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【特 集】

感性工学データの分析手法
Analysis Methods in Kansei Engineering

石原 茂和

抄録:本稿では、感性工学における基本的認識である多次元構造、感性評価実験の方法、評価データの
多変量解析の方法について解説する。モデルデータとして、下腿装具カバーの感性評価実験の結果を使っ
て分析例を示す。
Key words: 感性評価、多変量解析

1.はじめに Differential)法の質問紙に構成する。SD 法は、1950 年


代半ばに、社会・政治心理学者である Osgood によって
本稿では、感性工学での基本的な考え方である多次元 開発された、含意的な意味を多次元で計測する方法であ
の感性構造、評価のスケールと統計的分布、多変量解 る 11)。彼が行った研究は、ある国の国民が他の国に対
析の方法について解説する。感性工学の分析方法には、 して、どのような印象を抱いているかというものであ
質問紙による方法 、行動観察 、筋電位や脳波など
1-4) 5)
る。第二次大戦の記憶もまだ生々しく冷戦に向かおうと
の計測を用いた生理心理学的測定方法 6-8)、身体運動の するその時代で、かつての敵国、同盟国、大戦後関係の
記録分析など人間工学の手法と融合した感性人間工学 9)
悪化した国など、好き嫌いのような単純なものではない
などいくつかのバリエーションがある。ここでは、最も 複雑な感情があることが容易に想像できる。そのような
広く使われている質問紙による方法について述べる。例 複雑で含意的な意味や概念をどのように簡単にまた正確
題として下腿義足カバーの感性工学評価データを使って に数値化し分析することが可能か、彼のアイデアは、複
説明を行う。 雑な概念をより簡単な評価しやすい概念に分解してその
質問紙による方法は感性工学 2 類とも呼ばれる 3)。そ 程度を測るものである。つまり semantic differential、意
の手順は 1)感性ワードの選択、2)感性評価実験、3) 味を微分することによって量的に分析できないかという
評価データの多変量解析の 3 つのステップからなる ものである。
(図 1)。3 については次の章で説明する。 ここで、心理計測尺度について簡単に説明すると、人
間が感じたことをなんらかの形でデータ化する手法に
1)感性ワードの収集・選択 は、はい/いいえの 2 値(わからないを加えて 3 値のこ
“高級感のある”、“落ち着いた”など、対象を表現す とも)で表す方法、何段階かの段階で表す方法、直線上
る言葉を感性ワードと呼んでいる。これを収集するに にマークさせて物差しを当てたり、ボリュームを回して
は、商品のカタログや雑誌記事、ネットにある評価記事 アナログ値を測定するなどの、連続値で表す方法があ
などが有用である。例えば観光のように、季節やシーズ る。SD 法は、Likert scale(Likert、1932 年)を使用して
ンでトレンドが大きく動くものについては、SNS の分 おり、これは 5 段階もしくは 7 段階の評価のうちのど
析も有効である 10)
。 れかを選ばせる尺度である(例えば、1.全く同意でき
ない/ 2.同意できない/ 3.どちらともいえない/ 4.
2)感性評価実験 同意できる/ 5.非常に同意できる)。Osgood の研究で
ま ず、 収 集 し た 感 性 ワ ー ド を、SD(Semantic は、言葉をその反対の意味の言葉とペアにして、5 段階
もしくは 7 段階の Likert scale12) で評価させる。たとえ
1) 広島国際大学 総合リハビリテーション学部
Faculty of Rehabilitation, Hiroshima International University ば Osgood13)では、Russians: Good[][][][][][][]Bad、Large[][]
Shigekazu ISHIHARA(PhD) [][][][][]Small、Yellow[][][][][][][]Blue、Beautiful[][][][][][][]
(受理日 2018 年 9 月 19 日) Ugly といったものである。

感性工学データの分析手法 1
図1 質問紙を用いた感性工学の方法(感性工学 2 類)の一般的枠組み

感 性 工 学 評 価 実 験 で は、 反 対 語 の ペ ア を 用 い る い。そこで役立つのが、主成分分析と、その派生手法で
Osgood の方法とは異なり、“上品な [][][][][] 上品でな ある。
い”のように、⃝⃝と⃝⃝でないのペアを評価に用いて 図 3 は、缶ビールデザインの評価データの中から、
“高
いる。この理由の 1 つは、反対の言葉がうまく定義でき 級感のある”の評価を横軸、“雰囲気のよい”の評価を
ないことが多いことである。例えば、“優雅な”の反対 縦軸にしてプロットしている。1 つ 1 つの○は各サンプ
の言葉はなにがあるだろうか? もう 1 つの理由は、統 ルの評価を示す。5 段階の評価は、被験者間平均をとる
計学的に重要なポイントである。商品開発を企画する場 ことで、より細かい間隔になる。評価値の平均値を減算
合、わざわざ醜い外見にする場合はまず無い。したがっ しているので、(0,0)が平均値となる。一見してわか
て、Beautiful[][][][][][][]Ugly では、美しいの方に評価が るように、左下から右上にむけて、右上がりで⃝が分布
著しく偏る。この次に説明する主成分分析をはじめ、多 しており、また中心部分が幅があるラグビーボール状の
変量解析の多くの手法が、正規分布など統計分布の概念 分布になっている。これは、“高級感がある”の評価が
を基盤としている。そのために、偏った分布は、データ 高ければ、“雰囲気のよい”の評価も高いサンプルが多
分析の最初の段階から困難を引き起こす。⃝⃝と⃝⃝で く、逆に“高級感がある”の評価が低ければ“雰囲気の
ないのペアで尺度を形成すると、単一のペアでの正規分 よい”の評価も低いサンプルが多い。これはこの 2 つの
布、また多くのペアを使った質問紙全体で、多変量正規 感性ワードの間に正の相関があることを示す。2 次元の
分布の前提を満たすことは検証済みである 14)。 空間内に斜めのラグビーボール状の分布で表されている
本稿での例題である、ひざ下義足カバーの感性評価実 情報を、もっとも効率良く 1 つ少ない 1 次元で表そうと
験では、3DCG で作成した 15 種類の評価サンプルに対 すると、ラグビーボールを長軸方向での串刺しにする、
して 74 ペアの感性ワードの質問紙を用いた。これは、 PC1 の軸が好適である。PC1 の傾きは、横軸と縦軸のブ
大体どの商品でも広く評価に使うことができ、主成分分 レンド具合で決まるので、合成変数と呼ばれる。次の式
析で感性の構造をはっきり表しやすい基本的な感性ワー のように yi の第 1 次元目である y1j と、第 2 次元目であ
ド約 60 ペアに、商品の領域固有のワードを足したもの る y2j が回転のパラメーターである l1 と l2 とで変換され
である。対象とする商品について初めて感性評価を行う ることを意味する。PC1 の軸上で、各⃝の位置は次の式
場合は、感性の構造を掴むためにこのくらいの数の感性 で表される。この式は、重み付きの合成変数の式である。
ワードで評価が必要である。ワード数が多いものの、評
zj=l1 y1 j+l2 y2 j
価は 1 人あたり 30∼40 分程度で終了した。
傾きを決めるパラメーター l1 と l2 は分散の最大化と
2.主成分分析 いう手順で求められる。新たに決める軸から、データを
見て、その分布の広がり具合をしめす分散が最も大きく
感性評価実験の結果、図 2 のような、サンプル数(行) なった時は、ラグビーボールの長軸になるということで
×感性ワード(列)の評価データが得られる。図 2 には、 ある。新たに定めたこの軸から⃝を見たときの値は、軸
被験者間で平均したデータを示した。 上の位置である 1 次元のデータとなる。こうして、2 次
この、多数の感性ワードの評価で得られた多次元の 元のデータから、そのデータの情報の損失を最小にして
データは、数字をいくら眺めてもその構造を知ることは 表す 1 次元のデータへと圧縮することが可能になる。な
できない。我々は 3 次元世界で生まれて育ったので、多 お、手順としては、第 1 主成分を求めたあとは、それと
次元の数理的空間を直感的に理解することは非常に難し 直交する第 2 主成分を求める。図では PC2 で表している。

2 PO アカデミージャーナル Vol. 26, No. 3, 2018


図2 サンプル画像の例と感性評価データ(被験者間平均値)の一部

線形結合である第 i 主成分 PCi にデータ {y1, y2, … ,


yn} を代入した値を第 i 主成分についての“主成分スコ
ア”と呼ぶ。主成分スコアは、合成変数である主成分に
おけるサンプルの順位を表わすことができる。これによ
り、数多くの変数から抽象化された主成分についてのサ
ンプルの位置づけができる。
主成分と元の変数 yj との相関係数を主成分負荷量と
呼ぶ。これは yj の値と主成分スコアとの関係を示す値
で、この値が大きいほど、yj と主成分 PCi との関係が強
いことになる。相関係数なので、値は± 1 の範囲である。
主成分負荷量を用いて、抽象化された主成分への、元の
変数の影響がわかる。
図 4 に示した、第 1 主成分×第 2 主成分の主成分負荷
量のプロットを解釈してみよう。第 1 主成分が+1 側で、
第 2 主成分が 0 近辺の右側には、“重い”、“ハードな”、
“重苦しい”、“堅い”がある。その反対側、第 1 主成分
が−1 側で、第 2 主成分が 0 近辺には、
“ゆったりした”、
“落ち着いた”、“やさしい”がある。したがって、第 1 図3 缶ビールデザインの評価データ(被験者間平均値)
(高級感のある×雰囲気のよい)
主成分は、重さ堅さ vs リラックス、やさしさの軸とい
える。右側の重さ堅さに対応するサンプルは、13 番の
パンチメタルと黒のカバー、左側のリラックス、やさし レザーのカバーが飛び抜けて高い。フォーマルでない側
いには、7 番のベージュ色のデニム地のカバーが対応す (−)は、緑のランダムの凹凸地である。
る。第 2 主成分は、+が“フォーマルな”、
“落ち着いた”、 主成分分析は、高次元空間内のデータを、それよりも
“きちんとした”
、“美しい”で、−が“下品な”、“派手 低次元の空間に最適射影をするためのツールである。と
な”、“かっこわるい”になる。第 2 主成分は、フォーマ いうことは、単に軸についてのみの検討ではなく、空間
ルさの軸と言える。フォーマル側(+)は、8 番の黒い 内の構造について吟味する必要がある。図 4 の、第一主

感性工学データの分析手法 3
図4 義足カバーの主成分負荷量(第 1 主成分×第 2 主成分)

成分×第二主成分の主成分負荷量の図と、図 5 の同じ主
成分の組み合わせの主成分スコアの図を見てみる。第 1
主成分が 0.3-0.5、第 2 主成分が 0.5-1.0 の 1 時半方向の
領域には、“知的な”、“大人っぽい”、“スタイリッシュ
な”、“高級感のある”があり、ヘアライン加工をした濃
いグレーのアルミのカバーが対応する。その反対の、第
1 主成分が−0.4、第 2 主成分が−0.5 の周辺は“子供っ
ぽい”であり、赤白の横縞のカバーが対応する。左上、
第 1 主成分が−0.6、第 2 主成分が 0.6 の 10 時方向は、
“ポップな”、“ナチュラルな”、であり、その反対の第
1 主成分が 0.6、第 2 主成分が−0.6 の 4 時方向は、“ボ
リューム感のある”、“ゴテゴテした”、“革新的な”であ
る。前者、“ポップな”に対応するのは、明るい青色の
デニム、明るい茶色のレザーであり、後者の“ボリュー
ム感”には、荒い白黒ツイードとグレーのデニム地のカ
バーが対応している。
ここまで、第 1 主成分と第 2 主成分で構成される 2 次
図5 義足カバーの主成分スコア(第 1 主成分×第 2 主成分) 元の平面について考察した。次に、第 1 主成分と第 3 主
成分の組み合わせについて見てみよう。図 6 では、第 1
主成分が横軸、第 3 主成分が縦軸になっている。第 1 主
成分は重さ堅さ vs リラックス、やさしさの軸であるこ
とは変わりない。縦軸の第 3 主成分は、横軸が 0 のとこ

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図 6 第 1 主成分×第 3 主成分
(左:主成分負荷量、右:主成分スコア)

図 7 第 2 主成分×第 3 主成分
(左:主成分負荷量、右:主成分スコア)

ろで上下をみると、プラスには“活動的な”、“スポー 右下、4 時方向(0.6、−0.3)には、“暗い”、“ボリュー


ティ”があり、マイナスには、
“快適な”、
“落ち着いた”、 ム感のある”、“重い”がある。前者には、青のデニム地
“地味な”がある。これから、第 3 主成分は活動性を表 と、赤白横縞が対応していて、後者には、黒の粗いデニ
す軸であるといえる。主成分スコアの布置と、主成分負 ム地が対応している。第 3 主成分の貢献度が高い、中央
荷量の対極的関係をみると、右やや上、2 時方向(0.7、 上側少し右、1 時方向(0.3、0.7)周辺には、
“スポーティ
0.2)近辺の“信頼できる”、“工芸的な”、“革新的な” な”、“派手な”、“都会的な”がある。その反対の下側少
の反対に左やや下、8 時方向(−0.7、−0.3)周辺に“あ し左、7 時方向(−0.3、−0.5)周辺には、
“地味な”、
“単
たたかい”、
“リラックスした”、
“ナチュラルな”がある。 調な”、“落ち着いた”がある。前者には、紺の粗いデニ
前者の“信頼できる”のほうにはパンチメタルのサンプ ム地、後者には明るい茶色のレザーが対応する。
ル 13、ヘアラインアルミの 14 がある。後者の“あたた 主成分分析の項の最後に、図 7 の第 2 主成分×第 3 主
かい”、“リラックスした”にはベージュ色のデニムがあ 成分の平面について考察する。主成分の表す、元のデー
る。この対称的関係は、主に第 1 主成分による。 タの分散、大雑把にいえば情報の量は順次減少していく
左上、10 時半(−0.5、0.6)近辺には、“かわいい”、 ので、第 2 と第 3 では、読み取れるものがだいぶ少なく
“カジュアルな”、“若々しい”などがある。その反対の なってくる。第 2 主成分の+と−方向は、先に第 1 ×

感性工学データの分析手法 5
第 2 で述べたように、+がフォーマルで−が“ごてごて
した”と“革新的”であり、フォーマルが黒いレザーと
ヘアラインのアルミ、ごてごての方が、グレーの粗いデ
ニム地、革新的のほうにパンチメタル風がある。左上の
“派手な”、“ユニークな”は、赤白の横縞とパンチメタ
ル風、その反対の右下の“落ち着いた”、“シンプルな”
はブルーグレーのデニムである。第 3 主成分の+である
アクティブ、スポーティは明るい青のデニムと紺の粗い
デニム、−の“あたたかい”、“地味な”は茶色のレザー
とグレーで表面に凹凸のあるカバーである。
主成分分析で、感性の構造、どの感性ワードが重要で
あるか、重要な感性ワードとサンプルの関係を把握する
ことができる。商品開発のフェーズでは、自社や他社の
製品の位置付けをすることにより、商品の特徴を整理す
ることや、まだカバーできていない感性はなにかを知る
ことができる。例えば、今回用意したサンプルでは、ス
イートな、明るいという感性に対応するものは、どの主 図8 回帰分析の例:辺の長さのバリエーションと“落ち着い
成分の組み合わせを見ても、1 つか多くても 2 つしかな た”の感性評価の関係
い。“美しい”・“洗練された”も同様である。これらの
感性ワードは商品開発に重要なものであり、対応する商 グニューラルネットワークなど、多くの教師付きニュー
品を拡充することが必要である。 ラルネットワーク学習はこの類とみなすことができる。
図 8 にあるのは、石原ほか 15)のシンプルな回帰分析の
3.重回帰分析とそのバリエーションによる分析 例で、直方体の辺の長さを、1:1 から 1:3 まで 9 段階に
変えて感性評価したサンプルの一部を示している。図 8
上に述べた主成分分析で、感性の構造や特徴的な感性 の下のグラフは、“落ち着いた”の感性評価値(被験者
ワード、また特徴的なサンプルがわかり、商品開発に役 間平均)と、辺の長さの関係を示している。一目でわか
だてることができる。一方で、商品デザインでたくさん るように、辺の長さが長くなるほど、“落ち着いた”の
考慮しなければならないデザインの要素のうち、どれが 評価値が比例して下がっていく。評価値が目的変数で、
どう感性に関係しているかを知る必要もある。例えば、 辺の長さが説明変数で単回帰分析を行っている。斜めの
素材のコストや、製作時間、工数など、商品の開発には 直線が回帰分析の結果得られた回帰直線である。回帰分
様々な制約がある。デザインを考えるうち、ターゲット 析は、測定値と推定値の間の誤差を最小化する計算によ
としている感性に適合しているのは 1 つの候補だけなの り、変数の間の関係を推定するものである。なお、この
か、それともコストが削減できる別の候補があるかを知 例題である、落ち着いた”は例外的に直線的な関係で
ることは重要である。この稿の例でいうと、“ゆったり あり、多くの感性ワードは石原ほか 14,15)に示すように、
した”に使える色は 1 つだけなのか、また別の色も使え 特定の長さが丁度良いといったピークを持つ非線形の関
るのか、こういうバリーションを決定しなければならな 係がある。
い局面では、主成分分析だけでは心もとない。 感性評価の評価対象のデザインの要素は、この例題の
「デザイン要素」と我々が呼んでいるものは、商品を ように連続値をとるものではなく、表面加工や素材の違
構成する要素で、それには色や形、レイアウトや商品の いのように、量も順序もない尺度、つまり識別のための
果たす機能まで含まれる。デザイン要素の各項目と感 名前のみである名義尺度の質的変数であることが多い。
性の関係は、重回帰分析と、その様々な発展形の手法 日本の統計学者である林 知己夫先生によって 1950 年代
を使って推定することが多い。回帰分析は、目的変数 に開発された数量化理論 1 類とよばれる回帰分析の手法
(従属変数とも呼ばれる)y を、説明変数(独立変数と は、目的変数に量的な変数、説明変数に質的な変数を使
も)x で説明あるいは予測する数学モデルを作成するこ えるようにするものである。
とが目的である。説明変数が 1 つであるものを単回帰分 本稿の、下肢装具カバーのデザイン要素を、図 9 に示
析、複数あるものは重回帰分析と呼ばれている。通常、 す。色が 9 種類、素材が 10 種類ある。サンプルが 15 種
回帰分析では目的変数は 1 つであるが、多数の説明変数 類で、これはサンプル数よりも説明変数の数のほうが多
で多数の目的変数を持つものもある。ディープラーニン く、回帰分析で通常つかわれている最小 2 乗法の手続き

6 PO アカデミージャーナル Vol. 26, No. 3, 2018


図9 下肢装具カバーのデザイン要素

図 10 PLS 回帰で計算した、デザイン要素と感性ワードの関係の推定結果

では計算できない。この場合、主成分分析のように、説 タルがポジティブに作用している。この結果も主成分 1
明変数を小さい次元に最適射影して、その次元空間との ×主成分 2 の主成分分析の結果とほぼ一致している。さ
間に回帰を行う PLS 回帰の手法が有効である 。
16)
らに、サンプルにない組み合わせである、ブラックまた
数量化理論 1 類モデルを PLS 回帰で計算して得られ は濃いグレーの厚いデニム地のカバーも有望ではないか
た、感性ワードとデザイン要素の間の関係を図 10 に示 ということがわかる。このように、評価したサンプルが
す。表 1 の 0 / 1 データが、そのまま説明変数のデータ カバーしていないデザイン要素の組み合わせ可能性がわ
であり、1 つの感性ワードの被験者間平均値が目的変数 かるところも、この分析のメリットの 1 つである。また、
のデータである。“ゆったりした”では、色はベージュ、 感性への影響の度合いを比較することもできる。
素材はデニムやウオッシュドデニムがポジティブに作用
している。これは主成分 1 ×主成分 2 の主成分分析の結 4.おわりに
果と一致している。図 5 に示される、第 1 主成分(̶)
の位置にあるサンプルはベージュのデニム、その隣はブ 以上に記した、主成分分析と、回帰分析系の方法によ
ルーのウオッシュドデニムであり、これらとの対応が現 る感性評価データの分析は、最もポピュラーな分析方法
れている。もしベージュがコーディネート上合わない時 である。特に主成分分析は、どの商品開発の感性工学プ
は、次点でブラウンレッドも可能性がある。“高級感の ロジェクトでも最初に行っていて、まず感性の構造を掴
ある”では、色はブラック、厚いデニムかヘアラインメ むことが、なによりも重要と考える。ところで、筆者が

感性工学データの分析手法 7
感性工学のレクチャーをすると、個人差についての質問 3 つ目は、牛乳パックの評価が感性的に分化せず、単に
が必ずある。まずは、被験者間の平均値で感性の構造を 好きか嫌いかで評価しているグループであった。幸い 3
掴むことが最初のステップとして重要だが、感性に個人 つ目のグループは 3 名だけであった。このように、デザ
差は必ずあり、しかも無視できないほど大きい。感性評 イン要素への反応で個人差を見ることができる。
価データは図 11 に示す 3 元データと呼ばれるデータ形 本稿で取り上げることのできなかった感性の分析方法
式であり、通常は被験者間平均をとって、1 枚のシート は他にもたくさんある。デザイン要素のバリエーション
状のデータとして分析する。単一の感性ワードや、単一 と感性評価との関係でいえば、ある感性ワードは、高い
のデザイン要素において個人差を分析するのは簡単であ 評価値がついているデザインのバリエーションがたくさ
るが、サンプル×感性ワードの感性評価データで、被験 んあるが、別の感性ワードは、ピンポイントで特定のデ
者間に差があるかどうかを検討するのはかなり難しく、 ザインバリエーションでしか評価が高くない、はたま
一枚一枚の表の間が違うかどうかという多次元データを た、どのバリエーションでも評価があまり変化しない感
検討する課題となる。 性ワードもある。これは分析対象が違っても普遍的に見
本稿では、詳細に解説する紙面がないが、被験者を分 られる現象である。このような関係は、通常の回帰分析
類し、個人差を分析する方法は Ishihara17)がすでに開発 ベースでは、分析結果を全ての感性ワードで見渡す必要
している。牛乳パックの感性評価データでは、28 名の があり、発見が難しい。Ishihara ら 18)では、デザイン要
被験者が、被験者間平均に近いグループと、3 つの別の 素の表を主成分分析して、そのマップの上に感性評価値
グループに別れた。1 つは、筆文字の商品ロゴに反応す を高さとして 3 次元でマッピングする方法を開発してい
る被験者としない被験者、2 つ目は、パックのイラスト る。デザインのバリエーションにピンポイントで評価が
にあまり関係なくカラフルなパックに反応する被験者、 高いのか、あるいはある程度バリエーション群で高い評
価なのかを、気圧配置図のように一目でみてとれる。
様々な形を数量として扱いたい場合も多々ある。たと
N1 Subjects えば、ここの角の半径をあと何ミリ大きくすると、感性
はどう変わるのか、頂点の位置を何センチずらすとどう
N3 Kansei words なるのか、ディテールを設計する上で頭を悩ませる問題
である。石原 19)では、形を統計モデルとして扱うため
N2
の方法論である Morphometrics を応用している。自動車
Product ヘッドライトの形を特徴点の座標とし、回転して向き
Samples
をそろえ、大きさをなるべく同じに規格化して、その
座標値を多次元ベクトルとし、主成分分析をしている。
図 11 感性評価データの形式 図 12 には、先に述べた方法で感性評価の値を高さにと

図 12 Morphometrics による形の主成分分析と感性評価値のマップ

8 PO アカデミージャーナル Vol. 26, No. 3, 2018


り、等高線図のように示している。この図では、“今風 7) 吉 田 倫 幸: 香 り の 心 理 生 理 作 用 と 有 用 性 の 評 価,
な”の評価値を高さとして示している。形の第 1 主成分 Aroma Research(臨時増刊),38-43,2001.
8) 吉田倫幸:脳波の周期リズムによる快適度評価モデ
はライトの厚さの方向の変化、第 2 主成分は左側突端終
ル,心理学評論,45(1), 38-56, 2002.
端(人間の目でいえば内側目じり)が下方向へ出てとが
9) S. Ishihara, et al.: Development of a washer-dryer with
る/とがらないかの違いの変化になる。 評価の高い領 Kansei Ergonomics, Engineering Letters, 18(3), 243-249,
域は左上から中央下までの L 型の領域であり、厚さの 2010.
薄いものおよび内側目尻がとがり外側目尻が丸いライト 10) S. Ishihara, et al.: Development of a Kansei engineering
である(引きだし線が実線)。一方、低い領域は中央近 artificial intelligence sightseeing application, Advances
in Affective and Pleasurable Design, Fukuda, S. (ed.)
辺で四角く、厚いライト(引きだし線点線)である。こ
Springer, 312-322, 2018.
のようなライトの形は今風ではない、逆に厚い四角い形
11) C. E. Osgood, et al.: The Measurement of Meaning, Urbana:
でなければ、様々な形が今風であるという評価である。 University of Illinois Press, 1957.
以上に、感性工学の分析方法をご紹介した。エクソ 12) R. Likert: A Technique for the measurement of attitudes,
スケルトンなど、義肢装具とその技術は様々に新たな Arch Psychol, 140, 55, 1932.
フィールドに応用されてきており、本稿で扱った装飾的 13) C. E. Osgood and G. J. Suci: Factor analysis of meaning, J
Exp Psychol, 50(5), 325-338, 1955.
な側面以外にも、感性工学の方法論が貢献できることを
14) 石原茂和:6 章 感性の評価測定法,商品開発と感性,
願っている。
長町三生(編),海文堂,2005.
15) 石原茂和ほか:感性工学評価データの非線形性に関す
文 献 る分析,ヒューマンインタフェース学会論文誌,5(2),
267-274, 2003.
1) 長町三生:室の雰囲気に関する感情分析,人間工学, 16) S. Ishihara, et al.: Analyzing Kansei and design elements
13(1),7-14, 1977. relations with PLS, Proceedings of The First European
2) 長町三生ほか:知識工学手法によるインテリア・コン Conference on Affective Design and Kansei Engineering,
サルテーション・システムの開発,人間工学,22(1) , Helsingborg, 2007.
1-8, 1986. 17) S. Ishihara, et al.: Analysis of individual differences in
3) 長町三生:感性工学―感性をデザインに活かすテクノ KANSEI evaluation data based on cluster analysis, KANSEI
ロジー,海文堂,1989. Engineering International, 1(1) , 49-58, 1999.
4) 長町三生:感性工学のおはなし,日本規格協会,1995. 18) S. Ishihara, et al.: The graphical analysis method for non-
5) 長町三生ほか(編著):感性商品学,海文堂,1993. linear relation between Kansei evaluation and design
6) T. Yoshida and T. Iwaki: The study of early emotion elements, Ergonomia, 29(2), 191-201, 2007.
processing in the frontal area using a two-dipole source 19) 石原茂和:Morphometrics と感性工学への応用 , 感性工
model, Jpn Psychol Res, 42(1), 54-68, 2000. 学,8(1), 17-23, 2008.

著者略歴

石原 茂和(いしはら しげかず)
広島国際大学総合リハビリテーション学部リハビリテーション支援学科 教授
1988 年日本大学文学研究科心理学専攻修了、1992 年広島大学工学研究科システム工学専攻単位取得退学、博士
(工学)、International Society for Gerontechnology 日本支部代表、人間工学、感性工学、ジェロンテクノロジー、
リハビリテーションゲームなどの研究に従事

感性工学データの分析手法 9

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