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●特定課題研究●

異文化間能力を考える
―多様な視点から―

松尾知明・森茂岳雄 key words


…………………………
異文化間能力
キー・コンピテンシー
異文化接触
知識・スキル・態度
異文化間能力ツリー
…………………………

はじめに

異文化間能力(intercultural competence)とはどのような能力をいうのだ
ろうか。異文化間教育研究が、異なる文化の狭間で生起する教育の現象やそ
の意味を解明し、その知見をもとに異なる文化と共にいかに生きていくかと
いう人間形成のあり方を追究する営みであることを考えると、きわめて本質
的な問いといえるだろう。
グローバル化が進み、知識基盤社会が到来するなかで、社会のあらゆる領
域で、異文化間能力が求められる時代になった。グローバルな相互依存が深
化し、異文化接触・交流の日常化する今日的な状況のなかで、異なる人々とか
かわり協働していくことは、だれにでも求められる資質・能力の一つとなって
い る。例 え ば、OECD の DeSeCo(Definition and Selection of Competencies)
プロジェクトで定義されたキー・コンピテンシーでも、その 3 つの構成要素
の一つが「異質な集団で交流する」力となっており、また、3 年ごとに実施
されている PISA 調査の PISA2018 では global competence の評価が計画さ
れている(松尾,2016)。その一方で、異文化間能力については、日本にお
いてこれまで研究があまり進められていない。
そこで、今回の特定課題研究においては、重要であるにもかかわらず取り
上げることが少なかった異文化間能力の概念について検討を進めたい。な
お、2 年間の研究期間において、1 年次には、「異文化間能力を考える―多様
な視点から」のテーマのもとに異文化間能力とは何かを追究し、2 年次には、
「異文化間能力を生かす―実践に向けて」のテーマで、異文化間能力をいか

異文化間教育 45 号 2017:19-33
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に活用するのかについて検討する。本年度は、さまざまな専門分野や興味・
関心の多様な視点から、異文化間能力の概念について迫ることにした。

1 異文化間能力が求められる時代に

科学技術の発展を背景に、変化の激しいグローバルな知識基盤社会、デジ
タル社会、多文化社会への展開が加速している。新しい知識や技術の創造に
より諸分野でパラダイム転換が繰り返され、インターネットを通して情報は
瞬時に世界を駆け巡り、異なる人々との相互交流や相互依存が著しく進む時
代となっている。社会の不確実性は増大しており、だれも将来を予測しえな
いなかで、私たちは、個人的にも社会的にもさまざまな課題に直面しており、
専門家さえ答えをもっていない状況にある。政治、社会、文化的な諸局面で、
一人一人が知恵を出し合い協働して、課題を解決していかなければならない
時代が到来している。
このような変化の激しい社会において、コンピテンスの育成が大きな課題
となっている。コンピテンスとは、知識だけではなく、スキル、さらに態度
を含んだ人間の全体的な資質・能力をいう。何を知っているかから、知識を
活用して何ができるかが問われる時代になったのである。特に、グローバル
化が加速するなかで、異なる文化の「間」において効果的に行為することが
できるコンピテンスの育成が大きな課題の一つとなっている。今日著しく増
加している文化と文化が接触する状況において、差異とどう向き合い、コ
ミュニケーションをいかにとり、異なる背景をもった人々と共にどのように
問題解決を図っていくのか、といった異文化間能力が求められるようになっ
てきているのである。

2 異文化間能力の先行研究

2.1 異文化間能力の研究動向
異文化間能力をめぐる先行研究(Spitzberg & Changnon, 2009: 7–9)を簡単
にみてみると、1960 年代以降に関連する研究が散見されるようになり、1970~
1980 年代に、intercultural competence, intercultural effectiveness, intercultural
adaptation などの用語の使用が始まった。1990 年代以降には、そうした能
力の測定が試みられるようになる。とくに近年においては、グローバル化の

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進展に伴い研究も増加しており、異文化間能力の用語を書名にもつハンド
ブック(Deardorff, 2009)や事典(Bennett, 2015)も編纂されている。ハンド
ブックでは、1 章で 22 の異文化間能力を概念化するモデルが、27 章で 44 の
異文化間能力のアセスメントツールの概要が紹介されている。
一方、日本においては、学術情報データベースで検索してみると、「異文
化能力」9 件、「異文化間能力」32 件、「異文化間コンピテンス」1 件がヒット
したが、異文化間能力の本質に迫るような研究はあまりみられなかった。異
文化間教育学会の特定課題研究では、近いものに、「異文化間リテラシー」
(1997)
、「異文化間トレランス」
(2001)があり、また、学会誌『異文化間教育』
では、異文化間能力の用語を扱ったものに山岸(1997)や徳井(2004)がある
ものの、それらの概念の定義や活用にまでは十分に踏み込まれていない。

2.2 明らかにしたい課題
異文化間能力の研究は世界的には進展している一方で、研究者の間でコン
センサスは得られていない(Fantini, 2009: 457)。これらの異文化間能力に関
する研究では、理論やモデルにおいて、動機、知識、スキル、文脈、成果な
どを大きく捉えているという共通する点もみられるが、具体的な下位の概念
的要素になるときわめて大きな多様性のあることがわかっている(Spitzberg
& Changnon, 2009: 35)。また、異文化間能力の理論は、①異文化間能力の
要素:その核となる要素は何なのか、②異文化間能力の構造や体系:それら
の要素の関係は何なのか、異文化間能力はどのように構造化されるのか、異
文化間能力の前提や結果は何なのか、③実際の異文化間の接触における異文
化間能力:実際の異文化接触のなかで異文化間能力の要素はどのように立ち
表れるのか、の 3 つの疑問に適切に答えられていないという(Van de Vijver
& Leung, 2009: 405–406)。今回の課題研究では、具体的な文脈のなかで異文
化間能力を問うことから、これらの課題も視野に入れながら取り組んでき
た。

3 異文化間能力を問う

3.1 異文化間能力を検討する基本的な立場
異文化間能力の概念を検討するにあたり、基本的な立場として、次の 2 点

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を考慮することにした。
第一に、異文化間教育研究の基本的な視座を踏まえるということである。
異文化間教育研究は、異なった複数の文化の接触や交流によって生じる人間
形成や発達にかかわる諸事象や教育的実践を対象とする。その基本的な視座
は、異文化間教育の言葉にある「間」
(inter-; in-between)の一文字に集約さ
れており、複数の文化が交差する「場」で生起する人間形成の過程や教育上
の問題にアプローチするという基本的な性格をもっている。異文化間能力と
は何かを考える際には、学会の創設以来検討されてきたこうした異文化間教
育研究の基本的な理念を基礎に考えることにした。
第二に、多様な研究分野の異なる考え方を大切にするということである。
異文化間教育学会は、例えば、教育学(多文化教育、国際理解教育、外国人
児童生徒教育、言語教育、留学生教育)、心理学(社会心理学、発達心理学)、
異文化間コミュニケーション、カウンセリング、言語学、社会学、文化人類
学など、多様な専門分野や課題に関心をもつ研究者や実践家から構成されて
いる。そのため、さまざまな領域に特有な資質・能力の捉え方があることを
踏まえ、多様な視点から異文化間能力を検討することにした。
このような異文化間教育研究の基本的な視座をもとに、異文化間能力とは
何かについて追究した。

3.2 異文化間能力を検討する方向性
異文化間能力を検討するにあたり、以下の 3 つの方向で進めることにした。
第一に、異文化間能力を自分自身の研究や関心の視点からパーソナルに
迫っていくということである。例えば、DeSeCo プロジェクトでは、キー・
コンピテンシーの概念が複数の学問分野から検討されている(Salganik,
2001)
。①哲学:より良い人生のためのコンピテンシー、②文化人類学:脱
文脈化したコンピテンシーは語れないと回答、③心理学:適応的・社会的存
在、④経済学:労働者が労働市場で成功するために必要とするコンピテン
シー、⑤社会学:複数の社会状況のなかでの自律性、などのように、学問分
野の特質に応じて求められる能力像が異なって概念化されている。この例の
ように、異文化間能力を考える際にも、それぞれの領域や個人的な文脈の視
点から具体的に追究していくことにした。

22
第二に、異文化間能力の構成要素を知識、スキル、態度の視点から広く捉
えるということである。コンピテンシーを捉える際、認知的な側面に限定す
るのではなく、情意や態度など非認知的な側面を含むものと考える。異文化
間能力の研究レビューにおいても、知識、スキル、態度の枠組みで捉えられ
ることが主流であるとされ、情意面を含んだ広い概念として考えられている
(Deardorff 2015: 217–220)
。これに従い、知識、スキル、態度といった広い
視点から、異文化間能力の構成要素を検討することにした。
第三に、異文化間能力のモデル化にまで視野に入れるということである。
ハンドブックでは、異文化間能力のモデルが 5 つのタイプに整理されている
(Spitzberg & Changnon, 2009: 2–52)。それらは、①異文化間能力の要素を
示す「構成モデル(compositional models)」、②異文化間の理解の相互作用
を概念化した「相互指向モデル(co-orientational models)」、③異文化間能力
が発展する段階を示した「発達モデル(developmental models)」、④複数の
相互作用と相互依存を示した「適応モデル(adaptational models)」、⑤要素
の間の因果関係を示した「因果プロセスモデル(causal process models)」で
ある。課題研究では、異文化間能力とは何かについて、構成要素を抽出する
だけではなく、文脈に即したモデル化の一端を試みることにした。

3.3 異文化接触と異文化間能力
異文化接触と異文化間能力の関係について、少し整理しておきたい。単純
化して論じるが、図 1 に示すように、個人は、所属する集団の「文化 1」をもっ
ている。異文化間の接触によって、自分とは異なる「文化 2」と出会うこと
になる。個人は、文化 1 と文化 2 を比較したり、対照したり、すり合わせた
りして、第 3 の空間としての「文化 3」を形成する(Fantini, 2009: 458)。この
ようなプロセスのなかで、異文化間能力を培うことが可能になる。
このような文化と文化が接触して適応していくプロセスは、例えば図 2 に
示しているように、スムーズに進むものではなく、「ジグザグ」
「行きつ戻り

図1 異文化接触と異文化間能力

23
図 2 異文化適応の類型概念図
注)江淵(1994: 112)より引用

つ」の過程といえる。その際、めざされるのは、自分を捨てて完全に主流の
文化へ溶け込む同化型、あるいは、異なる文化を拒否して自分の文化を完全
に保持する伝統保守型ではないだろう。どうにかして両方の文化に折り合い
をつけて、異文化状況においても効果的に対応できる、統合型ではないかと
思われる。
したがって、統合型を可能にするために、文化と文化の狭間のなかで、効
果的に対応し、実践していく能力が求められることになるのである。本課題
研究で追究しているのが、このような異なる文化の間で必要とされる能力で
ある。

4 特定課題研究「異文化間能力を考える」―報告と討論―

4.1 特定課題研究の報告
以上のような課題意識に立って、本(2016)年度大会の特定課題研究にお

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いては、異文化間教育学研究においてこれまであまり取り上げられてこな
かった「異文化間能力」の概念とその構成要素に焦点をあて、さまざまな研
究分野で構成される異文化間教育の多様な視点から議論を深めることをめざ
した。
報告では、司会の森茂岳雄(中央大学)による簡単な趣旨説明に続いて、
まずディスカッサントの松尾知明(国立教育政策研究所)から、異文化間能
力についての先行研究の検討に基づいて、本特定課題研究を通して明らかに
したい課題と、異文化間能力を構想する基本的な立場や異文化間能力を検討
する方向性についての問題提起がなされた。それに続いて、下記 3 人のパネ
リストから、それぞれの専門分野である日本語教育、発達心理学、ヒューマ
ンライブラリーからみた異文化間能力の概念や構成要素について報告され
た。(詳しくは、本稿に続く各論考を参照のこと。なお、以下の各論考は、
学会の特定課題研究での討論とその後の研究会での議論を踏まえ、再構成さ
れたものである。

・大舩ちさと(国際交流基金日本語国際センター)
「外国語教育から見た異
文化間能力―海外の中等教育段階における日本語教材開発の視点から―」
・塘 利枝子(同志社女子大学)
「発達心理学から見た異文化間能力―発達
段階を考慮した異文化間能力のモデル化に向けて―」
・坪井 健(駒澤大学)
「ヒューマンライブラリーから見た異文化間能力―
コンピテンシーを育てる実践の立場から―」

まず大舩報告では、海外の中等教育段階での外国語科目としての日本語教
育における異文化間能力について議論された。外国語科目は従来より、異な
る国の言語を学ぶという教科の特性から、外国語によるコミュニケーション
能力のみならず、異文化に対する寛容性の育成などが期待される教科であっ
た。近年では、グローバル化の進展のなかで「キー・コンピテンシー」や「21
世紀型スキル」の育成が各国の教育行政に影響を与え、日本語教育の分野に
おいてもこれらの概念で定義される資質・能力の育成が期待されるように
なってきている。
本報告では、アジアを中心に異文化間能力の育成を視野に入れた中等日本
語教育用教材(教科書)やプログラムの中から報告者もその開発に携わった

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事例を取り上げ、そこで求められる異文化間能力の定義や構成要素について
次のような提案がなされた。
〈定義〉
自らのもつあらゆる知識・スキルを活用して、異なる言語を話す人と日本
語、自国語、日本語以外の共通言語や非言語などを用いて協働的に活動する力。
〈構成要素〉
知識(①日本語及び日本の社会文化的情報、②自国語及び自分の帰属する
コミュニティ・地域・国の社会文化的情報、③言語・文化とアイデン
ティティの関係)
スキル(①分析的・批判的思考、②思考を言語化するスキル)
態度(①興味・関心、②積極性、③判断保留・寛容性)
次に、塘報告では、発達心理学の立場から、発達段階を考慮した異文化間
能力のモデル化について議論された。発達心理学では、個が「異文化」とか
かわる際に有効だと考えられる異文化間能力の要素は、個の発達の違いに
よって異なるという立場をとる。また保育機関から小学校へといったこのサ
ブカルチャー(集団)間の移動に対する異文化間能力も研究の範疇となる。
したがって異文化間能力は、この発達と集団全体もしくは集団内の成員との
相互関係によって規定される。
このような考え方を前提に本報告では、保育所や小学校での外国人幼児や
帰国児童の適応過程を追ったフィールドワークや、青年期・成人期を対象に
した異文化間葛藤に対する質問紙調査、各発達段階の異文化間能力に関する
先行研究をもとに、各発達段階(①乳児期~幼児期前期から、⑥成人期後期
~後年期までの 6 段階)で特に有効と考えられる異文化間能力のモデル化が
試みられ、その考察を通して異文化間能力の定義が次のように述べられた。
〈定義〉
文化・社会・時代・発達段階により異なるが、共通要素として、視点取得
能力、共感性、向社会的行動、協働等があげられる。そしてそれらを支える
自尊感情や自己効力感は、異文化への観念的理解だけでなく、実行可能な行
動へと導く要因となる。個の集団内の立場によっても有効に働く異文化間能
力は異なり、各文化・社会・時代に特徴づけられた価値観からも影響を受け
ながら、個の異文化間能力は環境との相互作用のなかで生涯にわたり発達し

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ていくものである。

最後に坪井報告では、「偏見を低減する」
「ココロのバリアをとかす」
「多様
性に寛容なココロを育てる」実践的イベントとして、世界 70 カ国以上で開
催されている「ヒューマンライブラリー」の実践が育成する異文化間能力に
ついて議論された。ヒューマンライブラリーは、生きた人間を「本」、その
話を聞く人を「読者」に見立てた少人数の 30 分程度のお話会である。公共図
書館という仮想空間であるので、「公共の本を傷つけてはいけない」という
ルールの他には、特に堅苦しいルールはない。本になる人は、一般にマイノ
リティの人、偏見をもたれやすい人、生きにくさを抱えた人が選ばれること
が多い。
従来の異文化間能力についての議論は、世界のグローバル化を背景にして
いるため、いずれも国家や民族を前提とした異文化を暗黙の前提にしてきた
が、身近な異文化をベースにした異文化間能力の育成に注目する必要があ
る。これを坪井は「異文化概念のローカル化」と呼んでいる。ヒューマンラ
イブラリーは、まさに身近な異文化への気づきを促す試みである。
これまでの実践を通して、ヒューマンライブラリーによる異文化間能力の
育成のステージを 5 段階(対話前→対話初期→対話中期→対話後期→対話後)
に分けて、各ステージにおける異文化間能力の構成要素が示された。以上の
考察を通して、ヒューマンライブラリーで育成される異文化間能力の定義と
必要な構成要素として次のような提案がなされた。
〈定義〉
異質な他者に対して、感情的・認知的・行動的に適正な対応をし、社会的
自己を拡張し、他者と柔軟により良い関係を築いていくことのできる資質・
能力。
〈必要な要素〉
知識(自他の文化に対する知識、情報や言語に関する知識、社会・人間関
係に関する知識)
スキル(言動を操作するスキル、対人関係を調整するスキル、自己の感情
を操作するスキル)
態度(以上の諸要素を表出する際に思慮深い態度で、自己コントロールで

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きること)

以上 3 名の報告に対してディスカッサントの松尾からコメントと、各専門
分野からみて異文化間能力を一言でいうとどのような能力として表現できる
か、またそのモデル化の課題について質問がなされ、発題者による回答がな
された。
また、以上のパネリストとディスカッサントの討議を受けて、フロアから
も、ワークシートに基づいて多くの意見が出された。そのいくつかをあげる。
・知識は、文化や社会に関する知識と、関係性にかかわるメタ的な知識が
あがった。スキルについては、コミュニケーション能力と批判的思考と
リフレクションが出てきた。態度は、寛容や他者への興味・関心などで
ある。
・ワークシートを書いていて、異文化間能力について「自分に関する能力」
として記入した。しかし、発題をお聞きして、環境とのかかわりから能
力を捉えるという視点が得られた。
・異文化間能力の教育実践が行われる場としては、SNS のようなメディ
アを通したかかわりの場が出てきていて、そのような場における異文化
間能力についても検討があっても良いのかもしれない。
出された意見の中の異文化間能力を育成する教育実践やその評価について
は、次年度の特定課題研究で検討する予定である。

4.2 異文化間能力ワークシートの分析
今回の特定課題研究では、参加した専門の異なる各会員が他の会員と協働
して、新たな知を創造していくプロセスを大切にする会員参加型の討論の場
にしたいとの思いから、「異文化間能力ワークシート」を用意した。発題の
前に「1. 異文化間能力とはどのような能力だと考えますか」について記述し
てもらい、発題を受けて休憩時間に「2. 異文化間能力を構成する要素と考え
ら れ る、知 識(knowledge)、ス キ ル(skills)、態 度(attitudes, disposition,
mind-set)のキーワードを 3 つずつ」、および「3. 発題者へのコメント・質問」
を書いてもらい、最後に「4. 議論を振り返り、異文化間能力とはどのような
能力と考えるのか」をもう一度書いてもらうようにした。回収できた参加者

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表1 異文化間能力のキーワード

異文化間能力
知識 スキル 態度

1位 言語(11 件) コミュニケーション(14 件) 寛容(27 件)


2位 異文化(8 件) 傾聴(5 件) 柔軟性(11 件)

3位 自文化(8 件) 調整(4 件) 興味・関心(7 件)


批判的思考(4 件)
表現(4 件)

からの 62 枚のワークシートをもとに若干の分析を試みたい。
ワークシートでは、異文化間能力を構成すると考えられる知識、スキル、
態度のキーワードを 3 つずつ書いていただいた。記入されていたキーワード
の数を合計して多い順に示すと、表 1 の通りであった。
結果は、知識については、言語(11 件)、異文化(8 件)、自文化(8 件)、
文化(7 件)、社会文化的知識(4 件)、他文化(4 件)、多様性(4 件)、社会(3
件)
、発達段階(3 件)などで、言語、異文化、自文化が上位 3 位であった。
スキルについては、コミュニケーション能力(6 件)
、傾聴(5 件)、コミュ
ニケーション(5 件)、調整(4 件)、批判的思考(4 件)、表現(4 件)、言語(3
件)
、コミュニケーション力(3 件)、リフレクション(3 件)などで、コミュ
ニケーションに類似する言葉をまとめると、コミュニケーション、傾聴が上
位 2 位で、3 位は同数で、調整、批判的思考、表現となっていた。
態度については、寛容性(15 件)、寛容(12 件)
、柔軟性(11 件)、興味・
関心(7 件)、共感性(5 件)、積極性(4 件)、共感(3 件)、好奇心(3 件)、行
動(3 件)
、受容(3 件)、判断留保(3 件)で、寛容を含む言葉をまとめると、
寛容、柔軟性、興味・関心が上位 3 位であった。
最後に、議論を振り返って、異文化間能力とはどのような能力と考えるの
かを書いていただいた。例えば、以下のような記述があった。

・自分と他者を相対化し、共に目的を達成するために協力することが
できる力。
・自分と他者との関係性の中で、双方の目的に折り合いをつけながら、
文脈を共に作り上げていく力。

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・異文化の間にある差を乗り越え、関係を構築していく力。
・異なる背景を持つ人たちの間で起こる葛藤も含めた様々な事象に対
処していける力。
・異文化を理解し、かかわっていこうとする力。
・多様な文化について考える力、感じる力、取り組もうとする姿勢、新
たな価値観を創り出す力。
・学習者のおかれた環境、発達段階に応じた形で「文化」のもつ権力性
を理解し、人々と共に問題解決をはかり、実践していける力。
・多面的に物事を見る力。相手の視点から物事を見る力。相手と共感的
協働的に物事を考え、行動できる力。
・自文化について知識があり、自文化とは違う文化があることを認識
し、共感性や柔軟性を持ち、他者や違いを受け入れられる力。
・受け入れるだけではなく、自分自身も変化していく力。
・自他の違いを調整しあいながら、共存していく能力。
・言語や社会・文化的知識を背景として、異なるものを認め、ステレオ
タイプの枠を外し、自分なりにそしゃく・調整をし、寛容に受け入れ
る能力。
・異文化に興味を持ち、積極的に関わろうとする能力。異文化に共感し、
統合、受け入れる能力。

このように、互いに異なる文化をもつ人々が、他文化や自文化をめぐり、
興味をもつ、相対化する、かかわる、共感する、受け入れる、折り合いをつ
ける、調整し合う、共存する、権力性を理解する、対処する、問題解決する、
協力する、新たな価値観を創り出すなどといった能力についての言及があっ
た。

おわりに

以上の異文化間能力ワークシートの分析から、それを構成する「知識」
「ス
キル」
「態度」に含まれる主要なキーワードが明らかになった。しかし、その
キーワード間の関係性や階層性については十分議論できなかった。この点に
ついて、ユネスコは、その理念である「平和の文化」の実現のため求められ

30
図3 異文化間能力ツリー:視覚的概念化
注)UNESCO(2013: 23)より引用

る異文化間能力(intercultural competency)の階層性とその活用に向けた実
施プラン(operational plan)を視覚的に概念化した「異文化間能力ツリー
(intercultural competency tree)」
(図 3)を示している。
本図では、異文化間能力とその活用を一本の木に例え、根、幹、枝、葉の
階層に分けた有機的なモデルとして視覚的に示している。まずその能力の栄
養源となる根の部分に「文化」
(アイデンティティ、価値、態度、心情等)と、
「コミュニケーション」
(言語、対話、非言語行動等)が置かれている。その
根から伸びた幹には、ユネスコがその理念の実現にとって大切にしてきた
「文化多様性」
「人権」
「異文化間対話」が据えられ、枝の部分にそれを実現す
る実施プランとして、「異文化間能力の明確化、教授、促進、実行、支援」

31
の 5 つのステップをあげている。その先の葉にあたる具体的な異文化間能力
の概念として、従来しばしば言及されてきた知識、スキル、態度だけでなく、
新しい概念として、異文化間責任、異文化間リテラシー、順応性、文化移動、
異文化間シティズンシップ、コンヴィヴィアリティ、再帰性、創造性、流動
性、状況に応じた役割、価値変更、意味的柔軟性、暖かい考え方、多言語主
義、思考性、感動、翻訳力、異文化間コミュニケーション力の他、アフリカ
で人間の相互関係性の哲学を表す「ubuntu」や日本の集団間の人間関係から
きている「内と外」の使い分けなども含まれる。これらは、すべて並列的な
カテゴリーに属する概念なのかは疑問の残るところではあるが、異文化間能
力の概念的広がりを考える上で興味深い。また、次年度の特定課題研究の
テーマとしている異文化間能力の活用のステップを考える上でも示唆的であ
る。
パネリストの各報告から今後考えるべき課題も浮かび上がってきた。
第一に、大舩が指摘するように、キー・コンピテンシーや 21 世紀型スキ
ルで定義される汎用的な資質・能力は科目横断的に育成されるものである。
これらの資質・能力を外国語科目・日本語科目といった特定の文脈に置き換
えると具体的にはどのような資質・能力になるのか。また、各領域に固有な
異文化間能力というものはあるのかという問いである。
第二に、塘が指摘するように、異文化間能力の要素が個の発達の違いや、
個の発達と集団全体もしくは集団内の成員との相互作用によって規定される
としたら、各発達段階で有効な一般的な異文化間能力の構成要素をモデル化
することは可能かという疑問である。
第三に、坪井は、ヒューマンライブラリーにおける異文化間能力の育成の
ステージを 5 段階で示しているが、すべての読者が同様の段階や順序を踏む
ものなのか、これは塘報告とも関連するが、異文化間能力には発達に応じて
固有の要素があるのか、またそれには順序性があるのかという問いである。
第四に、本異文化間能力の研究においては、先行研究を踏まえ、異文化間
能力を「知識」
「スキル」
「態度」の 3 つに大別したが、その発達・習得におけ
る関係性はどうかといった問題である。
これらについては、今後の継続的な課題として検討を深めていきたい。以
上を踏まえ、次年度は異文化間能力を生かす実践の可能性について、地域日

32
本語教育、中等学校における授業実践、大学における海外研修プログラムの
検討を通して明らかにしていく予定である。

〈引用文献〉
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川大学出版部.
徳井厚子(2004) 「シンポジウム 異文化間能力の育成を考える―多文化共生社会に向け
て―」 『異文化間教育』20, 56–66.
松尾知明(2016) 「知識社会とコンピテンシー概念を考える―OECD 国際教育指標(INES)
事業における理論的展開を中心に―」 『教育学研究』83,154–166.
山岸みどり(1997) 「異文化間リテラシーと異文化間能力」 『異文化間教育』11, 37–51.

(まつお ともあき 国立教育政策研究所 総括研究官 多文化教育・カリキュラム)


(もりも たけお 中央大学 教授 多文化教育・国際理解教育・カリキュラム)

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