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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】

2024/04/13
第 1 回:イントロダクション
経済学部経済学科
齊藤 豪大*

0. 講義に入る前に
0-1. 講義の流れ
(1)講義の流れについて
・印刷版、PDF 版(スマートフォン、タブレット端末、ノート PC)どちらを使用してもらっても問題ありません。
・配布資料には、特に大事な部分を太字 で表記しています。また、補足説明や典拠が必要な部分については
脚注機能1を用いて言葉を補っております(ページ下部にある部分に注目)。
・配布資料は、e-learning 上にアップしていますので、事前に目を通しておいて下さい(せめて、各項目に設
けられている【導入】は目を通して下さい。わかりにくい部分については脚注で詳しく説明をつけています)。
余裕があれば、参考文献についても閲読することをオススメします。
<注意>特に、高校までの日本史・世界史の知識が皆無な人は、予習・復習をしないと確実についていけま
せん(概論・入門系講義ですので「考慮」した授業設計はしています)。
・レジュメは 4 週間限定で公開できるように設定しておきます2。

【予習の必要性について】
世の中には、「予習せずに受講してもなんとかなる」という怪しげな発言をする人 がいますが、基本的には
予習はしましょう(どの程度時間をかけるかについては、以下の内容をふまえてご自身で考えてください)。
ところで…。なぜ予習をしなければならないのでしょうか?簡潔に説明するならば、(1)大学の講義内容は
「初見で」もしくは「一回聴いただけで」完全に理解できる部分が少ない からです。別の説明をするならば、
(2)授業中の皆さんは複雑な作業をしており、授業中の負荷を下げる上で予習が必要であるともいえます。
まず、(1)の観点から説明していきます。大学の講義内容は専門性が高いという問題の前に、使用する語彙
が難しくなるため、特に国語が苦手な受講生にとって授業内容を理解することが大変になるかと思います。とい
うのも、内容を理解する前に、教員が話している言葉もしくは資料に記されている文章の意味がわからなけれ
ば、内容を理解するのは困難である という問題に突き当たるからです。この問題を回避するために予習を行
い、資料で「自力で理解できるところ」と「自力では理解できないところ」を予め知っておく必要があります。
少なくとも私は資料を「利用」して授業を行いますので、資料の中で難しい部分の解説や追加情報の説明に
重点を置きます。したがって、授業当日に初見で資料を見ると、その資料を読むのに時間をとられて、説明を
聞き取ることができなくなります (加えて、私は板書の量が多く、資料だけ読んでいてもテストの時には点数が
取れないと思います)。授業資料の記載内容に関して、可能な限り予習の段階で理解しておいてください。杞憂
ですが、授業中にメモをとらないと、復習する際に困りますので、メモはしっかりとりましょう!

*
メールアドレス:t217saitot@std.mii.kurume-u.ac.jp
1
本文に書くべきではないが、内容の補足や根拠となる情報を記す箇所が脚注です。本講義のレジュメでは、補足説明を随所にいれ

ておりますので、適宜利用して下さい。
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言い換えると、その後はダウンロードできませんので注意をしてください。

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
2024/04/13
次に、(2)の観点から説明します。受講中の皆さんは、(1)教員の説明を聴く、(2)配付資料を見る、(3)投
影されているスライドもしくは教員の板書を見る、(4)内容に関するメモをとるといったことを同時並行で行う必
要があります。みなさんにとって簡単な内容であれば、これらの作業を同時に行うことは問題ないでしょう。でも、
難しい内容だったり、教員の説明を聞き逃したりすると、講義の流れについていけなくなります。
このような事態を避ける上で、予習が必要となります。予習をしておけば、特に注意して聴かなければならな
い部分を聴くための「余裕」を作ることができます。予習をしていない場合、この「余裕」が少なくなります。その
結果として、「今日の授業は難しいことばかりでよくわからなかった…。テスト大丈夫かな…。」みたいなことがお
きるわけです。
なお、大学の講義・演習における重要な点の一つとして「授業の内容を聴きつつ、その内容に関する自分の
考えを磨き上げる」ということがあります。単に、経済や経済学に関する用語や概念を暗記するだけではなく、社
会経済上の問題について自分なりの考えを練り上げることが望ましいと思います。
(2)出席について:大福帳で対応します。なお、大福帳を確認のうえ、私の方で e-learning 上の出欠を入力して
おきます。※松石・高畑両先生は大福帳を使わず、e-learning の出席機能を使いますので、
注意してください。
(3)成績評価について:定期試験 70%、平常点 30%。
(4)授業に関する質問については、直接・大福帳・メール・e-learning どれでも OK です。わからないところは早
めにわかるようにしておきましょう。オフィスアワー(学生が教員に対して学習等の相談を自由に行っていい時
間帯)をはじめとして研究室への来訪を歓迎します。
オフィスアワーの場所:2852 研究室(御井本館 8F)
時間:火曜日 15 時〜16 時(他の日時でも対応可能な場合あり)
メール:t217saitot@std.mii.kurume-u.ac.jp(予約してもらえると確実です)

0-2. みなさんと私のお約束(重要:高畑先生・松石先生とはルールが異なる場合があります3!)
(1)授業中の振舞いについて(集中できる環境をお互いに作っていきましょう!)
・話し声は質問したい内容があるものと見なして、担当教員が質問内容を伺いにいきます4。
・飲食についてですが、飲み物はソフトドリンク一般については基本的に認めております。食べ物については、飴
程度であれば特に注意するつもりはないです(しっかり食事をされると、担当教員の食欲が喚起されて、説明
の際に必要な集中力が下がりますのでご遠慮下さい)。
・トイレ等の途中退出について、担当教員に許可をとる必要はありません。皆さん大人ですので、適切な振る舞
いをしてください。
・好きな服装(職質されない範囲)で受講して OK です(着帽も私は注意しません)。
・マスクの着用については、個人の意思を尊重します。担当教員はマスクを着用します。
(2)受講者の公平性を第一に対応しますので、公平性を欠くような行動や相談は慎んで下さい。

3
大学の授業では、担当教員によって色々とルールが異なります。「〇〇先生は良いっていったのに、どうして△△先生ではダメなんで

すか?」みたいなことが通用しない場合があります。
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質問は大いに歓迎します。ただし、すぐに答えられないものもありますから、その時は別日に回答します。

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
2024/04/13
0-3. この講義について
全体:経済学を学ぶ上での基本的な知識を習得・理解することを目的としている
⇒私は、現在の社会や経済の仕組みがどのように形作られたのかを歴史的な経緯から講義します

【?】経済学部なのにどうして歴史を勉強しなきゃいけないの【?】
経済学部で経済史という科目が開講されているのは、経済史という分野で扱っている内容が現在の経済学で
取り扱っている内容を考える際の前提・背景知識を多く含んでいるからです。現在の経済問題を考える際には、
現在のことだけ注目するだけではなく、過去にどのような経緯があったのかについても考える必要があります。

・経路依存性(Path dependence)という点からこの疑問を考えてみる
事例1:エスカレーターに乗るとき、福岡では左側は立ち止まり、右側は急いでいる人のためにあけている
(なぜ?)※近年、このような慣行をやめようとする動きがある5

図 1:福岡市営地下鉄の広告(一例)

〇 片側を空けることになった経緯?とその後
・元々、ロンドンの地下鉄では、エスカレーターを乗るとき左側をあけて乗る慣習があった(?)
→鉄道会社で日本初のエスカレーターを導入した阪急は「片側空け」を乗客に周知する(なぜ?)
+地域によって「右側空け」だったり、「左側空け」だったり分かれている(←確たる原因はわかってない?)
・近年、鉄道会社が「片側空けをやめるように」と乗客に周知する(どういうこと!?)

5
近年、東福岡高校の生徒たちがこのような状況を変えるために活動を行っていますが、彼らが作成した中吊り広告において「急ぐ

人のために片側を空けて利用するのがよいことだと考えられた時代もありました……。」という文言が明記されています。つまり、現

在の我々の行動は過去に規定されたものであるといえましょう。田畑竜介 Grooooow Up「日本初のエスカレーターで歩かない街」

福岡なら実現できる?」、2022 年 11 月 29 日、RKB オンライン、https://rkb.jp/article/154418/(最終閲覧日:

2023/03/23)。

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
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事例2:タイプライターが開発された当初、キーボード配列は2種類あった。現在、採用されている QWERTY
配列よりも効率的に打鍵できる DVORAK 配列は採用されなかった6(なぜ?)

図 2:QWERTY 配列と DVORAK 配列 図3:タイプライター

〇 補完性7とネットワーク外部性8から考える QWERTY 配列の「勝利」


(1)故障リスクが高い DVORAK 配列のキーボードよりも、QWERTY 配列のキーボードが販売される。
(2)QWERTY 配列のキーボードのほうは、DVORAK 配列と比べて安価に販売することができる。
(3)世に出回っているキーボードの配列が QWERTY 配列になるため、タイピングの技能を学ぶ上で
QWERTY 配列を学ぼうとする。

6
岡崎哲二『コア・テキスト経済史[増補版]』(新世社、2016 年)、20-26 ページ。
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補完性とは、足りないものを補うような性質とされます。今回説明した内容では、キーボードとタイピング技能という二つの要素があ
ります。キーボードというハードウェアだけが存在していてもタイピング技能をもつ人がいなければ機能しません。一方で、タイピング
技能をもつ人がいたとしてもキーボードというハードウェアが存在していなければ宝の持ち腐れになるでしょう。このことをふまえた
上で、ユーザー側は QWERTY 配列のキーボードを使いこなす能力が必要になります。一方、メーカー側は QWERTY 配列のキー
ボードを販売したほうがよく売れるという見立てをもつことができます。
なお、経済学では補完財という考え方があります。教科書では「一方の財の価格の低下が、関連するもう一方の財の需要曲線を
右にシフトさせるとき、2 つの財は補完財である」などと説明が施されていて、これだと入学したばかりの皆さんでは難しいでしょう。
(正確な説明は理論系の先生に譲りますが)例えば、皆さんが普段使用しているシャープペンシルと替え芯の関係を考えるといい
でしょう。シャープペンシルだけでは字を書くことはできません。また、替え芯だけで字を満足に書くことはできません。シャープペン
シルに替え芯を入れることによって字を書くことができます。このように、それぞれが持っていないものを補い合うことで満足度(経
済学の用語で効用といいます)を高められるような製品やサービスのことを補完財といいます(私の説明だと怪しいところがあると
思いますので、ちゃんと理論系の授業でしっかりと学んでください)。ダロン・アセモグル、デヴィッド・レイブソン、ジョン・リスト、岩本
康志(監修・翻訳)、岩本千晴(翻訳)『アセモグル/レイブソン/リスト ミクロ経済学』(東洋経済新報社、2020 年)、103 ページ。
8
外部性は、経済学における重要概念の一つです。教科書では、「経済活動により、第三者にスピルオーバー(漏れ出す)する費用ま
たは便益が生まれる」ことなどと表現されています。例えば、化学工場が商品を生産する過程において汚染物質を外部に排出した
とします。この汚染物質は近隣住民の健康被害などを与える可能性があります。この時に発生する近隣住民の健康被害や不快感
という「コスト」の発生が負の外部性(ある経済活動が第三者に対して直接的な影響をもたらす)となります。
なお、ここでのネットワーク外部性は、「より多くの消費者がつかうことで、製品の価値が上昇すること」と表現されることがありま
す。今回の事例に即して説明するならば、QWERTY 配列の利用者が多いほど、その QWERTY 配列のキーボードを使う利用者の
満足度が高いということになります。なぜなら、特定の場所でしか使えない DVORAK 配列のキーボードよりも、学校や会社といった
様々な場所で使うことができる QWERTY 配列のキーボードのほうが、満足度が高くなる(=一箇所で使えるスキルよりも、様々な
場所で使えるスキルのほうがいい)からです。ダロン・アセモグル、デヴィッド・レイブソン、ジョン・リスト、岩本康志(監修・翻訳)、岩
本千晴(翻訳)『アセモグル/レイブソン/リスト ミクロ経済学』(東洋経済新報社、2020 年)、317 ページ。

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
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⇔打鍵効率が高くても、教育コストや販売価格の高さから、DVORAK 配列を使用する人は少数派に…。
(でも?)今日、タイプライターではなく、パソコンでのキーボード入力が主流であるため
DVORAK 配列のほうが効率的なはず!
⇔QWERTY 配列がメジャーになってしまったので、
今さら DVORAK 配列に転換するのは非効率
…このように、「効率的」とされた仕組みや慣習が実は効率的ではなかったり、効率的ではないものをあえ
て選んだりする場合があり、さらには「よくわからないけど、そうなっていた」ものなどもある。

☆ 我々の様々な行動や考え方は、過去からの道筋に依存(経路依存)して生まれている
→あらゆる国の経済発展・社会の仕組みは同じように進んでいない
=歴史的な経路をしっかりと把握した上で、それぞれの経済や社会を考える必要性!

1. 欲望を制御する
【導入】 現在のように、飢えることを心配せずに生活できるようになったのは人類史の観点からするとつい最近の
ことといえます9。皆さんの場合、一日のほとんどを食料確保に費やすことはないでしょうし、食料を確保す
るために近所の人と協力して食料の生産活動に従事することを強いられることはないといえます(=コンビ
ニなどでお金を払えば、食料はすぐに入手可能)。
また、皆さんは自らがやりたいことをある程度主体的に選択することができます(美味しいものを食べた
い、好みの洋服を着たい、好きなアーティストのライブに行きたいなど…)。すなわち、欲望充足のために時
間を割くことが可能な時代に生きているといえますが、自らが主体的にやりたいことを選ぶこと自体、最近
になるまで難しいことでした。
では、そのようなことができなかった時代はどのような時代で、なぜなのでしょうか?

1-1. 新人類の経済行動、経済システム
〇 定住生活の誕生
・(当初)定住せずに移動する生活(≠農耕や牧畜を行う経済)
=狩猟採集経済・・・生存の維持に必要な財10を獲得することが主な目的
→食料生産の限界に直面しやすい(毎日獲物を捕まえられるわけではない)
⇒農耕牧畜経済の移行へ・・・食料獲得の生産性が急上昇(農耕革命)
+ある程度、生産の見込みが立ちやすい

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もちろん現在においても、様々な理由から飢えに苦しんでいる、あるいは十分な食生活を送ることができない人達がいることを我々

は忘れてはいけません。
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「財」だけだとちょっとわかりにくいと思いますが、ここでは具体的なモノ(野菜とか肉とか)を想定してもらって結構です。

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〇 農耕革命←食料獲得の生産性上昇
・集落の形成に伴う定住化、農耕牧畜による食料生産、生産物の備蓄へ
・国家形成により生産的労働に従事しない人々(貴族、神官など)も出現
☆ ただし、まだ皆が好き勝手に自分のやりたいことをやる(=欲望充足)余裕はない!
⇒皆が協力することで、皆が日々生きていける!
(=個人が勝手なことができない)
・一定規模の生産体制をうまく機能させるためには、統率者の存在が不可欠
【?】どうやって人々を統率するの?
⇒権威と権力!

〇 権威と権力の問題(←支配=従属関係をどのように担保するか?)
・権威(支配する者が服従する者から調達する信頼関係)の必要性
※暴力を用いた支配はあるが、毎回暴力使うわけにはいかない・・・。
例:学生は教員の授業を自発的に信頼する
=私(齊藤)が説明する内容を「全て嘘だ!」とは思わない(=基本的に正しいことを言っている!)
・・・この信頼関係があるからこそ、授業は成立する!「鉄拳制裁」だけでは無理!
・権力(支配する者が自分の意思に従わない者を祟(たた)ることで、服従を調達する)の必要性
・・・最終的には暴力の担保があるが、ルールによって服従を調達する力を担保
例:校則違反をした生徒を校長先生が退学処分11する
:国家権力を維持するために、警察や軍隊を動員する
☆ 歴史上の支配者は権威と権力を上手く活用することによって、統治・支配を行っていた

1-2. 前近代における個人と「イエ(家)」
〇 疑われない規範から、「自由意志と契約」の時代へ
・前近代12の経済では個別的な欲望をすべて充足させることは困難
⇒生存を優先するために、共同体13の維持を優先する仕組み(掟など)を構築

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この考え方を踏まえると、私たちは学校の先生に対して「従順」だった一因が分かりそうなものですね。
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「前近代」とは、「近代という時代(区分)よりも前の時代」というニュアンスがありますが、そもそも近代とは何かという問題に直面

します(これを考えると大変)。あくまでも「工業化が始まる前の時代」程度の理解で OK です。
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共同体とは、「ある一定領域に住んでいて、かつ共通する利害をもつ人々の中で生まれる社会関係」といった理解で構いません

(これでも少し難しい説明かもしれません)。共同体では、彼らがもつ土地や資源を共同で利用・管理し、日々暮らす上で必要な時

に互いに助け合い、協力する関係を持ちます。言い換えれば、個人が自由に動けるわけではなく、共同体内のルールにしたがって活

動が制限されることがありました(=皆が協力しないと、それぞれの個人が生きていけない)。

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
2024/04/13
☆ 疑われない規範(規範の合理性や正当性が検討対象にならない)によって構成された社会14
⇔近現代社会の共同性は、自由意志15と契約で特徴づけられる
・「経済外的強制」とその強制をめぐる問題
・・・疑われない規範によって前近代の人々の経済活動のあり方が定められていること
=富の移転が当人の自由意志なく行われる際に発動される強制力(年貢の徴収など)
☆ この強制力の発動に対して、掟やしきたりとして理解されていたのが前近代社会の特徴
=不満はあっても、それは「疑われない規範」の上での不満にすぎない!

〇 イエ(家16)経済という考え方
・ある時代まで人々の生活は個人を単位とするよりも、家を単位とすることが殆ど!
→家長である父が、家の構成員である家族を統率して日々の生活や生産活動を行っていく
☆ 家庭は生産の場であり、消費の場である!
→近現代以降、家庭はあくまで消費の場に過ぎない(=労働者や専業主婦の誕生へ)
・Economy (経済)という言葉の由来である Oikonomia (ギリシャ語)は、oikos (家)+ nomos (法や
掟、秩序)をくっつけた Oikonomos から派生してできた言葉であり、「家政術・家を管理すること」を意味
します(紀元前 6 世紀ごろ)17。

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ちょっと難しいので皆さんがイメージしやすいように説明するならば、「よくわからない部活の伝統」を思い浮かべてもらえればと思

います。その伝統を守ることに不満があったとしても、その伝統にどんな意味があるのか、どんなメリットがあるのかを考えたり変えよ

うとしたりすることはないルールというのが「疑われない規範」というものです。例えば、野球部の「丸坊主強制」などをイメージして

もらえればと思います。「丸坊主は嫌だ!」と不満を持つことはあっても、丸坊主を強いられることに対して監督などに「監督、丸坊主

をしても野球が上手くなるわけではないので、このしきたりは変えた方がいいと思います」みたいな反抗・抵抗をすることはあまり

ないと思います。でも、そういうよくわからないルールを設定することで、多様な人々を「まとめる」ことができるようになっています。

そういう「よくわからない」ルール(=伝統や掟)に縛られた社会が前近代社会における特徴の一つといえます。
15
自由意志というのもかなり抽象的な言葉ですが、「自らのしたい気持ちや考え」くらいで考えてもらえればと思います。前近代社会

では、個々人が必ずしも「自らのしたい気持ちや考え」を実行することができなかった時代といえます。
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ここでは、建造物としての「家」を意味しているわけではありません。例えば、日本の場合のイエ(家)とは「家産(家の財産)、家名、

家業のセットを永続的に継承させるシステム」といった説明がなされています(定義は論者によって様々です)。家の運営を取り仕

切る役割をもつ父(=家長 (かちょう))、そして家族の構成員である母や子、祖父母や孫などで構成された一つの生活集団が、

日々の生活(消費活動)と農業や商業といった家業(生産活動)を行う、そのような仕組みをイエ(家)と考えるといいと思います。

近代日本では、いわゆる「家制度」というしくみがあり、家長は家族に対して強力な権限を有していました。戦後日本において家制

度は解体され、今日では「家長」という考え方も薄まってきた(制度としてはなくなっています。ただ、「跡継ぎ」とか、「本家と分家」と

いう考え方はまだ残っている場合もあるでしょう)でしょうから、あくまでもそういう考え方が昔はあったという理解で問題ありません。

本多真隆『「家庭」の誕生:理想と現実の歴史を追う』(筑摩書房、2023 年)、13、66-67 ページ。


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ちなみに、フランスの思想家ルソーは、オイコノミアを「家族全体の共同利益のための、賢明で法にかなった一家の統治」と説明し

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
2024/04/13
【?】じゃあ、現在使われている Economy (経済)や Economics(経済学) はいつ頃から使われた?(後述)
・このイエ経済という考え方は、近現代以降に段々となくなってくる(=今日、全ての家庭が家長である父親の指
示に従って生産・消費活動をしているわけではない)。←なぜ変化したの?

1-3. 前近代における富の規範
☆ 豊かな人とそうでない人が生まれると共同体の維持が難しくなる!
=勝ち組と負け組をつくってしまうと共同体が壊れてしまう(=生存可能性が低くなる)
→いかにして「皆、同じ程度の経済状態」にするかが課題!
1)「致富(ちふ)の非道徳性18」:将来の富の増進のために、富を蓄積しない
・・・共同体を維持する上で「疑われない規範」を用いていたが、富の蓄積はその規範を逸脱すること。
2)富が蓄積された場合には、非生産的な思想・宗教・知恵・技芸・力のために用いられる
・・・豪華な宮殿、寺院、神殿、工芸品の入手などなど
A. 支配者の権威を誇示する手段
B. 「人件費(神官、僧侶、学者)」だけでは消費しきれない富の消費を可能にする方法

〇 なぜ「祭り」があるのか?(経済史から考えてみる)
・無駄遣いではなく、共同性の再確認と富の拡大再生産を防ぐ方法
例:ポトラッチ・・・北米先住民の間で行われた祭礼と贈与の儀式
→主客が互いの持ち物や贈り物をその場で破壊する!
=富の蓄積によって裕福になるのは不名誉なこと!
・前近代の剰余は収奪の対象だけではなく、身分制を外部に見せつけるために利用された
→結果として音楽、美術、文学などの発展を促し、近世以降の文化に大きく貢献19

ています。余談ですが、ダノンのヨーグルト製品である oikos (オイコス)もギリシャ語からとったそうですが、さらに「各家庭・個人に

末永く身近に感じてもらえるよう、そして、昨日の自分を少しでも追い越すこと・パフォーマンスを向上させることを楽しみとする、スポ

ーツをするすべての人々を応援するべく、自分を「追い越す」という日本語の意味と重ねて」いるのだそうです。ダノン、「製品につい

て」、ダノンウェブサイト、https://www.danone.co.jp/faq/category/oikos/(閲覧日:2023/03/20)。
18
「致富」というのは耳慣れない言葉だと思いますので、「お金持ちになる」くらいの理解で OK です。すなわち、「致富の非道徳性」

というのは、「お金持ちになることは、人としてよくない」という性質を意味しています。
19
例えば、17 世紀フランスのルイ 14 世によって造営されたヴェルサイユ宮殿は贅を尽くした宮殿として有名ですが、そのような豪奢

な宮殿自体が「権力と権威の体現者である王権の理念」を可視化する舞台として機能しました。

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
2024/04/13
2. 市場の形成と貨幣の誕生
【導入】農耕牧畜経済の進展によって、食料生産を行えるようになった人類は次第に人口を増やしていきます。ま
た、農業の発展は余剰生産物を生み出し、生産効率の上昇に伴って家庭内に余裕ができた結果として、
家内工業の進展をもたらしました。これらの商品は市場を介して交換されるようになり、その交換を行う場
所として都市が重要な機能を果たします。都市に住む人々は、自ら食料を生産することができませんので、
別の形で収入を得て食料を調達します。
人々は、生産の効率性 を高めるために分業 を行い、その結果商品交換が進展 していきます(自分が持
っているものと自分が持っていないけど必要なものを交換する)。当初、現物での交換も行われておりまし
たが、次第に貨幣 を用いた経済活動の進展(=貨幣経済の浸透 )が見られるようになり、交通網の発達
によって遠隔地での交易(貿易)も行われるようになっていきました。この過程で決済(支払い)手段や会
計技術なども発展していきました。

2-1. 市場の成立と商業上の変化と発展
【ところで】市場(いちば)と市場(しじょう)はどのように違うのでしょうか?
・市場(いちば):商品の交換がなされる場
・市場(しじょう):商品交換の場を有する機能や、商品を交換する人々の関係
→(教科書では)需要と供給が一致してある財についての価格が成立するメカニズムを通じ
て、効率的な資源配分を達成する交換と流通のシステム(ちょっと難しい?)

☆ 市場が開設されるということ
・市場(商品の交換場所)はあらゆるところで開設されるわけではない
→公権力や土地の支配者からの許認可を得る必要がある!
・市場開設は、契約執行遵守(商売に関するルールを守る、契約をしっかりと行う)
度量衡の統一(統一することで、物と物同士の交換を容易にする)
情報の非対称性緩和(どんな相手か分かる、信頼できる人と取引できる)
といったメリットがある!
=安全性が高く、様々なコストをできるだけ下げた状態で取引できる場が提供されている!

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
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2-2. 貨幣とか貨幣経済とかって何?(ここは抽象的な話が多いので、要注意)
〇 貨幣についての教科書的説明
・人々が財やサービスを売買するに際して、支払いをしたり、受け取ったりするときに信用される資産20(?)
・均衡的互酬性21に等価性を成立させ、それを商品交換とする装置22(!?)
→これらの説明ではよくわからないと思いますので、もう少しかみ砕いてみましょう。

【そもそも】貨幣がない世界≒物々交換でしか成り立たない世界ってどんな世界?
・交換してくれる相手を見つけるのが難しい世界である(?)
例:15 万円する iPhone XV を購入するために、1 本 100 円の大根 1500 本を携帯電話会社に持参する
→携帯電話販売会社が大根 1500 本受け取って、iPhone XV を渡してくれるか?
☆ 自分と相手が、お互いに提供してもいいと思えるモノを見つけるのは至難の業!
※(そもそも)iPhone XV が 15 万円の価値、大根が 1 本 100 円の価値をどのように理解した?
☆ 物と物を交換するために媒介となるような存在、各々の価値を表示する存在=貨幣が必要!23

〇 貨幣の 3 つの機能
(1)交換機能:財やサービスと引き換えに交換することができる機能
例・・・1000 円札を出せば、1000 円のランチセットを食べることができる
(2)価値貯蔵機能:購買力を将来に持ち越すことを可能にする機能
例・・・バイトの給料 3 万円が入ったけど、この 3 万円は当日使っても良いし、来年使っても
いい!(=いつでも使えるから、支払い手段として利用可能)
(3)価値尺度機能:様々な財やサービスの価値を示す上で、広く一般に使用される尺度
=異なる物を交換する上での共通尺度として機能する!

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ダロン・アセモグル、デヴィッド・レイブソン、ジョン・リスト、岩本康志(監修・翻訳)、岩本千晴(翻訳)『アセモグル/レイブソン/リスト

入門経済学』(東洋経済新報社、2020 年)、478 ページ。


21
互酬性(ごしゅうせい)とは、血縁や地縁に基づいて財やサービスが対称的に行われる贈与を意味しております(この説明だと難

しいかもしれません)。例えば、近所の人から「おすそわけ」をもらった時や友達同士で贈り物の交換することをイメージしてもらえれ

ばと思います。この時に重要なのは、片方だけがもらい続ける関係ではなく、お互いがモノやそれ以外のものを贈り合う関係が成

立しているということです。このような互酬性は、市場経済が浸透する前の経済活動の一つとして重要であり、今日においてもその

一部は様々な場面でみることができます。
22
小野塚知二『経済史:いまを知り、未来を生きるために』(有斐閣、2018 年)、113 ページ。
23
なお、このような「物々交換から貨幣が誕生した」という主張については、人類学者などからこれまでに批判がなされています。フェ
リックス・マーティン、遠藤真美(訳)『21 世紀の貨幣論』(東洋経済新報社、2014 年)。

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
2024/04/13
注意!:貨幣は必ずしも我々が普段使用しているお金(紙幣や硬貨といった法定通貨)とは限りません。歴史上、
塩や米が貨幣として機能する場合もありましたし、「マルボロ本位制」のようにタバコであるマルボロ(銘
柄)が貨幣に類似した機能をもっていた事例24もあります。

・経済活動に関わる人々や団体が増えてくる中で、物々交換では限界がくる。
そのため、貨幣を用いて様々な交換が行われるようになる!※でも、貨幣も沢山持って行けるかというと・・・。
→手形の発明へ!

参考文献
・朝日新聞「(あのとき・それから)1989 年エスカレーター片側空け出現「急ぐ人に配慮」から「安全へ」『朝日新
聞』、2016 年 7 月 20 日、朝日新聞クロスサーチ、https://xsearch.asahi.com/kiji/detail/?168041
7975505(最終閲覧日:2023/04/02)。
・ダロン・アセモグル、デヴィッド・レイブソン、ジョン・リスト、岩本康志(監修・翻訳)、岩本千晴(翻訳)『アセモグル
/レイブソン/リスト 入門経済学』(東洋経済新報社、2020 年)。
・ダロン・アセモグル、デヴィッド・レイブソン、ジョン・リスト、岩本康志(監修・翻訳)、岩本千晴(翻訳)『アセモグル
/レイブソン/リスト ミクロ経済学』(東洋経済新報社、2020 年)。
・岡崎哲二『コア・テキスト経済史[増補版]』(新世社、2016 年)。
・奥西孝至、鴋澤歩、堀田隆司、山本千映『西洋経済史』(有斐閣、2010 年)。
・小田中直樹『ライブ・経済史入門:経済学と歴史学を架橋する』(勁草書房、2017 年)。
・小野塚知二『経済史:いまを知り、未来を生きるために』(有斐閣、2018 年)。
・重田園江『ホモ・エコノミクス:「利己的人間」の思想史』(筑摩書房、2022 年)。
・金井雄一、中西聡、福澤直樹(編)『世界経済の歴史:グローバル経済史入門』(名古屋大学出版会、2014
年)。
・佐々木雄大「<エコノミー>の概念史概説:自己と世界の配置のために」『ニュクス』、創刊号、(2015 年)、10-
37 ページ。
・杉山吉弘「エコノミー概念の系譜学序説」『札幌学院大学人文学会紀要』、第 97 号、(2015 年)、25-42 ペー
ジ。
・谷澤毅『世界流通史』(昭和堂、2017 年)。
・中西聡『日本経済の歴史:列島経済史入門』(名古屋大学出版会、2013 年)。
・野原慎司、沖公祐、高見典和『経済学史:経済理論誕生の経緯をたどる』、(日本評論社、2019 年)。
・馬場哲、山本通、廣田功、須藤功『エレメンタル欧米経済史』(晃洋書房、2014 年)。

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タバコが貨幣のような機能をもつのは、その国の法定通貨に対する信用がない(その国の中央銀行が発行している通貨が取引で

利用できない可能性が高いと考える)からです。信用のない通貨を使う人はいないでしょうから、結果的に変わりとなる貨幣を用い

て人々は経済活動を行うことになります。

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【経済学概論(経済学入門)・第 1 回】
2024/04/13
・本多真隆『「家庭」の誕生:理想と現実の歴史を追う』(筑摩書房、2023 年)。
・フェリックス・マーティン、遠藤真美(訳)『21 世紀の貨幣論』(東洋経済新報社、2014 年)。
・山本千映、村上衛、河崎信樹『グローバル経済の歴史』(有斐閣、2020 年)。
・横山和輝『マーケット進化論:経済が解き明かす日本の歴史』(日本評論社、2016 年)。

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