You are on page 1of 19

NICU/GCU 病棟会

2023 年 10 月 26 日

母乳と感染症

聖隷浜松病院 総合周産期母子医療センター
新生児科 菊池 新
kikurin@sis.seirei.or.jp
母乳 / 人工乳誤投与に関する報告
日本医療機能評価機構に登録された事例検索

検索方法:キーワードに「母乳」が必ず含まれており、
誤投与、間違い、誤認のいずれかを含むもの
登録期間: 2010 年 1 月 ~ 2023 年 3 月( 13 年 3 か月
間)
検索例数: 22 例
発生病棟と誤投与内容

病棟または診療科 誤投与内容
5% 5% 5%

18%

73%

95%
NICU/GCU 小児科
産婦人科 記載なし 他患児の母乳 人工乳
発生した曜日や時間帯

発生曜日 発生時間帯

18% 32%

55%

14%
82%

平日 土日祝日 9-17 時 17-0 時 0-9 時


発生場所やダブルチェック実施状況

取り違え発生場所 ダブルチェック実施状況
5%
5%
14%
10%
14% 33%
52%
24%
10%

14% 19%
保温器取出時 冷凍庫取出時 目視 / 実施忘れ 目視 / 実施したが誤認
調乳室取出時 母乳預かり時 バーコード / 実施せず バーコード / 認証ミス
既に他児ラベル貼付 元々実施せず
記載なし
事例報告からわかること
• バーコード認証があっても、目視でも確認する必要がある
• 他患児の母乳投与以外に、冷凍母乳があるのに見落として
人工乳を誤って投与した事例がある
• 家族から母乳お預かり時や調乳室への母乳払い出し時に
誤って他患児のラベルを貼ると、哺乳時のダブルチェックでも
誤投与を発見できない可能性があり、注意が必要である
• ほとんどの症例で幸いにも児への CMV 等の感染や母乳からの
薬剤移行による影響は報告されていなかったが、
人工乳誤投与例は NEC を発症しその後死亡している
(医療事故調査委員会を設置したことが報告されている)
母乳栄養による感染症予防効果
• 急性中耳炎
3 か月母乳栄養児は人工栄養児と比べて、そのリスクが半減する
6 か月母乳栄養児は混合・人工栄養児と比べて、リスクは 1/3
• 下気道感染(肺炎等)
工業先進国で 4 か月母乳栄養児は人工栄養児と比べて下気道感染で
入院する危険性が 1/3 以下になる
• 胃腸炎
混合・人工栄養児は母乳栄養児と比べて 2.8 倍リスクが増加する
• その他
尿路感染症:完全人工栄養児は母乳栄養児の 5 倍高リスク
重症髄膜炎の罹患リスク減少
早産児における敗血症の罹患率低下
水野克己:母乳育児学 , 南山堂 , 東京 2012, p1-4
経母乳感染の可能性について
母乳中に移行が 授乳中止を考慮しな 経母乳感染の可能性の 経母乳感染の
証明されているもの ければならないもの 報告があるもの 報告がないもの
ヒト免疫不全ウイルス (HIV) ○ ○
ヒト T 細胞白血病ウイルス 1 型 ○ ○
(HTLV-1)
サイトメガロウイルス ○
水痘帯状疱疹ウイルス ○ ○
風疹ウイルス ○ ○
EB ウイルス ○ ○
ムンプスウイルス ○ ○
A 型肝炎ウイルス ○
B 型肝炎ウイルス ○
C 型肝炎ウイルス ○
B 群溶連菌 (GBS) ○
結核 一時的 ○
サイトメガロウイルス (CMV)
症状:正常な免疫能があれば大半は無症状(不顕性感染)
通常幼少期に感染し、生涯その宿主に潜伏感染
感染経路:感染者の血液・唾液・尿・涙・母乳・精液等
潜伏期間: 20 ~ 60 日
母子感染経路は以下の3つ
① 経胎盤感染:子宮内で胎盤を通して血行性に感染
② 産道感染:経膣分娩で、産道通過時に感染
③ 経母乳感染:生母乳・冷蔵母乳>凍結母乳の順で感染しやすい
ドナー母乳は低温殺菌しており感染しない
自母乳には CMV 感染のリスクがある
• ドナー母乳は母乳バンクですべて低温殺菌をされているため、
早産児のサイトメガロウイルス感染の心配はない
• 一方で母親の母乳 (Own Mother’s Milk, OMM) は未殺菌のため、
冷凍母乳でも CMV の経母乳感染の可能性が残る
• 過去の報告では CMV 既感染の母親の母乳中 CMV-DNA は
生後 4 ~ 6 週ごろが最も多いとされている
• 当院でも経母乳感染と考えられる早産児の CMV 感染症例は
過去に何例か経験している
早産児の後天性 CMV 感染症
• 早産児では自然治癒せず発症する場合があり、時に重症化して死亡
や重篤な合併症に至るケースがある
• 1998 年以降世界各国より相次いで症例報告
① 在胎 32 週未満 VLBW29 人中 17 名 (59%) が感染
うち 4 名には顕著な症状あり (Vochem ら 1998)
② 在胎 28 週 出生体重 880g 日齢 35 に発症⇒日齢 42 ~ GCV 治療
予後について記載なし (Okulu ら 2012)
③ 在胎 28 週 6 日 出生体重 780g 日齢 58 に発症⇒ GCV 治療 28 日間
修正 1 歳半で軽度発達遅滞 (Fischer ら 2010)
• 一部は新鮮母乳ではなく凍結母乳使用で感染したと報告
国内の早産児後天性 CMV 感染症
• 2005 年 1 月~ 2016 年 12 月に医学中央雑誌で報告された
24 報告、 31 症例のまとめ
発症日齢
• 背景因子 16

在胎週数 25.1±1.9 週 (22 ~ 30) 12


出生体重 698±226g (395 ~ 1406)
発症時 8
日齢 45.5±18.9 (16 ~ 88)
修正 31.6±3.1 週 4

0
0-20 20-40 40-60 60-80 80-
田村賢太郎 , 朝田裕貴ら . 周産期新生児誌 54(1): 39-45, 2018.
国内の早産児後天性 CMV 感染症
臨床症状(重複あり) 転帰
25 1
22 3
20

15 14 13
11
10 9
27
5 4
5

0
少 害 昇 滞 害 少 炎
減 障 上 鬱 障 減 腸
板 肝 RP 汁 吸 球 性
小 C 胆 呼 中 死
血 好 壊 生存退院 死亡 (CMV) 死亡 ( 基礎疾患 )

田村賢太郎 , 朝田裕貴ら . 周産期新生児誌 54(1): 39-45, 2018.


母乳殺菌方法の比較
方法 感染防御効果
ウイルス量は 1/10 ~ 1/100 に減少するが、
冷凍
完全に感染力をなくすことはできず、
-20℃ 7 日間 重篤な CMV 感染症を呈する早産児の報告あり
ほとんどのウイルスを不活性化する効果あり
低温殺菌
ただし酵素活性の低下など失うものも多い
62.5℃ 30 分 母乳バンクはこの殺菌方法で処理している

高温殺菌 感染性は低温殺菌同様に消失する
72℃ 5-16 秒 酵素類の失活は低温殺菌に比べて少ない
母乳の低温殺菌(パスツール化)
• 結核菌を殺菌するために開発された方法
• 62.5℃ で 30 分加熱し、その後急速に冷却
• 欧州や北米など欧米諸国の母乳銀行で広く
採用されている方法
• 国内で開設された
母乳バンクでも採用
母乳パック低温殺菌器がいよいよ登場

• 最大 160mL パックを同時に 2 パックまで低温殺菌が可能


• 62.5℃ 到達後 30 分で処理完了(冷凍 80mL で約 45 分かかる)
• ハイリスク児だけ個別に殺菌するといった方法に便利
熱処理による母乳中病原体の変化
細菌・ウイルス 56℃ 30 分 62.5℃ 30 分 72℃ 15 秒
(低温殺菌) (高温殺菌)
ブドウ球菌 100 %死滅 100 %死滅 100 %死滅
大腸菌 100 %死滅 100 %死滅 100 %死滅
GBS 100 %死滅
結核菌 感染性消失
CMV 感染性消失 感染性消失
HIV 感染性消失 感染性消失
GBS : B 群溶連菌
HTLV-1,2 CMV :サイトメガロウイルス
感染性消失
HIV :ヒト免疫不全ウイルス HTLV :ヒト T 細胞性白血病ウイルス
低温殺菌による抗感染性物質の変化
免疫物質等 56℃ 30 分 62.5℃ 30 分 72.5℃ 15 秒
IgA 84 %~ 51 ~ 99 % 67 %
ラクトフェリン 72 %~ 22 ~ 40 % 27 %~
リゾチーム 変化なし~ 123 % 変化なし 67 ~ 93 %
C3 補体 変化なし
ビフィズス因子 変化なし 変化なし
大腸菌殺菌作用 52.3 %
低温殺菌は CMV の感染性を失わせる効果があるが、36.4 %
一方でいくつかの重要な免疫物質の活性を低下させる
新鮮母乳の使用にも大切な意味がある(直接授乳へのモチベーション)
まとめ
• 母乳は体液であり、細菌やウイルスが含まれていますが
正しい知識を持ち大切に取り扱い、母乳栄養を続けることは
赤ちゃんの感染予防をはじめとした数多の効果につながります
• HIV や HTLV-1 を除き、経母乳感染の予防目的に授乳を中止する
必要はありません
• しかし早産児では経母乳感染で CMV を発症する可能性があり、
主に在胎 28 週未満、出生体重 1500g 未満の母乳栄養児では
血小板減少や肝障害、敗血症様症状があれば検査が必要です
• 低温殺菌されたドナー母乳には CMV 感染の可能性はなく、
早産児での自母乳の低温殺菌導入が一つの課題です

You might also like