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毒理学 物質編 TCA 回路阻害毒

TCA回路阻害毒

該当物質の
該当物質の例
2-フルオロ酢酸、2-フルオロ酢酸ナトリウム、2-フルオロ酢酸アミド、2-フルオロ酢酸メチル、
2-フルオロ酢酸 2-フルオロエチル、2-フルオロエタノール、2-フルオロアセトアルデヒド、
1-クロロ-2-フルオロエタン、4-フルオロ酪酸メチル、4-フルオロ-2-ヒドロキシ酪酸メチル、
ビス(4-フルオロブチル)エーテル、1,4-ジフルオロブタン、4-フルオロクロトン酸ナトリウム、
5-フルオロバレロニトリル、6-フルオロヘキサン酸メチル、5-フルオロヘキサン酸メチル

酸が酵素のアコニターゼ(アコニット酸ヒドラターゼ)
概要
によってアコニット酸に分解され、その後も反応を続
TCA 回路阻害毒はアコニターゼ阻害毒とも呼ばれ、 けながらエネルギーが産生されて行く。
細胞内のエネルギー産生回路である TCA 回路(ト
リカルボン酸回路の略。クエン酸回路、クレーブス しかし、酢酸の代わりに 2-フルオロ酢酸が TCA 回
回路ともいう)の機能を停止させる毒である。代表的 路に入ると、クエン酸シンターゼは酢酸と区別でき
なものは 2-フルオロ酢酸(モノフルオロ酢酸)であり、 ずに取り込んでしまい、フルオロクエン酸に分解さ
天然にはアフリカのギフブラアルやオーストラリアの れる。しかしアコニターゼはフルオロクエン酸を処理
ガストロロビウム属などの毒草にその化合物が含ま しようとするが、処理できずに機能を停止してしまう。
れている。 こうなるとアコニターゼが枯渇してしまい、アコニット
酸が産生できなくなるため、TCA 回路はストップし
一部の例外を除き、末端位にフッ素原子を持つ炭 て生体はエネルギーを得られなくなってしまう。
化水素鎖を含んでいるのが共通する特徴である。

     酢酸            クエン酸

2-フルオロ酢酸

毒性機序     アコニターゼ      フルオロクエン酸
本来の TCA 回路では、酢酸がクエン酸シンターゼ
という酵素によってクエン酸に分解され、次にクエン
毒理学 物質編 TCA 回路阻害毒

酢酸またはピルビン酸+オキサロ酢酸    ←  オキサロ酢酸
  ↓                       (戻る)     ↑
クエン酸                             リンゴ酸 2,2-ジフルオロ酢酸
  ↓                                ↑ LD50 180mg/kg(マウス静注)
アコニット酸      正常な
正常な TCA 回路      フマル酸
  ↓                                ↑
イソクエン酸                           コハク酸
2,2,2-トリフルオロ酢酸
  ↓                                ↑
オキサロコハク酸 →  ケトグルタル酸 →  スクシニル CoA
LD50 1200mg/kg(マウス静注)
LDLo 150mg/kg(マウス腹腔)

フルオロ酢酸+オキサロ酢酸 
  ↓            酢酸またはピルビン酸+オキサロ酢酸
2-クロロ酢酸
フルオロクエン酸                           ↓
LD50 250mg/kg(マウス皮下)
  ↓       阻害された
阻害された TCA 回路     クエン酸
分解できず・                        ↓  LD50 5mg~55mg/kg(ラット)
アコニターゼを占領     アコニターゼが足りない
     ↓                   ↓
   血中のフルオロクエン酸とクエン酸が増加

発見と
発見と研究
TCA 回路からのエネルギーを受け取れなくなった
2-フルオロ酢酸が初めて人の手によって合成され
脳はグルコース(ブドウ糖)を消費するが、グルコー
たのは 1896 年のことであるが、2-フルオロ酢酸カリ
スが尽きる(低血糖状態)と昏睡を起こす。通常は、
ウムがギフブラアルに含まれていることが分かった
グルコースが不足した場合でも肝臓などで糖新生
のは 1944 年のことである。1930 年代から 1940 年
が起こり、新たなグルコースが供給されるが、中毒
代に掛けて、ドイツ・ポーランド・イギリス・アメリカな
時には不足分を補いきれない。この理由として、2-
ど複数の国によってこの物質が研究されており、の
フルオロ酢酸によって TCA 回路のみならず糖新生
ちにアセチルコリンエステラーゼ阻害毒を開発する
も阻害されている可能性も考えられる。しかし糖新
ことになるドイツのゲルハルト・シュラーダーも、当初
生・解糖の機構は複雑であり、理由はよく分かって
はこれらの有機フッ化物の研究を行なっていた。ま
いない。また、発生するフルオロクエン酸は脳内で
た、1942 年には殺鼠剤として 2-フルオロ酢酸ナトリ
痙攣を誘発する。これらの原因が複合して死に至る
ウムが製造され始めている。その後、1950 年に各
とされる。
種動物に対する毒性の差や 6-フルオロヘキサン酸
このように、フッ素原子は大きさが水素原子と似て の毒性などの研究を載せた論文「Monofluoroacetic
いるため、生体内では酵素が区別できずに取り込 acid and related compounds」が出版されており、現
んでしまうことがあり、これをミミック効果という。フッ 在は Google ブックスで全ページを読むことができる。
素によるミミック効果は化合物の薬効や毒性を大幅
に変えるため、このことを利用してフッ素を含む医 ギフブラアルは高さ約 15cm、根の深さが 18m ある
薬品が多く開発されている。 草であり、牛がこれを食べて中毒を起こすことがあ
る。ギフブラアルとはアフリカーンス語で「毒の葉」の
なお、2,2-ジフルオロ酢酸や 2,2,2-トリフルオロ酢酸、 意味である。
2-クロロ酢酸ではミミック効果は起きないため、TCA
回路には取り込まれず、比較的毒性が低い。酢酸- ガストロロビウム属は 100 種類以上の品種の総称で
D3 などの重水素化体も TCA 回路での処理に影響 あり、その多くが有毒である。ガストロロビウムに含ま
を与える可能性が考えられるが、毒性情報が見当 れているのは、情報源によって、2-フルオロ酢酸・2-
たらず、重水素効果があるかは不明である。 フルオロ酢酸ナトリウム・2-フルオロ酢酸カリウムの
いずれであるか一定していない。
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は 2450 種類、現在では 3800 種類以上と増え続け


ているが、こういった有機フッ素化合物は 12 種類し
か発見されておらず、大変珍しい。

利用例
2-フルオロ酢酸はそのままでは酢酸臭が強いことか
ら、通常はナトリウム塩やアミドの形にして殺鼠剤や
殺虫剤に使われている。また、哺乳類への毒性を
低減した誘導体が開発され、殺虫剤に用いられるこ
ともある。

現在の日本ではこの種の TCA 回路阻害作用を有


する有機フッ素系の農薬はあまり使用されてないが、
1970 年ごろまでは殺虫剤のニッソール(当時は劇
物指定)などが幅広く使われており、中毒事例も多
かった。ニッソールは人への毒性をかなり減らしたこ
とが謳い文句であったが、散布者の中毒死により
ニッソール裁判が起こっている。諸外国では現在で
も 2-フルオロ酢酸ナトリウムがネズミ駆除に使われ
ている。なお、フッ素が含まれる農薬のうち、TCA
回路阻害作用を有しない物は、現在も日本で多く
用いられている。

Gastrolobium bilobum
別名 Heart-leaved Poison。ガストロロビウムの中でも
最強レベルの毒性を持つ。高さは最大 4m になる。  2-フルオロ酢酸ナトリウム   2-フルオロ酢酸アミド

 2-フルオロ酢酸メチル      ニッソール

また 2-フルオロ酢酸メチルは揮発性であり、第二次
世界大戦中に化学兵器として研究開発された事も
あるが、実戦使用例はない。2002 年時点の「化学
ニュージーランドにおける看板
兵器禁止条約加盟国による化学兵器禁止機関へ
の化学兵器総申告量のリスト」には掲載されていな
茶やグアーガムにもごく微量のフルオロ酢酸化合
いことから、主要国では化学兵器としては保有して
物が含まれている。天然物に含まれている事が判
いないと思われる。人に対する毒性が VX やサリン
明している有機ハロゲン化合物は、1997 年時点で
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などと比べるとかなり見劣りするため、今後も主流に モルモットを除いてあまり致死量に関するデータが
なることはないと考えられる。また、酢酸メチルなど ない。正確な毒性比較を行なう必要がある場合、文
のカルボン酸エステルに似た果実臭がするとされる 献値を基にするのではなく、同一条件のもとで実際
が、「ほとんど無臭」ともされており、兵器として使用 に動物実験を行なうのが最良である。
された場合に臭いで感知できるかは不明である。
中毒症状についても種差が大きく、犬のように痙攣
なお、日本法では 2-フルオロ酢酸と、その塩、アミド 主体であるもの、ウサギのように心障害主体である
は特定毒物に指定されており、購入や製造に厳重 もの、サルのように混合型であるものがあり、人は混
な規制が掛かっている。2-フルオロ酢酸パラブロム 合型であるとされる。
アニリド(FABA)、2-フルオロ酢酸パラブロムベンジ
ルアミド(FABB)は劇物指定であるが、登録失効農
2-フルオロ酢酸ナトリウムまたは
薬であるため現在の使用例は少ないと思われる。し
2-フルオロ酢酸メチルまたは
かしフルオロ酢酸のエステルや 2-フルオロエタノー
2-フルオロエタノールの毒性
ル、より長鎖の化合物には毒劇物指定はない。
動物種 LD50
テキサスホリネズミ? 0.05mg/kg 以下
種差 イヌ 0.06mg/kg
TCA 回路阻害毒は動物種によって毒性が大きく異 コヨーテ 0.1mg/kg
なる。犬に対しては非常に強力な毒性を持ち、2-フ
ラット(コットン) 0.1mg/kg
ルオロ酢酸ナトリウムの LD50 は 0.06mg/kg である。
ラット(アルビノ) 2mg~5mg/kg
一方、人に対する LD50 は 2mg/kg から 5mg/kg と、
シアン化ナトリウムと同等であるが、それほどの毒性 ネコ(イエネコ) 0.2mg/kg
はない。しかし経食道で LDLo 0.714mg/kg という ウサギ 0.25mg/kg
例もあり、ある程度個人差がある。また同じ生物学 (ニュージーランドホワイト)
的分類の動物であっても、細かな品種により大きく ウサギ(ダッチとその他) 0.5mg~1mg/kg
毒性が異なり、マウスやラットでは、系統によって数
十倍の種差がある。 モルモット 0.25mg~0.35mg/kg
ブタ 0.4mg~1mg/kg
この種の毒性の差が起こる原因としては、分解酵素 0.5mg/kg
マウス(アメリカハタネズミ)
の能力差などが言われているが、まだ定説はない。
マウス 19.3mg/kg
一部を除き、カエルなどの冷血脊椎動物に対して (アルビノ メイプルグローブ)
はほとんど毒性がない。しかし、昆虫に対する毒性 ウマ 1mg/kg
は強く、殺虫剤にも使われている。なお、カエルに
ヒト 2mg~5mg/kg
対する毒性は飼育する水温によっても変わるとされ
ハムスター 3mg/kg
る。
サル(アカゲザル) 4mg/kg
このように、TCA 回路阻害毒の毒性は、種差が著し 15mg/kg
サル(クモザル)
いことから、二種類の化合物の毒性を比較する際
は、同じ動物種・系統で比較しなければならない。 サル(種不明) 50mg/kg 以上
しかし、TOXNET などのデータベースの致死量 トリ(ニワトリ 白色レグホン) 7.5mg/kg
データは、マウスの物が最も多く存在するが、「マウ トリ(種不明) 102mg/kg
ス」や「ラット」などの表記はあっても系統が明記され
カエル(種不明) 0.1mg/kg
ていない。マウスは系統により非常に大きな差があ
るため、そのまま比較せず、必要に応じて元の論文 カエル(ヒョウガエル) 150mg/kg
に当たって系統を確認するのが望ましい。一方、犬、 カエル(アフリカツメガエル) 500mg/kg 以上
ネコ、ハムスター、モルモットは品種による差がある
カエル(種不明) 1000mg/kg
かどうかは知られていない。しかし、これらの動物は
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本書の編集方針では、なるべく毒物一つ一つに致 酢酸エチルを摂取すると、酢酸とエタノールに分解
死量を明記することになっているが、TCA 回路阻 されるが、酢酸 2-フルオロエチルを摂取した場合は
害毒に関しては単純に掲載しても物質間の比較に 同様に酢酸と 2-フルオロエタノールに分解されると
混乱を来たすため、「毒性が強い」などの感覚的な 考えられる。
表現にとどめている。いつの日か同一品種の動物
によって統一的な毒性実験が行なわれ、物質間の なお、フルオロエタン類は、1-クロロ-2-フルオロエタ
毒性の差について比較可能なデータが整備されれ ンのように反対側にハロゲンがあれば有毒であり、
ば、TCA 回路阻害毒について新たな知見が得られ ハロゲンが塩素、臭素のどちらでも毒性はほぼ同じ
るだろう。 であるが、これがフッ素である 1,2-ジフルオロエタン
の毒性はその数分の 1 から 10 分の 1 程度である。
なお、1,2-ジフルオロエタンはラットで LCLo
誘導体 75ppm/4 時間、マウスで LC50 977000mg/m3/2 時
間とされており、誤記でないとすれば種差が非常に
2-フルオロ酢酸はナトリウム塩やメチルエステルなど
大きいといえる。また 1-クロロ-1,2-ジフルオロエタン
にしても毒性はほぼ変わらない。ただしアミドにした
も 1-クロロ-2-フルオロエタンと同程度の毒性がある。
場合は哺乳類への毒性はやや落ちるため、主に殺
虫剤に用いられる。また、2-フルオロエタノールや 1-フルオロエタンはほぼ無毒であるとされる。
2-フルオロアセトアルデヒド、カルボン酸の 2-フルオ
ロエチルエステルなど、2-フルオロエチル基を持つ
多くの化合物に同様の毒性がある。2-フルオロ酢酸
2-フルオロエチルは 2-フルオロ酢酸メチルの 2 倍の
毒性があり、潜伏期間が短い。
 1-クロロ-2-フルオロエタン   1-クロロ-1,2-ジ
                    フルオロエタン 
エタノールを摂取すると、酵素のアルコールデヒドロ
ゲナーゼによってアセトアルデヒドになり、さらに酵
素のアセトアルデヒドデヒドロゲナーゼによって酢酸
に分解される。2-フルオロエタノールの摂取時には
ミミック効果により同じルートで 2-フルオロ酢酸に分    1,2-ジフルオロエタン   1-フルオロエタン
解されて毒性を発揮する。ヒトのアセトアルデヒドデ
ヒドロゲナーゼには先天的に 3 タイプがあり、酒類
への耐性と関係しているが、これと 2-フルオロエタ
また金属塩やアミド、ニッソールなどは固体であるた
ノールの毒力の強さに相関があるかどうかは分から
め、蒸気の吸入による中毒の危険性はないが、エス
ない。
テルやアルコールなどは揮発性であるため、吸入
毒性がある。また固体であっても、農薬散布時の皮
膚吸収で中毒死した事例もあるため、経皮毒性も
存在すると見られる。

 2-フルオロエタノール  2-フルオロアセトアルデヒド
長鎖化合物
長鎖化合物
前項では主鎖が炭素数 2 の誘導体について紹介
したが、炭素数 4 以上の誘導体にも強力な毒性が
存在する。

脂肪酸は体内ではベータ酸化と呼ばれる機構によ
 酢酸 2-フルオロエチル     2-フルオロ酢酸 り、酸素二重結合側の炭素が 2 個ずつ減っていく。
                    2-フルオロエチル このため、4-フルオロ酪酸や 6-フルオロヘキサン酸
などの、末端位にフッ素がある炭素数が偶数の脂
肪鎖を持つカルボン酸は、最終的には 2-フルオロ
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酢酸になるため、2-フルオロ酢酸と同様の毒性を持
つ。一方、炭素数が奇数の場合はほとんど 2-フル 2-フルオロ酢酸の場合と同様に、これらのフルオロ
オロ酢酸にならず、フルオロギ酸、そしてフッ化水 カルボン酸本体のみならず、そのエステルやアミド、
素になる。このため、5-フルオロ吉草酸や 3-フルオ 塩など、全てにわたって偶数炭素の長鎖化合物に
ロプロピオン酸の毒性は低い。 は毒性があると思われる。また 4-フルオロチオ酪酸
S-メチルのようなカルボン酸のチオエステルにも同
等の毒性がある(2-フルオロ酢酸のチオエステルに
は毒性データがない)。

なお、1-フルオロエタンは前述のように無毒である
ベータ酸化 が、1-フルオロヘキサンや 1-フルオロオクタンなど
は毒性が強い。前述のように 1,2-ジフルオロエタン
は反対側が塩素・臭素の物より毒性がかなり低いが、
ただし、2-フルオロ酢酸自体よりも 6-フルオロヘキ 1,4-ジフルオロブタンの場合は同格の毒性のようで
サン酸の方が数倍毒性が強いとされ、また 4-フルオ ある。炭素数が 8 以上のアルカンの場合、1-フルオ
ロ酪酸も動物種によっては 2-フルオロ酢酸より毒性 ロオクタンと 1,8-ジフルオロオクタンの比較のように、
が強い。このように、ベータ酸化の原理のみでは毒 両端にフッ素原子がある場合の毒性は、片側のみ
性を説明しきれない部分もある。この理由はよく分 の場合の 2 倍弱になる。1-フルオロブタン(沸点
かっておらず、TCA 回路以外の重要な機構に作用 32℃)と 1,6-ジフルオロヘキサンには毒性データが
している可能性や、血液脳関門の通りやすさと関係 ないが、有毒だと考えられる。ほとんどの動物はア
している可能性もある。 ルカンを分解する能力はないが、有毒であることか
ら見ると、何らかの作用で分解されているものと思
4-フルオロ酪酸骨格の化合物は、犬に対する毒性 われる。分解の速度がそれほど速くなければ摂取
は 2-フルオロ酢酸骨格の化合物より低いものの、モ 後の潜伏期間が長いことが予想されるが、潜伏期
ルモットやサルに対する毒性はむしろ強くなる。6-フ 間についての情報はない。炭素数の同じカルボン
ルオロヘキサン酸骨格の化合物の毒性については、 酸に変化してからベータ酸化を受けるのか、そのま
比較できる動物種が不足している。 ま分解されるのかは不明である。

また 4-フルオロクロトン酸ナトリウムのような不飽和 4-フルオロブタノール、ビス(4-フルオロブチル)
脂肪酸も、ベータ酸化を受けるため有毒である。ヒョ エーテルや 5-フルオロバレロニトリルも毒性が高い。
ウガエルに対する毒性は LD50 25mg/kg であり、 5-フルオロバレロニトリルはシアノ基の炭素を除いて
2-フルオロ酢酸化合物の LD50 150mg/kg よりかな 数えれば、主鎖の炭素数は偶数であり、他の化合
り増加している。哺乳類に対する潜伏期間は 2-フ 物と同様、偶数炭素の物の毒性が高いという法則
ルオロ酢酸塩よりも短い。 に当てはまる。

  4-フルオロ酪酸     6-フルオロヘキサン酸   4-フルオロクロトン酸      4-フルオロチオ
                                     ナトリウム          酪酸 S-メチル

  1,4-ジフルオロブタン     ビス(4-フルオロブチル)エーテル     5-フルオロバレロニトリル
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毒性に影響を与えないと推定される。
修飾による
修飾による毒性変化
による毒性変化
主鎖がヒドロキシル基などで修飾されている場合、 脳はグルコース不足時には 3-ヒドロキシ酪酸をエネ
種によって毒性が増強したり減弱したりする場合が ルギー源にするが、4-フルオロ-3-ヒドロキシ酪酸類
ある。 は、これらの作用を阻害するのが毒性の理由である
可能性もある。また脳内では 2-ヒドロキシ酪酸や 4-
4-フルオロ-2-ヒドロキシ酪酸メチルはサルに対して アミノ酪酸(GABA)、4-アミノ-2-ヒドロキシ酪酸
は 4-フルオロ酪酸メチルの 2.5 倍の毒性があり、ネ (GABOB)も重要な物質となっており、フルオロ酢
コに対しては毒性は約 3 分の 1 となる。2-フルオロ 酸中毒時に GABA や GABOB を投与すると痙攣
酢酸メチルではサルとネコの種差は 32 倍、4-フル を抑えられるが、これらと毒性が関係している可能
オロ酪酸メチルでは約 14 倍であったが、4-フルオロ 性もある。しかし GABA の投与でも死亡率に変化
-2-ヒドロキシ酪酸メチルでは 2 倍まで縮小している。 はないとされ、直接的な関係があるかどうかは分か
4-フルオロ-3-ヒドロキシチオ酪酸 S-メチルも同等の らない。
毒性があることから、ヒドロキシル基の位置はさほど

イヌ ネコ サル
2-フルオロ酢酸メチル LC50 25mg/m3/10 分 LC50 25mg/m3/10 分 LC50 800mg/m3/10 分
4-フルオロ酪酸メチル LC50 50mg/m3/10 分 LC50 35mg/m3/10 分 LC50 500mg/m3/10 分
4-フルオロ-2-ヒドロキシ酪酸メチル LC50 100mg/m3/10 分 LC50 200mg/m3/10 分
4-フルオロ-2-ヒドロキシチオ酪酸 S-メチル LCLo 63mg/m3/10 分 LCLo 100mg/m3/10 分 LCLo 200mg/m3/10 分
4-フルオロ-3-ヒドロキシチオ酪酸 S-メチル LC50 63mg/m3/10 分 LC50 200mg/m3/10 分
(ただしサルの種類が不明なため、種差による物である可能性もある。あくまで参考程度の比較に過ぎない)

   4-フルオロ-2-ヒドロキシ       4-フルオロ-3-ヒドロキシ        4-フルオロ-2-ヒドロキシ
       酪酸メチル            チオ酪酸 S-メチル           チオ酪酸 S-メチル

  3-ヒドロキシ酪酸     2-ヒドロキシ酪酸      4-アミノ酪酸      4-アミノ-2-ヒドロキシ酪酸

また、5-フルオロヘキサン酸エチルも、6-フルオロヘ ベータ酸化によって 5-フルオロヘキサン酸に代謝


キサン酸エチルとほぼ同等の毒性がある。このよう されるためと思われる。同様に 5-フルオロヘキサン
に奇数位にフッ素が付いている場合でも物質に 酸は 3-フルオロ酪酸に代謝されるはずだが、3-フル
よっては毒性を持つが、この理由は不明である。な オロ酪酸の毒性は不明である。しかし、3-フルオロ-
お、5-フルオロ吉草酸エチル(5-フルオロペンタン 2-ヒドロキシ酪酸ナトリウムは毒性が強いことが判明
酸エチル)の毒性は低いため、5 位にフッ素がある しているため、5-フルオロヘキサン酸の最終的な毒
事自体は毒性の原因ではないと考えられる。また、 性代謝物は 3-フルオロ酪酸である可能性もある。し
9-フルオロデカン酸エチルも毒性が強く、これは かし毒性機序は不明である。なお 2-フルオロ酪酸
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の毒性はかなり低い。なお、TOXNET では 5-フル いる(マウス腹腔内 LD50 は 1.08mg/kg)。ただし


オロヘキサン酸エチルのマウスの LC50 が TCA 回路阻害作用があるのかは分からず、毒性機
0.2mg/m3、5-フルオロヘキサン酸 2-フルオロエチ 序は不明である。ノルバリンはアミノ酸の一種である
ルのウサギの LC50 が 0.02mg/m3 という猛毒の実 が、必須アミノ酸ではなく、それほど重要な物では
験結果があるが(吸入時間表示はなし)、誤記の可 ないとされている。一方、4-フルオロスレオニンは炭
能性もある。 素数が偶数であるが、マウスでの LD50 は
320mg/kg とほぼ無毒である。このように、ヒドロキシ
5-フルオロノルバリンは炭素数が奇数であるが、2- ル基が修飾している場合は毒性の種差が変わる程
フルオロ酢酸ナトリウムの 10 倍有毒であるとされて 度であるが、アミノ基が修飾している場合は有毒・
無毒かどうかも一変する。

    5-フルオロヘキサン酸エチル             9-フルオロデカン酸エチル

  3-フルオロ-2-ヒドロキシ        5-フルオロノルバリン       4-フルオロスレオニン
     酪酸ナトリウム

このように、長鎖のものやヒドロキシル基が付いてい ブドウ糖によって血糖値が正常レベルに回復しても
るもの、フッ素原子が奇数位のもの、主鎖の炭素数 再び意識障害をきたす場合があり、こうなるとさらに
が奇数でアミノ基が付いているものには 2-フルオロ 高血糖状態にしなければ昏睡が続くことになる。な
酢酸以上に毒性が大きい物があることから、TCA お GABA は救命率上昇には結びつかないとの動
回路の阻害の他にも毒性を生じる原因がある可能 物実験結果もある。
性がある。将来の研究によっては、この種の毒物の
包括名称は変わる可能性が残されている。 解毒剤としては、フルオロ酢酸類に対してはエタ
ノール、酢酸、酢酸ナトリウム、モノアセチン、アセト
アミドなどの主鎖の炭素数が 2 の化合物が効果が
臨床 あることが知られている。これらの化合物の効能に
ついて、「体内で酢酸を発生させるため、2-フルオ
2-フルオロ酢酸などの中毒経過は、摂取後数十分 ロ酢酸と拮抗する」とされる場合があるが、これと異
から数十時間程度の潜伏期間の後、しばらく痙攣 なる作用を挙げる説もある。
が続いてから昏睡状態になり、心室細動などによる
死亡の経過をたどる。農薬中毒の事例から判断す 人に対する中毒事例は 2-フルオロ酢酸骨格を持つ
ると、経過は比較的緩慢であり、死亡例でも摂取後 化合物にとどまり、4-フルオロ酪酸以上の長鎖のも
数日間延命できた例もある。 のについては、人の毒性データは存在しないと見ら
れる。また中毒症状が同じであるかどうかも不明で
鑑別に役立つ臨床症状は痙攣と低血糖である。ま
ある。また前記の解毒剤が効かない場合があり、例
た血中や尿中のクエン酸の濃度が高まる。
えばモノアセチンは 4-フルオロ酪酸には効果がな
いが、モノブチリンは効果があることが分かっている。
対症療法としては、ブドウ糖の投与で低血糖を、
ブタノールや酪酸などの炭素数が 4 の化合物が効
GABA の投与で痙攣を抑えることができる。しかし
毒理学 物質編 TCA 回路阻害毒

く可能性もあるが、参考情報は不足している。
物性
融点 沸点
合成 2-フルオロ酢酸 35℃ 168℃
TCA 回路阻害毒のうち主鎖の炭素数が 2 である物 2-フルオロ酢酸ナトリウム 201℃
の一部は、試薬が市販されている。しかし日本では
2-フルオロ酢酸アミド 108℃
特定毒物指定のために一般には購入が不可能な
2-フルオロ酢酸メチル 104℃
ものもある。2-フルオロ酢酸メチル、2-フルオロ酢酸
エチル、2-フルオロエタノールは普通物扱いなので、 2-フルオロ酢酸エチル 120℃
購入に関する制限はないが、揮発性で潜伏期間が 2-フルオロエタノール 103℃
しばらくあるので実験・保管には厳重な注意を要す
1-クロロ-2-フルオロエタン 53℃
る。

一方、主鎖の炭素数が 4 以上のものについては、
アルカン以外はほとんど市販されておらず、実験室 出典
における調製が必要となる。一般的な調製方法とし 画像はウィキペディアより。
ては、目的化合物のフッ素原子の位置に塩素原子
があるもの(クロロ体)をフッ化カリウムと加熱してフッ
素化を行なう方法がある。使用するフッ化カリウムは
スプレードライ品を用いると反応しやすい。クロロ体
はフルオロ体よりも多くの種類が市販されている。

クロロ体も入手できない場合は、各種反応によって
合成ブロックを組み上げていく必要があるが、目的
化合物によってその手法は多様である。

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