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「子ども時代の逆境的体験

(ACEs)」と貧困
─逆境的体験から子どもを救う目と耳と心
仲 真紀子

る(Metzler, Merrick, Klevens, Ports & Ford,


はじめに
2017)
。筆者自身は貧困の研究を行っているわけ
筆者は発達心理学、認知心理学を専門分野と ではないが、もしも虐待と貧困に関連性が認め
し、日常場面での記憶やコミュニケーションの られるのであれば、虐待の発見に関わる筆者ら
研究を行っている。特に、事件や事故、虐待の の研究も、多少なりとも貧困問題の解決に貢献
疑いのある子どもから、出来事や体験をできる できるかもしれない。そこで、まずはFelittiら
だけ正確に、できるだけ心理的負担をかけるこ が行った健康リスクに関するACE研究、続いて
となく聴取する面接法(司法面接)を研究対象 Metzlerらが行った貧困に関するACE研究を紹
としている。実験室研究ばかりでなく、面接法 介し、その上で虐待への気づきや発見という観
や研修プログラムを開発し、児童相談所職員、 点から、私たちに何ができるのかを考えてみた
警察官、検察官などの専門家に研修を行い、面 いと思う。特に子どもに接することの多い大人
接の査定を行ったりもする。 は「逆境」の疑いに対し、どうすればよいのか
こういった研究活動のなかで出会い感銘を を考えてみたい。
受けた研究の一つに、アメリカの国立研究機
関 CDC(Centers for Disease Control: 疾 病 予
防管理センター)でV. J. Felitti医師らが行った
1 虐待と健康リスク、そして貧困

疫学的な研究「ACE 研究(ACE study)


」があ Felittiらは、サンディエゴ健康査定クリニッ
る(Felitti, Anda, Nordenberg, Williamson, クで健康診断を受けた成人に調査表を送付し、
Spitz, Edwards, Koss & Marks, 1998)
。ACE は 子ども時代の逆境的な体験と健康診断の結果と
Adverse Childhood Experienceの頭文字であり の関連性を調査した。第一次調査では、13,494
「逆境的な子ども時代の体験」を指す。 人に調査表が送付され9,508人から回答を得てい
Felitti らが行ったACE研究は、逆境的な子 る。調査表には7カテゴリの逆境体験(19項目)
ども時代の体験と後の健康上のリスクとの関 が含まれており、回答者は各項目に「はい」か
連性に焦点を当ててきた。しかし、近年では、 「いいえ」で回答した。7つのカテゴリとそこに
逆境的な子ども時代の体験が後の貧困とも関 含まれる項目の例を示す(項目は意訳している)

わっていることを示唆する研究が行われてい

学術の動向 2017.10 39
特集  
1 子どもの貧困 ―成育環境に及ぼすその影響と対策―

<虐待> そして「1」となったカテゴリがいくつあるかを
①心理的虐待:「あなたの親または成人した カウントし、ACEスコアとする。スコアの範囲
家族が、あなたを罵る、非難す は0(
「はい」が一つもない)から7(7カテゴリ
る、嫌がらせを言うといったこ がすべて「はい」となる)である。このACEス
とが頻繁またはごく頻繁にあり コアと健康診断の結果を調べたところ、スコア
ましたか」 が高い人ほど健康上のリスクが高いことが明ら
②身体的虐待:「あなたの親または成人した かになった。例えば、逆境体験の数(ACEスコ
家族が、あなたを押す、掴む、 ア)が「0」の人に対し、
「4+(4以上)
」の人は
突き飛ばす、ひっぱたくといっ 「オビシティ(肥満)
」が1.6倍、
「喫煙」が2.2倍、
たことが頻繁またはごく頻繁に 「性感染症」が2.5倍、
「50人以上の人との性交」
ありましたか」 が3.2倍、
「薬物使用」が4.7倍、
「自分はアルコー
③性的虐待:「あなたよりも5歳以上年上の人 ル中毒だと思う」が7.4倍、
「薬物注射を使用」
または大人が、性的な仕方であ が10.3倍、
「自殺未遂」が12.2倍となっている。
なたに触れる、触るということ そして、糖尿病、脳溢血、がんなどの重い健康
がありましたか」 リスク要因の数もACEスコアとともに増加する
<家族の機能不全> という結果であった。例えば、致死的なリスク
④物質中毒:「家族にアルコール/薬物中毒 を3つ以上もっている人は、
ACE「0」の人が5%
の人がいましたか」 であるのに対し、
「4+」の人は22%であった。
⑤精神疾患:「家族にウツまたは精神疾患の このようなことから Felitti らは次のように考
人がいましたか」 察している。子ども時代の逆境的な体験が多い
⑥母親/義母への暴力:「あなたの母親また ほど、人は社会的、情動的、認知的な問題を抱
は義母は、押す、掴む、ひっぱ える可能性が高まる。その結果、
喫煙、
暴飲暴食、
たく、物を投げつけるといった 薬物依存等の危険な行動が多くなり、それが病
行為を時折、頻繁、またはごく 気に罹患したり事故で障害をもつ可能性を高め、
頻繁に受けていましたか」 犯罪の原因にもなる。そして、人が早期に死を
⑦家庭内での犯罪行動:「家族に刑務所に 迎える(early death)可能性を高める。この調
行った人がいましたか」 査は回顧的、主観的な意識調査であり、現在の
問題が否定的な過去をことさらに思い出させる
各カテゴリは1 ∼ 4項目から成るが、カテゴ ということもあるかもしれない。しかし、子ど
リ内の項目に対しひとつでも「はい」という回 も時代のネガティブな体験のインパクトは近年
答があれば、
そのカテゴリのスコアを「1」とする。 の脳科学研究の成果などとも符合し、否定する

40 学術の動向 2017.10
PRO FIL E ▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶

仲 真紀子(なか まきこ)
日本学術会議第一部会員
立命館大学総合心理学部教授

専門 認知心理学、発達心理学、法と心理学

ことはできないように思われる。
このようにACE 研究は逆境的な体験と健康
リスクとの関連性を示してきた。これに対し、
Metzler ら(2017)は逆境的な体験と教育、就 「児童虐待の防止等に関する法律」は平成12
労、収入といった社会的機会に関する調査を行っ 年に施行され、最終改正が行われたのは平成28
ている。2010年の米国行動リスク要因サベイラ 年である。この法律の5条(早期発見の義務)
ンスシステム(BRFSS)により得た 27,834 人の には「・・福祉に業務上関係のある団体及び学
データを分析したところ、ACEスコアが高いほ 校の教職員、児童福祉施設の職員、医師、保健師、
ど「高校中退」
「失業」
「貧困の程度(連邦貧困 弁護士その他児童の福祉に職務上関係のある者」
線未満)
」が増えることが示された(Metzler et は、児童虐待を発見しやすい立場にあるとし、
al., 2017)
。ACEの数が「0」の人の値を1とする 児童虐待の早期発見に努めなければならないと
と、ACE の数が「4+」である場合、高校中退は している。6条(児童虐待に関わる通告)では「児
2.34 倍、失業は2.31倍、貧困は1.56倍であった。 童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、
速やかに・・福祉事務所若しくは児童相談所に
通告しなければならない」とし、
「秘密漏示罪の
2 私たちにできること
規定その他の守秘義務は、通告をする義務の尊
米国カリフォルニア州のサンディエゴ市では、 守を妨げるものと解釈してはならない」とある。
例年1月にサンディエゴ児童・家族虐待国際会 とはいえ、通告や情報提供をするには「本当
議が開催される。筆者はこの会議でFelittiの講 に虐待があるのか」と確認したくなるかもしれ
演を聞き、虐待の発見や対応は子どもの「今こ ない。本来は「虐待の疑い」があれば通告しな
こ」の問題だけでなく、長きにわたる人生に関 ければならないのであり(平成16年の改正で「児
わる問題を扱うことになるのだと改めて理解で 童虐待を受けた児童を発見した者」が「児童虐
きたように思った。上述のように、筆者は誘導・ 待を受けたと思われる児童」となった)
、「確認」
暗示をかけることなく子どもから事情を聴取す は不要である。実際、虐待の有無を確認しよう
るという面接法の研究を行っているが、それは とすると、私たちは知らず知らずのうちに「パ
認知心理学・発達心理学の応用にとどまらない、 パが叩いたの?」
「何度も叩かれたの?」などと、
子ども一人ひとりの人生にも関わる仕事なのだ バイアスのかかった情報(
「パパ」
「叩く」
「何度
と思えるようにもなった。虐待を発見し、対応 も」
)を提供してしまいがちである。これらは子
し、予防するために、社会では多くの人々が様々 どもの記憶を汚染する可能性がある。では、ど
な活動を行っているが、ここでは筆者の専門分 うすればよいか。もしも幼稚園、保育所、学校
野から私たちにできることを書いておきたい。 などで子どもの発言や怪我から「虐待の疑い」

学術の動向 2017.10 41
特集  
1 子どもの貧困 ―成育環境に及ぼすその影響と対策―

を察知をしたならば、
「何があった?」とだけ聴 とは以下のような特徴を備えた面接法である。
けばよいように思われる。むしろ「疑い」を察
知した日時、場所、経緯(どういうことから「疑  ・面接はチームで行う:司法、福祉などの多
い」をもったのか)を明確に記録する。子ども 専門で実施することで、子どもは複数の機
に質問をしたのであれば、その質問と子どもの 関を巡る必要がなくなる。
応答を逐語的に記録しておくことも有用である。  ・面接は録音録画する:面接室では面接者と
そして、根堀り葉掘り質問したり、確認を求め 被面接者が一対一で面接を行い、録音録画
たり、矛盾を追求するのではなく、
「何が」
「あっ し、バックスタッフ(チームのメンバー)
た」または「誰が」
「どうした」という発言を専 は面接をモニターし支援する。
門機関に伝えることが重要である。  ・面接は構造化されている:本題に入る前に
中には「先生だけに教える。他の人には言わ グラウンドルール(「今日は本当にあった
ないで」などという子どももいるかもしれない。 ことを話してください」「わからなかった
しかし、子どもは必ずしも自己にとり最善の選 らわからないと言ってください」などの約
択や判断ができないからこそ、保護すべき対象 束事)、ラポール(話しやすい関係性)の
なのである。子どもが「大丈夫」だと言っても、 形成、出来事を思い出して話す練習などを
大丈夫ではないかもしれない。
「今話ししてくれ 行い、その後に本題に入る。
たことはとても大事なことだから、先生『たち』  ・オープン質問で自由報告を得る:オープン
にもお手伝いさせてね」と言い、迷わず相談す 質問とは「何がありましたか」「それから
ることが重要である。
「上司に確認してから通告 どうなりましたか」「(被面接者が話した
しよう」とか、
「通告すると親との関係性が悪く ことを)もっと詳しく話してください」
なる」とか、
「より適切な人が対応するだろう」 等、回答に制約のない質問である。WH質
などと考え、通告をためらうような状況もある 問やクローズド質問(選択式の質問)は最
かもしれない。しかし、通告内容が間違いであ 小限にし、子どもからできるだけ多くの自
れば「よかった」というだけであり、
「本当」で 発的な発話(自由報告)を得る。
あれば発見がさらに遅れる。特に性的虐待は虐
待の期間が長引きがちである。 「子どもの貧困」の問題は広く深く、どこから
通告を受けた側はどうするか。通常は市町村 どう取り組めばよいのか圧倒される思いもする。
の窓口や児童相談所が対応するが、性的虐待や しかし、虐待の発見は貧困を含むさまざまな逆
身体的虐待が疑われる場合は、福祉と司法が連 境の改善につながるひとつのステップとなり得
携し司法面接を行うことが望ましい。詳しい説 る。子どもの未来を思い描きながら、子どもの今
明は他所にゆずるが(仲、2016など)
、司法面接 を目と耳と心で察知することができればと思う。

42 学術の動向 2017.10
引用参考文献
児童虐待の防止等に関する法律(平成十二年五月二十四日法律
第八十二号) (最終改正:平成二八年六月三日法律第六三号)
Felitti, V. J., Anda, R. F., Nordenberg, D., Williamson, D. F.,
Spitz, A. M., Edwards, V., Koss, M. P., & Marks, J. S. (1998).
Relationship of childhood abuse and household dysfunction
to many of the leading causes of death in adults: The
Adverse Childhood Experiences (ACE) Study. American
Journal of Preventive Medicine, 14, 245-258.
Metzler, M. Merrick, M. T., Klevens, J., Ports, K. A., & Ford, D. C.
(2017). Adverse childhood experiences and life opportunities:
Shifting the narrative. Children and Youth Services Review,
72, 141–149.
仲真紀子(編著) (2016). 子どもへの司法面接:考え方・進め
方とトレーニング. 有斐閣 .

学術の動向 2017.10 43

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