納得した。
流石にソフィには叶わないが、彼女も十分に周りの目を引きつけて
いる。主に男の視線だが。
﹁ヤード様、あの、似合っているでしょうか?﹂

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﹁この場で私にそれを聞くとは、たいした勇気だ﹂
﹁あっ! その、そういう訳ではないのですが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮まあいい。ソフィにも声を掛けてやってくれ。きっと喜ぶだ
ろう﹂
﹁は、はい。では失礼しますね﹂
 なれない衣装で時々転びそうになりながらも、ソフィの方へと向
かっていった。これで俺の知り合いもいなくなったかと思っていた
が、まだ残っていた人間がやってきた。
﹁お久しぶりです、ヤード様﹂
﹁マルガレーテ殿か。要塞の方は大丈夫なのか?﹂
﹁ご心配なく、この式が終わったらすぐに戻りますので﹂
 不機嫌そうなオーラを出しながら俺に近寄ってきたマルガレーテ
を見て、周りの人間が一歩下がる。どう見ても険悪な雰囲気を醸し
出している彼女に近づこうとはしないだろう。
﹁やめろ、マルガレーテ。ここは祝いの席だぞ﹂
﹁お兄様、いらしていたのですね﹂
 俺とマルガレーテに近寄ってきたのはロベールだった。こいつも
砦にいたはずなのに、一体どうしてここに来てしまったのか。

423
﹁久しぶりだな、ロベール殿﹂
﹁それほど久しぶりという訳でもない。それよりもソフィアとの結
婚を祝わせてもらおう﹂
﹁あまり祝いたくはありませんね⋮⋮﹂
 ロベールも内心ではあまり面白くないのかもしれないが、マルガ
レーテのように態度に出したりはしていない。まあロベールの人間
が出来ているというよりは、俺がマルガレーテにした仕打ちが、彼
女にとってはそれ程のものだったということだ。
﹁伯爵、このパーティーが終わったら少し付き合え﹂
﹁ん? まあいいが﹂
﹁お兄様、このような男と話しているより、お姉様の所へ行きまし
ょう﹂
 マルガレーテに引っ張られる形で仕方ないといった風についてい
くロベール。どうやら家族の仲は悪くないようだ。ソフィも二人に
気付いて嬉しそうにしていた。
 その後もやってくる人間を適当にあしらいつつ、二度とパーティ
ーなどしないことを決意していた。
 結婚式の予定も全て終わり、招待客は殆どが帰っていった。残っ

424
ているのはロベールぐらいだ。
 ソフィは既に自分の部屋に荷物を運び込んでいた。俺が婿入りす
るわけではないので、これから彼女はここで生活していくことにな
る。まあ不自由はさせないようにしよう。
 俺はロベールに呼び出され、庭に出ていた。辺りは月明かりで薄
暗い程度なのだが、呼び出された目的を考えると、明かりのある場
所でやった方がいいのではないかと思う。
 俺が来たときには既に準備が整っていた。決闘用の模擬剣を持っ
たロベールが立っている。
﹁済まないな、ソフィの望みとはいえ、こうでもしないと私の中で
納得がいかないのだ﹂
﹁⋮⋮そんな気はしていた。これで気が済むというのなら付き合う
のも吝かではない﹂
﹁有り難い。これは正式な決闘ではないので、そちらも魔術を使い
たければ使ってくれ。手加減は無用だ﹂
﹁いいだろう。そこまで言うのならこちらも手加減はしないぞ﹂
 ロベールから剣を受け取り、少し離れた場所に立つ。開始の合図
など無いが、あちらが先に行動を起こし始めた。
 ロベールは自己強化の術式をいくつも掛けている。術式も使えた
のは意外だったが、強化をしている間にこちらも支援術式を自分に
掛けていく。
 先に強化が終わったこちらから動く。地面を蹴り一瞬で間合いを
詰め剣を振り下ろす。音速に近い速度の剣撃に、しかし相手も対応
して来た。剣同士がぶつかり甲高い音が響き渡る。普通ならどちら
の剣も砕けている所だが、強化術式の掛かった両者の剣はその衝撃

425
にも耐え切った。
 すぐに引き戻し、今度は横から切りかかる。これも受け止められ
たが、衝撃は殺しきれなかったようで、受け止めた剣ごと奴を吹き
飛ばした。
 すぐに後を追い再び切りかかったが、今度は上手く受け流されて
体勢が崩れてしまう。そこに反撃とばかり斜めに剣を振り下ろして
きたので、地面を転がってそれを回避する。
 すぐに立ち上がって構えると、奴も構えたままこちらを睨んでい
る。そのまま少しの間にらみ合いが続いたが、何かが落ちる音で二
人とも走り出した。
 最大限の力を込めて相手の剣とぶつかり合う。強化の掛かってい
る剣も耐え切れなかったのか、どちらも罅が入り始めている。そし
て先に剣が砕けたのはロベールの方だった。
﹁参った。やはりソフィアの選んだ男だ﹂
﹁まだ早いのではないか?﹂
﹁これ以上は無理だ。始めの一撃で両腕がボロボロだ﹂
 剣を落とし降参してくるロベール。まだ戦えそうな気がしたが、
奴の方は既に満身創痍だったようだ。その状態でも切りかかってく
るとは、人間を止めているとしか思えない。
メジャーヒール
 近づいて上級治癒をかけてやると、奴の腕も元通りになったよう
だ。
﹁しかし魔導師でここまで近接戦闘も出来るとは⋮⋮まさに勇者の
称号が相応しいな﹂
﹁その言葉は有り難く受け取っておこう﹂

426
﹁ああ、妹の事は任せた。どうか幸せにしてやってくれ﹂
﹁約束しよう﹂
 ロベールはその言葉を聞くと満足そうな顔をして帰っていった。
 俺は風呂に行って汗を流した後、おそらくソフィが待っているだ
ろう部屋に向かった。
第31話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
427
第32話
 風呂に寄っていたので少し遅くなってしまった。寝室に入ると、
ソフィはベッドに腰掛けて待っていた。彼女の方に近付きながら、
彼女の全身を眺めてみる。
 下着が透けて見えそうなほど薄い寝間着を着ているので、薄明か
りの中でも彼女のスタイルの良さがはっきりと分かる。その服の白
さは、緊張で赤くなっている彼女の顔を際立たせていた。
﹁お待ちしていました﹂
﹁済まない、遅くなった﹂
﹁いえ、お兄様とのお話は無事に済んだようで何よりです﹂

428
 何故彼女が知っているのかと言えば、この部屋からは先程俺とロ
ベールが戦った場所が見える。彼女はこの部屋の窓からずっと俺達
の戦いを見ていたのだ。
 彼女に近づくと、香水の匂いとは違う良い香りがする。どうやら
俺の前に風呂に入っていたようだ。香水の香りがあまり好きではな
い彼女にとっては、風呂に入るのがとても気に入ったようだ。
 いつもよりも数段美しく見える彼女の姿に少しばかり見蕩れてい
ると、彼女は恥ずかしがって顔を逸らしてしまった。身体を重ねる
のは今日が初めてでもないのだが、いつもとは勝手が違うらしい。
﹁い、いつもは顔を見られても平気なのですが⋮⋮今はとても恥ず
かしいです⋮⋮﹂
﹁そうか、しかしこれでは君と見つめ合うことも出来ないのだが﹂
﹁そうですね⋮⋮はい、もう大丈夫です﹂
 心の整理をつけるように少し息を吐いた後、少し照れたような顔
でこちらの方を向いてきた。そのまま彼女と見つめ合い、自然と顔
が近付いていき、唇を重ね合わせた。
 彼女は俺の後ろに腕を回し、離さないように強く抱きしめてきた。
俺の舌に自らの舌を絡め、その感触を確かめるように積極的に動か
してくるので、俺もそれに応えて舌を彼女の口に入れ、彼女の口の
中を貪るように舐めた。
 やがて舌を離すと、唾液が糸を引くようにお互いの舌を繋いでい
た。彼女は口付けだけで顔をトロンと蕩かせており、普段は感じな
い艶かしさを醸し出している。
﹁ソフィ、記念すべき初夜だ。今日は最後までしよう﹂

429
﹁はい、やっとこのときが来たのですね⋮⋮﹂
 恥じらいながらも嬉しさを顔いっぱいに出しているソフィを見て、
俺はもう我慢が出来なくなった。彼女をベッドに押し倒すと、服か
ら覗いている首筋へと舌を這わせた。
﹁あ、はっ⋮⋮ヤード様っ⋮⋮﹂
 服の上から胸を揉みしだきながら、彼女の透き通るように白い肌
に俺の舌を這わせていく。
 くすぐったさと気持ち良さで身を震わせながらも、彼女は俺の行
為を受け入れてくれている。首筋を舐められただけでも感じ始めて
きたのか、彼女の荒い息遣いが聞こえ、俺の興奮も高まってくる。
﹁ソフィ、脱がすぞ﹂
﹁はい⋮⋮﹂
 彼女の寝間着と下着を脱がせると、薄明かりの中に彼女の美しい
肢体が晒される。特に胸は、ティアよりは小さいが、平均的な大き
さを上回っている。顕になったそれを再び揉みながら、首筋から鎖
骨の方へゆっくりと舌を進めていく。
 胸の頂にまでたどり着くと、口に含んで舌で優しく舐め回す。胸
の大きさと丁度いいバランスを持っているそこは、舌での愛撫に反
応して少しずつ硬くなっている。
﹁んん⋮⋮あぅ⋮⋮﹂
 ソフィは喘ぎ声を上げないように片手で口を押さえ、もう片方の

430
手でシーツを握って快感に耐えている。眉を顰めて快楽に抗ってい
る姿を見ると、もっと彼女に乱れた姿をさせたくなってきた。
 彼女の乳首を唇と舌を使って扱くと、背筋を反らしながら泣きそ
うな顔でいやいやと首を振っている。余裕の無くなってきた彼女の
顔を見ながらさらに激しくすると、とうとう彼女は手を口から放し
て喘ぎ声を出した。
﹁やっ⋮⋮ヤード様ぁ、あっ⋮⋮﹂
 今まで堪えていたものが一気に吹き出てくるように、彼女はやっ
てくる刺激に何度も切なそうな喘ぎ声を出している。その姿は俺の
嗜虐心をそそるのに十分な効果を与えた。
 乳首を弄っていた舌を下へと降ろし、臍の辺りに何度もキスをす
る。普通はたいしたことの無い刺激だろうが、興奮で全身が敏感に
なっている今の彼女にはそれだけでも快楽を感じることの出来るも
のになっていた。
 気持ち良さそうなため息を吐いている彼女をちらりと確認して、
さらに舌を下ろしていき、とうとう彼女の股間にまで到達した。
﹁嫌ぁ、あまり見ないで下さい⋮⋮恥ずかしいです⋮⋮﹂
﹁恥ずかしがることは無い。ソフィの身体は素晴らしいと思うぞ﹂
﹁そんな事⋮⋮あ、んんっ⋮⋮﹂
 クリトリスを舌で突いてやると、快感で面白いように身体を震わ
せている。ここで感じている姿を見せたくないのか、彼女は顔を真
っ赤にしてシーツを掴んで快感に耐えているが、そんな抵抗をされ
てはもっと淫らに喘がせたいと思ってしまう。
 口に含んで舌で押し潰すように舐めてやるだけで、彼女は背筋を

431
反らせて必死に快感を堪えている。一定のリズムで刺激しているの
で、彼女もだんだんと堪えるタイミングが分かってきた。そう彼女
がリズムに慣れた所で急に彼女のクリトリスを甘噛みしてやった。
﹁あ、あぁああああ! んんぅ!﹂
 どうやら軽くイってしまったようだ。その弾みで彼女は潮を吹き、
俺の顔や首筋を彼女の体液が濡らしていった。
 初めて潮を吹いたらしく、彼女は恥ずかしさのあまり両手で顔を
塞いでいる。俺は身体に付いた液体を拭い取り、服を脱いだ。
﹁ソフィ、そろそろ私も我慢が出来ない。君の処女を頂こう﹂
﹁あ⋮⋮はい、私の初めてを貰ってください⋮⋮﹂
 既に硬く反り返っている俺の肉棒を彼女の膣穴に当て、ゆっくり
と挿入していく。初めてなので膣穴は狭く、少し入れるのにも力が
いるが、加減を間違えないようにして彼女の処女膜にまで届かせた。
 屈んで彼女を抱きしめながら、腰を突き入れて彼女の処女膜を破
る。少しの抵抗の後、膜を破って彼女の奥にまで肉棒が入っていく
のが分かった。
﹁いっ⋮⋮あっ⋮⋮﹂
 彼女は声を押し殺して叫ぶのを堪えているようだが、その表情に
は破瓜の痛みに耐えていることが見て取れる。
 しばらくは動かずに彼女の痛みが落ち着くまで待つ。その間は彼
女に口付けをし、胸を弄って痛みを快楽で少しでも和らげるように
しておいた。術式を使えば痛みを紛らわせることも出来るのだが、
こういう場面でそれを行うのは無粋だろう。

432
﹁ヤード様、どうぞお好きなように動いて下さい。私は大丈夫です
から⋮⋮﹂
﹁済まないな、もう少し経てば痛みも引いてくると思う﹂
 少し痛みが引いてきたようで、彼女の呼吸も落ち着いてきたので、
ゆっくりと動き始めた。
 彼女も動き始めたときは痛みを感じて顔を顰めていたが、少しす
るともうセックスの快感を味わえるようになったらしく、声に艶め
いたものが混じり始めていた。
 まだ初めての膣内は狭く、俺の肉棒を締め付けてくるのが気持ち
良く、すぐにイってしまいそうになるが、何とか射精感を抑えて腰
を振る。
 お互い興奮してきたようで、口付けもだんだんと荒々しくなって
きており、腰を振る速度もだんだんと速くなっていった。彼女は初
めてなのにもう痛みは感じていないらしく、それどころか少しずつ
だが自ら腰を動かして快感を得ようとしている。
 アナルセックスのときも思ったが、彼女は清楚な見た目や大人し
い性格に反して、こういった行為に対しては才能があるとでも言う
べきか、快楽に対して非常に貪欲と言える。
 今も俺の腰に足を絡みつかせ俺の肉棒が抜けないようにしている
のも、これが無意識で行っているのだとしたら、天性の淫乱だ。ま
あこんな美人が俺を求めてくれるのはむしろ嬉しいし、俺が彼女を
こんな風にしたのだとしたら男冥利に尽きる。
﹁ああっ、これが夫婦の営みなのですねっ!﹂
﹁そうだっ、このまま中に私の精液を注ぎこんでやるからなっ!﹂

433
﹁んっ、嬉しいですっ、私にヤード様の子を、孕ませてください!﹂
 他の女性が言うよりも俺の心を揺さぶったその言葉に、期待に応
えるように激しく腰を動かして射精欲を高めていく。
 俺のあまり彼女を省みない荒々しい動きにも、既に彼女は全く痛
みを感じていないようだ。むしろ彼女の方から俺の動きに合わせて
腰を振り、奥にまで届くようにして喘ぎ声を上げている。
 彼女の顔は快感で蕩けきっており、俺の舌を求めて自ら舌を突き
出しておねだりをしていた。もはや清楚な彼女の雰囲気は見る影も
なくなっているが、逆にそれが退廃的な魅力を醸し出している。
 彼女の求めに従い、舌を彼女の口に入れて口腔内を激しく舐め、
こちらの唾液を注ぎ込む。彼女がそれを飲み込み、ごくりと喉を鳴
らす度にまた唾液を注ぎ込むのを繰り返す。その間にも腰の動きは
緩めず、むしろ絶頂に向けてどんどんと加速していた。
 ソフィも限界が近づいているのだろう、こちらを強く抱きしめて
きた。俺もそろそろ限界だったので、最後に思い切り腰を打ちつけ、
彼女の中に俺の精液を注ぎこんだ。
 同時に彼女も絶頂したようで、膣がきゅうっと締まってきた。そ
の締め付けの気持ち良さに、俺の射精も途切れることなく、大量の
精液を中出ししてしまった。
 イった後も離れずにしばらく繋がったまま舌を絡め合って、口を
離した頃には彼女の口周りは唾液でベトベトになってしまっていた。
﹁ヤード様の子種、いっぱい注いでもらったのが分かりました⋮⋮﹂
﹁私もこれ程の量が出るとは思わなかった。これも愛情のおかげか﹂
 最後に軽く口付けをして、彼女の中から肉棒を引き抜いた。彼女
の愛液と破瓜の血と、俺の精液でベトベトになっている肉棒を綺麗
にふき取る。

434
 彼女の膣穴からも同じように色々な汁が混ざり合ったものが流れ
出てきている。彼女の方はそれをふき取る力が入らないようなので、
俺が代わりに拭いてやった。
 しばらくはベッドに腰掛けて休憩していたが、彼女の体力が回復
したようで、後ろから抱きついてこちらの耳を甘噛みしてきた。
﹁ヤード様、一回では妊娠するか分かりませんよ。私はもう大丈夫
ですから、そろそろ⋮⋮﹂
﹁私の妻は随分と積極的なようだな﹂
﹁私がこんな気持ちになるのは、ヤード様のせいですからね﹂
 彼女も随分と積極的になったものだ。まあ俺もここに来た当初と
比べると、随分と性格が丸くなったとは思っているが。
 さて、彼女が誘ってきているのだから二回戦を始めるとするか。
 新婚初夜はあの後三回やった所で彼女の体力が限界に来たので、
合計四回したことになる。最後は彼女が俺の上に跨って腰を振って
いたのだが、初めてにしては恐るべき性への貪欲さだ。
 彼女が眠っているのを見て、そろそろ俺も横になろうとしていた
のだが、その前に外が明るくなってきた。また夜通ししてしまった
らしい。
 昼まで寝ていようかと思っていたところ、不意に部屋の鍵が外さ
れ、扉が開いた。
﹁あら、ご主人様、起きていらしたのですか﹂

435
 入ってきたのはティアだった。彼女はお湯が入った入れ物と身体
を拭く布を持っていた。どうやら俺を起こしに来たようだ。
﹁ああ、風呂に入りに行くから、身体は拭かなくてもいい﹂
﹁そうですか、では⋮⋮﹂
﹁ん? どうした?﹂
 彼女はベッドに腰掛けている俺の足元に跪き、色々な汁で汚れて
いる俺の肉棒を咥えて舐め始めた。丁寧な舌使いで俺の肉棒を舐め
清めてくれたのはいいのだが、そんな彼女の痴態を見て、俺の肉棒
は硬くなってしまった。
 彼女はそれを狙っていたようで、今度は喉の奥深くにまで肉棒を
飲み込み、口を窄めて激しいフェラを開始した。
 彼女の技術はソフィの天性の淫乱さを凌ぐ程に素晴らしく、昨日
何度も出していたはずなのに、また射精感がこみ上げてくるのを感
じる。
﹁ご主人様、風呂に行かれる前に、溜まった欲望を私の口の中に吐
き出していって下さい﹂
﹁建前はいい、本音を言ってみろ﹂
﹁⋮⋮ソフィア様が羨ましいのです、私にもご主人様の熱い精液を
飲ませて下さい﹂
﹁正直なのは良い事だ。褒美にお前の欲しがっている物を飲ませて
やろう﹂

436
﹁有り難うございます!﹂
 俺の言葉に笑顔になって、夢中で肉棒に奉仕を続けるティア。隣
で寝ているソフィが起きないかどうか確かめつつ、彼女の技術です
ぐに限界に近づいてきた。
﹁出すぞ、飲み込め!﹂
﹁んっ、んんぅ!﹂
 彼女の頭を抱えて喉の奥に注ぎこむ。直接精液を出されているに
も拘らず、彼女はむせることなく全て飲み込んでみせた。そして出
し終わった後の肉棒に残った精液も全て飲み込もうとするかのよう
に吸っている。
 口を離し、俺に精液を全て飲み込んだのを見せ付けるように口を
開いている。中で蠢く彼女の舌を見ていると、その艶かしさに思わ
ずまた勃ちそうになったが、ギリギリの所で持ち堪えた。
﹁ソフィア様にも沢山注いだはずですのに、まだこんなに濃いもの
を出されるとは⋮⋮流石はご主人様です﹂
﹁お世辞はいい。それより風呂に入ってくるから、ソフィが起きた
らそう伝えてくれ﹂
﹁分かりました﹂
 べたついている身体を少し拭い、服を着て風呂へ向かった。この
時間ならば誰も入っていないので、ゆっくりと浸かることにする。
 しばらくしてソフィが風呂にやってきたので、一緒に入ることに

437
した。流石に風呂で四回戦目を始める体力は残っていないので、子
供のように風呂ではしゃぐソフィを見ながら、のんびりと楽しむこ
とにした。
 その後も何事も無く月日が過ぎていった。エルは何日かに一度の
ペースでこちらにやってきて訓練をさせていたし、魔帝国に戻した
オリンピアとも、同じぐらいの頻度で念話による通信を行っていた。
 魔帝国は冬が終わるのと同時にまたこちらへと進軍してくる予定
らしい。前回の反省点を踏まえ、今度は魔獣との混成部隊ではなく、
魔獣を前面に押し出した形で後ろに帝国兵の部隊を置く陣形を取る
ようだ。
 オリンピアの話では、今回は機動力を生かした黒狼などの魔獣で
はなく、ドラゴンや丘巨人などの火力のある魔物が中心らしい。要
塞では森の中でドラゴンの火力を生かせなかったのを反省したよう
だが、攻撃をする前に潰されたので、その判断はどうかと思う。
 今度こそ王国と魔帝国の間で大規模な戦いが起こるかもしれない
が、その前に俺は一つの策を実行中だ。報告ではまだ第一段階も終
わっていないが、これが成功すれば王国側が非常に有利な展開とな
る。最終段階に入るのが楽しみだ。
438
第32話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
439
第33話
﹁帝都ですか?﹂
﹁そうだ。観光に行くわけではないのだがな﹂
 三人は俺の言葉に不思議そうな顔をしていた。現在応接間で俺と
ソフィ、ナタリア、後はティアを入れて四人で話をしていた。先程
の言葉は俺がいきなり帝都に行くと言ったのに対しソフィが言った
言葉である。
 帝都といえば魔帝国の首都以外にない。何故そんな敵地のど真ん
中に行く必要があるかといえば、前もってオリンピアに命じておい
た計画の為だ。
 先日オリンピアからの連絡で計画の第一段階の準備が整ったとの
報告を受けたので、早速帝都に行くことにしたのである。もちろん

440
帝都には一度も行ったことが無いが、オリンピアの位置を探れば一
発である。
﹁何かの任務でしょ、ヤードが魔法の実験以外で、わざわざそんな
危険な場所へ行くとは思わないわ﹂
﹁それもそうですね、でも何の任務なのでしょうか?﹂
﹁⋮⋮勝手に納得してくれた所で悪いが、詳しいことはまだ話せな
い﹂
 まだ計画が成功すると決まったわけではないので、出来る限りこ
の事は他の人間に知られない方が良い。現在この計画を知っている
のは俺とオリンピアだけだ。
 二人ともとりあえず納得したように見えるが、内心では聞きたく
て仕方が無いといった様子だ。その点ティアは最初から何も聞こう
とはしてこない。知らない方がいい事もあるということを知ってい
るのだ。この辺が機密情報を扱ったことのある者と、あまり経験が
無い者の差である。
﹁砦の時のように一月ほどお出かけになるのでしょうか?﹂
﹁そんなに長くなるのですか?﹂
﹁またヤードと離れるの? いい加減に屋敷にいなよ﹂
 二人の興味を反らすようにティアが俺に他の事を尋ねた。二人と
もそこまで真剣に聞きたいとは思っていないだろうから、すぐにこ
ちらの話題に乗ってきた。

441
﹁いや、今度の件はすぐに帰ることが出来ると思う。それでも何日
か屋敷を留守にするので、ソフィとティアには、その間屋敷のこと
は任せたぞ﹂
﹁ちょっと、私は?﹂
﹁不審者を入れないようにしてくれれば、それでいい﹂
 俺の返答に不満があるようで、ナタリアは少し顔をむくれさせて
いる。しかし、今まで特に屋敷のためになるようなことをしてこな
かった者に、一体何を期待出来るというのだろうか。
﹁いつ出発なさるのですか?﹂
﹁今日の午後に出る予定だ﹂
 既にオリンピアの方ではこちらを迎える用意が整っているとの事
なので、出来るだけ早く行きたいのだ。急にこのことを告げられた
彼女達には悪いが、ここは計画の方を優先させてもらう。
﹁⋮⋮分かりました。この屋敷は二人と力を合わせて守っています
ので、安心して任務の方をなさって下さいね﹂
 急な話にも笑顔で答えてくれるソフィ。既に彼女にはティアとナ
タリアの事を話している。初夜を迎えた次の日に謝ったのだが、貴
族ならば妾を持つのは普通だと許してもらった。その代わり、彼女
が妊娠するまでは側室も妾も取らないことを約束した。
 ここに三人が集まっているのはそういうことだ。まだ婚約をして
はいないが、ソフィの妊娠が分かった後に二人とも嫁に迎えるつも

442
りである。ソフィの心の広さを実感した瞬間であった。
グレーターテレ
 昼食を食べ終わると部屋に戻って必要な荷物を袋に詰め、上級転
ポート
移の魔法陣を描き始める。描いている途中でオリンピアに連絡を取
り、誰もいない場所に移動してもらう。
 あちらが移動し終わるのを待って魔法陣を起動する。魔法陣から
光が溢れ、即座にオリンピアの元へと転移した。着いた場所は寝室
のようだった。おそらくここが彼女の部屋なのだろう。
﹁お待ちしておりました、ご主人様﹂
 オリンピアは貴族の女性が着ているような豪華なドレスに身を包
んでいた。砦から王都へと戻った後、心身の休養のために一時軍属
を外れて実家へと戻っていると言っていたので、今の彼女は王族と
しての格好なのだろう。
 魔帝国でも比較的珍しい赤色の髪をしているが、これは彼女の実
家であるグラン家によく見られる色だそうだ。
﹁ああ。早速で悪いが、面会の準備は出来ているか?﹂
﹁父は夕方までには戻るそうなので、少しお待ち頂くことになりま
す﹂
﹁そうか、もう少しゆっくり来ても良かったな﹂
﹁父が戻るまでは、私が精一杯奉仕致しますね﹂
 彼女自らドレスの裾をたくし上げると彼女の下半身が露わになっ

443
たが、下着を着けておらず、既に愛液が太股まで垂れるほどに発情
していた。
﹁下着も着けていないとは、とんだ変態だったというわけか﹂
﹁はい、ご主人様がいらっしゃると聞いただけで、身体の疼きが止
まりませんでした⋮⋮﹂
 表情からは全く読み取れなかったが、彼女は俺がここに来ると聞
いたときより発情していたらしい。淫乱設定はしてないので、これ
は彼女本来の性癖だ。娯楽が少ない故に、貴族には変わった性癖の
者が多いと聞くが、彼女もその例に漏れなかったようだ。
﹁だが私がお前を求めるとでも思っていたのか? そうだとしたら
勘違いも甚だしい﹂
﹁な、何かご不満でもあるのでしょうか?﹂
﹁単純にお前を抱きたいとは思わないだけだ。やるなら一人でやっ
ている﹂
﹁そんな⋮⋮﹂
 彼女は悲しげな声を上げているが、そんな事にいちいち同情して
はやらない。第一、彼女とやったとして、子供が出来てしまったら
どうするというのだろうか。それだけで首を刎ねられかねないだけ
のスキャンダルだ。
 とはいえ人を従わせるのは飴と鞭が必要だ。彼女の望みを断り続
ドミネイト
けていたら、いくら支配で記憶を書き換えたと言っても次第に心が
離れていく。術式も万能ではないのだ。

444
﹁こっちに来い﹂
﹁は、はい﹂
 俺は近くにあったベッドに腰掛け、近づいてきた彼女の秘部へと
指を伸ばした。流石に処女膜を破りはしないが、適当な所にまで指
を出し入れして中を掻き回してやった。
﹁あ、あ、ご主人様の指がぁ⋮⋮﹂
 彼女は指を入れられた瞬間にうっとりとした表情になって、俺の
指を締め付けながら快楽を貪っている。次から次へと愛液が溢れて
俺の手を濡らしていくが、構わずに彼女の膣を弄り回す。
﹁駄目です、ご主人様、イっちゃいますぅ⋮⋮あ、あぁああっ!﹂
 俺の腕を掴んだ瞬間に絶頂を迎えた彼女は、俺の指をきつく締め
付けてくる。俺の手や腕にも大量の汁が飛んできて不快感を覚えた
ので、腕を振って水気を飛ばした。
 彼女は足を震わせてこちらに倒れてきた。どうやら力が入らなく
なったらしい。倒れてきた彼女を抱きとめ、未だ絶頂の余韻に浸っ
ている彼女の尻を揉む。胸は標準だが、こちらの方の肉付きは良い。
﹁いいか、私に従い続ければ、いつかはお前を抱いてやろう。私の
情けが欲しいなら、決して裏切りなどするなよ?﹂
﹁は、はい⋮⋮私はご主人様の、んっ⋮⋮忠実な僕ですから⋮⋮﹂
 蕩けた声でそう返事をしてくる彼女に概ね満足しつつ、こいつの

445
父親が帰ってくるまでの間、存分に彼女を鳴かせ続けた。
 やがて夕方になり、オリンピアの父親が帰ってきたので、早速彼
女に面会の許可をとってもらうことにした。彼女を砦から逃がすの
に協力した人物とだけ伝え、俺の正体は会うまで秘密にしてもらう。
すぐに面会の許可が下り、彼女に付いて部屋へと向かった。
 部屋に入ると、そこには赤毛の男がいた。雰囲気からして奴がオ
リンピアの父親であることは間違いないだろう。奴は読んでいた資
料を置き、こちらの方へと顔を向けた。
﹁オリンピア、この男が話に聞いていた人物か?﹂
﹁ええ、そうです﹂
﹁お初にお目に掛かる。ヤード・ウェルナーだ﹂
﹁サイラス・リア・グラン・ダーロだ。娘を救ってくれたことは感
謝する。しかし、どこかで聞いたような名前だな﹂
﹁ああ、それはそうだろう。私はアンリエント王国の勇者の一人だ
からな﹂
﹁何?﹂
 奴は席から立ち上がり、こちらを睨みつけてきた。顔には驚きと
怒りが混ざり、凄まじい表情となっている。

446
﹁オリンピア、これは一体どういうことか説明してもらおう﹂
﹁そう険しい顔をするな。彼女は私の頼みを聞き入れてくれただけ
だ﹂
﹁頼みだと? 敵国の貴族の頼み事を引き受けるとでも思っている
のか?﹂
﹁判断するのは私の話を聞いてからにしてもらおう﹂
﹁⋮⋮いいだろう﹂
 来客用の席に勝手に座り、奴が俺の向かい側に座った。
 奴の見た目は王族というよりは軍人だ。貴族が着るような華美な
服は着ておらず、魔帝国の軍人が着ていた制服と似たような服を着
ている。
﹁単刀直入に言おう。他の貴族共の一部を味方につけ、王国側に寝
返れ。もしこちら側につくならば、今よりは国土も少なくなるが、
貴様が帝王に就くよう働きかけてやるぞ﹂
 グラン家は、昔は帝王を輩出したこともある由緒ある家系だそう
だが、今は王族の中でも傍流の軍人家系らしく、オリンピアも含め
て家族は全員軍務経験者だそうだ。王族という割には何とも残念な
家系だが、帝王の一族とは血の繋がりが薄いため、分家の扱いを受
けているという。
 元々は帝王を輩出していたのに、今ではその辺の貴族と同じよう
な扱いを受けている一族。これ程離間工作を仕掛けるのに向いてい
る人間はいないだろう。
 ただ厄介なのが、このサイラスという男は国王への忠誠心が非常

447
に篤く、軍指揮などの実力もその辺の貴族以上にあるため、実力で
軍の幹部に上り詰めたという兵だ。俺が適当な条件を出した所で裏
切るような男だとは思えない。
﹁断る。私は皇位に就こうなどとは思っておらん。それにこの魔帝
国の頂点に君臨するのは、帝王などではなく皇帝陛下だ。たかが王
国の貴族が皇帝陛下の権威を愚弄するなど、身の程を弁えぬと言う
のはこの事だ﹂
 案の定取り付く島も無いほどすぐに断られてしまった。やはり餌
を撒いたところで喰い付いてくるような奴ではなかったか。まあ半
ばこうなることを予想はしていたので、気持ちを切り替えて次にい
くことにする。
﹁どうしても駄目か? 現状を考えると、それ程悪い条件には見え
ないが﹂
﹁そもそも我らが王国に下ること事態がありえん。冬が終われば今
度こそ王国を蹂躙することが出来るのだから、滅ぼされるのは王国
の方だろう﹂
﹁いや、そうでもないぞ。勇者という存在が出てきたおかげで、王
国の戦力は飛躍的に向上した。もはや魔帝国が覇権を握る時代は終
わったのだ﹂
﹁下らんな。グルタ要塞やイストリア砦では敗北を喫したが、所詮
は寡兵で戦っている王国では、圧倒的な物量差を埋めることは出来
んだろう﹂
﹁そうか、どうあってもこちらに協力する気はないと言うことだな

448
?﹂
﹁その通りだ。まさか敵の懐にやって来てまでそんな馬鹿な提案を
する奴などがいるとはな。労せずして勇者を一人捕らえられるのは
有り難い事だが﹂
﹁ほう、私を捕まえるつもりか?﹂
﹁当たり前だろう。お前がここに来た理由が何であれ、敵国の貴族
がのこのこやって来たというのは、またとない好機ではないか。お
い、誰かおらぬか!﹂
 奴がそう叫ぶと、部屋の扉が勢いよく開き、完全武装した男達が
数人入ってきた。奴は勝ち誇ったように笑みを見せているが、俺が
全く動じていないことと、やって来た奴らが俺を捕らえようとしな
いことを見て怪訝な表情に変わった。
﹁お前達、何をやっているのだ。早くその者を⋮⋮﹂
﹁サイラスを拘束しなさい﹂
﹁はっ!﹂
 奴の言葉を遮ってオリンピアが命令を出すと、男達は直ちにサイ
ラスを床に引き倒した。
 既にサイラス以外の屋敷の人間は、オリンピアによって洗脳済み
である。よく見ると腕に皆同じ腕輪をしているが、これは今回の作
戦のために俺が渡した洗脳術式の掛かった腕輪だ。
﹁な、何をしている! オリンピア!﹂

449
﹁父上、残念ですが、既にこの屋敷の人間は掌握済みです。公務に
励まれるのも結構ですが、少しは屋敷のことを省みた方が良かった
と思いますよ﹂
﹁この親不孝者が! 敵に与して国を売るなど、お前はグラン家の
恥だ!﹂
﹁何とでも仰ってください。もはや私の忠義はご主人様だけに捧げ
られていますので﹂
 娘の言葉に驚愕し目を見開いていた奴は、次にこちらに向かって
殺意むき出しの顔をして睨み付けてきた。
﹁私の娘に何をした!﹂
﹁何もかもだ。もはやお前の愛していた娘はどこにもいない。既に
彼女は私の忠実な部下だ。魔帝国に忠義を尽くしていた昔の彼女は
死んだと思え﹂
 床に這い蹲っている奴を見下しながら言った言葉に、奴は屈辱で
ギリギリと音が聞こえるほどに激しい歯軋りをしている。傲慢な態
度を取っていた奴の矜持を折ってやるのは楽しいな。
 しかしまだ抵抗の意思が残っているので、オリンピアを片手で抱
き寄せて奴に見せ付けるように彼女の胸を揉んだ。彼女も嫌がるこ
となく、むしろ俺に身を預けて発情した雌の顔つきになった。快楽
に顔を蕩かせた彼女を見て、奴の表情が真っ青になったのが面白い。
 抵抗の意思が弱まり術式抵抗にも緩みが出たところで、こいつに
も洗脳の腕輪をはめさせる。腕輪をはめられた途端に顔から怒りや
絶望の表情が消え、何も感じていないような無表情になった。

450
﹁父上、父上には隠居してもらいます。この家の事は私にお任せ下
さい﹂
﹁ああ、分かった﹂
﹁父上には病気で療養中ということにしますので、領地の屋敷にお
帰り頂きますが宜しいですね?﹂
﹁ああ、分かった﹂
﹁軍務も私が代理として引き受けますので、安心して静養して下さ
い﹂
﹁ああ、分かった﹂
﹁ではあなた達、父をお送りして差し上げなさい﹂
 男達に抱えられて部屋を出て行くサイラス。ちなみに領地の方に
も手を回しているのは確認済みなので、奴はもうここに戻ってくる
ことは無いだろう。娘に裏切られたのは可哀想だと思うが、変化に
気付かなかった奴も悪い。
﹁これで邪魔者はいなくなりました。ご主人様はお好きなようにこ
の屋敷をお使い下さい﹂
﹁ああ、良い働きだ。その調子で私に尽くしてくれ﹂
﹁有り難うございます﹂

451
 これで魔帝国にも活動拠点を作ることが出来た。少しは怪しまれ
るだろうが、彼女はそういったときの機転が利く方なので全て彼女
任せにしておけばいい。最悪の場合でも俺は王国に戻ればいいだけ
だ。
 次の計画に移るための手配もしてあるとのことなので、今は発情
して俺に縋り付いてくる彼女の相手をすることにしよう。
第33話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
452
第34話
 オリンピアの父親であるサイラスを排除した後、帝都にあるグラ
ン家の屋敷ではオリンピアが主人となり、サイラスの代理としてグ
ラン家を取り仕切っている。俺は表向き客人として振舞っているが、
実際には主人であるオリンピア以上に優遇されていた。
 屋敷の人間は自由にしていいと言われているが、流石にそこまで
横暴には振舞っていない。精々空き部屋を一つ借りて自分の部屋と
しているだけで、メイドにも手を出してはいない。後は頻繁にやっ
てくるオリンピアの相手をしているぐらいだ。
 しかし夜になると必ずやってくる彼女の積極的な態度には少々面
倒臭さも感じる。一回抱いてやればいいのかもしれないが、計画が
完了するまではお預けにしておくつもりだったので、今はただ彼女
の誘惑に耐えるのみである。
 色ボケしているように見える彼女も自分と父親の仕事を全てこな

453
しており、それどころか俺の計画に関しても順調に進めているのだ
から、俺に対する態度を除けばかなり優秀な人物だ。
 現在俺は一人で帝都を歩いているところだ。魔帝国の人間にはま
だ顔が割れていないようなので、話しかけさえしなければばれるこ
ハイド
とは無い。ただ正体がばれるリスクは当然ながらあるので、隠密に
よって術式による探知を無効化し、存在感を限りなく低くしている。
 こんな面倒な真似をしてまで帝都を歩いている理由はもちろんあ
る。オリンピアに貰った地図の通りに進んでいき、目当ての建物を
発見した。そこにあるのはグラン家の屋敷に勝るとも劣らない立派
な屋敷だった。ここが今回の目的地であるエヴァーツ家の屋敷だ。
 魔帝国の貴族にもいろいろな派閥があるが、特に人間を至上とす
る派閥と人種に因らない完全な実力主義を掲げる派閥の二つが有力
だ。前者はグラン家の所属している派閥で、エヴァーツ家は後者の
代表ともいえる貴族だ。
 当主はアイオン・ディア・エヴァーツというダークエルフで、こ
いつは人間以外の種族の地位向上を推進しようとしている人物でも
ある。エルフらしく武芸に優れて知略もあるという実にハイスペッ
クな人物だ。
 今回はそいつも含めてこの家に用がある。すでに屋敷に帰ってい
るということは調べてもらっているので、後は俺が失敗しなければ
いいだけの話だ。
 此処の屋敷は侵入者防止用に、正門以外の出入り口に許可した人
間以外が通れない結界が張ってあった。結界を破ると気付かれる可
能性があるので、門の所で気配を殺してじっと待ち、出入りの際に
扉が開いた瞬間を見て中に入った。
ゴーストサウンド
 門衛に一瞬気付かれそうになったので、門衛の後ろを狙って幻音
を発動させる。ガッという音が響いて門衛の注意を逸らし、その隙

454
に奴から見えない所まで一気に走り抜けた。

フィアー
 丁度屋敷の庭を通っていたメイドがいたので、恐怖で気絶させて
この屋敷の間取りや大体の人員配置などの記憶を調べる。どうやら
窓のある部屋らしいので、そこから侵入させてもらうことにしよう。
 ついでに公爵の弱点は無いかどうか記憶を探ってみると、一つい
いものが見つかった。どうやら公爵の家族には妻のメルヴィナと長
女のセリア、次女のクレアがいるらしく、三人とも非常に美しい容
姿をしているらしい。公爵もそんな家族をとても大事にしているよ
うだ。
 一応息子もいるそうだが、領主の勉強のために領地の方へと戻っ
ているらしいので、今回は関係ないだろう。
 早速その家族を確保しにゆくため、俺は公爵の部屋の方向から少
し外れ、まずは公爵夫人がいる部屋へと向かった。
 窓の外から部屋の様子を確認すると、伯爵夫人らしき女性とメイ
ドの二人がいた。噂通り、王国で結構な数の美人を見てきた俺です
ら、一瞬目を奪われるほどの美しさだ。銀髪に褐色の肌という、標
準的なダークエルフの見た目なのだが、エルとは圧倒的に色気が違
う。
 見たところ二人とも戦闘には慣れていなさそうな感じがするが、
相手の一人はエルフなので油断は禁物だ。どうしようかと悩んでい
ると、誰かの足音が近づいてきたので、すぐに近くの茂みに隠れた。
 近づいてきたのはこれまた美人のダークエルフだった。確か記憶
では公爵の子供のうち姉の方、セリアだった。彼女はお供を付けず
に一人で歩いている。これはチャンスだ。
フィアー
 姉に恐怖を使って気絶させ、急いで茂みの中に入れる。辺りを見
渡し誰にも見られていないことを確かめつつ、探知でばれないよう

455
ハイド
に隠密を掛けた。こいつでメルヴィナを脅せばいい。
サウンドプルーフ
 窓を少し開け、部屋の中に遮音結界を張り、セリアを担いで中に
入る。いきなり窓から入ってきた男に驚愕の表情を浮かべている二
ロック
人を見ながら、逃げられないように窓を閉め施錠を掛ける。
﹁セ、セリア!﹂
 どうやらメルヴィナの方が先に我に返ったようだ。俺が担いでい
るのがセリアだと分かったらしく、口を手で押さえてわなわなと震
えている。
﹁こんにちは、伯爵夫人。窓からで悪いが失礼する﹂
﹁何者です! セリアを離しなさい!﹂
﹁心配するな、彼女に危害を加えようとは思っていない。ただしお
前が私の言うことを聞くならば、だが﹂
﹁な⋮⋮何を馬鹿なことを言うのですか!﹂
﹁ん? 別にお前が嫌なら構わないぞ。そのときは仕方ないので彼
女を貰っていくことにする﹂
﹁この屋敷に入り込んで、無事に逃げられるとでも思っているので
すか?﹂
﹁そうだな、逃げられなかったときは彼女にも道連れになってもら
おう﹂

456
 俺と彼女が話している間に、手を後ろに回して何かの魔道具を使
フィアー
おうとしているメイドに、恐怖を使って昏倒させる。術式抵抗が低
いのか、いきなり倒れてしまったメイドを見て、メルヴィナはまた
驚きの表情を見せている。
﹁いいか、隙を見て逃げ出そうとしたりこちらに危害を加えようと
したりすれば、そこで倒れているメイドのようになる﹂
﹁わ、分かりました﹂
﹁では返事を聞こう。娘の代わりとなるか、娘を犠牲にするか、ど
ちらが良い?﹂
﹁⋮⋮セリアを離してください。あなたの言うことに従いましょう﹂
﹁そっちを選んだか。まあいい、これをはめろ﹂
フィット
 彼女に指輪を渡す。魔道具を作ったときの残りで作った、適合が
掛かっているだけの指輪だ。誰にでも装着出来るようにしただけな
ので、他の効果は一切無い。
ドミネイト
 彼女がその指輪をはめるのを確認して、支配を発動する。今回も
俺への忠誠心は最大値にしておくことにして、この後の目的のため
に色々と他の所も弄っておく。
 術式抵抗が高いのか、少し弄るたびにビクビクと身体を痙攣させ
ている。これを無視して弄りすぎると壊れてしまうので、適当な所
で止めておいた。
﹁さて、メルヴィナ。気分はどうだ?﹂
﹁はい、最高の気分です﹂

457
﹁そうか、ではこの後も私の仕事を手伝ってくれ﹂
﹁分かりました﹂
 これでメルヴィナは攻略した。次は二人の娘だな。姉の方を先に
始めておくとして、妹も早く呼んできてもらった方がいいか。
ロック
 施錠を解除して、メイドに洗脳用の腕輪をつけて起こす。彼女に
クレアを呼んでくるよう頼み、クレアの部屋の方へと向かったのを
ロック
確認してまた施錠をし、セリアの方へと向き直る。
アウェイク
 まだ気絶している彼女を覚醒で起こすと、ガバッと勢いよく起き
上がった彼女は、何が起きたのか分からずに呆然とした表情を見せ
ていたが、俺に気付いて距離をとり、警戒心をむき出しにしている。
﹁あなた誰よ! 私に何をしたの!﹂
﹁セリア、そんな大きな声を出すのはお止めなさい。もっと淑女ら
しく振舞うようにしなければいけませんよ﹂
﹁お母様、ですが、この男が⋮⋮﹂
﹁この方は庭で倒れていたあなたをここまで連れてきて下さったの
ですよ﹂
﹁あ、そうなの⋮⋮? えっと⋮⋮﹂
﹁これは失礼、私はヤード・ウェルナーと言う者だ﹂
﹁あの、セリア・エヴァーツです⋮⋮﹂

458
 メルヴィナが俺のことを全く警戒していない所か、こちらに微笑
みながら対応しているのを見て、彼女も俺に対する警戒心が解けた
ようだ。全く持って危機意識が足りていない。気付かれないうちに、
ガイドポスト
彼女に思考誘導を掛ける。
﹁さて、セリア殿。あのままではあなたは命の危険すらあったのだ﹂
﹁え、本当な⋮⋮本当ですか?﹂
﹁ああ、今度外に出るときは誰かを連れて行った方がいいぞ﹂
﹁あ、はい、気をつけます⋮⋮﹂
 いきなり庭で倒れたのに、一体何が危険なのか。あのまま放って
おいても、屋敷の誰かがじきに見つけただろうに。
﹁そうですよ、セリア。命の恩人であるヤード様にちゃんとお礼を
しなさい﹂
﹁は、はい。助けてくれて有り難うございます﹂
﹁感謝の言葉だけではまだ十分ではないですよ。命を救って頂いた
のだから、もっとこの方に尽くしなさい﹂
 俺達の会話に入ってきたメルヴィナは、実の娘に向かって何とも
ガイドポスト
無茶な要求をしている。しかし思考誘導で思考が上手く働いていな
い今の彼女には、信頼している母親の言葉に素直に従ってしまう。
﹁分かりました。ヤード様、私に出来ることなら何でも言って下さ
い﹂

459
﹁そうか、それならば私の言うことに従って欲しいのだが﹂
﹁従うのですか? ん⋮⋮分かりました﹂
﹁それでこそ私の娘です。ちゃんと尽くしてあげるのですよ﹂
 少し戸惑いの表情を浮かべたが、俺の提案を飲んでくれた。早速
ドミネイト
彼女にも指輪を渡し、支配を使って母親と同じように彼女の頭の中
を弄る。少し不快感を示しているが、この程度ならば作業に支障は
無い。これで二人目の手駒も完成だ。
ロック
 施錠を解除し、そろそろ妹の方もやってくる頃かと扉に近づくと、
丁度良いタイミングで扉が開き、先ほどのメイドとクレアが入って
きた。
 彼女は母親の部屋にいる俺に不思議そうな顔をしていた。まだ幼
いが十分に美人になる素質を秘めた顔立ちをしている。やはり美人
一家というのは本当らしいな。
﹁お母様、この男の人は誰ですか?﹂
﹁この方はあなたのために新しく雇った家庭教師のヤード様です。
あなたに紹介しようと思ってここに連れてこさせたのですよ﹂
 娘に俺のことを説明しているが、メルヴィナとは協力しろと言っ
ただけで、先ほどからの彼女の発言は全てアドリブだ。雰囲気から
はあまりしたたかな女性には見えないのだが、彼女も伊達に貴族社
会で生きてはいないということか。
﹁そうなのですね。初めまして、クレア・エヴァーツです﹂

460
﹁これはご丁寧に。ヤード・ウェルナーと言う者だ。今度から家庭
教師としてここで働くことになっている﹂
﹁クレア、立派な淑女になりたいのなら、ヤード様の言うことをち
ゃんと聞くのですよ﹂
﹁そうよ、ヤード様は素晴らしい方だから、ヤード様の言うことは
絶対に従いなさいよ?﹂
﹁分かりました、お母様、お姉様。ヤード様、ちゃんと言うことを
聞くので、私を立派なレディーにして下さいね?﹂
﹁ああ、了解した。ではまずはこれを指にはめてくれ﹂
 何とも素直なことだ。まあ母と姉が既に俺の手の内に落ちている
事など、彼女には全く知る由も無いので、仕方ないと言えばその通
りなのだが。
ドミネイト
 ともかく指輪をはめたのを確認して、クレアにも支配を使う。彼
女の場合はまだ術式抵抗が低く、記憶の改竄にも全く影響が出てい
ない。ダークエルフとはいえ彼女ほどの年齢ではまだまだというこ
とか。
﹁さて、今から公爵の所に行くが、お前達には俺に捕まっている演
技をしてもらう。セリアとクレアは演技が下手そうなので、実際に
声を出すのはメルヴィナだけだ。分かったな?﹂
﹁分かりました﹂﹁はい﹂﹁はい﹂
 三人とも完全に術式が掛かっているようだ。これで残すは公爵だ
けとなった。人質も手に入れていることだし、もう楽勝だな。俺は

461
三人の影に潜んで公爵の部屋へと向かった。
 無事に公爵の部屋へとたどり着き、ノックをする。ややあって中
から入れと聞こえたので、三人の影に隠れながら、メルヴィナに扉
を開けさせて中の様子を確認する。どうやら公爵一人のようだ。
﹁三人揃って尋ねてくるとは、何かあったのか?﹂
﹁いえ、それは⋮⋮﹂
サウンドプルーフ ロック
 中に入るとすぐに遮音結界と施錠を使う。流石に術式を発動すれ
ハイド
ば隠密中といえども公爵に俺の存在を気付かれてしまった。
﹁そこから動くな、動けばこの三人を殺す﹂
﹁何者だ!﹂
﹁意外と知られていないのだな。グラン家の者だ﹂
﹁グラン家だと⋮⋮? 一体何の真似だ?﹂
﹁見れば分かるだろう。お前を脅迫しに来た。この三人を使ってな﹂
﹁何が望みだ?﹂
﹁これを読め﹂
 奴に向かってオリンピアに書かせた契約書を投げる。そこにはい

462
くつかの約束が書いてあるが、簡単に言えば、グラン家とその関係
者に物理的・精神的・社会的な危害を加えず、第三者に対しグラン
家やその関係者に不利となる情報を洩らさず、エヴァーツ家の所属
する派閥の情報をグラン家に渡すこと、この辺りが書いてある。
 当然ながら奴に有利な点など一つもない。紙に書かれた文字を読
んでいくにつれ、奴の表情はどんどんと険しくなっていった。
﹁何ともふざけた契約だな。断ると言ったら?﹂
﹁そのときは仕方が無い、彼女達と共に殺されよう。一つ言ってお
くが、彼女達のしている指輪は、俺が死ぬと同時に彼女達の命を奪
う呪いが掛かっている。そしてこの部屋の音は外に漏れないように
しておいた。下手な真似はするなよ?﹂
 俺の言葉に、奴は後ろに回していた手を下ろした。表情はいたっ
て冷静そのものだが、頭の中ではどうやって家族を助け出そうか考
えていることだろう。一筋の汗が頬を伝っているのが見えた。
 少し待ってみたが全く動かないので、挑発の意味も込めてセリア
の胸を鷲掴みにした。母親には及ばないものの、それなりに豊かな
胸に俺の指が沈んでいく。声を出すなと言っておいたので、彼女は
悲鳴一つ上げなかったが、俺の手を振り払おうともがいている。
 奴の方を見ると、唇を強く噛んで必死に怒りを抑えているといっ
た感じだ。だがまだ返事が返ってこないので、今度はメルヴィナの
胸を掴む。こちらは素晴らしい大きさの胸なので、かなりの揉み応
えがあった。
﹁⋮⋮止めろ、その二人から手を離せ﹂
﹁ならば早くその契約書にサインすることだ。その気になるように、
次はクレアの処女でも奪ってみるか﹂

463
﹁クレア! あなた、どうかクレアを助けて下さい!﹂
﹁止めろ、分かった、この契約を受けよう。だからその三人を解放
しろ﹂
﹁契約が先だ、はやくサインしろ﹂

 俺の言葉に促されて奴が契約書にサインをしたのを確認して、強
アス オース
制を発動する。これは誓約とは違い、所定の契約書に定められた事
を強制的に行わせる。これで奴は俺のやることにも何一つ反抗でき
なくなった。
﹁書いたぞ、早く私の家族を放せ﹂
﹁ああ、もういいぞ、お前達﹂
﹁はい、ご主人様﹂
﹁ご主人様、胸がお好きなら、好きなだけ揉んで下さいね﹂
﹁お姉様達だけずるいです。ご主人様、私の身体も触って下さい﹂
 俺の言葉と共に、先ほどまでの態度から一変して媚びた声で俺に
くっ付いてくる三人。そんな様子を見た公爵は、一体何が起きたの
か分からずに呆然とした様子で三人を眺めている。
﹁い、一体これはどういうことだ⋮⋮﹂
﹁見て分からないのですか? 私達はご主人様に忠誠を誓ったので

464
す。もうあなたはただの邪魔者ということですよ﹂
﹁っ! 貴様、私を騙したな!﹂
﹁騙される奴が悪い。もう少し観察眼があれば、家族の様子がおか
しいことにも気付けたかもしれないのだが、所詮お前はその程度の
愛情しか持っていなかったということだ﹂
﹁ご主人様、あんな男に構うぐらいなら、私達と楽しいことをしま
しょうよ﹂
﹁そうです、ご主人様。私だけまだなのですから、私の身体を触っ
て欲しいです﹂
 俺の身体にすがり付いて自分の匂いを擦り付けるようにしている
三人の胸や尻を揉んでやると、それだけで顔を蕩かせて嬉しそうな
声を上げている。
 俺と三人が睦み合っている姿を見て崩れ落ちる公爵。愛する妻や
娘達に裏切られた心の痛みは想像を絶するだろう。その表情は絶望
に満ちており、口からは言葉にならない呟きが漏れ出ている。
 そんな姿を見ているのも楽しいのだが、こいつはまだまだ利用価
カームダウン
値がある。これ以上精神が壊れないように鎮静を使い、落ち着かせ
る。
 後は公爵に屋敷から他者転移で取り寄せた洗脳用の腕輪を渡し、
これを屋敷の者全員に付けるように指示しておく。
 これでここでの目的は達成した。この後はオリンピアからの報告
待ちだが、そう遠くないうちに次の段階へと入ることが出来るだろ
う。

465
第34話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
466
第35話
 エヴァーツ家の屋敷から戻り、そのまま二、三日の間は計画の準
備をしていた。ひとまず準備が終わったことをオリンピアに告げた
ところ、丁度明日の晩に次の宴の機会があることを聞いた。
﹁今回の参加者のリストは出来ているな?﹂
﹁は、はい、んっ⋮⋮これをどうぞ⋮⋮っ、あんっ﹂
 仕事の褒美を欲しがっていたので、彼女のスカートの中に手を入
れて、愛液の滴っている秘部を存分に弄り倒している。彼女はマゾ
の気があるのか、少々手荒に扱った方が感じるらしいので、彼女へ
の褒美は大体こんな感じだ。
 彼女の渡してきたリストを受け取り、参加者を確認する。十人ほ

467
どの名前が上がっているが、有名な所ではオルビー辺境伯やケンジ
ット侯爵、それにスターク公爵まで参加している。参加者全員がこ
の国の有力な貴族であり、また彼ら全員が人間至上主義の派閥に属
している。
 今回の宴の目的は、彼らの派閥全員を王国側に寝返らせることで
ある。もちろん彼らの地位では生半可な餌では食いついてこないの
で、術式を使って言うことを聞かせるのが前提だ。
﹁オリンピア、宴の方の準備は出来ているのか?﹂
﹁全て、順調でっ、んんぅっ﹂
﹁流石だな。よし、もうイっていいぞ﹂
﹁はい、い、イキます、あ、あ、あぁあああ!﹂
 今までイクのを必死に堪えていた分だけ、彼女は潮を吹きながら
激しく絶頂した。汁がドレスや床を汚し、俺の手も彼女の汁でベト
ベトになっている。それを彼女のドレスで拭いつつ、リストをしま
った。
﹁明日の夜か、今夜は早めに寝ておくことにするかな﹂
 どうせ明日の宴は遅くまで行われるのだから、今日の所は彼女で
遊んだり魔道具を作ったりするのは止めておこう。
 次の日、夕方までは宴の準備で屋敷の中が慌しかったが、日が落

468
ちる前に全ての準備が整い、後は招待客がやってくるのを待つばか
りとなっていた。
 俺は今回オリンピアの秘書兼護衛役ということになっている。一
応俺のことを知っている奴がいるかもしれないので、試しに作った
サングラスを装着しており、名前も偽名を使っている。
 日が完全に落ち、外が暗闇に包まれた頃、宴の参加者の乗る馬車
が次々とやって来た。あまり派手な馬車が無いのは、一応今回の宴
はお忍びということになっているからである。他の貴族には集まっ
ていることがばれていると思うが、中で何をやっているかまでは掴
めないだろう。
 オリンピアは玄関ホールで彼ら一人ひとりを歓迎していた。俺は
近くで待機して、貴族達の護衛がどれ程のものなのかを観察してい
たが、あまり強そうなのはいなかった。一番強そうに見えた公爵の
護衛もアドリアナほどの威圧感を感じない。
 ここにやってくるどの貴族も、護衛には皆人間を選んでいる。し
かし護衛に雇うなら人間よりもエルフの方が遥かに良い。人間に比
べて能力も高いし、性格も割と律儀で交わした約束は守ろうとする
からな。
 ふとオリンピアの方を見ると、一人の貴族と仲が良さそうに談笑
している。時折俺の方をちらちらと見てくるのは、このサングラス
が珍しいからか。
﹁オリンピア殿、貴殿の護衛役は顔に妙な物を着けているようだが
?﹂
﹁あの者が着けている物は、視力を補うための魔道具です﹂
﹁ほう、そんな魔道具もあるのか。何処で手に入れられたのかね?﹂
﹁残念ですが、護衛任務に支障が出る恐れがあると、断られまして

469
⋮⋮﹂
﹁ふむ、それは仕方ないな。あれを手に入れる機会があったら教え
てくれ﹂
 今オリンピアと話している奴は、確かケンジット侯爵だ。魔道具
のコレクターとしても有名だったはずだから、このサングラスにも
興味を示しているのだろう。残念ながら、視力補正の効果はないが。
 侯爵は執事に促されて会場である大広間へと向かっていった。そ
の後も何人かの貴族がやってきて、最後にスターク公爵が来たこと
で今回招待した全ての貴族がこの屋敷に集まった。
 彼らは宴が始まるまで、大広間で食事と談笑を楽しんでいる。傍
から見ると全員仲が良さそうに見えるが、話を聞いていると実際は
つけ入る隙を窺っているのが分かる。貴族とは自らの欲望に正直な
奴らしかいない。
 皆の食事がひと段落したのを見て、オリンピアが前に出た。既に
サイラスが病に倒れたという情報は貴族中に広まっており、代理の
彼女が前に出ることに疑問を持っている奴はいなかった。
﹁皆様、お待たせしました。今夜は我がグラン家の食事会にお越し
頂き、誠に有り難うございます。我らの派閥が今後も更なる発展を
するよう、この機会に我らの結束が深まることを望んでおります﹂
 その後もオリンピアによる長々とした前口上が続き、早くもその
話に飽きた俺は、彼女の話を聞かずにさっさと次の準備を始めるこ
とにした。
 俺が死角に隠れ、こっそりと魔法陣を描き始めた丁度そのとき、
貴族達の中から一人の老人が進み出た。かなりの高齢だが、その雰
囲気や態度からは全く老いを感じさせない。奴がスターク公爵か。

470
﹁オリンピア殿、その辺でいいだろう。サイラス候が倒れたとは言
え、代理でしかない貴女が我々を呼び出したからには、それに見合
うだけの話があると言うことだろうな?﹂
﹁その通りです、スターク公爵様。今日皆様をお呼びしたのは、我
らの派閥に関する重大な情報と、一つの提案があるからなのです﹂
﹁ほう? なかなかの自信だな。ではその情報とやらを聞かせても
らおうか﹂
﹁はい。そこのあなた、あれを連れてきなさい﹂
 近くにいたメイド一人を捕まえて、今回の宴の目玉の一つを取り
に行かせる。程なくしてメイドがその人物を連れてきた。入ってき
た者を見た瞬間、会場中の動きが止まった。銀髪に褐色の肌を持つ
ダークエルフの貴族、その中でも特に有名な人物であるエヴァーツ
公爵だ。
 奴は喋れないよう口に布を噛まされ、首輪に繋がっている鎖を引
っ張られながら入ってきた。目にはこの会場内の貴族達への憎しみ
が浮かんでいるが、メイドが鎖を引っ張って、半ば引きずられるよ
うに前へと連れてこられた。
﹁いかがでしょう? エヴァーツ公爵は我々の派閥に屈し、これか
らは彼らの派閥の情報を流させることを誓わせました。ダークエル
フの分際で、我らの派閥に楯突こうとしたならば当然の結果と言え
るでしょう﹂
﹁⋮⋮これは驚いた。サイラス殿も知略に長けた人物であったが、
貴殿はその上を行く才能があると見える﹂

471
﹁お褒めの言葉、有り難く頂戴します﹂
 貴族達は信じられない物を見るような目でオリンピアを見ている。
そんな視線を意にも介さず、彼女は余裕のある態度で公爵の言葉に
返答している。
 まあ奴を実際に陥れたのは俺なのだが、そんな事は言うはずも無
い。それよりも完成した魔法陣を誰かに見られないよう、誰かが近
づいてくるたびに立ち位置を変えるのが面倒だ。
﹁皆様、これが今回お伝えしたかった情報です。さて、次に皆様に
一つ提案をしたいのですが、その前に一つ余興を用意させて頂きま
した。お気に召されるかは分かりませんが、どうぞお楽しみ下さい﹂
 オリンピアの言葉と共に大広間の扉が再び開き、招待客と同じ数
のダークエルフが入ってきた。皆顔が見えないように被り物をして
いるが、それ以外は一切の服を着ていない。年齢も少女らしき者か
らそれなりの年齢の者まで様々だ。
﹁皆様には彼女達を一人ずつ選んで頂きます。選ばれた者は今夜、
皆様の玩具として好きなようにお使い下さい。治癒師も用意してい
るので、過激な行為もどうぞご自由に﹂
﹁ほう、まだ若いがなかなか分かっているな﹂
 下種な笑みを浮かべてオリンピアに話しかける公爵。生理的嫌悪
感を催す表情だが、彼女は完璧な営業スマイルでそれを受け止め、
にこやかな態度を崩さなかった。
﹁有り難うございます。ではここは爵位順に選んで頂きましょう。

472
公爵様、どうぞ好きな玩具をお選び下さい﹂
﹁それでは⋮⋮ふむ、こやつもなかなか⋮⋮﹂
 老人の癖にまだ精力が衰えていないらしい。彼女達を触りながら
どれが良いかを真剣に考えている姿を見ると、先ほどまでの老獪な
人物というイメージが完全に崩れた。
 そんなことを考えている間にも公爵はお目当ての玩具を見つけた
らしい。一人のダークエルフの腕を掴んで、自分が元いた場所へと
連れて行った。
 どうやら公爵の審美眼は確かなようだ。他のエルフ達も負けては
いないが、選んだエルフは彼女達の中でも一番の体つきだ。一発目
で当たりを引かれたので、他の奴らには少し同情しておく。
﹁まだ被り物は外さないようにお願いします。さあ、次は⋮⋮ケン
ジット侯爵様ですね。どうぞお好きなのをお選び下さい﹂
﹁そうかね? では⋮⋮これにしよう﹂
 侯爵は躊躇いもせずに一番幼そうなエルフを掴んだ。魔道具コレ
クターな上に幼女が好きとは、何とも業の深い奴である。当の本人
はとてもいい笑顔を浮かべているが、正直係わり合いになりたくな
い類の人物だ。
 侯爵が選んだエルフを抱きかかえて戻っていったのを見て、オリ
ンピアは次の貴族を選んでいった。そして全員にそれぞれのエルフ
が行き渡ったのを確認して、再びオリンピアが前に出た。
﹁皆様お待たせ致しました。それでは今晩の玩具とご対面の時間で
す。どうぞ被り物をお取り下さい﹂

473
 皆自分の選んだ者が興味津々のようで、待ってましたといわんば
かりに一斉に被り物を外した。中から出てきた顔を見た彼らの反応
は色々だったが、当たりを引いた者は一様に驚きの表情を浮かべて
いた。
﹁これは⋮⋮﹂
﹁こんばんは、今夜のお相手を勤めさせて頂きます、メルヴィナと
申します﹂
﹁⋮⋮くっ、くくく、いや、オリンピア殿は私の思っていた以上に
優秀な人物だったようだな﹂
 公爵にすがり付いているダークエルフは、メルヴィナ・エヴァー
ツその人だ。元夫が近くにいるにも関わらず、媚びた声を出して公
爵に触れている。美人なだけにその色気を十分に発揮した今の彼女
は、思わず息が詰まるほどに妖艶な魅力に溢れている。
 今回用意した当たりは彼女の他に、二人の娘であるセリアとクレ
アだ。それぞれを手にした貴族達は一瞬驚愕の表情を浮かべ、その
後ニタリと邪悪な笑みを浮かべている。
﹁今回の当たりはスターク公爵様、ケンジット侯爵様、それにオル
ビー辺境伯様ですね。皆様にはエヴァーツ家の美人親子の身体を堪
能して頂きましょう。よろしければこの惨めなエヴァーツ公に、存
分に彼女達の痴態を見せつけてやって下さい﹂
﹁素晴らしい。貴殿は女にしておくのが勿体ないくらいの逸材だな﹂
 下卑た表情のままオリンピアに賞賛の言葉を送っているが、当の
彼女は営業スマイルをまったく崩さずに対応している。全く見上げ

474
た精神力だ。俺なら奴への嫌悪感が顔に出ていたことだろう。
 当たりを引いた三人はそれぞれの女を連れてエヴァーツ公の前へ
とやって来た。他の連中も、自分の女を弄りながら、彼らの様子を
面白そうに見守っている。
 そんな様子を傍目に見ながら、俺は先に描いておいた魔法陣を起
ハルシネイション
動させた。使ったのは白昼夢だ。護衛達の抵抗を抜くために術式抵
抗を阻害する記述も入れたので完成まで時間が掛かったが、どうや
ら上手くいったようだ。
 全員掛かったことにすら気付いていない。しかし、彼らの意識は
既に俺やオリンピアの言葉を盲目的に信じるレベルにまで落ちてい
るはずだ。
﹁二人の娘はまだ処女です。皆様の立派な肉棒で処女を散らす様を
見せ付けてやろうではありませんか﹂
﹁素晴らしい趣向だ。オリンピア殿、貴殿のことはよく覚えておく
ことにするよ﹂
﹁ああ、辺境伯様のオチンポで、セリアの処女を奪って下さい﹂
 セリアはここ二日間の調教で、すっかり淫乱な本性が現れてしま
った。今日の夕方まで後ろの穴を広げるために俺の腕ほどもある棒
をくわえ込んでいたぐらいだ。
﹁この張りのある肌、ぷにぷにとした感触が何とも心地よい。エヴ
ァーツ公もこれ程の娘を育て上げたことは褒めてやろう。その礼に
この娘の処女は、有り難く頂いていくぞ﹂
﹁侯爵様ぁ⋮⋮もっとクレアの身体に触って下さい⋮⋮﹂

475
 クレアは愛撫が好きなようで、肌を敏感にする薬をずっと塗り続
けたおかげで、どこを撫でても感じる身体になってしまった。彼女
の穴は非常に小さいので、痛みを少しでも和らげようと思った結果
がこの有様だ。
﹁公爵様、メルヴィナにはエルフの媚薬を飲ませてあります。彼女
の中に出してやれば、確実に公爵様の子を孕むでしょう﹂
﹁うむ、どうだ、エヴァーツ公? 愛しの妻の中に、思う存分私の
子種を注ぎこんで、私の子を孕ませてやるぞ﹂
﹁ああ、凄い、熱くて硬いのが当たっています⋮⋮﹂
 メルヴィナは今回の一番の当たりなので、趣向もそれなりにこな
そうと思って薬を盛った。彼女の精神力はかなりのもので、薬の発
情にも理性を保っていたが、それでも身体の疼きは抑えられないよ
うだ。
 エヴァーツ公は必死に妻の下へと近づこうとしているが、オリン
ピアが鎖を引っ張り、近づくことを許さなかった。奴は無様に転ん
で妻とスターク公を見ている。
﹁さあ、皆様! 我が国でさも人間と同格のように振舞っているダ
ークエルフ達に、その身の浅ましさを思い出させてあげて下さい!﹂
 オリンピアの掛け声で、貴族達が一斉に女達を犯し始めた。嬌声
と腰のぶつかり合う音が響き、貴族の護衛達の中にも興奮で勃起し
ている奴がいた。それに気付いたオリンピアは、護衛達にも何人か
のダークエルフを渡し、好きにしていいと言っていた。
 エヴァーツ親子は三人とも快楽に蕩けきった表情で自ら腰を動か
して、エヴァーツ公に見せつけるように結合部を晒していた。

476
﹁見て、お父様! 私のオマンコ、辺境伯様に犯されて喜んでいる
の、処女なのに感じちゃうの!﹂
﹁侯爵様ぁ⋮⋮クレアのオマンコで、侯爵様のオチンポ気持ちよく
なってますかぁ?﹂
﹁ああっ、公爵様のものが入ってきています! 主人のものより、
あんっ、ずっと気持ちいいです!﹂
 あられもない姿を晒している三人を、エヴァーツ公は焦点の合わ
カームダウン
ない目で見ている。これはまずいと思ったので、適度に鎮静で理性
を戻させ、精神崩壊しないように調整する。
 結合部から粘着質な水音が響き、部屋に漂ういやらしい雌の匂い
と嬌声が合わさって、俺ですら場酔いしそうになるほどに淫らな宴
が繰り広げられている。
 ふとオリンピアを見ると、彼女もまた会場の空気に当てられたの
か、股間を押さえて俺に切なそうな視線を送ってくる。押さえてい
る部分の生地は愛液で染みが出来ており、彼女の発情具合を容易に
知らせてくれる。
 貴族達もそろそろ一発目を出す頃だろう。彼女に目線で指示を出
すと、こくりと頷いて営業スマイルを取り戻した。
﹁皆様、今や魔帝国はこのようなダークエルフを人間と同じように
扱い、あまつさえ貴族位を与えて国政にも関わらせています。この
ままではいつ人間に牙を剥くかも分かりません﹂
 興奮している貴族達は、彼女の言葉に賛同を示している。場の雰
囲気と勢いに飲まれ、普段ならば言わないようなことでも簡単に口
走ってしまう。

477
﹁このような原因を作ったのは、今の皇帝家にあります。彼らがダ
ークエルフを重用しなければ、ダークエルフ達もここまで図に乗る
ことは無かったのでしょう。全ては皇帝の一族が元凶なのです﹂
﹁そうだ、皇帝の一族のせいだったのだ! 私や他の公爵を侮り、
こんな下賎な種族を公爵位などに就かせたのだ!﹂
﹁もはやこの国は限界でしょう。そこで提案です。我らの手で現皇
帝を誅し、人間を至上の存在とする新帝国を立ち上げようではあり
ませんか!﹂
﹁それはいい! だが、我らの力だけでは難しいぞ?﹂
﹁ご心配なく。そのために王国と一時的に手を組むのです。今の領
土をいくらか渡してやれば、王国側も納得するでしょう。王国へ魔
帝国軍を出兵させた隙に、我らで帝都を落とし、皇族を捕えるので
す﹂
﹁なるほど、しかし奴らも他種族を受け入れているのだが、それは
どうなのだ?﹂
﹁だから一時的なのです。私の試算では仮に王国に領土を渡しても、
5年もすれば今の軍事力を取り戻し、王国へと進軍することが出来
るようになります。それまでは奴らに従うフリをしておけば大丈夫
でしょう。細かい話は後ほどお伝えします﹂
﹁そうか、ではこの件はオリンピア殿に任せたぞ﹂
﹁有り難うございます﹂

478
 明らかに無理のある話なのだが、術式の影響で今の話を完全に信
じ込んだ奴らには、さぞ魅力的な提案に映ったことだろう。
 あちこちからうめき声が聞こえ、女達の中に次々と中出しをして
いる貴族達。前にいる三人もそろそろ限界のようで、彼女達の中に
同時に精液を注ぎこんでいた。
 一回出して落ち着いている貴族達に、契約書を配っていく。今回
の話に乗るならばサインを描いてくれと言い、まだ術式の効果が残
っている奴らは、躊躇いもせずに書き込んでいった。
ギアス
 全員分の紙を集め、強制をかける。これで奴らもこの話に乗るし
かなくなった。これで今回の目的は達成した。あとはオリンピアに
王国との接触を図らせればいい。
 一回出した後は乱交が始まった。お互いの玩具を交換し、同時に
犯し、中には護衛も交えて享楽に耽っている者もいた。あまり良い
光景ではないが、これが朝まで続くかもしれないことを思い、憂さ
晴らしにオリンピアと戯れることにした。
479
第35話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
480
第36話
 次の日、朝日が昇る前に貴族達は帰っていき、今はメイド達が慌
しく後片付けを行っているところだ。昨日は年甲斐も無くはしゃい
でいた貴族達のせいで一睡も出来なかった。
 ケンジット侯爵など、お持ち帰りしたいと言い出す始末だったの
だが、それは断らせてもらった。公爵の娘が消えたら流石に問題に
なる可能性がある。
﹁ご主人様、王国に密使を出そうと思っているのですが、ご主人様
はどうされますか?﹂
﹁ああ、それなら私が王国に戻る際に連れて行こう。二、三日ほど
休みを取れるならばお前も一緒に連れて行くが、どうする?﹂

481
﹁それは是非お願いします。残りの仕事を終わらせてきますので、
少々お待ち下さい﹂
 彼女も俺に付いてくるようだ。まあ王国へ連れていった方がいち
いち両国間を移動しなくて済むので、やり取りが非常に楽になる。
 彼女は昼前に仕事を終わらせたので、彼女と密使役の男と共に、
俺の屋敷へと転移した。
 王国へと戻ってくると、丁度ティアが俺の部屋を掃除していた所
だった。彼女は俺に気付いたが、隣にいる見たことも無い二人を警
戒して近寄ってこなかった。
﹁お帰りなさいませ、ご主人様。ところでその二人は一体どなたで
しょうか?﹂
﹁この女は魔帝国のグラン侯爵の娘オリンピアだ。今は病に倒れた
グラン侯爵の代理を務めている。そして隣の男は国王陛下に出す密
使だ﹂
﹁⋮⋮内通の手引きですか? これがご主人様の言っておられた計
画なのでしょうか?﹂
﹁そんな所だ。とりあえず昼食がまだなので、食事の準備を頼む﹂
﹁畏まりました、少々お待ち下さい﹂
 部屋を出て行く彼女を見ながら、オリンピアは困惑した表情で俺
のことを見ていた。何か気になる点でもあったのだろうか。

482
﹁ご主人様、あの者はメイドのようですが、それにしては仲が良さ
そうな感じを受けました。もしやご主人様の妾だったのでしょうか
?﹂
﹁妾ではないが、似たようなものだ﹂
 説明するのが面倒なので適当なことを言いつつ、まだ納得いって
いない彼女と密使を連れて食堂に向かった。
 食堂には既にソフィとナタリアがいた。仲良く談笑していたが、
俺の姿を見つけると二人とも近寄ってきた。顔には嬉しそうな表情
を浮かべている。
﹁お帰りなさいませ。そちらの方々はお客様でしょうか?﹂
﹁数日ぶりだけど寂しかったわ。それで、また女を捕まえてきたの
かしら?﹂
 王国語で話しかける二人だが、オリンピア達には言葉が通じない
トランスレイト
ので、苦笑しながらこちらを見てきた。そういえば翻訳を掛けるの
を忘れていたので二人に掛けてやると、王国語が自分達の言葉に変
換されて聞こえてきたので少し驚いていた。
﹁初めまして、私は魔帝国の皇族の一人、グラン侯爵の娘、オリン
ピア・リア・グラン・ダーロです。以後お見知りおきを﹂
﹁まあ、王族の方ですか。私はそこにいるウェルナー伯爵の妻で、
王国の第一王女、ソフィア・ル・アンリエント・ウェルナーです。
魔帝国の方とお話しするのは初めてですので、失礼な振舞いがある
かもしれませんが、どうぞよろしくお願いしますね﹂

483
﹁王女殿下でしたか、これは失礼を致しました﹂
 膝をついて魔帝国式の礼をするオリンピアに、まあまあと言いな
がら彼女に割と砕けた様子で話しかけているソフィ。二人とも王族
だが、一応はソフィの方が格が上なのだろうか。国が違うので何と
も言えないが、二人の態度を見る限りそうなのだろう。
﹁丁度良かった。実は国王陛下に密使を遣わそうとしていた所なの
ですが、王女殿下の方からも口添えして頂けませんか?﹂
﹁ええと⋮⋮﹂
﹁そういう話は食事の後にしましょう。折角ヤードが帰ってきたん
だから、ソフィアも私も、まずはヤードと話したいわ﹂
﹁そうだな、まずは食事にしよう。仕事の話はその後でも出来る﹂
 ナタリアが助け舟を出してくれたので、有り難く話に乗って会話
を一旦終わらせた。このままだとソフィの機嫌が悪くなるかもしれ
ないからな。
 少し待っているとメイドが次々と食事を運んできたので、全員席
について昼食を摂ることにした。俺がいない間の屋敷についていろ
いろ話を聞いたが、特にこれといった問題は出ていないようで安心
した。
 食事が終わると、オリンピアは話し合いのためにソフィと共に食
堂を出ていった。俺も付いていこうかと考えたが、久しぶりの屋敷
なので先に風呂に入ろうと思い、ナタリアと分かれて風呂へと向か
った。
 脱衣所に入ると、そこにはティアがいた。手には掃除用具を持っ

484
ているので、丁度風呂の清掃をしようとしていた所だったらしいこ
とが分かる。
﹁今から入られるのですか? それでしたら掃除はまた後にします
が﹂
﹁そうだな⋮⋮ティア、一緒に入るか﹂
﹁え?﹂
 俺の発言が予想外だったのか、きょとんとした顔でこちらを見て
きた。今言われたことを確認しようとしているが、俺が自分の服を
脱ぎ始めたので、どうすれば良いのか分からないようだ。脱衣所を
出ようとして止めたりを繰り返している。
﹁どうした? 用事がないなら一緒に入ってもいいだろう。早く服
を脱げ﹂
﹁あ、はい﹂
 急いで服を脱いだ彼女と一緒に風呂場へと入る。まずは身体を洗
い、久しぶりに湯船につかる。彼女も俺の隣へ座ったので、抱き寄
せて口付けをしてやった。この後風呂の清掃をするようだし、少し
ぐらい湯を汚してもいいだろう。
 彼女も期待していたようで、俺の上に跨って膣穴に俺の肉棒をく
わえ込んだ。既に濡れていた膣内は、湯の温度よりも高いような気
がした。
 風呂の中でするのは、ベッドでするのとはまた違った感覚だ。お
互いの身体が熱く火照っているので抱き心地もよく、まるで全身を
包まれているかのような気持ちよさがある。それは彼女も同じよう

485
で、俺をぎゅっと抱きしめ放さなかった。
 もうそろそろイキそうかなと感じたとき、脱衣所の方から声がし
て扉が開いた。入ってきたのはソフィとオリンピアだった。二人と
も俺達がいるとは思っていなかったようで、こちらを見て固まって
いる。
﹁どうした、二人とも。そんな所で固まっていないで、入って来い﹂
﹁あ、そうですね。さあ、オリンピア様、ここが風呂ですよ﹂
﹁あ、ああ、ここが風呂なのですか⋮⋮想像以上ですね﹂
 二人に見られたのは仕方が無いが、よく考えると俺とティアの仲
はソフィの知るところだ。別段気に病むようなことをしている訳で
はないので堂々としておく。しかしティアはソフィに見られたのを
気にして風呂から出ようとしていたので、慌てて止める。
﹁そうだ、ソフィ。一緒に入らないか?﹂
﹁ええ、是非﹂
﹁ヤード様、私もご一緒してよろしいですか?﹂
 ソフィは俺の提案に快く乗ってきた。オリンピアも参加したいよ
うなので、折角だし一緒に入れてやることにした。ちなみにオリン
ピアには王国にいる間、俺のことを名前で呼ぶように指示しておい
た。そうしないと平気でご主人様などと言い出すからだ。
﹁それにしても、ヤード様、やっぱりオリンピア様にも手を付けて
いらしたのですね。別にするなとは言いませんが、手を付ける前に

486
一言ぐらい声を掛けてくれませんと、こちらもどなたがお手付きな
のか分からなくなりますので﹂
﹁ああ、済まないな。まだ本番をしたわけではないが、今度からは
そうさせてもらう﹂
 二人がこちらに来たので、ティアを上に乗せたまま二人を抱き寄
せた。こうやって美女を三人侍らしていると、何とも言えぬ優越感
が込み上げてくる。ソフィに口付けをし、オリンピアの胸を揉む。
こうしているだけでもかなり精神的な興奮が得られる。
﹁あの、ご主人様⋮⋮やはり私はいない方が⋮⋮﹂
﹁大丈夫ですよ、あなたとヤード様の仲は分かっていますから﹂
 ティアは王族二人に囲まれて肩身の狭い思いをしているが、ソフ
ィの方はティアと俺がしていることに特に文句は無いようだ。夫が
妾としているのを笑顔で受け流すあたり、彼女も相当に理解がある
ようだ。後で彼女も可愛がってやることにしよう。
 先ほどはイク手前で止められていたので、すぐに射精感が高まっ
てきた。ティアも同じようで、自分からも激しく腰を動かして快感
を得ようとしている。
﹁ティア、そろそろイクぞ!﹂
﹁私もっ、も、もうイってしまいます!﹂
 ティアの中に精液を注ぎこむと同時に、彼女も絶頂した。絶頂の
余韻に浸っている俺にソフィがまた口付けをしてきたので、そのま
ま彼女と舌を絡ませる。

487
 ティアが上から退くと、今度は彼女のようだ。出したばかりの肉
棒を手で優しく包み込み、硬くなるように刺激している。まだまだ
満足はしていなさそうだ。そちらがその気ならば、とことん付き合
ってやることにしよう。
 風呂から上がった後、密使の件についてどうなったのかを聞くと、
ソフィが手紙を届けることになっていた。流石に敵国の人間を城の
中に入れることは躊躇われたようだが、オリンピアとしては十分な
申し出だったようだ。
 ソフィが城へと手紙を持っていくと、すぐに国王から面会の許可
が出たようだ。まだ確定はしていないが、秘密同盟が結ばれるのは
ほぼ確実だろう。
 レシアーナと同盟を結んだとはいえ、今の状態ではまだ王国の戦
力は魔帝国の戦力の3割程度しかない。今までは何とか要塞で足止
め出来ていたが、次に両者がぶつかり合えば王国の敗北は必至だと
考えるのが当然である。
 今回寝返らせた貴族の戦力を考えると、王国と魔帝国の戦力差は
6対4程度になり、王国側が逆転して有利になる。寝返らせた貴族
は色ボケした奴らばかりだったが、あれでもかなりの財力と武力を
抱えている奴らだったのだ。
 この好条件を王国が断るはずもなく、オリンピアの派閥は王国側
に付くこととなった。冬が開けてすぐの出兵に参加するフリをして、
城を守る戦力がいなくなった隙を狙って帝都を占拠するという流れ
である。その間、王国は囮となって魔帝国の注意をオリンピア達か
ら逸らし、帝都が落ちるまでの間、魔帝国軍を足止めするのが役割
だ。
 密約を結ぶのはいいのだが、何故かオリンピアとの密談に俺も呼

488
ばれた。仕方が無いので城まで出向き、会議室へと案内された。
 今回は他の大臣の姿は無く、国王とオリンピア、それに俺の三人
だけしかいないようだ。一応監視や盗聴を防ぐ為にいくつかの結界
を張り、外部との連絡を完全に遮断しておいた。
﹁ウェルナー伯爵。急に呼び出して済まなかったな﹂
﹁気にするな。それより何故私が呼ばれたのだろうか?﹂
﹁うむ、実は密約を破られないようにする魔法が無いかどうか聞き
たくてな。そなたの魔法の知識は他の魔法使いよりも格段に優れて
いるそうなので呼ばせてもらったのだ﹂
﹁そういうことだったら、丁度いい術式がある。先にその密約につ
いて話し合うといい﹂
﹁そうか、分かった。そなたのことは信じておるが、そなたの身が
危うくなるような話をするやも知れん。話が終わったらまた呼ぶの
で、隣の部屋で待機していてくれんか?﹂
﹁ああ、了解した﹂
 話し合いに参加する気はなかったので、隣の部屋へと移る。防音
も完璧なので一切の話し声が聞こえない。これならば誰かに監視さ
れていたということは起こらないだろう。
 しばらくしてまた呼ばれたので、会議室に戻ってきた。密約の内
容はあらかじめオリンピア側から提案してあったので、一から話し
合うほど長くはならなかったようだ。
﹁さて、先ほど言った魔法を使ってもらいたいのだが、どういった

489
魔法なのだ?﹂
﹁その術式用に調整した契約書に書き込んだ内容を遵守させるもの
だ。もし破ったなら相応の罰が下る﹂
﹁ではその契約書とやらを準備しなくてはならんのか?﹂
﹁いや、それは私が持っている。内容を見せたくないのなら私に見
えない所で書き写してくれ﹂
﹁いや、そなたのことは信じておるといったはずだ。この内容だけ
ならばそなたに見られても問題ないので、書き写すのを任せてもよ
いか? 魔道具は魔法使いが一番扱いに慣れておるだろうからな﹂
﹁了解した﹂
オース
 誓約用の誓約書を取り出し、今回の密約を書き込んでいく。最後
オース
に二人にサインを書かせ、誓約を発動した。
﹁これでいいだろう。ここに書かれたことを破ろうとすれば相応の
罰が与えられる﹂
﹁ふむ、どんな罰なのだ? あまり軽い罰では意味が無いと思うが﹂
﹁今回は断絶、簡単に言えば約束を破った者は死に、その者の勢力
もそれに順ずるほどの不幸に見舞われる。妥当な罰だろう﹂
﹁勢力というのは、やはり国のことでしょうか?﹂
﹁いや、大体は親族とその関係者だ﹂

490
﹁まあそれならば裏切られる心配は殆ど無くなるか。伯爵よ、わざ
わざ済まなかったな﹂
 二人とも納得したようなので、これで俺の仕事は終わりだ。後は
春になって戦争が再開したら、この密約通りに動いてくれることだ
ろう。後は戦争に勝利して、裏切った貴族を殺し魔帝国の首都を押
さえれば魔帝国を滅ぼすことが出来る。
 魔帝国との戦争が終われば勇者としての役目も無くなり、後は平
穏に暮らすことも出来るだろう。その未来まであと少しだ。
第36話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
491
第37話
 密約が結び終わってからまたしばらくの時が流れ、そろそろ冬が
終わる時期になった。オリンピアは魔帝国に戻ってあちらの軍の動
きを教えてくれている。既に魔帝国軍は準備を整え、近々王国との
戦争を再開するそうだ。
 その情報はソフィを通じて国王に流されている。こちらも来たる
べき戦に備え、物資の準備や兵数の確保は終わっているので、後は
戦いが始まるのを待つだけとなっていた。
 そしてそんな中で、遂に魔帝国軍が動き出したという情報が入っ
てきた。奴らはまずイストリア砦奪還に向けて、前回の要塞戦を上
回る一万人という大軍勢を出しているらしい。現在砦には500人
ほどの兵士がいるが、戦力差は絶望的だ。
 ただあそこにはエルがいる。最近は術式の腕も上がり、戦術級術

492
式も普通に撃てるぐらいにまで成長しているので、いざとなっても
彼女一人で大丈夫だろう。
 まあ砦が攻められる前に、手前の平野を突破されないようにそこ
で戦線を開く予定のようだ。確かにあちらがドラゴンを投入してく
るなら、集団戦のしやすいこちらの地形の方が有利だ。
 勇者の四人はもちろん前線に立たされることになっている。その
中でもフェアリスは後方支援担当だが、今回俺は魔導師部隊を一つ
率いて戦わされることになった。正直この世界の魔導師のレベルに
合わせた指揮が出来るとは思えないが、一人でも何とか出来るので
大丈夫だろう。
 そう言えばエルは冬が終わる前に帰ってくる的な話を聞いた気が
するが、未だに砦にいるらしい。少し気になったので連絡を取って
みることにした。
︵エル、聞こえるか?︶
︵⋮⋮マスターですか。何ですか?︶
 エルは念話に出てきたが、エルの持つ魔道具の魔力反応からして
砦とは別の場所にいた。砦から少し王都の方に来た位置だったので、
こちらに戻ってくる途中なのかもしれない。転移で戻ってこない所
を見ると、道中で観光でもしているのかもしれないな。
︵今は王都に戻ってきている最中なのか?︶
︵ええ、まあ。早くマスターにお会いしたいです︶
︵そうか、それならばいい。手間を取らせたな︶

493
 エルとの通信を切った時、丁度国王からの知らせが届いた。既に
魔帝国軍がこちらへと進軍しているので、こちらも直ちに出撃しろ
とのことらしい。既に国境近くに軍を待機させているので、出発と
言っても勇者達四人だけだ。サガミやフェアリスに見られるのは面
倒だが、転移で飛んだ方が早いか。
 急いでティアと出立の準備をしているとソフィとナタリアがやっ
て来た。出発前の挨拶にきたようだ。
﹁ヤード様、今回の戦いは大丈夫なのでしょうか⋮⋮?﹂
﹁大丈夫だ、勝率はそれなりにある。勇者達の力もあることだし、
負けることは無いだろう﹂
﹁そうですか⋮⋮危ないときは逃げ出してもいいですから、必ず帰
ってきて下さいね﹂
﹁それじゃ駄目よ、ソフィ。いい、ヤード、ちゃんと勝って帰って
きなさいよ。負けたりしたら許さないからね?﹂
﹁ああ、安心しろ。帰ってくるときは勝利の知らせを持ってくるこ
とを誓おう﹂
 なるべく普段通りの態度を見せているが、それでも彼女達は心配
してしまうのだろう。二人が心配してくれるのは素直に有り難いと
思う。ただそれ程気負っている訳ではないので、二人に心配をさせ
ているのは申し訳ない気がする。
 二人を抱きしめてから、準備を手伝ってくれたティアも抱きしめ
てやった。皆心配で顔が曇っているのが残念だ。帰ってくるときは
笑顔になっていることを願おう。

494
 屋敷を出て城に向かうと、既に他の三人は集まっていた。こいつ
らはいつも行動が早いので、勇者達が集まる際はいつも俺が最後の
ような気がする。
﹁遅かったな、ヤード殿﹂
﹁済まないな。皆もう準備は出来ているのか?﹂
﹁ああ、後はヤード殿が来るのを待っていたのだ。では早速出発し
よう﹂
﹁国王に挨拶などはしなくてもいいのか?﹂
﹁何でも他の用事があるようで、構わずに出発してくれとの事だ﹂
 用事とは密約に関することだろうか。既にオリンピア達も動き出
しているそうだし、そのことで何か問題が起きているのかもしれな
い。ただオリンピアは何も言ってこないので、計画に支障は出てい
ないと思うが。
﹁そうか﹂
﹁今から向かっても着くのは両軍が衝突する少し前ぐらいらしい。
急いで行こう﹂
﹁そのことだが、砦まで一気に跳ぶ術式がある。時間が無いならそ
れで行くぞ﹂

495
﹁⋮⋮そんな物があるならば、以前から使っていればよかったので
はないか?﹂
﹁色々と面倒な制約があるのだ。私がいいと言うまで全員目を瞑っ
ていろ﹂
 全員が目を閉じたのを確認し、急いで魔法陣を描き上げ、起動す
グレーターマステレポート
る。上級集団転移が発動し、次の瞬間には砦のすぐ近くに転移して
いた。
﹁もういいぞ﹂
 俺の言葉に目を開けた三人は、見たことの無い場所にいることに
驚きの表情を浮かべていた。フェアリスは以前にも転移を経験した
ことがあったので、すぐにここが目的地の近くだとすぐに察したが、
アレクとサガミはしばらくの間、周りを呆然とした表情で見回して
いた。
﹁ここはイストリア砦の近くだ。ここから前線までは一日も掛から
ないだろう﹂
﹁⋮⋮いや、ヤード殿には驚かされる。まさかこんな素晴らしい魔
法を使えたとは⋮⋮﹂
﹁転移か⋮⋮これは私にも使えるようになるだろうか?﹂
﹁難しいな。悪用もし放題なので、弟子以外の人間に教える気はな
い﹂

496
﹁そうか、仕方ないな﹂
 サガミはやはりこの術式に興味を示してきたが、断っておいた。
諜報関係の人間にこの術式を教えるなど、後で何が起こるか分かっ
たものではない。
 二、三時間歩くと、前線の拠点がある場所にまでたどり着くこと
が出来た。まだ魔帝国軍はここまでたどり着いていないようなので、
どうやらこちらの方が先に着くことが出来たようだ。
 アレクとサガミは現地の指揮官達の所へ行ったので、俺は担当の
魔導師部隊でも探すことにした。一応城で会ったことのある連中な
ので意思疎通には問題は無いが、一応指示の練習でもしておかない
と話にならない。
 魔導師部隊のいる場所を聞きそちらへ向かうと、魔導師用のロー
ブを着た集団を発見した。多分あれで合っているだろうと思い、彼
らに近づいていったところ、見知った顔がいることに気付いた。
﹁あら、ヤード様。お久しぶりです﹂
 周りの人間よりも圧倒的な美しさを誇っているハイエルフ、エレ
インがいた。魔導師用の野暮ったいローブを着ているが、彼女の完
璧な美しさを見ると気にならなくなるほどだ。
 今回の作戦にレシアーナのエルフが参加するのは聞いていたが、
他のハイエルフが派遣されてくるのだとばかり思っていた。
﹁久しぶりだな。しかしどうしてエレイン殿がここに? 他の者で
よかったのではないだろうか?﹂
﹁ふふ、私の我が侭です。レシアーナにばかりいては退屈ですから。
それに私は一番年上なだけで、ハイエルフの代表というわけではあ
りませんからね?﹂

497
 くすくすと笑う表情にも気品が満ちているが、言っていることは
滅茶苦茶だ。仮にもトップにあるまじき言動だが、レシアーナに長
年引きこもっていた反動なのだろう。何とも行動的な性格になった
ものだ。
﹁今回は無理を言ってヤード様の部隊に入れて頂きました。お弟子
のエルマイアさんでさえ素晴らしい魔法をお使いになっていたので
すから、師匠であるあなたがどんな魔法を見せてくれるのか楽しみ
にしています﹂
﹁指揮官は正面切って戦う役割ではないのだが⋮⋮﹂
 まあ彼女が来てくれたのは有り難い。これならば多少派手な行動
をしても、俺が目立ちすぎることは無いだろう。
 彼女と少し話をした後、魔導師部隊の隊員を呼んで簡単に指示の
説明をした。こいつらがまともに魔法を撃てるとは思っていないの
で、防御術式担当と攻撃術式担当に分けて、攻撃担当のリーダーを
元隊長の男に、防御担当のリーダーをエレインに任せ、エレインに
トランスレイト
は翻訳をかけておいた。
 俺が戦闘で細かい指示など出来るわけが無いので、戦闘中は基本
的にリーダーの命令を聞き、俺はリーダーに大まかな指示を飛ばす
だけということにした。二人とも俺よりは指揮が出来るだろう。
 魔帝国軍が到着するまでは部隊指揮の訓練と運動ばかりしていた。
他にやることが無かったのも事実だが、実験しようにも設備が揃っ
ていないので不可能だったからだ。早く来ないかと思い続けて三日
後、魔帝国軍の姿が確認された。

498
 遠目からでも分かる巨大な人型生物を何体も引き連れており、空
には結構な数のドラゴンが飛んでいる。報告通りの戦力だったが、
以前見たときよりも遥かに多数の魔物が群れをなしている様は、王
国兵達に恐怖を与えていた。
 このままでは兵士達がまともに戦えないので、我が魔導師部隊は
先にあの巨人とドラゴンを潰すことにする。エレインだけでどうに
かできそうだが、彼女に任せきりなのは良くないので、魔導師達に
もそれなりに頑張ってもらう。
 これだけの戦力差ならばすぐに攻めてくるだろうと思っていたの
だが、魔帝国側は思ったよりも慎重だったらしく、二日ほどにらみ
合ったまま時間が過ぎていった。
 偵察部隊などは時々現れたが、魔導師達の探知に引っかかるよう
な程度の奴らだったので、たいした情報は漏れていないだろう。
 そしてその日の昼間に敵が動き始めた。どうやらまず魔物部隊だ
けを突撃させる作戦のようだ。巨人とドラゴンの大軍が襲ってくる
様はなかなかに威圧感があるが、距離が開いた状態ではこちらに手
を打つ時間を与えているようなものだ。
﹁エレイン殿、精神力上昇と汎用防御用の術式を。防御部隊は対物
理防御の結界を張れ﹂
﹁了解しました!﹂
﹁効果対象は王国兵全員でいいのですね?﹂
﹁ああ、そうだ﹂
 まだ乱戦中ではないので、ここは俺の指示に従ってもらうことに
している。俺の言葉を聞いてエレインは即座に術式を発動した。王

499
国の兵士全員を対象にしているので一人に掛かる効果は小さいもの
だが、兵士達の動揺は治まったようだ。
﹁攻撃部隊はまずドラゴンを狙え。冷気や電気のような鱗を貫通で
きる術式を使うように﹂
﹁了解しました!﹂
 俺の指示で一斉に詠唱を始め、ドラゴンの群れに向かって次々と
術式を放っている。ただ多少の攻撃が通ったところで、ドラゴンの
速度では一瞬でこちらの軍にまで到達されてしまう。
スロウ
 俺は魔法陣を描き、起動した。第4種戦術級術式、遅滞が発動し、
凄まじい速さでこちらへと向かっていたドラゴン達の速度が、まる
でカタツムリが這っているかのような、殆ど動いていないように見
えるほどにまで落ちた。
 ついでに巨人達の速度も落ち、魔帝国軍は魔物達が突然動きを止
めたことに動揺しているようだ。一応魔物達の間を縫って相手の矢
や攻撃術式が飛んでくるが、こちらの結界を突き破ることが出来ず
に霧散している。
﹁今のうちにドラゴンを落とせ。巨人はこちらが足止めしておく﹂
﹁了解しました!﹂
 一発や二発程度の術式では全く効果が無かったが、身動きがとれ
ず回避すらままならないドラゴン達は、魔導師達の放つ術式を大量
に食らい、どんどんとその数を減らしていった。
 それなりの魔導師を数十人集めてやっと討伐出来るような魔物が
次々とやられているのを見て、王国兵の士気も上がってきている。
逆に魔帝国軍の間には動揺が広がっており、術式を放ってくる弓兵

500
や魔導師達も上手く連携が取れていないようだ。
﹁魔導師部隊が押さえてくれている今が好機だ!﹂
 指揮官が弓兵部隊に指示を出し、動かないドラゴンや巨人に向か
って次々と矢を放っていく。ドラゴンは硬い鱗のおかげで弓は効い
ていないようだが、巨人の方はドラゴンほど肌が硬くないので、少
しずつ矢が刺さり始めている。
﹁身体を狙うな、弾かれてしまうぞ! 目だ、目を狙え!﹂
 指揮官が大声で指示を出しているのを見ながら魔帝国の方を確認
すると、相手は黒狼や同じぐらいの大きさの魔物を大量に放ってき
た。あれを全部止めるのは難しいな。ここはアレク達に頑張っても
らおう。
 こちらまで到達してきた魔物達と前衛の部隊が激しい戦いを繰り
広げている。エレインの防御術式のおかげで互角以上の戦いが出来
ているようで、負傷者を出しながらも少しずつ魔物達を討ち取って
いった。
 この頃にはドラゴンや巨人は4分の3程度にまで減っており、よ
うやく不利を悟った魔帝国の指揮官が一時撤退を始めた。結局こち
らの負傷者はそれなりの数になったが、敵の虎の子である魔物部隊
に大打撃を与えるというなかなかの結果となった。
 オリンピア達の援軍のことも考えると、この調子でいけば勝利は
確実だろう。
 次の日、優勢だったにも関わらず、王国軍は少しずつ魔帝国軍に
押されていた。相手も一気に数の力で押した方が言いと判断したの
だろう。確かに魔物だけで手一杯になってしまう程の人数差なので、

501
数で攻めるのは有効だ。
 指揮官は必死に兵達を鼓舞していたが、昨日の戦いで疲労してい
る兵士達は、昨日以上の数でやってくる魔帝国兵達の攻撃を凌ぐの
で精一杯だった。
 このままではあと少しもすれば前線が崩壊してしまうと思うが、
魔導師部隊は防御にのみ専念させていた。俺の判断を訝しがってい
る者もいるが、そもそも王国軍だけでは勝てないのは想定済みなの
である。
 魔帝国の兵達はさらに勢いづき、このままでは前線を突破されて
しまうかもしれないと皆が思い始めたそのとき、魔帝国の後ろから
更なる部隊がやってくる声がした。術式の援護が無ければ、この声
で王国兵達の士気はゼロになっていただろう。
 援軍に来た魔帝国の兵達はグラン家の旗を掲げていたので、誰が
援軍に来たのかはすぐに分かった。部隊の殆どが魔導師で構成され
ている、オリンピア率いる魔帝国の第二魔導師団だ。その数は10
00人にもなり、王国の5倍以上の魔導師を有している魔帝国屈指
の部隊だ。
﹁グラン侯が援軍に来てくれたぞ! 今こそ王国軍を倒すのだ!﹂
 魔帝国軍は更なる援軍の到着に活気付いて王国軍を蹂躙しようと
していたが、その援軍と思っていた部隊が同じ魔帝国軍を襲い始め
た。味方であるはずの部隊に襲われた魔帝国軍は混乱し、王国軍へ
の攻撃も止まってしまった。
 俺はこの機会を逃さずに攻撃担当の魔導師達に全力で攻撃するよ
う指示を出し、前へと出て行った。前線で戦っているアレクにこの
ことを伝え、王国兵達の士気を回復させるためである。
﹁アレク殿、今が好機だ。魔帝国は裏切りによって混乱している。
これは国王陛下の認めた秘密作戦だったのだ﹂

502
﹁そうなのか! よし、皆! 先ほどの部隊はこちらの援軍だ! 
魔帝国軍を挟撃で追い込むぞ!﹂
 アレクの言葉に俄かに活気付いた王国兵達は、未だ混乱の極みに
ある魔帝国軍に突撃していった。魔導師部隊には魔物を集中的に狙
うよう指示してあったので、士気の下がっている魔帝国兵だけでは
勢いづいた王国兵達を止めることは出来ず、その数の有利を失って
いた。
 戦いが終わった後には魔帝国軍は壊滅状態であり、王国の勝利は
誰の目で見ても分かることであった。
 援軍に来た魔帝国軍と王国軍はにらみ合いの状態が続いていたの
で、急いで前に出て敵でないことを伝える。国王からの指示だとい
うことを伝え、王国の証印が入った紙を見せると、頑なだった指揮
官も納得の表情を見せた。
 オリンピアが前に出てきたので、アレクやサガミ、指揮官らと共
にこちらから近づいていく。こちらに気付いた彼女は軽く手を振っ
ていた。
﹁あなたが魔帝国側の協力者ですね? 私はアレク・レイ・ギルフ
レイアと申します﹂
﹁始めまして、オリンピア・リア・グラン・ダーロと申します。帝
都の防衛に当たっている人員が思ったより少なかったので、予定よ
りも早く到着することが出来ましたが、危ない所だったようですね﹂
﹁有り難うございました。この後はどうされるのでしょうか?﹂
﹁この後の事を聞いていないのですか? 帝都は現在スターク派の
貴族と2000人程の兵士が押さえています。王国のことは味方だ

503
と思って油断しているようですが、そこを叩きます﹂
﹁そうなのですか⋮⋮ヤード殿は何か聞いているか?﹂
﹁ああ、そういう予定だったとは聞いている。一応ギリギリまで秘
密にしておくよう言われていたが﹂
 あの日国王とオリンピアが結んだのは、グラン家のみを助けてく
れるようにするための密約だった。魔帝国の貴族共は帝国のトップ
が入れ替わることを承認したと思っているようだが、王国がそのよ
うなことを認めても何の益も無いことは分かりきっていた。騙され
る方が悪いのである。
﹁オリンピア殿、早速帝都へと向かおう﹂
﹁ええ﹂
 魔導師団を先頭として、両軍が帝都に向けて進軍を開始した。幸
い魔帝国軍の用意していた物資が大量に残っていたので、進軍には
影響は無い。行軍速度は遅いが、遅くても一週間後以内には帝都に
着くだろう。
504
第37話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
505
第38話
 5日後、王国軍とオリンピア率いる魔帝国軍の両軍は、予定通り
帝都に到着した。帝都の人間達は事情を知らされていないらしく、
王国軍が帝都にやってきたことに困惑していた。
 その前にもスターク派の貴族が反乱を起こしているので警戒して
いるのは当然だろう。
 逆にスターク派の兵士達は王国軍が来たことを歓迎していた。城
に着くやいなや、スターク公爵自身が出迎えに来た。こうして歓迎
されているということは、まだ作戦がばれていないことが分かる。
 現在俺達は帝都の城にある謁見の間にいる。呼び出されたのはオ
リンピアだけだ。王国の者はまた後で会う予定となっていたが、俺
はどさくさに紛れて、オリンピアの護衛役として入り込んでいた。
﹁おお、オリンピア殿。ご苦労であった﹂

506
﹁お出迎え有り難うございます。皇帝はどうなされたのでしょうか
?﹂
﹁奴は城の地下牢に放り込んでおる。後日処刑を行おうと思ってな。
そちらの方は大丈夫だったようだな﹂
﹁そうですか。この後のことも含めて伝えておきましたので、安心
なさって下さい﹂
﹁この後のことだと⋮⋮?﹂
﹁ええ、こういうことです﹂
 オリンピアが腰に下げた剣を抜き、そのまま流れるような動きで
公爵の首を刎ねた。いきなりの出来事に凍りつくスターク派の貴族
達を放っておいて、王国軍と魔帝国魔導師団の兵士達が行動を開始
した。
 奴らは気付いていないだろうが、既に帝都の周囲は王国軍によっ
て封鎖してある。後はオリンピアの合図一つで、魔導師団の連中は
スターク派の貴族とそれに従う兵士達を皆殺しにかかった。
 まさか自分達がはめられていたとは露程も知らなかった貴族達は、
突然の事態にうろたえているだけで、さしたる抵抗も出来ずに次々
と捕らえられ、殺されていった。
﹁オリンピア、貴様⋮⋮!﹂
ギアス
 謀ったな、とでも言おうとしたのだろうが、強制の効果でその発
言を封じられ、ぱくぱくと口を動かすだけになっている貴族を見て、

507
オリンピアは嘲笑を浮かべた。
﹁違いますよ。私は元々グラン家のことのみを考えていましたので。
それに魔帝国などに忠誠心は持ち合わせていませんから、あなた方
を利用させて頂くことにしたのです﹂
﹁くそ、許してくれ、私は⋮⋮!﹂
 襲ってくる魔導師達に命乞いをしようとしているが、俺達に関す
ることを口走ろうとしても全て途中でキャンセルされている。傍か
ら見ると、酷く滑稽な光景だ。
 こうして城にいた貴族共のうち、何人かは捕らえられ、殆どの者
は殺されてしまった。帝都内でも兵士達が次々と殺されているとい
うことなので、帝都を占領出来るのも時間の問題だろう。
 貴族達が捕らえられている部屋に行くと、そこにはオリンピアの
屋敷で出会った貴族が何人かいた。オリンピアが入っていくと、全
員が血走った目で彼女を睨み付けている。
 そんな視線を意にも介さずに、彼女は貴族達に見下したような視
線を投げかけながら、俺のすぐ傍に近寄ってくる。
﹁ご主人様、上手くいきましたね﹂
﹁ああ、お前の協力のおかげだ。感謝する﹂
﹁嬉しいです、これからもご主人様のためなら何だってしますから
ね﹂
 甘えるように俺の腕に抱きついた彼女を見て、貴族たちも大体の
事情は飲み込めたようだ。だが術式の効果でそれを口に出すことが
出来ず、ただ俺を睨み付けるだけとなっている。

508
 そんな貴族達に見せ付けるように、彼女は俺の首筋を舐め始めた。
どうやら血を見てきたせいで興奮しているようだ。吐く息にも熱が
篭っており、彼女の発情具合がよく分かる。落ち着かせるために一
度イカせてしまおうか。
 そのとき部屋の中に一人の兵士が入ってきた。突然の乱入者に驚
いて、彼女を引き離してしまう。そのせいで彼女の機嫌も悪くなっ
たようだ。急いできたようで息が上がっているが、何か問題でも起
こったのだろうか。
﹁⋮⋮何ですか? 早く報告しなさい。くだらない用事は聞きたく
ありませんよ?﹂
 邪魔をされたのが腹立たしいようで、報告に来た兵士に冷たい言
葉を投げつけている。何時もよりも低い声は、兵士に彼女の機嫌を
分からせるのには十分だったようで、報告をしようと口を動かして
いるのだが、上手く声が出ていない。
﹁こ⋮⋮皇帝、陛下が⋮⋮﹂
﹁皇帝がどうしたのです?﹂
﹁あの⋮⋮帝都から逃げ出したようで⋮⋮﹂
﹁は? ど、どういうことですか!?﹂
 予想外の事態に素っ頓狂な声を上げてしまうオリンピア。確か皇
帝は地下牢に閉じ込めてあるといっていたが、何故そんな場所から
逃げられたのだろうか。
﹁どうやら牢屋内に秘密の通路があったらしく⋮⋮見張りの者が気

509
付いたときには、皇帝陛下は既に逃げ出していたようで⋮⋮﹂
﹁何故常に見張っておかないのですか! 脱出用の通路があること
が分からなくても、誰かの手引きで逃げられる可能性があることぐ
らい分かっているでしょう!﹂
﹁仰る通りです⋮⋮﹂
﹁ああもう、早く跡を追いなさい! 通路を進めばどちらの方角に
逃げたかぐらい分かるでしょう!﹂
﹁は、はいっ、了解しました!﹂
 オリンピアの剣幕に気圧されていた兵士は、すぐに部屋を出て行
った。今から追っても追いつける可能性は低いだろう。だが逃げた
所で軍隊はあらかた潰したし、エヴァーツ家のような親皇帝派の貴
族もスターク公爵達に殺されている。もはや帝国に、抗う力は残っ
ていないだろう。
 貴族達はその辺の魔導師達に任せて、俺達はその牢屋に向かって
みた。
 牢屋の中には人が一人分通れるほどの奥へと続く穴が開いており、
皇帝がここから脱出したことがよく分かる。奥へと進んでいくと、
やがて帝都の外に出た。出入り口は岩で巧妙に隠してあったので、
ここに通路があると知らない人間には分からないだろう。
﹁こちらの方角からすると⋮⋮ネイラー辺境伯の所に逃げたのでし
ょうね﹂
 ここの出口は帝都からは北の方角になる。他の方角にいけば王国
兵がいる可能性があるので、逃げるのなら彼女の言うとおり北にな

510
るのだろう。
 北の方はスターク派の貴族が少なく、逆にエヴァーツ公爵派の貴
族が多くなっている。大体は殺されたらしいのだが、今回の出兵に
参加しなかった貴族もいるので、彼女が言った辺境伯もその一人な
のだろう。
﹁その辺境伯領はそれなりの戦力があるのだろうか?﹂
﹁まさか。あちらは他国からの侵略が殆ど無いので、戦力も殆ど割
かれていませんでした。今回の出兵に参加しなかったのも、戦力が
殆ど無かったからです﹂
﹁そうか、帝王もそれが分かっていながら、本当に仕方なく逃げた
のだろうな⋮⋮﹂
 彼女の言うとおりならばすぐにその辺境伯領も潰せるだろう。た
だ俺の仕事は帝都の占領までだ。皇帝の捕縛は任務外なので、後は
王国の方でやってもらうことにする。
 帝都の入り口に戻ると、既に占領が終わっていたようだ。相変わ
らず平民達には何が起こっているのか理解出来ていないようだが、
こちらが襲ってくることが無いので、ひとまず静観しているといっ
た様子だ。
 これで今回の任務は完了だ。王国軍の指揮官に後を任せて、俺や
他の勇者はひとまず王都に戻ることとなっている。
 オリンピアはここに残ると思っていたのだが、彼女は俺に付いて
くると言い出した。
﹁魔導師団のことはどうするのだ。そのうち王国所属になるだろう
が、師団長がどこかへ行っていいはずがないだろうに﹂

511
﹁大丈夫です。私はただの父の代理ですし、後のことは次代の当主
になる弟に任せてきました。このために弟を帝都に呼び出しました
ので﹂
 まあ確かにグラン家の次代当主は彼女の弟になるのだが、まだ2
0にもなっていない若者だった気がする。そんな奴に後を任せても
いいのだろうか。少し悩んだが、俺の責任ではないので気にしない
ことにした。
﹁それにしても、何故わざわざ手間を掛けてまで王都に来るのだ?﹂
﹁もちろん、ご主人様の側室に入れてもらおうと⋮⋮﹂
﹁は?﹂
﹁え?﹂
 彼女の発言が上手く認識できず、馬鹿みたいな声を出してしまう。
彼女も俺の反応が意外だったようで、同じような反応を返してきた。
﹁そんなことは一言も言った覚えが無いが⋮⋮﹂
﹁そんな、この作戦が終わったなら褒美を下さると仰られたではあ
りませんか!﹂
﹁それだけで側室に入れるなんて解釈は、普通はしないだろう⋮⋮﹂
 何ということだ、まさか彼女がそんなことを思っていたとは全く
思わなかった。彼女の好意が忠誠心だけでは納まっていないのは分

512
かっていたが、褒美を側室迎え入れることだと思うほどに目を曇ら
せていたとは。
 彼女は俺の態度で拒否されたと分かってこの世の終わりのような
表情を浮かべている。目からは涙が溢れて本格的に泣き出しそうだ。
気のせいでなければ剣の柄にも手が掛かっている。
﹁な、何か他に欲しい褒美はないのか?﹂
﹁ならばせめて、奴隷としてでもいいですから、お傍において下さ
い⋮⋮それすら無理なのだとしたら、もはやこの世に生きている意
味はありません⋮⋮﹂
﹁わ、分かった。メイドとしてならおいてやる。側室の話は俺の一
存で決めるわけにはいかないからな﹂
﹁本当ですか!﹂
 俺の返答に涙を止め、一瞬で笑顔となった。何となく騙されたよ
うな気がするが、騙された俺にも責任があるだろうと思い、無理や
り納得することにした。まあメイドとしてなら問題ないだろう。
﹁あ、ヤード様、こんなところにいたのですか。アレク様達が探し
ていましたよ﹂
 声がした方を向くと、フェアリスがこちらへと近付いてきていた。
彼女も今回の戦いでも回復などの後方支援を担当していたので、あ
まり会う機会が無かった。
﹁済まないな、帝都の占領は終わったのか?﹂

513
﹁そのようです。思ったよりも負傷者が少なくて良かったです﹂
﹁そうか、そういえば何の用事だ?﹂
﹁あ、はい、軍の一部を残して王都に帰還するそうなのでその準備
をしておくように、とのことです﹂
﹁ああ、了解した﹂
 準備といってもすることは無いのだが、帝都には王国軍を収容出
来るほどの場所はないのですぐに出発するそうだ。フェアリスに促
されて俺達は王国軍の下に向かおうとした。
 しかし何かが引っかかる。帝王は何故わざわざ勝てる見込みもな
い味方の所へ逃げ込んだのだろうか。俺がそいつの立場ならば、ま
ずはほとぼりが冷めるまで別の隠れ家に潜む。逃げ込む先がばれて
いるなど話にもならない。
 帝王がよほどの馬鹿でない限り、可能性は一つ。そこには王国の
侵攻に対抗できるだけの何かがあるということだ。密かに虎の子の
師団を隠していたとか、帝都にいる王国軍を薙ぎ払うことが出来る
兵器があるとか、そういった類のものである可能性が高い。
 しかしオリンピアもエヴァーツ公も、そういった物を魔帝国が準
備していたとは報告していない。流石にあの二人の目を掻い潜って
帝都にいる王国軍を倒すだけの戦力を保持しているとも思えない。
 となるとやはり帝王は馬鹿だったのだろうか。あるいは突然の事
態に思考停止したまま本能のままに動いているとか。もしくは、こ
の世界のレベルではありえないと思うが、俺に匹敵するだけの術式
を使う奴がいるとかだ。
 そこまで考えて、とりあえずエヴァーツ公にもう一度話を聞いて

514
みようと思い、フェアリスに断ってオリンピアにエヴァーツ公がい
る場所まで案内してもらった。
 エヴァーツ公は帝都での反乱に乗じて、グラン家の地下室に妻や
娘共々放り込んであるということだった。反乱が終わった際に帝国
内の他の貴族に対する見せしめとして使うために、誤って王国兵や
他の者達に殺されないようにするためである。
 部屋に入ると、俺が入ってきたことに気付いた女三人が近づいて
きたが、これを無視してエヴァーツ公へと近寄る。奴は立て続けに
起こる問題にすっかり疲労し、初めて会ったときのような覇気は感
じられなくなっていた。
﹁エヴァーツ公爵、一つ聞きたい。帝王がネイラー辺境伯の領地へ
と向かったが、何か心当たりはあるか?﹂
﹁奴は私達の派閥ではなかった。私も何をしているのかは知らん﹂
サイコメトリー
 微妙な言い方で返してくる奴にじれったさを感じ、記憶閲覧で直
接情報を見ることにした。奴の言うとおり、ネイラー辺境伯に関す
ることは殆ど無かった。ただ気になる点が一つあった。
﹁辺境伯領はあの﹃紅鱗﹄のいた場所に近いのか⋮⋮ドラゴンの住
む領域に近いということは、竜殺し達にも影響力があったと見てい
いのだろう、違うか?﹂
﹁いや、その通りだ。レシアーナへ冒険者を向かわせたのは奴の提
案だった。何人か子飼いの冒険者もいたようだ﹂
﹁となると、冒険者の戦力を当てにしているのか? だがそれでは
流石に数が少なすぎる⋮⋮竜殺しほど実力のある冒険者ならば話は

515
別なのだが⋮⋮﹂
﹁魔帝国で竜殺しを名乗っている者は10人もいない。それもレシ
アーナで半分以上がやられたので、生き残っている可能性があるの
はアドリアナ、オーヴァン、それにシンクレアの3人だけだ﹂
﹁そうか⋮⋮﹂
 聞き覚えのある名前が出てきたが、そのうち一人は死んでいる。
となると残りは多くとも2人、戦力的にはまだ全然足りない。しか
し先ほど言われた名前のうち、もう一人もどこかで聞いたような名
前だ。
﹁⋮⋮オーヴァンというのはどういう人物だ?﹂
﹁さあ、私も顔は見たことが無い。魔法使いとしては一流で、竜殺
しを名乗り始めた最初の一人だ。放浪癖があるとも聞いている﹂
 放浪癖か、あの男も放浪癖があったようなことを言っていたので、
疑いが強くなる。
 ふと気になって、魔力探知を使ってみる。何故そうしたのかは分
からないが、直感的に思ったのだ。
 探ったのはエルの持つ魔道具の反応である。それはつい最近もエ
ルの反応を感じ取った場所にあった。よく考えれば、そこは要塞の
ある辺りではないか。あれから全く動いていないということは、俺
を騙してまでそこで何かをしているということだ。
︵エル、お前、今何をしている?︶
︵⋮⋮やっと気付いてくれましたね。このまま放っておかれたらど

516
うしようかと思っていたところです︶
︵無駄口を叩くな。いいから今何をしているのかを答えろ︶
︵丁度一人目が終わった所なので、今は何もしていませんよ。また
後で二人目を取りに行きますが︶
︵⋮⋮ヴァンに何か吹き込まれたのか?︶
︵まあ彼にも色々と言われましたが、これは私の意志ですよ︶
 やはりヴァンは冒険者のオーヴァンと同一人物と見てもよさそう
だ。とにかく今はエルの暴走を止めなくては。急いで魔法陣を描き、
転移でエルの待つ要塞へと向かった。
第38話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
517
第39話︵前書き︶
この話には残酷な描写が含まれています。
518
第39話
 要塞は一見すると何も起こっていないように見えるが、よく見る
と結界が張ってあるのが分かる。術式を遮断しないことから考える
と、術式の無効化や防御用の物では無さそうだ。一応戦闘用の魔導
障壁を展開しつつ、中へと入った。
 要塞には結構な数の兵士がいた記憶があるが、今は人の気配が殆
ど感じられない。しかし結界に入った瞬間から、絶えず精神感応系
の術式を受けている。幸い全て抵抗しているが、普通の兵士達では
これに耐えられる者はいなかっただろう。
 魔力反応を探りながら進んでいくと大部屋に着いた。魔力反応か
らして、どうやらこの中にエルがいるらしい。
 防御用の術式を多重展開してから扉を開けると、まず目に入って
きたのは大量の人間だ。着ている鎧からして王国兵で間違いない。
おそらく殺されているのだろう、山のように積みあがっている。

519
 その死体の山の前に立っているのは、魔導師用のローブを着た人
間が数人、その中の一人は忘れもしない男だ。着ている服から察す
るに、こいつらは魔帝国の魔導師だ。
 そしてその近くに立っているのは、紛れもなく俺の弟子であるエ
ルだ。彼女は一本の鎖を持っており、それは足元にいるマルガレー
テの首輪に繋がっていた。
﹁遅かったですね、マスター。もう終わってしまいましたよ﹂
﹁私を裏切るような真似をして、どうなるのか分かってのことだろ
うな?﹂
﹁違いますよ、私はマスターをお救いするためにやっているんです﹂
﹁何?﹂
 この凄惨な光景を気にもせず、こちらに艶然と微笑みかけてくる
彼女は、いつもの抜けているイメージとは全く違い、まるで別の人
間に見える。彼女は鎖を持つ手を俺に見せるように胸の高さにまで
持ち上げた。
﹁マスターは素晴らしい力をお持ちですのに、王国なんかの言いな
りになって働いているのは理不尽です。それはマスターの力を利用
しようという王家の算段があるからなのです。くだらない地位と色
仕掛けでマスターを逆らわないようにしているのならば、私がそい
つらを全員殺して、マスターを救い出せばいいと気が付いたのです﹂
﹁何を言っている、私が王国のために動いているのは、自分なりに
算段があってのことだ。お前に心配される必要など無い﹂

520
﹁そうでしょうか? ナタリアを連れてきたことと言い、ソフィア
王女との結婚と言い、そんな面倒なことは以前のマスターならばし
なかったはずです。マスターも気付かない間に牙を抜かれているの
ですよ﹂
﹁それが裏切りの理由か?﹂
﹁ええ、ですからまずはマスターに失礼を働いたこの女に、自分の
立場を分からせてあげました﹂
 エルが鎖を引っ張ると、マルガレーテはのろのろと立ち上がった。
暴行を受けたのか、裸の全身には痛々しい痕が残っており、彼女の
持つ毅然とした雰囲気は微塵も無く、まるで罰を恐れる子供のよう
に落ち着き無く視線を彷徨わせていた。
﹁ほら、マスターに謝れ﹂
 エルがエルフ語訛りのある王国語でそういうと、マルガレーテは
ビクッと身体を震わせて、ゆっくりと前に出てきた。目には恐怖の
色しか浮かんでいないが、何とか笑顔を浮かべようとして引きつっ
た笑いになってしまっている顔でこちらを見てくる。
﹁ヤード様、申し訳ありませんでした。分を弁えず愚かな態度を取
ってしまっていたことを深くお詫び申し上げます。お詫びに⋮⋮﹂
 そこまで言った彼女は、俺に背を向けて床にうつ伏せになると、
こちらの方に尻を突き上げ、両手で秘部が見えるように割れ目を広
げた。

521
﹁⋮⋮お詫びに、この身体をご自由にお使い下さい。今まで貴方様
を侮辱した罪を、好きなだけ吐き出して下さい⋮⋮﹂
﹁⋮⋮止めろ、マルガレーテ殿。そんなことをする必要はない﹂
 平静を装っていたが、内心では彼女の行為に驚いている。彼女は
割と折れやすいのは知っていたが、元々気位が高い彼女にここまで
させるとは、エルは一体どんな非道なことをしたのだろうか。
 エルは彼女の行為が気に入らなかったのか、険しい表情を浮かべ
て彼女に近づき、顔を蹴り飛ばした。口の中が切れたのか、血が混
じった咳をしている。
﹁⋮⋮謝罪がなっていません。あなたの姉のように、もっとヤード
様に媚を売ったらどうですか?﹂
﹁ご、ごめんなさい! 今度はちゃんとやりますから、お許しを!﹂
 エルの足元に縋りつき必死に許しを乞うているマルガレーテの姿
は、見るに耐えない。俺が二人に近づこうとすると、俺より先に魔
導師達が前に出てきた。その中の一人、ヴァンがエルに近づいてい
った。
﹁エルマイアさん、これ以上はまた後にしてくれませんか? 先に
あなたの師匠と話をつけたいんですよ﹂
﹁ああ、そうですね。こんな女のことよりもそっちの方が大切でし
た﹂
 ヴァンは俺の方を向くと、薄気味悪い笑みを浮かべてきた。こい
つの記憶は以前読んだはずなのだが、そのときは魔帝国の冒険者だ

522
という記憶は無かった。俺はそのときから騙されていたというわけ
だ。
﹁やあ、お久しぶりです。元気でしたか?﹂
﹁挨拶は結構だ。貴様は確かに魔帝国とは関係が無かったはずだが
?﹂
﹁ああ、洞窟や砦のときですか? 私の得意な魔法の中に、偽の記
憶を作り出す魔法がありましてね。記憶を探られたことはありませ
んでしたが、念のために掛けているのですよ。まさか役に立つとは
思いませんでしたが﹂
﹁その偽情報を読み取ってしまったわけか⋮⋮次からは注意するこ
とにしよう。私を謀った対価は高くつくぞ?﹂
﹁まあまあ、そんなに険悪な態度を取らなくてもいいでしょう? 
あなたの魔法使いとしての腕は超一流だ、とエルマイアさんから聞
いています。どうでしょう、こちらに付いてくれれば、王国よりも
高待遇をすることをお約束しますよ?﹂
﹁間に合っている。言いたいことはそれだけか? ならばすぐに殺
してやろう﹂
﹁そう焦らずに⋮⋮こちらも時間を稼がなくてはいけませんので﹂
﹁そうか、やはり軍の一部を辺境伯領に入れていたのか﹂
﹁ええ、エルマイアさんが転移を使えるので、貴族達にもばれずに
移すことが出来ました﹂

523
 オリンピアが帝都の兵数が少なかったと言っていたが、どうやら
辺境伯領に移していたせいだったらしい。帝王が逃げていったのも、
そこに切り札となる部隊があることが分かっていたからか。
﹁私の足止めをしても、他の勇者達がいるぞ?﹂
﹁冗談が上手いですね。他の勇者を合わせても、あなたの足元にも
及ばないことは分かっていますよ。あの﹃紅鱗﹄を倒したのも本当
はあなたの魔法なんでしょう?﹂
﹁お前に教える筋合いは無い﹂
﹁いやはや、何とも好戦的な人ですね。エルマイアさんの言うとお
り、対策をして正解でしたよ﹂
 何、と声を上げる暇も無く、部屋全体に結界が張り巡らされた。
要塞に張ってある結界とは別のもののようだ。試しに念話を発動し
ようとしてみるが術式自体が不発に終わったので、無効化結界の類
だと分かる。
﹁この結界はエルマイアさんが作り上げた、あなたの術式のみを封
じる特製の結界です。無駄な抵抗は止めた方がいいですよ?﹂
﹁ほう、それはまた無駄なものを作ったな。私にしか効かない術式
になど何の意味があるのだ?﹂
﹁強がらなくても良いですよ。魔法を使えない魔導師など、兵士よ
りも劣った存在です。この人数を相手にして勝つことは不可能でし
ょう﹂

524
 ヴァンは自分が作ったかのように自慢げに話してくる。エルの方
を見ると肩をすくめてきたので、彼女としてはこの術式はたいした
ことが無いと思っているのだろう。俺も同意見だ。
﹁さあ、ウェルナー伯爵。勧誘はこれで最後です。こちらに付く気
はありませんか?﹂
﹁断る、王都には私の帰りを待っている者がいるのだ﹂
﹁そうですか、残念です⋮⋮殺れ!﹂
 奴の号令で一斉に術式を詠唱し始めた魔導師達。今は魔導結界が
切れている状態なので、これだけの術式を受けたら無事では済まな
いだろう。奴らも勝利を確信したように笑みを浮かべている。
 しかしそんな事態には既に対処策を作ってある。俺は懐にしまっ
ておいた魔道具を取り出した。見た目は魔石のように澄んだ直径5
センチほどの球体に見えるが、これは魔石ではない。
 奴らは俺が取り出した物を警戒していたようだが、出したものが
ただの魔石に見えたのか、嘲笑したような声を洩らしている。それ
を意に介さずに、俺は魔道具を起動した。
 その瞬間、エルとマルガレーテを除き、全員の手足が吹き飛んだ。
足を無くして次々と床に叩きつけられる魔導師達。一体自分の身に
何が起きているのか分かっていないようで、無い手足を使って起き
上がろうとしている。
 一拍置いて傷口に感じる激痛と噴出す血で手足がなくなったこと
に気付いた彼らは、自分の手足を捜して半狂乱になって騒いでいる。
 エルは突然の出来事に硬直し、マルガレーテはその光景を見て意
識を手放してしまった。

525
ディスメンバー
 今彼らの手足を吹き飛ばした術式は、その名の通り四肢切断とい
うものだ。効果は対象の手足を吹き飛ばすだけなのだが、効果範囲
と対象選択が割と自由に出来るので、無差別攻撃ではない。
﹁い、一体何をした! お前の魔法は封じられているはずだろう!
?﹂
 傷口に回復術式を使っているヴァンが、痛みを堪えてこちらに向
かって叫んできた。傷口は完全に塞がってはいないが、血が出てい
ないところを見ると止血は出来ているようだ。
﹁簡単だ。私が術式を使えないのなら、別の者に使ってもらえばい
いのだ﹂
 俺が使用した魔道具は、まだ名前の付いていない新作だ。材料は
魔術師の脳で、術式を司る部分を切り取って魔石と融合させた物だ。
 使用方法はこれに魔力を流すだけ。球の中は一種の魔法陣となっ
ており、あらかじめ仕込んでおいた術式が勝手に起動するというわ
けだ。他の魔道具と違う点は、発動する者が俺ではなく、この魔道
具の材料に使われた人物であると言うことだ。
 ちなみに材料の脳は、エルを拾ったときにいたダークエルフのも
のだ。今まで仕舞っていたのを忘れていたので引っ張り出して作っ
てみたのだが、まさか役に立つとは思っていなかった。
 結界を張る人間がいなくなったので、部屋に張り巡らされていた
結界も解除される。魔導障壁が再び展開したのを確認して、床に転
フィアー
がっている魔導師達に恐怖を使って気絶させていき、最後に残った
ヴァンへと近づいていく。
 奴は俺が近づいていくと、俺から逃げようと無様に身体をくねら
せている。足で踏みつけ押さえ込むと、面白い声を上げた。

526
﹁ゆ、許して、何でもするから!﹂
﹁安心しろ、命まではとらない。このままの姿で残りの生を楽しめ﹂
﹁そ、そんな⋮⋮﹂
﹁ああ、後これはサービスだ﹂
マナセイズ
 魔力掌握を使って、奴の魔力をゼロにする。一流という割には魔
力量が少ないが、これで奴の魔導師としてのレベルは一般人以下と
なった。奴にもそのことが分かったのだろう。絶望した表情でこち
らを見てくる。
フィアー
 奴を恐怖で気絶させたあと、エルの方へと向きなおる。既に硬直
が解けて余裕を取り戻した表情になっている。
ディスメンバー
 彼女にも四肢切断の効果は発動しているはずなのだが、術式抵抗
で軽減されたようだ。一応肩や足の付け根が赤く染まっているが、
彼女が痛がっていない以上、少し切れている程度の傷だろう。
﹁流石はマスターです。まさかそんな手を使ってくるとは思いもし
ませんでした﹂
﹁私の弟子ならば、それぐらいは思いついて欲しいものだな﹂
﹁もういいんです、マスターを私のものにすれば、そんな必要もな
くなります﹂
﹁ほう、私に勝つつもりなのか?﹂
﹁ええ、そのつもりですよ。マスターをあの女共から解放するため

527
ですから﹂
 しばらく会っていなかったが、かなり性格が歪んでいる気がする。
ヴァンに精神を弄られた可能性もあるな。もともとエルフは発情し
たら割と手が付けられない感じになっていたが、彼女はそれを抑え
られるほどに高い精神力があったはずだからな。
﹁ああ、そうだ。これは先にお返ししておきます。この後の戦いに
は邪魔ですから﹂
 エルはマルガレーテを持ち上げて、こちらに投げてきた。術式で
肉体強化をしているのだろうか。
メジャーヒール
 彼女を受け止め、上級治癒を掛けてやる。全身の傷が治り、血色
が良くなったのを見て一安心する。いかに不仲とはいえ、彼女は義
妹だから、一応心配はしていたのだ。
 すぐに目を覚ました彼女は、俺が抱えているのに気付いたようだ。
恥ずかしがってすぐに降りると思っていたのだが、涙を湛えてこち
らに抱きついてきた。顔立ちはソフィに良く似ているので、裸で抱
きつかれると流石にまずい気持ちになってくる。
﹁落ち着いてくれ、まだ敵が残っているのだ﹂
﹁⋮⋮お義兄様、有り難うございます﹂
﹁⋮⋮ああ、大変だったな。さあ、巻き込まれないよう、出来るだ
けこの部屋から離れてくれ﹂
﹁はい、お気を付け下さい﹂
 彼女の頭を撫でて、ローブを脱いで着せてやる。まだ少し震えて

528
いるが、エルの相手をしなくてはならないので、部屋の外に出させ
る。
﹁随分と優しいですね。あの女のことは嫌っていると思っていまし
たが﹂
﹁仲が悪いのは事実だが、あれほどの仕打ちを受けた身内を放って
おく奴はいないだろう﹂
﹁そういう考えが付け込まれる隙なのです。どいつもこいつも、マ
スターの同情心を利用しているだけなのですよ?﹂
﹁お前がそれを言うとは思わなかったが、まあいい。もう御託は十
分だろう? 私を屈服させたいならば手加減はいらん、全力で来い﹂
﹁ええ、もちろんそのつもりです。今救い出してあげますからね、
マスター﹂
 どの方向にでも動けるように構えるエルに対し、こちらも戦闘態
勢を取る。まさか裏切った弟子と戦う破目になるとは思わなかった
が、久々に力を振るうことが出来る相手だ。こちらもそれなりに本
気で行かせてもらおう。
529
第39話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
530
第40話︵前書き︶
本日1つ目の投稿です。この後少し時間をおいて次話投稿します。
531
第40話
 エルは死体の山を後ろに、妙に余裕のある態度で立っている。そ
ディスメンバー
ういえば先ほども四肢切断が効かなかったし、どうやら随分と魔力
をあげているようだ。最後にあった段階ではまだまだといった感じ
だったので、考えられる可能性は一つだ。
﹁エル、お前、王国兵達の魔力を奪ったな?﹂
 俺の言葉に笑みを深めて、まるでクイズの正解に喜ぶ子供のよう
な振る舞いをしている。
﹁その通りです。マスターと戦うには少々魔力が足らなかったので、
その分を補わせてもらいました﹂

532
﹁俺がそれを非難する権利はないな。しかし、魔力を取られた奴ら
には同情しよう。彼らの才能を奪ってまで手に入れた力が、全く役
に立たないものであることが分かるのは、とても虚しいことだな﹂
﹁自信があるようですが、以前の私とは違いますよ﹂
﹁そんなことは分かっている。それでもなおお前と俺との実力には
未だ大きな隔たりがあると言うことを言いたかっただけだ﹂
﹁そこまで言われては仕方ないです。私もただ無為に時を過ごして
いたわけではないことをお見せしましょう﹂
 エルは懐から紙を取り出した。それは魔法陣をあらかじめ書き込
んであり、魔力を流すだけで術式が発動するようになっている。そ
れを何枚も仕込んでいたらしい。
 大量に展開したそれに一斉に魔力を流し込むと、次々と魔法陣が
起動していく。どれもこれも並の魔術師ならば即死してしまう威力
の術式が襲い掛かってくるが、俺の魔導障壁を貫通できる物はなか
ったようだ。
﹁どうした、これならばエレインの方がよほど強いと思うが?﹂
﹁余裕を見せている所悪いですが、まだ終わってませんよ﹂
 彼女の言葉に促されて周りを確認すると、氷や岩や酸で削られた
床に巨大な魔法陣が描かれている。よほどこの戦術を気に入ったら
しいな。
 エルが魔法陣を起動した。その瞬間、魔導障壁が次々と貫通され、
グラビティ
身体に圧倒的な負荷が掛かった。これは超重力のようだ。術式抵抗

533
でかなり緩和されているが、身体に掛かる負荷は相当なものだ。本
来ならば数千倍の重力で敵を押しつぶす術式だからな。
﹁どうしました、ご主人様? もっと余裕を見せて下さいよ﹂
﹁そう⋮⋮かっ、そんなに、見たいなら⋮⋮見せて、やるっ﹂
 何とか身体の負荷に耐え、即行で魔法陣を描いて起動する。術式
が発動した途端、エルが俺と同じように姿勢を崩し、床に倒れそう
ジョイント
になっている。今やったのは共有という術式で、術者が受けている
術式の効果を対象と当分するというものだ。ちなみに相手に掛かっ
ている術式の影響は受けない。
 俺に掛かる負荷が半分になり、術式抵抗で普通に立つことが出来
るまでになった。それに対して俺ほど術式抵抗が高くない彼女は、
今にも倒れそうになるのを精一杯堪えていた。
﹁どうだ、自分の術式の威力は分かったか?﹂
﹁ええ⋮⋮っ、有り難っ、ござい、ます⋮⋮﹂
 彼女は精一杯の力を出して何かの魔道具を取り出して使うと、彼
グラビティ
女に掛かっていた術式の効果が全て消えた。超重力はまだしも、俺
ジョイント
の共有も解除されてしまったことには少し驚きだ。
 魔道具の見た目は首飾りのようなものだ。それを首につけた彼女
は、重力から開放された身体を伸ばしている。俺の術式の影響を逃
れるとは、相当に出力の高い魔道具のようだ。
﹁あ、これですか? これは私特製の魔道具ですよ。材料はエルフ
の脳を数十体分使っているんです。効果は装着者に対する術式の無
効化です。レシアーナでマスターの結界を維持していたときに閃き

534
ました﹂
﹁その魔導に対する姿勢は素晴らしい。裏切らなければいい弟子で
あったというのにな﹂
﹁それはマスターを汚い人間から助け出すためですよ﹂
 くだらない会話を投げ合っているが、お互い相手が動き出すタイ
ミングを見計らっている。この世界では始めてそれなりの魔導師同
士の戦いなので、俺も少し楽しんでいる気があるな。
 先に動き出したのはエルの方からだった。こちらに向かって大量
アイススタチュー
の氷像を撃ってくる。全て俺の魔導障壁で防がれているが、一瞬視
ディープミスト
界が塞がれる。その隙に彼女は濃霧を使い、部屋を霧で満たして姿
を潜めた。
 魔力探知を使ってみるが、認識阻害用の術式を使っているのか、
ガストウィンド
全く反応がない。それならば、爆突風を使って部屋の霧を一気に掃
ったが、部屋の中に彼女の姿が見えなかった。
 部屋を出て行ったのかと思って扉の方を振り向いた瞬間、後ろか
ら気配を感じ、咄嗟に飛び退いて床を転がった。一瞬の後、俺が立
っていた場所を何本もの氷の槍が通り過ぎていった。
 飛んできた方を確認すると、彼女は身体の半分を床から出し、も
う半分は床の中に沈んでいた。どうやら何かの影の中に潜むことの
パラライズ
出来る術式らしい。麻痺を発動したが、直撃する前に影の中に沈み
込んでしまった。
﹁また変わった術式だな。それはあいつに教わったのか?﹂
 声を掛けてみたが返事はない。影の中まで声は聞こえないのだろ
うか。しかしこれでは彼女の位置が分からない。流石に逃げること

535
はないだろうが、このままこうしているだけでも時間が過ぎていく。
早くこの状況を何とかして王都へと向かわなくてはいけないという
のに。
ライト
 仕方なく捨て身の策を使うことにした。まずは光を発動する。眩
い光を放つ光源が現れ、彼女が潜んだ影を消す。これであそこから
は出て来られなくなった。そうやって次々と影を消していき、床に
影が現れないようにした。
﹁さあ、どう出てくる?﹂
 あえて彼女の出口を作るように、一つだけ影を残しておいた。影
の中から飛び出してきた瞬間に術式を撃つつもりだ。そこに近づい
て構えようとする。
 その瞬間、俺の足元に出来た影から彼女が飛び出して、そのまま
氷の槍を突き刺してきた。俺はギリギリで回避することが出来ずに、
少しばかり腹を抉られてしまった。しかし俺もお返しに一つの術式
を叩き込んだ。
 彼女は刺した後に急いで距離をとると、腹を押さえて回復術式を
使っているこちらの様子を見ていた。その表情には勝利を確信した
かの様な余裕が満ちている。苦し紛れに撃った術式は抵抗されたの
か、彼女は平然としていた。
﹁残念ですね、マスター。今撃ち込んだ槍には毒が使ってあります。
解毒しようにもかなりの時間が掛かるでしょうね﹂
﹁それまでにお前を倒せばいいだけだ﹂

536
﹁その間影に隠れておけばいいだけですよ? もちろん影の中から
でもそちらは認識できますので、回復の隙などあげませんけどね。
降参するなら今ですよ?﹂
﹁⋮⋮っ、逃がすと思っていたのか!﹂
 術式を発動しようとすると、俄かに傷口が蠢いた。あまりの激痛
に術式の行使を止めてしまい、その場に蹲る。毒以外にも何か妙な
ものを撃ち込まれたことに気が付いたが、既に遅かった。
﹁あまり術式は使わないほうが良いですよ? 今マスターの傷口に
は珍しい毒が付いていますから﹂
﹁くっ⋮⋮一体何を盛ったんだ⋮⋮﹂
﹁魔帝国のとある地方で、魔獣の身体から見つかったものです。身
体に入ると魔力に反応して活性化するそうで、術式を使うと身体に
妙な出来物が出来るそうです。術式に使用した魔力も奪ってしまう
ので、術式を発動することも出来ません﹂
 彼女の言葉を聞いて急いで傷口を見ると、確かに傷口の周りに奇
妙な出来物がある。普通の毒ではこんなものは出来ないので、彼女
の言うとおり、確かにその毒を撃ち込まれている。
 傷口も次第に痛みを増し、呼吸が荒くなってくる。魔力を食われ
たせいで、魔導障壁も解除され、術式抵抗も殆どなくなっている。
彼女はそんな姿を見て、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
﹁戦闘経験のあまりないマスターでは、あまりこういった搦め手は
予想していなかったようですね。どうします、大体10分ほどで死
に至るそうですけど、まだ続けますか?﹂

537
﹁⋮⋮﹂
 彼女の質問にも答える余裕がない。毒の傷みもそうだが、彼女の
提案を受けるということは、彼女に支配されるということだ。しか
し術式を使えない今の状態では、彼女の提案を受けなければ間違い
なく死ぬ。
 どちらを選ぶのが正解か、判断に迷っていと、彼女が顔を近づけ
てきた。絶好の好機に攻撃をしようとしたが、一緒に撃ち込まれた
麻痺毒のせいで、思うように身体が動かない。
ガイドポスト
 彼女が思考誘導を掛けた。途端に思考が散漫として、心もとない
ような精神状態になる。
﹁マスター、もういいでしょう? マスターは頑張りました。後は
私に任せて下さい。私と一緒に誰も来ない静かな場所で暮らしまし
ょう﹂
﹁だが、それは⋮⋮﹂
﹁王国のことなんて放っておけばいいのです。マスターは無理やり
呼び出されたのですから、王国に従う必要もないのですよ?﹂
﹁そ、そうなのだろうか⋮⋮?﹂
﹁そうです。私がマスターをお救いしますから、もう降参して下さ
い。王国や魔帝国、それにマスターを利用しようとする全てから、
私がお守りいたしますよ﹂
﹁ああ、エル、有り難う⋮⋮降参しよう﹂

538
 負けを認める言葉を聞いた彼女は、何処からともなく取り出した
ドミネイト
指輪を指にはめ、そして支配を発動した。
 記憶を書き換えられる恐怖は一瞬で消え去り、彼女への信頼と愛
情が湧き出てくる。その声も、顔も、その他彼女の全てが愛おしく
感じるようになった。
﹁出来ました。マスター、気分はどうですか?﹂
﹁⋮⋮ああ、私は実に馬鹿だった。近くにこんな愛おしい女性がい
るのに気が付かなかったとは⋮⋮﹂
﹁大丈夫ですよ、マスターは王国の奴らに騙されていただけなんで
すから﹂
﹁有り難う、エル⋮⋮﹂
 彼女と見つめあい、自然と顔が近づいていく。そしてその可憐な
唇に吸い寄せられるように口付けた。彼女が舌を出してきたら、そ
れに舌を絡めてお互い貪りあうように激しく求め合い、彼女を抱き
しめてお互いの境界がなくなるような錯覚を感じるほどに彼女の口
付けを堪能した。
﹁マスターは積極的なんですね。私も蕩けそうになっちゃいました
よ﹂
﹁喜んでもらえたなら嬉しいことだ。お前の望みなら何でも叶えて
やるぞ﹂
﹁そうですか? じゃあ⋮⋮マスターと子作りしたいです⋮⋮﹂

539
 恥ずかしそうに顔を赤く染めながら言っている彼女の姿を見て、
求められている幸せと彼女を抱けるという幸福に、圧倒的な興奮が
押し寄せて、今にも彼女を押し倒したくなる。
 以前要塞にいたときに使っていた部屋へと転移する。そこはまだ
ベッドがちゃんと残っており、綺麗に掃除もされていた。
﹁ここは⋮⋮?﹂
﹁以前私達が使っていた部屋だ。かつての私は、愚かにもお前の望
みを無碍にしてしまったが、もうそんな過ちは犯さない。ここでも
う一度やり直そう﹂
﹁マスター⋮⋮嬉しいです﹂
 瞳を潤ませて応える彼女をベッドに寝かせると、首筋に優しくキ
スをしてやる。口を付ける度に甘い声を出す彼女に応えるように、
思いをぶつけるように何度も口付けをしてやる。
﹁ま、マスター⋮⋮私もマスターに喜んでもらいたいです⋮⋮﹂
﹁エル⋮⋮愛しているぞ﹂
 彼女は上半身を起こして服を脱ぎ始めた。お互いに服を全て脱ぎ、
裸になった。
 彼女の方を見ると、あまりの美しさに息を飲んだ。芸術的とも言
える褐色の肌は僅かに紅潮しており、興奮のためか僅かに汗が滲ん
でいる。その胸の大きさも、腰つきも、尻の形も、全てが誘惑して
くるような色気を放っており、今にでも飛び掛りそうだ。
 ベッドに横になり、彼女の尻がこちらの頭に来るように四つん這
いにさせた。この体勢では彼女の陰部が丸見えだ。彼女も恥ずかし

540
そうに身体を揺らしているが、それが誘っているような動きにしか
見えない。
﹁マスター、ご奉仕させてもらいますね。ん⋮⋮﹂
 肉棒に彼女の熱い吐息が当たったかと思うと、彼女の舌が触れた。
彼女は初めてにも拘らず、まるで娼婦のように舌を蠢かせ、肉棒の
隅々までを舐め上げている。時に口の中に入れて唇を使って扱き、
また時には陰嚢を揉んで刺激してくる。
 あまりの快楽にすぐに出そうになるが、何とか堪えて彼女の股間
へと顔を埋める。発情した女の匂いがいっぱいに広がり、肉棒がさ
らに硬くなる。
﹁んっ! マスター、そこ気持ちいいですっ!﹂
 クリトリスを舐めてやると少し奉仕の動きが鈍くなった。感じて
くれているのは分かったので、そこを集中的に攻めてやる。舌で押
しつぶし、弾くように舐め、時には軽く吸ってやる。
 彼女はこちらの舌の動きに合わせて奉仕してくる。彼女と一体感
を感じて嬉しさがこみ上げてくるのと共に、さらに彼女を喜ばせた
いという欲求が湧いてくる。
 指でクリトリスを弄りつつ、彼女の割れ目に舌を差込み、出てく
る愛液を舐め取ってやる。他の女ではあまりいい物ではなかったが、
彼女の愛液はまるで甘露のように甘く感じる。彼女の匂いも強く香
ってくるので、一滴も洩らさないように舐め摂る。
 彼女は恥ずかしがると思ったのだが、肉棒の先端から出ている汁
を舐め摂るのに夢中らしく、幼子のように吸い付いて飲んでいる。
 こうやって二人の体液をお互いの身体の中に入れているのを思う
と、興奮が高まってくる。そのままお互いの性器を舐めあい、口を
ベタベタに汚して求め合った。

541
﹁マスター、そろそろ⋮⋮﹂
﹁ああ、分かった﹂
 エルをベッドに寝かせ、彼女の膣穴に肉棒を当てる。こちらを安
心させるように微笑んでいる彼女。無理をしていないかと心配にな
るが、彼女はこちらの心を見透かすように首を振った。
﹁エル、入れるぞ﹂
﹁はい、私の初めて、もらって下さい⋮⋮﹂
 腰を突き入れると膜を破るような感覚がして、奥まで一気に突き
刺さった。痛みを堪えている彼女に気遣って、一時腰の動きを止め
る。彼女は深呼吸をして痛みを紛らわそうとしている。
﹁⋮⋮もう大丈夫です。動いてください﹂
﹁そうか、辛かったら言ってくれ﹂
 ゆっくりと腰を動かしてみるが、あまり痛みを感じていないよう
なので、少し速度を上げて見る。彼女の顔に浮かんでいるのは痛み
ではなく快楽の表情だった。
﹁初めては、痛いと思ってましたけど、んっ、気持ちいいですっ!﹂
﹁そうか、それなら幸いだ﹂
 彼女は初めてなのに、膣内はもう男の物を搾り取るような動きを

542
見せている。今まで感じたことのない名器の味に酔いしれ、彼女に
抱きついて激しく突きこんでいく。
 彼女もそんな動きで感じており、舌を突き出して快楽に喘いでい
る。思わず舌にしゃぶりつき、口で彼女の舌を扱いてやる。
 荒い息遣いを感じながら、彼女と一つになって一心不乱に腰を振
る。彼女と擦れあった肌さえも感じるようになり、お互いの全身を
絡め合うように抱き合い、全身で快楽を貪った。
 彼女も子作りの準備が出来たのか、子宮が降りてきており、子宮
口に先端が当たっているのを感じる。それに応えるように彼女の中
も肉棒を締め付け、奥へと導くような動きを見せている。
﹁くっ、エル、もうそろそろ限界だ!﹂
﹁はいっ、私もっ、あんっ! 私ももうイキそうですっ!﹂
﹁出すぞ! お前の中に私の子種を注ぎこんで孕ませてやる!﹂
﹁来て、マスターの子種で私の中をいっぱいにして、妊娠させてぇ
!﹂
 彼女の奥に突きこんで思い切り射精する。ドクドクと濃い精液が
彼女の膣内を満たしていくのを感じながら、彼女の搾り取るような
膣の蠕動を味わっている。
 不意に下腹部に暖かいものを感じたのでそちらを見てみると、彼
女が漏らしていた。絶頂で漏らしてしまったのか、恥ずかしそうに
顔を押さえている。そこまで感じてくれていたことに嬉しさは感じ
るが、全く嫌悪感は感じない。
 絶頂の余韻に浸っている彼女を抱きしめて、彼女の身体を撫でる。
艶やかな肌は撫でているだけで興奮を煽り、出したばかりの肉棒に
また血が滾ってくるのを感じる。

543
﹁あ、マスターの硬くなってきました﹂
﹁エルの身体が魅力的だからな﹂
﹁もう、仕方ないですね。それなら、気が済むまで出してください
ね﹂
 耳ざわりのいい声を近くで囁かれ、肉棒を抜かずに再び彼女の中
を掻き回そうとした時、突然世界が止まった。
﹁え?﹂
﹃そこまでだ。いい夢は見られたか?﹄
 戸惑うエルの声と俺の声だけが響く中、空間が剥がれ落ちるかの
ように世界が壊れた。
544
第40話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
545
第41話︵前書き︶
本日2つ目の投稿です。前の話を読んでいない方はご注意下さい。
一応最終話となります。
546
第41話
 エルは現在大広間で倒れている。丁度俺がエルに刺された辺りだ。
彼女は俺の術式を受けて、眠ったように夢を見ている。
 エルに刺された瞬間、術式を直接作用させるために彼女に触れ、
ファンタジックトランス
俺は夢幻を放った。その結果が今の彼女の姿だ。
ファンタジックトランス スリープ
 夢幻は対象に夢を見せる術式だ。睡眠とは違い、対象は眠るので
はなく、術者が作り出した夢の中に意識を跳ばされている。そのた
ディスペル
め自然に目覚めることはなく、術式消去や術者が解除するまでこの
ままである。
 彼女が倒れている間に他の用事を済ませてきた所だ。周りにはま
だ兵士の死体も残っているし、四肢を失っている魔導師達もいる。
 俺が術式を解除すると、エルは目を覚まして辺りを確認した。突
然景色が変わったのだから当然の反応である。

547
 そして自分が拘束されていることに気付き、さらに俺がすぐ近く
に立っていることにも気付いた。俺に気付いた彼女は、途端に安心
したように表情を緩ませた。しかし、自分の意に沿わない行為をさ
れたので、すぐに怒ったような表情を浮かべた。
﹁マスター、これは一体どういうことですか? こういった趣向は
あまり好きではありませんけど﹂
﹁そうか。いつまでも夢心地でいないで、少しは現実を直視したら
どうだ?﹂
﹁何を言ってるのか分かりませんよ。それより早く続きをしましょ
う?﹂
﹁そうか、ならばこれでどうだ?﹂
﹁え?﹂
 夢の出来事と現実の区別が付いていないのか、俺と夢の続きをし
ようと誘ってくる彼女に、現実だということを分からせるため腹を
蹴った。身体をくの字に折り曲げて転がる彼女の顔には、何が起こ
っているのか分からないという表情がありありと浮かんでいる。
 それでも俺に蹴られたことは分かったようで、俺をにらみつけて
術式を発動しようとした。しかし、その術式は発動せず、再び彼女
は驚愕の表情を浮かべていた。
﹁な、何で?﹂
﹁お前の術式は封印させてもらったし、ついでに暴れないよう手足

548
を拘束しておいた。いいかげんにこれが現実だと認識しろ﹂
﹁あ、もしかして⋮⋮マスターはそういう趣味があるんですね?﹂
﹁それはお前の都合のいいように作った夢だ。お前は俺の術式を受
けて、今までここで倒れていたのだ﹂
﹁ふふ、そういう設定なんですね、分かりました。抵抗はした方が
いいですか?﹂
キャンセラレイション
 彼女は俺の言葉に全く耳を貸そうとしない。試しに解呪を使った
が意味はなかった。俺と結ばれた夢を見て、現実に帰って来られな
くなったようだ。こうなってはもはや術式で治療出来る範疇にない。
狂った精神は今の俺では治すことが出来ないのだ。
 元々は優秀だっただけに、彼女がこうなってしまったのは残念だ。
初めから俺に懐いていたので放っておいたが、こうなるのなら彼女
も記憶の操作をしておくべきだった。
﹁どうしたんですか、マスター? 今なら襲い放題ですよ?﹂
﹁ああ、そうだな。そうさせてもらおう﹂
 兵士の一人から剣を抜き、彼女へと狙いを定める。ここまでして
も彼女は遊びの一環だとでも思っているようで、全く動じていない
どころか、馬鹿な者を見るような目で俺のことを見ている。
﹁あの、マスター⋮⋮それは流石に死んじゃいますよ?﹂
﹁何か問題があるのか?﹂

549
﹁あ、なるほど。後で生き返らせてくれるんですね﹂
﹁いや、そんなつもりは毛頭ないが?﹂
﹁あはは、冗談ですよね? あんまり調子に乗ってると、後で虐め
ちゃいますよ?﹂
 彼女は未だ俺を支配していると勘違いしているので、俺に命令を
すれば止めてくれると思っているようだ。
 彼女のすぐ傍に剣を振り下ろす。彼女の頬を浅く切って地面にぶ
つかり高い金属音を鳴らした。傷口から血が流れ、その痛みでやっ
と彼女も現状を理解したようだ。俺を見る視線に恐怖の色が混じっ
ている。
﹁ま、マスター⋮⋮? どうしちゃったんですか? 私のことが嫌
いになったんですか?﹂
﹁どうもしていない。どうかしているのはお前の方だ、エル﹂
﹁何か気に障ることでもあったんですか? 直しますから教えてく
ださい﹂
﹁もう治すことは出来ないのだ。一度狂った心は元には戻らない﹂
﹁愛しています、マスター。マスターも私のことを愛してくれます
よね?﹂
﹁ああ、愛しているぞ。弟子としてだがな﹂
﹁え?﹂

550
 完全に動きの止まったエルを見ながら、剣を下ろして彼女の傍に
座った。彼女は信じられないものを見るような目でこちらを見てく
るが、構わず話を続ける。
﹁私個人としては、裏切ったお前を助けても構わないと思っている。
相応の償いは受けてもらうが、私にも責任の一端はあったと考えて
いるからだ。しかし私が許しても、お前は魔帝国の手引きをしてこ
の要塞で王国兵を殺し、王国を裏切った事実は変わらない。お前は
既に立派な反逆者だ﹂
﹁違います、私はマスターを助けようとしただけで⋮⋮﹂
﹁違わない。この要塞の兵は全滅、いくつかの町も襲われて壊滅状
態だ。これを引き起こしたお前は、もはやこの王国内に居場所はな
い。俺としても、そんなお前を匿うような危険は冒せない﹂
﹁だから一緒に王国を出ましょう? 王国から離れた遠い所で、一
緒に暮らせばいいじゃないですか﹂
﹁生憎、私にはソフィやティアやナタリアがいる。お前を選ぶこと
はない﹂
 ソフィ達の名前を聞いた瞬間、彼女の表情が一気に怒りに満ちた
ものへと変わり、拘束が振りほどけそうなほど激しく暴れ始めた。
﹁何で、そんな奴らは放っておけばいいじゃありませんか! マス
ターは私と一緒に来るんです!﹂
﹁私はお前の物ではない。お前か彼女達かを選べと言われれば、当

551
然彼女達を選ぶ﹂
﹁違う、違う違う、違う違う違う違う違う違うっ!﹂
﹁お前が裏切ってしまったのは残念なことだが、一つだけいい事を
教えてくれた。今度の弟子は近くにおいておくことにしよう。もち
ろん裏切らないよう誓約をさせてな﹂
﹁違う違う違う違う違う違う違う違う!﹂
 俺の言葉が耳に入っていないのか、ずっと同じ言葉を発している。
そんな様子を見て少々失望も感じる。彼女はもう少し精神力がある
と思っていたのだが、この点においては俺の見込み違いだったよう
だ。やはり弟子に恋愛感情は要らないな。次の弟子はその辺も気を
つけよう。
 俺は剣を掴んで立ち上がり、いくつかの身体強化術式を掛ける。
せめて痛みはないように殺してやろうということだ。剣にも強化を
掛けたので、術式の影響で淡く光っている。
 俺のやっていることは彼女にも理解できたようで、恐怖で顔を歪
ませながら必死に首を振っていた。
﹁さて、遺言があるなら聞いてやるが、何かあるか?﹂
﹁マスター、二度とこんなことはしませんから! 一生マスターに
尽くしますから、どうか⋮⋮﹂
﹁気付くのが遅かったようだな。もはや全て手遅れだ﹂
﹁っ! な、何故私を選んでくれないのですか!? 誰よりもマス
ターを愛しているのに!﹂

552
﹁⋮⋮それが遺言か?﹂
﹁あの女達ですか!? あいつらがいなくなれば私だけを見てもら
えたのですか!?﹂
﹁彼女達がいなくても、お前は弟子以上にはなれなかったと思うが﹂
﹁私を愛して下さい! マスターのためならば何でもします!﹂
﹁言ったはずだ、もう手遅れだと﹂
 彼女の叫びを聞きながら、彼女の首に剣を振り下ろした。音速で
振るわれた剣は彼女の首を綺麗に切り飛ばし、一瞬のうちに絶命さ
せた。数瞬後、切られた首から大量の血が噴出し、辺りを朱に染め
上げた。
 血に塗れた彼女の生首を拾い上げてみると、とても安らかとは言
いがたい表情だった。死ぬ直前まであんなことを言っていたのだか
ら当然なのだが。
﹁悪いな、これも運命だと思って諦めてくれ﹂
 エルの目を閉じさせた後、彼女の遺体と魔帝国の者達の中で息の
ある者を連れて、屋敷へと転移した。
﹁⋮⋮そうですか、彼女を倒されたのですか﹂
 屋敷に戻った後、先に避難させておいたマルガレーテに要塞での

553
出来事と魔帝国の残党を処理したことを伝えた。ベッドで寝ている
彼女はまだ顔色が良くなかったが、要塞の話が出来る程度には持ち
直していた。
 エルはヴァンに洗脳の類を受けて王国を裏切り、魔帝国の冒険者
や兵士を密かに王国内に入れていたということ、町を襲っていた魔
帝国の残党は予想よりも数が少なかったため簡単に撃破することが
出来たこと、事実と違うのは主にこの二点だ。
 まあエルの師匠ということで俺に非難がくるのは仕方がないが、
流石に俺が内通者だと疑われるのは困るので、マルガレーテにもそ
の辺りの弁護をしてもらうように頼んだ。
﹁それにしても⋮⋮転移、ですか? そんなものがあるならば、早
く教えて下されば良かったのに。戦略の幅も広がると思いますわ﹂
﹁残念だが、転移は着地地点に誤差が出るので多用しない方がいい。
それに準備も手間がかかる﹂
﹁それでも緊急時には使えますわ。魔導師部隊にも教えてくれませ
んの?﹂
﹁駄目だな。実力的に転移を使えそうな者がいない。せめてエルぐ
らいの実力がなくてはな﹂
﹁そうですか、ではこの話はまた今度⋮⋮﹂
 不意に扉が開き、ソフィが入ってきた。マルガレーテは扉が開く
音に驚いて毛布を被っている。話している限りではもう大丈夫なよ
うに見えるが、不意の物音に驚いている所を見ると、まだ完全とは
言いがたいようだ。
 ソフィはマルガレーテを驚かしてしまったことに気付いて少し悲

554
しそうな顔をしたが、すぐに持ち直した。
﹁マリー、大丈夫です。私です、ソフィアですよ﹂
﹁あ、お姉様⋮⋮お恥ずかしい所をお見せしました⋮⋮﹂
﹁気にしないで、まだゆっくりお休みなさい﹂
 マルガレーテに近寄り、彼女を抱きしめて頭を撫でているソフィ。
マルガレーテも姉には良く懐いているので、怯えていたのが嘘のよ
うに、抱きしめられて嬉しそうな表情を浮かべている。
﹁あ、そうでした。ヤード様、城の方に使いを出しましたので、後
で捕虜達を引き取りに来ると思います﹂
﹁そうか、エルに関してはどうすればいい?﹂
﹁⋮⋮済みません、私にはそこまでは分かりません。おそらく確認
の為に遺体を引き取ると思いますが⋮⋮﹂
﹁そうか、分かった。ではそろそろ戻るとしよう。マルガレーテ殿
も身体に気をつけてくれ﹂
﹁はい、気をつけて下さいね﹂
﹁そんな気休めなどいりませんから、早く行って下さいませ﹂
 彼女達に挨拶をして部屋を出た。王国内に侵入した魔帝国の残党
は倒したが、まだ王国軍は魔帝国にいるのだ。一応オリンピアには
しばらくこの場を離れることを伝えたが、隊長格が勝手に出ていっ

555
たのは問題になっているだろう。
 転移で戻ると、案の定オリンピアや他の勇者達、他の連中にも文
句を言われた。文句だけで済んだのは、俺が勇者だからということ
と、撤退するだけだったので俺がいなくても何とかなったというの
が大きいだろう。
 王国に侵入していた魔帝国の傭兵達は身柄は城の兵士達が引き取
っていった。流石に要塞が壊滅したとは発表できないので、彼らは
拷問を受けた後、内々に処理されることだろう。
 エルの遺体は確認だけで済んだので、墓を作って入れてやった。
死因は公表できないので、殆ど俺の身内だけで済ませた。仲が良か
ったナタリアが泣き悲しんでいる姿を見て、俺も罪悪感を覚えてい
た。
 勇者達が王国に戻ってからしばらくして、辺境伯領で帝王を捕ま
えたという知らせが入ってきた。辺境伯共々捕まえられたときはや
けに大人しくしていたそうだが、王都に連れてこられた際には、全
く被害の出ていない王都を見て愕然としていたと聞いている。
 前線に兵力を集中してガラ空きだった王都ならば、要塞に送った
戦力でも落とせた可能性があった。奴もその可能性に賭けて大人し
く捕まっていたのだろうが、全く無傷の王都の様子を見たならば、
最後の望みが絶たれたのを知るのは容易であっただろう。
 帝王や魔帝国貴族達の処刑はすぐに行われた。処刑場所に輸送す
るまでは王都中を回って王国民にその惨めな姿を晒し、衆人環視の
中で一人ずつ処刑台の上へと上がっていき、執行人が斧で首を切っ
ていった。
 次々と貴族達が処刑されていく中には、要塞を襲撃したヴァン達

556
の姿はない。彼らは拷問により情報を全て吐き出させた後、殺され
た兵士達の親族や同僚に私刑を受け、惨めな死を迎えていた。
 最後に帝王の首が刎ねられると、見守っていた人間達はわっと歓
声を上げ、戦争が終わったことを喜んでいた。中には家族を失って
悲しんでいる者もいたが、その日は王都中が祭りのように騒がしか
った。
 そして俺達は城へと呼ばれた。魔帝国を倒すという俺達の召喚さ
れた目的を達成したからだろう。いつもの謁見の間で周りの貴族達
に見られながら、国王から勇者一人ひとりに感謝の言葉を伝えられ
ている。
﹁ウェルナー伯爵、此度の魔帝国との戦い、真に大儀であった。貴
殿も素晴らしき活躍をしたそうだな。その叡智と魔法の才を持って
これからも王国のために尽くしてくれ﹂
﹁了解した﹂
 正直これからは自分の事を優先的にやりたいのだが、こんな場で
そんな発言は出来ないので、空気を読んだ発言にしておく。周りの
貴族達が拍手を送る中、他の勇者達も嬉しそうにしている。
 アレクやフェアリスはもちろんのこと、元の世界に未練がありそ
うだったサガミもここの世界に骨を埋める覚悟を決めたようだ。俺
もとっくの昔に元の世界には帰らなくてもいいと判断しているので、
サガミの気持ちは分からないでもない。
 これでようやく勇者の役目も終わったのだと思うと、ここに来て
から起こった出来事が思い出される。来た当初はまさかこの世界で
身を固めようとは考えてもいなかったが、そんな考えも今となって
は懐かしいと思ったのだった。

557
 魔帝国の領土は、希少な鉱石や特産品などが採れる土地を王の直
轄領に、その他の土地を既存の貴族達や新たに任命された貴族に分
け与えられた。
 グラン家は伯爵位として新たに王国貴族の仲間入りを果たし、オ
リンピアの弟が当主となった。オリンピア自身は宣言通りグラン家
を出て俺の屋敷でメイドとして働いている。
 アレクやサガミはしばらくして貴族の娘と結婚をし、二人とも王
国軍で働いている。領地経営の方は、俺と同じく代理の者に任せて
いるそうだ。
 フェアリスは相変わらず教会で働いている。異端審問庁からは何
度か誘いが来ていたらしいが、荒事は苦手なのだと全て断っている
らしい。
 俺は今も王都の屋敷に留まり、領地経営は代理人に任せてソフィ
達と自堕落な生活を続けている。貯えも領地からの税収も潤沢なの
で、今の所金に困ったということはない。
 毎日実験に明け暮れている様は、まるで昔の研究室に缶詰だった
頃を思い出すが、昔と違うのは自分の好きな研究が出来るという点
だ。
 もっとも仕事を全くしないのも世間体が悪いので、月に何度か城
の魔導師達に訓練をつけてやっているが、エルほど出来が良くない
奴らばかりなので教えるのにも多大な労力が掛かるのだ。
 そんなわけで新しい弟子を迎えることにした。今日は記念すべき
初日だ。
﹁今日は新しいお弟子さんが来るそうですね。どんな方なのですか
?﹂
 天気が好かったので、ソフィやナタリアと共に庭でお茶をしてい

558
るとき、そう尋ねられた。お茶の準備をしているティアやオリンピ
アも興味があるようで、準備をしながらもこちらの会話に耳を立て
ている。
﹁一言で言うなら間が抜けている奴だ﹂
﹁何それ? そんな人を弟子にして大丈夫なの?﹂
﹁なに、会えば分かる﹂
﹁そうですか、楽しみですね﹂
 そんな話をしていると、一人の人物が走ってくるのが見えた。約
束の時間はかなり過ぎているので、部屋から急いで来たのだろう。
皆は近づいてくる人影に心当たりがあるのか、驚愕に目を見開いて
る。
﹁済みません、遅れました!﹂
﹁そんなことより、皆に挨拶をしろ﹂
﹁はい! 始めまして、今日からマスターの弟子になります、メル
と申します!﹂
 頬に傷がついているが、エルにそっくりな顔でそう挨拶する彼女
に、皆一斉に俺の方を見てくる。
﹁ちょっと、ヤード! エルは死んだはずじゃ⋮⋮﹂
﹁エルは死んだ。こいつは彼女とは別の記憶を持った存在だ。魔力

559
量はそっくりだがな﹂
﹁何のことでしょう?﹂
﹁いや、何でもない。これからは弟子として良く励んでくれ﹂
﹁はい!﹂
 何か言いたそうな全員を放っておいて、ティアに彼女の分のお茶
を用意するように伝える。

 彼女ほどの実力者をそのまま捨てるのは惜しいからな。これから
も俺の実験のために努力してもらおう。
第41話︵後書き︶
番外編は少し投稿が遅れると思います。
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
560
番外編・第1話
 思えばヤード様は不思議な方でした。前の世界では私の魔法の腕
は素晴らしいと評価されていましたし、私もその評価に恥じないよ
う毎日の祈りも魔法の勉強も欠かさずやってきていたのです。
 それなのに始めて会ったときからヤード様は見たことも無いよう
な魔法を使われていました。頭の中に響くような声を聞いたとき、
託宣が降りてきたのかと勘違いしたほどでした。
 グルタ要塞に向かう馬車の中で思わず魔法について尋ねたときも、
とても難しいことを仰っていたのでしょうが、魔法の知識には自信
のあった私でも彼の言っていることの意味が全く分かりませんでし
た。
 見たことも無いような現象にも詳しく、アレク様の持っていた魔
法剣の隠された力も見抜いていました。
 出会って間もない頃は、まるで聞けば何でも応えてくれる鏡のよ

561
うな人だと思っていました。もちろん物という意味ではなくて、そ
れ程に多くの知識を持っているという意味です。
 ただ、女性関係に関してはあまり分別のある方では無さそうでし
た。要塞へと出発する際にはソフィア様を泣かせていましたし、マ
ルガレーテ様には嫌われていたそうです。旅の途中ではいきなりエ
ルさんを連れてきたこともありました。
 そんなヤード様ですが、レシアーナから帰ってきた際に、またエ
ルフの女性を連れ帰ってきたそうです。教会の方々は彼を異端だと
仰っています。私はそうは思いませんが、この国の教会では人間以
外の他種族の方はあまりよく思われていないようです。
 なのでエルフと付き合っているという噂を聞いたとき、私はヤー
ド様に異端の疑いが掛かっていることをお知らせしました。私に出
来ることといえばそれぐらいしかありませんでしたから。
 ヤード様はそれ程焦っているようには見えませんでした。きっと
何か策があるのだと思います。
 ヤード様はフィルポット司教様のことについて尋ねてきました。
確かあの司教様は数少ないヤード様の噂に否定的だった方だったは
ずなので、そのように伝えました。きっとヤード様はあの方に疑い
を晴らすよう協力を願い出るのだと思います。
 ヤード様の屋敷を出た後、私も微力ながら協力させて頂こうと思
い、司教様の下へと向かいました。
 教会の中は普段よりも騒がしいようでした。これもヤード様に関
することなのでしょうか。もしそうだったとしたら大変です。教会
が動き出す前に司教様にお話を通しておかなくては。
 二階にある司教様のお部屋の前に着くと、いつもはいないはずの

562
武装した方達がいました。不思議に思いつつもノックをして出かけ
ていないかどうかを確かめたところ、返事が返ってきたので中に入
りました。
﹁済みません、フィルポット司教様、協同司教のフェアリスです。
お話があって参りました﹂
﹁どうぞ﹂
 良かった、ちょうどご在室のようです。部屋の中に入ると、フィ
ルポット司教様は椅子を勧めてくれたので、お礼を言って座らせて
もらいました。
﹁それで、今日は何の用ですかな?﹂
﹁ヤード様の噂についてなのですが、あの噂はやはり誤解だと思い
ます。彼は異端と呼ばれるような行いをする人ではありません。何
とか彼の無実を証明する方法はありませんか?﹂
 噂には否定的だった司教様ならば、今回の件に力を貸してくれる
はず、そう思って言ったのですが、司教様は私の話を聞いてやれや
れといった感じで首を振りました。
﹁彼に関しては、私の力を貸すことは出来かねますな。実際エルフ
を連れ歩いている所も目撃されていることだし、無実を主張するに
はいささか行動が軽率だとは思いませんかな?﹂
﹁それは⋮⋮﹂
 司教様の返事に思わず言葉が詰まりました。エルさんは弟子だと

563
信じるにしても、他にナタリアさんを連れ帰っているのは確かです。
彼女の方が強引に付いてきたと聞きましたが、私はそれを証明出来
るものを持っていません。
﹁それよりもフェアリス殿、いくら同じ勇者だからと言っても、ど
うして彼にそこまで肩入れをしているのですかな? はっきり申し
上げると、教会はあなたのことも疑っていますぞ﹂
﹁そんな、私に疚しい事などありません。ヤード様の疑いを晴らし
たいと思うのは、同じ召喚された勇者として当然の気持ちではあり
ませんか?﹂
﹁そういった言い訳ならまた後で詳しく伺いましょう。おい、誰か
いないか!﹂
 司教様の言葉で外にいた方達が部屋の中へと入ってきました。そ
して私を取り囲み、私が動かないよう槍をこちらへと向けてきまし
た。
﹁こ、これは一体どういうことなのですか!?﹂
﹁先ほども伝えましたが、あなたには異端と通じている疑いが掛か
っております。異端に故意に肩入れするのも教会の教えでは許され
ていないことですぞ?﹂
﹁ですから、ヤード様は異端ではないと申し上げているのではあり
ませんか!﹂
﹁そうやって弱者を庇う姿勢は立派なものですが、状況に合わせて
立ち回るのも時には必要だと、そう私は思いますぞ? さて、あな

564
たにはしばらくの間、教会にて謹慎をしてもらいます。連れて行け﹂
﹁待って下さい! 私もヤード様も異端などではないのです! 司
教様、どうか信じて下さい!﹂
 私の声を無視するかのように机へと戻って仕事を再開する司教様
を見ながら、私は引きずられるように部屋を出されてました。
 広い教会内を歩き、見たことも無い部屋の前に着きました。確か
ここは壁だったような気がしたのですが、私の記憶が間違っていた
のでしょうか。
 中に入ると、そこにはベッドと机しかない簡素な部屋でした。窓
がなく明かりは蝋燭のみなので、室内は暗くてジメジメとした空気
がします。
 私を中に入れると部屋の扉が閉まりました。中から開けてみよう
と思いましたが、外側からも鍵が掛けられているようです。
 こんな所に閉じ込められている間にも、教会の方々はヤード様を
捕まえているかもしれません。静かで暗い室内のせいもあって、不
安が押し寄せてきました。こんなことになるのならば、ヤード様に
壁を壊せるような魔法の一つも習っておくべきでした。
 少しして、司教様が部屋に入ってきました。お供を一人もつけて
いないので、お忍びでやってきたのかもしれません。
﹁フェアリス殿、異端に肩入れするという馬鹿な考えは改めました
か?﹂
﹁ヤード様は異端ではないと、何度も申し上げているはずです!﹂
﹁疑われるような行動をしているのが悪いのですな。エルフとの付

565
き合いを止め、教徒として誰にも恥じない行いをすれば、自然と噂
もなくなるでしょうが﹂
﹁ヤード様の信仰心は素晴らしいものです。本当に神を信じない者
ならば、彼のように魔導師として優れた実力は持てないでしょう﹂
 私が元いた世界でも、こちらの世界でも、ヤード様ほど素晴らし
い魔法使いはいませんでした。祈りや詠唱すら無しに魔法を使える
ということは、もはや彼は祈りすら不要なほどに神を信じているの
だと思っています。
﹁異教の神官なのではないですかな? 実に憎たらしいことですが、
奴らも魔法を使えますぞ。エルフとも仲が良いことですし、その可
能性も考えられますぞ?﹂
﹁そ、そんなことはありません!﹂
 司教様の言葉に、一瞬だけヤード様への信頼が薄れてしまいまし
た。確かにヤード様がどのような神を信仰しているのかは聞いたこ
とがありませんでした。
 私がうろたえているのを見て、司教様は然もありなんといった風
に頷いていました。
﹁まあ今のあなたが何を言おうと、誰も信じてくれはしないでしょ
うな。先に身の潔白を証明する方が先だと思うのですが?﹂
﹁私は神に誓って、嘘偽りを申したことはありません。私の信仰を
疑うのなら、どうぞ好きなだけお調べになって下さい﹂
﹁言葉では何とでも言えますからな。ここは分かりやすい方法を使

566
われるのがいいかと﹂
﹁どんな方法ですか?﹂
﹁簡単です。異端でないのならば、敬虔な教徒と婚姻を結ぶことが
出来るはずです。もちろん徳の高い教徒であればあるほど説得力も
増すでしょうな。つまりは私のような⋮⋮﹂
﹁っ! 婚姻をそのような証明の手段に使うなどと、よくも言えた
ものですね!﹂
 あまりにありえない提案に思わず怒鳴ってしまいました。これに
は司教様も驚いたのか、僅かに後ろに下がっています。しかしそん
な理由での婚姻など人を馬鹿にしているとしか思えません。司教様
の提案はとても受け入れることが出来ないものです。
 それにいきなり婚姻を結べといわれた所で、お相手がいません。
ぱっと思い浮かんだ人は勇者様三人でしたが、皆私とは少し年が離
れていると思うので、恋愛対象と見做してはいないのではないでし
ょうか。
 落ち着きを取り戻した私を見て、司教様も先ほどまでの余裕を取
り戻しました。しかし手で汗を拭っているのが見えたので、私なん
かの剣幕に押されたのが分かってしまいました。見た目の割にはあ
まり度胸がないようです。
﹁しかしですな、もはやそれしか方法は残されていませんぞ。この
ままでは身の潔白を証明するどころか、このまま一生幽閉されるか
異端の罪で処刑されるかのどちらかでしょうな。意地を張らずとも
良いのではありませんかな?﹂
﹁お断りします! 皆いつかは真実に気付くはずです! 司教様が

567
そんな人だとは思ってもいませんでしたが、幻滅しました!﹂
﹁っ、し、失礼する!﹂
 私の怒りが伝わったのか、司教様は再び怯んだように下がりなが
ら部屋を出て行ってしまいました。もっと誠実な人かと思っていま
したが、こんなことを言うとは思いもしませんでした。
 再び扉が閉まり、部屋の中はまた薄暗い蝋燭の明かりのみとなっ
てしまいました。今が昼か夜かも分かりません。
 この部屋に閉じ込められている以上、今私に出来ることは何もな
いですが、せめてヤード様の無事を神に祈ることにします。
 運ばれてきた食事を摂り、今が宵であることが分かりました。私
がここに入ってから一日ほど経つようです。そんな時、頭の中に突
如私を呼ぶ声が聞こえてきました。どうやらヤード様が魔法で話し
かけてきているようです。
 どうやら司教様に会いに来たようなので、もう疑いを晴らす方法
を考え付いたのかもしれません。私などこんな場所に捕まってしま
ったというのに、流石はヤード様です。司教様は部屋に戻られてい
るかもしれないと伝え、部屋の場所を、お教えしました。
 少しして、またヤード様が頭の中に話しかけてきました。今度は
先ほど司教様とお話したことを尋ねられましたので、精神的な疲れ
を感じつつも事実をお話しました。
 ヤード様のお話では、司教様はまだ私のことを諦めてはいないよ
うです。先ほどの執着心といい、あまり徳の高そうな人物ではない
と思うのですが、どうして司教位にまで上がれたのでしょうか。
 ヤード様とのお話が終わり、そろそろ眠気を感じてきました。ベ
ッドに横になると、瞼が落ちてきました。あまり動いていないので

568
それほど疲れてはいないはずなのですが。
 そのままウトウトしていると、部屋の扉が開く音がしました。入
ってきたのは司教様です。こんな時間にまたあの話をしに来たので
しょうか。
﹁司教様、こんな時間に女性の部屋に入るとは、感心しませんよ﹂
﹁起きていたのか⋮⋮効かなかったのか⋮⋮?﹂
 私の言葉に返事を返さずにぶつぶつと独り言を呟いている姿は、
いつもの司教様とは別人のような雰囲気を感じます。言いようのな
い恐怖を感じ、無意識に身を強張らせてしまいます。
﹁あの、どのようなご用件でしょうか?﹂
﹁用件? 用件は一つだ!﹂
 司教様は叫び声と共に私に覆いかぶさってきました。咄嗟のこと
に身体が動かず、そのままベッドの上で押し倒され、両手を押さえ
られてしまいました。
 司教様の目はまるで飢えた狼のような血走った目をしていました。
こうして男の人に襲われるのは始めての経験で、司教様の獣のよう
な視線に怯えた私は、恐怖と混乱で全く身体が動かせませんでした。
﹁大人しい娘だと思っていたが、私を拒むとは、とんだ跳ねっ返り
のようだ。だがそういう娘を従順にさせるのも面白いだろう﹂
﹁な、何を言っているのですか!? 放してください、放して!﹂
﹁おお、こら、大人しくしておれ。あまり暴れると傷がつくかも知

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れんぞ?﹂
 司教様は私の身体に手を這わせ、撫でるように動かしました。何
とも言いがたい感触に身震いしながら抵抗していると、司教様が顔
を近づけてきたので、私は唇を奪われないよう必死に顔を背けまし
た。
﹁可愛い抵抗だな、それならばこちらを弄ってやろう﹂
﹁え? ひゃあぁああ!﹂
 突然耳の穴に舌を差し込まれ、そのまま中を舌で弄られました。
あまりのおぞましさに鳥肌が立ちましたが、それと同時に全身の力
が抜けてしまい、いいように耳を舐められ続けました。
﹁フェアリス殿は耳が弱いのか。ほれほれ、もっと舐めてやろう﹂
﹁ひゃ、止めて下さいぃ⋮⋮﹂
 気持ち悪いはずなのに、どうしてか身体に力が入らず、司教様に
されるがままに弄られ続け、とうとう全身の力が抜け切って抵抗す
るのを止めてしまいました。そんな私の様子を見て満足げな表情を
浮かべた司教様は、私の服に手を掛けると、一気に引き裂いてしま
いました。
﹁きゃあぁあああああ!﹂
﹁ほう、フェアリス殿の身体は想像以上に美しいな﹂
 司教様は破れた服を剥ぎ取り、胸に顔を埋めてきました。生暖か

570
い息と舌の這う感触が気持ち悪く、どうにか逃げ出そうと暴れまし
たが、私の力では司教様をどかすことも出来ませせん。
 股の辺りにも何か熱いものが押し付けられているのを感じ、これ
から行われることに恐怖心しか覚えませんでした。
﹁誰か、誰か助けて下さい! ヤード様ぁ!﹂
﹁⋮⋮この期に及んで、まだその名を口にするとは、そこまで私を
コケにしたいのだな。これは調教のし甲斐がありそうだ﹂
 先ほどヤード様とお話をしたせいで、おもわず彼の名前を呼んで
しまいましたが、それが司教様の癇に障ったようです。私の恥ずか
しい所に手を入れて、下着の上から撫でてきました。このまま司教
様に貞操を奪われてしまうのでしょうか。
 そのとき突然扉ごと壁が消え去り、その奥からヤード様の姿が現
れました。しかし何だか影が薄いような、視界に入っているのに気
を逸らすと気がつかなくなってしまうようなあやふやな存在感でし
た。
 あまりにも突然の出来事に、私は司教様に襲われているのも忘れ
て、呆然とその光景を眺めていることしか出来ませんでした。司教
様も同じ気持ちだったようで、ヤード様のことを呆けた表情で見て
いました。
 私達が見ている中、ヤード様が少し顔を顰めると、途端に司教様
の身体から力が抜けて私に倒れこんできました。
 ヤード様は司教様をどかし、私にローブを掛けてくださいました。
そのとき初めて自分が助かったのだということを認識し、自然と涙
が溢れてきました。
﹁や、ヤード様、有り難うございます⋮⋮﹂

571
﹁礼なら後でしろ。誰かが来る前に急いでここを離れるぞ﹂
﹁は、はい﹂
 司教様に何か魔法を使うと、珠が出てきました。それを掴んで地
面に叩きつけると、粉々になった破片は消えてしまいました。一体
何をやっているのでしょうか。
 急げといった彼の不思議な行動を見守っていると、私の手を取っ
て走り出しました。時間が時間ですので通路に人影は無く、時折人
の姿が見えるのですが、結構な速さで走っているこちらに気がつか
ない様子でした。
 そうして教会の外にまで出てきて、辺りに誰もいないことを確認
したヤード様は、ようやく止まってくれました。
 私もやっと助けてもらったという実感が湧いてきて、涙が溢れて
くるのを堪えながらヤード様にお礼をしようと思ったのですが、そ
の瞬間首筋に衝撃を感じ、そこで意識が途切れてしまいました。
 気がつくと、私には毛布が掛けられていました。どうやら誰かが
寝床にまで運んでくれたようです。ここがどこなのかを確認しよう
としたとき、すぐ近くから誰かの声が聞こえ、こっそりとそちらの
方を窺いました。
 そこにはヤード様がメイドの女性と睦み合っている姿がありまし
た。私の視線を感じたのか。こちらに顔を向けてきたので、慌てて
顔を背けて寝ているフリをしました。ヤード様の視線はしばらくこ
ちらに向いていたようでしたが、気付かれなかったでしょうか。
﹁ティア、入れて欲しかったら精一杯いやらしく強請ってみろ﹂

572
﹁はい⋮⋮ご主人様の熱く滾っているその肉棒で、私のいやらしい
雌穴を突いて、中を掻き回して下さい⋮⋮﹂
 二人の会話に、私の顔が一気に顔が赤くなったのが分かりました。
そしてティアさんの押し殺した声とお二人の身体がぶつかる音が聞
こえてきて、気になってちらちらと様子を確認してしまいました。
 そうした後でよくよく考えてみると、私に非は無いのだから、寝
ている人間の傍でそんなことをするなと怒るのはこちらの方ではな
いでしょうか。というか、私が襲われたのは知っているのに、すぐ
傍で見せ付けるようにするのはあんまりではないでしょうか。
 でも流石にこの状況で起き上がって抗議をする勇気はなく、私自
身そういった行為に全く興味が無いわけではなかったので、お二人
の姿を見て興奮してしまいました。
﹁くっ、ティア、そろそろ出すぞ!﹂
﹁はいっ、私の子宮にっ、熱い精液たっぷり注ぎこんでぇ!﹂
﹁だ、出すぞ、くぅっ!﹂
﹁あぁあああっ! ご主人様のが入ってきますぅ!﹂
 次第に腰を打ち付けている速度が上がり、お二人の声にも余裕が
なくなってきました。そしてティアさんが一際高い声を上げた後、
お二人の動きが止まりました。どうやらこれで終わりのようです。
 居心地の悪い状況から解放された安心感と、お二人に当てられて
持て余した身体の僅かに残念な気持ちが入り混じって、なんとも言
えない微妙な気持ちでした。
 私がそう思っていると、お二人はいつの間にか動き始めたようで

573
す。今度はどちらも最初から声を出しています。私が起きる可能性
を考えないのでしょうか。
 もう一回し終わった後、ティアさんは部屋を出て行かれました。
やっと静かな状態が戻ってきたのですが、先ほどまでの行為の音や
声が耳に残っているのと、未だ部屋に漂う情事の残り香があるので、
私の体の火照りは治まっていませんでした。
 ヤード様はティアさんが出て行った後、こちらをじっと見ていま
した。もしかして次は私がやられてしまうのでしょうか。そうなっ
た時のことを考えましたが、司教様の時にはあれほど嫌だったもの
が、ヤード様の時ではそれ程嫌なことには感じませんでした。
 思えばヤード様は私をあそこから助け出してくれた恩人で、恥ず
かしながら、助けも期待出来ないあの状況で私を助けに来てくれた
ことに、今まで感じたことの無いときめきを感じていたのです。
 もし今、彼が私を抱こうとしても、抵抗出来ないかもしれません。
いえ、きっと抵抗はしないでしょう。ふしだらな女と思われるかも
しれませんが、この気持ちは初めてなのです。
 私がそう覚悟して待っていると、なんとヤード様はそのまま寝て
しまわれました。こんなのはあんまりです。
 高まった欲求を発散しようと無意識に手が下へと伸びていきます。
いけないことだとは分かっていますが、やり場のない気持ちを抑え
られなかったのです。
 指で触ると、既にそこは熱く湿っていました。割れ目に沿って指
を動かしつつ、敏感な陰核を指で弄ります。そうするとそこから気
持ちの良い波が全身に広がっていくような感覚を味わえます。
 お二人の情事を思い出しながら刺激を続け、次第に余裕がなくな
ってきました。声を洩らさないよう気をつけているのですが、僅か
な吐息の漏れが出てしまいます。

574
 そして絶頂に達し、身体をピンと張ってその快感を味わいました。
何かが出ている気もしましたが、そんなことが気にならないくらい
には気持ちが良いものでした。そしてその心地よさのまま次第に睡
魔が襲ってきて、抗えずに眠ってしまいました。
 次の日、寝床に出来た染みを見て、恥ずかしさのあまり身を投げ
たくなりました。ここはどうやらヤード様の隠れ家のようですが、
そんな場所でこんな失態を犯してしまうとは。
 うろたえている私を見て、ヤード様は風呂と呼ばれる場所に行く
よう言われました。そこはお湯がとめどなく流れる入れ物がある広
い場所だったのですが、そこで用を足し、ティアさんに身体を洗っ
てもらいました。初めての経験でしたが、とても気持ちが良かった
です。
 部屋に戻るとヤード様は私の寝床を既に片付けていました。アレ
を見られたかと思うと、今すぐ先ほどの穴に飛び込みたくなりまし
た。もうお嫁にはいけません。
575
番外編・第1話︵後書き︶
済みませんが、感想返しは時間が取れないので、返事はお返しでき
ません。
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
576
番外編・第2話
 ご主人様がお屋敷を購入なされてしばらくの時が経ちました。貴
族の方々の中には、ご主人様が伯爵になった今でも準男爵の際に買
ったお屋敷を使っていることに疑問を持っている者もいますが、中
を見ればその理由にも納得がいくかと思います。
 他の貴族屋敷とは違い、魔道具がそこかしこに設置されています。
普通は公爵の方でさえ屋敷の明かりは蝋燭を使い、水は井戸から、
暖房には暖炉を使い、湿らせた布で身体を拭いて香水で多少の臭い
を誤魔化すといったような暮らしぶりの方が多いのですが、このお
屋敷の場合には全て魔道具とご主人様のお作りになった素敵な道具
で賄われています。
 それだけではなく、ご主人様はメイドや使用人にまで魔道具の使
用を許可しています。特に洗濯や掃除などにはご主人様のお作りに
なった道具のおかげで、劇的に作業効率が上がりました。

577
 普通これだけの魔道具をお買い求めになった場合、並みの貴族で
あれば家が潰れ、上級貴族でも家が傾きかねないほどの金額になり
ます。精霊石を用意することも含め、これを自作することが出来る
というのは、それだけで一財産を築ける技能です。
 私は何度かご主人様に魔道具の販売を提案してみましたが、返事
はあまり良いものではありませんでした。何でも暮らしに困らない
以上の金を稼ぐより、自作した魔道具の技術拡散を防ぎたいという
ことでした。
 他にも風呂と呼ばれる場所をお作りになって、決まった時間の間
はそこを屋敷の人間に開放しています。始めは皆用途が分からずに
戸惑っていたのですが、今では休憩時間中のメイド達で賑わってい
ます。
 このようにお屋敷の価値が計り知れないものになっているため、
もっと上級の貴族街に屋敷を移そうとは思っていないようです。他
の使用人やメイド達も、この設備が無くなるかもしれないので、他
に移ろうと提案する者はおりません。
 さらに使用人達の待遇もかなり良いものになっております。
 貴族の屋敷で働くメイドには休憩時間など寝るぐらいの時間しか
ない者もいる中で、ここのお屋敷ではしっかりと休憩時間も作られ
ています。それだけではなく、賄いもちゃんとしたものが出され、
お給金も他の屋敷のメイドよりも貰っています。もちろん使用人も
同じ待遇です。
 ご主人様が言うには、労働環境を整えた方が労働する意欲も増す
だろうということでしたが、全く持ってその通りだと思います。現
にここのメイドを止めたがっている者は一人もいないどころか、新
規のメイドが入ることにも危機感を覚える者がいるほどです。
 ご主人様が伯爵に上がった際に、二人ほど欠員が出たので少し追
加の人員を募集した所、定員を遥かに超える希望者が集まりました。

578
使用人やメイド達の間では、ここのお屋敷の待遇はかなりの噂にな
っています。
 この好待遇を逃さないように、屋敷の者達は皆一生懸命に働いて
おります。まさにご主人様の思惑通りになっていると言えます。 
 ご主人様の意向でこのような待遇となっている分、使用人に選ば
れた者達も人並み以上に仕事が出来る者を入れておりますが、そん
な中でもいまいち使えない者はいます。
 このお屋敷で働く人間の中で一番使えない者はルーシアです。彼
女はこのお屋敷で最初から働いている人間の一人ですが、私が選ん
だのではなく、ご主人様の推薦です。
 最初に会ったときはどこかで見たことがある顔だとは思いました。
立ち振る舞いからして貴族の子女であることは分かりましたが、平
民の服装をしていることから、家が没落したか、もしくは家を追い
出されたかのどちらかだということも分かりました。
 てっきりご主人様が妾か何かにするように連れてきたのだと思っ
ていたのですが、メイドとして雇って欲しいと言われたときは驚き
を隠せませんでした。もちろん身分の問題ではなく、単に仕事に関
する技量の差を考えた上での驚きです。
 本音では反対だったのですが、ご主人様が仰ったのならば逆らお
うとも思わないので、仕方なく彼女をメイドの一人として雇いまし
た。その後すぐに彼女の顔に刺青が入ったのを見て、やはり彼女で
遊ぶ目的もあったのだと思っておりました。
 彼女にも仕事を分担したはいいのですが、メイドとして最低限の
ことすら把握してないので大変でした。それなのに何故かご主人様
には度々呼び出され、殆どエル様と同じ扱いを受けていたのが不思
議でした。
 あの頃の私は内心彼女に嫉妬していたのかもしれません。彼女が
大切にされている理由が分かった頃には、彼女も仕事を覚えてどう
にか一人前のメイドとして振舞えるようになり、私の彼女に対する

579
感情も消えていました。
 ソフィ様と結婚したにも拘らず、今もご主人様は私を愛している
と仰ってくれますので、もうあのような嫉妬をすることもないでし
ょう。
 寒さが和らぎ、冬もそろそろ終わりかという頃、所用で町へと出
かけているときに面白いものを見つけました。私の元後輩、ロザリ
ーです。彼女はディアン公爵家が没落した後すぐに姿をくらませて
いたのであの後どうなっていたのかは全く分かりませんでしたが、
野垂れ死にだけは避けられたようです。
 私の視線に気がついたのか、彼女もこちらの姿を見つけて近寄っ
てきました。着ている服はメイド服ではないので、今は別の仕事を
しているのでしょうか。
﹁先輩、お久しぶりです﹂
﹁⋮⋮私を裏切り者と罵っていたのに、やけに素直な態度ですね。
何か悪い物でも食べましたか?﹂
﹁ち、違いますよ。あのときから人に逆らうと興奮しちゃって⋮⋮
こんな街中で、それはちょっと⋮⋮﹂
 そういえばご主人様は彼女にそんな催眠を掛けていました。まだ
魔法の効果が解けていないのを見ると、ご主人様の魔法はかなり強
力なものだったようです。
 いつもはもっと煩かった彼女がここまで大人しくなっているのを
見ると、自分の教育はなんだったのかと思いたくもなりますが、彼
女をこうさせたのがご主人様である以上は仕方が無いことなのだと

580
考えることにしました。
﹁そうですか⋮⋮それはそうと、今は何をしているのですか?﹂
 彼女は私の質問に困ったような顔をして俯いてしまいました。何
か聞かれたくない職にでも就いたのでしょうか。彼女の技量では密
偵などになれるわけが無いので、大方娼婦か何かそういった職にで
も就いているのでしょう。
﹁あの、あまり人に自慢できる職ではないので⋮⋮﹂
 予想は当たったようです。改めて彼女をよく観察してみると、町
の娘にしては少々肌の露出が多い服と、仄かに香水の匂いが漂って
います。裕福な家でもない限り、町の娘が香水をつけることなどあ
りませんから、娼婦というのも当たっていると思います。
 一時とはいえ、仮にも公爵家で働かせてもらっていた者が何とも
落ちぶれたものだとは思いましたが、これも全て元公爵側についた
彼女が悪いのです。ご主人様に忠実なメイドとしてこちらについて
いれば、このような事態は避けられたはずですから。
﹁分かりました。足止めして済みませんでしたね﹂
 昔は先輩として彼女の教育を担当したこともありましたが、今で
はこうして出会わなければ思い出さなかった程度の関係となってい
るので、もはや聞きたいこともありません。挨拶をして別れようと
すると、彼女が私の腕を掴んできました。
﹁何か?﹂
﹁あの、先輩はまだあの勇者様の所でメイドとして働いているので

581
しょうか?﹂
﹁ええ、もちろんです。しかし、それがどうかしましたか?﹂
 彼女は何かいいたいことがあるのか、悩んでいるような顔をして
いましたが、私の返事を聞いて覚悟が決まったのか、俯きがちだっ
た顔を上げました。
﹁先輩! 私も勇者様の所で働かせてもらえるよう口添えをしても
らえませんか?﹂
﹁駄目です﹂
 私の即答にガクッと肩を落とした彼女ですが、諦めが悪いのです
ぐさま姿勢を正してこちらに詰め寄ってきました。
﹁お願いします、今では勇者様にしたことは凄く反省しています!
 もう二度と勇者様に害を成すことはしませんから!﹂
﹁それ以前の問題です。あなたはメイドとしては全く仕事が出来ま
せんでしたから﹂
﹁なっ、そ、それはそうですが⋮⋮﹂
 彼女は身も蓋も無い私の返答に言葉を詰まらせてしまいました。
私は彼女の様子を見て、話は終わりとばかりに首を振って立ち去ろ
うとしましたが、彼女が腕を離してくれないので少し不機嫌そうな
表情を作りました。
﹁放しなさい。たとえ昔はあなたの教育係だったとはいえ、今はも

582
う違うのです。あなたの仕事を斡旋する義理など、今の私にはない
のですよ?﹂
﹁お願いします、もう男に媚を売って日々を暮らすのは嫌なんです
!﹂
 あなたにはお似合いの末路です、そう言い返したくなるのを堪え、
彼女に向き直りました。彼女も真剣な表情をしていましたが、今そ
こまでの覚悟ができるのならば、もっと前にしておけばよかったの
だと思います。
 彼女にはまだ甘えがあるようなので、元先輩として最後に一つ忠
告をしてあげることにします。
﹁何度言われようが答えは否です。元公爵に仕えていたので貴族の
屋敷で雇われる可能性は低いでしょうが、裕福な商人の家ならばメ
イドとして仕事が見つかったはずです。それなのにまともな仕事に
就けないのは、あなたがこれまで自堕落に暮らしてきた報いです﹂
﹁そんな⋮⋮﹂
﹁今からでも遅くありません。給仕でも仕出し女でも何でもして、
もっと技術を付けなさい。既に屋敷にはあなたのように使えない者
がいるのですから、これ以上負担を増やすことは出来ません﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁もういいでしょうか? 私もこうして長々と話しているほど暇で
はないのです﹂
 彼女の腕を振り払い、目的の物を買いに歩き出しました。後ろか

583
らは彼女の恨めしげな視線が来ているのを感じますが、私は決して
振り返らずにそのまま歩き去りました。
 買い物を終えて屋敷に戻り、ご主人様に頼まれていた物を渡しま
した。ご主人様は相変わらず魔法の研究をしているようで、今も机
に向かって複雑な文字を書いていたところでした。
﹁済まないな、わざわざ町にまで買いに行かせて﹂
﹁ご主人様の望みなら迷惑なわけがありません。いつでもお申し付
け下さい﹂
 私は何時ものようにそう返しましたが、ご主人様は私が何時もと
違う様子だったのを鋭敏に感じたのか、作業を止めて私の方を振り
向かれました。
﹁何か不機嫌そうだが、どうかしたのか?﹂
﹁いえ、何でもありません⋮⋮﹂
﹁そうか?﹂
 ご主人様は納得のいかない顔をされていましたが、私の返事をと
りあえずは信じてもらえたようです。ロザリーが見せた別れ際の態
度が、私の癇に障っただけのことなのですが、ご主人様に気づかれ
てしまうほど態度に出てしまっていたようです。
 しかし、ふと彼女のことをご主人様が覚えて心配されていたらど
うしようかという気持ちが芽生え、ご主人様の意思を確認してみた

584
いという気持ちが出てきてしまいました。
﹁⋮⋮あの、ロザリーという人物に心当たりはありますか?﹂
﹁ん? ロザリー⋮⋮誰だったか﹂
 ご主人様は彼女のことを忘れているようで、必死に心当たりを思
い出そうとしておりました。やはり彼女はご主人様にとって、取る
に足らない存在だったということです。ご主人様は意外なところで
同情心を感じられるので、彼女のことも気にかかっているかもしれ
ないと思ったのですが、どうやら杞憂だったようです。
﹁いえ、こちらの勘違いでした﹂
﹁そうか、それならいいんだが﹂
 ご主人様は怪訝な表情をしつつも机の方に向かい、研究を再開し
ようとしていました。しかし、ふと動きを止め、何かを探すように
机の上を漁り始め、とある箱を取り出しました。
﹁丁度良い、お前に渡しておきたい物があったのだ﹂
﹁私にですか? 何でしょうか?﹂
 箱を受け取り開くと、中には指輪が一つ入っていました。宝石の
代わりに精霊石がはまっていますが、全体の意匠はとても素晴らし
い物でした。
﹁あの、これは⋮⋮?﹂

585
﹁ソフィにも許しをもらったからな。まだ公には出来ないが、婚約
指輪だ﹂
 ご主人様の言葉を聞いて、私の胸はいっぱいになってしまいまし
た。ご主人様は指輪を手に取り、私の指にはめて下さいました。そ
れは私の指の大きさにぴたりとはまっており、私のために作られた
物だということがよく分かりました。
 私は思わずご主人様に抱きついてしまいましたが、ご主人様は少
し慌てながらも私を優しく抱きしめ返してくれました。
﹁あ、有り難うございます⋮⋮﹂
 私が今にも泣き出しそうな声で言うと、ご主人様は優しく笑って
私の頭を撫でて下さいました。あまりの嬉しさで思わず涙がこぼれ
てしまいましたが、それを拭う余裕も無いほどに嬉しさでいっぱい
でした。
﹁あまり見せびらかすなよ? ソフィが妊娠するまでは待ってくれ﹂
﹁はいっ﹂
 ご主人様に精一杯の笑顔で笑い返すと、ご主人様は意外そうな顔
をした後、にこりと笑って私に口付けをして下さいました。そのま
ましばらくは仕事を忘れ、ご主人様との甘いひと時を楽しみました。
 今日の夜はご主人様に精一杯尽くそうと思います。 586
番外編・第2話︵後書き︶
誤字脱字の報告などありましたら、よろしくお願いします。
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異世界魔術師は魔法を唱えない(旧題:異世界魔術の有用性)
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。

2015年2月22日15時07分発行
http://novel18.syosetu.com/n5389bx/

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PDF小説ネット発足にあたって
 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
たんのう
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。

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