You are on page 1of 3

印 度學 佛教 學 研究 第 四 十 八巻 第 一号 平成 十 一年十 二月

説 一切 有 部 に お け る禅 定 体 験 の記 号 言 語 化 に つ い て
佐 野 靖 夫
いく こと と す る。
1 問題 の所在
I
I
説 一切 有部 の言語 表 象 は 、 三世 に 実有 す る と さ れ る法 の自
性 に名身 ・句 身 ・文 身 は じ め に 言 語 化 と い う こ と に つ い て 、 説 一切 有 部 は 名 身
を数 え、 ま た パ ー リ語 に よ る が ﹁一切 の認 識 (
単 語)・句 身 (
文章 )・文 身 (
文字) を 心不 相 応 行 法 の所 摂 の

240
は必 ず 対 象 を持 つと し て 言 語 に よ って表 現 す る部 派 ﹂ な る意 三種 とた て る。 これ は アビ ダ ル マと いう 思考 表 象 の特 性 か ら
味 を も つと さ れ る こと な ど か ら も 、 そ こに は 一見記 述 不 可 能 必 然 的 に導 き出 され た も の であ り 、 アー ガ マと いう 釈 尊 の言
と 思 え る事 象 ま でも 精 力 的 に説 示 し よ う と す る試 み が み てと 説 の解 釈 学 であ る こと か ら 、釈 尊 の言説 の絶 対 性 を 位 置 づ け

れ る。 も ち ろん これ ら は、 現 代 に お け る実 証 主義 あ る い は形 た も のと し て捉 え る こ と が でき る。 そ の中 で名 身 等 は 、有 情
式 論 理 学 の手 法 と は、 そ の方 法 論 と 目的 に お いて単 純 な 比 較 数 ・無 執 受 ・等 流 ・業 の増 上 果 ・無 記 であ り、 能 説 者 が これ
を 拒 む も のであ る こと は確 か であ る。本 論 稿 は そ れ ら を ふ ま ら 名 身 等 を成 就 す ると さ れ る。 ま た、 名 は非 色 であ り 、 四薙
え な が ら も 、禅 定 体 験 と いう 修 道 上 最 もポ ピ ュラ ー な 実 践 手 で あ り、 義 は不 可 説 と さ れ る 。 そ の名 称 に、功 徳 名 ・生 類 名 ・
法 に お い て、説 一切有 部 が い った いど のよ う な論 理構 造 を 駆 時 分 名 ・随 欲 名 ・業 生 名 ・標 相 名 ・仮 想 名 ・随 用名 ・彼 益 名 ・
使 し、 そ の主 観 的 世 界 観 を 客 観 と し て表 象 し よ う と し た か を 従 略 名 ・生 名 ・作 名 ・有 相 名 ・無 相 名 ・共名 ・不 共 名 ・定 名 ・
考 察 す る も の であ る。 そ こ で テ キ スト と し て よ り多 く の記 述 不 定 名 と いう 性 質 が あ り 、 さ ら に説 問 に つい て は、 ﹁
義利 を
を有 す る こと を 理 由 に 、 特 に 、 ﹃大 毘 婆 沙 論 ﹄ を 中 心 に み て 引 かず 、 善 法 を 引 かず 、 梵 行 に 順 ぜ ず 、 覚 慧 を 発 せ ず 、 浬 藥
を得 ﹂ な い問 い は捨 置 す べ き と し て、黙 然 と し て無 記 の答 え と が で き る が、 例 え ば ﹃大 毘 婆 沙 論 ﹄ に お い て除 色 想 観 法 を

あ りと し た。 こ の よう に説 一切 有部 の言語 概念 が 述 べら れ る 以下 の よ う に説 明 す る。 あ る比 丘 が いて、 こ のよ う な 勝 解 を
わ け で あ る が、 そ こ に お い て、 これ ら の自 性 が 過 去 ・現 在 ・ な す。 ﹁
我 が 此 の身 は将 に 死 せ ん と す 。 巳 に死 し、 将 に輿 に
未 来 と いう 三 世 に実 有 す る こと に よ って、客 観 的 対 象 と し て 上 ら ん と す。 已 に輿 に上 り、 将 に 塚間 に往 か んと す 。 己 に 塚
把 握 し 得 るも のと し て あ る こと を示 唆 す る ので あ る。 間 に往 き 、 将 に地 に置 か れ ん と す 。 已 に 地 に置 か れ 、 将 に
種 々 の虫 のた め に食 は れ ん と す 。 已 に種 々 の虫 のた め に食 は
H
I る 。 此 の種 々 の虫 、 将 に散 ぜ ん と す。 已 に 散ず 。﹂ と いう 観
説 一切 有 部 は定 の名 目 に、 等 引 ・等 持 を お こし 、 ﹁彼 れ 最 後 に お い て自 身 を 見 ず 、 ま た 、 虫 を も 見
・等 至 ・静 慮 ・心 一境 性 ・ ず ﹂と いう 除 色 想 を な す と ころ に お い て、次 の よう に分 別 す
止 ・現 法 楽 住 等 の諸種を る。
挙げ る のは 知 ら れ て いる。 そ し て欲 界 ・色 界 ・無 色 界 と いう 除 色 想 の自 髄 は な に か。 慧 を 自 髄 と な す。 名 を 釈 せ ば 、 能 く 諸

241
三 界 の上 二 界 が 、 八 等 至 と いう、 初 静 慮 ・第 二静 慮 ・第 三 静 の積 集 の色 を遣 り て現 前 せ ざ ら し む る に よ る。界 を い へば 、色 界 。
地 を い へば 、 第 四 静 慮 。 所 依 を い へば 、 欲 界 身 に 依 る。 行 相 を い
慮 ・第 四静 慮 ・空 無 辺 慮 ・識 無 辺 慮
へば 、 不 明 了 の行 相 。 所縁 を い へば 、 欲 界 を 縁 ず 。念 住 を い へば 、
・無 所 有 庭 ・非 想 非 非 想 慮
身念 住 。智 を い へば 、世 俗 智 。等 持 を い へば 、等 持 と倶 に非 ず 。根
と いう禅 定 体 験 の深 化 によ る世 界
を い へば 、 捨 根 と相 磨 す 。 世 を い へば 、 三 世 に通 ず 。 善 ・不 善 ・
観 をな す も のと さ れ て い る 。 これ ら の世 界 観 は も と も と ィ ン
無 記 を い へば 、 善 に し て 三 種 を 縁 ず 。 三 界繋 ・不 繋 を い へば 、 色
ド オー ソド ッ ク スな も の で、 仏 教 は そ れ を下 敷 に し て いるも
界繋 に し て欲 界 繋 を縁 ず 。 学 ・無 学 ・非学 非 無 学 な り や を い へば 、
の であ る が、 より 仏 教 に お い て特 徴 的 な も の は、 四 静 慮 論 と 非 学非 無 学 に し て非 学 非 無 学 を 縁 ず 。 見 所 断 ・修 所 断 ・不 断 な り
無 想定 及 び 滅 尽 定 に つい て の論 及 であ る。 これ ら を 解 明 す る や を い へば 、 修 所 断 に し て修 所 断 を 縁ず 。自 身 ・他 身 ・非 身 を 縁
た めに取 ら れ た手 法 が 諸 門 分 別 なら び に四 句 分 別 、 ま た 一行 ず る や を い へば 、、
三 説 あ り 。名 を縁 ず る や義 を縁 ず る や を い へば 、
問 答、 歴 六 問 答 、 大 小 七 句 問 答 と呼 ぼ れ る も ので あ る 。 義 のみ を 縁ず 。 加 行 得 ・離 染 得 な り や を い へば 、 加 行 得 な り。 起
諸門 分 別 の より 完 成 し た 手 法 は ﹃倶 舎論 ﹄ に お い て み る こ こ る威 を い へば 、 欲 界 に あ り て、 色 ・無 色 界 に は非 ず 。 ー とい
説 一切有部 に おける禅 定体験 の記号言語化 に ついて (
佐 野)
説 一切 有 部 にお け る禅 定 体 験 の記 号 言 語 化 に つ い て (
佐 野)
うも のである。 マ理解 の上 で特 に重 要 だ と いえ る。 そ れ は と も す れば 、 アビ
い っぽ う 四句 分 別 と は 、よ り 論 理 的 に数 学 の集 合論 と 同 じ ダ ル マは 形 骸 化 し た 煩 項 で空 虚 な 議 論 の積 み重 ね で あ る と
も の で、A と いう集 合 、Bと いう 集 合 、A か つBと いう 集 合 、 い った 評 があ るな か で 、 ア ビダ ル マは形 而 上 学 的 遊 戯 で あ る
A にも あ ら ず B にも あ らず と いう集 合 の四 句 を 作 っ て論 旨 を の でな く 、実 のと こ ろあ く ま で仏 教 と いう 宗 教 的 目 的 に 貫 か
明 ら か にす る も のであ り 、 以下 、 一行 問 答 等 に つい ても 同 様 れ て い る手 法 で あ る こと が 看 取 でき るか ら であ る。
であ る。
1 ﹁
夫 利 他 者 。 必 於 名 身 句 身 文身 。 皆 得 善 巧 。 以 善 巧 故 。 能 為 他
W まと め 説 慈 界 庭 等 。令 得 浬 藥 究 寛 饒 益 。﹂︹
﹃大 毘婆 沙 論 ﹄ ︺
2
禅定 体 験 の記 号 言 語 化 に つい て、説 一切 有 部 は後 の大 乗 唯
3
識 思 想 のよ う に心 識 の仮 法 と いう 主 観 的 解 釈 を な さず 、 一切
を あ く ま で実 有 す る境 (
対象 ) を も つ客 観 的 事物 と し て取 り ︿キ ー ワ ー ド﹀ 説 一切 有 部 、 禅 定 、 諸 門 分 別

242
扱 お う と す る。 そ こに お い て禅 定 体 験 は 世 俗 の日 常 体 験 と 同 (
立正大学大学院)
様 、 諸 行 無 常 の五慈 も しく は 四纏 の和 合 と し て存 在 す る も の
で あ る。 そ れ は 説 一切 有部 に お い て、自 明 の理 と し て容 認 さ
れ る。 な ぜ な ら そ れ は 、釈 尊 の言 説 (アーガ マ) のな か に名 ・
句 ・文 身 と し て確 か に実 有 す る も のだ か ら であ る。 そ の立 場
に お いて 問 題 と され る のは 、説 一切 有 部 の展 開 す る緻 密 な 網
の 目 の よ う な アビ ダ ル マに 、 いか に そ れ が 適 合 す る か否 か で
あ る。 諸 門 分 別 の設 問 形 態 が 、 さ と り への階 梯 のど の段 階 の
ス テ ージ に あ る も の であ る か と いう こと を 問 題 に し て い る の
は特 徴 的 で あ る。 ま た 、 四句 分 別 等 の論 理 形 式 と と も に、 捨
置 す べき 黙 然 と し て の無 記 の答 え を認 め た こと は、 アビ ダ ル

You might also like