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計測自動制御学会論文集

Vol.49, No.4, 417/424(2013)

ジョイスティック式自動車運転装置による操舵制御に関する検討
和 田 正 義∗ ・亀 田 藤 雄∗∗ ・斎 藤 征 道∗∗

A Study on Steering Control for a Joystick Car Drive System

Masayoshi Wada∗ , Fujio Kameda∗∗ and Yukimichi Saito∗∗

This paper presents a study on steering control algorithm for a joystick car drive system. The joystick drive
system allows a handicapped person to drive a car by using a joystick with small force and short stroke. However,
a wrong joystick operation, such as a sudden and wide steering, when a vehicle running in a very high speed
results in a car accident quite easily. The other hand, quite sensitive steering control is required around the center
of steering angle when a car runs along a straight line. When parking a car, a large steering angle provides easier
parking maneuvering to a driver. To realize these requirements and solve some problems, we propose a steering
control method with variable steering sensitivity and steering limitation based on a vehicle velocity. First, a
dynamic model of a car running with rotation to define a risk for rollover of a car. From the dynamic model,
we get limitation of steering angles as a function of the vehicle velocity. The limitation function is verified by
the drive test taken by the real van running on the public road including highway and parking lot. The control
method is successfully implemented on a microcomputer based controller for the joystick car drive system.

Key Words: joystick, car drive, steering control

みに使用できる人が利用可能であり,重度の障害者にとって
1. 緒 言
は依然として自動車の運転は困難な状況である.ここで重度
車いすなどを使用している障害者にとって,自身で自動車 の障害とはたとえば頚椎損傷,脊椎損傷などの後天的障害,
の運転ができるということは,公共の交通機関による移動の 筋ジストロフィーや小児麻痺あるいは低身長・弱力などの先
不便さを回避し,身体的・精神的な負担軽減を実現すること 天的障害などが考えられる.しかしながら,このような障害
から障害者の自立促進につながるばかりでなく,家族など介 を抱えた人たちの自身による自動車の運転を可能とする装置
護者や介助者の負担を軽減する効果も期待でき強くその実現 の開発を希望する声は強いものがある.
1), 2) 本研究開発ではロボット・メカトロニクス技術を応用して,
が望まれている .自動車の運転に関しては,現状では車
いす使用者を対象として,両腕を用いて自動車の運転を可能 重度の障害者の人たちにも自動車の運転を可能とするシステ
とする運転支援装置(通称,手動運転装置)が開発され市販さ ムの開発を目的とする.そのために軽い力,小さいストロー
れている 3), 4) .この手動装置は機械リンク式の構造により, クで操作できるジョイスティックにより,電気モータを駆動,
手の動作でペダルを作動させるもので,車両本体とは別に製 制御することでステアリングホイールの回転操作,およびアク
造販売され,さまざまな車種に後付けでの装着が可能である. セル・ブレーキペダルの作動を可能にする 5) .この装置を用
この手動運転装置を装着することによって,運転者は足を いて自動車を運転する場合,ジョイスティックの傾斜角度(つ
一切使用せず,両腕で自動車の運転をすることが可能となる. まり操作角度)は,ステアリングホイールなどと比較して小さ
通常では,右手にて,ステアリングホイールに取り付けられた く,一般的に運転者は感度が高いと感じる.一方,車庫入れの
ノブによりステアリングの回転動作を行ない,左手にて,ア ような車両操作には,すえきり(車両が停止した状態における
クセル・ブレーキペダルに連結されたリンク機構のレバーを 操舵輪の向きの変更)が必要であり,さらに高速道路を走行す
操作することで,車両の加減速を行なう.しかしながら,こ るときのような状況においては高速走行を安全に行なう操舵
の手動運転装置は障害レベルが比較的軽度で両腕が健常者並 を実現しなければならない.そこで本報ではステアリングホ
イールを電気モータにより駆動するシステムについて,車両速
∗ 東京農工大学工学部 小金井市中町 2–24–16
∗∗ (株)ニッシン自動車工業 加須市間口 456–1 度とその操作感度を考慮した操舵制御に関して検討を行なう.
∗ Faculty of Engineering, Tokyo University of Agriculture

and Technology 2–24–16 Naka-cho, Koganei 2. 従来のジョイスティック式自動車


∗∗ Nissin Jidosya Kogyo, Co. Ltd. 456–1 Maguchi, Kazo

(Received August 19, 2011) 障害者のためにジョイスティックを使用した自動車運転装


(Revised October 19, 2012) 置は国内では研究は行なわれているものの 6)∼10) ,生産され
c 2011 SICE
TR 0004/13/4904–0417 
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Fig. 2 Conceptional view of a pedal drive mechanism with


a steering wheel drive mechanism for a joystick drive
system

Fig. 1 Joy Van (Ahnafield Corp, USA)

た実績は見られない.一方海外では英国の Steering develop-


11)
ment 社の SpaceDrive ,米国の Ahnafield 社(現 ACE
12)
Mobility, LLC)の JoyVan などが存在する.国内にて,
走行可能状態である JoyVan の所有者に対して車両の見学・
試乗,および技術調査を行なった 13) .Fig. 1 に見学を行なっ
た Ahnafield 社の JoyVan を示す.これらのシステムは,車
両に標準装備された油圧ポンプと油圧アクチュエータによる
駆動システムを基本としている.特にステアリングホイール
Fig. 3 Prototype of steering wheel drive unit
の駆動は,車両に備えられている油圧式のパワーステアリン
グ用の油圧モータを強化することで実現されており,近年急
速に普及している電動パワーステアリング式の車両には適用 な遊びや感度の設定,ABS,自動ブレーキ,ハンドル操作に
が困難となっている. 応じた 4WS の車両安定化制御などの最新安全機能をそのま
ま利用することが可能になる利点も有する.
3. 全電子式ジョイスティック運転支援装置
開発した装置の概念図を Fig. 2 に示す.システムはハン
前述のように,従来のジョイスティック式自動車には,近 ドルの駆動制御,およびペダルの駆動制御を行なう 2 つのサ
年の電気・電子化された自動車への適合性の問題がある.さ ブシステムから構成される.それぞれの駆動制御は,運転者
らには,日本国内にてこれらのシステムを利用するためには, が操作するジョイスティックなどの入力装置に従い実行され
車両の輸送費や現地における運転者調整などのための渡航費 る.ジョイスティックは 2 自由度のもの 1 本,あるいは 1 自
などを含め経済的負担が多大であり,かつメンテナンス,ア 由度のもの 2 本,さらには,他の入力デバイスなどの対応も
フターケアなどが不十分であるなどの問題があった.これら 可能である.運転者の障害の度合いに応じて,ハンドル,ペ
の問題を解決するため,われわれは国内にて製造,販売,アフ ダルのどちらか一方,あるいは両方の駆動システムを装着す
ターケアが可能で,全電気電子式であるジョイスティック式 るなど選択することができ,従来の機械式の手動運転装置や
自動車運転装置の開発を行なっている.開発する装置の特徴 ハンドル,ペダルをそのまま使用する運転方法との組み合わ
は,前述したものに加えて新規購入の車両に後付けで設置で せも可能になっている.
きること,さらにさまざまな車種に適用可能であることなど 機構部の主となる駆動ユニットの外観を Fig. 3 に示す.電
を視野にいれた設計がなされていることである.さらに,近 気モータ,電磁クラッチ,ポテンショメータ,およびギアが一
年の自動車の走行性能,安全性能の向上により高性能化され 体となった構造であり,モータの取りつけ方向,動力出力軸
た車両に提案する装置を後付けして,人間の手足のかわりに の方向など,組み立て方により容易に変更できるよう設計さ
ハンドル,およびペダルの作動を行なうということで,車両 れており,さまざまな車種のスペースや形状に適用するよう
に装備されているパワーステアリングの力補助を利用でき, に工夫されている.電気モータの駆動力はウォーム歯車,電
駆動用モータの小型化が可能になる.また作動装置類の適度 磁クラッチを介して,シャフトなどの動力伝達機構によりハ
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Fig. 4 Steering drive mechanism

ンドル,あるいはペダルに伝達される.
Fig. 5 Joystick DC motor control board
通常のハンドルを用いた運転(手動モード)を可能とする
ためにウォームギアよりもハンドル側に電磁クラッチを配置
し,これによりモータからの動力を切り離す構造とした.さ
らに,ステアリングシャフトと共に常に回転するギアに多回
転式ポテンショメータを設置し,常時ハンドルの回転角度を
検出することで,どのような状況でも制御モード,手動モー
ドを切り替えることができるようにした.
ハンドル,ペダルのおのおのの駆動システムは独立して動
作するものの,機構的あるいは制御的にきわめて類似した構
成を有しており,それぞれ 1 つずつの電気モータが備えられ
る.電気モータを始め,歯車や電磁クラッチなどの機械部品,
制御基板などの共通化を図っている.
ハンドル駆動用のシステムにおける動力伝達の構成を Fig. 4
に示す.電気モータのトルクはウォームギア,電磁クラッチ, Fig. 6 Installing of the developed joystick system on a cockpit
歯車,ユニバーサルジョイント,そしてスプロケット・チェー of a real van
ンをそれぞれ介してハンドルに伝達される.車両に標準装備
されるパワーステアリングの機能も有効に利用するため,本開 また,Fig. 5 には,駆動ユニットの制御装置の外観を示す.
発装置から発生する駆動トルクをパワーステアリング装置よ この制御装置はジョイスティック運転装置専用に開発したも
りもハンドル側のステアリングシャフトに伝達する.そのた のであり,ペダル,ステアリング両方に同じ制御装置を使用
めに,スプロケット・チェーンからなる動力伝達機構をハンド している.エンコーダを使用しないモータの回転速度計測な
ル近辺に配置した.また,セルフロック機能を有するウォー どの機能を搭載している.ジョイスティックから与えられる
ムギアを介してモータの出力を伝えることで,車両前輪から 角度指令値に対して,モータの角度が追従するよう,PID 制
の力がステアリングシャフトを介してモータ側に逆伝達する 御を施している.
現象を軽減している.さらに手を離したときジョイスティッ Fig. 6 は,2 本の 1 自由度ジョイスティックによる運転シス
クのレバーが直立状態に復帰するようばねを備える構造とし, テムを実車両へ搭載したようすである.右のジョイスティッ
かつ,ハンドルの制御には角度制御を施している. クは操舵用であり,左右に操作することで,ジョイスティッ
一方,ペダル駆動システムにおいては,L 字金具を設置しこ クの傾斜角度に応じてハンドルが回転する.また左のジョイ
れを前後方向に駆動することで,アクセル,ブレーキの 2 つ スティックはペダル用であり,前後方向に操作する.車両前
のペダルを 1 つの電気モータで駆動できるようになっている. 方向でブレーキ,後ろ方向でアクセルペダルがそれぞれ作動
この L 字金具は Fig. 2 に示すようにブレーキペダルの棒部 する.
分に接触しているので,レバーを車両の前方に押すことでブ 車両には安全装置として,非常停止ボタンと補助ブレーキ
レーキを作動させることができる.一方,L 字金具の曲り部 が搭載されており,非常停止ボタンが押されると空気圧シリ
分にはチェーンの一端が接続されており,その他端はアクセ ンダ,助手席の補助ブレーキを介し,車両が緊急停車する仕
ルペダルのシャフトにつながっている.チェーンはアクセル 組みである.
ペダルの支点よりも上方に接続されていることから,レバー
4. ステアリングの操作感度と角度制御
を車両後方に引くと,L 字金具がチェーンを引っ張ることでア
クセルペダルを踏み込むように操作することになる.このよ 本章では,ジョイスティックによるステアリング操作の感
うに 1 本のレバーの押し引き動作により,アクセルおよびブ 度について考察する.Fig. 7 にはジョイスティックの傾斜角
レーキの 2 つのペダルを作動させることが可能になっている. 度に対するステアリングの操作角度の関係(それぞれの動作
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Fig. 7 Transform function joystick inclination to reference


angle of a steering wheel (a) Two-wheel model 14) (b) Centrifugal force on the vehicle
Fig. 8 Dynamic model of a vehicle on a curve
領域の割合比)を示す.動作領域を直線で表わした点線で示
されている線形関数に対して,本装置では実線で示す折線関 上記のハンドル操作に動作制限を設けるためには,車両の
数を用いている.これは操舵角がゼロ%付近,つまり直進す 運動状態の危険度を評価する方法が必要となる.ここでは,
る付近の領域においては微妙なハンドル操作が可能なように 車両のモデルから転倒の危険性を判定する方法について検討
感度を低下させる一方,駐車の際のように早く動作領域の端 する.
までハンドルが切れるよう,両端付近の感度を上げ,全領域 Fig. 8 (a) は,車両を上面から見たもので,4 輪車両を 2 輪
動作が可能なように設定を行なっているものである.なお, 等価モデルに置き換えた概念図である 14) .操舵角度 δ ,車両
前述したようにモータの動力をハンドルに直接伝える構造の 速度 V で走行する自動車が,旋回半径 R,角速度 ω で左へ
ため,ハンドルに設定された適度な遊びが確保されているこ 曲がる単純化されたモデルを考える.このとき,以下に示す
とから,モータの動作指令には不感帯を設けてはいない.ま 操舵と車両の角速度の関係を得ることができる 15) .
た,感度の折り返し点,および中央の直線の傾斜はユーザの
L
運転環境や運転レベル(運転の熟練度や好む走行スピードな tan δ = (1)
R
ど)に応じて調整を行なうことが可能である. V V
ω= = tan δ (2)
R L
5. 車両の安定走行条件 つぎに,車両の重心に遠心力が作用した場合の左右の車輪

前章で述べたように領域における感度変化は,車両速度を への垂直抗力を考える.Fig. 8 (b) に示すような,単純化され

考慮したものではなく,それだけでは高速走行時に車両の転 た左右二輪モデル(車両背面図)において,遠心力 F は,以

倒などの事故にいたる危険性が存在する.低速走行において, 下にて求められる.

特に駐車に際しては,車両が停止状態での迅速な操舵動作(す F = MV ω (3)
えきり)が必要である.一方,高速走行時には,ハンドルの
操作量は低速走行時に比べて一般的に少なく,前章で述べた 一方,鉛直方向の力のつり合いより,
ハンドル中央付近の感度低減に加えてさらなる微妙な操舵に
Ti + To = M g (4)
よる安定した走行制御が要求される.本システムは,ジョイ
スティックによりモータを駆動することでハンドル,ペダル また,車輪中点 A まわりのモーメントのつり合いより,
が操作するいわば人間の手足の役割を果たすものであるが, W
Fh = (To − Ti ) (5)
誤操作の可能性は完全に排除することはできない.車両速度 2
を考慮しない場合には,ジョイスティックの操作力の軽さお を得る.
よび動作領域の狭さから,ジョイスティックにぶつかる,あ ただし,Fig. 8 (a) において,
るいは誤操作などの突発的な要因により,ともすると高速走 L:前後車輪間距離(ホイールベース)
行時に急激なハンドリングが発生し,車体横転につながる恐 W :左右車輪間距離(トレッド)
れがある.これを防ぐために,車両の速度に応じてジョイス R:旋回半径
ティック感度を変更する方法について検討する.具体的には δ :前輪舵角
車両速度に応じてハンドルの操作量を制限,あるいは応答性 ω :ヨーレイト
を鈍化することで横転の危険性を低減し,車両運転の安全性 V :車速
を向上させる. O:瞬間旋回中心
そこで本章では,車両の速度と操舵角度,および車両の走 また,Fig. 8 (b) において,
行の安全性の関係について考察する. M :車重
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Table 1 Parameters of a van for the test drive

Fig. 10 Vehicle motion measurement system


Fig. 9 Theoretical steering angle limit against vehicle
velocity Table 2 Overview of the test drivers

g :重力加速度
To ,Ti :車輪に作用する垂直抗力
F :遠心力
G:重心位置 そこで,運転者が意図する車両の走行ではどの程度の車両
h:重心の高さ 速度と操舵角の関係で運転されているかを調査するために,
である. 通常のハンドル,ペダルを用いた健常者による車両の運転(開
ここで,車両が転倒しないで安定に走行できる条件を Ti > 0, 発したジョイスティック車両と同車種)において,走行状態
つまり曲線走行時,内側に位置する車輪への垂直抗力が正で の測定実験を行なった.この計測のために新たに計測システ
あることとすると,安定限界は Ti = 0 の状態である.よっ ムを開発した.Fig. 10 に測定システムの外観を示す.
て,(4),(5) 式に Ti = 0 を代入し,(3) 式を用いることで安 この装置は半導体 6 軸センサ,光ファイバジャイロスコー
定限界における操舵角度は以下のように与えられる. プ,GPS 受信機,およびハンドル角度,ペダル角度,車速パ
 
gW L ルスを検出するインタフェースを備え,これらのデータを PC
δlim = tan−1 (6)
2hV 2 にて一括で収集し保存することができる.
この条件における車両速度と操舵角度の関係を求め, この装置により計測,保存できるデータの種類は以下である.
Table 1 に示す今回実験の対象とする車両のパラメータを ●車両の GPS データ
代入することで,Fig. 9 の関係を得る.これは,図中の曲線 ●車両速度(車速パルス:3 km/h 刻み)
より下の領域である車両速度–操舵角度の関係を維持すれば, ● 3 軸加速度(半導体加速度センサ)
車両横転の危険性がないことを意味する. ● 3 軸周りの角速度,角度(半導体角速度センサ)
● 1 軸周りの角速度,角度(光ファイバジャイロ)
6. 車両の走行状態の測定
●ハンドルの角度(ポテンショメータのアナログ値)
前述したように車両速度に応じたハンドルの動作制限は, ●各ペダルの踏み込み量(ポテンショメータのアナログ値)
車両の走行時における運転者の誤操作や,意図しないジョイ 今回の測定実験では,これらのデータのセットを 1 秒ごと
スティックの急激な操作による車両の転倒を防止するもので に計測,PC に保存する設定とした.さまざまな走行条件に
ある.前章では,車両の転倒限界と操舵角の関係を示す条件 おける車両速度と操舵角の関係を把握するために,駐車によ
の導出を行なったが,この理論値で制限を施した場合,車両 るすえきり動作,都心と郊外における高速道路走行,都心の
の重心位置や高さなどの変動に対して時に走行状態が危険領 信号機の多い一般道,郊外における比較的はやい車両速度で
域に達する可能性がある.そこで,安全率を考慮する目的で, 走行する一般道,などを含む関東地方近辺における走行ルー
理論的な制限値よりも操舵角を厳しく制限することを考える. トを選定した.走行時間は片道約 1.5 時間であった.
しかしながら,厳しすぎる制限は,運転者が意図する走行で 被験者は 2 名であり,同走行ルートをそれぞれ片道ずつ走
の誤操作でないハンドル操作をも制限することになり,操作 行した.被験者の概要を Table 2 に示す.2 名とも健常者の
性を劣化させる恐れがある. 男性であり,日常の運転と同様に走行するようにして,計測
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を行なった. ことである.つまり,車両速度に対する操舵角の全領域を危
険領域と通常運転での使用領域を明確にすることである.図
7. 測定結果と考察
中
1 の領域は危険領域,
2 の領域は安全走行での使用領域,
Fig. 11 は,走行時に取得した GPS データに基づく車両 つまりこのなかで制限をかけると操作性が劣化する領域,そ
の走行軌跡であり,S 点は出発点,G 点は到着点を示してい して
3 はそれらの領域にはさまれた領域であり,この
3 の領
る.この走行の全データから車両速度に対する操舵角度をプ 域にて制限を設けることで,操作性を劣化することなく,か
ロットすることで,おのおのの車両速度によりどの程度の操 つ危険性を回避する操舵制限を実現することができる.
舵が行なわれたかを知ることができる.Fig. 12 に結果を示 これより,内側の車輪の鉛直荷重がゼロという条件により
す.図中,点で表示したものは走行試験において,各走行速 得られる曲線を用い,この条件式に係数を乗ずることで,車
度における運転者が行なった操舵の角度を表わしている.丸 両速度に応じた適切な制限をかけられることが確認できた.
印は運転者 1,中抜きのひし形は運転者 2 の運転データを示
8. ジョイスティック式運転装置への実装
す.車両速度は離散的に計測されるので,点が一定の間隔を
おいて並んでいる. 求めた操舵制限の条件を制御装置に実装した.車両速度を
また,5 章で求めた車両の安定限界を示す曲線を同図に実線 計測するために,車両から供給される速度パルス(ナビゲー
にて合わせて表示している.車両速度がゼロの場合には,理 ションシステム用に装備されている)の周波数を計算するこ
論的には,前輪を 90 度まげても横転しないことを表わしてい とで車両速度を求め,その値に応じて操舵角度の最大値に制
るが,実際の車両は前輪を約 35 度以上操舵することはできな 限を設ける.実験では,制御装置にパルス発生器により擬似
いので,実際のデータはそれ以上大きくはならない.点線で 的に任意周波数のパルスを与え,制御装置により制限された
表示している曲線は,理論的な横転限界に対して係数 0.4 を 操舵角を読み取り記録した.Fig. 13 に実験結果を示す.安
乗じたものである.実際には,理論限界に到達するような危 全な運転でも頻繁に制限がかかると快適な運転が阻害され,
険な領域の操舵が行なわれなかったことが確認できるが,点 一方,制限が理論値に近すぎると車両転倒の危険性が高くな
で示される車両速度に対する操舵角の分布領域は,理論曲線 .今回は,通常運転は 0.4δlim である
る(安全率が低くなる)
に係数をかけた曲線により良く表わされていることが確認で ことから,制御装置による制限を約 0.6δlim に設定した.制
きる.前述したように,この測定の目的は,誤操作がない場 限値が実際の操舵可能角度(約 35 deg)以下になるのは,約
合の安全走行時における車両速度と操舵角の関係を把握する 時速 17 km/h 付近であり,それ以降は理論的限界値と,走行
実験による運転領域の間に制限の曲線が位置しており,検討
した操舵角制限が開発した制御装置により実現できているこ
とを確認した.
一方,最大値を制限するのみでは,制限がかかるまでの操
舵感度は一定となり,やはり走行の安全性と操作性に問題が
あることから,感度関数全体を制限値に応じて拡大縮小する
ことで,高速走行において操舵感度自体が鈍化したように感
じる感度変化を与える方式とした.Fig. 14 には計測された
車両速度に対する制御装置内の操舵感度の変化のようすを示
す.折線で表わされる感度関数が車両速度の上昇に伴い,鈍
化されてゆくことが確認できる.
以上の操舵角制限機能を施したシステムにより,車両の走
Fig. 11 GPS tracking path of the vehicle test drive by Google 行試験を行なった.運転者は手足の機能障害を有する 30 代の
map 男性である.Fig. 15 に走行時の速度と操舵角の関係を示す.

Fig. 12 Steering angle and vehicle vel. derived by the test


drive Fig. 13 Steering limitation by control board
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運転における車両速度と操舵角の関係を把握する目的で,同
車種の自動車により走行試験を行ない,車両速度に対する操
舵角の運転時の領域を調査した.その結果,理論的な限界値
と比較して低い領域で通常運転していることが明らかになっ
た.また,車両速度に対する関係は理論式とほぼ同じ分布形
状になることが認められ,係数を乗じることで,走行車両の
運転領域を特定し,操舵角を制限するための基準として使用
可能であることがわかった.
以上の考察に基づき,実車両において操舵制限の機能を制
御装置に実装した.車両速度は,車速パルスの周波数を計測
することで検出し,その結果に基づき操舵角度に制限を設け
た.さらに運転の危険性を軽減するために,ジョイスティッ
クの感度関数を制限値に比例させて全体を拡大縮小すること
Fig. 14 Steering sensitivity function varied by vehicle vel.
で,制限値を越えない操舵角においても感度の鈍化を行ない,
車両の走行安全性を高めた.報告した安全機能を搭載した試
作車は,車両認可を得ることができ,現在公道を走行可能で
ある.今後は,さらなる運転の快適性,安全性の確保を目指
し,開発を推進する予定である.

参 考 文 献

1)(社)日本筋ジストロフィー協会:重度筋ジストロフィー患者
の自動車運転に対する規制緩和を求める調査研究と社会啓発
事業,研究補助事業報告書, (社)日本筋ジストロフィー協会
(2001)
2)(財)日本財団:JOY-VAN 全国キャラバン 地域生活の新た
な支援システムの研究報告書,(財)日本財団 (1997)
3)(株)ニッシン自動車工業:手動運転装置,
http://www.nissin-apd.co.jp/AP AS HC.html
Fig. 15 Vehicle drive test by restricted steering function
4)(有)フジオート:FUJICON,
http://www.fujicon.co.jp/seihin/tobira 01.html
駐車状態から大きく右に曲がりながら発進し(図中
1 ),ゆっ 5)和田,亀田:片手による自動車の運転を支援するジョイスティッ
くり直進(
2 )した後,駐車場出口から左に曲がって(
3) クシステム,日本福祉工学会誌,11-2, 43/48 (2009)
6)市川,鈴木,米田,大島,広瀬,海老名,林:障害者用自動車
一般道に進入し,加速後高速走行の状態(
4 )に至るようす の開発―操縦桿操舵のむずかしさと 5 号機の概略について―,
を示している.たとえば,
1 の状態における低速走行時には, 東京補装具研究所報告書,3/9 (1989)
100%の回転領域が許容されているので,ジョイスティックの 7)山崎,鎌田:操縦桿による車両運動制御の研究―第一報:左
右方向の運動に関する一考察―,自動車技術会論文集,29-3,
動作に対してハンドルが大きく回転しているが, 4 の状態の 117/122 (1998)
高速走行時には操舵角が 30%程度までに制限を受け,ジョイ 8)山崎,鎌田:操縦桿による車両運動制御の研究―第二報:左右
スティックの傾斜に対して,実際の操舵量が小さくなってい 方向の運動の制御及び前後方向との連携動作―,自動車技術会
論文集,31-1, 75/81 (2000)
ることが確認できる. 9)山崎,鎌田:操縦桿による車両運動制御の研究―第三報:車両
実験による検証―,自動車技術会論文集,31-1, 83/89 (2000)
9. 結 言 10)鎌田,寺島,志水,齋藤,藤井:重度障害者向けジョイスティッ
ク操縦簡易自動車の研究,日本機械学会福祉工学シンポジウ
ジョイスティック式自動車運転装置は障害者自身の自動車 ム,CD-ROM 論文集,(2001)
運転を支援するシステムであり,軽い力,小さなストローク 11)英国ステアリングディベロップメント社:Space Drive,
でハンドルおよびペダルを作動させ,自動車を運転すること http://www.steeringdevelopments.co.uk/driving-controls/
12)ACE Mobility LLC: Hand Control,
が可能になる.しかしながらその操作の軽さとストロークの http://www.acemobility.us/products/HandControl.php
小ささゆえ,誤操作などの場合に重大な事故につながる恐れ 13)貝谷嘉洋:ジョイスティック車で大陸を駆ける,日本評論社
がある.この問題を解決するため,本報では,車両速度に応 (2003)
14)日本機械学会編:車両システムのダイナミックスと制御,養賢
じてステアリングの操作角度を制限する方法について検討を 堂 (1999)
行ない,制御装置への実装を行なった. 15)和田,亀田,吉田,斎藤:ジョイスティック式自動車運転装置
まず,車両本体の運動力学より,車両の横転の条件(曲線走 の操作感度に関する検討,第 16 回ロボティクスシンポジア予
稿集,570/575 (2010)
行の内側の車輪の垂直抗力がゼロになる)から,車両速度に
対する操舵角度の限界値を導いた.つぎに誤操作のない通常
424 T. SICE Vol.49 No.4 April 2013

[著 者 紹 介]
和 田 正 義(正会員)
1965 年 8 月 2 日生.90 年東京理科大学工学部
機械工学科卒業.同年(株)富士電機総合研究所入
社.96∼98 年マサチューセッツ工科大学客員研究
員.2002 年名古屋大学にて博士(工学) .2005 年
埼玉工業大学工学部機械工学科助教授,2007 年埼
玉工業大学工学部ヒューマン・ロボット学科准教授
を経て 2009 年より東京農工大学大学院工学研究院
先端機械システム部門准教授.移動ロボット,自動
車運転装置,知的車椅子,電気自動車などの研究,
開発に従事.IEEE Robotics and Automation
Society,日本ロボット学会,日本機械学会,電気
学会,IFToMM 会議,福祉工学会,自動車技術会
などの会員.

亀 田 藤 雄
1947 年 3 月 20 日生.62 年古河第二中学校卒
業.同年茨城いすゞ自動車(整備部)入社.82 年
(株)ニッシン自動車工業設立(代表取締役).以
後現在に至る.身障者用自動車運転装置および介
護車両の開発,販売,取付などを行なう.

斎 藤 征 道
1968 年 4 月 16 日生.89 年日本電子工学院専
門学校電子工学科卒業.94 年(株)ニッシン自動
車工業入社.2001 年(株)ニッシン特装を経て,
2007 年(株)ニッシン自動車工業に復職.ジョイ
スティック式自動車の開発に従事.

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